モバP「短編集?」 (19)

一話完結
不定期

よろしくお願いします。

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「おはようございますウサミン閣下」

出し抜けにプロデューサーはそう言った。

「もう! 菊Pさんその挨拶はやめてくださいって言ってるじゃないですか!」

ウサミンの頭に着けられた兎耳がぶんぶんと左右に揺れる。
ウサミンは菊Pが苦手である。
菊門の上に分厚い鱈子のような唇をめり込ませた風に見える赤めいた顔面をした者であることと、喋る度にウサミンの顔にアルコール臭い唾の雨が降り注ぐこととは無関係に。

「いえいえそれは出来ません。
胡桃がハンマーで割れるのと同じようにウサミンがウサミン星人であるよーに。
この挨拶は当たり前でありけして破壊することのできない法なのです。
それを破ることは、ぐるりと私の周りを囲う聳え立つ煉瓦への体当たりと等しい、自殺!
いや、革命ですよ!」

大仰で芝居がかった台詞をこれでもかと捲したてる菊P。
彼の頭上へと蛍光灯からシャワーのような光が降り注ぐ。
彼の手元で、ペンはくるくると回っている。
止まらない鱈子唇、蛍光を跳ね返して光輝いている金槌を型どったネクタイピン。
裁判官のような厳かな雰囲気が菊Pからあふれでていた。

「けれども私は安部さんには一心に煉瓦へぶつかってほしいと願うのですよ!」

かぁん、と。
どこからか網膜を殴り付けるように、金属が木材を打つかん高い音が空気を震わせる。

兎耳までもが震えて、届いた音は拡張しながらウサミンの頭蓋へ伝播した。
突然にウサミンの世界はぐるぐると天と地をあべこべにして回り、重力を失ったようだ。

「菊Pさんのはなしはいつもちゅうしょうてき過ぎてわかりません」

くらくらと視界は瞬いて、赤と黒が入り交じってウサミンの脳に映る。
危険信号。
A*B*EのSOS。

「わからないですって?
それはウサミンが閉じ籠っているからでは?
矮小な私とは違ってウサミン星人は輝きの中にいられるはずではないですか」

くるくると菊Pの頭が観覧車みたいに回る。

ウサミンはとても不快になったから、彼女の気持ちを察してウサミンロボがぞろぞろと仕事机の下から這い出てくる。

「それ、それです。
私のこといつも過大評価して……私に何を求めてるんですか?」

「私はただ……乗り越えてほしいだけなのですよウサミン閣下」

ぱっと、ウサミンの頭上にスポットライトが瞬いて、七色の輝きがウサミンの全身を踊る狂う。

散乱光を跳ね返すみたいに、ウサミンは額の前でバツを作る。

「わかりません。わかりたくありません!」

ウサミンロボの兵列がウサミンの背後に立ち並び、二つの目で菊Pを見つめる。

ロボに握られた鞭がかん高い音をたてて何度も何度も空気を叩く。
恐ろしい兎の乱立にも、菊Pは涼しげな顔のままだ。

「あべななさんじゅうななさい」

突然の、奇声。
ウサミンロボが手を振り乱し地団駄を踏む。

事務所全体が揺れている。
スポットライトが無茶苦茶に振れて赤青黄緑、部屋中が色のごった煮だ。

あべななも揺れている。
ぐらりぐらりと水平の線が天秤遊びで傾いてゆく。
真っ直ぐ立っているのは元凶の菊Pだけだ。

「ああ、ああ、
止めてください菊Pさん。
だって外は恐いところです。
いいじゃないですか。
ウサミンロボ達が守ってくれる。
綺麗なショウの真ん中でぬくぬくと生きてもいいじゃないですか。
ママ、ママ」

ウサミンがウサミンロボにすがりつくと、優しく、溶かすように、鞭を放り捨てて慈愛を持って抱き締める。

ロボ達は母なのだ。
ウサミンの母なのだ。

蛍光灯が明滅し菊Pの顔が、明、暗、と幾度も切り替わる。

「罪です。それは罪です安部さん。
見てくださいロボの顔を」

促されるままに顔をあげてロボを見る。

ぴかぴかと綺麗な黒のおめめ。
ふんわりと開かれた口元は、やはり愛の象徴だ。

けれども、安部には。
安部には何故だか急に酷く恐ろしいものに見えたのだ。

「ーーー!」

声ならぬ声をあげてロボから離れる。
菊Pともロボとも同じだけ離れて、けれども二つに挟まれて。

安部は孤独であった。
いつのまにやら事務所の屋根は吹き飛び、床は割れ、今にも崩れ落ちそうな有り様だ。

どうして逃げるの?
抱き締めさせてよ。
守ってあげる。私の私達の赤ちゃん。

甘ったるい脳をとろけて麻痺させる呼び掛け。
ドラッグのように安部の感覚を奪ってゆく。

「PさんPさん、私は麻痺しているのです。
きっと視界の端っこに消える幻を追っていただけなのです。
舞台の光は私のくすんだ瞳には眩しすぎて網膜が燃えて塵になってしまうのです」

きつく体を抱き締めて小さな兎がふるりと震える。
兎の瞳は真っ黒で、どこまでも深淵が続いている。

かんかんかんかんかん。
空から煉瓦が落っこちて、兎はすっかり取り囲まれた。

「いいえ、それは幻ではないのです。
見上げてください安部さん。
空にはあんなに満ち足りた星が笑っているではないですか」

煉瓦の向こう、壁の隙間をするりと抜けてPの声は兎へ届く。

兎は空を仰ぎ見た。
小さな小さな音をたてて黒真珠が二つ割れた。

「ああ……Pさん。
あれはあの星は……」

「そうです菜々さん」




『ウサミン星です』

こうして一つの壁が壊れて、ウサミン星の姫は地球に降りたのだ。






******

ーーーーえー本日はアイドル安部菜々の記者会見にお集まり頂き誠に有り難うございます。

さて、皆様にこの度お集まり頂いたのはかねてよりマスコミの方々の噂となっております、ある一件の釈明のためでございます。

確かに、当社は安部菜々を17歳と認識しておりますし、えぇ……ウサミン星からはるばる地球にやって来た歌って踊れるウサミン星人であると、認識しております。

マスコミの皆様、全国ウサミンファンの皆様。
どうか……どうか……。
………。

ウサミンの酔っ払う姿を見つけてしまったからといって警察に通報は……しないでいただけませんでしょうか。

いえ、確かに法律では未成年は……はい、その通りです朝川新聞さん。

男と飲んでいた?
いえ、あれは担当プロデューサーで……そもそも彼のせい……いえ、おきになさらず。

裏切りと呼ばれても仕方のないことかもしれません……しかし、ですよ。

菜々さんですよ?

皆さんももう、もはやわざとというか故意なのでは……千日新聞五月蝿い、恋ゆえにとかうまくねぇよ。

……失礼しました。

んん!

皆様それではこれにて記者会見を終わりとさせていただきますが、最後に当社から一言、全国のウサミンファンの皆様へお伝えしたいと思います。







『安部菜々さんじゅうななさい!』




( ´,_ゝ`)o彡゚ミミミン!ミミミン!ウーサミン!!

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