麻倉葉「聖杯戦争?」衛宮士郎「シャーマン?」(29)

のんびり、ゆるく更新。

もしも、あの世とこの世を結ぶ者が、あの世とこの世を結ぶ闘いに参戦したら。

シャーマンキングとFateのクロス。

麻倉葉は本編より二年後、十八歳。

森羅学園高等部三年で、まだ本格的には世界各地を転々としていないが、長期休暇などを利用して世界平和のために放浪している設定。

だから、このとき、花坊はすでに二歳。

そんな感じで。

それでは、よろしくお願いします。

【衛宮士郎 1】

遠坂に案内された言峰教会にて、聖杯戦争への出場を管理者に表明した夜。

遠坂と並んで歩きながら、思えば遠いところまで来たものだとしみじみ思った。

事の発端を遡って考えてみるに、全ては弓道場の清掃のため遅くまで学校に留まっていたことに起因する。

放課後、偶然にもアーチャーとランサーの闘いを目撃したことで、口封じのためにランサーに襲われた。

しかし、その槍は確かに俺を貫いたと思ったのだが、現実には生きていて、生きていたからこそ再びランサーに襲われる。

が、偶然で死の危機に直面もすれば、偶然によって助かることもある。

理屈はわからないが、ランサーに追われて土蔵に逃げ込んだとき、間一髪のタイミングでセイバーを召喚することになり、奇跡的に一命を取り留める。

それがほんの数時間前のこと。

それから、学園のアイドルであるところの遠坂が魔術師であることが判明したり、聖杯戦争についての詳細な説明を受けたり。

怒濤のごとく、目まぐるしい一日が展開して、そして今に至る。

まだ飲み込めていない事柄や感情が胸中で蟠っていて、何か夢を見ているかのような心持ちでいる。

だけど、きっとこれは夢ではなくて……。

「喜べ、少年。君の願いはようやく叶う」

神父の声がどこかで聴こえた気がした。今時分、教会で言峰神父に投げ掛けられた言葉。それが耳から離れなくて、何かの拍子に思い出される。

「君の望む正義の味方とは、明確な悪の存在なくしては成立しえない。だからこそ君は望んでいたはずだ。人々の生活を脅かす悪の登場を」

違う。

「誰かを救いたいという思いは同時に、その誰かの危機を望むことでもあるのだから」

違う!

心では否定するも、先程から神父の言葉が頭の中で反芻され続けているあたり、かなり動揺している自分がいることに気付く。図星をつかれたと、深層心理ではそう思っているのだろうか。

切嗣……。

正義の味方になりたいという俺の願いが、悪の登場を欲っする醜悪な願いと等価であるならば、この願いは俺のエゴなのだろうか?

セイバー「マスター!」

と、女の声。

我に返り、声の方を見ればセイバーと遠坂が気遣わしげに俺を見ている。

士郎「大丈夫だ。ちょっと気分が悪くなっただけだよ」

咄嗟に嘘をつく。

たしかに言峰の言葉は小さな刺となって心に刺さったままだ。そのために今まで培ってきた目標や信念が揺れているのは認めよう。

だけど。

士郎「セイバー。俺はこの戦いを見過ごせない。だからマスターになることを受け入れた」

セイバー「それでは!」

士郎「ああ。ちょっと頼りないマスターかもしれないけど、これからよろしく頼む」

だけど、この戦いのせいで無関係の誰かが苦しむのならば、俺はその人を助けるために戦う。

それが正義の味方だって信じてる。

セイバー「はい、マスター」

セイバーがしかと頷き、自然と握手をかわす。

強い意志を宿す彼女の瞳に頼もしさを感じた。情けない話だが、魔術師として半人前の俺を支えてくれるのが彼女で良かったと心底から思った。この戦いを止めたいと思ってみたところで、無力な俺一人が足掻いてもどうにもならない。しかし、セイバーが力を貸してくれるのであれば、きっとなんとかなるはずだ。

凛「それじゃ行きましょう。夜が明けないうちにね」

話がとりまとまったのを見届けて遠坂が言う。

遠坂が先を行く形で後に続き、満天の星空のもと帰路に着いた。

しばらく歩いて四辻にさしかかった頃、前を歩いていた遠坂が振り返って「ここで別れましょう、衛宮くん」と告げる。

分かれ道のようだ。

踵を返して自分の家がある方向へと歩き出す遠坂。

しかし、数歩ぶん道を行ったところで動きを止め、再びこちらに向き直る。

どうしたのだろうか?

何か問題点でもあったかと遠坂を見れば、無理からに厳めしい顔をしていますよといった表情でこちらを見返す彼女の視線とかち合った。

凛「わかってると思うけど、これで貸し借りなし。次に会うときは敵同士よ」

どうやら忠告をしておきたかったらしい。

それに応えてセイバーが「無論です、こちらも手加減などしません」と神妙な顔をして同意する。

だけれど、俺はといえば、遠坂の見せた律儀さに感心してしまっていた。

なぜならば、遠坂の言い分は矛盾しているから。

何度も俺が敵だと釘を刺すのは、戦いに私情を挟まないための線引きだろう。だったら最初から俺の手助けなんかしなければよかったはずだ。だから、今日のことは結局善意によるもので……。

凛「なによ、衛宮くん」

我知らず遠坂の顔を見て頬を弛めてしまったようで、彼女が不振そうな眼差しを俺に向けてくる。

衛宮「いや、おまえのおかげで助かったよ。ありがとう」

そもそも聖杯戦争に巻き込まれた原因はアーチャーとランサーの戦いを目撃したからであるが、そのこと自体に遠坂が負うべき責任はなくて、むしろ彼女は聖杯戦争に関わることになった俺に対してよくしてくれた。聖杯戦争の詳細な情報を与えてくれたのも、言峰教会に繋いでくれたのも、全て遠坂の計らいである。遠坂は、アーチャーに剣を向けるセイバーを俺が制止したので、その借りを返すために世話を焼いているだけだという。しかし、借りは返すべきものだと当たり前のように思えるところからして、遠坂の人となりが知れようというものだった。

士郎「遠坂っていいヤツだな。俺、おまえみたいなヤツは好きだ」

凛「なっ!?」

一成は猫の皮を被った悪魔だと遠坂を毛嫌いするが、俺は遠坂の本性らしきものも嫌いではない。

遠坂が驚いたように目を見開いて、それから次第に焦ったような表情を見せる。

凛「ちょっと! わかってるの、あんた!? 私たちは敵同士で……」

士郎「ああ、わかってるさ。だけど世話になったんだ。礼を言うのは当然だろ」

それに今だって俺の今後を慮って忠告をくれているわけだし、こういう遠坂の義理堅いところを気に入りつつある。

そのあと、なおも遠坂は何か言い募ろうとしたが、結局、半端に開いた口を真一文字に閉めて、調子が狂うとでも言いたげに額をおさえて溜め息をつく。

凛「……もういいわ。せいぜい早死にしないように気をつけるのね。じゃあね」

さっと長髪を手で払うと、今度こそ遠坂は家の方へと辻を曲がる。

おう、じゃあな、と赤い外套が印象的な背中を見送っていると、再びその遠坂の足がぴたと止まる。

まだ言い足りないことがあったのだろうか。釘を刺したりないとか。ははあ、あれで遠坂もなかなか心配性なのだろうか。

と、暢気に遠坂の動向を窺っていたのだが、不意に顔を上げた彼女の様子が何やら鬼気迫って見えたので、つられて俺もそちらに視線を向ける。

遠坂が行こうとしていた辻の先は長い登り坂になっている。等間隔に並ぶ外灯は頼りなく、辺りは薄暗かった。

しかし、確かにいた。

坂の頂上に小さな人影がひとつ。

目を凝らす。

白銀の髪に日本人離れした風貌、その優れて美しい容姿に幼い姿が加わって、まるで妖精か何かが現れたのかと錯覚する。

イリヤ「あら、もう帰っちゃうの? 夜はまだまだこれからだっていうのに」

夜はまだまだこれからって……。

まだ小さな子どもじゃないか。

士郎「キミ、こんな時間にどうしたんだ?」

辺りに親御さんの姿はないものかと見渡してみるが、それらしき影を発見することはできない。

少女に声をかけてみれば、幼く艶のある唇を緩やかな曲線に変えて笑んでみせる。

イリヤ「はじめまして、わたしはイリヤ」

着ているコートの裾を指でつまみ上げて、一礼をする銀髪の少女。その仕草があまりにも優雅で、身に纏っているものがドレスか何かのように思える。

それから、イリヤと名乗った少女は遠坂に目を向けて、「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンと言えばわかるかしら?」とこちらの反応を楽しむように言う。

わかるかしら、と言われても、俺にはさっぱりだったのだが、遠坂は違っていたようで、「なんですって」と苦虫を噛み潰したかのように顔をしかめさせている。

士郎「知ってるのか、遠坂?」

凛「ええ……」

訊ねれば、すぐに応えが返ってくる。

凛「アインツベルン。聖杯の入手を宿願とする魔術師の家系。毎回この戦いにマスターを送り込んできているヤツらよ」

すると、イリヤもまた魔術師ということになる。いや、それどころか聖杯戦争に参戦しているというのであれば……。

士郎「それじゃあ、マスターなのか!? あんな小さい子が?」

驚いて遠坂に問うが、それに対する返答は別のところからあった。

イリヤ「そうだよ、お兄ちゃん」

屈託のない笑顔でイリヤが言う。

無邪気な動きでくるりと舞いながら、楽しそうな口振りでイリヤは続けた。

イリヤ「だけど、わたし、聖杯よりも楽しみにしていたことがあるの」

振り返り、遠坂ではなく、しかと俺を見据えてイリヤが笑う。先程まで見せていた屈託ない笑みではなくて、酷薄な氷のような笑みだ。

イリヤ「それはね」

すっとイリヤの目が細まる。

イリヤ「お兄ちゃんを殺すこと」

背中に冷たい怖気が走り、それがイリヤの殺気によるものだと遅れて気が付いて、彼女の殺意は本物であると確信する。

まるで俺のことを知っているかのような風だが、どこかで会ったことがあるだろうか。記憶を探ってみるが覚えがない。イリヤのような美しい少女に出会っているならば、それを忘れようはずがなかった。しかし、彼女は俺を知っているようで……。

再び屈託ない笑顔に戻って、くすくすと楽しそうに体を揺するイリヤ。

イリヤ「わたしね、この日をずっと待ち焦がれていたの」

待ち焦がれていた?

イリヤ「だから、お兄ちゃんは念入りに殺してあげる」

ほとんど大好きと求愛するような甘い口調で死刑宣告を下すイリヤ。

そして。

イリヤ「おいで、バーサーカー!」

ずしん、と地鳴り。

直後、イリヤの背後に巨大な影が落ちる。身の丈がどれほどあるのかしれないが、人間では有り得ないほどの体躯を誇る大男が眼光鋭く俺たちを見据える。

だが、今にも襲いかかってきそうな殺気を漏らしているにも関わらず、よく躾られた忠犬のように物言わずイリヤの背後で待機している。

……これがバーサーカー。

あまりに異質な存在感に声が出ない。セイバーやアーチャー、ランサーとも違った圧のようなものが痛いほど伝わってきて、ただそこに立っているだけなのに圧倒されてしまう。

遠坂と揃って唖然としていると、それを満足そうに見たイリヤが「どうしたの?」と俺たちが動けずにいる理由などわかっているくせにわざとらしく訊ねてくる。

イリヤ「ぼけっとしてるなら、こっちからいくね。……征け、バーサーカー! そいつらみんな叩き潰しちゃえ!」

ついにイリヤがバーサーカーをけしかける。

が、いよいよ事態がこの段階に至っても動けずにいると、「マスター、さがって!」と俺の前に躍り出る影があって、バーサーカーが手にしていた榾柮とも石剣ともつかない得物を不可視の剣で受け止める。

バーサーカーの剣圧におされて、揺れる美しい金髪はセイバーのものだ。

セイバーが俺とバーサーカーの間に割って入ってくれたおかげで命拾いした。

凛「こっちよ、衛宮くん」

ぐいっと腕を引っ張られて、急いでバーサーカーから距離をとる。

バーサーカーとセイバーの剣戟は余人の立ち入れるものではなく、手助けをしようにも何もできずにいる。改めて英霊の尋常ならざる力を目の当たりにするようだった。あまりにも速い攻防に目が追い付かず、剣が打ち合わされる音と衝撃に揺れる空気だけが伝わってくる。

……俺にできることはないのか。

なんとかセイバーを助けてやりたいと思うが、その気持ちは膨れるばかりで、実際のところは何もできないでいる。悔しさに歯噛みして、ぎゅっと拳を握りしめてみても、結局はセイバーの戦いを見守るしかなかった。

凛「衛宮くん、あなたが罪悪感を覚えているのであれば、それは全くの思い違いよ。神秘の体現者である魔法使いならばともかく、一般普遍の人類にサーヴァントの戦いを止められるはずがない。あなたが魔術師として未熟であることに関係なく、熟練した魔術師であっても不可能な話よ。だから、衛宮くんが罪悪感を覚える必要はないってわけ。わかる?」

士郎「それでも俺は!」

凛「わからないひとね。もしもセイバーのために何かしたいというのであれば、衛宮くんがじっとしていることが一番の手助けよ。だから、くれぐれも妙なことを考えては駄目よ」

遠坂がきっぱりと言い切る。

が、それに返す言葉はない。

遠坂の言うことはもっともだ。無理に戦列に加わったところでセイバーの足手まといになることは目に見えている。

セイバー……。

遠坂は優しいから罪悪感を覚える必要はないと言ってくれたが、それでも何もできない我が身が不甲斐なくて仕方ない。

バーサーカーは理性と引き換えに強大な力を与えられたサーヴァントと遠坂から聞いている。それゆえ本来は能力的に劣る英霊がなるものだと。だけれど、理性を失ってなお衰えぬ剣技を見るに、このバーサーカーが能力的に劣っているようには全く思えず、優れた英霊にバーサーカーの力を付与することで別次元の存在へと昇華されていると感じた。

しかし、それにも増して。

ひとつ間違えれば即死に至る攻撃を、全身に纏わせた魔力をバネにして、これ以上ないというタイミングとスピードで捌ききる剣術。

これがセイバー。

遠坂が言うに曰く、白兵戦最強のサーヴァント。

セイバーの動きに魅了されて食い入るように見詰めていると、バーサーカーの剣を受け止めたタイミングで後方を振り返ったセイバーと目が合う。

その目には何かしらの意図を伝えようという色があって、俺が察するよりも早くセイバーの思うところを理解した遠坂が「逃げるわよ、衛宮くん!」と手を引いて駆け出す。

士郎「え、おい、待てよ、遠坂! あいつを置いて逃げるなんてできるわけないだろ!」

俺が無力なことは承知した。だけど、それと逃げることは別の話で、何もできないにしてもセイバーを一人残して逃げるようなことはしたくなかった。

走りながらも抗議の声をあげると、遠坂が振り返る時間も惜しんで、前を向いたままに応える。

凛「セイバー一人なら隙を見て逃げることもできるわ。今はいったん退いてバーサーカーの対策を考えるべきよ。そうでなきゃ私たちに勝ち目なんてない!」

士郎「それはそうかもしれないけど、でも!」

理屈は納得できる。だが、それをしてしまうと俺は俺を軽蔑する。そんなものは俺の求める正義の味方とは程遠い。正義の味方は力不足だからといって誰かを見捨てたりしない、助けを必要としている全ての人を救ってみせるんだ。

セイバーを一人にはしまいと遠坂の手を振りほどこうとした瞬間、しかし、逃げようとする遠坂の足が止まって、繋いだ手を振りほどく理由を失ってしまった。

どうかしたか、と前を見れば、いつの間にか逃げようとする先にイリヤが回り込んでいた。

イリヤ「仲良く手なんか繋いじゃって見せつけてくれるわね。二人でこっそりどこに行くの? 置いてけぼりなんて酷いじゃない」

戦線から離脱するにしても、易々と事は運びそうになかった。

イリヤ「作戦会議でもするつもり? 何かいいアイディアは浮かんだかしら?」

と、そこまでこちらの動向を見透かしておいて、そのようなことは無駄な足掻きと一笑に付す。

イリヤ「でも、どのみちバーサーカーには勝てっこない。だって、あいつはヘラクレス……、古代ギリシャ最大の英雄なんだから!」

ヘラクレス?

凛「っ!」

息を呑む。

遠坂も同じく、……いや、俺よりも聖杯戦争に精通しているぶん、彼女の方が衝撃を受けているようで、顔を強張らせて固まっていた。

イリヤ「サーヴァントとは英雄の魂を現世に呼び出したもの。それは凛も知ってるわよね?」

凛「ええ」

イリヤ「霊体である彼らの存在は、そこに住む人々の認知度に強く影響されるわ。ゆえに、この世に広く名の知れ渡った英雄ほど、そのサーヴァントとしての力は強力になる」

凛「たしかにヘラクレスといえば知らぬもののいない大英雄。だけど……」

イリヤ「だけど、なに? ヘラクレスに敵うものなんかいるわけない。セイバーなんてただの雑魚に過ぎないのよ!」

凛「そんなのやってみなきゃわからないわ! 現に今、セイバーは……!」

優位の態度を崩さないでいるイリヤに遠坂が食ってかかろうとしたときであった。

何か高速で脇をすり抜けていくものがあって、アスファルトで舗装された地面を抉りながら転がる人影がある。

士郎「セイバー!」

もうもうと立ち込める砂煙の向こうに見覚えのある姿があって、慌ててセイバーのもとへ駆け寄る。

額から血を流して倒れふしているのを発見して、止血するためにポケットからハンカチを取り出して傷口を圧迫するように宛がう。

イリヤ「現に今、セイバーは……。その続きは? 何を言おうとしたのかしら、凛?」

凛「くっ!」

悔しそうに顔を歪める遠坂。だが、その瞳には強い力がみなぎっていて、絶望的な状況にあっても勝負を諦めていないことがわかる。

揺らぎない勝利を確信して余裕の笑みを浮かべるイリヤの前に、遠坂が左手を突き出すようにして構える。

凛「イリヤスフィール! 残念だったわね、迂闊にサーヴァントのもとを離れたあんたの負けよ!」

赤い外套の腕部の下からうっすらと緑色に発光する魔術刻印が透けて見え、詠唱する必要もなく即座に魔術が発動する。

ガンド撃ちが発動する。

が、イリヤは片手を振るだけで簡単に防いでみせる。

イリヤ「ふん、その程度で……」

言いかけた瞬間。

背後から迫る死の気配にイリヤがハッと振り返る。

超長距離からアーチャーが放った矢が真っ直ぐにイリヤを穿たんと夜を駆けた。

ずだん、とおよそ矢が刺さったものとは思えない轟音を轟かせながら着弾する。

凛「サーヴァントがダメならマスターを叩けばいい。油断が命取りになったわね、イリヤスフィール」

矢の衝撃で足元はクレーターを形成するに至り、アスファルトが粉々に砕かれて空気中を舞う。

しかし。

白い靄がかかったように粉塵立ち込めるなか、幼い笑い声が響く。

イリヤ「ああ、なるほどね。凛の魔術はおとりで、アーチャーの攻撃が本命だったわけね。でも残念。言ったでしょう? バーサーカーに勝てっこないって」

粉塵が晴れて、イリヤが姿を現したときには、彼女の傍らに彼女を守るようにしてバーサーカーが立っていた。いつの間に移動したのかわからない。それほどまでにバーサーカーの速度は図抜けていた。少なくともアーチャーの一撃が着弾するよりも早くイリヤのもとまで駆けたということになる。まるで規格外の化物であった。

イリヤ「それで? 次はどんな小癪な手段で楽しませてくれるのかしら?」

獲物を狩る強者の気安さで、無邪気にイリヤが訊ねる。

だが生憎とバーサーカーに有効な正攻法はおろか、もう小癪な手段すら出し尽くした。

アーチャーはセイバーから一撃を受けたのが原因で満身創痍で、まともに戦闘ができる状態ではない。

頼れるサーヴァントはセイバーだけだが、しかし彼女は……。

セイバー「マスター、私は大丈夫です。どうか凛と逃げてください」

体のあちこちを痛めているだろうに、剣を杖替わりに地面に突き立ててふらりと立ち上がる。

士郎「大丈夫って……」

とても大丈夫そうには見えない。

こちらに打つ手がないことを見透かしたのか、楽しそうな雰囲気も一転、イリヤが興醒めしたような表情となる。

イリヤ「もう終わりなの? ……ふぅん。もういいや。バーサーカー、片付けちゃって」

無慈悲にイリヤが審判を下す。

それに応えるようバーサーカーが雄叫びをあげ、真っ直ぐにこちらへ突っ込んで来る。

ほとんど人の目には瞬間移動に見えて、瞬きをした刹那には眼前に石剣を振りかぶるバーサーカーの姿がある。

セイバー「マスター!」

再びセイバーが俺とバーサーカーの間に割って入る。剣檄。しかし結果は同じだった。俺や遠坂を庇いながら戦うのは難しいようで、幾度か剣を交えた末に弾き飛ばされるセイバー。

さらに今度こそは追撃の手を緩める気配がなく、バーサーカーは容赦なくとどめをさそうとする。

だから俺は……。

考えるよりも先に体が動く。

とにかくセイバーを守らなければと思った結果、バーサーカーの一撃の軌道上から彼女をどかす。セイバーを突き飛ばし、そのままの勢いで俺もバーサーカーの剣線から外れることができればよかったのだが、けれどもそれは叶わなかったらしい。セイバーを突き飛ばすところまでは上手くいったが、俺自身はバーサーカーの攻撃を避けきれず、横凪ぎに振り払われた石剣を半身で受ける形になる。

凛「衛宮くん!」

薄れゆく意識のなかで遠坂の悲鳴が聞こえた気がしたが、それに答える声は出ない。ただ最後に見た景色の中に驚いて目を見開くセイバーの顔が見えて、彼女が無事であったことに安心して意識を手離した。

イリヤ「サーヴァントを庇って死んじゃうなんて。お兄ちゃんはたっぷり時間をかけて殺してあげるつもりだったのに。あーあ、つまんない。興が削がれたわ」

凛「待ちなさい!」

イリヤ「凛、今回は見逃してあげるわ。……それに覗き見をしている無粋な人たちがいるみたいだしね」

凛「……覗き見?」

イリヤ「それじゃあね、凛」

去っていくイリヤスフィール。

セイバー「マスター!」

士郎の元に駆け寄るセイバー。

セイバー「……これは!」

凛「傷がひとりでに治っていくなんて、どういうことなの」

バーサーカーの一撃により半身を抉られていたはずなのに、時の経過に従って衛宮士郎の肉体は元に戻りつつある。

その奇異な現実を前に凛もセイバーも驚きを隠せない。

アーチャー「これは推測だが……、おそらくセイバーの治癒能力が衛宮士郎にも影響しているのであろう。セイバーの召喚は不完全だったようだし、そのときなんらかの手違いで経路が繋がった可能性がある」

と、アーチャーが姿を現す。

凛「なるほど。そうかもしれない。いえ、そう考えるのが自然よね。衛宮くんが治癒なんて高度な魔術を修めていると考えるよりもよほど納得がいくわ」

ふむ、と頷く凛。

凛「とはいえ、衛宮くんの損傷を考えれば安心できる様子ではないから、安全な場所まで運ばないと。衛宮くんの家でいいかしら?」

セイバー「はい。それがよいかと」

凛「それじゃあ、行きましょう。ランサーやバーサーカーに続いて、新手のサーヴァントに遭遇しても嫌だしね」

凛が先導するように前を歩き、セイバーが士郎を抱えて後に続く。

しかし、微動だにせず、その場から離れようとしない弓兵が一人。

アーチャー「凛。君は何か忘れていないか?」

凛「忘れてないわよ。イリヤスフィールの言ったことでしょう? ……それで覗き魔さんとやらは?」

アーチャー「私たちのいる深山町から川を挟んで新都の方角、そこのビル群のうち一際高い建物の屋上に覗き魔とやらはいる」

凛「そう。アーチャー、あなた、体の調子は?」

アーチャー「セイバーから受けた傷が癒えていない。あと一射が限界だ」

凛「十分よ。衛宮くんのことがあるから私たちも先を急ぐし、戦いを覗き見る招かれざる客なんて一射で仕留めてみなさい」

アーチャー「また無茶を言う」

凛「無茶じゃないわよ。それにセイバーよりも優秀なところを見せてくれるんでしょ?」

アーチャー「いいだろう。一射でなんとかしよう」

手にしていた双剣のうち、片方を弓に、片方を矢に変えて、矢をつがえ、ぎりりと弓を引き絞る。そして、はっ、と短く息を吐ききると同時に矢を放つ。

矢は暗い闇を切り裂いて、真っ直ぐ新都のビルの一角に吸い込まれていった。

凛「……」

アーチャー「……」

凛「……外したわね」

アーチャー「……違う。外したのではなく、かわされたんだ」

凛「それもこみで外したって言うんじゃないの?」

アーチャー「うっ」

顔をしかめるアーチャー。

凛「まあ、いいわ。次回に期待します」

それを見て、頬を緩める凛。

凛「それよりも衛宮くんのこともあるし、私たちもセイバーを追って衛宮邸に急ぎましょう」

と、凛の声がすれば、「了解だ、マスター」と応えるアーチャーの声があって、二人は夜の闇へと姿を消した。

【麻倉葉 1】

新都のビル群のなかでも一際背の高いビルの屋上。吹きさらしのため風も強く、コートの襟を合わせていても冬の風は少し寒い。

葉「大丈夫か、アンナ?」

隣りでオイラと同じように双眼鏡を覗くアンナに声をかければ、ややあって「大丈夫なわけないでしょ」と寒さで震える声がある。

葉「ウェッヘヘ、ほとんど青森出身みたいなもんなのにな」

アンナ「寒いところ出身だからって寒さに強いとはかぎらないわ」

葉「でもホロホロやICEMENの連中は寒さに強いぞ?」

アンナ「連中を引き合いに出さないで。あたしはもっと繊細につくられてるんだから」

葉「……繊細?」

アンナ「なに?」

葉「い、いや、なんでも」

アンナの言葉に引っかかるものがあって首を傾げていると、じとっと睨まれて慌てて誤魔化す。

誤魔化しついでに防寒目的で買っていた缶コーヒーをポケットに入れたままだったのを思いだし、ご機嫌とりも兼ねてアンナに差し出す。

葉「ん」

暖かい缶コーヒーをアンナの頬にくっつけると、眉根を寄せて難しい顔をしながらも「ありがと」と受け取る。

と、缶コーヒーをアンナの頬に押し当てた拍子に、白いファーが付いたイヤーマフラーの位置がずれてしまったようだ。

葉「あ、わるい」

アンナのイヤーマフラーの位置を調えてやってから、再び双眼鏡を覗き見る。

レンズ越しに見える景色は常識から大きく外れたもので、まるで映画でも観ているような気になる。

しかし、これは紛れもなく現実の出来事で、ほとんどおとぎ話と言って差し支えない、伝説上の英雄たちが確かにそこにいるのであった。

葉「これが聖杯戦争か」

七人のマスターと七人のサーヴァントによる生き残りをかけた戦い。この戦争に勝利した者は願いを叶える聖杯を手にすると聞いている。

アンナ「思いの外、骨が折れそうね」

葉「だな。まあ、仕方ない。あいつと約束しちっまったからな、骨が折れようが砕かれようがなんとかするしかないんよ」

思い出すのは血を分けた兄の顔。

顔かたちだけではなくて、人間が嫌いなところもそっくりな兄弟だけれど、ひとつ大きく違うところは、それでもオイラは人を信じてみたいと

思い出すのは血を分けた兄の顔。

顔かたちだけではなくて、人間が嫌いなところもそっくりだけれど、ひとつ大きく違うところは、それでもオイラは人を信じてみたいと思っているところ。

にいちゃんの言うように、人の自然状態は闘争であって、もしかすると世界から争いの種がなくなることはないのかもしれない。

だけど喧嘩のあとに仲直りするのと同じように、争っていても何かのきっかけで理解し合える仲になることもあるだろう。

人の悪性は否定しない。

綺麗なところばかりではないことをオイラもあいつも知っている。

でも、きっと悪性ばかりでもない。

汚いところばかりではないこともオイラは知っている。

シャーマンファイトを通じて育んできた友情がそう確信させた。

綺麗は汚い、汚いは綺麗。

気分が良くて人に優しくできるときもあれば、気分が悪くて人に辛くあたるときもある。優しいだけの人はいないし、同様に嫌みなだけの人もいない。人を一面だけを物事を判断するのは正しくないし、それで絶望して、悲しみ、怒り、全てを壊そうとするのも間違っている。

だから。

人は争いもするけれど仲直りもできることを……、悪性だけではなくて善性も持ち合わせていることを証明したくて、オイラは世界の争いを納めてまわることを決意したのだ。

勿論、聖杯戦争も例外ではない。

この戦いも調停しなければならない。

葉「あいつも納得できるような世界にしないとオイラも楽になれんだろうし、ここは一発ふんばらないとな」

アンナ「ほんといい迷惑だわ」

葉「まあ、そう言うなって。にいちゃんは寂しがり屋なだけなんよ」

誰よりも潔癖で誠実たらんとして、それゆえに人の裏切りや不徳を許せなくて。

それでも他人はどうであれ自分さえ誠実に生きていればそれでいいじゃないかと割り切れば楽に生きられるに違いない。

だけれど、あいつは寂しがり屋だから周りの理解も欲しくて、でも理想が高過ぎるものだから他の人々にはとても理解できなくて、結局、千年にも渡っていじけてしまっただけの仕方ない人でしかないのだ。

恐怖の対象でもなければ尊崇の対象でもなく、ましてや神だなんて大それたものではない。

オイラにとっては意地っ張りなにいちゃんでしかない。

その兄がいじけたままだとオイラは彼が気になって楽じゃいられないから、アンナには迷惑をかけることになるけれど、ここはなんとしてもふんばらないといけないと思っている。

本当は誰かと競ったり争ったりすることは苦手だが、それでも避けて通れない戦いがある。苛酷な戦いであればあるほど臨むのに覚悟が必要で、原動力となる動機は人それぞれだろうが戦いへと駆り立てる何かが胸の内にあるのだろう。

双眼鏡越しに見える少年にも何か譲れないものがあるに違いない。

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