【Fate】凛「知られざる英雄たちの戦い」【スマブラ】 (327)

Fateとスマブラのクロスです。

ゆっくり更新。長くなるかもしれないです。

キャラ崩壊設定崩壊、独自解釈独自設定盛りだくさんです。

Fate、任天堂ゲームキャラクターの純粋なファンの方々は、そっ閉じお願いします。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1430889428


 
「問いましょう――貴方が私のマスターですか?」

 凛とした瞳を持ったその女性は、静かに彼に問いかけたそうだ。

 時は、ほんの少し遡る。



 ◆


凛「……閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返す都度に五度、ただ満たされるときを破却する」

 詠唱を唱える。私が最も完璧な状態の時刻に合わせて。

凛「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」


凛「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」







凛「……私は確かに成功した筈よ?」

凛「完璧な詠唱。完璧な時間。にも関わらず――出て来たコイツは、一体だあれ?」

カービィ「……ぽよ?」

 目の前のピンクボールは、どこにあるのかも分からない首を傾げて、不思議そうに私を見上げて来た。



凛「まてまてまてまて、何故こんなピンク玉が出て来たのよ」

凛「落ち着きなさい、遠坂凛。ええ、分かってるわ、遠坂家たるもの、常に優雅であれ。分かってるわよ、そんなこと」

カービィ「ぽーよ!」

凛「アンタさっきからそればっかね……喋れないの?」

カービィ「ぽよぽーよ!」

凛(頭が痛くなりそう……お父様、凛は挫けそうです)

カービィ「ぽーゃ?」ポンポン

凛「なによ、慰めてるつもり?」

カービィ「ぽゃ!」



凛「……はー、考えてもしょうがないわね。詠唱で出て来た以上はサーヴァントであることは確実なんだし、パスは繋がってるみたいだしね」

 身体の中から魔力が目の前のピンクボールに流れて行くのを感じる。令呪も右手に現れているし、ピンクボールが私のサーヴァントであることは間違い無い。

凛(にしても、一体なんのクラスのサーヴァントなのかしら。これじゃサーヴァントって言うより『さーばんと』って感じね……ふふ、笑えない、笑えないわよ、遠坂凛)

凛「ところであなた、クラスは?」

 そうそう、まずはクラスを聞かないといけない。残るクラスは確か二つだけだったが、それでもその二つのどちらかで、これからの戦略も変わって来る。

 しかし私の問いにも、目の前のピンクボールは

カービィ「ぽよ?」

 可愛らしく首(?)を傾げるだけだった。



凛「ぽよじゃなくて」

カービィ「ぽよよ?」

凛「アラレちゃんかあんたは」

 頭が更に痛くなって来る。しばらくは頭痛薬が必須になってしまうかもしれない。苛立を抑えて、ピンクボールに説明する。

凛「ク・ラ・スよ! いい? あなたは私の呼び出しに応じて召喚されたサーヴァント! 聖杯戦争に勝つための従者! つまり七つのクラスどれかに属する英霊ってことなのよ。一体何のクラスのサーヴァントなの?」

 ああ、何故に英霊にこのような基礎の基礎を説明しなくてはならないのか。なにより聖杯に導かれて召喚された英霊たちは、現界の際にこの世界の理や聖杯戦争に必要な知識は得られている筈なのだ。

カービィ「……ぽゃー?」

凛「駄目だこりゃ……」



 しかしピンクボールはまたも首を振るだけで、どうも理解しているとは言い難い。

 と言うことはやはりこいつはサーヴァントでは無いのか? 私は完璧な時間に、完璧な状態で召喚の儀を行ったと言うのに、何故このような珍獣が現れたのだろう。

 はぁ、と溜息を付いた所で、

凛「あ……」
 
 急激に血の気が引いて来た。おそるおそる、自分の家の時計を確認する。そして、ああ、と全身から力が抜けて行くのを感じた。

凛「そうだ、今日に限って家の時計、全部一時間進んでいたんだった……」

 大ポカだ。それも取り返しのつかないレベルの。私が完璧な状態になるまであと一時間だった。故に、このような珍獣が呼び出されてしまったと言うべきだろう。

 詰まる所、やはりこいつはサーヴァントで間違い無く、そして私のミス故に、このようなとても戦えるとも思えない珍獣の召喚をしてしまったと言うことだ。

凛「っても、綺礼から聞いた話では、確か残ってたのはセイバーかアーチャー……」ジ-



 その二つのクラスはどちらも三騎士の一角を誇る、七つのクラスの中でも力が突出した存在。つまる所、どちらを引き当てたとしても、それなりに当たりな筈ではあるんだけど――、

カービィ「ぽゃ?」

凛(ど、どっちにも見えない……)

 と言うより、これがセイバーでは最早ギャグの領域だ。いや、アーチャーでも十分ギャグだけど……と言うか、仮にそれ以外のクラスだとしても同様だ。

凛「どちらにしてもハズレっぽい……うう、ホントなら最強のセイバーを呼び出す筈だったのに、どうしてこんなことに」ガクッ

カービィ「ぽーゃ」ナデナデ

凛「お願いだから頭撫でないで。余計惨めな気分になるから」

カービィ「ぽよ?」

凛(まず意思疎通が出来ないのが辛い……こいつさっきから「ぽよ」以外言わないし……。こっちの言ってることはギリギリ伝わってるみたいだけど)



凛「はぁー……。ま、いいわ。アンタ名前は? 真名くらい教えなさいよ……って聞くだけ無駄――」

カービィ「カービィ!」

凛「……は?」

カービィ「カービィ!」

凛「アンタ喋れるんじゃないのよおおおおおおッ!」

 思わずピンクボールを持ち上げ、どこかも分からない首を締め上げていた。

カービィ「ぽゃ―――――っ!?」

凛「はけこらー! クラスを言えー! 宝具を言えー! スキルを言えー!」

カービィ「ぽゃぴゃぽゃ――っ!?」



凛「……ハッ!」

凛「しまった、また家訓を忘れる所だった、常に優雅たれ優雅たれ……」

 ぶつぶつと何度も唱え、心と頭を落ち着かせる。そう、熱くなりすぎないこと。遠坂家の主として、出て来たサーヴァントの首を締め上げるなんて、あってはならないことよ。

カービィ「「ぽゃ?」

凛「ああ、遠坂家では、常に優雅たれって家訓があってね。どんな時も――ってそうじゃない!」

 そんなことをこいつに説明するよりも、重要なことを思い出した。

凛「アンタ今、『カービィ』って言ったわね? それがアンタの真名なのね?」

カービィ「「ぽよ!」

 自信たっぷりにそう頷いた所を見るに、やはり真名は『カービィ』らしい。



凛「『カービィ』……か。聞いたことの無い英霊だけど……」

 と言うより、動物が英霊になることなどありえるのだろうか。英霊とは、過去の偉人であり、つまりは元人間では無かったのか。

 ああ、また頭が痛くなって来た。

 もう一度カービィを見て、それから深呼吸をする。よし、と頷いてカービィに手を差し出した。

カービィ「ぽや?」

凛「……召喚した以上、後戻りは出来ないしね」

 指が無い手なので私が一方的にカービィの手を握る感じになってしまったけれど、とりあえず「よろしく」と握手を交わした。

凛「遠坂家の主君たるもの、これぐらいでヘコんでなんかいられないわ! カービィ! この聖杯戦争、私とあなたで勝つわよ!」

カービィ「ぽーよ!」

凛(正直、不安でしかないけれど……)




 ◆


凛「そう思ってたのに……」

 時は進む。空は闇。場所は穂群原学園グラウンド。今、星の輝きの下で、二体のサーヴァントがその剣戟を交えている。

 その攻防はまさしく英霊同士の戦いと呼ぶに相応しい、この私ですら息を呑む激闘だった。

 一体は黒い法衣に身を包んだ小柄な少年。背には黒い翼が見え、彼が身体を翻す度にその羽が舞い散った。

 構えているのは先端の尖った杖。貫くような鋭い突きに合わせ、放たれる魔力を見るに、おそらくクラスはランサーだろう。

 彼の戦いは粗暴であるようで居ながら、実に軽やかだった。黒い翼と言う悪魔のような風体でありながら、天を舞うその姿はまるで天使のようだった。

 けれど、私がそれよりも目を奪われたもの――それは、まさしく私のサーヴァントの姿。

 あのどう見ても強くなさそうで、脳みそが足りてなくて、ともすれば珍獣にしか見えないあのピンクボールが、今、空を飛び、(どこから出したのか)弓を構え、敵のサーヴァントと闘っている。


 
ブラピ「ほぉ、お前、ふざけた見かけの割には中々やるな! 面白くなって来たぞ!」

カービィ「ヤァァァッ!」

 信じられなかった。

 あの、珍獣もどきが、こんな動きが出来るなんて。

 その時の私が、実に莫迦だったことは明白だ。今、ここで起こっている戦いが『聖杯戦争』であることを忘れ、その戦いに酔いしれていたのだ。まるで演舞を見るが如く、その攻防に見ほれていた。けれど――

ブラピ「誰だ!」

 彼が発した言葉に、我に帰る。見た方向には、走り去る人影が見えた。――マズい。

 私がそう思った時には、既にランサーは空を飛び、その場から姿を消していた。



凛「カービィ!」

 喉が張り裂けそうなくらい強く叫ぶ。聖杯戦争に無関係の一般人にその姿を見られた時、すべからくその口を塞がなくてはならないと言う掟がある。

 浅はかだった。まさかまだ学校に生徒が残っているなんて。お願い、間に合って。力の限り走る、走る、走る。

 けれど、そこで見たのは――。


凛「嘘でしょ……何で、アンタが……」

カービィ「ぽよ?」ツンツン

凛「……もう、駄目みたいね。せめて看取って――」

カービィ「すぅううう――」

凛「ご飯じゃないから!」ペチッ

カービィ「ぽゃっ」

凛「ああ、駄目ね、ここで死んだアンタをこの子が食べたら流石に寝覚めが悪すぎるし……仕方無い、わね」ジャラッ




 ◆


凛「はぁ……いっちばんの宝石が……。まあいっか。アイツが死んだら、あの子が悲しむしね」

 そうでも思わなければやってられない。まさか戦う前から切り札を使い切ってしまうなんて、お父様が見たらなんて言うだろう。

カービィ「ぽゃ?」

凛「アンタの足がもう少し早ければ、あんなことにはならなかったんだから、反省しなさいよね」コツン

カービィ「ぽゃー」

凛「はあ……なんかサーヴァントってよりも、ペットと話してるみたい。さっきのアンタはあんなに凛々しかったのに、またぼんやり桃色風船に戻っちゃってるし」プニプニ

カービィ「ぽゃぽゃ」

凛「けど、あのサーヴァントも何者かしら……。自由自在に空を飛び回るなんて。しかもあの背中の羽……一体何の――」



カービィ「――!」

 突然、カービィが顔を上げて、辺りを見回す。

凛「ん、どしたの、カービィ」

カービィ「ぽよ、ぽよっ!」

凛「ああ、ご飯? アンタもの凄く食べるものね。今作るわよ」スッ

カービィ「ぽゃやっ! ぽゃっ!」

凛「え、そうじゃない?」

カービィ「ぽゃー! ぽゃー!」グイグイ

 食い意地のはったコイツがご飯のことよりも重要なことがあると言っている。一体何だと頭の中で状況を整理しようとして、

凛「ちょ、ちょっと落ち着いて! 何がどうしたって言うの?」



カービィ「ランサー!」

凛「――ッ!」

 カービィの言葉に、また自分の愚かさを呪った。なんて自分は莫迦なのだろう。目撃者を始末するよう真っ先に行動したあのランサーが、もしアイツが生きていることを知ったら?

 再び殺しに行くに決まっている。今度こそ、完全に。

凛「ああ、なんでそんなことに気付かなかったのよ、私はっ!」

カービィ「ぽゃっ!」

凛「分かってるわ。アンタに教えられたってのに凄くヘコんでるけど……今はそんな場合じゃない!」

凛「カービィ! 急ぐわよ!」

カービィ「ぽゃっ!」トタタタ

凛「……足、遅いわね」

 先程の機敏な動きはどこへやら。今のカービィは、悲しくなるほど足が遅かった。




凛「……担いで行ったほうが早いじゃないのよぉおおおおおおお!」ドドドドド

 家訓の優雅は一体どこへ行ったのやら! ピンクボールを抱えて全力疾走する今の私はその言葉から大きく外れ……と言うより、その欠片も感じない。

 ああ、もう! なんでこうも物事が上手く行かないのよ!

カービィ「ぽゃー……」

凛「アンタもさっきはあんなにきびきび動いてたじゃない! まさかもうパワー切れなの?」

凛(強いんだか弱いんだか……ああ、もう訳が分からない!)

凛「アンタ、仮にも英霊なら、素早く移動する術とか持ってないのかー!」

カービィ「ぽゃ!」ピコ-ン

凛「何よ、その電球浮かんだみたいなの」



 あまり期待は出来なかったが、ここは藁にでもすがりたい状況だった。万が一にもカービィがそのような技を持っているのであれば、それに越したことはない。

カービィ「ぽぽぽ……」フリフリ

凛(八尺様かアンタは)

凛「何? 何か探してるの?」

カービィ「ぽよ! ぽよ!」クイクイ

 カービィが指(と言っていいのか定かではないが)さした先には、一台の黒いベンツが止まっていた。

凛「……車? 無理よ、私免許持ってないもの。ったく何をやるかと思えば――」

 と呆れた声で言いかけた所で――、

カービィ「すぅうううううう――」

 なんとカービィは大きく息を吸い込み始めたのだ。その吸引力の恐ろしさたるや、なんと止まっていたベンツがずりずりこっちに引き摺られるほどだ。



凛「えっ!? ちょ、ちょっと、何して――や、やめなさい、カービィ!」

 制止も空しく、カービィの吸い込みは勢いを増し、ついにその吸引力に負けたのか、ベンツのタイヤがばきりと外れ、カービィの口元へと飛んで来た。そして、

カービィ「ごくん」

 あまりにもベタな、ものを飲み込む音。

凛「……今アンタ、タイヤ飲み込んだ?」

カービィ「ホイール!」

凛「……は?」

 その時の私の表情は、まさに鳩が豆鉄砲云々に相応しいくらいなアホ面だっただろう。だがそれも許して欲しい。常に優雅たれなど言っている場合では最早無い。
 
 こいつの吸引力がベンツのタイヤを取り外し、その口に放り込まれた時――私のサーヴァントは、よりにもよってピンクのタイヤになってしまったのだ。




凛「……嘘よ。そんな、タイヤになって死んじゃうなんて。ゴム風船みたいなヤツだと思ってたけど、まさかゴム繋がりでこんな最後を迎えるなんて……。こんな、こんなの……」

カービィ「ぽよ!」

凛「え? ……生きてる? と言うか……喋ってる? タイヤなのに」

カービィ「ぽよ! ぽよっ!」

凛「ま、まさか……アンタ、変身……した、の?」

カービィ「ぽよっ!」

凛「わ、分かったわ。いや、全然分からないけど、とにかく乗ればいいのね? 分かったわ!」グッ

 言って、数秒後に我に帰る。

凛「……どこに乗れと?」



 ◆


 グォングォングォングォングォングォングォングォングォングォングォングォン


凛「――玉乗りじゃないんだからぁあああああああああああ!!」ドドドドド

 図↓

 凛
 カビ(ホイール) =========


凛「ひぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい!」ビュン




「……何だ、あの珍妙な大道芸は。しかしあの小娘中々やるな」

「おっと、早くせねば返却時間に間に合わなくなってしまう。して今日は何を借りるか」

「……しまった! Tポイントカードを忘れた!」

「ううむ、ここから戻るのも面倒だな。言峰に届けさせるか」プルルル

「もしもし、我だ、我。ああ、そうだ、戸棚の所にあるやもしれん……うむ、頼むぞ」ピッ



 ◆


凛「おえっ……はきそう……」

カービィ「ぽゃゃ?」

 気がつくと私は何度か見たことのある、見覚えのある屋敷の前に居た。

 目の前のカービィも、何時の間にかタイヤからもとのピンクボールに戻っている。

凛「……ランサーは……――ッ! カービィ!」

「せいっ!」

カービィ「ヤッ!」

 降り掛かった剣を、カービィが私を突き飛ばし避けさせる。
 


 銀の剣が街灯を反射し、闇夜の中でも美しい輝きが見えた。しかし見とれている暇など無い。

凛「くっ! こんな時に別のサーヴァントと遭遇するなんて……ッ!」

 すかざす上着のポケットに右手を突っ込み、宝石を取り出す。その動作に気付いたのか、私の右手に視線を向け、そして敵サーヴァントが頷く。

ルキナ「令呪……なるほど、やはりあなたもマスターの一人。ならば、容赦は致しません」

 鋭くも自信に溢れたその声は、高貴な王族を思わせた。

 凛とした瞳。たなびく蒼色の髪。

 私(たち)にそう剣の切っ先を向けてきたのは、私と同じ年に見えるような線の細い少女だった。

 しかしサーヴァントとして重要なのはその内の力だ。たとえ見た目が少女のそれであろうとも、その身に秘めた力は、紛れも無く英霊のそれだと瞬時に理解出来た。
 
 この威圧感、そして何よりも片手に握られた銀の剣。それこそ、私が欲して、手に入れることの出来なかったクラス。




凛「あなたが……セイバーのクラスなのね」

ルキナ「ええ、その通りです。そう言うあなたのサーヴァントは……」チラッ

カービィ「ぽよ?」

ルキナ「サーヴァント……は……」

ルキナ「…………」

凛「…………」

ルキナ「敵であるならば、容赦は致しません!」スチャッ

凛「答えを放棄しないでよぉ! その気持ちは分かるけどぉ!」


 ああ、敵のサーヴァントにすら分からないなんて。常に優雅たれを家訓とする私も、流石に涙が流れそうになる。

 しかし残りの二体であったサーヴァントのうちの一つ、セイバーを前にしていると言うことは、やはりこのピンクボールはアーチャーなのか。

 確かに先程小さな弓を引いてはいたものの、しかし納得が出来ない。

 何度も言うが、聖杯戦争において、セイバー、ランサーに並ぶ三騎士の一角なのに。それがこのピンクボールでは、三騎士の名が泣くぞ!

凛「あーもう! いいわ、とにかく彼の安否を確かめないと! 邪魔するならこっちだって容赦はしな――」

士郎「セイバー、やめろ!」

 私の声に被さり、必死に叫ぶ男の子の声が響いた。ハァハァと息切れを起こしながら屋敷の門から出て来た男の子の姿を見て、ぽかん、と口を開ける。


 
凛「――……衛宮くん、無事、だったの?」

士郎「なっ、お前……遠坂……か?」

凛「ははーん、そういうこと、ね」

 合点が言った。そして、頷く。これは、私に取って好機と見るべきだろう。

凛「こんばんは、衛宮くん。少し、話良いかしら?」


今回はここまでです。

読んでくれている方、レスしてくれた方、ありがとうございます。
また少し出来たので、更新させて頂きます。




 ◆


凛「……これが、聖杯戦争についての基礎知識よ」

士郎「そんな……」

 彼の家に上がり込み、あらかたの説明を終えると、衛宮くん今にも頭を抱えそうな位に深刻な顔をしていた。

 無理も無いか。魔術の話を聞いてそこまで驚かない反面、聖杯戦争の存在そのものには衝撃を隠せていない。

 やはり見るからに、裏の世界を知らない素人魔術師。一般人と何も変わらない存在なのだろう。

凛「何をびびってるのよ。あなたは最優のサーヴァント、セイバーを引き当てたのよ? 使い方次第では、聖杯も夢ではないと言うのに」

 皮肉半分、嫉妬三割、下心二割でそう言ってやった。ま、魔術についてのド素人の衛宮くんに限っては、そんなことは万が一にも無いと思うけれどね。



凛「戦争なんて――」

士郎「間違ってると言うなら、この戦いから下りなさい」

 言いかけた言葉を先に止める。射抜くように彼の目を睨みつけて、片手を突き出した。

凛「止めはしないわ。むしろ歓迎よ。あなたがここで下りてくれれば、最優のサーヴァントを無理に倒す必要も無くなるしね」

士郎「……ッ!」

凛「まあ、一つだけ言っておくけど、あなたがこの戦いを放棄すると言うことは、そこのセイバーを見捨てることだと理解しなさいね」

 と、冗談半分にこの甘ちゃんを脅してみる。



 ま、そんなこと言っても、今の衛宮くんにとって目の前のセイバーは突然現れた赤の他人でしかない。もっと言えば、亡霊であり、人ですらない。そんな得体の知れない存在相手に、特別な感情を抱くと言う方がおかしいのだ。

 だからこそ私は、私の言葉に衛宮くんが頬を震わせたことに大層驚いた。

ルキナ「……マスター」

士郎「セイバー、俺は……」

凛「え、衛宮くん?」

 ちょっと、嘘でしょ。まさか今の言葉本気にしちゃってるって言うか……本気でセイバーの為に悩んでるの?

 狼狽する私に、セイバーがちらりと視線を向けて来た。そしてすぐに衛宮くんに視線を戻すと、

ルキナ「……お願いです、そこのマスターに、この子を触らせて頂けないかと頼んでくれませんか?」



士郎「え? あ、ああ。い、いい……か? 遠坂」

 はぁ、と溜息をついて、手を振った。最近溜息が多くなって来たな。たしか溜息をつくたびに幸運が逃げてくんだっけと、どうでもいいことを思い出す。

 しかしどうりで、最近ツイてないことだらけだ。まあ五割くらいは自分のせいであるんだけども。……いや、八割くらいそうかもしれない。

凛「……別に構わないわよ、今はお互い敵意は無いみたいだしね、存分に揉みしだきなさい」

カービィ「ぽゃっ!?」

ルキナ「で、ではっ!」ムギュ

カービィ「ぽゃぅ!?」

ルキナ「や、柔らかい、気持ちいい……」

カービィ「ぽゃ~……」

士郎「そ、そうか、良かったな、セイバー」



凛「呆れた……」

 カービィを抱きしめるセイバーを見ながら、ぼそりと自分だけに聞こえる声で呟く。
 
 マスターがマスターなら、サーヴァントもサーヴァントだ。とても戦争の為に召喚された英霊とは思えない。

凛(衛宮くんの気を紛らわせようとするなんてね。けれど、その甘さは、この戦いでは命取りよ)

 尤も、そんなことまで敵マスターとそのサーヴァントに助言するほど私は優しい人間ではない。第一そんなことは、彼らが自分で気付くにこしたことはないのだから。

 兎にも角にも、衛宮くんがマスターとなった以上は、冬木の管理者として、このまま素人マスターを野放しにするわけにはいかない。

 しかるべき手続きを持って、彼に行く末を決めてもらう必要がある。

 立ち上がり、彼に手を差し出す。

凛「まあ、あなたが戦おうと下りようと、とりあえずは行くわよ」

士郎「い、行くって、こんな時間にどこに行くんだ?」




 一丁前に私が差し出した手を、どうするべきか照れて悩んでいる衛宮くんを可愛らしいとは思いつつも、同時にじれったくも感じ、手っ取り早くこちらから腕を掴み無理やり立たせる。

凛「この聖杯戦争の監督役の所。道中、それも諸々説明してあげるわ」

 こんなことでも無ければ、極力会いたく無い相手だけれど、致し方無い。衛宮くんもここは素直に頷いてくれた。

士郎「……分かった、頼む」

ルキナ「マスター、私たちは」

凛「当然、セイバーたちも付いて来なさい。道中敵と遭遇するかもしれないしね。あと、そろそろその子離してあげなさいよ」

カービィ「ぽゃ~……」

ルキナ「し、失礼しました。あまりに抱き心地が良く……」パッ

 そりゃ確かに気持ちいいけどね。あの手触りと反発力のまくらがあったら是非とも欲しい所だ。流石にカービィを枕代わりにするほど、まだ私は鬼畜ではないが。

 それでも寝る時に無意識にカービィを抱き枕にしていることは、口が裂けても言えないけれど。



カービィ「ぽゃっぽゃっ!」トタタタ

凛「何? そんなに苦しかったの?」

 セイバーの腕から逃れて来たカービィを撫でながら、また溜息を付く。

凛「全く……ホント、おかしな英霊ばっかりね」

 けれど、なんだろう、この妙な感じは。どうにもしっくり来ない気分だ。

凛「……気のせい、かな」

 この時に感じた違和感の正体を、知ることになるのはずっと後のことだった。

 けれど、その正体を知った時、既にこの聖杯戦争は、後戻りの出来ない場所まで歪みきってしまっていたのだ。



 
 ◆


凛「綺礼ーッ! 居るー?」

 息を吸い込んで、教会の中へ大声で呼ぶ。

 間もなく、胡散臭いオーラと麻婆臭を全身から醸し出す長身の男――言峰綺礼が現れた。

綺礼「夜中に大声を出すと言うのは優雅さに欠ける行為だと思うのだがな、遠坂凛」

凛「アンタ、前に麻婆作ってて聞こえてなかったじゃない」

綺礼「どうも換気扇の音が五月蝿くてな。して、何用かな?」

凛「最後のマスターを連れて来たわ。まあ、まだ迷ってるみたいだけどね。アンタは監督役の義務をこなしなさい」

綺礼「やれやれ……全く、あっちに行ったりこっちに行ったり……あげくにこうして本業が舞い込んで来るとは……いつまでたっても夕食が完成しないではないか」




 アンタの調理事情など知ったことかと切り捨て、衛宮くんに綺礼について簡単に説明する。曰く私の兄弟子であり、この聖杯戦争の監督役として派遣された存在であること。そして麻婆豆腐をこよなく愛する変態であること。……まあこれは別に良いか。

凛「で、こっちがさっき言った通りだけど、最後のマスター、衛宮士郎くん。腹立つことにセイバーのサーヴァントを召喚したのよ。尊敬しちゃうわ」

 嫉妬を十分に含んだ皮肉を言ったが、しかし綺礼はそれに反応することは無く、ただ一言、「そうか、衛宮か」と不気味に口元を歪めた。気色悪いことこの上ないが、それも今更か。

 入りたまえ、と綺礼が中へ促し、私たち二人は教会内へ足を踏み入れた。

 中は薄暗く、管理人である綺礼の内面がどんより浮き出ているかのようだ。仮にも神様を祀る場所であるのだから、そのような形容は罰当たりだとは自分でも思うが。

 祭壇を前に、綺礼は私たち――正確には衛宮くんへ振り返ると、「では」と一拍置き、口を開いた。

綺礼「衛宮士郎。君はサーヴァントを呼び出した。ここにマスターであることを認め、聖杯戦争への参加を表明するかね?」



 遠回りの無い、ストレートな問いだ。恐らく私が綺礼の立場でもそう問うだろう。

 この戦いに遠回りはいらない。勝つか負けるか、生きるか死ぬか。

 聖杯戦争とはそう言うものなのだ。この時点で尻込みをするような軟弱者ならば、教会に保護を求める方がよっぽど賢い選択だ。

 そう思った矢先、

士郎「俺の他にマスターを選定することは出来ないのか? 俺は遠坂の言う通り魔術に関しては素人同然だ」

 衛宮くんは綺礼を真っ直ぐ見てそう言った。

 頭を抱えたくなる。なんせ、衛宮くんはこれを本気で言っている。しかも『逃げたいから』じゃないのだ。外に居るセイバーの為にそう言っている。

 ああ、こいつはそう言う人間なのだろう。呆れを通り越して、ある種の尊敬の気すら湧いて来る。ともすればこいつは聖人か?

 なんでよりによってこんな甘ちゃんがセイバーのクラスを呼び出せたのか、不思議でしょうがない。

綺礼「君が望むのであれば、その身を保護することはやぶさかではない。しかし選び直すことは出来ぬ。マスターとはある種の試練だ」

士郎「……試練」



 話が長くなりそうだ。思わず出そうになった欠伸をかみ殺す。常に優雅たる遠坂は、人前で欠伸なんかしてはならない。等と言う、私の家訓を守る戦いの間にも、綺礼と衛宮くんの間では重い問答が繰り返されている。

 あくまで重いと言うのは衛宮くんのような一般人にとっての感覚であり、魔術師である私にはごくごく当たり前の常識なのだが。それでもやはり衛宮くんにとっては堪え難い言葉の連続のようで、ことある度に綺礼に噛み付いてはいなされている。

 けれど、「聖杯戦争とは殺し合いだ」――綺礼がそう言った時、何故か自分の頬がぴくりと震えるのを感じた。

凛「殺しだけでは無いわ。綺礼、素人に嘘を吹き込み過ぎるのはよくないわよ」

 そう言うと、綺礼は肩をすくめ私を見た。無性に腹が立つ仕草だ。子供をあやすような目で私を見るな。昔とは違う。

凛「そこの平和ボケと一緒にしないで。ただ私は、殺すだけが勝利では無いと言っているだけよ。あくまでも戦術の一つとしてね」

 これは本心だ。聖杯戦争とは確かに殺し、殺される儀式ではあるのだろう。しかしただ短絡的に殺すだけの者に訪れる聖杯ではない。計略を巡らせ、狡猾に動いてこその戦争なのだ。

 ただ殺し合うだけの野蛮な戦では無い筈だ。仮にも、私の父がその昔に臨んだ戦いであるならば。

 それに、サーヴァントに殺すとはまた奇妙な表現ではないか。



凛「聖杯戦争では、重要なのはサーヴァント。自らのサーヴァントを除く六体を撤去させることで現れるものが聖杯なの。別にマスターを殺す必要も無ければ、サーヴァントを倒すことに躊躇いを感じる必要は無いわ。所詮は遠の昔に命を落とした英霊だもの」

 無意識に自分が早口になってしまったことに気付き、内心舌打ちを打つ。しかし私の言っていることに間違いは無いはずだ。

 サーヴァントを倒すことは、現代で言う殺人の概念とは大きく外れるものだろう。

 なにせ幽霊を殺して罪になる人間などいやしない。サーヴァントは、「殺す」のではない。「倒す」ものなのだ。

 しかし綺礼はまた反論を仕掛けて来る。

 マスターを倒すことが聖杯戦争勝利の近道であると。

 これには私に反論の余地はない。勝利を確実にしたいのであれば、それは鉄則であり常識だ。



 強靭なサーヴァント。ひ弱な人間であるマスター。

 どちらを狙うのが正解かは、火を見るより明らかだ。

 だけど、それでも私は――。

 いけない、と拳を握る。衛宮くんがどうなろうと知ったことではない。私は私の理念を戦いを貫き通せばいいだけだ。

 何をここで今更、綺礼相手に聖杯戦争について語り合わねばならないのか。

 そう考えると幾分スッキリした。もういい、後は勝手にやってなさい。

 そう手を振ると同時に、綺礼は悪魔めいた言葉を衛宮くんへと囁いた。

綺礼「たとえば、聖杯戦争で勝利した者が、世界征服を願ったとしても、それを止めるものなど居やしない」

 明らかに衛宮くんの顔つきが――その周りに漂う空気が変わったのが分かった。顔を強ばらせ、綺礼を睨みつけている。



士郎「なら、聖杯を手に入れた奴が、他人の不幸を望むようなイカれた奴だとしても」

綺礼「その願いは滞り無く叶えられるだろう。聖杯とはそういうものだ。それが嫌ならば衛宮士郎――君がマスターとなり、勝ち残り、そして聖杯を手にしたまえ」

 その後、二人の間に交わされた十年前と言う言葉。この冬木市で多くの死者を出したあの災害。あの惨劇が、衛宮くんに何を思わせたのかは知る由も無いけれど、彼は静かに頷いた。

 つまり、彼はマスターとなることを決めたのだ。


凛「そう、なら……」

 小さな声で呟く。ならば話は早い。

 教会を出る彼の後に、私も続く。

 打算に長け、狡猾に動くこと。それが聖杯戦争、勝利の鍵なのよ、衛宮くん。



 
 ◆


 ――喜べ少年、君の願いはようやく叶う。

 意味深な綺礼の言葉を後に、私たちは教会を出た。

凛「……願い、ね」

 綺礼と衛宮くんは初対面だと思っていたけれど、何かしらの因縁でもあるのだろうか。どうにも今日の綺礼は、いつもにも増して口が回っていた。

 中立の立場を貫いている割には、まるで是が非でも衛宮くんをこの戦いに参加させたいかのように。

 もっとも、衛宮くんはそんなこと、気にもしていないようだけれど。

 



 教会の門を抜けると、二人(片方は一匹と数えた方がいいかもしれないが)のサーヴァントが私たちを迎えた。
 
 衛宮くんが魔術師として未熟故なのか、霊体化することの出来ないセイバーと、その例えが思いっきりブーメランになる、同じく霊体化が出来ないカービィだ。

 しかしセイバーが霊体化出来ない理由は分かるとして、何故このピンクボールも出来ないのか。これでも私は魔術師としては一人前である自覚を持っていただけに、この状態には最早胃痛すら感じて来る。

 ……頭痛薬に続き、胃薬も必要になってくるかもしれない。薬って結構高いのよね、とこれからの経済状況を考えるとまた胃痛を感じて来た。

「いけない、常に優雅たれ優雅たれ……」

 私たちの姿に気付くと同時に、目を輝かせて私に飛びついて来たカービィとは対照的に、セイバーはどう振る舞えばいいか戸惑いを隠せないでいた。

ルキナ「マスター……」

 セイバーが衛宮くんへ目を向けた。心無しか、その視線は不安な色を帯びている。当然だろう、彼のさっきの言動を目の当たりにしていれば。

 けれど衛宮くんは静かに頷いて、セイバーに手を差し出した。

士郎「マスターとして、戦うことを決めたよ。俺に付いて来てくれるか?」




 途端、分かりやすい位にセイバーの顔に光が差し込む。ぱぁあ、と言う効果音でも聞こえて来そうだ。あら可愛い、なんてつい思ってしまう。

 こうして見ると、セイバーも年頃の少女にしか見えないのだから、つくづく英霊とはやはり元人間なのだなと感じる。

 ……いや、目の前のピンクボールは別としてね?

ルキナ「無論です。あなたは始めから、私のマスターです」

士郎「始めから……」

ルキナ「……どうしました、マスター?」

士郎「いや、何でも無い。それじゃあ、よろしく頼む」

 二人が握手を交わした姿に、やれやれと溜息をつくと同時に、何かが心の中で引っかかった。

 奇妙な違和感だ。まるで、夢でこの場面を見たことがあるような……。

 そう思った所で、「またか」、と頭を小突く。見たことなんてあるわけないでしょうに。



凛「思春期にありがちなデジャヴって奴かしら。疲れてるのね、私」

カービィ「ぽゃぽゃ」ポンポン

凛「はいはい、労ってくれてるのね、ありがと」

士郎「遠坂も、色々ありがとうな。初めに会えたマスターが、お前で良かった」

 そう面と向かっていわれ、また呆れる。今、私と衛宮くんの間にはどんな溝があるか分かっていないのだろう。致し方ない。この平和ボケに、それを期待するのも無理な話と言うものか。

 きっと衛宮くんにはさっきも今も、同じ高校に通う知り合いとしか思われていないのでしょうね。

 まあだけど、今回に限ってはその平和ボケがありがたい。

凛「なら、早速だけど提案があるの」

士郎「提案?」



 ええ、と頷き、彼に向かい、手を差し出す。

凛「衛宮くん、私と同盟を組まないかしら?」

士郎「同盟?」

 これは彼がセイバーを呼び出したと理解してから考えていた策の一つではあった。

 なんせ、先のランサー戦では私の予想を大きく上回る戦いを披露してくれたものの、未だにカービィの真の力は未知数だ。

 ともすれば先程の攻防が限界点かもしれない。そうなれば、この先の戦いを有利に進めることは出来ないだろう。

 協力者が必要だ。力が強く、そして物わかりのいい。

 ……まあ、この場合は、力が強いのはサーヴァントだけれど。衛宮くんはむしろオマケみたいなものね。

士郎「そうか、俺も遠坂と喧嘩はしたくないからな。是非ともないよ」
 
 ……しかしこれは平和ボケを通り越してバカの域に入らないだろうか?




凛「アンタねぇ……」

士郎「どうした、遠坂?」

凛「あのね、少しくらいは相手を疑いなさい! もしかしたら私があなたとセイバーを利用しようとしているだけかもしれないのよ!? そんなすぐに相手の話を信じるようじゃ、この先命がいくつあっても足りないわよ!」

士郎「でも、遠坂にそんな気は無いだろ?」

 真正面から言われ、言葉を失くす。

 ああ、駄目だ。根本的に私なんかとはモノの考えが違うらしい。こちらから同盟を申し出ておいてなんだが、これでは先が思いやられること間違い無しだ。

凛「……分かったわ。でもね、せめてあなたのサーヴァントに、確認を取るくらいはしたらどう? 戦うのは、あなたでは無くセイバーのほうなんだから」

 そう言うと、衛宮くんは素直にそうだな、と頷き、セイバーを見た。

士郎「セイバー、お前はどう思う?」

ルキナ「私はマスターが決めたのであれば、意見を挟むつもりはありません。それに、彼女は信用に足る人物だと私も思います」



凛「……いいの? 自分で言って哀しくなるけど、私のサーヴァントはこのちんちくりんのピンクボールよ? 同盟を組む価値はあると思ってる?」

ルキナ「あなたは彼を見くびっているようですが、彼から感じる力は強大そのものです。同時にそれは、彼を御しているあなたの魔術師としての器も物語っている。同盟を断る道理はないでしょう」

 ……それこそ買いかぶりすぎじゃないだろうか。どう見ても、セイバーがそう表現するとは思えない外見だ。

 確かにランサーとの戦いでのカービィは、見事と言うしか無かったけれど、まさかあれも本気では無かったと言うのだろうか。

凛「そんな……まさかね」

 私にとってはこの目で見たものが全てだ。セイバーの言葉を疑うわけでは無いけれど、まだそこまでカービィに信用を注ぐわけには行かない。あくまでも聖杯戦争とは、私の戦いであるのだから。 

凛「ま、そこまで言って貰えるなら、こっちにも不都合は無いわ。短い間かもしれないけれど、これからよろしくね、衛宮くん、セイバー」

士郎「ああ、よろしく」




ルキナ「こちらこそ、よろしくお願いします。……ええと」

凛「凛でいいわ」

士郎「ついでに俺も士郎でいい。マスターなんて言われる程、一人前じゃないからな」

ルキナ「……分かりました。では、改めてよろしくお願いします、シロウ、リン、そして、カービィ」

カービィ「ぽーゃ!」

凛「そう言えば、クラスが分からなかったらずっと真名で呼びっぱなしだったわね」

 カービィの名前を撫でながら、今更そんなことに気付いてまた溜息をつく。全く、つくづく上手く行っていない。

 真名とはその英霊の存在を知る上で最も重要なことの一つだ。自分の英霊の真名を知ることで、その英霊の過去の偉業、戦法、宝具を知り、そして戦略を巡らせることが出来る。

 反面、それは敵に知られれば対策を練られることも確実であり、戦いを有利に運ぶことが難しくなる。

 故にマスターはサーヴァントを真名では無くクラス名で呼ぶことが通常であり基本なのだ。



凛「とは言え……ま、こんな英霊、聞いたことも無いし、人間ですらないことは確実だもの。知られようが構やしないわ」

 もっとも、名前も知らない英霊と言うのはこの聖杯戦争においては酷く危うい。

 英霊とは、その知名度もまた身の強さに比例する。更に召喚された土地において、知名度を誇れば誇るほど、英霊の力は底上げされる。

 詰まる所、このピンクボールはその恩恵を一ミリたりとも受けられないことは確実だろう。

凛「ああ、益々頭が痛くなって来た……」

 そう頭を抱えた私に、

ルキナ「その心配は無いかと思います」

 セイバーがそう一言。

凛「どう言うこと?」



 思えば、このセイバーもまた英霊であり、それ即ち彼女にも真名が存在すると言うことだ。過去の英霊、この魔力。果たして誰なのかと期待したが、

ルキナ「私の真名はルキナと言います」

 その名前は、またも聞いたことの無いものだった。

 これでも聖杯戦争に参加するに辺り……と言うより、一般常識を含めても、それなりに過去の偉人、英雄についての知識は得ているつもりだった。

 しかし彼女から聞いた名前は、やはり記憶を奥底まで辿ってみても聞いたことの無いもので、首を傾げるしか出来なかった。

凛「……ごめんなさい、聞いたことがないわ」

ルキナ「そうですか、やはり……」

凛「やはり? それってどう言う――」


「くすくす、何も知らないのね」



 私が質問を終える前に、背筋が寒くなるような笑い声が耳に響いた。

 咄嗟に振り返り、坂の上を見上げ戦闘態勢に入る。それは横に居るセイバーとカービィも同じだった。それほどまでに、声のした方角から、とてつもない殺気を感じたのだ。

「――こんばんは、お兄ちゃん」

 屈託の無い笑顔でそう微笑んだのは、純白の髪を持った、十代前半に見える少女だった。

 ただ道ばたですれ違えば、思わず振り返ってしまいそうなくらいに可愛らしい姿。

 だけど、もう外見など気にしてられないことが明白なほどに、彼女の周りには喉が張り付くような、異様な魔力が滲んでいた。

凛「あなたは……」

 少女は私に視線を向けると、軽やかな所作で頭を下げた。

イリヤ「初めまして、リン。私の名前は、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン……って言えば、遠坂であるあなたには分かるよね?」



凛「アインツベルン……」

 そういうことか……!

 この聖杯戦争の始祖である御三家。

 遠坂、間桐、そしてアインツベルン。信じられないが、目の前の少女が、そのアインツベルンより遣われたマスターなのだろう。

ルキナ「この殺気……並大抵のものではありません。シロウ、後ろに!」

凛(確かにヤバい……この、霧越しでも分かる魔力、私なんかとは、比べ物にならない力を感じる!)

凛「けど、肝心のサーヴァントが見えない。この霧の中に隠れているの……?」

 そう呟いた言葉は、意図せず彼女の耳に届いたらしい。一瞬目を丸くさせ、くすくすと笑うと、

イリヤ「うっかりしてた。ごめんなさい、じゃあ、今見せてあげるわ。――行きなさい、バーサーカー!」

 突然、右手に持っていた紫色の球体を空中に放り投げたのだ。



 空中に放り出されたその球状の物質から、紅玉のような煌めきを持った光が放たれる。瞬間、この場に先程とは比べ物にならない魔力の重圧が溢れかえった。

 そして理解する。あの異様な魔力は彼女を中心に渦巻いていたのではない。

 彼女の右手――正確には、その握っていた球体を中心に渦巻いていたのだ。

凛「な、なによこれ……!」

 その異様な出で立ちに言葉を失くす。

 現れたのは、またも人の姿のそれではなかった。純白の身体に、短い手足。紫色の尾がゆらめき、静かに風を叩いている。

 顔だけ見れば猫のようにも見えるものの、その双眸はまるで悪魔のように鋭く、一目でそのクラスが狂戦士のそれだと理解出来た。

凛「バーサーカーのクラスね……!」

 私の呟きに、アインツベルンのマスターはにこりと笑い、当たり、と返した。

 二人のマスター、サーヴァントと相対して尚この余裕。余程自分のバーサーカーの力に、自信を持っているのだろう。



士郎「バーサーカー……強いのか?」

 衛宮くんの問いに、当たり前でしょと叫ぶ。それでなくとも目の前の英霊からはクラスの差などものともしない重圧を感じているのだ。

凛「ああもう! なんでこの聖杯戦争は人外ばっかなのよ! 信じられない!」

 もう一度上着ポケットの中に手を突っ込み、宝石の数を確認した。けれどその数も心もとない。第一、こんな程度の宝石を使用した所で、この戦いを切り抜けられるのだろうか。

 冷や汗が頬から流れ、地面に落ちる。

 くすり、と再びアインツベルンのマスターが笑い、そして片手を大きく振り上げた。


イリヤ「――始めるよ。知られざる英雄たちの、もう一つの聖戦を」


今回はここまでです。

読んでくれている方、ありがとうございます。

読んでくれている方ありがとうございます。
明日また少し更新させて頂きます。

紫色の球体、赤い光からしてイリヤが投げたのはどう考えてもマスターボールだろ。それにあいつの説明見れば、バーサーカーは寧ろ妥当。

ライダーわっかんねー。適合する人多すぎだろ。

レスしてくれた方、ありがとうございました。

このSSについてですが、登場するキャラクターたちの力や能力については、カービィがホイールを使えたように、スマブラだけでなくオリジナルのものなども出す予定です。

>>82 お察しの通り、イリヤが投げたのはマスターボールです。

では次レスより更新再開させて頂きます。



凛「知られざる……?」

士郎「遠坂、来るぞ!」

 はっ、と我に帰ると、私の目の前までバーサーカーが迫って来ていた。

 信じられないスピードで、その巨体からは考えられない俊敏さだった。視界を白い巨躯が覆う。私の喉元にその指が届く、あと一歩と言う所で、バーサーカーの腕をセイバーの剣が弾いた。

 腕と剣であるにも関わらず、まるで金属がぶつかり合ったような音が響き、闇夜に甲高くその音が割れる。

ルキナ「ご無事ですか、リン」

凛「……あ、ありがと、助かったわ」

 静寂の後に心臓が激しく鼓動した。死、それが今、目の前まで見えていた。

 ――落ち着け、これは聖杯戦争。死など常に目の前にあるものだと考えなければ。



ルキナ「同盟を組んだ以上、あなたはシロウの次に守るべき存在です。感謝の必要はありません」

カービィ「ぽゃ~……」ツンツン

凛「アンタはもう少し私を真剣に守りなさい!」

イリヤ「へぇ、それがお兄ちゃんのセイバー。今の一撃を捌くあたり、結構強いんだね。それで、リンのサーヴァントは……」

カービィ「…………」ジ-ッ

イリヤ「サーヴァント……は……」

凛「…………」

イリヤ「…………」

イリヤ「行くわよ、バーサーカー!」

凛「だから無視しないでよぉお! お願いだから、何か言ってよぉ!」



士郎「お、落ち着け、遠坂!」

凛「落ち着いてられないわよ! なんで会うサーヴァント、マスターから軒並み無視されなくちゃいけないのよぉ! これでもちゃんとしたサーヴァントなのよぉ!? それなりに戦えてるんだからぁぁ!」

イリヤ「え、えーと……そ、その子は可愛いから、凛は殺して私のサーヴァントにしてあげるわ!」

凛「あげくそれか! んな恐ろしいことさせてたまるかー!」

 敵マスターに情けをかけられるなんて恥も良い所だ。いや、情けなのかは凄く微妙な台詞だったけれど。

 ああ、けれどその言葉は正直実行されてもおかしくない状況なのだ。

 セイバーの実力は今の一瞬でもやはり相当なものだと分かったけれど、やはりカービィでは心もとない……と言うか、相手に出来る気がしない!



 私のガンドなんて目くらましにもならないだろうことは明白だし、何よりあのバーサーカーを制御している時点で、アインツベルンのマスター……イリヤスフィールの格が、私より遥かに高いことも一目瞭然。

 ……詰まる所、絶体絶命と言うヤツだ。

凛「……逃げる……なんてこと、許してくれそうな相手じゃないわね」

イリヤ「ええ、勿論、許さないよ」

 覚悟を決めるしかない、か。ポケットの宝石をぎゅっと握った。

凛「カービィ! 死ぬ気で戦いなさい!」

カービィ「……ぽよっ!」

イリヤ「ふぅん。じゃあ、その子以外、みんな殺っちゃえ、バーサーカー!」

バーサーカー「■■■■■■■■―――――ッ!」


>>91 すみません、名前が『バーサーカー』表記になってますが、正しくは『ミュウツー』です。



 うなり声と言うにはあまりにも恐ろしい、まるで地獄の釜が開いたかのような轟音が響き、バーサーカーが再び地を蹴った。いや、その動きは『地を蹴る』と言う言葉は適さないのかもしれない。

 バーサーカーの動きは狂戦士ながらも実に奇妙な動きで、まるでその身体は常に空中を飛び回っているかのようだ。

 しかしそれでもその動きは尋常な速さでは無く、あのセイバーが反応をするのがやっと――私に限っては、目で追うことすら難しいレベルだ。

 持ち前の直感スキル故か、セイバーが再び構えた剣でその攻撃を防ぐが、その衝撃を抑えることは出来ず、身体が僅かに弾き飛ばされる。

 続けての連撃に、必死にセイバーは防御を取り続けるが、その身はどんどん後退させられて行くのがはっきり分かった。

ルキナ「くっ……! なんと速く重い攻撃……ッ!」

ミュウツー「■■■■■■■―――――!」

 ガキンガキンと甲高い金属音が連続で続いている。その音の鋭さが、いかにバーサーカーの一撃が強固なものであるかを悟らせた。おそらく、並のサーヴァントなら一撃だって耐えられないだろう。



 けれどやはりおかしい。いくら英霊とは言え、肉体が人間のそれを超えることがあるのだろうか。セイバーのステータスも尋常なものではない。最優の名に相応しい力を備えている。その英霊が振るう剣を、いくらバーサーカーと言えど、素手でいなすことが出来ると言うのか。

凛「……! あれは」

 そして気付く。素手に見えたバーサーカーの手の中に、半透明の物質が握られている。先程から響く金属音は、あの武器がセイバーの剣とぶつかり合う音だったのだ。

ルキナ「くっ! 不可視の武器とは……!」

 微弱な魔力に目を凝らせばおおよその形状は掴めるものの、バーサーカーの持つ圧倒的なスピードを前に、その攻撃を受けるだけで精一杯のようだ。無理も無い、この敵に加え不可視の武器など反則にも程がある。

 そんな私たちをからかうように、あるいは見下すように、イリヤスフィールはバーサーカーへと命じた。

イリヤ「くすくす、セイバーったら武器が見えなくて辛そうね。それじゃあみんなに見せてあげなよ、バーサーカーの武器を!」

 彼女の命令が耳に届くと同時に、バーサーカーの持っていた武器が少しずつ白き輝きを帯び始め、その像を覗かせる。しかしその全容が明らかになった時、その意外な形状に、私たちは言葉を失くした。

実際誰も知りようがないし、狂化してると却ってメガれなくなりそうだしいいんでね?



ルキナ「貴様……それは」

凛「スプー……ン?」

 そう、バーサーカーが握っていた武器。それは剣でも無ければ槍でもなく、斧でもなければ弓矢でも無かった。

 その手にあったのは巨大なスプーン、まさしくそのものだった。

ルキナ「なるほど……剣にしては先端の間合いに異様な広さを感じましたが……まさかこのような得物だとは」

凛「どこまでもイレギュラーね。スプーンを使う英霊なんて聞いたことがないわ」

 軽口を叩くも、目の前の英霊に至っては、そのありえない武具すら恐ろしい宝具に見えるのだ。現にセイバーの宝具であろう剣をいなし、いとも容易く弾いている。

イリヤ「どう、驚いた? これがバーサーカーの得意な武器。可愛いでしょ?」

凛「ええ、けれど全容を見せてくれるなんて、随分余裕があるじゃない? 流石に私たちのことをナメすぎじゃないかしら?」

イリヤ「だって、あなたたちがバーサーカーに勝てるなんてとても思えないし――いつ、これが武器の全容なんて言ったかしら?」

凛「なっ!?」



 イリヤスフィールがパチンと指を鳴らすと同時に、スプーンが急激にその柄を伸ばす。鋭く飛び出た先端部がセイバーの腹部を直撃し、その身体を数十メートル打ち上げた。

ルキナ「ぐぅッ!」

士郎「セイバーッ!」

 衛宮くんの悲痛な叫びすら、私の耳には遠く聞こえた。すぐにセイバーの飛ばされた方角へ目をやり、その魔力を辿る。

凛(……大丈夫、そこまで深いダメージじゃない!)

 セイバーを追い、バーサーカーが唸り声と共に地を蹴った。その衝撃はアスファルトを砕き、余波が私たちの身体を襲う。

 土ぼこりに咳き込みながら、すぐに衛宮くんの方向へ目を向ける。

凛「……ッ! 衛宮くん、無事!?」

士郎「俺よりも、セイバーが!」

 どこまでもお人好しか! 叫びたい衝動をこらえ、セイバーが飛ばされた方角を見る。



凛「ここは私たちに任せて、あなたは逃げなさい!」

士郎「そんな……俺だって」

凛「今のあなたじゃ、セイバーの邪魔になるだけよ!」

 彼にとっては厳しい言葉かもしれない。戦うと決めたばかりで蚊帳の外にされてしまっては、立つ瀬が無いことは分かっている。けれど、今はそんなことを言っている場合では無いのだ。

 衛宮くんが居なくとも、セイバーは戦うことが出来る。むしろ、この場で衛宮くんが敵マスターに襲われ、セイバーが消滅してしまう方が恐ろしい。
 
凛「いい? 仮にもし、更に他の敵が現れたら――その時は、私たちのことは気にせず、令呪でセイバーを呼びなさい。同盟を組みはしたけど、優先すべきは自分の命なのよ」

 そう、同盟を組んだとは言え、それでも私たちは未来の敵同士なのだ。この場で協力はしても、他者のことを考え自分の命を祖末にする必要まで無い。それは私も同じことだ。

士郎「くそ……ッ!」

 衛宮くんの歯がゆい思いは分からないでもない。しかしチャチなプライドに比べれば、命のほうが余程大事だと言うことを忘れるな。仮にも、私が一度拾い上げたものであるならば。

凛「バーサーカーは……!」


読んだ感じ、あのスマートな体格のミュウツーは今ゴリマッチョな感じなのか……



 空を見上げると、星空を背にバーサーカーが浮かんでいた。やはり飛行をすることも可能らしい。吹き飛んだセイバーへと視線を定めると、矢の如くその巨躯が放たれた。

イリヤ「さあて、続きを見に行こうかしら」

幸いにも、イリヤスフィールは、この場で衛宮くん一人を狙う気は無いようだ。あくまでもセイバーから潰し、その次に私たちを順々に殺す気なのだろう。彼女もまたバーサーカーが向かった先へと足を進めている。

 まるでショッピングにでも行くような楽しげな表情と足取りに、ゾッとする。あの幼い外見の内側に、どんな残虐な内面を隠しているのか。

 ポケットの中の宝石を握る。

凛「……場合によっては」

 いや、よらずとも、だ。

 狙いは決まった。そして、それしか最早方法は無いだろう。

凛「……負うわよ、カービィ!」

カービィ「ぽよっ!」




 ◆


 同時刻――教会


綺礼「多くの声、多くの欲があなたを惑わす。語りは安く、偽りは人の常」

「口元が歪んでいるぞ、聖職者。……なんだ、まだ夕食を作っていたのか」

綺礼「……帰ったのか、ギルガメッシュ」

ギル「つい先程な。新たな映画をレンタルして来たぞ」

綺礼「…………」

ギル「なんだ、その訝しむ視線は? 我の顔に何か付いているとでも言うのか?」

綺礼「貴様の言った通り、わずか十年で聖杯戦争は始まった」

ギル「……始まった、か。貴様も同じか」

綺礼「……何だと?」

ギル「下らぬ、偽りの英雄共の戦いなどに興味は無い。映画でも見ていた方が余程マシと言うものよ」




 ◆


 セイバーが飛ばされた場所に近づくにつれ、激しい轟音が耳に響いて来る。

 甲高い金属音。人気の離れた墓地とは言え、いつ誰がやって来てしまうか――いずれにせよ、早々に決着をつける必要がある。

ミュウツー「■■■■■■■―――――!」

ルキナ「おおおおッ!」

 まさに鬼気迫る攻防。しかし見とれている余裕は無い。私の目的は観戦では無いのだから。

 辺りを見回し、イリヤスフィールの姿を探す。――見つけた、と小さな声で呟く。この闇夜の中でも、あの白い肌と髪は浮き立って見える。辺りを警戒している様子は皆無で、余裕の表情を浮かべたまま、二人の戦いを観戦していた。

凛(その余裕のツラ、今叩き壊してあげるわ!)

 セイバーとバーサーカーを中心とした戦場を迂回し、イリヤスフィールの背後に回り込む。

凛(大丈夫……まだ気付いては居ない)



 宝石を握り締めた手は、いつの間にか自分の汗で湿っていた。――緊張しているの? つくづく自分が嫌になる。

 ――迷うな、撃て。生き残る為に。

 唾を飲み込み、手から数発ガンドを放つ。狙いは真っ直ぐにイリヤスフィールへ定められ、その弾丸は彼女の後頭部へ直撃――する筈だった。

 キン! と甲高い音が響き、私の撃ったガンドはいとも簡単に弾かれた。

凛(そんな……!)

イリヤ「こわいこわい、口上もなしで襲って来るなんて、まるでケダモノね」

 開戦の狼煙を一方的に上げて来た分際でよくもそんなことが言えるものだ。思わず唇を噛む。

凛「それはこっちの台詞よ。それとも、もう一度自己紹介してくれるのかしら? イリヤスフィール」

 強気に言ったは良いが、私の背中には確かに冷や汗が流れていた。私の得意とする魔術――ガンドは、本来軽めの呪い。人に当たった所で、精々風邪を起こさせるくらいのものだ。

 しかし私のガンドは並大抵の魔術師の使うそれとは異なる。拳銃と同等とまでは言わないが、それでも鉄球を高速で発射する位の威力はあると自負しているのだ。

 それを――いともあっさり弾かれた。

 ああ、本格的にヤバいかもね、私。



イリヤ「長ったらしく呼ばないで。イリヤでいいわ」

凛「あら、フレンドリーね。もしかして、私と友情でも育んでくれるつもりなのかしら?」

 私の軽口に、イリヤは嘲笑と軽蔑を混めた瞳でこう言った。

イリヤ「ここで死ぬ人間に?」

 その一言で心の底から理解した。

 やらなければやられる。躊躇している余裕など始めから無かったのだ。今ある宝石を全て消費し――全開で迎え撃たなければ。

イリヤ「ふぅん、やる気なんだ? じゃあ――死んで」

 幼く無邪気な声で喋られるだけに、その言葉に寒気がする。しかしその死に怯える程、遠坂凛は弱くは無い。そう、死を恐れるな。

 恐れるからこそ死が来るのだ。打ち克て! これは私の試練だ!

 イリヤの両肩に停まっていた二羽の鳥が飛び立ち、その姿が純白の矢と変わる。ヒュン、と風を切る音と共に、真っ直ぐに私の心臓へと放たれた。

凛「そのくらい見えなくて、遠坂を名乗ってられないわよ!」



 放たれた矢をガンドで撃ち砕く。続け二発、その矢を越え、イリヤに向かいガンドを放った。

イリヤ「残念」

 イリヤの髪を翻し、一羽、彼女の背から更に鳥が現れ、ガンドを弾く。

凛(やっぱり正面から打ち込んでも……!)

イリヤ「真っ正面から来る勇敢さは褒めて上げる。けどね、それは蛮勇とも呼ぶのよ」

 イリヤが髪を掻き上げ、二本、自分の髪を抜く。ピン、とそれが指で弾き飛ばされると同時に、それは白い鳥へと姿を変えた。続け、さらにイリヤが自分の髪の毛を数本抜く。瞬く間にその髪の毛たちも白い鳥へと姿を変え、彼女の周りを浮遊する。

凛(髪の毛一本で!? なんて奴なの!)

凛「……ッ! そんなの繰り返してたら、いつかハゲるわよ! 女の子なら髪の毛は大事にしなさい!」

凛(一旦距離を取るしかない!)

 駆け出し、イリヤの魔術の届く範囲から少しでも逃れようとする。しかしどこまで高性能な魔術なのか、二羽の追尾は衰えることをしらず、まるで高性能なミサイルのように、まっすぐに私へ死を運ぼうと飛んで来る。



凛「くそっ! なら!」

 渋って等いられない。ここで決めなければ、追撃を喰らうのがオチだ!
 
凛(ポケットの宝石を全消費。閃光と共に魔力による壁を展開。二羽の鳥を砕き、残り全てをイリヤにぶつける!)

 耳に痛いこ高音と共に、イリヤの飛ばした鳥を砕く。成功だ、後は残った魔力で一気に――

 バリン。

 鋭く放たれたのは、小さな矢ではなかった。私の身体程はありそうな純白の剣が、盾を破り、身体の横を通り抜け、地面に深々と刺さっている。

凛(使い魔の形状を一瞬でこんな大質量に転換させるなんて……!)

凛「とことん、反則ね……!」

イリヤ「あれ、もうおしまい? 残念だったわね、リン。尤も――その力、全部ぶつけた所で、私には傷一つつけられないと思うけれど」

 宝石は尽きた。放つ攻撃も防がれる。そして、今、目の前には、巨大な剣を浮かばせ佇むイリヤの姿。




凛「……は! 万策尽きたって所ね……」

イリヤ「そう、じゃあ終わりにしてあげる。串刺しにして、お兄ちゃんの前に転がしてあげるわ」

凛「――なんて言うと思ったかしら!?」

 イリヤの後ろから影が飛び出る。そう、ずっとこの瞬間を狙っていた。イリヤの集中が、全て、全て私の一点に集中するこの時を。

 二手三手、常に最悪の状況を考えてこその戦場だ、誰が考え無しに散財などするものか。

 嗜虐愛に溢れることが所々に垣間見えたこのガキのことだ。私に確実な恐怖とトドメを刺す瞬間を、今か今かと愉しんでいたに違いない。

 その瞬間を今、掬い取ってやる!

凛「カービィ! やりなさ――」



 意気揚々と宣言する筈だった声が、次第にトーンダウンして行く。その時の私の表情がもしカメラに収められたとしたら、きっと世界の果てまででも追って、カメラマンとデータを灰にすることだろう。それくらい、その時の私はアホ面をさらけ出していた筈だ。

 理由? 簡単だ。なんとイリヤの後方から飛び出して来たのは――カービィではない。衛宮くん、その人本人だったのだ。

イリヤ「……え?」

 しかし呆気にとられたのはイリヤも同じだったようで。浮かべた剣を飛ばすこともせず、衛宮くんの身体を正面から、棒立ちのまま受け止めることになった。

 どすん、と僅かに土ぼこりが舞う。イリヤの小さな身体の上に、衛宮くんが覆い被さっている姿が見えた。見方によっては限りなくアウトな構図だが、今の私にはそんなことを気にする余裕など皆無だった。何より現状に脳が追いついて行かない。

 数秒して、

凛「――っに、やってんのアンタはァッ!」

 とりあえずそう叫んだ。しかし私の怒りなど毛ほども感じていないのか、衛宮くんから飛ばされた言葉は、

士郎「遠坂! 逃げろッ!」

 その一言だ。ああ、頭が割れそうに痛い。同盟を組んだことを、現時点で私は心の底から後悔した。いくらセイバーが付いて来るとは言え、あまりにも軽はずみな行動だった。

 この平和ボケを律するには、それこそ令呪に相当する力でも無ければ無理なのかもしれない。



イリヤ「……ッ! バーサーカー!」

 衛宮くんの下敷きになったイリヤが叫ぶ。僅か数秒後に、恐ろしい程の黒い魔力を纏ったバーサーカーが衛宮くんの背後に飛び出した。

凛「――衛宮くん!」

カービィ「タァッ!」

 振り下ろされたバーサーカーのスプーンを、草むらから飛び出して来たカービィが足で弾く。しかしやはり耐えきれるものではなかったらしく、その身体はゴムボールのように近くの木まで飛ばされ、三回ほどバウンドした。

カービィ「ぽゃ~……」

凛「アンタ、出て来るのが遅いっての!」

 身体を起こした衛宮くんの腕を死に物狂いで掴み、引っ張る。いくら注意がカービィに向いていたとは言え、あのバーサーカーの横を駆け抜けた瞬間はこれ以上ない死線を味わった。

凛「早く、逃げるわよ!」

士郎「あ、ああ」

凛「カービィ! 倒れてないで、私たちを守りなさい!」

カービィ「ぽゃっ!」ムクッ


ミュウツー「■■■■■■■―――――!」

イリヤ「……いいよ、バーサーカー。その子は殺しちゃ駄目。それよりも、まずセイバーを潰して」




 ◆


凛「どうやら……負って来る気は無いみたいね」

 ぜいぜいと息が荒れる。ここまで全力で走ったのは、実に数時間振りだ。常に優雅たれと言う言葉は遥か彼方に行ってしまい、最早取り戻す方が難しそうだ。

士郎「けどよかった、遠坂が無事――でぇっ!?」

 衛宮くんの腕を捻り上げ、近くの木に身体を叩き付ける。

凛「あのね、衛宮くん。まさかあなたは、私が意気揚々と突っ込んだものの、結局何も出来ずに殺されそうになった馬鹿な魔術師に見えたのかしら?」

士郎「で、でもあの場でイリヤが剣を飛ばしていたら……」

凛「わ・た・し・は! カービィに不意を突かせる気だったの!」

 ああもう、馬鹿! とにかく馬鹿と叫びたい。力も知識も無いくせに、勇気だけは一人前。聞こえだけはまるで少年漫画の主人公だが、現実に目の前にするとこんなに手に負えないなんて!

 けれど、ただ怒鳴るだけではきっと伝わらない。深呼吸をし、息を整え、衛宮くんから手を離す。



凛「……衛宮くん、よく考えて。助けようとしてくれたことは嬉しいけどね。結局、あなたがあの場で殺されたら、セイバーも消滅することになるのよ?」

士郎「…………」

 刺された表情を浮かべたのを見て、やっぱりと、内心頷く。コイツは自分のことはこれっぽっちも考えていない。けれど、他者が傷つくことに関しては人一倍に敏感なのだ。

凛(ごめん、セイバー。この平和ボケに首輪をつける為に、ちょっとあなたのこと利用させて)

凛「衛宮くん、同盟を組んだ以上、無駄死にだけはして欲しく無い。この私と組んだ以上は、死なないこと。それをまず守って貰えるかしら?」

士郎「……なら、遠坂も約束してくれ」

凛「はあ? あなた何言って――」

士郎「自分に出来ないことを、遠坂は人にやらせる気か?」

凛「……~~ッ! ……分かったわよ、約束ね」

士郎「ああ、約束だ」

 満足気に頷いた衛宮くんに一度蹴りでも入れてやろうかと思った矢先、可愛らしい足音を立てながら、カービィが駆け寄って来た。

凛「撒いたみたいね」

士郎「無事で良かった」

凛「なら、とっととセイバーの援護に向かうわよ。いくらあの子でも、一人で長時間バーサーカーを相手になんてキツすぎるわ」




 ◆


ルキナ「はああッ!」

ミュウツー「■■■■■■■―――――ッ!」

凛「……ッ! なんて戦い……!」

 セイバーとバーサーカー、互いの武器が交じり合う度に、その余波が弾け、辺りに小さな爆風を作り出す。

 しかしセイバーの戦いも実に見事だ。墓地と言う遮蔽物の多い場を利用し、バーサーカーと的確な距離を開け攻撃を仕掛けている。

凛「なるほど、さっきの攻撃を受けたのも、作戦だったのね」

士郎「ここに誘い込んだのか?」

凛「衛宮くんとバーサーカーを引き離すって狙いもあったのよ? その気遣いも一度、あなた自身が台無しにした訳だけど」

 う、と言葉に詰まる衛宮くんを見て、そうだもっと反省しろと心の中で吐き捨てる。今自分が生きていることがどれだけの奇跡の上にあるかよく考えろ。



 もう一度セイバーたちに視線を向ける。たしかにセイバーの動きは天才的だが、しかしバーサーカーの動きはその身体能力を凌駕している。事実、セイバーがしているのは防御であり攻撃では無い。あのままではいずれ崩されることは明白だった。

 持久戦に持ち込まれては、とてもこのバーサーカーを倒すことは出来ないだろう。一打、決定的な攻撃を与えなければ。

凛「……カービィ! セイバーを援護しなさい!」

カービィ「ぽよっ!」

 力強く頷いてくれたはいいものの、正直、セイバーすらここまで押される力の差があるのに、カービィにどうにか出来るとは思わなかった。それに、カービィはランサー戦の疲労もあるだろう。ベストコンディションとは言い難い。

 けど、それでも、

凛「お願い、今はあなたの力に賭けるしかないの……!」

ルキナ「カービィ、来てくれたのですか!」

カービィ「ぽよ!」



ルキナ「……一瞬で構いません、バーサーカーの攻撃に隙を作って下さい!」

 セイバーの言葉に、カービィが頷く。そして――信じられないことに、なんと真正面からバーサーカーへと突っ込んで行った。

凛「はぁあああ!? な、何やってるのカービィ!」

 それはもう、ものの見事なくらいの直進で、あの短い足でバーサーカーに前進する様は、勇気と言うよりむしろ蛮勇であり、ともすればその姿は滑稽以外の何物にも見えなかった。

 呆れて――と言うより、自分のサーヴァントの奇行が心の底から理解出来ず、一瞬意識を失いかける。ああ、今日何回目の喪失感だろう。

 対向線上で戦いを観戦していたイリヤも、その突飛と言うよりもストレートすぎる行動にお腹を抱えて笑い出した。

イリヤ「あはは、見た目どおり、可愛い戦法ね! バーサーカー! 死なない程度に弾き飛ばして!」

 彼女の命令と同時に、バーサーカーが右手を突き出す。その先から、黒い球体が連射され、カービィへと襲いかかった。

凛「カービィッ!」

カービィ「ぽょっ!」

 しかし私の心配などいざ知らず、カービィはそれを側転しながら軽々と避け、着地点から飛び上がると、バーサーカーに向かい足を伸ばし、鋭い三連の蹴りを喰らわせた。



ミュウツー「■■■■■■■―――――ッ!」

 足はバーサーカーの頭に直撃し、その脳を揺らしたらしい。セイバーへの攻撃が崩れ、バーサーカーは自分の顔を手で覆った。

凛「うっそ!?」

 可愛らしい見た目から出された可愛らしい攻撃にも関わらず、その威力は相当のものであったらしい。にわかには信じられないが、あのバーサーカーが怯むくらいなのだから、信じるしかない。

イリヤ「なっ! 短い手足が、あんなに伸びるの!?」

 これにはイリヤも驚いたようだ。当然だ、私だって呆気にとられた。カービィ、あんた本当にゴム生物なの? それでなくともバーサーカーに肉弾戦でダメージを与えるなんて言うのがまず神業だ。

 一体私はどんなサーヴァントを召喚してしまったのだろう。歓喜か畏れか、背筋にぞくりと震えが走る。

セイバー「――貰った!」

 バーサーカーがカービィの蹴りを喰らい怯んだ、その僅かな隙を逃さず、セイバーが叫ぶ。
 だがイリヤも咄嗟に我に返り、バーサーカーへと叫ぶ。

イリヤ「バーサーカー、やって!」

ミュウツー「■■■■■■■―――――!」





 セイバーの攻撃も空しく、バーサーカーの反撃は信じられないほどに素早かった。セイバーが剣を振りかぶるよりも遥かに早く、黒い魔力を纏った両手をセイバーの胸に突き出した。

 纏われた黒い魔力は空気を震わせ、一瞬だが次元が歪むのさえ感じられた。あの一撃を喰らってしまったら――

 セイバーの身体が粉々になるビジョンが浮かび、心臓が凍る。

 しかし、

ルキナ「それを待っていた!」

 セイバーがニヤリと不敵な笑みを浮かべ、剣を斜めに掲げた奇妙な構えを取った。いち早くイリヤはその動作の真意に気付き、バーサーカーを制止しようとする。

イリヤ「ッ! バーサーカー、止め――」

 だがその言葉が届くよりも早く、バーサーカーの攻撃がセイバーの胸に叩き付けられた。その刹那、セイバーの身体が光と共に翻り、一閃、目にも止まらぬ速度でバーサーカーの胸を切り裂いた。――ように、少なくとも私には見えたのだ。

 正直に言えば、その攻撃がはっきりと見えた訳ではなく、次に見えた光景が、深手を負ったバーサーカーと、剣を振ったセイバーの姿であったので、おそらくはそうなのだろうと言うことなのだが。



ミュウツー「■■■■■■■■■■…………!」

凛「な、何が起こったの……?」

 おそらくはセイバーが何らかの攻撃を決めたことは分かったが、その理由への理解が追いつかない私に、セイバーが一言「『カウンター』です」と応えた。

ルキナ「あまり連撃は出来ませんが、相手の攻撃を受けることで、不可避の斬撃を浴びせることが出来る。そして相手の攻撃が重ければ重い程――その威力は倍増する!」

凛「なるほど、相手の攻撃力を転換しそのまま相手にぶつける技……だからこそ、あのバーサーカーにここまでの痛手を……」

 恐ろしい技だ。おまけに、相手の一撃を敢えて喰らっているにも関わらず、セイバー自身にそのダメージは皆無のようだった。おそらくは因果律を操作する術の一種なのだろう。

 今更ながらに英霊とは私たちの理解を超えた存在なのだと理解した。元人間だと思ったその言葉を撤回しよう。やはり人智を超えている。

凛「こんな怪物たちが過去に存在していたなんて……つくづく世界って狂ってるわ」

 その時の私は、その戦いに釘付けにされ、イリヤの表情など見えていなかった。

 この私の言葉に、彼女はこの時、おそらくは嘲笑を浮かべていたのだろうが、この時の私はそれを知る由も無かった。



ルキナ「この技の欠点は、構えを取るまでに僅かな時間が必要なことです。カービィがバーサーカーの気を一瞬逸らしてくれたことで、防御の姿勢を解き、この構えを取ることが出来ました」

カービィ「ぽーゃ!」

凛「アンタ、これが分かって突っ込んでったの?」

カービィ「ぽよー!」フリフリ

 こっちに向かい嬉しそうに手を振るカービィに「嘘でしょ?」と思わず言ってしまう。まさかそんな知恵があるとは、失礼だけど思ってなかった。

凛「ってそんな場合じゃないわ! セイバー!」

ルキナ「ええ、まだ倒したわけではありません!」

凛「引き続き援護するわ! 確実にここで潰しておくわよ!」

ルキナ「ええ、そのつもりです!」

 セイバーが剣を振りかぶる。しかしその剣が空中で、突然ピタリと制止した。

ルキナ「なっ!」


凛「せ、セイバー、どうしたの?」

 足を動かそうとして、そこで自分もまた身体が動かないことに気付く。まるで地面に足を縫い付けられたかのよう――否、そのような安っぽい表現ではすまされない。

 私の身体は文字通り、『指一本も』動かせないのだ。

 強い力で押さえつけられているようで、全身にみしみしと鈍い痛みも感じた。目を凝らすと、私たちの身体を青白い光が包んでいる。

凛「こ、これは……!」

 身体を動かすことの出来ない私たちを見下ろし、イリヤはまたくすくすと無邪気でありながらも不気味な笑い声を上げた。

イリヤ「今の反応、そしてバーサーカーに深手を負わせたことは褒めて上げるわ。けどね」

 その顔には、サーヴァントに深手を負わせられ、焦るマスターの顔色は一つも無い。戦いが始まった時と変わらぬ、不敵な笑みだけが覗いている。

イリヤ「そんなのじゃ、私のバーサーカーは倒せないわ!」

 パチン、とイリヤが指をならす。そして高らかにバーサーカーへ、彼女は命じた。

イリヤ「バーサーカー、『じこさいせい』!」



ミュウツー「■■■■■■■―――――!」

 咆哮と同時に、バーサーカーの全身が淡く発光する。そして信じられないことに、目に見える速度で、セイバーの与えた傷が塞がって行った。

凛「あ――」

 私が何かを言う前に、その傷は完全に修復され、再び無傷の身体を持ったバーサーカーが、私たちの前に立ちふさがる。

凛「反則……でしょ、こんなの」

 思わず全身が震えた。勝てる訳が無い。この力、このスピード。そして桁外れの回復力。不死身と言う言葉が頭をよぎった。何より、この狂戦士を倒せる方法が見出せない。

ルキナ「まさか……このような能力まで持っていようとは……!」

イリヤ「絶望してくれた? 私のバーサーカーは、絶対に負けないよ。ここであなたたちはみーんな死んじゃう運命なんだから」

 その言葉に、セイバーの表情が変わる。同時に、身体を包んでいた光を打ち払った。セイバー自身の持つ対魔力が、バーサーカーの術を弾いたのだろうか。
 
 全クラスの中でも並外れた最高の対魔力スキルを持つと言われるセイバーを、短い間とは言え拘束する術をまさかバーサーカーが使う等、にわかには信じ難い悪夢であったが。




 息を荒げたセイバーが、剣を突き出す。

ルキナ「運命など存在しない! 私は、運命を――」

「変える為にここに来たって言うの?」

 そう応えた彼女の顔は、セイバーが言葉を失うほどの無表情だった。赤い瞳に翠色の光が淡く宿り、まるで世界の終わりを映しているかのように、その双眸は途方も無く歪んでいた。

 まるで人間じゃない。何かこの世のものとは思えない恐ろしいもの乗り移っている――言葉にすると実に陳腐な表現だが、けれどそうとしか思えない姿だった。

イリヤ「くすくす……何も知らない可哀想なサーヴァント。本当に可哀想」

 そう笑う彼女の瞳からは既に翠色の不気味な光は消えていて、再びあの無邪気ながらも殺気を纏った表情へと戻っていた。

凛「あなた、何を言っているの……?」

 我に返り、そう問う自分の声が震えていることに苛立ちを隠せない。私は恐怖しているのか。何よりも情けないのは、

イリヤ「……いいわ、もっと時間を掛けたほうが面白くなりそう。今日の所は見逃してあげる」

 その言葉に、心の底から安堵したこと――してしまったことだ。



ルキナ「敵に背を向けると言うのですか?」

イリヤ「相手にしてもいいよ。あなたが力の差も分からず、蛮勇を貫きたいと言うならね」

ルキナ「…………」

 その言葉に、セイバーが踏みとどまる。無言のまま、掲げていた剣を下げた。それでいい、賢いサーヴァントだ。今の私たちには、とても勝ち目が無い。

イリヤ「ええと、カービィ、だっけ? 次に会う時は、私のものにしてあげるからね」

カービィ「ぽゃぅー……」

イリヤ「戻りなさい、バーサーカー」

 再びアインツベルンのマスターが紫色の玉を取り出し、その口が開く。紅玉のような光線にバーサーカーが包まれ、そして玉の中へと消えて行った。

イリヤ「それじゃあ、またね」

 夜霧の中、彼女はゆっくりとその闇の中へと溶けて行き、やがてその姿は見えなくなった。

 魔力による重圧が消えると同時に、全身からどっと汗が噴き出して来る。

凛「……くっ、は……。助かった……みたいね」



士郎「遠坂!」

ルキナ「リン!」

 拘束から解放され、思わず膝をついた身体を二人に抱えられる。マズい、こんな失態、演じるべきじゃないのに。とことん今日の私は駄目だ。

士郎「……セイバー、悪い、何も出来なくて」

ルキナ「シロウが気にすることではありません。私の力が未熟故だった。ただ、それだけのことです」

凛「……ええ、気にすることは無いわ。私だって似たようなものよ。むしろ、初戦であれに立ち向かえる方が異常よ」

 そう言わなければ、強がらなければ、恥辱で死にたくなりそうだった。今の一戦で、私の自尊心は根底から壊された気分だった。

 魔力、サーヴァント。同じ御三家にも関わらず、全てにおいて格上を行くマスターが目の前に現れて、そしてその差を見せつけられ、あげく情けをかけられ見逃されたのだ。

 遠坂の君主ともあるものが、冬木の管理者である私が、ここまでコケにされて。

 セイバーもまた、その顔には屈辱の色が滲んでいた。無理も無い。本来ならば今、私たちはなす術も無くやられていたのだ。

 三騎士の二つが、まるで子供扱いだ。カービィはともかく、セイバーにとってそれは、身を焼かれるような恥辱であっただろう。

 しかしセイバーは唇を噛むと、冷静に口を開いた。



ルキナ「シロウ、一旦家へ戻りましょう。態勢を整え、次の戦いに備えることが先決かと」

 流石は最優のサーヴァントだ。常に考えることを怠っていない。その戦いに向ける姿勢は、私も見習うべきだろう。

 そう、ここで屈辱を感じたのであれば、それを勝利で補うまでだ。たとえどれだけの辛酸を舐めようとも、私たちはまだ生きている。

 ならば、手にする勝利のために、常に考えることを忘れるな。

 深呼吸をし、心を落ち着かせる。気持ちをリセットしろ。打ち拉がれている暇などない。

凛「セイバーの言う通りね。それに……」

 あの時の、あの子が発した奇妙な言葉。

 ――知られざる英雄たちの、もう一つの聖戦を。

凛「気になることも……いくつかあるしね」

 
 そして、私たちはこの戦争の真相へと、一歩、足を進めることとなったのだ。



と言う訳で今回はここまでです。
読んでくれている方、ありがとうございます。

バーサーカーミュウツーの力はチートすぎると思いますが、狂化によるデメリットは、>>95さんの言うように、メガシンカが出来なくなる感じだと考えてくれると嬉しいです。

>>99 すいません、文章が未熟故に分かり辛いと思いますが、ミュウツーの姿は基本的にオリジナルのものとそこまで変わりないです。

ところで主はマリオが凛のサーヴァント書いた人?

読んでくれている方ありがとうございます。
今夜あたり、少し更新させて頂きます。

>>140 

>>1はFateSSを書くのは初めてなので、そちらは別作者様の作品です。

また少し出来たので、更新再開させて頂きます。
今回は繋ぎ的な回故、新サーヴァントはまだ出ないです、ごめんなさい。



凛「え、衛宮くん、別にもう身体を支えなくていいから!」

士郎「何言ってんだ、さっきの疲労が残ってるだろ」

 叫びたい衝動を必死に堪える。さっき手を繋ぐことには緊張してたクセに、いざ人がフラついただけでその垣根をあっさり超えるのだから。
  
 こいつの中では、異性に対する意識よりも、人の身体を気遣う心の方が余程大きいらしい。

凛(詰まる所私の魅力は衛宮くんの理想以下……と)

ルキナ「シロウ、やはり私がリンを送りましょう。マスターにそのようなことをさせるのは」

士郎「いいから。セイバーはさっき十分戦ってくれたんだ。それに、遠坂軽いし、そこまで重労働じゃないよ」

凛「おめでとう衛宮くん、そこで重いと言っていたら、あなたが次に見るのは朦朧とした意識の中、首の無くなった自分の身体よ」

士郎「地味に怖いこと言うんだな、遠坂は……」




カービィ「ぽよ!」

凛「あんたはセイバーに抱きしめられでもしてなさい、どうせ運べないでしょ」

カービィ「ぽゃっ!?」

ルキナ「リン! 良いのですか!?」

凛「好きにして」

カービィ「ぽゃーっ!?」

 彼らに支えられ、衛宮くんの家についた時は、もう既に日付が変わろうとしていた。だが私たちには時間が惜しいのだ。休息を取るにしても、これからの戦いについて一度、状況を整理しなくてはならない。

 それでも居間に腰を下ろすと、ようやく人心地ついたと安堵の息を吐いてしまう。無理も無い。今日だけで二体のサーヴァントと連戦をしたのだ。それにかなり宝石も消費してしまった。自分の中の魔力は一晩もすれば回復するだろうが、消えてしまった宝石は元には戻らない。

 ああ、改めて今日の散財っぷりを考えると、胃がキリキリ痛くなって来る。



凛「いけない、常に優雅たれ、優雅たれ……」

士郎「大丈夫か、遠坂。お茶だ」

凛「あら、ありがと」

ルキナ「ありがとうございます、シロウ」

カービィ「ぽゃっ!」

士郎「……今更だけど、カービィって熱いもの大丈夫か?」

凛「そりゃ、見ての通り」

カービィ「ふー、ふー」

ルキナ「かわいい……」

凛「人間と同じようなもんよ」



士郎「ならいいんだけど」

凛「食欲はその比じゃ無いけどね……」

 明け方の惨事を思い出し、思わず遠い目をしてしまう。

 今日の朝も大変だった。ご飯を作って上げたら、なんと皿に載せる前から私の分も含めて、一気にその口の中へ、皿ごと消えてしまったのだから。
 おかげで食器類を一式に加え、巻き添えを喰らった調理器具を買い直すことになってしまった。我が家は常にカツカツであると言うのに予定外の出費に、しばし意識が遠くなった程だ。

士郎「えっ……」

 衛宮くんの顔が青くなる。大事な家具がこのピンクホールの暗黒空間にバラまかれることを恐れているのだろう。けれどその点については安心していい。

凛「カービィ? 朝と同じことしたら……分かるわよね?」

カービィ「ぽよっ!?」

 にこりとこれ以上無い笑みをカービィに向ける。余談だが私の笑顔は知る人が見れば、とても怖いものらしい。失礼な話だ。

士郎「そう言えば、遠坂。お前、令呪が一個消えてるけど、何に使ったんだ?」

凛「……衛宮くん、次その話題に触れたら本気ではったおすわよ?」

士郎「ひっ」


ルキナ「あ、美味しいです」ズズッ

カービィ「ぽゃ~……」

凛「おいそこのサーヴァントたち、和むな」

 と言いつつ、私もお茶を一口飲む。なるほど、美味しい。いつもは紅茶しか呑まないからある意味新鮮と言えば新鮮だ。

 さて、と湯呑みを置き、それからセイバーへと向かう。

凛「セイバー、あなたに聞きたいことがあるわ」

 途端、セイバーの顔つきが変わり、真剣な眼差しを私に向け頷いた。

ルキナ「ええ、察しはついています。私たちのような……この世界には存在しない英霊についてのこと、でしょう?」

 その言葉に、やはりかと頷く。この戦いが始まった時から――いや、カービィが私のサーヴァントとして召喚された時から、おかしな違和感を感じてはいたのだ。

 そして今日、セイバーと会い、その真名を聞いたこと、バーサーカーと戦いを交えたことで、確信に至った。



凛「あなたたちは……別の世界の英霊なのね?」

士郎「別の世界……? どう言うことなんだ、遠坂」

凛「言った通りのことよ。自分でも未だに信じられないけれどね……」

 セイバーの頷きに、彼女自身もまた、自分がこの世界にとって異質な存在であることは理解していることが取れた。

凛「スケールが大きくなるけどね、私たちが住んでいる星の名前は地球。そして住んでいる国は日本と言う名前。これは分かる?」

士郎「そりゃ分かるけど……何が言いたいんだ?」

凛「けれど、セイバーや……多分カービィやバーサーカーも、おそらくは私たちが生きている時間軸とは異なる――それこそ、全く異質な次元に生きていた存在だってことよ」

士郎「そんなこと……あるのか?」

凛「目の前のセイバーや、この地球上のどこを探したっていなさそうなピンクボールが証明しているじゃない、これ以上どこに、疑う要素があるって言うの。なんなら、セイバーに聞いてみたらいいじゃない。例えば――生まれた国の名前、とかね」



 私の質問に、セイバーが衛宮くんに視線を向ける。そして、

ルキナ「私の生まれ育った国の名前は、イーリス王国と言う場所です」

 それは私の知る限りでは、地球上の過去どこにも存在していない国の名前だった。決定的だ。彼らは、異なる次元より招来された英霊なのだ。

凛「なるほどね、それ故に、『知られざる英霊たち』……か。納得よ」

士郎「……イリヤの言っていた言葉か?」

凛「よく覚えていたわね。そう、あの子が言った言葉が、ずっと引っかかっていたのよ」

 知られざる英霊たちの聖戦。その言葉の意味がようやく確信に至れた。この聖杯戦争において、どんなイレギュラーが発生しているのか定かでは無いが、これは過去四回に渡り行われて来たそれとは、遥かに異なる戦争だと理解した方がいいのかもしれない。

士郎「でも……なんでそんなことが起きているんだ? 聖杯戦争ってのは元々、俺たちの世界の英雄を召喚するものなんだろ?」

凛「そんなこと知らないわよ。過去に四回行われたと言うだけで、もしかしたら今回からそのシステムに切り替わっただけかもしれないし……」



 いや、おそらくはそんなことはありえない。これは明らかに異質で異常だ。そもそも万能の願望機を作り出した始祖たちが、このシステムにそんな余計な設定を作り込むとは思い難い。

凛「……一体、何が」

 考えても答えが出ないことは分かっている。今の私たちにはあまりにも情報が少なすぎる。考えることは重要だが、無理に頭を捻るのもまだ無駄なことだ。

凛「セイバーは、自分たちが別世界の住人だと、分かっていたのね」

ルキナ「ええ、この世界に召喚された時から、私たちが生きていた時空とは異なる世界であることがはっきり分かりました。それ故、真名を明かしても問題は無いと思ったのです」

凛「たしかに、誰一人知る人間の居ない世界じゃ、どの英霊にも知名度の恩恵なんて得られないしね。作戦だって立てようが無いわ」

 そこでふと疑問に思う。

凛「それじゃあセイバー。あなたはカービィやバーサーカーを見た記憶はある? それか、あなたの知る世界の歴史に、彼らは居た?」

ルキナ「聖杯から世界の知識を与えられては今すが、カービィやバーサーカーを見た記憶も、過去にそのような英雄が存在したと言う記憶もありません」

凛「と言うことは……」

 ああ、なんてことだ。この聖杯戦争は、どこまでスケールを大きくするつもりなのだろう。



ルキナ「ええ、おそらく、七つのクラスから招来されるサーヴァントは、全て異なる次元の英霊である可能性が高いです」

 どっ、と疲れが湧いて来る。なんてことだ。これじゃあ英霊の知識などクソの役にも立たない。全ての敵に対し、その場でその特性を見抜き勝負を仕掛けなければ、最悪、今夜のようになす術も無く終わるだろう。

凛「……決まったわ」

 小さく、そう頷く。

凛「現れたサーヴァントの正体も分からない今、無闇に戦うのは得策じゃないわ。もしかしたら、今日の私たちの戦いも、どこかの使い魔が覗いていた可能性があるかもしれない」

士郎「それじゃあ、どうするんだ?」

凛「そうね、まず私たちが敵を散策するわ。そして、その本質を掴む」

士郎「それは危険――」

凛「話は最後まで聞きなさい!」

 バン、と机の上を叩く。ああもう、と心の中で溜息を着いた。心配されることが、まさかこんなにウザいものだとは知らなかった。そう思った所で、誰かに何の打算も無しに心配されることなんて何時以来だろうと、同時に胸がむず痒くもなる。

 こほん、と咳払いをし、気持ちを整える。そして改めて衛宮くんへと向かう。



凛「いい? 私のサーヴァント……カービィの力は、自分で言うのもなんだけど、この私もまだ全然知らないくらいなの。つまりは、敵のマスターに知られている可能性も皆無。けれど、セイバーは今夜の戦いで、そのスタイルをはっきり見せてしまった」

ルキナ「ええ、私の戦法が、白兵戦を主とすることは、少なくともアインツベルンのマスターには明かしてしまったことになります」

凛「そう、それをもし他のマスターが知ってしまったら、こちらに不利な戦場を作り出されることは間違い無いわ。だからこそ、私たちが先に探るのよ」

士郎「他のマスターと、サーヴァントの力を……か?」

 ようやく理解が追いついてくれて嬉しいわと手を振る。セイバーは一瞬で分かってくれているのに、と思わざるを得ないけど。

凛「いい? セイバーは最優のサーヴァント。そしてあのバーサーカーと打ち合えていた所からも分かる通り、相当な力を持った存在なの。けれど、いくらセイバーが最優のサーヴァントでも、戦場に得手不得手は必ずある。そうよね?」

 私の質問に、セイバーは素直に頷き、

ルキナ「そうですね、仮に遠距離から一方的に攻撃を仕掛けられては、私にも為す術はありません」

 そう返した。そこに衛宮くんが未熟故に離れて戦うことは出来ないからと付け加えない所は流石セイバーだが、いっそこのアホガキにはそれくらい言ってもいいのではないかと内心思う。



凛「だからこその同盟よ。協力する以上は、互いを全力で利用し合いましょう。私たちは敵を調べ、セイバーに最適な戦場を。そしてあなたたちは」

ルキナ「その戦場で、敵を叩く。そうですね、リン?」

凛「ええ、その通りよ。勿論、援護もするけどね」

士郎「……分かった、よろしく頼む」

凛「ええ、それじゃあ改めて、ここに協定を結びましょうか」

 差し出した手に、今度は躊躇されることなく手が出された。彼は真剣な目で私を見つめ、私もまた、一人の魔術師として彼と協力することを決めた。

 ようやく、長い夜が終わりを迎える。しかしこれはその始まりでしかない。

 勝利一つを追い掛けて、泥を這うような私たちの戦いが幕を開けたのだ。




 ◆


 ――夢を見た。

 彼は星の輝きのもとに生まれ、世界を守る役割を生まれながらに与えられた一族だった。

 けれど彼はその役割を自覚していなかった。――否、その自覚を得、成熟する時より、早く目覚めてしまったのだ。

 己の役割を知らず、行くあても無く、ただ旅人として行き着く星を渡り歩き、自分の意味を探し続けた。

 そして、ある時彼は一つの星に流れ着く。

 そこで、彼は――、



 目覚める。ぼやけた視界が少しずつクリアになっていく。けれど頭が起動するのにはまだ時間が掛かりそうだ。



凛「今の夢は……」

 妙に現実味のある夢。まるで他人の人生を、その人の身体の中から見て来たような。

 星を守る英雄。まさかこれは……。

凛「あれ、ここ……」

 クリアになった視界に映る、見慣れない寝室に、ああそっかと頭をかく。

凛「そう言えば、昨日泊めて貰ったのよね……」

 夜も遅く、このまま今日は泊まっていけと衛宮くんに言われ、その言葉に甘えることにしたのだ。ベッドでは無く布団で寝るのも新鮮だった。案外、寝心地は悪くない。寝起きは自分でも良い方ではないと自覚しているのだが、不思議と今日は目覚めがよかった。いつもなら酷い頭痛がする筈だ。

 ふぁぁ、と欠伸混じりにあたりを見回す。そこでおかしいな、と首を傾げた。朝になると私の腕の中で潰されているはずのカービィの姿が見えない。

凛「霊体化してる……わけじゃなさそうだし」

 そもそもカービィはセイバーと並んで霊体化の出来ないサーヴァントだ。

 腕を組んで首を傾げていると、ふすまの向こう側からセイバーの声がかかった。



ルキナ「リン、起きていますか?」

凛「え、ええ、丁度今起きた所よ」

ルキナ「それはよかった。もうすぐ朝食の準備が出来るようなので、身支度を整えたら居間に、とのことです」

凛「分かったわ、ありがとう」

 では、と言葉を残し、セイバーの足音が遠くなる。時計を見ると、時計は六時前を指していた。流石英霊。睡眠はとっているようだが、それでも朝は早いらしい。

凛「ま、あんまゆっくりしてるわけにも行かないしね」

 手早く身支度を整え、洗面所に向かう。場所は昨夜も貸して貰ったので問題無い。

 しかし二日続けて同じ服を着るなんて……女子としてこれは発狂ものだ。早く家に帰り、新しい服と交換したい。

 この家の母親の古着でもあればよかったのだが、彼の家庭事情を考えれば、そんなこと口が裂けても言える訳がないし。

凛「それはセイバーも同じこと、か」

 昼頃、もう一度この家を訪れる必要があるな、と思った。これからのことも考え、セイバーにエサも与えておかないとね。




 ◆


凛「お待たせ」

ルキナ「おはようございます、リン」

士郎「おはよう、遠坂」

凛「お早う、セイバー、衛宮くん。昨日はゆっくり眠れたかしら? ……って、こんな朝早くから起きてる時点で違うかもしれないけど」

士郎「いや、ぐっすり眠れたよ。いつもウチは朝、早いんだ。遠坂も、朝早いんだろ?」

 悪気無く言われた言葉に、「うっ」と返答に困る。確かに以前、朝に衛宮くんと会った時間はかなり早いものだった。けれどそれは家の時計の針が全て一時間進んでいたからであり――要するに、いつも私が起きる時間よりも早いのだ。

凛(……まあ、昨日は疲れたからか泥のように眠ってたし、幾分スッキリしてるけどね)

士郎「んじゃ、とりあえず朝ご飯を食べよう」



凛「へぇ、朝から豪勢ね。ま、一人暮らしだと、料理が自然と上手くなるものよね」

士郎「お褒めに預かり光栄だが、生憎これは俺が作ったものじゃないぞ?」

 え、とじゃあ誰が――と言う言葉が口から出るよりも早く、台所から可愛らしい足音が響いて来た。そしてその足音の正体を見た時、思わずぶっと吹き出してしまった。

凛「か、カービィ!?」

カービィ「ぽよ!」

 見るとその頭にはコック帽が被せられていて、右手にフライパン、左手におたまと言う、実に可愛らしい姿で、不意打ちでその姿を目撃してしまったが最後、込み上げる感情を堪えることに必死になってしまった程だ。

凛(常に優雅たれとか言ってられるか! こんなの反則よ!)

凛「な、なんで……そ、そんな格好」ブルブル

士郎「俺も驚いたよ。朝、起きて朝食を作ろうとしたら、台所からカービィの声が聞こえてな」

凛「ああ、『ぽよー!』って?」

士郎「いや、『コック』ってはっきり言ってた。カービィ、一応日本語も喋れるんだな」



凛「……いや、待って」

 色々ありすぎて忘れていたが、そう言えば昨日、自分を『カービィ』と名乗ったことに始まり、夜には『ランサー』、そして、衛宮くんの家へ向かう際に――、

 まさか、と無意識に口から溢れていた。

凛「それが、あなたのスキル……?」

士郎「どうした、遠坂?」

 はっ、とする。すぐさまカービィの持っているフライパンに目をやった。首根っこ掴むと言う表現が実に相応しいくらいの勢いで、衛宮くんの肩を揺さぶる。

凛「衛宮くん! このフライパン、あなたの家に元からあったもの!?」

士郎「ど、どうしたんだ、急に」

凛「いいから答えて!」

 私の勢いに気圧されたのか、衛宮くんは訝しむ表情を浮かべながらもカービィのフライパンに目をやった。そして首を傾げる。



士郎「そう言えば、これはウチにあった物じゃないな。ほら、ここ、よく見ると持ち手に星の飾りがあるだろ?」

 言われ、指差された場所に目をやる。そこには、小さな星の飾りが夜中に現れた一番星のように、ちょこんと添えられていた。
 背中を戦慄が走る。なら、あと確認すべきことは一つだけ。

士郎「けど、一体どこからこんなフライパンを――」

凛「衛宮くん、台所、確認して貰える? 私の予想が正しければ、フライパン、一つ無くなっている筈だわ」

士郎「え、なん――」

凛「早く!」

士郎「あ、ああ……」

 数分後に、衛宮くんが首を傾げながら居間へと戻って来る。その表情から、全てが確信に至った。

凛「無かったのね」

士郎「ん、ああ。一つだけ、いつも使ってるフライパンが見当たらない」

 全身を強い衝撃が襲ったかのような感覚に陥る。ああ、これは、使いどころによれば恐ろしい能力だ。



士郎「遠坂、一体どう言うことなんだ?」

凛「すぐに説明してあげたい所だけど――先に朝食にしましょう。今ので私も一気に眠気が覚めちゃったしね。折角カービィが作ってくれたご飯だもの。冷めないうちに食べましょう」

士郎「あ、ああ、そうだな」

ルキナ「では、カービィ、頂きます」

カービィ「ぽーゃ!」

士郎「いただきます」

凛「いただきます」

 そうして口にした朝食は……悔しいことに美味しいの一言に尽きた。なんせ中華はいざ知らず、和洋折衷、それなりに作れる自負はあった私が、言葉を失うほどのもので、それは目の前で固まったまま箸を動かしていない衛宮くんも同じようだった。

士郎「……遠坂、俺は自分の料理の腕がさ、そこそこだって自信はあったんだ」

 俯いた衛宮くんの顔を覗いてみると、これ以上無く苦汁に満ちた顔をしていた。いや、無理も無いか。突然現れた地球外生命体とも思えるピンクボールが、よもや自分より美味しい朝食を作るなど、誰が想像出来るだろう。私だって相当ショックだ。



凛「いや、あなたの気持ちは分からなくはないわよ? 事実……私も驚いてるし」

ルキナ「もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ」

 所でさっきから無言で食事をとり続けているセイバーがいやに怖いのだけど。しかもその速度が尋常ではない。下手すればカービィと同レベル……いや、それ以上だ。

 そこで「ああ」と手を叩く。なるほど、そう言うことか。

士郎「せ、セイバーも結構食べるんだな」

ルキナ「はっ! し、失礼しました。マスターを差し置き、食事に専念するなど」

士郎「いや、別にそれはいいんだ。美味しそうに食べてる人を見るのは、好きだからさ」

凛「そうね、セイバーが気にすることじゃないわ。問題なのは、衛宮くんよ」

士郎「お、俺か?」

凛「そ、朝食時にこんな重い話したくないけど、ここではっきりさせときましょう。セイバー、衛宮くんから魔力は流れて来ている?」



ルキナ「それは……」

 途端に表情を暗くさせたセイバーを見て、英霊のクセに分かりやすなぁ、と息を吐く。そんなにいちいち悲しそうな顔をしなくたっていいのに。

凛「分かったわ、セイバーの変わりに説明してあげる。いい、衛宮くん。こんなこと何度も言いたく無いけど、あなたは魔術師としては未熟、半人前、三流、いわばカスよ」

士郎「そこまで言うか……」

 一番始めに自分の立ち位置をはっきりさせとかなければ、いずれまたコイツは暴走すると言うことが、昨夜の戦いでようく分かっている。ならば、今のうちのつけられるだけ、鎖はつけておくに越したことはない。

凛「いい? サーヴァントがこの世界に現界していられる理由の一つは、マスターとなった魔術師の魔力を与えられるからなの。そして、サーヴァントが戦う度に消費される魔力を補うのも、マスターの役目。……言いたいことは、分かるわね?」

士郎「俺には正規のマスターを名乗れるほど、魔力を持っていないから、セイバーの力が落ちている……」

凛「そ、案外素直に認めるのね」

 途端にこちらも顔を暗くしだしたのを見て、案外セイバーが衛宮くんに召喚されたのは必然かとも思い始めて来た。英霊とは、そのゆかりのある触媒が無ければ、召喚したマスターの内面に近い存在が召喚されると言う話を聞いたことがある。

 なるほど、どうにも彼らは、心の奥底が似ている気がするのだ。



凛「だからこそ、セイバーは、マスターからの魔力提供以外の方法で、力を補填する必要があるのよ」

士郎「それってまさか――」

凛「まさかも何もないでしょ。私たちだって、食事をすることで力を蓄えて、睡眠を採ることで疲れを癒す。それと同じことよ」

 まあ、英霊の場合、消費されるエネルギーは、人のそれとは比べ物にならないために、このような大食いキャラが生まれてしまったと言うことだろうが。

 それに、それよりもっと効率的に魔力を供給する方法もなくはないのだが――流石にこの場で言うのは憚られた。

凛「だからセイバーが健啖家に見えるのは、セイバーのせいじゃなくて衛宮くんのせいなの。故にセイバーは気にする必要なしってこと」

ルキナ「そ、そんな……」

士郎「いや……分かったよセイバー。俺にも出来ることが一つ増えた。これからカービィに負けないくらい、美味しい食事をセイバーに作ってやる!」

ルキナ「シロウ……あなたのもとに召喚されてよかったと、心から思います」



凛「…………」

 何なのだこの茶番は。

 はぁ、とまた溜息をついてしまう。全く、これが聖杯戦争の為に召喚された英霊たちか? 昨夜の凛々しい姿はどこへ行ってしまったのやら。

 そう、昨夜の――、

凛(バーサーカー……)

 昨日の戦闘を、あの英霊の姿を思い出し、思わず背筋が震える。そうだ、あれこそが聖杯戦争の本質だ。忘れるな、平和な空気に呑まれるな。今、私たちは殺し合いの真っ最中なのだから。

 皮肉にも、昨夜の恐怖が、緩みかけた私の心を引き締めてくれた。

凛「ふん、感謝するわ、イリヤ。そしてバーサーカー。そしてこの私を見逃したこと、絶対に後悔させてやるんだから……!」




 ◆


凛「それじゃあ、一旦おいとまさせて貰うわ」

士郎「ああ、気を付けてな」

凛「それはこっちの台詞よ。いい? セイバーは常に身の傍に置いときなさい。でなければ、冗談抜きですぐに死ぬことになるわ」

士郎「ああ、遠坂も、カービィの傍から離れるなよ」

凛「衛宮くん、それ冗談で言ってるの? それとも本気で言ってるの? ――ああ、いいわ、どちらにしてもとりあえず殴るから」

士郎「なんでさ!」

 スパーン、と言う軽快な音を後に、衛宮くんの家の門を潜る。空を見上げると晴れやかな青空が映し出されていた。

凛「願わくば、この空模様のように、私たちの戦いに幸が訪れればいいのだけれどね……」

 けれど私たちはすぐに知ることになる。


 訪れるのは紛れも無く、嵐を巻き起こす、どす黒い暗雲以外の何者でもないと言うことを。



と言う訳で今回はここまでです。
読んでくれている方、ありがとうございます。
次回あたり、上手く行けばキャスターかライダーのどちらかが出せるかもしれないです。

お待たせして申し訳ありません。明日少し更新させて頂くかもしれないです。

少し出来たので更新再開させて頂きます。最後の方に新サーヴァントが少し出て来ます。


 ◆


凛「さてと、よーやく着いたか……」

 時間にすれば丸一日程だと言うのに離れていないのに、この家を出てから随分時間が経っているような気がした。ソファに腰掛けると、やはり一番落ち着くのは我が家だと再認識する。
 
 しかしゆっくりしている時間はあまり無い。もう一度衛宮くんの家に行かなくてはいけないし、手早く身支度を整え直さなくては。

凛「とりあえずシャワー浴びようかな。帰って来る時にちょっと汗かいちゃったし……」

 横目で足下のカービィに目をやる。霊体化が出来れば身体の汚れなんて気にしないだろうが、生憎セイバー同様霊体化出来ないと言うことは、それなりに身なりを整える必要があると言うことだ。

 はぁ、と溜息をついて、「しょうがないか」と呟く。

凛「洗ってあげるから、あんたも一緒に来なさい」

カービィ「ぽゃ?」

 首を傾げたカービィを、片手で掴み、バスルームへと持って行く。うん、やっぱりセイバーが中毒になるだけあり、やはり触り心地はかなりいい。

 手早く服を脱ぐ。カービィの前で裸になることには抵抗感などある筈が無い。ペットを風呂場に連れて行くようなものだ。



凛「思えば、昨日随分頑張ってくれたものね。ま、これはそのご褒美ってことで」

 ノズルを捻り、ぬるめのお湯をカービィにかける。始めは水に驚いていたが、すぐに心地良さそうな表情へと変わった。

カービィ「ぽゃ~……」

凛「ふふっ、気持ちいいの? ムカつく顔しちゃって」

 ああ、ホントにペットと話してるみたいだ。けれど、このピンクボールはサーヴァントであり、昨夜にはランサーと互角に戦い、バーサーカーに僅かながらでもダメージを与えることに成功したのだ。

 こうして、コイツの身体に触れていると、じんわりと自分の魔力がコイツの身体の中へ流れて行く様がはっきりと確認出来る。

 その『流れ』を感じて、ついに、諦めざるを得なくなった。

 否、認めざるを得なくなったのだ。

 ――カービィの身体に流れている魔力の限界量は、私なんかとは比べ物にならないほど、強大な力を秘めている。

凛「……そうか、やっぱり、ね」



 シャワーに打たれながら、苦笑が込み上げる。

 何がサーヴァントに見えないだ、とても勝ち進めるとは思えないだ。結局私は、不安だっただけなのだ。この戦争に勝ち残れるか、自分にその力があるのか。

 だから、カービィの姿を見た時に、心のどこかではこう思っていたのかもしれない。

 ――ああ、このサーヴァントなら、戦いに負けてもしょうがない。それは私の力不足が理由じゃない……と。

 けれど違った。カービィは紛れもなく、この聖杯戦争を勝つだけの力を持ったサーヴァントであり、この戦いに負ける時、それはカービィのせいではなく、私自身の責任なのだ。

凛「そう……昨日の戦いも、結局は私が弱かっただけ。あんたが弱かったわけじゃない」

 言葉にすると、酷く情けなく、弱く、脆く。けれど、認めなくては行けない。それを認めることが出来ないのならば、最早遠坂凛に魔術師たる資格は無いだろう。

 カービィの身体をそっと抱きしめる。相変わらず、腹が立つくらい抱き心地のいい身体だと、無意識に笑みが溢れる。

凛「……カービィ、勝つわよ、この戦い。私と、あんたで」

カービィ「ぽよっ!」

凛「……よし、いい返事ね!」




 ◆


凛「持ってくのは、これと……これと……」

 新品の下着ってあったっけとそこらかしこを探ってみるが、流石にそのようなものまではなかった。仕方ないかと息を吐き、持てるだけの服を鞄に詰め込む。

凛「背丈が近くて良かったわ。ま、もう着ない服だしね」

 霊体化出来ない以上、セイバーにも普段着は必要だろう。あのまま外を出歩いては、コスプレ扱いで人集りが出来ることは間違いなしだ。これくらい普段着用の服を持って行けば、セイバーも随分動きやすくなるだろう。

 ……まあ、似合うかどうかは別として、だけど。

 家を出ると、朝と変わらぬ青空が広がっていた。それだけで少しは気分が晴れやかになるのだから、つくづく人間とは不思議なものだ。


凛「さぁーて、お風呂に入ってすっきりしたし、それじゃいっちょ、セイバーにお土産を持って行くか!」

カービィ「ぽよっ!」





 ◆


 ――冬木市を北に離れた場所に、人気の無い鬱蒼とした森が広がっている。その奥深くに荘厳な雰囲気に包まれた城が建っていた。

 窓から差し込む太陽の光を浴びながら、その城の主は広い浴槽の中を漂っていた。傍らには二人の侍女が立ち、主の入浴を見守っている。

「お嬢様、やはり……」

イリヤ「しつこいわよ、セラ」

 セラと呼ばれた侍女が言葉に詰まる。しかし再度主に目を向けると、厳しい口調で問いつめた。

セラ「何故彼らに止めを刺さなかったのです?」

イリヤ「聖杯戦争は始まったばかりよ? 一気に二つも脱落させちゃったら、つまらないじゃない」

セラ「……まさかお嬢様、衛宮士郎にお情けを?」

 その問いに、イリヤの顔が一瞬歪む。しかしその表情は背にしている二人には見えない。

 くすりと笑い、イリヤが後ろの二人へ振り返る。



イリヤ「そうね。けど、情けを掛けているのはセイバーの方よ。哀れな人形ほど、愛でる価値があるのだもの」

セラ「……ッ!」

 その顔にセラは息をのみ、思わずイリヤから顔を逸らした。本来主から顔を逸らすなどするような侍女では無い。だが――何故だろう、セラには、今のイリヤが、イリヤであってそうではない、別の何かにすら感じるのだ。

 時折、思う。何か私たちの知らない場所で、恐ろしいことが起きているのではないかと。しかしアインツベルンの為に作られたホムンクルスであり、一、侍女に過ぎない自分には、そのことまでもを口にすることは出来やしない。

イリヤ「じゃあ、次は誰を潰しに行こうかしら」

 浴槽の傍らに置かれた紫色の球体――半透明の物質で出来たその中には、目を凝らすとバーサーカーの姿が収まっているのが見える。眠りについているのか、身体を丸め、瞳は固く閉じられていた。

 その球体をイリヤが持ち上げ、そして自分の顔へと寄せた。

イリヤ「いくらでも遊べるわ。私のバーサーカーは、最強だもの。そうよね、バーサーカー?」

 恍惚とした表情を浮かべた主の姿に、もう一人の侍女であるリーゼリット――リズが小さく、セラに向かい呟いた。

リズ「……最近のイリヤ、変」

 ああ、思っていたのは自分だけでは無かった。何よりも、イリヤの一部であるリズがそう口にしたのだ。

 その一言が、セラにとっては何よりも恐ろしく感じられた。



 ◆


 ナイスタイミングとはこのことだろう。あるいは間一髪と言う意味も、この場合は当てはまるかもしれない。セイバー用の服を持って再び衛宮くんの家を訪れると、彼らは丁度門を出ようとしている所だった。

 しかし何やら言い争っている気配もし、これは何やら面白そうだと思ってしまう自分も居た。が、その思考は数秒後、爆発的な速度で消え去ることになるのだが。

ルキナ「……ですが、一人で出かけるなど危険です!」

士郎「でも、セイバーの格好じゃ目立ちすぎるしなぁ……」

凛「…………」

 ああ、納得。その二言だけで状況を理解し頷く。そして、同時に、額に青筋が立つのが自分でも分かった。

凛「え~み~や~くん?」

士郎「うわっ! と、遠坂、どうしたんだ、そんな恐ろしい空気を纏わせて」

凛「あなた今、セイバーを連れないで出かけようとしてたわね? 出かけようとしてたのよねぇ?」

士郎「お、落ち着け、遠坂これは――」

凛「さっき私が言ったこともう忘れたのかこのヘッポコ三流魔術師が――ッ!」



 
 ◆


凛「アンタは……どこまで……!」

 正直怒りと呆れで言葉が出て来ない。目の前には玄関口で正座をしたまま冷や汗をダラダラ流している衛宮くんが震えている。いっそこのままここで氷漬けにしてやろうかとすら思えて来る。
 
 ああ、ここの所怒ってばかりだ。小じわが増えたらどうしてくれるとまた苛立つ。しかしもう、何と言うか、勘弁して欲しい。どこまで大ボケかましてくれれば気が済むのだコイツは。

士郎「だって、このままじゃセイバーが目立つだろ?」

凛「それには同意だけどね。じゃあ外出しようとするんじゃねえッ!」

士郎「ひっ!」

 思わず汚い言葉が出て来てしまい、こほん、と咳払いを一回、冷静になれ。

凛「まあ、そんなこともあろうかと、セイバー用の服をいくつか見繕って来たから」




士郎「さっきセイバーに渡してたやつか?」

凛「そ、でも下着は衛宮くんの方でなんとかしてよね。流石にセイバーも人のパンツまでは履きたく無いだろうし」

士郎「ばっ! おま……」

 何を照れているのだコイツは。それは私の発言に大してか、ノーブラノーパンのセイバーを想像してかは分からないが、どちらにせよ、こういう所はしっかり男の子なんだなと呆れ顔。

凛「まったく、ただの布っきれのどこがそんなにいいのやら……」

士郎「この数日で俺の中のお前の印象が随分変わって行ってるよ……」

凛「何か言ったかしら?」

士郎「いや、何も」

 間もなく家の奥からセイバーが早歩きでこちらへ向かって来た。正面に立ったセイバーを見て、「へぇ」と思わず笑みを浮かべる。

凛「中々、似合ってるじゃない」



 似合うかどうかは別として、なんて言ったが、これはこれで中々のものだ。やっぱり背丈が近くてよかった。これならどこから見ても、おしとやかなお嬢様、うん、悪く無い。

ルキナ「ありがとうございます、リン。シロウ、どうですか、この服は?」

 セイバーがそう尋ねると、数秒の間が空いて、

士郎「あ、ああ、凄く似合ってるぞ、セイバー」

 そう返した。なに見とれてんだコイツは。気持ちは分からないでもないけど……。

凛(と言うか……一つだけ気になることは)

凛「ごめん、セイバー、ちょっといいかしら」

 そう言い、セイバーの背中に手を当てる。……うん、やっぱりしてない。そりゃ前の服にもあるようには思えなかったけど、やっぱりか。でも、まあ。

 セイバーの胸元に目をやり、頷く。

凛「別にいっか、なくても」



ルキナ「? どうしたのでしょう、リン」

凛「ん、こっちの話だから気にしないで」

ルキナ「しかしこの世界の服は変わったデザインですね、これはこれでいいと思いますが」

凛「…………」

 さらりと言われた言葉に対し、私はとりあえず「聞かなかったことにしよう」と決めた。何か突っ込んだら負けな気がしたのだ。あと、関わると恐ろしい目に会いそうだと。

凛「で、衛宮くんはセイバーを置いてまでどこに行こうとしてたのよ」

士郎「ああ、藤ね……藤村先生から電話があってな。これから学校まで弁当を届けに行こうとしてたんだ」

 その返答には天を仰がずには居られなかった。





 ◆


士郎「なんで遠坂も?」

凛「あなた一人だとこれ以上無く不安だからよ! 聖杯戦争が終わる前に私の胃に穴が開くわ!」

ルキナ「カービィ、移動中は静かにしていて下さいね」

カービィ「ぽよっ!」

 セイバーに抱きかかえられたカービィが小声で返事をする。

 どうやら大分セイバーに抱えられるのにも慣れたみたいだ。霊体化出来ないことに加え、地球上の動物にも見えないカービィをどうするか考えた結果、苦肉の策として、ぬいぐるみとして誤魔化すことにした。

 しかし遠坂家の主たるもの、ぬいぐるみを抱えて街中を歩くことなどは出来る筈もない。と言うか恥ずかしくて死ねる。なので、こうして似合わないリュックサックをわざわざ持って来た訳なのだが――、



凛「まあ、セイバーに持ってもらえるならそれでいいわ。学校までお願いね」

ルキナ「はい、任せて下さい!」

 ムフー、とカービィを抱きかかえるセイバーに「英霊とは何だったのか」と問いたくなるが、もうあまり気にしないことにしよう。別世界の人間だ、さっきのことと言い、感覚も違うのかもしれない。

凛「さて……と」

 辺りを見回し、そして空を見上げる。

 この流れ、この魔力。やっぱり……。

士郎「どうした、遠坂」

凛「衛宮くん、同盟を組んだ以上はあなたと情報は出来るだけ共有したいの」

士郎「あ、ああ」

凛「だから、今ここで言っておくけどね――」



 ――昨夜のことだった。バーサーカーとの死闘を終え、帰路に着く時に感じた違和感。昨夜は疲れから来るものだとは思った。思いたかったが――しかし、今は確信を持って言える。

凛「柳洞寺に一匹、サーヴァントが潜んでいるわ」

士郎「何だって!?」

凛「そのまんまの意味よ。おそらくクラスはキャスター。冬木における最大の霊地を陣地にしてる――ま、キャスターのクラスであるならば当然のことね」

士郎「おい、それじゃあマスターは……!」

凛「衛宮くん、私がただ、あなたが心配だから一緒に学校行くとでも思ってるの?」

 そう、彼が学校に行くと言うのなら好都合だ。最悪、敵マスターと鉢合わせすることになるかもしれないが、それでもキャスターのクラスは名目上最弱。加えて、霊地から飛び出してくれるのならば願ったり叶ったりだ。

凛(ま、私がマスターなら、聖杯戦争が終わるまで陣地に残っているけどね……)

凛「そう言うことだから、私は学校に着いたら、それとなく探りを入れてみるわ。用心しなさい、この街には、私が知らない魔術師が沢山居るみたいだからね」

 私の発言を皮肉と受け取ったのか、衛宮くんは少し複雑な表情を浮かべた。




 ◆


士郎「じゃあ俺は藤村先生に弁当届けに行くから」

凛「弓道部、なのよね」

士郎「ああ。――何かあるのか?」

凛「いえ……別に」

 挨拶くらいは、と思ったが、足を止めた。必要以上に近づくことは禁じられている上に、今の私は戦争に足を突っ込んでる身なのだ。

 顔を会わせることは、必要以上に躊躇われた。

 何より、綾子にこの異様に膨らんだリュックサックを背負っている姿を見られたく無い。

凛「……ま、後輩たちにも挨拶して行きなさい。元先輩さん」

士郎「余計なお世話だ」

 相変わらず複雑な表情を浮かべながら歩く衛宮くんの後ろを、セイバーが着いて行く。

 やはりと言うか当たり前と言うか、その格好でもセイバーの外見は一目を引くようで、彼女の姿を見ては、生徒が何やらひそひそと話している。



凛「ま、黒っぽい蒼髪で良かったわね。これが金髪碧眼の女の子だったら、人目の数が三倍になるわ」

 そう言って、何かが引っかかる。

 私は、今何を言った? ああ、まただ。また奇妙な違和感を感じる。気持ち悪い、まるで歯に挟まったゴマが取れないみたいな気分。

カービィ「ぽよ?」

 リュックサックの中からカービィが頭をつついて来る。

凛「はいはい、そんなことより、さっさと行動しろね。分かってるわよ」

 リュックサックを背負い直し、よし、と息を吐く。よし、まずは――、

 自分の足を、校舎の中へと進めて行った。




 ◆


凛「さぁーて、まずは生徒会長の服でも剥いでやるか」

 我ながら恐ろしい台詞を言っている気がするが、まあ、剥ぐこと自体はカービィがやるから心配無いし問題無い。

 私は「突然突風に服を飛ばされてしまった哀れな生徒会長を、偶然生徒会室の扉を開けて目撃してしまう」だけだ。

凛「ふふ、我ながら完璧な作戦ね……。カービィ、分かってるわね? この眼鏡の男よ?」

 中学時代の写真を片手に、カービィに念を押す。ぽよっ、と元気よく返事をしたのを見て、よしよしと頷く。さて、鬼が出るか、蛇が出るか。

 いずれにせよ、旧知の仲とは言え、マスターであるならば容赦はしない。だからこそ、衛宮くんと別れたのだ。

 すぅー、と息を吐き、そして命じる。

凛「カービィ! 行きなさい!」

カービィ「ぽよっ!」



カービィ「ぽよっ! ぽよっ!」ピョンピョン

 私はドアノブに手が届かずに、小さなジャンプを繰り返すピンクボールの姿に絶望することになった。

凛「ああ……アンタに開けられると思ったこと自体が間違いだったわ」

 ここは私がそっと生徒会室の扉を開けて、その隙間からカービィに忍び込んでもらうのが得策か。中から奴の悲鳴が聞こえた時が合図になる。

凛「よし、今度こそ……いきなさい、カービィ!」

 ガン!

凛「ん?」

 ガン、ガンッ!

 開かない扉。空しく反響する鍵の音。それが示すこととは――、

凛「あ、鍵かかってるわね、これ」

カービィ「…………」



 ああ認めよう、私はうっかりだ。どこか抜けているし、ミスも多い。特に最近はここぞと言う時以前のミスが多い。

 ――自分で自分をぶん殴りたい!

凛「衛宮くんに偉そうに言っといて、恥ずかしくなるわ……」

 がくりと項垂れた私の後ろから、

美綴「……何やってんの、遠坂」

 今、出来ることなら一番聞きたく無い声が聞こえた。

凛「あ、あやこ、どうしてここにいるかしらー?」

美綴「何でそんな棒読みなんだよ……。教室に忘れ物しちゃってたこと思い出してさ。てか、何でぬいぐるみ抱きしめてるの?」

凛「あ、ああ、これね! これ、そう! 先生! さっき先生に預かってて欲しいって言われて!」



 我ながらなんと苦しすぎる言い訳だろう。幸いカービィはぬいぐるみに徹してくれているおかげで、コイツが地球外生命体か何かだとは思われていないようだが、それも時間の問題だ。

 何としても早く話を切り上げて逃げ出したい。

美綴「先生って……」

 流石に嘘だとバレるか。次の言い訳を考えている最中、急に綾子の顔がぱあっ、と明るいものに変わる。

 はて、何でそんなに嬉しそうなのだろうと首を傾げると、綾子はそっかあ! と大きな声で手を叩いた。

美綴「葛木先生もやることやってんなぁ~! まさか子供のプレゼントまで用意してるなんて!」

凛「……は?」

美綴「え、違うの?」

凛「な、何でそこで葛木先生が出て来るのよ?」



 私の知る葛木先生は実直で寡黙で、以前テストの中の言葉が一字違っただけでテストを中止にしたと言う逸話まである、ある意味融通の利かない堅物だ。

 とてもこんなピンクボールのぬいぐるみを、生徒に預ける人なんかでは無いだろう。

美綴「藤村先生から聞いてないの? 葛木先生、婚約したって」

凛「ぶふっ! ホントなの!?」

 おどろきもものきさんしょのき。と、そんな古いリアクションはさておき、まさかあの葛木先生が……。相手は一体どんな人なのだろう。きっと凄い美人に違いない。

 ――なんて平和な思考をするほど、私は平和ボケしていない。

 気にしていなかった人物が、一気にグレーゾーンに達した瞬間だった。

凛「……ねぇ、葛木先生の奥さんについて、何か聞いてる?」

美綴「いや、特には。藤村先生もちょろっと本人から聞いただけみたいだし」

凛「そう……」



 それは少々予想外だ。

 仮にも聖杯戦争のマスターが、呼び出したサーヴァントを他人に妻として紹介するだろうか。それもわざわざ自分からだ。仮に私がマスターであれば、少なくとも一般人に、サーヴァントのことは微塵も口にしないだろう。

凛「ねぇ、葛木先生って今日は来てるかしら?」

美綴「あー……確か、鍵借りる時に職員室居たから、ひょっとしたらまだ居るかもな」

凛「そう、じゃ、私はこれ藤村先生に返して来るわ」

美綴「えっ、それ藤村先生の!? あの人こう言うの好きなんだ……」

 ごめんなさい、藤村先生。でも半分は衛宮くんを休日に呼びつけた藤村先生のせいみたいなもんだから許して下さい。

美綴「遠坂、どうせ藤村先生のとこ行くなら、一緒に昼食べない?」

凛「嬉しいけど遠慮しておくわ。ちょっと用事もあるしね」





 ◆


大河「ふん、ほー、ふふふぃふぇんふぇーね」

士郎「おい、藤ねえ、行儀悪いぞ」

大河「あはは、ごめんごめん、お腹減ってて」

士郎「でも驚いたな、葛木先生が結婚してたなんて……」

大河「つい最近らしいけどね」

士郎(……まさか、な。でも……)

士郎「んじゃ、俺は帰るよ」

大河「折角だから少し汗流してかない? 今なら部員の子たちも全員昼行ってるし」

士郎「遠慮しとくよ。俺はもう部員じゃないんだから」

大河「ったく、頑固ねー」

士郎「んじゃ、顧問頑張れよ」

大河「はいはい、お弁当、ありがとねー」





 ◆


士郎「悪い、待たせたな、セイバー」

ルキナ「いえ、遠くから見ていましたが、シロウは随分、彼女に信頼を注いでいるようですね」

士郎「そう見えたか?」

ルキナ「ええ、彼女を前にしている時のあなたは、今までで一番自然な呼吸をしていましたから」

士郎「そうだな……藤ねえは、俺の最後の家族みたいなもんだからな」

ルキナ「……家族」

士郎「どうか、したか?」

ルキナ「いえ、何でもありません。それより、魔力の残滓が感じられます。警戒するレベルではありませんが――」

士郎「ここは人が多い場所なんだ。心配無いって」

ルキナ「ですが、やはりサーヴァントとして、マスターが普段生活している場所は確認して置きたい。と、言う訳で、散策をしましょう!」

士郎「お、おお、張り切ってるな、セイバー」





 ◆


凛「さて、カマかけるとは言ったものの……どう言うか」

 ――あ、葛木先生!

 ――どうした、遠坂。

 ――婚約されたんですって? おめでとうございます!

 ――ああ、ありがとう。

 ――奥さん、どんな人なんですかぁ? もしかして透明になったりとか死人だったりとかします?

凛「……ま、こんなもんでしょ。最後の一文はいらないとして、あくまで教師が結婚したと言う話に釣られた女生徒を演じればいいわね」

カービィ「ぽよ……」

凛「アンタは静かにしててね。万が一の時は、頼むけど」

カービィ「ぽよ!」



凛「よし、んじゃ――」

 職員室のドアを叩く、「失礼します」と声を掛けると同時に扉を開ける。果たして、どんな言葉が帰って来るのか――、

凛「すいません、葛木先生、いらっしゃいますか?」

 しかし職員室からの返答は実に悲しいもので、「ついさっき用事で外に出られた」とのこと。しかも戻って来るまでにかなり時間がかかるそうだ。

カービィ「ぽよ」

凛「出鼻を挫かれっぱなしね。しょうがない、士郎と合流するか」

 はぁ、と溜息を突き、職員室を後にする。衛宮くんが居る場所のことを考えると、更に憂鬱になったが、致し方なし。弓道部へ足を進めると、すでに練習が再開していて、衛宮くんの姿は無かった。

凛「入れ違いになっちゃったかしら……」

大河「あれ、遠坂さん?」



凛「あ、藤村先生。衛宮くん、さっき来ませんでした?」

大河「ええ、何か用事? 珍しいわね、あの遠坂さんが衛宮くんに用事なんて」

 おっと、練習が再開したら先生モードに戻っている。とても生徒の一人をパシリに使った人とは思えない。「ええ」と頷き、ちょっと預かりものを返しに、と無難に返答。

「へー、意外ねー」と先生は言ったが、一体私はどんな風に見られているのだ。

「あの、藤村先生、ちょっと――」

 先生の後ろから掛かった声が、途中で消える。私も一瞬だが、表情が強ばった。けれど、お互いすぐに自然な――努めて自然な表情を装う。

凛「こんにちは、間桐さん」

桜「こんにちは、遠坂先輩。えっと、お話中でした?」

凛「いえ、大したことじゃないわ。……行き違いになっちゃったみたいですし、私はここで失礼します」

大河「そう? じゃ、もし会えなかったら言っておくからね」

凛「はい、助かります」



 まあその時は衛宮くんの家に行くかすればいいのだけど。しかし連絡手段が無いと言うのは確かに不便だ。ここはいっそ携帯電話に手を出すことも……。

凛「いえ、多分無理ね。壊すわ、絶対」

 自慢じゃないが、私は機械の類いに疎い。要するに弱い。魔術師であるからして、現代の利器とはてんで相性が悪いのだ。

凛「あんたが私に色々教えてくれればいいのにねー?」

カービィ「ぽや?」

 と、冗談を言ってみたが、それはそれで遠坂凛にとって史上最大の屈辱的な絵が見える気がしたので、言わなかったことにする。

凛「てゆーか、衛宮くんどこに行ったのよ……生徒会室に行っちゃったのかしら」

 そう呟き、ふと顔を見上げると、なんとまあご都合主義的か。セイバーと、その後ろを歩く衛宮くんの姿が窓の向こうに見えた。

 何やらセイバーと共に校内を散策しているらしい。立ち止まっては、衛宮くんが何やら説明している様子が見て取れる。

 手を振ってみたが、二人ともこちらには気がつかないようだった。



凛「楽しそうじゃない……こちとら短い間にトラウマレベルの恥をかきそうだったってのに……」

 それは自業自得故なのだが、それにしても納得いかない。いっそ大声で叱咤してやろうかと息を吸い込んだ所で――、

「遠坂か、私服で何をしている」

凛「ひゅうっ!」

 予想外の声に思わず変な声が出てしまう。

凛「く、葛木先生!? 外に出ていた筈では!?」

葛木「先方の都合が悪くなってな。……休日とは言え、私服で校内をうろつくのは感心しないな」

凛「す、すいません、すぐ帰りますので」

 それより、と、口にして、息を整える。意図せず出会ってしまったが、ある意味では好都合だ。幸い今は人気が無い。昼休みが終わり、どこの部活も練習を再開している筈だ。



凛「先生、ご婚約されたって、おめでとうございます」

葛木「ああ、礼を言う」

 言葉にも表情にも変化は無い。ならば、追撃だ。

凛「それでですね、先生の奥さんって、どんな方なんでしょう?」

 さあ、どう出る?

 構えた私に、しかし返って来た言葉は、

葛木「気になるなら見に来るか? 妻も喜ぶだろう」

凛「へ?」

葛木「どうした」

凛「い、いえ……」



凛(やっぱり思い過ごし……? それとも――)

 甘さを捨てるべきだろうか。一瞬の間に、私はいくつかの選択肢を頭に浮かべた。その中でも、最も効率がよく、最も短絡的で、最もメリットが高いことは一つだけだった。

凛(今、ここで先生にガンドを打ち込むこと……)

 仮に先生がただの一般人であれば、私は通り魔以外の何者でも無いが、もしマスターであるならば、今、この油断している時に叩くことに越したことはない。

葛木「……急にそんなこと言っても困るか。まあ、妻が知りたければ柳洞寺に来るといい」

 背を向け、校舎へと戻ろうとする先生。そこに警戒心はやはり感じず、自然な人間の動きだ。ひょっとしたら、私はとんでもないことをしようとしているのかもしれない。

 だが、これは聖杯戦争だ。

 そうだ、疑わしきは、まず攻撃せよ。



凛(……打ち出すのは、呪いの塊。出力を抑えれば、死ぬことなんてない。精々、風邪を引く程度)

 そう自分にいい聞かせ、腕を構える。そして――、


 ドゴン!


 爆発音が聞こえた。無論、私のガンドの音ではない。

葛木「……む? 何の音だ」

 同時にリュックサックの中からの強い振動が私を叩く。

凛「いたっ! ちょっと、カービィ!」

 小声で言うと、カービィもまた、小声だがはっきりと「サーヴァント!」と返した。まさか――、



 校舎を見ると、既に衛宮くんたちの姿は見えなかった。

凛「すみません、見て来ます!」

 後ろから葛木先生の声が掛かったが、聞こえないふりをした。

 どうあれ、今はこっちに構っている場合ではなくなった。

 一目散に中庭を駆け出す。まさかあのへっぽこ三流魔術師! 

凛「くそっ! セイバーが居るからって油断してた! まさかこんな真っ昼間から仕掛けて来る奴が居るなんて!」

凛(無事で居なさいよ、衛宮くん……!)



 ◆


 ――時は少し遡る。

ルキナ「シロウ、この部屋は何と言う所なのですか?」

士郎「ああ、それは生徒会室って言って、俺の友達の――」


 ドゴン!


士郎「な、何だ今の音!?」

ルキナ「――ッ!」

士郎「どうしたセイバー」

ルキナ「……サーヴァントの気配です。しかも、限りなく近い」

士郎「なっ……まさか、学校に入って来たりしないよな?」

ルキナ「……分かりません。しかし、そこに敵の気配があるのであれば――」

 シュン、と一瞬にしてルキナの姿が、凛の服から自身のあるべきそれへと変わる。剣を握り、林の方角を見つめた。

ルキナ「叩き潰す、それだけです」



 ◆


 音がしたのは、中庭を抜けた林の中だった。周りの生徒たちも顔を出し、遠巻きに見つめている。

 流石にその中心を走り抜けるのは憚られ、苛立ちを感じながらもその中心を迂回した。

 林の中、辺りを見回すと、所々に戦いの形跡が見られた。

凛「木が切り裂かれたような跡と……何これ、まるで爆弾が投げられたみたい……!」

 大木の一本が、焼け焦げたような跡を残し、幹の中心から倒れていた。相当な破壊力が容易に想像出来るその形跡に、思わず息を呑み込む。

凛「カービィ、出なさい」

カービィ「ぽよっ!」

 リュックサックをおろし、カービィを中から出す。油断は出来ない。こちらもすぐさま迎撃出来る態勢を整えなければ。



 ザッ。

 草を踏む音が聞こえた。同時に、林の影から、その足音の正体が少しずつ現れる。

凛「……あなたが、五体目ね」

サムス「それはお前の主観によるものだろう。私からすれば、三人目だ」

 私より頭ひとつほど高い長身。近未来的な鎧に身を包んだその出で立ちは、まるで戦闘に特化させた宇宙飛行士を連想させた。

 その左腕は五本の指が見えていたが、右腕は肘から先に、銃身が装着されていた。おそらくは、それが主とする武器なのだろう。

 セイバーと同じく、人間タイプの英霊であることは、その姿から想像出来た。声もまた、若い女性の持つそれだった。

凛「マスターは近くに居ないみたいね……」

サムス「全く、この短い時間に、再び別のサーヴァントと顔を合わせることになるとはな。とは言え、アレは仕方無いか」

 声色から、極めて冷静かつ慎重な人物だと判断出来た。

 敵を目の前にしても少しも余裕を崩さず、こうして面と向かい会い会話を続ける余裕は、強者だと言う自負から来るものだ。



凛「あなた、クラスは何かしら?」

サムス「さあな。私の戦いから――当ててみるか?」

 途端、地を蹴る音と共に、彼女の姿が視界から消える。否、次の瞬間には視界一杯にその身体を覆う装甲のメタリックな輝きが見えた。その攻撃をカービィが飛び上がり足で止める。

 弾かれた身体を空中で回転させ、何事も無かったかのように着地した姿に、舌打ちをする。

凛「くそっ、重そうな外見の割に、素早いじゃない!」

 それにカービィも、それくらいジャンプ出来るならドアだって開けられたでしょうに! 突っ込みたい気分は山々だったが、それどころではない。

 その姿から飛び道具に特化したサーヴァントだと思ったが、格闘技術も高いようだ。

凛(けど、距離を開ければ――)



 悪い予想は当たるものだ、距離を開けたその瞬間、彼女は右腕をこちらに突き出した。キュイン、と言う近未来的な音がすると、銃身の形が変形し、そして発射音。

 銃身から高速の弾丸が一発射出された。

凛「ッ! 小型ミサイル!?」

カービィ「ぽよっ!」

 カービィが私の身体を突き飛ばす。弾丸は空中を通り過ぎ、背後の大木に当たった。

凛「ぐうっ!」

 轟音と共に、閃光。そして爆風と黒煙。数秒後、そこにあったのは、焼けこげ粉砕された、元大木の姿。

凛「これが、さっきの……!」

サウス「どうした、逃げているだけでは勝機は訪れないぞ?」

 黒煙の向こうから、そう冷静な声が聞こえて来る。



凛「……ッ! 人目を考えなさいよ! 今何時だと思ってるの!?」

 こんな爆発が短い間に続けて二回も起きたら、生徒だけでなく、警察や消防までもが駆けつけて来るだろう。

サムス「そうか、ならば――早めに決着をつけるとしよう」

 銃身を構えた彼女の頭上から、

ルキナ「させません!」

 舞い降りたセイバーの剣戟が飛ばされる。敵はそれを右手の銃身で受け止めると、バックステップを踏み、大木を背に私たちに銃を構えた。

ルキナ「ご無事でしたか、リン」

士郎「遠坂、大丈夫か!」

凛「……それはこっちの台詞。あなたたちの方が後だったのね」



 ふぅ、と安堵の息を吐く。これで形勢はかなり有利になった。

士郎「遠坂、アイツは……」

凛「クラスは、大体予想がつくわ」

 先日戦いを交えた黒衣の少年がランサーであり、あの猫顔がバーサーカーであるならば、残るクラスはアサシン、ライダー、キャスターだ。しかしキャスターは柳洞寺を根城にしている上に、この英霊に、そのクラスの適正があるとは思えない。

 加えて、この英霊が扱う武具を考えると、アサシンと言う可能性は否定出来た。どこの世界にミサイルを使う暗殺者が居ると言うのだ。

凛「詰まる所、あなたはライダーのサーヴァントね」

サムス「そっちはセイバーにアーチャーか。なるほど、そのクラスに相応しい力を宿しているようだな」

 その言葉には少なからず驚いた。なんせ今まで会うマスター、サーヴァントに、軒並み言葉を失われて来たのだ。

 それだけに、初対面でセイバーはともかく、カービィがサーヴァントとして認められたことは、正直敵の言葉ながら嬉しく感じてしまう自分が居た。

凛「そうよ、私のアーチャー、カービィは強いわ。ここでやり合う気かしら?」



 正直、形勢が有利なだけに、今片付けておきたい気持ちはある。だが、ここは仮にも学校からそう遠く離れていない場所なのだ。加えて、時間もまだ早い。

 一人でも生徒が紛れ込み、戦いの犠牲になることは避けたかった。

サムス「……そうだな、ここは退かせてもらおう。元より、お前たちと戦う理由が私には無い」

ルキナ「無い筈あるものか、私たちは戦わなくてはならない存在だろう」

士郎「セイバー!」

 剣を構えたセイバーの肩を、衛宮くんが掴む。

士郎「あいつに戦う気が無いのなら、今は無理にそうするべきじゃない。時と場所を選ぶべきだ」

ルキナ「……しかし!」

士郎「セイバー、頼む」

ルキナ「……分かり……ました」


 シュン、とセイバーの腕から剣が消え、その姿は私が譲った服へと戻った。

サムス「なるほど、トオサカリンにエミヤシロウ……正常な判断は出来るようだな」

凛「……! どこで、私たちの名前を」

 その質問には答えず、ライダーは私たちに背を向けると、林の闇へと消えて行った。

凛「……行ったか」

士郎「あれが、五体目のサーヴァントか」

 そう、これで私たちは、自分たちのサーヴァントを含め、セイバー、アーチャー、ランサー、バーサーカー、そしてライダーの存在を確認した。残るクラスはあと二つ。

「つくづく、面白い英霊ばっかりね」と息を吐く。そこで遠くの方から、ファンファンとサイレンが聞こえて来た。


凛「とりあえず、サイレンの音も聞こえて来たし、逃げるわよ。捕まったら厄介なことになるわ」

士郎「あ、ああ」

 引き分けたものの、この戦いは私たちにとって大きな収穫になったことは間違い無い。僅かな間だけだが、ライダーの戦闘スタイルの片鱗は掴むことは出来た。

 幸い、私たちはまだカードを見せては居ない。次の戦いはこちらが有利になるだろう。

凛「ほら、セイバーも、行くわよ!」

ルキナ「……はい」

 だが、それは大きな間違いだった。それを次の戦いで、私たちは知ることになる。

 私たちは常に手の内を見せ続けていたのだ。






 夕刻――、

「なるほど、セイバーのマスター、アーチャーのマスター……共に、素直な子供たちですね。そしてライダー、彼女のマスターもまた……」

葛木「帰ったぞ。……見ていたのか、キャスター」

「ええ、情報収集は、この戦いに置いて必須ですからね」

 エメラルドのように美しく輝く翠色の髪を揺らしながら、艶やかにその女神は微笑んだ。


と言うわけで今回はここまでです。

今更ですが、基本的にこのSSは凛が主人公ですので、彼女の一人称で進んで行きますが、多少視点が変わることもあります。



ブラピとパルテナ様は別な世界線なのかな?

とすると、アサシンはゲッコウガもありえそう。個人的にはダンボールの傭兵なんだが

>>1です。長らく更新出来てなくて申し訳ありません。ようやく少し出来たので更新再開します。



葛木「……他のマスターとサーヴァントの姿は確認したのか?」

 ネクタイを解きながら、葛木が尋ねる。殺し合いに関わることにも関わらず、まるで会社帰り、妻に「今日の夕飯は?」とでも尋ねるかのように自然な声色だった。

パルテナ「ええ、先日の戦いで、大方。先程、ライダーがランサーと僅かですが戦いを繰り広げていましたし」

葛木「そうか……暗殺者と呼ばれる、アサシンのサーヴァントはどうだ?」

パルテナ「……申し訳ありませんが、それだけがまだ見つかっておりません。流石にそのクラスのことだけはあります。私の監視にも敏いようで、全く姿を見せませんね」

 とは言え、と彼女は指先を唇に置いた。

パルテナ「所詮クラスはアサシン。警戒すれば、そこまでの脅威ではありません」

葛木「そうか、ではやはり、もっとも注意すべきは」

パルテナ「ええ、やはりバーサーカーと、そのマスター……。彼女たちこそ、この戦いの中、最も注意すべき相手です」

 二人の前に映し出されていた映像が消える。数秒、俯いた後に、キャスターは葛木に向かい顔を上げた。



パルテナ「……宗一郎様、あなたには感謝しています。縁もゆかりもない私を救ってくれただけでなく、こうしてこの戦争にまで力を貸してくれるのですから」

 葛木は戦争の部位には答えず、変わりに一言、

葛木「女神にそう呼ばれるのもおかしなものだな」

 そう抑揚の無い声で答えた。

パルテナ「ええ、そうかもしれません。けど、どうしてでしょう? 貴方のことは――そう呼ぶことが、何故か一番しっくり来るのです。嫌でしたら、別の呼び方を考えますが」

葛木「……いや、構わん。また何か必要なものがあったら言え」

 そう言い残し、葛木が部屋を出る。残された彼女は再び目の前に外界を映し出す術を展開した。そこに映し出されていたのは、黒衣の少年。

 知らず、彼女は拳を握り締めていた。その顔は、溢れ出る感情を必死に抑える者のそれだった。震える身体を抱きしめる。

パルテナ「まだ……まだ、その時ではありません。力を貯めなければ……そして……」

 息を大きく吸い込み、吐き出す。



パルテナ「……もう、すぐです。もうすぐ、あなたを蘇らせます、ピット」

 ――私の全てを賭けてでも。もう、二度と失敗は繰り返さない。自らの望みの為に、今一度冷徹になれ。

 そう自分に何度も言い聞かせる。

 望むものが目の前にありながらも、一度その道を捨てかけたのだ。

 拾い上げてくれた奇跡を、もう不意にすることなど出来ない。

 キャスターが手を振ると同時に、映し出されていた映像が切り替わる。そこには先程凛と一戦を交えていたライダー、サムス・アランの姿があった。

 今はマスターの邸宅に居るのか、その姿はパワードスーツを脱ぎ、生身のそれへとなっている。

 長い金髪を後ろで一つにまとめ、上下には青色のノースリーブとショートパンツと言う、ラフな格好をしていたが、その顔は何かを思索するような険しい表情に包まれていた。

パルテナ「……不思議ですね。彼女の戦い方は他の者と違い、本気で殺し合うそれでは無い。何か、貴女には別の目的があるよう――」



 ◆


サムス「……これで出会ったマスターとサーヴァントは三人と四体。ランサーのマスターは未だ不明だが……」

 俯きながらそう呟いたサムスの後ろからノックの音と同時に声が掛かる。

桜「ライダー、居る? 大丈夫……かな?」

「ああ、入れ、サクラ」

 ドアを開けて入って来たのは、サムスの『本来の意味の』マスターである間桐桜。

 その表情は相変わらず頼り気の無い暗さがあったものの、それでも自分が初めて彼女を目にした時よりは、若干明るくなったとサムスは感じた。否、感じたかった。

サムス「どうした?」

桜「そ、その……もしかして、姉さんと会ったのかなって……」

 姉さん――遠坂凛。彼女を取り巻く複雑な関係には、サムス自身頭を悩まされた。その話を聞いた時、始めはこう思ったのだ。

 ――ああ、いつも私の上は面倒くさい奴らばっかりだと。



 それでも、彼女を突き放すことが出来なかったのは、どこか自分と重ねてしまうからだろうか。

 両親を失い、孤独な場所で生きている少女に対して、何も感じないと言えば嘘になるだろう。

 だからこそ、マスター権を兄に譲った上でも、彼女と言葉を交えているのだ。

 争いを好む性格で無いことは一目瞭然の彼女に対し、無理に死の危険がある戦争へ誘う訳には行かない。何より、血を分けた肉親と戦う残酷なことなどあってはならない。

 正直、兄の慎二に不満が無いと言えば、それは間違いなく嘘にはなるが……。

慎二「おい、ライダー! 今日もまた勝手に行動したな!」

 バン、と勢いよく、蹴破るように開けられた扉に、サムスは溜息をつく。噂をすればと言う言葉があるらしいが、なんと心で思うだけでやってくるとは。

サムス「なんだ、マスター」



 ギロリと自分を睨んだサムスの眼光に一瞬慎二は体を退いたが、すぐに持ち前の虚勢を張ると、声を荒げる。

慎二「あまり調子に乗るなよ、ライダー。桜がマスター権を放棄した今、お前のマスターは僕なんだ。サーヴァントはマスターの命令に従うものだろう?」

 それはその相手がマスターたる器があればの話だ。心の中でそう呟くが、口にはしない。相手にするだけ無駄だと自分の中での折り合いはついている。

サムス「なんだと私は訊いている。用が無いなら消えてくれ」

慎二「お、お前……! おい! サーヴァントはマスターの――」

 堂々巡り、同じ言葉を二度聞くつもりは無い。元より聖杯などと言うシステム如きに興味は無い。自分は与えられた『任務を完遂』させる、それだけが目的なのだから。

サムス「しかし、やっかいな世界だな。早いうちに根を叩き潰さなければ――」

 その蒼い瞳の奥の真意は、マスターである桜さえも知らない。




 ◆


凛「さて、一旦状況を整理しましょうか」

 騒ぎの収まらない学校を後にし、私たちは出来るだけ目立たず、しかし迅速に衛宮邸へと帰還した。無理も無い。爆音に加え、あちらこちらで木々がなぎ倒されている状況だ。

 一応綺礼に連絡はしておいた。まあ多分なんとかしてくれるだろう、それがアイツの仕事なんだし。

士郎「はい、お茶」

凛「あ、ありがとう」

ルキナ「感謝します、マスター」

カービィ「ぽよっ!」

 相変わらず、家に戻ると衛宮くんはこうして気を遣ってくれている。この戦争が無事に終われば、私の家の執事として雇おうかしら、と半分本気で考えてしまう。

 まあ、後のよく分からない未来より、目先の戦争が第一だ。深呼吸をし、それから衛宮くんとセイバーへ向き合う。



凛「これで、私たちが出会ったのは、セイバーとカービィ……アーチャーを含めて、ランサー、バーサーカー、そして、ライダー。残るサーヴァントはあと二体」

士郎「アサシンと、キャスターか」

凛「もっとも、キャスターは間違いないとは思うけれど、最後のクラスがアサシンだとは限らないわ。一応通常は前に言った七クラスになるけど、場合によっては三騎士以外にはエクストラクラスが与えられる可能性もあるしね」

 とは言え、現状ではそう判断出来るものも何も無い。一応はアサシンを仮定しておくのが、このへっぽこマスターの為にもなるだろう。

士郎「そう言えば遠坂、一成には」

凛「会えなかったわ。元々今日は休日だしね。そんな期待してなかったわよ」

 先程の恥辱は彼方へと葬り去る。堂々と嘘がつけるのは私の特技みたいなものだ。何より、もっと怪しい人物が浮上してきたのだ。

士郎「……遠坂」

凛「……その顔、あなたも同じこと考えているみたいね」

士郎「藤村先生が、葛木先生が結婚したって」

凛「こっちは綾子に聞いたわ」



 そしてお互いに沈黙。考えていることは、私と衛宮くんでは多少の齟齬はあるかもしれないけれど、ほぼ同じだ。

 まず、第一に、何故葛木がそれを他人に言っているかと言うこと。仮にも私がマスターなら、サーヴァントの存在を匂わせることなんてしない。周りの人間にも、暗示でもかけておけば済む筈だ。魔術師ならいざ知らず、キャスターのサーヴァントなら、洗脳すら出来てもおかしくないと言うのに。

凛「でも、ま」

 やるべきことは決まっている。さっきは邪魔が入ってしまい、分からずじまいだったけれど、疑わしきは罰せよ、その考えは変わっていない。

凛「確かめるわよ」

士郎「……今からか?」

凛「当然でしょ」

 意外そうな顔をした衛宮くんに、ああそうかと頷く。

 忘れてはいけない。衛宮くんは素人の三流へっぽこ魔術師。キャスターがどのような存在かなのさえ、理解が及んでいないのだろう。

凛「衛宮くん、キャスターのサーヴァントってのはね。アサシンに次いで、聖杯戦争最弱のクラスなの。そんなキャスターが勝つためにすべきことは、何だと思う?」

 私の質問に衛宮くんは数秒考え、

士郎「……情報を得ること」



 それも正解だ。そして真面目で誠実で、馬鹿正直な衛宮くんがその答えに辿り着くことは必然。

 だけど、キャスター……いや、サーヴァントを扱うマスターにとっては、もっと大切なことが一つある。

凛「魔力を集めることよ。精一杯、ね」

士郎「それって」

 口に出しかけた衛宮くんだったが、しかしその先の考えは無いようだった。

 彼の知識量を見る限り、魔力を得る方法なんて精々身体を休めることくらいしか考えつかないだろう。

 どのような形で魔力を集めるか、その方法なんて知る由も無いことは、今の反応で十分理解出来た。

 だからこそ、今一度現実を教えて挙げよう。今、私たちがどのような場に臨もうとしているのか。

凛「魔術師としての知識がロクにない衛宮くんに説明してあげるわ。効率のよい魔力の集め方はね、人間を生贄にすることよ」

士郎「……は?」

 訳が分からない、その表情が、彼の心情をはっきりと表していた。



凛「そのままの意味。生きた人間の生き血を吸ってもいいし、身体に苦痛を与えてもいいし、もしくは身体ごと吸収するとか――」

士郎「ふざけるな!」

 衛宮くんの怒声が部屋に響く。けれど、その姿を私はあくまでも、冷ややかな目で見下ろした。

 怒ることは間違いだ。それが、戦争と言うものなのだから。

凛「あくまでも、例に出しただけよ。でも、キャスターは勿論、ある程度の魔術を使える存在なら、そんな方法を取ってもおかしくない。おまけに、相手は冬木最大の霊地に身構えているのだしね」

 言いたいことは分かったわね? 私の質問に、衛宮くんは拳を握り締めて、頷いた。

士郎「もし、キャスターのサーヴァントがそんな手段に出るんだったら……無関係の人たちを巻き込むわけには行かない」

凛「そう言うこと。私も、キャスターが力を蓄える前に叩きたいし、冬木の管理者として、そんな事態は起こって欲しく無いからね」

カービィ「ぽよっ!」

 道は決まった。

 連日連戦であることは、私たちは勿論、サーヴァントであるセイバーやカービィの体力も心配な所だが、それでも柳洞寺にキャスターと言うクラスが潜んでいる以上、ここでじっとしている訳にはいかない。

 目指すは柳洞寺。そこに居を構えるキャスターのサーヴァント。



 
 ◆


 衛宮邸をから歩を進め、柳洞寺へと着く頃には、既に日は沈み始め、あたりは黄昏時を迎えていた。

 尤もその黄金色の時間も僅かなもので、辺りは急速に闇に包まれてゆく、逢禍時へと変わり始めている。

凛「おかしいわね……」

 思わず口に出してしまったのは、眼前にそびえ立つ柳洞寺から、漂う霊気だ。否、それは霊気などと言った族的な表現ではすまされない。

士郎「おい、遠坂……」

 衛宮くんに視線を向け、私も頷く。言いたいことは分かる。私は仮にキャスターが人を生贄にするなら、と言ったが、この場の支配者はそんな必要すら無い存在かもしれない。

凛「キャスターのクラスには、所謂『工房』を作り上げるスキルがあるの。いわば、自分に有利なフィールド作りよ。けれど……」

 この地を中心にあるのは、神秘的なまでの清廉さのみ。まるで生きたまま、現世を離れてしまったかのような錯覚にさえ陥るほどに、この場は清らかな空気で包まれていた。

凛「表するなら、いわば『神殿』……『工房』なんて言える物じゃないわね。……セイバーはどう思う?」

 山頂へと足を進めつつ、セイバーに意見を求める。セイバーは僅かに瞳を瞑り逡巡すると、

ルキナ「同じサーヴァントでも……私とは格が違うかもしれません」




 ただ一言、そう返した。その言葉と瞳が、この道の先の敵の強大さを物語っている。ですが、とセイバーは一声置き、

ルキナ「知っての通り、私には対魔力のスキルがあります。如何にキャスターが強大な魔術を使おうとも、私に深いダメージを与えることはないでしょう」

 その言葉を頼もしく思う。そう、「剣士」「弓兵」「槍兵」「騎兵」のクラスに与えられる対魔力のスキル。

 あらゆる魔術に対する攻撃に対し無効化、あるいは軽減の効果を発揮する。

 それに先日のバーサーカーの戦い。短い間拘束されたとは言え、あの強大な魔力を打ち払ったのだ。恐らく、セイバーの対魔力スキルはA以上はあるだろう。

 一方、私のカービィの力は未だ未知数。アーチャーである以上、対魔力のスキルも保有している筈だが、それもどの程度なのかは分からない。

 決して弱いサーヴァントで無いことは、もう私自身理解している。けれど、サーヴァントには相性と言うものがある。

 その点、キャスターを相手にするならば、衛宮くんのセイバーはうってつけの相手だ。

凛「火には水、グーにはパー、キャスターにはセイバーよ。この場合、ね」

士郎「なんだよその理屈」

凛「簡単で分かりやすいでしょ?」



ルキナ「シロウは、私の傍を離れないで下さい」

士郎「あ、ああ」

凛「カービィ、あんたは今回はサポートに徹しなさい」

カービィ「ぽよっ!」

凛「……さて、今度は何が出るのかしらね?」

 山頂へと歩を進める間に、辺りにはすっかり闇が訪れていた。朧になる視界。けれど常に注意を張らなければならない。

 ここは敵の胃袋に等しい場所。どこから何が来るか分からないのだから――。

 そう思っていたが、拍子抜けするほど私たちは簡単に山門の前へと辿り着いた。相変わらず神秘的な空気が漂ってはいるものの、敵意のようなものも感じなければ、罠がある訳でもなかった。

 山門を除く周囲にはサーヴァントでは侵入不可能の結界があるにも関わらず、唯一の抜け道である山門には誰も居ない。

凛「仮にもキャスターのサーヴァントなら、使い魔の一つや二つ、用意しているものかと思ったけど……」

 辺りは実に静かなものだ。ざわついていた筈の心さえ、不思議と休まる清らかさは、逆に不安な気分を駆り立てる。しかしその不安さえ、数秒も留まれば消えてしまいそうになる。

 構わず山門を抜け、足を進める。程なく眼前には本殿が見えて来た。辺りは依然人気は無く、ともすればこの一帯は、一瞬廃屋なのではと感じてしまう程だった。



 神秘的な空気は衰えることを知らず、むしろ足を進めるにつれ強くなって来る。一帯何がこの地に潜んでいると言うのか、冬であるにも関わらず、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

凛「……イヤな空間ね、とっととキャスター倒して帰るわよ」

 そう、己を鼓舞するように言った次の瞬間、

「あら、血気盛んですね」

凛「――ッ!?」

ルキナ「シロウ、後ろに!」

 突然だった。何の気配も、その瞬間までは感じられなかった。突然彼女は光と共に目の前に現れ、そう言った。

 反射的にポケットの宝石を取り出す。右手に宝石を握り構えをとる。

 けれど、私の瞳に、彼女の身体が映り込んだ時――、

凛「あ……」

 言葉を、失う。



 握り締めていた筈の宝石が右手から零れ落ちる。全身から力が抜けていくかのようだ。それほどまでに、姿を現したキャスターは、ただ、美しかった。

 エメラルドのように煌めく翠色の髪が夜風に揺らされ、静かにたなびいている。

 辺りに光源は少なく、視界も朧だと言うのにも関わらず、キャスターの姿だけは光輝き、浮き出ているようだった。

ルキナ「……あなたがキャスターのサーヴァントか」

 言葉を発せないで居た私と衛宮くんに代わり、セイバーがそう問う。恥ずかしい話だが、その凛とした声に、ようやく私は我に返ることが出来た。

パルテナ「ええ、お察しの通り。初めまして、セイバーのサーヴァント。そして、そちらはアーチャーのサーヴァントですね」

 その言葉一つ一つに慈愛の念が込められているのではと錯覚してしまうほど、キャスターの声色は優しく、まるで頭の中に直接響いて来るようだった。

 いけない、冷静になれ。相手はキャスターのサーヴァント。暗示や洗脳はお手の物だ。術中に嵌っては相手の思う壷。

 深呼吸をし、キッ、と眼前のキャスターを睨みつけた。

凛「カービィを見て、表情を変えずに接してくれたサーヴァントはあなたが二人目よ。光栄に思うわ」

パルテナ「姿だけでは強さを量ることは出来ませんからね。とは言え、この数日の間、あなた方を監視させて頂いた故のことですが」

凛「……そう、やっぱり、ずっと見られていたってことね」



 手痛いことではあるが、予想内の出来事でもある。無論昨夜の戦いも見ていたのであれば、セイバーの技、戦闘スタイルは承知の上と言うことだろう。

凛「最高の対魔力を誇るセイバーと、同じく対魔力を持つ私のカービィを前に、随分余裕な態度ね。そこまであなたは自分の力に自信があるのかしら?」

 言葉を繋げながら、注意深く辺りに目をやる。辺りにマスターの姿は見えない。

凛(なら、ハッタリで行くか……!)

凛「それに最近のサーヴァントは随分族的なのね。まさかマスターに妻と公言させるなんて」

パルテナ「生憎霊体化の出来ない身分故、マスターにはそう偽ってもらうしかなかったんですよ」

 そう笑顔であっさりと言われ、またも拍子抜けをする思いだ。誰かとは口にしなくても分かっているだろうが、それにしても、ここまであっさりとマスターを白状するとは思わなかった。

凛「随分、簡単に認めるのね? 少しでも長く秘密にしておけば、それだけマスターの身を守れるのに」

パルテナ「あら、その必要がありますか?」

凛「…………」

 相変わらずキャスターの声は穏やかで、これから敵対する相手のそれとは思えなかった。



 言葉一つ一つには変わらず確かな暖かみと慈愛が感じられ、思わずその声だけに聞き惚れてしまいそうになる。

 けれど、忘れるな。これは聖杯戦争。いかなる敵が現れようと、勝利の為にすべきことは、目の前の敵を倒すことだけなのだから。

「――アンタたち、行くわよ!」

 そして後ろを振り帰った瞬間、

「……え?」

 ありあえない景色がそこに広がっていた。

「がっ……は……」」

 そこに居たのは、地面に伏している衛宮くんの姿。そして、首を締め上げられ、力なく両手を下ろすセイバーの姿。そしてそのセイバーの首を掴んでいたのは――

「葛木……!」

「ご覧の通り、私のマスターは守る必要はありません。むしろ、こうして前線に出て戦ってくれる方なのです」

 ――あら、その必要がありますか?

(ああ、『そういうこと』か――!)



 あの言葉は、隠す必要が無いと言う言葉は全てこのこと故。ここで倒される私たちに、隠す必要などどこにも無いと言うことか!

 カツ、カツ、とキャスターの足音が耳に響く。同時に心臓が痛い程行動していた。

 けれど、

葛木「眼前に敵を認識した時点で攻撃を仕掛けなかったのは、お前のミスだ、遠坂」

 抑揚の無い葛木の声が聞こえる。おそらくは身体をキャスターの魔術で強化しているのだろう。

 衛宮くんはともかく、信じられないがあのセイバーでさえ、叫び声を挙げる間もなく戦闘不能にしているのだ。

凛「はっ……! こうも絶体絶命のピンチが続くとはね……!」

パルテナ「マスター、セイバーを倒してくれたこと、感謝します。彼女の対魔力は、私の力を持っても厳しいものがありましたから」

葛木「構わん。あとはそこのアーチャーを始末すれば終わりだ」

 遠坂凛が、こんな事態を想定していないとでも!?

凛「誰が、誰を、倒すって――言ってんのよ!」

パルテナ「な――」



 呪文を唱える。長ったらしい詠唱など必要無い。宝石に貯めた魔力を爆発させるトリガーだけを引ければいいのだ。そして、この魔術に莫大な力なども必要無い。

パルテナ「これは――閃光ッ!?」

 包むは光。目的はただの目くらまし。誰が考え無しに命の次の次くらいに大切な宝石たちを落としたりなどするものか!

 落とした宝石は二つ、一つは光源を放つ為、そしてもう一つは――!

凛「カービィ! 呑みなさいッ!」

カービィ「ぽよっ!」

 すぅうう、と言う空気を吸い込む音が響く。そう、これこそがカービィの真髄! カービィの持つスキルは――

カービィ「ストーン!」

「飲み込んだ物体に応じて、その特性を自分に付加する、『コピー能力』!」

パルテナ「……ッ! マスター、アーチャーに注意を――ぐっ!」

凛「ナメないでよ、眼前に敵を認識した時点で、攻撃を仕掛けなくちゃあね!」

 纏うは強化! 打ち付けるのは己の拳!



凛「こちとら、幼少期から護身術も嗜んでるのよッ!」

 二撃、三撃、拳を力の限り打ち込んでゆく。この技を使う度に嫌な男の顔が頭に浮かぶが、今はそうも言ってられない。

葛木「キャスター!」

 葛木が地を蹴り、接近してくる。しかしそれも読めている!

凛「カービィ!」

カービィ「ぽやぁっ!」

 カービィの右手に急速に質量が集まる。次の瞬間、カービィの右手には巨大な岩で出来た拳が作り上げられていた。そしてその拳を葛木へとぶつける。

 ガァン、とまるで金属がぶつかり合うような音が聞こえたが、ダメージを負ったのは明らかに葛木の方だった。

葛木「む……」

凛「甘いわね、その姿のカービィを、傷つけるのは容易じゃないわよ!」



 そう――、今朝、カービィが星の飾りの付いたフライパンを持っていた瞬間に、このスキルを理解した。そして実験した。

 カービィはこれまでに、弓矢、タイヤ、フライパンと言うものを自分の武具に、あるいは自分に付加し、その力を得て来た。
 
 その力にどれだけの際限があるのかは定かではないが、少なくとも、一つだけ分かることは――、

凛「私のカービィは、強いってことよ!」

カービィ「ぽやっ!」

 続け、二撃、石の拳を葛木にぶつける。葛木もまたそれを強化された拳で弾くが、いくら魔術で強化されようとも、サーヴァントの力に人間が真正面から太刀打ち出来る筈が無い。

 そして、この数手で葛木のスタイルが理解出来た。

『あの』セイバーが、何故ああも簡単にやられたのか。それは完全なまでの死角から打たれた攻撃だったからだ。

凛(おそらくは暗殺に通じる戦闘法――! 初見と不意打ちが重なれば、サーヴァントも倒せるレベル! ――けど!)

凛「もうその手は通じないわよ!」

 そしてキャスターに、トドメと言わんばかりに拳を打ち付ける――筈だった。




 ヒュン、と風を切るような音と共に、キャスターの姿が眼前から消える。

凛「なっ!」

 一瞬の混乱、そこに頭の後ろに敵意を感じる。

凛「――ッ!」

 一瞬遅かった。防御の姿勢を取る間も無く、キャスターの杖が私の脇腹に叩き付けられる。

凛「ぐうっ!」

 鈍い声が否応無く上がる。吹き飛ばされた身体は地面をこすり、鋭い痛みを節々に作り出した。

凛「……っつう」

パルテナ「ちょっと油断しちゃいましたね」

 そう言うキャスターの声に同様は無く、その声色は依然落ち着きしか感じられない。

凛(空間転移……! まさか魔法の域に等しい魔術をこうもあっさり使うなんて……!)



凛「キャスターのくせに、随分力があるじゃ……ない」

パルテナ「まあ武芸の一つでも嗜んでおかなければ、女神なんてやっていられませんからね」

凛「女神……?」

カービィ「ぽやっ! ぽゃ……り……」

凛「バカ! 余所見をし――」

葛木「隙を見せたな」

カービィ「ぽぅっ!?」

 ゴッ、と鈍い音が響く。カービィの身体がゴムボールのように飛ばされ、数メートル空を飛ぶ。地面にぶつかった瞬間に、ポロッ、と小さな星が飛び、砕ける。

 そしてカービィの姿は、灰色からもとのピンクボールへと戻ってしまっていた。

カービィ「ぽぅー……」

凛(くそっ……能力が解けた……!)

 強い衝撃を当てられると、カービィの能力が解けてしまうことには薄々気がついていた。

凛(けれど、こんなに早くガス欠が来るなんて……!)



 視線の先ではセイバーと衛宮くんはまだ気を失っているようだった。少なくとも、セイバーがまだ現界している以上、衛宮くんは死んでいないと考えていい。

凛(なら、ここは――!)

凛「葛木……先生? 酷いんじゃありませんか? 生徒に対して、こんな……暴力を振うなんて」

 会話により、少しでも時間を稼ぐ。セイバーが目を覚ますその瞬間まで。

葛木「お前はこの戦争に身を投じることを選んだ筈だ。私はそれを責めもしなければ、褒めもせん。ただ、私も同じ行動をしただけだ」

 驚く程、葛木の声には抑揚が無かった。学校で接している時も、感情の薄い人だとは思っていた。けれど今、私に向かい言葉を綴るその声は、まるで感情の無い人形のようで。

 けど、

凛「それでも……やっぱり慈悲はあるのかしら? 衛宮くんに……トドメを刺していない辺り」

 揺さぶれるか、この一言で。

 葛木の返答を待つ。この時間さえも私にはありがたい。瞳を瞑り、葛木が息を吸う。そして、

葛木「……遠坂、私は――」

パルテナ「――マスター、退がって下さい!」



 葛木の言葉を遮り、キャスターの高い声が響く。次の瞬間、黒紫の矢がキャスターの下へと放たれた。

パルテナ「反射板!」

 ブン、とキャスターたちの前に、半透明のシールドが展開される。黒紫の矢はシールドに当たると、放たれた速度と全く同じ――否、更に加速が加えられた速度で、真逆の方向へと飛んで行った。

「フン、相も変わらず、やっかいな『奇跡』だな、そいつは」

 聞き覚えのある声。空を見上げると、星明かりの中に、黒い羽が舞い散っていた。

プラピ「よう……久しぶりだな。会いたかったぞ、パルテナ」

パルテナ「……ええ、私も、あなたと出会うこの時を、心待ちにしていましたよ。ブラックピット」

凛「な……!」

 突然に舞い降りたランサーのサーヴァント。

 私はまだ知らない。この二人の間に渦巻く因縁も、その裏側に綴られた、最悪のシナリオも。

 再び始まった長い夜は……まだ、明けないようだ。


と言う訳で今回はここまでです。
読んでくれている方、ありがとうございます。

>>244での質問ですが、この話の中のパルテナとブラピは同じ世界からやって来た存在です。

>>1です。大変お待たせしました。
短いですが、更新再開させて頂きます。




 夜風に吹かれ、黒い羽が辺りに舞い散る。
 
 この聖杯戦争が始まり、私が初めて出会った敵サーヴァント。

 あの夜の出来事はまだ鮮明に覚えている。カービィが初めて私に強さを見せつけてくれた時でもあり、そして、衛宮士郎と言う未熟な魔術師を、この戦いへと誘ってしまったきっかけの夜。

 不敵な笑みを浮かばせた黒衣の少年が、鋭い双眸をキャスターへと向けた。

 対立するキャスターとランサー、二人の会話を聞く限り、彼らの真名はパルテナとブラックピットと言うものらしい。

 予想通りではあるが、やはりどちらも聞き覚えの無い名前だった。セイバーの言う通り、この世界とは異なる時空の英霊であるのだろう。

凛(なんにせよ、ここでランサーが現れたのはこっちにとって、ある意味好都合……! 少しでも、時間が稼げれば……!)

 そこで、背に鋭い痛みが走る。

凛「――ッ!」

葛木「妙な考えは起こすな、遠坂。下手に動けば、すぐにその首を折るぞ」

 ――そう、簡単には動かせてくれないか。
 



 マスターたるものには、それ相応の技量が求められることは当たり前のことだが、それはあくまで『魔術師』としての才能と力であって、こんな常識外れの体術を使う魔術師なんてまず存在する筈が無い。

 この数手、私が確信に至れたことは一つだけ。私を抑える葛木の右手に令呪が浮かんでいないことから、彼らは正規のマスターとサーヴァントの関係では無いだろうということだ。

 まだ聖杯戦争が幕開けて、そう日が経っている訳ではない。まさかその数日中に、令呪を全て使う戦いがあったとも考えられない。

凛(となると、はぐれサーヴァントを偶然只の一般人が拾ったと言う所……)

 いや、前言撤回だ。魔術師を抑えられる人間の時点で、『一般人』の枠組みを大きく外れている。

 ああ、心の底からこの不条理に、怒りが沸き上がって来る。

 イレギュラーな召喚、イレギュラーなマスター、イレギュラーな敵、イレギュラーな戦争。

 この地で起きているのは本当に『聖杯戦争』なのかと問いたくなって来る!

パルテナ「……ありがとうございます、マスター。そして、ここからの戦いに、手出しは無用です。そのまま彼女を抑えていてください」



 視線をこちらに向けることなく、キャスターが答える。未だ私たちにトドメを刺さないことには何か考えがあってのことだろうか。

 それでも、この命がある限りは、まだ戦える。考えることを放棄するな。

 ――私たちがここから勝利するために必要な条件、それはセイバーが如何に早く目を覚ますか。葛木の不意打ちを喰らったとは言え、セイバーはそう簡単にやられるサーヴァントでは無い。

 肉体がそこにある以上、まだ戦闘は継続出来る筈だ。

 一度やられた以上は、もう二度と葛木の攻撃を油断したりはしないだろう。起き上がることさえ出来れば、対魔力のスキルがキャスターの攻撃を防ぐ筈だ。

 しかし……。

 私の脳裏には、一つの焦燥が浮かんでいた。

 さっき、ランサーが口にした言葉。

 ――フン、相も変わらず、やっかいな『奇跡』だな、そいつは。

凛(そう、奴は『奇跡』と言った。それは私たちが日常で使う言葉のそれとは、意味がかけ離れていることは明白。なら――)



 妙だとは思ったのだ。この場を渦巻く清廉な空気。空間転移と言う大魔術を、いとも容易く使用した技量。そして、先刻、ランサーの攻撃を、『打ち消すのでは無く跳ね返したシールド』。

 魔力に魔力をぶつければ、技を相殺することは難しく無い。けれど、さっきのはそんな次元の技ではない。

 来た攻撃を、そっくりそのまま、否、新たなる力を付加し、跳ね返した。

 そして、辿り着く一つの結論。あれは、魔力を用いながらも魔術のソレとは大きくかけ離れた力。

ブラピ「――『奇跡』。お前の相棒も、随分世話になった技だが、お前自ら使わねばならなくなったと思うと滑稽なものだな」

パルテナ「好きに言いなさい。私とて、望みを叶える為ならば、この手を汚すことも喜んで致しましょう」

ブラピ「よく言うぜ。手を汚すことを恐れ、マスターを裏切った分際で。あの時は仕留め損なったが、今度はそうはいかんぞ」

パルテナ「……もう二度と同じ過ちは繰り返しません。今の我がマスターの下、今度こそ……!」

ブラピ「一つの世界を統治する光の女神が、よもや異世界の犬に成り下がるとはな。そこまで叶えたい願いがあるか!」

 ランサーがそう言った瞬間、この場に、恐ろしい程の冷気が舞った。


凛「ひ……!」

 その殺意を向けられた訳では無いのにも関わらず、ただ、その場に居るだけで、呼吸を忘れる程に心臓が震えた。

 昨夜、バーサーカーと対峙した時、私はその力に、獰猛さに震えた。けれど、この震えはそれとは全く別のものだ。

凛(意思を持った殺意とは、ここまで恐ろしいものなの……!?)

 さっきまでの穏やかな顔が嘘のように、キャスターの顔は静かで、それでいて激しい怒りに包まれていた。

 しかしその殺意を正面から一身に受けながらも、ランサーは一歩も退く素振りを見せなかった。

パルテナ「よくも、そのような言葉を……! この私に向かい……!」

ブラピ「怒っているのか? だがお前の怒りなど、この俺に比べれば小さなものだ!」

 ランサーが叫び、右手の杖を鋭くキャスターに向かい突き出す。

ブラピ「忘れたとは言わせん……! お前が俺たちにしたことを」

パルテナ「その言葉、そっくりそのままお返しします。この時を、どれほど待ち望んだことか……」

ブラピ「ああ、腐った女神の息の根を、ここでようやく止められる!」

 一瞬の間、静寂、そして――、


ブラピ「ハッ!」

 ランサーの姿が、視界から消える。ランサーの突き出した杖はキャスターの胸を捉えたかに見えたが、寸前に、キャスターの盾がその突きを防いだ。

 二撃、三撃と、ランサーは心臓を狙う容赦ない突きを連射するが、キャスターの盾は一ミリの狂いも無く、その攻撃を捌き切った。

パルテナ「はぁっ!」

 攻撃を跳ね返されバランスを崩したランサーの身体を、キャスターが杖で強打する。それはさっき私が受けたものとは比べ物にならない、確実に相手を倒すための、殺意と言う名の魔力が纏われた攻撃だと言うことが、はっきりと分かる。

ブラピ「無駄だ!」

 しかしその攻撃を、ランサーの前に現れた二つの盾が防ぐ。キイン、と甲高い音が闇に響いた。

 振り返り様、ランサーが三段に分けて、杖の先から黒紫の矢を連射する。一発一発が、おそらくは致死級の威力があると感じられる魔力だったが、再びキャスターの展開したシールドが、その矢を跳ね返す。

ブラピ「チッ!」

 跳ね返された矢はランサーの頬をかすめ、遠方に立つ大木をなぎ倒した。メキメキと言う音の後に、ズウウン、と鈍く、巨大な音が響く。だが、周りから人の声が上がることも無い。おそらくはキャスターがこの場の人間たちに暗示を掛けているのだろう。



ブラピ「フン、守り、隠れ、そして受け流すだけ……。全くもって、お前に相応しい戦い方だ、パルテナ様よ」

 不敵な笑みを崩さないランサーに対し、キャスターは、一手、一手、手を重ねる度にその内なる激情を増して行くかのようだった。

 場に満ちていた空気は、既に神聖なそれから、激しい怒りに満ち溢れたものと変わっている。その攻防を視認しているだけで、胸が潰されそうになるほどの圧迫感。

 英霊同士の戦い、しかしこれは、最初の夜とも、昨夜とも違う、互いに殺意のみを纏った激情の交わりだ。

凛(ランサーとキャスター、一体あの二人に、どんな因縁があるって言うの!?)

ブラピ「どうした! 女神の力とやらも、地上では所詮その程度か!」

パルテナ「黙りなさい! ……その声で、その姿で……どれだけ、私を苦しめれば――!」

ブラピ「ぬかせ!」

 ランサーが翼に黒い魔力を纏わせ、空へと羽ばたく。黒い羽を辺りに舞い散らせ、ランサーは右手に杖を構え直した。



ブラピ「苦しんでいるだと? 笑わせるな。なら一瞬で楽にしてやる!」

 月光を背に、ランサーの姿が夜空に浮かぶ。急激に辺りの温度が下降して行く。背筋に走る、確かな悪寒。

 分かる、奴は、ランサーは、『宝具』を使う気だ――……!

『宝具』。それはサーヴァントが持ち得る、一つの到達点の証。それはサーヴァントそのものを象徴する武具の名であり、物質化した奇跡の名。

凛(それは先天的なものであれ、後天的なものであれ、ただ一つ確定していることは、それ一つで戦闘の終了を告げるべくに相応しい力であること……!)

 額に冷や汗が浮かぶのがはっきりと分かる。マズい、このままでは相当にマズい。この位置、この角度。間違い無く、ランサーの攻撃は、私たちを巻き込む形で発動されるだろう。

凛「く、葛木! 離れなさい! あなたのサーヴァントがいくら強力でも、マスターを守るだけの力は――」

 言葉を言い終わる前に、視界の端を、銀色の光が飛んだ。

ブラピ「何ッ!?」



 視界に映る銀色の光。月光を反射し煌めくその正体は、セイバーの手にしていた銀の剣。

 高速で回転する刃が、無防備だったランサーの身体を刻んでゆく。そして、回転する剣へと、吸い寄せられるようにセイバーが宙を舞い、剣を掴んだ。

ルキナ「天、空ッ!!」

 セイバーが叫び、両手で握った剣を、滝が流れ落ちるかの如く、ランサーへと叩き付けた。

ブラピ「ぐううッ!」

 魔力と重力を纏うその一撃は、ランサーの身体を自身ごと大地へと叩き付ける。粉塵が舞い、地響きが鳴る。

士郎「ぐ……セイ……バー……?」

凛「衛宮くん!」

 衝撃で目を覚ましたのか、虚ろな瞳で衛宮くんが顔を挙げる。それをグッドタイミングと言っていいのか、それとも最悪だと叫ぶべきなのか。

 ここで衛宮くんが目を覚ました以上、葛木は間違い無く、再び彼を行動不能にするべく動く筈だ。しかしその際に、私をそのまま放り出すような真似は間違ってもしないだろう。最悪、ここで首を折られ――、

 自分の死の予感に震えが走る。しかし葛木が行動を起こすよりも早く、土煙が晴れない内に、その中から黒紫の矢が飛び散った。


凛「セイバー!」

 私が叫ぶと同時に、セイバーが土煙の中から身を飛び出し、新たに発射された矢を打ち払った。一見軽やかに見えた動きだったが、僅かに息が荒れている。葛木の一撃は、やはりセイバーの体力を奪っていたのか。

ブラピ「……よくも水を差してくれたものだな、セイバー」

 土煙の中からランサーが現れ、額から流れる血を拭い去った。

凛(寸前に、武器でセイバーの剣を防いだのか……!)

ルキナ「貴方が攻撃する位置に、同盟を組んだマスターが居なければ手出しはしなかったでしょう」

 ランサーが一度セイバーを見据え、そしてキャスターへと視線を向ける。

ブラピ「……フン、興が醒めた。命令もあるしな。今一度、お前の命はここに預けておいてやる」

パルテナ「……逃げる気ですか?」

ブラピ「好きに言え。もっとも、この俺を追い掛け、再戦を挑むだけの力が、今のお前にあればの話だが――なッ!」


パルテナ「ッ! 宗一郎様!」

 ランサーの放った矢が一直線に私たち――否、葛木の下へと飛ばされる。キャスターが地を蹴り、葛木の身体を押し飛ばす。放たれた矢は、空を切り、夜空の闇へと溶けて行った。

ブラピ「フン、『宗一郎』……ね。随分安い女神になったものだな、パルテナ」

 捨て台詞を残し、ランサーもまた、夜の闇へと消えて行く。雷の如く現れたサーヴァントは、嵐の如く去って行った。

葛木「キャスター、無事か」

パルテナ「はい、それより――」

 チャンスだ、と思うよりも先に身体は動き出していた。

 どうやら私は自分が思っている以上に生に貪欲らしい。キャスターが葛木を押しのけたおかげで、拘束が外れた。

 身体に掛かる重圧が消えた瞬間に、身体はその場がから逃げ出すことに成功していた。


ルキナ「リン! こちらへ!」

士郎「遠坂!」

葛木「む――」

 葛木の腕が私を掴むよりも一瞬早く、セイバーと衛宮くんの手が私を掴む。まるで姫君を守る騎士のように、セイバーが私を抱え、葛木へと剣を突き出した。

 形勢逆転、とまではいかないが、これで枷は全て消えた。おまけに、態勢はこちらが上になった! 

 そう思ったのも束の間、

士郎「セイバー! ここは退くぞ! 遠坂を頼む!」

 隣からそう、耳を疑うとんでもない発言が聞こえた。

凛「ちょっ、衛宮くん、何を――わっ!」

 私が言葉を言うよりも先に、セイバーが私を抱えたまま、地を蹴った。


士郎「カービィ、無事か!?」

カービィ「ぽゃう~……」

 未だ目を回し続けているピンクボールを、衛宮くんが拾い、抱え上げる。

凛「ちょ、ちょっと衛宮くん! 今は――!」

士郎「ああ、後で聞く!」

 訳も分からないうちに、景色が滝のように流れて行く。

 だからこそ、この時、私を抱えるセイバーの顔が、これ以上無いほど、苦汁に満ちた顔をしていることに、まだ私は気付いていなかった。


葛木「退いたか、ならば追う必要もあるまい。その方がお前にとっても都合がいいだろう」

パルテナ「……そうですね、今宵はこれで打ち止めとしましょう。幾度彼らと相対しても、もう、負ける気はしませんからね」

 こうして私、遠坂凛は、二日連続で敵との戦闘を撤退すると言う、これ以上ない屈辱を味わう羽目になったのだった。

 


と言うわけで今回はここまでです。読んでくれている方、ありがとうございます。
進みが遅くて申し訳ありません…。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年08月23日 (日) 14:59:20   ID: 5E_k0CKK

面白いです

2 :  SS好きの774さん   2015年09月13日 (日) 09:43:05   ID: ohdlzrMJ

ゆっくりでOK(≧∇≦)

3 :  SS好きの774さん   2015年10月08日 (木) 21:36:45   ID: DZg-Oooh

続き楽しみにしています。

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