亡命者 ∞ 牧瀬章一【シュタゲSS】 (101)

2010年8月21日 モスクワ
シュタインズ・ゲート



「……認めん。認めんぞぉ……ッ!!」

「この私を、こんなところに閉じ込めおって……」

「人類の損失だ! バカな学会の奴らにはそれがわからんのだ!」

「たかが火事のせいで……」

「タイムマシンは完成しないというのか……」

「……幸高。……橋田教授」

「不甲斐ないこの私を……俺を、許してほしい……」

「俺は、2人を守れなかった……」

「私は……私は……」

「世紀の大発明家、ドクター中鉢だ……」



――――――――
――――
――



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1444546053

※シュタインズ・ゲート世界線なのに橋田鈴さんが居る世界観
 その理由 : 鈴羽「そして『あたし』は生まれ変わる」


1967年1月13日、青森。

私が生まれたのは雪の降り積もる銀世界だった。

青森と言っても津軽や下北のような田舎ではない。

私は函館への連絡船の出る港と市街地の間で生まれ育った。

戦争が終わって20年は過ぎていたというのに、場末の街には未だソレが流れ着いた。

身寄りの無い者、犯罪者、怪しげな商売人やヤクザな人種……

私の祖父はそういうヤカラと取り引きして、ガラクタを蓄えるのが趣味だった。

ついぞ詳しく聞いたことは無かったが、どうやら満州で技術屋をやっていたらしい。

そんな祖父の背中を見て過ごした幼少期だった。


「じいちゃん、それ、何?」

「これか? これ、カラーテレビだ。色も映る」

「……なんもねハコに、なして映る」

「そりゃおめぇ、ブラウン管はこれから拾ってくるに決まってる。丁度いい、章一も手伝え」

「お、おらもか?」

「じいちゃんにかかれば絶対に映るからよぉ。映ったらアポロの月の石、見れるぞ」


3歳の頃。これが私の中で最も古いモノづくりの記憶だ。

祖父はゴミを拾っては使えるモノにして近所に売っていた。

機械いじりの天才だった。

そんな魔法のような所業に幼いながらも感動を覚えた。


「爺ちゃんはなんでも作れるな」

「なんでもはできねぇよ。仕組みのわかるもんだけだ」

「仕組みのわからねもんってなんだ」

「そりゃおめぇ……空飛ぶ車とかだ」

「爺ちゃんなら作れるんでねか」

「無理なもんは、どもなんね。夢見過ぎだ、章一は」


小学生の頃、祖父に苛立ちを覚えたことがあった。

人類は既に月へ行くロケットを発明したというのに、

どうして空飛ぶ車程度のものを発明できないのか。

祖父の手先ならなんでも作れると信じていた当時の私は、

祖父が簡単に諦める姿を否定したかったのだ。

空飛ぶ車を作れないと誰が決めたのだ、と私は童心ながらに怒った。


祖父が作れないのならば自分が作ってやろうと息巻いて本屋へ駆け込んだ。


「おばちゃん、空飛ぶ車の作り方の本、ねぇか?」

「あぁ、それならたしか……この辺にあるんでねか」


案内されたのはSF小説のコーナーだった。

私が初めて手にしたその本の名は、一生忘れ得ぬ。

H・G・ウェルズ作、SF小説の金字塔、『タイム・マシン』。

その世界に描かれた未来は、まさにディストピアであった。

人類が技術力の先に迎える絶望的な未来。

終わりの見えないベトナム戦争の行きつく先を暗示しているかのように思えた。

祖父なら、あるいは祖父を超えた私なら、そんな未来を変える事ができる。

少年牧瀬章一は本気でそう信じていた。


『タイム・マシン』の未来では、支配層の食人種族と、被支配層の無能人類に分かれていたが、

そもそも、人類は何をもって人類なのだろうか。

言語か、社会性か、あるいは二足歩行だろうか。

私は、人類は『技術』を開発し続けることが人類たらしめる要素であると考える。

他の動物種と一線を画すようになったのはまさしく火を自在に扱えるようになったこと。

火を恐れず、その仕組みを正しく理解して、応用し、生活に役立てる。

これこそが、人類の本質であると私は思っていた。

人類が火を起こした時こそ、技術革命の始まりだったはずだ。


それからというもの、中学高校時代はひたすら空想小説に浸った。

数々の空想的技術を現実のものにするにはどうすれば良いか。

通常の物理学を超越した理論がなければ、夢の技術など獲得は不可能だ。

理系の教師どもに質問をして回ったこともある。

宇宙エレベーターの作り方、テレポーテーションの仕組み、光学ステルスの実現性について。

どいつもこいつも私を頭のおかしいクソガキ扱いするばかりで、まともに取り合おうとするやつなど居なかった。

量子力学、相対性理論、世界線理論……

当時の私に光明を与えた師は、他でもない、アルベルト・アインシュタインだった。


ブラックホールという名称をホイーラーが命名したのは奇しくも私の生まれた年であった。

反物質、ワームホール、タキオン粒子、エキゾチック物質、モノポール……

どれも見つかれば革命的な技術革新をもたらすはずのものだ。

米ソの宇宙開発競争がスペースシャトル時代へと移行していたこの時期、

私は、幼い頃、ブラウン管越しに見た月の石の姿が瞼から離れないでいた。

周りが漫才だアイドルだと騒いでいた青春時代、

私は本気で新時代のエジソンになるつもりだった。


1985年、3月。私は雪の積もる青森を後にして、首都東京へと向かった。

陸軍上がりの祖父の知人に標準語を仕込まれた私のしゃべり方はまるで軍人のソレになっていた。


「いやぁ、東京帝大とは、どってんこいだなぁ」

「だから東京電機大学だと言っているではないか!」

「東京さ行ったら、どっちもおんなじだべな」

「違う! もういい、俺は行く。ついてくるな!」

「仲間作って楽しくな」


にへらと笑う祖父に見送られながら私は、

日本における発明の父、丹波保次郎氏が初代学長となった東京電機大学へと入学した。

膝元にある秋葉原は今も昔も技術屋の街として有名だ。

ここでなら、私は夢を実現することができると確信していた。


奴と出会ったのは入学式の日だった。

下宿先の片付けに追われ、私は初日から遅刻しそうになっていた。


「ど、どけ! 貴様ら! 俺を入学式に出させない気か!?」

「痛っ! な、なんだ君は。ちょっと待て!」

「離せ! 貴様に構っているヒマなど無いのだ!」

「そうじゃない。僕だって入学式に出るよ」

「ならば、なぜそうも悠長に構えている!」

「1時間延期されたんだ。そんなことも知らないのか?」

「なに……? 貴様、讒言でこの俺をたばかろうという腹だな? そうはいかんぞ!」

「君は誰と戦っているんだ……」


この時ぶつかったいけすかない……いや、好青年の男こそ、秋葉幸高だ。

私の永遠の相棒であり、腹心の友であった。


「まったく、これからの時代は情報だよ? 最新のデータをキャッチできない人間は置いてかれるのさ」

「フン! その出で立ち、どこぞのボンボンかは知らんが、何が目的だ? 言え!」

「そうだな……目的ってほどじゃないけど、ここに入学するのは趣味、みたいなものかな」

「しゅ、趣味だと!? 貴様、なめているのか!」

「違う違う。もう僕は親父の事業を引き継ぐって決まってるから、大学ではやりたい勉強をやって自主性を養うんだ」

「財界の手先か、貴様」

「もうなんでもいいよ。僕は幸高。秋葉幸高。君は?」

「俺か?……ククク、見ず知らずの他人に名を教えると思っているのか?」

「面倒臭いな、もう。牧瀬章一、だろ?」

「なっ!? 貴様、まさかソ連が秘密裏に養成しているというESPerか!?」

「さっきぶつかった時にジャケットの内側が見えたんだよ。律儀に名前まで書いてあるなんてね」

「ぬかった……。その人を見透かす能力、褒めてやろう」

「それはどうも」


幸高の言う通り、インターネットによる情報化は既に始まっていた。

と言っても、日本では慶應義塾大学と東京工業大学、それに東京大学が300bpsで繋がれただけだが。

奴には未来を見通す力があった。

そして、どういうわけか幸高は私に興味をもった。

ディスコだなんだとろくに将来を考えず遊び回っている周りの学生と比べて、

私のように野望を持っている人間は少なかった。

そういうところに惹かれたらしい。まったく変なやつだ。

夏休みが終わって、私たちはますます互いの意見を交換するようになっていた。


「君が作りたいのはタイムマシンや空飛ぶ車、か。ロマンがあっていい」

「わかってくれるか! 俺は人類史にその名を残す、偉大な発明家になるのだよ! "人類の夢"を叶えようじゃないか!」

「実際、科学技術はとんでもないスピードで進歩している。現在では夢物語でも、未来では当然のようになっているかもしれない」

「そうだ! 俺はそんな世界が見てみたい! もちろん絶望的な未来ではなく、まさに夢のような未来!」

「『人間が想像できることは、人間が必ず実現できる』、か……。章一と一緒に居ると飽きないね」

「そう言えば幸高はロストテクノロジーの収集が趣味だったな。俺が技術革新を進めなければ、新たなロストテクノロジーは生まれないと思うが?」

「乗った、君の言う"人類の夢"に投資しよう」

「言ったな? 約束だぞ!」

「ああ、約束だ」


「そう言えば、理論物理学の助教に変な人が居るってウワサ、知ってるかい?」

「諜報は幸高の担当だろう。俺は理論家であってだな……」

「ふふ、そうだった。『橋田鈴』っていう若い女性の助教授が居るんだけど、この人の論文や研究が不思議なんだ」

「若い女性がこの男性社会で研究職をやっているのか……。ともかく、もったいぶるな、教えろ」

「なんでも、信じられないような機能を持った機械と、それが社会に浸透した未来を考察してるらしいんだ」

「信じられないような機能?」

「例えばインターネットが日本中どころか海底ケーブルを通して世界中と繋がり、海外の情報にコンマ数秒でアクセスできる、とか」

「……真面目にそんなことを考えている教授が居るとは、驚きだ」

「ああ、僕だって信じられなかった。だけど、その論文を読んだっていうやつから聞いたんだが、妙にリアルなんだそうだ」

「ほう……他には?」

「電話を無線にして全国の中継局から電波を飛ばし、手に収まるサイズの無線電話にするとか」

「NTTのショルダーホンなら今朝の新聞に出ていたが、それになんの意味があるのだ?」

「どこにいても一瞬で誰かと連絡が取れる。待ち合わせの必要は無くなるし、ビジネスにおいては24時間会議ができるようなもんさ」

「機械に人間の行動が束縛される社会か……もしやその教授はディストピアの未来から送られてきたエージェントなのかも知れん」


「橋田鈴は要注意人物だ。隙あらば情報を引き出せ」

「はいはい。普通に生徒と先生の関係なんだから、お話すれば済むと思うけど」

「いいや、俺には到底そうは思えない。奴は必ずもっと巨大な陰謀を隠しているに違いない! それも未来に関わる重要な何かを!」

「未来ねぇ……そう言えば章一、今度の冬にハリウッドのSF映画が公開されるの、知ってるか? バック・トゥ・ザ・フューチャーって言うんだけど」

「直訳すると、『未来へ帰る』……未来人が過去へ来て因果律と戦う冒険活劇か?」

「詳しくは知らないけど、一緒に見に行ってみないか?」

「ああ、もちろんだ。SFはあくまで創作だが、だからと言って一蹴できるものではない。時に重要なヒントを与えてくれる」


大学1年の頃に幸高と見たあの映画は衝撃だった。

エンターテイメント性もさながら、ドクの考案したタイムサーキットと次元転移装置<フラックス・キャパシター>。

原理はわからんが、あれこそがタイムトラベル概念の具現化そのものだろう。

そして2015年の世界で改造されたであろう空飛ぶ車、ホバー・コンバージョン。

そうなのだ、タイムマシンさえ開発してしまえば、いくらでも未来の技術を転用できる。


そして何よりそれを可能にさせる理論だ。


【1つ、並行世界<パラレルワールド>は存在しない】


エヴェレットの多世界解釈という、何でもありという状況ではないということ。

かと言ってコペンハーゲン解釈でもないことが次の条件で示される。


【1つ、タイムトラベラー以外の人間については、現在・過去・未来ともに変える事ができる】

【1つ、タイムトラベラーの記憶の書き換えは起こらない】


何故タイムトラベラーだけ改変の影響を受けないのか。

改変されてはタイムトラベルへと向かう因果が消滅してしまう。

ということは、なかったことになった世界も、因果律としてタイムトラベラーの記憶の中で生き続けている、ということだ。

つまり、客観的時間と、タイムトラベラーの主観的時間の、2種類の時間が存在する。

となると、タイムトラベラーはその2種の変数で構成される時間平面を自由なベクトル移動ができる存在であるということになる。

その年の年末は、私は興奮を抑えることができずにいた。


年を跨いで1986年。私はスパイ作戦を幸高に申し出た。


「とにかく奴の行動パターンを徹底的に調査しろ。そして研究室に忍び込む最高のタイミングを作り出すのだ」

「そこまでする必要があるとは思えないけど、まあ、生徒の悪戯なら笑って許してくれるだろう。わかった、やってみるよ」


幸高は誠実でありながら、遊びを持った男だった。

こうして橋田鈴の秘密はあっけなく我々の手によって暴かれることとなった。


「タイム……マシン……!!」


そのノートを見つけた時、私は我を忘れて読みふけった。

電子レンジサイズの粒子加速器、リフター、ヴァリアブル・グラビティ・ロック……

事象の境界面<イベント・ホライゾン>、裸の特異点、カー・ブラックホール……

世界線理論、アトラクタフィールド理論、そして"シュタインズ・ゲート"……

装置、原理、理論、三拍子揃ったタイムマシンが、そこに記されていた。


「こらー、キミたち。感心しないなあ」


私はあまりに集中していて、橋田教授が戻ってきたことに気付かなかった。


「橋田教授! すみません、こいつがどうしてもと聞かなくて」

「ブツブツ……ブツブツ……」

「お、おい章一! 作戦は失敗だ、教授に見つかったぞ」

「なに……? き、貴様が橋田鈴、未来から来たエージェントだな!?」

「……えっと、キミたちは?」

「僕は1年の秋葉幸高、こいつは牧瀬章一です」

「ゆ、幸高! 簡単に俺の本名をバラすでない!」

「牧瀬……ッ!?」


その時どういうわけか、橋田教授は私の名前を聞いて驚いていた。


「教授、どうされました?」

「あ、いや、なんでもないよ……」


「教授! このノートに書かれた理論は素晴らしい! タイムパラドックス理論も、そしてタイムマシンの構造理論も共に!」

「見られちゃったか」

「だが教授、マシン本体の各パーツに関して少々詰めが甘いですな。電機大の一員ならば、こここそ最も極めなければならないところ」

「へぇ、牧瀬章一はそのことに気付いたか」

「俺ならここはこうではなく、こう……しますな! いや、自分の才能が恐ろしい! ハッハッハ!」

「……ふふっ。似てるね」

「む? なんのことです?」

「あ、いや、なんでもないんだ。深い意味は無いよ」


私が教授に疑問点を問い詰めるたびに、教授ははぐらかすように逃げ回った。

しかし、私と幸高はそれ以来教授につきまとうようになり、タイムマシン実現について質問を浴びせた。


同年4月、大学2回生の折、晴れて私たちは橋田ゼミに入った。

元々は一般教養程度のゼミだったが、私たちの頼み込みの甲斐があって授業外でタイムマシン研究を扱ってもらえることとなった。

私たち2人以外にも同志は何人か居たが、すべて橋田教授が厳選した者たちだ。


「だから! カー・ブラックホールが生成可能であるという前提で考えればだな!」

「そんな作れもしないものを基礎に置くなんて問題外だ! エキゾチック物質と何が違うんだよ!」

「そーだそーだ!」

「ええい、貴様ら、揃いも揃って……ッ!!」

「まぁまぁ、章一もたまには折れたらどうだい」

「フン! あの橋田教授が作れると言っているのだ。現代では不可能でも、あと20年もすれば間違いなく完成する!」

「ふふっ、牧瀬章一にあたしが褒められるとはね」

「ツィオルコフスキーも言っているではないか! 『今日の不可能は、明日可能になる』、と!」


卒業までの2年間、私は、素晴らしい師のもと、素晴らしい相棒と、素晴らしい友人たちに囲まれて青春を過ごした。

私の青春はタイムマシンと共にあったと言っても過言ではない。

人生において最も重要な時期を豊かに過ごせたことは今でも神に感謝している。


1990年。

大学を卒業した後も、私と幸高と教授によるタイムマシン研究会――相対性理論超越委員会―――は秘密裏に続けられた。

勿論私は研究職を目指した。

学会に数多くの論文を提出し、認められれば世界最高峰の研究機関へ所属するつもりだった。

とは言え、元から私はエンジニアタイプだ。理論研究と同時に発明家の道も忘れたつもりはない。

幸高は宣言通り親の仕事を引き継いだ。

時代はバブル真っ只中、奴は税金対策だと言って潤沢な資金をタイムマシン研究に注ぎ込んだ。

一方教授には本当に未来を見通す理論力があった。

インターネットはSERNの手によってWWW<ワールド・ワイド・ウェブ>システムにおける初のサーバーとブラウザが完成されたことで実用化の目途が立った。

携帯電話なる商品も販売され、軽量化と同時に多機能化が進行していくこととなった。

タイムマシン研究においても、あたかも実際にタイムトラベルをしたことがあるのではないかと疑わせるほど、現実味を帯びた解釈によって理論を裏付けていた。

私たちのタイムマシン研究は、確実に実現に向かって歩みを進めていたのである。


ある日の委員会において、教授が突然おかしなことを言い出した。


「えっとさ……牧瀬章一。キミは、好きな人とか、いないのかな」


この時橋田鈴教授は34歳。私は23歳。そこまで歳が離れているわけではないが……


「まさか教授、この私に惚れたのですか?」

「は、はぁ!? どうしてそうなるのさ!……幸高、あとは頼んだ」

「はい、教授」

「ふっ、恥ずかしがらずとも良いですよ、教授。私ほど将来有望な若者に教授が惚れてしまうのも無理はない……」

「それ、自分で言ってて恥ずかしくないかい、章一」

「先ほどの質問の答えだが、NOだよ、幸高。あえて言うなら、タイムマシンこそが我が生涯の伴侶だな」

「全くしょうがないやつだな、章一は。なら、是非僕から紹介したい人が居るんだが、どうだい?」

「紹介したい人?」

「ちかねちゃんの友達なんだけど、きっと君たちはウマが合うと思う」


結論から言うと、幸高によるお見合い作戦であった。

私が女と縁が無いために、教授を心配させてしまっていたらしい。

幸高は私のような技術屋には不釣り合いな、栗毛色のワンレン美女を連れてきた。


「彼女が将来有望な弁護士の卵、こっちが将来有望? な発明家の卵」

「何故疑問符なのだ、幸高!」

「初めまして、章一さん」

「う、うむ……」

「ほら、章一。何を緊張してるんだよ」

「えー、あ、あなたは、実に美しい……これからの未来は女性が社会で輝く時代ですな」

「ありがとうございます///」

「恥ずかしいセリフをおくびもなく言えるのが章一の良いところだね」


タイムマシン研究は順調、日本経済は天井知らず。

いくつかの発明の特許も取得し、私は安定し始めていた。

そんな時、私は人生で初めての恋をすることとなった。これは相手も同じだったようだ。


プップー

「やあ、待たせたかな」

「章一さん! そのお車、どうされたんですか?」

「もちろん私、プロフェッサー中鉢のマイカーだよ……幸高から借りたわけでは決してない」ボソッ

「プロフェッサー中鉢?」

「中鉢とは、8の中心という意味。アインシュタインによれば宇宙を示す究極の形である8の、その中心を意味するのだよ」

「は、はぁ」

「それでは、海へ行こう。そうすべきだ。何故なら昨日は夜遅くまでカセットテープにドライブに合う曲を詰め込んで……」

「しょ、章一さん! ハンドブレーキしてください! 前、前!」

「む?」

ドーン……

「ぬああああっ!? おのれ電柱、我が往く道を邪魔するか……!!」

「……ふふっ。おもしろい人」


結局翌年には結婚し、その次の年には子を授かるという順調振りであった。

忘れもしない。あれは1992年7月25日のこと。

私たちの娘は、まるで天使だった。

名はクリス。海外でも通用する名前にしてあげたいという私たちの思いから生まれた名前だ。

漢字は私があてた。『紅莉栖』でクリスと読ませる。大変カッコイイ。

妻には「暴走族みたいだからやめて欲しい」と言われたが、姓名判断でべた褒めされたので決定した。

娘が生まれてすぐ橋田教授に電話した。

私は、この子が生まれた奇跡を一刻も早く教授に報告せねばと思った。


「教授! 私に娘ができましたよ! 全く人生というのは、人類というのは、不思議でなりませんな!」

『……お、おお! そっか、それは良かったね』

「生命の神秘ですぞ! 教授! こんなにも可愛い娘が、私たちの子どもだなんて……!」

『……名前は』

「名前ですか? 名前ですか!? ククク、名前はですな……」

「"クリス"ッ! 漢字に特に意味はありませんが、紅花の紅、ジャスミンの莉、有栖川の栖と書いて紅莉栖です!」

「"牧瀬紅莉栖"! 稀代の天才科学者になるでしょうな! ハーッハッハッハ」

『…………』ガチャン ツーツーツー

「お、おや? 電話が切れてしまった?」


1994年10月3日。

私たちのタイムマシン研究はすさまじいスピードで進行していた。

私はカー・ブラックホール生成実験に着手することに成功した。

間違いなくあと15年もあれば完璧なカー・ブラックホール生成マシンは発明できる。

確かに巨大な粒子加速器があれば手っ取り早いだろうが、そんなものが無くとも電子ビームで十分だ。

さらに嬉しいことに、娘が、紅莉栖が足し算の数式に興味を持ち始めた。

まだ2歳だぞ、ハハ。

この調子なら、すぐにでも委員会のメンバーとして牧瀬紅莉栖の名が登録されるだろう。

新鮮なブレインで、私たちの研究に風を吹き込んでくれること間違いなしだ。

しかし、仮にタイムマシンが完成してしまったら?

私や紅莉栖をねたんだ輩からどんな攻撃があるかわからん。

私は、家族とマシンを見えぬ恐怖から守りながら研究を進めなくてはならなくなった。

とは言え、見える部分では未来は非常に明るかった。

この時点では。


これだけ順風満帆だったと言うのに。

日本政府は。

世界は。

ふざけるな。

何故だ……どうして……

どうして私からすべてを奪おうとするのだ……ッ!!


「……あーあー。テステス。今日の秘密会議は秋葉原の喫茶店にて――」

「こら幸高、そこは『相対性理論超越委員会』だろうが!」

「わかったから座ってろよ章一」

「ええい! 私を本名で呼ぶなッ!」

「ふうん……芸名かぁ。あたしも前はそんなことしてたなぁ……」

「そうなんですか? 橋田教授」

「どんな名前だったんです?」

「それは秘密」

「コホンッ。いいか、幸高。今後、私のことはプロフェッサー中鉢と呼びたまえ。それが今の私の世を忍ぶ名なのだからなっ」

「プロフェッサー? ドクターとかに変えないか? プロフェッサーは教授でしょ」

「あたしはプロフェッサーと名乗る予定はないよ、秋葉幸高」

「ダメだっ。科学者としてドクターというのは違和感がある」

「だったら本名で……」

「それは危険だッ!! アレが完成したらきっと"学会"の刺客が私の命を狙ってくる! それではこの"中鉢"の名をくれた師匠に申し訳がない!」


「師匠って誰だい?」

「あたしだったりして」

「それはない」

「じゃあ誰?」

「ヒミツですっ」

「ケチーッ」

「つまりいつもの『妄想』なんだろう?」

「妄想とは失礼な! 私の心の師匠は昔からアインシュタイ……」

「はい。というわけで定例会議を始めよう」

「おいっ、ちゃんと聞けっ!」


「ドクター中鉢。聞かせてくれ。研究が始まってかれこれ8年ほど経とうとしているが、まだアレの完成は見えないのかい?」

「そもそも、たった8年でカー・ブラックホールを作ろうなどと無理に決まっている。もっと長いスパンで考えろ」

「そうだよ秋葉幸高。ドクター中鉢クンはよくやってくれてる……」

「……最近、不況のせいで僕の会社も厳しくなりつつある。資金提供はなるべく続けたいが……」


それは私もわかっていた。世間が、社会が毎日のようにかまびすしくがなり立てるのだ。

バブルは終わったのだと。


「潮時……かな」

「橋田教授!? どういうことですっ……」

「これ以上続けても無駄だってこと」

「そんなっ……」

「中鉢クンはよくやってくれたけど、個人の研究じゃ限界があるよ……ゴメンね。8年前、あたしが学生だったキミたちを炊きつけなければ……」

「それは教授のノートを勝手にのぞき見た中鉢がきっかけです。責任を感じる必要はありません」

「だっ……だが教授! 私は諦めたくない! 私たちの研究はっ……"タイムマシン"を作ることはっ……全人類の夢なんだ! 考え直して下さいッ……!」


「……いずれにしても、資金はこれまで通りには出せない……研究規模は縮小しよう……」

「くっ……」

「……そういえばさ、まだ聞いてなかったっけ。中鉢クンはどうしてタイムマシンを作りたいの?」

「それはトップシークレット……国家機密です」

「教授、彼は人類が火を起こした瞬間が見たいそうですよ」

「こら、幸高! よけいなことをっ……」

「中鉢クンってさ、意外とロマンチストだよね」

「コホンッ……そういう幸高はどうなのだ!?」

「ビジネスだよ」

「ええい、夢もロマンもない奴め!」

「失敬な。ビジネスだって夢とロマンにあふれてるんだぞ」

「ははっ……秋葉幸高らしいや」

「ともかく! 私たちは今もタイムマシン研究に夢を抱いている。それを捨てるのは……イヤだ」

「だけどさ、中鉢クン……キミだって家族がいるんだし、いつまでも夢を追ってるわけにはいかないでしょ?」

「確かに。年頃の娘さんのためにも、ドクターももっとまともな……」

「ハハハ! 何を言うか! 我が娘は幸せいっぱいだぞ! 聞いて驚け? この前なんと足し算の数式に興味を示していたのだ、まだ2歳だというのに! これはすごいことだぞ! さすが私の娘! 将来有望だ! ハッハッハッ!」

「ドクターは親バカだな」

「お前の娘はどうなんだ? 去年生まれたばかりだろう?」

「いやぁ……仕事でなかなか一緒にいてやることができなくてね……あまり顔も見てやれてない……」

「タイムマシンを作れば、娘の生まれた直後にだって戻ることができるんだ。……なあ、それは……とても……素晴らしいことだと思わないか?」

「――うん、そうだね。そんなロマンティストの中鉢クンの娘さんは……幸せ者だ」


これが最後の相対性理論超越委員会だった。

本当はわかっていた。学会が私を必要としなくなりつつあることも。

即効性の無い、理論物理学の若い研究者など、投資するだけ無駄だと考えていたのだ。

今こそ資金が必要な研究段階だというのに。

だが、それは決して幸高が悪い訳ではない。

この日私は、落ち込む幸高を連れて神田のガード下で飲み明かした。

なに、景気さえ良くなれば、またあの日のような日々が過ごせるさ、と。

日本中の誰もが思っていた。こんな不景気、すぐに終わるさ、と。

またすぐにでも景気が良くなるだろう、と。


……それもこれも、全て政治が悪いのだ。


私はこの日、決心した。

何があってもタイムマシンを完成させるのだと。

もはやタイムマシン開発こそが私の存在証明であった。

困難が降りかかるほど私は意地になった。

できないなどと、誰が言ったのだ?

人間は、想像可能なことは実現可能なのだ。

空飛ぶ車を作れないと言った祖父。

SFをバカにした高校教師ども。

バブル崩壊に潰れてしまった幸高。

その夢が水泡に帰してしまった教授。

……だが私には、絶対的な希望があった。

"紅莉栖"。

紅莉栖の天才的な頭脳ならば、間違いなく共にタイムマシンを作ることができる……ッ!


とにかく、今はカネだ。

特許も論文もあまり金にならない中、フジサンテレビとか言うテレビ局から声がかかった。

天才発明家という、妄想だけで夢を語るオモシロ人間をさらしものにして視聴率を稼ごう、という腹積もりらしい。

私は、金がもらえるなら、それでも構わなかった。

プライドでは食っていけぬ。とにかく、タイムマシンさえ完成させてしまえばすべてがひっくり返るのだから。


『中鉢クン。再三言ってるけど、家族のいる人間がそこまで研究に執着することは、危険だ』

「心配性ですな、教授。大丈夫です、そのために意に染まないとはいえ、くだらんテレビ番組にも出とるんですから」


私のタイムマシン研究が自転車操業であることには変わりなかった。

別の何らかの研究で得た資金をすべてタイムマシン研究につぎ込み、

その費用で出た赤字をまた別の研究の収益で補てんする。

だが、それでいい。時間だけは確実に進んでくれていた。

紅莉栖は着実に成長していた。肉体的にも、知識的にも。


「ほほう……! 私の考えた問題をこうも簡単に解いてしまうとは、さすがは私の娘! 天才だ!!」

「えへへ……」

「いつかは私を追い越し、偉大な科学者……数学者、いや、医学方面か? 紅莉栖は一体どんな夢を目指すんだろうな。将来が楽しみだ!」


「娘はあの歳でもう、数学や物理、科学に興味を抱いている」


ある日、私は娘を連れて幸高の家を訪ねたことがあった。

紅莉栖は幸高の娘と女の子らしく遊んでいるようだ。


「いずれは私たちが進めているタイムマシン研究にも参加するだろう。人類史を塗り替えた偉大なる親子として歴史に名を刻むのだ!」

「ははは、期待しているよ」

「娘と一緒に叶えるんだ。人類の夢を……タイムマシンをな」

「……もし彼女が、作れないと結論付けたら……?」

「――……そんなことがあるものか……だが、認めざるを得ないだろうな」

「なぜ? 君らしくもない」

「……娘は天才だからだ」

「やっぱり親バカだな。……彼女が肯定と否定、どちらの解を出すのか、楽しみだね」

「バカを言うな。肯定に決まっている」

「君たち親子が歴史に名を刻むときは僕の名も忘れないでくれよ? 偉大な支援者として」

「ふん……楽しみにしていろ」


それから6年もぎりぎりの綱渡り生活が続いた。

こんな中でもなんとかやってこれたのは妻の支えと幸高の支援、

そして何より紅莉栖という一縷の希望のおかげだろう。

西暦2000年、ノストラダムスがただの虚言癖の男だったとわかったその年、

私は私にとって大切な人物を同時に2人失うことになる。

最初に知ったのは幸高の死。

年度初めに起きた航空事故だった。

教授に連絡すると、自分は葬儀には行けそうにないとのこと。

そこで私は教授が重い病気に罹り、もう余命幾何も無いことを知った。

翌5月、教授も亡くなってしまった……


妻に支えられながら、私はなんとか幸高の葬式に出た。


「どうして……お前なんだ……」


幸高の死亡事故はまさに奇跡的な確率のもとに発生した。

乗員乗客全員生存、唯一の例外が幸高だった。

世界一の安全を謳う航空会社の陰謀か、タイムマシン開発を阻止せんとする組織の暗躍か。

あるいは、神の悪戯か。


「橋田教授もお前もッ……どうして……」


教授は原因不明の多臓器不全を患っていたらしい。

原因不明だと……日本の医学会は一体今までなにをやっていたのだ!?

ふざけるな……ふざけるなよ……


「なぁ幸高。約束したじゃないか。全人類の夢を……叶えようと……」

「私はッ……諦めんぞ! どんなに時間がかかろうと必ず完成させてやる! そしてッ……」

「救ってみせる!!」

「橋田教授も……お前もッ……」

「必ず2人を守ってみせるッ……!!」


教授の葬式に出ることはできなかった。

教授の逝去の報告を受けた時にはすでに葬儀は終わっていたせいもあったが、

仮に前もって知っていたとしても私は出席することはできなかっただろう。

なぜなら、教授は死んでいないからだ。

同様に幸高も死んでいない。

時空の狭間で時間連続体から切り離されてしまったに過ぎないのだ。

タイムマシンさえ完成してしまえば、

私が過去に行き、幸高を飛行機に乗せないようにすることも、

私が未来に行き、究極の医者を連れて帰ってくることも、

何でもできる。

これが神の悪戯だと言うならば……

この世に神がいると言うのならば……ッ!!

このドクター中鉢こそ、神を冒涜するものであるッ!

……私は諦めたりしないッ! 不可能だと言って投げ出したりはしないッ!

絶対、仲間を救ってみせる……ッ! この不条理を破壊してみせるッ!

……今はまだ幼き、我が助手とともにな!


そいつは2000年11月2日から2011年3月24日の間、アメリカの掲示板に降臨した。

名を『ジョン・タイター』という。自称未来人だ。

過去にも大予言者を名乗るやからは大勢居て、さんざ騙され続けてきたのだから、

この私とて最初は気にも留めていなかった。

その中身を読むまでは。


「なんだこれは……なんなのだこれは……」

「……橋田教授のパクリではないかぁぁぁあああッ!!!!!」


こんなにも怒りの感情が沸き上がったのは人生で初めてだった。

おそらく、橋田教授の例のノートが流出したのだ。

無論、それが可能なのは大学時代に同じゼミに属していた人物。

教授が厳選して入ゼミさせた学生たち。

……裏切者が出たのだ。


おそらくそいつは、橋田教授が死ぬのを待っていたのだ。

私はとにかく怒り狂った。

自分が友と信じた者の中に裏切者が居たこと。

その卑劣さ。

私たちの大事なタイムマシン研究を侮辱したこと。

なにより、その橋田教授が既に絶命している事実。

ジョン・タイターというふざけたネーミング。

これが、私がおいおい開発するであろうタイムマシンに乗った人物である可能性は?

無い。私のマシンに乗る人物へは、必ず過去の私へ挨拶をするよう命じるつもりでいる。

そしてジョン・タイターの書き込みが、理論ばかりで技術やプログラミングそのものについて触れていない点からしても、

教授のノートを盗んだことは明白だった。

私は、とにかくやりきれなかった。

教授の功績を、世の人はタイターの模倣、後追いだと認識することになってしまう。

ふざけるな……ッ!!


2003年7月25日。

テレビでは世間から指を差して笑われ、

学会からは見放され、

相棒も、師も失い、

その遺産は悪用され、

研究は遅々として進まず、

私を支えていたのはもはや、"紅莉栖"という希望と、

タイムマシンを完成させ、仲間を救うという使命感だけだった。

この日は紅莉栖の11歳の誕生日。

この日ばかりは私も研究室にこもるのをやめ、

デパートの開店と同時に、予約していた紅莉栖用のフォークを引き取りに行った。

フランス製、良質な銀のフォークだ。

前の誕生日には銀のスプーンを贈った。ヨーロッパでは幸せをすくうという意味で縁起物だ。

そしたら、今度はフォークが欲しいと言って聞かなかったのだ。

一体不二を希求するとは、ますます知性的な衝動であると感心せざるを得ない。


「珍しいわね、スカートなんて。お誕生日だからってめかしこんじゃって……ふふっ」

「それだけじゃないわ、ママ。パパに見てもらいたいものができたのっ」

「忙しいんだから、あんまり邪魔しちゃダメよ?」

「うんっ」


コンコン ガチャ


「パパ?」

「紅莉栖か? おお! お姫様みたいだな。お前の幼い頃を思い出すよ」


あれはまだ幸高も教授も生きていた頃のことだ。

幸高の娘、留未穂ちゃんとよく遊んでいたな……


「えへへっ。あのね、聞いてっ」

「なんだ?」

「この間パパが発表したタイムマシンに関する論文を読んでみたの。すごく面白かったんだけど……私ね、タイムマシンは絶対に作れないと思うの」

「…………」


私は何も言えなかった。理解が追い付かなかったのだ。

私の論文を読んだという。まだ11歳だぞ?
 
漢字や方程式を文字として読めるという意味ではない。

各種理論や法則の意味性や歴史性を理解した上で読破したと言っているのだ。

天才じゃないか。

そして……その上で、タイムマシンは作れないと結論を出したという。

い、いや、なに、子どもの頃によくある勇み足というやつだ。どうせ何かを見落としているに違いない。


「理由もちゃんとまとめてきたわ! パパの間違いも全部直してきたの、パパの役に立ちたくて!」


紅莉栖は私の論文に朱を入れて提出してきた。

各行ごとにチェックが入っており、『こことここが矛盾』、『ここから論理的に破綻』、『この図形はこの方が正しい』などと書いてある。

『※CP対称性の破れ』、『量子重力理論の引用にあたり、根拠がない』『ブラックホール情報パラドックスが解消されていない』……

私の論文の半分以上は真っ赤に染まっていた。

そのどれもが正確無比に私の間違いを指摘していた。

娘は、天才だった。

その論破は、完璧だった。


「そうしたらわかったことがあってね。……これなんだけど、パパの言ってるようなことはできなくても、こんな方法なら同じようなことが可能なんじゃないかって……」


私の耳には紅莉栖の声が届かなくなっていた。

目がしらから熱いものがこぼれる。

論文をつかんだ拳に力が入る。


「……パパ?」


その時、ふと思い出した。私の輝いていた青春時代を。

タイムマシンを本気で作ろうとしていた仲間たちの笑顔を。

そしてそれは、今は、失われてしまった……


「……タイムマシンは、無理か」


私と仲間たちが命を捧げた研究成果を、たかだか11歳の少女に完膚なきまでに否定されてしまった。

私の、唯一の希望だった"紅莉栖"は、もうどこにもいない……


「あれは非現実的よ。それより私の意見を……」

「黙れ」

「……パパ?」


10年スパンでの研究も、仲間との切磋琢磨も、学会での叩き合いも、そういったものを何も経験したことがない、11歳の少女に……

なぜ、私の、"私たち"のタイムマシンが否定できようか。

『無理だ』、『できない』、『諦めろ』と言うのは簡単だ。

それを乗り越えてこそ科学者ではないか……


「何も……何も知らんくせに無理だと決めつけるなッ……」

「ご……ごめんなさい。でも科学的に考えてっ……」

「妄想だけで夢を語っているとでも思っていたのか!? 失敬なッ!! 私がこれまで長い年月と仲間たちの協力の下でっ……どんな思いを胸にッ……タイムマシンを作ろうとしているのか知りもしないくせに!!」

「ひっ……」

「その歳で私の論文をことごとく論破して満足なのか!? ふざけるなッ!!」

「……あっ……う……う……」

「何が誕生日だ……お前など、この世に生まれてこなければよかったのだ」

「…………」

「いいか紅莉栖、お前が否定したタイムマシンを私はっ……絶対に完成させてやるからなッ!!」

「……ッ!!」

「そしてお前という存在を消し去りッ……私が正しかったことを証明してやる!!」


「あ、あなた!! 紅莉栖に何を言ったんですか……」

「うるさい! バカどもが! 何故人類の崇高なる夢を否定するのだ!」

「……出て行ってください。今すぐ」

「ああ、言われんでも出て行ってやる! こっちから願い下げだ!」


私は自宅を飛び出すと、ひたすら走った。

梅雨前線が抜けきらない東京の雨の中、何度も転びながら走った。

走って走って、もう脚の感覚も肺の感覚も無くなった頃、


―――気が付くと私は、電機大に居た。


『痛っ! な、なんだ君は。ちょっと待て!』


誰かに腕をつかまれたような気がした。


「離せ! 貴様に構っているヒマなど無いのだ!」

『そうじゃない。僕だって入学式に出るよ』


そこにはいけすかない……好青年の秋葉幸高の姿が。

……無かった。


『おーい、牧瀬章一。邪魔だよー』

「は、橋田教授!?」


どこからか声がした。


『そんなところに立ってると、あたしのMTBで轢いちゃうぞ?』

「それは勘弁願いたいですな! なにせ、俺は人類初のタイムマシンを開発せねばならんのですから!」

『ふふっ。そっか。じゃ、身体も家族も大切にしなよ』

「家族……? 俺に家族など……私に……」


私は何を言っているのだ……


「私には、守るべき、家族が、ぁ……」



「……ぁぁぁぁあああああッ!!!!!」


・・・


「牧瀬様、今温かい紅茶をご用意致します」

「ああ……黒木さん。すまないね……」


私は幸高の家のシャワーを借りた。

黒木さんには頭が上がらない。


「いえいえ。旦那様のご親友にあられればこそです」

「部屋……借ります……」


ガチャ バタン


「クリスちゃんのパパ、どうしたの?」

「大人には、こういう時があるのですよ。留未穂お嬢様」

「あれ、これ、なんだろう? ビショビショでボコボコだけど、綺麗なラッピング……」

「ふむ……牧瀬様のもの、でしょうね。おそらく、紅莉栖様へのプレゼントかと」


カチャ ジー……


「2003年7月25日……」

「第……えー、第……何回目だったかな。とにかく、"相対性理論超越委員会"」

「……もう、幸高も橋田教授もいない……」

「2人とも……亡くなってしまった……」

「あの頃の私たちはあんなにも……」

「タイムマシンを作ろうという夢に溢れていたのにな……」

「あの頃に戻りたいよ……」

「そうしたら今度こそ、絶対に」

「タイムマシンを作ってみせる」

「娘に論破されないような……完璧なタイムマシンを……」


「……なぁ、幸高……。それでな……」

「私は……俺はっ……」

「タイムマシンを使って、やりたいことがあるんだ……」

「今日、娘にひどいことを言ってしまった……」

「あの瞬間に戻って自分に言ってやるんだ」

「娘を、紅莉栖を……」

「傷付けるな、と……」

「感情に身を任せて家族の絆を壊すな……と……」

「俺は……あんなことっ……」

「言いたくなかったんだ……ッ!!」



ジー…… カチャ 


私は黒木さんに挨拶もせずタイムスタワーを出た。

その足は自然と上野へ向かっていた。

NRの駅から羽田へ向かっても良かったはずだが、

飛行機に乗ることになぜか抵抗を感じた。

加えて、私は上野から帰らなければならないと直感的に思った。

最終の寝台、『あけぼの』に飛び乗る。

朝起きれば青森へ到着している。

これで私は、幸高と教授に出会う前の、

少年牧瀬章一に戻れるはずだ……

上野発の夜行、過去へのタイムトラベルが始まった。

期待。シュタゲゼロの発売に向けてシュタゲssが増える中、ドクター中鉢の視点でのssとは珍しい。

相対性理論超越委員会を経て論文盗む人間になるとは……中鉢ェ……


その夜、お世辞にも寝心地が良いとは言えない車内で、私は不思議な夢を見た。


・・・・・・・・・


『お願いっ! パパ、岡部を! 岡部を助けて! 岡部をっ、......おかっ!……パパぁ』


すっかり大人びた紅莉栖の声だった。

今にも世界が滅亡してしまうかのような勢いで、電話越しではあったが全力で泣きついて来た。


『助けて! お願い……。もう、もう……、私じゃ……岡部を……好きな人を助けることができないの!』


そこから怒涛のように話をされた。

いつもの知性的な紅莉栖とは比べ物にならぬほどの剥き出しのままの感情の吐露。

想像だにできない紅莉栖の行動に、私はただじっと聞き入ることしかできなかった。


「まったく……、忌々しいやつだ。何故、この私がそんなことをせねばならんのだ? 見ず知らずの人間を助けろ、だとぉ……?」


そいつが紅莉栖の惚れた男だという点が気に入らない。殺してやりたいくらいだ。


『……章一、久しぶりだね。少しは友人に連絡を寄越したらどうなんだい?』


突然、携帯電話から懐かしき友の声が聞こえた。


結局私は幸高にいいように扱われ、紅莉栖の相談に乗ることとなった。

紅莉栖は2010年8月、タイムマシンを発明したのだという。

それによって岡部某という青年が悲惨な運命にあっているらしい。

タイムマシンは常に明るい未来のために使われなくてはならない。

それに苦しむ人間がいてはならない。

だが、リーディング・シュタイナーなる能力を持つ岡部青年にしかこの事態は打破できまい。

それを紅莉栖は無理だという。青年の心を思ってのことだろう。

しかしだ、無理を無理と言いつのったところで、この事態は自然に解決などしない。

出来ないことを出来ないというのは簡単なことだ。だが、それを突破してこそ科学の価値がある。


『パパの言いたいことは分かる。でも、それは机上の空論よ。もう岡部からは情報を聞けない。誰もそれを実行できる人なんて、いやしないわ!』

「いいや、いる」

『いるって……誰?』

「お前だ、紅莉栖。正確には今現在には存在しない。だが、過去にはいる!」


時間連続体を構築するならば、同一人物は無限に存在することになる。

自分の味方は、無限に存在しているのだ。


話は簡単だった。

心を閉ざす前の過去の岡部青年に、過去の牧瀬紅莉栖を頼るようアドバイスすればいい。

そして、青年に過去を変える決心をさせること。立ち直らせ、奮起させること。


「他にも問題がないわけではない。計画の遂行には、過去のお前にこの荒唐無稽な話を信じさせる必要がある。どうすれば、過去のお前がこんな話を信じると思う?」

『……あっ!……フォーク。私、フォークが欲しいの』

「……ッ!」


こいつは。

私の娘は、あの時渡せなかったプレゼントを、7年も待ちぼうけしていたと言うのか……


『フォーク? ああ、あれか!』


あの日私は紅莉栖への誕生日プレゼントを秋葉家に置いていってしまった。

あの日、というか、今日のことだが。

だから、幸高が7年間大事にとっておいてもなんら不思議ではない。


「だっ、黙れ幸高! 余計なことを口にするな」


今の私にどんな顔ができるというのか。

家族を見捨て、父としての義務を放棄した私にとって……

今更、どうすることもできない……


『パパ……』

「礼なら幸高にでも言っておくのだな。こいつが後生大事に持っていたのだから。……私は知らん!」

『素直じゃないねぇ、君も』

「最後に紅莉栖。さっきの岡部という小僧だが……」

『えっ? あぁ、うん……』

「ことが片付いたら、そいつを連れて青森の私のところに来い! まったくとんだ迷惑だ! 直接頭を下げてもらわんと気が済まん!」


そう捨て台詞を残し、携帯電話の電源を切ると……


・・・・・・・・・


そこで夢から覚めた。

今は……2003年7月26日。

どうやら、私は過去へ行ったつもりが、未来へタイムトラベルしていたらしい。

妄想まみれの、願望まみれの、整合性もへったくれもない、荒唐無稽な夢。

気付くと私は、涙で枕を濡らしていた。


・・・

私は青森の実家に籠ってタイムマシン研究を続けた。

祖父は既に他界しており、その多くの時間を孤独に過ごした。

孤独は良い。余計な情報からシャットアウトされることでセンスが研ぎ澄まされる。

だが、毎晩のように娘の声が頭にリフレインした。


『私ね、タイムマシンは絶対に作れないと思うの』


やめろ。


『あれは非現実的よ』


やめろ……


『それより私の意見を』


やめてくれ……ッ!

もう私を責めないでくれ……!

悪かった、私がすべて悪かった!

お前にひどいことを言ってしまってすまなかった。恨んでいて当然だ。

家族をほっぽりだしてすまなかった。憎んでいて当然だ。

プレゼントを渡せなくてすまなかった。あんなに楽しみにしていたのに。

だから……これ以上、私の研究を邪魔しないでくれ……ッ!


妻からは往復封筒に入れられた離婚届が突きつけられた。

私は特に迷いなく印を押した。

彼女は弁護士だ。色々とうまくやってくれるだろう。

娘はアメリカの大学へ進学したのだという。飛び級というやつだ。

どの分野かはわからんが、きっと天才科学者に――――


『もし……彼女が作れないと結論付けたら?』


……私は呪いにかかってしまった。

タイムマシンは完成させなければならない。     ――――なぜ?

娘からは嫌われなければならない。      ―――なぜ?

タイムマシンさえ完成すればすべて上手くいく。

なかったことにできる。

ならば、今ある人生を棒に振っても構わない。

それはそうだ、タイムマシンさえあれば、

たとえ人を殺したって、なかったことにできる。

死んだ人間を蘇らせることもできる。

だから私は、そのために私は、タイムマシンを完成させなければならないのだ……


来る日も来る日も、タイムマシンと向き合った。


『私ね、タイムマシンは絶対に作れないと思うの』


この頭の中の呪いさえなければ、私はもっと優秀で居られただろう。


『私ね、タイムマシンは絶対に作れないと思うの』


橋田教授の理論は革新的だった。それを私は、例の自称未来人による貶めから解放せねばならない。


『私ね、タイムマシンは絶対に作れないと思うの』


完成した暁には、幸高を救い、教授を救う。


『私ね、タイムマシンは絶対に作れないと思うの』


裏切者を断罪し、そして私は家族を取り戻す。


『私ね、タイムマシンは絶対に作れないと思うの』


私の紅莉栖を悪魔にしてしまった事実を改変し、天使の紅莉栖を世界から取り戻すのだ。


『私ね、タイムマシンは絶対に作れないと思うの』


この世界線の人類は、すべて消滅してしまえばいいのだ―――



――――――――
――――
――



2010年7月28日。


私は秋葉原のラジオ会館8階会議室において『タイムマシン発明成功記念会見』を開いた。

橋田教授がアイデアを与え、私が構築した理論がついに完成したのだ。

あとはこの場にいる人間で、タイムマシンが現実的であることを理解した連中から金を募る。

金が足りないなら借金しても構わん。

技術者を脅してでも、マシンを作らせてしまえば、あとはこっちのものだ。

私は過去へ行き、すべてをやり直す。

やり直す? 何を。


『私ね、タイムマシンは絶対に作れないと思うの』


おっと、そうだった。このセリフを取り消すのだった。

この言葉を、この言葉の主を消さなければならない。

何故なら、私はタイムマシンを完成させるのだから。

そうすれば、毎晩私を苦しめる呪いから解放されるのだから。


だから私は今年の3月頃、この世界線の紅莉栖へと連絡を入れた。

この日、私が完成させたタイムマシンを世間に公表するから見に来るがいい、と。

ふふふ、自分の言ったことが間違いであったと思い知らせてやる……


『でもそれは非現実的よ』


現実のものになったのだと、目の前で突き付けてやるのだ……

そして、自分の過ちを認めさせた上で、あのセリフを"取り消す"。

歴史上から、綺麗さっぱりとな。


『あの瞬間に戻って自分に言ってやるんだ』

『娘を、紅莉栖を……傷付けるな、と……』

『感情に身を任せて家族の絆を壊すな……と……』


大丈夫だ、何も問題は無い。

すべてタイムマシンが完成しさえすれば、なかったことになるのだから。


会見場に集まっていたのはせいぜい10名ほどだった。

おかしい。いくら色モノ発明家と言えどもそれなりに知名度はあるはずだ。

たとえまともに信じていなくても、興味本位で見に来る奴がもっといてもいいのではないか。

そうか、これは"奴ら"の陰謀だな。タイムマシン研究を独占せんと企む、"奴ら"の……

ふざけた真似をしてくれる。だが、時既に遅し。もう理論は完成した。

あとは設計図通り作るだけなのだ……ッ!


キィィィィィィィィン……

ドォォォォォォォン……


こ、この音はなんだ!? 電磁波攻撃か!? 人工地震か!?

くそ、どこまでも私を邪魔したいらしいな……!

やはり、護身用にナイフを携帯してきてよかった。

何人たりとも、我が往く道を妨げることは、許さん!


会見が始まる頃には20名ほどが集まっていた。12時丁度、私は会見を始めた。


「私の理論は、カー・ブラックホールのミクロ特異点を利用するものです」

「このカー・ブラックホールの生成は、理論上達成しています」

「このミクロ特異点に電子を注入することによって、特異点を超高速回転させる」

「そして、局所重力正弦波を発生・調整し、カー・ブラックホール効果を再現するのです」

「移動先の座標の指定方法としては、到着先の局所重力を読み込み、ティプラー正弦波をその位置にロックします」

「マシンの技術としては以上です。次はタイムトラベルの理論についてお話しましょう」

「そもそも世界はあらゆる可能性、あらゆる結果のバージョンが平行・多重に存在しているのです」

「かと言って多世界解釈というわけではない。世界は常に1つ」

「残念なことに、エヴェレット・ホイーラー・モデルが正しいと発言した自称未来人が居るようですけどな、ハハ」

「2つの世界線間の歴史のズレを、我が理論物理学の師は『世界線変動率<divergence>』と名付けました……」





                「ドぉぉぉクぅぅぅターぁぁぁっ!」




白衣の男が私を指差して怒っていた。なんだこいつ。


「バカにするにもほどがあるぞ!」

「なんだね君は!」

「俺が誰なのかはどうでもいい! それより、今貴方が語ったタイムマシンの理論はいったいなんだ!? ジョン・タイターのパクリではないか! 貴方はそれでも発明家かっ!」


……このガキ、今なんと言った?

"ジョン・タイターのパクリ"だと、そう言ったのか……?

違うッ!! あれは、あの理論は、橋田教授のオリジナルなのだ……ッ!!


「だ、誰か、その男をつまみ出せ」

「出ていくのは貴方だ、ドクター! 恥を知れ! 金輪際、貴方には発明家を名乗る資格はないぞっ!」

「うるさい、黙れっ! 生意気な若造めっ!」


私がそう言うと、大きくなった紅莉栖がその男をつまみ出した。

挑みかかってくるかのような、きつい眼差し。

私の記憶の中の天使だった紅莉栖はもうどこにもいないのだと改めて思い知らされる。

なかったことにしなければならない。時間連続体を切り取って、変更しなければならない。


12時26分、会見は終わった。

携帯電話を見ると、紅莉栖から1通のメールが入っていた。

話がしたいから人気のないところ……奥の従業員通路で、と。

ふむ。今頃私にひれ伏す言葉を用意しているのだろう。

適当に荷物を片づけると、私は従業員通路へと向かった。


「なんのようだ」

「あのね、これを読んでほしいの、パパ」


これを読んで欲しい、だと?

そういえばこいつ、途中から私の会見をまともに聞いていなかったな……

私のタイムマシン理論への言及は一切なし、と。

何……"Time Machine"……タイムマシン論文か。


「パパが、7年ぶりに連絡を入れて、会見を見に来いって言ってくれたでしょ。それがきっかけになったの……」


という事は、たった4か月でこれを書き上げたというのか……?


「頭に浮かんだ理論をまとめてみたら、もしかしたら、タイムマシンが作れるんじゃないかって」


タイムマシン理論を短編空想小説のように書き上げた、とでも言いたいのか……

バカにするにも程がある……ッ!


「パパの意見を聞かせてほしいの。……もしそれが認められたら、学会を追放されたパパのリベンジに」

「追放されたのではないッ! 私の方が嫌気が差して見切りをつけたのだ!」

「っ……ごめん」


紅莉栖の書き上げたタイムマシン論文はやはり完璧だった。

私の論文が、まるで意思疎通の取れない管制塔とコクピットのようないびつさがあるとすれば、

紅莉栖のソレはオートパイロットの如く美しい飛行を見せていた。

実を言えば、会見で発表した理論にはいくつか穴があった。

それをこの紅莉栖の論文は、全く別のアプローチで問題化することなく着地していたのだ。

私は確信した。これなら100%間違いなくタイムマシンが完成する、と。


「……悪くない内容だ」

「……ホント!? 私ね、パパさえよければ、それを共同署名で発表してもいいと思ってるの。だって、キッカケはパパがっ……」


共同署名だと?

バカなことを言うな。


「バカなことを言うな。帰れ! この論文は私の名前で発表する」


この紅莉栖に、タイムマシンをいいようにされてはたまったものではない。

とにかく、この論文で私がタイムマシンを作れば、すべてがやり直せる。

私の仲間を、私の師を取り戻すことができる。

私の家族を、私の紅莉栖を取り戻すことができる。

待ってろ紅莉栖、今会いに行くぞ。


「そんな!? まさか、パパ、盗むの? そんなことだけはしない人だと思ってたのに」


私にはこいつの思考がわからなかった。

私以上の天才であることを知らしめにきたのではないのか?

私を憎み、恨み、バカにしたいだけなのではないのか?

こいつは、何故私に悪人を演じさせようとしているのだ……?

私は、世界を救うヒーローだと言うのに。


「……黙れッ!!」

「きゃぁぁっ!!」


私は、この不気味な生き物を殴り倒した。


「よくも盗むなどとッ!」


私はその生き物の首元を―――


「やめろォッ!」

「ッ!?」


男の声に驚いて振り返ると、そこにはあの白衣の男が立っていた。


「誰だ貴様は……」

「ククク……混沌を望み、世界の支配構造を破壊する者。そして、お前の野望を打ち砕く者。……聞きたいか? 我が名は、鳳凰院凶真ッ!」

「何をわけのわからないことを……お前、さっきのガキだな!? なるほど……そういうことか。貴様ら、示し合わせて私の会見を台無しにしようとしていたんだな」


これで全て合点がいった。

会見に人が少なかったことも、奇妙な音や振動が起こったことも、こいつが会見中に私を否定し始めたこともッ!

すべて……この悪魔の女と白衣の男が仕組んだ罠だった、というわけか……ッ!


「ふっふ……ふっふっふ……そうか……そういうことか」


殺す。

人類を。

この世界を。

私はナイフを取り出し、"奴ら"へと刃先を向けた。


「パパ!」


うるさい……私をそう呼んでいいのは、私の紅莉栖だけだッ!


「逃げて!」

「断るッ!」


白衣の男が紅莉栖の叫びを振り切り、私に対峙する。


「……どうした、そのナイフはなんのために持っているんだ?」

「な、なんだと!?」

「ポーズだけか? この神に等しい力を持つ俺に恐れをなしたか」


この男の言動……まるで……

若かりし頃の私じゃないか……ッ!


「ふざけるなぁッ!!」

「さぁどうした? 震えているぞ、怖いのか?」

『どうした、プロフェッサー中鉢。貴様、こんな男が怖いとでも言うのか?』

「どこまでこの私を愚弄するつもりだ……ッ!」

「結局貴様は、その程度の男なのだ。実の娘の有能さを喜べないなど……貴様には、この俺を殺すことはできない……絶対に! 絶対になァッ!」

『中鉢、貴様は人一人殺すこともできんような腰抜けだったのか? 世界を破壊するのではなかったのか?』




「……ぁぁぁぁああああああああッ!!!」

「……ッ!!!!」




生暖かい感覚が両の手を襲う。

私は……

『俺は……』

白衣の男を、刺した。

『白衣の男を、刺した』


「そ……そんな……パパ……」


やった。

ヒヒ、やったぞ。

私は、まず1人、人類を殺した。

ハハ、ハ、バカな男だ、この私を謀ろうなどと。


「ざ……ざまぁ、みろぉ……」


『しかし、白衣の男はおもむろに立ち上がり、自分に刺さったナイフをその身から抜き、俺に向けた』

『俺のほうはというと、男の鬼気迫る雰囲気に腰を抜かし立てないでいる。全く、我ながら情けない男だ』


「よくも……! 殺して……殺してやるッ!!」

「ひ、ひぃぃぃぃ……」


『俺はもうだめだ。血まみれのナイフを突きつけられ、ビビリにビビっていた』

『その時、血が鼻先に垂れ落ち、正気を取り戻した俺は紅莉栖の論文を手に取って一目散に逃げだした』


「ただで済むと思うなぁッ!」


私は走った。ひたすらに走った。

"奴ら"への仕返しは後でいい。とりあえずはタイムマシンだ。

タイムマシンを作れば、このわけのわからん出来事さえもなかったことにできるのだからな!


それからのことは、私はよく覚えていない。

気が付くと青森に居た。

とにかく、マシンを作らなくては。

国内はダメだ、また"奴ら"に妨害される可能性がある。

それに私は傷害事件の犯人になってしまった。いずれ警視庁がやってくるかも知れない。

ならば国外だ。亡命だ。

アメリカは当然ダメだ。紅莉栖の生活拠点だからな。

アメリカから最も政治的に遠いところ……ロシアか。

LHCを保有するフランスも考えたが、雪国のほうが私に合っている。

とにかく、これで私は……達成するのだ……

我が人生の野望を……


・・・

コンスタンチン・ツィオルコフスキーは天才であった。

彼が1891年に発案した流線形金属飛行機論文を学会は却下。

ちなみにライト兄弟の有人飛行は1903年、初の金属機飛行は1915年のユンカース社によるJ-1だ。

彼は1897年には人類初のロケット理論を完成させた。

ちなみに初の人工衛星であるスプートニクの打ち上げは1957年だ。

そして彼は晩年ロケットエンジンによるブースターの理論を考案したが、理論の完成を待たず逝去した。

1世紀先を生きた、稀代の天才だったのだ。

だが、彼に技術はなかった。ロケット理論を実現したのはロバート・ゴダードだ。

1926年、最初の液体燃料ロケットを打ち上げた。が、地方紙は彼をバカにする傾向があった。

ゴダードの研究は時代を先取りし過ぎていたため、彼はマッドサイエンティスト扱いされ、嘲笑の対象となった。

彼が「ロケットは真空でも推進できる」と主張すれば、NYタイムズ紙は「彼は高校で習う知識も持っていないようだ」と酷評した。

彼は人間不信になり、死ぬまで孤独に研究を進めた。


今、私には天才の理論と、確固たる我が技術がある。

さあ、夢の世界は目前だ。

私は、天才と共に海を越えた。


・・・

「ふざけるな! おい、ふざけるなぁッ! 火災だとぉ!? こんなバカなことがあるか!!」


神は、私を弄んでいただけだった。


「人類の未来に関わる重大な論文が燃えて無くなってしまったのだぞ!? 悠長にインタビューなどしている場合かっ!」


世界が弾き出した答えは、私を消すことだった。


「ロシアン航空は絶対に許さん……あの機に乗っていた乗員は全員ぶち殺してやる……ッ!」


私の人生は、なんだったのだろうな……


「金の問題ではない……いいか、もう一度言うぞ。人類の歴史を塗り替えるほどの論文が燃えてしまったのだ!」


今思えば、この奇跡的な貨物室火災も、運命だったのかも知れない。


「くそぅ……なぜ私はスーツケースを貨物室などに預けてしまったのだ! 自分で持っていればこんなことには……」


結局、人類は運命からは逃れられない、という事なのかも知れない。


「タイムトラベルだ! 過去から未来までの、あらゆる時空を支配することさえ可能な発明だったのだ……!」


神を冒涜しようとした、私への罰なのかも知れない。


かも知れない、かも知れない、かも知れない――――


・・・

私はモスクワから警視庁の捜査員に連行される形で日本へと帰国した。

私の弁護にはどういうわけか元妻が立ってくれた。

被害者であるあの白衣の男――名を岡部倫太郎と言うらしい――には、傷害事件の整合性が認められず、私は無罪となった。

被害者は傷を7月28日に負ったはずだが、どういうわけかその男には8月21日からの入院記録しかなかったという。

当然8月21日に私は岡部倫太郎を刺すことはできない。ロシアに居たのだから。

つまり、奴の傷は私以外の何者かが再度つけたもの、ということになる。

ともかく、日本に戻った私は無罪になった。

妻とはほとんど言葉を交わさなかった。何故弁護してくれたのかは未だにわからない。

裁判が終わってすぐ、彼女は何も言わずに日本を発った。

一方の私は青森へ帰った。

世間では"亡命に失敗したトンデモ発明家"と報道されており、大きな顔をして外を歩くことはできなくなっていた。

特にやることもなく、ゴミの山から拾ってきたPCや家電を組み立て直して、リサイクルショップに売って生活費を稼いだ。

やはり、技術屋の自分にはこれが一番性に合っているのかも知れない。


完璧なタイムマシン理論は燃えてしまった。

あれは今や紅莉栖の脳内にしかデータは残されていないのだろう。

勿論、紅莉栖を恫喝してでも書かせることを考えたが……

もはや、そんな気力はなかった。

私は、私の人生は幕を閉じたのだと思い知らされたからだ。

人生を賭して作り上げた私の論文は間違っていた。

その論文を書き上げようという動機も目的も、間違っていたのだ。

あとは死ぬまで、無駄な時間を過ごすことしかできないだろう。

人類の夢を叶えることもなく、仲間を救うこともなく、

後悔と絶望を背負いながら、孤独に死んでいく。

マッドサイエンティストにはちょうどいい末路ではないか。



―――私の人生は、喜劇的だった。

 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 
 
 
                          
 
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 


・・・


2011年8月、青森。

"奴ら"は性懲りも無くやってきた。


「……パパ。久しぶり」

「あー、ゴホンゴホン。えー、今日は朝からいい天気ですね」

「貴様ら……一体、何しに来たというのだ!?」


そこには、落ち着かない様子の白衣の男と、怯えた様子の栗毛色の女がいた。


「ウェイウェイ! 別にとって食おうというつもりなど無い! 少し話ができればそれでいいのだ。だから待て! 夜行バスも安くはないのだぞっ!」

「お願いっ! 話を聞いてっ!」

「……いいだろう。ただ、覚えておけよ小僧。少しでも舐めた真似をしたら、今度こそ私はお前を殺すぞ」


こいつらの頭の中は全く理解できなかったが……

私は、いつか見た夢の約束のように、こいつらを家に招き入れた。


「それで、結婚報告にでも来たつもりか」

「けっ……/// う、ううん、それもあるけど、違うの!」

「ま、待てクリスティーナ! 結婚報告では無いだろうが! 俺たちはまだ付き合っているだけだと……」

「ふざけているのなら帰れッ!」

「ひぃっ! ドクター、おおお、落ち着いてください! 休戦協定を反故にする気ですか!?」


なんのことだ。騒々しいにも程がある。


「まず、俺からドクターに1つ謝りたいことがある」


何……? 貴様を刺したのは私だぞ? なぜ貴様が謝るのだ。


「俺はあの会見の時、あなたの論文をジョン・タイターのパクリだとして糾弾したが、あなたのソレは橋田鈴教授の理論を発展させたものだったのですね」

「な、なぜそれを……!」

「簡単な話です。橋田鈴……いや、阿万音鈴羽は、タイムトラベラーだった」


「……フフフ、やはりそうであったか。橋田教授がタイムトラベラー……これ以上ないほどに納得の行く仮説だ」


その可能性を考えない日は無かった。

だからこそ、私こそが若き教授が乗るであろうマシンの原形を作るのだと確信していたほどだ。

状況証拠はいくつかあったが、しかし妄想の域を出ない話であった。

何より……教授にソレを訊くことは、教授の存在を曖昧なものにしてしまいかねないという危惧があった。


「パパ、信じるの?」

「当たり前だ。あの人のことを誰よりも間近で見てきたのはこの私だぞ? そしておそらく、教授が使用したタイムマシンは……」

「……私が書いた論文を元に、橋田至、彼女のお父さんが作った物よ。別の世界線の未来の話だけど」

「ほう、教授のお父様が……。さぞ優秀なエンジニアなのだろうな」

「言えない……橋田がどうしようもないHENTAIだなんて言えない……」

「それはそうだ! ヤツは我が頼れる右腕<マイフェイバリットライトアーム>、ウィザード級のスーパーハカーなのだからなっ!」

「貴様、大声を出すな!」

「す、すいません……」


「それで、岡部倫太郎とか言ったな」

「は、はひぃ」

「……"シュタインズ・ゲート"へは、到達したのか?」

「な、なんでパパがそれを!?」

「橋田教授のノートに書かれていたからな。タイムマシンの最終的なゴール、アトラクタフィールドの干渉を受けない世界線、"シュタインズ・ゲート"」

「……ええ。俺がドクターに刺されたこと、そしてドクターが持ち逃げした論文がロシアン航空の貨物室で燃えること。これが、シュタインズ・ゲートへと到達するための鍵だったのです」


なんと……

にわかには信じれらないが……

そうか。結局私がタイムマシンを完成させたところで、何者かによって悪用されてしまう収束だったのか。


「……それを知っているという事は、貴様、タイムトラベルをしたのだな?」

「まぁ、一応」

「どんな感じだった!? マシン内での経過時間と実時間の比例関係は、いや、それよりも体感するGに押しつぶされる感覚は!?」

「パパ! 脱線してる」

「む、むぅ……」


「次はあなたが謝る番だ。ドクター中鉢」

「……なんだと?」

「自分の娘に対して、何も言う事は無いとおっしゃるつもりですか」

「……パパ」


わかっている。

結局私は、娘の才能を、性格を、受け容れることができなかった。

だが、今更どんな顔をすればいいというのだ……


「ううん、やっぱりパパは謝る必要なんてないよ。私が無神経にパパのプライドを傷付けちゃったのが悪いんだから」


違うのだ、紅莉栖。私は、本当はプライドなどどうでもよかったのだ。

プライドにこだわっているのなら、私がバカげたバラエティ番組で道化などやっているはずがなかったのだから。

タイムマシンの、時空操作の悪魔に取りつかれてしまったのだ。

許してくれなどと……言えるわけがない。


「あなたに同情の余地はない。自分の子を殺そうなどと……」

「ぐっ……」

「だが、あなたは歴史を変えたかったはずだ。それは、一体どんな歴史なのですか、ドクター」

「……私は、タイムマシンを使い、幸高と橋田教授を生き返らせ、崩壊してしまった家族を取り戻したかった。それだけだ」

「フェイリスと同じ、か……」


何故こんなにも馬鹿正直に、この変な男にしゃべってしまったのだろうか。

憑き物が落ちた気がした。


「それはつまり……娘と仲睦まじく暮らすことも含まれているのでは」

「当たり前だ。紅莉栖は"私たち"の宝物だぞ! 天使だぞ! 未来への希望だぞ! それを……」

「パパ……」

「現実を見てください、ドクター中鉢。あなたの娘は、今、目の前に居る」

「……わかっている」


「あのね、パパ。パパさえ良かったらなんだけど……秋葉原に遊びに来ない?」

「秋葉原だと?」


私が青春を過ごした街ではないか。それを、どうして紅莉栖が?


「我がラボ、未来ガジェット研究所は秋葉原を拠点に活動している。タイムマシンが完成したのも、あの街の特徴あってのことだ」

「パパの出身大学は、東京電機大学なの。あんたや橋田と同じ大学よ」

「なにっ!? と、ということは、ドクターは俺の大先輩……!?」

「ほう、貴様も電大生だったか。なるほど、ますます合点がいった」


やはり私があの大学へ入学したことは間違ってなかったようだ。


「……ちょうど、幸高と教授に線香をあげなければと思っていたところだ。その提案、受け容れてやらんでもない」

「……あなたも素直じゃありませんね。クリスティーナと良く似ている」

「だからティーナ禁止!」


私は貧乏学生の分の新幹線代を肩代わりしてやった。

秋葉原までの道中は、この不遜な男のタイムトラベル話に終始した。

それは私が今まで見聞きしたどんなSF作品よりもリアルで、壮絶で、そして感動的であった。

ディストピアや第3次世界大戦の回避。世界の運命を変えるなどという、神の禁忌を人の子が成し遂げたのだ。

なるほど……この男、胡散臭いことこの上ないが、それは世を欺くためのカモフラージュなのかも知れない。


・・・


「こんな小汚い部屋でタイムマシンが誕生したというのか……」


老朽化したテナントビルの2階で、それは偶然発明されたらしい。


「そして、この男こそ我が右腕にして橋田鈴の父親、橋田至ことダルだ!」

「なっ……なんだと!?」


絶句した。こんな不健康極まりない男から、教授が産まれるのか……


「……誰なん、このおっさん」

「私のパパなんだけど……」

「はいィ? ってことは、親公認カップルに昇格ってことかお! リア充爆発しろ!」

「……いや、人は見た目で判断してはいけない。きっと君は優秀なエンジニアなのだろう」

「うほっ♂ 褒めてもナニも出ないのだぜ?」

「…………」


・・・


「あんたが牧瀬章一さんかい? 鈴さんから話に聞いてましたよ」

「私のパパなんです」

「君が居候だったという天王寺裕吾君か。私も橋田教授から話に聞いたことがある」

「仏壇はこっちです。どうぞ」

「うむ、済まない」


橋田教授の死を受け入れるまでに結局11年もの歳月がかかってしまった。

教授、幸高と先に委員会を始めておいてください。私は遅刻しますが、怒らんでくださいよ。


「そう言えば、ドクターの自宅にもブラウン管が転がっていましたね」

「なに? あんたもしかして、イケる口ですか?」

「知らんのか? 私は天才発明家だぞ。機械いじりなど慣れたものだ」

「おっと、そうでした。いや、実は俺もブラウン管をはじめとした機械いじりに目がありませんで……」


・・・


「久しぶりですね、黒木さん。お元気そうで何よりです」

「お久しぶりにございます、牧瀬章一様。ささ、どうぞお上がりください」

「邪魔するぞ、フェイリス」

「いつ来てもとんでもない家よね……」

「凶真! クーニャン! いらっしゃいませニャンニャン!」

「店のテンションはやめろ!」

「……留未穂ちゃん、だったか」

「たとえクーニャンのパパでもその名前で呼んではダメニャ! 四精霊によって封印された災い<カタストロフ>が目覚めてしまうニャ……」


幸高、お前の娘もおかしくなってしまったようだ。


「章一様、こちらが2003年7月25日に、秋葉家にお忘れになっていった物でございます」

「……幸高が居なくとも、保管されてあったか」

「7月25日……私の誕生日……」

「クーニャン、開けてごらん」

「これ……フォーク? ちょっと子供っぽいけど……『11歳の誕生日おめでとう紅莉栖 パパより』……ッ!?」

「…………」

「だが、ドクター。残念だったな、紅莉栖が泣いて欲しがったマイフォークは既に俺がプレゼントしてしまった!」

「な、泣いてないわよ!」


そんなことはどうでもいい。そもそも、そういう風に指示したのは私だったのだから。

夢の中での話だが。


「でもパパ、私、本当に嬉しい……」

「クーニャンも一途だニャン」

「フン、好きに解釈していろ。私は幸高に会いに来ただけだ」

「似た者親子だニャー」


・・・


カチッ ジー……


「幸高、聞いてくれ。今日は驚くべき事実がたくさんあってな、何から報告していいやら……」

「まず、私の娘はタイムマシンを完成させたらしい。人類史を塗り替えたのだ!」

「……と言っても、橋田教授の言っていた世界線理論の通り、結局はなかったことになってしまったがな」

「だが、その時空旅行の間に、娘は大切なものを手に入れていたらしい」

「仲間だ。俺と幸高のような、志を同じくする仲間」

「この街で。お前の愛した秋葉原の街で、私の娘は仲間と出会ったらしい」

「私の知らぬ間に、大きくなっていたようだ……」


「そうそう、橋田教授はタイムトラベラーだったようだぞ。今度そっちでも偵察してみてくれ」

『どうして僕がそんなことしなくちゃならないんだい、章一』

「貴様は諜報担当だと言っただろう。未来からのエージェントの情報を引き出すのだ」

『やれやれ、わかったよ。それで、君はどうするんだい?』

「どうする、とは?」

『これからの話さ。全てを失ってしまったんだろう?』

「私もそう思っていたんだがな、どうやら紅莉栖だけは私を必要としているらしい」

「かと言ってもう執着はしない。自分の限界と運命を垣間見たからな」

「遅くなってしまったが、次の世代に譲ろう。私は隠居でもしているよ」

『章一らしくないな』

「フン、生意気な口を聞くな」


『僕の代わりに目に焼き付けておいてくれよ? この街の変わり様と、そこに住む人々を』

「ああ、任せておけ。そのうち、貴様の孫の顔も拝めるかもしれんな」

『君の新しい家族もね』

「……もう書類上は紅莉栖の父親ではない」

『難儀な男だねぇ』

「う、うるさいぞ、幸高! 死人は死人らしく黙っていろ! 私の脳内でしゃべるな!」

『はいはい』

「……2人で観たSF映画は、素晴らしかったな」

『そうだね』

「……私は、今度SF小説でも書いてみようと思っている」

『ほう。書くものを論文から小説に変えるのか』

「第一作目はもちろん、"天才発明家 ∞ ドクター中鉢の華麗なる生涯"だがな! ハハハ」

『なるほど、自伝フィクションとは革新的だね』


「……そろそろテープが切れる。報告は以上だ」

「また何かあったら報告させてもらおう」

『楽しみにしてるよ』


ジー…… カチッ  キュルルルル……




この日、私の中で幸高が死んだ。

きっとそれは悲しいことではなくて、本来あるべき姿なのだろう。

過去に起きた別れを受け入れることで、私にはようやく未来が見えた。

何もないという未来が。

……久しぶりにあいつに電話してみるか、と思ったが、今アメリカは夜か。

仕方ない、青森へ帰ろう。

この街は、娘たちに任せよう。



―――それが橋田教授の言う、シュタインズ・ゲートの選択だと言うならば。











オワリン



結論:中鉢はクズ 

(Google検索【ドクター中鉢 クズ】:約3,310件 0.41秒)

乙。なかなか興味深い作品だった。

自己満SSを読んでくださってありがとうございました。
アニメ板のシュタゲスレで中鉢さんがクズ扱いされてたのでついカッとなってやってしまった。

シュタゲSS雑談スレが欲しい(切実)

中鉢と紅莉栖の相性が致命的に悪いだけなんだ…
こじれて悪化して歪んだだけなんだ……
乙でした

おつおつ

立てればいいじゃない
シュタゲss雑談スレ

乙ありです

立てた
【シュタインズ・ゲート】Steins;Gate SS雑談スレ@ラボメンNo. 001
【シュタインズ・ゲート】Steins;Gate SS雑談スレ@ラボメンNo. 001 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1444578998/)

おつー

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom