提督「戦争もようやく終わりか…」 (241)


提督「…」

提督「…諸君と共にこの日を迎えられた事を、私は嬉しく思う」

提督「深海棲艦との戦いに終止符を打ち、あの静かな海を取り戻せたのだから」

『万歳!万歳!平和万歳!』

提督「…だが、忘れないで欲しい」

提督「確かに此度の戦乱は終わりを告げたが、これは所詮…始まりに過ぎないのだ」

『……』

提督「事実、あの戦争における敵は深海棲艦のみではなかった。ここで多くは語るまいが…」

提督「…」

提督「…我々は忘れてはならない。あの日々をけして、無かった事にしてはいけない」

提督「たとえこの先…再び戦乱が起きてしまったとしてもだ。それこそが、生きていくと言う事ではないだろうか」

提督「命のある喜び、共に戦った者を喪った悲しみ、敵対者への憎しみ…いろいろなものと折り合いをつけなければならないのは、とても苦しい」

提督「…それでも」

提督「それでもやはり、私は生きていたい…この命も、この世界も愛おしく思えてならないのだ」

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提督「…」

提督「…どうにも湿っぽくなっていけない。突然の身に余る大役に、いささか緊張しすぎていたようだ」

提督「では諸君、話はこのくらいにして…」









提督「乾杯!」

『乾杯!』


――――それから数日後。

この提督は、突如として鎮守府の解体を宣言した。


ドタドタドタ;ッ!

ガシャン!

提督「…お、どしたー?」

「どうしたもこうしたもありませんよ!突然この鎮守府を解体するだなんて……!」

提督「不服か?」

「不服も何も、それじゃあこれから私達はどうしていけばいいんですか!」

提督「…」

「…困るとすぐに黙り込むの、止めていただけません?」

提督「…」

提督「…すまんな。何せ俺は頭の出来が悪いもんでね、どうしてもこうなるんだ」

「…」

提督「ああ、わかったわかった。この通知書が欲しいのだろう、貴様らは」

提督「…ほれ」


「…!」

艦娘共の目の色が変わった。

そりゃあそうだろう。あれらの中身はどれも、奴らの栄転を決定したものだ。

あの女共は出来がいい。

俺はその逆。底辺もいい所だ。

だから当然蔑まれている。俺を慕う者など居やしない。

…せいせいした。

憎い奴らではあったが、この先ますますのご健勝でも祈らせてもらおうじゃないか。


「…ふむ」

鎮守府は、すっかりがらんどうになった。

それもそのはず、この提督には人望があまりなかった。

特別良い所はないが、悪い所もない。

これといった理由は無いのだが、この男に艦娘達は何ら魅力を感じなかったのだ。

無論男は精進したし、それ相応の地位も成果も得た。

それでもやはり変化はなし。

…当然男はすさんだし、周りがそれをどう思うこともなかった。

ただ一刻も早く、魅力的な提督がいる鎮守府が設立されるよう望んでいただけ。


「…」

提督の言葉通り、所属する艦娘はすこぶる優秀。

それに引き換え彼は凡庸だった。物足りないと思われるのは、仕方の無い事であろう。

…だが、ここまでされる謂れはない!

「…むなしいもんだ。英雄だ何だと言われても、結局俺には何にもない訳だ」

男はそうごちると、どこからかくすねてきた酒瓶を空け、呑み始める。

それはあまりにわびしい、戦勝の祝い酒。

彼は酒のお陰でますますふてくされ、やがては深い眠りについてしまった。


提督「…」

「提督、いい加減起きてくださいよ!」

提督「…んあ」

「呆けてないで!ほら、今日はあなたと私の結婚…」

提督「結婚…?お前、一体何を」

「いいから早く着替えて。そんな格好のままじゃ、風邪ひいちゃいますよ?」

提督「うるせえ!そんなのはいいから寝かせろよ!」

「いや、だって…」

提督「だってもなにもねえぜ!結婚だとぉ?そんなの嘘っぱちだろうが!」

提督「お前も他の連中も、みんなそうだ。大方俺をからかおうとしているんだろう」

「そんな…」

提督「寂しがりの男を弄ぶなよ。俺はそんなんでも絆されちまって、あげく勘違いをしかねないんだ」

提督「…何故なら俺は、艦娘に好かれる事のない失敗作だからな」

「でも」

提督「でももなにもあるか。俺のことは、このまま死ぬまで放っておいて…」



 □


「…いいから起きろッ!」

提督「痛ってぇ!」

「ふう…アンタ、一体何をしているの?」

提督「そりゃこっちが訊きたい!お前…なんだってまだここに居るんだ、叢雲!」

叢雲「…さて、どうしてかしら?」


…男の他に、誰も居なくなったはずの鎮守府。

そこに現れた叢雲。

彼にとって初めての艦娘だった彼女が、突然ここに現れた理由。

神ならぬ提督に、そのような事は知る由も無かった……。

期待、こういうの好きだ

艦これの戦後の話ってなんかいいんだよな、支援するぞ!

深海側の生き残りが心の支えになっていくのかと思ったw


 □

叢雲「…さて、どうしてかしらね?」

提督「とぼけるんじゃない。辞令は大本営直々のもので、貴様とて例外ではないはずだ……!」

叢雲「あら…私は辞令に従っただけよ?」

提督「…何?」

叢雲「前鎮守府は解体され、ここには新たな鎮守府が設置されるの」

叢雲「長官はアンタで、最初の秘書艦は私。何か問題でもあるのかしら?」

提督「……」

叢雲「まあ…そういう訳だから精々頑張りなさい、司令官」

提督「……」

提督(クソッタレが)


 □

「…例の提督はどうなったのかね」

「はっ。辞令を受けた後は、粛々と任務を遂行しております」

「…そうか」

秘書艦より報告を聞いた元帥の顔は安心しているようでもあり、申し訳なさを感じているようでもあった。

「…閣下が気に病むことではありません」

「確かにそうだろうが、やはり哀れに思えてな」

「恐れながら、それは傲慢です」

「知っている」

もつものと、もたざるもの。この元帥と提督は、まさしく前者と後者であった。

提督のような犠牲を経て、ようやく建造に成功した「提督」。

それこそがこの元帥である。


「…だがな、失敗作がどちらなのかは分からんぞ」

「と、いいますと」

「私に対して君らが感じる感情は、非常に作為的であるということだ」

…新人類とも言える彼らは、最早現代のそれとは全く異なる誕生の仕方である。

いわゆるデザイナーベビーなどと呼ばれるもの。

当初は遺伝子疾病を回避することが主目的であったその概念はやがて、数多くある火種の内一つとなった。

その成れの果てが艦娘。あるいは、深海棲艦。

彼女らの活動をより高次なものにするべく生み出されたのが、提督という存在であった……。

超☆展☆開


 □

提督「…」ストン

叢雲「…」スッ

提督「…」ストン

叢雲「…」スッ

提督「…」ストン

叢雲「…」スッ

提督「…」ストン

叢雲「…」スッ

提督「…」ストン

叢雲「…」スッ

提督「…」ストン

叢雲「…」スッ

提督「…」ストン

叢雲「…」スッ


提督「…」ストン

叢雲「…」スッ

提督「…書類はこれで最後か」

叢雲「ええ、お疲れ様」スッ

提督「茎茶か。うむ、いい匂いがする」

叢雲「さっき摘んだばかりだからかしらね」

提督「…ぷは」

叢雲「やめなさいな。はしたない」

提督「ああすまん。あまりに美味過ぎたからつい一気に」

叢雲「まったく…」


提督「……」

提督「…平和とは、やはりいいものだな」

叢雲「何よ突然」

提督「俺も戦時中はこうじゃなかった。いつも気を揉んでばかりいたからな」

叢雲「ええ、それこそ不必要なまでに。もっともそれは、アンタに限った事じゃないけれど」

提督「…罵りあう事だって少なくなかった」

提督「全部お前が悪いだの、死んだらこいつのせいだの、周りを全員無能呼ばわりだの…」

叢雲「ああ、あれは本当に酷かったわね。そんな事が毎日のように続いて…」

提督「それでも、誰一人として水底へ沈んだりはしなかった…それだけは本当に幸いだな」

叢雲「確かにそうね…敢えて言うなら、この喜びを二人きりでは語りたくなかったけれど」

提督「うむ…」


叢雲「…アンタのせいじゃないわよ」

提督「その言葉はありがたいが…この惨状では、己に憤るのは抑えられんな」

叢雲「でも…!」

提督「鎮守府の現状は、俺に求心力が無いからこうなったのだ」

提督「求められるだけの何かがあれば…俺がもっと、奴らと釣り合う存在ならば…きっとこうはならなかった…」

提督「たとえ自惚れだとしても、そう思わずにはいられないんだよ…叢雲」

叢雲「…お馬鹿さん。なによ、ウジウジしちゃって」

提督「たはは、面目ない…しかしこのままだと、俺は一生飼い殺しだ」

叢雲「そうね…ついでに私も巻き添えになるわ。まあ、そうなる可能性を知っていて、私はここに来たのだけれど」

提督「…そんなお前のためにも、俺に何か出来ればいいのだがな。現状では、鎮守府の機能などろくに果たせはしない」

提督「そして、これからもだ…ここにはもう、新たな艦娘が着任することはないのだから」

叢雲「…」

叢雲(…どうすればいいのかしら)

叢雲(このままではコイツが…この人が、解体処分されてしまう)


提督とは消耗品だ。

そのほとんどは定期的に廃棄処分され、記録からも記憶からも抹消される。

故に…艦娘にとって「はじめまして」の提督は、そう珍しいものではない。

同じことだ。

艦娘も提督も所詮、戦争の為生み出されたインスタントな存在。


叢雲や提督のように、このシステムを知っている者もいる。

知らないものもいる。

最初から艦娘だった者も、提督だった者もいる。

始めは人として生きていた者もいる。

家族が居て、それを奪われた者もいる。

艦娘側も深海側も、様々な理由を与えられて戦ってきた。

そうして喪い失いうしないつづけて…それでも、戦うことを止められなかった。





…どうして、そうなってしまったのか。


提督「…おかしなものだな」

提督「戦争は終わったはずだが、どうやら死とは近しいままらしい」

叢雲「…そういうものよ」

提督「幾度も部下を死地に送り続けてきたが…いざ自分の番になると、やはり恐ろしいな」

叢雲「誰も沈まなかったじゃない」

提督「まぐれさ」

叢雲「まぐれでもっ!」

提督「…」

叢雲「アンタがいなければ、決してあんな風にはならなかった!」

叢雲「いなくなった子達が言ってたように、その采配は最上とは言えないし!」

叢雲「私達が旨くやらなきゃ、大きな損害が出る可能性も度々出て来た!」

叢雲「…それでも勝ったの」

叢雲「アンタは凡庸だった。だからこそ、常に自分の不足を弁えながら行動していた」

叢雲「お陰でみんな生きて帰れたの。それは覆りようの無い事実よ」


提督「…」

ベキッ

提督「…で、その結果がこれか」

叢雲「…」

叢雲「…不満、なの?」

ダンッ!

提督「野暮な事を訊くなっ!」

叢雲「!」ビクッ

提督「仮にも、仮にもだ…俺は必死に戦争を終わらせようと足掻いて、足掻いて、やっとの思いで終わらせてみせた男だ」

提督「無論それは、貴様をはじめとする優秀な部下達がいなければ叶わぬことだったが…俺は確かに成し遂げてみせたんだ!」

提督「…あの、繰り返された戦争の終戦を!俺が!」

叢雲「……」

提督「…だのに今はごらんの有様で!貴様の他、部下と言う部下は根こそぎ他の鎮守府に奪われて!」

提督「挙句新たな部下は、俺の鎮守府に着任させないときた!これがどういうことか、分からないはずないだろう!」

叢雲「…着任している艦娘が、一月以上一人の鎮守府は解体される」

提督「そうだっ!それはつまり、俺自身も解体処分されることを意味する!」

提督「…艦娘と違い、意識や痛覚などは保たせたままでな」


叢雲「う、嘘…」

提督「嘘じゃないさ。その上、所謂ブラック鎮守府なんて呼ばれた所の司令長官と同じ扱いだ」

叢雲「…聞いたことないわよ、そんなの……!」

提督「俺の同期に一人、コミュニケーション能力を欠如した奴がいた」

提督「偶然か、それとも意図的にそうさせられたか…その男は異性の前で極度のあがり症になる体質でな」

提督「…見せしめのため、俺もそいつの最期を目の当たりにした訳だ」

提督「下手な動きをすれば、次はお前がこうなるぞ…ってな。俺達は俺達で、血生臭いものを間近で見ていたのさ」

叢雲「…悪趣味、ね」

提督「全くもってその通りだし、あんなものが戦後も続くとは考えてもいなかったよ…」


叢雲「…続くってどういうことよ?」

提督「…」

提督「恐らくだが、大半の奴は戦闘行為を止めようだなんて考えちゃいないと思うぜ」

提督「それに俺は反戦寄りの考えだし、どの軍閥にも属しちゃいない。真っ先に始末されてもおかしくないね」

叢雲「!?」

叢雲「たった…たった、それだけのことで?」

提督「…戦争が激化してからはそれどころじゃなかったが、内部粛清なんて珍しくもなんともなかったんだ」

提督「俺が提督になる前あたりはそれが顕著でな…一人の裏切り者が、艦隊を皆殺しにすることなどはしょっちゅうだった」

提督「…いかなる場合であっても、同じ艦隊の味方にはダメコンが機能しない。だから駆逐艦や潜水艦でも、確かな練度さえあれば簡単に殲滅出来る」

叢雲「…そんな与太話、どうして信じろって」

ビシッ

叢雲「馬鹿な…何よ、この電文は」

提督「…見ての通りさ」


『告ぐ』

『栄光ある我らが軍は、次なる聖戦を行うことに相成った』

『拒否は、認めない』

『…文明の発展と闘争は表裏一体であり、切り離すことあたわず』

『徒な平和は平和そのものを損なう。平和とは、ほんの一時感じることこそ望ましいものだ』

『何より、人類は常に争いを続けながら歴史を刻んできた』

『それを否定することは、これまでの犠牲を全て無駄にしかねないものだ。看過出来るはずはない』

『…我々は、もう一度やり直さなければならない』

『かつて失った全てを取り戻し、再び人類が神へ至らんと歩を進めるのだ』


―――なお、この戦いに馳せ参じ得ぬ者の生死は保証しかねる。

おつ

ほう


『かつて失った全てを取り戻し、今こそ人類は再び神へ至らんと歩を進めるのだ』



…かつての人類は、実際神に等しい領域に達していた。

科学とも非科学とも区別出来ぬような技術は、まさに神話のごとし。

多くの不可能が可能へと変わり、人類はますますの発展と増長を繰り返す。

だがそれもいつかは終わるものだ。

なのに人はそれを受け入れなかった。

そして、更に発展し続けようとした結果…可能性を欠いた世界が残った。


人類が途方に暮れ、ひたすら惰眠をむさぼり始めた時…彼らは現れた。

エイリアンだ。

彼らもまた地球人と同じように行き詰った結果、外の世界に新たな変化を求めたのだ。

そして争う。

どちらも自分達の正当性を主張し、なおかつ排他性が強くなっていたから。

両者とも、それだけの自負を有するには十分な力もある。

それでも優劣はあった。

どちらかが勝ち、あるいは負けて…終わりのない戦いは幾度も続く。

燃え広がる戦火はとどまることを知らない。

それは互いのみならず、数多の種族をも滅ぼす業火と化した。

憎しみは尽きない。

どうやって敵を殺すか、甚振るか…悪意は拡散と膨張を続けていく。

憎しみ続けられない者もいた。

そういうのは残らず死んだ。

邪魔だったから。


皮肉にもそれで人類は更に発展する。

ヒトの悪意の可能性。

だが、高度な技術はあらゆるものが誕生しては陳腐化され、役立たずになる。

いかに強大なものであろうとだ。

無意味が世界に溢れかえる。

天に向かって唾を吐いた者達は、ことごとく滅んでいく。

後継が生み出される。その繰り返し。

提督達は今まさに、そんな歴史の只中にあるのだ。


 □

提督「…」

叢雲「…」

提督「…わかっていたよ、こうなることは」

叢雲「…」

提督「いつか戦いが終わって、戦い以外のことも考えられるようになる」

提督「たとえ…戦争がまた起きたとしても、それに溺れる事なく生きていける」

提督「…そうなると信じていたのだがな」

叢雲「…何でよ」

提督「…」

叢雲「…アンタ、全てが終わったみたいなこと言って!一体何なのよ!?」

叢雲「何もかも分かったような口で!潔く死んでしまおうなんて顔つき…!」

提督「…滅びは、全てに等しく訪れるさ」

叢雲「…ッ!」

バキィッ!

提督「…」

叢雲「死にたがってんじゃないわよ…!」

提督「…死んだ方がマシだよ」

提督「与えられた知識が全て事実なら、人類は…途方もない時を戦うことだけに費やしてきた」

提督「たとえそれが嘘だとしても…今まさに、新たな戦争が始まろうとしている」

提督「…ヒトなどそんなものだ。それに付き合う他種族も、俺からすればどうかしてるね」

叢雲「…言いたいことはそれだけ?」

提督「ああ。分かったら今からでもここを出て」サッ

ガシッ

提督「…何の真似だ?」

叢雲「手にあるものを離しなさい」

提督「その手をどけろ」

叢雲「どかないわ」

提督「これは命令だ…!」

叢雲「上官を害するそれなど、容認出来ない…!」

提督「…」








提督「…死にたがりなど、放っておけばいいだろう!」

叢雲「放っておけない!」


提督「…」

叢雲「アンタみたいなの…放っておける訳、ないじゃない」ギュッ

提督「…なるほどな」

叢雲「?」

提督「俺はどの艦娘にも無条件で嫌悪されてきたが、一つ例外があったな」

提督「最初の艦娘…秘書艦としてやって来た叢雲、お前だ」

叢雲「…それが何よ」

提督「不遜な提督に対して、艦娘が反乱を起こした例は数多くある」

提督「そして…それらの主犯に、最初の秘書艦であった艦娘は一人もいなかった」

提督「…調整されているのだろうな」

叢雲「!」

提督「最初の秘書艦は、提督がいかなる者だろうと絶対に逆らわない…」

提督「無条件ではないにしても、提督に敵意や極力悪意を抱かないようになっている」

提督「…そして、好意を抱きやすいようにも」

叢雲「…」

提督「止めておけ。俺が言うのも何だが、趣味が悪い」

叢雲「…大きなお世話よ」

提督「いつかお前に話しただろう?俺達も深海側も、元を辿れば皆同じだ」

提督「そして俺には、深海側と同じ成長因子が組み込まれている…だから嫌われてきた」

提督「艦娘は、本能的に深海棲艦を嫌悪するよう調整されているからな。それは深海も同じだ」

提督「日本で言うハーフとクォーターだ。歴史上、種族間差別で割を食ってばかりの」

叢雲「…」

提督「それで言うなら、俺にとってはどちらも敵視するべきものだ」

叢雲「…だけどアンタはこっちについた。どうして?」

提督「…さあね」

叢雲「…はっきりしないのね」

提督「…ぼんやりとしているんだよ。自分は自分だと、そう言えなくて」

提督「それがやがて不安になって、自殺願望になる…どこかの作家もそうだったか」

叢雲「アンタはそんなタマじゃないわよ…身体だって、並みの艦娘よりもずっと丈夫だし」

叢雲「身体を悪くしているなら兎も角、それ以外で死にたがるのは…贅沢よ」

提督「…」

提督「…」ギリッ

提督「…そんなの、知ったことか!」


提督の腕を掴む手が、振りほどかれる。

体制を崩す叢雲。

前のめりで体勢を崩した彼女に、鋭い肘打ち!

「うぅっ!」

うつ伏せになった叢雲に、追い討ちの震脚!

「かは…」

そこから繰り返し、震脚!震脚!震脚!震脚!

「…げほっ…」

吐血するほどのダメージに悶絶する叢雲!

だが提督は容赦しない!彼はすかさず彼女を蹴り飛ばす!

なんと卑劣!なんたる冷酷か!

「…これでやっと、争いだけの世界から解放される」

提督はそう言った。その表情は、先程の行いとはかけ離れている程穏やかなのだ!

手には拳銃。

元は艦娘の解体処分用に用意されたもので、いかなる者にも致命の一撃を与えるシロモノ!

提督は躊躇うことなく引き金を引いた!


…が。

「くっ!」

提督は指を引けなかった!引ききる寸前、叢雲の10cm連装高角砲に吹き飛ばされたのだ!

「…味な真似を!」

だがその威力は、処刑用拳銃ほどではない!処刑用拳銃の威力は、あの試製51cm連装砲をはるかに優る!

故にダメージは微小!

叢雲と言えば酸素魚雷だが、地上では当然機能しないのだ……!


この提督、耐久力はかの空母棲姫にも匹敵する。

対する叢雲の装備は連装高角砲が2つ…4門同時に発射しても、戦艦の主砲ほど威力はない。

当然夜戦は望めない…艦同士の長期戦闘ではないからだ。

艦娘の設計において、通常このような白兵戦など想定されていない。砲雷撃戦こそが常。

対する提督は、艦娘などの前身である人型兵器の技術こそが中核。勿論白兵戦も会得している。

つまり叢雲が白兵戦を挑むのは、一番の愚策なのだ。だが、

「…絶っっっ対に追い詰めるわ。逃がしはしない!」

彼女の目には強い意志が宿っている。

目の前にいる分からず屋の死にたがりを、必ず制圧してみせるという思い。

叢雲はそれを、槍と共に突きつける。

文体がガラッと変わってびっくりした、仕様かね? 乙

さすがにこの流れで忍殺リスペクトは萎えるわな

ああ、ニンジャか。
バキかなんかかとおもったわ。
あと余りに唐突でなりすましかと疑った。


「…ならば勝ち逃げさせてもらう」

提督の二の腕が異形と化した。それはさながら、駆逐イ級そのもののようだ。

「!?」

上官の、出会ってから一度も見せた事のない姿に、叢雲は動揺せざるを得なかった。

それ故の隙。

「よもやここまで、あちら側に近いとは思わなかったか?」

両腕の口から現る砲塔。彼は言い終わるまでに砲撃する。

回避は…やはり間に合わない。


…しかし叢雲に砲弾は当たらなかった。

「はあっ!」

彼女はそれらを、全て槍で切り払ってみせたのだ。

曲芸めいた話ではあるが、一部の艦娘にとっては何ら珍しくもない話である。

例えば天龍型。彼女らのカタログスペックは、軽巡どころか上位の駆逐にも劣ると言われる程。

多くの同型が回避出来る砲撃や雷撃も、彼女達では凌ぎきれないのだ。

…あの剣や槍は、敵を害する目的で有するものではない。

自衛の為であり、護衛の為であり、あるいは意固地を通す為のモノだ。


これらの武器は、冷却と抑制による消化作用も有している。

だから砲弾を弾こうが、真っ二つにしてみせようが炸薬は機能しない。

「だが、そんなものがいつまで保てる?」

「くっ!」

そう。武器で防げさえすれば砲弾は爆発しない。

だが集中砲火を受ければ、防具でもないそれで防げる訳がないのは明らか。

提督は死にたがりだ。

つまり砲塔が焼け付こうが、吹き飛んでしまおうと気に留めない。

弾が尽きるまで、延々と撃ち続けても構わないのだ。


無論痛みはある。

しかし提督はそれを意に介さず、平然とした顔だ。

「…少しは、手加減しなさいよっ!」

防御を捨て、叢雲が突貫。

「浅はか」

その迅い刺突を、提督は元に戻した手でいなす。

(やはり反応が早い!けど……!)

叢雲は槍を手放し、すかさず提督の足を踏みつけにかかった。

「読めている」

しかしこの手も看破されていた。彼は一歩引くと、すかさず貫手の体勢をとる。

「…迂闊ね」

「…!」

だがその前に、提督の顎を叢雲の拳が突き上げていた。

「……」

先程の踏みつけは、アッパーカットを放つ為の踏み込みだったのだ。

そして提督はもんどりうって倒れる。

彼は何とか立ち上がろうとするも、脳震盪で身体がまともに動かなかった。


「…慢心、か……」

「喋らないで。いくら頑丈だといっても、限度はあるわ」

提督は侮っていた。

繰り返しになるが…叢雲を含め、艦娘はこのような戦闘を想定していない。

…彼が粛清してきた、危険分子の鎮守府は等しくそう。以下はその一例だ。

深海棲艦という敵より前に、同士討ちをするような真似をする鎮守府。

慰安婦、あるいは慰安夫の横行する鎮守府。

かつての海戦にならってか、愚策をもって戦場に赴き、要らぬ犠牲を増やす鎮守府。

適当な理由をつけて、むやみやたらと提督を処分する憲兵。

それらはいずれも、戦争の長期化を招く存在だった。

提督は一刻も早く、戦争を終わらせたくて、殺していった。


この提督はとどのつまり、テロリストだ。

戦争を終わらせる為に戦争をして、まあ、結果的には早期終結を実現したと言えよう。

事実…彼の粛清対象は主戦派であり、日和見してばかりの反戦派であったから。

彼にも同士がいた。

同じく艦娘に忌避され、それでも腐ることなく戦おうとした提督達が。

惚れた腫れたの話ごときで、鎮守府が機能しなくならないように、そうなった者共。

…その望みは戦火から…それとも艦娘からの解放か、あるいは憎悪か……。

彼らは常に寡兵であった。それに、特別強くもなかった。

それ故に死んだ者も、はたまた生き延びた者もいて…後者はやがて、敵味方問わず畏怖されるようになる。

その中心こそが、今まさに死のうとしていた彼なのだ。


「…ああ、戦争は嫌だ」

男がぼやく。

「…今度はもっと、早く終わるように頑張りましょうよ」

「無理だろう…そんなことは……」

叢雲の慰みを、彼はやはり無下にする。

「それとも死にたかった?アンタ、裏で色々よからぬ真似をしていたらしいじゃない」

「…知っていたのか。いつから」

「いつでしょうね。まあ、殺した子達に後ろめたさでも感じているのかなって思ってたけど」

その言葉に、提督はひどく苦笑した。

「…そんなにおかしかった?」

「ああ、おかしいとも。思うところはあるが、俺はあいつらを殺したこと、少しも後悔していない」

キッパリとそう言い切った。

「悪かったわね。小馬鹿にしたみたいで」

「…いいさ。俺は死にたがったりしたのだから、そう考えても無理はない」


「…しつこいようだけど、どうして死にたがったのよ」

「疲れたんだ」

心底うんざりしている。そんな本音が透けて見えるようだった。

「口を開けば戦争戦争…この鎮守府に与えられた艦娘は皆、そんなのばっかりでね」

「…そうだったわね」

「今日は天気が良くて気持ちいいだの、飯が美味くて気分がいいだの…そんなことさえ言えなくてな」

叢雲を除き、この鎮守府へ来た艦娘は、闘争本能を限界まで強化されていた。

天気が良ければ戦地までの渡航に困らない、飯が美味けりゃ戦意高揚になるといった具合に。

…早い話、物事を何かにつけて戦争に結び付けていたのだ。

「たとえ深海の因子が無くても、アイツらと俺は決して相容れないだろうと分かったよ。同じ兵器なはずなのにな」

「……」


「…お前がそんなのでなくて、まだマシに思えていたのは確かだよ」

「ありがと」

「…だが、それでも限界はあったということだ。あんなのと一緒に、一世紀は戦ってきたんだからな」

「あんなのとって…吹雪型の姉妹さえも、同じような思考なのには呆れたけど」

「それもこれも、全部建造妖精のお陰だ」

「違いないわね」

この鎮守府では、もう艦娘の建造は出来ない。

勿論提督のせいだ。終戦間際になって、彼は建造妖精を皆殺しにしてしまったから。

「あんな真似して、本当に良かったの?」

「…死ぬつもりだったからな」

「仮にも、私やアンタからすれば親みたいな者でしょうに」

「何の躊躇も無く、殺しあいの為子供を造る親なんてのは、趣味が悪過ぎる」

…彼はもう、とっくに狂っていたのだ。

戦争がなくならないのは誰のせいだと、止め処ない苛立ちが募り続けて、後先のない殺しをした。


「もう…これで終わりだと、そう思っていたのにな……」

「あら、死ぬのは諦めたの?」

叢雲は、先程とは打って変わって軽い反応だ。

「…お前が引き留めたんだろうに」

「ほっとしたら、なんだかどうでもよくなっちゃったわ」

「どうでもいい、か」

確かに、ここまでやっても無理だとすれば、諦めもするし呆れもするだろう。

「…実際、今更どうなる訳でもないのだろうなあ」

しかし彼は、そこまで潔さのない男ではない。道には反しているだろうが。

戦後の鬱屈とした一年。

戦前から溜りに溜った毒をいくらか吐き出せたからか、彼の心には若干の余裕が出来た。

死んだくらいで、何がどうなるものか。

何はともあれ、とりあえずいける所までいってやろうと。


…先にあるのは破滅か。

「俺は敗者だ。だから、勝った奴の言うことを聞くよ」

「夕餉が欲しいわ」

それとも、幾多の屍を踏み越えた先にある、一時の安息か。

「ああ分かった。さて、今からだと何を拵えられるか…」

「あら、備蓄だけは十分あるでしょ?」

「馬鹿をやったら疲れてしまった。今日くらいは、手間の掛からないものにしたい」

「…しょうがないわね……」

あんなことがあったので、二人は勿論満身創痍だ。

「…それと執務室も片付けなくては」

「あー…」

「間宮か鳳翔がいればなあ」

「そうね…ここには大淀も明石もいないし」

「…」

「…」

「「…はあ」」

そう二人が途方に暮れていると、

「…タスケテ!」

けたたましく執務室のドアが開く。

「なっ、何よ!?」

「…お前は…確か深海の……」

「駆逐、棲姫…!」





突然の、思いがけぬ来訪者。

新たな戦争の幕開けは、最早目前へ迫っていた……。

> 処刑用拳銃の威力は、あの試製51cm連装砲をはるかに優る!
ああ、この世界の連中は真面目に「戦争」をする気が無かったのか。
戦争ごっこをぶちこわしたこの提督の立場はなかなか酷いだろう


 □

「…つまり君は、味方陣営から追われる形でここへ来たのだな」

「ハ、ハイ…」

二人も当初は警戒していたが、棲姫が弱りきっているのは目に見えていた。

なので直ちに制圧はせずに、彼女の話を聞いてやることにした。叢雲には身構えさせていたが。

…その深海棲艦は、見れば見るほど不思議な存在であった。

本来あるべき艤装を装備していないし、先に戦った同種ほどの虚ろさは感じられない。

何より、本来ないはずの両足が彼女にはある。

「…一応訊くけど、どうして足があるのかしら?」

「ワカラナイ。キガツイタラ、コウナッテイタカラ…」

駆逐棲姫の言葉…その全てを鵜呑みには出来ないだろう。

およそ平静であるとも言えないし、元は敵対勢力の所属。

…ただ、今にも泣き崩れてしまいそうなその姿は、見るに忍びない。


「…叢雲」

「甘いわね。あの子の身の上話が、自分の境遇と重なって見えたからかしら」

「そうかもしれん。だが…」

言いかけてからおもむろに出したのは、緑色のバケツ。

「これからは少しくらい、誰かに優しくしてもいいんじゃないかと思ってな」

ぎこちなくはあるが、提督は確かに笑っていた。

鎮守府に味方らしい味方は殆どおらず、いつも苛立ちで歯を噛み締めていたこの男が。

「…はあ」

「お前が嫌なら俺が行ってやろうか?流石にドックまではついていってやれんが」

「結構よ。全く…アンタってば本当にしょうがない子なんだから」

「恩に着る」

そのぎこちない笑顔でも、叢雲を安心させるには十分だった。


 □

提督「…これからどうしたものかな」

叢雲「あの子のこと?」

提督「それもあるが、直に追っ手が来るのは間違いない」

叢雲「さっきやって来ないだけよかったじゃない」

提督「そりゃあそうだが」

叢雲「…アンタが建造妖精を始末してなきゃ、ねぇ」

提督「ウォーモンガーを増やされるよりはマシだ」

叢雲「かと言って、大本営がこの叢雲のような艦娘を寄越すかしら?」

提督「…うん。ま、ありえんだろうな」

叢雲「何よ、その間は」

提督「優秀なのは結構だが、高慢な者はお前一人で十分だ」

叢雲「なっ…人聞きの悪い!」

提督「いやいや叢雲。お前はそれでいいんだよ」

提督「先にも言ったが、俺には過ぎた艦娘だと思っている。高慢であっていいほどの力もある」

叢雲「…ま、褒められて悪い気はしないけれど」

...ゴツン

提督「うん?」

叢雲「…長い間、ずっとずっと同僚から蔑まれてきたアンタに、今すぐ自信を持てとは言わない」

叢雲「けれどアンタは、仮にも私を従えるほどの上官なのよ?だから今は、そのことを誇らしく思いなさい」

叢雲「…アンタに多くは求めないわ。つい先頃生きることから逃げ出そうとした、情けない男だもの」

叢雲「とりあえずは、生きてくれればそれでいい。長い付き合いだし、私も手伝ってあげるわよ」





叢雲「―――勘違いしないで。あの時アンタが言ったみたいな好意、私は持ち合わせちゃいないわ」

叢雲「ただ…勿体無く思っただけよ。長きに渡り更迭されず、先の戦争を乗り越えてきた指揮官が死ぬのは」

叢雲「…私が惜しんでよかったと思えるよう精進すれば、その戯言…真になるかもしれないわね」


「…あ、あの」

提督「うん?」

叢雲「あら、修復剤の効き目はよかったかし…ら?」


「お風呂に入ったら…その、肌の色が変わってしまって」


提督「…春、雨?」

叢雲「えっ、と…声にエコーがかかってないわね。肌色の他は、これといって変化ないかしら…?」

提督「…修復剤のせいかな?えー…その、あれだ、身体に変調はきたしていないか?」

「今のところは、特に…」

提督「そ、そうか。それならいいのだが」

叢雲「…少しでも変に感じたら、すぐに報告すること。分かった?」

「は、ハイ…」

提督(声が元の調子に戻った。やはり身体の因子が安定していないようだ…)

叢雲(傷は治っているようだけど、本当に大丈夫かしら…)


 □

―――ニゲタ。ニゲタ。ナカマハズレガニゲタ。

ドウシテ。

ドウシテ、アノコダケガ。

…ワタシタチト、オナジジャナイ。

オカシイ。

ワタシタチダッテ、モトハアアイウカンジノスガタダッタ。

テガアッタ。

アシガアッタ。

イロンナフクヲキタリ、ケショウヲシタリ…オメカシデキタ。

ナノニ。

ナノニイマハ、テハナクテ、アシハアッタリナカッタリシテ。

…キモチ、ワルイ。

イマノワタシタチ、モノスゴク、キモチワルイノ。

ドウシテ?






              ド        ウ         シ          テ         ?




 □

妙なタイミングで、これまた妙な娘が現れたものだ。

誰の仕業か?

…いや、そんなことなどどうでもいい。

今思うべきはこの子の処遇だ。

一時の憐憫で拾ってやったが、現状では持て余すしかない。

姫を守れるか…いや、姫は戦えるのか。

今の俺には兵が要る。

新しい戦争を生き抜くための、力を持たねばならない。

いや、ごっこ遊びというべきだろうか。

だが戦争そのものは、今も昔もこれからも、高尚なものではない。

所詮、殺しと殺されだ。


提督「…ところで叢雲。我々にとって、あってはならない事態は何だろうか」

叢雲「敵が来ないことよ」

提督「そうだな。今現在の我らが鎮守府は、およそ軍隊の体を成してない」

提督「そもそも鎮守府と呼ぶのもおこがましいくらいだ…他には」

叢雲「この鎮守府が見つかってしまうこと、かしら」

提督「そうだ。前鎮守府の解体後、現鎮守府はどの地図にもない場所へと設置した」

叢雲「アンタってば、そこら中から相当恨まれてるから仕方ないわよ」

叢雲(今更だけど、私ったらよくまあこんな気違い気狂いの類についていったわね)

提督「一応計器類などへの対策はしているが、それもいつまで当てに出来るか…」

叢雲「御託は結構よ。結論を早くして」

提督「打って出る」

叢雲「…あ、そう。敵の艦種と数は」

提督「偵察機からの情報だと、駆逐が5…クラスは全てフラグシップ」

叢雲「随分と骨の折れること」

提督「うち2体は後期型だ」

叢雲「…そう」

叢雲(何よそれ!あの足だけ手だけ生やした気持ち悪くて早いのが、2体も!?)


...ピピピ!

提督「後期型のフラグシップ…そんなものはさっきまで見たことも聞いたこともない」

提督「艤装はどのようなものか、装甲はどの程度か、対空対潜の性能などはいかなる…」

提督「…」

提督「… … …」

提督「うん。映像からは何も分からない」ドヤッ

叢雲「得意ぶって言いなさんな!」

ズコォ

提督「かっは!」

叢雲「この5体を相手にして、どうやって勝つつもりよ!」

叢雲「数の不利などは言わずもがな…少しでもしくじれば私、海に沈んじゃうじゃない!」

提督「…誰が一人といった」

叢雲「まさかアンタが?怪我ならまだ完治してないじゃない」

提督「いやいや、出撃するのは俺ではないよ…出撃するのは」

プイッ

「えっと…その、よろ…よろしく、よろしくお願いしますっ!」ペコリッ





叢雲「」


提督「…と言う訳で、よろしく頼むぞ叢雲」

叢雲「アンタ正気!?」

提督「正気さ。少なくとも今」

叢雲「この子、ついさっきまで怯えきっていたのよ…!」

叢雲「まともな艤装もなしに、仲間から散々追い回されて…そんな彼女を戦場に送るなんて」

提督「お前はただ、彼女を帯同させればいい。何、少なくともデコイにはなるだろう」

叢雲「…何ですって?」

提督「聞こえなかったか?この子をデコイにしようと言ったのだ」

叢雲「何よそれ…!奴らのターゲットにして、私への集中砲火を防ごうとでも?」

提督「ああそうだ」

叢雲「見くびるんじゃないわよ!私じゃこの子一人も守れないとでも言う訳!?」

提督「…だったらどうした?」

叢雲(馬鹿にして…!おまけに体調が不安定なこの子をデコイだなんて……!)

叢雲(いくら姫クラス相当だからって酷過ぎるわ!おのれおのれ!なんてひどい男なの!)

叢雲(…こうなったら、私が守ってあげるしかないじゃない!)





叢雲「…改めてアンタに分からせてあげるわ。特型駆逐艦の性能が、いかに素晴らしい力なのかをね!」

発揮できないフラグですねわかります


叢雲『…改めてアンタに分からせてあげるわ。特型駆逐艦の性能が、いかに素晴らしいものなのかをね!』





ザザァ...ザザァ...

叢雲「…そろそろ目標ポイント到達かしら」

「は、はい!」

叢雲「どうやら電探の調子は良さそうね。安心したわ」

「本当によかっタ…ワタし、どっちのガワかはっキリしテませんカラ…そノ……」

叢雲「今はそんなのどうだっていいわ。私と貴女は僚艦として、行動を共にしているの」

叢雲「この戦場を無事乗り越えて、鎮守府に帰投しましょう。そしたらアイツをとっちめてやるんだから」

「そっ、そうデスネ!」

(…気にしないでいてくれるって言葉、嬉しいな。向こうじゃいつも詰られてばかりだった……)

叢雲(やはり万全ではないみたいね…彼女に渡した主砲と魚雷、ちゃんと機能してくれるかしら?)

叢雲「…そう言えば、貴女に聞いていないことがあったわね」

「何デスか…?」

叢雲「名前よ名前。2人称でばかり呼ぶのは、何だかよそよそしく思えるから聞いておきたいの」

「… …」

叢雲「…ひょっとして、名前が与えられてない?」

「…」コクコク

叢雲「あら…その、気が利かなくてごめんなさいね」

「いえ…そう気になさらなくても……」

叢雲「とはいえ名前がないのは不便ね…仮でもいいから、名前をつけてあげようかしら。何がいい?」

「… … …」

「…じゃあ私、春雨って名前がいいです」


叢雲「…春雨、ね」

「はい…私と同じような姿をした、けれど私とは違うモノ…彼女はいったいどんな艦娘なんですか…?」

叢雲「生憎私は一度も会ったことがないのだけど、生来的にとても優しい子だと聞いているわ」

「そうナんデスか…もし叶ウなラ、一度彼女ニ会っテみタイですネ」

叢雲「後はそうね…どんな時でも、大抵は給食バケツを手に握っているらしいわ」

「給食バケツ…?あの、その…彼女は給糧艦ではなく、私と同じ駆逐艦ではありませんでしたっけ……?」

叢雲「そうなんだけど…元の艦は、輸送任務にはよく参加していたから、そのせいとも言われてるらしいわね」

「…それってどうなんでしょうか」

叢雲「そればっかりは、私に訊かれても困るわよ…」


「…変だとは思いますが、なんだか素敵なことのようにも思えます」

叢雲「どうしてそう思うの?」

「戦ってばかりいると、どうしたってココロがすさんデしまいマス」

「ダカラこそ…なにカ一つくらイは楽しみがあってもいいと思うんです。たとえそれが、給食バケツの中身などでも」

叢雲「確かにね。食べることは戦時においても大事な娯楽であったはずだわ…間宮も伊良湖もウチにはいないのだけれど」

叢雲「間宮は食品加工の職人が充実していることもあって、皆の人気者と言っても過言ではなかったそうよ」

「そうなんですか…」

叢雲「それを意識しているかは知らないけど、春雨があのバケツを持っているのには、きっと素敵な意味があるのでしょうね」


...ザザザザザザッ

叢雲「…聞こえてる?」

「はい。それはもうバッチリと」

叢雲「奴らの狙いは貴女。だから不本意であっても、迎え撃たなければならない」

「…はい」

叢雲「まだ、迷いがあるのね?」

「姿形を意識しだすまで…私と彼女達は、間違いなく家族だったんです」

「ですから撃とうとしたって、どうしても躊躇ってしまうかもしれません」

叢雲「大丈夫、その時は私が守るわ。けれど貴女が躊躇ったままじゃ、守りきれないかもしれないわ」

「ぜ、善処します…」





...ギギッ!

叢雲「凄まじい速さで近づいてくる…!さあ春雨、準備はいいかしら?」

春雨「…はい、どうぞ!これより砲戦、始めます!」


 ◆

『…ワタシガ…イチバンサキニ……!』

『…ミツケタヨ』

『フフ、ヤッチャウカラネ!』

『サテ、ナニカラウトウカシラ?』

『ホウライゲキセン、ハイリマス!』



対峙する2人と5体。

尋常ならざるスペックの5体を、2人はいかにして迎え撃つのか……。

うーんこの白露型深海棲艦よ

この超展開に次ぐ超展開には流石に草
だが意外と面白い


接近する敵艦の速度は、40ノット以上。

一切の迷いなき直線的な動きは、2人の位置を正確に捉えたものだった。

「…けれど単艦ではね」

そう、単艦なのだ。

この駆逐イ級、何を考えたのか編隊を組まず現れた。

「どういうつもりか分からないが、これでっ!」

叢雲の砲撃がイ級に向かう。

とても精度の高いものだ。そのままいけば、砲弾の直撃は免れない。

「…ギギ!」

だがこれは空を切る。

「やはり速い…」

イ級はさらに加速することで、砲撃を避けてみせたのだ。

…速度は50ノットに近い。


「春雨!」

「目標、尚も速度上昇中…50ノットを突破しました!」

「何!?」

叢雲ら特型駆逐艦の速度が、およそ38ノット。

2人の方から向かうことは難しく、2人は迎撃を余儀なくされた。

イ級は2人の周りを旋回しながら、様子を伺っている。

その速度は一向に衰えない。

「…あの子、他のみんながやってくるのを待っているのでしょうか。強襲に失敗しましたから」

「ありえなくはないけど…恐らくそれはないでしょう」

恐らくはと言いつつも、叢雲は確信があるという様子だった。

春雨はいぶかしんで尋ねる。

「数の優位を取り戻そうとするのは、そう不思議ではないと思いますが…」

「確かにね。でもそれなら、ちゃんと5体で編隊を組んでくればいい話よ」

「…それが出来ない理由があったと?」

「ええ。あのイ級、駆逐艦にしたってあまりに速過ぎる」

「――なるほど」

春雨はそれを聞いて合点がいった。

その速さゆえ、このイ級は味方との連携がうまく出来ない可能性がある。

なのでこれは敵艦隊が、イ級の速度を最大限に生かそうとした結果だと推測出来るのだ。


「…ギッギーッ!」

実際この推測は当たっていた。イ級は、味方と上手く連携を取れなかった。

スペック面だけでなく、性格面もその一因。『彼女』はあまり気が長くない。

それをイ級自身も知っていて、自分なりの最善策をとっている訳だ。

様子を伺いつつ砲撃や雷撃で牽制し、敵が動いた所に一撃を入れる。そういう思惑があった。

「…そろそろ焦れてきたわね」

「敵の攻撃を凌いでばかりいたのは、こういうことですか」

だが策が気質と合わず、イ級は逆に焦れてしまった。

「…ガァァアアァアァァッ!」

苛立ちを隠そうともせず、イ級は気持ちのままに突貫を開始する。


そして砲撃。

「…ふっ」

「は、はわわっ」

叢雲は余裕綽々と、春雨は動揺しつつもこれを回避。

「ギッ!」

それを見るなりすぐさま雷撃。

「思い切りがよくて結構、だけどっ!」

即座に叢雲も雷撃で対応し、見事相打った。

魚雷を使ったのは、敵の魚雷が春雨に命中しないようにするため。

だがイ級はそうは思わず…こちらを甘く見て、魚雷を無駄遣いしたと解釈した。

苛立ちがさらに増す。

「ヴヴヴッ!」

そして、更に加速する。


「…む、叢雲さんっ!」

「落ち着いて。それと私から離れないで」

「は、はい!」

イ級の速度、60ノットをオーバー。

…65ノット。

…70。

75。


「…!」


…80ノット。その暴力的な速度を纏った質量が、叢雲を襲う!


「… …」

「…!!?!??!!!!?!!??!」

「…捕まえた」

「ギ、ギ、ギギッ!」

叢雲が、イ級を両手でしっかり鷲掴む。

「それじゃあ、ねっ!」

そして投げる。

「…ごめんなさい」

投げた先には春雨。彼女の左手には、12.7cm連装砲B型改二がしっかり握られている。

(考えてみれば私、貴女達のことちゃんと見てなかった。だから貴女がこういう子だとも知らなくて…!)

…意を決した砲撃は、敵の身体を正確に貫く。

「こんなことしか、できなくて」

イ級は、それきりもう動かなくなってしまった。


「目標の沈黙を確認」

『了解。引き続き警戒態勢を維持せよ』

まずは1体。

不審な点は多々あるが、損耗は少ないので上々といった所か。

だが先が思いやられるとも思った。

まさか私が、今になってイ級如きにここまで苦戦するとは。

『…敢えて言うが、慢心があれば直ちに捨てよ』

こちらの心を見透かしたような言葉。

聞いてて気分のいいものじゃないが、実際仰る通りだから困る。

最下級ですらあれほどのスペックだ。

ならば残りの4体はそれに匹敵…あるいは上回ると考えていいだろう。


「分かりました」

『敵4体はもうすぐそこだ。健闘を祈る』

「了解。よい戦果を約束しましょう」

敵の速度はこちらと同程度。

理想としては、春雨と各個撃破を図りたいところだ。

「敵軍との距離、残り100m」

「砲雷撃戦、用意!」

「了解。敵、残り50mで停止しました」

…それにしても見事な艦隊行動だ。駆逐のみの編隊とは思えない。

深海棲艦の駆逐というのは、見た目通りのケダモノらしい動きをとる。

とはいえ連携されると厄介で、まだ練度の低かった頃はよく苦戦させられたものだ。

だがその連携の精度は、決して高いものではなかった。慣れてしまえばなんてことはない。

…なら、目の前の敵は何だろう?

あれら敵艦は、どうも既存の駆逐とは違うように思える。


「…ヤットアエタ!」

「「!?」」

今、何が聞こえた?

「え…嘘……」

一緒にいたはずの春雨さえ驚いている。

目の前にいる駆逐が、呻き声でなく言葉を発したことに。

「…春雨。一応訊くけどこの子達って、喋った?」

「いいえ!そんなはずないです!みんなとは基本、ボディランゲージでしたから!」

どんなボディランゲージだと問いただしてみたいが、今はそれどころじゃない。

対峙している相手はあまりに異質だ。何をしてくるか分かったものではない。


「…オネエチャン。ソレ、ダレカノマネッポイ」

そうハ級に言ったのは、ニ級の後期型だ。

この語尾、前にどこかで聞いたような気がする。

気がするが…どうにも思い出せないのは、私がすっかり年寄りになったせいなのか。やだな。

「サテ…ヨウヤクミツケタヨ、ヒメ」

ハ級の後期型。どことなく物静かな雰囲気を漂わせている。

それにも覚えがあるように思えてならないが、やはり思い出せない。

「ネエサンッテバモウ…ソレハソウトヒメ、ゲンキニシテタ?」

2体目のハ級。何故か艶めいているように感じる。

見た目はホントあれなんだけど。謎だ。


「…アンタたちって、一体何者?」

「エーットネ…ソウ、シマイダヨ!ソレトワタシガチョウジョ!イッチバーン!」

「え、ええ」

てっきりハ級の後期型辺りが長女だと思ってたけど、違ったようだ。

…あれ、いっちばーんって……?

「ボクハジジョダヨ。ネエサンガサワガシクネスマナイネ」

次女はハ級後期か。

「ワタシハサンジョ。イツデモスタンバイオーケーヨ!」

三女のハ級。なんとなくだけど、この子か次女が長女だと思ってた。

「ソシテワタシガヨンジョッポイ。サテ、マズナニカラウトウカシラ?」

ニ級後期が四女か。艦種からは、この4体が姉妹だとは到底考えられないが。

それにしても物騒な発言だ。


「ア、ソレトネカンムスサン」

「艦娘って、私のことかしら?」

「ソウソウ。アナタノトナリニイルノ、ワタシタチシマイノスエッコナノ」

え?姉妹の末っ子?

…この怪物達と春雨が姉妹だなんて、信じられないわ。

「何を根拠にそんなこと…」

「マア、フツウニカンガエレバソウオモウカシラ」

「ボクタチモソウハオモッテナカッタシネ」

「ダケドワタシタチ、ナンカオモイダシタッポイ!」

どっちだ。

「…ソレジャアミンナ。ワタシタチモヒメ…ハルサメミタイニナッテミヨッカ!」

ハ級の目に青い炎が燈る。

(嘘っ!?)

改フラグシップに見られる特徴的なそれは、4体の体中を覆っていく。

止めようとした瞬間、まばゆい光が辺りを覆う。おかげでろくに身動きがとれなかった。

「…サァー、ハリキッテイキマショー!」

「ウン」

「ワタシノチョットイイトコロ、ミセテタゲル♪」

「サア、ステキナパーティーシマショ!」

…またも面食らった。

目の前にいるのは深海なのか、それとも艦娘か。

露になったその姿は、間違いなく白露型の1番艦から4番艦。

そう、春雨の姉妹達だ。


「え、えっ…」

「ソウヨ。ワタシタチ、ショウシンショウメイアナタノシマイ」

「ダカラヌケガケシタコトモ、ユルシテアゲル」

優しそうな声。

「…デモ、ケジメハツケナキャダメッポイ!」

「ダカラソウダネ…トリアエズ、キミノリョウアシヲモイデテウチニシヨウジャナイカ」

けれどとても残酷。4体…いや4人とも、春雨に対し強い害意を向けている。

なんて恐ろしい話だ。

性格面を著しく調整され、攻撃性が非常に強かった姉妹や同僚ですら、決してこうはならなかったのに。

「アラタメマシテ…ワタシ、イチバンカンノシラツユデス!」

「ボクハシグレ」

「ムラサメダヨ。フタリトモ、ヤッチャウカラネ!」

「ユウダチヨ。コレカラトツゲキスルッポイ!」

宣言どおり、夕立が突撃を開始する。

昔演習で同艦と対峙したが、駆逐艦らしからぬその火力は恐ろしい。

「アッ、ユウダチ!」

しかし単独で先行してくれるのはありがたい。

凄まじい相手ではあるが、これならまだやりやすい。

「…叢雲さん!」

何やら切迫した声。

ふと振り返ると、後方からも黒い影が接近していた。

まるでさっきのイ級みたいな…だが先ほどと違って、方向を転換しながら接近している。

(くっ、動きがさっきよりも読みにくい!)

「…オッソーイー!」

この言葉…間違いない、アイツだ!

「ゴレンソウサンソギョライ、イッチャッテー!」

「ソレジャ、ワタシモギョライハッシャスルッポイ!」

2人が惜しげもなく魚雷を多く発射する。

全て春雨狙い。これじゃあどうしたって捌ききれない。








...KaBoom!

「…叢雲さんっ!?」

「僚艦が旗艦を庇うのは、当然のことでしょう?」

魚雷はデコイなどを用いていくらかしのいだが、流石に全部は無理だった。

そして叢雲は中破してしまう。

平然を保とうとはしているが、にわかに足が震えている。

「…カッコツケテテバカッポイ」

「マアマア。オナジカイニノフネドウシ、バカニシアウノハヨクナイヨ!」

「マ、ナカナカヤルノハタシカダケド」

…状況は最悪だ。

白露、時雨、村雨、夕立、それに島風。

経緯は知らないが、深海側と同じになって…強い力を身につけている。

それでも…誰一人として駆逐棲姫に及ばないのは、不幸中の幸いか。

「ココカラハワタシモイッショニタタカウヨ!…シマイジャナイケド」

「ナニナニー?マタイツモノジギャク?ヤメナヨー」

「キシュウニシッパイシタノナンテ、キニシナクテモイイヨ」

「ドウセイマカラタタカウンダシ、ソレデメイヨカイフクスレバイイハナシヨ♪」

余裕綽々としているが、当然のことだ。

敵側はいずれの艦も、戦艦ほどの耐久力を有しているのだから。

 -続-


面白くて好きだなこのSS
次回は春雨ちゃん覚醒かな?

乙 これは春雨ジオング状態にされるのか


旗艦は沈まんから春雨を肉のカーテンしとけば勝手に帰投するやで!


『…応答しろ、叢雲』

提督からの通信。

正直受け答えをするのも煩わしいと思いつつ、叢雲は答える。

「…何よ」

『まだ戦えるか?』

この絶望的な状況下を見て、傍観者が躊躇いなくそう吐き捨てる。

罵声を浴びせられても当然のことだ。

「…馬鹿言わないで。私がこの程度で沈むとでも?」

だが叢雲は強気な言葉を提督に返す。

本当に強がりかどうかは…これから決まることだ。

勝つか負けるか、ただそれだけ。

『…まさか。だが油断はするなよ、叢k...』

通信が途絶えた。

見上げた先は、鎮守府からの偵察機が墜落している光景。

「タイクウセントウニハ、ショウショウジシンガアッテネ…!」

「イイカンジイイカンジ♪」

零式水偵相手とはいえいとも簡単に撃墜する辺り、練度もかなりのものらしい。

叢雲の身が震える。

「ナニナニー?モシカシテオビエチャッテル?」

「チカラノサハレキゼンダシ、トウゼンッポイ!」

「フツウノカンムスニシチャ、アナタッテカナリノモノダケドネ!」

それを見たあちらからは嘲りの言葉。



…パァン!


「…チョ、チョットイタイッポイ……」

「ユウダチ!?」

「ユウダチチャン!?」

(…イツウッタノ?イマノホウゲキ、ワタシノメデモオイキレナカッタ……)

否。叢雲は恐怖に震えていたのではない。

「上等じゃない…それでこそ、この私が戦うにふさわしいわ!」

これから始まる戦いを前に、興奮していたのだ。

「叢雲さんっ!」

「しっかりしなさい春雨。私は決して丈夫な船じゃない…だけど、沈みはしないわ」

傷だらけなはずなのに…その姿は弱ぼらしくない。強く勇ましい様である。

「それにさっき言ったでしょう。私が守るって」

なんて烈しい人だろうと、春雨は思った。同時に、今の自分がとてもみっともないと。

…さりとて叢雲のようになりたい、なろうとは思わない。

「…なら、私も貴女を守ります」

ただ、傍で共に戦おうとするだけだ。


そして痺れを切らした敵が、行動を開始する。

「…ミンナ、イクヨ!」

瞬時に5人が叢雲・春雨を取り囲む。

話を遮らなかったのは、島風と夕立の件があった為だ。もう不意を討とうとはしない。

「ソレジャアミンナ!」

「ホウゲキセン、カイシ!」

そして一斉に砲撃。

2人は砲撃をかいくぐりながら、素早く夕立と村雨の間へと向かう。

(マア、ソウクルダロウネ…)

先ほど小破した夕立と誰かの間なら、包囲を抜け出しやすい。

かといって間に入った敵を狙えば、下手をすると同士討ちになりかねない。

「ケドネ…ソコヲヌケヨウトスルノハヨソクズミダヨ!」

いつの間に発射したのか…叢雲めがけ、魚雷が向かってきている。

(サッキノハスゴカッタケド、ウケタダメージガカイフクシテルワケジャナイ…)

(ダカラシマカゼトヤリアッタトキヨリ、ウゴキガオソイ。ハルサメモソレニアワセテイル)

(カワシキレハシナイサ…ハルサメナラ、キットカノジョヲカバウダロウ。ジョウキョウハコチラニユウリナンダ)

時雨は敵の被雷を確信していた。そして、圧倒的有利な状況故に思考が鈍っていた。

敵には2つの抜け道があった。

夕立と村雨の間。そして、夕立と島風の間。

叢雲はどちらに行こうか迷ったのか、しきりに首を振っているのが見えた。

そして迷った末に後者を選び、時雨がそれに合わせて攻撃したのだ。

…叢雲の行動が、場当たり的な行動だと勘違いしてしまった。


(…アレ?)

時雨はふと思った。

(ホウイカラノガレルナラ、シマカゼノイルガワヲヌケダソウトハカンガエニクイヨネ…)

(ダッテアノコハトテモハヤクウゴケルモノ…アッ)

気づいてしまった。

島風のいる側を抜け出そうとは考えにくい。普通なら迷うことなどないのだ。

あえて島風側を行くにしても、それならもっと他にやりようはあったはず。

と、いうことは。

「ムッ、ムラサメ!」

「エッ?」

声をかけた時にはもう遅かった。

叢雲達は村雨めがけて急加速し、そのまま取り押さえてしまった。

「ナッ、ナニヲスルノ!?」

「こうするのよ!」

叢雲を追尾する魚雷…それが向かう先に村雨を突き飛ばす!

「イッ、イヤ…!」

叢雲は村雨の真後ろ側…魚雷は、村雨をかわして航行出来る利口なものではない。

だからそのまま、村雨めがけて直撃した。


「……」

一瞬のことでろくに反応出来なかった。

いや、気が緩みすぎていたからこうなったのか。

村雨はまるで骸のように、海原を漂ったまま動かない。

「…ムラサメ、ゴメンヨ……」

「…ユルスマジ~!」

「……」

「クッ、ワタシガモットハヤカッタラ…」

残る4人は動揺を隠せない。

2人はその隙を狙い、さらに追撃しようとする。

「…サナイ」

威圧感と砲撃が襲う。それをかわすので精一杯だった。

砲弾が通過する際の風圧は、まるで戦艦の砲撃並みにすさまじい。

掠っただけでもただではすまないだろう。





「…ユルサナイ!ユルサナイ!ゼッタイニユルサナイ!」

「…春雨を酷く傷つけようとする割には、結構情が深いのね」

「ソロモンノアクム、ミセテアゲル!」

-続-


 □

「…おかしな話ね」

「ナニガ!?」

「アンタ達、さっき春雨のことをどうしようって言ってた?」

当然の疑問。

「… …」

「村雨も春雨も同じ姉妹として扱うなら、分け隔てするのはおかしいんじゃないの?」

叢雲の言う通りだ。

事実、村雨の惨状には憤る夕立達は、春雨にはけじめと称した酷い死刑を執行しようとしていたからだ。

「…ダマレ!」

怒張する夕立。

先刻までの余裕はもはやなく、怒りでまともな精神状態を保っていられない。

「キチガイ共の1人に、とやかく言われたくないわよ」

―――何かが切れた。

「ダマレェェエェッ!ダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレダマレ…ダマレェエ!」

「ノセラレチャダメダユウダチ!」

「ウルサイ!ウルサイ!ツブシテヤル!ツブシテヤルワ…アンタ……!」

夕立はもう痛みを感じない。ただ、怒りだけが彼女を苛む。

「…ミセテアゲルワ、アクムヲ……!」

そしてその元である目の前の敵を、屠りにかかった。


突撃する夕立。

「迎え撃つわよ春雨!」

「はい!」

2人が夕立に集中砲火。あろうことか、夕立はそれを避けようともしない。

「なっ…!」

「コレデモクラエッ!」

そして零距離からの砲撃。

自らの身をまるで省みないその行動は、まさにやぶれかぶれだ。

「…離せ、この愚か者めっ!」

だが叢雲はその砲撃を許さない。

「ガァッ!」

八極拳の技、貼山靠。

鉄山靠とも呼ばれるそれで、夕立は遠くへと吹き飛んだ。

「…ナニヨ、アレ」

「アノムラクモ…ヤハリタダモノデハナサソウダネ……」

それもそのはず。叢雲はかれこれ一世紀を生き延びてきた艦娘。

生まれて数年の時雨達とは、経験が何もかも違う。

補給を断たれ、艤装に頼れない状況下に陥ったことも幾度となくある。

…提督は多くから恨みを買っていたので、通商破壊されることが少なくなかったのだ。

「ゲホッゲホッゲホッ!ク、クソッ…ワタシハマダ、ッ!?」

夕立の言葉は続かない。

「これはお返し。酸素魚雷の味はどうかしら?」

村雨と同じく、夕立もまた魚雷をまともに食らい、その場に膝を突いた。


「…オ、オオオオオオオオオッ!」

激昂のあまり夕立が叫ぶ。

だがそれが負け犬の遠吠えなのは、この場にいる誰の目にも明らかだ。

「クソ!クソ!クソォッ!ヨクモヨクモ、ワタシヲキズツケヤガッテェ!」

その怒りはもう、姉妹である村雨が傷つけられたことが理由ではない。

武勲艦の名と力を持つ己のプライドを、完膚なきまで傷つけられたことに怒っていた。

「ユウダチ…」

「オネエチャンタチ…ソレニシマカゼ、コンドハミンナデトツゲキスル…」

再び言葉を遮られる。

「…ッポイ?」

時雨の砲撃を受け、夕立は無残に崩れ落ちた。


「…キミニハシツボウシタヨ」

死人に唾するように、時雨はそう呟いた。

「あら。仲間割れ?」

「モウミカタジャナイサ。アノママナラ、ボクラガキミラニテヲダスコトハデキナカッタシ」

「アノコ…ワタシタチサエモキズツケカネナカッタ」

実際その判断は正しい。

あのような状態の夕立には、最早敵味方を区別する思考はなかった。

邪魔になるのであれば、たとえ時雨達にでも容赦なく牙をむいていただろう。


「…キミタチヲイタブロウトシテイタキモチガ、コノケッカヲマネイタンダネ」

「タンキケッセンヲイドンデイレバ、キットコウハナラナカッタ…」

「ヘイハセッソクヲキクモ、イマダコウキュウナルヲミズ…ワタシトシタコトガワスレテタヨ」

後悔してもしきれない。だが後悔は、先に立たない。

「今更遅いわよ」

「もう最初のような数の優位、姉さん達にはありません!」

形勢は半ば逆転しているようなものだ。

3人は、みすみす自分達の勝ち目をいくらか捨ててしまった。

「ダガ、ボクラニハマダカチメガアルンダ」

「チャントセイノウヲイカセサエスレバ、キット…」

「…ワタシカラハニゲラレナイッテ!」

敗北への不安を振り払おうとするように、時雨達は言葉を続ける。

「往生際が悪いわよ。そんな顔をするなら、さっさと負けて楽になりなさい!」

一喝と共に、叢雲は突貫した。


「ヤ、ヤリ!?」

「ソンナモノデナニガデキルッテイウンダイ?ナメタマネヲ……!」

突貫の前に、叢雲は槍を取り出していた。

大してダメージを与えられないそれは、攻撃するには邪魔なだけにもかかわらず。

「これは…私からのプレゼント、よっ!」

槍が勢いよく投げ出された。

「コンナモノデキヲソラソウトシテモ…!」

白露がそれを手で弾く。

「イタッ…ナニコレ、ツメタイ!」

冷却作用によるものだ。

あの槍は砲弾の炸裂を防ぐため、消火作用を持って生まれた防具であるのを敵は知らない。

「…ア、シュホウガ!」

白露は艦砲を持つ左手で槍を弾いてしまった。

砲身はすっかり凍り付いてしまったので、もう使い物にはならない。

「シラツユチャン!」

島風が白露の前に立った。

「…ヒャッ!?」

叢雲と春雨の砲撃から守るためだ。

「シ、シマカゼチャン!?」

「…ダイジョウブ、ダッタ?」

「イヤ、ソンナコトヨリアナタガ…」

「フタリトモサケテッ!」

叢雲達は容赦しない。

隙あらばいくらでも…そう言わんばかりに砲弾の雨を食らわせる。


「…アンタたち、どうも下手みたいね」

叢雲はそう言って、ぼろぼろになった白露・島風を一瞥する。

「クッ…」

「突拍子のないことなんか、戦場でなくたってそれこそ幾らでもあるわ」

「それに迂闊な対応をするのは…多分、イレギュラーの経験がそう多くないから」

「…ひょっとして、演習ばかりで実戦の機会には恵まれなかった?」

「!?」

時雨達は…ただの艦娘だった頃を、ある程度は覚えていた。

自分と他の白露型はほぼ同時期に建造され、数ヶ月ほど鎮守府にいたことを。

だがある日、姉妹一緒に執務室へ呼び出されて…記憶にあるのはそこまでだった。


しかし時雨は、今そんなことを気にしてはいられない。

春雨の砲撃ならともかく、どうして叢雲のそれが同じくらい効いているのか分からないのだ。

夕立への直撃弾すら、せいぜい小破程度…その脆弱な主砲が何故これほどの攻撃力を持つのか。

(…モウ、ムダニカンガエテハイラレナイ)

一旦思考を放棄する。

迫り来る砲弾を凌ぎながら、時雨もまた砲撃し返す。

「きゃぁっ!」

(くっ!的確に春雨ばかりを狙ってくるか!)

春雨もここまで無傷できた訳ではない。叢雲同様、中破以上のダメージを受けている。

…叢雲には不安があった。今の春雨の身体が、ダメコンを上手く機能させられるかというものが。

駆逐棲姫とほぼ同様だった彼女は、ほんの一撃で沈んでしまわないとも限らないのだ。

艦娘にもそんな例がないとは限らないが、深海棲艦はどんなに丈夫な者でも、ただ一度の戦闘で沈む可能性がある。


「…キミノホウコソ、ハルサメニキヲトラレテイテイイノカイ?」

「何をっ!」

砲撃の応酬が始まる。

どちらも駆逐艦だ。戦艦や航空母艦のようには当たってやれない。

勿論魚雷も撃ったがデコイなどで凌がれる。気づけばお互い、撃ち尽くしてしまっていた。

「はぁ、はぁ…」

「フー…ソロソロボクモツカレテキタヨ」

「奇遇ね。私もそう思っていたわ」

両者とも足が棒になって、もうまともに動かせない。

それでも春雨は割り込めなかった。

自分も相当傷を負っていたし、斃れた敵がまた動き出さないとも限らなかったからだ。

「…ダカラコレデ、オワリニサセテモラウヨ!」

「こっちがね!」

さながら西部劇の早撃ち勝負らしく、2人が砲撃。

「…くっ」

叢雲がその場にうずくまる。

「… …」

時雨は立ったまま動かない。

「…アタッタ…ッ!?」

そして気づいた。叢雲が何故、こちらにまともなダメージを与えられたのか。

「…マサカ、ネ…ジュンヨウカンナラトモカク、クチクカンガ…テッコウダンヲ……」

それは、提督によって秘密裏に開発されたもの。

どの艦艇の艤装であっても扱えるようにした、プロトタイプの装備。

「…ソレハチョット、ズルスギルンジャ、ナイ…カ、ナ…」

それだけ言って、最後の一人は崩れ落ちた。

「あんた達もね…全くもう、骨の折れる任務だったわ」

―――戦闘終了。

-続-


 □

「…ん」

叢雲「あら、起きたの?」

「あの…ここは一体、どこなのかな?」

叢雲「鎮守府の医務室よ」

「医務室…入渠した覚えはないんだけど」

叢雲「半日くらい寝ていたしね、仕方ないわよ」

「そんなに…」

叢雲「で、気分はどう?」

「どうって言われてもね…僕達、ついこの間戦ったばかりの敵同士だから、なんとも」

叢雲「まあ、そう思うのは無理ないわね」

「…どうして助けたの?それにみんなは?」

叢雲「助けたのは上官命令。他の子達は…」

バタンッ!

叢雲「ちょっと!ドアを開けるのはもう少し優しくしなさいな!」





「時雨っ!」

「ゆ、夕立…!」


時雨「…」

夕立「…」

「「あ、あのっ」」

時雨「… …」

夕立「… …」

「「夕立(時雨)、あの時はごめんなさい!」」

時雨「…あ、あはは」

夕立「…ふふっ」

時雨「…君には本当に酷いことをした」

夕立「ううん、いいの」

時雨「いいやよくない。僕は…君を作戦の障害として切り捨てようと」

ギュッ

時雨「…手が痛いよ」

夕立「どうせ気にするんでしょ?なら、私はこれでいいっぽい」

時雨「… …」

夕立「姉妹で傷つけ合うのはもう、たくさんだから」

時雨「…うん」

夕立「それとね…後で春雨にも謝りに行こうと思うんだけど、1人じゃ怖くて……」

時雨「…勿論付き合うよ。それに僕も、あの子に謝らなくちゃいけないんだから」



「「「… …」」」


夕立「…あ、あの……」

時雨「姉さん、村雨、島風…みんな来てたんだね」

白露「ホントはさ…一番に謝ろうと思ってここに来たんだけどね」

島風「私も。早く謝りに行かなくちゃってここに来て」

村雨「で、そうこうしているうちに私が…少し後に時雨姉さんと夕立が来たわけ」

白露「うん…」

島風「なんて言ったらいいのか、どうしても分からなくて」

村雨「…半ば殺そうとしていたようなものだし、無理もないかなとは思う」

村雨「けど…私達が傷つくことを恐れるのはおかしい。私達、5人で逃げ惑う春雨を追い回したのよ?」

白露「うん…せっかく生き残ったからにはまず、私たちの方からケジメをつけないと」

島風「…そうだよね。私達、ちゃんと謝らなくちゃ……」





ガチャッ

春雨「あ、あの~…そろそろいいですか?」

「「「「 」」」」


 □

提督「…で、それで一応の決着はつけたんだな」

春雨「はい」

提督「経緯はどうあれ、殺し合ってしまったことは変えられん」

提督「貴様が傷つけられたのも、叢雲と共に傷つけることになったのもな」

春雨「…はい」

提督「俺に親兄弟はいないから、家族への情など分からん。まして部外者だから口出しはせん」

提督「…だが話くらいは聞いてやれる。もし何かあれば、いつでも話に来るんだぞ」

春雨「は、はい!」

提督「長い間、艦娘とはろくに交流を持たなかった俺でよければ…だがな」

春雨「…じ、自嘲は控えてほしいです」


 □

カチャッ

叢雲「…話は済んだみたいね」

提督「ああ」

叢雲「あの5人、アンタの前じゃどんな態度だった?」

提督「…明らかな嫌悪は表していない」

叢雲「そ、そう」

提督「…一応心配してくれていたのか」

叢雲「一応ね。アンタってば一世紀もののぼっちだし」

提督「ぼっちか。確かにそうだな、はは」

叢雲「… …」

提督「そうなったのは俺のせいだ。気にするな」

叢雲「…けど」

提督「後ろめたく思うことはない。俺に付き合って、お前まで孤立しても辛いだけだったろう」

提督「…だからいいんだ」


 -続-

時雨達は艦娘になったの?深海棲艦のまま?

深海棲艦のままでもいいんじゃないかな?
むしろその方が、深海棲艦の性質を持った提督とは仲良くなれそうだし。


 □

提督「…」

時雨「それで…僕たちの身体は今どうなっているのでしょうか?」

提督「艦娘でも、深海棲艦でもない。それはこちらが処置をした後も変わらない」

村雨「…処置?」

提督「ああいや、身体をどうこうした訳ではなく、高速修復剤で治療させてもらっただけだ」

島風「え…それだけですか?」

提督「ああ、それだけ」

(てっきり口に出せないようなことをされてるものかと)

提督「寝ている間の世話は叢雲と春雨に任せていたが、その際にDNAを採取させてもらっている」

提督「…今の所であるが、幸いにして遺伝子異常はない」

(ほっ…)

提督「とはいえ油断ならない状態には違いない。春雨含め、君ら6人は自己管理を徹底して欲しい」

「…はい!」

提督「うむ、いい返事だ」

提督(…こんな事、以前なら決して有り得なかった)

夕立「あの、提督さん」

提督「ん?」

夕立「…助けてくれてありがとう!」


提督「…」

提督「……」ウルッ

夕立「…あ、あれ?」

(な、泣いてる!?)

提督「… …」ポロポロ

夕立「て、提督さん!夕立、何かまずいことしちゃったっぽい!?」

提督「…ち、違うんだ」

夕立「?」

提督「そんな明るい笑顔でお礼を言われることなんて…本当に、本当に久しぶりだったから……」


 □

叢雲「…そんなことが」

夕立「一瞬ブラック鎮守府なんて言葉が浮かんだけど、提督さんの態度からしてそうは思えないっぽい!」

時雨「彼…いや、提督はどこか余裕がないというか…だから傲慢でもないというか……」

村雨「ええ…私達が元居た鎮守府の提督とは正反対だわ」

白露「…だよね。あんまり言いたくないけど、酷い人だったなって思うよ」

島風「…」

白露「おろ?島風ちゃんってばまた考え事?」

島風「…あそこに残ってる皆、今頃どうしているのかなって」

「… …」

島風「ここにいる皆以外とは特別親しくなかったけど、無事でいて欲しいよね!」ニコッ

(え、笑顔が眩しい!)


春雨「それはそうと…司令官には一体何があったんでしょう」

春雨「私がお礼を言った時も、感じ入ったような様子だったのですけど…」

叢雲「…彼も貴女達と一緒だから、かしらね」

時雨「同じ…?じゃあやっぱり彼は」

叢雲「深海側にも近しい存在よ。だから貴方達に同情する理由は十分ある」

「…」

叢雲「ま、詳しいことはおいおい話すわ…今話し始めると長くなっちゃうから」


 -続-


 □

日記をつけることにした。

いつまで生きられるか分からない世界だからこそ、形にして遺せるものが欲しいと考えたからだ。

まあ、叢雲には解せない考え方だと言われたが。

仕方あるまい。

戦争は日に日に激化の一途を辿っている。その上、近海の鎮守府が幾つも壊滅したという話も聞いた。

今いるここがそうならないとは限らないのだ。

恐ろしい話だと思う。生まれたかと思えば、それからたいした間も無く死ぬかもしれないと言うのだから。

しかし俺は提督だ。

戦地に赴くことなどなく、戦いはもっぱら部下に任せてばかりになる立場。

…随分な重荷を背負わされてしまったと思う。

誰かの命が永らえるのも失われるのも、結局は俺次第だというのだから。


 ■

「雷よ!かみなりじゃないわ!そこのところもよろしく頼むわねっ!」

雷。彼女が私にとって初めての建造艦だ。

提督への気遣いで評判な艦娘だと聞いている。後、心の支えにしている提督が多いとも。

小さい身なりではあるが、とても頼りになる子なのだろう。

そんな娘を迎えられてよかった。こう思いつつ、私はまず彼女に歓迎の挨拶をしようとした。




「あの…気安く話しかけないでくれるかしら?」


耳を疑った。

聞いていた話とあまりにも違い過ぎた。初対面で、こんなに冷たい態度をとられる謂れはない。

何故だ。

「雷」

「はーい!秘書艦。行っきますよー!」

あっけにとられるこちらを尻目に、2人はさっさと出撃してしまった。

まるで意味が分からない。

私は何故、こんな目にあわなくてはならないのだ?


 ■

「叢雲ちゃん。それとみんな、準備はいい?」

吹雪。

「もちろん。そう言う吹雪ちゃんはどうかしら?」

白雪。

「…さっさと任務完了して、引き篭もる」

初雪。

「前半は同意するけど、後半は無理よ、無理!もっとしゃんとしなさいな!」

そして叢雲。

今日は第十一駆逐隊のメンバーが揃った、記念すべき日だ。


「作戦要領は以上だ…諸君の健闘を祈る」

返事はない。

いつの間に私は死んでしまったのだ?ここにいるのは、未練がましい亡霊なのか?

他の艦娘もそうだ。建造の度挨拶をしようとするも、大半は無視されるばかり。

たまに返事が来たかと思えば、

「おさわりは禁止されています~」

「いや、これは握手を求めたつもりなのだが…」

「そんなの見れば分かりますよ~…だからどうだと言うんです?その手、落ちても知らないですよ?」

こんなものばかり。

建造は大事な任務の一環だが、正直やめてしまいたいという気持ちが強くなってきている。


「ん…面倒くさいけど、叢雲がそういうなら…がんばれる…」

「手間のかかる…それじゃあみんな、出撃するわよ!」

叢雲の号令には、みな元気な声で答えてくれる。

誰からも慕われていて、こちらからすれば羨ましいものだ。

そんな彼女は俺に対しても分け隔てなく接してくれる。

「…じゃあね」

ただしそれは、執務室などで2人きりになった時だけだ。

他はみんなと変わらない。


 ■

もう数十年になるが、状況は一向に変わらない。

深海とは小競り合いを続けてばかり。お互い決定打が欠けているのだ。

…早く終わりにしたいものだ。

「あ…君、まだ居たんだ」

こんな風に扱われてばかりの日々を。

命令は通っている。秘書艦である叢雲のお陰で。

それで戦果は得られている、得られているのだ。今はただそれだけが救い。

「…君は何の為にここにいる?」

いつだったか、日向からそんな質問を投げかけられたような気がした。

いや、確かにそう言われたはずだ。その声色から嫌悪や軽蔑めいたものは、一切感じられなかった。

…あの当時は気にも留めなかった。

俺にとって艦娘は、ただただ忌まわしいだけの存在だと思うようになった頃だったから。


 ■

同期の提督が処刑された。生後間もない頃からの、長い付き合いだった。

「長年にわたる功績から見逃してきたが、彼が提督としての資質に欠けるのは最早明らかだ」

椅子にふんぞり返った元帥の爺は、もっともらしい理由を幾つか挙げてそう言った。

おかしいじゃないか。

奴はお前なんかよりもずっと戦果を挙げてたし、部下に無理難題を押し付けたりもしなかった。

寧ろ、艦娘の労働環境を良くするのに大きく貢献しているくらいだ。

そんな奴が何故死ななきゃならない!いや、殺されなきゃならないんだ!

そう叫べるものなら叫びたかった。死んでしまって、楽になってしまいたかった。


「××、どうか戦争を終わらせてくれ。しくじっちまった僕の代わりに…」

だが無理だった。

最初はどうしようもなく口下手な奴だったが、一生懸命艦娘と向き合って、長い月日の末に信頼を勝ち取った。

過剰なまでのあがり症なため、身体にさまざまな異常が現れたもした。艦娘よりも多く死にかけるくらいに。

おかしな奴だった。

だが、いい奴だった。そんなアイツに嫁さんも惹かれたのだろう。

…奴は決して元帥の言うような男ではない。

しかし奴の鎮守府が何者かに襲われ、嫁さん以外の艦娘全てを失ったのもまた事実だった……。

-続-


悲しいなあ


>>125 訂正

「××、どうか戦争を終わらせてくれ。しくじっちまった僕の代わりに…」

だが出来なかった。俺はアイツから託されてしまったから。

…惜しい奴をなくした。

最初はどうしようもなく口下手な奴だったが、一生懸命艦娘と向き合って、長い月日の末に信頼を勝ち取った。

過剰なまでのあがり症なため、身体にさまざまな異常が現れたもした。艦娘よりも多く死にかけるくらいに。

おかしな奴だった。

だが、いい奴だった。そんなアイツに嫁さんも惹かれたのだろう。

そう、奴は決して元帥の言うような男ではない。

しかし奴の鎮守府が何者かに襲われ、嫁さん以外の艦娘全てを失ったのもまた事実だった……。


素晴らしいゾ


 ■

同期「…な、なあ提督」

提督「何だよ」

同期「そ、そ、そのだな…お前、艦娘のことはど、どう思ってる?」

提督「…」

同期「だ…黙らないでくれ…お前、黙ると仏頂面が酷くなって、益々怖い」

提督「ほっとけ…それにな同期、今の質問は野暮ったくてかなわん」

同期「や、野暮か?」

提督「ああそうとも。俺は奴等なんざ嫌いだし、向こうも俺を嫌っている」

同期「…だ、だが…この間お前、部下が海域を攻略したこと…誇らしげに、語っていたじゃないか」

提督「物事が上手くいけば気分がいい…ただそれだけだ」


同期「お、お前…」

提督「お前んとこの艦娘だって、俺の姿を見るなり目を背けようとする」

提督「俺は人型で、異形めいた姿などしていないのにな…身だしなみだって人一倍気にしているんだ」

同期「…」

提督「それでも周りからの態度は変わらない。悪くもならんが良くもならん」

提督「良くなるとすれば戦況だけ…ちゃんと勝って、勝って、勝ち続けさえすれば……」

同期「…戦争が、終わる?」

提督「ああ。そしたらもう提督なんかしなくたっていいし、戦わない自由だって得られる」

提督「…生まれてから戦いばかりで、他の事を考え辛い毎日というのは気が滅入るものだからな」

同期「…なあ」

提督「まだ何か?」

同期「お、お前…それを俺以外の誰かに…話したりしたこと、あるのか?」

提督「ない」

同期「…自分のこと、ちゃんと伝えようとはしないのか?」

提督「極力…俺の姿から目を逸らし、言葉は耳をふさいででも聞かないようにする…そんな者共に?」

同期「… …」

提督「笑わせるな。お前だってその辺大したことはないだろうが」


同期「…否定は、しない」

提督「ならもう、こんな話はしてくれるな」

同期「だが…お前の言うことは酷く滅茶苦茶だし、それを肯定してやろうとは、思わない」

提督「何だと?」

同期「お前が身だしなみを気にしているのは、分かる。実際俺は、お前にその辺りで指導を受けていた訳…だからな」

同期「好ましく思われない振る舞いは、誰にとっても…何より自分に良くないと、お前はいつも、そう言っていた」

提督「…だから?」

同期「俺達の周りは大体艦娘で…お前の言葉通りなら、艦娘はお前にとって敵」

同期「…お互い嫌っていると言い切るなら、容姿なんか気にしなくなっていい。事実お前は、艦娘の大半から避けられている」

同期「お前の評価だって一向に良くならない。それでも気にするのは…理由は何であれ、彼女らから好かれたいと、思い続けているからだ」

提督「… …」

提督「…仮にそうだとして、じゃあ俺に艦娘を好きになる必要はあるのか?」


同期「…そんなものは、ない」

提督「なんだと?」

同期「お前は…お前をちゃんと分かってもらえれば、いい」

同期「彼女らにとって好ましくないとしても、お前のあり方は…理解を拒むほどではないと、俺は思う」

提督「…だからと言って」

同期「無理解は、争いの源泉だ。自分を知らしめようとしない者は、それこそ異形と言って差し支えないだろう」

同期「…艦娘にとって、お前はバルバロイのようだろうから…分かり合えるなんて保障は出来ない」

同期「だが、だがな提督…艦娘をどう思おうと自由だが、拒めばお前は破綻する…その目的は永遠にかなわない」

同期「お前のあり方が、お前の願いとはまるでかけ離れたもの、だからだ」

提督「… …」

同期「…だがまあ、これは俺の単なる戯言だ。気にしたくなきゃ、気にするな…お前のことは所詮、お前にしか決められない……」


 □

提督「… …」

提督(何故今あの頃のことが脳裏に…)

「提督…提督?」

提督「!?」

「こちらの顔を見るなり驚くとは…僕、ちょっと傷つきました」

提督「い、いや、そう言う訳ではないのだ…その、少し呆けていただけで」

時雨「ひょっとしてお疲れですか?」

提督「違うと言いたいが否定は出来んな。もう年なのか、昔のことに思いを馳せてしまっていた」

時雨「へえ…いつか提督の口から聞いてみたいですね」

提督「…そのうちにな」


提督(…「僕」か)

提督(アイツは頻繁に一人称を変えていたが、最終的にはそれで落ち着いたんだったな)

提督(その頃には言葉に詰まることもなくなってきていて…面倒を見る側として、感慨深いものを感じたよ)

提督「… …」

提督(…いや、面倒を見てもらってたのは俺の方か)

提督(アイツにはかなり骨を折ってもらったが、結局奴等には俺の考えなど伝わらなかったな…悲しくなるくらいに)

提督(悲しくなって、なりすぎて…だからなのか。だから俺は、戦争を終わらせる為と称してあんな真似を…八つ当たりのように)






提督「… … …」

提督(…あれはあれで良かったのだ)

-続-


 □

元帥「…比叡」

比叡「はい、閣下」

元帥「また戦いが始まった訳だが、進捗は?」

比叡「既存の鎮守府、その1割が消失しました」

元帥「ふむ、そんなものか」

比叡「…驚かれないのですね」

元帥「いやいや、私はとても驚いているさ。馬鹿共のあっけなさにな」

比叡「…司令、それは言い過ぎでは。沈んだ人達だって、仮にも先の大戦を乗り切った…」

元帥「言い過ぎなものか」

比叡「しかし…」

元帥「折角拾った命を溝に捨てる死にたがりを、どうして尊敬なんか出来る。侮蔑するしかないじゃないか」


比叡「司令…あなたと彼らは折り合いが悪かった」

比叡「あなたは非戦派にして、戦争の早期終結を望んでいて…あの人達とはまるで逆だった。ですが」

元帥「その先はいい」

比叡「しかしですね…!」

元帥「戦い以外の全てを切り捨てるような考えを、俺は認めない」

元帥「死ねば皆仏とは言うが、俺は彼らに仏性など感じられないよ…比叡」

比叡「…司令」

元帥「俺は戦うことが苦しい。だが彼らは、戦わないことこそが苦しかった」

元帥「決して相容れることはない…それでも、なるべくなら殺してしまおうと考えたくなかった」

比叡「… …」

元帥「事ここに至ってはどうにもなるまい。望み通り、殺し合ってやろうじゃないか」

元帥「…お前達には、本当に申し訳ないことをする」

比叡「…」

比叡「そんなのいいですって。私達艦娘は、戦う為に生まれてきた存在なんですよ?」

元帥「…」

比叡「ですから…いつでも準備、出来ています!」


元帥「…はあ」

元帥(…提督。貴方は今どこで戦っている…?)

元帥(私と同じく、戦争を忌み嫌うような性格を持った人が…この現状を肯定出来る訳がない)

元帥(権力者の戯れによって命が無為に失われ、辱められるだけの現実など…)

元帥「… …」

元帥(…元帥などになっても、結局出来ることなんて何も変わらん)

元帥(生まれた時から…ずっとずっと戦って戦って戦って、いや戦わせて、多くの命をなくしてきた)

元帥(きっとこれからもそうだろう…)

元帥(…それならばあの犠牲は、あの絶望は一体何だって言うんだ……!)


 □

提督「…ふむ」

叢雲「あら、どうかしたの?」

提督「どうも今度の戦争はハイペースらしくてな…既に一割の鎮守府が消失したそうだ」

叢雲「…随分な話ね」

提督「前と違って、やる気のある奴が多いんだろう」

叢雲「そういう問題かしら…実際、先の戦争よりも早い進行のようだけど」

提督「…いっその事このままいっても構わんのだが」

叢雲「そう上手くいくかしら?」

提督「無理だろうさ。まあどっちみち、戦争が終わるまで手を拱くつもりはないがな…」

叢雲「… …」

提督「…急に黙るな。どうしていいか困るじゃないか」

叢雲「…いいのね、それで」

提督「そうするしかないだけだ。終わらせても、また誰かが始めるかもしれんが…生憎俺は諦めが悪い」


叢雲(…どこか引っかかるわね)

提督「…今の俺に、この鎮守府に何が出来るかは分からん」

提督「分からんが…分からんなりに足掻くくらいは出来るだろう。手伝ってくれるか?」

叢雲「…手伝うも何も私は兵士。上官に従い、ただ必要と思うことをするだけよ」

提督「それならいい」

叢雲「だから早速やっておきたい事があるの。聞いてくれる?」

提督「構わないが…前置きをするだなんて、俺には言い辛い話なのか?」

叢雲「まあそうね。聞きたくなければ話さないけどね」

提督「…お前がすべきと思った事なら、俺が拒む理由はない」





叢雲「――それじゃあ人員を頂戴。壊滅した鎮守府などから、建造妖精を探し出す為の…ね?」


 □

叢雲「…」

春雨「…」

時雨「…」

提督「…どうした?」

叢雲「…どうしたもこうしたもないわよ」

春雨「まさか提督が、私達と一緒に鎮守府跡の調査をするなんて…」

提督「おかしいか?」

時雨「指揮官のすることじゃありませんよ」

提督「引き篭ってばかりいては気が滅入るんでな、それに…」

ジャキッ

提督「建造妖精は信用ならん。だから俺は、奴等を連れ帰るまでもなく始末するつもりだ」

春雨って司令官呼びでは?


春雨「し、始末って…」

叢雲「アンタ…やっぱり妖精は基本的に悪だって思ってない?」

提督「その通りだ」

時雨「そう結論付ける根拠は?」

提督「建造される艦娘が全てウォーモンガーにされたのだから、仕方なかろう」

春雨「そんなに酷かったんですか?」

提督「鎮守府の資源が尽きそうなほど使い込まれるくらいにはな…」

時雨「それは酷いね…あっ」

提督「タメ口くらい構わんぞ。君のやりやすいようにしていい」

時雨「…うん、ならそうさせてもらうよ」


春雨「…それにしても司令官。ここ、気配らしき気配がないですね」

提督「まあ、廃墟だからな」

時雨「この分だと、やはりこの鎮守府の皆は…」

叢雲「全滅していてもおかしくはないでしょうね。けれど誰かが息を潜めていないとは限らないわ」

時雨「それもそうだね…うん、気をつけないと」

叢雲「思い込みはせずに行かないとね。場合によっては、戦闘も有り得るかもしれないから」

春雨「はい!」

時雨「分かったよ、叢雲さん」


提督「…ふむ、着いたか」

叢雲「執務室のドア、ウチのよりも随分と大きいわね。威厳に満ちた雰囲気だわ」

提督「ほっとけ!」

春雨「私は何だか怖いです…その、妙な気配を感じるというか」

時雨「気配?電探じゃ生体反応は確認できないけど…」

春雨「ううん、そう言うのじゃなくて…例えるならお化けみたいな」

叢雲「お化け、ねえ」

時雨「こんな場所だから、そういうのが出てきても不思議ではないけどね」

提督「……」

提督(…まさかとは思うが、な)


叢雲「しっかしまあ、頑丈そうな扉よね」

ガチャガチャッ

叢雲「あら、閉まってる」

春雨「どうしましょう…」

時雨「砲撃でも出来たらいいんだけど、跳弾が怖いからね」

...ドシャッ!

春雨「ひっ!」

時雨「び、びっくりした…」

叢雲「ちょっとアンタ!いきなり何やってんのよ!」

提督「いやあその…まどろっこしいからつい」

春雨「うう…脅かさないでくださいよっ!」ウルウル

提督「す、すまん」シュン

ガチャッ

叢雲「…扉は開いたみたいだし、それで良しとしましょう」

時雨「そうだね…それにしても、提督って随分と力持ちなんだね」

提督「まあな。色々あったんだよ、色々な…」


ギギギギギ....

提督「… …」

叢雲「…これは」

 部屋一面のコンクリ。窓は堅牢な鉄格子で覆われている。

時雨「趣味が良いとは言えないね…面食らったよ」

 それに、執務室だというのに椅子も机もないときた。そう、つまりこの部屋は。

春雨「…このベッド、とても不潔です」

 ベッドには血と、体液らしきものが一杯に染み付いていた。

 …つまりはそういう事なのだろう。この鎮守府は、艦娘にとって好ましくない環境だったようだ。


叢雲「…嫌なものを見てしまったわ」

時雨「うん…」

 皆、意気消沈としている。無理もない。あんなものを目の当たりにしてしまっては。

春雨「…うっ」

 春雨に至っては吐き気を催しているくらいだ。

時雨「春雨、大丈夫?」

提督「…無理はするな。目や耳は塞いでおくから、吐きたければ吐いておけ」

春雨「あ…いえ、大丈夫です」

叢雲「いきなり何言ってんのよ…乙女に嘔吐しろだなんて」

提督「そうは言うがな叢雲。不測の事態に陥った際、気分が悪くて動けなかったではかなわん」

提督「だからすまんが春雨…早く楽になってくれ」

春雨「…嫌です」

 そりゃそうだ。

春雨「たとえ誰に見られなくなって、この場で吐き出してしまうなんて…」

 ギュッ

春雨「し、司令官?」

提督「手首の内側を指圧すると、吐き気がマシになるんだ」

春雨「そうなんですか。あっ…何だか吐き気が治まってきました」

提督「あくまで応急処置だ。完全に治まるまでは油断するな」

春雨「…分かりました、ありがとうございます」


時雨「…どうして最初からそうしなかったんだい」

提督「応急処置をしたところで、吐く時は吐く…うぷっ」

時雨「て、提督!?」

叢雲「ちょっと!?」

提督「このむせ返るような空気、もう耐えられん…俺は離れに行くぞ」

 そう言うなり、俺は一目散に走り出した。

春雨「て、提督!」

提督「万一俺が戻ってこなければ、見捨ててくれてもいいからな!」

春雨「そ、そう言う訳には…」

 聞こえたのはそこまでだった。俺は一刻も早く快方に向かわなければならない。

 一目散に走る、走る、走り続ける。誰にも見られず聞かれもしない場所まで。

提督「…けっ」

 まずい。もう限界だ。

提督「う、うぇっ…おぇぇっ!」

 仕方がないとはいえ走ったのがいけなかった。こうなったらもう吐き出すしかない。

提督「… …」

提督「…おぇ。おぇえぇえええぇぇぇええぇええぇえぇぇえぇええぇっ!」

「き、きゃああああっ!?」

提督「…ふぅ」

 …ん?


「や、やだっ!臭いかも!」

提督「… …」

「ちょっと!いきなりゲロを食らわせるなんて酷いかも!」

提督「す、すまん…かもではなくて実際酷いが」

「すぐに非を認めるその態度には感心するかも!ここの提督とは大違い!」

提督「執務室があの惨状だ。相当酷かったんだろうな」

「全くだよ!アイツったら艦娘の事はまさに奴隷扱いで、ろくに労ってくれなかった!」

「…私は役立たずだったから、アイツからも他の皆からも疎まれてたかも」

提督「…そうか」

「けど今は誰もかも居なくなっちゃった。私以外皆殺しにされて、欠片も残らなかった…」

提督「なら、どうしてお前はここに?」

「大した脅威にならないからって捨て置かれたかも…ホント酷いかも……」


提督「…これからどうするつもりだ?」

「どうもしないよ…資源はまだあるから、あたし一人くらいなら十分生きていけるかも」

提督「…」

「…あたしはどうせ役立たず。水上機母艦としては、所詮千歳型の劣化でしかないから必要性は薄い」

提督「… …」

「悲しい目をしないで欲しいかも。同情なんて要らないかも…惨めなだけだし」

提督「お前はそれでいいのか?」

「良くないよ。けどどうせ馬鹿にされるなら、このままでいい。大艇ちゃんまで馬鹿にされるのは嫌だし」

ガバッ

「いやっ…いきなり引っ張りあげるなんて酷いかも!」

提督「…俺が良くない」

「え?」

提督「馬鹿にされたまま泣き寝入りするなんてのは、聞いてて胸糞悪くなるんだ」

「ちょ、ちょっと待って!」

提督「いいからついて来い!上手くいくかどうかは保障出来んが、ここで燻るよりはマシだろう!」

「あたしなんて連れてったって、役に立たないかも……!」

提督「泣き言を言うなっ!」

「ひっ!」

提督「本来俺が言えた義理ではないだろう。だがな、それは潔さじゃなくて卑屈だ」

提督「君なりに努力はしてきたんだろう。しかし上手くいかないから、結果自分とその子のことを諦めてしまっている」

「だから何なの?」

提督「それじゃあ面白くないだろうが。だから、君らが面白おかしく生きていけるように手伝ってやる。これも何かの縁だからな」

「とんだお節介かも。それに、都合のいいことばかり言ってて胡散臭いかも」

提督「まあそう言うな。今はこっちに乗せられてくれ」

「…」

提督「…」







「…わかったかも。取り敢えずは貴方に乗せられてあげるかも」


提督「…そう言えば名乗ってなかったな。俺は××××」

「花の名前?随分変わってるかも」

提督「まあな。だが俺はこの名前、結構気に入ってるんだ」

「ふーん…でもまああの花って綺麗で素敵だから、気に入るのは分かるかも!」

提督「そっか。ありがとな」

「…そう言えば名乗ってなかったかも。あたし、水上機母艦の秋津洲」

提督「…よろしくな」

 ギュッ

秋津洲「…こちらこそ」

 プ-ン...

提督「… …」

秋津洲「… …」







叢雲「で、何をしているの?ドックの前なんかで」

提督「…見張り番かも」

 -続-


>>140 「まさか提督が、私達と一緒に鎮守府跡の調査をするなんて…」→「まさか司令官が、私達と一緒に鎮守府跡の調査をするなんて…」

>>151 「…そう言えば名乗ってなかったかも。あたし、水上機母艦の秋津洲」→「あ、こっちも名前を言ってなかったかも。あたし、水上機母艦の秋津洲」


 □

時雨「まさか生き残りとはね…」

秋津洲「私はずっと隠れていたから、他にも生き残りはいるかも」

時雨「仮にそうだとしたら、今何所にいるんだろうね?」

提督「案外ここのどこかにいるかもしれんぞ?なにせだだっ広いからな」

叢雲「そうね。注意していきましょう」

秋津洲「…ごめん、言い忘れてた事があるかも」

 カチッ

提督「!」

 ズキュン

春雨「は、はわわ…」

秋津洲「ご、ごめんなさいっ!」

提督「すまんな春雨。俺のせいで危ない目にあわせてしまった」

春雨「いえ、お気になさらず…司令官のおかげで無事でしたから」

時雨「…これはまた厄介な」

叢雲「どうやらセキュリティは死んでいないようね…」


 コツ...コツ...コツ...コツ...

提督「…どうやらここの司令官は、罠を仕掛けるのが好きだったらしいな」

叢雲「それにしたって多すぎよ」

 時雨『か、壁が迫って…!』

時雨「圧死させようとしたり」

 春雨『あら、綺麗な石…』

 カッ!

 春雨『!?』

 叢雲『春雨っ!』

 ドカン!

 叢雲『…全くもう!気をつけなさいな!』

 春雨『す、すみません…』

春雨「その辺に爆弾が仕掛けられていたり」

 叢雲『…むっ!』

 ガキィッ!

 叢雲『…』

 ジュウッ...

 叢雲『くっ、槍が…』

 提督『強酸が弾に仕込まれていたか。その槍で凍結させていなければ危なかったな』

叢雲「私の愛槍もダメにされてしまったわ…後で修理しないと」


秋津洲「…着いたかも」

提督「ここは?」

秋津洲「私もよくは知らないけど、あの男は私達艦娘を使って何か企んでいたかも」

提督「企みか…一体何だったんだろうな?」

秋津洲「噂では艦娘に深海棲艦…いや、それ以上の基本スペックを持たせようとしていたらしいよ」

秋津洲「けど…その為に呼び出された子達は、みんな行方不明になったかも」

提督「なるほどな…」

叢雲「慰み者にするだけでは飽き足らず、それ以上の何かをしていたのね」

時雨「…笑えない話だよ」


 ピッピッ、ピッ

 『ロックを解除しました』

秋津洲「よし、これでパスワードは解除したかも!」

春雨「す、凄いですね…」

秋津洲「いやいや。出撃も遠征もなくて暇だったから、色々やっていただけかも」

提督「秋津洲…お前十分やれるじゃないか」

叢雲「不用意に扉をぶち壊そうとしたアンタとは大違いね」

提督「♪~(´ε` )」

叢雲「そうやってごまかそうとするんじゃないの!」

提督「分かった分かった。とりあえず扉は開いたから、早速入ってみよう」






 ガチャッ

提督「…」

「…ヲッ」


提督「… …」

「…ヲ?」

 ガチャン

提督「…よし」

叢雲「何がよし、よ。今何か居たじゃない」

提督「さて、どうだったかな…他の皆は何か見えたか?」

時雨「ヲ級が居たね」

春雨「居ましたね」

秋津洲「居たかも!」

提督「畜生!俺に賛同者は居ないのか!」

叢雲「うだうだ言ってないで、ほら」

提督「お、押すなっ!」

叢雲「春雨達は問題なく受け入れたじゃない!何がいけないの!」

提督「頭のアレ!」

叢雲「なら仕方ない!それはそれとしてさっさと行く!」

提督「…仕方ない」

 ガチャッ


提督「…」

 シーン...

提督「あれ…アイツ、一体何所に」

ヲヲヲ...ヲヲヲヲヲヲ...

提督「あっ…」

ヲ級「ヲヲヲヲヲ…ソンナニオドロクコトハナイダロウニ……」

時雨「うん。これは提督が悪い」

春雨「ええ、司令官が悪いです」

秋津洲「やっぱり酷い人かも!」

提督「ああ…その、悪かった」

叢雲「それじゃあダメよ。もう少しちゃんと謝りなさいな」

 ペコリッ

提督「すみませんでしたっ!」

叢雲「うむ」

時雨(…母親かな?)

春雨(お母さんだ…)

秋津洲(オカンかも…)


 ...グスン

ヲ級「…シカタナイ。ユルシテヤル」

提督「ご厚情感謝する」

ヲ級「ソウイエバオマエ、イツモノテイトクトチガウナ…ナニカアッタノカ?」

秋津洲「え、まさか知らないの?」

ヲ級「ズットココニトジコメラレテイタカラナ。トハイエ、イショクジュウニハマッタクコマッテナイ」

時雨「部屋に檜風呂とはね…」

春雨「こっちにはお酒の棚が…わあ…冷蔵庫にもおいしそうな食べ物が一杯……」

叢雲「もう、気を抜くなといっているのに…」

ヲ級「シンパイナイ。ココニハトラップナンテナイカラナ」

叢雲「そ、そう」


 それからしばらくして。

ヲ級「ナルホド。ソトデハモウアラタナセンソウガ…」

提督「懲りない奴等は居るということだな」

ヲ級「サキノタタカイハイタミワケデオワッタワケダガ、ナットクノイカナイモノガオオカッタノダロウナ…」

提督「まあな」

ヲ級「ワタシヤワタシノナカマハ、ソチラノモノタチヲオオクテニカケテキタ…」

提督「それはこちらも同じだ。怨恨に囚われて戦うものが居ても、別におかしくはない」

ヲ級「…コリゴリダトハオモワナイノダナ」

提督「その手の感情は、割り切れたり割り切れなかったりだ。頭ごなしに否定は出来ん」

提督「かと言って、戦争したがりの下種に踊らされてばかりなのもよろしくはないが」


ヲ級「シュボウシャガダレカシッテイルノカ?」

提督「知らん。知ってどうにかした所で、それだけで事態は収束しないだろうが…」

ヲ級「…メンドウダナ。コンナトコロデズットクツロイデイタカラ、ナオサラソウオモウ」

提督「まあな…」

ヲ級「ダガココハモウアンゼンデハナイノダロウ?」

提督「そうだな」

ヲ級「ナラワタシモツレテイッテクレ」

提督「何?」

ヲ級「コノママジャドウセイキバナンテナインダ。オマエモテイトクナラ、ナントカシロ」

提督「俺個人は吝かでもないが…皆はどうだ?」

時雨「いいんじゃないかな。僕らの鎮守府、航空戦力は殆どないし」

春雨「戦力は多い方がいいと思います。はい」

秋津洲「個人的には悔しいけど、私と大艇ちゃんじゃ航空戦はどうにもならないかも」

叢雲「ま、そういう事ね。私も特に異存はないわ」

提督「決まりだな。よろしく頼むぞ、えっと…」

ヲ級「サラトガダ」

提督「!?」

ヲ級「ドウヤラワタシハトクイナケースラシクテナ…フネデアッタコロノキオクヲ、ホボカンゼンナカタチデケイショウシテイル」

提督「… …」

提督(なるほど…艦娘をまともに扱っていなかった奴が、この子には手厚くしていた訳だ)

ヲ級「マア、ソチラノコショウデアルヲキュウトヤラデモカマワン。ドウカヨロシクタノム」

提督「こちらこそ。あ、俺の名前は…」

 -続-


>>157 提督「…仕方ない」→提督「…やむをえんか」

乙!

シスター・サラか……エンプラ、レンジャーと並んで幸運艦じゃないですかww
記憶もあるみたいだし、これは艦娘への進化もありうるか?

しかしこの提督、深海棲艦には好かれるのな……。
やっぱ、深海因子が関係しているのかな?

カタカナで喋られるとマジで見辛くて読む気無くすわ

なら読むなよハゲ


 □

提督「そう言えば秋津洲、君に訊きたい事があるんだが…」

秋津洲「何?」

提督「さっき勧誘したヲ級…いや、サラトガは深海だ」

秋津洲「だから?」

提督「…それではこちらの春雨と時雨が、本来と違う姿なのは気にしていないのか?」

秋津洲「気にしてるけど…悪い風には感じていないかも!」

提督「そうか…」

秋津洲「それじゃああたしからも訊いていい?」

提督「ああ、いいぞ」

秋津洲「提督達って、以前から深海と何かしら関係があったりする?」

提督「ないとは言えんが、あるとも言えんな」

秋津洲「随分と曖昧な回答だね。でも即答してくれたのは嬉しいかも」

提督「… …」

秋津洲「大丈夫。私は貴方達に嫌悪みたいなのは感じてない」

提督「…本当に?」

秋津洲「と言うより、そんなの気にしてられないかも。深海がおぞましいなら、あんな事がまかり通るこっちはどうなの?」

提督「…一理ある」


 ジ-...

ヲ級「…ヒソヒソト何ヲ話シテイル?」

提督「いや、大したことじゃない」

秋津洲「提督が心配性だから、悩みを聞いてあげてただけかも」

ヲ級「… …」

 ギギ...

ヲ級「フム、成程ナ」

提督「艦載機…いつの間に」

ヲ級「内緒ダ。オ前達ト同ジデナ」

提督「むう…」

ヲ級「ソレヨリモ」

 ジ-ッ...

叢雲「…」

春雨「…」

時雨「…」

提督「!?」

ヲ級「話ニ夢中デ、周囲ヲ警戒シナイノハイカンゾ?」


ヲ級「…工廠ダ」

提督「これは…また頑丈そうな扉だな」

 ポキ、ポキ

時雨「…さっきと同じ力ずくで開ける気かい?」

提督「この手に限る」

春雨「もう少しこう、理知的な手段で何とかしようとは…」

提督「それならさっき秋津洲がやった。俺はな、こういう壊し甲斐のあるものを見るとうずうずするんだ」

叢雲「アンタ、一応非戦派でしょ!?」

提督「どうせ生き物じゃないから、いいんだ」


 カチャッ

秋津洲「みんなが話し込んでるうちに開いたかも」

ヲ級「… …」

提督「なっ…折角のストレス解消が!」

時雨「ストレス解消って…」

春雨「司令官…その、ちょっと怖いです」

叢雲「長い付き合いだったけど、まさかそういう一面があったとはね…」

提督(ぐ…仕方ない事だがドン引きされてるな俺!)


ヲ級「…提督ヨ」

提督「うん?」

ヲ級「九十九神ヲ知ッテイルカ?」

提督「勿論知っているが…」

ヲ級「物ニモ魂ハ宿ル…艦娘ヤ我々トテ、元ヲ正セバ似タ様ナモノダ…」

提督「この扉に、君らと同じような意志が宿っているとは思わんが」

ヲ級「ソウトハ限ラン。我々ガ知覚出来ナイダケカモシレナイ」

ヲ級「例エ意志ガナイトシテモ…ソンナ真似ヲスル理由ニハナラン。ソレハ心無イ者ノスル事ダ」

提督「…それって主戦派と同じ?」

ヲ級「ウン」

提督「ごめんなさいもうしません」

ヲ級「ウム」

叢雲(…案外、こういう凶暴性を居なくなった皆は感じ取っていたのかしら)

叢雲(だとしても同属嫌悪だけど)

時雨(提督が情緒不安定過ぎて困る…)

春雨(何かに疲れ…憑かれているのかな)


 ギギギッ

提督「さて、中はどうなっているのやら…」

「動くな!」

提督「ん?」

「お前、提督だろ!」

提督「そうだが…それがどうかしたか?」


「とりあえず、死ねーっ!」

 ビュン

提督「くっ!」

「どうせまた捨石となる子を増やせって言うんだろ!ふざけるな!」

提督「捨石…そうか、ここの司令官はそういう」

「…そういや前の奴はどうした?」

提督「奴なら死んだ」

「それで後継にお前を寄越したのか!クソ!」

提督「俺は後継じゃない。ここへは調査の名目で来ている」

「だからどうした!お前も破壊を好き好んでいる化け物だろ!」

「そうだそうだ!俺達が精魂込めて造り上げた扉をぶっ壊しやがって!」

提督「扉…そうか、あれらはお前達が」


「ああ!俺達は味方を守る為にあの扉を拵えた!」

「よく聞こえていたぞ!どうせ生き物じゃないからいいってなあ!」

提督「… …」

「ふざけやがって…こっちが一生懸命造ったのを、事も無げに!」

「あれは最後の守りだったんだ!少なくとも、ここを壊滅させた連中じゃ傷すらつけられねえ位のな!」

提督「そうだったのか…」

「提督のお前が何故あんな真似が出来たのかは知らんが…とにかくぶっ殺してやる!」

 チャキッ

提督「拳銃か…妖精サイズでよくもまあ」

妖精A「舐めるな!」

妖精B「殺傷力は十分あるんだっ!」


叢雲「…司令官っ!」

提督「おっと、手は出すなよ」

春雨「でも…」

提督「こいつらの憎悪は尤もだ。何所で見ていたかは知らんが、悪い事をした」

妖精C「何を今更!」

時雨「提督!」

提督「…少しじっとしていてくれ」

 バタン、ガチャッ!

秋津洲「あっ!」

提督「ちょっとの間だ。すぐ終わる」


 ブゥ-ン...ズガガッ!

提督「…流星改、それに烈風か」

妖精D「ここじゃは試験運用は俺らがやってんだ」

妖精E「そういうこった。装備妖精にだって負けねえぜ?」

提督「…やれるものならやってみろ!」

妖精A「ぬかせ!いくぞお前達!」

妖精B「おうよ!」


 ピュウッ

妖精C「彗星一二型甲の爆撃、受けてみろ!」

 ドカン、ドカンッ!

提督「周囲の物はお構いなしか!」

妖精C「後で念入りに修理させてもらうさ!お前をぶちのめしてからな!」

提督「そうかい、だが!」

 ビュッ、ズバッ

妖精C「ぐおおっ!」

提督「その辺に散らばった破片も、投げれば立派な武器になる!」


妖精D「くそっ!」

妖精E「おのれ、よくもCを!」

 ガガガガッ

提督「ぬうっ!」

妖精E「機銃の前じゃ防戦一方だろ!」

妖精D「さっきはまぐれで命中したが、破片なんぞそうそう中るもんじゃねえ!」

妖精E「さあ、覚悟しな!」

 ズガガガガガガガ...

妖精A(それにしても中々やる…提督が艦娘の真似事のように戦うとは)

提督「… …」

妖精A「むっ!」

 ジャキッ

妖精B「機銃だと!?」

妖精D「馬鹿め!艦娘ではない貴様に撃てるものか!」

妖精E「気でも狂ったか!」

 ビューン!

妖精A「ま、待てっ」

 ババババババ

妖精D「…な、にぃ…」

妖精E「艦娘用の装備を、何故…!」


妖精B「…まさか、噂には聞いていたが」

妖精A「艤装を使える提督とはな。とは言っても、艦娘ほどの精度では使えんようだ」

提督「所詮、提督なのでな」

妖精A「そう、所詮は提督だ。艦娘を徒に死なせるだけの無能」

妖精B「戦いたいだけならば、自分でやればいいものを…クソがっ!」

提督「…否定は出来んな」

妖精B「そうかっ!ならいい加減、潔くくたばれよっ!」

提督「しかし提督だからと一括りにされても困るな。俺は兎も角、ろくでなしじゃない奴もいるんだ」

妖精A「ぬかせ!俺達が見てきた提督はどれも」

提督「俺の鎮守府に居た建造妖精と同じ、戦争中毒か」

妖精A「な…」


提督「驚くことはあるまい。戦いそのものを目的にするのが、提督だけだと思ったか?」

妖精B「…」

提督「あの建造妖精共は酷かったぞ。自分たちの造った艦娘が、敵を殺して帰る度に狂喜していた」

提督「勝ち鬨を上げるなとまでは言えなんだが…奴らは間違いなく、殺戮を楽しんでいたぞ?」

妖精B「…出鱈目を言うなっ!」

提督「出鱈目なものか!造られた艦娘は誰もが戦争が好きで好きで、たまらなかった!」

提督「それ以外の事はどうでもよくて!艦娘元来の性質は半ば殺されていて!それと、深海棲艦を心底憎んでいた!」

提督「…深海を憎む理由を艦娘に訊いたら、なんて答えたと思う?」

妖精A「…わ、分からん」

提督「彼女らは皆『なにも』と答えた」

妖精B「!?」

提督「続けてこうも言った。深海棲艦は敵で、自分達に害を為す悪だからとも」

提督「意志はあるが、実際はがらんどうだった。深海が何であるか、誰も知りやしないのに…!」

提督「与えられた役割に何ら疑問を持たず、ただ当たり前の事だと殺戮に勤しんで!」

妖精A「ぐ、ぐぬぬ!」

提督「何がぐぬぬだ!俺達は所詮同じ穴の狢!理由はどうあれ戦争に加担してしまった者だろう!」

提督「だのにお前達はそれらに優劣があるという!確かに一理あるが、一体それが何になる?」

妖精B「だ、黙れっ!」

提督「誰がいいとか悪いとかなんて言うのは、戦争を長引かせる為のお題目にしかならんのだ!それを分かれっ!」


妖精B「黙れとおぉぉぉぉぉぉおおぉっ、言っているうぅううぅううううぅうううううっ!」

 ズギュゥン

提督「… …」

妖精B「なっ、避けないだと!?」

 ガシッ!

妖精B「ぐ、ぐあああっ!?」

提督「震えた手でまともに当てられると思ったかっ!」

妖精B「ひいっ!」

提督「ふざけるな!銃後で懸命に戦ってきた自分達を、貶めるような真似をして!」

妖精B「お、お前なんかに…」

提督「そうだっ!心無い怪物の俺なんかにこうやってやり込められて、恥ずかしくないのか!」


妖精B「く、くそぉっ…!」

提督「…あの頑丈な扉は、襲撃の際傷つきもせず砕けもしなかったのだな?」

妖精B「そ、そうだ…」

提督「ならば扉の向こうに生き残りが居てもおかしくないはずだ。なのにどうして誰も…まさか」

 ブワッ

妖精B「止められなかったんだよ!俺達じゃ、あの子達の覚悟をどうする事も…!」

妖精B「ここに籠っていれば助かると!生き残って再起を図ろうと言ったんだ!」

妖精B「だけど…」


 ■

妖精B「ま、待ってくれ!」

朝潮「どうしてです?」

妖精A「今の戦況で出て行っても、犬死するだけだ!」

菊月「承知している。だが私達は、どうしても戦場に往かなければならないんだ」

妖精C「自殺だそれは!」

妖精D「君達は駆逐艦…戦艦と航空母艦を中心とした連合艦隊にはとても……」

磯風「あまり舐めないでもらおうか。我々はけして、水面に沈む為に戦おうとしているのではない」

長月「この場で凌げば生き延びる事は出来るだろう。その代わり、私達はもう二度と戦えなくなる」

妖精E「今戦って何になる!?」

妖精A「磯風。何時だったか俺達の前で言ってたろう…生きる事も立派な戦いだと!」

磯風「ああ、言ったな」

妖精A「この戦いで生き延びれる訳がない!例え夜戦に持ち込んで、連合艦隊を敗走させたとしても!」

妖精B「また次の艦隊が来るだけだ!疲労は溜まり、ダメージコントロールも出来なくなる!」

妖精C「応急修理の子達だってもう居ないんだぞ!」

初霜「…あの」

秋月「少しよろしいでしょうか?」

妖精A「おお…初霜、秋月!君らからも何か言ってやってくれ!」

初霜「申し訳ありませんが…私達、妖精さん達の言う事を聞く訳にはいかないんです」

妖精A「!?!?!?」

秋月「この鎮守府は敵を多く作りすぎました。そして、私達はそれを止めようとはしませんでした」

妖精B「そうかもしれない!だがっ!」

妖精A「君達個人が高潔であろうとしたその姿を、俺達はよく知っている!」

妖精B「捕虜は虐待せず常々丁重に扱い、困窮した状況下でも略奪やギンバイに手を染めたりしなかった…!」


秋月「… …」

初霜「…お褒めに預かり光栄です、ですが」

妖精A「やめろっ!」

初霜「味方の悪行を正す事は出来なくて…結局、自分達だけが正しくあろうとしたんです」

秋月「そんなの、ただの自己満足にしか過ぎないのに…」

妖精B「いいだろうそんなの!」

妖精C「糠に釘!馬耳東風!豆腐に鎹(かすがい)!暖簾に腕押し!」

妖精E「言っても分からぬ馬鹿ばかりだった!誰も耳を貸しはしなかったろう!」

妖精D「提督…いや、あの男の妙な術で己を失った奴らなんか!どうでもいいだろ!」


長月「だとしても!」

菊月「例え奴の傀儡に成り果てようと…我々にとって、彼女らは長年共に戦ってきた戦友なんだ」

朝潮「…見捨てられはしません」

妖精A「脆弱な心の持ち主共など…」

 ジャキッ

妖精A「うっ…」

朝潮「それ以上の発言は許しません。これ以上、仲間や姉妹を侮辱しないでいただきたい」

菊月「あの術は我々に効かなかった。だがそれは意志の強弱ではなく、術の性質による結果だったかも知れぬ」

長月「とどのつまり、私達がああなってもおかしくなかったのだ。ならば尚更放っては置けないな」

妖精B「…馬鹿なことを言うな!彼女らの生死さえも分からないのに!」


 カポッ

妖精D「うん?」

 シュウウウゥ...

妖精E「が、ガス!?」

妖精C「ぐ…これはっ、げほっ」

朝潮「催眠ガスです。恐縮ですが、しばらく眠っていてもらいましょう」

妖精B「けは、う、くく…どうして」

初霜「もし私達が戻らなかったら…どうか、新しい艦娘を建造してください」

妖精A「何!?」

秋月「戦いは避けられません。私達がそうであったように」

妖精A「出来るものか!」

秋月「…」

妖精A「もう艦娘を建造する気はない…俺達は、死なせる為に君達を造った訳じゃないんだ……」

悲しいなあ


秋月「…ありがとう、ございます」

妖精A「う…」

秋月「ですが私達が生まれた理由は、戦争です。戦争を終わらせようとしても、それ自体を忌み嫌う事は出来ない」

朝潮「私達は確かに生きていますが、同時に兵器でもあります。戦う為の機能を持った存在…」

妖精A「そ、そうだ…俺達はそのように君達を定めてしまった。だが君達は意志あるもの、逆らう事も」

菊月「ああ、出来るとも。だから逆らう事にしたのだ」

妖精A「な、何を言って…」

長月「司令官に求められたような自律性のある兵器…などではなく、一つの命として己の意志を全うする」

妖精A「い、意志…!?」

磯風「…守りたい場所がある。守りたい者がいる。この燃え広がる戦火から」

秋月「先の戦争だって乗り越えてきたんです…大丈夫、今度もちゃんと…やれます!」

 ガチャッ

妖精A「ま、ままま待ってくれ!いくなっ!いくんじゃない!」

秋月「大丈夫。次もきっと、大丈夫です!」

 バタンッ!

妖精A「ま、待て…待つ、ん…だ、ま……」


 □

妖精A「…」

妖精A「目が覚めた時には全てが終わっていた…」

妖精A「俺達の力では、あの頑強かつ過重な扉をすぐさま開ける事は出来なかったのだ」

妖精A「戦場に向かった頃には…もう……」

妖精A「… …」

妖精A「…秋月…!」


 ■

妖精E「…あ、ああ」

妖精D「…なんて事だ」

妖精B「む、酷過ぎる…身体が、身体が原形を保っていないじゃないか……!」

妖精C「分かっていた、はずなのに…どうして」

 ブルブル

妖精C「どうしてこんなに身が震える…俺達がしている事が、こういう結果をもたらすのを知っていて……」

妖精A「…あ」

妖精B「どうした?」

妖精A「ほんの少しだが、センサーに反応が…」

妖精B「何だと!」


秋月「…」

妖精A「秋月っ!」

秋月「… …」

妖精A「秋月!俺だ!頼む、起きてくれ!」

秋月「……うっ………」

妖精A「秋月!」

秋月「…あ、れ…ど、どう、し、て……?」

妖精A「君と同じだ…放っておけなかった……」

秋月「……そう、です……か…………」

妖精A「… …」

妖精A「……すまない……っ!」

秋月「どう、して…?妖精さんが、謝る…なんて…悪い、のは……静止を振り切った……私達で………」

妖精A「もういい、もういいんだ……!」

秋月「… …」

秋月「……あ………」

妖精A「秋月!?」

秋月「……翔鶴さん……大鳳、さん………健在、ですか?」

妖精A「お、おい!」

秋月「……ふぅ……艦隊は、大丈夫…艦隊は………だいじょう、ぶ…………」

秋月「… … …」

妖精A「…秋月?」

秋月「… … … …」

妖精A「……起きてくれ、なあ……秋月………」

秋月「」

妖精A「… …」








妖精A「―――――――――――――ッアアああぁアアアアあああああぁぁああああああぁっぁあアアアアアアああああぁぁああああああああぁあああああぁぁあぁああっ!」

(ブリュブリュ!!!ブリュ!!!!ブリュミチミチィ!!!!ブリュ!!!!ミチミチミチミチィブリュリュリュリュ!!!!!ブリュブリュ!!!!ミチミチミチミチィ!!!!! )

ぶち壊しだよッ!!!

草生えた

よかった、いい妖精さんだった…

尊師かな?

あきつ丸「彰晃殿!」

唐澤貴洋なんだよなあ

無能な味方を後ろから攻撃しない奴は、やはり無能なのだと

>>195>>197
なんJ民は巣に帰ってくれないか!

なんJ語だってわかる時点でお前も…あっ(察し)

なんJ民じゃなくてもわかるんだよなあ(正論)
何を察したのやら(呆れ)

sageられないお客様が何を言ってるんでしょうかね…

あのさぁ…

ageんなゴミクズ

尊師のせいで更新が来なくなってしまったではないか(憤怒)


 □

叢雲「…本当に良かったの?」

提督「ああ」

叢雲「それだと戦力の増員は見込めないわよ?」

提督「…どうにかなるさ」

叢雲「考えなしめ」

提督「… …」

叢雲「…まあ、断られちゃったのは仕方ないけれど」


 ■

妖精A「…一応断っておくが、我々に協力を仰いでも無駄だぞ」

妖精B「俺達は所詮は、無責任に命を創ろうとした愚か者だ」

妖精C「産みだして、殺し合わせて、死なせただけ」

妖精D「…単なる逃避だとは承知している」

妖精E「それでも、艦娘を建造するつもりはない。どうか分かって欲しい」

提督「… …」

提督「…どうぞ、好きにすればいい」


 □

春雨「…あの、提督」

提督「何かね?」

春雨「あの妖精さん達は、これからどうなるんでしょうか?」

提督「薄情な言い方だが、こちらの知ったことではない」

春雨「…そう、ですか……」

提督「だが彼らは、俺の知る妖精とは違ってとても情に厚い者達だった」

提督「であるからその…出来ることなら、平穏無事でいてもらいたいものだな」

春雨「…はい!私もそう思います!」

提督「… …」

時雨「…提督」

提督「うん?」

時雨「ずっと神妙な顔をしてるけど、何か引っかかることでも?」


提督「…妖精達が話していた6人のことだ」

時雨「ああ…彼女達は、一体どんな気持ちで死地へ向かったんだろうね」

提督「さて、どうだろうな…兵士ではない俺には分からん話だ」

時雨「…」

提督「多少想像は出来ても、やはりその心境は理解出来んだろう…犬死にを選んだ馬鹿者共のことなど」

時雨「…その言い方は、流石にどうかと思うけど」


提督「…死んで花実が咲くものかよ」

提督「戦って死ぬことが潔しと思う心を、俺は肯定しない。無論…お前達にもそうさせるつもりはない」

時雨「だけど提督…戦えば誰かは死ぬんだ。ならば戦地に赴く者は、すべからくそれを覚悟するべきじゃないかな?」

提督「それについては否定しない。だが…戦争で死んだことを美化するのが、死者を悼むことにはならんのだよ」

提督「勿論自らの死に、大した意味合いを与えるものでもない…生き残った者への重荷になるだけだ」

時雨「重荷だなんて、そんな…」

提督「共に戦った仲間を奪われた悲しみが、そのまま憎しみへと転じ相手方の誰かを殺す」

提督「全てがそうではないとしても、戦争によって生み出されるであろう負の連鎖だ。とどまることを知らない」

提督「そうしてどちらかが、何の抵抗も出来なくなるまで戦いを続けて…後にはそこかしこに荒れ果てた光景が溢れかえる」

提督「…そのことに誰も責任など取れやしない。幾らかの慰みとして敗残者の代表を殺すだけだ」


時雨「… …」

提督「…先の戦争ではそうならなかった。痛み分けという形で一応片付いたからな」

提督「それでどうにか収まってくれればと思ったが、駄目だった。どうしても決着を付けたい阿呆共が、あまりに多過ぎるようだ」

時雨「… …」

提督「黙っていては独り言のようで、嫌なんだかな」

時雨「あ…ごめんね、今の話を聞いているとどうにも不安になってきて」




時雨「ねえ、提督」

時雨「…僕らは一体、どちらの側なんだろうね」


>>210

?:提督「全てがそうではないとしても、戦争によって生み出されるであろう負の連鎖だ。とどまることを知らない」

○:提督「そうして害意はとどまることを知らず、延々と巡り続け…日々誰かに死を強い続けることになる」

?:提督→×:提督

シリアスな場面を邪魔されたのが余程嫌だったのかsage進行になってて草生える

復活したか良かった良かった
そういや気になったんだが>>208で春雨が提督呼びになってるけど春雨は司令官やで


提督「…」

提督「…どちらの側、か。それを聞いてどうする?」

時雨「相容れる者と、そうでない者の区別くらいはしたいからさ」

提督「そんなものはない」

時雨「…おかしくないかな、それって」

時雨「僕達やあの2人を受け入れてきたのは、単なる気まぐれなの?」

提督「… …」

提督「…気まぐれというよりは、気に入るか入らないか。それだけのこと」


時雨「…」

春雨「し、司令官。それではあまりにぞんざい過ぎます…酷すぎます……」

提督「言い方が悪いのは承知だ。だが、俺は他に何と言えばいいのか分からない」

提督「味方と敵なんてものの境界は曖昧過ぎる。勝手な決め付けになることだって少なくはないんだ」

提督「武力などを手にしていなければ、そうはならなかったかもしれないのにな」

時雨「…武力がなくなったとしても、暴力は無くならないよ?」

提督「だろうとも。だが、武力によって暴力はより振るいやすいものになる」

提督「気に食わないと思ったら、殺してやればいいんだ。戦争ではそれが許される」


春雨「…軍法があります。誰も彼もを殺していいなんて理屈は、認められていません」

提督「ああ…だがそれは軍隊だけの話、特別法に過ぎない」

提督「たとえ死んでも仕方のない奴がいたって、ヒトがヒトを殺していいなど法で認められる訳がない」

提督「そもそも命を奪うことが悪なのだ。そうしなければ生きられないとしても、決して正当化などしてはいけない……」

時雨「…それもまた、矛盾だね」

提督「その矛盾に耐えられないものが、自らの行いを正しいと称する」

提督「そしてそれを認めない者達と戦い、勝ってその正しさを証明する。それが…いや、それもまた戦争だ」


時雨「…僕達は艦娘のようで、深海棲艦のようなものでもある」

時雨「そんな僕らが許されるように…受け入れられるようになりたいと思うのは、可笑しいことなのかな?」

提督「いや…可笑しくはない。だが混血を始めとした混じりものは、往々にして差別されやすいものだ」

提督「種族として、はっきりどちら側とは言えない存在だからな」

時雨「それなら僕は…僕らは居てはいけないものなのかな?正しくないのかな?」

提督「…君の悩みを、本当の正しさが解決してくれるとは限らない。何の役にも立たないかもしれない」

時雨「… …」

提督「結局は君が、君自身を受け入れるしかないんだ。そんな風になってしまった、今の自分を」

提督「自惚れろとまでは言わない。ただ、自分が生きていることに喜びを感じて欲しいとは思うがね」


時雨「…提督がそれを言うの?」

提督「む?」

時雨「叢雲さんから聞いたよ。戦争が終わってから、貴方が一度は死のうとしたと」

提督「… …」

時雨「詳しい事情は教えてもらえなかったけど、貴方もまた僕達と同じような存在だと聞いた」

時雨「…提督は今の自分を受け入れて生きていると、心の底からそう言える?」

提督「言えないね」

時雨「… …」

提督「俺はただ諦めたんだ。どういう訳か叢雲に生きるように乞われて、抗えなかっただけなんだ…」


時雨「… …」

提督「情けないと思うだろう?」

時雨「…いや」

提督「遠慮することはない。実際、惰性だけで俺は生きている」

時雨「一世紀も、戦時を生き延びてきた人が?」

提督「ただのまぐれだ。誇りに思えることでもない」

時雨「―――だとしても、生きている」

時雨「生きることから逃げ出しそうになって、それを引き止めてもらって…死の衝動を乗り越えてきた」

時雨「そしてまた戦地に赴き戦おうとしている提督は、決して弱い人ではないと思うよ」

提督「…買いかぶり過ぎだ」

時雨「それならそれで、買いかぶりでなくなるようにと僕は願いたいね」


 □

提督「…来たか」

 ガバッ

夕立「輸送任務、上手くいったっぽい!提督さん、褒めて褒めて~!」

提督「…よしよし」ナデナデ

白露「もー夕立ったら…あ、勿論一番頑張ったのはあたしだよ?」

提督「うんうん、えらいえらい」

村雨「来週の村雨にも、期待してね!」

提督「おう、頼んだぞ」

島風「うー…足並みを合わせるのが大変でしたよ。だって私、みんなより速いもん」

提督「すぐにとは言わんが慣れろ。独りで出来ることなど、たかが知れているからな」


秋津洲「て、提督…」

ヲ級「確カ彼女達ハ、貴方ノ配下デアル艦娘…ドウシテココニ?」

提督「ああ、お前達にはまだ言ってなかったな。俺達は既に拠点を放棄した」

秋津洲「えっ」

ヲ級「…ナン…ダト……」

提督「言えば誘いを断られるかもしれないと思ってな、つい」

秋津洲「つい、じゃないかも!」

ヲ級「ソレヲ知ッテイレバ、易易ト誘イニ乗ッタリハシナカッタ…考エル猶予クライハアッタハズダ……」


提督「…こちらには碌な空軍力がなかった」

提督「あのまま前の拠点に居ても、制空権がない状況では不安が大きかったのだ」

秋津洲「だからって放棄までしなくても…」

提督「小規模なもので十分だ。また設営すればいい」

秋津洲「設営って…妖精さんも居ないのに、簡単に言わないで欲しいかも!」

提督「もちろん当初は簡単だと思っていなかったさ。あの荒れ果てた鎮守府を一部復元、流用しようとも考えていた」

秋津洲「だったらそれでもいいんじゃないかな…」

提督「まだ何か仕掛けがあるかもしれん場所だし、そんな気にはなれんよ。それにな…」

秋津洲「それに…何?」

提督「君にはクレーンがあるだろう?ならばそれで、基地の設営に尽力してくれたまえ」



秋津洲「… …」

秋津洲「…えっ、ええー!」


 □

提督「進捗はどうだ?」

島風「はい!陣地の構築と障碍物作成までは終わりました!」

提督「よくやった。これは褒美だ、皆で味わって食べなさい」

島風「おお…まさかの間宮羊羹」

提督「いや、あくまでそれを真似ただけのものだ。だが味は保証する」

島風「分かりました、それじゃあ早速皆に分けてきますねっ!」

 ダダダダッ

提督(…あの騒がしさにはどうも慣れんな)


 ガチャッ

秋津洲「て、ていとく~」フラフラ

提督「なんだ、もうへたばったのか」

秋津洲「ずっと引きこもってた私に、基地設営をやらせるなんて無茶かも~」

提督「ふむ…ならば休むか?」

秋津洲「うー…ホントはそうしたいけど、自分を役立たずみたいに思うのはもう嫌だし、もうちょっと頑張る」

提督「…ありがたい。そうしてくれると、こちらとしても助かるよ」

秋津洲「どういたしまして。進捗だけど、倉庫の建築はもうすぐ終わりそう」

提督「そうか。ならそれが終わったら休みたまえ」

秋津洲「え、いいの?」

提督「この辺りの測量と地図作成は概ね片付いている。後の作業はこちらで引き継ごう」


秋津洲「…分からないかも」

提督「何がだ?」

秋津洲「私達の戦場は海と空が主体だもの。なのに陸地に陣地の作成なんて…」

提督「艦娘にとってはそうだろうな。陸地では海ほどの機動性を発揮出来ない」

秋津洲「船の機能しか持ってないもの。戦車のように不整地を走破なんて出来ないかも」

提督「そう、それなんだよ」

秋津洲「?」

提督「深海棲艦は海に現れる者が殆どで、陸地で対峙することなど、まあありえないことだ」

提督「…だがいつしか何者かにより、陸地から侵攻される事例が散見されるようになったのだよ」

秋津洲「そ、そんなまさか…深海が?」

提督「あいにくどこのどんな勢力で、今なお健在なのかさえも分からないのだ。だが警戒するに越したことはない」

提督(戦争終結前に内紛が起きて、大体は俺が殺したがな…)


秋津洲「…ふーん。よく分からないけど、やっぱり外は物騒なんだね」

提督「戦時下だからな。少なくとも、俺やお前が生まれた時から」

秋津洲「けど一旦は終わったんでしょ?」

提督「ほんの数年だよ。堪え性のある奴が少なすぎた」

秋津洲「なら、今度はいつ終わるかな?」

提督「いつ…かな。いつか終わるんだろうか」

秋津洲「随分と弱気かも」

提督「二度目だからな…こういう鬱屈とした状況は。一度でもう沢山だというのに」

秋津洲「…そうだね」


提督「あー…どうにも辛気臭くていけない。こんな時はそう、食べるに限る!」

秋津洲「…なにそれ?」

提督「うむ、よくぞ聞いてくれた。これはカップ麺と言ってだな…」








叢雲「で、それが体調を崩した理由?」

提督「色々味を比べてたら、ついつい食べ過ぎてしまってな…」

秋津洲「美味しかったけど、もう食べられないかも~…」

叢雲「それなら今日の夕餉は要らないわね。残念、今日はいい穴子がとれたのだけど」

提督「何っ!?」

叢雲「アンタ達のお腹はもう一杯みたいだし、余った分は私達で分けるわね」

提督「せめて、せめて明日の朝飯に…」

叢雲「まわさないわよ」

提督「…はい」


 ■

 …皆が寝静まった頃。

 空の向こうに見える月はとても明るく、欠けがない。

「ふ、はは…見つけた、やっと見つけたぞ、同志ぃ……」

 一人の男が提督達の新たな拠点を前にし、呻くような声で呟いていた。

 正気を失っているのだろうか、目がぎょろぎょろと動いている。

 身なりを気遣っている様子でもなく、髪はぼさぼさで服もぼろぼろ。



 …ぷぅん。

 その臭いに惹かれてか、一匹の蝿が男にたかってきた。


「……」

 すぐに追い払おうとはしなかった。

「…あっちへ行け」

 言葉が通じぬであろうそれに、一言そう告げたのだ。

 …ぷぅぅぅぅん。

 当然、彼の言葉を蝿が意に介することはない。

「……」

 …ぷぅぅぅぅぅぅぅぅぅん。

「…がああっ!」

 …ぷぅ。

 耐えられず、男は蝿を腰につけた刀で切り払ってしまった。


「…目障りな蝿め!」

 そう忌々しげに呟く男は、真っ二つになった蝿の死骸を踏んでぐりぐりする。

 憎悪一杯の目で足元を見る様は、まさに病的だ。

「…相変わらず見事な一太刀だ」

 どこからか声がした。

「おお、同志よ…同志○○よ!」

 声を聞くなり、男は歓喜した。

 ずっと探し求めていた者が、自分のすぐ傍まで来てくれている事実に感極まって。

 まるで恋焦がれる乙女のように、頬を紅潮させながら…探し人の姿を追い求めようとした。

「同志!どうか姿をお見せ下さい!そして今度こそ、我らの悲願である戦争終結…艦娘と深海の居ない世界、を」

 その先の言葉が続くことはなかった。

 男の胸に満月のような丸い穴が空き、心肺が吹き飛んでしまったからだ。


「…な、ぜ……」

「気が変わった。それだけのこと」

 最期の気力だけで口にした疑問には、とても投げやりな返答で応じられた。

 無論、納得など出来るはずがない。

 かつては自分達が居た組織…その首魁とも言える彼が若しかして、艦娘を受け入れようとしているなどとは。

「…ご、ごぼっ……」

 出るのは血反吐だけで、二の句がつげない。

 内紛によって、組織構成員の大半が虐殺されたと知っても、男は首魁への崇拝を止めなかった。

 それなのに何故、自分のように忠実であろうとする者さえ殺すのかと…男の恨みつらみは収まらない。

「……」

 だが瀕死の状態ではどうすることも出来ず、彼はそのまま息絶えることとなった。


 □

提督「… …」

叢雲「…何をしているの?」

提督「野暮用だ。気にすることはない」

叢雲「哨戒は私達の仕事。何よ、信用出来ないの?」

提督「気に触ったならすまない…だがアレは、俺が始末をつけねばならなかった」

叢雲「始末をつける?一体何のことよ」

提督「追求は無用だ。俺は野暮用だといった」

 スタスタ

叢雲「あっ、待ちなさい!」

提督「哨戒はまだ終わっていないだろう、任務を全うせよ」

叢雲「…そう、分かったわ」

恐縮ながら打ち切り

え?
やめるん?

ふぁっ

なぬ

マジで依頼でてた
なんでや…

おのれ尊師め…

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年06月29日 (月) 01:23:50   ID: i_hOev9d

楽しみにしてます

2 :  SS好きの774さん   2015年09月05日 (土) 02:13:50   ID: Im5fZSzc

読みづらい所もありましたが、独特の世界観に引き込まれました。続き楽しみにしてますお

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