モバP「タチバナンジョウ」 (23)


事務所

ガチャ ギィ……

テレビ「命を選べるかという命題はーー」

光「あっ……っと。先客がいたか」テクテク

ありす「光さん、ですか」

光「うん、こんにちは。何見てるんだ?」

ありす「面白いですよ。トロッコ問題や課税の正義を論ずる、たいへん素晴らしい番組です」

光「正義っ!? ……難しそうだけど、面白そうだな」

ありす「面白いって言ったでしょう。見ます?」

光「うんっ。ところで、あと何分くらいなんだ」

ありす「あと二十分くらいかと。見たい物でもあるんですか」

光「DVD、一本なら持ってきていいって言われたんだ。これっ」

ありす「あ、はい」


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………………
…………
……

一週間後

テレビ「自分の意志で選択した、と思いこまされていないかーー」

ガチャ バタン!

光「よしっギリギリセーフ」

ありす「いいえ。五分くらいアウトです」

光「くっ、間に合わなかったか……」

ありす「最初の数分はイントロダクションですし、問題ありませんよ」

光「そうなの? やったー!」キャッキャッ

ありす「はい。ところでその、今後はもっと静かにドアを締めて下さい」

光「ドア? ……うん、次からは気をつける……」シュン……

ありす(忙しい人ですね)

ありす「ところで、お茶飲みますか」

光「大丈夫。自分の分は自分で淹れるから!」

ありす「いえ、多く淹れすぎちゃったんです。……飲んでくれますか?」

光「ありすちゃんはおかわりしないの?」

ありす「一杯で足ります」

光「そっか。じゃあ頂戴!」

ありす「どうぞ」コポコポコポ

光「ン……うぉぉ、凄くいい香りだ……」

ありす「桃華さんの家の農園で採れたお茶だそうです」

光「ぷはっ。おかわり貰っていい?」

ありす「ええ、どうぞ。……あっ」

光「あ、もう空っぽだったか……淹れてくるねっ」

ありす「淹れられるんですか?」

光「簡単だって。アタシに任せろーっ!」


数分後

光「……おんなじお茶のはずなのに、なんで……」

ありす「カップ温めたりとか、ちゃんとしました?」

光「お湯注ぐだけじゃないのか?」

ありす「そこからですか。茶葉が泣きますよ」

光「そっ、そんな。アタシが誰かを泣かせただと……」ワナワナ

ありす「淹れ方、教えてあげましょうか」

光「いいのか?」

ありす「いいんです。でもまず、これを飲んでからです」

ありす(少しいがらっぽくて、渋みが強い。でもおかわりしようかな。どうしてか、いつもより喉が乾いてました)


………………
…………
……

一週間後

テレビ「ーー教室はこれにて終了です。さよなら、さよなら。さよならーー」

ガチャ バタン!

光「くっ、大遅刻だ……番組は!?」

ありす「一つ。ドアは静かにお願いします。二つ、番組は今終わったところです」

光「そっか……ありすちゃんはこの後、レッスンだったよね」

ありす「ええ。光さんは?」

光「番組見過ごしたし……特訓に戻ろうかな……」フラフラ

ありす(うわ、背中が煤けてます)

ありす「ところで、どうして遅れたんですか。レッスン長引きました?」

光「打ち合わせもそうだけど、これ買ってたんだ」

ありす「……ケーキ?」

光「ありすちゃんが好きだって、Pから聞いてさ」

ありす(……来週は番組が休みです。だけど……)

ありす「あの、今食べませんか」

光「これからレッスンなんだろ。悪いって」

ありす「最近燃費が悪くって、お腹が空いてるんです。食べさせて下さい」

光「……お茶、沸かしてくるねっ」タッタッタ

ありす(なるほど、こういう風に扱えばいいんですね。番組を観た体験は、無駄になってないみたいです)


数分後

光「……どう?」

ありす「……腕を上げましたね。合格です」

光「やったぁ!」ガッツポ

ありす「ただ、その」

光「お茶にミスがあったか!?」

ありす「いえ、そうじゃ無いです」

ありす(ケーキはケーキでも、ワンホールケーキです。ショートケーキってこう、あの三角形が美しい物ですし。味は変わらないってわかってても……それよりも)

ありす「なんでもないです。食べましょう」

ありす(一個しかありません)

光「うん、どうぞどうぞ!」

ありす「食べる時はいただきます、ですよ」

光「確かに、マナーは大切だよね」

ありす「光さんも食べるんです」

光「えっ?」

ありす(……やっぱり)

光「お腹減ってるんだろ? アタシはさっき食べたから大丈夫だよ」

ありす「ケーキって嗜好品だから、お腹減ってるとかどうとかじゃないです」

光「でもさ、ワンホールしか無いよ?」

ありす「言葉が足りませんでしたね。空いてたのは、小腹程度なんです。ワンホールじゃ多いから手伝って下さい」

光「う……じゃあ、お皿取ってくる」

ありす「手元に気をつけてくださいね」



ありす(美味しいケーキでした。苺の品質管理が良かったのと、お茶を淹れた人が上手だったからだと思います)


………………
…………
……

一週間後

ガチャ バタン

ありす「ただいま戻りました……あ、光さん」

光「珍しく遅れたな。今日はやってなかったよー」

ありす「すみません。先週、きちんとそれを言うべきでした」

光「いいって。自分で調べればいいのに、調べなかったんだから」

ありす「それはそう、かもしれないけど……」

光「DVDを観てたし、問題無いって。ところで!」

ありす「どうかしました?」

光「じゃじゃんっ。新しいケーキ、買ってきたんだっ」

ありす「……そんな」

光「え、苺嫌いになったの?」

ありす「違います。ケーキ、焼いて来ちゃったんです。ほらこれ」

光「すごい。手作りなんだな」

ありす「オーブンがあれば簡単です」

光「アタシ、せいぜいチョコぐらいしか作れないんだ。いーじゃん、いーじゃんすごいじゃん!」

ありす「……ありがとう、ございます」

光「じゃあ、こっちのケーキは冷蔵庫に保管するね。マッキーある?」

ありす(私だって自惚れ者じゃないから、プロのケーキには勝てないってことぐらい……わかってます)

ありす「すみません。忘れてしまいました」

光「そっかぁ。お茶沸かしてくるから、ありすちゃんはケーキ切って!」

ありす「えっ?」

光「アタシのケーキ持ち帰るから。今度食べよ?」

ありす(……そっか。戦う必要が、そもそも無いんだ)

ありす「はい。まな板は給湯室なので、一緒に行きましょう」

光「うんっ! 二週間くらいなら保存効くかなー」


ありす(本当は少しミスしたケーキです。スパイスが足りなかったり、加熱したブランデーの量が足りなかったり。でも、それで良かったみたいです。スパイスなら、その場で足りていたのだから)

ありす(……私のケーキを食べたいと言ってくれたのが、少し嬉しいです)


………………
…………
……


一週間後

テレビ「次回でみなさまともーー」

光「もう、終わっちゃうんだなー……」

ありす「そうですね。DVDが観れていいんじゃないですか?」

光「ありすちゃんは観ないだろ?」

ありす「……面白いのを教えてくれるなら、考えます」

光「任せろっ。先に言っておくけど、アタシのチョイスはかーなーり面白い!」

ありす「そ、そうですか。……それよりも、話があります」

光「何だ?」

ありす「どうしてケーキの種類が違うんですか」

光「ありすちゃん、もしかしてバナナ食いたいのか?」

ありす「私は絶対苺です。どうして二種類あるのか、って聞いてるんです」

光「アタシ、バナナ好きなんだ」

ありす(……少し賭けに出ますか)

ありす「じゃあ、前に苺を焼いてきたのは、迷惑でしたか」

光「そんなことない!」

ありす「本当にそうなんですか」

光「だって美味しいもん。嫌いなんかじゃないよ」

ありす「……美味しかった、ですか?」

光「うん。ありすちゃんのケーキは美味しい!」

ありす(……勝った!)

光「どうしたんだ? 後ろ向いてガッツポーズなんかして」

ありす「いえ、何でもありません。それより、光さんがこの苺を食べないのが嫌なんです」

光「……半分ずつに、する?」

ありす「しましょう」ズイッ

光「はい、交換。……って、ちょっと待って」

ありす「どうかしましたか」

光「分けてくれたケーキ、ごろっと苺入ってるけど……」

ありす「私が入れたんです」

光「苺、好きだろ?」

ありす「だからです。美味しいですよ」

光「う……じゃあ、いただきます!」

ありす「ふふ、どうぞ」


ありす(光さんは、時々おかしいんじゃないかってくらいに遠慮をします。勿体ないです)


………………
…………
……

一週間後

テレビ「躊躇わない若さの弊害とはーー」

ガチャ バタン!

光「あ、おかえり! ……ありすちゃん?」

ありす「……ありがとうございます。沸かしましょうか」

光「いや、もう淹れてるけど。どうかした?」

ありす「何もありません」

光「本当に何も無かった人って、そんな風に答えないって思う」

ありす「…………」

光「ケーキ、食べる?」

ありす「……はい」


数十分後

ありす「ごちそうさまでした」

光「あー、美味しかった。……落ち着いた?」

ありす「……はい」

光「聞いて大丈夫か?」

ありす「……聞いてくれるんですか」

光「アタシは聞きたい。ありすちゃんは言いたい?」

ありす「……営業先で、揉め事を起こしちゃったんです」

光「名前を馬鹿にされた?」

ありす「あの人が非効率で大時代的で、不平等な手段をとるのがいけないんです。間違いを指摘してあげました」

光「あはは、ありすちゃんは優しいなぁ」

ありす「……必要もないのに騒ぎを起こす、短気な馬鹿です。信じていた正義に囚われる、狭量者ですよ」

光「間違いを見過ごせないんだな、ありすちゃんは」

ありす「……そんなので、う、うぅぅ……」

光「ありすちゃん!?」


ありす「このままじゃ、嫌です、やなんです……。またPさんに、みんなに迷惑かけちゃうの、やだぁ……私のせいで迷惑、やだよぉ……」

光「……大丈夫。何が起こっても、絶対大丈夫だから」ギュッ

ありす「……どうしてそんなこ、と、言えるんです」

光「アタシもさ、調子に乗りすぎることあるから。だけど、だからこそブレーキ出来るって思うんだ」

ありす「私に、……それが出来る、とでも?」

光「出来るよ。ありすちゃんは強いんだもん」

ありす「強い……?」

光「年上の人のミスを怖がらずに指摘出来るのって、なかなかやれることじゃないもん」

ありす「……そう、でしょうか」

光「アタシだったら、フォローしてそれでお終いにしちゃうだろうから。それにさ、もしかしたらその人が『指摘してくれてありがとう』って思ってるかもよ?」

ありす「光さんは、都合良く考えすぎです」

光「そうかも。へへへ……」

ありす「誉めてません」


光「むぅー……。ちょっと違うかもだけど、いいか?」

ありす「はい」

光「叱るのってさ、相手が変われるって信じてるからだって思うんだ」

ありす「変われる?」

光「相手がより良く成長してくれるって、ありすちゃんは信じてたんだろ」

ありす「…………」

光「その人の可能性を信じられるんだから、ありすちゃんは優しいと思う」

ありす「優しいから、なんだって言うんです」

光「優しさを忘れないで。そうすればきっと、変身出来るから。……どうかな?」

ありす「……ありがとう、ございます」

光「アタシは何もしてないよ。ありすちゃんの話を聞いただけだ」

ありす「私がありがとうって言ったら、それはありがとうなんです。……違いますか?」

光「そうだな。こっちこそ、ありがとうって言ってくれてありがと」

ありす「入り組み過ぎです」

光「ううん。ありがとうって言って貰うのって嬉しいもん。役に立てた?」

ありす「ありがとうございます。そばにいてくれて」

光「……〜っ」

ありす「どうかしました?」

光「もう一回……いや、何でもない! ちょっと走ってくる!」

ありす「あ、はい。気をつけて下さいね」

光「うん。行ってきますっ」

バタン!

ありす(優しい。自分でも、そうは思えません。でも……正しく使えるようになりたい、って思いました)

ありす(……手、温かかったな……)


………………
…………
……

一週間後

ガチャ バタン!

光「……あ、もう終わったんだった」

ありす「光さん、遅いです。あとドアは静かに閉めて下さい」

光「……来てたの?」

ありす「来ちゃダメって事は無いでしょう」

光「ううん、ぜんぜん! 来てくれてありがとう!」

ありす「それほどのこと、してませんよね……?」

光「来てくれたの、嬉しいんだ! ちょっと待ってて、沸かしてくるから!」

ありす「コップは今あるのを再利用しますから、新しいのはいらないです」

光「教えてくれてありがと!」タッタッタ


数分後

光「ーーあーっ、何時見直しても、これはいいものだ……」

ありす「怪人の影がCGで人になるのはアイディアですね。ちょっと面白かったです」

光「だろだろ! でさ、まだ続きがあるんだ……怪人になってしまった人間の悲哀! 誤解と交錯! 転々と移動する三本のベルト……熱いぜこれ、燃えてきたっ!」

ありす「楽しみにしてます。……ところで、ちょっといいですか」

光「ん?」

ありす「その、この前泣いちゃった時のことのお礼がしたいんです」

光「泣いた?」

ありす(……しらばっくれるのを貫いてるんでしょうか。それとも、忘れちゃった?)

ありす(後者だとするなら、少し怒っちゃいます……決めました。光さんをからかいます)

ありす「その時私、光さんに沢山甘えちゃったって思ってるんです」

光「甘えちゃったって?」

ありす「ぎゅってして貰いました」

光「あんなの別に、どうってことないって」

ありす「私の気が収まりません。どうかお礼をさせて下さい」


光「う……わかった。どんなの?」

ありす「甘えさせてくれたお礼だから、甘えに来て下さい」

光「えっ?」

ありす「甘えてって言ってるんです」

光「そんな、理由もないのに悪いって」

ありす「一つ。理由ならさっき説明しました。二つ、理由もないのに無茶を求めるから、甘えなんですよ」

光「それって矛盾してないか?」

ありす「とにかく、借りは返させて下さい」

光「う、うん、でも……」

ありす「……私、そんなに頼りないですか」

光「えっ?」

ありす「無茶を頼めないっていうのは、人には出来ないって信じ込んでるからだって思います。ーーそんなの、優しい光さんのやることじゃないです」

光「……もしかして、ちょっと怒ってる?」

ありす「ちょっとだけに見えますか」

光「……ごめんなさい」

ありす「年上ぶるのはまだいいです。でも、強がりすぎはもうやめて下さい。私より背が低いんですから」

光「背は関係無いだろ!? あと強がりって!?」

ありす「ありますよ。私よりもタフネスが無くって、ドリンク頼りだってPさんから聞きました」


光「どうしたら、その、許してくれるんだ?」

ありす「そうですね。じゃあ、口を開けてください」

光「口?」アーン

ありす「隙あり」ヒョイ

光「ひゃひ!?(何!?)」モゴモゴゴクン

ありす「まだケーキが残ってます。全部、あーんされて貰います」

光「そんな……自分で食べられるのに」

ありす「だから、ですよ。次行きます」

光「うは、恥ずかしいな……」アーン


ありす(縮こまった光さんは、小柄さも相まってハムスターのようでした。そんな瞬間を独り占め出来てるなら、ちょっとだけ嬉しかったり、します)


光「ひぇーひぇーはひふはん(ねーねーありすちゃん)」

ありす「何です?」

光「ほほふふほ(頬袋)」

ありす「ぷっ」

終わり


おまけ

嘘次回予告

光「どうも! カップラーメンは一分半で食べちゃう方、南条だ!」

ありす「はぁ。カップラーメンより春雨派の橘です。光さんのプレミア付き玩具が事故で壊されれば、私だってお年玉を切り崩します。でも、光さんにはそれより大事なものがあるみたいでした」

光「次回! シンデレラガールズ、じ、じろーどとぅ、とぅ?」

ありす「『The road to hell is paved with good intentions』。See you……」

光「おおっ! すっごく発音きれい!」

ありす「こんなの簡単です。光さんもいいスジしてるって思います」フフン

光「わーい、誉められたー」キャッキャッ

ありす「光さんったら……えっ、マイクがまだ回ってる? おほん、見てください!」

今度こそ終わり

??「らぁめんと聞きまして!」

?「帰るぞ」

終わりったら終わり


間違いを見つけたら正さずにいられないありすと、困ってる人を助けずにいられない光の二人は、ベクトルの違う正義感の持ち主だと思うのです。低身長黒髪ロングコンビってどうですか。依頼出してきます


>>15

訂正

×ありす(……しらばっくれるのを貫いてるんでしょうか。それとも、忘れちゃった?)

ありす(後者だとするなら、少し怒っちゃいます……決めました。光さんをからかいます)

○ありす(……もしかして、忘れたんでしょうか)

ありす(そうだとするなら、少し怒っちゃいます。……光さんをからかいます)

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