真「ずっとヒーローに憧れてたんだ」 (96)

・アイマスSSです。
・地の文あります。
・原作改変してます。

では、よろしくお願いします。

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幼い頃、ヒーローに憧れた。

毎週何曜日だったか、夕方に放送される男の子向けアニメ。

毎週欠かさずそのアニメを見ていた。
友達と公園で遊んでても、病気で寝込んでても、絶対そのアニメの時間にはテレビを点けてた。

ひょんな事からヒロインと出会って、そのヒロインを守るために伝説の宝を探して旅をする。
時には、町を襲う悪い奴らを成敗しては、みんなから感謝をされる。

僕は、その主人公が、ヒーローが大好きだったんだ。

弱気を助け、強気を挫く。  いつも優しさと勇気を兼ね備えたヒーロー。
そのヒーローの生き様に見惚れて、目の敵にしていた奴も仲間になっていく。
時にはピンチになったりもするけれど、"大切な仲間"がヒーローを助けてくれるんだ。

ヒーローは、諦めずに俯く事もせず前だけを見つめていた。
そして、「勇気が勝つ!!」が決め台詞で、敵を倒した後に必ず言うんだ。


僕は、そのヒーローに憧れてたんだ。

僕もそんなヒーローになりたい。
誰かを助けられるような、そんなヒーローに。

特訓して、体を鍛えて、必殺技も用意して。
いい感じの木の棒を拾ったら剣に見立てて冒険に行ったりもした。
いつか悪いヤツをやっつけて、「勇気が勝つ!!」って言ってやるんだって。

そんな中、父さんが僕に空手道場に通うよう言ってきた。
胴着とサポーターを持ってきて、嘘じゃない事は一目で解った。
「男のようにお前を育てる」、男の子が欲しかった父の言葉。

空手道場に通うことは勿論賛成した。
強くなれるのなら、ヒーローに近づけるのならと、安易な考えで。

けれど、僕はすぐにその考えの甘さを痛感させられる事になった。


自分より歳や体の大きな子達が凄まじい気迫で組み手をしていて、
僕と同じ、または小さいくらいの子達は皆、統制の取れた動きで型を習っていた。
道場内にこだまする張り裂けるような掛け声は、「凄い」よりも先に、「怖い」を付き纏わせた。

こんな所でやっていけるのだろうか。
いいや、ヒーローはこんな所で挫けたりなどしない。
だって、「勇気が勝つ」が、ヒーローの決め台詞なんだから。


その意志も直に砕かれてしまう。


始めて数ヶ月、道場の雰囲気にも慣れて、むしろ型の練習と柔軟ばかりで飽き飽きしていた。
型を覚えていくにつれて、自分が強くなっていっているような感覚になって自信も付いた。
それも手伝って、空手に対する飽きは強くなっていった。


そんなある日、同年代で組み手をするというプログラムが新しく入った。
退屈を感じさせていた空手にも、ようやく次の刺激が入ってきたかと、胸を躍らせた。

組み手の中にも、「約束組み手」とか、「組み手試合」とか色々あるけど、
今回は、自由に技を掛け合う「自由組み手」だった。
僕は、どんな形式だろうと試合のように臨んだだろうけど。

相手になったのは、僕よりも一つだけ歳の大きな7歳の男の子。
身長だってほとんど変わりはしない、負けるわけないと踏み込んだ。

自分の力を、過信していたってところかな。

腹の中をうねる鈍痛、子ども特有の手加減を知らない威力。
にしては、やけにスナップの効いた、豪快な正拳下突きだった。

たまらず勢いのまま後ろに吹き飛ばされ、地面を踏みしめてやっとの思いで踏みとどまる。
反撃だ、前を睨もうとした瞬間、飛んできたのは二発目の拳だった。
受けの姿勢すら取れなかった僕はまた押されていく。

おかしい、こんなハズじゃなかったのに。


一方的に技を掛けてはいけない、なんてルールなんて無いけれど、
これはあまりにも暴力的なワンサイドゲームだった。

それから四、五発拳を打ち込まれた後、審判の上級生からの制止が入った。
自由組み手に勝敗は無いけれど、あったとしたら勝ちは間違いなく向こう。

僕の中のヒーローは、あっけないくらい弱かった。

痛みなのか、ヒーローの敗北を悲しんでなのか。 
大粒の涙を垂れ流しながら蹲る僕を心配してか、大勢の足音が駆け寄ってくる。
師範からは、「帰ったほうがいい、親御さんに連絡しておくから」
と、いつもの厳格な声とは一転して、僕のお腹の状態を真剣な瞳で見ながら優しく言った。

程なくして父さんが迎えに来た。 父さんは俯いたまま泣きじゃくる僕を抱っこして、
器用に師範達にぺこりとお辞儀してから割れ物に触るみたいに僕を助手席に乗せた。


車の中でも、特に父さんは何も言わなかった、多分何も言えなかったんだと思う。
今思えば、父さんは不器用で僕に掛ける言葉が無かっただけなんだ。
けど、その時の僕は「心配してもらえなかった」っていう、酷く自己中心的な悲しみ方をした。



帰ってすぐ、僕は自分の部屋に戻って、晩御飯も食べずにベッドに顔を埋めた。
惨敗、ヒーローの敗北、父の厳しさ、腫れた下瞼。
そのどれもが、僕の悔し涙を誘った。

ベッドの上で、泣きながら今日の事を振り返った。

師範が僕の事を本気で心配したのは、きっと僕が女の子だからなんだ。
「女の子は男の子よりも力が無いから、男の子と一緒に遊ぶのは気をつけなきゃダメよ」
って、幼稚園にいた時に先生に言われたっけ。
僕はどんなに頑張っても、女の子という扱いは変わらないんだ。


そして、あまりにも理不尽だった自由組み手。
でも、今思えば、相手の行動は理不尽ではあっても不思議では無かった。
もしあの組み手の状況が逆だったなら、きっと僕も手加減なんてしていなかっただろう。

言ったハズだ。 「どんな形式だろうと試合のように臨んだだろうけど」と。
相手だってそのつもりで、自由組み手に臨んだんだ。

なら、何故負けたのか。
経験の差? 性別の差?
そんなわけが無い、第二次成徴期も迎えてないのに男女の差なんて些細なものだ。

じゃあ、一体なんなのか。
枕を抱いて、数回寝返りを打っても答えは見当たらなかった。
それでも、6歳の僕にはそれを飲み込むことは出来なくて、
「男女の差」で片付けてしまったんだ。

「僕は女の子だから、男の子より弱いから負けたんだ」って。
そんなのただの言い訳ですら無いのに、僕はそれに逃げてしまったんだ。
「勇気が勝つ」なんて、今の僕にそんなもの少しだってありはしなかった。



それから、僕の中のヒーローは居なくなった。


別に、空手をやめた訳じゃ無かった。 体を動かすのは好きだし、
なにより空手道場に払った月謝や胴着代の事を考えると辞めるに辞められなかった。
ヒーローが居なくなった分、甘えた考えはしなくなった。
その代わり、何かがポッカリ抜けたような感覚のまま、毎日を過ごした。

あの頃から、父さんとコミュニケーションを殆ど取らなくなった。
思春期を迎えたからとかじゃなくて、自然と距離が遠くなったんだと思う。

あまりにも、味気ない毎日だった。
小学校や中学校の思い出なんて殆ど無い。
唯一、体育の時間は良く覚えてる。 単純に、動きたいだけなんだろうけど。

けれど、体育で良い結果を残す度に聞こえる、女子からの黄色い声だけは苦手だった。
僕の見た目が中性的なのも解るけど、叫ぶなら男子にして欲しいって何度も思った。
彼女らの行為が嫌なわけじゃなくて、僕の好きな事に必ず付き纏うものだったから。


いつしか僕は、空手ばかりに時間を割くようになった。
あそこは女の子は少ないし、例え居たとしても黄色い声を送るような子なんて居ない。
楽しいワケじゃなかったけど、消去法で一番快適な空間が道場だった。

女っ気なんて一切無いけど、父さんも特に何か言ってくるワケでもなくて
それなら楽で良いやって、思ってしまう自分が怖かった。


気付けば、中学時代の僕は呆気なく終わりを迎えて、
高校の制服に身を包んでいた。
新しい制服を見て、可愛らしいと思った自分に驚いた。
まだそんな女の子っぽい面も、自分の中に残っていたんだって。

高校一年生の夏頃に、黒帯になった。
多分遅い方だろうと思うけど、審査基準は所によってまちまちらしいから、
そこらへんの正しい判断は出来ないかも。


黒帯を取れた事は嬉しかった。 本当に嬉しかったんだ。
周りの人も喜んでくれたし祝ってくれた。
けれど、何故かその喜びは長く続かなかった。

父さんにその事を伝えても、どこか上の空みたいな返事で、
僕に空手を勧めた頃の父さんはどこに行ったんだろう、そんな事を思った。

色の無い毎日、空手に汗を流す日々。


そんなある日、道場からの帰り道で張り紙を見つけた。
やたら剥がれかかっていて、誰の目にもつかないんじゃないかと思ってしまうほど下手な貼り方だった。

アイドル募集の、張り紙だった。


「アイドル専門の養成事務所、765プロで活躍する人を募集しています!!
 いつもTVで見てるあの番組に出れるかもしれません!
 アイドルに興味があって、やる気に溢れた子は是非、765プロへご応募してください!!」

良くある、定型文のような募集内容だった。
なのに、その張り紙から目が離せなかった。

携帯を鞄から取り出して、気付けば張り紙に書いてある電話番号を打ち込んでいた。
ここに行けば、今の味気無い毎日を変えられるような、そんな気がして。
傍から見たら馬鹿だと思われるかもしれない、詐欺かもしれないのに。
けど、打ち込む指は一切止まらなかった。

通話ボタンを押した途端、すぐに応答が来て、
「あの、張り紙の募集を見て電話したんですけど……」と言った。
嬉しそうに応答する電話越しの声ですら、とても遠くから聞こえるみたいな、不思議な高揚感。
この時の僕は、どうやって周りや父さんを説得しよう、という事しか考えてなかった。



居なくなった僕の中のヒーローは、変わらず居ないままだった。


とんとん拍子で僕はアイドルになった。
書類のサイン、面接くらいしか面倒なものは無かった。
なによりも面倒な事になりそうだった、親の同意もそう時間は掛からなかった。

その時は心底驚いた。
あんなに僕に男として振舞うよう言ってきた父さんが、
二つ返事で、僕がアイドルになることを了承するなんて。
質問しても何も答えてくれないし、本当に訳が解らなかった。

疑問符は消えないまま、僕はアイドルとしての門をくぐる事になった。


765プロに居るアイドルの数は僕を入れて11人、直に2人増えたんだけど。
みんな個性的な子たちばっかりで、僕とは比べ物にならない程輝いてた。
輝いてた、と言っても物凄い有名なアイドルって訳では無いんだけど。
なんていうか、夢に向かってるって感じで凄いキラキラしてたんだ。

直感でこの事務所に入ってきた僕は、なんだか萎縮してしまって、
挨拶を兼ねた事務所や活動の案内の後、応接間のソファに深く座り込んだ。

その時、とある子に出会った。

テーブルの上に出されたお茶の出所に目を向けると、
白いブラウスに身を包んだ華奢な、僕と正反対のような女の子が居た。
萩原雪歩、って名前らしい。 なんだか羽みたいにフワフワした子だなと思った。

彼女も僕と同じように、張り紙を見て応募したらしい。
そして、同じように夢に向かってる彼女たちを見て萎縮してしまった、と。


同じ境遇もあって、僕たちはすぐに打ち解けた。
雪歩は犬や男性の人が苦手で、そんな自分を変える為にアイドルを目指したらしい。
十分立派な動機じゃないかって言うのは少し気が引けた。

僕は空手の事ばかりしか知らなかったから、雪歩の話す事は全部新鮮だった。
ファッションとか、お化粧とか、あとお茶の淹れ方。

色んな事を雪歩から教わった。
逆に僕は、雪歩に護身術を教えてあげた。

雪歩は意外と力があるけど、性格のせいであまり発揮出来ないみたいだから、
相手の力を利用するタイプの技を少しだけ、実技もふまえて教えた。
スポンジのようにすぐ吸収する雪歩に少し驚いたりもしたけれど、教える立場の楽しさの前にはあまり気にならなかった。


次第に僕は、色を取り戻したかのように女の子としてのあり方に興味を持ち始めた。
かわいいグッズを集めたり、ファッション誌を読んで、色んな勉強をした。

けれど、反比例して空手に注ぐ時間はどんどんと減っていった。
父さんになんて説明すれば良いだろう、と思っていても父さんは何も言ってきたりはしなかった。
それで調子に乗る、なんて事はしなかったけど、
正直肩の荷が降りたかのようにアイドル活動に専念した。

挨拶回り、つまり営業かな。 もしたし、レッスンも飽きるほどやった。
トレーナーさんが言ってくれた事だけど、僕は歌よりも踊りの方がセンスが良いらしい。
やっぱり体を動かすのが得意なお陰かな、と自分の体に誇りを持てた。


順風満帆なアイドル生活だったけど、唯一無くてはならない物が欠けていた。

それは、仕事だった。

765プロは、現状プロデューサー。 つまり営業や、アイドルの健康その他管理などを担当する、
芸能界において掛け替えの無い存在が居ないのが原因だった。

挨拶回りは出来ても、仕事の内容に切り込めないんじゃ意味も無い。

応接間のソファに雪歩と座ってボケーッとするか、レッスンするか挨拶するかの毎日。

そんな中、プロデューサーがやってきたのは、響や貴音さんが入ってきた後の、
半年が過ぎて僕が高校二年生になってようやくの事だった。


・ ・ ・ ・ ・

「う~ん…………、暇だなぁ」

応接間のソファに寝転んだまま、爪の手入れをしていると、
コトリとテーブルに何かが置かれる音がした。

「暇、なんて言ったらプロデューサーに申し訳無いよ?」

「雪歩」

白いワンピースに衣替えをした雪歩が、お盆を抱えて僕を叱ってきた。

「そうだけど……、こうも暇じゃぁ……」

そう。 プロデューサーが来た後も、仕事の量は別段増えなかった。
雪歩もそう。 というか、事務所の半数近くが暇を持て余している状態だったりする。
そもそも13人もアイドルが居るのに、一人だけで全員担当しろって言う社長の方が無理なんだ。


「…………そんなに、暇がいや?」

「うーん、そうじゃ無いけど。 なんていうのかな、アイドルしたいっていうか」

折角アイドルになったんだから、アイドルらしい事はしたい。
あれ? そもそもまだ仕事で全然お金貰えてないし、アイドルっていうかアイドルの卵?

「これじゃ学校の部活の方がよっぽど活動してるよ……」

「私は、今のままでも十分楽しいけど……」

「そりゃ、僕も楽しいけどさ……。 あーぁ、テレビとかに出てみたいなぁーーっ」

今の僕じゃ雲を掴むような話。
けど言わずにはいられない、それくらい今の僕は現状にうんざりしてた。


「出してやろうか」

「ぴぃっ!?」

突然の男の人の声。 そして飛び跳ねる雪歩。
ここに来る男の人なんて殆ど居ないし、誰なのかすぐに解った。

「プロデューサー?」

「すまん雪歩、まさかそんな近いとは」

「だ、大丈夫ですぅ……」

「あの、出してやろうか、って……」

プロデューサーの言葉が良く解らなくて、もう一回質問した。
もしかして、なんて期待もあったりした。


「実は、丁度お前らに仕事が回ってきて、どうかと思ってな」

「ホントですか!! やるやるっ、やります!」

やっとアイドルの仕事が回ってきた、歌ったりダンスしたり、
もしかしたら音楽番組に出演、なんて事もあるかもしれない。

「ど、どんなお仕事なんですか……?」

「食レポ」

「「ショクレポ…………?」」

聞きなれない言葉だった、聞いた事はあるけど自分から口に出したこともないような。
微妙な距離感の言葉。 雪歩もそうだったみたいで、二人で聞き返した。

「そ、最近話題の料理店でご飯を食って褒める」

「あ、食レポ!」


「気の利いたコメントもしなくちゃいけないから、ちゃんと意識しないといけないぞ」

「なーんだ、アイドルのお仕事じゃないんですね……」

「アイドルの仕事じゃなくて悪かったな。 けど、ちゃんとテレビにも出るんだぞ」

「本当ですかっ!?」

テレビ、という言葉を聞いただけで飛び起きた。
ちょっとクラクラするけど、テレビという魔法の言葉の前には無力だった。

「真ちゃん、すごい……」

「昼にやる主婦層に向けたバラエティ番組の1コーナーとしてな」

「それでも十分ですよ!! あぁ……、ついに僕も液晶の向こう側に……」

「喜んでくれてなによりだ。 しかし、さっきの「なんだ」って言うのは聞き捨てならんぞ」

しまった薮蛇。 僕としても失礼なことをしてしまったってすぐに解った。


「ご、ごめんなさい! ちゃんとやりますってぇ!」

「それなら善し。 お金を貰うんだ、しっかりやろうな」

「が、がんばってね、真ちゃん!」

「うん!!」

「何言ってるんだ雪歩」

「「へ?」」

二人分のお茶を作ろうと思って給湯室へ向かう雪歩を、
プロデューサーが言葉で捕まえた。

「雪歩。 お前も一緒に、出るんだよ」


・ ・ ・ ・ ・

「うわぁ~……、結構しっかりしたお店ですね!」

「ここで食レポするんですね……、き、緊張してきたかも……」

お仕事の当日、本番より少し前にプロデューサーの車で下見に来た。
商店街にある意外と大きい料理店。 料理店、と言うよりかは定食屋って感じかな。

確か、ここで出る丼ものが凄い人気で、それを食べるみたい。
脂っこすぎると、雪歩が食べられなさそうだけど。

スタッフさんも準備してる。 と言ってもカメラ役の人、一人だけだけど。
照明は固定、マイクはプロデューサーが持ってくれる。
駆け出しのアイドルなんて、こういうものだよね。


「俺、一度ここに来たことあるんだけど、話題になる前からまぁまぁ繁盛しててな」

「え、なのに最近になって話題になったんですか?」

「あぁ、なんでも店長の家が金持ちで、使ってる素材や調理道具が凄いって口コミでな」

「調理道具が凄い……。 通販でやってる包丁みたいな?」

「それと一緒にするのはどうかと思うよ、雪歩……」

他愛ない話をしながら、本番に向けて車の中で衣装合わせや薄い台本の読み込み。
衣装合わせも台本も、なんだか本当に芸能人みたいな事をしているみたいで興奮した。
まぁ、衣装だって私服だし、台本も褒め言葉の定型句を書いた、言わばメモみたいなものなんだけど。

その二つも終えるのに殆ど時間は掛からなくて、
残ってるのはテレビに映るっていう緊張だけだった。 


「…………緊張、するね」

「うん、雪歩は?」

「すっごく怖い。 噛んじゃったらどうしようとか、言う事間違えたらどうしようとか……」

雪歩の手は、物凄く震えてて、白い服も相まってウサギみたいに見えた。

「あー…………」

「真ちゃんも、それで緊張してるんじゃないの……?」

「いや、僕はなんていうか、テレビに映るっていう緊張が大きすぎて、細かい事考えてられないっていうか……」

逆に、雪歩に感心したくらい。
ちゃんとその仕事で失敗するかもしれない点を見つけられているんだから。
本当に、細かい事を考えれてないだけなんだ。

「…………凄いなぁ、私も真ちゃんみたいに大きく構えてみたいなぁ」

「か、構えてないって! そんな僕を大物みたいに……!!」

「えへへ……。 でも、本当に凄い。 私も見習わなくっちゃ……」

「ゆ、雪歩ぉ……」


雪歩のお陰で、緊張もほぐれてくる。
それは雪歩も一緒みたいで、二人して笑った。

「おーい、そろそろ本番行くぞー」

「「はぁい」」

プロデューサーが車のドアをカンカンと小突いて呼んできた。
ついに本番の時間がやってこようとしていた。

「頑張ろ、雪歩!」

「…………うん!」

初めての本番、果たして上手くできるのか。
解らないけれど、この経験が僕達にとって良いものになるのは確かなんだ。
意気揚々と、雪歩と手を繋いで車から出る。
真上に差す太陽がとっても眩しくて、僕達を応援しているみたいだった。


けど、まさかあんな事になるなんて僕達は思いもしなかったんだ。


・ ・ ・ ・ ・


本番も特に滞りなく進めた。
撮影前に、店主さんに挨拶したけど朗らかな感じだったし。
お金持ちとか聞いたけど、嫌味そうな素振りなんて全然無かった。

あんなに緊張していた雪歩も、本番直前には覚悟を決めたみたいでポカをやらかす事も無かった。
多分、雪歩は本番に強いタイプなんだと思う。

生放送じゃなくて、撮り直しが利く収録での撮影のお陰で時間帯をお昼過ぎもお昼過ぎに出来たからか、
店内はガランとしていて、貸切状態だった。
元々雪歩の事も考えて貸し切る予定だったらしいけど、色々都合があって出来なかったらしい。
そう思うとラッキーだったのかな。 ここだけ見ると繁盛してるのかサッパリ解らないけど。

「う~ん、とっても美味しいなぁ……!!」

「ヒレカツだから、結構サッパリしてるのかな?」

「僕なら朝からでもいけちゃいますね!!」

カメラの向こうでプロデューサーもOKサインを出してる。
特に大きな失敗も無いし、このまま行けば100点満点の撮影になりそう。


「よし、じゃあ次はこの…………」



その瞬間にダン、ダンという物凄く大きな弾けるような音が聞こえてきた。
もしかして、あの音は。

「きゃああぁあああぁあぁぁっっ!!」

と、思った矢先に店の入り口から聞こえる悲鳴。

「ッ!! 撮影中止だ!! 真、雪歩! 早く逃げるんだ!!」

今まで見たことの無いようなプロデューサの切羽詰った表情。
やっぱり今の音は。

銃声だ。


「え、え……? なに、なに…………」

雪歩はまるで理解出来てないようだった。

「強盗…………!?」

「えぇ、強盗っ!?」

「っつー…………、拳銃って意外と反動あんのな」

言うよりも早く、入り口の方から真っ黒の服装で覆面の男が三人入ってきた。
三人とも銃を持っていて、真ん中の男が拳銃、サイドの二人が両手で持つタイプ長い銃。
銃は良く解らないけど、アクション映画とかで良く見る連射出来るやつだと思う。

「早く逃げろ、ここは俺が!」

「に、逃げろったって……!!」


「おーい」

プロデューサーが僕に耳打ちで逃げるよう言ってくる。
けれど、僕の目の前には近付いてくる真ん中の、拳銃を持った男の姿が見えていた。

「はーい、取りあえず皆両手上げてもらっていい? 携帯も取り上げるから」

「………………ッッ」

拳銃の男は、なんだか軟派な感じだった。
細身の体、声もなんだか若い感じで、二十代くらいのように思える。

後ろに見える長い銃を持った二人も、大分細身の高身長だ。
顔も殆ど解らないけれど、拳銃の男と同年代くらいかも。

「いてて、まだ肩痛いわ。 ……って、これカメラ? なに、テレビ映んの? マジか」

「……生憎だが、生放送じゃないんだ。 映ったりはしない」

「………………んだよ、白けるな」

プロデューサーがスタッフさんを下がらせるように合図すると撮影機材を畳み始めた。


「んで、何。 こいつら有名人なの?」

「…………」

「ひぃ…………」

男が顔を近づけてくる、と言っても人相は解らないんだけど。
雪歩もすっかり怯えてしまってる、このままじゃパニックになりそうなくらい。

「アイドルの卵さ」

「ふーん…………」

プロデューサーは冷静に対応してる。
男はつまらなそうに離れていった。

「…………お前達、いったい何が目的なんだ!!」

「バッ、真……!!」

噛み付く僕を止めようとするプロデューサー。
それでも聞かずにはいられなかった。


「あれ、お前ら知らねぇの? この店噂になってるんだぜ、高額な道具ばっか使ってるってな」

「まさか、それを……!?」

「そ。 さぞかし金も持ってそうだし、無くてもその道具売りゃ良いじゃん」

貰いにきた、なんて言ってるけど絶対に奪う気だ。
そもそもこんな事しておいて貰うも何も無いじゃないか。

「…………強盗するなら、銀行なりジュエリーショップなり有る。 何故ここを選んだんだ?」

「あんた結構頭良いね。 まぁ、結構簡単な理由だよ?
 銀行とかそういう店はボタン一個で通報出来るらしいからさ、そういうのが無さそうなの狙ったワケ」

「あと、テレビでやってたから」と付け加えた男は、とても楽しそうに話した。
まるで強盗自体を、ゲームしてるみたいに。 そんな軽いノリだった。
それが余計に不気味さを臭わせていた。


「んじゃま、店長さんに話してきますか。 おい、入り口と非常口塞げ!!!」

拳銃の男が、残りの二人に指示を送る。

「ま、待て!!!」

ここで相手の思い通りになったらいけない。
どうにかして引きとめようと声を張り上げるけど、
その所為で相手を怒らせてしまう。

「…………あ?」

「………………ッ」

「なに、お前。 一応こっちは犯罪しに来てんの、それくらいの意識はあんの。
 もし邪魔するくらいなら殺すよ? 殺そうが殺さまいがどうせ強盗で罪にはなるんだし、一人くらいなんでもねぇよ?」

「……………………」

「もう、もうやめて…………」

怖かった。 

雪歩も僕の後ろで恐怖で泣き崩れていた。
僕がどれだけ早く拳を相手に入れようとしても、銃弾の速度には絶対に敵わない。
それを今改めて理解させられた、それに男は殺すのに躊躇いが無い。


「大切なアイドルなんだ、許してやってくれないか」

「………………ふん、まぁ良いけど」

男は興が削がれたみたいに離れて、改めて他の二人に指示を入れる。
プロデューサーのお陰で命拾いする。
けれど、恐怖は過ぎることはなくて、過呼吸みたいに息は早くなって、
血が沸騰してるみたいにザワザワしてるのに、体中は凍りついたように冷たかった。

「…………真、なんであんな無茶をした」

「…………あ。 ぼ、僕……」

「気持ちは解る。 けどあそこで相手の機嫌を損ねていたら、もしかしたら真以外……。
 俺も、雪歩だって。 殺されていたかもしれないんだぞ」

プロデューサーの言葉が重く圧し掛かってくる。
僕はなんて向こう見ずなんだろうか、ちょっと前の自分をぶん殴ってやりたい。
昔からそうだ、相手や周りを良く見ずに舐めて掛かって、それで返り討ちに合うんだ。

「ごめん、なさい…………」

「真ちゃん…………」

雪歩はボロボロ泣いていて、お化粧もすっかり流れ落ちていた。
頬や目の周りは真っ赤で、見ていて辛くなるくらいだった。

「ごめん、雪歩…………」

僕は、それしか言えなかった。


・ ・ ・ ・ ・

数十分後、僕と雪歩はスタッフさんとプロデューサーに守ってもらう形で、
奥の方で助けが来るのをジッと待っていた。
この数十分の間に、警察とかも来てくれたけど突入するワケにはいかないみたいで。
多分、中の一般人、つまり僕たちを巻き込んじゃいけないからだと思う。

未だに、店主さんの居る奥の方から男は帰ってきてない。
でも、銃声も聞こえないし大丈夫なハズ。

「真ちゃん、大丈夫…………?」

「雪歩…………」

雪歩はもう落ち着いたみたい。
少しホッとするけど、今の状況が変わるワケじゃない。

「ごめんね、雪歩。 さっきは……」

「うぅん、大丈夫。 それより真ちゃんは平気? あの人に脅されて……」

「うん」


こんな時でも雪歩はとっても優しい。
だから、そんな雪歩になら、喋っても良いかなって思ってしまった。

「あのさ、雪歩。 こんな時になんだけど……」

「ど、どうかした?」

「僕さ、ヒーローに憧れてたんだ」

「ヒーロー……? ヒロイン、じゃなくて?」

驚くのは解ってた。 雪歩に会ってからの僕は一気に女の子っぽくなっていって、
ヒーロー、というワードが関係ありそうなのは、空手くらいしか無いんだから。

「うん、ヒーロー。 ちっちゃい頃に見てたアニメの主人公に憧れててさ」

「どんなアニメ?」

「思い出せないんだ、ちっちゃい頃過ぎてさ。 けど、凄くカッコ良かった。
 「僕もこんなヒーローになるんだ」って、当時は思ってた」

今見たらどう見えるか解らない。 けど、あの頃は本当にカッコ良く見えたんだ。


「木の棒とか振り回したり、獣道にわざと入ったり……。 今思えば男の子みたいだよね。
 その後に、空手を習うよう父さんに言われたんだ」

「そうだったんだ……。 嫌じゃ、なかった?」

「全然。 むしろ、これで強くなれるんなら!! って思ってたよ。
 けど、一回組み手で大負けしてさ。 そこからヒーローに憧れる事をやめたんだ」

「やめた…………?」

「正確には、僕の中のヒーローが居なくなった、って感じかな。
 同年代の男の子にめった打ちにされちゃって。 それで…………」

「それで…………」

負けてしまった。 それで僕は、男女の差と自分に嘘を吐いてしまったんだ。
結局、なんで負けてしまったのかも考えず、今まで過ごしてきたな。
さっきだってそうさ、僕はいつも後先考えずに。

いつも。


「…………………………そっか」

「…………? 真、ちゃん?」

負けた理由、解ったかもしれない。
きっと、覚悟の差だったんだ。

あの子は、自分の持てる力全てで当時の僕に向かってきたんだ。
それを僕は、自分の力を過信して相手を舐めて掛かったんだ、「負けるわけない」って。
僕は、自分に甘かったんだ。

「……………………」

「…………真ちゃんっ?」

「…………ぁ、ごめんごめん。 えっとね、負けちゃったんだよね、完敗」

「そう、だったんだ」

雪歩の顔を見ることすら出来ない。
それくらい、今の僕はいたたまれない気持ちだった。


「うん。 舐めて掛かってたんだ、負けるわけないって。
 そういう覚悟が昔から足らないんだ。 さっきだって、周りを考えずに先走って……。
 こんなんじゃ、ヒーローを目指すどころか……」

「そんな事、ないよ」

「…………雪、歩?」

「そんな事ないよ、だって真ちゃんは私に色んな事を教えてくれたよ。
 自分の身を護る術だって、ダンスだって……」

「……………………」

「それに、それに、本番前だって私を元気付けてくれた。
 さっきだって、真ちゃんはあの男の人に言い寄って……」

「あれは、ダメだよ……。 プロデューサーだって言ってたじゃないか」

「うぅん、怖くて誰も言い出せなかったのに、真ちゃんは向かっていった」

「………………雪歩」

雪歩が、僕の手を握ってくれる。

震えていた。


雪歩は本当は落ち着いてなんかない、泣き止んでなんかないんだ。
今にも怖くて泣き出しそうなのを我慢して僕の事を元気付けようとしてくれている。
僕の為に虚勢を張ってるんだ。

僕が、守らなくちゃ。 けど、僕なんかに。

「真ちゃんには、"勇気"があるよ」

「……………………!!!!」

聞き覚えのある言葉だった。

「だって、"勇気"なんてヒーローに一番必要なものだと思うから……」

「……………………、「勇気が勝つ」……」

あの時良く意味も解らずに、口癖のように言っていた決め台詞。


「だから、真ちゃん。 そんな事無い、凄いよ真ちゃんは」

なんだよ、なんでこの数年間忘れてたんだ。

「…………………………」

僕はあの決め台詞を聞くたびに、心の底から燃え上がってたじゃないか。

「私にとって、真ちゃんは…………」

もう一度思い出せ、「勇気が勝つ!!」って。

「雪歩」

「え…………?」



「僕、ヒーローになる」

その時、僕の中のヒーローが戻ってきた気がした。


「真ちゃん……!!」

「一番必要なもの忘れてた、そりゃヒーローになれないハズさ。 ……プロデューサー!!」

「聞いてたよ」

「こんな近い距離なんだ、そりゃ聞こえる」と付け加えて、
プロデューサーは笑ってるような、厳しい顔をしているような、そんな表情。

「やっぱり、このままじゃダメですよ。 あの男達を懲らしめましょう!!」

「成る程! 懲らしめるか!!」

「そうです、スタッフさんも一緒になればきっと!!!」

「阿呆!!!」

「あだっ!」

デコピン一発を貰ってしまった。 意外と痛い。


「たたた……、何するんですかぁ」

「凶器を持った人間に、生身の人間が突っ込んでどうなる。 結果は見えてるだろ。
 それ以前に俺はお前らのプロデューサーだ、危ない目に合わせてたまるか」

「でも…………」

「でももへったくれも無い。 いいか、俺はお前らにもしもの事があったらと思うと辛いんだ。
 役職上とか、夢見が悪いとかそういうんじゃない。 単純にお前らの事が好きだから辛いんだよ」

「プロデューサー…………」

765プロに入ったとき、社長が言ってたなぁ。
「765プロは全員家族であり、ライバルである事を常に意識してくれたまえ」って。
深く意識した事は無かった。 だって普通に仲良く出来たし、お互いを叱咤激励し合ったりもした。
多分、家族って言うのはこういう非常事態にも相手の事を思えるようになれ、って事だったんだ。

でも。

「確かに、ここで大人しくしてればいつか警察が突入して、被害者は殆ど出ないまま済むかもしれません」

「………………」


「でも、一番怖いのは店主さんなんです。 ……あの男は危険です、もし店主さんが一切応じなかったら……。
 店主さんが危険な目に合うし、八つ当たりでこっちにも来るかもしれない」

「かもしれない、の為にアイドルを危険に晒してたまるか! いいか、真……!!」

「今の僕はアイドルじゃない、誰かを守るヒーローなんだ!」

「何をそんな屁理屈を……。 雪歩からも何か言ってやれ」

「私は…………、真ちゃんに賛成です」

「なっ………………」

「真ちゃんの言う通り、店主さんが危険な目に合ったらいけないし、真ちゃんの気持ちに私は応えたい」

雪歩は芯の強い子だなって、会った時から思ってた。
だって、本当に気弱な子は自分を変える為にアイドルを目指す事なんて出来ないもの。
それがハッキリ解るくらい、今の雪歩の目は透き通ってた。


「雪歩…………!!」

「…………、いいかお前ら。 後先考えてみろ、何するかも決まってないが、もし失敗したらどうする。
 逃げられるワケ無いし、きっと俺ら全員あの世行きだぞ?」

「…………僕は、真正面に突っ込むことしか出来ません。 力を貸してください」

正直言って、何言われてもこう返すつもりだった。 それ以外に言う事も無かったし。
万が一、僕が一人倒せたとしても他の二人が居る。
僕は分身なんて使えない、だったらプロデューサー達の力を借りるしか無い。

こんな見返りも無い話、プロデューサーはどう思うだろうか。

「………………解った」

「…………え?」

「解ったって言ったんだ、対策立てるぞ」

「え、え……。 い、良いんですか?」

「……まぁ、そう返してくるだろうなとは思ってた」

「なら、なんで………………」

「自分が担当しているアイドルが、精一杯何かを成し遂げようとしてるんだ。
 それを手助けしなくて、何がプロデューサーだよ」


「プロデューサー…………!!」

「良かったね、真ちゃん!!」

「うん、ありがと雪歩!」

「まぁ、欲を言うなら精一杯やるならアイドルの活動をして欲しいんだけどな……」

「「……………………」」

こういう時ぐらい、盛り下げるような事は言ってほしくなかったなぁ。
けど、いつものプロデューサーらしいや。

「さてと、作戦会議だ。 まず、相手の位置や距離について」

プロデューサーはこの店の構造を話し始めた。
このお店の形を長方形だとして、右下が入り口、お客さんが多い時待たせる用の仕切りを挟んで、
入り口から見て左手側がテーブル席、右手側がカウンター席。
そして、カウンター席よりもう少し奥にあるのがお手洗いと非常口。


テーブル席は7席あって、途中でL字に曲がる。
その突き当たり、入り口から大分遠い所に僕たちは居る。

つまり、僕たちの場所で言うと左に非常口を守る男が一人、
奥に一人、入り口に一人って状態。

「ここまでは良いな?」

「はい」

「よし。 で、今の状況だが…………」

店主の人が奥に居るのか、拳銃の男は奥の方に消えて戻ってこないままだ。

「いまだに出てきませんね」

「あぁ、店主の安否は確認出来ないが、叫び声や発砲音も聞こえない辺り、まだ交渉してると見て良いだろう。
 さっき真を脅してた時は、随分と気が短いと思ったんだがな……」

「…………あいつは、普通じゃ無いと思います。 なんか、楽しんでる目っていうか」

「私、あの人の目見れませんでした……」

思い出すだけで怖気が走る、あの男の目は変にギラついていて、
犯罪者の目って、こういう風なのかな。 と思ってしまうほどだった。


「そうかもな……。 それで、非常口と入り口を塞いでる二人」

「凄い銃持ってますよね……。 あれ、確か連射できる奴ですよね」

「えぇっ!? 二人とも持ってるよ……?」

「うーむ……。 そこなんだが、あれはモデルガンじゃないかと思ってる」

「「モデルガン?」」

「プラスチック弾が撃てる模型みたいなモンさ。 俺も銃とかは全然詳しくないんだが、あれはサブマシンガンって名前の銃だったかな。
 真の言ったように連射の利くタイプのな。 しかし、あんなんが二丁も手に入るか?」

つまり、プロデューサーは拳銃ならまだしも、サブマシンガンなんて物が簡単に手に入るハズ無い。
あれは模型なんじゃないか、って言いたいらしい。

けど、それでもモデルガンは一応プラスチックの弾を打ち出せるらしくって、それでも生身には十分痛いらしい。
でも大怪我する本物と比べれば、急所を狙われない限りまだまだ付け入る隙はありそう。


「じゃあ、ニセモノって事なんですか?」

「それは、まだ何とも。 だが、本物じゃないなら重さで解るハズだ。
 片手で簡単に持ちあげたり、床に落とした時の振動数でそれは明らかになる」

「そのどちらかを誘わなきゃいけないんですね……」

「うむ、それは追々考えるとして……。 次に、奥の方に行った拳銃の男」

「これは僕が!!」

「悪いが、頼めるか? 見た感じ力が強いわけでも無さそうだ、一番早く動ける真に任せたい」

「任せてください!」

プロデューサーの言った通り、拳銃の男は強そうには見えなかった。
最初店の中に発砲しながら入ってきた時も、反動で肩を痛めてるように見えた。
あれまでフェイクだったら、勝ち目は無いだろうけど。


「わ、私は何をすれば……」

「雪歩は、そのままでも良いよ、さっき元気付けてくれただけで十分」

「で、でも…………」

「手震えてたの、見えてた。 無理しないで、本当に十分だから」

「…………ごめんね、私も真ちゃんみたいになれれば……」

「大丈夫、雪歩は十分強い。 これからだって……」

「…………………………」

そのまま雪歩は押し黙ってしまった。
けれど、何か強い意志を感じるような、そんな空気を感じた。

「真、俺は入り口の奴を、スタッフさんは非常口の奴を抑える。 もしあれがモデルガンであれば、抑えられるハズだ」

スタッフさんは、何も言わずに頷いた。
プロデューサーと同じくらい落ち着いていて、覚悟を決めたって感じだ。


「大丈夫ですか……?」

「そう思えないんだったら、さっさと拳銃の男をはっ倒して助けに来てくれ」

「…………へへっ! 解りました」

ほんのちょっぴりの、心の休息。
きっと、プロデューサーも雪歩と同じで怖いのを隠しているんだろうに、
本当に、プロデューサーがこのプロデューサーでよかった。

「ッざけんじゃねーよ!!!」

休息もつかの間、奥の方から拳銃の男らしき怒声が聞こえてくる。
と思えば、イライラしたような歩き方で戻ってきた。

「おい、一体どうしたんだ」

入り口に居た男が拳銃の男に歩み寄っていて話をしてる。
十分こっちにも聞こえる声量だ。


「…………あいつ、でけぇ金庫みたいなのに道具入れてるらしくてさ。
 鍵全然よこさねぇの、もう殺しちゃってもいいんかな」

「脅せば良いだろ……」

「脅したっつーの、何回か蹴ってボコボコにしてやったけど全然鍵よこさなくて」

「……おいおいおい、どうすんだよ絶対上手くいくって言ったからついてきたんだぞ!!」

「うるせえな………………」

仲間割れを起こしているのか、そもそもあまり仲良くないのか。
そればっかりは解らないけどチャンスかもしれない。

「…………なんだか揉めてますね」

「の、様だな。 さっき真には思いっきり脅してたのに、今は撃つのを迷っている……。
 かつ、入り口に居た男の口ぶりからして、普段からつるんでるようには見えない……」

「…………と、言うと?」

「あいつら、初犯だな。 体格、声、話し方からして大分若い」


「若いのにこんな事するんですか!?」

「さぁな、最近の若いもんは良く解らん」

「僕たちの方が若いんですけど……」

「あぁ余計解らん。 ともかく、チャンスだ」

するとプロデューサーは姿勢を低くして、ジッと口喧嘩する二人を見つめた。
僕と雪歩も、倣うように身を屈んで二人を見ていた。

「うるせえってなんだよ……。 早く鍵でもなんでも奪って来いって!!」

「じゃあお前が行けよ」

「解ってんだろ……、こんなんじゃ脅せねぇよ。 そう上手く行くかよ」

「ッチ、使えねぇな……」

「………………ッッ」

拳銃の男が舌打ちをすると、それに腹を立てたのかもう片方の男が拳銃の男の方を力いっぱい押した。

「……ッ、何すんだ、よっ!!」

お返しのように拳銃の男も片方の男を押す。


その瞬間。

ガシャン、ともカシャンとも聞こえるような音が聞こえた。
確か、プロデューサーが言ってたのはサブマシンガン。 それを片方の男が落とす。
同時に、店に備え付けてあった観葉植物が倒れて、鉢植えから土がこぼれる。

「……………………くそ」

そして男は片手で軽そうに拾い上げて、手についた鉢植えの土を払って銃を担いだ。

「………………やっぱりモデルガンか」

「解るんですか?」

「あぁ、落ちた時の音の軽さ、持ち上げた時も片手で。 銃って半分近くは金属だろ?
 だったら持ち上げる時に息むくらいはするだろ、踏ん張るまではいかなくても。 ましてやあんな細身で」

「確かに…………」

「断定ではある。 が、可能性は高い。 真、作戦を少しだけ変えるぞ。
 真は、店主が居る奥に行ってもらう予定だったが、幸い近くにまで出てきてくれたのと、入り口に居た男と近付いたのもあり、
 俺と真で、あの二人に特攻を仕掛ける。 スタッフは非常口の男を足止めしてもらう」

「解りました」


「それと、真は俺の少し後に続け」

「なんでですか?」

「いざという時俺が盾になれる。 長距離だったら真に追い越されるだろうけど、
 この距離だったら、少し遅らせば十分俺が前に出れる」

「…………良いんですか?」

「こういう場面でレディファーストしてもな」

「…………任せます!」

スタッフさんが動きやすいように、非常口側へ体を寄せた。
いよいよ反撃の時が来たんだ。

この時間で良かったって改めて思える、もしお客さんが居たら、
身動きすらままならなかったのかもしれない。

「はい!! …………雪歩はここで待ってて」

「……………………」

雪歩はさっきと同じように何も喋らない。
良く見るとまだ震えてる。 僕がなんとかしなくちゃ。


「俺が合図を送る、そしたら一気に行くぞ」

緊張が走る。
入り口近くで話している男たちまで60メートルくらい。
僕なら多分、加速が上手く行けば9秒も経たずに接触出来る。
けど、9秒近くもあったら僕たちを撃つ時間は十分ある。

けど、チャンスは必ず来る。

「落としたらあぶねーだろ!」

「大丈夫じゃねーの? 暴発しても死なないって」

「そういう問題じゃねーだろ、ゲームじゃねぇんだぞ!?」

「……んだよ、有利なのは俺なんだぞ?」

男が拳銃を構える、片方の男は後ずさりをして、
さっきまでの気迫も薄くなっているのが良く解る。

「や、やめろよ……。 冗談だろ?」


「じゃあ大人しくしてろ、よッ!!!」

「がっ!!」

拳銃の男が思いっきり片方の男を蹴飛ばして仰向けに倒す。
恐怖で操るつもりなのかもしれないけど、やり過ぎなんじゃないか。

「解ったか? じゃあさっさと俺に従え、な?」

「………………」

「ん?」

「…………調子に乗んな!」

片方の男が仰向けのまま、足で拳銃の男の軸足を蹴っ飛ばした。

「痛っ!!」

狙ってかそうじゃないかは解らないけれど、軸足を狙った事で拳銃の男はうつ伏せに倒れてしまう。

「……お前マジでぶっ殺すぞ!!」

取っ組み合いが始まった、凄い幼稚な喧嘩だ。
銃で撃つのも忘れて二人は倒れたまま殴り合ってる。


「よし、今だっ!!」

「今ですか!?」

「今行かずしていつ行く、先に行ってるぞ!!!」

その通りかもしれない。
プロデューサーとスタッフさんが同時に走り出す。
テーブル席を抜けて、スタッフさんが左へ、プロデューサーは直進。

それに気付いて取っ組み合いをしていた二人組みはあわてて体勢を立て直した。
続けてこのタイミングで僕も走り出す。


「待てぇッッ!!」

聞こえちゃいけない方向から聞こえる男の声。
横目に見ると、転ばされてるスタッフさんが。 抑え切れなかったんだ。

失敗した、非常口に居た人は武術の心得があるみたいだ。
大の男一人を簡単に転ばせるなんて、どんな武術でもちゃんと習ってれば簡単に出来る。

方向転換して左の男の対処をしたら、一番危険な拳銃の男を野放しにしてしまう。
けれど、このまま進んでも交戦中に合流される。
それをすぐに判断するなんて出来なくて、気付いたら右足でブレーキを掛けていた。

「く…………っ!!」

絶体絶命だった、八方ふさがり。
こうなったらスーパーヒーローの登場が無ければ切り抜けられない。


そんな事を考えていた、その時だった。


『僕は、その主人公が、ヒーローが大好きだったんだ。

時にはピンチになったりもするけれど、"大切な仲間"がヒーローを助けてくれるんだ。』


「真ちゃんっ、行ってっ!!!」

「雪歩!?」

僕が目の前に見たのは、男の人じゃなくて雪歩だった。
さっきまで縮こまって震えていた雪歩が嘘みたいな、カッコいい後姿。


「どうして……っ」

「私、言ったから……!!」

「え…………?」

「真ちゃんみたいにって……、だから……!!!」

そういえば、さっきからずっと雪歩はそんな風に。

「今邪魔されると困るのはこっちなんだよぉ!!!」

男は大きく右手を引き絞って、相手が雪歩でもお構いなしに殴りかかろうとしている。
危ない雪歩、そう言おうとした時には雪歩は身を屈めて男の拳を避わしていた。


「な…………ッ!!」

「…………!!! ッ、えぇーいっ!!」

顎を引いて、そのまま膝を伸ばすと雪歩の頭が男の下あごに直撃した。
半分ジャンプしているような、それくらい力の入った屈伸。

相手が大きな動きをしていたからこそ、その力を利用したカウンタータイプの攻撃。
僕が雪歩に教えた護身術そのものだった。

「がっは…………」

男も踏みとどまる事も無く、あっという間に脳震盪で気を失った。
舌を噛んでなかったのが不幸中の幸いだったかもしれない。


「…………できた、真ちゃんみたいに……!!」

「……凄い、まさかここまで……」

「!! 真ちゃん、これ!!」

客席に置いてあった灰皿を渡される。

「飛び道具にでもなれば良いけど……。 それより早く、プロデューサーが!!」

「…………ありがと!!」

雪歩に急かされるまま、僕は走り出した。
かなりのタイムロスになってしまったけれど、プロデューサーは無事だろうか。

よく見ると、プロデューサーは両方とも相手している。
プロデューサー自身も、さっき後ろから聞こえた非常口側の男の声が聞こえてたんだ。
僕の分まで闘ってくれてる、でもこのままじゃ。


「………………ッ、危ないプロデューサー!!」

「真か!? もう少し手こずってても良かったんだぞ!!」

大変な目に合うかもしれないのに、何言ってるんだこの人。

「ッ、馬鹿にしやがってェ!!」

プロデューサーの手を振りほどいたのは、不幸にも拳銃を持った方の男だった。
拳銃の男は迷わずプロデューサーに銃口を向ける。

「危ないッ!!」

すかさず、さっき雪歩に手渡された灰皿を投げる。
狙いは定めてないけど、どこかには当たるハズ。

すると。
カァン、甲高い音が聞こえる。 人の体に当たってもこんな音は出ない。
一拍遅れて、拳銃の男の手にあった拳銃が地面に落ちる音がした。


「……………………は?」

「ナイス真ぉ!!!」

プロデューサーが、もう一人の男を羽交い絞めにして行動不能にしている。
後は僕が、拳銃の男を無力化させるだけだ。

僕と男の距離は、15メートルくらい。
数回地面を蹴る頃には手が届くくらいの距離。
けれど、男が拳銃を拾って引き金を引くまでに間に合うかと言われると解らない。

拾ったとして、狙うのは多分僕。
今一番男にとって脅威なのは僕じゃなきゃおかしい。
じゃあ、拾った時横に居るプロデューサーよりも後ろに居る僕に銃を向けるなら。

(振り返って、照準を合わせるまでの時間も計算に入れる……!!)

そう考えて、足を動かすのに時間は一切無かった。
太ももを高く上げて、地面に全体重を掛ける。 その反動で僕は進む。
一歩に、約1.5メートルあるか無いか。 だったら10回足音を鳴らすだけだ。


「クッソ、ぜってぇぶっ殺してやる……!!」

男が拳銃を取りに行った。 後ろを向くまでに僕は二歩進む。

「真ちゃん頑張って!!!!」

雪歩の声援が背中を押してくれる。 三回、靴が鳴る。

「真、行けえええ!!!!」

プロデューサーが激励してくれる。 二回、視界の端に見える景色が尾を引く。

あともう少しだ、あともう少しで。


気を抜いた、油断したその時。 地面を踏む右足の感触に違和感を覚えた。


次に僕が見た景色は、タイルが敷き詰められた店の床だった。
僕は転んでしまったみたいだ。

(…………土?)

さっき男たちが揉めた時に倒れた鉢植えの土を踏んで、足を滑らせたんだ。
それに気付いた途端、体中の血が凍るような恐怖を感じた。

「それじゃぁ……っ!」

顔を上げると、そこには後もう少し身を屈めば銃を手にする男の姿が。

「転んでりゃ世話無いよなぁ」

男が馬鹿にしたような口調で喋る、音で転んだと解ったのか余裕綽々だ。
慌てて立ち上がる、足首は痛むけれどそんな事を気にしてる場合じゃない。
何事も無く走りきっても間に合うかどうか解らなかったのに、転んで取り返しが付くものじゃないのは解ってる。

けど、それでも。

僕の中のヒーローの頑張れっていう声が鳴り止まないんだ。


「………………うぉああぁああぁぁぁ!!!!」

もう一度走り始める、痛めた右の足首がジクジクと痛む。
ベータエンドルフィンが分泌されるのを待ってる余裕も無い、その足に全体重を掛けて走る。
二歩進む、あと一歩。 あと一歩進めれば良いんだ。

「叫んでるとこ悪ィんだけど……、さぁ!!」

いつの間にか男は拳銃を拾い上げ、僕に銃口を向けてきた。
引き金に人差し指が掛かってるのを見るに、すぐ撃ってくるつもりだ。
どうにかして避けなきゃ。 どうにか。

「死ね!!!!」

その声と同時に地面に右足を着け、痛みに体を強張らせバランスを崩す。
右足を重心にして、上半身が右側に傾く。


ドン、という今日二度目の大きな音が聞こえる。
拳銃の発砲音だ。 僕は撃たれてしまったんだ。

「…………………………?」

けれど痛みは無い、足元を見ると左足があった所に弾痕が残っていた。

「チッ、転んだと思ったから脆い足を狙ったって言うのによ」

まだ神様は僕たちを見放してなかったみたいだ。
男は痛めた僕の足を狙って撃ってきて、それを僕はバランスを崩したお陰で回避出来たんだ。

(………………ん?)

痛めた足を狙ってくるなんておかしい。
動きが遅くなった分、急所を狙いやすくなるって普通考えるんじゃないか。
脆くなった足を狙って、更にダメージを負わせてどうするんだ。
そういった歪んだ趣味があるのなら納得出来るけど。


「さっさと殺しちゃわねぇと、あと二体残ってんだからよ……」

やっぱり、なんかおかしい。
この男はゲームでもやってるような目だ。

僕が最初、周りを見ずに反抗しようとした時に見た男の目も、どこか楽しんでるようだった。
もし本当にゲームをやっているようなら、わざと痛い所を狙って愉しむ考えも納得がいく。

(もしかしたら…………!!)

この男は、また足元を狙ってくる。
しかも狙ったのは左足、僕がどっちの足で転んだのかは見てなかったようだ。
左足なら全然動く、あと一歩だけの距離。

一発くらいなら、避わせるかもしれない。


(この一手に賭ける……!!!)

無謀だ、馬鹿だと言われるかもしれない賭け。
でもやらなきゃ、やられるのはこっちなんだ。

勇気を出せ、僕が持ってる全部の勇気を。
諦めず前を見つめ続けるんだ、そうじゃないと言えないじゃないか。

あの決め台詞が。

「おら、もう一発!!」

来る、銃口の向かってる先は僕の頭でも心臓でもなく、足だ。
男は僕の顔なんて見ていない、僕の足元ばかりを見てる。


「…………ふっ!!」

右足で踏み込んで、左足で地面を蹴って右側に跳ねる。
着地、遅れて銃声、痛みは無い。

「なっ……!?」

避わされた事に驚く男の声。
僕にとってはそれも隙だ、一気に相手の懐に踏み込む。 

「チィッ!!」

舌打ちと同時にもう一度銃を向けてくる、手の届く範囲なら何も怖くない。
左手で円を描いて相手の銃を持った方の手を跳ね飛ばし。
呆けた顔をした男の腹部に―。

「でりゃぁああぁあぁあ!!!!」


正拳下突きが、クリーンヒットした。
型は全然綺麗じゃないけど、体重が乗った重い一撃。

「が…………っ」

元々細い体系だった事もあり、男は後ろに吹っ飛ばされてそのまま前のめりに倒れた。
拳銃も吹き飛ばされた時に手放したのか、僕の足元にある。
反撃を待ったけど、一切動かないのを見ると気絶したんだろう。

「真ちゃぁーん!!」

「うわっ、ゆ、雪歩!?」

追いついてきた後ろから抱きつかれる。
フワフワした感触に、緊張の糸が一気にほぐれる気がした。


「助かった、助かったんだよ私たち!」

「たす、かった…………」

後ろでは雪歩が倒した男、目の前にはうずくまったままの拳銃の男。

「良くやったな、真!」

プロデューサーが抑えてた男も、すっかり意気消沈して俯いたまま座ってる。

「………………そうか、勝ったんだ!!」

嬉しさとか、緊張とか、失敗しそうな恐怖とか、
色んな気持ちが今までの事を取り返すみたいに一度に溢れてくる。
涙が出そうでたまらない、誤魔化すようにガッツポーズで涙を引っ込ませる。

ヒーローは簡単に涙を見せちゃいけないから。
それに、涙声になったら折角の決め台詞もカッコよさ半減してしまう。
ずっと言いたかった決め台詞。

「勇気が勝つ!!」

昔夢見た、あのヒーローの背中が、少しだけ見えた気がした。


・ ・ ・ ・ ・


程なくして、警察の人が助けに入ってきてくれた。
中の様子を見て呆気に取られてるみたいだった。
確かに、銃を持った三人を素手の女の子二人と男一人で倒したんだから驚くかもしれない。

銃の三つのうち二つは、ニセモノだったんだけどね。

僕たちは勝った事に喜んだけど、警察の人たちには怒られた。
「危ない事をしちゃいけない、危険な目に合うのは我々で良いんだ」って。
けど、僕の判断は間違っちゃいなかったと思う。
もしあのまま縮こまっていたら、店主さんがどうなっていたか解ったもんじゃない。

まぁでも、二度とあんな体験はしたくないかな。
映画の撮影でならいくらでも、って感じなんだけど。


店主さんも助け出されたみたいで、拳銃の男に暴行を受けて動けなかったらしい。
顔や、手足にも痣がいくつも出来てた。 
逆にここまでして耐えたんだと思うと、この人の執念も凄い。

店の奥からでも、僕たちの声は聞こえてたらしくて当然僕たちが闘ってたのも知ってた。
心配になるくらいお礼を言われて、ちょっと照れくさかったけど、
店主さんを病院に運ぶために、救急隊員の人がそれを止めてくれた。

次に駆けつけてきたのがマスコミの人たちだった。
名前を聞かれたり、写真を撮られたりして、一躍有名人にと思ったけど、
それもプロデューサーに止められて、マスコミの人たちからは逃げた。

「あくまで自衛したのであって、売名する為にやった事じゃないから」だって。
確かにその通りだけど、ここで名前を売っとけばお仕事が来たのかと思うとちょっと悔しい。


あの三人組は、オンラインのシューティングゲームで知り合ったのが切欠だったらしい。
中でも住んでる所が近かった三人が、遊ぶ金欲しさにあんな事をやったって。
首謀者は拳銃の男で、他の二人はそこまで乗り気じゃなくて、拳銃の男の勢いに押されて共犯した。

確かに、おかしいのは拳銃の男だけだった。
他の二人は、楽しんでなかった。 至って普通の人って感じだった。
ゲームが切欠って思うと、確かにあの時僕が感じたゲームしてるような反応は合ってたんだ。

現実との境界が曖昧になると、あぁいう事になってしまうのかもしれない。
ゲームする時は気をつけないと、今度雪歩にも言っとこう。


・ ・ ・ ・ ・


マスコミの人たちから逃げて、路地裏の方にまで来て小休止。
皆さっきまで緊張してたし、そういえば僕も足首を痛めてた。
ちょっと休もう、とプロデューサーに提案されて全員賛成。

表の方から砂を擦る足音が聞こえた。
まさかマスコミがここまで、と思って振り返ると意外な人がそこには居た。

「………………父さん」

間違うわけない、僕の父さんだ。
最近、中々顔を合わせて話す事も無かったけど、父さんの顔を忘れる訳無い。

「…………真、無事か?」

「うん、ちょっと……。 足首、捻っただけ」

「そうか…………」


しばらくの沈黙。

「……なんで、僕が居るって解ったの?」

「そちらに居るプロデューサーさんから、お前のする仕事は事前に聞いている。
 それで、ふとテレビを点けたらニュースをやっててな。 店の名前を見て、心底驚いた」

そっか、そりゃ当たり前か。 危ないお仕事だったら親が断るよね。
心配させちゃったかな。

「………………!!」

危ない仕事だったら断るなら、今回起こった事でアイドルを辞めさせられちゃうかもしれない。
ただの食レポでこんな事になるんだったら、他のお仕事だって何が起こるか解らないって。
それをプロデューサーに伝える為に父さんはここまで来たのかもしれない。

「あの、父さん…………っ!!」

それだけは、それだけは止めなくちゃ。
アイドルの仕事は、雪歩や皆と過ごすあそこは僕にとってかけがえのない物なんだ。


「なぁ、真。 あの時の事を覚えてるか?」

「…………え?」

「お前が、6歳の頃だ。 空手の組み手で相手に負けて…………」

なんでこのタイミングでそんな昔の事を。

「うん、覚えてるよ……。 僕が、空手に入れ込めなくなった切欠」

そして、僕の中のヒーローが立ち去った理由。

「俺も良く覚えてるよ、下っ腹に大きい痣を作って泣きながら帰ってきたな」

「ちょっ、やめてよ……」

「真、俺はな。 あの時ほど、お前に空手をやるよう押し付けた事を後悔した日は無かったよ……」

「え………………っ?」


初めて見る、父さんの悲しそうな瞳。

「男が生まれなかったから、女であるお前を男のように育てたつもりだった。
 けど、お前があの位置に痣を作った時、自分自身を金槌で殴りたくなったよ」

「な、なんで……」

「もしかしたらあの時、真は子どもを産めなくなるかもしれない。 ……そう思った」

子どもを産めなくなる、それは赤ちゃんの部屋がお腹の下の方にあるから。
まさかいくら6歳だからって、同年齢の攻撃を食らってそこまでなる事は無いと思うけど。

「そうか、だからあの時……」

いつも厳しかった師範が、とびきり優しくしたのもそういう事だったんだ。
僕の未来を考えて、心配してくれてたんだ。


「俺は、お前を男とは心の底から思えなかったんだ。 あの日、帰りの車で何度も思い知らされた」

「だからあの日、何も喋らなかったんだ……。 でも、それならそうと」

「そう、言えば良かったよな。 ごめんな、へたれた親で……。
 それからお前は、空手をやめる事もなく続けて、ついには黒帯も取ったな」

「うん……」

思い出す、黒帯を取った当日の事。
周りの人は喜んでくれたけど、父さんは喜んでくれなかった。

「黒帯を取った、とお前が教えてくれた時、喜ぶべきかどうか迷ったよ。
 お前は、全然楽しそうに空手をやってたワケじゃ無かったしな……」

「………………」

「何度も空手をやめさせて、普通の道を歩ませてやるべきかと考えた。
 けど、俺は男だから女の子としての道をどう教えてあげれば良いかも解らなかった……。
 その時だ、お前がアイドルになりたいと言って来たのは」


今でも鮮明に思い出せる、ボロボロの張り紙に謎の運命を感じて、
張り紙に書いてあった電話番号に連絡をした事を。

「嬉しかったよ、お前が女の子としての道を歩もうとしてくれて」

そうか、だから父さんは僕がアイドルになるって言った時も反対しなかったんだ。
僕はずっと勘違いして、父さんとすれ違ってたんだ。

帰りの車の中何も言ってくれなかったのも、
黒帯を取ったあの日全然喜んでくれなかったのも、
段々心の距離が離れて言ったのも。

「日に日にお前は笑顔を見せるようになって、女の子っぽい服も着るようになって……。
 あぁ、これで良かったんだ……、って」

父さんは、僕を愛してくれていたんだ。


「……………………ッッ」

「今日は、大変な事になったけど。 無事に帰って来れたんだ、次こんな事になっても大丈夫だって俺は信じてる」

「父さん…………っ!」

涙が勝手に零れてくる。
ヒーローは簡単に涙を零しちゃいけないって、さっき宣言したばっかりなのに。

「真、こんな目に合ってもアイドル辞めたいなんて全く思ってないだろ? まだ続けたいって思ってるだろ?」

「うん……っ!!」

「だよなぁ……、俺がレーサーになった時もそんな目をしてたよ。 キラキラしててさ、ずっと前見てるんだ」

「………………ッッ、んっぐ……! うぅ……」

「…………真、アイドル続けなさい。 応援してるから」

「……………………うん、うんっ、うん!!」

あの時ぶりだ、父さんに涙を見せるなんて。
けど、全然嫌じゃない。


「プロデューサーさん。 真を、どうかこれからもよろしくお願いします」

「…………はい、必ずトップアイドルにしてみせます」

「じゃあな、真。 俺は先に帰って……」

「………………父さん!!」

「うん?」

「…………今日、今日! 勝ったの、雪歩とプロデューサーが助けてくれたお陰で、
 でも、僕も頑張って……。 その時、空手の技でやっつけたんだ!!
 空手を続けたから、助かったんだ。 その、父さんの、父さんのお陰だよ!!!」

父さんは後悔してるかもしれない。 
けど、僕は父さんが空手を勧めてくれたお陰で助かったんだ。
それだけは確かなんだ、本当なんだ。 それを父さんに知って欲しいんだ。

「…………父さん、ありがとう……っ!!」


「真………………」

父さんは一度微笑むと、すぐさま背中を見せた。
沈む太陽の赤い光が、父さんを包んでいるように見えた。

「……ダメだな、俺が涙もろいってバレちゃうだろぉ……」

「父さん?」

父さんは何度も天を仰いだり、かと思えば俯いたり。
忙しそうに顔を何度も上下させて、やっと振り向いた。

「……俺の方こそ、ありがとう。 アイドル、頑張れよ」

「…………うん!!」

今度こそ、父さんは帰っていった。
けど、離れてしまうなんて全く思わなかった。
ずっとすれ違ってた僕たちは、ようやく心を通わせて話す事が出来たんだから。


「…………さっ、真?」

プロデューサーの声。
そう、こんなトコで立ち止まってちゃいられない。

「はいっ」

「雪歩、も…………」

「う……っ、うぅぅぅう…………」

さっきまで一言も喋らなかった雪歩が、鼻を真っ赤にさせて泣いていた。
店内のゴチャゴチャで良く泣いてる所を見たけど、それとは全く違う泣き方だった。

「雪歩!? 大丈夫!?」

「ごめんなざい……、感動しちゃって……」

「あぁ、ごめんね? 蚊帳の外にしちゃって」

「うぅん。 …………真ちゃん、絶対、絶対にトップアイドルになろうね!!」

雪歩からそんな言葉が出てくるなんて思わなかった。
でも、雪歩だって今日変われたんだ。 こんな雪歩も悪くないかな。


「雪歩…………、うん!! その時は雪歩も一緒に、ね? プロデューサー!」

「おう、お前らどっちもトップアイドルにしてやるよ!!」

「わ、わわ私は別に……!! 真ちゃん優先でお願いしますぅ~!!」

「目指せ、トップアイドルー!! へへっ!」

昔夢見た、ヒーローの背中はもう見えない。
追い越したんだ、あの時のヒーローを。

あの時の、僕を。



おしまい

これにて終了です、ここまで読んでいただいてどうも有難う御座いました。

真ママが居ない原作改変です。
お母さんが生計立ててるのに菊地家大丈夫か?
と書いてて想いました。

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