男「俺の主人公補正が消えた!?」 (218)

女「ちなみに主人公補正についてはどれぐらいご存知ですか?」

男「名前ぐらいしか知らないな」


女「主人公補正っていうのは、女の子にちょっと優しくしただけ惚れられちゃったり」

女「ピンチの場面で急に秘めた力が覚醒しちゃったり」

女「絶対に死ぬだろって状況でも、なぜか死ななかったり」

女「ようは都合のいい能力です」


男「俺がその都合のいい能力をもってるの?」

女「もっていた、です。今のあなたは主人公補正を失っています」

女「今日、あなたの周りで奇妙なことはありませんでしたか?」

男「……今日は朝から奇妙なことばかりだったよ」


◆今朝


妹『やっと起きてきたんだ。 相変わらずよく寝るね』

男『……なんで今日は起こしてくれなかったんだよ』


男(俺はどこにでもいる普通の高校生)

男(通っている高校が特殊なことを除けば、これといって特徴がない地味なヤツだ)


妹『あ、今日は早く帰ってきてよ。お母さん、帰ってくるから』

男『……帰ってくるって、海外出張から?』

妹『そっ。さっきお母さんから電話があったの』

男『いくらなんでも急すぎないか』


男(コイツは俺の妹。ツンツンしてるけど世話好きで料理好き)

男(普段から俺の身の回りの世話をしてくれる)


妹『朝食は適当に食べてね。先に行くから』

男『え?  朝ごはんは? ていうか、なんで先に学校に行くんだよ?』

妹『友達と待ち合わせてしてるの』

妹『朝ごはんぐらい自分で作ればいいでしょ』


男(高校に入ってからは毎日一緒に登校してるし、いつもだったら――)

妹「ほ、本当は一緒に登校とかイヤなんだからね……!」

妹「お兄ちゃん、私がいないと危なっかしいし。か、勘違いしないでよ」

男(こんな感じだよな)


妹『あ、昨日で期限切れしたマヨネーズがあった。それでも飲めば?』

男『はあ?』

妹『文句があるなら自分でなんとかしてね』


男(……なんか今日はやけに冷たいな)





後輩『せんぱーい! おはようございます!』

男『相変わらず声でかいな。響いてるよ』

後輩『いつも笑顔と大きな声を絶やさないように心がけてますから』

後輩『それと。三日前に借りたDVD、ありがとうございました』

男『やっぱりこの人たちのライブはいいでしょ?』

後輩『はい! 私も最後「おつかれ!」って叫んじゃいました』

後輩『先輩のチョイスっていつでも最高ですよね。さすがは先輩です!』


男(この子は俺の後輩。笑顔が誰よりまぶしい女の子)

男(ゴミを拾う。挨拶をする。話しかける、その他諸々)

男(俺がなにかする度に「さすがです先輩!」と褒めてくれる)

後輩『あたし、他のライブDVDも見てみたいです』

男『いいよ、新しいのが出たらまた貸してあげる』

後輩『……』

男『どうしたの?』

後輩『ふと思ったんですけど』

後輩『先輩のこと持ちあげすぎですよね、あたし』

男『……まあ、たしかに』

後輩『まあいっか。DVDは気が向いたら借りまーす』


男(なんだ? 急に態度が変わったような……)


◆昼休み


『早弁って普通に食べるよりおいしく感じるよな?』

『わかる。俺もそれに気づいて、最近は家で弁当食べてるわ』

『もう弁当の意味がないな』



男(楽しそうな会話してるなあ。平和すぎて退屈だ)

男(……おかしいな。普段だったら誰かしら絡んでくるのに)

男(誰も話しかけてこないし、事件やイベントも発生しないなんて)


男『……』モグモグ


男(あれ? もしかして教室に入ってから、俺ってば誰ともしゃべってなくね?)


◆放課後


男(誰とも会話しないまま一日が終わった……!)


友『おーい』


男(嘘だろ? 休み時間も寝たふりしてるだけだったし!)


友『おーい、無視するなよ』

男『……もしかして俺に話しかけてるの?』

友『なんで目が潤んでるんだよ?』

男『細かいことはいいんだよ! もしかして放課後だし遊びに行くのか?』

友『はあ?  遊びに誘っても絶対に来ないってわかるヤツを誘うかよ』

男(あれ? コイツも普段とちがう?)

友『あちらの人がお前に話があるらしい』


先輩『やっほー』


男『……先輩!』


男『ボクに用事ってなんですか!?』

先輩『……びっくりした。押し倒されるのかと思ったよ』

先輩『ていうか、なんか顔ゆるんでない?』

男『あ、ゆるんでます?』

先輩『うん。普段の仏頂面はどこに行っちゃったの?』

男『いやあ、人から話しかけられるって実は嬉しいことなんですね』

先輩『……本当にどうしたの?』

男『気にしないでください。それで、なにか用事ですか?』

先輩『用事があるのは私じゃないの』


女教師『そう、お前に用事があるのは私だ』


男『あ、先生。こんにちはっす』

男『どうかしたんですか?』


女教師『今日の昼休み、倒れていた二年生が図書室で発見された、昼休みの話だ』

女教師『目撃証言もある。昼休み、図書室に入ったお前を見た生徒がいる』


男(出たよ! 毎度おなじみの事件に巻きこまれる展開だ!)

男(まっ、この程度のことで慌てたりする俺ではない)

男(それに先輩と先生なら、こういう状況でも俺の味方になってくれるはず)

女教師『ちなみに。私はお前を犯人だと思っている』

男『……へ?』

先輩『素直に白状したほうがいいよ』

男『せ、先輩? 先輩までボクを疑ってるんですか?『

先輩『むしろこの状況で疑わないのはおかしくない?』


男(前にもあった、俺が犯人にされてしまいそうになった事件が)

男(だけどそのときは二人とも俺をかばってくれたのに……!)


男『……ボクは昼休み、教室で弁当を食べてました』

女教師『それは証明できるか?」』


男(……昼休み、俺を見たヤツはいるのか?)

男『……』

女教師『黙っていたらわからない。どうなんだ、できるのか?』


女『できますよ、証明』


男『うわっ!? いつの間にうしろに!?』

女『失礼しました。つい、カッコよく登場しようとしちゃって』


男(ていうか誰?)


女教師『……今言ったことは、本当か?』

女『はい。見てください、私のスマホに写ってるでしょ?』

女『一人で寂しそ~にお弁当をつついてるこの人の後ろ姿が』


男(いつの間に撮ったんだよ)


女教師『それ、本当に昼休みに撮ったのか?』

女『よく見てくださいよ、ここ。ほかの人もお弁当を食べてるでしょ?』

先輩『あ、本当だ』

女教師『なるほど。たしかに昼休みには教室にいたようだな』

男『じゃあこれで……』

女教師『どうかな。写真を捏造することは不可能ではない』

女『私、捏造なんてしてませんよ』

女教師『……とりあえず帰っていい。この件、今は私の胸のうちに閉まっておく』

先輩『だってさ。よかったね』


男(とても素直には喜べなかった)

男(俺を見る先生の目は、今まで見たことがないぐらい冷たかったから)




男(で、現在に至る)

女「まあでも急に謎の力について説明されても、困っちゃいますよね?」

男「正直ね」

女「そこをなんとか無理やり理解しちゃってください」

男「無茶言うな。だいたい俺が自覚してなかった能力を、どうしてキミが知ってるの?」

女「あ、やっぱり気になっちゃいます?」

男「そりゃあね。俺はこの高校じゃ、めずらしい『無能』だし」


男(うちの高校は普通の学校ではない)

男(特殊な能力を持った『有能』。そいつらを育てるための教育機関なのだ)


男(ただし俺は能力を持っていない『無能』)

男(それなのに手違いで入学してしまい、なんだかんだここまで来てしまった)


女「実は私、フリーペーパー部に所属してまして」

女「『無能』でありながら、数々の活躍を収めていたあなたを密かに追ってたんです」

男「へえ。新聞部以外にも、似たような部活ってあるんだね」

男「で、今まで俺を調べていたから、キミは俺の主人公補正に気づけたってこと?」

女「ちょ~簡単に説明するとそんな感じです」

男「……主人公補正能力か。正直、よくわからないっていうのが本音だ」

男「けど、今日のことを振り返ってみると、嘘とも思えないな」

女「だから、嘘じゃありませんってば」

女「そもそも、うちの学校に『無能』で入った時点で普通じゃないんですよ、あなたは」


男「……あのさ。キミは主人公補正を都合のいい能力だって言ったよな?」

女「はい、言っちゃいました」

男「そしてキミの話では、今の俺は主人公補正を持ってない。そうだよね?」


女「突然現れた私の存在もまた、都合のいい存在ではないのか」

女「そう言いたいんですよね?」


男「……よく俺の言おうとしたことがわかったな」

女「余裕ですよ。ちなみに私とあなたが出会ったのは、主人公補正を失ったことが原因だと考えられます」

男「どういうこと?」


女「これは私の推測ですが、私とあなたはもともと出会う運命だったんです」

女「ところが、あなたは主人公補正によって、様々な魅力ある人たちを引き寄せました」


女「それによって私と出会う運命は埋もれてしまった」

女「だけど主人公補正の消失により、私とあなたはやっと出会いを果たしたわけです」


男「……どうして主人公補正があったらキミと会わないの?」

女「ほら、私ってば地味で『モブ』って感じでしょ?」

男「地味か? その頭に載ってる眼鏡、牛乳瓶の底みたいで目立ってるよ」

女「ところがどっこい。眼鏡をかけると?」

男「目、ちっさ!」

女「ううっ……眼鏡のせいで気持ち悪くなりました」

男「度のあった眼鏡をしろよ」


男「だけど、主人公補正が本当に存在するなら、どうして消えたの?」

女「消えた?  本当に消えたのでしょうか?」

女「通常、能力は衰えたり劣化したりしても、消えることはないそうです」

男「つまりそれって……」

女「ええ。誰かがあなたの能力を盗んだ、そう考えるべきでしょうね」

男「でも能力を盗む方法なんて、聞いたことないぞ」

女「それがそうでもないんですよ?」

男「あるの!?」

女「教えてあげます。その前に、私と約束してくれませんか?」

男「約束?」

女「私、あなたが主人公補正を取り返すまで全面的に協力します」

女「そのかわり、あなたが能力を取り戻したあかつきには、うちの部に入ってください」

男「……なんで?」

女「実はうちの部、部員が私しかいないんです」

男「それ、部活とは呼べないんじゃないの?」


女「はい。このままだ悪しき生徒会につぶされちゃいます」

女「うちの部が華麗に復活する方法はただ一つ! 部員を増やすことです!」

女「そのためには、あなたのようなスターの記事が必要なんです!」


男「なるほど。俺が入部すれば、いつでも俺を取材できるもんな」

女「どうかおねがいします! なんでもするんで!」


男「ていうか。俺ってば帰宅部だし、普通に入ろうか?」

女「それはダメです」

男「どうして?」

女「主人公の素質を持つあなたでないと。記事にすらならないと思います」

男「ひどいな、キミ」

女「……さらにひどいことを言うなら、これからあなたには様々な挫折が待ってるかもしれません」

男「不吉なこと言うなよ」

女「いえ、言わせてもらいます」

女「今までだったらうまく行ったことも、なんだかんだうまく行かなくなるはずです」

男「……」

女「そのことはこれからの生活で実感するでしょう、きっと」


男「いやいや。主人公補正とやらがなくなったって言っても、俺自身が……」


バンッ!


男「うわっ!?」

女「……行儀悪いですね、テーブルに足を乗せるなんて」


不良「悪いな、オレはアンタに用はないんだ。用があるのはそっちの野郎だ」


男「お前、うちの妹にいやがらせしてた……」

不良「細かいことはいいんだよ。これからオレとサシで勝負しろ」

男「はあ? なんでそんなことを?」

不良「決まってんだろうが!  この前のリベンジだ!」


不良「今度はきっちりころがしてやる。ついてこい」

男「……そこまで言うなら受け手やるよ」

女「大丈夫なんですか?  あの人、メチャクチャ強そうですよ?」

男「この前は俺がボコボコにしたんだぜ? 大丈夫だって」

女「……心配だなあ」

男「もしかして主人公補正のこと?」

女「そう、それです」

男「だったら問題ないって」

男「俺ってば高校に入ってからは、なんだかんだケンカでは負けたことないし」

女「ほうほう。じゃあせっかくなんで見学させていただきます」

男「おう、見ててくれよ」





男「そげぶ!?」


女「やっぱり」

不良「お前、クソがつくほど弱いな。この前のはマグレか?」

男「うぅ……」


男(あ、あれ?  俺ってばこんなに弱かったか?)


不良「まだ立ちあがるってことは、もっとボコってもいいってことか?」

男「あ、あ、いや、そのぉ……」

不良「なんだお前? オレがコワイのか? ふるえてんぞ」


男(な、なんで俺はこんなヤツ相手にビビってるんだ?)


女「……仕方ありませんね。私の能力でこの状況を変えてあげましょう」

男「た、助けてくれるの?」

女「ええ。まあ見ていてください」


不良「情けねえなあ。女子に庇ってもらうなんて、野郎の風上にも置けねえ」


男(たしかに。なんて情けないんだ)


女「男とか女とか関係ありませんよ。私の能力、食らっちゃってください!」


男(いったいどんな能力なんだ?)


不良「……おっほん」

男「ん?」


不良「説明しよう! オレはなあ、大量の火炎を口から吐く能力を持ってるんだよ!」

不良「……って、なんでオレは能力の説明なんかしてんだ?」


女「ふっふっふ。これが私の能力です」


女「さらにもういっちょ、能力発動」

不良「俺の名前はなあ! オギノ・ダイキチっていうんだ! 覚えておけ!」

男「……名前を名乗らせたの?」


女「私、さっき言いましたよね?  能力を奪う方法があるって」

女「これこそが能力を奪う方法です」


男「……カード?」


男(四角い枠が二つあって、その枠の間に矢印が書いてある)


女「このカードに自分と相手の名前を書けば、能力を奪うことができます」


女「上枠には能力を奪いたい相手を、つまりオギノさん」

女「下枠には能力を受け取る人の、つまりあなたの、名前を書いてください」

男「本当にこんなので能力を奪えるの!?」

女「いいから!  早く書いちゃってください」

不良「はっ。コソコソとなにやってんだ? まっ、なにしてもオレには勝てねえがな」

女「あっ! 名前は漢字でフルネームでおねがいしますよ!」

男「……よし、書けた」

女「これで能力を奪えるはずです」


男(本当にこんなカードで能力を奪えるのか?)

男(いや、疑ってもしょうがないか。とにかく今は!)


男「能力発動!」

不良「なに!?」





男「そげぶふぉっ!?」


不良「なんだよ。能力なんて発動しねえじゃねえか」

男「……」ピクピク

女「な、なんでカードの効果が……」

不良「けっ、くだらねえな。こんなカードでなにができるっていうんだ?」

不良「二度と俺にツラ見せんなよ、雑魚キャラ」

男「は、はい。ずみばでんでじだ……」


女「だ、大丈夫ですか!?」

男「……どう見ても大丈夫じゃないっす」

女「……なんでカードの効果が発動しないんだろ?」


女「カードは破かれちゃって確認できませんが、本当に正しい名前を書きましたか?」

男「漢字のフルネームでしょ?  書いたはずだよ」

女「あの不良さんの名字は『オギノ』でした。漢字を『萩』と間違えてませんか?」

男「え? 『オギ』と『ハギ』って同じ漢字じゃないの?」

女「やっぱり。名前、新しいカードに書いてみますね」



女「書けました。もう一度試してみてください」

男「……えっと、とりあえず念じればいいのかな?」


男(精神を集中して――)


女「おおっ! 本当に口から出ました!」

男「熱っ! すげえ! 俺の口から火が出たっ!」


男「しかし、名前を間違ったら効果が発動しないって、デスノートかよ」

女「そこまで物騒なものではありませんよ、このカードは」

男「……はぁ」

女「大丈夫ですか? 立てます?」

男「いや、そこまでボコボコにされたわけじゃないから、からだは大丈夫なんだけど」

女「気持ちのほうが問題ですか?」


男「……うん。まさかこんなに自分がケンカが弱いなんて思わなかった」

男「しかも、途中からビビってふるえることしかできなかったし」


女「それも主人公補正が失われたせいかもしれません」

男「どういうこと?」


女「主人公補正能力って極端な言い方をすると、最終的にその人が絶対に勝利する能力なんですよ」

男「それだけ聞いてると、チート能力だな」

女「ええ。だからこそ、主人公補正にはリスクがあるんです」


女「たとえば、一部の感情の欠落とか」


男「感情の欠落!?」

女「……私が仕入れた情報では、あなたは色んな女の子と懇意にしていたそうですね」

男「どこで手に入れた情報だよ」

女「だけど、あなたには恋人はいない。あってますか?」

男「……あってるけど、それって今の話と関係があるの?」


男(……いや、そうだ。たしかに俺は色んなヤツから鈍感だって言われてきた)

男(カワイイ女の子といても、なぜか特別な感情を抱くことはなかった)


男(あれ? 俺ってば実はモテモテだったのか?)

男(……思い返してみれば、世の男どもが夢見るようなモテっぷりだったのでは?)

男(ていうか夢じゃない! あれもこれも!)


女「心当たりあるんですね? からだクネクネしちゃってますよ」

男「……いや。実は俺ってすごい青春してたんだと思ったら、なんか肉体が勝手に」


女「ひょっとすると恋愛感情やそれに似たものも、主人公補正によって消えていたのかもしれません」

女「それどころか、恐怖も」


男「……俺は今までいったいどうなってたんだ?」


男「……深く考えるのはやめとくわ。なんか怖いし」

女「そのほうがいいですね」

男「ていうか、なんでキミはあんなカードを持ってるの?」

女「んー、それは女の子の秘密です」

男「なんだそれ」

女「まあまあ。とにかく今は能力を取り返すことに集中しましょうよ」

男「それはそうなんだけど、誰がいったい俺の能力を……?」

女「とりあえず。能力を奪う手段は、このカードで間違いないはずです」

男「……えっと、俺の主人公補正を知らなきゃ、奪うって発想にはならないよな?」

女「そう考えれば、おのずと容疑者はしぼれますね?」


男「……つまり、俺の能力を奪ったのは、俺と親しかったヤツだ」





男(ていうか、早く帰ってこいって言われてたんだよな)

男(こんな時間に帰ってくることになるとは)


男「……あっ」


幼馴染「おかえり。……どうしたのその傷?」


男「ああこれ? 道路を歩いてたら転んじゃってさ」

幼馴染「本当に転んだだけ? ちょっと傷を見せて」

男「大げさだなあ。たいしたことないって」


男(コイツは俺の幼馴染。美人で勉強もできて家事もこなせる)

男(欠点があるとしたら、少々お節介がすぎることかな?)


妹「お兄ちゃん! 今ごろ帰ってきたわけ?」


男「あー、ごめん。今日は色々とあったんだよ」

妹「お母さんも怒ってるよ、まだ帰らないのかって」

幼馴染「まあまあ。きっと事情があったんでしょ? こんなケガして帰ってくるぐらいだし」

男「お前……」


男(よくよく考えたら、コイツほどいい女を俺は知らないかもしれない)

幼馴染『お腹すいたんじゃない? ピカタでも作ってあげようか?』

幼馴染『え? どうしてそこまでするのかって?』

幼馴染『私がしたいからしてるだけだよ。理由なんてないよ』

幼馴染『ほーら、早く家に行こっ』

男(しかも主人公補正がなくなっても、俺への態度も変わらないし)


幼馴染「なんか涙目になってない? やっぱりなにかあったんでしょ?」

男「いやあ、俺ってば一年中春みたいな生活を送ってたんだなと思ってさ」

幼馴染「ずっと春だったら大変じゃない?  花粉症でしょ?」

男「……うん、いいんだ。俺はお前がいてくれて、本当によかったよ」

妹「普段はご飯作ってもらっても、ろくにお礼も言わないくせに」

男「いや、これからは心を入れかえて、人に感謝することを忘れないようにするよ」

妹「……どうしちゃったの?」

幼馴染「よくわからないけど、そろそろ帰るね」

妹「うん、また来てね」


妹「そうだ。今度のデートの結果、楽しみにしてるよ」


幼馴染「もうっ。からかわないでよ」

男「…………デート?」


幼馴染「それに遊びに行くだけだからね」

妹「とか言いつつ顔が赤いよー」

幼馴染「もうっ。……じゃあね、二人とも」





男「おい、デートってなんのことだ?」

妹「ああ、今度ね。ハルナちゃん、クラスの人と遊びに行くんだって」

妹「もちろん相手は男ね」

男「なっ!?」

妹「半年前からずっとアタックされてたんだって」

妹「で、今日になってようやくデートに行くって決めたらしいよ」

男「……」

妹「うわっ。顔色がすごいことになってるんですけど!」


妹「お兄ちゃんって、やっぱりハルナちゃんのこと好きだったんだ」

男「はあ!? 好きじゃねえし!」

妹「本当は?」

男「いやいや。マジでちがうから」

妹「実は?」

男「……あー、なんていうのかな」

男「……本音を言うと複雑な気持ちです、はい」


妹「お兄ちゃんが悪いんだからね」

妹「ハルナちゃんのような素敵な幼馴染がそばにいるのに、ずっとあんた態度なんだもん」

妹「どんな一途な女神だって、裸足になってどっかに飛んでくよ」


男「……」

妹「……ごめん。すこし言いすぎたかも」


男「自分でも想像できないほどのショックを受けてるわ、俺」

妹「みたいだね。顔が福笑い失敗したみたいになってる」

男「……デートに誘ったヤツ、イケメンなの?」

妹「そこらへんは聞けなかった。まあ、ハルナちゃんの相手だしね」

男「そうだよな。イイ女はイイ男とくっつくべきだよな、うん」

妹「元気だしなって。今度、なんか奢ってあげるから」

男「なんでだよ?」

妹「決まってるでしょ? 失恋記念だよ」

男「うるせえ! 断じて失恋ではないっ!」

妹「はいはい。ご近所様に迷惑だからわめかないの」


男「ん? お前、バッグなんて背負ってるけど出かけるの?」

妹「友達の家でこれからお菓子パーティーなの」

男「こんな時間から?」

妹「なに? こんな時間のお菓子は太るって言いたいの?」

男「思ってないよ。ほら、さっさと行って楽しんでこいよ」

妹「お兄ちゃんに言われなくても、今日はいっぱい楽しんじゃうもんね」



男(俺とコイツが二人で暮らすようになってから、一度でも夜に遊びに行くことなんてあったか?)

男(いや、俺の記憶が正しければなかったはずだ)

男(普段は料理やら洗濯やら掃除やら、やることが山積みだったはずだし)


男(母さんが帰ってきたから?)





男「ただいま」

母「……今日は早く帰ってくるように伝えたはずだけど?」

男「……ごめん」

母「せっかくハルナちゃんも来て……って、どうしたのその顔?」

男「それはいいんだ。それよりさ、なんで今日になって急にうちに帰ってきたの?」

母「なによその言い方。帰ってきてほしくなかったの?」

男「そうじゃなくてさ」

母「知らない。なんか急に帰ることになっただけよ」

男「……」


男(親が帰ってきたのも主人公補正を失ったことが原因なのか?)


男(……ちょっと待てよ)


男(今まで妹は家事全般を文句も言わず、ずっとこなしてきた)

男(ハルナは今日、つまり俺が主人公補正を失って、デートへ行く決心をした)

男(母さんも今日になって突然帰ってくることになった)


男(それだけじゃない)


男(『無能』であるはずの俺があの特殊な学校に入れたのは?)

男(今まで色んな事件に巻きこまれては、その度に解決できたのは?)

男(全部俺が持っていた主人公補正のせいだとしたら?)

男(今まではなにも思わなかった。知らなかったから)

男(でも今はちがう。知ってしまった、主人公補正を)



男(俺は多くの人間の運命を狂わせていたのかもしれない)


◆次の日


男「俺に協力してくれ! たのむっ!」

女「おおっ!  朝から気合入ってますね」

男「昨日、自分なりに考えてみて気づいたんだ」

男「主人公補正は、俺が考えていたよりもずっとヤバイものなんじゃないかって」

女「ほうほう、それで?」

男「キミは主人公補正が盗まれたかもしれないって言ったよな?」

女「はい、言いました」

男「もしこの能力が悪人に渡ったらどうなると思う?」

女「そうですね」

女「RPGでたとえるなら、魔王が主役にになって世界征服を狙っても勇者がとめられない」

女「そんなバッドエンドをむかえてしまう、みたいな感じですかね」


男「だろ? あの能力、下手な使い方をさせたらまずいだろ?」

女「そうですね。確かにそのとおりです」

女「でも、それだけで主人公補正を取り戻したいってわけじゃないですよね?」

男「……まあ、本音を言うと高校に入ってからわりとチヤホヤされてきたから……」

女「やっぱり昨日みたいなのはつらいですか?」

男「うん。自分が今まで恵まれてたことに気付いたからな」

女「あなたはなかなか正直者ですね」

男「……だけど俺一人じゃ、能力を取り戻すのは無理だ」

女「だから私に協力してほしいってことですね?」

男「もちろんタダでとは言わない。キミとの約束はまもる」

女「いいでしょう。これで契約は成立ですね」


男「それから、犯人捜索はこのスタイルでいこうと思う」

女「……」

男「その魚の骨が喉に刺さったみたいな顔はなんだ」

女「なんでビデオカメラを構えてるんですか?」

男「こうやって常にビデオカメラを回していれば、確実に証拠が手に入るかな、と」

男「これなら映像も音もキャッチできる。どうよ?」

女「……メチャクチャあやしいです。それだと、犯人以外の人も警戒しちゃいますよ」

女「……でも、記録を残すっていうのは大事だと思います。これでどうです?」

男「ハンディレコーダーか。たしかにこれならポッケに仕込めるもんな」

女「ええ。犯人探しならこっちのほうが役にたつと思います」


男「とりあえず、まずは情報収集だな」

男「あと、片っ端から知り合いに当たっていこうと思うんだ」

女「ほうほう」

男「もし能力を奪ったヤツが俺の身近にいるなら、俺との接触は避けたいでしょ?」

男「だからこっちから突貫してやるんだ」

女「名案ですね。でも一つ指摘してもよろしいですか?」

男「なに?」

女「今のあなたは主人公補正を失ってるから、どちらにしても誰も寄りつかないと思いますよ」


男「……」

女「……」


男「細かいことはいい! 俺はとにかく行動しなきゃいけないってことだろ! やってやるよ!」

女「了解! どこまでもついて行きますよ!」


男「いや、待てよ。俺ってばすごい作戦を思いついた」

女「ほうほう、聞きましょう」

男「かたっぱしから能力をカードで奪うってのはどうよ?」

男「俺と仲のいいヤツに限定すれば、それほど難しいことじゃないだろ?」

女「それは無理です」

男「なんで?」


女「このカード、入手するのが難しい上に、そもそもほとんど出回ってないんです」

女「しかも誤って奪った能力は返さないといけませんよ、カードを使って」

男「……そうだよなあ、そんな簡単に行かないわな」


男「やっぱり犯人だって確信がもてるヤツが現れるまではカードは使えないか」

女「ただ、私の能力を使えばあやしいと思った人から証言はとれますよ」

男「どっちにしても地道な作業になりそうだな」

女「そりゃあ今までみたいには行きませんよ」

男「だよなあ」

女「言ってみれば、今のあなたはモブですからね」

女「しかも、その協力者である私もモブみたいなものですし」

男「悲しい」

女「でも大丈夫ですよ」

女「どんなモブだって一度ぐらいなら輝く瞬間がありますから、きっと!」


男「……そうだな。とにかく突貫あるのみって決めたもんな」

男「そういえば聞こうと思って忘れてたんだ。名前はなんて言うの?」


女「あれ? まだ名乗ってませんでしたか?」

女「私の名前は『スズキ ハナコ』と言います。ハナコちゃんって呼んでください」


男「ハナコちゃんね」

女「なんだが名前までモブっぽいでしょ?」

男「そんなことないよ。覚えやすい、いい名前だと思う」

女「ありがとうございます――さん」

男「俺の名前、知ってたんだな。ていうか、よく読めたな」

男「俺の名字、たいていの人が読めないし。ひどい場合『キュウサク』とかって呼ばれるのに」

女「余裕ですよ、これぐらい。これからよろしくおねがいしますね」





男(とりあえず行動すりゃ、どうにでもなるだろうという俺の考えはあまかった)

男(目的の人間に会おうとするだけでも、これほど苦労するとは……)


女教師「――能力を二つ持っているにも関わらず、一つしか使えないという事象がある」

女教師「二つの能力を保有している『有能』に見られる現象だ」

女教師「稀有な例だが、他人事じゃないぞ。……よし、今日はここまで」


男(これから昼休みか。とりあえず誰かのところへ行くか)


女教師「悪いんだが、すこし手伝ってくれないか?」

男「ボクですか?」

女教師「不服そうだな?  私の手伝いはイヤか?」

男「いえっ! もう奴隷のように働かせていただきますよ!」

女教師「そこまでは求めてない」




男「本、ここに置いていいですか?」

女教師「ああ、ありがとう」

男「でもなんで職員室じゃなくて、パソコン室なんですか?」

女教師「私はあの場所があまり好きじゃないんだ。他の先生とずっといるのは疲れる」

男「なんか先生っぽいですね」

男「……そういえば、図書館の事件ってどうなりました?」

女教師「お前を目撃した生徒に、もう一度話は聞いた。見間違えてはいない、と本人は言っていた」


男(変化なしってことか。まあ、それならそれでいいか)

男(……そうだ、先生に頼んでみるか)


男「あの、先生におねがいがあるんですけど」

女教師「えー、おねがい?」

男「そこまでイヤそうな顔をしなくても」 


女教師「で? おねがいって?」

男「調べてほしいことがあるんです。あるカードについてなんですけど」

女教師「カード?」

男「はい。そのカードについて、うちの高校と提携してる能力施設に聞いてほしいんです」

女教師「また面倒そうな話だ」


男(俺に主人公補正があったときの先生は、もっと協力的だったのにな)


女教師『頼みごとか? いいだろ。他ならぬお前の頼みだ、いくらでも苦労してやる』

女教師『だが、そうだな。お前の頼みを聞くかわりに揉んでほしいな』

女教師『どこを? 肩に決まってるだろ、アホ』


男(以前の先生は厳しさとエロさが同調して素晴らしかった)


女教師「わざわざ提携施設を当たるのも面倒だ」

男「そこをなんとか!」

女教師「お前が言ってるカード。能力を奪えるカードのことか?」

男「……」

女教師「顔に正解と出たな。わかりやすいヤツだ」

男「驚きました。先生も知ってたんですね、あのカードのこと」

女教師「ついでにもう一つ驚かしてやろうか?」

男「まだサプライズがあるんですか?」


女教師「ああ。お前が探してるの、主人公補正能力だろ?」


男「……!」


女教師「そしてお前は、自分の能力を奪った犯人を探している。ちがうか?」

男「なんでそれを……?」

女教師「聞かなくてもわかるだろ?」

女教師「どんな気分だ、主人公から脇役以下の存在に落ちこぼれるのは」


男(なんだよこれ? 意味がわからない)

男(先生が俺の能力を奪ったっていうのか?)


女教師「固まってどうする?」

女教師「お前が今からするべきことはなにか。それを考えなくていいのか?」


男(……俺がするべきこと。それは――)

男(俺はパソコン室を飛び出した。ハナコちゃんを探すために) 


男(犯人は先生! だったら先生からカードを使って能力を奪えばいい)

男(だけど俺自身はカードを持っていない)

男(だからハナコちゃんからカードを受け取らないと)

男(……問題は、俺が彼女の連絡先を聞き忘れたことだ)


男「いったいどこに行けばいいんだ?」


先輩「おや、なにかお困りごと?」


男「先輩。……そうだ、スズキハナコちゃんを見ませんでしたか?」

先輩「ハナコ? 誰のことを言ってるの?」

男「えっと、昨日、図書室の件について話したじゃないですか?」

男「そのとき急に現れた、変な眼鏡をかけた女の子です!」

先輩「ああ、あの子を探してるのね」


先輩「その様子だと、連絡先は知らない感じ?」

男「はい。今日の放課後に会うことになってたんですけど」

先輩「悪いけど私も知らないなあ」

男「……探すの手伝ってくれませんか?」

先輩「え?」

男「なんなら先輩の奴隷になります! 一生!」

先輩「おっけー!  私の奴隷にしてあげるから、探すのも手伝ってあげる」

男「ありがとうございます!  ありがとうございますっ!」

先輩「その子の特徴ってほかになにかある?」

男「たしか、フリーペーパー部に所属してるはずです」

先輩「フリーペーパー? そんな部、あったかな?」


男「たぶん人数が少ないせいで、知られてないんだと思います」

先輩「まっ、どっちにしても文化部なのは間違いないね」

先輩「文化部の部室棟に行こっ、そこにいるかもしれない」

男「わかりました」





女「へえ。それじゃあ、けっこう長い付きあいになるんですね」

幼馴染「そうね。保育園のころからだから」


先輩「いた! あの子でしょ?」

男「ほんとだ! おーい!」

女「これはこれは。どうしたんですか?」

男「キミをずっと探していた」

女「はあ。汗だくですけど大丈夫ですか?」


男「カードを貸してくれっ。俺の能力を奪った人がわかったんだ」

女「本当ですか!?」

男「うん。だからカードを!」

女「焦らないでください。ミスをしてカードを失うことは避けなければいけません」

女「私をその犯人さんのもとへ連れて行ってください」

男「そうか。キミの能力があれば……!」

女「ええ。なにもかもを吐かせることができます」

幼馴染「二人はなんの話をしてるの?」

男「こっちの話! 先輩、このお礼はきちんとしますから!」

先輩「お礼じゃなくて奴隷でね!」

男「はいっ!」





男「先生! ボクの主人公補正、返してもらいますよ」

女教師「へえ。どうやって?」

女「能力を奪う前に、まずは私の能力で洗いざらいしゃべってもらいますよ」

男「よし、やってしまえ!」


女教師「……」


女「……あれ?」

女教師「どうした? 私はなにかを話さなければいけないのか?」

女「私の能力が発動してない……?」

女教師「そもそも校内で能力を使うのは禁止だぞ」

男「ど、どうなってるの?」

女「……わかりません。私の能力が発動しないんです」


男「もしかして体調不良とか? 大丈夫?」

女「いえ、そういうのではなくて。……あなた、まさか」

女教師「なんのことかな?」

女「……ごめんなさい。どうやら私の能力も盗まれたようです」

男「そんなっ!」

女「でもカードにこの人の名前を書いてください。それで、一段落つきます」

男「わ、わかった」

女教師「……お前もそのカードを持っていたのか」

男「そうですよ。そして、もう先生の名前は書き終わりました」


男(きちんと名前を書けた。これで先生が持つ俺の能力は……)


男「……あれ? 主人公補正が戻ったかどうかって、自覚できるもんなの?」


女教師「なにか勘違いしてるようだから言っておく」

女教師「私はお前の能力を奪ってはいない」


男「へ?」

女「……だったら、どうしてこの人が主人公補正をもっていたこと、知ってるんですか?」

女教師「その答えは教えられないが、代わりのヒントはやろう」

女「ヒント? うさんくさいですね」

女教師「キミに言われたくはないな」

女「むっ」

女教師「ヒントは一つだけ。能力を奪えるカード、誰かにあげたんだよ」

男「誰かって、誰ですか?」

女教師「それを教えてしまったら面白くないだろ?」


女教師「犯人当てゲームをしよう」

女教師「お前は、お前の主人公補正を奪ったヤツを探す意外、主人公に戻ることはできない」

女教師「だったらこのゲーム、引き受けるしかないよな?」


男(急にそんなことを言われても!)

男(それに主人公補正のない俺はどんな人間か。昨日で痛いほどわかった)


女教師「ただし今のお前は本来のお前、モブ以下の存在だ」

女教師「このゲームをクリアできる可能性は限りなくゼロに近い」

女「……愚問ですね。引き受けるに決まってるでしょ」

男「ハナコちゃん」

女「たしかに今のこの人には、主人公補正はありません」

女「でもだからって、主人公になれないわけじゃない」


女教師「ほう。面白いことを言うな、キミは」


女「どんなにみじめでも、みっともなくても」

女「あきらめずに挑戦し続け、誰かのヒーローであり続ける」

女「私にとってはそういう人こそが主人公です」


男「……」

女「それに。たとえ主人公でも、やる前からあきらめてたらモブにも勝てませんよ?」

男「……そうだな。そうだよ、やる前に終わるなんてもったいないもんな」

女教師「このゲーム、受けるんだな?」


男「はい。全力で挑ませていただきます」

男「ついでに、やったあとにも絶対に後悔するつもりはありませんから」


女教師「では、ゲームは成立だな」


女教師「期限は今日から2週間」

女教師「お前が犯人を見つけられたときのみ、お前に能力を返してやろう」

男「もし見つけられなかったら?」

女教師「私がわざわざそれに答える必要があるか?」

男「……わかりました。じゃあ僕らはこれで」

女教師「おっと、お前に渡しておくカードがあった」

男「カード!?」

女教師「ああ。今度の体育祭に必要なカードだ」

男「……」


女教師「ふっ、例のカードだと思ったのか?  そんなわけないだろ」

女教師「こちらのカードは体育祭の一週間前までに出してくれればいい」

女「それではせいぜい犯人捜しに没頭してくれ」





女「あの先生、頭にきますね! 言いたい放題だし、ワケのわからないカードは渡すし」


男「これは体育祭用のカードだよ」

男(カードに運動や能力に関連したデータを詳細に書かなきゃならない)


女「そんなことはどうでもいいんです」

女「とにかく私はあの先生をコテンパンにしたいです」

男「……あのさ」

女「はい?」

男「さっきはありがと」

男「キミがいなかったら、俺はゲームを受けることさえ拒否していたかもしれない」


女「お礼なら下北沢のワッフルでおねがいします」

男「……覚えておくよ」

女「それとゲームの内容ですけど」

男「今日を含めて二週間。その間に俺の能力を奪ったヤツを探す、か」

女「犯人探しは最初の方針でいいんです。それより、能力はどうですか?」

男「やっぱりなにも感じない。カードで先生から能力は奪えてないみたい」

女「さらに私の能力も奪われちゃったまま、ですか」

女「……いったい誰が奪ったのやら」

男「ヒントがないもんなあ」

女「やっぱり、地道に探すしかありませんね」


女「あ、それとカードを渡しておきますね」

女「さっきみたいな状況で、毎回私を呼びに行くのも手間でしょうし」

男「これ、全部?」

女「いえ、一枚だけは私があずかっておきます」

男「わかった」

男「……よし。気合入れていくかっ」

女「ええ。ここからが本当の勝負ってヤツですよ」

男「おう!」


◆三日後・放課後


後輩「お疲れ様です、先輩。あ、これは差し入れのジュースです」

男「おっ、サンキュー」

後輩「どういたしまして」

男「しかし、アイドル研究会ってのは握手会までやるんだな」

後輩「今の時代、アイドル=握手会って感じですからね」


男(この三日間。俺はできるだけ多くの人間と接触してきた)

男(もっとも、これといった成果はなし)

男(今はアイドル研究会のマネージャーが病欠ってことで、かわりに働いてる)


後輩「うちのジャーマネが風邪ひいちゃって困ってたんですよ」

後輩「そのタイミングで先輩が来てくれるなんて」

後輩「また『さすが先輩です』って言えて、あたし、とっても幸せです」


男「命令してくれればいくらでも働くぜ。奴隷のようにな」

後輩「じゃあ、先生やコワイ人が来たら追っ払ってくださいね」

男「……この握手会って、もしかして怒られるヤツ?」

後輩「生徒が生徒からお金取ってますからね。余裕でアウトです」

男「マジか」


後輩「あれれ? 先輩ってば、顔がひきつってません?」

後輩「頼みますよ。あたし、カッコイイ先輩にむかって『さすがは先輩です』って言いたいんだから」


男「わかった! 俺、ガンバる!」

後輩「じゃ、よろしくおねがいしまーす」


男(メチャクチャあっさりしてるなあ)


男(まっ、とりあえず受付業務をがんばるか)


友「あれ? なんでマユゲがここにいるんだよ」


男「マユゲって言うな、普通に呼べ」

男「ていうか俺はここの手伝いを頼まれたんだ」

男「お前こそ、こんなところに来てどうしたんだよ?」

友「決まってるだろ。未来のアイドルたちと触れ合いにきたんだ」

男「なるほど」


友「カワイイ女の子と同じ空間で、同じ空気を吸えるだけでも幸せなのに」

友「握手までできるなんて素晴らしいよな、握手会」

友「これほど有意義で価値のあることが他にあるか?」


男「わ、わかったから。そんな顔を近づけんな」


男(オギワラの能力って、近くのものを引き寄せる能力だったな)

男(吸引力が意識で変えられるらしいけど、それをうまく使えばスカートめくりも楽勝って言ってたな)


友「とりあえず早くしてくれよ」

友「お前と話す時間より、彼女らと交流する時間のほうが俺には大事だからな」

男「へいへい。じゃあ、このまま奥の部屋に入ってください」

友「イェーイ! めっちゃサンデイっ!」

男「……」


女「お疲れ様です」


男「うおっ? 首が急に冷たくなったから、なにかと思ったよ」

女「ふっふっふ、コーラを買ってきちゃいました」


男「ありがと。それにしてもコーラを飲むと、ポテチが食べたくなるよな?」

女「そう言うと思ってポテチを買ってきました!」

男「俺、コンソメ味はちょっと……」

女「ええ!? これ、うちの高校の系列大学でのみ販売されてる限定ポテチですよ?」

男「もしかして大学行ってたの?」

女「はい。色々と調べてまして、今日は講義に潜ってたんです」

女「ほかにも高校の提携してるショップを調べて、例のカードについて調べたり」

男「すごいな」

女「でもこれといって成果はないんですよね」


男「俺なんか会話に入る前の段階からつまずいてるよ」

男「前は話すことで苦労することなんてなかったのにな」

男「とりあえず片っ端から奴隷になるからって言ってるのになあ」

女「たぶんそれですよ、ダメな原因」

男「でも前とちがって、急に他人の声が聞こえなくなるって現象は起こらないな」

女「以前は声が聞こえなくなることがあったんですか?」

男「うん。ある女の子には、それが原因で「ジジイかよっ!」ってキレられたこともある」

女「なるほど」


男「なるほどって、なにが?」

女「いえ、そういうリスクもあるんだなあと思って」

男「……?」


不良「よお。会いたかったぜ」


男「な、なんでお前がこんな場所に!?」

不良「部室棟のほうで、なにやら違法な握手会が行なわれてるって聞いてな」

男「……まさか握手会をつぶしに来たのか?」

女「存在自体が違法みたいな人が、握手会をどうこう言おうとするなんて!」

不良「誰が違法だ! つーか、お前ら雑魚のくせに生意気だな」


後輩「な、なにかあったんですか?」

友「あ、あれは……!」

不良「今からオレが握手会をメチャクチャにする」

不良「握手会を中止にしたくないならオレを止めるしかねえ」

男「……いいぜ、やってやる」

女「大丈夫なんですか? 前回、ボコボコにされてますけど」

男「大丈夫。今の俺は『有能』で、あっちは『無能』だ」

男「勝機は十分にある」

不良「やっぱりお前か。俺の能力を奪ったっていうのは」

男「……今の俺はお前より熱く燃える。勝つのは俺だ」





男「そげぶっ!?」

女「またこのパターン!」

不良「やっぱり弱いな。ていうか、前と全く同じ流れじゃね?」

後輩「先輩! がんばってくださいよ! あたし、なんでもしますから!」


男(うぅ……オギワラめ、水の能力が使えるなんて聞いてないぞ)

男(まさか全部の火が水でふさがれるなんて)


不良「へっ。水の能力、もらっておいて正解だったな」


男(もらった?  もらったって……もしかして先生から?)

男(くそっ。俺はオギワラと同時に先生にも負けたのか……!)


不良「やっぱり雑魚は雑魚だな」

男「……まだだ!」

不良「あ?」


不良「はあ? もうお前との勝負は終わったんだっつーの」

男「勝手に終わらせんなよ。本当の勝負はここからだ」

不良「けっ。勝手に言ってろよ、雑魚が」

女「……いいんですか?」

不良「あ?」

女「あなたがここ数日、この人の妹さんの下駄箱に……」

不良「なっ!? なんでそれを知ってんだよ!?」

女「企業秘密です。ですがこの勝負を受けなかったら、わかりますよね?」

不良「……クソが」

男「ありがとう、ハナコちゃん。おかげで見せられそうだよ」

女「期待しちゃっていいですか?」

男「もちろん。だから見ててくれよ、俺がコイツに勝つ姿をさ」


男「カードは……っと、あったあった」

男「まずはオギノの名前を書いて。それから……」

不良「またこそこそと下らねえ小細工でもしてんのか?」

男「小細工じゃない、勝つための準備だ。ハナコちゃん、このカードを頼む」

女「これって……」

男「俺が「今だ」って叫んだら、そのカードに書いてある名前の最後の一画を書いてほしい」

女「あなたの狙いはわかりませんが、わかりました」

男「それと、これを借りるよ」

女「……え?」


不良「オレも辛抱強いほうじゃねえからよ、もう待たねえぞ!」

男「来いよ!  火だるまにしてやる!」

不良「無駄だっ!  こっちには水が……な、なんだこれ!?」

後輩「あれは水じゃなくて……」

女「濃煙……ちがう!  あれは霧です!」

不良「なんで水じゃなくて霧がっ!?」


男(カードで俺の火の能力を渡せば、オギノの能力はべつのものに変わる……予想通り!)


女教師『能力を二つ持っているにも関わらず、一つしか使えないという事象がある』

女教師『二つの能力を保有している『有能』に見られる現象だ』


男(先生が授業で言っていたことが、ここに来て生きるなんて)


男(濃すぎる霧のせいで視界は真っ白。だけどこれでいい)

不良「くそっ!  白くてなにも見えねえ!」


男「こっから俺の必殺技を見せてやるよ、今だ!」


女「了解!」


不良「はっ、こんな状態じゃあオレがどこにいるかお前に……な、なんだ!?  目がっ!?」


男(これが俺の必殺技。ハナコちゃんの瓶底メガネをぶつけて視界を狂わせる》

男(もちろん視界ゼロの状態で、オギノにメガネをかけさせることなんて、普通にはできない)

男(だからもう一枚カードを使った。カードでオギノにオギワラの能力を移した)

男(オギワラの物を引き寄せる能力を。そして)


男「引き寄せられるのはメガネだけじゃない!  俺のパンチも! 」


男「ーー終わりだ!」

不良「……っ!?」


男(俺の勝ち……)

不良「勝ったと思ったか?」

男「……っ!」

不良「てめえの拳一つで床に這いつくばるほど貧弱じゃねえんだよ!」

男「そげぶふぉっ!」

不良「ふざけやがって。オレがテメエみたいな雑魚に負けるかよ」

男「……うぅっ」

女「……でも、次やったらこの人が勝って、あなたが負けると思いますよ」

不良「あ?  なにを根拠にそんなことを?」

女「根拠なんてありません。ただ私がこの人を信じてるってだけです」


男(ハナコちゃん……あ、ダメだ……意識が……)





男「……ん?」

男「ここは……?」


後輩「先輩!  よかった!  目が覚めたんですね!」


男「なんで俺ってば寝てるんだ?  ていうかここは?」

後輩「保健室です。もしかして……記憶とか飛んでないですよね?」

男「……ああ。たしかオギノをぶん殴って地面に這いつくばらせて、泣かせて……」

後輩「しっかりしてください先輩!」

男「冗談だよ、オギノにやられたことは覚えてるよ」


男(そうか、また俺は勝てなかったのか)


男「……そういえば握手会ってどうなった!?」

後輩「あ、それなら問題ないです」

男「問題ない?」

後輩「はい。スズキさんがあの不良の人を、あの手この手で脅してくれたんです」

男「やっぱりあの子はすごいな」

後輩「……先輩」

男「ん?」

後輩「うちの研究会のせいでこんなことになってしまって……すみませんでした」

後輩「お詫びになるかはわかりませんが、私、なんでもします」


男(なんでもする、か。なんて魅力的なセリフなんだろ)


男「でも、それはいいかな」

後輩「そうですか。じゃあ、わかりました」

男「意外とあっさり引き下がったな!」

後輩「いやあ、遠慮されるならべつにいいやと思って」

後輩「それに。申し訳ないけど、やっぱりなんでもはしてあげられないです、先輩には」

男「……正直だな」

後輩「ごめんなさい」

後輩「やっぱりなんでもする、なんて簡単に言っていいことじゃないですよね」



女『どうかおねがいします! なんでもするんで!』



男「……そうかもね」

後輩「だけど手伝えることがあるなら、遠慮せずに言ってくださいね?」


男「そうだな。そのうちなにか頼もうかな」


女「ただいま戻りましたー!  あっ、復活したんですね!」


男「おうよ」

後輩「じゃあ私はジャマになるといけないので。あ、先輩」

男「なに?」

後輩「先輩は勝負には負けてしまいました。でも」


後輩「やっぱり、さすがは先輩です!」


男「……当たり前だろ」

後輩「それじゃ、失礼しました」


男(さすがは先輩です、か)


女「なにニヤニヤしてるんですか?」

男「え? いやべつに?」


男「その……ありがとな、色々と」

女「本当ですよ。あの不良さんを脅したり、アイドル研究会のほうでは先生たちを騙したり。大変でしたよ」

女「しかもあなたは負けちゃうし」

男「あ、あはは……」

女「それから、能力は全部カードを使って戻しました」

女「火の能力もあなたに戻ってるはずです」

男「ほんと、なにからなにまでありがとう」

女「いいですよ。なんでもするって約束しましたから」

男「……」


女「どうしました? 顔が真っ赤ですよ?」

男「はあ? そんなことねえし!」

女「なんで怒るんですか?」

男「……ごめん」


女「まっ、とりあえずこれからもどんどん私を頼ちゃってくださいね?」

女「私はいつまでもどこまでもあなたの味方ですから」


男「……キミがいないと俺はダメみたいだからな。頼りにしてる」

女「もしかして負けて弱気になっちゃってます?」

男「いや、むしろ逆。キミがいるなら俺はがんばれそうな気がする」

女「嬉しいことを言ってくれますね」

男「……あのさ」


男「今度の週末、時間ある?」

女「週末になにかあるんですか?」

男「キミには世話になってばかりだからさ」

男「その、お礼がしたいと思って……」

女「なんと! じゃあ食事にでも連れて行ってくれるんですか?」

男「う、うん。行きたがってたワッフル屋さんに行こうよ」

女「本当ですね!?  予定を全部キャンセルしてでも行っちゃいますよ!」

男「わかったから、顔近いってば」

女「じゃあもう予定帳に書いちゃいますから、ドタキャンとかなしですよ?」

男「絶対に行くよ、どんなことがあっても」


男「あ、そうだ。今のうちに予約しておくか」

女「名前、まちがっちゃダメですよ?」

男「わかってる……ん?」

女「どうしました?」


妹「お兄ちゃん、また女の子をたぶらかしてるの?」


女「!?」


男「うわっ!?  どっから出てきてんだよ!?」

妹「呼ばれて飛び出てアンダーダンダン!  ベッドの下だよ」


男「なんでこんなとこにいるんだよ?」

妹「うわさを聞いたの。お兄ちゃんがボコボコにされたって」

男「それでわざわざ駆けつけてくれたのか?」

妹「まあ、そんなところかな。ほら、私って治癒能力が使えるし」

男「……じゃあなんでベッドの下に隠れてたんだよ」

妹「んー?  単なる気まぐれだよ? 」

妹「ほんの少し、お兄ちゃんと女の子の会話を盗み聞きしたいと思ってやった部分もあるけど」

男「あのなあ」

妹「あ、いつも兄がお世話になってます」

女「ええ。けっこうお世話しちゃってます」


男(……本当にそのとおりでなにも言えない)


とりあえずここまで


◆一週間後


妹「ふわぁ~……ねむ……」

男「おはよ。寝癖がライオンみたいになってるぞ」

妹「……」

男「目が半分しかあいてないぞ 」

妹「なんか最近、早起きだし無駄に元気だよね、お兄ちゃん」

男「ムダとは失礼な。そうだ、ホットサンド作っておいたから食べてよ」

妹「ん、ありがと」

男「じゃ、ちょっと早いけど先に行くわ」



妹「はいはい。……ほんと、どうしちゃったんだろ」


女「おはよーございます」

男「おはよ。……おい、唇のはじっこに生クリームついてるぞ」

女「あら?  朝ごはんのケーキのクリームがこんなところに」

男「……この前遊びに行ったときに言おうと思ったんだけどさ」

女「なんです?」

男「横浜中華街でパンケーキを食べた」

男「そのあと下北でワッフル、永福町では饅頭を食った。おかくしない?」

女「女の子の別腹は一つじゃないってだけですよ」

男「……そう」

女「また行きましょうね」

男「……おう」


女「まあ、その前に肝心の問題を解消しないといけないんですが」

男「ゲームが始まって、もう十日になるんだよな」

女「もうあと四日間しか残されてないんですよね」

女「いやあ、手がかりらしいものも見つからないまま、ここまで来ちゃいましたね。あはは」

男「笑いごとじゃないんだよなあ」

女「おっしゃるとおり、このままあきらめてしまえば、私たちは負けちゃうでしょう」

女「でも、私たちにかぎってそんなことがありますかね?」

男「いーや、ないね」

女「じゃあ大丈夫です、絶対に」


男(そうだ、俺たちはまだ負けていない)




男(いまだに手がかりらしい手がかりはない)



友「おーい、なにしてんだよ?」

男「ん?  ナンプレ」

友「ナンプレ? なんで?」

男「いや、頭の回転をよくするためにやれることないかなって探したんだよ」

男「で、今日からこれをやろうと思ったわけよ」

友「なんのために?」

男「それは、あれだ。男の秘密だ」

友「はあ?」


男(そういえば完全に忘れてたけど、こいつが犯人の可能性もなきにしもあらずなんだよな)

男(いや、まさかな)


◆体育


友「最後にピラミッドを作るだろ?」

友「で、ハルナさんの能力でピラミッドを凍らせるってのがいいと思うんだよ」


生徒A「涼しそうではあるけどなあ」

生徒B「さすがにヤバイでしょ」


幼馴染「私もそれはちょっとどうかと思うな」

女「私も。けっこうシャレにならない気がします」

男「仕方ない。ここは俺が一肌脱ぐしかないか」

女「凍らされるって状況であえて脱ごうとするなんて……!」


生徒A「うちのクラスに奴隷みたいなヤツがいるって聞いたけど、もしかして……」

生徒B「それ私も聞いた。アイドル研の奴隷として、不良に立ち向かったとかなんとか」


男(うちの高校の体育祭は、数少ない能力を使うイベントだ)

男(しかもクラス対抗ではなく、学年対抗)

男(だからダンスのグループもクラス関係なく編成されてる)


友「じゃあ、お前だけピラミッドのテッペンで氷像になってもらうか」

男「まかせろチキショー!」


生徒B「奴隷って彼のことだったんだね」

生徒A「奴隷として学校の噂になるって、なにをしたらそうなるんだろうな」


幼馴染「まあまあ。やっぱり氷づけにするのは安全面から考えてもよくないし」

幼馴染「たしか火を出す能力が使えるんだよね?」

男「おう。それがどうした?」


幼馴染「ダンスの最後で火をふくって演出はどう?」

友「すばらしいアイディアだ!  よっしゃ、ハルナさんの言うとおりにしよう!」

男「よしわかった!  奴隷のように火をふいてやるよ!」


女「そういえば、カードは持ってます? 体育だからって教室に置いてませんよね?」

男「さすがにあのカードを置いてったりはしないよ、ほら」

女「……」

男「どうした?  固まってるけど」

女「……だって。それ、ちがうカードにしか見えないんですが」

男「え?」


男(ハナコちゃんに言われて、俺は初めて自分が持っているカードが例の体育祭用のカードだと認識した)


男「な、なんで……!?」


女「嫌な予感がします。急いでカードを取りに戻ったほうがいいですね」


友「なにやってんだよ。最後のピラミッドから練習していこうぜ」

男「悪い。ちょっとそれどころじゃ……」


女教師「ハルナ、すこしいいか?」

幼馴染「はい、なんでしょうか?」


男(先生!  体育祭の練習では能力を使う関係で、体育科以外の教師も授業に参加する)

男(……まさか先生が俺になにかしたのか?)


女教師「職員室に忘れ物をしてな。今は手が離せない、代わりに持ってきてくれないか?」


女「それなら私が行きます」


男(ハナコちゃん?)


女「べつに問題ないですよね?」

女教師「……ああ、全く問題はないな」

幼馴染「任せてしまっていいの?」

女「ええ。あなたは体育祭の練習をがんばっててください」



男「……ハナコちゃん、いったいどうするの?」

女「あなたは先生を見張っていてください。あの人がなにかしちゃった可能性、かなり高いですから」

女「私はさらっと職員室に行って、あの先生の机を調べてきます」

男「なるほど」

女「じゃあ、頼みますよっ」

男「おっけー、頼まれたっ」


男(ハナコちゃんが職員室に行ってる間にも、先生から目を離さないようにしないと)


幼馴染「先生のほうばかり見てるけど、どうしたの?」

男「へ?  い、いやあ、先生は美人だなあと思ってさ」

幼馴染「へえ。あのビン底メガネの女の子がいるのに、そんなことを考えてたんだ?」

男「……どういう意味だよ」

幼馴染「わかってるくせに」


男(俺はあの子のことを……)


友「おーい!  二人とも、ピラミッドファイアーの練習するぞー!」


幼馴染「だってさ。練習しないと、ね?」

男「……そうだな」



男(それから20分ほど経過して、ハナコちゃんは戻ってきた)



女「戻りました。……うわっ。火が天上まで届きそう!」

男「カードはあった!?」

女「それが……職員室もあなたの教室も確認したんですが……」

男「くそっ!  俺はなんてバカなミスを……!」

女「ミスかどうかはわかりません。あの人がなにかを仕組んだか可能性も、十分にあります」


男(先生なのか……?)


友「お前ら、そんなところでしゃべってないで、ペア練習するぞー!」


女「とりあえず今はダンスの練習をしませんか? 」 

女「私と二人で練習をしつつ、あの先生をできるかぎり観察しましょう」

男「……うん、ごめん」

女「ほらっ、しょげてないで!  元気にダンスしますよ!」


友「そんじゃ、最後にもう一度シメのピラミッドの練習をするぞ!」

男「……」

友「……おいおい、さっきまでの元気はどうしたんだよ?」

男「あ、ああ……。ごめん、ちょっと他のことを考えてた」


男(ハナコちゃんとペア練習をしつつ、先生の観察をしていたけど)

男(先生はあやしい素振りを一度も見せなかった)

男(まさか本当に俺がドジっただけで、先生は一切関係ないのか?)


友「さっ、ファイアーを頼むぜ」

男「……おう。……あ、あれ?」

女「どうしたんですか?」

男「……火が出ない」


幼馴染「さっきまで能力を連続で使ってたせい?」

男「……」

友「マジか。今日のところは炎はナシでやるか」

女「……ひょっとして」



男(ハナコちゃんの予想どおりだった)

男(俺はすべてのカードを失ったあげく、オギノから拝借した能力まで奪われたのだ)





女『現時点ではどうしようもありません』

女『ひとまず落ち着いて、打開策を考えましょう』

男(ハナコちゃんはそう言ったけど、ここからどうすればいいんだ、俺は)


女教師「ずいぶんと落ち込んでるようだな?」

男「……先生がやったんですか?」

女教師「さあ?  なんの話だ?」

男「答えてくださいよ」

女教師「……このプリントを見てみろ」

男「……これは?」


女教師「あの体育館は能力使用施設として、いくつか特殊な機材が設えてある」

女教師「たとえば、人が出入りした時間を正確に記録する装置とかな」


女教師「見てのとおりだ。授業中、体育館から出て行ったのはたった一人だ」

女教師「誰かは尋ねるまでもないな?」

男「……それがなんだって言うんですか?」

女教師「声が震えてるな。なにを怯えている?」


男(授業中、体育館を出て行ったのは、たった一人。それがスズキ・ハナコちゃん)


女教師「お前はスズキ・ハナコに対して一度でも疑問を持たなかったのか?」

女教師「今のお前には主人公補正はない。それにも関わらす、あんな都合のいい存在がお前のそばにいた」

女教師「おかしいよな、明らかに」


男「……」


女教師「さて。私は忙しいからな、そろそろ行くぞ」

女教師「……ああ、一つだけ人生の先輩として忠告しておこう」

女教師「タダと都合の良すぎるものより怖いものはない。じゃあな」


男「……」


先輩「よかった。まだ教室にいたんだね」


男「……先輩」

先輩「顔が疲れてるけど。ナンプレのやりすぎ?」

男「いえ、ボクになにか用事があるんですか?」

先輩「用事、まあそうだね。伝えておきたいことがあってね」

男「……なんですか?」


先輩「キミと仲のいい女の子、スズキ・ハナコさんについて」


先輩「フリーペーパー部ことで引っかかったからね、ちょっと調べたの」


先輩「いなかったの」

男「はい?」



先輩「スズキ・ハナコ。調べたけど、そんな名前の生徒はこの学校にいないんだよ」



男「……」



女『私はいつまでもどこまでもあなたの味方ですから』



男(たしかに気になってることはあった)

男(俺に協力する理由もそうだし、カードの入手方法についてもそうだ)

男(いや、そもそも。なんで彼女は例のカードを……)


女『いえ、一枚だけは私があずかっておきます』


男(あれは何のためだ?)


男(彼女の能力にしてもそうだ。しゃべらせたいことをしゃべらせる能力)

男(あの能力は本当に奪われたのか? タイミングが良すぎないか?)

男(あれが単なる演技でないという保証は?)


男(そして体育の授業で、俺がカードがないと判明したと同時に彼女は体育館を出た)

男(わざわざハルナが頼まれた用事を自分からすると申し出て)


男(さらに言えば。彼女は俺の目の届かない場所にしばらくいたことになる)

男(カードを俺から奪ったとしたら、名前を書く時間は十分にあったということになる)


男(ハナコちゃん、キミはいったい何者なんだ……!)

ちょっと休憩




差出人:ハナコちゃん
宛先:俺

今どこにいますか??
待ち合わせ時間はとっくにすぎてます!!
早く来ないとおしおきしちゃいますよ(´・_・`)




男「……」

妹「今日はめずらしく早く帰ってきてるね」

男「……」

妹「ねえ?  私の話、聞いてる?」

男「……」

妹「ねえってば!」

男「ん?  ……どうかした?」

妹「どうかした、じゃないよ。ずっと話しかけてるのに反応しないし」


妹「なにかあったの?  朝はあんなに元気だったのに」

男「……自分でもわかんないんだよ」

妹「お兄ちゃん?」

男「もしさ、今まで信頼していた人を急に信じられなくなったら、お前ならどうする?」

妹「もしかして、それって相談?」

男「……相談?  まあそうだな、相談だ」

妹「……なんか意外」

男「意外?」

妹「だってそうでしょ?  高校に入ってからは、私に相談したことなんてなかったじゃん」

男「言われてみれば」


男「友達との関係で悩むなんて、ずいぶん久しぶりな気がするな」

男「だから、かな?  こういう状況でどうしたらいいのかわからないんだ」

妹「身も蓋もない言い方するよ。そういう問題って本人が決めなきゃいけないことだよね」

男「それはわかってる。でも」

妹「ぶつかれば?」

男「……?」

妹「正面衝突だよ、正面衝突。その人と真っ向からぶつかればいいじゃん」

男「ぶつかる……」

妹「やっぱり話し合わなきゃ。向き合わなきゃ」

妹「ありきたりだけど、それしかないよ」


妹「はじまる前からあきらめてたら、なんにもはじまらないでしょ?」

男「……」


女『たとえ主人公でも、やる前からあきらめてたらモブにも勝てませんよ?』


男(そうだよ。ほかでもない、あの子も同じことを言ってたんだ)


妹「……最近ね、ウワサをよく耳にするんだ」

男「うわさ?」

妹「うん。奴隷のように働かせてくれって現れる人がいるんだって」

男「それって……」

妹「その人、いろいろとお手伝いをするかわりに、話を聞かせてくれって迫ってくるとか」

妹「ときどきトラブルを起こしたりするって話も聞いたよ。お兄ちゃん」

男「そんなにうわさになってたのか」


妹「しかも張り切りすぎて空回りしてることが多いってさ」

男「マジか」

妹「……なんか変わったよね、お兄ちゃん」

男「……そうかもな」

妹「なんていうのかな、すごくダサくなった気がする」

男「へ?」


妹「でもね。……今のお兄ちゃんのほうが好きだな、私は」

妹「前よりもずっとダサくて、恥ずかしくて、みっともなくなった気がするけどさ」

妹「今のお兄ちゃんは、なんか応援したくなる」


男「……」


男「まあ自分でも、いろんな意味でけっこう変化したな、とは思うよ」

妹「それはいい意味で、ってこと?」

男「どうなんだろ?  ……たぶん両方の意味で、なんだろうな」

男「でもさ、前とはちがった種類の生きる手応えのようなものは、はっきりと感じてる」

妹「手応えと言えば、最近は苦労してばかりみたいだね?」

男「いや、今までは恵まれてたからな。これが普通なんだよ、きっと」

妹「そうかもね」

男「……ありがとな。お前のおかげで、お兄ちゃんはまだまだがんばれそうだ」

妹「お兄ちゃんは、私がいないとダメみたいだからね。応援ぐらいはしてあげるよ」

男「お前こそ俺がいないと……」

妹「あっ、ちょっと待って。オギノくんから電話だ」


男「オギノ?  オギノってもしかして……」

妹「そうだよ。前に私に絡んできて、お兄ちゃんがやっつけた不良さん」

男「え?  お前ら、いつの間に電話なんてする仲になったんだ?」

妹「んー、それは秘密かな。ちなみにオギノくんって、あれでも私と同い年なんだって」


男(いつの間に?  ていうかこれも、主人公補正の影響なのか?)


男「……!」


妹「お兄ちゃん、目が急に開いたよ?」

男「悪い。お前のスマホを貸してくれ」

妹「なんで?」

男「決まってる。オギノと話すためだ」





妹「なんの話をしてたの?」

男「オトコとオトコの話だからな、秘密だ」

妹「ケチんぼ」

男「そんじゃ、ちょっと出かけてくる」

妹「どこに行くの?」

男「お前の言ったとおり、正面衝突しに行くんだよ」

妹「ぶつかるのはいいけど、玉砕しないようにね」

男「……俺さ、あれからオギノとケンカして、二回もあいつに負けてんだよ」

妹「知ってる。オギノくんには、私からお兄ちゃんをいじめないでって怒っておいたから」

男「べつにいじめられてはいない」


男「オギノのことだけじゃない。ここのところ、色んなことで俺は負けっぱなしだ」

男「けど、そろそろ反撃開始だ。次は勝つ」

妹「……なんのことか、よくわかんないけど」

妹「さっきも言ったとおり。私はお兄ちゃんを応援してるから」

男「おう。お前が応援してくれるなら、俺はがんばれそうだ」

妹「当然でしょ?  私が応援してるんだもん」

男「おう。それじゃ、そろそろ行ってくる」

妹「うんっ、いってらっしゃい」





女「おっそおおおいっ!  ですっ!」

男「申し訳ないっ!  このとおりだ!」

女「まったく!  パフェで私の怒りの炎を沈静化しようなんて……ん、うまいですね、これ」

男「もちろん、俺のおごりだ。それよりキミに聞きたいことがある」

女「なんです?」

男「単刀直入に聞く。キミは何者なんだ?」

女「……」

男「学校にいる間にキミについて、できるかぎり調べた」

男「だけど、なにもわからなかった。当然と言えば当然だ」

男「キミは名簿にすら載ってなかったし、先生たちも知らなかった」


女「いずれバレるとは思ってました」

男「じゃあ、やっぱりキミは……」

女「ええ。私はこの学校の生徒ではありません」

男「……」

女「そして私はこれ以上、私自身について語ることを許されていません」

男「許されていない?  どういう意味?」

女「ごめんなさい。これ以上、私の口からは」

男「……そっか」

女「……私からも、ひとつだけ聞いてもよろしいですか?」

男「いいよ。なんでも答える」

女「今回の件において、あなたは私を疑っている。そうですよね?」


男「……ごめん。疑わなかったと言ったら、それはまちがいなく嘘になる」

女「謝らないでください。私もあなたの立場だったら、同じように疑うでしょうし」

女「ただ、信じてほしいんです。私はあなたの敵ではないということを」

男「……できるなら俺も、俺なんかをここまで支えてくれたキミを信じたいんだ」

女「……」

男「でも俺、バカだからさ。ほとんど浮かばないんだ、どうしたらいいのか」

男「俺が思いついたのは、たった一つ。キミと真っ向からぶつかるってことだけだ」

女「……ぶつかる、ですか」

男「うん。それしか俺には浮かばなかった」

女「……あなたはそれで、私を信じられるんですか?」


男「わからない。だけどやらなきゃ、一生わからないままだ」

男「もしかしたら、そうすることでキミを傷つけるかもしれないし、俺自身もそうなるかもしれないる」

男「それでも俺はやる。もう決めた」

女「……なんか、かっこよくなっちゃいましたね」

男「妹にはダサくなったって言われたけどな」

女「はい。私もそう思います」

男「どっちなんだよ!」


女「……今の私は、真実をあなたに話すことはできません」

女「だけど。それでもあなたに信じてもらえるよう、私もぶつかっていこうと思います」

女「真っ正面から、全力で」


男「おう、かかってこい。俺も全力でぶつかってやる」

女「ありがとうございます。じゃあ」

男「……この手は?」

女「握手です。改めてよろしくおねがいしますって、ことで」

男「こちらこそ。これからもよろしくな、ハナコちゃん」

女「はい!」


◆二日後


女「うー、残り二日だっていうのに、いったいどうしたらいいのか」

男「これまでの会話の記録とかもさかのぼってるけど、これといって手がかりはなし、か」

女「こういうとき、名探偵じゃない自分がもどかしいです」

男「なんだそりゃ」

女「だって名探偵コナンくんだったら、こんな事件、速攻で解決しちゃいますよ」

男「それはそうだけど」

女「あれこそ、主人公補正のかたまりですよね」

女「行く先々で事件に巻きこまれ、それを片っ端から解決していくんですから」

男「それって考えようによっては、主人公補正をもつ名探偵=犯人ってことになるよな」

女「自分で自分の尻ぬぐいをしてる、なんて言い方もできるかもしれませんね」


女「あるいは自分で生み出した壁を、自分で壊しにいく、とか」

男「まあでも、主人公補正とか関係なく、人生ってそういうもんな気がする」

女「ほほう。と言うと?」

男「わかりやすいのは、二日前の俺だな」

男「俺は勝手に壁を作って、危うくキミって存在を遮断するところだった」

女「そんな壁も、あなたは壊しちゃって、最後には私にぶつかってくれましたけどね」

男「まあね。どっちにしても、俺たちは名探偵じゃない。地道に……」

女「なんで途中で黙っちゃうんですか?」

男「……ハナコちゃん。今のコナンのくだりで、最初になんて言ったっけ?」

女「えっと……」


女「……って、言いましたけど」

男「……そうだ。なんでこんな簡単なことに気づかなかったんだ!」

女「ど、どうしたんですか?」

男「ちょっと待って。たしか、レコーダーにあの会話が録音されてたはず」

女「なにかわかったんですね?」

男「……うん、はっきりとね」

女「いったいなにがわかったんです?」



男「なにが?  もちろんーー犯人だよ」


◆一日後


先輩「明日も体育祭の練習でしょ?  それで一週間後にはいよいよ本番」

男「やっぱりこの時期になると忙しいですか?」

先輩「まあね。私、これでも生徒会執行部の会長だから」

男「こんな忙しいときに呼び出しちゃってすみません」

先輩「ほんとだよ。罰として奴隷のように働かせようかな?」

男「のぞむところです」

先輩「冗談だよ。……それで?  私に用事ってなに?」

男「たいしたことじゃないんです。ただ書いてほしいんですよ、名前をね」

先輩「それって……」

男「単なるカードですよ」


男「下枠には僕の名前が書いてあるので、上枠に先輩の名前を書いてほしいんです」

先輩「……なんで?」

男「先輩ほどの人なら、わざわざ理由を聞かなくても」

先輩「……悪いけど。意味のわからないことはしたくないな」

男「ちがうでしょ」

先輩「なんですって……?」

男「このカードに名前を書く意味。それがわかってるからこそ書けないんでしょ?」



男「ボクのカードを盗んだ犯人は、あなたなんですから――先輩」

とりあえずここまで

そろそろ終わる


先輩「犯人?  なんのことかさっぱりわからないんだけど」

男「僕があーだこーだ言うより、実際にこれを聴いてもらったほうが早いでしょうね」

先輩「聴く?  なにを?」

男「実はボク、常にハンディレコーダーで会話を録音するようにしてたんです」

男「もちろん、ボクと先輩の会話も録音してあります」

先輩「なんのために?」

男「まあ、聞いてみてくださいよ。聞けば答えが勝手に出ますから」

先輩「……」


先輩『よかった。まだ教室にいたんだね』

男『……先輩』

先輩『顔が疲れてるけど。ナンプレのやりすぎ?』

男『いえ、ボクになにか用事があるんですか?』

先輩『用事、まあそうだね。伝えておきたいことがあってね』

男『……なんですか?』

先輩『キミと仲のいい女の子、スズキ・ハナコさんについて』


先輩『フリーペーパー部ことで引っかかったからね、ちょっと調べたの』


男「聴いてみてどうですか?  おかしくありません?」

先輩「どこが?  いたって普通の会話でしょ?」

男「じゃあどうして知ってたんですか?」

先輩「え?」

男「どうしてボクが、ナンプレをやっていたことを知ってたんですか?」

先輩「……」


男「ボクがナンプレをやったのは、この日がはじめて」

男「そしてこの日。先輩に会ったのも、あの瞬間がはじめてでした」

男「どうやって知ったんですか?  ボクが、ナンプレをやっていること」


先輩「そ、それは……」


男「この奇妙な発言が、どういう経緯で生じたのか。答えは簡単です」

男「あなたは体育の授業で、もぬけの殻になった教室へと忍びこみ、カードを盗んだ」

男「そのときです。ボクの机に広げられていたナンプレを目撃した」

男「だからボクと会ったとき、あなたは無意識にナンプレのことを口にしてしまった」


先輩「勝手に話を進めないで。そもそも私はそんなカードのことなんて……!」


男「いいえ、先輩はカードのことを知っています。そう考えると納得がいくんです」

先輩「どういうこと?」


男「先にこのことを言っておきます」

男「先輩は先生と協力関係にあった、そういう前提で話を進めます」


男「先輩はハナコちゃんの能力が何者かによって奪われたこと」

男「そのことも、もちろん知ってますよね?」


先輩「……知らないって言ったところで、無意味なんでしょ?」

男「そのとおりです」

先輩「はいはい、話を進めて」

男「ハナコちゃんの能力が奪われたとき、ボクはこう思いました」

男「先生によって、ハナコちゃんの能力は奪われてしまったと」

男「だけどこれ、ちがったんです」

男「能力を奪われる前の場面。思い返してみれば、能力を奪うことができた人物がいるんですよ」

先輩「……誰?」

男「言うまでもありません。それもあなたです、先輩」


男「ボクは先生が、自分の能力を奪った犯人だと知って、急いでハナコちゃんを探しに行きました」

男「そのとき、偶然会ったのが先輩でした。そのときの会話も録音してあります」



男『先輩。……そうだ、スズキハナコちゃんを見ませんでしたか?』

先輩『ハナコ? 誰のことを言ってるの?』



先輩「……なるほど」

男「わかりましたよね?  ボクはあなたに彼女の名前を伝えていたんです、はっきりと」

男「さらに致命的なのはこのあと。再会したボクとハナコちゃんは、あなたの目の前でこんな会話をしてしまった」



女『私をその犯人さんのもとへ連れて行ってください』

男『そうか。キミの能力があれば……!』

女『ええ。なにもかもを吐かせることができます』


男「この会話からあなたは悟ったんです」

男「ハナコちゃんの能力によって、先生の口から、真実が暴かれる可能性があることを」

男「だから、あなたはカードで彼女の能力を奪った」

男(今ならわかる。能力が奪われたことが判明したときの先生の態度)


女『いえ、そういうのではなくて。……あなた、まさか』

女教師『なんのことかな?』


男(『なんのことかな』って言葉は、とぼけたのではなく、本当になんのことか理解できないゆえに出てきたのだ)


男「まだなにか反論はありますか?」


先輩「……そうね。一部だけは認めてあげる、たしかに私はカードのことを知ってた」

先輩「でもそれは、先生との雑談でたまたま耳にしただけ」

先輩「ましてキミが言ってるカードを盗むなんて。そんなことはしてない」


先輩「そうそう。これも先生から聞いて知ってるんだけど」

先輩「カードを盗んだ可能性が濃厚なのは、スズキさんなんでしょ?」


男「ぶっちゃけると、ボクは途中まで、彼女を疑ってました」

男「……まったく、二人がかりで彼女に疑いの眼を向けさせようとするなんて」


先輩「……まるで彼女が犯人じゃないって確信してるような言い草だね」

男「そりゃそうですよ。彼女が犯人でないことは、ほかの誰がでもない、ボクだけが証明できるんですから」

先輩「……なんですって?」

男「すこし考えればわかることでした、このカードの効果を」


男「あの日のこと、振り返ってみましょうか」

男「ボクの火炎能力が失われたのは、体育の時間でした」


男「カードは盗まれ、能力を奪われ、だからボクは唯一体育館から出たハナコちゃんを疑った」


先輩「……これも先生から聞いたけど、彼女はわざわざ自分から申し出て、体育館から抜けたんでしょ?」

先輩「しかもカードがないってことを知ったあとで」


男「はい、ボクはこう考えました。彼女がカードを盗み、誰にも見られない場所で名前を書いた、と」

男「でも、それだけは絶対にありえないんです」

男「だって、彼女が体育館に戻ってきたあとでも、ボクはしばらくは能力が使えたんですから」


先輩「……意味がわからない。どうしてそれが、彼女が犯人でないって確信につながるの?」

男「あのカードの効果って、名前を書いたと同時に出るんですよ。知ってますよね?」

先輩「……!」

男「だからもし、彼女が体育館に戻ってくる前にカードを使っていたとしたら」

男「彼女が体育館に戻ったあとに、ボクが能力を使えるわけがないんですよ」


男(ハナコちゃんと名探偵の話をしたとき、彼女は愚痴るように言った)


女『だって名探偵コナンくんだったら、こんな事件、速攻で解決しちゃいますよ』


男(速攻という言葉。あれのおかげでカードの効果がすぐに出ることを思い出せた)


先輩「だ、だけど!  キミの目を盗んで書いた可能性が……!」

男「それこそありえませんよ」

先輩「なんで!?」

男「彼女が戻ってきてからは、二人でずっとペア練習してましたもん」

先輩「……」

男「言ったでしょ?  ボクだけが彼女が犯人でないことを証明できるって」


男「つまり。これらのことからわかることは二つ」


男「一つ。ボクの能力を奪った犯人は、あの場にいなかった」

男「二つ。体育館にいた人間が、カードを盗むことはほぼ不可能」


男「ひょっとすると先生は、最初、ボクの疑念をハルナに向けさせるつもりだったのかもしれません」

男「しかしハナコちゃんの行動によって予定が変わり、結果として今の形におさまった」


先輩「……それで?」

先輩「キミが証明したのは、彼女が犯人でないってことであって、私が犯人であるということじゃない」

男「……先輩、どうしたら認めてくれるんですか?」

先輩「決まってるでしょ。 証拠、証拠だよ」

男「証拠、ですか」

先輩「身体検査でもしてみる?  キミの話が本当なら、カードをもってるかもよ?」


男「……ボクには先輩が使ったカードを残すなんてマネ、するとは思えません」

先輩「じゃあどうするわけ?」

男「そうですね。こういうときは、素直に聞いてみようと思います」

先輩「……?」

男「あなたはボクのカードを盗みましたか?」


先輩「それで私が素直に答え……はい、私はあなたのカードを盗みました」


男「……」

先輩「……ど、ど、どうなってるの!?」


女「あなたに対して私の能力、しゃべらせたいことをしゃべらせる、を使ったんですよ」


先輩「あなたは……!」


男「先輩は、たしかにカードは処分した」

男「だけど奪った能力までは、すぐに捨てられなかった」


女「当然ですよね。能力を誰かに移譲すると、後々面倒なことになる可能性がありますし」

女「なによりカードを消費することになりますから」

女「まして、聞きたいことを聞きだせる能力です。簡単には手放せないでしょう」


先輩「なんで奪ったはずの能力が!?  そもそもカードはすべて盗んだのに……! 」


男「一枚だけ、ハナコちゃんにあずけていたんです」


女「そしてこの一枚が、あなたを犯人であることを証明しました」

女「私があなたの名前をカードに書いた結果、能力は私のもとへと戻ってきました」

女「これ以上に証拠としてふさわしいもの、ありますか?」


先輩「……っ!」


先輩「……主人公補正を失ったキミになら、私でも勝てると思ったのにな」

男「ボク一人じゃ、ここまで来れませんでした」

先輩「彼女のおかげってこと?」

男「それは……」

女「そこはビシッと私のおかげって言っちゃってくださいよ!」

男「え、えっと、キミのおかげ……」

女「そんなことより。聞きたいことは山のようにありますが、最初にこれだけは聞いておきます」


男(俺の話、まだ終わってないのに!)


女「主人公補正能力を、この人に返してくれませんか?」


先輩「私、主人公補正がどこにあるかなんて、知らない……」


女「え?」

男「え?」

今日はここまで

たぶん、明日か明後日には終わる
ここまで読んでくれてる人、絵を描いてくれた人、ありがとう


今さらだけど、いちおう失敗版のスレをはっておく
男「俺の主人公補正が消えた!?」 - SSまとめ速報
(http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1423303509/l50)

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年02月24日 (火) 01:07:09   ID: uuIiW2dK

続きハヨ

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