春香「忘れた頃に」 (34)


こんな思いをするくらいなら、行かなければ良かった。



…私はそう思いました。

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ある晴れた日のこと、事務所で私はテレビを見ていました。

隣には伊織と響ちゃんと千早ちゃんが居て、後ろで亜美と真美がそれぞれ私の肩に手を乗せて居ました。

あずささんが皆にお茶を持ってきて、言います。

「なんか…怖そうですね」

それはテレビの話です。

「…そうかしら」

伊織が腕を組みながら言いました。

「おばけ屋敷の呪いの話なんてよくあるじゃない。昔自殺した人がいるって、飽きるほど聞いたわ」

まぁまぁ…と、亜美が伊織に小声で

「面白そうだし、もう少し見ようよ。亜美、こういう話には興味があってね」

「真美もだよ、いおりん」

「…全く。こどもね」

偶に会話をしながら、おばけ屋敷の話を見ます。

「うーん……」

興味が無さそうに一人で唸る響ちゃんとは別に、おばけ屋敷のリポートしている人が叫びました。

「きゃー!!!怖い!!怖いです!」

その様子を気にもしない様子で、伊織が呟きます。

「このおばけ屋敷…案外広いのね」





仕掛けから館内に目を移すと、伊織の言う通り、中は広い造りになってしまいました。

「迷いそう…」

あずささんが冗談混じりに言うと、亜美が頷きます。

「道案内を見ないと迷うに決まってるよ。だってここ、近くにあるあの有名な幽霊屋敷じゃん」

「え、これ近くにあるの?」

「うがーーー!」

その時、響きちゃんが声を上げました。



「迷う〜〜〜!!!」

響きちゃんは難しそうな顔をして、頭をガシガシと掻きむしります。

伊織がため息混じりに言いました。

「さっきからどうしたわけ…?一人で云々唸ってるけど」

「最近リアクションを取る仕事が多くて困ってるんだ。控えめにすればいいのか、派手に動けばいいのか、悩むぞ!」

「あ、私も悩むことが多々あるわ」

千早ちゃんが頷くと、更に伊織はため息をつきました。

「はぁ…なるほどね。リアクションなら私の場合は……。うーん…、考えてみれば、その時その時で判断するから、簡単には助言しにくいわね」

あんたはどうなの、と伊織が私を見てきます。

咄嗟の事に慌てながらも、私は答えました。

「えぇっ? うーんと……私もその場の状況で考えるかなぁ」

「それじゃあ分からないわ」

千早ちゃんは、響きちゃんより真剣な顔をして話すのでした。

「この前は褒められたのに、その次の仕事じゃ怒られて……リアクション、難しいぞ」

響きちゃんは寂しそうに呟きます。
その時、ニヤニヤした顔で亜美が言いました。

「ねぇねぇ…それなら今日の夜皆で幽霊屋敷に行こうよー。ほら、これこれ、今テレビに映ってる所だよ」

「えっ…これ東京にあるのか?」

「もう、皆何見てたのさ。最初に東京のおばけ屋敷って言ってたじゃん」

「でも…ここ、大丈夫かしら」

「大丈夫だよ、お祓いしたって言ってるから」

ぼぅ…とテレビを見ていた響きちゃんが頷きます。

「そうだな…自分、ここに行きたいぞ。結構怖そうだし、いいリアクションの練習になるかもしれない」

「私も…こういうのは苦手だけど、練習のためなら…」

千早ちゃんも頷き、亜美は喜び顏で伊織に笑うのでした。

「決まりだね、いおりん。ここにいる皆で行こうよ」

「はぁ〜…なんでそうなるのよ」

伊織は面倒くさそうな顔をしましたが、
響きちゃんと千早ちゃんが真剣な顔をしているのを見て、テレビに目を戻します。

そして、無気力に口を動かしました。

「まぁ……いいわ」

……
……………

夜、おばけ屋敷に集まり、亜美が人数のチェックをしました。

わざとらしい真面目な表情で、重苦しい声で喋ります。

「5、6、7…うむ、事務所にいた者は全員揃ってるな」

「なーに怖がらせようとしてんのよ」

「亜美、おばけ屋敷の様子は!」

「むー…真美。外から見るに、中はまだ落ち着いてるようだ!」

「あっはは…2人とも楽しそうだね」

私はおばけ屋敷を眺めます。

それは、今まで見たこともないほど、大規模な建物でした。

こんな大きなおばけ屋敷があるのをその時、私は初めて知るのです。

すると、落ち着かない様子で、響きちゃんが言いました。

「うーん、貴音の奴遅いなぁ」

「あらっ…貴音ちゃんも来るの?」

あずささんに響ちゃんは頷きます。

「あぁ…まだ話してなかったな。あの後貴音に連絡したら、興味があるから行くって言ってたんだ」


「…お待たせしました」

丁度話をしているときに、貴音さんがやってきました。

「遅れてしまい、申し訳ありません。」

「おぉ、お姫ちんの登場だ!」

「盛り上がって参りましたなー!」

賑やかに騒ぐ亜美と真美の横で、伊織が真面目な顔で言います。

「あんた…来て良かったの?」

「えぇ。わたくしもこの館には興味があります」

「……」



伊織はすっと、息を吸うのでした。

「それじゃあ…行くわよ」

ガラガラガラガラ……

大きな音を建てて、扉が開きました。

「分かってるな、これは練習だぞ」

「えぇ、心得てるわ」

「もう〜、2人とも楽しみなよ」

「うんうん、真美は楽しむよぉ」

「迷わないように着いていきます〜」

口々に喋る中、景色は暗くなっていきます。

館の中へと、道は続いているのでした。

道の両脇には骸骨が並べてあり、如何にも不穏な空気を漂わせています。

ふと伊織が言いました。

「どう…?」

「よく出来ております。別段、変わったものは感じませんが…」



伊織と貴音さんは寄り添いあって、先頭でなにやらヒソヒソと話しています。

その様子を見ながら、私はふと背後にいた千早ちゃんに話しかけました。


「…なんか、あの2人が仲良く話してると、新鮮だね」

「えぇ…そうね。うっふふ」

あまり見ない光景に、千早ちゃんもふっと微笑みます。

相変わらず響ちゃんは千早ちゃんの横で難しそうな顔をしています。

更に振り返ると、その後ろで亜美と真美がニヤニヤしながら話していて、またその後ろであずささんがニコッと私に微笑みました。

こうして見ると、皆の新しい一面が見れるかもしれません。

そう私は胸の内で少しワクワクするのでした。




…やがて最初のポイントにつきます。

伊織がピクッと立ち止まりました。

「ここのようですね…」

「えぇ、そうね」

そこは、広々とした空間で、幾つものロープが吊り下げてありました。

数々の人形が縛られていて、どれも私達を見ていました。

一瞬、伊織が動かす足を躊躇させます。

「思ってたより不気味ね…」

看板を見ると、そこには
『井戸の中にあるものは』

そう記されています。

「おや…」と貴音さんが不思議そうな顔をしました。

「井戸…ですか。妙ですね」

「ほーんと、この人形達妙な形してるよー」

亜美が控えめに笑います。

響ちゃんはしまった、とうなだれました。

「リアクション取り損ねたぞ…」

「仕方ないわ、我那覇さん。叫び声を上げるほど怖くは無かったから…」

「もう…それだからダメなのよ」

伊織が呆れたようにいうと、響ちゃんはごめん、と謝ります。

「悪かったぞ…、次はちゃんとやる。 できれば、皆も一緒に怖がって欲しいぞ」

口々に話す皆を見ていると、ふと目線が別の方に移ります。

そこには、あずささんがポツンと看板を眺めて居ました。

「…どうしたんですか?」

不思議に思った私は、あずささんに話しかけます。
すると、あずささんは小難しい顔で呟くのでした。

「うーん…おかしいの。井戸って書いてあるのに、ここには井戸が見当たらないわ…」

「えっ…井戸ですか?」

「ほら、この辺りを見てみて。…何処にも無いでしょう?」

「…わたくしも気になります」

ふと、横から貴音さんが割ってきました。

「一本道でしたので、場所を間違えたとは考えられません。それに、この看板はこの場所に立ててあるので、ここの物で間違いないでしょう」

「…たしかにおかしいですね」

「人形も何やら不自然です。なにか見張られているような気が…」

その時、見兼ねた伊織が私たちに寄ってきました。

「あんた…それどういうこと?」

「何か嫌な予感がします…一度道を戻った方が」


その時、真美が高々に声を上げました。

「いいよ、それじゃあ真美も一緒に怖がってあげるよー。…わぁ!!首吊り人形だ!!!」

真美は人形を指差して目をまん丸くします。

それを見ていた千早ちゃんは困ったような顔をします。

「うーん…難しいわね」


その様子を見ていた貴音さんの目は、とても鋭くなっていました。

「双海真美、お辞めなさい!双海亜美、お聞きを…この館であった自殺はどんなものでしたか?」

「え、うーん………何だったっけ…よく分かんない。あ、でもお祓いならやったって言ってたよ」

「なぁ貴音…何かあったのか?」

「まさか…。いけません……一度戻りましょう!」

「えっ…」


慌てたように貴音さんは元来た道に振り返ります。

「ちょっと…あんた、どうしたのよ」

「…嫌な予感がするのです」



その時、何かが落ちる音がしました。

ボトッ…

砂を貯めた袋が落ちたような鈍い音でした。

「あれ…落ちた」

真美がキョトンとした顔でそれを見つめます。

そこには、人形がロープから千切れ落ちていました。

「ウッキャキャキャウッキャキャキャ!!」

「ウッキャキャキャウッキャキャキャ!!」



周りに甲高い声が響き渡りました。

「何よこれ…!」

伊織が耳を塞ぎます。

「耳を塞ぎなさい!」

誰かの声が微かに聞こえ、私は咄嗟に耳を塞ぎました。

「怖い…助けて!」

近くで誰かが叫びます。
そこに目を映そうとしましたが、耳を塞ぐだけで精一杯でした。
ガンガンと頭の中に叫び声が聞こえてきます。


ふと…私の体に、トンッ…と何かがぶつかりました。

青い髪が、私の腕に、スーッと伸びていました。

「千早ちゃん?」

「落ち着きましょう…春香」



私は寄り添うものに体を傾け、じっとその場を堪えるのでした。

……やがて、辺りは静かになりました。

目を開けると、隣で千早ちゃんが目を瞑っていて、大丈夫よ…と呟いていました。

「千早ちゃん…」

呼びかけると、千早ちゃんはふっと目を開けます。

「治まったのね…」

「うん…そうみたいだね」

騒がしかったのも、嘘のように静かになり、まるで別の場所にいるかのような気持ちになりました。

皆は大丈夫だったのでしょうか


私はそっと周りに目を向け…

「皆、大丈……………、夫?」

私は黙り込むのでした。

「皆は…皆は何処に行ったの?」

千早ちゃんがキョロキョロと周りを見渡します。

「人形は落ちたままだし…ここ、さっきと同じ場所だよね…?」

「…戻りましょう」

千早ちゃんは出口があるだろう場所へと逆戻りしていきます。

「あっ、待って…!」

私は千早ちゃんを追いかけました。

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