海未「太陽は海を想う」 (81)

――プロローグ

「冗談、ですよね?」

戸惑いながら絞り出した声はとても弱々しいもので、自分が出したとは思えなかった。

「こんなこと本気でしか言えないよ」

信じて欲しいと告げる本気の表情。

昔から穂乃果が緊張する時に出てしまう、スカートの先を握る仕草が真実なのだと告げている。

両親からどんな時も直ぐに対応出来るようにと鍛えられていたけれど、この瞬間は頭が真っ白になってしまった。

「もう一度言うね。穂乃果は海未ちゃんが好き。付き合って下さい!」

何事も変わることがない一日なのだと疑いもしなかった今朝の自分が憎らしい。

尤も、どんな鋭い感性を持っていてもこんなことになるなんて想像出来る筈もない。

穂乃果の口癖である「お腹の中から一緒のスーパー幼馴染」である大切な存在。

年離れていて既に嫁に出ている実の姉よりも姉妹らしい穂乃果。

時として姉と妹が入れ代わり、これからもずっとこの町で一緒に成長していくんだと思っていた。

勿論、穂乃果のことは好きだと言い切れる。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1421318505

特別な存在であり、家族よりも深い想いを抱いているかもしれない。

だけど、それはあくまで一般的な親友に抱く感情と似たものである。

今目の前で想いを告げる穂乃果の其れとは確実に異なっていた。

「……あの、ごめんなさい」

何を言っていいのか分からずに、混乱した口から零れ落ちた言葉。

穂乃果はキュッと口元を締めると背中を向け、

「そっか――」

小さく呟くと走り出し、教室を出て行った。

目で追いかけることしか出来ずに、何が起こったのか未だに理解が追いついていない。

まるで白昼夢の中に居るみたい。

だからだろうか、穂乃果の突然の告白に自分がなんと答えたのか思い出せない。

ただ、穂乃果の最後の行動から拒んだということを理解する。

無意識で出た言葉というのは本心ということなのだろうか?

「……」

大切に想う穂乃果を本当の意味で拒んだのは初めてのこと。

自分には似合わないと思いながらも、穂乃果が誘ってきたので両親にも許可を貰ってスクールアイドルになった。

当時は若干の後悔もしたけれど、今では作詞もライブも楽しいと思っている。

昔から空に浮かぶ太陽のように、私を照らしてくれた穂乃果。

男性に心を奪われたことはないけれど、穂乃果を女性として特別な目で見たことも当然ない。

でも、穂乃果は私を女性として見ていた……?

一体何時からなのだろう。

本人から訊かなければ答えは出ない。

そして、自分が無意識に出した忘れてしまった拒絶の言葉の意味。

「私は……どうすれば」

口から出た言葉が涙で濡れていて驚くと、自分の頬を涙が伝っていることに気が付いた。

「穂乃果」

だけど、もうそこに大切な幼馴染の姿はない……。

――高坂家 リビング

「お姉ちゃん、どうかしたの?」

「……何が?」

妹である雪穂の言葉に少し遅れて反応した。

明らかに顔色が悪く、瞼が重そうな穂乃果を見て心配しない筈がない。

「もしかして三日前のイベントで失敗してたとか?」

夏休みの一大イベントとしてμ'sが一団となって頑張ったライブは文句なしの出来栄え。

特に恥ずかしがっていたにも関わらず、誰よりもキレのあるダンスを披露した海未。

その姿を見て隠し続けるつもりだった恋心を我慢出来ず、学校に用事があると一緒に行った。

答えは最初から分かっていた。

女同士で恋人になるなんてことが許されるのは、自分の部屋の本棚にある漫画の中だけ。

それでも生まれてしまった恋心を殺すことなんて出来なかった。

生まれる前からずっと一緒だった海未ならもしかしたら……。

そんな甘い考えもほんの少しだけあった。

結果は失恋。

でも、この言葉は正しくないと穂乃果は思った。

拒まれて尚、この胸に生まれた恋は失われてはくれないのだから。

今までと違って気軽に遊びに誘うことも、電話やメールを入れることも出来ない。

当然泊まりなんて二度とないイベントに変わってしまった。

そう考えると、失うどころか逆に海未への愛しさが込み上げて恋心が強く疼く。

「――ねぇ、お姉ちゃん。私の話聞いてるの?」

ずっと心配して声を掛け続けてくれていたのだろう、そんな雪穂に笑顔を浮かべる。

「ユキちゃん、ごめんね。寝不足みたいだから部屋に戻るね」

穂乃果はゆっくりと立ち上がってリビングを出て行く。

「……お姉ちゃんは笑ったつもりなのかもしれないけど、泣き顔にしか見えないよ」

――園田家 海未の部屋

自分の気持ちの整理をつけたくて、アルバムを取り出して開いていた。

当然ながら赤ちゃんの時の写真から始まっていて、穂乃果と並ぶと私の方がずっと小さい。

並んで寝ているものや、穂乃果だけ泣いていて、私が普通にしているのもあればその逆もまたあった。

お互いに逆の母に抱かれている写真もある。

少し進めると、三歳児になるかならないかの穂乃果が私を後ろから抱き締めて笑っている。

七ヶ月の差はこの頃では絶対的なまでの成長の違いを見せ付けている。

「その割には何度も一緒に寝ている時におねしょをされましたね」

勿論、私も穂乃果とお昼寝している時におねしょをしたことは何度もある。

もしかしたら自我が生まれる前のおねしょ回数を合わせれば、一緒に寝ている時のおねしょ回数は私の方が多いかも。

だけどそれは無効とさせて貰いましょう。

私は更に頁を捲る。

幼稚園の制服を着て幼稚園の前でピースサイン。

この頃はもう穂乃果と一緒に居るのが当然となっていた。

幼稚園では穂乃果が大の砂場遊び好きで、毎日のように服を汚していた。

一度なんて雨が降っていたのにも関わらず、先生の制止を押し切って傘を差して二人で遊んだことがある。

泥水に汚れに汚れた私達を見て、迎えに来た母達が鬼になった瞬間を今でも覚えています。

だけど、穂乃果が泣きながらも私を強引に連れ出したことを拙いながら庇ってくれましたね。

今なら事実を述べるだけの当然のこと。

だけど当時の、しかも怒ってる母親を前に事実を告げるのにどれ程の勇気が必要だったことか。

思えばうちの両親が穂乃果に甘々になった切っ掛けがこの出来事からだったのかもしれません。

少なくとも私は子供心ながらも、穂乃果を守ろうと思ったのを強く記憶しています。

――高坂家 穂むら

「店まで出てきて何かあったの?」

「お姉ちゃんの様子がおかしいんだけど」

雪穂が自分だけではどうしようもないと思った最大の理由は、穂乃果の呼び方。

《ユキちゃん》なんて呼び方をしていたのは穂乃果が中学生になる前まで。

「そうみたいね。自信がある創作饅頭が不評だった時みたいな顔をしてたわねー」

「そんな時の比じゃなかったよ!」

「もう少し声音を落としなさい。それで、雪穂はどうしたいって?」

どうしたいも何も、こんなことを相談している時点で答えなんて決まってる。

なのにどうしてわざわざ訊いてくるのか、疑問に思いながらも既に口から返答が漏れていた。

「お姉ちゃんに元気になってもらいたいに決まってるじゃない」

「だったら出来ることなんてないわ。店番なら歓迎だけど」

「私は真面目に相談してるんだよ!?」

母のおざなりな反応に雪穂が珍しく激昂した。

「あのねー、家族っていうのは誰よりも傍に居る存在だけど万能じゃないのよ?」

駄々っ子を諭すように穏やかな声。

「高校生ともなると心がその準備に入るの。だから自分から頼ってこない限り大きなお世話にしかならないわ」

「だけど」

「今みたいに心配するのは良い事よ。でもね、解決するのは結局のところ穂乃果次第なの」

母の言いたいことも分からなくもないけど、中学生の雪穂にとっては冷たく感じた。

「家族なのに助けになれないなんておかしいよ」

「雪穂だってもう少しすれば理解出来るわ。それにね、穂乃果があんな風になるのなんて昔から決まってるじゃない」

「どうせ海未ちゃんと大きい喧嘩でもしたんでしょ。あ、いらっしゃいませ。ほら、この話はもうおしまい」

常連のお客さんが来たことにより、雪穂の追撃のチャンスは失われた。

元気の少ない声で挨拶をしてリビングに戻った。

「本当に海未さんと喧嘩しただけなのかなぁ?」

雪穂にとって海未は理想の姉像を実体化したような存在であり、尊敬もしている。

落ち着きのある性格で心も広いしカッコいい。

なのにたまに姉と喧嘩したりするから不思議でならない。

海未くらい大人な性格をしていれば姉の我がままな性格にも腹を立てなそうなものだけど。

喧嘩した日は大抵帰ってきた時にはプンプンと怒っていて、夜には寂しそうな顔をする。

翌日心配して帰ると、昨日の喧嘩なんてなかったみたいな笑顔の姉がそこに居るのがお約束。

でも、今回はやっぱり違うと感じていた。

「あんな泣きそうな顔は一度もしたことないよ」

いくら心配しても、母の言葉をただ実感することしか出来なかった。

――園田家 海未の部屋

「……これは?」

泣き跡の残ったまま、手を繋いだまま眠る私と穂乃果。

小学生二年~四年生くらいと思われるその写真。

ジッと写真を見ながらふと頭の中に穂乃果の悲鳴が聞こえた。

『きゃああああああああ!』

『おっ、おばけ――』

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、こちらへ走ってきた穂乃果。

そうだ、これは小学三年生の時にした小冒険とでも言うべき行いの結末。

当然ながら今よりずっと子供で、雪穂ばかり贔屓にしていると一番家出が多かった頃の話。

おばさんの目の届かない所に行きたい!

だけど一人じゃ寂しい。

そんな正直者の穂乃果に付き合って、当時の私達では寝ていてもおかしくない時間帯に私の家を抜け出したんでした。

一つ思い出すと鮮明とは言えなくても、様々なことが思い出された。

いつもより早い時間帯、確か三時半くらいにやってきたんでした。

『家出してきたの!』

プリプリ怒る穂乃果を母がいつものように家に上げると、私にこっそり先ほどの作戦を告げたんです。

『お母さんの目の届かない所に行きたい! でも、一人じゃ怖いから海未ちゃん一緒に来て!』

絶対に私なら付いて来てくれるという真っ直ぐな瞳をしていました。

提案を受け入れると何処に行くのかを訊いたところ、

『野宿しよう!』

いくら子供でももう少し考えて欲しかったです。

『お小遣い全部持ってきたから、今からスーパーでお買い物しよう! ご飯とお菓子を買わないと』

その言葉に心が躍りながら、夕ご飯を食べて行けばその分減らせるなんてアドバイスをしました。

『さっすが海未ちゃん! でも、さすがってどういう意味かな?』

言葉の意味も分からずに大人の真似をしてましたね。

その後二人でスーパーに行って、色々と籠に入れながら遠足気分でした。

『チョコクッキーだぁ! これは絶対に必要だね!』

ただ食べたい物を入れては重い物は私が棚に戻して、その度にほっぺたを膨らませてましたね。

直ぐに新しい物を見つけては籠に入れる、忘れていたのが不思議なくらいに楽しい思い出です。

夜になっていつもより少し早い時間に眠ると告げて私の部屋へ。

庭に靴を準備しておいたので、電気を消してこっそりとリュックを背負って庭から外に出ました。

子供だけの夜道。

自然とお互いに手を握り合って、興奮の為かいつも以上に穂乃果の口が軽かった気がします。

『お母さんってばひどいんだよ! ユキちゃんばっかり可愛がってさ!』

『ユキちゃんが穂乃果の取ってもお姉ちゃんだから我慢しなさいって!』

『穂乃果はお母さんのドレイじゃないっつーの! で、ドレイってどういう意味!?』

生まれる前からやっているアニメの台詞を真似た穂乃果に笑わされました。

当時は奴隷という単語があんなに深い意味を持っているとは想像も出来なかったです。

『そっかー海未ちゃんでも知らないんだ。とにかく穂乃果はドレイじゃないんだよ。穂乃果は穂乃果なんだから』

意味は分かりませんでしたが一人で納得していました。

何処で野宿するのか問うと、

『神社はどうかな?』

この時穂乃果が示したのは神田明神。

元気盛りの子供にとって長い階段もそこまで苦ではありません。

ですが、私は体力面ではなく心配していることがあります。

家から離れる度に段々と冷静になってきて、夜に勝手に出歩いていることだけでも叱られると心配が強くなってきました。

もし今警察と出会ったら逮捕されてしまう。

幼い私の心配なんて吹き飛ばすように穂乃果が笑顔を見せてくる。

『それからね、神社にはお化けが出るって噂なんだよ』

正直お化けよりも警察が怖くてしかたありませんでした。

『お化けって友達になれるのかな? 穂乃果ね、妖怪だったら仲良くなれる自信があるんだよ』

今と違って少女漫画よりも少年漫画やアニメを観ていた穂乃果は妖怪や怪獣が好きでした。

ただ、お化けと妖怪の区別を理解出来てなかったようですが。

『チョコクッキーあげればきっと大丈夫だよ!』

何の根拠もなく言い切った穂乃果に、心配も若干薄れて気付けば神田明神の境内に居ました。

夏なので野宿も充分可能でしたが、屋根がある方が気分的に落ち着くこともあり、賽銭箱の裏に隠れるように座りました。

『まずはおやつ食べよう。いつもならこんな時間におやつなんて食べられないもんね』

神田明神に来る時にも度々口にしていたチョコクッキーをリュックから取り出すと、私に手渡します。

『えへへ。一緒に食べよう』

その時食べたチョコクッキーは一番美味しかったです。

不安を掻き消すような魔法が掛かっていたのかもしれません。

だから沢山食べてしまいました。

そこで漸く自分達の失敗を知りました。

遠足と違って母が持たせてくれる水筒がないことに喉が渇いてから気付いたんです。

買い物の時に私もなんだかんだで浮かれていた証拠ですね。

『何か入れ物ないかな……あった』

穂乃果が出したのは手頃に食べられる筒状のポテトチップ。

蓋を開けて、銀紙に包まれたポテトチップを取り出すと得意気にこちらをみます。

『これをコップ代わりに出来るよね? 穂乃果がこれにお水汲んでくるよ。海未ちゃんはリュックを見てて』

思い立ったが吉日な穂乃果は私の返事を待つことなく、立ち上がると直ぐに飛び出して行きました。

一人になると大人に見つかったらという恐怖より、お化けに対しての恐怖がじわじわと沸いてきました。

元々お化けや怖い話が好きではないし、こんな時間に一人で外に居るのが怖くて仕方がない。

穂乃果が居てくれればどこでも何とかなりそうな気がするのに。

それは今でも変わっていません。

だけど、穂乃果の想いと私の想いは――。

「……穂乃果」

今から逃げるように思い出に帰る。

三分くらいで穂乃果はどうしたんだろうと不安が爆発しそうでした。

それでもリュック二人分を担いで探し回るのは体力的に厳しくて、立ち上がって穂乃果の戻りを待ちます。

この時間なら参拝者も居ないから荷物を置いても平気なんじゃないかと思い始めた頃、聞こえたのが穂乃果の悲鳴。

『きゃああああああああ!』

その声を聞いた瞬間、リュックは置いたまま声の方へ走ります。

『おっ、おばけ――』

そんな言葉を言いながらこちらにやってきた穂乃果は酷い顔。

涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、私を見つけて走り込んできて、私は泣きじゃくる穂乃果を抱き締めました。

私の胸に顔を埋めて声を上げて泣きました。

さっきの声で神社の人がこちらにやってきたのを見て、安心なのか穂乃果の涙に釣られたのか分かりません。

私も大きな声を上げて泣いてしまいました。

「懐かしい」

起きた後に少し叱られましたが、その後に強く抱き締められました。

これを機に穂乃果の家での回数が減ったのでした。

今でもたまに家出してきますけど。

この時の穂乃果が何を見たのか訊いた私に穂乃果は不思議そうな顔をしてこう答えました。

『あれ、なんだったっけなー? 忘れちゃった!』

あれだけ穂乃果が怖がっていたというのに、その内容をまるで覚えていなかった。

それって本当にお化けと出遭った結果だったのでしょうか?

それを知っているのは、あの日戻ってくる前の幼い穂乃果だけです。

――高坂家 穂乃果の部屋

「……はぁ~」

ベッドを背に体育座りしながら溜め息が漏れる。

時間が経つに連れ、逆に鮮明になる海未の拒む姿。

失恋したのにどうして泣いていないのかがとても不自然に思えた。

漫画なら間違いなく泣いているシーンな筈なのに。

やっぱりこれは恋心が失われていないからなのかな?

穂乃果は胸に手を当てながら、幻痛に顔を顰めた。

これなら泣けた方がまだスッキリするのに。

「……」

現実から逃げたくて目を瞑る。

何が切っ掛けで生まれた恋心だったんだろう?

気が付いたら海未のことを好きだった。

その感覚が一番近かったと思う。

もしかしたら何か切っ掛けがあって、成長と共にそのことを忘れてしまったのかも。

それが今は理不尽だと感じる。

こんな苦しめられることになるのに、その始まりを覚えていないなんて。

責任持ってずっと大切に覚えていて欲しかった。

「……でも、一番理不尽な目に遭ったのは海未ちゃんだよね」

同性の幼馴染に突然告白されたんだから。

明日も練習は休みだからいいけど、明後日の練習の時にどんな顔をして会えばいいんだろう?

『一般的に言われてるけど、どんな時でも笑顔を浮かべるのがアイドルって言うのは間違いなのよ』

『自分がどれだけ辛い時でも、人を笑顔にさせられる。そんな強さを兼ね備えてこそアイドルにこ!』

穂乃果の脳裏に浮かんだのはにこの言葉。

実際に自分がその立場になると、どれ程アイドルという存在が偉大なのか実感させられる。

誰かを笑顔にさせるどころか、今の自分は笑顔を浮かべることだって難しい。

一日ある猶予だけでどうにかしないといけない。

「……海未ちゃん」

縋るように呟く好きな人の名前。

もうこの先は困ったことがあっても頼ることが出来ないんだと思い知る。

「これからは強くならなきゃ」

覚悟の出来てない言葉は心に響くことなく消えた。

――園田家 海未の部屋

沢山の思い出が綴られたアルバムを見終わり、なんとも言えない溜め息が零れた。

何か答えが見つかるかと思ったけれど、私にとって穂乃果がいかに大切な存在であるか再認識するだけで終わってしまった。

どうして穂乃果が私のことを好きになったのか全く分からない。

穂乃果に一番近い場所で育ってきた、性格は違うけど想いの根っこは同じだと勝手に思っていた。

だけど、今回の事で自分のことすら分からなくなってしまった。

人生経験未熟な私は《恋》がどういう物なのか本質を知らない。

だから余計に答えが導き出せないのかも。

「……だけど」

答えを出せないから立ち止まっているのは穂乃果のスーパー幼馴染失格です。

思い立たなくても行動してから考える。

長く一緒に居ると似てしまうんですよね。

だから、私は答えが出ずとも穂乃果の元へ行くことにした。

今行かないと穂乃果が遠くに行ってしまう気がするから。

どんなことになっても穂乃果の傍は誰にも渡しませんし、私の傍も穂乃果以外には渡しません。

――高坂家 穂むら

「いらっしゃい。あ、海未ちゃん」

穂むらの今日の営業を終わる準備をしていた穂乃果の母上に声を掛けられながら、

「すいません。穂乃果に話があるので失礼します」

店の奥にある高坂家の住む部屋の方へ進む。

「あ~はいはい。お願いね~」

こんな失礼な穂乃果みたいな行動を取るなんて、人生においてこの場所だけ。

一秒でも早く穂乃果に会いたいから、失礼も今は気にしていられない。

それに、豪快な性格で私のことも腹違いの娘的な扱いをしてくれる穂乃果の母上は些細なことを気にしない人だ。

私は靴を脱ぎ、素早く脱いだ靴を整えて二階に上がる。

階段の上る音で誰が来たのか察したらしく、上がって手前の部屋の雪穂がドアを開けて待っていた。

「お姉ちゃんのことお願いします」

ぺこっと頭を下げる雪穂の頭を撫でてから答える。

「今回は私の責任が大きいですから。頭なんて下げないでください」

「海未さんは優しいからそんなこと言うけど、絶対お姉ちゃんが原因だと思うし」

本当のことを告げてもいつもがいつもだけに信じてはくれないでしょう。

だからわざと話題を変えた。

「以前のように海未ちゃんと呼んでくれた方が私は嬉しいです」

「……そういうところが海未ちゃんのズルいところだよね。オトノキが共学だったら絶対にモテモテだよ」

今の私には笑えない冗談でした。

「なんか、今回はいつもより落ち込んでたみたいだから。特別に甘やかせてあげてください」

「ええ、任せてください。穂乃果は太陽みたいに輝いていないと困ってしましますからね」

「うーん、たまには日食があってもいいけどね」

先ほどの言葉の照れ隠しにそんなことを言う雪穂は可愛らしいです。

最近じゃ穂乃果よりずっとしっかりしていますし、穂乃果ももっとしっかりしないといけません。

「では、穂乃果の部屋へ行きます」

「ノックしないで入っちゃってください。それくらいのサプライズすれば元気になる筈だし」

「そうですね。今回は普段の穂乃果のようにズカズカと入り込もうと思います」

「海未ちゃん、頑張ってね!」

ファイトだよ!

という時の穂乃果と重なりました。

雪穂はそのままドアを閉めた。

本当は見届けたいと思うところを、そっとしてくれる配慮が雪穂の優しさですね。

私は雪穂の隣の部屋にある穂乃果の部屋の前に立ち、静かに一呼吸。

拒んだ言葉を思い出せない罪悪感を紛らわす為に三度深呼吸。

雪穂のアドバイスを信じて、ノックをせずに穂乃果の部屋の戸を開いた――。 後編につづく

――高坂家 穂乃果の部屋

「穂乃果」

ありえない声がして、自分が部屋に居るのか、それとも夢の中に居るのか分からなくなった。

告白の結果から、現実はそんなに甘くないことを学んだ直後だから余計に信じることが出来ない。

「穂乃果」

なのに、もう一度聞こえる大好きなスーパー幼馴染の声。

自分の耳が信じられない中、顔を上げるとそこには本当に海未ちゃんが居た。

可愛らしさよりも機能性を選ぶ海未ちゃんらしい服装が現実なんだって教えてくれた。

「……海未、ちゃん?」

でも中々信じられなくて、だって告白して振られてから三時間も経ってないと思うから。

それとも海未ちゃんにとっては、穂乃果の告白なんてどうでもいいのかな?

思わず臆病になっちゃう心。

どう反応すればいいのか分からなくなって、視界がどんどん潤んでいって、

「我慢しないでください。穂乃果、どうぞ」

穂乃果の前で膝を着いた海未ちゃんが手を広げた。

シルエットだけで今どんな顔をしてるのか分かる。

だから振られたこととか、これからどんな顔をして会えばとか考えてたことも全部どうでもよくなった。

両足に力を入れて海未ちゃんの胸に飛び込んで、そのまま弾みで零れ始めた涙を擦り付ける。

「海未ちゃん海未ちゃん――」

「穂乃果、ごめんなさい」

海未ちゃんの言葉が拒絶の言葉と重なって、咄嗟に体を離そうとしたけど海未ちゃんの腕が其れを拒んだ。

「この場所は穂乃果だけの場所です。だから昔のように安心してください」

「海未ちゃんうみちゃんうみちゃんうみちゃん――」

体から力が抜けて、ただただ海未ちゃんの胸の中で泣いた。

「泣かせてしまってごめんなさい」

優しい声と、力強く抱き締めてくれる海未ちゃん。

安心感が強ければ強いほど涙が止まらなかった……。

――十五分後...

「突然のことだったので頭が真っ白になってしまい、自分がなんと言ってしまったのか分からないんです」

泣き止んだ私を前に、海未ちゃんがそう言って頭を下げた。

なんと答えてしまったのか教えて欲しいって。

声が震えて心配掛けないように意識しながら「ごめんなさい」と教えた。

答えを聞いた時、何故か海未ちゃんがホッとした顔をして穂乃果の涙で濡れた胸を撫で下ろした。

「先に言っておくと私は自身の恋心というものが未だ分かってません」

真っ直ぐな瞳で見つめられて、逸らすことも出来ずに海未ちゃんの言葉を受け止める。

「だからこそ余計に混乱してしまったんだと思います。だから無意識な本音で拒んだんじゃないかと恐れていました」

「でも、安心しました。傷つけてしまいましたが私は穂乃果を拒絶したという訳ではありません」

「相手が穂乃果であっても心からの言葉を拒むのでしたら『ごめんなさい』ではなく『申し訳ありません』と言いますよ」

微笑む海未ちゃんの言葉が胸にストンと落ちてくる。

小さな違いかもしれないけど、確かに普段の海未ちゃんならそう返してたと思う。

スーパー幼馴染同士だからこそ通い合える想い。

「ですが、先ほども言いましたが恋というものが分かっていません。恋心とはどういうものなのか」

「うん」

「穂乃果のことを大切に思ってますし、ずっと未来まで一緒に居たいと思っています。この気持ちは昔から変わってません」

「うん」

それは穂乃果も同じ気持ち。

改めて考えなくてもそうなるんだと信じていたくらい。

ううん、今も信じてる!

「穂乃果はいつ私のことを……その、異性という言葉は正しくないかもですが、そういう意味で好意を持ったんですか?」

恥ずかしそうに頬を染め上げながら告げる海未ちゃんはとびっきり可愛い。

普段からμ'sの衣装みたいに可愛い洋服を着てくれればもっと可愛いのに。

場違いの考えの後、素直に返事をした。

「それがね、分からないんだ。でも、さっき何か思い出しそうだったんだよ」

自分が沢山泣いていて、そんな中で海未ちゃんが抱き締めて一緒に泣いた忘れていた記憶。

「それは小学三年生の夏休みじゃないですか? 私も忘れていたのですが、アルバムを見て思い出しました」

「何があったっけ?」

海未ちゃんとの思い出は誰よりも多すぎて、だから勿体無いけど記憶から漏れちゃうこともある。

「穂乃果の家出に付き合って夜に神田明神に行った時です。穂乃果がお化けを見たって泣いて抱きついてきたんですよ?」

お化けを見た?

夜に海未ちゃんと一緒に行った神田明神は確かにあった気がする。

だけど、お化けという単語についてはまるで覚えてない。

「猫の光る瞳でも見たのかな?」

「否定はしませんけど、あの頃の穂乃果なら逆に喜んで探求しに突撃すると思いますけど」

「確かにそうかも」

家出時の自分は怒ってて強気になってるし、当時は怪獣とか好きだった時期だと思うから納得。

でも、そうなると幼い頃の穂乃果は何を見てお化けなんて泣いたんだろう?

「お化けの正体は分かりませんが、あんな昔に意識し始めたんですか?」

「うーん、多分?」

忘れてたくらいだけど、切っ掛けはその頃のような気がする。

でも、決定打は少し違うという想いもまたあって、断言が出来ない。

恋というのがそういうものなのか、私が変なのか分からない。

……女の子である海未ちゃんを好きになったけど、そのことは変なことだとは絶対に思いたくない。

海未ちゃんにもそう思ってほしくないと考えるのは我がままかな?

「そんな顔をしないでください。穂乃果には誰よりも笑顔が似合うのですから」

「うん」

「それでですね、穂乃果に我がままを言いにきたんです」

海未ちゃんからそんなことを言うのは珍しくて、本気で驚いちゃった。

だって、小さい時から我がままと言えば穂乃果の真骨頂だったから。

「海未ちゃんの我がまま?」

「ええ、理解が出来ないから答えを保留にすることをしたくないんです。ですから穂乃果への気持ちを確認したい」

剣道の試合をする為に面を被る前のようにキリッとした海未ちゃんの表情。

世界中のみんなに自慢したくなる好きな顔。

「ですから明日の午後から、デートというものをしてみませんか?」

「――えぇぇっ!?」

1テンポ遅れてから驚きの声を上げちゃった。

だってだって、海未ちゃんからデートなんて言い出してくれるなんて――。

「恥ずかしいのでそんなに驚かないでください」

「だってだってだって!」

「うぅ……本当に恥ずかしい」

先ほどまであんなに凛々しい表情をしてたのに、今は顔を落として耳まで赤く染まっている。

誰よりもカッコいいのに、誰よりも乙女というズルい女の子。

「穂乃果への気持ちに恋心が混じっているのかどうか、実際にしてみれば分かるのではないかと思ったんです」

小さいけどきちんと聞き取れる綺麗な声。

神様に愛されて色んな魅力がある大和撫子の海未ちゃん。

勿論それだけじゃない。

努力して色んな物を築き上げてきた海未ちゃんだからこそ、誰よりも頼りになって誰よりも大好きなんだ!

「それで、どうでしょうか?」

チラチラとこちらを下から覗き込む海未ちゃんの可愛さが反則的で、私まで恥ずかしくなってきちゃった。

今までは想いを伝えてなかったから二人で出掛けても当たり前のことだった。

でも、今回は海未ちゃんは私の想いを知ってて、本当のデートなんだよね。

「お願いします!」

思った以上に大きな声が出ちゃって、自分でも驚いちゃった。

なのに海未ちゃんは驚くこともなく「はい」と優しく頷いた。

視線が通い合うと、お互いなんとも言えない気持ちになってはにかんだ。

「穂乃果は明日どこか行きたい場所はありますか?」

「いつもみたいに何処かに繰り出すんじゃなくて、海未ちゃんと育ったこの町を見て回りたい」

「地味ですね」

ムッと頬を膨らませると、そんな穂乃果の頬を撫でながら海未ちゃんが続けた。

「ですが私も同じことを考えていました。アルバムではなく、今を感じながら穂乃果と思い出を巡る」

「スーパー幼馴染だからこそのデートだと思います」

「ぅわぁ」

変な声が出ちゃったのは仕方ないよね!?

海未ちゃんってば男の子だったらシゴロだったに違いないよ!

あれ、ジコロ? ジゴロ? ンゴロ?

ともかく色んな女の子を泣かせてたに違いないね。

だからこそ、海未ちゃんは女の子として生まれてきたのかも。

「変なことを考えている顔をしていますよ?」

「変なことじゃないよ。海未ちゃんの真理を悟ってたんだよ」

「それが変なことと言うんです。まったく穂乃果は、私がきちんと手を握っていないと迷子になりそうで心配です」

そんなこと言ってるけど、すっごい嬉しそうな笑顔を見せてくれる。

きっと穂乃果も海未ちゃんに負けない笑顔を浮かべてると思う。

「そういえば明日はどうして午後からなの? 午前中は修行?」

「修行って、鍛練と言ってください」

拘りがあるみたい。

修行の方がなんかカッコいいと思うんだけどなー。

「鍛練は毎朝してますけど、午前中はちょっと用事があるんです。デートですからね」

不思議がる私に「内緒です」とウインクする海未ちゃん。

追撃チャンスを禁止魔法で封じられた。

「ほむぅ」

「可愛く鳴いても教えません。というか、多分明日会えば分かると思います」

「絶対に?」

「ええ、穂乃果が私のことを誰よりも見ているのですから、絶対に分かる筈です」

やっぱり海未ちゃんはズルい。

穂乃果のこと全部分かってるみたいで、その癖に恋心には気付いてくれてなくて。

だけど好きな気持ちは告白する前より強くなっちゃって。

「海未ちゃんはズルい」

悔しいから口に出してみた。

「穂乃果には負けますよ。みんなを照らす太陽なのに、私一人を求めるなんて」

「今日の海未ちゃん口が上手いよ!」

「それはそうです。穂乃果に告白されて私だって冷静じゃないんですから」

スーパー幼馴染なのに新しい海未ちゃんの顔。

ずっと一緒なのに新しい発見が今日もまた一つ。

告白したことを後悔したけど、やっぱりなし!

例え海未ちゃんに今度こそ本当にフラれても、穂乃果は今日のことを後悔しない。

だって、こんな海未ちゃんを見れたのは勇気を出して告白したお陰だもん。

だからその時は、沢山泣いてこの時の海未ちゃんを思い出して立ち直ろう。

「穂乃果はみんなの太陽なんかじゃないよ。海を照らす太陽なんだよ」

「スクールアイドルなのに、ですか?」

「にこちゃんには怒られちゃうけどね。穂乃果はスクールアイドルの前に海未ちゃんのスーパー幼馴染だから!」

「ふふ、そうですね」

海未ちゃんと二人でアルバムを見て、夕飯前に帰って行った。

明日の事を楽しみにしつつ、夕飯を食べていると雪穂がこんなことを言ってた。

「お母さんには敵わないなー」

何故か私の顔を見ながら。

お母さんと何かあったのかな?

――翌日 穂むら前

「海未ちゃんおっはよう!」

「おはようございます。今日も元気ですね」

見慣れたいつもの海未ちゃんだけど、着飾る洋服がいつもと違っていた。

「おぉ~! 海未ちゃん、その洋服どうしたの? すっごい可愛い!」

穂乃果の言葉を聞いて、海未ちゃんが顔を逸らした。

そして、小さな声で答えてくれる。

「これが午後からにした理由です」

どういう意味か問う前に理解した!

「午前中はその洋服を買いに行ってたの?」

「はい。穂乃果とのデートで着る服がないというと、ことりが選んでくれました」

「ことりちゃんが選んでくれたんだ。だから可愛いんだね!」

「どういう意味ですか!」

海未ちゃんのツッコミで笑いが出ちゃった。

「確かに私はそういう部分が疎いのは否定しませんけど」

いじけるような海未ちゃんの反応が大好き。

それを伝えたいけど、でも海未ちゃんが恥ずかしがって帰っちゃったら嫌だから心の中でだけ。

「では、行きましょうか」

「うん! この町探検隊結成だね」

「なんですかその教育番組みたいな名前は」

呆れたような、でも少し楽しみにしている色が声に乗っていた。

「まずは何処へ行きますか?」

「穂乃果達が通っていた小学校。ううん、公園に行こう」

少子化の影響で廃校になってしまった通っていた小学校。

今は公園となって小さい子達の遊び場になっている。

思い出が姿を変えてしまうのは寂しいと思うけど、それもまたしょうがない。

なんて諦められないから、今スクールアイドルをしてオトノキの廃校を撤回しようと頑張ってるんだけどね。

「さ、行きましょうか」

さり気無く海未ちゃんが穂乃果の手を握って歩き出す。

「う、うみちゃん?」

握られた手に驚いちゃった。

告白してから心が敏感になってて、いつもしてきたことが胸が苦しくなるほど嬉しい。

「デートですからね。それとも私の手は嫌ですか?」

「ううん! 嬉しくて胸がキュンってしちゃったくらい」

「くすっ。穂乃果みたいに柔らかい手ならもっと喜んでもらえたかもしれませんが」

海未ちゃんは色んなこと学んでいるけど、一番長く続けているのが日舞と剣道。

剣道の修行――鍛練で何度も何度も手の皮が剥けて、海未ちゃんの手の平は硬い。

それを気にしているみたいだけど、穂乃果にとってこの手はは誇り。

「海未ちゃんが自分で努力の証を汚しちゃ嫌だよ。この手の平は穂乃果との歴史でもあるんだから」

「なんて言うのは驕りなのかな。実際に海未ちゃんが鍛練してる時はほとんど穂乃果が居ない時だもんね」

「だけど、ずっと頑張ってきた努力の証。昔の手も好きだけどね、今の手の方が穂乃果は好きだよ、大好き」

「……穂乃果」

ギュッと手を握ると、それ以上の力で握り返される。

「えへへ」

「ふふっ。ありがとうございます」

「それじゃあ母校に向けて出発っ」

繋いだ手を大きく振って早歩きに切り替える。

「あの公園は逃げたりはしませんよ」

「デートの時間は逃げちゃうんだよ。だって、幸せな時間は早く感じる楽しい時間の更に倍は早く過ぎちゃうんだから!」

――公園

「最後の卒業生として母校に遊びに来たよ」

勿論それに答えてくれる学校関係者なんて居ない。

「二年後には公園から福祉施設にする為の工事が開始するという話です」

「そうなったらこうして遊びに来ることも出来なくなっちゃうね。この桜の木も切られちゃうのかな?」

「邪魔になるという理由で切られてしまう可能性が高いでしょう」

繋いでいない手で葉桜になっている木を撫でる。

お婆ちゃんもお母さんも、そして私達も。

この桜が咲いていた卒業式の日に、またみんなで会おうと約束した。

あと二年廃校になるのが遅ければ雪穂もここでみんなと約束を交わしたんだろうなー。

「μ'sが有名にならなきゃオトノキも……」

「穂乃果らしくない発言ですね。もしそうなってしまっても後悔はしない。みんな口に出しませんがそう思っています」

「穂乃果がスクールアイドルになるなんて提案したからこそ、μ'sは同じ学校の仲間から深い絆に生まれ変わったんですよ」

「出来れば結果も残して最高最大の思い出にしたいですけど」

海未ちゃんの言葉にμ'sの始まりからこないだの夏のライブまでの色んな出来事を思い出した。

テストで困ったこともあるし、無理やりゴリ押して部活応援したこともあった。

UPした初めての動画でコメントが付いた時の感動。

普段はクールな海未ちゃんと絵里ちゃんも大喜びしてた。

今でもコメントをくれる人全てに返信したいくらい嬉しくて、だからより結果を残したい気持ちが溢れる。

「気負い過ぎるのは駄目ですよ? 穂乃果は自分を省みずに頑張ってしまうのですから」

「海未ちゃんに言われたくないよー。海未ちゃんこそ大変じゃないの?」

「大変ですよ。でも、好きだからするんです。未来の財産になると知ってるから努力出来るんです」

自信に満ち溢れた横顔が好き。

「そうでなければ好きな剣道部をやめるなんて英断はしません」

「ありがとう、海未ちゃん。実はずっと気になってたの。穂乃果の我がままで剣道部辞めちゃったんじゃないかなって」

「穂乃果って思ったらそのまま走り出しちゃう性格が直らないから。迷惑なんじゃないかって」

それでも海未ちゃんならって甘えてしまう。

強くなるにはもたれ掛かってばかりじゃ駄目なのに。

「誰かに迷惑を掛けられるのは正直嫌です。でも、相手が穂乃果であれば嬉しいんです」

穏やかに微笑むと、空いた手で穂乃果の頭を撫でてくれる。

誕生日は穂乃果の方が先だけど、こんな仕草が似合う海未ちゃん。

お姉ちゃんみたいなところも好き。

暫く公園の中を歩きながら、校舎内や校庭での思い出話に花を咲かせて他へ移動した……。

――街中

「この辺は変化なくて落ち着くね。穂乃果はこの町が大好き」

「そうですね。お隣の秋葉原は時と共に大きな成長を遂げますが、ここは昔のままの空気で私は好きです」

海未ちゃんと同じ好きを共通することで心がくすぐられる感覚が生まれる。

「いつまでもずっとこのままということは無理なのでしょうが、変わるにしてもゆっくりと変化であって欲しいですね」

「そうだね」

「私達の関係はどう変化するかまだわかりません。ですが、ずっとこうして二人でこの町を歩いて行きたいです」

「――」

海未ちゃんの恥ずかしい発言に並んで歩いているから顔は見られてないのに、思わず熱くなった顔を伏せちゃう。

暫くの間、短い言葉で返事をすることしか出来なくなっちゃったよ……。

「あっ、覚えていますか? ここで穂乃果と二人で初めてのお使いをして迷ったこと」

「懐かしいね。二人して泣きながら立ち止まってたら、あそこのお婆ちゃんが家に招いてくれたんだよね」

「泣き止むまでずっと頭を撫でてもらいましたね。その後もお菓子を貰ってから、地図を書いて貰いました」

「そうそう、懐かしいなー。お陰で無事家に帰れたよね」

幼稚園年少だった時の思い出。

あの頃はまだ海未ちゃんが今みたいに自信いっぱいな性格じゃなくて、穂乃果が手を引いて大丈夫とか言って進んで。

結局迷子になって泣いちゃったという恥ずかしい思い出。

でも、下町らしい優しいエピソード。

「泣きはしましたけど、穂乃果が居てくれればなんとかなると思っていたんですよ」

追加で嬉しいことを言ってくれる海未ちゃん。

そんなに連続で顔を熱くされると困っちゃうよ。

でも、自分に正直で嘘を言わない真っ直ぐなところも好き。

「餡蜜が食べたくなっちゃった。甘味処に行こう!」

「はいっ」

海未ちゃんの手を引いて歩き出す。

あの頃のように迷子になったりはしないよ、この町のことは頭の中にインプットされてるから。

その大半が海未ちゃんと一緒に探検して覚えたんだけどね。

――甘味処『青空』

「くぅ~餡蜜美味しいっ!」

「小さい頃から変わらない味ですね」

同じ餡蜜を頼んで一緒にその美味しさを共用する。

穂むらのお饅頭も大好きだけど、このお店の娘で生まれてても良かったかもと思うくらい美味しい。

でも、そうなると海未ちゃんとご近所さんじゃなくなってたから、やっぱり穂乃果は高坂家に生まれて良かった!

「穂乃果の美味しい物を食べている時の顔は相変わらず魅力的です」

「ごほっごほ。海未ちゃんってば昨日から本当にもうっ!」

怒ってるアピールしながら顔はニンマリニヤニヤ状態なのが自分で分かっちゃう。

「私の発言がというよりも、穂乃果が過敏なのではないですか?」

「そりゃ、否定はしないけどさー。なんか納得出来ない」

「膨れないでください。お詫びに……どうぞ口を開けてください」

餡蜜をスプーンで掬って左手をその下に添えて差し出される。

今までなら一口頂戴とか気軽に言えたのに、こうして今されると恥ずかしくて目に涙が溢れそうになっちゃう。

強くなるどころか弱くなってるよ!

だけど緩む頬がとっても喜んでることを示してる。

「あ、あ~ん」

頬が緩んでる所為で口を開けるのが変な感覚だけど、出来るだけ大きく開けた。

「ふふふ。そこまで大きく開けなくても……どうぞ」

口の中にスプーンが差し込まれたので、口を閉じて餡蜜を受け入れる。

そのままゆっくりとスプーンが抜かれて、モグモグと海未ちゃんの餡蜜を堪能する。

同じ物を頼んだ筈なのに、食べてた物より美味しく感じちゃうのが不思議だよね。

「美味しいですか?」

「うんっ!」

「恥ずかしいのを我慢した甲斐がありました」

はにかんで笑う海未ちゃんの頬が羞恥で赤くなっていた。

そんな可愛い表情の海未ちゃんが好き!

――夜 神田明神

地元巡りを続けて、夜になってから秋葉に移動してファーストフードで夕ご飯を食べたんだ。

そして、海未ちゃんの提案で神田明神にやってきたよ。

長い階段を上り終わり、一歩目を踏み出した時に不思議なことが起こった。

「えっ?」

思わず漏れた声に海未ちゃんが心配する声を掛けてきたけど、反応出来ないくらいに驚いた。

ずっと忘れてた筈なのに、海未ちゃんが言っていたここに家出した時の出来事を全て思い出した。

小さい穂乃果が見たと言うお化けの正体――。

どうして忘れてしまったのかも今なら分かる。

子供の理解力を遥かに超えたスピリチュアルな出来事を脳が防衛本能を出して忘れさせたんだ。

希ちゃんも幼馴染に居たのなら忘れずに居られたかもしれないけど。

そして、海未ちゃんを好きになった切っ掛けも思い出された。

「穂乃果、どうしたんですか?」

覗き込む心配そうな海未ちゃん。

「ごめんごめん。今日のデートが幸せ過ぎて、終わっちゃうのが惜しくなっただけ」

「本当ですか?」

「うん」

それも嘘じゃない。

でも、これから《起こる筈》の出来事が本当に起こるのか、少し不安で揺れている。

「それなら良いのですが」

「海未ちゃん、ありがとうね。今日は本当に楽しかった。海未ちゃんを好きになって良かったって叫びたいくらい」

「それは恥ずかしいから止めてください!」

冗談だよって言うけど「絶対にしないでくださいね?」と何度も釘を刺されちゃった。

「あのね、穂乃果思い出したんだ」

「何をですか?」

「海未ちゃんを好きになった切っ掛け」

空を仰ぐと夜空には三日月が穂乃果と海未ちゃんを見つめていた。

「丁度八年前の今日、穂乃果は海未ちゃんを好きになったんだよ」

小学三年生の野宿すると言って二人で家出をしたのが丁度八年前の今日。

「あの日、家出に付き合ってくれてありがとう。そして、今日まで一緒にいてくれてありがとう」

「これからもずっと隣にいて、ずっと海未ちゃんと歩んでいきたい」

これが私、高坂穂乃果の純粋な気持ち。

繋いでいた手が離れ、海未ちゃんが穂乃果の対面に立った。

「今日デートをして正直まだきちんとした返事を返すことが出来ません」

一度言葉を区切ってから海未ちゃんが続けた。

「誤解しないでくださいね。穂乃果を好きではないなんてことは絶対にありません」

「ずっと一緒に歩んでいきたいという気持ちは昔から変わりません。誰よりも大切存在です」

「ですから、今度のお休みにもう一度デートをしてその時に返事をさせてください」

「海未ちゃんっ」

次のデートの約束が何よりも嬉しくて、声が弾んだ。

でも、海未ちゃんは更に言葉を紡いだ。

「いいえ、それは言い訳ですね。次のデートで今度は私から穂乃果に告白をさせてください」

「海未ちゃん!」

今度こそ我慢出来ずに海未ちゃんに抱きついた。

「穂乃果っ!」

ぎゅ~っと抱き締めると、海未ちゃんもキュッと抱き返してくれる。

一番温かくて、一番大好きな場所。

「ここが私と穂乃果の二人だけの場所ですね」

「そうなんだけど、今日だけはちょっと違うかな」

「え?」

海未ちゃんが不思議そうな声を上げたけど、それには答えずに視界に入った女の子を見つめる。

『――あっ』

それは小学三年生の穂乃果自身。

普通ならありえない筈の出来事。

過去と未来の繋がった瞬間、

『きゃああああああああ!』

大きく育ってるけど、抱き合っているのが自分と海未ちゃんだと認識したことで悲鳴を上げた過去の穂乃果。

そのまま身を翻して来た道を戻っていく。

今の穂乃果と海未ちゃんこそがあの日見たお化けの正体。

あの子が恋心を自覚する切っ掛けであり、その切っ掛けを思い出すのに八年掛かる長い恋の道。

「どうかしたのですか?」

「ううん、なんでもないよ。穂乃果は海未ちゃんが大好きなんだって再認識してただけ」

「……そうですか」

小さい穂乃果の声は海未ちゃんには聞こえなかったみたい。

今頃お化けに怯えて海未ちゃんに泣きついている頃だよね。

今の穂乃果と海未ちゃんのように……。

――エピローグ 一年半後...

「本当によかったのですか?」

海未の言葉に穂乃果は迷いなく頷いた。

「うん! 大学通いながら穂むらと道場の両立が出来るくらい穂乃果は器用じゃないからね」

「自業自得と言うべきか、私の両親の言葉を誠実に守ろうとする気高さと取るべきか」

頭を悩ませる海未に穂乃果は暢気に笑う。

「海未ちゃんとの明るい未来の為だもん。それに、和菓子屋だから学歴は関係ないし」

「学歴はあって困るものではないのですよ?」

「平気だよ。もしもの時は大人になったって大学には通えるんだし」

天真爛漫な返事に心配しているのが馬鹿らしく思えてきた。

「しかし何もあんな約束をしなくても……」

「あんな約束って穂むらを継ぎながら道場の師範代を目指すなんて」

海未を下さいと両親に頭を下げる穂乃果も穂乃果だったけど、そんな呆れる条件を突きつけた両親にも問題がある。

とはいえ、跡取りになる海未が結婚しないとなるのは問題であるのも確か。

海未の両親が穂乃果に甘いとはいえ、無理難題を突きつけることで将来的には海未を結婚させようという本音があると思っていた。

だけど、それは違っていた。

元々海未には婚約者がいて、一方的に破棄したという話を偶然耳にして考えを改める。

只単に穂乃果を自分の娘のように鍛えたかっただけだと知ると、呆れて両親に対して何も言えなかった。

そのことを穂乃果には伝えたのだけど、真実は関係なかったようだ。

許されない恋を認めてくれた恩は実力を付けて返すと言って聞かない。

結局穂乃果は大学受験をせずに卒業を来月に控えていた。

「恋は成就して廃校も撤回されて、最高の青春だったね!」

「そうですね。入学した時はこんな風になるとは想像もしていませんでしたけど」

「えへへ!」

お互いに顔を見つめて微笑み合った。

スクールアイドルも引退し、放課後の教室で思い出を語り合う穏やかな時間。

「私ね、夢が生まれたんだ」

「師範代になることではないのですか?」

得意気に語る穂乃果に冷静な答えを示すが首を横に振り、

「それは目標だよ」

と穂乃果は答えてから言葉を続ける。

「いつかね、大好きな海未ちゃんの好物を穂乃果のお饅頭って言ってもらえるようになること!」

太陽よりも眩しいのに直視できる穂乃果の満面の笑み。

海未はいつからこの笑顔の虜にされていたのかを考える。

もしかしたら、奇しくも穂乃果と同じ日。

お化けを見たと泣きついてきたあの瞬間から始まったのかもしれない。

「やる気モードの穂乃果ならその夢を師範代になりながら叶えてくれそうですね」

「だって可能だからね」

自信満々な返答に照らされて、その夢を叶えてくれる未来を想像して。

こたつに二人で入りながら、穂乃果の作ったお饅頭を熱いお茶と一緒に頂く姿。

「そうですね。穂乃果ならば可能ですね」

「海未ちゃんだって大学通いながら家元を継ぐ修行があるじゃない」

「修行ではなく鍛練と言って欲しいといつも言ってるではないですか」

「はぁい。じゃあ、お腹も空いたし何か食べて帰ろうか」

ぴょこんと席を立つ穂乃果。

「あ、でもその前にデザート食べちゃうっ」

まだ座ったままだった海未の顔に近づけて、その唇を奪う。

「んぅ!?」

教室でキスすることなんて初めてで、海未の瞳が大きく見開かれる。

しかし、直ぐに目を閉じて二人の世界に入り込む。

音ノ木坂学院を卒業すれば、毎日長く一緒に居ることが出来なくなってしまう。

だけど絆は変わらない。

遠い未来まで、二人の距離はずっと0のまま。

今の距離を大事にして生きていく。

お互いを支え合い、求め合い、愛し合う。

いつまでも、ずっとずっと――。 おしまい

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年01月20日 (火) 13:11:37   ID: EDcdsohI

これはいいほのうみ

2 :  SS好きの774さん   2015年01月24日 (土) 10:01:39   ID: 9hjYcVY2

確実にほのうみssベスト3に入る良作

感動した

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom