男「僕らはいつも」友「失敗するじゃん?」(21)

 鼓膜を多大に揺らす轟音。終始、鳴り止まない乱打の嵐は僕の頭上から響いていた。
 いま、僕達が居る場所は、地元である意味有名な───キャンプ地。
 地元民の利用率は毎年低迷しているが、何故か世間様では知名度があるらしく、夏場になると毛色の違う人達が来訪するのが恒例である不可思議な所で、
 
 僕と友人は、予め建てておいたテントの中へと避難していた。

男「雨すごいなぁ」

友「滝といっても過言じゃないな、これ」

 視界の先にある光景は、まさに壮絶、壮観、としか言いようのない程の豪雨。
 テントの天井に大粒の雨が当たり、常に爆竹に似た破裂音を立てている。

友「これじゃあ楽しみにしてた釣りもバーベキューもやれないぞ」

男「そもそも俺は泳ぎたかったんだぜ? それがどうよ」

 濡れたかったら今、外に出ればいいんじゃねってか。
 乾いた笑いを洩らす隣の友人の声を聞きながら、僕はそっと溜息つく。

 ──どうして僕らは、いつもこうなのだろうと。


 ※※※

男「……キャンプ?」

 ずるずると、大学の食堂で、価格560円のうどん定食を啜りながら彼女の言葉を聞き入れる。
 そうそうそうそう。と何回そうと言い続けるんだと思った矢先に、彼女──小学生からの友人が言葉を続けた。

友「キャンプだよキャンプ。俺と一緒に行こうぜ」

 周りの雑音にまぎれて届いた本日二度目の単語に、僕は改めて己の耳を疑う。
 自分から見て反対側に座る友人をそっと観察。頬は少し紅潮し、些か興奮をしているようで、しかしその表情に少し反発的な意思を抱いた。

男「よし、嫌だ」

友「なんで!?」
 
 きっぱりとした否定に、思ってもなかったかのように心底驚く彼女。
 ───なんでって君、当たり前だろうに。

男「絶対にうまくいかない、失敗する、以上」

友「偉く、はっきりいうな」

男「経験則」

 これ以上の理由がどこにある。
 と、食べかけだったうどんの汁を、ずるずると飲みほしていく。
 しかしそんなそっけない僕の態度に思うところがあったのか、友人はカレーが並々とそそがれた食器にスプーンを立て、食いついてきた。

友「まぁ、俺もすっごくわかるぜ」

男「わかってくれてありがたい」

友「でも、だ」

 カレーに刺したスプーンを斜め横に振り強気に肩を揺らす。おい、ルーが飛んでるぞ。 


友「そろそろ俺らは、その経験則から逃げるのをやめるべきだと思わないか?」


 物々しい物言いで、友人が『それ』を口にした。
 逃げることか、ああ、確かにそれは良い言葉だと僕は思う。
 酷い程正しくて立派な理由に、自分自身がが怖くなってくるぐらいに。

男「無理だ。一生逃げ続けるしかない」

友「だぁあああ! なんだってお前は、いっつも消極的なんだよっ」

男「物事をよく捉えよく考えられると、小学生の時、通信簿に書かれてた」

 今はそんなこと関係ねぇ! と無価値と言わんばかりにばっさり切られる僕の唯一の長所。
 じゃあなんだっていうんだ。僕は口に付けていたどんぶりをゆっくりと下し、改めて我が友人の顔を見つめる。

男「じゃあ聞くけど、僕らは今まで何をしてきて、何度失敗してきたんだ」

 軽くあげるだけで両手の指は全て握られるだろう──その中でいくつか思い出したくないことも、無いわけじゃない。

 そう、僕らは二人で行動すると、絶対に失敗するのだ。

 どちらかが提案したことを実行をすると、かならず失敗する。
 それはもう呪いの類ではないかと勘ぐってしまうほどに。僕らが一緒にすること全てが必ず絶対に失敗に終わるのだ。

友「ま、まぁ……そうだけどよ……」

 僕の言葉に、友人も過去にあった思い出したくはない失敗が脳内を過りかけたのか、頭を勢い良く振った。

男「で、でもよっ? 俺らはもう──大学生、になってんだぜ?」

友「大学生…」

 その単語に思考が止まった──大学生、僕らはもうけっこう年を取ったということが分かる学歴。立派な身分証明だ。

男「まぁ、そうだけど。それがどうしたんだよ」

友「だからよぉ、こうやって昔のことに囚われ続けんのも、終わりにしねぇって話だよ」

 曖昧な口調な彼女に僕はふと我に返る。
 こんな風に自信な下げにする友人の様子は、思えば実の所初めて見たのではないだろうか。

 日常的に俺、という一人称を常時使うこの友人。
 口調もそうだが、性格もオラオラ主義であるため、こうやって僕の機嫌を伺いながら聞いてくるのは少し新鮮かもしれない。

男「…………」

 本当に目の前の友人は僕らの【二人で行動=失敗】という方程式をどうにかしたいのだろうか。
 健気に悩み、考え、問題を口にしたのだろうか。……そう思うと、ちょっと可哀そうになってきた。

男「はぁ、うん」

 不安そうな友人の顔を一瞥し、そっと溜息をつく。そして使用した箸を元に戻し、手を合わせて。

男「ごちそうさま」

友「あっ……」

 僕は立ち上がり、椅子を下げて食器を持ちあげる。
 視界の端では気まずそうにこちらをうかがい続ける友人。それを無視し一歩足を進めて、

男「……日程はいつだ」

友「おおっ!」

 そんな嬉しそうな友人の顔に、僕はこれが最後の最後だからだから、と付け加えることしかできなかった。


  ※※※

男「んで、案の定これだ」

 テントから一歩先にある景色。それは白い飛沫によって広々とした高原を覆い隠していた。
 どんだけ振るんだこれ、思わず命の危機を、些かのんびりと心配しかけた時、ふと空気を感じ振り返る。

友「………」

 物凄くしょぼくれた顔をした友人が、そこには居た。

男「何気に、なに本気で落ち込んでるんだ」

友「あ? 俺、落ち込んでる?」

男「顔見れば」

友「そうか……そうだろうな、確かに俺は落ち込んでるみたいだ」

 ふぅ、と小さくため息をついて。然程広くない、むしろ狭いテントの中で友人は胡坐を豪快にかく。
 女の子がはしたない、なんて突っ込むことはとっくのとうの昔にやってしまった。

男「ま、しょうがない。これが現実、僕らの力だ」

友「……なんかの能力みたいに言うんじゃねぇよ。嫌だよそんな能力」

 もっとカッコいい奴がいいぜ。なんてふざけて呟いた後、半眼にしてテント外の景色へと視線を向ける。

友「なんつぅーか……あれだな、やっぱ俺らは逃げられないんだな」

 改めて言われてどう返事を返すか一瞬、迷う。それでも僕は返事は決まっていた。
 視線を友人から外し、同じく僕も怒涛のごとく雨が降り注ぐ景色を視界に納めて。

男「どうしようもない。というか逆に面白くなってきたと僕は思うけど」

友「なにがだよ」

男「なんだって僕らの力は、自然に干渉するほどなんだぞ?」

 これを生かせば、干ばつ地帯に有効的な貢献が出来るかも。
 なんて嘯けはば、友人は僕の言葉を一切聞いてないようにその場に寝転んだ。

友「あーあ。友人が馬鹿だとこっちも困るなぁ」

男「なんと」

 何という言われよう。この場を和ませようといったのにこの反応はひどい。
 子供のように拗ねる僕をよそに、友人は違う違うと首を振り。

友「……能天気なのか、冷めているのかわかんねぇお前は馬鹿だって言ってんだ」

男「お前の友人なんだ、そのぐらいわかってくれ」

友「無理だよ。長年付き合ってきたけどよ、さっぱどわかんねぇモン」

 さらりと言われた衝撃的な発言に、僕は思わず閉口する。

男「待って。ちょっと本気で戸惑ってるから待って」

友「はぁ? 何言ってんのお前、わざとじゃなかったのか?」

男「ワザとって何だ……というか君ってばそんなわけわかんない奴とずっと友人だったわけ?」

友「そうだよ。悪いか?」
 
 開き直られたような対応に、僕は更に驚きを隠せない。
 なんだろうこの、気持ち。心底困る。どうしよう、友人の衝撃的真実を知って僕の頭は停止寸前だ。

男「僕はてっきりお互いにもう全部が全部、知って知り合った仲だと思ってたんだけど…?」

友「……本当に、お前は馬鹿だな」

 こりゃあ何言ってもダメだ。ごろりと寝がえりを打つ友人。
 えーまじでこれどうすんの。僕ってば一人だけで知ったかぶってたやつにだったの! なんて、独りで落ち込みかける。

友「気にスンナ。お前はお前だ、それだけでいいんだよ」

男「……逆に落ち込むんだけど、それ」

 どうすればいいのか分からない具合が。

※※※

 テントの外は既に暗く、暗闇に染まっている。
 まだまだ降りやまない雨は、周りに広がる芝生を濡らし続けていた。

男「ふぅー」

 実のところ何度か、このテントが暴風によって飛ばされかけたのだが──それでも僕らはここに居た。
 意地を張って、コンクリートに根付く大根かのように粘っこく居座る僕らは、端から見れば正気の沙汰じゃないだろう。

男「お。カップラーメンできた」

友「おー」

 まぁなんだかんだありながらも、何気に今の状況を楽しんでいる僕ら。
 正式名所が分からない、小さなランタンのようなガスコンロでお湯を沸かし、念のために持ってきたカップラーメンにお湯を注いでいた。

 ずるずる、ずぞぞ、もぐもぐ、もぐもぐ。

男「ふぅ…」

友「これじゃ、家にいるときとかわんねぇな」

男「いうな」

 カップラーメンは相変らず美味しいから、それで結果オーライなのだ。
 それにお互いに口にはしてないが、明らかにカップラーメンの麺が伸びすぎている。こりゃタイマーが壊れているに違いない。

 ま、それでいい。麺が伸びようとも変わることのない味というのは素晴らしいものだ。

 ほんの数分で空になった容器を袋に詰めて、些か満腹には程遠い腹持ち具合を持て余していると、

友「酒飲もうぜっ?」

 一人でがさごそとカバンを漁くって何をしているのかと思えば、友人が取り出したものは──何やらご立派なガラスのボトル。
 見慣れないラベルは、僕らが普段飲むようなものではなく、じぃっと見つめれば

男「ウォッカ……だと……」

友「親父の部屋から失敬してきた」

 いひひ、と笑う悪い友人の顔を見つめ、でも、と思う。

男「これ、どうやって飲むんだ?」

友「……そのまま、とか?」

 ウソだろ。そんなことがありえるのか。
 コップもないこの状況でボトルに口をつけて飲めと君は言うのだろうか。まさか、本当にそのようなことが行われていいのだろうか。

男「し、死なない?」

友「き、気合で!」

 ガッツと申しましたか。らしいといえばらしい提案だった。

 しかしその提案を素直に飲める僕ではない。無論、彼女もそうだろう。
 互いに、テント内で光源となっているランプに照らされたボトルをしばし眺めて、無言のまま一緒に息を吸う。

友「さいしょはグー……」

男「じゃんけんぽん!」

 相手は切っ先を持った鋭いハサミ。僕は大きく広げたてのひら。
 神が決めた物理の法則に則り、僕は負けを認め、そっとボトルを友人から受け取った。

男「…………」

 開けられたビンの蓋から匂ってくる、香草にも似た苦味を含んだ匂いに鼻が曲がりそうになる。

友「そーれっ。いっきいっき!」

 となりではいつ用意したのかわからない鮭の切り身を加えながら、無邪気にはやし立てている。
 その手には既に開けられた缶ビールが握られていた。こやつ、何時の間に。

「仕方ない……」

 ぐっと持ちあげるボトル。ええいままよと口を付け、一気に傾ける。

  ※※※

 気がつくと、僕は毛布にくるまっていた。
 隣には静かに寝息をかく友人が、僕の身体に抱きつくようにして小さな寝息を立てている。

男「んがっ?」

友「すぅすぅ…」

 これはもしや、ドキドキするようなシチュエーションのような気がするが。
 正直、寝息とともに伝わってくる酒の匂いが鼻に突き、まったくもってトキメキ感が皆無だった。

男「ん……」

 肩からはだけていた毛布を友人にかけてやり、一枚の毛布を二人で包まいながら──そっと溜息を吐く。
 
 今日もまた失敗だらけだった。キャンプに来て見れば、雨に振られ予定はつぶれ。
 テントは飛ばされかけて、ラーメンは失敗し、お酒を飲めば気を失い、この日のほとんどの記憶が全く無いに等しい。


 そして、今もそう───



「僕らはいっつも失敗だらけだ」

 枕元に転がっていた携帯にちらりと視線を放る。どうやら着信が来ているようで、手を伸ばし手にとった。
 ……着信は思っていた通り僕の【彼女】からだった。

男「………」

 数秒それを見つめ、僕は携帯をパタリ閉じる。
 今の時代、未だ学生でガラケーを使っている人数など限られるだろう。僕が既知なのは自分と──もう一人、隣で眠る彼女だけ。
 
 こうやって時代の流れに取り残されていくのは、些か思う所もあるのだが、今更そんなことを考えるのも疲れてしまった。
 
 ああ、これもまた失敗の一つに違いない。

男「ふぅ」

 メールも数件来ているようだったが、それを読む気もせずに瞼を静かに下ろした。
 暗い視界が更に暗くなり、抱きついてきている友人の暖かさと、外の柔らかい雨音が鼓膜を心地よく揺らす。

男「…熱い」

 ああ──そんな風にしか、僕の感想は思い浮かばないのだ。

 単色で無色で、それは味気のない飴玉のよう。
 
 一切の甘味たる要因を含まないモノを口に含み続ける気分というのは、こういった気持ちになるのだろうか。

男(なにいってんだか、僕は)

 ふぅっと何度目かのため息で、落ちゆく意識をほんの少しだけ再浮上させた。

 こんな風に抱き合って、遊びあって、肌と肌が触れ合うほどに近い存在でも。

 僕はなにも思うことはできない。なにも、できやしない。

男「……失敗か」

 僕らはいつも二人で答えを探す。

 友人と、彼女と一緒に答えを探しに、どこにでも行こうとする。

 でも、それは絶対に失敗するのだ。まるで呪われているのではないかと思ってしまうほどに。

男「それでも、僕らは………」

 過去に何があったのかは、お互いに思い返したくない。

 二人で何を望み、二人で何を欲しがったのか。……だが、今になってはそれは失敗だ。

友「むにゃむにゃ……男、男……」


 僕の名を呼ぶ、過去はそうじゃなくても今は〝友人〟である君の声を聞きながら。

 僕はそっと、心の中で元彼女の名前を呼んだ。

終わり

以前何処かで投稿したものをリメイクしました。

ではではノシ

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