貴音「十三ひくことの一」 (55)





「あっ、あった! やっと見つけたよ…… ってきゃああああっ!?」




「あいったた…… ごめんね、うるさくしちゃって。やっぱりわたし、こんなときまでドジだなぁ……」




「…… でもさ…… 響ちゃんも、たいがいうっかりさんだよ。……誰にも、なんにも言わないままで、さ」




「そうだ、これ、おみやげ持ってきたんだ。 ……かわりばえしなくて、悪いんだけど」




「事務所にお菓子作って持ってくるの、またわたしだけになっちゃってさ。ちょっと寂しいかなぁ、なんて」




「…… 嘘ついちゃったな、ちょっとじゃないや…… 響ちゃんがいない事務所は、すごく、寂しいよ」




「ここからは、海がよく見えるよ。海が大好きな響ちゃんにも、きっと…… 見えてる、よね?」




「ああ、いけない、もう行かなくっちゃ…… じゃあね、響ちゃん。近いうちに、また来るからね」





SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1416791913












「案内の通りなら、ここのはず、だけど…… ……ああ、我那覇さん」




「これ、春香のクッキー…… 私より前に、もう春香が来ていたのね」




「すぐに来られなくて、ごめんなさい。スケジュールが予想以上に詰まっていたの」




「みんな、最近は仕事が増えているわ。 ……少しでも、我那覇さんの分まで頑張ろうって」




「今日はこれを届けに来たの。スタジオで、ちょうど出来上がった分を受け取ったから」




「…… 我那覇さんがみんなと一緒に歌ったのは、この収録の時が…… 最後に、なってしまって」




「とてもよく録れていると、思うけれど…… 私は、今度のライブで、貴女と一緒に歌いたかった」




「……それじゃあ、今日はこれで。次はいつ、と今すぐには約束できないけれど、また必ず来るわ」














「えーっ、と、あった! ……響の名前もちゃんとあるし、間違いないの」




「クッキーと、それに新譜のCD? 春香と…… こっちはきっと、千早さんだね」




「そーだ、これ。ミキ、お昼に食べよって思って作ったんだけど
 現場で食べる時間なくて余っちゃったから、響にも分けてあげるの」




「もう響ってば。起こされてもずっと起きないなんて、これじゃミキとキャラがかぶっちゃうよ」




「フェアリーも、さ。貴音とミキの二人しかいないと、なーんか落ち着かないカンジ」




「…… ねえ、響…… 貴音がああ見えて泣き虫さんなの、響がいちばんよく知ってるでしょ?」




「毎日みたいに泣いてて、見てらんないくらいなんだから…… 貴音が、どれだけ、たか、ね、が、っ」




「……っ、ゴメン、今日はもう次の現場に行かなきゃいけないんだ。また来るね? ばいばい、響」














「ここよね…… って、これ…… おにぎり? ……美希、ね。あの子は、まったくもう」




「響。あんたね、フェアリーもこっちでまた軌道に乗って、これから、って時に、こんな」




「おかげで美希と貴音はもちろんだし、他のみんなも…… 口や顔には出さないけど、明らかに無理してる」




「事務所的にも、動物番組のオファーは断るしかないし、ダンスの激しい曲は映えないし、それに……」




「…… ねえ、響、なんでなのよ……!
 あんた黙って勝手にいなくなるような子じゃないはずでしょう、ねえ!」




「…… ごめん。わかっててもいざ目の前にすると、どうしても冷静になれなくて。プロデューサー失格だわ」




「これ、置いてくわね。わたしは、あんたも出演者の一人だって、今でも思ってるから」




「今度来るときは、竜宮のみんなも一緒に連れてくるわ。……じゃあ、響、またね」














「あっ、ここ、かな……? こんにちはー、響さん…… 来るの遅くなっちゃって、ごめんなさい」




「わあっ、これ…… 次のライブのパンフレット! 律子さんが見せてくれたのとおんなじです!」




「えっと、実は、かすみとか長介とかとみんなで相談して…… これ、一緒に作ってきたんです」




「すっごくきれいでしょう? 響さんならきっと、喜んでくれるんじゃないかな、って……」




「……浩太郎に、聞かれたんです。『ひびきおねーちゃん、こんどはいつ遊びにきてくれるの?』って」




「響さん、わたし…… あの子に、響さんのことでウソつくの、いやなんです」




「プロデューサーにお願いして、いいって言われたら…… 今度はうちの兄弟たちも、連れてきていいですか?」




「もちろん、連れてくるのはダメだ、って言われても、わたしは、ぜーったい、また、来ます、からっ」












「見ーつけた! 真美、ここここ、ひびきんここだよー!」


「……ひびきん、お待たせ。やっぱり亜美と真美は二人で一緒に来たくってさ」


「おぉ、このきれーな花束は? 見たことない花がいっぱい入ってるよ!」


「よく見たら包みとか手作りっぽいね、よくできてる。 ……これ、やよいっち、かな?」




「そうそう、これ、おみやげだよ。ゲーセンで取ったんだけどさ、ほら、いぬ美とハム蔵そっくりじゃない?」


「……もーひびきーん、ノリ悪いっしょー。なんかないのー、自分嬉しいぞー! とかさー」


「…… ねえ亜美、あのさ、」


「せっかくこーんなせくち→な双子が揃って来てるんだよー? ほらほらー」


「こういうところで、そういうの、さ。やめようよ」


「あ、さては感動しちゃって言葉もない? だよねぇ、こいつぁシツレイ――」



「亜美、いいかげんにしてよっ! こんなときくらいそういう態度、やめてってば!」


「だって、さ。いつも通りにしてなきゃ、ひびきんが、安心できないじゃん」


「……え?」


「こーいうとき、だからって、急に、シンミョーになるの、亜美たちの、キャラじゃ、ないっしょ」


「っ!」


「もし…… もし今、ひびきんが、っ、もし、そんなの、聞いて、たら、さ……!
 二人とも、なにおとなしく猫かぶってるんだ、似合わないぞ、って笑うに決まってる!」






「…… ごめん…… 亜美が、そんな風に思ってるって…… 真美、気づかなくて」


「……ん。わかって、くれたら、いいよ」


「ほんと、ごめ…… っ、だから、さ、もう、泣かない、で、よ」


「っ、泣いて、ない、し…… ていう、か、そんな、こと言って、自分が、ぼろぼろ、じゃん」






「……まったく、ひびきんはさ、こんなぷりち→なアイドル姉妹を泣かせるなんて、罪なオンナだねぃ」


「ホントホント。……泣かされっぱなしじゃシャクだから、またふたりで一緒にリベンジしに来るかんね?」












「……ふぅ。やっと着いたわ。探しちゃったわよ、まったく」




「犬のぬいぐるみに、ハムスターのストラップ…… 亜美と真美、かしら?
 最近やたらクレーンゲームがどうのってご執心だったの、このためだったのね」




「……響、あんたの家族たちね、しょうがないからこの伊織ちゃんが直々に預かってあげてるわ」




「それに、わに子とかの特殊なケアが必要な子たちに関しては、水瀬の方にも手を借りてるから大丈夫」




「とはいえ、一緒にいられなくて気になってるだろうから、これ、持ってきたわよ」




「…… あんたに見せるためだってわかってるみたいに、どの子もみんな、おとなしくじーっとして……
 いじらしいったら、ありゃしないわ……」




「響、あんた、最高のご主人様だったのね。 ……あの子たちを置いていかなきゃ、完璧なのに」




「……また近々、新しいのが出来たら持って来てあげる。感謝、しなさいよね」














「ああ、いたいた。響、見つけたよ」




「わ、すごい数の写真だなぁ…… これってぜんぶ響の家族のだ、よく撮れてる。
 ……伊織がよく言ってるよ、みんな本当にすごくいい子だって」




「最近さ、いまいちレッスンの張り合いがないんだよ。もちろん、だからって手を抜いたりはしないけど」




「なんでかなぁって思ったら、ダンスのときに、響が一緒にいないからなんだ」




「ボク、いまでも勝手に、響のことダンスのライバルだと思っててさ。絶対負けないぞーって」




「……不戦勝で決着、なんて、ぜんぜん、響らしくも、ボクらしくもないじゃんか」




「これ渡しに来たんだ。ボクだけ先に覚えるなんて不公平だから、響の分、置いてくよ」




「次に来るときまでに、このフリ、"カンペキ"にしてくるからね、ボク」














「よかった、ちゃんと見つけられたぁ…… なかなか来られなくてごめんね、響ちゃん」




「あれっ、これ、今日渡されたばっかりの振り付けDVDだ…… そっか、置いていったの、きっと真ちゃんだね」




「みんな…… あ、もちろんわたしもだけど、次のライブに向けてすごく頑張ってるよ。
 ……響ちゃんも一緒にいるつもりで、絶対に成功させよう、って」




「あっ、そうだ、これ。いつも行くお店が、ちょうど新しく扱い始めてたの」




「実はね、今日は、わんちゃんと撮影するお仕事があって…… わたしね、その子を抱っこできたんだよ!」




「いつだったか会わせてくれたいぬ美ちゃんの迫力に比べたら、ぜんぜん大したことないって思って」




「……響ちゃんにも、わたしがその子と一緒に写ってるところ、見てほしかった、かな」




「またこうやって、お話聞いてもらいに来ても、いいかな…… 今日はわたし、これでおいとまするね」














「……あら~、ほんとだわ、ありました! 本当にすみません、案内して頂いて、ありがとうございます」




「まぁ…… うふふ、このチョイスは雪歩ちゃんね? さんぴん茶を売ってるお店って、案外少ないもの」




「あーあ、それにしてもやっぱり、ひとりじゃたどり着けなかったわ…… お久しぶりね、響ちゃん」




「この分だとわたしが最後、かしら? タイミングは合わなくても、みんな、気持ちは一緒なのよ」




「……最近、みんなも、わたしも、ようやく十二人だけの事務所に慣れてきたみたい。
 アイドルだもの、いつまでも泣いてはいられないから」




「でもね、わたし、今でも…… 響ちゃんが『はいさーい!』って、明日にでも戻ってくるような気がして……」




「……最年長だし、わたしが今一番しっかりしてなくちゃいけないのはわかってるの。
 でもこうやってこっそり、響ちゃんの前で夢みたいなことを言うのくらい、許してね」




「今度来るときは、迷わずにまっすぐ、響ちゃんのところに着けるようにがんばるわ。それじゃあ、またね」














「今晩は。響、すっかり遅くなってしまい、申し訳……」




「…… おや…… これは……? こんなにたくさん、贈り物が並んで……」




「今日は誰も、おふの予定ではなかったはずですが…… 皆、それぞれ仕事の合間で訪れたのでしょうか」




「各々の日程がなかなか合わないので、わたくしもあまり声をかけず、一人で参っているのですが」




「ちょうど、皆の訪問が今日という日に重なったのでしょう。やはり、気持ちはひとつということです」




「響…… 貴女は今でも、これだけ深く、皆に愛されているのですよ」








「……そんな貴女が斃れた、と聞かされたときの、皆の、美希やわたくしの、驚きと悲嘆がわかりますか」




「そうなる前に、美希や、わたくしに…… いえ、他の誰かにでも、なぜ一言でも言ってくれなかったのですか」







「春香が事務所に持ってきてくれるお菓子は、今でも十三人分用意してあることを知っていますか」




「千早が、貴女の分までと言ってどんな殺人的な日程をこなしているか、知っていますか」




「あの美希が…… 人目もはばからず、貴女にすがりついて大泣きしたことを知っていますか」




「異変に気づけなかったことで、律子嬢がどれほど自分を責めたか、知っていますか」




「やよいが幼いきょうだいと一緒に毎日、貴女のために祈っていることを知っていますか」




「亜美も真美も、皆がいる前では、ことさらに明るく振る舞っていることを知っていますか」




「伊織が貴女のかわりをつとめようと、動物について懸命に学んでいることを知っていますか」




「踊っているときの真が、以前のように楽しそうな顔をしなくなったことを、知っていますか」




「雪歩がお茶を一人ぶん多く淹れすぎて、そのたび寂しげな顔をすることを知っていますか」




「あずさが道に迷わずに、まっすぐ事務所に着く朝が増えたことを、知っていますか」




「そして……、わたくしが、ここでどれだけ、涙を流したか…… 知らない、とは言わせませんよ……」







「……響、貴女のいない日々はまるで、ほんとうに太陽が喪われてしまったかのようです」




「お仕事を遮二無二こなしても、事務所で皆に囲まれていても、らぁめんを思うさま食しても……」




「わたくしの心に空いてしまった大きな、大きな穴が―― どうやっても、埋められないのです」




「……太陽が姿を見せなくなってしまったら、月は如何にして輝けばよいのですか?」




「961で出会ってから…… 765へ移る時も、それからも…… 今までずっと、一緒だったではありませんか……」




「わたくし一人を残して、勝手にいなくなるなどと…… いけずにも、ほどがありますよ……」












「…… ほんとうに、わたくしには眠っているようにしか見えないのに…… なぜ目を開けてくれないのですか?」




「わたくしだけではありません、皆が貴女を待っているのですよ、響。
 こんな病室でずっと眠り続けているのは……、貴女には、まるで似合いませんよ……」







「……もう、こんな時間ですか。面会時間もそろそろ終わってしまいますね」




「あすも仕事が終わったら、また参ります。誰か都合がつくようであれば、今度は一緒に」




「それでは、今晩はこれで。響、わたくしはずっと、いつまでも貴女を待って――」
















「…… ひび、き? 今、」












「……っ! なーすこーるは何処です!?」



















「先生! すぐにこちらへいらしてください!」








「――号室の患者さん―― え? そう、そうですその子です!」








「面会の方からたった今連絡があって、我那覇さん、目を覚ましたそうで――」








おしまい。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom