貴音「な、南無阿弥陀仏……!」水銀燈「……なんなのよぉ」 (26)

はい

さい

貴音「どれも見れば見るほど精巧な……わたくしの方が人間らしからぬ顔立ちでは、と気後れしてしまいますね」

P「はは、心配いらないよ。貴音ぐらい美人ならよくお人形さんみたいって言われるだろ? きっと上手く行くさ」

貴音「ありがとう、ございます。そうなれば良いのですが……」

P「? 何か心配事でもあるのか?」

貴音「心がざわめく、とでも申しましょうか。どうにも、落ち着かず」

P「うーん、お茶でも飲むか? まだ撮影開始までは時間あるし」

貴音「いえ、お気遣いなく……少し、一人で見て回っても?」

P「ああ、くれぐれも人形に触れる時は気を付けてな。そこら中に飾ってあるから安いと思うかもしれないけど、どれも」

貴音「六桁は下らない作ばかり、心得ております」

P「うん。そこまで広くないから大丈夫だとは思うけど、迷わないよう気を付けていってらっしゃい」

貴音「はい、では……」

貴音「こちらは……ふむ、屋根裏ですか。これらの鞄の中にも人形が眠っているのでしょうね」

ガタ

貴音「何奴!? す、姿を、現しなさいっ」

……

貴音「だれ、誰も、いない? 誰も、いないのですか……?」

ガタタ

貴音「ひいぃ! 悪っ、ふざけ、ぐす、やめなさい!」

……

貴音「うう、ぐす……すん、はぁ、はぁ……ああ、あなた様……」

ガタガタガタガタガタガタ

貴音「いやあぁー!? 助けてー! 助けてくだ、くださいましー! ももも、もも、ものけけがぁ……!」

……

貴音「はぁ、はぁ……ひっく、ぐす……ひ、開かない? そんな、ああ、ぐす、ううぅ……!」

???「こぉんにぃちはぁ」

貴音「ひっ!?」

???「ふぅん? 貴女が……へぇ」

貴音「さ、さっきのは貴女の、いたずらですか? どこに、どこにいるのですか……?」

???「ふふ、あはははは! 随分怖がってるのねえ? 暗いのは嫌い? どこだと思うぅ?」

貴音「はぁ、はぁ……ぐす、何故、このようないけずな真似を」

???「……つまんなぁい」

貴音「な、何処へ行くのです!? 床の扉が開かないのです、お力添えを!」

???「貴女、名前は?」

貴音「は? 四条、貴音と申しますが、それより何処へ!」

???「……見えてないんじゃなかったの?」

貴音「いえ、気配で、ある程度は。そ、そんな話をしている場合では! 早く扉、を……?」

???「つまんない、つまんない、つまんなぁい」

貴音「いくら引いても、開かなかったはず……はっ、先程の方は!? もし、もし!」

ヒラッ

貴音「一体どこへ……? む、これは……羽? 何故このような所に? もし、もうし!」

亀さんよ

P「お疲れ様、貴音。なんか顔色良くないけど大丈夫か? ライト、きつかったか?」

貴音「いえ、そのようなことは。ただ……」

P「ただ?」

貴音「っ、何でもありません。白昼夢でも見ていたのでしょう」

P「そ、そうか。とにかく体調の事はどんな細かい事でもいいから言ってくれ、体壊しちゃ元も子もないからな」

貴音「はい、承知致しております」

P「じゃ、事務所戻るか。シートベルト締めたな? 出すぞーっとと、その前にこれ、はい」

貴音「はて」

P「さっきの人形屋敷のチラシ。一般開放した時にはまた来てくれってさ」

貴音「ふむ……む?」

巻きますか? 巻きませんか?

貴音「これは……巻きますか、巻きませんか」

P「え? ああ、事務所戻って企画書持ったらすぐラジオ曲だから巻きって言えば巻きだな。渋滞する時間でもないし平気だと思うけど」

貴音「そう、ですか。では……」

○巻きますか? 巻きませんか?

貴音「ふぅ、あれは夢、ただの夢だったのです。早く忘れましょう、そして寝てしまいましょう……」

???「チッ……貴女、巻いたの?」

貴音「!? その声は、ひ、昼間の」

???「あらぁ? ふふ、図体の割に怖がり屋さんなのねえ? 振り向くことも出来ないのかしら?」

貴音「はぁ、はぁ……はっ、は……ひ」

???「そう、まあいいわ……私は誇り高きローゼンメイデンの第」

貴音「ひいぃ……! 恐ろしや、恐ろしやぁ……!」

???「……第一ドール、水銀」

貴音「な、南無阿弥陀仏……!」

水銀燈「……なんなのよぉ」

貴音「あの、何故わたくしは正座を」

水銀燈「黙りなさい。私が質問した時だけ喋りなさい」

貴音「そのように一方的な、そもそも何故はんけちで目隠しを!」

水銀燈「そうでもしないと会話も出来ないでしょ、貴女?」

貴音「無礼者! 強盗の如く我が家に押し入りあまつさえ家主たるわたくしにこの、よう、な……な」

水銀燈「はぁーい、お人形さんとお喋りするのは初めて?」

貴音「ひいぃー!! 物の怪、物の怪ー!! お助けを、わた、わたくしを食べても美味しくなどありませんんん!!」

水銀燈「チッ、ほら見なさい」

貴音「南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛南無大師遍照金剛」

水銀燈「……はーあ」

貴音「ぐす、な、なるほど……では水銀燈嬢は物の怪ではない、のですね?」

水銀燈「だからモノノケって何よぉ……私はローゼンメイデン、誇り高き薔薇乙女よ」

貴音「良かった、ではわたくしは食べられずに済むのですね。命拾いをした心持ちです……」

水銀燈「さぁ? 貴女の命、どうして欲しい?」

貴音「ひ、ひぃー! ひいぃー!!」

水銀燈「ふ、ふふふ! あははは、不細工ねぇ! 貴女にはお似合いだわぁ!!」

貴音「ぐす……あ、悪霊退散ー!!」

水銀燈「あ、痛! この、やめなさ、人間!!」

水銀燈「すぐには殺さないわよ、仮とはいえこの時代、この水銀燈のミーディアム候補は貴女だけだし」

貴音「わわわたくしはいいいいいずれ殺されるのですか? せ、先制攻撃……!」

水銀燈「チッ、うっとうしいわね……殺さないからその枕を置きなさい。今度さっきみたいな真似したら本当に殺すわよ?」

貴音「ひっ……」

水銀燈「それでいいのよ、水銀燈に逆らおうなんて考えちゃだぁめ。いい子にしてたら苦しまないように逝かせてあげるわぁ」

貴音「も、も、もしもしプロデューサー、お、お祓いを……」

水銀燈「チッ」

貴音「いえなんでもありません、では、はい、良い夢を」

水銀燈「ったく……どうしたものかしらね」

貴音「そうですね、迷う所ですがあえてここは塩も豚骨も頂くのが」

水銀燈「あ?」

貴音「えっ」

水銀燈「ああ?」

貴音「いえ、思えば夕食も食べそびれていることを思い出したので。は、もしや、水銀燈嬢は満腹でしたか……?」

水銀燈「……」

貴音「いかがですか、はふ、はふー、ずぞぞぞぞ、もぐ、ごきゅっごきゅっ、ずるるるる、水銀燈嬢の口に合えば、はむ」

水銀燈「ふぅん、ゴミみたい、ちるるるるる、もくもく、ヘドロね、こく、こくっ」

貴音「ふふふ、あむ、もぐもぐもぐ、素直ではありませんね、ぢゅるるる、しゃくしゃくしゃく、ずぞぞぞ」

水銀燈「はあ? バカみたぁい……こんな、はむ、もくもくもく、汚らしい人間の食べ物、ちるるる、こく、こくん」

貴音「いいえ、いいえ。ちゃんと、ずるるる、聞こえておりますよ、はふっ! もぐ、がぶ、じゅぞぞぞ、はぁ、貴女の心の声が」

水銀燈「ちるるるるるるるる……やっぱり生ゴミだわ。こんな物でご機嫌取ろうなんて浅はかね、頭大丈夫ぅ?」

貴音「食の喜びを、はむ、ずるる、分かち合える、これ程ごきゅっごきゅ、嬉しい事が、ふふ、他にありましょうか」

水銀燈「……」

貴音「水銀燈。貴女が物の怪か否かは未だ判断が付きかねますが、善き心を持っている者というのはわたくしが保証致しますよ」

水銀燈「……バカみたぁい」

貴音「あの、これは一体……」

水銀燈「口付けなさい。この時代はまともな生命力を持った人間が一人もいないもの、吸い取りようがないわぁ」

貴音「? あの、話がまるで見えませんが」

水銀燈「契約よ。貴女がこの水銀燈の下僕となり、その命を捧げる為の」

貴音「もしや、くぅりんぐおふの効かぬ悪徳契約ですか? でしたらば事務所より固く禁じられております故、お断りを」

水銀燈「さっさとなさい! 殺すわよ!」

貴音「ひっ……うう、ぐす、ううぅ……!」

水銀燈「チッ、指輪に口付けするだけよ。死にゃしないわぁ」

貴音「すん。そう、なのですか……? では……ちゅ」

水銀燈「はぁ、これで少しはマシかしらねぇ」

貴音「あ、あの、水銀燈嬢? 何やら体から力が抜けるような感覚が……これは?」

水銀燈「……ふぅん?」

水銀燈「アリスゲーム……ただ一人の至高の少女を目指して私達は戦う。その為に貴女の命を使い捨てさせてもらうってだけよ」

貴音「頂点を目指し、その身の全てを以って競い合う。わたくしと同じですね」

水銀燈「はあ?」

貴音「わたくしも、アイドルの頂点……トップアイドルの座を勝ち取る為に、仲間と日夜切磋琢磨しているのです」

水銀燈「一緒にしないで頂戴っ。人間の自己顕示欲が凝り固まった醜い争い、私達のアリスゲームと比べるのもおこがましいわ」

貴音「愚か者!!」

水銀燈「っ」

貴音「姿形は違えど夢の為に努力するその姿を醜いとは何事ですか! 今すぐに撤回なさい!」

水銀燈「いやよ、醜い物を醜いって言って何が悪いの? バカバカしいったらないわぁ」

貴音「貴女はそうやって他を見下し、己は己のみで完成した一人であると勘違いをし続けるつもりですか?」

水銀燈「っ、はあ? 勘違いなんかじゃないわ、私はローゼンメイデンで最も完成されたドール、最もアリスに近いドール」

貴音「では何故! ……何故貴女のお父上は貴女を捨てて、アリスなどという居もしない少女を求めたのですか?」

水銀燈「……大人しくしてるならもう少し可愛がってあげるつもりだったけど。ミーディアムだろうが関係ないわ、死になさい」

貴音「ぁ、熱っ……ふん、図星を突かれたのが、ぐっ、悔しかった、のですか? その上八つ当たりなど、まるで子供、ですね」

水銀燈「このぉ!」

水銀燈「ふふふ、あはははは!さっきまでの威勢はどこに行ったのかしらぁ!?」

貴音「はぁ……はぁ……」

水銀燈「無様ねぇ。この水銀燈に楯突くからそうなるのよ、おバカさぁん」

貴音「ひゅー、ごほっ……撤回、なさい……はぁ、はぁ……」

水銀燈「……チッ」

貴音「……」

水銀燈「しつこさに免じて見逃してあげる、次はないわよ?」

貴音「……すぅ、すぅ」

水銀燈「アリスになるのは、この私。他の誰でもない私……お父様、待っていて下さい」

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