響「赤月の夜空に、ごきげんよう」 (39)


秋の夕方。

今日はとっても、特別な日。


「ねぇねぇひびきん! 今日何の日か知ってる?」


事務所のドアを開けると、亜美がいきなり飛びついてきた。


「知ってるよ。皆既月食でしょ」

「ちぇーっ……ひびきんも知ってたか……」

「そりゃ、テレビでいっぱい言ってたし、学校でも話題になってたしね」


三年ぶりの皆既月食に、みんなワイワイ盛り上がってた。

自分もずっと、今日を心待ちにしてたんだけどさ。

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ただ、自分の場合は、みんなとはちょっと違う理由で。


「亜美、貴音来てる?」

「お姫ちんなら給湯室にいるよん」


荷物を置いて給湯室を覗きこむと、亜美が言った通り、姿があった。


「ああ、らぁめん。何故あなたは三分もの時間、わたくしを待たせるのでしょうか」

「自分なら二分ちょいで食べちゃうけどね」


びくんと、貴音の肩が跳ねる。

わっかりやすいなぁ。


「……響、いつからそこに?」

「今来たとこ」


人を驚かせてはなりません、とちょっぴり怒られた。

期待ー


「貴音はもう上がり?」

「はい。本日のレッスンは終わりました故」


貴音と話していると、コーヒーカップを片手にプロデューサーがやってきた。

おかわりに来たのかな。


「ん? 響、今日スケジュール入ってたか?」

「ううん、何もないよ。貴音と待ち合わせしてたから寄っただけ」

「ああ、それで貴音はレッスンを早めにしたのか。コーヒーあるか?」

「プロデューサー、カップを」

「お、ありがとう」


貴音はプロデューサーからカップを受け取り、傍のメーカーからコーヒーを注ぐ。

貴音、やっと使い方を覚えられたんだな……。


貴音はカップラーメン。

プロデューサーはコーヒー。

自分は冷蔵庫に入ってたプリンを貰った。


「二人とも、待ち合わせしてた用事っていうのは長いのか?」

「ん、なんで?」

「春香が月食を見ようって言い出してな。みんなで屋上から見るんだけど、二人はどうかなと」

「あー……」


折角のお誘いだけど……。


「ごめん、プロデューサー。自分たちは行けないや」

「お誘いを無下にしてしまい、申し訳ありません」

「いやいや、気にしない気にしない。居るやつだけの突発イベントだしな」


プロデューサーはぐいっとコーヒーを飲み干すと、お疲れ、と言い残して仕事へ戻った。

自分たちもそろそろ行こうかな。


「再び三分待てと申すのですか。いけずです」


……貴音が二杯目を食べ終わったら。

支援は紳士のつとめ


結局、四杯目を死守してから事務所を出た。

やや物足りなくも満足げな貴音を見てると、ちょっとむかっとする。


「ずるいぞ。貴音ばっかりいい思いして」

「そう拗ねなくとも良いのですよ。良い子良い子」

「うがーーー! 子ども扱いするなよー!!」


高身長の貴音がちっちゃい自分を撫でると、本当に自分が子どもみたいだ。

悔しいよ……神様、あと二十センチ伸びたいです。


「少し急いだ方がよさそうですね」

「あ、もうそんな時間?」


腕時計を見ると、時刻は18時。

もうすぐ、始まる。


「この辺りでいいかな」

「そうですね。ここなら人目もつかないでしょう」

「あっ、ここの芝生ちょうどいい! ほらっ、貴音貴音!」

「少し落ち着きなさい、響」


小さな丘の上にすとんと腰を下ろすと、貴音も少し遅れて隣へやってきた。


「綺麗な満月だね」

「ええ、まことに」

「貴音の髪の色だ」


貴音は珍しく、はにかんで頬を赤らめた。


「そういうことは、あまり軽々しく言うものではありません」

「自分は思ったことを素直に言うタイプだからな」

「……むぅ」


小さく唸って俯く貴音も、これまた珍しいなぁ。


「あ」


月が。

自分が声を上げると、貴音も空を見上げた。


「18時15分。欠け始めたぞ!」

「相変わらず、眼がいいのですね」

「貴音は分からない?」

「月が欠けているところは見えません……が」


二人して、貴音の足を見た。


「欠け始めたことは、分かります」


消えたつま先を撫でながら、貴音は穏やかな声で言った。


座りなおして、また月を見上げる。

先はまだ長い。


「まだかなー」

「ゆったり待ちましょう」


あと一時間と少し。

夜空に瞬く月の下で、二人で他愛もない話を続ける。

この前のCM収録が楽しかったこと。

撮影先で会った黒井社長が罵りながらジュースを奢ってくれたこと。

それに対抗心を燃やした社長がコーヒーメーカーを買ってきたこと。

得したのがプロデューサーだけだったこと。

実はついさっきまで亜美が追いかけてきてたこと。


「……え、ホント?」

「響は気付いていなかったのですか?」

「全然……だからあんな変な道歩いてたのか」


そんな世間話が、ぴたりと止んだ。


「あ、小指が……」

「おや、思っていたよりも時間が経っていたようですね」


貴音の右手の小指が徐々に消えてく。

気付くと、膝下もほとんど見えなくなってた。


「みんな、今の貴音を見たらびっくりするかな」

「二人だけの秘密ですよ、響」

「うん、分かってるって」


事務所に入るよりも前。

三年前からの、二人だけの秘密。


「月、だいぶ欠けてきたね」

「ええ、これほどまでに欠ければ、わたくしの眼でも分かります」


僅かに残った貴音の手のひらが、自分の手に重なった。


そのあとは、何も話さなかった。

二人でただただ、月を見上げる。

重なってた貴音の手は、とっくに消えてた。


「19時00分だ」


隣にいる貴音は、もう上半身から下は見えなかった。

腕も、二の腕から下は消えてる。

ウェーブがかかった長髪も、先の方が少しずつ欠けてく。


「……」

「どうしたのですか、わたくしを見て黙り込んで」

「……別に」


ぽつりと返事をすると、貴音は目をぱちくりさせてから、クスッと笑った。

雪歩のやつ書いた人?違ってたらごめんなさい


「わ、笑うことないだろー!」

「ふふふっ。響はまこと、可愛らしいですね」

「うがぁーー! またそうやって子ども扱い!」


ぷんすか怒ってたら、僅かに残った腕で、貴音はぎこちなく自分を抱きしめた。

あったかいなぁ、貴音は。


「大丈夫ですよ、響。そのまま消え尽きてしまうわけではありません」

「それは……分かってる、けど」


今日という日を、自分もずっと待ってたけど。

でも頭では分かってても、貴音が消えていくのは、とっても寂しいんだ。


月がどんどん、影に食われてく。

その姿と同じように、貴音の身体もどんどん消えていく。


「そろそろ、全部なくなっちゃうね」

「泣いては駄目ですよ、響」

「な、泣くわけないだろ! そうやって馬鹿にして!」

「それなら良いのですが」


貴音が楽しそうに笑う。

顔が消え始めると、あとはあっという間だった。

時計を見ると、針がまさにその時刻を指そうとしてた。


「あ……」


綺麗な銀髪が、上質な砂糖菓子が溶けるようにさらさらと消える。


「そんな顔を、してはなりませんよ」


最後にそう言って微笑み、貴音は夜の闇へと溶け込んだ。


「……貴音、居なくなっちゃった」


呟いても、返事は返ってこない。

丘の上には、一人きり。


空を見上げると、三日月のように欠けた月があった。


「貴音……」


三年間。

二人で待って待って、待ち続けた時。

そして。


「……あっ……!」


欠けていた月が、鈍い光を放ち始める。

ゆっくり、うっすらと、その姿を現し始める。

響って臭そう


その姿は、さながら月の現し身のようで。


「響」


空から手が差し伸べられる。

清水のように透き通った肌。

そこにかかるのは、月の色に光る長髪。


風にたなびく、紅い髪。


「ごきげんよう」


赤い瞳が自分を見つめた。

待ちわびた時が来た喜びを胸に、その手を取った。


「おかえり、貴音」


貴音に手を引かれるまま、とんっと地面を蹴った。

いい雰囲気


赤銅の月に照らされ、二人の影が空へ舞う。

貴音に誘われた空は、吹きつける風が冷たかった。


「寒いね」

「動いていれば、寒さなどすぐになくなります」

「そうだね。じゃあ――」


月を背にして、どちらからともなく。


「月のワルツを、踊りましょう」


夜空の舞踏会が、静かに始まった。


風に乗って、虚空を蹴って。

赤月の夜空を、軽やかに舞う。


「あははっ! この空全部がステージみたい!」

「はて。ステージということは、どなたかご覧になっているのでしょうか?」

「貴音ったら何を言ってるのさ」

「?」


不思議そうな表情をする貴音は、何だかおかしかった。


「自分はずっと、貴音のことを見てるぞ」

「……ふふっ。ならばわたくしも、響のステージを拝見するとしましょう」


手を取り合いながら、もっともっと、空高く。


踊りましょう、天高く。

奏でられるのは、夜風のさえずり。

赤いスポットライトに照らされ、二人で踊る。

赤月の刻は、まだまだ長い。


手を放せば、しばしの遊覧飛行。

三拍子のリズムは鼓動を刻み続ける。

薄い雲を破ると、ふわりと再び上層へ舞い上がる。


そうしてしばらくの間、自分たちは二人きりの空で踊り続けた。


「響、行ってみませんか」

「ん、どこまで?」

「あそこまで」


貴音は赤い月を指さした。

丘の上から眺めるよりも遥かに大きな月。

その妖艶な輝きは、全てを吸いこんでしまいそうだった。


「うん、いいねそれ」

「それでは競争しましょうか」

「おっ、自分、足の速さなら負けないぞ!」


自分がそう答えるや否や、貴音はいたずらっぽく笑って飛んだ。


そのあとを追って自分も飛ぶ。

赤い赤い、月を目指して。


貴音の赤い髪が風にたなびく。


「貴音」

「何でしょう?」

「あそこに行くのは、今度にしよっか」


自分の言葉を聞いて、貴音は赤い長髪を手に取った。


先の部分が、欠け始めていた。


「おや……いつの間にか、時間が経っていたようですね」

「楽しいことはあっという間だね」

「ええ、まことに」


再び貴音の手を取って、ゆっくりと空を降りてく。

後ろを振り返ると、赤い月。


「また今度、行こうね」


名残惜しく思いつつ、背を向けた。


「最後にちょっと、寄り道しようよ」

「寄り道?」

「――」


行き先を告げると、貴音はちょっと驚いたような顔をしてから微笑んだ。


「行きましょうか、あの場所へ」

「うんっ、行こう!」


手をつないだまま、出来る限りの早さで、空を駆けた。


――――――――――――

――――――――

――――



「おい、春香、亜美。風邪ひくぞ。律子もあずささんも、もう下に戻ろうってさ」

「いいじゃんいいじゃん! もちっとだけなんだから!」

「プロデューサーさんも、折角ですから最後まで見ましょうよ」

「お前たちは体調管理とか、もう少しプロ意識というものをだな……」

「……あれ?」

「亜美、どうしたの? 変な声出して」

「ううん……変だなぁ」

「風邪ひいたか?」

「違う違う! なんか、誰かが近くに居た気がしたんだって!」

「えっ、私たち以外の人が屋上に?」

「うーん……屋上、なのかな?」


「んー……なんかすっごく見られてる気がするんだってば」

「そんなこと言っても、私たち以外にはお月さまくらいしかいないよ?」

「……はるるん。結構ロマンチストだったんだね」

「うえぇっ!? そそそそんなつもりじゃないよぅ!」

「お月さま、ねぇ……」

「ぷ、プロデューサーさんまでぇ!!」

「いや……案外、そうだったりしてな」

「え?」

「さっ、いい加減に中入ろう。雪歩がお茶入れてくれてるから」

「よっしゃー! お茶受けは貰ったー!」

「あっ! ま、待ってくださいよぉ!」


――――――――――――

――――――――

――――



丘の上へ戻ってくる頃には、貴音の身体は再び消える直前だった。

夜空の赤銅色が薄れてく。


「響、楽しんでいただけましたか?」

「すっっっごく楽しかったよ!」

「それなら何よりです」


貴音はにっこりと笑い、月を見上げた。


「そろそろ、終わりのようですね」


先程は溶けるようだったのとは対照的に、身体と赤い髪が燃え上がるように消えてく。

ついその髪を撫でると、貴音はちょっとくすぐったそうに身を捩った。


「わたくしにとっても、とても心地良い時間でしたよ」


満面の笑みを浮かべながら、貴音は燃え尽きた。


再び一人きりになり、丘の上に座り込んだ。

見上げた夜空には赤みが抜けた三日月。

何もすることがなく、ただ茫然と月が丸くなっていくのを見つめていた。


「次の月食は、来年の春だそうです」


しばらくすると、隣から声が聞こえてきた。


「今度は結構近いんだね」

「ええ。今回の三年に比べればかなり」

「自分、貴音が三分三分騒いでる間、ずぅっと待ってたんだからな」

「いいですか響、かっぷらぁめんを待つ間の三分間の重要性というのは」

「ああうん、そういうのはいいや」


横を見ると、既に身体もほぼ元通りとなった、銀髪の貴音が居た。


「もうちょっと?」

「はい。月もまだ、少し欠けております」


見上げると、月は少し窪んでた。


それから、またしばらくして。

月が完全に丸くなったのを見て、二人して立ち上がった。


「貴音、お腹空いてる?」

「お腹、ですか」


ぐぅ、という音が、貴音のお腹から代わりに応えてくれた。


「じゃあうちに寄っていきなよ。ご飯作ってあげるぞ!」

「それはまことに良き考えですね。わたくしお腹が空いておりますので、そのおつもりで」

「どういう脅迫だよ……何食べたいか、スーパー着くまでに考えといてね」

「心得ました!」


わくわくした表情で、貴音はあれこれと思案している。

そんな姿を見てると、ついさっきの空旅行が嘘みたいにしか思えない。


次の月食は、約半年後。

その時はきっと、あの赤銅に輝くお月さままで。


「響」

「えっ、あ、うん。何食べたいか決まった?」

「わたくしはお待ちしておりますよ。響が、あの月まで来て下さる時を」


自分の心を見抜いているかのような言葉に、思わず面喰った。

やっぱり貴音はちょっと変だぞ。


「待ってる……?」

「はい」


貴音は柔らかく微笑んだままで、それ以上の答えはなかった。

でもきっと、言葉通りの意味なんだと思う。


貴音は、待ってる。

あの赤銅の月が昇った、夜空の向こうで。


「なら、もうちょっと待っててね」


いつまでかかるか分からないけど。


「必ず、そこまで行くからね」


もう、一人ぼっちじゃないよ。



手を握ってそう答えると。

貴音は、嬉しそうに手を握り返してきた。




終わり

家に帰ってみたら月食で、月と言ったらお姫ちんやん、と衝動に駆られた結果がこれだよ
お読みいただき、ありがとうございかぶとがに

>>13
ごめんなさい、恐らく人違いだと思われる
そういえば雪歩SSって書いたことないかも

良い雰囲気だった

いいなこういうの
乙っす

おつおつー

おつ

次回作も見るよ

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年09月09日 (金) 20:50:44   ID: D8Z8Dq8d

なんで艦これタグつけるの?

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