海未「ラブノベルス」 (31)


えりうみ

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「は、デートですか?」

「そうよ、デート。私とあなたで」

時間は初秋、金曜日の16時半。
場所は高校の生徒会室。
室内には園田海未と絢瀬絵里の二人がいる。

園田海未は少し目を丸くして、首を傾げる。
「何故またそんな?」


「なに、嬉しくない?」

「いいえ、嬉しいですよとても。ですが絵里の口からそんな表現が出てくるとは思わなかったので、少し意外だっただけです」

「こっちも意外。デートって言えば、照れた顔を見れるかと思ったのに」

「それで、どうしてまた?」

「……ただ遊びたいだけ、ってんじゃ納得しなさそうな顔ね。新しい曲の振り付けについて、相談したいところがあるから、そのついでにね」

「曲の振り付け? でしたら、真姫の方がよいのでは?」

「もちろん真姫とも話すわ。皆の意見も聞くし。でもその前に、作詞者のあなたの考えを聴きたいのよ。詞と合わせたダンスにしたいから」

「なるほど、そういうことでしたか。でも、それなら今ここで話してもよいのでは? 私の仕事もあと少しで終わりますし」

「だから、ついでといったでしょ。ついでに遊んで、ついでに振り付けのことを話すの」

「それって、結局どちらがついでなのですか?」

「明日の土曜日、オーケーなの? ダメなの?」


「もちろんオーケーですよ」

「よかった。なら私から言うことは以上よ。また明日」
絵里は机の上の荷物を手に取り、部屋を出ていこうとする。

「絵里と二人でデートなんて、光栄です。誘ってくださってありがとうございます」
慌ただしく去っていく絵里の背中に海未が声をかける。
絵里は一瞬固まって、それからドアを開いて出て行く。
海未は口元を上げて、口から少し息を漏らす。
笑うように、あるいはため息をつくように。
それから、中断していた仕事を再開する。
数分後に海未の幼なじみ二人が生徒会室に戻ってきて、それから三人で帰宅することになるだろう。



土曜日の昼前。
駅前の広場。
大きな街頭時計が、長針を44分から45分へと移す。

絢瀬絵里が壁にもたれるようにして立っている。
白人然とした金髪のその姿は雑踏の中にいても目立つ。
待ち合わせの相手はまだ来ない。
絵里は何度も時計を確認し、ときどき思い出したように鏡を取り出して、髪型や顔をチェックする。


「絵里」
絵里の視界の外から、聞き慣れた後輩の声が届く。
絵里は顔を上げて、待ち人の姿を探す。
そして物音に驚いた猫のように全身を硬直させる。

硬直した絵里の前方数メートルの道路に、見慣れた姿の後輩が立っている。
よく見慣れた「制服姿」の後輩は、嬉しそうな顔で絵里の近くへと駆け寄る。
絵里は海未が接近してくるにつれ、驚愕と困惑の表情を、怒りの表情へと変え、一瞬だけ笑顔を見せ、最後には俯いてしまう。

「すみません、待たせてしまいましたか? 絵里」

「……」

「絵里?」


「いえ、今来たところよ。ほんの今。ええ」

「やはり待ったのでは? 少し手間取ってしまいまして……今日は暑いですから、ずっと待っていて喉が渇きませんでしたか? ジュースでも奢らせてください」

「そんなことより!」

「はい?」

「な・ん・で、あなたは制服なのよ?」

「実は一度学校に寄ってからこちらへ来たもので……いけませんでした?」

「そ・の・だ・さ・ん? わたくし、デ・エ・ト、だって、言・っ・た・わ・よ・ね?」

「はい、そう聞きました」

「ああ……」
絵里はバレエのフィニッシュのように腕を広げ、それから頭を抱える。
「ああ、ひどいわ。あなた、最高よ。海未、あなたって、最高」

「絵里……気分でも悪いのですか?」

「最高だって言ってるでしょ!」

「よかった。ところで絵里、今日はいつにもまして素敵な格好ですね。遠くからでもすぐあなただとわかりました。とてもよく似合っていますよ」

「……スパシーバ」


1時間ほど経過して、二人は喫茶店の店内にいる。
時間帯のせいもあり、店内には多くの客がいて騒がしい。
そのため、熱心に歌詞や振り付けについて話す二人にも関心を払う者はいない。

二人は店のやや奥の方、窓際の席に座っている。
机の上には、あらかた食べ終えたサンドウィッチとサラダのセット、二人分のアイスコーヒー、歌詞を記したノートが広げられている。
ノートの紙面には、歌詞の上下に注釈のような形で、振り付けのアイデアが絵里の字で書き込まれている。

「ふむ。私から相談したかったことはこのくらいね。やっぱりあなたに話してみてよかったわ」


「私も、いろいろと参考になりました。けれど、こうしてみると、自分で書いた詞というものは、やはり恥ずかしいですね」

「そうなの? 私はてっきり、ノリノリで書いてるものだと思ってた。ここの出だしの箇所なんか、天才的だわ。ほんと」

「や、やめてくださいよ、絵里……」

「ふふ、照れたところ、やっぱりかわいいわね」

「意地悪ですね」

「意地悪にもなりたくなるわ」
絵里は行儀悪く頬杖をついて、向かいの席の後輩を睨む。
「園田さん、今日の絢瀬絵里は、怒っているんですからね」


「制服のことは何度も謝ってるじゃありませんか。説明もしましたし」

「つーん、エリチカ知らないチカ」

「ニコの真似ですか、それって」

「知らないわよ。ばーか」

「ますますニコっぽい。……もう。絵里、ここは私が奢りますから、どうか機嫌を直してください。それではせっかくの綺麗な顔が台無しですよ」

「……ばーか」

「そうそう、そうやって笑顔でいるのが一番です」

「ばーか!」


結局二人は会計を別々にすます。
後輩に奢られるわけにはいかない、自分が払うと言い張る絵里と、μ'sに先輩後輩はないと反論する海未、それぞれの意地が拮抗した結果だ。

店を出て、二人はあてもなく並んで歩く。
絵里は少し、不機嫌な顔をしている。

「このあとはどうします?」
海未が問う。

「どう、って? 海未はどこか行きたいところあるの?」

「おや。今日はデートなのでしょう? 絵里がエスコートしてくれるのではないのですか?」


「そう。そうね」
絵里は口元を釣り上げて、腕を伸ばして海未の肩を捕まえる。

「痛いですよ、絵里」

「ふふふ、今日はこの先輩サマが、最高のデートというものを、あなたに教えてあげる。覚悟しなさい」

「ええ、よろしくお願いします。絵里先輩」

「うふ、うふははは、思い知らせてやるんだから。こうなったらヤケよ、もう」

「……やはり笑ってるほうが素敵ですね」

「なにか言った?」

「なにも」

「そう? ではまずは服屋に行きましょう」



場所はふたたび駅前の広場。
時計の針は17時半ちょうどを差している。

影の長くなった広場に、午後いっぱい遊んで疲れた様子の二人が並んで立っている。
海未の服装は制服姿から、涼しげなパンツルックへ変わっている。
手に提げた紙袋には先ほどまで着ていた制服が入っている。
海未も絵里も、その他にも昼には持っていなかった様々な品を持っていることから、二人がショッピングを存分に楽しんだことがうかがえる。

「絵里、今日はありがとうございました。楽しかったです」

「私も楽しかった。付き合ってくれてありがとう」

「絵里は女性のエスコートがお上手なのですね。将来絵里と付き合う方はきっと世界一の幸せものでしょう」

「あ、あはははは。よくまともな顔でそういうことが言えるわね……」

「はい?」

「なんでもないわ……それより海未。えっと、今日は、その……」

「……」


「ええっと……」

「絵里?」

「……」

「絵里、また誘ってくださいね。デート」

「……。うん!」

「それでは、また明日」

「ええ、またね」


絵里は去っていく海未の背中を笑顔で見送る。
彼女が遠ざかっていくにつれ、その表情は曇っていき、最後には不満げに唇を突き出す。
絵里は馬のように何度か地面を蹴りつけ、それから踵を返して帰途につく。
時計の針は17時37分を差している。


絢瀬絵里はため息をつく。
「海未は鈍すぎる」と彼女は思っている。

園田海未はため息をつく。
「絵里は鈍すぎる」と彼女は思っている。
「それに、とんでもないヘタレだ」とも。


歩きながら絵里は考える。
今度はどんなデートプランにしようか。
そのときは何を口実に誘えばいいのか。

海未は考える。
次は自分から誘ってみるのもいいかもしれない。
自分を捕まえようとしているヘタレな先輩を、こちらから罠にかけてしまうのだ。
それはいいアイデアだと海未は思う。
しかし、プライドの高い先輩の顔も立てなくては……。
むずかしいものだ。



折しも海未の携帯が震える。
画面を呼び出すと絵里からのメッセージが届いている。


(明日は日曜日だから、また明日、ではなく、明後日ね)


海未は苦笑して、「なら明日もデートに誘ってくれればいいのに」と呟く。
そして「絵里を困らせるにはどんな返信がよいだろう」と、悪戯な表情で考えはじめる。


終わり。

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