北条加蓮「ローソクを継がない話」 (120)

加蓮「おはよー!」

渋谷凛「あ、来た」

神谷奈緒「ど、どうだったんだよ? 検査の結果は!」

加蓮「へへへー! ぶいっ」

凛「という事は……」

奈緒「もう大丈夫なのか?」

加蓮「完治だってさ。後はもう定期受診だけでいいって」

凛「良かったね、加蓮」

加蓮「まあここんトコ体調も良かったし、そうだろと思ってたけどねー」

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奈緒「……良かったな」

加蓮「あれー? なになに泣いてんのー?」

奈緒「ばっ、な、そんなわけないだろ! これはその、そんなんじゃ……」グスッ

加蓮「え、ちょ、本当に奈緒ったら泣いてんの?」

凛「……当たり前だよ」

加蓮「凛?」

凛「もう大丈夫なんだよね? これでこれからもずっと3人で……やっていけるよね?」

加蓮「り、凛まで……な、泣かなくったって……泣くこと……ないのに」

奈緒「そんなこと言っても、心配してたから……」

凛「……うん」

加蓮「あ……ヤバ」

奈緒「なんだよ、加蓮だって……加蓮も……」

加蓮「うう……」

凛「……」

奈緒「うええ」

加蓮「あ、あ゛りがど……2人ともほんどにあ゛りが……」ボロボロ

凛「……」グスッ

子供時代。
入院生活を送ることの多かったアタシにとって、テレビの中の世界は憧れだった。

特にアイドルの人たちの歌やステージは、本当に輝いていた。

痛いことと苦しいことばかりの病院での生活からは遠い遠い、おとぎ話のような世界。
アタシもその中で、シンデレラみたいに魔法にかかってみたかった。

痛みも。
苦しさも。
毎日のように運ばれてくる採血の針やお薬も、ない。

魔法にかかって、あのアイドルみたいに綺麗になってみたかった。

一度、ベッドの上で歌いながら踊ってみたことがある。
翌日、高熱を出して起きあがれなかった。

アタシには無理なんだ。

そう、思い知らされた。

でも、こんなアタシにも得意なことはある。
隠し事をすること。

アタシは……アタシの夢を、心の奥の暗いところにしまい込んだ。

P「聞いたぞ、加蓮。もう大丈夫なんだな!?」

加蓮「あ、Pさん。うん、心配かけてゴメンね」

P「……いや、俺は信じていたから」

加蓮「え? ……あ!」

P「俺は、加蓮を信じていたから」

加蓮「うん」

プロデューサーであるPさんは、アタシを病院の待合室でスカウトしてくれた。

P「君、アイドルにならないか?」

加蓮「誰アンタ? 新手のナンパ?」

P「君のその才能にティンとキタ。君は間違いなくトップアイドルになる娘だ」

加蓮「アイドル……そういうの夢見たこともあったけど……」

P「俺と一緒に、その夢を育ててみないか!?」

アタシの胸が疼いた。
心の奥の暗いところに、光が射し込んだように感じた。
しまい込んだはずの夢が、輝きだすような不思議な幻をアタシはその瞬間に垣間見た。

加蓮「アンタがアタシをアイドルにしてくれるの? でもアタシ特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか、なんかそーゆーキャラじゃないんだよね。体力ないし。それでもいい? ダメぇ?」

P「構わない。今日から君の夢は俺の夢だ。トップアイドルというその夢を、俺が叶えてやる」

加蓮「うん……いいよ。わかった」

今にして思えば、ずいぶんな態度をとっていた。
でもそれは、アタシの自分に対する予防線だった。

無理を承知でやってあげる。
そんな言い訳をアタシは自分にしていた。

だけどそんなのは最初のうちだけだった。

Pさんは厳しかった。
レッスンは想像以上にハードだった。

無理だと思った。
絶対に身体がもたないと思った。

でも……


凛「ほら! もう少しだから」

奈緒「一緒にデビューするんだろ!? アイドルになりたいんだろ?」

倒れたくても1人じゃあ倒れられない理由が、アタシにはできた。

ちょっとぶっきらぼうに見えるけれど、その実すごく熱意を秘めた……この妹。

可愛くて、楽しくて、意地っ張りなのに本当は素直な……この姉。

そしてPさんも、アタシの体調のギリギリをちゃんと見計らっていてくれた。
見ていてくれた。

仲間とPさんのお陰で、アタシは……

アタシは……アイドルになった。

加蓮「フーンフフフフーン♪ これからも、アイドル……かあ。仲間や……うふふPさんと一緒に……♪ ん?」

加蓮「あれー? ちひろさんのロッカー開いてる。もー不用心だなあ」

バタ……

加蓮「ちひろさん……そういえば私服とか見たことないなあ。いつもあの事務服かコスプレだし……」

……

加蓮「ちひろさんって、どんな私生活なんだろ……?」

キイィ……

加蓮「ちょーっとだけ失礼しまーす。見るだけだから、見るだけ」

ガチャ

……ウ

加蓮「え? あ、あれ?」

ヒュウウウゥゥゥウウウゥゥゥ

加蓮「な、なに!? 風? なんで室内でこんな風が……え、ちょ……!!」

ビュウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!!!

ヒュッ

バタン

………………

加蓮「……ん」



加蓮「こ、ここ……どこ? な、なにこれ?」

加蓮「……祭壇、かな? ピカピカしててすごいけど……それにすごい数のこれ……ローソクだ。さすがにこれだけの数の灯りだと、明るくなるなあ」

加蓮「だけどなんだろ、ここ。このローソクも……あれ?」

加蓮「このローソク……燭台の部分になんか書いてある。どれどれ……ん?」

加蓮「『渋谷凛』……え? なんで凛の名前が書いてあるの!?」

加蓮「隣に……『神谷奈緒』。奈緒のもある……」

加蓮「……」

加蓮「今、気がついたけどこのローソク……」

加蓮「長さがマチマチだ。長いのもあるし……」

ヒョイッ

加蓮「この長いの……書いてある名前は『市原仁奈』。仁奈ちゃんの名前だ。むこうにある、すごく短くて消えかけてるのは……これ大御所って呼ばれてる俳優さんの名前」

加蓮「もしかしてこれって……」

加蓮「昔話とかにありがちな、寿命を表す命のローソク……とか?」

ビュウゥ

加蓮「……あは」

加蓮「あはは」

加蓮「あはははははは」

加蓮「そ、そんなわけないよねえ」

加蓮「そんなわけ……」

ヨロッ

加蓮「あ!」

ガタッ

加蓮「ろ、ローソクが倒れ……」

バッ

加蓮「……せ、セーフ。火、火を消しちゃうとこだった……あぶない」

……

ハッ

加蓮「べ、別にそうだと信じたわけじゃないけど」

加蓮「……マンイチってこともあるし」

ジッ

加蓮「この、倒しかけたのローソクは……」

『白坂小梅』

加蓮「……良かった。火が消えなくて。それにしても……」

加蓮「冷静になって見回すと、すごい数……ここら辺は全部、ウチの事務所の娘の名前だ」

加蓮「このすごい勢いで燃えてるのは……あはは、やっぱり茜(日野茜)ちゃんだ。なんかもう、燃え方もファイヤー! ってカンジ」

加蓮「その隣で煽るみたいにチラチラしてるのは……あはは、やっぱり智香ちゃん(若林智香)だ」

加蓮「うーん。みんなローソク長いね。よしよし、これなんか特に……お! 『白菊ほたる』と『龍崎薫』。みんな長生きなんだねー」

加蓮「なんかちょっと安心してきたなー。アタシみたいに病院にずっといた身からすると、仲間みんなが長生きってそれだけで嬉しいもんね」

加蓮「……ん!?」

加蓮「あれあれ? この中でこのローソクだけめちゃくちゃ短いじゃない」

加蓮「他のローソクよりぜんぜん短い……というか、今にも消えちゃいそう」

加蓮「誰のだろ? これ、今からでものばしたりできないのかなー」

加蓮「帰ったら、この娘に忠告してあげないと。もしかしてすぐに病院とか行ったら治って、ローソク長くなるかも知れないし」

加蓮「名前……名前はっと……名前は……あ、書いてあった。えーと……」



『北条加蓮』


加蓮「……え?」


加蓮「うそ……」


加蓮「嘘! 嘘だよね!! そんなはず……そんなはずないよね!!! ね!!!」



『北条加蓮』


加蓮「……アタシの名前……嘘だよこんなの……だってお医者様も治ったって……完治だって……」

加蓮「何かの……間違いだよ…………」

加蓮「……うう」

加蓮「うわあああんんん!!!」

加蓮「……これ、長くはできないのかな……」

加蓮「そ、そうだ! みんなのローソクをちょっとずつわけてもらって、継ぎ足したら……!」

加蓮「ちょ、ちょっとなら……すこしずつなら……」


『神谷奈緒「ど、どうだったんだよ? 検査の結果は!』


加蓮「ハッ!」


『凛「もう大丈夫なんだよね? これでこれからもずっと3人で……やっていけるよね?」』


加蓮「……大事な姉や妹の寿命を……勝手に取れるわけ……ないじゃない」

加蓮「ほかの娘もおんなじだよ……アタシ、そんなことはしたくない」

加蓮「……しない」

加蓮「しな……い…………よ………………」

P「……れん……加蓮!」

加蓮「……ん……あれ?」

凛「大丈夫!? しっかりして加蓮!!」

奈緒「あ! 目が……大丈夫か、加蓮!!!」

加蓮「Pさん……みんなも……どうしたの?」

P「ロッカーから加蓮が出てこないって、凛が言いに来てみんなで見に来たら倒れてたんだ。大丈夫か?」

凛「熱とかはないみたいだけど……」

奈緒「怪我とかもしてないみたいだけど……」

加蓮「あ、うん……なんともない」

ちひろ「びっくりしたんですよ? みんな」

加蓮「うわああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

P「うおっ!」

凛「なに?」

奈緒「どうしたんだよ、加蓮?」

加蓮「ちひ、ちひ、ちひ……ちひろさん!?」

P「?」

凛「?」

奈緒「?」

ちひろ「そうですよ? どうしたの?」

加蓮「え? あ、その、いや……な、なんでも……ない」

あれは……夢……だよね。

P「それより本当に大丈夫か? とりあえず病院に行くか」

凛「うん。それがいい」

奈緒「ついてってやるから、な」

加蓮「う、ううん。大丈夫。寝てただけ……みたい」

凛「寝てた、って」

奈緒「おいおい」

P「本当か? 大丈夫なんだな?」

加蓮「あ……うん。だと思う」

ちひろ「うん。顔色もいいし、大丈夫みたいね」

凛「でも加蓮……」

奈緒「念のために、ほら」

加蓮「や、やだなー。もう完治って言われた、って言ったじゃない。ほんとちょっと寝不足だったかも」

P「……よし。だけど加蓮、本当にどこか調子が悪かったらすぐに言うんだぞ」

加蓮「わかってる。大丈夫だから」

凛「無理しないでよ」

奈緒「辛かったら素直に言うんだぞ」

加蓮「ぷっ」

奈緒「なんだよ?」

加蓮「奈緒に言われてもねー」

奈緒「な、なんだとお////」

凛「言えてる」

奈緒「り、凛まで!」

加蓮「ねえ」

凛「ふふっ」

奈緒「あーもー! なんだよ、心配してやったのにー!」

加蓮「ありがと」

奈緒「え?」

加蓮「感謝してる」

奈緒「お、え、ああ////」

凛「私もしたよ?」

加蓮「わかってる。ありがとう」

凛「うん」

P「ふう。よし、じゃあ気をつけて帰るんだぞ」

凛「うん」

奈緒「それじゃ帰るよ」

加蓮「またね、Pさん」

ちひろ「……あ、加蓮ちゃん?」

加蓮「ちひろさんも、さよな……え?」



ちひろ「さっき見たこと……誰にもナイショよ?」


加蓮「……えっ!?」

ちひろ「ね?」

加蓮「……失礼します」

ちひろ「約束よー! お願いねー!」

凛「ちひろさん、なんだって?」

加蓮「なんでもない」

奈緒「でもさっき」

加蓮「なんでもない!」

奈緒「……って」

加蓮「アタシ、帰る」

奈緒「ちょ、ちょっと加蓮」

凛「待ってよ」

加蓮「また明日!」

ちひろさんのあの言葉……あれはやっぱり夢じゃない?

そんな……そんなはずは……

加蓮「そ、そうだよ。ロッカーだよ、きっと。ロッカーの中を勝手に見ちゃったから……うん」

ちひろさん、それであんなこと言っちゃったんだよ。

うん。

加蓮「あ、アタシの勘違いだよ。かんちがいー!」

……

…………

……………………

加蓮「そうに……決まってるよ、ね」

加蓮「……」

加蓮「寝よ」

~翌日~


加蓮「おはよー。あれ? どうしたの?」

奈緒「加蓮。あのさ、ほら知ってるだろ俳優で大御所って呼ばれてるベテランのあの人」

加蓮「……え? あ、うん」

あの消えそうなローソクの……

凛「亡くなったんだって」

加蓮「え……」

奈緒「まあ、あたし達はまだ共演どころか、会ったこともないんだけどやっぱり芸能界の大物だから色々と大変らしいんだよ」

凛「プロデューサーも、とりあえず挨拶に行ったよ。こういう時の礼儀って大事なんだって」

加蓮「……そんな」

奈緒「あれ? もしかして加蓮、あの俳優さんのファンだった?」

加蓮「そうじゃ……う、うん。まあ」

凛「元気そうだったのにね。あ、でも」

加蓮「な、なに?」

凛「え? あ、ちひろさんがさ」

加蓮「え?」

凛「すごく手際が良かったんだよね。落ち着いてて、色んな手配をすぐに終えて、プロデューサーを送り出して」

加蓮「……そう」

奈緒「優秀だよなーちひろさん」

加蓮「……」

凛「どうしたの? 加蓮。顔色が……」

加蓮「悪いけどアタシ、帰る」

奈緒「え?」

凛「今、来たばっかりじゃ」

加蓮「今日は帰る」

ドン

加蓮「キャッ! ご、ごめんなさい」

小梅「……わ、私も……ごめんなさい」

加蓮「あ、小梅ちゃん」

輿水幸子「大丈夫ですか? 小梅ちゃんも加蓮さんも」

小梅「だ……だいじょうぶ。加蓮さん……ごめんなさい」

加蓮「ううん。アタシこそごめんね」

幸子「本当に大丈夫ですか? 小梅ちゃん。昨日だって、急に体調崩してましたし」

加蓮「え?」

幸子「昨日なんですけど、急に体調が悪くなってしばらく休んでたんですよ小梅ちゃん。まあ、すぐに良くなったんですけど」

小梅「もう……だいじょうぶ……」

加蓮「それって……夕方の?」

幸子「えっと、そうですね。その頃だっけ」

小梅「うん……ちょっとだけ、苦しくなって……でも……すぐおさまった……」

加蓮「アタシが……ローソクを倒しかけたから……」

幸子「え? なんですか?」

加蓮「ううん! なんでもない。小梅ちゃん、ゴメンね!」

小梅「……だいじょうぶ……です……」

加蓮「あ、アタシ行くから。でもゴメンね! 昨日は本当にゴメン!!!」

幸子「あ……加蓮さん」

小梅「き……昨日……?」

本当だ。
本当だ!
本当なんだ!!
あれは夢なんかじゃないんだ!!!

加蓮「アタシも……もうすぐ?」

イヤ。
嫌だよ!
怖いよ!!
死にたくない!!!

加蓮「なにより……アイドルに……せっかく夢だったアイドルになれたのに……」

胸の奥の暗い所……
しまい込んでいたキラキラした夢
せっかくそれが、光を浴びて現実になったのに……

加蓮「嫌だよ……こんなのって……こんなのないよ……」

1時間ほど泣き伏して、アタシは走り出した。
通い慣れた病院へと、アタシは急いだ。
時間外ですと言われたが、むりやりお願いして先生に会わせてもらった。

医師「北条さん? 次は半年後でいいと……」

加蓮「検査して欲しいんです」

医師「は?」

加蓮「アタシの身体、どこかに悪い所があるんです」

医師「検査は先日……」

加蓮「またして欲しいんです。それか、もっと精密な検査を!」

医師「ですが……」

加蓮「お願いします!」

アタシの必死さが伝わったみたいで、先生はすぐに検査をしてくれた。
結果は……

医師「やはり、どこにも悪い所はありませんね」

加蓮「そんなはずは……」

医師「北条さん」

先生は、ため息をつくと言った。

医師「不安になるのもわかります。あなたのこれまでの病状経過からすれば、今の回復状況は奇跡とも言えるかも知れない。ですが、これだけは言えます」

加蓮「……はい」

医師「あなたは治ったんです」

加蓮「はい……」

暗い足取りで、アタシは家に帰った。
スマホを取り出すと、奈緒や凛。それだけじゃなくて、事務所の色んな娘からメールや着信が来ていた。
でも、アタシはそっと電源を切った。

身体に異常がなくて、かえってアタシは暗然となった。
希望が絶たれた思いがした。
悪い所を早期発見して治療すれば、あのローソクが伸びるんじゃないかと期待していた。

きっとアタシは急に病状が悪くなるとか、事故とかなんかで死んでしまうんだろう。
そしてちひろさんの様子からして、ちひろさんにお願いをしても無駄だろう。
ヘタなことを言うと、逆に命を縮められるかも知れない。

加蓮「あと……どのくらいあるのかな、あのローソク」

もっとよく見ておけば良かった。
長さを調べておくんだった。
ほかの娘のローソクを継いだりしなかったことだけは後悔していないけれど、他にできることがあったんじゃないだろうか。

加蓮「……ううん。そうじゃない」

アタシは諦めた。

というか……

正確には、諦めたフリをした。

アタシは胸の中のいつもの場所に、また本心をしまい込んだ。
死にたくないという、その恐怖心を。
そしてアタシは、決心した。



加蓮「じゃあ『その時』が来るまでに……アタシは夢をもっと輝かせたい!」


奈緒「アイドルアルティメイトに出場するぅ!?」

加蓮「違うよ」

奈緒「え?」

加蓮「アイドルアルティメイトで優勝したいの」

凛「加蓮、意味わかって言ってるの?」

加蓮「アイドルアルティメイトは、究極のアイドルを決める日本一……いや、世界一の祭典」

凛「……」

加蓮「エントリーしたら、予選を勝ち抜いて最後に勝ち残った1ユニットが優勝。世界一のアイドルとして認められる」

奈緒「なあ、加蓮。あたしもいつかは出場したいと、思ってるぞ。けど、今はまだ……」

加蓮「アタシは今じゃないとダメなの!」

奈緒「はあ?」

凛「加蓮、もしかしてまた体調が?」

加蓮「それは違うよ。それだけは安心して」

凛「本当?」

加蓮「うん」

凛「……わかった。信じる」

加蓮「だから……」

凛「でも、それとアイドルアルティメイトに出場するかは別の話」

加蓮「え?」

凛「アイドルアルティメイト、今年度の開催がいつか知ってる?」

加蓮「……来月」

奈緒「な、なあ、そんなの無理だって。今年は無理でも、来年参加すればいいんじゃないか?」

加蓮「それだと……間に合わないよ。きっと……」

奈緒「え?」

加蓮「ともかく。アタシは出たいの! 3人で……トップアイドルになりたいの!」

凛「加蓮……」

加蓮「2人は違うの? 一緒に頂点に立とうよ!」

奈緒「だからそれは、来年にでも」

加蓮「アタシは今、なりたいの!」

智香「ううー……が、がんばろうとしている加蓮ちゃんを応援したいけど、ちょっと入りにくいな……」

P「随分と揉めてるな」

智香「あ、プロデューサーさんっ!?」

P「アイドルアルティメイト優勝、か。またとんでもない目標を言い出したな、加蓮は」

智香「やっぱり……難しい、んですよね?」

P「まあ、優勝できる可能性はほぼゼロだ」

智香「そんな……」

P「ということは、完全にゼロってわけでもない」

智香「!」

P「3人のやる気次第、だけどな」

智香「でも今、3人でそれを揉めてるみたいでっ……」

奈緒「だーっ! し、知らないからな。勝手にエントリーするって決めたりして、Pさんになんて言われるか……」

加蓮「ダイジョーブ。アタシがお願いするから」

凛「駄目だよ。3人で出るんだから、ちゃんと3人で言わないと」

智香「あれっ? さっきまで出るかどうかで揉めてたみたいなのに……」

P「凛も奈緒も、気持ちは同じなんだろう。あの3人は、単に仲のいいユニットじゃない」

智香「?」

P「同じ夢を持って、共に苦労のできる間柄だ」

智香「……そう、ですね」

P「あの3人なら……」

智香「? もしかして」

P「大番狂わせ、あるかもな」

智香「わあ……はいっ☆」

P「おーい、3人とも。何の話だ? うん?」

凛「あ、プロデューサー」

奈緒「あのさ、怒らずに聞いて欲しいんだけど」

加蓮「アタシ達、アイドルアルティメイトに出たいの!」

Pさんは怒らなかった。
苦笑いしながら、「本当は来年出るつもりだったんだぞ」と言ってエントリーの手続きを取る約束をしてくれた。

加蓮「ありがとう……Pさん」

事務所の屋上で、アタシは呟いた。
その言葉が、風で流れるように消える。

あのローソクがどのくらい残っているのか、アタシはそれだけが不安だった。

加蓮「お願い……ぜーたくは言わないから……アイドルアルティメイトで優勝するまで、もって。アタシの命の火」

アイドルアルティメイトに向けたレッスンが始まった。
体力に自信のないアタシだったけど、不思議と苦しくなかった。

そう。

死ぬことに比べたら、なんでもない。

奈緒「あー。あたし、もうダメ」

加蓮「ちょっと、まだ最後までやってないよ!」

奈緒「もう無理無理。今日はもう、このへんにしよう」

加蓮「奈緒! そんなことで、アイドルアルティメイトで優勝……」

凛「加蓮」

加蓮「できると……え?」

凛「奈緒は、加蓮の身体が心配で言ってる」

奈緒「ちょ、り、凛!」

凛「私も心配だよ。ちょっと無理しすぎ」

加蓮「……ありがとう。でもね、身体はもう本当に大丈夫。それより、こうして3人でがんばれるのが、アタシ嬉しい」

奈緒「なんだよ……すっかりレッスン好きになっちゃって。最初の頃なんか『アタシ、体力ないからあ』とか言ってたのに」

凛「あったね、そんなこと。ふふっ」

加蓮「あれは……なんていうか、自信なくて」

奈緒「あーもう! 本当にぶっ倒れても知らないからな、加蓮」

凛「自分で言い出したんだから、泣き言言わないでよ」

加蓮「もちのろん! さ、最初から行こう!」

P「やってるな」

加蓮「あ、Pさん」

P「無理してないか、加蓮」

加蓮「大じ……」

奈緒「してるしてる」

凛「奈緒が気を使ってくれてるけどね」

加蓮「ちょっと、2人とも!」

P「加蓮」

加蓮「あ、いや、Pさん本当にアタシ大丈夫だから……」

P「ユニットのリーダーは、加蓮に頼むな」

加蓮「だから……え?」

凛「いいと思う」

奈緒「加蓮、すごいやる気であたしら引っ張られてるからな」

P「……という事だ」

加蓮「で、でも奈緒の方が年上で」

奈緒「いっこしか違わないよ」

凛「うん。加蓮がそもそも、アイドルアルティメイトも言い出したんだし」

奈緒「そうだよ。責任とってリーダーな、加蓮が」

加蓮「……うん」

P「3人とも、思った以上にまとまってきたな」

凛「優勝するよ」

奈緒「ああ!」

P「……大番狂わせから、番狂わせに昇格かな」

加蓮「?」

P「とにかくがんばれ。もう来週は最初のオーディションだからな」

加蓮「うん!」

http://i.imgur.com/a3UYHty.jpg
http://i.imgur.com/bTNaLAk.jpg
http://i.imgur.com/1smeeLr.jpg
トライアドプリムス

智香「ひゃっほーうっ☆ がんばれ加蓮ちゃん! 奈緒ちゃん! 凛ちゃーん!」

加蓮「いよいよだね」

凛「ちょっと……緊張してきた」

奈緒「り、凛がそういうこと言うなよ。な、なんかあたしもちょっと……」

加蓮「大丈夫」

奈緒「え?」

加蓮「アタシがひっぱるから。リーダーなんだから」

凛「……頼もしいな」

加蓮「そう?」

奈緒「ああ。やっぱり加蓮がリーダーで正解だったよな」

加蓮「そんなことないよ。それに、ごめん」

凛「?」

奈緒「?」

加蓮「ワガママ言って、出場を決めて」

奈緒「なんだよ、ここまできてそれはなしだって」

凛「うん。それに……加蓮が言ってたように、楽しかったよ。一生懸命って」

奈緒「ああ。やりきったもんな」

加蓮「だからそれを、今から出そう」

奈緒「……そうだな」

凛「緊張、ほぐれてみたい」

P「順番だ。呼ばれるぞ!」

加蓮「はいっ!」

『第一次オーディションの結果を発表いたします。通過ユニットは。2番、3番、5番、7番、11番、13番、17番……』

智香「と、トライアドプリムスのエントリー番号は……ええっと……」

P「29番だ」

『……19番、23番……最後に』

智香「!」

P「……」

『29番。以上です』

智香「や、やったっ! やりましたよ、プロデューサーさんっ☆」

P「……第一関門、突破か」

加蓮「やったやった!」

凛「すごいよ!」

奈緒「な、なんか泣きそうあたし……」

加蓮「まだまだ! 目標は優勝!!」

凛「うん。なんだか……できそうな気がしてきた」

奈緒「なあ。なんだか夢みたいだけど」

P「やったな」

加蓮「Pさん!」

P「加蓮。よくやりとげたな」

加蓮「Pさん……うん////」

P「加蓮は……いや、トライアドプリムスは俺が育てた最高のユニットだ!」

凛「ふふっ。無理しなくていいよ」

P「え?」

奈緒「加蓮が、最高じゃないの? このこの」

加蓮「え、ちょっ////」

P「そ、そんなことはないぞ。お、俺はな////」

凛「プロデューサーが照れてる。珍しい」

奈緒「あーあー。凛、あたしらお邪魔かも知れないぞ」

加蓮「ふ、2人とも////////」

P「お祝いに、夕食をごちそうしてやろうと思ってたんだが、やめようかな////」

凛「え?」

奈緒「あーうそうそ。だからおごってくれよな、Pさん!」

その夜。アタシ達は、ささやかだけど祝勝会を開いた。
まだこれは一歩。
でも、実際に夢を叶えたのに近いぐらい、アタシ達は喜びを爆発させた。
夢が現実になる期待感で、アタシ達はいっぱいだった。


でも……


クラッ


加蓮「あ、あれ?」

奈緒「ん? 加蓮どうした?」

加蓮「な、なんでもない。ちょっとハシャギすぎたかな」

突然だった。
目が回る。
乗り物酔いのような気分の悪さと、吐き気がアタシを襲う。

座っているのが精一杯のアタシは、それでも笑顔を繕っていた。
今だ。
今がアタシの特技を出す時。

アタシは、気分の悪さを押し隠して笑っていた。

もうなの!?
せっかくアイドルアルティメイト優勝に向けて踏み出したのに、もう終わりなの!?
お願い……あと少し……もう少しでいいから、アタシに時間をください。

どこのどんな神サマでもいい。
神サマじゃなくってもいい。
アタシに時間をください。

いい子になります。
レッスンも嫌がりません。
仕事も好き嫌い言いません。

ああ、時間をださい。
アタシに仲間と過ごす、最後の時間をください。

最高の結果を残す時間をください。


大好きな人に、お礼ができる……報いる時間をください。


その後すぐ、祝勝会はお開きになり1人になったアタシは這いずるように家に帰った。
そのまま部屋に行き、ベッドに倒れ込んだ所でアタシの記憶は途絶えた。

目が覚めた。
朝。
アタシはベッドから起きあがる。

加蓮「なんとも……ない?」

身体は嘘みたいに軽かった。

ステップを踏む。
目眩も吐き気もない。

加蓮「願い事……通じたのかな?」

その時、スマホが鳴った。奈緒だった。

奈緒「おはよう。気分はどうだ?」

加蓮「おはよう。なんで?」

奈緒「昨日、食べ過ぎてたろ? いくら好きでも油っこいもの食べ過ぎだぞ」

加蓮「もしかして……気づいてた?」

奈緒「ああ。無理してるっぽかったから、すぐ解散したんだぞ。で、どうだ?」

加蓮「うん……一晩寝たら、スッキリ」

奈緒「良かった。じゃあ、今日も午後からレッスンな」

加蓮「うん。じゃあ後でね」

神サマとかを信じたわけじゃなかったけど、現実にこうして体調は良くなっている。
その事には感謝して、アタシはあれこれ考えるのはやめにした。

これが誰かの、何かのおかげでもなんでもいい。
これがたとえ奇跡でも、かまわない。

残された時間、アタシはトライアドプリムスの北条加蓮としてだけ生きる。
仲間と共に、トップアイドルになる。
アタシ自身が、悔いのないように。

そして……

アタシがいなくなった世界でも、2人がアタシとの最高の思い出を残せるように。

それから……

加蓮「Pさん。アタシがいなくなっても、アタシを忘れないでね……」

アタシ達は快進撃した。
前評判を覆し、ついに決勝まで来た。

それまであまり見向きもされなかったけど、さすがに決勝まで来るとマスコミの取材が殺到した。

ワイドショーでも特集され、トライアドプリムスは一躍有名になった。

特にアタシは、病気を克服して夢だったアイドルになった少女として脚光を浴びた。
それは嬉しくないどころか、そういう注目のされ方は本当は嫌だったけど、同じような境遇の子供達から声援を受けて考えを変えた。

慰問に行った先の病院で、アタシ達は大歓迎された。
かつてのアタシみたいな子達が、かつてのアタシがテレビを見ているような目でアタシ達を見てくれている。

病室なので、アタシ達はアカペラで歌った。
子供達は喜んでくれた。

その中のある女の子が、アタシに聞いてきた。

「わたしも加蓮ちゃんみたいに病気がなおったら、夢がかなうかな?」

加蓮「もちろんだよ。あなたもアイドルになりたいの?」

「ううん」

女の子は首を振った。

「わたしね、お嫁さんになりたいの」

アタシは血の気が引いた。
残りの命が少ないアタシにもそれは、叶わないことだろう。
大好きな人と結ばれる。
それはアタシの未来にはない。

トップアイドルになるという大きな目標を叶えても、その先の北条加蓮にそういう幸せはない。

「なれるかな?」

加蓮「もっちろん。絶対になれるよ」

女の子は笑った。
アタシは、その子が少しだけ……羨ましかった。

「じゃあ加蓮ちゃんも、夢をかなえてね」

加蓮「あ……うん。絶対、叶える。見ててね」

決勝当日の朝がきた。

智香「ひゃっほーぅ☆ みんな、がんばってね! トップアイドルは、もうすぐそこだよっ☆」

奈緒「お、おお。なんか、まだ信じられないけどな」

凛「うん。加蓮、ありがとうね」

加蓮「え? なんで?」

凛「加蓮に言われなかったら、ここまで来られないどころか一歩も踏み出してなかった」

奈緒「ほんとになー。最初反対して、悪かったよ」

加蓮「そんなことない! アタシこそワガママ言って、2人を巻き込んでその……ゴメン」

奈緒「謝るなよ、加蓮」

凛「さっき言った通り、感謝してる。本当は出たかったのに、私は言い出せなかったもの」

加蓮「3人で……トップアイドルになりたかったんだ。ううん、なるんだ」

P「そして俺は、トップアイドルのプロデューサーか」

奈緒「あ! Pさん、来るの遅いよ」

凛「いよいよだね」

加蓮「……////」

P「ああ。ここまで来たら、もうなんにもない。楽しんでこい。それでいい」

奈緒「楽しむ、かあ。お客さんいっぱいだろ?」

凛「難しいかな」

加蓮「ううん。Pさんの言うとおり、楽しんでいこう」

奈緒「お、加蓮は本番になると心強いなあ」

凛「さすがリーダーだね。ふふっ」

加蓮「アタシについてこーい!」

アタシ達は笑った。

ついにここまで来れた。
間に合った。
アタシの命は、ここまで保った。

ああ、あと少しだけです。
ほんの少し、この命に時間をください。

P「このオーディションが終わって」

加蓮「?」

P「結果を聞いてステージから降りて来る時……次に会う時は、加蓮は……いや、トライアドプリムスはトップアイドルだな」

奈緒「……ああ」

凛「きっとそうなるよね?」

加蓮「……」

Pさん。
大好き、Pさん。
アタシをここまで導いてくれた。
アタシの夢を、見つけてくれた。育ててくれた。
アタシの大切な、大好きな人。

今、アタシはあなたに恩返しをします。

加蓮「Pさん、さ」

P「ん?」

加蓮「アタシ達がトップアイドルになったら、嬉しいよね?」

P「ふっ……当たり前だろ。トライアドプリムスは、俺が育てたアイドルだ! って、実家の両親やおじいちゃんやおばあちゃん、同級生に友達、仕事関係の知り合いにまで、全員に言いふらしてまわる!」

加蓮「ふふっ。いいよ……わかった。自慢させてあげる!」

奈緒「ああ。世界一のプロデューサーだな、Pさんも」

凛「うん。みんなで世界一だね」

加蓮「トライアドプリムスは、あなたが育てたアイドルだよ。Pさん、今までありがとう」

P「? 加蓮? どういう……」

加蓮「行こう! 奈緒、凛!!」

奈緒「ああ、トップアイドルってのになりに行こうか」

凛「見ていてプロデューサー、私たちがトップアイドルになる所をね」

智香「がんばれーっ! みんなーっ!! GoGoトライアドプリムスー☆☆☆」

P「……加蓮?」

アタシ達は、ステージで歌い、踊った。
緊張ってどういうものだっけ?
そのぐらい、落ち着いていた。

背中に羽が生えたかのように、まるで真上から自分達を見下ろすように、時間は過ぎていった。

楽しかった。
歌って、こんなにも楽しかったんだ。
ダンスも、笑みがこぼれるほど充実している。

ステージから客席を見た。
あの子だ。
病院で会った、あの女の子がいる。
車イスでも病衣でもない。点滴も呼吸器もつけてない。
退院できたんだ。

あの子がアタシに手を振る。
アタシはそれに応えた。

あの子の目は、入院してた時のアタシみたいにキラキラしている。

嬉しい。
楽しい。
このまま時が止まってもいい。


……でも


終わりはあっという間にやってきた。

『勝者……トライアドプリムス! 北条加蓮、神谷奈緒、渋谷凛です!!!』

歓声の中、アタシ達はものすごい数のカメラとマイクに囲まれた。
正直、ステージから降りるまでの事をよく覚えていない。
まるで夢の中の出来事だった。

奈緒が泣いていた。
凛も泣きそうになってる。
アタシは2人を抱きしめた。

アタシは、夢を叶えた……

Pさんがやってきた。
アタシ達は今度こそ、四人で泣いた。
言葉が出なかった。
ただ抱き合って、そして泣いた。

ありがとう……
アタシの命。
ここまでがんばってくれて、ありがとう。

これでもう悔いはないよ。

来年の事を考えることができなかった……
誕生日が好きじゃなかったたアタシが……
こんなに輝けた。
目標に向かって、燃えられた。

悔いはないよ。

悔いは……

……

…………

………………



やだ!


やだよ。

Pさんと、もっといたい……

生きていたいよ……

思った以上に、アイドルアルティメイト優勝というのは大事だった。
セレモニーや記者会見。協賛スポンサーさんや、各所のお偉いさんへのご挨拶。
忙しすぎる日々。
それがようやく落ち着き始めた午後、屋上にいたアタシにPさんが話しかけてきてくれた。

P「ちょっと……話があるんだが、いいか?」

加蓮「なに? 話って、Pさん」

P「……あのな、加蓮」

加蓮「?」

P「俺は……その、加蓮の事が好きだ」

加蓮「あ、うん。ありがと」

P「いやだから……その、な、一人の女の子として、加蓮が好きだ。好きなんだ!」

加蓮「え? あ……////」

P「こういうの……職業柄というか、本当は良くないのかもしれないけれど、その……俺とのことを考えてみてくれないか?」

加蓮「それって……あ、アタシとつきあうとかそういう……////」

P「わー……笑うな、よ?」

加蓮「う、うん」

P「こ、これでもちゃんと加蓮の将来とか考えてるし、自分がプロデューサーで加蓮がアイドルってこともわかってる」

加蓮「? うん」

P「つもりその、責任っていうかその、なんだ……」

加蓮「え!?」

P「ちゃんと公表して、加蓮と結婚しようと思ってる!」

加蓮「……えええええええーーーっ!?」

P「いやそ、それはな、つまりその男としてというかプロデューサーとしてのケジメというか、ファンの人たちにはしっかり報告したいし、でも加蓮は今やトップアイドルという絶頂期にあってそれを俺も考えたけど、むしろこれを機会というかきっかけにして、真剣に加蓮と……その、つまり……」

アタシ、ほんとうにアレが得意で良かった。

自分の本心を、心の暗いところにしまい込んでおくという事が。

加蓮「Pさん」

P「つまりな、俺は……え?」

加蓮「少し、考えさせて」

P「あ、ああ。もちろん」

加蓮「うん」

アタシ達はしばらく無言でいたが、やがてPさんは立ち去った。
後ろ姿を追わずにPさんがいなくなった事を確認すると、アタシはようやく取り乱した。

加蓮「Pさんが、あ、あ、アタシを好きだって! ど、ど、ど、どうしよ!? どうする!? きやあああ////」

3分間ほどアタシはジタバタして、ようやく落ち着いた。

加蓮「……夢みたい……ううん、夢だよこれ。奈緒や凛とがんばれて、トップアイドルになって、Pさんに告白されて結婚とか言われて……」

加蓮「……」

加蓮「一人きりで、冷たい病院のベッドに寝てたアタシが、姉妹みたいな友達ができて、アコガレてたアイドルの頂点に立てて、好きな人に告白されて……」

加蓮「……」

加蓮「でも……」

加蓮「アタシは……」

加蓮「もうすぐ…………」

ちひろ「見ーちゃった」

加蓮「ち、ちひろさん!」

ちひろ「結果というか、時間的な事は知ってたけどこういう結末だったのね」

加蓮「ちひろさん……もうすぐ、なの?」

ちひろ「え?」

加蓮「アタシの命、もうすぐ終わるの? それでそんなことを……」

ちひろ「? なんのこと?」

加蓮「とぼけないで。アタシ、見たんだから」

ちひろ「ええ。見たのよね?」

加蓮「アタシのローソク……」

ちひろ「うんうん」

加蓮「もう、なくなってアタシ死んじゃうんでしょ?」

ちひろ「……え?」

加蓮「だってローソクが」

ちひろ「あの、加蓮ちゃん?」

加蓮「?」

ちひろ「見た、のよね?」

加蓮「見たよ?」

ちひろ「?」

加蓮「?」

ちひろ「もしかして……なにか勘違いしてる?」

加蓮「え? 勘違いってなに? ちひろさんは鬼かアクマかなにかで、人の寿命を管理とかしてるんじゃないの?」

ちひろ「やめてちょうだい、加蓮ちゃん。人聞きの悪い」

加蓮「だって!」

ちひろ「うーん。これはなにか、加蓮ちゃん思い違いをしてるみたいね」

加蓮「え?」

次の瞬間、ビュオオオ! と風が吹いた。
気がつけば、アタシはいつかのあの祭壇のような場所にいた。

加蓮「ここ……あ、アタシのローソク!」

ローソクはまだ燃えていた。
あの時よりさらに短くなっていたけど、それでもまだ燃えていた。

ちひろ「もしかして加蓮ちゃん、このローソクがその人の寿命の長さを表してるとか思ってた?」

加蓮「えっ!?」

違うの!?

ちひろ「おかしいとは思ってたのよね。なんとなく加蓮ちゃんの態度、変だったし」

加蓮「え、じゃあちひろさん、このローソクってなんなの!?」

ちひろ「加蓮ちゃん、あれあれ」↑

アタシはちひろさんの指さす方を見て、頭を上げた。

祭壇のような場所の上方には、なにやら看板のようなものがかけられており、何か書かれている。

アタシは目を凝らした。


『芸能人生命の火』


加蓮「……え?」

ちひろ「このローソクは、芸能人としての寿命の長さを表してるのよ。てっきり加蓮ちゃん、あれも見たのかと思ってたんだけど」

加蓮「つまり……これ、命の寿命とは関係ないの?」

ちひろ「まあ、生涯現役って人はこのローソクの長さ=命の長さと言えるかも知れないけど」

加蓮「それっていつだかの、大御所俳優さんみたいな?」

ちひろ「そうね。あと消しかけたら、芸能生活に悪影響があるかもね」

加蓮「あ、いつだかの小梅ちゃんみたいに」

ちひろ「そう。あと、ごめんね。この前、私も加蓮ちゃんのローソク倒しかけちゃって」

加蓮「え? もしかして最初の予選の夜?」

ちひろ「ごめんね」

加蓮「ウチの事務所のみんな、ローソクが長いのは……」

ちひろ「前にも言ったけど内緒よ。みんな結婚しても、芸能活動は続けるみたい」

加蓮「じゃあもしかして、アタシのローソクが短いのは……」

アタシの質問に、ちひろさんは笑いを押し隠すようにして言った。

ちひろ「真っ先に引退するからかもねー。寿退社というか、寿引退で。まあそういう言葉があれば、だけどね。あ、何年か前にいたかな。トップアイドルになってすぐ引退した娘が」

アタシは、顔が真っ赤になるのが自分でわかった。
それはきっと、このローソクの事をアタシが勘違いしていたからだけではない。

アタシ……Pさんと……

ちひろ「ついでに教えてあげるけど、これも内緒よ? この火って引退して芸能生活が終わったとして、そこまでのことしかわからないの」

加蓮「?」

ちひろ「カムバックとかは、今のこのローソクの長さには関係ないの」

加蓮「そ、そうなんだ」

ちひろ「いつでも待ってるわね、加蓮ちゃん」

加蓮「うん。あ、ごめんなさい、さっきひどいこと言っちゃって」

ちひろ「いいのよ。それよりほら、会いたい人がいるんでしょ?」

アタシは耳まで赤くなった。
何か言いかけたけど、次の瞬間には事務所の屋上に戻っていた。

そうだ、行かなきゃ!

Pさんに会いに!!

P「……ふう」

奈緒「……」

P「……はあ」

凛「……」

P「はやまった……かな。結論を急ぎすぎたか?」

奈緒「仕事の事で悩んでるのかな?」ヒソヒソ

凛「みたいだね。トップアイドルになったからって、プロデューサーも色々大変なのかな?」ヒソヒソ

P「もっと上手く伝える手段が……けど、緊張してたしなあ……」

奈緒「Pさんでも緊張するんだ」ヒソヒソ

凛「もしかして、芸能界の大物とかテレビ局のお偉いさんとの交渉かな? あと政治家の人とか」ヒソヒソ

P「人生をかけたつもりだったのに……」

奈緒「え!?」ヒソヒソ

凛「な、なにがあったのかな」ヒソヒソ

P「あの様子だと……たぶん、いい返事はもらえないんだろうなあ……」

奈緒「あ、あのさ、Pさん?」

凛「もしかして私たち今、大変なの?」

P「……もう、お終いだ……」

奈緒「ちょ、ちょっとPさん! なにがあったんだよ!?」

凛「ちゃんと説明してよ! ねえ、プロデューサー!!」

バン

加蓮「Pさん!!!」

P「……加蓮?」

加蓮「アタシ大丈夫だった! 大丈夫なの!」

P「?」

奈緒「?」

凛「?」

加蓮「アタシ、死なないから!」

P「あ、ああ」

奈緒「だって治ったんだろ?」

凛「うん。もう大丈夫だ、って」

加蓮「だからさっきの話OKだよ! 結婚しよ!!!」

奈緒「……は?」

凛「え?」

P「本当か、加蓮!? いいのか!? 俺と結婚してくれるのか!?」

加蓮「もちろんだよ! 大好き!! Pさん大好きだよ!!!」

P「加蓮!!!」

ギュッ

奈緒「え、な、え、お、ちょ……////」

凛「……////」

奈緒「な、なんだかよくわからないけど……結婚!? Pさんと加蓮が、か?」

凛「私も全然わからないけど。でも……」

奈緒「……やったな! 加蓮!」

凛「おめでとう、加蓮!」

加蓮「2人ともありがとう。アタシ……幸せになる! Pさんと結婚するよ」

P「幸せにするからな! 加蓮」

奈緒・凛「ひゅーひゅー!」

この後アタシ達は、事務所中のみんなから冷やかされて祝福された。
それからPさんは、アタシの両親に会って頭を下げてくれた。
ありがたいことに、パパもママも理解してくれた。

アイドルアルティメイトで優勝し、名実共にトップアイドルになって数日後の結婚と引退報告は、さすがに世間を騒がせた。
記者会見を開くことになり、号外も出た。

会見でのPさんは、男らしかった。きちんと経緯を説明し、ファンのみんなに謝っていた。
奈緒と凛も、テレビに出てアタシ達を祝福するメッセージを出してくれた。

なによりファンのみんなが暖かく、優しかった。

加蓮「そういえば」

奈緒「ん? なんだよ」

加蓮「今更だけど、勝手に引退することにしちゃってゴメン」

凛「いいよ。確かに今更だし。加蓮はいつもそうだしね、ふふっ」

加蓮「トライアドプリムス、さ」

奈緒「解散はしないぞ?」

加蓮「え?」

凛「プロデューサーは、新メンバーを入れて続けるか? って言ってくれたんだけど」

加蓮「う、うん」

奈緒「茜ちゃんに入ってもらって『トラーイ!アドプリムス』に改名する案とかあったよな」

加蓮「な、なにそれ」

凛「他にも、乃々(森久保乃々)に入ってもらって『トライアドむーりぃース』にするって案もあったね」

加蓮「ええー……」

奈緒「他にも比奈さん(荒木比奈)をセンターにして『トライアドプリムっス』とか、かな子(三村かな子)が入って『トライアドプリンムース』にしよう、とかフューチャリング美世さん(原田美世)で『トライアドプリウス』っていう話もあったな」

加蓮「ちょ、ちょっと、アタシのいない所でどんな話がすすんでるの!?」

奈緒「まあみんなでワイワイ言いながら、半分冗談みたいな話だったから」

凛「みんな嬉しいんだよ。事務所から、幸せな結婚する娘が出て。だからハシャいじゃってた」

加蓮「それにしたって……」

凛「安心しなよ、加蓮」

加蓮「?」

奈緒「みんな、断ったから」

加蓮「え」

凛「トライアドプリムスは、解散しないよ。とりあえず、活動休止」

奈緒「凛もあたしも、ソロで活動する」

加蓮「なんだか……悪いね」

凛「私も奈緒も、今度は一人でがんばってみる」

奈緒「そんでさ、加蓮が帰ってくることがあったらトライアドプリムスは活動再開だ」

加蓮「待ってて……くれるんだ」

凛「違うよ」

加蓮「え?」

奈緒「待ってなんかいないぞ。先に行ってるからな。あたしも凛も、今度は一人でトップアイドルになってやるんだ」

凛「追いかける気になったら、戻ってきて」

奈緒「まあでもしばらくは、Pさんに甘えてていいぞ」

加蓮「そうだね……うん。でも、帰る所があるってわかって安心した」

凛「さっきも言ったけど、待ってないから」

奈緒「幸せなら、帰ってこなくてもいいんだからな」

加蓮「……うん。わかった」

姉と妹の優しさあふれる配慮、そして決意が、アタシには嬉しかった。
もし本当に戻ってくるなら、アタシは相当な覚悟が必要になるだろう。

奈緒も凛も、間違いなくソロでもトップアイドルになるだろう。
帰ってくるなら、アタシもがんばらないと!

数ヶ月後、アタシとPさんは式を挙げた。

そんなに大がかりな式にするつもりはなかったけど、事務所のみんながそろって出席してくれることになり、自然に規模は大きなものになった。

P「幸せに……するからな」

加蓮「うん。Pさん、ありがとう。でもアタシ、今でも……ううん、ずっとずっと幸せだったよ」

P「じゃあこれからは、今まで以上に幸せにしてやる!」

加蓮「ふふっ。うん! 期待してるね、ア・ナ・タ♪」


お わ り

以上で終わりです。おつきあいいただき、ありがとうございました。
本当は誕生日に間に合わせたかったのですが……ごめんなさい、加蓮。
遅れたけど、おめでとう加蓮。ハッピーバースデー。

貼り忘れてました。
おめでとう、加蓮。

http://i.imgur.com/YHn3cGv.jpg

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