少女魔王「に、日本だと···?」(517)

 魔王。それは人の世を支配しようと企む巨悪の存在である。

 魔王の圧倒的な魔力、そして魔物達の脅威···人々は一致団結し、これらに対抗してきた。

 その中でも神に選ばれた存在と言われる、人類最強の戦士···勇者。彼は時に一人、時に仲間を連れ、魔王を打ち破り、人の世に安寧をもたらしてきた。

 だが魔王は何度も現れ、その度に世界を苦しめ、そして勇者達によって倒されていった···。

 そして、再び魔王は現れた。それも、天候さえ操る程のかつてない魔力の持ち主であり、歴代最強と魔族達は騒ぎ立てている。

 そんな魔王の姿は、青く短い髪と同じ色の透き通る瞳、人の様に白い肌と対称的に黒い衣装、指を出した手袋にジッパー付きブーツ、袖が無く裾が胸下辺りまでの短さの上衣、股上が浅く裾丈もとても短い下衣。

 ローブを着ていた歴代魔王どころか魔族達の中でも類を見ない、肌を多く露出させている衣装を着込む、人間の少女にそっくりの姿をした魔王が、そこにいた···。

タイトルバグってて涙出そう···。

続けるべきなのか立て直すべきなのか···。

建て直すなら原因調べなさいよ
専ブラが勝手に特殊記号を変換してるような気がするけどもとはドット?

無駄スレ立てんな
ここで続けろ

>>5
半角ドットです。専ブラは使ってないのになぁ···。

>>6
お言葉に甘えて続けさせて頂きます。

 魔王の城の一番奥深くにある玉座に座り、魔王は思案していた。サイズの合わない玉座が、魔王の幼さを引き立たせている。

 彼女は世界を征服する事に疑問を抱いていなかった。魔族にとっては力こそが全てであり、弱者は支配されるべき存在だからである。

 しかし勇者、その存在は支配出来なかった。常に勇者に破れてきた魔王達が、それを証明している。

 どうすれば勝つ事が出来るのか。答えは簡単に出た。強くなる前に消せば良いだけの話だ。

 今までの魔王は玉座でふんぞり反っているだけで、強くなる勇者を部下に任せ、結局負けてきた。彼女に言わせれば、ただの馬鹿だ。

 そしてとうとう、旅に出たばかりだという勇者を、一瞬で消し炭にしようと、魔王は動き出した···。

 ところ変わって、魔王だの勇者だの全く存在しない、剣も魔法も無い平和な世界にある国、日本。

 その国のある街にある、少々外観が古いがしっかりトイレと風呂が別々、洗濯機も部屋の中に置けるアパートが一つ。

 そのアパートの住人の一人が、男という青年だ。平々凡々な生活を送る彼にとって、面倒事は避けたい事であった。が···。

男(あぁ···今日も平和だ飯が美味いっと···)

 バキ

男「ん?」

 バキバキ ベキッ

男「な、何の音だ···?」

 バギバギメギギギギ

魔王『ぶはぁ!』ボンッ

男「!?」

男(た、畳の下から、子供が···!?)

魔王『ふぅ···。おい人間、ここは何処だ?』

男「······」ブルブル

魔王『何を震えておる。さっさと答えんと――』

男「ふざけんじゃねぇぇぇぇえええええ!!」

魔王『!?』ビクッ

なんで半角ドットつかうの
三点リーダ … これつかえば?

男「てめぇよくも畳ぶっ壊してくれたなぁ!大体どっから湧いて来やがった!」

魔王『な、何だ貴様!我を魔王と知っての狼藉か!』

男「日本に居るなら日本語喋れやゴルァァアアア!」

魔王(な、何だ、言葉が通じていないのか?馬鹿な、我が言葉は世界で共通の言語である筈だぞ!)

男「さっさと言えオラァ!」

魔王『ええい、喧しい奴だ···!我が魔法を喰らうが良い!』バッ

 ポンッ

魔王『···ん?あれ、魔法が···?強力な爆破魔法だぞ?』

男「何やってんだテメェ!」

魔王(う、嘘だ···!空気中の魔力濃度が薄いとでも言うのか···!?馬鹿なっ、有り得ん!)

>>11
PCとスマホならそうするんですがね、私のは一々『きごう』と打って変換しなきゃ出なくて。いちいち打つより楽で早いんで使っております。

魔王(お、落ち着け···魔法が使えない訳では無い···が、使っても殆ど意味が無い···どうする)

 ドンドン

「ちょっと~?男く~ん?」

男「げっ···大家さん···叫び過ぎたか···」

魔王(む、また人が···出来れば言葉が通用すれば良いが、望みは薄いだろうな···)

男「ちっ、お前も来い」グイッ

魔王『ぬおっ!手を引くな!我を誰だと思っているのだ!』グッ

男「暴れんな、来い」

魔王『ぐおぉぉ···』ズルズル

魔王(ち、力でも勝てぬと言うのか、この魔王が···く、屈辱だ···!)

男「今出ます」ガチャ

大家「もう、男くん、叫び声が聞こえたけど、何が···」チラッ

魔王『?何を見ておる、無礼な』

大家「男くん···彼女さんと仲直りしなさいね?」

男「違います。彼女じゃないです。そもそも誰か分からないし言葉も分かりません」

大家「あら、そうだったの?手を繋いでたからてっきり···」

男「こうしないと逃げそうなんで」

大家「そんな犬みたいな」

男「てかコイツ、いきなり畳ぶち破って出てきたんですよ!信じられないかもですけど!」

大家「う~ん···ちょっと部屋、見せてもらえる?」

男「えぇどうぞ」

>>13
なにからかいてるんだ?単語登録もできんのか

>>16
PSVITAなんですよ。PCやスマホより文字打ちやすいけど所々単語に穴があって若干不便。

大家「···壊れてるわね」

男「壊れてますよ」

大家「ここからこの子が?」

魔王(う~む、しかし発音的には聞き覚えが···文字さえ分かればどうにかなるか···?)

男「そうですよ。自分でも信じられませんけど、目の前で見たんです」

大家「そう···まあ畳は直せるから良しとして、この子は?」

男「畳の穴に突っ込めば良いでしょう」

大家「塞がってるけど」

男「え。うわ、マジだ。じゃあコイツは···?」

大家「···男くん。君、時々怪我した動物拾っては、治してたわよね?」

男「み、見てたんですか···って、まさか···」

大家「そのまさか!」

男「いやいや、犬とか猫とかじゃ無いんです。人間ですよ?」

大家「頑張ってね♪」

男「いやいやいやいや」

男「あのですね、俺は動物拾ってはいましたけど、すぐ野生に帰してたんです」

大家「そうなの?」

男「金もそこまで無いし、死ぬまで面倒見れませんから」

魔王(む···何だ、この柔そうな白黒の紙の束は···文字が見えるが···う~む、見覚えが···)

大家「お金があれば良いのね?」

男「は?いやいや、それに言葉が通じないんですよ?」

魔王(···ああ!思い出したぞ!これは古代語の一つだ!···だが、だとしてここは···古代なのか?)

大家「心で何とか」

男「出来ません」

大家「もう···わがままばっかり!」

男「いきなり人が出てきてそいつ住まわせろっておかしいでしょうが」

魔王『あ、あ~···違うこうじゃない』

魔王「あ~···こうだったか?」

男「!?」

魔王「···ふむ、通じたようだな」

大家「あら、話せたみたいね」

魔王「我ほどの知識があれば造作も無い事」

魔王(魔王たるもの相応の知識が無ければと思い、書物を読み耽っていたのが功を成したか···)

男「おい、話せるなら最初から」

大家「最初は何語か分からなかったんじゃないの?」

魔王「確かに、時間が掛かってしまったな···情けない」

男「あ~···おい」

魔王「おい、とは何だ無礼者」

男「は?」

魔王「我は魔王である。それ相応の態度を示さぬか」

男(···コイツ、何言ってるんでしょうか)ヒソヒソ

大家(そういうお年頃なんじゃないかしら?)ヒソヒソ

魔王「聞こえておるぞ」

男(み、耳良いなコイツ···)

てん→…
にならんかえ?

魔王「我が魔王である事が分からぬとは、ここは一体何と言う国だ」

男「いやお前言葉喋ってたら」

魔王「お前と呼ぶな。魔王様と呼べ」

男「······」

大家「この国はね、日本、って言うのよ?」

魔王「にほん、だと···?聞いた事も無いな···地図はあるか」

大家「え?え~っと···」スッ

魔王「!?な、何だその薄い謎の板は···!?」

大家「これ?スマートフォンよ?」

魔王「す、すまあとふぉん?···ぐ、この我が分からぬ物があるとは」

大家「えっと···まあ、これが地図よ」

魔王「すまあとふぉんに地図が···!?···ごほん、見た事も無い大陸ばかりだ。本当にこれしか無いのか」

大家「ええ、そうよ?」

魔王「···そうか」

>>23
普通にありました…。やはりこちらを使った方が良いですかね。

魔王(これが事実であるならば…異世界に来た、と考えるしかあるまい…にわかには信じがたいが)

男「あ~…魔王……様」

魔王「何か?」

男「どうやってここにやって来たんだ?」

魔王「知らぬ」

男「は?」

魔王「気付いた時には訳の分からぬ場所に居た。もがいている内にそこから出てきた。それだけだ」

男「はぁ……」

成程…タイトルの様に文字化けする可能性がある訳ですか。考えてなかった…。
今まで他のSSも半角ドットで書いてきたけども、特に問題が無かったので気にしてませんでした。
教えて下さってありがとうございます。

大家「じゃあ、帰る方法も分からないのね」

魔王「そうなる、な…困った。魔法が使えるのであれば戻れるかも知れんが…」

男「魔法、ねぇ」

魔王「仕方あるまい。何処か魔力の濃度が高い地を探し、元の世界へ帰還するとしよう」

大家「何処かって…何処にあるの?」

魔王「何処かは何処かだ。もし場所が無ければ…」

大家「幼い女の子一人で何処に行く気なの?危ないわ」

魔王「ふん、舐められた物だ。我は魔王、今までも我一体で何もかもこなしてきたのだ」

大家「…一人だけで?」

魔王「魔王とは孤高たる者、当然の事だ。そして我は魔族であり人間などでは無い。一人という表現は不正確だ」

男「はぁ…もうそういう設定良いから、早く家に帰れよ」

魔王「…」ポウ

男「!?あっつ、熱!」

魔王「これで信用出来たか?」

男「な、何しやがった!」

魔王「我が扱える最大級の炎魔法を浴びせただけだ。しかし…あまりにも威力が低過ぎるな…」

男「て、テメェ…」

魔王「感謝するが良い、この世界に。これが我が世界であれば消し炭さえ残らんぞ」

男「うるせぇこのコスプレ野郎!」ゴン

魔王「あだっ!き、貴様、我の頭を殴るとは何様のつもりだ!」

男「俺様だよ!」

魔王「減らず口を…!大体何なのだこすぷれ、とやらは!」

男「テメェみてぇな服装してる奴の事だよ!」

大家「はいはい喧嘩はいけません」

男「うっ…ですけど!」

魔王「邪魔をするでな――!」

大家「…」ニッコリ

魔王(な、何だこの笑顔は…何故か寒気を感じる…魔法は使われていない筈なのに…)

男「…すみません」

大家「分かれば良いのよ♪」

魔王(…人間には、笑顔だけで戦意を奪う者も居るのか…成程、中々支配出来ぬ訳だ)

大家「魔王ちゃんは?」

魔王「ちゃんとは何だちゃんとは。我は謝らんぞ、人間なんぞに頭を下げては魔族の名折れだ」

男「んだと――」

大家「その人間程度に頭も下げれないなんて、随分器が小さいのね」

魔王「な、何だと…!?…ふ、何とでも言うが良い。所詮人間など魔族に踏みにじられる――」

大家「…」コショコショ

魔王「ふはっ!?う、はは、んふふふ、や、止め、あは、はははは!」

大家「謝るまで止めないわよ」コショコショ

魔王「ふひっ、ひはは、分かった、悪かった、我が悪かったぁ!」

大家「はい、止めたげる」

魔王「はーっ、はーっ、はぁ…た、助かった…」

男(大家さん強ぇ…)

魔王(ぐぬぬ…この世界では、我も人間と同様か弱き存在であるという事か…!)

大家「魔王ちゃん、ここはあなたが住んでた世界とは違うわ。そんな態度だと恐ろしい目に遭うわ」

魔王「だからと言って人間と同じ生活をしろだのと…!」

男「じゃあ続けてろよ。ボコボコに痛みつけられるだろうけどな」

魔王「…生きる為に誇りを捨てろと言うのか」

男「誇りなんか無くても生きていけるし、第一ここはお前の世界じゃない。捨てても分かんねぇよ」

魔王「……断る」

男「あぁ?」

魔王「この誇りが我の生きる意味、生きる理由だ。それを捨てるなどとんでもない」

男(ちっ…考え方がズレてる以上、話しても無駄か…)

魔王「…しかし」

男「ん?」

魔王「魔族の生き方を貫いていても、この世界では意味が無さそうだ」

男「…で?」

魔王「譲歩しよう。長らくこの世界に居る可能性があるならば、そこに則した生き方が必要になる」

魔王「この世界での生き方とやらを教えては貰えないだろうか?」

男「お、おう…?」

男(な、何か急に素直って言うか、何と言うか…)

魔王(敵を倒すにはまず敵を深く知る事が勝利への近道…我が世界の人間とこの世界の人間、共通する事も多いであろう…ふっふっふ)

大家「じゃあ、いっぱい教えてあげるわ♪」

魔王「宜しく頼む」

男「本気で教わる気あんだろうな?魔王様よぉ?」

魔王「貴様は相手を嘲笑しない術を教わったらどうだ?」

男「あぁ?」

大家「ん?」ニッコリ

男「何でも無いです」

魔王「む、そうだな」

大家「という訳で…男くん、頼むわね」

男「…。え、俺!?大家さんじゃなく!?」

大家「そうだけど?」

男「いやいや、だから飼えませんって」

大家「そんな犬みたいな」

魔王「誰が犬だと?」

男「大体こんな奴と過ごすなんてまっぴらゴメンです」

魔王「ほう?言ってくれる」

大家「そうは言っても、他の人達は家に居る時間がとても少ないし…」

男「…まぁ」

大家「それに、私も手伝うし、ね?」

男「……はぁ。分かりましたよ…はぁ」

魔王(相当嫌な様だな…無礼な奴よ)

魔王「では早速教えて貰おうか、その名を。…と言っても、男と大家、と言っていたが」

男「そうだよ。俺が男」

大家「私がここの大家。他の住んでる人は…まあ、紹介は後で良いわ」

魔王「ふむ…そうか」

大家「じゃ、後は男くん、よろしく♪私は戻ってする事あるから」

男「ええ、頑張りますよ…」

魔王「魔王の世話が出来る事を光栄に」

男「そういうのまず止めろ。俺とお前は対等だ。分かったな?」

魔王「ふぅ…要は威張るなただの女だと思えと、そういう事であろう?」

男「そうだ」

魔王「全く…これが我でなく他の魔族であれば、口を利いただけで殺されておる所だ」

男「どんだけ短気なんだよ」

魔王「皆人間など餌か奴隷、ただの弱者としか見ておらぬ」

男「お前もそうだろうが」

魔王「ああ、その通りだが」

男「けっ、偉そうなこった」

魔王「それが魔族達の頂点、魔王として当然の考えである」

男「はいはい、そりゃよござんでしたね」

魔王「本当に無礼な奴よ…我に高い知能があって良かったな」

男「まるで他の奴が馬鹿みてぇな言い方だな」

魔王「実際大うつけ者が多いのだ。頭を使わず本能で生きている様な下種ばかりでな」

男「は~ん?」

魔王「知恵もまた強さである事は、人間が証明しているというに。腕っぷしだけが力だと考える愚か者共が」

男「へぇ?案外人間なんかを認めてるんだな?」

魔王「魔王としてでは無く、我個人としてなら、多少はな」

男「ほ~ん?」

魔王「今まで魔族の侵攻に耐え続け、生き延びてきた力…流石に認めざるを得ん」

魔王「だが、他の魔族、歴代の魔王でさえそれを認めようとはしなかった。だから敗北するのだ」

男「ふ~ん?」

魔王「人間には魔族には無い、魔法とも異なる力がある様に思える。その力さえ分かれば…」

男(…コイツが本当に魔王だとして、もし帰したら向こうの人間ヤベェんじゃ…?)

魔王「一つは何者にも屈しない勇気である事は分かったが…他にもありそうでな…」

男(だったら今の内にコイツボコボコにして戦わせない様にした方が…)

魔王「…どうした?」

男「あ?いや、別に。お前が居ない向こうってどうなってんのかってちょっと気になっただけだ」

魔王「新たな魔王でも探しておるのでは無いか?」

男「そんなすぐ探して見つかる物かよ…」

魔王「見付からんだろうな。歴代最強と呼ばれた我を超える者はまず現れぬだろう」

男「お前が?最強?」

魔王「そうだが」

男「全然見えねぇ」

魔王「確かに、我は歴代魔王の中で最も幼いらしいからな。他の魔族も似た様な反応をする」

魔王「まあ、我の話など、貴様にはどうでも良い事だろうがな」

男「まあな」

魔王「ふん」

男「……」

魔王「……」

男「……」

魔王「何か話す事は無いのか」

男「無ぇよ」

魔王「…つまらん奴よ」

男「うるせぇな。テレビでも見てろ」ピッ

魔王「!?な、何だ…!?」

男「は?」

魔王「今、どうやってあの板に色を付けた…!?」

男「どうやって、って言われてもな…」

男「こうやってリモコンのボタン押しただけだ」ピッピッ

魔王「!?…?……!?」

男「…驚きすぎだろ。口開いてんぞ」

魔王「な、何故だ!?どういう技だこれは!」

男「技じゃねぇって…ただの電気信号とかそんなのだ」

魔王「で、電気…?」

魔王(勇者の力では無いか…!この世界には無数に居るとでも言うのか…!)

男「…何か良く分かってねぇみてぇだが、電気使った物なんかどこにでもあんぞ」

魔王「何ぃ!?」

男「まずこのテレビがそう。洗濯機がそう。この天井の蛍光灯もそう。このスマホもそう」

魔王「な、な、な……!?」

魔王(い、行き渡り過ぎでは無いのか勇者よ…!はっ、まさか空気中に無数の勇者が…!?)アタフタ

男(反応面白ぇなコイツ)

魔王「その…電気というのはどうやって」

男「ん?あ~…発電所って所があってな。そこで電気作って、色んな場所に送ってんだよ」

魔王「で、電気を作る…?」

男「色んな方法があんだよ」

魔王(な、何という世界だ…!魔力など無しに電気を編み出せるのか…!)

魔王(…良く見れば、訳の分からぬ物体ばかり…我が世界より魔力が無い分技術が優れているのか…)

男「周りジロジロ見てどうした?」

魔王「…せんたくき、てれびとやらは一概に何と言う?」

男「あ?…金属とか機械、だろ?」

魔王「そうか、金属に機械か。成程」

男「…?」

魔王(魔族の中にも金属で動く者が居た…機械族、だったな。奴等は魔力で動いていたが、ここでは電気か)

魔王「成程。電気の存在がこの世界の人間の生活において重要な立ち位置と言う訳か」

男「ま、そうだな」

魔王「ふむ…面白い世界だ。魔力無しでここまでとは」

男「…お前んとこの人間は、どんな生活なんだ」

魔王「少なくとも電気を使う物は存在せんな。何故なら使える者は勇者と我しか居らん」

男「へぇ」

魔王「と言っても、我は天候を操り雷を落とせるだけで、電気その物を操れるのは勇者だけだ」

男「魔王様でも無理な物がある訳だ」

魔王「…魔力だけでは、電気を操れぬのだろう。勇者にあって我に無い物…未だに誰も分かっておらん」

男「そうかい、不思議なこった」

魔王「…自ら聞いておいて、その態度は何だ」

男「別に?俺はいっつもこんなんだ」

魔王「……そうか」

男「…お前、何か食いたい物あるか?」

魔王「食いたい物、だと?貴様が作るとでも?」

男「作っちゃ悪いか」

魔王「我の口に合う様な物を作れるとは思えんな」

男「あぁ?言ってくれるじゃねぇか…良いぜ、もし美味かったら言う事一つ聞いてもらうからな」

魔王「ふむ、余程自信があるらしいな。良いだろう、作ってみるが良い」

男「はっ、その上から目線出来なくしてやるからな…!」

魔王「精々頑張る事だ」

魔王(そもそも、我ら魔族と人間の食する物が違う時点で、こやつに我を満足させる事など出来る筈も無し…)

男(絶対美味いって言わせてやる…!)

――――
――


魔王「…何だ、これは」

男「見りゃ分かるだろ」

魔王「分からぬ。何なのだ、この黄色い物と血の様に赤い物は」

男「血とか言うな。卵とケチャップだ」

魔王「卵は分かるが、けちゃっぷ…聞いた事も無い」

男「トマト無ぇのか」

魔王「トマトで出来ておるのか…魔界には自生しておらんな。人間は育てている様だが」

男「食った事は?」

魔王「魔界の料理者が人間の食材を使いたがらんのでな」

男「じゃあ普段何食って生きてんだよ」

魔王「肉、野菜、虫、茸、卵など…食らう物こそ違えど種類は人間とそう変わらんよ」

男「おい…今、虫とか言ったよな」

魔王「魔族にとっては主食の一つである。人間は食わんのか?」

男「俺は食わねぇよ。他の地方じゃ食ったりする所もあるけどよ」

魔王「ふむ、そうか。少々、楽しみだ」

男「…俺は出さないからな」

魔王「そうか…虫は、魔界では高級な食材なのだが…」

男「そっちと一緒にすんな」

魔王「で、この卵は当然竜の物であるよな?」

男「竜とか居る訳無ぇだろこっちに」

魔王「な…。ならば、何を使っておるのだ!」

男「こっちじゃこういうのは鳥しか無ぇよ!」

魔王「何だと…!?…無いなら、仕方が無いのか…」シュン

男(…どんだけ食いたいんだよ竜の卵)

男「…あぁ、こっちで食べる卵には魚もあるけどよ」

魔王「…魚の卵?」

男「ま、どれも小さい粒だし、鳥の卵と違ってこんな風に出来ねぇけど」

魔王「ふむ、黄色い塊に出来ぬと…」

男「その代わり、キャビアって言う高級食材があるけどな」

魔王「食わせろ」

男「俺じゃ買えねぇよ!」

魔王「捕ってくれば良いだろう」

男「テメェなぁ…!普通は無理なんだよ!」

魔王「何だ、ややこしい世界だな…」

男「良いから食えよ、オムライス」

魔王「おむらいす、というのか。ふむ、食ってやろう」

男(いちいちムカつく野郎だなコイツ…!)

魔王「…む?中に…確かこれは、米だったか」

男「そうだ」

男(スプーンは普通に使うのな、コイツ…手掴みかと一瞬思ったぜ)

魔王「米やパンは人間が良く食う様だが、魔族は食わんな。…しかし、これも赤いな」

男「そっちにもケチャップ使ってるしな」

魔王「そうか、何故赤いか気になったが、ふむ…」カチャ

魔王「…」モグ

魔王「甘っ!?」ピョコン

男「!?」

男(み、耳がっ、犬耳が生えたっ!?どうなってんだ!?)

魔王「こ、これは何だ、甘い、甘いぞ!」ピコピコ

男「お、おう…」

男(耳、動いてんだけどっ!?)

リツコ「そうよ。ですからそこを狙い、目標をセンターに入れてスイッチ。」

誠「、」カチャ ダラララララララララララ ボガーン

リツコ「結構。そのままインダクションモードの練習を続けて。」

誠「はい。」カチャ ダラララララララララララ ボガーン

誠「目標をセンターに入れてスイッチ。」 カチャ ダラララララララララララ ボガーン

↑ すみません、間違いです

魔王「産まれて初めてだ、こんな物を食べたのは」ピコピコ

男「そ、そうか…けどな、これより甘い物なんかゴロゴロあんぞ」

魔王「これよりもか!?この世界の人間は贅沢なのだな…!」ピコピコ

男(それよりさっきから犬耳動いてんのが気になる…コイツ本当に人間じゃなかったのか…?)

魔王「…先程から、我の何処を見…。…いや、まさかそんな筈は…」サワサワ

魔王「…。あああああああああああ!!?!?」

男「うおっ、うるせぇぞ!」

魔王「耳、耳が、我の耳がっ、誤解だ、違うのだっ、何かの間違いだぁっ!!」

男「そ、そんなに見られたくないのかよ…?」

魔王「…誰にも…見せた覚えの無い物だと…言うのに…」

男「…何か悪かったな」

魔王「……良い。……我の耳が勝手に反応した、それだけなのだからな……」タラン

男(耳が元気無く垂れ下がってるな…)

魔王「……ふぅ、取り乱してしまった」

男(あ、耳しまいやがった)

魔王「…何だ。そんなに我の耳が気になるか」

男「当たり前だろ」

魔王「…我が一族では、耳と尻尾を見せる時は、服従の意を示す物だとされているのだ…」

男(尻尾もあったのかよ)

男「要は、オムライスに負けた訳だ…。…つまり美味かったんだな?」

魔王「…認めよう。人間の食材など口に合わぬだろうと考えていたが、返上せねばなるまい」

男「食った事もねぇのに不味いだなんだって判断出来る訳ねぇだろ」

魔王「…その通りだな。しかし、人間はこれ程甘い物を食べておるのか。魔界ではあり得ん」モグモグ

男「もっと甘いのあるぞ」

魔王「何だとっ!」

男「チョコレートとかケーキとかな」

魔王「くっ…どの様な物か想像出来ぬが、魅惑的だ…!」

男(甘い物好きか、コイツ。ま、見た目は女の子だしな)

魔王(くぅ…このまま甘味物を食べれば魔界の料理に満足出来なくなると理解しているのに、抗えぬ…!)

魔王「この世界の人間は恐ろしい物を…!」モグモグ

男(すっげぇ美味そうに食ってるな…そんなに気に入ったのか)

男「…ところで」

魔王「む?」

男「言う事一つ聞いてもらうって言ったよな…」

魔王「…ああ」

魔王(…しまった。今の我は非力。もし襲われでもすれば…)

男「…耳と尻尾、触らせてくれ」

魔王「…は?」

男「触らせてくれ」

魔王「いや、二度言わんでも分かる。分かるが…」

魔王(今まで魔族で見ていないとはいえ我が耳と尻尾を気にする物など居らなんだ…人間は変わっておるな)

男「何か拍子抜けしたみたいな顔してるが何考えてたんだよ」

魔王「今の我は人間にも負ける程非力だ。故に無理矢理犯されるかも知れぬと」

男「ぶっ!す、する訳ねぇだろ!そもそも犯罪だろうが!」

魔王「はんざい?」

男「犯した罪って書いて犯罪っていうんだよ!人間の中でやっちゃいけないルールって奴だ!」

魔王「るうる?…あぁ、法という意味で合っていたか?」

男「合ってるよ」

魔王「罪を犯せばどうなるのだ」

男「捕まって檻の中に閉じ込められんだよ。長い間な」

魔王「成程、与える罰を示す事で律しておるのか」

男「そんな感じだ。…何だよ、お前んとこはそんなのねぇのか」

魔王「魔界に法など無い。あるとすれば、力だけだ。魔界では力こそ全てだからな」

男「最悪な世界だな」

魔王「人間からすればそう思うか」

男「で?力があれば何でも手に入る世界って事になる訳か?」

魔王「その通り。故に我は魔王である」

男「そりゃ凄いこった」

魔王「しかし、この容姿故か、我を認めぬ者も多くてな」

男「俺から見たってガキにしか見えねぇしな」

魔王「餓鬼だと…?そこまで餓えている様に」

男「子供って意味だ!」

魔王「む…確かに我はまだ肉体的に成熟しておらぬが…」

男(じゃあその見た目の割には妙にある胸何なんだよ…)

魔王「…自慢に聞こえるやも知れぬが、同族の間では容姿に優れていると言われていた。姫と呼ばれる程にな」

男「姫ねぇ」

男(絶対自慢だろこれ…)

魔王「我が一族は元々外見は人間に近い種であった。その中でも我は最も人間に近い容姿をしていたらしい」

男「ていうか人にしか見えねぇんだけど。耳と尻尾が出なきゃ」

魔王「一族は外見の事もあるが他の魔族ほど人間を見下してはおらん」

男「けど見下してんだな」

魔王「…我等は人間では無い。しかし他の魔族からは人間と似ているが故に忌み嫌われている」

男「何だそりゃ」

魔王「昔からその扱いは変わらんらしい。…人間さえ居なければ不当な扱いを受ける事も無かった」

男「んなの逆恨みじゃねえか」

魔王「…確かに、逆恨みだ」

男「分かってんのにそんな態度かテメェ」

魔王「言ったであろう、我個人としては少々認めている、と。魔族より強いと歴史が物語っているからな」

男「じゃあ」

魔王「しかしもう我が一族に苦汁を飲ませる訳にはいかん。人間を打ち倒し、全ての魔族の頂点に立つ」

男「…夢ってか」

魔王「そうだ。我は魔王として、一族の上に立つ者として人間を、勇者を倒さねばならぬのだ」

男「あっそ…」

男(コイツ個人の人に対する評価は関係ないってか…)

魔王「ふっ、安心するが良い。この世界の人間は打ち倒す事などせぬ。そもそも今の我では出来ぬが」

男「そりゃどうも」

魔王「では我はこのおむらいすとやらを」

男「待てや」

魔王「…何か?」

男「耳と尻尾触らせろ」

魔王「…どうしてもか?」

男「別に嫌なら良いぞ。甘い物食えなくなるだけだからな」

魔王「…っ!ぐぬっ…分かった、触るが良い…」ピョコ

男「…嫌そうだな。さっきは拍子抜けした顔してた癖によ」

魔王「だからと言って良いという訳では無かろうが…!」

男「何で嫌なんだよ」

魔王「誰にも見られず…当然触られず…そんな場所を初めて誰かに触らせるのだぞ…?」

男「…何か重い言い方すんなよ」

魔王「それもだ、初めてが人間など…複雑な思いが胸を駆け巡っておる…」

男(…流石に触りづれぇ)

魔王「が、しかし、約束は約束だ!この耳と尻尾、貴様に差し出そう…!それが力ある者の権利…!」

男「大げさだろ、どう考えても」

魔王「だがその前に一つ、触る理由を聞かせて欲しい」

男「は?お前目の前に獣耳と尻尾あったら触るだろ普通は」

魔王「触らん。そして恐らく普通では無い」

男「…やっぱ変か?」

魔王「少なくともそういう人間だと想像は出来ん」

男「…皆俺が動物好きだって言うと疑うんだよ…。場合によっちゃ虐待出来るから?とか抜かす奴いるし…」

魔王「…我は愛玩動物では無いぞ」

男「知ってるわ」

魔王「しかし、そう思われるのは口が悪いからでは無いのか」

男「…そうかなぁ」ハァ

魔王「しかし、そこまで好きなら手元に置いておけば良いだろう」

男「だから、そこまで面倒見切れねぇんだよ…見たくても金が無いんでね」

魔王「何処でも人間は金銭で取引をしておるのか」

男「お前らは違うんだろうな。全部力で奪えばいいんだから」

魔王「こちらの人間でもそうする奴は居るぞ。盗賊などが当てはまるな」

男「だから犯罪だっての」

魔王「こちらの人間よりも法に縛られておるのか」

男「それでも破る奴はいくらでもいるけどな。中にはちょっと位破った方がカッコいいとか思ってる奴もいる」

魔王「…やはり、思慮深く賢き者も居れば、短絡的で愚かな者も居るか」

男「お前はあれか?魔族にもルールがあった方が良いとか思ってんのか?」

魔王「人間には食物を育てる生産者が居るが、魔界にも当然居る」

男「で?」

魔王「しかし魔族は力を以て生産者の命まで奪う者が居る」

男「そんなんじゃいつか自滅するんじゃねぇのか」

魔王「それが分かっておらぬ者が多すぎるのが、魔界の現在の問題点だ…」

男「良し、じゃあ触るぞ」クニッ

魔王「ふわっ!?きゅ、急に触るでないっ!」

男「……」クニクニ

魔王(む、無心で触っておる…。…な、何だ、この込み上げる感情は…少し、顔が熱くなる様な…)

男(…これは犬と違うな…人型だからか?…それともコイツ狼なのか?)

魔王「…も、もう良いのではないかっ?うむ、そうだろうっ?」

男「……」グニグニ

魔王「む、無視だと…!?この魔王を…!」

魔王(ぬおぉ…何故だっ、頬が、火照ってくるぞ…!)

男「…よし、次は尻尾だ」モフモフ

魔王「ぐぅぅ……」

魔王(…触られた事は無いが、こやつの触り方は優しい…それは分かった。分かったが…!)

男「ふぅ…良い手触りだ…」モフモフ

魔王(うぅ、こそばゆい…そして顔が熱い、火照る、前を見れぬ…!)

男「…てお前良く見たら靴履いてんじゃねぇか!」

魔王「…は?な、何だ…靴がどうした」

魔王(ほっ…触るのを止めてくれたか…ふぅ、落ち着いていくのが分か…焦っていたのか?我は…)

男「日本じゃなぁ、部屋の中に居る時ゃ靴脱ぐんだよ」

魔王「…変わった風習だな」

男「日本は世界の中でも独自の文化があるんだよ。和、ってのがな。平和の和って書いてな」

魔王「和…」

男「この畳なんかも、日本が昔考えた和って奴だ」

魔王「ほう…土に木や石の床とは違う床を考えるとは面白い」

男「日本は小さな島国だ。その上海外から人を寄せ付けなかったんだよ。鎖国って言ってな」

魔王「他の国の技術や文化が入り込まなかった為に、独自の文化が発展したと言う訳か」

男「…賢いなお前」

魔王「魔王として様々な知識を独学で学んだのだ。知恵でも負けぬ為にな」

男「へぇ、魔王なんざ城の奥で座りっぱなしかと思ってたな」

魔王「今までの魔王は大半がそうであったらしい。己の力を過信、そして慢心していた」

男「イメージ通りだな」

魔王「我は慢心も過信もせぬ。…しかし、何故魔王が存在しない世界で…」

男「ゲームがあんだよ。勇者と魔王の戦いを描いた、有名なゲームがな」

魔王「何だと…!?ええと、げえむと言うのは遊戯の事だなっ!ここにもあるのか!」

男「あるけど?」

魔王「どのような物だ!」

男「あれ」

魔王「…何だあの不思議な箱は」

男「あれがゲーム機。ゲームするのに必要な物なんだよ」

魔王「…この世界は驚きの連続だ…」

男「じゃあ外出たらもっと驚くな」

魔王「恐ろしい世界だ…」

魔王「…一度落ち着こう。まず礼儀として靴を脱がねば」

男「…お前靴下は」

魔王「何だそれは?」

男「これだよこれ」

魔王「何だこの布は」ビヨン バチン

男「痛っ、何すんだテメェ」ゴンッ

魔王「ぬあっ!貴様…!」

男「いきなり引っ張ってんじゃねぇ。そして離すんじゃねぇ」グニィ

魔王「う゛ぬぅ…ほおをひっはるな…!」

男「全く…」

魔王「ぬぅ…」

男「で?ゲーム見てどうする気だよ」

魔王「…我が世界があるやも知れぬ、そう思ったのでな」

男「じゃあ…お前んとこの世界の一番特徴的な所挙げてみろよ。俺があるか判断する」

魔王「…一つの大きな大陸の周りを大小様々な島国があり、空にも島国が幾つも存在している」

男「無いな。無い無い。そんな設定無い」

魔王「そうか…戻れる切っ掛けになると思ったが…」

男「そんな簡単に見付かる訳ねぇだろ。見付かったら即帰してやる」

魔王「ふん、言われずとも帰ってやる」

男「そうですか」

魔王「……因みにげえむの内容は…」

男「当然どれも勇者が魔王を倒す話」

魔王「…例え空想でも魔族は忌み嫌われるか」

男「人間と魔物が共存する村が出てきたりするけどな」

魔王「共存…?…ふっ、我が世界ではあり得ぬな」

男「お前は出来そうだけどな」

魔王「それは魔法が使えぬからであり、使えていれば今頃は…」

男「俺を殺してるってか?」

魔王「あぁ」

男「おっそろしいねぇ魔王ってのは」

魔王「もっと我を恐れ、敬うが良い」

男「もっかい頭殴んぞ」ゴンッ

魔王「ぐわっ!い、言う前から殴っておるではないか!」

魔王(くうぅ…この様な屈辱を味わい続けなくてはならんのか…!)

男「…取り敢えず、その靴玄関に置いてきてやる」

魔王「む」

男「ところで、裸足になった気分はどうだよ」

魔王「入浴時と就寝時にしか脱がんからな…新鮮ではあるが」

男「…手とか足とか、爪伸びてんな」

魔王「む?これでも短いが」

男「俺の見ろよ」

魔王「…そうか、人間は爪で相手を傷付ける必要が無いからか」

男「切ってやろうか」

魔王「結構だ」

男「そうかい」

魔王(…やはり愛玩動物とでも思われているのだろうか…いや、実は世話好きな性格か?)

男(しまった…何言ってんだ俺は…動物じゃあ無いってのに。でもあの耳と尻尾は反則だろ…)

男「…お前、どうやって爪切ってるんだよ」

魔王「む、それは魔法で…。…この世界ではどうしておるのか」

男「爪切りってのがあんだよ」

魔王「ほう」

男「…確かこの辺…あった、これだ」

魔王「…奇妙な形状だな。使用方法は」

男「まずこの部分をこうしてだな…おら、手貸せ」グイッ

魔王「何をする!」

男「暴れんな切りにくいだろが」

魔王「切らんで良い!」

男「うるせぇな手本だよ手本。…よく見てろ、こうすんだよ」パチ パチ

魔王「あぁ…!我が爪が…。…意外と綺麗に切られていく」

男「そういう風に出来てんだよ。…おら、他の指も自分でやってみろ」

魔王「わ、分かった…」

魔王(ぐぬ…一本だけ短く切り揃えられていると不恰好であるしな…)パチ

男(…コイツ、結局俺と対等な感じで話してたり、すぐ道具使いこなしてたり…順応性が高いってか?)

魔王「……」パチ

魔王(…切る時の音が心地良いな)フッ

男「何笑ってんだ」

魔王「…我が笑っていたのか?…調子の狂う世界だ」

男「あれか?内心魔王とか関係無くなったの喜んでんのか」

魔王「はっ!あり得んな!」

男「あっそ」

魔王(…だが、我が世界で、魔王となった時から、我は自然と笑った事があっただろうか…)

男「…にしても、初めて使った割には、きれいに切ってるな」

魔王「これもまた魔王としての才能よ」

男「関係ねぇだろ」

魔王「では我の才能と言い直そう」

男「はいはい、凄い凄い」

男「で?結局ゲームすんのか?」

魔王「気にはなる」

男「なら起動しますかねっと…」

魔王「む?てれびとやらの様子が…」

男「…ほらよ」

魔王「な、何だ急に。この妙な物体は」

男「コントローラー。要は操作する機械だな」

魔王「こ、これでどうすれば…?」

男「これをこうやってだな…」

魔王「う、うむ…」

男「分かったか?」

魔王「一度にやる事が多いぞ」

男「そこは頑張れよ」

魔王「む…」

男(さて、魔王様のプレイスタイルを見てみよう)

魔王「ぬおっ、うおっ、おおっ」カチカチ

男(コイツ体動くタイプだ。ヤベッ笑いが)

魔王「くっ、何だこやつは!手こずらせる!」カチャカチャ

男「頑張れ頑張れ」

魔王「頑張っておるわ!」ポチポチ

男「そうかい」

魔王「ぬぐぐ…人間めぇ!この様な機械を生み出してぇ…!面白ぞくそっ!」

男「良いじゃねぇか」

魔王「そうだ!くおぉ…この世界の人間は凄まじい技術を持っているな…!」

男「褒めるのか怒るのかどっちかにしろよ」

魔王「では褒めよう!この世界の人間は素晴らしい!」

男「声でけぇ」

魔王「失礼」

魔王「ふぅ…この世界はあまりに我が世界と違う…よもや映像を映す機械など…」

男「魔法みたいってか?」

魔王「…そうだな。まるで魔法だ。それも誰もが容易く使える、危険性の無い夢の様な魔法だ」

男「…あんま考えた事ねぇけど、まぁ、魔法みたいな物だよな」

魔王「下手をすれば魔法よりも…げえむなど、魔法では作れんしな」

男「そんな魔法あっても仕方なさそうだけどな」

魔王「それもそうだ」

男「…しっかし、大家さん遅ぇな…何してんだ?」

魔王「確認すれば良かろう」

 ピンポーン

魔王「む?」

男「噂をすればってな。…はい」ガチャ

大家「お出掛けしましょう?」

男「…はい?」

大家「ほら、魔王ちゃんも着替えて着替えて」

魔王「き、着替えるだと?」

大家「そうよ」

魔王「服を用意したと?」

大家「だって、そんな服じゃ…ねぇ、男くん」

男「何で俺に聞くんです」

大家「だって、男の人からすれば、こんなに肌を出してる子ってつい見ちゃう物じゃないの?」

男「女性でも見るでしょこんな服」

魔王「我が服装の何が悪いと言うのか。魔王の装いには魔力の効率を上げる力があるのだぞ」

男「この世界じゃ関係ねぇだろが」

魔王「む」

大家「魔王ちゃん、男くんがコスプレって言ってたでしょ?」

魔王「ああ」

大家「コスプレって言うのは普通は着ない服装なのよ。そのまま外に出たら目立つわ」

魔王「我としては目立つ方が良い。しかし、不都合が出ると言うなら従おう」

男「従う?随分素直だな」

魔王「逆らったとて意味は無いのだろう?」

男「意味はないって言うか…恥ずかしくないんなら、俺はそのままで良いと思うけどな」

魔王「我が姿に恥じる場所など無い」

大家「まぁ、キレイだものね、肌とか。憧れちゃうわ、若々しくて…」

魔王「ふっ、もっと羨望の目を向けるが良い」

男「て言うか大家さん若いじゃないですか。まだ三十路にもなってないでしょう」

大家「…分かるのよ…もう既に十代の頃の肌が無くなっていくのが…」

男「大家さん…その肌で言っても説得力無いです。十代どんだけ肌キレイだったんですか」

大家「それはもう学校ではアイドル扱いになる位にはね~♪」

魔王「あいどる?」

大家「歌ったり踊ったりするキレイな人達の事よ」

魔王「ほう?我が世界での踊り子と言った所か」

男「あ~…大体そんな感じか」

大家「魔王ちゃんならなれるかもね」

魔王「…歌と踊りは、あまり好きでは無い」

大家「あら残念」

魔王「しかしやれと命令するならば」

大家「しないわよ命令なんて」

魔王「我は魔族として力ある者に従うまで」

大家「そんな考えは駄目よ。私は魔王ちゃんと友達になりたいんだから」

魔王「とも、だち?…何だ、それは」

大家「えっ…?」

男「…人間とか魔族とか立場とかも関係なく、お互い信頼して気兼ねなく話せる対等な関係の事だ」

魔王「…人間は互いを信ずる事が出来るのか。成程、魔族には無い強さだ」

大家「魔王ちゃんは、周りを…」

魔王「信用など出来ぬ。何時隣に居る者に寝首を掻かれるかも分からんのだからな」

男「…息苦しい世界だな」

魔王「貧弱な人間には生活など出来ないだろうな」

大家「…よぉし!男くん、魔王ちゃん着替えさせるから出てって!」

男「出てってっておかしくないですか。俺の部屋なんですけど」

大家「大家の命令は絶対です」

男「さっき命令しないって」

大家「魔王ちゃんにはね。部屋借りて住んでる男くんには聞いてもらわないと」

男「…へーへー、分かりましたよ。どうぞご自由に」

大家「そうさせてもらうわね~♪」

魔王「…いや、服さえ用意して貰えるのなら、我だけで着替え――」

大家「裸の付き合いよ!」

魔王「は?」

大家「とりあえず魔王ちゃんには側に居てもいいって思ってもらえる存在になるから!」

魔王「いや…別に…必要無いが」

大家「そう言わずにぃ~」

男「…何で俺が外出てんだ…」

「あれ、どうしたんだい」

男「…ん?あ、女さん」

女「歳も近いし呼び捨てで、敬語も使わなくて良い、と言ってるのに」

男「いや、そんな…」

女「モテないよそれじゃ」

男「余計なお世話です」

女「それは失敬したね」

男「で、今帰ってきたんですか」

女「そういう事さ。で、君はお出掛けかい?」

男「いや、大家さんに追い出されまして」

女「君が?大家さんのお気に入りなのに」

男「何故か俺の部屋で、あ~…俺の知り合い着替えさせてるんです」

女「知り合い?…君の恋人か何かかな」

男「全然違います」

女「何だ、つまらない…」

男「つまらない、って…」

女「君をからかうネタが出来ると思ったんだけどね」

男「勘弁してください…」

女「君が敬語をやめれば考えない事も無いかな」

男「そう言って結局考えないんでしょう」

女「おや、バレたか」

男「全く…」

女「で、本当はその知り合いとはどんな関係なのかな?」

男「何も無いですって」

女「怪しいなぁ。そんな事言って、あんな事とかこんな事とか」

男「どんな事です?」

女「え?…まぁ、そうだな…うん、意地悪だね、君」

男「嫌ならからかおうとするのやめて下さいよ」

女「善処するよ」

女「しかし、君に女性の影が…」

男「そもそもどうして女性だと思うんです?」

女「おや、違ったかい?」

男「まぁ…合ってますけど」

女「なら良いじゃないか気にしなくても」

男「はぁ」

女「出来れば紹介してほしいね」

男「大家さんが紹介する気なんで」

女「なら、期待せず待っておこうか」

男「ここで?」

女「ここで」

男「部屋で待ってれば」

女「君の隣に居たい、と言ったら?」

男「不気味な冗談だと思います」

女「つれないね、君は」

大家「終わったわ男くん…て、あら?」

女「やぁ、どうも大家さん。今日も元気そうで何よりです」

大家「女ちゃん、久し振りね!ちょっと、紹介したい子がいるんだけど」

女「待ってました」

大家「男くんから聞いたの?じゃあ話は早いわね!魔王ちゃ~ん」

魔王「………」

女「おや、美少女だね…君、やるね」

男「あのですね…」

魔王「………」

男「…元気ねぇな」

魔王「………」

男「ちょっと、偉そうな態度とってたコイツがこれって、大家さん何したんです?」

大家「着替えさせただけなんだけど…」

女「この服似合ってますね、流石大家さんだ」

大家「そう?良かったぁ…」

魔王「…本当に似合っておると?我は我慢ならん!」

大家「な、何が駄目?私のお古なのが?」

男「古着だったんですか…」

魔王「何だこの浮ついた色は!もっと落ち着いた色をだな…!」

男「着てるのに文句言うなよ」

魔王「無理矢理着せられたのだ!有無も言わさず!」

男「従うんじゃなかったのか?ん?あとピンク似合ってんな」

魔王「ぐ、ぐぬ…ぐぬぬぬぬ…」

女「…大家さん。一体彼とはどんな関係で?」

大家「今日出会った仲よ」

女「…今日?それであの仲の良さ?」

大家「そうなの。トムとジェリーみたいな?」

女「ふぅん…」

大家「…嫉妬してる?」

女「まさか」

女「まぁ、まずは自己紹介からだね。僕は女、宜しく」

魔王「ぐぐ…我は」

男「マオって言うんですよ」

魔王「なっ」

大家「え?」

女「マオちゃんか、覚えとくよ」

魔王「違っ」

男「…おい魔王、俺と大家さんの前以外で魔王とか名乗んなよ。色々面倒だから」ボソ

魔王「な、何ぃ…?」

女「…さっき大家さんがその子を魔王ちゃんと呼んでたけど、渾名かな?」

男「そうです。コイツはそう呼ばれる方が嬉しいみたいですけど」

女「ふふ、ならそう呼ばせてもらいましょうか、魔王様?」

魔王「…うむ、良きに計らえ!」

女(…多分、魔王って名前が本当なんだろうな)

男「じゃあ、大家さんと行ってこい」

大家「男くんも行くのよ?」

男「嫌です」

魔王「我もお断りだ」

女「じゃあこうしよう。大家さんと魔王様でお出掛け。僕と君でデートしながら二人に付いて」

男「嫌です」

女「女の子の誘いを断るなんて、君も罪な人だね」

男「ろくな事にならない気がするんで」

女「参ったね、これは。日頃の行いの所為かな?」

男「間違いなくそうです」

女「それは残念」

大家「じゃあ…女ちゃん、一緒に行きましょう」

女「僕で彼の代わりが務まるなら、宜しく頼みます」

大家「男くん、大家命令に背いたから私のご飯食べても――」

男「喜んで付いていきます」

大家「…食べたくないの?」

男「はい」

大家「……」

女「君、そんな事言わずにさ」

男「例え食べなければ死ぬという状況でも、食べたくない…!」

大家「…そんなに美味しくない?」

男「味の説明が出来ません」

大家「えぇ…。…美味しいのに、どうして…?」

女(…味音痴なんだろうか、大家さん)

男「とりあえず行きましょう早く行きましょう」

魔王「…それほど嫌か」

魔王(逆に見たくなるな)

――――
――


魔王「……!?」

魔王(何なのだ、あの走る金属の塊は…!?それに、建物が…まるで塔の様に高い…!?)

女「…彼女、どうしたんだい?」

男「世間知らずなお嬢様みたいなんですよ。箱入り娘って奴です」

女「ビル街に驚いてるみたいだけど…田舎暮らしだったのかな?」

男「さぁ、それは」

大家「魔王ちゃん、ふらふら動いちゃ駄目よ」

魔王「む…」

魔王(あまりに我が世界と違い過ぎる…生活水準が違う…と言うべきなのだろうか…)

男「迷子になんなよ」

魔王「馬鹿にするでない」

大家「魔王ちゃん、手、繋ぐ?」

魔王「要らぬ」

魔王(しかし、店、という物か。そこかしこにあるのだな…)チョイチョイ

男「…何だよ」

魔王「…店が多いが、どういう店だ?」ボソ

男「食材売ってる店、料理作って売ってる店、服売ってる店、機械売ってる店、大体そんなのだ」ボソ

魔王「…成程」ボソ

魔王(武器屋は無いのか…)

男「次いでに、あそこにあるのはケーキ屋だ」

魔王「…甘い物か…」

男「おい、ヨダレ出てるぞ」

魔王「ぬおっ、はしたない」

女「甘いの、好きなのかい?」

魔王「む?…まぁ、好きだが」

女「じゃあ、これをあげよう」

魔王「…?これは」

女「飴」

男「何で持ってるんです?」

女「良いじゃないか、持ってても」

男「そうですけど」

魔王(…これは、何の味なのだ…?確かに甘いが)

男「何の味なんです?」

女「普通にリンゴだよ。僕がリンゴ好きだからね」

大家「あぁ、そう言えばアップルパイの作り方、教えてもらった事あったわね」

魔王「良く分からんが、それも美味そうだな…」

男「食い意地張ってんな、お前。どんだけ甘いの好きなんだよ」

魔王「好きで何が悪いのか」

女「本当だよ。好きになったらどうしようも無いんだから」

男「はぁ」

大家「でも、食べすぎて太ったり…」

女「それ以上は言っちゃいけないよ大家さん」

魔王(ふむ、人間は太るのか…いや、この世界では魔力変換が出来ないのでは…?なら我も…)

大家「まぁまぁ、まずは食べる前にお買い物よ。魔王ちゃんの服、買ってあげるから」

魔王「…遠慮しておく」

大家「え」

魔王「絶対にこの服装と同じ様な物を選ばせはしない」

女「似合ってるのに、勿体ない事を言うんだね」

魔王「だから、似合っとらん!」

男「じゃあ何色がいいんだよ。黒とか紺とか藍色か?」

魔王「良く分かっておるではないか」

女「暗い色、好きなんだね」

魔王「赤色など警戒色以外の何者でも無い」

大家「…ピンク、駄目かぁ」

女「彼女はお気に召さなかったようですね」

大家「似合ってるのに…」

魔王(…そもそも魔界は常に暗いのだ。何時殺るか殺られるか分からんと言うのに目立つ格好をする者などまず居ないのだがな。我以外に)

男「おい、服屋着いたぞ」

魔王「…ここの人間は派手な服装を好むのだな」

男「ん~…そうかもな」

魔王(目に悪いのでは無いかと疑ってしまう程、明るく濃い色が揃えられておるな…)

男「さっさと適当に選んでこいよ」

魔王「言われずとも」

男「ちなみにあっちはお前じゃ着れない大人服、お前でも着られるのは向こうの子供服」

魔王「字が読めぬと思って馬鹿にしとるな…?」

男「何だ、読めんのか。じゃああんまり高い物選ぶなよ。大家さんに迷惑掛けたきゃ選べば良いけど」

魔王「…値段は読めても価値が分からん」

男「…そう来たか」

大家「う~ん、どれにしましょうか…」

女(…大家さん、明らかにあの子じゃ着られない様なサイズの服を見てるんだけど…)

大家「…あ」

女「どうかしました?」

大家「つい、自分の服、選んでた…」

女(…やっぱりそうだった)

女「…この服とか大家さんに似合ってると思いますよ」

大家「え、そう…?」

女「ええ。折角だから試着してみたらどうです?」

大家「…そうね!折角だから!」

女(ここは初めから仲良しの彼に任せてしまおう。男くん、グッドラック)

女「あぁ、次いでに、僕の服も選んでもらっても…」

大家「えぇ、女ちゃんが良いんだったら、喜んで選ばせてもらうわ」

女「それなら、お願いします」

魔王「…選んでいるのは、どう見ても我の物では無いが」

男「そうだな」

魔王「我の為に衣服を買うと言っていた筈だが」

男「そうだな」

魔王「この魔王を捨て置いて自らの用事を優先させるとは…」

男「そうだな」

魔王「…聞いておらんな」

男「聞いてる」

魔王「なら何を考えておる」

男「お前の服、俺が選ばなきゃならなくなった」

魔王「何故だ」

男「女さんが大家さん止めないって事は、お前の服買い終えるまで恐らくあのままにするって事だ」

魔王「勘違いでは無いのか?」

男「バカ言え女さんは面白そうって思ったら飽きるまでやる性格なんだぞ」

魔王「…それはまた、厄介な事だ」

魔王「しかし詳しいな…長い付き合いなのか?」

男「そりゃあの人の方が先に住んでたしな。それに…何度もその被害受けてるしな…」

魔王「例えば」

男「何で聞きたがるんだよ。俺の弱点でも探そうってか?」

魔王「…じゅ、純粋な興味だっ」

男(図星かコイツ…)

男「…被害ねぇ。一番の被害は女装させられそうになった事だな…」

魔王「じょそう?…幾つか言葉があるが」

男「女性の格好をする方だよ…はぁ…」

魔王「…人間は特殊な性癖を持っておるのだな…」

男「…女さんは俺もよく分かんねぇ。何するか予想出来ねぇし」

魔王「何を考えておるか分からん者と言うのは何処でも厄介な者だな」

男「その上賢いから尚更質が悪いんだよ…」

男「…面倒になってきた。俺やっぱ帰る」

魔王「大家の料理を食らう事になってもか?」

男「…………………」

魔王「膝が震える程嫌か…」

男「…しゃあねぇ…急いでお前の服買って言い訳の準備して俺は逃げる」

魔王「逃げるのか、情けない」

男「うるせぇ、俺は服装なんざ興味ねぇし。別にお前がどんな服着てようがどうでもいい」

魔王「そうか。なら早く我の為に選ぶが良い」

男「はいはい、分かった分かった…」

男(…本当に興味ねぇんだよな、ファッションとか…センスもねぇし)

魔王「…おい」

男「あ?何だよ」

魔王「そう言えば、何故人間は衣服を何着も持っておるのだ?」

男「は?…そりゃ、お洒落とか…」

魔王「我ら魔族は衣服を着ていても一着しか無いのだが」

男「…は?何?服洗わねぇの?」

魔王「洗う?…あぁ、大半の者は汚れても気にはせんからな。そもそも衣服を纏わぬ者も多い」

男「マジかよ…。じゃあ、お前も洗わねぇの?」

魔王「我の衣服は魔力による盾によって汚れなど付かん…が、この世界では効力が無いだろう」

男「だったら結局買わなきゃいけねぇじゃねぇか」

魔王「そうだな」

男「てかどうなってんだ魔界とやらは…」

魔王「まともな水場が無いのでな。基本的に毒の沼に酸の沼、溶岩ばかりだ」

男「人間お断りって世界だな…」

男「お、これとかいいんじゃね?」

魔王「む?……何だこれは。明らかに人間の子供向けの物は」

男「着とけよ」

魔王「余程我を子供扱いしたい様だな…」

男「実際ガキだろ」

魔王「…そうだが、魔王である」

男「知るか」

魔王「そうであろうな、ふん」

男(…見た目はどう頑張って見ても中学生レベルだしな…もしかしたらもっと年取ってるかもだが)

魔王「全く…貴様は、我を幾つだと思っておるのだ」

男「魔族の年齢とか知るかよ」

魔王「我が一族は寿命も人間と近い。ほぼ見た目通りだ」

男「なら」

魔王「但し我は実年齢より幼く見えるらしいが」

男「見た目通りだったんじゃねぇのか」

魔王「我に言われてもな」

男「…幾つなんだよ」

魔王「…齢20程だ」

男「………嘘だろ?」

魔王「事実だ。魔界は人間界と同じ時が過ぎている。暦の数え方も昔から人間と同じだ」

男「人間嫌いなのにか?」

魔王「だから変えようとする者も居るが、殆どが日にちなど気にせんよ」

男「時間とか年齢なんざどうでもいい奴ばっかって事か」

魔王「そういう事だ。暴れる事しか頭に無い者ばかりで困る」

男「…で、お前は何で年齢とか」

魔王「何故人間と同じ数え方をするのか気になって調べた事があるのでな」

男「へぇ。理由は分かったのか?」

魔王「いや。膨大な量の書物を全て見たが、何処にも記述は無かった」

男「…本気で全部見たのかよ?」

魔王「失礼な。しかとこの目で見てきたのだ」

魔王「しかし、全て読み切るまで長い年月が掛かった…」

男「物好きだな、お前」

魔王「魔王としての教養を深めようとしただけだ。それと…暇を潰す意味も兼ねてな」

男「魔界、何にも無さそうだしな」

魔王「…そう考えれば、やはり人間は豊かな生物なのだろうな」

男「豊か、ねぇ…そうでもないかもな」

魔王「む…?」

男「それより、調べて本当に書いてなかったのか」

魔王「無かった。ただ、遥か昔は人間と魔族に別れては無かったのかも知れぬ、とは考えたがな」

男「どっちも根は一緒ってか。他の魔族とかが聞いたら切れそうだな」

魔王「で、あろうな。…それより、衣服を」

男「あぁ、忘れそうだったのによ…」

魔王「おい」

魔王「全く、仕方の無い奴よ」

男「文句言うならお前も探せよ。自分の好きな物くらい自分で見つけろ」

魔王「……」ジー

男「もう見つけてるしよ…どうした?」

魔王「…見るだけでは分からんな」

男「似合うかどうかか?」

魔王「…うむ」

男「なら、あそこに試着室って書いてるだろ。それ持ってあそこ行きゃいい。試しに着られる」

魔王「ほう」

男「まぁ今行くのは待っとけ」

魔王「何故だ」

男「それ以外に気に入った服が見つかった時、どれが似合うか比べられた方がいいだろ」

魔王「成程、他の衣服も見ておいた方が良いと」

男「それに、見つける度に一々試着すんの面倒だし、場合によっちゃ迷惑掛けるかも知れねぇし」

魔王「ふむ、良く分かった」

魔王(…間違い無く自分が人間の世界に順応しつつあるのが分かる…これで良いのか我は)

男「おい」

魔王「何だ」

男「早く探せよ。早く帰りたいから」

魔王「わざと遅々と動いても良いのだぞ」

男「…ちち?」

魔王「…分からんのか」

男「い、いや、知ってるし」

魔王「見栄を張るのは情けない者のする事だ」

男「張ってねぇよ」

魔王「…遅いという字を二つ重ねて遅々と書く。意味は想像出来るであろう」

男「あっそ、ほら、さっさと探せよ」

魔王(下手な誤魔化し方だな…嘘を吐けん性格か)

男(日常会話で、あ~…遅々、とか使う奴初めてだ)

魔王(しかし、よくもこう様々な様相の衣服を取り揃えられる物よ。お陰で探すのに苦労する…)

魔王(全く、人間は何を考えたらここまで…。我が世界では服装を気にする者など人間にも…)

男(また何か考えてるなアイツ…服以外の事考えてんじゃ?)

魔王「む、これが良いか…」

男(律儀に選んでるな…強奪とかするタイプじゃなくてラッキーだ)

魔王「…何を見ておる。貴様も探せ」

男(あ、アイツ…目ざといって言うか…よく気付くなアイツ。近くもねぇのに)

魔王(…いかんな。やはり警戒してしまう…しかし、警戒して損は無いな)

男「はぁ…何でこんな…」

男(…ん?あれ、これ案外アイツに…)

女「どうしたんだい」

男「うおっ…女さん、急に耳元で話すのやめてください」

女「いやぁ、目論見通り悩んでくれてる様だからね」

男「…本当に、いい趣味ですね」

女「それほどでも」

男「大家さんは」

女「服を大量に選んだからね。今着て比べてるよ」

男「大量に、って…」

女「まぁまぁ、今は大家さんより彼女だ。良いの、見付かったかい?」

男「…さぁ、俺ファッションやっぱ分かんないんで」

女「彼女は知らないけど、僕は悩んだ末に似合うと思って買った物なら嬉しいけどね」

男「でも似合ってなかったら着ないんでしょ」

女「彼氏に貰った物なら着るかもね」

男(大家さんのなら着ないのか…?)

男「いたんですか?」

女「残念ながら今まで居た事が無い。こんな性格だからかな?」

男「そうだと思いますよ」

女「冷たいねぇ…まぁ、君の魅力の一つかな?そういう所も」

男「そりゃどうも」

女「さて、じっくり決めると良いよ。君の事だから早く帰りたいだろうけどね」

男「そう思うなら女さんも」

女「嫌だ」

男「……」

女「第一、僕は彼女の為の服を既に買ったんだよ。大家さんに代わって」ガサ

男「あぁ、袋に入ってるの、自分の服じゃないんですか、それ」

女「一着は僕のだけど」

男「それでも一着だけですか」

女「まぁね。僕自身もそこまで服装に興味がある訳でもないから」

男「はぁ」

女「大家さんは逆だけどね。彼女に色んな服を着せたがる位。今は忘れてるだろうけど」

男「忘れさせたの誰ですか」

女「僕だね。いやぁ参った」

男(…やっぱこの人よく分からねぇ)

女「さぁさぁ、僕が見守ってあげるから、今の内に探すんだ」

男「探しづらいです」

女「あれ、そうかい?」

男「そうですよ」

女「それは困ったね」

男「……」

女「そんなに見つめないでくれ。照れるよ」

男「見つめてません。睨んでるんです」

女「それは怖いね」

男「…もういいです」

女「っと、拗ねないでくれ。ちゃんと離れるよ」

男「最初からそうしてください」

女「いやね、君とはつい話がしたくなるんだ」

男「会話を長くしたがるの間違いじゃないんですか」

女「そうとも言う」

女「では、頑張ってくれ。…と言っても、もう見付けてるんだろうけど」

男「い、いや、そんな事…」

女「ふふ、相変わらず隠し事が苦手だね」

男「う…」

女「別に恥ずかしがる必要なんて無いと思うけどね。自分の性に合ってなくてもさ」

男(く…この人は本当、人の考え透かして見てるな…)

女「おっと、悪かったね。僕は大家さんの所に行ってるよ」

男「……疲れた」

男(…さっさと買っちまうか)

――――
――


大家「気付いた時には買い物終わってたんだけど…あれ?」

女「まぁ、良いじゃないですか」

大家「う~ん…」

男「じゃあ買い物終わったんで帰ります」

大家「あら、今からお昼食べるんだけど」

男「家で食べます」

女「やっぱりつれないね、君」

男「…お金、そんなに無いし、奢ってもらうのも、ちょっと」

大家「気にしなくてもいいのに」

男「一応男なんで、気にはします」

女「女性しか居ないのは、気まずいかな」

男「まぁ」

女「そうかい。じゃ、ゆっくり帰るんだね。寄り道は駄目だよ。危ない人には注意するんだよ」

男「保護者ですか。…では」

大家「う~ん…気を付けてね」

男「はい」

魔王「……」

男「…何だよ」

魔王「…いや、何でも無い」

男「ふぅん…」

魔王(……不味い。この二人だけだと身の危険を強く感じる)

男(察したか…?…別にバレてもいいけどな)

女「…行ってしまったね。残念無念」

魔王「残念なのか?」

女「いやぁ、彼をからかうのは楽しいからね」

大家「あんまりすると嫌われるわよ?」

女「半分は嫌われてると思いますけどね」

魔王「それで良いのか」

女「ん~…どうだろうね」

魔王(…うむ…良く分からん奴よ…)

大家「とにかく、話の続きはお店の中でしましょう?」

女「マオちゃんは何が良い?甘い物?」

魔王「…む、あぁ、別に気にせずとも良い」

魔王(そうか、マオは我か。忘れかけていた)

大家「それじゃあ、あそこでどう?」

女「良いですね、行きましょう」

魔王(今日の半分は、この二人に引き摺られる訳か…)

―数時間後―

魔王「」チーン

男「おーい。…へんじがない、ただのしかば」

魔王「殺すで無いわっ!」ガバッ

男「何だ、生きてたのか」

魔王「はぁ、はぁ…この魔王が、そう簡単に…」

男「何があったんだよ。女さんと大家さんが運んで来たんだぞ?」

魔王「…人間の社会、生活は、我にはやはり合わぬ…!」

男「今日で急に20年間の魔族の生き方、人間に変えるって普通無理だろ」

魔王「…そういう物か…そうか」

男「ま、お疲れさん。あの二人に付き合ってぶっ倒れるだけで済むんならまだましだな」

魔王「…この世界の人間は恐ろしい…」

魔王「…待て。こうなると分かっていて我を放っておいたのか」

男「そうだけど?」

魔王「この魔王より冷酷だ貴様は!」

男「お前が冷酷じゃなさすぎるんでねぇの」

魔王「我が甘いと申すか…!」

男「もっと周りに突っかかると思ってたのになぁ。大人しくしちゃって」

魔王「ぬ…それは…」

男「それは?」

魔王「だから、言っているであろう…今の我は人間より弱いのだ…」

男「魔族の生き方が骨まで染みてるってか。可哀想だな」

魔王「可哀想……?我を哀れむと言うのか…!」

男「折角こんな自由な方の世界に来たんだから、自由に生きれば良いんじゃねぇの」

魔王「自由に…」

男「適当に生きてりゃいいんだよ難しい事考えずにな」

魔王「……」

魔王「……適当に生きるのは良い事だとは思わないが」

男「じゃあ考えて生きろ」

魔王「雑だな…」

男「他人だしな。どんな生き方しようが俺知らねぇし。精々周りに迷惑かけずに頑張れよ」

魔王「…参考にならんな」

男「あん?」

魔王「しかし、自由か…魔族には強き者しか得る事の出来ない物だ…」

男「別に今すぐ出ていっても俺は止めないぜ。それが自由だ」

魔王「ならばここに居座る事も自由であるな」

男「は?出てけよ」

魔王「そうか…なら、大家の所に」

男「あの人の所だけは止めろ死ぬぞ!」

魔王「大袈裟な…」

男「あの人より女さんのが圧倒的に幸せになれる」

魔王「何と酷い言い草だ…」

男「吐瀉物を食べたいならいくらでも大家さんの所に行けばいい」

魔王「……。う…想像させるな……」

男「…やべ、思い出したら俺も気持ち悪くなってきた……」

魔王「大家はそれを食べて平気なのか…?」

男「あの人の味覚は美味い物は美味い、不味い物も美味く感じる特殊な舌の持ち主だから」

魔王「何だその魔法の舌は」

男「目の前で明らかに不味い物ムシャムシャ食ってた時は目を疑ったしな…」

魔王「…魔界でも平然と生きていけそうな人間だ」



大家「クシュッ……うぅ、噂されてるのかしら」

男「…あぁ、それとだな」

魔王「む?」

男「ケーキがある」

魔王「何っ!」

男「しかもチョコレートケーキだ、それはそれは甘い」

魔王「お、おぉ…。…代わりに何かをしろ、という事では」

男「ねぇよ普通に食わせてやる」

魔王「な、何だ、一体何を言っておるのだ貴様は」

男「おいテメェ」

魔王「何を企んで」

男「企んでねぇよ!」バシッ

魔王「ぐぅっ…頭を叩くな…!」

男「ったく、人の好意くらい素直に受け取れ」

魔王「…う、うむ…」

魔王(な、何を企んでおるのだ…?)

男「おいまだ疑ってんじゃねぇだろな」

魔王「そ、そんな事は無いぞっ」

男「……。まぁ、お前が寝てる間にもう飯は出来てる。こっちこい」

魔王「わ、分かった…。…けえき、とやらは?」

男「飯食ってからな」

魔王「そうか…!」ワクワク

男(…どんだけ楽しみなんだよ)

男「まぁ待て。今日は寒いしな…」カチッ

魔王「む?今何をしたのだ」

男「これも和の一つ、こたつだ」

魔王「こたつ?どれだ」

男「机があるだろが」

魔王「…?厚い布がある以外は普通だと思っていたのだが…?」

男「とにかく足入れてみろ」

魔王「何だと言うのだ一体………!?」

魔王(何だこの温もりは…!?魔界では感じた事も無い……!)

男「どうだよ」

魔王「………ぐぅ」

男「寝るな起きろ」

魔王「はっ!?ね、寝てなどない!」

男「ま、眠たくなる気持ちは分からんでもないけどな」

魔王「これがこたつ…この国独自の…。和というのは不思議だ…」

男「…よっと。おら、食え」

魔王「む、これは…」

男「これは和じゃねぇけど、ハンバーグだ」

魔王「甘いのか?」

男「そう何度も甘いやつ出してたまるか。俺だって食うんだぞ」

魔王「そうか…むぅ」

男「そんなに甘くしたいならこれかけとけ」

魔王「けちゃっぷ、だったな。…いや、止めておこう。癖になっては帰りたくなくなってしまう」

男「そんな帰りたいか?」

魔王「早く帰って欲しいのでは無かったのか?」

男「帰って欲しいけど?」

魔王「ならば文句は無かろう」

男「ねぇけどよ」

魔王「では、遠慮無く食わせて貰おう。…んむ」

魔王(…食事環境では人間には勝てんな。やはり、知恵が…)ピョコピョコ

男「…また耳出てんぞ」

魔王「ぬおっ!?」

男「…外で出してねぇよな」

魔王「そ、それは無い…」

男(…それだけ俺の料理美味いのか…いや違う自惚れんな偶然だ偶然)

魔王(ぬぐぐ…な、何故また…こ、これは…そう、こたつ、こたつの所為だ…!)

男「こんなんで耳出してたら、ケーキ食ったら死ぬんじゃねぇか?」

魔王「……………」

男「悪かった。俺が悪かったからそんな泣きそうな顔すんな」

魔王「絶対、絶対に食べて生き延びてみせる…!」

男「何の決意だよ…」

魔王「我は魔界でせねばならん事があるのだ…!」

男「そうかい…好きにしてくれよ…」

魔王「では好きにさせて貰う」

男「…食うの速ぇな」

魔王「けえきを食わせろ貴様に何をしてしまうか分からんぞ」

男「冷蔵庫に入ってるから取れよ」

魔王「れいぞうこ…大きな白い箱だな、分かった」

男(どんだけ食いたいんだよ…)

魔王「うぉ!?冷気が!」

男「うるせぇ冷蔵庫だから当たり前だろ」

魔王「これも電気の力か…!?」

男「そうだ」

魔王「電気…非常に応用が利くのだな…成程、希望の光となる訳も分かる……寒い」

男「だったら早く出して閉めろよ」

魔王「どれがそうだ?」

男「白い箱入ってんだろ?それだ」

魔王「そうか、あれか!」

魔王「ふふふふふ……今、我が手には世にも恐ろしき食物があるのだな……!」

男「……俺は突っ込まねぇぞ」

魔王「さぁ、その姿を我に見せるが良い……!」

男(テンション上がってんな……)

魔王「おぉ…黒き壁に覆われておるな…ちょこれいとか?」

男「黒き壁って何だよ…そうなんだけど」

魔王「さぁ中身はどうなのだ?」ワクワク

男「普通に食えよ。ほら、フォーク」

魔王「済まぬな!」

男(…本当に魔王か?こいつ)

魔王「何と…中身も黒いぞ…外も中もちょこれいとか…!」

男「…もう良いから食えって」

魔王「ああ!」パクッ

魔王「……ん~~~~♪」ピコピコピコピコ

男(耳すっげぇ動いてるな…相当嬉しいか、食えたのが)

魔王「♪」モムモム

男「感想は?」

魔王「思わず舌鼓を打つ味だな!あぁ、人間の事などどうでも良くなってきた…」

男「おいお前魔王だろ負けんなよ」

魔王「甘い物に勝てる物など無い」

男「いいのかそれでよ…」

魔王「けえきと出会えた奇跡に感謝するしか無いな…!」

男「まぁ、お前が良いならいいけどな、別に…。それより、口元汚れ過ぎだ」

魔王「む?」

男「あぁもう、拭いてやるから動くな」フキフキ

魔王「う、自分で、む、むう…」

男「子供じゃないんだろ、だったらそもそも口元汚すな」

魔王「ぐむ…」

魔王(くっ、屈辱…子供扱いされるとは…)

男「全く、ケーキ一つでここまで喜べるなんざ、幸せな奴だな、お前」

魔王「…何?我が幸せ?」

男「こっちの世界じゃあな、幼い頃から誕生日を祝う為にバースデーケーキ用意すんだよ」

魔王「何だとっ!?狡いぞ!!」

男「ズルいとか言われてもな…」

魔王「…しかし、産まれた日を祝う、か…ふむ」

男「…祝って欲しいのかよ?」

魔王「そ、そうでは無いが…何だその目は、本当だぞ!」

男「はいはい。…とりあえず、今日はあれだ。お前が今日ここに来た祝いって事で」ゴソ

魔王「む、何を…」

男「…服、やるよ」

魔王「………」

男「何か言え」

魔王「あ、あぁ…」

魔王「……ふふふ」

男「あ?」

魔王「成程、言っていた意味が分かったぞ」

男「…あの二人が何か言ったのか。おい教えろ」

魔王「あまり素直では無いが世話好きで動物好きな優しい奴だ、とな」

男「何だ、そりゃ…」

魔王「不満な評価だったか?我は正しい評価だと思うが」

男「…別に」

魔王「…ふ、人間は気楽な物だ」

男「あん?」

魔王「魔族と違い、他者を良く見る事が出来る、と思ってな…」

男「…そう言う割には、お前も人の事ジッと見てんじゃねぇか」

魔王「我が見ているのは敵意だ。魔族は周り全てが敵と言って良いからな」

男「…やっぱ窮屈だな」

魔王「まず同族に敵意を抱かぬ人間には窮屈であろうな」

男「ま、いいか別に。俺行かねぇし」

魔王「仮に行ったとしてもすぐに死に伏すだろうがな」

男「だろうな。……」

魔王「…何だ。我の口元がまだ汚れていたとでも?」

男「違ぇ。…風呂、どうしてんだ、と思ってな」

魔王「風呂?何が気になると言うのだ」

男「あぁ、あるんだな?魔界にも」

魔王「無い」

男「は?」

魔王「体の汚れを気にする魔族は少ないのでな。我が一族は少数の一派であるが」

男「要は体洗ってるって事か」

魔王「そうだな。我は浴槽を自ら作り出し汚れを落としていたが」

男「…自ら?何してんだお前」

魔王「興味が湧いた物を学び作っただけだ」

男(…こいつ、本当に人間嫌いなのかよ。全然そう見えねぇ)

男「…とりあえず、こっちにも風呂がある。ってか家に無い方が少ないけどな」

魔王「何だ、風呂があるのか。先に言え」

男「言っても入らせねぇ」

魔王「ちぃっ」

男「ちぃっ、じゃねぇもしテメェに長風呂されちゃ困るんだ。電気代水道代光熱費、色々金掛かるんだ」

魔王「……人間も窮屈な物よ。様々な物に金が掛かるのか」

男「金も何も根こそぎ奪う魔族の王様には窮屈だろうがな」

魔王「ふん。…ところで、風呂があれば…厠?もあるのか?」

男「厠って…古い言い方だな。トイレだろ」

魔王「言い方などどうでも良い」

男「あるけど何だよ。行きたいなら右な。左の扉は風呂だ」

魔王「…そうか」

男「…何だ?来てから行ってないのかよ」

魔王「人間はそういう事を聞きたがる趣味でもあるのか」

男「ねぇよ。…早く行け」

男「…一応、耳塞いどくか」

男(もしかして、使い方…いや、見りゃ分かるか流石に)

 ガチャ

魔王「………」

男「………使い方、分かったか?」

魔王「馬鹿にするで無い。我が世界にもあの形はある」

男「そうか…形?…流し方が分からないとかって」

魔王「……」

男「……トイレの右に、レバー…何か取っ手みたいなのがあるから、それを手前に引いて戻せ」

魔王「……うむ」ガチャ

男(水洗式は無いのか…機械的な仕組みはまず無いって考えた方がいいか)

魔王「…手洗い場も、あるか」

男「あるよ。蛇口捻りゃ…あぁめんどくせぇこっちこい説明してやる」

魔王「分かった」

魔王(ここも我が世界の仕組みと違う…中々慣れん…)

男「…んで、ここが風呂だ」

魔王「…白いな」

男「何か文句あんのか」

魔王「魔界に白は全くと言っていい程無いのでな」

男「お前色白じゃねぇか」

魔王「それ故姫と呼ばれたのだ、ふっふっふ」

男「あっそ。そりゃよっぽどお美しいと思われたんでしょうよ」

魔王「ふん、貴様に言われても嬉しくないな」

男(ちょっと喜んでんじゃねぇか…)

魔王「それより、使い方は」

男「あぁ、これがこうで……」

男「……あ」

魔王「どうした」

男「……お前着替える時、俺どうしよう」

魔王「?部屋で居れば良いだろう」

男「脱衣場なんてねぇんだ、ここで着替えるしかねぇんだぞ!つまりだな…」

魔王「我が着替える姿を見てしまう、と」

男「見ねぇよ、見ねぇけど音聞こえるのが」

魔王「我は見られた所で気にせんよ。恥ずべき所など無いのでな」

男「気にしろ!多少は!恥ずかしがれ!」

魔王「何だと言うのだ…」

男「え~、あ~、そのな、裸なんかそんなに気安く見せる物じゃねぇだろ、うん」

魔王「そういう物か」

男「そういう物なんだよ!」

男「あぁ、もう、何で大家さんが…やっぱ駄目だ料理的に。じゃあ女さん…も駄目だ」

魔王「何を言っておる」

男「何で男女一緒に住ませようとするんだよ…」

魔王「何か不都合でもあるのか」

男「今あるだろ大いに!」

魔王「気にしておるのは貴様だけだが」

男「だからお前も気にしろってのあぁもう…」

魔王「ふむ…肌を晒さぬ方が貴様は良いと」

男「人前で服着ない姿見せるのは止めとけってんだよ。別にお前がどんな服着てようが良いから」

魔王「人間は妙な事に拘るな、全く」

男「…はぁ、とにかく服脱いで、洗濯機…あの穴の空いた箱に入れてくれ。俺外出てる」

魔王「…まぁ、我には貴様を止める理由は無いからな。そうする気ならするが良い」

男「言われなくても、だ…はぁ」

魔王「…出ていったか。全く、何を気にしておるのか…」

魔王(…長く入っておれば、あやつは外に立ち続けるのか)

魔王「ふっふっふ…我を殴り付けた罰…」

魔王(いや待て…魔王としての器として、あまりに小さいのでは…?)

魔王「…ふん、早めに出てやるとするか。感謝するが良い」

魔王(…一人で何を言っておるのだ、我は。人間の事など…)

魔王(…まぁ、良い。湯船に浸かって落ち着くとしよう)

 チャプン

魔王『ほぅ…』

魔王(思わず溜め息が出てしまうな……耳と尻尾も出ているではないか…まぁ、今は良い)

魔王(…我が世界への帰還…。どうすれば良いのか…)

魔王(そもそもこの世界に辿り着いた手段すら分からんのでは、見付かる可能性は極めて低い…)

魔王『…この世界で永住する覚悟を決めねばならんか』

魔王(…結局、我は何も達成出来なかった…魔王としても、我自身としても…)

魔王(この世界でも何も出来ず人間に世話を焼かれる始末…)

魔王(魔王など、初めから合っていなかったのやも知れぬ…)

魔王(…今はそれを考えている場合では無いな。何とかあやつから…違う、どう暮らすか、だ)

魔王(我が世界の人間と生活が殆ど違う…どうも慣れん…)

魔王(…自然と人間の生活と合わせようとしている我は、魔族として異端なのだろうな)

魔王『…母上、父上…我は、一族の…』

男「…さっむ」

男(早く出てくんねぇかなアイツ…)

女「…また外に居るのか」

男「えぇ、アイツが風呂に入ってるんで」

女「……あぁ、成程。着替え、見えるからね」

男「そうですよ。見ない為にわざわざ…何で俺が外に…」

女「勿体無い事をするね、君も。折角覗きが出来るのに」

男「そんな趣味無いんで」

女「そうかい、残念」

男「他人事だと思って…」

女「実際他人事だからね。見てて楽しいよ」

男「悪趣味な」

女「それはどうも」

男「…で?女さんは?」

女「いやぁ、夜風に当たりたくてね」

男「寒いだけですよ」

女「たまには当たりたくなるのさ」

男「俺はずっとこたつで包まってた方が幸せですけどね」

女「こたつ、か。…実は、入った事無くてね。恥ずかしながら」

男「そりゃ勿体ない。人生半分損してますよ」

女「へぇ、言うね…」

男「寒い冬の必需品ですから」

女「家に殆ど居ない身に対する嫌味かい?」

男「捻って考えないでくださいよ」

女「悪かった。癖でね」

男「知ってます」

男「はぁ…寒い…」

女「抱き締めてあげようか?」

男「お断りします」

女「素っ気ないね、君」

男「これ以上心労を増やさないで下さい」

女「そんなつもりは無かったんだけど…まぁ、応援はしてるよ」

男「それはどうも…」

 ガチャ

魔王「……おい」

男「…早いな。おい、ちゃんと身体洗ったか?髪もだ」

魔王「……目が痛い」

女「……入ったんだね、シャンプー」

男「何やってんだお前…」

魔王「あんな物、我は知らぬ…!」

男「あのな、やり方教えてやっ――」

女「教えるんじゃなくて、君が実践してあげた方が早いと思うけど?」

男「は?」

女「ああ、僕はこれから用事があるし、手伝えないよ。残念だけどね」

男「じゃ、じゃあ」

女「僕が大家さんに行ってきますって毎回伝えてるんだけどね、今は伝えられなかったよ」

男「…他は…」

女「君は女性が僕と大家さんしか居ない事を忘れたのかい?」

男「…覚えてますよ…マジかよ…おい」

魔王「何でも良い…早くこの目の痒みを…」

男「……はぁ、腹、括るか…クソ」

男「タオル外すなよオラ。絶対にだ」

魔王「何故巻かねばならん…」

男「俺の精神的な面でだ」

魔王「それ故か?貴様が服を脱いでおらんのは」

男「そうだよ」

魔王「濡れるぞ」

男「そん時はお前の後に風呂入るだけだ」

魔王「…同時に入れば良いのでは」

男「出来るわきゃねぇだろふざけてんのか」

魔王「…成程、一人で静かに入りたい性格か」

男「…もうそれでいい」

魔王「…ん?」

男「オラ前向け前」

魔王「ええい頭を掴むな無礼者!」

男「うるせぇ頭洗うぞ目閉じろまた痛くなりたいか、ん?」

魔王「う、うむ」

男「…よし」

魔王「……」ワシャワシャ

男「加減は?」

魔王「…まぁ、良い」ワシャワシャ

男「そうかよ」

魔王(…思わずやらせてしまっているが、頭を洗う、いや、触ったのもこやつが初めてか…)

男「…髪、サラッとしてんな」

魔王「我が世界に居た時はかなりの頻度で入っていたからな」

男「そりゃ優雅な暮らしな事で。だがこっちでは何度も入んなよ」

魔王「金が掛かるのだろう?厄介な事だ…」

男「一日一回な」

魔王「…三回の間違いであろう?」

男「いいや?」

魔王「……二回は」

男「駄目だ」

魔王「何故だ!」

男「お前で一回、俺で一回、合計二回風呂を沸かす事になんだぞ」

魔王「なら共に入るか、湯が冷める前に入るべきでは無いのか」

男「お前、俺の後に入りたいか?人が入った後の風呂に入れるか?俺は嫌だ」

魔王「……そうか」

男「第一だな、男女が一緒に入るってのはな、恋人とか夫婦でもない限りまずありえねぇんだよ」

魔王「そういう物か?」

男「そうだよ」

魔王「ふむ…」

男「…まぁ、家族とか、幼馴染とかならあるかもな」

魔王「…意外と可能性が多いではないか」

男「お前とはまず無いから安心しろ」

魔王「そう断言されると、それはそれで癪に障る」

男「お前の世界と違って身の危険がねぇんだ、別にいいだろが」

魔王「…この国が平和過ぎるだけなのではないか?」

男「そうかもな」

魔王「……平和、か」

男「嫌いか?」

魔王「…我は魔族の平和を望んでおるのでな」

男「あっそ」

魔王「…しかし、誰も戦わない国…信じられんな。この目で見ても」

男「皆、赤の他人に興味ねぇだけだ。もし隣に武器隠し持ってる奴がいたって誰も気付かねぇよ」

魔王「誰も自分を殺すと思いもしないと」

男「平和なんでね。そんな事する奴の方が少ねぇんでな」

魔王「…信じているのか、信じていないのか…分からんな」

男「まぁ、どうでもいいだろお前には。とりあえず流すぞ。口開けんなよ」

魔王「んん…」

 バシャ

魔王「わぷっ」

男「何だわぷって」

魔王「……それがどうしたと言うのだ」

男「いんや?魔王の威厳ってのが最初から全然感じられないんでなぁ?」

魔王「ぐぬぅ…貴様」

男「良いから風呂入ってろ。髪も洗ってやったし、俺はもう出る」

魔王「……この布、外しても良いな?」

男「俺が出てからな」

魔王「分かっておる…煩い奴だ」

男「うるさくて結構」

魔王「…ふぅ。疲れる奴だ、全く」チャプ

魔王(…居なかったな。我の周囲に、ああいう輩は)

魔王(まぁ、魔王である我に、そういった者が居っても困るがな)

魔王(いや、そもそも魔族には殆ど居らんか…相手に世話を焼く者など)

魔王(他の者を自らの命を犠牲にしてまで守る…人間にしか出来ぬ行為だ)

魔王(どうしてそれが出来る…?どうして誰かを庇える…?どうして…)

魔王(同じ命である筈だ。どうして、何処で差が生まれた?元の環境か、元の性質か…?)

魔王「………我も、人間であれば………」

魔王(!!何を言っておる!我は魔王、そして誇り高き一族なのだ…!)

魔王(人間を完全に認める訳にはいかぬ…あっては、あってはならんのだ…!)

魔王「………」ガチャ

魔王(あやつは…)

男「……んぐ」スヤァ

魔王「…寝ておるのか」

魔王(ならば気兼ねなく着替えられるという物…)

魔王「……寒い」ブルッ

魔王(早く着替えた方が良いな…)

魔王「…こやつ、我を差し置いて、こたつで寝ておる…卑怯な…」

魔王(早く着替えて暖まろう…くぅ、ここは寒暖の差が、魔界と比べると大きい…手が冷える…)

男「んご…」

魔王「ふん、一人で占領するとは生意気な事を」モゾ

魔王(…ええい、こやつの足が邪魔だ)ゲシ

男「………」

魔王(空いたか…しかし、暖かい…)

魔王「くぁ………。………すぅ…」

男(…寝るの早ぇな、おい)

男「…くそ、ちょっと目が覚めちまった」

魔王「………我は……魔王……」

男「知ってるっての…」

魔王「………父上…母上…」

男(…父上に母上ねぇ。どんな性格してんだろうな)

魔王「……何処にも……」

男(寝言多いな、コイツ…)

魔王「…うぅ……何故……」

男(…いや、うなされてるのか?これ)

魔王「…………………ッッ!!!!」ガバッ

男「うぉっ!……急に起きてくんなよ」

魔王「………夢か」ハァ ハァ

男「早いお目覚めだな、俺もだけどな」

魔王「…確かに、先程と殆ど時間が変わっておらんな…」

男「…はぁ」

魔王「…何だ、その溜め息は」

男「………おら」コト

魔王「…水?」

男「飲んどけよ。多少は落ち着くだろ」

魔王「…んく……ふぅ…。うむ、多少は、落ち着いた」

男「そうかい。なら後は早く寝とけ」

魔王「…あぁ」

魔王「…?何をしておる。何処で寝るつもりだ?」

男「布団で寝る」

魔王「…ふとん?」

男「そのこたつの上にある厚い布と似た奴だ」ゴソッ

魔王「む…成程、足を無くした簡易ベッド、と言った所か」

男「まぁ、そんな物だな」

魔王「しかし、何故…」

男「お前そこで寝たいんだろ」

魔王「あぁ」

男「だからどいてやったんだろうが。感謝しろ」

魔王「…………ありがとう」

男「…あ?あ、あぁ…どういたしまして」

魔王「…何だその反応は」

男「素直に言うとは思ってなかったんでな」

魔王「……確かに、我には合わん言葉だった。忘れろ」

男「はいはい、忘れますよ…電気消すぞ」

魔王「あぁ…」

男「…おやすみ、よく寝ろよ」

魔王「言われんでもな」

男「あっそ…」

魔王(…我はどうしたというのか…ここに来てから何故、妙な気分を覚え続けている…)

魔王(人間相手に礼まで言った…だが、不思議と不快ではない…)

魔王(…もう毒されてきておると言うのか?…早く、戻らねば…)

――――
――


 カプ

男「……うぐぅ…つぅ…痛って……」

 ガジガジ

男「……マジで痛ぇ!」

魔王「………」ガジガジ

男「おい!耳噛むな痛ぇんだよ!離せ馬鹿!」バシッ

魔王「むぐ…」

男「…痛ってぇ…寝相悪いなコイツ…犬かよ」

魔王「犬ではなぁい……」

男「うるせぇふざけんな耳盛大に噛みやがって…」

男(最悪の朝の目覚めだ…)

男(コイツが寝てる内に早く風呂に入って、気分良く朝を過ごすか…)

魔王「りゅう~…りゅうのにく~…」

男「んなのねぇよ」

男(…てかコイツ、布団に潜り込んで…器用な寝ぼけ方だなおい)

魔王「くぅ…温い…」

男(…こたつの電源は切っとくか)

男「さて、朝風呂朝風呂っと…」

魔王「りゅう~…りゅうのにおい…」

男(まだ言ってんのか。…何か味気になってきたじゃねぇか)

魔王「どこだ~…出てこ~い…」

男「いねぇよ。ったく…」

男(すぐ起きそうだから早めに出るか…)

魔王「…………………む?」

男「げ」

魔王「くぁあ……うぅん……」

男(起きちまった…下脱げねぇ…)

魔王「…男、何をしてい…………」

男「な、何だよ……」

魔王「…竜」

男「は?」

魔王「背中。竜」

男「……は?何言っ」

幼竜「ギュ?」

男「……………………………………………。うぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!?背中に竜!?」

魔王「何故気付いておらんのだ…」

男「いつの間にいたんだよ!?離れろコイツ!!」

幼竜「ギュヴィ…」

男「おい!剥がしてくれ!」

魔王「その前に落ち着かぬか。そやつは幼い。噛まれても致命傷にはならん」

男「噛まれるかもしれねぇのに落ち着けるか!」

幼竜「クルル…」バサッ

男「お…離れた…?」

幼竜「フィ」ボフン

魔王「…ふむ、貴様の布団がお気に入りらしい」

男「あっそ…はぁ…何なんだよ急に…」

幼竜「クァ」

魔王「うぅむ…しかし、幼体の竜とは珍しい…」

男「へぇ…魔王様でもそう思う位か」

魔王「竜は滅多に子を産まん。故に産まれた子は成長するまで姿を見させない程過保護に守る」

男「…じゃあコイツ…迷子か?」

魔王「そうかも知れんな」

幼竜「キュイ」

魔王「ふむぅ…しかしな…我は知らんぞ。青い竜など」

男「青って言うか水色に近いけどな」

魔王「青だろう」

男「…まぁいいや。で?見た事ないって?」

魔王「うむ…赤に緑、紫に白、黒や黄金など、色で竜族は分類されるのだが…」

男「青は今までないってか」

魔王「魔族の歴史の中でも竜の存在は色まではっきりと語り継がれているが、青は無い」

男「じゃあ幼体の時だけ青色か、新種なんじゃねぇの?」

魔王「どちらにしても、興味深い…味も」

男「おい食う気か」

魔王「……いや、食わんぞ」

男「その微妙な間は何だよおい」

魔王「竜を見て腹が減った。何か作れ」

男「素直かと思えば偉そうに」

男「ま、どうせ魔王様は料理出来ねぇからな。俺が作るしかねぇ」

魔王「聞き捨てならんな。それ位出来る」

男「人間の料理は無理だろ?」

魔王「む…」

男「お前はその竜の面倒でも見てるんだな」

幼竜「ニュ」

魔王「何故我が…」

幼竜「カウ!」バサッ

男「どわっ!へばり付いてくんな!」

魔王「ふん、やけに好かれておるな」

男「お前が嫌われてるだけじゃねぇのか!」

魔王「恐れられていると言え」

男「どうでもいいからどうにかしてくれ!」

魔王「やれやれ。例え幼いとしても竜が何者かに懐くのは非常に稀なのだぞ?」

男「そんな名誉いらねぇよ!」

魔王「勿体の無い事を言う…」

男「ええい懐くのは良いけどよ、デカいんだよ!1メートルはあるだろ!」

魔王「めえとるが何かは分からんが、大きさの事なのは分かったぞ」

男「そりゃよかったな!」

魔王「…そんなに引き剥がして欲しいのなら剥がして」

幼竜「ヴァウ!」ゴウ

魔王「うおぉ!?」バッ

男「ひ、火ぃ吹いた!おい!」

魔王「…貴様が気に入ったらしい。飽きるまでそのままだな」

男「マジかよ…!何でか重さは感じねぇけど、前は邪魔だ!」

幼竜「…キュウ」スス

男「あ?…背中に移った」

魔王(…この国の言葉を理解しているのか?…だとすれば)

幼竜「ファウ♪」ヨジヨジ

魔王「ふむ、相当懐いておるな。貴様の頭がお気に入りらしい」

男「…そうですかい」

魔王「まぁ、気にせず作るが良い。そやつの為にもな」

幼竜「ヴ」グー

男「何食うんだコイツ…」

魔王「知らんな」

男「知っとけよ」

魔王「未知の竜だと言った筈だが」

男「そうだったな」

魔王「美味い物なら勝手に食らうだろう」

男「何でもってのは困る。後無い物ねだりもな」

魔王「肉を食わせろもか」

男「そうだよ」

男「大体な、朝から肉なんざ焼いてられるか。精々魚ぐらいだ」

魔王「魚、か」

男「文句あんのか」

魔王「いや、魔界では貴重でな…」

男「…あぁ、基本水が毒なんだったか」

魔王「そうだ。それ故に、味が気になっている」

男「そうかよ。じゃあ焼いてやる」

魔王「ふむ、そうか」

男「お前にも用意してやるぞ~」

幼竜「クァ!」バサッ

男「急に翼広げんな」

幼竜「ギィ…」

魔王(ううむ…もう手懐けるか…あやつ、本当に人間か…?)

魔王「…む」

魔王(物の焼ける匂いが…香ばしい…そろそろか?)ウズウズ

男「おら、出来たぞ」

魔王「!」

男「ご飯と焼き魚と味噌汁だ。あぁ、完全に日本人の朝の食事だ」

魔王「そうなのか…?」

男「そうだよ。おら、箸だ」

魔王「…どう使えば良いのだ」

男「あぁん?…はいはい、やってやるよ」

魔王「な、何だ、背中側に回って…」

男「見せるだけじゃ分かんねぇと思ってな」

魔王「何だと?」

男「はい、まず手はこう!」

魔王「急に我の手に触れるな!」

男「ワガママ言うんじゃねぇ」

魔王「何なのだ失礼な!気安く触れるな!」

男「じゃあこの箸を持つ手を見てみろ。で、真似てみろ」

魔王「……ぬ。う。う」カチャン

男「落とすな」

魔王「……何故使わねば」

男「日本じゃ箸持つのが普通だ。持てねぇとヤバいな」

魔王「……努力する」

幼竜「ヒュイ」

男「ほら、コイツも応援してるぞ」

魔王「持つ必要が無いからな…気楽な物だ」

幼竜「ガウ!」コオ

魔王「ぬおぉ!寒い!」

男「ちょっ!冷てぇ!氷の息吐くな!」

魔王「はぁ…はぁ…まさか、複数の息吹を使うとは…」

男「ポテンシャル高ぇな小せぇのに…」

幼竜「ルイ♪」

男「あんま褒めてねぇよ」

幼竜「キュウ…」

魔王「……む?おぉ!どうだ、持てたぞ」

男「じゃあ次は」

魔王「まだあると言うのか…」

男「こう動かしてみろ、こう」

魔王「ぬ…ぐぐ…」

男「おら、出来ねぇと食えねぇぞ」

魔王「お、お預けだと…!ぬぐ、ぐぐぐぐ」

男(そんな唸りながらやる事か…?)

魔王「何故、何故この魔王が、食事を目の前にしてぇぇぇぇぇぇ!」

男「うるせぇ、おい竜」

幼竜「クァ!」

魔王「待たんか!……ど、どうだ」

男「じゃあ次は」

魔王「まだかぁ!?」

男「それでご飯掴んで食ってみろ。こうやってな」

魔王「ぬ、ぬぅ…」

男「おっと、落とさない様に、茶碗持って食え。ほらこういう風に」

魔王「うむ…」

魔王(……もしも、親が居るのなら、こう教えてくれるのだろうか…?)

魔王(違う!何故こやつにそんな物を感じ取っておるのだ!)

男「おい落としたぞ」

魔王「ぬぅ…」

魔王「くっ…くっ…」プルプル

男「ほれほれ頑張れよ魔王様」

魔王「頑張って…!あぁ!」ポロッ

男「ふっ」

魔王「この、小癪な、性悪な…!もう手で食うぞ!」

男「飯抜きにすんぞ」

魔王「ぐっ…!」

幼竜「…」ガシュガシュ

魔王「こやつは手どころか口だけだぞ!」

男「コイツは箸使える手じゃねぇだろが」

魔王「ぬぐぐ…」

男「ま、精々頑張ってくれ」

魔王「舐めおってぇ…!」

男「…第一、別にそんな下に茶碗持ってかなくても、口の近くまで持ってくりゃいいだろが」

魔王「先程の貴様の真似をしたまで…!」

男「ま、持っていいのは碗だけだけどな。皿は基本駄目だ」

魔王「人間めぇ…厄介な物を…!」

男「人のせいにすんじゃねぇ」

幼竜「キュギュ」

男「ほら、コイツも言ってんぞ」

魔王「ぬぅぅ…!」

幼竜「ムキュ♪」ゴキュゴキュ

男「…お前、いい飲みっぷりだな。味噌汁ガブ飲みする竜とかファンタジー感無いな」

幼竜「ミュ?」

魔王「ふぁんたじいがどういう意味かは知らんが…!」プルプル

男「早く食えよ」

魔王「あぐ。…苦労の末か、非常に味わい深く感じる…」

男「大げさだな」

魔王「苦労させたのは誰だ」

男「俺」

魔王「貴様…」

男「いいから早く食え。冷めた奴より温かい方が美味いからな」

幼竜「ヴァウ」バキバキ

男「…魚、骨ごと頭丸かじりか。ま、竜だしな」

魔王「むぅ…ああして食えば良いのか?」

男「お前は骨取り除いて食え。喉刺さったら病院行きだぞ」

魔王「びょういん?」

男「…あぁ、無ぇのか。病院ってのは、怪我と病気を治療する場所だ」

魔王「治療、か。魔法が扱えるなら、どの様な怪我も病気も治せるぞ。我でも完治には時間は掛かるがな」

男「便利な世界だな」

魔王「扱えるのは、我自身以外知らぬがな」

魔王「…うむ、良い…塩梅、という奴か」

男「お気に召した様で何よりです」

魔王「…この、味噌汁とか言うのも、中々だ。体が暖まる」

男「ま、そっちの人間だって食ってねぇかもしれねぇしな」

幼竜「クィ♪」

男「うぉ、もう食ったのか。…お前も気に入ったか」

幼竜「~♪」スリスリ

男「はは、何だコイツ」ナデナデ

魔王(……………)ジー

魔王「これらの具材は一体何だ?」

男「んあ?何だよ、作る気か?」

魔王「作る事が出来て、困る事など無いであろう」

男「確かにそうだろうけどよ」

魔王「なら良いではないか」

男「まぁな。…魚は鮭だ。揚げるのも美味いぞ」

魔王「ほう」

男「味噌汁は豆腐とワカメだな」

魔王「…どれも聞いた事が無い…」

男「ワカメは海草、海の草だ」

魔王「海の草、か…ふむ、珍しい」

男「んで鮭はさっきみたいに身が赤い魚…と見せかけら白身魚だ」

魔王「何だそれは」

男「死んでしばらくすると、何でか身が赤くなるとか何とか」

魔王「変わっておるな…」

男「で、豆腐は…豆の汁固めた奴だと思えば良い。腐った豆で豆腐だ」

魔王「汁を固めた…?腐った豆…?…腐った物を食わされたのか…?」

男「豆腐は字だけで腐ってねぇ。まぁ、実際に腐った豆…納豆って奴あるけどな」

魔王「…良く分からん」

男「ネバネバしてるし腐ってるだけあって匂い臭いけど、人によっては美味いらしい」

魔王「らしい…知らんのか?」

男「食ったが俺は無理だった」

魔王「なら食わねば良いでは無いか」

男「この世界には学校っつってな…子供たくさん呼んで勉強する場所があんだよ…」

魔王「勉強…?誰かに教えて貰うのか?」

男「そうだよ…ま、そこはいい。学校には種類があってな…小学校が一番最初の学校だ」

魔王「ふむ」

男「そこは基本給食…食事が用意されんのさ」

魔王「そこになっとうとか言う物が出てきて、全員食わざるを得なかった、と」

男「あぁ…本当、苦行だった…」

魔王「好きな物以外を食うのは、確かに苦しいだろうな…」

男「だからって、好きな物ばっかは食わせねぇぞ」

魔王「ぬぐっ…」

男「お前は好き嫌いすんなよ。でないと一生そのままだな、身長とか」

魔王「なっ…!?き、気にしておる事を…!」

男「気にしてたのかよ」

魔王「魔王としての威厳に関わるのだぞ!」

男「お前の顔じゃ威厳も何も…」

魔王「どういう意味だ…?」ビキッ

男「あ?可愛い顔してるぞってな」

魔王「可愛いではいかんのだ!」

男「あぁそうかい。残念だな、ここじゃ威厳より可愛い方が得なんだけどな」

魔王「魔界において可愛さなど必要無い!」

男「あっそ」

魔王(…だと言うのに、何だこの胸のざわめきは…!)

男(…コイツ顔赤くなってないか?怒ってんのか、照れてんのか…ま、別に関係ねぇけど)

魔王「…ふん!まぁ良い。我はまだ成長途中、まだ、まだ…!」

男「…お前の成長期過ぎてるだろ」

男(でなきゃあんなに胸デカくなる訳ねぇ)

魔王「人間の成長限界が何時か何処までかは知らんが、我が一族は三十まで成長を続けるのだ」

男「…て事は何だ?人間より寿命長いってか?」

男(胸も身長もまだデカくなんのか…)

魔王「さぁな。寿命を全うする魔族など、極めて稀である故、誰も良く知らん」

男「そうかい」

魔王「…この世界では、全う出来る者が多いのか?」

男「大体病気で死んでるから、寿命を全う出来る奴はそうそういねぇだろ」

魔王「平和な国でもか」

男「平和でもだ。逆に生きる奴は百年位生きる」

魔王「百年…人間でもか…?」

男「たまにいるんだよ、そんなのがな」

男「ま、それはいいとして…今のままの体格でも、好きな奴はいる」

魔王「そうだとして、我はこの身体は気に食わん。胸だけ大きくなった所で…」

男「別に身長ちっさくていいだろ。相手が油断するだろうしな」

魔王「良くない」

男「…じゃあ牛乳とか飲めばいいだろ」

魔王「ぎゅうにゅう…牛の乳か。何故そんな物を」

男「身長と、女性はついでに胸もデカくなるって――」

魔王「持ってこい、今すぐに!」

男「どんだけ身長欲しいんだよ…」

男「持ってこいっつったって、ねぇよ」

魔王「買えば良いだろう」

男「何でテメェの為だけに買わなきゃなんねぇんだよ」

魔王「なら周りに住んでいる者にだな」

男「牛乳下さいってか。乞食か俺は」

魔王「いや、配れば良いと言おうとしたのだが」

男「配達員かよ。何でそうなるんだよ」

魔王「貴様が我だけの為には買わんと言ったからに決まっておろう」

男「他人の為ならいいってか。買わねぇよ。欲しけりゃ自分で手に入れろ」

魔王「…良いだろう。例え力を失えど、我は魔族の王。魔族の生き方通り、手に入れてみせよう」

男「…暴力的解決にうって出るなよ」

魔王「そもそも今のこの状態では出来ん」

男「なら良いけどよ…まぁ頑張ってくれ」

男「…出ていったか。なぁ、アイツ大丈夫だと思うか?」

幼竜「?」

男「知らねぇか」ナデリ

幼竜「キャウ♪」

男「お前、首撫でられるの好きなのな」コショコショ

幼竜「ミュイッ」ゴロゴロ

男「ゴロゴロ寝転がるなって。ホコリ舞うだろ」

幼竜「ヒュ」ピタッ

男「聞き分けよくて助かった」コショリ

幼竜「~♪」

男「…お前、どっから来て、何で俺になついてんだ?」

幼竜「?」

男「それも知らねってか、おい。迷子の子猫じゃあるまいし…」

魔王「…ああは言ったが、どうした物か」

女「…おや?どうしたんだい?」

魔王「む」

女「もしかして、彼に追い出されたとか?」

魔王「例えそうだとしたら、どうするつもりだ」

女「…どうしようか」

魔王「まぁ、あくまで例えばの話だ。気にする事は無い」

女「じゃあ、散歩にでも行くのかな?」

魔王「いや、牛乳を探しに行く」

女「…探す?買うんじゃなくて?」

魔王「金銭を持っていないのでな」

女「…男君もイジワルな事で」

魔王「全くだ、あやつめ…」

女「仕方が無い、一旦僕の所来なよ」

魔王「良いのか?」

女「彼の事だから、何も無しで帰ったらまたイジワルな事言うだろうし」

魔王「うむ」

女「それと、君は個人的にも気に入ってるしね」

魔王「気に入る様な真似をした覚えは無いぞ」

女「ふ、それはどうかな…?」

魔王「何故含みを持たせる…」

女「ま、兎に角入りなよ。歓迎するから」

魔王「…では、失礼する」

魔王「…質素だな」

女「おいおい、あんまり言わないでくれ。これでも少々気にしてるんだよ」

魔王「それは悪かった」

女「この家に居る時間の方が少ないからね。正直、睡眠するだけの部屋って感じかな」

魔王「何をしておるかは知らんが、苦労している様だな」

女「不定期と言うか不規則と言うか…何時呼ばれるか分からないんだよ」

魔王「呼ばれる?」

女「そうそう、夜急に呼ばれて、今帰ってくる事なんて良くあるんだ」

魔王「…では、眠りたいのでは無いのか?我は邪魔をした事になる」

女「良いんだよ、気にしなくて。眠気なんて今は無いしね」

魔王「しかし疲れておるのだろう」

女「本当に気にしなくて良いよ。家に招いたのは僕なんだから」

魔王「そうか」

女「それより、僕はどうして牛乳の話になったのかが気になるね」

魔王「…背丈が欲しい」

女「…身長が欲しいから、牛乳?」

魔王「…うむ」

女「…残念だけど、牛乳は別に身長を伸ばす効果は無いよ」

魔王「ぬぁ…!?だ、騙されたのか…!?」

女「いやね、意外と身長が伸びるって思ってる人は多いんだ。彼もその一人なんじゃないかな」

魔王「…あやつの場合、騙したのか知らなかったのか、判断がつきかねる」

女「後者だと信じてあげなよ」

魔王「ううむ…では一体、どうすればこの背丈から脱却出来ると言うのか…」

女「寝る子は育つと言うからね。夜しっかり眠れていたら成長するよ」

魔王「…むぅ、そうなのか」

女「それに、牛乳は骨を強くするから、絶対に身長に影響しないとも言えないね」

魔王「飲んで損は無い、と」

女「そう言う事だね」

女「…まぁ、正直に言わせて貰うと、小さいままで良いと思うけど」

魔王「何?何故だ」

女「そっちの方が可愛い」

魔王「それでは駄目だ。もっと威厳が欲しい」

女「威厳?威厳の為に、身長を伸ばしたいのかい?」

魔王「そうだ」

女「ふぅん…」

魔王「…何だ、その何か言いたそうな面は。貴様も我に威厳が無いと言うか」

女「いや、ただ…威厳っていうのは、長い経験から身に付く物だと、僕は思ってたんだけど」

魔王「む…」

女「身長一つで威厳が生まれるなら社長は皆背が高い事になるからね」

魔王「(しゃちょう…?)…むぅ」

女「…まぁ良いや。取り敢えず、牛乳飲みなよ」

魔王「んぐ…んぐ…ふぅ…成程」

女「何が成程かは分からないけど、白髭出来てるよ」

魔王「む?」

女「拭いてあげるよ。ほら、ジッとしてて」

魔王「ん…何だ、急に」

女「…ふふ」

魔王「何だその笑みは」

女「いや、まるで自分に妹が出来た様な気分になってね」

魔王「妹だと…?」

女「そう、可愛い可愛い妹分」

魔王「妹になった覚えは無い」

女「じゃあ誰の妹なら良いんだい?男君?」

魔王「何故そうなる。そして誰の妹にもなる気は無い」

女「勿体無いなぁ」

魔王「勿体無くない」

女「ん~…君のつぶらな瞳とか見てると、可愛がりたくなるんだけど…」

魔王「可愛がるな」

女「何でさ。良いじゃないか、思わず抱き締めたくなる可愛さがあって」

魔王「そんな物要らん」

女「ある物は有効に使うべきだよ。選択肢が多くて困る事なんて、迷う事ぐらいしか無いからね」

魔王「はっ、色仕掛けでもしろと?」

女「したら僕には通用するね、うん」

魔王「せんぞ」

女「残念だ…」

魔王「良いから牛乳を寄越せ、あるだけ全部だ」

女「そこまではあげないし、そこまで飲んだらお腹壊すよ」

魔王「残念だ…」

女「一気に飲んでもお腹が膨れる位しか効果無いよ」

女「代わりにこれらをあげよう」

魔王「む…?何だ、この琥珀色の塊と、奇抜な塊は…?」

女「どっちも砂糖菓子だよ」

魔王「砂糖菓子…甘いのか」

女「そうだよ。実を言うと、男君の好みなのさ」

魔王「そうなのか?良く知っておるな」

女「ま、結構長い付き合いだしね。…嫉妬した?」

魔王「するか」

女「君達、お似合いだと思うんだけどなぁ…」

魔王「はぁ?戯言を」

女「戯言って…」

魔王「…ふん。まぁ、持って帰ってやろう」

女「あ、因みにこっちはべっこう飴。こっちは金平糖だから。勿論君が食べて良いんだよ」

魔王「貰っておこう」

魔王「……む、上手いな」

女「僕も甘い物は好きでね。金平糖とか、時々食べたくなる」

魔王「確かに、癖になりそうな味だ」

女「喜んでくれた様で何よりだよ」

魔王「では、またな」

女「男君が嫌になったらこっちに来ても良いよ。存分に可愛がるから」

魔王「考えておく」

女「考えてくれるのかい?」

魔王「可能性は零未満だがな」

女「それはもう0じゃないか…」

魔王「身の危険を感じる場所に好んで行く者が何処に居る」

女「君もつれないね…」

魔王(あやつが雑な態度をする理由が良く分かるな…)

男「よしよし」

幼竜「キュァア…♪」

 ガチャ

魔王「帰ったぞ」ガリガリ

男「…こんぺいとう?お前牛乳飲みに行ったんじゃねぇのか」

魔王「うむ、確かに飲んだぞ。独特の味だったな」ガリガリ

男「べっこう飴…女さんの所に行ったのか」

魔王「それが?」

男「別に」

魔王「そうか。…好物らしいな」

男「…何だよ、悪ぃか」

魔王「分けてやろう。そやつにもやるのだな」

男「あ、あぁ…どうも。…竜って飴食うのか」

魔王「砂糖菓子などまず魔界に無いぞ」

男「…無いなら何で知ってんだ」

魔王「む、それは、だな」

男「前からちょっと思ってたんだがな、お前…妙に人間の事に詳しくねぇか?」

魔王「…敵を知るのは戦いには当然必要だろう」

男「砂糖菓子とやらが戦いに必要だってか?」

魔王「糖分があればその分活力にだな…」

男「だから何で知ってんだって…お前、まさか…」

魔王「な、何だ」

男「甘い物欲しすぎて、コッソリ行って食って来てたんじゃ…」

魔王「…ふん、何を馬鹿な」

男「…その顔で隠してるつもりかよ。何故分かった、って顔になってんぞ」

魔王「……………し、知らん。我は何にも知らんぞ」

男「ごまかしきれる訳ねぇだろが」

魔王「ええい好きで悪いか!そうだ確かに甘い物を探して怪しまれない為に金まで払って食った!」

男「逆ギレすんなよ」

魔王「だが…この世界の甘い物と比べると、かなり控え目であったな、何処もかしこも」

男「砂糖が貴重なんじゃねぇの?」

魔王「そこまで貴重では無いと認識しておるが、砂糖をあまり使用しないのだろう」

男「へぇ」

魔王「この世界は恐ろしい…これらあめとやらは砂糖を中心に使っておるのだろう?」

男「大体な」

魔王「ほう、そうか…そうか!」

男「…嬉しそうで何よりで」

魔王「貴様はこういった菓子も作れるのか?」

男「…俺から聞いて自分で作ろうってか?」

魔王「そうだ」

男「やだね」

魔王「んなっ」

男「そこまで面倒見てやる義理なんざ無い」

魔王「それは残念だ……………」

男(…マジで残念そうだな、おい)

男「ま、気が向いたらいつか作っ――」

魔王「本当か!?」

男「お、おう…」

魔王「楽しみに待っているぞ!」

男(今度はメチャクチャ嬉しそうだな…)

魔王「何が作れるのだ?」

男「何って…一応、ケーキにクッキー、プリンとか…」

魔王「けえきはこの前に知ったが、他二つは一体?」

男「クッキーが焼き菓子で、プリンは…何菓子になるんだあれは」

魔王「ふむ、どちらにしても、食べてみたいな!」

男「食い意地張ってんな…」

魔王「…ところで、背丈が」

男「伸びるのはねぇよ。多分」

魔王「くっ…」

男「くっ、じゃねぇ。どんだけ身長気にしてんだ」

魔王「欲しい物は欲しい。欲しい物は欲しい!」

男「二回言うな」

魔王「例え力で様々な物を手に入れたとしても、自身の肉体は変えられんのだぞ!」

男「知るかんなもん」

魔王「むぅ…」

男「…さぁて、寝るかな」

魔王「?人間は仕事をする物だと思っていたが」

男「ん?あぁ、そりゃあな」

魔王「…働いていないと」

男「半分正解だな」

魔王「…?」

幼竜「キュキュ」

男「お、構ってほしいのか、こいつめ」ナデリ

幼竜「フキュ」

魔王「おい、はぐらかすな」

男「めんどくせぇな…」ナデナデ

幼竜「♪」パタパタ

男「おいおい、そんな翼と尻尾動かしたら痛いっての」

幼竜「ミュイ…」

魔王「おい」

男「分かった分かった…あのな…」

幼竜「ムイ、ムイ」

男「何だ、飴欲しいのか?ほら」

幼竜「~♪」バリボリ

魔王「…言いたくないのか?」

男「別に」

男「あのな、俺のは特殊なんだよ」

魔王「特殊?」

男「周りから依頼されて初めて仕事になるって奴だ」

魔王「…傭兵か?」

男「な訳ねぇだろが。俺が武器持ってる様に見えるか?」

魔王「見えんな」

男「大体傭兵なんざこの日本にいねぇよ」

魔王「む?ここ以外に居るという事か?」

男「いるかもな。よく知らねぇけど」

魔王「ふむぅ…」

男「ま、そんだけだ。詳しくは言ってやんね」

魔王「結局言わないのでは無いか」

男「うるせぇな、いいだろが」

魔王「…しかし」

男「あ?」ナデリ

幼竜「カルル…クイィ…♪」ジタバタ

男「ん?くすぐったいか?」

魔王「…竜を知らん人間が、良くそこまで可愛がる事が出来るな」

男「懐いてるしな」ナデナデ

幼竜「キュ~…♪」

魔王「ふむぅ…何故こやつは貴様にここまで懐いておるのか…」

男「それこそ知らねぇよ」

魔王(…あり得るとすれば)

魔王「…しかし、貴様は本当に動物が好きなのだな」

男「悪いかよ」

魔王「いや、動物は好きなのだな、と言うべきだった」

男「おい」

魔王「しかし、何故好きなのだ?物を言わぬからか?」

男「人の事コミュ障扱いすんな」

魔王「こみゅ…?」

男「会話すんのにいちいち支障が出る奴だよ」

魔王「ふむ、なら魔族は殆どこみゅ障だな」

男「何でだよ」

魔王「どいつもこいつもまともな会話が出来ん」

男「あぁ、そう…」

魔王「で、実際はどうなのだ?」

男「どうって…昔から、動物には好かれるんでね」

魔王「動物には…では、人間には?」

男「……分かんねぇ」

魔王「分からん、とは?」

男「誰が俺の事好きで嫌いかなんざ分かんねぇよ。動物と違って人間は複雑だしな」

魔王「ふむ…少なくとも、女と大家は嫌ってはないだろう」

男「どうだかな…本当は内心…なんてな」

魔王(……何故、悲しそうにしておるのだ、こやつは。…いや、我には関係無い事だ!)

男「くぁ…俺らしくねぇ。寝る」

魔王「……」

男「Zzz……」グガー

魔王「寝たか……竜よ」

幼竜「?」

魔王「……人化、出来るか?」

幼竜「!……バレた?」

魔王「む…!話せるのか…!」

幼竜「話せるよ~」

魔王「何故黙っておった」

幼竜「知らない人は~、驚くと思って」

魔王「…確かに」

幼竜「そっちはどうして気付いたの~?」

魔王「書物で読んだ記憶があった…産まれながらに人と共存する竜が居るとな」

幼竜「正解だよ~」

魔王「やはりか…。そして、こやつの言葉が分かったという事は、我らの世界では……」

幼竜「竜言語」

魔王「そう、そうだ…竜言語だ。この国の言葉は、我らの世界の竜言語とほぼ同一の様だな」

幼竜「そうみたいだね~」

魔王「ふむ、竜の書物も読み耽っておいて助かった…。お陰で会話にあまり困らん」

幼竜「ところで、人化出来るか、だった?」

魔王「いや、それを聞いたのは疑問を解決したかったからに過ぎん」

幼竜「しなくて良い?」

魔王「我が決める事では無いな。こやつが寝ている間なら、なっても良いだろう」

幼竜「じゃあするね~」

魔王「す、するのか」

魔王(今、非常に貴重な光景を目にするのか…!目に焼き付けておかなくては…!)

幼竜「じゃあ、せ~の」

 まるで魔法少女の変身の如く光に包まれた幼竜が、光の中から現れる。

 その時、魔王は思ったのだ。「似ている」と。

 目の前に居たのは魔王と同じく蒼い髪と瞳と白い肌、魔王と違って蒼いコートを羽織る少女であった。

 そして魔王は更に思った。「胸が大きい」と。

 そう、顔は違えど共通点が多かった幼竜の人間体に、魔王は何処か親しみを感じていた…。

魔王「…驚いたな」

幼竜(人)「?」

魔王「いや、似ておる所がある、と思ったのだ」

幼竜(人)「…うん、ちょっと似てるね~。じゃあ、おねえさま?」

魔王「…我がか?」

幼竜(人)「うん」

魔王「おねえさま…流石に、初めて呼ばれたな。…貴様の方は、何と呼べば良い」

幼竜(人)「ん~…ん~~……んん~~~……」

魔王「…分かった。竜の状態は幼竜、人の状態は…竜に、娘、とでも付けておこう」

竜娘「は~い」

魔王(そんなあっさりと決めてしまって良いのだろうか…)

男「………………………」

魔王「ぬぉぉ!?お、起きておったのか…!?」

男「………………………」

魔王「……おい、何か言わんか」

竜娘「……気絶?」

男「……夢?」

魔王「残念だが違う」

男「俺、聞いてねぇ……説明しろ」

男「……竜騎士と騎竜?」

竜娘「はい~。人と竜、お互い産まれた時から一緒に過ごすんですよ~?」

男「で、そこの竜は人を警戒しないし、人の姿にもなれる、か」

魔王「うむ。しかし、まず会えん筈なのだ。竜騎士達の村は秘境の地にあるそうだからな」

男「それが何でここにいんだよ」

竜娘「気付いたら居ました~」

魔王「…折角帰る方法が分かるかと思ったのだが」

竜娘「ごめんなさい~」

男「…人の姿は自由に変えれんのか?何で日本語しゃべれんだ」

竜娘「姿は変えらんないです。日本語は竜の言葉と殆ど一緒だからですよ~」

男「不思議な世界だな、おい」

魔王「機械が日常的にある方が不思議だが」

男「……何で俺に懐くんだ」

竜娘「騎竜は本能的に優しい人が分かるんですよ~♪」

魔王「気を付けろ、人の姿になれば暴力を」

男「余計なんだよ」ゴスッ

魔王「ぐぬっ…殴りおって…」

男「懐く相手間違えてんじゃねぇの」

竜娘「主様は優しい人です~!竜が決めました!」

男「…あるじさま…何か、ヤバい響きだぞ、おい」

魔王「何だ、この世界では主様と呼ぶ者は居らんか」

男「いねぇし、こんな幼い子に呼ばせるとか犯罪だわ」

魔王「窮屈な世界だな」

男「そっちが自由すぎんだよ…」

男「しっかし、マジかよ…何でこんな…」

竜娘「主様~…迷惑…?」

男「コイツが迷惑」

魔王「ふん、我もこんな所に居りたい訳では無いのだ」

男「だったら出てけばいいだろが」

魔王「それが出来ればしておる」

竜娘「けんかはメッ、です!」

魔王「しかしだな」

竜娘「ふぅ」

魔王「冷たっ!な、何をする!頭を冷やせとでも!?」

竜娘「温かい方が良かった?おねえさま」

魔王「そういう問題では無い…」

竜娘「じゃあ主様に」フゥ

男「あっつ!あっついって!」

竜娘「~♪」ギュー

魔王「良かったではないか。好かれて」

男「うるせぇ…」ナデリ

竜娘「クミュ…♪」スリスリ

魔王(…良く甘えておるな。…寂しい、のか?)

男「こんなの見付かったら何言われるか…」

魔王「少女が趣味の変態とでも言われるであろう」

男「お前…デザート抜きだな、これから」

魔王「でざあと?」

竜娘「甘い物だよ」

魔王「何だと!?き、貴様…!」

男「周りに買ってもらおうとか思うなよ」

魔王「ぐ……ぬぬ……ぬぅ…………………うぅ」グスッ

男「お、お前…泣くなよ」

魔王「な、泣いてなどいない!」グスッ

竜娘「おねえさま~、デザート好きなの?」

魔王「貴様は分からんのか…甘い物は…甘い物は、幸福そのものだ!」

男「そんな好きか…」

竜娘「…主様ぁ」

男「……あぁ、もう……分かった分かった、今日買ってやるよ」

魔王「!本当か!」ピョコン

竜娘「あ、耳と尻尾…」

魔王「!」

男「何で隠したがるんだよ、それ。面倒だから出しとけよ」

魔王「………関係無いだろう」

男「はいはい、関係ないですよ。で、何がいいんだよ」

魔王「……選ばせてくれ」

竜娘「あ、竜も選んで良いですか!」

男「ああ」

竜娘「…コンビニ~?」

魔王「何なのだ、こんびにとは」

男「コンビニエンスストアの略…まぁ、食い物以外に薬とか生活用品売ってる、小さい店だな」

竜娘「は~…コンビニって凄いんですね~…」

魔王「そこら中にある様だな…利便性が高い、と言えば良いのか」

男「ま、そうだな。とりあえず好きなの選べよ」

竜娘「う~ん…」

魔王「……どれが甘い物だ」

男「……教えてやるから、覚えろよ」

竜娘「はい~」

魔王「……頼む」

男「ここ、飴とかチョコレート、菓子類だな」

魔王「ふむふむ」

男「大体この辺は甘い。けど食い過ぎんなよ」

竜娘「はい~」

男「で、あっちにあんのがジュースだ。あれも大体甘い」

魔王「甘い飲み物だと…!?」

竜娘「天然水…お茶…オレンジ?コーラ?コーヒー…?」

男「水は水、お茶はそんなに甘くない。オレンジは甘い、コーラは甘いが痛い」

魔王「い、痛い…?」

男「飲んでみるか?」

魔王「……」コクリ

男「竜にはオレンジジュース買ってやる」

竜娘「わ~い!……美味しい?」

男「うまいぞ」

男「んでだ、こっちはパンとかだな」

魔王「ぱん?…あぁ、これか」

男「……買っとくか」

竜娘「それ何~?」

男「ハニートースト。これも甘いんだよ」

魔王「…………」ジー

男「……分けてやるよ」

魔王「な、べ、別に欲しがってなど…。し、しかし、分けると言うなら貰ってやろう」

男「はいはい…」

竜娘「あの~…好きなの選んでない~…」

男「ん、悪かったな。じゃあ、こん中から選んでくれ」

魔王「これは?」

男「アイスクリーム。全部甘い」

魔王「……!!」キラキラ

男(目が…子どもかよ…)

男「まぁ、これ冷たいし、しばらくすると溶けるからな」

竜娘「なるほど~、アイスだからですね~」

男「しかも、クリームだからな。牛乳凍らして」

魔王「おい男、買い占めろ」

男「出来る訳ねぇだろバカか。大体全部食ったら腹壊すぞ」

魔王「腹を、壊す…?」

竜娘「ぽんぽんが痛くなる事だよ~」

男「いいから適当に選べって…」

魔王「…なら、大きい奴にする」

竜娘「これ~♪」

男「それだな。…じゃあ、俺は…こっち」

魔王「それもあいすか?」

男「元は違うけどな」

竜娘「?」

男「…どうでもいいな。じゃ、それ全部あそこに持ってけ。金払うから」

竜娘「お願いしますね~」

魔王「……うむ」

魔王(あいすくりいむ…一体、どの様な味なのか…)ワクワク

男「帰ったら、すぐ食うか?」

魔王「当然だ」

竜娘「頂きます~」

男「そうかい……ん?」

 ニャー

魔王「む?……猫か」

竜娘「わ~、可愛いです~♪」

男「何だ、飯ならねぇぞ」ナデナデ

猫「ゴロゴロ…」

魔王「懐いておるな、こやつも」

竜娘「…ん~?…主様と知り合い~?」

男「…言葉、分かんのか」

竜娘「声があるなら~」

男「帰ったら、すぐ食うか?」

魔王「当然だ」

竜娘「頂きます~」

男「そうかい……ん?」

 ニャー

魔王「む?……猫か」

竜娘「わ~、可愛いです~♪」

男「何だ、飯ならねぇぞ」ナデナデ

猫「ゴロゴロ…」

魔王「懐いておるな、こやつも」

竜娘「…ん~?…主様と知り合い~?」

男「…言葉、分かんのか」

竜娘「声があるなら~」

猫「ニャー」スリスリ

竜娘「大好き~、だそうですよ」

男「…マジで言ってんのか?」

竜娘「マジです!動物は素直ですから!主様は奇特な人です!」

男「奇特……」

竜娘「?竜は変な事を言いましたか?」

男「いや…」

魔王(む…?この世界では意味が違うのか…?)

男「ふぅ…」ガチャ

竜娘「おねえさま…やっぱり、竜は変な事を…」

魔王「気にするな。良い気味だ。それより貴様、あいすを寄越せ」

男「ほらよ」スッ

魔王「ひゃう!?な、何をする!」

男「首筋に冷たいのを当ててやっただけだ」

魔王「貴様…!」

男「竜もほら」

竜娘「はい~…」

魔王「…ふん」

魔王(怒っている場合では無い…我にはあいすが待っておる…!)ワクワク

魔王「ふふふ…」

男「何笑ってんだ」

魔王「……あむ」

竜娘「…おねえさま~?」

魔王「うむ、成程…うむ…」バフバフ

男「おい、急に尻尾出して振んなよ」

魔王「そうは言うがな、勝手に動くのだ。このあいすが美味いのが悪い」バフバフ

竜娘「こっちも美味しいよ~、主様~」

男「そうか。よかったな」ナデリ

竜娘「~♪」

魔王「貴様は食わんのか」

男「食うっての。あぁ、ジュース、好きに飲め」

竜娘「分かりました~」

男(…ん、やっぱ美味いな、ティラミスアイス)

魔王「……これか?…む?…む?」

男「何してんだよ」

魔王「…この容器はどう開けるのだ」

男「あ?…ここをこっち向きにひねれば開く」

竜娘「……あ、開きました~!」

魔王「…………」グッ グッ

男「…………マジで何してんだ。貸せ」プシュ

男「おら、飲め」

魔王「む……んく…何だ、これは…甘いが、痛い」

男「痛いっつったろ」

竜娘「おねえさま~、飲ませて~」

魔王「好きにしろ」スッ

竜娘「んきゅ……痛い」

魔王「だろうな」

竜娘「オレンジは…んきゅ…甘い!」

魔王「何?」

竜娘「おねえさま~、はい!」

魔王「む、貰うぞ。ん…甘いな、甘い」

男(間接…とか気にしないのな…女子だからか?)

竜娘「……コーラ」

男「……飲めってか」

魔王「いや、我が飲む。甘いからな」

男(甘けりゃいいのか、痛くて)

魔王「……痛い」

男「…飲んでやろうか」

魔王「いや、良い…貴様に馬鹿にされる隙を作る訳にはいかん…」

男「いや、バカにしねぇから、無理すんなっての」

魔王「無理など…!」

男「分かった、それ飲ませろ」ヒョイ

魔王「な、おい貴様!勝手に――」

男「代わりにこれ食え」

魔王「む…?これは…」

男「ティラミスアイス」

竜娘「てぃらみす…?強そうです~…」

魔王「…あむ。……!!」

男「どうだよ」

魔王「……」アムアム

男(一心不乱に食ってるな…)

男「おい」

魔王「……」アムアム

竜娘「おねえさま~」

男「一人で全部食う気か?」

魔王「……」アムアム

男「……頬引っ張ってやる」ムニィ

魔王「……」アムアム

男「無視かよ…」

竜娘「おねえさま、スゴく気に入ってる」

魔王「……」アムアム

男「……竜、あれ」

竜娘「はいっ」フゥ

魔王「おぉ!?」

魔王「……気付かぬ間にこれだけ食ってしまった」

男「夢中になりすぎだろ。ほぼねぇぞ」

男(高い金払ってデカイ奴買ってていいやら悪いやら……)

魔王「うむ、今まで食べた事の無い、素晴らしい物だ…世界中に配ってやるたくなる」

男「お前魔王だろうが」

魔王「…そうだったな」

男(忘れる程夢中だったのかよ…)

竜娘「主様~、これ、食べて良い?」

男「…せっかくだし、食っとけ」

竜娘「わ~い!あんむ。……!!」

男「美味かったみたいでよかったよ…」

男(俺、一口しか食ってねぇ…やっぱ、やらなきゃ…いやでも、うぅん……)

男「はぁ…」フキフキ

魔王「…何故こおらの容器を拭いておる」

男「あ?お前らは気にしねぇだろがな、俺は人の口付けた奴は気になるんだよ」

竜娘「そうなんですか~?」

男「俺は間接的にでも他人の口に触れるのは気にする」

竜娘「ん~?……あ!間接キス!」

魔王「……何なのだ、それは」

竜娘「他の人が口を付けた所に自分の口を付ける事!…お互いしちゃったね、おねえさま///」

魔王「……?顔を赤くする理由が分からん…」

男「……俺はこの状況に何て言えばいいか分かんねぇよ」

男「何?お前はキスとか気にしねぇの?」

魔王「そもそも良く知らん」

竜娘「そんな~…」

魔王「間接…と言うからには、直接はただの口付けの事か?」

男「まぁ、そうだな」

魔王「魔族にその風習は無いな。そんな事をする前に食い破っておる」

男「血に飢えた世界だな、おい」

魔王「人間は口付けに意味を込めておるのか?我には……理解出来なかったが」

男(…何だその間)

竜娘「愛情表現だよ~!」

魔王「愛情、表現……か。……良く、分からん」

竜娘「えぇ~…」

男(……愛情、よく分からん、ね……)

竜娘「む~…て~い!」ガバッ

魔王「ぬぉお!?な、何をする!離せ!」ジタバタ

竜娘「竜の愛情表現~!」ムギュー スリスリ

魔王「ぬ、ぬぐぐ…ほ、頬擦りをするな……」

男(お互いの胸が押し合って潰れてる……うっわ、エロい)

魔王「な、何を見ておる!早く助けぬか!」

竜娘「おねえさま~♪」

男「何で助けなきゃなんねぇんだ。じゃれあってろよ」

魔王「は、薄情者…!」

男「魔王に言われたくねぇ」

魔王「うぐぅ…」

竜娘「~♪」

男(ハニトーうめぇ。コーラうめぇ)モグモグ ゴクン

魔王「わ、分かった……愛情は伝わった、だから離せ」

竜娘「ほんと?」パッ

魔王「あぁ…」

竜娘「じゃあね~、どんな事感じた?」

魔王「ど、どんな事……そ、そうだな」

竜娘「……おねえさま、ウソついたら駄目~」ムギュ

魔王「ムグッ……」

魔王(む、胸に…い、息苦しい……)

男「……竜、今は離してやってくれ」

竜娘「……はい~」パッ

魔王「っ、はぁ……助かった」

竜娘「む~、抱き付き足りない~…」

魔王「か、勘弁してくれ……」

男「ふぅ、食った、飲んだ。よし寝よう」

竜娘「主様~!」

男「何だよ」

竜娘「遊んで下さい~」

男「何して遊ぶんだ。散歩か?」

竜娘「えっと~…」

 ピンポーン

男「ん?誰だ…?あ、お前ら出るなよ」

竜娘「はい~」

男「……はい、どちら様ですか?」

「開けて~」

男「何だ、イタズラかよ…」

「……開けて~な!」

魔王「…誰だ?」

男「誰もいねぇよ」

 ドンドン アケロー

魔王「うるさいのだが」

竜娘「嫌な人~?」

男「面倒なんだよ……面倒なんだよ、面倒なんだよ…!」

魔王「そ、そうか……」

 コラッ アッスミマセン

魔王「……大家に怒られた様だな」

男「うるせぇんだから当たり前だ」

魔王「面倒と言ったが、どれ程面倒だ」

男「少しでも扉を開けようものなら隙間から入ってきて部屋に潜り込む危険人物だ」

魔王「確かに面倒だな……」

竜娘「どんな性格の人ですか?」

男「……敬意が無い」

魔王「貴様が言うか」

男「お前に払う敬意なんざ俺にはねぇ」

魔王「貴様ぁ…!」

竜娘「け、ケンカ駄目!」

 ピンポーン ピンポーンピンピピピンポピピンポーン

男「……やっぱ行ってくるわ」

魔王「うむ、行け」

男「あぁ、しばいてくる」

 ガチャ

男「おい」

後輩「あ、やっと出たな」

男「うるせぇんだよ」

後輩「こうでもせな出んと思て」

男「自覚あんなら普通にやれ」

後輩「無理やな!あ、痛い痛いアイアンクロー止めて」メリメリ

男「少しは黙れ」

後輩「黙ったら死んでまう!」

男「じゃあ死ね」

後輩「酷っ!」

男「その方が世界の平和に繋がる」

後輩「先輩だけのやろ、それ」

 ガチャ

男「おい」

後輩「あ、やっと出たな」

男「うるせぇんだよ」

後輩「こうでもせな出んと思て」

男「自覚あんなら普通にやれ」

後輩「無理やな!あ、痛い痛いアイアンクロー止めて」メリメリ

男「少しは黙れ」

後輩「黙ったら死んでまう!」

男「じゃあ死ね」

後輩「酷っ!」

男「その方が世界の平和に繋がる」

後輩「先輩だけのやろ、それ」

男「で、何の用で?」

後輩「えっとな~」

男「そうか分かった俺には無理だじゃあな」

後輩「まだ話してへんやんか!」

男「俺は穏やかに日常を過ごしてぇんだよ」

後輩「いっつも寝て穏やかに過ごしとるんやろ」

男「それが何か?」

後輩「せやったら、ちょっと位こっちに時間割いてもええやん?」

男「返してくれるんならな」

後輩「ホンマに!?…………あ、無理や返せる物ちゃう」

男「おう俺の方が驚いたわすぐ気付かなくて」

後輩「……アホの子狙えるな!」

男「んな発言してる時点で狙えねぇだろ」

後輩「売れる思たのに…」

男「とりあえず帰れ。二度と来んな」

後輩「待って待って!話聞いて~な!」

男「お前の声鼓膜が拒否してて聞こえねぇ」

後輩「聞こえとったやろ!」

男「全然分かんねぇじゃあな」

後輩「何やねん、いつもやったら部屋入れてくれるやん」

男「勝手に入ってくんだろが」

後輩「追い出さへんかったやんか~」

男「駄々っ子みたいに暴れまくるからな」

後輩「飯もくれとったし」

男「つまみ食いしまくってただけだろが」

後輩「一緒に寝た事もあるやん!」

男「一度たりともねぇよ!」

男「ホント何なのお前?」

後輩「先輩こそ、何やねんな。もしや部屋にコレでもおるんか?」

男「いねぇよ小指立てんな」

後輩「何やつまらん痛い痛いアイアンクロー止めて」メリメリ

男「マジで失せろ」

後輩「せ、せめて用件聞いて~…」

男「何なんだよ…」

後輩「こ、これ…」スッ

男「ん…?」

後輩「よっしゃ貰た!」ダッ

男「フン!」

後輩「あがっ!」

後輩「な、殴る事無いやんか…」

男「うるせぇ隙間から入ろうとしてきやがってゴキブリか」

後輩「可愛い可愛い後輩ちゃんをゴキブリ扱いとか、酷い…」

男「自分で可愛い言うな」

後輩「何で入れてくれへんの~?」

男「逆に何で入りたいんだよお前は」

後輩「一番時間が早く過ぎる所やから」

男「お前が暇を潰す前に俺がお前を潰す」

後輩「痛たた!ホンマ、ホンマ止めて!」メリメリ

男「次来たらまずはアゴとひじ付くようにしてやる」

後輩「え?それ位……アカン出来へん」

男「出来たら人間かどうか疑う所だったぜ」

後輩「先輩酷いわ~」

男「不法侵入者にやる慈悲はねぇ」

後輩「…先輩、ホンマにあかん?」

男「お前が一切デカイ声出さず変な事も言わず淑やかな人間に生まれ変わったら入れてやる」

後輩「淑やか…無理や」

男「諦めんな絶対出来るもっと頑張ってみろよ」

後輩「そんな熱血教師的な」

男「頑張ってもらわねぇと平穏無事な時間が消え失せるからな」

後輩「どんだけ自分大事やねんな」

男「自分大事に出来ねぇ奴が何大事に出来んだ」

後輩「格好ええ事言っとうけどせやったらもっと周り大事にしてぇな」

男「お前が言うな。もっかい言うぞ、お前が言うな」

後輩「そこ大事にするとこ?」

男「後生大事にしろ」

後輩「そこまで言う?」

後輩「しゃーない、今日は諦めたるわ痛たたた」メリメリ

男「いっつもいっつも上から目線で何様だテメェ」

後輩「ひ、人様です…痛い痛い!」メリメリ

男「さっさと帰れ黙って帰れそれが無理なら瞬間接着剤付けたガムテープ口と鼻に貼ってやるよ」

後輩「殺す気か!」

男「黙 っ て 帰 れ」

後輩「はい…」

男「ったく……」

 ガチャン

男「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~、クソダルい……」

魔王「随分と話し込んでいたな」

男「アイツは話止めねぇからな…しんどい……」

竜娘「主様~、疲れたなら、身体解しましょうか?」

男「マジでか。頼む」

竜娘「はい~♪」

魔王「む。竜よ、後で我も頼む。肩だけで良い」

竜娘「はいな~」

男(胸デカイと肩こるってマジなのか……)

竜娘「どうですか主様?」

男「ちょうどいいぞ」

竜娘「良かったです~」

男「…もういいぞ。ありがとな」ナデリ

竜娘「フキュ。はい…♪」

魔王「おい、竜」

男「おっと、お前には俺がやってやろう」

魔王「は?貴様何をする気だ」

男「肩揉んでやろうってのに」

魔王「いや、貴様は何か企んでおるに違いない」

男「さっき頑張った奴働かせる訳には、と思っただけなんだがなぁ?」

魔王「ぬ…。なら、やってみせろ」

男「あいよ」グッ

魔王「…………」

男「おい、何か言え」

魔王「……意外と、上手いな。うむ」

男「そりゃどうも」

魔王「……♪」

男「よし、これぐらいにして…」

魔王「あ……」

竜娘(…おねえさま、残念そう)

竜娘「…あれ?主様、それは?」

男「耳かき」

竜娘「耳かき?」

魔王「何だそれは?」

男「耳の中をほじくる奴だ」

竜娘「み、耳の!?」

魔王「中を、だと…?ご、拷問をする気か!」

男「するかバカ。そっちの世界じゃやんねぇのか」

竜娘「しないです~…」フルフル

魔王「しないな」

魔王「こちらでは日常的にしておるのか…?あり得ん…」

男「やってねぇ方がありえねぇ……て、事は……よし」

魔王「ま、待て、どうする気だ」

男「なめんなよ。こちとら動物の耳だってかいた事あんだからな」

魔王「わ、我は良い。竜にしてやれ。先程の労いとしてな」

男「心配すんな。両方やってやる。両耳共な」

魔王「」

竜娘「」ブルブル

男「怖がんなって。お前らは横になるだけでいいから」

魔王「な、何故こんな事をする…!?」

男「気分。何かやってやりたくなった」

竜娘「あ、主様~…本当に、大丈夫ですか?」

男「そう心配してると耳の中を……」

魔王「ひ!」

男「冗談だ」

男「待ってろ。確実にキレイにしてやる」

竜娘「な、何ですか主様…?」

魔王「布…?」

男「熱湯おしぼり」

竜娘「熱湯…?」

男「これで耳を柔らかくすんだよ。かきやすくするためにな」

魔王「本気でやる気か…?」

男「当たり前だろ。ほら、俺の膝に頭乗せて、右耳こっちに向けろ」

魔王「……っ」ゴクリ

魔王(ま、魔王となってからの最大の危機が、勇者でなく耳掃除とは…!!)

男「おら、早くしろ」

魔王「わ、分かった…」

魔王(ど、どうする、逃げるのは今の内だ…だが逃げようとすれば耳を…!)ガクブル

男「…いい加減落ち着けよ」ベタッ

魔王「ぬぉお!?熱い!」

男「そりゃそうだろ」

魔王「や、やはり拷問ではないか…」

男「ジッとしてろ。動くとあぶねぇからな」

魔王「う……」

魔王(み、耳が解される…うぅ、変な感覚だ……)

男「……よし」フゥ

魔王「ひゃあ!?な、何をするぅ!?」ビクッ

男「耳に息吹きかけただけだ」

魔王「い、意味があるのか!」

男「ねぇな」

魔王「き、貴様ぁ…!」

男「はぁい、ジッとしましょうねぇ」グッ

魔王「お、押さえ付けるでない!」

男「竜、押さえといてくれ」

竜娘「は、はい」

魔王「は、離せ!死ぬ!殺される!」ジタバタ

男「耳ほじられて死ぬならこの世界に人間はいねぇ」

魔王「体の中に異物を入れられてまともで」

男「つっこみすぎると耳が聴こえなくなるかもしれねぇけど、そんな」

竜娘「ほほ、本当ですか…?」フルフル

魔王「や、やはり拷問…!」

男「暴れられると耳の奥につっこみやすくなんだよ。あ、震えんのもあぶねぇぞ」

魔王「う……っ!」ブル…ブル…

男「ヘマしねぇから落ち着けよ」

男「…………」スッ

魔王「うっ…!」ビクッ

魔王(み、耳の中に冷たい物が……!)

男「ビクッとすんな」

魔王「無理を言うな…!」

男「こそばゆくても動くなよ」

魔王「無理を!言うな!」

男「じゃあ頭押さえまぁす」イキイキ

魔王「や、止めろぉ…!あ、くぅ…!」

男「…うっわ、マジヤベェ。汚な」

魔王「汚ないと言うなぁ…!」

竜娘(あわわ…おねえさまも涙声に~……)

男「ちょっとずつ取ってくか…」ホジホジ

魔王「は、はうぅ…」ピク

男「…黒っ。きったね。魔王様は私服も黒なら耳くそも黒かよ」

魔王「服はぁ、関係ぃ、無いだろうぅ…!」

魔王(く、屈辱…!屈辱の極み…!)

竜娘(りゅ、竜もあんなのが…?)

男「……こりゃ長丁場だな…左もあるし」

魔王「ひ、左も…?」

男「当たり前だろが」

魔王「ひぃ…!」

男「あぁ、楽しみだなぁ。本当楽しみ」イキイキ

竜娘「主様が、良い笑顔に……」

魔王「ぜ、絶対拷問だ、これは…!」

魔王(お、恐ろしきこの世界の人間…!)

男「……おぉおぉ、よく取れる」ホジホジ

魔王「あ、ふ…」

男「あぁ、快感」イキイキ

魔王(な、何だ…?我も、少し…ま、魔法を使用されたのか…?いや、しかし…)

魔王「んっ…くふ……」

男「喘ぐな体くねらすな」

魔王「喘いで、あっ、などぉ…んん……」

男「じゃあ色っぽい声出すな」

魔王「なら、耳を掻くなぁ……!くぅん……!」ハァハァ

男「どうだよ、耳かかれるのいい気分だろ?」

魔王「そ、そんな事…」ブンブン

男「尻尾出してる上におもいっきり振ってりゃ説得力ねぇぞ」

魔王「はうぅ……」

竜娘(おねえさまの顔、何て言うか…恍惚?)

魔王「ふあ…ぁ…わ、ふ…」プル…プル…

男(……この姿、絶対人様に見せらんねぇし聞かせらんねぇ)

魔王「だ、駄目ぇ…やぁ……」

男「その声ホントやめろ」

魔王「だ、だって…んぅ…!」

男(落ち着け俺…この場面で反応したらまずい…)

魔王「あ、あ、んくっ…!あっ!」ビクン

男「……ん?何か、変な臭いが…?」

竜娘「…………おねえさま」

魔王「あ、あぁ…み、見るなぁ……」ブルブル

男「………………………………漏らした?」

竜娘「……………おねえさまの服と床に……」

魔王「うっ、うぐぅ……う、うあ、ああああ!」

男(……まさか、泣かせるなんて、俺が)

魔王「うっ、うぐっ、うぅぅぅぅ……」グスッ

竜娘「よしよし、おねえさま」ナデナデ

男(まさか、動物ならともかく、人の処理をする事になるなんてな……)

魔王「男ぉ……殺すぅ…必ず殺すぅ……」グスッ

男「その前に反対側やらせろ」

魔王「この腐れ鬼畜外道!!」

男「魔王に言われたくねぇ」

魔王「ヒグッ、や、やはり、拷問では、無いかぁ!!」

竜娘「よしよし、よしよし」ナデナデ

男「はぁ……やり過ぎた」ガシガシ

男(いや、無理だろこんなん。予想できるかってんだ…)

魔王「…………」

男「……まぁ、何だ、悪い」

魔王「……許すとでも」

男「…仕方ねぇな。何か一つ言う事聞いてやる」

魔王「…何でもか」

男「出来る限りだ」

魔王「我の奴隷といだだだだ!」メリメリ

男「俺より…いや耳かきより強くなってから言え、んなことは」

魔王「ぐぬぅ…!」

竜娘「…あの~」

男「ん?」

竜娘「竜も、耳、するのです…?」

男「え、嫌か」

魔王「あれを見て進んでやる者が居ろうか…!」

男「大丈夫だ。さっきのは不慮の事故。本来ないんだよあんなの」

魔王「止めておけ、これは拷問だ」

男「…嫌か。じゃあしょうがねぇな。医者に連れてく」

魔王「いしゃ?」

竜娘「魔法無しで病気を治す人達の事です~…でも、竜は病気じゃ…」

男「まぁ、そうかどうかは一回耳見ないとな」

竜娘「耳にも、病気があるのですか?」

男「あるからいるんだよ。魔王、お前下手したら耳が詰まって聞こえなくなるぞ」

魔王「そんな馬鹿な…今まで一度もそんな事は無かった」

男「魔法か何かで内も外もキレイにしてたんじゃねぇのか?ん?」

魔王「……む」

男「しかも面倒になって大分前から風呂だけですましてたんだろ?」

魔王「な、何故分かった…!」

男「誰でも分かるだろ」

男「さ、どうする?別に俺は医者に行ってもいいけどな。…何されるか分かんねぇけど」

竜娘「な、何されるか…?」

男「それこそ拷問レベルで耳の穴をいじられるかもなぁ…?」

竜娘「ひぇ…!」

魔王「………」

男「ん?何だ?どうした?」

魔王「…やれ。左もやれ…!」

男「いや、別にいいぞ。医者に行った方が確実にキレイにしてくれるからな」

魔王「平気だ…!ただでさえ嫌なのに、再び他の者に見られるのは我慢ならん…!」

男「あっそ。お前がいいならいいけどよ」

男(計画通り…)

竜娘(わぁ…主様、悪い顔…)

男「………」カリカリ

魔王「…っ、~っ!」ピクッ

男(こそばゆいのめちゃくちゃ我慢してんな…)

魔王「ま、まだか……?」

男「まだだ」

魔王「うぐぅ…」

男(いやぁ、いじりがいのある奴だなコイツは)

魔王(ぐ、ぐぬぬ…!このような事、まさに一生の恥…!)ブルブル

男「震えんなっての」ペシッ

魔王「あう」

男「……よし、もういいぞ」

魔王「はぁ、はぁ、はぁ…そうか……そうか!」

男「んな誇らしげな顔されてもな…じゃ、次は竜」

幼竜「クイ」

男「おい、いつの間に。しかも喋れるだろ」

幼竜「怖いです~…」

男「大丈夫だっての」

幼竜「本当です…?」

男「魔王だって何もなってないだろ。二回目は」

魔王「二回もやってたまるか」

男「ほら、魔王と同じ様にしろよ」

竜娘「うぅ~…」

男「んな怖がるなって…」

魔王「竜よ、こそばゆいだけで、そこまで恐れる物では無いぞ」

竜娘「ほ、本当に…?」

魔王「うむ、まぁ…」

男「経験者は語る、だな」

竜娘「…が、頑張ります」

男「頑張らなくていいから」

竜娘「じゃあ、頑張りません!」

男「……寝てるだけでいいからな」

男「………流石に魔王ほどじゃあないな」

魔王「おい貴様」

竜娘「はひゅっ…んふふ…」

男「…笑うほどくすぐったいか?」

竜娘「はい…くふふ…」

男「魔王の反応と全然ちげぇな」

魔王「……耳に関しては、負けを認めるほかあるまい」

男「大げさだなおい」

竜娘「でも、気持ち良いです……キュウ」

男「そりゃよかった」カリカリ

竜娘「…♪」

男「はいよ、出来たぞ……ん?」

竜娘「キュルル……クルル……」スゥスゥ

魔王「……寝ておるな」

男「ほら見ろ、普通はこんなんだ」

魔王「貴様の普通など知らん」

男「へぇへぇそうですか」

魔王(……普通、か。安らかな寝顔だ)

男「…しっかし、動けねぇな、これじゃ」

魔王「頭を退かせてやれば良いだろう」

男「そういう問題じゃねぇ」

魔王「どういう問題だ」

男「この寝顔は俺が動きたくなくなんだよ」

魔王「そ、そうか…」

男「……」ナデリ

竜娘「ん?……♪」クゥクゥ

魔王(……穏やか、とはこういう時間を差すのだろうか…我も、もし…?)

男「…何見てんだ。お前も膝枕したいのか?」

魔王「……む?……さぁ、どうだろうな」

男「ん…?何だそりゃ」

魔王「した事など無いからな」

男「ま、だろな」

魔王(…そういえば、された事も先程まで無かったな…。人間の親は、子供をこうしてやるのだろうか)

男「……それとも、膝枕されたい方か?」

魔王「……何を馬鹿な事を」

 ピンポーン

「先輩先輩先輩~!仕事や仕事~!」

男「…………」

竜娘「…く、ふぁ…あれ~…?寝てた~…?」

魔王「…うむ、安らかにな」

男「あぁ、ホントにな」

竜娘「?」

男「とりあえず、出るわ俺。しばらく戻らねぇかもしれねぇ」

竜娘「行ってらっしゃい~」

男「あぁ、行ってくる……」ガチャ バタン

「あ、先輩遅い…あれ、何でそんな怒ってんのあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」メキィ

 ガチャ バタン

男「ちょっとお前らの昼飯作るまで待ってくれるみたいなんでな。作ってから出るわ」

魔王「う、うむ……」

後輩「うぅ…酷いわ先輩……可愛い乙女にアームロックとか…」

男「うるせぇ、いきなり呼びやがって」

後輩「何や、お楽しみやったんかあごめんなさいごめんなさい指折ろうとすんの止めて」

男「仕事の内容は?」

後輩「これ」ピラッ

男「……写真は?」

後輩「……無いねん、これが」

男「こんな子供の落書きみたいな絵だけで見つけろってか…?」

後輩「ま、まぁ、今まで見付かってきたやんか、自分の力でな!」

男「ムカつくが事実だしな…お前のお陰で大分見付かる様になったし」

後輩「……………!」

男「何だその『ウソ…私の年収低すぎ……?』みてぇな顔は」

後輩「だ、だって、先輩が褒めるとか、天変地異の前触れレベルやん……」

男「後でお前ゲリラ豪雨の刑な」

後輩「どういう事や!?」

後輩「にしても先輩、何でこの仕事やろうと思たん?」

男「何だ急に」

後輩「別にええやんかふと気になったんやから」

男「……別に、俺も失し物があった、それだけだ」

後輩「ふ~ん…せやから失し物探しなんて仕事…何失し――」

男「…………」

後輩「……や、やっぱり、ええわ」

後輩(こっわ…めっちゃ怖い顔するやんか…)

男「おら、探すぞ早く」

後輩「あ~い…」

後輩「探し物は何ですか~♪」

男「フフッフー」

後輩「早い早い!」

男「踊りたいんなら踊ってろ。夢の中で。寝かせてやるから」

後輩「どういう風に?」

男「野ざらし」

後輩「死んでまう!」

男「…で、場所は大体分かってんのか」

後輩「ま、ちょっとだけ。いや~当てにされてんのって気分ええわ~♪」

男「あっそ」

後輩「んな冷たい態度やったら全然モテんで先輩」

男「誰がいつモテたいっつった?」

後輩「あんな美人多めのアパートに暮らしとんのに?」

男「後から入ってきた人らがそうだった、ってだけだっての」

後輩「ほ~ん、そういう事にしとこかな」

魔王「……暇だな」

竜娘「だね~…」

魔王「勝手に外に出ていけば、他の人間に怪しまれてしまうだろうからな…」

竜娘「だね~…」

魔王「……おい、聞いておるのか」

竜娘「だね~…」

魔王「あやつが居らんで気が抜けておるのか」

竜娘「だね~…」

魔王「……なら、貴様の分の料理まで頂くと」

竜娘「駄目っ!」

魔王「急に声を出すで無い。食べたりはせん」

竜娘「よかった~…」

魔王「………」

魔王(あやつに忠義を誓うか……忠義、か。……我には縁が無い物だ)

竜娘「はぐっ…ん~♪主様の、美味しい!」

魔王「…うむ」

魔王(すぐ元気になりおって……全く)

魔王「…だが、肉が無いな…魔界に居た時は、口一杯に頬張れたと言うのに」

竜娘「ワガママは駄目」

魔王「はぁ…魔界が懐かしく感じるとは…」

竜娘「魔界の料理、美味しかった?」

魔王「……甘い物には負けるな」

竜娘「甘いの、好きだね~」

魔王「幸福その物であると言っておるだろう、あれは素晴らしい物だ…」

竜娘「主様の料理は~?」

魔王「…………不味くは、無い、な。うむ」

竜娘「美味しかったんだね!」

魔王「そ、そうは言っておらんぞ、そうは」

竜娘「でも、平らげてるよ」

魔王「出された物を残す訳にはいかぬ。誰に奪われるとも分からんからな」

竜娘「取らないよ~!」

魔王「本当か?」

竜娘「……ちょっとは取るかも」

魔王「……ちょっと?」

竜娘「……全部食べる」

魔王「で、あろうな」

竜娘「だって、美味しいんだもん…」

魔王「そういう事はあやつに言ってやれ」

竜娘「うん」

魔王「…さて、これからどうするか」

竜娘「えーっと…留守番、だから、遠く行っちゃダメ」

魔王「何の力も無いというのに、見知らぬ場所には出歩かん」

竜娘「でも、退屈?」

魔王「退屈だ。いや、退屈なのは構わんのだ」

竜娘「じゃあ、何?」

魔王「こんな狭い場所に閉じ込められている状況が気に食わんのだ」

竜娘「お城…に住んでたと思うけど、広かった?」

魔王「誰も居らんからな」

竜娘「…ひとりぼっち?」
         ナリ
魔王「こんな少女の形をした者に従う者など魔界には居らなんだ」

竜娘「………」

魔王「同情でもしておるのか。気にするな、魔王となる前から分かっておった」

竜娘「そう、なんだ…」

魔王「しかし、かつての栄華の面影は残っておるが、今では殆ど崩れ去っておる」

竜娘「皆壊すから?」

魔王「うむ。直せる者がおらんのだ。そもそも魔界にな」

竜娘「じゃあ、壊れ放題?」

魔王「玉座の間はともかく、寝室は死守しておるが、我が居ない今頃は…考える気も失せる」

竜娘「……玉座の間?」

魔王「魔王となった者が座る場所だ。座れば歴代の魔王の力を受け継ぐ」

竜娘「……危ないんじゃ」

魔王「当代魔王である我が生きておる以上はいくら座ろうと無意味よ」

竜娘「でも、今魔界に居ないよね?」

魔王「……不味いかも知れん」

竜娘「……だ、大丈夫だよね?」

魔王「……まぁ、この世界に来た所で我と同じ目に合うだけだが」

竜娘「そういう意味では安心…かな?」

魔王「しかし、退屈だ…ここは本も無い。あるのはよく分からんげえむなる物…」

竜娘「げえむ?」

魔王「そこにある奇妙な箱の事だ。動かし方は分からん」

竜娘「勝手に触ったら…」

魔王「壊せば何をされるか分からん」

竜娘「う~…主様、何時帰ってくるかなぁ」

魔王「さてな」

 ピンポーン

魔王「む?」

大家「まおちゃん居る~?」

魔王「……あぁ、我の事か」

竜娘「か、勝手に開けたら…!」

魔王「あやつの知り合いだ、気にするな」

 ガチャ

大家「あぁ良かった。出てくれた」

魔王「何用だ」

大家「ん~……勉強会?」

魔王「何?」

大家「こっちに来て分からない事とかいっぱいあるでしょ?」

魔王「む……確かにそうだが」

大家「だから~……そういうのに向いてる人呼んできたから!」

魔王「……何?」

大家「ささ、紹介するわね。皆と同じく、このアパートに住む子よ」

「はーい。よろしくねー。不思議ちゃんって良く言われてまーす」

魔王「不思議……?不可思議な名だ」

不思議「むーん。名前じゃないけどー……まーいーや。不思議でーす」

魔王(むぅ……珍妙な奴だ……)

大家「本当なら私も教えてあげたいんだけど、急用が……」

不思議「大丈夫ですよー、任せてくださーい」

大家「ええ、お願いね。それじゃまおちゃん、じゃあね」タッ

魔王「……行ったか。それで、何を教えると言うのだ」

不思議「んー、例えばー……」スッ

魔王(む? 何故耳元に……)

不思議「まおちゃんが魔王だとかー、部屋の中に竜の女の子が居るとかー……」ボソッ

魔王「!?」

魔王(こ、こやつ……!?)

不思議「怖い顔しなーい。何もしないよー」

魔王「辺りに告げ口でも」

不思議「不思議ちゃんだから信用されなーい。されなーい……」ガックリ

魔王「そ、そうか……」

不思議「心配しなくとも大丈夫だいじょーぶ。私、お仲間ー。にゅーん」

魔王「……まぁ、良い。上がれ」

不思議「お邪魔しまーす」

竜娘「!」サッ

魔王「……隠れずとも良い」

竜娘「……本当に?」ヒョコ

魔王「あぁ、だからこたつの中から出てくるのだ」

不思議「むむー。コタツ、入れてー」

竜娘「ど、どうぞ」

不思議「ほみゅーん……ぬくぬくだー……ごろごろー……眠たーい……ぐー」

魔王「おい。起きろ。寝るな。退け。我も入れろ」

不思議「人使いが荒ーい……」

魔王「少なくとも我は住処に上がり込み、寝転がるのは図々しいと認識しておる」

不思議「分かっててもー……コタツには勝てなーい……」

魔王「せめて体を起こせ」

竜娘「……あれ?」

魔王「む、どうした」

竜娘「ん~?……会った事ある様な、無い様な……?」

不思議「おっとー、駄目だぞー。まだ秘密ー」

竜娘「えと、はい。……?」

魔王「その口振りだと、我等と出会った事があるようだな」

不思議「まぁ一応ねー。でも何処で会ったかはなーいーしょー」

魔王「一応としか言えぬ程にしか会っておらんのなら、何故我等の正体を知っておる」

竜娘「し、知ってるの?」

不思議「これぞ不思議ちゃんの武器のひとーつ、洞察力ー。どんな嘘も見抜けるよー」

魔王「嘘を、だと?」

不思議「そうだよー。だから魔王ちゃんが人狼なのも分かってるよー」

魔王「……成程」

魔王「少々違うな」

不思議「……あれー?間違えちゃったー?」

魔王「我が種族は、確かに人間に近いが、人間では無い。狼牙族……それ以上でも以下でも無い」

不思議「ははー、畏まりましたー」

魔王「で、何を教えると言うのか聞かせて貰おう」

不思議「日本の事ー」

竜娘「日本の事~?」

不思議「そーそー、ついでに世界もねー。詳しく教えちゃうよー」

不思議「まずねー、これが世界地図ー」

魔王「……本当にこのような形なのか?」

竜娘「これ……陸?」

不思議「そだよー。これもこれもー。ここは氷の大地ー」

竜娘「じゃあこの青いの全部海?」

不思議「海ー」

魔王「有り得んな。魔法も無いと言うのに、世界を真上から描ける筈が無い」

不思議「出来るよー。昔の人は歩いて日本地図作ったんだってー。しかも一人で」

竜娘「すごーい!」

魔王「馬鹿な、端から端をか?」

不思議「そうなんだってー。日本全国歩いて歩いてー……でー、すごく正確だったってー」

魔王「むぅ……だが、世界の大陸まではしておらんのだろう」

不思議「今の地図はー、宇宙から撮ってるんだよー」

魔王「うちゅう……?」

不思議「青いお空より上にあるんだよー」

竜娘「そ、空より上なんてあるの?」

不思議「あるよー。実際何度も人が行ってるんだよー?」

魔王「遥か上空の果て、か……想像出来ん」

不思議「まおー様の服みたいに真っ黒な所だよー」

竜娘「おねえさま~、真っ黒だって」クイクイ

魔王「服を引っ張るな」

不思議「さーさー、まだまだ色々教えるよー」

魔王「では、色々聞かせて貰おう」

伊能忠敬Bパーツ「我々の働きが」
伊能忠敬Cパーツ「あってこそ」

――――
――


男「……はぁ、ただい――」ガチャン

不思議「はーい、もーいっかーい」

竜娘「は~い、にゃ!」

魔王「に、にゃあ……」

男「……。……何? これは。夢か?」

竜娘「あ、主様~! お帰りなさい、にゃ!」

魔王「……こっちを見るな」

不思議「お邪魔してまーす」ゴロゴロ

男「……どういう事?」

不思議「いやー、ギャップ萌えって奴を教えてましてー」

竜娘「にゃ~!」

魔王「…………」

男「……おい魔王、顔真っ赤にしてどうした」

魔王「……我が何故! 猫の鳴き真似をせねばならん!」

不思議「可愛かったよー?」

魔王「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」

男「……いや、そもそも誰だあんた」

竜娘「……はぇ?」

不思議「おーやさんに勉強教えるよう頼まれた者だよー、男くーん」

男「だから誰なんだって聞いてんだ」

不思議「ふにゅーん……分からないー?」

男「分かる訳ねぇだろっ――! ……その、髪色……いや、まさか」

不思議「まさかまさかー?」

魔王「おい、結局は知り合いなのか」

男「いや、でもな……」

不思議「じゃあー……これで分かるよねー」

魔王「む……! 貴様、魔力を……!」

 ボムン

猫「にゃむー」

竜娘「あ~! 朝会った猫!」

男「マジかよ……」

魔王「……ふむ、精霊という奴か」

猫「ふにゃー」

魔王「喋れないのなら元に戻るが良い」

 ボムン

不思議「いやー、元々ただの猫だからねー。喋れないんだー」

魔王「ふむ、成程……」

男「何がなるほどなんだよ」

魔王「貴様、一度死んでおるな」

男「……は?」

不思議「あわー、分かったー?」

男「い、いや待てよ、意味分かんねぇぞ」

魔王「心、それは時に魔法よりも強大な力を発揮する……」

男「分かるように言えっつってんだろが」

竜娘「う~ん、幽霊?」

男「足あんだろ違うだろ」

不思議「ぴんぽーん。合ってるよー」

男「はぁ!? え、はぁ!?」

魔王「正確には半分だけだがな」

不思議「そうだけどねー」

男「わ、分かんねぇって……」

魔王「生前に抱いていた何らかの強い想いが、肉体無き生命として甦る事がある」

男「それが、幽霊かよ?」

魔王「人はそう呼ぶ。我らは霊魂と呼んでおる」

竜娘「想いが強過ぎると、綺麗な想いは精霊に、歪んだ想いは悪霊になっちゃったり!」

男「てことは、きれいな想いで甦ったって事か……?」

不思議「そーみたいだねー」ゴロゴロ

魔王「しかもこやつは、元の肉体に霊魂が戻っておる。生きる屍と呼ぶべき存在だ」

男「い、いきるしかばね……」

竜娘「つまり、ゾンビ!」

不思議「うがー、噛んじゃうぞー」ハミッ

魔王「ふみゅっ!? わ、我の耳を甘く噛むな!!」

男「ふみゅっ、て……ぷ、はは」

魔王「えぇい黙れ!」

男「で、何らかの強い思いって?」

不思議「男くんに会いに来ただけー」

竜娘「……だけ?」

不思議「そうだよー。お礼言いたいなーって」

男「お礼……?」

不思議「助けてくれたよねー。ありがとねー……♥」ギュー

男「ちょ、頬擦りしてくんな」

不思議「♪」スリスリ

竜娘「……混ぜて下さい!」

男「駄目だっての、おい、待てって」

竜娘「主様~♪」スリスリ

魔王「……何だこれは」

魔王「しかし、余程の感謝をしておったのだな」

竜娘「主様への愛が為せる技……!」

男「あ、愛だぁ?」

魔王「あい……?」

不思議「ふふー。愛情いーっぱい世話して貰ったからー♪」

男「だっ……、そういうの、やめろよ」

竜娘「主様が優しい人で良かったね!」

不思議「そーだねー♪」

男「やめろって!あぁ、もう!」

不思議「照れない照れなーい」

竜娘「照れない照れな~い」

男「あのなぁ……はぁ」

魔王(あい……。何故だ、この言葉を聞けば聞く程、胸が苦しい……)

竜娘「……おねえさま~?」

魔王「何だ」

竜娘「何考えてたの?」

魔王「……何も。魔界に戻る方法を考えておった」

男「で、考えた結果は?」

魔王「そやつから魔力を感じた。それも魂が肉体に戻る程、強力な魔力だ」

不思議「そんなに凄いー?」

魔王「今の我より強力なのは間違いない」

不思議「やったねー」

男「で、早く言えよ」

魔王「帰還出来る程の魔力を、この世界でも蓄えられるという事だ」

竜娘「おぉ~!」

男「……。ん?」

男「蓄えられるってなんだよ。普通は違うのかよ」

魔王「我が世界では、我は魔界に居なければ徐々に霧散していった」

男「ほーん……。それと、その魔力とやらをどうやって貯めるんだ。この世界にないんだろ」

魔王「他の者は大気から吸収しなければならんが、我程になれば自力で精製出来る」

男「帰れるまでどんだけかかるんだ」

魔王「……。分からん」

男「はぁ?」

魔王「この世界では殆ど精製出来んのでな。そこまで蓄えられるとは気付かなんだ」

不思議「でもー、魔力なんて使った感じしないよー?」

魔王「精霊であるが故に、魔力が殆ど無い世界でも無尽蔵に引き出し、蓄え、使用出来る様だな」

不思議「けっこー、凄いー?」

竜娘「すっごく、すご~い!」

不思議「えっへへー」

男「……で、だ。どうすんだ、あ~……猫」

不思議「もっと可愛い名前がいいにゃー、なんてー」

男「だってよ」

魔王「ここで我に振るのか……!?」

不思議「まおーさま、どーか良いお名前をー」

魔王「何故我が命名せねばならぬ。竜の方が良い名前を思い付くやもしれんと言うのに」

幼竜「ムキュ」

魔王「竜の姿になって逃げるなこやつめ」

幼竜「ギャウ!」ボッ

魔王「火を吐いてまで抗議をするでないわ!」

男「狭い室内で火ぃ吐くんじゃねぇ!危ねぇだろ!」

幼竜「キュウン……」シュン

不思議「んふふー……賑やかだなー……♪」

男「で、名前。不思議呼ばわりじゃな」

魔王「我はそれでも気にせぬが」

竜娘「竜もですよ~」

不思議「じゃあ不思議で良いやー」

男「いいのかよ……」

不思議「男くんだけの特別な呼び方でも良いよー」

男「……考えとく」

不思議「待ってるねー」

竜娘「名前も良いけど、何処住むの?」

不思議「おーやさんの所に居て良いってー」

男「や、やめとけ!料理食ったら死ぬぞ!」

魔王「どれ程の不味さなのだ……」

不思議「へーきへーき。私料理作れるよー」

男「……何を?」

魔王「甘い物か?」

男「お前そればっかか」

魔王「悪いか」

竜娘「甘いの良いよね~」

魔王「全くだ」

不思議「男くーん。……ね?」

男「ね、って何だよ。オレに買ってこいってか」

不思議「んーん。一緒に作ろー」

男「作ろーって……じゃあ、何か作るか」

魔王「早くしろ」パタパタパタパタ

竜娘「尻尾出てるよおねえさま」

魔王「むっ……ふぅ、いかんな、甘い物による興奮が抑えきれん」

男(甘いもんの何がこいつを突き動かすんだ……?)

男(つっても、何があったっけな……)

不思議「男くん、クッキー作ろー?」

男「クッキー?……まぁ、確かに、出来るな……」

不思議「じゃあ頑張ろー」

男「はいはい……」

男(ココアの素あるし、これでココア味のクッキーと、ついでにミルクココア用意しとくか……)

男「……って、クッキーなんていつ知ったんだよ」

不思議「猫って意外と見てるんだよー?あっちもこっちも、そっちもこっちもねー」

男「そういうもんか……そういうもんか?」

不思議「そういうもーん」

男「あー、とりあえず大量の砂糖を……」

不思議「はーい」

魔王「……」ヒョコ

男「……何だよ。向こう行ってろ」

魔王「我が世界では白い粉末は時に危険極まりない物が紛れている事があってな」

男「そんなんじゃねぇよこれは。砂糖っつって甘いんだよ」

魔王「……山の様に盛っておるが」

不思議「甘々だよー」

魔王「……」ピョコピョコ

竜娘「今度は耳出てるよ~!」

魔王「ぬ、ぐぬ……いかん、見せぬと誓った筈だ、我は……」

男「……分かったら竜と待ってろ。出来るのは時間掛かるしな」

魔王「分かった」

魔王「……何だ、この棒は。黄と黒とそれぞれ二本あるが」

男「くっつけて、冷やし固めんだよ」

魔王「それで完成か」パタパタ

男「固まったら焼くんだよ。だからまだ尻尾振んな」

魔王「そうか、まだか……」

不思議「ごめんねー、まだ待ってねー」

竜娘「クッキー……楽しみだな~♪」ワクワク

魔王「甘いの……甘いの……」

魔王「……ぬぅ。まだか」

男「何回聞く気だてめぇ。さっき聞いてから五分経ってねぇぞ。まだ焼いてねぇんだぞ」

魔王「早くしろ」

男「お前焼くって言ったって高い火力で焼くんじゃねぇぞ」

魔王「ではどうやって」

男「そんなに知りたきゃ見てろ」

魔王「……」ジッ

竜娘「……おねえさま、まばたきはした方が良いよ?」

魔王「一秒たりとも見過ごせん」

不思議「目に悪いし一秒くらい見逃してもだいじょーぶだいじょーぶ」

魔王「……そうか」

魔王「で、その二色の長い棒をどうするのだ」

男「四角になるように四本全部重ねんだよ」

魔王「……ふむ、『ジェムロック』の様だな」

男「……は?何のようだって?」

魔王「む……。むぅん……、じぇ、む、ろ、く……ジェムロックだ」

竜娘(わぁ……魔界の言葉、すぐ竜言語に直しちゃった。凄いなぁ……!)

不思議「それ何ー?」

魔王「真四角の板を張り合わせた盤の上に、結晶で出来た複数の駒を置いて行う遊戯だ」

男「将棋とかチェスとかオセロとか見たいなもんか」

魔王「その三つが何かは知らんが、盤上で行う遊戯なのは分かった」

男「何でそんなゲームが魔界にあんだよ。そんなもんやるより暴力やるようなとこだろ?」

魔王「肉体は貧弱でも知略に長けた魔族が競い合う為に作り出した物だ」

竜娘「おねえさまは出来るの?」

魔王「無論。魔王は全ての魔族に勝たねばならぬ故にな」

男(魔王なんのにゲームしなきゃなんねぇのか……)

魔王「それで、重ねてどうする」

男「一定の厚さに切って、オーブンで焼く」

魔王「おーぶん……あれか?」

男「そうだ。長い時間を掛けて焼くんだ」

魔王「長い……時間……」

男「……んな暗い顔されてもな」

魔王「…………」ジー

竜娘「おねえさま……ずっとオーブンの前に居る……」

不思議「凝視してるねー」

男「今のあいつなら菓子類遠くに投げたら追い掛けそうだな……」

魔王「追い掛ける訳無かろう」

男「実はまだ甘いもんが」

魔王「寄越せ!」

男「ねぇよ」

魔王「……」シュン

魔王「む。おぉ、少しずつ膨らんでおる様な」

不思議「合ってるよー」

竜娘「良い匂いしてるね~……」

魔王「うむ、香ばしい」

男「まだ時間掛かるけどな」

魔王「……」

男「……時間よ速くなれ、とか思ったか?」

魔王「……!」

男「図星かおい。どんだけ甘いもんに情熱注いでんだ」

魔王「……我は魔王。故に魔法で様々な事が出来る」

男「そんで?」

魔王「しかし、無から有を生み出す事は出来ん。それが出来るのは神だけだ」

竜娘「魔法は、存在する物を動かす力なんですよ~」

男「……いや、それはいいんだよ。結局何が言いたいんだ?」

魔王「甘い物を手に入れるには、人間界に赴かねばならん。故に魔界では希少だ」

不思議「つまりー……飽きる程欲しいって事ー?」

魔王「うむ」

男「じゃあ最初からそう言え」

魔王「む」

男「だいたい、そんなにクッキー欲しいなら時間速くしてみろよ」

竜娘「駄目なんです、主様」

男「ん?」

竜娘「時とか、そういう概念は神様の物だから」

魔王「魔法とは飽くまでも魔力による法則の強制変化だからな」

男「うん意味分からん」

魔王「あるかどうか分からん物は魔法では弄れんのだ」

男「時間はあるだろ」

魔王「何処に?」

男「どこって……」

魔王「時など、知的生命体が勝手に生み出した概念に過ぎん。明確には存在せん物だ」

不思議「何か、難しくなってきたねー」

男「こういうのは女さん向けだな」

男「いや、でもよ、地球が回ってるからやっぱ時間って――」

魔王「……回る?」

竜娘「地、球?」

男「……おい、まさか」

不思議「もしかしてー……そっちの世界って平たいのー?」

魔王「こ、この世界は丸いのか……?」

男「球体状だぞ」

竜娘「球体……!?」

魔王「ば、馬鹿な……!!」

不思議「世界の違いじゃー仕方ないねー」

男「そりゃ無理だな」

魔王「むぅ……つまり、この世界……地球が一周した時が一日という事か?」

男「そうだな」

魔王「ふむ……この世界では時の流れとは神が生み出す物では無いのか……」

チーン

魔王「!!」

竜娘「あ!」

男「そうこうしてたら出来た――」

魔王「食わせろ!」フンフン

男「鼻息荒いんだよ。出来立ては熱いから、もっと冷めてから食え」

魔王「待てん!」ガチャ カサッ

不思議「あ」

魔王「熱い!」

男「だから言ったんだっての……」

竜娘「いただきま~す!」

魔王「……貴様は平気らしいな」

不思議「火が吐けるみたいだしねー」

竜娘「んまいです!」サクサク

男「そりゃよかった」

魔王「……」ソー

男「まだ待っとけ」

魔王「ぐ……口惜しい……目の前にあるというのに、食えんとは」

魔王(どうする……もう、魔法を使ってしまうか……多少なら何の問題も……)

男「……もう、いいか。あむ」サクッ

不思議「美味しいー?」

男「ん。んめぇ」

不思議「良かったー♪」

男「食わねぇのか……って、まさか猫舌か」

不思議「うんー」

魔王「では、代わりに頂こう」サクッ

不思議「どうー?」

魔王「……」

男「何か言え」

魔王「……男よ、我の側近か、専属の料理人に」

男「なってたまるか」

男「……そう言えば」

魔王「何だ」

男「勇者、いるんだろ?どんな奴なんだよ」

魔王「気になるか」

男「当たり前だ、勝手にお前との戦いに巻き込まれたくねぇからな」

魔王「我が世界の問題をこの世界に持ち出す気など無い」

男「ちょっとでもお前から持ち出したら、甘いもん一生抜きな」

魔王「なぁっ……!!ばっ、馬鹿、なぁっ……!!」ガタガタ

竜娘「おねえさま、汗が汗が!」

不思議「んまんまー」サクサク

竜娘「♪」サクッ

魔王「……」

男「何だよどうした」

魔王「……別に」

魔王(こうして集って、笑顔で一つの物を食す、か……)

男「……?」

男(何だよこいつは。時々、悲しんでるような……?)

不思議「うーん、食べたー」

竜娘「食べた~!」

魔王「うむ、やはり甘味物は我を惹き付ける……」

男「そうかよ」

不思議「んー……。これからどうしよーかなー、散歩しよーかなー」

竜娘「付いていっても行っても良いですか?」

不思議「どーぞどーぞ」

竜娘「やった~!」

男「散歩って、どこに行くんだよ」

不思議「のんびりー、気の赴くままー」

男「暗くなる前に帰るんだぞ」

不思議「はーい」

竜娘「はい!」

魔王「貴様は行かぬのか」

男「何の為に行くんだよ」

魔王「迷子になるやも知れぬぞ」

男「正直お前の方がなりそう」

魔王「なっ!?」

男「あぁ、絶対お前甘い匂いに釣られてどっか行くわ」

魔王「我は幼子では無いぞ!……ん?」

男「あ?」

魔王「……雲行きが怪しいな」

男「うわっ、マジかよ……傘持っていってやるか……」

魔王「……いや、あれは」

男「何だよ、雨降らねぇのが分かんのか」

魔王「あぁ……あれは……魔力の雷雲だ」

男「……は?」

男「意味が分かんねぇぞおい」

魔王「そのままだ」

男「じゃあ何だ、魔法使う奴がいるって事か?」

魔王「うむ」

男「誰だそいつは?」

魔王「我が世界において雷電の魔法を扱える者は一人しか居らん」

男「……おい、まさか」

魔王「あぁ、間違い無く……“勇者”だ」

男「……甘い物、抜きで」

魔王「待て待て待て待て!!我が呼び起こした訳では無いぞ!!」

男「何とかしねぇと甘い物抜きだっつってんだ」

魔王「分かった分かった!!我とてこの世界で諍いを起こす気は無いと言った!」

男「じゃあどうすんだ」

魔王「……どうすべきだろうか」

男「こっちが聞いてんだから聞くな」

魔王「我は“今回の”勇者には詳しくないのだ」

男「今回って……」

魔王「勇者は一人しか存在出来んが、一人やられればまた一人と補充される」

男「補充だと……?」

魔王「我に対抗する使い捨て道具、それが人間側の勇者の考え方だ」

男「……何だそりゃ」

読んではいるが、場面途中だからレスしにくい
次からは場面途中では黙るけど読んでるから

>>380
場面途中で終わらないよう心掛けます。

魔王「とにかくだ。要は勝手に死んでも困らん物を勇者にしておるのだ」

男「だけどよ、使い捨てなんて……!」

魔王「人間も必死という事だ。使える物は使う、それだけの事……下らんとは思わんか?」

男「……何がだよ」

魔王「同族の命を玩具の如く弄ぶ……時に人間は、魔族でさえ嫌悪感を抱く程の醜さを見せる」

男「そのみにくさは、てめぇら魔族が引き出してることだろが……!」

魔王「認めよう。半分だけは」

男「半分だけだぁ……?」

魔王「考えろ。魔王を討伐した勇者は、国に戻ればどうなると思う?」

男「そんなもん、英雄扱い――」

魔王「残念だが違う。答えは真逆なのだ」

男「ま、真逆……?」

魔王「何度か過去に勇者達と出会った事がある。あやつらが語るには――」

勇者【お前さえ倒せば、俺は罪を赦される……!!】

魔王「と、言っておったな」

男「どういう事だよ……」

魔王「要は、過去に大罪を犯し……恐らく死刑になる物に、国王がこう告げるのだろう」

国王【魔王を討てば、その罪は神の名の下に赦されるであろう】

魔王「そして、死ねば刑を処する手間が省け、見事帰還した場合は……」

男「無事に、死刑にする、ってのか……!」

魔王「大罪を犯し、尚且つ魔王を討ち果たした物など、恐ろしい存在だとは思わんか?」

男「……」

魔王「今回の勇者も同じだろう。仕方無く、魔王を討伐する物となった……そこを突けば」

男「……多少なりとも、説得出来るってか」

魔王「いかにも」

魔王「ではそろそろ出掛けるとしよう。甘味物が二度と食べられんのは死しても避けたい」

男「……おい」

魔王「何だ」

男「一人で行く気かよ」

魔王「貴様を連れて行っても足手まといだ。何の役にも立たん」

男「本気で言ってんのか」

魔王「では貴様は我が世界の言葉が理解出来るのか?話せるのか?勇者が竜言語を理解しておるとでも?」

男「その勇者が魔王の説得聞くと思ってんのか」

魔王「……む」

男「いいから連れてけよ。お前は通訳してくりゃいい」

魔王「……良いだろう。我としても、無駄な魔力を消耗する気は無いのでな」

――――
――


魔王「……ふむ、近いな」

男「……何か、肌がピリピリすんな」

魔王「空気がほんの少し帯電しておるな」

男「……勇者、お前より強ぇんじゃねぇのか」

魔王「……この世界では、そうかも知れん。電気が大量に存在するからな」

男「まぁ……そりゃそうだろな。どこの家庭にもあるからな」

魔王「電気その物を操る勇者にとっては、心地良い世界であろう」

魔王「……む!」バッ

男「うぉ!……あいつがか?」

魔王「うむ……間違いない。あの魔力……勇者!」

勇者「…………」ギロッ

男「……待ち構えてたみたいだな」

魔王「あんな雷雲を出せば誘き寄せられると考えたのだろう。見事成功した訳だな」

勇者『……どっちが魔王だ?どっちもか?それともどっちも違うのか?』バリッ

男「……何かバリバリ鳴ってんだけど」

魔王「焦がされたくないのなら今は黙っておれ」

魔王『……我が魔王だ。こやつは――』

勇者『人質か。卑怯な』

魔王『いや――』

勇者『だが俺は、いかなる犠牲を払おうと魔王を討ち果たさなければならない』

魔王『おい――』

勇者『人の姿に化けてもムダだ!俺は躊躇しない!』バチィ!

魔王『話を聞け!』

勇者『魔王の話など聞かん!』バギュ

魔王『ちぃ!』シャッ

男「どわっ!あ、危ねぇ……!お、オレにも当たる所だったぞおい……!」

勇者『お前さえ!お前さえいなければ!』

魔王(くっ、これでは甘味物が一生……!)

勇者『魔王、覚ごっ!?』ドガッ

魔王『!?』

男「ちょっといいかげんしてくんないかなぁ……。オレらは話をしにきただけなのにさぁ……」

勇者『な、何だ、何語だ!何を言ってるんだ!』

男「いくら見た目魔王くらいのガキでもやっていいこと悪いことってのがあってなぁ……?」

勇者『これ以上邪魔するならいだだだだだだだだあ!』メリメリ

魔王(あ、あやつの手が、勇者の顔面に強く食い込んでおる……)

勇者『何だこいつはぁ!魔王ぉ!』

魔王『我の言葉など聞く耳を持たぬと言われてはな』

勇者『まさかこれが貴様の魔法の一つか!?』

魔王『いや、そこに居るのは何の変哲も無い只の人間だ』

勇者『!?』

魔王『だが、この我でさえ逆らえぬ事もある……我の精神を揺らがせて……』

勇者『な、魔王でも……!?』

男「おい魔王……」

魔王「な、何だ」

男「今、変なこと言ったよなぁ……?何言ってるか分かんねぇが、それは伝わったぞ……?」

魔王「い、言っとらんぞ。何も変な事など!」

男「なぁんで焦ってんだよ……?」

魔王「い、いや、それはだな」

勇者(な、何を言ってるか分からないけど、魔王がうろたえてるなんて……この男、何者……!?)

勇者(しかし、なぜか魔王は攻撃せず、この男も話の途中……今なら魔王をやれ)バチッ

勇者『いだだぁ!』メリメリ

男「いいから。そういうのいいから。マジでそういうのいいから。マジで」

魔王(何故だ。切れたあやつにはどんな魔法を用いても全く勝てる気がせんぞ)

男「いいから落ちつけって。でないと痛いじゃすまなくなるからなぁ……?」

魔王『これ以上暴れると……一瞬で楽にしてやるからな、と言っておるぞ』

勇者『な、何だと……!?こ、これで普通の人間……!?』

男「おい魔王……」

魔王「な、何だ」

男「また変なこと言ったなお前……?何となく分かんだぞ、こっちは……?」

魔王「ま、またも何も、一度たりとも言っとらんぞ!」

勇者(こ、ここは大人しくして機会を待つべきか……)

魔王『……落ち着いた様であるし、話を聞いてはくれぬか』

勇者『……その前に聞かせてもらう』

魔王『何だ』

勇者『この世界は何なんだ。動く鉄の箱の魔物に人が食われていた。貴様の仕業か』

魔王『鉄の箱……?』

魔王「おい男。動く鉄の箱とは何だ」

男「車だろ」

魔王「くるま……あぁ、あれか、成程」

魔王『あれはこの世界の人間の移動手段だ。我らが世界の馬と同じだ』

勇者『馬……確かに人が自由に外に出ていたから、魔物と共存しているのかと思っていたが』

魔王『あれは車という、機械で出来た乗り物だ。どうやら魔法で動いておる訳では無いようだ』

勇者『……やはり魔法は無いのか。こんなにも電気はあるのに、魔力が無くて驚いた』

魔王『お陰で我は貧弱だ。今の貴様なら簡単に殺害出来るだろう』

勇者『だから、攻撃しなかった……いや、出来なかったのか』

魔王『そして人に世話になるなど、落ちぶれ尽くしたものよ、我も』

勇者『……魔王』

魔王『何だ』

勇者『どうして大人しく人間の世話になる。人にしか見えないが、魔族なんだろう』

魔王『……。何故、だろうな。誇り高き魔狼の、そして魔王の我が、人と深く関わるなど』

勇者『何かを企んでいるのではないのか』

魔王『……忘れた。考えていたかもしれぬ。だが、忘れた』

勇者『……お前、本当に魔王なのか?』

魔王『…………。そう、だ』

勇者『何だ今の間は。どうしてすぐ答えない』

魔王『……貴様には、関係無い事だ。我は魔王。そして貴様は勇者。敵同士。それだけで良い』

勇者『……』

勇者(本当にこれが魔王……?信じられなくなって……)

勇者『……っ!』ドクン

男「ん?おい、どうした」

魔王「な、何だ……魔力が増幅していく……?」

勇者『ぐ……うぅ……!』バッ

男「お、おい、どこ行きやがる!」

魔王「……不味いかも知れん。追うぞ!」

男「分かってる!」

男「くっそ、何で逃げんだあいつ!」

魔王「何にせよ、都合が悪い事が起こったのは間違いない!」

男「めんどくせぇな全く!」

魔王「……!あそこだ!」

勇者『…………!!』

男「う……目がさっきと違ぇ……ギラついてやがる……。しかも、何か歯が……」

魔王「あれは……まさか」

男「何だよ早く言え!」

魔王「魔力症……」

男「まりょくしょう!?」

魔王「過度な魔力は人間の体には毒なのだ。本来は」

男「本来は!?」

魔王「人間でも魔法を使う者が増えた以上、対策が出来たのだろうと思っていたが……」

男「魔力症になったらどうなんだ!」

魔王「……魔族の一員と化す」

男「……ってことは、だ」

魔王「うむ……非常に不味い」

勇者『……な……ぜ、追って、くる』

魔王『放っておけと?』

勇者『へ、いき、だ……。そこらの、動物の、血を吸えば……いい』

魔王『……吸血衝動、か』

勇者『だから…………失せろ……!』

魔王「……男。奴は吸血衝動に駆られておる」

男「吸血鬼ってことかよ……!ほっといたらどうなる!」

魔王「勿論、見境なく血を吸い付くすだろう……。貴様は逃げた方が良いな」

男「……いや、絶対逃げねぇ」

魔王「な、何……?」

男「オレの血を飲ます」

魔王「ば、馬鹿げた事を……!何の為にそんな――!」

男「オレがそうするべきだって思ったからやるんだよ!」

魔王「奴は野生動物の血を吸えば平気だと言っておるのだぞ!」

男「知るかんなもん!吸血鬼は人の血が一番美味く感じるって相場が決まってんだよ!」

魔王「意味が分からん……!」

勇者『……何を……している』

魔王『この男が貴様に血を飲まそうとしておるのだ……!』

勇者『……!!だ、だめ、だ……人の、血は、それ、だけは……!!』

男「おら、好きなだけ吸えこのやろう!魔王!回復魔法とかあんならオレに使え!」

魔王「え、ええい……!どちらも厄介な……!」

勇者『ひ、人の、血は……絶対、美味しい……だから……駄目だ!』

魔王『我儘を言っておる場合なのか!暴れられては非常に面倒なのだぞ……!』

勇者『ぐ、ぐぐ、ぐぅ…………う、うぅぅぅぅ……!』

ガプッ

――――
――


男「…………」ゲッソリ

魔王「極めつけの馬鹿だな、貴様は」

男「う、るせぇ……」プルプル

魔王「しかし、血はそこまで吸われていない筈だが」

魔王『何故この男はここまで衰弱しておるのだ』

勇者『……多分、魔力も吸ったから、だと思う』

魔王『む、成程……枯渇すればこうもなるか。反応が微弱過ぎて気付かなんだ』

男「な、なんて言ってる……?」

魔王「貴様の魔力を吸いきったらしいぞ」

男「あ、あったのかよ……」

魔王「ほんの僅かだがな」

男「ま……よかったよ……何も、なくて」

魔王「……本当にそう思うか?」

男「あ……?」

魔王『済まぬが勇者よ、我もこやつも、貴様の事情が知りたい』

勇者『……話すことはない』

魔王『何故こやつの血を吸う事を拒んだのか、その理由くらいは聞かせて貰いたいのだがな』

勇者『…………分かった、言ってやる』

魔王『そうか。ではこやつに伝わる様に通訳をさせて貰うぞ』

勇者『……好きにしろ』

魔王「男、今から勇者の言葉を翻訳してやる。休みながら良く聞いておけ」

勇者『勇者は人間の味方だ。人に余計な危害を加えたら、何処にも居られない……』

   『だからその辺の野生動物の血を吸ってたんだ。クソ不味いのを我慢して』

   『不味くても血を吸えば症状は治まった……。それで今までやってきた』

   『それなのに、とうとう、手を出してしまった……人の血を吸ったんだ、俺は』

   『人の血は吸った事がなくても、絶対美味いって思ってた……』

   『一度吸えば、止まらなくなるんじゃないか……。そう、考えてたんだ』

男「……なるほど、な。何で勇者になったか……分かったぜ」

魔王「何?」

男「おい……オレの言葉も、通訳しろ」

魔王「扱いの悪い……。分かった分かった」

魔王『勇者、この男が言いたい事がある様だ』

勇者『言いたいこと……』

男「おい、勇者……その吸血症状の、せいだろ。勇者に、なったの」

勇者『……!』

男「王様か、だれかに、こう言われたんじゃねえか……魔王、倒せば、人間として認める……ってな」

勇者『な、何で……』

男「さっきの、話のとき……怖がってたろ……?」

勇者『そ、そんな事はない……』

男「お前は、自分自身を、怖がってる……。周りも、お前を、怖がった……違う、か?」

勇者『…………』

魔王『その反応、事実らしいな』

勇者『……好きでこうなった訳じゃない。勇者になる気もなかった』

魔王『……』

勇者『だけどなるしかなかったんだ。犯罪者とか化物は、皆喜んで勇者になる』

魔王『でなければ地獄と等しき刑を受ける……他の勇者から聞いたぞ』

勇者『他の……!?その人達は――!』

魔王『さぁな。少なくとも我は逃がしてやったぞ。わざわざ安全な場所までな』

勇者『何の為に』

魔王『弱い物を殺しても虚しいだけだ。我は相手を嬲っても心は満たされないのでな』

勇者『……とにかく、勇者になって俺は人に戻るんだ。その為にも魔王を――』

魔王『倒せば魔力が消えるとでも?』

勇者『……。そんなことは分かってる。お前を倒す度の最中、勉強してたんだ』

魔王『勉強……?』

勇者『俺は馬鹿だった。だって、教えてくれる奴なんて居なかったし』

魔王『良く学ぶ気になったな』

勇者『俺は普通の人になりたかった。だから、常識とか覚えたんだよ。必死で』

魔王『……普通、か。そうか、貴様もか』

勇者『……何?』

魔王『我も、普通の魔族なら良かったと思う事がある……。我は人に近過ぎた……』

勇者『人に……』

魔王『周りと同じく、欲望と本能のままに生きられれば、悩む事も無かった……』

勇者『……イメージと違う』

魔王『ふっ、魔王が恐怖の支配者とでも思ったか?我は少なくとも……孤独な王だ』

勇者『……案外、似てるのか?俺達』

魔王『そうかも知れんな』

男「おい……何て言ってんだ……」

魔王「さぁな、知りたければ我が世界の言語を学ぶのだな」

男「……甘い物抜き」

魔王「悪いがそれでも言えん」

男「……じゃ、聞かねぇ」

魔王「そうか。……助かる」

男「気持ち悪ぃ……」

魔王「貴様という奴は……」

男「……勇者は、どうするよ?」

魔王『勇者、貴様はどうする。我とまだ戦うか?』

勇者『……借りは、返す』

魔王「礼がしたいらしいぞ、男」

男「礼、か。好きで、やったんだ……。いらねぇ、よ」

魔王『……礼は良いらしいが、このままでは家に帰れそうに無い』

勇者『運べばいいんだな、分かった』

男「お、お前……よく担げるな、オレを……」

魔王「勇者だからな」

男「それで、すむと思うなよ……」

魔王『まぁ、勇者。優しくしてやってくれ』

勇者『善処する』

男「あぁ~……家帰ったら、飲んでやる……」

魔王「何を。甘いのか、それは」

男「そればっかかよ……」

魔王「まぁ良い。帰るぞ」

勇者『……』

男「んぐっ……はぁ!あぁ~生き返った」

勇者『……どういう、事だ』

魔王「……。何だそれは」

男「酒」

魔王「さけ?」

男「飲むと気分がよくなってくる飲み物だ」

魔王「……あぁ、それか。……何!?」

男「な、何だよ」

魔王「それは何処から採ってきたのだ!」

男「取ってきたって……こんなもんどこにでも売ってるだろ、缶ビールくらい」

魔王「……あり得んぞ、これは」

男「おいおい、酒が珍しいってのか?」

魔王「うむ。何と言っても、魔力回復効果があるのだからな」

男「……流石にこっちの酒にんな効果ねえって」

魔王「だが今回復したではないか」

男「……じゃあ、これ飲んでみろよ。お前一応子供じゃねぇんだろ」

魔王「あぁ……」クピッ

男「どうだ」

魔王「……不味い」

男「魔力は!」

魔王「一口で分かると思うか」グビグビ

男「ぁあ!?全部飲んだなてめぇ!」

魔王「やはり不味い。よくこんな吐瀉物が飲めるな」

男「黙れ!!なんてこと言うんだ!」

魔王「しかし、そうだな……ほんの微量は回復したかも知れん」

男「何で分かんねぇんだよ」

魔王「微量過ぎて分からん」

  『勇者なら分かっただろう』

勇者『何がだ。魔力が極々僅かに増えたことか』

魔王『うむ』

勇者『……で?』

魔王『それだけだ』

勇者『…………』

男「おい、勇者から殺気漂ってるのオレでも分かるぞ」

魔王「気の所為だ」

男「気のせいじゃねえよ!」

男「はぁ……家にいるときぐらいゆっくりさせ──」

竜娘「戻りました!」ガチャ

魔王「残念だったな」

男「あぁ……そうだな……」

不思議「何がー?」

勇者『……狭いな』

竜娘「!?み、見知らぬ人が!!」

魔王「勇者だ」

竜娘「えぇ!?」

不思議「おおー、揃い踏みー」

男「……ま、いいか」

竜娘『ほ、本日はお日柄も良く……』

勇者『……何なんだ。頭下げて』

竜娘『勇者様相手に失礼を働く訳には……』

勇者『いいよ、別に……。魔王がすぐ側にいる時点で失礼なのに』

魔王『おい』

勇者『にしても、君もこっち側なんだな』

竜娘『ええと、竜は竜騎士の……』

勇者『竜なのか!』

竜娘『はい!一応!』

勇者『すごいな……!人の姿になれるのか……!』

魔王『ふむ、竜よ。折角だ、竜の姿になってやっては』

幼竜「クルル……」

魔王『どう、だ……。早いぞ……』

勇者『かっこいいな……!』

幼竜「キュ♪」

男「すっげぇ。何言ってっかぜんぜんわかんね」

不思議「あー。近くて遠いなー」ゴロゴロ

男「ゴロゴロしたらホコリまうだろ」

不思議「んにゅー……」ピタ

男「……どうすっかな。こんな大人数はなぁ」

不思議「こっちは大丈夫だよー。猫の姿してたら一杯食べ物くれるからー」

男「……そっちが気にしねぇなら、別にいいんだけどよ」

不思議「出来たら男くんのが良いなー。はふーん」

男「何で」

不思議「怪我治してくれる人のー、優しい手で出来た料理が食べたーい」

男「……よく言えんな、そんなん」

不思議「ふんー?んんー?」

男「あぁ……もうめんどいな。あるもんで何か作るか……いやもうめんどい」

魔王「何だ、どうしたのだ」

男「とりあえず全員適当に食いたいもん挙げろ」

不思議「お魚!」

竜娘「お肉!」

魔王「あ」

男「お前は分かってんだよ甘いもんだろが。いいからお前は勇者に聞いてくれ」

魔王『……。勇者、男が食べたい物を言え、と言っておるぞ』

勇者『食べたい物……。…………………………』

魔王「……たらふく、欲しいそうだ」

男「……そうか」

――――
――


男「……何でついてくんだよ」

魔王「勇者の付き添いだぞ、我は」

勇者『…………』

男「だから、何でだって聞いてんだ」

魔王「勇者が来いと言ったからだ」

男「あぁ、だから……」

魔王「それ以上の理由を言わんのだから、我も言えん」

男「じゃあ、聞けよ」

魔王「聞いた上で言わんのだ」

男「あっそ……」

魔王「……何だ、この匂いは」

男「そりゃ、食べもん売ってんだから」

魔王「ほう……む?」

勇者『……』ソワソワ

男「おい、どうしたんだよこいつ」

魔王『おい勇者。落ち着かん様子だが』

勇者『……』グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

男「……」

魔王『……勇者』

勇者『食べたい物、聞くってことは……買うんだろ……?』グギュルルルルルルル

男「おい急いで買うぞ」

魔王「あぁそれが良いな」

勇者(……凄い所だ。見たことない食べ物がいくつも並んである)スッ

   (この、赤い……果物、か?美味しそうだ……)

魔王『何をしておる』

勇者『……そんな目で見るな。売り物を食べたりしない』

魔王『ならば涎を拭くのだな』

勇者『っ!こ、これはただ、美味しそうだと思っただけで』

男「あん?どうした。リンゴなんか持ってよ」ヒョイ

勇者『あ』

魔王「美味そうに見えたらしい」

男「……ちっ、わぁったよ。おら、持っとけ」

勇者『な、何だ、買う気か?』

魔王「……甘そうだな、これは」

男「てめぇ……おら買ってやる全員分な!」

魔王(……。やけに簡単に買ったな)

男(リンゴ……たまに食いたくなんだよぁ……)

魔王(……好きなのか)

勇者(真っ赤で、まるで宝石みたいだな……)

勇者『魔王。食べたことはあるのか』

魔王『む?いや。そもそも、ここまで赤い果物が魔界に無い。あるのは……』

勇者『あるのは?』

魔王『……血の如く赤黒い、皺だらけで苦過ぎる存在理由が不明な物だけだ』

勇者『恨みでもあるのか……?』

魔王『ある。三日三晩苦味が邪魔して食事が喉を通らなくなった』

勇者『許せないな』

魔王『分かってくれるか』

男「おい、行くぞ」

魔王「見れば分かる」

魔王『来い、勇者』

勇者『見れば分かる』

勇者(にしても……本当に凄いな……)

魔王『どうした?』

勇者『魔力を感じないのに、冷気を感じるんだ』

魔王『男曰く、機械らしいぞ』

勇者『機械か……。こっちでは、かなり発達してるんだな。まるで魔法だ』

魔王『我もそう思うがな……向こうに持ち込む訳にはな』

勇者『何か問題があるのか?』

魔王『いや、こちらでは電気で動かしておるそうでな』

勇者『俺しか使えないな、じゃあ』

勇者(……これだけの技術があるのなら、平気か)

魔王『何を考えておる』

勇者『……別に』

勇者(魔王……敵意の欠片も無い、“今の”お前は信じてやる。だがもし……)

魔王『そうか。てっきり、食事の事を考えているかと思ったぞ』

勇者『そこまで飢えて……いるけどな……』グゥゥゥゥゥ

勇者(もしも俺達の様に魔物がこちらに現れたら……お前はどうするんだ……?)

魔王「男、早く帰るぞ」

男「あぁ、たらふく食わせてやらねぇと」

────
──


魔王「……これは?」

男「鍋だ」

魔王「見れば分かる」

不思議「鍋料理だねー」

勇者『これは何だ……適当に食材を入れた様にしか見えないんだが……』

竜娘『そういう料理みたい』

勇者『これで……?』

魔王「どういう料理なのだ」

男「鍋に入ったダシで食材煮るだけ。そんだけの料理だ」

魔王「……そんな物で我が満足させられるとでも?」

男「バカ言え。奥深いんだよ、鍋は」

男「おら、これ使え」

勇者『何だこの得体の知れない液体……飲まないぞ俺は』

竜娘「これ何ですか~?」

男「ポン酢」

魔王「ポ……何?」

不思議「ポン酢ー」

魔王「ポン酢……酢?酸っぱいのか」

不思議「そうだねー」

男「激ウマ調味料だぞ。これあったら大体何とかなるしな」

魔王「げ、げきうま……?」

不思議「凄く美味しいって意味ー」

魔王「な、成程……そうなのか」

男「さ、出来てきたな……」

竜娘「おぉ~……これがお鍋……」ジュルリ

勇者『…………ま、待ってくれ』

竜娘『どうしましたか勇者様!』

勇者『これ、まさか……このまま食べるんじゃないだろ?』

魔王『このポンズとかいう調味料に浸けて食べるそうだが』

勇者『そうじゃない……取り分けないのか?』

不思議「何てー?」

竜娘「取り分けないのか、って」

男「分けねぇ。鍋はこうやって周りで囲いながら食うもんだ」

魔王『取り分けずこうして鍋を囲って食べるのが普通らしいが』

勇者『…………』

竜娘『な、何か、ダメな事でも!』

勇者『……残飯ばっかり、食べてたから……旅も一人で……こうして食うのに慣れてなくて』

竜娘『ゆ、勇者様……』

魔王『……そう言えば、我もそんな日があったな。これでも一族の落ちこぼれだったからな』

竜娘『竜は他の子より食べさせてもらう量が少なかったです……』

勇者『お前達も……?』

男「……おいそこ、何か急にしんみりすんな」

不思議「食べ物に悲しい思い出でもあるのかなー……私は玉ねぎ食べちゃった事が……」

男「おいやめろそういう雰囲気で食うもんじゃねぇぞ」

男「ああもういいから食えっての。いただきます!」

不思議「いただきまーす」

竜娘「いただきます!」

魔王『ほら勇者、ああやって手を合わせて……』

魔王「頂きます、だ。この世界の食事前の礼儀だ。礼儀位は言える様になれ」

勇者『急に言われても困る……』

魔王『全員が言わなければ(礼儀と言うからして恐らく)食べられんぞ』

勇者『う……あ、う……』

勇者「ウィ……ヅァ……クィ……ウゥ……」

勇者『駄目だ……』

魔王『まぁ、最初は我もそんな物だった。気にするな』

男「何だ今の。いただきますってか?」

魔王「いきなり竜言語を話そうとすると大抵こうなる物よ」

男「そういうもんか。ま、今は食え。好きなだけ。おら、勝手に入れてやるぞ」

勇者『な、何をするんだ。これ野菜だろ。これはどっちも茸だろ。食べろと?嫌だ』

竜娘『好き嫌いは良くないです!』

男「何て?」

魔王「野菜と茸が嫌いだと言っておる」

男「は?エノキとかシイタケとか茸類が嫌いなのはいいけどな、白菜嫌いは許せねぇ」

不思議「拘りあるのー?」

男「オレ的見解を言えば、鍋で一番うまいのは白菜だからな。竜、食わせろ」

竜娘「はいっ!」

竜娘『ごめんなさい!』

勇者『むごっ!?…………あ、美味い』

竜娘「美味しいそうです!」

男「だろ?」

男「そうなんだよ鍋はうめぇんだよもっと食え」ドサッ

勇者『い、入れ過ぎだ……』

魔王『育ち盛りだろう、食え』

勇者『食うけどこんなに盛られたのは初めてなんだ!』

竜娘『なら良いよね』

勇者『まぁ……ただ、驚いただけなんだ』

魔王『魔界の食材を見れば更に驚くな』

勇者『誰が食べるか』

魔王『美味いというのに……』

不思議「んにゅー……置いてけぼりー……」

男「言葉分かんねぇってメンドクセェ……」

魔王「なら我らの言葉を学ぶのだな」

男「どこでだよ」

竜娘「出来ますよ~」

男「直に学べってか……」

不思議「教えて~」

魔王「難しいぞ」

男「……いや勇者に日本語……竜言語か。教えた方が早くね?」

魔王「……一人分だからか、確かに」

竜娘『じゃあ勇者様に竜言語教えます!』

勇者『何だ急に何でそんな話に。……頼むよ、後で』

勇者『……竜、伝えてくれ。その、まだ食べたいんだ』

竜娘『は、はい……』

  「あの、主様……」

男「見りゃ分かるっての……」

魔王「うむ、数分で鍋が空だな」

不思議「胃袋ブラックホールだー」

男「普通、ほとんど食えてない生活してたら大量に食えねぇはずだろ……」

魔王「それすら忘れる美味さと納得すれば良かろう」

男「いいけどよ……。わざと足りないようにしてたしな」

魔王「何故?」

男「ちょっと待ってろ」

不思議「おー。これはこれはー……」

勇者『動物の内臓?』

魔王『どう見てもそうは見えんぞ』

竜娘「……麺?でも、真っ白で、太い……何ですか主様?」

男「うどん、だ」

魔王「う、ど、ん?何だそれは」

男「麺だ。見ての通り太い」

魔王「……で、だから何なのだ」

男「こいつを、余った食材と一緒に鍋にぶち込む。それだけだ」

魔王「美味いのか?」

男「うどん自体は淡白な味だな」

不思議「だから色んな味と合うんだねー。ご飯と一緒ー」

竜娘「なるほど~」

男「鍋はこうやって最後にご飯とか麺とか入れてからが本番だぜ」

魔王「食べ終わってから本番とはやはり変わっておるな」

勇者『何て?』

魔王『食べ終わってからが本番だと言っておる』

勇者『……魔王を倒してからが平和の始まり……みたいな事か』

魔王『我の目の前で出す例えでは無いぞ』

勇者『実際、そんな事覚えさせといて、何回も魔王は現れて、平和は来ない』

魔王『魔界を静かにせんと無理だな。永遠に』

勇者『どうやるんだ』

魔王『それを我に聞くのも変だが……全ての魔族の殲滅、だな』

勇者『魔王の言う事じゃ無いな』

魔王『好きで魔族になった訳では無い』

竜娘『……』

男「何の話だよ」

魔王「貴様には関係の無い話だ」

男「あっそ」

不思議「気になるなー」

魔王「もっと関係が無い」

不思議「むーん……」

男「ま、言いたくねぇならいいけどよ。お前すぐ顔に出るから気ぃつけろ」

魔王「何?……出ているのか?」

不思議「素直な子って事だねー」

魔王「素直な子……」

  (素直な魔王……変わった響きだ)

男「……っと、出来たか」

不思議「おうどん出来たー」

竜娘「おぉ~……熱そう」

魔王「いや熱そうも何も最初から熱いぞ」

竜娘「何て言おうか迷って」

魔王「味が分からんからな」

勇者『……変わった食感だ。何て言えば良いのか……もちっ?』モグモグ

男「早ぇなおい」

竜娘「何時の間に……」

魔王『美味いのか』

勇者『俺は好きだ。米とかパンとかこういうの、毎日食べてみたい』

竜娘「お米とかパンとか麺とか、毎日食べてみたい、だそうです!」

男「米なら毎日食うけどよ……そんなに炭水化物食わなかったのかよ」

不思議「わたしはパンばっかり貰うよー。でも一応猫だからお肉がねー……」

男「だからさっき肉と魚かぶりついてたのか」

不思議「きゃー恥ずかしー」

男「ウソつけせめて感情込めろ」

魔王「清々しい程棒読みだったぞ」

不思議「それよりおうどん伸びるよー」

竜娘「話切り替えた!」

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