キョン「この中に宇宙人(略」 (123)

サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、
それでも俺がサンタを信じているかと言うとこれは確信をもって言えるが今でも信じている。

事実、幼稚園のクリスマスイベントにサンタが現れた。

そんなこんなでクリスマスにしか仕事をしないサンタにあこがれを持っている賢しい俺なのだが、
宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織やそれらと戦うヒーローたちの存在も信じている。

俺は心の底から宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織が目の前にふらりと出てきてくれることを望んでいる。

俺が朝目覚めて夜眠るまでのこのフツーな世界に比べて、あのような世界の、なんと魅力的なことだろう。

宇宙人にさらわれてでっかい透明なエンドウ豆のサヤに入れられている少女を救い出したり、
レーザー銃片手に歴史の改変を計る未来人を知恵と勇気で撃退したり、悪霊や妖怪を呪文一発で片づけたり、
秘密組織の超能力者とサイキックバトルを繰り広げたり、つまりそんなことをしたい!

いや待て冷静になれ、仮に宇宙人や(以下略)が襲撃してきたとしても俺自身には何の特殊能力もなく太刀打ちできるはずがない。
ってことで俺は考えたね。

ある日突然謎の転校生が俺のクラスにやって来て、
そいつが実は宇宙人とか未来人とかまあそんな感じで得体の知れない力なんかを持っていたりして、
でもって悪い奴らなんかと戦っていたりして、俺もその闘いに巻き込まれたりすることになればいいじゃん。
メインで戦うのはそいつ。俺はフォロー役。おお素晴らしい、頭いーな俺。

しかし現実ってのは意外と厳しい。

実際のところ、俺のいたクラスに転校生が来たことなんて皆無だし、UFOだって見たこともないし、
幽霊や妖怪を探しに地元の心霊スポットに行ってもなんも出ないし、
机の上の鉛筆を二時間も必死こいて凝視していても一ミクロンも動かないし、
前の席の同級生の頭を授業中いっぱい睨んでいても思考を読めるはずもない。

中学校に入学したのを機に俺は俺なりに、積極的にそういう不思議なものを求めた。
ところが、やっぱり不思議なものに出会うことが出来ず、半ば失望していた。

そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら俺はたいした感慨もなく高校生になり----、涼宮ハルヒと出会った。

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山の上にある高校の入学式も無事に終わった。

何で知っているかって?そこの新入生が俺だったからだ。

俺は配属された一年五組の教室へ嫌でも一年間は面を突き合わせねばならないクラスメイトたちとぞろぞろ入った。

担任となった岡部なる若い教師が自己紹介を終えると

「みんなに自己紹介をしてもらおう」

と言い出した。

まあありがちな展開だし、心積もりもしてあったから驚くことでもない。

出席番号順に男女交互で並んでいる左端から一人一人立ち上がり、氏名、出身中学プラスα(趣味とか好きな食べ物とか)をあるいはぼそぼそと、
あるいは調子よく、あるいはダダ滑りするギャグを交えて教室の温度を下げながら、だんだんと俺の番が近づいてきた。

俺の番となった。氏名、出身校を言い終えた俺は、

「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、後ろの席の奴のところに行きなさい。以上」

後ろの席の少女は入学式の時から目を付けていた奴だ。

長くて真っ直ぐな黒い髪にカチューシャつけて、この上なく整った目鼻立ち、
意志の強そうな大きくて黒い目を異常に長いまつげが縁取り、薄桃色の唇を固く引き結んだ女。

俺はそれを確認する為に振り向いた。

後ろの席の少女と目が合う。

少女は右手の人差し指で自分自身を指さし、あたし?とでも言いたげな表情だった。

それを確認した俺は、その少女に対して、二回程肯定の為の頷きをし、着席した。

そして、後ろの席の少女の自己紹介の番となった。

「え、えっと、先ほど初対面の人に話を向けられてしまった、東中学出身の涼宮ハルヒです」

ここまでは普通だ。涼宮ハルヒと言うらしい。

「宇宙人とかそう言うのには特に興味はないんで、来なくてもいいです。」

クラスに笑い声が起きる。カモフラージュに決まってるじゃないか。

「私は体を動かしたりすることや、楽しい事やイベント全般が好きです。気軽に話しかけてください。終わります」

そう言うと拍手を受けて席に着いた。

これってギャグなの?

こうして俺たちは出会っちまった。

数日経ったある日のこと。後ろの席の美少女、涼宮ハルヒに話しかけた。

もちろん話題はあのことだ。

「なあ」

と、俺はさりげなく振り返りながらさりげない笑みを満面に浮かべて言った。

「なんですか?」

きょとんとした顔で応じる涼宮ハルヒはやっぱり美少女だった。

「宇宙人とかはやってきたか?」

「え!?あれって冗談じゃなかったの?」

「俺はいつだって大マジさ」

「そ、そう…ほら、あたしの所にこなくていいって言ったじゃない?だから、今の所きてないわよ」

心なしか引きつった様な愛想笑いを浮かべて返事をしてきた。

「…そうか」

俺の落胆を察したのか、ハルヒが

「そんなに落ち込まなくても長い人生一回くらい出会う機会はあるわよ。
 後、窓口はあたしじゃなくて自分にした方がいいと思うな」

なんて励ましてきた。

「いや、俺はフォロー役。メインはお前だ」

「あ、あたし!?いやー流石にそれは無いと思うな。誰か適材な人を探した方がいいと思うわ」

「お前しかいないんだ!!」

ハルヒがビクッとする。思わず大きな声を出してしまった。

ハルヒが口元に人差し指を当てて、

「ちょっと、大声を出さないでよ!皆こっちを見てるじゃない!」

なんて言うもんだから周りを見渡した。

クラスの何人かがこっちのほうを興味深げに眺めていやがった。

ハルヒにウンウンとでも言いたげな頷きを寄越していた連中が、俺と目が合うと慌てて前に向き直していた。

今思えば、全員俺と同じ中学出身の奴らだった。

何かを言い返そうとして結局思いつかないでいた俺は担任の岡部が入ってきたおかげで救われた。

なんか、シャクに障る。

とまあ、おそらくファースト・コンタクトとしては上出来の部類に入る会話のおかげで、さすがの涼宮ハルヒも俺に心を開いたものだろう。

朝倉さんと(表面上の)性格入れ替えたみたいなハルヒ

>>11

投稿してから思いました。

朝倉にしておけば良かったと

そうして一週間が経過した

涼宮ハルヒに何やかんやと話かけるクラスメイトもいる。

だいがいそれは女子であった。

「ねえ、昨日のドラマ見た? 九時からのやつ」

「見た!見た!」

「面白かったよねー」

「うん、うん!最高!」

こんな感じ。

別段一人で飯を喰うのは苦にならないものの、
やはり皆がわやわや言いながらテーブルをくっつけているところにポツンと取り残されるように弁当をつついているというのも何なので、
というわけでもないのだが、
昼休みになると俺は中学が同じで比較的仲のよかった国木田と、
たまたま席が近かった東中出身の谷口という奴と机を同じくすることにしていた。

俺が弁当を片手に国木田達と合流すると、

「来るのを止めて欲しいなぁ」

と、焼き魚の切り身から小骨を細心の注意で取り除いていた国木田が何時もの挨拶。

「そこまで嫌うって言うのは何かエピソードがあんのか?」

と谷口が国木田に聞いている。

「こいつの奇人ぶりは常軌を逸しているんだ。
 高校生にもなったら少しは落ち着くかと思ったんだけど全然変らないし。聞いたでしょ?あの自己紹介」

と国木田が言うものだから、俺は反発した。

「おいおい、中学から大分変ったんだぜ?中学の時は主役志望。今はサポート役志望だからな」

俺は話を聞きながら、マグロの骨からスプーンで身を取り除くことにした。

「具体的には何をやったんだよ?」

谷口が仕切りなおす。

「ライン引きで校庭に絵を描くなんて序の口で、一番酷かったのはペットボトル爆発事件」

そん時のことを思い出したのか国木田は気持ち悪そうな表情を浮かべた。

「なんじゃそりゃ?」

「何を考えているのかペットボトルに糞尿を入れてて、夏休みも目前に迫ったある日の授業中に爆発したんだよ」

「うげぇ」

谷口が気持ち悪そうに呟いた。

「それも数本。発酵したから爆発したみたいだったけど、それだけに教室は大惨事。阿鼻叫喚だったんだよ」

話を聞いた谷口は俺の方を真っ直ぐに見て、

「頼む!どっか他所の机に行ってくれ。あと、マグロは生ものだ。臭いし、弁当にするには危険だ」

なんてことがあった。

そんな感じに学校に馴染む頃には、世の中はゴールデンウィークに突入した。

そしてその連休が明けた一日目。

俺は学校へと続く坂道を汗水垂らしながら歩いていた。
長くて真っ直ぐな黒い髪にカチューシャを着けた少女を見かけた。

「よ、涼宮」

後ろから肩を叩いた。ハルヒだった。

セーラー服をビシッと着て、

「あら?おはよう。久しぶりね。連休中はどこか行ったの?」

と、軽く微笑む。

「小学の妹を連れて田舎のバーさん家に」

「へー中々いいわね」

「お前はどうなんだよ」

「ちょこちょこと友達と遊びに行ったくらいかなぁ」

そんな事を話しているうちに俺たちは校門に到達した。

教室に入り俺の後ろの席に座ったハルヒに話かけた。

「曜日で髪型を変えて宇宙人を呼ばないか?」

ハルヒは唖然としたような表情になった。

「遠慮しておくわ」

きっぱりとハルヒは言った。

「んー……ダメか?」

ハルヒは面倒くさそうに頬杖をついて、

「あたし、思うんだけど、そんな事を言ってるからクラスに馴染めないんじゃないかしら?」

すでに馴染めているような気がするが。

と、岡部担任教師が軽快に入ってきて、会話は終わった。

きっかけ、なんてのは大抵どうってことないものなんだろうけど、まさしくこれがきっかけになったんだろうな。

それ以来「どうでもいいでしょ、そんなこと」と言われることが多くなった気がした。

ハルヒが翌日、長かった黒髪をばっさり切って登場したときのも何かの兆しだったのかもしれない。

腰にまで届こうかと伸ばしていた髪が肩の辺りで切りそろえられていて、
それはそれでめちゃくちゃ似合っていたんだが、
それにしたって俺が宇宙人寄せを提案した次に日に短くするってのは酷いんじゃないか、おい。

そのことを尋ねるとハルヒは、

「別に」

不機嫌そうに言うのみで格別の感想を漏らすわけでもなく、髪を切った理由を教えてくれるわけもなかった。

「全部のクラブに入ってみたってのは本当なのか」

「そんな事するわけないでしょ」

ハルヒは即答した。

「なにか面白そうな部活はあったか?」

ハルヒは蝶の羽ばたきのような吐息を漏らした。ため息のつもりなんだろうか。

「だから、そんな事してないって。なんであたしが全部の部活に入った体で話を進めてるのよ」

「運動系も文化系も普通だったのか?これだけあれば少しは変なクラブがあったんじゃないか?」

「だ・か・ら!全部の部活に入ったという事実は無いし、あたしがそんな事を知るわけないでしょ!」

「そうかい、初めて知ったよ」

「初めから言ってるでしょ」

そっぽを向き、この日の会話、終了。

また別の日は、

「ちょっと小耳に挟んだんだけどな」

「どうせ、あんたの妄想でしょ。あんたに話し相手なんていないもん」

「付き合う男全部振ったって本当か?」

「何よ!その根も葉もない話!!」

肩にかかる黒髪をハラリと払い、ハルヒは真っ黒な瞳で俺を睨みつけた。

「出どころは?例によってあんたの妄想でしょ!」

「出所は言えない」

「あんたの妙な妄想にあたしを巻き込まないで!」

「一人くらいまともに付き合おうとか思う奴がいなかったのか」

「ちょっと!人の話を聞きなさい!!」

どうやらこいつは人の話を余り聞かないようだ。

「どいつもこいつもまともな奴だったからか?
 例えば、日曜日に駅前に待ち合わせ、行く場所は映画館か遊園地かスポーツ観戦、ファーストフードで昼ご飯食べて、
 うろうろしてお茶飲んで、じゃあまた明日ね、みたいな感じの?」

「それのどこが悪いのよ!だいたい、勝手に人のデートをでっち上げないで!」

虫でも見るような目つきをしはじめた。

「まあ、俺ならどっか呼び出して告白するな」

「そんなことはどうでもいいのよ!」

「問題は、くだらない男しかこの世に存在しないのかってことだろ?
 だからそんなにイライラしていると」

「勝手に決めつけないでよ!イライラしてるのはあんたに対してよ!」

「普通の男だと満足できないんだろ?
 宇宙人、もしくはそれに準じる何か、そんなのなら男だろうが女だろうがいいと?」

ハルヒはあからさまにバカを見る目をして言い放った。

「聞いた人が誤解するような言い方なんですけど!」

「待て!俺だってハルヒの意見に否やはない。転校生の美少女が実は宇宙人と地球人のハーフであったりして欲しい
 俺も協力する!だから宇宙人とかを探そうぜ!」

「だから!」

ハルヒは椅子を蹴倒して叫んだ。教室に揃っていた全員が振り返る。

「だからなんで勝手に、」

「遅れてすまない!」

息せき切って明朗快活岡部体育教師が駆け込んできて、
拳を握りしめて立ち上がった姿勢で天井を睨んでいるハルヒとそのハルヒを一斉に振り返ってみている一同を目にして、
ギョッと立ちすくんだ。

「あー……ホームルーム、始めるぞ」

すとんとハルヒは腰を下ろし、机の角を熱心に眺め始める。ふう。

俺も前を向き、他の連中も前を向き、岡部教諭はよたよたと壇上に登り、咳払いを一つ。

「遅れてすまない。あー……ホームルーム、始めるぞ」

そんな顔してると本当にアホみたいだぞ、谷口。

「ほっとけ。んなこたぁいい。それよりお前、涼宮に嫌がらせをするのを止めろ」

「嫌がらせって何のことだ?」

俺は聞き返した。
授業が終わると俺を避けるかのように教室から消えてしまったハルヒの席を親指で差して谷口は言った。

「俺、涼宮があんなに怒ってるの初めて見るぞ。お前、何言ったんだ?」

さて、何だろう。適当なことしか訊いていないような気がするんだが。

「ファンも多いしそのうちリンチにあうぞ」

あくまで大げさな事態を表明する谷口。その後からひっこりと国木田が顔を出した。

「昔からこいつに何を言っても無駄だから。痛い目にあっても懲りないと思うよ」

痛い目にあわされるのを前提に言うな。

「お前が変でもいっこうに構わん。俺が許しがたいのは、涼宮に嫌がらせをしていることだ」

>>28
一番上の行が抜けていました。


休み時間、谷口が難しい表情を顔に貼り付けてやって来た。
そんな顔してると本当にアホみたいだぞ、谷口。

「ほっとけ。んなこたぁいい。それよりお前、涼宮に嫌がらせをするのを止めろ」

「嫌がらせって何のことだ?」

俺は聞き返した。
授業が終わると俺を避けるかのように教室から消えてしまったハルヒの席を親指で差して谷口は言った。

「俺、涼宮があんなに怒ってるの初めて見るぞ。お前、何言ったんだ?」

さて、何だろう。適当なことしか訊いていないような気がするんだが。

「ファンも多いしそのうちリンチにあうぞ」

あくまで大げさな事態を表明する谷口。その後からひっこりと国木田が顔を出した。

「昔からこいつに何を言っても無駄だから。痛い目にあっても懲りないと思うよ」

痛い目にあわされるのを前提に言うな。

「お前が変でもいっこうに構わん。俺が許しがたいのは、涼宮に嫌がらせをしていることだ」

「あたしも言いたいことがあるな」

いきなり女の声が降って来た。軽やかなソプラノ。
見上げるとクラス委員である朝倉涼子の作り物でもこうはいかない笑顔が俺に向けられていた。

「涼宮さんが嫌がってるんだから話しかけない方がいいと思うわ」

俺は一応考えてみた。と言うか考えるフリをして首を振った。考えるまでもないからな。

「嫌がっているなら仕方がないな」

朝倉は笑い声を一つ。

「ふーっ。安心した。涼宮さん、いつまでもあなたに話しかけられたままじゃ困るもんね。
 あなたも一人でも友達を作ってよね」

なんで困るんだ?そもそもなんでこいつらはハルヒが嫌がってる前提で話を進めてるんだ?

「友達ね……」

俺は首をかしげる。宇宙人とかと主役であるハルヒのやり取りをサポートできれば俺としては満足なのだが。

「それじゃあ、涼宮さんに話しかけないであげてね。仲良くできなくても不愉快は避けたいじゃない?よろしくね」

よろしくね、と言われてもな。

「これから何か涼宮さんに伝えることがあったら、他の人を通してね」

いや、だから待てよ。ハルヒは別に嫌がってないぞ。お前らハルヒ虐めか?

「お願い」

両手まで合わされた。俺は「ああ」とか「うう」とか呻き、それを肯定の意思表示と取ったのか、
朝倉は黄色いチューリップみたいな笑顔を投げかけて、また女子の輪の中へ戻って行った。
輪を構成する女どもが残らずこちらを注目していたことが俺の気分をさらにツーランクほどダウンさせる。

谷口と国木田も立ち去って行った。

どいつもこいつもアホだらけだ。

席替えは月に一度といつの間にやら決まったようで、
委員長朝倉涼子がハトサブレの缶に四つ折にした紙片のクジを回して来たものを引くと俺は中庭に面した窓際後方二番目となった。
その後ろ、ラストグリッドについたのが誰かと言うと、なんてことだろうね、涼宮ハルヒが虫歯をこらえるような顔で座っていた。

その日の休み時間、朝倉がハルヒに話しかけてた。

「ゴメンね。席を離そうと思って急いで席替えをしたんだけど……」

そんな朝倉にハルヒは、

「…仕方ないよ。クジだから……」

なんて溜息混じりで応じていた。

「生徒が続けざまに失踪したりとか、密室になった教室で先生が殺されてたりとかないかな?」

俺はハルヒに話しかけた。

「……物騒な話ね」

「ミステリー研究会ってのに入ればそう言うのに出会えるかな?」

「…そんな馬鹿なことがあるわけないじゃない」

「そうかな?」

「そこのミステリーはミステリー小説に決まってるでしょ」

「超常現象研究会にはいればオカルト現象に出会えるかな?」

「…それだったら誰も苦労しないでしょうね」

「どうしてこの学校にはもっとマシな部活動がないんだろうな?」

「何を基準にマシって言ってるのか知らないけど、ないものは仕方ないでしょ!
 もっともあんたが満足するような部活なんてこの世に存在するとは思えないけど。
 それ以前に受け入れてくれる部活があるのかしら?」

いったい何がきっかけだったんだろうな。

それは突然やって来た。

天の啓示とはこの事だろう。

「気がついた!」

思わず立ち上がっていた。

「どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだ!」

「何に気付いたんです?」

授業を担当している英語の女教師が聞いてくる。

「ないんだったら自分で作ればいいんですよ!」

「何を」

「部活です!」

「授業中です」

女教師はそれだけ言うと板書の続きに戻った。

その日の昼休み、俺は一年八組に向かった。

近くに居た男子生徒を捕まえ、

「長門有希はどこに居る?」

と聞いてみた。

その生徒は、「昼休みは何時も文芸部だったの思うけど……」

と、曖昧な返答を寄越してきた。

俺は、「そうか」とだけ返事をし、急いで文芸部の部室がある旧館、通称部室棟に向かった。

長門有希なる生徒になんの用があるかだって?

長門有希は廃部寸前の部活動、文芸部唯一の部員だ。

その様な廃部寸前の部に部室があっても仕方がないから、その部の部室を貰うなり、
あるいは、ガラガラであろうから一部を間借りするという寸法だ。

なんの部だって?勿論、俺がハルヒの為に作る部だ。

話し相手が居ない為に昼休みの時間、
学校内をくまなく散策していたことがこの様に役立つなんて思ってもいなかったぜ。

文芸部の部室の前に来た。

俺は遠慮なくドアを開け、「ちわー」と挨拶をした。

シャギーボブで眼鏡をかけた女生徒が一人、弁当箱を広げて座っていた。

女生徒は俺を見て一瞬ビックリしたような顔になったが、すぐに無表情となり、

「何の用?」

と、平坦な発音で聞いてきた。

俺は部室の中ほどにまで進み弁当をのぞき込む。

赤いプラスチック製の可愛らしい弁当箱の中は、
茹でたブロッコリー、卵焼き、小さいウィンナー、ミニトマト、レタス、アスパラベーコンに鶏のから揚げ、
ご飯には桜でんぶがふりかけてあった。開けていないタッパーはデザートだろうか?

「お前が長門有希か?」

「そうだけど?」

やはり抑揚のない声で返事をする。

俺は卵焼きを一つつまみ口に放り込む。

長門が「あっ…」と小さな声を出した。

甘かった。塩派の俺としては拍子抜けだった。

次に俺はから揚げを摘み、

「この部室を貸してほしいんだ」

と言って、から揚げを口に放り込む。

期待していなかったが、やはり冷凍のから揚げだった。

から揚げと言いながら、家では揚げてないじゃないか。

長門は無言で俺をじーっと見つめている。

俺はから揚げで汚れた指を弁当箱を包んでいた布でぬぐい、ミニトマトをつまむ。

「一人で使うにはこの部屋は広すぎるだろ?」

俺はそう言うと手元に残ったトマトのヘタを弁当箱に戻した。

長門はしばらくトマトのヘタを見つめた後に、

「おいしい?」

と何か言いたげに聞いてきた。

正直な所は口に合わないのだが、

「あ、ああ」

と答えておいた。人の弁当を本人の前で貶すほど非常識では無い。

「部室」

アスパラのベーコン巻きを咀嚼していた俺に長門が声をかけてきた。

「何に使うの」

俺は口の中の物を飲み込み、

「これから作る倶楽部の為に使おうと思ってな」

べたつく指を一通り舐め、弁当箱を包んでいた布でもう一度拭った。

「そう」

少々喉が渇いた俺は長門の前にペットボトル入りのお茶があることに気が付いた。
俺はそれを手に取り、一気に飲み干した。

「それ」

長門が言葉を続ける。

「あなたの部活?」

「いや?俺はサポートをしたいだけだからな」

「そう」

「SOS団。世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団」

「そう」

「ユニークだろ?」

「否定」

俺は塩味の効いた茹でたブロッコリー頬張る。

「あなたに教えておく」

長門はそう言うと黙った。

どうにかならないのか、この話し方。

「何を教えてくれるって?」

「人の物に許可なく手を出してはいけない」

何を当り前な事を言っているんだ?
俺はそう思いながら、開けていないタッパー、
おそらく、デザートが入っているであろう小さな容器を手に取る。

「………」

長門は無言で俺を見ている。

蓋を開けるとそこには苺が入っていた。

「汚れた指を人の布で拭うのも問題行動」

そりゃ、そうだ。そんな非常識な人間が居たら見てみたいものだ。

そう思いながら苺を一つ口に咥える。

かなり甘い。結構いい苺だ。料理は口に合わなかったが、フルーツはイケる。
手を加えてないからだね。

タッパーの中を空にした俺は、苺の果汁で汚れた指を弁当箱を包んでいた布で拭い、

「それで部室を貸してくれるのか?」

と再度聞いてみた。

「うまく伝わる自信がない。情報の伝達に齟齬が発生するに決まってる。でも、聞いて」

そして長門は話し出した。

「あなたは普通じゃない」

いきなり妙なことを言い出した。

「この部室で一人静かにお弁当を食べていた。それが、わたし」

「……」

「わたしは騒がしいのが苦手、この部室は私が一人になれる空間」

「……」

「入学してから一か月間、わたしはずっとそうやって過ごしてきた。
 この一ヶ月間は特別な不確定要素がなく、いたって平穏。
 でも、今日になって無視出来ないイレギュラー因子が私の部室に現れた」

「……」

「それが、あなた」

文芸部。

部活動、それは生徒会クラブ運営委員会によって承認され、部室や予算を割り当てられた活動。
なお、同好会に留まる限り予算は配分されない。

文芸部は生徒会クラブ運営委員会によって承認されている、正式な部活動。

この部室もその一環として文芸部に対して割り当てられたもの。

あなたがするべきなのは、人数を五人以上集めて、
顧問の教師、名称、責任者、活動内容を決定し、生徒会クラブ運営委員会で承認されること。

この様にして正式に同好会として認められれば自然と部室は割り当てられる。

もっとも、活動内容が創造的かつ活力ある学校生活を送るに相応しいものでないと同好会としては認められない。

涼宮ハルヒが何者かは知らない。ただ、あなたを見る限り不適合な活動として不認可になると思われる。

長門有希は真面目な顔で言った。

混乱したまま俺は言う。

「正直に言おう。お前が何を言っているのか、俺にはさっぱり解らない」

「出てって」

長門は見たこともないほど真摯な顔で、

「わたしの我慢には限りがある。わたしは単なる文芸部員、只の読書好きに過ぎない。
 あなたの様な人間に対しての対処方法が解らない。理解して欲しい」

んなこと言われても。

付き合いきれん。

俺はそろそろおいとまさせていただくことにした。
苺美味かったよ。ごちそうさん。

長門は止めなかった。

視線を弁当箱に落としたまま、いつもの無表情に戻っている。
ちょっとばかし安堵した様に見えたのは俺の錯覚だろう。

終業のチャイムが鳴るや否や俺はハルヒの手首を掴み教室から引きずりだした。

「なにするのよ!!」

ハルヒの質問に、

「部室っ」

前方をのたりのたり歩いている生徒たちを蹴散らしながら俺は答えて、
ハルヒを文芸部の部室の前にまで連れて行った。

「ここだ」

俺はドアを開け、ハルヒを引きずり込んだ。

部屋で本を読んでいた長門はビクッとした後に、俺をジーッと見ている。

「これからこの部室が我々の部室だ!」

両手を広げて俺が重々しく宣言した。

「ちょっと待って。どこなのよ、ここは」

ハルヒが手首をさすりながら聞いてくる。

「文化系部の部室棟だ。この部室は文芸部」

「じゃあ、文芸部でしょ!」

「だが今年の春に三年生が卒業して部員ゼロ、新たに誰かが入部しないと休部が決定していた唯一のクラブなのだ。
 で、あいつが一年生の新入部員」

「てことは休部になってないじゃない!」

「似たようなもんだろ。一人しかいないんだからな」

ハルヒが呆れた様な顔をしている。なんでだ?

ハルヒは長門を一瞥すると俺に怒鳴ってきた。

「あの娘も迷惑してるじゃない!」

「別にいいって言ってたぞ」

「どうせあんたの妄想でしょ?」

「昼休みに会ったときにな。部室貸してくれっていったら、どうぞって。
 本さえ読めればいいらしい。変わっていると言えば変わっているな」

ハルヒが信じられない様な顔をした。

ハルヒは長門の方を見ている。

しげしげと眺めるハルヒの視線をどう思ったのか、長門は予備動作なしで面を上げて眼鏡のツルを指で押さえた。

レンズの置くから闇色の瞳がハルヒを見つめる。

「あなたの言う通り、全部彼の妄想。私は拒否した」

と彼女は言った。聞いた三秒後には忘れてしまいそうな平坦で耳に残らない声だった。

実際、忘れてしまったのだが。

ハルヒは長門に対して、

「兎に角、あたしは帰るから!あなたも逃げた方がいいわよ!」

などと言って部室から出て行った。

それを見ていた長門は本をたたみ、本棚にしまうと鞄を肩にかけた。

「長門さんとやら」俺は言った。「これから放課後、この部室に集合な。絶対来てくれよな!」

長門有希は瞬きを二回するあいだぶんくらい俺を注視すると、「この部室は文芸部」とだけ言って歩き出した。

俺は長門に付いて行き、「ああ、知っている。SOS団のものでもあるけどな」

長門有希は部室の戸締りをしながら、「ものすごく迷惑」と答える。

俺はそれに対して「別にいい」と応じた。

長門は玄関で「そのうち先生に相談する」と答えて上履きを脱いでいる。

俺は「どうぞ」と即答し、靴を履く。

「ま、そういうことだから」

長門に付いて光陽園駅まできた俺が話しかけた。

「これから放課後、部室に集合でいいよな?」

さりげない笑みで長門に確認をとる。

長門は俺を見て「付いてこないで」と短く答えた。

そうは言ってもまだ返事を貰ってないからな。

そこから長門は小走りになった。

何か用事を思い出したのだろうか?俺も早歩きで付いて行く。

長門は駅からほど近い分譲マンションの玄関口のロックをテンキーのパスワードを

「早く開いて、早く」

と呟きながら解除し、やや離れた俺の方を見てる。

俺の後ろに何か居るのだろうか?

振り返ったが誰も居なかった。

俺が振り返っているうちに長門はマンション内に入った様で、自動ドアも閉まりかけていた。

俺は急いでマンション内に駆け込む。滑り込みセーフ!

長門を探すが見かけない。エレベーターのドアが閉まりかけているのに気付く。

俺はそこに急いで向かう。体を挟まれたもののエレベーターの安全装置が働き、再びドアが開き悠々と入った。

長門が『閉』のボタンを連打していたが、『開』のボタンと間違えたのだろう。ご愛嬌だ。

エレベーターの中でも長門は終始無言で小刻みに震えてるようにも見えた。

長門が既に押していた七階で止まる。

エレベーターを出て廊下を暫く歩くと長門が突然「あっ!」と言って空を指さした。

「なんだ!UFOでも見つけたか!?」

俺は長門が指さした辺りに必死に目を配る。中々見つからない。

「おい----」

どこら辺と聞こうと思ったら、長門が廊下を全力で走っている。

「そんなに走ると転ぶぞ!」

俺は急いで長門を追いかける。

俺が追いついた時には長門はある部屋に入り、ドアを閉めようとしていた。

急いで、足を滑り込ませ、靴を挟み込みドアが閉まらない様にした。

長門はそれでもドアを閉めようとしている。

「おい!落ち着け!明日の放課後、部室に集合な!解ったか?」

長門はドアを閉めるのを諦めたのか、振り返り、

「怖い、助けて」と呟いて、

靴を足の一振りで脱ぎ捨てた。

なんだろう?長門は危機に陥っているようだ。

助けなければ、俺も長門に続いて部屋の中に入っていった。

暗い廊下を抜けるとそこはリビングだった。

十畳くらいのフローリングにはカーペットも敷かれず茶色の木目をさらしていた。

長門はこちらに背を向けて上半身裸で胡坐をかいている一人の男性に駆け寄る。

その男性は短髪で、何だろうね?あれ。背中に落書きがしてある。

女の人の顔だろうか?白い顔に角が生えている。怒ったような顔の絵だ。
折角なら笑顔の女性の顔でも書けばいいものを。

そうそう、知っているか?般若って言うのはサンスクリットの音写語で智慧の事なんだぜ?

それと、ピンクの花は桜のつもりだろうか?

そんな落書きの中心は、『情報統合思念体』と大きく黒で書かれた文字だった。

男性が立ちあがりながら、こちらを振り返る。

険しい目つきの持ち主だった。

頬には、昔刃物で傷つけられたであろう後がうっすらと残っている。

どことなく凄みを感じる男性の胸には背中からの落書きが続いていた。

「あ、あの………」

俺が何かを言う前に部屋からつまみ出された。

正確には、気圧された俺が後ずさりしているうちに、自分から外に出たのだが。

その後の事はよく覚えていないが、なんとなく怖かった気がする。

「俺がこんなのだから娘が苦労してる」とか「一人で飯を食ったり孤立してる」とか、
「今回は警察を呼ばないが、次はない」とか「それでも娘の為になら腹を括る」とか、
「二度とこの辺りをうろつくな、若い衆にも言っておくが見かけたら容赦しない」とか色々言われた気がする。

別に七時間も正座させられたわけじゃないし、タバコを六カートン要求されたわけでもないのに、
多分、次は私刑というか、下手をすると死刑にさせられそうな予感がした。

まだ若いし、死にたくはないので、この辺りに近づくのは止めておこうと思った。

部屋に戻る男性の背中に書かれた『情報統合思念体』という七文字だけは嫌にはっきりと目に焼きついていた。

部屋から出てきた若い男に連れられた俺は生徒手帳のコピーなどを取られた。

そのまま、その男は俺を高級車の所にまで連れて行き、そこで合流したもう一名と共にその車に入った。

なんだか、妙な事に車の中では俺の家族構成や親の仕事、勤め先などを聞いてきた。

長門の結婚相手としてリサーチしているのだろうか?

残念ながら、恋愛などと言うのは一種の精神病で、俺にはそんな気はサラサラないのだが。

そのまま、その車で俺を自宅に迄届けてくれた。悪い連中ではないのだろう。

それだけに長門を振る時に心が痛みそうだ。

そして俺は懐かしの我が家の門をくぐっていった。

次の日、俺はハルヒに「先にいっててくれ!」と声をかけて、二年生の教室に向かった。

目的は新たな団員の確保だ。

実は、以前から目星をつけていた人物がいるのだ。

二年生の教室でぼんやりとしていたその人物に声をかけた。

「朝比奈さん!!」

俺はそう言って朝比奈さんの腕掴む。

美少女な上に巨乳な朝比奈さんは、

「ひえっ!」

とビックリしたような声を出す。

俺は朝比奈さんを強引に部室に連れて行こうとした。

「えっ? あっ、ひっ。えっ。ちょ、その……」

朝比奈さんは小さな声を出して抵抗する。

構わず引っ張って行こうとしたら、片手がぐいとひねり上げられた。関節がイヤな音を立てる。痛え。

「ちょいとっ少年!」

朝比奈さんと何時も一緒にいる長い黒髪の持ち主が俺の手に古流武術系の技を施していた。

「いきなりはダメだよっ。ごらん、うちのみくるがすっかり怯えてるよっ」

声は笑っていたが目が菊一文字なみに真剣そのものだった。

見ると確かに朝比奈さんは、うるうるした瞳で腰を引かせている。

「みくるファン倶楽部の一年かい? 物事には手順てやつがあるんだよっ。先走りはよくないなあっ」

俺は片手を腕がらみに取られた体勢のまま、

「あの、部活に勧誘しようと……」

その女生徒は俺を見据える。

女生徒の陰で縮こまっていた朝比奈さんは、俺をまじまじと見つめてプルプル首を振った。

「わ、私、書道部なんです。他の部活に移る気は……」

「ねえ少年、あんまりオイタしちゃダメにょろよ。みくるは気が小さいからね!
 今度何かしたら、あたしが怒髪で突いちゃうからねっ」

女生徒は最後に俺の手首をイヤと言うほどキツく握り、八重歯を見せて話しかけると俺を解放した。

負け犬の心でしおしおとその場を後にした。

今度はあの女生徒が居ない時に連れて行こう。

俺はそう心に誓った。

勧誘に失敗し、ブルーな気持ちで文芸部の部室に向かった俺だが、
その日の部室は鍵がかかっており入ることが出来なかった。

中に人が居る気配もない。

仕方なくその日は部活に顔を出すことも出来ずに帰った。

翌日、教室に入るとハルヒの周りを女子生徒が囲っていた。

「ねぇねぇ!聞いた?九組に転入生だって!」

とは、囲っている女生徒の一人。

「へー!男?女?」

とはハルヒ。やはり転校生は謎な存在だけにハルヒも気になるのだろう。

「男らしいよ。しかも噂によると格好いいんだって!」

それを聞いたハルヒを含めた一同は

「きゃっ!見たーい!!」

と黄色い声を上げている。

その様な興奮も束の間、俺が席に近づくとそれに気が付いた一人の女生徒が周りをちょんちょんと指先で突き、

その様な興奮も束の間、俺が席に近づくとそれに気が付いた一人の女生徒が周りをちょんちょんと指先で突き、

一同は「そ、それじゃあ、ハルにゃん待たね!」等と言って蜘蛛の子を散らすようにハルヒの周りから居なくなった。

俺とハルヒの関係を勘違いして遠慮してるのだろうか?

やれやれ、恋愛等と言うものは精神病の一種だというのに。

俺は席に着くなり後ろを向いてハルヒに話しかけた。

「謎の転校生が着たらしいな」

「……なんで謎なのよ」

ハルヒは実につまらなそうに答える。

「新年度が始まって二ヶ月も経ってないのに、そんな時期に転校してくる奴だぜ?十分謎だろ」

「…人にはそれぞれ事情って言うものがあるのよ。あんたには理解できないでしょうけどね」

ハルヒはそれだけ言うとそっぽを向いて、無視を始めた。

どうしたものかと思っていたが、担任の岡部がやってきたおかげで救われた。

その日の昼休み、俺は九組に向かった。

用事は言うまでもなく、謎の転校生を見る為だ。

九組を覗くと人だかりが出来ていた。

あそこに居るに違いない。

俺はその人だかりに向かって行った。

人をかき分け、その中心に向かう。

中心に居た人物は、なるほど噂通りだった。

さわやかなスポーツ少年のような雰囲気を持つ細身な体型。
如才のない笑み、柔和な目。
適当なポーズをとらせてスーパーのチラシにモデルとして採用したらコアなファンが付きそうなルックス。

クラスの女子が言う様に、格好いいと噂になるはずだ。

その人物は、俺に気が付いて、

「古泉一樹です。……よろしく」

微笑みながら手を差し出してきた。

「ああ、よろしく。放課後にまた来る」

と、俺は応じて九組を後にした。

そして放課後、俺は九組に向かった。

古泉の周りには何人か居て、

「あいつは危ないから関わらない方がいい」

とか、

「無視して帰った方がいいわよ」

なんて、男子、女子に関わらず古泉に話しかけている生徒が数人いる。

確かに君子危うきに近寄らずって言うもんな。

俺が古泉に近づいて行くと、その生徒たちはビクッっとして、横にどいた。

自然と俺と古泉の間に道が出来る。

気分はモーゼだ。

古泉の腕を掴み、「行くぞ!」と引っ張る。

古泉は腕をほどき、笑顔のまま、「どちらにでしょう?」と聞いてきた。

「部活に決まってるだろう?」

俺は当然の事を当然のままに答える。

古泉は笑顔のままで、「お断りします」と短く言ってきた。

さらに続けて、

「噂などで人を判断したくはないのですが、あなたの僕に対する行動から、
 はっきりと判断できました。僕に関わらないでください」

古泉はそう言うと鞄を片手に教室を後にした。

出る前にはクラスメイト達への会釈をして何事もなかったかの様だった。

取り付く島もないとはこの事だろう。

謎の転校生を連れて行くのに失敗した俺は、仕方がなく、一人部室に向かった。

「なに連れてくるのに失敗してるのよ!」

なんてハルヒに怒鳴られるだろうと思いつつ、文芸部のドアを開ける。

正確には開けようとした。だが、開かない。

部屋の電気はついており、誰かが居るのは明らかなのにだ!

この謎現象を解明する為に、乱暴にドアを叩きながら、

「誰か居るんだろう?開けてくれ」

と叫び続けた。

数分後、俺の後ろには人だかりが出来ていた。

「あれが例の人?」とか、「文芸部も目を付けられて災難ね」とか、「噂通りだな」

なんて声が聞こえてくるが、なんのことだか解らない。

それからさらに数分たつと中か人だかりも変化がない現状に飽きたのか解散していた。

それとともに内側から声がした。

「ここは文芸部。あなたの入室は許可しない」

長門の声だ。

「いいから!ここを開けてくれ!」

俺は長門に懇願した。

「これ以上騒ぐならパパに迎えに着てもらう」

長門とパパっていうことは例の『情報統合思念体』か?

あの人はなんとなく怖いから諦めるかと思っていたら、

生活指導担当の教師や担任の岡部が走ってやってきた。

部室から俺を締め出している長門を注意しにきたんだろうか?

俺がそう思ったのも束の間、俺が怒鳴られた。

意味が解らん。

俺はそのまま生活指導室に連行されて、

あそこは文芸部なんだし、廊下で騒ぐなとか色々と説教を喰らった。

あそこはSOS団の部室でもあるなんて俺の言い分は聞いちゃくれない。

大人は解ってくれない。

納得できない怒りや、ブルーな気分を抱えながら俺は校舎を後にした。

帰り際、恨めしそうに旧館を見たのは内緒だ。

翌日、朝のHR前、例によってハルヒに話しかけた。

内容は昨日のことだ。転校生に言われた事をそのままハルヒ言ったら、

「それだけキッパリと言えたら気分がいいだろうなぁ~」

とぼそりと呟き、その後、窓の方を見ながら、

「でも、こいつに話は通じないから同じかぁ~」

と、もう一度呟く。完全にうわの空だ。

「そうそう文芸部だが………」

「なに?あんたまだあの子に付きまとってるの?」

ハルヒがハッとなって俺の方を見る。

当たりの話題の様だ。

「いや、昨日、一昨日と部室に鍵をかけられててな」

「迷惑だから止めなよ。停学になるわよ?」

「解ってる。必ず部室を通り返すから、期待して待っててくれ」

「何が『解ってる』よ!!妙な事にあたしも文芸部の子も巻き込むな!!!」

ハルヒが怒鳴り声を上げている。

そりゃ、部室を取られたらああなるよな。とはいえ、俺に当たり散らしても仕方がないだろうに。

やれやれ、仕方がない。今日か明日には部室を使える様に頑張ろう。

ハルヒとそんな会話をしていた俺だが、放課後に一つ予定があった。

今朝俺は下駄箱に手紙を入れた。

『放課後誰もいなくなったら、一年五組の教室まで来て欲しい』

誰の下駄箱にだって?

朝倉涼子の下駄箱に決まってるだろう?

果たして放課後がやってきた。

俺は努めて平静に、

「用があることは確かなんだがな。少し訊きたいことがあるんだ」

俺の真正面に朝倉の怪訝そうな顔があった。

「『やらなくて後悔するよりも、やって後悔するほうがいい』って言うよな。これ、どう思う?」

「どう思うも何も、言葉通りの意味じゃないの?」

「それなら、たとえ話で悪いんだが、現状を維持するままではジリ貧になることは解ってるんだが、
 どうすれば良い方向に向かうことが出来るのか解らないとき。お前ならどうする?」

「なにそれ、日本の経済の話かなにか?」

朝倉は質問に質問で返してきた。

「とりあえず何でもいいから変えてみようと思うんじゃないか。
 どうせ今のままでは何も変わらないんだからな」

「もしかして、態度を変えてクラスに馴染む気になったの!?」

俺は朝倉を無視して続ける。

「だがな、ハルヒの行動が消極的で、急な変化を望んでいないんだ。
 だが俺はそうもしてられない。手をつかねていたらどんどん良くないことになりそうだからな。
 だったらもう俺の独断で強硬に変革を進めてもいいよな?」

一歩足を進めて朝倉との距離を詰める。

「集まる人が減り不機嫌な表情が増えたハルヒを、俺はもう見てられないんだ。だから……」

朝倉は理解不能と言った感じの表情をした。

「お前を殺してハルヒの人気を取り戻す」

後ろ手に隠していた俺の右手が一閃、朝倉の首をめがけて包丁を振う。

朝倉が「きゃあ!!」と声を出して腰が抜けた様に座り込む。

その所為で一振り目は空振りに終わった。

「待って!待って!何であたしを殺そうとするのよ!冗談はやめて!」

朝倉は座り込んだまま、早口で俺にまくし立てる。
こういう時には常套句しか言えないものなんだな。

「ホント危ないって!涼宮さんは別に嫌われてないから!だから、よしなさい!」

「冗談だと思うか?」

「だって、意味が解らないもの!勝手に涼宮さんが嫌われてると思いこんで、
 そこからなんで、わたしを殺す話になるのよ!」

「ふーむ」

俺は包丁の背で肩を叩いた。

「俺が家から持ち出したこの包丁はドイツの会社の奴で結構いい奴なんだぜ?製造は岐阜なんだけどな」

「意味が解らないし、笑えないわ。いいからその危ないのをどこかに置いて頂戴」

「ああ、それは無理だな」

入学当初はハルヒは朝倉と並ぶ人気者で、机の周りに人が絶えなかった。だが、何時頃からだろう、ハルヒの周りから人が減っていった。朝倉の席替えによって、ハルヒの席が最後尾になった辺りからそれが顕著となった。俺も朝倉に『涼宮さんに話しかけないで』なんて頼まれた。先日、ハルヒを囲って転校生の話をしていた女生徒たちも突如、不自然な感じで解散していた。俺は結論を出すに至ったわけだ。全部朝倉が悪い。裏でハルヒ虐めを指揮していたに違いないとね。朝倉の所為でクラスから孤立していったハルヒは不機嫌な日が多くなった。俺が話しかけても無視するほどに。ハルヒ、気が付いてやれなくて悪かったな。今からこいつを処分してお前の笑顔を取り戻してやる。そうしたら、入学当初に俺に接していたお前も戻ってくるだろう。その時には二人で仲良く不思議探しでも出来るだろう。

気が付けば、俺は自然と微笑んでいた。

「じゃあ死んでくれ」

ナイフを腰だめに構えた姿勢で突っ込んだ。

が、今度は朝倉が脱兎のごとく走り出し教室から逃げ出そうとした。

????

追いかけようとした俺は後ろから誰かに抱きつかれた。

朝倉が驚いた様な顔をして、

「涼宮さん!?」

と素っ頓狂な声を出した。

俺の後ろからハルヒの声がする。

「急いで職員室に逃げて!!」

それを受けて、朝倉が再び走り出す。

「ハルヒどいてくれ!そいつ殺せない」

「どくわけないでしょ!あんたこそ、もうやめなさい!
 文芸部の子に学校に相談しなさいって言いに行ったら、
 あんたが教室で何かをしようとしてるって聞いたの!
 まさか包丁を振り回してるなんて思わなかったけど!!」

「いいから離せ!朝倉が逃げてしまうぞ!」

ハルヒは俺の抗議を無視して抱きついたままだ。

「ういーす」

ガサツに戸を開けて誰かが入ってきた。

「わっすれーもの、忘れ物ー」

自作の歌を歌いながらやって来たそいつは、よりにもよって谷口だった。

まさか谷口もこんな時間に教室に誰かがいるとは思わなかっただろう。
俺たちがいるのに気づいてギクリと立ち止まり、しかるのちに口をアホみたいにパカンと開けた。

ザリガニのように後ろへ下がり、戸も閉めないで走り去ろうとする谷口をハルヒが一喝する。

「あんた、なに逃げようとしてるのよ!!手伝いなさい!!」

ああ、全くだ。早く朝倉を捕まえてこい。

「でもよぅ、そいつ包丁を持ってるんだぜ?」

谷口がおっかなビックリ答える。

「包丁を鞄に刺させるとか色々あるでしょ!あたしだって怖いんだから!」

「あ、ああ、そうだな」

谷口はそう言うと恐る恐る近づいてきた。

どうやらこいつも邪魔する気らしい。

俺は諦めた。今からこいつらを振り切って朝倉を殺しに行くのは無理だろう。

「やれやれ、仕方がない」

俺はそう言って包丁を手放す。こいつらを怪我させるわけにはいかない。

誰でも彼でも怪我させたり、殺したりする狂人とは違うからな。

俺が包丁を手放したのを見ると谷口が元気を取り戻し、勢いよく飛びかかってきた。

「よっしゃ!任せろ!!」

てな感じだった。

ハルヒと谷口によって床に押さえつけられた俺だが、暫くするとさすまたを持った教師たちがやってきた。

ようやく床から解放されると思いきや、抑える係りが体育教師になっただけだった。

これならハルヒに押さえつけられてたさっきまでの方がマシだ。

教師の一人は「お前らはとりあえず帰れ」なんてハルヒ達に言っている。

その後、両親が俺を迎えに着て、解放された。

その後、俺は退学となった。ホワイ、なぜ?

両親は疲れ切った表情で、「警察沙汰にならなかっただけでも感謝しないとね」等と呟いていた。

それから暫く俺は家で軟禁された。親から出歩くなと厳しく言われている。

妹は「キョンくん、学校に行かないの~?」なんて聞いてくるが気楽なものだ。

そんなある日、家で一枚の紙を見つけた。

『措置診察の決定の通知』

なんだこれ?

『措置診察の実施が決定されたので下記の日時に本人が診察に来られるようにお願いします』

なんだ?なんだか俺が診察を受けないといけないみたいだぞ?

気になった俺はインターネットで調べてみた。

その結果解ったことは、要するに俺はこのままだと無理に入院させられる恐れがあるってことだ。

ふざけんな!!俺は心身ともに健康そのものなんだぞ!!

これは悪夢に違いない!

悪夢から覚める為に俺は学校に向かった。

丁度下校の時刻だったのかゾロゾロと人が出てくる。

俺はその中から一人の人物を探す。

誰をだって?勿論ハルヒさ。

そう自問自答を繰り返していたら、丁度ハルヒが出てきた。

俺はハルヒの前に躍り出た。

ハルヒは驚き、怯えた表情で、

「あんた、折角朝倉が警察に言わないで、外国に転校した事にしてくれたのに!
 なんでノコノコ学校にやってくるのよ!!」

黒い目が俺を拒否するように見える。

抗議の声を上げかけたハルヒに、俺は強引に唇を重ねた。

悪夢から覚めるにはキスって昔から相場は決まってるもんな!

即座に突き飛ばされた。

未だ悪夢から覚めない。キスが足りなかったのだろうか?

もう一度キスをしようとハルヒを見ると、しゃがみこんで泣いていた。

そんなハルヒに対して、さらにキスをしようと、一歩近づいた。

と、次の瞬間俺は不意に無重力下に置かれ、反転し、左半身を嫌と言うほどの衝撃が襲った。

間に入った体格の良い男子生徒に払い腰で投げ飛ばされたのだ。

そして起き上がる間もなく、袈裟固めを決められた。

がっちり決められ動けない。その時、俺は悟ったね。

あ、こいつ柔道部員だ………ってね。

ハルヒの泣き声と共に、励ます様な女生徒の声が聞こえる。

教師の怒声がこちらに近寄ってくるのも解る。

さらに遠くからサイレンの音が聞こえる。

男に押さえつけられながらそんなBGMを聞いていた。


その時ふと思った。今日の晩御飯はなんだろうなぁ。






「と、いう夢を見たんだが」

文芸部の部室で何時もの様に古泉と将棋を指していた俺は何となしに話を振る。

勿論最後はアレンジしていて、朝倉の時に警察を呼ばれて終わっている。

「あなたももっと不思議探しをしたいという深層意識の表れじゃないですか?」

古泉は何時も笑顔で応じる。そして駒を進め、

「或は涼宮さんを積極的に求めたいという意志の表れかもしれませんね。
 しっかりとキスもなさったようですし」

さらりとトンでも無い事を言う。

「お前は何を言っているんだ」

平静な振りをして歩を打った。

「おや?失礼。偶然にも僕も似たような夢を見てしまいまして、多少混同してしまったようですね」

笑顔の古泉は表情を崩さずに、

「それとそれは二歩ですよ」

なんて冷静に言ってきやがった。

「たまには涼宮さんが引くくらい積極的に動いてみてはどうでしょう?」

古泉の提案に俺は即答する。

「冗談じゃない!」

俺が二の句を考えていると部室のドアが乱暴に開かれた。






チラ裏SS オチマイ

付き合って頂いた皆様においては、お疲れ様でした。

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