長門「ブラックオーダー」 (131)

これは、漫画「艦隊これくしょん ブラックオーダー(仮)」連載中止の悲報を聞いた>>1が、自分の妄想をだらだらと垂れ流すスレです。

・シリアス路線を目指しています。

・不定期更新

・さらに遅筆

・地の文あったりなかったり


以上のことに留意してお楽しみいただければ幸いです。

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俺も読みたかった


脚が震える。その震えを自分で制御できない。
でも、それは、この嵐のせいじゃない。黒くうねる足下の海のせいじゃない。
叩き付けるような雨のせいじゃない。身を切るような寒さのせいじゃない。

何で、こんなことに。

単純な、海上護衛任務のはずだった。海は荒れていたけど、慣れた任務だったから、大丈夫だと思っていた。やり遂げる、確かな自信があった。

でも、現実はそうじゃなかった。

辺りには、輸送船団が運んでいた様々な物資が浮いている。至る所で、無惨に引き裂かれた船の残骸が燃えていた。
仲間の姿も見えない。沈んだのかどうかすらわからない。

雷が落ちた。一瞬、闇の中に、『それ』の姿が浮かび上がる。

艦娘と同じ人型。この海域にいるはずのない『それ』。

突然現れ、全てを破壊した『それ』は、ゆっくりとこちらを見た。

私は、動かなかった。動けなかった。眼前一杯に『それ』が広がるのを、震えて見ていた。

数ヶ月前




鎮守府

提督執務室


コンコン

長門「長門、入るぞ」

提督「入れ」

ガチャ

長門「何だ、提督」

提督「……相変わらずだな、お前は」

提督「仮にも、私は上官なんだが?」

長門「敬われたいと思うなら、それに足る男になることだ」

提督「ふん、まあ、いい」

提督「お前を呼んだのは、他でもない。お前に、ある任務を頼みたい」

長門「任務か、良いだろう。この頃は出撃も無く、腕が鈍って仕方がないからな」


提督「不満は分かる。しかし、お前たち戦艦を運用するのも大変なんだ」

長門「ふん、どうだかな」

提督「お前も秘書艦をやればわかる。やってみるか?」

長門「断る。事務仕事は苦手だ」

提督「まったく、わがままな奴だ」

長門「そうか?」

提督「自覚がないのか。これは酷いな」

長門「何とでも言え。お前に言われたところで、少しも響かん」

提督「やれやれ……話を戻すぞ」

長門「ああ」


提督「お前にある任務を頼みたい」

長門「だから、良いと言っているだろう」

提督「まあ、聞け。任務といっても、ただの任務じゃない」

提督「長門、お前に頼みたいのは、極秘の任務だ」

長門「極秘?」

提督「そうだ。この任務の存在は、俺と、上層部の数人しか知らない」

提督「そして、お前が、この任務の存在を知る最後の一人になる」

長門「物々しいな」

提督「それほどの任務だということだ」

提督「どうだ、受けてくれるか」


長門「……」

長門「……内容は?」

提督「引き受けるかどうか決めるのが先だ」

長門「後戻りはできない、ということか」

提督「どうする」

長門「……」

長門「本当は、今、決めるべきなのだろうが」

長門「少し悩ませてもらうことはできないだろうか」

提督「構わない。精々悩んでくれ。ただし、他言は無用だ」

提督「話は、以上だ」






戦艦寮


長門型の部屋

ガチャ

長門「帰ったぞ」

陸奥「あら、お帰りなさい」

ギィ

長門「……」

陸奥「……何だか、お疲れみたいね」

陸奥「何? まさか、何か怒られたの?」

長門「……いや」

陸奥「何よ。何があったのよ?」


長門「……」

長門「提督に、あることを頼まれた」

陸奥「へえ、珍しい」

長門「ただ、何故、私に頼んだのかがわからなくてな」

陸奥「それは……そうねぇ」

陸奥「その……頼まれたことというのは、戦艦にしかできないことなの?」

長門「……わからん」

陸奥「そう……」

陸奥「うーん……」

長門「……」


長門「……」

陸奥「詳しいことは分からないけれど、こう考えてみたら?」

陸奥「姉さん、信頼されてるのよ」

長門「……何だと?」

陸奥「そんな睨まないでよ」

長門「なら、おかしなことを言うな」

陸奥「あら、おかしくなんてないとおもうけど」

長門「どこがだ。粗暴で、粗野で、可愛げのない私が、どう信用されるっていうんだ」

陸奥「戦艦で、ここに来たのは早いほうだし。実戦にも良く出させてもらったじゃない」

長門「そうか? 金剛型のほうが出ていただろう」


陸奥「あの娘たちは、戦艦にしては使い勝手が良すぎるのよ」

陸奥「それを除けば、姉さんが一番出撃してるんじゃない?」

長門「……ふむ」

陸奥「確かに、姉さんは礼儀を知らないかもしれないけど」

長門「おい」

陸奥「それを許してくれる提督は、やっぱり姉さんを信頼してるんだと思うわ」

長門「……むぅ」

陸奥「そ、れ、に」

陸奥「姉さんは、充分可愛いわ」


長門「……お前には、負けるよ」

陸奥「あら、うれしい」

陸奥「ま、提督も悪い人じゃないんだから、あまり悩む必要ないんじゃない?」

長門「そう、なのだろうか」

陸奥「さあ、私には、わからないわ」

長門「おい」

陸奥「私が何を言っても、決めるのは、姉さんってことよ」

長門「……」










提督執務室


?「お邪魔するわ、提督」

提督「ああ、お前か。何だ」

?「ちょっと、彼女が引き受けるのかどうか気になったのよ」

提督「長門のことか。どうだろうな」

?「そんな感じで良いわけ?」

提督「いや。しかし、こればかりは、長門個人が決めることだからな」

?「嘘。上からは、だいぶ、念を押されているんでしょう?」


提督「何故お前がそれを知っているのかは、あえて聞かないでおくが……上層部は関係ない。あくまで決めるのは、長門自身だ」

?「優しいのね」

提督「馬鹿を言え。任務の内容を聞けば、誰でもそうする」

?「その誰でも、が出来ない人も多いのよ」

提督「そうかね」

?「そうよ」

提督「……」

提督「今回の任務、何かあったときは……」

?「わかってる。任せておいて」

提督「すまないが、お前がこの任務に参加していることを上層部に知られるわけにはいかない」

提督「もちろん、長門や他の艦娘にも、だ」

?「わかってるわ。へまはしない」

?「じゃ、私、もう帰るわ」

提督「ああ」






数日後


提督執務室


長門「……」

提督「覚悟は、決まったか?」

長門「……」

長門「一つ、聞いてもいいか」

提督「何だ?」

長門「何故、私なんだ」

提督「言っただろう。引き受けるかどうか決めるのが先だ」

長門「ということは、任務の内容に関わることなんだな」

提督「そうだ」


長門「そうか……」

提督「……ただ」

長門「?」

提督「俺は、この任務を聞いたとき、お前ならやり遂げられると思った」

長門「!」

提督「だから、お前にこの任務を任せることにした」

長門「……そう、か」

提督「言えるのは、それだけだ」

長門「……」

長門「わかった」

長門「その任務、引き受けよう」


提督「……本当に良いんだな」

長門「ああ」

提督「わかった」

ガラッ

提督「じゃあ、これにサインしてくれ」

長門「これは……機密保持誓約書?」

提督「そうだ。これにサインして初めて、正式に任務を受理したことになる」

長門「本当に、極秘なんだな」

提督「ああ。……止めるか?」

長門「いや。私は、やると決めた」

サラサラ

長門「これでいいか」








工廠



裸足で触れると、床の冷たさが伝わり、ぞくりとする。
壁も、床も、何もかもが白い部屋。その中央には、手術用の寝台が置かれている。
そこに近づき、端に触れる。寮のベッドとは違った暖かみのないその固さに少し驚く。
寝台に腰掛け、そっと横たわる。
艤装を付けずにいると、これほど心細く感じるとは、思ってもみなかった。
天井の、点いてない手術灯をぼんやりと見つめ、これから自分の身に起こることを考える。
私は、どうなるのだろうか。
恐怖は、感じる。もしかしたら、自分が自分でなくなってしまうかもしれない。そう考えるだけで、押し潰されそうになる。
しかし、逃げるわけにはいかない。もう、私は踏み出してしまった。
後戻りはできない。
大丈夫。きっと耐え抜いてみせる。
私は、ビッグ7の一人。あの光すら耐えた女だ。




「「お前の任務。それは、深海棲艦との『意思疎通』だ」」

「「……お前、私をたばかるつもりか」」

「「騙してどうする。だから言っただろう、これは極秘任務だと」」

「「世論は今、深海棲艦を倒すべき敵だと考えている」」

「「それは、そのとおりだろう。奴らは、紛うこと無き人類の敵だ」」

「「確かに、それが事実であることには変わりない」」

「「……正直に言う。我々は、劣勢だ」」

「「馬鹿な!」」

「「真実だ。確かに今は五分かもしれん。しかし、奴らの物量は圧倒的だ」」

「「このまま行けば、我々はいずれ負ける」」


「「そんなこと……」」

「「無い、と言い切れるか? すでに主力だけでなく、遠征艦隊にも被害が出ている」」

「「……」」

「「だからこそ、今から別の可能性も……『殲滅』以外の可能性も考慮すべきだ」」

「「……人類と深海棲艦が、手を組むというのか」」

「「そうできるのなら」」

「「今のところ、奴らの目的すら不明のままだ」」

「「意思疎通が可能になれば、それを知ることができるかもしれない」」

「「それだけでも、我々には助けになる」」


「「しかし、どうやって奴らと意思疎通を行えるんだ」」

「「奴らは、目に入ったものを無差別に攻撃する」」

「「とても話ができるとは思えないが?」」

「「……そのとおりだ」」

「「なら、どうする? 化粧でもするか?」」

「「いや……」」

「「なら、どうする」」

「「……これを使う」」

アホな編集がやらかしたんだってね…

何があったの!?

>>23
ttp://kanmusu.blomaga.jp/articles/29889.html
他の漫画も影響受けてる模様






手術が開始された。手の平ほどの大きさの妖精たちの手によって、瞬く間に準備が進められていく。
意識を失う最中、手術台の横のカートに置かれた赤い結晶が目に入る。
禍々しい揺らめきに、背筋がざわつくのを感じながら、私は静かに目を閉じた。







ガチャ

提督「長門の容態はどうだ?」

?「安定しています。定着は上手くいっているようです」

提督「……そうか」

?「失敗すれば良い、と思ってました?」

提督「失敗すれば、長門が死ぬ可能性もあった。そんなこと……」

?「でも、拒絶され、『あれ』が弾き出される可能性もあった」

?「それを、願っていたんじゃないですか?」


提督「……」

?「……まあ、もう終わってしまったことです」

?「詳しいことは聞きませんが……というか聞けませんが、私達はベストを尽くしました」

?「後は、長門さん次第です」

提督「……妖精たちに礼を言っておいてくれ」

提督「それと、お前もだ、明石。よくやってくれた」

明石「いえ。提督の命とあらば」

提督「目覚めるまで、長門を頼む」

明石「はい」







数日後


長門「ん……」

長門「ここは……っ」ズキ

長門「!」バッ

長門(この傷……そうか、私は……)

明石「お目覚めになられたみたいですね」

長門「! お前は」

明石「私、工作艦、明石と言います。よろしく」


長門「工作艦……そうか、お前が」

明石「ええ、妖精たちとともに、あなたに手術を施しました」

長門「……上手く、いったのか?」

明石「……」ジィ

長門「な、何だ」

明石「胸元の傷を除けば、外見上は変わらないように見えますね」

明石「体感は、どうですか?」


長門「う、うむ……傷が痛む以外は特には……」

明石「なら、上手くいったんじゃないですか?」

長門「何だ、不安になるじゃないか」

明石「仕様がないですよ。私たちだって初めてですから」

明石「深海棲艦、その『核』を艦娘に埋め込むなんて」

長門「……!」




「「これは……結晶?」」

「「深海棲艦を深海棲艦たらしめる『核』と思われる部位だ」」

「「何だと!?」」

「「そんなものが……一体どうやって」」

「「過去の極秘任務には、深海棲艦の鹵獲を目的としたものもあった」」

「「そして、そのいくつかは成功した」」

「「!」」

「「それらを研究した成果の一つが、これだ」」


「「そんな、ことが……」」

「「これは、鹵獲した全ての深海棲艦に共通して採取されたものだ」」

「「解析の結果、奴らは個体識別を五感ではなく、この『核』によって行っている可能性が高いと判明した」」

「「つまり、その『核』を使えば、深海棲艦になりすますことができると?」」

「「理論上は、そうだ」」

「「……」」

「「そして、なりすますことがもし可能なら……」」

「「意思の疎通も、可能かもしれない」」

「「そういうことだ」」

「「……要は、私にスパイをやれ、ということだな」」

「「まあ、間違ってはいないか。相手が正体不明の敵であることを除けば、だが」」

「「ふん、真正面から撃ち合えないのは、少し残念だが、面白いじゃないか」」




長門「……」

明石「どうかしました?」

長門「いや……」

長門「……私は、これからどうなるんだ」

明石「正直いって、分かりません」

明石「このまま何も変わらないかもしれないし、何か症状が現れるかもしれしれません」

明石「何せ、あなた以外、この手術を受けた人はいないんですから」


長門「……それもそうだな」

明石「逐一データはとらせてもらいます」

明石「もし、異変が現れた場合は、すぐに提督に報告しますから、そのつもりで」

長門「わかった」

明石「では、これから、もう少し詳細な検査を行いたいと思います」

明石「それが済んだら、提督のところに行って下さい」

長門「……ああ」






提督執務室


コンコン

長門「提督、長門だ」

提督「入れ」

ガチャ

提督「楽にしてくれ」

長門「ああ、そうさせてもらう」

提督「……検査の結果は?」

長門「今のところ、特に問題はないそうだ」

提督「そうか」

提督「見た目にもそう変わっていないように見えるな」


長門「それは、この服を着ているからだろう。ほら」グイ

提督「……なるほど、さすがに痛々しいな」

長門「ああ、まだ少し痛む。鎮痛剤を飲んだから、まだマシだが」

提督「……」

提督「今後の動きについて話しておこうと思っていたが」

提督「傷が塞がるまでは、安静にしておいたほうが良さそうだな」

長門「そんなことはない、と言いたいところだが、まだ動かないほうが良いだろうな」


提督「わかった。お前に出撃待機を命じる」

提督「休暇だと思ってくれて構わないが、鎮守府からは出ないでくれ」

長門「つまり、今まで通り、ということだろう?」

提督「皮肉を言える元気はあるようだな。安心した」

長門「ふん」

提督「ただ、一週間に一度は、明石のところに行って精密検査を受けてくれ。念のためだ」

長門「わかった」

提督「明石からは俺から伝えておく。下がって良いぞ」







一ヶ月後


目を開ける。
暗い。何も見えない。ここはどこだ。
上を見上げる。光が見える。その光の揺らめき方を見て、自分がどこにいるかを思い出す。
私がいるのは、海だ。暗い海の底。
それに気がつくと、背中に地面を感じることができた。
地面に手をつき、立ち上がる。
光は、私の周囲を照らすのみで、一歩進めば呑み込まれそうな闇が広がっている。
何条もの光が、私を貫く。その痛みに、私は声にならない悲鳴をあげた。
どうしてこんなに痛いんだ。なんで痛いんだ。
両手を見る。あっという間に焼けただれていくその腕は、病気かとおもうほど青白かった。
まるで、深海棲艦のように。






一ヶ月後


目を開ける。
暗い。何も見えない。ここはどこだ。
上を見上げる。光が見える。その光の揺らめき方を見て、自分がどこにいるかを思い出す。
私がいるのは、海だ。暗い海の底。
それに気がつくと、背中に地面を感じることができた。
地面に手をつき、立ち上がる。
光は、私の周囲を照らすのみで、一歩進めば呑み込まれそうな闇が広がっている。
何条もの光が、私を貫く。その痛みに、私は声にならない悲鳴をあげた。
どうしてこんなに痛いんだ。なんで痛いんだ。
両手を見る。あっという間に焼けただれていくその腕は、病気かとおもうほど青白かった。
まるで、深海棲艦のように。





長門「!」ガバ

長門「はあ……はあ……」

長門(何だ……夢……?)

陸奥「ん……? ……姉さん?」

長門「……すまない、起こしてしまったな」

長門「少し、悪夢を見たんだ」

陸奥「姉さんが、悪夢?」

長門「ふっ、らしくないな。少し、夜風に当たってくる」

陸奥「んー? いってらっしゃーい……」






夜風が、そっと頬を撫でる。汗ばんだ肌に、程よい冷気が心地良い。

「……」

さっきの出来事を思い返す。もう粗方抜け落ちて、断片的なものしか思い出せない。
暗黒。心地よい感覚。差し込む光。焼けるような痛み。
自分をきつく抱きしめて、慌てて両腕を見る。青白くなっていく錯覚を覚え、背筋が冷える。瞬きをすると、その錯覚は消えてなくなった。
手の平を広げ、握りしめる。大丈夫、これは私の意思だ。この手は、私のものだ。
気がつくと、息が荒くなっている。情けない。私ともあろう者が、たかが悪夢ごときにここまで過敏になるなんて。
きっと気を張り過ぎていたのだろう。そろそろ受け入れなければ。
傷も無事塞がり、近日中には、本格的に作戦が開始されるはずだ。
深海棲艦との意思の疎通。果たして本当に可能なのだろうか。
頭を振る。そんなこと、やってみるまで分かるわけが無い。
今は、さっさと寝て、体調を整えるのが先決だ。
肌寒くなってきた。そろそろ寝るとしよう。






提督執務室


提督「傷の具合はどうだ?」

長門「良好だ。もう、出撃しても問題ない」

提督「そうか」

提督「艤装とのマッチングはどうだ? 問題ないか?」

長門「数回試したが、今のところ問題ない」

提督「あとは、実戦を待つのみ、か」

提督「分かった。一度、臨時艦隊を編成し、南西諸島防衛線に出撃してもらおう」

提督「艦娘たちには、新型迷彩のテストという名目で作戦に参加してもらう」

長門「わかった。いつでも言ってくれ。準備はしておく」

提督「わかった」







数日後

南西諸島防衛線


長門「周辺警戒を厳に。これは通常戦闘ではない」

長門「敵を先に見つけなければ、迷彩のテストにならないからな」

利根「わかっておる。私達姉妹に万事まかせるがよいぞ」

筑摩「精一杯やらせていただきます」

大鳳「彩雲、発艦しました」

五十鈴「五十鈴、対潜警戒、準備良し」

五月雨「周辺警戒、頑張ります!」

若葉「同じく」







利根「! 偵察機から入電じゃ。敵偵察艦隊を発見、重巡一、軽巡一、駆逐三」

長門「こちらが発見された兆候は?」

若葉「若葉だ。敵偵察機は発見できない」

五十鈴「ソナーには、反応無しよ」

長門「よし。作戦通り、新型迷彩の試験運用を開始する」

長門「全艦、海域より離脱。島の影に隠れ、待機だ」

長門「危険と判断したら、こちらから合図する。それまでは、手を出すな」


筑摩「けれど、本当に大丈夫でしょうか」

利根「旗艦の命令じゃ、我らが心肺しても仕方なかろう」

利根「それに、長門は戦艦じゃ。多少のことでは沈みはせん」

筑摩「それは、そうですが……」

長門「命令は、既に下した。私が沈むまでは、従ってもらう」

利根「……だ、そうじゃ」

筑摩「わかりました。離脱します」




これほど凪いだ海に、身を浮かべるのは久しぶりだ。
出撃すれば、そこは戦場だ。敵機と砲弾、魚雷が入り乱れ、静けさなどとは無縁の世界。
出撃しなければ、鎮守府で、出撃待機をすることになる。穏やかに時が過ぎる場所だが、やはり海ではない。
ゆるやかに揺れる水面。吹き付ける風。海に出ると、陸では味わえない独特の感覚を味わうことができる。
一人で、艦隊を相手にしようというのに、私の心は不思議と満たされていた。



やがて、水平線の向こうから、黒い影がやってきた。奴らだ。
砲口を向け砲撃をしないように、苦労する。今まで、見つければ即撃ち合いをしていた奴らを相手にして、それをしないようにするというのは、意外に疲れるものだ。
人型が一つ、半人型が一つ、そうでないのが三つ。
向こうからもこちらは見えているはずだが、発砲する様子はない。
これは、成功したのか。
何が、相手を刺激する要因になるか分からない。こちらから動くのは、躊躇われた。
徐々に、奴らが近づいてくる。こちらを見るその目には、何も映っていない、ように見える。
先頭の重巡の、青白い顔、燃える瞳、艤装の細部まで見えるほどに近づき、
そして、すれ違った。


「……!」

敵艦隊は、私にはまったく気がつかないかのように、次々と通り過ぎて行く。
各々の燃える瞳は、真っ直ぐ前を見つめ、こちらを見ようともしない。
ごくりと唾をのむ。かつてないほどに接近した深海棲艦の姿を横目に見ながら、私は『核』の凄まじい有用性に驚いていた。

「……こちら、長門だ。作戦は成功した。全艦、敵偵察艦隊を迎撃せよ。一隻も逃すな」

これがあれば、本当に……。

背後で爆炎が上がる。味方の酸素魚雷が命中したのだ。艦載機のプロペラ音とともに、さらに多くの爆炎が上がる。
数分と保たないうちに、敵艦隊は海の藻屑となった。

「全艦、よくやってくれた。我々は、これより帰投する」







提督執務室


提督「結果は良好だったようだな」

長門「ああ……まだ、自分でも信じられないくらいだ」

提督「敵艦隊は、敵対行動をとらなかった」

長門「まるで、そこに私がいないかのようだった」

提督「『迷彩』としての効果は充分、ということか」

長門「ふっ、そうだな」

長門「……ただ、意思の疎通は出来なかった」


長門「何も感じなかった」

長門「あいつらに、本当に意思があるのか?」

提督「……それは、わからない」

提督「今回遭遇したのは、重巡以下の深海棲艦だけだ」

長門「それ以上の奴らとなら、意思の疎通ができると?」

提督「可能性としては、だが」

提督「会話、という概念自体が存在しない可能性もあり得る」

提督「上から下へ。一方通行でしか、意思疎通が行われないのかも」


長門「なら、どうする? それだと、この任務自体が意味を成さなくなる」

提督「いや、一方通行だということが分かれば、それもまた収穫だ」

提督「違う角度から奴らを攻めることができるからな」

長門「そういうものか」

提督「ああ。お前の献身は、どのような形であれ、無駄にはならない。それは約束する」

長門「ふん、別に、気にしてはいないさ」

提督「なら良いんだが」

提督「……次は、戦艦級を相手にしてもらうことになるかもしれん」

提督「充分に気をつけてくれ」

長門「了解した。準備はしておく」







沖ノ島海域





「対空砲火、撃ち方始め!」

各々の対空砲が、空を向き、砲弾を吐き出す。空中で炸裂し、弾幕を形成する。
その穴を縫うようにして敵機が攻撃を仕掛けてくる。

「回避行動!」

私は、通信機にそう怒鳴ると、自らも回避行動をとった。

運が悪かった。出来るなら、水上打撃艦隊との遭遇を望んでいたのだが、出てきたのは、空母機動部隊だった。
しかも、相手はヲ級が二隻。艦載機の挙動からして、かなりの練度だ。こちらの練度も負けてはいないが、大鳳一隻では、少し荷が重い。
今のところ、制空権をとられてはいない。この状態がどれだけ保つか、その間に相手の空母にどれだけ損害を与えられるか。


「利根、筑摩! 空母を黙らせるぞ!」

「あいわかった」

「わかりました」

「近づいて一気に仕留める。この長門に続け!!」

砲撃。砲撃。砲撃。ヲ級の周りに、何本も水柱が上がる。やがて、それは収束し、ついに爆炎を上げた。

「よし! まずは一隻!」

もう一隻に狙いを定める。他の艦の攻撃が怖くなってくる距離だが、引く訳にはいかない。空母を沈めさえすれば、戦況はこちらに傾く。


「……!」

残ったヲ級を庇うように、戦艦ル級が前に出た。

「ふん、そのまま撃ち抜いてくれる!!」

ル級と目が合う。奴が、笑った。

「! ぐあああっ!」

直後、激しい痛み。全身が左右に引き千切られる様な、耐え難い痛み。
視界が歪み、立っていることすら覚束なくなる。

〝―――ラハ―――――――エ〟

「何だ……これ、は……っ!」


誰かが、きっと仲間の誰かが叫んでいる。何だ、何を言っているんだ。理解できない。

痛みはさらに酷くなった。浮かんでいることすらできない。

〝カン――――ス――ワ〟

「これ、は……こ、え……?」

沈んでいく。息をすることすら忘れ、暗い海の底に、まるで何かに引き寄せられるかのように。

ここはどこ?

私は誰?

ワタシハ……

誰かが私の腕を掴んだ。強い力で引き上げられ、力の入らない私は、任せるままに、海上に引き戻された。


「まだ、生きておるな!?」

「撤退します! 五十鈴、五月雨、若葉! 援護を!」

誰かに掴まれて、引きずられていく。ぼやけた視界の端に、ル級が見えた。

〝ワレラハフカキソコカラノコエ〟

〝カンゲイスルワ〟

「……!」

乱立する水柱の影の隠れてル級が見えなくなると、痛みから解放され、私は、気を失った。







提督執務室


筑摩「……報告は以上です」

提督「そうか、ご苦労だった」

提督「長門の様子は?」

筑摩「入渠ドックに運ぶ前は、完全に気を失っていました」

筑摩「その後のことは、私には、何とも……」

提督「そうだな、ありがとう」

筑摩「いえ……では、これで私は失礼します」

ガチャ

バタン

提督「……」






入渠ドック


提督「明石」

明石「あ、提督。わざわざいらっしゃられなくても……」

提督「気にするな。で、長門の様子は?」

明石「はい。現時点では、容態は安定しています」

提督「意識は戻っていないのか」

明石「運び込まれて以後、ずっと気を失ったままです」

提督「目覚める見込みは?」

明石「あります。多少時間はかかると思いますが」

提督「そうか」


明石「……ですが、問題が」

提督「何だ」

明石「こちらを」グイ

提督「……何だ、これは」

明石「何とも言えません。こんなことは、起こったことがありませんので」

提督「筑摩の報告でも、詳しいことはわからなかった」

提督「長門が敵艦隊を前にして急に苦しみだした、としか」

明石「そうですか」


明石「と、するならば、その敵艦隊が、長門さんに何らかのアプローチを仕掛けてきたと考えるべきでしょう」

明石「その結果、『核』に何らかの変化が起こり―――」

提督「―――長門が、深海棲艦化したと?」

明石「まだ一部ですが、その可能性は高いと思われます」

提督「……このことは、まだ?」

明石「ええ、どこにも漏れていません」

提督「このことは機密事項とする」

提督「長門が起きたら知らせてくれ」

明石「わかりました」






信じたくない出来事が、起きていた。私の身体が、私ではないものになっていく。奴らに、深海棲艦になっていく。
胸元から広がったそれは、今や、胴体と左腕にまで広がっていた。
もう寮で過ごすことも出来なくなってしまった。
青白い肌は、触ると死んでいるように冷たい。まだ自分の意思で動かすことはできているが、それもいつまで保つかわからない。
予想できなかったわけではない。奴らの一部を身体に埋め込むのだから、こうなることは充分に考えられた。
私は知った。身構えていても、抗えない恐怖というものは存在する。
あの声。奴らの声が、耳から離れない。
どこにいても、何をしていても、ふとした瞬間に奴らの声が聞こえる。
私を呼んでいる。深い海の底から、私を引きずりこもうと囁いてくる。
嫌だ。いやだ。イヤダ。
抗うのがどんどん難しくなっていく。自分が自分でなくなっていく。
怖い、こわい、コワイ。
あれほど感じていた恐怖さえ薄れて。
私は、やつらに、ナッテイク。








廊下


カツカツカツ……

提督「艤装を勝手に?」

明石「はい、何者かが、許可無く艤装を持ち出そうとしているようです」

明石「妖精からの報告ですので要領を得ませんが……」

提督「いや、報告してくれただけでも有り難い。妖精たちを、どうにか労ってやらんとな」

提督「今はどんな状況なんだ?」

明石「工廠の隔壁を閉鎖し、中に閉じこめました」

明石「暴れているようです」


提督「……」

提督「明石、その隔壁だが……」

提督「戦艦クラスの艦娘相手には、どの程度保つ?」

明石「充分持ちこたえるでしょう。艤装の盗難を防ぐため、隔壁は頑丈に作られていますから」

提督「そうか」

提督「戦艦クラスの艦娘を何人か待機させておいてくれ」

提督「抑え込むのに必要になるかもしれん」

明石「了解しました」


タッタッタッ

妖精「!」ピョンピョン

明石「! 妖精さん、どうしたんですか?」

妖精「っ」パタパタ

明石「何ですって……」

提督「どうした。何かあったのか?」

明石「隔壁が……破られたそうです」

提督「何だと!?」

明石「とにかく、工廠に急ぎましょう」





工廠


提督「これは……」

海に面した、工廠の入り口に下ろされた隔壁は、無惨にも破壊されていた。
外側に向かってひしゃげてできた穴の周囲は、黒く煤けており、砲撃されたことを物語っていた。

明石「提督」

提督「何かわかったか」

明石「ええ、監視カメラの映像がここに」

提督「見せてくれ」


映像が再生される。最初のうち、静かだった工廠内に、白い影が入ってくる。白い影は、室内を見回し、保管庫の扉に拳を叩き付け、歪んでできた隙間に腕を差し込むと、鋼鉄製のその扉をいとも容易く引き剥がした。
保管庫の中に、影が消える。警告を表す赤色灯が灯り、工廠内に警報が響き渡る。海に面した入り口に隔壁が下ろされたちょうどその時、艤装を装着した白い影が、保管庫から出てきた。
閉ざされた入り口を見ると、白い影は絶叫し、工廠の床を抉りながら隔壁に突進した。隔壁に拳を叩き付ける。先ほどとは異なり、隔壁はカメラで見て、微かに凹んだ程度に留まっている。
それを見て、白い影はさらに絶叫し、連続して隔壁を殴りつけ始めた。何度も、何度も殴られていくうち、隔壁はひしゃげ、今の姿に近づいていく。
その内、中々開かない隔壁に嫌気がさしたのか、白い影は、艤装の砲塔を回転させ、隔壁に向けた。砲身が火を吹くと、カメラは黒煙に呑まれ、何も見えなくなった。


提督「……」

提督「あの艤装は、誰のものだ」

明石「……長門さんのです」

提督「映像を巻き戻して、あれの姿が最も良く見える地点で止めろ」

明石「……ここ、です」

提督「……これが、長門なのか」

明石「艤装は、各艦娘に固有のものです。それに戦艦クラスの艤装は見間違えようがありません」


提督「……そう、だな」

明石「いかがしますか」

提督「……少し、考える時間をくれ」

提督「工廠は、どれくらいで修理できる」

明石「明日中には」

提督「じゃあ、頼んだ」

提督「俺は……少し、外に出てくる」

明石「……分かりました」





夜風が頬を撫でた。
海は、何も起こっていないかのように静かだ。
長門が、いなくなった。他ならぬ俺のせいで。
後悔しても遅い。こうなることは、予想できたことだ。
俺がやるべきことは、一つ。長門を追跡し、沈める。
深海棲艦化してしまった以上、他に手の打ちようはない。
だが、そのための作戦も、編成も、何一つ浮かんでこなかった。
代わりに溢れてきたのは、自責の念と、涙だった。

「すまない……すまない……っ!」

どうするべきなのか、誰も教えてはくれない。俺が教える側だからだ。
自分で決断し、実行しなければならない。
長門をこの任務に就かせたあの時と同じように。

以上で、長門編(仮)終了となります。

楽しんでいただけていたら幸いです。

次回より、陸奥編(仮)開始です。

乞うご期待!

長門を元に戻す為に大量の駆逐艦とアイスを用意しないとな…





戦艦寮


「……」

寝返りをうって、天井を見ていた視線を、隣のベッドに移す。
姉さんが、いなくなってもう一週間。誰も、姉さんの行方を知らない。
どこにいったの。今、何をしているの。
一部では、脱走した、沈んだなんて噂が流れているけれど、姉さんに限ってそんなこと絶対にない。
でも、手がかりはない。何も言わないまま、姉さんは消えてしまった。
考えて。ここ数ヶ月で、姉さんの行動に怪しい点はなかったかしら。
いつもと違う何かが。

「……!」

やっぱり、あの時からだ。姉さんが提督に呼ばれたあの時。
あれから、姉さんはおかしくなっていった。
何かを隠すようになって、うなされるようになって、最後には、寮にすら顔を見せなくなった。
提督に直接聞くしかない。答えてもらいないかもしれない。
そうだとしても、必ず手がかりを掴んでみせる。





提督執務室


コンコン

陸奥「陸奥です。提督、入ります」

ガチャ

提督「……入っていい、とは言っていないが?」

陸奥「率直に聞きます。長門は、姉さんはどこですか」

提督「……目下、捜索中だ」

陸奥「いいえ、あなたは何か知っているはずです」

陸奥「姉さんは、あなたに呼び出されてから、だんだんおかしくなっていった」

陸奥「姉さんに、何をしたんですか」


提督「……」

陸奥「話して下さい」

提督「出来ない、と言ったら?」

陸奥「長門型戦艦の本当の力、お見せします」

提督「……上官を脅迫とは、良い度胸だ」

陸奥「それだけ本気だということです」

提督「……さすがは、姉妹か。良く似ている」

提督「だが、無理だ」


陸奥「どうしてですか!」

提督「……お前もまだ、死にたくないだろう」

陸奥「!」
提督「ここまでだ、陸奥」

提督「下がれ」

陸奥「……」

提督「これは、命令だ」










甘く見ていたのかもしれない。提督を、その重責を。
あの目は、多くのものを見てきた目だった。艦娘の、戦艦の私ですら気圧されるような鋭い眼光。

「……はあ」

思わず、ため息がもれる。私は、なんて無力なの。

寮に戻り、ベッドに腰掛ける。
静かな部屋。姉さんは騒ぐタイプじゃなかったから、以前と何かが変わったわけじゃない。でも、この部屋からは、大事な何かが失われていた。

「姉さん……」

膝を抱え、顔を埋める。様々な思い出が浮かんでは消える。
もう、会えないのだろうか。そんなはずない、と信じていても、希望は、一つとして無かった。


提督「旗艦以下五隻が大破。五月雨だけが奇跡的に助かった」

?「さすが、良く知ってるわね」

提督「お前の言いたいことはわかっている」

提督「謎の深海棲艦が、長門だというんだろう」

?「ええ、そうよ」

?「そして、本格的な敵意を私達に向けてきた以上、とる道は一つしかない」

提督「艦隊を編成し、撃破する」

提督「……本当にそれしか道はないのか」

?「元々、見込みの薄い、実験的な計画だったのよ? だから、長門型が選ばれた」

?「金剛型ほど使い勝手が良くなくて、来る大和型よりも火力で劣る」

?「戦場のお荷物になる運命だった、長門型がね」



ミスりました。こっちが先です。





提督執務室


提督「……」

?「悩んでるのね」

提督「……脅かすな」

?「そろそろ限界ね。怪しむ人がでてきた」

提督「陸奥のことか」

?「遠征艦隊の被害も増えてるわ。今日のこと、聞いた?」

提督「聞いた。海上護衛任務に参加した艦娘が、謎の深海棲艦に襲撃を受けた」


提督「……違う」

?「あなたは違うかもしれない。でも上はそう考えていたはずよ」

?「あなたも本当は、分かっていたんでしょう?」

提督「……」

?「ねえ、提督……いえ、司令官」

?「あなたが悩む必要は、無いんじゃない?」

?「あなたは、上からの命令に従っただけ」

?「この作戦は、極秘なのよ。本当のことを知る人は誰もいない」

?「後は、あの戦艦さえ、消してしまえば……」

提督「……!」

?「分かった?」

提督「……ああ」










戦艦寮


「……!」

何故だろう。いつもはそんなことないのに、突然目が覚めた。
すぐに目を閉じて眠る気になれず、上体を起こす。窓から、月明かりが差し込み、部屋を微かに照らしている。
それにつられて、窓の外をぼんやりと見ていると、部屋の扉が乱暴に開け放たれた

「!」

身構える暇もなく、気付けば、私は、軍服を着た男たちに囲まれていた。

「……何よ、あんたたち」

男たちは、じっと見下ろすだけで、何も言わない。
なめ回すような、いやらしい視線ではない。少しでも動いたら、打ち据える準備ができているといわんばかりの冷たい視線。
こいつらは、プロだ。

「ここは、男子禁制なのだけれど……」

「提督のご命令です」


男たちの壁に向こうから、少女の声。壁が割れ、声の主が姿を現す。

「あなた……空母ね」

「大鳳、と言います」

そういうと、大鳳は、手に持ったクロスボウを私に向けた。私の額にぴたりと狙いをつける

「あなたを連行するよう、提督に命ぜられました」

「提督に?」

やはり提督は何かを知っていたのだ。それも、ほんの少し嗅ぎ回っただけで、これほどの事態になる何かを。
ここで捕まるわけにはいかない。ここに無事に戻れる保証はどこにもないのだから。どうにかしてこの状況から抜け出さなければ。


「妙な真似はしないで下さい」

「いやだ、と言ったら?」

大鳳は、クロスボウを揺らした。

「これは、艦載機発艦用の装備ですが、あなたの頭を撃ち抜くぐらいはできます」

「……」

「お願いします。手荒な真似はしたくありません」

「……わかったわ」

大人しく手を上げる。ここであがいても、勝ち目はない。私の運命が確定するまでには、まだ少し時間があるはず。その間に、この状況から抜け出す。

「彼女を連行してください」

面白い!







「ここは?」

大鳳という空母と、男たちに囲まれて連れて行かれたのは、鎮守府の地下にある、独居房だった。トイレと、簡素なベッド以外は何もない。

「あなたには、憲兵隊の本隊がくるまではここにいてもらいます」

「なるほど、その男たちは憲兵隊なわけね」

私の言葉に、大鳳は応えず、男たちに振り返った。

「私は、提督に報告へ行ってきます。その間、ここの警備をお願いします」

男の中の二人が頷き、私の背中を押した。


「どうせ檻に入るんだから、手錠ぐらい外してくれても良いんじゃない?」

男たちの動きが止まる。大鳳を振り返り、判断を仰ぐ。
残念ながら、大鳳は、首を横に振った。

「戦艦の馬力は良く知っています。そして、この房は放置されて長い。あなたが逃げ出せる隙を与えるわけにはいきません」

「……ケチねえ」

「本隊はすぐに到着します。それまで、我慢して下さい」

「わかったわよ」

内心、舌打ち。こうも縛られていたら、逃げられるものも逃げられない。
状況はマズい方向に転がり始めている。私には、それを止める手だてがない。

背後で、檻が閉じられ、鍵がかけられた。もう、逃げられない。






悩んでいるうちに、時間が過ぎていく。本隊が到着するまでは、あとどれくらいあるのだろう。私の運命が決まってしまうまであと、どれくらいあるのだろう。

「そこ、通してもらえる?」

聞き慣れない声が聞こえたのは、そんな焦りのただ中にあるときだった。

「ダメ? ……なら、これで、どう?」

男たちの前にいたのは、やはり見慣れない女の子だった。艦娘、だろうか。
声と同時に、女の子の小柄な身体が、宙を舞った。男の片方に飛びかかると、首に脚を巻き付け、反動をつけて投げ飛ばした。その先にいた、もう片方の男も当然ながら、巻き添えになり、床に叩き付けられる。
下敷きがあったおかげで、気絶を免れた男に近づくと、その顎を、少女は素早く蹴った。
脳を揺さぶられた男は、何も言わず昏倒した。


「ふう……ありがと」

気絶してしまった見張りに、そう声をかけると、少女は、私を見た。

「あなたが陸奥ね?」

「そう、だけど……」

突然の出来事に、目を白黒させながらも、私は少女の問いかけにどうにか反応した。

「じゃ、行きましょうか」

少女は、私に近づき、初めて格子に気付いた様子で立ち止まった。

「あ、そうそう、そうだった」

倒れた男たちにしゃがみ込み、懐をあさり、鍵を取り出した。

「よいしょっと……はい」

「はい……って」

「いや、早く出て出て。時間ないんだから」

流されるまま、私は檻の外に出た。


「手、出して」

「う、うん」

「これでよし」

手錠が床に落ちる。
思いがけず、自由になった私は、その場に立ち尽くした。
えっと、どうすれば良いんだろう。何をするつもりだったんだっけ。

「さ、こっちへ」

「ち、ちょっと待って」

見知らぬ少女に手首を引かれ、少し躊躇う。

「あなたは誰? 何をするつもりなの?」

「私は……そうね……イムヤって呼んで」

「イムヤ……?」

「それに、何かするのは、私じゃないわ。あなたがするのよ」






「大丈夫みたいね……入って」

イムヤに連れられて、たどり着いたのは、工廠だった。
言われるがまま、工廠に足を踏み入れた私の後ろで、イムヤが工廠の重い扉を閉める。

「ふう、何とかここまで来れたわね」

「工廠に来たのはいいけれど、これからどうするの?」

「決まってるじゃない。艦娘としてできることをするのよ」

保管庫の扉を開けると、イムヤは私に手招きした。

「えっと……陸奥……陸奥……っと。あった」

私の艤装の前で止まると、まじまじとそれを見つめた。


「良かった。まだあったわ」

艤装の砲身に触れると、コンコンと叩く。

「さ、急いでこれを着けて」

「一人じゃ無理。戦艦クラスは、妖精の手を借りないと」

「私が手伝うから」

「そんなこと、出来るの?」

「まあね」

「すごいのね」

「ありがと」

私は、大人しく艤装を装着する準備を始めた。ここで悩んでいても、また捕まるだけだ。そして、もう一度捕まれば、今度こそ運命は決まってしまう。




「おっけー? おかしなところはない?」

イムヤは、本当に艤装の装着手順を知っていた。何故なのかは、聞かなかった。どうせ教えてはもらえないだろう。

「大……丈夫、ね。ありがとう」

「いえいえ。じゃ、私達はここでお別れね」

「え?」

「後は、あなたがやるべきことをするの。私は、私のやるべきことする」

そういうと、イムヤは、一枚の紙を取り出し、私に差し出した。

「これ、提督から」


「提督?」

「今のあなたに必要なものが、ここに書かれているわ」

それを受け取る。

「後は、私がやるから。あなたは、出る準備をして」

「わかったわ」

「言っておくけど、時間はないわよ。注水を始めたら、脱走がバレる」

「わかってる、色々ありがとう」

「良いのよ。じゃ、行くわよ」

「うん」





夜の海を疾走する。戦艦として、だせる限りの速度を出して、鎮守府から遠ざかる。少しのお別れだ。いずれ戻ってくるつもりだが、そのとき、あそこに私の居場所はあるのだろうか。
考えている暇はない。今は、成すべきことのために、前に進まなければ。

姉さん、待っていて。








沖合


イムヤからもらった紙には、提督からのメッセージと座標が書かれていた。

『これを読んでいるということは、脱走は上手くいったようだな。
陸奥、お前を巻き込んだことはすまないと思う。しかし、真実を伝えるために、そして、お前にチャンスを与えるためには、こうするしか無かった。
これから書くのは、お前の姉、長門に起きた全てだ』

そこには、提督の言葉通りここ最近、姉さんの身に起きたことが全て書かれていた。極秘任務のこと。それによって姉さんが変わってしまったこと。

『どうすれば長門を元に戻せるのか、確かなことは何もわからない。しかし、このままでは、長門は、深海棲艦として、我々の手で沈められることになる』

『この座標は、長門が確認された最後の地点だ。陸奥、お前に、託す』

『長門を、救ってくれ』

私は、紙に書かれた、一連の数字を何度も見返した。
ここに、姉さんがいる。助けを待ってる。
行かなきゃ、行かなきゃ!






ここは、どこだ。視界がゆらゆらと揺れる。深い青が、私を包む。
私は、何だ。私は、誰だ。私は、私は、私は……。

〝……!〟

遠くを見る。何かがいる。誰かが。
途端に、胸が苦しくなった。息が詰まる。締め付けられる様な痛み。
視界が赤くなる。苦しい。苦しい。
私を傷つけるのは、何だ? ……誰だ!

〝……!〟

あいつだ。あれが、私を苦しめるんだ。
私を苦しめる奴は、全員敵だ。潰す。潰してやる。ツブス。ツブスツブスツブスツブスツブス……!






白い影が、口を大きく開けて、咆哮する。大気が震え、その振動が、私の肌を、鼓膜を、脳を揺さぶる。
あれは、生半可な深海棲艦の咆哮じゃない。間違いなく、〝鬼〟かそれ以上のクラスだ。
あれが、姉さんだなんて。信じたく無い。でも、見たら分かる。感じたから分かる。あれは、まぎれも無く姉さんだ。

「! ……っ!」

姉さんの姿が煌めく。発砲したのだ。私に向かって。
回避動作をとる。数瞬たって、甲高い音とともに、私がいた場所に、大きな水柱が上がる。
私と同じ主砲から撃ち出された砲弾とは思えない。深海棲艦化した結果、艤装も成長したのだろうか。
そんなことがあり得るのか。わからない。深海棲艦になんて、誰もなったことが無いのだから、わかるはずがない。改めて、姉さんが関わったこの計画の無謀さに、怒りを覚える。こんな計画が許されていい筈がない。私たちは兵器かもしれない。でも、私たちには、意思がある。


「絶対、助けてあげるから!」

砲塔を姉さんに向け、斉射する。今の私にできるのは、これしかない。
まずは、姉さんを黙らせる。話は、それからだ。

姉さんの装甲に、私の砲弾が当たり、弾き返される。
私の攻撃を、避けようともしていない。

「余裕ってわけ? 流石ね、姉さん!」

姉さんの攻撃は、私の装甲を、着実に傷つけていく。
遠くで撃ち合っていれば、いずれ私が負ける。

「なら、近づいてっ!」

お互いの弾幕が、さらに勢いを増す。
装甲が裂け、細かい破片が肌に突き刺さる。
でも、引かない。引けない。


「はあああああ!!」

砲弾が、次々と姉さんに着弾する。立ち上る煙で一瞬姉さんが見えなくなる。
この距離なら、多少なりとも損害を与えられているはず。

「姉さん……少しは、おとなしく……っ!?」

咆哮。足がすくむほどの悲痛な叫び声。
煙の隙間から、赤い光が覗く。

「!」

姉さんに、あんなに憎悪に満ちた目ができるなんて。

〝……す〟

胸を押さえながら、姉さんは、私を睨みつけていた。

〝……ス〟

足がすくむ。その一瞬が、命取りだった。
煌めき。それが何なのか、気付いたときには、衝撃を受け、私は海に投げ出されていた。


「かはっ」

激しい耳鳴り。沈んでいく身体。薄れていく意識。
直撃。かろうじてそれだけは理解した。どうにか、体勢をたてなおさないと……

「ねえ……さん……」

姉さんが再び私を狙う。
ねえさん、きづいて、わたし、陸奥よ。ねえさん……。

手を伸ばそうとする。しかし、力が入らない。
私は、ここで死ぬのか。実の姉の手にかかって。
そんなこと……みとめる、わけには……


「見つけたっ!!」

波を切る音が聞こえる。沈みかかった身体が、両腕を抱えられ引き上げられる。

「撃って、撃って! 曙と皐月は、煙幕張って、陸奥さん運んで!」

「了解っ」

「わかったわ!」

数人の少女の声。紫と黄色の髪が、視界の中で揺れた。

「他は私と一緒に別方向に撤退! 二人とも、後でね!」

鼓膜を揺さぶる、砲撃の音と、鼻をくすぐる火薬の匂い。
それを最後に、私は気を失った。




陸奥「……ん、んん」

皐月「あ! 陸奥さん、起きた! 皆! 起きたよ!」

陽炎「陸奥さん! 大丈夫ですか!?」

陸奥「少し身体が痛むけれど、ええ。あなたたちは……?」

陽炎「あ、申し遅れました。私達は、第十四駆逐隊。陸奥さんの捜索に駆り出された、駆逐隊の一つです」

陸奥「十四……? 聞いたことがないわ」


陽炎「新設の駆逐隊なもので」

陸奥「そう……なの」

陽炎「あの、陸奥さん?」

陸奥「……私、追われてるのね」

曙「そりゃそうでしょ。自分が何したか分かってるわけ?」

長月「理由は何にせよ、憲兵隊の拘束を振り切って、逃げ出したんだ。鎮守府は、上へ下への大騒ぎだ」


潮「捜索のために、たくさんの駆逐隊が出動しています」

霰「……見つけて……連れ戻せって」

陸奥「そう……そうよね……っ」

皐月「だっ、ダメダメ! 積んできたダメコンに手伝ってもらって、やっと動けてるんだから!」

陽炎「そうです、まだどうこうできる状態じゃあ……」

陸奥「でも、あなたたちとはいられない」

陸奥「私には、やらなきゃいけないことが……っ!」


皐月「あの深海棲艦? あれを倒すには、もっと戦力が無いと……」

陸奥「違うっ!」

皐月「!」

陽炎「陸奥さん、何があったんです?」

陸奥「それは……言えない。でも、どうしてもまだ連れ戻されるわけにはいかないの」

陽炎「……」

皐月「……」

曙「……」

霰「……どう、するの?」

潮「どう、しましょうか」


長月「今の陸奥なら、無理矢理引っ張っていくことも可能だ」

陸奥「それは……」

陽炎「それは駄目」

長月「……そういうと思ったよ」

陽炎「仲間が何か困っているなら、助けてあげないとね」

霰「……提督にも、頼まれた」

陸奥「提督に?」

曙「『陸奥を見つけたら、助けてやって欲しい』って。私から言わせれば、あんな奴のいうこと聞く必要ないと思うけど」

潮「曙ちゃん!」


皐月「明石さんからって、こんなものも貰っちゃったし」

陸奥「これは……?」

皐月「陸奥さんが抵抗したら使えって、新装備らしいけど……」

陽炎「きっと、こうなること分かってたのね」

陸奥「皆……ありがとう」

陽炎「そうと決まれば、全力でお手伝いしますよ! さ、どうしますか?」







「大丈夫ですか?」

駆逐隊の嚮導艦、陽炎が、私を気遣うように言う。
姉さんの砲撃で、艤装の三分の一が吹き飛び、砲塔も上手く動かせない。
一応、航行はできるが、どこまで速度を出せるかは疑問だ。

「ええ、動くことぐらいはできるわ」

私は、そんな自分の状態を無視して、頷いた。

「……やっぱり、他の作戦にしたほうが」

気遣うように、陽炎が言う。しかし、考えても、他の方法は浮かばなかった。
選択肢が無いわけではない。でも、私は、姉さんを救いたい。そのためには、この方法しか無い。


「いいえ、さっきの作戦通りに」

「……はい」

陽炎は、深く頷くと、後ろに続く駆逐隊の面々を振り返った。

「……皆、さっき話した通りにいくよ。曙、潮は、私に、皐月と霰は、長月についていって」

口々に了解の返答が上がる。敵は、化け物だ。駆逐艦六隻でどうにかなる相手じゃない。しかし、この娘たちは、恐怖なんて微塵も感じさせずに、私の無謀な作戦に従ってくれた。
これからは、もっと他の艦種の娘と話をしてみよう。

遠くに、白い影が見えてくる。
陽炎たちは、二つのグループに別れて、私から離れていった。
ここからが正念場だ。といっても、私ができることは真っ直ぐ進んで、弾が当たらないように祈ることだけだが。
第十四駆逐隊の働きに、私の、そして姉さんの生死がかかっているといっても過言ではない。
あの娘たちなら、きっと上手くやってくれる。私はそう信じることにした。




「装備は一回しか使えない。砲塔から撃ち出せるから、特別な操作は必要ないけど……」

陽炎が呟いた。
陽炎は、明石によって特別に改造された砲を、狙いをつけるように持ち上げた。
少し重い。実際撃つときは、それも考慮にいれないと。

「もう一度確認するわよ。まずは、曙と私の〝これ〟で敵の主砲を陸奥さんから逸らす。その後……」

「私が、動きを封じるんですね」

潮が応え、陽炎は頷いた。


「陸奥さんには、もう前に進むだけの力しか残ってない。私たちが失敗するわけにはいかない」

「言われなくたって、分かってるわよ」

曙がぶっきらぼうに言った。それに陽炎は笑って、応えた。

「だから、出来るだけ近づく。もちろん抵抗は受ける。でも、そんなんで怯む私たちじゃないわよね?」

「はっ、当然ね」

「も、もちろんです!」

曙がすごみのある笑顔で言い、潮は、喉をがごくりと鳴らしながら頷いた。

白い、大きな影が徐々に近づいてくる。もう、いつ撃たれてもおかしくない。

「両舷前進最大戦速! 一気にいくわ!」

駆逐艦の名に懸けて。陽炎たちは、海上を疾走していった。





〝……ス〟

「!」

陽炎が、回避を指示する号令をかけるのと、白い影が光るのはほぼ同時だった。
甲高い音とともに、砲弾が陽炎たちのいた場所に大きな水柱を作った。
すぐに副砲の射程内に入った。砲火はさらに酷くなる。

まだ、まだよ。

砲弾の嵐をたくみな操舵と、命令で避けながら、陽炎たちは、影に近づいていった。
できれば、長月たちとタイミングを合わせたい。しかし、この状況で、自分が率いる二人以外を気にかける余裕はない。


「曙っ!」

「わかってる!」

赤い瞳がこちらを睨んでいるのが見える。陽炎は、砲を構えた。
チャンスは一度。絶対当てる。

「……いっけぇっ!!」

気合いとは裏腹に、気の抜けたような炸裂音が、砲塔の先から漏れ、弾頭が射出された。
弧を描いて飛んでいく弾頭の後部からは、鋼鉄製のワイヤーが伸び、砲塔まで繋がっていた。
頂点を越え、目標に向かって落ちていく下降線を辿り始めた弾頭は、その速度を増し、目標に到達すつ一歩手前で、先端部を花開かせた。
広がった、鋼鉄製の網は、艤装の一部に絡み付くと、自動的に巻き取られ、その動きを封じた。


成功した。二人とも。陽炎は、内心ほっと息を吐き出すと、曙に叫んだ。

「引いてっ!!」

二人は、駆逐艦として精一杯の力を込めて、ワイヤーを引いた。
陸奥を射線上から遠ざけるためだ。
化け物相手にどれだけの効果があるかはわからなかったが、相手の艤装が不気味な音を立てて動き始めた。

「くっ、やっぱり戦艦ね……っ!」

身震いするような咆哮とともに、艤装が引き戻されそうになる。

「潮、お願いっ!」

「はいっ!」

潮が砲を構え、弾頭を発射した。同じように弧を描き、目標に到達した弾頭は、直前で炸裂し、粘着性の物質をまき散らした。
物質は、艤装を覆うと、瞬時に硬質化し、さらにその動きを封じた。


「これで、何とかっ!」

陽炎は、陸奥のほうを見た。顔を歪めて、必死に進んでいる。しかし、まだ時間がかかる。
陽炎は唇を噛んだ。砲撃は、防げて数分。きっと保たない。

でも、もう私たちには、何もできない。





息が上がる。
前に進む。普段なら、何でもないことなのに。
今は、身体が鉛になったかのように重い。
もう少し、もう少しで、姉さんに手が届く。
待ってて、姉さん。待っていて。
陽炎たちは上手くやってくれた。私がしっかりしないでどうするの。
前に進む。前に、進む。

姉さんが、また叫び声を上げた。
その瞳は、憎悪は、一番近い私にまっすぐ向けられている。もう陽炎たちは、眼中に無いようだ。
姉さんは、全てを懸けて私を殺そうとしている。
ごめんね、姉さん。姉さんが、一番辛いときに、そばにいてあげられなくて、助けてあげられなくて、本当に、ごめん。

姉さんの狙いを定めない砲撃で、陽炎たちの新装備は、敢えなく砕け散った。
唸りながら、身体をひねり、砲塔をこちらに向ける。

避けられない。それだけの力が、無い。
姉さんは、勝利を確信して、笑った。




「陸奥さん!?」

至近距離からの砲撃。私たちが見ている前で、陸奥さんは、煙に呑まれた。

勝利のうなり声が辺りに響き渡る。

「そんな……」

曙が、何も言わず、飛び出していこうとして、慌てて止める。

「ち、ちょっと!」

「離して! 助けにいかなきゃ!」

「前に出たら、やられちゃう」

「でも!」

「! あそこ、見て下さい!」




足がとられる。
艦娘としての能力を失った状態で、海に出たのはいつ以来だろう。そうだった。私たちは、水上を滑るようには創られていない。
一歩ごとに、身体が沈んでいく。艤装が完全に破壊されたことで、艦娘としての力が私の身体から消えつつあるのだ。
姉さんの瞳が、驚愕に見開かれる。
私は、最後の力を振り絞って、海を蹴って跳んだ。

「姉さんっ!」

飛びついて、そのまま押し倒す。姉さんは、苦しげな呻き声を上げながら、私を押し退けようとした。
ここで離したら、もう二度と姉さんに会えない。
姉さんは永遠に失われてしまう。
そんなこと、絶対許さない。


「姉さん……姉さんっ!!」

伸びてくる手を払いのけ、逆に姉さんの胸元に手を伸ばす。
胸元は、肌が固くなり、幾重にも折り重なって分厚い装甲となっている。
指先が近づけば近づくほど、姉さんの胸元は、赤く光り、抵抗するように脈動した。
姉さんは、同じ人とは思えないような唸り声を上げ、私を振り払おうとする。
やめて、姉さん。私に、助けさせて。
必死で手を伸ばし、端に指をかけた。
どうなるか、まだ確信がない。でも、これしか方法が無い。
私は力を込めて、その一つを、引き剥がした。

〝!!!!!!!!!!〟

涎をまき散らしながら、姉さんが絶叫する。姉さんの真っ白な肌が、血に染まった。
引き剥がしたそれを、すぐに投げ捨て、つぎに手をかける。
肉が裂ける嫌な感触が、手を通して伝わってくる。
もう姉さんは、私を押し退けようとしていない。やみくもに私を殴っている。
その一つが、顎にあたり、視界がちらついた。
駄目。ここで負けたら、姉さんを助けられない。


「あああああああああっ!!」

助ける。助ける。助ける。絶対に。

手をかけ、渾身の力を込めて、引き剥がす。
ついに、全てが暴かれ、心臓のように脈打つ紅い石が見えた。
ほとんど一体化しており、周囲の肉が盛り上がり、石を呑み込もうとしている。
これを取り除けば、姉さんを助けることができる。きっと、きっと助けられる。
指を伸ばし、姉さんの胸元に、一思いに突き立てた。

〝!!!!!!!!!!!〟

姉さんは、今までとは比べ物にならないほど暴れた。抑え切れない。
肉を抉り、紅い石を掴む。手の平の上で転がせそうなほど小さい、こんな石ころに姉さんが支配されたなんて。
視界がちらつく、それでもこの手は離さない。力を込めて、一気に引き抜いた。
姉さんの身体から、がくんと力が抜けた。
終わった。これが正しいことなのかはわからない。でもこれでやっと姉さんを、鎮守府に連れ帰ることが……

〝……ス〟

姉さんが、こちらを見ていた。砲塔がゆっくりとこちらを向く。
実際には、全てが一瞬で。

火薬は炸裂し、海にぱっと赤い花が咲いた。

なんて事だ、むっちゃんが






???


?「……以上です。映像はこちらに」

?「ほう……」

?「艦娘の深海棲艦化……いやはや、一時はどうなることかと思ったが」

?「姉妹艦の絆を上手く利用しましたな」

?「戦艦が二隻、か。必要だったとはいえ、戦力の低下は避けられないのでは?」

?「構わん。データは採れた」

?「実物はあるのか?」

?「はい。戦闘後、私が回収しました」

?「艤装、表皮、毛髪、血液……ふん、良く揃えたものだ」

?「対象は、意識不明のまま沈んでいました」


?「海中は、君の独壇場というわけか」

?「これは、測らずして、この計画の有用性も証明されたようですな」

?「よくやった。後続艦の製造も進めさせよう」

?「ありがとうございます」

?「何はともあれ、これで我々は、既存の技術に頼らない、強力なブレイクスルーを手に入れたわけだ」

?「では、ようやく?」

?「『大和計画』……それを実行に移すときだ」

?「そうなれば、話し合うべき事柄は山のようにあります。早速はじめなければ」

?「ああ、そうだな。もう下がって良いぞ、伊168」

?「……はっ。失礼します」







「いつまで寝ているんだ、陸奥」

「……ん、ん……?」

「ほら、起きろ」

「……ねえ、さん?」

「……ぷっくく……なんて顔をしているんだ」

「本当に、姉さんなの?」

「ああ。正真正銘、お前の姉だ。ほら……」

「……暖かい」

「さ、行こう。皆が待ってる」

「うん……うん!」


「もう、泣くな」

「誰のせいだと思ってるのよ! まったく……」

「はは、悪かった」

「……姉さん? もう、どこにも行かないよね?」

「……」

「ねえ、さん?」

「……ああ、私はいつでもお前のそばにいる」

「……わかった。じゃあ、行こう!」

「陸奥」

「何? 姉さん」

「……ありがとう。私は、お前のおかげで……」




陸奥「……っ」

明石「! 陸奥さん? 陸奥さん!」

陸奥「……こ、こは……?」

明石「鎮守府です。戻って来たんですよ」

陸奥「……そ、う……っ」

明石「起き上がっては駄目! あなたは、まだ動ける状態じゃない」

陸奥「一体……私、は……!?」

明石「あなたは……至近距離からの砲撃を受けて、半身を吹き飛ばされました」


明石「我々の技術の全てを用いて、どうにかここまで、ですが……」

陸奥「ね、えさん、は……!」

明石「……」

陸奥「ごほっ……ね、えさ、んはっ!!」

明石「……長門さんは……沈みました。遺体は、見つかっていません」

陸奥「……う、そ」

明石「……」

陸奥「そんな、の…っ…うそよ!」





姉さんは、いなくなった。

あれから、何ヶ月も経ったけれど、未だに姉さんがいないことに慣れない。
寮の自室には、今もベットが二つ。
朝、目が覚めるたびに、姉さんがそこにいるような気がする。

私はまだ、海に出ることができない。
早く、自分の足で姉さんを探しにいきたい。
あの海域から、姉さんの身体は見つからなかった。
だから、きっと姉さんはどこかで生きているんだ。

だって、姉さんは、私に約束した。
いつでもそばにいるって。
そうよね、姉さん。



陸奥編(仮)了

エピローグ「いつかどこかで」




「ふう、良い風だ……」

「……」

「……ん? どうした? 迷子にでもなったか?」

「おねえさん、いつもここにきてるね」

「言われてみれば……確かに、そうかもしれないな。それが、どうかしたか?」

「ううん」

「……? ……何故だろうな。海を見てると、心が落ち着くんだ」

「おねえさんは、かんむすなの?」

「かん、むす? 違う、と思うぞ……?」


「?」

「はは、すまない。昔のことは、良く憶えていないんだ」

「わすれちゃったの?」

「どうやら、そうらしい。我ながら、情け無いと思うんだが」

「ふーん」

「赤い髪の女の子……イムヤと言ったか、彼女に助けられたんだ」

「いむや?」

「ああ、彼女に何もかもを与えてもらった。あの年齢の娘のどこにそんな力があったのかは知らないが、とにかく感謝している」

「ふーん」


「おねえさんのかみは、どうしてまっしろなの?」

「これか? 生まれつき、かな」

「ほんとー?」

「……すまない、覚えていない」

「ふーん」

「じゃあ、おねえさんのおめめは、いろがばらばらなの?」

「……む、むむ……」

「……それも、わかんないの?」

「……あ、ああ、すまない」

「ふーん」


「じゃあ、おねえさんは、どうしていつもないてるの?」

「!」

「……あ、ああ、本当だ。気がつかなかった」

「いたいの?」

「そんなことはない」

「かなしいの?」

「いや」

「つらいの?」

「……いや」

「じゃあ、どうしてないてるの?」

「……どうして、だろうな」


「もう、こんなところにいたのね? もう帰る時間よ」

「はーい。じゃあね、おねえさん」

「ああ、ばいばい」

「……」

「本当に、どうしてなのだろうな」

『姉さん』

「!」

「……」

「空耳、か」

「もう帰ろう。少し肌寒くなってきた」






長門「ブラックオーダー」了

以上で、長門「ブラックオーダー」終了となります。

途中、長く期間が空いてしまい、大変申し訳ありませんでした。

妄想を垂れ流すのは、ここまでにしようと思います。

最後までお読み頂いた方々に最大限の感謝を。

では、またどこかで。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月02日 (日) 23:01:21   ID: biL8nLt9

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