岡崎泰葉「事務所のみなさんとのんびり過ごしました」 (67)

短く書いていきます

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《向井拓海と思い出話》

拓海「うーっす……。って、なんだあの野郎、まだ来てねーのか」

泰葉「あ、拓海さん。お疲れ様です、お仕事ですか?」

拓海「ん? ああ、岡崎先輩か。そうそう、打ち合わせだとかであいつに呼ばれて来たんだけどな」

泰葉「ちょ、ちょっと! 先輩はやめてくださいって言ってるじゃないですかっ!」

拓海「はは、悪い悪い。一日一度はこのやりとりをしないと落ち着かなくってな」

泰葉「もうっ……。拓海さんは、出会ったときから変わりませんね」

拓海「そういう泰葉もな」

泰葉「ふふっ。まさか、拓海さんとこんな風に仲良くなるなんて、思ってもみませんでした」

拓海「そうか? ……まあ確かに、アタシと泰葉じゃあ、大分タイプが違うかもな」

泰葉「はい。初めて会ったときなんて、もうどうなることかと思ったんですからね?」

拓海「初めて会ったとき? ……ああ、あのときは傑作だったな。確か……」

泰葉『あ、あのう……。向井さん、ですか?』

拓海『あん? そうだけど、アタシがどうかしたか?』

泰葉『ええと、プロデューサーさんに言われて……。しばらく一緒にレッスンをすることになりました、岡崎泰葉といいます』

拓海『はぁっ!? ってことは、アタシはこれからアンタに着いて特訓していくってことか!? マジかよ、まだガキじゃねえか……』

泰葉『す、すみません……』

拓海『ったく、本当にアイツの言う通りで大丈夫なのかよ……。岡崎、って言ったっけ? アンタ、実力はどのくらいなんだよ』

泰葉『じ、実力、ですか? アイドルとしては、まだまだ駆け出しですが……』

拓海『なんだよ、同じペーペーってことか。……ん? 「アイドルとしては」?』

泰葉『あ、いえ、それはあまり関係ないんですが……。その、小さな頃から、子役やモデルをやっていたので』

拓海『マジかよ!? ……ってことは、トータルの芸歴なんかは凄く長いってことか?』

泰葉『ま、まあ、一応、そうなりますけれど……』


ごんっ!

泰葉『ちょ、ちょっと向井さん!?』

拓海『すまねえ。何も知らないのに、ガキだなんて偉そうな口を聞いちまった。たかが新人のアタシが……』

泰葉『そ、そんなの全然気にしてませんから! おでこ、痛くないんですか!?』

拓海『大丈夫だ。人を見た目で判断するなんて、ガキなのはアタシの方だった……』

泰葉『本当に、全然気にしていませんから。……これから一緒に、頑張りましょう?』

拓海『うす。岡崎先輩。これからご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いするぜ』

泰葉『せ、先輩なんかじゃないですよ! 普通に呼んでくだされば、それで』

拓海『いいや、それじゃあケジメがつかねえ。アタシはドがつく素人なんだから、せめてこれくらいは』

泰葉『そんなの私だって一緒ですよ! アイドルになってからは数か月しか経ってないんですから』

拓海『でも、先輩は先輩だろ』

泰葉『それはそうですけど! そうしたら私、たくさんの人に先輩って呼ばれなきゃいけなくなっちゃうじゃないですか……!』

拓海『? 別にいいじゃねえか。先輩なんだから』

泰葉『よくないですっ!』

拓海「はは、あのときの泰葉の狼狽えぶりは面白かったな」

泰葉「笑いごとじゃないですよ……。拓海さんのせいで、あれからしばらく事務所で『岡崎先輩』って流行っちゃったんですからね?」

拓海「そうだったそうだった。今でもたまに呼ばれたりしてるよな」

泰葉「もう。拓海さんのせいなんですよ?」

拓海「はは。でも、アタシのときと違ってみんな親しみを込めて呼んでくれてるだろ?」

泰葉「それはそうですけど……。やっぱり、なんだかくすぐったいです」

拓海「なんだ、『師匠』とかの方がよかったか? 岡崎師匠?」

泰葉「よりひどくなってるじゃないですかっ! そういう問題じゃありませんっ! ……もうっ」

拓海「いやあ、泰葉は面白いな。からかい甲斐があるぜ」

泰葉「拓海さんと仲良くなれたのは、ある意味このあだ名のおかげかもしれませんね……。それだけは、感謝してもいいかもしれません」

拓海「だろ? じゃあこれからもよろしくな、岡崎せんぱ」

泰葉「こらーっ!」

《森久保乃々とソファの上》

乃々「うぅ……。落ち着かないんですけど……」もぞ

泰葉「あれ? 珍しいね、乃々ちゃん。今日は机の下じゃないの?」

乃々「プロデューサーさんに追い出されたんです……。今日は大事な仕事だから、わかりやすい場所にいろって……」

泰葉「な、なるほど……」

乃々「あぅぅ……。もりくぼの安住の地が、またひとつ奪われました……」

泰葉「ま、まあ、永久にダメって言われたわけじゃないみたいだから……。今日のお仕事を頑張ったら、プロデューサーさんもまた許してくれるんじゃないかな」

乃々「頑張りたくないです……。逃げちゃだめでしょうか……」

泰葉「さすがにそれは、駄目なんじゃないかな……?」

こてん

乃々「あぁ……。でも、このソファも、柔らかくて、いい感じです……」

泰葉「だよね。これ、すっごくいいソファなんじゃないかなって思うんだけど……。乃々ちゃん、何か知ってる?」

乃々「いえ、私は何も……。プロデューサーさんがよくここで寝ているのは見ますけれど……」

泰葉「まさか、プロデューサーさんが寝るために買ったとか……。そんなはず、ないか」

乃々「そう言われても納得してしまいそうなくらいですけど……。ふかふか……」

泰葉「ふふ。乃々ちゃん、疲れてたのかな。のんびりできてよかったですね」ぽんぽん

乃々「あぅ……」

乃々「ところで岡崎先輩は……。今日はお仕事じゃないんですか……?」

泰葉「…………?」ぴしっ

乃々「……? 岡崎先輩……? どうかしましたか……?」

泰葉「…………うぅ」

乃々「も、もしかして私が、何か気分を害するようなことを……? お、岡崎先輩……」

泰葉「それですよっ!」

乃々「えっ」

泰葉「うぅ……。まさか、乃々ちゃんまで私のことを先輩って呼ぶなんて……」

乃々「えっ……。だって、みなさんそう呼ばれていますし……」

泰葉「違うんですっ。私はその呼び方、何か距離があるみたいで嫌なんですっ」

乃々「そ、そうだったんですか。それは申し訳ないことをしてしまいました……」

泰葉「あ、いえ、わざとじゃないなら、いいんだけど……」

乃々「わざとじゃ、ないですよ。せんぱ……。泰葉さん」

泰葉「むー……。拓海さんの影響が、こんなところまでっ」ぷん

乃々「そ、それに……。尊敬の意味が、こもってますから……」

泰葉「尊敬?」

乃々「はい……。ただでさえ人前に出るのなんて、緊張するのに……それを小さい頃からやっていたなんて、私には考えられないですし……」

泰葉「……」

乃々「だから、泰葉さんのこと、凄いなぁって思ってるんです……。あの、悪気があるわけじゃないっていうのは、分かってほしくてですね、その……」

泰葉「うん、大丈夫だよ。ごめんね、怒ったみたいになっちゃって」

乃々「い、いえ……。それは全然気にしないですけど……」

泰葉「ありがとう、乃々ちゃん」

乃々「私は何もしてないですけど……。それじゃあ、もりくぼはそろそろこの辺で……」

泰葉「あ、うん。それじゃあ、またね」ひらひら


泰葉「……って、乃々ちゃん、お仕事は!?」

《佐々木千枝とオトナについて》

泰葉「……」ぺらっ

千枝「泰葉さん、何を読んでいるんですか?」

泰葉「あ、千枝ちゃん。これはね、この前私がお仕事させてもらったファッション誌なんだ」

千枝「泰葉さんが載っているんですか? 千枝、見てみたいですっ!」

泰葉「ええっ? そ、それはちょっと恥ずかしいかな……」

千枝「? どうしてですか?」

泰葉「えっとね。ちょっと、普段着ないような、大人っぽいお洒落に挑戦させてもらったりしたから……」

千枝「オトナっぽい、泰葉さん……?」きらきら

泰葉「あっ」

千枝「わぁ! すごいです、泰葉さん。すごく、かわいくて、でも綺麗で……。素敵ですっ!」

泰葉「あはは、そうかな……。ありがとう、千枝ちゃん」

千枝「こっちの黒いドレスも素敵だけど、ピンクのチュニックもかわいいですっ。わ、このイヤリングも……!」

泰葉「あ、あはは……。やっぱりちょっと、恥ずかしい、かな」

千枝「そんな、恥ずかしいことなんてないですよ! 泰葉さん、とってもオトナっぽくて、似合ってて、千枝、すっごく羨ましいです!」

泰葉「大人、かぁ」

千枝「いいなぁ……。早く千枝も、泰葉さんみたいにオトナっぽくなりたいです」

泰葉「? 大人っぽく、なりたい?」

千枝「はい……。千枝の周りの人はみんな、泰葉さんみたいにオトナっぽくて」

千枝「かっこよかったり、綺麗だったり、素敵な人ばっかりで……。千枝だけが、なんだか置いて行かれてるみたいで」しゅん

泰葉「千枝ちゃん……」

きゅっ

千枝「泰葉、さん?」

泰葉「大丈夫。今はまだ子供かもしれないけど、千枝ちゃんはきっと素敵な大人になるから」

千枝「……ほんとうですか?」

泰葉「もちろん。私が保障する。5年もしたら、私なんかよりもっともっと素敵な女性になってるよ」

千枝「そ、そんな、泰葉さんよりだなんて」

泰葉「それにね、千枝ちゃんは、そう思えることがもう大人なんだよ」

千枝「? どういう、ことですか?」

泰葉「千枝ちゃん、きっと普段から素敵な大人になりたいって思って、お仕事頑張ったり、いろんな人のお手伝いをしたりしてるでしょ?」

千枝「そ、そうです……。千枝はまだ子供だけど、せめてできることくらいはと思って……」

泰葉「そうやって、自分でできることを広げていくのは、とってもえらいことだよ。……言われたことをただ、やるだけじゃなくって、ね」

泰葉「ねえ、千枝ちゃん。私はね。大人っていうのは、自分のためだけじゃなくて、誰かのために何かをしてあげられる人だと思うんだ」

千枝「誰かのために、何かを……」

泰葉「うん。だからきっと、千枝ちゃんはもう大人になり始めてるんだよ。そんな子が素敵な大人にならないわけ、ないよっ!」ぎゅっ

千枝「泰葉さん……。千枝、今までそんなこと言われたことなかったから……。すっごく、嬉しいです」

千枝「千枝も、いつか泰葉さんみたいな素敵なオトナになれるよう、頑張りますねっ♪」

泰葉「え、わ、私みたいな?」

千枝「はいっ! 千枝の目標、泰葉さんに決めましたっ! これからもよろしくお願いしますね、泰葉先輩っ!」

泰葉「せんぱっ!? え、ちょっと、えぇぇっ!?」

千枝「えへへっ♪」にこにこ

《輿水幸子と勉強会》

幸子「む、むむむ」かりかりかり

泰葉「そうそう、そこはちゃんとグラフを書いてあげて……うん」

幸子「なるほど、こうやって計算すれば……」かりかりかり

泰葉「うん、できましたね! さすが幸子ちゃんですね、ちょっと教えただけでできるようになっちゃいました」

幸子「ふふん、このボクにかかれば当然です! ……と、言いたいところですが」

泰葉「?」

幸子「泰葉さん、教え方すっごく上手ですね……。どこかで教えていたりするんですか?」

泰葉「ええっ? そんなことはないと思うけれど……」

泰葉(……?)

幸子「謙遜しないでくださいよ。確かにボクの理解力が高いのもあるのでしょうけれど、学校の先生より明らかに分かりやすい気がします」

泰葉「そ、それは多分、一対一で教えているからポイントが見えやすいだけなんじゃないかな……?」

幸子「まあ、それも一つの理由ではあると思いますけれど。でも、泰葉さんって学校の成績もすごく良いって聞きましたよ」

泰葉「良いと言っても、中の上ってところだよ……? そんな、胸を張っていいというほどでは」

幸子「小さな頃からお仕事をなさっていて、ずっとその成績なんでしょう? それは、とってもすごいことだと」

泰葉「…………」

幸子「……? どうかしましたか、泰葉さん?」

泰葉「いえ……。……あの、幸子ちゃん。違っていたら、すみません」

幸子「何でしょう?」

泰葉「何か、ありましたか?」

幸子「……!」

幸子「……どうして、そんなことを?」

泰葉「幸子ちゃん、普段だったらもっと自信があったり、前向きな感じなのに……。今日はそれがなくなっちゃってる気がして」

幸子「……鋭いですね、泰葉さんは」

泰葉「やっぱり。私でよかったら、話くらいは聞けるよ?」

幸子「……分かってはいると思いますが、あまり面白い話ではありませんよ? それでもよければ」

泰葉「うん、聞かせて」

幸子「……! まあ、よくある話ですけれど」

泰葉「うん」

幸子「アイドルとして、人気が出てくるにつれて……。どうしても、学校の勉強の時間が取りにくくなってきて、ですね。それをボクの両親はあまり快く思っていないようなんですよ」

泰葉「!」

幸子「ま、きちんと両立できないボクが悪いといえばそれまでなんですけどね。現に泰葉さんはこうして両立できているわけですし。……それだけの話ですよ」

泰葉「いえ、私は……」

幸子「ふふん。まあ、それだけボクの可愛さが罪ってことですかね! 二物を与えないあたり、神様も平等みたいじゃないですか!」

泰葉「幸子ちゃん……。幸子ちゃんさえよかったら、私が知ってる勉強のコツ、教えてあげる」

幸子「コツ、ですか?」

泰葉「うん。私は、幸子ちゃんは忙しくなり始めたせいで、まだコツが分かっていないだけだと思うんだ」

泰葉「きっとそれさえ分かれば、また成績も戻ってくるよ」

幸子「でも……。いいんですか? それでは、泰葉さんのお時間が」

泰葉「もちろん! 両親に心配されて、幸子ちゃんがやりたいことをできないことの方が、私は嫌だもん。……それは、とっても辛いことだから」

幸子「! ふふん、だったら、ありがたく教わることにしましょうかね! そして、泰葉さんの成績まで華麗に抜いてみせますよ!」

泰葉「うん! その意気だよ、幸子ちゃん! じゃあまずは、収録の空き時間の使い方だけれど……」

幸子「なるほど、そういう細かいところから……」

《原田美世と免許について》

美世「ふんふん、ふ~ん♪」

泰葉「美世さん、上機嫌そうですね? 何かいいことがあったんですか?」

美世「お、せんぱい! いやねー、今日仕事が終わったら、今日拓海ちゃんのバイクをいじってあげることになってるんだー」

泰葉「へぇ、バイクですか……。って、せんぱいはやめてくださいってば!」

美世「へ? ダメ?」

泰葉「ダメですっ! 一時は収まっていたのに、拓海さんと美世さんのせいで、乃々ちゃんや千枝ちゃんまでそのあだ名が広まっちゃったんですよ!?」

美世「事実だからいいんじゃないの?」

泰葉「何か偉そうな感じがして嫌なんですっ!」

美世「泰葉ちゃんが偉そうにするような人じゃないことくらい、みんな分かってると思うけどなー」

泰葉「それでも、ですっ!」ぷん

美世「はーい」

美世「それよりさそれよりさ、泰葉ちゃんは免許とんないの?」

泰葉「免許って、何のですか?」

美世「そりゃ決まってるでしょー、バイクだよ、ば・い・く」

泰葉「え、えええっ? そんなの、私にはまだ早いですよ」

美世「えー? でも泰葉ちゃん16でしょ? 二輪は16歳から乗れるんだよ?」

泰葉「それはそうかもしれませんけれど……」

美世「それともあれかな? もしかしたら、校則で禁止されてたりするのかな?」

泰葉「……そういえば、そんな校則があった気もします」

美世「なーんだ、そっかぁ。じゃああたしが泰葉ちゃんのバイクをいじらせて貰える日はもうちょっと先かな?」

泰葉「いえ、卒業したとしても乗ることはないと思いますけれど……」

美世「えっ!? そんな、あたしは泰葉ちゃんのバイクをメンテできる日を今から楽しみにしてるんだよっ!?」

泰葉「無茶言わないでくださいよ……。車ならともかく、バイクはやっぱり、ちょっと怖いです」

美世「んー、まぁ確かに慣れてないとそうなっちゃうかなぁ」

泰葉「なっちゃいますよ」

美世「んー……。あっ、そうだ! じゃあ、今のうちから慣れておけばいいんだよ」

泰葉「えっ」

美世「拓海ちゃんに後ろ乗せてもらってさ! 風を切って走るの、気持ちいいんだよー?」

泰葉「運転するのと後ろに乗るのでは、大分違う気がしますけれど……」

美世「いやいやいや! ほんとに、すんごい楽しいんだから!」

泰葉「くすっ」

美世「? どったの、泰葉ちゃん?」

泰葉「いえ……。美世さんは、本当に車やバイクが好きなんだなぁ、って」

美世「あはは、ちょっと暑くなりすぎちゃったかな?」

泰葉「いえいえ。それにしても、車の運転ができるってすごいことですよね。大人っぽいです」

美世「大人っぽい? そうかな?」

泰葉「はい、やっぱり車って、子どもには手の届かないものなイメージですから」

美世「そうかなー、アタシは好きなことを好きなようにやってるだけなんだけどなー」

泰葉「……ふふ。それは、とっても素敵なことだと思いますよ」

美世「そっかな? ……そーだねっ!」

泰葉「千枝ちゃんを見習って、私も美世さんを目標にしようかなぁ、なんて」

美世「ええっ!? いやいや、泰葉ちゃんにはアタシなんかよりもっといいお手本がいるって! アタシなんかで妥協しちゃだめだよっ!」

泰葉「いえいえ。美世さんだから、いいんですよ♪」

美世「えー、困ったなぁ……。えへへっ」

ちょろっと休憩
今日中には終わりますー

《佐久間まゆと編み物》

まゆ「…………」

あみあみあみあみ

泰葉「…………」じぃぃ

まゆ「…………」

あみあみあみあみ

泰葉「…………」じぃぃ

まゆ「…………?」

あみあみあみ

泰葉「…………」じぃっ

まゆ「…………あの、泰葉ちゃん?」

泰葉「えっ? はい、なんでしょう?」

まゆ「そんなに見つめられると、やりづらいんですけれど……。まゆ、何か失敗しちゃってますか?」

泰葉「いえっ、そういうわけでは! ただ、まゆちゃん、すごく器用だなぁって」

まゆ「器用? ……そうですかね?」

泰葉「指は少しも止まらないし、凄く複雑な形がどんどんできていくし……。編み物ができる人って、私、尊敬しちゃいます」

まゆ「尊敬、ですかぁ?」

泰葉「はい。まゆちゃんって、編み物とか、お料理が得意なんですよね? 女の子っぽくて、素敵だなぁ、って」

まゆ「うふ。女の子のたしなみですから……。と言っても、まゆ、趣味というだけで、そんなに得意というわけでもないんですよ? それに、器用というわけでもないです」

泰葉「またまた、そんな……。今だってすごく上手に編み物していたところじゃないですか」

まゆ「いえ、これも、すごく基本的な編み方を繰り返しているだけなんです。泰葉ちゃんもきっと、練習さえしたらすぐにできるようになりますよ」

泰葉「ほ、本当ですか?」

まゆ「ええ。良かったら、まゆと一緒にやってみますか?」

泰葉「いいんですか!?」

まゆ「もちろん。事務所に編み物友達ができるのは、まゆとしても歓迎、です♪」

泰葉「それじゃあ、お邪魔じゃなければ、一緒に……」

まゆ「はぁい♪ ちょうどかぎ針も二本ありましたし、これを使って、一緒にやってみましょう?」

泰葉「よ、よろしくお願いします!」

まゆ「それじゃあまず、鎖編みというのがあるんですが……」

泰葉「ふむふむ……」

泰葉「むむむ……。で、できました?」

まゆ「はい、それで初歩は完璧ですよぉ。この分なら、きっとすぐにいろんな編み方ができるようになります♪」

泰葉「うわぁ……。まゆちゃん、教え方が上手なんですね」

まゆ「泰葉ちゃんの聞き方が上手なんですよ。……あら、もうこんな時間」

泰葉「わ、本当ですね。まゆちゃん、長い時間教えてもらって、ありがとうございます」

まゆ「うふふ。よかったらそれ、事務所に置いておくようにしますから、興味があったらいつでもやってみてくださいね?」

泰葉「本当ですか?」

まゆ「はい。さっきも言いましたけど、仲間が増えるのは歓迎、ですから」

泰葉「わあ、ありがとうございます!」

まゆ「ふふ、今度は一緒にお料理をしてみたりするのもいいかもしれませんね」

泰葉「えっ……。いいんですか?」

まゆ「はいっ♪」

泰葉「じゃあ、私、楽しみにしてますね」

まゆ「ええ、まゆもです♪ ……それにしても、少しほっとしました」

泰葉「何がですか?」

まゆ「泰葉『先輩』に、まゆが教えられることがあって、ですかね?」にこっ

泰葉「わぁぁぁ! まゆちゃんまでそれをー!」

まゆ「うふふ、冗談ですよぉ」

泰葉「まゆちゃんだってモデルの経験があるんだから、立場は私と似たようなものじゃないですかっ!」

まゆ「いえいえ、まゆが読者モデルをやっていたのは学生になってからですし、すぐにやめちゃいましたから、ね?」

泰葉「ね、じゃないですよぅ……。もうこの事務所に私の味方はいないんですね……。とぼとぼ」

まゆ「あぁ、もう、拗ねないでください? 明日は一緒にお料理するんでしょう?」

泰葉「……むー」ぷくっ

まゆ「もう呼びませんから、ね?」あたふた

《岡崎泰葉と……》

泰葉「ちひろさん、冷蔵庫の麦茶いただきますね?」

ちひろ「はーい、どうぞー! 冷凍庫には買い置きのアイスクリームがあったはずですよー」

泰葉「いえ、お茶で大丈夫です。今日も暑いですね」

ちひろ「ほんと、毎日暑くて嫌になっちゃいますね……。今年は雨も多いですし」

泰葉「そうですね。今日もこの雨で、交通機関が乱れてるって」

ちひろ「この雨だと、タクシーや電車での移動を選びたくなっちゃう気持ちも分かりますからねぇ……」

泰葉「今は雨も治まったみたいですけど。大変ですよね。あ、事務所の前も結構車が……」

ちひろ「わ、本当……。これはちょっとやそっとじゃ解消されなさそうね」

泰葉「本当ですね。みんな、大丈夫かな……」

ちひろ「そういえば、泰葉ちゃんは今日はお仕事は?」

泰葉「今日は少しゆっくりなので、時間があるんです。けど、この分だと一応早めに出発しておいた方が良さそうですね」

ちひろ「そうですね。用心はしておくに越したことはありませんし……。あら?」

prrrr

泰葉「どうしたんですか?」

ちひろ「プロデューサーさんから、お電話みたいです。珍しいわね、こっちの携帯に……?」

pi

ちひろ「はい、もしもしプロデューサーさん? えっ、泰葉ちゃんですか? 隣に居ますけど……」

泰葉「?」

ちひろ「はい。えっ!? ……ええ、はい。分かりました。すぐに向かってもらいます!」

泰葉「私が、どうかしましたか?」

ちひろ「大変、泰葉ちゃん。先方が泰葉ちゃんのお仕事の時間、二時間間違えて伝えていたそうなの!」

泰葉「え、ええっ!?」

ちひろ「スタジオの時間はずらせないけど、今から急げばなんとか間に合うだろうから、すぐに準備して出発してほしいって!」

泰葉「そんな、でも、今からじゃあ……!」

ちひろ「私が車で送っていきますから! 忘れ物が無ければ、すぐにでも」

泰葉「いえ、そうではなくて! 今日は、車だと……!」

ちひろ「えっ? ……あっ。そうか、渋滞が……!」

泰葉「それなら、駅まで走って、電車を乗り継いだ方が……」

ちひろ「で、でも、駅までって結構ありますよ?」

泰葉「……! それでも、なんとかします!」

ちひろ「だったら、渋滞だけ抜けて、そこからプロデューサーさんに拾ってもらうとか……! でも、今日のプロデューサーさんは外回りだから今どこにいるかも分からないし……」

乃々「あ、あのぅ……」おず

泰葉「!?」

ちひろ「び、びっくりした……。乃々ちゃん、机の下からどうしたの? 今は時間が……」

乃々「今日のプロデューサーさんなら、幸子ちゃんと千枝ちゃんと、撮影スタジオに居るはずですけど……」

ちひろ「え!? 乃々ちゃんが、どうしてそれを?」

乃々「今朝、ここに座ってぶつぶつ呟いていましたから……。それに、ばったり鉢合わせて連れて行かれたりしないように、プロデューサーさんの居場所は重要な情報ですし……」

泰葉「あはは、なんて後ろ向きな理由……」

ちひろ「でも、助かりました。それならプロデューサーさんに来てもらうよりも、やはりこちらから向かう方が良さそうですね」

泰葉「はい」

ちひろ「泰葉ちゃん、ほんとに走れますか? 大丈夫ですか?」

泰葉「は、はい! いけるところまでは」


拓海「その心配には及ばねえよ」

泰葉「拓海さんっ!?」

拓海「なんだか急ぎみたいじゃねえか。アタシ、今日はもう仕事終わってるからさ。後ろ乗っけて、連れてってやるよ」

ちひろ「そっか、バイクだったら、多少ロスなく渋滞を抜けられるかも……」

泰葉「で、でも私バイクなんて、乗ったこと」

拓海「大丈夫。雨は今は降ってねえみたいだし、混んでるんだったらどうせそんなにスピードなんて出せやしねえ。……それに」

ちひろ「それに?」

拓海「アタシの運転の腕を信じろよ、泰葉」にっ

泰葉「は、はいっ!」

ちひろ「じゃあ拓海ちゃん、すぐにでも泰葉ちゃんを……!」

拓海「おう、承ったぜ。それじゃ泰葉、これヘルメットな。服装は……。まあ、大丈夫そうか」

泰葉「は、はいっ」

拓海「んじゃ行くか。とにかく泰葉は、自分のことを荷物かなんかだと思って、じっとしがみついていてくれればいいからな」

泰葉「分かりましたっ」

拓海「万が一体調が悪くなったときは。無理せず早めに言うんだぞ。そのときはアタシの身体をぽんぽんぽん、って叩いてくれればいから」

泰葉「はいっ。それじゃあ、ちひろさん、行ってきますね! 乃々ちゃんも、ありがとう!」

ちひろ「ええ、気をつけて。拓海ちゃん、よろしくね」

乃々「いってらっしゃいぃ……」

ぱたん

ぶろろろろん

泰葉(まさか、こんな形で拓海さんのバイクに乗せてもらうことになるなんて……)

泰葉(でも、思ったより怖くない……? 止まってる車の横をすり抜けるだけだから、当たり前かもしれないけど)きゅっ

泰葉(でも、曲がるときにはちゃんと指で指してくれたり)

泰葉(乗る前に、楽な姿勢を教えてもらったりもしたし……。きっと、拓海さんが上手なんだ)

泰葉(バイク……。怖いものじゃ、ないのかも?)

泰葉(……って、あれ!? この方向って……!)

~スタジオ~

千枝「ううん……。大丈夫かな、大丈夫かな……?」

幸子「あれ? 佐々木さんじゃないですか。先に撮影終わったって聞きましたけど、こんなところで何をしてるんです?」

千枝「そ、それが……。このあと泰葉さんの撮影があるはずなんですけど、間に合わないかもしれないって……」

幸子「は? それはいったい、どういう……。というか、あの人はどこにいるんです?」

千枝「プロデューサーさんはどこかに電話しに行っちゃって……。千枝が分かるのは、このくらいなんですけど……」

幸子「……?」

幸子「なるほど、伝達ミスですか……。全く、あの人は何をやってるんだか」

千枝「えっ? でも、間違えたのは向こうの人だって」

幸子「いつもと違う時間なんでしょう? でしたら念入りに確認しておくのが当然というものですよ」

千枝「そ、それは……」

幸子「そして交通渋滞に、スタジオの予約時間……。オマケに」

スタッフA「あーあ、俺本当は今日、これで上がりのはずだったんだけどなー」

スタッフB「す、すみません! 私のミスのせいです! 申し訳ありません!」

カメラマン「まあ、ミスはいいんだけどさ……。この時間、どう過ごせばいいわけ? ただだらーって待ってんの?」

スタッフB「そ、それは……」

幸子「……みなさんの、あの空気というわけですか」

千枝「うぅ……」

幸子「あの人も当分戻って来ないみたいですし……」

幸子「…………」

幸子「はぁ、しょうがないですね、全く」たっ

千枝「! 幸子さん!?」

幸子「あの。スタッフさん、もしかして暇を持て余していたりされていませんか?」

スタッフA「へっ? ああ、幸子ちゃん、お疲れ様。そうなんだよ、この後の泰葉ちゃんがトラブルで遅れてるみたいでさ」

幸子(『泰葉ちゃんが』……。ですか)

幸子「ふふん、でしたら特別に、ボクが代役をしてあげてもいいですよ! ちょうどさっきの撮影、少し物足りないと思っていたところなんです」

千枝「!」

スタッフA「ええっ!? それは、でも……。他の人にも、聞いてみないと」

カメラマン「んー……。どうしたもんかね」

幸子「今なら特別にノーギャラでいいですよ! ほらほら、こんなにカワイイボクをせっかく撮影できるチャンスです! 泰葉さんが到着するまでの期間限定ですよ!」

千枝(あ……。そっか。幸子さん、泰葉さんが来るまで……)

幸子「あれ、もしかして迷ってらっしゃるんですか? こーんな貴重な機会、他にないですよね?」

カメラマン「とは言ってもなぁ……。正直、もう次回に回して帰ろうかって人もちらほら居るし」

幸子「!」

スタッフB「だ、駄目ですよ! そんなことしたら、このコーナーの締め切りに……」

カメラマン「いや、それはそっちの都合だからなぁ」

幸子「そ、そうですよ、何を言ってるんですか! せっかくこのボクが、だ、代役をやろうって言っているのに!」

スタッフA「うーん……」

幸子「う……」

千枝(……! 震えて、る……)

千枝(……そっか、幸子さんも、緊張してるんだ)

千枝(だったら、千枝に、できることは……)

千枝「ち、千枝もっ!」

スタッフA「?」

千枝「ち、千枝も、やってみたいですっ! いろんなお洋服、着られるんですよねっ?」

カメラマン「ち、千枝ちゃんまで?」

千枝「はいっ! 幸子さんと一緒に、お仕事もしてみたいですっ。みなさんが満足できるように、千枝、頑張りますからっ!」

幸子「佐々木さん……」

ぐっ

幸子「ふふん、絶世の美少女2人がこうして頼んでいるんです! もう、断る理由なんてありませんよねっ?♪」

カメラマン「まあ、そこまで言うなら……。やってみようか。ただ待ってるだけっていうのも不毛だしね」

幸子「!」

千枝「わぁ、ありがとうございますっ!」

スタッフB「! それじゃあ、すぐに準備始めますっ!」

幸子「」ちらっ

千枝「!」にこっ

幸子「さ、忙しくなりますよ! 行きましょうか、佐々木さん」ぽん

千枝「はいっ!」



泰葉(やっぱり! スタジオと違う方向に向かってる!)

泰葉(まさか、拓海さん、場所を間違えて……!)

泰葉「拓海さん! 拓海さんっ!!」

拓海「…………」

泰葉(走ってる音と周りの音で、聞こえないんだ……)

泰葉(早く、早く伝えないといけないのに)

泰葉(でも、うかつに叩いたら、私が気分が悪くなってしまったと勘違いされてしまう……!)

泰葉(早く、早く止まって……!)

きぃっ

泰葉(止まった!!)

泰葉「拓海さんっ!!!」

拓海「?」くるっ

泰葉「あの!! 場所!! 間違って!!」

拓海「」ぷいっ

泰葉「えっ」

拓海「」ぐっ

泰葉「!!?」

泰葉(親指を立てた……? 大丈夫、のサイン? い、いったいどうして……? )

ききっ

泰葉(スーパーの、駐車場……?)

拓海「ほい、ついたぜ泰葉。ゆっくり降りろ」

泰葉「つ、着いたって……。ここ、全然違う場所じゃないですか!」

拓海「んー、そうだな。泰葉はもう一頑張りしないといけないけど」

泰葉「? 言ってる意味が……」

拓海「ま、一言で言うなら……。選手交代、ってこった」


ぷっぷー!!

美世「泰葉ちゃん、乗って! 行くよ!」

泰葉「み、美世さん!?」

泰葉「み、美世さんがどうしてここに……!」

美世「その理由はあと! とにかく後ろに乗って!」

泰葉「え、は、はい……」

かちゃっ

まゆ「お疲れ様です、泰葉さぁん♪」

泰葉「ま、まゆちゃんまで! 私もう、何がなんだか……」

拓海「ははっ。じゃあ美世、あとは任せたぜ」

美世「がってん! ベルト締めた? 行くよー!」

まゆ「それじゃあ美世さん、引き続き安全運転でお願いしますねぇ♪」

美世「あいあい♪」

泰葉「ちょ、ちょっとまだよく状況が飲み込めないんですが……。どうして美世さんとまゆちゃんがここに」

美世「んー? たまたま帰りにまゆちゃんが歩いてるのを見かけてねー。ついでだったから」

まゆ「乗せてもらったんです。そうしたら、美世さんの携帯電話に拓海さんから着信があったんですよ。分かってる交通情報があったら教えてほしい、って」

美世「そんで、まゆちゃんが渋滞の場所を調べて、ここで合流しようって言ってくれたわけ」

泰葉「で、でも送ってくださるだけなら、そのまま拓海さんに乗せてもらっていても良かったのに……。どうして車で」

美世「んー、それは」

まゆ「こうするためですよぉ♪」

ぽふっ

泰葉「これ……。お化粧……?」

まゆ「はぁい♪ なんでも、ヘルメットをするとメイクが落ちてしまうそうじゃないですか。そこで」

美世「拓海ちゃんのバイクで渋滞さえ抜けてしまえば、車の中で準備もできるし、こっちの方が最終的には早いんじゃないかって思ったわけ」

まゆ「もちろん、本格的な準備は到着してからになりますけどねぇ。時間短縮ですよ」

美世「ま、慣れないバイク移動の時間はなるべく短い方がいいんじゃないか、っていうのもあるけどね」

泰葉「みなさん……」

まゆ「さ、そうと決まればささっと済ませてしまいましょう? まゆがちゃぁんと、お手入れしてあげますからねぇ♪」

まゆ「~~♪ ~~♪」ぽふぽふ、ぺたぺた

泰葉(まゆちゃん、器用じゃないなんて大嘘ですか。動いてる車の中で、慣れてない他人のメイクを、こんなに手際よく……)

美世「♪」

泰葉(美世さんの運転がとっても上手、というのもあるのかな。止まるときも動くときも、全然揺れないし……)

まゆ「お客さん、かゆいところはありませんか? なぁんて♪」

美世「この分なら間に合いそうだねっ。いやー、よかったよかった」

泰葉(お2人は……。ううん。乃々ちゃんも、拓海さんも、みんな)

泰葉(私のために、こんな……!)


~スタジオ~

泰葉「はぁっ、はぁっ」

ばたん!

泰葉「すみません、遅れましたっ! ……って、えっ」


カメラマン「うん、いいね! 千枝ちゃん、もう少し首を傾けてくれるかな?」

千枝「こう、ですかっ? えへっ」

幸子「ちょっと、佐々木さんばかりじゃなくてボクのことを忘れていませんか? こっちも準備完了ですよ!」

カメラマン「それじゃ、次は2人で並んで……」


泰葉「こ、これは一体……?」

幸子「あ、泰葉さん! 遅いですよ?」

千枝「良かったぁ……。泰葉さん、早く早く!」

カメラマン「うん、早く準備しておいで。今度は3人で撮ってみるのもいいな」

千枝「わ、それすっごく嬉しいです! 千枝、まだまだ頑張っちゃいますね!」

幸子「ふふーん♪ 早くしないと泰葉さんの分のフィルム、使いきっちゃうかもしれませんからね!」

泰葉「ふ、ふたりとも……。ごめんなさい、準備してきます!」

泰葉(幸子ちゃんに、千枝ちゃんまで。私のために、頑張ってくれてたんだ)

泰葉(……こんな、私の、ために)

うるっ

泰葉(……ダメ。泣いたら、まゆちゃんのメイクが、流れちゃう)ごしっ

泰葉(この仕事を、無事に終えるまで……! 頑張るの、岡崎泰葉!)

~事務所~

ちひろ「いやあ、一時はどうなることかと思いましたけど……。良かったですね、泰葉ちゃん」

泰葉「はい。本当に……。今日はみなさんに助けられた一日でした」

ちひろ「全く、プロデューサーさんったら、予定の確認も怠るなんて……。あとでとっちめておいてあげないと、ですね」

泰葉「いえ、そもそも私がスケジュールの不自然さを伝えていなかったのが原因ですから……。プロデューサーさんは、怒らないであげてください」

ちひろ「そうですか? ……泰葉ちゃんがそう言うなら、そうしましょうか」

泰葉「……はい」

ちひろ「……なんか、元気ないですね? どうかしましたか?」

泰葉「……今日は、いろんな人に迷惑をかけてしまったなあ、と」

ちひろ「えっ?」

泰葉「私は、1人では何もできない……。誰かに迷惑をかけてばかりで、駄目なアイドルです」

ちひろ「……」

泰葉「最近は、昔と違って。アイドルも、いろんなお仕事も、すごく楽しくできるようになってきて……。私の周りも、すごく変わってきて」

泰葉「でも、ときどき、思っちゃうんです」

ちひろ「何をですか?」

泰葉「こんな風に他人に迷惑をかけるくらいなら、いっそ人形のままでいた方がよかったのかも……。なんて」

ちひろ「! ……」

泰葉「私が楽しくなって、他人に嫌な思いをさせるんだったら……。私なんて、無くたっていいのに、って。そうじゃないで」

きゅっ

ちひろ「それは違うわ、泰葉ちゃん」

泰葉「ちひろ、さん……?」

ちひろ「見てごらんなさい、あれ」

幸子「あーっ!! 誰か、ボクの大事に取っておいたバニラアイス、食べましたね!?」

拓海「げっ。あれ、幸子のだったのか……? すまん! ずっと置いてあるもんだから、いらねーのかと思って食べちまった!」

幸子「要らないなんて一言も言ってないじゃないですかっ! ああ、今日の仕事が終わってから食べようと、楽しみにしていたのに……!」

拓海「す、すまん。そうだ、今から美世が車で買い物行くらしいから、ついでに買ってきてもらったらどうだ?」

美世「アタシそんなこと一言も言ってないんですけどっ!? 拓海ちゃんが食べたんだから、拓海ちゃんが買いに行くのが筋ってもんでしょー」

まゆ「拓海さん、この前まゆのアイスも食べちゃったんですよねぇ……」

拓海「うっ。あ、あれはちゃんと後日同じの買ってきてやっただろ!?」

千枝「ま、まぁまぁ……。良かったら千枝のもまだあるはずですから、そっちを食べてください?」

乃々「私も今日はごろごろしてただけですから……。仕事帰りの幸子ちゃんが食べたいっていうなら、もりくぼのを食べてもらっても構いませんけど……」

美世「あーらら。これじゃどっちが年長か分かんないね、たくみん?」

拓海「む、む、ぐぐ……!」

ちひろ「あれのどこが、嫌な思いをしているように見えます? 泰葉ちゃんのせいで、何かが変わってしまったとでも?」

泰葉「で、でも、それは、そう見えるからだけで……」

ちひろ「それにね、泰葉ちゃん。泰葉ちゃんはひとつ、使う言葉を間違えました」

泰葉「……?」

ちひろ「『迷惑をかける』じゃなくて。そういうのは、『頼る』って言うんです。私たちはみぃんな、同じ事務所の仲間なんですから♪」

泰葉「なか、ま……」

拓海「あーもう! わーかったよ、買ってくりゃいいんだろ、買ってくりゃ!」

美世「おおっ! 流石たくみん、粋だねぇ」

拓海「仕方ねえだろ……? 幸子、置いてあったのとやつでいいんだな!?」

幸子「ダッツで」

美世「あたしもダッツー♪ 千枝ちゃんと乃々ちゃんもダッツでいいよね?」

千枝「えっ、あっ、千枝は……」

乃々「もりくぼも、別に……」

まゆ「じゃあ2人は、まゆも入れて3人で違う味、食べっこしましょうか。ね?」

拓海「鬼かお前らは!!」

ちひろ「そ、仲間。だからね、言いたいことがあったら、遠慮せずちゃんと言えばいいのよ」


拓海「ちくしょー……。おーい、泰葉。泰葉もダッツでいいのかー?」

泰葉「えっ」

ちひろ「ふふ、拓海ちゃん。それより泰葉ちゃん、みんなに伝えたいことがあるんですって」

泰葉「ちょっ、ちひろさん!?」

拓海「あん? なんだよ改まって」

一同「……?」


泰葉「あ、あの……」

泰葉「今日は、みなさん、本当にありがとうございましたっ!」

泰葉「私なんかのために、みんなが協力してくださって……。ほんとに、ほんとに、ありがとうございました! すみませんでしたっ!」

一同「…………」

一同「…………」

一同「…………?」ぽかん

泰葉「……え。どうして、そんなに、呆れたような……?」

美世「……いやあ。水臭いなって思ってね」

幸子「そうですよ! 今更何を言っているんですか!」

乃々「私は何もしてないんですけど……」

千枝「困ったときはお互い様、ですよっ」

拓海「そういうこった。別に気にしなくていいんだよ。……そんなことでどうこう思うようなやつに、アタシはダッツ買って来ようかなんて言わねえっつの」きりっ

美世「……」

拓海「……」

美世「……ぷっ」

まゆ「くすっ」

ちひろ「ふふっ」

美世「あは、あははははっ! 何それ拓海ちゃん! それで格好良く決めたつもり!?」

拓海「う、うるせぇうるせぇ! 笑うのやめろぉ!」

美世「だ、だって、あは、あははははっ!! やば、これツボ入って……! ひー、ひー!」ぷるぷる

拓海「あーもーやめろって! それ以上笑ったら、もう買いに行ってやんねえからな!」

泰葉「……」ぽかん

拓海「何ぼーっとしてんだよ、泰葉。笑いたきゃ笑えよ、こんちくしょう……」

泰葉「いえ、そうでなくて……。みんな、どうして私に、そこまで……」

拓海「ああん? 何度も言わせんなよ。そんなの」

ぽん

まゆ「」にこっ

拓海「あん? ……ああ、なるほどな」

泰葉「え?」

千枝「じゃあ、今日は、みんなで言ってあげますね♪」

乃々「それが……いいと、思います……」

泰葉「え? え?」

美世「これならきっと、泰葉ちゃんも納得いくと思うしね」

まゆ「まゆたちにとっては、当たり前のことなんですけどねぇ」

幸子「ええ、決まってるじゃないですか。泰葉さんは、ボクたちみぃんなの」



「「「「「「          !!!」」」」」」



泰葉「…………!」

 
 
泰葉「もう、それ、やめてくださいって言ってるじゃないですかぁっ……。うぅっ……」


泰葉「ぐすっ。……えへへっ♪」









おわり


以上で終わります。思ったより長くなってしまった……
速報の泰葉Pに感謝と敬意をこめて

お付き合いくださった方がまだ居らっしゃればありがとうございました
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