妹「お兄ちゃんは誰にも渡さない」(164)

「え?」

いつものように、まだ布団にくるまっているであろう
お兄ちゃんを起こしに行ったら、冷たくなっていた。

呼吸もない。
脈もない。

試しにつねってみても反応なし。

「お兄……ちゃん?」

悪ふざけなんでしょう? そうでしょう?

私は心の中で何度もそう呟く。
でも、お兄ちゃんは目を覚まさない。

私はふらふらとベッドによじ登り、目を覚ましてくれない
お兄ちゃんの上にまたがる。

そして、そっと唇を重ねた。



「……ん」

時間にして1分くらいだっただろうか?
私のファーストキスはお兄ちゃんに捧げられたのだ。

けれど捧げてみたものの……それはやっぱり、それだけだった。

私のキスなんかで目を覚ましてくれる筈もなく、相変わらず
お兄ちゃんは冷たいまま。

「どう……して?」

涙が頬を伝う。

どうしてお兄ちゃんが死んでしまったのか……頭の中はそればっかり。

昨日の晩御飯が上手く作れなかったからだろうか?
お兄ちゃんの部屋を勝手に掃除したのがいけなかったのだろうか?
それともお兄ちゃんの巨乳コレクションを全て妹ものに変えたから?

それとも……お兄ちゃんの彼女を殺してしまったから?

違うよね……?
あれは仕方なかったんだよ、お兄ちゃん。

あれはあの女が悪いんだよ?
私からお兄ちゃんを引き離そうとしたあの女が悪いんだ。

お兄ちゃんの笑顔は私だけのモノなのに。
お兄ちゃんの唇は私だけのモノなのに。
お兄ちゃんの身体は、声は、存在は私だけのモノなのに。

それを横から奪っていこうとするあの女が悪いんだよ?
私はちっとも悪くない。

むしろお兄ちゃんがあの女に誘惑されないようにするために、
私は頑張ったのに。

それなのにお兄ちゃん、この世の終わりみたいな、絶望した
顔するんだもん。

私、悲しかったなぁ。
そりゃ、私だって本当は殺したくなかったんだよ?

でも、あの女がお兄ちゃんとは絶対に別れない、諦めないって
言うから仕方なかったの。

だからね、お兄ちゃん。

私はちっとも悪くない。
悪いのはあの女。

そしてお兄ちゃんが死ぬ必要なんてまるでなかったの。

だからお願い。生き返って?
もう一度私に笑顔で「おはよう」って言ってよ、お兄ちゃん。

私にはお兄ちゃんが必要なの。
お兄ちゃんじゃなきゃダメなの。
お願い、お願い、お願い! ……お願い、だから目を開けて。

けど、どれだけ私が願っても、どれだけ時間が経っても
お兄ちゃんは 目を開ける事はなかった。

お兄ちゃんのベッドの中で、冷たいお兄ちゃんに寄り添いながら、
長い間、私は泣き続けたんだった。

――それからどのくらいの時間が経ったのか、正確には覚えてはいない。
でも、きっと丸二日くらいは、飲まず食わずそのままの状態だったんだろう。

私は、ふと起き上った。
お腹がすいたんだった。

くきゅるるるると、なんとも可愛らしくお腹も鳴っている。
なにか食べよう。

横を見る。
兄がいる。

「……って、だめだよぉ!」

自分で自分を諌める。

そう、いくらお兄ちゃんが素敵すぎるからと言って、食べて
しまうのはいただけない。

楽しみは、デザートは後に取っておくものだ。

そんなワケで、外に出る事にした。

お風呂に入ってないので、少し匂いが気になるかもだけど
そんな事言ってはいられない。

多分、今シャワーを浴びたら倒れる自信がある。

私は近所にあるコンビニに向かった。

歩いて10分も掛からないうちにコンビニに到着。
さすがはコンビニ。良い仕事をしていらっしゃる。

とりあえず、温めたり、お湯を沸かす必要のなさそうな物から
片っ端にカゴに放り込む。

「これと、これと、これ……あと、これも」

そうして、あらかた直ぐに食べれそうなものを見繕ってレジへ。
早く食べたい。

と、

「…………へ?」

レジにカゴを置いて店員の顔を見た瞬間、私は驚愕した。

「……お兄、ちゃん?」

死んだはずのお兄ちゃんが、そこにいたのだ。

――気がつくと私は走っていた。

手にはコンビニの袋をぶら下げて。
家に向けて全力疾走中である。

お腹が減ったとか、泣き過ぎて疲れていたとか、そういうのは
すっかり消え失せてしまっていた。

なんで、なんで、なんで!?

何度も頭の中で繰り返す。

なんでお兄ちゃんが生きてるの!?

確かめないと!

「ただいま!!!」

私以外にはもう生きている人間がいない、つまり返ってくる返事なんて
そもそも存在しない家に向かって、私はそう叫んだ。

「…………」

やっぱり返事はない。

ガチャリと、玄関の扉を閉め、家の中を確認する。

お母さんは台所で包丁が突き刺さっているし、お父さんも書斎で
紅くなっている。

問題ない。

問題なのは――

「お兄ちゃん、入るよ?」

――お兄ちゃんだけ。

でも――

「…………いない?……そんな」

お兄ちゃんは――忽然と、その姿を消していたのだった。

「う……」

「うふっ……うふふふふふふふふふふふふふふ」

「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふっ」

私は笑った。
笑わずにはいられなかった。

お兄ちゃんが生きている!
何故だか分からないけど、お兄ちゃんが生きているのだ!

それだけでもう、死んでも良いくらい嬉しかった。

――それから。


とりあえず私は、食べることにした。

お兄ちゃんに会う前に体力をつけて綺麗にしておかなければ
と思ったからだ。

こんなボロボロな状態の私じゃ、お兄ちゃんに嫌われてしまう。

先程コンビニで買ったパンやお菓子の袋を無造作に開ける。

本当なら今すぐにでも、さっきのコンビニに走って行きたい
のだけれど、そう思い直し私は食べ漁った。

がつがつむしゃむしゃ。

うーんデリシャス♪

いつもなら美味しいなんて、全然まったく、これっぽっちも思わない
コンビニ弁当だけれども、お兄ちゃんから手渡されたモノだと思うと、
とても美味しい。

食べ終わったら次はお風呂場へ。

汗臭くて、血生臭くて、死体臭い妹じゃ嫌われちゃう。
ごしごし、念入りに洗わなきゃ。

ごしごし、ごしごし♪


それから、3時間ほど。

たっぷりとお風呂に入って、匂いもすっかり取れた私は
意気揚々と自室に向かう。

せっかくお兄ちゃんが生き返ったのだ。
お洒落してお出迎えしなければ。

「ふふっ♪」

あっと、念のため下着は勝負下着にしておこうかな。
なにかの間違いがあっても大丈夫なように。

「ふんふふふふん♪」

軽く口笛を口ずさみながら、鏡の前でポーズを決める。

――――そして。


「さてと……」


ご飯も食べたし、お風呂も入った。

服もお兄ちゃんをお出迎えするのにバッチリだし、
お化粧だってお兄ちゃん好みのナチュラルメイク!

勝負下着でいつでもオッケー♪な完璧妹は世界中探したって
私しか いないと思えるほどに準備は整った。

「じゃ、行ってくるね?」

「いってらっしゃい」と誰も言ってくれない家に背を向けながら、
家を出る。

目指すは近所のコンビニ! いざゆかん!




「人生における致命傷とはなんですか?」

という質問があったら、間違いなく私は「あの女です」
と答える事だろう。

それほどまでに、私はあの女が嫌いで、憎くて、殺して、
壊してしまいたかったのだ。




コンビニに到着した私を待っていたのは、この上ない喜びと、
そして絶望だった。

お兄ちゃんはちょうどシフトが変わる時間帯だったのか
既にレジにはいなくて、裏口から出て来る頃だった。

私は生きているお兄ちゃんに再び会う事が出来て、嬉しさの
あまり手を振りながら

「お兄ちゃ~~~ん!」

と駆け寄ったのだが……だが、それは呆気なく阻止されて
しまったのだ。


そう……あの女に。 あの女に!


殺した、はずなのに。壊したはずなのに!

お兄ちゃんどころか、あの女まで生き返っていたのだ。

「…………え?え?」

それからの私は、二人がただただ、嬉しそうに手を繋ぎながら
歩いて行くのを見送るだけ。

声を掛ける事も……お兄ちゃんの視界に入る事も、なかった。

「……どうして?……なんで?」

お兄ちゃんは、私よりあの女の方が好きなの?

「そんなワケ、ないよね?」

絶望を噛みしめながらその場に立ち尽くす私の心を、
突然降り出した予報外れの天気雨だけが優しく包み込む。

小さい頃泣き虫だった私を優しく抱きしめてくれた、
あの頃のお兄ちゃんのように。



――――意気消沈したまま家に帰った私を待っていたのは、
相変わらず口をきかない死体だけだった。

お父さんと、お母さん。

お兄ちゃんと一緒になるためには邪魔だった二人。

私が殺した二人。
もう戻ってはこない二人。

いや……可能性はあるのか。
生き返る可能性は。

なんせ、死んだはずのお兄ちゃんも、あの女も生き返ったのだ。
お父さんやお母さんも、ひょっこり生き返っても不思議じゃない。

殺しても、生き返る。

「…………っ!」

ぎり、と歯ぎしりが聞こえる。
自分の身体から出た音だ。

……ああ、この世界はなんて思い通りにならないんだろう。

邪魔な奴は消せば良いと思ったのに。

消したら終わりだと。
殺したらお兄ちゃんは私だけのものになると思ったのに。

まさか生き返るとは思わなかった。

人間の身体は脆い。
それは私も良く知っている。

だから人は簡単に怪我をするし、ころっと死んでしまう。

でも……でも!!!

まさか生き返って来るとは思ってもみなかった。

お兄ちゃんが生き返ったのは、
お兄ちゃんが生き返ったのだけは、
私の願いが通じたからだと、

哀れで可哀想な私に神さまがささやかなプレゼントを
くれたんだと、そう思っていたのに。

まさかあの女まで生き返るなんて!

しかも、やっぱり私からお兄ちゃんを奪っていくなんて!

お兄ちゃんは私だけのモノなのに!


目から大粒の涙がこぼれる。

こぼれても何にもならないけど。
どうしようもならないのだけれど。

それでも涙は止まらない。



と、肘にリモコンが当たって、TVの電源が入ってしまった。

さっきまで映っていた私の泣き顔が、明るい画面によって
かき消される。

「……」

大きな音がTVから流れる。

どうやらニュース番組のようだ。
殺人事件があったらしい。

「殺しても……生き返るのにね?」

馬鹿みたい、と私は笑う。

人は殺しても生き返ってしまうのに、どうして
テレビ画面の向こう側にいる犯人達は殺したり
なんかしたんだろう?

大人のくせに、生き返る事も知らないのか?
私ですら知っているのに。

殺しても生き返って来るということを、子供の私
ですら知っているのに。

それとも。

それとも、殺しても生き返らない方法をこの犯人達は
知っているのだろうか?

心得ているのだろうか?

もしそうなら……。

「もしそうなら、私にも教えてよ!」

そうしたら、今度こそちゃんとあの女を始末してあげるから!

けれど、画面の向こうの容疑者たちは、私の質問に
答える事もなく車に乗り込んで連れて行かれる。

所詮、私とは住んでいる世界が違うのだ。
仕方のない事だった。



――――翌朝。


疲れた体にごめんなさいと謝りながら、私はお兄ちゃんのベッド
から身体を起こす。

身体は腐卵臭に包まれており、寝覚めは最悪だ。

それでも私は、「うーん」と伸びをしながら「おはよう、お兄ちゃん♪」
と無理に笑顔を作って、お兄ちゃんの部屋を後にする。

洗面所で顔を洗い、台所に向かう。
ちらっと時計に目をやると、もうお昼過ぎ。

「…………」

お兄ちゃんが死んでから丸二日以上、飲まず食わず
で泣き続け、さらに昨日は天国から一転、地獄に叩き
落とされたのだ。

寝坊するのも仕方ないのかも。

「てへっ♪」

軽く舌を出しながら、昨日コンビニで買ったシリアルを
お皿に入れて牛乳を注ぐ。

「馬鹿みたい」

幻聴が聞こえる。

「馬鹿みたい」

まただ。
また幻聴だ。

台所を見渡してみる。

なんにもない。
誰もいない。

気のせいだ。
気のせいに決まってる。

「…………え?」

心臓の鼓動が、早くなる。

「誰も……いない?」

「お母さんは……?」

そう。台所に『ある』はずの、母の死体がない。

「うそ……でしょ?」

「あ、あははっ?」

「あははははははははははははははっ!?」

まさか、お母さんも生き返ったの?

「あはははははははははははははははははははははははははははは!?」

そんな。

確かに昨日……もしかしたらお父さんとお母さんも
生き返るかもねとは思ったけど。

でも、それはほんの冗談で……。
だから、生き返る筈なんて絶対になくて……。

「……っ!?」

私はまだシリアルの残っているお皿をドンとテーブルに
置くと、一目散にお父さんの書斎に向かって走った。

お母さんが生き返ったのだとすると、お父さんも
生き返っている可能性があるからだ。

予感は、的中した。

書斎にある筈のお父さんの死体も、無くなっていたのだ。

「ふふっ!?」

なんてこと。
人は殺しても生き返るのか。
それとも殺し方が甘かったのか。

私には分からない。
今置かれている状況も、なにも。


ふらふらとした足取りで台所に戻る。
テレビは点いたままだ。

――――と、

「あなた、誰?」

先程私が食べていたシリアルを、黙々と口に運ぶ少年の姿が
そこにあった。

「どーも。はじめまして」

見た感じ、年は七、八歳くらいだろうか。

少年はニコッと私の方に顔を向けて微笑んだかと思うと、
ぺこりとお辞儀をしながらそう言った。

「どうやって……」

でも、そんな男の子の言葉をよそに、私は訊ねる。

「どうやって入ったの?」

そう、鍵は掛けておいた筈なのに、どうやって?

「どうと聞かれても、玄関から入ったんですけどね」

「鍵は?」

「開いてましたよ」

「……」

ウソだ。

私は鍵をかけたはず。

お父さんとお母さんを殺した日から。
あの女を殺した日から毎日掛けていたんだ。

入れるはずない。

となると、ピッキング?

泥棒なのか、それとも……。

「……」

「やだなぁ。睨まないで下さいよ」

「何か……うちに用でも?」

「そうですね。お姉さんとお話しする為に」

「私と?」

「ええ、そうです」

意外な言葉――。
まさか私と話をするために、こんな朝早くから不法侵入するなんて。

いやいやいや、こんなの間に受けてどうすんのよ。

でも……。

普段なら、こんなおかしな子、ソッコーで追い出すところ
なんだけど、お母さんとお父さんのこともある……。

「なんの話?」

この子が何か知ってるかもしれないと思った私は、とりあえず話を
合わせてみる事に。

この子、なんか変――。
なにか――知ってる?
知ってるんなら、なにを……。

「そうですね。じゃあまず、確認から……」

「確認?」

「はい。お姉さんは、人殺しですよね」

「――――っ!?」

「自分の実の父親と、母親、お兄さんの彼女と、それからお兄さん。
あっと、お兄さんは自殺だから殺したのとは違うか」

「なっ……」

「でも、自殺に追い込んだのは他ならぬお姉さんですし、
これはもう殺したと言っても差し支えありませんよね?」

「なっ……何を言って……」

警察なら、分かる。
警察に疑われるのならまだ分かる。

でも、なんでこんな幼い子供に――。

「あなたは、誰?」

「僕ですか?見たまんま、子供ですよ。ちょっと普通じゃありませんけど」

「…………」

「怖い顔しないでください。僕はお姉さんの味方ですから」

「証拠は?」

「ないです」

「…………」

「やだなあ。だからそんな目で見ないでください。惚れちゃう
じゃないですか」

「じゃあ、目的を言いなさいよ」

「もう言いましたよ」

「?」

「お姉さんの味方だって」

「意味分かんない」

「そうですか?僕はお姉さんが望むであろう願望を叶えに来てあげたのに」

「ナニ言って……」







               「やり直し」

「やり直し、したいんですよね。この世界を」

「!?」

なに、この子。

「出来ますよ。僕なら」

この言い草……まるで。

「まるで神様みたいな言い方するのね」

「僕は神様じゃないですけどね。それより、どうします。
やり直しますか?しませんか?」

「そんなの……」

そんなの決まっている。

「やり直したいに、決まってるじゃない」

「そうですか」

でも、そんなこと出来る筈が……。

「良かったぁ。これでやっと実験が再スタート出来ます!」

「…………え?」

「あれれ~?もしかして疑ってました?やり直せる筈なんてないって」

「出来るんですよ、僕になら」

男の子はそう言うと、にいっと表情を崩しながら『包丁』を手に取った。
手に取って、そして……。

「じゃ、逝ってらっしゃい♪」

私の胸に目がけて、『ソレ』を突き刺した。




――――目を開けると、見慣れた天井がそこにあった。


「生きてる……の?」

むくりと起き上り、パジャマを脱ぐ。

鏡で確認してみるものの、血は出てないし、傷跡もない。
まったくの、無傷。

「――刺されたよね、私?」

本当に過去に戻ったのだろうか?
いや、そんなバカな話――。

と、そんな事を考えていると

「おーい、まだ寝てんのかぁ?いいかげん起きないと遅刻……」

「え?」

お兄ちゃんがノックもせずに部屋のドアを開けた。

「おわっ!?おまっ、なんで裸なんだよ!?」

「え、えぇっ?ふえぇぇぇぇぇっ!?」

「ちょっとお兄ちゃん!妹の部屋にノックもせずに入って
来ないでよねっ!」

「わ、わるい!」

顔を真っ赤にして背を向けるお兄ちゃんを尻目に、私は慌てて
パジャマを羽織った。

「…………って、お兄ちゃんがいる?」

「うん?」

お兄ちゃんが家にいる。
しかもいつも通りの、あの女を殺す前の、元気なお兄ちゃんが。

「なんだよ、俺が家にいちゃおかしいか?」

「ううん!そんなこと……」

そんなこと、全然ない。ある筈がない。

「……それよりさ、お兄ちゃん」

「ん?」

「今日って何月何日?」

「一月二十四日。なんだ、寝ぼけたのか?」

「平成二十六年の?」

「平成二十六年のだよ」

間違いない。戻ってる。

「おい、おまえ本当にだいじょう……」

「大丈夫♪ありがと、お兄ちゃん」

「あ、ああ」

「それより着替えるから出てって!学校遅れちゃうじゃない」

「はいはい。ったく」


やれやれと溜息を吐きながら階段を降りるお兄ちゃんを
眺めながら、 笑みで顔が歪んでいく。

それくらい私は嬉しさやら何やらで胸が張りさけそうだったんだ。



――学校にて。


どうやらこの世界は本当にやり直しの世界のようだった。
友達も家族も、あの時のまま。あの日のまま。

事件なんて、起きてすらいない。

そう。
ここは、バレンタインにあの女がお兄ちゃんにチョコを渡して、
お兄ちゃんと付き合ってしまう前の世界。

帰ってきたんだ、あの日に。

「…………」

あの子供が何故私を過去の世界に飛ばしたのか、飛ばせた
のかは分からない。

でも、もう良い。
もう良いの。

だって私はここにる。
この世界に、この時間にいるんだから。

未来なんて、いくらでも変えられる。

「まずは、あの女にお兄ちゃんがチョコを貰わないようにしなくちゃね♪」

真っ赤な舌を出しながら、ケータイを手に取る。

まずは下準備を、と思ったからだ。






               第一幕  完



「この世には、目には見えない闇の住人達がいる」

「奴らは時として牙をむき、彼女に襲いかかる」

「俺は、そんな奴らから彼女を守る為に、地獄の底
からやってきた、正義の使者なのかもしれない」



なーんて、当たり前の台詞を頭の中で反芻する。

くくくっ、当たり前すぎる!

なんせ、俺はヒーローだかんね!

「いや、馬鹿だろ」

「んなっ!?」

「正義の味方ぶるのも大概にしとけよ」

「んななっ!?なんで俺が正義の使者だと?
……まさかお前、地獄の住人!?」

「さっきから声に出てるよ。大馬鹿野郎」

「えっ?」

「ほら、周り見てみろ」

「えーっと……」

みなさん、怪訝そうな顔でこちらを見ている。

「えっと……。あ、う……す、すみません」

謝るのは嫌いだが、なんとなく謝らなければいけない
気持ちに駆られて、ぺこりと頭を下げた。

「分かれば良いさ」

親友がすっげー良い笑顔で俺の肩に手を置く。

「もうすんなよ?」

どうやら、ぶち切れ一歩手前だったみたい。

「う、うん……」

飼い主にこっぴどく叱られた子犬のようにシュンとなる俺。


そう、俺は青春真っ盛りの中学二年生。

いわゆる、厨二病患者と呼ばれる男子だった。



――――学校からの帰り道。



「結局、あいつには告ったのかよ?」

親友は事もなげに俺にそう言い放った。

「あいつって誰よ」

俺も負けじと応戦する。

「あいつはあいつだろ、お前がいつも『守ってやる!』とか言って
ストーキングしてる……」

「ストーキングって言うな!木陰からひっそり見守ってると言え!
見守ってると!」

「だからそれがストーキングって言ってんだよ、ストーカー」

「ぐっ……」

「だいたいお前、中学生になっても正義の味方とか
頭のネジ飛んでんじゃないのか?」

「守るからって一体何から守るんだよ」

「それは、悪魔とか地縛霊とかから……」

「はいはい。妄想妄想。いるわけねーだろ、そんなん」

「い、いるよ!」

「どこに?」

「え、えっと……お、お前の後ろに!」

「はいはい」

「ぐっ……」


親友はいつもと同じように、俺を現実に引き戻そうとする。

こいつはいつもそうなのだ。

俺が少し?変わったこと言うと、いっつも「んなわけないだろ」
とか、「妄想妄想」とか否定すんだ。


初めて会ったときからそうだった。

俺がまだサンタクロースの存在を疑いもせずに信じ切っていた
ピュアーな少年時代に、「そんなのいない」と言い放ったんだ!


「……」

「なんだよその顔は」

「べっつにー」


くそっ。今思い出しても腹が立つぜ!

まあ、だったら何で今でもこいつとつるんで、あまつさえ
親友と呼んでるのかと言われそうだが……

俺はこいつに、恩があるんだった。


「ところでストーカー」

「だからストーカーじゃねえって!」

「まだ告ってないんだったら忠告しといてやる。『あいつ』は
やめとけ」

「……」

「お前があいつのどこを好きになったのかは分かんねーけど、
あいつだけはやめとけ」

「まーた、いつものお説教かよ」

「そうだよ」

「あいつは根っからのブラコンだ。お前だって知ってんだろ?」

親友は表情を変えずに言う。

「そりゃ知ってるさ。毎朝兄貴と登校してんの見てんだから」

俺も表情を崩さずに答える。

「だったらフラれるって分かるだろ?」

おっしゃる通りでございます。


でもさ……。

「ふううぅぅ……」

俺は一つ、大きくため息を吐いて

「そいつは無理な注文だぜ、親友」

と、言った。たぶん真顔で。


俺のターンは続く。

「だってさ、人を好きになるのに理由なんかいらねえだろ。
俺は彼女が好きだから好きなんだよ」

「ブラコンだって構わない。ブラコンなのも含めて彼女が
好きなんだ!」


「……それは、まあ、そうだとは思うけどな」

「だろ!?」

「でも、やっぱりお勧めできないな。あいつに告ってフラれて
いった奴を何人も見てるから」

「……う」

「しかもどんなフラレ方をしたのかは分からないけど、どいつ
も酷く落ち込んで、まともに口が聞けるようになるまで一週間は
かかったんだぞ?」

「…………うぅぅ」

「そんな化け物みたいな女が、お前みたいな妄想だけが
取り柄の厨二病に振り向いてくれると思ってんの?」

「…………」

「どうよ?」

「う、うるせー!良いんだよそんなの!どーせ初恋は上手く
いかねーって分かってんだから!」

「だったら」

「だから!別に告白したりしないって!」

「俺は彼女が好きだけど、恋人になりたいわけじゃないの!
木陰からひっそりと見守れればそれで十分なんだよ!」

「どぅーゆーあんだすたん!?」


「……ストーカー」

「ストーカーって言うなし!」


「はあ……」

親友は足を止めてため息をつくと

「だったら、せいぜい木陰から覗きでもやってろ。ストーカー」

と、そっぽを向きながら、そう言った。


いつの間にか、俺たちは交差点に差しかかっていたのだ。

「ふん!」

俺も親友と同じようにそっぽを向く。
これが最近いつもしている、俺たちの別れのやり取りだった。



――――次の日。


今日は2月13日ということもあって、男子はみんな、
朝からソワソワしていた。

それもそのはず、明日はバレンタインだからだ。

もしかしたら明日チョコが貰えるんじゃないかと期待
を込めて、男どもが女子に積極的に話しかけている。

バカバカしい。

え、俺?

俺はこんな浮ついたイベントになんか興味ないから!


「ウソつけ」


朝っぱらから親友の冷たい台詞が俺の胸に突き刺さる。


「チョコレートが欲しいですって顔にかいてあんぞ」

「……ぐっ」

なんでこいつには俺の考えが分かるんだ!?
エスパーなのか!?エスパーなんですかぁ!?

「マミじゃねえけどな。分かりやすいんだよ、お前は」

「ああ、そうかよ!」


俺の机に腰をかける親友はどこからどう見ても嫌な奴だ。
なんでこんな奴が毎年大量にチョコもらえるんだ!?

「こっちはいいから、そっちはどうした?っていうか、
なんで遅刻してんだよ、お前は」

「……仕方ねえだろ。いつまで待っても彼女が来なかった
んだから」


そう。俺はバレンタインを明日に控えたこんな大切な日に
あろうことか遅刻してしまったのだ。

これじゃあ女子の好感度だだ下がり↓↓

クラス全員の前でこっぴどく担任にしかられたんだから、
当たり前っちゃあ当たり前なんだけど。

「ふーん」

けど、親友は特に興味もなさそうに適当に相槌を打つ。

「ふーんってお前、他に感想とかねーの?」

「ない」

「ああ、そう……」


親友はいつにも増して興味のなさそうな顔をする。
だったら聞くなよと思う。わりと本気で。


けど……それにしてもやるせない。

今日も今日とて、彼女が家から出てくるのをずっと
待っていた俺なのだが、なぜか一向に出てくる気配がない。

彼女の兄貴はいつもと同じように、いつも通りの時間に
出てきたのに、彼女は一緒じゃなかった。

まあ、たまにはこんな時もあるのかと思い直し、さらに
一時間粘ってみたけど結局現れず。

んなわけで俺はめでたく遅刻。

で、もしかして先に学校に来てるのかとも思って、さっき
確認してみたが、やっぱりいない。

どうやら休みのようなのだ。


はあ……。ほんとーに!やるせない。



そんなこんなで、俺は憂鬱な一日を過ごすことに
なったんだった。


……ま、とうとう下校の時間になっても彼女は
登校してこなかったから、憂鬱な気分は取れず
じまいだったんだけどね。

は~~~、憂鬱だ!

だってそうだろ? 彼女が明日も学校を休んだら、
貰えるかもしれないチョコレートが貰えなくなる
かもしんないんだからさ!


「相変わらず、自分のことしか考えてねーのな。
フツー自分よりも休んだ相手を心配するだろ。そこは」


親友は相変わらず冷たい台詞で俺を追い立てる。
うるせー。中学二年生はそこまで頭が回らねーんだよ!


「つーかさ。心配しろって言ってくれてるお前が一緒に
来てくれないのは何でよ?」

親友の入れ知恵のおかげで、彼女のお見舞いに行こうと
思いついたんだが、なぜか肝心の親友が着いてきてくれないのだ。

「あほか。クラスも違うし、喋ったこともほとんどねー
よーな奴のとこに誰が見舞いに行くんだよ」

「俺」

「……」

さっきからこんなやり取りが続いてる。

そんなに変なこと言ってんのかな、俺。


「とにかく、お前一人で行って来い。こっちは勝手に
帰らせてもらうから」

「えー……」

「えーじゃないって。んじゃな」


親友は俺を置いてさっさと帰ってしまった。
薄情な奴!タンスの角で足の小指ぶつけちまえ!


「って言われてもなあ。どうすっかなぁ……」


親友に見捨てられた俺は途方に暮れた。

それもその筈。
俺は親友の前でこそ堂々と喋れるが、一人になると途端に
ファビョってしまうのだ。

特に相手が女子とかもうファビョりまくり!
どうしていいのか分からねえ!!!


――――という訳で、いつものようにこっそりと木陰から
家の中の様子を窺う俺。

ストーカーじゃないからな?
もっぺん言っとくけど、断じてストーカーじゃないからな?

「…………」

何度も心の中でつぶやいたが、誰の返事もなかったので
そのまま家の中を拝見する。

彼女はどこに居るのかなっと?

「あれ?」

いつもなら彼女は2階にある自分の部屋に居るはず。
つーか、病気で寝込んでるんなら部屋のベッドで寝てるはず。

なのに、いない。

「あれ?」

木によじ登ったままの態勢で俺は首をかしげる。


もしかして病欠じゃなかったのか?
学校休んで家族で旅行とか……?


いやいやいや、兄貴が登校してただろ。
兄貴だけ旅行ハブられるとかどんな罰ゲームだよ。

「……となると」

アレか?アレなのか?

もしかして来ちゃってますか、俺の時代!?

「!」

――――と、彼女が帰ってきた。
手にはやっぱり……買い物袋!!!

キターーーーーーー!!!!!


間違いない!
チョコレートの材料を買うために学校を休んでたんだ!

なんて恥らしい!なんて可愛らしいんだ!

ラーラララー。ラーラーラー。

ああ、天使の歌声も聞こえる。

ありがとう、ありがとう、ありがとう!

俺なんかのためにわざわざ厳選食材を買いに集めてくれたんだね!

ありがとう!!!


嬉しさのあまり、思わず木から手を離してしまいそうになる。
慌ててしっかり掴み直したが。

はぁ~~~。でもこれで安心!
俺の明日は保障されたも同然だ!

これから先のお楽しみは明日のために取っておくか!
なーんて有頂天になって木を降りていく。

HAHAHA!ってな気分だぜ、ひゃふーい!


「…………って、え?」


けど、その有頂天ぶりも束の間だった。

もしも、このときの俺の心境を表すとすると、この言葉が
ぴったりだろう。
学校で習ったけど絶対に使わないだろうなと思ったこの言葉。

            晴天の霹靂。

彼女が買い物袋から取り出したのは、チョコレートの材料
なんかじゃなく……人の頭だった。



――――次の日。


三度の飯よりも妄想が好きな俺なのだが、昨日のあれは
流石に堪えた。

毎日欠かさず彼女の登校時間に合わせて家を出てたけど、
それも流石に今日はなし。

彼女を待つことなく学校に到着。

「どうしたんだよ。こんなに早く」

親友も朝早くから教室にいる俺を珍しがって話しかけてくる。

「たまには良いだろ」

俺はそっぽを向いたまま答える。
どうせ、話しても信じちゃくれない。

当の俺自身ですら信じられないんだ。
こいつが信じてくれるはずがない。

けど、

「いいから話せって。何かあったんだろ?」

今日に限って親友がしつこい。
放っておいてほしいのに。

そんな訳で、

「いや……」とか「まあ……」とか、

最初のうちは何度も断り続けていたけど、とうとう
根負けして

「誰にも言うなよ?」

と釘を刺して俺は話を始めたのだった。



昨日、親友と別れてから一人彼女の家に向かったこと。
恥ずかしくてインターホンを鳴らせなかったこと。
そのまま木によじ登って彼女の部屋を外から覗いたこと。
彼女が病欠じゃなかったこと。
それから、買い物袋をぶら下げて帰ってきたこと。
袋の中はチョコレートの材料ではなく、人の頭だったこと。

そして、それを見た俺が一目散に木から飛び降りて、
そのまま家に直行して一晩中震えてたことなんかを。

話していて、酷く嘘っぽい作り話だと思った。
説明すればするほど、現実的じゃない。リアリティの欠片もない。

そう思えた。

けど……。

けど親友はいつものように「お前の作り話だろ?」と言って
笑ってはくれなかった。

腕を組んで、真剣な顔をしながらうんうんと頷く。

「おい、まさか信じるのかよ?」

俺は怖くなって親友に問いただす。

「信じるさ」

「でも、俺の言葉だぜ?」

「お前の言葉だからだよ」

親友は相変わらず真剣な表情のままだ。

「お前が嘘ついてるのか本気で言ってるのかなんて
目を見りゃ分かるさ」

「……」

「お前は嘘なんかついてないよ。保証してやる」


……ああ。こいつは変わらない。
全然ちっとも変わらない。

あの頃から、何も。

親や教師、友達、クラス中から嘘つき呼ばわりされた俺を
最後まで信じてくれたあの時のままだ。

俺を救ってくれたヒーローのままなんだ。



親友に話したせいなのか、ほっとして大粒の涙が
こぼれ落ちる。

「やれやれ」

親友は俺の頭に手を置いてわしゃわしゃ撫でる。

あの時からなにも変わっちゃいなかった。



――――それから随分と時は流れて。



俺たちは歩き回った。
調べまくった。

所謂、探偵ごっこをした。

親友曰く『危険』か『安全』かを見極める作業らしい。

たしかにこんな話を警察にしても無駄だ。
中学生の妄想と笑われて終わりだろう。

しかも、それがもし彼女の耳に入ったら、こっちも
殺されるかもしれないのだ。

下手な手は打てない。


そんな訳で探偵ごっこ。



彼女は何をしてるのか。
家族はそれを知っているのか。
不審な点は、オカシな点は見当たらないか。

気づかれないように。
ひっそりと、こっそりと。

俺たちはひたすら証拠を探した。

『俺が安全か』を確認するため。


……そう。俺は気が気じゃなかった。

自分が死ぬんじゃないかと、殺されるんじゃないかと
四六時中怯えまくっていた。

なんせ、あの日。2月13日。

俺は、買い物袋から生首を取り出した彼女と目が合って
いるのだから。

あの日、彼女が生首を買い物袋から取り出す様を見ていた
俺は、驚いて木から手を離してしまったんだ。

そして、なんとか着地は成功したものの……彼女としっかり
目があった。お互いの姿を確認しあったのだ。

その後、そのまま逃げるように家に帰ったけど……。

家に帰ってからも何度もあれは夢だった、現実じゃなかったと
言い聞かせた。

でも、それでもやっぱり嫌な思いが拭いきれない。

俺が嘘を吐いているんじゃないとすると。
俺が見たアレが夢じゃないんだとすると。

俺は彼女に殺されるかもしれない。



そんな訳で、探偵ごっこ。

彼女は目撃された相手が俺だと分かっているのか。
そもそも本当に人を殺していたのか。
あと、彼女はいったい今どこにいるのか。とか。



「それにしても遅いな……」

一人、家の前で呟く。

親友に話をしてからというもの、俺たちはいつも一緒だった。
登校するのも下校するのも。
学校のトイレですら、一緒に行ったほどだ。

怯える俺に、親友が気を利かしてくれたのだ。

なのに……。

「…………」

今朝はいやに遅い。

もしかして、俺を忘れて先に行っちまったのか?
それとも風邪で寝込んでたり?

「…………」

いくら待っても、親友が来る気配はなく、
仕方なしに、一人で学校に行くことに。


――――学校にて。


案の定というか予想通りというか、親友は学校には
いなかった。


心細い。
早く来てくれ。


祈るように目をつぶる。

ガタガタと手が震えてるのが自分でもわかる。
不安な気持ちに押しつぶされそうだ。

それもそのはず。
彼女も学校に来ていないのだから。あの日から。


あの日から、俺が目撃した日から彼女は学校に来ていない。

……彼女だけじゃない。

ここ最近、彼女の父親も会社に行ってないし、母親も外出
した気配がない。
彼女の兄貴ですら登校していないらしい。

みんな、どこにいるのか分からない状態だ。


その事実が、より一層俺を不安にさせる。

彼女が毎日学校に来ていたら、彼女の父親が、母親が、兄貴が、
外で顔を見せていたら、こんなにも不安にはならないだろう。

あの家の中でいったい何が起きてるんだ。
何故誰も何も言わない。
一家全員行方知れずなのにどうして警察は動かない。

子供の俺たちが少し調べただけでも直ぐに分かったのに。なぜ!


アレか?アレなのか?
誰かが通報しないと捜査すら始らないのか!?

「くそっ!」

頭を机に突っ伏したまま舌打ちする。


――――と、

「おい、知ってるか。昨日から行方不明らしいぞ。あいつ」

「マジかよ?家出じゃねーの」

「違う違う。『出かけて来る』って家の人間に言ってから
いなくなったんだと」

「へー……」


俺の席のすぐそばで、クラスの男子が話しているのが耳に入った。



「お、おい!」

俺は飛び上がって、話をしている男子に訊ねる。

「行方不明って、こいつが?」

親友の席を指さしながら。

「ああ、そうらしいぜ」

男子は言った。

「昨日の夜からな」――――と。




学校からどうやって家まで帰ってきたのかは分からない。
たぶん授業は全部受けてはいるんだろう。

鞄の中にプリントはあるし。

でも、記憶がない。

今日、なにがあったのか思い出すこともできない。

思い出せることと言えば、親友が行方不明になったこと。
クラスの男子に話を聞いてすぐに担任の所へ向かって……。
向かって、担任の口から、親友が昨日の晩から行方不明に
なったとハッキリ聞いて。

……それで……それだけか。

一応、親友の家に電話はしてみたけれど、おばさんが心配
そうな声で受け答えしてくれただけ。

それだけだ。

「なんで……」

「なんでだよ!!!」

手元にあった枕を投げ飛ばす。
奴当たりだ。

親友がいたからこそ落ち着くことができた。
親友が励ましてくれたからこそ、俺はいつも通りの生活
ができた。

けど、だけど……。

俺は弱い。

あいつがいなくなっただけで、こんなにも落ち着かない気分
になるなんて。


頭から足先まで布団にすっぽりと入りこむ。
入り込んで、ガタガタ震える。

「明日から俺はどうすればいい?」

「一人でどうやって調べればいい!?」

「調べる!?何を?」

「もう分かり切ってる。彼女にばれてる!」

「じゃあ、どうすりゃいい?!」

なんて、取り留めのない単語を呟きながら。



――――気が付いたら、窓の外はすっかり暗くなっていた。


ぐるっと部屋を見渡してみると、机の上に置いてある時計
の針は、既に夜中を指している。

帰ってから今まで、ずっと震えていたのか。

それにしても……

「腹、減ったな」

こんな時だというのに、俺の身体は「栄養を補給しろ」と
警告する。うざったい。

飯なんか食ってる場合じゃねえだろ……。

しかし、食べておかないと、いざ何かあったときに体が動かない
のも不味いかと考え直し、台所に向かう。

「そういや、晩飯食べてなかったな」

家族も全員布団に入り、寝静まった台所で、一人冷蔵庫に
手をかける。

「……」

何もなかった。
どうやら俺の分は、みな食べ切ってくれたようだ。

「はは……」

炊飯器の方も見るが空。

「あーあ」

もう一度冷蔵庫の中を探す。

「何かねーかな……」

――――と、

「これって……」

冷蔵庫の中に、チョコレートが一つあった。

「あっ……」

そうだ。これって……2月14日。バレンタインデーに
「どうせ誰にも貰えないだろうから」って親友から貰った
んだっけ。


「……」

無造作にチョコを掴んで、噛り付く。

「苦ぇ……」

ビターチョコだった。

ほろ苦いチョコを齧りながら俺は泣いた。


俺がバレンタインにチョコを貰おうだなんて思わなければ!
俺が自分のことしか考えていなかったから!
俺が親友の忠告を無視したから!
俺が……俺が……!!!

「ははっ。『俺』ばっかりだ」

自嘲気味に肩を揺らしながら言う。

親友にも言われたっけ。

『相変わらず、自分のことしか考えてねーのな』

って。

そうだよな。
俺は自分のことばっかりだ。
自分のことしか考えてない。

親友がいなくなったっていうのに、自分がどう
したらいいかしか考えてねえ。悩んでねえ。

「――――ガッ!!!」

右手を握りしめて、思いっきり自分の顔をぶん殴る!

まだだ!

「――――ぎひっ!!!」

二発。三発。四発。

鈍い音が自分の体から放たれる。


そして、

「ははっ!」

「ははははははははははははははははっ!」

口の中から血があふれるくらい自分を殴ってから、俺は笑った。
笑って、泣いた。


……俺は、馬鹿だ。

親友がいなくなったからと言って、何で親友が殺されたと
思ってるんだ!

誰かが死体を確認したのか!?
誰かが殺されるところを目撃したのか!?

「してねえだろうが!」

「甘ったれんなよ。甘ったれてんじゃねえよ!」


腹をくくれ!!!やれる奴は自分しかいないんだ!


俺は自分に言い聞かせるように二度三度そう呟いて家を出た。

当然、向かう場所は決まってる。

俺はこの事件の始まった場所、この事件を知る事になった場所。
彼女の家に、一人向かった。


彼女の家に着くころには、空もだいぶ白けて来ていた。
夜が終わり、朝が来る。

「だからどうしたって事でもないけどな」

家の周囲を窺う。

「…………」

……大丈夫。誰もいない。
新聞の配達も、朝早くにゴミ出ししている人もいない。

「へへっ。思う存分、家探しできるわけだ」

庭の方に回り込み、中の様子を探る。

カーテンとカーテンの隙間から覗きこむ。

「……親友」

リビングに人の気配はない。

それから台所。書斎。寝室。トイレ。風呂場。
一階をくまなく調べまくった。

しかし、

「…………いない」

人っ子一人、いなかった。

彼女の父親も母親も。
誰もいない。

いや、そもそも。

「人の気配がない?」

そう、この家にはおよそ、人が住んでいる気配、生活臭が
微塵もしなかったのだ。

「…………」

俺は顎に手を当て、考える。

生活臭がしないって事は、この家に彼女はいないってことか?
だとすると、彼女はいったい何処にいるんだ?

彼女の家族は?
何処に行った?

死んでるにしても、死体は普通あるだろう?

「…………」

女の細腕で誰にも見つからずに死体を運べるものだろうか。
3人分だぞ?

今まで危険すぎて直接調べれなかった彼女の家だが、いざ
調べてみると不可解な点が浮き彫りになっていく。

つまり、それは――――俺が見たもの、見てきたものが全て
嘘だらけという可能性。

あの日俺が見た生首も。
毎朝彼女と登校していた兄貴も。
そして、彼女自身も。
全部が嘘っぱちに思えてくる。

少なくとも、この家の一階部分を見た感想としては、そうと
しか思えなかった。

もし、嘘じゃないなら。

「きっと、二階に答えが待ってるんだろうなあ」

意を決して玄関のドアを開ける。

「…………」

鍵は掛っていなかった。

「本気で人住んでなさそうだな」

窓を割って入るしかないと思っていたのに拍子抜けだ。
まあ、おかげで楽に忍び込む事ができたけど。

「……こっちがリビング。こっちが台所」

初めて入る彼女の家は、想像していたよりずっと広い。

一部屋一部屋順番に、丁寧に見て回る。

見て回るけど、やっぱり

「……生活臭がしない」

外から見た通り、家の中に人の気配はない。
俺は壁に背を向けたまま今度は家の中から外を見る。

――――と、

「ん?」

外を見て、気がついた。

「あれ。このガラスって……」

窓ガラスには自分の顔が映し出される。
映し出されて……映し出されただけ。

「…………え?」

あれ、これって。これって確か……

「マジックミラー?」

だよな?

どうなってる?いったい何でこんなとこに……。

というより、普通の一般家庭の窓ガラスがマジックミラー
だなんて、どう考えてもおかしい。

やっぱりこの家は何かある?

俺は緊張感を高めて、周囲を警戒する。

来るなら来い!俺は簡単には殺されねえぞ!

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