Q「世界の終わりを見たことはある?」 (27)



A「毎晩、寝る前に」



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これは僕ぐらいしか知らないことなんだろけど、
この世界は毎晩滅びている。
その滅び方は非常に多彩で、苦しかったり、
むしろ楽しかったりすることもある。

たとえば昨晩、僕はベッドの上で本を読んでいた。
あまり恵まれない少年が適度に救われる物語だった。
本の終わり頃に差し掛かったころ、急に僕の周りの空間がひび割れだして、
そこからこの世の絵の具をすべてぶち込んだような
漆黒が滲み出してきた。

もうすぐで読み終わるところだったのにな。
悲嘆にくれる暇もなく、僕は漆黒に飲み込まれる。

こうして今日もまた世界は滅びました。

といっても何も心配はない。
翌朝になったら、僕は何もなかったかのように
ベッドの上で目を覚ます。
実際、何も起こっちゃいないのだ。
僕以外の人たちには、普通に寝て起きただけの記憶しかないらしい。

小さい頃、朝起きてから母親に言ってみたことがあるんだ。
昨日の終わり方は、凄かったね、って。
昨晩は世界のあらゆる物が光を出しながら
バチバチと弾けていくように消えていって、
その日の僕は花火大会の後のように興奮していた。

母親は何言ってんだこいつ、みたいな目で僕を見た。
その時になんとなく悟った、この現象は僕だけに特有の物らしい。

で、その日も僕は何事もなかったように目を覚ました。
気分は最悪だった。
昨晩は地球が燃え尽きてしまったせいで
酷く苦しい終わり方をしたためだ。

どんな風に世界が終わっても、変わらずに朝は来る。
朝が来たら大学に行かなければならない。
かったるい身体と活力のない心を引きずって、
僕は洗面台に向かった。

大学に行ったら行ったで、また気の進まない作業が待ってるんだ。
あーあ、いっそ終わりっぱなしになればいいのに、世界。

結局今日も晩まで研究室に缶詰だった。
学会の直前で、発表のために作ったスライドを
先生にダメ出しされ、作り直し、
またダメ出しされてまた作り直し、
その繰り返しで時間がただ過ぎていった。

僕と同じようにあまり要領の宜しくない
隣席の同級生と一緒に悪態をつきながら
僕らは遅々として進まない作業を続けていた。

「こんな些細なところに延々突っ込み入れるくらいなら
 もういっそ自分で作れってんだ、クソッタレが」

見てくれはそこそこ整っているのに、
やたらと口汚いのが彼女を女性と思えない理由だ。

疲れで回らなくなってきた頭をエナジードリンクで
酷使していると妙なテンションになってきてしまい、
無駄話にばかり花が咲く。

その日の一番盛り上がった話題は『いつの間にやら
見かけなくなったお菓子について』だった。

「シゲキックス、高速バスに乗る前に酔い止め代わりに買おうとしたら、
 なんかどこにも売ってないの。ふざけんな味覚糖!」

「あれ、俺んちの近所のコンビニ、普通に売ってるけど」

マジで!? と彼女は目を輝かせた。

「今度あるだけ買ってきてよ」

「金はちゃんと払えよ」

「えー」

そうこうしている間に今日もタイムリミットが迫ってきた。
何故かうちの研究室は日を跨いでの活動を禁止しているので、
日付が変わる前には大学を去らなければならない。

「今日も終わらなかったな」

「やんなりますな!」

いっそのこと大学滅びろ、と高らかに叫んで
彼女は両手を振り回した。

「本当は毎日滅びてるんだぜ」

その時、僕は本当に何も考えずにそう言った。
今まで誰にも言わなかったはずのことを、
頭が働いていなかったからかポロリとこぼしてしまった。

やってしまった、と一瞬してから気付いて、
隣の彼女の様子をうかがう。
彼女は普段は細い目を大きく開けて
こっちの方を見ていた。

やばい、おかしな奴だと思われたか。
冗談めかして誤魔化さないと。

「いやー、昨日とか酷かったぞ?
 のんびり深夜番組見てたらいきなり熱くなってきてさ、
 気付いたら家も自分も全部燃えてんの」

凄い勢いで墓穴を掘る僕。

「その前の日は楽しかったね」と彼女は言った。

「床も空気も、自分すらも液体になって、
 ぐっちゃぐちゃに混ざって流れていった」

驚いて僕は彼女を見つめた。
それは確かに、僕の記憶とも一致していた。

「君も?」僕は彼女を指さす。

「私も」彼女は自分を指さす。

こんな近くに同じ体験をしているヒトがいるなんて、
今まで気付きもしなかった。

この現象について、いろいろ彼女と話したいと思って、
でも最初の言葉を探している間に部屋のアラームがなった。
五分前。もう出て行かないといけない時間だ。

急いで帰り支度を済ませて、戸締まりする。
二人でエレベーターに乗った際に、
この話はまた後でじっくりしよう、と約束した。

「学会が終わってからかな」と彼女は言った。

確かに、それまではそんなに話し込んでられる余裕もなさそうだ。

キャンパスを出て、また明日、と手を振って別れた。

シャワーを浴びてベッドに潜り込んだ僕は、
少しわくわくしていた。
今までは毎晩一人で苦しんだり楽しんだり
するだけだったけれど、明日からはそれを
人と共有することができる。

そう思うと、世界の終わりが少し楽しみになったのだ。

目を閉じていると、ベッドが微かに震えていることに気付く。
やがて部屋全体が強烈な振動に包まれていく。

こうして今日もまた世界は滅びました。

次の日、彼女はいなかった。

隣の席はもぬけの殻だった。
掃除当番表にも彼女の名前はなかったし、
名簿を見ても名前の痕跡すら見つからなかった。

消えてしまったんだろうな、と
何となく納得した。

なぜ彼女が消えたのかとか
なぜ僕が消えなかったのかとか
分からないことは山ほどあるけれど、
でも現に起こったことはしょうがない。
彼女は消えて、僕は消えなかった。
世の中なんて不条理でままならないものなんだから、
それを受け止める他僕にはないだろう。

「いいんじゃないの」とスライドにOKが出たので、
僕は昨日より早々と帰ることができた。

夕飯は出来合いのもので適当に済ませて、
カラスよりも早くシャワーを終えて、
僕はベッドの上で本を読んだ。

恵まれない少年はやっぱり適度に救われて、
しかしまだ少し恵まれないまま、本は終わった。
きっとこの後もそのままこの少年の世界は
続いていくんだろうな、なんてことを
本の背表紙を眺めながら僕は考えた。

する事ももうなくなったので、
僕は電気を消してベッドに横になった。
もう少ししたら、いつも通りに世界が終わる。
他の誰のも終わらないけど、
僕の世界は今日もまた終わる。

彼女の顔を思い浮かべた。
気付いたら僕は泣いていた。

終わらないでくれ。
頼む。
終わらないで。
お願いだから。



終わるな!!

どこか近くで爆発音が響いて、



こうして今日もまた世界は滅びました。

それから。


学会の発表は、無難に終わった。
その後の打ち上げで、一緒にはしゃぐ人が
一人足りないことをやっぱり僕は寂しく思った。

特に変わりなく僕は日々を過ごしているし、
依然と世界は終わり続けている。

この理不尽で意味不明な、受け入れがたい現象に、
しかし僕は今では少し期待している。
不条理に人が消えることがあるならば、
不条理に人が戻ってくることも
もしかしたらあるのかも知れない。

そうしたら、僕が買い置きしているこいつを
涙目になるまで食わせてやろう。

もう僕の記憶にしか残っていない
あの子のことを考える。

そして僕は今日もベッドの上で、
シゲキックスを食べながら
世界の終わりを待っている。

以上になります。
読んでくださった方ありがとうございました。

初スレ立て+ぶっつけで不備も多々あり申し訳ありません。

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