絵里「希と付き合うことになったけど、やだもうお家かえる」 (147)

設定のねつ造あり、百合、えりのぞ






「希、私と付き合って」



私の口からそんな言葉が出るなんて。私自身、どこか俯瞰して言った。
いつものランニングが終わり、階段の最上段で休憩している時のことだった。

今までも何度か言いかけては止め、言いかけては止めを繰り返してきた。今日、ついにその練習の成果が発揮された。
なぜ、私がそんなことを今頃になってやっと言ったのかというと、夕日に照らされる希があまりに綺麗だったから。
それだけの理由で、口は勝手に言葉を紡いでいた。

「えりち……」

希は少し驚いていた。それもそうだろう。友達からの突然の告白だ。

「あ……やっぱり男の子がいいかしら?」

それは、ごく普通のことだった。私は希が何か話す前に、言い訳のように言った。心臓は早鐘を打っていた。希に聞かれてしまうのではと思った。

「ううん」

希は首を振る。

「男の人はね、苦手なんよ」

希の口元がわずかに動いた。笑っているようだ。彼女はゆっくりと手を伸ばす。胸を張って背伸びをする。そして、ぽつりと言った。

「好きなん? ウチのこと?」

「え、ええ……」

せめて堂々としていよう。強がりな私が、意地を張っていた。こちらを見つめる希は、それを見透かしているようにも思えた。
希の頬にたらりと汗が流れる。私は喉を鳴らした。

「ありがとう、えりち。付き合おっか」

包み込むような笑顔に、私は思わず安堵の溜息をもらす。

「ふふ‥…緊張してたん?」

「当たり前でしょ……」

「頑張ったんやね。ありがと」

「もうなによ、それ」


私と希は、そんな風にごく平凡なスタートを切った。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1401352795

それから数週間が経った。


その日、早めに部室に来てもらったにこに、私はとある相談をしていた。

「へえ、それで」

目の前の小学生のような高校生―――にこがあぐらをかいて肩肘を付いて言った。

「そう、興味なさそうに言われるとさすがに傷つくのだけれど……」

「知んないわよ! どうして、にこがお惚気聞かされなきゃいけないのよ」

にこが机を3度叩く。

「だ、だって他に言える人がいないのよ」

「んなわけないでしょ……あんたらが付き合ってんのは周知よ、とっくの昔に。むしろ、なんで付き合ってなかったの今まで? なくらいよ」

「タイミングとか、色々あったの……って、相談したいことはそういうことではなくて」

「まだ、あんのッ」

にこはあからさまに時計を見る。分かっているもうすぐ練習に行かなければならない。

「それが……希、キス以上させてくれないの」

「へ、へー……そうなんだ。希もまだまだお子ちゃまね」

「うーん、なんだろ。恥ずかしがってるわけではないし……」

「あんたのキスが下手っぴなんじゃないの」

「……そうなのかしら。ちょっと、にこ頬っぺたを」

「は?! 貸さないわよ!? 何言ってんの、にこは真姫ちゃん専用なんだから!」

ガタ――ッ

外で物音がした。私とにこは喋るのを止め、顔を見合わせた。音を立てずに扉に近づき、互いに無表情で扉を開ける。

「……真姫ちゃん」

「花陽、凛……」

一年トリオは誤魔化すように笑っていた。

「部長、躾がなってないわね」

「え、にこのせいなの?」

私は縮こまっている三人を見下ろした。一年生達は、小さく悲鳴を上げていた。


「正直なところ、誰かと付き合うってよくわからないの。ねえ、にこは真姫とどこまでいきたいのかしら?」

「このロシア崩れ、一年坊の前で何を言い出してんの」

「いえ、むしろこういった経験があるなら一年生でも構わないわ」

「凛はそういうのわからないにゃー」

「わ、わたしもそういった経験は皆無で……」

「そうなのね。日本の高校生はもっと進んでいるとばかり」

「それはそっくりそのまま返すわよ」

にこは呆れた声で言った。

「まずは希の気持ちが大事でしょうが」

「真姫ちゃんがまともなこと言ってるにゃ」

「失礼ね、私はいつもまともなことしか言ってないでしょ」

「で、でも確かに希ちゃんに聞いても、はぐらかされてしまいそうというか……本心を見せてはくれなさそうだよね」

「そうなのよ。嘘を吐いてるってことはないと思うの。でも、やっぱりどこか壁を感じてしまう……」

「それか、いっそのこと押し倒しちゃえば? にこちゃんはそれで言うこと」

「真姫ちゃん、何言ってんの!?」

「にこちゃん、やっぱり……そうだったんだにゃー」

「あまり参考にならないわね……」

話もまとまらないまま、希が部室に現れてその場は解散になった。






「ワン・ツー・スリー・フォー――――!」

海未の手拍子で、8人がステップを踏む。ラブライブ本選に向けて、練習にも一層熱が入っていた。
私自身、恋愛に現を抜かしている場合ではなかった。

「花陽、もう少し左につめてかまいませんよ!」

「はいィ」

「ことり、穂乃果にひっつきすぎてます、離れてください」

「こ、こうかなあ」

「そう、オッケーです」

私は希の方を横目で盗み見る。ステップを踏むと、彼女のふくよかな胸が揺れていた。
希と目が合う。希が微笑む。私もつられて笑う。はッ、いけない、何をしているのだろう。

「絵里」

「な、なに」

「燃やしますよ」

「ごめん」

数時間後――



「じゃ、今日はここまでにしましょう」

みんなへとへとになりながらも、それぞれ今日の内容を振り返りつつ片づけを始めた。私は希の元へ駆け寄る。

「ねえ、希……」

「なん?」

「今日、家に行ってもかまわないかしら」

「ええよ。ちょうど、新しい茶葉もらってな。一緒にお茶したいって思ってた所なんよ」

付き合ってから、希と私は特に今までと変わらなかった。もちろん、キスくらいはするようになったが、それはいつも私からだった。日本には惚れた弱み、などと言う格言があるようだが、まさにそれなのだろう。こちらばかりがヤキモキとさせられている。

「絵里、ちょっといいですか」

海未だった。手招きされる。私は希に一言断って、少し離れた場所に移動させられる。穂乃果も一緒だった。

「なに?」

まさかさっきの練習中のことだろうか。

「希、何か変じゃないですか」

「え?」

「そうなんだよ」

穂乃果が相槌を打つ。まさか、希の方だとは。

「今日ね、廊下ですれ違った時に声かけたらぼーっとしてたみたいでさ、数秒後に気付かれたんだけど……何か心ここにあらずって感じだったよ」

穂乃果は心配そうに、眉根を寄せた。

「私もそれを聞いて練習中、希の様子を伺っていたんですが、特にこれといっておかしなところはなかったので……絵里、何か知りませんか?」

「わからないわ……」

「付き合い始めて、浮かれていると言う線も少し考えてみたのですが……絵里はあったとしても、希はないなと……」

「なかなか失礼なことを言うじゃない……否定はしないけど」

「絵里ちゃん可愛いー」

「穂乃果……あなたね」

「本選も近いので、体調を崩していることを黙っていたりなんてことがないように……希ならしかねませんし」

「そうね。それは、同感だわ」

「希ちゃんのことは、絵里ちゃんが一番分かってると思うんだ。私たちからはあえて何も言わないから、お願いね!」

穂乃果はそう言って、親指を立てた。

「ええ」

そう、返事したものの、穂乃果の言ったことに対して、自信があるわけではなかった。

映画を見に行ったり、買い物に行って服を選び合ったり、カフェに行って美味しいものを食べたり。
そんなことは今までも普通にしてきたことだ。

前と変わったのは、触れ合う濃さ、密度が増したということ。私の中で、付き合うということの定義が明確にあるわけではないけれど。
ある友人に、付き合うっていうのは、その人とキスやエッチができるか、と言うことだと言われ、なんとなく納得してしまった。

私は、そこで希を思い描いてしまっただけだ。希は果たして私を思い浮かべてくれるだろうか。



「えりち、お茶どうぞ」

「ありがとう」

「叔父にもらったもんなんやけど、今、静岡からこっちに来てて、そのお土産にって」

「へー……頂くわね」

香り高いものだった。お茶のことは良くわからないが、希の入れたお茶が美味しいのは知っている。
一口、口に含む。喉から胃へと流れていく。どことなく、ほっとした。

「ハラショー」

「くすくす……」

「なによ、希ってば」

「えりち、様になってるなあって」

「なにがよ」

「縁側に座ってるご隠居さんみたいや」

「それは、褒め言葉なの?」

「うん……くすくす」

「ありがとう」

私は片目を閉じて、呆れながらお礼を述べた。しばらく、時間が緩慢に流れていたた。希はいつも通りだった。
いつも通りを装っているのかとも思ったが、それを見抜くことはできなかった。やはり、穂乃果達の思い過ごしかもしれない。

「私な、そうやって味わって飲んでくれるえりちが好き」

にこにこと、希は言った。そう言って欲しくて飲んでる所もあったので、少し後ろめたい。何より、ここに居られる時間も長くなるような気がした。希は私を招くことはあっても、泊めることはなかったから。
キスの続きは、耳たぶをかんだり希の胸を揉んだりで、それ以上には進まない。希は恥ずかしいから、と言う。恥ずかしがる希は可愛かった。

「ねえ、希。今日……」

「ごめんな。今日はちょっと」

「そっか、じゃあ、また今度ね」

言葉を詰まらせないように、その時考えていたのはそんなことだった。時折、希に完全に気を許されていないような気がして、寂しかった。

私の独り善がりに、希が付き合ってくれているのか。そんな疑心暗鬼が少しだけ芽を出し始めていた頃。
街で、男性と話している希を見た、と凛と花陽が教えてくれた。

「楽しそうに、してました!」

「花陽、あなた絵里が今にもそこの窓から飛び降りそうな顔してるって気が付いてる?」

「す、すいません。でも、これは由々しき事態ですッ……浮気かもしれませんしッ……」

「浮気かどうかはわからないけど、親しい仲っぽかったにゃー」

「ていうか、当の本人が部室に来てないってのはどういうことよ、あんた、何か聞いてないわけ?」

「聞いてたら、こんな風にならないと思うけど。ねえ、にこちゃん、絵里、息してるの?」

「絵里ちゃん……おーい、パンだよー。ほら、パン」

「穂乃果じゃあるまいし……やめてあげてください」

「だ、大丈夫だよ。希ちゃんに限って、浮気なんてすはずないって……私は思うな」

「でもさ、ことりちゃん。男が寄ってくるのは良い女の証拠なんじゃうあば」

「穂乃果、あなたって人は! 止めを刺すようなことを」

やいのやいのと、メンバーが口々に勝手なことを言っている。

「希……うッ……」

「ちょ、絵里あんた泣くんじゃないわよ」

「にこちゃん、泣かせたらダメだよー」

「穂乃果に言われたくないわ!」

「エリチカ……お家帰る……」

「帰んなバカ」

「にこちゃん、それはひどいよ」

「穂乃果、絵里を笑わせなさい」

「え、えーっと、べろべろばー」

「うッ……」

周りが騒ぎ立てれば立てる程、まさかと思うことも真実味が増してくる。と、ドアノブが回された。全員が一斉に扉を注視した。

「遅れてごめんな……って、な、なんや」

希は少し後ずさった。

「あー、みんなお待たせの所申し訳ないんやけど……今日、用事ができてもうて……ごめんな、明日は行けると思うんよ」

希はそう言って、ぱたりと扉を閉めた。

「……怪しい」

穂乃果がぼそりと呟いた。

「いつかのにこちゃんみたいね」

「真姫ちゃん、にこがどうしたって?」

「尾行するにゃー?」

「え、絵里ちゃん、息してる?」

「尾行! やろう!」

「穂乃果ちゃん、本当にたまたま用事があるだけかもしれないよ?」

「ことりが言うように、そうだった場合、せっかくの練習時間を無駄にしてしまいかねませんね」

「じゃあ、尾行するグループと練習するグループに分かれようよ」

穂乃果は指を差した。

「絵里ちゃんと、にこちゃんと真姫ちゃんは尾行班で、それ以外の人は練習!」

「その心は?」

海未が尋ねる。

「みんな恋愛経験ゼロだから!」

穂乃果が満面の笑みで言った。

尾行なんて、希を疑っているような気がして嫌だった。でも、こうでもしないと、彼女が何を考えているのか分からない気もした。なにせ、直接聞くのも怖かったのだ。
こういう方法にしか頼れない自分が嫌だったけれど、にこと真姫の後押しもあり、お家に帰りたくなる気持ちをこらえ、今、私はとある病院のロビーにいた。


「総合病院……あいつどっか悪いんじゃ」

「でも、おかしいわ。受付素通りしてるし」

「希……」

「あんた、やっと喋ったわね」

「にこ、私……」

「泣き言は後で聞くから……ほら、いっちゃうでしょ」

「ええ……」

希は売店で立ち止まり、花を買っていた。

「誰か、知り合いのお見舞いじゃないの? 」

「そういう話を聞いたことはなかったけれど……」

私は希の家族の事を知らない。何も。彼女は一人暮らしをしていて、それで? 両親は何をしている?
いつも、休みの日は何をしている? 彼女は私の事をどう思っている?

「こっちは……精神科?」

気が付けば、希はとある病室の前にいた。

「あいつ……動かないわね」

五分程経って、漸く希はその病室の扉を開けた。

完全に扉が閉まってから、私たちも部屋の前に移動した。
にこが、扉に耳を当てる。

「にこちゃん……」

「しッ」

私も習って、耳を当てる。真姫がジト目で見ていたが、そうも言ってられない。ここに、彼女がいるのだ。


――希、どこに行っていたの

――ごめんね。トイレだよ

――そうなの。危ないから、外に出たらだめよ

――うん、わかってる。おかあさん、りんご食べる?

――ああ、だめよ。私が向いてあげる

――ひとりでもできるよ

――だめよ。さみしいこといわないで

絵里はその声を目を閉じて聞いていた。まるで、幼い子ども達が話しているようだった。

「これ、希の声よね」

にこも動揺していた。


――ほら、貸して

――やめて、おかあさん。それ、りんごじゃないよ!

――何言ってるの、こんなに赤いじゃない

――やめて!


ナースコールのブザーが鳴った。


「な、なに」

にこが立ち上がる。私はとっさに、病室の扉を開けていた。

まばゆい光に包まれ、視界が一瞬奪われた。


「希!」


私は愕然とした。

「え」

「なによ……これ」

いたるところにスタンドライトが置かれてあった。奇妙な光景。

「えりち……!?」

上半身を真っ赤に染めた希がこちらを振り返った。血だ。

「の、希……血が」

「あなたち……だれ? 出て行って! 希を外に引きずりだそうとしてるのね!? 希、大丈夫よ! お母さんが守ってあげる!」

希の母親らしき人物も、顔に血しぶきがかかっていた。彼女は立ち上がろうとして、ベッドから転げ落ちた。

「おかあさん!」

腕や鼻についていた管が抜けていく。

「お願い、出て行って!」

希が言った。

「わ、わたしは……」

私は、何。何を言おうとしている。希が私たちを外へ出す前に、医者が駆けつけた。続いて何人かのナース。ナースは全員を外に出すよう医者から指示を受けて、希も含め部屋の外へと追い出された。


病室の外で、希は何も言わなかった。沈黙に耐え切れなかったのはにこだった。
真姫は唖然としていたし、私は、情けないことにかける言葉すら見当たらなかった。

「希、あんたとりあえず拭きなさいよ、それ」

にこは自分のカバンから、タオルを取り出して希に放り投げた。彼女はそれを受け取って、にこを見た。

「ありがとおな」

いつもの関西弁。

「それと、つけてきて悪かったわね」

「ええんよ……いつか、分かることやった。カードも言うとったし……ただ、心の準備が私もできてなかっただけなんよ。怒鳴ってごめんな。みんな、私の事心配して来てくれたんやろうに……他のみんなにも近々説明するから。だから、今日はもう帰って……」

希は背中を向けた。彼女は、私の方をちらりとも見てはくれなかった。

次の日、希は学校を休んだ。担任なら何か知っているかと思い聞いてみたが、家庭の事情の一点張りだった。
放課後、希の姿を探して、私はふらふらと部室に向かった。


「……あ、えりち」

「希!?」

「昨日はごめんな。変な所見せてもうて」

部室には希だけだった。聞くと、私に話があるということで、他のみんなには屋上に行って練習をしてもらうよう頼んだらしい。

「私こそ、ごめんなさい」

「なんで謝るん? えりちは何も悪くないやん。それに、ウチだってこういう状況やったらたぶんえりちのこと知りたいって思うんよきっと」

希は私の手を取る。おもむろにタロットカードをカバンから取り出した。それを私の手に乗せた。

「なに?」

「これ、もっといて欲しいんよ」

「どういうこと?」

「ウチ、ラブライブ参加できん」

希は申し訳なさそうに、頭を下げた。

「……希?」

これは、自分の代わりだとでも言うのだろうか。

「他のみんなには説明してきた……ウチの母親、ちょっと病気でな。父親も仕事忙しいし……叔父がたまに面倒見るの手伝ってくれてるんやけど、やっぱり身内がするべきことやんか……こればっかりは」

みんなは納得したというのか。

「あなたの家の事情が大変なのはわかる……。たぶん、あなたが色々思い悩んで決めたんだってことも分かる」

「うん……」

「でも、あなたはそれでいいの?」

「どうしようもないんよ」

「9人でって言ったのは、希、あなたじゃないッ」

思わず叫んでしまった。希は動じてはいなかった。

「私に、ううん、私たちにできることがあるなら言って。力を合わせればできないことはないでしょ?」

「えりち……そうやね。それは本当。でも、そうじゃないのも本当なんよ。私の都合でμ'sを8人にしてしまうのを許して欲しい」

「許せなんて……やめてよ」

希はなんでこんなことを言うのだろう。何を諦めてしまったのだろうか。

「希、お願いだから、私にできることがあるなら言って。お願いよ」


「えりち……ありがと。付き合ってくれてほんまにありがと。短い間やったけど、楽しかった……」

「希、あなた何を言ってるの?」

「でもな、やっぱりえりちに私はもったいない。もっとええ人たくさんおる」

「あなた以上に、いい人なんていない。希、分からないの……?」

希を止められない。彼女の言葉を止められない。聞きたくないのに。でも、家庭の事情だけではなかったら?
その言葉が希から出たものだったら?

「別れて欲しいんよ」

「いや、いやよ」

「わがまま言わんといて。これからは会う機会も減ると思う」

「そんな、付き合った時は希そんなこと言ってなかったじゃない」

「事情が変わったんよ……分かってや、えりち」

希は、私から離れると、窓の外に視線を逸らした。

それから、彼女はぽつりぽつりと語り始める。
引っ越しばかりで、母親も頼れる人を作れず育児に疲れてしまったこと。
心身症を患い始めたのは、希が小学生の時だった。

その頃から、母親は宗教にのめり込む。占いや、心霊現象などと言ったオカルトにも手を出していった。
希も大いにその影響を受けて育った。

父親は、仕事が忙しいのを理由に、家庭をかえりみることをしなかった。
今もほとんど家に帰っては来ない。母のお見舞いに来たのも、何か月も前だという。

「やっぱり、目を離すと何するかわからんやん?」

小さく希は息を吐く。

「それで、この間みたいなことになったらしゃれにならんしね……ナースも昼間は看てくれるけど、いつもっていうわけやない」

「そうだとしても、父親に言うべきよ……希は、希の人生があるんだから」

「ううん、これも運命なんやと思うんよ……ああ」

希は時計を見た。

「時間や。もう行かな」

「の……」

「何も言わんといて。ね」

希は私の口を手で抑えた。それがあまりにも切なくて悲しかった。私は何もできないまま、希を行かせてしまったのだった。

屋上への階段を登る。扉の前で、穂乃果達が待っていた。

「みんな……」

彼らは納得したわけではなかったのだと、絵里は思った。

「絵里ちゃん……」

私なら、説得できる。そう思って、私と希だけにしてくれたのだ。
だが、どうだろう。私を見る期待に満ちていた目が徐々に暗くなる。諦めの色が広がる。私は期待を裏切ってしまった。

「ごめんなさい……希を止められなかった」

「謝らないで、絵里ちゃん」

「そうですよ……絵里に説得できないのに、私たちなんて……」

「ううん、違うよ。諦めちゃうの、絵里ちゃん?」

「穂乃果……私」

「ラブライブは、9人で出る。一人でも欠けたら、それはもうμ'sじゃないよ」

「分かってるわよ、そんなこと……でも」

「一人でも諦めたら、何も叶わない。でも、諦めなかったから、絵里ちゃんが諦めなかったから、μ'sは誕生したんだよ。なら、絵里ちゃんが諦めなければ、希ちゃんは絶対に戻るはずだよッ」

穂乃果の言葉には、根拠などない。けれど、彼女の言葉はまっすぐに自分に突き刺さった。

「ですが、穂乃果……希をどうやって説得するんですか……」

海未の言うことはもっともだった。彼女の気持ちを変えたとして、彼女を取り巻く状況を改善することはできない。

「そうだよね……何も考えてないけど、何か考えるから!」

「ったく、見てらんないわね」

にこが言った。

「まずは、父親の所に行って状況を説明するってのはどう?」

にこの提案に、凛が弱弱しく突っ込む。

「でも、お父さんは家に帰ってこないって言ってたにゃー……」

「あ、で、でも希ちゃんに頼んで職場を教えてもらえば」

「ですが、希が教えてくれるでしょうか……」

「希の性格なら、絶対に教えないと思うわよ。先生に聞くって言うのは、どう? まあ、無理があるかもしれないけれど」

真姫が答えた。

「いいね、それ。なんでもいいから思いついたら、みんな言ってって」

穂乃果はそう言って私を見た。

「たぶんだけど……希ちゃんの気持ちを変えるのは、たぶん絵里ちゃんにしかできない……。だから、私たちは絵里ちゃんが絶対に諦めないように頑張るよ!」

「穂乃果……みんな……」

「じゃあ、凛、ひとっ走り先生の所に」

「待ちなさい、行くなら全員で行く。数でおしゃあ勝てる」

「にこちゃん、職員室狭いからみんなは無理だよ……」

「ことり、あんた……そう言えば理事長の娘だったわよね……?」

「え、あ、うん」

「「「「「「「それだ!」」」」」」」

挫けそうになっていた。彼らがいなければ挫けていた。
私は伏せていた顔を上げ、目の前にいる理事長を見据えた。

「…東条希さんの件は、担任の先生から聞いているわ。学校に来れない日も、あるかもしれないと」

「お母さんなら、分かるよね? 希ちゃんのお父さんの職場」

「気持ちはわかるけれど、それを教えることはできない立場なのも分かるわよね?」

「うん。だから、どうやったら教えてもらえるかな、っていう相談なんだけど」

「それをお母さんに聞くの?」

「うん、ダメ?」

「こ、ことりちゃん、強い」

「穂乃果、しッ」

「お母さんは、連絡がとれる立場だよね? お母さんから、お願いしてもらえないかな。私たちに連絡先を教えてもいいように」

「お願いです、理事長ッ」

「綾瀬さん……」

「私は希に諦めて欲しくないんです。自分のやりたいこと、自分のことを」

「ふう……あなたたちは、いつもそうね。諦めなければ、こちらが折れると思っているの?」

「お願いですッ」

「私を説得するのは容易いかもしれないけれど、東条さんのお父さんはかなり骨が折れるわよ」

「理事長、そこをなんとか」

穂乃果が頭を下げる。

「まあ、いいでしょう。あなたたちには借りもあることですし……それに、あなたたちならもしかしたら」

「お母さん?」

「いえ、ちょっと待っていなさい」

理事長はそう言って、承諾してくれた。

次の日――


ことりが転がるように部室に入って来た。その場にいた私と海未は何事かと首を傾げる。

「た、大変!大変だよ!」

「ことり、落ち着いてください。どうしたんですか?」

「希ちゃんの、お父さんが来たの!」

「はい?」

「失礼」

中肉中背のスーツ姿の男性が一礼して部室へ足を踏み入れる。
どこか眠たげな表情だった。シャツはよく見ると少しよれていた。

「な……」

私と海未はその場で立ち上がった。

「希がお世話になっています。理事長から、お話を聞かせてもらいました。希の進路にも関わってくる話ですので、直接出向かせてもらいました」

「あの、私は綾瀬絵里と申します」

「私は、園田海未です」

「初めまして、希の父です」

私は、とりあえず彼に席に座るよう促した。若い。30代に見える。

滅多に家に帰らないというのに、なぜ今回は理事長の話に応じたのだろう。そもそも、理事長は何と言って父親を呼び出したのだろうか。疑問はすぐに解決した。

「希がね、スクールアイドルをしているというのは、弟から聞いていました。進路にも大きく関わってくるので今回の件、非常に私としても困るんです」

「どういうことですか?」

「綾瀬さん、あなたがリーダーですか? 希が抜けるとスクールアイドルも解散ということですよね。希にはどうにか抜けないように説得しますから、解散させないでくさい。希にもこちらに顔を出すように言っておきますから」

解散? 何の話をしているのだろうか。私はことりを見た。アイコンタクト。話を合わせて、と言っているようだった。

「希は、母親のそばをなかなか離れられないと聞いています。どのようになされるおつもりなんですか?」

「まあ、家政婦を一人雇いますよ。妻を見るのは、希じゃなくても構わないので」

そうだろうか。あの様子だと、そうでもないような気がする。

「あの、あなたが奥さんを見るというのは難しいのでしょうか?」

海未がおずおずと質問した。

「私? 私にはそんな時間はありませんよ」

「ですが、実際にこうやってここに来る時間はありますよね? 交代で見ることはできないんですか? 希は、家族で見るべきだと言っていましたが」

海未はちらりと私を見た。少し、震えていた。

「希がそんなことを?」

「ええ」

私は頷く。

「まだ、そんなことを言ってるんですね。妻は、希かどうか区別なんてついてないのに……可哀想な子だ」

「どういうことですか?」

「希から聞いていないんですか? 妻は、誰が来ても希しか言わないんですよ」

「そんな……」

「だから、家族で見ようが親戚で見ようが、全く赤の他人で見ようが変わらないことなんですよ。まあ、私も何年も前に分かったことで、今はどうかさえ知りませんが。さて、こんな話をしに来たんじゃないんです。希を妻から引き離しますので、μ'sを存続させ、ラブライブに出場しなさいな。応援してますよ。今の実力なら、ラブライブの上位もおかしくないでしょうし」

理事長がどうも一計を案じたようだ。そして、この男はまんまとそれに嵌った。

「なるほど、希のためと仰るんですね」

「ええ、あなたたちも青春をしっかり謳歌してください」

希のため。この男は、希がなぜお母さんを見ようとしているのか、知っているのだろうか。それは、家族だからではないのか。

「あなたの仰ることは分かりました」

「ああ、良かった」

「ですが、希が戻ったとしても、ラブライブには出ませんし、μ'sも解散させます」

「?!」

彼は目を見開く。自分の思い通りにならなかった、そんな表情だった。





海未もこちらを見る。内心はらはらしているに違いない。

「それは困るな。いや私ではなく、希がなんですがね。君たちもそんなことをすれば、名に傷が残るでしょう」

「そんなことは些細なことなんです。私たちは、希が本当にやりたいことをさせてあげたい。だから、無理に戻してもらう必要はありません」

「な、何を言っているんですか? 希が戻らなくて困るのはそちらの方でしょう?」

汚い人だ。あたかも、こちらの分が悪いかのように話を進めてくる。

「それは、あなたもですよね? 自分の名に傷がつくのを恐れてますよね。子どもを自分のステータス、くらいにしか思っていないんですか?」

「何を言っているんだ!」

声を荒げる。図星か。ハラショー。

「やめてください。そうやって脅せば私たちが言うことを聞くとでも思っているんですか? 自分の娘もそうやって脅すつもりなんですか?」

「……ああ、すみませんね。怒鳴るつもりはなかったんです。脅すなんて、そんな」

「話を戻しますね。私たちがμ'sを解散させない条件は、あなたが奥さんの世話をする。それだけです」

「……だから、私には時間が」

突如、部室のドアが勢いよく開いた。

「さっきから、なんなのあんた!」

「に、にこちゃんってば?!」

「てやんでい、こっちだって言いたいことあるぞ!」

「ほ、穂乃果?!」

「凛も良くわからないけど、にゃー!!」

「アホだ、アホがいる!」






「な、なんですか? 君たちも、μ'sのメンバーなんですか?」

父親は面食らっていた。どかどかと、残りのメンツが蟻の子のように入ってくる。

「希は、家族がいいって言ってるのに、どうして分かってやんないのよ」

「ていうかさ、時間時間って、たんに自分が忘れられてるのが怖いだけでしょ」

「ま、真姫ちゃんそれ言ったらだめだよ……」

「お父さん!」

「な、何ですか」

穂乃果が言った。

「希ちゃんは、お母さんを諦めてない。なのに、あなたは逃げるんですか? 伝えてあげてください、諦めなければ家族でいられるって。希ちゃんに諦めないことを伝えてください。お願いします。いたッ」

彼女は頭を下げた。下げすぎて、机におでこが当たった。

「私からもお願いします。保身のためではなく、家族のためにあなたが希を説得してくれることを願います」

私も頭を下げた。私には、この男が許せなかった。この男のためではない。希の家族のためだ。
メンバーの全員が頭を下げた。

そして、穂乃果が顔を上げた。

「私は、あなたを応援します。頑張って、お父さん!」

そこにいる誰もが、予想しなかった穂乃果の一言だった。海未の肩が少しこけた。

すごい面白かった
良かったら過去作教えて欲しいな

次回作期待して待ってる

1です。たぶん荒れるかもだけど、139のために上げておきます。

HTML申請してたのにむっちゃ伸びててワロタ。
読んでくれてありがとう。

>>139
過去作教えてとか初めて言われたので嬉しいけど、
ラブライブはこれが初めてのssだからオリジナルのssで良ければ

以下、ほとんど尻すぼみの過去作

「チカン電車 百合ver」
妹「お姉ちゃんが怖い」姉「妹、邪魔」
妹「お姉ちゃんが帰ってきた」姉「何か飲み物ちょーだい」

あとは、進撃とかガルパンとか

今回のssで注意書きの必要性をかなり感じたので、先に言っておくけど、
上記のssも人によってはかなり抵抗のある要素が含まれるので、
読んで気分を害することもあるかもしれないです。その時は、コメントに書くなり
そっとじするなりしてもらえたらと思います。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom