神谷奈緒「今度こそ終わりだ…ペルソナ!」(199)

こんばんは。

こちら

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の続きでございます。


いつも感想をくださる皆様ありがとうございます。

反応するときとしない時とありますが、実はめちゃくちゃ喜んでます。

では、風雲急を告げる第十七話をお楽しみください。


―――十二月三十日、桐条記念病院、のあの病室

「―――来たわね」

アタシたちが病室に入ると、待ちかねたように高峯のあが振り返った。

昨日の夜、貴音さんから電話を受けた後、すぐにみんなから連絡が来て急遽集まることになったわけだけど…。

「…人にさんざん迷惑かけといて、目が覚めたら突然呼びつけるってのはどういう了見なんだ?」

「…その事については謝罪するわ、迷惑をかけたことにも…でも今は、どうしてもあなた達に伝えなければならないことがあるの」

相変わらず独特の空気感を持ってるやつだ。
しっかりしてないと雰囲気に飲まれそうになる。

えっと、伝えたいことだって?

「まず、私を止めてくれたことについてお礼を言わせてもらうわ…ありがとう」

「え?えっとー…どういたしまして?」

突然の礼に未央が疑問形で返す。
なんだなんだ、恨み言の一つも言われると思ったらお礼だって?

何が起こってるんだ。


「どういうこと?私や杏をテレビに落としたりしたのはあなたの意思だったんでしょ」

「ええ、概ねは…自分のしたことについて弁解するつもりもないわ」

「じゃあなんでお礼なんて…」

「あなた達を巻き込んだのは、私の意志であり…同時に私の意志ではないからよ」

またこいつはわかりにくい言い方をする…。

「お前の何言ってんだかよくわかんない話はもう聞き飽きたんだよ!はっきり答えろ、なんでアタシたちにちょっかいかけた」

「…少し長い話になるわ…時間がないのでかいつまんで話すわね」

そう前置きして、高峯のあは語りだした。

「私は…子供のころからとある宗教施設で育ったの…宗教施設と言っても変なところではないわ、普通の小さな教会」

高峯のあは、孤児だったらしい。
その教会の前に捨てられていたところを、神父さんに拾われ育てられたそうだ。

「そこで神学を学び暮らしていたある日…『父』が不慮の事故で亡くなったわ…私が十四の時」

ほかに身寄りもなく、途方に暮れていたのあを引き取ったのが、今の『方舟』の主要メンバーの一人だったらしい。


「私は小さいころから他人の心に敏い子供だったの…人の考えていること、感じていることがなんとなくわかったわ…秘かに『神の子』なんて呼ばれていたようね」

育ての親を失い、失意の内にあったのあを『方舟』の幹部たちは教祖として祀り上げ、あの団体を作り上げたらしい。

「『方舟』の教祖となってすぐに、ペルソナの力に目覚めたわ…彼らは、私の能力覚醒にますます喜んだわね」

以来、のあは『方舟』の教祖として人々の救済を使命に生きてきたらしい。

「…父の死は…私に絶望をもたらしたわ…ただでさえ実の親に捨てられるという絶望に始まった人生なのに…今度はそこから救い上げてくれた人が何の前触れもなく突然私の前から消えた…言い訳をするつもりはないけれど、『方舟』の教えは私の心によく馴染んだわ…」

「捕えた『方舟』の幹部が同じようなことを話していました。その神秘的な容姿、不幸な境遇とそこからくる思い込みの強さ…高峯のあは、彼らの目的のためにうってつけの人物だったようです」

目的…。

「『方舟』は、人類に待つ滅びの未来から自分たちについてくるものを救うということを表向きには掲げていました。しかしその実、人類に滅びを招き、選ばれた者たちのみの理想郷を作り上げることが目的だったようです。そして…」

貴音さんはそこで言葉を切ってのあの方をちらっと見る。


「そのことを、高峯のあは知らなかった」

「じゃあ…この人は…!」

「知らなかったからとはいえ、私に罪がないわけではないわ…少なくともあなた達をあちらに落としたり、あなたのプロデューサーをひどい目にあわせたりした罪は、ね」

「人々を救うという志は立派ですが、やり方を誤ればそれは単なる悪事にまで堕ちます。高峯のあは、それを間違えた」

貴音さんのいうことはもっともだ。
少なくとも、Pさんを傷つけたことをアタシは許さない。

「そんでさー、なに、杏たちはこの女の身の上話を聞かされるためにせっかくの休日を潰してきたわけ?」

「…いいえ、申し訳ないけれど、ここからが本題」

杏の遠慮ない一言にも動じず、のあは話を続ける。

「…この事件は、まだ終わっていないの」

「なんだって?」


「私が引き起こし、あなた達が戦ってきたこの事件…実はまだ終わっていないの」

「どういうことなのさ!だって黒幕はあなただったんでしょ!?」

「そうですよっ!ナナたちはあなたを倒して野望を阻止しました、これ以上まだ何かしようっていうんですか!?」

「えぇ、そうね…あの事件の黒幕は私、そして我が『方舟』もそこの四条貴音の手によって壊滅…本当なら終わるはずだわ」

「なら、何がまだ終わりじゃないんだにぃ?」

「…それは………はぁ…お願い、これは言いわけではないと思ってほしい」

高峯のあが初めて言いよどんだ。
よほど言いにくいのか、それとも。

「もったいぶらなくていい、それは聞いてから判断するから」

「………そうね、本来私はあなた達に何かを乞える立場ではないわ…」

深呼吸を一つしたのあは、アタシたちが驚くことを言い放った。


「教祖になったのは確かに私の意志だわ…けれど、少し前から私は操られていたの」


「はぁ?」


これが言い訳じゃないってのかよ。

「あなた達にどう思われても構わないわ…だけど、とにかく話をさせて」

そういってのあは、再び話し始めた。

「操られていたというのは正確ではないかもしれない…少し前から、私の心は昏い何かに覆い尽くされていたわ。とても強く、大きい何かに…。手段を選ばなくなったのも、『方舟』の活動が過激化し始めたのも、私が心を闇に染められてから」

「そんなのアンタの心が弱いだけだったんじゃ…とは言えないか、まぁ杏たちも自分のシャドウに負けそうだったわけだしね」

「私は神を信じてきた…この絶望の世界から逃れるためには、神にすがるほかないと信じてきた…そしていつの間にか、神のためならば何でもするただの奴隷と成り下がっていたの」

ちょっと待てよ、その言い方だとまるで…。

「まるで、神様が悪いみたいに聞こえるんだけど…」

「神に善悪はないわ…神は神であるがまま…人が神の善悪を決めるなんて烏滸がましい…けど…あれは…あれは…神などではないわ…私が信じてきたものは…!」

のあはこぶしをギュッと握りしめている。
自分の信じていたものを否定するってのか。

でも、神じゃないってのは…。


「…そもそも『方舟』が、人類に滅びをもたらす方法としてシャドウを使うことを選んだのは、桐条鴻悦の亡霊とも言うべき者の仕業です」

「それって、貴音さんが前に言ってた…」

「はい。確かに桐条の実験施設『えるご研』は完全に葬り去られました。しかし、鴻悦の魅入られた『滅びの未来』に自身もまた魅入られた研究者がいたのです。実験の中止を察知し、資料と薬物を持ち逃げしたその者が作った組織が『方舟』。桐条鴻悦の夢の残滓です」

桐条鴻悦の実験…詳しいことは教えてもらってないけど、人類が滅んじまうような実験だったらしいってのはうすうす感づいてた。
要は、その遺志を継いだやつがいたってことか。

「『方舟』の創設メンバーであった彼は、シャドウを活性化させ、滅びの神を呼ぶ準備を進めていたようですが…えるご研から持ち出した薬の副作用で命を落としたようですね。彼はその真意と研究内容を誰にも話していなかったらしく…後に残ったのは『自分たちの理想郷を作れる』と思い込んだ教団メンバーと、人々を救えると思い込んだ高峯のあが残った」

「…つまり、制御するもののいない装置が暴走しだした、というわけか」

それまで黙っていた鳴上さんが口を開く。
その眼には何かを確信したような光が宿っている。

アタシにもなんとなく話が見えてきた気がする。


「人々の『滅びの意志』を集める装置が暴走し、だれも制御しないままにどこかに溜め込んでいるといことか」

「でも、そんなのどこに…」

「テレビの中…じゃないか?」

「あ!」

アタシの一言に何人かが声を上げた。
冒険を重ねてアタシたちは強くなっていった、けど、シャドウも同じように強くなってた。

今まであんまり疑問に感じてなかったけど、それってつまり…。

「みんなの不安や不満が、あっちの世界に溜まってたから…シャドウが強くなってたってこと?」

辻褄が合った。

「いつの頃からか…私の心に訴えかけてくる声があったわ…『方舟』を強く、大きくしろと…人々を救えと…私はそれを神の声と信じて従って来たけれど…」

「世界を滅ぼすための下準備だったってわけか…てか、それだとお前をそそのかした奴が別にいるってことじゃねーか!」

花村さんが大声をあげる。
そうだ、そういうことになる。


「…そう、より多くの人を集めるために『導き手』を得ようとしたのも…八十稲羽の虚ろの森でアメノサギリの因子を奪ったのも…あなた達に試練を与えたのも…すべてその『声』に従ったのよ…けれど、従ったのは私の意志、許してもらいたいわけではない…それだけは覚えていて」

「そんなことはいい!お前がやったことをアタシは許すつもりはない。けど!それとほかに何か企んでるやつがいるって話は別だ!誰なんだよそいつは!」

そうだ、せっかく全部終わったと思ってたのに、そんなやつがいるなんてほっとけないだろ!

「…そのお方…いえ、あれは…」

何か言いかけて言い直したのあ。
表情には苦悩が浮かんでいる。








「…滅びを望む者の名は…『神』」







神?神って…。

「えっと…カミって神様ってこと?」

千枝さんが確認するように聞き返すが、のあは答えない。

「…『神』とは言っても、皆が想像するものとは少し違います。そもそも、『神』という存在自体曖昧なものではありますが」

のあに代わって貴音さんが説明を始める。
たぶん、アタシたちが来る前にある程度話は聞いてあったんだろう。

「『神』とは、人間の信仰の対象を指します。例えば、路傍の石でもそれを崇め奉れば神になるのです。まして日本は八百万の神の国、森羅万象すべてに神が宿っているという考えも広く根付いています」

「じゃあ、この人のいう『神』って?」

「『方舟』のもたらした思想により、誤った信仰の上に成り立つもの。人々の負の感情を吸収し膨れ上がった存在。たとえそれが負の感情であれ、人の信仰の上に成り立つのであれば『神』と呼ぶほかないでしょう」

「元はイザナミたちと同じだったと考えるのが妥当か」

「恐らくは。しかし、人々の負の感情を吸収しすぎた今となっては、ただ滅びを望むだけの存在と成り果てているでしょうが」


「…じゃあ、アタシたちがテレビに落とされたやつらを助けたり、のあを追いかけてる間に、世界は滅びに向かってたってのかよ。せっかく黒幕を倒したのに…アタシたちはずっと関係のないところでジタバタしてただけだってのかよ!!」

アタシは耐え切れずに叫ぶ。
あんなに大変な思いして、みんな沢山傷ついて、その結果がなんの関係もありませんでした、だ?

ふざけんなよ!!

「…今まであなた達を散々邪魔してきた私が言えたことではないのはわかっているわ…だけど、お願い、『神』を倒して欲しいの…あれはまだ…人々を滅びへと導く意志を持ったまま蠢いているわ…」

のあはベッドの上でアタシたちに頭を下げる。

「私は…本気で人々を救いたいと思っていた…救えると…思っていた…!

この世界には悲しいことが多すぎる…少しでもそれを減らすことができればと…!

でも、それは…こんな形でではない…!」

のあの肩が震えている。
固く握りしめられたこぶしに巻き込まれて、シーツはしわくちゃだ。

「…どんな罰でも受けるわ…だからお願い…今の私では…この始末をつけられない…」

「…顔、上げろよ」

震えるのあに、アタシは声をかける。


「アンタがどんなに謝っても、アタシはアンタのしたことを許すつもりはない。

少なくとも今は、まだ。

だけど、アンタが今の言葉をどれだけ本気で言ったかくらいはわかる。

…アタシたちに任せておけよ」

「……………ありがとう…ありがとう…」

「礼なんか言われる筋合いねーよ。アタシだって、せっかく守ったこの世界が壊されちゃたまんないしな」

神様だか何だかしらねーけど、好きにさせやしないさ。

「それで、その『神』ってのはどこにいるんだ?それに、こんだけ急いで呼び出したってことはもしかしてわりと時間がないんじゃ…」

「…そうよ…あなた達が私を倒したことで、集めていた負の感情がかなり散らばった…本来であれば聖夜に人類を導く予定が崩れたの…だから『神』は、これ以上力が弱まる前に強引に…」







―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…






のあがそこまで話したところで、突然地震が起こった。
これは、でかい!

「しまった…こんなに早いなんて…!」

「どういうことだコラァ!」

「…始めたのよ、『導き』を」

空が昏くなる。
大きな揺れは治まったけど、地鳴りは続いている。

窓の外をみると、うっすらと霧がかかり始めている。

「これは…!」

「テレビの中の霧だ!うちらの時と同じだよ!」

異世界眼鏡をかけた千枝さんが叫ぶ。
それを聞いて、全員眼鏡をかけて窓の外を見た。

「ホントだ…この眼鏡だと霧が晴れて見える」

「どうなるんだ!?」

「…あちらとこちらの境界が危うくなっているわ…じきにシャドウが湧き出し、人類は影に飲み込まれる…」


「それマズイよ!」

「強いシャドウになるとペルソナじゃなきゃ戦えない…!」

「おい!その『神』ってのはどこなんだ!ソイツを倒しゃこれは終わるんだろ!?」

「…ごめんなさい…わからないわ…」

「くそっ!どうしろってんだよ!」

「落ち着きなさい」

焦るアタシたちを、貴音さんが一喝した。
ハッとしてみんな注目する。

「高峯のあからこのような事態が起こる可能性を聞き、既に美鶴が手を打ってくれています。『神』の場所はともかくとして、今は一刻も早く関係のない方々を避難させるのが先です。あなた方は貴重なペルソナ使い…手伝っていただけますね」

「それはもちろんです!…あ、でも私たちテレビの外じゃペルソナさん使えないんでした…」

「いや、そうでもないぞ…ペルソナ!」

卯月の言葉を聞いて、鳴上さんがイザナギを呼び出してみせた。

「やっぱりか」

「どういうことだ、相棒」


「シャドウが湧き出すということは、ここはテレビの中とそう変わらない空間になるということだ。それに、シャドウとペルソナは制御されてるか否かの違いだけで基本的に同じもの…やつらがこっちで実体化できて、俺たちができないはずがない」

さすが鳴上さん、冷静だ。

「この現象がどの程度の範囲で起こっているかはわかりませんが、少なくとも首都圏は危険なはず。双葉杏と久慈川りせは、これから山岸風花という者のところへ案内いたします。彼女もまたアナライザーです。三人で協力して敵の根城を暴いてください」

「わかった!」

「りょーかい」

「他の方々は私と来てください。人々の避難が完了するまでしゃどうの撃退に協力していただきます」

『了解!』

「…待って、神谷奈緒」

病室を飛び出そうとしたアタシを、のあが呼び止める。

「なんだよ」

「…私が『神』の言葉に踊らされていたのは事実…けれど」

「けれど?」







「私があなたを選んだのは…あなたに光を見たから…これは紛れもない私の意志よ」






「どういうことだ?」

「あなたには力があるわ…あなた自身気づいていないような強い力…絆を生み出し束ねる力…あなたなら、できる…頼んだわ」

またよくわかんねぇこと言い出したけど…応援されてるってことでいいんだよな。

「言われなくてもなんとかするさ!アンタにはまだまだ色々聞きたいんだ、さっさと終わらせて戻ってくるから、首洗って待ってろ!」

それだけ行ってアタシは病室を飛び出した。


―――街中

「なんてーか、おおっぴらにペルソナ使っていいってのは、ミョーな感じだよ、なっ!」

花村さんがトーテムポールようなシャドウを仕留めながら言う。

「ま、あたしたちの冒険の話なんて、誰かにする日が来るとは思ってなかったし、ね!」

ローブを纏ったゾンビみたいなシャドウをはるかかなたに蹴り飛ばしながら、千枝さんもそれに答える。
アタシたちの武器は、貴音さんが桐条経由で用意してくれたらしい。

事務所まで取りに戻ってる余裕はなかったから助かった。

「神谷さん、左から来てるっ!」

「大丈夫だ!」

アタシも巻物と魚が合体したようなシャドウを叩っ切って次に備える。
けど、魚シャドウの後ろに迫ってた性悪キューピッドみたいなシャドウたちは、軒並み弓矢で射抜かれていた。

「そっこらじゅうにうじゃうじゃいるねー」

「強さはそれほどでもねーのが救いだな」

今アタシたちは、数人ずつに分かれて避難活動の手伝いをしている。
杏とりせちー、それから山岸さんという人が『神』の居場所を探ってる間に、なんとか関係ない人たちを安全なところに逃がさなきゃいけないからな。


桐条グループの何がすごいって、その辺の体育館どころかドーム球場なんかも押さえて避難所にしてるところだ。
噂によると南条グループも協力してるみたいだけどな。

「岳羽さん、平気?」

「大丈夫、これでも結構鍛えてるから」

この人は、アタシたちと一緒にシャドウの撃退をすることになった岳羽ゆかりさん。
貴音さんが前に言ってた、桐条美鶴と共に戦った仲間の一人らしい。

もちろんペルソナ使いで、そのペルソナは…。



「イシス!メディラマ!」



上半身だけの女神像のような姿をしたペルソナ、イシスだ。
回復呪文が得意で、アタシたちのチームが前線にいる理由の一つだ。

実は同業者で、モデルで女優だ。
光がいたら喜んだろうな、なんてったって特撮番組でピンクをやってるんだから。

てかこの人もペルソナ使いってなんか業界の人多くないか…。


「ありがと!ゆかりさん!」

「うっひょー、やっぱり美人にかけてもらう回復呪文は格別だぜ!」

「…なんか花村君てさ、順平と被るんだよね」

調子のいい花村さんに苦笑交じりのため息をつく岳羽さん。
今名前のでた順平っていうのも岳羽さんの仲間で、フルネームが伊織順平。

花村さんタイプのお調子者って感じだったけど、大丈夫かな?

ちなみに伊織さん、ってこう言うと765のいおりんと被ってめんどくさいな。
順平さんは巽さんたちと行動してる。

他にも真田さんて人や、天田くんて男の子もいたな。
犬がいたのには驚いたけど、まぁ特別捜査隊にはキツネが協力してたらしいし、普通…なのか?

一番驚いたのはアイギスってロボットがいたこと。
ロボットってかアンドロイドなのかな?

映画に出てくるロボットみたいに人間とほとんど変わらない挙動で心まであるし、ちゃんとペルソナも使えるっていうんだから世の中は広い。

「ずいぶん避難は完了したみたいだけど、りせちゃんたちはどうなってるかな」

「今までとは勝手が違うし、手間取ってるんじゃねーか?ここは、現実世界だもんな」

花村さんの言うとおり、ここは現実だ。
シャドウ以外の気配が多くてサーチもしづらいだろう。


それもあってこうしてみんなを避難させてるんだけどな。

「大丈夫、そっちのアナライザーもすごいかもしれないけど、風花だって負けないくらい凄いからね!」

ゆかりさんが笑ってみせる。
こういう状況で笑える人は強い。

だからアタシも不安は顔に出さない。

「アタシらがここで頑張れば、杏たちもやりやすくなるはずだ。もう一息、踏ん張ろう!」

アタシと千枝さん、花村さんと岳羽さんのグループは攻撃力も高く、回復の手段も豊富で補助呪文も多く扱えることからシャドウ撃退班の中でもわりと戦いの激しい所にいる。
似たようなグループだと、鳴上さんと真田さん、きらりと菜々さんのチームがそうだ。

けど、いくら対応力があったって戦う力には限界がある。
この後のことも考えるとそろそろ戻りたいけど…。

「待って!通信…はい、こちら岳羽班」

アタシの祈りが通じたのか、本部から岳羽さんに連絡が入った。

「この地区は避難完了ですね、了解です!…はい…本当ですか!了解です!」

通信を切った岳羽さんが勢い込んで喋りだす。

「敵の本拠地がわかったよ!この道をまっすぐ抜けたところで合流して、みんなはそっちに向かって。町の検索は私たち“特別課外活動部”が引き受けるから!」

「わかった!」


―――街中、中央交差点

「ゆかりッチー!こっちこっちー」

通信が入ってからひた走って十分くらい。
アタシたちチームは合流地点についた。

他のチームはもうついていたらしい、順平さんが手を振っている。

「アタシたちで全部か?」

「あぁ、アナライズ班も先程到着した」

上裸に赤マントというなんとも攻めたスタイルの真田明彦さんが指差す先を見ると、杏とりせちー、そしておとなしそうな女性、山岸風花さんだろう、がへたりこんでいる。

「どうした、何があったんだ?」

「いや…」

「桐条先輩が…」

「ヘリを出してくれたんだけど…」

「気流の関係で随分揺れてな、この有り様だ」


少し申し訳なさそうな顔を浮かべているこの人が桐条美鶴さん。

流石、この年で人の上に立つ人はオーラが違う。
そう感じるのはけして威圧感たっぷりの黒ボディスーツのせいじゃないはずだ、きっとそうだ。

「乗り物酔いかよ…シャドウに襲われたのかと心配したぜ」

「なにをー!杏はもう無理だー心配しろー!」

「それで、敵の居場所は」

杏の軽口を華麗にスルーした鳴上さんが尋ねる。

「あそこです」

山岸さんの指差した先には…空高くそびえる電波塔。
東都タワーか!

「っていっても、あそこには入り口があるだけみたい」

「この現象はあそこを中心に起こってるみたいだしね、多分間違いないよ」

「本当は送ってやりたいが、気流やシャドウの関係でこれ以上ヘリは近づけない。道路も荒れているから車も出せないしな」

「ヘリはもう勘弁だからちょっと助かるかもだけど」

りせちーが桐条さんにウインクをする。


「神谷、本部の貴音から通信だ」

貴音さん?
アタシは桐条さんからシーバーを受け取る。

「神谷です」

『奈緒、私です』

「貴音さん」

『敵の居場所が分かったようですね。これが本当に最後の戦い、人類を…世界を、頼みます』

「あぁ、任せてくれ」

『奈緒の事務所のお仲間たちは、無事に避難しております。なむこの面々も同様。ご安心ください』

そっか、みんなは無事なんだ。
よかった。

『私たちにできる支援はここまでです。武運を祈ります』

「あぁ、ありがとう、貴音さん」

「お前たちが戦っている間、街の検索は俺たちが引き受ける。安心してくれ」

「お願いします!それじゃみんな…」


「待ってください!囲まれてる!」

真田さんの言葉に応え走り出そうとしたアタシたちを、山岸さんが制す。
囲まれてる?

山岸さんの言葉に全員が身構えると、アタシたちの周囲を囲むようにしてシャドウが湧き出した。

すごい数だ…十や二十じゃ利かない!

「なんで!?さっきまでなんの気配もなかったのに!」

「どいつも強いよ!気を付けて!」

杏の言葉を受けて、特別課外活動部の番犬コロマルとロボットアイギスが飛び出した。


「アオーン!」

「ペルソナ、レイズアップ!」


それぞれのペルソナ、ケルベロスとアテナが広範囲の攻撃を放つが、数は減らない。

「お、俺もっ…」

「お前たちは次の為に力を温存しておけっ!」

飛び出そうとする花村さんを制して、真田さんと桐条さんが前に出る。



「カエサル!」

「アルテミシア!」


電撃と吹雪が敵を襲うが、倒した端から新しいのが湧いてきやがる!

「順平さん、一か八か突撃しますか?」

「おいおい天田くん無茶言うね!でも、それしかない感じ…?」

「バカ言わないで!あの数相手じゃ、回復が追いつかなくてあっという間に飲み込まれるわ!」

「じゃあどうすんだよ!」

「…こんな時『彼』がいてくれたら…」

そうこうしている間にもシャドウはじりじりと包囲網を狭めてくる。
…親玉の元へはいかせないってか。

焦る仲間たち、シャドウのざわめき。
その喧騒の中で、アタシは確かに聞いた。







「やれやれ、ったく、相変わらずバカだよねぇ…人の為に体なんか張っちゃってさ」









迫るシャドウの向こうに、人影が見える。若い男だ。
誰だ?こんなとこでなにしてんだ?









「邪魔だよ…マガツイザナギ!」






男の呼びかけに応じて現れたのは、鳴上さんのイザナギによくにた黒い影。
ソイツは得物を振り上げると、力任せに薙ぎ払った。

凄まじい力が吹き荒れて、シャドウが蹴散らされる。

「誰だ!」

「よくわかんねーけど助かった!…て、あぁっ!!」

「…足立さん」

「や、こりゃどーも」

蹴散らされたシャドウの間をゆっくりと歩きながら、男が近づいてくる。
足立って…去年鳴上さんたちが戦って言う、あの?

白いワイシャツに灰色のパンツ、ラフというより簡素な格好だ。
もしかして、マジで本物?

「困るんだよねぇ、せっかく君らのルールで生きるって決めたのに、それをたった一年でひっくり返されてちゃあ、君らに負けた僕の立場がないじゃない」

シャドウの群れの中に立っているにも関わらず、のんきな声を出す足立。
けど、なんでかシャドウは足立を襲わない。それどころかなにか恐れているようにも感じられる。

「アンタなんでここに!刑務所に入ったはずでしょ!?」

「刑務所にだってテレビはあるだろ?それにこの騒ぎだ、抜け出すくらいわけないよ」


千枝さんの叫びにへらへらと答える足立。
刑務所のテレビから入って、別のテレビから出たってことか…なんでこの人はそんなことができるんだ?

「どうやったかなんてどうでもいい!何しにきやがった!!」

「うるさいねぇ、そんなに大声出さなくても聞こえてるよ。言ったでしょ、君らにここで負けられると僕が恥ずかしいワケ」

「目的はなんなの!?」

「目的?別にないよ、そんなの。ただ、僕にできたし、面白いから」

「く…っ」

特別捜査隊の面々の問いかけに終始へらへらした態度を崩さない足立。
真面目に答える気はない、ってことか。

「しっかしまぁキミらも相変わらずだよねぇ、ぽこぽこ仲間増やしてさ。よくまぁそうやって自分を他人にさらけ出そうと思えるもんだよ」

呆れたように笑う足立。
見た目は優男風だけど…なんていうか得体の知れない不気味さがある。

「脱獄は重罪だ…あなたともあろう人がなぜそんなことをしたんですか?」

鳴上さんが足立に静かに問いかける。

「…相変わらず君は可愛げがないねぇ、そういうとこ、ホントに堂島さんそっくりだよ」


へらへらしていた足立の表情が、ニヒルで邪悪な笑みを浮かべたものに変わる。

「僕ってさ、案外プライド高いワケ。それなのに、僕の生き方を否定してくれた糞ガキどもがこんなところであっさりやられるのは非常に面白くないんだよ、君らに負けた僕が恥ずかしいじゃない」

どこまでも自分本位な理屈を語る足立。

「それに、刑務所って真面目に反省してるふりをしてれば待遇も悪くないし、刑務作業は単純だし、正直退屈なんだよねぇ。それでこんな面白そうなことが起こってたら、ほっとくのももったいないじゃない?」

「あなたは相変わらず…!」

「それで?助けてあげたのにお礼の一つもないわけ?そんなんだから『最近の若いもんはー』ってお年寄りがうるさいんだよ」

「テメーに礼を言う筋合いなんかねーんだよ!」

「やれやれ」

足立は頭を掻いている。
でも、助かったのは事実なんだよな…。

「でさ、君らこんなところで僕と言い争いしてていいのかい。やらなきゃいけないことがあるんだろう?」

そうだ、突然の闖入者に気を取られてたけど、アタシ達は早くあのタワーに行かなきゃいけないんだ。


「ここは僕の得意なフィールドだ。だけど、君らには僕にはできないことができるって言い張るんだろう?行けよ」

「…どういう意味ですか」

「言葉通りの意味さ。さっきも言ったように、君らに負けられるのは困るんだよ」

言いながら足立は歩いてアタシ達の横を抜け、タワーへ至る道をふさぐシャドウの前に立った。

「足立透、事情は分からないが、協力してくれると考えていいんだな」

不審そうな顔をしながら尋ねる桐条さんに、足立は嫌そうな顔をする。

「協力?やだね、そういう仲良しごっこはゴメンだよ、僕は僕のやりたいようにやらせてもらうから」

「でも、この数相手じゃ!」

「大丈夫だよ、僕は君らより強いしそれに…こいつらもいるからね」

足立がゆっくりと右手を上げると、さっきの黒い影と、その両隣にまた別の影が湧き出した。
やはりイザナギによく似た姿に血のように赤いオーラを纏うペルソナ?と異様に長い銃身のリボルバーを二丁携え頭陀袋を被った異形が二体。

こいつら…ペルソナなのか?
嫌な寒気が止まらない…シャドウたちもざわめいている。


「か…刈り取るもの…!」

白鐘さんの押し殺した声が聞こえた。
見ると、特別捜査隊の皆も、特別課外活動部の皆も、青い顔をしている。

「ひひ…久しぶりでも、結構できるもんだねぇ」

「アンタ…なんなのよ!」

「単なる犯罪者だよ、そこの糞ガキどもに負けた、ね」

岳羽さんの叫び声を適当にスルーした足立がこっちを向く。

「ここの道を開けるから、さっさと行きなよ、遅れても面倒は見ないからね。…ああ、それと…やっぱいいや」

「叔父さんと菜々子なら、元気ですよ」

「…ホントに君って、可愛げがないね」

足立が良い澱んだことを汲み取った鳴上さんだけど、足立の返答は悪態だった。







「ストレス発散に付き合ってもらうよ…マガツイザナギィ!!」






足立の声に反応して、マガツイザナギが飛び出す。
その後を『刈り取るもの』が追従して、三体が強烈なエネルギーを解き放つ。

怯え逃げ惑うシャドウはなすすべもなく蹴散らされ、包囲網に穴が開く。

「みんな行くぞ!」

機会を逃さず、アタシの合図でみんな駈け出した。

「…恩に着ます」

「礼なんか言われる筋合いないね…行きなよ」

すれ違う瞬間、足立と鳴上さんの会話が聞こえた。
けど、立ち止まってる暇はない。

「必ず勝て!」

桐条さんの声を背に受けて、アタシ達はタワーを目指してひた走った。


―――東都タワー、正面入り口

「着いた!見ろ、テレビがあるぞ!」

特別課外活動部と、思わぬ助太刀のおかげで何とかたどり着いた。
タワーの入り口にはこれ見よがしにテレビが置いてある。

あそこから入れってことか。

「待って、シャドウの気配!上!」

りせちーの声に全員が身構え見上げると、タワーの外壁にでっかい竜の様な姿をしたシャドウが止まり、こちらを睨んでいる。

「またかよ!」

「…アレは強いね、まともに戦ったらこっちも無事じゃすまない」

くっそ、あと一歩で親玉のところまでたどり着けるのに…!
けど、もう救援はこない。

なんとか乗り越えるしかない!

けど、アタシ達の緊張は肩透かしを食らうことになる。







「ダイナミックに、お邪魔いたします」






竜シャドウがこちらに飛びかかろうと体を沈めた瞬間、どこからともなく現れた青い服の女の人が、その手に持った本を振りかぶって竜シャドウの横っ面を張り飛ばした。

体格差で言えばどれくらいになるんだかわからないけど、自分の十倍近い体の化け物を軽々吹っ飛ばすって何モンだよ…。

てか、あの服見覚えあるな。

「ここは私に任せて、皆様は先をお急ぎになってくださいませ」

「えぇ!?お姉さんだれ!?」

「…エリザベスさん、なぜここに」

また鳴上さんの知り合いかよ…顔広すぎるだろ。

「私、この世界を壊されるわけにはいかない事情がございまして。それと、我が主から伝言を授かってまいりました」

主?
青い服の女の人、エリザベスさんはツカツカとアタシに歩み寄ると、おでこに指を当てた。

「え、な、なに?」

「申し訳ありませんが、時間がございませんので説明はあちらでお受けくださいますようお願いいたします」

トン、とおでこをつつかれたアタシは、そのまま視界がブラックアウトするのを感じた。


―――ベルベットルーム

「お久しぶりでございます、神谷様」


リムジンの中の様な部屋、青い服の避暑、鼻の長い禿げた男。


―――ここは、ベルベットルーム?


「先ほどは、妹が大変失礼いたしました」

マーガレットが頭を下げる。
あぁ、そっか、マーガレットの服と似てたんだ。

てか、妹?

「エリザベスは、かつてこの部屋で主の手伝いをしておりました。私の妹でございます」

言われてみると似てるような気もする。
ってことは、前にイゴールがちらっと言ってたこの部屋を出てった人ってのが、さっきのエリザベスさんか。


「突然お呼び立てして申し訳ありません、どうしても神谷様にお渡ししておくべきものがございましてな」



―――渡しておくべき、もの?


イゴールはゆっくりとうなずく。


「神谷様の旅も、いよいよ終わりへと近づいてまいりました。自身を陥れんとする者を倒し、真実を手にした貴女の向かう先に何が待っているのやら。それは実際にその時が来てみなければわからないでしょう」


―――本当の…最後の戦い、か。


「貴女様はこれまでに多くの方と絆を紡いでいらっしゃいました。この後の戦いでも、その絆は貴女様に大きな力を与えてくれるでしょう」


イゴールはそこでアタシの方へ手をかざす。
アタシの懐に入っていた『契約者の鍵』が飛び出し、輝きだした。

これは…。


「これはこのベルベットルームに招かれたものの証であると同時に、絆を紡ぐ者の象徴でございます。そして…」


イゴールが力を込めると、『契約者の鍵』は輝きを増して光の珠になった。


「これは『見晴らしの珠』。かつて、鳴上様にも同じものをお渡ししましたがそもそもこれは生み出した者のそれぞれに違う働きをもつのです。この宝珠が、貴女様の行く手を阻む闇を晴らす力となるでしょう」


―――『見晴らしの珠』か…。


光の珠はアタシの懐へ戻ってくる。


「貴女は、私のお迎えしたお客様の中でも最も面白き方でございました。試練を終えられたお客様と再びお会いすることは滅多に有り得ぬことではございますが…またお会いしたきものでございますな」


―――その言い方だと、これでお別れみたいじゃないか。


「会うべき時があれば、いずれまた巡り逢うことでしょう」


「ここは、お客様の運命と不可分の場所。ここでまったく意味のないことは起こらない。いつか貴女が言ったように、一緒にお茶会をする日が来ることを、楽しみにしているわ」


そこまで言って、マーガレットは姿勢を直す。
静かだった車内に、エンジン音がうっすらと聞こえ出した。



「寄り道はここまで、元の進路へ向けて発進いたします。揺れにご注意ください」


アタシの視界がまたもブラックアウトしていく…。


「では」


「妹によろしく」


―――東都タワー、入り口前

「かみやん!」

目を開けて最初に視界に飛び込んできたのは心配そうな未央の顔だった。

「えっと」

「大丈夫!?なんか急に黙っちゃったけど…」

「あぁ、平気だ…アタシはどれくらい黙ってた?」

「ホントに一瞬だけど…」

ベルベットルームは精神と物質の狭間にある部屋。
時間が経たないのは当然なのか。

「お話しは終わったようでございますね」

「あぁ、マーガレットがあなたによろしくって」

「お仕置きは勘弁願いたいものでございます」

お仕置き?
いや、ここでのんびりしてる場合じゃない。

「ベルベットルームに行ってきたんだな」

「あぁ、多分、招かれるのは今のが最後なのかな」


「そうか」

鳴上さんは多くを語らない。
似たような経験があるからわかるのかな。

「ごめん、用事は済んだ。行こう!」

「お待ちを」

エリザベスさんが動こうとするアタシ達を制す。
その視線の先には、さっき彼女がふっ飛ばした竜シャドウが起き上がるのが見えている。

「愚弟の折檻と同様というわけには、参りませんか」

本を開きながら歩み出る。

「一気にとどめをお刺しします。皆様はどうぞその隙にお進みくださいませ」

「一人で平気なの?」

「不肖このエリザベス、荒事には少々の自信がございます」

まぁさっきの張り飛ばしをみればな。








「デッキオープン!ドロー、ペルソナカード!」











青い光が迸り、エリザベスさんの背後に何かが現れる。










「来たれ死の神…タナトス!」






棺桶を盾のように周囲に浮かべ、レイピアを構えたペルソナが雄たけびをあげる。


―――ガァァァッァァァァ!


竜シャドウが火炎を吐きだしてきたが、エリザベスさんは動じない。

「炎よ!」

タナトスも真っ向から炎を放つ。
あっという間に相手の炎を飲み込んで、そのまま敵へとはね返す。

「丸焼きんぐなう」

へ?
さっきから思ってたけどなんかこの人独特だ。

けど、実力はホンモノ。
アタシ達一人一人じゃ、逆立ちしても適わない。

「如何でございましょう」

油断せず竜シャドウの方を見やるエリザベスさん。
やっぱり相手も炎を放ってくるだけあって、反射の勢いに押されただけの様だ。

ぴんぴんしてる。


「ちょーうざーい」

ち、力が抜けるな。

「皆様、一気に決めますのでご準備を」

エリザベスさんの目が本気だ。
なんだかわからないけど、身構えておこう。




「ペルソナッ!」




エリザベスさんの声に応えてタナトスが再び雄たけびをあげる。
凄まじい力の奔流で、近くのアタシ達も吹き飛びそうだ。








「本日のグランド・フィナーレ!」












力の塊が竜シャドウに放たれた。












「メギドラオンでございます」







その後なにが起こったのかはよくわからない。
別に気を失ったわけでも目を離したわけでもないけど、気が付くと凄まじい光が消えて、竜シャドウも跡形なくいなくなっていた。

「さ、お行き下さいませ」

「あ、あぁ…みんな!」

エリザベスさんの言葉に我に返ったアタシは、みんなに声をかける。








「今度こそ、ホントのホントに最後だ!行くぞ!!」

『おう!』







※作者でございます。

勢いって怖いですね。
まぁ実際のところこの数日を逃すと次の更新の目途が立たないので一気に投稿している感じはありますが。

さて、総力戦です。
要はそれだけヤバい状況なんだというのを感じていただければ。

色々小難しい設定有りそうな感じがしますが、要は「世界を滅ぼして俺らが支配者になるぞ!」が暴走しているだけです。
大雑把に言ってしまえば。

次回はここ数話より少し長めです。
いよいよホントに最後の戦い。

最終話ではありませんが次で話にケリがつきます。

よろしければお暇な方はお付き合いください。

ではでは。


こんにちは。
なかなかいい天気ですね。

さて、ついに最終話も書き終わり、後は投稿するのみとなってしまいました。

ここまで来るとひとりで勝手に名残惜しさを感じております。

では、本日夕刻から夜にかけて第十八話を投稿いたします。

お暇な方はどうぞ。


それでは、投下開始でございます。

最後の戦い、果たして奈緒たちは『神』を倒し、世界を救えるのでしょうか。

では、第十八話参ります。


―――テレビの中、天を穿つ山

アタシ達が東都タワー前のテレビを抜けた先に会ったのは、天辺が見えないほどの高さの山だった。

「山…?」

「アララト山、ということなんでしょうか」

白鐘さんによると、ノアの方舟が大洪水を乗り越え辿りついたのがそのアララト山だという。
けど、のあは倒したし、大洪水じみた勝手な制裁なんてさせない。

「ここを登った先に…いるよ」

「おいおい、こんな山登んのかよ!」

「けど、行かなきゃしょうがないんだろ。行こう」

果てしなく思える道でも、終わりは必ずある。
でも、そこにたどり着くにはまず踏み出さないとな。

アタシ達は、最初の一歩を踏み出した。


―――現実世界、日本ドーム

奈緒たちがテレビの世界で天を穿つ山を登り始めた頃、彼女の事務所の仲間や、765プロダクションの面々は、日本ドームへ避難していた。

芸能人だからと区別することなく、一般人と同じ避難場所に身を寄せている。

「プロデューサーさん、貴音ちゃんは見つかりました?」

「すいません、まだなんです。『心配するな』とは言ってましたけど…」

心配そうに話しているのは765プロの事務員音無小鳥と765Pだ。

「ううう…貴音ぇ、どこ行っちゃったんだ?」

貴音の一番の親友である響も、うかない顔をしている。
彼女の家族(ペット)もまた、救出され同じ場所に避難させてもらってはいるが、家族を送り届けてきた桐条の救助隊から「貴音は無事だ」という一言を聞いたのみで、貴音は姿を見せていない。

「突然なんだったんだろう…あの変なの…」

春香が呟く。
彼女たちは今日、年内最後の『生っすか』の為に、ブーブーエスに集まっていたのだが、突然地震が起こったかと思うと得体の知れないものが町のそこらじゅうに湧き出したのを目撃したのだ。


即座に現れた桐条の救助隊のおかげで被害もなくここまで逃げてくることができたが、前日に突然休みを要求しどこかへ消えた貴音のこともあり、不安は募る。

「ここへ来るまでに戦車とか軍用ヘリみたいなものも見えたし…普通の状況じゃないよ」

真も顔色は良くない。
多少なりとも武道を齧ったことのある彼女は、あの化け物に勝てるわけがないということが肌で感じられる。

強い弱いの問題ではない、例え追い詰められたとしても、隙を見出すための攻撃すら通じるイメージが湧かないのだ。

「な、なぁ、シアターとか大丈夫なんかな!壊れたりしてへんよな?」

不安げに尋ねる彼女は横山奈緒。
あの『生っすか!?SPECIAL』後に事業拡大を図った765プロに入った新人アイドルの一人だ。

「建物はまた建てればいいけれど…やはり貴音さんが心配ね」

横山奈緒をなだめる二階堂千鶴だが、やはりみんな貴音の事は気になるようだ。

「ねね、アレってさ、センパイ達が共演してたCGの人たちじゃない?」

重い空気を変えようと、福田のり子がある方向を指さす。
そちらには確かに、CGプロの面々が集っている。

年末で仕事がないアイドルもいたが、それでも流石に大人数だ。


「ホントだ、肇ちゃんとかいるかなぁ…」

「ちょっと行ってみようよ!」

響と雪歩と美希、そして保護者として律子が、CGプロの集まりの元へ行ってみる。

「えっと…あ!奈緒Pだ、はいさい!」

「ん?おぉ、響ちゃんか!それに雪歩ちゃんに美希ちゃんに律子ちゃん。みんなもここに避難してきたんだな」

「えぇ…貴音以外は」

「貴音ちゃんはいないのか」

「なぁ、奈緒P、貴音見なかったか?無事ではいるらしいんだけど誰も連絡取れなくて…」

「ふーむ…申し訳ないが見てない。だけど、貴音ちゃんなら大丈夫だ」

「…奈緒Pは何か知ってる感じがするの」

いくら自分の事務所のアイドルではないとはいえ、見知った中であるにも関わらず焦った様子も見せない奈緒Pに、美希が何かを感じとる。

「いんや、俺はなんも知らないさ、悪いけどな」

申し訳なさそうに頭を掻く奈緒Pだが、その掌に爪の跡が深く食い込んでいるのに気付いた者はいなかった。
彼は、事情を知っていながら何もできない自分に誰よりも腹を立てているのだ。


「そっか…それなら仕方ないぞ…」

「えっと、肇ちゃんたちはご無事ですか?」

「あぁ、このかたまりの中にいるから、見つけておしゃべりしてってもいいよ。こんな状況じゃみんな不安だろうし、少しでも気がまぎれるだろうからね」

「では、失礼しますぅ」

雪歩がCGプロの中に入ると、あちこちから歓迎の声が上がる。
響も入ろうとしたが、振り返って奈緒Pに尋ねた。

「そうだ!奈緒もここにいるのかー?」

「いや、奈緒は…いない」

「あぁ、もう年末だもんな、今日はお休みで実家にいるのか」

「あぁ、いや、まぁそうだな」

「…どうしたんだ?なんか変だぞ」

貴音の事を尋ねた時はまだ普段の彼だったが、奈緒の事となると途端に歯切れが悪くなる奈緒P。

「やっぱり奈緒Pなにか隠してるの!」

「いや、そんなことは」


「お願いします、奈緒Pさん、何かご存じなら教えて下さい。みんな貴音の事を心配してるんです」

「おいおい、やめてくれよ頭なんか下げないでくれって…参ったなぁ」

自分の事務所のアイドルの前で、他事務所のスタッフに頭を下げさせてるというのは、なかなか精神衛生上よくない状態だ。

「…貴音ちゃんの秘密主義にも困ったもんだ…はぁ」

「貴音の居場所知ってるのか奈緒P!」

「いや、居場所は知らない、コレはホントだ。だけど、何をやってるかは聞いてる」

「なぜあなたが?」

「成り行き上仕方なくなんだけど…どうしたもんかな…」

貴音から自身の素性について固く口止めされていたことを思い出し天を仰ぐ奈緒P。
しかし、彼女たちの仲間を思う気持ちを無碍にすることもできない。

「はぁ…これさ、俺から聞いたって内緒に…しても無駄だよなぁ、俺しかこの場にいないもんなぁ…」

彼は観念して、なるべく多くを明かさないように貴音の今していることを教えることにした。


―――テレビの中の世界、天を穿つ山、中腹

「はぁ…はぁ…みんなちゃんとついてきてるか?」

「ふぅ…ダイジョブだよ、かみやん!」

見た目にはアホみたいに高い山だけど、登るのに見かけほどの苦労はない。
アタシ達がペルソナ使いだっていうのもあるだろうけど、この山自体がまやかしみたいなもんだっていう可能性もあるな。

「不思議とシャドウは現れないが…考えてみれば当然か、今は現実世界にシャドウが湧き出しているんだからな」

鳴上さんの言葉に全員顔が引き締まる。
アタシ達がぐずぐずしていたら、被害は広がるばかりなんだ。

「急ごう!」

ただひたすら頂上を目指して。
アタシ達は進み続けた。


―――現実世界、日本ドーム

「まぁ、つまり貴音ちゃんは桐条と縁のある人間で、今は救助活動を手伝ってるわけなのさ」

「そんな…それなら言ってくれればいいのに」

「複雑な家庭の事情って奴だよ、貴音ちゃんを責めないでやってくれ」

「じゃあ、自分の家族が助けられてここに届けられたのも、貴音が手配してくれたからなんだな」

「多分ね。一応前線にはでてないらしいけど」

「あの子が帰ってきたら、しっかりお説教してあげなきゃ…ありがとうございます、奈緒Pさん、口止めされていたのに」

「いやいや、待ってる側ってのは辛いもんだしさ、仕方ないってこの場合、うん」

「それで奈緒たちは…」

響が続いて奈緒の事を尋ねようとしたその時だ。
亜美と真美が四人を探して走ってきた。


「た、大変だよみんな!」

「大変なんだよりっちゃん!」

「ちょ、ちょっとアンタたち落ち着きなさいよ。どうしたっていうの?」

「避難してた人の中にいたおっちゃんが『水瀬の娘がいんだろ!家の金でもなんでも使って俺たち助けろよ!』って…」

「他のところでもなんかみんなイライラしててこわいし…とにかく戻ってきてよ!」

突然の不可解な現象に、人々の不安はピークに達している。
「やはり世界は終わるんだ」という言葉を口にする人までいる。

大勢の人が集まったところに生まれた波紋は、そのまま広がっていき大きな波となる。

暴動が起きるのは時間の問題だった。


―――テレビの中の世界、天を穿つ山、山頂付近

「終わりが見えてきたぞ!」

まだ少し遠いけど、目に見えるくらいの距離に大きな門が見える。
多分、アレが終着点だ。

「いよいよだね」

「あの先に…『神』が」

「神様気取りってとこが関の山だろーぜ」

何が来ようと負けるわけにはいかない。
アタシは深呼吸をひとつして、顔をピシャッと叩く。

「みんな!これが終わったらさ…」

突然大きな声を出したアタシにみんなが何事かと振り向く。


「これが終わったら…みんなで初詣行こうぜ!」

「はぁ?なにソレ」

「でも、良いと思います!ナナは賛成ですよ」

「奈緒さー、発想は良いんだけどここでそれ言うと死亡フラグっぽくない?」

「お前が死亡フラグだって言ってくれたからそのフラグは折れたんだよ」

「まぁ、神様とかそういうのはもう御免だけど…」

「振袖は着たいし、それもいいかもね!」

「うきゃー☆可愛いお着物きたいにぃ!」

大丈夫、みんなとならやれる。

首洗って待ってろ!『神』!


―――現実世界、日本ドーム

「どうせお前ら!芸能人だとかいってその立場使って俺らより安全なとこに逃げるつもりなんだろ!?」

「そんなことできませんから!落ち着いてください!」

「今、んなこといって暴れてる場合じゃないでしょ!」

数人の錯乱した男が、765のアイドルたちに詰め寄るのを、765Pと奈緒Pが必死に抑える。
アイドルたちは黙って下を向く。

自分たちが口をだせば、騒ぎがさらに大きくなることを理解しているからだ。

「やだ…なんでこんところでいがみ合わなきゃいけないの?」

春香は目に涙を浮かべている。
誰よりも人の笑顔が好きな彼女は、この状況にとても心を痛めているのだ。

「プロデューサーさん、大丈夫かしら…」

「奈緒Pも、自分のところじゃないのに協力してくれて…何もできない自分が情けないわ…」

「伊織ちゃん…」

人々の笑顔の為に歌い踊るアイドルでも、今のこの状況を覆すのは難しい。
非協力的な聴衆、機材もない、スタッフもいない。


ここまでの逆風で、人の心を惹きつけるために動くには、今の彼女達はあまりに無力だった。

その時だ。




カッ!カッ!カッ!




ドームの内部を照らす照明が力強く輝いた。
瞬間的な強い光に、人々は一瞬虚をつかれる。








「皆様、落ち着いてくださいませ」







スポットライトに照らされ、ドームの中に入ってきたのは。

「貴音ぇ!」

「ご心配をおかけしました」

四条貴音その人だった。
その手には拡声器を持っている。

「現在首都圏一帯は、原因不明の現象により一時的な非難を余儀なくされています。ですが、明けない夜はありません。必ず皆様は、無事に元の場所へ帰ることができます」

「なんでアンタにそんなことが言えるんだ!」

「信じているから」

飛ばされたヤジに、貴音は凛として答える。
消して荒げられたわけではないが、そこに込められたあまりの気迫にヤジを飛ばした聴衆も黙り込む。

「今、桐条ぐるぅぷをはじめとした様々な方々が、事態の追求と解決に向けて全力で取り組んでおります。そして、原因を突き止めた者たちがこの現象に終止符を打つべく戦っております。そして、私はその者達が無事に使命を成し遂げることを信じております」

貴音は拡声器を片手に避難民に語りかける。
そのそばには、ハンディのカメラを持った男と録音のマイクを掲げる女。

貴音の言葉を記録し、離れた地へと届けようとしているのだ。


「あぁ!?映像が入らない?知るか!だったら音声だけでも飛ばせ!今この言葉を発信できねぇようならマスコミで働いてる意味なんかねぇ!やめちまえ!」

ありったけのノートパソコンや最低限の機材で、ブーブーエスのディレクターらしき男が貴音の言葉を発信している。
ここ以外の避難所にも送られるのだろう。

「不安な気持ち、焦る心、私にも理解できます。ですが、今は心を静め、信じて下さい」

「何をですか…?」

「私の友人を」

そう言って貴音は微笑んだ。
暴動一歩手前だった聴衆の騒ぎは、突然の貴音の登場に少し落ち着きを見せている。

しかし、相変わらずざわついているのは確かだ。

貴音は、ひとまず拡声器を下げ、765の仲間の元へと歩み寄った。

「みんな、ぷろでゅうさぁ、勝手な行動の数々、申し訳ありません」

「いや、詳しいことは知らないけど救助活動の手伝いをしてるって言うのは奈緒Pから聞いた。まぁ、事情は話してほしかったけど無事なら良かったよ」

「貴音ぇぇぇぇえ!心配したんだぞぉぉ!」

「響…申し訳ありませんでした」


顔をぐしゃぐしゃにした響が貴音に抱きつき、その頭を貴音はゆっくりと撫でる。

「ごめんよ、貴音ちゃん、口止めされてたのに」

「いいのです、この状況では隠し通すのも難しいでしょうし…ですが、乙女の秘密を洩らしたのですから、それなりの償いはしていただきますよ?」

奈緒Pに微笑んだ貴音は765Pに向き直る。

「ぷろでゅうさぁ、人々はまだ不安を抱えています。どうか、私たちにそれを取り除くお手伝いを」

「あ、あぁ、だが機材も何もなくては…」

「おや、我らのぷろでゅうさぁともあろう方がそのようなことをおっしゃるとは。無いならば無いなりに策を講じて下さるのがあなた様の美点だと思っておりましたが」

「…あはは、それを言われるとは参ったなぁ…奈緒P、手伝ってくれるか」

「あったりまえだ。ウチのアイドルも使ってやってくれ」

貴音に発破をかけられた765Pは、手を叩いて動き始める。

「千早、一番はあなたにお任せします」

「わ、私ですか?」

「歌で人々の心を救うのです。ここにいる者たちのなかで、それに一番長けているのはあなた…お任せできますね」


「…はい!…プロデューサー!」

千早は765Pの元へ駈け出す。

「皆も聞いてください、今、遠く離れたところで戦う私たちの仲間の為に、我々は我々でできることをします。なむこぷろの底力、篤とお見せしようではありませんか!」

「フン、いつまでも貴音にお株を奪われっぱなしじゃ面白くないもの、やってやるわ!にひひっ」

「よーし、即席ライブだ!」

「なんか、765プロに来たばかりの頃のことを思い出すぞ!」

「ね、ねぇ、貴音さん、私『たち』の仲間ってもしかして…」

「話はまとまったようだね?どれ、私も手伝うとしようか」

何処からともなく現れた高木社長も手伝い、即席のステージを作り上げる。
台もない、派手な照明もない、聴衆と同じ目線のステージ。

売れっ子のアイドルがおよそ立つことなどありえないような舞台。

そこに、現在のトップアイドル、765プロのメンバーが立ち並ぶ。


「みなさん、今、とても怖いと思います」

「ミキもね、ショージキこのままこんなことが続くんじゃないかってビクビクしてたの」

「今まで経験したことのないようなことに、心がくじけそうになっていませんか」

「自分ではどうしようもないことに、心が痛んでいませんか」

「でもでもそれじゃ、今このジョーキョーを何とかしてる人たちに」

「申し訳が立たないってもんっしょー!」

「辛い時こそ、みんなで助け合わなくちゃダメなんだ!」

「今自分にできることはなにか、落ち着いて考えてみてください」

「私たちじゃこの状況を解決することはできないわ、けど」

「信じることが力になるって、そう思います!」

「私たちは、みなさんの心の不安が少しでも和らぐように歌います」

「だから、信じて下さい…私たちの仲間を」

「聞いてください…『約束』」


簡素なスピーカーから、CDのカラオケ音源が流れる。

歩みを止めてしまった人の後を押す歌。

明日を見失ってしまった人を勇気づける歌。

人々の夢と喜びに触れてきた765プロのメンバーだからこそ今、歌えるこの歌を。

全ての人に届けと胸いっぱいに歌う。


(こちらはお任せください…頼みましたよ、奈緒)


貴音の想いは、遥か異世界を行く奈緒には届くだろうか。
いや、届かせよう。

それがアイドルの本分なのだから。


―――天を穿つ山、山頂



『ついに来たか…運命に逆らいし人の子よ…』



やっとの思いでたどり着いた巨大な門。
見た目の割に大して重くないその見かけ倒しな扉を蹴り開けたアタシ達を待っていたのは、真っ黒な影の集合体だった。

「お前が『神』か!」



『いかにも…我こそは全知全能なる神…愚かな人間たちを粛清し、新たな世界を創り上げるもの也…』



でかい。
見上げるほどに。

よく見てみると、ローブを纏った老人の様な形をしている。
ずいぶんと手あかのついたイメージ通りの姿をしてるじゃねーか。




『まったく…貴様らの諦めの悪さには敬服する…ただの人間が神に逆らおうというだけでも大それたことだというのにもかかわらず…その上我を滅しようというのだからな…』



「ほざけ!アタシ達はお前を神だなんて認めない!」

「そうだぜ!」

「お前は、人々の負の想念を吸収しすぎて自身を『神』だと思い込んだ哀れなシャドウの成れの果てだ」



『なんとでもいうがいい…神は貴様らのごとき矮小な人間に理解できるものではない…だが、そのような口のきき方は些か感心しかねるな…』



『神』が軽く手を振ると、凄まじい風が巻き起こる。
威力自体は大したことないけど、ちょっとした身動きでこれかよ。

「くっ…これは手ごわいね…!」




『我は神なり…万に一つも…億が一つにも…貴様らが適う道理は無いと知れ…』



「言ったろ、アタシたちはお前を神とは認めない!お前はただの勘違い野郎だ!ここでけりをつけて全部終わらせてやる!!」



『貴様らがどれほどに足掻こうと、滅びのさだめは変えられん…人々は滅びを望んでいる…それを貴様らが止めようなどということになんの意味がある…』



「確かに、嫌なことがあったり、辛いことがあった時は、この世界そのものが嫌になる時だってある!」

「だけど!そんなのホントじゃない!そんな時は誰かと話したり、ご飯食べて寝ちゃえばまた復活するんだよっ!」

「誰だって多かれ少なかれ、暗い感情を持ってしまうことはあります!」

「それでも、それを昇華させたり発散させたりして、みんな明日を生きていくんだよ」

「それに、滅びを望んでる人がいるのは良いとして、望んでない人の気持ちはどうなるのさ。杏はまだまだこの世でのんびりだらだらしたいんだ!」

「そうだにぃ!みんなの意見を聞かないで勝手なことするのは、きらり許さない!!」

「私たちはアイドルです!暗い気持ちの人を明るくしちゃう力だってもってるんです!」

「そういうこと、アンタにわざわざ世界を創り変えてもらわなくても、自分たちで変えていくからさ、引っ込んでてよね」



『愚かな…神と人…その間にどれほどの差があるのか…そもそも比べること自体が傲りであるといことになぜ気づかぬのか…我が僕が思い知らせてくれるだろう…』



のあの語ったことや、鳴上さんの読みを合わせて考えてみると、コイツは本当に人類の負の部分を吸収して出来上がったただの影だ。
そもそもアタシらの話なんて聞く耳は持ってない、か。


『神』がその手を振り上げると、足元から三体の巨大な影が湧き出す。
巨大な海蛇と大きな角を持った巨獣、そして巨大な鳥だ



『レヴィアタン…ベヒモス…ジズよ…愚か者たちに教えてやるがよい…』



「みんな来るぞ!これがホントの最後…絶対勝つぞ!!」

『おう!!』


―――天を穿つ山、山頂

「みんな、それぞれ今までの敵とは比べ物にならないよ!一度に相手したら負ける…分散して戦って!」

「レヴィアタンからは氷、ベヒモスからは炎、ジズからは風の力を感じる…気を付けて!」

「そうか…では、ジズは任せるぞ神谷さん」

「わかった、鳴上さんはベヒモスを!」

「じゃあ、あたしがレヴィアタン行くよっ!」

アタシと鳴上さんはどんな属性にも対応できるけど、それなりに得意不得意もある。
分散の意図を的確に汲みとった千枝さんが率先してレヴィアタンへと立ち向かう。

「なおちん!俺はこっちに付くぜ!」

疾風属性が得意な花村さんが、ジズに立ち向かうアタシの方へ来てくれる。
ここまで相手が強いとなると、ムリを押して敵の弱点を探るよりも、敵の得意な属性を防ぐ術があるヤツが前に出た方が良い。

わざわざ指示をしなくてもみんな通じ合ってばらけている。

「私もお手伝いします!」

「まずは手始めにこれかな…マハタルカジャ!」


卯月と凛もこっちか。
凛がさっそく攻撃力を増強させる呪文を唱える。

「さっすがしぶりん!そんじゃ行くぜぇ!マハスクカジャ!」

花村さんも負けじと素早さをあげる呪文を唱える。

「小手調べと行きますか!つきあえ、完二!」

「張り切りすぎて、シクんないでくださいよっ、花村センパァイ!」

元々の素早さに呪文の効果が付与されて、文字通り目にもとまらない速さになった花村さんがジズの鼻先に躍り出る。

「ハハッ!こいつはどうだ?タケハヤスサノオ!」

花村さんのペルソナが体の周囲に浮かんだ円刃でジズに切りつける。


―――グォォォォオォォオオ!


まともにヒットしたけど、まだまだ敵はぴんぴんしてる。
流石に一撃で決められるほど甘くないか。

「だぁらぁっ!」

あまりに素早い花村さんを捕えられないとあきらめたジズが、足元に迫った巽さんへと標的を変え、前足を振り下ろした。
しかし、巽さんはペルソナを呼び出しそれを強引に受け止める。


アリか、あんなの。

「どぉぉぉぉおおらぁぁぁぁっ!」

そのまま足を取って力まかせにひっくり返した!

「タケジザイテン!叩きつぶせぇ!!」

巽さんのペルソナが飛び上がり、その手の武器を思いっきりジズに叩きつける。


―――ガオァァゥァァウウアゥグゥゥ!!


それなりに効いてるけど、まだだ!

「アタシらも行くぞ!ノルン!ランダマイザ!」

「スパルナ!お願い!」

「カルティケーヤ、一発かましてきて!」

アタシのノルンがジズの力を弱めて、卯月のスパルナと凛のカルティケーヤが襲い掛かる。


―――グルゥゥォォォォォォ!!


流石に耐えかねたジズは悲鳴を上げて空中に飛び上がる。


何か撃ってくる気だ。

「みんな構えろ!」


―――キョオオオオオオオオオ!!


ジズの放ったのは風の塊。風そのものだ。
凄まじい嵐が吹き荒れるが、アタシ達は疾風にはそれなりの耐性があるメンツ。

大した痛手じゃない。

「行ける!このまま押し切れるぞ!花村さん!」

「おうよ!」

他の二班の方をみれば、あっちも状況は似たような感じらしい。
仲間の多さ。これはアタシ達の立派な武器だ。

「もっぱつ頼むぜ、タケハヤスサノオ!」

「転がしてやらぁ!タケジザイテン!!」

「打ち抜いてやれ、ホワイトライダー!」

「スパルナ!あと一息だよ、頑張れ!!」

「カルティケーヤ!とどめをお願い!!」



―――オォォォオォォォ…


アタシらの全力攻撃をまともに喰らったジズは、静かに沈んでいった。
ちょうど他の二体も始末できたみたいだ。

「次はテメーだ!神妙にしろぉっ!」



『ふむ…流石に少しはやるようだ…だが…お前たちはまだわかっていない…我は神…僕など…』



『神』が両手を打つと、倒れたはずの三頭の獣が立ち上がる。

「そんな!今倒したのに!」



『そして…』



もう一度手が打ち鳴らされると、目の前のジズが消えて代わりにレヴィアタンが現れた。
位置を入れ替えたのか!


「マズイ!」



『耐えられるかな…?』



三匹の獣がそれぞれの得意な属性攻撃をアタシらに遠慮なく放つ。
突然の属性変化に、みんなはおろかアタシも鳴上さんも対応できない!

「あああああああああああ!」

「うわああああああああああ!」

「きゃあああああ!!」

くっそ…被害は甚大だ…!
弱点属性をそのまま喰らっちまった奴はマズイ…!

アタシも…視界が霞む…!

「や、やらせませんよ…メディアラハン!」

菜々さんの回復呪文が響き渡り、体の傷は回復する。
何とか起き上がって武器を構えるけど、ケガそのものより攻撃のショックが抜けきらなくて体がふらつく。




『【原初の火】…【原初の氷】…【原初の風】…あらゆる理の始まりにあるもの…貴様ら如きの力では、防ぐ術などない…』



くそっ!
一体ずつ叩けば物の数じゃないのはさっきの戦いで分かったのに、さっきと同じじゃまた今のを繰り返すことになる!

どうすれば…。


―――我は汝…汝は我…。


焦るアタシの頭の中に、いつもの声が響いた。
なんだ?



『散れ…』



けど、気にしてる余裕はない、三頭の獣が飛びかかってくる。
何とか躱して機会をうかがうけど、今度は向こうが優勢だ。


さっきまでより動きも良い。
何人かが攻撃を食らってふっ飛ばされるのが見える。

「加蓮ちゃん!ディアラハ…きゃあっ!」

ダメージを負った奴を、菜々さんと天城さんが回復してくれてるけど、その二人も無事ではいられてない。
むしろ優先的に狙われてる。

ダメだ…一気に叩き潰さないと…!


―――我は汝…汝は我…。


くっそぉぉぉ!何なんだよ!この忙しいときに!


―――絆は力…汝が力は絆…。

―――絆は汝が友と紡ぎしもの…なればその力…友の物とも等しき也…。


どういうことだ?
頭に響いた声に一瞬気を取られた瞬間、レヴィアタンの尾っぽがアタシにクリーンヒットした。

「あぐっ…」

「奈緒ちゃん!」


今のは…効いた…!
すぐには立ち上がれそうもない…。

ダメだ、ここで寝ころんでるわけには…。








―――今、汝の力…友へと分け与えられんとす…。







霞んでいくアタシの視界が、青い光で染まる。
青い光?ペルソナの…。

なんとか顔をあげると、アタシの前に七枚のペルソナカードが浮かんでいた。
『魔術師』『女教皇』『戦車』『刑死者』『星』『月』『太陽』。

それぞれのカードはひときわ強い輝きを放つと、それぞれに対応する仲間の元へ飛んで行った。

「えっ!?えーっと…こうだ!」

「うっ…まだ、まだです…!えいっ!」

「なんだかわかんないけど、にょわー!」

「とりあえずこうするんでしょ!」

「奈緒…!わかったよ!」

「ペース早いって!」

「お願いです!」

みんな、何かを感じ取り迷わずカードを叩き割る。








「「「「「「「ペルソナ!!」」」」」」」







「おおおおお!!マダ!いっくよー!!」

未央のペルソナが、古代のロボット兵器の様な姿に変わり、強力な火炎を吹き出しながらレヴィアタンを叩きのめす。

「よーちゃん!」

「おうよ!!」



「「超・ブレイブザッパー!」」



二人のコンビネーション殺法だ。
レヴィアタンを吹き飛ばす。


「スカアハさん!みんなを助けて!」

菜々さんのペルソナは、赤いマントと帽子をかぶった魔術師然とした女の人。
正座したまま華麗に一回転すると、アタシ達全員の傷がみるみる癒えていく。

「雪子ちゃん!お願いします!」

「任せて!」



「「氷炎の狂宴!!」」



菜々さんの放った吹雪と、天城さんの放った華焔がぶつかり、凄まじいエネルギーを生む。
ジズはたまらず倒れ伏した。


「にょわああああ!きらりんぱわー☆ほんとのほんとに大ぜんかああああい!」

きらりが叫んでベヒモスに駆け寄る。

「うきゃー!体が軽くてステップふんじゃうにぃ!」

ベヒモスの連続攻撃を華麗なステップで避けたきらりは、懐に潜り込んで連撃を叩きこむ。

「にへへ、切なさ乱れ撃ちーなんちて☆」

「ナイスきらりちゃん!もっかい行くよー!ハラエドノオオカミ!」

「はいだにぃ!フツヌシちゃん!」



「「刹那昇天撃!!」」



周囲に何本もの刀を浮かべたきらりのフツヌシと、千枝さんのハラエドノオオカミが放つ重い一撃に、ベヒモスもふらつく。


「すごい力…ルシフェル!」

凛の呼びかけに応えたのは美しい姿に幾枚もの羽根を纏った堕天使。

「小細工はいらないね…大きいの行くよ!」

「待った待ったー!リンチャン、クマもやるクマー!」

「うん、お願い」

「ペルクマー!」



「「神威の明星!」」



ルシフェルの巻き起こしたまばゆい光に、カムイモシリが巨大なミサイルを撃ち込む。
誘爆が互いの威力を高め、三頭の獣を打ちのめす。


「続くよ…サンダルフォン!」

「私も行きます…アスラおう!」

「一気に決めましょう…ヤマトスメラミコト!」

「全開でボコんぞコラァ!タケジザイテン!」

加蓮のは機械天使、卯月は三面の鬼神。
それぞれ溢れんばかりの力を感じるペルソナだ。

「アグネヤストラ!」

「イノセントタックです!」

「行け、空間殺法だ!」

「叩き潰せぇ!!」



「「「「ボコスカアタック!!!!」」」」



四人の持つ特大級の物理スキルが獣たちを滅多打ちにしていく。


「お、あと一息だ、ここまで弱ったらいけるっしょ。やるよーりせちー」

「え、えぇ?ホントにやんの?恥ずかしいんだけど…」

「アイドルのくせに何言ってんの、こういうのは恥ずかしがったら負けなのよくわかってんでしょー?ほら、ポーズは教えた通りにね」

「わかったわよぉ」

杏とりせちーの小競り合いが聞こえる。
何をする気なんだ?

「いくよー、アティス!」

「コウゼオン!」

「闇に!」

「光に!」



「「飲まれよー!!」」



我が事務所の堕天使(中二病)系アイドル神崎蘭子のお家芸だ。
ポーズもばっちり決まっている。

杏のアティスが呼び出した闇が、りせちーのコウゼオンが呼び出した光が、合わさり飲み込み敵は綺麗に姿を消す。


「みんな…すごいな」

「なーにいってんの、かみやんのおかげでしょーに」

未央がバンバンとアタシの肩を叩く。

「うん…やっぱり…今倒した奴らは、アメノザギリやクニノサギリと一緒。僕なんて言ってるけど、『神』そのものの分身だよ!」

「自分の一部を分けて作ってるから、もうあのレベルのモンスターを創ることはできないね」

「なるほど…ということは」

全員『神』の正面に並び立ち、武器を構える。







「後はテメーだけだ!」












『………………………………………愚かな』













それまで静観を保っていた『神』が動き出す。









『人間如きがそれほどの力を得るとは…称賛に値する…が…それもここまで…我自らが貴様らに教えてやろう…神の…その大きさというものを…!』



『神』がその手を宙にかざして振り下ろす。
眩い閃光が走って、雷撃がアタシ達に襲い掛かってきた!

そのあまりの速さに、誰も避けることはできない。

「あうっ…」

「グマァァァァァ…!!」

「い、いけません…メディアラハン!」

なんとか菜々さんの回復呪文で持ち直したけど、雷に耐性があるはずの巽さんや天城さんまでダメージを負っているのはなんでだ!?

「あの雷…電撃属性だけじゃない…万能属性も併せ持ってる!みんな、自分の得意属性だからって油断しちゃダメだよ!」

『神』を名乗るだけのことはあるってか!




『一思いに捻り潰してやろう……』



「させっかよぉ!」

「だめだにぃ!」

「よせ、完二、諸星さん!」

『神』がその手をアタシ達めがけて叩きつけてこようとするのを、巨体自慢のペルソナをもつ巽さんときらりが受け止めようとしたけど、鳴上さんが何かに気付き制しようとした。

でも…。



『【神の拳】は何者にも防ぐことはできぬ…』



「んなっ!」

「やばっ…」

ヒットの直前に巨大化した拳に、二人はなすすべもなく押しつぶされる。
ウソだろ…体の大きさはともかく、力だって二人はこの中じゃトップクラスだぞ…!


「きらり!巽さん!」

完全にダウンしている二人は答えない。



『まずは二人…導いてやろう…』



「ウソ…死んじゃう…!」

「やらせねぇよっ!スクカジャ!」

「きらりん待ってて!スクカジャ!」

再び振り下ろされる拳に反応したスピードコンビが飛び出した。
残像が見えるほどのスピードで倒れた二人に駆け寄ると、抱えて攻撃のポイントから逃がそうとする。

「よっし!とりあえずこれで…」



『走るのが速いことが…それほどまでに自慢か…?』



「うっそでしょ…!?」


飛び退いた花村さんと未央の背後。
有り得ないはずの位置から現れた『神』の左手が、抱えられた巽さんときらりごと二人を薙ぎ払う。

「がぁっ…」

「あうっ…」

「未央!花村さん!」

「回復を…」

「そうです!ペル…」



『何度も立ち上がるのは苦しみを増すばかりだ…楽にしてやろう…』



「え…?」

「あ…」

菜々さんと天城さんが四人を回復させようとした瞬間、『神』の顔辺りがギラッっと光を放つ。
瞬間、菜々さんと天城さんの膝が笑い出し、へたり込んでしまった。


「どうした!」

「二人から感じる精神力がすごく弱くなってる…あの『眼』だよ!」

ペルソナを扱うのに必要なのは心の力、精神力だ。
二人は極限まで精神力をすり減らして、立ち上がることもできない。

「ごめんなさい…こんな時に…」

「気にすんな、それならアタシが…」



『お前たちが一番厄介なのだ…導きようのない『愚者』どもよ…』



『神』が右手を掲げ、力を溜めはじめる。



『一思いに…消し去ってくれよう…』




「アレは大きいよ!ここじゃ避けられないけど…喰らっちゃダメ!」

「それどうすればいいわけ!?」

「何とか身を守れ!」

「ダメだ…中途半端な防御なんて…」



『裁きを…』



強烈な光がアタシたちを飲み込んで吹き飛ばす。
けど…あれ、不思議と傷はない…?

「…っ流石に…絶対防御とは…いきませんか…っ」

白鐘さんが荒い息を吐く。
そうか、ヤマトスメラミコトの…。



『今のを防ぐとは…だが…過ぎた力は術者に返るもの…』




「先輩たち…神谷さん…後は頼みます…」

「直斗くん!」

倒れた白鐘さんの元へ加蓮が駆け寄る。



『また一人…』



「ザケンじゃねーよ!」

「やめろ加蓮!」

『神』が人差し指を加蓮と白鐘さんに向けて何かを放つ。
加蓮もペルソナで迎え撃ったけど、相殺するどころか押し返されて倒れた。

「加蓮!!」



『さて…自慢の仲間も残りは半分以下…まだやると言うのか…?』




「こんなところで諦められるかよ!」

叫び返しはしたけど…こいつは強すぎる…!
どうすればいいんだ…。


―――現実世界、日本ドーム

ズズゥゥゥンと何かの衝撃が地を揺らす。

少し落ち着きを取り戻しつつあった人々にも、再びざわめきが走る。

「だ、大丈夫だよな、貴音!」

「えぇ、もちろんですとも」

不安そうな響に表情を崩すことなく答える貴音。
その顔に焦りはない。

「…ふぅ」

「奈緒P殿」

「なんだい、貴音ちゃん」

少し息を吐いた奈緒Pに、貴音が近づく。
奈緒Pも、表情は普段と変わらないように見える。

「不安な気持ちはわかりますが、少し気負いすぎかと」

「ありゃ、表情隠すの得意なんだけどな…貴音ちゃんにはかなわんね」

奈緒Pは頭を掻く。
先ほどまでとは打って変わって、彼の額には皺が寄っている。


「やっぱり、心配だからな」

「もちろんそれはその通りです。けれど、我々にできるのは待つことだけ」

「…貴音ちゃんは強いな、なんでそんなに毅然としていられるんだい?」

「信じているから」

貴音は奈緒Pの手を取り、まっすぐに目を覗き込む。

「私は奈緒を、奈緒の仲間たちを信じております。彼女達なら必ずや乗り越え戻ってくると。だからあなたも信じてあげてください。あなたの大事なアイドルの事を」

「…そうだな」

奈緒Pにしっかりとうなずくと、貴音は聴衆の前に戻り、静かに瞳を閉じた。

「皆様も信じて下さい…あなたの大切な人を、守るべきものを、愛すべきこの世界を…」

銀色の女王は、ただひたすらに祈り続ける。
その姿に感化された人が一人、また一人と祈りを始める。

それぞれの明日を願って。


―――天を穿つ山、山頂

「また来るよ、避けて!」

りせちーの言葉に反応して、アタシ達は無様に転がりながら『神』の攻撃を避ける。
アイツはさっきから本気の攻撃を撃ってこない。遊んでやがるんだ。



『ふむ…我の力を感じることができる者がいるか…それはそれで見所はあったであろうに…今はもう…邪魔だ…』



「杏!りせちー!逃げろおお!!」

「させんクマァァア!!」

杏とりせちーに向かって伸ばされた『神』の手の前にクマが踊り出る。

「カムイモシリ!!ミサイル一発ドカーンとかますクマァ!!」

真正面からミサイルを叩きこむクマ。
巨大な爆炎があがる。

少しは効いたか?

「ほーれみそー!クマはやーっぱりヒーロークマねー」




『たかだかシャドウ風情が…我に痛撃を与えられると本気で思っていたのか…?』



立ち上る煙の中から無傷の腕が飛び出し、クマを掴みあげ杏とりせちーの方へ放り投げる。

「クマァ!?」

「きゃああ!」

「ちょっと!」



『では…消えろ…』



「させない!」

「待て、凛!」

独りで突っ込んでも勝ち目なんてない!
だけど、アタシの静止は間に合わず、凛は『神』とクマたちの前に立ちはだかる。


「ルシフェル!【明けの明星】を…私たちに夜明けを!」



『堕天使如きが闇を晴らすというのか…笑止…【宵闇】に消えよ…』



凛のルシフェルが放った光を、『神』は闇でかき消す。
闇は凛もクマたちも飲み込んでしまった。

闇が引いた後には、気を失った凛たちが倒れている。

「これ、結構ヤバイよね」

残ってるのはアタシと鳴上さんと千枝さん。
あれだけいた仲間たちはみんなやられて倒れている。

「生半可な攻撃は通じない…やるなら最大級の攻撃を叩きこまなければダメだ」

「ねぇ、鳴上くん…」

「頼めるか…千枝」

千枝さんの言葉を先読みした鳴上さんが答える。
多分、千枝さんの言おうとしたことはアタシにもわかる。


「【ドラゴンハッスル】で能力強化だ。それがあれば一撃は俺が逸らす。神谷さんはランダマイザを頼む」

「わかった」

「恐らく千枝が本気の一撃を放つまでにはもう一発ヤツの攻撃を防ぐ必要がある…独りでは無理でも俺たち二人なら」

「それしかないなら、やるしかないさ。千枝さん、頼んだぜ」

「任せて!こういう時の為に鍛えてきたんだから。特大の一発決めて見せる!」

うなずき合って『神』に向き直る。



『相談は終わったか…?何をするつもりか知らぬが…召される順番でも話し合った方が有意義であったろうに…』



「お前がカミサマだってんなら、今のアタシ達の話の内容くらい把握しとけよな!このカミサマモドキ!」

「舐めてると痛い目みるんだからね!…考えるな…感じろー!!」

千枝さんの放った竜気がアタシ達の力を大幅に増強する。




『何かと思えば相も変らぬ無駄なあがきとは…』



「無駄かどうかは…すぐにわかる…っ!」

『神』の振り上げた手の内側に飛び込んだ鳴上さんがペルソナを呼び出す。

「ヨシツネ!」

「応!」と現れたのは、イザナギと並んで鳴上さんの相棒ともいうべきペルソナヨシツネ。
鳴上さんとシンクロするように刀を振り回し、『神』の腕を弾き飛ばす。

その勢いで『神』の攻撃は大きく的を外した。

「ノルン…ランダマイザ!!」

Pさんとアタシの絆の証、『運命』のアルカナを司るノルンが『神』に能力減衰の呪文をかける。



『ふん…小癪な…』



アタシ達の決死の抵抗を意にも介さず、再び『神』が攻撃を開始した。


「来るぞ!」

「ごめん!チャージ中!」

「予想通りだ、行くぞ、神谷さん!」

振り下ろされる『神』の拳に、アタシと鳴上さんが立ちふさがる。







「ペルソナ…ロキ!」

「ペルソナ…ルシファー!」






未央や菜々さん、“マスカレイド”の皆との絆の証ロキと、鳴上さんたち“自称・特別捜査隊”を象徴するルシファー。
二体のペルソナが力を合わせ、『神』の拳を弾き返した!

どうだァ!!

「お待たせッ!!」

全力を出し切ったアタシ達の背後から千枝さんが飛び出し、ペルソナを呼び出す。








「ハラエドノオオカミ!アグネヤストラ!!」







千枝さんのペルソナが呼び出した隕石の嵐が、『神』に降り注ぐ。
その破壊力は、昔とあるアニメの映画で見た巨神兵って化け物の攻撃を思い起こさせる。



『これは…むぅぉぉおお…!』



流石の『神』も、この数の隕石はさばききれず、爆炎の中に姿を消す。
今のアタシ達にできる最大の攻撃だ…喰らって無事なはずがない。

「お願い…倒れて!」

千枝さんの声が響くと同時に、隕石の嵐が止む。
やったか…?

異様に静かだ。
『神』の気配もしない。

杏かりせちーが無事なら気配を感じられるんだけど…。

「倒した…?やった…やったよゆうく」

千枝さんが勝鬨をあげようとした瞬間、煙の中から巨大な手が現れ、千枝さんを掴みあげる。
まだ動けんのかよ!!

これじゃさっきのクマの二の舞だ!


「千枝!!」

「ゆ、ゆうく…ああああああああああ!!」

『神』は千枝さんを思いっきり握りしめながら雷撃を落とす。



『我は…神…なり…これしきの…攻撃…効くとでもおもったかァァァァ!!』



握りしめた千枝さんを、そのまま地面に激しく叩きつけようとする。
ダメだ…死んじゃう!

「千枝ッッッ!!」

鳴上さんが飛び出し、すんでのところで千枝さんを受け止めたけど、千枝さんは完全に虫の息だ。

「千枝、しっかりしろ千枝!」

「ゆ、ゆうくん…あはは、ごめ、ん…あたし…かんじんなとこで、ドジっちゃった…」

「気にするな…必ず助ける、だから今は」

「うん…なおちゃんを…たすけてあげて…ね」


千枝さんは気を失った。
鳴上さんは、ポケットから傷薬を取り出し、千枝さんに飲ませるとゆっくり立ち上がった。

ものすごい気迫を感じる。
…怒ってるんだ。



『許さぬ…許さぬ…貴様らは…ただでは殺さぬ…』



千枝さんの攻撃は、ヤツの逆鱗に触れたらしい。
『神』が闇を放つ。

何してんだ?

闇は倒れた仲間に這い寄ると、その体を飲み込もうとする。

「おい!なにしてやがんだ!やめろ!みんなに手を出すな!!」



『神に逆らったものは…磔刑になるのだ…【罪深き十字】にな…』



闇に飲まれたみんなは、『神』の周囲に十字架に張り付けられた状態で姿を現す。
どういうつもりだ!


「これは…イザナミも使ったあれか」



『我は導くのだ…貴様らに邪魔などさせぬ…』



さっきの攻撃はそれなりに痛手にはなったらしい。
『神』の口調もどこか荒々しくなっている。

「人は滅びなんて望んでいない…人はその身に、未来への希望と、その希望を現実にするだけの可能性を秘めている…それが俺たちの見つけた真実だ」

鳴上さんがゆっくりと『神』の正面に立つ。
体からはペルソナの青い光が迸っている。

「陽介、完二、りせ、直斗、クマ、天城、そして…千枝。今助ける」

鳴上さんの背後に現れたイザナギが、輝きながらその姿を変えていく。



『やはり我が前に立ちふさがるは貴様か…真実に目覚めしものよ…!』









黒い衣装、応援団長の様な姿をしていたイザナギは、真っ白な衣装を纏う清廉な姿へと変化した。












「お前の言葉は…俺たちには届かない!伊邪那岐大神!!」












鳴上さんのペルソナ覚醒、伊邪那岐大神。
眩く光るそのペルソナは、武器を正面に掲げ、その輝きを増していく。












【幾万の真言】







巨大な光の柱が、『神』をまともにぶち抜いて、その体に風穴を開ける。
これは…攻撃じゃない…呪文の類でもない。

純粋な想いの塊、一つの真理だ。
見ているだけで心が洗われるような光だ。

流石の『神』でもこれなら…。

そう思ったアタシの目は信じられないものを目にする。
風穴があいた『神』の体が震えだしたかと思うと、その穴がみるみるうちにふさがっていったんだ。



『…フ…フフフ…フハハハハハハ!!たかだか幾千、幾万の言葉がなんだというのだ…我は神ぞ!!全知全能なる神!この世のすべてをすべるものなのだ!!』



「俺たちの力が…通じないなんて…」

鳴上さんも愕然とした表情を浮かべている。

「鳴上さん!」

アタシは鳴上さんに駆け寄る。


「アレをもう一発食らわせば…」

「【幾万の真言】は技じゃない…そうそう何度も使えるものじゃないんだ」

「そんな…」

「だけど…っ!危ないっ!」

何かを言いかけた鳴上さんが、突然アタシを突き飛ばした。
な、なんだ!?

思わず尻餅をついたアタシが顔をあげると、鳴上さんがみんなも飲み込まれた闇に堕ちようとしていた。

「鳴上さん!!」

「…ここまでか…神谷さん!…君の紡いだ絆を…信じろ…!」

「鳴上さあああああん!!」

ひ、独りになっちまった…。
みんな、気を失って十字架にかけられている。

鳴上さんもだ。




『我を相手に…よくぞ耐えたものだ…だが、人が神に適う道理はない…』



負け、ちまうのか、アタシは…アタシ達は…。
嫌だ!

折れそうになる心を奮い立たせて、『神』に向かって武器を構える。



『まだ抗うか…だが、それもここで終わりだ…』



アタシの足元にも闇が湧き出す。
底なし沼にはまり込んだみたいに、体が沈み込んでいくのが感じられる。

なんだよこれ…気持ち悪い…!

アタシは必死にもがいたけど、どんなに抵抗しても体は沈んでいき、やがてアタシは意識を失った。


―――????


ここはどこだ…?


アタシは…闇に飲み込まれて…。


体が…動かない…暗い…。


もう…終わりなのかな…。


くじけそうなアタシの目の前に、みんなの顔が浮かんできた。
みんな必死でアタシを励ましている。





「立って…立ってよかみやん!!

今までも何度もピンチはあったじゃん!

その度私たち、かみやんのおかげで立ち止まらないでいられたんだよ!

ここでかみやんが負けちゃったら…私そんなのやだよぉ!」





未央…。





「奈緒ちゃん、負けちゃダメです!

奈緒ちゃん言ってくれましたよね、ナナが何者だろうと見捨ててやらないって。

アレ、ウソだったんですか?責任取ってくれないんですか?

…そんなことありませんよね、奈緒ちゃん嘘つきじゃありませんもんね!」




菜々さん…。





「ほら、起きて奈緒。

休むのにはまだ早いよ。

…私こんなだからあんまり伝わってないかもしれないけどさ、奈緒の事好きだよ、大好き。

だから、こんなところで終わらないで、直接言わせてよ。

もっと残していこう、私たちの足跡」




凛…。





「奈緒ちゃん!ファイトだにぃ!

きらりは奈緒ちゃんのこと信じてる!

奈緒ちゃんがきらりを仲間にしてくれたこと、きらりはとっても嬉しかったにぃ!

今、きらりは動けないけど…その分きらりのぱわーを奈緒ちゃんにわけてあげる!

えーい!!」




きらり…。





「なんていうかさ、奈緒は杏を助けちゃった責任を取るべきだと思うんだよね。

杏的にはあのままあそこで延々とだらだらゲームしててもよかったわけだから。

ということは、奈緒がそこで杏以上にだらだら寝てることは許されないんだよ。

さっさと起きなねー」




杏…。





「奈緒ちゃん頑張って!

奈緒ちゃんがいなかったら、私はきっとあそこで死んでしまったはず。

だけど、こうして元気に生きていられてます!

今の私には応援することしかできないけど…精いっぱいエールを送ります!」




卯月…。





「普段人に余計なおせっかいばっかしてるくせに、自分はあっさり寝ちゃうってどうなの?

だから、今だけ私がお節介したげる。

さっさと起きてアイツやっつけなよ、だらだらしてると奈緒Pに笑われるよ?」




加蓮…。





「おいおい、帰ってきてトップアイドルになるって約束したよな。

立てよ、俺はお前が世界一可愛い女の子だって証明するまで諦めんからな」




Pさん…。




「奈緒ちゃーん!せっかくアイドルとしていい感じになってきたのに、そんなところで終わっちゃもったいないわよ?楽しいのはこれから、はやく戻ってきなさい!」



舞さん…。



「自分たち、奈緒のこと待ってるぞ!一緒にライブでユニット組むって約束したじゃないか!約束やぶっちゃダメなんだからな!」

「奈緒、私は信じていますよ」



響さん…貴音さん…765プロのみんな…。




「悪い奴捕まえるのは本来警察の役目なんだけどねー。これは奈緒ちゃんにしかできないんでしょ?任せるから、しっかり終わらせて帰ってきてね!おねーさんお酒用意して待ってるから!」



早苗さん…。



「うふ…まゆは、奈緒ちゃんのこと好きですよぉ?また一緒にお出かけしたり、恋バナしましょうねぇ」



まゆ…。



「奈緒さん!前に語り合ったじゃないか!ヒーローは、泥臭くても何度も何度も立ち上がって戦う姿がかっこいいんだって!アタシに見せてくれよ!奈緒さんのヒーロー道!」



光…。




「奈緒さん、イメージです。良くないイメージは、結果も引っ張ってしまいます。思い描いてください、みんなの笑顔、輝くステージ…素敵な自分を」



肇…。



「ボンバー!!奈緒さん!気合入れたいときには、大きな声で叫びましょう!どんな試合も、気合で負けたらだめです!!行きますよ!ボンバー!!!」



茜…。



「…な、奈緒さん…ま、また一緒に映画見るって約束…まだ果たしてもらってないよ…?あの子も…ま、待ってるから…また一緒に…ね?」



小梅…。




「奈緒ちゃーん、魔法の言葉ですよ、『一緒に魔法にかかりまほう』…ふふ、どうですか?元気でました?私、奈緒ちゃんとお酒を酌み交わす日を楽しみにしてるんです…だから、ちゃんと帰ってきてくださいね」



楓さん…。



「え?元気がない?そんな時はこれ!このスタドリを一本飲めばたちどころに体力回復、二本飲めば…え?いらない?そうですか。なら、さっさと起きて、やることやっちゃってくださいね!私は奈緒ちゃんを将来の事務員候補として育てる計画をしてるんですから!」



ちひろさん…。



「奈緒さん…自分を不幸だと言っていた私の、物事の見方を変えてくれたのは奈緒さんでした…。今度は私が…奈緒さんの幸運を願います…今だけでも…私に幸運を願わせてください…!」



ほたる…。




「神谷さん…すまない、俺たちの力添えはここまでの様だ」

「ごめんね、先輩なのに先にやられちゃってさ」

「ったく、カッコつかねぇったらねぇよな」

「でも、奈緒ちゃんなら大丈夫だよ」

「うん!なんたって、先輩と同じ力持ってるもんね!」

「あなたに力が芽生えたのは偶然ではないはずです」

「ワリィけど、ケツ拭くのは任せたぜ」

「シショーチャンならできるクマ!」

「そういうことだ…絆を…みんなを信じてくれ」



鳴上さんたち…。


今までに絆を紡いだ人たちからのエールが浮かんでは消えていく。
そうだ、アタシはこんなところで倒れてるわけにはいかねーんだ!

全身に力を込めて、なんとか立ち上がる。
ここは真っ暗だ…出口が何処かもわからない。

どうやって出るんだ?

「ここから出たい?」

「誰?」

「この世界の守護神みたいなものかな」

こんなところで声をかけられるなんて思ってなかったあたしは、思わず反射的に尋ねてしまう。
そこにいたのは、顔が髪の毛の半分で隠れるような髪型をした男の子だ。

守護神だ?

「悪いけど、今は神だのなんだのってのは…」

「もちろん冗談だよ。まぁこの世界を守ってることには変わりないけど」

不思議な人だ。
なんだか懐かしい感じがする。


「今、世界は大きな選択を迫られている。けど、最後のスイッチを押す力を持っているのは君たちだけ…いや、君だけと言うべきかな」

「どういうことだよ」

「こういうことさ」

男の子がアタシの額に手を置く。


すると、どこかの映像が流れてきた。


異常気象に見舞われる世界。
街中に湧き出すシャドウ。


人々は恐れ逃げ惑っている。


その中で戦っている人もいる…あれは…岳羽さんたちか。


なかなかに厳しい状況の様だ。
アタシ達がここで負けたら、この人たちの頑張りは無駄になるんだよな…。


次の映像に切り替わった。
ここは…日本ドームか。



避難した人たちが暗い顔をしている。
諍いも起こってるようだ。


また次の映像。

報道を心配そうに見つめる人々の顔が断片的に流れて行く。


アタシやみんなの家族…友達、仕事先で出会った人たち…。


その中には堂島さんと菜々子ちゃんもいる。



「未曾有の異常現象。通常兵器の効かない化け物たち、それに輪をかける異常気象。世界は滅びへと向かっている」



「滅ぼさせないさ、絶対に…!」



「そう考える者と、それを信じる者も確かにいるのさ」



男の子が再びアタシの額に手を当てると、別の映像が流れ込んできた。



力を合わせて巨大なシャドウを退けた特別課外活動部のみんな。



足立も、鳴上さんたちの前ではへらへらしていたけどシャドウと戦う時の顔は真剣そのものだ。

状況を楽しんではいるみたいだけど。



日本ドームの映像。


さっきとは違い、765プロのみんなが歌を歌っている。


その周りで祈るようにコーラスをするウチのアイドルと765の新人アイドルたち。


人々は落ち着きを取り戻しているみたいだ。



さっき堂島さんたちが見ていたテレビの画面が映った。

黒い髪の可愛らしい感じの女の人が、懸命に何かを訴えている。


この人確か…久須美鞠子だ。

実は鳴上さんたちが去年助けたマリーちゃんて人らしい。


何を言ってるかは聞こえないけど、気持ちは伝わってくる。

テレビを見ている人たちを励ましてるんだ…信じろって。


「わかったかい?君たちは希望なんだ」

「うん…やっぱり、どうしても負けられない!負けたくない!…けど」

さっきまでの戦いを思い出して、アタシは気持ちが落ちる。
あのままじゃ…勝てない。

「『神』はとても強い力を持っている…まともに戦っても勝てやしないよ」

「じゃあどうすれば!」

「彼も言ってなかったかな?『絆を信じろ』って」

男の子は優しく微笑む。

「君にはまだ、覚醒しきっていない力があるはずだ…『永劫』はやがて『宇宙』になる。君はそのきっかけをつかんでいるはずだよ」

『永劫』…アタシの絆が生み出した新たなアルカナ…。
そういえば、目覚めたのは良いけどあのアルカナに該当するペルソナが生まれるわけでもなかったからすっかり忘れてた。

でも、『宇宙』って?

「ベルベットルームに招かれた客の中でも、最高と謳われた彼が目覚めなかった唯一のアルカナ…『いのちのこたえ』にたどり着いた者が目覚めるアルカナさ…かつての僕がそうだったようにね」

かつての僕って…アンタもしかして…!


「さぁ、僕に教えてあげられることはここまでだ。僕は背中を押しに来ただけ。君はもう、ここから出る術を持っている」

え?

「暗闇を晴らすのは、いつだって光なのさ…さようなら」

男の子が手を振って姿を消すと、アタシの懐が熱くなり始めた。

これは…『見晴らしの珠』!


取り出して手の上に乗せると、『見晴らしの珠』は直視できないほどの光を放った。


―――天を穿つ山、山頂



『む…?』



気が付くとアタシは、元の戦いの場に戻ってきていた。
今のは何だったんだろう…。



『何故貴様は立っている…!どうやって戻ってきたのだ…!』



アタシを見て『神』は狼狽えている。
何でかなんて理屈はわかんねぇよ。

けどな。






「みんながアタシをここに呼び戻してくれた。みんなとの絆が、アタシにチャンスをくれたんだ!」





理屈なんかどうでもいい!
今ここにいることが全てだ!



『ならば…今度こそ滅ぼしてくれる…!』



『神』が激しい雷を落としてくる。
あまりにでかい、避けることも防御することもできない。

まともに喰らったアタシは一瞬視界がぐらついたけど、歯を食いしばって耐える。


「はぁ…はぁ…ゴフェル!!」


アタシは一番最初に目覚めたペルソナ、ゴフェルを呼び出した。
何でかはわからない。

でも、コイツじゃなきゃいけないような気がしたんだ。




『何故だ…何故倒れぬ…!始まりの『愚者』よ!貴様の旅路は終わりなのだ!』



再びアタシを雷が襲う。
ゴフェルが少し守ってくれたけど、それでも焼け石に水だ。

キツイな…。

いつの間に覚えたのか、ゴフェルが回復呪文を唱える。
ありがとう、少し楽になったぜ。



『目覚めよ!叶わぬ夢から!果てなき望みから!愚者の旅路に成功はない!神に唾する貴様たちに、生き残る未来はないのだ!』



三度、雷を放とうとする『神』。

今度のはまともに喰らうとヤバイか…?

しかし、『神』の元に力は集まらない。







『…!?何故だ…何故だ何故だ何故だ!!人々が絶望し続ける限り、我の力は無限なのだ!!滅びを望む人間どもよ!我に力を与えよ!!』






―――現実世界

「祈るのです…明日を…未来を…」

貴音の言葉が電波を通じて世界中に発信されている。



「絶対大丈夫だから!こんなことで負けるヤワな人たちじゃないよ!てか、そんなのアタシが許さないし!」

久須美鞠子ことマリーも、己に与えられたフィールドで人々へ希望を説いている。



「彼女達ならやり遂げる!!全員、神谷たちを信じて戦い抜け!」

自ら前線に立ち、美鶴もまた仲間を鼓舞し続ける。

その姿に影響され、感じ入り、一人また一人と希望を胸に抱く人が増えていく。



絶望に覆われかけた世界に、再び光を…。

人々の望みは…暗闇に光を見出すこと…この悪夢から、目覚めること。


―――天を穿つ山、山頂



「わかんねーのかよ、みんな、滅びなんか望んじゃいねーってことだろ」





『違う!人々は滅びを望んでいるのだ!だから我が生まれた!我は『神』!人々に滅びの救いをもたらすもの也!』




ホントは、実際何がどうなってコイツの力が出なくなったのかはよくわからない。
けど、なんとなく感じられる。


あの暗い世界で見た映像だ。


貴音さんをはじめとしたいろんな人たちが、アタシ達を信じてくれてる。


信じる心が、アイツの抱えた滅びの意思を抑えてるんだ。




―――聞こえる?神谷奈緒…。



頭に響く声…これは…高峯のあ!



―――私にはもうどうすることもできないといったけど…一つだけ…一つだけあなたに贈るわ…私の力…私の気持ち…。



アタシの胸が熱くなる。


―――我は汝…汝は我…。

―――我は汝の心の海に漕ぎ着けし旅人…。

―――今、この力、汝に捧ぐ…わが名は…。







「ノア!」






アタシの声に応じて現れたのは、高峯のあが使っていたペルソナだ。
力を送るって、こういうことか。



―――後は…貴女次第よ…ちゃんと戻ってきて…私に謝らせて。



のあの声が遠のく。
相変わらず勝手な奴だよ。




『認めぬ!認めぬ認めぬ認めぬ!矮小な人間如きが我を縛ろうなどと…ヌゥ!?』



『神』が一瞬驚いて動きを止めたけど、驚きたいのはアタシの方だ。
なんたって、アタシの体から見たこともない位光が迸ってるんだからな。

『愚者』から『審判』まで、二十一枚のペルソナカードがアタシの周囲を回る。
それぞれを眺めると、今までに絆を紡いだ人の顔が浮かんでくる。

同時に、その人たちの背景にいる人たちの命も感じられる。

そして現れたもう一枚のカード。






『永劫』







パリィン!








―――我は汝…汝は我…。



汝…ついに『いのちのこたえ』を見出したり…。



今…『永劫』の時を超え『宇宙』の理に辿りつかんとす…。










「ゴフェル!!ノア!!」







心の命じるままに、アタシは二体のペルソナを呼び出す。


最初に目覚めたゴフェル、最後に現れたノア。



方舟と航海士。



二つは合わさり、新たな一つへ…。








「これが…正真正銘の最後だ…メシア!!」







生まれたのは、柔和な表情を浮かべた純白の女性。
オリーブの髪飾りに白い羽、身の丈ほどの十字架を抱えている。




「もう、眼鏡はいいかな…よく見えるもんな」




アタシは異世界眼鏡を外し、ポケットにしまう。
眼鏡は大事にしないと怒る人いるし。







『それがなんだというのだ…!たかだかちっぽけな一人の人間に何ができる!!』








「確かにアタシはちっぽけな人間だ!

アタシ如きが誰かを救えるとか、世界を救えるとか、そんなことこれっぽっちも思っちゃいない!

でも、アタシを信じてくれる人がいる、アタシのすることで笑顔になってくれる人がいる!

だから…こんなアタシにでもできることがあるんなら…アタシはそれを精いっぱいやるだけだ!!」








『人々は滅びを望んでいる!この絶望に満ちた世界、悪夢の世界から目覚めたがっているのだ!それには一度すべてを滅ぼすほかにない!!』








「違う!!

人間が目覚めるのに、たくさんの言葉や押しつけの滅びなんていらない!!

人間が目覚めるのに必要なのはたったひとつ…たったひとつの…!」





アタシの気持ちに応えて、メシアが十字架を掲げる。











【たったひとつの希望】











『バカな…』



メシアの放つ輝きが全てを飲み込んでいく。

『神』の勝手な言い分もすべて。


これ以上アイツの言葉なんて聞きたくなかったからちょうどいいぜ…。




みんな…無事かな…。








アタシの意識も光に飲み込まれ、何もわからなくなった。







※作者でございます。

以上、第十八話、最後の戦い。

次が最終話です。

新スレ
神谷奈緒「Persona for the Golden」

でお会いいたしましょう。

本日深夜0時更新予定。


最終話投稿いたしました。

お暇な方はどうぞ。
神谷奈緒「Persona for the Golden」
神谷奈緒「Persona for the Golden」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1399734006/)

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