神谷奈緒「ペルソナかぁ」(185)


あけましておめでとうございます。
もし待っていて下さった方がいらっしゃれば、お待たせして申し訳ありません。

こちら

神谷奈緒「マヨナカテレビ?」
神谷奈緒「マヨナカテレビ?」 - SSまとめ速報
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神谷奈緒「ペルソナ!」
神谷奈緒「ペルソナ!」 - SSまとめ速報
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の続きでございます。

今回はコミュ活動のみでございます。

盛り上がりはしませんので、どうぞお酒など片手に(未成年の方はリボンシトロンなど)ごゆるりとお楽しみください。


―――現実世界、事務所、第4会議室

「はぁー、つかれたねー」

杏を救出したアタシ達は、テレビの中から帰還した。

「しかしまぁ杏はホントにテレビの中に入ってたのか。世の中色々だねぇ」

きらりの背におぶさったまま、杏はしみじみとした感想を述べる。

「あんなところまでみんなは助けに来てくれたんだよね……ありがと」

「おう」

「トーゼンだよ!」

「友達、だからね」

「今さらですよっ」

「まー、杏は愛されてるからね、しょーがないよねー」

「杏ちゃん、きらりもいるにぃ!」

「ん、ありがと」

よしよし、と杏はきらりの頭を撫でる。
改めて絆は深まったようだ。


「そうだ、杏は病院からいなくなったって大騒ぎになってるんだった」

「ヤバッ!早く戻さないと!」

「そうだね、ただでさえあんな所にいたんだし」

アタシ達はとりあえず装備品を隠して、杏を病院に届けようとした。


―――事務所、入り口付近

「タクシー使っちゃおうか」

「そうだね、杏は病院服のままだし」

「えーっとそしたらタクシーの番号は…」

ガチャッ

あ、誰か来た。

「ただいま戻りましたー…はぁ…」

暗い顔で入ってきて、ため息を漏らした人は誰有ろう杏Pさんだった。

「あぁ、神谷ちゃんたち、いた、の………え…あ、んず…?」

「おはー、プロデューサーおひさー」

「あ、杏ちゃん!杏Pちゃんはすっごくすっごく心配してたんだよっ!杏Pちゃん、あのね…」

「あんずううううううううううう!!」

「うぉわぁっ!!」


のんきに手を振る杏の姿を認めた杏Pさんは、一瞬の静止の後、きらりの背に乗る杏に飛びつき、思いっきり抱きしめた。

「こ、こら!プロデューサー!それはセクハラだぞ!」

「ばかやろおおおおお!どこ行ってたんだよあんずうううう!めちゃめちゃ、めっちゃめちゃ心配したじゃねえかよおおおおおおお!!」

男泣きに泣き崩れる杏P。
よほど心配だったんだろう、アタシ含めアイドルたちが若干引き気味で見守っているにも関わらず、杏を抱きしめ頬を擦り付ける。

「ば、ばか!みんな見てるじゃないかっ!それに洟がつくっ洟が!」

「す、すまん…」

やっとこ離れた杏Pさん。

「…今まで、どこに行ってたんだ?」

「あー…」

杏はそれとなくアタシ達に目配せをする。
多分「とりあえず誤魔化すから」ってことだろう。

杏はそういう空気を読むのに長けている。


「あれだね、プロデューサー」

「なんだ?」

「そういう話をするには実際疲れすぎてるんだよ、杏は。とりあえず休ませてくれない?」

「そうだ!お前は病院から抜けだしてる身じゃないか!!こうしちゃいられない、体は大丈夫か?痛いところとかないか?」

「うーん、もう体が重くて色々ダメかもわからんね!これは早急にベッドで休まないと!」

「ま、マジか!行くぞきらり!うおおおおおお!!」

「りょーかい杏Pちゃん!にょわああああああ!!」

「おわっと…ってゆするなあああ…!」

杏のつくろう気もないような猿芝居にまんまと乗せられた杏Pさんは、きらりを伴い、杏を担いで事務所を飛び出した。

おそらく病院に向かったんだろう。
杏がいなくなった時の状況を聞きたいが、多分しばらくはまた検査とかで会えないに違いない。


「とりあえずこれで杏は大丈夫だろう。今日はみんな、帰ってゆっくり休もうぜ」

「そうですねぇ」

正直、疲れ切ったこの状態で杏を病院まで送り届けるという作業がなくなったのはありがたい。
きらりも条件はおんなじハズなんだけどな…CGプロのきらりんパワー☆は化け物か。

「それしてもまァ」

「これにて一件落着っ」

「だね」

アタシ達は互いにハイタッチを交わした。

より一層絆が深まるのを感じると、ゴフェルが心の中で輝きを放ちながら優雅に一礼した。


―――翌日、中央病院

「―――それじゃあ双葉さん、あなたは何も覚えてないんですね?」

「うん、夜中にふと目が覚めてベッドを降りた後は、もう自分が何をした、とか何かを見た、とかそんなんは全然覚えてないなー」

杏は警察の事情聴取を受けている。
無事発見されたとはいえ、消えた経緯には謎が多すぎるから、当然の事と言えるだろう。

第一発見者であるアタシ達も同席している。

「ふーむ…疲労感はあるものの目立った外傷はなし、CTやレントゲンでも異常は見られず、暴行された跡もない。記憶がはっきりしていないのも事件のショックからで、薬をかがされたりした形跡もなし…か」

年配の刑事さんが唸り声をあげる。
さすがに「なんにも覚えていない」の一点張りでは無理があったかな?

事件のあった日から明けて今日、アタシ達は早目に杏と面会し、無関係な人には何を聴かれても「知らない、覚えていない」で通すことを決めた。
テレビの中の世界なんて話、しても信じてもらえないだろうからな。

超常現象が相手じゃ警察はどうしようもできないし。


「早苗ちゃん、こいつぁ悪いが力になれそうもないねぇ」

「いえいえ良いんですよ、無理言って内緒で来てもらってるのはこっちなんですから」

杏がいなくなった時の未央の提案はどうやら上手くいったらしく、早苗さんの昔の伝手で仲の良かった刑事さん達に内緒で協力してもらっている。

「しかしまぁ、監視カメラから消えたアイドルなんて、オカルト臭たっぷりですよねぇ」

若い方の刑事さんがのんびりとした声をあげる。

「バカ、刑事がオカルトなんぞと軽々しく抜かすんじゃねぇ」

「でも、実際原因不明じゃないですか」

「まァな」

軽いやり取りをしながら刑事さん達は帰り支度を始める。

「一応最後にこの辺を見回ってから帰るよ。すまんね、大した協力もできずに」

「ホントにありがとうございますっ」

「なーに、早苗さんの為ならたとえ火の中水の中っすよ!」


「チョーシに乗るな…まぁこのバカもそうだが、他の連中も早苗ちゃんに会いたがってる。今度飲み会にでも顔出してくれ」

「あたし、飲みますよー?」

「はっは、そうだったな。じゃあビールの飲み放題は忘れずつけないとだ。…行くぞ」

「あ、はい!…そんじゃ早苗さん、いらっしゃるの楽しみにしてますからねー!」

「…早苗さん愛されてるんだな」

二人の刑事が去っていくのを見ながらアタシは呟く。

「まー、ほら、女の少ない職場だし?あたしこんな感じだから絡みやすいでしょっ?」

カラッと笑う早苗さんは、普段と違ってそれなりの人生経験を感じさせる顔つきをしていた。

「しっかしまぁ、杏ちゃんがなんも覚えてないとなると実際捜査のしようもないもんねー。まぁ無事戻ってきたからそれでよし!あたしも帰るわー、ほんじゃねー!」

「あっと、早苗さん」

手を振り出ていこうとする早苗さんをアタシは呼び止める。
ちゃんとお礼と、あと謝っとかないとな。


「色々協力してくれてありがとう…あと、ごめん」

「なにがー?」

「いや、一応隠してただろうにさ、捜査一課にいたこと。アタシらがお願いしたせいでばれちゃったでしょ?」

「あー、そのこと?別にいいわよー」

早苗さんはケロッとした顔で返す。

「どーせいつかは知れることだし、事務所のメンバーにはどっかでカミングアウトしようと思ってたしねー。むしろきっかけがあって良かったくらいだわ」

「というわけで、困ったことがあったらガンガンおねーさんを頼りなさい!」と豪快に笑いながら、早苗さんは去っていった。
早苗さんへの信頼に胸が熱くなる。


「―――さて、それじゃあそろそろ本題かな?」

大人たちがみんな出て行ったのを見届けると、凛が口火を切った。
ちなみに杏Pさんは仕事でこの場にはいない。

ここからは、杏がなぜ、どうやってテレビに入ってしまったかという話だ。

「あぁ、そうだな。杏、話を聞かせてくれ」

「うぇー、杏はもう警察のじじょーちょーしゅで疲れてるんだけどなー」

「はーい、杏ちゃーん、飴ですよぉ」

「…もう少しおしゃべりするのも悪くないじゃないか」

コイツはなぜこうも飴に執着するのだろうか。さすが妖怪飴くれ。

「えっと…それじゃあ杏がテレビに入っちまった時の状況を教えてくれ」

「そうだねぇ…アレは病院に担ぎ込まれてから何日目だったかな…」


杏の話をまとめるとこうだ。

きらりと喧嘩した後、なんとも気分が落ち着かないが他にすることもない杏は、とりあえずふて寝を決め込んだらしい。
しかしさしもの杏と言えど真昼間から寝はじめたせいか夜中にふと目が覚めた。

「そしたらなんか、妙な声が聞こえたんだよ」

普段の杏ならその声の主を確認するのも面倒がって行かないところだが、何故か確かめなければいけない気がしてベッドを降り、病室を出た。

「なんていうんだろ、催眠術ってかかるとあんな感じなのかもねー。こう、ふわふわしてたんだよ」

声に導かれるままに廊下を進み、受付スペースのテレビの前に立ったところで…。

「画面から手が伸びてきて、引きずり込まれた?」

「そーそー。おー、凛、なに?エスパー?」

凛も自室のテレビに引きずり込まれたことがあると話してやると、杏も「なるほどー」と納得する。


「その声ってさ、どんなんだったのっ?」

「どんなん…ねぇ」

「覚えてないのか?」

「うーん、そんな感じ。女の人の声だったとは思うんだけどさー、なんて言われたのかとか全然思い出せない」

…なんて言われたのか思い出せない、か。
けど…。

「女、なんだね?」

「うん。ちなみにテレビから伸びてきた手も、多分女」

凛を引きずり込んだ手も女だったらしいし、これは確実に同一犯だろう。
単独犯だと話が早いんだが…どうだろうな。

「それにしてもさー」

未央が思い出したように発言する。

「まぁ監視カメラに映らなかったのはしょーがないと思うよ?死角があったっていうし。でも、当直の看護師さんとか受付にいなかったのかなー。よくドラマとかでナースコールとか待機してるじゃん」


「それなんですけど、ナナも気になって確認したら、一度控室に引っ込んだ時間帯があったそうなんです。正確な時間はわからなかったらしいですけど、だいたい杏ちゃんが消えた時間帯と同じころらしくて…」

そりゃまた随分とタイミングが良かったな。
偶然、なのか?

「うーん…きらり、ムズカシーことはよくわかんないけどー」

きらりが首をかしげながら会話に加わる。

「犯人ちゃんは、もしかしたらテレビの中からこっちが見えてるんじゃないかにぃ?」

「そうか…マヨナカテレビにテレビの中の世界の事が映るんなら、その逆もありそうな話だよね」

「そうですっ、ナナも向こうにいた頃、こちらの様子をたまに『窓』を通して見てました!」

菜々さんの言葉に全員が「なるほど」とうなずく。
だけど。

「それって、好きな時に好きなものを見られるのか?」

「…それは、少なくともナナはできませんでした」

菜々さんができなかったからといって、否定できるわけでもない、か。
いや、杏のいなくなった状況の事を考えると、できると考える方が自然だよな。


「となると、私たちがこうして集まっているのも、監視されてる可能性がある、ってことだよね」

凛の一言に、場の空気が一瞬凍る。
しかし。

「ま、スキャンダル狙いで芸能記者に狙われてるのよりも断然マシだと思うけどねー」

「あ、そーかも」

こちらの行動が犯人に筒抜けかもしれないというのは確かに気味が悪い。
しかし、もし犯人がそれを優位に使おうとしているとするならば、もうとっくにそういうアプローチがあってもおかしくはない。

ところが今までにアタシらの行動が向こうに筒抜けだったとしてそれでこちらに不具合が生じたケースもない。
今は気にするだけ無駄か。

「それに、多分テレビのあるところじゃないと覗けないんじゃないかと思うなー、杏は」

「なんでだ?」

「だって、テレビ画面使って出入りするしかないんでしょ?菜々さんも『窓』って言い方してたし、普通に考えたら覗き口がないと物は見らんないじゃん」

至極まっとうな理屈だ。
杏の言葉にみんなも落ち着く。


「ま、自分の部屋にテレビがある人は、布ぐらいかけといたほうがいいと思うけどねー」

「か、帰ったらなにか布探さねーと!」

そうだ、アタシだって乙女なんだ。
いくら犯人が女である可能性が高くても、覗かれてるかもしれないなんて冷静でいられるか!

「杏から聞けることは、このくらいかな?」

「あぁ、そうだな。テレビに入ってからのことはおそらく凛と大して変わらないだろう」

「もういい?そしたら杏もう寝たいんだけど」

「おいおい、自分が行った世界の事とか聞かなくていいのか?」

「いいよ、行った時で。説明だけ聞いてもピンとこないし、巻き込まれちゃった以上どーせ杏も奈緒たちの探検隊に入らされるんでしょ?」

心底めんどくさそうな顔を作って見せる杏。
やっぱり杏の影が言ってたようなことに悩みはしても、根底にあるめんどくさがり部分は杏の柱の様だ。


「そりゃ誘おうとは思ってるけど…いいのか?」

「まーねー、知っちゃった以上杏も放っておくのはちょっと悪いような気もするし。それに、杏は奈緒たちみたいに走り回って戦ってってしなくても良さそうだし」

「どういう意味だ?」

「説明めんどいし、ここじゃ見せらんないからそれも向こう行ったらねー。おやすみー」

話もそこそこに、もぞもぞと杏はベッドにもぐりこんでしまった。

「あらー、こうなっちゃうとあんちゃんはテコでも動かないね」

「まぁ疲れてるのは本当だろうし、今日のところはこの辺で帰ろう」

「またねー。杏ちゃん」

「お大事にですっ」

アタシ達は思い思いに杏に声をかけて病室を出る。
最後のアタシがベッドを離れようとしたとき。


「…奈緒」

「…どうした?」

横になったら二秒で寝れる、と豪語する杏の事だからすでに眠りの世界か、と思っていたアタシは若干驚きながら杏の声にこたえる。

「…ありがと、助けに来てくれて」

「友達だからな、当然だろ?」

「そのトーゼンがトーゼンじゃなかった杏だから、まぁ…うれしかった」

コイツもこういうところ見るとツンデレというのかな…べ、別に自分の事は関係ねぇよ。

「ほら、色々知ったでしょ、杏のこと」

「あぁ」

「あれで、嫌われるんじゃないかって思ってた」

「そうか?」

「そういうもんだよ、人間て」

「十七才は人間語るには早くないか?」

「いいんだよ、早くない十七才もいるんだから」


「くしゅんっ」

ベストのタイミングで先に廊下に出たウサミン星人のくしゃみが聞こえた。
思わずアタシと杏は吹き出す。

「くっ、ふふっ、まったく、あの人は面白いよなっ」

「ふふふっふ、流石あべななさんじゅうななさいだー…ふふうふ」

「…ふぅ、ま、どうだ今はもう嫌われる心配なんてしてないだろ?」

「当たり前じゃん。ただでさえキュートなだらだら妖精杏ちゃんだよ?嫌われる要素がないよね」

ふふん、とドヤ顔する杏。

「この事件、結果的に杏自身が怪我したりはしなかったけど、色々腹に据えかねるところはある。めったに本気にならない杏ちゃんだけど、ここはいっちょ捜査に協力しちゃうからね!」

「おう、頼りにしてるぜ!」



パリィン



杏の不敵な笑みに笑い返した瞬間。
いつもの音が脳内にこだまする。


―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”刑死者”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・







>双葉杏『刑死者』と改めて絆を深めた!






「言いたいことはそれだけー。んじゃ、今度こそ寝るから」

「おう、とりあえずゆっくり休めよ」

布団の中から手をふりふりする杏に背を向け、アタシは病室を出た。
アタシ達がその場を離れようとしたその時、杏Pさんが早足で病室に向かうところとすれ違う。

あーあ、杏せっかく寝ようとしてたのに、これじゃあ寝らんねーだろうな。

そんな予感になんとなく笑みが漏れた。


―――数日後、事務所、大会議室

杏救出劇から数日、アタシ達は夏のライブイベントに向けて準備にいそしんでいた。

数か月前から、何やら「ライブの為だライブの為だ」と詳細も聞かされずに取り組んできたレッスンなどの真相が、今日ここで明かされる。

「いいかー、今回のライブはいわゆる『フェス』って奴だ!しかも、今までやってきたようなウチの事務所だけで行う物ではなく、他の事務所と合同で開催する!」

アタシのPさんは、っていうかここのPさんは結構そういう人多いけど、アタシをプロデュースするのだけが仕事じゃなくて、いろんなフェスとかイベントごとのプロデュースもやっているらしい。
そういうわけで事務所で大きいライブがあるとよくリーダーをやっている。

「へー、ってことはアレか、『フ○ロック』とか『ap b○nk fes』とかそんな感じってことか」

「面白そうじゃん」

「え!?ロックなんですか!?」

夏樹さんのわかりやすい例えに涼さんがうなずいて、李衣奈がボケる。


「そうだ、夏樹の例えがわかりやすいな。今回のフェスは、事務所のくくりも関係なく全国のあらゆるところからアイドルを集めて行う超巨大ライブだ!」

「…な、なんか…す、すごそう…」

「フヒ…だね…」

「どんなに集まろうと、ボクが一番カワイイことには変わりませんけどね!」

「出演するアイドルたちはどれも豪華だぞー!

月島き○り、S○IPS、ST○RISH、大阪を中心に活動していたDREAM-L○NE、最近話題のかなみんとりせちーなどなどだな。

あの961プロや876プロからもアイドルが出るって聞いてるし、何よりもだ」

Pさんがここで言葉を切り、ニヤッと笑う。
なんだろう。


「このフェスには、あの765プロのアイドルが総出演するぞ!」

「うおっ、マジかよ!!」

思わず大きな声が出た。
そりゃ古今東西のアイドルを集めるなら、765からだって誰かしら出演するだろう。

けど、全員?
765PRO ALLSTARSって奴じゃないか!

「まぁこの全員出るってのはまだ関係者以外には内緒なんだけどな」

そりゃそうだろう。
765プロアイドルといえば、今やテレビでその姿を見かけぬ日はない、という超有名アイドルたちだ。

二年位前からメジャーで活躍を始め、あっという間に所属の十三人全員Sランクアイドル。
Pさんから聞いたところによると、その十三人はすべて一人のプロデューサーが面倒を見ていたらしく、プロデューサー業界では「伝説のプロデューサー」「アイプロの龍」と呼ばれているらしい。

そんなアイドルが全員一度に出演するとなれば、とんでもない騒ぎになるだろう。
まして、他の超人気アイドルも一緒に出演するフェスなんだぞ。


「フェスは三日間行われる。プログラムに関しては詰めてるところだが、現在ユニットを組んでいる者は必ずどこかで出番があると思っていてくれ」

ということは…アタシはトライアドプリムスか。

「もちろん、ユニットを組んでいないヤツにも出番はあるぞー!なければ作るまでだ!事務所総出の一大イベントだ!」

「ふふ、腕が鳴るね」

「奈緒Pちゃんはりきってるにぃ☆」

「わかるわ」

みんな思い思いの反応を浮かべる。
アタシだってわくわくするさ。
こんなでっかいお祭り騒ぎに、しかも出演者として関われるんだからな!

「今後のスケジュール等に関しては、それぞれのPさんに伝えて割り振ってもらう!

ここまで情報も知らされないでキツイレッスンについてきてくれてありがとう!

でも、こっからもっとキツクなるぞー!

フェスまで突っ走れ!頑張ろうな!

俺からは以上だ!!」


見かけによらず熱い男、アタシのPさんはそれだけ言うと手元の書類をまとめて会議室を後にした。

しばらくしたらアタシ達トライアドプリムスはPさんと会議だ。
それまでどうすっかな。

「奈緒ちゃん」

続々とはしゃぎながら会議室を出ていくアイドルたちを眺めながらぼんやりとこの微妙な空き時間をどう過ごすか考えていると、ちひろさんが声をかけてきた。

「あぁ、ちひろさんか。なに?」

「ごめんね、ちょっとお願いしたくて」

言いながらちひろさんは書類を数束手渡してきた。


「これは?」

「このあと奈緒ちゃん、奈緒Pさんと会議でしょ?その時に渡してもらえないかな。さっき渡しそびれちゃって」

あぁ、あの人動きが早いから、タイミング逃すとすぐいなくなっちゃうんだよな。

「いいぜ」

「ありがとう、いつも助かるわぁ。奈緒ちゃんお使いとかも行ってくれるし」

「別に普通だよ」

「それが普通って言えるところが偉いのよ。まぁウチの事務所の子はみんないい子だけど、奈緒ちゃんは頼みやすいし」

思えば昔からちょっとした頼まれごとが多い方だった。
なんだろう、下っ端オーラでもでてんのか?

「じゃ、お願いねー」

ちひろさんは去って行った。

まぁすることもないし、凛と加蓮とだべってるかな。


―――数十分後、事務所、第1会議室

「Pさん、これ」

「ん?どうした」

「ちひろさんがさっき渡しそびれたって」

「おー、いつも悪いな、奈緒」

ちひろさんのお使いをすませると、アタシ達トライアドプリムスはPさんに向き直る。

「さて、フェスでのお前たちの役割についてなんだが」

「もしかして、ユニット以外になにかあるの?」

凛が珍しくPさんの言葉を待たずに質問する。
コイツもやっぱりテンションあがってるのかな。

「お、凛は流石に鋭いな」

「ってことはなんかあるんだな?」

「おう、とびっきり特別なヤツがな!」

そういってPさんはファイルの中から一枚の書類を抜き出して、アタシ達に見せてきた。


「なにー?」

「えーと…」

「…『765 × CGプロ 特別合同ステージ』ぃぃ!?」

なんだそれ!?

「書いてある通りだ。765プロのプロデューサーさんから頂いた話なんだけどな、765プロの全体ステージにCGプロも出演しないかって」

「え?それってバックダンサーとか?」

加蓮が疑わしげに尋ねる。
まぁ普通に考えたらそうだろう。

格が違いすぎるもんな。

「いや、そんなもんじゃない。対等に、どちらも主役として同じステージで歌って踊らないかって話だ。そう書いてあるだろ」

「…ドッキリか?」

「そんな悪質なドッキリ、案を出された時点でその局とは縁を切るわ」

どうやら本当らしい。
え?なにこれ、なんなんだこれ。

驚きで頭がついて行かない。


「765Pさんの話では、向こうは十三人フルメンバーで臨むからだいたいそれと同じくらいまでだったら何人でも、とのことだった」

「ということは、私達だけじゃないよね?」

「あぁ、最初は先行CDデビューした組で固めようかという話もあったんだが、より今売り出したいメンバーで、と思ってな」

「奈緒Pさんはただ奈緒をみんなにお披露目したかったんじゃないの~?」

「当たり前だろ、こんな可愛い生き物をどうして皆さんに紹介せずにいられるんだ」

加蓮の意地悪な問いにまったく動揺することなく答えるPさん…ってオイ!

「ちょ、お前ら!なにいって…」

「まー、可愛い可愛い自分の担当アイドルだもんね、当然かー」

「ま、独り占めしておくってのも悪くない選択肢だけどな」

「だあああああああああああかああああああらあああああああ!!」

「はいはい、加蓮も奈緒Pさんも、それ以上やると奈緒が茹っちゃうから話を戻そう」

凛の釈然としないフォローで話はライブへと戻る。


「まぁ俺の私欲は置いておいても、トライアドプリムスは今人気がじりじりとあがってきているところだ。ここらで一発大きいアピールが欲しい。というわけでまずお前ら」

「他は?」

「凛がかぶってはいるが、ニュージェネレーションも候補だな。卯月と未央も初期のころからよく頑張ってる。あん☆きらとか142’sも考えてるし、ソロ組なら楓さんや菜々さんを組み込んでこのスペシャルグループの安定を狙うってことも頭にはあるな」

なるほど。
上限十三人と考えると色々組み方も難しいんだな。
そしてPさんにまで「菜々さん」と呼ばれてるのか菜々さん。

「なんにせよ、コレはあくまで候補だ。つまり、お前たちの意見を聞きたいわけなんだが…」

「受けるよ」

凛がまたもPさんの言葉を待たずに宣言した。

「まぁ、そうだな」

「わざわざ聞く意味あるの?それ」

アタシと加蓮もうなずく。


「まだ何も言ってないんだけどな」

「どーせ『受けるかどうか』って聞くつもりだったんだろ?そんなの聞いてないのと一緒だ」

こんなワクワクする話、参加するなっていうのが無理な話だ。
Pさんは「わかってたけどな」という笑みを浮かべると話を続けた。

「ま、こんだけ大きい話だ。こちらのプロモート計画もあるがなによりアイドルたちのやる気を重視したくてな。ちょっとでもお前らがためらう様だったらすぐに次のアイドルへ話を回すつもりだった」

相変わらず食えない人だ。
アタシらがビビったらどうする気なんだよ。

「だからビビらないと思ったから初っ端に話回したんだって。んじゃ、明日から早速合同レッスンなー」

はいはい、まったくいつも話が急だな…って。

「明日ァ!?」

「ちょ、ちょっと奈緒P、それホントなの?」

流石に加蓮も驚いたらしく珍しく動揺している。


「おう、そりゃフェスまでたっぷり余裕があるってわけでもないからな。今日メンツ決めて、明日からレッスン」

「…ちなみにその企画が持ち上がったのは?」

「昨日」

ニヤッと笑うPさんにアタシはため息しか出なかった。
この話は765Pさんから持ちかけられたって言ってたよな…この人と良い向こうさんと良いなんでこう思い付きでとんでもないことするかなぁ。

心の準備が追いつかないぜ。

「明日からだね。レッスンスタジオはもう決まってるの?」

凛は凛で落ち着いている。
ホントにコイツはコイツでぶれないよな。

「おう、大人数はこっちのが得意だからな。ウチがいつも使ってるとこに765さんをご招待だ」

自分たちの普段の練習場にあの765プロアイドルが来る。それも全員。
緊張するな…。

「まぁ確かにこっちは最近名前の出てきた事務所、方や向こうさんは今を時めくトップアイドルたちだ。気後れするとは思うが、そんなに気負うなよ。中身はお前たちと変わらない同年代の女の子たちだからな」


「大丈夫、いっぱい勉強させてもらうから」

だから何でお前はそんなに冷静でいられるんだ凛!
と、思ったけど、ちらっと凛が膝元に置いている手を見てみると、これ以上ないくらい力を込めて自分の両手を握っている。

あぁ、コイツもやっぱり緊張してるんだな。
そう思うと肩の力が少し抜ける。

アタシより売れっ子のアイドルとは言っても、やっぱり年下の女の子だ。
完璧じゃない、よな。

当たり前のことに頬が緩む。

「何ニヤついてんの?キモいよ奈緒」

ジト目でこっちを見てくる加蓮。
お前はいっつも一言余計だ!

「よっし、そんじゃトライアドプリムスは確定、っと。では、三人には先にこの資料渡しておくな」

「これは?」

「合同ステージでやる楽曲の候補一覧その他もろもろ。いろいろ予定とかお前たちに意見をもらいたいこととか書いてあるから、目を通しておいてくれ。明日の集合時間とかについてはメンバー決まり次第追って連絡する」


ここのPさんたちはみんなそうだが、特にアタシのPさんは仕事が早い。
いつもアタシに話を持ってくる時は大体アタシの逃げ場はもうなくて、仕方なく、本当に仕方なく可愛い服を着させられてしまうのだ。

…自分の頭の中でさえ言い訳しないといられないのかアタシは!

「そうだ奈緒」

「へっ?」

勝手な想像に一人悶えている間に、凛と加蓮は資料を読みながらさっさと会議室を出て行ってしまったらしい。

出足の遅れたアタシにPさんが話しかけてきた。

「な、なに変な顔してんだ?俺は普通に話しかけただけだぞ」

「わ、ワリィ…」

そんな変な顔してたのか?アタシ。

「そ、それでどうしたんだ?」

「ん、おう、最近コレの事もあって忙しかったからさ、お前にあんまりかまってやれなかったろ。ゴメンな」


「そんなことか。別にいいよ、仕事なんだし。それに、これだってアタシらの為の仕事だろ?」

「そりゃーそうなんだけどさ、やっぱり俺はお前のプロデューサーなわけだし?可愛い担当アイドルほっときっぱなしってのも落ち着かないもんだろ」

「か、かわっ!バッカじゃねぇの!」

「可愛いって単語だけに反応すんな。つーか相変わらずだな、もうちょっと慣れろよ。可愛いからいいけど」

「可愛いっていうなぁっ!」

Pさんはいつもこうだ。
そりゃーアタシだって女だから、可愛いって言われたら嬉しいし、言われたいって思いもある。

だけど、言われてこなかった分、今さら言われると恥ずかしいんだよ!
特にPさんには!

「はっはっは、奈緒はからかい甲斐があっていいなぁ」

Pさんがワシワシとアタシの頭を撫でる。
…撫でられるのは嫌いじゃない。たまに酔っぱらった楓さんとかも撫でてくるけど、信頼してる人から頭を撫でられるのはなんだか落ち着くんだよなぁ。


「やっぱり奈緒の髪の毛はモフモフしてて気持ちいいなぁ。いいぞー奈緒、かわいいぞー」

「それやめろ!」

なんだか犬になったような気分になってきたので、名残惜しいがPさんの手から逃げ出す。
犬は凛だけで十分だ。

「はぁ…まったく」

「すまんすまん、つい、な」

「ついじゃないっての!」

「怒るなって。思いっきり脱線しちゃったけど、久々に奈緒とコミュニケーションとれて良かったよ。最近なんか辛い事とか悩み事とかないか?」

「特に…ないけど」

一瞬マヨナカテレビのことが頭をよぎったけど、コレは話しても仕方ない。

「そーか、ならいいんだ。その調子でこれからもがんばってくれよ!」

「おう!」


Pさんは、その辺にいる普通の女の子だったアタシを、アイドルという輝く存在に導いてくれたいわば恩人だ。
まゆや凛のように恋い焦がれるというのとはちょっと違うけど、明確な憧れは胸の中に存在する。





…期待に応えなきゃな。




パリィン!


―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”運命”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・







>奈緒P『運命』と改めて絆を深めた!


また来た。

アルカナは『運命』か…ちょっと恥ずかしいな。

「どうした?急に顔を赤くして」

「あ、いや、その」

あれ、どうしよう。
ちょっとどころじゃないぞ。

意識したら猛烈に恥ずかしくなってきた。
しかも顔が赤くなってるだって?

言われて頬が熱いのを感じる。
あ、コレはマズイ、ダメだこれ以上赤くなるなっ!

「お、おいおいどんどん赤くなるけど、なんか恥ずかしくなる要素あったか?もしかして普通に熱とか?おい奈緒、大丈夫か」

呼びかけに応えないアタシに、心配そうなPさんが近づいてくる。
あぁ、あの手は熱があるか確かめようってヤツだな…ムリだ!!

「なんでもねえええ!!」

「あ、おい、奈緒!」


Pさんの手が額に触れるか否かのところで、耐えられなくなったアタシはエビのように飛び退り、脱兎のごとく駈け出して会議室を後にした。

あぁームリムリムリムリ、恥ずかしすぎんだろッ!!!!


―――事務所、事務・応接スペース

「あ、奈緒ちゃん、Pさんに書類渡せた…ってどうしたの?」

「な、なんでも、ない」

肩で息をしながら呼吸を整えようとしているアタシにちひろさんが怪訝な顔をして尋ねる。
状況を説明するのもバカらしいから、アタシは適当に誤魔化した。

「ふぅ、書類は渡したよ」

「良かった、ありがとう奈緒ちゃん」

紹介が遅れたが、ニコッと笑うこの人は、千川ちひろ。通称チッヒ。
ウチの事務所の事務関係を取りまとめるやり手の事務員で、ここに来るまでの経歴とかそんなのが一切わからない謎の女である。

「なんだか疲れてるみたいだけど…ドリンクいる?スタドリ」

「遠慮しとく、Pさんから飲むなって言われてるし」

この人を象徴するものといえばこの栄養ドリンク系だろう。
製造元も発売元もわからない怪しすぎるドリンクを、なぜか一本百円でPさんたちに売りさばいている。


栄養ドリンクなんて、効いた気がすればいいやぐらいのシロモノであるはずなのに、なぜかちひろさんの販売するドリンクは即効性、効き目共にバツグンで、働きすぎで倒れそうになったどこぞのPさんがこれを飲んだ次の瞬間に営業に飛び出していったというんだから恐ろしい。

「くっ…やはりアイドル相手の商売はもはやルートの確立不可と見た方がよさそうね…」

実際体に害が出たという話も聞かないし、ちひろさんが自身の体でその無毒性を証明して見せたから、お世話になっているPさんも多い。

しかしその隙あらばドリンクを売りつけて荒稼ぎしようとしたり、プロデュース業に役立つという謳い文句の(しかもホントに役に立つ)アイテムを高値で取引しようとするがめつさから『金の亡者』なんて呼ばれたりしている。

「この精神的苦痛は奈緒Pさんの財布から補ってもらうことにするわっ!」

「ごじゆーに」

これさえなきゃすげーいい人なんだけどな。

「まぁ、冗談はさておきまして。奈緒ちゃんは聞きました?奈緒Pさんから」

「フェスでのステージのことか?」

「その様子だと合同ステージの件も聞いてるみたいですね」

ちひろさんがうんうんとうなずきながら話を続ける。


「私もわりとこの業界長い方なんですけど、けっこうスゴイことなんですよ、このフェスもそのステージも」

「まぁそうだろうな」

業界トップと、新興勢力の揃い踏み。
しかも潰しあいじゃなくて共同でのイベントだもんな。

「765さんは、新人をいびったりメディアに対する妨害工作をしたりするような事務所じゃありませんから、本当にイベントを盛り上げたいという思いで今回の話を提案してくださったんでしょうね」

詳しいなちひろさん。

「これは、大きなチャンスでもありますから、奈緒ちゃんも頑張ってくださいね!」

「もちろんだ!」

「では景気づけにこのスタミナドリンクを…」

「だからそれはいらねぇって」

「チッ…」

…今この人舌打ちしたか?
いやぁ、冗談なんだろうけどさぁ、ちょっと怖いよ。

「ふふっ、それじゃ奈緒ちゃん、私は仕事に戻りますね。書類届けてくれて、ありがとうございました!またなにかあったらお願いします」


ちひろさんがニッコリ笑って踵を返したその時だ。






パリィン!


―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”悪魔”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・







>千川ちひろ『悪魔』と改めて絆を深めた!






おぉ、Pさんに引き続き。
『悪魔』って…まぁ一部界隈じゃそれより恐ろしいなんてこともささやかれてるけどさ。

でも、あのドリンク販売に対する執着はすごいんだよなぁ…なんか理由でもあるんだろうか。

その後は、明日に備えて軽くレッスンをしてから帰宅した。


―――夜、ベルベットルーム

ふと目を開けると、真っ青な部屋に自分がいることに気付く。
ここは確か…


「ようこそ、ベルベットルームへ」


秘書の様な女性、マーガレットの言葉で思い出す。
そうだ、ベルベットルーム。

心のありようを導き出す部屋。


「お久しぶりでございますな、神谷様」


いつの間に現れたのか、或いはずっとそこに座っていたのか。
はげた頭に長い鼻の老人、この部屋の主たるイゴールが口を開いた。


―――初めて来たのは…確かテレビの中に入った日。ペルソナに目覚めた日だったな。


「如何ですかな、試練の具合は。

そのご様子では、険しくも厳しい道を、一歩一歩進んでおられるようですが」


―――あぁ、仲間と、ペルソナのおかげでなんとかやってるよ。


「そうでございましょう。

この部屋に訪れることができる方は、年齢性別、姿かたちは様々なれど、皆共通して『絆』の力を武器に、己に降りかかる災いを払っていくことのできるお方なのですから」


―――絆…時々頭に響くアレか。


「はい。

お客様は、その絆が二十二の分類をされることをすでにご存じでございます。

各アルカナに該当されるお方が、お客様の中で特別な存在であるかどうかはあまり関係ありませぬ。

あくまで象徴にすぎぬのです、普段の御交友にまでお気を取られることの無いように」


―――それは大丈夫。そんなこと気にしないって決めてるからな。


「これは、言うだけ野暮、というものでしたかな」


―――それで、今回もまたアンタがアタシを呼んだのか?


「その通りでございます。

本題へと参りましょう」


イゴールは長い指を組み直し、姿勢を整える。


「本来であれば、異なる時期にこの部屋を訪れた者同士が外の世界で出会うことは滅多にありませぬ。

それには、この部屋に訪れることができる者がそもそも少ない、ということ以上に、その者たち同士が持つ力が大きすぎるからという理由がございます。

水を入れた盆を想像してくだされ、許容量以上の水をそこに入れることはできませぬ。

世界は、そのように場所場所で許容できる力の大きさがある程度決まっている。

同じ場所に大きすぎる力が存在し続けることは、本来ありえないのでございます」


―――ややこしい言い方だけど、要は一つ分しか幅の無い場所に二つの物は置けないってことか?


「その通りでございます。

しかし、どうやらお客様はこの理から少々外れる出逢いに恵まれるやも知れませぬ。

貴女のご職業である『アイドル』というものの力の成せる業か、或いはかつてこの部屋にて力を管理していた者の出奔による均衡の崩壊なのか…」


―――その出ていった人ってのはわからないけど、今の話を考えてみるともしかして…。


「恐らく、お客様のご想像の通りでございましょう。

貴女の前にここを訪れていらっしゃいましたお客様と、神谷様が出会う可能性が現れて参りました」


―――アタシ達以外の、ペルソナ使い、か。


「その方は強く、若くして大変に聡明な方でございました。

私の永い人生の中でも、最高のお客様と言っても良いでしょう。

その方が何処の誰でどのような方なのか、残念ながらそれをお教えすることはできませぬ。

しかし、近々お客様はその方とご友人に出会うことになるでしょう。

それにお客様がお気づきになるかはわかりませぬ。

ですが、人の縁というのは不可思議なもの。

お客様が真実を求めるのであれば、いずれ出会うことになりましょう」


―――さっき可能性って言ってたけど、必ず会えるわけじゃないのか?


「世界とは、あらゆる可能性が等しく揺蕩うものでございます。

お客様が見事に試練を乗り越えることができる未来もあれば、そうではない未来もある。

そういうことでございます」


―――今までの冒険がうまく行ってたから、これからの冒険もうまく行くとは限らない。その人たちに出会う前にやられちまうってこともあるってことか…。


「そのように気負う必要はございませぬ。

お客様なら、きっと立派にやり遂げることでしょう」


―――なぁ、アンタらはこういう不思議な存在だけどさ、アタシ達が今直面してるこの事態に何か答えを持ってたりしないか?


「残念ながら、我々は外の世界に影響を与えるような明確な答えを知ることもお教えすることもできませぬ。

我々にできるのはあくまでお客様の未来を案じ、試練を乗り越えるための助言をほんの少し許されているに過ぎませぬ」


―――そっか。やっぱ自分たちで答えを探さなきゃダメってことだな。


「一つだけ言えるのは、貴女たちはすでにその『まだ見ぬ仲間』の情報を掴んでいる、ということよ」


それまで黙ってアタシとイゴールの話を聞いていたマーガレットが会話に参加してきた。


「諦めなければ、必ず道は開ける…ここを訪れた人たちは皆そんな思いを胸に秘めていた。

それは、貴女もそうではなくて?」


―――うん、それは信じてる。


「なら、頑張りなさい。

…前にここへ来た時、貴女の力を高めてあげると言ったわね。

目を閉じて…」


言われるがままに目を閉じる。
意識を集中すると、何故かサキミタマとヴァルキリーの姿が浮かんできた。

二つのペルソナがカードに姿を変え、重ねあわされる。

その瞬間、胸が熱くなったような感覚と共にカードが光を放ち、一枚のカードになってしまった。

カードからゆっくりと人影が浮き出てくる。

鎧を着た…天使?






―――我はアークエンジェル。汝に仕え、この力を存分に振るわせていただこう!





天使はカッコよく名乗りを上げると、姿を消し、アタシのまぶたの裏には再び暗闇が戻ってきた。


「もう目を開けていいわよ」


言われて恐る恐る目を開く。


―――今のは?


「これがいわゆる『ペルソナ合体』というものよ。

貴女は、数少ないペルソナ使いの中でもさらに希少な『ワイルド』の能力の持ち主。

『ワイルド』の力を持ったペルソナ使いは、アルカナに縛られずペルソナを使いこなし、その心に宿るペルソナを融合させることによってさらに強いペルソナを生み出すことができるわ。

今、貴女の心に居た『女教皇』サキミタマと『剛毅』ヴァルキリーを合体させて、『正義』アークエンジェルを生み出した。

新しく生まれたペルソナは、融合元となったペルソナの力を受け継ぐわ。

そして、絆の力が生み出されたペルソナをより強くする。

様々なペルソナを生み出し、己の心の有り様を見つめることで、より高みを目指すことね」


―――ペルソナ、合体…。


「今のでコツはわかったはずよ。

合体とはいっても、その実態は想いを重ねあわせるという儀式。

貴女が今までペルソナを生み出してきたように、必要な時が来ればまた心が教えてくれるわ」


―――迷わず行けよ、行けばわかるさ、か。


「良い言葉ね。

誰かの受け売りかしら?」


―――超有名なプロレスラーのね。


「ぷろ…?」


―――なんでもない。それより聞きたいことがあるんだけど…。


「何でございますかな?」


―――その、『ワイルド』ってヤツ?なんでアタシにそんな力が芽生えたんだ?


「…それは、時が来ればわかることでございます。

そもそも『ワイルド』とは、ただ単に複数のペルソナを操る能力というわけではございませぬ。

『ワイルド』は、『いのちのこたえ』に達する為の力。

お客様の様な試練を背負う方には、往々にして芽生えるものでございましょう」


―――わかったようなわからないような…。


「その答えを見つけるのもまた、お客様に課せられた試練のひとつなのでございましょう。

ただ、一つだけ我々が確かに申し上げられることがあるとすれば…」


―――…すれば?


「お客様は、確かに『ワイルド』の能力を持つにふさわしいお方だということでしょうか」


―――ふ、ふん、褒めてもなんもでねーぞ!


「おやおや、顔など赤くされて、可愛らしいお客様ですな」


―――だーっ、もう!ここでもかよ!


「さて、長々とお話をしてしまいましたが、本日の用件はこれで済みました。

お呼び立てして申し訳ありませんでしたな」


―――いやいや、良かったらこういう大事な用事以外の時にも呼んでくれよ。アンタたちの話も聞いてみたいし。


「…おやおやこれはこれは。

貴女はやはりとても面白いお方の様だ。

お客様が試練を乗り越え、私どものお茶の席にご招待できる日を、楽しみにお待ちしておりますぞ。

では…」


イゴールの会釈と共に、視界が揺らいでいく。
あぁ、また眠りの世界に落ちていくんだな…。


作者でございます。

第五話、前半が終了いたしました。

後半も延々コミュ活動です。

多少時間軸などに矛盾があっても目をつぶってやってくださいませ。
投稿後に気付いて身もだえしますけども。

では、続きは数日中に。


みなさんありがとうございます。

>70

Gの方が情報も多いので、そちらに沿わせて行こうかと。
一応クロスオーバーの作品になる予定です、りせちーはいらっしゃいます。

それとUの方なんですが、一応そういう騒ぎがあったくらいにして深くは絡めません。
ウルトラスープレックスホールドの方がわからないもので。

あと、申し訳ないアニメ版は全く見てないので無印およびゴールデン準拠です。


こんばんは。

作者でございます。
さて、五話後半、コミュ活動回をお楽しみくださいませ。

チャンネルは、そのまま。


―――翌日、都内某所、CGプロレッスンスタジオ

ベルベットルームに招かれた時でも、睡眠の質はいつもと変わらない。
むしろすっきりしているくらいだ。

身支度を整え、いつもより早めに家を出たアタシは、いつものレッスンスタジオに着いた。

今日はこれから、あの765プロダクションのトップアイドルたちがここへ来るのだ。

「き、緊張するねっかみやん!」

未央がらしくもない様子で顔をこわばらせている。

「が、頑張ろうね!凛ちゃん!!」

卯月も緊張しすぎで声が大きくなっている。

島村卯月。通称しまむー。
我がCGプロの最初期メンバーの一人で、凛、未央とニュージェネレーションというユニットを組んでいる。
THE女の子、といった感じで、頑張り屋なところは誰にも負けない。

「卯月、ちょっとは落ち着きなよ」

「だ、だ、だって!あの765プロのアイドルさんだよ!あぁーやっぱり春香さんいらっしゃるのかなぁ!」

「まぁ、気持ちはわかるけどね」


卯月にうなずく加蓮も表情は硬い。

「うえー、これさぁ、やっぱりサボったらすっごい怒られるんだよね?」

「杏ちゃん、そんなこと言っちゃだめだにぃ」

対照的なのはこの二人だ。
こいつらは緊張という言葉を知らないのだろうか。

「これはチャンスなんですこれはチャンスなんです向こうにナナとキャラがかぶってる人はいないからチャンスなんですこれは」

菜々さんは緊張でおかしくなったのかさっきからずっと両手を祈るように胸の前で組んでぶつぶつ言ってる。

「ドキドキするならそこをおどき…ふふっ」

「楓さん、それ、なかなかだと思います」

楓さんと肇は二人で独自の世界を築き上げている。

肇は紹介まだだったな。

藤原肇。
陶芸と釣りが趣味という女子高生にしては落ち着いた女子だ。
なんでもおじいちゃん子だそうで、趣味はおじいちゃんから受け継がれたものらしい。


「やるからには全開ですよ!!」

「アタシたちの本気、見せてやろうぜ!」

こっちにも緊張とは無縁そうなのがいた。
茜と光は今日も絶好調なようだ。

アタシ、未央、凛、卯月、加蓮、杏、きらり、菜々さん、楓さん、肇、茜、光。
以上十二名が今回のスペシャルステージのメンバーだ。

バランスは…良いっちゃ良いのか。
ニュージェネとトラプリ、あんきら、そしてソロがメインの五人だ。

「今日は顔合わせとお互いを知るというのも兼ねて基本的なダンスレッスンを行う。765さんたちはそろそろ来るから、いきなり飲まれんなよー」

Pさんがのんきそうな声を出すけど、そんなにどっしり構えてられるかよ!





コンコン




アタシ達がPさんから今日これからの動きを簡単に説明されていると、レッスンスタジオのドアがノックされた。

「お、来たかな?はいはい」

Pさんがドアの方へ向かう。
アタシ達の緊張も、否が応にも高まるってもんだ。


「―――やれやれ、ちょっと遅くなっちゃったかな。すいません」

「いえいえ、時間ぴったりですよ」

開いたドアから入ってきたのは、スーツを着た爽やかメガネ男子だった。
この人が765Pさんか?

「な、なんか普通のお兄ちゃんって感じだね」

未央がこそっとアタシに耳打ちしてくる。
まぁ同感だ。

伝説伝説と聞いていたから、どんなガタイのいい強面が来るかと思ったら、案外普通の人じゃないか。


「彼女たちが?」

「えぇ、ウチの自慢のアイドルたちです」

「なるほど、みんなプロデュースのし甲斐がありそうな顔をしていますね!」

「おっと、いきなり引き抜きは勘弁ですよ」

「ははっ、しませんしません。…お前たちも入ってこいよー」

765Pさんがドアの外に呼びかける。
あぁ、来るんだ。

トップアイドルたちが。







「失礼しまー…きゃぁっっ!!」






勢いよく入ってこようとした女の子が、何につまずいたのか思いっきり前に転ぶ。
若手芸人もびっくりの綺麗なフォームだ。


ずしゃあああ


「……………………………」

この三点リーダはアタシ達CGプロアイドル十一人分だ。

「すってんと転んでお膝をすって…ふふっ」

楓さんは…ぶれない。

「あいたたた…あ!」

転んだ女の子はこちらの視線に気づいて、慌ててぴょこんと立ち上がる。

「えへへ…」

「まったく、春香はいつもそそっかしいんだから…」

「最早これは才能なの、ミキでも真似できないと思うな」

照れ隠しをする女の子にあきれ顔の女の子がまた二人スタジオへ入ってくる。


「いやー、はるるんは絶好調ですなー真美隊員」

「スカートじゃなかったのが残念ですなー亜美隊員」

「それにしても春香は転びすぎじゃないかなぁ、自分心配になる時があるぞ」

「良いではないですか、それもまた、春香の魅力のひとつなのですから」

テレビや広告でおなじみの顔が続々と目の前に現れる。

「うわー、ここのスタジオ広いですー!」

「ふん、結構設備は整ってるじゃないの」

「すごいなー、ここなら走り回っても大丈夫そうだ!」

「だ、だめだよう、真ちゃん」

「あ、あずささんちょっとどこ行くんですか!?スタジオはこっち!」

「あ、あらあら~?隣のドアだったのかしら~」

…すごい光景だ。
あの765プロアイドルが十三人全員ここに居る。


「えっと…CGプロのみなさん!私たちが…」

『765プロのアイドルです!!』

おお、息ぴったし。


「私、天海春香です!」

「如月千早です」

「アハッ、星井美希だよ☆」

「双海亜美!」「双海真美!」

「「どぇ~す!!」」

「自分は我那覇響さー!」

「四条貴音と申します」

「うっうー!高槻やよいですー!」

「水瀬伊織ちゃんよっ」

「ボクは菊地真!」

「私は萩原雪歩ですぅ」

「秋月律子です、プロデューサーもやってます!」

「三浦あずさです、よろしくお願いしますね~」


ヤバイ、なんかもうオーラが違う。
こちらがどうしようか、と固まりかけたその時、凛がすっと進み出て大きな声で名乗った。

「CGプロ所属の、渋谷凛です。今回はいろいろ勉強させていただきます。よろしくお願いします!」

そして深々とお辞儀。

凛に続けとばかりにアタシ達も順々に名乗っていく。
やっぱり凛は肝が据わってるな。

おかげで飲み込まれなくて済んだぜ。

「よしよし、挨拶は済んだな?このメンバーで、今度のフェスは合同ステージを行う!気合入れてけよ!」

『はいっ!』

こうして、765プロとCGプロの合同ステージに向けてアタシ達は動き出した。


―――ダンスレッスン終了後、CGプロレッスンスタジオ

…やっぱりこの人たちはすごいな。

基本のダンスレッスンを終えて、今は暫しの休憩兼交流の時間となっていた。

みんな思い思いに気になるアイドルのところへ話しかけに行っている。
アタシも誰かに話を聞きに行こうかな。

「もし…」

どの人もお話ししてみたくて決めあぐねていると、なんと向こうからアタシに声をかけてきた人がいた。

「もし、そこの貴女…確か神谷奈緒と言いましたね」

「は、はい!」

765が誇る銀髪の女王、四条貴音さんだ。
超然とした雰囲気、謎の多いプロフィールとその美貌で多くのファンをとらえて離さないミステリアスアイドル。

「ふふ、そのようにかしこまらなくて良いのですよ。我々もまだ修行中の身、同じ『あいどる道』を行く仲間ではありませんか」

「あ、えっと、はい」

狼狽えるアタシを、面白そうに眺める四条さん。
おぉ、美人だ。正直四条さんはアタシがこんな人になりたいと憧れる存在でもある。


「あー、その、えっと何でアタシに話しかけてくれたんですか?」

「何で、とは?」

「いや、だってアタシはこの中で特別人目を引く感じでもないし…」

「ふふ、自分の魅力とは、自身の目からではなかなかに見えにくきもの。ですが、己の魅力を売り物にするあいどるであるならば、もう少し自分に自信を持つべきですよ」

そ、そんなもんなのかな。

「貴女は、先ほどのレッスンの中でも一際輝いているように私には見えました。確かに貴女の事務所のあいどる達はみな素晴らしい魅力と才能を持っている。ですが、貴女が彼女たちに劣るなどと言うことはありませんよ」

「そ、そんなに褒められるとその、恥ずかしいっていうかなんていうか…」

「おや、どうやら貴女は伊織と似ているようですね。これはぷろでゅーさーにお伝えしておかなければ」

アタシといおりん…ゴホン水瀬さんが似てるだって?

「えぇ、恥ずかしがり屋なところがよく」

「ちょっと貴音!アンタなんか変なこと言ってるでしょ!」

アタシがちらっと様子を伺った視線に気づいたのか、珍しそうに杏をつっついていた水瀬さんがこちらに歩いてくる。


「あぁ、そうです伊織。こちらの奈緒と伊織が似たもの同士であるという話をしていたのです」

「私とこの子が?」

水瀬さんがアタシをジロジロ眺める。
お、おぉー、いおりんだ、本物だ、やっぱ可愛いな。

「な、何よ急に、バッカじゃないの!?」

あれ、口に出てたらしい。
なんだろう、この反応に親近感を覚える。

「これが、『つんでれ』という物なのですね、伊織!」

「は、ハァ?バカじゃないの?それに、この伊織ちゃんがかわいいのなんて当然の事じゃない!今のはいきなりで驚いただけよ!」

すげー自信だ。
でも実際可愛いんだからいいよな。

「えーっと、アンタは神谷奈緒、だったわね」

「あ、はい」

おぉ、四条さんといい、ちゃんと名前覚えててくれるなんて。


「当たり前でしょ、この業界、顔と名前は一発で覚えてナンボよ」

ふふん、と得意げな顔をするいおりん。
いいなぁ、こんなに素直に自分の実力を認められるなんて。

多分、たゆまぬ努力に裏打ちされたものなんだろう。
アタシも見習わないと。

「えっと…アンタはダンスはまだまだ発展途上って感じだけど、周りと合わせるの上手かったわね」

「え?」

「すごく周りをよく見てたじゃない。それも不自然にきょろきょろするんじゃなくて、自然にちらっと。あれ、考えてやってるの?」

いや、別に意識してたわけじゃないですけど。

「へー、だとしたら天性の物なのかもね、アンタよくお節介とか気い遣いだって言われない?」

…言われます。

「普段の生活がどうこうはしらないけど、こういうパフォーマンスの舞台でそういうことができるのは大したもんよ。実際ステップとちった子のフォローもできてたし」

そんなすごいことしてるつもりはないんだけどなぁ。


「ふふ、私も伊織と同じことを思っておりました」

「四条さんも?」

「貴音でいいですよ、奈緒。貴女は周りの空気を読んで、調和を生み出すことができる。あの渋谷凛が最前線に立つ将軍ならば、奈緒はさしずめ民に慕われる名君といったところでしょうか」

褒められ方が大げさな気もするけど、あの凛と肩を並べていられるか正直不安もあったアタシとしては、すごく気が楽になった。

「あ、ありがとうございます」

「良いのですよ。しかし…」

そこで貴音さんは言葉を切って周りを見渡す。

「奈緒の事務所も、愉快な仲間が多いようですね」

「ホント、あの杏って子なんか見てみなさいよ」

水瀬さんが指さす方向を見てみると、杏はレッスン場の隅でいつもの如く転がって昼寝をしている。
いつもと違うところはといえば、その隣に765の星井美希さんが寄り添って寝ているとこだろうか…ってアイツ何やってんだ!?


「休憩に入った途端、美希と示し合わせたようにあそこで転がって寝だしたのよ。確かあの子ってニートアイドルの双葉杏でしょ?怠け者同士なにか通じ合うものがあるのかしらね」

星井さんといえば天真爛漫な性格と天才的なパフォーマンスで常に世間の度肝を抜くアイドルって印象だけど…趣味、お昼寝ってホントだったんだな。

もっとも、静かにしてるのはそこの二人くらいで、他の人たちはみんなかしましくおしゃべりに花を咲かせている。

卯月は憧れの天海さんとニコニコ楽しそうに喋っているし、光と未央は双海さんたちと何やらヒーローごっこ中だ。

茜は菊地さんと休憩中だというのに体を動かしていて、きらりは我那覇さんを抱きしめて頬ずりしているな。

楓さんは如月さんとおしゃべりしている…ように見えるんだけど、どうやら楓さんのギャグがツボに入ったらしく、あの如月さんが顔を真っ赤にして笑いをこらえている。

肇と萩原さんの二人は絵になるなぁ。

その後ろで菜々さんが高槻さんにウサミン星の事を聞かれて焦ってるし、凛と加蓮は秋月さんと三浦さんの話を真剣な面持ちで聞いている。

「ウチの事務所もまぁ個性の宝庫だとは思ってたけど」

「ふふ、こちらの事務所には負けるようですね」


そりゃー個性でウチの事務所が負けるわけはないだろう。
だってサンタとかいるし。

「真、貴女方とのすてーじが楽しみになってまいりました」

「中途半端なことしたら、許さないんだからねっ!」

「よろしくお願いします!」

他の追随を許さないトップアイドルたちってのはどんな人たちなのかと少し不安だったけど、とても気さくでいい人たちだ。
思わずアタシの表情もほころぶ。






その時だ。







パリィン!






―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、新たな絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”皇帝”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・








>765プロのアイドルたち『皇帝』と新たな絆を紡いだ!







これも…絆、か。

「さて、そろそろ休憩も終わりですね」

「あら、ホントに?」

「えぇ、準備いたしましょう、伊織」

「もちろんよ。奈緒、またね」

「あ、はい!」

「…奈緒」

休憩終了前に自分の荷物のところへ行こうとした貴音さんと水瀬さんだが、なぜか貴音さんだけがふと振り返ってアタシに耳打ちしてきた。

「その心の力、存分に磨くのですよ」

「え…!?貴音さん、アンタもしかして…」

「ふふ、とっぷしぃくれっと、です」

人差し指を唇の前に持ってきて軽くウインクする貴音さん。
いや…まさか、な。

謎多き人謎多き人って言われるけど、まさかペルソナ使いだなんてことは…ないよな?


ペルソナの事を知っている女性ってことで、犯人という可能性も頭をかすめたが何故かアタシはその可能性を打ち消した。
なんていうか、貴音さんはそんな人じゃない気がしたからだ。

アタシの中のペルソナがそう震えた、とでも言うべきか。
ま、なんにせよ今度ゆっくり話を聞いてみないとな。


それからライブまでは、皆で一つの目標に向かって突き進んでいくのみだった。

ライブの成功、という目標に向かって。

その過程で、自分の事務所はもとより、765の人たちとも絆を深めていった。


「自分にはいーっぱい家族がいるんだー!」

「家族って…あのテレビに出てた動物たちですか?」

「うん!ハム蔵だろー、いぬ美、ねこ吉、ぶた太、へび香…」

指折り数えていく我那覇さんもとい響さん。
うお、あれは過剰演出じゃなくてホントに飼ってたのか。

てかワニってそんなに簡単に飼えるもんなのか?


「『お料理さしすせそ』見てますよ」

「うっうー!ありがとーございますー!奈緒さんはもやし好きですかー?」

「もやし?まぁ嫌いじゃないですけど…」

「お好きなんですか!?じゃあ今度美味しいタレの作り方、教えてあげますね!」

純真無垢、天真爛漫。
しっかりしているようであどけない高槻さんもといやよいさんは、きついレッスン中の癒しだ。


「んっふっふー」

「な、なんですか?」

「なおちんはいおりんに似てからかい甲斐があると聞きましてなぁ」

「いや、そんなことは…」

「ほぉ、それはそれは真偽を確かめなくてはなりませんなぁ、真美隊員?」

「その通りだ亜美隊員!」

「な、なにを…」

「問答無用!かかれー!」

「ちょ、なにす、やめ、やめて!!」


「おおお、この髪の毛のモフモフ具合!お姫ちんにも匹敵するよ!!」

「くっ…なんというミリキ…っ、亜美隊員、本来の目的を忘れるな!!」

「らじゃー!」

「いやああああ!!」

「ここをこーしてー♪」

「あそこをあーするとー♪♪」

「ほいっちょ、できあがりー!」

「なおちん@ツインテールばーじょんだよん!!」

「こ、こんなことさせて何がおもしろいんですかっ!」

「おー、おー、顔を真っ赤にしちゃって愛いですなぁ」

「ほれ、ほれ、ちこう寄れ。仕上げにこのラブリーカチューシャとプリティステッキで…」

「やだああああ」


「…あぁみぃー?まぁみぃー?」

「げっ!」

「げげっ!」

「「りっちゃんだ!」」

「なぁにが『げっ』よ!人をお化けみたいに!しかもあんたらはよそ様の事務所の子に対して…」

「やばいよ亜美…」

「そうだね真美…」

「「鬼軍曹だ!にっげろー!!」」

「あ、ちょっと待ちなさいあんた達!」

芸能界イタズラクイーンと名高い双海さんたちもとい真美さんと亜美さん。
そして、その二人をいつもとっちめている秋月さんもとい律子さん。

こんなイタズラばかりしているくせに、双子さんはライブパフォーマンスとなるとピカイチだし、秋月さんはすべてのジャンルで高い成績を維持しつつ、あの大人気ユニット『竜宮小町』のプロデュースまでこなしている。


「…メルヘンチェーンジ」

当事者なのに置いてけぼりにされたアタシは、なんとなく手渡されたステッキを片手にレッスン場のミラーに向かってポーズを決めてみる。

お、悪くないかな?

「何やってんの、奈緒」

キメ顔でミラーを見たアタシの視界の端に飛び込んできたのは、レッスン場の扉を開けて立ち尽くす凛と、その後ろで様子をうかがっているレッスンメンバーの姿だった。

「…え?」

「いや、今、双海さんたちと秋月さんが走って行ったのとすれ違ってさ。ちょうど休憩から戻るとこだったし、何があったんだろうと覗いてみたんだけど…」

そこで凛が言葉を切って意地悪そうな笑みを浮かべる。
ほとんどの人がニヤニヤしてる中で、菜々さんだけが辛そうな顔をしている。

おい、誰が否定してもアンタだけは受け入れてくれなきゃダメだろ!


「…何を、してたの?奈緒」

「…し」

「し?」

「…知るかばかああああああああああああ!!」

ステッキを放り出して、レッスン場から飛び出す。
なんでこうタイミングが悪いんだよおおおお!

「…このステッキ、とっても素敵…ふふっ」

アタシの放り出したステッキを拾い、そう呟いて満足そうに微笑む楓さん。
くっそおおおおおお!!





…まぁ、こういう脇道もあったってことだよ。うん。


「わかるよ、奈緒の気持ち。ボクも可愛い服着るとみんなにああいう顔されるもん」

「真ちゃんのは違うよ、センスがないんだもん」

「ゆ、雪歩ぉ、ボクだって女の子らしいふりふりの…」

「真ちゃんはなんにもわかってないよぉっ!!良い?なんども言ってきたけど真ちゃんはね…」

先ほどの惨劇の後、アタシに同情するように話しかけてきてくれた菊地さんもとい真さんは、何故か突然暴走しだした萩原さんもとい雪歩さんに説教をされている。
てかなんでアタシまで正座なんだ?

真さんは素直にカッコよくて、どっちかというとアタシもお仕事で着てみたいのは真さんの衣装の感じだ。
雪歩さんは普段はとってもおしとやかで乙女って感じなんだけど…真さんの衣装の事になると突然熱暴走を起こす。ラジオで読んでるポエムはとっても素敵なんだけどなぁ。


「んー、雪歩は真クンのことになるとうるさいのー」

「あ、どうも、星井さん」

「ミキでいいよー…あふぅ」

休憩の度に杏と寝ている美希さんはこんな感じであんまりしゃべらないけど、たまに休憩でアタシが座っていると杏と連れだって膝枕を要求してくる。
「奈緒はなかなか寝心地が良いの!」とは美希さんの弁だ。

こんなに寝てばかりいて、ステージじゃ一番輝いてるっていうんだから天才ってのはいるんだな。
実はしっかり練習しているのはこないだ見かけたけどさ。


「あらあら~、レッスン場はどちらだったかしら~?」

「こ、こっちですよ三浦さん!」

「あら~?ごめんなさいね~。あずさでいいわよ~」

前に見たドキュメントバラエティで、『三浦あずさはナビ機能を使っても迷うのか!』って企画をやってた。
それで迷ってた時は「マジかよ」って思ったけど、どうやらやらせでもなんでもなくマジで致命的な方向音痴らしい。

アタシに限らず、両プロダクションが力を合わせて全員体制であずささんを一人にしないようにエスコートしている。


「ここのBからのパートだけど、ここは歌詞のイメージに合わせて優しく歌うべきだと思うわ。それでここの繰り返し、ここは苦しくても繰り返し記号の前でブレスするよりは次のブレス位置まで頑張って歌い切った方が良いと思うの。ブレスでメロディの緊張が途切れるのはもったいないわ。あと…」

「す、ストップストーップ千早ちゃん!一気にしゃべりすぎ!奈緒ちゃんびっくりしちゃうよ!」

「そ、そんなにだったかしら、ごめんなさい…」

「いやいや、それだけ如月さんが歌に情熱を持ってるって伝わってくると、むしろもっと詳しく話を聞いてみたくなりますから」

「そ、そう?それじゃあ続けるけどサビの直前の掛け合い有るじゃない?そこは…」

「あーん、メモが追い付かないよぉ!」

『765の歌姫』から『世界の歌姫』になりつつある超実力派の歌い手である如月さんもとい千早さん。
この人の歌唱力はもうアイドルとかいう次元を超えている。
けしてアイドルは歌がうまくなくてもいいというつもりはないけど、それでもこれほどの歌唱力は歌一本で勝負するミュージシャンたちでも適わないかもしれない。


「ごめんねぇ、千早ちゃん夢中になるといつもこうなんだ」

「いや、これだけ一つの事に夢中になれるっていうのは尊敬しちゃいます」

「えへへ、まぁ千早ちゃんはすごいからね!」

我がことのように胸を張る天海さんもとい春香さん。
この人こそ、アイドルの中のアイドル。765プロの中でも象徴的存在である。

こんなこと言っちゃ失礼だけど、春香さんはダンスも歌もとびぬけてできるわけでもなく、イメージは普通の女の子、といった感じだ。
だけど、その一挙手一投足に誰もが魅了される。

本当のアイドルっていうのはこういう人の事を言うのかもしれないな。




そうこうしている間に学校はいつの間にやら夏休みへ入り、朝から晩までレッスン漬けの毎日に突入していた。



―――七月某日、CGプロレッスンスタジオ

「はい、みんなちょっとちゅうもーく」

レッスン場にPさんが手をたたく音が響く。
何事かとその場にいる全員がPさんを注視する。

「あー、えー、突然の事で俺も少々戸惑っているんだが、今日はスペシャルなゲストがお前らのレッスンを見学したいとのことだ。まぁこちらとしても外部の目があった方がレッスンに効果が出ると思うので見ていただく事にした」

特別ゲスト?
誰だ?心なしかPさんが緊張しているように見える。

「えーっと…765のメンバーは覚えがあるだろう。この人だ」

765Pさんの手招きでレッスン場のドアが空き、一人の女の人が入ってきた。

「あっ…!」

菜々さんがその正体にいの一番に気づいて小さな驚きの声を漏らす。
そりゃ菜々さんは一番に気づいて当然だろう。

だってその人は…。






「日高舞でーす。よろしくねっ!」





伝説のアイドルその人だったんだから。

「あ、え、うそ」

「日高舞って…あの?」

こちらCGプロのメンバーは完全に驚きがついていってない。
対する765プロメンバーは。

「お、お久しぶりです!」

「まさか舞さんがいらっしゃるとは…」

各々反応は様々だけど、どの人の表情も心なしか緊張しているように見える。
十数年前、たった三年間のアイドル活動で日本中を熱狂の渦に巻き込み、妊娠結婚という大スキャンダルであっさりと引退して消えてしまった伝説のアイドル。

日高舞がそこにいた。

「あれー?なんか反応薄くなーい?日高舞ですよー」

何だろうこの軽い感じ。
とても想像していたような伝説的アイドルとは思えない。


いや、実はその姿は最近になって見かけたことがある。
なぜか一年ほど前に電撃再復帰を遂げ、あっという間にお茶の間に返り咲いたからだ。

前に資料として昔のライブのビデオを見たときに、Pさんが「天上天下唯我独尊、天衣無縫で天真爛漫な鬼神だったそうだ」と言ってた。
恐らく再デビューも、「面白そうだったから」の一言で片付くに違いない、とも。

けど、なんでまた日高さんが?

「お、おかあさーん!恥ずかしいよー!!」

日高さんの後ろに隠れるようにして、女の子が三人こっそり入ってきた。
あの三人は見たことあるぞ…876プロの秋月涼、水谷絵里、そして日高さんの娘の日高愛だ。

この三人だって今やAランクの上位アイドルだ。
けど、今はその三人が日高さんの後ろでおどおどしている。
愛さんなんかハラハラもしているように見えるな。

「何言ってんのよ愛。せっかくライバル事務所のレッスン見学できるんだから、もうちょっと気合い入れなさい!」

ライバル事務所、という言葉で、皆の中に更なる緊張が走る。

「あぁ、そんなに緊張しないで、別に取って食おうってんじゃないんだから。今の若い子たちがどれほどのもんなのか、ちょっと見せてもらうわ!」

仁王立ちでそう叫ぶ日高さん。
いや、そういわれても…緊張するよ!


「そういうことだ。正直これほどの人にレッスンを見てもらえる機会はそうそう無い。みんな、気合い入れてけよ!」

『はい!!』

Pさんの喝で、うろたえていた皆にようやく落ち着きが戻る。
そうだ、ビビッても仕方ねぇ。

こっちはまだまだ駆け出しのD級、C級アイドル。かたや伝説のSSSクラスアイドルだ。
オーラが違うのは当たり前、むしろぶつかりがいがあっていいくらいに思わないとな!

「さぁ、見せてごらんなさーい!」

日高さん、それは完全にラスボスモードなんですが。


Pさんの指示でみんなスタンバイに入る。

音楽が―――始まる。

~GO MY WAY!! GO 前へ!! ~

曲は、合同ステージのセットリストで一番に入っている765プロの『GO MY WAY!!』だ。

一心不乱に、歌い、踊る。
ただただ楽しんで。

流石に765プロの皆さんはトップアイドル。
持ち歌でもあるし、完成されたパフォーマンスだ。

対してアタシたちはまだまだ荒削り。
それでも765さんについていこうと必死だ。

その後も、続けて何曲か踊ってみせる。


「―――こんな感じですかね、今のところの仕上がり具合としては」

レッスン予定だった数曲を踊り終え、CDを止めて日高さんに向き直るPさん。

「んー、そーねぇ…」

笑顔のまま人差し指を立てた日高さんが放った次の一言にアタシたちは愕然とする。

「ぜーんぜんダメね!まるでなっちゃいないわ!」

「…っ」

凛をはじめとするレッスンメンバーが悔しそうに唇を噛み締める。
納得できないという表情のメンバーも多いようだ。

「…というと?」

「まずお宅のアイドルちゃんたちね。これは単なる力不足、曲に振り回されてるわ。音楽っていうのはすごい力を持ってるの。中途半端なパフォーマンスじゃ飲み込まれちゃうわよ」

「なるほど」

「でも素質は十分な子達みたいね。今まで以上にビシバシしごいてあげたほうがいいわよー」

「ありがとうございます」


日高さんの言うことは最もだ。
経験の浅さを言い訳にするつもりはないけど、今のアタシたちはまだまだ半人前ってことか…。

「ま、私のようなオバサンが上から言ったって頭にくるだけでしょうから、ちょっと実力ってやつを見せてあげましょうか。一曲目ちょうだい?」

「あ、はい」

こちらに不服そうなメンバーがいるのを見抜いた日高さんが、Pさんに指示を出してレッスンスタジオの中央に立つ。



「―――」



息をゆっくり吐いて、スタンバイの姿勢に入る。

それだけで場の空気が変わった気がする。


「いきます」


Pさんがプレーヤーのスイッチを入れて、音楽が流れ出した。

そこからの五分間は、誰もが息をするのも忘れる程に見入った。

一切の無駄がない洗練されたダンス。
曲調に合わせた元気で可愛らしいダンスでありながら、その仕草の一つ一つに優美さが見え隠れして、見るものを魅了する。

どんな姿勢を取ろうともおの笑顔が崩れることはなく、完璧な角度とタイミングでウィンクを決める。
アタシは、そこにあるはずのないテレビカメラが存在するかのように感じられた。

カメラだけじゃない。
日高さんは何もないレッスンスタジオで踊っているはずなのに、そこにステージがあり、照明が当たり、観客がサイリウムを降っている光景すら見えるような気がした。



「―――」


曲が終わり、日高さんが静かに一礼すると数秒おいて忘れていたかのように拍手が巻き起こった。

「ふふっ、ちょっと拍手のタイミングが遅いんじゃなーい?」

「お見それしました」

Pさんがほかにできることがあるか、という風に頭を下げる。

「ちょっとちょっと、そこは頭下げるとこじゃないわよ!…とまぁこんな感じだけど、少しは私の言ってることに説得力出たかしら?」

「…」

不服そうだったメンバーも、最早なんの文句も出せない、といった感じで感動と畏怖の目線を日高さんに向けている。

「まぁざっとこんなもんかしらね…それよりも」

日高さんは満足げにアタシたちCGプロ勢を眺め回すと、厳しい顔を作り765プロ勢を見つめた。


「765さんはどうしちゃったのかしら?前にオーディションで私に負けたときよりもパワーを感じないわよ」

意外な指摘に当人ではないアタシらCGプロ勢が慌てるが、765の人たちは思い当たる節があるようで一言も発さずに日高さんの話を聞いている。

「もちろん、知り合ったばかりでお互いを掴みきれてない人たちとのレッスンだから綻びがあるのは当然。でも、これはそういう問題じゃないのは、あなたたちもわかってるみたいね」

765勢の眼差しを受けて日高さんはうなずく。

「それぞれ売れてきて、なかなか一緒にやる時間が減ってきているのはわかるわ。だけど、あなたたちの一番のアピールポイントは『結束』だったわよね?こんなこと、ソロでしかやったことがない私に言われるまでもないことだと思うけど」

「はい…」

日高さんの言葉に春香さんが悔しそうに答える。

「ま、わかってるようだしこれ以上は言わないわ。それぞれの実力も、あのオーディションの頃より確実に上がってる。あとは、あの頃の気持ちを思い出すことね」

『はい!』


「ちょーどいいじゃなーい!せっかく新しいお友だちもできるわけだしぃ、ここらでリジェネレーションみたいなぁ!」

それまでのシリアスな調子から一転、女子高生の様なくだけた物言いにアタシ達はずっこけそうになる。

「ははは、日高さんには適いませんね」

765Pさんは愉快そうに笑っている。
ウチのPさんは…苦笑してるな、うん。

「それじゃあもう少し練習見てあげましょうかしらね!さ、踊って踊ってー!私も踊るわよー!」

「お、おかあさん!!」

「なにぼさっとしてんの愛!涼君も絵里ちゃんもこっちきて踊るのよ!」

半ば強引にアタシらのフォーメーションに割り込んで、立ち位置を獲得した日高さんの号令で、地獄だけどどこか楽しい本日最後のレッスンが始まった。


―――数時間後

「つ、つかれた…」

「流石に…きつかったね…」

怒涛のレッスンが終了して、アタシと凛はもたれあうようにレッスン場に座り込んでいた。
いつもはどんなに疲れても表情が崩れない凛も、今日ばかりは疲れた顔をしている。

「でも…」

「あぁ、楽しかったよな」

今まで受けたレッスンの中でもトップレベルに大変なものだったけど、楽しさもトップレベルだった。
これも伝説のアイドルの成せる業なのか…。

「いやー、日高さん今日はありがとうございました!」

「いいえー、こちらも楽しかったわー。この子たちにもいい刺激になったみたいだし」

レッスンをこなしている間に、876プロの人たちもいつのまにか仲良くなっていた。
同じ釜の飯を食う、って奴なのかな。

お互い「負けないぞ」という気持ちに火がついて、レッスンにも気合が入るってもんだ。


「それより、あなた今の765の状態がわかっててあえて私に見学させたでしょー」

「あっはは…やっぱりわかっちゃいますか」

アタシ達がへたり込んでる近くで、Pさんたちと日高さんが帰り支度をしながら話しているのが聞こえてきた。

「所属アイドル全員を一年ほどでトップアイドルに押し上げた敏腕プロデューサーさんが、あの程度の事を把握できてないなんてありえないわ」

「えぇ、アイツらは決して慢心したりするような子たちじゃありません。ですけど、トップの領域にたどり着いてからは、どうにも周りからの扱いとか、忙しさ、とかで気が緩みがちになるものです。なので、ここらで一度ガツンと衝撃を受けるようなことがあれば、と思いまして」

「ふふふ、私はあの子たちを焚きつけるための爆弾ってわけね」

「日高さんなら、焚きつける前にまとめてふっ飛ばしちゃったりしちゃいそーですがね」

「あーら、そんなこと言ってると765さんだけじゃなくてお宅の事務所もふっ飛ばしちゃうわよ?」

「おー怖、つつしみまーす」

口は災いの元だぜ、Pさん。


「まぁここに居る子たちはみんな才能もあるし、努力をするってことの大切さも知ってる…か怪しい子も中にはいるけどっ」

ここで日高さんはちらっと杏と美希さんの方を見る。
口元が笑っているところを見るとどうやら冗談の様だ。

「大丈夫よ、お互いを知るってことを怠らなければねっ!」

完璧なウインクに男性二人の鼻の下が伸びる。
何だろうこの敗北感。

「さてと、もうレッスンも終わったことだし、着替えて帰るわ。…あぁ、それと」

日高さんがこちらへ歩いてくる。
うわヤベ、盗み聞きしてるのバレたかな。

「えーっと、凛ちゃんに奈緒ちゃんだったわね」

名前を憶えられている。
伊織さんが「この業界名前と顔は覚えてナンボ」と言っていたのを思い出した。

「はい」

「あなた達、特に良かったと思うわ。凛ちゃんはパフォーマンスのレベルも高いし、練習に対するひたむきさが誰よりも上」

「…ありがとうございます!」

何を言われるのかと緊張を顔に浮かべていた凛が、ほっとしたようにお礼を言う。


「で、奈緒ちゃんの方なんだけど…」

…ごくり。

「あなた可愛いわね~!いいわよーとても良いわ!」

へ?

「あなたね、とてもよく表情が変わるの!笑顔もそう、大変そうなのもそう、ミスって焦ってるのもそう!全部目と眉の動きでわかっちゃうの!でもそれが可愛いのよー!」

ちょ、ちょ、ちょっと待った!

「あ、あの、それは…」

「困った顔とかって、人によっては見てるこっちが申し訳なくなっちゃったりするけど、あなたのはなぜか見ていたくなるのよね!表情だけで人を引き付けられるのはアイドルとして立派な武器よ!」

「は、はぁ…」

ありがとうございます…でいいんだよな?

「とはいえ、ダンスの時は困った顔しちゃダメよ、アイドルの基本は笑顔。そういう顔はMCでね!」

「はい…」


「まぁそれだけじゃないんだけど、あんまり奈緒ちゃんばかり褒めちぎるのもあれだから、今日はこのくらいにしておくわ!また会う機会があったらお話ししましょ」

そういうと、日高さんは完璧なウインクを残してアタシに背を向けた。



その時。




パリィン!


―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、新たな絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”女帝”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・







>日高舞『女帝』と新たな絆を紡いだ!






ひ、日高さんとまで絆を結んじまった…はは。

あまりの事に呆けるアタシを余所に、世界は進む。

「それじゃ、奈緒Pくん、ステージ楽しみにしてるわ!765Pくんも、今日はありがと、小鳥によろしくね!」

「ま、まってよおかあさーん!!」

こうして、伝説のアイドル日高舞は去って行った。
…嵐のような人だったな。


それからアタシ達は、八月のフェス本番に向けてさらに厳しさを増していくレッスンを、時に笑い、時に苦しみながら事務所の垣根を越えて支えあい乗り越えていった。


そして迎えたリハ前日。


「みんな、よくここまでキツイレッスンに耐えて頑張ってきた!明日がいよいよリハーサル!そして本番だ!気合入れて行けよ!!」


作者でございます。

以上で、第五話終了でございます。
いや、どうにもすっきりとコミュ活動を描きたいものです。

近日中に六話も上げる予定ですが、先に申し上げておきます。
短いです、六話。
あとまたもコミュ回です。まぁこの流れからしたらそうでしょうけど。

テレビの中が恋しいですね。

では、またお会いしましょう。


作者でございます。

この時期はどうにも忙しいですね。
いつもは零時に投稿をしているのですが、それがしばらくは難しくなりそうですので。

出来る時にできることをする。
まったく人生とはそうありたいものです。

では、第六話の投稿です。


―――本番当日、フェス初日、会場

昨日のリハも滞りなく終わり、今日はいよいよ待ちに待った本番だ。
アタシ達CGプロのメンバーは、業界最大人数を誇ることもあってか、なんと会場スタッフとしての仕事もある。

もちろん、さすがにメジャーにCDデビューをしているレベルのアイドルは、会場の混乱を防ぐためにその仕事はない。

だけど、売り出したばかりのアタシ達、トライアドプリムスくらいのレベルだったら普通にシフトがある。

派遣バイトのやるような仕事だ、とバカにしていいものじゃない。
むしろこれはチャンスだ。

華やかな表舞台だけを見ていると実感としてつかみにくいところはあるかもしれないが、アタシ達アイドルの活動っていうのは案外こういった草の根運動みたいなのが一番重要だったりする。

この仕事は、お客さんとの距離が一番近いからな。

当然現役アイドルがその辺をスタッフとしてうろうろしているというのもこのフェスの売りのひとつになるわけで、仕事に支障をきたさない範囲であれば握手やサインなどのファンサービスも許されている。


「か、神谷さんですよね、トラプリの!」

「あ、は、はい」

「うわー、ホントに会場でお仕事してるんだ!あの、握手してもらってもいいですか!」

こんな感じで。

この握手やサインて奴は、自分たちの活動の成果をもっとも実感させてくれるものだ。
だけど、来る人は百パーセントの好意をこちらに向けてくるわけで…正直言うと恥ずかしい。

アイドルのくせにって、自分でも思うけどさ。

さて、この仕事の利点はもう一つある。
それは、お客さんの視点からフェスを見られることだ。

アタシ達の仕事は会場案内やらグッズ販売だから、空いた時間にはステージを眺めていられる。

しかしとんでもないフェスだよな…参加している事務所は五十以上、出演アイドルは百を軽く超える。
今を時めく765プロを筆頭にジャ○ーズ、A○Bなんて大手もいる。

会場スタッフのメインはアタシ達CGプロだけど、やっぱりご当地アイドルや地下アイドルみたいな人たちも一緒になって働いているわけで、こんな途方もない数のアイドルたちを相手にトップを目指そうとしてる自分が小さく感じられる。


ところが不思議と迷いがないのはなんでだろうな。

辺りを見回せば、未央やきらりも楽しそうに動き回っている。
トライアドとして一緒に組んでる加蓮はちょっとだるそうだけど、自分の仕事に迷いはなさそうだ。

やっぱり、アイドルが好き、だからかな。


「続いてはぁー!昨年の突然の充電期間を経て電撃的に戻ってきた、このアイドルぅ!」


司会のオニーサンのトークも冴えわたっている。
えーっと次は誰だっけか。


「アイドル界で豆腐を語らせたら右に出る者はいないぞぉ!!ご存じ!久慈川りせ!りせちーだあああ!!」







「やっほー!みんな!りせちーだよ!」






そうだ、りせちーだ。
確か去年夏前だったかに突然休養するって発表して、今年の四月に芸能界に戻ってきたんだったよな。

もともとの人気も結構なものだったけど、突然休養突然復帰でこれだけの実力とファンを残しているのだから、やっぱりすごいんだろうな。

そういえば、休養先がそのころ連続殺人事件で騒がれてた八十稲羽だってうわさが流れて、そのことでも騒がれてたっけ。


「みんな応援ありがとー!ってか司会さーん?」

「なーにーりせちー?」

「『お豆腐語らせたら右に出る者はいない』って、煽り文句もうちょっとどうにかならなかったのー?これじゃー私がすんごくじみーな主婦系アイドルみたいじゃーん」

「しょーがないよーりせちー!なんたって君のおばあちゃんちはお豆腐屋さんで、キミも仕込みの手伝いとかバリバリやってたらしいじゃーん?」

「そーなの!りせちーのおばあちゃん、お豆腐つくってるんだー!お豆腐はヘルシーで体にとっても良いから、みんないーっぱい買ってね!」


へー、お豆腐屋さんか。
豆腐おいしいよなぁ、冷奴が食べたくなってきた。


「ま、ま、ま、ま、お喋りはこのくらいにして、さっそくりせちーに歌ってもらいましょーう!まずは活動休止直前にリリースされたこの曲ぅ『ケロリンMAGIC!』」

MCの合図で軽快な音楽が流れ始める。
あぁ、アレか、炭酸飲料のCMタイアップになってた。

そういえば八十稲羽で思い出したけど、マヨナカテレビの噂も元はと言えばそこから始まったものらしいって未央が言ってたよな。
りせちーは何か知ってるんだろうか。

アタシのそんな考えを余所に、ステージは進行されていく。

りせちーの歌とダンスは、やはり見る者を引き付ける力があるみたいだ。
ステージが進むにつれて会場のボルテージも上がっていく。


「ヒュー!最高だぜ!ありがとうりせちー!」

「ふふっ、みーんなー!楽しんでるー?」

ウオオオオオオオ!!と地鳴りのようなファンのレスポンス。
アタシもいつか、あんなすごいレスポンスを浴びれるようになるんだろうか。

「さてぇ、りせちーの出番はここまで!」

えぇー!とファンが声を上げる。

「っと思いきや、もう一曲だけあるぞー!!最後はこの、夢のコラボユニットだ!」

MCの言葉を合図に、舞台袖から二人の人影が現れた。

二人とも超有名人だ。
特に片方はよく知ってる、つーかここの所毎日顔を合わせてるじゃないか。

伊織さんだ!

「今回のステージでぇ!りせちーとコラボしてくれるのはこのお二人!!飛ぶ鳥を落とす勢いの765プロからー、竜宮小町の水瀬伊織ぃ!いおりーん!!」

「にひひっ、みんなー!お待たせしたわね!スーパーアイドル水瀬伊織ちゃんよっ!」

おぉ、流石いおりんだ、こんなところでもコラボステージがあるんだ。


「そしてもう一人は、昨年衝撃のメジャーデビューと同時に引退を宣言した幻のアイドル!元ダイナチェア所属、澤村ぁあああ遥あああ!!」

「みなさん、こんにちは!今回は、引退した私をこんな素敵なフェスに呼んでくれてありがとう!!」

これはまたとんでもない人が現れた。
PさんからDREAM-LINEが来ると聞いたときは、まさか澤村遥まで押さえているとは思ってなかったからな。

去年、日本ドームでメジャーデビューコンサートを開催し、そのステージのラストに自身の出自を明かして引退を宣言した幻のアイドル澤村遥。

なんでも極道組織の元トップの身内だった、とかで、スキャンダルになるのを恐れたんじゃないかって噂が飛び交ってたよな。

デビュー公演にして引退公演となったライブの映像を見せてもらったことがあるけど、正直この人がまともにアイドルを続けていたらアタシはトップを狙うことができたかわからないってくらいに魅力にあふれた人だった。

すごい、どの人もトップアイドルと言って差し支えない三人の共演だ。
それにしても声がよく似てるよなぁ。


「いやぁー!りせちーにいおりんに遥ちゃん!こんな豪華なステージが他にあるでしょうか!このようなステージに立てて私、感無量でございます!さぁてさてさて、私なんかのお喋りよりも、このアイドルたちのコラボレーションをしかとその眼に、耳に、胸にやきつけましょう!曲は!!」


『せーの、「KONNANじゃないっ!」』


派手なサウンドが鳴り響き、会場は熱狂の渦に包まれた。

まごうことなきトップアイドルの共演に、アタシは息をのんだ。
アタシもいつか…こんな輝く存在に…。



「んー、最高のステージだったぁ!りせちーいおりんはるかちゃんどーもありがとー!!」


司会の言葉でハッと我に返る。
ステージが終わった後、拍手も忘れて呆然としていた。

それが純粋な感動によるものなのか、自分の前に立ちはだかる壁の高さに驚いたからなのかはわからなかったけど。

「…かならず追いついて見せるさ」

自分の目標を再確認できたってことで、どっちでもいいかなそんなことは。


「うっわー、りせちゃんてやっぱアイドルなんだねー」

「ったりまえだろー?くぅー、こう観客席から見てると近づけない距離ってやつを感じるぜー」

「先輩は最初っから近づけてないと思いますけどね」

近くの観客席から、高校生くらいのグループの話し声が聞こえてきた。

「こうしてみると、一緒に過ごしていたのがちょっと信じられないくらいだよね」

「確かに、トップアイドルともなれば、日常ではなかなかお目にかかれる存在ではありませんからね」

「いや、探偵のお前が言うのもどうかと思うけどな」

話しぶりからすると、りせちーの友達とかなんだろうか。
彼女について話す様子が、とても親しげでちょっと不思議だ。

あのレベルのアイドルになると、そんな打ち解けられるほど学校に友達とかいるのは結構珍しいことだと思うけど。
年も違うみたいだし。

「センセイセンセイ、リセチャンすっごいクマね!!」

「あぁ、そうだな」

男女七人のグループ。その中でも一際落ち着いた印象を受ける男の子が、その前ではしゃぐ男の子に優しく笑いかける。
語尾に「クマ」って…どっかのウサギを思いだすな。






なんとなく眺めていたら、センセイと呼ばれた男の子と目があった。





知り合いだったわけじゃない。
記憶のどこを探ってもアタシの記憶にこの人の顔は存在しない。

けど、何故か言葉にはできない懐かしさみたいなものを感じた。


とはいえそれも一瞬で、すぐさまアタシ達は知らない人と目が合ってしまった時のあのバツの悪い笑みを浮かべて視線を逸らした。

おっと、油売ってないでそろそろ仕事に戻らなきゃな。

それよりも観客席の前の方で大声出してコールしてるオッサン達は何者なんだ。
全員めっちゃガタイが良いし強面だし、その筋の人っぽい。澤村遥のファンみたいだけど。

初日はこうして、会場をあわただしく駆けまわったり他のアイドルに見とれてたりして過ぎて行った。


―――二日目、フェス会場

今日はトライアドプリムスとして出番がある。
会場案内の仕事は午前中のみで、午後はステージにちょこちょこ顔をだす。

「どうだったかな、私達のステージ」

「みんなありがとー!」

「これからも応援してくれよなっ!!」

今までにアタシ達が参加した中でも最大級のステージは、やっぱり緊張するけどその分達成感もすごい。

あっという間に終わってしまったステージに名残惜しさを覚えながら、アタシ達はまた会場案内の仕事に戻った。

そうそう、当然さっきまでステージでパフォーマンスしてたってことは、それを見てくれてたファンの人たちも同じ会場にいるわけで。



「さっきのステージかっこよかったよ!!」



「いやぁ、俺なおちんのファンになっちったかもぉ」



「うわ、やっぱ加蓮ちゃん近くで見るとめっちゃかわいい!!」


昨日よりも多くの人が声をかけてくれた。
アタシ達も笑顔でそれにこたえる。

やっぱりこれがあるからアイドルはやめられないよな。


二日目もなんだかんだであっという間に過ぎていく。

フェス最終日の三日目。
明日がいよいよ本当の本番、765プロとの合同ステージ。

体が震えるのは、武者震いってやつだよな!


―――最終日、フェス会場、ステージ裏

「そろそろ出番です!765さんとCGさん準備お願いします!」

「大丈夫です!お前ら、行けるな?」

『はい!』

いよいよ待ちに待ったフェス最終日、この日のために組まれたスペシャルユニット『765シンデレラ』の出番だ。

あまりにひねりが無さすぎるんじゃないか?とPさんに尋ねたら「こういうのは頭捻って考えたところで寒いのしか出てこないんだよ、楓さんのギャグと一緒」と返された。
ちょっとひどい例えだけどとても納得できる。

「これは言うまでもなくお前らの大きな晴れ舞台だ!CGプロ一同!765さんの胸を借りて思いっきりやってこい!

765さん!こいつらちょっとやそっとじゃつぶれたりしません、全力でパフォーマンスしてやってください!」

「もちろん!一緒にレッスンしてきたんですから、CGプロのみなさんの力はよーくわかってます!全力ですよ、全力!」

春香さんがにこやかに答える。


日高さんのレッスン見学以降、アタシ達はもとより765さんたちの気合の入りっぷりは半端じゃなかった。
もともと息はぴったりだと思っていたけど、今やもうお互いの考えが読めてるんじゃないかってくらいにツーと言えばカーな関係だ。

765Pさんによれば。

「それが本来のウチの持ち味だったんだけどね」

って笑ってた。
最近忙しくて結束が弱まってきたとかなんとか言ってたけど、それはもともとがすごすぎたんじゃないだろうか。

「それじゃあプロデューサーさん、いつものアレ、やりましょうよ!」

「ん?あぁ、そうだな、最近やってなかったし」

いつものアレ?

「みんな、円陣を組んでくれ!」

あぁ、気合入れるぞって感じの奴か。
765Pさんの言葉でみんなわらわらと円陣を組む。

おぉ、Pさんたちも含めると総勢三十人ほどになろうかという大所帯で円陣てのはすごいな。
スタッフさんの邪魔になってないか?


「一人一言なー!最後の人は『765シンデレラー!』って掛け声もよろしく!それじゃ…渋谷さんから時計回りで!」

ん?凛から時計回りって…最後アタシか!?

「えっと…今までのレッスンの成果、しっかりファンに見せてあげよう!」

「みなさん、がんばりましょうね!」

「せくちーアンド!」

「ぷりちーな真美たちの魅力で!」

「お客さんをはぴはぴさせたるにぃ!!」

「うーん、それなりにがんばろうかな、今日くらい」

「アハッ、杏は変わらないの。ミキも今日はいっつもよりキラキラしちゃおうかなっ!」

「張り切るのは良いけど、ケガとか気を付けないとね」

「人数多いんですから、ステージの移動は気を付けてくださいね!」

「お客さん、楽しませてあげましょうね~」

「自分、今日は最高のダンスをみせるぞ!」

「ボクだって!」


「ボンバー!うおおおおお気合入ってきましたあああ!」

「アタシも茜さんに負けてらんないぜ!うおおおお!!」

「うっうー!笑顔をお届けしちゃいまーす!」

「にひひっ、この伊織ちゃんがいれば、ステージの成功は約束されたようなモノね!」

「松田聖子のような、成功…ふふっ」

「ぷふっ…くくくくくっ…あの、わた、私の歌をお客さんに…」

「だ、大丈夫ですか、千早さん。あ、えっと、頑張りましょうね、落ち着いて」

「いやー、テンションあがってきたね!私やっちゃうよー!」

「ウサミンパワーでみなさんメルヘンチェーンジ!ですよっ!」

「き、緊張しますぅ…でも、楽しみですよね!」

「まこと、舞台とは心躍る物。存分にお見せいたしましょう!」

来た、アタシだ。



「気合入れてこう!!『765シンデレラ』!!」




『オー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』




「よっし、行ってこい!」









アタシ達のステージへ!








『こんにちは!765シンデレラです!!』






~GO MY WAY!! GO 前へ!! ~♪




ステージは大成功の裡に終わった。
アタシ達は百パーセント以上の力を振り絞れたと思う。

「楽しかったですね!」

「いや~、はるるんがステージの真ん中でこけた時はどうなることかと思いましたぞ」

「ちょ、ちょっと亜美ぃ、それは言わないでよ~」

「それを千早さんがすかさずフォローしたところは、流石のチームワークを感じたな」

「ふふ、春香がああいうところで転ぶのは、今に始まったことじゃないから」

「ち、千早ちゃ~ん」

興奮冷めやらぬといった感じでそれぞれ顔を輝かせながらおしゃべりをしている。

「みんなお疲れ!掛け値なしに良いライブだったよ!」

Pさんたちも晴れ晴れとした笑顔を浮かべている。
この日のために、この人たちはバタバタと走り回っていた。感動もひとしおだろう。


「楽しめたか?」

Pさんが小声で尋ねてくる。

「もち。最高だったぜ」

「そーか、そいつは何よりだ」

そういってPさんはアタシの頭をワシャワシャする。

「…Pさん」

「ん、どーした?」

「ありがとうな、アタシにこんな体験させてくれて」

「…!」

「な、なんだよ」

Pさんが目を丸くしている。


「いや、素直な奈緒、略して素奈緒が出たとは、こいつは今回のライブはホントのホントに大成功だな」

「なっ!人がせっかくお礼を言ってるのに…!」

「はいはい、可愛いなーったくもー奈緒はー」

Pさんがさっきより思いっきり髪の毛をワシャワシャしてくる。
ううううう、コノヤロ…!

「ちょっと奈緒!奈緒Pさん!いちゃいちゃするのは良いけど先こっち!」

加蓮の声で我に返る。
そうだ、ここにはまだみんないたんだった。

全員ニヤニヤとした笑みを浮かべている。

「えっと…あ、そのあのちがう!ちがうんだこれは!」

「おー、記念撮影か。ほら奈緒、行くぞ」

真っ赤になるアタシを余所に、飄々とPさんはみんなのもとへ歩き出す。
くっそおおおお、そうやってみんなしてアタシをからかうんだ…。





そのあと、みんなと記念撮影をして、今回の特別合同ライブは終了となった。




―――フェス終了後、大打ち上げ大会

日本最大級のアイドルフェスイベントは、大盛況のうちに幕を閉じた。
お客さんを帰した後は、そのままその会場で出演陣スタッフ陣全員合わせての大打ち上げ大会だ。

基本参加は自由だけど、お酒が出ることもあって乾杯の音頭の後に未成年の出演者は結構帰る。
アタシも今日は疲れたし、帰るとするかな。

ウチには酔っぱらうと面倒なアイドルもいっぱいいるし…。

そうそう、フェスが終わったころに日高さんと会った。

「見てたわよ~、ステージ!なになにメッチャよかったじゃなーい!765の子たちもあれから昔のカンを取り戻したみたいだし、今日のは間違いなく百点満点だったわよ!」

「あ、ありがとうございます!」

「それに奈緒ちゃん、あなたやっぱり良いわー。今はまだ私どころか愛にも及ばないランクだけど、いつかきっとこっちへ来られるわ。待ってるからね!」

じゃあねー!と日高さんは去って行った。

伝説のトップアイドルに見込まれたとあっちゃ、頑張らないわけにはいかないよな。
今日の体験を糧に、目指してやるさトップアイドル。


「もし、奈緒」

「ん?…あ、貴音さん。お疲れ様」

「お疲れ様です」

そうだ、この人には聞きたいことがあったんだ。

「貴音さん、あのさ…」

「皆まで言わずともよろしいですよ、奈緒」

「は、はぁ…」

「初めてお会いした日に、私が貴女に耳打ちしたことが気にかかっているのでしょう?」

「そうだけど…」

「ふふ、良いのです。気になる物言いをしたのは私なのですから」

静かに微笑む貴音さんは、やはり綺麗だ。

「しかし、今はまだその時ではありません。いずれ、私の事について知るべき時が来ればおのずとわかります。今は自身の力を磨くのです」

「…なんかよくわかんないけど、わかった。…あ、でも一つだけ教えてくれないか」


「なんでしょう?」

「えっと…なんて言ったらいいか…そう!夢のお告げ、みたいなことなんだけどさ。近いうちにアタシと同じくある場所に出入りした人とその仲間に出会うって言われたんだ」

自分で言っててなんだそりゃ、って思うけど、ベルベットルームの事を話すべきなのか迷ったらすっげー中途半端になっちまった。

「その人たちにアタシが気づくかどうかはわからないらしいんだけど、貴音さんがそうなんじゃないかなって…どうだろう?」

「…それは、べるべっとるーむの事ですね?」

えっ!?
マジかよ、っとアタシは驚きで固まる。

「ふふ、そう驚かずとも良いのです。奈緒、世界は貴女が思っている以上に広い。そして私が思っている以上にも。その部屋の事は存じております。しかし…」

「しかし?」

「彼の部屋の住人が貴女に告げた人物は、私ではありません、とだけ申し上げておきましょう」

どういうことだ?

「私はその部屋の存在を知っております。しかし、実際に足を踏み入れたことはございませぬ。765ぷろの他の面々に至っては、我々の持つ『力』についてすら知っている者はおりませぬ」


「ってことは…」

「他にもいるのでしょう、よく似た運命を持つ人々が」

貴音さんに耳打ちをされた時から、ベルベットルームで言われた「かつてあの部屋を訪れた人」ってのは貴音さんだとばかり思ってたけど…違ったのか。

「…あれ?ちょっとまてよ、「我々の持つ『力』」ってことは貴音さんやっぱりアンタもペルソナ…」

「ふふ、それは…とっぷしぃくれっと、ですよ」

では、と完璧なウインクを一つ残して貴音さんは去ってしまった。
やれやれ、相変わらずわかんないことだらけだ。

「あ、いたいた!かみやーん!帰ろー!」

「おう!今いく!」

遠くからアタシを見つけた未央の声に返して、アタシも帰宅することにした。

明日は反省会やって、明後日からは暫く休みがもらえるんだったよな。


―――翌日、CGプロ事務所

「おはよーございます!」

「んぁぁぁ…飲みすぎたな昨日はぁ…」

事務所に来ると、Pさんが唸り声をあげてデスクにへばりついていた。

「おわっ!…大丈夫か?」

「な、奈緒か…」

グギギギと突っ伏した顔をこちらに向けるPさん。
どんだけ飲んでたんだよ。

「いやー、昨日までのフェスは一応運営幹部でもあったからさー、いろんな人んとこに挨拶行って、それが終わったら解放感で飲みまくって、気付いたら765Pさんと朝を迎えてた…」

夜通し飲んで、その足でここに来たのか。

「…風呂は?」

「さっきシャワー浴びた…着替えを事務所に置いといてホントよかったわー」

「まったく…コーヒーでも飲むか?」

「スマン…頼めるか…」

「待ってろ」


給湯室でコーヒーを入れていると、事務所に続々人が集まってきているのが聞こえてきた。
みんなアタシのPさんが机でへたり込んでいる様を見て、ある人は驚きある人はケラケラ笑っている。

「ほら、Pさんコーヒーだ」

「おぉ…奈緒…マイエンジェル…」

「ば、バカな事言ってないでさっさと飲めよぉっ!」

アタシの入れたコーヒーを何とか喉に流し込むと、Pさんは気力を振り絞って立ち上がった。

「よーしみんなー、反省会は三十分後なー、会議室に、たの、む、ぞー…うぐぅ」

あーぁ、しまらねぇなぁ。

とはいえ、どんなに飄々としてても仕事はできるPさん、二日酔いもなんのそので反省会は実にあっさり終わった。

「課題はそれぞれのプロデューサーがまとめてるから、休み明けに各自レッスンで再確認してくれ、俺からは以上!良いライブだった、お疲れ!」

さて、ここからしばらくはお仕事もレッスンもなし。
Pさんたちが作ってくれた夏休みだ。

何をして過ごそうか、と思っているところに、菜々さんと未央が話しかけてきた。


「おっつー、かみやん」

「お疲れ様ですっ!」

「おー、未央、菜々さん、お疲れー」

「かみやんはさ、この休みどう過ごすか決めてる?」

「ん?…いや、まだだけど」

「ちょっとご提案があるんですっ」

「というと?」

「あのさ、前にマヨナカテレビの噂を私が追っかけた時に、八十稲羽がもともとの噂の出所だって言ったの覚えてる?」

突然のマヨナカテレビの話で、アタシの顔も引き締まる。

「あぁ、テレビに出入りしてた人がいるって噂もあったんだっけ?」

「そうそう!そんでさ、このお休みを使ってみんなで八十稲羽に行ってみないかな、って」

それは…良い考えかもしれない。
けど…。


「宿とかどうするんだ?観光地としてはそこまでメジャーじゃないかもしれないけど、このシーズン中にいきなり明日からとかで部屋とれるか?」

ここから稲羽市まではかなり距離がある。泊りがけじゃなければ調査はきついだろう。

「それなんだけど、楓さんが前々から大人組で行こうって宿をとってたらしいんだ」

「ナナも誘われてたんですけど、他の大人組の方々が軒並み都合がつかなくなっちゃって…」

大人組というと志乃さんとか木場さんとかか。

「キャンセルするのももったいなくて、一緒に行く人を探してたみたいなんだよね」

「楓さんと肇ちゃんはいますけど、あとはナナ達『マスカレイド』でちょうど抜けた分の人数は埋まるんですよー。お二人には悪いですけど、自由時間をある程度作れば調査もできますし」

「何もなかったとしても友達と旅行できるっていう楽しみは残るわけだしさっ!どうかな、かみやん」

そうだな。
もともとどこかのタイミングで八十稲羽には行こうと言っていた。

せっかくの休みで羽を伸ばしたい気持ちもあるし、マヨナカテレビの事を調べたい気持ちもある。
一石二鳥か。


「その計画乗った!凛ときらりと杏は?」

「そうこなくっちゃ!さっきしぶりんには話して、きらりんとあんちゃんにも予定聞いてるよ!」

流石未央、仕事が早い。

「そうと決まれば準備しなきゃな。いつからだ?」

「明日からだよ!温泉があるっていうからその辺の準備しとかなきゃね!」

かなりレジャー気分だけど、それも悪くはない。
あれだけ頑張ったんだから、少しくらい羽を伸ばしたって罰は当たらないよな。

向こうには一週間ほど滞在するらしい。
その間に、マヨナカテレビの謎について、少しでも何かわかればいいな。

この後アタシ達は、久々にテレビの世界に入り、ウサにマヨナカテレビの噂の発祥を辿って調査してくる旨を伝えた。

いつものように歓迎してくれたウサだったが、表情が暗い気がするのは杞憂だろうか。
何か悩みでもあるのかもしれない。

いっぱいお土産を買ってくることを約束して、アタシ達はその日、ウサと別れた。







「マヨナカテレビと温泉…今は達成感の分だけ温泉の方が重いかな?」






作者でございます。

宣言通り大変短くなりましたが六話終了でございます。

一応ちゃんとアイドルしているところも書きたかったのですが、あっさりしすぎてしまいましたかね。
コミュ活動の一環ということでご容赦願います。

次回からまた本筋が動き出します。

一スレに二話ということでやってきましたので、本スレはここまで。

次スレは、


神谷奈緒「アタシら以外のペルソナ使い」


という名前で立てますので、お時間ありましたらお付き合い願います。

暫くは零時更新じゃなくなりますかね。

近々お会いしましょう。


ちなみに、ですが。
作中出て参りました「澤村遥」は、やってみたかった声優ネタという奴です。

ご存じでない方は『龍が如く』シリーズを調べていただければわかるかと思います。

ではでは。


出来るうちに投下しておこう!
ということで七話の投下開始いたしました。

よろしければお楽しみください。

神谷奈緒「アタシ達以外のペルソナ使い」
神谷奈緒「ペルソナかぁ」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1389452402/)


URLを間違えました…。

こちらです↓
神谷奈緒「アタシ達以外のペルソナ使い」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1390573093/)

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