神谷奈緒「ペルソナ!」(361)


こんばんは。

ようこそお越しくださいました。

こちらは


神谷奈緒「マヨナカテレビ?」


の続きでございます。

文字量マシマシ、内容カサマシでお送りしてまいります。

どうぞ、スクカジャをかけたような軽いお気持ちでお楽しみくださいませ。

P.S.
コミュ活動は難しいものでございます。


―――現実世界、事務所、第4会議室

「帰還、っと」

テレビの中で凛を救出したアタシ達は、現実世界への帰還を果たした。

「ホントにテレビの中にいたんだ…」

凛が信じられないという風にため息をもらす。

「あぁ。凛には聞きたいことがいくつかあるけど、今日は帰ってゆっくり休め…ってそのカッコじゃ外でらんねぇよな」

「大丈夫、ロッカーにジャージの替えがあったはずだから」

「そうか、なら良い。凛Pさんとお母さんに謝っとけよ、スゲー心配してたみたいだし」

「…うん」

パジャマ姿の凛は、「じゃあ…ありがと」と小さい声で言うと、ゆっくりと部屋から出て行った。


凛が出て行ったのを確認したアタシ達三人は、即座にその場にへたり込んだ。

「つ、つかれたぁ~」

「ナナもう限界です…」

「アタシも…もう動けねえ」

ハードだった。めっちゃ。
よくゲームで主人公たちがボスと戦ってるのを見ては「すごいモンだよな」とか思ってたけど、すごいなんてモンじゃない。

なるほど、何事も経験してみないとわからないんだな、アタシは死にかけたわけだけど。

「と、とりあえず今日はなんとか帰ろうぜ…」

「そ、そうだねかみやん」

「…でも」


菜々さんがぽそっとつぶやく。

「確かに疲れましたけど…ナナたちやり遂げたんですよね!凛ちゃん助けられたんですよね!」

「…そうだな!」

どっぷりとした疲労感に包まれながらも、アタシ達は笑っていた。
達成感、てやつかな。








パリィン










三人で笑い合っているところにすっかりお馴染みとなったあの音がこだまする。
アタシの頭ん中だけだが。




―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”愚者”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・








>???『愚者』と改めて絆を深めた!






ん?

『愚者』ってことはどういうことだ?
アタシのアルカナは愚者じゃなかったのか?

そういえばさっきの戦いで出したサキミタマってやつも、思い起こせば現れたタロットは女教皇だった気がする…。
そもそも他の二人はペルソナはひとつしか使えないわけで…アタシはなんなんだ?

ちょっと意識を集中してみると、サキミタマもゴフェルもアタシの中にいる。
つーかコイツらはなにやってんだ?ふよふよ浮かぶサキミタマをゴフェルが楽しそうにつんつんしてる光景が脳裏に浮かんできた。

ペルソナも遊ぶんだろうか…。

ダメだ、考えもまとまらないし、やっぱり疲れてるアタシ達は!

なんとか立ち上がったアタシ達は、おばあちゃんのようにヨチヨチと事務所を後にしたのだった。


―――その夜、どっぷりと深い眠りについていたアタシだったが、零時前に一度喉が渇いて目が覚め、成り行きでテレビを眺めていた。
マヨナカテレビは砂嵐を映すばかりだった。

とりあえず片が付いたってことでいいんだよな?
…寝よう。

まだまだ寝たりない。
お茶を一杯飲んだアタシは、再び深い眠りの世界へ落ちていった。


―――翌日、事務所

「―――まったく、あんまり心配かけてくれるなよ?」

「…ゴメン」

事務所に行くと、凛Pさんが凛を説教していた。
怒っているのはまぁそうだが、どちらかというと凛が無事でほっとしたという印象が強い。

というか顔がゆるむのが隠せてないぞ凛Pさん。

「まぁお前が無事で良かった。それに…」

「あ…」

凛Pさんが凛の頭を撫でる。

「お前が嫌だって言ってたのに、そんな仕事しか持ってこられなかった俺の力不足が一番の原因だ。すまなかった」

「…頭撫でられたからって、そんなんで私の傷が癒えるなんて思わないでよね」

口では偉そうにしながら思いっきり満足そうな凛の顔に、アタシはツッコむ気すら起きない。
一生やってろ、バカップル。


「お前が頑張ってきたおかげで、今度の新作ドラマで役をもらえることになったんだ。もちろん主役ではないけど、一応全体を通して出番のあるレギュラーキャラクターだぞ!」

「…ホント?」

「あぁ!…まぁモデルの役でそんなにセリフ自体は多くないんだけどな、あのディレクターさんが『凛ちゃんならこの辺から慣らしていけば化けるかもよぉ』って推してくれてさ!」

「ふーん…私を見る目はいやらしいだけじゃなかったんだ」

「ちょ、凛!?」

「ふふ、冗談。プロデューサー、ありがとう」

ようやく事務所に入ってきたアタシに気付いた凛が、こちらに二、三歩近づいてきて、思い出したように凛Pさんを振り返る。

「プロデューサー」

「なんだ?」









「絶対、トップアイドルになるから」







「ど、どうしたんだ急に!」

「ふふ、なんでもないよ」

いやぁ、今のはズルいだろ。女のアタシでもドキッとした。
お前ホントに年下か?
そして一回りも年下の女の子に手玉に取られる凛Pさんェ。

「行こ、奈緒」

「お、おう」

凛はアタシを引っ張って、第4会議室へと歩き出した。


―――事務所、第4会議室

「体はどこもおかしくないか?」

「平気、昨日は帰ってすぐ寝ちゃったけど」

テレビの中にいた時間がそこまで長くなかったからだろうか、
それとも凛が強いのだろうか。

なんにせよ何ともないなら良いんだ。

「じゃあ、話を聞かせてもらっていいか?」

未央と菜々さんはそれぞれ別口で打ち合わせがあるということで、今日は少し遅れてくる。
二人とも「待ってないで始めちゃってくれ」というので、今はここに凛とアタシしかいない。

「いいよ、何から話せばいい?」

「そうだな…まず、いつどうやってテレビに入ったか、だ」

「そうだね…」


そこからの凛の話を簡単に説明するとこうだ。

三日前、アタシと言い争いになって耐えられなくなった凛は、自室に引きこもりベッドで泣き腫らしていた。

食欲も起こらず、お母さんの問いかけにだけ適当に返事をして、その日はそのまま。

一昨日もほとんど一日ぼんやりと過ごしていたが、お母さんが夕食がいるかの確認に来た後、部屋のテレビが光り出したのだという。

気づかない間にリモコンにでも触ってしまったかとテレビに近付いた時、画面から腕が伸びてきて自分を引きずり込んだらしい。

「その腕ってのはどんなんだったんだ?」

「どんなって…普通に腕だったよ、人間の。…多分女の人」

女?

「細くて白くて、とてもきれいな指だった。突然信じられないことが起こって他の事はあまり覚えてないけど、それだけははっきり覚えてる」

テレビ画面から突然伸びる女の腕、か…。


「それからのことはもう何が何だか…気がついたらあのレッスン場に倒れててさ。出入り口にカギはかかってるし、雰囲気もおかしいし、途方に暮れてたらアイツが出てきて、喋り始めたら奈緒たちが飛び込んできたんだよ」

じゃあわりとタイムリーだったのか。

「…ねぇ、奈緒。あそこはなんなの?奈緒たちは何をしてるの?」

凛がまっすぐな瞳で聞いてくる。
まぁもとよりコイツは当事者だ、隠すわけにもいかないだろう。

「実は、アタシ達もあそこがなんなのかよくわかってないんだ。今わかってるのは、どうやらあそこにはテレビ画面を介して出入りできること、妙な化け物がいること、マヨナカテレビと関係があること、それと菜々さんの故郷だってことだけだ」

「菜々さんの故郷なの!?」

普段物静かな凛が、珍しく大きな声をだして驚く。

「どうやらそうらしい。ただ、本人もあそこがなんのかはわかってない。そもそも向こうで暮らしてた頃のことをだいぶ忘れちまってるみたいだしな」

「ウサミン星人て…嘘じゃなかったんだ…そういえばあまりに疲れててスルーしてたけどなんかウサギみたいなのがいたね」

ウサの事だな。


「アイツは菜々さんを除いて唯一のテレビの世界の住人だ。初めて行った時に懐かれて以来、あぁやってついてくるんだ」

「…なんかよくわからないよ」

流石の凛も混乱している。

「そりゃあお前より先に出入りしてるアタシ達ですら混乱してんだから無理もないさ」

「うん…あ、じゃあ奈緒たちはいつからあそこに入ってたの?」

「あぁ、ほんの半月も前じゃないくらいだな。前にレッスンの帰りに加蓮がマヨナカテレビの話をした日があっただろ?あの日の夜、あの噂を確かめた時にテレビ画面に入れることに気付いたんだ。」

その翌日に、アタシ達がテレビに入ることになった顛末を話してやると、凛は耐えられないという顔で爆笑した。

「あはは、ははははっ、なん、ていうか、未央らしい、っていうかさすが未央、っていうかっ」


ちくしょう、コイツのこんな爆笑めったにみないぞ。

「ふふっ、ごめん、ふ、あまりに場面が想像できてさ」

笑いすぎて目に涙が浮かんでやがる。

「ふぅ…けど、そっか。じゃあまだそんなに探索してるわけじゃないんだ」

「あぁ、お前の救出が三回目くらいになるかな…考えるとたった三回なのにずいぶん色々起きるな」

「そうだね…ねぇ」

凛が真剣な顔にようやく戻る。

「どうした?」

「私をテレビに引きずり込んだ人は、自由にテレビに出入りできるんだよね?」

「そういうことになるだろうな」

「他にもそういう人はいないのかな?」

「どういうことだ?」


「いや、今のところ自分でテレビに入れるのって、奈緒たちと犯人だけでしょ?マヨナカテレビが噂になってるなら、他にもそういう人がいておかしくないと思うんだけど」

考えてみると確かにそうだ。
あんな不可思議な現象だもんな、テレビ画面に触ってみようとする人は少なからずいるはずだろう。

なのに、テレビの中に入ってきたのはアタシ達と犯人だけ。

「確認なんだけどさ、奈緒ってもとから超能力者だった…とかじゃないよね?」

「当たり前だろ、そんなのはユッコだけで間に合ってるはずだ」

堀裕子、自称サイキックアイドル、通称エスパーユッコ、特技スプーン曲げ(物理)。
いや、ホントの超能力者かもしれないけど、少なくともアタシは成功を見たことはない。

「いや、もしかしたらテレビの中に入るのって、マヨナカテレビとは無関係な別の力かも、と思ってさ」

「というと?」

「奈緒が特別な能力を持ってるんじゃないかってこと。だって、未央はそもそもマヨナカテレビを見てもいなかったんでしょ?」

そういえばそうだ。
アイツはアタシの話を聞いてそれを試してみようと言ったに過ぎない。


「でも、アイツもテレビの中に入れたぞ?」

「だから、マヨナカテレビとは無関係なんでしょ?奈緒がいたから一緒に入れたんじゃないかな」

うーん…そうなるとアタシに特別な何かがあるってことになるけど、どうにもなぁ。
そう思ながら今までのけして多くない冒険を思い返す。

シャドウと向き合わずに得たペルソナ、未央や菜々さんは招待されていないらしいベルベットルーム、菜々さんが驚く『愚者』ペルソナをもち、更にペルソナを複数体使役…ってアレ?

「アタシ…もしかしてわりと規格外かもしれねえ…」

「思い当たる節があるんだね」

思い当たる節がありすぎて逆に困惑する。
なんでアタシなんだ?

正直優越感とか調子に乗るってのよりも薄気味悪さが先に立つ。

「やっぱり、マヨナカテレビとテレビの中に入る力は別なんだよ。私も力を手に入れちゃったみたいだし」

「…は?」

「今朝、起きてここに来る前に自分ちのテレビ画面に触ってみたんだ。腕、通り抜けたよ」


コイツはまた一人の時にとんでもない挑戦をするもんだ。
もしまた落ちたらどうするつもりなんだ?

「平気だよ、気を付けてたし、奈緒たちと同じ力を使えるみたいだしね」

もしかしてもなにもないが、もしかして。

「ペルソナ…か?」

「ペルソナっていうんだ。なんか昨日からこう…胸の奥でざわつくものがいる気がするんだよね。嫌な感じではないけど」

アタシ達が戦っている間、凛は気を失っていたと思っていたが、どうやらうっすら状況が見えていたらしい。

「これからは、私も一緒に戦うよ」

「おい、凛」

「なに?今さらのけ者にしようとしても遅いから」

出た、頑固凛だ。こうなると梃子でも動かない。


「わかってるのか?結構危険なんだぞ?」

「そういって、奈緒も未央も菜々さんもその危ないところにいってるじゃない」

「アタシと未央は首を突っ込んじゃったし、菜々さんはもともと故郷だろ」

「首を突っ込んだっていうなら私もいっしょ、むしろ私は犯人に狙われたんだから当事者だよね?」

「当事者だからまた狙われるかもしれないんだろ!?」

「そこだよ」

凛がアタシを射抜くような視線でとらえる。
渋谷さん眼力パネェ。


「私をこんな目に合わせた犯人がどこの誰なのか、その手掛かりすらつかめてないんだよ?

また私が狙われるかもいしれないし、今度は他の誰かが狙われるかもしれない。

そんな状況でただ手をこまねいて見てろっていわれて私ができると思う?

しかも、多分だけど私も戦う力を手に入れた。

もしこれで奈緒がそれでも『連れて行かない』っていうなら、私は勝手にひとりで行動するだけだよ」

「…」


凛の言うことはもっともだ。
それに、コイツはやると言ったらやる、おいていこうとすれば一人でテレビの中へ向かうだろう。

あんな化け物がうじゃうじゃいるところに一人でいかせるなんてのはとんでもない話だ。

「どう?奈緒」

「お前にゃ負けたよ、凛」

アタシは両手を軽く上げてお手上げのポーズをとると、そのまま凛に右手を差し出した。

「一人で無茶されても困るからな。歓迎する、一緒にこの事件を追ってみよう」

「…うん」

アタシの差し出した右手をとるや否や、凛はそのままアタシを引き寄せ強く抱きしめた。
え?なにコレ、なんだコレ!?

「り、凛!?なんだどどどどうした落ち着け急に抱きつかれたらアタシだってあのその…」

「もう…あんな怖いのやだよ?」

「へっ!?」


「奈緒、私を助けるために戦って、大怪我してたでしょ」

「…あぁ」

「あの時私、体が動かなくて、声も出せなくて、どうにもできないのに頭だけははっきりしててさ…奈緒がいっぱい血を流してるの見て、あぁ、奈緒が死んじゃうって、本気で怖くなったんだから」

あはは、そこまで見られてたか…。

「菜々さんが助けてくれたから今はこうして平気でいるけど、奈緒は優しくてお節介だから困ってる人がいたら平気で飛び出していくでしょ?」

「…お節介は一言余計じゃないか?」

「…うるさい、黙って聞いて」

…はい。

「奈緒は今時珍しいくらい優しい人だと思う。誰とだってそれなりにきちんと付き合えるし、一度仲良くなったらずっと親身にしてくれる。知らない人でも困ってそうなら見捨てない。だけどね…」

凛がアタシに回した腕をギュッと強める。

「私たちはそんな奈緒の事頼りにしてるんだから、その奈緒が自分のために傷つくところなんてみたくないよ」


凛は年の割にどころじゃないクールさだから誤解を受けやすいけど、実は誰よりも友達を大事にする奴だ。
ぱっと見近寄りがたい雰囲気から、実際そんなに友達は多くないみたいだけど、だからこそ心を許した人にはとことん寄り添おうとする。

不器用なんだな、コイツはやっぱり。

「…気を付けるよ」

「いなくなったりしないでね」

「当たり前だろ?」

軽く抱きしめ返し、ヨシヨシと凛の頭を撫でてやる。
おぉ、今のアタシは確実に年上だ、お姉さんだぞ!

アタシがちょっと情けない喜びに浸ろうとした瞬間、脳内に馴染みの音が聞こえてきた。







パリィン!






―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”星”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・






>渋谷凛『星』と改めて絆を深めた!




「なぁ凛、そろそろ離れないと…」

「あぁっかみやんとしぶりんがっ!」

あぁ、面倒なのが来た。

「未央ちゃん、どうかしましたか…ってミミミン!?ナナはなにもみてませーん!」

「あ、菜々さーん!ごめんねぇかみやんお取込み中だったとはこのちゃんみおつゆ知らず…」

「ち、ちがうんだ未央!これはそういうんじゃなくて!」

「違うの?奈緒…私、奈緒がいないと…」

「あぁいや凛そういうわけじゃ…ってお前もうわざとやってるだろ!」

「おおおおお、しぶりん大胆発言!これはもうちゃんみおは空気をよんで退散するほかありませんな!」

「バ、バカ、なんでもないんだからさっさと入って続きをだな…!」

「止めてくれるなかみやん…チャンミオワゴンはクールに去るぜ…」

「去るなああああお前パッションだろおおお!」


あぁぁ、せっかく年上気分に浸れたのにすぐこれだ…。

凛はアタシの胸に顔を隠してクスクス笑っている。

未央もふざけてクールなふりをしてたけど、部屋を出たところで我慢できなくなったようで大声で笑いながら菜々さんを探しに行った。

その菜々さんは…まぁいいだろ、あの人は。




この後、捜査会議を開くまでにどのくらいの時間がかかったかは、ご想像にお任せするぜ。


―――暫しの後、事務所、第4会議室

「ハァ…ハァ…」

「どうしたの奈緒、息が荒いよ?」

「お前らのせいだろ!?」

どうしてウチのアイドルってのはこうマイペースな奴らばっかりなんだ?
圧倒的なツッコミの人材不足。

こんどはツッコミの出来る人をスカウトしてきてもらうか…それもちがうよな。

「ごめんねーかみやん、つい面白くってさ!」

「ナナはホントにびっくりしたんですからね!」

理由はそれぞれ違うがまったく悪びれる気のない二人にもはやため息すら出ない。

「…もういい、それより今後どうするかの話し合いをしよう」

「そうだね、これ以上続けても、奈緒が可愛いだけだもんね」

終いにゃ泣くぞ?アタシは。

「あははっ、かみやんもそんな困った顔しないの!しぶりんなりの愛情表現なんだから!」


もういい、もういいんだ…。
真っ白に燃え尽きるアタシを置いて、話が進められていく。

「えっとー、まず、今わかってることを整理していこう」

未央がメモ帳を取り出すと、現状を箇条書きしていく。

・雨の日の午前零時に消えたテレビを一人で眺めていると、マヨナカテレビが始まること。

・そこには運命の人が映ると言われていたが、実際は違うこと。

・テレビの中には別の世界があること。

・そこには人は住んでいないこと(ウサミン星人は別)。


ここで菜々さんが「うんうん」とうなずいてるけど、いるかぁ?その注釈。


・テレビの中にいるのはシャドウ。人の負の感情の塊であること。

・シャドウの制御に成功するとペルソナとなること。

・私達意外にテレビの中に出入りできるヤツがいて、なにやら悪だくみをしているらしいこと。

※作者です。

誤字を発見してございます。


誤:私達意外

正:私達以外


大変失礼いたしました。


「こんなところかなぁ」

「そうだな、まだまだわからないことだらけだ」

凛をテレビに引きずり込んだやつが、いったい何の目的があってやってのか、ってことが重要だ。

「…凛は誰かに恨まれる覚えはないか?」

聞きづらいことではあるが、重要なことだ。
しかしアタシが気を使った割に、凛の返答はあっさりしたものだった。

「それはあるよ、普通に」

「あるのかよ!」

「あるでしょ。奈緒さ、自分たちがなんなんだか忘れてない?」

ん?

「私たちはアイドルだよ?私は向こうの事を知らないけど向こうはこっちを知ってるなんていうのは普通の事だし、ファンの中には過激な人もいる。オーディションで私に負けたアイドルだって私を恨んでるかもしれない。…さすがに事務所の中にはいないと思うけどさ」

言われてみればもっともだ。
これじゃあ参考にならないか。


「私個人が恨みを全く買わないとは思わないけど、あんなことをされる筋合いもないと思うな」

確かに。
一歩間違えば死んじまうわけだしな。

「しかし、マヨナカテレビね…通りで最近ファンレターに『運命の人』ってフレーズが多かったわけだよ」

どういうことだ?

「ここ数日届くファンレターで急に『運命の人』ってフレーズを使う人が増えたんだよ。はやりの表現なのかと思ったけど、マヨナカテレビを見たんじゃないかな」

「うーん、でもそれおかしくない?私達がしぶりんだって気づけたのって、しぶりんがいなくなる前日だったんだよ?それなのに皆マヨナカテレビに映ってるのがしぶりんだと思っちゃったの?」

確かにそれだとつじつまが合わない…けど。

「マヨナカテレビがテレビの一種だとするならさ、電波状況みたいなことなんじゃないか?」

「どういうことですかっ?」

「その人の住んでる場所とかテレビの位置とかでその見え方がかわる…とか」

自分で言いながら怪しくなってくる。


「うーん…ちょっと説としては微妙かなぁ。この件は保留だね!」

「そうだね、そこまで重要な事にも思えないし」

そうだ、そこまで熱烈なファンレターを送ってくるファンなんだから、凛っぽい恰好を見ただけで思い込むことだってあるだろう。
それじゃあ正確な情報とは言えない。

「じゃあ次の話にしよう。といっても何かあるわけじゃ…」

「はいはいはーい!ここで名刑事ちゃんみおが、事件の謎に迫る情報を持ってまいりましたよ!」

なんだなんだ、相変わらず元気な奴だな。

「実は私、ネットでマヨナカテレビについて調べてみたんだ。ほとんどは噂以上の事はわからなかったんだけど…」

未央の調べたところによると、どうやらマヨナカテレビはこの辺が発祥の話ではないらしい。

元々は去年連続殺人事件が起きたことで有名な八十稲羽という田舎町でのみはやってた噂だという。


連続殺人事件の被害者が二人連続でマヨナカテレビに映ったということで当初はずいぶん噂も盛り上がったみたいだが、結局その後は事件と関連付けるようなものは映らず、いつの間にか廃れていったらしい。

まぁ、現職警察官が犯人だったってのと、模倣犯が出ちまったってニュースのが大きかったからな。

「ふっつーに不思議な現象なのに廃れた原因っていうのは、今年の三月末くらいから急になんにも映らなくなったんだって」

結局、どこかのテレビ局の混信とか、暇な電波ジャッカーのいたずらだろうってことで忘れられたらしい。
人のうわさも七十五日。興味がなくなればあっさり忘れる。
人間なんてそんなもんだ。

「しかしそれが数か月と経たずまた映りだしたんだろ?しかも全国規模で」

「うん…一応ゴールデンウィークにも映ったって噂があったんだけど、こっちはちょっと信憑性薄いね、ほとんど見た人もいなかったみたいで」

なるほど。


「でもね、かみやん、これだけで話は終わりじゃないんだよ」

「なんですかっ?もったいぶらないで教えてくださいよぉ!」

「ふっふっふー、これから話すのはとっておきの情報だよ!」

未央は、マヨナカテレビの噂を追っていく過程で、何度か某巨大掲示板にアクセスしたらしい。
あそこはアタシも覗いたことがあるけど嘘みたいな話ばかりだ。少なくとも信憑性というものに著しく欠ける。

まぁ娯楽の為のもんだからそれでいいんだろうけどさ。

「ほとんどはそもそもマヨナカテレビを見たこともないような人たちばっかりだったから何の参考にもならなかったんだけど、いくつか気になる書き込みを見つけたんだよ!」

一応関係のありそうなスレッドを片っ端から流し読みしていた時に、普通の人なら一笑に付す、アタシ達ならば無視できない書き込みがあったという。

「その内容がさ…『高校生ぐらいの男女がテレビの中から出てくるのを見た』って感じの書き込みだったんだよね!」

…グレート。


コイツは驚きだ。
これは当たりどころの話じゃない、野球でいうところの大ホームラン、アメフトで言うなら…なんでもいい!

ガララッ

「ボンバー!!!!ラグビーでいうなら…!」

ピシャッ

何だ今の、なんで湧いて出た。びっくりしたよ、聞いてないだろうな。

他の三人は何事もなかったかのように話を進めている。
見えたのアタシだけか?

「それって…ナナたちみたいにテレビの中に出入りできた人たちがいたってことですよね」

「しかも複数人数ね」

「これはすごいぞ、未央!…でも、だからどうなんだ?」

「あちゃあ、かみやんそれは言いっこなしだよ…」

未央ががっくりと肩を落とす。


「その辺の書き込みを追ってはみたんだけどさ、マヨナカテレビそのものと関係があるわけじゃないからスレの中じゃ全然相手にされてなかったし、オカルト板てとこも覗いたんだけどそっちはそっちでわけわかんない黒魔術とか心霊術とかの話になっちゃってさ。結局これ以上の手掛かりはないんだ」

そうか…しかしこれは大きな手掛かりじゃないだろうか。
少なくとも去年、マヨナカテレビが映ったところで何らかの動きがあった。

向こうの世界でシャドウが暴走すると、宿主が襲われるとウサは言っていた。

その目撃された少年少女は、アタシ達と同じくテレビの中に入って誰かを助けようとしてたんじゃないのか?

「私もそう思うよ」

アタシの考えに凛も賛同する。

「被害にあった側から言わせてもらえば、犯人が複数、少なくとも大人数であるとは思えないんだ」

「あぁ、ウサも複数人数出入りしているとは言ってなかった」

「でしょ?テレビの中に出入りできるんだったら犯人であってもおかしくないけど、高校生くらいの男女複数人だったら私達と同じ境遇の人たちの可能性が高いんじゃないかな」

ということは、八十稲羽のどこかにアタシらと同じペルソナ使いがいる…ってことか。


「会えるなら、会って話が聞きたいよな」

「うん…でも、難しいと思う」

「なんでっ?」

「高校生くらいの男女ってだけで、正確な人数も年齢もわからないんだよ?もしかすると全員三年生でとっくの昔に卒業してバラバラになってるかもしれない」

「…」

「田舎はご近所付き合いが強いから、突き止められればどこの大学に行ったとか就職先とかわかるかもしれないけど、そもそもその掲示板の書き込みが本当だって確証もないから行くだけ無駄かもしれない」

「まぁな」

「極めつけはこれだよ、八十稲羽は遠い。私たちの今のスケジュールじゃ、行って人を探してさらに話を聞いて、なんてできない」

そうだ、いくらアタシ達がそんなに売れっ子じゃないとはいえ、学校のほかにアイドル活動もしている身だ。学期中の今、そう何日も都合よく空けられはしない。

「もちろん、私もこれは無視できない情報だと思うから、時間が出来たら行くべきだよ。でも、今はダメ」

凛の言葉に、全員うなずかざるを得なかった。


「じゃあっ!これ、みなさん学校が夏休みに入ったら確かめに行きましょう!」

菜々さんが停滞気味の空気を吹き飛ばすべく大きな声を上げた。

「八十稲羽はいいところですよぉっ!温泉もありますし!」

バカンスか何かと勘違いしてないか?この人。

「あぁっ!酷いみなさん、今ナナのことを心の中でバカにしたでしょ!いけませんよ、そうやって根を詰めすぎるのもよくないんですっ!」

いやまぁ、言いたいことはわかるけどさ、その温泉とかってどこ情報なんだよ。

「う…その…楓さんです」

やっぱりかあの二十五歳児!

いっつもいっつもすることがなくなると事務所で温泉情報誌を眺める、黙ってれば超絶美女こと高垣楓。

ウチの事務所でも売れっ子の一人で、温泉と日本酒をこよなく愛する大人のお姉さんだ。
見た目は。


「菜々さん、まさか八十稲羽の話が出てからずっと温泉の事を考えてたとか言わないよな…?」

「な、なんのことだかナナわかりません!ナナはリアルJKですから温泉なんてそんなに興味は」

「えーっ!最近は美容にもいいからむしろ若い人の温泉好きがすごい増えてるって聞くよ?」

「な、なーんちゃって!ナナ大好きですよぉ!温泉大好きでもう八十稲羽と聞いて温泉に行きたくて行きたくて」

「あ、本音がでたね」

「ウサァッ!?」

まったく、菜々さんはツッコまれるために生きているんじゃなかろうか。

「とにかく!」

話がズレにズレまくってるのでここらで軌道修正を図る。


「いったん八十稲羽の事も保留するとして、じゃあ今後アタシ達は何をするべきなのか、ってことだ」

「やっぱりテレビの中を探索するの?」

「いや、自分たちを鍛えるために、ってんであればまぁ行く価値はあると思うけど、あんな何があるかもわからない世界を当てもなくさまようのははっきり言って時間の無駄だ。危ないし」

「じゃあ、どうするの?」

「マヨナカテレビの動向を見る…これしかないと思う」

今回の凛の事件から考えるに、マヨナカテレビとテレビの中で起きる事件とが無関係であるはずがない。
少なくとも凛の影は、マヨナカテレビに映ったのと同じ姿をしていた。

「もし犯人の気がおさまらなくてまた誰かを狙うことになるとしたら、凛の時みたいにマヨナカテレビに映る可能性が高いと思う」

「そうか…やっぱりそれしかないかもね!」

それに、アタシ達にはトップアイドルになるという目標もある。
どちらもおろそかにはできない。


「みんなも、雨の日の夜はテレビのチェックを忘れないようにしてくれよ!」

「はいっ!」

「うん!」

「わかった」

三者三様の返事が返ってくる。
あ、でもたまにはテレビの中を覗いてやんないとウサも寂しがるかな。

たまにはウサと遊ぼうぜ、と提案しようとしたアタシの機先を制して未央が大きな声を上げる。

「あぁっとそうだリーダー!」

「な、なんだよ、リーダーってアタシか!?」

「他に誰がいるのさ!…ってそんなことはいいんだよっ!」

良いのかよ。

「名前だよかみやん、名前!」

「なんの名前だ?」

「私達このマヨナカテレビ捜査隊の名前だよ!」


何かと思えばそんなことか。

「マヨナカテレビ捜査隊じゃダメなの?」

凛が少し呆れ顔で未央に尋ねる。

「ダメだね!そんな消極的な事ではダメだよしぶりん!」

「消極的とはちがうんじゃないか?」

「細かいことは気にするなだね!かみやん!」

ダメだ、未央はもう自分の世界に入りこんでこっちの話をろくすっぽ聞いてない。

「ウサミン探偵団、とか快傑!ウサミンズ、とかどうでしょう!」

こっちにも自分ワールド全開な人がいたよ。
しかもこの微妙に外してくるセンス、たまらない。ツッコミの血がうずく。

「ちっちっち、菜々さん、それじゃあいくらなんでもダメだよ!なんたってリーダーはかみやんなんだから!」

そのリーダーの話を完全に無視してるのはどこのどなたでしょう。
凛、鏡もってこい。

「やっぱり私たちはアイドルなんだから、ユニットにはかぁっこいい名前をつけないとね!」

「そぉかぁ、コレはユニットだったのかぁ…未央、お前テンション高すぎじゃないか?」

「ふーっはっはっはっはっは!何をおっしゃるうさぎさん」

「パタリr…ナナは何も言ってません」

大元を辿れば「うさぎとかめ」の歌だし、そのアニメなら原作はまだ連載してるからセーフじゃないかな。
アニメ自体は三十年前だけど。

「とぉにかく!このちゃんみおはすンばらしィ名前を思いついたので、ここで発表し、更に命名式もすませようとこーゆーわけなのですっ!」

「お、おう」

アタシは軽くうなずいてやることしかできないし、凛に至ってはあきらめて黙りこくっている。
頼むから一人にしないでくれ。

「それじゃあ発表するよ?」

未央は手元のメモ帳を一枚びりっと破り取ると、さらさらと何事か書き始めた。

「…ふふん♪こおおおれだあああ!」

バン!と未央が叩きつけた紙にはこう書いてあった。









「マスカレイド(仮面武闘会)!」







得意げにドヤァとする未央に、こちらは力なく笑いかける。

「なんでこれなんだ…?」

「よくぞ聞いてくれたね、かみやん!」

聞かなきゃ良かったか。

「実は色々調べてる過程で知ったんだけど、『ペルソナ』って『仮面』ていう意味があるんだって!」

それで?

「仮面の力を使って武闘する可憐な乙女たち、それすなわちマスカレイドでしょ!」

…意外に名付けの理由がしっかりしてて驚いた。
聞きかじった言葉を使いたかっただけじゃなかったんだな。

「かみやーん、失礼なことを考えている目をしているよ!」

バレたか。

「でも…いいんじゃないか?突然騒ぎ出すからどんなのが来るかと思ったけど、まともで驚いたよ」

「いやぁ、最初はちゃんみお探偵団とか考えたんだけどさー、なーんかしっくりこなくて」

お前も菜々さんと感覚一緒じゃねーか!


「それじゃあ、スペシャルユニット『マスカレイド』ここに始動ってことだね」

いつの間にやら輪に戻ってきた凛がさらっとまとめにかかる。

「おぉっとしぶりん、ここはリーダーのかみやんに締めてもらおうよ!」

「なんでだ!?」

「奈緒ちゃーん、頑張ってー!」

「アンタはテキトーにノリすぎだろ!」

「ふふ、そうだね、じゃあ奈緒にリーダーらしく新生ユニットにふさわしいかっこいいご挨拶を願おうか」

「お前もしれっとハードルを上げようとするんじゃねえよ!」

「ほらほらぁ、かみやん、みんな待ってるよ!」

「お前のせいだろぉ!」

三人ともニヤニヤしている。
凛と未央はこの際しょうがないにしても、オイ、ウサミン星人!お前はこっち側だろ!



「かーみやん!」




「なおー」




「奈緒ちゃーん!」









「あああああああああああもう!」

「まったく…誰だー?騒いでんのは…」







「お前らのこと頼りにしてっから!これからもよろしく…頼む…ぞ…」





煽られまくって動転したアタシは、絶妙のタイミングで空いた扉に気付かず、顔を真っ赤にしたまんま大声で恥ずかしいセリフを叫んじまった。

「な、なんだ…なんかの勉強会か?レッスンの復習か?」

「あ、あ、あ、」

しかも、よりによって扉を開けたのはアタシのPさんだ。

「んん?凛に未央に菜々さんか…妙な組み合わせだな」

アタシはどうすればいいんだろう…首をカクカクさせながら凛たちの方を見てみると、三人が三人とも底意地の悪い笑みを浮かべている。

「…まぁなんでもいいけど、お前らあんまり奈緒をからかわないでくれよ?知っての通り恥ずかしがり屋なんだからさ」

ギギギギ、とPさんの方へ顔を戻す。
顔が熱い。

「でもさ、奈緒Pさん」

凛がなにか言おうとしている。嫌な予感だ、何も言うな言わないでくれ言わないでくださいお願いします。





「恥ずかしがってる奈緒って…可愛いと思わない?」

「ばかああああああああああああああああああああああ!」



「はぁ?お前そりゃそんなの当然で…って奈緒!?どこ行くんだおーい!」

「知るかああああああ!」

あらん限りの大声を上げながらアタシは会議室を飛び出し応接スペースを駆け抜け、屋上への階段をひた走った――――。


アタシの頭の中には、ゴフェルがまばゆい光を放って優雅に一礼する光景が浮かんだ。


けど、

「どおおおでもいいわあああああああ!」

屋上へ走り出たアタシは、そのまま大きな空に向かって大きな声で叫ぶ。
あぁ、なんでこんなことしちゃったんだろ。

近くのビルで仕事をしていた人たちが、突然の大声におどろいてこちらをみている。

「す、すいませんでしたああああああああ!」

結局アタシは事務所に逆戻り。
…ハァ、何やってんだか。


―――数日後、事務所

マスカレイド発足から数日が経ったが、だいたい意気込んでる時に都合よく物事が運ぶってのはあまりないものだ。
なんとなくやきもきしながら雨を待ちつつ、アタシ達は日々を過ごしていた。

「そろそろ学校は定期テストの時期ですよねぇ…奈緒ちゃんはお勉強してますかぁ?」

会議が終わりすることも無くなって事務所のソファでボンヤリしていると、そんな憂鬱な話題を振ってきた子がいた。

佐久間まゆ。リボンの王女様。通称ままゆ。
スカウトされた時に一目ぼれした今のPさんに会いたい一心で、所属していたモデル事務所を辞め仙台から上京してきた強者だ。
若干のヤンデレ気質あり。普段は良い子だけどな。

「あ、あぁ…まぁそれなりには?」

「うふふ、なんで自分の事なのに疑問形なんですかぁ?」

愉快そうに口元をほころばせるまゆはとても可愛い。
さすがにモデルの経験がある人は違う。

「そういうまゆはどうなんだ?」

「まゆは…ほら」


そういって手元を見せてくるまゆ。
あぁ、問題集を解いてらっしゃる。まじめだなぁ。

「まじめだな」

「うふふ…まゆはPさんに失望されたくありませんから」

まゆPさんの名前が出た、しかも自分で言ったのにそれだけでまゆは陶然とした表情を浮かべる。
これさえなけりゃあカンペキな美少女なのになぁ…いや、むしろだからいいのか?

「でも、まゆも今日は疲れちゃいましたぁ…ねぇ、奈緒ちゃん、この後お暇ですかぁ?」

「この後?暇だぞ?」

「だったら、ちょっと一緒にお買物に付き合ってくれませんかぁ?お菓子の材料を切らしちゃったんです」

珍しいお誘いだ。
アタシはわりと誰とでもいっしょに居られるから、こうして暇になった事務所メンバーと出かけることは多い。
だけど、まゆはまゆPさんの為にせっせと自分を磨いているからわりとレアキャラなのだ。




>空いた時間はまゆと過ごそうか。



「おう、いいぞ」

「ありがとうございます。やっぱり、お買物はお友達とした方が楽しいですもんねぇ」

うふふ、とほほ笑むまゆはどこまでも可愛らしい。
…鈍感もほどほどにな、刺されんなよ、まゆPさん。

「つ…つかれ、た…」

アタシ達が事務所を出ようとしたところで、入れ違うように誰かが入ってきた。

「もう…げんかい…」

そう呻くとそいつはソファに倒れこんだ。
お、こいつがこんなんなってるって珍しいな。

「お疲れ、杏」

「な、奈緒か…杏はもうダメだ…杏の墓標には山と積んだヴェルタースオリジナルを…」

双葉杏。新感覚ニートアイドル。通称妖怪飴くれ、anzuchang。
ウチのスカウト陣は一体どこでどうやってこんなやつを見つけてきたんだ、ってアイドルの筆頭だ。
「働いたら負け」というTシャツを着こなし、「夢は印税生活」と言ってはばからない時代を体現したようなアイドルだ。


「死んだら飴も舐めらんねぇだろ」

「三途の川の渡し賃くらいにはなるさ…」

「多分…六文銭に換えられないとだめだと思いますけど…」

まともに返すような話じゃない。
しかしこいつがこんなになるまで働くのは珍しいな。
普段はうまーく手を抜いて、少ない労力で最大の利益を手に入れる天才なのに。

「今日は仕事大変だったのか?」

「…んー、まぁね…」

おやおや、ホントに疲れてるらしい。
どことなくいつもの『だらけるぞ!』って覇気も感じられないし、そっとしておこう。

「ほんじゃ、アタシ達は行くから、おやすみ杏」

「お疲れ様でぇす」

「…zzz」

アタシ達が事務所を出る前には、杏はもう眠りについていた。
…のび太くんもびっくりだな。


―――都内、巨大スーパージュネス

「えぇっとぉ、これと、これと…」

まゆが次々と買い物カゴに商品を放り込んでいくのを、アタシはただ茫然と眺めていた。
どんだけ買うんだ?
こういう食材の買い方をする人をアタシは前に見たことがある。加蓮だ。

「Pさんにお弁当を作る!」とか張り切って、アタシと凛が巻き込まれた突然の料理大会。
ところがアイツは料理の事なんて全く分からないから、「とりあえず食材は豊富にね」とかいってこんな風にアホみたいに買いこんだ。

レシピ通り手堅く作る凛と、一応家の方針で一通り家事ができるアタシは食えるものができたけど、加蓮のはまぁ…食った加蓮Pさんが倒れなかっただけ良かったと言う事にしておこう。

そのことを思い出して一人で笑っていると、まゆが「どうしたんですかぁ?」と尋ねてきた。


「あぁ、いや、前に加蓮の思いつきに付き合わされたことを思い出してさ。こんな感じに食材買いに来たんだっけなぁ、って」

「あ…もしかしてあの加蓮ちゃんのPさんが事務所で悶絶していた時のお話ですかぁ?」

「そうそう、加蓮のやつとんでもなく張り切ってるわりにテキトーでさぁ」

「うふふ、せっかく大好きな人に作るんだから、冒険し過ぎはいけませんよねぇ」

「まゆはレシピ通りに作る方なのか?」

「そぉですねぇ…最初はやっぱりきちんとレシピ通り作って、それからPさんが好きそうな味付けに変えていきます」

じ、自分じゃないんだな、やっぱり。

「Pさんの好きな味はぁ、まゆの好きな味でもありますから」

事務所でもここまでストレートなのは婚姻届をいたるところに仕込んでいる和久井さんを除いたらまゆくらいのものだ。
しかし問題なのは…

「ほかの子の味付けにPさんを染められたら嫌ですものねぇ…」


これだ。
なんとも運が悪いというか、神様のイタズラというか、まゆPさんはウチの事務所でも珍しい複数人数を面倒見るプロデューサーなのだ。

そのメンツというのが。

緒方智恵理、水本ゆかり、五十嵐響子、そしてまゆ、というわかる人が見ればなんともアクの強い子たちばかりなのだ。

いや、みんないい子なんだけどさ、Pさんに依存気味の傾向が強いんだよなぁ…。
まゆがこのグループじゃなければ、事務所の皆ももうちょっと平和な気分でいられたかもしれない。

「…まゆはさ、やっぱりまゆPさんのことを想って不安になったりするのか?」

なんとなく口をついて出た言葉にまゆが驚いたような顔をする。

「…不安は感じませんねぇ」

アタシの言葉に驚いただけで、まゆの言葉に迷いはない。

「なんでだ?まゆにはライバルが多いじゃないか」

「なんでって…Pさんはまゆの運命の人なんです。最後には必ずまゆと結ばれるんですから、不安に思う事なんてひとつもありませんよぉ…ただ」


「ただ?」

「他の女の子にべたべたされてるのを見るのは、気分のいいものじゃありませんよねぇ」

まゆは淡々といった調子で続ける。

「まゆは独占欲が強いんです。

これと決めた物事はまゆ以外の人には触らせたくもありません。

もちろん智恵理ちゃんたちは嫌いじゃありませんよぉ?

でもね、奈緒ちゃん。

それとこれとは話が別。

まゆのものに手を出そうとするなら、まゆは容赦しないかもしれない…そういうことですよぉ」

…なんかすいませんでした。
さすがCGプロが誇るヤンデレクイーンは格が違った。

しかしまぁ色々と自覚はあったんだな。


「うふふ…まゆだってバカじゃありませんから、喧嘩してPさんを困らせたりはしませんよぉ」

「まぁ、まゆはまゆPさんが絡まなきゃ怖いことないもんな」

「うふ…奈緒ちゃんもいいますねぇ」

アタシの軽口にも余裕の表情で答えるまゆ。
ほんとに年下なんだろうか。どうにもうちの事務所は同年代の精神年齢が高い気がする。

「さてと、ずいぶん買いこみましたし、そろそろ帰りましょうか…それにしてもですねぇ、奈緒ちゃん」

「どうした?」


「まゆは、奈緒ちゃんと恋バナが出来るとは思いませんでしたぁ」

あれは…恋バナ…だったのか?

「まゆは、あんまり恋バナってしたことないんで楽しかったですよぉ?…またしましょうね、今度は奈緒ちゃんの話を聞かせてくださぁい」

「あ、アタシは別に…」

「そういえばこの間奈緒Pさんが…」

「うわあああああわかったわかったしよう!恋バナしよう!」

うちのアイドルたちはアタシが恥ずかしいと思うことをさせたがる趣味のある奴らばかりだ!

その時だ。







パリィン!






お馴染みの破壊音。
つづいて声が頭にこだまする。



―――我は汝・・・汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝“恋人”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・






>佐久間まゆ『恋人』と改めて絆を深めた!






これは…ペルソナを使える人以外ともこういうことが起きるってことか。
となるとタロットの数字分だとして…残り十七回?

うーん…なんか大変なんだかそうじゃないんだか。

「奈緒ちゃん?」

「ん、あぁ、ゴメン、帰ろうぜ」


―――駅

「じゃあ、またお出かけしましょうねぇ」

まゆと別れたアタシは、家に帰った。


―――翌日、事務所

「―――あ、奈緒ちゃん。おはようございまぁす」

事務所に入ると、まゆがニコニコとあいさつをしてきた。

「これ、昨日一緒にお買い物行った後作ったんですよぉ。よかったら奈緒ちゃんも召し上がれ」

見るとまゆの手にはカップケーキが乗っている。
チョコチップなんかちりばめられていてめちゃくちゃ美味しそうだ。

「もらっていいのか?」

「もちろん!まゆの買い物にお付き合いしてくれたお礼ですよぉ」

そんな口実なんかなくたって、まゆはちゃんと欲しい人にはあげる子だ。
とはいえこうして慕われているのを感じて悪い気はしない。

「…ま、まゆさんのケーキ、お、おいしいよ…」

「キ、キノコのケーキも…フヒ、あると良いとお、思う」

「カワイイボクのかわいさにもまったく引けをとらないですよ!このケーキ!」


142’sにも大好評らしい。
ちなみに、最初が小梅、次が輝子、最後が幸子だ。わざわざ言うまでもないだろうけどな。
てか幸子お前意味わからんぞ。

なんてことを思いつつ、まゆから貰ったケーキにかぶりつく。
うん、うまい、うまいぞコレ!

「いやぁ、やっぱまゆの作るものはいいなぁ。めっちゃ美味しいぞ!」

「うふ、喜んでもらえたならなによりですよぉ」

『おはようございまーす!』

「まゆ、今度の雑誌の撮影なんだが…」

「輝子、ついにお前にキノコのCMが…」

「幸子、スカイダビング」

「杏ー、行くぞー」

まゆのケーキに舌鼓を打っていると、それぞれのPさんたちが現れた。
今日は遅番でこれが出勤だった人、営業先から戻ってきた人、自分のアイドルに会うために来た人…様々だ。

今ここでまゆのお菓子を食べていた人たちも、めいめいのプロデューサーに呼ばれ去っていった。


「…あ、あの…」

っと、アタシと一緒で取り残されてるのがいたよ。

「どうした小梅」

「…な、奈緒さんも…Pさん来てない…?」

「あぁ、アタシは今日特に用事があって来たわけじゃないんだ。ほら、アタシの家遠いだろ?学校来るだけで帰るのも癪だからさ」

一人暮らしや寮生活になるほどでもない遠さっていうのは、もしかすると一番厄介かもしれないな。

「…そ、そうなんだ…わ、私は、寮にもどっても退屈だったから…」

小梅は兵庫出身だから、とてもじゃないけど通えない。
そこで活躍するのが我が事務所の目玉施設のひとつ、CGプロ女子寮だ。
男子寮があるわけじゃないけどな。

おっと、紹介が遅れた。
白坂小梅。新感覚ホラー系アイドル。色々見えるらしい。
栄養状態を心配したくなるような華奢な体と透き通るような白い肌。
しかしこのなりでゴシックパンクな衣装を好む、しかもそれが果てしなく似合うんだからすごい子だ。


「そーかぁ…確かにみんなが出払ってる間の女子寮じゃ一緒に遊ぶ人もいないもんな」

「…し、輝子さんも、幸子さんもお仕事だし…」

小梅と輝子と幸子は同じ身長142cm。だからってわけじゃないがすごく仲がいい。
ぱっと見異色すぎるけどな、輝子もどこで連れてきたんだかよくわかんないし。キノコ系アイドルって。

「…な、奈緒さんは、じゃあひ、暇なの…?」

「ん?おう、まァな。どうした、一緒に遊ぶか?」

「…い、いいの?…」

「良いも悪いも…アタシも暇なんだよ。遊ぼうぜ」

「う、うん…!」

少し勢い込んで小梅がうなずく。
なんかしたいことでもあるんだろうか。


「何したいとかあるか?一応家の門限もあるし、夕飯くらいまでに帰れればなんでもいいけど」

「…わ、私の部屋に行こうと、お、思います…」

小梅の?寮ってことか?

「…う、うん…」

…嫌な予感がしてきた。
そういえば小梅の趣味って。

「…な、奈緒さんと一緒に見たいホラー映画が、あ、ある…」

そうだ!ホラー系アイドルの名に恥じず、小梅は古今東西ありとあらゆるホラー、スプラッタ映画をこよなく愛してやまない女の子だった!

「…こ、この間凛さんにおすすめしたらそ、『その内容なら奈緒が好きだよ』って…」

凛のヤロオオオオオオオオオオオオ!
アタシを売りやがったなアアアア!?

アタシの頭の中に『女だから「野郎」じゃないよ、奈緒』と言い放ち優雅に去っていく凛の姿が浮かぶ。
クッソオオオオ!


「な、なァ小梅…ホラーはまた今度に…」

「こ、この映画ね…製作段階では全然注目されてなかったんだけど、じ、女優のひとりが…」

全然聞いてねぇ!
「なんでもいいぞ」なんて言った手前こちらから代替案も提示しづらいし、なによりこんな目を輝かせた小梅の顔を曇らせることなんて…オイ、やめろよ、それ以上言うな、女優がどうなったかとか聞きたくねぇ!

「…だ、ダメ…?」

アタシの顔色がよくないのに気付いた小梅が不安げに聞いてくる。
年下にこんな顔されて逃げたら女がすたるってもんだ…てか上目遣いはズルいよなァ…。

「な、何言ってんだ小梅、全然平気だぞ!そーかァ、凛が勧めてくれたのかァ、後でお礼しないとなァ!」

あぁ、たっぷりとな!!

「よ、よかった…じゃあ、いこ…?」

お、おう…。

抵抗することもできず、アタシは女子寮の小梅の部屋に向かうこととなった。


―――女子寮、小梅の部屋

「…お邪魔します」

「ど、どうぞ…なんて…」

ここが小梅の部屋か…なんていうか。

「…あ、あんまり見られると、は、恥ずかしい…」

いや、そのセリフは聞く人とタイミングによっちゃ素晴らしいんだと思うが、それにしてもなぁ。

「み、見事なポスターだな」

「…えへへ…」

借り物の部屋というのは、あんまり勝手に壁紙を替えたりできない。
よって、どの部屋もクリーム色の柔らかい色合いで統一されている。

そんな壁にでかでかと貼られているおどろおどろしいポスター。
どれも血に塗れたりゾンビが大口開けて迫ってきたりと実にスリリングだ。

しかしまぁそれ以外の調度品はゴシックな感じでそろえているのは流石だ。
小梅はセンスあるもんなぁ。


いいなぁ…別にアタシがこういうのしたいわけじゃないぞ?ホントだからな?
でもまぁPさんが持ってきたら仕方ないっていうかなんていうかその。

一人でそんなアホなことを考えていると、ラックからDVDを選んだ小梅がいそいそとデッキにセットしだす。
え?いきなり?前情報なし?

「…お、おどろくポイントがわかっちゃうと、お、面白さが減っちゃうから…」

「気が利くでしょ?」とばかりに誇らしげな笑みを浮かべる小梅。
待て待て待て待て、いや、ちょっとくらいどんな話かきいても…。

「…そ、それと…コレ…」

「…これは?」

手渡されたのは割とゴツめなヘッドホン。
え、いい奴じゃないかコレ、結構。でもさ…。

「…て、テレビのスピーカーからだと音が散っちゃうから…。…こ、これなら登場人物とかの息遣いも、は、はっきり聞こえるし、お、音を大きくしてもめ、迷惑にならない…」

「こだわってるでしょ?」とばかりに得意な顔をする小梅。
いやいやいやいや。登場人物『とか』ってなんだ『とか』って。
あぁ、こだわってるさ、けどな…。


「コレつけてたら…お互いの声聞こえなくないか?」

「…そ、そう…だから、お、終わったらいっぱい感想きかせてね…」

え。
えええええええええええええええええええええええええええええええええ!

これからアタシは小梅という支えすらなしで、なんだかパッケージからして恐ろしそうな映画を、何者かの息遣いまで聞きながら乗り越えなきゃいけないのか!?

「…で、電気消すね…またあとで…」

誰か…助けてくれええええええええ!


―――二時間後

「…な、奈緒さん…どうだった…?」

「ウッ…ヒック…お、おもしろグスッ…いやこわかったよおお…」

怖いよ、怖すぎるよ小梅。
年甲斐もなく大泣きしちゃったよ。

「…ご、ごめんなさい…そんなに怖がってくれるとはお、思わなくて…」

「い、グスッいいんだっ…アタシが情けないだけなんだウゥッ…」

なんなんだよコレつくった監督の頭ん中はどうなってんだ!?
どうやったらこんな怖い映画作れるんだよ!

そして何より怖いのが小梅だよ!
あまりに怖いシーンで思わず小梅の様子伺うと、うっとりとした表情で笑ってるんだもんな!

「グスッ…あー、怖かった。久しぶりに泣いた泣いた」

いやぁ上映中のアタシったら情けないなんてモンじゃない。
大声で叫び、「もうやだあああああ」と泣きわめき、あげく小梅の背中にすがって泣い…これ以上は勘弁してくれ。


「…ご、ごめんなさい…」

「ん?グズッ…どうして謝るんだ?」

「…だ、だって、奈緒さんホントに怖がってた…い、いやだったんじゃないの…?」

小梅は本当に申し訳なさそうな顔をしている。
小梅は、こんななりで性格も明るいというわけじゃないから友達を作るのが苦手なんだという。

事務所に来たばかりの頃なんかはいろんな人に気を使いすぎてて大変そうだったし、ずいぶん打ち解けた今でもたまにそんな自身なさげな小梅が見え隠れするときがある。

「…ばーか、こういうのは怖いから意味があるんだろう?」

「…わ、私は楽しいけど…」

そうだった。
アタシはごまかすように小梅の頭をワシャワシャなでる。

「わわっ…」

「お前はそうかもしんないけどな、監督は怖がらそうとして作ってんだから、アタシの反応はむしろ正解なんだよ!…ちょっと怖すぎたけどな」

「…えへへ…」


小梅に再び笑顔が戻る。

「それに、普段一人じゃ絶対こんな怖いの見ないっつーか見れないし、たまにはいいさ。誘ってくれてありがとうな、小梅」

「…う、うん…あ、り、凛さんにも感謝だね…」

「そうだな」

アイツは絶対許さないけどな!

小梅に笑いかけたところで、頭にまたもやあの音が鳴り響いた。


パリィン!




―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、”死神”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・





>白坂小梅『死神』と改めて絆を深めた!




…小梅との間にも絆…か。
しかし『死神』って偉く物騒な。

「…な、奈緒さん…?」

「お、おう、ワリィ。ちょっとぼーっとしちまった。そろそろ帰んねーと」

「…そ、そうだね…」

「今日はありがとうな、小梅」

「…う、うん、またホラー映画見よう…」

「…お、おう」

返事をして小梅の部屋を出ようとしたアタシに、小梅がもう一言かける。

「…あ、あの子も、楽しみにしてる…って…」

あの子?


カクカクと首を妙な動きをさせながら振り返るアタシ。

「あの子って?」

「…こ、この子」

ニコッと小梅が指さす彼女の右後ろには、果たして誰もいないように見える。

「…あ、あぁ、そう…それは…よろしくお伝えくださいいいいいい!」

「あ、奈緒さん…!」

耐えられなくなったアタシは、小梅の部屋から飛び出し、一目散に寮を走り出た。
こ、怖すぎだろ小梅えええ!

小梅と仲良くなれたけど、ある意味シャドウに襲われるよりも怖い体験をした一日だった。

※作者でございます。

この度はこのような拙作をお読みいただき、誠にありがとうございます。

こちらは前スレ


神谷奈緒「マヨナカテレビ?」


より続く、ペルソナ × アイマスのクロスSSでございます。

現在、第三話中ほどといったところになります。
本日は、ここで一旦投下終了とさせていただきます。

続きはまた後日。

二、三日中にお会いしましょう。

では。

>91

ありがとうございます!

奈緒が可愛く見えてきた?
これ以上ない褒め言葉でございます。

なかなか狙い通りにはいかないモノです。

>92

ありがとうございます!

その言葉が私めへの何よりの回復呪文でございます。

それでは、本日は第三話の続きを透過してまいりたいと思います。


―――数日後、事務所

更に進展もなく、いよいよもって迷宮入りを疑いたくなってくるような頃合だ。

「にゃっほーい☆」

「オッス、きらり」

「おっつかれー奈緒ちゃん!はぴはぴしてゆー?」

「あー、まぁそれなりにな」

「はぴはぴしたくなったらいつでもきらりに言っちゃってねー!せーの、きらりん☆」

諸星きらり。進撃のきょ…きらりんはぴはぴアイドル。きらりんぱわー☆(物理)。
身長182センチでボンキュッボンなダイナマイトボディ。そしてこの高いだけではないテンション。
いつでも元気いっぱいで裏表がなく、会うだけで元気をもらえる良い奴だ。

「あれ?杏ちゃんねてゆー?」

常にやる気は充分、むしろやりすぎなくらいのきらりだが、何故か正反対の性格である杏と仲が良い。
当初はきらりがものすごい勢いで絡んでいるだけだと思われていたが、最近じゃ杏も満更ではないとか。


体型から何から正反対な二人は、今や事務所でも業界でも名凸凹コンビとしてコンビの仕事も多い。

「あぁ、疲れてるみたいだぞ。最近コイツよく働いてるもんな」

言動は前と変わらないんだが、最近はニートアイドルはどうした、と言わんばかりに働いている。

「うーん」

「どうした?きらり」

きらりは難しそうな表情で杏を見ている。

「ねぇねぇ奈緒ちゃん」

「ん?」

「奈緒ちゃんは、最近の杏ちゃんになにか感じないにぃ?」

「…どういう意味だ?」


「杏ちゃん、口では働きたくないって言ってるけど、なんていうか『怠けたいから働かない』って感じがしてたにぃ。

だけど、最近の杏ちゃんなんだか怠けるのが怖いーって言ってるような気がするんだにぃ」

杏が?
あのニートアイドルの杏が?
働かないことを至上命題にしているアイツが?

「言い過ぎだにぃ」

「悪い悪い」

しかしきらりの言っていることもわかるようでわからない。
「怠けたいから働きたくない」っていうのは、要は働くのが嫌なだけなんじゃないのか?

「うー、きらりムズカシーこと考えるとうやー!ってなっちゃうからうまく奈緒ちゃんにお話しできないにぃ…」

「働かずに食う飯は美味いぜぇ」ってそういうことか?
ちょっと違う気がする。

「とにかく、きらりは最近の杏ちゃんはちょっと変だと思うにぃ!」

「…誰が変だって?」


杏!

「起きてたのか」

「そりゃー、こんな枕もとで騒がれたら寝てられないでしょー」

ミノムシのように毛布にくるまり、顔だけこちらに向けてくる。
心なしか顔色が悪い。というか。

「お前、目のしたそれクマできてないか?」

あんだけ寝ていてクマができるってどういうことだ?
よく眠れてないのか?

「んー?クマできてんの?…あーこりゃ寝すぎだねー、寝過ぎでクマを作るなんてこりゃあ杏はニートの鑑だねー」

「クマができるのは目元の血行不良が原因だ。お前、疲れてるんだろ」

「…疲れてるよ、決まってんじゃん。プロデューサーに朝から晩までこき使われてさ。あぁこの薄幸の美少女双葉杏ちゃんを養ってくれる年収五千万以上のイケてるお兄さんはどこかにいないかなー」

軽口を叩いてはいるが目がうつろだ。いつも以上に。


「杏ちゃん、杏ちゃん、どこか痛いところとかはないにぃ?」

きらりも心配そうに尋ねる。
普段の行動がパワフルすぎるので見過ごされがちだが、実はきらりは他人の状態の変化にすごく敏感だ。特に仲良しの杏の事となるとその察知力も並みじゃない。

「平気だって。杏は疲れが抜けきらないうちに次の仕事を入れられるから疲労困憊しているだけなのだよ。あー人気者はつらいねー」

「だ、だったらきらりが杏ちゃんのPちゃんに言ってお休みをもらってあげゆ!」

「良いって、そんなことしても変わんないから」

「でも、でも杏ちゃん…!」

「きらり、いいから」

あの杏から、こんなにシリアスな声が出るのか、というくらい冷たい声だった。
普段の杏なら「よし行けきらりー!」と杏Pさんに突撃をかまし、「ケガをしたら杏が看病してあげるよ!もちろんその間は仕事は休みだね!」とかしゃあしゃあとぬかすような場面なのにだ。

「やれやれ、事務所で寝ようってのが間違いだったね。ここには人が集まるんだから騒がしくなるんだったよ。素直に家に帰って寝るとしよう」


「よっこらしょ」とソファから立ち上がり、事務所を出ていこうとする杏。

「…杏ちゃん」

「なに、…?」

そんな杏を、きらりは呼び止めると優しく抱きしめた。
普段のパワフルなきらりとは打って変わった、母性すら感じさせるハグだ。

「杏ちゃん、無理しないでね?杏ちゃんが辛かったら、きらりも辛いんだよ?」

きらりは返事を待たずに杏を解放する。
何も言わずに事務所の扉に手をかけた杏だったが、思い直したようにきらりを振り返る。

「きらり」

「なにー?」

「さっきはゴメン…ありがと」

パタン、と事務所の扉は閉まった。

「…きらりの言うとおり、アイツなんかおかしいな」

「うん…杏ちゃん、心配だにぃ…」


いつも飄々と「働かないぜっ」と言っている杏らしくもない。
余裕のなさがありありとわかってしまう。

アタシときらりは、心配そうに顔を見合わせることしかできなかった。


―――翌日、事務所近くの運動公園

今日は、レッスンの一環で「体を動かそう!」と近くの運動公園にやってきた。
メンバーはアタシ、未央、菜々さん、凛、早苗さん、光、茜、きらり、卯月、小梅の十人。

よくわかんないメンバーは、レッスンで来ていたアタシと凛と未央と卯月に、たまたま事務所にいたからと引っ張り込まれた菜々さんと小梅、運動すると聞いていてもたってもいられなくなった早苗さん、光、茜、きらりという分類にできる。
もちろんトレーナーさんたちもいるぞ。

「うむ、最初はちょっとしたボール遊びでも、と思ったが十人もいるとはな」

ベテラントレーナーさんが満足そうにうなずく。
二チームに分けても五対五になるとか考えてるんだろうな…ルキトレさんとトレ姉さんも入れればもう一人ずつ増やせるし。

「よし、せっかくだフットサルをしよう。ルキトレ、トレ、それぞれ分かれてくれ。後はみんなの身体能力で簡単に割り振っていくぞ」

流石は普段からアタシ達の面倒を見ているトレーナーさんたちだ。
みるみるうちにチーム分けとフォーメーションが決まっていく。


アタシのチームは、アタシ、光、きらり、菜々さん、茜、ルキトレさん。
当然のようにきらりがゴールキーパーで、光と茜が前に出てその後ろにアタシが。
菜々さんとルキトレさんはディフェンスだ。

「ゴールはまかせるにぃ!」

「ボンバー!ガンガン点を入れましょうね!光ちゃん!」

「うん!茜さん、よろしくな!」

「菜々さん、無理は禁物ですよ」

「る、ルキトレさん!?やだなぁ、ナナはリアルJKなんだからこのくらいの運動は朝飯前ですよぉっ!」


相手チームは、未央、凛、早苗さん、小梅、卯月、トレ姉さん。
ゴールキーパーは早苗さん。凛と未央がトップ、トレ姉さんが続き、ディフェンスは小梅と卯月。

「ふっふっふ、一点もとらせないわよっ!」

「未央、行くよ」

「ガッテンだしぶりん!」

「ふふ、久々に思いっきり体を動かせそうだ」

「頑張りましょうねっ!小梅ちゃん!」

「…う、うん…頑張る…」

急ごしらえのチームにしてはわりとバランスよくわかれたな。


「よし、いい具合に分かれたな。それでは始めよう!審判は私が務めるが、みんなフットサルには明るくないと思うので、細かいルールの適用は無しだ。ファウルとハンドにだけ気を使ってのびのびやってくれ!」

こうして、突然のアイドル対抗フットサル大会が始まった。


―――運動公園、フットサルコート

とはいえ、フットサルどころかサッカーだってほとんど経験のないアタシ達だから、ボールを追いかけキャッキャやってるだけという感じは否めない。

楽しいからいいけどな。

流石運動神経の良いトップ四人はめまぐるしく動き回るが、それ以外のところにボールが行けば、見当違いの方向へすっとんでいっちまうなんてこともよくある光景だ。

一度、きらりが受け止めたボールをスローしたら、そのままレーザービームのように相手のゴールに突き刺さったのは度肝を抜かれたけどな!

「力が入りすぎたにぃ」

と照れていたきらりだけど、そういう問題じゃない気がするなぁ。

しかしこのフットサルって奴は縮小版サッカーかと思いきや全然そんなことはなくて、下手をするとサッカーよりハードだ。

コートが小さい分、常にボールを追いかけて動き回ってなきゃいけないわけで、自然と休んでいる暇はなくなる。
菜々さんは先ほどギブアップしてベンチで酸素ボンベ片手に休んでいる。

…あの人は大丈夫なんだろうか…色々。


「あぁっ、また止められちゃったよ!」

光の悲鳴が聞こえる。

南条光。特撮大好きアイドル。通称ナンジョルノ。
弱冠十四歳にして昭和も平成もその特撮すべてを追いかけているかなりの特撮マニアだ。
アタシも結構好きだから光とは話が合う。
正義のヒーローに憧れてアイドルになったというまぶしい奴だ。

「はーっはっはっは!光ちゃん、お姉さんを超えられるものなら超えてみなさい!」

なんで悪役キャラなんだよ、と突っ込みたくなる笑い声をあげている早苗さん。

片桐早苗。元警察官のアイドル。事務所の治安を守る者。
アイドルになる前は警察官だったという異色の経歴の持ち主。
しかも二十八才という年齢を全く感じさせないその見た目。下世話な言い方をすればロリ巨乳だ。

「やっぱり早苗さんはすごいよなぁ」

「奈緒さん、どうしよう、アタシじゃパワーが足りないんだ!」

確かに光の体格じゃ、元とはいえ警察で働いていた大人を上回るパワーはなかなか出せないだろう。

「く…このままじゃ、早苗さんに勝てない…っ」

「…よし、アタシがやってみよう」


なんだか特撮の対決シーンを撮っているような気分になってきたな。
いや、光と早苗さんが盛り上がってるからだけど。

「奈緒さんが?」

「あぁ、アタシの方が光よりもパワーはあるだろ。…早苗さんをぶち抜けるほどはないかもしれないけどな」

「奈緒ちゃーん?ぶち抜くって表現は女の子がするもんじゃないわよー?」

「う、うるさいなっ」

気にしてんだから女の子っぽくないとかいうな!
…やっぱり口調の問題かなぁ。

「パワー、パワー…そうだ!奈緒さん!」

「どうした?」

「アタシに良い考えがあるんだっ!ちょっと耳貸して!」

今はフットサルの試合中だったはずなのに、いつの間にやら光対早苗さんの様相を呈してきて、ボールは止まったままだ。
いいのかな、と思いつつ光のアイデアに耳を貸す。

ふむふむ…そりゃまた懐かしい作戦だな…。
けどさ。


「それをアタシがやるのか?」

「うん!だって奈緒さん確かできたでしょ?アレ!」

あー、そういえば昔光と特撮ごっこしたときにやって見せたなぁ…熱が入りすぎて途中から凛たちがニヤニヤ見てんのも気づかずに大騒ぎして、大後悔したんだった。

「でもボールにやるとなると難しいぞ」

「そこはアタシに任せてくれ!完璧にアシストするから!」

そこまで言われちゃ仕方がない。

「いっちょやってみるか!」

「話し合いは終わったかなー?お姉さん待ちくたびれちゃうんだけどー」

「待たせたな早苗さん!アタシと奈緒さんで、早苗さんを…超えるッ!」

「覚悟しろよ!」

なんか妙に熱い展開になってきた。
嫌いじゃないぜ、こういうの!

「話はまとまったようだね?では再開といこう!」

ベテトレさんはわざわざ待っていてくれたらしい。
この大人たちノリノリだな。


「いっくよー!」

ボールを獲った未央が攻め上がってくる。

「しぶりんっ!」

「ボンバー!」

未央が凛に飛ばしたパスを、猛烈な勢いで突っ込んできた茜がカットする。

日野茜。熱血体育会系アイドル。暴走超特急だ。
ラグビーをこよなく愛し、事務所の誰よりも元気で熱い女の子だ。
しかしまぁ同い年に見えないのはなんでだろう。

「行きますよ!光ちゃん!」

茜は自分で攻め上がらず、光にすぐさまパスを出す。

「受け取った!奈緒さん行くよ!」

光はアタシに合図を出すと、敵のゴールめがけて走り出す。
アタシは少し遅れて光の後を追う。これはタイミングが重要だからな。

「あら?また光ちゃんが来るの?何度来ても結果は同じよー!」

ラスボス早苗さんが両手をニギニギして構える。
しかし光は、早苗さんの目前まで走り込むと、即座に振り向きアタシの頭上めがけてボールを蹴りだした。


「奈緒さん!いっけえええええ!」

「おう!」

飛び上がりながらアタシは、二千年に放送された仮面のヒーローシリーズの事を思い出した。
自身の決まり手である飛び蹴りの威力が足りず敵を倒せないことに悩んだ主人公は、飛び蹴り中にとある動作を加えることで飛躍的にその威力を増すことに成功したのだった。

昔っから男勝りだったアタシは、こういうヒーローに憧れて技の練習とかしたもんだ。
…今は可愛いものも好きだからな。

光からパスされたボールの軌道は、ジャストでアタシの方へ飛んでくる。
アタシは空中で一回転して、思いっきり右足を蹴りだす。

「おりゃああああああああ!」

走り込んだ勢いも、光のパスのタイミングも良かったのだろう。
アタシが蹴りだしたボールは、結構な勢いで早苗さんの左側を突き抜けゴールに突き刺さった。

「…あちゃあ、抜かれちゃったかー」

「やったああああああ!」

光が歓喜の雄叫びを上げてアタシに飛びついてくる。


「どうだ光!決まったろ?」

「うん、さっすが奈緒さんだ!二千の技を持つ男の百七番目の技だね!」

アタシだって物心ついてたかわからない頃なのに、光はホントに特撮が好きだな。

「いやぁ、お姉さんやられちゃったなー。若い力には勝てないかな?」

ケラケラ笑いながら早苗さんが近づいてくる。

「うおおおおおおおおお!私!すっごい感動しました!!!光ちゃんも奈緒ちゃんもすごいです!!」

茜もものすごい勢いで走り寄ってくるけど…おい、大丈夫か、ちゃんと止まってくれよ。








パリィン!








まただ。最近多いな。


―――我は汝・・・ 汝は我・・・

汝、さらなる絆を見出したり・・・

絆は即ち、まことを知る一歩なり。

汝、“正義”、“法王”、“剛毅”のペルソナを生み出せし時、

我ら、更なる力の祝福を与えん・・・





>南条光『正義』、片桐早苗『法王』、日野茜『剛毅』と、それぞれ改めて絆を深めた!




一度に三人か…光が『正義』、早苗さんが『法王』、茜が『剛毅』。
ぴったりだな。

でも、今はそんなことより。

「これでアタシらの勝ちだ!いいよなっ!」

素直に勝利を喜んでおこう。

「でもさ奈緒」

「だよねぇ、しぶりん」

「な、なんだよ」

凛と未央が顔を見合わせてため息を吐く。

「女の子が」

「『おりゃああああああ!』は」

「「ないんじゃない?」」

…悪かったな!どーせアタシは女らしくないよ!


―――翌日、夜、神谷宅、奈緒の部屋

一応学生である以上、定期テストという物は避けられない。

別にテスト前日というわけでもないが、今日は雨。
マヨナカテレビをチェックしてから寝ようと思い、午前零時までの空いた時間に勉強をしているというわけだ。

「はぁ…やっぱ鬼門は数学だよなぁ」

そういえばなんで世の中は数学が苦手な人が多いような気がするんだろう。
統計データを見たわけじゃないけど、そんなに違うのかな。

気の進まないことをしていると時間の進みは遅く感じる。

逆にこういう時に好きなことするとはかどるんだよなぁ…なんかのゲームでモブキャラが『逃避エネルギー』とか言ってたよな…やっぱあるのかなぁ。

勉強してるようなしてないような時間が続く。

アタシが何をしようと時間は流れる。
気が付くと午前零時になろうとしていた。



…ヴン…キューンヒュイピュゥーン…



いつもの低い音から通信ノイズ。

なにか手掛かりになるようなものが映れば…だけど人は映らないでくれ…。


アタシの願いも虚しく、久しぶりに映ったマヨナカテレビには女の子の姿が見える。

小柄だ…小学生くらいだろうか。
酷く華奢な体格をしている。

来ている服もスパッツにTシャツ。
腕にはぬいぐるみを抱えている。

このぬいぐるみどこかで…。

もっとよく見ようと目を凝らしたところで、マヨナカテレビはその光を失って、ただのテレビに戻った。


…ヴー、ヴー!


すぐに電話がかかってくる。
未央だ。

「かみやんかみやん!見たよね、マヨナカテレビ!」

「あぁ、また誰かが映っちまったな…」

「顔はわからなかったけど、あのぬいぐるみ!私前にどこかで見たよ!」

「未央もそうか!」

「うん!最近は見てないんだけど、ちょっと前まではわりと見たんだよね…」

そうだ、ここ最近見たというよりは少し前に頻繁に見かけた気がする。


「事務所の誰かってことか?」

「多分…誰だろう」

美穂や亜里沙さんじゃないのは確かだ。
美穂のP君はシロクマだし、亜里沙さんのウサコちゃんはその名の通りウサギの腕人形。

あのクッションみたいな、四角いウサギの様なのは…。

「明日事務所で確認した方がいいな」

「そだね!それじゃ明日!」

余計な会話はすることなく、未央が電話を切る。

アタシも余計なことは考えずに寝るとしよう。
いざという時にものを言うのは体力だ、とどこぞの魔人探偵も言っていたことだし。


―――翌日、放課後、事務所

「とりあえず、今事務所にいるメンバーの中にはぬいぐるみを持ってる子はいないか…」

そもそも昨日映っていた女の子はずいぶんな幼児体型だ。
しかし今日は年少組はあらかた仕事で出払っている。

「ナナもどっかで見た事があるんですけどねー」

アタシの横では未央と菜々さんがうんうん唸っている。

「アルバムとか見てみる?」

「…それだ」

凛のすばらしく冷静な一言に、アタシ達は膝を打つ。
すぐさま事務所の共有スペースにあるアルバムを漁りだした。

ここには、全員のプロフィールと写真の載ったファイルや、今までのお仕事、イベント、遊びなどで撮影した写真が集まることになっている。
しかしセキュリティは万全とはいえ、これは結構危ないんじゃないだろうか。仮にもアイドル事務所だし。

だが、このアルバム制度には感謝すべきだろう。
目当てのものは探し始めてからほどなくで見つかった。


「いたぞ!」

正直驚いた。コイツだったのか。

「誰だったんですっ?」

「奈緒、見せて」

アタシは自分の持っているアルバムを三人に手渡した。

「か、かみやん、これ…ってことは!」

「あぁ、間違いないだろう」








「杏だ」






なんてこった。
最近疲れ気味だったこととかも関係あるのか?

でも杏ならテレビに映ってた人影と合致する。
アイツは同じ十七才とは思えないほど小柄だし、Tシャツとスパッツってのはこの写真に写ってる杏の姿とも同じだ。

しかし。

「通りでぬいぐるみにあんまり覚えがないわけだよ」

「あぁ、これじゃあな…」

写真は、自宅でだらける杏の姿を写したものだった。
件のぬいぐるみは、杏の枕代わりに頭の下へ敷かれている。

「見て思い出したけど、あんちゃんこのぬいぐるみ気に入ってる割に引きずったり下敷きにしたりで、私達あんまりまじまじ見たことなかったもんねぇ」

未央の言うとおりだ。
しかしこれで今回は先回りできたな。


マヨナカテレビに映った人がテレビの中に落とされると決まったわけじゃない。
しかし、無関係であるはずがない。

初めての時はすでに凛の為の空間が出来上がっていたけど、ここ数日テレビの中を覗いてウサの話を聞いた限りでは、なにか新しい空間ができているような様子はないという

とはいえ誰かが出入りしている気配は未だにするらしく、気は抜けない。

杏のスケジュールを確認しておこうとアタシ達が立ち上がった時、事務所の電話が鳴り響いた。

「はい、こちらCGプロダクションでございま…って杏Pさんじゃありませんか。どうかしたんですか?そんなに慌てて…」

電話を受けたちひろさんの顔色が、驚きの色に染まり、すぐに真剣なものへと変わっていく。

「はい…はい…場所は…中央病院の…はい、メモしました!杏Pさんはそのまま付き添っていてあげてください!事務対応は私がしておきます!」

病院という単語が聞こえた…しかも杏Pさんからってなんてタイミングだよ!


「ちひろさん!」

「奈緒ちゃんたち…今の聞こえた?」

「はっきりとは…ただ病院って」

「なら話が早いわ。杏ちゃん、仕事先で倒れたらしいの」

「えぇっ!?杏ちゃんがですか!?」

「一応ただの過労らしいんだけど、ほら、杏ちゃんかなり華奢な体つきじゃない?

それのせいだけじゃないけどずいぶん栄養状態も良くなかったらしくて」

「心配だね…」

数日前にきらりと杏の心配をしてたことを思い出す。
あれからも杏はずっと忙しそうだった。


「アタシ達にできることないか?」

「まさに頼もうと思ってたところよ、奈緒ちゃん」

ちひろさんは手元のメモをアタシに渡し、さらに白紙の物にさらに色々と書いていく。

「私はこれから、杏ちゃんが倒れたことで迷惑がかかったりしたところや、取材依頼の対応をしなきゃいけないからここを離れられないわ。

だから、一枚目のメモの場所に、二枚目に書いたものを届けてきてくれないかしら」

ちひろさんの言うとおり、一枚目には病院の住所と連絡先が書いてある。
二枚目のこれは…生活用品?

「手術とか大げさなことはないけど、しばらく検査入院が必要になるだろうから、下着の替えとかそういうのをお願いね。

寮の管理人さんには電話しておくから、杏ちゃんの部屋から持っていけるものがあればよろしく」

言うが早いかちひろさんは電話をかけ始めた。
色々連絡しなきゃいけないんだろう。

「ここに居てもアタシ達じゃ役に立てない。ちひろさんの言うとおり杏のところへ行こう!」

アタシ達は顔を見合わせうなずくと、事務所を飛び出した。


―――中央病院、杏の病室前

「杏Pさん!」

ちひろさんに頼まれたお使いの品々をかき集めたアタシ達は、全速力で杏のいる病院へと向かった。
受付に話が通っていたらしく、名乗るとすぐに病室は教えてもらえた。

目指す病室の前では、うなだれた杏Pさんとそれに寄り添うきらりの姿があった。

「あぁ、神谷ちゃんたちか…」

「杏は?」

「今は点滴を受けて眠ってる…」

「何があったんだ?」

アタシが代表して尋ねる。

「多分、キミらが聞いた通りだよ。バラエティの収録をしようとしたところで開始直前に倒れた」

「容体は?」

「容体ってのは大げさだな…倒れた時は死んじゃうかもと思って焦ったけど、もう大丈夫だってさ、検査含めて一、二週間で退院できるって」


―――中央病院、杏の病室前

「杏Pさん!」

ちひろさんに頼まれたお使いの品々をかき集めたアタシ達は、全速力で杏のいる病院へと向かった。
受付に話が通っていたらしく、名乗るとすぐに病室は教えてもらえた。

目指す病室の前では、うなだれた杏Pさんとそれに寄り添うきらりの姿があった。

「あぁ、神谷ちゃんたちか…」

「杏は?」

「今は点滴を受けて眠ってる…」

「何があったんだ?」

アタシが代表して尋ねる。

「多分、キミらが聞いた通りだよ。バラエティの収録をしようとしたところで開始直前に倒れた」

「容体は?」

「容体ってのは大げさだな…倒れた時は死んじゃうかもと思って焦ったけど、もう大丈夫だってさ、検査含めて一、二週間で退院できるって」


「よかったぁ…」

「よくないよ」

胸をなでおろす未央と対照的に、凛が杏Pさんに詰め寄る。

「最近の杏が働きすぎで、目に見えて疲れたでしょ?

気付かなかったとは言わせないよ」

「…あぁ」

「確かに杏は怠け者で、もう少しちゃんとやってよって思うこともあった。

だけど、あの子はもともと体力がなかったよね。

ここのところはもう杏の体からのSOSが聞こえてきてた。

それなのにどうして休ませてあげなかったの?」

「…」

杏Pさんは黙っているが、凛は追及の手を緩めない。


「おい、凛」

「普段あんだけ『休ませろ』って言ってる子が、口先ですら休みたいとも言わなかった。

杏に何かしたの?」

「言い過ぎだぞ、凛」

「奈緒は黙っててよ…!

ねぇ、どうして?

杏と杏Pさんすごく仲良かったでしょ?

なんで杏を助けてあげられなかったの?

そんなんじゃ、プロデューサー失格だよ!」

「凛ちゃんやめて!!」

凛の言葉に耐えきれなくなったのは、杏Pさんでもアタシ達でもなく、きらりだった。

「おねがい、杏Pちゃんを責めないであげてほしいにぃ…」

「…いいんだきらり、俺が悪いことにかわりはない」

「…どういうこと?」

「実は杏ちゃん…お仕事無理矢理入れるように自分から杏Pちゃんに頼んでたみたいなんだにぃ」


「ええぇっ!?」

「そうなんですか!?」

未央と菜々さんが驚きの声を上げる。
アタシもびっくりだ。

こんな言い方も変だとは思うが、杏の『働きたくない』という気持ちは本物だったと思う。
働く楽しさにでも目覚めたのか?

「俺も最初は驚いたさ、アイツが急に『ねぇプロデューサー、杏にお仕事ってきてないの?』とか言い出したんだからな」

杏Pさんによると、半月くらい前から杏は急に仕事をたくさんやりたがるようになったんだという。
それもわりと無理やりなスケジュールで、今までだったら午前か午後に仕事をひとつ入れたら、入れなかった方は絶対に休みを死守する、というスタイルだったのがいきなり日に三つも四つも仕事を入れたがるようになったらしい。

「最近杏も売れ出したから、仕事の依頼はいっぱい来ててさぁ。

最初は驚いたけど、せっかくやる気になってるならここを逃す手はない!と思ってとりあえず杏に言われるままに仕事を入れたんだ。

なんだかんだ言ってアイツは天才だから、力の抜きどころも知ってるし、ヤバくなったら俺が止めれればいい。

そう思ってたんだよ…」


ところが、杏の疲労が色濃く見えだしたあたりで杏Pさんが仕事を減らそうとしたら、すごい剣幕でおこったという。

「『杏が珍しく働きたいっていってるんだよ?』って言ってな。

とはいえ体調崩しちゃ元も子もないだろ、とも言ったんだけど。

『杏は力の抜き方わかってるから、知ってるでしょ?』の一点張りでさ。

幸いニートキャラのおかげで、局のディレクターさんにまで仕事くれとかは言い出さなかったけど、やっぱりずいぶん無理してたんだよな…」

杏Pさんは情けない表情で杏のいる病室の扉を見つめる。

「だからさ、渋谷ちゃんの言うとおり、俺が止めるべきだったんだよ。

杏の近くにいるのは俺だし、最終的にスケジュールを管理するのも俺。

どんなに杏がわがまま言っても、無理やりにでも休ませてやればよかったんだ…っ」

「…無理でしょ。

杏にそんな駄々こねられたら。

杏Pさん杏にあまあまだから」

凛がため息を吐く。


「杏Pさん、ゴメン、言いすぎた」

「いや、いいんだ。渋谷ちゃんの言うとおりだしね」

重めの空気を振り払うように、杏Pさんがアタシ達に呼びかける。

「さ、入ってくれ、お見舞いに来てくれたんだろ?それとおつかいも。ちひろさんから聞いてるよ、ありがとう」

「入っても大丈夫なんですかぁ?」

「あぁ、もう落ち着いてるところだ。アイツの事だから寝てるかもしれないけどな」

普段の杏なら大いにありうるな。
なんにせよ過労で倒れた人をあんまり煩わせるのもよくない。
ちょっと顔出して様子見たら帰ろうか。

みんなも同じ考えなようで、それぞれうなずくと杏の病室に入っていった。


―――中央病院、杏の病室

「―――誰?」

「オッス、お見舞いに来たぞー」

病院の白いベッドに、杏がちょこんと座っていた。
コイツ、改めてみるとほんとにちっこいな。細いし。

ちなみに杏Pさんときらりは病室に外で待っている。

そりゃ倒れるだろ、となんとなく納得しながら会話を続ける。

「大丈夫か?心配したぞ」

「ふん、みんな大げさなんだよねー。ちょっと疲れたからその場に寝ころんだだけで救急車呼ばれちゃうんだもん。人気者はつらいなー」

いつものごとき軽口だが、声に力がない。
まるで、本音を悟られたくなくてとりあえず喋ってるみたいだ。

「そりゃ普段働かないやつが急に働き出して急にぶったおれたら皆おどろくだろ」

「…杏だって働きたくて働いてるわけじゃないよ、みなさんごぞんじのよーにー」

先ほどの杏Pさんとの話に矛盾する。
アタシ達は顔を見合わせた。


「杏Pさんは、杏が働きたいから仕事をいれろって言ってきた、って言ってたけど?」

「…さてね。杏にはなんのことだかわからないな、プロデューサーが勘違いしてるんじゃないの」

「仕事を減らそうとしたらお前に怒られたとも言ってたぞ」

「…一度入れた仕事をキャンセルしちゃダメだって散々言ってきたのはプロデューサーじゃんか。おかしいのはプロデューサーでしょ、杏は正論しか言ってないけど?」

ダメだな、論点をずらしてくる。
単刀直入に聞くしかないか。


「周りが心配になるほど疲れが表に出てるのに、ニートアイドルのお前がそこまでして働いてたことにはなにか理由があるんじゃないのか」

「…別にないけど」

「嘘つけ、最近のお前は明らかにおかしかった。思い出してみろよ、あの杏が『休みたい』って一言も言ってないんだぞ」

「…言ってたよ」

「いいや言ってなかった。お前は『仕事が大変だ』とは言っても『やめたい』『休みが欲しい』ということは一言も言わなかった。なんでだ?」

「…知らないよ、たまたま口に出なかっただけじゃないの?」

「『働きたくない』が口癖だったお前が?」

「うるさいなぁもう!いいじゃん別に杏が働いたって!なんなのさ、働かなくて文句言われるならまだしも、働いても文句言われるなんてどうかしてるよ!」

ついに堪忍袋の緒が切れたらしく、杏が荒々しい口調で返してくる。


「あんちゃん、私達、あんちゃんが心配で…」

「…余計なお世話だよ」

「そ、そんな言い方しなくても…」

「菜々さんはウサミン星にでも帰れば?」

「杏、今のは菜々さんにひどいよ」

「疲れて倒れた病人に対して尋問じみたことするのはひどくないわけ?」

ダメだ、完全にこちらの話を聞く気がない。

「わかった。杏、アタシ達が悪かった。そりゃあ体調が悪い時に色々言われたら腹も立つよな」

「…」

「でも、コレだけは言わせてくれ。

アタシ達は杏が倒れたって聞いて本気で心配した。

友達なのになんで気づいてやれなかったんだ、って後悔した。

だからここに来たんだ。

アタシが言いたいのはそれだけだ」


「…杏も言いすぎたよ、ゴメン。

…もういいでしょ?寝るから」

そういって、杏はベッドにもぐりこんでしまった。
もう話せそうにないな。

杏のベッドの足元にお使いの品を置くと、アタシ達は静かに杏の病室を出た。


―――中央病院、杏の病室前

「どうだった?」

杏Pさんが様子を尋ねてくる。

「…ゴメン、ちょっと怒らせちゃったみたいだ」

「やっぱりか…」

やっぱり?

「杏ちゃんねぇ、お仕事したいってワケを杏Pちゃんが聞いてもきらりが聞いても、プンプンしちゃって教えてくれないんだにぃ…」

「そうだったのか」

さっきの杏の様子だったらそれもうなずける。
誰ともその話題をで話したくない印象だった。

「さすがにこんなことがあった以上しばらくは休ませるけど、根本が治らないとまた同じことが起きそうでさ…」

杏Pさんの顔色は暗い。


「杏ちゃんが働きたいって言いだしたのは半月くらい前なんですよね?その頃になにか変った事とかありませんでした?」

菜々さんが杏Pさんに尋ねる。

「特になかったと思うんだよなぁ…そうだ、家族の話はしたな」

家族?

「あぁ、バラエティで大家族ものやっててさ。

ちょっと前にヤラセとかで話題になったのとはちがうヤツで、ホントに大家族のあわただしい一日をおっかけてくだけなんだけどさ。

それの収録終わったところで杏がぽろっと『あの家族はあれで幸せってことなんだよね』って言ってきてさ。

どうした?って聞いたら『いや、ああいうところに杏みたいなのが居たら大変なんだろうなって思っただけー。よかったー、杏には印税生活が待ってるから』なんて返されたんだけど」

「そのころから杏の様子がおかしい、と?」

「あぁ。考えてみればアイツんちも結構複雑で…」

「杏Pちゃん!」


杏Pさんがなにか言いかけたところできらりの制止が入った。

「杏ちゃんに黙って、勝手にいろんな話しちゃだめだにぃ」

「あぁ、そうだな。すまん、忘れてくれ」

少し気になるところではあったが、友達のプライベートにズカズカ踏み込むわけにもいかない。
もう少し杏についているという二人と別れ、アタシ達は一度解散することにした。


―――三日後、事務所

あの日以来、雨がしとしとと降っている。

杏はずいぶん体力が戻ってきたらしい。
お見舞いに行っても、顔色がずいぶん違う。

しかし、マヨナカテレビの杏は日に日に鮮明になっていく。

「昨日もあんちゃん映ってたね…」

未央が不安そうに言った。

「あぁ…完全に誰だかわかるようになっちまったな」

「また何か起こるんでしょうか?」

「わからないけど…なんか嫌な感じだよね」

みんな不安そうだ。
もちろんアタシも不安だけど、こういう時はリーダーがしっかりしないとな。

「心配だけど、杏の病室のテレビは小さい。凛の時みたいに引きずり込まれることもないんじゃないか?だとすれば入院中は他より安全だと思うぞ」

そう言いながらも、アタシ自身若干の疑念は拭えない。


「にゃっほーい☆」

きらりだ。
アイツは毎日杏のところへお見舞いに行っている。

杏の事がホントに好きなんだな。
このひたむきさはうらやましいところがある。

「オッス、きらり」

「奈緒ちゃん!おっつおっつばっちし☆」

「杏のとこへ行くのか?」

「うん、今日はー、じゃじゃん!杏を持ってっちゃいますー!うきゃー杏ちゃん共食いー!?」

杏が元気になってきたのがうれしいのだろう。
いつもよりテンションが高い。

「そいじゃ、いってくるにぃ☆」

「気を付けてー」

嵐のように去っていった。


「…まぁきらりんがついてればダイジョブかな?」

「きらりちゃんならシャドウが襲ってきても生身で撃退できちゃいそうですもんねぇ…」

確かに。
あのきらりんぱわー☆(物理)にはどんな生物も勝てないんじゃないだろうか。

「とりあえず、杏が病院にいる間はアタシ達もなにもできない。今はマヨナカテレビの動向に気を配っていよう」


―――夜、神谷宅、奈緒の部屋

ここ数日の雨は止むことを忘れてしまったように降り続いている。

すっかり日課となったマヨナカテレビの観察。
今日は何か新しいことがわかるんだろうか。


…ヴン…キューンヒュイピュゥーン…


この音を聞くのももう何度目だろう。
マヨナカテレビは、ここ数日と変わらぬ映像を映し出す。

ピンクのぬいぐるみを抱え、亡羊と立ち尽くす杏の姿。
今日はさらに気合を入れて表情を観察する。

…涙?
杏が涙ぐんでいるように見えてきた。
悲しみを堪えているのだろうか…。

「あ…終わりか」

マヨナカテレビは大抵一分ほどで消えてしまう。
これといった収穫がなかったことに落胆しつつ、アタシは寝床に入る。

ところが翌日、事態は急に動くこととなった。


―――翌日、事務所

「昨日もなんの情報も得られなかったな…」

「やっぱり、マヨナカテレビに頼るだけじゃ無理があるのかもね」

「でもさー、かといって他にどうしようもなくない?」

「ウサちゃんも、相変わらず大きな変化は見られないって言ってますし…」

アタシ達四人は頭を抱えている。
ここのところは、マヨナカテレビの案件で集まるとこんな感じになってしまう。

「凛の時は、コイツがテレビに入った日から急に変な番組みたいなのが始まったから、それが始まってないってことはまだ杏がこっちにいるってことでいいとは思うんだけどな」

「きらりからのお見舞い報告では、お仕事を気にするそぶりを見せる以外には普通に回復してるって話だしね」

「考えてみると、お仕事の事気にしただけで異常事態扱いされるってあんちゃんも大したもんだよねぇ」

「それがアイデンティティみたいなところありましたしねぇ…」

「「「「うーん…」」」」

四人の呻きがハモる。


バッターーーーンッ!


「うぇぇぇぇっ!?」

事務所のドアが大砲のような音を立てて開いた。
開いたというより吹っ飛んだ感じ…ていうか吹っ飛んでるし!

「奈緒ちゃん奈緒ちゃん奈緒ちゃん奈緒ちゃああああああん!!!!」

ドアを破壊した主は、ちょうど正面にいたアタシと目を合わせると、レスリングの世界チャンピオンだって裸足で逃げ出すようなタックルで突っ込んできた。

「ちょ!?まて、怖いっ、危ないっ!どうしたきらり!?」

ものすごい力で押し倒され、締め付けられる。
痛い痛い痛い!何がどうしたんだ!?
…って泣いてる?

「ぐしゅっ…あのね!…あのね!…杏ちゃんが…杏ちゃんがあああ!」

「きらり落ち着け、杏がどうした?」

泣きじゃくるきらりをなんとか宥め、はっきりと言葉にさせる。

「杏ちゃんが…杏ちゃんが…」

続くきらりの言葉は、驚きと同時にどこか「やっぱりかよ…」という悔しさを感じさせるものだった。








「杏ちゃんが…いなくなっちゃったにぃ!!」





※作者でございます。

以上で、第三話は終了となります。

いやはやコミュ活動の描写が難しいもので、各アルカナにアイドルたちを配置したところ約二十人。
これだけの数の登場人物をのんびり書いていたのでは話数がいくつあっても足らない、私の体力も持たない。

というわけで、今回は荒業、三人一気にコミュ開通といたしました。

強引で申し訳ありません。

相変わらず文字数は伸びる一方で、さすがに五万字はいかないものの、千字ほどずつじりじりそのボリュームを伸ばしております。

はてさて、構成メモにはこの作品がおおよそ二十話行かないくらいの目安が書かれているのですが、私はいったいこれをライフワークにでもするつもりなのでしょうか。

いえいえ、きちんと終わらせますとも。


兎にも角にも、第四話はすでに着手してございます。

また一週間経つか経たないかくらいで、このスレの続きに投下いたしますので、お暇な方はぜひお立ち読みください。

今後は一スレに付き二話ずつほど投稿していければ、と考えてございます。

あぁ、書いていると思います。

いつだって書きたいことは、今書いてることの先の話なんだ、と。

それではみなさん、またお会いしましょう。

>156

ありがとうございます!

本日深夜零時より、第四話開幕といたします。

どうぞお暇な時間にごゆるりとお楽しみくださいませ。


いやはや寒くなってまいりました。
一体どこのエレベーターガールでしょう、マハブフダインなど唱えているのは。

彼女の「かちこちんぐなう」は一聴の価値があるというものでございます。

さて、この物語もいよいよ第四話。
しかしながらいよいよなどと言いつつもまだまだ序盤。

どうぞ、ごゆるりとお楽しみくださいませ。

第四話、開幕でございます。


―――事務所

「どういうことだ?」

泣きじゃくるきらりの言葉を要約するとこうだ。

今朝方、見回りの看護師さんが杏の部屋に行ったところベッドがもぬけの殻。

杏がだいぶ回復していたのもあり、最初はトイレだろうと思って別の部屋の見回りをしてからもう一度様子を見に行ったが、依然ベッドには戻っておらず。

流石に心配になった看護師さんが、同僚数人と手分けしてトイレや休憩室など杏の行きそうなところを探すも見当たらず。

コレはマズイと担当のお医者さんが杏Pさんに連絡し、きらりと一緒に見舞いに向かっていた杏Pさんは、杏を探すための応援を呼んでくれときらりを事務所へ寄こし、自身は病院へ向かったという。

「…きらりのせいだにぃ…」

「どういうことだ?」

「昨日…きらり杏ちゃんとケンカしちゃったんだにぃ…」

「きらりんが杏とケンカ?」


「…うん…昨日、杏ちゃんがずーっと悲しくなるようなことばっかり言うから『そんなこと言っちゃめーっ』って言ったんだにぃ。

そしたら『きらりだって、杏がたまたま小っちゃくて可愛かったからかまってるんでしょ?人形と変わんないよね』って…。

きらりそんなこと思ってないにぃ!杏ちゃんは大事なおともだちーと思ってるのに…」

きらりはその時のことを思い出したのか、悲しそうにうつむく。

「そんでね、つい悲しくなって『杏ちゃんのばかー!』って…」

なんとなく想像がつく。
この間お見舞いに行ったときの杏と、健康状態はともかく精神状態が改善されてなかったら、他人にいろいろ言われても全部反発してしまうだろう。

「きっと、きらりが杏ちゃんに余計なおせっかいしちゃったから、杏ちゃんいやになって出てっちゃったんだにぃ…。

お願いみんな!きらりと一緒に杏ちゃん探すの手伝ってぇ!!」

猛然と頭を下げるきらり。
友達のためにこんなに一生懸命になれるきらりが、杏失踪の原因であるはずがないさ。


「顔上げな、きらり」

「ほら、こんなとこでおしゃべりしてる暇があったら、早く杏を探しに行こう?」

「奈緒ちゃん…凛ちゃん…」

「この名探偵ちゃんみおにまっかせなさーいっ!頭を使うのは苦手だけど、体力には自信あるよっ!」

「それじゃ探偵って言いませんよぉ、未央ちゃん!」

「未央ちゃん…菜々ちゃん…」

「お前が原因で杏が出ていくなんて、そんなことがあるわけないぜ?

きらりには言うなって言われてたんだけどさ、アイツ前に『きらりの事どう思ってるのか』って聞かれた時に何て答えたんだと思う?」

「…杏ちゃんなんて言ったの?」

「『あー、まぁ、これきらりには言わないでよね…。嫌いじゃないよ、むしろまぁ友達、だと思ってるかな。これでいい?寝るから』だってさ」

「杏ちゃん…」


「しかも杏はそのあと横になって顔を伏せたんだけど、耳が真っ赤だったんだよ。

そんな杏が、ちょっときらりとケンカしたくらいで、お前の前からいなくなっちゃうなんてことがあると思うか?」

「…んーんっ」

「だろ?杏が居なくなったのは、何か別の理由があるはずだ。しょぼくれてないで、さっさと探し出して助けてやろうぜっ!」

「…うん!」

きらりの顔に笑顔が戻って、少しホッとする。
やっぱり、いつも笑顔な奴の元気ない表情は見たくないからな。

ささっと支度をして、アタシ達は事務所を飛び出した。


―――中央病院

「みんな来てくれたのか!」

「杏Pさん!」

病院に着くと、杏Pさんが杏担当のお医者さんと話をしていた。

「杏は?」

「それがまだ見つからないんだ…今、お医者さんから病院の警備の人に頼んでもらって監視カメラの映像を確認してた」

「何かわかった?」

「それが…さっぱりなんだ」

監視カメラはそれぞれの階層の廊下ごとと受付、病院の出入り口に設置されている。
もちろん施設内だけじゃなく、敷地内には中庭などを監視できるカメラもあるそうだ。

廊下と出入り口は常に同じところを映し続け、受付のカメラだけが十秒単位で四方向に切り替わる方式らしい。

「映像を見ると、杏が夜中に自分の病室を抜け出したのは映ってるんだ。

そのままその階の受付スペースに行ったのも映ってる…。だけど」


監視カメラが最後に杏の映像を捕えたのは受付スペースに入る杏の姿だけで、後はどれだけビデオを回しても、杏の姿はどこにも映ってなかったという。

「受付の監視カメラに姿が映ってないっていうことはまだあり得るんだ。視点切り替えの時間があるから。だけど、そこから先どこに行くにも廊下の監視カメラに映るはずが…」

「受付に行ったあとの杏の姿がどこを探しても映っていない…?」

「あぁ。一応、無理だとは思ったが、窓から抜け出した可能性も考えて外の監視カメラも覗いた…そこにも杏は映ってない」

杏の病室は三階。
病院の窓は自殺防止のため大きく開かないようになっているし、どうにか通れたとしても杏の体格じゃ三階からのビルクライムは無理だ。

「何か道具を使った跡もないし…どこに行ったんだ杏…」

「警察には連絡したの?」

「まだだ。ただのちょっとした家出みたいなものだったら、ことを大きくするのは杏の今後の芸能生活の為にも良くない」

「そんなこと言ってる場合じゃ…!」

「俺だってすぐに警察に飛び込みたいさ!」

凛が詰め寄ろうとした瞬間、杏Pさんが大きな声を出す。


「…っ!」

「…大きな声を出してすまない。

だけど、アイツはこの間倒れたこともあって、今難しい時期なんだ…。

ここで騒ぎを起こしたら、せっかく見えたトップアイドルへの道筋が遠のいちまうんだよ…」

杏Pさんが悔しそうに顔をゆがめる。

「…アイツさ、ちょっと前に言ってたんだよ。

『最近はまぁ、たまにならお仕事も悪くないなって思うよ。

杏だってチヤホヤされて悪い気はしないし?

それに、プロデューサーやきらりがそばにいてくれるんなら、キツイことあっても助けてもらえるし?

それに杏には印税生活ってでっかい目標があるからねー。

いっちょ目指すよ、トップアイドル!…あ、でも休みは週八日でおねがいしまーす』ってさ。

普段から全開でだらけてるから他の人にはわからないかもしれないけど、こんなこと杏が言うなんてとんでもなくすげーことなんだぜ!?」


語りながら杏Pさんは泣きだしている。

「…こんな変なヤツ…仕事探すのもさせるのも大変で…そのくせ才能にだけは溢れてて…もうそりゃめちゃくちゃだったけど…やっぱりアイツのプロデューサーで良かったなって…本気で思ったのに…なんだよこれ…なんなんだよぉ…」

杏Pさんはあの杏の面倒を見ていたくらいで、普段飄々としているように見えるが実は結構な苦労人だ。
でも、自分が苦労しているところを見せすぎると杏が仕事を嫌がるのでは、と考えて表に出さないようにしている、というのを前に事務所の大人アイドルから聞いたことがあった。

…ホントだったみたいだな。

「…ゴメン、私、また言い過ぎたみたいだね」

凛が低い声で謝る。

「い、いや、いいんだ、こっちこそすまない」

ぐすぐす言いながら謝る杏Pさん。

「…ね、ねぇ、警察に通報して騒ぎになるのがマズイんだったら、早苗さんになんとか頼めないかな!」

空気を変えようと未央が声を上げる。


「早苗さんですかぁ?」

「うん!ほら、早苗さんて元警察官じゃない?昔のよしみで何人かコッソリ捜査を手伝ってもらえないかな、って」

悪くない提案だけど…。

「あの人は元交通課だろ?」

「あぁ…いや…あはは…」

未央がちょいちょい、とアタシ達に手招きする。
こんな大人数で内緒話もないもんだと思うが。

「…実はさ、早苗さんの元交通課って肩書、嘘でもないけどまるっきりホントでもないんだよ」

「は?」

「私のPさんと早苗さんのPさんが話してるのを偶々聞いちゃったんだけどさ。

早苗さん、交通課は単に最後の勤め先だっただけで、元々はガチガチの本庁勤めの刑事さんだったんだって!」

マジかよ。


「大マジだよ!…まぁそこでの男社会な感じとか、独特の組織感が嫌になって交通課に移ったらしいんだけど、早苗さんの見た目や性格と合わないし、あまりにガチだとファンも敬遠するんじゃってことで元交通課で落ちつけてるんだって」

そんな過去が…あの早苗さんがガチガチの女刑事ねぇ…。
でも確かに、元交通課にしてはなんか荒っぽいというか、肝の座り具合が半端じゃないとは思ってたけどさ。

「多分あんまり言っちゃいけないんだろうけど、今回は事態が事態だし、当たれるだけ当たってみようよ!」

「そ、そうだな…本田ちゃん、ありがとう…!」

言うが早いか、杏Pさんはケータイを取り出し病院の外に駆けていった。

「早苗さんの事だ、多分事情を聞いたら邪険にはしないはず。ここは信じようぜ」

「そうだね。私たちはどうする?」

「そうだな…」

さっきの監視カメラの話を聞いた限りでは、十中八九テレビに引きずり込まれたんだと思う。
受付には大きいテレビもあるし、なにより監視カメラに映ってないことへの説明もつく。
となれば、後はテレビの中へ行ってウサの話を聞きたいところだけど…。


「杏ちゃんのいそうなところ…むむむ」

きらりがいたのではそれはできない。
いくらきらりが強いとは言っても、ペルソナもシャドウも知らない子を巻き込むわけにはいかない。

なにかうまい言い訳はないものか…。

「ここは手分けして探そう」

アタシが困っていると、凛が助け船を出してくれた。

「みんなで固まって同じところを探しててもしょうがないよね?だったら二手に分かれようよ。私がきらりとこの辺を探すから、奈緒たちは『事務所』周辺をおねがい」

「あ、あぁ、そうするか」

「おっけー、凛ちゃん行くよー!きらりんぱわー☆ぜんかあああい!!」

「おい、凛!…助かったけど良いのか?」

「事情を説明もできないのに、きらりだけ別行動じゃ怪しすぎるでしょ?私は向こうの世界でまだペルソナを使ったことがないから、抜けるなら私が一番だと思うよ」


「凛ちゃーん!!」

「今いくよ、きらり!…何かわかったら連絡して。でも、大事になりそうだったら無理しちゃダメだよ」

「わかった、サンキュ!」

爆走するきらりの背中を追いかけ、凛も走り去った。

「よし、テレビの中へ行こう!」

「うん!」

「はいっ!」


―――テレビの中

「ウサ!ひさびさの登場だウサ!」

病院から全速力で事務所に戻ってきたアタシ達は、隠しておいた装備品をひっつかんで、テレビの中に突入した。
…ちょくちょく会いに来てるだろ?

「こっちの話ウサ!それよりシショー、こっちの世界に来たってことは…」

「あぁ、やっぱり何かあったか?」

「何かあったどころじゃないウサよぉ!また誰か落ちてきたウサ!」

クソっ、やっぱりそうかよっ!

「どこに落ちたっ?」

「そ、それが…」

「どうしたのっウサちん?」

「わからないウサ…」

何だって!?


「なんでだ?お前、この世界の事ならわかるんじゃなかったのか!?」

「な、奈緒ちゃん!ちょっと落ち着いてくださいっ!ウサちゃんが怖がってます!」

「あ、あぁ、ゴメン…」

「またシショーの友達なのウサね?」

「あぁ…今回は誰が狙われてるかわかってたんだ…なのに結局こんなんなっちまって…」

何が病院なら安全だ、だ。
自分のマヌケっぷりに腹が立つ。

「自分を責めても仕方がないウサよ」

「そうだよな…でも、どうすれば居場所がわかる?」

「ウサは、この世界の気配を感じて探ってるウサ。

だけど、ここにはいろんな気配が漂ってて、なかなか一つに集中できんウサよ。

だから、いなくなった子がどんなところに行ったか、とかそういう情報があればなんとかして見せるウサ」


「そんなこといっても、そんな情報どっから手に入れるのさー!」

「…マヨナカテレビか」

「な、なるほどですっ」

昨日のマヨナカテレビに映った杏が変化しなかったのは、杏の失踪が深夜零時をとっくに超えた時間だったからだろう。
となれば、今日の夜に映るのは凛の時みたいにはっちゃけた杏ということになるのだろうか。

「結局マヨナカテレビを頼るしかない…か」

「…シショー」

歯痒そうなアタシを見て、ウサが優しく語りかける。

「確かに、この世界は生身の人間にはあまりよくないウサ。

けど、入ってすぐにどうこうなってしまうこともないウサよ。

特に、シショーたち力をもった人間相手は別だけども、なんの力もないただの人間に対しては、野良シャドウは襲い掛かったりしないウサ」


「…そうなのか?」

「ウサ!シャドウは、敵意とかペルソナ能力とかそんなのに反応して襲ってくるウサ。

無力な人間を襲うことがあるのは霧が晴れた日だけ。

そして、現実世界とリンクしているここの霧が晴れるのは、現実世界が霧に包まれた時だけウサ。

霧の出やすい地方とリンクしてしまうと大変ウサけど、今リンクしてるシショーたちが住んでる町はめったに霧の出ない都会ウサね。

すこし肩の力を抜かないと、うまくいくものもいかんウサよ」

ウサの言葉に、少し気持ちが落ち着くのを感じる。

「わかったよウサ、ありがとう…でも、もう少し早くそのことを教えてくれてもよかったんじゃないか?」

「ごめんウサぁ…でもしょうがないウサよ、そのこと思い出したのつい最近ウサもん」

どうやらウサと菜々さんは、触れ合うたびに記憶の断片が頭に浮かんでくるらしい。
最初にペルソナ能力が復活したときも、ウサが菜々さんを抱きしめたときだった。

そういえばあの時ウサは菜々さんのことを「ベベチャン」と呼んでいた気がするんだけど…気のせいだったか?





その後、ウサに頼んでもう一度気配を探ってもらったが、杏が落ちたであろう場所の特定はできなかった。

次来るときは必ず情報を持って、とウサに約束してアタシ達は現実世界へ帰還した。





―――その夜、神谷宅、奈緒の部屋

テレビの中から戻ったアタシ達は、急いで病院へ行ききらりと凛と合流した。
「杏に関する情報はなかった」と告げた時のきらりの表情にとてつもない罪悪感を覚えたが、百パーセント嘘というわけでもない。

そこからとりあえず解散として、後程凛に事情を説明し、帰宅。

色々あって疲れたけど、今日の仕事はまだ終わりじゃない。
マヨナカテレビの確認をしておかないと。

疲れて眠い目をこすり、零時を待つ。







…ヴン…キューンヒュイピュゥーン…









来た!
さぁ、何が映る?頼むから手掛かりよ来てくれ!




タラッタッタッタッタ、ティーヤティーヤ♪

間の抜けた音楽は流れてきた。
凛の時と同じだ。マヨナカテレビがいつもと違う。

テレビには、だらしないカッコの杏が映っている。
顔だけは仕事用にしているのがなんともアンバランスだ。

背景は…どこかのマンションだろうか。

『はーい、どーもー、働かない系アイドルの双葉杏だよー。

いやぁ日がな一日ごろごろして遊んでいたいよねー。

そんでお金がもらえたら最高だよねー。

そんな杏が今回挑戦するゲームはこれ!

「幸せマイホームをつくろう!」!

いわゆるシミュレーション系のゲームで、初心者にもやさしいバッドルートなし!

いつまでも延々とやり続けてられるという噂のこのゲーム、今回杏は何時間プレイできるかなー?

それでは参りましょー』


杏の合図でボボンと間抜けな音がして、テロップが画面いっぱいに広がる。





『クリアまで眠らない!(ウソ)見届けよゴロゴロ魂!双葉杏のゲームセンターCGX!』





言うだけ言って、杏は背景のマンションの中へ消えて行った。

ていうか『ゲームセンターCGX』って…やめとこう、ツッコむのは。

それにしてもあのマンションはいったいなんなんだろう。
実際にある物なのかな。いかにも住宅用って感じだったけど。


ヴー、ヴー





ケータイが震えだす。

「かみやん、見たよねっ?」

「あぁ、バッチリな」

「これでウサちんも探せるかな?」

「探してもらうさ、何としてもな」

そう、ここにこうして映っちまったってことは、もう確定だ。
早く探しだして助けてやらないと!


―――翌日、事務所、第4会議室

「しぶりんにはねー、これかな、と思って」

未央が凛に何かを差し出す。

「鉤爪?」

多分手甲鉤って言うんだな、それ。

「いやー、なんとなくしぶりん忍者っぽいじゃん?ほら、くのいちくのいち!そしたら倉庫でコレ見つけてうおおお!って!」

あー、あやめが聞いたら勘違いするか、忍者について講釈垂れるんだろうな。
ちなみにあやめってのはウチの忍者系アイドルだ。

「両手に着けると大変かなーと思ったからさっ、左手にはこれでもつけといてよ!」

もはや凛は未央に言われるがまま丈夫そうな籠手を着けている。
けどまぁセンスは悪くない、凛は身のこなしが軽いし、力の弱い女の子ならば刃物で威力を底上げするのも常套だ。

「よし、準備はいいか?」

「…なにしてゆの?」


「うわっ…きらり?」

それぞれ装備を確認、いざテレビの中へ、ってところでとんだ闖入者だ。
なんできらりがここに?

「ごめんねぇ…きらり、昨日凛ちゃんがなにかかくしてゆって気付いちゃったんだにぃ…」

「きらり…」

「凛ちゃん優しいから、きらりのために一生懸命探してくれたけど、ホントはここにはいないって知ってゆ感じだったにぃ…。

でも、なんかきらりにはわかんないじじょーがありそうだったし、何より杏ちゃんの事はホンキで心配してくれてゆみたいだったからなんも言わなかったけど…」

きらりは悲しそうな顔をしている。

「さっき、事務所の前でおっきな袋をもってゆ未央ちゃんを見たら、やっぱりなんか知ってゆ!って思って…それでそれで」

「後をつけてきたってわけね」

「うにゅ…」

罪悪感を顔いっぱいに浮かべている。
杏に関わることで隠し事をしていたのはこっちなんだから、もっと堂々としていいのに…こちらもすごい罪悪感だ。


「でも!でもでも!…きらりだって杏ちゃんのことが心配で心配でしょーがないの!みんながなんか知ってるなら教えてほしーの!杏ちゃんが困ってるのに何にもできないの、ヤなんだにぃ!!」

「わかったきらり、ちょっと落ち着け」

「しょーがないよな?」とみんなに目で問いかける。
三人は同時にうなずいた。

「よし、時間がどれだけあるかわからない。きらり、簡単に説明するから聞いてくれ、質問は今度まとめて頼むぜ」

そしてアタシ達はきらりにテレビの中のことを話した。

マヨナカテレビという実在する都市伝説、テレビの中に入る能力、テレビの中、シャドウ。

「テレビの中に…はいる…?」

混乱するのも無理はない。
そりゃ言葉だけ聞いたって信じられるわけじゃないからな。

「まぁ実際に見れば嫌でも信じるさ。大事なのはそのテレビの中ってのが実際にあって、杏がそこにいるってことだけだ」


「杏ちゃんが…」

「あぁ、アタシ達がこんなカッコしてるのも単なるコスプレじゃなくて、テレビの中の世界には妙な化け物が出る。戦うためにはある程度備えなきゃいけないからな」

説明できるのはもうこんなところで終わりか。

「話せることはこれで全部だ。アタシ達はこれから杏を助けに行く、きらりは危ないからここで…」

「きらりも行く!」

「やっぱり」という顔をするアタシ達。
ここでそういわないきらりはきらりじゃないよなぁ。

「きらり、気持ちはわかるけどテレビの中は危険で…」

「でも杏ちゃんはそこにいるんでしょ!?きらりもいく!行って杏ちゃん助けゆ!」

「中にいる化け物は、ペルソナっていう超能力がないと戦えないんだ!」

「じゃーその手に持ってゆ棒とかはなんなんだにぃ!?」

「いや…これは護身用というか…」

「おばけ相手に通じないものを持っていくわけないにぃ!役に立つから持っていくんでしょー!?だったらきらりもお役にたてるはずだにぃ!」


きらりはバカじゃない、さすがに押し切れないか…。

「かみやん、しょーがないよ。はい、きらりんコレ」

未央が「やれやれ」とため息を吐きながら差し出したのは、金属バットだった。

「どーしたんだよコレ」

「きらりはこうなったら絶対ついてくると思ってさ、今更衣室からユッキさんのバット借りてきちゃった」

おいおい、良いのか勝手に。

「ちゃんと返せば大丈夫だよ!それに、きらりんはパワーあるからあんちゃん助けたあととかおぶってくれたら助かるし」

まぁ未央の言うことにも一理ある。
何よりきらりはおそらくこのメンバーの中でいちばん体力がある。
アタシの心配はお門違いか?

「わかったよきらり、着いてきてくれ。…ただし、そのバットが通用しない相手も必ずいる。そういう時はまず逃げてくれ」

「りょーかいだにぃ!」

これで良かったんだろうか。
若干の不安を覚えつつ、アタシ達はテレビの中に飛び込んだ。


―――テレビの中

「きらりん☆軟着陸!」

落ちるということを予め教えておいたからか、きらりは華麗な着地を決める。

「おぉーこれがテレビの中…ホントにあるんだにぃ…」

きらりには悪いが感慨に耽っている暇はない。

「ウサ!」

「シショー!ここに!」

いつの間にやら現れたウサが敬礼で出迎えてくれた。

「手掛かりをつかんだぞ!」

「サスガシショー!早業ウサね!」

アタシがマヨナカテレビで見た杏の居場所に関する情報を伝えると、ウサは眉間にしわを寄せて探知を開始した。

「むむむ…むむむ…」


「あのウサちゃんは誰なんだにぃ?」

「あれは、ウサ、って言って、この世界に住んでるんだよ。菜々さんの古い友達」

「古いって言わないでください!」

「ふぇー、ナナちゃんこんなところにお友達がいたんだにぃ?すごーい☆」

「あぁいや、あの、その」

「見つけたウサ!」

後ろでの気が抜けるやり取りを尻目に、ウサは探知を成功させたようだ。

「どこだ!?」

「こっちウサ!」

「よぉーっし、きらりんぱわー☆全開でいっくよー!」

「うぉぉおっ!誰ウサ!?この可愛くておっきい子は!?」

「にょわー☆きらりはきらりだよー!ウサちゃんよろしくぅー!」

「よ、よろしくぅー!」

まぁどこかしら似たスピリットを持った二人だ、すぐに仲良くなるだろう。
それよりも。




「行くぞ!」



アタシ達はウサの案内で走り出した。


―――重苦しい雰囲気のマンション、外

「ついたウサ!」

ここか!
ウサの案内でたどり着いたのは、確かにマヨナカテレビで見たのと同じ建物だった。

「ここに杏ちゃんがいるんだにぃ?」

「たぶん間違いない!」

「かみやん見て!アレ!」

未央が指示した方向を見ると、凛の時にも事務所の外に置いてあった巨大な砂時計があった。
今回はその頭上に『3 Days 2 Hours』と表示がされている。

「やっぱりアレは、制限時間なのかな…」

「アレが、奈緒たちの言ってた砂時計?」

「あぁ、そうだ。そういえば凛は見るの初めてだよな」

「うん…気になるね」

前の時はあまり余裕がなくてきちんと調べなかったけど、また杏を助け出したら消えるかもしれないしちょっと見ておこう。


アタシ達が砂時計を囲んで眺め出したその時。



―――我は時の番人・・・



「誰!?」

「落ち着け、凛、頭に直接響いてくる…この砂時計か?」


―――我は時の番人・・・

汝らに刻限を知らせし者なり。

探せ、汝らの求めるものを・・・

我が終わりを告げる時・・・

汝らの希望は絶望に変わるだろう。


「これはどうやら、制限時間ってことでいいみたいだね!」

「あぁ、今回は三日、ってことなんだろう」

「だとすれば、今回は制限時間はあまり気にしなくても大丈夫そうですね!」

「私の時はどれくらいだったんだっけ?」

「確か十三時間とかそこらだ。半日現実でうろうろしてたら凛は危なかったってことか…」

「制限時間なんて関係ないにぃ!ちゃちゃっときらりが杏ちゃんを助けちゃるにぃ!」

そう叫ぶときらりは、わき目も振らずマンションの中に駆けこんだ。

「おい、突っ走るなきらり!危ないぞ!みんな行こう!」

きらりに遅れて、アタシ達もマンションに駆けこんだ。


―――重苦しい雰囲気のマンション、一階

「うわぁ…」

『2色に分けられた事務所』もレッスン場に至る廊下がそうだったが、このマンションはもう最初っからダンジョンの様相を呈している。

「ここのどこかに杏ちゃんが…」

「きらり、ここから先は絶対に単独行動はダメだぞ」

「わ、わかったにぃ…」

流石のきらりも不安の色は隠せないようだ。
そりゃそうだろう、杏を助けたい一心とはいえこんな現実離れしたところに来ちまったんだからな。

アタシ達は恐る恐る歩を進めていく。


「この全体から漂う重苦しさはなんだろう…」

「ここが杏の心象風景だとするなら、何かここに嫌な思い出でもあるんじゃないか?」

「あの飄々とした杏ちゃんが、こんなに悩んでたってことですか?」

「その飄々としたのも、暗い気持ちを隠すための演技だったのかもね…」

「そんなことないにぃ!杏ちゃんはホントにお仕事とか楽しんで…!」

「キラリチャン、ここは、本人でも気づかないような嫌な気持ちが反映されちゃう場所なんだウサ…。

みんなの助けたいアンズチャンがどんな子かウサは知らないけど、これがその子のすべてだなんて思わないであげて欲しいウサ!」

「…うん」

きらりは相当参ってるな…やっぱり無理にでも置いてきた方が良かったのかな…。
外観はマンションだが、中身はもはやそう呼べない建物の中を、アタシ達はさらに進んで二階へあがった。


―――重苦しい雰囲気のマンション、二階



―――食べ物ならレンジでチンすればいいじゃん―――


―――ワタシ、これからデートなの、アンタにかまってらんないから―――


―――誕生日?これで好きなモノでも買ってこい―――

「な、なんなのコレ!?」

二階に上がった途端、アタシ達の脳内に嫌な感じの言葉がこだました。
凛の時と似ている。

「今のは…?」

「多分、杏の心に強烈に残ってるつらい思い出の一部…だと思う」

それにしても嫌な言葉だった。
なんていうか…自分が言われたわけでもないのに嫌悪感しか感じない。

これが、今アタシが想像した通りの関係性の相手から言われたとすれば…。

ところが、のんびり考えている場合でもなさそうだった。


「何か来るよっ!」

未央の声に意識を集中する。
アタシ達の眼前の空間が黒く歪み、四体の化け物が現れた。

「シャドウだ!」

「これがー!?」

きらりの驚く声が聞こえるが、とりあえず無視だ。

「凛、行けるか?」

「ふふ、私を誰だと思ってるの?イメトレはばっちりだよ」

言葉だけ聞くと頼もしいが、声が震えてるぞ。

「…奈緒は余計なこと言わなくていいよ」

普段の仕返しだ。

四体の化け物…太った警官のような恰好をしたシャドウは、こちらを向くと一斉に拳銃を構えた。

マズイ、飛び道具だ!








「そっか、奈緒たちが言ってたのはこういう感覚なんだね」












焦るアタシ達だが、凛はさっきのアタシの軽口で落ち着きを取り戻したのかうっすら笑みを浮かべている。
青い光に包まれた凛の、力強い声が響く。













「ペルソナッ!」















パリィン!













久々におなじみの音が響いて、凛の背後に影が現れる。












「これがあなたの名前、でいいんだよね?…ネコショウグン!」








にゃー!と雄叫びを上げるのは、戦国武将の格好をした、二足歩行の猫だった。
あ、凛のヤツも可愛い。いいなぁ、お前犬派だろ?りんわんわん。




アタシの嫉妬の目線に目もくれず、凛が叫ぶ。








「ジオンガ!」







凛の声に応じたネコショウグンが、にゃー!っと軍配を振り下ろす。
その先から発された電流が、警官シャドウを消し飛ばした!

「かみやん、私達も!」

「おう!」

仲間が倒されて動揺しているらしい奴らの隙をついて、アタシ達も意識を集中する。

「ジャックフロストっ!」

「ゴフェル!」

青い頭巾をかぶった雪だるまの姿をした未央のペルソナと、神秘的な力強さを感じさせる女性の姿をしたアタシのペルソナ。


「マハブフ!」


―――マハガル―――
「使えってことだよな?マハガル!」


未央のジャックフロストの放った吹雪が、アタシのゴフェルが放った竜巻でさらに勢いを増す。
あっという間に残りの警官シャドウは闇に散っていった。

「おぉ~、さすが皆さん!早業ですねっ!」

「す、す、すごいにぃ!奈緒ちゃんたちかっくいー☆」

「いやぁ、やっぱりシショーはシショーウサ!」

口々に賛辞を述べる三人。
ちょっとこういうのは照れくさい。


「ナナちゃんも今のできゆのー?」

「はいっ、ナナは戦うのはあまり得意じゃありませんけど、皆さんのおケガとか治すのは得意ですよっ!」

「おおっ!ナナチャンお医者さーん?すごーい☆」

「きらりちゃんも、けがしたら言ってくださいね!菜々がウサウサミーン!って治しちゃいますからっ!」

「おっけー☆ナナちゃん頼りにしてるにぃ!」

この二人がいると場が明るくなっていいな。
今の手ごたえだとそこまで強いシャドウもいなさそうだし、さっさと杏を迎えに行ってやろう。


―――重苦しい雰囲気のマンション、五階



―――あはは、このゲームたのしいなー―――


――― 一人だと誰にも気兼ねなく遊べていーなー!―――


―――独りでも寂しくないもんね!…寂しくないよ…―――


階層を進むたびに負の感情がアタシ達に襲い掛かる。
これは…間違いない、杏の声だ。

「杏、寂しかったんだね…」

「うん、普段あんな感じだからわかりづらかったけど…」

「あれも杏なりのポーズだったんだな、かまってくれっていう」

ここまでくる過程でアタシ達もなんとなくわかってきた。
杏は自分の家族とうまくいってなかったんだ。


両親はそれぞれ家庭の外に恋人をつくり、家はいつも空っぽ。
お互いその状態に納得して、家庭内で暴力を振るわれることこそなかったようだが、そのかわり杏は常に無関心の世界におかれていた。

どれだけ頑張っても、どんなに悪いことをしても無関心。
学校に行かなくなっても無関心。

ここまでくると、杏はよく潰れなかったな、と思う。

ニートになってしまった理由もなんとなくわかる。
おそらく杏は疲れちまったんだ。頑張ることに。

頑張るって言っても色々ある。
杏が高みを目指して頑張っていたか、とかそういう問題じゃない。

ここへきてわかった。
杏は家庭という本来一番温かいはずのところで、懸命に寒さに耐えて生きていたんだ。

そして、いつしか頑張ってまともに生きることに疲れて、ニートという自堕落な世界に身を委ねた。

「またシャドウだよ!」


アタシは応戦しながら考える。

杏がこんな風に溜めこんでしまったのは誰が悪いんだろう。

杏の両親?
まずはそうだろう。

周りの人たち?
事情を知っていながら関与しなかったのならそうかもしれない。

事務所のみんなは?
杏にとって、事務所の皆はなんだったんだろう。
アタシは?きらりは?

そして、杏Pさん。
杏を無関心の世界から関心の世界へ連れ出した張本人。
一気に正反対の世界に来てしまった杏は、どう思ったんだろう。

アタシは杏じゃない。
こんなことを考えても答えは出ない…か。

「なんか広いところに出たよ!」

未央の声でハッと我に返る。
ダメだな、今は集中しないと。


アタシ達がたどり着いたそこは、ちょっとした広場になっていた。
ラウンジとでも言うんだろうか。マンションにそんなものがあるとはな。

中心に誰かいる…あれは…。

「杏ちゃん!」

きらりが飛び出していった。
慌てて追いかける。

「杏ちゃん!ケガない!?いたいとことかな、い…?」

きらりの事だから、思いっきり飛びつくかと思ったのに、意外にもその手前で立ち止まってしまった。
どうしたんだ?

「きらり?」

「杏ちゃん…かにぃ?」

きらりが疑わしい顔をする。
杏に間違いないはずなのに、断定できない、そんな表情だ。

『あぁ、きらりか。おはー』

対する杏はいつもと変わらない…ように見える。
もしやシャドウの方か?


『わざわざ来てくれたんだー、杏がだらけるのを見にさー』

「い、いや、杏、アタシ達はお前を助けに…」

『このゲームなっかなか完成度高くてさー。ちょっと見ていきなよ』

「杏、杏Pさんが心配してるよ。とりあえず帰ろう?」

『凛まできちゃうとは、杏は愛されてるなー』

「そうだよっ!みんなあんちゃんのこと心配してるからさ、早く帰って…」

『でもそういう薄っぺらいのはもういいんだー。別に杏がここでゴロゴロしてれば誰の迷惑にもならないし』

「えっ!?」

『ていうかみんなも暇だよねー、こんなとこまで来ちゃってさー。きらりなんてペルソナ使えないでしょ?よくもまぁ他人のために一生懸命になれるもんだよ、尊敬しちゃうー』

やっぱりな。

「お前、杏じゃないな」

『えー奈緒なにいってんの?杏は杏だよ?』


「お前は杏の影だろ。本物の杏は憎まれ口を叩くけど、そんなものの言い方はしない。アイツはどうした」

『だから、杏は杏なんだって、話通じないなあ』

「ちがうって言ったろ。お前は杏の影だ。アイツをどこへやった」

『…もう!うるさいなぁ、おちおちゲームもしてられないよ。はい、スタッフさんよろしくー』

杏の影の合図で、部屋の隅から大量のスモークが噴き出してきた。

『一時てっしゅーだね!ばーい』

「待て!杏を返せ!」

「杏ちゃあああん!!」

アタシ達の呼びかけも虚しく、杏の影は煙に紛れて姿を消してしまった。

「きらり、すまない。逃げられた」

「んーん、きらりもあの杏ちゃんちょっとヘンーて思ったからいいの」

流石杏の親友だけあって、その辺の感覚は鋭い。

煙がひくと、さっきまで杏が立っていた場所に、一枚の写真が落ちていた。


「これ、きらりと杏Pさんじゃないか?」

「どれー?」

写真を拾い上げて見てみると、そこにはめんどくさそうな表情の杏と、その杏を挟むようにして満面の笑みのきらりとニヤニヤ笑う杏Pさんが写っていた。

「これ、昔お仕事の打ち上げで撮ったやつだにぃ…なんでこんなところに」








『にゃははは☆それはそんなの、杏ちゃんがきらりと杏Pちゃんのことめんどくさいと思ってたショーコに決まってるにぃ!』







ゆらっ、と目の前の空間が歪むと、きらりそっくりの奴がその歪みから現れた。
未央の時と同じだ…。

「だ、だれだにぃ!?きらりんとおおお同じ顔してるにぃ!うきゃーなにコレぇ!」

『きらりはきらりだにぃ?今目の前立ってるきらりとおんなじきらりだにぃ』

「き、きらりはここに居るにぃっ!きらりは二人もいないもん!」

『だけど、現にここにいるじゃーん☆』

二人のきらりは言い争いをしている。
これはまさか…。

「そ、それにっ、杏ちゃんがきらり達をめんどくさいなんてそんなっ…」

『思ってるってー、だって杏ちゃんよく言ってるじゃん「きらりうるさい」「杏にかまうなー!」って』

「それはっ…」

『まぁそれがポーズだったとしてもぉー?きらりの今まで出会ってきた人たちの反応を思い出せば、ハッキリわかんじゃなーい?』

「ち、ちがうにぃ…」

きらりの影の喋り方が、だんだん怪しくなっていく。
きらりん語が崩れてきてる?


『思い出してみなって、小さいころのことをさ。

昔っから人一倍元気で、人一倍うるさくて、だけど子供の時はそれが喜ばれるからそのまま騒ぎまわってた。

だけど、小学生も半ばごろにはもう違う。

だんだん周りは大人であろうとし始める。

他と違うものは排斥される。

いつまでもバカみたいなテンションのワタシは、そのうちにみんなから避けられるようになった』

「う、うううぅ…」

きらりの影の言葉に、きらりは耳をふさいで耐えようとする。

「きらり、ダメだ!心を閉ざすな!」

「受け入れないと…大変なことになっちゃうよぉ!」

アタシ達もひどいことを言っているのはわかってる。
認めたくない自分、それも誇大に誇張された醜い部分を直視しろだなんて性格悪いにもほどがある。

だけど、ここでそれができないと命に関わる。


「私も自分の影を受け入れられなくて、一度は暴走しちゃった…。だけど、だからこそここで止めてあげないと…!頑張ってきらり…!」

『にゃははは☆優しいお友達が応援してくれてるよー?きらりん嬉しいっ!

…このきらりん語だって、ホントに狙ってやってるわけじゃない。

楽しいときに自然に出ちゃうだけ…普通に喋ろうと思えば喋れる。

いつだってワタシは正直に、一度もウソをつくことなく生きてきた。

だけど、周りはそんなこと信じやしない。

嘘を全くつかない、取り繕って生きない人間なんてイレギュラーでしかない。

あの時は辛かったよねぇ、ワタシ?

色んな人にいじめられてさぁ』

「たしかにあの時は…っけど!今は毎日楽しくて…」

『たまに優しくしてくれる人に出会っても、しばらくすれば「普通に喋った方がいいよ」とか言われちゃってさ。

みんな心の底では思ってるんだよ、ワタシのテンションはクソウゼーってね!』

「ちがう!事務所の皆はちがう!!」


『じゃあこの写真はなんでここにあるんだと思う?

ここは、杏ちゃんのつらい思い出が寄せ集められてできた世界。

当然ここにある物はすべて杏ちゃんのつらい思い出に結びつくんだよねー?』

「あ…」

『そんな場所に落ちてたこの写真!

写ってる二人には、さぞかし言いたいことがあるんじゃないかなー、杏ちゃん』

「あ、あ、あ、」

『きらりはー、だらだらしたい杏ちゃんをいろんなとこに引きずり回すしー。

杏Pちゃんはー、杏だけの世界をぶち壊した張本人だしー?

そんな二人に延々と働かされる杏ちゃんはどんなことを思ってただろうねー』

きらりの影はくすくす笑う。
本物のきらりの笑みとは似ても似つかない邪悪な笑みだ。


「みんな、戦う覚悟はしておいてくれ」

「かみやん?」

「きらりの様子を見ろ…アタシ達の声はもう届きそうにない。なんとか打ち勝ってくれればいいけど、ダメだったらアイツを助けてやらなきゃいけない」

諦めたくはない。だけど、こんな世界だ。可能性には備えておいた方がいい。

『やーっぱりさ、他人は信用できないよ。

きらりがどんなにみんなのためーって動いてもー。

きらりがどんなにみんなを楽しくしようとしてもー。

みんな嘘つきだから、きらりのことなんか信じてくれないよねっ!』

「ちがう…ちが、う、にぃ…」


「きらりちゃあん!頑張ってくださいっ!」

『でも大丈夫、ワタシだけはきらりをわかってあげられる。

きらりがホントに正直な子なんだって言ってあげられる。

見た目だけで判断する人たちの何が大切なの?

大事なのは自分だけでしょ?きらり。

…いや、ワタシ?』




「もうやめてえええぇぇえええぇええ!!」




「ダメだ来る!みんな構えろ!」











「アンタなんか!!きらりじゃない!!!!」













『く…くくく…あはははは!にょわあああああああああああああああ★!!』






きらりの影が高らかな笑い声をあげ、巨大化を始める。

コイツは…でかいぞ!









『我は影…真なる我…』








凛や未央の影も大きかったが、コレはそういう次元じゃない。
とてつもなく巨大な…馬車?
いや、これは戦車だ!ピンクのフリフリとリボンにデコレーションされてはいるが、二頭の馬が牽く戦車、いわゆるチャリオットってやつだ!
御者台にはごてごてに着飾った女騎士みたいなのが座っている。

『こんな、嘘に塗れた世界なんていらない!みんな…はぴはぴになっちゃえば良いんだにぃ!!』

「くるぞ!」

きらりの影が襲い掛かってきた!


―――重苦しい雰囲気のマンション、五階、広場

『くらえ!!』

きらりの影が突っ込んできた。
戦車を牽く馬が前足で踏みつけようと勢いをつけている。

「スクンダ!」

アタシは急いでサキミタマを呼び出し、きらりの影の動きを鈍らせる。

「みんな散れ!固まってると一発で全員やられるぞ!」

「りょーかいっ!その前に…スクカジャ!」

未央が全員にスクカジャをかけて回る。

「さんきゅ、未央!ウサ!きらりを安全なところへ!」

「ガッテンショーチウサ!」

「まずは私からいっくよー!」

スクカジャがかかり俊敏になった未央が、戦車の足元に滑り込んで渾身の一撃を放つ。
しかし。


「うぎゃ!…かったーい!」

シャドウの体は予想以上に固く、思いっきり殴った程度では大したダメージは与えられないみたいだ。

「物理攻撃はダメってことか!」

「じゃあこっちはどう?」

アタシの言葉を聞いた凛が意識を集中する。

「ジオンガ!」

大きな雷が戦車に直撃する!

『にょおおおお!今のはビリッときたよー!』

やったぞ、効果はあるみたいだ!

「…でもこれじゃ厳しいよ…」

「どうした、凛」

「このジオンガって呪文、威力は高いけど結構精神力使うみたい。何発もドカドカは撃てない…それに、ただダメージが通ってるってだけで使うには効率が悪すぎる」

くそっ、これも突破口とは言いづらいか…。
なら!


「ガル!」

ゴフェルの風をきらりの影に叩きつけてみる。
この風ならそこまで精神力を使わなくてもいけるが…。

『ふふん、そよ風がここちいいにぃ!』

ダメか!威力が足りない!

「威力の低い呪文でも!」

「一気にぶつければ!」

菜々さんと未央が息をそろえて叫ぶ。

「「ブフ!」」

一人で放つブフの、何倍もの勢いを持った吹雪がきらりの影に襲い掛かる!

『ざーんねん!きらり寒いのなんか平気だにぃ!』

きらりの影に当たるかどうかというところで、相手の体が光を放ち吹雪は綺麗に撃ち出した未央たちの元へ跳ね返っていく。


「うわあああっ!」

「きゃああ!」

「未央!菜々さん!」

「だ、大丈夫です!メディア!」

幸いにも、得意属性の魔法には耐性があるってことなんだろう。
大した傷にはならず、菜々さんの魔法でとりあえず元通りだ。

しかし…。

「打つ手なしかよ!」

「シショー!今の呪文の反対属性をつくウサ!」

ウサの声が響く。

「シャドウにもペルソナにも、得意な属性と苦手な属性があるウサ!そして、その関係はちょうど反対になっている場合も多いウサ!吹雪が効かないなら、火炎が効く可能性があるウサよ!」

『ウサちゃんうるさーい★』

「ウサぁぁぁ!?」

きらりの影が車上から鞭を振るう。


それを慌てて避けるウサ。

「やめろ!お前の相手はアタシらだろ!」

『えー、でもぉー、奈緒ちゃんたち弱すぎてきらりつまんないにぃー』

バカにしてやがる。
しかし、打つ手がないのも事実だ。

今この中に火炎の呪文が使える奴はいない。
というか火炎の呪文があるなんてことも今知った。

そりゃあ風や氷があったら火もあるだろうけどさ。

火、火、熱い、熱い物…熱い奴…茜?








―――奈緒ちゃん!!ガードが堅い相手を倒すときはですね!!まず態勢を崩すところから狙うんですよ!!相手のチームの防御力を下げるんです!!!







前に茜がアメフトの戦い方について熱く語ってくれた時のことを思い出した。

防御力を下げるっていわれても、どうすればいいか…。





ピシィッ





茜の笑顔を頭に思い浮かべた時、頭の中で何かが生まれた感じがした。
これはペルソナか…?

赤い馬に乗った勇ましい女騎士だ。

即座に名前が頭に響き渡って、ちょっと納得する。
聞いたことあるし、ぴったりだ。






「ヴァルキリー!」







アタシの中から、かの有名な戦乙女が飛び出す。




「ラクンダ!」



ヴァルキリーがその手の得物を高く掲げると、きらりの影に光が降り注いだ。
多分、これで…。

「未央!もう一度ぶちかますぞ!」

「えぇっ!?でもコイツめっちゃ固いよ!?」

「多分、今ならいける!」

「えぇぇぇぇぇ!うーん…ままよっ!」

アタシと未央は、最初の未央の時のようにヤツの足元に滑り込んで、車輪を思いっきりぶっ叩いた!

ガコォン!

『ぐぅぅ…!』

「効いた!」

「やっぱりな!今ならヤツの防御力も下がってるから、物理攻撃も効くぞ!」

「なら、叩くよ!」


好機とばかりにきらりの影に飛びかかるアタシ達。
切れそうになるたびにスクカジャとスクンダをかけて、絶対に相手の反応よりも早く立ち回れるようにしておく。

こうなれば、でかい図体は小回りが利かない分アタシ達が有利だ!

けど。

『あああああもううざったいにぃぃぃ!!!!』

きらりの影が、一瞬で力を溜め、解放する。



『くらええええ!!!「きらりんぱわー★」!!』



「うわっ!」

「くっ…!」

「うぎゃっ!」

ちょこまか動き回るアタシ達に業を煮やしたきらりの影は、全方位波動攻撃というどこぞの天才忍者みたいな技を使ってきやがった。

たまらずアタシ達は吹きとぶ。


「みなさん!…メディア!」

菜々さんの呪文のおかげで、深手は負わずに済んでいるけど、それももう長くは続かない。
きらりの影は今大技の反動ですこしふらついていて襲ってこない。

「やっぱり、物理攻撃でちまちまとじゃ埒が明かないよ!」

「やっぱり、私のジオンガで…」

「それじゃあアイツより先に凛が倒れるだけだ…くそっ」

きらりの影は、単に固いだけじゃなくて物理攻撃への耐性も高いらしい。
防御力を下げたくらいじゃまだ足りないってことか…。

あー、くそ!どうすりゃいいんだよ!

頭をかきむしるアタシの肩を、誰かがそっと押さえた。
未央だ。

「かみやん、落ち着いて!」

「未央…」


「大丈夫、今まで散々信じられないことに巻き込まれてきたけどさ!

全部なんとかなってきたじゃん!

今だって、アイツがバカみたいに体力があるってだけで、戦えてないわけじゃない。

それも、かみやんの力のおかげなんだよ?」

未央の言葉が焦っているアタシの心を落ち着かせてくれる。

「かみやんだってワケわかんないかもしれないけど、それでも私達を助けてくれた!

私としぶりんは、かみやんが居なかったら絶対にここに居られてないんだよ!

だから、今回も大丈夫!なんとかなるよ!

ね!かみやん!」

未央が思いっきりアタシの手を握って、力強くうなずく。

その時だ。



ピシィッ


またもやさっきと同じ音がした。
おいおい、今回はペルソナのバーゲンセールか?

アタシの脳内に、一人の少女が飛来する。
少女?いや、これは…妖精だ。

妖精はこちらを向くと、優雅に一礼して見せた。

まぁ…わりと可愛い部類に入るんじゃないかとは思うけど、やっぱり何か違うんだよな…。

だけど、確信した。これで反撃できる。


「…未央、さんきゅ」

「良いってことよ!」

やっぱりコイツは親友と言ってもいいかもしれない。
アタシが困ったときには助けてくれる、そんな存在だ。

「あ、あれ?あれれ?」

アタシがみんなに向き直ろうとしたところで、今度は未央が妙な声を上げた。
どうした?

「あ、あぁ、いやあの」

おい、悠長にしてる時間はないぞ。

「えーっと、なんかジャックフロストがいなくなっちゃったんだけど!」

「なんだって!?」

ここにきて貴重な戦力が一人減るのか!?
それはマズイ。

「大丈夫なのか!?」

「あぁいや、いなくなったはいなくなったんだけど…なんていうか新しい子が来まして…」


「どういうことだ?」

「わかんないよ…進化したのかな…でも、かみやん」

未央がニパッと笑う。

「どうやら戦えそうですよ、これで!」

なにやら未央も新しい力に目覚めたらしい。

「よし、みんな聞いてくれ!」

アタシは三人の注目を集める。

「多分、アイツをどうにかできると思う」

「思うとはっ?」

「火炎の呪文が使えそうだってコト!」

やっぱりか。

「そうだ、これからアタシと未央でどうにかアイツを転がしてやる。合図をしたら全員で一斉に飛びかかってくれ!」


「おっけー!」

「了解!」

「りょうかいですっ!」

アタシと未央は、態勢を立て直しつつあるきらりの影に走り寄ると、タイミングを計って身構えた。

『ふん、どれだけやっても結果は変わらないのに、まだやる気かにぃ?』

「勝負は最後までわかんねえだろ。アタシは途中で勝負を投げ出すのが大っ嫌いなんだっ!」

『じゃあ、お望み通り終わらせてやるにぃっ!』

きらりの影が、アタシ達に飛びかかろうと構えた。
ここだ!






「カハクっ!」






呼びかけに応じて現れる赤い妖精。


「アギラオ!」

大きな火の玉が、御者台に乗る女騎士を直撃する。

『にょわあああああああああ!熱い!熱いいいいい!』

やったぞ!効果はテキメンだ!

『許さんにぃ…』






「ジャックランタン!」





今度は未央が呼び出す。
なんだこのハロウィンのかぼちゃお化けみたいなやつは。
でもいいなぁ、また可愛い奴じゃんか。



「こっちも…アギラオ!」


『にょわあああああああああああ!燃えるにぃいいいい!!』

効いてるぞ!

「よし、締めは二人で…」

『があああああああ!』

痛みを振り切って、怒りにまかせて、きらりの影が二頭の巨大な馬の前足を振り上げる。

ヤバッ…。





「ジオンガ!」




その瞬間に飛来した雷が、二頭の間で炸裂し、馬はたまらず上げた足を引っ込める。

「油断は禁物、だよ」

「ひゅ~、しぶりんかっくいー」

アイツはホントに頼りになるよな…よし。








「行くぞ未央!」

「ガッテンだかみやん!」















「「アギラオ!!」」









アタシ達の放った巨大な火球は、きらりの影にものすごい勢いでぶち当たると轟音を立てて爆発した。
たまらず影は倒れ伏す。





「今だ!全開でぶっ叩けぇ!」





アタシ達四人は、とどめとばかりにきらりの影へ躍り掛かった。


―――重苦しい雰囲気のマンション、五階、広場

『にぃぃぃ…』

シュゥゥゥゥゥ、と影が小さくなっていく。
…マジで、何とか勝てたって感じだな…。

「し、死ぬかと思ったぁ…」

「ナナも、もう動けません…」

「さすがにきつかったね…私のもこんなに強かった?」

シャドウとしての強さはこっちが上だとは思うけど、あの時は未央と二人でだったしなぁ。

「き、きらりんは?」

そうだった。

「ウサ!きらりはどうだ?」

「ちょうど目を覚ましたウサ!」

「ありがとー」とウサにお礼を言って、きらりがゆっくりと立ち上がる。
倒れている自分の影の方をちらっと見ると、怯えたような表情であたし達の顔を見回す。


気にすんなって。
アタシはちょっと笑いかけてやった。

気持ちが通じたのだろうか。
きらりは意を決したように影に近付いていく。

本体の接近に、影もゆっくりと立ち上がった。

「えっと、えっと…影ちゃんの言うこと、あんまり間違ってないと思うにぃ…。

きらりは他の子たちよりおっきぃし力も強いのに、いっつもおこちゃまみたいだってバカにされて、すっごく悲しくなることもあった…。

みんなにはぴはぴしてもらいたいのに、きらりが頑張ってもみんなあんまり笑ってくれなかった頃もあった…。

とってもとっても悲しくて、つらくて、何度もみんなと同じようにしよう!って、変なことしちゃめーって自分に言い聞かせたけど…やっぱりきらりはきらりでしかないんだにぃ…」

きらりは自分の影を見つめる。


「でもでも!アイドルになってからは違ったにぃ!

色んな子がいて、きらりがどんな変なことをしても笑ってくれるし、ダメなことしたら叱ってくれたにぃ!

ファンのみんなはきらりのこと好きーって言ってくれてるし、なによりきらりには杏ちゃんていう大事なお友達もできたにぃ!!

杏ちゃんがきらりのしたことをイヤって思ってたなら、何度だって謝るにぃ!

許してもらえなくたって、何度でも!!

だって、きらりは杏ちゃんの事大好きだもん!」

きらりは自分の影の事を思いっきり抱きしめた。


「きらりは自分を変えられなくて、すっごく悩んだし苦しかったにぃ。

だけど、今はもうきらりのことを好きって言ってくれる人たちと一緒にいるから、そんなことで悩まない!!

辛いことがあった昔も、それも今のきらりの大事な一部になってるんだにぃ!!だから!」










「影ちゃんも…きらりだよ☆」













抱きしめられたきらりの影は、コクンとうなずくと顔をあげた。
青い光がきらりを包んで、影が消えると同時にカードが一枚きらりの頭上で輝く。











>きらりは自分の心と向き合い、困難な事態に立ち向かう心の力、ペルソナを手に入れた!






「えへへ…なんか…疲れちゃったにぃ」

きらりが力なく笑ってへたり込む。
無理もない、ただでさえここは疲労がたまりやすいんだ。

ましてペルソナもなしじゃあな。

「…みんな、聞いてくれ」

一応リーダーを任された身としては、状況判断をしなくてはいけない。

「きらりも疲れてるし、アタシ達も今の戦いでだいぶやられた。ここは一旦現実世界にもどって態勢を立て直そうかと思う」

「き、きらりは大丈夫だにぃ!早く杏ちゃんを助けないと…!」

「きらり、気持ちはわかるけど無理は禁物だよ」

「でもでも!」

「入口にあった砂時計がタイムリミットだっていうなら、今回はまだ三日あるんだよ!焦って失敗しちゃったら元も子もないよきらりん」

「うぅ…」


「杏を助けたいのはアタシ達も同じだ。だけど、今の状態でこの先何階まであるかわからないこのマンションを、戦いながら進むのは危険すぎる。ここはアタシ達の為にも一度戻らせてくれないか?」

「…わかったにぃ」

しぶしぶながらきらりも納得してくれた。
実際杏を助けた後にまたここを戻る行程が入ることを考えると、ますます無理はできない。

只でさえ杏の影と戦わなきゃならない可能性があるんだ。


―――現実世界、事務所、第4会議室


「ウーサミーン、一時帰還ですっ」


きらりの影を撃退したものの、疲労困憊に達したアタシ達は、一度現実世界へ戻ることにした。

※作者でございます。

ここまでで第四話の半分といったところでございます。

物語を執筆されたことがある方はお分かりになるかもしれません。
なぜ物語の登場人物たちは勝手に動き出そうとするのでしょうか。

大変に苦戦しております。

どなたか、リボンシトロンと白桃の実をくださいませ。

そういえばなぜペルソナにはラスタキャンディが無いのでしょうね。


では、続きは二、三日後。

またお会いしましょう。


※作者でございます。

なかなか年の暮れというのは忙しいものでございます。

そして五話がなかなか進まない。
やはり創作はむずかしいですね。

感想いただいた皆様、誠にありがとうございます。

では、第四話の後半をご覧くださいませ。


―――深夜、CGプロ

「ふー、すっかり遅くなっちゃったな」

事務所の戸締りを確認して、独り言をつぶやいているのは…奈緒のプロデューサーだ。

「杏は大丈夫かなぁ…心配だよなぁ…。杏Pのヤツも元気出してくれるといいが…」

考え事をしているときに独り言が出てしまうのはどうやら癖の様だ。

「早苗さんのおかげで、こっそり警察の力を借りられたのは良かったけど、長引くようなら結局大事になっちゃうだろうしなぁ…」

どうやら杏がいなくなった一件への対応で事務所がバタバタし、お人よしの彼は人並み以上に仕事を引き受けてしまったらしい。

帰社時間が日付を超えるなんていうことは、いくらプロデュース業が忙しいとはいえそうそう毎日あることではない。

ぶつぶつ言いながらも手際よく締めの作業をこなしていく奈緒P。

「よし、帳簿の確認OK、書類は棚に突っ込んで鍵かけたし、パソコンもシャットダウン済み。鍵はどこも閉めたし、これでやっと帰れるぞー」

んんっ、と伸びをして鞄を手にし、事務所を後にする。
最後に裏口の鍵を閉めれば完了だが…。


「ん?誰だこんな時間に…」

事務所の外に立つ怪しい人影。
それは、髪の長い女のように見える。

「おいおい…お化けとかはやめてくれよ…」

薄気味悪い思いをしながらも、このまま帰っていいものかと逡巡する。
判断を迷っている奈緒Pに女の影は近づいてきた。

「…ふふふ、頑張っているかしら?」

「え?あ、あぁ、仕事ですか?見ての通りこんな時間まで頑張ってたわけですけど…」

何者なんだろう?と奈緒Pは考えをめぐらす。
お得意先の社員さん…ではないな、こんな人がいたらウチのスカウト陣が逃がさない。
じゃあどこかに所属してるモデルとか?

首を捻っている奈緒Pに対して、女性は薄く笑って見せる。


「…苦戦、しているようね」

「へ?」

「それでいいの…今は、それで…」

「あの、どこかでお会いしましたっけ…ってあのー」

小さな声でそう呟いて、女性は去っていった。
奈緒Pの事など意にも介さず。

「な、なんなんだアレ…まさかマジでお化けとか…うわ」

ぶるっと悪寒に身を震わせる。

「しかしまぁ…」

奈緒Pは先ほどの女性の姿を思い返す。

「不気味だったが…きれいな人だったな」


―――翌日、事務所、第4会議室

「みんな、昨日はちゃんと休めたか?」

「ばっちりだにぃ!」

アタシの問いかけにきらりが元気よく返す。

「今日こそ杏ちゃんを助けるんだにぃ!待っててね杏ちゃん!」

「きらり、張り切るのはいいけど暴走しちゃだめだよ」

凛はいつものように冷静にきらりを諭す。

「まぁまっ、きらりんもそれだけ気合入ってるってことだもんねっ!」

「きらりんぱわー☆…ナナもウサミンパワーで…!」

こっちの二人も相変わらずだ。

「よし、今日こそ杏を助けるぞ!」

「おうよっ!『マスカレイド』出動!…の前に」

未央が何やら大きな袋をがさがさしだす。
今度は何だ?


「へっへーん、じゃじゃん!」

未央が取り出したのは巨大なハンマーだった。
どうしたんだコレ。

「いやー、毎回毎回こっそりユッキさんのバット借りるんじゃ申し訳ないじゃん?きらりんの武器もないかな、って思ったら倉庫に良いのを見つけてさ!」

「腕が鳴るにぃ!」

未央がふらつきながら渡したハンマーを、きらりは片手で軽々と振り回す。
力持ちなのはわかったから狭い部屋の中で振り回すのはやめてくれ!

しかしまぁぴったりっちゃぴったりだな。

「さすがのコーディネート力だね!我ながらほれぼれするよ!…さて、おまたせ、かみやん!」

「おう」

みんな、期待するようにこちらを見ている。
あー、これはアレか、そういうヤツか。






「…『マスカレイド』、出動!」




―――テレビの中

「ウサ!お待ちしておりましたウサよぉ!」

「おう、また案内頼むぜ!」

このテレビの中は、ウサにもらった眼鏡で霧を透過するだけでは正しい道を歩けない。
ウサのように、ある程度テレビの中の世界で気配を捕えられるヤツがいないと迷ってしまうのだ。

「ガッテンショーチウサ!こっちよー!」

ウサの案内で走り出す。

目指すはあのマンションだ。


―――重苦しい雰囲気のマンション

「そうだ、砂時計を確認しておこう!」

あの砂時計がきちんと機能しているかどうかは確かめておいた方がいい。

巨大な砂時計は昨日と変わらずそこに存在し続け、頭上には『2 Days 5 Hours』と表示されている。

「昨日ここに入った時から大体二十時間くらいだったよね?」

「あぁ、どうやら時間は正確らしいな」

どうせなら現実の半分の速度で進めばいいのに…倍速じゃなかっただけマシか。

「間違ってないならそれでいいにぃ!みんな行こ!!にょわあああ!」

きらりが矢も盾もたまらぬ、とばかりに走り出す。

「ちょ、ちょっときらりちゃん、一人で行ったら危ないですよ!」

慌ててアタシ達も後を追う。
きらりに突っ走るな、ってのは無理な話だったか。


―――重苦しい雰囲気のマンション、五階

一度はたどり着いたからだろうか、アタシ達はマンションに入るとすぐに何故か五階にいた。
原理は良くわからないけど、ショートカットできたってことなら良いか?

「にょわっ!?いきなり五階にきちゃったにぃ。でも…なんでもいいにぃ!まっててねー杏ちゃあああん!!」

アタシ達が追いついてもきらりの勢いは止まらない。
にょわー☆と走るきらりのスピードは、そのまま世界陸上にでも出られそうな勢いだ。

「きらりっ、ひとりで突っ走るとっ、あぶ、あぶないってっ」

「にょわああああ!?」

あぁ、言わんこっちゃない。
大体こんだけ大騒ぎしてたら、どんな鈍いやつだってこっちに気付く。
ましてやシャドウなんかは確実に。

きらりとアタシ達の追いかけっこに反応した数匹のシャドウが、通路を通せんぼするかのように立ちふさがる。




「しゃ、シャドウちゃんだにぃ!だけどきらりは今急いでるんだにぃ!通らせてもらうよぉっ!!」







きらりは意識を集中させ、カッと目を見開く。











「ペルソナーっ!!」










周囲に青い閃光が迸り、きらりの背後に巨大な影が現れる。











「アレスちゃん!やったるにぃ!」







アレス…ちゃん?
呼称に若干疑問は残るが、アレスはアタシも聞いたことがある。有名な軍神だ。
ギリシャ戦士の様な恰好をした巨人が、その手に持つ剣を横に薙ぎ払った。

剣の間合いとしては全く届いていないが、巻き起こした疾風が並み居るシャドウを残らず蹴散らした。

すんごい威力だ。

というかきらりが突っ走ったから碌にレクチャーもできなかったのにいきなりあんなにペルソナを使いこなすとは…さすがきらり、常識の外を行くな。

「うきゃー、アレスちゃんつよーい☆」

はしゃぐきらりに、アレスは微笑ましげな目線を送って消えた。
やっぱりペルソナにはペルソナなりの意思があるんだろうか。

今のお父さんみたいだったぞ、アレス。

「うわー、私たちの出番なかったねー。きらりんのペルソナまじつよじゃん!」

未央の言葉の通りだ、この攻撃力は頼もしい。


「このまま一気に駆け上がるぞ!」

先導はきらりに任せ、再びアタシ達は激走を始める。

六階、七階と並み居るシャドウを蹴散らし、ひたすら上を目指す。

これまでと同様、階を上がるたびに杏の想いが流れ込んでくるのには正直参ったな。




―――こーやってゴロゴロしてるうちに気付いたら天国にいたりしないかなー―――


―――…杏は、なんのためにうまれてきたんだろ―――


―――…誰か…杏の事をみてよ…―――




辛かっただろう。
正直な話、アタシはかなり恵まれた環境で育ってきたと思う。

両親は健在で家族仲もいい。
中流だけど、お金のことで少なくともアタシが気にしなきゃいけないような状況にはない。
学校でも友達はそれなりにいて、おまけにアイドルなんていう華やかな世界の一員であったりもする。

だから、自分のいる環境が辛かったり苦しかったりする人の気持ちを完全に理解することはできないと思う。
それでも、理解しようと思うことが大事で、理解したいと思うから友達なんだ。

杏は友達で、苦しんでるなら助けてやりたい。
ただ、それだけだ。

そして、アタシ達は八階にたどり着いた。


―――重苦しい雰囲気のマンション、八階、大扉前

「なんか雰囲気ちがうね、ここ」

凛の言葉の通り、七階の階段を登ってたどり着いた八階は、今までの迷路構造ではなく大きな扉が一枚あるだけだった。

「ゴールってことっ?」

「多分そうウサ!でも気を付けて…強いシャドウの気配がするウサ!」

強いシャドウの気配…杏の影か。


「みんな、ここを入ったらどうなるかわからない。ただ、派手な戦いになるかもしれないってことだけ覚悟しておいてくれ!」

「了解」

「もちろんだよっ!」

「今さらですっ」

「杏ちゃんを助けるんだにぃ!!」

「シショー!」

「おう!」

アタシは巨大な扉に手をかける。




「行くぞ!」

思いっきり扉を押し開けて、アタシ達は扉の中に飛び込んだ。



―――重苦しい雰囲気のマンション、八階、大広間

「ここは…」

扉を開けて飛び込んだ先は、巨大な散らかった子供部屋だった。
壁際には巨大なモニターと数々のゲーム機が並んでいる。

「子供部屋…だね」

凛も同じ感想を抱いたようだ。

「杏ちゃん!」

部屋を見回していたきらりが何かに気付いて駈け出す。
その先を見てみると、確かに杏がいた。それも二人。

片方は影だ。

「みんな行こう!」

アタシ達もきらりを追って駈け出した。


「杏ちゃん!!」

「あー、なんだきらりじゃん、おつかれー」

『あ、きらり、結局こんなとこまで来たのー?ひまだねー』

「あ、杏?」

影の方ならまだしも、本体の方の反応の薄さにアタシ達は戸惑う。
これ、どっちが影だ?一応病院服と部屋着っていう衣装の違いはあるからわかるけど…それにしたって杏に動揺がない。

「お前、杏だよな?」

「そ、杏だよー。ごめんねー心配かけて」

「か、体は?ケガとかしてないにぃ!?」

「きらりは心配性だなー、大丈夫だって。ゴロゴロゲームしてただけだし」

テレビの中までもこうって、筋金入りだなコイツ…。
とにかく、無事なら良いんだ、さっさと帰ろう。

「まぁ、さすがにプロデューサーとかも心配してるだろうねー。しょーがないなー」


『帰る?なんで?』

今度は杏の影がしゃべり始めた。
そうだ、コイツはどうなるんだ?

『帰るってさー、杏、冗談でしょ?』

「は?帰るって、杏はこれでも忙しいの。まぁこうやって休ませてくれたことには感謝してるけどさ、今はそうも言ってられないんだよねー」

『帰ってどうすんの?また馬車馬の如く働かされて倒れるだけでしょ?』

「あー…まぁそりゃあさ、今回はちょっとやりすぎちゃったけどこれからはお仕事の量も調整はいるだろうし。あ、そう考えるとちょくちょく倒れるのもアリかー」

『…そーやって誤魔化すの辞めたら?

杏さー、ホントは働きたいんでしょ?』

「は?杏が?このニート王の杏が?ありえないでしょ」

影の放った言葉を杏が即座に否定する。
けど、なぜだろう。笑い飛ばすとかそんな感じじゃなく、どっちかというとホントの気持ちを気取られないように必死な感じを受ける。


『だってさー、そもそも倒れるほど仕事のスケジュールを詰めたのはプロデューサーじゃないじゃん、杏でしょ?

働きたくない杏がなんでわざわざそんなにお仕事つめたりしたのー?』

「それは…っ、アレだよ、稼げるうちに稼いでおかないと夢の印税生活には手が届かないから…」

『あー「夢の印税生活」ねー。

でもさ、そんなしんどい思いなんてしなくても玉の輿とか狙って、稼いでくれる旦那さん捕まえてくればいーじゃん。

ほら、お誂え向きに杏はアイドルなんて可愛らしいことしてるわけだしー』

「そ、それは…」

『働かずに食う飯がウマイっていうなら、手段なんてどれ選んでも一緒でしょー?

今倒れるほど仕事しなくたって、テキトーに媚び売って金持ちのとこにお嫁に行っちゃえばいいじゃん。

なんでそういう選択肢がないわけー?』


「ほ、ホラ…一応杏だって乙女なわけだし、す、好きな人と結婚はした方が…」

『あはは、好きな人と結婚だってー。

あんずー、杏って、そんなものに夢見ちゃうほど純粋な女の子だったっけー?

そもそも結婚にたいして杏がどう思ってたか、もしかして忘れたわけじゃないよねー』

「し、知らないね…杏は過去は振りかえらない主義なんだっ」

『過去は振りかえらない主義ぃー?

ちょっとちょっとそんな嘘は通じないよー?

ただでさえ過去にとらわれまくってんジャン』

最初の頃の拍子抜け感はどこへやら。
あっさりとした態度だったはずの杏が追い詰められている。


「杏!そいつはお前が認めたくないもう一人のお前だ!

お前の中にある暗い気持ちを誇張して語りかけてくる!

目をそらすな!否定しちゃダメだ!」

「そうだよ杏!

あなたが何を悩んでたかわからないけど、それだけが杏じゃないのはみんな知ってるよ!」

『うるさいなー。

奈緒と凛はホントにそういうとこお節介だよねー。

杏は二人のそういうとこキライだよ』

「ちょ、ちょっと、何を言うのさ!」

杏の影の言葉に杏が慌てる。


『凛はさ、何をやらせてもきちんとこなすし、自分が他人にどう見られてるか理解してる。

努力もできるから自信を持って行動できるし、冷静でリーダータイプ。

奈緒は男勝りだけど恥ずかしがり屋で、本人の意図しないギャップでじわじわ人気をつかんでる。

おまけに誰とでも仲良くできてお節介な、典型的優しい人。

杏はぁ、そういう良い家庭で育ってきたであろう人たちが大っ嫌いだもんねー?』

「ち、ちがうよ、そんなこと思ってないっ!」

『なーに取り繕ってんのさー。

今はたまたま奈緒と凛だけ言ったけど、ホントは事務所のメンバーの大半にはおんなじ様な事考えてるんでしょ?

温かい家庭で育ったんだろうなー、あー妬ましいなーって!』


「やめてよっっっ!」

『くくっ…やめてもなにも事実じゃーん?

両親はそれぞれ勝手に愛人作って杏には無関心。

いじめられようが学校サボろうが無関心。

記憶にあるのはレトルト食品の並んだ食卓に一人で座る自分。

これじゃあ杏が無気力ニートになるのも仕方ないよね?』

「そ、それと奈緒たちとは関係が…」

『関係あるじゃん!

あー、杏もあんな風に、お父さんとお母さんと一緒にお話ししたかったな!

お出かけしてお買いものして!

休日は遊園地とか動物園とか行ってさ!

そうすればあんな風に素直に、のびのび育ってたかな!

きらりみたいに大きくなれてたのかなって!

思ってたよねー杏?』


「思って…何が悪いの?」

「杏ちゃん…」

きらりがおびえた目で杏を見る。

「あぁ、うらやましかったよ!

こんな年にもなって、年少組がお母さんに迎えに来てもらうのとか見て、内心いいなーって思ったよ!

だけどそれがなんなのさ!そんなの別におかしくないでしょ!?」

『おかしくなんかないよ、杏。

だから妬ましくてしょうがないんだよね。

大っ嫌いなんだもんね。

温かい家庭って奴が』

「そこまでは…!」


『じゃあなんで急にバカみたいに仕事増やしたの?

なんで急に稼ごうと思ったの?

今それなりに人気出たじゃん。

CDも出したじゃん。

ここで焦る必要があったの?

プロデューサーに任せておけばもっとうまく活動できたんじゃないの?』

「それは…それは…」

『もう認めちゃったらいいんじゃないの?

思い出しちゃったんでしょ?

本当の信頼なんてない、絆なんて嘘っぱちだ。

仕事で共演した人も、事務所の皆も、きらりも、プロデューサーも!

一皮むけば他人だ!将来杏が売れなくなって困っても、どうせ誰も助けてくれやしないんだ!』

「そんなこと思ってない!!」

「そ、そうだにぃ!杏ちゃんは、ずっとずーっと大切な友達だにぃ!!」


『ふん、どうだか。

信頼とか絆とかってね、本来は家族から学ぶものなんだよ。

親子の愛情とかいうでしょ?

表面的に仲が悪くたって、どこかでは相手の事を気にかけてる。

人は、育てて、育てられて成長して人との関わりを学ぶんだよ。

だから、ホントに憎み合ってる家庭で育った人は歪んじゃうんだよ。

じゃあ杏は?

好かれてもいない、嫌われてもいない。

ただただ無関心、存在を無視され続けてた。

そんな杏が他人を信じる?好きになる?はっ。

ちゃんちゃらおかしいね!』

「やめろ…やめてよ…」


杏はもはや抵抗する気力もない様子だ。

「杏ちゃん…ヤバイですよっ」

「こんなの…こんなのおかしいよっ。自分の嫌な部分を延々聞かされるなんて!」

「奈緒、どうする?」

「きらり…なにもできないにぃ…?」

「…腹をくくるしかないな」

アタシは顔をぴしゃっと叩いて気合を入れる。

「多分もう杏は限界だ。このままだと影は暴走する…そうなったら、アタシ達で杏を助けるぞ!」

「うん」

「そうだね!」

「はいっ」

「…やったるにぃ!」


アタシ達の決意をよそに、杏の影は執拗に杏を追い詰めていく。

『誰も信じられないなら、いっそ一人でいた方がいい。

不安になっちゃったんだよね、杏は。

一生アイドルを続けられるわけもない。

アイドルを辞めた自分に価値なんてないから誰も助けてはくれなくなる。

そんな状況を目の当たりにするくらいなら、もう自分から引きこもっちゃおう。

そのためにはそれができるだけのお金を稼がないと!

そういうことでしょ杏?』

「そんな…プロデューサーと…」

『だいたい、努力が嫌いな杏にトップアイドルなんてむりむり!

叶わない夢を見続けたあげく辛い未来が待ってるなら、いっそもうここでずーっと引きこもってゲームしてようよ。

大丈夫、ずーっと杏がそばにいて相手してあげるから。

他人は信じられなくても、自分なら信じられるでしょ?

だって、杏は、アナタなんだから』






「ちがう…」

「杏ちゃあああああん!!!きらりは…」












「アンタなんてっ、杏じゃない!!」










『あは…あはははは…あーっはははははははははははは!!だらけるのにこんな力いらないのになー!!』





きらりが何か言いかけたが、それが届くことはなく杏の影は巨大化を始めた。









『我は影…真なる我…』









きらりの影ほどじゃないが、これだって結構な大きさだ。
そして浮いている。最初は飛んでいるのかとも思ったけど、よく見ると梁からロープが伸びていて逆さづりになっているようだ。
大量の毛布をその身にまとい、ちょっとした巨大ミノムシといった様相を呈している。




『杏の休息を邪魔するっていうなら、それなりの報いは受けてもらおうじゃないか!!

みんな休ませてあげるよ…永遠にな!!』




「みんな、行くぞ!」


―――重苦しい雰囲気のマンション、八階、大広間

『杏は自分が戦うなんて面倒なことはしないよ!!』

その言葉に反応したのか、杏が抱えているぬいぐるみにそっくりな奴らがわらわらと現れた。
ボスキャラ、お供付き、ってことか。

「ウサッ!アンズチャン救出~!」

「かみやん、どうしようっ?」

「敵の数に惑わされるな!本体を叩くのが優先だ!」

『お、奈緒は流石こういう時の戦い方をわかってるねぇ。

そ、無限湧きのお供は無視するに限る!

…だけど、そう上手くいくかな?』

杏の影は言いたいだけ言って、毛布の中にもぐりこむ。
あの毛布…もしかして。

試してみるか。

「ヴァルキリー!」

予想通りなら…。


「突撃だ!」

勇ましい雄たけびを上げて、戦乙女が杏の影に躍り掛かった。
しかし。

ボフンッ

軽い音がして跳ね返される。

「くそっ、やっぱりか!」

「どういうこと、奈緒」

「杏の影があの毛布の山の中にいる間は、攻撃が通じないってことだ」

『さすが奈緒、理解が早いねえ』

再び毛布の塊から顔をだす杏の影。

『そして杏はここから出る気はないよー。このサンクチュアリを、突破できるなら突破してみるんだね!』

生憎とそんなプログラムアドバンスは持っちゃいない。
一枚一枚吹き飛ばしていくか、それとも…。


「奈緒、こいつら機械仕掛けみたい」

アタシ達が対策を練っている間、敵が待ってくれるなんてことはない。
とりあえず群がってくるウサギもどきどもを追い払っていると、凛があることに気付いて声を飛ばしてきた。

「しかも、綺麗にとどめをささないと自爆するよ!」

なんだって!?
つくづく面倒なしかけをしてくれたもんだ。

ん?爆発?

ウサギもどき改めウサギロボの大きさと、杏の影とアタシ達の距離を測る。

「きらり!」

「にょわっ!どうしたんだにぃ、奈緒ちゃん」

「こいつらをハンマーでぶっ飛ばして、あそこのデカブツにブチ当てることはできるか?」

「奈緒、やっぱり女の子っぽくないよ、口のきき方」

う、うるせーなそんなこと言ってる場合じゃないだろっ。

「できると思うにぃ!」

「ならアタシの言うタイミングで思いっきりやってくれ!」


『ん?なんだかよからぬ相談をしているかな?』

もう一つわかったぜ。
杏の影はどうやら、完全に毛布の中にもぐりこむとこちらの状況を確認できなくなるようだ。

せいぜい驚け。

「凛、未央、菜々さん!」

「なに?」

「なにさっ」

「はいっ」

「アタシらはここらのウサギロボをギリまで弱らすぞ!爆発させるな!」

「なんだかわかんないけどりょーかいだよっ!」

アタシ達の働きで、きらりの前には弱って動きの鈍くなったウサギロボが量産されていく。
こんなもんかな。

「よし、きらり、全開で行くぞ!」

「りょーかいだにぃ!!」


『なんかこう爆発音もしないんだけど何を考えて…』

「いっけえきらり!千本ノックだ!」

「にょわあああああ!!きらりんぱわー☆全開だにぃ!!」

叫びながら、きらりが次々とハンマーで弱ったウサギロボどもをぶっ飛ばしていく。
目標は…杏の影だ。


ドカンッ!


大きな音を出して、最初のウサギロボが杏の影のそばで爆発する。

『おぅわっ!なんか揺れたよ!!なにして…ってまさか!』


ドカンドカンドカンドカン!


次から次へと杏の影のそばで、時にはぶつかりながら爆発するウサギロボたち。

『うおっ、ちょっと、あっ、痛く、ないけどっ、揺れ、揺れて!』

最初は宙づりの杏の影を揺らすだけだった爆風が、徐々にその身を覆う毛布をはぎ取っていく。


「これでっラストだにぃっ!!」

きらりの渾身のフルスイングで放たれた最後のウサギロボの爆風は、杏の影を覆っていた毛布を完全にはぎ取ることに成功した。

『く、くっそおおお!乙女の衣服をはぎ取るなんて…何考えてるんだ!!』

毛布の下から現れたのは、黒い人型。
やせぎすで、胸に毒々しいハートマークが描かれているが、逆さづりなので反対を向いてしまっている。

「ふん、どうだ!これでお前を守るものはなくなったぞ!」

『…ふふん、奈緒、それは考えが甘いんじゃないかな。

ボスキャラがその程度のギミックしか持っていないなんて誰が決めた?』

ボスキャラとかいうな。

『くくく…大人しくウサギロボに倒されてればいいのにさー。

こーなったら仕方ないなぁ…相手してあげるよ、杏が直々に』

逆さづりの人型が指を鳴らす。

『マハガルーラ』


「うおっ」

「うぅっ!」

「きゃああああ!」

「あうっ…」

「いやあああ!!」

アタシと未央は何とか耐えたが、他の三人はかなりのダメージを喰らっちまったらしい。
これも相性って奴か!

「…っ、マハラクカジャ!」

未央が慌てて防御の呪文を叫ぶ。
ジャックランタンのランタンから溢れた光が、アタシ達を守るように膜を張った。

「ごめんねー!かみやんの十八番、とっちゃった!」

「そんなこといいさ。それよりっ」

「メディア!」

菜々さんが叫んで、全員の傷を癒す。
けど…。


「一度じゃ治りきらない…っ」

「だったら二度目を…!」

『おぉっと、そう簡単にチャンスはあげないよー』

人型は、今度は踊るように回転して指を鳴らす。


『怠惰の光よ!』


広間の壁に据え付けられたモニターから光が迸る!

「な、なにコレ…」

「体が…重い」

「寒気が…くっ」

「力が…入らないにぃ…」

「みなさん、どうしたんですかっ!?」

菜々さんだけはまともに喰らわなかったらしい。
今の光を浴びた瞬間、体が重くなり寒気が止まらない…。

お年寄りになってから風邪でも引くとこんな感じだろうか。


「ぐ、具合が悪いんですか!?メディア!」

菜々さんが回復呪文を唱えるが、気分は良くならない。
いや、そもそも傷や体力を回復する呪文とは根本的に違う気がする。

『あははは、良いざまだねー。

菜々さんだけ老化しないのはなんでだろ…あ、もしかして菜々さんてホントは』

「よ、余計なお世話ですっ!」

敵の肉体を老化させる効果だって?
とんでもない技もあったもんだ。

「菜々さん…これはまずい…」

「一旦逃げて、態勢を…」

「こんな状態で逃げ切れるわけありません!」

菜々さんが杏の影に向き直る。
ダメだ、菜々さんのペルソナは回復タイプだ。
まともにやって勝ち目なんてない。


「さぁ影さん!一人だけ元気なナナが相手です!ピチピチギャルの本気を見せてあげます!!」

『菜々さんさー。菜々さんは杏嫌いじゃないんだよ?そんながんばっちゃってさー。無理しないでこっちおいでよー』

「無理なんかしてませんっ!!」

「菜々さん…逃げて…相性が悪すぎるよっ…」

「逃げませんっ!」

『あ、そ、なら』

人型が指を鳴らす。

『ガルーラ』

「…っ!!!」

菜々さんが痛みに顔をゆがめる。
コイツ、わざわざ菜々さんだけ狙ってやがる…!

「ディアっ!」

菜々さんのペルソナが傷を癒す。
しかし足りない!


「…ディアっ!ディアッ!!」

足りない分を重ねがけで補おうとするが、精神力を一度に消耗しすぎてふらついている。

『えー、まだ耐えるのー?杏しんどいんだけど』

「まだです…ナナの番ですよ…ブフ!」

氷の呪文が杏の影を襲う。
しかし。

『つめたっ…でもまぁこんなもんだよねー…ガルーラ』

「きゃあああああああ!!」



「「「「菜々さん(ちゃん)!!」」」」



ついに菜々さんが膝をつく。
そもそも弱点属性なんだ、耐えられるわけがない。

「もう…もういいから…」

「菜々さん…逃げてくれ…」








「逃げませんっ!!!」







菜々さんは歯を食いしばって立ち上がる。

「奈緒ちゃんは、私の正体を知ってもなお『協力してくれ』って、『仲間だ』って言ってくれました。

未央ちゃんは、『菜々さんは菜々さんじゃん』って言ってくれたんです。

アイドルになって、凛ちゃんに出会って『こんな子と歌いたい』って思いました。

きらりちゃんに出会って『この子には負けられない』って思ったんです…!」

菜々さんはディアの呪文を自分に何度もかける。

「事務所のみんなも、お仕事先のみなさんも、ナナは大好きですっ!

…もちろん、ウサちゃんも」

菜々さんはちょっと振り返って、杏を守っているウサに笑いかけた。


菜々さんは歯を食いしばって立ち上がる。

「奈緒ちゃんは、私の正体を知ってもなお『協力してくれ』って、『仲間だ』って言ってくれました。

未央ちゃんは、『菜々さんは菜々さんじゃん』って言ってくれたんです。

アイドルになって、凛ちゃんに出会って『こんな子と歌いたい』って思いました。

きらりちゃんに出会って『この子には負けられない』って思ったんです…!」

菜々さんはディアの呪文を自分に何度もかける。

「事務所のみんなも、お仕事先のみなさんも、ナナは大好きですっ!

…もちろん、ウサちゃんも」

菜々さんはちょっと振り返って、杏を守っているウサに笑いかけた。


「その中には杏ちゃんだっています!

アイドルを夢見て迷子になっていたナナが!

やっと見つけた居場所なんです!

それを壊そうとする人は、誰であろうと許しません!

何であろうと!ナナは一歩も引きません!!!」


菜々さんは杏の影をしっかりと睨み付ける。

『お言葉結構だけどさー、今はそれを叶える力がなきゃ死んじゃうんだよ?』

「上等です、ナナはアイドルを夢見てここまで来たんです。

そんなケツの青いガキンチョの影如きが、ナナを殺せるっていうんなら殺してみろってんです!!」

『…そのケンカ、買ってやろうじゃん。

でも、買った瞬間に終わりだねー』

杏の影は、意識を集中して魔力を高めている。

「菜々さん…気持ちはわかった…わかったから逃げてくれ…!」

「逃げません!!」

「そんな意地張ってる場合じゃないよぉ…!」

「この業界…どんなにふざけたキャラでも、舐められたらおしまいなんですよ!!!

ナナは、死んでもみなさんを守ります!!」

『挨拶終わったー?そんじゃ、バイバイ、菜々さん』


杏の影が指を鳴らした。



『ガルーラ』






「菜々さあああああああああああああん!!!」


杏の影の放った竜巻が、菜々さんに襲い掛かる。
ダメだ…避けてくれ…!



アタシの願いも虚しく…竜巻は菜々さんを飲み込んだ…。











が。





『い、生きてる!?なんでだ!』




竜巻が治まったところを恐る恐る見やると、無傷の菜々さんが立っている。

避けたのか…?いや、確かに直撃したはずだ…。
そういえば、直撃の瞬間に菜々さんのペルソナ、サラスヴァティが光り輝いたように見えたけど…。

サラスヴァティは依然として菜々さんの後ろで控えている。

「あれあれ?どーしたんですかぁっ?ナナを殺すんじゃなかったんですかぁ?

キャハッ!やっぱりー、こんな可愛いJK殺しちゃもったいない的なー?」

おぉ…ウサミン節炸裂だ…。
この状況では煽りにしかならないけどな。

『ば、バカにしやがってええええええ!ガルーラ!ガルーラッ!!』

杏の影が何度も巨大な竜巻を放つが、菜々さんはまるでそよ風の中に立っているかのように涼しい顔をしている。

「言いましたよね?舐められたら終わりだって…」

菜々さんが今までに見せたことのないような目つきで凄んで見せる。


「ガキが…私を殺すだと…?

ナマ言ってんじゃねーよッ!!

人の友達傷つけたオトシマエッ!つける覚悟はできてんだろォなッ!

こちとら、テメーがおしめもとれねぇウチからアイドル目指してんだよッ!!」




『ヒッ…』


うおお、すげぇ迫力…シャドウがビビるってどんなだよ。

「あー、こういうセリフ、一度でいいから言ってみたかったんですよねっ!」

洒落とも本気ともつかない様子で、いつもの菜々さんに戻る。

「ナナは、確かに皆さんと同じ人間ってわけじゃありませんが…それでもこの気持ちはホンモノですっ!

みなさんは…私が守ります!!」

菜々さんの体から青い光が吹き出し、うっすら微笑んだサラスヴァティがゆっくりと消えていく…。
代わりに、花の香りとともに天女が舞い降りた。







「新しい…ペルソナ…」









花を抱えた女性は、優しく微笑む。
菜々さんが、ハッとして叫んだ。










「パールヴァティ!!」








舞い踊るパールヴァティから発される光を浴びると、一気に体が楽になっていくのを感じる。

「おぉ!体軽い!軽いよかみやん!」

「菜々さんのペルソナ…だよね」

「あぁ、間違いない」

「菜々ちゃーん、助かったにぃ!」

「みなさん!まだまだですよぉ!…メディラマ!」

菜々さんが再び呪文を唱えると、今度は傷ついていた体も元通りに治っていく。

「す、す、すごいにぃ!」

「へへっ、どんなもんですっ!」

「いやぁ、さすが安部先輩、年季が違いますね!」

「へっ!?」


「まさかアタシらが赤ん坊だったころからアイドル目指してたとは…」

アタシと未央は知ってたけど。

「ふふ、コレはもう菜々さんじゃなれなれしいかもね」

「凛ちゃんまで!?」

さっきまでやられかけていたとは思えないこのテンション。
流れが変わるってのはこういうことなんだろう。

「あ、アレは!ちょっと調子に乗ったというかなんというかっ」

「はいはい、菜々さん、言いわけは後で聞くから、まずはアイツを片づけよう」

「そうだね」

アタシ達は杏の影に向き直る。

『な、なんだなんださっきまで杏にやられて泣きそうだったくせに!いいさ、こうなったらもう一度「怠惰のひ…」』

「ジオンガ」

ズガァンッと凛の放った雷撃が杏の影を直撃する。
きらりの時も思ったけど、コイツ反応も集中も早すぎだろ。


『ぐがああああああああ!!!』

「風の呪文ばかりだから効くんじゃないかと思ったけど、やっぱりね」

「にょわー!凛ちゃんかっこいいにぃ!!」

「でも、雷なんてしぶりんしか使えなくない?」

「大丈夫だよ…ね、奈緒?」

「あ、アタシかぁ?」

「いつも奈緒は、ここぞってところで私達を導いてくれた。今回も、何とかできるんじゃないかな?」

過大評価も良いところだ。
アタシだって何が何やらわかってないんだからな。

けど…。

雷と聞いてさっき頭にひらめいた言葉がある。


―――うふ、プロデューサーさんを、しびれさせちゃいますよぉ。






まゆが、お菓子の材料を選びながらそう呟いていたことを思い出す。


ピシィッ


まゆとの思い出が頭をかすめた時、何かが生まれる感覚がした。

まるでソファにでも寝ころんでいるかのように、優雅に浮遊するカラフルな妖精の姿が浮かぶ。
アタシに向かってひらひらと手を振っているようだ。

こうも都合がいいと、運命って奴を信じてみたくもなるな。

「凛、どういうわけか」

「いけそう、でしょ?」

コイツとも結構分かり合ってきた。
ニヤッと笑いあい、ひるんでいる杏の影をロックオンする。






「ネコショウグン!」

にゃー!と凛のペルソナが姿を現す。











―――クイーンメイブ

「クイーンメイブ!」

アタシも、内なる声に従ってペルソナを呼び出す。














「「ジオンガ!!」」








二人の叫び声が重なり、巨大な雷が杏の影を打ちのめす。

「みんな、全力で行くよ!」

凛の合図で一斉に飛びかかり、この長い戦いに終止符を打った。


―――重苦しい雰囲気のマンション、八階、大広間

『つ、つかれた…』

最後までそんなことを言っている杏の影がしぼんでいく。

「今回も何とか勝てたね」

「あぁ、菜々さんのおかげだ」

「な、ナナ、今までの戦いであんまりお役にたててなくて、それであの…」

「菜々さんが役に立ってないなんて誰がいつ言ったのさー!」

「そうだにぃ、ナナちゃんのおまじない、きらりとーっても助かってたよー?」

「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

「そんな大げさな…。さて、杏だな」

「起きてるよ」

様子を見に行こうとしたら、すでに起きてこちら側に歩いてきてた。

「なんだか迷惑かけちゃったみたいだね。色々聞きたいけど、今はあっちが先なのかな」

杏は察しがいい。
迷わず自分の影に向かっていく。


「ほら、起きなよ」

寝っころがっている自分の影を助け起こし、話し始める。

「んで?杏は愛情も信頼も知らずに育った人間だって?

…当たってるじゃないか」

「杏ちゃん…」

「見守ろうよ、きらり」

飛び出していきたそうなきらりを、凛が止める。

「確かに杏の家庭環境は全く恵まれてなかった。

そりゃ、食べるのには困らなかったし、杏を黙らせるためとはいえ娯楽も好きなだけ買い与えられた。

けど、杏には何もなかったんだ」

杏はどこまでも淡々としている。


「親が話を聞いてくれないから、うまく人とコミュニケーションもとれなくて、そのくせ欲しいものは何でも買ってもらえたからわがままにだけはなって…。

先生に『どういう教育してるんですか!?』って言われても親が怒んなかったのは、今思い返すと笑っちゃうよねー。

『怒ってもくれないんだ』なんて思ったのは何歳の時だったっけ。

自分の家庭が変なんだって気づいた時にはもう手遅れ。

自分が壊れないように世の中を斜めに見るので精いっぱいだった」

杏の声が少し震えている。

「自分の周りの世界が嫌で、でもどうしようもなくて、死んだように生きてたある日、コンビニの帰りにプロデューサーと出会ったんだ。

いきなり『アイドルになりませんかっ?』って。

びっくりしたし、ケーサツ呼んだ方がいいのかって焦ったよなー。

…バッカだよなー…こんな…杏を、さ…アイドルにしようなんてさ…」

杏Pさんの話になったからだろうか、ついに杏が嗚咽を漏らす。


「誰からも…必要とされてなかった杏、がっ…初めて認めて貰えた気がした…。

ものすごいショックを受けたよ…夢なんじゃないかって…。

でも、夢じゃなかった。

だけど、同時に信じきれない自分もいた…どーせいつかまた誰も杏の事なんか気にしなくなる、って」

そこで杏がちらっときらりを振り返る。

「きらりと出会ったのは、そんな不安でいっぱいだったこっちへ来てすぐの頃だったよね。

両親は有名になることにもお金が入ることにも興味がなかったから、見送りに来ることもなかった。

そもそも売れるとも思われてなかったし。

やっぱり杏の存在なんてそんなもんなんだ、って卑屈になってたところに、きらりが現れて杏のそんな思いをぶち壊してくれたんだ。

最初はおもちゃ扱いかと思ったけど、純粋に杏の事好きだって言ってくれてさ。

杏が杏であるってだけですべてを肯定してくれる人がいるって事実が、ゆっくり死んでいくだけだった杏の心を救ってくれた」

杏はまっすぐに自分の影の目を見つめる。


「上手な人との付き合い方がわからない杏なんかを、事務所の皆は優しく相手してくれた。

最初は物珍しそうにだったけど…後はだんだんいるのが当たり前、みたいな。

家族とか恥ずかしいこと言う奴もいたけど、ホントの家族のぬくもりをしらない杏にとっては、本物よりも心地良いものに思えた。

そんな素敵なものがなくなっちゃうかも、って恐れて何が悪いの?

変化しないモノなんてない、人は生きてれば変わる。

だけど、杏が恐れたのは失うことであって捨てられることじゃない。

プロデューサーもきらりも、事務所の皆も、杏にとっては大切な家族だ!

杏を捨てるかもだって?バカ言うな!死ぬまでしがみついてやる!」

「杏ちゃん…」

きらりは静かに泣いている。


「不安に思うことだってあるさ!

お涙ちょうだいの番組見せられたりとかしたら特にね!

それに、ちゃんと温かい家庭を持ってる人がうらやましいのもホントだ!

だって持ってないからね!杏は!

ずーっとだらけていたいのも間違いない。

けど、杏は逃げたいからだらけるんじゃなくて、だらけたいからだらけるんだよ。

だから、アンタの言ってたことは全然間違いじゃないけど、それがすべてじゃない。

うん、杏ちゃんも辛かったんだなー、それがよくわかっちゃうよ。

なんせ」

ここで杏が、奥義ともいえるドヤ顔を披露する。










「アンタは、杏、だもんね!」














杏の影はコクリとうなずき、顔を上げる。
杏の体が光に包まれて、お馴染みのカードが輝いた。









>杏は自らの心と向き合い、困難な事態に立ち向かう心の力、ペルソナを手に入れた!





「ふぅ…」

「あん…」

「杏ちゃあああああああああああああん!!」

アタシ達が駆け寄るのの何倍も速く、きらりが杏の元へ飛び込んだ。
え?スクカジャかけてないよな?

「い、痛いきらり!杏は華奢なんだからもっと丁寧に扱わなければいけないんだっ!」

「杏ちゃん杏ちゃん杏ちゃん!良かったのぃいいいいいいい!!!」

きらり、大号泣。
最初は暴れていた杏も、きらりの号泣っぷりに思うところがあるのか、暴れるのをやめて頭を撫でてやっている。


「心配かけたみたいだね」

「おう、杏、体は大丈夫か?」

「おー、奈緒。…ごめんね、色々」

「良いってそんなん」

「あんちゃん、大丈夫?」

「未央も大概人がいいよねー、奈緒には及ばないけど。怪我はないよ、めっちゃだるいけど」

「ここは普通の場所より疲れちゃうんですっ。早く戻りましょう」

「おぉー、姐御がいうならそうなんだな、良し戻ろう。きらり」

「ちょ、杏ちゃん姐御って…」

「はいだにぃ!」

合図できらりが杏をおぶった。
自然な流れだ。


「…やっぱここは落ち着くね」

「杏ちゃんの特等席だにぃ☆」

やっぱり、この二人はぴったりなコンビだよ。

色々話したいこともあるが、何より今は杏を連れて帰るのが最優先。


アタシ達は一路、現実世界へ帰還するべく重苦しい雰囲気のマンションを出た。
入口にあった砂時計は、凛の時と同様にどこかへ消えてしまっていた。

今回も疲れた。
だけど、アタシ達はだんだん進化していっている。







「まだまだわからないことだらけだけど…なんとかなるよなっ」






※作者でございます。

これにて第四話終了となります。
いかがでしたでしょうか。

途中エラーにより二重投稿などございましたが、中途半端に口を出すよりは、とスルーさせていただきました。

さて、これよりは冒険ではなくコミュ中心の話が二話ほど続きます。
新しい話はまたそれとわかるような名前でスレを立てさせていただきますので、お時間があればぜひお立ち寄りください。

何かと忙しい年末。
第五話、六話の方もいささか執筆に手間取っておりますので年内はこれが最後になるやもしれません。

のんびりやっていきますので、屋台ののれんをくぐる感じでお待ちください。


コミュ、パーティに絡む主要な登場人物はほぼ決定しております。

それ以外のキャラクターはちらちらと物語の端々に見切れることでしょう。

ご自身のお気に入りが現れるかどうか、「ウォーリーを探せ」を楽しむ感覚でいらしてください。

ではでは、スレッドの残りは感想なり質問なり雑談にお使いください。


作者でございます。

感想下さった方々ありがとうございます!

新スレ立てましてございます。

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神谷奈緒「ペルソナかぁ」
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