サスケ「戦争が終わった」(33)

「やった…やったってばよ!」

ナルトが振り返る。
ぼろっぼろのその顔に、満面の笑みを浮かべて。

そうだ、全ては終わったんだ。

俺の後ろから、歓声と足音が押し寄せる。この戦いに関わった全ての人が、ナルトに駆け寄る。
英雄を、祝福するために。

もみくちゃにされた挙げ句、終いには胴上げされて投げ飛ばされているあいつを見ていると、不思議な気分になる。

何年ぶりかの共闘を終えてしまうと、
まるで、ナルトとはずっとずっと第七班として一緒に過ごしていた気さえしてくる。

あいつと過ごした時間より、敵対的していた時間のほうが長いというのに。
ただ、強いて言うならあの胴上げを少し離れたここから見ている、その距離は、確かに埋まらない時間を表している気もする。



―――――だめだ。

まだ、俺は考え事をゆっくりとするわけには行かない。


俺には、まだやり残したことがあるのだから。
なにも、戦争の手伝いをしてやるためだけにわざわざ来たのではない。
むしろ、こちらのほうが本題だった。

やっと胴上げから解放されたらしいナルトに声をかけた。

「ナルト、こんな時に何だが、二人で話をしたい」

「おー、でっかい月だってばよー」

第一声はそれだった。漆喰で塗りつぶしたような空を見ながら、ナルトは大声で呟く。
浮かぶ満月は異様に眩しく、辺りは充分に明るい。

俺とナルトが二人になることに反対したヤツも多かったが、結局ナルトはその声を押しきり、ここに来たのだった。

「でさ、サスケ、話って何だってばよ?」

ナルトは渇いた地面に座りこんで、俺を見上げながら尋ねた。
俺も隣に腰を下ろす。

「いや、特にはないんだ」

「ハァ!?」

すっとんきょうな声をあげるナルトに、言葉を返す。

「ただ、二人で、話したかっただけだ」

「そっか」

ナルトの返事は、どことなく嬉しそうに聞こえた。

――――ただ話がしたいなんて、口実に決まっているのに。

ナルトは月を眺めるふりをしながら、ちらちらと俺を伺っていた。
俺が何かを話し出すのを待っているらしい。

「なぁ、ナルト」

「なんだってばよ、サスケ」

この際だ、聞いてみたかった事を聞いておくのもいいだろう。

「お前が火影になったら、どんな国をつくるんだ?」

「え?えー、うーんと…」

ナルトは首を捻る。意外だ。こいつなら何かしら即答すると思っていたのに。

「そうだなァ…争いとか、差別とか…そういうのがない国がいいなァ…」

争いも、差別も…。

「うん、そう!そういう平和な国だってばよ!」

先程の自分の言葉に頷きながら、ナルトはこちらに笑みを向けた。

何故かため息が出てきた。しかし、懐かしいような、嫌ではない気持ちだった。

「…誰でもそう言うと思うぞ」

「えーっ!?」

でもさぁ…と口ごもるナルト。
急に、「あ、」と何かを思い出したように尋ねてきた。

「誰でもそう言うんだったら、サスケが火影になっても、そういう国作りたいっていうのかよ?」

「…悪いかよ」

「そっかぁ…へへっ」

「…なにがおかしいんだ」

「いやァ、俺とおんなじ思いだってわかったらさ、嬉しくって」

ナルトはそう言って、照れたように笑う。

「じゃあさ、じゃあさ、俺たち、きっとまた上手くやってけるよな…?」

結局それが言いたかったんだろう。

「ああ、そうだな」

ナルトが安堵したように肩の力を緩めた。
でも、これは嘘だ。俺たち二人が木の葉で笑っている未来なんてないんだ。

そうならそうと言っても良かったが、俺の口はとっさに嘘をついた。

どうしてだろうか。

俺は立ち上がり、もう一度空を見た。
月がひとつぽっかり浮かぶ、それだけの空を。

もう、いいだろう。

本来、こんな会話をする予定ではなかったのだから。
最後に、ナルトの本音を聞けて良かったと思う。

俺は、ナルトの前に出るように歩いていって、背を向ける。

表情が見えないように、仕草がわからないように。

唾を飲み込んで、重い口を開く。

「ナルト―――」

言わなければならない。

「俺たちの目指すものは同じだ」

言葉を選びながら、左手に意識を集中させる。

俺の背中しか見えないナルトは、それに気がつかない。

「でもな――――――」

左手から、小鳥のさえずりのような音が聞こえだす。
それを合図に、俺は、振り返る。

「――お前と一緒には、いけない」

ナルトの顔を、俺の影が覆った。

ナルトが目を見開く。
それだけの動作がやけにゆっくり感じられたのは、きっと写輪眼のせいだけじゃなかった。

「どうしてだ、サスケ…」

まだ理解出来ていないナルトの顔が、輝きを増した《千鳥》が照らす。

「火影は二人もいらない―――」

俺の言葉に、やっと理解したらしいナルトが影分身を作り、構える。

「くっそォ…!!」

ナルトは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、手にチャクラを集める。
集められたチャクラは手のひらで小さな球になり、渦を巻き始めた。


そうだ、それでいい。

「―――じゃあな、ナルト」

《千鳥》を、ナルトに叩き込む。

ナルトも、それを相殺しようとして《螺旋丸》を俺の左手に向けた。


――――はずだった。

「え、…」

次の瞬間、ナルトはぼろ布みたいに吹き飛んだ俺を見て、言葉を失っていた。

ナルトからしてみれば、術を相殺しようとしてぶつけたのだから、
確かに、俺だけが《螺旋丸》をまともに食らって、尚且つナルトは無傷なのは不可解極まりないはずだ。

俺たちにそこまでの実力の差があったわけでもない。


いや、たいして難しい話ではないはずだ。

二人がぶつかる直前に、俺は《千鳥》をやめ、《螺旋丸》に飛び込んだだけなのだから。

我に帰ったナルトが駆け寄ってきた。

「サスケェ、てめェ、何で…」

自力で上体を起こそうとしたが、それより先にナルトの腕が俺を抱き起こした。

嘘みたいな風穴が自分の脇腹に空いてるのが見える。地面は早くも血溜まりだった。

「さすがだな…」

思ったよりゆっくりとしか動かない自分の唇にイラつきながら、とりあえず誉めておく。

第七班として共に修行に明け暮れていたあの頃。ナルトは誉められ慣れていないのか少し誉めれば有頂天になっていたのだが――

果たしてナルトは、

「バカヤロー!何言ってんだってばよ!!」

と激怒しだした。

おかしいな、

誉められ慣れたのか―――?

と、検討ちがいな考えが浮かんできて少しおかしくなってしまう。

まぁ実際にそうなんだろう。多くの人に認められた、ナルトなら。

………俺とは、違う。

「なに笑ってんだ、今すぐ医療班よんでくるから……」

立ち上がり、影分身を作ろうとしたナルトを引き留める。

「なにしてんだよサスケェ!てめェ、このままだと死ぬんだぞ!?放せよォ!!」

わめき散らすナルトに、またため息が漏れた。

「――――死ぬんだよ」

そうだ、俺は、そのためにきたのだから。

「でもサスケ、お前火影になるって……」

「いまさら俺が火影になんざなれるわけねェだろ、馬鹿」

相変わらずお目出度いアタマしてやがる。

まぁ今になって思えば、その馬鹿さ加減に救われたことも、ないってことはないが。

「俺がしたことを、木の葉の連中が許すわけねェだろ。…第一、こっちも許してもらう気は無いし、許す気もねェがな。」

「……だったら、木の葉じゃなくてもいいじゃねェか。どっか、別のとこでひっそり暮らしてりゃ良かったんだ!!
それなのに…!」


怒りなのか、悲しみなのか、もっと別な感情なのか。
ナルトは肩を震わせ、俺を睨む。

「たとえ連れ戻せなくても、お前が無事なら、俺は、それで………」

ナルトはそこまで言い、項垂れてしまった。

「お前…俺と一緒の夢だって…あれも…嘘なのかよォ…」

ぽた、と地面に涙が落ちる。
うつむいたまま、ナルトは叫ぶ。

「だいたい、何で俺なんだ、何で俺なんかに!!サスケは、俺のことがキライなんだろ!?殺したいくらい目障りなんじゃなかったのかよ!
そんなやつに殺されて、悔しくねェのかよォ!!!!」

「……さあな」

これも、嘘だ。
どうしてナルトを選んだかぐらい、本当は自分でわかっている。

あの日からずっと、復讐のためだけに生きてきた。
優しく暖かい仲間を捨て、血へどを吐くような修行を重ね、多くの人を傷つけ、やっとなした復讐。

だが終わってみればどうだ、馬鹿みたいな話だった。

俺にはもう何もなかった。何も残っていなかった。

そんな時だった、ナルトが俺の前に現れたのは。

空っぽになってしまった俺に、愚直なまでに変わらない思いを叫んだナルト。俺は大切な何かを思い出した気もした。

でもそこで、俺は変われなかった。結局俺がナルトに抱けたのは憎しみだけだった。

それでも、そこで生きる意味ができた。木の葉を、ナルトを殺すと言う意味が。


つまるところ、もうナルトしかいなかったのだ。

ちょうど、たくさんの人間に求められながら、それでも、馬鹿の一つ覚えに俺を追い続けたナルトと同じように。

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