伊織「フタリのDIAMOND」 (17)



「キミさぁ? アイドル向いてないんじゃないの?」


アイドルになり数週間が経ったある日のオーディション。

自己アピールの際、審査員の一人が私に言った言葉。

怒りとか、疑問とか、色々頭を巡ったけど

集団オーディションでそれを言われた私を包んだのは


みじめ


と言う感覚だった。

結局その後、私は一言も発する事が出来ず。

当然、オーディションも落ちた。




5月4日、誕生日前日の事だった。






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「何か、全部……嫌になっちゃったかも……」


事務所で「どうだった?」なんて聞かれるのも嫌で

こうして公園で空を見上げている。


自分はどこか特別なんだって思っていた。

やれば出来る、やるから出来る。

私なら絶対出来る、私だから絶対出来る。

私は光輝くダイアモンドなんだって。

そんな風に、思っていた。


けど。


ダイアモンドは硬いけれど脆い。

そして一度ひび割れたら元には戻らない。

あの一言で

私の心のダイアモンドは

きっと、砕け散ってしまったんだと、思う。




「水瀬伊織さん、かな? よろしく」


5月5日


結局昨日は事務所に帰らずそのまま直帰した。

報告を先延ばしした罪悪感と後ろめたさでいつもより重い事務所のドアを開けると。

そこに立っていたのは自らを「プロデューサー」と名乗る男だった。


「貴方が、私のプロデューサー?」


きっと、凄く嫌な顔をしていたんだと思う。

きっと、凄く嫌な声を出していたんだと思う。

少し困った顔でその男は「イヤかい?」と言ってきた。


嫌、と言うよりは

ショックだったんだと思う。


私は一人ではどうしようもないと

そう言う烙印を押された気がしたから。

でも、私の口から出た言葉は


「別に、何だって良いわ」


と言う

普段の私だったら最も忌み嫌うような人間が言う言葉だった。

やはり、私と言うアイドルは昨日で終わってしまったんだと

醒めた心で、そう、思った。


「最悪の誕生日ね」


数年前の誕生日にお母様に買って貰った髪留めを指でなぞりながら

私は自嘲気味に、目を伏せた。




「伊織はさ? 何にそんな必死なんだ?」


ダンスレッスン中、特に何の指示を出すわけでもなくアイツは聞いてきた。

居るだけならばどこかへ消えて欲しい

私は不満を隠さない表情で答える。


「私にはやらなければならない事があるだけよ」


冷たく言い放つと、鏡へと視線を戻す。

鏡越しのアイツは少し何かを考えるような表情を浮かべた後に

こう、言って来た。


「それってアイドルじゃなきゃダメなのか?」


枷のように重い言葉。

耳の奥からキーンと言う音が聞こえ

痺れが来るほど、手や足の先が冷たくなった気がした。

そして痛いほど頭に血が昇るのが自分で解った。


「アンタなんかに何が解るの!!??」


咄嗟に振り向いてレッスン場に響き渡るような声で叫んだ。

アイツは私の目をジッと見つめたまま何も言わなかった。

その目が、私の中の何かを見つめて居る気がして

怖さや怒りや不安や悲しみや色々な感情を掻き出しているような気がして


私はその場で、大声で泣いてしまった。

頬を伝う涙の温度を感じながら

こんなに泣くのは何時振りかしら? なんて。

妙に冷静になった頭で、考えていた。




「アンタは私をどうプロデュースしたいのよ?」


フタリで活動するようになって数週間が過ぎた。

アイツは私の活動方針を決めなかった。

アイツがここ数週間でやっていた事と言えば

ひたすらに、そう、ただただひたすらに、私と話す事、だったと思う。


「ボクは伊織が思うようにやるのが一番良いと思っている」


アイツはたまに、後頭部がズキンとするような事を言う。

それを言われると、私の涙腺はいつも緩んでしまうのだ。


「何よソレ……アンタ、居る意味あるの?」


強がって顔を背けるけども

声は震えていたと思う。


「伊織、アイドルは楽しいか?」


また、そう言う事を言う。


「そうね、最近はそこそこね」


どんな顔と声で言っていたかは、自分でも解らない。




「ゴメン、ダメ、怖い……」


オーディションの書類が机の上に並んでいた。

それだけで、私の頭にあの言葉が蘇る。

爪あとが残るほど硬く閉じた手が痛い。


「怖かったり、悲しかったりするのは、伊織の目標のせいだろ?」


はっと顔を上げた。

アイツはあの時の顔のまま、目のまま、私を見つめていた。


私と言う存在を認めさせる。

家に、世間に、世界中に。

その目標のために、一番手っ取り早い手段はなんだろう?

そうして始まった私のアイドルとしての日々。


アイツは、全部解っていたんだ。


「なぁ、伊織、アイドルに向き合おう」


その言葉の後

私はアイツに手を引かれて

事務所を飛び出した。




「無理言ってすみません」


関係者入り口から入ったのは、とある放送局。

公開放送のスタジオは沢山の人で埋め尽くされていた。

皆、待っているのだ。

スーパーアイドルの登場を。


「……怖い、怖い、怖い怖い怖い怖い……怖いよぅ」


パイプ椅子に座る、煌びやかな衣装に身を包んだアイドル。

身体全体を震わせ、小さく縮こまっているこの子こそ

これから、この舞台に立つ一人の女の子だ。


「……よしっ!!」


自分の中の整理を済ませたのか、スクッと立ち上がったその子の顔は。

先ほど震えていたアイドルと違い、とても輝いて見えた。

歓声の中に溶けていくアイドルを私はどんな目で見ていたんだろう。


「アイドルを、ちゃんと意識した事はあるか?」


突然アイツがそんな事を言ってきた。

暫く考えた、考えたけど。

悔しい事に、何も思い浮かばなかった。


「利用するより、ちゃんと考えよう、楽しい事や嬉しい事も」


聞こえない振りをした。

アイドルに見惚れている、一人の少女の振りをした。




「結局の所、アンタは私を磨くために居るんでしょ?」


ボーカルレッスンの後、いつもの喫茶店のいつもの席でいつもの会話。

良い大人の癖にコーラフロートを毎回頼むアイツの口の端にはアイスが付いていた。


「磨く?」


珍しく素っ頓狂な顔でアイツが聞き返してきた。

口の端のアイスとの相乗効果でとても間抜けな顔をしている。

私は少し噴出しながら言う。


「この伊織ちゃんと言うダイアモンドを磨くために居るんでしょ? って事よ」


アイツはアイスをすくっていた長いスプーンを口に咥えたまま暫く考え込むと

いつもの、私の目を真っ直ぐ見つめる表情で答えた。


「磨くのは伊織、キミ自身だよ、ボクは一緒に居てあげる事しか出来ない」


その言葉を

誰かに頼らなければ、自分を磨くことも出来ない。

そう、言われているような解釈してしまうのは

自分の性根が捻じ曲がっているからだろうか?

でも、今はこの言葉が

素直に、沁みるのを感じていた。


「じゃあ、見てなさい、ピッカピカに磨いてあげるから」


「あぁ」


だから、口の端にアイス付いてんのよ、バカ。




「うん、コレ、コレにするわ」


机に並ぶオーディションの書類の内一つを指さす。

アイツは暫くその内容を確認した後に私の顔を見ながらこう言った。


「うん、ボクもコレが良いと思う」


私が選んだのは、一度落ちたあの番組のオーディション。

審査員はきっとまたあの人達なんだろう。

でも、だからこそ、だと思った。


「キミさぁ? アイドル向いてないんじゃないの?」


ズキンと、胸が痛む。

けれど、怖さは無い。

今度は、アイドルを魅せてやる。

リベンジとかそう言う気持ちは不純だろうか?

確かに、アイツのお陰で私の心構えは変わったかもしれない

けれども

やっぱり、私は私なのだ。

負けず嫌いで意地っ張り

私はこんな自分が嫌いではない。

そしてアイツはそれを良いって言ってくれたんだ。

それは、それはこんなにも、心強いのだ。




「解っているな? 伊織」


やる事、する事の最終確認。

こう言った作業は全部私一人でやっていたが、珍しく声をかけてきた。

らしくもない、心配でもしてくれているのだろうか?


「楽しく、アイドルしてくる、でしょ?」


意地悪な笑顔で答える。


「ああ、その顔、最高に伊織らしくてアイドルらしい」


その言葉に、また後頭部がズキンとする。

これからだって言うのに、本当に辞めて欲しい。

そして、今まで一度だって見せた事の無いその笑顔も。

メイクが流れるから、本当に辞めて欲しい。


「行ってくるわ」


背けた顔に震えた声。

相変わらずの私の背中にアイツは何て言うだろう。


「好きに、自由に、伊織らしくな」


ああ、普通の励ましにしか聞こえないのに

なぜこうも、アイツの言葉は素直に沁みるのだろう。




「おはようございまーす!!」


沢山のスタッフが待つスタジオに入る。

台本に目を通し、手帳のスケジュールと睨めっこ。


「よっ! 伊織ちゃん、今日も輝いているねぇ~」

「少しはアイドルらしくなれました?」

「い、伊織ちゃ~ん、もうその話はヤめてよぉ~~」

「にひひっ、でも貴方のお陰で今の私が居ます、感謝してますよ」



5月4日



あのオーディションの後、一番に合格を知らせたかったアイツは

まるで最初から居なかった存在のように消えていた。

社長にも聞いたけど、何も答えてくれなかった。

とても悲しかった、とても寂しかった。

でも最後のあの言葉

「好きに、自由に、伊織らしくな」

あれはアイドル水瀬伊織を見届けてくれた言葉なんだと、今になって思う。




「こんな事だろうとは思ったけどね」


5月5日


東京のハズレにある、とある共同墓地。

アイツの名前が彫られた墓石の前に、私は立っている。


「本当に最初から最後までわけ解らない存在だったわね」


線香に火を付け、昇る煙を見ながら空に呟く。


「そこに居るんでしょ?」


「今だから言うけどね?」


「私は……アンタと出会えて、凄く嬉しかったわ」


「だから、嬉しい事も楽しい事も、アンタに貰った全部を


「いつかアンタに、還してあげる」


「だから……いつまでも見守って居てね?」


「アンタがそこに居ても解るように」


「きっと、もっと、ずっと……いつまでも輝くから」


両手を合わせ目を瞑る。


『いつまでも忘れないでいるよ』


『ずっとずっと 空で見守っているよ』


目を明ける。


「……ありがと、最高の誕生日だわ、にひひっ」


アイツの笑顔を思い出し、あの時の意地悪な笑顔を空に向ける。




「じゃあね」


首飾りにしていた石を一つ置く。


「もう片方は私がずっと持っているから」


その輝く石はダイアモンド。


キミが磨き、ボクが見つけた。


フタリのDIAMOND



水瀬伊織様!!お誕生日おめでとうございます!!!!

フタリの記憶とDIAMONDがプレーヤーから流れたので書かずには居られませんでした。

山も落ちも無い作品ですが、読んで頂きありがとうございます。

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