男「謎の少女が家の前に立っていたのですがッ!」 (104)

8月

世間ではとっくのとうに海開きがされ、幸せな家族が浜辺でBBQをする季節。

……無職童貞の俺には蒸し暑いし、蝉は煩いし、最悪の季節だ。

部屋はジメジメ、

時々迷子の蚊がフラフラ迷い込んで殺虫剤の餌食になる。

そんな劣悪な環境の中、俺の目の前に1人の天使が舞い降りたんだ。

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ー8月の正午ー

男「チッ! エアコンの冷房がまるで温風の様に感じられるぜ」

男「エルニーニョも本気出してきたみてぇだな……」

男「しかし暇だ!」

男「図書館にでも行って涼むか」

男「よっこらしょっと」

男「うっ……脇汗やべぇ」

アパートの扉を開けると夏特有の熱気がむわりと俺を包み込んだ。

男「うわっ……サウナかよ」

男「……ん?」

階段の下にゴスロリ衣装の美少女がちょこんと立っている。

男「……何あれ? 外人?」

スッと鼻筋の通った端正な顔、雪の様な白い透き通った肌。

間違いなく北欧系の人間だが……。

男「こんな炎天下に、たった一人ゴスロリ衣装で棒立ちとか、怪し過ぎるだろ!」

男(ダメだ、幾ら美人でもキケンな匂いがする)

男(目を合わさず出来るだけ自然に通り過ぎよう)

少女「あの……」

男(無視だ無視!)

ガシッ

男(痛たたっ! この子握力何kgあるんだよ!)

男「痛いから手放して貰える!?」

少女「あっすみません! ちょっとあなたに用がありまして」

男「用? 生憎俺にもこれから行かなきゃならない場所があるんでね」

少女「で、ではご一緒しても構いませんか?」

男「困るな、図書館で私語は厳禁なんだ」

男「どうしてもと言うなら図書館の前で待つか、そこらのカフェに位置していてくれ」

少女「は、はい……」

彼女は少し寂しそうだった。

ー図書館ー

男(ふむふむ……ヒンディー語は日本語と同じSOV文型なのか……)

本のページを捲る度に少女の悲しそうな表情が脳裏に蘇る。

男(今頃何してるんだろう、猛暑だってのに……)

男(くそっ! 全然集中できねぇ)

男(今日は帰るか……)

自動ドアの向こうには

少女「ご、御用は済みましたでしょうか……?」

アイツが姿勢正しく立っていた。

男「この炎天下の中ずっとその衣装で待っていたのか!?」

少女「ゴスロリは私の基本装備です。外す訳にはいきません」

男「熱中症とかなったりしない?」

少女「腕、触ってみて下さい」

恐る恐る人差し指で彼女の右腕をつついてみる。

人間の体とは思えないほど冷んやりとしていた。

少女「定期的に水分も摂ってますし、脱水症状も気にしなくて大丈夫です」ニッコリ

男「ほぉー……」

男「で、用は何だ? 俺に北欧の知り合いなどいなかったはずだが」

少女「……」

少女「単刀直入に申し上げてもよろしいですか?」

男「あぁ、できるだけ簡潔にな。そちらの方が助かる」

少女「私は……」

少女「私は今からあなたのお嫁さんになります!!」ペコ

男「は?」

男「……今なんと?」

少女は頬を薔薇色に紅潮させながら、蚊の鳴く様な声で答えた。

少女「あ……あなたの……お嫁さんにして……」

少女「家事とか……しますからぁ……」

男(バカな、初対面の男に突然結婚を申し込む女などいるだろうか)

男(まさか少々頭がおかしいのでは……)

男(やはりこの女、関わらない方が賢明だな)

男「ごめん! 今お嫁さんを貰いたい気分じゃないんだ」

そう言いながら俺は自分のアパートに逃げ帰った。

男「ふぅ……ふぅ。危ない所だった、もう追っては来ていないだろうな?」

扉を開き、階下を見下ろすと少女が涙目で立っているのが見えた。

男(うっ……!)

男(いかんいかん、守ってやりたいと思ってしまった)

男(あいつは無関係、赤の他人なんだ!)

ポツ……ポツ……

男「ん? 雨が降って来たな……洗濯物取り込もう」

雨は更に酷くなり、バケツをひっくり返した様な土砂降りになった。

男「あの女の子、まだ外で待ってんのかな……」

男「いや流石にね! 流石にそこまでは無いだろ」

男「ちょっと様子でも見てくるか」

ガチャ

男「……なんてこった」

男「まだ立ってやがる。この土砂降りの中、自分が濡れる事も構わず俺の事を待ってやがる……!」

ダッ

俺は我を忘れて少女の下へ駆け出していた。

少女「あ……」

男「あ、じゃねぇよ! 早く俺の家に来い! 風邪引くぞ」

少女「申し訳ございません、ご迷惑おかけします」

俺は彼女の細い腕を掴むと、自宅へと連れ込んだ。

男「ほら、さっさと服脱げ。タオルで拭いてやるから」

少女「え!? でもそんな///」

男「いいから早く!」

少女「ひゃっひゃい!!」ヌギッ

男「ったく、自分の身体くらい少しは大事にしろよな」ゴシゴシ

少女「申し訳ございません……でもどうしてもあなたの側にいたくて」

男「ふーん、悪いけど隠士の俺には関係の無い話だな」

男「よっし背中拭いたから、前は自分で拭いてくれ」ポイッチョ

少女「ありがとうございますー♪」

男「珈琲淹れるから、ゆっくり身の上聞かせてもらおうか」

さながら尋問者の気分である。

男「昔から美少女と暮らしたいとは思っていたが……」

男「これは運命の赤い糸と見るべきか、それともただの夢と見るか」

男「てか勝手に未成年を家に連れ込んじゃマズいだろこれ……」

ドサッ!

突然鈍い音を立て、廊下に座っていた少女がうつ伏せに倒れた。

男「おい今度は何だよ!?」

少女「う、うぅ……」

男「額が熱い……風邪だ!」

ー病院ー

医師「ただの熱病です。心配することは無いでしょう」

医師「しかし……気になった点が一つあるのです」

男「気になった点?」

医師「患者さんの右足に『製造No.2756』と記載されていたのです」

男「製造……あいつロボットなんですか!?」

男(だから腕を掴んだ時、恐ろしく冷んやりしていたのか!)

医師「もしロボットだとしたら、現代では到底ありえない技術力ですよ」

医師「肌の色や感触があまりに人間的過ぎるし第一」

医師「風邪を引くロボットなど……現代でいますか? いないでしょう」

少女「あ、ご主人様!」

病室に入ると、ベッドの上で寝ている少女が嬉しそうに叫んだ。

男「……呼び方変えたなお前」

少女「一番しっくり来る呼び名が『ご主人様』だったんです」

男「はぁ、まるでメイドを家に雇ってるみたいだ」

男「……」

少女「どうかなされましたか?」キョトン

男「あ、いや! 何でもない」

男(この子が……ロボット? 信じられない!)

男「とにかく、まだ分からない事が多いしお前をお嫁にするのは無理」

少女「え……」

男「ただし、住み込みのメイドとして雇うには申し分無い」

少女「メイド?」

男「そうだ。基本的に家事の手伝いをしてくれれば良い」

男「仕事上の関係なら法にもギリギリ触れないだろうしな」

少女「えーっと、ではご主人様と一緒にいても、よろしいと?」

男「まぁそうだ」

少女「やったあああ!」ピョン

少女「分かりました! 私どんどん働きますね!」

ー数日後ー

少女「ご主人様、起きて下さい! 朝ですよー!」

男「む……」

少女「今日は平日、お仕事の日でしょ? 早く支度しないと遅刻しちゃいますよ」

男「残念、俺は無職なんだ」

男(実家が金持ちだったから風呂付きのアパートに住めているが、早く独立&親孝行しなければ)

男(これじゃニートと全く同じだ)

男「朝シャンして来る。朝飯の用意よろしくね」

少女「はい!」

シャー

男(ふーこれからどうしたものか)

男(とりあえず今日は天気も良いし珍しく涼しい。気分転換にハイキングしよう)

少女「きゃああっ……鯛が……!」

男(鯛? あいつ何してるんだ?)

少女「ちょっと跳ねないで! あぁんご主人様ぁ~!」バタバタ

男(鯛……鯛なんて買ったかな?)

男「おいおい大丈夫か?」ガチャ

少女「ご、ご主人!」

ゴスロリ衣装の美少女が、その両腕に活きの良い鯛を抱きガニ股で立っている。

滑稽な光景ではあるが、今はそれよりも

男「その鯛どっから仕入れて来たんだよ……」

少女「あわわわ、話すと長くなりましてええと……」ボテッ

少女「ぎゃー鯛がー!!」

男「のわー! やってくれたなお前!」

少女「ご主人、全裸でキッチン覗かないで下さい!」

男「おぉっと失礼」

少女「さてと、ご主人様も出て行った事だし、捌きますか」

鯛(ひぃっ……!)ビチビチ

少女「こらー! さっさと捌かれねぇと踏み潰すぞ!」

少女「ほーら、捕まえたっ♪」

少女「あ”? つぶらな瞳を向ければアタシが赦すとでも思ったか?」

少女「へっへ……まずはその汚らしい鱗から剥いでやんよ!」

少女「オルァ! オルァ!」

男「随分とアグレッシヴな……」

男「やっぱ人間なのかなー」

少女「できました、ご主人様! 鯛の塩釜焼きです!」

男「鯛の……塩釜……」

おかしい、庶民が朝から平然と食す料理ではない。

男「本気出し過ぎだろ……」

少女は呆然としている俺をダイニングルームまで連れて行き、椅子に座らせた。

首に白いナプキンが着けられる。

料亭にいるのか、西洋料理店にいるのかよく分からない。

男(朝っぱらからなんて重い食事……)

男「……」モグッ

男(星2.6くらいの味……素人にしてはまぁまぁな腕前かな)

少女「ふんふーん♪」

男「……お前は何か食べないの?」

少女「私ですか?」

少女「私は……ラクダですから」

男「ラクダ?」

少女「ラクダって脂肪をコブに貯めて、それをチョコチョコ使っているらしいじゃないですか」

少女「同じく私も脂肪をおっぱいに貯めているので、お腹が減らないのです」

男「その割りには貧乳だね」

少女「ギクッ! 止めて下さいよ結構気にしてるんですから」

男(ふん、どうせ隠れてケツの穴に充電用のコンセントでもブチ込んでいるのだろう)

男「で、この鯛どこから調達してきたんだ?」

男「まさかお魚咥えたドラ猫になった訳じゃ無いだろうな」

少女「違いますよ! それはその……母国の人から頂いたんです」

男「いやでもお前、初めて会った時手ぶらだったじゃん」

男「ビッチビチの鯛とか持ってなかったじゃん」

男「嘘は良くないな嘘は」

少女「実は……」

少女「ワープホールを使って未来から取り寄せちゃいました!」

男「み、未来!?」

少女「そうです、2756年の南シナ海から釣ってきたばかりの奴を」

この子は俄かに信じ難い事を平然と言い放つから、反応に困る!

少女「私、アンドロイドなんです」

少女「少子化により滅亡寸前に追い込まれた日本政府が、理研と共同で開発した超高性能アンドロイド」

少女「勿論子作りも可能です。むしろその為に開発されたのですから」

少女「あ、嘘ではありませんよ。全部本当です」

男「いやちょ……」

男「アンドロイドと人間の合いの子って……」

少女「信じて頂かなくても結構です。元より覚悟はしていました」

男「いや、信じるよ」

男「少し前に医師から言われたんだ……お前の右足に製造No.が書いてあると」

男「それに鯛の一件もあるしな」

とは言ったものの心の中では乱気流が発生しまくっていた。

男(いやいや信じられないよそんな非現実的なこと!)

男(仮にアンドロイドが本当だとして、何故俺の所に!?)

男(人間との結婚が見込めないからって機械とセックスしろと? ごめんだね!)

少女「あのぉ……それで今日はどこに行かれるのですか?」オズオズ

男「モヤモヤした気分を晴らしに近くの山にちょっくら、ね」

少女「へぇ~意外! 無職の人は皆牡蠣的な方だと思っていたのに……」

男「いくら俺が隠士でも外出くらいはするよ!」

そもそもタイムパラドックスが生じないか聞いておけ

>>32
タイムパラドックスの心配は0%です。
イメージとしては起点を出発した線がアンドロイドに会ったパターンと会ってないパターンの2方向に分かれ、再び同じ終点に着くといった感じなので。
現時点では主人公がまだアンドロイドである事を疑っているため聞いてはいませんが、近々聞くことになります。

少女「お召替えの手伝いを致しましょうか?」

男「遠慮しとく……てかお前も来るのか?」

少女「はい、たとえ我が身死すとも主人を守るのがメイドの役目ですから」フンガー

男「何か別の職業と混同している気もするが、ついてくるなら着替えろよ。それ目立つから」

少女「申し訳ございません、基本装備なので外せないのです……」ペコリ

男「面倒な子だなぁホントに」

少女「今日は雲一つ無い晴天ですね~ご主人様っ♪」

男「……そうだな。ピクニックには持ってこいだ」

男「そうだ、聞き忘れていたんだが……」

男「2756年の日本はどうなっているんだ? 理研と政府があることは分かった」

少女「うーん、簡単に言えばユーラシア大陸に吸収されてますね」

少女「それから純粋な日本人がいなくなってます」

少女「2450年に発生した大規模な移民が問題ですかねー」

男(ついていけない……)

男(理研が2756年まで残っていた事の方が俺にとっては驚きだが)

男「もしさぁ……」

男「もし今俺がお前と子を作ったとして、後世に影響は出ないのか?」

少女「多分大丈夫ですよ」

少女「生まれる子も普通の人間ですし、機械の赤ん坊が腹から出てきたらそれこそ大問題です」

俺「お前の事を言いふらしても影響は無いのか?」

少女「まず取り合ってくれませんし、たとえ信じたとしても、現代の科学技術では絶対に私を製造する事はできません」

少女「アンドロイド計画の発案者が他人になるか、ご主人様になるか。強いて違いを挙げるならそれだけなんです」

男「お、おぉ……」

またやってしまった……
ご指摘ありがとうございます^^;

少女「さ、無駄話はこれくらいにして早く山頂に行きましょうよ!」

男「あっおい待てよ!」

男(ここに来た理由、聞けなかったな……)

ー30分後ー

男「よっしゃ! やっと山頂だ!」

少女「良い眺めですね~!」

男「お前、ヒールを履いてるのによくズンズン歩けるな」ゼイゼイ

少女「そりゃ高性能なアンドロイドですから、スタミナはありますよ」

少女「比べてご主人様は大分お疲れの様ですねー」ニヤニヤ

男「ニヤつくな! もう!」

老婆「おやまぁ、なんと絵になるカップルだこと」

爺「彼女さん可愛いのう。外人のモデルさんみたいじゃ」

少女「ご主人っ……私達カップルだと思われてますっ///」

男「通報されないだけまだマシだ」

幼馴染「あれ? 男じゃん!」

派手な格好をした黒髪の女性が嬉々として話しかけてきた。

男「幼馴染! お前東京に来てたんだ、久しぶり!」

幼馴染「当然よ。あんたが一足先に上京しちゃうもんだから」

幼馴染「やっと追いついたってカンジ」

少女「あの~……」

少女「お二人は、お知り合いなんですか?」

男「お前には言ってなかったな」

男「俺が東京に来る前……前橋にいた時の幼馴染だ」

男「よく二人してバカやったものだ」

幼馴染「てかあんた意外とやるじゃない! いつの間に外人の彼女なんかこしらえてたの?」

少女「えへへ///」デレデレ

男「ノーノー、実は俺住み込みのメイドを雇ってるんだ」

少女「えっ?」

幼馴染「……」

幼馴染「ホントかなぁ」

男「疑うな! マジで仕事上の関係だけだから!」

幼馴染「住み込みでしょ? 一つ屋根の下で若い男女が共生してるんでしょ? あやしー」

男「止めろって! ほらお前からも言ってくれよ。俺達はクリーンだよな!」

少女「……」

少女「はい、私達は主人と使用人の関係です。それ以上でもそれ以下でもありません」

男「ほらな!」

幼馴染「ふーん」ホッ

そういえば、少女が加入する前の過去で男と結婚するはずだった人が少女が加入したせいで結婚しなくなったらどうなる?
普通はバタフライエフェクトが発生するけどここでは平行世界が増えるだけか?

>>47
男の許嫁はいない設定なので、心配はご無用です

>>48
いや、許嫁じゃなくて本来の歴史で男と結婚する人がいるとするじゃん
少女が未来から来たことでその人と結婚しなくなったら歴史が少し変わるんじゃないか?そこらへんは歴史の修正力でなんとかなるレベル?
それとも少女ちゃんが未来から干渉してくるところまで本来の歴史入っているっていうこと?


こういう未来から干渉系は適当なところがあるからちょっと気になった
物語りの核心に関わるなら言わないでください。自分ももう質問しませんから

>>49
なるほど
何となく分かりましたがネタバレに関与しそうなので答えるのは止めときます

幼馴染「そうそう、あんたこれから時間ある?」

男「あるっちゃあるな。ハイキングも半分暇潰しのためだったし」

幼馴染「良かった! じゃ、今から一緒にカラオケ行かない?」

男「ハァ? でも……」チラッ

少女「私は遠慮させて頂きます。業務が残っていますし」

少女「どうかお気になさらないで」ニコ

男「何だか、ごめんな」

少女「良いです良いです! ご主人様のプライベートに使用人が干渉するのは禁じられていますから!」

少女(ご主人様と幼馴染の方……恋人同士なのかなぁ)

少女(もしそうだったら私の存在意義って……)グス

山の麓まで来ると幼馴染は俺に向き直り、棘を含んだ声で詰め寄った。

幼馴染「あの子、誰?」

男「さっきも言ったろ。俺ん家で働いてるメイドだよ」

幼馴染「働いてる? まさか夜な夜なフェラさせたりしてるの?」

男「家事の手伝いとか……簡易的な仕事だよ」ハァ

男「無闇に詮索するのは止めてくれ、鬱陶しい」

幼馴染「むむ……あたしと結婚する身でよくそんな事が言えるね!」

男「いつ婚約したんだよ? 言っとくが、俺は生涯独身を貫くからな!」

幼馴染「独身?」ムッ

幼馴染「住み込みのメイドなんて、嫁とまるっきり同じじゃない!」

男「肉体関係が無いからまだセーフだ!」

その後もあーだこーだ言い続ける幼馴染を必死に宥め、俺は帰宅した。

男「結局カラオケも行かなかったし、何だったんだろうな」

男「ただいまー」ガチャ

キッチンからトントンと葱を切る小気味良い音が聞こえる。

少女「お帰りなさいませ、ご主人様!」ヒョイ

男「……ッ!」

キッチンから顔を覗かせて来た彼女の両目は、真っ赤に腫れていた。

男(やっぱショックだったのか……)

男(そりゃ自分だけ置いていかれれば誰だってショックだわな……)

料理をしている少女の背後に立ち、俺は言った。

男「今日はすまなかった」

少女「何がですかー?」トントン

男「お前だけ置いて行っちゃって……マジでごめん!」

彼女の手が止まる。

少女「それは別に良いんですよ」

少女「元々行かないと言い出したのは私だったし」

少女「そうじゃなくて!」

男(めっさキレとる……)

少女「折角仲睦まじいカップルで上手く役回り出来ていたのに、どうしてわざわざ壊したのかなぁ」

男「いや特に理由は……」

少女「幼馴染さんに誤解されたくないから? そんなに私が恋人なのは嫌ですか?」

男(今どんな表情をしているのだろう。見えないから余計怖い)

少女「黙ってないで答えて下さいよぉ……」

男(鉄のフライパンが一瞬にしてグニャグニャに……!)ゾッ

表記ミス

フライパン×
包丁○

男(理由は特に分からないが、こいつが悲しんでる事だけは分かった)

男(少し出費は嵩むが仕方ない。善意で旅行にでも誘うか)

男「あのさ」

男「今週の土曜、空いてる?」

少女「……はい?」クルッ

男「二人で温泉旅行しよう」

少女「二人……だけで?」

男「そう、邪魔者のいない場所でのんびりしようぜ」

男「もう幼馴染も、嫌な事も全部パーッと忘れてさ」

少女「ご主人様ぁ……///」ウルウル

少女「ご主人様ぁ~!」ギュムッ

男「おわっ!? ちょ、急に抱きつくなって!!」

少女「嬉しいです! 生まれてから今までで一番嬉しい……!」

少女「まさかご主人様から直々にお泊りデートの誘いを頂けるなんて」

少女「感謝感激ッ……!」ヒック

男「嬉しいのは分かったから、泣くな泣くな」ナデナデ

少女「ふにゅんっ///」

少女「……私幸せです」

男「ん? 何が?」

少女「こうして暖かい場所で、好きな人と抱き合っていられる……前の職場ではこんなの無かった」

少女「冷えきった部屋で奴隷みたいにこき使われて」

少女「『肉便器の分際で意見するな』とか、色々酷い言葉を浴びせられて……」

男「耐えられずに逃げ出したんだな」

少女「うん」コク

男(いつの時代も下衆い奴はいるもんだな……)

少女「逃げて来て正解でした」

少女「充実した生活が送れているのも全て、ご主人様のお蔭です」

少女「だから、今度の旅行で沢山恩返しさせて頂きます!」

少女「特に夜のお仕事に関しては張り切っちゃいますよ!」

男「夜のお仕事……?」

少女「ご主人様も自分の竿の手入れをしておいた方がよろしいかと♪」

少女「萎びたズッキーニを舐める女の気持ち、考えた事あります?」

男「いやぁ……流石に無いわ」

できちゃった婚など、独身主義者の俺には以ての外である。

ー土曜日ー

少女「イェーイ! やって来ました、温泉の街『箱根』!」

男「本当は花巻のつもりだったのだが、お前がどうしても大涌谷に行きたいと言うから……」

少女「だって、600年前の大涌谷とか滅茶苦茶興味深いじゃないですか!」

少女「2756年の大涌谷は硫化水素の大量噴射で観光禁止区域に指定されちゃってるので」

少女「箱根火山の動きも怪しくなってますしね」

男「フム……」

男「やはり衣装くらい変えて来れなかったのかねぇ」

少女「ゴスロリは基本装備だと何度も申し上げたでしょうが!」ペチン

男「じゃ、ロープウェイ乗ろうか」

少女「え、転送装置無いんですか?」キョトン

男「転送装置だあ?」

少女「ボタンを押したら体を分子レベルまで分解して、目的地まであっという間……」

男「よく考えてみろ、今は2014年だぞ? まだ『宇宙タクシー計画』すら実現してねぇよ」

少女「ふ~ん、不便なの」

男「不便にも不便なりの楽しさがあるってもんよ」

男「グズグズしてると置いてくぞ」

少女「待って下さい~!」

少女「きゃっ! ヒールが脱げた!」

男「大涌谷か~小学生の修学旅行以来だな~」

少女「凄い凄い! 鉄製の箱が山の斜面を上ってますよ! 一体どんなカラクリなんでしょー!」

男「俺達もあれに乗るぞ」

少女「へぇ~えぇっ!?」

少女「嫌ですよ、電気が切れたら即真っ逆さまじゃないですか」

男「お前はロープウェイを何だと思ってるんだ……」

少女「どうして観光客の方達は涼しい顔してあんな拷問器具に乗り込めるんですか!?」

男「安心しろ、Made in japanの頑丈さは伊達じゃない」

少女「まぁご主人がそこまで言うなら……」

少女「うぅ~こんな狭い空間に詰め込まれるなんて地獄です……」

男(高性能なアンドロイドにも弱点はあるのか)

少女「落ちたらどうしよう落ちたらどうしよう……」

男「馬鹿、まだここは地上だよ」

ウィーンガタンッ

少女「わぁ! 動いた!」

男「そりゃ機械だから動くだろ」

少女「この不安定さ、堪らなく不愉快です~」

少女「あっ! 地面からモクモク煙が上がってますよ」

男「それに変な匂いがしてきたぞ」

少女「分かります! 何だか卵の腐った感じの……」

男「お前はいくら火山ガスを吸っても死なないんだよな」

少女「ふふっ羨ましいですか?」

男「いや別に羨ましくは……」

男(セックスする為に開発された新世代オナホになぞ、誰がなりたいと思うだろう)

男(ま、憐憫の情は感じない訳ではないけどね)

ロープウェイの乗り場から出ると、少女が早速興奮した様子で手を引いてきた。

少女「ご主人様! あの店でピータンが売ってますけど買って来てよろしいですか!? 良いですよね!?」

男「ピータン? そんな場違いな物が売ってる訳な……」チラッ

『黒たまご 1個100円! 美味だぜ!』

男「ありゃ黒たまごだ。食べると寿命が延びるらしい」

男「寿命ねぇ……」

少女「おや、ご主人様も黒たまご欲しいんですか?」

男「まぁな。単に硫化鉄のくっ付いた卵なのだろうが、たまには迷信に浸るのも悪くない」

少女「分かりましたー。二つ買って来ます」シュタタタタ

男「待ってる間、こっから絶景でも撮りますか」

男「ええぞーええぞー」パシャ

突如、カメラのファインダーが何者かの手によって塞がれた。

幼馴染「景色ばっか撮ってないで、私も撮りなさいよ」

男「奇遇だな、まさか温泉旅行で箱根に来てお前に会うとは思わなかった」

幼馴染「温泉旅行? 誰と来てるの?」ジロ

男「お前には関係ナッシング」

幼馴染「ありまくりよ! いつも家に引きこもってたあんたが外出するなんて珍しいからね」

幼馴染「さぁ吐きなさいよ! 一体誰と来てるの!」

男「一人です、自己啓発的な意味も含めて……」

幼馴染「嘘つくな! 足元に落ちてるヒールはなんなのよ」

男(あ、あの野郎……ヒール履いて走ったりするから……)

店員「ほい、黒たまご二つだぜ!」

少女(ご主人様はどうしてるんだろう……)チラッ

少女(あっ幼馴染の方……箱根にも来てたんだ)

店員「おい姉ちゃん、た・ま・ご!」

店員「早く受け取らないと冷めちまうぜ?」

少女「すみません、たまごもう一個下さい!」チャリーン

店員「おぉっ! 姉ちゃん大喰らいだねぇ!」ニコニコ

少女(幼馴染さん性格キツいから話すのは気が引けるけど、このままじゃ大切なご主人様が骨抜きにされちゃう)ダッ

幼馴染「さぁ言いなさいよ!」

男「言ってお前に何の得があるんだよ……」

少女「申し訳ございませんご主人様、流石は有名観光地とあって少し並びました!」

男「お、おい……今来るなよ」ボソ

幼馴染「ほぉーん、案の定この子と一緒だったのね」キッ

少女(に、睨まないでくださいよぉ~)

少女「こんにちは幼馴染さん! 黒たまご三つ買って来たのでお一つどうぞ」

幼馴染「別に要らないわよ」フン

男「いつまで妙な意地張ってんだ。素直に食ってみろよ、美味いし」

幼馴染「……」モグッ

幼馴染「……美味しいじゃない」




男「だろ? 一つだけってのが惜しいくらいだ」

少女「おいひぃでひゅね~」バリバリ

男「おいこら、殻ごと食うな!」

幼馴染「あんた達、やっぱ一泊するの?」

男「うむ、悪いがついて来たいと言っても無理だよ」

幼馴染「そんなの分かってるわよ。あたしだって仕事で箱根に来たんだし」

男「仕事?」

幼馴染「上京した後、新聞記者になったの。それで大涌谷の地熱発電について取材の仕事が入ってね」

男「記者がこんな所でのんびりしていて良いのかよ」

幼馴染「いいの!取材は二時間後なんだから」

少女(私としては早く幼馴染さんには帰ってほしいな……)

少女(これじゃ折角のデートが台無しだよ……)

少女「ご主人様っ大涌谷はもう見ましたし、次は強羅の『彫刻の森美術館』に行きません?」

男「待て待てそう急ぐな。もうちょっと学生時代を回顧させろよ」

幼馴染「そうそう、ねぇ男~修学旅行の時あんたここで転んだよね」

男「よく覚えてんな! 確かお前も道連れにしたよな」

少女(なに……なんなのこれ!)

少女(ご主人様と幼馴染さんがベタベタして私が後ろをついて行く状況……)

少女(私が所詮召使いだから? 大切な人じゃないから? だったら許せない!)ムカムカ

目の前で片思いの相手と異性が仲良くしているのを見るほど嫌なことはない。

遣る瀬無いと言うか、それとも嫉妬の渦に巻き込まれると言うか、複雑な感情になる。

少女(どうせ私なんか……鉄屑の集まりとしか思われてないのかな……)ポロポロ

少女の大きな瞳から電解アルカリ洗浄水がとめどなく溢れ出し、地面に一滴二滴と染みを作った。

男「どうしたんだ、いきなり泣き出して」

少女「……煙が目に沁みたんです」

男「顔貸せ、拭いてやるから」

俺はポケットからハンカチを取り出すと少女の目尻を丁寧に拭いてやった。

少女「ありがとうございます……///」

男「今回の旅行の主役はお前だ。いつも元気なお前が泣いてたら俺まで悲しくなる」ナデナデ

少女(そこまで想って下さっていたなんて……)

少女(ご主人様、早合点してごめんなさい///)カァァッ

幼馴染「えっと」

男「すまない幼馴染、こいつが煙ダメらしいから先に帰るわ」

少女「ご主人様、そこまではなさらなくても」

男「良いんだよ、苦手ならもっと早く伝えてくれればよかったのに」

幼馴染「ちょ、え!?」

男「じゃあまたな、取材頑張れよー」スタスタ

幼馴染「え……そんな展開ってアリなのっ!?」

幼馴染「……」フーッ

幼馴染「結局独身貫くとか言っといてメイドちゃんにメロメロじゃない」

幼馴染「……すっごく残念だけど、そろそろ身を引いた方が正解かしら」

ー旅館ー

少女「……あの後結局どこにも行けなかったですね」

男「家を出た時にもう午後二時だったからな……ごめん、明日はちゃんと色んな場所に連れてくよ」

少女「い、いや謝らなくても! 私はご主人様と旅行に来れて幸せですし」

男「……そんで今更なんだけどさ」

男「お前何故に浴衣姿なんだ?」

男「ゴスロリ衣装は外せないと前に言っていたではないか」

少女「モードを切り替えたんです」

男「モード?」

少女「腰の辺りに通常モードと着せ替えモードを切り替えるスイッチが実はありまして」

男「それ最初から言えよ!」

少女「あ、夕ご飯が来ましたよ」

本鮪の造りや煮鮑など高級料理が続々と並べられる。

男「葡萄酒で乾杯しようぜ!」

少女「ご、ご主人様~、因みにこの旅館って一泊お幾らなのでしょうか……」

男「二万だけど、どうかした?」

少女「いえ……大層お金持ちでいらっしゃる様で~」

男「殆ど実家の金だからなぁ」

少女「じゃあ早く定職に就いて親御さんに孝行しないと!」

男「そうなんだよー……」

男「でも就職時期逃しちゃったかなー……なんてな」ハハ

少女「いやあまり笑えないのですがそれは」

ー食後ー

男「よし、ひとっ風呂浴びて来るか。それともお前先に入る?」

少女「一緒に入りましょう!」ズイ

男「は!?」

男「い、いやおま、お前おかしな事言うなよ」アセアセ

少女「別におかしくはないですよ」

少女「私と二人だけで裸の付き合いがしたいから貸切風呂を選んだのでしょ?」

少女「私が背中をお流し致しますから、早く入ろう入ろう♪」

男「むうぅ……」

湯殿の戸を開けると、スズムシの羽音が耳に飛び込んできた。

男(露天貸切風呂だったのか……ま、それも風流かな)

浴槽から上がった湯気が、天井に張っている蜘蛛の巣を濡らす。

男「裸の付き合いとか言ってたし、やっぱあいつも全裸で……」

男「いや待て、メイドと肉体関係を持っても良いのか!?」

男「今なら間に合う。一人で入ると至急伝えなければ」

ガラッ

少女「ご主人様ー……おぉ~! 凄い湯けむりですよ~!」

俺「失策ったぁぁ!」

一糸纏わぬ姿……と思いきや少女はしっかり胸の辺りまでバスタオルを巻いてきた。

男(ホッとしたような、残念なような……)

少女「ではお客様、体をお流し致しますので椅子にお座りくださーい」

男「いつになくウキウキしてるね」

少女「そりゃあもう、やっと恩返しできるんだなーって思いますと♪」

少女「お湯加減はいかがですかー?」サー

男「あッちぃ! お前湯の温度、何度に設定したんだよ!?」

少女「55度です♪」

髪と体を洗って貰った後、俺と少女は風呂に入った。

男「いや~一日の疲れが全部吹っ飛んで行く気分だ」

少女「あ、湯の中に落ちたアブがもがいてますよ! おもしろーい!」

男「はぁ!? キモいからどこかにうっちゃってくれ」

少女「虫嫌いなんですか?」

男「まぁまぁだ。カブトムシくらいならなんとか触れる」

少女「ふーん」

少女はアブを手で掴むと、茂みの方に投げ捨てた。

男「……」

男(覚悟を決めろ、ここで行動できなければ俺は軟弱者だ)

男(よし、行くぞっ!)

俺は彼女のうなじに左手を回し、強引に引き寄せた。

少女「え……?」

火照った顔との距離が一気に縮まり、生温い吐息が直にかかってくる。

少女「こ、これは一体……///」

戸惑う少女を無視し、右手を腰のくびれに回す。

小さな胸が、タオル越しに柔らかく潰れるのを俺は感じた。

男「ごめん……いきなりこんな破廉恥な事をするのは気が引けるが」

少女「だ、だだ大丈夫ですよ。わわ私は何時でもドンと来いです。りり臨戦態勢です」

と強がっている割には随分と身体がこわばっている。

男「なら、遠慮なく」

俺は彼女の小さな唇に、自分の唇を重ねた。

少女「んむっ……んっ!」ビクン

震える少女を風呂桶の縁に押し付け、獣の如く唇を吸う。

男(やばい……本当にこいつ機械なのか? 未来のシリコンが驚異的な質感を再現しているのか?)

男(18禁かもしれない……これは!)

今度は舌をゆっくり口の中へ挿れてゆく。

少女の舌がまるで待ち構えていたかの様に俺の舌に艶かしく絡んだ。

少女「あっ……んふぁ……んんんっ///」グチュグチュ

少女「気持ち……良いです」

溢れ出した唾液が少女の唾液と混ざり合い、ツーッと糸を引く。

俺は口元から舌の先を胸元まで這わせ、乳首をチロチロと舐め回した。

少女「ひゃんっああんっ///」ビクン

一回舐めるごとに一々飛び跳ねる姿が大変面白い。

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