不思議の国のミーナ(998)

ミーナをヒロインにした一人称のクロスSSです

※キャラ崩壊の可能性アリ
※SSを進める上での都合上、序盤に複数のクロスが発生します
※このSSの主要なクロス先はベルセルクです
※上記がお気に召さない場合、読む事をお勧め出来ないかも知れませんので御了承下さい




それは訓練兵団を卒業する前の、晩秋の頃に起こった。



あの不思議な体験を、私は生涯忘れないだろう……

私の名前はミーナ・カロライナ。
花も恥じらうピッチピチの乙女。

そんな私は12才の頃、世の常に習い、訓練兵団に入った。

それ以降は巨人を倒す為に、様々な訓練をつむ日々を過ごしている。

訓練兵団で行われる訓練は、どれも楽じゃない。

立体機動、格闘術、馬術、技巧術、兵法講義、兵站行進…

中でも疲労が激しいのは、客観的にみても兵站行進だと私は思う。

まず天候なんてお構い無し。

雨が降ろうと雪が降ろうと、装具の中に水や携帯食料、雨具や信号弾、果ては重りの砂袋まで詰め込んで…

ブレードと立体機動装置のフル装備で、長距離の行進を強いられる。

はっきり言って、シャレになんないくらいシンドイ……

そして今回は、深夜に行われる夜間兵站行進。
普段の兵站行進より、神経的にも疲労が増す。

訓練当日、午後から深夜に備えて半休を言い渡された私達は、昼食後に睡眠を取る事になった。

まぁこの場合、寝るのも訓練の内って事なんだけどね?

深夜零時に起床した私は身支度と装備、装具を整えて集合場所へと向かう。

同期の訓練兵が集まり始める広場で、私は自分の班の班長、エレン・イェーガーを探した。

ミーナ「あ、エレンおはよー」

エレン「あぁミーナか。おはよ……って、こんな時間に変な挨拶だよなぁ」

装具を背負い、ランタンを片手に持ったエレンが、小さく苦笑を浮かべる。

まだ少し眠気の残る私と違って、生真面目な彼は普段と変わらない凛々しい顔付きをしていた。

ミーナ「あれ?集まるの、私が最後だった?」

エレン「別に遅れてはないけど、まあそうだな」

エレン「この集まり具合だと、キース教官も直に来るかも知れないし、ミーナももう列に並んどいてくれよ?」

ミーナ「うん、分かった」

私が返事をして班列の一番後ろに並ぶと、程なくしてエレンの言葉通りキース教官が姿を見せる。

壇上にキース教官の姿をを認めた同期達は、揃って宿舎の方から駆け足で広場へと集まって来た。

各班の班長が点呼を取り、班員が揃っている事を教官に伝える。

全班長からの点呼報告が終わると、キース教官から夜間兵站行進の訓練内容が説明された。

訓練内容の説明は実に簡潔で、“これより朝までに30kmを踏破せよ”との事……

ふ…普段の倍?この深夜に…30km?

心中で悲鳴を上げた私は、思わず真っ黒な夜空を見上げてしまった。

星一つ見えない夜空は明らかに雨が振り出しそうな厚い雲が広がっていて、更に私をゲンナリさせる。

髪が濡れるのはヤダなぁと思いつつ装具を背負い直すと、ランタンを片手に、動き出した班列の後に続いた。

暗い足場をランタンで照らしながら、兵站行進の列が折り返し地点となる山間部を目指して、深夜のウォール・ローゼ野外を進む。

夜の兵站行進は昼間より行進速度を控えるから、思ったより疲れないのは良いけれど…

訓練そのものの時間が延びてしまう、その点が玉に瑕だった。

そして、疲れが出始めた10km過ぎで、まるで見計らったかの様に小雨が降り始めた。

溜め息をつきながら、装具から雨具を取り出すと、粗末なソレをすっぽりと頭から被る。

ちょっと見、かなり不気味な集団となった私達は黙々と行進を続け、やっとの思いで折り返し地点に辿り着いた。

やっとの思いで辿り着いても、小休止を取ったらまた直ぐに出発。

折り返し地点は山間部に指定されているけど、山あり谷ありのルートが選ばれているから…

帰り道もまた、山あり谷ありの、やらしールートが待っている…

訓練だから仕方ないけど、今まで来た道のりを考えると………ホントもうヤダ…早くお風呂に入って寝たいよ…

泣き言を考えながら、水袋に直接口を付けて嚥下していると、出発の号令が掛かった。

雨が止んだのは、せめてもの救い。

でも行進は進めば進む程、体力と同様に気力も減ってくる。

早く帰り着きたいの一心で足を進めていると、凡そ20km地点で、雨のせいか今度は霧が発生……

行進はペースダウンを余儀なくされる事になってしまった。

更に21km程になると、霧は濃霧に発展。行進を更にペースダウンさせて下さる。

そこから1kmも進めない内にどうやら夜明けを迎え、そこで漸くこの霧が、異常なまでの濃霧だって事に私を含めた全訓練兵が気付いた。


暗い夜道の内は、まだ周りが見えないぶん、分からなかった。

霧…ううん、コレはもう煙りって言って良いんじゃないかな?


まるで生木でも燃やした様な、信じられない濃霧。

冗談抜きで、辺りが真っ白で何も見えない。

1mほど先を歩くトーマスの背中が、やっと見える程度なのよ…何コレ?信じらんない!

日が昇るほど、夜が明けるほど、朝日が霧に反射でもしているのか、笑える位に辺りは真っ白で…

私は疲れている事も忘れて、薄ら笑いをヘラヘラと浮かべてしまった。

疲れもあったけど、見た事も無い濃霧に妙に浮かれて、言うまでもなく気が緩んでしまった……ソレがイケなかった。

トーマスの真後ろを歩いていたハズの私は、知らぬ間に斜めに進んだらしく…

気が付いたら、狭い山道から足を踏み外し、声も上げられず傾斜面を転がり落ちてしまった。

山道の脇、傾斜面には雑草が生えていたらしく、転がり滑り落ちながら痛い思いは殆どしなくても済んだけど…

雨のせいで濡れた斜面は、予想外に、私を勢い良く下へと滑り落とした。

かなり下まで滑り落ちると流石に勢いが弱まり、コレなら止まれる!と思った矢先に…

ガツン!と強い衝撃が私のお尻に走り、滑り落ちていた体が止まる。

ちょーど尾骨のトコだよ………すんごい痛い

涙目になりながら振り返ると、予想通り大きめの岩が突き出てたわ…

腹立たしかったけど、頭をぶつけるよりマシだったと自分を慰め、お尻をサスリながらヨロヨロと立ち上がる。

先ずは装備の確認……良し、問題は無さそう。

装具も無じ…いいっ!

ミーナ「ランタンが無いっ!」

転がり落ちていた際に、手を離してしまったらしい。

装備、装具の紛失は罰則規定に当然ひっかかる!

私は霧に難儀しながら、やっとの思いでランタンを探し出すと…

疲れた体にムチを打ち、兵站行進の列に戻るべく、濃霧に染まる傾斜面を登り始めた。



続きは今晩の深夜に投下します

今にして思えば、ナゼ滑り落ちた時に悲鳴の一つも上げなかったんだろう……

声を上げさえすれば、誰かが気付いてくれただろうに。

山道から滑り落ち、兵站行進の列に戻るべく、斜面を登って皆の後を追った…

アレから多分、もう一時間は経ったハズ。
行進の列には未だに追い付けない…

つまり私は、哀しい事に皆とハグレてしまった。

斜面を登って山道に戻ったつもりが…
濃霧のせいで、まるっきり違う小道を山道と勘違いしたらしい…

気が付くと、深い濃霧の中で私は一人きり、見覚えの無い森の小道を歩いていた。

後悔と心細さで、うっすらと涙が滲んで来る。

道を踏み外して落ちてる途中、みっともなさと恥ずかしさがあって、声を上げられなかった。

今はそれが本当に悔やまれる。

もし悲鳴を上げていたなら、きっとエレンが一番に助けに来てくれたと思う。

彼は向こう見ずで取っ付き難い所もあるけど、責任感と仲間意識がとても強い人だから…

私が滑り落ちたのを知ったら、迷わず斜面に飛び降りて、私を助け様としたと思う。

今頃はもう、私が居ないことに気付いたかなぁ?

それともまだ、この濃霧に包まれて気が付かないままかなぁ?

どちらにせよ、時間が経てば私の不在に気が付くだろう……

班長のエレンは勿論、同じ班の皆にも迷惑を掛けてしまう…

後から後から湧いて来る自責の念に苛まれながら、何とか皆に追い付こうと…

私は半ばヤケっぱちで、当てずっぽうに森の小道を突き進んで行った。

小さくても道なんだから、何処かに辿り着くだろうと信じて…

歩いて歩いて、どれだけ時間が経ったか分からない位に歩いて…

歩き疲れた私は、とうとう合流を諦めて、その場に座り込んだ。

もうムリ……つか、いい加減に霧、晴れなよ…

ミーナ「フザケんなっ!」

疲労と腹立たしさで、私は思わず叫んだ。

午前中に兵站行進が終われば、今日はもう全休日になるハズだったのに…ほんっとにもうっ!

はぁ…このままじゃ、捜索隊が出されるだろうなぁ…

捜索隊に見つけて貰って兵舎に帰ったら、物凄い怒られて、すっごい失点が付くんだろうなぁ…

目に見える未来予想に、ドーンと気分が落ち込んで来るわ…

ミーナ「ホンっと、悲鳴の一つも上げとくんだった……はあ」

グチと溜め息を吐いた私は、そのまま座り込んで霧が晴れるのを待った。

この濃霧が収まらない事には、私の位置を伝える為の、信号弾すら使えやしない。

霧が弱まって来たら、5発ある信号弾を、上手く時間を分けて使って、位置を知らせよう。

信号弾を使って救助を求める決意を決めたら、何となく吹っ切れた気分になった。

ミーナ「どーせ、どーやったって怒られるのは決まってるもの。ならもう、開き直った方が気分が楽だわ…」

そう呟くと、本当に気分が楽になってきた。

どうやら不平不満は言葉にして吐き出すと、ストレスが解消するみたい。

ミーナ「ごめんねぇ、エレン…ナック達も」

キース教官からのお説教が済んだら、班の皆に謝りに行こう。

エレンなんかは特に仲間意識が強いから、余計に心配とかしてそうだからなぁ…

背負っていた装具を下ろして、渇いた喉を潤す為に水袋を取り出す。

喉を鳴らして水を飲んだ後、呑気にアクビをしながら背伸びをした私は…
この時は未だ、事の深刻さに気付いていなかった……………
………
……


最初の異変に気が付いたのは、どれ位の時間が経った頃だろう?

膝を抱えた姿勢で、時折ボーっと取るに足らない事を考えたり…

何も考えずただ呆然と、霧が地面に降りて晴れるのを待ってた時から…

“いやに静かな森だなぁ?”と感じてはいた。

いい加減待ちくたびれて、そろそろ陽も高くなったんじゃないかと思った頃、ふと疑問に感じた事があった。

こんな森の中で、何で鳥のさえずりすら聞こえないんだろう?

と云うより、聞こえない方が不自然だ、オカシイよねぇ?

不意に湧いた疑問が気に掛かり、周囲に気を配って耳を澄ませたけど…

ヤッパリ静か過ぎる……つか、まるっきり音がしない。

鳥の鳴き声が聞こえない…

風の吹く音もしない…

木の枝や、木の葉の擦れる音さえしない…不気味な程に、無音の森。

少し不気味な気分になった私は、立ち上がって頭上に視線を移した。

ミーナ「あ…霧が…」

あれだけ濃かった霧が、だいぶ薄くなって、ゆっくりと地上に降りて来てるのが分かる。

ミーナ「やっと信号弾が使……え………る………」

苦笑混じりに呟いた言葉が、我知らず途切れ途切れになった。

ミーナ「あ……あれ?」

呟いて、両手で目を擦ってみた…あれ?変だな?

次に視線を地面に置いたままの装具や、着ている雨具、その下の制服と、次々に確認しながら目を移す。

うん…私の目、おかしくないよね?

自分の目が、ちゃんと正常に機能してるのを確認した後で…

私はもう一度、視線を頭上に……続いて恐る恐る周囲を…森の木々に視線を移す。

あれだけ立ちこめていた濃霧が、今は羽毛の様に、緩やかに地面へと降りて来てる。

霧に隠れていた森の木々や、その木の葉が姿を現した時……

ミーナ「はっ…灰色?何で灰色なの?」

森の中は、一面が灰色の世界だった。

太く大きな木の幹も、枝も、葉も…

地面に転がる大きな岩も、岩に貼り付いた苔も…蔓も…

倒れた朽ち木も…そこから生えた茸も…

目に映る全てが、灰色一色だった。

ミーナ「……何コレ……」

暫く呆然として、やっと口をついて出た言葉が、恐怖で掠れてる。

急に襲って来た恐怖と不安……見る間に心を埋める心細さに、私は装具を引っ掴むと、その場から走り出した。

怖い怖い怖いっ!何コレ何っ、何なのよっ!

訳も分からず走り出したけど、森の中は何処まで走っても灰色の世界…

荒い息を吐きながら走り続けて、不意に、ハッと我に返った。

あっ!私ひょっとして、森の奥に向かってんじゃないのコレ?

パッと思い浮かんだ事で、全力疾走の足を急激に止める。

………バカだ、私…

気が動転したせいもあったけど、自分の馬鹿さ加減に泣けてくる。

装具を地面に放り出し、膝に両手をついて荒い息を整えながら…

私は、自分の心を落ち着かせる事に努めた。

ミーナ「冷静に…冷静になって考えよう……現状の確認から……冷静に……冷静に……」

怖くて仕方ないから、取り敢えず自分を落ち着かせる為に、声を出してみる。

だ、大丈夫…こんなんでビビってたら、巨人なんて相手にしてらんない。

そうよ、ちょっと周りが灰色なだけだ…

森の中が灰色だからって、巨人みたいに食べられて死ぬワケじゃない!

ミーナ「死にはしないっ!」

ヤケクソになって、お腹の底から叫ぶと、時が止まった様な無音の森の中に、私の声が響いた。

辺りが静か過ぎるせいか、私の声がやけに響いた感じがする。

顎に滴る汗を拭いた私は、思い切り息を吸い込んで深呼吸した。

次に背筋を伸ばして、辺りを見渡す。

まるでソレが当たり前みたいに、遠くの遠~くまで辺りは灰色一色。

でもって、相変わらずの無音。

………ナルホド

不気味ではあるけど、自分が叫んだ通り…
今の所は、生命の危機に関する様な事は、起こらない…………っぽい。

ま、ぽいってだけで、この後がどうなるか解らないけどね……となれば

ミーナ「信号弾」

短く呟いて、唯一これしかない救助要請の品を、地面に放り出した装具から引っ張り出す。

もはや意味を為さない重りの砂袋は捨てて、かさばる雨具は畳んで装具に直した。

次は一番太く、大きな木を探して……ん、アレが良さそう。

めぼしい大木を見つけると、随分と軽く感じる装具を担いで歩き出す。

灰色をした大木に恐る恐る近付いた私は、灰色の木の幹を、指先でチョチョンと突っついてみた。

触れた指先に異変は……無い。続いてブーツの靴底で強く蹴ってみる……

んー、どうやら……灰色なだけで、木?ではあるらしい。

普通に頑丈そうだし、立体機動にも使えそう…かな?

ミーナ「つか、使えないと困るってぇの」

最初に受けた恐怖心こそ幾らかは薄れたけど…

正直に言えば不安は未だ消えないし、心細さはジワジワと増えてくる。

独り言でも呟いていないと、体より心の方が先に参ってしまいそう。

それでも……

ミーナ「心は常に冷静に、行動は最善を尽くす」

自分を鼓舞する様に呟き、大木の上の部分をめがけアンカーを撃ち出した。

アンカーが刺さって固定されたのを確認し、ワイヤーを巻き上げて体ごと大木の上部に移動する。

そこからは、落ちない様に気を使いつつ上へとよじ登り…

見晴らしが良く、丈夫そうな枝を足場に選ぶと、命綱に再度アンカーを木の幹に撃ち込んだ。

この木の高さは、ざっと20m足らず。
私の位置は14~15mって所か…

周りの木が少し邪魔だけど、それでもココなら全方位が見渡せる……けど……

ミーナ「嫌になるくらい、灰色だわ…つかココ本当にウォール・ローゼ?」

辺りは本当に、見渡す限り灰色で、遙か遠くまで木々が生い茂ってる……

ちょこちょこ木が生えて無さげな所もあるっぽいけどね。

ミーナ「さてと…」

呟いて、信号弾を上に構える。

ミーナ「………お願いよ、誰か気付いて」

ミーナ「お願いだから……誰か居てっ!」

心からの祈りを大声で叫んで、私は信号弾の引き金を引いた。



続きは明日以降の深夜に投下

最初の信号弾と二発目の信号弾を使ってから、かなり時間が経った。

私の使った信号弾に、辺りから応じる様な反応は……無い。

二発目を使ってから、一体どれ位の時間が経ったんだろう…

時間の経過が分からない事を、こんなに辛いと感じるとは思ってもみなかった。

直ぐにでもまた信号弾を使いたいけど、残りは三発しかない。

こんな訳の分からない状況下で信号弾を使い切ったら、それこそ命取りだ。

体中を蝕む様に広がる不安感が、私の意識を信号弾の使用へと誘い…

辛うじて残ってる冷静な判断力が、それを押し止める。

木の枝の上で、落ちない様に気を使いながら、膝を抱えて座り込み…

考え込む私の心の中は、もう長い時間、ずっとその葛藤が渦を巻いている状態だった。

時間だけは嫌でもあったから、周辺の状態と、自分の持つ装備品を含めた情報を加味して、冷静に状況把握をしてみたけど……

現状は……相当に深刻だ。

まず、この訳の分からない場所。今では周りの森だけじゃなくて…

空も、地面も、目に映る全ての物が灰色になってる……本当に馬鹿げた状況だよ。

どう見ても、ここがウォール・ローゼ内とは思えない。

一体、私は今、何処にいるんだろう?ホントにドコよ、ここ……

小さな頃、迷子になって泣いた事があったけど…

まさかこの歳になって、同じ様な理由で泣く羽目になるとは、思いもよらなかったわ。

そして更に深刻なのが、水や食料の問題。

携帯食料は兵站行進の小休止の時、3分の1程は食べてしまっている。

つまり、残りは通常の3分の2程度しか残ってない。

オマケに水は…もう本当に残り僅か。

兵法講義の時、野外での水の確保のやり方を教わったハズだけど……

薄ぼんやりとしか覚えてない。ちゃんと聞いとけば良かった…本当に馬鹿だ、私…

現状が深刻過ぎて、思考がマイナスの方にしか働かない。

考えたくないけど……私、ここで死んじゃうんじゃ……

こんなワケ分かんない場所で、私……もしかして死ぬの?

そう考えると胃の辺りが急に冷えてきて、吐き気すらしてきた。

嫌だ!こんな所で死にたくない…
こんなワケ分かんない場所で、独りきりで死ぬのは絶対にイヤっ!

一人きりの孤独、死への恐怖、震える程の心細さ…

それらが心を塗りつぶした時、私は信号弾を手に取って立ち上がった。

誰かに気付いて欲しい、その一心で信号弾の引き金を引く。

調査兵団ご用達しの信号弾とは違い、私が持ってる信号弾は、視認用の煙が薄い。

その分、発射後40m程で大きな音が鳴る。音響弾に近い種類だ。

撃ち上がった信号弾は、直ぐにパーン!と乾いた音を辺り一帯に響き渡らせた。

三発目を撃った後、続いて四発目を撃つべく弾を詰め直しにかかる。


涙と嗚咽が止まらない。


震える手で空薬莢を抜き取った時だった…

……パーン………

ミーナ「……えっ?」

初めは私が撃った信号弾のコダマかと思った。

でも、ソレにしてはワンテンポ遅れてた感じがする。

慌てて辺りを見渡したけど、信号弾の煙の様な物は見えない。

ミーナ「…でもひょっとしたら」

四発目の信号弾を詰め直した私は、直ぐに上に向かって引き金を引いた。

上空でパーンと乾いた音が響き渡る。

その後、次にパーンと鳴り響いた破裂音は、明らかに“私に応じた”信号弾の音だと確信が持てた。

ミーナ「どこっ!」

口から反射的に叫び声が飛び出し、慌てて周囲に視線を向けると…

ミーナ「……あったあ!信号弾の煙っ!」

左手の方角だ!さっきは木の幹や枝で見落としたんだ。

誰かいる、この狂った世界に誰かが居てくれている!

湧き上がる希望に身震いしながら、私は木の枝から飛び降りた。

ワイヤーを伸ばしながら滑る様に木を降りると、地上に着く前にアンカーを引っこ抜き、危なげな着地を試みる。

何とか無事に着地した私は、アンカーの収納ももどかしく走り出した。

朽ち木を飛び越え、木の枝を素手で払い、何かに足を取られて転んでも…

痛みさえ構わずに起き上がり、また道無き道を全力で走る…

誰かいる…それだけを頭の中で連呼しながら、私は薄暗い森の中を走った。

夢中で走ってると、やがて前方が明るくなって来る

木々の切れ目になる場所でもあるの?。

そう考えながら木々の間を走り抜けると、思った通り、雑草ばかりが生える少し開けた場所に躍り出た。

信号弾が上がった方角は間違ってないはず…

このまま向かいの木立に入って行けば…

息を切らせながらそう考えた時、向かいの木立から人影が飛び出して来た。

顔…まだ解らない…けど服装は訓練兵の制服!

もうコレだけで涙が溢れ出す。

誰っ!?誰っ!?

???「みぃぃぃなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

相手の方が先に私を認めて、私の名前を大声で叫んだ。

この声、知ってる!

ミーナ「っ!サシャァァァァァァァァァッ!」

サシャだ!サシャだサシャだ、サシャだあ!

木立から飛び出して来た人影は、サシャだった。

目の前が滲む…涙で、やっと会えたサシャの顔が見えなくなるよ。

私とサシャは、お互いを目指して全力で走り…

遂に辿り着いて抱き合った時は…

もう、正面からぶつかる様な、激しい抱擁になった。

サシャ「ミーナァァァァァァァぁうあああああああああん!」

ミーナ「サシャァァァァァァァうわああああああああぁん!」

抱き合って、その場に崩れる様に座り込むと…

お互いの名前を呼び合いながら、ひたすらに泣きじゃくった。

恥ずかしい話だけど、子供みたいに涙が止まらなかった。

泣き過ぎて、横隔膜が痙攣しちゃって、呼吸困難になる程だった………うぅ、ハズカシい…

10分近く泣き続けて漸く落ち着くと、私達は、どうしてここに居るのかを互いに問い合った。



少ないですが、今日はこの辺で投下終了

続き明日の深夜に

サシャ「じゃあ、ミーナもあの山道から落ちたんですか?」

ミーナ「うん…足を踏み外しちゃって…」

ミーナ「…て事はサシャも?」

サシャ「ええ…恥ずかしながら落ちました」

ミーナ「仕方ないよ、あの濃霧じゃ。私だって、真っ直ぐ歩いてるつもりだったもん」

ミーナ「それに、兵站行進で疲れてたしね?」

サシャ「あー…私の場合…」

サシャ「それほど疲れてなかったんですけど……お腹が空き過ぎて、足元がフラついてしまいまして…」

ミーナ「………携帯食料は?」

サシャ「小休止の時点でとっくに…」

グ~~~ッ!と、サシャの現状を伝える様に、彼女のお腹から遠慮なく大きな音が上がる。

ミーナ「……ちょっと待って」

悲しそうに顔を歪めるサシャにそう言うと…

私は背負っていた装具から、食べかけの携帯食料を取り出した。

次にブレードを抜き取り、地面に置いた食べかけの携帯食料を、凡そ半分に切り分ける。

バリン!と特有の音を立てて分かれた携帯食料を両手に取ると…

口を付けてる側を自分に、残りの半分…

元々の量的には3分の1だけど…

残りの携帯食料を、サシャに差し出した。

ミーナ「はい、これがサシャの分ね」

サシャ「で…でもコレ…最後の携帯食料じゃ…」

ミーナ「そうだけどさ、私だけ食べるってワケにもいかないでしょ?」

ミーナ「非常事態なんだから、お互い助け合おうよ」

私がそう言うと、サシャはまた泣き出しそうに顔を歪めた。

ミーナ「泣かないでよサシャ。私ね、今、嬉しいの」

ミーナ「サシャが居てくれて、凄く嬉しい。こんな所に、私ひとりぼっちなんだと思ってたから」

ミーナ「サシャに会えて、本当に嬉しかった。だから、サシャに何かしてあげたいのよ」

ミーナ「だから、サシャも私に力を貸してね?」

そう言ってもう一度携帯食料を差し出すと、サシャはボロポロと涙をこぼしながら受け取ってくれた。

サシャ「はいっ!私もミーナに会えて、本当に、本当に嬉しかったです!」

サシャ「頑張ります!何かお役に立てる様に、私、頑張りますからっ!」

ミーナ「うん…ワケ分かんない場所だけど、一応は森の中だしさ…」

ミーナ「サシャが狩猟民族なのが、何よりの頼りなんだからね?」

サシャ「任せて下さい!狩りは得意ですから!」

サシャはそう答えると、自信に溢れた笑顔を浮かべた。

そして早速、携帯食料にかぶりつこうとする。

そんなサシャに、私は慌てて声を掛けた。

ミーナ「あ、いきなり全部食べないでよ?もうコレで、本当にお終いなんだからね?」

私のセリフに、口を大きく開けたサシャの動きが止まる。

ミーナ「万が一を考えて、幾つかに分けて食べようよ」

ミーナ「噛む回数を増やせば、満腹感も出るらしいから」

サシャ「わ、分かりました……非常事態ですもんね」

少し悲しげな表情を浮かべながらも、サシャは納得してくれたみたい。

それから携帯食料を更に小分けした私達は…

微妙な味のする携帯食料の二欠片ほどを、時間をかけて何度も噛み、胃に収めた。

その後、手持ちの水が残り少ない件をサシャに打ち明けると…

サシャは意外と言うべきか、流石は狩猟民族と言うべきか…

彼女は野外における水の確保のやり方を知っていた。

何でも訓練兵団に入る以前、彼女のお父さんから習っていたらしい。

水を確保するなら早めに準備した方がいい…

そんなサシャの言葉に従い、二人で地面に穴を掘り始めた。

掘った穴の上に、水分を集めるシート代わりの雨具をピンと張り…

綺麗に拭いた石をシート代わりの雨具の中央に置いて、張りを保ったまま穴の底まで水を集める為のヘコみを作る。

全ての準備が終わった頃、辺りが緩やかに、暗さを増していった。

曇天の様な灰色の空には、あるハズの太陽の存在が窺えない。

ここは、常に曇り空の下に居る様な薄暗さがある。

それでも昼夜の概念はあるらしく、どうやらこれから夜を迎えるみたい。

私達は寄り添って座ると、装具を枕代わりにして、地面に横になった。

サシャ「……ここ、何処なんでしょうね……」

ミーナ「…解んない。でも、ウォール・ローゼ内じゃない気がする」

サシャ「ですよね………」

ミーナ「…うん」

それきり暫く黙り込んでると、サシャが不意に口を開いた。

サシャ「昔、お父さんから聞いた事があるんです……」

ミーナ「…何を?」

サシャ「御伽噺みたいな物でしたけど……森には、人が入り込んではいけない場所があるって…」

サシャ「人が入り込んだら、帰れなくなる場所があるって…」

サシャ「“還らずの森”って、お父さんは言ってました」

ミーナ「…それが、ここ?」

サシャ「………分かりません。でも、私はこんな奇妙な森、見た事も聞いた事もありませんよ」

ミーナ「……ゴメン。怖くなるから、もうその話は止めて」

サシャ「…はい、私も言ってて怖くなりましたから止めます」

サシャはそう言うと、黙り込んでしまった。

その後は二人とも黙り込んで、星も見えない夜空を見上げる。

辺りはもう、真っ暗になっていた。

ミーナ「………ね、サシャ」

サシャ「はい?」

ミーナ「…手…繋いでいい?」

サシャ「良いですよ、勿論」

すぐ隣に横たわるサシャに手を伸ばし、触れ合った手を繋ぐ…

サシャ「…あ、あのぉ…」

ミーナ「えっ?」

サシャ「その………」

ミーナ「どうしたの?」

サシャ「…だ………抱き付いて寝ても良いですか?」

ミーナ「…うん、寒いもんね」

サシャ「はい!じゃあ、あの…失礼します」

そう言うと、サシャは私の胸に潜り込む様に抱き付いて来た。

私も体を横向きにして、サシャの頭を両腕で包み込む。

サシャ「……ミーナは、暖かいですね…」

ミーナ「サシャも暖かいよ…」

サシャ「ミーナが居てくれて、本当に嬉しかったです…」

ミーナ「…うん。私もサシャが居てくれて、本当に良かった」

あの震える程の心細さが、今ではサシャの温もりで、癒されて行くのが分かる…

サシャが居てくれた事に、彼女の温もりに心から感謝しながら…

この日、一日の強い緊張感から解き放たれた私は、深い眠りに落ちて行った……



本日の分はここまでです。

続きは明日の深夜に投下します

私とサシャが奇妙な森に迷い込んで、三日目を迎えた。

救助と、他にこの森に迷い込んでいるかも知れない仲間を求めて、残り僅かな信号弾を使ってみたけど…

残念な事に反応は無かった。

残された信号弾は、一発のみ。

これは相手から信号弾が上がった場合の、返信用に残さないといけないから…

もう私達が先に使う事は出来ない。

ただこの二日間の事を考えると、もう救助には期待が持てなくなってる。

だから今の私達が考えるべきは、呑気に救助を待つより、とにかく生き残る事。それが最優先の事項だった。

水の確保は、少ないながらも何とかなったけど…問題は食料。

申し訳程度しか無かった携帯食料は、昨日の夜に食べ尽くしてしまった。

丸一日しか保たなかったけど、食べ盛りな私達の年齢と…

元々の量を考えたら、それでも良く保った方だと思う。

その間、森に入って食べられそうな物を探したけど…

唯一見つかった茸には何故か火が通らず…

サシャが生で食べようと提案したので、取り敢えず茸をブレードで切ってみたら…

まるで石灰石の様な断面と、事実石灰石みたいな固さを目の当たりにして、流石に食べるのは諦める事になった。

この調子だと、仮に果物の類が見つかったとしても…

灰色の果物だったら……多分、期待が持てない。

サシャは狩りをする為に、昨日から森に入って動物や、獲物の存在を探す為に動物のフンを探したらしいけど…

昨日、今日の午前中と、全く見つける事が出来なかったらしい。

それでもサシャはお昼に水だけを飲んで、ブレードを手に、また森へと狩りに行ってくれている。

私は万が一、信号弾が上がった場合を考えて、木立が途切れた雑草の広場で待機してる。

本来なら私も狩りに参加した方が良いんだろうけど…

私がサシャと連れ立って森に入っても、無駄に体力とお腹を減らすだけで、きっと足手まといにしかならない。

雑草の広場で膝を抱えて座り込み、サシャの帰りをじっと待つ。

時間の経過は空腹だけを増やし、逆に私から体力と笑顔を奪っていった。

夕刻になったと思われる頃、森からサシャが帰って来た。

成果は、聞かなくても一目で分かる。

少し厳しい顔付きで私の元に来たサシャは、首を振りながら私の隣に腰を下ろした。

サシャ「…ダメでした」

ミーナ「…うん、お疲れさま」

私の言葉に、サシャは首を縦に振るだけの返事を返した。

私達はもう、喋る体力すら勿体無く感じ始めていて、自然と口数も少なくなってる。

ただ疲労と空腹は、私よりサシャの方が遥かに大きいはずだ。

サシャは昨日から、もう笑顔さえ見せなくなっていた。

疲労も勿論だけど、サシャの場合は空腹の方がかなり堪えているんだろう…

狩りを任せきりにしている事が、今更だけど申し訳ない。

“明日からは私も狩りを手伝う”

私がサシャにそう声を掛けようとしたら…

少し厳しい顔付きで爪を噛んでいたサシャが、ポツリと洩らした。

サシャ「お腹が減ると…」

ミーナ「えっ?」

サシャ「お腹が減って…お腹が減って…極限までお腹が減ると…」

サシャ「人間って、感覚が鋭くなるんです」

ミーナ「…えっ?」

サシャ「…やっぱり………」

サシャは地面の一点だけを見つめながら、訥々と言葉を続けた。

サシャ「昨日から何となく感じてたんですよ……最初は気のせいかと思ってましたけどね」

ミーナ「えっ、何が?」

サシャ「昨日、森に入った時から何かいる気はしてたんです」

ミーナ「えっ何か居るの、この森?」

私がギョッとして問いかけると、サシャは自分の口に人差し指を当てて見せた。

サシャ「大声を出さないで下さい…それと、移動の準備を」

ミーナ「移動?」

サシャ「そっと動いて、雨具を装具にしまって下さい」

ミーナ「う、うん、分かった」

サシャの表情が、今までに見た事が無いくらい真剣なモノになっていた。

ただ事じゃないのが分かる。

私はサシャに従って、そっと動いて雨具を仕舞い始めた。

私の背後から、サシャが控え目な言葉を続ける。

サシャ「なるべく急いで、立体起動装置を装備して下さい。あと申し訳ありませんが、私の装具もミーナにお願いします」

ミーナ「えっ?私が…サシャの装具も?」

サシャ「はい。私は狩りに専念したいので、荷物はミーナにお願いします」

ミーナ「…狩り?」

振り返った私に、サシャが静かに頷いて見せた。

サシャ「顔はそのままで…動かさないで…顔は動かさないで、視線だけで右手の木立の方を見て下さい」

サシャの言葉に従って、視線だけを右手の木立に向けてみた。

サシャ「私が帰って来た所から、更に右10m辺り……丁度、私の真横の木……その根元です」

ミーナ「真横の木って言ったって……」

サシャの言う木立までは、20m位はある。

オマケに雑草だって生えてるし、横目で見ただけじゃ…私には分かりっこない。

サシャ「分かりませんか?耳が動いてますよ?」

ミーナ「ゴメン…私には無理っぽい。それで、何がいるの?」

雨具と、サシャの装具も纏めて自分の装具に詰め込み、そっと立体起動装置を装備しながら、私は問いかけた。

サシャは視線だけを右に向けたまま、そっとブレードを右手で取ろうとしている。

普通に座っていたハズのサシャは、本当にいつの間にか、直ぐにも走り出せる低い姿勢になっていた。

サシャ「ウサギ…野ウサギにしては珍しい、白兎です」

ミーナ「…良く気付いたね?」

サシャ「昨日から、何かいる気はしてたんです」

サシャ「気配って云うか………視線みたいな物を」

サシャ「どうやら気のせいでは無かったみたいですが…かなり用心深いウサギですね」

サシャ「もし取り逃がしたら、次は無いと思います」

サシャ「だから……必ず仕留めますよ」

サシャ「それまで、徹底的に追いかけます。もしかすると森で迷ってココには帰れなくなるかも知れませんが…」

ミーナ「構わないよ。森の中だもん、私はサシャに頼るしかないから」

サシャ「……早めに弓を作っておくべきでした」

ミーナ「……サシャ、視線はそのままでいいから、ちょっと口を開けてみて」

サシャ「…?こうですか?」

物凄い真剣な表情を僅かに怪訝な物に変えて、サシャが口を開く。

私はポケットに忍ばせておいた、最後の最後…本当に最後の、携帯食料の一欠片をサシャの口に押し込んだ。

サシャ「っ!!!」

一瞬だけ視線を私に向けたサシャが、慌てて獲物に視線を戻す。

バリバリと携帯食料を噛み砕いてゴクリと嚥下した彼女は、声を潜める様にして問い掛けてきた。

サシャ「ミーナ、まだ持ってたんですか?」

ミーナ「今のが正真正銘、最後の欠片だよ」

サシャ「…ミーナの分は?」

ミーナ「狩りをするのに空きっ腹はナイでしょ?」

ミーナ「尤も、たかが知れてるけど…」

ミーナ「私を飢え死にさせないでね、期待してるよサシャ?」

サシャ「…地の果てまで追い掛けてでも、仕留めて見せますから」

サシャはそう言うと、険しかった表情を一瞬だけ緩めて、私に微笑んだ。

サシャ「じゃ、行きますよ?付いて来て下さい」

サシャの表情が直ぐに引き締まり、視線が更に険しくなる。

飢えた狼とか、多分こんな感じなんだろう……見た事は無いけど。

サシャ「…行きます」

小さな声でそう言ったと思ったら、サシャはもう数歩駆け出していた。

次に私が腰を上げるより早く、躍り掛かる様に跳躍!

次いで右手に持っていたブレードを、跳躍したまま投げつけた。

ブンッ!と風を切る刃音が唸り、ブレードが突き刺さる。

仕留めた?そう私が問い掛けるより早く、サシャが叫び声を上げた。

サシャ「ああああっ逃がすかあああああっ!」

サシャは着地と同時に、矢の様な勢いで駆け出す。

駆け抜けざまに地面からブレードを引き抜き、森へと飛び込む彼女の背中を…

私は見失わない様に、必死になって追いかけた。



続きは明日の深夜に投下します


えっと先にお断りしておきますが、このSSはアリスネタではありません。

あくまでベルセルクにクロスする為の行程です。

注意書きにも書いてますが、その為にもう一つクロスして別キャラが登場します。

ご了承下さい


サシャ・ブラウス。彼女の評価は、訓練兵の間ではあまり良い方とは言えない。

食い意地が張ってる事は特に有名で、入団式の一幕は、既に伝説扱いになってるし…

教官から罰則を受ける事も多くて、走らされてる姿もまま見かける。

と言っても人柄はかなり良いし、何だかんだ気配りの出来る良い女の子だ。

そして、そんな彼女の凄い点は、あれだけ罰則を受けて減点されているのに…

常に上位の成績を残していること。

訓練中にフザケたりしないで、減点されていなかったら、トップ5にだって入れるだろうに…

私はいつもそう思っていたし、サシャの実力はだいぶ高く見積もってたつもりだったのに…

私の目は、それでも節穴だったみたい。

飢餓の限界まで追い込まれ、獲物を追う餓狼と化したサシャは…

私の見積もりを、遙かに越えていた。

兎に角…速いの一言に尽きるのよ。

まず、走るのが速い。

まるで平地を走る様に森を駆け、倒れた朽ち木や地面から突き出た岩を足場にして…

怖れも迷いも無く、片足だけの跳躍で、ビュンビュンと前に向かって飛んで行く。

獲物しか目に映っていないのか、体を叩く枝葉や藪もお構い無しだった。

次に巨大樹でもない、数十センチしかない太さの木の幹に、アンカーを次々に当てること当てること…

まるで巨大樹の森の中みたいな感じで、楽々と立体起動で移動してる…

当たらないってば、走りながらなんて…普通…

多分、今ならミカサに立体起動で勝ってるよ…

少なくとも負けてない。それ位、ホント~に、あっという間に置いて行かれる。

私が立体起動を使えるのは、マグレでアンカーが刺さった時だけ。

巨大樹でもあるまいし、何であんなにアンカーが狙いを外さないのよ?

つか、ウサギも速いよ!逃げ足速すぎ!

私がサシャを見失わないで済んでるのは、ウサギに追い付いたサシャが…

地面でブレードを振り回して、その場でウサギを追い回してる時間があるから。

ソレが無かったら、とっくに見失ってる。

サシャの怒号や、小さく見える彼女の背中を頼りに…

私は懸命になってサシャの後を追いかけた。

たかがウサギ一匹に、こんなに苦労するのかと、内心ウンザリしていると…

サシャ「ミーナァァァァッ!」

サシャが遙か遠くから、大声で私の名前を叫んだのが聞こえてきた。

今度こそ仕留めた?

そう考えながら声のする方向に向かう。

サシャの背中が見えたと思ったら、彼女は地面に座り込んでいて…

一瞬、怪我でもしたのかと思って背筋が冷えたけど…

直ぐに私の視線は、サシャの前方にある物に奪われた。

やっとサシャの元に辿り着き、座り込んで肩で息をする彼女に声を掛ける。

視線は、目の前から離せなかった。

ミーナ「サシャ、ウサギは?」

サシャ「そ……その中……ど、ドアの隙間から……入って行きました」

サシャは息を切らせながら、スッと指をさす。

私達の目の前には、大きな作りの丸太小屋が建っていた。

見ると、数段の階段を登った先に出入り口らしいドアがあって、僅かに開いたままになっている。

どうやらウサギは、あそこから屋内に逃げ込んだらしい。

ミーナ「…どうする?入る?」

サシャ「ミーナ……気付いてますか?」

ミーナ「えっ?」

サシャ「この丸太小屋……………色がありますよ」

ミーナ「!?」

サシャの言葉に驚いて、反射的に目を丸太小屋に向ける。

言葉通り、この灰色の世界で、この丸太小屋だけが、自然な色を持っていた。

呆然と、ある意味感動で立ち尽くす私に…

息を整えて立ち上がったサシャが、私の肩を叩いた。

サシャ「行きましょう、獲物はもう逃げられません」

サシャ「それに、今夜は夜露もしのげそうです」

ミーナ「…誰か居るのかな?」

サシャ「人が居るなら好都合ですよ、食料を分けて貰いましょう」

ミーナ「人…居るかな?こんな所に…」

サシャ「居ても居なくても構いませんよ。とにかく私はもう……限界です」

ミーナ「……うん、分かった。入ろう」

サシャの眼がギラついてる。

本当にもう、限界なんだ。

私が頷くと、サシャが先頭になって歩き出す。

夜の訪れが近いのか、辺りは随分と暗さを増していた。

静まり返った灰色の森の中で、私とサシャは遂に“ソコ”へと辿り着いた……



短いですが本日は終了

続きは明日の深夜に投下します

サシャ「小屋に入る時は、足下に気を付けて下さい」

サシャ「ウサギが外に、飛び出して来るかも知れませんから」

獲物を仕留める事に細心の注意と執念を燃やすサシャが…

普段のにこやかな表情からは想像もつかなかった、ギラついた瞳を私に向ける。

そのあまりの落差に圧倒されて、声も出せずに頷くだけの返事をすると…

サシャは入り口のドアを、体が通る最小限の広さに開いて、暗い屋内に入り込んだ。

自分が屋内に入る際、もしウサギが飛び出して、取り逃がしでもしたらどうしよう…

かなり鼓動を高くしながら足下に注意を払い、サシャに続いて暗い屋内に入った私は…

ウサギを外に逃がさない様に、直ぐに後ろ手で入り口のドアを閉じた。

窓の類が外から見ても見あたらなかったから、室内は当然の様に真っ暗。

ランタンを取り出して明かりを灯そうと、装具に手を掛けた時…

フッと、急に室内が明るくなった。

驚いた私とサシャが、サッと室内を見渡してみると…

室内の四隅に、ランプの明かりが点っているのが分かった。

ミーナ「なっ何、急に…勝手に点いたの?この明かり?」

サシャ「……どうやら……そうみたいですねぇ」

ミーナ「だ、誰か居るのかな?……やっぱり?」

サシャ「…どうでしょう?」

ミーナ「勝手に点くなんて……どういった仕組みだろ?」

サシャ「…さぁ?どうなってるんでしょうね…」

驚いて、少し呆け気味の声を出す私に、サシャが周囲を警戒するよう見渡しながら、返事を返してくる。

私も直ぐに冷静さを取り戻し、改めて室内を見渡してみた。

外見は古ぼけた丸太小屋だったのに、室内の壁は丸太作りのままじゃなくて…

狭いながらも綺麗に壁紙が貼られ、ランプの明かりのせいか、シックで落ち着いた感じを受ける。

室内は思ったより温かくて、部屋の奥行きは5~6mほど。幅は10m足らずって感じ。

ただ室内には殆ど物が置いてなくて、唯一、左右の壁には装飾の凝った楕円形の大きな鏡が…

まるで合わせ鏡みたいに、それぞれの壁に配置されていた。

室内の灯りは最初に気付いた通り、ランプが部屋の四隅に合計で四つ。

そしてドアから入って来た私達の正面に、奥へと続く暗い廊下が伸びていた。

サシャ「誰かいらっしゃいますかーーーっ!」

サシャが急に、暗い廊下の奥に向かって声を張り上げた。

私もサシャと同じ様に、人が居る事を期待して、廊下に向かって大声を張り上げた。

ミーナ「お邪魔してますーーーっ!誰か居ませんかーーーっ!」

空きっ腹にはかなり堪える大声を出してみたけど、私達に応じる声は帰って来ない。

どうしたものかと思ってサシャと顔を見合わせていると…

不意に、フッと室内の明かりが、幾らか減った気がした。

明かりが減った側に、咄嗟に目を向ける。

私達の右横、室内の位置で言えば、右手前のランプが消えているのに気が付いた。

あっ、と思って声を出そうとしたら…

今度は左手前のランプが消えたらしく、部屋の中が更に薄暗くなる。

ミーナ「えっ、何で?何よ、どうして消えたの?」

私が不安な声を出している間に、部屋の明かりは入り口側から順に消えて…

サシャ「あっ!」

遂に四つ目のランプが消えて、真っ暗になったかと思うと…

今度は暗い廊下の奥に、ポツンとランプの明かりが灯った。

サシャ「………」

ミーナ「………」

サシャ「…来い…って事でしょうか?」

ミーナ「いや…これヤバいよ、絶っ対にヤバいって!」

ミーナ「あからさま過ぎるよ!どこの幽霊屋敷だよっ!」

サシャ「正直…不気味ですよね…コレは」

ミーナ「怖い怖い、ここマジで怖いって…」

サシャ「正直に言えば、逃げ出したい気分です…」

ミーナ「うん!ちょっと外にでよっ!一旦、ちょっと外に出ようよ、ねっサシャ?」

サシャ「はい…そうしたいのは山々なんですが…」

サシャの腕を掴んで必死に訴える私に、彼女は時折鼻をスンスンいわせながら、震え声を出す。

少し臆病な所のある彼女から、私を仰天させる返事が来た。

サシャ「…さ、先に…す、進んでみましょう」

ミーナ「はっ!?嘘っ!何で?ヤダよ怖いよっ!」

サシャ「匂い…匂いがするんです…奥から。食べ物の匂いが」

ミーナ「ええっ!?」

サシャに言われて私も匂いを嗅いでみたけど、ソレらしい匂いなんて全くしない。

ミーナ「しないよっ!サシャはお腹が空き過ぎて、変になってるんだよ!」

サシャ「ホントです!絶っ対に匂いがしてますよっ!」

サシャ「いっ、行きましょう!奥に行けば、ミーナにも分かるハズですから!」

そう言いながら、サシャが私の手を引っ張る。

私は必死になって足を踏ん張り、廊下の奥に進もうとするサシャに抵抗した。

ミーナ「待って待って!一旦、外に出ようよ?」

ミーナ「一旦外に出て、深呼吸して、冷静になって…」

ミーナ「それからもう一回ここに入ろ?ねっ?お願いだから、食欲に負けて冷静さを失わないで!」

私は冷静を装いながらも恐怖が勝って外に出たい、サシャは怖いながらも食欲が勝って奥に行きたい…

お互いに泣きそうな声で主張をぶつけ合った結果…

サシャ「……分かりました。一回、外に出ましょう」

サシャ「この丸太小屋の周りを一周して、様子を窺ってから中に入りましょう」

サシャ「それで……良いですね、ミーナ?」

サシャが、少し落ち着いた声で私に提案してきた。

確かに、この丸太小屋は正面だけしか見ていなかったから…

サシャの提案はもっともな言い分に聞こえる。

幾らか冷静さを取り戻した私は、少し考えて、サシャの提案を飲む事にした。

ミーナ「……うん、分かった。そうしよう」

サシャ「じゃ、一度ここから出ましょう」

ミーナ「うん」

サシャに返事を返した私は、踵を返して手探りでドアの取っ手を探す。

あっさり見つけた取っ手を握り締め、外に向かってドアを押し出すと…

ドアは、まるで壁の一部にでもなった様に…

押しても引いても、ビクともしなくなっていた……



続きは明日の深夜に投下します

じょ、冗談でしょ?そう思って何度も取っ手を押したり引いたりしたけど…

…ダメだ動かない…

血の気が引いて行くのが、ありありと解った。

ミーナ「サシャ……ヤバいよ、ドアが空かなくなってる…」

サシャ「なっ!……代わって下さい、私がやります」

私と入れ代わったサシャが、ドアを空けようとするけど、やはりドアはビクともしない。

最後には二人してドアを蹴ったり、必死に体当たりしてみたけど…

ドアは私達の抵抗に対して、軋む音すら上げなかった。

サシャ「どっ、ドアが…まるで丸太の壁みたいな感触ですね」

空腹と疲労で遂に座り込んだサシャが、同じ様にへたり込む私に向かって、息も絶え絶えの声を出した。

ミーナ「ホラーハウスだね……本物には、出来れば一生お目にかかりたく無かったよ…」

サシャ「……全く同感です」

ミーナ「ホラーハウスで…怖い思いして、死ぬのはヤダなぁ」

サシャ「死ぬ前に、お腹いっぱい食べたいです…」

ミーナ「そうだね……ホントにお腹空いたよ…」

サシャ「もう…もう私、本当に限界ですよ…今の体当たりで…」

ミーナ「うん。私も、もう限界だわ…」

サシャ「ミーナ…奥に行きましょう。この小屋、どーせドコに居たって、ホラーハウスって事には変わり無いんですから」

ミーナ「……だねっ。私も開き直ったよ」

ミーナ「あの廊下の灯りが私達を呼んでるってんなら、行ってやろうじゃない…」

ミーナ「行って、104期の訓練兵を舐めんなって、思い知らせてやる!」

ミーナ「灰色の森の次はホラーハウス?もうウンザリよ、アッタマ来たっ!フザケんなっ!」

私は立ち上がると、ヤケになって大声を上げた。

空腹のせいで、イライラが爆発した感じ。

私に続いて、サシャがゆらりと立ち上がった。

サシャ「フザケとったらクラわしたんぞっ!」

どうやら彼女も爆発したらしい。

私の元に来たサシャは、がっしりと肩を組んできた。

サシャ「行ったろうやないの、ミーナ!行って、ブチ喰らわせたろう!」

ミーナ「あははっ!行こっか?行って何か居たら、ブン殴ってやろう!」

サシャ「あははっ!ほんなら行こうかっ!」

妙なスイッチでも入ってしまったのか、私達は肩を組んで、ケラケラと笑いながら…

廊下の奥に向かって、ズンズンと進んでいった。

状況把握とか、冷静さとか、慎重とか……もうそんなのは、どうでも良くなった。

サシャと二人、高いテンションのまま奥へ奥へと足を進める…

サシャ「あ、ミーナ見て下さい!通り過ぎた背後のランプが、ご丁寧に消えてますよ!」

ミーナ「凄いね?ソレってエコロジー?全く見た事も無い科学の力だね?」

ミーナ「それよりサシャ、この廊下はドコまで続いてるんだろネッ?全然先の方が見えないよ!」

サシャ「凄いですネッ?こんな山小屋の屋内で、徒競走が出来そうな廊下なんて感動的です!」

バカみたいに長い廊下を二人してケラケラ笑いながら、ヤケクソになって進んで行くと…

私にもハッキリ分かるくらい、食べ物の匂いが漂ってきた。

サシャ「うわあ…」

ミーナ「やっば……お腹が鳴りまくりだよ…」

サシャ「ホラッ!するでしょ?食べ物の匂いっ!」

ミーナ「するけどさ…サシャ、お腹ウルサイよ?」

サシャ「ミーナだって鳴ってるじゃないですか!」

ミーナ「うん、けどサシャほどじゃないよ?」

ミーナ「サシャのその音…お腹の中に、変な生き物でも飼ってない、ソレ?」

サシャ「あー居るかも知れませんね?だから私は人一倍、お腹が空くんです」

ミーナ「そっかそっか、それでかぁ~…」

サシャ「それよりミーナ、走りましょう!もう我慢できません!」

ミーナ「よーし、なら競争ね?食べ物は早い者勝ちだよ?」

サシャ「良いんですか?そんな事を私に言って?」

ミーナ「良いよ?3、2、1、0でスタートね?じゃ、数えるよ?」

ミーナ「3、0っ!」

私は迷わず駆け出した。

サシャ「ひっ、卑怯者っ!!」

ミーナ「あははははははっ!」

背後からサシャの非難の声があがり、笑いながら走る私を追って来る。

サシャは直ぐに私に追い付き、私達は並ぶと、二人で意味も無く笑いながら廊下を走った。

もう二人共、完全にテンションが変なゾーンに突入してた。

ミーナ「これさぁ!匂いがするばっかりでぇ!部屋に辿り着かなかったらぁ!どうしよっかぁ!」

サシャ「やめて下さいっ!泣きますよっ!私っ!」

無限に続いてるんじゃないかと思った廊下で、ふと湧いた疑問を叫ぶと、サシャが顔をしかめて叫び返す。

私は叫んだ後で“あ、あり得るなぁ…”と不安が頭をもたげたけど…

どうやらソレは杞憂に終わった。

無限に続くかと思われた廊下に限りが訪れ…

突き当たりに現れた白塗りのドアの前で、私達は足を止めた。

入り口のドアの上には、ランプの火が煌々と灯っている。

足を止めた私達は次第に冷静さを取り戻し、無言で目配せをしあうと…

白塗りのドアに取り付けられた、兎の装飾のドアノッカーを使い…

緊張しながら、カン!カン!とドアをノックした。

………返事は無い。

数度ノックを繰り返しても、部屋の中からは何の反応も無く、私達が入室を躊躇っていると…

“がちゃり”とドアが独りでに、僅かに開いた。

部屋の中から、廊下よりも明るい光が漏れる。

私とサシャは顔を見合わせると小さく頷き合い、ソ~ッとドアを開いて、良い匂いのする室内へと入って行った…




続きは明日の深夜

その部屋の間取りを“先に”言っておくと、室内はあまり広くなくて、変わった事に円形の部屋だった。

部屋の壁には私達の向かい側に、閉ざされたドアが一つ。

あと壁には他に、四つの狭い廊下が伸びていた。

左右の壁際には、赤いソファーが向かい合わせるみたいに、対で二組。

そのソファーの中間、つまり部屋の中央には、四人掛け位の大きさのテーブルが配置されていて…

椅子は左右に一つずつ、計二組の椅子が主を待つ様に、軽く引いて置いてあった。

明かりは円形の部屋の壁に、等間隔でランプが灯され…

天井の中央にはシャンデリアを模した様な、八つの組み合わされたランプが…

真下に位置するテーブル付近を、より明るく照らし出していた…

……いたんだけど、この部屋の間取りを私達が詳しく知ったのは、少し後の話し。

何故なら私とサシャはこの部屋に入るなり…

テーブルの上に準備されていた料理に、意識も視線も完全に奪われてしまったから。

サシャと二人、吸い寄せられる様にテーブルに近付き、料理を見下ろす。

バスケットの中に入った、小麦色に焼けたロールパンからは、焼きたてパン特有の甘く香ばしい小麦の匂いが漂い…

深皿には見るからに、具がたっぷりのクリームシチューが暖かそうな湯気を上げ…

銀製の皿には、ブドウやイチゴやメロン…色とりどりの瑞々しい果物が溢れ…

そしてテーブル中央の大皿には、嘘っ!て位に巨大な肉の塊…夢にまで見たローストビーフの塊が…

これ見よがしに数枚ぶんは切り分けられていて、火の通ったレア肉の部分から、肉汁が滴っていた。

二人同時に、ゴクリと涎を飲み込む。

スーッと伸びるサシャの手を、僅かな理性をかき集めた私が掴んだ。

ミーナ「待ってサシャ!こ、これ怪しいよ!」

サシャ「怪しくても構いません!手を離して下さいっ!」

サシャは料理に飛びかかるんじゃないか、って位の勢いだ。

私だって気持ちはサシャと同じだけど、理性を総動員した私は…

サシャを羽交い締めにして叫び声を上げた。

ミーナ「待ってサシャ!お願い私の話を聞いて!」

サシャ「待てませんっ!」

ミーナ「聞いてっ!料理があるって事は、ここに人が居るって証拠なんだよっ!」

ミーナ「探そう!先ず探そう!ここの人を探して、この料理を分けて貰おうよ?」

ミーナ「スグだよっ!直ぐ済むよっ!一分も掛かんないよっ!」

空腹でサシャを抑える力が殆ど入んないけど、それは私から抜け出そうとする彼女の方も同じらしい。

一分も掛からない、その言葉が効いたのか、サシャはやっと私の説得に応じてくれた。

サシャ「……分かりました。先に探しますから、手を離して下さい」

ミーナ「ホントに?分かってくれた?」

サシャ「はい。でも一分だけですよ?ざっと探すだけですよ?」

ミーナ「うん。それで良いよ、手分けして探そう。お互い、誰か見つけたり何かあったら、大声で呼ぼう」

サシャ「分かりました。では私は左側を探しますから、ミーナは右側を」

ミーナ「分かった」

私が返事をすると、サシャは左側手前の細い廊下に駆け出す。

私も直ぐに、右側手前の細い廊下に走り込んだ。

入室したドアから見て、右側手前の細い廊下は、数mも進と茶色い木製のドアがあった。

急く様にノックしたけど、返事は無い。

少し緊張したけど、ドアの取っ手を掴んで思い切り引くと、アッサリとドアが開く。私の目に飛び込んできたのは…

ミーナ「………トイレかよ」

正直、拍子抜けした。それと同時に、すんごい現実感?現実味?何て言うか、日常に引き戻された感じがした。

やっぱりココ、人が居るよね?などと考えながらトイレのドアを閉めて、元の部屋に駆け戻る。

すると、反対側の廊下からサシャが駆け戻って来た。

サシャ「そっちは?」

ミーナ「…トイレだった。そっちは?」

サシャ「お風呂でした。お湯も張ってありましたよ…」

ミーナ「…生活感バリバリの、ホラーハウスだね?」

サシャ「ちょっと怖くなくなって来ました」

ミーナ「だねっ。次、行こう」

サシャ「はい!」

お互いに頷き合って、今度は左右奥側の廊下に駆け出す。

私が入った右奥側の廊下は、また数mしか廊下が無く、今度はドアの無い部屋に続いていた。

その部屋は、入ってすぐ、一目で厨房だと解った。

厨房は狭く、人も居ないし隠れる場所も無い。

テーブルの料理は、恐らくココで作ったんだろう。

一瞬、食材を探してみようかと思ったけど……サシャを待たせられない。

そう考えた私は、また元の部屋へと駆け戻った。

部屋に戻ると、程なくしてサシャも帰ってくる。

サシャはまた、生活感に溢れた言葉を出した。

サシャ「コッチは寝室みたいでした。一応、探せそうな所は探してみましたけど…人は居ませんでしたよ」

ミーナ「コッチは厨房だったよ。人気は無かった」

サシャ「厨房っ!食材はありましたかっ?」

ミーナ「…人探しが優先だから、ソコまで見てないよ」

サシャの予想通りの反応に、思わず苦笑いが浮かぶ。

とは言え、その気持ちは今、物凄く理解出来るんだけどねっ。

ミーナ「食材物色は後回しにするとして、残りは…」

四つの廊下に繋がる先は探した。後は私達が入って来たドアの、正面に位置するドアだけだ。

私がそのドアに向かうより早く、サシャがドアに駆け寄った。

ドアノブをガチャガチャと回す。どうやらドアに、鍵が掛かってるらしい。

次に彼女は、かなりの強さでドアを叩き始めた。

サシャ「空けて下さーーいっ!誰か居ませんかーーーっ!」

サシャ「料理が冷えますよーーーっ!食べちゃいますよーーーっ!」

サシャ「食べますよーーーっ!食べますからねーーーっ!」

サシャ「これが最後ですからねーーーっ!ホントに食べちゃいますからねーーーっ!頂きますよーーーっ!」

ドアをガンガン叩いていたサシャの力が、目に見えて弱くなって行く。

最後に一度、ドン!とドアを叩いたサシャは、その足をフラフラさせながら私の元に来て…

私の両肩をガッシリと掴んだ彼女の表情は、さながら幽鬼を思わせた。

サシャ「もう…良いですよね?私、出来るだけの事…しましたよね?」

サシャ「もう…許して下さい。ミーナ、お願いですから…」

ミーナ「…うん、食べようよ。もう食べよう?食べた後で、ここの人に二人で謝ろう」

サシャ「あぁ…はいっ!」

サシャも私も、もう我慢するなんて無理だ。

美味しそうな匂いの充満するこの部屋で、美味しそうな料理を目の前にして…

これ以上、この空腹感を耐えようとしたら、気が狂っちゃう!

丁度、二組ある椅子にそれぞれ腰を下ろすと、私達はお互いの目を見た。

サシャ「…い、頂きますっ!」

ミーナ「頂きますっ!」

二人共にスプーンを手に取り、美味しそうな匂いのするシチューをすくい上げる。

鳥肉、人参、芋、玉葱、それらを口に収めた時、体の芯から身震いが起きた。

サシャ「………おい…ひい……おいひいれふ」

ミーナ「うん………うんっ!」

シチューは本当に美味しかった。

普段、薄味の芋スープしか口にする事が出来ない訓練兵の私達にとって…

シチューは滅多に食べられないご馳走だ。何よりこのシチューは、ミルクたっぷりのクリームシチュー!

こんなに甘くて、濃厚で、美味しいクリームシチューは生まれて初めて!

私、人参が苦手なのに…クリームシチューの人参は、こんなに甘くて美味しい味に変わるんだ…

たった一口のシチューに身震いする位の感動を覚え…

じっくりと味わう様に一口目を嚥下した後は、サシャと二人、もう夢中になって…

シチューをスプーンですくい上げては口へと運び、口を動かした。

夢中でシチューを口へと運んでいたサシャが、左手をバスケットのロールパンに伸ばす。

私も負けじとロールパンに手を伸ばした。

パンを二つにちぎった瞬間、私達から奇声みたいな歓声が飛び出した。

サシャ「パンが…パンがぁ!」

サシャ「柔らかいですぅ…中が真っ白ですぅっ!」

ミーナ「フカフカだよ…こんなフカフカのパン、初めてだよぉぉ…」

あまりの柔らかさとフカフカ感に感動しながら、口一杯にパンを頬張る。

私達の次なる目標は、メインディッシュに移った。

サシャ「肉っ!肉っ!牛肉ぅぅぅぅぅぅっ!」

サシャがローストビーフを、これでもかっ!て位ぶ厚く切って、私とサシャのお皿に取り分けてくれる。

二人とも目を輝かせながらナイフで切り分け、肉汁の滴るソレをフォークで口へと押し込んだ。

噛んで…噛んで…噛んで…味わって、飲み込む…

気が付いたら、涙が頬を伝ってた。

ミーナ「ヤバいよ…牛肉だよ…何コレ?何でこんなにお肉が柔らかいの?」

サシャ「肉汁が…噛んだら、肉汁がぁ…」

見たら、サシャも泣いてる。

うん…分かるよ…コレ、勝手に流れてくるし、止まんないよね…涙。

後はもう、二人して泣きながら、テーブルの料理をひたすら食べた。

ブドウやメロン、果物の甘さが体中に染み渡るみたいで…その甘味に癒されてる感じがして…涙が止まらなかった。

何人分あったか解らない位のローストビーフと…

テーブルの上にあった料理を二人掛かりで完食するのに、一時間も掛からなかったと思う。

よくもまあ、あれだけの量を残さず食べたものだ。

部屋の床には、食べてる途中、立体機動装置の装備ベルトが凄い圧迫感を生んだので…

装備ベルトと装置一式が、無造作に転がっている状態だ。

食事を終えた私とサシャは、椅子の背もたれに寄りかかり…

弛緩した表情で、二人ともボンヤリと天井を眺めた。

サシャ「あー…満足しました…こんなに美味しい料理は…生まれて初めてですよ…」

ミーナ「そだねー…」

サシャ「あー…トイレはどっちでしたっけぇ…」

ミーナ「んー右手前の奥ー…」

サシャ「あー…そういえばー…お風呂が沸いてましたよー…」

ミーナ「んー良いねーお風呂ー…三日も入ってないもんねー…」

サシャ「…気持ちいいでしょーねー…」

ミーナ「だろうねー…」

サシャ「でもー…お風呂入ったらー…流石にマズいですよねー…」

ミーナ「勝手にご飯食べてー…勝手にお風呂まで入るのはー…流石にねー…」

サシャ「我が物顔がー…過ぎますよねー…」

ミーナ「それ以前にお風呂じゃ裸だしねー…誰かに入って来られたらねー…」

サシャ「乙女のー…貞操のー…危機ですよねー…」

ミーナ「だよねー…」

と云うワケなので、お風呂にはブレードを持ち込んで入る事になった。

薬湯みたいなお風呂にノンビリとつかり、溜まった疲れを落とす。

食べ物といいお風呂といい、こんな所で普段以上に幸せな気分を味わえるとは、数時間前までは思いもしなかった。

体を洗うついでに下着まで洗濯した私達は、脱衣所にあったバスローブを我が物顔で纏い…

食事をした部屋に戻ると、二つのソファーにそれぞれが、我が物顔で横たわる。

護身用のブレードをソファーの傍らに立てかけ…

フカフカすべすべのソファーに、私は頬を擦り付けた。

ミーナ「ソファー…フカフカだねー…気持ち良いねー…」

サシャ「宿舎のベッドとはー…比べ物になりませんねー…」

ミーナ「だよねー…」

サシャ「いっそココにー…二人で住んでも良いですねー…」

ミーナ「それはどーかなー…」

サシャ「私とじゃー…嫌ですかー…?」

ミーナ「女の子二人じゃねー…やっぱさー…男の子もいないとねー…」

サシャ「ですよねー…」

ミーナ「何かさー…眠くなって来たねー…」

サシャ「でもー…寝ちゃ駄目ですよねー…」

ミーナ「だよねー…」

サシャ「眠いですねー…」

ミーナ「だねー…」

サシャ「眠い……ね……」

ミーナ「………ね………」

サシャ「……………」

ミーナ「……………」


奇妙な灰色の世界に迷い込んだ三日目の晩、この奇妙な丸太小屋の一室で…

満腹感と満足感に満たされた私達は、無警戒にも泥の様な眠りに落ちていった………


続きは明日の深夜に

空きっ腹だったお腹も十分に膨らみ、お風呂でノンビリと疲れを癒し…

柔らかなソファーで、一体どれ位の時間、泥の様に寝こけていたのか…

目覚めた私は、はだけ掛かったローブの胸元を直しながら、ソファーの上で起き上がった。

ソファーの背もたれに寄りかかりながら、背伸びと大きなアクビを一つ。

櫛が欲しいなぁ…と完全に覚め切らない頭で考えながら、手櫛で髪を整える。

暫く手櫛で髪を整え、徐々に頭も覚めてくると、私は自分の体力や気力が、平時の状態に戻っているのに気付いた。

ヨシ!いい感じいい感じ!

サシャはテーブルを挟んだ反対側のソファーで寝てたはずだ…

そろそろ起こしてあげよう……そう思ってテーブルの方に顔を向けた私は、思わず目を見張った。

慌ててブーツに足を突っ込み、立ち上がって目の前のテーブルに近寄る。

テーブルの上には、私達が昨夜食べた後の食器が全て片付けられていて…

代わりに朝食らしいサンドイッチと、紅茶?の入ったティーポット、専用のティーカップとカップ皿…

そして昨晩、床に放置しっぱなしだった立体機動装置の一式が、テーブルの上に整然と置いてあった。

ミーナ「……サシャ…かな?」

期待薄な言葉を出しながら、テーブルの向こうのソファーで幸せそうな寝顔を浮かべるサシャを見る。

サシャを起こそう。そう考えてテーブルを回り込んでる途中…

昨晩、鍵が掛かっていたドアが目に留まった。

思う所があってドアに近寄り、ドアノブを掴んで回してみる。

試しに引いてみたドアは、カチャリと音を立ててアッサリと開いた。

ミーナ「…やっぱり」

ドアの向こうを覗いてみると、真っ暗な廊下の奥に…

ポツンとランプの明かりが灯っているのが見えた。

ミーナ「この廊下………昨日の続き?」

ミーナ「歓迎されてるんだか、からかわれてるんだか…微妙」

ミーナ「……まぁ、取り敢えずサシャを起こそう」

ドアを閉じた私は、うっすらと笑顔を浮かべて眠っているサシャに歩き寄り…

肩を揺すって、彼女に呼び掛けた。

ミーナ「サシャ、起きて」

サシャ「……う……ん……」

ミーナ「起きてってば!」

サシャ「…は…い…も少し…」

ミーナ「早く起きないとサシャの朝食も、私が食べるよ?」

サシャ「ふわああああああっ!お、起きます!起きました!」

跳ねる様に、サシャが私の言葉に反応して、ソファーの上に起き上がった。

彼女らしい反応に、思わず笑みが漏れる。

それにどうやら、サシャも私と同じく気力体力共に回復したらしい。

起き上がった拍子に、胸元が豪快にはだけたサシャに私は苦笑を浮かべながら…

彼女を洗顔と着替えに誘う事にした。

ミーナ「サシャ、お風呂場の脱衣所で着替えと洗顔しよ?」

サシャ「あ…はい…」

まだ少し寝ぼけながら、私に返事を返したサシャが、もたもたとブーツに足を突っ込む。

そんな彼女に、一応のつもりで確認を取った。

ミーナ「ねえサシャ、テーブルのコレ……サシャが?」

私がテーブルを促すと、テーブルに目を向けたサシャが、予想通り首を横に振って見せた。

サシャ「ミーナがやってくれた……ワケでも無さそうですね?」

ミーナ「私が起きたら、もう準備してあったよ」

サシャ「……気が利いてるって喜ぶべきか、或いは怖がるべきなのか…微妙デスねぇ」

ミーナ「まぁ敵意や害意があるなら、私達が寝てる隙に何とでも出来ただろうから…」

ミーナ「そこまで怖がる必要は無いと思うけど…」

ミーナ「私らこのローブの下、裸同然だから早く着替えよう…落ち着かないから」

サシャ「ね…寝てる隙に、何かイタズラとかされてないでしょうか?」

ミーナ「ヤなコト言わないで!それにイタズラされてるとしたら、サシャだけだよ。おっぱい丸出しだし」

サシャ「へ?…わあああっ!」

その後、半泣きになったサシャと一緒に脱衣所で乾いた下着をつけ…

洗顔と身支度を整えると、立体機動用のベルトを装着。

制服を羽織って髪のセットも終わらせると…

朝食の用意された部屋に戻り、食事をとる事にした。

食事中、イタズラされたと思い込んで、本気で凹んでるサシャに…

“胸元がはだけてたのは、飛び起きた拍子に着崩れたんだよ”と教えてあげると…

サシャはしつこい位に“本当ですか?本当に起き上がった拍子に着崩れただけですか?”

と、何度も何度も確認を取ってきた……まぁ、立場が逆なら私だってサシャと同じ事を聞くけどね。

それから元気を取り戻したサシャは、あっと言う間に朝食を食べ終えて…

私とサシャの装具を二つ手に取ると…

サシャ「ちょっと狩りに行ってきます」

そう言い残して、厨房に続く廊下へと消えていく。

廊下の奥から“ハムぅぅぅ!”とか“パァァァアン発見っ!”等の奇声を聞く都度に…

私は、良いのかなぁ…と苦笑を浮かべながら、紅茶を啜りつつ狩りが終わるのを待った。

暫くしてサシャが帰って来ると、私達は立体機動装置とブレードも含めたフル装備に準備を整える。

やたらと重くなった装具を背負うと、私達は開錠されたドアを開き、廊下を進み始めた。

廊下はやっぱりと云うか…長い。一体、どんな仕組みになってるんだろう?

一夜を過ごし、ここでの食事やお風呂にまで入ったせいか…

昨日、この丸太小屋に入った時の様な恐怖感は最早、無いに等しかったので…

サシャと二人、何処までも続く廊下を歩きながら、お互い冷静に疑問をぶつけ合った。

サシャ「灰色の森も相当に奇妙で不思議でしたけど、この丸太小屋?は、それに輪をかけて奇妙で不思議なんですよねぇ…」

サシャ「まず小屋に入る前の段階で、この丸太小屋にだけ色があったのが不思議なんですよ」

サシャ「仮に灰色の森が、還らずの森みたいな不可侵の領域、或いは異世界の森だとすると…」

サシャ「この丸太小屋も、本来は灰色になってなければオカシイんじゃないかと思うんですよ、私は」

ミーナ「言われてみたら確かにそうだね…」

ミーナ「でも、この丸太小屋には人?が居るよね?」

ミーナ「料理が作ってあって、食料の備蓄があって…」

ミーナ「お風呂があって、お湯が沸いてて…」

ミーナ「寝室があって、終いにはトイレまであったし。明らかに人間が使う為の準備が整ってた」

ミーナ「少なくとも、人間に必要な物ばかりが揃えてあったよ、あの部屋には」

サシャ「確かにそうなんですけど……だからと言って、この丸太小屋の主が人間…とは言い難いですよね?」

ミーナ「確かに。この、どこまで続いてるか解らない廊下が、何よりの証拠だもんね?」

サシャ「仮に、私達が泊まった部屋が居間だとして、あの居間を出てから一時間は廊下を歩いてますからねぇ…」

ミーナ「廊下のランプは私達を迎える様に、進む度に明かりが点くし…」

サシャ「通り過ぎると、背後のランプは消えますしねぇ…」

ミーナ「外から見た感じじゃ普通の丸太小屋だったけど、中は灰色の森と同じ位に奇妙だよねぇ…」

サシャ「食べ物がある分、外の森よりマシですけど…不思議な小屋です」

ミーナ「あんまり言いたく無いけど…私達、帰れるのかな?」

サシャ「………」

ミーナ「………」

サシャ「私もあまり言いたくは無かったんですけど…私達……この丸太小屋から、外に出られるんでしょうか?」

ミーナ「………」

サシャ「………」

お互い、口に出せなかった不安を言葉にすると…

どうしても表情が沈み、沈黙が答えになってしまう。

どうやら直接的な身の危険こそ回避できそうだけど、現状が極めて深刻である事に変わりは無かった。

サシャ「みんな……心配してるでしょうか?」

ミーナ「…多分ね…」

サシャ「……早く……帰りたいですね」

ミーナ「…うん」

食事とお風呂、柔らかなソファーで十分な睡眠を取った事で随分と元気にはなったけど…

現在の状況を考えると、やっぱり不安がジワジワと広がって来る。

私は無言になって、廊下に視線を落としながらトボトボと歩いていると…

不意にサシャが声を上げた。

サシャ「ミーナあれっ!アレを見て下さい!」

サシャを見ると、彼女は前を指さしている。

つられる様に視線を前に向けると、少し先の行き止まりに、真っ黒なドアが据えられていた。

サシャと顔を見合わせると、二人揃って黒塗りのドアに駆け寄る。

昨日、居間に辿り着いた時、白塗りのドアにも付いていた兎の装飾のドアノッカーが、この黒塗りのドアにも取り付けられていた。

無言のままもう一度サシャと顔を見合わせると、私は小さく頷いてドアノッカーに手を伸ばす。

正直に言えば、返事はどうせ期待できない。

それでも僅かな期待と不安を胸に、伸ばした右手でドアノッカーを掴んだ………その瞬間だった

???「ノックは必要ありませんよ、お嬢さん方。どうぞお入り下さい、ドアに鍵は掛かっておりませんので」

随分と優しい感じで、聞き心地の良い男性の声が、私とサシャに掛けられた。

私とサシャが思わず絶句して、身体を石の様に強ばらせる。

私達二人の反応は、当然の反応…無理も無い事だ。

何でかって言うと、私達に優しい声を掛けたのは、目の前のドアノッカー…

…その、兎の装飾だった。


続きは明日

黒塗りのドアに取り付けられている、ドアノッカーの兎の装飾。

その大きさは、私の掌より少し小さい程度で…

銀製なのかメッキなのかは解らなかったけど、私の目が変になっていなければ…

銀色に輝く兎の装飾は、金属で出来ているようにしか見えない。

モノも言えず立ち尽くす私達に、兎の装飾は表情も豊かに話し掛けてきた。

兎の装飾「これは失礼、驚かせてしまいましたか?」

兎の装飾「しかしご安心を。今、お嬢さん方に話し掛けているのは、部屋の中に居る私です。ドアの装飾は、生きている訳では御座いません」

ミーナ「いやいやいやいや…」

サシャ「喋っとる喋っとる、むっちゃ喋っとるやんか…」

兎の装飾「私は部屋の中でお待ち致しております。どうぞ、ご遠慮なさらずお入り下さい」

ミーナ「やっぱりホラーハウスだったよ…今頃キタよ…油断してたよ…」

サシャ「ほっ、本日はお日柄も良いみたいなので、又の機会にお伺いしますぅ…」

ドアノッカーを掴んだまま、恐くて手も離せず涙目になってる私の肩を…

少し錯乱気味のサシャがこの場から逃げ出すべく、強く掴んでグイグイと引っ張ってる。

そんな私達の様子を見てか、兎の装飾は意地の悪そうな笑みを浮かべた…

やっぱ生きてるでしょ、コイツ……

兎の装飾「お嬢さん方は元の世界に帰りたい…違いますか?」

ミーナ「………」

サシャ「………」

兎の装飾「この部屋の中には、お嬢さん方が元の世界に帰る為の術が御座います」

兎の装飾「私めをどうか、信用なさって下さい」

喋る装飾に信用しろと言われて、ハイ分かりましたって答える馬鹿がドコにいるってのよ?

幾らか冷静さを取り戻してきた私が、逃げ出すタイミングを見計らっていると…

喋る装飾が、あからさまな溜め息を吐いた。

兎の装飾「ふぅ………私のおもてなしは、喜んで頂けませんでしたか?」

兎の装飾「腕によりを掛けたお料理を、お出ししたつもりでしたが…」

サシャ「あ…」

ミーナ「昨日の…料理?あの……あれ、貴方が?」

兎の装飾「はい、私です」

正直に言えば、凄い助かった。ホントに飢え死にするかと思ってたから…

困った……昨夜の事を考えたら、信用どころか感謝して然るべきだけど…

こんな非現実的な状況下で、喋る装飾の言葉を迂闊に信用して良いものかどうか…

判断に迷ってサシャの方を見ると、彼女からは怯えの色が消えていた。

サシャ「部屋に入ってみましょう。ご飯を食べさせて貰った相手です。信用できますよ、きっと」

ミーナ「きっと…って、そんないい加減な…」

サシャ「ミーナだって言ってたじゃないですか?悪意や害意があったなら、私達が寝てる隙に何とでも出来たって」

ミーナ「そりゃ…言ったけど」

サシャ「大丈夫ですよ、きっと。それに、元の世界に帰れる術があるって言ってるんです」

サシャ「これを逃す手は無いと思いますよ、私は?」

サシャの言葉はもっともだ。ここで何時までも、手を拱いているワケにはいかない。

私は腹を括ると、兎の装飾に呼び掛けた。

ミーナ「分かったわ。部屋に入るから、ドアを開けて」

兎の装飾「承知致しました」

装飾が答えると、ドアが独りでに開く。

開いたドアの向こうは、真っ暗な闇だった。

兎の装飾「どうぞ、お通り下さい」

部屋の中が見えないって…どーゆー事よ?

私が足を踏み出せないでいると、サシャが先に真っ暗な部屋へと先に入ってしまった。

仕方なく、私も後に続く。ドアを通り抜けた瞬間、全身にゾクッと妙な違和感が走った。

ミーナ「うわ……何、今の?」

思わず両手で自分を抱きしめ、暗い室内を見渡す。

すると、真っ暗と思った室内は暗いんじゃなくて…

部屋の壁が黒塗りなんだって事に気が付いた。

そしてこの部屋も、どうやら私達が寝泊まりした居間と同じらしく、室内が円形状なのに気付く。

家具の類が一切置かれていない黒塗りの室内には、円形状の壁に合計八つの白いドアだけがあった。

室内には私とサシャが居るだけで、私達に声を掛けてきた男性の姿が無い。

室内は思ったより広い?けど、床も壁も天井も全てが黒塗りの室内だから、距離感が解らなくなる…

辺りを見渡して確認できたのは、そんな所だけど…

サシャは黙り込んだまま、何を突っ立てるんだろ?

気になった私は、サシャに声を掛けてみた。

ミーナ「…誰も居ないね?」

サシャ「ミーナ……そこ…」

サシャが惚けた声で、私を呼んだ。

何かを指さしてるみたいだけど、サシャの姿が陰になって私には見えない。

何だろ?そう思ってサシャに近付いた時、彼女の陰からフワリと金色に輝く光が宙を漂って見えた。

ミーナ「なっ…ちょ……コレ……もしかして…ちょう…?」

サシャ「やっぱりミーナにも、蝶々に見えますか…金色の?」

サシャの直ぐ目の前で、金色に輝く蝶々が金の鱗粉を振り撒く様にして、ゆったりと飛んでいる。

黒塗りの室内で存在感を際立たせる、たった一匹の金色の蝶。

蝶の飛んだ後はその軌跡を示す様に、まるで篩に掛けた様な細かい金粉が宙を漂い…

そのあまりの美しさに、私達は目を奪われた。

暫くサシャと二人でその姿を眺めていると…

金色の蝶は何も無いはずの空中に止まり、その羽をたたむ。

“はあっ?一体何にとまったのよ?”と思った矢先に…

蝶は羽をたたんだまま、一気に下へと滑る様に落ちた。

あっ!と思ったら、私達の膝丈辺りの高さで急停止。

空中には蝶が最初に止まった場所から、急停止した場所まで、金粉の道筋が出来上がった。

そして金粉で出来た道筋が、今度は空中で開き始める。

上から開くにつれ、何も無いはずのソコから白い光が漏れ出した。

金粉の道筋が、まるで“大きなジッパー”の役割を果たした様に…

明らかに室内とは異なる空間から、白い光を背に…

人影が、その中から黒塗りの部屋へと歩み出て来た。

その人物は黒塗りの室内に入ると、膝丈辺りにとまったままの蝶をヒョイッと摘み…

今度は上へと持ち上げる。すると今度はジッパーが閉まる様に、空間の穴が閉じた。

蝶がまた、宙を漂い始める。

ポカンと口を開けるしかない私達に、その人物が向き直った。

その人は、随分と洒落た格好をしていた。

スラリとした長身痩躯に、三つ揃いの燕尾服を粋に着こなし…

両手には白手袋をはめ、袖口には、サファイア色のカフスが光る。

頭には、ちょこんと可愛らしい小さなシルクハットを乗せていた。


実に小粋な格好よ?ホント、紳士の装いって、きっとこうなんだろうなって思うよ……うん、とっても素敵…

…ただね?…でもね?

そのシルクハットを挟む様に、頭には長~い両耳が伸びててね…

つぶらな両目はルビーみたいに紅くて、顔中は真っ白な毛に被われててね…

特徴的な二本の出っ歯が、とっても微笑ましい印象を与えてくるのよ。

実に、実にエレガンテな服装と雰囲気に包まれたウサギさんの登場に…

私とサシャは馬鹿みたいに口をパクパクさせて、呆然とするしかなかった。

そんな私達に、ウサギ男は仰々しく一礼すると、両手を広げて問い掛けてきた。

ウサギ男「開けますか?開けませんか?」

ミーナ「………えっ?」

ウサギ男「この部屋のドアは、お嬢さん方が居た元の世界に続いております」

サシャ「…ええっ!?」

室内の八つのドアを示す様に、両手を広げたままのウサギ男が、柔らかい聞き心地の良い声で、私達に囁く。

ウサギ男は、同じ言葉を繰り返した。

ウサギ男「開けますか?開けませんか?」

ミーナ「本当に……この部屋のドアは、私達が居た所に…ウォール・ローゼに繋がってるの?」

ウサギ男「私は嘘は申し上げません。知り得る真実のみ、申し上げております」

サシャ「か、帰れるんですか?私達?」

ウサギ男「貴女方の世界に戻れる、唯一無二の方法です」

ミーナ「私達の世界に…帰れる………私達の…」

サシャ「やった……帰れる……帰れるそうですよミーナっ!」

半ば呆然と呟いてた私にサシャが歓声を上げて、ギュッと抱きついて来る。

ミーナ「うん!うんっ!」

内心、帰るのは絶望的だと考えてた私も、嬉しさのあまり、サシャをギュッと抱き返した…

続きは深夜に

ウサギ男の言葉は、私とサシャを本当に喜ばせた。

この奇妙な森から、私達の日常の世界に戻れるなんて……なんて幸運!なんて幸せな事だろう…。

みんなの所に帰る事が出来る…そう思った時、私は心から安堵した。

そして安堵した事で、心にゆとりと平静さが戻る。

落ち着きを取り戻した事で、私は疑問に思っていた事を問い掛ける事にした…

…まぁ問い掛ける相手が、その疑問の一番手なワケなんだけどネッ?

ミーナ「あの…ちょっと質問して良いですか?」

ウサギ男「どうぞ、何なりと。私が知り得る事実で宜しければ、お答えします」

ミーナ「ここは……どこ?」

ウサギ男「ここは、零の世界。行き場のない思念が、生まれては消えゆく所です」

ミーナ「…ゼロの世界?」

意味の解らない言葉に、私とサシャが揃って眉を寄せた。

サシャ「その……外の灰色の森は?還らずの森とは違うんですか?」

ウサギ男「零の世界が灰色の森に姿を変えたのは、お嬢さん…貴女の“森”への依存が強かったからです」

サシャ「私っ!?私ですか?」

ウサギ男「はい。真っ先に零の世界に迷い込んだ貴女の、森への強い依存に影響を受けて…」

ウサギ男「零の世界は灰色の森へと姿を変えました。貴女が零の世界から立ち去れば…」

ウサギ男「灰色の森は、元の零の世界に戻るでしょう」

ミーナ「…じゃあ、外の森って……幻?」

ウサギ男「いえいえ、現実の世界ですよ?但し、別の世界から見た現実世界ですが」

サシャ「……ウサギさんの言ってる意味が解らないのは、やっぱり私が馬鹿だからでしょうか?」

ミーナ「大丈夫だよ、私も全然ワカンナイ」

幻じゃなくて、現実の世界?アレが?しかも別の世界から見た現実世界?……全くもってチンプンカンプンだわ…

ミーナ「解んないから大雑把に聞くけど、ここは私達が居た世界とは、全く違う世界って事でいいのね?」

ウサギ男「全く違う…訳ではありませんが、簡潔に申し上げれば、その通りと言えます」

ミーナ「そう………ならウサギさん、もう一つ聞いていい?」

ウサギ男「どうぞ、遠慮なく」

ミーナ「アナタは……何者?」

ウサギ男「見ての通り、ただのウサギで御座います」

ただのウサギとやらが、シルクハットを手に取って、仰々しく一礼する。

ただのウサギが服を着て喋るかっつーの!

私が胡散臭そうな目を向ける横では、サシャがクスクスと笑ってる。

ウサギの言動が、何故か笑いのツボにハマったらしい。

サシャは臆病な所があるクセに、食料庫から食べ物を盗んでみたりと、変に神経の太い所がある。

超常現象の固まりみたいな謎の生物を相手に、よく笑ってられるもんだわ、ホントに…

私が半ば呆れてると、サシャがにこやかにウサギへ話し掛けた。

サシャ「昨日と今朝のご飯、本当にありがとう御座いました」

ウサギ男「いえ、ご満足頂けたのであれば幸いです」

ウサギ男「お口には合いましたか?」

サシャ「もう最っっっ高に美味しかったですよ!」


ウサギ男「それは重畳」

ウサギ男「私も食べられずに済んで、何よりでした」

サシャ「……えっ?」

ウサギ男「森で、お嬢さんから刃物を片手に追い回されている間は、生きた心地がしませんでしたよ?」

サシャ「え?……ええっ!!」

ミーナ「アレって…まさか…」

ウサギ男「動物の姿をしていたとはいえ、人間に、ああも追い詰められるとは思いませんでした」

サシャ「ごめんなさい!悪気は無かったんですよ…ただお腹が空いてただけで…」

サシャは慌てて謝ってるけど……いやいや、まさかこうなるなんて、思ってもみないでしょ、普通?

慌てて謝るサシャにウサギ男が目を細めた。

ウサギ男「いえいえ。森での鬼ごっこは楽しかったですよ…」

ウサギ男「それにコチラも、おかしな悪戯に付き合って貰ってますから…ね?」

ウサギ男がそう言うと、更に目を細める。

笑ってるんだろうけど…真っ赤な瞳を細めると、何か不気味に見えるわ。

サシャ「あの…もし良かったら、記念にお名前を教えて下さい」

サシャの問いに、ウサギ男が考える仕草をすると…

小さく笑って、質問に答えた。

ウサギ男「……ラプラスの魔」

ラプラスの魔「とある世界の生き人形は、私をそう呼んでおりました」

サシャ「ラプラスの…魔?」

ミーナ「生き人形?とある世界って……どこよ?」

ラプラスの魔「世界は無数に存在します。そしてかの世界には、お嬢さん方の世界で人間を脅かす…」

ラプラスの魔「“巨人”は存在致しません」

サシャ「巨人が……いない世界ですか?」

ミーナ「そんな世界が、本当にあるの?」

ラプラスの魔「巨人が存在するのは、唯一お嬢さん方の世界だけ…」

サシャ「……」

ミーナ「……」

ラプラスの魔「但し巨人がいなくとも…どの世界にも、人間を脅かす存在が有るものですよ、お嬢さん方?」

そう言って、ラプラスの魔はまた目を細めた。

ラプラスの魔の言葉を鵜呑みにして良いか解らないけど…

巨人が、私達の世界にしか存在しない…それは、結構ショックな言葉だった。

ツイてない…理不尽…不公平…不条理…

そんな言葉が頭を掠める。

サシャもショックを受けたらしくて、二人して顔色を悪くしてると…

ラプラスの魔「質問が終わりましたならば、そろそろお帰りになるドアをお選び頂きましょう」

ラプラスの魔が、また両手を横に開いて見せた。

ここのドアがウォール・ローゼに繋がってるなら、一々ドアを選ぶ必要もないでしょうに…

ミーナ「帰ろう、サシャ。私達の世界には確かに巨人が居るけど…居るのは巨人だけじゃない」

ミーナ「親が居る、兄弟が居る、愛しい人が居る…」

ミーナ「みんなが…同じ訓練兵団の仲間達が居る。捨てたもんじゃないよ、私達の世界だって」

サシャ「……そう…ですよね。捨てたもんじゃありません」

サシャ「帰りましょう、私達の世界に」

ミーナ「うん。さあ、帰ろう」

私達は頷き合うと、手近なドアへと足を進めた。

迷い無くドアノブを掴む。

ドアノブを回そうとした瞬間…さっきの事が頭を掠めた。

………何でドアが八つあるの?それに、ドアを選ばなきゃいけないのは何故?

ミーナ「……………」

サシャ「……?」

サシャ「ミーナ、どうかしましたか?」

ミーナ「うん……ねえ、ラプラスの魔…ここのドアは、本当に私達の世界に続いてるのよね?」

ラプラスの魔「はい。この部屋のドアは、間違い無くお嬢さん方の世界に繋がっております」

ラプラスの魔「先程も申し上げましたが…お嬢さん方が、ご自分達の世界に帰る為の、唯一無二の方法です」

ミーナ「その言葉に、誓って嘘は無いのね?」

ラプラスの魔「私は、知り得る限りの真実だけを申し上げております」

ミーナ「真実だけ…ね。なら…あと二つ質問」

ミーナ「このドアが私達の世界に繋がってるの?」

ミーナ「仮に違うとしたなら、このドアは何処に繋がってるの?」

ミーナ「知ってるんでしょっ?答えて」

私の質問に、ラプラスの魔は、直ぐには返事を返さなかった。

私は掴んでたドアノブを離し、ラプラスの魔に向き直る。

ラプラスの魔……兎の赤い瞳が、すうっと細くなる。

今度こそ一目で解る、悪意に満ちた笑みだ。

ラプラスの魔は明らかな悪意の笑みを浮かべたまま…

楽しそうにパンパンと手を叩き始めた。

ラプラスの魔「なかなか賢しいお嬢さんですねぇ?」

サシャ「えっ?えっ?!」

ミーナ「ありがと。質問に答えてくれるなら、もっと嬉しいわ」

ラプラスの魔「…そのドアが、お嬢さん方の世界に繋がっているのか?との質問の答えでしたら…」

ラプラスの魔「存じ上げません。それが私の知り得る限りの、真実の答えです」

サシャ「……えっ?だってさっきは…どーゆう事ですか?」

ミーナ「この兎の言ってる事が本当に真実なら、この部屋のどれか一つのドアが、私達の世界に繋がってるって事でしょ?」

サシャ「そんな…だったら意地悪しないで教えて下さいよ?」

ラプラスの魔「残念ながら、どの扉がお嬢さん方の世界に繋がっているのか…」

ラプラスの魔「私も存じ上げません。何故なら…」

ラプラスの魔「先程も申し上げましたが、世界は無数に存在します」

ラプラスの魔「どこかとどこかを繋ぐ…世界と世界を繋ぐ、それがこの部屋の扉」

ラプラスの魔「この扉は必ずしも、帰りたい世界に繋がってくれるとは限りません」

ミーナ「じゃあ…私達の望まない世界って、どんな世界?」

ラプラスの魔「さて…ともすれば私の知る、生きた人形の存在する世界やも知れませんし…」

ラプラスの魔「或いは私ですら知らない、未知の世界やも知れません」

サシャ「だったら……何で最初から、それを教えてくれないんですか?」

サシャの声が震えてる。流石に怒ったんだろう。

はっきり言えば、私だって相当ムカついてる…

何でこんな大事な事を、最初に教えないのよ?このクソウサギ!

ラプラスの魔「何故……と?」

ラプラスの魔「これも先ほど、申し上げたはずですよ?」

ラプラスの魔「おかしな悪戯にお付き合い頂いている……と」



ラプラスの魔が悪意に満ちた笑みを浮かべる。



私とサシャは殆ど同時に、腰に装備したブレードへと手を伸ばした…


続きは明日の深夜に

明日で灰色の森編が終了します

ミーナ「つまり…私達は今も、その“おかしな悪戯”に付き合わされてるってワケね?」

サシャ「私らがこの世界に迷い込んだんも、あんたの仕業なんか?」

このクソウサギ、返答次第じゃマジで削いでやる…

殺気立つ私達を前にしても、このクソウサギに動揺とかは感じられない…

むしろ楽しそうに見えるのが、余計に腹立つわ!

このクソウサギに、少しでも心を許しちゃだめだ。

殺気立ち、警戒心を強める私達に、ラプラスの魔が大袈裟に首を竦める仕草をして見せた。

ラプラスの魔「正解と不正解」

ミーナ「はっ?」

ラプラスの魔「まずは正解へのご返答ですが…」

ラプラスの魔「悪戯に“おかしくない悪戯”などありましょうか?」

良い根性してんじゃないコイツ……削いでやる!

本気でキレた私と、おそらく同様のサシャが無言でブレードを抜くと…

ラプラスの魔「おやおや、物騒な物はお仕舞い下さい」

ラプラスの魔「現実世界の住人である、お嬢さん方の刃が…」

ラプラスの魔「アストラルの住人である私に届く事は不可能」

ラプラスの魔「仮に届く様な事があったとしても…その場合、お嬢さん方の世界に帰る術が、永遠に失われますよ?」

ミーナ「……くっ」

サシャ「ムカつく…」

ラプラスの魔「それを承知で、昨日の鬼ごっこを続けてみるのもまた一興」

ラプラスの魔「戯れは真剣なほど、危険が伴うほどに面白い……さてお嬢さん方、如何なさいますか?」

ラプラスの魔が、すうっと赤い瞳を細めて、不敵に笑ってみせる。

腹立たしいったらありゃしないわ!

削いでやりたいのは山々だけど…

帰れなくなるのは非常に都合が悪い…つか困る。

弱みを握られてるみたいで物凄く気分が悪いけど…

腹の虫が治まらないのを無理やりねじ伏せ、サシャに目配せした私は、ブレードを鞘に収めた。

それを見たラプラスの魔が、少し残念そうに首を竦める…

…一々ハラ立つなぁ、この性悪ウサギ!

睨み付ける私達に、性悪ウサギがピッ!と人差し指を立てて見せた。

ラプラスの魔「次に不正解の返答ですが…」

ラプラスの魔「私はお嬢さん方を、零の世界に招いてなどおりません」

ラプラスの魔「結果的に、私の塒に招く事にはなりましたが…」

ラプラスの魔「お嬢さん方が零の世界に迷い込んだのは、本当に偶然の産物です」

ミーナ「嘘…ではないよね?」

サシャ「本当に、ですか?」

ラプラスの魔「私は、真実しか申し上げておりません」

ラプラスの魔「何度も申し上げますが、世界は無数に存在します…」

ラプラスの魔「そして、世界には無数の穴があり、扉はそれを塞いでいます…」

ラプラスの魔「この部屋の扉は、その無数に存在する穴の一部にすぎません」

ラプラスの魔「お嬢さん方はあの日、偶然が重なり、扉が開いたままの穴に落ちた…という訳です」

ラプラスの魔「そこで私から、お嬢さん方へ後学の為に一つ…」

ラプラスの魔「目に見えない扉にご注意を…彼らは狡賢く隠れていますから」

ミーナ「…ご親切にどーも」

サシャ「一つ質問」

ラプラスの魔「何でしょう?」

サシャ「さっき、結果的に私の塒に招いたって言ってましたけど…どーゆう意味ですか?」

ラプラスの魔「あぁ、その事ですか?」

ラプラスの魔がサシャの質問に、小さな笑みを浮かべる。

これまでの悪意のある笑みと違って、その小さな微笑みだけは、マトモな笑みに見えた。

ラプラスの魔「私としては当初、単にお嬢さん方をからかい、あしらうつもりでしたが…」

ラプラスの魔「よもや、あれ程の執念で追い掛けられ、追い詰められるとは夢にも思っておりませんでしたので…」

ラプラスの魔「私の塒にまで辿り着かれたからには、敬意を表し、正式にお客様としてお持て成し致した次第です」

サシャ「…ご飯の件に関しては、感謝してます」

ミーナ「あ、お風呂も……まあ言いたい事は他に山ほどあるけど…一応、ありがと」

ラプラスの魔「ベッドはお使いになられなかった様ですね?」

ミーナ「私らも、ソコまで厚かましくないし」

サシャ「慎みくらい知ってますからねー」

ラプラスの魔「それは重畳」

ラプラスの魔が、うっすら笑みを浮かべる。

嫌みで笑ってんじゃないでしょうね、コイツ?

ミーナ「…でも、客人に対して悪戯が過ぎるんじゃない?」

ラプラスの魔「元よりお嬢さん方は、私にとっては招かれざる客人。それに…」

ラプラスの魔「ソレはソレ、これはこれ…と言った次第です」

ミーナ「どーあっても、悪戯はヤメない気なんだ?」

ラプラスの魔「私は常に時間を持て余しておりますので…」

ラプラスの魔「お嬢さん方をお持て成しした以上、私も心行くまで楽しませて頂く所存です」

ラプラスの魔「お嬢さん方も、私を頼る他ありませんでしょうし…」

ラプラスの魔「ご不満がお有りなら、リュックに詰め込んだ食料を全てご返却の上で、他をおあたり下さい」

ミーナ「…つまり私達は、アンタに逆らえないってコトね」

サシャ「みたいですねぇ…」

主導権は完全に握られてる。

私とサシャは、深い溜め息を吐いた。

ラプラスの魔「ゲームですよ、お嬢さん方。お二人はこれから、私とのゲームに付き合うのだと、お考え下さい」

ラプラスの魔「最も、何も知らずに付き合って貰った方が、私としましては、より楽しめたハズでしたがねぇ」

サシャ「根性悪いわー…」

ミーナ「この性悪ウサギ…」

ラプラスの魔「褒め言葉として、頂いておきますよ」

ラプラスの魔「さて、ゲームに参加されるからには、ルールが必要ですねぇ…」

性悪ウサギはそう言うと、室内をゆっくり歩きながら、暫く考え始めた。

その姿は、リアルな兎の着ぐるみを被った成人男性が燕尾服を着てる様なものだから、滑稽この上ない。

ただ、燕尾服のテールベンツ付近…つまりお尻の辺りには…

ズボンにどう細工してるのか、丸いシッポがポッコリ外に飛び出てる状態で…

サシャと二人、ソレに気付いた時は、笑いを抑えるのにホント一苦労した。

クソ真面目な状況下で、不意を付く様な笑い事があると、かなりキョーレツ…

サシャと二人して性悪ウサギから視線を外し、必死に笑いを堪えていると…

性悪ウサギがパン!と手を叩いて見せた。

ラプラスの魔「決まりました」

ラプラスの魔「それではゲームのルールを説明致しましょう」

ラプラスの魔「ゲームのクリアは言うまでも無く、お嬢さん方がご自分達の世界に繋がる扉を開いた瞬間…そこで終わります」

サシャ「そりゃそーですよね」

ミーナ「ええ…けど問題は繋がった先が、私達の世界じゃなかった場合よ」

サシャ「…扉を開けて、様子を見るだけで判断とか……無理ですよね、やっぱり」

ミーナ「まあ…無理だろうね」

ラプラスの魔「扉をくぐった瞬間に、そこはもう、この部屋とは違う世界になります」

ミーナ「……で、その扉をくぐった先が私達の世界じゃなかったら、どーしたら良いのよ?」

ミーナ「まさか、その世界で一生を過ごせってんじゃないでしょうね?」

サシャ「…それキッツいなぁ」

ラプラスの魔「過去には、そうした人間もいましたよ。異世界に留まった人間が」

サシャ「げっ…」

ミーナ「えっ!私達の他にも、ここに来た人間が居たのっ!?」

ミーナ「つか異世界に留まったって…何ソレ?」

ラプラスの魔「ここに迷い込んで来る人間は、少なくありません」

ラプラスの魔「私は気が向いた時だけ、私の余興に付き合う条件で…」

ラプラスの魔「彼等が自分達の世界に帰るのを、手伝ったりなどしていますが…」

ラプラスの魔「彼等が異世界で一生を終えた詳しい理由まで、私は存じ上げません」

ラプラスの魔「望んで一生を終えた者もあれば、無念のまま一生を終えた者もいたでしょう…」

ラプラスの魔「人間の一生は短いですし、この扉に挑戦するのも、一度や二度なら希望を持っていましたが…」

ラプラスの魔「二桁を超えると、大概の人間は諦めてしまいます」

ミーナ「ちょっと待ったあっ!…二桁って何よ?」

ミーナ「扉は八つでしょ?」

サシャ「最低でも八回目には、自分達の世界に帰れるんじゃないんですか?」

ミーナ「この性悪ウサギ!アンタまだ、何か隠してたわね?」

ラプラスの魔「おっと、うっかり口が…いえいえ、言い忘れておりました」

ラプラスの魔「この扉は不安定ですので、一度扉を開けてしまうと…」

ラプラスの魔「次は繋がっている扉の世界が入れ替わる場合があります」

ラプラスの魔「それでも常に、八分の一の確率でお嬢さん方の世界に繋がっておりますので、ソコはご安心下さい」

性悪ウサギが私達に、仰々しく謝罪の一礼をして見せる。

けど、こんなのはポーズだ、ポーズに決まってる!

腹立たしいし、本当に油断も隙もあったもんじゃないわ!

サシャ「本当にやね?嘘やないよね?」

ミーナ「ちょっとこの性悪ウサギ!いい加減にしなさいよ?」

ミーナ「次に隠し事してんのが分かったら、そのシッポ引っこ抜くからね?」

ラプラスの魔「心魂に命じておきます」

ラプラスの魔「さて、ではお嬢さん方が異世界に行ってしまった場合のルールを説明しますが、宜しいですか?」

サシャ「何か聞きたないなぁ」

ミーナ「さっさと簡潔に済ませて、ムカついてるから!」

ラプラスの魔「では簡潔に説明致します」

ラプラスの魔「お嬢さん方が異世界に行ってしまった場合、お嬢さん方はその世界で罰ゲームを受けて頂きます」

サシャ「ナゼ罰ゲーム…」

ミーナ「現在進行形で罰ゲームを受けてる気分なんだけど?」

ラプラスの魔「罰ゲームは至って簡単ですからご安心を」

サシャ「聞いてへんし」

ミーナ「アンタの長くてデカい耳は飾りなの?」

ラプラスの魔「異世界に間違って行った場合、同時に巨人を十匹ほど送りますので、早めに見つけ出して倒して下さい…」

ラプラスの魔「十匹目を倒したら、私の代わりに金色の蝶を迎えに寄越しますよ」

サシャ「………はっ?てゆっか……アレ?」

ミーナ「ちょ、ちょっと待って……アンタ、私達の世界に行けるの?」

ミーナ「行けるのなら、私達を直接連れてってよ!」

ラプラスの魔「残念ながら…」

性悪ウサギが如何にも残念そうな感じで、肩をすくめ、首を横に振る…

ある意味、予想通りのリアクションよ…あーブン殴りたい!

ラプラスの魔「私とお嬢さん方とでは、根本的な存在が異なります」

ラプラスの魔「先ほども申し上げましたが、私はアストラルの世界…精神世界の住人…」

ラプラスの魔「私は何処にでも存在し、また何処にも存在致しません」

ラプラスの魔「物質世界で生身の肉体を持つお嬢さん方とは、存在の在り方が違うのです」

ラプラスの魔「私は行こうと思えば、この場を動かずともお嬢さん方の世界に存在しえますが…」

ラプラスの魔「お嬢さん方が自分達の世界に帰りたいのであれば、この扉を使うほか方法が御座いません」

ラプラスの魔「お分かり頂けましたか?」

サシャ「…サッパリです」

ミーナ「…つまり、意地悪して連れてかないワケじゃ…ないのね?本当に?」

ラプラスの魔「私は、真実しか申し上げておりません」

私が睨み付けながら詰問しても、この性悪ウサギは表情一つ崩さない…

尤も、実は私達を連れて行ける能力を持っていたとしても…

この性悪ウサギが素直に、私達の力になってくれるとは思えないけどね…

ミーナ「分かった、一応信じてあげる…」

ミーナ「…けど、さっきサラッとトンでもない事を言ってたよね?巨人を十匹、送り込むとか?」

サシャ「巨人十体を二人で倒せとか…何の冗談でしょうね?」

サシャの顔が流石に引き吊ってる…ま、多分私も似た様な顔になってると思うケド…

ラプラスの魔「二人掛かりにしては、数が少な過ぎましたか?」

ミーナ「冗談はアンタの存在だけにして、このクソウサギ!」

ラプラスの魔「…では大負けに負けて、異世界の住人から協力を得て巨人を倒すのも可としましょう」

ラプラスの魔「運次第ではアッサリ済むかも知れませんよ?」

ラプラスの魔「巨人を全て倒したら、金色の蝶を使って扉を開いて下さい」

ラプラスの魔「開いた扉はこの部屋に繋がっておりますので…」

ラプラスの魔「またこの部屋から扉を選び、ゲームを再開して頂きます」

ラプラスの魔「ルールの説明は以上で終わりですが、ご理解頂けましたか?」

サシャ「あの…私らに、拒否権は?」

ラプラスの魔「ご不満がお有りでしたら、食料をご返却頂いて、私の塒から出て行って頂きますが?」

ミーナ「罰ゲーム一回につき、巨人十体って…私らまだ訓練兵だよ?解ってる?」

ラプラスの魔「上手くすれば、歴戦の兵士になれます。一石二鳥ですよ」

ミーナ「…生きてたらね」

私達には拒否権も無い……もう本当に溜め息しか出ない。

サシャと二人、ウンザリした表情をしてると…

性悪ウサギが目を細めながら楽しそうに両手を広げた。

ラプラスの魔「扉の向こう側に何れの風景が広がるのか…箱の中の猫が生きているのか死んでいるのか…」

ラプラスの魔「全ては、開けてみてのお楽しみ」

ラプラスの魔「お嬢さん方の、目の前にある扉…それは光に繋がるか…はたまた闇へと続くのか…」

ラプラスの魔が、私達に扉を促す。

ラプラスの魔「開けますか?開けませんか?」

サシャ「……絶対、元の世界に帰ってみせます!」

ミーナ「うん、帰ろう。私達の世界へ!」

私とサシャは自然と手を繋ぎ、正面の扉へと進む。

高鳴る鼓動を押さえ、私達はその扉を開き…

霧に包まれた様な扉の向こう側へと、足を踏み出して行った…。




不思議の国のミーナ・灰色の森編終了


灰色の森編終了です

次章の投下は数日後になります


それでは再開します

クロスはベルセルク27巻あたりからになります

【不思議の国のミーナ・狂戦士編】


私とサシャは現実の世界から、ラプラスの魔が云う零の世界に迷い込み…

ラプラスの魔が棲む塒の一室から、私達が元居た世界に戻る為、世界と世界を繋ぐ“扉”を開いて進む事になった。

扉の先は薄暗くて、霧みたいな靄が掛かってる状態。

穴蔵みたいな通路は足場もあまり良くなくて、私とサシャは転ばない様に注意しながら…

遠くに見える、出口と思しき明かりを目指して歩き続けた。

オレンジ色の出口らしい明かりが近づくにつれ、靄が濃くなる。

正直、霧で足を踏み外し、異世界に迷い込んだ身としては…

この濃い靄に良い印象が持てない。

サシャと堅く手を結びあい、オレンジ色の光に向かって歩み続けると…

突然って言って良いくらい、唐突に靄が晴れ、私達は夕日に染まる野外に居た。

私とサシャは辺りを見渡したけど、目の前に小さな丘があるだけで、辺りは見渡す限り広野が広がっている。

私とサシャは顔を見合わせた。

ミーナ「…どこだろ、ここ?」

サシャ「灰色の森ではないですから、普通の野外…ラプラスの魔が言ってた現実世界だと思いますけど…」

ミーナ「…うん。問題はここが、私達が居た世界かどうかだね」

サシャ「ええ…それにしても、何も無い所ですね、ココ?」

ミーナ「見渡す限り、野原だもんね…」

サシャ「ミーナ、取り敢えず目の前の丘に登ってみませんか?」

ミーナ「うん。私もあの丘に登ってみようと思ってた」

小さな丘だから見晴らしは大して望めないけど、見えない丘の向こう側が気になる。

私達の背後には整地されていない広野が広がってて、遙か遠くに山々が見えるだけ。

民家の類は目に付かなかった。

自分達が何処にいるか、どんな世界に居るか解らない以上、情報は多いにこした事ないわ。

丘の頂上を目指して歩きながら、不意に嫌な事態が頭を過ぎった。

ミーナ「あのさ…ちょっとヤな事が浮かんだんだけど…」

サシャ「ヤな事って?」

ミーナ「…こんな何にも無い所で、巨人が出たら最悪だなって…」

サシャ「あー、立体機動が出来ませんねぇ…」

サシャ「って、いきなりヤな事を言わないで下さいよ」

ミーナ「あのさ、ここが仮に私達の居た世界だとしても…」

ミーナ「私達の今いる場所が、壁の外だったら最悪だよねぇ…」

サシャ「否定は出来ないですけど…止めて下さい、気が沈みますから」

ミーナ「…うん。ゴメン、ちょっとナーバスになってるわ、私」

サシャ「兎に角、ポジティブに行きましょう!それより、さっきからちょっと気になる事が…」

ミーナ「何?」

サシャ「ええ、ちょっと嗅ぎ馴れない匂いがするんですよね…さっきから」

ミーナ「あ、それ私も思ってたよ。何だろ、この匂い?」

サシャ「丘を登り始めてから、段々匂いが強くなってる気がするんですよねぇ?」

ミーナ「それ私も思ってた」

サシャ「丘の頂上はもうすぐですから、じきに解るかも知れませんね」

夕日は丘の向こうにあるらしくて、私達は日陰の坂を登り、目の前の頂上を目指す。

やがて見えてきた夕日に目を細めながら、片手で強い夕日の光を遮る。

丘の頂上に辿り着いた私達は、沈む夕日の光景を見ながら…

その、生まれて初めて目にする光景に、暫く言葉を失ってしまった。

なだらかな丘を下った先には、見渡す限り“大きな水たまり”が広がってた。

その大きな水たまりから吹き上がってくる風は、妙に塩臭くてベタついた感じがする。

砂の大地と、それに打ち寄せる白い波と、遙か遠くまで広がる水たまりと…

西の空と水たまりの境をオレンジ色に染めながら、水平線の向こうに沈み始めている夕日…

…綺麗…その文字だけが頭に浮かび、私とサシャは暫くの間、無言でこの景色に魅入ってしまった。

どれ位の時間が経ってからだろう?夕日が半分ほど水たまりに沈んだ頃、不意に以前、エレンとアルミンから聞いた事を私は思い出した。

“世界の大半は塩水で覆われてる、その塩水の名前は……”

ミーナ「…海?これが…」

サシャ「えっ?何か言いましたか、ミーナ?」

ミーナ「あ、うん…サシャ、これ多分…海ってやつだよ」

サシャ「うみ?」

ミーナ「うん。アルミンが小さい時、外の世界が書かれてる本を読んだ事があって…」

ミーナ「その本に、世界の大半は塩水に覆われてて…」

ミーナ「その塩水の名前は、海って言うんだって…」

ミーナ「エレンやアルミンは、壁の外に出たら、この海を見てみたいって言ってたよ…」

サシャ「海…ですか、コレが。って事は、私達は壁の外に居るって事ですね…」

ミーナ「私達の世界に戻ってるなら、間違い無く壁外だね」

私達は二人揃って、微妙な笑みを浮かべてしまった。

ま、はっきり言えば苦笑い。

元の世界に戻りたいけど、ココが私達の世界だとしたら…正直困りモノだわ。

壁内の人間で海を直接見たのは、おそらく私達が初めてだろう。その事自体は大いに自慢出来るだろうけど…

ココが私達の元いた世界だとしたら、正直、生きて壁内に帰り着く自信が無いわ…

つか、移動する為の馬さえ無いんだから、巨人に見つかった時点で一巻の終わりね。

つまる所、今となっては異世界である事を願うばかりだわ。

ミーナ「取り敢えずさ…行ってみよっか、波打ち際まで?」

サシャ「あー、そうですね。本当にあの水が塩水で出来てるのか、凄く興味がありますから」

ミーナ「だよね?あの水が本当に塩水だったら、間違い無くアレが海って事だね?」

サシャ「じゃあ早速、行ってみましょう!」

ミーナ「そうしよう!」

私達は頷き合うと、緩やかな丘の斜面を、海に向かって駆け下りて行った。

サシャ「うわっ!何やこの砂、走りにくっ!?」

ミーナ「足が取られるね、コレ!?」

はしゃぎながら砂の上を走って、私とサシャはザーザーと音がする波打ち際を目指した。

サシャ「うーわっ!しょっぱ!しょっぱい!」

ミーナ「本当に塩だ、この水、本当に塩水で出来てるよ!」

サシャ「海ですか?コレが海って奴なんですね?」

ミーナ「そう海!コレが海!」

サシャ「うーーーみーーー!」

サシャが口元に両手を当てて、突然大きな声で叫んだ。

ハシャぎまくってるなぁ、サシャ。

ミーナ「ナゼ沈む夕日に向かって叫ぶ?」

サシャ「何となく叫びたくなりました」

飛びきりの笑顔で返事をするサシャに、私も笑顔を返して…

私も口元に、両手を当てて…

ミーナ「うーーーみーーー!」

取り敢えず叫んでみたら…うん、ちょっと楽しいかもしんない。

サシャ「凄いですねぇ、海って。初めて見るからかも知れませんけど、何か興奮してますよ、私」

ミーナ「何か解るわ、ソレ。私も興奮してるもん」

サシャ「無事に帰れたら、皆に自慢出来ますねぇ」

ミーナ「エレンとアルミンに自慢しない?きっと悔しがると思うから」

サシャ「そうしましょう!」

私とサシャはそう掛け合って、お互いに笑い声をあげた。

暫くしてお互い落ち着いて来ると、今夜の寝床をどうするか?って、現実的な問題に向かい合う。

お互い決めかねていると、遙か遠くの、海岸沿いに切り立つ岩壁が私の目に入った。

ミーナ「サシャ。あっち、岩場があるね?」

サシャ「ありますねぇ?」

遠くまで続く砂浜。その遙か向こう、切り立つ岩壁にサシャが視線を向ける。

ミーナ「ここが私達の世界ではないにしても、ラプラスの魔は、巨人を10体送り込むって言ってたから…」

ミーナ「ああいった岩壁の側で寝泊まりしてれば、もしもの場合、立体機動が使えるよね?」

サシャ「なるほど、良い提案です。早速移動しましょう!」

みなまで言わなくても、サシャが私の意図を察してくれた。

それから私達はすぐに、岩壁を目指して砂浜を歩き始めた。

右手には、夕日がだいぶ水平線に沈んでる…

オレンジ色の海が、息を飲む程に綺麗…

私達の注意の殆どは海へと向けられたまま、海岸をひたすらに歩き続けた。

今後の事で話し合わないといけないのは十分に解ってるけど…

今だけは、初めて目にするこの美しい光景を静かに見ていたい…

それが私の…そして多分サシャの、本心からの気持ちだった。

夕日を見ながら、ほぼ無言で歩き続けた私達が、やっと岩壁がそびえる砂浜に辿り着くと…

その波打ち際で戯れる、数人の姿に気が付いた。

人がいる……多分、異世界の住人だ。

この世界の人間は、私達に害を与えたりしないだろうか?

正直に言えば、不安しかない。

今にして思えば、波打ち際で遊んでる場合じゃなかった。

異世界の人間とどうコミュニケーションを取るか?ここでの食料や水の調達とか…

最優先で考えないといけない事が、一杯あったんだ……

自分の馬鹿さ加減に呆然と突っ立っていると、サシャが小さく声を掛けてきた。

サシャ「向こうも私達に気が付いたみたいですよ?」

サシャ「背格好から見て…大人が四人、子供が二人…みたいですね?」

サシャ「どうしますか、ミーナ?」

ミーナ「ちょっと想定外だったけど…無視は出来ないよね?」

ミーナ「情報を集めないといけないから…話し掛けてみよう」

サシャ「言葉、通じますかね?いきなり襲い掛かられたりしないでしょうか?」

サシャが六人組みの一行に視線を向けたまま、少し震えた声を出した。

無理もないよ…あの一行の中の一人、かなり大柄な男の人が着てるのは……多分アレ、鎧だ。

私だって声を掛けに行くの、正直に言えば躊躇ってるよ。

けど、遠目に見ても子供が二人もいるし、よくよく見たら、大人四人の内の二人は女の人だ。

それが、私の背中を後押しした。

ミーナ「…万が一を考えて、直ぐに逃げられる心持ちでいよう」

ミーナ「最悪の場合でも岩壁に向かって逃げれば、私達なら岩壁を使って、立体機動で一気に逃げる距離を稼げるから」

サシャ「分かりました…あの、声を掛けるのはミーナにお任せしても良いですか?私、こうゆうの苦手で…」

ミーナ「…いいよ、灰色の森ではサシャに頼りっ切りだったからね」

サシャ「すいません、お願いします」

ミーナ「適材適所だよ。私達は運命共同体。お互い助け合って、元の世界に帰らなきゃいけないんだから」

ミーナ「知恵と勇気で困難に立ち向かおう!私が知恵の担当で、勇気がサシャね?」

サシャ「はい?この場合、勇気の担当はミーナでは?」

私の提案に、サシャが顔色を変える。やっぱりサシャは、少し臆病な所があるなぁ…

私は思わず、苦笑いが浮かんだ。

ミーナ「私にサシャくらいの実力があったら、迷わず私が勇気を担当してるよ…」

ミーナ「サシャの本当の実力は、ミカサにだって引けを取らないんだから、もっと自信を持って良いんだよ?」

サシャ「買いかぶりですよ!」

ミーナ「買いかぶりじゃない。私はあの灰色の森で、サシャの実力を間近で見たんだから…」

ミーナ「サシャが本気を出せば、ミカサにだって負けてない。だから自信を持って!」

ミーナ「サシャが本当の実力を出すのには、勇気が要るんだよ」

ミーナ「怖がらないで、もっと自分に自信を持って、そして勇気を持って…」

ミーナ「サシャ…サシャの実力は凄いんだよ?私が保証してあげる。だから自信と勇気を持ってよね?」

サシャ「……解りました、ミーナの期待に添える様に頑張ってみます」

ミーナ「よーし、じゃあ行ってみよっか?」

サシャ「はい、お供します!」

サシャの声から怯えの色が消えて、幾らか元気の良い返事が返ってきた…

うん、いい感じね。怖がってちゃ、実力なんて出せっこないもん。

よーし、じゃあ私も気合いを入れ直して、私の役目を果たさなくちゃ!

私は両手で、パンパンと軽く両の頬を叩いて、視線を波打ち際の一行に向ける。

さて、どうなるかしら?

そう考えながら、私とサシャは波打ち際の一行に向かって、歩き出して行った。


続きは明日の深夜に


それは剣と言うには、あまりにも大きすぎた…

大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた…

それは正に、鉄塊だった…



ミーナ「あ、あの…ちょっと宜しいですか?」

その男の人に、私はおずおずと声をかけた。

半身の姿勢のまま、視線だけを私とサシャに向けるその人は、私の問いかけに答えなかった。

…やっぱり言葉が通じないのかなぁ?

緊張もあって、思わずコクリと息を飲み込んで、改めてその人を見る。

第一印象は、黒尽くめの人だなぁ…だった。

全身を覆う様な黒い甲冑を着て、ボロボロの黒マントを羽織った、短髪で黒髪のその人は…

背中に冗談みたいな大剣…私の背丈よりも大きな剣を背負って、まるで獣みたいな眼で私達を見下ろしてる。

正直……これは怖いわ。

言葉が通じないのか、或いは私達を品定めしているのか…無言の威圧感がとにかく半端ない。

チラリと横目でサシャを見たら、緊張のせいか顔が真っ白。

多分、私の顔色も似たようなもんだろうなぁ…そう考えながら、背中に嫌な汗が流れ落ちるのを感じつつ…

もしもの場合は即逃げ出す事も頭に入れながら、私はもう一度、問いかける事にした。

ミーナ「あの、ちょっとお尋ねしたい事があるんですけど…」

???「…おい、セルピコ!」

黒尽くめの人は私の問いかけには答えずに、少し離れた所にいる男性を呼んだ。

その声に応える様にして、緑色のフードを被った男の人…少し線の細い感じの人が、私達の元へとやって来た。

長身で見るからに屈強な体つきの黒尽くめ男性に比べて…

呼ばれて来た男性は、開いてるかどうかも分からない細い眼をした、どこか優雅で柔らかい印象を持つ人だ。

話し掛けるなら、断然こっちの人が話し掛け易そう。

そう思ってると、緑色のフードを被った人に、黒尽くめの人が低い声を掛けた。

???「何か用があるらしい…お前、聞いてくれ」

セルピコ「どちら様ですか?」

???「さあな…」

???「ガッツさん、セルピコさん、どうかなさいましたか?」

ガッツ「ああ、何か聞きだい事でもあるらしい」

黒尽くめの人…ガッツと呼ばれた男の人は、紺色のワンピースと紺色の幅広帽子、片手に木の杖を持った女の子にそう答えると…

ガッツ「セルピコ、シールケ、後は任せた」

そう言って私達に背中を見せると、波打ち際で戯れる女性達の方に向かって足を進めた。

あからさまに私達には興味が無い感じ…まあ、あの人コワイから別に良いけど…

シールケ「もう!自分勝手なんだから…」

紺色のワンピースを着た女の子が、呆れた様な声を出した。

シールケと呼ばれた女の子は、ぱっと見で12~13才くらいかな?

私達の世界なら、訓練兵団に入る位の年頃に見えた。

セルピコ「失礼しました、代わってお話を伺いますよ」

柔らかい物腰で、セルピコと呼ばれた男性が、私とサシャに笑顔を向けた。

良かった…どうやら言葉は通じるみたいだし、何より友好的な笑顔が私をホッとさせる…

私は内心、胸をなで下ろした。

ミーナ「あの、ちょっとお伺いしたい事があるんですけど」

セルピコ「何でしょう?」

ミーナ「えっと……」

……どういった聞き方をしたらいいんだろ?

変に思われたら困るけど…取り敢えず、最終的な確認で、先ずこれを聞かなきゃ…

ミーナ「あの、ここはドコですか?私達…その、道に迷っちゃって…」

セルピコ「…?」

シールケ「…」

私の質問に二人は黙り込み、眉をひそめた。

そして、改める様に私とサシャの姿をジッと見る。品定めと言うか、不審者を見る目つきと言うか…

立体機動装置とブレードのフル装備姿なのよね…私達。見慣れない格好だろうし、そりゃ怪しいわよねぇ…

ミーナ「あ、あの……」

セルピコ「ああ、失礼しました。ここはミッドランドの辺境になりますね」

セルピコ「私達も旅の途中ですので、詳しい地名までは解りませんが…」

ミーナ「ミッド…ランド?」

セルピコ「失礼ですが、どちらからお出でになりましたか?」

ミーナ「……ウォール・シーナです」

セルピコ「…聞いた事の無い国の名前ですねぇ…地名でしょうか?シールケさんはご存じですか?」

シールケ「…いえ、私も初めて耳にします」

ミーナ「じゃウォール・シーナの壁もご存じありませんか?」

セルピコ「壁…ですか?」

ミーナ「巨人は?ここに巨人は居ないんですか!?」

シールケ「巨人?」

二人の表情で確信しました…もう異世界で確定だわ。

つか、こんな浜辺で人間に出会ってるんだもん…この時点で異世界なのは分かり切ってたけどね…

ガッカリした様な、安心した様な…複雑な気分よ。

私はサシャと顔を見合わせると、軽い溜め息を吐いた。

シールケ「何か…事情がおありの様ですね?」

ミーナ「えっと…まあ…うん…あ、はい」

こんな年下の子に心配そうな顔をされてもなぁ…

シールケ「道に迷われたと仰られてましたけど、良かったらお話しを伺いますよ?」

ミーナ「あ…ありがとう」

年下のワリに、随分としっかりした感じの女の子だ。

何か…微妙に情けない気分になって来るのはナゼだろ?

不意に湧いた情けなさと落胆で、ちょっとだけヤケになった私は…

本来なら慎重に告げるべき事なのに、思わず口を滑らしてしまった。

ミーナ「実は私達、違う世界から零の世界ってワケの解らない世界に迷い込んで、ソコからこの世界に来ちゃたんですよ~…」

言った後で、しまった!と思った…

こんな事をイキナリ言って、信じて貰えるはずがない…

胡散臭さが倍増する台詞だし、下手すると気の触れた馬鹿な娘と思われるのが関の山だよ…

ミーナ「いやっ!えっと、違うんです!ちょっと説明すると長くなっちゃうんですけど!」

ジーッと真剣な眼差しで私達を見つめる二人に、慌てて私が取り繕おうとすると…

女の子が、ニコリと優しい笑顔を浮かべた。

シールケ「それは大変でしたね?落ち着いて下さい、お話しなら私が伺いますから」

ミーナ「えっと…えっ?信じちゃうの?信じてくれるの?私の言ったこと?!」

シールケ「ええ、嘘を付かれている様には見えませんから」

シールケ「それに、あなたが先ほど言った…零の世界?それは恐らく幽界(かくりょ)の事でしょう」

シールケ「お困りの様ですし、私ならお力になれると思いますから」

サシャ「ホント…ですか?!」

ミーナ「あなたが…私達の力になって…くれる…の?」

何か…エラく自信あり気?つか余裕あり気?な女の子に、私とサシャが半信半疑な声で問い掛けると…

セルピコ「シールケさんはこう見えても、立派な魔術士ですから」

ミーナ「ま、魔術士?」

サシャ「魔法使いさんですか?言われてみれば、そんな格好してますねっ?」

ずっと黙り込んでたサシャが、目を輝かせて女の子を見つめると…

女の子は少し頬を染めながら、小さく咳払いして見せた。

シールケ「魔法使い…ではなく、正確には魔術士。大いなる謎を受け入れ、世界の内より万象を探究する者…それが魔術士です」

ミーナ「あのっ、私はミーナ・カロライナです。力を貸して下さい!」

サシャ「サシャ・ブラウスです、お願いします!」

シールケ「シールケです。お力になれるかまだ解りませんが、取り敢えずお話しを伺いますよ」

セルピコ「セルピコと言います。立ち話も何ですし、日も暮れましたから…」

セルピコ「今夜はあそこで海風をしのぎましょう」

セルピコさんはそう言いながら、岸壁の中腹に建つ海小屋を指差した。

セルピコ「私達の連れも後で紹介します。取り敢えず私は夕飯の準備もありますので…」

セルピコ「先ずは皆と合流しましょう」

シールケ「さっ、行きましょう」

サシャ「はいっ!」

ミーナ「うん、ありがとう」

セルピコさんとシールケ…ちゃん?いや、さんの方がいいのかな?

二人は礼儀正しく人当たりが良くて、私とサシャの緊張を解きほぐしてくれた。

何より、シールケちゃんが本物の魔術士なら…もしかしたら…

この異世界から私達の世界に、直接送り返してくれるかもしれない。

僅かな期待を胸に膨らませながら、私達は魔術士の一行と夜を共にする事にした。



つづく

セルピコさんとシールケちゃんに誘われた私達は、その仲間の人達の元に連れて行かれ、改めて自己紹介をする事になった。

その際、シールケちゃんが私達の事を違う世界から来た人達だと紹介してくれたけど…

皆さん、ふ~ん…って感じで、幾らかは驚いてるけど、私が予想してたより、あんまり驚いてる感じがしない。

……何で?普通、もっと驚くもんじゃないの?それとも、信じてない?

大して驚きもされず、アッサリ納得されると…何か変な感じってゆーか、不気味。

ちょっと引っかかる気はしたけど、取り敢えず私は名乗る事にした。

ミーナ「ミーナって言います」

サシャ「私はサシャです」

イシドロ「俺、イシドロ!よろしくなっ」

私達と同い年か、一つくらい下に見える男の子が、真っ先に手を挙げて名乗った。

ファルネーゼ「初めまして、ファルネーゼです」

次に金髪セミロングの、身形の良い女性がにこやかに自己紹介をしてくれた。

うーん、かなりの美人さんだ。

???「ウーアー…」

ガッツ「俺はガッツ。コイツはキャスカだ。キャスカは………今はちょっと、心が壊れちまってる」

キャスカ「うぎいっ!」

黒尽くめの男性、ガッツさんがキャスカと紹介した女性の肩に手を置くと…

キャスカさんは言葉にならない悲鳴を上げて、ファルネーゼさんに駆け寄り抱き付いた。

ガッツさんを睨むキャスカさんの目には、強い敵意の色が見えていて…

そんな視線を受けるガッツさんには、少しだけ寂しげな表情が、ほんの一瞬だけ浮かんだ様に見えた。

自己紹介が終わったなぁ…と思った瞬間だった。私の下唇が、ムニッ!と何かに引っ張られた。

ミーナ「ふえっ!えっ!?な、何よ今のっ!?」

サシャ「あれ?何っ?何か髪が引っ張られてる!」

シールケ「ちょっとイバレラ、止めなさい!」

私とサシャが、見えない何かからの悪戯に悲鳴を上げると、シールケちゃんが慌てて叫び声を上げた。

???「くふふっ、はーい!」

サシャ「あっ!……治まった」

シールケちゃんの制止に応える声がしたかと思うと…

どうやら悪戯が治まったらしく、サシャが不思議そうな顔で辺りを見渡してる。

サシャの方は悪戯が治まったみたいだけど、どうやら私の方は未だ続いているらしい。

不意を突く様にまた下唇が引っ張られたり、耳に息が吹き掛けられたりする。

ミーナ「ちょっヤダ…キャッ!何?何これヤダ!」

悲鳴を上げて身を捩る私の元に、ガッツさんが歩き寄って来た。

私の目の前で足を止めると、両手を横に開く。

次にパンッ!と、まるで蚊でも叩く様に両手を合わせると…

叩き合わされた手の辺りから、“ウォンチュー!”って意味不明な叫び声が聞こえて来た。

ガッツさんは右手で何かを摘む様な仕草をして見せると、何も持ってない空の右手を、私の目の前に突き出す。

ガッツ「目を凝らして、よーく見てみな…」

ミーナ「はっ?……何が?」

ガッツ「…ま、虫みてーなモンだ」

ミーナ「む、虫?」

何も見えないけど、ガッツさんの大きな手は、何かを掴んでるみたいな形をしてる。

虫?を掴んでるにしては、手の空間が大きい様な……

そんな事を考えながらガッツさん手をよくよく見ると…

薄ぼんやりと、何かが浮かび上がってきた。

ミーナ「何これ?羽が見えて来……人?小人?羽が生えた小…もしかしてコレ、妖精?」

サシャ「えっ!見せて見せて、私にも見せて下さい!」

ガッツさんから思い切り叩かれたせいか、泡を吹いてグッタリしてるけど…

ガッツさんの手に掴まれているのは、子供の頃、絵本で見た妖精とソックリな姿をしてた。

何これ、マジで本物?!

ガッツ「余計な事してねーで、お前ぇもサッサと名乗れ」

パック「ぱ…パックでーす」

イバレラ「イバレラよ~ん♪」

瀕死の男型の妖精の次に、女の子みたいな姿をした妖精が…

私とサシャの目の前に、スイ~ッと飛び回りながら現れる。

童話の中の生き物の登場に、私達は思わず目を見開いてしまった。

サシャ「可愛い!本物ですか?この子達、本物の妖精さんですか?」

イバレラ「本物の妖精よ、会えて光栄に思いなさい!」

シールケ「お二人とも、ごめんなさい。エルフ達は悪戯好きなんです」

ミーナ「いや…いいけど……」

ミーナ「凄いですね、ここの世界は。こんなのが実在するんだぁ…」

ファルネーゼ「ええ、私も最初は驚きました」

ファルネーゼ「この世界には、私達の常識や想像を遙かに超えた存在があるんだって…」

ファルネーゼ「ですから、貴女方お二人が違う世界からやって来たのだとしても…」

ファルネーゼ「今さら驚いたり疑ったりなどしません。何より…」

ファルネーゼ「魔女のシールケさんが、貴女方が違う世界から来たのだと仰ってますから」

イシドロ「ま、そーゆうこった。それにネーチャン達は人間なんだろ?」

イシドロ「なら俺らにしたら、別にビビるこっちゃねーよ!」

ミーナ「ああ、そーゆう事ですか…」

ナルホド、私達の言葉をアッサリ信じてくれるワケだわ。

何か…何でもアリなんだなぁ、この世界。

浜辺で自己紹介を終えた私達は、その後、揃って海小屋に移動する事になった。

海小屋を目の前して歩いてると、イシドロ君がやたらと私とサシャのフル装備の事で質問をして来る。

どうやらかなり興味を持ったらしいので、説明をしながら歩いてたけど、なかなか理解が及ばないみたい。

いっそ見せた方が早いのでは?とサシャが言い出し…

彼女は海小屋への移動に、岸壁を利用して立体機動を皆に披露して見せた。

岸壁を利用して立体機動を使い、振り子の要領で、あっと言う間に海小屋へと辿り着く。

そのまま小屋で待ってれば良いのに、サシャは得意な気分になったらしく、また立体機動を使って坂を下りて来た。

サシャが私達の元に舞い降りると、あの無表情なガッツさんを含めた皆さん達から、感嘆の声が上がる。

私とサシャが異世界から来たと紹介された時より、皆さんよっぽど驚いてる……変な感じだわ。

イシドロ君が直ぐに、俺にもやらせてくれと何度もせがんで来たけど…

立体機動の装備ベルトは個人の身体に合わせて調整してあるし…

立体機動は訓練だけでも死者が出る危険なものなので、無闇に貸す事は出来ないと丁重に断った。

その後、海小屋に着いた私達は小屋の中をザッと片付け、各々が休息を取る事にした。

セルピコさんは小屋に着いて直ぐ、夕飯の準備に取り掛かったので…

私は一応サシャに了解を得て、私の装具に入ってる食料を、皆さんに提供する事にした。

セルピコ「良いんですか、こんなに?」

ミーナ「はい、お世話になりますから。気にせず使って下さい」

シールケ「そんな、お気になさらなくても…」

ミーナ「いえいえ。私達、シールケ…さん?ちゃんが良いかな?呼び方だけど?」

シールケ「しっ、シールケで…呼び捨てで構いませんから」

ミーナ「…じゃあ、シールケちゃんで良い?」

シールケ「あ…じゃあ、はい。呼びやすい様に呼んで貰って結構です」

ミーナ「なら、シールケちゃん…ねっ?」

ミーナ「私達、シールケちゃんに聞きたい事や聞いて欲しい事、もしかしたらお願いなんかするかも知れないから…」

ミーナ「この食料はギブ&テイクだと思って、受け取って欲しいの」

ミーナ「それで良いでしょっ?シールケちゃん?」

シールケ「…必ずお役に立てるとは限りませんよ?」

ミーナ「んー…まあ、今宵限りかも知れないけど、お互い協力するって事で、皆さん如何でしょうか?」

ガッツ「いいんじゃねーの?損は無さそうだしな」

イシドロ「貰っとけ貰っとけ!今夜は豪華に行こうぜっ!」

サシャ「いいですねっ?今夜は記念に宴会って事でっ!」

ミーナ「サシャ、勝手言わない!つかアンタ、私ら提供する側でしょう?何をサラッと受け取り側に混じってるのよ?」

セルピコ「まあまあミーナさん。ではミーナさん達からの食料提供は喜んで頂く事にしましょう」

セルピコ「それで、今日は浜辺で海の幸も確保してますので、今晩は皆さんに腕を振るった海鮮料理を御馳走しますよ」

サシャ「カイセン料理!?何ですかソレは!どんな料理ですかっ!美味しいんですかぁぁぁっ?!」

ミーナ「サシャ、恥ずかしいからヤメて。つか落ち着けっ!私まで変に思われるじゃない、みっともないでしょ?」

サシャ「…シツレイシマシタ」

イシドロ「ははっ!おんもしれぇネーチャンだなぁ!」

恥ずかしくはあったけど、サシャの彼女らしい発言のお陰で、私達を含めた一同は、かなり和んだ雰囲気になれた。

それから各々が自由に過ごす中、私とサシャは早速、シールケちゃんと話しをする事にした。

先ずは自分達の身の上、訓練兵団に所属する訓練兵である事…

私達が兵士になる理由…私達の世界には、人間を食べる人類の天敵“巨人”が100年程前から存在する事…

全滅の危機に瀕した人類が、50mの高さの壁を作り上げ、その囲いの中で辛うじて生きながらえている事…

そして私達が零の世界に迷い込んだ切っ掛けと、紆余曲折の末、この世界に辿り着いた事…

中でも、ラプラスの魔には腹に据えかねる思いがあったので、募る愚痴を思い切りブチ撒けてしまった。

シールケちゃんは私達が訥々と訴える間、偶に質問を交えながら話しを聞いてくれた。

話しを聞き終えた彼女は、暫く何かを考えた後、宝石みたいな瞳を私達に向けた。

シールケ「先ず、そのラプラスの魔と呼ばれる者は、ソレ自身が言った様に幽界の住人…某かの精霊なのでしょう」

シールケ「伺った能力から考えて、中位か…或いは高位に属する精霊の類ですね…」

シールケ「残念ですけど、現世(うつよ)の人間に手出しする事は不可能な存在だと思います」

ミーナ「…一発くらい、引っぱたいてやりたいんだけどねぇ…あの性悪ウサギ」

ミーナ「つーか、次にあの塒に帰る事になったら、隙を突いてブン殴るし」

シールケ「だから無理ですよ、そんな事は」

性悪ウサギの事を思い出して、ムカつきながら左の掌を右の拳で叩いていると…

窓際に座り込んで、私達の会話を聞いていたらしいガッツさんが、フッと小さく笑った。

馬鹿にされたのかと思ってムッとしてると、ガッツさんと視線が合う。

ガッツさんは表情を僅かに緩めたまま、かすれ加減の低い声を出した。

ガッツ「嫌いじゃねぇぜ、そーゆーの」

ミーナ「…えっ?」

ガッツ「そのウサギにムカついてんだろ?ブン殴ってやりゃイイんだよ」

ガッツ「精霊だの…中位だの高位だの、んなもん関係あるか」

ガッツ「次に会う機会があるなら、そん時はブン殴ってやれ」

ガッツ「俺は力にゃなってやれねーだろうが…まあ、お前さんの意気込みには賛成するぜ」

ミーナ「それは…どうも」

シールケ「あんまりムチャな事は勧めないで下さい!ミーナさんとガッツさんでは、力量に違いがあるんですから!」

私を煽る様なガッツさんを、シールケちゃんが窘める。

シールケ「ミーナさん達のお話しが済んだら、ガッツさんの包帯を変えますので、今の内に甲冑は脱いでおいて下さいよ?」

ガッツ「…後でな」

短く答えて立ち上がる。ガッツさんは大剣を背中に担いだまま、小屋の外に出て行ってしまった…



つづく

夕食の前にガッツさんの包帯を取り替えるとの事で、私達とシールケちゃんのお話しは一旦中断する事になった。

ガッツさんは一月ほど前に怪我をしたらしくて、まだ完治には至っていないらしい…

でも正直、病み上がりには全然見えないけど?

包帯を取り替える際に治療もするらしくて、どうやらソレが霊薬やエルフ達の力を借りた治療法らしく、興味があったから、その様子を見てたんだけど…

鎧が外され、その下の包帯が全て外された時、私とサシャはガッツさんの裸体を見て、絶句してしまった。

畏怖さえ感じる鋼みたいな上半身には、それこそ隙間なく刀傷や裂傷…

更には、得体の知れない何かに咬まれた様な傷痕が刻まれていて…

左腕に至っては、肘から下が…無かった。

大胸筋にはまだ新しく見える、吃驚する位の大きな傷痕が、横一文字に走っていて…

正直、これだけの傷を負って、死なずに生きていられるのが不思議にさえ思えた。

私とサシャの目が、ガッツさんに釘付けになってると…

ガッツ「お前等だって兵士の端くれだろ?傷痕がそんなに珍しいか?」

サシャ「いや……コレはちょっと…」

ミーナ「珍しいとか…珍しくない以前の問題かと…」

サシャ「一体、幾つ位の傷があるんですか、コレ?」

ガッツ「……さあな。俺はガキの頃から傭兵団に居たし、その頃の傷も混ざってんだろうからなぁ」

イシドロ「そーいやガッツの兄ちゃん、前に元傭兵だって言ってたよな?初陣って幾つ位の頃だったんだ?」

ガッツ「………」

ガッツさんはイシドロ君の質問には直ぐ答えず、静かに目を閉じた。

私とサシャ以外の皆さんは、ガッツさんの背中側に居るから解らなかったと思う…

目を閉じて何かを考えるガッツさんの表情は、光の加減かも知れないけど、とても暗い表情に見えた。

ガッツ「…俺は孤児で、傭兵団に拾われたからな……初陣はもう20年位前の話しだ」

セルピコ「…」

ファルネーゼ「に、20年前?」

イシドロ「20年位前って…それ幾つだよ?」

ガッツ「確か……六つか七つ…くれーだったかな?」

サシャ「な、七つぅ!?」

ミーナ「うそぉ……」

ガッツ「俺を拾ったのは傭兵団の団長だったからな…」

ガッツ「タダ飯は食わせられねーって事でよ。初陣でイキなりおっ死に掛けたから、今でも良く覚えてる」

ミーナ「…酷い……」

ガッツ「元々、傭兵の命なんざ二束三文だ。特に酷ぇ話しじゃねぇよ」

ガッツ「物心つく頃から戦場に居たからなぁ…お陰さんでどんな酷ぇ負け戦でも、剣さえありゃあ俺は生き残る自信がある」

ガッツ「その代わり当然、生傷は絶えねえ…」

ガッツ「傷の上に傷を作って来たからな…今じゃ傷痕の数なんざ分かりゃしねーよ」

サシャ「あの、失礼ですけど…やっぱりその右眼や左腕も?」

ガッツ「……ま、そんな所だ」

シールケ「………」

シールケちゃんから霊薬、エルフ達からエルフの鱗粉を、傷痕だらけの広い背中に塗られながら、ガッツさんが訥々と答える。

こんな酷い話しがあるのかと、心底思ってると…

ガッツ「こんなのは珍しくもねぇよ。お前等の世界じゃ違うのか?」

ミーナ「私達の世界で、人間同士がそこまで大きな争い事をするのは無いですね…ちょっとした諍いくらいはあるでしょうけど」

ガッツ「へえ…そりゃ羨ましいこったな」

ミーナ「ええ、人間同士の戦争はありませんけど…私達の世界には、巨人がいます」

ガッツ「そういや言ってたな、天敵だとか…」

ミーナ「はい、巨人は私達人間を食べます。お陰で、私達の世界の人類は、全滅の危機に追い込まれてます…」

シールケ「その巨人とは、どれ位の大きさなんですか?」

ミーナ「小さいので3m程、大きいので15m程になるんですけど…」

ミーナ「数年前に過去最大の、50m級が出たんです…この50m級の出現のせいで、人類は一気に窮地へと追い込まれました」

セルピコ「…」

シールケ「そんなモノが…」

ファルネーゼ「…50m…」

イシドロ「マジかよ…」

ガッツ「通りで、お前らみたいな娘っ子まで戦場に引っ張られてんのか…」

ガッツ「相当“喰われた”ワケなんだろ、その巨人どもに?」

ミーナ「…巨人に奪われた領地奪還に、人類の二割が……」

ガッツ「人類の二割?おいおい、随分と豪快な人数だな?」

ミーナ「当時は、巨人の弱点や生態も解らない状態で、奪還作戦が行われたんです…」

ガッツ「作戦もクソもありゃしねえって事か?自殺行為だな」

ミーナ「数年前まで人類の領地は、50mの壁の囲で三重に分かれてました…」

ミーナ「その、一番外の壁の扉が破られて、人類は領地の四割近くを失ったんです…」

ミーナ「領地を追われた人間が、内側の壁内に大勢逃げ込んだんですけど…」

ミーナ「全ての人間を養う食料を、残された領地だけでは賄いきれなくて…」

ミーナ「仕方なく…強引な領地奪還作戦が行われたんです」

ガッツ「早い話が口減らしか」

シールケ「ガッツさん!」

シールケちゃんが慌ててガッツさんを窘めたけど…

ガッツさんの言った事は、紛れもない事実。そんな事は敢えて口にしないだけで、本当は誰だって解ってるの。

奪還作戦で親兄弟、愛しい人を失った人達は、それこそ数え切れない位にいるんだから。

イシドロ「ふーん…大変なんだな、ネーチャン達の世界も」

ガッツ「それでも、帰るつもりなんだな、お前らは?」

サシャ「はい、勿論です!」

ミーナ「物騒な世界ですけど、あそこには私達の仲間だっていますし…」

ミーナ「何より、捨てたもんじゃないんです、私達の世界だって」

ミーナ「それに、いつの日にか巨人を全て倒して、世界を取り戻してみせますから!」

ガッツ「……そこが、お前らの戦場って事か」

ガッツさんはそう言って、小さく笑った。

ガッツ「いい度胸だ。反骨心ってーのか?嫌いじゃねーぜ」

セルピコ「ガッツさんは反骨心の塊ですからねえ…共感する所も多いんでしょう」

シールケ「ガッツさんの場合、度の過ぎた意地っ張りって気もしますけど?」

シールケちゃんの言葉で皆が苦笑を洩らす。

“うるせーっつの…”って、小声で洩らしたガッツさんの言葉に…

強面なガッツさんの意外な一面を見た様な気がして、思わず私にも笑みが浮かんだ。



その後、治療と包帯が巻き終わり、セルピコさんが作った夕食を皆で食べる事になった。

夕餉は私達が提供したパンと、セルピコさん自慢のブイヤベース風磯鍋。

セルピコさんに、サシャは普通の女性の五倍は食べると念を押して言っていたので、かなりの量の磯鍋になったワケだけど…

通常通り旺盛な食欲を如何なく発揮するサシャに、他の皆さんは目を丸くしていた。

まあね…アレだけ食べればね…

ただサシャが食欲魔人なのは事実だし、彼女だってソレを自覚してるから、サシャがどれだけ奇異な目で見られても、そりゃ構わないけど…

私は違うのよ?慎ましさや恥じらいを知る乙女なの!

だから取り敢えず私は、私達の世界の、女性の名誉の為にも、こんなに食べる女性はサシャだけだと、かなり本気で釈明しておいた。

食事が終わると、私とサシャは食器の片付け等、セルピコさんのお手伝いをする事にした。

まあ…これ位はしないとね…女子力をアピールする為に…ね?



つづく

私達とセルピコさんで後片付けをしていると、ファルネーゼさんがシールケちゃんに魔女の弟子入りを申し込んだらしくて、何か一騒動になってた。

シールケちゃんは見た目がまだ幼く見えるけど…実際は幾つ位なんだろう?

魔女の年齢なんて、見た目だけじゃ解らないしなぁ…

ただ彼女が物凄く博学なのは、話してて直ぐに解ったし、見た目にも不相応な落ち着きがある。

とは言っても……魔女としての実力?とゆーかコレっ!証拠を見たワケでもないから…

内心…実はまだ半信半疑ってーのが本心。当然、失礼だから口には出せないけどね?

その一騒動が収まった後、シールケちゃんは帽子と杖を持って、月夜の浜辺へと一人で出て行った。

続いてガッツさんが鎧を着込み、大剣を背負って小屋を出て行く……重くないのアレ?本当に大っきいんだケド?

小屋に残った私達の内、セルピコさんとファルネーゼさんは、心が壊れてしまったらしいキャスカさんの面倒を見ている。

先ほど聞いた話しだと、ガッツさん達の旅は、そのキャスカさんが安全に暮らせる所を探す為の旅らしい…

きっと、大変なんだろうなって思う。

私とサシャはイシドロ君の武勇伝?を聞いたり、逆にイシドロ君から私達の世界を聞かれたりしたけど…

最も私とサシャの興味を引いたのは、やっぱりエルフのパック君だった。

可愛いよ~エルフ!この子さ、マジで持って帰っちゃ駄目かな?マジで?

サシャと二人、目を輝かせてパック君と遊んでると、ファルネーゼさんがキャスカさんをトイレに連れて行く事なった。

ご一緒しますよと申し出たら、ファルネーゼさんから丁重に断られ、休んでいて下さいって言われたからそうしてたんだけど…

…失敗だった。用足しに連れて行った先で、キャスカさんがいなくなっちゃったらしい…

慌てて帰って来たファルネーゼさんから事態を聞いて、私達もキャスカさんを探す事にした。

浜辺でキャスカさんが見つかった時には、本当にホッとしたよ…

なるほど、キャスカさんが安全・安心して暮らせる所を探すってのは、本当に重要で必要な事なんだって、コレ一発で理解出来たわ…。

キャスカさんを無事に保護できたから、皆で小屋に帰る事になったけど…

何故か解らないけど、キャスカさんが見つかった時、迷子なのか追い剥ぎにでもあったのか、丸裸の男の子も一緒だった。

男の子の事は、明日にでも近くの村を訪ねて調べる事にして、今夜は小屋で皆と一緒に過ごす事になった。

小屋に帰ると、シールケちゃんが吉報があると言い出した。

ファルネーゼ「キャスカさんの心が…取り戻せる?」

シールケ「はい。私達の旅の目的地、パックさんの故郷であるスケリグ島には…」

シールケ「伝説に謳われる程の偉大な妖精王“花吹雪く王”が主として住まわれているそうです」

シールケ「その力を持ってすれば、間違い無く…」

イシドロ「マジかよ!?」

シールケ「はい」

イシドロ「スゲーじゃん、お前んトコの王様!」

パック「…伝…説……」

パック「……」

イシドロ「…コイツ、もしかして自分トコの王様の事…知らなかったんじゃ…」

イバレラ「あ、コレ多分本当に知らなかったんだ…このお調子者が調子に乗ってないし…」

イバレラちゃんとイシドロ君がひそひそ話をしながら、信じられないって感じの目をパック君に向ける。

知らん顔でフワリと宙を飛び、ガッツさんの頭に着地しようとしたパック君を、ガッツさんは無造作に右手で払い落とした…

私だったら乗せてあげるのに…

ガッツ「さっきは手間かけさせたな、すまねえ」

ミーナ「いえ。それより良かったですね、キャスカさん」

ガッツ「ん、ああ…」

…ん?アレ?今一ガッツさんの表情が浮かないような…?

ガッツ「それはそうと、お前等どうやったら自分らの世界に帰れるんだ?」

ミーナ「あっ!!」

しまった、シールケちゃんに大事な事を聞き忘れてる!

ミーナ「ねえ!シールケちゃんって、魔術で私達を私達の世界に送ったり出来ないかなっ?」

シールケ「それは…流石にちょっと…」

シールケ「現世の全ては少なくとも、他に二つの世界と重なり合い、成り立っていて、これを三位一体と言うんですけど…」

シールケ「一つは幽界、俗に言う霊…精神(アストラル)の世界。もう一つは存在の根源である魂…本質(イデア)の世界」

シールケ「ミーナさんが出会ったラプラスの魔は、現世の世界が無数に存在すると言っていた訳ですが…」

シールケ「残念ながら私は、現世と違う現世を結ぶ術を持っていません。ミーナさん達の世界を知らない、行った事が無い以上は…」

シールケ「例え花吹雪く王でも難しいのではないかと思いますよ…」

サシャ「て事は、やっぱり巨人を倒すしかないワケですか…」

ガッツ「巨人を倒す?」

ミーナ「うっ…はい、実は…」

私はラプラスの魔の塒で突き付けられたら罰ゲームの詳細を、詳しくガッツさん達に話した。

そして最後に、私達がこの世界に来てしまった事で、この世界の人達に掛かる迷惑についても、サシャと二人で謝る事にした。

だって、私達が間違ってこの世界に来てしまったせいで、この世界に巨人が10体も送り込まれちゃうワケだからね…

何かもうホント、ご免なさい…

ガッツ「チッ!本気でフザケてやがるな、そのクソウサギ?」

ミーナ「ご免なさい…」

サシャ「すいません…」

ガッツ「…別に、お前等を責めるつもりはねえよ」

シールケ「ええ、本当に災難に遭われているのはミーナさん達ですから」

ガッツ「…で、今はあんのか?その巨人どもの対策ってのは?」

サシャ「あ、はい。巨人は夜には活動出来なくなりますから、夜はひとまず安全です」

ミーナ「巨人を倒す為の対処法も確立してます。巨人には弱点があって、巨人の大小に限らず、項が弱点…死滅させる為の急所なんです」

ミーナ「巨人を倒すには、項の中心、縦1m横10cmを一瞬で削ぎ落とさないといけません」

ミーナ「それ以外を攻撃しても死滅させる事は出来ないし、傷はあっという間に塞がっちゃうんです」

ミーナ「例え頭を吹き飛ばしても、1~2分で再生するんですよ」

ガッツ「他に特殊能力は?」

サシャ「…特殊能力…って言えば、その再生する力で、後は…力が強いらしいですね」

ミーナ「単純に、人間が巨大化して食人化したと思って貰えれば…」

サシャ「後は…全裸?ってのが特徴ですかねぇ?サイズは基本、3mから15mってトコですね」

サシャ「あ、それと巨人には殆ど知性が無くて、人を食べるって本能だけで動いてるみたいです。人間とは意志の疎通も出来ません」

ガッツ「…そんなもんか?なら何とかなるな」

サシャ「……えっ?何とかなっちゃうんですか?!」

ミーナ「そんなもんか…って…えっ?そんな簡単に…」

パック「ガッツは慣れてっからなっ、そーゆーバケモノを相手にすんの」

私の隣、サシャの肩にフワリと腰を下ろしたパック君が、ごく普通の表情でそう告げる。

他の皆さんの顔を見渡しても、パック君の言葉にどこか納得した表情を浮かべてるし、シールケちゃんもガッツさんの言葉を窘めたりしない。

もう一度、私達がガッツさんの顔に視線を移すと、その隻眼の顔が、何処となく拍子抜けしてる様にさえ見える。

異世界へとやって来て、初めて訪れた夜は、こうして更けていった…。



その夜、皆が寝静まった頃になっても、私はずっと眠れないでいた。

理由としては、ラプラスの魔の塒で目を覚ましてから、半日程度しか経っていないから。

ま、時差ボケみたいなモノかな?まだ全然眠くならない…

身体を慣らさなきゃいけないから、早く眠りに落ちたいのに…

そう思ってもなかなか睡魔はやって来ず、そのせいで余計な事を色々と考えてしまう。

零の世界で三日間、この世界で一日?過ごしたけど…

ここでの時間の流れって、私達が居た世界の時間の流れと、同じなのかな?

やっと帰れたら、100年経ってましたぁ…とか無いよね?

あ、でも帰るのに10年掛かりました…も困るなぁ…

10年掛かって帰ってみたら、向こうの時間は10年前のままでした…なんてのも困る。

そんな取り留めもない事をボンヤリ考えていたら、シールケちゃんの小さな声が耳に入った。

シールケ「ガッツさん!」

セルピコ「どうしました?」

ガッツ「……霧に紛れて、何か来る」

ガッツさんの言葉に皆が起き上がり、暗かった室内に明かりが灯された。

ガッツさん達が、慌ただしく支度を始める。

私とサシャは、訳が分からずに顔を見合わせた。

セルピコ「いつもの死霊さん達でしょうか?」

シールケ「護符は完璧です、そんな事はあり得ないはず…」

シールケ「それにこの気(オド)は死霊よりも、霊樹の館を襲った怪物達に近いです」

サシャ「死、死霊って何ですか死霊って?!」

ミーナ「怪物って…一体何っ?今、何が起こってるの?」

訳が解らないけど、取り敢えず悪い予感だけはするので…

私とサシャも、慌ててフル装備の支度を始めた。

ガッツ「悪いな、どうやら巨人より先に、この世界のバケモンがお出ましらしい…」

ガッツさんはそう言いながら、後ろ手の手ぶりで、私達に後ろに下がるよう指示を出してきた。

シールケ「来ますっ!」

シールケちゃんが鋭く短い声で叫ぶ。一瞬の緊張が走った後…

ガンッ!と強く叩かれた入り口のドアは、続いてけたたましく連打され…

最後には大きな破壊音と共に、扉は部屋の内側へと突き破られた…。



つづく

突き破られ綺麗サッパリ無くなった扉、その入り口の向こうには、見た事も無い大きな爬虫類がいた。

一目見た感想は、何よこの馬鹿でかいトカゲ?

そのトカゲは、子供くらいなら一口で飲み込むんじゃないか?って位の大きな口を開いて、小屋の中に飛び込んで来た。

開いた口には、大人の親指大の、鋭い牙が無数に生えてる…

あんなのに噛みつかれたら、たまったもんじゃない!

慌てて後ろに飛び下がると、イシドロ君が大声を上げた。

イシドロ「何だこのバカでっけぇトカゲは?!ドラゴン!?」

セルピコ「違います!これは鰐…異国の動物です!」

ワニ?何それ、この世界の動物?

こんな大っきいトカゲモドキ、生まれて初めて見るけど…爬虫類独特の皮膚が不気味過ぎるわ…

その鰐とやらはゆっくりと、後ろの二本足で立ち上がった。

やっばいよ…大っきいよ…鰐の頭、天井についてるじゃない…

つか、二足歩行が出来る生き物なの?

しかもこの鰐、右手に銛まで持ってるし…

猿並みの知能がある動物って事なのかな?

イシドロ「た、立ったぞ…凄ぇぜ、ワニ…」

セルピコ「あ…あれ?」

イシドロ君やセルピコさんが驚いた声を上げると、鰐が右手に持ってた銛を、二人に向かって投げつける。

コイツッ!何か知らないけど、危ない奴だっ!

直ぐにでもブレードを抜きたいけど、小屋の中の人口密度が高すぎて…

下手に抜いたら、他の誰かを誤って怪我させちゃいそう…でも、一本だけでも抜いとかなきゃ!

そう考えた矢先に、ドドドッ!って弦が弾かれる音がした。

ほぼ同時に、鰐の側頭部に数本の矢が生え、鰐がドッと横倒しに倒れ込む。

ハッとガッツさんを見ると、ガッツさんは左腕を鰐に向かって伸ばしていて…

その左腕をよく見ると、鉄製の義手には、連射可能な改造ボウガンが取り付けられていた。

流石は元傭兵だわ。反撃が速くて正確、何よりガッツさんは見た目通り強いみたい!

一瞬で鰐を倒した鮮やかな手並みに惚れ惚れしてると…

シールケ「これは動物に、何らかの霊を宿らせて造り出した魔道生命体…」

シールケ「所謂、使い魔の一種です。いったい何者が…?」

セルピコ「マズいです、ぞろぞろ来ましたよ!」

セルピコさんの一言で、小屋の中が慌ただしくなった。

チラッと入り口から外を見たら…わっ!確かに坂道をあの鰐達がゾロゾロ登って来てる…

シールケ「今夜は満月、魔術の力が最も発揮される時です」

シールケ「ここが寺院や聖地でなくても“四方の王の陣”を張る事が出来ます」

シールケ「術の完成まで少しの間、時間を稼いで下さい!」

シールケ「ファルネーゼさんはキャスカさんと、その男の子をお願いします」

シールケちゃんが手早い指示を、私達二人以外の全員に出す。

この子、何か魔術士ってよりも指揮官って感じだ。しかも、やっぱり有能そう…

おっと、私らもボケッとしてらんない!

ミーナ「シールケちゃん、私らも手伝うよ!」

サシャ「私も夕飯の恩をお返しします!」

シールケ「ですが…」

ミーナ「大丈夫よ?こう見えても二年以上、兵士になる為に毎日訓練してるんだから」

サシャ「私だってこう見えても、成績上位者です!ミーナより上ですよ?」

ミーナ「くっ…悔しいけど本当だよ?私達、それなりに役に立つから使って」

ミーナ「言ったでしょ?ギブ&テイクだって」

シールケ「…分かりました。では小屋の中で、私達の護衛をお願いします」

サシャ「了解しました!」

ミーナ「うん、解った」

各々の役目が決まると、セルピコさんとイシドロ君が先に小屋から飛び出し…

最後に、右手と大剣を布でグルグルに巻き付けたガッツさんが、小屋の外に出て行く。

小屋の外からは、直ぐに乱戦の気配が伝わって来た。

鰐の吠える声と断末魔…

パンッ!と何かが弾ける音や、空気が唸る様なブオン!といった重い音…

小屋の中、シールケちゃんを庇う様に仁王立ちした私とサシャは、腰のブレードを両手で抜き放った。

この世界のバケモノ……ガッツさんは確かそう言った。

この世界のバケモノって一体?…疑問に思ったけど、振り返って見たシールケちゃんは、まるで瞑想でもしてる様な状態で…

とても質問が出来るようには見えないし、実際、今はそれ所じゃない。

後で聞いてみよう…そう思って視線を入り口に戻したら…

鰐が一匹、入り口の前まで迫って来ていた。

イバレラ「きゃー!来た来た来ちゃった!何やってるのよ外の男どもは!」

エルフのイバレラちゃんが私の周りをグルグルと飛び回り…

イバレラ「アンタたち、何とかなさい!」

ペシペシと私の頭を叩く…何様だろ、このちっこい女エルフ?

ちょっとイラッとしながらも、私はブレードを構えた。

ブレードを使った訓練は散々やってる。でも、あんな生き物を相手にするのは初めて…

ううん、そもそも命の掛かった実戦そのものが初めてだ…

胸の鼓動が凄い…体が熱いのか、冷たいのか解らない…喉が乾く…

入り口をくぐった鰐が、銛を片手にノソリと立ち上がった。

…マズイッ!

あの銛を投げられたら、避けるしか手立てがない…けど、私達が避けたらシールケちゃんに当たっちゃう!

先にあの銛をどうにかしなきゃ…

一瞬だけ右隣のサシャに視線を向けたら、緊張のせいか真っ青になって、小さく震えてる…

鰐に対して右側になるサシャは、もとより鰐の右腕には遠い…

動くなら鰐の正面、右腕側に近い私だ…そう考えた矢先、銛を持つ鰐の右腕が持ち上がった。

もう考えてる暇はない!

私は半歩左に身を寄せ、左腰のアンカーを正面の壁に向かって射出した。

ミーナ「知恵と勇気っ!!」

大声で叫びながらアンカーを巻き上げ、前に向かって立体機動を開始!

鰐が銛を投げつける直前、鰐の体とすれ違いざまに、その右腕をバッサリと斬り落とした。

次!壁にぶつかる寸前、左手のブレードを捨ててアンカー外し…

左手と左足で壁を蹴って、床…鰐の右斜め後ろに着地!

着地と同時にしゃがみながら、時計の逆回りに反転!右手のブレードで鰐の右足を狙う…

右手をしならせる様に全力で振り切ると、重い手応えを残して、鰐の右足を断ち斬る事に成功した。

右腕に続いて右足を失った鰐が、バランスを崩して倒れ込む。

ミーナ「やっt」

やったあ!と叫んだつもりが、丸太で横殴りにでもされた様な衝撃を受けて…

私は壁際へと床を転がっていった。

し…シッポの一撃?ヤバ…息が……

サシャ「ミーナッ!!!」

私の名前を大声で叫んだサシャが、私に向かって床を這い寄る鰐に躍り掛かった。

サシャ渾身のブレードの一撃が、鰐の脳天に深く食い込む…

鮮血を撒き散らし、悶える鰐に二撃、三撃…

四撃目のブレードが鰐の頭部に振り下ろさせると、鰐はシッポだけを僅かに痙攣させて、漸く沈黙したみたい。

サシャは確実に仕留めた事を確認すると、荒い息を吐きながら私の元へとやって来て、右手を伸ばしてきた。

サシャ「大丈夫ですか?怪我はありませんか?」

ミーナ「…ちょっと息が出来なくなっただけ」

ミーナ「……うん、骨折もして無さそうだし、大丈夫みたい」

サシャ「ヒヤッとしましたよ…派手に弾き飛ばされましたから」

私がサシャの右手を掴むと、彼女は私を引っ張り起こしてくれた。

ミーナ「私、体重軽いからね。踏ん張る前に身体ごと飛ばされちゃったよ」

サシャ「良かったんですよ、それで。ヘタに踏ん張ってたらモロにダメージを受けて、骨折してたハズです」

ミーナ「そっか…ま、何にしても…」

ミーナ「ナイス勇気。これで、サシャは討伐1だね?」

サシャ「……ミーナは凄いですね。討伐補佐1、ナイス知恵でした」

ミーナ「もう緊張は取れた?」

サシャ「はい、もう大丈夫です」

ミーナ「あはっ…ヤバいよ私、今頃になって膝が震えてる」

フラつく足で床に捨てたブレードへと歩み寄り、それを拾い上げると…

片方のブレードを鞘に直して、入り口の方に視線を向けた。

まだ…油断は出来ない。

入り口へと近付いた私は、外の様子を窺い…

その凄まじい光景に、ゆっくりと自分の眼が見開いていくのを自覚した。

小屋の前、周辺は鰐の屍とその血溜まりで溢れてる。

その凄惨な庭先でセルピコさんの動き、存在は、凄惨な光景とはまるで真逆の印象を私に与えた。

風のエレメンタルの加護を受けたフード…シルフェのフードを着たセルピコさんが、まるで立体機動をする様に…

ううん、立体機動の移動よりも遙かに優雅な感じで、ふわりふわりと宙を飛び回り…

同じく風の加護を授かったシルフェの剣…大鷲の羽を刃として作られた剣を一振りすると…

巻き起こった旋風がカマイタチを発生させて、遠く離れた鰐をバラバラに切り刻んでる…

大鷲の羽の剣に興味が湧いて、セルピコさんにシルフェの剣と、ついでにシルフェのフードの事を教えて貰ったけど…

魔法の武具がこんなにも凄い力を持ってるなんて…本当に目を疑う思いだわ。

ふわりふわりと宙を飛ぶセルピコさんが着地した時…

その側でゴロゴロと地面を転げ回る存在…イシドロ君に、私はやっと気付いた。

………何やってんだろ、アレ?いや、戦ってるんだろうけど…

何か、コロコロコロコロと転げ回って攻撃してる…あ、パック君が“パックスパーク!”とか叫びながら光ってる。

光の目潰し?連携プレーなの、アレ?……わ、笑っちゃいけないけど…

駄目だ、こんな命懸けの所で、あんなの見てたら何か場違いすぎて、変な笑いがこみ上げてくる…

笑っちゃ駄目だ、私っ!命懸けなんだからっ!!

下唇を噛みながら見てると、イシドロ君とパック君、そしてセルピコさんは三人で連携を組んでる事に、やっと気付いた。

ふと、ガッツさんは?そう思って辺りを見渡す…

……居た、たった一人だ。

右手の小道。浜辺に繋がる坂道の、頂上に位置する辺りで…

ガッツさんはただ一人、坂道を続々と登って来る鰐に立ち塞がる様にして、あの大剣を振っていた。

イシドロ君を見ていて、不遜にも緩んでいた私の顔が…

自分でも、次第に固くなっていくのが解った。

何キロ…ううん、何十キロあるか解らない大剣…鉄塊が、まるで小枝みたいに振り回されてる…

大剣の一振りで、数匹の鰐達が、血飛沫を撒き散らして両断されていく…

そのデタラメな強さと、力……ううん、アレはもう暴力だ。

しかも、圧倒的で…一方的で…爆発的な暴力………何て凄い。

私達があれだけ苦労して倒した鰐が、たった一振りで数匹も…

ミーナ「………何て強いの」

サシャ「………まるで竜巻ですね」

サシャ「さっきから聞こえてた重そうな風切り音…アレやったんや」

ミーナ「調査兵団にさぁ、人類最強の兵士長がいるって……サシャ、聞いた事ある?」

サシャ「はい…ありますよ」

ミーナ「……どっちが強いんだろうね、ガッツさんと」

サシャ「…分かりませんけど…例えミカサでも、流石に勝てないと思ます」

ミーナ「…うん。10m級以下の巨人なら、一人でも楽勝で倒しちゃいそうだよね?」

私とサシャが半ば呆れるとゆーか、そのデタラメな強さに圧倒されてると…

私達の背後、瞑想状態に見えてたシールケちゃんが、澄んだ声で何かを叫んだ。

次の瞬間、シールケちゃんを中心に室内…いや違う、小屋を含めた周辺が一気に眩しい光に包まれる。

眼を細めながら外に出た私とサシャが、振り返って小屋を見ると…

赤色…緑色…水色…黄金色…四方から、四本の光の柱が空に向かって立ち上り…

オーロラみたいな明かりが、小屋とその周辺を包み込んでいた。

私とサシャが馬鹿みたいに大口を開けて、ただただ唖然と光の柱を見ていると…

シールケ「四方の王の陣が発動しました。これでひとまず、この小屋と光の周辺は安全です」

小屋から出て来たシールケちゃ…“さん”が私とサシャに声を掛ける。

私ことミーナ・カロライナは、生まれて初めて本物の魔女から、本物の魔法を拝ませて頂きました…。


つづく

シールケ「ミーナさん、サシャさん、護衛ありがとう御座いました」

シールケ「お二人のお陰で、無事に術を成功させる事が出来ました」

ミーナ「いやぁ…これが魔術なんだ…凄いねぇ…」

サシャ「あー…何だろ、この光の中にいると、不思議と力が湧いて来る気がしますねぇ」

ミーナ「あっ、そう言われれば…私もさっき鰐のシッポで叩かれた所が…」

痣になってるだろうなって思うくらい、ジンジンと痛んでた二の腕や鳩尾辺りが…

気が付いたら、殆ど痛みが引いてる。

シールケ「四方の王の陣は、高い治癒効果もありますから。無論、効果はこの光の範囲だけですけど」

ミーナ「はぁ~…本当に凄いんだね、シールケちゃんは。シッポで叩かれた所、もう殆ど痛みが無くなったよ。ありがとうねっ!」

シールケ「いえ、私は幽界の奥深くで、私達を慈しんで下さる偉大な存在から、力を借りたにすぎません」

シールケ「この聖なる光は、私個人の力ではないんです」

ミーナ「それでもさ、シールケちゃんのお陰に違いないんだから…ありがとう」

シールケ「こちらこそ、ミーナさんとサシャさんが身を挺してくれたお陰ですよ。ありがとう御座いました」

私からの感謝の言葉に、シールケちゃんが感謝の言葉を返す。

魔術の発動に幾らかの負担が掛かるのか、愛らしく笑う彼女の額には、うっすらと汗が滲んでいた。

サシャ「それにしても……凄いですね、この光の渦」

サシャ「……あ、そういえば、もうこれで安心って事なんですよねえ?」

シールケ「いえ…残念ですが、あの鰐達は歪ながらも肉体を持った存在です」

シールケ「獣鬼や巨鬼といった幽鬼であれば絶対にこの聖なる光の中に入る事は出来ませんが…」

シールケ「歪ながらも肉体、物質という皮膜に包まれた幽体は、霊的な感受性がかなり鈍るのです」

シールケ「奴らに対する防壁の効力には、限界があります。立て続けに押し寄せられたら、いずれは…」

ミーナ「えっ!効かなくなっちゃうの?」

驚いた私が、思わず大声を上げると…

シールケ「アストラルの住人であれば侵入を完全に防げますが…」

シールケ「奴らは動物に、何らかの霊を宿らせて造り出した魔道生命体…動きを制限させ鈍らせるのが精一杯…」

シールケ「光の障壁に入って来る水入り際を、叩くしかありません…そしてそれにも限界があるという事です」

サシャ「ど、どーするんですかソレ?ほっといたら危ないって事でしょ?」

シールケ「ええ。ですがこの類の使い魔は、各々が群体を越えて行動する程の強い“個我”は持ち合わせていません」

シールケ「必ず近くに、群体を操る術者が隠れているはずです。それを倒せば…」

シールケちゃんはそう言うと、木の杖を両手に持ち直し…

瘤みたいに膨らんだ杖の先端部分を、自分の額に押し当てた。

ミーナ「近くにこの鰐達を操ってる奴が居るの?!」

ガッツ「何処だそいつはっ!」

シールケ「今、オドの流れを辿って探しています!」

イシドロ「とっとと頼むぜ魔女様よぉ!」

シールケちゃんは杖の先端部分を額に押し当てたまま、眉間に皺を寄せ…

ガッツさん達は、光の障壁を突き破る様にして侵入して来る鰐達を斬り伏せてる。

私が両手にブレードを持って加勢に駆け出すと、サシャも同じ様に加勢に走った。

シールケ「………」

シールケ「………」

シールケ「………っ!」

シールケ「いましたっ、浜辺の岩陰!」

セルピコ「っ!」

シールケちゃんの言葉を耳にしたセルピコさんが、弾かれたみたいに飛び出す。

さっきまでの優雅な飛翔とは打って変わり、今度は立体機動並みのスピードで浜辺へと飛び去って行った…

……うーん。あのフード、マジで欲しいかも。

かなり本気でそう思いながら、光の障壁内に入ろうとする鰐を、追い払う様にして斬撃を加える。

障壁に殺到し、気持ち悪いくらい次々と顔を突っ込んで来る鰐達が…

ホント、急に統率の糸が切れたみたいに、動きがバラバラになり始めた。

光の障壁に入ろうとする鰐もまだいるけど、大半が右往左往し始め、中には浜辺に帰って行く鰐もいる。

ガッツ「片付いたみたいだな」

そう言って、セルピコさんの穴埋めに移動して来たガッツさんが、荒い息を吐いた。

これで…一息つける…。

幾らか安心した私は、後ろ向きのまま数歩下がって…

左腕の袖口で、額から流れる汗を拭いた。

流石に息切れがするわ……

私も荒い息を吐きながら、呼吸を整えるついでに夜空を見上げる。

………綺麗………オーロラって見たこと無いけど、本物もきっとこんな感じなんだろうなぁ…。

呼吸も整い始め、軽い達成感を感じながら時計回りに振り返ろうとした時…

視界に入った人物を見て、一瞬で背筋が凍り付いた。

小屋の入り口から左手になる光の壁内、光とその外の間際に…

まるで犬でも手招きする様なキャスカさんを見て、ブレードを投げ捨てた私は咄嗟に走り出した。

キャスカさんが手招きしてるのは、犬みたいに人間に従順な動物じゃない!

走りながらファルネーゼさんを視界の端で捉えると、彼女は浜辺で保護した男の子を抱いている。

多分、セルピコさんが術者を始末した事で、ホンの少し気が緩んだ…でもそれはみんな同じよ…

走り出した私に気付いて、そこでキャスカさんの事を気付いたらしく、ファルネーゼさんが悲鳴みたいな叫び声を上げる。

間に合えっ!!

ミーナ「だめえええええっ!」

叫びながら飛び込んで、その勢いでキャスカさんを思い切り突き飛ばした。

ドーンと突き飛ばされたキャスカさんが、1~2m先に倒れ込む。

そこに、鰐はいない。腹這いに倒れ込んだ私が、すぐに立ち上がってキャスカさんの元に行ことした時…

左足に、信じられない位の痛みが走った。

余りの苦痛に身を捩って左足を見たら、左膝辺りに鰐が喰い付いてる。

鰐の鋭い牙が、私の足の肉を裂く様に、ズブズブと深く食い込んでいく感覚…

同時に咬まれてる足首には、鰐の牙が骨に食い込み、牙と骨がゴリッと軋む感覚がハッキリと伝わってくる。

喰い千切られる!そう頭に浮かんだ瞬間…

ミーナ「きゃああああああああああああああっ!」


つづく

短くてゴメス 就活中でw

私の口から飛び出した、見も世もない悲鳴……殆ど無意識に出た絶叫が、月夜の浜辺に響いた。

痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!

助けて助けて助けて助けて助けて助けてお願いお願いお願い!

一瞬で全身に広がる恐怖は、現実の様な重さを伴って私の心にのし掛かった。

喰い千切られる…その恐怖が、絶望へと変わろうとした刹那…

黒鉄の大剣が大地を裂く勢いで降ってきた。

鰐の頭部は一撃で真っ二つに両断され、駆け寄ったガッツさんは義手を鰐の上顎に突っ込み、ソレを跳ね上げると…

左足で下顎を踏みつけたガッツさんは、左手の義手を私の左足の下に回す。

シールケ「ガッツさん!ミーナさんを小屋の中に運んで下さい!」

ガッツさんはそっと、血塗れになった私の左足を持ち上げ、足に食い込んでた鰐の下顎が外れると…

左脇に私を抱え上げて、走り出した。

足…痛い……それと、この気持ち悪さは…何?

頭の方から、スーッと血の気が引いていくのが解る…

でもって吐き気を伴う気分の悪さときたら…最悪だわ、頭もクラクラして来た。

小屋の中に運び込まれ、床に寝かされた私を、皆が心配そうに覗き込んでる。

責任を感じてるのか、ファルネーゼさんの顔色は真っ白で…

ガッツさんも随時と難しい顔をしていた。

シールケ「出血が酷い…先に止血をします!イシドロさん、ミーナさんの左腿を紐で思い切り縛って下さい!」

イシドロ「おお、任せろ!」

シールケ「治療の為に、ズボンを切り外します。サシャさん、傷口から上の部分を切り外して、ブーツと一緒に脱がせて!」

サシャ「は、はいッ!」

イシドロ君が、私の左足の太腿にぐるぐると紐を巻き、力一杯縛り上げ…

サシャがグスグスと鼻を啜りながら、膝の上辺りの生地を、ナイフでザクザクと輪切りに切り離す。

ブーツの紐が解かれ、切り離されたズボンごと脱がされると…

噛みつかれた膝周りと足首付近の傷が露わになった。

…あ、見るんじゃなかったなぁ、コレ。余計に気分が悪くなっちゃった……

膝周りの傷は、動脈に傷でも付いたのか、結構な勢いで出血してるし…

足首の方は、ザックリいき過ぎて、少し骨が見えてるよ…

……終わっちゃたかなぁ、兵士になるのは。

サシャは半泣きで私の名前を繰り返し呼んでるし…

ファルネーゼさんも涙目で、ご免なさいを繰り返してる。

謝らなくてもいい、そう言おうとしたら、傷口にしみる様な痛みが走った。

ミーナ「いっ!~~っぅ」

シールケ「消毒用の霊水です。少し滲みますが、我慢して下さい」

ミーナ「~~~っ!目が覚めるわ…コレ……」

サシャ「ミーナ…」

私を心配してか、私の枕元…左手に膝を付いたサシャが、涙目で顔を覗き込んできた。

ミーナ「ごめん……ドジッた…」

ファルネーゼ「申し訳ありません…私が目を離してしまったばかりに…」

枕元の右手に跪いたファルネーゼさんが、謝罪の言葉を何度も繰り返す。

ミーナ「キャスカさん…怪我……ありませんか?」

ファルネーゼ「…はい」

ミーナ「良かった…」

私はそれだけ答えて、ファルネーゼさんに、あまり力の入らない笑顔を向けた。

気にしないで良いとか、色々と言ってあげたいけど…

無性に気分が悪くて、これ以上は喋る気力が湧いてこない。

ファルネーゼ「先生、ミーナさんの傷は治せますか?」

シールケ「幸いガッツさん用に作り貯めていた、傷薬と霊薬が余分にあります」

シールケ「万能薬の妖精の粉は、イバレラやパックさんが居ますし、何より今は四方の王の陣の中に居ますから…」

シールケ「傷口や出血を塞ぐ分には問題無さそうです」

シールケ「ただ……それまでの出血が多すぎです、暫くは動かせません」

ミーナ「…治るの?この足?」

シールケ「傷跡は……少し残りますが、これまで通り動かす分には、治してみせます」

ミーナ「……なら、安心だわ」

シールケちゃんがそう言ってくれるなら安心だ。

傷跡は……仕方ない。もとより兵士に志願したんだもん、それ位は覚悟の上だ。

あ、そうだ、お礼いわなくちゃ…

ミーナ「シールケちゃん…ありがと」

シールケ「いえ、お気になさらず」

ミーナ「ガッツさんも…助けてくれて…ありがとう御座いました…」

ガッツ「そりゃコッチの台詞だ……すまねぇ」

ガッツさんはそう言って、私に背中を見せた。

それと同時に、辺りが騒がしくなる。

小屋の外からは得体の知れない地鳴りと共に、セルピコさんの叫び声が聞こえて来た。

ガッツ「後は任せな…もう指一本、触れさせやしねぇよ」

小屋の外に向かって歩き出すガッツさんの背中…首の辺りの甲冑部分が盛り上がりはじめ…

ゆっくりとガッツさんの頭を包むみたいに、せり上がって行く。

シールケ「ガッツさん、駄目ですっ!」

ガッツ「どうやら新手のお出ましだ」

ガッツ「後で正気に戻してくれりゃいい……任せたぜ、シールケ」

外に向かって歩くガッツさん、その全身を、黒い甲冑が覆い尽くしていく。

二の腕までしかなかったはずの甲冑が、勝手に指の先まで包んでいく様は…

まるでガッツの身体を、生きた甲冑が飲み込んでゆくみたいに見え…

小屋の外に出た辺りでは、ガッツさんの頭部までもが、首からせり上がった鎧甲で完全に包み込まれた。

狂戦士「ロオオオオオオオオオオオオオッ!」

人間とは思えない雄叫びを上げて、ガッツさんが黒い疾風みたいに走り出す。

小屋の外からは、どんな生き物がいるのか見当もつかない鳴き声が上がり…

大地が揺れる様な振動と…

鰐達の断末魔…

地鳴り、鳴き声、雄叫び、振動が繰り返され…

そして、耳をつんざく断末魔の後…やっと辺りが静かになった。

…一体…外では何が起こってるんだろう?

シールケちゃんは私の足の止血をして、傷口に妖精の粉と霊薬を塗り、その上からガーゼと包帯を巻き上げると…

私の事をサシャに任せて、外へと駆け出して行く。

その後にイシドロ君やファルネーゼさん、キャスカさんと男の子が続いた。

返り血で血塗れになったガッツさんと、他の皆さんが小屋に帰って来るのには、結構な時間が掛かった。

帰るのが遅れた理由は、保護した男の子がいつの間にかいなくなってしまったらしく、手分けして探してたからみたい。

結局、男の子を見つけ出す事は諦めて、私の事を優先してくれたそうだ。

本来なら、あるかも知れない次の襲撃に備えて、ここ移動するべきなんだろうけど…

私の足の怪我を考慮して、この小屋に留まる事になった。

四方の王の陣の、高い治癒効果を私の治療に利用するらしい。

何でもこの術は、一両日間は治癒効果があるみたいだから…流石は魔術って感じよね。

この夜は、ガッツさんが朝まで見張りをしてくれる事になり…

他の皆さんや私達は、小屋の中で寝る事にした。

魔術の治癒効果と、シールケちゃんの霊薬のお陰か、傷口の痛みはかなり引いてる…

てゆーか、麻痺してるのかな?

ただ、それでも眠りに落ちるまで、左足にこもる熱が引く事は無かった…。


つづく

翌朝、目が覚めた私は、サシャに移動を手伝って貰いながら…

お花摘みへと浜辺まで行ったんだけど…コレが色々とツラかった。

まあ、詳しくは省くけど…膝が曲げられないってだけで、体を動かすのにかなりの制限がつく。

ホント、色々な意味でね。

霊薬やエルフの粉のお陰か、傷口の痛みはそんなでもないけど…

包帯で固定された左膝は曲げられないし、同じ様に固定された左足首は動かせない…ホント難儀するわ。

それでも、何とかお花摘みを済ませ…

サシャに肩を借りながら、浜辺から小屋を目指して坂道を登る。

時折ビリッと走る足首の痛みに、思わず眉をひそめた私は…

坂道の途中で、立ち止まった。

サシャ「ミーナ?」

ミーナ「っ~…ごめん、ちょっと待って…」

サシャ「足、痛みますか?」

サシャ「おんぶしましょうか?坂道も残り半分で、小屋までそんなに距離もありませんし」

ミーナ「ううん、平気平気」

サシャに心配かけない様に努めて明るく返事をした私は…

一息入れる感じで、視線を辺り一帯に向けた。

朝焼けと、潮風と、白い砂浜と、見渡す限りに広がる青い海…

眼下に広がる美しい風景…

そして、それらとは全く異なる光景…

大量に転がる鰐の死骸と、正体不明の巨大魚?の死体。

巨大魚は小山みたいに大きくて、全長は10m位はありそう…

コイツが、夜中ガッツさんが言ってた新手の敵だったのかな?

ミーナ「…私達、ホントに別の世界に来たんだね…」

サシャ「…そういえば、ラプラスの魔が言ってましたね?」

ミーナ「えっ、何?」

サシャ「巨人が居るのは私達の世界だけだけど…」

サシャ「それぞれの世界には、人類を脅かす何等かの存在があるって」

ミーナ「あー、ソレね?私も、最初は巨人が居ない世界ってのが妬ましく思えたけど…」

ミーナ「この世界の人達も大変だよねぇ…マジで」

サシャ「私らにとっては得体の知れない世界と化け物なだけに、余計に怖いですよねぇ…」

ミーナ「だよねぇ」

ため息混じりの返事を返して、水平線を眺める。

この世界は何て綺麗で、何て血生臭いんだろう…不思議な世界だよ、ココは。

そんな事を考えながら、視線を水平線の彼方から、誰もいない白い砂浜へと移す。

さっきまでは誰もいなかった浜辺に、気付いたら人影があった。

私達との距離は70~80m位かな?さっきまで誰も居なかったのに…

身長高いな?それに裸…全裸?

息が詰まった……巨人だっ!!私は走れない…

ミーナ「サシャ!ガッツさん達に知らせてっ!!」

サシャ「ミーナ走れます!?」

ミーナ「私はいいから、早く行ってっ!!」

巨人は私達に気付いたらしく、私達を目指して走り出してる。

立体機動装置もブレードも無い私達じゃ、太刀打ち出来ない!

私と巨人を見比べて逡巡するサシャの背中を、私は思い切り押しやった。

覚悟を決めたみたいに、サシャが走り出す。

ガッツさん達さえ呼んできてくれれば…

ガッツさんは強い。私が今まで出会ってきた人の中で…

間違い無く一番強い。圧倒的で、途轍もない強さ…

ただそれが、巨人に通用するかは分からない。

私も必死に、坂道を登った。

右足だけの脚力で、けんけんでもする様に、必死に走る。

…背中が冷たい…

振り返ると4m級の巨人が三体、私を凝視しながら走ってきてる…

捕食者の眼だ…全身に怖気が走る。

昨夜といい、今朝といい…マジで勘弁してよっ!

左足の痛みと、追い駆けて来る巨人に泣きそうになりながら、私は必死に走った。

走るっていっても、スピードは当然出るはずもなく、せいぜい強歩程度の速さでしか進めない。

鼓動が、どんどん高鳴る。

振り返る都度に、巨人との距離が縮まってる…

その度に自分の顔が引き吊っていくのが分かる…

もう本当に距離が無い、捕まるっ!そう思ったのと同時に…

ガッツ「伏せろっ!」

大剣を片手に、ガッツさんが矢の様な勢いで飛んで来てくれた。

走り込みながら、剣を振る体勢になってるのが解る。

私が慌ててしゃがみ込むと、ゴッ!と頭上を大剣が通り過ぎた。

横一閃の斬撃が、一度に三体の巨人の上半身を斬り飛ばす。

それでも尚にじり寄る巨人の下半身を、坂の下に蹴り飛ばすと

ガッツさんは私に振り返った。

ガッツ「…無事か?」

ミーナ「は、はいっ!」

何て安心感……強い、頼もしい…素敵、格好いい!

安堵感で目が潤むし…頼もしすぎて、素敵で…何か胸がドキドキするわ。

比喩でも何でもなく体がジーンと痺れて、顔が熱くなってきたよ…

てゆっか4m級の巨人三体を、本当に一振りで行動不能にしちゃうんだ…

例え小型の巨人とはいえ、微塵の怖れも見せてないし、巨人三体を意にも介さないだなんて…

サシャ「ミーナっ!」

ブレードを手に、遅れて駆けつけたサシャが、私を助け起こしてくれた。

セルピコ「ミーナさん、ご無事ですか?」

ミーナ「…はい、大丈夫です」

イシドロ「コイツが…巨人ってヤツか?」

イシドロ「すげぇ…まだ生きてんのかよ?」

セルピコ「本当に人間そっくりですねぇ…」

セルピコ「しかし、上半身と下半身を切断されても、個々が別々に動くとは…不気味です」

シールケ「これが巨人ですか…幽界の住人でも無さそうですし…」

シールケ「変わったオドをしてますね…」

眉一つ動かさないガッツさんやシールケちゃんに比べて、イシドロ君とセルピコさんは…

復活の蒸気を上げながら地面を這い寄る巨人を見て、不気味そうに顔を歪めてる…

うん、それが当然な反応だと思う。

何か…良かった。みんながみんなガッツさんやシールケちゃんみたいな反応だったら…

完全に自信を無くす?所だったよ。

ガッツ「で、弱点があるっつってたな?どの辺りだ?」

ミーナ「サシャ、お願い」

サシャ「は、はい。項です、見てて下さい」

地面を這いずる巨人、その一体の背後に回り込んだサシャが…

両手のブレードを構え、少し緊張した面持ちで、スパッと巨人の項を削ぎ落とした。

すると、項を削ぎ落とされた巨人が動きを止め…

壊れた人形みたいに力無く地面に倒れ込むと、全身から蒸気を上げて体を崩していく。

セルピコ「なるほど…」

呟いたセルピコさんがトンと地面を蹴って宙を飛び…

巨人の背後に降り立つと、シルフェの剣を二振り…

首の辺りをバラバラにされ、項を斬り落とされた巨人は、先の巨人同様に崩れて蒸発を始めた。

ガッツ「つまり、首の部分を丸ごと本体から切り離しゃいいって事か?」

ミーナ「正確には項ですけど…要するに項ごとであれば、それでも良いかと…」

ガッツ「ふうん…なら、ちょいとコイツも試しとくか…」

ガッツさんはそう言って大剣を地面に突き立てると…

左腕を巨人に向かって、真っ直ぐに伸ばした。

……またボウガン?でもボウガンじゃ…?

サシャと私は不思議そうな表情を浮かべ、セルピコさんとイシドロ君、シールケちゃんの三人は何かを察した様に両耳を塞いだ。

ガッツ「サシャとミーナ…だったな?お前らも耳、塞いどきな」

サシャ「?…はい」

ミーナ「?…解りました」

何だろ?意味が解んないけど…

言われるままに軽く耳を塞ぐと、次の瞬間…

ズドオオオオオオンッ!

ガッツさんの左腕から爆音と硝煙が上がる。

同時に、生き残ってた巨人の頸部が吹き飛び、倒れ込んだ巨人が、蒸発しながら崩れ始めた。

……今の、大砲?!

ミーナ「その左腕の義手って……大砲?」

サシャ「に、人間兵器ですか?ガッツさんって!?」

あー、コレもう間違い無くこの世界じゃ人類最強でしょ?

私らの世界の人類最強リヴァイ兵士長でも…

1対1の勝負じゃ……ちょっと勝つには及ばない気がするわ。

ガッツ「三匹だけか?他は?」

セルピコ「…どうやら…見当たらないみたいですねぇ…」

イシドロ「ならメシにしよーぜ?ハラ減ったよ」

セルピコ「では、朝食の準備を始めますね」

な…何か、凄いフツーな会話の流れね?…驚きとか、戸惑いが全然無い。

巨人とか、初めて見たはずなのに…

この世界じゃ、昨日の夜の出来事や今朝の騒ぎなんかは、日常茶飯事なの?

色々な事で私が戸惑ってると…

ガッツ「…歩けるか?」

ミーナ「えっ?はい、よいしょ……っぅ~」

少し無茶をしたせいか、左足が起きた時より痛んでる。

まあ元々、まだまともには歩けなかったんだけどね?

私が顔をしかめると、私の傍らにしゃがみ込んだガッツさんが…

大剣を地面に置き、私を横抱きにして抱え上げた。

わっわっわっ!お姫様だっこ…恥ずかしいーっ!

ミーナ「あ、あ、あっ」

ガッツ「痛むか、足?そっと持ってるつもりだけどな?」

ミーナ「いえ、ヘーキです…」

ガッツ「なら、小屋まで運ぶぞ?」

ミーナ「…お願いします」

ヤバいよ、何か顔がますます熱くなってきたよ!

ちょっ、私、裏声とかになってないよね?

お父さん以外の男の人にダッコされるの、生まれて初めて!

私のドキドキなんか気付きもしないで、ガッツさんが歩き出す。

数歩あるいたその足が、背後からの引きずる様な音に反応して、ピタリと止まった。

ガッツ「…無理すんな、置いとけ。その剣、重てーだろ?」

サシャ「いえ…この大剣…私が運びますから…代わりにミーナを…お願いします…」

ガッツ「明らかに、俺の剣のが重いだろ?代わるか?」

なっ!サシャ、頑張れ!頑張って、サシャ!!

サシャ「いえ、ちょっと興味あったんですよ…この大剣…」

サシャ「それにしても…こんな重いの、あんな軽々と振り回してたんですか…凄いですね、ガッツさんは…」

大剣を肩に背負い、切っ先をズルズルと引きずりながら、サシャが坂道を登って行く。

いいよいいよサシャ!頑張れ!

ガッツ「……イシドロはその剣を盗もうとして、持ち上げられねーで引っくり返ってたけどなぁ」

ガッツさんは小さく笑って、歩き出した。

夜中に鰐の化け物に襲われて、左足に大怪我をして…

今朝は今朝で巨人に襲われて、随分と恐い目に遭わされた…

けど、今だけ…ちょっとだけ、幸せな気分。

私はガッツさんやサシャに気付かれない様に俯いて…

多分、赤くなってるだろう顔と、抑えきれずニマニマと浮かぶ笑みを…

小屋に辿り着くまでの間、どうにか元へ戻る様に努めた…。


つづく

小屋に帰った私達は、セルピコさんが作った朝食を、皆で食べる事になった。

そして朝食が終わると、今度は移動の事でガッツさん達が話し合ってる。

話を聞いてみると、ガッツさん達は最終的に船に乗って、スケリグ島って島に向かいたいらしくて…

その為に、当面の目的地は船がある港町、ヴリタニスって貿易都市に移動中みたい。

本来なら直ぐにでもヴリタニスを目指して出発なんだろうけど…。

正直、ガッツさん達と別れて行動するのは心細い。

私のこの足じゃ、自由に動く事すらままならないし…

何より私達にとって、この世界は不案内な上に危険極まりない。

だから、出来る事なら行動を共にしたい…それが私の本心。

多分、サシャも同じだと思う。

私の足の治療を終えたシールケちゃんが、少しだけ眉をひそめた。

シールケ「…やはりミーナさんの傷では、せめて今日一杯ここで動かずに、安静にしていた方が良いですね」

シールケ「四方の王の陣の治癒効果は今日まで保ちますし…」

シールケ「治療の事を考えたら、この小屋にもう一晩泊まるのが最善だと思います」

セルピコ「確かにその通りだとは思いますが…」

セルピコ「ヴリタニスは現在、クシャーンに占領されたミッドランドの王都を奪還、解放するため…」

セルピコ「法王庁教圏の名誉ある鎮守府に選ばれたと聞いています」

セルピコ「戦争を間近に控え、あらゆる船が軍艦に徴用されるでしょう。船の確保は、出来るだけ早めに済ませた方が無難です」

セルピコ「…とはいえ、ミーナさん達を置いて行くわけにも…」

サシャ「戦争があるんですか?人間同士で?」

セルピコ「あると言うか…既に真っ最中です。恐らく近隣諸国を巻き込んだ、大戦に発展するでしょう」

ミーナ「…随分と詳しいんですね?」

ファルネーゼ「私とセルピコは、元は法王庁の騎士団に所属してたんです」

ファルネーゼ「セルピコは紋章官で、私は…その…聖鉄鎖騎士団の団長でした」

サシャ「団長?!」

ミーナ「お偉いサンじゃないですか!」

ファルネーゼ「私は、お飾りの団長だったんです」

ファルネーゼ「聖鉄鎖騎士団自体、貴族の子弟の集まりで、単なる箔付けの騎士団でしたから」

ファルネーゼ「それに、偉くもありません。私は、騎士団を脱走した脱落者ですし…」

しまった…聞くんじゃなかった…。

余計な事を聞いたと思って、私は顔色を悪くしたけど…

ファルネーゼさんは思いのほか、晴れやかな笑顔を浮かべた。

ファルネーゼ「でも私、少しも後悔していませんよ?」

ファルネーゼ「寧ろガッツさん達とご一緒できましたし、シールケ先生に弟子入りも出来て、とても嬉しく思ってますから」

ミーナ「それは…何よりでしたね?」

ファルネーゼ「はいっ」

ファルネーゼさんが、凄く嬉しそうな笑顔を浮かべてる。

この笑顔を見るに、本当に嬉しいんだろうなぁ…。

てゆーか貴族の集まりの騎士団で、お飾りであれ団長だったって事は…

ファルネーゼさんって、もしかして凄いお嬢様だったりするのかな?

そういえば、セルピコさんはファルネーゼさんの事を様付け呼んでるし…

一体、二人はどんな関係なんだろ?ちょっと気になる…。

セルピコ「まあ、取り敢えず私達の事は置いておくとして…どうしますか、ガッツさん?」

ガッツ「船が手配できねぇ……じゃ話にならねぇしな」

ガッツ「…セルピコだけでも、先にヴリタニスに行くか?」

セルピコ「私だけ…ですか?まあ、それでも構いませんが…」

セルピコ「出来ればファルネーゼ様もご一緒して貰えた方が…」

セルピコ「ヴリタニスにはファルネーゼ様のご実家がありますし…」

セルピコ「最悪、ヴァンディミオン家の力添えがあれば、船の手配は難なく済むでしょうから」

ファルネーゼ「でも…私まで先行すると、キャスカさんの面倒を見る人が…」

シールケ「セルピコさん、ちょっと良いですか?」

セルピコ「何でしょう?」

シールケ「この場所からヴリタニスまで、どれ位の距離になります?」

セルピコ「そうですね…大人の足で、歩いて2~3日といった所でしょうか?」

シールケ「……ではミーナさん。残り七体の巨人ですが、いつ襲って来るかは解らないんですよね?」

ミーナ「うん。あの性悪ウサギの気分次第だと思う。まあ夜以外には間違いないけど…」

シールケ「そうですか…」

シールケちゃんはそう言った後、暫くの間、黙り込んだ。

俯きながら何かを考え込むシールケちゃんに、皆の視線が集まる。

考えが纏まったのか、暫くしてシールケちゃんが顔を上げた。

シールケ「これは提案ですが…いいですか、ガッツさん?」

ガッツ「…ああ」

シールケ「まず現状ですが、この場所はとても危険です」

シールケ「危険と思われるのは、昨夜の魔道生命体と、ミーナさん達を目標に送り込まれる巨人、この二つの存在」

シールケ「巨人は日中、いつ送り込まれて来るか解りませんし…」

シールケ「魔道生命体も、いつまた襲って来るか解りません」

シールケ「ただ魔道生命体は、群体を密やかに操らなければならない点を鑑みるに、襲撃があるとすれば恐らく深夜でしょう」

シールケ「満月の夜がすぎた以上、四方の王の陣は使えませんし、本来なら一刻も早くこの場を離れるべきです」

ガッツ「…正論だし、同感だ。本来ならな」

シールケ「はい、本来ならこの場を離れるべきですが…ミーナさんの足の怪我がありますから、今ここを離れる事は出来ません」

ガッツ「ああ、同感だ」

シールケ「ですので、先行する者と残る者、二手に分かれましょう。船の確保も重要ですから」

ガッツ「…問題は組み分けか」

シールケ「…はい。その事で、ガッツさんにご理解して貰いたいんです」

シールケ「心苦しい言い方ですが、キャスカさんを庇って怪我をしたミーナさんを、優先してあげて下さい」

ガッツ「ああ…ハナからそのつもりだ」

シールケ「では、その事を踏まえた組分けですが…」

シールケ「先行組をセルピコさん、ファルネーゼさん、イシドロさん、キャスカさんの四人」

シールケ「私とガッツさん、イバレラ、パックさん、サシャさんが治療と護衛でここに残ります」

シールケ「ガッツさんのお気持ちは理解してるつもりですが、私達も明日にはここを出発しますし…」

シールケ「私には念話もありますから、先行する皆さんと意志の疎通も出来ます」

シールケ「様々な危険性や合理性を考えると、これが最も最善の組み分けになりますので…」

シールケ「後はガッツさん次第です。どうですか?」

ガッツ「………」

シールケちゃんの提案を聞いたガッツさんは、かなり深刻な表情で考え込んでしまった。

何か…懊悩…って感じ。

言い方は悪いけど、多分、私とキャスカさんが天秤にかかってるんだと思う。

本来なら、一も二も無くキャスカさんが優先されるんだろうけど…。

シールケちゃんが言った通り、この場所は危険なんだと思うし…

昼夜を問わず危険なこの場所に、キャスカさんを置いておくのは問題外だと私も思う。

そしてその危険の一端を、私達のせいで送り込まれて来る巨人が関係してると思うと…

何かもう、ガッツさんには本当に申し訳ないわ。

本当なら、ガッツさん達には…ガッツさんには迷惑を掛けたくない。

といっても、シールケちゃんの申し出を断って、私とサシャだけが残るなんて自殺行為みたいなもんだし…

色々と思い悩んでも上手い考えが浮かばなくて…

浮かない気分でチラッと視線だけでガッツさんを見たら、思わず視線が合ってしまった。

ミーナ「あっ…」

ガッツ「………」

ガッツ「……解った。その組み分けでいい」

シールケ「…よかった」

ガッツ「先行組は荷物を纏めたら、ヴリタニスに向かってくれ」

ガッツ「セルピコ、ファルネーゼ、イシドロ。キャスカと船の事は頼んだぞ?」

セルピコ「承知しました」

ファルネーゼ「はい、今度こそ目を離したりしません。精一杯キャスカのお世話をさせて頂きます」

イシドロ「心配すんなって、しっかり任されてやらぁ!」

ミーナ「すいません、ご迷惑を掛けてしまって…」

ガッツ「気にすんな、迷惑なんざお互い様だ。寧ろ感謝してるぜ、本当になっ」

イシドロ「そーそー、気にする事ねーって!ミーナねーちゃんは早いトコ、足の怪我を治しちまえばいいんだよ!」

イシドロ「ミーナねーちゃんの足の怪我には、パック達の妖精の粉が特効薬らしいからなっ」

イシドロ「虫みてーなヤツらだから、遠慮なくコキ使っていいぜ?」

ミーナ「虫って…」

イシドロ君の意地の悪い笑顔と物言いに、思わず笑ってしまった。

そのイシドロ君に、イバレラちゃんとパック君が猛抗議を始めて…

終いには二対一のケンカにまで発展。

その微笑ましい様子に、私とサシャは更に笑った。

先行組の四人が私達を残して出発したのが、それから約一時間後。

こうして私達はもう一晩、この小屋で一夜を過ごす事になった…。


つづく

もう一つSSをかけ持ちしてますので、投下ペースが少し落ちてます

ミーナ『オールナイト訓練兵団・2GIG』

あまり期待しないで下さい

先行組が出発したその日の日中、巨人が再度出現する事は無かった。

といっても、巨人は自然と現れるワケじゃなくて、出現イコール性悪ウサギの差し金なワケだから…

ある意味、コレってあの性悪ウサギの嫌がらせって感じよね?

冷静に考えれば考える程、この罰ゲームが無茶苦茶だと実感するわ…

最初の巨人三体はサクッと倒せたけど、アレってガッツさん達のお陰だし…

仮にガッツさん達が一緒じゃなかったらって考えると…背筋が寒くなる。

まともに動けない私と、サシャの二人だけだったら…

…多分、今朝方の巨人に食べられて、私の人生は終わりだったと思う。

ガッツさん達にはホント、幾ら感謝しても足りないくらいだわ。

そしてそのガッツさんが日中に何をしていたかと云うと…

小屋の周りにゴロゴロと転がってる鰐、血臭を漂わせるコイツの死骸を全て片付け…

“ついでに捌いて食料”にしてらっしゃいました…。

昼食と夕食に鰐の肉を焼いて、塩だけで味付けされたダイナミックな手料理を勧められたけど…

私とシールケちゃんの二人は、慎んで遠慮した。

ご免なさい、私にはアレを口に入れるのは無理です。

サシャも昼食の時にはドン引きして、性悪ウサギの所から持ち出した食料を食べてたけど…

夕食の時には、自分から進んでワニの肉を食べた…食べたのよ、あの娘…。

ガッツさんが昼食に鰐を食べて、その後も体調に問題が無かったから、興味を持ったみたい。

私とシールケちゃんは無理だったけど、味には興味あったから、お味を聞いてみたら…

曰わく、歯ごたえのある鳥肉?に近くて、特に臭みも無く、寧ろ淡泊で薄味?なお肉らしい…。

何らかの濃いめのソースで味付けしたら、かなりイケる?とか言ってたケド…うーん、やっぱ私には無理。

私の意見にはシールケちゃんも同じらしくて、私らが提供した食料を、随分と感謝しながら食べてた。

でも感謝してるのは、寧ろ私の方なのよね…シールケちゃん、私に付きっ切りで治療と看病してくれてるから。

シールケちゃんは私の左足の傷を、数時間おきに治療してくれた。

霊薬と妖精の粉、あと四方の王の陣の治癒効果のお陰で…

見るも無惨だった傷口が、嘘みたいな速さで塞がっていってるのよ。

ホント、シールケちゃん様々です。

シールケちゃんの見立てだと、完治には一週間ほどとの事。

ただそれは、シールケちゃんの治療と、栄養のある食事の摂取と…

十分な睡眠を取るのが前提との指導を受けたので、その晩は早めに寝る事になった。

私とサシャとシールケちゃんは、小屋の奥で眠る事になり…

ガッツさんは、入り口付近で寝る事になったんだけど…

ガッツさんはいつまでも横にはならないで、壁際に座り、壁に背中をもたれ掛けたままだった。

右手の側には大剣を置いて、鎧は着込んだままの姿…あれじゃロクに寝れないんじゃないかな?

ミーナ「…ガッツさん、寝ないんですか?」

ガッツ「ああ、今夜はな。つっても朝方、少しばかり寝させて貰うぜ」

ミーナ「でも……大変じゃ…」

ガッツ「どーって事はねぇよ。俺は最近まで夜通し起きてたんだ、気にすんな」

ミーナ「あの…ありがとう御座います」

ガッツ「そう改まって礼を言われる程の事じゃねぇ」

ガッツ「さっさと寝ちまいな。明日からは暫くの間、俺達と一緒に旅をする事になるからな」

ミーナ「はい、宜しくお願いします。それじゃお休みなさい、ガッツさん」

ガッツ「……ああ、お休み」

ガッツさんが夜通し見張りをしてくれる。申し訳ない気持ちになるけど…

同時に、この上ない安心感に包まれて、私は熟睡する事が出来た。




そして次に目が覚めたのは、朝日が昇って暫くした位の時間かな?

潮騒の音を遙かに上回る地響きと振動で、私は目を覚ました。

私の右隣で寝てたサシャも飛び起きて、寝ぼけ眼でキョロキョロと辺りを見渡してる。

ふと左隣を見たら、隣で寝てた筈のシールケちゃんが居ない…

ハッと入り口を見たらガッツさんの姿も無くて、入り口を出てすぐの辺りにシールケちゃんの姿を見つけた私は…

サシャの肩を借りて、立ち上がった。

シールケちゃんの所に行く前に、サシャも私も、手にはブレードを掴んでる。

小屋から出ると同時に、シールケちゃんの視線の方向に目をやると…

案の定、巨人と戦うガッツさんの姿があった。

巨人の数は昨日と同じで三体。ただ昨日と違うのは、その大きさ…今日は6m級!

ガッツさんとは三倍以上の体格差があるのに、ガッツさんは昨日と同じで、全く怯む様子が無い。

巨人の一体目は、左腕の大砲を使って易々と倒しちゃったし…

襲い掛かって来る残りの巨人からは、巧みに身をかわしてる。

ガッツさんはベルトルトと同じくらい背が高くて、ライナー以上に筋肉の塊なのに…動きに全く鈍重さが無い。

寧ろミカサやサシャ並みに俊敏だ。

ただ速いけど、洗練された動きとは少し違う…

…ああ、そっかコレ、飢餓状態に追い込まれて、能力全開になった時のサシャに似てるんだ…。

人間の反射速度を上回る様な動きと、竜巻みたいな剣風の前に…

巨人達の手足が、次々と斬り落とされていった。

ガッツ「サシャ手伝え!巨人が“ダルマ”になってる内に、項を削ぎ落とせっ!」

サシャ「は、ハイッ!」

6m級の巨人とガッツさんじゃ、まだ圧倒的にガッツさんの方が強い。

その強さに圧倒されてポカンと見てたけど…

巨人を完全に仕留めるとなると、三対一じゃ多少は手こずるのかな?

ガッツさん一人でも倒せそうな気はしたけど、確かに二人の方が手堅いし早い。

ガッツさんに呼ばれたサシャは、両手足を斬り落とされて芋虫みたいになった巨人の元へと走り…

難無く項を削ぎ落としてトドメを刺す。サシャが二体目を仕留めると…

残り一体となった巨人は、ガッツさんの大剣で容易く斬り刻まれた。

あー…ガッツさんの場合、巨人と平地で戦う不利とか関係ないね、コレ…。

大剣の攻撃範囲に入った物は、何でもかんでも斬り飛ばしちゃう…一刀両断だもん。

一昨日の夜も、一人、離れた所で鰐の相手をしてたけど…納得しました。

アレ、ヘタに近寄れないわ…。

昨日と合わせて6体の巨人を倒し、周囲にそれ以外の巨人がいないのを確認すると…

ガッツさんはサシャと一緒に、私とシールケちゃんの元へ帰って来た。

シールケ「お疲れ様です、ご無事で何よりでした」

ミーナ「お役に立てなくて、ご免なさい…」

ガッツ「気にすんな。あんな動きの鈍い木偶の坊、何体いたってヘでもねえ」

ガッツ「回復の具合を見るにゃ、丁度いい相手だ」

ミーナ「回復の具合?」

シールケ「ガッツさんは病み上がりなんです。一月ほど前に大怪我を負われて、まだとても万全とは言えません」

サシャ「嘘…あの速さでまだ病み上がりの動きなんですか?」

ミーナ「だったら、尚更無理をしない方がいいんじゃ…」

ガッツ「あれぐらいの相手なら朝飯前だ」

ガッツ「…それこそ丁度、朝飯前だしなっ」

サシャ「うわ!もしかして今の、冗談ですか?ガッツさんが冗談を?」

ガッツ「うるせーよ。こんぐらいの冗談、俺でも言うっつの」

サシャ「何か…お父さんに寒い冗談を言われた様な衝撃があります」

ガッツ「お父…オメーの親父は幾つだ?俺りゃまだ25だぞ?」

サシャ「25ッ!」

ミーナ「えっ!」

シールケ「っ!」

ガッツ「………何だよ?」

サシャ「……この世界に来て、一番驚いたかも知れません」

ガッツ「………」

ガッツ「メシ食って寝る。昼前には起こせ」

ぶっきらぼうに言い放つと、ぶ然した表情で、ガッツさんが小屋へと入って行った。

つか25?私も、もっと年上だと思ってたよ…

サシャ「ああっ!スイマセン!怒っちゃいましたか?!」

サシャが慌てて謝りながら、ガッツさんの後を追ってった。

シールケ「……正直、私も驚きました。もっと年上なんだとばかり…」

ミーナ「あ、シールケちゃんも知らなかったんだ?」

シールケ「はい。私がガッツさん達と出会ったのは、まだ一月ほど前の事ですから」

ミーナ「えっ!そうなの?」

サシャ「ミーナーッ!シールケちゃーん!朝ゴハンーッ!」

ミーナ「あー、詳しい話は後で聞かせて?お腹ん中に、得体の知れないペット飼ってる娘が呼んでるからさぁ」

シールケ「ふふっ、解りました。ガッツさんが寝てる間の暇潰しに、お話ししましょう」

それから朝食を食べ終えると、ガッツさんは仮眠をとり…

私もまた、シールケちゃんから足の治療をして貰う事になった。

ガッツさんが昼前に起きると、皆で移動の準備を済ませて昼食を取る。

出発前に最後の治療を終えると、いよいよヴリタニスに向かって旅立つ事になった。

ガッツ「ミーナ、ちょっとコイツに座れ」

ミーナ「はい?」

ガッツさんはそう言って、小屋にあった四脚の椅子を指さした。

低い背もたれ付きの四脚の椅子には、脚の部分に二本のロープが輪になる様に結び付けてあって…

椅子の脚そのものは、10cm程度の長さを残して切り落としてあった。

座るの?コレに?椅子の脚が切ってあるから、随分と低い椅子だけど?

つか、コレに座ってどうすんの?

はっきり言って意味が解らなかったけど、私は云われるままに、やたらと低い椅子に腰を下ろした。

私が椅子に座ると、ガッツさんは、椅子に結び付けてあったロープの輪…

私の足側のロープの輪に、私の足を通させる。

ガッツさんはその輪を自分の右肩に掛ける様にして腕を通し…

背もたれ側のロープの輪を、自分の左肩に掛ける様にして腕を通すと…

椅子ごと私の体を抱え上げた。

つまり椅子に座ったまま、お姫様抱っこをされてる感じ。

も、もしかして私…このままガッツさんに運ばれるって事なの?!

ミーナ「あのっ!」

ガッツ「足は痛まねぇか?」

ミーナ「えっ?あ、はい…いやそうじゃなくて!」

ガッツ「ならいい。出発だ」

ガッツ「シールケ、道のりは分かるのか?」

シールケ「はい。セルピコさん達が通った道のりは、念話と一緒に視覚情報として私の記憶に残ってますので、問題ありません」

ガッツ「なら行くぞ」

どきまぎする私の事なんか気にもしないで、ガッツさんが歩き出す。

ガッツ「今夜の宿には、日暮れまでに着きそうか?」

シールケ「セルピコさん達が泊まった村に、私達も泊まりましょう」

シールケ「山と海に挟まれた、小さな村です。少し急げば、日暮れには着くと思いますから」

ガッツ「…ってこった。ミーナ、お前は大人しく抱っこされてろ。でなけりゃ日暮れまで村に入れねぇ」

ミーナ「何かもう、ホントにスイマセン…」

サシャ「ミーナ、ここはガッツさんに甘えましょう。足の怪我ですし、仕方ないですよ」

私の分の荷物を全部背負ったサシャが、にこやかな笑顔を私に向けてきた。

ホント、サシャにもお世話になりっぱなしだわ、私。

ガッツ「そーゆうこった。大して重さも感じねぇし、苦にはならねぇ」

ミーナ「…恐縮です」

ガッツさんは私を軽々と抱えて、悠々と歩く。

ガッツさんは背中に大剣を背負ってるから、私を運ぶ為に、椅子を工夫してコレを作ってくれたんだ…。

感謝感激って、ホントにこの事だわ。

あと、嬉し恥ずかしって感じ。

取り敢えず、顔がニヤケたり、赤くなったりしない様に注意しなくちゃ。

そうして私達は、一路ヴリタニスを目指した。

道中は巨人に襲われる事も無くて、旅路は順調に進む。

私はガッツさんの腕の中で旅をしてる訳だけど、特に会話を交わす事はしなかった。

丁度、体が海側を向いてるから、私は飽きもせず海を眺め続けた。

時折、こっそりガッツさんの横顔を覗いたりはしたけどね?……てへへっ。

そして夕日が海に沈む頃、私達は山と海に挟まれた村に辿り着いた。

低い石壁で囲われた、小さな集落…

そこで私達を出迎えたのは…

見るも無惨に殺された、村人達の死体だった…。


つづく

名前も知らない村、その集落を一通り見て回った結果…

どうやら生き残っている人はいないらしかった。

死体はどれも、凄惨な殺され方をしていた。

斧や棍棒みたいな物で、体中を滅茶苦茶に叩き潰され…

殆どの死体が、人の原型を留めていなくて…

そのあまりの惨たらしさに、サシャは胃の中の物をもどしてしまった。

私はギリギリ堪えているけど、いつ吐いてもおかしくない位、気分が悪い…本当に最悪の気分よ。

完全に参ってしまった私とサシャは、かろうじて死体の無かった家で…

死んでしまったであろう家主には無断で、休ませて貰う事にした。

ガッツさんとシールケちゃんの二人は、村の中を少し調べると言い残して、外出してる。

20分程してシールケちゃんが先に戻り、ガッツさんはその数分後に戻って来た。

戻って来たガッツさんの姿を見て、心底ホッとしたわ。

心細くて、仕方なかったから。

ガッツ「シールケの方は、目処はついたのか?」

シールケ「はい、殆ど特定できたかと。ガッツさんは?」

ガッツ「ま、あらかたな。多分、シールケと同じ考えだ」

ガッツ「幾ら寂れた村とはいえ、盗賊の類が昼間に事を起こすとは考えにくい」

ガッツ「仮に兵隊崩れだとするなら、村人を襲う時に使ったエモノがお粗末すぎる」

ガッツ「それに奴らが犯人だとするなら、村に火を放ってないのもおかしい」

ガッツ「奴ら、強盗と殺人の後は、必ず放火も同時にやるからな。テメェ等の痕跡を消すために」

ガッツ「あと、死体は男ばっかりだ。女、子供が見当たらねぇ…」

ガッツ「多分、攫われたな……イーノック村の時に似てる。こいつぁ人の仕業じゃねぇな」

シールケ「遺体の側で、獣の様な体毛を見つけました」

シールケ「まず間違いなく、この村は獣鬼…トロールの群れに襲われたと思います」

ガッツ「だろうな」

ミーナ「あの、トロールって何ですか?」

シールケ「幽界の凶暴な生物です。本来は幽界の闇の領域、クリフォトに生息する獣鬼ですが…」

シールケ「通常はあり得ない事ですが、この所、現世と幽界がはっきりと重なってしまい…」

シールケ「トロールなどが現世で暴れまわる事件が増えています」

シールケ「私やガッツさんなら対処できますが、普通の村人達では…為す術も無かったのでしょう」

シールケ「トロールは雑食です。鶏や豚などの家畜だけでなく、人間すら捕食します」

シールケ「ここで殺されてしまった村人達は、どの遺体も身体の多くが欠損していました」

シールケ「攫われてしまった子供達は、トロールにとって食料にすぎません」

シールケ「攫われた村の女性は…その…トロール達に辱められ、慰み者にされているでしょう」

サシャ「えっ?辱め?慰み者って…トロールって、その幽界って所の生き物なんでしょ?人間の女性に、そんな事するんですか?」

シールケ「幽界には幾つかの領域があって、トロールはクリフォトに生息しています」

シールケ「暗く澱んだ心の群れ集う闇…それがクリフォト」

シールケ「その領域に集う生き物は、大半が生きた人間の魂や肉体を好物にしています」

ミーナ「うわ…ちょっと関わりたくないわ」

一生出会いたくないわ、そんな化け物。

亡くなった村人達には悪いけど、私らが村に着いた時、そのトロールと鉢合わせにならなくて本当に良かったわ…。


つづく

就活で忙しすぎて、まともに投下出来るのは6月に入ってからになると思います。

保守

ガッツ「…で、どうする?」

シールケ「どうする…って?」

ガッツ「もう陽は落ちちまったが、先に進むか?」

ガッツ「それとも、この村で一夜を明かすか?」

ガッツ「俺としちゃ、一刻も早く先行組に追いつきたいからな。夜通し歩いても問題ねぇが…」

ガッツ「お前ら、どうする?」

ガッツさんは二度、同じ問いかけをした後で…

私とサシャ、シールケちゃんの三人に視線を向けてきた。

正直、私はガッツさん次第の立場だから、ガッツさんが夜通し歩くって言うなら反対できる立場には無い。

何しろ、自分で歩くワケじゃないから。

けど、サシャとシールケちゃんは違う。

先行組に追いつく為、今日はこの村までワリと強行軍で歩いて来た。

いくら魔女とはいえ、体力的な事に関して言えば、シールケちゃんの体力は年相応のものらしいし…

サシャは自分の荷物に加えて、私の荷物も背負ってこの村まで歩いてくれた。

二人からは、流石に疲労の色が見えてる。

本来なら当然、この村で一夜の休息を取るべきなんだけど…

この村の様相じゃ、ここで一泊するのは相当の覚悟がいる…と思う。

ガッツさんの質問は、それを踏まえた上での事なんだろう。

ガッツさんの質問に、サシャが表情を歪めた。

サシャ「出来る事なら、今すぐこの村から出たいです…」

サシャ「けど、夜通し歩くのは……今の私には無理そうです」

シールケ「この村で一夜の宿を借りる気で、少し無理をして歩いて来ましたからね…」

シールケ「私も体力的に、夜通し歩くのは無理だと思います」

ガッツ「…ミーナは?」

ミーナ「私は、ガッツさん次第の立場ですから…」

ガッツ「…ま、そりゃそうか」

ガッツ「だが、どうする?お前らが体力的に無理ってんなら、ここに一晩泊まるか?」

ガッツ「ここから少し進んで、野宿って手もあるけどよ?」

シールケ「野宿ですか…トロール達の存在を考えると…判断に迷いますねえ」

シールケちゃんはそう言った後、愛らしい顔の眉間に、小さな皺を作った。

まあ、確かに悩むよねぇ…

死体だらけの村で一夜を明かすのは考え物だけど…

野宿してる所を、トロールって化け物に襲われるのは問題外だしなぁ…。

てゆーか、この村に泊まってて、襲われないとは限らないけどね…実際に襲撃を受けた村だし。

正直、この世界の住人じゃない私とサシャじゃ、判断のしようが無いんじゃないかな、コレ?

…うん、ガッツさんかシールケちゃんの判断に従おう。

ミーナ「あの、私とサシャじゃ、トロールとかいう化け物に対応出来ませんから、ガッツさんかシールケちゃんの判断に従います」

ミーナ「サシャもそれで良いよね?」

サシャ「…はい、私もガッツさん達の判断に従います」

ガッツ「…そうか。なら、今夜はどうするかだなぁ」

シールケ「…」

パック「ガッツが一緒ならどこで寝泊まりしても平気だろ?」

イバレラ「ラクショーよね?ラクショー!どっちが化け物だか解りゃしないんだから」

シールケ「イバレラ!」

イパレラ「事実じゃない。私こんな人間、見たこと無いよ?カイジュー並みの強さだしぃ~♪」

パック「これで人並みの優しさを持ってたら、言うこと無しなんだけどねー」

ケラケラと笑いながら、パック君がガッツさんの周りを飛び回る。

あ、パック君また調子に乗ってるな~と思った矢先に…

お調子者のパック君は、ガッツさんから蚊でも叩く様に、パン!と両手で潰されてしまった…

パック君は声も無く床に落下する……だ、大丈夫かな?

ガッツ「俺一人ならどうとでもなるが…今はミーナ達も一緒だしな」

ガッツ「それに、トロール共の事で忘れちまってたが…」

ガッツ「ミーナ達は狙われてんだろ、巨人どもに?」

ミーナ「あっ…」

サシャ「すっかり忘れてました…」

シールケ「確かに…すっかり気を取られてしまってましたね」

ガッツ「ま、俺も忘れちまってたから、人の事は言えねぇけどな」

シールケ「となると、野宿は余計に危険ですね?」

ガッツ「ああ。巨人どもは今んとこ、早朝にしか出て来てねぇからな」

ガッツ「夜通し歩いて体力を消耗したり、ヘタに野宿すんのは得策とは言えねぇみたいだ」

シールケ「では、今夜はここに泊まるのが最善ですね」

ガッツ「…だな。そうと決まれば、取り敢えず……晩飯にするか?」

サシャ「賛成です!」

サシャ「明日の活力を得る為にも、しっかりご飯を食べましょう!」

つい今し方まで弱り切ってたサシャが、別人みたいな元気の良い声を出した。

村に着いて速攻で吐いちゃった分、お腹が空いてるんだと思う。

サシャ「今夜はとっておきの、ハムを出します!ハムステーキにしましょう、ハムステーキ!」

サシャ「この村に着いて、ちょっと気分が凹みましたから…ここは景気づけに、美味しい物を食べて元気を出しましょう!」

サシャ「美味しい物を食べれば元気が出ます!元気があれば何でも出来る!ねっ、ミーナ?」

ミーナ「まあ…否定はしないけどね」

サシャの言葉に、私は思わず笑顔が浮かんだ。

シールケちゃんもクスクスと笑ってるし、あのガッツさんでさえ苦笑を浮かべてる。

サシャは本当、ムードメーカーとしては最高の存在だわ。

シールケ「夕食前に、ミーナさんは足の治療をしましょう」

シールケ「ガッツさんもミーナさんの次に包帯を替えます」

ガッツ「俺りゃもう殆ど治ってるよ」

シールケ「駄目です!まだ胸と背中の大傷と、右手の骨折は完治してません!」

シールケ「本来なら、剣を握る事すら許可できない状態なんですから!」

ガッツ「…解った解った、そうヤイヤイ言うな。大人しくミーナの治療が終わるの、待ってるからよ」

シールケ「解って頂ければ結構です。イバレラ、パックさんも治療を手伝って」

パック「お…おっけい」

イバレラ「こうも毎日、鱗粉を使われちゃ…その内に干からびちゃうわ」

サシャ「では私、夕食の準備をしておきますねっ」

今晩の事も決まり、サシャとシールケちゃんがいそいそと動き始める。

私の治療が終わる頃には、香ばしく焼かれるハムの匂いが屋内に広がり…

ガッツさんの治療が終わると、皆で晩御飯にありつく。

性悪ウサギの塒から持ち出したハムに舌鼓を打つ頃には…

辺りはすっかり、夜の帳が降りていた…。


つづく

慣れないお勤め超大変…

その夜、家主には悪いなぁと思いながらも、私とサシャとシールケちゃんの三人は、屋内のベッドを使わせて貰って眠る事にした。

魔女の治療と、栄養のとれた食事と、十分な休息が、私の左足を急速に完治へと向かわせる…

そんなシールケちゃんの言葉に従って、ベッドで眠るワケなんだけど…

一方のガッツさんは家の庭先に陣取って、村中からかき集めた薪で篝火を作り…

夜通し火を保つ為、寝ずの番をしてくれている。

今夜はトロールの夜襲に備えて…の見張りみたい。

篝火からパチパチと、薪の弾ける音があがり…

三ヶ所に作られた、篝火の明かりに照らし出されるガッツさんは…

積み上げた薪の一部に、腰を下ろしていた。

ガッツさんに感謝の気持ちを込めて、夜食を渡そうと表に出たんだけど…

その大きくて逞しい背中に、私は暫く見入ってしまった。

ガッツ「…まだ寝ねぇのか?」

人の気配に気付いたガッツさんが、振り返って私に声をかける。

パック君も言ってたけど、ガッツさんはお世辞にも愛想が良い…とは言えない。

見かけは、とちらかと言えば強面の部類に入るだろうし…

喋り方にしても、思った事を遠慮なくズバズバと口にする感じで…

人との接し方も、はっきり言っちゃえばぶっきらぼう。

そんなガッツさんだけど、私に対しては、接し方や言葉遣いの端々に気遣いが感じ取れて…

私はその事が、素直に嬉しかった。

仮にそれが“キャスカさんの件で感謝されているだけ”だとしても…ねっ。

ミーナ「…もう寝ます。その前に、お夜食を渡そうと思って」

左足をびっこしながらヒョコヒョコと歩き、ガッツさんに近寄る。

短い距離なら、一人で移動できる様になった…と言っても、多少の痛みと違和感はまだあるけどねっ。

ガッツ「悪りぃな」

ミーナ「いえ、ガッツさんにはご迷惑をお掛けしてますから」

トレイに乗せた水とパンを渡し…

沸き上がってくる緊張を抑える。

軽く深呼吸して…ごく自然に…

ミーナ「あの、寝る前に…ちょっと火にあたりたいかな~って……隣、良いですか?」

ガッツ「ああ、別にいいぜ」

っ~~やったぁ!

ミーナ「じゃ、ちょっとお邪魔します」

ガッツさんの隣、1m程に適当な薪を積んで腰を下ろす。

1m…これが、今の私がガッツさんに、自分から近寄れる精一杯の距離…

色んな意味で…ねっ。

ガッツ「…少しは歩けるようになったみたいだな?」

ミーナ「はい。まだ幾らか違和感と痛みがありますけど…」

ミーナ「それでも、二日で、ここまで良くなるなんて…シールケちゃんに感謝ですねっ」

ガッツ「ああ。実際、あんぐれーの年ってのを考えりゃ、大したもんだ、シールケは」

ガッツ「それに妖精の鱗粉は良く効くからな。鎮痛の即効性もあるし…俺も緒っ中つかってる。ま、便利だよな」

ミーナ「パック君様々ですね?」

ガッツ「バカ言うな、そんぐれーしか役に立たねえんだよ。でなけりゃタダの無駄飯食らいだ」

ミーナ「ふふっ、酷い言われ様ですね?」

ガッツ「事実だからな」

そう言って、ガッツさんがうっすら苦笑を浮かべる。

篝火に照らし出されるその横顔が、私にはとても素敵に見えて…



胸が凄くドキドキした。

顔が熱く感じるのは、篝火にあたってるせいだけじゃないと、自分でも自覚してる。

全身がむず痒い様な…心が沸き立つ様な気持ち。

ガッツさんとお話してる、ただそれだけで自然と顔がほころぶし…

嘘みたいに幸せな気分になれた。

ガッツ「つーか、お前も踏んだり蹴ったりだな、実際」

ガッツ「自分達の世界にゃ帰れねえわ、怪我はするわでよ」

ミーナ「あー…確かに言われてみたら、その通りですねぇ」

ガッツ「…おいおい、随分と他人事みてーな言い方だな?」

ミーナ「いえ、最初は私も理不尽に思ってたんですけど…何か…忘れてました」

ガッツ「…変なヤツだな?」

ミーナ「そうですか?…ううん、そうですよね」

ガッツさんの指摘に、今度は私が苦笑を浮かべる。

0の世界に紛れ込み、この世界にやって来てからも、ロクな目に遭ってない。

けど今の私は、思ったほど悪い気分じゃないのよね…

ま、理由は考えるまでも無いんだけどね?

ミーナ「この世界に来て、もしガッツさん達に出会っていなかったら…」

ミーナ「多分、凄く心細くなってたと思うし、ひょっとしたら…私とサシャは死んじゃってたかもしれないし」

ミーナ「私達の荒唐無稽な話を信じて貰えて、私達を受け入れてくれて…ガッツさん達には、凄く感謝してます」

ガッツ「…ま、俺らもお伽話に出てくるみてーなバケモンや、悪霊死霊とやりあってるからな」

ガッツ「普通は信じられねー話でも、慣れっつうか下地?みてーなモンが出来てる」

ガッツ「だからワリとアッサリ、お前らの話を信じる事が出来たんだろうな」

ガッツ「それに、感謝してんのもお互い様だ」

ガッツ「ミーナがあの時、キャスカを庇ってくれなかったら、今頃どうなってたか…」

ガッツさんはそう言って、ジッと私を見つめた。

隻眼…普段は獣みたいに鋭くて、ギラついてさえ見えるガッツさんの左目が…

今夜は…今この時は、とても暖かい光が宿ってる様に見える。

でも…ガッツさんの口から、私以外の女性の名前が出てきた事が…

私の心に、針を刺した様な痛みを与えた。

ガッツ「確か10匹だったな?」

ミーナ「えっ?」

ガッツ「巨人を10匹倒せば、この世界から抜け出せるんだろ?」

ミーナ「あ…はい。あの性悪ウサギはそう言ってましたけど…」

ガッツ「今で6匹倒してるんだったな。残りは4匹か…」

ガッツ「今んとこ、毎朝出てきてやがるからな。上手くすりゃ、明後日には全部倒せるかも知れねえな」

ミーナ「かも…知れませんね」

ガッツ「巨人の事は俺に任せろ。もうミーナやサシャには指一本、触れさせやしねえ」

ミーナ「…はい、ありがとう御座います」

ガッツさんがそう言うなら、恐らく私達は今後、無傷でいられるだろう…

ガッツ「安心しな。近い内、お前ら二人共この世界から送り出してやるぜ」

ミーナ「…」

ガッツさんの言葉に、私は返事を返さず、代わりに笑顔を返した。

口角を、意識して持ち上げる。

それまで自然と浮かんでいた笑顔とは違い…

意図して作った偽りの笑顔を、私はガッツさんに返すしか出来なかった…。


つづく

庭先で寝ずの番をしてくれるガッツさんにお夜食を渡し…

短い時間だったけど二人きりの会話を交わした私は、その後、民家に戻って睡眠を取ることにした。

でもベッドに潜り込んで寝ようとしたものの、ガッツさんの事を考えるとなかなか寝付けない。

正確には“ガッツさんとキャスカさんの事を考えると眠れない”なんだけどね……はぁ。

モヤモヤするのが嫌だったから、無理して眠りについたんだけど…

眠りに落ちたのは、ベッドに入ってから一時間…ううん、二時間近くかかったと思う。

やっと寝付いたのに、寝てる途中、ムカつく事に目が覚める…

肉体的には疲れてないけど、精神的に疲れてる感じ?

何かもう…どうなってんのよ、私っ!

イラッとしながら毛布を被り直し、もう一回寝直したんだけど…

また、なかなか寝付けなくなってる。

早く寝なきゃって思うほど眠れないし…本当にムカつくわ。

どれくらい時間が経ったか解らない頃、やっとウトウトし始め…

私の意識は、知らない内に途切れた。

それから次に私が目を覚ましたのは、大きな振動と地響きを感じたのが理由だった。

ミーナ「なっ何!?」

回らない頭と焦点の定まらない目でキョロキョロしてると…

ベッドから飛び起きたサシャが、ベッドの脇に立て掛けていたブレードを引っ掴んで、一目散に部屋から飛び出し…

続いて杖と帽子を手にしたシールケちゃんが、部屋から駆け出して行った。

ミーナ「…あっ巨人だ!」

もうっ!自分の反応の鈍さに、心底嫌気がさすよっ!

ミーナ「私のブレード!」

昨日ドコに置いたっけ……あっ居間だっ!

自分のみっともなさに舌打ちしながら、びっこを引きつつ居間へと駆け込み…

立体機動装置と一緒に、ひとまとめ置いていたブレードを両手で引き抜くと…

痺れる様に痛む左足を無視して、私は表に飛び出した。

家の外には案の定、巨人がいる…また三体だ。

ざっと見て7~8m級。その内の二体は既に“ダルマ”みたく、両手足がバッサリと斬り落とされていた。

ガッツ「今日は昨日よりデケェぞ、油断すんなっ、サシャ!」

サシャ「解ってます、ガッツさんこそ気をつけて下さいっ!」

ガッツ「どってこたぁねぇ!」

ガッツさんに両手足を切断され、地面で芋虫みたいにもがいてる巨人の項を、サシャがブレードで削ぎ落とす。

昨日の朝、即席で作られた連携攻撃。その再現だ。

そしてガッツさんは残り一体の巨人を相手に、力押しで斬りかかっていた。

ガッツさんに向かって伸びる巨人の腕や足は、その都度に、呻りを上げる大剣に斬り落とされ…

地面に這いつくばる事になった巨人は、ガッツさんの大剣で眼球を潰され、視界まで奪われてる。

あの状態の巨人なら、私だって…

ミーナ「加勢します!」

パック「ムチャだよ!」

イバレラ「行け行けー!」

シールケ「ダメですミーナさん、戻って下さい!」

ミーナ「大丈ぶ」

ガッツ「引っ込んでろ、ミーナっ!」

怒声みたいなガッツさんの大声に、無理に駆け出した私の足が止まり、全身が竦んだ。

ガッツさん………怒ったの?

顔や背中から血の気が引き、指先が冷たくなっていくのが解った。

立ち止まった私は、錆びた銅像みたいに身動きも出来ないまま…

ガッツさんと、ガッツさんを手伝うサシャの姿を呆然と眺める…

何の役にも立てない、ガッツさんの力になれない自分が歯痒くて…

ガッツさんと共に戦ってるサシャが、堪らなく羨ましかった。

ガッツ「…ふう。どうやら片付いたみてーだな?」

ガッツ「サシャ、怪我してねぇか?」

サシャ「はい、お陰様で」

ガッツ「…えらく御機嫌だな?」

サシャ「はい、これで討伐数が4になりましたから!」

ガッツ「討伐数?」

サシャ「私達の世界では、巨人を倒した数だけ、討伐数や討伐補助数が加算されるんです」

ガッツ「戦績みたいなもんか?」

サシャ「そんな感じです」

サシャ「討伐数が巨人にトドメを刺した数で、討伐補助が、討伐に助力貢献した数ってところです」

サシャ「ちなみに、ガッツさんは討伐数4、討伐補助8…」

サシャ「巨人9体中って事を考えると、流石と言わざるをえませんよ」

サシャ「ガッツさんがその気なら、私がトドメを刺した4体だって、独りで討伐出来てたハズなんですから」

ガッツ「手間を省く為に、サシャに手伝わせてんだ」

ガッツ「お前の手柄だ。胸張って、サシャの討伐数とやらにしとけ」

サシャ「少しは自信がつきます。ありがとう御座います、ガッツさん!」

サシャがにこやかに、元気良く、ガッツさんに感謝の言葉を告げた。

サシャは他人と馴染むのに、時間がかかるタイプのハズなのに…

いつの間にか、ガッツさんとはすっかり打ち解けてる感じがする…。

サシャ「は~…それにしても、すっかり目が覚めましたよ」

ガッツ「俺りゃいい加減、眠てぇ…」

サシャ「あと、すっかりお腹が空きました…」

ガッツ「…ふっ…そればっかしだな、お前」

サシャ「健康な証拠ですよ!」

ガッツ「…違ぇねぇ。朝飯にするか」

サシャ「大賛成です!」

サシャとガッツさんが仲良く会話しながら、蒸発する巨人を背に、私の方に向かって足を進める。

私の背丈より長い大剣を、右手一本で肩に担ぎ…

私の元までやって来たガッツさんは足を止めると、左手の義手で私の肩をポンと叩いた。

ガッツ「足の怪我、まだ治ってねーだろ?ムチャすんな」

ミーナ「……はい」

サシャ「無理しちゃダメですよ、ミーナ?巨人の事は、私とガッツさんに任せて下さい!」

ミーナ「……うん、ありがと」

サシャ「さっ、朝ご飯を食べに行きましょう!」

ガッツさんとサシャが私の横を通り過ぎた後…

どうしようも無い思いのせいで、緩慢にしか動けない私は、ノロノロと踵を返した。

思い出したみたいに、左足から痛みを感じる。

ノソノソと歩き出すと、先を行くサシャが足を止め、振り返った。

サシャ「あ、ミーナ。肩、貸しましょうか?」

ミーナ「…いい、全然ヘーキ」

サシャ「でも…」

ミーナ「平気だってっ!」

サシャ「!」

私の大声に、サシャが驚いた表情を浮かべた。

けど、驚いたのは私も同じだよ。自分でも、こんな強い声を出すつもりは無かったんだから。

私の声に、ガッツさんやシールケちゃんも足を止めて、振り返ってる。

ヤバい、何か誤魔化さなきゃ!

ミーナ「…ほ、ほら!サシャは早く戻って食事の準備してくれないと!」

ミーナ「食料だって私達の装具に入ってるんだから!」

サシャ「…あ、はい。そうですね…」

ミーナ「私ヘーキだから、ほら早く朝食朝食!」

サシャ「…解りました。朝食の準備に行きますけど、無理しないで下さいね、ミーナ?」

ミーナ「うん!」

シールケ「私が肩を貸しましょうか?」

ミーナ「平気、リハビリだよリハビリ!少しくらい自分で歩かないと。ねっ?」

シールケ「ですが、足の傷はまだ…」

ミーナ「私これでも兵士の端くれだから、ちょっと歩くくらい大丈夫だよ」

背中に嫌な汗をかきながら、私は必死になって笑顔を浮かべた。

ガッツ「…シールケ、好きにさせてやれ」

ガッツ「独りで歩くっつっても、どうせ目と鼻の先程度だ」

シールケ「……解りました。でも部屋に帰ったら、朝食前に治療をしますからね?」

ガッツ「だとよ。それでいいな、ミーナ?」

ミーナ「はい…」

シールケ「ミーナさんの次は、ガッツさんの治療ですよ?」

ガッツ「…はいはい」

ガッツさんがシールケちゃんに返事をした後で、小さく肩を竦める。

三人が民家に向かって歩き出した後で…

私は小さく溜め息を吐き出し、皆には気付かれない様…

痛む左足を引きずる様にして、ゆっくりと歩き出した…。

つづく

ベルセルクの世界観なので、次回以降よりR15程度の微H表現が入る場合があります

シールケちゃんに朝の治療をして貰い、朝食を食べ終わると…

ガッツさんは仮眠を取るため、寝室に入った。

ヴリタニスに出発するのは、ガッツさんが起きてから。

多分、昼食後になるかな?

出発するまでの数時間の間で、シールケちゃんは薬草の補充の為に、すぐ側の山に行くと言い出し…

イバレラちゃんとサシャも、薬草集めに付き合うと言い出した。

その薬草は主に私やガッツさんの為の物だから、私も付き合うと言ったけど…

当然の様にシールケちゃんから止められる結果になった。

昼食までには戻ると言って出かける三人を見送った私は、パック君と二人で留守番をしてるワケだけど…

居間の椅子に座ってボンヤリしてると、寝不足のせいか物凄い眠気が襲って来る。

次第に目の焦点が合わなくなり、意識も朦朧…うつらうつらと舟を漕いでいた。

パック「…ミーナ、眠いの?」

ミーナ「…!」

ミーナ「あ、寝ちゃってた…」

パック「眠いならベッドで寝たら?出発まで時間もあるし」

ミーナ「やっ、ムリだよ!寝室はガッツさんが寝てるし…」

パック「寝室って寝る部屋だろ?ガッツだって寝てるのに、何が無理なんだ?」

ミーナ「ガッツさん、寝ずの番をしてたでしょ?それに巨人との戦闘で疲れてるだろうし…」

ミーナ「せめて寝てる時くらい、私は邪魔をしたくない…迷惑を掛けたくないの」

ミーナ「ゆっくり休んでほしいから」

偽りのない本心を、私はパック君に告げた。

私はキャスカさんの事でガッツさんに感謝されてるけど…

あれは、感謝されたくてやった事じゃない。

反射的に体が動いて、結果キャスカさんを助けた後、怪我を負った…それだけにすぎない。

だからガッツさんの私に対する感謝は嬉しい反面、私を複雑な気分にさせていた…

だって、その感謝の意味合いは“キャスカさんを助けた事”についてだもん。

まあ、早い話が嫉妬してるんだよ…キャスカさんに…ねっ…。

そして、キャスカさんの件を全て排除してしまうと、今の私は単なる足手纏いでしかない。

ガッツさんにはキャスカさんの件を抜きにして、私を見て欲しいのに…

怪我をしてる私は、サシャみたいに一緒に戦い、仲を深める事が出来ない。

そのせいで、さっきはサシャに八つ当たりまでしてしまった…

ミーナ「……不思議だなぁ」

パック「何が?」

ミーナ「……」

本当に不思議…この世界に来て、まだ三日しか経ってないのに…

出逢って三日しか経ってないのに…私、いつの間にガッツさんを好きになってたんだろ?

初めはこの世界にやって来たばかりの、あの満月の夜…

人外を思わせる圧倒的な強さ…途轍もない強さに、強烈な印象を持たされた。

次は対巨人戦…私達の世界で、立体機動も使わず、単身で巨人と戦える人間なんて居やしない。

剣と呼ぶには無骨すぎる鉄塊を片手に、怖れも無く立ち向かい、圧倒的な力でねじ伏せる…

その姿に、強い安心感と、頼り甲斐と、これまで感じた事も無い“憧れ”が生まれた。

そんなガッツさんに、昨日は何時間もお姫様抱っこされてたんだもん…

意識するなって方が無理な話だし、嫌が応にも恋心だって芽生えちゃうよ。

でも……これで、巨人は残すところ一体。あと一体を倒してしまえば…

ミーナ「…お別れ…かぁ…」

パック「お別れ?」

ミーナ「巨人をあと一体倒したら、この世界とお別れ…なのよね」

パック「あー、そうだったよな?良かったじゃん?」

ミーナ「……」

あと一体…この調子だと明日の朝には出て来てしまいそうだし…

下手をして今日中に出て来ちゃうと…今日でお終い?

そんな………嫌だっ!

お別れの瞬間を想像してしまった私は、あまりの悲しさに、テーブルに突っ伏してしまった。

パック「どうした、ミーナ?」

ミーナ「……あのね、パック君。聞いて欲しい事があるの」

滲み出る涙で、私の声は鼻声になってる。

パック「うん、聞いてやるよ」

ミーナ「…パック君って、秘密を守れる?」

パック「勿論さ!」

ミーナ「私がこの世界から居なくなったら言っても良いけど…私がこの世界に居る間は、誰にも言わないでね?約束だよ?」

パック「うん、約束する!」

ガッツさんには…私の気持ちは言えない。

けど、誰かにこの気持ちを知って欲しかった。

ミーナ「私ね……ガッツさんの事が…好きなの」

パック「…うん。でも、ガッツは」

ミーナ「言わないで…知ってるから」

パック「…」

パック「…そっか」

パック君は短くそう言った後…

小さな手で、私の頭を撫でてくれた。

パック「…ミーナ、ちょっと寝てきなよ。今朝は顔色も悪かったしさっ」

ミーナ「うん…ココで寝る」

パック「駄目だよ、ベッドで横になりなって」

ミーナ「無理っ!」

パック「何で?」

ミーナ「だって…ガッツさんと同じ部屋で寝るなんて……恥ずかしいし」

ミーナ「それに、ガッツさん寝てるだろうから、起こしたくないし…」

パック「あー、それなら平気」

パック「前からそうだけど、寝ずの番をした後のガッツは、ちょっと人が近寄った程度じゃ起きないよ?」

パック「邪気や殺気をちょっとでも感じたら、スグ起きるけどねっ」

ミーナ「……でも」

パック「言いたくないけど、ミーナ…目の下のクマ、酷いよ?」

ミーナ「うっそ!」

突っ伏してたテーブルから身を起こした私は、慌てて目の下に両手をやった。

パック「あー、ちょっと泣いちゃってるから、目も腫れぼったい」

ミーナ「マジでえっ!?」

パック「うん。一回顔洗って、ちゃんとベッドで寝た方がいいよ」

ミーナ「でも……」

パック「大丈夫!オレが起こしてやるよ。ガッツが起きるより先にねっ?」

ミーナ「…お願い出来る?」

パック「任せとけ!」

ミーナ「…じゃあパック君、お願いねっ」

パック君に起こして貰う事を約束すると、私は顔を念入りに洗い、ガッツさんが眠る寝室に静かに入った。

微かな寝息をたてて、ガッツさんがベッドで眠ってる…

何か……スゴい緊張するわ。

ガッツさん寝てる向かいのベッドに腰を下ろし、上着…訓練兵団のジャケットを脱ぐ。

考えに考えてシャツも脱ぎ、キャミ姿になったけど…

流石にズボンは脱げなかった。

まあ、私のいま穿いてるこのズボン…右足の方は元の長さのままだけど…

左足の方は応急処置の時に切っちゃって、左だけショートパンツみたいになっちゃってる。

治療の際、ズボンを脱がないで良いから楽だけど…

正直、何か…カッコ悪くて恥ずかしいのよね。

いっそ右も切って長さを揃えた方が良いかな?

ショートパンツにした方が可愛いだろうし、少しは色気が出るかも知れないし…

あっ、でも左足は包帯でグルグル巻だし、色気も何もあったもんじゃ無いか……はぁ。

小さく溜め息を漏らし、次いで髪留めを解くと…

ブーツを脱いで、ベッドに横になる。

寝る時のクセで体を右横に向けると…

当然だけど向かいで眠るガッツさんの横顔が、私の視界に入った。

ミーナ「…寝顔も素敵だなぁ」

ジンワリと、暖かい感情が込み上げて来る。

何も考えず、暖かい感情に包まれてガッツさんの横顔を眺めていると…

次第に瞼が重くなってきた。

ミーナ「おやすみ…なさい…」

小さくガッツさんに囁く。


“少しでも長く、傍にいたい…傍にいたいよ…”


それは願いなのか、祈りなのか、自分でも解らないけど…

眠りに落ちるまで、私はその言葉を…

胸の中で何度も繰り返した…。


つづく

正午を回り昼食を食べた私達は、いよいよヴリタニスに向かって出発する事になった。

サシャはまた私の装具と自分の分の装具を背負って、シールケちゃんと並んで歩き…

当の私は、左足の完治にまだ三日程かかるみたいで、またガッツさんにお姫様抱っこして貰ってる。

嬉しいやら恥ずかしいやら申し訳ないやらで、ロクにガッツさんの顔を見る事が出来やしない。

今朝の事もあったからマトモに話も出来なくて随分と気まずかったけど…

幸いな事に、パック君が私の左肩にずっと座ってくれていたから、何とか場を保つ事が出来た。

ホントありがとね、パック君!

ヴリタニスを目指す私達は、山肌を左手に、整備されていない海岸沿いの小道を進む。

嗅ぎ慣れない潮の香りが常に辺りに漂い、寄せては返す波の音が途切れる事もなく聞こえていた。

海の色は空を映した様に蒼く…

穏やかな潮風が私の髪をを靡かせ…

暖かい陽光が降り注ぐ中、私はガッツさんの腕の中にいる。

これ以上は望むべくもない、本当に幸せな状況よ…

うん、ホントに…凄い幸福なシチュエーションなんだけど…

今の私は、かなりヤバい状態に追い込まれていた。

マジでヤバい……どうしよ……お花摘みに行きたい!

お馬鹿な私は出発前に行き損ねてた…超ピンチ!

ミーナ「が、ガッツさん。今日中にヴリタニスに着きます?」

ガッツ「いや、明日の夕方頃になるだろ」

ミーナ「って事は、今晩は?」

ガッツ「シールケ、今晩の宿はどうなってる?」

シールケ「セルピコさん達が泊まった宿に、私達も泊まる予定です」

ミーナ「そこへの到着って…後どれくらい時間がかかりそうなのかな?」

シールケ「そうですね…あと四時間ほどでしょうか?」

ミーナ「あ~…」

無理っ!もたないです…。

ガッツさんに抱っこして貰ってる立場で、無理やり我慢して、結局お漏らしなんて死んでも出来ないし…

だからってガッツさんに、直接、おトイレ行きたいなんて…ちょっと言い出せない。

とか何とか悩んでる間に、ますますピンチになってるし…

ちょっとホント、どうしよう、コレ…

せめてサシャがもうちょっと側を歩いててくれたら、小声で呼び掛けられるのに…。

内股に力を入れて、微妙にフルフル震えながら最善策を考えてると…

左肩に座ってるパック君が、私の様子を不審に思ったのか、私の頬を軽く叩きながら問い掛けてきた。

パック「ミーナ、どうかした?」

ミーナ「やっ!別に………あ」

パック「ん?」

パック君がいる!ラッキー!

私は目一杯、パック君の方に顔を捻って、極力ちいさな声でパック君に話しかけた。

ミーナ『パック君お願いがあるの』

パック「えっ、何?」

ミーナ『しっ!小さな声で喋って、お願いだから…』

パック「え?」

パック『……解った』

ミーナ『サシャの所に行って、私がお花摘みに行きたいって言ってるって伝えて』

パック『お花摘み?』

ミーナ『サシャに言えば解ってくれるから!バレない様にコッソリ伝えてね?』

パック『…けどさ、何でお花摘みなんか』

ミーナ『お願い、早くっ!』

パック『お、おっけい…』

パック君は意味が分からないみたいな顔をしたけど…

私の切羽詰まった表情を見て、慌てた様にサシャの元へと飛んでいってくれた。

パック君がサシャに耳打ちしてるのを見た後で、ソッと視線だけでガッツさんを覗き見る。

ガッツさんは私とパック君の怪しげなやり取りに当然気付いていたらしく、奇妙な視線を私に向けたけど…

それはほんの少しだけの事で、直ぐにまた視線を前に向けた。

多分、私とパック君の会話の内容までは聞こえてない…ハズ。

だんだん顔が熱くなってくるのが解る…赤くなってきてるんだろうなぁ…私の顔。

何だか気恥ずかしくなって来たので俯いてると…

パック君から話を聞いたサシャが、私とガッツさんの元にやって来た。

サシャ「ガッツさん。ちょっとお花摘みに行ってきますから、ミーナを下ろしてください」

ガッツ「あん?お花摘み?」

サシャ「いいですから、早くミーナを」

ミーナ「ごめんなさい、下ろしてください」

ガッツ「お花摘みって……何だそりゃ?」

ガッツさんが当惑しながらも、私を地面に下ろし…

サシャの肩を借りた私は、かなり下半身に気を使いながら立ち上がった。

ミーナ「さ、サシャがピンチみたいなんで急いで行ってきます!」

サシャ「…はっ?」

ミーナ「ホラ急ごうサシャ!」

サシャ「えっ?いや、ちょっ」

ガッツ「……ああ、小便か?さっさと行ってこい、サシャ」

サシャ「ええっ!?」

シールケ「…ガッツさん、言葉遣いにはもう少し気を使って下さい…」

素っ頓狂な声を上げるサシャの手首を掴み、私は左手の山…木陰に向かってズンズンと歩き始めた。

左足は痛むけど、それ所じゃない!超ピンチなのよっ!

あとゴメン、サシャ…後でちゃんと謝るから今は許して!

心の中でサシャに謝りながら、私はサシャを引きずる様にして木陰へと突き進んで行った。

木陰に入って10m以上、ガッツさん達からざっと30mは離れた場所まで来て、ようやくサシャの手を離し…

そっと振り返ってサシャを見ると、彼女はかなり機嫌を損ねたらしく…

ぶ然とした表情…半眼を私に向けてきた。

サシャ「…ミーナ?」

ミーナ「ゴメン、解ってる…」

サシャ「ちょっと酷くないですか?」

ミーナ「うん、ホントにご免なさい」

ミーナ「ただね、今、本気でピンチなの!」

ミーナ「お叱りも受けるし謝罪もするから、お願いだから先におトイレさせてっ!」

サシャ「……解りました。後で覚悟しといて下さいね?」

ミーナ「うん、ゴメン……先にガッツさん達の所に行ってて良いよ」

サシャ「…そうします」

サシャはぶ然とした表情のまま、私に背中を見せると、元きた方へと歩き出した。

私は同時に手近な木の裏側に回り、ベルトに手をかける。

焦りながらベルトを外し、ズボンと下着を一緒に引き下げると…

左足の痛みに顔をしかめながらも、勢い良くしゃがみ込んだ…。


…………………………はぁ。


ちょっとした開放感に包まれるわ、コレ。

……さて、サシャにどうやって謝ろう?

左足が痛まない様に気を使って立ち上がり、下着をいそいそと引き上げる。

さっきまでの切羽詰まった状態から、快い開放感へと気分が変わったせいか…

何だか気が抜けた様になってる。

ミーナ「あー…独りでガッツさん達の所に帰るの、恥ずかしいなぁ」

小さく溜め息を吐いて、膝辺りまで下ろしてたズボンをノロノロ引き上げてると…

いきなり、目の前にドサッと何かが降ってきた。

ミーナ「なっ!!」

目の前に降ってきたソレが何なのか、直ぐには解らなかった。

ううん、こんなの判別しようにも、今まで見た事ないよ…。

人?違う……猿?違う……熊?違う…

背丈は私と同じか、少し低い…

二本足で立ってる…全身毛むくじゃら…

足は太くて短い…腕は太くて長い…

頭が大きい…顔は醜悪で異様に鼻と口が大きい…

顔は、強いて言えば牛をとんでもなく不細工にした感じ…

手には斧みたいな武器まで持ってる…

こんな気持ち悪い生き物、見たこと無い!

ミーナ「きゃあああああっ!」

ソレから漂う言いようの無い不快な悪臭と、一目見ただけで全身に広がる怖気…

本能的な恐怖で悲鳴を上げた私は、ズボンもロクに上げずに逃げ出した。

でも、数歩も行かない内に、凄い力で引き倒される。

化け物は、地面に倒れた私に覆い被さってきた。

ミーナ「嫌ああああああっ!」

食べられる…食い殺される!

必死に抵抗するけど、まるで力がかなわない!

ミーナ「離せっ、離してっ!」

力ずくで仰向けにされた私の目の前に、醜悪な化け物の顔が近付く。

化け物は左手で私の顔を地面に押さえつけ…

右手で私のシャツの首元を掴むと、力任せに引き破った。

外気が直に肌に触れ、胸が露わになったのが解る…

まさか、この化け物!

そう思った次の瞬間、ズボンが引き裂かれ、下着が剥ぎ取られた。

ミーナ「嫌っ!嫌あああっ!」

どんなに泣き叫んでも、この化け物は止めようとはしない。

下着を剥ぎ取り、私を半裸にした化け物は、両手で私の両肩を押さえつけた。

ミーナ「たす、助け…」

泣きながら必死に辺りを見渡した私は、更に絶望の底に追い落とされた。

いつの間にか、私の周りは、何匹もの化け物に囲まれている状態だった。

そいつ等は大きく開いた口からダラダラと涎を垂らし…

更には……股間が……き…気持ち悪い…見たくない!

口から涎を垂らし、股間を屹立させた化け物達が、ゾロゾロと私に近寄ってくる。

ミーナ「ひっ!」

私を押さえつける化け物が、私のお腹の辺りから、胸、首筋へと、舌を這わせた。

ミーナ「やだ…やだ…」

私を取り囲んだ化け物達が、私の顔を…胸を…腋を…脇腹を…争う様にして舐め上げる。

ミーナ「やめ…ヒック…お願……止めて……」

圧倒的な恐怖と絶望…全身を蟻が這い回る様な気持ち悪さ…

もう大声すら上げられず、泣く事しか出来ない。

身体のあちこちが、化け物達の不快な唾液で汚され…

私の下腹部…他の誰にも見せた事の無い部分に、熱を帯びた何かが押しつけられた。

ミーナ「嫌っ嫌っ嫌っ嫌ああああああっ!!」


つづく

こんな目に遭うなんて…こんな日が来るなんて、考えてもみなかった。

こんな恥辱を味わうくらいなら、いっそ殺して欲しかった。

こんな化け物に奪われるくらいなら………

絶望の中、喉が裂ける様な悲鳴を上げた……その瞬間、轟音と共に黒い風が吹き抜けた。


血飛沫が舞うのと同時に、私を押さえつけ、取り囲んでいた化け物達が一瞬で弾け飛ぶ。

周囲の木々が次々と薙ぎ倒される中…

私の傍で、フーッ!フーッ!と荒ぶる虎の様な息遣いが耳に届き…

化け物の返り血を浴びた私が、よろける様に身を起こすと…

私の傍らには、悪鬼みたいな形相で大剣を携える、ガッツさんの姿があった。

ガッツさんは素早く自分の黒マントを外すと、泣きじゃくる私を、マントで包んでくれた。

寸での所で、私はガッツさんに救われた…

なのに私は、ガッツさんに感謝の言葉も言えず…

それ所か目を合わす事も出来ず…

震えの止まらない我が身を抱き締めながら、嗚咽を漏らし続けた。

こんな姿を……ガッツさんには見られたくなかった…。

ガッツさんは獣の様な荒い息を吐きながら立ち上がり…

普段よりも更に低い、明らかに怒気を含んだ、ゾッとする声を出した。

ガッツ「…傷を庇う様なセコいのは無しだ」

ガッツ「腕がもげようが知ったことかっ」

ガッツ「てめえらの下らねえ真似のおかげで、久々に目の覚める思いだぜ」

ガッツ「思い出したよ、久しぶりに…最初の気持ちって奴を」

ガッツ「ありがとよ……最悪の気分だ」

ガッツ「おらっ、かかって来いよ?お前ら今すぐ…挽肉だっ!」

ガッツさんが左手の義手で手招きすると…

群をなす化け物達が、堰を切った様に押し寄せて来る。

大剣を振り上げたガッツさんは、生い茂る木もろとも、化け物達を叩き斬っていった…。

ガッツさんの戦う姿はこれまで何度か見たけど、今回は明らかに戦い方が違っていた。

超人的な反射神経と野性的なカンを武器に戦うガッツさんだけど、それでも根底には冷静な判断が見て取れたのに…

今は化け物達の反撃もお構い無し。回避や防御を完全に無視して…

怒りに身を任せて、全力で剣を振るってる。

時間の経過と共に、辺り一面は血の色に染まり…

ガッツさんは化け物達の返り血と、負傷した自分の血で全身を濡らしながらも…

まるで竜巻みたいに、大剣を振り回し続けた。

シールケ「ミーナさん、ご無事ですか?」

サシャ「ミーナ……」

気が付くと、シールケちゃんとサシャの二人が、私の元に来ていた。

二人とも、顔色が酷く悪い。サシャに至っては血の気が引きすぎて、顔が真っ白になってる。

サシャと視線が合った私は、やっと込み上げて来た安堵感のせいで、また嗚咽が止まらなくなってしまった。

そんな私を跪いたサシャが、ギュッと抱き締めてくれた。

彼女の胸に顔を埋めて、ひたすらに泣き続ける私の頭を…

サシャは無言で、優しく撫で続けてくれる。

サシャの匂いと、抱き締めてくれる温もりと、優しく撫でてくれる手つきが…

恐怖で冷え固まった私の身体と心を、少しずつ溶かしていった。

シールケ「…一旦、ここを離れて浜辺に向かいましょう」

シールケ「ミーナさんの身体を洗わなければいけませんし…」

シールケ「何よりここに居ては、ガッツさんの邪魔になります」

サシャ「…けど、周りは…」

シールケ「大丈夫です。簡易式とはいえ魔法陣を張っています。トロールごときが円陣の中にいる私達に、手出しする事は出来ません」

シールケ「背後のトロールは、ガッツさんに任せれば問題ありませんので…」

シールケ「私達は、浜辺の方に立ち塞がるトロールを片付けてから進みましょう」

サシャ「か、片付けるって言っても…」

私達の周り、浜辺の方角には、化け物達…トロールが私達の退路を断つ様に集まっている。

トロール達は各々、棍棒みたいな武器を手に持っていた。

シールケ「今朝、薬草を集めに山に行った際…」

シールケ「トロールの襲撃に備えて、聖別した木の実を集めておきました」

シールケ「この聖別した木の実をトロールにぶつければ、トロールを追い払う事が出来ます」

シールケ「サシャさん、この木の実をお渡しします」

シールケちゃんはそう言いながら、木の実が入っているらしい小さめの袋をサシャに渡した。

サシャ「えっ、私に全部渡すんですか?シールケちゃんは?」

シールケ「その木の実を投げつければ、トロール達を追い払えますが…」

シールケ「あくまで一時的な効果しかありません。直ぐにも追いかけて来るでしょう」

シールケ「それでは意味がありません。その木の実は、あくまで急場しのぎの品です」

シールケ「そこにいるトロール達は、私が相手をしますので…」

シールケ「サシャさんは、私に近付いて来るトロールや、サシャさん達に近付いて来るトロールにその木の実を投げつけて、牽制して下さい」

サシャ「えっと…はい、解りました」

サシャが返事をすると、シールケちゃんは私達を取り囲む魔法陣から、外側へと歩み出た。

私とサシャを取り囲む魔法陣から、真横に数メートルほど距離をとると足を止め…

その場で、また新たに魔法の円陣を作り上げる。

その間、シールケちゃんを目指して詰め寄るトロール達には…

サシャが聖別された木の実を投げつけて、一匹残らず追い払った。

シールケちゃんは魔法陣を作り終わると、その中で何か呪文みたいな言葉を呟き出す。

何かの魔法?らしいけど…どうやら時間がかかるみたい。

押し寄せるトロール達に、サシャが木の実を投げつけては押し返す…

まるで浜辺に寄せる波の様な事を、暫く繰り返していると…

不意に、シールケちゃんの周りだけ、闇に包まれた様に暗い影が差した。

その影をよく見ると、何かがシールケちゃんを取り囲む様にしているのが解る。

シールケちゃんの頭上には、まるで大木の切り株?太い根を幾十も伸ばす、切り株みたいな化け物が…

シールケちゃんに絡み付く様にして、空中に浮いていた。

シールケ『我が字は腐根の主』

シールケ『朽ちし木々と汚泥の長なり』

シールケ『この小さき者との盟約に従い…』

シールケ『我が体躯を這いずる獣鬼めらを…蛆どもの苗床と化さん』

シールケちゃんの口を借りて、“腐根の主”と名乗った化け物は…

スーッと消えるみたいに、シールケちゃんの体の中に入り込んでいく。

腐根の主を自分の中に受け入れたシールケちゃんは…

円陣の中で両手をついて跪くと、顔を地面に近付けていった。

シールケ『…腐れよ』

そう呟いたシールケちゃんの表情こそ見えなかったけど…

その言葉と僅かに見える口元が、普段の彼女からは想像もつかないくらい、ゾッとするほど禍々しい。

そしてその言葉の次には、彼女の小さな口から、黒い煙みたいな息が吐き出された。

大量に吐き出される黒煙の息は、広がりながら真っ直ぐトロール達に向かう。

地面を嘗める様にして進む黒煙の吐息は、青々と茂る雑草を見る間に腐らせ…

黒煙の吐息を正面から浴びたトロール達は、一瞬にして肉体が腐り落ちた。

二十匹ほどいたトロール達が、一瞬で死滅しただけじゃなくて…

雑草も、生い茂る木々も、あっと言う間に腐れ果ててる…。

ガッツさんも凄いけど、シールケちゃんも…何て言うか…流石は魔女だわ。

腐臭の漂う中、もはや死骸じゃなくて、単なる骨の集まりを呆然と眺めていると…

隣の魔法陣で跪いていたシールケちゃんが、スッと立ち上がった。

シールケ「…さっ、急いで浜辺に移動しましょう」

サシャ「……凄いですね、シールケちゃん。流石は魔女です」

シールケ「少し…いえ、かなり腹に据えかねていましたので」

ミーナ「えっ?」

シールケ「このトロール達は、私達が昨夜泊まった村を襲ったトロールです」

シールケ「村の女性を辱め、命を奪っただけでは飽きたらず、ミーナさんを襲いました」

シールケ「断じて赦せません」

ミーナ「……ありがと」

シールケ「…私より、ガッツさんの方が遥かに怒ってますよ」

シールケ「私はガッツさんと念話で会話する事も出来ますし…」

シールケ「ガッツさんの感情も、念話を通して解るんですけど…」

シールケ「ミーナさんを見つけた時、ガッツさんの心が、爆発する様な怒りに包まれたのが解りました」

ミーナ「………」

シールケ「ガッツさんにとって、その身に危険が及ぶ程の、激しい憎悪です」

シールケ「私の呼びかけなど、まるで届きませんでした」

シールケ「……本当に、狂戦士化しなかったのは奇跡と言えます」

サシャ「狂戦士化?」

シールケ「…それは…まあ、後ほどお話します。取り敢えず、今は浜辺に向かいましょう」

ミーナ「……うん」

サシャ「ミーナ、肩を貸します」

ミーナ「ありがと、サシャ」

私はサシャから肩を借りると、シールケちゃんと共に浜辺へと向かった。

浜辺へと向かう私達の背後からは、ガッツさんの怒声みたいな叫び声と、トロール達の断末魔…

肩越しに振り返ると、逃げ惑うトロール達に、ガッツさんが容赦なく大剣を振り下ろしているのが見えた……。


つづく

遅筆で申し訳ありません

悪夢の様な強姦未遂から、一夜があけた。

トロールに襲われたせいで余計な時間が掛かってしまい、日没まで予定の宿に辿り着けなかった私達は…

結果的に野宿する事になってしまった。

ガッツさんは当然の様に、徹夜で見張り。

幸い、あの辺りにいたトロールは全てガッツさんが倒してしまったらしく、夜間にトロールの襲撃を受ける事も無かったし…

更には幸か不幸か、毎朝出現していた巨人…最後の一体も現れない。

複雑な気分だったけど、正直に言えば…

最後の巨人が現れなかった事で、私は心の奥底でホッとしていた。

平穏な朝を迎え、皆で朝食を食べていると、ガッツさんは仮眠を取らずに出発すると言い出した。

有無をいわさぬ物言いに押し切られる形で、予定より四時間も早く出発。

神経質な程に周りを警戒するガッツさんに連れられて…

私達がヴリタニスへと辿り着いたのは、夕方頃になった。

初めて目にする異世界の都市。

昨日の事で少し鬱っぽくなってた私も、幾らか胸が高鳴った。

ヴリタニスも城壁で囲まれた都市だけど、壁の高さはウォール・ローゼよりかなり低い。

半分か、半分足らずって所かな?

ヴリタニスに着いてまず驚いたのが、人の多さ。

城壁の内外を問わず、人・人・人…で、ごった返してる。

ただ不思議に思ったのは、ここの人達の格好なのよね。

立体機動装置を装備している私らが言えた義理じゃないけど、ここの人達の大半が、ガッツさんみたいに鎧を着込んでる。

城壁の外の人達は、見るからに軍隊って感じだったし…。

私が疑問に思ってると、サシャも同じ疑問を感じてたみたいで…

サシャがその件をガッツさんに聞くと、実に単純明快な返事が返ってきた。

ガッツ「戦がおっぱじまるのさ、クシャーンとのな」

サシャ「クシャーン?」

ガッツ「法王庁の教圏から外れた所に住んでる連中で、蛮族とも呼ばれてる」

ガッツ「ま、俺も信仰心なんざ欠片も持ってねえから、偉そうに言えた義理じゃねえけどよ…」

ガッツ「早い話が異教徒相手の奪還戦争だな」

ガッツ「詳しい話はこの間、セルピコが言ってただろ?」

サシャ「あー…何となく覚えて……ます?」

ミーナ「……」

良くは解らなかったけど、異教徒との戦争…つまりは人間同士の戦争が始まるらしい。

そういえばセルピコさんから聞いた話だと、戦争は既に始まっていて…

ミッドランドって王国の王都が、陥落したって言ってたのを思い出した。

なるほど…ヴリタニスは奪還作戦の拠点になってて、それでこんなに鎧を着込んだ人達が溢れてるんだ。

それにしても…呆れるくらい人が多い。

軍人、傭兵、商人、町人行商人、娼婦、博徒……

あまり健全な雰囲気とは言えないけど、活気だけは伝わって来る。

海に面した貿易都市ヴリタニスは、今や清濁綯い交ぜになってる状態で…

都市全体が、まるで酒保みたいになっていた。

シールケ「セルピコさんと念話で連絡が取れました」

シールケ「取り合えず、酒場の三階に宿を取っているそうです」

ガッツ「遠いのか?」

シールケ「それほど遠くありません、歩いて二十分といった所でしょう」

シールケ「セルピコさんが迎えに来ましょうか?と仰ってますけど?」

ガッツ「シールケ、場所は解るか?」

シールケ「セルピコさんから道順の思考映像を見せて貰いましたから、迎えが無くても一応は辿り着けます」

ガッツ「なら迎えは必要ねえ」

シールケ「解りました、セルピコさんに伝えます………」

シールケ「では行きましょう」

シールケちゃんはそう言うと、先頭に立って歩き始めた。

人でごった返す小さな通りを、シールケちゃんを先頭にして進んでいると…

暫くして、周りの人達からやたらと注目を浴びているのに気付いた。

初めはガッツさんに抱っこされてる私が注目を集めているのかと思ったけど…

どうやら違うみたい。集まる視線の先を辿ると、大衆の興味を集めていたのは…

覚束ない足取りで先頭を歩く、シールケちゃんだった。

“何だあの格好は?”とか“魔女のつもりか?”とか、ヒソヒソと話し声が聞こえて来る。

どうやらこの世界でも、魔女の存在は希少みたいだった。

シールケ「人が多すぎて、酔いました…気持ち悪いです…」

サシャ「大丈夫ですか?少し休みます?」

シールケ「…いえ、もう暫くで宿に着きますから、我慢します…」

シールケちゃんは大衆の視線に晒されながら、片手で口元を押さえ、顔色を悪くしながらフラフラと歩く。

予想した到着時間よりも少し遅れて酒場に辿り着くと…

宿を取ってる酒場の前では、セルピコさんが表に出て、私達を待っていてくれた。


セルピコ「お疲れ様です、皆さん」

セルピコ「おや?シールケさん、顔色が良くないようですが?」

シールケ「ええ…どうやら人の多さに酔ってしまったらしくて…」

セルピコ「旅の疲れもあるのでしょう。夕食まで少し時間がありますから、部屋でお休み下さい」

シールケ「そうさせて貰います…」

サシャ「ええっ!ご飯まだなんですかっ!?」

セルピコ「…リンゴで良ければ部屋にありますよ?」

サシャ「リンゴっ!果物っ!!部屋はドコですかっ!?」

セルピコ「さ、三階です。部屋は二部屋借りt」

サシャ「行きましょうシールケちゃん!」

シールケ「わっ!」

パック「オレも林檎欲しい!」

イバレラ「私も私も~!」

サシャはシールケちゃんを抱えると店内に向かって駆け出し…

イバレラちゃんとパック君が、その後を追いかける。

ミーナ「ちょっサシャ!パック君も待って!」

慌てて手を伸ばして叫んだけど、私の声は届かなかったらしい。

私は仕方なく、伸ばしていた自分の左手をそっと引き寄せた。

………サシャの馬鹿。置いてかないでよ…。

………気まずい。ガッツさんの顔が見れない。

と言うか、正直に言えば顔を向けられない。

トロールの事があってから、実のところ今に至るまで…

私は一度しか、ガッツさんと口をきいていなかった。

“助けてくれて、ありがとう御座いました”

この感謝の言葉だけ。それ以外は一言も口をきいてないし…目も合わせていない。

目を合わせられない、話しかけられない、それが本音なの…。

私の心についた深い爪痕…

昨日からずっと、理不尽な痛みが、心の中で生々しく蠢いていた。

セルピコ「ミーナさん…その格好は?」

替えの服なんてあるはずもなく、私の体は昨日からずっと、ガッツさんのマントで包まれたままの状態。

理由を知らないセルピコさんが尋ねてきたけど、私はとても正直に答える気にはなれなかった。

ガッツ「セルピコ。悪いが、今すぐミーナが着れそうな服を手配してくれ」

セルピコ「今すぐ…ですか?」

ガッツ「大至急だ。ワリーが是が非でも着替えが必要って状態でな」

ガッツ「ちょいと色々あって、マント無しじゃ表どころか部屋もうろつけねぇ状態なんだよ」

セルピコ「……解りました。幸いこのヴリタニスはヴァンミディオン家の統治する都市と言っても過言ではありません」

セルピコ「ファルネーゼ様の件がありますので、本家には頼れませんが…」

セルピコ「ヴァンミディオンの家名は出さずとも、私的に顔の利く店なら多数あります」

セルピコ「あまり上等な服はご用意出来ませんが、取り急ぎ着替えの服を調達してきましょう」

セルピコ「夕食前までには用意して来ますので、部屋の方でお待ち下さい」

ガッツ「ワリぃな、頼んだぜ」

セルピコ「では後ほど」

セルピコさんは普段通りの薄い笑顔を私に向けると、小走りで雑踏の中に消えていった。

ガッツ「…さて、俺らも部屋に行くか」

ミーナ「……」

私が首肯する事で返事をすると、ガッツさんは私を一度抱え直し…

喧騒の聞こえる店内へと足を進めて行った。


私達が泊まる宿は、実の所は正規の宿屋じゃなかったらしく…

セルピコさんの顔見知りである酒場の店主と交渉して、お店兼自宅となっている建物の三階…

所謂、屋根裏部屋の二部屋をセルピコさんは借りたらしい。

二つ借りた部屋を男女に振り分け、その女性用の部屋でセルピコさんの帰りを待つこと小一時間。

大きなバックを四つも抱えて宿に帰って来たセルピコさんは…

酒樽を土台にして作った急拵えのベッドの上に、バックの中身を次々に広げていった。

大きなバックの中からは、数着の真新しい婦人服、新品の下着やタオル、洗面用具から果ては生理用品…

どれも必要な物ばかりで凄く嬉しかったけど、最後に取り出された生理用品を見て、私とサシャは思わず顔を赤らめてしまった。

セルピコ「服の着替えは四着ありますので、ミーナさんだけではなく、サシャさんもご使用下さい」

サシャ「私も着ていいんですか?」

セルピコ「勿論です。シールケさんの着替えもお持ちしましたよ」

シールケ「えっ、私の分も?」

セルピコ「はい。スケリグ島に向かって出航するまで、ヴリタニスに何日滞在するか解りませんからね…」

セルピコ「ファルネーゼ様やキャスカさんの分は昨日、既に用意してあります」

セルピコ「ミーナさん達の分で他に何か要り用がありましたら、遠慮なく申し出て下さい」

ミーナ「でも、その…お金って言うか費用とか…私達、全然持ってないんですけど…」

ファルネーゼ「費用の事は気にしないで下さい」

ファルネーゼ「ヴリタニスに居る限りは、ヴァンミディオン家が全ての費用を負担しますので」

サシャ「ファルネーゼさんが?」

ファルネーゼ「いえ……ヴァンミディオン家が、です。正確に言えば“私の父が”ですけどね…」

ファルネーゼさんは憂いのある笑みを浮かべて、そう言った。

持って回った言い方と、冴えない表情。

何かありそうなのは一目瞭然だったけど…ファルネーゼさんの表情から察するに、それ以上の話を聞く事は憚られた。

セルピコ「それでは着替えが済んだら、二階の店内に降りて来て下さい」

セルピコ「ガッツさん達は先に二階に降りて、席を確保している、との事ですから」

セルピコ「ファルネーゼ様とキャスカさんは、先に二階へ参りましょう」

シールケ「私も、今日はこの格好のままで良いですから。先に行きますね」

イバレラ「ゴハン~♪」

サシャ「では私はミーナと一緒に着替えてから行きますね」

…意外だわ、サシャが食事を後回しにするなんて。

イバレラ「へーっ!食欲魔人のサシャが、食事を後回しにするなんて珍しいわね?」

サシャ「し、失敬な!」

イバレラ「あ、でもさっき林檎を三つも食べてたっけ?」

サシャ「何言ってんですか?果物が別腹なのは常識ですよ?」

イバレラ「アンタの胃袋は非常識だってーの!」

シールケ「イバレラ」

イバレラ「やーい大食い女~!食欲魔人~!」

サシャ「な、なにおう!」

イバレラ「ちょっとオッパイ大きいからって調子に乗ってんじゃないわよ、この牛女~っ!」

サシャ「な!こっこのチビ~!チビ~っ!」

イバレラ「オッパイ女~!隠れ巨乳~!そのうちタレちゃえタレちゃえ!」

サシャ「なっ!やっやんのか?やんのか?」

シールケ「イバレラやめなさいっ!」

ミーナ「サシャ、あんたボキャブラ少な過ぎっつーか、マジになり過ぎ。少し落ち着きなよ」

サシャとイバレラちゃんのやり取りに、私だけじゃなくセルピコさんやファルネーゼさんも苦笑を漏らした。

イバレラちゃんをトンガリ帽子の中に押し込んだシールケちゃんは、イバレラちゃんに代わってサシャに謝ると…

セルピコさんやファルネーゼさん達と共に、先に二階へと降りて行った。

部屋に残った私とサシャが着替えを始めると…

先程とはうって変わり、表情を改めたサシャが、真面目な声で問い掛けてきた。

サシャ「…ミーナ。聞いていいですか?」

ミーナ「何?どうしたの?」

サシャ「ガッツさんの事です」

ミーナ「っ!………」

つづく

遅筆で申し訳ありません。
ブラック気味の新しいお勤め先で馴染めず、悪戦苦闘中…心が折れそうです

サシャ「気になってたんですけど、昨日から全然喋ってませんよね?ガッツさんと?」

ミーナ「……うん」

サシャ「原因はまぁ、言われなくても解ってますけど…」

サシャ「いいんですか、このままで?」

ミーナ「…良くないけど」

ミーナ「仕方ないじゃん。あんな所を見られちゃったんだから」

ミーナ「恥ずかしいし…気まずいし…」

サシャ「気持ちは解りますけど…露骨に無視するのはどうかと思いますよ?」

ミーナ「無視したくてしてるんじゃないわよ!」

ミーナ「私だって…ホントは…」

サシャ「だったらもっと普通に、素直に接したらいいじy」

ミーナ「サシャには解んないよっ!!」

私は思わず、感情的になって大声を上げてしまった。

そう、サシャには私の気持ちなんて解らない…解りっこない!

初恋って言える人の目の前で、化け物に犯されかかった私の気持ちなんて…。

確かに、身体は無事だった……でもね?

ミーナ「身体は無事だったけど…」

ミーナ「心を穢された気分なの」

サシャ「……」

ミーナ「なのに……」

ミーナ「昨日の今日なのに、どうやったら普通に振る舞えるの?」

ミーナ「どうしたら素直に接する事が出来るって言うのよ!」

サシャ「……ミーナの言いたい事は解ります」

サシャ「きっと、凄く辛かったんだろうと思いますよ…」

サシャ「今だって辛いだろうと思います」

サシャ「だってミーナ、ガッツさんのこと好きですもんね…」

サシャ「好きな人にあんな所を見られたから、余計にショックだったんでしょ?」

ミーナ「私がガッツさんのこと好きだって…気付いてたの?」

サシャ「ええまあ……何となくでしたけどね」

サシャはそう言うと、小さく笑いながら人差し指で自分の頬を掻いた。

彼女がよく浮かべる、自信なさげな笑顔。

次にサシャの頬が、少しだけ朱色に染まった。

サシャ「ガッツさん、素敵ですもんね…ミーナの気持ちも解りますよ」

サシャ「正直に言えば、今では私も、ちょっと良いかなぁ~って思ってますから」

ミーナ「えっ!!」

サシャ「あっ、でも私の気持ちってアレです、ファン心理?」

サシャ「好きか嫌いかって言ったら、それはまあ好きですけど…」

サシャ「好きって感情よりは、憧れの感情が強いですかね?」

サシャ「正しくファン心理ってヤツですよ」

ミーナ「……そっかあ……」

照れ笑いを浮かべるサシャに、私は気の抜けた返事を返した。

正直、驚いてる。

サシャは花より団子って感じだったからなぁ…

今までだって、サシャと色恋沙汰の話なんてしたこと無かったし…。

年頃の女の子なんだから、色恋沙汰に興味があっても当然なんだけど…

その対象がガッツさんだって事に、ちょっとビビるわ。

何しろサシャは“容姿だけ”をとってみれば、同期の間でもかなりの美人。

スタイルだって抜群に良いのよ、この子。

でもまあ“残念な美人”扱いなんだけどね、同期の間では……人間性は良いから、私個人としてはサシャのこと好きだけどね。

サシャの爆弾発言に私が呆気にとられていると、彼女は綻んでいた表情を、引き締め直した。

サシャ「それで、何て言うか、諄いかもしれませんけど…」

サシャ「ミーナの辛い気持ちも解りますけど…」

サシャ「それでも後悔しない為にも、ガッツさんと普通に接した方が良いと思います」

ミーナ「だから……」

サシャ「ミーナこそ、本当に解ってますか?」

サシャ「ひょっとしたら私達は、明日にもこの世界から出て行かなければならないかも知れないんですよ?」

ミーナ「……」

ミーナ「…解ってる」

ミーナ「解ってるよ、そんな事くらい…」

ミーナ「帰らなくちゃ…いけないんだよね、私達は」

サシャ「…はい」

サシャ「ですから、せめて悔いを残さない様にしないと…」

ミーナ「……うん、そうだね」

ミーナ「後悔しない様にしないと…ね」

サシャ「……ですね」

後悔は……したくない。

どんなにモヤモヤした気分でも、躊躇ってる時間は残されていないんだ。

サシャ「ミーナがモタモタしてるなら…」

サシャ「私が横から獲物をかっ攫いますよ?」

ミーナ「なっ!ちょっ!」

サシャ「何しろ私は狩猟民族ですからね?」

サシャ「獲物を奪うのに、作法が必要とは思っていませんので悪しからず」

ミーナ「…ふんだ!赤い顔してナニ言ってんのよ?」

ミーナ「狩猟民族って言ったって、恋愛関係はド素人のクセにっ」

サシャ「おや?急に強気になりましたね?」

サシャ「なら勝負しますか?」

ミーナ「良いよ?何ならついでに、ご飯も賭けようか?」

サシャ「受けて立つっ!!」

ミーナ「即答かよ…」

サシャ「…」

ミーナ「…」

サシャ「……プッ」

ミーナ「……くふっ」

サシャ「…ふっ…ふふっ…ふははははははっ!」

ミーナ「…くっ…くくっ…あははははははっ!」

可笑しい…何か、何でか笑える。何だろ?何コレ?

“勝負しますか?”と、挑発的な笑みを浮かべるサシャの表情が…

私の“ご飯も賭けようか?”って言葉で、素の表情になる辺りが何とも笑えたわ。

…サシャなりに…私を気遣ってくれてるのかなぁ…。

…ひとしきり笑ったら、お腹が減ってきた。

ミーナ「お腹減ったよ。早く着替えてご飯に行こう!」

サシャ「賛成です!」

それから私達は慌ただしく…

尚且つ、ぎゃーぎゃーと服を奪い合いながら着替えると…

出来る限りのおめかしをして、ガッツさん達が待つ二階へと降りていった……。

つづく

七月中にはミーナ編を終わらせたいです…

セルピコさんが用意してくれた私服に着替えると、私とサシャは三階の屋根裏部屋から二階の店内へと階段を下りて行った。

階段を降りて二階に着くと、紫煙とアルコールの匂いが鼻をつく。

酒場の二階は中二階の造りになっていて、備え付けのテーブルは四人掛け程度の大きさ。

ガッツさん達は二組のテーブルに分かれて、既に夕食を食べ始めてる。

向かって右手、壁際のテーブルには、シールケちゃん、セルピコさん、ファルネーゼさん、キャスカさんが座っていた。

キャスカさんの食事には、やっぱりお世話が必要なので…

食事のお世話には、キャスカさんと並んで座ってるファルネーゼさんと、キャスカさんの正面に座るセルピコさん。

そのお二人が、キャスカさんの食事を手伝っていた。

ただファルネーゼさんは、キャスカさんの面倒を見ながらも、向かいに座るシールケちゃんに、しきりに話しかけてる。

ファルネーゼさんはシールケちゃんに魔女として弟子入してからというもの…

常にシールケちゃんの事を“先生”って呼んでいる。

弟子のファルネーゼさんはシールケちゃんに対して、まるで宗教の対象みたいな真摯な眼差しと、生真面目な態度や表情で接しているから…

随分と年下になる師匠のシールケちゃんは、その対応にちょっと恐縮してる感じ。

でも二人の間には、常に礼節と敬意を互いに払っているのが解るから…

端から見ていても、とても気持ちの良い関係に思えた。

そして隣になる左手のテーブルには、イシドロ君とガッツさんが向かい合って食事をとっていた。

階段を降りた私が足を止めると、サシャも私の横で立ち止まる。

私はちょっと緊張しながら、ガッツさんが振り向いてくれるのを待った。

イシドロ「おっと、来た来た!似合ってんじゃん!」

パック「おーっ!」

セルピコ「どうやら見立てたサイズで合ってたみたいですねえ?安心しましたよ」

ファルネーゼ「お似合いですよ、お二人とも」

シールケ「本当ですね、お似合いです」

イバレラ「へー…まあまあね?」

私とサシャの服装を見て、皆さんが口々に褒めてくれた。

サシャは白い長袖シャツの上に、オレンジ色をした大きなチェック柄のベストに、下はベージュのスカート。

私はピンストライプの長袖シャツの上に、刺繍の入った若草色のノースリーブ・ワンピース。

セルピコさんが持って来てくれた日用品の中には櫛もあったから、必死に髪もとかして来たんだけど…。

皆さん達よりワンテンポ遅れて私達を見たガッツさんは…

意外そう?と言うか、少しだけ表情を変えた後で口を開いた。

ガッツ「へぇ…悪くねえじゃねーか?二人とも見違えたぜ?」

やっ……うっ…嬉しいっ!

すっっっごい嬉しいっ!

もし私にシッポがあったなら、馬鹿みたいに振っちゃってるよ、絶対!

ヤバい、顔が凄いニヤケちゃう…我慢よ、我慢!

そうだ返事!お礼言わなきゃ!

ミーナ「…ぁ……あ、あr」

サシャ「えー?似合ってますかぁ?ちょっとテレちゃいますねぇ」

サシャ「似合わないかもと思って、ちょっと緊張してましたから…」

サシャ「緊張が解けたら、お腹空いちゃいましたよ。夕食は何でしょうか?」

上機嫌な大声を出したサシャが足取りも軽やかに歩き出し…

まるで当然の様に、ちゃっかりガッツさんの隣の席に腰を下ろす。

…にゃ、にゃろう…

ご飯を賭けるとは言ったけどさぁ……友情は?

あれ?女の友情は?

石の様に固まる私に、イシドロ君が手招きをした。

イシドロ「ミーナねーちゃんも早く座れよ、メシ食おうぜ!」

ミーナ「……うん」

内心モヤモヤしながらも、笑顔を崩さずイシドロの隣の席に腰を下ろす。

腰を下ろした後で、左斜め前に座るガッツさんに笑顔を向ける。

その後、正面に座るサシャを見ると…

サシャは、意味深な笑みを浮かべていた。

……してやられたよ、チクショウ!

イシドロ「取り敢えず乾杯しよーぜ!」

イシドロ「ねーちゃんらは何飲む?」

イシドロ「果実酒とラム酒があるぜ?」

サシャ「果実酒って…お酒ですよね?」

イシドロ「酒っつっても、苺酒と葡萄酒だぜ?苺酒なんかガキの飲むジュースだよ」

サシャ「イシドロ君は何を飲んでるんですか?」

イシドロ「葡萄酒」

サシャ「じゃあ私は、苺酒で。ミーナは?」

ミーナ「……ラム酒」

サシャ「えっ?」

イシドロ「マジかよ?」

ガッツ「…」

サシャ「えっと、やめt」

ミーナ「ラム酒っ」

サシャ「えー…」

ガッツ「親父!苺酒とラム2、追加だっ」

ガッツさんは右手を上げると、吹き抜けになってる一階に向かって、お酒の注文を叫んだ。

サシャ「えっ、本当に頼んじゃったんですか?」

ガッツ「何か問題あるか?俺もキャスカもお前らの歳くれーにゃ、ラムくらい普通に飲んでたぜ?」

サシャ「あー、私、ラムって飲んだ事が無いんで…」

ミーナ「…」

正直、私も無いよ。てゆーか、お酒自体初めて。

ラム酒を頼んだのは、単にサシャに張り合っただけだもん。

…あっ!話し掛けるチャンス!自然に…自然にぃ…

ミーナ「ラム酒って美味しいんですか?」

ヨシ、ごく自然!声も裏返ってない!何かホッとしたよ…。

ガッツ「…何だ、飲んだ事ねぇのか?」

ミーナ「えっと…ラム酒は無い…かなぁって…」

ガッツ「酒なんざどれも作り手次第だが…まぁさっき飲んだ分にゃ、まあまあだったな」

ミーナ「そうですか、楽しみです」

ガッツ「ま、無理しねーこった」

ミーナ「はい!」

よーし、会話オッケー!話せてる話せてる、イケるイケる!

サシャに出し抜かれてイラッとした分、話し掛けるのに勢いがついて良かったよ…。

内心、ホッと胸を撫で下ろした私は、改めてテーブルの料理に目を移した。

テーブルにはバケットと丸パン、サラダにスープ。そしてメインは…

ミーナ「あの、このメイン料理……何ですか?」

サシャ「……でっかい虫にしか見えないです」

イシドロ「ちょ、虫って…」

サシャ「虫じゃないんですか、コレ?」

イシドロ「エビだよ、海老!」

ミーナ「蜘蛛かな…コレ?」

ガッツ「…丸っこいのは蟹だ」

サシャ「美味しいんですか?」

イシドロ「すっっっげーウメえよっ!」

イシドロ君がボイルされたエビってのを掴んで、私達に食べ方を教えてくれた。

見よう見まねで、私の手首くらいある海老の殻を剥ぎ…

白身と、部分的に赤みが差す肉厚な身に、思い切りかぶりつく。

プリプリの食感と、潮の香りと、生まれて初めての風味…。

じっくり味わって嚥下した後は、私もサシャも夢中になって食べ始めた。

一匹目を貪り、二匹目を食べ尽くし、三匹目に手を伸ばした所で…

呆気にとられたイシドロ君と、ガッツさんの視線に気付く。

カッと頬が熱くなるのを自覚しながら、私は伸ばした手を慌てて引っ込めた。

イシドロ「…くくくっ…ほら、遠慮すんなよミーナねーちゃん!」

イシドロ君が笑いながら、私のお皿に海老をドン!と置いた。

……は、ハズカシい。何て迂闊な…サシャじゃあるまいに。

何せ、宿舎の食事は量も少ないし、味も薄い。

ぶっちゃけ大して美味しくもないから、美味しいモノを食べ始めると、つい勢い良く食べちゃう…。

私に限らず、訓練兵は基本的に飢えてるのよねぇ…。

何より海老って今日、初めて食べたし…美味しいし…お腹減ってたし…。

まあ、所詮は言い訳。兎に角、笑って誤魔化そう!

ヘラヘラと笑いながら、こっそりガッツさんを覗き見ると…

案の定、ガッツさんは苦笑いを浮かべちゃってる…

本当~に身が竦む思いだった。

店主「あいよ、お待ち。苺酒が1杯と、ラム酒が2杯だ」

注文したお酒が届いたので、これ幸いと杯に手を伸ばす。

両手で持った杯を口に付け、一気にソレを傾けた私は…

一口飲み込んだ次の瞬間、盛大に咽せ込んだ。

ミーナ「ぶふっ!かっ…ゲホッゲホッ!」

サシャ「わっ!ちょ、何してんですかミーナ!」

ミーナ「ゲホッ!…ごめ…むせゲホッゲホッ!」

サシャ「もー…ちょっとかかったじゃないですか…」

ミーナ「ゴホッ……ごめん…」

水でも飲む感じで一口飲み込んだら、喉に灼ける様な熱さを感じて、反射的に吹き出してしまった。

その拍子に、ラム酒が気管にも入ったみたいで、ものすんごい辛い!

吐き出す際、鼻腔の方にも逆流したのか…

鼻の奥からラム酒の匂いがするわ、鼻が痛いわ、妙に鼻がスースーするわ、咳が止まらないわで…もう最悪。

ちょっと涙まで出ちゃってるけど、涙までラム酒な気がするよ…。

サシャ「だから止めろって言おうとしたんですよっ」

ミーナ「ホントごめん、マジでごめん…」

ガッツ「親父、水を一杯」

店主「…あいよ、直ぐに持って来る」

店の店主は笑い声でそう言うと、一階に繋がる階段を降りていった。

ガッツ「ま、水でも飲んで落ち着け」

ガッツ「それと、まだラムは早ええみてーだから、飲むなら苺酒にしとけ」

ミーナ「……そうします」

私がしょんぼりと答えると、ガッツさんはテーブルに置いた私のラム酒を取り上げた。

ガッツ「つっても、勿体無ぇからな。コイツは俺が飲む」

ミーナ「えっ?」

私が返事をするより早く、ガッツさんは取り上げたラム酒の杯を口にあてると…

あっという間に私のラム酒を飲み干した。

空になった杯をテーブルにタンッ!と置き、フーっと息を吐く。

私は頬どころか耳まで熱くなっていくのを自覚した。

…あの…そのラム酒、私が口に入れた分も杯の中に戻しちゃったんデスケド……

ミーナ「…」

サシャ「…」

イシドロ「一気飲みかよ…つーかソレ、ミーナねーちゃんの飲みかけだろ?」

ガッツ「別に回し飲み位どってこたぁねーだろ?死にゃしねーよ」

ガッツさんは気にする素振りも無く、今度は自分のラム酒に手を伸ばし…

また水でも飲む様な勢いで、杯を傾ける。

サシャは苺酒を一口だけ飲むと、顔を赤くしながら手にする杯をガッツさんに差し出した。

サシャ「ちょっと口に合わなそうなので、よ、よ、良かったら…コレもどうぞ…」

ガッツ「苺酒か?ラムなら貰ったけどよ…遠慮しとく」

ガッツ「ファルネーゼかセルピコなら飲むんじゃねーか?」

サシャ「…ソウデスカ」

ちょ、あざといわ!

私はテーブルの下で軽くサシャのブーツを蹴ると、サシャに顔を寄せて小さな声をかけた。

ミーナ『シレッと何やってんの?』

サシャ『…口に合わなかったので、ガッツさんに飲んで貰おうと思っただけですー』

ミーナ「その苺酒って発泡酒?なら私が飲んであげるよ。炭酸でお腹が張って、また食堂で放屁とかヤだもんね?」

サシャ「ミーナ、お酒飲めないでしょ?また咽せて鼻からお酒吹いたら大変ですから、ガッツさんが頼んでくれた水でも飲んでて下さい」

ミーナ「……」

サシャ「……」

お互い笑顔のやり取りだけど、笑ってるのは口元だけで、目は全然笑っていない。

負けられない戦い、絶対に引けない勝負ってのは、誰にだって一度くらいは訪れるらしい。

いつもは楽しいだけの食事時…

笑顔を浮かべる私とサシャの間には、不穏な空気が流れ始めた…。


つづきは今晩に投下します

その不穏な空気を感じ取ったのか、イシドロ君は大皿に盛り付けられた蟹を両手で掴むと…

普段より少し高い声を出しながら、ボイルされた丸一匹の蟹を、私とサシャそれぞれの皿の上にドン!と置いた。

イシドロ「か、蟹の食い方も教えてやるよ!」

イシドロ「エビよりウメーからさっ!マジで、美味さにビビるぜ?!」

ミーナ「…ありがと」

サシャ「…頂きます」

イシドロ「お、おう…」

イシドロ「じゃ、見てろよ?甲羅の部分をココから剥いでだなぁ…」

海老の時と同様に、イシドロ君に指南を受けて、見よう見まねでボイルされた蟹をバラしていく。

白い身を口に含むと、絶妙な塩気と、淡泊でいながらも芳醇な蟹の甘味が、口の中に広がっていった。

サシャ「っ!!」

ミーナ「っ!!」

なにコレ……美味しいっ!!

サシャ「はむっ……ん~っ!」

ミーナ「はむっ……んんっ!」

ちょっと感動するよ、コレ!

サシャ「はむっ…」

ミーナ「はむっ…」

ちょっと身が取り難いけど…

サシャ「はむっ…」

ミーナ「はむっ…」

クセになる、夢中になる味だわ…

サシャ「はむっ」

ミーナ「はむっ」

イシドロ「ここが蟹ミソ。好き嫌いあるかもだけど、美味いぜ?」

サシャ「んっ…」

ミーナ「んっ…」

蟹ミソって…何て言うか…マイルド?

これも初めての味と食感だわ。

それから私とサシャは、ひたすら無言で蟹を食べ続けた。

いや、無言って言っても悪い雰囲気とかじゃなくてね?

蟹を食べ始めたらモヤモヤしてた気分もどこかに行っちゃって…

知らない間に、何かの職人になったみたいに蟹の身をほじってたのよねぇ……無言無心で。

蟹を食べる合間に、これもまた気付かない内にテーブルに置かれていた私用の苺酒を飲み…

追加された大皿の蟹を食べ尽くす頃には、口当たりの良い苺酒を飲み過ぎたせいもあって…

私とサシャは、結構良い感じで出来上がってしまった。

サシャ「ふあー…満足したわ~…」

ミーナ「何かフワフワするね~…」

サシャ「あ~…何かあっついわ~…」

サシャ「ベスト脱ごっかなぁ~…」

ミーナ「私も一枚脱ごうかなぁ~…」

サシャ「あははっ!ミーナ一枚脱いだらパンツ丸出しやん」

ミーナ「あ、そっか~…丸出しだぁ~…あははははっ!」

サシャ「あはははっ!丸出しぃ…あははははっ!」

ミーナ「丸だ、ぶふっ!丸出、ぶふっ!あははははっ!」

サシャ「あははははははっ!」

イシドロ「ちょ…大丈夫かよ、コレ?」

ガッツ「いー感じで回ってんだろ?ほっときゃ直る」

何か、すっごい楽しいよ、コレ?

気分が高揚してる!ナチュラルハイ・ボーン!って感じ?

自分でも何言ってんだか解んないや!

ハイになってる私とサシャが、周りの迷惑なんて露ほども考えずにケラケラと笑っていると…

離れたテーブルに居たガラの悪い数人の男達が、お酒の入った杯を片手に持ち、私達のテーブルへとやって来た。

男「おうおう、随分と楽しそうじゃねーか?」

男「ねーちゃんら可愛いねぇ?こっち来て酌しろやぁ?」

男「何だ何だぁ?こんな隅に娘が五人も……一人はガキか」

男「おっ、べっびんだねぇ。どうだい、こっち来て一杯?」

ファルネーゼ「お断りします」

男「こっちのねーちゃん達は、さっき脱ぐっつってただろ?」

男「ほら、手伝ってやっからよ、こっち来いや?」

赤ら顔をした、お酒臭い息を吐くオジサンが、私の右腕を掴んで強引に引っ張る。

無理矢理立たせられそうになり、その拍子に左足をテーブルの脚にぶつけた私は…

左足を押さえて、思わず悲鳴を上げてしまった。

ミーナ「いっっっ!たぁー…」

イシドロ「おいてめえっ!手ぇ離せ酔っ払いっ!」

男「あ?何だ小僧?」

男「てめえ、いいと思ってんのか!?ガキがこんな所で酒n」

次の瞬間、ガッツさんの豪腕がオジサンの顔面に入った。

かなりの力を込めて殴ったらしく、連れだって来た男達も巻き込んで、余所のテーブルに頭から突っ込む。

その結果、誰とも知れない人達が集うテーブルを派手にひっくり返し…

テーブルの上にあったお酒や料理を、床に散乱させる事になった。

一瞬で、店内が剣呑な雰囲気に変わる。

男「ああっ!」

男「何しやがるっ!」

殴った右手をブラブラと振りながら、ガッツさんが男達に答えた。

ガッツ「家のモンに手を出した落とし前だ」

ガッツ「小汚え手で、ミーナに触んじゃねえっ」

ガッツ「ぶっ飛ばされんぞ!」

……………………

………どうしよう。

…ホントに嬉しい。

体中にジーンとシビレが走る。

酔ってる私がガッツさんの言葉に感動してると…

一触即発の状態だった店内は、ガッツさんの言葉を切っ掛けに、まるで火薬が誘爆する様な大乱闘に発展していった。

但し、皆一応ケンカのルールを守っているのか、店内で刃物を振り回す輩はいない。

イシドロ君も何時かみたいに、転がり回りながら蹴りまくってる……相手の股間を、だけど。

そしてガッツさんの場合、左手の義手は鋼鉄製だから、右手一本での殴り合い。

ガッツさんの腕力を使って、鋼鉄製の義手で殴りつけたりしたら、下手すると相手が死んじゃうもの。

その点を考慮して右手しか使ってないんだから、やっぱりガッツさんは格好いい…素敵よねぇ。

なのに、そんなガッツさんに相手は四人掛かり!

何て卑怯、卑劣な奴らなの?

絶対に許せない!

私は周りを見渡し、床に転がっていた酒瓶を掴み上げると…

ガッツさんの腰にしがみ付いている、男の元に行く。

酒瓶を振り上げると、躊躇も無く男の後頭部に叩き付けた。

分厚い酒瓶が、バリン!と重い音を立てて砕け散る。

ガッツさんの腰にしがみ付いてた男が、ズルズルと力無く床に崩れ落ち…

体の自由を得たガッツさんが、三人の酔っ払いをあっという間にやっつけた。

振り返ったガッツさんが、私を見て笑みを浮かべた。

ガッツ「やるじゃねーか、助かったぜ」

ミーナ「これくらい…私だって兵士の端くれですから!」

ガッツ「…あんま無茶すっと、折角の晴れ着が汚れちまうぞ?」

ミーナ「えっと……この服、私に似合ってますか?」

最初に褒めて貰ったけど、大事な事なのでもう一度聞いてみた。

ガッツ「ああ、似合ってるぜ」

ミーナ「…えへへっ」

ミーナ「えっと…」

ミーナ「…かっ、かっ、可愛いですかね?」

辺りは大乱闘。他に私の言葉を気にとめる者もいない。

なので、どさくさ紛れに聞いてみた。

ガッツ「……ああ」

ミーナ「っ~~~!!」

床に転がっていた酒瓶を新たに拾い上げると、私は意気込んで声を上げた。

ミーナ「さあ!片っ端からやっつけましょう!!」

ガッツ「…あんまり無茶すんなよ?」

ガッツ「足の怪我にも障るからな」

ミーナ「はいっ!」

体中に力が漲ってくる。

今の私なら酒瓶で、巨人だって倒せるような気がした…。


つづく

酒場での大乱闘から一夜があけた。

目を覚ました私が、寝ぼけ眼で何となく窓の方に視線をやると…

窓から射し込む陽の光は、早朝のそれよりも遙かに明るい。

食べて飲んで大暴れしたせいか、ヴリタニスに着いて初めて迎える朝、私は随分と寝坊してしまったらしい。

少し頭が重いのは、これが二日酔いってヤツなのかな?

簡易ベッドの上でモソモソと起き上がり、気だるさを感じながら室内を見渡すと…

どうやら寝坊したのは私だけじゃなかった。

サシャとキャスカさんが、まだ夢の中だ。

それにしてもサシャが寝坊だなんて珍しい……でもまあ、仕方ないか。

サシャは昨日、ヴリタニスまで強行軍で歩いてきて…

その上で、食べて飲んで大暴れだったもんね。

私の荷物まで背負ってたんだから、抱っこされてただけの私とは、疲労の度合いが違うはずだもの。

……あれ?シールケちゃんとファルネーゼさんの姿が無い…どこに行ってるんだろ?

……ま、いいや。先に顔を洗おう。

そう思った私は、室内の隅に置いてある洗面器へと向かった。

洗顔用に汲み置きされた水で顔を洗い、髪をとかしに又ベッドに戻る。

ついでだ、サシャを起こそう。

自分のベッドに戻る前に、私は寝ているサシャの耳元に顔を寄せた。

ミーナ「サシャ、朝ご飯だよ」

サシャ「…ふぁい、おきまふ」

舌っ足らずな言葉とは裏腹に、まるで機械仕掛けの様にムクリと起き上がる。

食べ物が絡むと、サシャは考えるより先に体が反応するみたいで…

今となっては、便利な体だなぁと、寧ろ感心してしまう。

ミーナ「顔、洗いなよ」

苦笑混じりに声をかけ、ベッドに戻った私は、わりと自慢の黒髪に、丁寧にブラシをかけ始めた。

念入りにブラシをかけていると、顔を洗い始めたサシャの動きがピタリと止まった。

濡れたままの顔で、サシャが私に振り返る。

サシャ「…ミーナ」

ミーナ「ん~?何~っ?」

サシャ「…巨人は?」

ミーナ「…」

室内の時間が、一瞬だけ止まった気がした。

私はブラシを放り出すとドアへと走り、サシャも慌てて顔を拭きながらドアに向かう。

自分の緊張感の欠如に腹が立つし、嫌気がさすわ!

サシャより先にドアノブを掴んだ私が、勢い良くドアを空けると…

目の前で小さな悲鳴が上がった。

ファルネーゼ「きゃっ!」

ミーナ「わっ!ビックリしたっ!」

ファルネーゼ「驚きました……お早う御座います」

ミーナ「おっ、お早う御座います!」

ミーナ「あのっ、巨人は出ませんでしたか?!」

ミーナ「ご免なさい!私達、寝坊しちゃって…」

ファルネーゼ「あぁ、巨人なら今のところ出ていませんけど…」

ファルネーゼさんの言葉が尻すぼみになり、表情が冴えなくなる…何だろう?

ファルネーゼ「巨人に対応するために、ガッツさんは夜明け前に一度は起きられたそうですけど…」

ファルネーゼ「結局は鎧を着ることも出来ず、お倒れになられたらしくて」

サシャ「えっ…」

ミーナ「ガッツさんが?!」

ファルネーゼさんの言葉で、今度こそ目が覚めた…

ううん、それ所か一気に背筋が寒くなった。

ファルネーゼ「長旅で体調を崩されたのか、熱が…」

ファルネーゼさんの言葉を、聞き終える事すらもどかしい。

顔から血の気が引くのを感じつつ、向の部屋のドアを急く様にノックするど、室内から不満げな声が返って来た。

イシドロ『んな叩かなくったって、鍵なんか掛かってねーよ!』

ミーナ「ゴメン!入るねっ!」

了承も待たずにドアを開けて、押し入りの様に部屋になだれ込むと…

部屋の真ん中あたりに置かれた椅子に、イシドロ君が胡座をかいて座っていた。

居ると思い込んでいたシールケちゃんが居ない……セルピコさんもだ。

ミーナ「ガッツさんは?!」

イシドロ「…んっ」

イシドロ君が椅子の上で胡座をかいたまま、右手で窓際のベッドを指差す。

二段ベッドの下の段。シングルベッドに、ガッツさんの足が見えた。

ミーナ「…失礼します」

既に入室しといて今更なセリフだけど、一応断りを入れて部屋の奥に進む。

窓際に据えられたらベッドでは、ガッツさんが窮屈そうな格好で横になっていた。

枕元には水の入った洗面器、ガッツさんの額には濡らしたタオルが掛けてある…。

ミーナ「…大丈夫なの?」

イシドロ「よく解んねえ…けど大丈夫だろ、多分?魔女っ子も居るしよ」

サシャ「…シールケちゃんは?セルピコさんも居ませんけど…?」

イシドロ「魔女っ子はガッツにーちゃんの朝飯作りに行ってる」

イシドロ「薬…膳?とかっての作るっつってた」

イシドロ「ピコは俺らの朝飯作りに、魔女っ子と一緒に降りてったよ」

ミーナ「薬膳…って事は、そんなに悪いの?」

イシドロ「俺には解んねえよ」

イシドロ「魔女っ子はガッツにーちゃんの容態診て、顔しかめてたけど…」

イシドロ「まぁアイツの場合、元から言う事が一々仰々しいかならぁ」

イシドロ「そろそろ上がって来るだろうから、直接聞いてみなよ?」

ミーナ「…うん、そうする」

ミーナ「あ、ちょっと椅子借りるね?」

イシドロ「どーぞ」

サシャ「あ、私も椅子をお借ります」

ベッドのすぐ側に椅子を置いた私とサシャは、揃ってガッツさんを覗き込んだ。

額に掛けられたら濡れタオルは、ガッツさんの目まで被せてあるから…

ガッツさんが起きているのかどうかは解らない。

首筋や、巻かれた包帯の隙間から覗く傷だらけの素肌に、珠の様な汗が浮かんでいて…

微熱じゃなく、高熱に冒されているのが素人目にも理解できた。

…何で?昨日までは、あんなに元気だったのに…。

イバレラ「エルフの鱗粉も、流石に解熱作用は無いしね~」

イバレラ「てゆーかこの人、怪我とかしてない時ってあるワケ?」

パック「あー…基本、いつもどっか怪我してるよな」

パック「オレが一番つきあい長いけど、包帯巻いてないガッツなんて、あんまし記憶に無い」

イバレラ「あんた、コイツの薬箱扱いだしね」

パック「…ムカつくけど否定できない」

イシドロ「今じゃ魔女っ子がいるから、薬箱どころか害虫扱いだけどな?」

パック「…エルフ示現流、一の太刀っ!」

イシドロ「いてっ!てめぇ、イガグリで突っつくの止めろ!」

パック「フェンシング挿す!」

イシドロ「あぶねっ!やんのか害虫っ!」

ガッツさんが熱を出して寝てるってゆうのに、イシドロ君とパック君が騒ぎ出す。

何考えてんのよ、もうっ!

ミーナ「ちょ、静にしてっ」

かなり強めの語気で諌めると、ほぼ同時に、部屋の入り口のドアが静かに開いた。

シールケ「………騒ぐなら外に出なさい」

シールケ「部屋に居たければ、静かになさい」

シールケ「でないと私…本気で怒りますよ?」

薬膳スープを乗せたトレイを両手で持ち、部屋に入って来たシールケちゃんが…

見た事もない剣幕で、物静かな声を出す。

言葉遣いと表情のギャップに、流石のイシドロ君も怯んだらしく…

バツが悪そうにシールケちゃんから視線を逸らした。

シールケちゃんの“本気で怒る”て意味を考えると、つい深読みしちゃって…マジで恐い。

私の隣で、サシャまでビビってるもん。

室内の空気が、一瞬で冷え込んだ感じだわ。

セルピコ「まぁまぁ皆さん、取り敢えず朝食にしましょう」

セルピコ「ガッツさんを心配して気が立つのも解りますが…」

セルピコ「それが原因で仲違いするなど馬鹿げています」

セルピコ「落ち着いて食事でもすれば、気も静まるでしょう」

セルピコ「私はテーブルに食事の準備をしますので…」

セルピコ「イシドロさんはファルネーゼ様と、キャスカさんを呼んで貰えますか?」

イシドロ「…わーった。呼んで来んよ」

ぶっきらぼうに返事をしたイシドロ君は、おもむろに立ち上がると…

頭の後ろで両手を組み、シールケちゃんとは視線を合わせず部屋を出て行く。

シールケちゃんはイシドロ君が部屋を出た後で、ふーっと深い溜め息を吐くと…

ベッドの傍らに居る私とサシャの所までやって来て、普段通りの笑顔を見せてくれた。

シールケ「お早う御座います」

サシャ「お、お早う御座います!」

ミーナ「シールケちゃんお早う」

ミーナ「今朝はごめんね…私達、寝坊しちゃって」

シールケ「気にしないで下さい。巨人に関して言えば、特に問題は無かったわけですから」

ミーナ「ごめんね?明日からは気を引き締めて、ちゃんと起きるから」

シールケ「はい、解りました」

シールケちゃんは私とサシャに、にこやかに答え…

ガッツさんの枕元辺りの小さな台に、運んで来た薬膳スープを置いた。

そんなシールケちゃんの視線が自然とガッツさんに移り…

それまで浮かんでいた笑顔が、ふっと曇る。

胸の中に広がる不安…ジクジクと湿り気すら感じる重い心に堪えきれず、私はガッツさんの容態を聞く事にした。

ミーナ「それで、ガッツさんはどうして?昨日の夜まで、あんなに元気だったのに…」

シールケ「元気…と言えば…まあ、元気に見えたかも知れませんが…」

シールケ「ご覧の通り今現在の状態が、ガッツさん本来の体調だったんです」

シールケ「ガッツさんは、旅をするには早過ぎるくらいの重傷を負っていました」

シールケ「恐らく、旅をしている間も、ずっと微熱があったはずです」

サシャ「じゃあ、ずっと我慢してた…って事ですか?」

ミーナ「…」

シールケ「…我慢と言うか、ガッツさんはヒネクレ者らしいですから」

シールケちゃんはそう言うと、小さな苦笑を浮かべる。

シールケ「何でも本人曰く、ヒネクレ者の大人の代表…だそうです」

サシャ「あー…何かソレ、解る気がします」

ミーナ「…そうかなぁ?」

サシャ「ヒネクレ者の大人の代表って、要するに意地っ張りって事でしょう?」

ミーナ「あ…まぁ、それは…」

シールケ「…ですよね」

不本意な気もするけど、ある意味納得……不本意だけど、ね。

シールケ「ヴリタニスに辿り着いて、気が緩んだせいもあって…」

シールケ「今までの戦いの疲労が、一気に出たのもあると思います」

シールケ「甲冑を脱いで一晩経てば、こうなる事は解ってました…」

シールケ「ですが正直、思っていた以上に容態が良くありません」

シールケ「やはり霊樹の森でもっと回復を待ってから、あの甲冑を着るべきでした」

サシャ「あの甲冑…って?」

ミーナ「ガッツさんが普段装備してる、あの甲冑のこと?」

シールケ「…はい」

シールケ「重傷のガッツさんが霊樹の森から、このヴリタニスまで旅が出来たのも…」

シールケ「今こうして、高熱に冒されているのも…」

シールケ「全てはあの甲冑……ドワーフによって造られた呪物“狂戦士の甲冑”に因るものです」

シールケちゃんから私達に向けられていた視線が、スッと外れる。

その視線を辿ると…

禍々しく、黒光りする甲冑が、部屋の隅に置かれた椅子に、まるで腰掛ける様な姿で虚空を眺めていた……。

つづく

遅筆で申し訳ありません。
読んで下さる方の為に、頑張って投下速度を上げようと思います

狂戦士の甲冑……狂戦士…確か、トロールに襲われた時…

“シールケ「……本当に、狂戦士化しなかったのは奇跡と言えます」”

そんな事をシールケちゃんは言ってたはずだ。

多分、狂戦士?にならなくて良かったって事なんだろうけど…。

重傷を負っていたガッツさんが、今こうして高熱に冒されているのも、あの甲冑のせい?

あ、でも甲冑のおかげで長旅が出来たって言ってるし…

あの甲冑には、どんな秘密があるんだろう?

そんな事を考えている間に、イシドロ君がファルネーゼさんとキャスカさんを連れて、部屋に戻ってきた。

サシャ「あの、ガッツさんはその甲冑を脱いだから、体調が悪くなったって事ですか?」

シールケ「いえ、正確には甲冑を脱いだ為に、本来の体調に戻った、と言う事です」

サシャ「…て事は、あの甲冑を着たら、また熱が下がる?」

それは私も思った。

甲冑を脱いだ事でこうなったんなら、またあの甲冑を着たら、ガッツさんの体調が良くなるんじゃない?

私の気持ちを代弁する様なサシャの言葉に、シールケちゃんは表情を曇らせたまま首を横に振って見せた。

シールケ「……アレは、そんな生易しい代物ではないんです」

シールケ「まして、都合の良いアイテムなどでは有り得ない……私のお師匠様が厳重に封印していた呪物なんです」

ミーナ「封印されていた…呪物?」

シールケ「はい…」

私の言葉に首肯するシールケちゃん、その顔色がすぐれない。

手近な椅子を引き寄せ、腰を下ろしたシールケちゃんは…

言葉の続きを待つ私とサシャに、曇り加減の表情を見せた。

シールケ「あの甲冑を着る事で、ガッツさんの傷や病が癒える訳ではありません」

シールケ「痛みを“感じなく”なるんです」

サシャ「痛みを?」

ミーナ「感じなくなるって…」

シールケ「あの甲冑を身に着けて、その内に宿る禍々しい気の流れに同調した者は…」

シールケ「まさに鬼神と化します」

シールケ「あまりにも強い激情に駆られ、苦痛や恐怖を忘れてしまうのです」

シールケ「人間は己が肉体を傷つけない為に、無意識の内に力の限界を定めています」

シールケ「痛みとは、己の肉体の破壊を食い止める為の警告」

シールケ「痛みを失った人間は、途轍もない力や俊敏さを発揮します」

サシャ「あ…」

ミーナ「それじゃ…」

シールケ「はい…ガッツさんはあの甲冑を身に着ける事で、手に入れる時があるんです…」

シールケ「人体の限界を超えた力を…命の危機と引きかえに」

サシャ「…」

ミーナ「」

そんな…そんな危険な鎧だったの、アレ?

何でそんな物を…

イシドロ「何だ?何の話してんだ?」

セルピコ「ガッツさんの鎧の話ですよ」

イシドロ「あー、アレな?正直、便利だけどエグいよなぁ」

イシドロ「手足が折れて、明後日の方に向いてても…」

イシドロ「甲冑が折れた手足を強引に補強するんだよなぁ」

イシドロ「手足の肉を貫いて、骨に食い込んでよぉ…」

イシドロ「狂戦士化しちまうと、自分の意志で戦ってんだか…」

イシドロ「甲冑に戦わせられてんだか、解りゃしねーよなぁ」

サシャ「それが本当なら…もはや呪いの鎧ですよね、ソレ?」

ミーナ「…本当の話なの?」

シールケ「……はい」

シールケ「あの甲冑の以前の所有者は、全身に補強の鋼の歯を喰い込ませ…」

シールケ「全ての骨が砕け、全ての血が吹き出すまで戦い続けて、絶命したのだと聞いています」

サシャ「うわぁ…」

聞いていますって……聞いています、じゃないよね?

何言ってんの?何でそんな物騒な鎧を着せてるの?

さっき、お師匠様が封印してたって言ったよね?

何でガッツさんが封印されてた鎧を使ってるのよ!

身体の中心から、熱い火の固まりが燃え広がるみたいに…

言い様の無い怒りが、私の全身を包んだ。

ミーナ「…何で?何でガッツさんが、そんな物騒な鎧を使ってるの?」

ダメだ、声が震える…。

語気を強めない様にするだけで、精一杯だ。

睨むつもりは無いけど、どうしても顔が強張る…。

シールケ「…それは…」

ガッツ「ミーナ達に巨人って敵がいる様に、俺には使徒って名の敵がいるからだ」

シールケ「ガッツさん」

サシャ「起きてたんですか?」

ガッツ「んな枕元でくっちゃべってて、起きてたんですか?も何もねーだろ」

額に掛かっていた濡れタオルを右手で取りながら、ガッツさんが苦笑を浮かべる。

サシャ「あは…確かに…」

ミーナ「…ごめんなさい…」

ミーナ「それで、使徒って?」

ガッツ「…そうだな…この間のトロールや巨人みたいなチンケなのとは、ワケが違う」

ガッツ「元は人間だったらしいが…人間である事をやめちまった、バケモンのことだ」

ガッツ「天使気取りの五匹の化け物に、自分の一番大切な人間を生贄に捧げて…」

ガッツ「使徒って名の人外に身を堕とした、正真正銘の化け物共が俺の敵だ」

ガッツ「奴らは馬鹿力だけじゃなくて、妙な能力も持ってたりしやがる」

ガッツ「それでも、奴らは俺の手で一匹残らず始末しなけりゃならねぇんでな…」

ガッツ「俺にはあの鎧が必要なんだ」

ミーナ「でもっ!……ガッツさんの命に関わるんじゃないですか?」

シールケ「……」

ガッツ「問題無え…ってこたぁねえな、確かに」

ガッツ「それでも、もしもん時は頼りになる魔女殿が側に居るからな」

ガッツ「毎度正気を失っちまってるが、シールケが居るから何とかなってる」

シールケ「だからと言って、毎度無茶ばかりされても困りますよ」

ガッツ「無茶は承知の上だ。でなけりゃ、元より使徒とやりあうなんざ正気の沙汰じゃねえ」

サシャ「それほどの強敵なんですか?」

ガッツ「…ああ。初めて使徒とやり合った時は…」

ガッツ「…ゾッドとやり合った時は、百人近く仲間が殺られたし」

ガッツ「俺もボロ雑巾みたいにされちまった」

ミーナ「ガッツさんが負けたんですか!?」

ガッツ「…ああ。生き残ったってより、見逃してもらった…てのが正解だった…あの時はな」

信じられない……ガッツさんが負けただなんて……。

7~8m級の巨人を一人で倒すガッツさんが、ボロ雑巾みたいに負ける?

そんな……考えられないよっ!

サシャ「嘘ぉ…ガッツさんが?」

イシドロ「マジかよ?!初耳だぜそんな話しっ!」

セルピコ「俄には信じられませんねぇ…」

ガッツ「昔の話だ、傭兵の頃のなっ……」

ガッツ「つっても今やり合ったら…ま、悪くはねぇ勝負にはなるだろ」

ガッツ「あの鎧を着てる限り、少なくとも負ける気はしねえ」

ガッツ「仮に正気を失っても、シールケが居るし…」

ガッツ「それにシールケは、いざ戦いになりゃ有能な司令官でもあるしな」

ガッツ「頼りにしてるぜ、魔女殿?」

シールケ「お、おだてても薬膳スープしか出ませんよ?」

ミーナ「…ッ」

……………羨ましい。

ガッツさんから深い信頼を得ているシールケちゃんが、堪らなく羨ましい…。

胸が詰まる…胸が焼ける息が苦しい…。

解ってる、これは嫉妬だ。

私はシールケちゃんに嫉妬してる…。

羨ましい、羨ましい、羨ましい、羨ましいっ!

………いや違う、ダメだ。こんなんじゃダメだ。

こんな考え方じゃダメッ!

シールケちゃんがガッツさんと出会ったのは、確か一月ほど前って言ってたはず。

シールケちゃんでさえ一月程度の短い間で、これだけ深い信頼関係を築けたんだもん…

なら私は、もっと短い期間で、もっともっと親密になって見せるっ!

ガッツさんが誰を一番大切に想ってるかなんて…そんな事、今更どうでもいい。

元から出遅れてるのは承知の上だし、この先、同じレーンを走れないのも解ってる。

それでも………

セルピコ「皆さん、そろそろ朝食にしませんか?」

サシャ「賛成っ!!」

イシドロ「賛成っ」

イバレラ「賛成~っ!」

パック「賛成っ!」

シールケ「…そうですね」

シールケ「薬膳スープは只でさえ少し苦いですから、ぜひ温かい内に」

ガッツ「…熱なんか出すもんじゃねーな」

シールケ「我慢して下さい」

シールケ「あ、何でしたら私が食事のお手伝いをしますよ?」

シールケ「ガッツさん、左腕の義手も外してらっしゃいますし」

ミーナ「っ!」

ミーナ「あのっ!!」

ミーナ「それ、私にやらせてくれないかな?」

シールケ「えっ?」

ミーナ「私、怪我の事で、ずっとシールケちゃんやガッツさんにお世話になってたし…」

ミーナ「特にガッツさんは、ヴリタニスまでずっと私を抱っこしてくれてたし…」

ミーナ「私の足、この感じだと、多分明日には全快しそうだから…」

ミーナ「だから今度は、お礼にガッツさんの看病をさせて欲しいの」

ミーナ「お願いシールケちゃん、私にガッツさんの看病をさせてっ!」

こんなに必死にお願いするのは、ちょっと過去に記憶が無い。

ホント縋りつく様な気持ちよ。

シールケちゃんが首を縦に振ってくれるまで、頼み込むつもり。

当のシールケちゃんはというと、ちょっと面食らった様で、私への返事に一瞬の間が空いた。

シールケ「……えっと……そうですね」

シールケ「解りました、それではお願いします」

ミーナ「ありがとう!」

喜び勇んで、シールケちゃんから薬膳スープの器とスプーンを受け取り…

私は椅子ごとガッツさんの枕元付近に移動。

緩慢な動きで半身を起こすガッツさんに…

湯気の上がるスープをスプーンで掬い上げ、やや困惑気味のガッツさんに差し出した。

ミーナ「ちょっと熱いかも知れませんけど、どうぞ」

ガッツ「いや、一人で食えるからよ」

ミーナ「あーん、して下さい」

ガッツ「…いや、一人でk」

ミーナ「あーん」

ガッツ「だから、一人でk」

ミーナ「あーーーんっ!」

ガッツ「いやだから、一r」

ミーナ「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛んっ!!」

ガッツ「…」


~~~~~~


結果、ガッツさんがスープ1杯を食べ終えるのに、掛かった時間は正味小一時間。

私の粘り勝ちで、どうやらガッツさんも女の子の涙目には弱かったらしい。

ガッツさんは“ゾッドより厄介だ…”と言っていた。

ナルホド…なら次からも、この手で行こう。

うふっ………私は負けないよ♪

つづく

三日に一度の投下ペースを維持したいです

ガッツさんが高熱を出してから、五日が経った。

9体目の巨人出現から、今日で一週間。最後の巨人は未だ現れていない。

最後の巨人との戦闘が勝利に終われば、それはそのままガッツさん達とのお別れに繋がる。

巨人を倒して元の世界に帰らないといけないけど…。

本当に帰りたいのか?そう問われた時、今の私は即答で“帰りたい!”…とは言えなくなっていた。

いや勿論、帰りたくない訳じゃないよ?

ただ今は、このささやかな幸せに、少しでも長く浸っていたい…それが正直な気持ち。

とは言っても、いつ何時、巨人が現れるか解らない。

ヴリタニスに着いて、三日目で完全に左足が完治した私は…

セルピコさんに頼んで、使えなくなった戦闘服の代わりになる服を、取り寄せて貰った。

その結果セルピコさんから渡されたのは、何とファルネーゼさんのお下がりで、聖鉄鎖騎士団の軍服。

目立つ装飾や紋章は、セルピコさんが手ずから取り払ってくれた。

セルピコさんも元々は軍人で、紋章官らしいけど…

本当にこの人は軍人ってよりも、執事って方がしっくりくるわ。

ま、実際に幼い頃からファルネーゼさんの付き人だったらしいけどね。

サシャも替えの軍服を貰い、私達は普段着に、常に軍服を着ている。

女の子らしいお洋服には後ろ髪を引かれる思いだけど…

巨人の事を考えると、そんな平和呆けな格好はしていられない。

何故なら、10体目の巨人との戦いに、私はガッツさんの力を借りるつもりは無かったから。

ガッツさんの微熱が下がらないのもあるけど…

何より、あの甲冑を着てほしくない。

って言うより、少なくとも私がここに居る間は、絶対にあの甲冑を着せるつもりは無かった。

そんな訳で、左足が完治したその日から、基本フル装備に近い格好で日中を過ごしてるんだけど…

出て来ないのよねえ…巨人が。あの性悪ウサギ、何やってんだろ?

いや、別に出て来ないなら、出て来ないでも構わないんだけどね……一生。

左足が完治してから、私はえらく意気込んで巨人の出現に備えていたんだけど…

ヴリタニスの港町は毎日が平穏で、活気に溢れた、平和な毎日が続いている。

まぁ、街が丸ごと酒保みたいになってるから、多少物騒ではあるけどね?

それでもトロールみたいな化け物や、浜辺に現れたワニの化け物、まして巨人が居る訳じゃない。

きわめて真っ当な、人間だけの世界だ。

私は眠っているガッツさんを起こさない様に、忍び足で窓辺へと移動して…

三階の窓から、道行く人々を眺めた。

誰もが活気のある、イキイキとした表情をしている。

私達の世界の住人に比べると、明らかにコチラの人達の方が、表現が明るい。

私達の世界も、いつかこんな活気のある世界になれる日が来るかなぁ?

窓から町並みを眺め、自分達の世界と、ガッツさん達の世界の落差に少し気落ちしていると…

ガッツ「…ミーナ、他の奴等はどうした?」

少し低くて、少しぶっきらぼうな感じで、でも今一番大好きな声色が、私を後ろに振り向かせた。

ガッツさんは少し気怠そうな感じで、額に掛けてあったタオルを右手で取り除く。

火傷と矢傷、斬り傷だらけの全身は、今も包帯でグルグル巻き。

でも、その包帯の上からでも解る、鋼の様な肉体美を見る度に、私の心臓は高鳴った。

ミーナ「あ…起こしちゃいましたか?」

ガッツ「いや…少し寝過ぎたな。頭がボーっとする」

ミーナ「もうお昼を回ってますよ」

ミーナ「他の皆さんは昼食の後、いつも通りの行動です」

ガッツ「キャスカは?」

ミーナ「……隣の部屋ですよ」

ミーナ「多分パック君やイバレラちゃんと、遊んでると思います」

ミーナ「ファルネーゼさんとシールケちゃんも一緒だから、心配ないと思いますよ」

ミーナ「まあ、シールケちゃんはファルネーゼさんに、魔術の事を指導してるみたいですけどね」

ガッツ「セルピコは…船か?」

ミーナ「はい。何でも、かなり難航してるそうです」

ミーナ「街中の貿易商に船会社、個人の船主まであたってるそうですけど…」

ミーナ「全て軍船として徴用されているか、そうでなくても軍関係の業務委託を受けてるらしくて…」

ミーナ「けんもほろろ。何処も話す間もなく追い返されてるそうです」

ガッツ「…見通しが甘かったか」

ガッツ「港にさえ着きゃ何とかなると思ってたが…」

ガッツ「どうやら今までの、出たとこ勝負の旅とは勝手が違うみてぇだな…」

ミーナ「一日中、人混みの中を歩き回ってるそうで…」

ミーナ「三人とも脚が棒みたいになってるって言ってました」

ミーナ「イシドロ君なんか、凄い愚痴ってましたよ」

ガッツ「三人?セルピコとイシドロと…?」

ミーナ「サシャ。あの子も一緒なんです」

ガッツ「…そりゃすまねぇな」

ミーナ「気にしなくて良いですよ」

ミーナ「だってあの子、手伝いついでに街中で食べ歩きしてるみたいなんです」

ミーナ「街中の、食べ物の露店の前で立ち止まっては…」

ミーナ「口を半開きにして、ジーッと食べ物を凝視するらしくて…」

ミーナ「その度に、セルピコさんが露店の食べ物を買い与えてるみたいなんです」

ミーナ「多分、初めて見る食べ物に釣られてるんだと思うんですけど…」

ミーナ「何て言うか…手伝ってるってより、食べ歩きのついでに手伝ってるって感じで…」

ミーナ「寧ろ、ご迷惑を掛けてるだけなんじゃないかと…」

ガッツ「……ククッ」

少し驚いた表情を浮かべたガッツさんが、次の瞬間、小さく吹き出す。

こんな風に、楽しげに笑うガッツさんは初めて見た……何か、私まで嬉しくて、楽しい気分になるよ。

ガッツ「サシャらしいな…ま、いーんじゃねえか?」

ガッツ「サシャもミーナも兵士だけどよ、それ以前に年頃の娘だ」

ガッツ「兵士にだって息抜きは必要だからな」

ガッツ「ミーナも、んな所に引っ込んでねーで、サシャと一緒に街を回って楽しんでこいよ?」

ガッツ「ノンビリ羽を伸ばせるのも、今だけかも知れねーぜ?」

ミーナ「…かも知れませんね」

ミーナ「街を巡るのも楽しいでしょうけど…私には私なりの、楽しみ方があるんです」

ミーナ「その為には、ガッツさんのご協力が要るんですけど…」

ミーナ「だいぶ熱も下がったでしょうし、良かったら私の楽しみ方に協力して貰えますか?」

ガッツ「…ミーナには今まで色々と世話になってるからな。まっ、いいぜ」

ガッツ「それで、俺は何すりゃいいんだ?」

ミーナ「特別、何かをして貰いたいんじゃないんですよ」

ミーナ「ただ、昔話を…ガッツさんの今までの事を聞かせて下さい」

ミーナ「小さい頃から今日までにあった、楽しかった事や…悲しかったこと」

ミーナ「他の人には絶対に内緒にしますから、私だけに教えて下さい」

ガッツ「……」

ミーナ「ガッツさんのこれまでの人生を聞きたいんです。他言は絶対にしません」

ミーナ「それに、私は遠からずこの世界から出て行くでしょうから…他の人に話が漏れる事はありません」

ミーナ「だから…お願いします、ガッツさん」

ガッツ「……」

ガッツ「俺の過去に、面白ぇ話しなんざありゃしねーぞ?」

ガッツ「クソみてぇな、つまらねー戦話ばっかりだ」

ミーナ「それでも構わないです!絶対に他言しませんからっ!」

ミーナ「どうしてもお話したくなかったら……あーん、だけで我慢します」

ガッツ「どっちもどっちだな」

ガッツさんはそう言いながら、苦笑を浮かべた。

困らせてるのは解ってるけど…でも…知りたいんだもん、しょうがないじゃない!

だって、セルピコさんや他の皆さんに聞いても、誰もガッツさんの過去の事を知らないんだもん…。

ガッツ「………解ったよ。クソみてぇな昔話だが、聞かせてやる」

ミーナ「あ、ありがとう御座いますっ!!」

や、やったあっ!

ガッツさんと一番つき合いが長い、パック君さえ知らない過去を聞く事が出来る!

ガッツ「礼を言うのは早ぇーよ。礼を言われる程、面白味のある話しなんざありゃしねーんだからな」

ミーナ「構いません!お願いしますっ」

ミーナ「あ、その前にお茶淹れて来ますね?」

ミーナ「あ、ガッツさんは霊薬の薬湯の方が良かったですか?」

ガッツ「…ラムでいい」

ミーナ「じゃあ間をとって白湯にしますね?」

ガッツ「…茶にしてくれ」

ミーナ「解りました」

眉間に皺を寄せるガッツさんに、満面の笑みを返す。

さあ、急いでお茶の準備をしなくちゃ。

誰も知らないお宝話が、私を待ってるんだから。

駆け足で一階に降りた私は、店主に頼んで紅茶を貰うと…

少しのお茶請けと一緒に、大急ぎでガッツさんの待つ屋根裏部屋を目指す。

少しばかり息を切らせて階段を登りきり、三階にたどり着くと…

片手で器用にトレイを支えて、ドアをノック。

ガッツさんの返事も待たずに部屋に入った私は…

邪魔が入らない様に、ソッと後ろ手で、ドアの鍵をかけた。

ガッツさんと二人切りで、ガッツさんの秘密の過去を聞く…

他の誰にも教えない、二人だけの約束…

胸が少しだけ、どきどきした。

つづく

部屋に戻った私は、ガッツさんのベッドの脇にある小さな台にトレイを置き…

ティーポットに入った紅茶を、二つのカップに注いだ。

私やサシャから見れば貴重とさえ言える氷砂糖を一欠片ずつカップに入れて…

ミーナ「どうぞ」

ガッツ「ああ…」

ベッドに腰掛けるガッツさんに手渡し…

私は、ガッツさんに向かい合わせる様にして、椅子に腰掛けた。

ガッツさんのベッドの傍らに据えられたら椅子は、最早、私の指定席ってさえ言える。

喜びと期待で顔を上気させる私に比べると、ガッツさんの表情は明らかに冴えなかった。

ガッツ「……」

ミーナ「…?」

ミーナ「えっと…それじゃ、お話しの方をお願いします」

ガッツ「…ああ」

ガッツ「……まあ何だ、話しをする前に…」

ガッツ「一つ、取引だ」

ミーナ「取引…ですか?」

ガッツ「ああ。俺は今まで、他人に俺の過去を話した事なんて、殆ど無ぇ」

ガッツ「キャスカにだって、ほんの一部を話しただけだ」

ミーナ「…」

ガッツ「自分で言うのも何だが、本当にろくでもねーからな」

ガッツ「正直さっきまで、ミーナには適当にでっち上げた話でも吹き込もうかと考えてたんだが…」

ミーナ「そんなっ!酷いです、本当の事を教えて下さいっ!」

ガッツ「…ま、そうだよな」

ガッツ「俺もそう思って、全部正直に話そうかって考え直したが…」

ガッツ「どーにもな…素面じゃ話せねえ」

ガッツ「そこで取引だ」

ガッツ「口の滑りを良くする為に、店主に言って酒を貰って来てくれ」

ミーナ「お酒を?こんな真っ昼間っから?!」

ミーナ「それ以前に、ガッツさんはまだ微熱が下がりきってないんじゃないですか!?」

ガッツ「景気づけだ。どーにも気が乗らねえ話だからな」

ガッツ「嫌なら別に構わねーぜ?その代わり、昔話も無しだ」

ガッツ「嫌としちゃ、気の進まねー話だからな。寧ろ話さなくて済むなら、ソッチのが助かる」

ミーナ「うぅ…」

そんなっ………ガッツさんの身体は心配だけど、ここまで来て昔話が無しになるなんて、あんまりだよ…。

………………
……………
…………
…うぅ

どうしよう?

ガッツ「酒は百薬の長って言うぜ?」

ミーナ「デスヨネ~!?」

最後の一言で心の天秤が一気に傾き、私の良心はアッサリと籠絡されてしまった。

ガッツ「酒を取りに行くなら早くしねーと、正直に話すつもりでいる俺の気が、また変わるかも知れねーぜ?」

ミーナ「一分以内に戻ります」

ガッツ「店主にゃ、支払いはセルピコがするっつっとけよ」

ガッツさんの声を背後に聞きながら、私は足音も高く部屋を飛び出した。

階段を駆け下り、店主さんに大声で呼び掛ける。

紅茶に混ぜて飲めるお酒を頼むと、店主さんは

“真っ昼間っから…”

と至極真っ当な事を言いながらも、奥から酒瓶を取り出してくれた。

…尤もなセリフだわ。

何だかとても悪い事をしてる気分になりながら、店主さんに小声でお礼を言うと…

私は逃げる様にして階段を駆け上がった。

三階までの階段を一気に駆け上り、ドアの前で上がった息を整えた私は、今度はノックもせず部屋に入る。

部屋に入った後、後ろ手で鍵を掛ける事は忘れなかった。

ガッツ「…早ぇーな?」

ミーナ「一分一秒を無駄に出来ない立場ですからっ」

まだ整わない息で返事をしながら、ティーポットの台に近づく。

台にはさっき、ガッツさんに手渡した紅茶のカップも置かれていた。

私はガッツさんの紅茶を半分ほどティーポットに戻し…

減った分だけ持って来たお酒を注ぎ足すと、再度ガッツさんに手渡す。

眉を上げるガッツさんに、私は先制攻撃した。

ミーナ「病み上がりですからね?幾ら何でもストレートで飲ませたりは出来ませんよ?」

ミーナ「コレが精一杯の妥協点です」

ガッツさんは眉を上げたまま紅茶の匂いを嗅ぐと、無言でカップに口を付ける。

半分ほど飲んだガッツさんは、開口一番…

ガッツ「甘ぇな、こりゃ」

少しだけ顔をしかめた。

それでも次の一息で全部飲み干すと、空になったカップを私に差し出す。

ガッツ「次は砂糖抜きにしてくれ」

ミーナ「…解りました」

カップにお酒と紅茶を注いでガッツさんに手渡すと…

ガッツさんは又、一息で半分近く飲み干す。

ふーっと、アルコールの匂いのする息を吐いたガッツさんは…

椅子に腰掛けた私に視線を向け直した。

ガッツ「約束は守る…ま、本気でつまらねー話しを聞く気があるならな?」

ミーナ「嘘は無しでお願いしますよ?」

ガッツ「…解った」

ガッツ「さてと、何から話したもんか…」

ガッツ「…ああ、前に言ったな?俺が孤児だったって事は」

ミーナ「…はい、あの浜辺の海小屋でのお話しですよね?」

ガッツ「そうだ。そこをもう少し詳しく説明すると…」

ガッツ「俺を拾った育ての親は、父親の名前がガンビーノ、お袋の名前がシス」

ガッツ「ガンビーノは傭兵団の団長をしてた」

ガッツ「ガンビーノが傭兵団と、その家族一行を連れて転戦してる道中…」

ガッツ「街道沿いで、自殺でもしたのか、或いは殺されでもしたのか…」

ガッツ「大きな木の太い枝にぶら下がってる、大勢の首吊り死体を見つけた」

ガッツ「お袋はこの時、三日前に流産してたみたいでな…気が変になってたらしい」

ガッツ「そんなお袋だったから、なんだろうな…」

ガッツ「気が変になってたお袋は、馬車から飛び降りて、俺を拾い上げてくれた」

ガッツ「妊婦の首吊り死体の下から…血と羊水と泥水にまみれた俺を…な」

ミーナ「」

ガッツ「ガンビーノは、変になってるお袋の気が紛れるなら…」

ガッツ「気休めになるならそれで良いだろうって、放っといたらしい」

ガッツ「傭兵団の仲間は縁起が悪いって気味悪がってたらしいが…」

ガッツ「縁起の悪い赤ん坊なんざ、どーせすぐ死ぬだろう…って感じで、ガンビーノは取り合わなかったらしい」

ミーナ「」

………あ、あれ?

良いのかな?私こんな事、聞いてても良いのかな?

ミーナ「」

ガッツ「…どうした?顔が固まってるぜ?」

ミーナ「…えっと…あの…私もしかして、とんでもない無神経なお願いをしましたよね?」

ミーナ「ご免なさい!私が、ガッツさんの過去を聞くだなんて…烏滸がましかったですよね?」

猛烈に恥ずかしい!

何で私は……自分の気持ちばっかり優先して、何て無神経な事をお願いしたんだろうっ!

ガッツさんは元から、過去の話をするのを嫌がってた…それを知ってて、私は………

お願いっ、誰でも良いから私を罰して下さいっ!!!

ガッツ「…ま、あれだ。いざ話し出すと、そんなに嫌な気分でもねえ」

ガッツ「前にキャスカに話した時も、その後で随分と気が楽になったからな…」

ガッツ「…もしかすると俺は、誰かに聞いて欲しかったのかも知れねぇな」

ミーナ「…」

ガッツ「どうする?もう止めとくか?」

ミーナ「……」

ミーナ「えっと……ガッツさんさえ良かったら、話しを続けて下さい」

ガッツ「そうだな………ま、こんな話を誰かにする事なんざ、もう無ぇだろうからな…」

ガッツ「続けるとするか。ちっとばかしキツい話が続くけど、構わねえか?」

ミーナ「…はい」

よし、覚悟を決めよう。それに、浮かれ気分じゃ失礼だ。

私が小さく頷くと、ガッツさんはカップの紅茶を一口飲み込み、また静かに口を開いた。

ガッツ「お袋の事は、正直あんまり覚えてねえ…」

ガッツ「だが俺の事を大切にしてくれた、優しくしてくれた…それだけは覚えてる」

……うっ、いきなりヤな予感。

ガッツ「…流行病、確かペストだった。お袋は俺が三つの時、死んじまった」

ガッツ「ガンビーノは戦があって、お袋の最後を看取ってやれなかった事を、後で悔いていた…」

……ううっ、悪い予感的中…。

ガッツ「それから俺が唯一頼れるのは、親父のガンビーノだけになった」

ガッツ「つってもガンビーノは、傭兵団の荒くれ共を率いる団長だ」

ガッツ「当然、真っ当な子育てなんか出来るはずも無ぇからな」

ガッツ「俺はガキの遊ぶ玩具じゃなくて、戦場で大人が使う剣を与えられた」

ガッツ「朝昼晩の、メシの手伝いの合間に…」

ガッツ「ろくすっぽ振る事も出来ねえ剣を使って、ガンビーノから稽古を受けた」

……えっ?真剣で稽古?

大人…親父が子供に対して?

ガッツ「ガンビーノは強さで団長になった男だったからな…」

ガッツ「稽古で幾らか手を抜いてくれてても、あの頃の俺は毎日、稽古で斬り傷をこさえてた」

ガッツ「槍の柄でブン殴られて歯が折れた事もあったし…」

ガッツ「一度は鼻っ柱を深く斬りつけられて、血が止まらねえ、熱が引かねえって事もあったな…」

ガッツ「その傷痕がコイツだ、まだ残ってるだろ?」

ミーナ「…はあっ?!」

ガッツさんはそう言って、自分の鼻の上部をトントンと指差す。

嘘っ!?その鼻の傷痕って、お父さんから付けられたの?

いやちょっと……それってもう、虐待なんじゃない?

流石にもう、何と言うか…驚きと呆れと湧き上がる怒りで、開いた口が塞がらない。

そんな私の表情の変化に気付いたガッツさんが、少し慌てた様にして言葉を濁した。

ガッツ「…いや、その時はガンビーノも流石にやり過ぎたと思ったのか、後で薬をくれたけどな」

ミーナ「当然ですっ!そもそも、真剣で稽古なんてつける方がどうかしてるんですよ!」

ガッツ「…ま、確かにその通りだな」

ガッツ「ただ、俺が育ったのは傭兵団の中だ」

ガッツ「俺はいつまでも、タダ飯喰らいって訳にゃいかなかった」

ガッツ「俺の親父は傭兵団の団長で、俺は傭兵団の中で育てられた」

ガッツ「だから俺も自分の食い扶持くらい、しっかり稼がなきゃならなかった」

ミーナ「だってガッツさん、子供だったんでしょう?そんなの、無理じゃないですか!」

ガッツ「そうでもねーさ。ガキでも武器を運ぶ事ぐらい出来るし…」

ガッツ「ボウガンの一つも握りゃあ、立派な戦力になる」

ガッツ「俺がガンビーノの手伝いで戦場についてったのが六つ…」

ガッツ「一人前の兵士扱いで、初陣に出たのが…九つの時だ」

ミーナ「……それって、初めて戦場で、兵士として敵と戦った年が、九歳……って事ですよね?」

ガッツ「ああ。初陣で敵も倒したし、城攻めが終わった後は、報奨金も貰ったからな」

ガッツ「……その報奨金をガンビーノに渡したら、ガンビーノは報奨金の中から銀貨を一枚、俺にくれた」

ガッツ「アレが、俺が初めて手に入れだ稼ぎだった…」

懐かしそうな表情で、ガッツさんが、うっすらと笑った。

…優くて、柔らかくて、少しはにかんだ笑顔。

普段浮かべる苦笑いや、どこかヒネクレた笑みとは、根本的に違う。

…あぁ、多分ガッツさんは子供の頃、こんな顔をして笑ってたんだね?

そして、その笑顔を見て、ふと理解した。

例えどんな扱いを受けていても、ガッツさんは、お父さんの事が大好きだったんだ……。

つづく

テンポ良く行きたいのに、SSの進行ペースが上がりません…

こんなハズでは……

ガッツ「そういや初斬した晩………チッ……」

ガッツさんはそれだけ言うと、暫く黙り込んで舌打ちを打った。

眉間に皺を寄せると、チラッと一瞬だけ、私に視線を向ける。

急にどうしたんだろ?

ガッツさんにしては珍しく、ちょっと落ち着きが無くなった気がする…。

カップに残った紅茶割りのお酒を一気に呷るガッツさんに、私はおずおずと問い掛けた。

ミーナ「…あの、初陣した晩に何かあったんですか?」

ガッツ「…ああ、ちょっとな」

ミーナ「ちょっと?」

ガッツ「…昔に負ったトラウマさ。今はもう克服してるが…」

ガッツ「…ミーナに言って良いかどうか、少しばかり悩んでる」

ミーナ「えっ?!そんな、気にしないで下さい!」

ミーナ「もう浮かれてなんかいないし、話を聞く覚悟はさっき決めたばかりですから!」

ガッツ「……覚悟ねえ」

そう言いながら、ガッツさんが空になったカップにお酒を注ぎ始める。

私は素早く立ち上がって、酒瓶を持つガッツさんの右手を止めた。

ミーナ「入れ過ぎです。半分は紅茶にして下さいね?」

ガッツ「…セコいこと言うなよ」

ミーナ「ダメです!取引の約束は守って貰います」

ミーナ「守ってくれますよね、約束?」

ミーナ「私の好きなガッツさんは、約束を守ってくれるハズだ…も…の……」

……………ああっ!!

褒め殺しで説得しようとしたら、サラッと好きって言っちゃったあっ!

何やってんの、私っ!?

待って、タンマ、ちょっ神様お願い!時間を巻き戻してっ!!

…恐る恐るガッツさんを見ると、ガッツさんは苦笑を浮かべてる…

多分、私の顔は真っ赤になってるだろう…

顔が、途轍もなく熱い。頭から湯気でも出てるんじゃないだろーか?

ガッツ「ミーナは意外と口達者なんだな?」

ミーナ「…はっ、ははっ」

ミーナ「私って兵士としての力量が足りてませんから、それ以外にも力を入れないと、皆に取り残されちゃうんですよ」

ミーナ「だから、口八丁手八丁もワリと得意なんです…あは、あはははは」

ああっ………ヘタレちゃった…

この意気地無し!馬鹿ミーナ!

……でもまだよ、OKOK!
まだ慌てる時間じゃない。

こーゆーのはウッカリじゃなくて、ジックリ攻めなきゃね?

気を取り直しながら椅子に座り、紅茶を一啜りした私は、取り敢えず話を元に戻す事にした。

ミーナ「そ、それで、初陣の晩に何かあったんですか?」

ガッツ「……ああ」

ガッツ「何せ、九つのガキが、生まれて初めて人を斬り殺したんだからな…」

ガッツ「戦が終わって、ガンビーノに“ま、これからもしっかりやんな”」

ガッツ「…そう言って貰った時にゃ、ガラにもなく浮かれて喜んじゃいたが…」

ガッツ「その晩は夜が更けても眠れねーし、今頃かよ?って感じで、体中の震えが止まらなくなった」

ミーナ「……」

ガッツ「俺は独りきりのテントで寝てたんだが…」

ガッツ「その晩、真夜中に、誰かが俺のテントにやって来た」

ガッツ「直ぐには誰か解らなかったが…その雰囲気で、俺は身の危険を感じ取った」

ミーナ「えっ?」

ガッツ「………」

ミーナ「…」

ガッツ「……」

ミーナ「…あの…それで?」

ガッツ「ああ…俺はソイツに、犯された」

ミーナ「」

………は?

今………何て?

ガッツ「“大人しくしろ”」

ガッツ「“軍隊じゃよくある事だ”そう言いながら、奴は俺を押さえつけてきた」

ガッツ「更に悪い事に、俺はあの頃、裸で寝てたからな……身を守るもクソもありゃしなかった」

ガッツ「九つのガキが、素っ裸で何か出来ると思うか?」

ミーナ「」

ガッツ「あっと言う間に組み伏せられて、それで終わりだ…」

ミーナ「」

ガッツ「…悪ぃな、嫌な事を思い出させちまったか?」

ミーナ「……い…え……あの、その…」

ミーナ「あ…相手は、じ、女性だったんですか?」

ガッツ「いや男だ」

ガッツ「剃り上げた坊主頭で、小山みてーな体をした大男だ」

ガッツ「下世話な言い方をすりゃガキの頃、俺は“掘られた”ってこった」

ミーナ「」

ガッツ「そいつはガンビーノとは旧知の間柄でな。傭兵団の中でも古参兵で、ドノバンって名前だった」

ガッツ「ドノバンに“大人しくしろ、俺はお前を一晩買ったんだよ”…」

ガッツ「“ガンビーノに銀貨三枚払ってな”…」

ガッツ「そう言われて、俺は頭が真っ白になって、抵抗する気が失せちまった…」

ガッツ「翌朝、俺は剣を片手にガンビーノの所に行った」

ガッツ「ガンビーノは剣を持った俺を見て、面倒臭そうに“稽古したけりゃ後にしろ、俺りゃ二日酔いでダルいんだ”…」

ガッツ「ガンビーノはいつもの調子で、俺の顔を見ても普段と変わらなかった…」

ガッツ「普段と変わらないガンビーノを見て、俺はガンビーノが何も知らないんだと悟った」

ガッツ「心底ホッとした…」

ガッツ「心底嬉しかった…」

ガッツ「そしてその分、俺は、ドノバンを憎んだ…」

…………………
………………
……………
…………
…こっ

ミーナ「殺してやるっ!!!」

感情に任せて叫んだ私の声は、殆ど涙声だった。

地の果てまで追い詰めて、必ず殺してやるっ!!

よっぽど頭に血が上ったのか、勢い良く立ち上がると…

目眩と共に目の前がチカチカして、私は思わず倒れそうになってしまった……。

つづく

短くてスマソ

頭に血が上った状態で、急に立ち上がるもんじゃないわ…。

目の前が白く染まり、軽い嘔吐感と共に平衡感覚を失った私は…

まるで膝から下が無くなったみたいに、前のめりに倒れ込んだ。

ガッツ「っと……大丈夫か?」

ミーナ「あ……」

床に倒れる寸前で、ガッツさんの逞しい腕が、私の体を軽々と掬い上げる。

その結果、私はガッツさんの胸の中に飛び込む形になった。

包帯が巻かれた、鎧みたいに厚い胸板から、ガッツさんの温もりが伝わり…

旅の間ですっかり嗅ぎ慣れた、ガッツさんの匂いが肺を満たす。

もう少しガッツさんの胸の中にいたかったけど…

これ以上くっついていると、流石に変に思われるかも知れない。

私は後ろ髪を引かれる思いで、ガッツさんの胸から離れた。

ミーナ「…ごめんなさい。ちょっと、カッとなっちゃって…」

ガッツ「…意外と気が強いんだな?」

ミーナ「あはっ…実はそうなんです」

ミーナ「気が弱かったら、兵士に志願なんかしませんよ」

ガッツ「違いねえな」

ガッツさんは笑いながら、私が椅子に腰を下ろすのを見届けた後…

自分もゆっくりとベッドに腰を下ろした。

ガッツ「……殺してやる…か」

ガッツ「残念だが、そいつは手遅れだ」

ミーナ「手遅れ?」

ガッツ「ああ…ドノバンは、とっくの昔に戦場でくたばった」

ミーナ「…戦死、ですか」

ガッツ「ああ、俺を犯したすぐ後の戦闘でな」

ガッツ「…戦死にみせかけて、俺が殺してやった」

ガッツ「ボーガンで、背中から…な」

ミーナ「…当然の結果だと思います」

……いい気味。

ガッツさんを、おっ、おか…すだなんて、万死に値する!

叶う事なら、私だって項の一つや二つや十や二十、削いでやりたいくらいよっ!

その後で巨人の餌よ、エサ!!

あーもう、本当に気分悪いわ…

ガッツ「ドノバンのせいで、俺はその後、長いこと他人に触られるのがダメになってな…」

ミーナ「あ…さっき言ってた、トラウマ?」

ガッツ「ああ。男も女も関係ねえ。他人に体を触られるのが、生理的に駄目になった」

ミーナ「今は…もう大丈夫なんですよね?」

ガッツ「まあな……キャスカのおかげで治った」

ミーナ「…そう…ですか」

ミーナ「良かったですね」

………あぁ、ちょっとチクッとするなぁ。

ガッツ「…ま、そのトラウマが治ったのは何年も経ってからの話だがな」

ガッツ「あの頃は、夢にまでうなされたもんさ」

ミーナ「…気持ちは解ります」

凄い良く解るわ…夢にうなされるってトコ。

私はギリギリ助かったけど、ガッツさんは………。

ガッツ「だがあの頃は…新兵になりたて頃は、すぐにそれ所じゃなくなったけどな」

ミーナ「えっ?」

ガッツ「あの後、すぐにまた城攻めの戦に参戦してな…」

ガッツ「その戦闘中、ガンビーノが敵の砲撃に巻き込まれて…」

ガッツ「右足を…右膝から下を吹っ飛ばされちまった」

ミーナ「」

ガッツ「酷い出血だった。それでも何とか命は取り留めたが…」

ガッツ「…だが、片足じゃ戦場に立つ事は出来ねえ」

ガッツ「ガンビーノはその日を限りに、傭兵を廃業。団長の座も降りる羽目になっちまった」

ミーナ「…」

ガッツ「それからの俺は、ガンビーノの為に必死で戦った…」

ガッツ「俺を育ててくれたガンビーノの為に…今度は俺が…親父の為に…」

ガッツ「稼げるのは俺だけだ、俺は絶対に死ぬ訳にはいかなかった」

ガッツ「敵の剣を必死でかい潜り、幾つもの敵を斬り殺し、必死で生き延びた…」

ミーナ「…」

ガッツ「そんな生活が二年……十一になる頃には、俺も一端の兵士扱いになってた」

ガッツ「ガンビーノは傭兵団の中に居たが…」

ガッツ「あの頃のガンビーノは、傭兵を廃業になった事で酷く荒れていた」

ガッツ「強さと、冷酷さと、判断力の良さで団を率いてたんだ…」

ガッツ「突然の廃業を、ガンビーノが納得出来るハズもねえ」

ガッツ「二年経った頃には……俺が稼いだ金で、酒と女に溺れる毎日だった」

ミーナ「…」

……それは…ちょっと…どうなんだろ?

気の毒だとは思うけど、子供のガッツさんに戦場で戦わせて…

自分はガッツさんの稼ぎで女性やお酒に溺れるって…それ、ちょっと違うんじゃない?

ガッツさんのお話を聞いてると、つい眉間に皺が寄って来ちゃう。

そんな私を見た後で、ガッツさんは小さな溜め息を吐いた。

ガッツ「…別に構いやしなかったさ」

ガッツ「浴びるほど酒を飲もうが、女を買おうが…そんな事はどうだってよかった」

ガッツ「俺が稼いだ金を、好きな様に使って喜んでくれるなら…寧ろ本望だった」

ガッツ「…ただ……俺の事を見てくれるなら…それだけで…」

ミーナ「…?」

……見る?どうゆう意味だろ?

それより何だろう?ガッツさんの表情がおかしい…。

両膝に両肘をついて、右手で顔を覆う様にすると、ガッツさんは私から視線を外し、何も無い床の一点を眺めた。

小さく…本当に小さくだけど、ガッツさんの大きな体が、小さく震えていた。

ガッツ「…ある戦で、俺は敵の大将首をあげた」

ガッツ「大将首には特別な報奨金が出る。俺は硬貨の詰まった報奨金を片手に、ガンビーノの所に行った…」

ガッツ「少しは…褒めてくれるかなって…思いながらな」

ガッツ「ガンビーノはあの頃、犬を飼ってた…」

ガッツ「報奨金を差し出す俺には目もくれず、犬の餌を早く持って来いと、俺を殴った」

ガッツ「犬に向かって、シス、シスって……俺の名前は、一度も呼んじゃくれなかった…」

ガッツ「あの頃は、もうずっとそんな感じだった…」

ミーナ「酷い…」

ガッツ「…その日の晩は、強い雨が降ってた」

ガッツ「夜中、やたらと雷が鳴ってな……雷の音と稲光が酷くて、目が覚めたら…」

ミーナ「…」

ガッツ「…俺のテントの中に、右手に松葉杖、左手に剣を持った…」

ガッツ「ガンビーノが居た」

ミーナ「…えっ?」

ガッツ「酔ってるのが解ったのは、ガンビーノが振り下ろした剣を避けた後だ」

ガッツ「ガンビーノは寝ていた俺に、いきなり斬りかかって来た」

ミーナ「」

ガッツ「あの時、ガンビーノが俺に向かって言った言葉は、今でも一言一句漏らさず覚えてる…」

ガッツ「“すぐにくたばると思ったんだがなぁ…あんなガリガリの、死に損ないのガキ……”」

ガッツ「“だがどうだ?くたばったのは、てめえを拾った当のシス本人…”」

ガッツ「“この俺は片足をもがれて傭兵廃業……てめえを傭兵団に置いといたおかげで、この有様だ…”」

ガッツ「“ガッツ、貴様は悪魔の子だよ……不運を呼び込む呪われた子供だ…”」

ミーナ「………ガッツさん…」

ガッツ「“てめえは死ぬべきだったんだよ…11年前のあの日、母親の骸の下で…”って…」

ミーナ「……ガッツさん…」

もういい、もういいです…

そんな目で、そんな顔してまで話さないで…


ガッツ「…それから一つ、教えて貰った」

ミーナ「………何をですか?」

ガッツ「初陣のあの晩、ドノバンは本当に銀貨三枚で買っていたのさ……俺を」

ガッツ「…ガンビーノからな」

ミーナ「」

ミーナ「……どう、して…?」

ガッツ「…うっとうしかったから…」

ガッツ「ガンビーノが言うには、お袋を殺した俺が“犬っころ”みてえに懐いてくるのが…うっとうしかったんだとよ…」

ミーナ「そんな…そんな言い方…」

酷い…あんまりだ、あんまりだよ……

ガッツ「…ガンビーノはその後、また斬りかかって来た」

ガッツ「剣で受けようと…避けようとしたのに……」

ガッツ「気がついたら、ガンビーノの喉に……俺の剣が………剣が………」

ガッツ「……殺すつもりじゃ……ごめん…ガンビーノ………」

ガッツ「………父さん………」

ミーナ「ガッツ…さん…」

ガッツさんは目頭を押さえて、肩を小さく震わせていた…。

……胸の奥が痛かった……

この人の心の傷痕を、癒してあげたい…心からそう思う。

立ち上がった私は、少年の様に小さく見えるガッツさんに近寄り…

目頭を押さえるその頭を、両手でソッと抱きしめた……。

つづく

…遅筆の件、大変申し訳ありません。
ブラックなお勤め先の仕事を早く覚える為に、休日無料出勤が続いております……

そろそろ泣きが入りそうです

今、胸に宿るこの想いが、ほんの一時訪れるハシカの様な恋なのか…

それとも不意に満たされた母性本能なのか、正直、私にも良く解らないけど…

ただ…ただ止めどなく溢れ出す愛しさに突き動かされて…

私は包み込む様に、両手でガッツさんの頭を優しく抱きしめた。

ガッツさんは一瞬、ビクッと体を固くしたけど…

体の強ばりはすぐに消えて、その後も私の手を振り払う事はしなかった。

抱擁は僅かな時間だった。多分、三分も無かったと思う。

私のお腹の辺りに押し付けた黒髪、ガッツさんの短髪を暫く見下ろしていると…

左の腰の辺りをポンポンと軽く叩かれて、私はゆっくりと両手を解いた。

ミーナ「……紅茶、煎れますね?」

ガッツ「……ああ」

残り少なくなっていた紅茶を二つのカップに注ぎ分け…

ガッツさんと視線を合わせない様にしながら、ティーカップを手渡す。

…多分、すぐには顔を合わせ辛いよね?ガッツさん。

あ…それだと向き合わせで椅子に座るのも………。

私は少し考えて、ガッツさんの隣、ベッドに腰を下ろした。

ミーナ「…少しは落ち着きましたか?」

ガッツ「……ったく」

ガッツ「女・子供に慰められちまうと、立つ瀬ねーな」

ミーナ「あっ、今のはちょっと失礼ですよ?」

ミーナ「見た目は子供に見えるかも知れませんけど…」

ミーナ「“中身は”ちょっと気の利く“女性”のつもりなんですから」

ガッツ「……フッ」

ガッツ「…ま、今回はそういう事にしとくか」

ヤレヤレ…って感じで、ガッツさんが苦笑を浮かべる。

…良かった、もう普段の感じに戻ってるみたい。

それから二人で紅茶を一啜りすると、ガッツさんはその場を取り繕う様に口を開いた。

ガッツ「あー…ミーナ達の世界じゃどうなってるか知らねーが」

ガッツ「ここいらの傭兵団じゃ、同胞殺しは問答無用で縛り首だ」

ガッツ「ましてや俺は、理由はどうあれ親殺しになっちまったからな…」

ミーナ「…でも…」

ガッツ「言い訳したかったのは俺だって同じだ」

ガッツ「けど俺は、拾われた時から傭兵団の中じゃ縁起の悪いガキだって思われてたからな」

ガッツ「兵士ってのは、元々、諺を担ぐ」

ガッツ「俺があの傭兵団に居られたのは、団長だったガンビーノが育ての親だったからだ」

ガッツ「そのガンビーノを殺したとあっちゃ…な」

ミーナ「あ……」

ガッツ「ガンビーノとの騒ぎで、俺のテントはランタンが倒れてボヤを起こした」

ガッツ「駆けつけて来た仲間達が目にしたのは、ガンビーノの死体と血塗れの剣を持つ俺…」

ガッツ「ま、言い逃れなんて出来る訳がねえ。更に悪い事に、俺は威嚇してきた仲間を、つい反射的に斬っちまったからな」

ミーナ「…あー…」

あちゃ~…それは…もう本当に言い逃れ出来ないわ…。

ガッツ「俺は同胞殺し、親殺しとして追われるハメになった」

ガッツ「何とか馬を奪って、雷雨の夜道を遮二無二逃げたが…」

ガッツ「すぐに崖に追い詰められて、後ろからボーガンで撃たれた俺は、崖から落ちた…」

ミーナ「」

ガッツ「奴等はそれで、俺が死んだと思ったらしい…」

ガッツ「…実際あの高さから落ちて、二~三本の骨折で済んだのは奇跡だったんだろうな」

ガッツ「それにもしあの雷雨の晩、あの崖の下を通る奴が居なかったら、俺はあそこで死んでたハズだ…」

ミーナ「…じゃあ偶然、そこに誰かが?」

ガッツ「ああ。意識を失ったままの俺は、皮肉な事に…」

ガッツ「また違う傭兵団の一行に拾われて、命を長らえたってこった」

ミーナ「また傭兵団に?!」

ガッツ「…皮肉だろ?」

ミーナ「…運が良いのか悪いのか、微妙ですね…」

ガッツ「悪運が強いんだろうな、俺は」

ミーナ「…でも悪運って、まず悪い事が真っ先に来ますよね?」

ガッツ「……自慢じゃねーが、運の悪さにゃ自信があるぜ?」

ミーナ「本当に自慢になりませんよ」

本当、自慢になんない。

何ていうか…ガッツさんの昔話で、今の所、第三者的な視点で幸せそうな部分が皆無だもの…。

ミーナ「運命の神様は悪戯好きって言いますけど、ホドがあるでしょ?全く…」

ガッツ「ああ、全くだな」

ガッツ「運命の神さんってーのが目の前に現れたら、お礼にブン殴ってやりてーぐらいだ」

ミーナ「あっ、その時は手伝います。また、酒瓶を持って」

ガッツ「…ああ、頼りにしてるぜ」

私が笑いかけると、ガッツさんも苦笑混じりで笑顔を返してくれた。

…ああ、少しだけだけど、他愛もない軽口で、幾らか心が軽くなっていくのが解る。

ガッツ「……崖の下で拾われた俺は、それから無為に戦場で時を過ごした」

ガッツ「行く宛も無く、生きる意味も、目的も見い出せずに…」

ガッツ「傭兵団を渡り歩いて、幾つもの戦場で…」

ガッツ「勝ち戦と、クソみてえな負け戦を生き抜いた」

ガッツ「ガンビーノが居た傭兵団を離れてから四年……今のミーナぐらいの歳に、俺は奴らと………」

ミーナ「…奴ら?」

ガッツ「……」

……あ、あれ?

また、ガッツさんの表情が少し曇った?

ガッツ「…」

ミーナ「??」

ガッツ「…当時、既に戦場で、その傭兵団は名が知れ渡っていた…」

ガッツ「戦場で、一番顔を会わせたくない傭兵団の一つとしてな」

ガッツ「奴らとは最初、敵として出会った」

ミーナ「敵…ガッツさんの?」

ガッツ「ああ。城攻めじゃ敵側の傭兵団だったし、戦の後は俺の持ち金を狙って襲って来やがった」

ミーナ「当然、返り討ちですよね?」

私の笑顔の問い掛けに、ガッツさんは苦笑を浮かべて見せた。

ガッツ「…戦が終わり、次の戦場を目指して出発したその日、俺は奴らに出会った……」

ガッツ「白い鷹率いる、鷹の団………」

ガッツ「…ジュドー」

ガッツ「ピピン」

ガッツ「コルカス」

ガッツ「リッケルト」

ガッツ「……………………」

ミーナ「…?」

ガッツ「………キャスカ」

ミーナ「キャスカさんっ!?」

嘘っ!キャスカさんって、元はガッツさんの敵だったの?!

だって…えっ?あれ?ちょっと待って…

敵側の傭兵団って言ったよね?って事は………

ミーナ「キャスカさんって、もしかして傭兵だったんですか?!」

ガッツ「……ああ、パリパリの元傭兵だ」

ガッツ「初めて会った時は五百そこそこの、小さな傭兵団の古参兵だったらしいが…」

ガッツ「三年後、鷹の団が五千人規模に膨れ上がった頃にゃあ…」

ガッツ「キャスカは千人の部下を従える、千人長様だ。押しも押されぬ大幹部様だったぜ」

ミーナ「ふわぁ~…」

凄い…キャスカさんとガッツさんって、そんな年齢差は無かったハズだよね?

つまり私に言い換えれば、私が二~三年後に分隊長?クラスになってるってコト?

…あは、あっはっはっはっは!

絶対無理!あり得ない未来だわ。

百パーセント不可能だと断言できる。

………けど、私には絶対不可能な事を、キャスカさんはやってのけてたんだ…。

ミーナ「………悔しいなぁ」

ガッツ「…んっ?」

ミーナ「あ…いえ、キャスカさんは凄かったんだなぁ…って思って」

ガッツ「……ああ」

ガッツ「今でこそ“ああ”なっちまったが…」

ガッツ「あの頃のキャスカは………光だった」

ミーナ「………きっと、とっても素敵だったんでしょうね……キャスカさん…」

うっ………喋りながらヘコんできた。

自爆になるの、解ってるのに……どうしても二人の詳しい関係が知りたくなっちゃう。

ヘコむ結果になるのは目に見えてるのになぁ…。

ミーナ「素敵だったんでしょうね、キャスカさん。どんな感じだったんですか、その頃?」

ガッツ「素敵?…素敵…つーのとはちょっと違ってた気がするな。何つーかアイツは…」

ガッツ「ま、実に女らしくはあった」

ガッツ「嫉妬深けぇし、すぐに頭に血が上るし、気が早えぇし、手が速えぇし…」

ガッツ「何かにつけて俺に喧嘩売ってきたし…あぁ、あと水際に立つと何でか落ちやがるし…」

……………あ、あれ?

ガッツ「…ただまあ、部下思いな奴で、鷹の団に命を掛けてたな」

ガッツ「鷹の団に命を掛けてる分、規律には誰よりクソ煩くて……」

ガッツ「そうだな…アイツは傭兵ってより、清廉な騎士って感じだった」

ミーナ「……真面目な女性だったんですね。素敵じゃないですか」

ガッツ「素敵…か?初めて出会った時は、素敵っつーより………番犬みたいで相当ムカついたけどな」

……………おや?

ガッツ「コルカス達が俺を襲ってきた時、速攻で二人ばかり斬り伏せたら、アイツらビビりやがってな…」

ガッツ「俺を遠巻きにして、のらりくらりしてやがるから、コッチからぶった斬りに行ったら…」

ガッツ「キャスカがいきなり、ボーガンで撃って来やがった」

ミーナ「なっ!……危ないじゃないですか」

ガッツ「ああ。肩に刺さった程度で済んで、マジで良かったぜ。頭だったら即死だ」

ミーナ「」

ちょっ…ボーガンの矢、当たってるの?

あと“済んで良かった”の、程度の“程度”が、私の認識と違いすぎる……。

ガッツ「キャスカの奴、その後、馬上から斬りかかってきてな…」

ガッツ「俺も地上から長剣で斬りかかって、マジで殺り合った」

ミーナ「」

ミーナ「……結果は?」

ガッツ「俺が負けると思うか?」

ミーナ「全然思いません」

ミーナ「…けど、怪我とかは…させなかったんでしょ?」

ガッツ「まあ…結果的にはな」

ガッツ「トドメを刺そうとしたら邪魔が入った」

ミーナ「」

わー…私と同年代の頃のガッツさん、容赦無いわ~…

ガッツ「…そういや、鷹の団の連中で、一番最初に口をきいたのも…キャスカだったな…」

懐かしそうに、ガッツさんが目を細める。

そっか…やっぱりそうだよね…

口では何やかんやと言ってるけど…ガッツさんにとって一番大切な女性は………だよね………うん、知ってたよ。

そう、解ってる…だからヘーキ

ガッツ「…最初に交わした言葉も、しっかり覚えてる。何せ…」

ガッツ「“お前なんか、あのままグリフィスに殺されちまえば良かったんだ”…だったからな」

いや…いやいやいや、その言い方はナイって。

……ん?何か違和感が…?

ミーナ「あのまま殺されちまえば……って」

ミーナ「グリフィス?」

ガッツ「………」

んん?何か、またガッツさんの表情が固い気が……

ガッツ「…ああ、俺は負けた」

ガッツ「グリフィスに」

ガッツ「キャスカにトドメを刺そうとした時、キャスカを助けに入ったグリフィスと、真剣勝負で…」

ガッツ「その四日後、一対一の決闘で…俺は奴に二度…続けて負けた」

ガッツ「…同年代の奴に負けるなんざ、あの頃は夢にも思わなかったぜ」

ミーナ「」

……………ま、まあ、昔の話だもん。

ガッツさんが、私ぐらいの頃の…今ほど強くなかった頃の話でしょ?

そ、そりゃあそんな事だって…あるかも知れないわよ…

ガッツ「二度目の真剣勝負には、お互いの命を正式に賭けてた……」

ガッツ「その決闘に勝って、俺の命を手に入れたグリフィスは…」

ガッツ「俺を鷹の団に、正式に入団させた」

ミーナ「………はっ?」

ガッツ「…白い鷹グリフィス」

ガッツ「天才剣士にして、天才戦術家…」

ガッツ「百年戦争後、救国の英雄として白鳳騎士団の団長に上り詰めた男…」

ガッツ「グリフィス……奴が、鷹の団の団長だった」

ガッツ「俺にとって初めて出来た…仲間」

ガッツ「初めて出来た…親友」

ガッツ「初めて出来たライバル」

ガッツ「そして………」

ミーナ「…そして?」

ガッツ「………」

ガッツさんは私の問い掛けに、すぐには答えてくれなかった。

横顔を覗き見ると、その表情が次第に険しくなり、隻眼が鋭さを増していく。

漸く口を開いてくれる頃には、今にも誰かに襲い掛かりそうな顔付きになっていた。

ガッツ「……今は」

ガッツ「殺しても殺し足りない…」

ガッツ「俺の………宿敵だ」

途方もない力でも入ったのか、ガッツさんの筋肉が目に見えて膨れ上がる。

隣に座るガッツさんから、焼けた鉄の様な熱気が伝わって来た……。

つづく

終盤のテンポが悪くて、スレ内で終わるか不安になってきた今日この頃…

超眠い…

仲間…親友…ライバル…。

それらの言葉が、たった一人の人間を評価する為に使われたのであれば、それは十分に高評価なんだろうと思う。

ましてそう評価したのは、他ならぬガッツさんだ。

ガッツさんが認めた人…グリフィスって人は、よっぽどの人物なんだろう………けど………

ミーナ「………宿敵…ですか」

ガッツ「………」

何も答えてくれないガッツさんの横顔を、そっと覗き見る。

険しい表情…何だろう…何だか、あまり良くない予感がする。

お父さんのお話しみたいに、これも悪い話なんだ…きっと。

でなきゃ、宿敵だなんて言うはずもない。

浮かれ気分でガッツさんの過去を聞いたは良いけど…

今の所、ガッツさんの言葉通り、本当にろくでもな…いや、悲惨…いや、何て言うか…不幸なお話ばっかりだ。

私はただ、皆が知らないガッツさんの昔話を聞きたかった…そんな軽い気持ちだったのに…

本当、まさかこうなるとは思いもしなかったわ…。

……いや、後悔とかはしてないけどね?

それより…どうしよう?もうこれ以上は聞かない方が良いんじゃないかな?

そう思案してると、ガッツさんが不意に口を開いた。

ガッツ「十五の時、鷹の団に入った俺は、それからグリフィス達と戦場を渡り歩いた…」

ガッツ「…グリフィス…奴は、本物の天才だった」

ガッツ「………」

ミーナ「…どんな人だったんですか?」

ガッツ「…」

ガッツ「…よく解らねぇ野郎だった」

ガッツ「妙に悟ってる風に見えたかと思えば、まるっきりガキみたいだったり…」

ガッツ「背筋の凍る様な目をしたかと思えば、赤ん坊みてぇに無邪気に笑ったり…」

ガッツ「大人なのか子供なのか、良い奴なのか大悪党なのか“よく解らねぇ”奴だった」

ミーナ「…変わり者…って事ですか?」

ガッツ「……ああ、俺も最初はそう思ってた」

ガッツ「だが…つきあってる内に解ってきた」

ガッツ「野郎は単純で純粋だったのさ、自分の欲望に」

ガッツ「それこそガキが、ガキの頃に見る夢を、本気で叶うと信じるように…」

ガッツ「グリフィスは、自分のガキの頃の夢を、本気で叶えようと行動していた」

ミーナ「…夢?」

ガッツ「ああ。グリフィスの夢は、野望は……自分の国を手に入れる事だった」

ミーナ「国を?手に入れるって…そんな…」

ガッツ「王族でも、まして騎士ですらない平民のガキが、だ」

ガッツ「初めてその話をグリフィスから聞かされた時は、驚くとか…呆れるとか、そんな感情すら沸かなかった」

ガッツ「後で冷静に考えて、鼻で笑った程度だったな…」

ミーナ「それは…そうなりますよ」

そりゃそうよね?荒唐無稽な話だもん。

私だって笑い飛ばしちゃうわ、きっと。

ガッツ「ま、普通に考えりゃ只の与太話でお終いだ」

ガッツ「…たが、グリフィスは本気だった。本気で自分の国を手に入れようとした」

ガッツ「奴がいつ、自分の国を手に入れようと考えついたかは知らねえが…」

ガッツ「俺がグリフィスに出会った時、奴はもう鷹の団を作り上げて、既に行動を開始してた…」

ミーナ「…信じられない行動力ですね」

ガッツ「ああ…だが、奴には行動を起こせるだけの頭と力、何より……人を惹きつける強烈なカリスマがあった」

ガッツ「奴があの歳で傭兵団の団長になれたのは、あのカリスマ性があったからこそだろう…」

ガッツ「グリフィスは、俺達とは明らかに違ってた」

ガッツ「俺達一介の傭兵には、到底馬鹿げた酒飲み話にしか聞こえない様な事を…」

ガッツ「アイツは当たり前の様に考え、実行しちまうんだ」

ガッツ「上手く言えねぇが……あの頃のグリフィスは、凡人には解らない、もしかすれば一生かかっても手に入らない…」

ガッツ「“確信”みてえな物を持ってたんだろうな…」

……確信……?

ミーナ「確信…って、何の?」

ガッツ「…総ての…さ」

私の問いかけに答えた後で、フッと、ガッツさんが小さく笑う。

凄い…あのガッツさんが、手放しで相手を褒めてる……宿敵って言った相手なのに。

もしかして……無自覚?

ガッツ「俺が入団して三年……グリフィスの鷹の団はミッドランドに雇われて、チューダー帝国との百年戦争に参戦するまでになった」

ガッツ「五百そこそこだった鷹の団が、僅か三年で五千人を超えた…」

ガッツ「三年で十倍の規模に増やすってのは、口で言うほど容易くねえ」

ガッツ「戦の度に馴染みの仲間を失い、それ以上の新たな兵士を仲間に加えて、グリフィスは戦場で勝ち続けた」

ミーナ「…ガッツさんも一緒に?」

ガッツ「…ああ」

ガッツ「俺は最終的に、鷹の団の切り込み隊に居たからな」

ガッツ「常に先陣を切ってた」

ミーナ「キャスカさんは千人長だったんですよね?……因みにガッツさんは?」

ガッツ「…切り込み隊の隊長」

ガッツ「百人斬りのガッツ……って呼ばれてたな、昔は」

ミーナ「切り込み隊の隊長!」

ひ、百人斬りの…ガッツ!

ヤバいよ………二つ名、ダサいはずなのに格好良く聞こえちゃうのはナゼ?

ミーナ「因みに、通り名の由来は?」

ガッツ「チューダーとの百年戦争で、実際に百人からの敵を、俺一人だけで斬ったからだ」

ミーナ「」

ミーナ「…流石ですね」

ガッツ「今考えりゃ、よく生き残ったもんだと思うけどな」

ガッツ「一人で百人の敵を相手したり…戦場で敵陣めがけて一騎駆けしたり…」

ガッツ「後先考えずに、だんびら振り回して突っ込んでくのはしょっちゅうだった」

ガッツ「キャスカにはその度に、目の色変えて詰られたもんだ」

……それはきっと……

ミーナ「心配だったんですよ、ガッツさんの事が」

ガッツ「…いや、あの頃のキャスカに限ってソレは無え」

ガッツ「面と向かって、グリフィスを巻き込む位なら独りで死ね!って言われてたからな」

ミーナ「」

ガッツ「それに、キャスカとマトモな仲間関係になったのは、俺が鷹の団を抜ける直前だった」

ガッツ「大体、あの頃のキャスカは………ずっとグリフィスに惚れてた…からな」

ミーナ「っ!!!」

ガッツ「惚れてる……つーより、崇拝してたってのが近かったかも知れねぇ」

ガッツ「だからこそキャスカは、俺を憎んでたんだ」

………は?何で?意味が解んないよ?

疑問の表情を浮かべる私に、ガッツさんが自嘲ぎみな笑みを浮かべて見せた。

ガッツ「こいつはキャスカ本人に言われたんだが…」

ガッツ「グリフィスは常に冷静沈着な男だ。自分の夢を叶える為なら、徹底して冷徹にもなれる」

ガッツ「そんなグリフィスが、こと俺の事となると、いつも衝動的になる…」

ガッツ「夢が全て…そんなグリフィスが、後先考えず突っ走る俺の為に…」

ガッツ「窮地に立った俺を助ける為に、安っぽく命を張る……キャスカは、それが許せなかったらしい」

ミーナ「…」

ガッツ「……実際、グリフィスは俺を助けようとして、死にかけた事もある」

ガッツ「…その後で、俺はグリフィスに聞いたんだ…」

ガッツ「“俺が鷹の団に入った当初から、お前は俺に、優秀な手駒を失う訳にはいかない…そう言ったよな?”」

ガッツ「“だが、たかが手駒一つの為に命を落としかけるとは…”」

ガッツ「“冷静沈着なお前さんとしては、冴えない話だぜ?”」

ガッツ「“何故だ?何であんな無茶な真似をした?”……ってな。松葉杖ついてるグリフィスに、聞いた事がある」

ミーナ「……それで、何て返事を?」

ガッツ「………」

ガッツ「“…理由なんて無いさ、何も”」

ガッツ「“必要か…?理由が…”」

ガッツ「“俺が、俺のお前の為に体を張る事に……”」

ガッツ「“いちいち理由が必要なのか…?”」

ガッツ「…王都ウィンダム城の中庭で、ヒラヒラ落ちてくる枯れ葉をボンヤリ眺めながら……奴は俺にそう答えた」

ミーナ「………」

ガッツ「俺はそれまで……ガンビーノの件があってからは、生きる意味を見い出せないでいた」

ガッツ「ただ、意味も無く死にたくねえってだけで…生きる答えを探し求めて…剣を振ってきた」

ガッツ「だが、グリフィスからあの言葉を掛けられて…」

ガッツ「アイツが…グリフィスの言葉が、俺の探し求めていた答えなのかは解らなかったが……」

ガッツ「それでもあの時は……アイツの為に剣を振る!」

ガッツ「…そう心に決めたのさ」

………………。

……ナルホド。

キャスカさんが当時、そのグリフィスさんを好きだとしたら…

そりゃガッツさんに嫉妬するワケだわ。

だって、昔話を聞いてる私ですら気分悪いもん…

…ま、私の嫉妬はこの場合、グリフィスさんに向かってるんだけどね?

ガッツ「それ以降、俺は……例えるなら俺は、グリフィスの剣になった」

ガッツ「他の団員には特秘された任務……キャスカですら知らされない任務をこなすようになった」

ガッツ「その殆どが汚れ任務……早い話が暗殺だ」

ミーナ「」

あ、暗殺っ!?

ガッツさんがそんな役目を!?

………何だろ?凄い違和感を感じる。

私の知ってるガッツさんなら、寧ろそんな任務を命じられたら突っぱねそうなのに?

ミーナ「本当に、暗殺……とか、やったんですか?」

ガッツ「…ああ」

ミーナ「……何か、らしくない感じがします」

ガッツ「…だろうな」

ガッツ「俺は本来、ヘタな小細工とか性に合わないタチだしな」

ガッツ「グリフィスだって、そこは解ってたハズだ」

ガッツ「それでも俺が暗殺の役目を引き受けた理由は…」

ガッツ「そうした方が手っ取り早かったり、色々と都合が良かったからだ」

ガッツ「グリフィスも、喜んで暗殺を命じてたわけじゃねえ」

ガッツ「あのグリフィスが“俺を酷い奴だと思うか?”って不安そうな面を浮かべてたからな…」

ガッツ「奴が悩んでる時には、俺の方から“四の五の言わずに、ヤれって命令すりゃいいんだよ!”って発破をかけてた…」

ミーナ「……いっ」

ミーナ「良い様に使われてただけ…とかじゃないんですか?」

かなり勇気が要ったけど、私は思い切って聞いてみた。

だって、その可能性は否定出来ないから…。

ガッツ「……さあ?どうだったんだろうな…」

ガッツ「今となっちゃ、その可能性も十分あったんだろうが…」

ガッツ「その頃は、その考えは毛ほども思い浮かばなかったな」

ガッツ「俺は、グリフィスの綺麗な所も汚れた所も知っていた……俺だけが、な」

ガッツ「綺麗な所も汚れた所も、奴の夢を叶える為には必要な道だった」

ガッツ「グリフィスはそう信じてた………そして、俺もな」

ガッツ「他の仲間達には……キャスカには、綺麗な所だけを見せてやれはいい」

ガッツ「命を懸けてくれる団員には、登り詰める快感だけを味あわせてやればいい」

ガッツ「何も進んで、泥を啜る様な気持ちになる必要はない」

ガッツ「けど、お前だけはトコトンつき合って貰うぞ……」

ガッツ「グリフィスは俺に、そう言った」

ガッツ「だから俺も“ああ”…って応えた……満ち足りた気持ちでな」

ガッツさんは淡々とした口振りと表情で、過去の出来事を口にする。

当時のキャスカさんが嫉妬するのも、納得できるわ。

二人の関係は、何か特別なモノに感じるもの…。

これが、男の人の……友情……?

………よく解らないけど、一つだけ解った事がある。

それは私が、自分が思っていたより遥かに、嫉妬深いとゆう事だった……。

つづく

週末お休みなので、頑張って日曜日には続きを投下します

誤字の修正チェックもれとか……素で泣けるわ

ガッツさんのお話を聞いていて、もう一つ解った事…感じた事がある。

それは、ガッツさんとグリフィスさん…二人の深い絆だ。

ただその絆は、多分、男同士の友情とか、そんなありきたりな物じゃなくて…

人と人が、まるで磁石みたいに引き合う…惹かれ合うのが当然の様な…

………宿命?

話を聞いていて、私には、そんな風に思えた。

だって…ガッツさんなんだよ?

ガッツさんに、ここまで言わせる人間が他にいるかな?いないよね、絶対。

言い方は変かも知れないけど、ガッツさんを“虜”にしてるよね、コレ?

何だか……最近、近くに感じていたガッツさんとの距離が、実は物凄く遠かったって気になって来るよ…。

ヘコんでくる気持ちを、表情に出さないよう努めていると…

ガッツさんが又、訥々とした感じで言葉を紡ぎ始めた。

ガッツ「…グリフィスから初めて暗殺を頼まれて、俺は即座に行動に移した」

ガッツ「標的は同じミッドランド正規軍で、王家縁の大将軍、ユリウス」

ガッツ「そいつは、破竹の勢いで武功を上げるグリフィスに怯え、グリフィスを暗殺しようとしやがった」

ミーナ「…味方同士なのに?」

ガッツ「味方同士っつっても、相手は王族縁の正規軍。コッチは平民出の山だし軍隊だ」

ガッツ「グリフィスが国王から爵位を貰っただけでも反発は酷かったし…」

ガッツ「その上、実力も人気も飛び抜けて高かったグリフィスは、常に貴族連中から妬まれてた」

ミーナ「嫌な世界ですね…」

ガッツ「ああ、クソ喰らえだ」

ガッツ「…そんな折、グリフィスはボーガンで撃たれた」

ミーナ「っ!」

ガッツ「…が、奇跡的に無傷で助かった」

ガッツ「ボーガンに塗られていた、特殊な猛毒を証拠に調べ上げ…」

ガッツ「グリフィスは暗殺者の黒幕を突き止めた」

ガッツ「俺が受けたユリウスの暗殺命令は、つまるところ報復行為てワケだ」

ミーナ「……あまり気分の良い話しじゃありませんね」

ガッツ「…まあな。ただ、ユリウスは王族だ」

ガッツ「下手すりゃ鷹の団ごと潰されるリスクはあったが、成功の見返りもデカかった…」

ミーナ「見返り?」

ガッツ「簡単な話だ。暗殺が成功すりゃ、国を継ぐ人間が減る。ユリウスは第二王位継承権を持っていたからな…」

ガッツ「そして国王には、年頃の一人娘がいた」

ガッツ「王位継承権を持つ者が独り残らず消え、国王の一人娘を娶る事が出来たら……」

ミーナ「あ…」

ガッツ「そう、国が手に入る」

ガッツ「国王の娘は、明らかにグリフィスに惚れてたからな…」

ガッツ「国を手に入れるのに最も現実的で、同時にそれ以外の方法では、ミッドランドを手に入れる事はほぼ不可能だった」

ガッツ「だからこそ、俺は失敗が許されなかった…」

それまで表情を変える事なく、訥々と話を続けていたガッツさん…

その表情が、次第に曇っていく。

眉間に皺を寄せ、俯き加減のガッツさんに、私はおずおずと問い掛けた。

ミーナ「…」

ミーナ「…それで…その、成功したんですか?」

“暗殺は”って言葉は、流石に付け加える事が出来ない。

ガッツ「…ああ。ちょいと予定外な事もあったが…ユリウスを殺って、何とか兵舎まで逃げおおせた」

ガッツ「その後、グリフィスに報告に行ったんだが…」

ガッツ「……」

ミーナ「…?」

僅かな沈黙。

その後で小さな溜め息を吐くと、ガッツさんは口を開いた。

ガッツ「その夜。グリフィスは国王の一人娘、シャルロット姫の夜会に呼び出されていた」

ガッツ「俺が夜会の館に着いた時、グリフィスと姫さんは、二人きりで庭に居た」

ガッツ「俺はさっさとグリフィスに結果報告をしたかったんだが…」

ガッツ「館まで俺と同行したキャスカに“姫様とお話し中だ、グリフィスに恥をかかすな”って行く手を塞がれてな…」

ガッツ「俺は仕方なく、キャスカと二人で、グリフィス達の話が終わるのを待った」

ガッツ「その時、俺はグリフィスと姫さんの会話を…グリフィスの、あの言葉を聞いちまったんだ……」

ミーナ「……」

ガッツ「姫さんはグリフィスに…」

ガッツ「“どうして男は、血を流すことばかり好むのか?”」

ガッツ「そう問い掛けた。争い事が嫌いだったからな、あの姫さんは」

ミーナ「…それで、グリフィスさんは何て?」

ガッツ「グリフィスは……」

ガッツ「“貴いものを勝ち取り、守る為に…”グリフィスはそう答えた」

ミーナ「貴い…もの?恋人とか、家族?」

私が問い掛けると、ガッツさんは小さく首を横に振って見せた。

ガッツ「“誰の為でもない、自分が自分自身の為に成す……夢です”」

ガッツ「グリフィスはいつも通り、気高い雰囲気で、そう答えた」

夢、夢、夢………グリフィスって人は、本当にソレばっかりだ。

夢追い人って言葉があるけど、ここまでハマってる…地で行く人は聞いたこと無かったよ…。

ガッツ「“一人で一生をかけて探究していく夢もあれば…”」

ガッツ「“嵐みたいに、何千何万の夢を喰らい潰す夢もある…”」

ガッツ「グリフィスの夢は、正に後者のソレだった」

ミーナ「……」

ガッツ「“身分や階級、生い立ちに係わりなく…それが叶おうと叶うまいと、人は夢に恋い焦がれる…”」

ガッツ「“夢に支えられ、夢に苦しみ、夢に生かされ、夢に殺される…”」

ガッツ「“そして夢に見捨てられた後でも、それは心の底でくすぶり続ける……多分、死の間際まで…”」

ガッツ「“そんな一生を、男なら一度は思い描くはず……”」

ガッツ「“夢とゆう名の神の……殉教者としての一生を……”」

ガッツ「……」

ミーナ「……」

ガッツ「…ミーナ。お前にはあるか、夢が?」

ミーナ「…えっと…強いて言えば、巨人のいない世界を作る事…かな?」

ミーナ「後は……そんな平和な世界で、いつか素敵な人と一緒に、幸せに暮らせたらなぁ…って」

ミーナ「私みたいな凡人の夢っていったら、こんな所ですよ。ちょっと平凡過ぎますかね?」

私が苦笑しながら答えると…

ガッツ「…いや、立派なもんだ。夢があるってだけでな」

ガッツ「…俺はあの頃、何にも持っちゃいなかった」

ガッツ「自分の夢……自分が何をしたいかさえ、考えた事も無かった」

ガッツ「まるで教会に飾られた絵みてぇに、月明かりを背に、階段の頂で佇むグリフィスを見上げてると……」

ガッツ「“何も持ってねえ”俺が、酷く惨めに思えてきた」

ミーナ「…」

ガッツ「その次に言ったグリフィスの言葉…」

ガッツ「“生まれてしまったから、仕方なくただ生きる………そんな生き方、俺には耐えられない”」

ガッツ「……正直、あの一言は堪えた」

ガッツ「俺はそれまで、ただ死にたくねぇってだけで生き延びてきた……剣を振ってきたんだからな」

ミーナ「……で、でも、それだって悪い事じゃないです!」

ミーナ「誰だって、私だって死にたくはありません!」

ミーナ「自然な事ですよ、絶対に!」

ガッツ「……ああ、多分そうなんだろうな」

ガッツ「けどよ、そうじゃねぇ。そんな話しじゃねぇんだ、グリフィスが言ってた事は…」

少し寂しげに、ガッツさんが苦笑を浮かべて私に答える。

ガッツ「……らしくねぇ事に、俺はグリフィスの台詞にショックを受けてな…」

ガッツ「その後も、キャスカと二人でグリフィス達の話しに聞き耳を立てた」

ミーナ「…」

ガッツ「姫さんはグリフィスの話しを聞けて、えらく上機嫌でな…」

ガッツ「続けてグリフィスに聞いたんだ」

ガッツ「“あなたのお友達の方々も、あなたの魅力に引かれて、これまでついて来られたのでしょうね”…ってな」

ミーナ「友達…ってガッツさんの事?」

ガッツ「…姫さんが言った友達ってのは、俺も含めた鷹の団の連中の事だ」

ミーナ「ああ…」

ガッツ「グリフィスは、姫さんにこう答えた…」

ガッツ「“彼等は、優秀な部下です。何度も一緒に死線を越えてきた…”」

ガッツ「“私の思い描く夢の為に、その身をゆだねてくれる大切な仲間…”」

ガッツ「“…でも、違います。私にとって友とは…”」

ガッツ「“決して人の夢に縋ったりはしない……誰にも強いられる事なく、自分の生きるワケは自らが定め、進んで行く者…”」

ガッツ「そして自らの夢を踏みにじる者があれば、全身全霊をかけて立ち向かう…”」

ガッツ「“例えその相手が、私自身だったとしても”」

ガッツ「“私にとって友とは、そんな……『対等の者』だと思っています”」

ミーナ「」

ガッツさんの言葉を聞いて、私は絶句してしまった。

きっとその時、ガッツさんも言葉を失っただろう……それが、容易に理解できるグリフィスさんの言葉だった。

ミーナ「……対等、ですか」

ガッツ「…ああ」

ガッツさんにとって、きつい言葉だったんだろうなぁ……。

ガッツ「あのまま、アイツの夢に埋もれるワケにはいかねえ……そう思った」

ガッツ「…鷹の団にいた三年間は、本当に楽しかった」

ガッツ「何だか、ずーっと祭りでもやってたみたいでよ。何の不満もありゃしなかった」

ガッツ「鷹の団に入るまでの俺は、ただ戦場に出て、殺して生き残る」

ガッツ「戦場以外の事は何も知らなかったし、知ろうともしなかった」

ガッツ「何も考えず、剣を振るしか出来なかったし、それがすべてだった」

ガッツ「……でも、それでも良かった」

ガッツ「一人……誰でも良いから、こっちを向いていてくれれば……」

ミーナ「……」

ガッツ「だが、戦場を渡り歩いて思い知らされた。そんなもんは首の取り合いじゃクソの役にも立ちゃしねぇ」

ガッツ「ただのガキの泣き言だってな……」

ミーナ「…」

泣き言……。

そっか……ガッツさんは泣き言を洩らす相手なんていなかったんだ…。

それまでずっと、ずーっと一人できりで……。

何でだろう?何で私はこの世界に…ガッツさんの傍らに生まれなかったんだろう……。

あの性悪ウサギが言ってた様に、世界が繋がっているのなら…

何処かで運命みたいな物があったなら…

今、仲間に恵まれたガッツさんじゃなくて、一人きりだった頃のガッツさんに、私は出逢う事が出来たんじゃないだろうか…

そう思うと、私の心に幾ばくかのやるせなさが広がっていった。

ミーナ「…」

ガッツ「…それでも、出会っちまった」

ガッツ「本当に振り向かせたい奴を、俺は見つけちまった」

ガッツ「そいつは何一つ持ってはいなかった」

ガッツ「そして、全てを手に入れようとしていた」

ガッツ「……いや、それを可能に思わせる何かが、アイツにはあった」

ガッツ「…だが、あまりにも高みを目指しているが為に…」

ガッツ「アイツは自分自身を、いつも極限まで研ぎ澄ましておかなければいけなかった」

ガッツ「だからアイツには……自分の隣に、弱者を並べておく“ゆとり”は無かったのさ」

ミーナ「……」

ガッツ「……だがおかしな事に、そうあればそうある程…俺の目にはアイツが眩しく映った」

ガッツ「…もうごめんだった。アイツの夢の中で、アイツを見上げているのが」

ガッツ「俺は、自分で手にする何かで、アイツの横に並びたい…」

ガッツ「俺は……グリフィスにだけは、ナメられるわけにはいかねえ」

ガッツ「だから俺はグリフィスから……鷹の団から抜けたんだ」

つづく

次回でや~っとガッツの過去がおわりそう

やっつけ仕事は嫌いだけど、テンポの悪さに我ながらウンザリやわ…

ガッツさんは当時の事を、本当に淡々と口にした。

時折その表情を歪める事もあったけど、淡々と語られる言葉からは、もう感情の起伏を感じる事は出来なかった。

ガッツさんの話は更に続き、鷹の団を離れて一人旅をしたこと…

山に籠もり、剣の修行を始めたこと…

山で鍛冶屋のゴドーさんと、その娘さんにお世話になったこと…

グリフィスさんの言葉を思い出し、それまでの自分をもう一度冷静に見つめ直したこと。

そこまで話した所で、ガッツさんは不意に表情を崩した。

自嘲気味な笑顔。有り体に言えば、照れ笑いなのかな?

右手で耳の後ろを掻きながら、ガッツさんは私に笑いかけてくれた。

ガッツ「一年間山籠もりをして、ようやく解った」

ミーナ「…何がですか?」

ガッツ「剣と火花だ」

ミーナ「剣と火花?」

ガッツ「…どうやら俺は、剣を振る以外のやり方じゃ、何も実感が持てない…」

ガッツ「何も答えを出せないらしい…」

ミーナ「…」

ガッツ「俺の中で必要なもの…傍らにあって当然な存在…それが、剣だった」

ガッツ「無機質な鉄の塊にすぎねえのに……結局、俺には剣だけだった」

ガッツ「…夢……グリフィスは自分の国を手に入れると言った」

ガッツ「なら、俺にとっての夢は、剣なのか?…そう考えたが……違った」

ガッツ「俺にとって剣は、グリフィスの言う様な、具体的で到達点のはっきりした物じゃねえ」

ガッツ「そう…俺にとって剣は、もっと身近で、俺の体の一部みたいなもんだ」

ガッツ「剣のおかげで数え切れない程の一瞬、命をつなぎ…」

ガッツ「剣があったから、俺はまた死地に身を投げた」

ガッツ「俺の生きてきた殆どの時間、剣は体の一部として傍らにあった…」

ガッツ「ガンビーノを失った時…グリフィスと鷹の団との出会いと別れ……不死のゾッド」

ガッツ「堪えきれる筈の無い苦痛も、死を実感した瞬間も、俺は剣と越えてきた」

ガッツ「忘れられない事、忘れられない人間、その全てを俺は剣の切っ先で……握った柄を通して感じてきた気がする」

ガッツ「…実際、手で触れた物より剣で触れた物の方が、何千倍も多いんだ」

ガッツ「剣が…まるで俺が生きてきた事、そのものに思えた」

ミーナ「…」

私はただ黙って、ガッツさんの言葉を聞き入っていた。

ガッツさんの人生観って言うのかな?何か、とっても深い感じ…。

聞いていて悪い気はしなかったし、寧ろ感心するって言うか…

普段であれば、まず聞けないような事を聞けて、私は凄く嬉しかった。

…今、とても幸せな気分。

これよ、これなの。私はガッツさんとお話して、こんな気分になりたかったの!

ガッツさんの昔話を聞いたら、幸せな気分になれると考えたんだけど…

まあ現実には、かなりヘビーなお話しが続いて、私の考えが如何に安易か思い知らされたワケだけどね…。

ミーナ「…そういえば、さっき言ってた火花って?」

ガッツ「ああ…」

ガッツ「剣と剣が弾き出す小さな火花……」

ガッツ「自分の命そのものが、一瞬、目の前で弾けてる気がしてな…」

ガッツ「自分と強敵(あいて)の生きてきた時間、全ての思い……存在そのものをぶつけ合って…」

ガッツ「小さく飛び散る、ちっぽけな……光」

ガッツ「………生命が…見えてるんだ」

ミーナ「…」

ガッツ「………俺は剣を執る」

ガッツ「グリフィスの言う夢とは違うかも知れねえが…」

ガッツ「誰の為でもない、流される訳でもなく……今度こそ自分の意志で」

ガッツ「自分の…一瞬の…火花を弾き出すために」

……凄い…ジーンとする、鳥肌が立ってくる。

ガッツ「もう二度と、誰かに剣をあずけたりしない」

ガッツ「誰の夢にもぶら下がらない」

ガッツ「これからの戦は、すべて自分の戦だ……そう心に誓って旅に出た」

ガッツ「…くだらない拘りかも知れねえ。だが、やっと自分で見つけた事だった」

ガッツ「旅を続けながら腕を磨いて、強い敵とギリギリの所で剣を交えたい……あの頃、そう思って山から下りたんだ」

ミーナ「…何か、武者修行の武芸者みたいですね?」

ガッツ「実際、その通りだったな」

ガッツ「旅をしながら武闘大会に飛び入りで参加したりしたからなぁ」

ミーナ「…結果は?」

ガッツ「何しろ飛び入り参加だからな…ちょいと荒れたかな」

興味津々で問い掛ける私に、ガッツさんがニヤッと意味深な笑みを返す。

その後で、ふっとガッツさんが眉を寄せた。

ガッツ「…鷹の団を抜けて一年後…ある武闘大会に飛び入りした時だった」

ガッツ「その武闘大会は、王都で反乱を起こし、領内に潜伏する盗賊団を掃討する為の募兵も兼ねてたらしい」

ミーナ「盗賊団の掃討…募兵って事は、ガッツさんも募兵に参加したんですか?」

ガッツ「いや、募兵には応じなかった」

ミーナ「…ですよね」

ガッツ「ああ…何しろその賊ってのが…」

ガッツ「女首領キャスカと、鷹の団…ってんだからな」

ミーナ「………はあっ!?」

ガッツ「ま、そうなるわな……実際、俺も驚いた」

ガッツ「何しろちょいと調べてみたら、救国の英雄だったグリフィスは反乱罪でとっ捕まってるし…」

ガッツ「鷹の団は反乱軍として国中で追われてて、その賊の頭をキャスカがやってるってんだからな…」

ミーナ「な…どうして?」

ガッツ「…さあな。結局、詳しい事は今でも解らず終いさ…」

ガッツ「つっても当時は、抜けた身とはいえ、仲間だった奴らのピンチだからな」

ガッツ「討伐隊の後をつけて、俺はキャスカ達と合流する事にした」

ガッツ「討伐隊を蹴散らして、何とか合流は果たしたが…」

ガッツ「賊軍として一年間も追い回されていた鷹の団は、もう軍と呼べる代物じゃなくなっていた」

ガッツ「命を落とした奴、命を惜しんで逃げ出した奴…」

ガッツ「俺が鷹の団に戻った時、残ってた団員は五分の一以外…千人に満たないほど数を減らしていた」

ミーナ「…って、四千人も?」

ガッツ「ああ、四千もの数を減らして…」

ガッツ「俺の居ない一年、地べたを這いずりながら逃げ惑い…」

ガッツ「…それでも尚、キャスカと鷹の団は一年間生き延びていた」

ミーナ「…」

ガッツ「ジュドーに…仲間だった奴に言わせりゃ、生き残ってる連中は“本物の鷹”だ」

ガッツ「誰に言われた訳でも、強制された訳でもなく、自分達の意志で鷹の団に残ってる」

ガッツ「良くも悪くも、骨の髄まで鷹の団…そんな仲間達が、捕らわれたグリフィスを救い出す為に残ったんだ」

ガッツ「いや……グリフィスを助けるんじゃない、グリフィス無しじゃ始まらなかったのさ、鷹の団は…」

ガッツ「そして俺は、グリフィスを助ける為に、もう一度鷹の団に戻る事になった」

ミーナ「……素敵なお話しですね」

うん、本当に素敵な話だと思う。

友情っていうか、仲間との絆っていうか…私もそんな中の一人に加われたらなって、真剣に思うわ。

ミーナ「…それで、グリフィスさんの救出は成功したんですか?」

ガッツ「……ああ、俺を含めた少数での救出作成は成功した」

ガッツ「だが………」

ミーナ「…?」

ガッツ「俺達がグリフィスを見つけた時…グリフィスは一年にも渡る拷問で、別人みたいになっちまってた」

ガッツ「体中、至る所の皮が剥がされ…」

ガッツ「至る所に火傷を負わされ…」

ガッツ「舌を切り取られて話す事も出来ず…」

ガッツ「両手足の腱を切り取られて、自ら掴む事も、立ち上がる事も出来ず…」

ガッツ「ヘタな貴族の娘なんかより、よっぽど美人だったグリフィスが……」

ガッツ「ミイラみてぇに干からびて、芋虫みてぇに全裸で転がってた」

ミーナ「」

ガッツ「グリフィスを連れてウインダム城を抜け出し…」

ガッツ「やっとの思いで追っ手を振り切ったまでは良かったが……」

ガッツ「合流地点で仲間達と落ち合い“壊されたグリフィス”を目の当たりにして……」

ガッツ「俺達は…鷹の団は……鷹の団が終わった事を、皆が理解した」

ミーナ「」

何も言えない……

何て言っていいか、ぜんぜん解らない……

ガッツさんは、絶句する私に気付かないみたいで、淡々と言葉を紡いでいった。

ガッツ「皆が絶望し、途方に暮れる中、グリフィスを寝かせていた幌馬車が、突然走り出した」

ガッツ「動かねえ体で、どうやって馬を扱ったのか知れねえが…」

ガッツ「結局はまともに馬を扱えず、馬車は暫く走った後…」

ガッツ「車輪が岩に乗り上げて、馬車は湖の浅瀬に横倒しになった」

ミーナ「…」

ガッツ「……多分、グリフィスは自分の夢が潰えた事を悟ったんだろう」

ミーナ「…」

ひょってして……自殺しようとか考えたのかなぁ…

夢に全てを費やしていた人……その夢が潰えたと解った時の気持ちって…一体、どんなだったんだろう?

ガッツ「…ああ、そうだったな」

二人して黙り込んでいると、ガッツさんが思い出した様な声を上げた。

ガッツ「ゾッドが言ってたのは、あの瞬間の事だったのか…」

ガッツ「夢が潰えたと悟ったから……あの日、あの時、アレを使ったのか」

ミーナ「…アレ?」

私が疑問の声を上げると、ガッツさんは私を一瞥した後、枕元に置いてある小物入れに手を伸ばした。

その小物入れは、パック君曰わく、パック君の別荘?の事で、普段はガッツさんの腰に巻いてある小物入れのこと。

ガッツさんはその小物入れを取り寄せ、中をまさぐると…

中から取り出した物を掌に乗せ、私に差し出した。

……何だろ?鶏の卵?みたいなペンダント?

…アクセサリーにしては大きいし、何か変なデコボコが付いてる。

そう思ってよく見ると、卵みたいなソレの凹凸が、人間の目や鼻や口って事に気がついた。

うわっ……マジで気持ち悪い。

ミーナ「う……なかなかイカすペンダントですね?」

兎に角………誉めよう。

取り敢えず私の好みは別として。

ガッツ「…持ってみるか?」

ミーナ「わー、ウレシイなあ」

本心は兎も角、笑顔の返事だけは欠かさない。

私が両手を揃えて差し出すと、ガッツさんの掌から、ソレが私の掌に転がり落ちて来た。

………ナマあったかい。

卵型のソレは、目・鼻・口がてんでバラバラの所に付いていて、顔の形を成してない。

やっぱ……気持ち悪い……

そう思った矢先に、明後日の方を向いていた目がギョロリと動いて…

私とバッチリ視線が合った。

ミーナ「ひいっ!!!」

悲鳴を上げて思わず放り出すと、床に落ちそうになったソレを、ガッツさんが右手でサッとキャッチする。

まるで、そうなる事を予測でもしていたかの様な、素早い動きだった。

ミーナ「なっ………何ですか、ソレ?」

ガッツ「こいつは、ベヘリットってモンだ」

ミーナ「生きて…るんですか?目が動いたんですけど…」

ガッツ「ああ、どうやら生きてるらしい」

ミーナ「らしいって…何なんですか、ソレは?」

ガッツ「…ま、簡単に言えば、天使気取りのバケモンを呼び出す道具だ」

ミーナ「天使気取りの化け物?」

ガッツ「…ああ。その事なら、何日か前に言ったはずだ」

ミーナ「えっ…?」

私が疑問の声を出すと、ガッツさんは自分の掌に収まるベヘリットに、視線を落とした。

ガッツ「コイツの使い方こそ解らねぇが、このベヘリットを使う事で、天使気取りの化け物を呼び出す事が出来る」

ガッツ「呼び出された天使気取りの化け物は、呼び出した者の願いを叶えてくれる…」

ガッツ「グリフィスは、真紅のベヘリットを持っていた……覇王の卵とも呼ばれてたがな」

ミーナ「覇王の卵?」

ガッツ「使徒に………五人目の御使いに転生する為の代物だ」

真紅のベヘリット……覇王の卵……五人目の御使い……転生?

よく解らないけど、何となく嫌な予感だけが募る。

そして、嫌な予感は当然の様に当たった。

ハズレないのよねぇ、得てして、こんな予感だけは……。

ガッツ「何がどうなって、あんな事になったのかは解らねえ」

ガッツ「ただ、その引き金を引いたのが誰なのかは…今となっちゃハッキリしてる」

ガッツ「…グリフィス…奴が、覇王の卵を使ったんだ」

ミーナ「覇王の卵を…使った?」

私が疑問の声を上げると、ガッツさんは小さく首肯して目を閉じた。

ガッツ「暴走して湖に落ちたグリフィスに俺達が追い付いた時…」

ガッツ「俺達は、数百の不気味な連中に取り囲まれていた」

ガッツ「…俺には、直ぐに解った。奴らがヤバいもんだってのがな」

ガッツ「だが、それ以上に俺達の注意を引いたのが……突然起こり始めた日蝕だった」

ガッツ「太陽が、まるで月みてぇに形を変えて行って…」

ガッツ「最後に太陽が隠れた瞬間………俺達は、この世とは違う世界に引きずり込まれた」

ミーナ「この世とは違う世界?」

ガッツ「ミーナ、お前なら俺の言ってる意味が解るんじゃねえか?」

ガッツ「お前らもこの世界に来る前に、おかしな世界に転がり落ちたって言ってたろ?」

ミーナ「あっ!そうゆう意味なら解ります、スッゴく!」

ガッツ「…俺達が引きずり込まれた世界は……有り体に言えば、地獄そのものだった」

ガッツ「俺達鷹の団は、グリフィスの使った覇王の卵で異世界に引きずり込まれ…」

ガッツ「…そこで“蝕”が起こった」

ミーナ「蝕…?」

ガッツ「ヴリタニスに着いた翌日、俺が熱を出した朝に話した事を覚えているか?」

ガッツ「ミーナ達に巨人って敵がいる様に、俺にも敵がいるって話しだ」

ミーナ「あっ、確か使徒って名前の……」

……あれ?そう言えばさっき、チラッと使徒って話題が出た様な…。

それに天使気取りの化け物の事も、だんだん思い出してきた。

確かにそのお話し、ガッツさんが熱を出した朝に聞いたよ。

あぁ…何か思い出して来ると、さっきガッツさんから聞いたフレーズが、まるでパズルが嵌る様に繋がっていく……

……それも、悪い方に。

“真紅のベヘリット…覇王の卵…天使気取りの化け物…五人目の御使いに転生”

五人目の御使いに転生……その言葉が、やけに耳に残る。

数日前の、ガッツさんの言葉を思い出した。

“元は人間だったらしいが…人間である事をやめちまった、バケモンのことだ”

“天使気取りの五匹の化け物に、自分の一番大切な人間を生贄に捧げて…”

“使徒って名の人外に身を堕とした、正真正銘の化け物共が俺の敵だ”


ガッツさんの言葉を思い出す頃には、悪い予感が悪い確信に変わっていた。

ガッツ「顔色が良くねぇな……あらかた予想がついたか?」

ミーナ「不本意ですけど、悪い予感って…大体当たりますよね?」

ガッツ「まーな。それに関しちゃ同感だ」

ミーナ「私、物凄く嫌な展開を予想しちゃったんです。最悪なレベルで」

ガッツ「…ま、大体予想通りの話になるだろうな?悪けりゃ悪いほど当たってるだろう」

ガッツ「結論から言えば、グリフィスは覇王の卵を使って四人の御使いを呼び出し…」

ガッツ「生贄を捧げて五人目の御使いに転生した」

ガッツ「奴はもう、昔の…人間だったグリフィスとは違う存在だ」

ガッツ「今の奴は人間から使徒に転生した、使徒フェムト……使徒達の王として君臨してる存在だ」

ガッツ「そして今、新たな………鷹の団を率いて、この国の何処かに居やがる……のうのうとなっ」

ガッツさんの表情に、一瞬だけ、物凄い憎悪が浮かび上がった。

流石の私も、一瞬たじろいでしまう程の…憎しみに歪んだガッツさんの横顔。

目頭を押さえて深い息を吐くガッツさんに…

私は随分と悩んだ後で、おずおずと問い掛けた。

ミーナ「あの……ガッツさんとキャスカさん、それ以外の鷹の団の方は?」

ガッツ「………リッケルトは幸い、あの蝕の場に居合わせなかったからな」

ガッツ「今もゴドーの所に居るだろう」

ガッツ「だがあの日、蝕に巻き込まれた連中は………一人残らず………」

ミーナ「」

……………あぁ、やっぱり。

ミーナ「…」

ミーナ「…亡くなられたんですか…」

私は心の中で精一杯のお祈りを捧げながら…

その言葉をガッツさんに掛けた。

ガッツ「……亡くなられた?」

ガッツ「そんなんじゃねえ……そんなモンじゃねえっ!」

ミーナ「っ!」

ガッツ「誰にも…人間には……アレはわからねぇ………」

ガッツ「死んだ!喰われた!!一人残らずだっ!!!」

ガッツ「何の脈絡も無くっ……唐突にっ、理不尽にっ!!!」

ガッツ「まるで虫けらみてぇに…何も解らないままっ!!!」

ガッツ「みんな若かった………生きてりゃ何かやれたハズだ」

ガッツ「なのに一瞬で……俺にとっては……掛け替えのない………」

ミーナ「」

………ああ、コレか。

コレがガッツさんを苦しめていた、本当のトラウマの正体だったんだ。

時折見えていたガッツさんの憎悪……その行き着く先はコレだったんだ…。

私は不用意に、ソレに触れてしまった。

下手な慰めの言葉なんか、要らなかったんだ……きっとただ聞いてるだけで……。

………悲しい………哀しい………カナシイ

幸福には縁遠く、僅かに得た拠り所…

温もりさえ奪われ、誰にも心の疵を打ち明ける事も無く…

只一人、今まで全てを抱え込むしか出来なかったガッツさん…

今日までのアナタを思うと、私は胸が潰れそうなほどカナシかった。

今も尚、悲しんでいるアナタが…私はカナシイ。



けどその半面………嬉しいの。

そうやって感情に任せて怒鳴りつけてくれる事が…

ほんの少しでも、アナタの苦しみを紛らわせる事が出来るなら…

何より、アナタの苦しみを理解出来た事が…私はウレシイ。

アナタの傍らに多くは居られない…だから私は……それだけで嬉しい。

私は憤るガッツさんから、視線を離せなかった。

ガッツ「………っ」

ミーナ「」

ガッツ「……」

ミーナ「」

ガッツ「…すまねぇ、大声だしちまって」

ミーナ「……いえ」

ガッツ「悪かった…だから……もう泣くな」

ミーナ「えっ!?」

慌てて頬に手をやると、確かに雫の跡があった。

……あ、通りでちょっと視界が滲んでたんだ。

私は急いで袖口で目元を擦ると、慌てて笑顔を浮かべてガッツさんに視線を戻した。

うぅ………恥ずかしい………

ガッツ「悪かったな?ちょいと興奮しちまってよ」

ミーナ「いえ、気にしないで下さい!」

ミーナ「別にガッツさんの事が怖くなって泣いたワケじゃないですから…」

ミーナ「ガッツさんは全然悪くないですから!本当にっ!」

ガッツ「………解った」

ガッツさんは短く答えて、小さく息を吐いた。

暫くの沈黙………その後、ガッツさんは私に背中を見せた。

ガッツ「首筋のコレ……烙印が見えるか?」

ガッツさんの首の後ろ…首筋には、まるで焼き鏝でも押し付けた様な小さな烙印の印と…

その烙印を囲む様に、何かの……多分これ、シールケちゃんが書いた魔術の印?が施してあった。

ミーナ「えっと…コレは?」

ガッツ「生贄の烙印だ。これと同じ烙印が、キャスカの胸にも刻まれてる」

ミーナ「…」

ガッツ「コイツは、あの蝕の最中に刻まれたもんだ」

ガッツ「生贄の証としてな」

ガッツ「グリフィスはあの日、あの場に居た鷹の団の仲間……全員の命を捧げて、使徒として転生した」

ミーナ「……理由は?」

ガッツ「……簡単な理由だ」

ガッツ「夢を諦め切れなかったからだ」

ガッツ「壊れた体じゃ、奴の夢を叶えるなんて出来やしないからな」

ミーナ「じゃあ、体を手に入れる為に?」

ガッツ「…ああ、新たに生まれ変わる為に、あの場に居た全員が生贄にされた」

ミーナ「」

解ってはいたけど……非道い。

ガッツ「この烙印は、その生贄の証だ」

ガッツ「この烙印を刻まれた者は、肉体も、その血の最後の一滴までも、全て闇の化け物達に捧げられたら供物…らしい」

ガッツ「今はシールケの護符で守られちゃいるが…」

ガッツ「この護符が無けりゃ、たち所に化け物達が俺の血肉を求めて集って来やがる」

ガッツ「特に暗がりと、日が暮れて夜が明けるまでの間は、奴らの領分だからな…」

ガッツ「シールケと出会うまでは、眠れる夜が来るなんて、何年も思って無かった」

ミーナ「…そうだったんですか」

ふと、ガッツさんとの会話で“以前は朝まで夜通し起きていた”…

そんな会話を交わした事を思い出した。

ガッツ「……俺はあの蝕で、右目と左腕を失った」

ミーナ「っ!」

…そうだったんだ…その右目と左腕は、その時の……。

ガッツ「キャスカはあの蝕で、心を壊された……」

ガッツ「俺の目の前で、転生したグリフィスに犯されて…」

ガッツ「心と一緒に…身ごもってた赤ん坊も一緒にな」

ミーナ「…ぅええっ!!!」

ミーナ「……だっ」

ミーナ「…あ…のっ…」

ミーナ「あい……あいて………赤ちゃんの……お父さん…は?」

ガッツ「……俺だ」

ミーナ「」

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………


あー…何かもう解っちゃった。色々…うん。

そりゃガッツさんが憎むワケだわ…。

何かもう…聞きたくないかも。

……………………………………でも、最後に一つだけ。

ミーナ「…あの、ガッツさんとキャスカさんは…夫婦だったんですか?」

ガッツ「…いや」

ガッツ「ただ、二人で一緒に旅をする約束を交わした」

ミーナ「………そうですか」

ミーナ「…」

ガッツ「…」

ガッツ「…つっても」

ガッツ「最後にキャスカとその話をした時…」

ガッツ「結局は、一緒には行けないって…断られちまったけどな」

ミーナ「……はい?」

ガッツ「…二回も言わせんな」

ミーナ「断られ…た?」

ガッツ「……しつけえ」

ミーナ「…そですか…」

うぅ~~~ん………コレはどう判断すべきなんだろ?

ちょっと頭がパニクってて、上手く頭が回らない。

ぐるぐる回る頭と感情に平常心を失っていると…

ガッツさんは一つ大げさに咳払いして、真面目な表情を私に向けた。

ガッツ「まあアレだ…今の話は絶対に秘密にしとけよ?」

ミーナ「あ…はい、絶対に内緒にします」

ガッツ「ならいい……いや、今の話しは忘れろ、いいな?」

ミーナ「はい、今すぐ忘れます」

正直、本心から忘れたいよっ!

ガッツ「…そうしてくれ」

バツが悪そうな表情で、ガッツさんが首筋を掻きむしる。

居心地が悪そうな感じで、ガッツさんは話しを逸らす様に口を開いた。

ガッツ「蝕を生き延びた俺とキャスカは、ゴドーの鍛冶場の側にある…」

ガッツ「昔、精霊が棲んでたらしい洞窟で傷を癒やす事になった」

ガッツ「あの洞窟には、化け物達も近寄れなかったからな」

ガッツ「傷が癒えると、俺は旅に出る事を決めた」

ガッツ「俺は殴られたら、必ず殴り返すっ」

ガッツ「俺を喰い残した事が、奴等にとって運の尽きだっ…」

ガッツ「群がる死霊も、あの腐れ化け物共も、一匹残らず俺が狩り殺すっ!」

ガッツ「そう心に誓って、俺は復讐の旅に出た」

ガッツ「…正気を失ったキャスカを、精霊の洞窟に置いたまま…な」

ミーナ「…」

ガッツ「………二年だ」

ガッツ「俺は二年もキャスカをほっぽって、旅を続けてた」

ガッツ「…危うく、俺はまた、大切なモノを自分から失う所だった…」

ミーナ「…」

………だよね?

ガッツさんがキャスカさんの事を、簡単に忘れたりするハズが無いもん。

まして、一度は赤ちゃんまで出来た間柄だもの…。

今のキャスカさんは何故かガッツさんに心を開かない…

ううん、寧ろあのガッツさんを見る視線だと…明らかに警戒、敵視してる。

ガッツさんは幾らキャスカさんに拒絶されていても、その事で気に病む様な素振りは見せていない。

多分、見せてないってだけで、やっぱり少しは傷付いてるんだろうけどね……。

ガッツ「後は知っての通りだ」

ガッツ「一人で復讐の旅をするのを止めた俺は、キャスカが安心して暮らせる…」

ガッツ「自由に出歩いても安全な場所を求めて、旅を始めた」

ガッツ「旅は道連れってワケじゃねえが、道すがらいつの間にかイシドロが加わり…」

ガッツ「一度は俺と揉め事を起こした正鉄鎖騎士団から…」

ガッツ「騎士団を抜け出したファルネーゼとセルピコも旅に加わり…」

ガッツ「立ち寄った霊樹の森で、シールケの手伝いをする約束を果たした後…」

ガッツ「使徒共に霊樹の森を焼き払われたシールケが、結果的に俺達と行動を共にする事になった」

ガッツ「そしてヴリタニスに向かう道すがら…」

ミーナ「私達に声を掛けられた…って事ですか」

ガッツ「ま、そーゆーこった」

ガッツ「…どうだ?話を聞いて、後悔しただろ?」

ミーナ「そうですね…何かもう驚く事ばっかりで…」

ミーナ「正直、一つも後悔しなかったワケじゃないですけど…」

ミーナ「やっぱりガッツさんのお話を聞けて、良かったって思ってますよ」

ガッツ「…変わった奴だな?」

ミーナ「そうですか?」

ガッツ「…ま、良いけどよ」

ガッツ「ずっと話ししてたら喉が渇いたぜ」

ミーナ「あ、紅茶…もう空っぽでしたね」

ガッツ「酒は残ってるだろ?」

ミーナ「ダ・メ・です」

ミーナ「何度も言いますけど、ガッツさんは病み上がりなんですからね?」

ガッツ「……たく」

ガッツ「意外に口うるせえっつうか、頑固だな?」

ミーナ「…何か言いました?」

ガッツ「いーや………つかアレだな」

ガッツ「ミーナみたいな娘っ子は、将来、何やかんやで良い嫁さんになるだろうなぁ」

ミーナ「」

ミーナ「……」

ミーナ「最後にもう一つだけ、質問して良いですか?」

ガッツ「…あの、いいぜ?」

ミーナ「…もし、スケリグ島に辿り着けなくて……キャスカさんの心が元に戻らなかったら…」

ミーナ「その時は…どうするんですか?」

聞きながら、胸の奥が重くなる。

自分でも嫌な子だなって思う……自己嫌悪するよ、本当に。

ガッツ「…別に」

ガッツ「これまで通りさ、何も変わりゃしねーよ」

ガッツ「キャスカを護る…ただそれだけだ。一生な」

ミーナ「…そう仰ると思ってました」

うん………やっぱり、ね。予想通りの言葉だった。

苦しくない、悲しくないって言ったら嘘になるけど…

同時に、ホッとしたって言うか…納得した。

だって………私が好きになったガッツさんだもん。

その一途な所に、正直また惚れ直しました。

もうね、私…諦めたよ。

“諦める”のを諦めました!

いいじゃん?初恋だもん!

叶わないなら、せめて気が済むまで、ガッツさんの事を好きでいさせてほしい…。

ミーナ「…キャスカさん、心を取り戻せると良いですね?」

ガッツ「…ああ、そうだな」

………あれ?

ガッツさんの表情が、イマイチ冴えない?

ミーナ「……何か、気になる事でもあるみたいですね?」

ガッツ「…思ってたより…」

ミーナ「ん??」

ガッツ「……いや」

ガッツ「心を取り戻す事が……本当にキャスカの為になるのか、と思ってな」

ミーナ「えっ?!」

ガッツ「ちょいとした顔馴染みにそう言われてな…」

ガッツ「キャスカは多分、蝕の事で……心が、あの事実を受け止められずに壊れちまった」

ガッツ「そんなキャスカを、ただ昔のアイツに戻したいって俺の我が儘で…」

ガッツ「無理に治しちまって良いもんかと思ってな…」

ミーナ「…」

ちょっとイラッとした。

らしくないったら…本当にもう!

ミーナ「ビッとして下さい!」

ミーナ「そんな気弱でどーすんですかっ!」

ミーナ「このままで良い訳ないでしょ?」

ミーナ「確かに後悔するかも知れません。けど、どーせ後悔するなら行動してから後悔して下さいっ!」

ミーナ「気合いが足りませんよ、切り込み隊長っ!」

私は肩を怒らせながら、ズビシッ!とガッツさんの鼻先に指を差した。

ガッツさんは面食らった様にして、言葉を失ったみたいだった。

ガッツ「」

ガッツ「…」

ガッツ「…ふっ」

ミーナ「…ふふっ」

それから少しの間、二人して笑った。

ガッツさんが私とのやり取りで、こんな屈託の無い笑顔を見せてくれるのは初めての事で…

私は余計に幸せな気分になって、満面の笑みを浮かべた。

ひとしきり笑うと、流石に私も喉が渇いてくる。

ミーナ「紅茶、煎れて貰って来ますね?」

ベッドから立ち上がってドアに向かうと、私の背中に…

ガッツ「…んな膀胱にストレートに来そうなモン、よくガブガブ飲めるもんだな?」

ミーナ「なっ…」

ミーナ「前にも思いましたけど、ガッツさんはもっと、女性に対してデリカシーってのを弁えるべきです!」

ガッツ「難しい注文だな、そいつは」

ミーナ「もうっ!」

私が、イーッ!って顔をシカメると…

ガッツさんは少しだけ、表情を崩した。

私は少しだけ頬が赤らむのを自覚しながら、またガッツさんに背中を向けてドアに向かう。

鼻歌交じりに内鍵を開け、ノブを掴んでドアを開けようとしたら…

バンッ!!

と、ドアが勢い良く開いた……内側に向かって。

お陰で、勢い良く開いたドアが私の顔に直撃!

ミーナ「ひぐっ!!!」

奇妙な悲鳴を上げて、私はその場に座り込んでしまった。

く~~~~~~~っ!

鼻っ!鼻っ!鼻打ったぁ!!

超痛った~~~~~いっ!!!

ガッツ「お、おいっ、大丈夫かミーナ!?」

サシャ「えっ?あっ!わっ!?ごめんなさいミーナ!」

声から察するに、どうやらドアを勢い良く開けた犯人はサシャらしい…。

つかゴメンじゃないよ!顔だよ、顔直撃だよっ!

鼻血とか出てたらどーしてくれんのよ?

つかそれ以前に、ガッツさんの前で恥掻かせないでよ、バカァ!!!

痛みと恥ずかしさでドアの前に座り込み…

両手で顔を押さえて悶えていると…

私の周りでオロオロするサシャ…

それと、どうやら私を心配してくれたらしいガッツさんが、私の肩に手を押いて、私の顔を覗き込んで来るのが解った。

何か私、この世界に来て、貧乏クジばっかり引いてる気がする…。

ガッツ「おい、平気か?」

ミーナ「……な゛、な゛ん゛どが……へいきれふ」

サシャ「…良かったあ」

ミーナ「よがないよっ、あ゛やまっでよっ!!」

サシャ「あああっ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃっ!!」

ミーナ「………も゛う」

ちょっと涙目になりながら、私は正当な不満の声を漏らした。

とは言え……泣き顔を見せるワケにもいかない。

痛まない様に鼻を優しく擦ると、指先でコッソリ涙を拭い…

小さく咳払いしながら、ゆっくりと立ち上がった。

サシャ「あぅ…ミーナの鼻が、ちょっと赤くなってます」

ミーナ「…もう!気を付けてよね、本当に」

ガッツ「結構いい音したぞ?鼻血とか出てねえのか?」

ミーナ「…ええ、辛うじて」

サシャ「うぅ…本当にごめんなさいでした…」

ミーナ「もういいよ……けど、次から気を付けて」

サシャ「はい……」

ショボーン…って感じで、サシャが肩を落とす。

私は嘆息すると、両手を腰に当てながら、サシャに問い掛けた。

ミーナ「で、一体何事だったの?」

ミーナ「凄い勢いで飛び込んで来ようとしてたけど?」

サシャ「…あっ」

サシャ「そうだ、大変だったんですよ!」

ミーナ「…何が?」

サシャ「それが、シールケちゃんとイシドロ君が喧嘩しちゃって…」

ミーナ「喧嘩ぁ~?」

ミーナ「何よ、たったそれだけ?よっぽどの事があったのかと思ったじゃない!」

サシャ「それが、そうでもないんですよ!」

ミーナ「はぁ?」

ガッツ「…?」

サシャ「シールケちゃん、ずっとあのローブ姿で、服を着替えたりしなかったじゃないですか?」

ミーナ「あー…言われてみれば…そうかも?」

ミーナ「で?」

サシャ「イシドロ君が、魔女の格好は目立つし、下手すると魔女狩りとかもあるから着替えろって言ったんですけど…」

サシャ「シールケちゃんが、それを頑なに拒否して…」

サシャ「それで、段々騒ぎが大きくなって、最後は大喧嘩になって…」

サシャ「イシドロ君がシールケちゃんの帽子をはたいた時、その拍子で帽子が外に飛んじゃって…」

サシャ「外に落ちた帽子が、馬車に轢かれちゃったんですよ」

ミーナ「ああ~…」

サシャ「で、その帽子やシールケちゃんの着てる服って……どうやら親代わりの人から作って貰った形見の品らしかったんです」

ミーナ「あちゃ~…」

サシャ「しかも、ソレだけだけしか残されてない、唯一の形見の品らしくて……」

ミーナ「」

サシャ「……シールケちゃん、泣いちゃって…どっかに飛び出して行っちゃったんです」

ミーナ「…そりゃ大変だわ」

サシャ「はい…」

サシャ「今、セルピコさんが後を追い掛けて行ってるんですけど…」

サシャ「キャスカさんの事もあって、ファルネーゼさんは部屋から出られませんから…」

サシャ「シールケちゃんを探すのに、手を貸して貰おうと思ってこの部屋に来たんです」

ミーナ「なるほどね、解った」

ミーナ「あー、それでイシドロ君は?」

サシャ「それが…イシドロ君も意地になっちゃって……」

ミーナ「はあぁ~~~…」

私は深い溜め息を吐くと、向かい側の部屋に足を運んだ。

向かいの部屋に入ると、イシドロ君が窓際に椅子を持ち寄り、椅子に腰掛け…

伸ばした両足を、窓枠に引っ掛けている姿があった。

両手は頭の後ろで組み合わせ、背中をこちら側に向けてる。

キャスカさんはベッドに腰掛け、ファルネーゼさんはその隣で、浮かない表情でイシドロ君の背中を見ていた。

イバレラちゃんが居ないのは、シールケちゃんに付いて行ったからかな?

パック君は………その頭をスッポリと、キャスカさんの口にくわえられて、ピクピクと痙攣していた。

一ヶ所、トンでもない笑いを私に引き起こそうとしてるけど…今はソレ所じゃない。

なるべくソッチを見ない様にしながら、イシドロ君の方へと足を進める。

手を伸ばして声を掛けようとしたけど…

上手い言葉が見つからず、私は足を止めた。

だって、イシドロ君だって元々はシールケちゃんを心配して…の事だもの、きっと。

結果は悪い方に転がっちゃったけど、イシドロ君の言い分だって私にも解るよ。

……困ったなぁ。

こんな時、何て言ったら良いんだろう?

私が掛ける言葉を選んでいると、不意にぶっきらぼうな声が、部屋の入り口から掛けられた。

ガッツ「本物の魔女をどうこう出来る奴がいるとは思えねぇが…」

ガッツ「夕飯の時間が遅れるのは面倒だ」

ガッツ「イシドロ。お前、ちょっとシールケ探して来い」

ガッツ「俺もリハビリがてら、散歩がてらに後からミーナ達と探しに行くからよ」

イシドロ「けどよ、アイツ…」

ガッツ「四の五の言うな。せっかく今日ぐれーから薬膳以外が食えそうなんだ」

ガッツ「夕飯までに、サッサと連れ戻すぞ」

ガッツ「ハラ減ってんだ、解ったらサッサと行って来い」

イシドロ「…しゃーねーなっ、解ったよ!」

イシドロ君はそう答えると、椅子から飛び立って部屋を出て行った。

サシャ「わぁ…ダッシュで行っちゃいましたよ」

ファルネーゼ「ありがとう御座います、ガッツさん」

ガッツ「別に…」

ガッツさんは短くそう言うと、自分の部屋に引き返した。

その足が、途中で止まる。

ガッツさんが少しだけ振り向いた。

ガッツ「ミーナ、着替えたら俺達も探しに出掛けるぞ」

ミーナ「…はいっ!」

サシャ「私もご一緒します!」

ミーナ「…は?」

…なに言っちゃってんの、この娘?

ガッツ「解った。着替えるから、お前ら外で待ってろ」

ミーナ「ええっ!?」

何の逡巡も無く、ガッツさんが答える。

自分の部屋に戻ると、ガッツさんは無情にもドアを閉めてしまった…。

サシャ「さあ、私達も出掛ける準備をしましょう!」

サシャ「早くシールケちゃんを見つけてあげないと!」

ミーナ「………うん、そだね」

うん……良い娘ではあるのよね、サシャは…。

本当に……うん……ただ空気は読めない娘だけどね…はぁ…。

その後、気を取り直して外出の準備を済ませた私達三人は…

シールケちゃんを探しに、夕日に染まるヴリタニスの街へと宿を後にした。

夕日に染まる港町…その眺めが見納めになるとは思いもせずに。

恐れていた最後の瞬間が、遂にその日、私の前に訪れた……。

つづく

いよいよ大詰めです…

三万字一気…めちゃ疲れた

宿を後にした私達三人は、取り敢えず人気の少ない所を探す事にした。

理由は、シールケちゃんが人混みを苦手にしているから。

どう考えてもあのシールケちゃんが、市場や露店みたいな人で溢れる場所に行くハズが無い。

あまり遠くへも行かないんじゃないかと思い、私達三人は手始めに近場の公園を目指す事にした。

道すがら、この町の住民と思われる人に公園への道順を聞き、日の陰る裏通りを歩く。

公園は少し離れた高台にあると聞き、教えられた通りに歩いていると、どうやら住宅街に入ったらしく、路地が更に狭くなった。

路地を挟んで連なる様に建つ、4階建ての集合住宅の窓からは…

多くの建物から建物同士を繋ぐみたいに、路地をまたいで窓と向かいの建物の窓に、幾つものロープが伸びている。

そのロープは洗濯物を干すのに使われてるみたいで、中には取り込みを忘れたらしい洗濯物が…

路地を吹き抜ける風に煽られて、ユラユラとはためいていた。

日陰の路地を歩いていると、交差する狭い路地から数人の子供達が飛び出し、直ぐに進行方向の路地裏へと姿を消す。

子供達の中には、女の子も混じっていた。

訓練兵団に入る数年前の私も、あんな感じだったなぁ…。

わりと活発だった幼少時代を不意に思い出し、自然に思考が故郷の事へと及ぶ。

何となしに懐かしい気分になっていると、並んで歩いていたサシャが問い掛けてきた。

サシャ「どうしたんです、ニヤニヤしちゃって?」

ミーナ「うん…何か懐かしいなぁって思ってさ」

サシャ「懐かしい?」

ミーナ「ほら、今、路地の角から子供達が駆け抜けてったでしょ?」

ミーナ「私もさぁ、あの位の頃は、男の子達と一緒に日暮れまで駆け回ってたなぁって思ってさ」

ミーナ「ワリと泥んこになる事も多くて、よくお母さんに“女の子らしくしなさい”って怒られてたよ」

サシャ「はぁ…ミーナは意外にお転婆だったんですねぇ」

ミーナ「サシャだって似た様なもんでしょ?」

サシャ「言うまでもありません」

答えながら、サシャがニコニコと笑う。

わざとらしく手足をピンと伸ばして歩く姿は…

ファルネーゼさんのお下がりの軍服を着ているせいか、まるで兵隊さんの行進みたいに見えた。

そんなサシャや私の後ろを、ガッツさんがどこか落ち着かない様子で歩いてる。

少し気になったので、私はガッツさんに問い掛けることにした。

ミーナ「ガッツさん、何かちょっと落ち着かない感じに見えますけど…どうかしました?」

ガッツ「いや…剣も甲冑もナシじゃ、どうにも落ち着かねえんでな」

ガッツさんは最初、シールケちゃんを探しに行くのに、わざわざ甲冑を着込み、あの大剣を携えていた。

幾ら何でも重装備過ぎるし、何より人捜し程度で、あの呪いの甲冑を着るなんてとんでもないよっ!

私はそれこそ泣き出しそうな勢いで、甲冑と大剣は止めて下さいと頼み込んだ。

病み上がりだの何だのと、尤もらしい理由を羅列してさんざん頼み込むと…

ガッツさんは不承不承ながらも、やっとの事で私のお願いを聞き入れてくれた。

ガッツ「ここ何年も、剣も持たずに外を出歩く事なんざ無かったからなぁ」

サシャ「えっと…ソレが普通の事じゃないんですか?」

ガッツ「剣士に剣を持ち歩くなっつーのは、狩猟民族に弓を持ち歩くなっつーのと同じ事だ」

サシャ「あー、ソレは困りますねぇ…」

ガッツ「だろ?」

サシャ「はい、武器の携帯は必須です」

ミーナ「いや、違うから!今は戦争でも狩りでもなくて、只の人捜しだから!」

サシャ「いえいえ、今のはガッツさんの言い分も解るって意味ですよ」

サシャ「ねーガッツさん?」

ミーナ「そんなの私だって解ってるよ!シレッと私をハブにすんな!」

サシャ「ハブになんてしてませんよ?気のせいです、気のせい」

サシャ「そんな事より、公園が見えて来ましたよ?」

ミーナ「そんな事だと?」

サシャ「にひひっ」

意味深な笑顔を浮かべながら、サシャが公園を目指して駆け出す。

ミーナ「ちょっ、待てこら!」

私は叫ぶと、サシャの後を追いかけた。

サシャに続いて小さな公園に駆け込むと、そこには数人の人影があった。

でも、そこに居るのは見知らぬ子供達ばかりで、シールケちゃんの姿は見当たらない。

取り敢えずその子達にシールケちゃんの特長を伝えて聞いてみたけど…

ずっと公園で遊んでいたらしいその子供達は、シールケちゃんらしい子は来ていないと答えた。

ガッツ「…どうだ、居たか?」

遅れて公園にやって来たガッツさんが、私達に問い掛けてくる。

私とサシャが首を横に振ると、ガッツさんは小さく嘆息して見せた。

ガッツ「…ま、そー簡単には見つからねえか」

ミーナ「うーん、静かな所だと思ったんですけど…」

サシャ「ガッツさんは心当たりありませんか?シールケちゃんの行きそうな所?」

ガッツ「…そうだな…」

ボソリと呟きながら、ガッツさんが辺りを見渡す。

何かを考える様に視線を巡らせていたガッツさん…

その視線が、高台の公園から見下ろせる海に止まった。

ガッツ「…そういやイシドロと一緒で、シールケも海は初めて見るっつってたな」

サシャ「あっ、ソレは私達も同じですよ」

サシャ「初体験です、海!」

サシャ「海って素晴らしいですよねぇ…食材がウヨウヨ居るんですから!」

サシャ「蟹、海老、牡蠣、貝、蛸、烏賊、多種多様な魚……それに魚卵もっ!もう考えただけで涎が止まりませんよぉ…」

涎と一緒にグルルルルッ!っとサシャのお腹が鳴る。

どうやら彼女のお腹に棲む謎の生物は、今日も元気一杯…いや凶暴に暴れているらしい…

その謎の生き物、何とかしなさいよ、サシャ…。

サシャ「そう言えば昨日、セルピコさんから変わり種で、シラスの踊り食いってのがある事を聞きまして、是非とも今度挑戦しt」

ミーナ「ストップ!ストップ!論点ズレてる!話が脱線してるよサシャ!」

サシャ「………あ」

サシャ「し、失礼しました」

サシャ「私的に海=食材の宝庫の認識が出来てしまっていて、つい暴走してしまいました…」

サシャが僅かに頬を染めながら、恐縮そうな声を出す。

呆れる私の横では、ガッツさんが微かに表情を和らげていた。

ガッツ「…ま、いいさ」

ガッツ「それより海に…埠頭に行ってみるか」

ガッツ「来た道を引き返す事になるし、此処からじゃちょいと距離もあるが…」

ガッツ「まあ鈍った体を動かすには丁度いいだろ」

ミーナ「…ですね」

ミーナ「シールケちゃんも海が初めてなら、行ってる可能性は高いと思いますし」

サシャ「かっ………」

サシャ「買い食いとかしちゃ」

ミーナ「サシャ?」

サシャ「ダメですよね?解ってます、ハイ…」

私にひと睨みされて、サシャは悲しそうに目を伏せた…。

それから私達は、緩やかに下る路地を歩きながらやって来た道を引き返し、夕日に染まる海を目指した。

高台の公園から見下ろした感じだと、日没前には海に着くかな?

…………
………
……

果たして私の予測は当たり、夕日が水平線に半分ほど沈む頃、私達は人気の寂れた埠頭に辿り着いた。

埠頭には、随分と古びた漁船が二艘ほど繋がれているだけで…

埠頭で釣り糸を垂れる人影すら見えない。

辺りを見渡した感じからすると、どうやら此処は小さな漁港らしかった。

ただこの漁港は、漁港の造りもだけど、何て言うか、雰囲気そのものが寂れている。

多分、漁港としてはかなり古い部類に入るんだろう。

年季が入った…てゆーか、かなり草臥れた漁港の建築物から察するに…

…もしかすると、本来の漁港としての役割は、既になくなっているのかも知れない。

もの悲しい雰囲気の中、桟橋に下りた私とサシャは、オレンジ色に輝く海に魅入られる様に、ゆっくりとその場に腰を下ろした。

サシャ「…」

ミーナ「…」

サシャ「………シールケちゃん、居ませんでしたね」

ミーナ「……うん」

サシャ「……凄いですね、海」

ミーナ「うん…太陽が溶けてるみたいだね…」

サシャ「とても綺麗です…」

水平線に半分ほど沈んだ太陽が、まるで溶け広がる様に、海面をオレンジ色に染めていた。

西の空はオレンジ色から、東に進むにつれて紫色から藍色、そして夜の闇色へと色合いを変えている。

自分達が居た世界では、まずお目にかかれない光景にウットリしていると…

波止場に立っていたガッツさんも、桟橋へと下りてきた。

ガッツ「シールケから念話が来た」

ミーナ「えっ!?」

ガッツ「やっぱり海に居たらしいな」

ガッツ「ただココとは別、一つ隣になる埠頭に居たらしい」

ガッツ「イシドロとは仲直りもしたそうだ」

ガッツ「野暮用があるらしくて、そいつを済ませたら、イシドロと一緒に宿に帰って来るとよ」

サシャ「良かったですねえ、見つかって」

ミーナ「念話って…ガッツさんからは、話しかけられなかったんですか?」

ミーナ「それが出来てれば、捜すのも楽だったのに」

ガッツ「一応は頭ん中で会話が出来るんだからな、そりゃ声はかけてみたさ」

ガッツ「ただこの念話は、シールケが主導権を持ってる。主導権っつーより、全権って言った方が正確だな」

ガッツ「シールケあっての念話だ。シールケに念話を使う気が無けりゃ、コッチからは手の打ちようが無え」

ガッツ「便利ではあるが、念話の相手はシールケに限定されてるからなあ」

サシャ「あ、そうだったんですか?」

サシャ「てっきり、ガッツさん達は全員自由に使えるのかと思ってました」

ガッツ「んなワケねえ。俺達はシールケから渡されたシールケの髪の毛を、自分の髪に結び付けた事で、シールケとの念話が出来る様になってるだけだ」

ミーナ「えっ?じゃあ、私達もシールケちゃんの髪を自分の髪に結び付けたら…?」

ガッツ「相手はシールケに限ってだが、念話が出来るってこった」

サシャ「なるほど…」

ミーナ「他の人にも使えれば、凄い便利なのに…」

それなら、ガッツさんと髪を交換して、コッソリお話しとか出来るのに…

ガッツ「そりゃ便利かも知れねえが、流石にな…魔女の力量あっての事だろ」

サシャ「うおぅ…ちょっと魔女