ほむら「それは、もう一つの結末」(840)

まどマギSSですよ。

表紙的なアレを置いておきますね。
http://myup.jp/6yEHWcGK

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1372075597



そう、これはもう一つの結末。


─────────────────────

?????「っ!」


ドゥンッ!

ぐちゃっ……


ほむら「…………」

とりあえずは、よし……


タッ。


私は始末した『それ』に冷めた視線を向けると、そのまま歩き出した。

ほむら(放っておいても、『新しい』あいつがあの死体を片付けるでしょう)

それを知っているから、『それ』を自分で処理したりはしない。

今は夜で、ここは公園。

周りには私以外に誰も居ない。

ほむら(さて、次は……)

──あの子に忠告をしなければ。
……意味は無いかもしれないけれど……──


バッ!


私は跳び、公園を後にした。

─────────────────────

私は、同じひと月を幾度となく繰り返している。

その数の分だけ、絶望を味わいながら。

でも、私は決して希望を捨てたりしない。

大切な友達と約束したから。

今の私には、その約束を果たせるだけの力がある──そう信じているから。

どれだけ悲しい別れを繰り返しても、身も心も引き裂かれても。

私は行く。歩き続ける。

幸せな結末をこの手にするまで。

─────────────────────

ほむら「!」

木の上や建物の上を跳び移りながら移動し、目的の場所まであと少しという所で、私の顔に影が射した。

見上げると、夜の空で満月を背に跳躍する、美しい人……

抑揚のついたスタイルの良い四肢、縦ロールにされた綺麗な金髪。

月に照らされる中、淡く輝く髪飾り……

逆光の為に顔は見えないが、私にはそれが誰なのか一瞬でわかった。

ほむら「…………」


スタッ。


私はビルの屋上に降り立ち、『彼女』もここへやって来るのを待つ。


トッ……


??「やっぱり貴女も魔法少女なのね」

優雅に着地をしながら、彼女は笑顔で言った。

──巴マミ。

私の憧れの人。

─────────────────────

ほむら「…………」

マミ「驚かせてしまったかしら?」

──ああ。

ほむら「いえ、そんな事はないわ」

ああ、巴さんなんだなって思う。

随分久し振りに会うような気がするのは、彼女は前の時間軸でも早い段階で死んでしまったからだろうか。

まあ、新しい世界で知った顔と再開(その人達にとっては初対面だが)すれば、
大体こんな気持ちになるのだけれど。

ほむら「……貴女はこの町の魔法少女ね?」

『魔法少女』──超人的な能力を持ち、『魔女』と呼ばれる存在と戦う呪われた少女。

彼女達は各々が違う色の『ソウルジェム』という宝石を持ち、これを命としている。

ソウルジェムは普段は卵のような形をしているが、魔法少女形態ではその姿を変える。

例えば、私のものは左手の甲に一体化するように組み込まれ、巴さんは右側頭部につけている髪飾りがそれだ。

ほむら(……これまでのループでは、こんなに早く巴さんと出会う前列は無い)

マミ「そうよ。
巴マミって言うの。よろしくね」

月明かりの下のそのほほえみはとても可憐なのだけれど、
安易にこちらに近づいて来ないのは、私が敵か味方かわからないからだろう。

そこは百戦錬磨の巴さん。見知らぬ相手に安易に心を許さないのは当然の事だ。

ほむら「……暁美ほむらよ。
よろしく」

私は、自分から巴さんへ歩み寄って右手を差し出した。

マミ「……こちらこそ」

ほんの一瞬だけ躊躇した様子を見せたが、彼女は私の手を取ってくれた。

マミ「──それで、貴女はどうしてこの町に?」

その手を離したここで初めて──彼女が内に隠していた、私への警戒の色がうっすらと表情に現れた。

いや、わざと表に出したのだろう。

『貴女が良からぬ考えを持っていたら、容赦しないわよ』と言う牽制の為に。

それともう一つ──何か別の感情が見えたような気がしたのだが、今の私にはそれが何かわからなかった。

ほむら「それは言えないわ」

マミ「…………」

ほむら「といっても、心配しないで。
私は貴女と敵対するつもりは無い。
──私の邪魔をしなければ」

マミ「じゃあ、貴女の邪魔をしたら、暁美さんは私の敵になるのね?」

穏やかな口調ながら、どこか迫力を込めて彼女は言った。

ほむら「そうね」

マミ「けど、目的を話せないのに『心配しないで』って言われてもねぇ……」

確かにその通りだ。

しかし、だからと言ってそれを話す訳にはいかない。

ここは冷静に、かつ適当に誤魔化すのが最善だろう。

──でも……


トクントクン。


ほむら「信じないでしょう?」

マミ「えっ?」


トクントクントクン。


自分の心臓の鼓動が速くなっているのがわかる。

……いけない。私は何を言っているのだ。

こんなに早く知った顔と出会った事で、浮かれているのかしら。

それとも、過去に無い展開だから期待しているの?

──……良いわね──

ほむら「──いえ、何でも無いわ」

私は呟くと、巴さんに背を向けた。

──……その『期待』に、期待してみようかしら──

ほむら「ただ、一つ」

マミ「?」

ほむら「これから何があっても、どんな事が起こっても。
誰に対しても、絶対。
魔法少女になる事を頼んだりしないで」

マミ「えっ?」


バッ。


それだけ言い残すと、私はビルの屋上から跳び立った。

─────────────────────

その後、私はとある家の庭に行き、窓越しから中に居るだろう少女へと声をかけた。

ほむら「まどか」

まどか『えっ……?』

窓の向こうから聞こえる、儚げで繊細な声。

鹿目まどか。

私は、貴女を魔法少女にしない為に。救う為に。

何度でも同じ時を繰り返す。

約束、したものね。

どれだけ悲惨な目に合おうと、決して諦めないわ。

……………………

…………

こうしてまた、このひと月が始まる。

今度こそ……上手くいきますように。

─────────────────────

数日後、学校の教室。

私はこの間、ここへ転校して来たのだ。

先生「じゃあこの問題を……
暁美さん、やってみて」

ほむら「はい」

私は、席を立って黒板の前まで行き、答えを書く。

この日付のこの場所で、この問題を解くのは何回目だろうか。

もはやこうして別の事を考えていても、手が勝手に答えを書いてくれる。

ほむら(まどか……)

黒板の前で腕を動かす私の後ろには、もちろんクラスメート達と──まどかが居る。

彼女との約束──


まどか『キュゥべえに騙される前の、バカな私を……助けてあげてくれないかな?』


今も決して忘れられない、あの時の彼女の表情、声……すべて。

この約束を果たすには、『キュゥべえ』──この間夜の公園で一時的に倒したあいつの思惑を防がなければならない。

……………………

…………

『キュゥべえ』……正式名称は『インキュベーター』。

宇宙の存続の為に必要なエネルギーを回収する目的で、この星にやって来た地球外生命体。

それは、第二次性徴期の少女の激しく揺れる感情エネルギー……
それも、『魔法少女』になった少女が破滅する瞬間に生まれるエネルギーを摂取するのが一番効率が良いらしい。

その為に、こいつはどんな願いでも一つだけ叶えるのと引き換えに、相手を魔法少女にする。

未来に、呪いと絶望しか待っていない魔法少女へと。

キュゥべえは過去に数えきれないほどの少女達を利用し、破滅させてきた。

そして、まどかも……

私はこいつを決して許さない。

お前の思い通りにはさせない。

──絶対に。

……………………

…………

ほむら「……出来ました」

先生「正解!」


『おぉ~~~~~~~っ!』


教室で起こる歓声。

しかし私はそんな物に気を取られる事はなく、まどかをじっと見つめていた。

まどか「……?」

きょとんとした優しい笑顔。

ほむら(失いたくない)

守りたい。

その為にはキュゥべえの件だけではなく、
やがてこの町に現れる『ワルプルギスの夜』と呼ばれる超弩級の魔女を倒さなくてはならない。

どちらか片方だけでも恐ろしい相手だ。

私は、こいつらに一度も『勝てた』事はない。

正直言って、不安や恐怖は常に付き纏っている。

しかし、彼女の顔を見る度に、揺らぐ心は持ち直す。

ほむら(まどか)

誰よりも何よりも大切な、私の最高の友達……

─────────────────────

放課後。

魔法少女に変身した私は、とあるショッピングモールの、まったく使われていない薄暗いフロアに来ていた。

ここ数日間の流れを鑑みるに、この日、この時間。ここをキュゥべえが通るからだ。

まどかと会う為に。

これを放っておけば、確実に彼女は魔法少女の事を知る。

そのまままどかが魔法少女になってしまう最悪のケースすらあった。

ほむら(冗談じゃないわ)

まどかがキュゥべえと出会う事すら許したくない。

……過去同じ展開で、それが成功した例は無いが。


タタタッ。


──来た。キュゥべえだ。

四足歩行で白い身体。

ぱっと見は猫や兎のようにも見えるが、顔立ちや、
普通の猫や犬のものと似ている耳からさらに生えている第二の耳を考えると、
この地球上のどの生き物とも違うのがわかる。


スタッ。


キュゥべえ「!」

人の気配の無い、まるで廃墟のようなこのフロアを走るキュゥべえの前に、私は降り立った。

キュゥべえ「君は……!」

ほむら「…………」

私の姿を見て、表情は変わらないながらも驚愕の声を出すキュゥべえだが、私は聞いていない。


スチャッ。


キュゥべえ「!」


ドウンッ!


左手の盾から取り出した大口径の銃を撃ち、私はキュゥべえの頭を弾けさせた。

普通なら即死だろう。

いや、あの夜の公園の時と同じく、今この時あいつは間違いなく死んだ。

あの『肉体』は。


タッ……


しかし、近くから生まれる別の気配。

そちらを向くと、逃亡を図るキュゥべえの姿。

私の銃から逃れた訳ではない。

あいつは、例え一つの肉体を滅ぼしてもすぐに別の体で復活するのだ。

その様は、不死身と言っても良いのだろう。

ほむら「逃がさない……!」

私は、あいつの後ろ姿が見えた方へと走り出した。

─────────────────────

ほむら「…………」

私は、キュゥべえになかなか追いつけないどころか、その姿を見失ってしまっていた。

ここがそれなりに広い事に加え、
あいつの体が小さい為に、人では通れない場所を軽々と通り抜けて行くからだ。


──タッ!


見付けた!

しかし、こうも動き回っている小柄な相手には、私のメインの攻撃手段である銃はあまり有効ではない。

もう一つ爆弾等もあるが、そんな物を建物の中で使う訳にはいかないだろう。

ならば──


カッ!


私が自分の力を使うと、辺りのすべてが硬直した。

そう、これが私──魔法少女・暁美ほむらの能力、時間操作。

私はこうやって時間を止める事が出来る。

……いざとなれば、時を遡る事も。

これこそが、私が同じ時間を繰り返す事が出来る理由だ。

ほむら「…………」


ドゥンドゥンッ!


私は動きの止まったキュゥべえに近寄ると、その体に銃を付けて何発か接射をした。

そして数歩離れ、時間の流れを戻す。


バゥンッ!


それと当時に、キュゥべえの肉体が破裂した。

──まだこれで終わりじゃない。

ここまでは毎回同じ方向、かつ同じタイミングで姿を見せていたのだが、
次は経験上とある六ヶ所のどこかから現れる。

ほむら(どこ……?)

この展開になった場合は、毎回ここで止められず出会ってしまうのだ。

まどかとキュゥべえが。

ほむら(そうはさせるものか。
今度こそ……!)


タッ!


──来た! あそこか!

その気配を察知したと同時に、私はそちらへと銃を向ける。

そこには、跳ぶキュゥべえの後ろ姿と──

ほむら「……っ!?」

飛び付いたあいつを抱きかかえ、構えを取る巴さんが居た。


バッ!


すんでの所で発砲を止めた私に、巴さんのリボンが襲いかかる。

前述の動きで一瞬体が硬直してしまったのと、彼女の見事な狙いによって、私はそれを避ける事が出来なかった。


ガシッ!


ほむら「くっ……!」

いくつものリボンが私を拘束する。

キュゥべえ「助かったよ、マミ」

マミ「いいえ。間に合ってよかったわ」


ギギッ。


私はリボンから逃れようともがくが、その度に拘束はきつくなる。

マミ「貴女は……この間の?」

私の顔を確認したのだろう彼女が、こちらに近寄って来つつ驚いたように言った。

キュゥべえ「知り合いなのかい?」

マミ「ええ。
──と言っても、一度会っただけだけど」

ほむら「…………」

マミ「……どういう事かしら?
前話していた貴女の『目的』って、こういう事?」

ほむら「……何の話?」

マミ「とぼけないで。
貴女の目的はキュゥべえの命なの?」

ほむら「…………」

マミ「どうして黙っているのかしら?」

これまでの時間軸では、キュゥべえの正体・私の目的をどれだけ話しても、誰にも決して信じて貰えなかった。

それどころか、余計な争いを生むだけの結果にすらなった。

ならば、いちいちこちらの事を説明する必要もつもりも無い。

ほむら「……想像に任せるわ」

マミ「……そう。
まあ良いわ。今回は──」

巴さんの言葉を遮って。


ヴゥゥン……


マミ・ほむら『!』

キュゥべえ「これは……」

周囲の景色が変わった。

今日はここまでにします。
皆様、ありがとうございました~。

再開しますです。

ただ単に薄暗かっただけの周りはどこか歪んで昏くなり──

そのあちらこちらに、棒に刺されて王冠の貼り付けられた、立体感の無いちょうちょの絵みたいな何か、
眼が描かれた切り絵のような物がぶら下がっている木……といった異質な存在が在る。


『♪ ♪ ♪♪♪』


そんな中を、極薄の羽と黒い髭を生やした、小さく黄色い物体・
綿菓子のような体に、同じく黒い髭を生やした不思議な生き物──

魔女の使い魔(手下)が、無数に蠢いている。

魔女が生み出した『結界』だ。

魔女という存在は、現れる時に『結界』と呼ばれる空間を生み出す。

結界内の様子は魔女によってガラリと変わるが、
人間の目にはどれも異質で、非現実的な異世界に感じる所は共通している。

ほむら(……そういえば、こんな奴も居たわね)

ちなみに、現れた魔女は周囲の適当な人間に『魔女の口づけ』と形容される刻印をして、
そのターゲットにされてしまった人に自殺等、自らを滅ぼす行動に走らせたりもするのだが……

今回、それは問題無いだろう。

逃がしたり他人が狙われる前に、さっさとここの魔女を倒してしまえば良いのだ。

……が、拘束されている今の状況では戦えない。

私に密着しているものには私の能力は無効なので、時間を止めても意味は無いのだ。

ほむら(……上手く巴さんを説得してリボンを──)

しかし、私が思考を終える前に、

マミ「もうっ、今取り込み中なのに」


シュウンッ。


ほむら「?」

巴さんのため息と共に、私の拘束が解けた。

マミ「今回は警告だけで済ませてあげる」

私の周りで踊る幾重ものリボンを収めながら、彼女は笑顔を見せた。

──その目は笑っていなかったが。

ほむら(…………)

このままキュゥべえを連れて巴さんが帰ってくれれば、今日はひとまず……


ガッ。


巴さんが、地面を這いながらわらわらと寄ってくる小さな使い魔を一匹踏み潰した。

──いや、二人で帰路についてくれても、あいつが『用がある』と巴さんの腕から抜け出すのは簡単だ。

と、すると……

ほむら(──!)


『オォオオオォオオォオオオオオオォォォォォオッッ!』


突如、巴さんの後ろから怪物が襲いかかって来た。

薔薇の咲いた汚く黄色いヘドロのような物を乗せ、
大きな蝶が翼がわり? に生えた、血管らしき模様の浮いている……肉塊だろうか?

この結界の魔女だ。

奴の──いわゆる足の部分には闇色の触手が無数に生え、その内の一つが猛スピードで巴さんに伸びる!

このままでは、背中から彼女の体を……

ほむら(くっ!)

私は急ぎ時間を止め──ようとした時、


ズドゥンッ!


魔女に背を向けたままの彼女が、帽子から猛スピードで取り出した銀色のマスケット銃を右手に、
左腋の下から発射した。

その速さは、まさに『目にも留まらぬ』というレベルだった。


シュンッ!


巴さんはそのまま魔女の方へ振り向きつつ手持ちの銃を投げ捨て、
一瞬で別のマスケット銃を多数地面に突き刺さった状態で出現させる。


ドッ! ドッ! ドドドドドドドッ!!!


それらの銃も使い捨てながら、息をする間も与えず魔女に銃撃の雨を降らせる。


『アァァァァァアアアァァァァァォアアァァッ!』


魔女は苦しみに身を震わせながら、銃の威力に押されてどんどん私達との距離が離れて行く。

マミ「トドメよっ!」

高らかに叫ぶと両手でマスケット銃を構え、彼女は力強く両の引き金を引いた。


ドドゥンッ!!!!


『オォオオォオオオ……』


悲鳴を上げ切る事すら許されず──

魔女は、その攻撃に沈んだ。



シュウゥゥゥゥゥゥ……


そして、不可思議な空間がゆっくりと元の薄暗いフロアに戻る。

魔女の結界は魔女が作り上げた物。

だから、こうしてそれを作り出した魔女が倒れると、その結界は消滅するのだ。

マミ「まったく……」

魔女が滅びた時に生まれるグリーフシードを手にしながら、巴さんはため息を吐いた。

『グリーフシード』……魔女の象徴であり、私達魔法少女にとって必要不可欠なもの。

なぜなら、魔法少女の命そのものである『ソウルジェム』は、
普通に生きているだけでもゆっくりと。魔力を使えばとても激しく穢れ、濁っていく。

その穢れが溜まり切ると、ソウルジェムを失ってしまう──つまり、魔法少女は『死んで』しまうのだ。

そして、その穢れを浄化出来るのはグリーフシードただ一つだけ。

つまりソウルジェムが私達の命ならば、グリーフシードは命を繋ぐ生命線なのだ。

マミ「急かす男は嫌われるのよ?……って、魔女だから女の子なのかしら?」

ほむら「…………」

やっぱり……凄い。

恐らく、彼女は歴代の魔法少女達の中でも相当強い。

戦闘力も、精神的にも。

ほむら(……だからこそ、悲劇も生まれるのだけれど)

とある事件を思い出し、私の胸がちくりと痛んだ。

ほむら(ともあれ、この場は離れた方が良いわね)

少なくとも今は、巴さんと争わずにキュゥべえの監視や足止めをするのは難しいだろう。

戦って彼女を倒せば話は別だが、そんな事はしたくない。

こんな事があった後だと巴さんは私を強く警戒しているはずだし、
離れた場所から隠れて、というのでも確実に察知されるだろう。

かといって彼女に見付からない程に距離を取れば、さすがにキュゥべえの監視など出来ない。

ほむら(ならば、まどかを直接見守るべきね)

ともあれ、今まで成し得なかったこの場所でのまどかとキュゥべえの出会いは防げたのだ。

この場に関してはそれが最大の目的だったので、ここは満足しても良いだろう。


スッ。


キュゥべえ「…………」

私はキュゥべえを一睨みすると、巴さんに背を向けて歩き出した。

マミ「あら、行くの?」

ほむら「ええ」

マミ「……さっき私が言った事、忘れないでね」

──警告、か──

マミ「それと……さっきはありがとう。
私が後ろから襲われた時、助けようとしてくれたわよね?」



ほむら「……勘違いしないで。
魔女が現れたから攻撃しようとしただけよ」

言い残し、私はこの場を後にした。

後ろから巴さんとキュゥべえの視線を感じながら。

─────────────────────

その日はもう特に事件も無く、日が変わって今日、まどかと無事に登校をする事が出来た。

ほむら(それにしても、あんな展開になったのは……)

これまでの世界では、あのショッピングモールの無人のフロアで私に追われるキュゥべえは、
あいつと魔法少女、そして魔法少女の素質を持つ者のみに使えるテレパシーでまどかに助けを求めていた。

しかし、今回は巴さんにのみテレパシーを送ったのだろう。

もしくは、まどかに送る前に巴さんが現れたか。

ともあれ、巴さんによって見事キュゥべえは救われた。

だからこそまどかはあの場所に呼ばれず、結果キュゥべえとの接触を回避出来たという事だろう。

ほむら「…………」

いや、細かい理由などどうでも良い。

私は自分の心が踊るのを感じていた。

まだまだ第一歩といったレベルではあるが、
これまで失敗し続けて来た事に初めて成功と呼べる結果を出せたのだ。

それはやはり嬉しい。

もちろん、これで浮かれて油断したりしてはいけないが。

???「おーい、ほむら? どうしたの?」


ハッ。


声をかけられ、考え込んで心ここにあらずだった私の意識が現実に戻る。

ほむら「……ぼんやりしていたわ。
ごめんなさい」

私は、声をかけてきたまどかの親友の美樹さやかに軽く謝罪した。

ここは私の教室のまどかの席の前で、今は休憩時間だ。

さやか「んにゃ、別に謝る事じゃないけどさ」

??「うふふっ。けど珍しいですわ、ほむらさんのそんな姿」

と、美樹さやかの隣でゆるやかに小首を傾げる彼女は、クラスメートの一人の志筑仁美。

まどか・美樹さやかと特に仲の良い少女で、軽くウェーブする緑がかった髪を持つ少女だ。

性格は、大人しくはあるが決して引っ込み思案ではないタイプで、芯が強く品があるお嬢様といった所だろうか。

まどか「でもでもほむらちゃん、何だか嬉しそうだった」

まどかがそう言ってあどけなく笑う拍子に、彼女の桃色をした柔らかいツインテールが揺れる。

さやか「そうかぁ? いつも通り無表情だったけど」

仁美「まあっ!///」

美樹さやかが私の顔を覗き込んだ。

……近づけすぎよ。

さやか「つか、ほむらってすっごい美人なんだから、
もっと表情見せた方が絶対魅力アップっ! になると思うんだけどなぁ」

まどか「そうだね」

仁美「私もそう思います」

ほむら「興味無いわ」

まどか「もったいないなぁ」

さやか「後は人付き合いかー。
折角あんたと仲良くなりたい子いっぱい居るんだから、もうちょっと付き合い良くすれば良いのに。
あたし達がお昼誘ってもふらりとどっか行っちゃうしさ」

ほむら「……放っておいて。
そういうの、あまり好きじゃないの」

本当は、クラスメートの誘いに関してはそれを受けている暇が無いから・
彼女達とのお昼の事は、仲良くなりすぎてしまうのを躊躇しているだけなのだが……

さやか「つまんねーのっ!
つまんねーから髪引っ張ってやろーかっ」


くいっ。


仁美「まあっっ!!///」

ほむら「や、やめて頂戴」

さやか「キレイな髪しやがってくっそーっ!」

まどか「ぁははっ!」

私達四人は仲良く話す。

魔法少女になるケースが無く、私とはそれほど深く関わる事にならない志筑仁美はともかく……

いつもは、魔法少女になろうとするまどかを阻止したりしようと必死になる為に、彼女達──
特に美樹さやかとは険悪な関係になってばかりだったのだが……

今の所それはない。

今朝、一応まどか(と、ついでに、昨日彼女と一緒に居た美樹さやか)に昨日の事で探りを入れてみたのだが、やはり知らないようだ。

上手くぼかして聞いたので、彼女はまだ『魔法少女』という存在自体も知らないはず。

ほむら(……それらの事さえ無ければ、私達は皆仲良く出来るのかもしれないわね……)


キンコーン。


予鈴が鳴った。

さやか「ととと、んじゃ席に戻りますか」

仁美「はい」

ほむら「……そうね」

─────────────────────

マミ「こんにちは」

昼休み、屋上。

隣の校舎で、美樹さやか・志筑仁美と食事をするまどかを、影から見守っていた私の元に巴さんが現れた。

ほむら「……何か用かしら?」

マミ「つれないわね」

巴さんは苦笑し、私の横に座る。

マミ「何を見ているの?
……女の子?」

ほむら「早く要件を言って貰えるかしら?」

マミ「わかったわよ。だから凄まないで」

と、彼女は軽く肩をすくめた。

マミ「それにしても、暁美さんってこの学校の生徒だったのね」

ほむら「?……ええ、そうよ。
この間転校して来たばかりだけど」

マミ「ああ、もしかして最近学校で話題になってる『美人の転校生』って、貴女の事?」

ほむら「何の話だかわからないわ」

別に嘘ではないし、そもそもそれは違うだろう。私は一々噂される程美人ではない。

魔法で高めている運動神経や、勉強もループをするこの一ヶ月間に習うものならば完璧にマスターしているので、
それらなら噂になるのもわかるけれど。

マミ「うーん? 間違いなく貴女だと思ったんだけど」

そう呟きながら首を傾げる巴さん。

マミ「でも、この学校に居るのなら、テレパシーででも話しかけてくれれば良かったのに」

そんなに距離が離れていなければ、それは可能なのだが……

ほむら「その必要性を感じないわ」

少なくとも、今はまだ。

ほむら「そもそも私は、貴女がここの生徒だと知らなかったもの」

もちろんこれは嘘だが。

マミ「そういえば、これまでは魔法少女の姿でしか会った事がなかったかしら?
ふふっ。それなら知らないのは当然だし、話しかけようもないわね」

普通に考えたらそうだろう。制服姿を見ていたのなら、逆に気付かない方が不自然になるが。

ほむら「……こんな雑談をするのが『目的』?」

マミ「ううん。
貴女の真意を確かめたくて」

ほむら「真意?」

マミ「やっぱり暁美さんは──少なくとも今は敵じゃないって確信を得たくて」

ほむら「……?」

私は、ここで初めて彼女に体を向けた。

マミ「昨日、魔女が現れたわよね」

ほむら「ええ」

マミ「過去にも……この町には魔法少女が沢山来た。
でも、皆グリーフシードの奪い合いや縄張り争いとかで殺伐としていて、
とても仲良くなれる雰囲気ではなかったわ」

ほむら「…………」

マミ「……折角絆が出来たと思った子とも、結局ケンカ別れしちゃったし……」

ほむら(あの子の事か)

マミ「でもね、貴女は私が手にしたグリーフシードに目もくれなかった。
ならそれが目的という訳ではないし、キュゥべえには……ともかく、私には敵意や悪意はまったく無かった。
それを鑑みるに、私を倒してこの町の魔法少女になりたいと考えているとも思えない」

ほむら「そうね。両方とも興味無いわ」

マミ「なら、せめて貴女が前言っていた『目的』を果たす時までは……
私がそれを邪魔しなければ、私達は仲良くなれるんじゃないのかしら」

そういう……事か。

ほむら「無理ね」

マミ「えっ?」

ほむら「例えば今貴女に、
『二度とキュゥべえと関わらないで』『キュゥべえを殺して』って頼んだとして、それを聞いて貰えるかしら?」

マミ「な、何を言ってるの???」

ほむら「どうなの?」

唖然とする巴さんを見つめつつ、私は再度問うた。

マミ「……無理よ……そんなの……」

ほむら「でしょうね。
だから、『敵対しない』関係では居られても、『仲良く』なんて不可能よ」

マミ「で、でも、魔女が出て来ても二人で戦う事が出来れば戦闘も楽になるし、
グリーフシードだって分け合えば……」

ほむら「──私は誰とも馴れ合うつもりはないわ」

確かに彼女の言う通りなのだが、グリーフシードに不足はしていないし、
『仲間』を作ってもその関係が瓦解する未来しか私は知らない。

マミ「そんな……」

……ただ。

ほむら「ただ、それが『共闘』なら話は別よ」

マミ「えっ?」

ほむら「一人では勝つ事が難しい魔女も中には居るでしょう。
そんな相手が出て来た時に『共闘』するのは、私も必要だと思う」

この言葉に巴さんは嬉しそうにほほえんだ。

マミ「そう……よね!
──でも、それって『仲間』ではないの?」

ほむら「違うわ。
必要な時のみお互いが相手の力を利用するだけの関係よ。
『仲間』でも、まして『友達』でもない」

マミ「…………」

──気が付けば、まどか達は居なくなっていた。

これなら、もはやこの場に留まる事に意味は無い。

ほむら「……じゃあ、私は失礼するわ」

マミ「うん……」

ほむら(……ごめんね巴さん)

私も、本当はもっと貴女と仲良くしたい。

でも、どこまで距離を詰めて良いのかわからないの……

今回はここまでにします~。
皆様ありがとうでした。

日が変わって今日の夜もたぶん来るかと思いますので、よろしければよろしくお願いします。

再開するです。

─────────────────────

また、一日が過ぎた。

まどか「あっ!
おはよう、ほむらちゃん」

さやか「おはよっ!」

仁美「おはようございます」

私の姿を見付けたまどか達が、挨拶をしながらこちらへと駆け寄って来る。

ほむら「おはよう」

私は彼女達に挨拶を返した。

さやか「なに暗い顔して歩いてんのさっ。
一緒に行こうぜ~っ!」

と、美樹さやかが私の肩に手を回してくる。

……正直、こういうスキンシップ自体は嫌いではないのだけれど……

ほむら「別にいつも通りよ」

感情的になってはいけない。流されてしまうから。

これまで、私はそれで何度も失敗をしてきたのだから。

さやか「つれないなぁ。
ちゅーしよーぜ!!」

私の肩に腕を回したそのまま、美樹さやかは私の頬にその唇を近付けて来る。

仁美「!!!///」

ほむら「ちょ……
やめて頂戴」

私はそれを何とかくぐり抜けると、歩き出した。

さやか「ちぇーっ!」

まどか「んふふっ」

仁美「ふふっ」

笑いながら、後を追いかけてくる三人。

ほむら(それにしても、やけに元気ね……?)

美樹さやかは元々明るい女の子ではあるのだが、
それを踏まえても今朝の彼女はテンションが高すぎるように思えた。

ほむら(何か良い事でもあったのかしらね)

ともあれ、幸せそう・楽しそうなのが悪いはずはないのだから、出来ればその様子がずっと続いていて欲しい──

私は、そんな風に思った。

─────────────────────

ほむら「……そろそろ、ね」

数日後、私はとある病院の横にある、自転車置き場にやって来ていた。

これからここに、魔女が現れる。

それを放っておけば、そいつとの戦闘の際にかなりの確率で巴さんが死んでしまうのだ。

やがて来る対ワルプルギスの夜戦の時の戦力としても──そしてもちろん、心情的にもそれは防ぎたい。

まだキュゥべえはまどかと接触をしてはいない。

だからこそ、まどかを放っておいてここに来るべきなのかどうかは迷った。

神出鬼没なキュゥべえの事を考えると、彼女から目を離す時間は少なければ少ないほど良い。

しかし、例えまどかが魔法少女になるのを防げたとしても、
ワルプルギス戦に勝てなければ意味が無いのだ。

あの化け物に勝つのは、正直私一人では厳しすぎる。

いや、不可能だと断言しても良いかもしれない。

ならば戦力は出来るだけ集めたいし、その為にもここで巴さんを見捨てる選択肢は無い。

ほむら(大丈夫よ。
さっさとここの魔女を片付けて、まどかの所へ戻れば良いだけだわ)


ゴゴゴゴ……!


──出た!

魔女の結界だ。


スッ。


それと同時に、私は結界の中に入る。

──まだ巴さんは、魔女の出現には気付いていないはずだ。

だが、そこは巴さん。一人でもやがてこの気配を察知し、必ずこの場へやって来る。

……さすがに、幾度と見たまどかから報告を受けるパターンよりは遅れるとは思うけれど……


スタッ。


降り立ったそこは、やはり異質な世界。

あちらこちらに注射器や体温計のような物が生えていて、はさみが立ち並び、管が伸びている。

その上所々にプリンやキャンディが在るここは、洞窟にも見える不可思議な空間だった。

ほむら(とにかく、急がないと)

しかし、問題がある。


『キュイーキュイー、キキキキッ』


駆け出そうとした私の前に、沢山の使い魔がそこらの影から現れる。

ほむら「…………」

そう、いつも私はここで時間を食ってしまう。

時を止めてやり過ごすというのも一つの手ではあるのだが、
そうするとこいつらは必ず魔女との戦いにやってくるのだ。

魔女だけでも決して油断ならない相手なのに、雑魚とはいえ敵を大勢増やすのは厄介である。

ならば、ここで数を減らしておくのが上策なのだが……

ほむら「……ともあれ、やるしかないわね」

もはや『海』と言っても良いくらいの数になった使い魔達を睨みつけつつ、私は盾から銃を取り出した。

─────────────────────

これで……最後!


ドゥンッ!


私の銃の一撃が、残っていた最後の使い魔の体を貫いた。

ほむら「ふう……」

この結界内すべての使い魔を倒した訳ではないが、一々集まって来る奴らはこれで大方片付いたはず。

ほむら「…………」

今の戦闘によって、大きく場所を動いてしまった。

入口からは随分離れてしまっただろう。

それでも問題は無い。魔女の居る……

ほむら「……!」

場所を探ろうとした時、私は別の気配を察知した。

これは、巴さんと──もう一人居る!?

ほむら(まさか……まどかっ!?)

私は、一瞬目の前が真っ暗になった。

さっきの戦いは取り立てて時間がかかった訳ではない。いつもと同じくらいである。

なのに、一人で魔女の出現に気付いたにしては巴さんの到着が早すぎる。

ほむら(キュゥべえが知らせた……?)

ないしは、巴さんと一緒に居る『誰か』か。

いずれにしても、ここであれこれ考えていても仕方ない。

……位置的には、彼女と『誰か』は魔女の元へと向かう道の途中に居るようだ。


タッ!


私は全力で走り出した。

─────────────────────

ほむら「!」

結界の出入り口を通り過ぎ、もう少しで巴さんの所へ到着すると思われた時……

向こうの道から走って来る白い生き物と鉢合わせした。

ほむら「キュゥべえ!」

キュゥべえ「おや、君は……」

ほむら「貴方、こんな所で何をしているの?」

──巴さんとはぐれでもした?……いや、ありえないわね──

こいつには魔法少女の気配を察知する能力があるはずだし、
だとしたら巴さんが居るのと真逆に向かうのは考えられない。

それに、こいつが向かおうとした先には結界の出入り口がある。

ほむら(こいつ、外へ出ようとしていた?)

キュゥべえ「君こそ一体どうしたんだい?」

ほむら(……チッ)

私は内心舌打ちしていた。

気になる事は多々ある。

だが、のらりくらりとし、嘘は吐かないにしても、
本当の事を話すとは限らないこいつとのんびり話すのは時間の無駄にしかならない。


カチッ。


私は時間を止めると、キュゥべえの側に行って時間停止を解除。そのままこいつを掴み上げた。

キュゥべえ「!?
いつの間に……」

ほむら「一緒に来なさい」

─────────────────────

数分後、私(とキュゥべえ)は巴さんの元に到着していた。

マミ「……あら?」

ほむら「…………」

あまりにも急ぎすぎたからか、少々息が上がっている。

マミ「知った気配を感じると思っていたら、やっぱり貴女だったのね。
それに、キュゥべえ……?」

……? おかしい。この場には彼女だけしか居ない。

もう一人は……?

マミ「暁美さん、貴女は一体……」

ほむら「くっ!」

彼女が来るまでに終わらせる事は出来なかった。

……でも、まだ大丈夫だ。

例え巴さんとの関係が険悪なものとなっていたとしても、
経験上ここで彼女に襲われたり戦闘になるパターンは皆無だった。

ならばここはストレートに言うのが良い。

ほむら「ここの魔女は私に任せて」

マミ「えっ?」

ほむら「ここの奴はこれまでの魔女とは訳が違うから」

キュゥべえ「…………」

マミ「そう……なの?」

ほむら「ええ」

マミ「で、でも、それじゃあ私達皆で力を合わせた方が……」

ほむら「いいえ。今回ばかりは私一人の方が良いの。
貴女と組みたくないとか、貴女の力を疑っているとかではないわ。
相性の問題ね」

今回下手に彼女を参戦させると、私達がタッグを組んだとしても巴さんが戦死するパターンも存在するのだ。

ただし、『例の瞬間』にのみだが。

そこを乗り越えれば恐らく安心しても良いのだけど、そこまで細かく説明する暇は無い。

マミ「相性……?」

ほむら「ともあれここは任せて貰うわ。
何だったらここの魔女のグリーフシードは譲っても良い」

マミ「えっ?」

ほむら「──ところで」

このまま押し切る為に、私は強引に話題を変える事にした。

ほむら「巴さんは一人なのかしら?」

そうだ。これも──それこそ彼女を救う以上に──気になっている。

マミ「……ああ、あの子の事ね。
いいえ、違うわ」

ほむら「!!!」

やっぱりもう一人居た!

ほむら「その子はどこ!?」

マミ「今ちょっとはぐれちゃって。探していた所よ」

ほむら「何ですって!?」

マミ「使い魔を……って、暁美さんっ!?」

私は、彼女の話を最後まで聞いてはいなかった。

ほむら「とにかく、今回貴女は休んでおいてっ!」

猛スピードで立ち去りながら、私は巴さんにそう声をかけた。

─────────────────────


タタタッ、バッ!


『もう一人』の力は弱すぎて、それ単体では細かい居場所まではわからなかった。

しかし、つい先程生まれた戦闘の気配で特定出来た。

それは……

ほむら(この先っ!)

この先の、魔女が居る場所。

ほむら(──!? 魔女と戦っているという事は……)

そもそも、私はなぜその子の気配を察知出来ているのか?

こんな事は、魔法少女や魔女相手にしか出来ないはずだ。

つまり、この先で戦っている人間は間違いなく魔法少女なのだろう。

ほむら(じゃ、じゃあまどかは……!
そんな……そんなっ!)

私は細い通路を抜け、広い空間に出た。

ファンシーで可愛らしいのに、どことなくグロテスクなお菓子の庭。

そのあちこちに、チョコレートやクッキー、ドーナツといった様々なお菓子が地面から伸びていたり転がっている。

そこに、桃色の髪をした……

愛くるしい見た目の小さな人形型の魔女と、剣を片手にそいつと戦う青い奇跡が在った。

ほむら「……えっ?」

それはまどかではなく……

さやか「えぇぇーいッッ!」

美樹さやか!

ほむら(ど、どうして彼女が?)

美樹さやかが魔法少女になるには、あまりにも早すぎる。

ほむら(い、いや)

この世界では、これまでにも経験に無い事が多々あった。

これも、その一つなのだろう。

マミ「ああもうっ!」

ほむら「!」

突如として後ろから聞こえた声に、私は反射的に振り向いていた。

マミ「さすがに突っ走りすぎよっ!」

剣を振り回している美樹さやかに叫びながら、巴さんが戦列に加わろうと走る。

ほむら「ちょ……どうして来たのよっ!」

一拍遅れ、慌てて私もそれに続く。

マミ「貴女に連れていかれるキュゥべえをそのままにしておけなかったし……」

そういえば、私は未だにあいつを掴んでいた。

ほむら「すっかり忘れていたわ」

キュゥべえ「訳がわからないよ」

しかしそれは──これが、ここに居るのが美樹さやかではなく、
まどかだったら大変な失策になっていた可能性があるというのに……

私はよほど焦っていたのだろう。

ほむら(気を付けなければ……)

まあもっと良く考えれば、もしこの結果内にまどかが居たのだとしたら、
その彼女を放っておいてわざわざキュゥべえが外に出ようとする理由は無い……か。

マミ「何より、戦う力を持っている私が、美樹さんや貴女に任せて放っておける訳ないでしょう?」

ほむら「…………」

巴さんに言いたい事はまだあるが、とりあえず今はそんな場合ではないだろう。

──大丈夫。この戦闘で私が居さえすれば……上手く立ち回りさえすれば、彼女は生存出来る。

キュゥべえの奴も、逃げ出したりおかしな動きをしないよう戦いの合間合間で監視していれば良い。

大丈夫だ。私なら出来る。

さやか「マミさんっ!」

マミ「一人で魔女と戦おうなんてまだ早いわ」

さやか「大丈夫っすよ! あんなちっちゃい奴なんかに……」

ほむら「その割には一度も攻撃が当たってないみたいだけど」

さやか「な……
……って、ほむら!?
ど、どうして……キュゥべえもっ」

キュゥべえ「やあ、探したよ美樹さやか」

ほむら「──話は後よ」


ダッ!


私はキュゥべえを投げ捨てつつ銃を取り出しながら、空中をふよふよと浮く魔女へ向かって行った。

シャルロッテ「…………」

魔女がこちらを見た。

それと同時に、私の後ろで巴さんと美樹さやかが動き始めたのを感じる。

シャルロッテ「…………」

魔女の注意が、ほんの一瞬そちらに向いた。


ドンッ!


そのわずかな隙をつき、空中のそいつに私が銃の一撃を叩き込んだ。


バッ!


マミ「そこっ!」


ドガッッ!!


弾丸を受けて吹き飛ぶ魔女を先回りして、
巴さんがマスケット銃をバットのように使い、奴を生クリームの地面に向けて叩き落とした。

さやか「やああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!」

地面へと急降下する魔女に向かって跳び、美樹さやかが一閃を浴びせる。


ザッ!


シャルロッテ「!」

魔女はその小さな体を裂かれ、地面を転がった。

ほむら「美樹さやか、離れなさいっ!」

さやか「!」

高台からマシンガンを両手に構える私の姿を確認すると、美樹さやかは慌てて魔女から距離を取る。


バラララララララララララララララララララララララララララララララッッッッ!!!


それと同時に、私は両のマシンガンを放った。

シャルロッテ「っ!!」

連射される弾丸は、確実にすべて魔女に吸い込まれて行く。

マミ「わーっ、大胆ね……」

私の隣に来た巴さんが呟いた。

ほむら(──よかった)

魔女とこれだけ離れていれば、巴さんは大丈夫。

キュゥべえも逃げたりしようとせず、チョコレートの傍で戦況を見守っているようだ。

ならば、それよりも今心配なのは……


カチッ、カチッ。


二つのマシンガンが共に弾切れを起こすと、私はそれを捨てて美樹さやかの元へ向かった。

さやか「ひゃ~、すげぇ……」

マシンガンの連射の影響で、生クリーム混じりの土ぼこり舞う地面を、惚けたように見つめる美樹さやか。

魔女の姿は、その土ぼこりに隠れて見えない。

ほむら「美樹さやか、一旦下がるわよ」

さやか「えっ? なんで?」

ほむら「良いから」

さやか「だってあいつ、もう倒したんじゃ……」



グアッッッ!


ほむら・マミ『!!!』

彼女の言葉の途中で、土ぼこりの中から激しい威圧感が生まれた。

さやか「えっ?」

──来たっ!


バッ!


さやか「わっ!?」

私は慌てて美樹さやかの手を掴み、跳んだ。


ガブッッッ!!!


その一拍後に、つい先程まで私達が居た場所を、大きな蛇のような体をした『何か』が通過して行った。

さやか「な……」

私の腕の中で、美樹さやかが顔色を失う。

まだ戦闘経験が無いに等しいと思われる彼女にもわかったのだろう。

私にこうされていないと、自分はあの大蛇みたいな奴に喰われていたと。


スタッ!


マミ「このッ!」


ドウッ!


私達が巴さんの居る高台に戻って来たと同時に、彼女がマスケット銃で『大蛇』に攻撃を仕掛けた。

……まだ完全には土ぼこりは晴れていないが、ここからなら『大蛇』の姿もよくわかる。

『大蛇』は黒い体に沢山の赤と少々の白い斑点、顔の部分は白い面に黄色い頬。
大きな目と口に、ツンと伸びた鼻。

頭からはオレンジとエメラルドグリーンの羽が生えている。

マミ「何あれ!?」

ほむら「あれも魔女よ。さっきの小さな人形の奴の本体」

マミ「なんですって……!?」

巴さんは攻撃の手を休めていないが、奴にはそれほど効いてはいないようだ。

シャルロッテ「!!!」


グアッ!


ほむら・マミ『!!』

こちらを発見した魔女が、私達の居る高台へ突進して来た。

さやか「あ、あぁ……」

巨大で威圧感のある魔女に臆したのか、
あるいは生まれて初めて味わった濃厚な『死の香り』に呑まれてしまったのか。

私に支えられて何とか立っているのだろう隣の美樹さやかは、目の焦点が合わず、膝を震わせていた。


ゴウウウウウッ!!


マミ「くっ!」

ほむら「っ!」

魔女の突進噛み付きを、私達は跳び、避けた。

私は空中で、自分の右腕の中に居る、未だに惚けたままの美樹さやかを見て考える。

確かにあの魔女は強いが……

しかし、人形から今の姿になる瞬間がもっとも危険なだけで、
そこを乗り越えてしまえば私や巴さんなら一人でもまず負ける事はない。

その為に、美樹さやかは私が守って、巴さんに魔女退治を任せるのが絶対に駄目という訳ではないのだが……

ほむら(先々の事を考えたら、巴さんとの連携を強化しておいた方が良いかしら?)

私は慣れているが、この時間軸の彼女は私と共闘した事は無いのだから。

ほむら(ならば、まずはこの子をどこかに置いて……)

と、安全な場所を探していた私に、同じく空中に居る巴さんが何かをこちらに投げつつ大きな声で言ってきた。

マミ「暁美さん、美樹さんとキュゥべえをお願いっ!」

ほむら「!?」


がしっ!


キュゥべえ「やれやれ」

反射的に左手で掴んだそれは、キュゥべえだった。

いつの間に拾い上げていたのか、彼女が投げてきたのはこいつだったのだ。

ほむら「いえ、私も戦う──」

マミ「私は大丈夫よ。
だからその子達を守ってあげてね」

にっこりと笑顔を見せる巴さん。

……こちらから何かを言う前に先手を打たれてしまった。

まあ、良いか。

もし彼女がピンチになれば、すぐ加勢出来るように注意していれば良い。

……という私のわずかな心配も、彼女は軽々と振り払ってみせた。

こちらに向けていた笑顔を引き締めて魔女に向かって行った巴さんは、
上手く距離を取りながら、銃にリボンにと手持ちの技・武器を効率的に使って攻撃を加えて行く。

そんな彼女には、危ないと思わせる場面も無く──

シャルロッテ「…………」

次第に魔女の動きは鈍って行き、奴は追い詰められていった。

マミ「これで──トドメよっ!」


ガシッ!


巴さんが、巨大な──大砲といっても良い程の巨大な銃を召喚し、魔女に向かって構えた。

マミ「ティロ・フィナーレッッッ!!!」


ド ン ッ ッ ッ ッ ! ! ! ! !


シャルロッテ「!!!!!」

彼女の叫びと共に放たれた強烈な一撃は、魔女を軽々と呑み込んで行った。

─────────────────────

キュゥべえ「相変わらず大したものだ」

ほむら「……さすがね」

マミ「ありがとう」

私と美樹さやか、そしてキュゥべえの元へ戻ってきた巴さんは、涼しい笑顔をしていた。

マミ「まあ、あの小さなお人形が、あんな大きな姿になったのは驚いたけどね……」

ほむら「でしょうね。
あれこそが、私が話した貴女にとって『相性』の悪い一番の理由だったのよ」

マミ「えっ?」

ほむら「巴さんは確かに強いけれど、攻撃をした後に隙が出来る。
それが強力なものだと尚更」

マミ「…………」

ほむら「今回の戦いを、最初から貴女がメインで戦っていたとしましょう。
人形相手でも、貴女はやはり最後はティロ・フィナーレで決めようとしたはず。
当然ね。あれが仮の姿だなんて知らないのだから」

マミ「……そうね。そうしていたと思うわ」

ほむら「その後にあの人形の本体が現れて、大技の後の硬直した貴女を喰らおうと襲ってきたら?」

キュゥべえ「ふむ……
さらに言うと、戦闘が終わったと気を抜いてしまってもいたかもしれないね」

マミ「……避けきれずにやられていた、と思う……
なるほど……納得したわ」

その場合の未来を想像したのか、やや青い顔で巴さんは呟いた。

キュゥべえ「でも、君はどうしてあの魔女にそんなに詳しいんだい?」

ほむら「以前戦った事があるのよ」

別の時間軸で、ね。

キュゥべえ「……ふむ」

ほむら「それにしても、よくキュゥべえを私に預ける気になったわね」

ショッピングモールで、あんな事をしようとしていた私に。

マミ「……貴女の目的がキュゥべえを殺す事だったら、
彼を掴み上げていた時にとっくにそうしていたでしょうから」

ほむら「……確かにそうね」

マミ「でしょう?
だから、信用しても良いかなって思ったの」

ほむら「…………」


チラッ。


キュゥべえ「……?」

まあ、この場ではキュゥべえを殺しても何もならないから殺さなかっただけで、
こいつを守れと言われても正直虫唾が走るだけではあるのだが。

マミ「やっぱり、あの時の事は何かの間違いだったのよね?」

ほむら「いいえ、ショッピングモールでは確かにキュゥべえを殺そうとしていたわ」

マミ「そんな……じゃあ何で今回は……」

ほむら「想像に任せるわ」

マミ「…………」

巴さんが、悲しそうな顔をした。

……この流れは不味い。

折角上手く行ったのに。

──そうだ、上手くいったじゃないの。

巴さんは助かったのだ。

なのに、なんでキュゥべえの事なんかの為に、私達がこんな気持ちにならないといけない?

私の胸にやるせなさが生まれる。

だが、それ以上に嬉しいのだ。

ほむら「……でも、よかったわ」

そうだ……嬉しい。

マミ「えっ?」

けれど、

ほむら「貴女が無事で」

より深く実感出来るからだろうか? こうして言葉にすると、もっと……

嬉しさが溢れてきた。

マミ「……!」

ほむら「? 何?」

私の言葉を受け、彼女は両手を口元にやり、目を大きく見開いた。

……そんなに変な事を言ったかしら?

マミ「あっ、ごめんなさい。
暁美さん、初めて笑ってくれたなって」

……!

ほむら(そういえば……)

言われて気付いたが、口元が緩い。

マミ「うふふっ。それも、そんなに嬉しそうに」

そう言う彼女も、心の底から嬉しそうに笑っていた。

カァァっと、頬が赤くなるのを感じる。

ほむら「か、からかわないで頂戴」

マミ「違うわ。嬉しいのよ。
そうやって笑ってくれるって事は、それだけ私の事を心配してくれてたのよね?
ありがとう」

ほむら「っ///」


サァァァァ……


ほむら「……!」

マミ「あらっ」

唐突に、空間が歪み出した。

魔女が倒れた事によって、結界の崩壊が始まったのだ。

……よかった。正直、あの空気のままだと恥ずかしくて困っていた。

やがて、一種の楽園にも見える、グロテスクで不思議なお菓子の広場が色を失い──

─────────────────────

ほむら「ふう」

自宅に戻り、私は大きく息を吐いた。

ほむら(とりあえず巴さんは守れたし、まどかも大丈夫だった)

今日の結果だけを見れば、完璧に近いだろう。

私は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出すと、それを持って椅子に座った。

ほむら(まあ、美樹さやかの件は驚いたけれど……)

私はよく冷えたそれを口に含みつつ、魔女の空間から戻った後の事を思い出していた。

……………………

…………

マミ「戻ってきたわね」

ほむら「そうね。
……ほら美樹さん、いつまで惚けてるの?」


パシパシッ。


さやか「痛! 頬叩くなっ!
…………えっ?」

マミ「美樹さん、大丈夫?
もう戦いは終わったわ」

さやか「……あ……そっか、あたし……」ブルッ

マミ「怖かったわね。よく頑張ったわ」

さやか「で、でも……情けないっ。あんな……」

ほむら「どう見ても戦闘慣れしていないようだったけれど、それであれだけやれれば上出来よ。
殺されかけるまではそれなりに動けていたのだから」

マミ「そうよ」

キュゥべえ「まあそうだね。
君が初めて経験するまともな戦いである事を考えたら、良くやったんじゃないかな」

ほむら「むしろ早い段階で怖い目に合っておいてよかったじゃない。
これで無茶な突撃とかをする事は無くなるでしょうし」

さやか「う……そう、かな。そうだね。
ほむら、助けてくれてありがと」

ほむら「……別に」

さやか「マミさんも足引っ張ってごめんなさい」

マミ「謝る事じゃないわ。
……まあ、使い魔を深追いしすぎてはぐれたり、一人で魔女と戦闘を始めたりしたのは迂闊すぎたけど、ね」

さやか「はい……次からは突っ走りすぎないようにします……
キュゥべえもごめんね」

キュゥべえ「僕にも別に謝る必要は無いさ。
何にせよ無事で良かったよ」

マミ「うふふ。キュゥべえったら、美樹さんがはぐれた後にすぐ駆け出して行ったのよ。
『美樹さやかを探してくるよ!』って」

ほむら「……!」

さやか「そっか……サンキュ」

キュゥべえ「キュップイ!」

ほむら(なるほど。
それを口実に巴さんから離れ、結界から抜け出してまどかの所へ向かおうとしたのか)

さやか「……でもさ、ほむらがこうやってフォローしてくれるなんてめずらしい。
何か良い事あった?」

ほむら「!
ど、どうでも良いでしょ」

さやか「何で赤くなるのよ?」

ほむら「それより!
どうして貴女が魔法少女になんかなっているの……?」

さやか「あー……あははっ。ちょっと事情がありまして。
ね、キュゥべえ」

……………………

…………

ほむら(先日、キュゥべえと出会った彼女は、あいつの言葉に乗せられて『契約』をしたらしい)

もちろん、美樹さやかは『乗せられた』事に気付いてはいないが。

願いは、

さやか『どうしても助けたい、力になりたい人が居てさ。
キュゥべえの話はぶっちゃけ話半分だったんだけど……
だからこそかな。
ダメ元でその人を助けてって願ったんだ』

などと話していた為、やはり上条恭介に関する事だろう。

上条恭介──美樹さやかの想い人であり、
事故によって指の感覚を無くして絶望に沈んでいる、かつての天才ヴァイオリニスト。

いや、彼女の願いによって今の彼は救われているはずだから、『絶望に沈んでいた』、か。

ほむら「馬鹿な子……」

美樹さやかの想いは尊い。

しかし、『奇跡』の代償というものを軽く考えすぎている。

ほむら(……まあ、もうどうにもならない事だけれど……)

……………………

…………

マミ「──それで、私はこの間別の魔女退治をしていたのだけど……」

ほむら「ええ」

マミ「そこでの戦闘の最中に、美樹さんが現れたのよ」

さやか「とりあえず魔女? ってのを倒せって言われたからさ。
キュゥべえに手伝って貰いつつ自分なりに動いていたら、その現場を発見しちゃって」

マミ「本当、驚いたわ」

さやか「あはは……
マジ発見しただけで、その時の私は言葉通り見ているだけだったけど」

マミ「ううん。私、仲間が出来ただけでも凄く嬉しいのよ」

さやか「そう言って貰えたら助かります。
てか、今日だってキュゥべえやマミさんに質問攻めしてたくらいだからな~……」

マミ「ここに向かう前に私と合流した時も、キュゥべえにあれこれ聞いてたわよね」

さやか「はい。まだまだです。
早く一人立ちってのをしないと。
……ってそうだっ! ほむら!」

ほむら「……何?」

さやか「あんたこそ魔法少女だったの!?
こっちだってビックリしたんですけど!」

ほむら「見ての通りよ」

さやか「あんたは何で魔法少女に?
つか、いつからなの?」

ほむら「さあね」

さやか「さあねって……」チラッ

マミ「……私もそれほど詳しくは知らないのよ」

さやか「そうなの?
じゃあ……ってあれ? キュゥべえは?」

マミ「あら、いつの間にか居なくなってるわね」

ほむら「!」

マミ「うふふ、あの子は神出鬼没な所があるから」

ほむら(まどかの所へ向かったわね……!)

さやか「あー、確かにそんな感じだわ」

ほむら「──まあ私の事は想像に任せるわ。
最低限の事は巴さんに話しているから、気になるなら彼女に聞いて頂戴」


スッ。


さやか「あっ、ちょっとっ!」

ほむら「私は用があるから。
失礼するわ」

……………………

…………

ほむら(私がまどかに集中していた隙をついて、美樹さやかに近付いたのか)

それは、キュゥべえが美樹さやかという人間を知っていて、
かつ魔法少女としての素質があるのを見抜いたからだ。

美樹さやかはまどかと一緒に居る事が多い。

ならば、彼女以上の素質を持つまどかの存在を知らず・その才能に気付いていない可能性は無いだろう。

一度まどかという人間を知ってからの、キュゥべえの彼女への執着は並大抵の物では無い。

絶対に今も虎子眈々とまどかの事を狙っているはずだ。

ほむら(美樹さやかの件が、
まどかは私にガードされていて近付けないから、才能のあるもう一人の彼女に契約を持ちかけた……
というだけで終わる簡単な話なら良いんだけど)

その契約自体が、まどかを魔法少女にする為の策という可能性もあるのだ。

いずれにしても、キュゥべえの動向には今後はより注意が必要だろう。

……それと。

ほむら(美樹さやか……)

こうなってしまった以上、彼女はまず助からないだろう。

美樹さやかが生存するパターンは、彼女が魔法少女にならない場合にしか見受けられなかった。

ほむら(──いや。この世界なら)

これまで見た事の無い状況にばかりなるこの時間軸ならば。

ほむら「……過度な期待は禁物ね。
それと、最優先はまどか。それも忘れては駄目」

自分に言い聞かせながらも、私の脳裏に美樹さやかの笑顔が浮かぶ。

彼女とは衝突する事も多々あったが、戦闘や、それ以外でも守って貰ったりかばってくれた時だって多かった。

やや短慮で暴走気味に突っ走る癖・気が短い所はあるが、
ただ短気というよりも瞬間湯沸かし器のようなタイプ。

よほどの事がない限り、怒りなどの負の感情を引きずったりはしない性格だ。

──正直、私と彼女の相性はそれほど良くないと思う。

だけど、彼女のそんな性格は決して嫌いではない。

むしろ羨ましいと思う時もある、まぎれもなく大切な友達の一人。

ほむら(……そんな彼女の……)

──壊れて、破滅して行く様をまた見なくてはいけないのかしら……──

今日はここまでに致しますです。
皆様々、今回もありがとうございました~。

皆様レスありがとうです~。

再開します。

─────────────────────

まどか「さやかちゃん、どうしたんだろうね?」

ほむら「そうね……」

朝の教室。もうすぐ授業が始まる時間だ。

私はまどかと登校をしたのだが、今朝はめずらしい事に美樹さやかと合流出来なかった。

それと……

まどか「仁美ちゃんも」

ほむら「…………」

美樹さやかは寝坊して遅れているだけだと考えても良いが、しっかりしている志筑仁美にそれは考えづらい。

しかも二人まとめてとなると……


ざわり。


私の胸に、悪い予感が走り抜けた。

美樹さやかと志筑仁美には、少々厄介な因縁がある。

簡単に言えば、同じ人間に恋をしているのだ。

その相手は、上条恭介。

恐らくこの世界でもだろう。美樹さやかが魔法少女になる対価として、
キュゥべえに願い、救って貰った少年。

魔法少女という人ならざる存在になってしまった美樹さやかは、
その現実と、友人であり恋敵でもある志筑仁美──

そして愛しい上条恭介への想いで心が壊れ、破滅への道を歩む事がほとんどなのだ。

……美樹さやかの破滅。

それは、魔法少女という存在の現実と運命を知った彼女が深い深い『闇』に落ち、魔女になってしまう事。

そう。

『魔女』とは、魔法少女の成れの果てなのだ。

『魔法少女』は、命や意志……その少女のすべてをソウルジェムに移される事で生まれる存在。

だから、魔法少女は例え頭を潰されても肉体を消滅させられても、
ソウルジェムさえ無事ならば死にはしないのだが……

このような存在は、もはや人とは呼べないだろう。

そして、魔力を使い過ぎたり絶望に呑まれたりして、
魔法少女の本体であり魂そのものたるソウルジェムが穢れ切ると、
かつて美しい輝きを放っていたそれはグリーフシードへと姿を変える。

つまり、魔法少女が魔女へと変貌するのだ。

戦いで死ぬか、魔女になるか──

断言は出来ないが、魔法少女の末路はこの二つだけなのだと私は思う。

少なくとも、他の死に方をした魔法少女の話は聞いた事が無いのだから。

……これを知った魔法少女は例外無く多かれ少なかれ絶望してしまうので、
私が知っている情報の中でももっとも人に話したくないものだ。

ほむら(美樹さやか……)

まさか、彼女はもうその真実を知って……?


ガラッ。


まどか「あっ」

ほむら「……!」

仁美「ほむらさんにまどかさん、おはようございます」

教室に入ってきた志筑仁美が、そのまま私達の前に来て挨拶をした。

まどか「仁美ちゃん、おはよう」

ほむら「今日は随分遅かったのね?」

仁美「はい。
お二人共、一緒に登校出来なくてすみませんでした」

そう頭を下げる彼女は、いつもの志筑仁美に見える。

まどか「そんなの気にしなくても良いんだよ」

ほむら「そうね。
……何事も無かったのなら良いのよ」

仁美「あら、心配して頂いていたのですか?」

ほむら「……まあ、優等生の貴女が遅刻しそうになるのはめずらしいから」

仁美「ありがとうございます。
ちょっと、色々ありまして……」

色々?

そういえば、彼女の瞳……赤い?

ただの寝不足だろうか? それとも……


ガラッ!


志筑仁美にそれを問おうとした時、勢いよく扉を開けて入ってきたのは……

さやか「皆、おっはよーっ!」

美樹さやか。

……と、

恭介「やあ、おはよう」

松葉杖をつき、彼女に付き添われた上条恭介。


ざわっ!!!


彼の姿を認めてだろう。唐突にクラスがざわめいた。

クラスメート1「恭介!」

クラスメート2「どうしたんだよお前っ!」

そして、大勢のクラスメイト達が笑顔で彼の元へ駆け寄って行き、私達三人はその様子を見つめていた。

恭介「あはは、実はさ……」

さやか「──いやぁ、ギリギリ遅刻せずにセーフってとこかな」

気を使ったのだろう。クラスメイトに囲まれる上条恭介からさりげなく離れて、
美樹さやかがこちらへとやってきた。

まどか「さ、さやかちゃん。あの、えっと……」

聞きたい事がありすぎて上手く言葉がまとまらないのだろう。まどかがわたわたとしている。

さやか「あー。恭介の奴、学校復帰決めて一人で学校に来ようとしてたんだけどさ、
あいつ奇跡的に腕は治ったんだけど、長い入院生活でまだ足が本調子じゃないからあたしが一緒についてたのね。
その方がいざという時安心じゃん?」

空気を読んだ美樹さやかが、自分から話し始めた。

さやか「で、登校中に恭介がちょっと躓いて、あたしが反射的に助けようとしたんだけど……
タイミングの問題か、体勢が悪かったのか。
あいつの体を支えきれずに一緒に転んじゃって、しかもあたしったら片足をドブにはめちまってんの!」

まどか「ド、ドブ???」

さやか「そ。仕方ないからそのまま学校に行こうとしたんだけど、
恭介が『着替えておいでよ』って聞かないからさ。
一旦家帰ってたらこんなに遅くなっちゃったのだー!」

……まったく。

ほむら「何をやっているのよ」

さやか「はは……ホントにね。
律儀にあいつもあたしの家までついて来てくれたりして、逆に迷惑かけちゃった」

申し訳なさそうに苦笑する彼女も、普段通りの美樹さやかだ。

ほむら(……特に心配するまでも無かったのかしらね)

さやか「……で、えっと……
仁美?」

仁美「──はい」

……ん?

仁美「おはようございます。
遅刻しなくて何よりでしたわね」

さやか「うん……」

いつもと変わらないながらも目の赤い志筑仁美と、彼女に対してはどこかバツの悪そうな美樹さやか。

──やはり、何も無くは無かったのだ。

まどか「???」

まどかもそれを察したようである。

事情を伺いたい所だが、今はもうそんな時間は無い。

ほむら(昼休みにでもさりげなく聞いてみようかしら……)

チャイムの鳴る数秒前、私はそう考えた。

─────────────────────

しかし、その必要が無いのを一時間目の授業の後に知る事になる。

仁美「……あの、まどかさんとほむらさんにお話ししたい事があるのですが……」

まどかの机の周りにいつもの四人で集まって話をしていたのだが、ふと志筑仁美が口を開いた。

ちなみに、上条恭介は相変わらずクラスメイトに囲まれている。

まどか「お話?」

仁美「はい。私とさやかさんと……
上条君の事ですわ」



さやか「!?」

ほむら(……向こうから話してくれるならありがたいわね)

さやか「ひ、仁美。
別にそれは話さなくても……」

仁美「さやかさんは、ご自身の事に関しては秘密にしておきたいですか?」

さやか「あ、あたし?
いや、そっちは別に構わないっていうか、まあいつまでも隠し通せる訳もつもりも無いけど……
仁美が……」

仁美「私の事は良いんです。
むしろ、お話ししたい」

さやか「そ、そうなの?」

仁美「はい」

さやか「……わかった。仁美がそうしたいなら……」

仁美「ありがとうございます、さやかさん」

志筑仁美は、曇り一つ無い笑顔を見せた。

さやか「い、いや、別にお礼を言うような事じゃないけどさ……」

──間違いない。彼女達の三角関係に、何か変化があったのだ。

それも……いつもとは少々雰囲気が違うにしても、
二人にギスギスした空気がまったく無いのを見ると好ましい方向に。

まどか「え、えっと……?」

仁美「──では申し訳無いのですが、お昼にでもお時間を頂けませんか?」

まどか「ハヒェッ!?
あ、うっ、うん。わたしは大丈夫だよ」

ほむら「私も」

悪い展開になっていないのならスルーしても良いのだが、それこそここで三人について行っても損は何も無い。

むしろ堂々とまどかの側に居られるのだから、得と言っても良いだろう。

さやか「あ、でも一応恭介にも話、通しておかないと……」

仁美「それもそうですわね」

照れたように呟く美樹さやかを、志筑仁美は優しげな瞳で見つめながら答えた。

─────────────────────

昼休み。四人で昼食を取りながら聞かされた話は、大方想像通りの内容だった。

結論から言うと、美樹さやかと上条恭介が付き合う事になった。

意外だったのが、事の発端が上条恭介が美樹さやかに告白してきた事。

ほむら(彼、そんな度胸あったのね)

……幾多ものループを含めても彼とはほとんど面識は無いし、さすがにその物言いは失礼か。

ともあれ、手が治った(後に美樹さやかに確認した所、やはり彼女がキュゥべえに願った結果らしい)上条恭介は、
この間久しぶりにバイオリンの演奏をしたそうだ。

親や医師、そして美樹さやかの前で。

その後彼に近くの公園へと誘われた彼女は、そこで上条恭介から告白されたのだという。

……………………

…………

恭介「ここ数日は、手が治った嬉しさで頭が一杯だった。
皆も言ってたけど、本当に奇跡だと思う」

さやか「うん、そうだね……」

恭介「でも、気付いたんだ。
こんな奇跡が起こったのは、僕がこうして生きているから。
そして、こんな僕が今生きていられるのは──もちろん、色んな人の支えがあったからだけど……
特にさやか。君のおかげなんだって」

さやか「えっ?」

恭介「情けなく荒んでいた僕を、ずっと支え・助けてくれたさやか。
嫌な事を言っても、どんなに酷い態度を取っても、決して僕を見捨てなかったさやか。
本当にありがとう……」

さやか「い、いやっ、そんな真顔で……///」

恭介「これまでは、申し訳なさと感謝だけだった。
でも、こうして手が治って思ったんだ。
もう、今までのように君と二人きりで会えなくなるんじゃないかって」

さやか「あははっ、やだな。そんな事無いって!
またいつでも会えるしCD持ってくよ?」

恭介「うん……嬉しい。そう言って貰えて本当に嬉しいよ。
……でもね、そう考えたらとても怖く、寂しくなって……自分の本当の気持ちに気付いたんだ」

さやか「えっ?」

恭介「僕は、さやかの事が一人の女の子として好きなんだって」

さやか「!!!」

恭介「またバイオリンを弾けるようになれたのは凄く嬉しいけど……
それで、これまでとは違って君と会えなくなるのは嫌だ……!」


ぎゅっ……


さやか「あ……
きょ、恭介……手……///」

>>187から続き

中断かな
乙乙

>>211
はい、中断していました。ごめんなさい。

では>>184の続きからやって行きます~。
>>187はスルーしてね。

恭介「僕は、さやかの事が一人の女の子として好きなんだって」

さやか「!!!」

恭介「またバイオリンを弾けるようになれたのは凄く嬉しいけど……
それで、これまでとは違って君と会えなくなるのは嫌だ……!」


ぎゅっ……


さやか「あ……
きょ、恭介……手……///」

恭介「ずっと当たり前のように隣に居てくれて、
『これからもまた会える』って言ってくれる君に甘えるだけじゃ──甘え続けるだけじゃ駄目だ。
ずっと側に居たい」

さやか「あ、え、えっと……」

恭介「僕と……
付き合って下さい!」

さやか「!!!!!」

恭介「…………」

さやか「…………………………はい///」

……………………

…………

まどか「うっ、うう……」

さやか「ってまどか、何泣いてんのさ」

屋上を通る柔らかな風に吹かれながら、美樹さやかがまどかに笑いかけた。

まどか「だって、良い話だなって……」グスッ

さやか「え、えーっと……やっ、やめてくれよっ」

あまりに素直な涙を流すまどかに、彼女は困ったように頭をかく。

仁美「──まあ、ここまではまどかさんの仰る通りなんですけど……」

そんな二人を見ながらぽつりと呟いた志筑仁美は、暗い顔をしていた。

落ち込んでいるというより、自分を責めている感じだ。

まどか「えっ?」

仁美「実は私……その場に居たんですの」

まどか「えっ!?」

仁美「習い事の帰り道で、たまたまその場を通りかかりまして」

さやか「……ねえ、仁美。無理しなくて良いんだよ……?」

仁美「大丈夫です。
朝も言いましたが、むしろ話したいんです」

さやか「……うん、わかった」

仁美「……では、ここからは私がお話ししますわね」

と、彼女は一拍間を置き、

仁美「実は、私も上条君をお慕いしておりまして……」

まどか「へっ!?」

ほむら「…………」

仁美「それで、お二人のお話を聞いてしまった私は、つい自分の鞄を落としてしまいましたの……」

……………………

…………


ドサッ!


さやか・恭介『!?』

仁美「…………」

さやか「ひ、仁美っ!?」

仁美「……すみませんっ!」ダッ!

さやか「あっ! 待って!」

恭介「え、えっ???」

さやか「ごめん恭介、すぐに戻ってくるからここで待ってて貰えないかなっ!?」

恭介「えっ? あ、うん。僕は構わないけど……」

さやか「ありがとう!
……あの、本当に悪いんだけど女同士の話があるから、その……ね?」

恭介「──わかったよ。
待ってる」

さやか「……うん」

……………………

…………

さやか「……仁美?」

仁美「…………」

さやか「えっと……
あ、あははっ、最悪なトコ見られちゃったね」

仁美「──どうして?」

さやか「え?」

仁美「どうして『最悪』なんですの?
よかったじゃ……ないですか」

さやか「あ、と……そうなんだけどさ……」

仁美「──私の気持ち、わかってらしたんですのね」

さやか「ん……その……」

仁美「……やっぱり」

さやか「まあ、仁美の事見てたら何となく……だけど。
ごめん……」

仁美「どうしてさやかさんが謝るんですか?
私は、確かに上条恭介君の事をお慕い申しております。
でも、相手がさやかさんなら仕方ないかなって思っておりましたの」

さやか「えっ?」

仁美「さやかさんはずっと上条君の側に居て、傷心の彼を励まし続けてきた訳ですし……
お二人が一緒になられて不満などあるはずありません。
──のに。なのにっ……!」

さやか「仁美……」

仁美「どうしてっ! どうしてこんな気持ち……っ!
悲しいの!? 悔しいの!? 寂しいのよぉっ!
さやかさんには叶わなくたって、私だって長い間ずっと好きだったのに!!」

さやか「仁美っ!」スッ

仁美「触らないでっ!」


バシッ!


さやか「!」

仁美「同情ですの!? そんなの優しさじゃないっ!
ああぁっ!! うああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

さやか「……仁美」

……………………

…………

仁美「──っく……ぐすっ……
……失礼、しました……」

さやか「……落ち着いた?」

仁美「はい……すみませんでした……見苦しい所をお見せして。
それに、さやかさんは何も悪くないのに暴言まで……」

さやか「ううん、気にすんなって! あたしだって仁美の立場だったら、きっと……
そ、それにアレだよ。
仁美がここまで大泣きするくらい本気なんだって伝わったから……って、あたしが言うのも変だけどさ」

仁美「ふふ……はい、本気です。本気でした。
私──やっぱりさやかさんでよかったです」

……………………

…………

ここまで話し終えると、志筑仁美はそっと……しかし、大きく息を吐いた。

仁美「それから二人でもうちょっとだけお話しして、別れたんです」

さやか「つっても、結構時間かけたよねー」

仁美「そうですね。
でも、そのおかげでだいぶスッキリしました。
……まあ、お家に帰ってからも、もう少しだけ泣いてしまったのですが……」

今はだいぶ治まってきてはいるが、朝から彼女の瞳が赤かった理由はそれなのだろう。

仁美「──私が皆さんにお話ししたかったのはここまでです。
愚痴……という訳ではありませんけど、大切なお友達である皆さんに聞いて頂きたかったんです」

ほむら(……なるほど)

爆発して溢れ出した自分の『感情』を、泣き晴らす事で吹き飛ばし──

人に話す事で、上条恭介への『想い』を吹っ切ろうとしたのか。

私には恋愛経験というものが無い為、はっきりした事はわからないが……

本気で恋をして失恋をしてしまったら、そうでもしないとなかなか乗り越えられないのだろう。

少なくとも、短期間では。

特にこの件は、恋敵が友達……

それも、とても仲の良い一人。

となれば、やり切れない気持ちはより大きかったに違いない。

仁美「まどかさん、ほむらさん。お時間を取らせてしまってすみませんでした。
さやかさんもこうしてお付き合い頂いて……
本当にありがとうございました」

志筑仁美が立ち上がり、私達に向かって深々と頭を下げた。

まどか「そっ、そんな事しなくても良いよ」

さやか「そうだよっ。仁美なんにも悪くないじゃんっ!」

そうやって志筑仁美を気遣う二人は──二人共が心の優しい人達というのもあるが──、
彼女の気持ちを正しく理解したのだろう。

私達が志筑仁美の話を聞いてあげたのだとしたら、
彼女は自分にとってとても大切な話をする相手に、私達を選んでくれたのだ。

それはとても……

ほむら「……嬉しい」

まどか「えっ?」



ほむら「……いえ、何でもないわ」

この世界では最初からまどかや美樹さやかと仲良く出来ている為、
自然と彼女達の親友である志筑仁美ともかなり良い交友関係を築けていたのだが……

それがこんな展開に導いてくれるなんて。

さやか「どうしたほむら? なーんか顔赤いよ?」

ほむら「そうかしら? 日が射しているからそう見えるだけよ」

さやか「いや、夕日じゃねーんだから」

仁美「でも、ほむらさんって素敵ですわよね」

ほむら「えっ?」

いつの間にか私の前にしゃがんでいた志筑仁美が、私の顔をじっと見つめていた。

仁美「人に媚びず常に冷静沈着・文武両道で、静かに燃える炎のように涼やかで雄々しくて凄くかっこ良い……
私の憧れる人間像そのものですわ」

ほむら「褒めすぎよ」

──……私は、そんなに立派な人間ではない……──

自分の中の暗い部分が出てきそうになったが、

仁美「そんな事はありませんわっ!」

しかし、そのような間も無く即座に返されてしまった。

さやか「あー、仁美ってお嬢様で美人だし品があるけど、超男らしい所もあるもんね。
確かに、そんな人間を目標にしてそうだわ」

まどか「さ、さやかちゃん」

さやか「ん?
──あっ、褒めてんだよ?
お嬢様な部分も凄いと思うけど、いつも……なんつーか、正々堂々としててカッコ良い仁美って、その……
それこそあたしが憧れてたりするからさ///」

仁美「まあっ!」

まどか「いや、女の子に『男らしい』とか『カッコ良い』って、あんまり褒め言葉になってないような……」

しかし、志筑仁美は心底嬉しそうに笑っていた。

仁美「そんな事ありませんわ。
私……とても嬉しいです!」

さやか「うんうん!
仁美のそういうとこって、まるでヒーローみたいな──最高の長所ってやつだと思うよっ!」

まどか「ヒーローって」

苦笑するまどか。

さやか「つか、さっき仁美が言った『私が憧れる人間像』って、十分仁美にも当てはまる感じするけどなぁ」

仁美「いいえ、私なんてまだまだです」

さやか「そうかなー」

仁美「そうですわ。
だからやっぱり──私の理想はほむらさんなんですっ」


ぎゅっ!


ほむら「!」

志筑仁美にいきなり手を握られた。

仁美「ほむらさんみたいに冷静で強かったら、今回だって誰にも迷惑をかけなかったでしょうし……」

……強い? 私が?

ほむら(そんなのありえない)

自分の表情が自嘲に歪……

みかけたのだが、

仁美「ですからほむらさん、私の師匠になって下さいませんかっ!?」


ぐぐっ!


ほむら「!!」

まどか「わっ!///」

さやか「ちょっ!///」

寄せられた志筑仁美の顔があまりに近い位置で止まった為、やはりそんな暇すら無かった。

ほむら「す、少し離れて貰えるかしら?」

仁美「どうしてですの!?
ほむらさんは私の事、お嫌いですかっ!?」

ほむら「いや……」

彼女が喋る度、その柔らかな唇から漏れる甘い息が私にかかる。

見た所、私と彼女の顔は5センチと離れていないだろう。

どちらかがあと少し顔を突き出すと、確実に……キスしてしまう。

さやか「ひぇ~!///」

まどか「わ、わ、わ!///」

挿絵をこっそり。
http://myup.jp/KsXIdthp

──ちょっと二人共、顔真っ赤にしてないで助けなさいよっ──

志筑仁美のその目力の為に、視線を外す事すら出来ない私の思いが伝わったのかどうなのか。

美樹さやかが、志筑仁美の肩を叩いて言った。

さやか「い、いやーそういえばさ、あの日仁美と話して別れた後!」

仁美「はい?」

さやか「あたしも帰ろうとした時に、ふと恭介待たせてたの思い出してさ!
慌ててあいつんとこ戻ったらまだ座って待ってたの!
そんで『お帰り』って何も聞かずに笑顔を向けてさっ。
律儀だし、あいつも何があったか気になるだろうに、見た目によらず男らしいっつーかなんつーか!」

がはは、と笑いながら早口でまくし立てる美樹さやか。

しかし、彼女ははっと口をつぐんだ。

さやか「あ……え、と……」

仁美「──あっ。私の事はお気になさらないで下さい。
むしろこれからは、そんな幸せなお話をどんどん聞かせて下さいね?」

それに対し、志筑仁美は穏やかな表情で返す。

仁美「喧嘩──自体はまあ、どんなに仲の良いカップルでもしてしまうものなのでしょうが……
それでも、つまらない喧嘩なんかしたら許しませんわ」

さやか「仁美……
……うんっ!」

──どうやら、三角関係に関しては無事収まったようだ。

彼女達の件以外の、その他の問題はまだ沢山あるが……とりあえずは良かった。

ほむら(上条恭介と上手くいった事が、美樹さやかにとって大きな心の支えとなってくれるんじゃないかしら)

それはつまり、彼女が破滅しないで済む未来に繋がる道が出来たのかもしれない。

仁美「うふふっ。今の私、本当に幸せですのよ。
皆さんのおかげですっきりしたのもありますし、こうやってほむらさんとお昼をご一緒するのも初めてですから」

ほむら「……!」

そうだ。この世界では……

いや、過去のループを含めても、こうして彼女達と仲良く食事を取るなど随分と久しぶりだ。

以前にも述べたように、仲良くなりすぎてしまうのを躊躇している為、それを避けてきたからだ。

ほむら(まあ、今回に関しては目的があったから)

それは事実だ。

さやか「そういやそうだったね」

まどか「うんっ」

ほむら(……だけど、それだけじゃない)

他人相手にならともかく、自分の本心に自分が嘘などつけるはずもなく。

まどか「えへへっ、皆一緒で楽しいなっ!」

……そうね。

私は、唇を動かすだけでその三文字を紡いだ。

ほむら(うん、楽しい)

なに、この世界のここまでだって、まどか達と仲良くしてもこんなに上手くいっているのだ。

その仲をもう少々良くした所で、特別『何か』が悪くなったりはしないのではないか?

ほむら(そうよ。
まどかとこうして近くに居られる時間が増えるのは、私にとって有利にしかならないじゃないの)

さやか「これからも一緒にお昼ご飯食べようぜーっ!」

ほむら「……そうね」

慎重になるのと、恐怖に負けて逃げるのは違うものね。

仁美「まあっ、嬉しいですわ!」

まどか「ありがとう、ほむらちゃんっ!」

仁美「──あっ、そうでしたわ。
さやかさん、私をぶって下さい」

さやか「あひっ!?」

まどか「ふぇっ!?」

ほむら「えっ」

……唐突に何を言い出すのだろうこの子は。

仁美「ほら、あの日に私はさやかさんに酷い態度を取って酷い事を言ってしまいましたもの。
だから罰を受けないと。
さあ、どうぞ」

と、美樹さやかへ頬を突き出す志筑仁美。

さやか「い、いや! だから別にそんなの良いって!」

仁美「それでは私の気が済みません。
さあ、ぶ っ て 下 さ い」

さやか「だーかーらぁー! 仁美っ!」

まどか「あわわわわわわわ……」

ほむら「ふう」

先程までの事は何も無かったかのように始まったいつもの喧騒に、私は息を一つ吐いていた。

安堵のため息を。

今回はここまでに致します。
皆様、ありがとうございました~。

再開します。

─────────────────────

さやか「とどめだぁぁぁぁぁっ!」


ズバッ!


気合一閃。美樹さやかの一撃が、パソコンのモニターのような姿をした魔女を斬り裂いた。


サァァァァァァ……


魔女が滅びたのと当時に結界が壊れ、私達は元の世界──
訪れ始めた夜の気配に包まれつつある、わびしく小さな工場跡に戻ってきた。

戻ってきた『私達』というのは、私と美樹さやか。そして、

マミ「お見事ね」

巴さん。

それと……

さやか「へっへー! あたしも戦いにだいぶ慣れてきましたよっ」

ほむら「確かにその通りだけれど、浮かれすぎてはいけないわ」

さやか「わかってるってー」

キュゥべえ「でも凄いじゃないか」

……キュゥべえ。

放課後に私が鹿目家の屋上でまどかを見守っていた時、
現れたこいつに攻撃を仕掛けたのだが、逃げられてしまった。

そのキュゥべえを追いかけている内に町外れに足を踏み入れた私(とキュゥべえ)は、
魔女の結界が出現し、すでに巴さんと美樹さやかが到着していたこの工場跡へと辿り着いた。

そのまま流れで結界の中に入り、彼女達と共に魔女と戦う事になったのだった。

キュゥべえ「こんな短期間で君達の連携は完成されつつある」

さやか「まあベテランのマミさんが居るし、あたしもほむらも素材が良いって事でしょ」

マミ「ふふっ、美樹さんたら」

さやか「──って、ふと思ったけど、ほむらは魔法少女になってどれぐらいなんだ?」

ほむら「私の事なんてどうでも良いでしょう?」

さやか「かーっ、またこれだ」

ほむら「それよりも、ほら」

マミ「そうね。あの人達をあのままにしてはおけないわ」

と、巴さんが周りに視線をやった。

そこには、地面に倒れている、『魔女の口づけ』に侵された被害者達。

魔女にターゲットにされてしまった彼らは、
心の闇を増大させられて先程まで集団自殺をしようとしていたのだが……

その魔女は倒したので、今の彼らは『口づけ』から解放されて気を失っているだけだろう。

さやか「っとぉ、そうだった!」

─────────────────────

もう心配はいらないだろうが……万が一倒れた時にどこかをぶつけたりして見えない怪我をしていてはいけないので、
携帯電話で一応救急車を呼んだ。

一つの場所に複数の人間がまとめて気を失っていたという事で、
通報した私達も軽く尋問を受けたが、そこは上手くかわしておいた。

特別遅い時間という訳ではないし、
あの人達が自殺に使おうとしていた道具などを上手く利用したので、それは簡単だった。

まあ、何かしら疑われたとしても犯人は私達ではないのだし、
魔女・魔法少女の存在がばれるような証拠は一つも無いのだから、気にする必要は皆無なのだが。

もちろん連絡するだけして逃げるという選択肢もあったが、
救急車を呼ぶ際の通話記録等々、それをすると逆に面倒な事になる可能性もあった為、やめておいた。

─────────────────────

さやか「さーて、ひと段落したし帰りましょうかーっ!」

それなりに暗くなり始めた道を行きつつ、美樹さやかが伸びをして言う。

まだまだ工場跡を立ち去ってすぐの町外れの為か、周囲にひと気は無い。

キュゥべえ「それが良いだろうね。
休む事も大切だ」

と、これは巴さんの肩に乗っているキュゥべえ。

まあ、こればかりはその通りだろう。

頑張りすぎて疲れを溜め込むのは良くない。

さやか「そうそう。
んじゃ──」

マミ「──ねえ皆、よかったら家で夕食でもどうかしら?」

巴さんが、どことなく勇気を振り絞った様子で口を開いた。

さやか「おっ、良いっすね!
ほむらも行こうぜっ!」

ほむら「……そうね……」

キュゥべえが近くに居るのならば、それも良いだろう。

が、恐らくこいつは……

キュゥべえ「うんうん、仲良くするのは良い事だ」


ぴょんっ。


キュゥべえ「それじゃあ、お邪魔にならないように僕は……」

ほむら「──待ちなさい」

巴さんの肩から降り、歩き出したキュゥべえを私が止めた。

ほむら(やはりね)

そうはさせるものか。

ほむら「どこに行くつもりかしら?」

私の声に奴は振り向き、

キュゥべえ「そんなに警戒しないでくれよ。
……暁美ほむら。
君は、魔法少女が増えるのを防ぐ為に動いているのかな?」

ほむら「さあ?」

キュゥべえ「ふむ……
これまでの君の言動を見るに、そう考えるのが自然な気がしたんだが」

キュゥべえが、じっと私の瞳を見つめてくる。

私の心を探るように。

ほむら(……ふん)

相変わらず不愉快な奴ね。

まあ良いか。ここは反応してやりましょう。

立ち回り方次第では、そうする事によって私に有利な状況に持っていける要素の一つになるかもしれないし。

ほむら「──だとしたらどうなのかしら?」

キュゥべえ「……まあ、それなら僕に注意が行くのはわかるけれど、
僕だっていつも誰かと契約を結ぶ為に動いている訳ではないんだ」

ほむら「信用出来ないわ」

そうだ。こいつを野放しには出来ない。

そうすれば必ずまどかの元へ行く。

ただ、(少なくとも今は)強行をするつもりは無いらしく、
彼女が眠っている時間にまでコンタクトを取ろうとはしていないようだが……

マミ「ま、まあまあ暁美さん」

私があまりにも冷たい声を出したからだろう。巴さんがフォローに入る。

マミ「キュゥべえも一緒に行きましょう?」

キュゥべえ「僕もかい?」

ほむら「そうね。それなら良いわ」

さやか「へえー、何か意外だわ」

ほむら「何がかしら?」

さやか「いやさ……正直言ってほむら、キュゥべえの事嫌いじゃん?」

ほむら「ええ」

キュゥべえ「酷いや」

マミ「暁美さん……」

さやか「だからなんつーか、『キュゥべえが来るなら良い』ってのは意外だなって」

ほむら「……確かに私はキュゥべえが大嫌いだけれど……
魔法少女を増やさないのなら、無意味に憎む必要はないから」

これは嘘だ。

本当は、殺しても殺しても飽き足らないくらい憎い。

だが、奴を嫌ってはいない二人にそれを正直に言っても、空気を悪くするだけになって誰の得にもならないだろう。

それによって巴さんや美樹さやかとの関係に亀裂が入ったりしたら面白くないし、嫌だ。

キュゥべえ「僕を自分の目の入る所に置いて、見張っていようって訳か」

ほむら「…………」

さやか「あー、なるほど……」

キュゥべえ「……前から疑問に思っていたんだけど、君はどうしてそこまで鹿目まどかに拘るんだい?」

ほむら「……!」

キュゥべえ「バレていないと思っていたのかな?
僕が彼女に近寄ろうとすれば、必ず君が居るんだ。それを考えれば──」

ほむら「──馬鹿でも気付く、わね」

キュゥべえの瞳が、うっすらと笑みの形に歪んだような気がした。


キュゥべえ『君は、魔法少女が増えるのを防ぐ為に動いているのかな?』


先程のそれは、ただ気付いていないふりをしていただけか。

たぶん、なるべく自分の手の内・握っている情報を晒さずに私を言いくるめられるなら、
それに越した事がないと考えて。

だがそれは不可能だと悟り、さっさとその考えを捨てたのではないだろうか。

ほむら(……まあ、こいつには気付かれていないとは思っていなかったけど、
わざわざ巴さんや美樹さやかが居る所で……)

……いや。だから、か。

いっそ、この状況でわざわざそれを言う事で、私に揺さぶりをかけて動揺を誘う作戦に方向転換したのだろう。

あいつにとって(恐らく)未だ正体が掴めない私が、少しでも尻尾を出さないかと。

そこから、何かしらの情報を得られないかと期待して。

ほむら(笑わせてくれるわね)

この程度の事で私が釣られるとでも?

まあ、巴さんや、まどかの親友の美樹さやかに上手く言い繕わないといけなくなったので、
それは厄介だと言えばそうだが。

ほむら「……この町には、私や巴さん、今は美樹さんも居るでしょう?」

キュゥべえ「質問の答えになってないよ?」

ほむら「見滝原に魔法少女という存在は、飽和状態だと言っているの」

キュゥべえ「でも、それを踏まえても鹿目まどかは魔法少女になるに足る──
いや、むしろ『するべき』存在だ」

ほむら「何ですって?」

キュゥべえ「その理由は、もしかしたら君が一番わかっているんじゃないかな?」

ほむら「…………」

……これはかまをかけているのだろう。

ここで下手に反応をすると、あいつにとって有利な『何か』を与える事になってしまうかもしれない。

キュゥべえ「どうなんだい?」

ほむら「…………」

キュゥべえ「暁美ほむら」

ほむら(……ここは無言を通すのを許しては貰えないか)

なら、どう返すべきか……

マミ「──あのね、暁美さん」

しかし、私が再び口を開く前に巴さんが言った。

マミ「実は私も、そうなんじゃないかと思っていたの」

ほむら「えっ?」

巴さんにも気付かれていた……?

マミ「『鹿目まどか』って、美樹さんが何度かお話ししてくれた、美樹さんと暁美さんのお友達よね?」

さやか「う、うん……」

マミ「以前、暁美さんがその鹿目さんを見守っている姿を見ているし……」

……あの、屋上で会話をした時か。

マミ「その子が、魔法少女として群を抜いた才能を持っているのも一目でわかったわ」

ほむら「……それだけで、私がまどかをって……?」

マミ「確証があった訳じゃないけどね。
ショッピングモールでの出来事も……
あの日、美樹さんと鹿目さん、階は違っても同じ建物の中に居たそうじゃない?」

ちらりと、巴さんが美樹さんに視線をやる。

さやか「そっすね」

どうやら、二人の間でその話もされていたようだ。

マミ「だから、何となくそうなのかなって。
……覚えてるかしら? 私達が初めて会った時の貴女の、

『これから何があっても、どんな事が起こっても。
誰に対しても、絶対。
魔法少女になる事を頼んだりしないで』

って言葉」

……確かに、あの時私はそう言った。

ほむら「ええ。覚えているわ」

マミ「その言葉、『もしまどかに出会う事があっても、彼女には決して契約を進めないで』──
そういう意味ならしっくりくるし」

ほむら「…………」

マミ「それにね、キュゥべえもそんな動きをしていたから」

ほむら「そんな動き?」

マミ「ええ。
この子は私と居る時が多いんだけど……
キュゥべえったら、魔法少女の素質がある子を見付けたら、よく姿を見せなくなるのよ。
ここ最近みたいに、ね」

巴さんが、困ったようにキュゥべえを見る。

マミ「その上、見付けた相手に才能があればあるほどとても熱心に動くみたいね。
今で言うと……鹿目さんレベルみたいな子」

なるほど。長い付き合いだからわかる、行動傾向といった所か。

キュゥべえ「参ったよ。マミったら、『人に無理に契約を迫っちゃダメよ』って何度も言うんだ」

え……?

驚いて巴さんを見る私に彼女は苦笑し、

マミ「私も暁美さんと同じ気持ちだから。
どんなに素質がある子でも、魔法少女なんてそうそうなるものじゃないわ」

私と同じ……気持ち?

さやか「っかしそうかぁ。言われてみればそれ、しっくりくるわ。
一人が好きそうなあんたなのに、まどかには自分から近寄ってよく話しかけたりしてるし……
まあ、魔法少女仲間のあたし達は例外としてもさ」

ふんふんと頷く美樹さやか。

さやか「マミさんの意見に私も賛成。
あたしはどうしても叶えたい願いがあったからアレだけど、
そうでないなら魔法少女なんて軽々しくなったりさせちゃいけないって」

と、彼女がキュゥべえを指差した。

キュゥべえ「やれやれ、それも幾度となく聞かされたよ」

……?

ほむら「それって、じゃあ美樹さんも……」

さやか「ああ。
『君からも鹿目まどかをスカウトしてみてよ』~的な事を何度も頼まれたからさ、
その度にさっきみたいな返ししといた」

キュゥべえ「別に『頼んだ』訳じゃないよ。僕の立場でそれをするのはルール違反だからね。
ただ『提案』しただけさ。
まだまだ新人の君にとって、マミだけじゃなくて親友まで仲間になったらさらに心強いんじゃないかと考えてね」

さやか「ホント~? そんな感じしなかったけどなぁ」

まあ、万が一嘘ではなかったとしても、真意が別の所にあるのは間違いないだろう。

キュゥべえのこの類の発言は、あまりにも胡散臭すぎて額面通りに受け取る事は出来ない。

……そうか。

ほむら(そこから美樹さやかの協力を得て、まどかとの契約に繋がる展開を期待していた?)

キュゥべえが美樹さやかに契約を持ちかけた一番の理由は、それではないだろうか。

さやか「……ともかく、あたしはほむらの目的とかまったく考えてなかったし気付いてもなかったけど、
友達をこんな世界に引きずりこみたくない」

ほむら「そもそも、まどかみたいな子に魔法少女は務まらないでしょうしね」

さやか「それはあたしも思うわー。
──えっと、まどかの素質ってのは超凄いんだよね?」

キュゥべえ「そうだね」

さやか「それが本当だとしてもさ、性格的に合わないと思う。
あたしみたいなのでも、マミさんとほむらがついててくれても戦いってまだまだ怖いし……」

当然だろう。正直それは私もだし、巴さんだって同じはずだ。

むしろ、戦いへの恐怖心が完全に無い方が良くない。

そんな人間こそ、長生き出来ないだろうから。

さやか「そもそも二人が居なかったら、あのお菓子の結界の魔女の時に、あたしは死んでたんだと思う。
……まどかには、こんな怖い世界に来て欲しくないよ」

マミ「そうね……私はその鹿目さんの事はよく知らないけれど、
どんな子が相手であれ、契約させる為の契約は賛成しかねるわ」

さやか「だね。
悪いけど、ここは全面的にほむらの肩を持つよ」

ほむら「……二人とも」

私は、自分の胸が熱くなるのを感じていた。

さやか「って、あんたの目的? がまどかだってまだ決まってはなかったっけ?」

マミ「そういえば、暁美さんは決して『そうだ』とは言ってないわね」

ほむら「…………」

……信じても、良いの?

マミ「──あっ! もちろん、言いたくないなら話さなくても良いのよ?」

さやか「そうだね。
どっちにしろ、あたし達のスタンスはこうって話をしただけだし」

ほむら「……いいえ」

私は、一つの決意をした。

キュゥべえ「…………」

マミ「暁美さん?」

ほむら「そうよ。
私は、まどかを魔法少女になんかしたくない。
絶対に……っ!」

それぞれの太腿の隣で握られた私の両手が、軽く震えた。

隠そうとしていた事を他人やキュゥべえに悟られる時はあっても、自分からこうやって話すのは随分と久しぶりだ。

ほむら(……思ったより、勇気がいるものね)

一瞬で口の中が渇き、不快感が私を襲う。

しかし、

マミ「……ええ」


そっ……


そんな私の肩を、巴さんが優しく抱いてくれた。

マミ「わかったわ」

そう言って私に向ける笑顔は、とても優しく・美しいもので。

ほむら「巴さん……」

彼女のあまりの暖かさに、私の心が歓喜に震えた。

マミ「ごめんねキュゥべえ。こればかりは、貴方の味方は出来ないわ」

さやか「右に同じ」

キュゥべえ「やれやれ、四面楚歌って訳かい?」

さやか「恭介救ってくれたし、こうやってマミさんと知り合えたり、ほむら……
とは前からそれなりに仲は良かったけど、もっと仲良くなれたりとか、あたしはあんたに結構感謝してるんだ」


ぴょこぴょこ。


キュゥべえ「僕の耳で遊ばないでくれるかい?」

さやか「でもさ、ごめんけどまどかは放っておいてやってよ」

……こうして私の考えに同意してくれて、具体的な協力までしてくれている。

ほむら(……人の力を期待はしない。利用はすれど、頼りになどするものか)

でも、そんな私でも……

巴さんと美樹さやかという存在がとても嬉しく、頼もしかった。

キュゥべえ「仕方ないなぁ。
あれだけの資質を備えている子は、前例が無いほどなんだけどね」

ほむら『……残念だったわね、キュゥべえ』

私は、キュゥべえにだけ聞こえるようにテレパシーで語りかけた。

キュゥべえ『まあ良いさ。
この件については君寄りの考えだったマミやさやかが、僕の味方をしてくれるとは最初から思っていなかった』

それに、恐らくこいつもだろう。私にだけ聞こえるように答える。

キュゥべえ『君の目的がこれだと確証を得られただけで、ここは十分さ』

ほむら(……!)

……ふん。だからどうだというのだ。

それを知ったからこそ出来る事など存在しないはず。

それに、ほとんど勘付かれていたキュゥべえや巴さんに知られた所で大して差は無い。

いや。

まったく気付いていなかったらしい美樹さやかも、
今回の件で巴さんと同じく私の味方に回ってくれたのだから、むしろプラスだ。

キュゥべえ「まあ、君達がそこまで言うなら善処するよ」

さやか「よかったー……ってすまんね、フルボッコみたいにしちゃってさ」

マミ「そうね……ごめんなさい……」

と、美樹さやかがキュゥべえの頭を、巴さんが背中を撫でる。

キュゥべえ「気にする必要は無いよ。
君達の意見にも一理はあるからね」

マミ「ありがとう。
──さあ、いつまでもここで話し込んでいてもしょうがないわ」

さやか「ですね。思ったより時間食っちゃった。
んじゃ、ちゃっちゃとマミさん家に行きましょうかっ!」

マミ「ええ。
……キュゥべえ」

キュゥべえ「──まあ、お邪魔じゃないなら僕もお言葉に甘えさせて貰おうかな」

マミ「決まりね」

さやか「こうして一緒にご飯でも食べれば、ほむらとキュゥべえも仲良くなれるかもだし」

ほむら「それはありえないわ」

さやか「ありゃー」

キュゥべえ「酷いよ暁美ほむら」

今回はここまでという事で。
週の中頃また来ます。

それでは皆様、今回もありがとうございましたです~。

─────────────────────

さやか「ぐー……」

マミ「ふふっ、美樹さんまで眠っちゃったわ」

三人と一匹で食事をし終えた後の巴さんの家。

三角形のガラステーブルの脇で眠る美樹さやかとキュゥべえに毛布をかけながら、
巴さんが穏やかにほほえんだ。

最初は眠りこけたキュゥべえを弄って遊んでいた美樹さやかだったが、その内に奴の睡魔が移ったか──
もしくは、今日の疲れが出たのだろう。

ふと、掛け時計に目をやる。

時刻は、21時30分になろうかという所だ。

マミ「もうこんな時間……
お食事やお喋りが楽しくて、気付かなかったわ」

ほむら「そうね」

私は振られた話に相槌を打つのがメインだったけれど、たしかに良い時間だった。

これでキュゥべえが居なければ、純粋に楽しかったと言えるのだけど……

まあ、それでは本末転倒になってしまうか。

マミ「暁美さんはお家、大丈夫?」

ほむら「問題ないわ。私も一人暮らしだから」

マミ「あら……そうだったのね」

ちなみに、美樹さやかは『先輩の家で食事を頂く』『帰りが遅くなる』といった旨を親に連絡していたが……

泊まるとは伝えていないはずなので、この時間でこのまま眠らせておくのは不味いのかもしれない。

ほむら(……まあ、今日の魔女戦でも一番積極的に動いて頑張っていたし、休ませてあげましょうか)

もし美樹さやかがこの件で親に叱られそうなら、私と巴さんがフォローすれば良い。

もしかしたら、5・6分で起きてくる可能性もあるし。

気遣いの出来る巴さんも、おそらくそこまで考えた上で美樹さやかに毛布をかけたのだろう。

マミ「──ねえ暁美さん、ちょっとベランダでお話ししない?」

ゆったりとお茶を飲む私に、巴さんがそう声をかけてきた。

ほむら「?
ええ、構わないわよ」

─────────────────────

マミ「私ね、暁美さんと出会えてよかったって思ってるの」

ほむら「急にどうしたの?」

夜風が気持ち良い、巴邸のベランダ。

ここと部屋を繋ぐ扉は開けてあり、そちらへの意識も常に向けている。

これで、眠るキュゥべえが不審な動きをしても十分察知は可能だ。

……それにしても、巴さんの家はマンションなのだが……

ほむら(相変わらず広い部屋ね)

過去の世界でも幾度となく上がらせて貰った事があるのだが、
部屋数や構造等々未だにこの部屋の全容は知らなかった。

マミ「ふふっ……
私ね、こうして『仲間』と一緒に過ごす時間が出来るなんて思ってもみなかった。
……求めてはいたけれど」

ほむら「…………」

知っている。

いや、これまでのループでの彼女の言動で気付いていた。

巴さんは誰よりも強いが、それと同じくらい孤独を恐れる気持ちや、『仲間』や『友達』を求める思いも強いと。

……むしろなまじ強い人だからこそ、そちらへの思いも大きくなったのだろう。

そうだ。この時間軸、ここまでの彼女は精神的に落ち着いている為に強さや頼もしさばかりが表に出ていたが、
本来はこういう人なのだ。

強くて脆く、責任感の強い繊細な努力家。

私が魔法少女になりたての頃は大ベテランの雲の上の人にも見えていたが、
そんな弱い面を知れば知るほど、不思議と彼女への尊敬の念は深まっていった。

ほむら(それはきっと、今の私と巴さんはどこか似ているから)

私だって、自分なりに努力をしてきた自負はある。

その結果……今の自分が強いとは思わないが、
少なくとも、昔のように一人では何も出来ない程の弱い人間では無くなったと思うから。

ほむら(それに、私も孤独なのは嫌よ……)

同じ時を繰り返す事で、皆との時間がずれていく。

それを繰り返す内、自分だけが何もかもから取り残されていく感覚に何度も何度も苛まれた。

それはとても……恐ろしい。

ほむら(だからでしょうね。
抱える事情こそ違っても、同じ『孤独』に襲われながら何年も精一杯頑張ってきた巴さんは、
素直に尊敬出来るし憧れる)

この気持ちは、残酷で悲惨な……最悪の関係になってしまった世界をどれだけ潜り抜けても、
決して変わらなかった。

マミ「暁美さん、こうして隣に居てくれて……ありがとう」

ほむら「私はお礼を言われる事は何もしていないわ。
それに、前に言ったように私と貴女は『共闘』しているだけよ。
『仲間』では……ない」

マミ「……そうだったわね。
でも良いじゃない。私がそう思ってるんだから」

ほむら「?」

マミ「私にとって、暁美さんは『仲間』だわ。
それだけで満足なの」

ほむら「自己満足ね」

マミ「そうね。
……私は自分勝手だもの」

彼女は少し自虐的な笑みを浮かべた。

ほむら「……ごめんなさい、そんなつもりで言ったんじゃなかったの。
別に、誰かに嫌な思いをさせているのでないなら、自己満足なのが悪い訳ではないわ」

マミ「ふふっ、ありがとう。優しいのね」

ほむら「……私はただ、自分の考えを述べただけよ」

マミ「でも、これでまた一つ嬉しい事が増えたわ」

ほむら「嬉しい事?」

マミ「ええ。
暁美さんが、私に仲間だと思われて嫌な思いをしていないって事」

ほむら「!」

マミ「ふふふっ、やっぱり。
そんな言い方だったもの」

確かに、事実その通りなのだが……

ほむら「……でも」

でも、まだその気持ちに正直にはなれない。

マミ「暁美さん?」

ほむら「私はいつか、貴女を裏切るかもしれないのよ?」

マミ「……どうして?」

ほむら「私は私の目的の成就の為、必要に迫られたら躊躇無く貴女を裏切る。切り捨てる。
貴女だけではなく、美樹さやかも」

マミ「…………」

ほむら「そんな私は、やはり貴女の『仲間』でも優しくもないのよ」

マミ「けど、そんな必要に迫られなければ、このままの関係で居られるんでしょう?」

ほむら「……まあそうだけれど」

マミ「じゃあ大丈夫よ。きっと」

ほむら「そうやって、言い切れはしない」

これまで繰り返してきた時間で、何度この人達を裏切ってきただろう。利用してきただろう。

今振り返っても、『まどかを助ける』事を最優先とした場合、
そのすべての選択・決断は間違っていなかったはずだ。

細かい失策はあったけど、大きな決断のすべてに関しては、その時その時の最善を選んできたと思う。

それでも私の力が及ばないばかりに、未だにこの、終わらないひと月を歩き続けているのだが……

マミ「そう……なのかしら?
私はもちろん、美樹さんだって貴女に協力してくれると思うけど……
今日の魔女との戦いの後、そんな話をしたじゃない?」

ほむら「それでも、よ」

マミ「……そう」

巴さんは遠くを見、一瞬の間を置いてから再び私に顔を向けた。

マミ「でも、何だか妬けちゃうな。その鹿目さんって子に」

ほむら「?」

マミ「詳しい事情まではわからないけど……
貴女が、その子を強く想っているのは伝わるもの」

まどか……


まどか『キュゥべえに騙される前の、バカなわたしを……』


決して忘れられない、遠い遠い記憶。

ほむら「……約束、したから」

マミ「えっ?」


まどか『助けてあげてくれないかな?』


ワルプルギスの夜に敗北した世界で、死を迎えつつあったまどかの魂の底からの懇願。

それは常に私の中にあり、いつも私の行動原理となっている。

ほむら「一番の友達である彼女と、約束したから……」

ぽつりと呟き、私は巴さんから視線を逸らして俯いた。

──だから、私がまどかを強く想うのは当然なのだ──

マミ「暁美、さん……」

私達の間に、しばしの沈黙が流れる。

マミ「……でも、暁美さんって強いのね」

ふと、どこか悲しげな表情を向けてくる彼女に、私も視線を戻す。

ほむら「強い? 私が?」

彼女は何を言っているのだろう。

マミ「ええ。
こうやって誰かから手を差し伸べられたら……
私なら、すぐにその手を取ってしまうと思う。
そして、どんな理由があっても決して離さずにすがりついて執着してしまうわ」

ほむら「巴さん……」

マミ「だから、そんな貴女を凄いって。強いって──思う」

ほむら「……私は……
私は、強くなんかない……」

マミ「えっ?」

ほむら「私は……
──!」

突如生まれた背後の気配に、私は後ろを振り向いていた。

マミ「──あら」

巴さんも気付いたようだ。ベランダの入口に立つキュゥべえに。

マミ「起きたのね」

キュゥべえ「まあね。ついうたた寝をしてしまったよ」

ほむら「…………」

……しまった。

キュゥべえにはずっと注意を払っていたが、まどかの事を考えてからそれが少々疎かになってしまった。

とはいえそれは僅かな間なので、こいつが盗み聞きなどをする暇は無かった──と思うのだが。

ほむら(その上、特に大きな声では喋っていないし……)

いや。あいつの聴力がどれほどの物かは知らないので、だから聞こえはしなかったと断言は出来ないか。

まあ、別に聞かれても問題の無い内容ではあったのだが……


ほむら『一番の友達である彼女と、約束したから……』


ほむら(気持ちが高ぶったからとはいえ、一つだけ余計な話をしてしまったわね……)

そもそも、こんな事巴さんに話したって仕方ないのに。

キュゥべえ「でもさすがだね。二人の邪魔をしてはいけないと思ってこっそり近付いたつもりだったのに、
こんなにあっさりと勘付かれるとは」

ほむら「よく言うわね。
私達の会話を盗み聞きする為でしょう?」

キュゥべえ「失礼だなあ。
僕がそんな生き物に見えるかい?」

ほむら「…………」

こいつのこのはぐらかし方を見るに、やはりそうだったのだろう。

マミ「まあまあ。
でもキュゥべえ。気づかってくれたのはありがたいけど、
『こっそり近付いた~』なんて、変に誤解されても無理はないわ。
もうやめなさい」

キュゥべえ「そうだね。気を付けるよ」

ほむら「……そろそろ失礼させて貰うわ」

もう少し巴さんと話をしていたいとも思うが、キュゥべえが居たら当たり障りの無い事しか話せない。

それでは……

ほむら(つまらない)

マミ「あら。
美樹さんはあのまま起きそうにないし、二人ともこのまま泊まっていってくれれば良いのに」

ほむら「遠慮しておくわ」

マミ「そう……
わかったわ。無理に誘っても悪いものね」

と、笑顔を見せる巴さんはどこか寂しそうで儚げで──


とくん。


私の胸を打った。

ほむら(巴さん……)

まどかに対するものとは違うが、やはり巴さんも私にとって大きな存在なのだ。

ほむら「……今日はありがとう。
楽しかったわ」

マミ「私もよ。こんなに楽しかったのはいつ以来かしら」

ほむら(……そうね)

まどかや巴さん、美樹さやかとも。

一緒にご飯を食べて、笑って、お泊まりして。

そんな日々が欲しい。

その為にも、私は絶対に勝ちたい。

自分やまどかを襲う運命に。キュゥべえに。ワルプルギスの夜に。

今回はここまでに致します。

それでは、皆様ありがとうございました~。

再開します。

─────────────────────

このまま行く事が出来れば、
ワルプルギスの夜に対して、最低でも私・巴さん・美樹さやかの三人で立ち向かえるだろう。

似たような時間軸が、過去に存在しなかった訳ではない。

しかし、これほどまで良い流れで来れたのは初めてだ。

ほむら(そろそろ、二人にワルプルギスの夜の話をしても良い頃合いかもしれないわね)

これに関しては、まだ誰にも話していない。

この超弩級魔女の噂は聞いた事があるだろう巴さんにも、まだ新人でまったく知らないだろう美樹さやかにも、
この話をするのはタイミングを図るべきだと考えているからだ。

もちろん、奴が現れるまでに時間が無ければ、多少強引にでも動く必要も出てくるが……

まだまだ猶予はある。

魔法少女の間では、伝説レベルで語られる化け物が襲来する──

『そいつを倒すつもりだから共に戦ってくれ』などと頼むのは、
出来れば私達全員に心の余裕がある時が望ましい。

まどかの事だけでなく、これに関しての協力も仰げたとしても、
その後にワルプルギスの夜の細かい情報を伝えたり、私の頭の中にある作戦等々の説明をじっくりとしたいからだ。

ほむら(……見た所、今彼女達は肉体的にも精神的にも万全だと思われる)

それに、巴さんはあのお菓子の結界内での戦いを乗り切れればまず大丈夫だし、
美樹さやかは上条恭介の件が無事に片付いた事が何よりも大きいと見る。

ほむら(ここからもしキュゥべえの邪魔が入ったとしても、私が下手を打ったりさえしなければ……)

もうあの二人は、ワルプルギスの夜が現れるまでは安心しても良いのではないだろうか?

巴さんはともかく、美樹さやかに関してのこれは完全に初めてのケースなので、あまり自信は持てないが……

私の調子も良い。

巴さん・美樹さやかと良い関係を築けているだけでなく、
二人がまどかの事に全面的に協力してくれている為に、様々な面で随分と私の負担が減っているからだ。

まどか「──なんだってっ」

仁美「うふふ。面白いですわね、それ」

ほむら「そうね」

不安や、胃の痛くなるような緊張を無くす事までは出来ないにしても、
こうしてゆっくりまどかと一緒に下校出来るのはそのおかげだ。

ただ、さすがに蓄積された疲労があるので若干体は重いが……少なくとも、精神面では絶好調と言って良い。

ほむら(大体、この程度の疲れで参っている暇は無いもの)

魔法少女は魔力で体調諸々の大半のカバーは出来るのだが、さすがにそのすべてという訳にはいかない。

例えば、どれだけ魔力を使っても多少の睡眠や食事はどうしても必要だし、
そもそも何もかもに対して魔法に頼っていたら、グリーフシードをいくら持っていても足りなくなってしまう。

ほむら(──そんな事よりも……)

実は少し前に魔女の気配を感じたのだが、そちらには巴さんと美樹さやかが向かった。

別に巴さん一人でも問題無いとは思ったのだが、やる気に満ち溢れている美樹さやかがどうしてもとついて行ったのだ。

ほむら(まあ、とはいっても万一が無いとは限らないし、それはありがたいのだけど)

ここ最近、美樹さやかの成長は著しい。

まだまだ一人で魔女討伐を任せるのは不安ではあるが、
共闘する上では立派に『戦力』と呼べるレベルには達していた。

私がこれまで一人で動いていた時は、
まどかの事を最優先にしつつも巴さん達にも気を配っていて、これがかなり神経を使っていたのだが……

彼女達が二人で行動するだけでなく、美樹さやかがどんどん伸びてくれるならばさらに安心出来るというものだ。

ちなみに、未だにキュゥべえとまどかの接触は許していない。

ほむら(……そうね)

やはり、すべての面で今はタイミングが良い。

いや、ベストなのではないだろうか?

ほむら(今晩か、明日にでも巴さんと美樹さやかにワルプルギスの夜の話をしてみよう)

仁美「…………」


ジーッ。


……?

気が付いたら、まどかと共に隣を歩く志筑仁美が私の顔をじっと見つめていた。

ほむら「……私の顔に何かついているかしら?」

まどか「へっ?」

仁美「──あっ! すみません!」

ほむら「いや、別に謝らなくても良いけれど……」

仁美「……あの、ほむらさん」

ほむら「何かしら?」

仁美「さっきからずっと、考え事をしていらっしゃいましたわよね?」

ほむら「えっ?」

まどか「ヒェッ?」

ほむら(……おかしいわね)

その通りだが、きちんと彼女達の話を聞いていたし、相槌も打っていたのに。

ほむら(なぜばれたのかしら?)

仁美「うふふ。
実は私、最近ほむらさんの事をよく見つめているのですが……」

ほむら「えっ」

まったく気付かなかった。

仁美「ほむらさんって、かなりの頻度で何かしら考え込んで、自分の世界に入っていらっしゃいますわよね?」

まどか「へぇーっ、そうなの?」

ほむら「え、ええっと、そう……なのかしらね」

まあ、考える事は沢山あるから……

しかし、志筑仁美はなぜいきなりそんな話を?

仁美「あっ、ご自身では意識なさってないのですね。
そうなんですのよ」

ほむら「はあ」

仁美「それでですね、これがまた憂いを帯びて絵になって……
とっても素敵なんですのよ~っ!」

いきなり頬に手をやり、トリップする彼女。

仁美「いつも素晴らしいものを見せて頂いてありがとうございますっ!
これからもお美しいお姿、よろしくお願い申し上げますっ!」

ほむら「え、ええ、こちらこそ……」

私にこれ以上どんな反応をしろというのだ?

まどか「ぁはは……」

ほら、まどかも困っているではないか。

……それにしても、志筑仁美は性格が変わった気がする。

いや、元々彼女にはこういう少し変わった面があったので、
『変わった』ではなく『自分の殻を破った』というべきか?

ほむら(あの三角関係を乗り越えてから、か)

ともあれ、最近の志筑仁美は今までの彼女よりも楽しそうだし、ならばこれは良い事なのだろう。

殻の破り方の方向性が正しいかどうかは置いておいて。

まどか「でも、何だか嬉しいな」

ほむら「えっ?」

まどか「こうやって、ほむらちゃんの色んな面を知れて嬉しいの」


ニコッ。


そう言って見せる彼女の笑顔は最高のもので。

ほむら(……まどか)

仁美「──それと、だいぶお疲れの……」


『おーーーーーいっ!』


突然、遠くから声が聞こえてきた。

仁美「あらっ?」

向こうから走って来るのは……

まどか「さやかちゃん?」

さやか「よかった、ほむらに会えたっ!」

ほむら「私?」

訝しげに問う私に詰め寄り、彼女は大きく頷いた。

さやか「そうっ!」

ほむら「……!」

あまりにナチュラルにその姿で現れた為に気付くのが遅れたが、美樹さやかは魔法少女に変身している。

まどか「え、と?」

この姿を見慣れていないまどかは、目を白黒させている。

当然だ。魔法少女の格好は、一般人の前に出るには場違いすぎて適さない物なのだから。

ほむら「美樹さん、貴女……!」

こんなの、どう考えてもまどかに不信に思われるではないか。

私は怒りの言葉を口にしかけたが、しかし美樹さやかに遮られてしまった。

さやか「あのさほむらっ!!」

だが、

仁美「私をぶって下さいまし」

さやか「ぅわッ!?」

ほむら・まどか『!?』

私と、何やら酷く焦った様子の美樹さやかとの間に、さらに志筑仁美がすっと割り込んできた。

仁美「さやかさん」

さやか「あああああのね仁美、今そんな場合じゃなくて……」

仁美「うふふっ。私の準備は完璧に出来ておりますわ。
その素敵なお召し物を鑑みるに、さやかさんもそうなのでは?」

さやか「だぁーもうっ!
とにかく来て、ほむら!」


ガシッ!


ほむら「ちょっ……」

強引に私の腕を掴むと、美樹さやかはついさっき彼女が走って来た方向へと駆け出した。

仁美「ああんっ! どうして行ってしまわれるんですのっ!?」

まどか「さやかちゃんっ!?」

さやか「ごめんまどか、仁美っ! また明日ね!」

─────────────────────

ほむら「ちょっと……」

魔法少女に変身している美樹さやかの力は当然ながら強く、
私は彼女に手を引かれるまま──というか、ほとんど引きずられるままになっていた。

もはや、まどかも志筑仁美も姿が見えない。

ほむら「──ちょっと!」

さやか「!」

ほむら「手、痛いんだけど……」

さやか「あっ、と……ごめん」

ここでようやく立ち止まり、手を離してくれた。

ほむら「どうしたのよ一体」

さやか「あ、あのね、マミさんが……マミさんがっ!」

ほむら「えっ!?」

巴さんが……?

ま、まさか魔女に!?


ドクンッ。


嫌な光景を想像してしまい、私の胸が不快に跳ねた。


シュインッ!


ほむら「それを早く言いなさいっ!」


ダッ!


私は焦って即座に魔法少女へと変身すると、駆け出した。

さやか「ちょ、ちょっと待ってよ! あんた場所知らないでしょ!?」

ほむら「魔力の波動を探ればわかるわっ!」

─────────────────────

先程の場所からそう遠く離れていないここは、小さな山の麓。


ドゥン!

ギィンッ!


ほむら「!?」

二つの魔力を感じる方向を考えると、恐らく山頂からだろう。微かに響いてくるこの音は……

ほむら「戦闘音?」

という事は、戦っているのだ。

誰が?……決まっている。

さやか「こっち!」

ほむら「ええ!」


バッ!


登山道からは大きく外れた方へと跳躍し、木々の間を飛び移りながら私は気付いた。

ほむら(……? なぜ戦闘の音が聞こえるのかしら)

ここはまだ『結界』の中ではない。

ワルプルギスの夜クラスの実力を持つ存在でない限り、魔女が結界の外に現れるなどありえないはずだが……

そういえば。

先程までは焦っていて気付かなかったが、私が辿ってきた二つの魔力は、両方とも魔女のものとは……違う?

片方は巴さんのものだから当然だ。

ならば、もう片方は……

ほむら(──!)

冷静になって考えてみれば、これも私の知った魔力の波動だった。

ほむら(……そうか)


スタッ。


私と美樹さやかは、目的の場所へと到着した。

木々に囲まれた、それなりに広い空間。

大地一面は草花が伸びて密集し、長い間人が足を踏み入れていない事を感じさせる。

この山の頂たるここでは……

巴さんと、赤髪の魔法少女──佐倉杏子が戦っていた。

─────────────────────

佐倉杏子。

彼女は、裾の長い、しかし前が大きく開いて動きやすそうなノースリーブ型の上着を身に纏い、ミニスカートを履いている。

二の腕まであるアームカバーを着用し、脚にはオーバーニーソックスとロングブーツ。

高い位置で括られたポニーテールに黒いリボンをつけ、ソウルジェムは襟元にある。

全体的に赤を基調に纏められた装束は、気の強そうな瞳の形をした彼女にとても良く似合っており、
放つ雰囲気は相当の手練れである事を容易に想像させる。

そんな佐倉杏子は、かつて巴さんの弟子だった、彼女と因縁のある槍使いの魔法少女──

……………………

…………

マミ「はぁ……はぁ……」

杏子「ハァ、ハァ……
ふうっ! くそッッ!!」


ジャギンッ!


佐倉杏子が得物の槍を構え直すと、巴さんへと飛びかかって強烈な一撃を放った。


ブンッ!


マミ「っ」

しかし、巴さんは軽く後ろに跳んでかわす。


ドガッ!!!


そのまま槍は地面に直撃し、草の生い茂る大地の形を変える。

挿絵。
http://myup.jp/grsDlLC4

マミ「…………」

杏子「!!」

一瞬動きの止まった佐倉杏子へと巴さんがマスケット銃を構え……

マミ「──!」

た所で、こちらに気付いたようだ。

マミ「暁美さん、美樹さんっ」

杏子「!?」


バッ!


巴さんが私達の方に顔を向けた隙をつき、佐倉杏子も後退して間合いを取った。

そして、彼女もこちらに視線をやる。

杏子「お前はさっき逃げた……」

さやか「むっ!?
別に逃げた訳じゃないっ!」

私の隣で声を上げる美樹さやかを無視し、佐倉杏子が言葉を続ける。

杏子「ふうっ……
そっちの初心者の奴とマミだけならともかく、さすがに三対一は不利すぎるね」

さやか「なにさっ、マミさんとの一騎打ちでも苦戦してるじゃんっ!」

杏子「互角だっ!」

これは聞き捨てならなかったのか、反応する佐倉杏子。

さやか「そんな事ないっ!
──ね、マミさん!?」

マミ「えっ?
ええ、まあまだ少し余裕があるのは確かだけど……」

さやか「ほーら、マミさんはバテバテのあんたと違うじゃんっ!」

杏子「なんだとっ! マミだって息を切らせて……
……ちっ。どっちにしろ興がそげちまった」

と、佐倉杏子は肩を竦めると、私達を見渡して言った。

杏子「今日の所は引いてやるよ。
そいつの顔も見れたしね」

ほむら「私?」

杏子「ああ。
マミの奴をぶっ倒せればそれに越した事はなかったが、今回の元々の目的はあんたの面を拝む事さ。
『イレギュラー』さん」

ほむら「……!」

その言い方は……まさか。

杏子「なるほど、何を考えてるかまったく読めない変な雰囲気してやがる。
キュゥべえの言う通りだ」

やはり……!

結界の外で魔法少女が変身して戦闘を行うなど、
余程の例外がない限り相手が同じ魔法少女の場合しかない。

それに、佐倉杏子が現れる時はどの時間軸でも大体今日の日付前後だ。

それを踏まえれば、ここに彼女が居る事自体の予想は出来ていたのだが……

一つだけ、気になっていた事があった。

経験上、巴さんが生存している場合に佐倉杏子が見滝原に現れる可能性は著しく低いのだが、
決してゼロではないのでそこは良い。

問題は、彼女がこの町にやって来る事になった原因だった。

ほむら(キュゥべえ……!)

そう。案の定、またあいつが噛んでいたのだ。

しかし、とすると……まずい!

杏子「じゃあね!」


バッ!


不敵な笑みを残して、佐倉杏子は去って行った。

さやか「……何だったのよあいつ……」

マミ「えっと……」

さやか「あっ、ほむらごめん。
あの二人の戦い、めちゃくちゃ動きが早すぎてさ。
あいつも妙に強いし、正直あたしじゃあ割り込む事も出来なかったから慌てて助けを……」

ほむら「──ごめんなさい、話は後で聞かせて貰うわ」


バッ!


美樹さやかの言葉を遮ると、私もこの場から跳び去った。

マミ「暁美さんっ?」

さやか「ちょ、ちょっと!?」

─────────────────────

私は、合間合間で時間を止めつつ全力で走っていた。

キュゥべえが佐倉杏子をそそのかしてここへ呼び寄せた(か、来るように仕向けた)のは、
私をまどかから離す為に利用しようとしたからではないだろうか?


杏子『今回の元々の目的はあんたの面を拝む事さ。
『イレギュラー』さん』


佐倉杏子が、因縁のある巴さんを差し置いて私を『目的』としたのは、
彼女のものではないキュゥべえの意志をひしひしと感じるからだ。

まあ、私より先に巴さんを見付けたからか、はたまた目的を後回しにしてでも巴さんと会いたかったのか……

理由まではわからないが、実際は私の顔を見る前に佐倉杏子は巴さんと戦闘を始めていたが。

恐らく、

──もし佐倉杏子が思う通りに動かなくともそれはそれでまた別の手を考えれば良いし、
特に自分(キュゥべえ)にマイナスになる事はない──

キュゥべえはそんな風に考えたのではないだろうか?

……いや、それはともかくとして迂闊だった。

下校中にやって来た美樹さやかの話で、巴さんの死を想像して冷静さを失ってしまった。

彼女に対しては、自分でも思いも寄らない感情を覚える時がある。

今回以外でも、巴さんの優しさや暖かさに触れたら妙に心が暖かくなったり、胸が不思議な高鳴り方をしたり……

例え他の人に同じ事をされても、ここまで心は動かないのではないだろうか?

唯一まどかだけは例外かもしれないが、それでも動かされる感情の種類が違うような……そんな気がする。

ほむら(でも、だからといってそれで肝心のまどかの守りを疎かにしてしまうなんて!)

キュゥべえの陰謀がどうよりも、私はこの事態を招いた自分自身の愚かさを呪った。

……まどかと離れてから20分くらいだろうか。

佐倉杏子がすぐに引き上げてくれたおかげでそれほど時間は経っていないが、
あいつがまどかに近付き、ともすれば『契約』を結ぶには充分な時間だ。

ほむら(…………)

私は焦り、さらに足を早める。

魔法少女化していても、足がもつれそうな程。

ほむら(で、でも大丈夫よ。
今まどかは急を要する願いは無い……はず)

キュゥべえとの出会いは防げなくとも、そこまでなら……!


スタッ!


何とか、いつもの私達の通学路まで戻ってきた。

ほむら(ここを曲がれば、さっきまどかと別れた場所……!)

先程の山からまどかの家へ行くにはこの辺りを通る必要がある為、とりあえずここへ戻ってきたのだ。

ただ、さすがにまだ同じ場所に留まっているはずはないので、ここから彼女を探さないといけない。

どこか遊びに行くという話はしていなかったので、
こことまどかの家を結ぶ道の間に居るか、すでに帰宅していると思うのだが……


タッ!


ほむら「はぁ……」

少し……疲れた。

しかし休む訳にはいかない。

一瞬だけ息を整えてから、私は再び時間を止めつつ角を曲がり……

ほむら「えっ?」

私は思わず足を止めていた。

そこには、何やら志筑仁美に両手を掴まれて言い寄られている? まどかと、その傍に佇むキュゥべえの姿。

ほむら(これは……どういう状況なのかしら?)

今は時間が止まっている為、見るだけでそれはわからない。

ただ、まどかの足元に居るキュゥべえはどことなく寂しそうに見えるが……

しかし、とすると──


パッ。

シュンッ!


私は時間を戻し、それと同時に変身を解いた。

ほむら「貴女達、何をしているのかしら?」

そのまま続けて、二人(と一匹)の方へと歩いて行く。

まどか「ほむらちゃん!」

仁美「まあっ!」

キュゥべえ「暁美ほむら」

まどか「あ、あのね……」

仁美「丁度良かったです!」

すると、志筑仁美が満面の笑みでこちらへ走って来た。

ほむら「えっ?」

キュゥべえ「……これは、こっちも都合が良いや。
ねえ、まどか」

まどか「え……」

!!!


シュンッ!

カチッ!


このまま志筑仁美に付き纏われてはキュゥべえにチャンスを与えると判断し、私は再び変身して時間を止め、


ドウンッ! ドウンッ!


あいつに銃を数発。


カチッ!

シュンッ!


その後時間の流れを戻し、変身を解いた。

そして……


バグァッ!!!


まどか「!!」

キュゥべえの身体が弾けた。

まどか「え……???」

その様を見ていたまどかが戸惑っているが、彼女に背を向けている上、
そもそもキュゥべえという存在を認識すら出来ない志筑仁美はこの一連の流れに気付いてすら居ない。

精々が、

仁美「あら? 今一瞬、ほむらさんのお召し物が変わった気がしましたが……」

こんな所だろう。

それも、目に映ったのは私が変身して時間を止めるまでと、時間停止を解除して変身を解くまでのほんの一瞬。

ならば、疑問に思ったとしても勘違いだとすぐに忘れるはず。

ほむら「気のせいよ」

仁美「そうですか……?」

ほむら「それで、何かしら?」

仁美「!
そうそう、そうなんですっ!」


がしっ!


志筑仁美が私の両肩を掴んだのと、


ガサッ!


近くの茂みから新たなキュゥべえが飛び出して来たのは同時だった。

まどか「!?」

志筑仁美の肩越しから、戸惑いから驚愕へと変わるまどかの表情が見える。


バクバク……


新たなキュゥべえは、先程まで自分の身体として使っていた『死体』を一瞬で平らげてしまった。

まどか「あ、あ……」

まどかは怯えているようだ。

ほむら(無理も無いわね)

キュゥべえ「けぷ。
──さて」

キュゥべえは自分の『死体』を喰らった後、なおもまどかへ近寄ろうとする。

ほむら「…………」

私は、目の前で何やら熱弁している志筑仁美を横にキュゥべえを激しく睨み付け、
あいつにだけ届くようにテレパシーを使った。

ほむら『もう一度死にたいの?』

キュゥべえ「……わかったよ。
殺されては食べて処理、殺されては食べて処理の堂々巡りになりそうだし、今日はここまでにしておく。
別に焦る必要は無いんだからね。
──まあ、君に顔見せ出来ただけで良しとするさ」

まどか「えっ……?」

キュゥべえ「じゃあね、鹿目まどか。
また会おう」

私の視線を受け流しつつ、キュゥべえはまどかにそう言い残して去って行った。

まどか「…………」

ほむら「…………」

遂にこうなってしまったか。

でも、まだ……

仁美「──という訳ですのっ」

ほむら「えっ?」

そういえば、隣でずっと喋っていた志筑仁美の話をまったく聞いていなかった。

ほむら「ごめんなさい。何だったかしら?」

仁美「もうっ!
ですから、私はほむらさんの事を激しく愛してしまったみたいですのっ!」

は?

ほむら「は??」

仁美「美しいお顔・四肢・佇まい、まるで絹のような黒い髪の毛、クールな雰囲気に声……
ほむらさんのすべてを思い浮かべるだけで、私はもう駄目ですの~っ!」

ほむら「……は???」

仁美「どうしましょう?
どうしたら良いでしょう?」

ほむら「ええと……」

私は、助けを求めるようにまどかを見た。

まどか「ふぇ?
──あ、うん……えっとね、ほむらちゃんがさやかちゃんに連れて行かれちゃってから、
わたしずっとその事で相談受けてたんだ」

ほむら「そ、そうなの」

それで未だにここに留まっていた訳か……

まどか「あはは。
でも、わたしが口を挟めないくらい仁美ちゃんの熱意が物凄かったから、
相談受けてたって言って良いのかわからないけどね」

困ったように笑うまどか。

……なるほど。

つまり、志筑仁美のその熱意とやらが凄まじすぎて、
キュゥべえまでもが志筑仁美を押し退けてまどかに話しかける事が出来なかったのだ。

いや、それどころかあいつ、私が来るまではまどかに気付いてすら貰えなかったのでは?

ほむら(……それでキュゥべえは寂しそうにしていたのね)

ざまあない……

とは思うが、しかし志筑仁美。やるわね……

ほむら(まあとにかく、それは私にとってとても助かった──)

……!

私が先程通って来た曲がり角から見知った気配を察知し、私はそちらを向いた。


スッ。


すると、出てくるタイミングを見計らっていたのか、私のその動きを合図にしたかのように二つの影が現れた。

ほむら「……巴さん、美樹さん」

いつからかはわからないが、彼女達もやって来ていたのだ。

巴さんは当然として、美樹さやかも今回は変身を解いている。

まどか「あ……」

仁美「ああっ、さやかさんっ!……と、そちらの方は?」

マミ「初めまして、巴マミです。
美樹さん──だけじゃなくて、貴女達全員の先輩ね」

仁美「そうですか。ご丁寧にありがとうございます、巴先輩。
私は志筑仁美と申します」

さやか「……ほむら」

ほむら「…………」

今日はここまでという事で。
皆様、今回もありがとうございました~。

さやかは見てたのか?

>>379
はい、マミさんと一緒に見てました。

再開します~。

─────────────────────

私と美樹さやか、そして巴さんの三人は、まどかの家の屋根の上にやって来ていた。

まだ時間がそれほど遅くない為、まどかへの守りを途切れさせる訳にはいかないからだ。

さやか「しっかし、やっぱまどかにはキュゥべえの姿が見えるんだね。
確かキュゥべえは、魔法少女か、魔法少女になれる才能がある人じゃないと見えないんだったよね?」

ほむら「ええ」

さやか「んじゃ、やっぱまどかの素質ってのもマジ確定か。
あたしはまだそんなの感じる力無いから、やっぱりピンとこないけど」

あはは、と美樹さやかが笑う。

あの後、巴さんも含めた五人でそのまま下校をしたのだが、その際まどかに色々と誤魔化すのに苦労をした。

さやか「帰る時にキュゥべえの事は『夢だー』『気のせいだー』って言い張ったけどさ……
まどか、絶対納得してなかったよ」

ほむら「……そうね」

巴さんも美樹さやかも協力してくれたし、何よりそんな私達をまったく意に介する事なく、
私に・美樹さやかに──アプローチ?(になるのだろうか)をかけ続けた志筑仁美の力が特に大きく、
皆のおかげでとりあえず何とか押し切りはしたが……

……………………

…………

さやか「だ、だからそんな猫? なんて居なかったって!」

まどか「そうかなぁ……
でもわたし、確かに……」

仁美「ぶたれたいですわ」モフモフ

まどか「だって、ほむらちゃんとも話していたみたいだし……」

ほむら「気のせいよ」

仁美「その歩く姿も、風でゆるやかになびく美しい黒髪もとても素晴らしいですわっ」フサフサ

マミ「えっと、鹿目さん。
横槍で申し訳ないのだけど、私も二人の意見に賛成だわ」

まどか「そう、ですか?
そうなの……かなぁ」

仁美「はーっ、なんて良い香りがするのでしょう!
ねえまどかさん、巴先輩っ!」モフモフフサフサ

ほむら「……あの……」

まどか「あ、あはは。そうだね」

マミ「うふふっ」

仁美「うふふふっ!」モフモフクンクン!

さやか「だーっもう仁美っ! 人の髪の毛モフるなッ!」

ほむら「……嗅がれるのはさすがに困るわ」

仁美「あらっ、いけずですのね。
いけずですよねまどかさん?」

まどか「そ、そうなのかな???」

仁美「そうですわ」

まどか「そ、そっか」

……………………

…………

ほむら「──まどかを納得させるまでには至らなかったにしても、
誤魔化す事が出来たのは、何だかんだで彼女が良い意味で場をかき乱してくれたおかげね」

さやか「でも、ずっとくっつかれたり、匂い嗅がれるのは恥ずかしいって!」

それは確かに……

ほむら「志筑さん、目覚めてしまったのね……」

さやか「いや目覚めなくても良いってか何をだよ!」

マミ「ふふっ。
志筑さん? とても幸せそうだったわね」

志筑仁美の様子を思い出してか、巴さんがほんのりとほほ笑む。

さやか「ってマミさん、なに羨ましそうな顔してるんすかっ!」

しかし、美樹さやかから突っ込みを受けると、彼女は慌てて両手を振った。

マミ「えっ?
し、してないわよ、うん」

さやか「そうかなー?
……まあ、それより、さ。
どうしても気になる事があるんだけど……」

マミ「──私も」

恐らく、あの事だろう。

ほむら「……何かしら」

さやか「キュゥべえって何者なの?」

やはり。

さやか「あんたキュゥべえを殺したよね?
でも殺されたはずのキュゥべえがなぜかまた出て来て、自分の死体を食べてた……」

あの時、二人が具体的にいつから居たのかはわからないが、空気で何となくそこは見られたのだと思っていた。

マミ「私は、キュゥべえとの付き合いはそれなりには長いと思う。
けど、よく考えたら……ね。
それでも私、あの子の事あまり知らないの」

ほむら「…………」

マミ「キュゥべえがどこから来たのか、どうして人を魔法少女になんかして回っているのか。
そもそも、なぜそんな力を持っているのか……」

ほむら「ええ」

マミ「……あんなの、考えられない。
暁美さんは知っていたのよね?
『ああなる』のがわかっている風だったもの」

落ち着いた口調でゆっくり喋ってはいるが、彼女の瞳は揺れていた。

私に協力をしてくれてはいるが、巴さんは元々キュゥべえ寄りの人間のはず。

そんな彼女は、今どんな気持ちなのだろう?

マミ「魔法少女の物差しで考えても、明らかに死んでしまったのに復活するなんてありえないわよね?」

ほむら「そうね。ありえない。
でも、あいつはそれが『ありえる』存在なの」

マミ「どういう……事?」

これは、チャンスなのかもしれない。

過去の世界で決して信じて貰えなかったどころか、
それが原因で私達の仲が悪くなってしまった話の一つを、今なら出来るのかもしれない。

さやか「何か知ってんだったら教えてよ!」

だが、私は未だに恐れていた。

ほむら「……信じて、くれるの?」

!?

零れた言葉は、発した私自身が信じられないほどに儚く弱々しいものだった。

こんな声、長い間誰にも聞かせていない。

さやか「えっ?」

マミ「暁美……さん?」

ほむら「ご、ごめんなさい。何でもないわ」

何をやっているのだ私は。情けない……!

そうだ。以前工場跡での戦いの後、勇気を出したら良い結果に転んだではないか。

だから今回も大丈夫だ。

私はそっと息を吐いてから、続ける。

ほむら「……二人共薄々感じていたとは思うけど、キュゥべえは普通の生物ではない。
この星の生き物ではないの」

マミ「それって……
地球外生命体って事?」

ほむら「そうね」

さやか「ま、まあ見た目──は、あれぐらいなら新種の生き物か何かレベルで説明がつくか?
でも人を魔法少女にする力とかは明らかに現実離れしてるし、そう言われて納得出来ない事はない……
けど……」

マミ「……確かに、キュゥべえを普通の生き物だとは思っていなかったわ。
けれど、改めてそう言葉にされるとさすがに不思議な感じね」

さやか「う、うん……つまり宇宙人って事でしょ? それこそ現実感無いなぁ……」

ほむら「でも、事実なのよ。
あいつはいくつも肉体を持っていて、その内の一つを道具のように使って行動している。
だから、例えその一つが壊れたとしても、すぐに他の肉体に移っていくらでも復活出来る」

マミ「……ようするに、不死身って事?」

ほむら「ええ。
そして、証拠隠滅の為かそれが決まりなのか、あいつは新しい身体に移った後に前の身体が残っていたら『処分』する」

さやか「……食べて……」

軽く握られた右手を口元にやって俯く美樹さやかの呟きに、私は頷いた。

マミ「……キュゥべえは、どうしてこの星にやって来たの?
どうして女の子を魔法少女にしているの?
何か理由が……あるのよね?」

巴さんと美樹さやかが、同じタイミングで私を見つめてきた。

二人共、同じ疑問を持っているからだろう。

当然だ。

私達魔法少女の常識ですら測れない生き物が、何の目的も無しにふらふらと地球にやって来て、
あんな事をして回っているなどと考えるのは無理がありすぎる。

ほむら「……あるわ。あいつには。
とても看過出来ない……絶対に許せない目的が、ね」


チロッ……


マミ・さやか『!』

私は、自分の瞳に深い憎悪の炎が宿ったのを感じた。

さやか「そ、その目的って……何さ?」

ほむら「…………」

躊躇する気持ちはあるが、ここまで来たら話すべきだろう。

中途半端に喋って肝心な部分を黙ったままだと、彼女達に逆に不信感を与えるだけになってしまうと思う。

ほむら「……話しても良いけど、少し難しい話になるわよ?」

さやか「げっ!?
……ま、まあ、知らずにそのままってより、聞いたけど理解出来ませんでしたーって方がまだマシかな」

マミ「ふふ、美樹さんたら理解出来ない事が前提になってる」

さやか「いやー、あたし頭には自信が無くてさぁ」

頭をかきながら笑う美樹さやかに巴さんは苦笑すると、すぐに表情を引き締めて私に言った。

マミ「──構わないから、聞かせて貰えるかしら?」

ほむら「……わかったわ。
あいつ、キュゥべえは……」

いったんここまでで。
また今晩来ます。
ひとまず、ありがとうございました~。

レスありがとうございますです~。
再開します。

─────────────────────

私は、キュゥべえ……インキュベーターの真意を懇々と説明した。

魔法少女達に一見親切な態度を取っているが、奴には決して情など無い事。

インキュベーターは宇宙を存続させるエネルギーを集める為に動いており、
その為には思春期の女の子の感情エネルギーを利用するのが一番効率的らしいという事。

彼女達を利用するその対価として、目を付けた女の子達の願いを一つだけ叶えてやり、
魔法少女という存在にして『逃げられなくしている』事……

など、だ。

─────────────────────

マミ「…………」

さやか「…………」

私の話が終わった後、二人はしばらく絶句していた。

マミ「……信じられない……」

ようやく絞り出せたのだろう、巴さんの言葉は掠れていた。

ほむら「事実よ。
細かい所は私が個人で解釈した部分もあるけれど……
あいつは自分の目的の為に沢山の子を犠牲にしてきたし、今もしようとしているのは間違いない。
これは昔、キュゥべえ自身の口から聞いたのだから」

マミ「キュゥべえ……
……インキュ、ベーター……」

ほむら「──そろそろ暗くなってきたわね」

ソウルジェムの秘密や、魔女と魔法少女の関係……

それらはまだ話していない。

これは時間が遅くなってきたというのもあるし、
今あまりに沢山の話をしても二人を混乱させるだけだと判断した為だ。

ほむら(特にその二つに関しては、キュゥべえの正体よりもショックが大きいでしょうからね)

二人がその事実を知ってから、壊れてしまった世界も沢山あった。

だから、私の感情を抜きにしても、これらに関してだけは話す機会自体が無い方が最善だと思う。

……出来れば、彼女達に余計な動揺を起こさせないままワルプルギスの夜戦に挑みたいのだが……

ほむら(本当は、こんな事よりも先にワルプルギスの夜の話をしたかったのに……
さすがにすべてが思い通りにはいかないものね)

マミ「……でも、暁美さん。貴女は……」

さやか「──そうだね、もうこんな時間か。
あたしそろそろ帰らせて貰うわ」

何やら言いかけた巴さんの言葉を美樹さやかの声が遮ると、彼女は立ち上がった。

さやか「何か色々聞きすぎて頭こんがらがっちゃった。
エントロピーだっけ? ははっ、宇宙を救う為ときたもんだ」

ほむら「美樹さん……」

さやか「うーん、あたしの頭じゃやっぱよく理解出来ないや。
家で整理してみるよ」

ほむら「……大丈夫?
やっぱり、話さない方が良かったのかしら……」

これがきっかけでまた仲間割れが起こったり、彼女のソウルジェムが穢れてしまったりしたら……

さやか「ん?
ははっ、そんな心配げな目で見んなよ。
そりゃぁあたしは頭良くないけどさ、まあ帰って何とかまとめてみるって!」

しかし、そんな私をよそに美樹さやかは明るく笑って私の肩を叩いた。

ほむら(安心した……
この様子だと、少なくとも今すぐにどうにかなりはしなさそうね)

さやか「あんたは、まだまどかを?」

ほむら「ええ。
キュゥべえはあまり遅い時間には現れないから、それまでは……」

さやか「そっか。付き合えなくてすまんね」

ほむら「問題無いわ。家の人を心配させてはいけないもの」

さやか「うん。
……ってマミさん、どうしたんですか? ボーっとして」

マミ「えっ?
あ、いえ……」

美樹さやかに声をかけられた巴さんは、一瞬驚いたように肩を揺らすと、視線を逸らした。

さやか「って、まあしょうがないか。
衝撃的な事実すぎるし、マミさんは特にキュゥべえと仲良いからねぇ」

マミ「……ええ、そうね」

ほむら(美樹さやかよりも、巴さんの方が話すべきではない相手だったのかも……)

彼女が魔女化した例を私は知らないので、そちらの面での心配はしていなかったのだが……

ほむら(失敗した、のかしら)

一瞬彼女の破滅が頭に浮かんで私の胸の鼓動が早くなるが、それで今更どうにか出来るはずもない。

ほのかに後悔を感じる私を残し、美樹さやかと、どこか気落ちした様子の巴さんは帰って行った。

今日はここまでです。
週の中頃にまた来ますね。

それでは、ありがとうございました。お休みなさい~。

再開します~。

─────────────────────

気が付いたら、私はベッドの上で寝ていた。

ほむら「……?
──!!!」


ガバッ!


寝起きの為に一瞬物を考える事すら出来なかったが、私はすぐに意識を覚醒させて上半身を起こした。

この辺りは、魔法少女をやっている賜物だろう。

ほむら(ここはどこ? 私は一体……?
自分で移動した? 誰かにさらわれた?)

……ん?

ゆっくりと、この場所を見回してみる。

綺麗に整頓されておしゃれな家具の置かれた、良い香りのする素敵な雰囲気の部屋。

今は夜で明かりはついていない。

しかしその分、大きな窓とカーテンの隙間から僅かに入ってくる月明かりが、その雰囲気をより高めていた。

この部屋自体は足を踏み入れた覚えは無いが、確かに知った空気の場所だ。

ほむら(ここは……)


ガチャッ。


私が結論を出してベッドから抜け出そうとした時、ドアが開いて一つの人影が入って来た。

ほむら「……巴さん」

マミ「気配がしたからもしかしてと思ったんだけど、やっぱり目が覚めたのね」

彼女は優しい笑顔を浮かべると、部屋の明かりをつけてドアを閉め、私のすぐ横に座った。

ほむら「これは……一体?」

私は言いながら掛け布団から出て、巴さんの隣に腰掛ける。

マミ「ふふ、ごめんなさい。ビックリさせてしまったわよね」

ほむら「ここは貴女の家の一室で良いのよね?」

マミ「ええ。私が運んだの」

……話によると、私と別れて何時間か後──
私に聞きたい事があり、巴さんはまどかの家の屋根に戻ってきたらしい。

そこで見たのは、倒れている私。

慌てて駆け寄るも、怪我をしている様子も戦闘があった形跡も無い。

マミ「暁美さん、ずっと根を詰めすぎていたじゃない?
だから疲労で倒れちゃったのかなって思って、勝手ながらここへ運ばせて貰ったの」

ほむら「根を詰めすぎ……?
そんな事は……」

マミ「あるわ。あったの」

……確かに、ここ最近体が重かったが……

けれど、疲れただの何だのと言っている余裕は無い。


タッ。


私は立ち上がる。

しかし、


フラッ……


ほむら「っ……!」

足に力が入らず、私は再びベッドに座る事になった。

マミ「ああっ、駄目よ。
まだゆっくりしていないと」

ほむら「でも……」

マミ「鹿目さんなら大丈夫よ」

ほむら「えっ?」

マミ「ほら、暁美さん言ってたじゃない?
あまり遅い時間にはキュゥべえは現れないって」

ほむら「ええ……」

マミ「今は深夜だから、もう大丈夫だと思うんだけど……」


チラッ。


横を向く巴さんの視線を追うと、その先に時計があった。

──午前2時13分。

ほむら(気を失っている間に、日付が変わっていたのね……)

なるほど、これならば確かに問題は無いだろうが……

ほむら「じ、自分で一目でも確認しないと……」

安心出来ない。

私は再び立ち上がろうとしたが、


クラッ……


激しい立ちくらみの為、今度は腰を数センチ浮かすだけしか出来なかった。

ほむら「う……」

マミ「ほらほら、無理はしちゃダメよ」

ほむら「でも……」

マミ「ダ メ」

唇を突き出して少し怒ったように言いながら、巴さんは私を布団の中に戻した。

ほむら「…………」

……まあ良いか。

経験上、この時間にまどかが起きている事は考えられない。

キュゥべえは狙った子を魔法少女にする為にあの手この手を使い、立ち回って、
逆にその子から頼んでくるように誘導するが、
無理に迫ったり強行したりは、あいつの言う所の『ルール違反』で厳禁らしい。

これに関しては嘘ではないようで、そのルールとやらを破る動きをした事は、私が知る限りは一度も無い。

だから、もしこれからキュゥべえが動いたとしても、
今晩まどかに手を出す可能性はゼロだと断言しても良いはずだ。

とすれば、ここは休息を優先させるべきだろう。

ほむら(でも……)

私は、嬉しいような切ないような……不思議な気持ちを覚えていた。

ほむら(こんな風に、優しく叱られたのはいつ以来かしら)

様々な相手と腹の探り合いをしたり、憎まれたり罵倒されたり……

そういった事には慣れてしまったけれど。

その分、忘れかけているものも確かにあって。

ほむら「…………」

マミ「ふふっ、そう。今ぐらいゆっくりしましょうよ」

巴さんは、ベッドに横たわる私の頭をそっと撫でた。

ほむら(……この時間軸では、
ワルプルギスの夜戦までにゆっくりと体を休められる最後のチャンスになるかもしれないし……)

そのあまりの心地良さに自分のすべてを任せてしまいそうになるが、ふと思い出して私は問うた。

ほむら「……ねえ」

マミ「なあに?」

ほむら「それで……私に聞きたい事って何だったのかしら?」

巴さんの手が止まった。

マミ「うん……
……気にしないで」

ほむら「?
わざわざ私の所に戻ってきてまで聞きたかった事でしょう?」

マミ「…………」

ほむら「……まあ、無理に話せとは言わないけど」

呟いて、私は目を閉じた。

マミ「……たは」

ほむら「……?」

耳に届いた微かな声に、私は再び目を開ける。

マミ「貴女は、何者なの?」

そこには、先程までの優しい表情をした女の子は居なかった。

マミ「どうしてそんなに……私も知らない事を沢山知っているの?」

思い詰めた昏い瞳で、巴さんは私を見る。

ほむら(あっ……!)

まずい。

一瞬で、まどろみが消えた。

この瞳は見た事がある。


マミ『みんな死ぬしかないじゃない!』


ほむら(あの時と同じ……!)

反射的に変身しそうになったが、今は巴さんも魔法少女ではない。

刃物を隠し持っている風でもないので、万が一襲い掛かられても即死させられたりはしないはずだ。

ならばここは刺激を与えるような行動は取らず、彼女の動きを注意するに留めておくのが最善だろう。

ほむら「……私を信用出来なくなった?」

マミ「初めから信用なんてしていないわ!」


ぐっ。


巴さんの、私の頭を触る手に力が入る。

マミ「ずっと自分の手の内は見せず、私の友達だったキュゥべえを憎んでいて、殺そうとまでしていた。
そして昨日は本当に……!」

ほむら「……そう。
まあ、私自身が最初から、貴女とはお互いを利用するだけの関係だと言っていたもの。
信用しないのは正解よ」

彼女の言葉に酷くショックを受ける自分が居たが、それに呑まれる訳にはいかない。

冷静に、冷静に。

冷静にここを切り抜けるのだ。

こんなの慣れている。

大切なのは、折角ここまで生き残ってくれた『戦力』をこんな所で失わない事。

ほむら「私だって……」

──貴女なんて信用していなかったもの──

マミ「でも!」

私が最後まで言うのを許さず、巴さんが叫んだ。

マミ「でもっ! 信じてるの!」

ほむら「……えっ?」

マミ「私、暁美さんの事信じてるのにっ! でも、キュゥべえだって信じてて……
けど、信じられなくなって……!」

ほむら「何を……言っているの?」

支離滅裂すぎて理解出来ない。

マミ「そうよね。意味、わからないわよね。
私だってわからないんだもの……!」

ほむら「──とりあえず、落ち着いて話して貰えるかしら?」

刺激させないように、丁寧に言った。

マミ「……最初の頃の暁美さんの言動だけ見ていたら、とても信用なんて出来ないわ」

ほむら「……ええ」

そう、でしょうね。

あの時は、まだ誰も信じようとすらしていなかったので、自分でも態度が悪すぎたと思う。

マミ「でも、どうしても悪い人には見えなくて、仲良くなれたらなって思った」

ほむら「信用……出来ないのに?」

マミ「だって暁美さん、寂しそうな瞳をしていたんですもの」

ほむら「!
…………」

マミ「刺々しい態度を見せる時も、普通に会話をしている時も、一人で歩く時も……
いつもそう」

ほむら「…………」

マミ「初めはね、縄張り争いとかに興味の無さそうな……変わった魔法少女がやって来たなって思ったの。
今にして思えば、嘘を吐いていた可能性も考えるべきだったのかもしれないけれど、
不思議と貴女にはそんな発想すら持てなくて……」

少し落ち着いてくれたのだろうか。

彼女の口調に、冷静さが戻ってきた。

マミ「ショッピングモールでキュゥべえを殺そうとした時は、正直言って本気で貴女を倒そうかと思った。
……でも、暁美さんのその寂しげな瞳がちらついてどうしても出来なかったわ」

チカッと、部屋の明かりが一瞬揺れた。

マミ「……私はね、キュゥべえの事が好きだった。
ずっと、ずっと一緒に居てくれた大切な友達だもの」

ほむら「……ええ」

マミ「だからあの時は本気で……殺意を覚えたのに。
不思議ね。そんなもの、すぐに消えてしまったわ」

巴さんは困ったように笑うと、少しだけ俯く。

マミ「それからも毎日が過ぎていって、美樹さんが魔法少女になって、
暁美さんもどんどん優しくなっていって、優しくしてくれて……」

ほむら「優しく?……そんな事ないわよ」

マミ「あるわ。
ここだけの話、美樹さんも言ってたもの。
──ふふっ。嬉しかったし、楽しかったなぁ」

ほむら「……そう」

自分としては、人への態度を変えたつもりはないし、変わったとも思っていなかった。

だけど、こういうものは自分自身より周りの人の方がよく理解していると聞くので、きっとそうなのだろう。

マミ「でも、苦しくもあった。
暁美さんは変わらずキュゥべえを憎んでいるみたいだし、どうしてみんなで仲良く出来ないのかなって……」

ほむら「……ごめんなさい」

マミ「あっ──
違うの。暁美さんを責めているんじゃなくて……
年長者だし、こういうのは私が何とかしないとって……でも、何の方法も思い付かなくて……」

……やはり、彼女は巴さんだ。

責任感が強く、

マミ「もう、こんな関係を失いたくないって思ってるのに……」

大切なものを守る為には、自分がどれだけ苦しんでも、とことん・どこまでも頑張ろうとする人。

ほむら(ただ、その苦しみの原因の一端は私ね……)

でも、こればかりはどうしようもない。

あんな奴と仲良くなんて……

ほむら(出来ない!)

マミ「……そして、昨日という日が来たわ」

昨日。

巴さんが佐倉杏子と交戦し、まどかとキュゥべえが出会い、私がキュゥべえを『殺した』日。

マミ「その瞬間、また激しい殺意に襲われたわ。暁美さんの事、大好きなのに。
でも、殺されたはずのキュゥべえがなぜかまた現れて、自分の死体を食べ始めて……
私、キュゥべえだって大切に思ってたのに、この時はあの子が得体の知れない化け物に見えて、気持ち悪いなって……
私、酷いなって……」

片手で頭を抱え、呻くように言う巴さん。

マミ「……それで、暁美さんからキュゥべえの話を聞いて、何を信じて良いのかわからなくなってしまった。
暁美さんを信じたいのに、あの子と過ごした日々が忘れられなくて……
でも、キュゥべえのあんな姿を見たり……聞いたりしたら、もう信じられなくて……」

ほむら「巴さん……」

マミ「ねえ、キュゥべえは本当に私達を……私を利用しているだけなの?
暁美さんも……本当、に?」

頭を抱えながら私を見つめる彼女の表情が、激しく歪む。

マミ「そんなの……嫌よ……」

ほむら「あ……」


じゃりっ……


自身の髪の毛の中に埋まる巴さんの指先から、悲しい音がする。

ほむら「ごっ、ごめんなさい。
違うわ、違う。キュゥべえはともかく、私は……」

私は、これまでの自分の行動そのものが間違っていたとは思わない。

感情的になっても碌な結果にはならないし、過去を踏まえて冷静に動いてきた自信がある。

けれど、それは人の……彼女の気持ちを無視したものであるのも違いないし、
どんな目的があったとしても、彼女を傷付けて良い理由にはやはりならないのだ。

大体、間違っていないからといって、それが正解だとも限らない。

きちんと周りを俯瞰して立ち回っていたつもりだったが、
私だって自分の目的に囚われて視野が狭くなり、いつの間にか頑なになっていたのだろう。

ほむら(そうならないように注意してきたし、『理解』もしていたはずだったけれど……)

今更、それを『実感』した。

ほむら「私は……っ、違うの。あんなの嘘よ。本心じゃない」

後悔に、噛み締めた奥歯が熱い。

マミ「暁美さん……」

ほむら「だから……ごめんなさい」

いつしか肩を軽く震わせてまぶたを押さえる彼女に、私はそっと寄り添った。

マミ「よかった……
……よかったぁ」

そんな私に、巴さんは潤んだ瞳で寄りかかる。

──しばし、そのままの体勢で時間が過ぎてゆく。

巴さんの体温は、とても暖かかった。

マミ「……ごめんね。
私、自分勝手な理由でこんなに悩んで……」

ほむら「いいえ。
こういう事でここまで悩めるのは、貴女が優しいからよ」

マミ「えっ?」

ほむら「優しいから、人を信じられない自分に悩み・苦しんでいるのよ」

マミ「ふふっ。私はね、ただ自分本位なだけ。
自分が大切に思っているものはすべて失いたくないだけよ」

ほむら「それの何が悪いの?
誰だって大切なものは守りたいわ。
私だって同じだもの」

貴女と……同じだもの。

マミ「暁美さん……」

ほむら「もしそれを咎める者が居たら、私が許さない」

マミ「…………」

ほむら「だから、辛い時は愚痴でも何でも零すと良いわ。
それはもちろん私相手でも良いし、私が信用出来なければ美樹さんでも良い」

マミ「そんな……でも、私は……」

ほむら「歳上だとか先輩だとか、そんな事は気にしなくても良い。
貴女は強すぎるのよ」

マミ「うふふっ、冗談はやめて。
私は強くなんか……」

ほむら「強いからこそ、苦しい思いを溜め込んでしまう。
いえ、『溜め込めて』しまう」

そうなのだ。だからこそ、一度たがが外れてしまうと止められなくなる。

『溜め込めて』しまった、膨大な負の感情を。


マミ『みんな死ぬしかないじゃない!』


今でも忘れられない、最悪の悪夢の一つ。

私がかつて潜り抜けた世界で、
魔法少女がやがて魔女になるのを知り、深い絶望に囚われて仲間を撃ち殺した巴さん……

私はもう、あんな彼女を見たくない。

ほむら「でも、どんなに強い人でも限界はあるもの。
だから、溜め込む事が出来てしまった沢山の……沢山の苦しさや辛さが爆発した時に、
他の人よりももっと苦しくなるのよ」

マミ「…………」

ほむら「私は……」

ずっと、ずっと思っていて、でも心の奥底に押し込んできた気持ち。

ほむら「そんな悲しい強さを持って頑張る、巴さんの力になりたい」

貴女を一番には出来ないけど。

ほむら(でも)

でも、少なくとも今は。

マミ「……かなぁ」

今、この瞬間だけは。

マミ「すがっちゃって……良いのかなぁ……?」

私のすぐ隣で、子犬のように震えているこの人を──

ほむら「良いのよ」


ぎゅっ。


他のすべてを忘れて、抱き締めてあげたいと思った。

マミ「──う、ぁうぅ……」


ぎゅっ……!


ほむら「今だけは、辛い思いをすべて吐き出して」

マミ「うぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

……巴さんは、私の胸の中で泣いた。

ちょっと休憩。
また後で来ます~。

─────────────────────

マミ「……ごめんなさい。みっともなく泣いちゃって……」

ほむら「何言っているの。
泣きたい時は泣けば良いのよ」

マミ「……私ね、昔、事故で両親を無くしたの。
それ以来、ずっと一人で暮らしてきたわ。
寂し……かった」

──その辺りの事情は、遠い過去の時間軸で少しだけ聞いた記憶があった。

マミ「でも、そんなの人に話したってどうにもならないし、魔法少女の事なんてもっとそう。
だから、一人で頑張らなきゃって。辛くても何とかやって来たわ」

ほむら「……貴女は、どうして魔法少女に……?」

これも、知らない訳ではない。

だが、

ほむら(上から見た考えなのかもしれないけれど……)

こうして彼女の話を聞く事で、彼女の苦しみを少しでも楽にしてあげられないか、背負ってあげられないかと──

ただ純粋に、そう思ったのだ。

マミ「聞いて、くれるの?」

ほむら「ええ。話してくれるのなら」

マミ「……あのね……」

巴さんが、ゆっくりと語り始めた。

……………………

…………

マミ「その日は、家族と一緒に車に乗っていたの。

そして──事故にあった。

死ぬ直前だったのでしょうね。

大怪我をしていたはずなのに、痛みもほとんど感じずに薄れゆく意識の中、
私は視界の端に映った影に言っていたの。

『助けて』って。

それで私は助かったわ。

でも、家族は皆死んでしまった。

私は深く後悔したわ。『みんな助けて』と頼んでいれば、全員助かったはずなのに……」

……………………

…………

ほむら「そんな……
だって、話を聞く限りだとその時はほとんど無意識だったんでしょ?」

マミ「そうね。頭で考えて言ったのではなく、無意識の内に口から言葉が出ていた」

ほむら「なら……」

マミ「──でも、だからこそ本心が出たのよ。
自分の事しか考えていない、醜い自分の本心が……」

ほむら「だとしても、そうだとしても……
自分が助かろうとして助けを求める事が間違いだなんて、醜いだなんて私は思わない。
だって、そんなの仕方ないじゃない」

マミ「……ありがとう。
──こうして、私は魔法少女として生き始めた。
言葉通り、人生変わったわね」

……………………

…………

マミ「その結果、周りの色々な人達との関係が徐々に疎遠になっていった。

勉強をして、生活もして、魔法少女としての使命も果たす。

それらが忙しくて時間が無かったというのもあるけど、何より私には資格が無かったから。

だって、私は大切な家族を見捨てたんだもの。

そんな人間に、人と付き合う……人と親しくなったり、仲良くする資格なんてある訳ないでしょう?

……でも、勝手なものね。たまに別の魔法少女と出会う時があったけれど、彼女達とは『絆』を求めてしまった。

クラスメートとかだと、話しかけてくれてもつい逃げちゃうのにね。

まあ、それで絆が出来た事は無かったし、出来かけても結局最後には壊れちゃったんだけど」

……………………

…………

マミ「──ともあれ、そんな中こうして生き残っている……
生き残ってしまったのが私、巴マミ」

ほむら「…………」

そうだ。それで巴さんは……

人を強く求めているのに、それを表に出さない。出せない。

離れていく人に未練があれど、すがりついてその人を止める事も出来ない。

結果、さらに孤独になってゆく──

そんな、不器用な生き方しか出来なくなったのだ。

彼女の苦しみがどれほどのものだったか、もちろん私にはわからない。

ほむら(でも、想像ぐらいなら出来るもの……)

マミ「私ね、頑張ってきたつもり。
この程度で自分の罪が許されたとも、何かを成せたとも思っていないけど……
やれる事は精一杯頑張ってきたつもりよ」

その通りだろう。彼女が、常に何事も全力で取り組んでいたのは見ていて十分に伝わっていた。

その様は、自分を痛めつけているようで痛々しく感じる事もあったが……

マミ「って、私は駄目な子だから、失敗も沢山してきたけど……ね……」

ほむら「失敗するなんて、人間なら当然じゃない。
大体、巴さんが頑張る事によって救われた人は絶対に居るはずだもの。
そんな貴女が駄目な訳はないわ」


ぎゅっ……


そっと、私は再び巴さんを抱き締めた。

しかし、

マミ「ううん。
私が不甲斐ないせいで、魔女にターゲットにされたり、結界に迷い込んで魔女に呑まれてしまった人達を……
必死に助けを求める小さな子を、助けられなかった時だってあるのよ?」

そう言う巴さんはとても悲しそうで、苦しそうで。

マミ「私の頑張りなんて……そんなものよ」

ほむら「…………」

マミ「でも、でもね。
こんな私だけど、自分の事を理解してくれる人がずっと欲しかった。
その人に側に居て貰って、甘えたかった」

ほむら「……こうして甘えられる相手が出来たのだから、甘えれば良いじゃない。
貴女にはその資格がある。
例え貴女が否定しても、私が認める。
巴さんは、それが許される」

……私とは違って。

私は巴さんと違って──彼女はああ言ったが──、誰かを助けられた訳でも何かしらの結果を残せた訳でもない。

ほむら(そんな私が人に甘える事こそ、許されない……)

ほのかに寂しさを覚えた。

……だが、

マミ「暁美さん……」


ぎゅっ。


潤んだ瞳で私を見つめ、抱き付き返してくる巴さんの暖かさを感じると、そんな寂しさなどすぐに消えていた。


とくん。


ほむら「……あと、過去の自分の頑張りを否定するような事を言うのはやめなさい。
そんなの、これまで精一杯生きていた自分自身に失礼だし、可哀想よ」

マミ「!」

ほむら「それと……生き残ってしまった、なんて言うのも。
貴女は『生き残ってしまった』んじゃない。
『生きている』の」

マミ「……あ……」

ほむら「だから、ね?」

マミ「……うん。
うんっ……!」

私の胸の中、向けてくる彼女の表情は笑顔のようであり、泣いているようであり……

様々な感情が混じって、不思議な魅力を醸し出していた。

マミ「ふふっ……
私ね、ずっとこんな風に抱かれて、優しい言葉をかけて貰いたかったの。
嬉しいな」

ほむら(…………)


とくん、とくん。


……参ったわね。

彼女の悲しさ、苦しさを少しでも和らげられたらと思っていたのだが、
巴さんにこうされる事で私自身も救われているようだ。

憧れ・尊敬している人にすがられて、甘えられて……

肌と肌で感じるぬくもり。

ここではない世界で、憎悪されて殺し合いすらした事もある分、これはとても甘美だ。

ほむら「巴さん……」


ぎゅっ。


マミ「ん……」

ほむら「……巴さん」

マミ「うふふ、あったかい……」

彼女は、私の胸の中で気持ち良さそうに顔を軽く振る。


とくん、とくん、とくん。


……何だか、不思議な気持ちだった。

どうして巴さんはこんなに暖かいのだろう? 良い香りがするのだろう?

ほむら(なんで、彼女にこうしてあげる事が……
こうされるのが。
ここまで心地良いのかしら……?)

かかる吐息に、触れる柔らかな身体、髪の毛。

強く私の中に入り込んで心を侵食していく、濃厚な、巴マミという存在。

ほむら(……彼女の唇って、こんなに柔らかそうだったかしら……?)

もっと、したい。

ほむら(えっ?)

……何を?

ほむら(これって……
私は、私のこの気持ちは……)

何、だろう……?

マミ「──ねえ、暁美さん」

巴さんが、ぽつりと口を開いた。

ほむら「な、何?」

マミ「暁美さんは、何を苦しんでいるの?」

ほむら「……!」

マミ「貴女が私の力になりたいと言ってくれたように、
私も暁美さんの抱えている苦しみを少しでも背負えないかしら?」

ほむら「…………」

マミ「私も、貴女の力になりたいわ」

抱き合ったまま、顔だけを離して見つめてくる巴さんのとても純粋な瞳と、私の瞳が交錯した。

ほむら「…………」

──私に、そんな資格あるのかな──

私は巴さんと違って、何も出来ていないのに。

──彼女の差し伸べてくれた手を、取っても良いのかな──

巴さんの視線を受けながら、私の心は激しく揺れていた。

マミ「……やっぱり、私じゃ駄目なのかしら……」

ほむら「!」


ズキンッ。


俯き、悲しげに表情を歪めた彼女の姿を見た時、私の胸が大きく痛んだ。

ほむら「いいえ、そんな事は無いわ」

何を迷っているのだ。

私はまた、彼女を傷付けるつもりなの?


ほむら『……こうして甘えられる相手が出来たのだから、甘えれば良いじゃない』


そう言ったのは、ついさっきの自分だろう?

それに、本当は私だって誰かに……

ほむら(……甘えたい)

一人でずっと戦い続けるのは、辛い。

決して崩れない頑強な心の支えはあるが、
それだけではやはり苦しいに決まっている。

そして、そんな私を甘えさせてくれるのが巴さんだなんて……

ほむら(……最高じゃないの)

ならば、私の取るべき行動は決まっているではないか。

ほむら「あっ、あのね、実は……私は──」

マミ「っ!?」


バッ!


突然、巴さんが部屋で一番暗い所へと顔を向けた。

そこには──小さな影一つ。

ほむら「……!」

キュゥべえ「さすがだね、マミ」

ほむら「キュゥべえ……いつの間に」

しまった。

周囲の──こいつへの注意が疎かになっていた。

マミ「立ち聞きはやめなさいって、前言ったわよね?」

ベッドから立ち上がりつつ、巴さんが激しい凄みを見せた。

ほむら(……え?)

その彼女からは、憎しみや怒り、悲しさなど様々な負の感情が見て取れる。

キュゥべえ「別に立ち聞きしていた訳じゃないよ。
君の元に戻ってきたら、たまたまこのタイミングだっただけじゃないか」

マミ「へえ……」

キュゥべえ「そんなに怒らないでくれよ、マミ。
僕の事が信じられないのかい?」

ほむら「……巴さん、キュゥべえと何かあった?」

昨日、私があの話をしただけにしては様子がおかしい。

マミ「ええ……
暁美さんが言っていた話が本当だって、わかる事が」

キュゥべえ「やれやれ。随分嫌われたものだね」

マミ「あれから、私が家に帰った後ね……」

……………………

…………

──キュゥべえの正体・目的を聞いて、半信半疑のまま自宅に帰った巴さんの前にキュゥべえが現れた。

彼女は、その時に私から聞いた話を問い詰めたらしい。

すると、キュゥべえは悪ぶらずに言った。

キュゥべえ「その通りだけど、それがどうかしたのかい?
君達が利用される事で宇宙が救われるんだ。
とても素晴らしいじゃないか」

マミ「そ、そんな言い方……!
そもそも、そんな理由の為に私達が利用されているなんて聞かされてもいなかったわ!
皆、命を懸けて魔女と戦ってきたのに! 戦っているのに……!
利用だなんてっ!」

キュゥべえ「そりゃあ聞かれなかったからね」

マミ「なっ……!?」

キュゥべえ「そもそも君達魔法少女には、
戦いの運命を受け入れてまで叶えたい望みがあったんだろう?
それは間違いなく実現したじゃないか。
それなら、その末に命を落としても本望なはずだよ」

マミ「っ!」

……………………

…………

こうして。

話をはぐらかし、人の気持ちを顧みない発言ばかりを繰り返すキュゥべえに、巴さんの不信感が爆発したのだった。

キュゥべえ「僕は正論しか言っていないはずなんだけどなぁ」

マミ「どこがよ……?」

キュゥべえ「第一、他の魔法少女ならともかくとして、
君に関しては細かい事を説明する時間そのものが無かったはずだろう?
なら、聞かされてないも何も無いと思うけどなぁ」

彼女の契約時の話だろうか。

マミ「確かにそうだけど……
私が言いたいのはそんな事じゃないっ!」

キュゥべえ「うーん、可能なら弁解をしたいと考えていたんだが、無理のようだね。
君とは比較的長い付き合いだから、嫌われたくはなかったんだけど」

マミ「長い付き合いだからこそ、こんな気持ちになっているのよ……」

キュゥべえ「まあ良いや。
でも、彼女……暁美ほむらには気を付けた方が良いよ。
彼女は得体が知れなさすぎる」

ほむら「…………」


タッ。


言いたい事だけ言ってキュゥべえは部屋の暗がりへと歩いて行き、影の中に溶けて消えた。

今回はここまでに致します。
どうもありがとうございました。

               _

           ィ       ̄  ヽ
            /            \
          /       | |   l         ',
       /  /  l  /| |  |\ \\   ',
         l  |  | _l_ リ\ | 斗 ト |   l
         |  | ∧ | `  丶l  r∀ヽ | l
         |  | | r∀ヽ       廴ノ | l l
.      | l l | 廴ノ        ::::::::: | | /
        イl | ヽ | ::::::::::  rニュ    | //
.        | ト  ト l  し   |_|   ィ|//    <乙!
        リ \|\> ー  _  <\从l
          从l f´ f ̄ { } ̄ } l

                ト rヒィ´{ }T‐ト \
            / /|  |_| |_| | \ \

皆様レスありがとうです~。

>>496
ってさやかちゃん可愛い!
けどこのさやかちゃん、>>234の彼女に似てるような……???w
そしてさやかわいい!

再開します~。

─────────────────────


トッ。


私は、自分の部屋のあるマンションから外に出た。

……朝日が眩しい。


マミ『ごめんなさい、もう一人でも大丈夫だから……』


深夜を越えて明け方に近くなった、数時間前の巴さんのどこか痛々しい笑顔が思い返される。

その言葉は私への気遣いだったのだろう。

彼女は泊まっていっても良いと言ってくれたのだが、
今日も学校がある為に制服などがそのままなのは少し抵抗を感じ、
一度自宅に帰りたい気持ちがあったのは事実だからだ。

しかし、それ以上に巴さんへの心配が上回っていた私は、彼女の側に居る事を選んだ。


マミ『……うん、ありがとう』


正直少々意外ではあったが、私のその選択を彼女は素直に喜んでくれた。

この時の巴さんの笑顔は、先程述べたものとは違って心からのものだった。

キュゥべえが去ったすぐは、お互いに気持ちが高ぶり目が冴えていたので、完徹する覚悟だったのだが……

やはり疲れていたらしく、私達はそれからすぐに眠ってしまった。

そして私が先に目が覚め、隣には深い眠りにつく巴さん。

まだ早朝なので彼女を起こすのも悪いし、すぐに目が覚める気配も無かったので、
さっと家に帰って軽く今日の支度をして来たという訳だ。

魔法少女に変身して移動したので、大して時間は経っていない。

ほむら「……少し体が痛いわね」

元々は眠るつもりではなかった為、私と巴さんはベッドを背に、寄りかかる体勢で居た。

睡眠時間が短いのもあるが、そのまま寝てしまったので体に負担がかかったのだろう。

巴さんも同じく無理な体勢で眠っていた為、そっとベッドの上に移動させておいたが……

ほむら「……大丈夫かしら」

一応目覚ましをセットしてきたし、彼女なら寝過ごしたりなどしないとは思う。

しかし私は、別に巴さんが寝坊したならしたで良いと考えていた。

今の彼女に関しては、学校に行くより、心身とも疲れを取る方が大切だと思うからだ。

それよりも、巴さんがキュゥべえに見せた表情や雰囲気が気にかかる。

あれは確実に『負』のものだ。

彼女の『仲間』や『友達』を求める想いの強さを考えれば、
ずっと共に歩んできたパートナーの真意がよほどショックだったのだろう。

ほむら(巴さん……)

先程までは、登校してから巴さんの姿を探したり、
彼女が学校に来ていないようならば、メールや電話でもしてみれば大丈夫かという考えもありはしたのだが……

ほむら(やっぱり、様子を見に戻ってみましょうか)

それで彼女が起きていて学校に行くつもりならば一緒に登校すれば良いし、
まだ眠っていたらそのままにしておけば良い。

──とはいっても、普通に戻るのではさすがに遅刻してしまう。


パッ!


私は再び魔法少女に変身すると、駆け出した。

─────────────────────

ほむら「…………」

巴邸には、人の気配が無かった。

だが、目覚ましは未だセットされたままだ。

ほむら(目覚ましが鳴る前に起きたのかしら?)

それで、目覚ましの解除を忘れた──もしくは、そもそもセットされていた事自体に気付かず登校した?

……だとしても、恐らく私と同じく疲れが残っているだろう彼女が、さっさと家を出るだろうか。

ほむら(大体、この家からだと登校するにはまだ時間が早いわよね)

何より不思議に思ったのは、寝室に巴さんの携帯がある事。

ほむら(忘れて……行った?)

こんなに大事な物を、しっかりものの彼女が?

……いや、どんな人でもミスはする。

──にしても、やはり釈然としない。

一応テレパシーを試みたが、その有効範囲内には居ないらしく、反応は無かった。

続けて魔力の波動を探ってみるも、同じ。

彼女レベルの魔力だと、変身していたり戦闘を行っていれば多少離れた場所に居ても察知出来るのだが……

ほむら(それが出来ないのを見ると、少なくとも魔法少女になってはいないみたいね)

何にせよ、これでは連絡の取りようが無い。

……まさか、死んでは……いないわよね?

ほむら「……ば、馬鹿な事を」

つまらない想像を振り払う為に、私は頭を振った。

とにかく、これ以上ここに居ても仕方ない。

私は、嫌な胸騒ぎを抱えたまま巴邸を後にした。

─────────────────────

特に何の事件も起こらない一日だった。

まどか、美樹さやかや志筑仁美、上条恭介達クラスメートも元気で、キュゥべえも姿を見せる気配が無い。

ただ、巴さんだけが学校に来なかった。

─────────────────────

まどか「大丈夫? ほむらちゃん。
今日は一日元気無かったね」

下校中、まどかが心配そうに声をかけてきた。

ほむら「あ……
心配かけてごめんなさい、平気よ」

さやか「そうかあ? そんな風には見えないけど……」

確かに、睡眠不足や一日中頭から離れなかった巴さんの事があって調子は良くない。

それでも、気を失っていたあの時間が良かったのか、昨日ほど肉体的な疲れは感じないが。

仁美「まあ、そんなほむらさんも色っぽくて素敵ですけど……」

今歩いて居るのは、私達四人だ。

志筑仁美は、美樹さやかに上条恭介と帰るよう進めてはいたが、彼も付き合いは私達だけではない。

むしろ友達は多いタイプみたいで、複数の男子に囲まれて出て行った。

美樹さやかは、そんな彼を見るのが好きらしい。


さやか『あいつは病院で散々辛い思いしてきたから……
恭介のあんな元気な姿は、見るだけで嬉しくってしょうがないんだ』


彼女はとても清々しい笑顔で、そう言った。

ただ、『まあ、帰ったら後であいつん家行って、二人きりでバイオリン聴かせて貰うんだけどね』と、
惚気も合わせて聞かせてくれたが。

さやか「あー。ほむら、アレ?
重い方?」

ほむら「そうだけど、違うわ」

まどか「まあ、誰でも調子悪い時はあるよね」

仁美「やっぱりほむらさんは重い方なのですね。メモメモ……」

さやか『つかあんたさ、恋してない?』

ほむら「えっ?」

まどか「? ほむらちゃん?」

ほむら「……何でもないわ」

しまった。いきなりテレパシーで、しかも思いも寄らぬ事を話しかけられ、
つい口に出して反応してしまった。

ほむら『していないわ。
どうしたのよ突然?』

さやか『ん~。勘違いなら悪いんだけどさ、あんたそんな顔してたから』

ほむら『そんな顔?』

さやか『うん。恋する乙女の~って表現はアレだけど、そんな感じ。
あたしもすっごい恋してるから何となくわかるんだ』

恋……? 私が?

ほむら『たぶん勘違いよ。私にはそんな暇は無いもの』

さやか『そうか? つーかそれって恋してない理由にはならないっしょ。
恋なんて、暇とかがあろうが無かろうがしちゃうもんだし』

ほむら『そういうもの?』

さやか『そういうものよ』

……そちらの経験が皆無の私にはいまいちピンと来ないのだが、彼女が言うならそうなのか。

さやか『それにさ、仁美も以前似たような顔してたんだ』

ほむら『志筑さんが?』

さやか『そ。
……あたし達の三角関係ってヤツが解決するまではね。
あたしに気を使ってくれてたからだと思うけど、どこか思い詰めた感じで、度々あんたみたいな空気出してた』

……恋。

もし私が恋をしているのだとすると、巴さんに?

そうなるだろう。こんな気持ちになっている原因は彼女なのだから、他の人は考えられない。

ほむら『……確かに、『もっとしたい』とか思ってしまったけれど……』

さやか『へっ?』

ほむら『あ』

しまった。今度はテレパシーを切らずに思ってしまった。

さやか『それって、キスとか?』

ほむら『……キス……』


ほむら((……彼女の唇って、こんなに柔らかそうだったかしら……?))


あの時巴さんの唇が気になったのは、そういう事なのだろうか?

さやか『それとも、もっと先?』

ほむら『っ!?///』

ニヤリと笑いかけてくる美樹さやかに、私は思わず言葉に詰まってしまった。

いくら恋愛経験が無いとはいえ、その意味くらいはわかる。

ほむら『……やめて頂戴』

さやか『あははっ、照れなさんなって』

ほむら『てっ、照れてなんていないわ』

さやか『いやいや、しょうがないって。好きな人相手にそんな欲望がわくのって普通だし。
……実の所、あたしも恭介と早く……って何言わせんだこいつはっっっ!!!///』


パシッ!


いきなり、美樹さやかが私の肩を叩いた。

まどか「ハヒェッ!?」

仁美「まあっ!?///」

ほむら『……痛いわ』

私の抗議の視線を、しかし美樹さやかは流してテレパシーを続ける。

さやか『けどさ……
アレもそうだけど、キスだって好きな人とじゃなきゃ、したくなんて絶対ならないはずだよ』

ほむら『ええ。同意するわ』

さやか『だよね。普通はそうだと思う。
少なくともあたしはそういうの、恭介以外の人とは絶対したくないし』

中にはそうでない人も居るのだろうが……

私も彼女と同じでそうだし、そうありたいと思う。

さやか『だから、ほむらがキスしたいって思う人が居るなら、
あんたはその人に恋してんじゃないかとあたしは思う訳さ』

ほむら『…………』

さやか『……うん、つかまあアレだ。
恋愛に関して悩みがあったら、いつでも恋の大先輩であるあたしに相談しなさいな。
この魔法少女さやかちゃんなら、バッチリ完璧に解決しちゃいますからね』

ほむら『調子に乗りすぎよ』

さやか『ははは。
まあでも、いつまでもそんな顔してると、お節介しちゃうぞ?』

ほむら『大丈夫よ。
……ありがとう』

──恋? この気持ちが……?

─────────────────────

ほむら(さて、どうするか……)

やや人通りの少ない住宅街を歩きながら、私は考える。

一人になったし、いつも通りまどかを……

しかし、巴さんが気になって仕方ない。

結局、今日は学校には来なかったみたいだし……

ほむら(巴さん……)

昨夜の彼女のぬくもりが忘れられない。

朝から胸騒ぎが続いて不安になっているせいもあるだろうが、もう二度と巴さんに会えないような気がする。

ほむら(……嫌だ)


ジワッ……


そんな未来を想像するだけで、自分のソウルジェムが微かに穢れていくのがわかる。

ほむら(これまでは、まどか以外の相手との別れを──
それも、死別すら覚悟してもここまで心が揺れたりはしなかったのに……)

この想いが恋なのだとしたら、
上条恭介への想いを遂げられずに壊れていってしまった、別の世界の美樹さやかの気持ちがよくわかる。

大切な人が二度と会えない場所へ離れて行ってしまうと考えると、とても恐ろしく、心がはちきれそうに痛い。

まあ『彼女』の悲劇は、上条恭介の件以外に、
ソウルジェムの秘密を知ってしまった上にそれの穢れをそのままにしていたからなど、
様々な要因が重なったから起きたというのもあるのだが……

ほむら(何なのよ、これ……)

でも、不思議だ。

もし再び残酷な結末を迎えたとしても、乱暴に言ってしまえばまたやり直せば良いのだ。

私はずっとそう割り切って生きてきたし、それは決して間違った考えではないはず。

実際そうする事が、これまでどんな目にあっても希望を捨てず・諦めずにやって来られた理由の一つなのだから。

なのに、どうして今回の巴さんにはこんな気持ちになり、割り切れないのだろう……?

ほむら(仲良くなれたから?
それも、過去記憶に無いレベルで)

それとも、こうして割り切れないからこそ『恋』なのだろうか?

だが、それはまどかに対しても同じのはずだ。

ほむら(……わからない)

巴さんに対するこの気持ちは、ただ単に尊敬している人相手へのものや、友達に対するそれとも違う……

ほむら(私の知らない種類の気持ちだという事だけは、わかるのだけど……)

思えば、こうやって『恋』というものを深く考えたのは初めてだ。

もちろん私だって多少の興味はあったし、おぼろげな恋愛観もありはしたが……

そんなものと、しっかり向き合う暇も余裕も無かったから。

ほむら(……キス、か)

ふと、先程の美樹さやかとの会話を思い出す。

ほのかに濡れて、柔らかそうで、綺麗な薄桃色をした巴さんの唇。

その唇と、私の唇が……

ほむら(……っ!)

リアルな想像をしてしまい、私の頭に血が上ってしまった。

これは、気恥ずかしいけれどとても幸せな動揺。


さやか『キスだって好きな人とじゃなきゃ、したくなんて絶対ならないはずだよ』


ほむら(……そうか。
やっぱり私……)

キスなんて、他の人としたいとは思わない。

恥ずかしいような嬉しいような不思議な感情の中、私は一つの結論を出そうとした──

その時。

ほむら「っ!」

背後から激しい殺気が生まれた!

振り向く間も惜しみ、前に跳びつつ私は変身する。


ブンッ!!!


ついさっき私が立っていた場所が、大きく凪がれた。

それを行ったのは、チョコバーを咥えながら槍を構える、赤髪の魔法少女。

杏子「これを避けるか!
やるじゃないかっ!」

ほむら「佐倉杏子……!」

杏子「……!?」

この子、正気!?

今はたまたま辺りにひと気が無くなっていたが、ここは郊外でも裏通りでもない普通の道だ。

そんな中襲撃なんて……

ほむら「──来なさい! ここでは人目につくっ!」

こんな場所で相手など出来ない。私は叫ぶと、高く跳んだ。

杏子「望むところだっ!」

彼女は不敵な笑みを浮かべ、私に続いた。

─────────────────────

誰も居ない路地裏。私達は、ここで向かい合っていた。

ほむら(別の時間軸では、
まどかと美樹さやかが、佐倉杏子と初めて出会う可能性が一番高い場所だったわね……)

ここは裏路地だけあり、薄暗くて狭い。

建物の側面にはあちこちに配管が無数に伸びていて、それはまるで植物の蔦のようだ。

杏子「話には聞いてたけど、あんたやっぱりただ者じゃないね。
あたしの一撃を綺麗に避けただけじゃなく、冷静に場所移動までしてくれちゃって」

ほむら「そんな事より、あんな場所で襲ってこないで貰えるかしら?」

杏子「なーに。ちゃんと、周りにあんたしか居ない時に攻撃してやったろ?
それに、結果的にこうして誰も居ない場所に来れたんだ。グダグダ言ってんじゃねーよ」

と、佐倉杏子は不敵な笑みを浮かべた。

その様子を見るに、彼女自身元々あの場所で本格的な戦闘をするつもりはなかったようだ。

と言うよりあの不意打ちは、その後の判断・対処も含めて私の力量を図る為のものだったのだろう。

杏子「ところでさ、あんた何であたしの名前知ってるんだ?
マミの奴から聞いたのか?」

ほむら「……そんな所よ」

杏子「ふーん。
──まあ良いや。
構えなッ!」


ジャギンッ!


佐倉杏子は、鋭い瞳で槍の切っ先をこちらに向けた。

杏子「戦ろうぜ」

ほむら「待ちなさい。
貴女は何が目的でこの町に来たの? 私達と貴女が戦う理由はないはずよ」

巴さんが死んだ世界では、かなりの確率で彼女がやって来る。

その目的は時間軸によっていくつかあり、
大体は、『魔法少女不在となったこの町を自分のテリトリーにする』為という場合が多いが……

言うまでもなくこの世界での巴さんは生きているので、それは無い。

ともあれ、彼女に上手く対応する為にもその目的は聞いておく必要があるだろう。

杏子「ふざけた事を企む、あんたらをぶっ潰す。
この答えじゃあ不満かい?」

ほむら「?」

彼女は何を言っているのだろう。

杏子「まあ一番の狙いは、その後に魔女が沢山居るこの町を頂く事なんだけど。
だがそれを抜きにしても、あんたらを放ってはおけないね」

ほむら「私達の企みって何の話かしら?」

恐らく、キュゥべえに何か吹き込まれたのだろうが……

杏子「しらばっくれるか……まあ良いや。
じゃあ、さよなら」


バッ!


ほむら「!」

抑揚無く呟くと、佐倉杏子は猛スピードで跳びかかってきた!

ほむら「くっ!」


ブンッ、ブンッッ!!


そのまま放ってくる攻撃は、凄まじいキレだ。

杏子「チョロチョロしてんじゃねえっ!」

ほむら「話を聞きなさいっ!」

杏子「話す事なんて無いだろっ!」


ブンッ!


駄目だ。取りつく島も無い。

ならば、彼女が興味を持つ事……

ほむら「貴女、私の正体を知りたくない?」

杏子「あぁん!?」

ほむら「私が何者で、何を考えているか。
キュゥべえはそこまでは知らなかったでしょう?」

杏子「はんっ、お見通しって訳か!
だが興味無いねっ!
そんなもの、あんたを倒しちまえばどうだって良い事さ!」


ザッ!


ほむら「っ!」

佐倉杏子の鋭い突きが、私の服の裾を掠めた。

やはり……強い。

動きを見る限り、彼女はまだまだ本気ではないようだ。

しかし、それでもこのまままともにぶつかれば、なす術も無くやられてしまうだろう。

ほむら(仕方ない。時間を止めて……)


ビュンッ!


突如として、上空から何かが伸びて来た!

ほむら「!?」

杏子「っ!?」

私と佐倉杏子は、すんでの所でそれをかわす。

ほむら(これは……!)

杏子「──ちっ、もう感づきやがったか? さすがじゃねえか……」

巴さんのリボン!?

杏子「マミっ!!」

マミ「…………」

巴さんは変身した姿で、高所に這う配管の上に立っていた。

顔は逆光でよく見えない。

……何か、様子がおかしい。

杏子「しかしらしくねぇ。技が荒いじゃねーか。
お仲間まで巻き込む所だったぞ?」

ほむら「巴さん……?」

私は声をかけようとしたが、

マミ「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

絶叫し、彼女は襲いかかってきた。

ほむら「!?」

杏子「おっ、おい!?」

リボンを操り、マスケット銃を乱射し、巴さんは突撃してくる。

マミ「ああああっ! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

彼女は、鬼のような表情をしていた。

ただ、そこから感じられるのは、怒りではなく……絶望?


ドンッ!


流れ弾が、壁を削っていく。

ほむら「巴さんっ、やめなさい!」

杏子「な、何だってんだ!?」

マミ「あああああああああああ!!!」


ドンッドンッドンッッッ!!!


これはまずい!

今の巴さんは、佐倉杏子以上に話が通じそうにない。

時間を止めた所でどうにもならないだろう。

ほむら「一旦引くわよ!」


バッ!


杏子「え?
おいっ!」

私は、狭い間隔で立っている壁と壁の間を交互に蹴り上がり、上からこの路地裏を抜け出した。

─────────────────────

気が付くと、もう日が落ちていた。

ほむら「はぁ、はぁ……」

あの路地裏からは少々離れた公園まで逃げてきたのだが、どうやら巴さんを撒けたようだ。

杏子「ふぅ……」

石で出来た階段に座り込む私の横には、佐倉杏子も居る。

彼女はいつの間にかマシュマロの袋を左手に持ち、白いそれを食べていた。

私達は共に変身を解いている。

ほむら「とりあえずは……大丈夫みたいね……」

これは、佐倉杏子の事も含めて、だ。

今の彼女からは、戦意は感じられない。

杏子「なあ……何だってんだ一体……?
さっきのあいつ、本当にマミなのか?」

ほむら「見ての通りでしょう……?」

杏子「だが、あいつにしては雰囲気も何もかもが違ってたぞ!
大体、マミはあんなバカな戦い方はしねぇ!」

ほむら「そうね」

杏子「そうねって……
まさかてめえがマミに何かしやがったのか!?」


ぐいっ!


いきり立って、佐倉杏子が私の胸ぐらを掴んだ。

ほむら「違うわ。
だったら、私まで襲われるはずがないでしょう……?」

杏子「……そうだな……」

ぽつりと呟くと、彼女は視線を逸らして私を離した。

──巴さんは、本気で私達を襲ってきた。

明らかに演技でも何でもなく、『殺す』為に。

ほむら「私だって……わからないのよ。
どうして……」

どうして? 巴さん……


ぐしゃっ……!


頭皮に押し付けた指が髪の毛を押し込み、嫌な音を立てる。

杏子「……あんた、本当に魔法少女を皆殺しにするとか企んでいるのか?」

ほむら「何の話よ……」

杏子「キュゥべえがそう言ってたぞ?
突如現れたイレギュラーの魔法少女・暁美ほむらは、マミや新しい魔法少女を抱き込んで、
他の魔法少女達を皆殺しにしようとしているって」

ほむら「……?」

……………………

…………

佐倉杏子の話によると、先日彼女の元にキュゥべえが現れたらしい。

あいつは、そこで唐突に話を切り出したのだという。

杏子「魔法少女を皆殺しだと?」

キュゥべえ「恐らく、ね」

杏子「はっ、バカバカしい。何だそりゃ」

キュゥべえ「そう言いたくなる気持ちはわかるよ。
でも、その暁美ほむらって子は普通じゃないんだ。
他の子は知らない事を沢山知っているようだし、僕だって何度も殺されかけた」

杏子「お前を……?
それが本当なら、確かに何考えてるかわからない奴だな」

キュゥべえ「そもそも、僕にはあんな子と契約を結んだ覚えが無いんだよね」

杏子「何だと……?」

キュゥべえ「不思議だろう?
──ともあれ暁美ほむらは、マミと、最近新しく魔法少女になった子の三人で仲良く魔女退治をしているよ」

杏子「…………」

キュゥべえ「多分、これはグリーフシード集めと、新人の子の育成の為と考えられる。
そして、両方が満足行く所まで来たら、自分達の活動範囲を広げるはずさ」

杏子「魔法少女達を殺す為に、か」

キュゥべえ「そう」

杏子「そんな事して何になる? 何を求めているっていうんだ?」

キュゥべえ「これはあくまで僕の想像だけど……
そうする事によって、戦いの運命を背負った魔法少女達を救うつもりなんじゃないかな?
解放してあげるつもり……と言っても良い」

杏子「ふん。いくらなんでもそんな──」

キュゥべえ「──マミだったら、そんな考えを持ってもおかしくないだろう?」

杏子「……魔法少女達を救いたい、と思う所までならな。
だが、そいつらを殺してまで、となるとありえねーよ」

キュゥべえ「しかし、マミが暁美ほむらと手を組んで仲良く動いているのは間違い無いんだ。
恐らく、暁美ほむらがマミを上手く言いくるめて抱き込んだのだと思われる」

杏子「だとしても、あいつがそんな……」

キュゥべえ「ちなみに新人の子は、マミの考え方には全面的に同意、そして尊敬までしているような子だよ。
もちろん、マミはそんな彼女を可愛がっている。
とても、ね」

杏子「…………」

キュゥべえ「繰り返すけれど、マミがその二人と仲良くしているのは確かな事実だよ。
何なら、自分の目で確かめてみても良いんじゃないかな?」

杏子「あたしは……もうあいつと関わる気は……」

キュゥべえ「もし暁美ほむら達を倒す事が出来たら、あの町は君の物になるよ?
知っての通り、魔女が沢山居る絶好の狩場の町さ」

杏子「…………」

キュゥべえ「……そうか。まあ無理にとは言わないよ。
ただ、僕としては彼女達の野望は止めたい。
他の子に頼む事にするさ」

杏子「!」

キュゥべえ「邪魔したね」

杏子「待て!」

キュゥべえ「どうしたんだい?」

杏子「……わかった。行くだけ行ってやるよ」

キュゥべえ「助かるよ!
ただ、いくら君でも三人を纏めて相手にするのは厳しいだろう。
知っての通りマミは凄腕だし、暁美ほむらは得体が知れない。
新人の子も実力をつけてきているようだからね。
すぐにでも他の子を援軍に向かわせるよ」

杏子「いらねーよ。そんなもんやり方一つでどうにでもなる。
あたし一人にやらせろ」

キュゥべえ「わかった。君がそう言うなら。
くれぐれも気を付けてね」

─────────────────────

ほむら「……なるほど、ね」

こうして聞いてみると上手いものだ。

細かい具体的な内容までは知らないが、巴さんと佐倉杏子はかつて師弟関係で、
しかし何かがあって袂を分かつ事になったという過去だけは知っている。

キュゥべえは佐倉杏子に気付かせないように上手くその因縁を利用して、
彼女が見滝原に来るように誘導したのだろう。

佐倉杏子を私達にぶつけ、まどかへの守りを薄くする為に。

ほむら「キュゥべえ……相変わらず汚い奴ね」

杏子「……違うのか?」

ほむら「当たり前よ」

杏子「……だよな。
さすがにありえないか」

ほむら「その言いようだと、貴女はキュゥべえの話を鵜呑みにはしていなかったみたいね」

杏子「まあな。あんな胡散臭い奴の言う事なんざ、せいぜい話半分さ」

ほむら「なら、なぜ昨日は巴さんを、今日は私を襲ったの?」

杏子「…………」

私の問いに、佐倉杏子は困ったように黙り込んでしまった。

ほむら「……まあ、話したくないならそれで良いわ」

杏子「おいおい。やけにさっぱりしてるな。
それで良いのかよ?」

ほむら「良いも悪いも、それを知っても貴女が私を信じられなければ、また襲ってくるでしょう?
なら無理に聞くほどの事では無い。
……でも、話してくれるのなら聞きたいのは確かだけれど」

私の言葉に彼女はしばし沈黙し、やがて小さく吹き出した。

杏子「ぷっ……」

ほむら「何?」

杏子「さっきから思ってたんだが、
殺しにかかって来た奴を前に、そうやって落ち着いて物事を考えられるなんて大したもんだよ」

ほむら(……そうね)

もちろん、無感情な訳ではない。内心では思っている事は沢山ある。

しかし、だとしても、私はまどかの件以外の大抵の事柄には冷静な判断・対応が出来るし、その自信もあった。

……はずなのだが……

ほむら(……巴さん)

杏子「なるほど。確かにあんたの言う通りだ。
──あたしは、冷静な奴は嫌いじゃないよ」

ほむら「ええ、私も」

杏子「……チッ、なんか毒気がすっかり抜けちまった」

バリバリと頭をかきながら、佐倉杏子が言った。

杏子「悪かったね。
何にせよ、キュゥべえなんかに踊らされちまってさ」

ほむら「いえ、わかって貰えれば良いのよ」

杏子「しかし、だ。あんたは本当に何者なんだ?
キュゥべえが契約した覚えの無い魔法少女って一体……」

ほむら「…………」

『その返答によっては、再び一戦交える覚悟があるぞ?』──佐倉杏子が私に向ける視線は、そう物語っていた。

それは、少なくとも現段階で彼女は敵ではない、なくなったという事でもある。

ほむら「……すべては話せないけれど、そうね。
巴さんと、美樹さん──新人の子に話した事を貴女にも伝えるわ」

佐倉杏子は、繰り返すひと月で私が出会う可能性のある魔法少女の中で、一番精神が安定している。

だから、それらを説明しても彼女ならば変に動揺はしないだろう。

その末に佐倉杏子が味方になってくれたら心強いし、私は今がその為の大きなチャンスだと判断した。

杏子「ふむ、とりあえず聞かせて貰おうか。
……と、その前に」

彼女が、左手に持つマシュマロの袋を私の前に差し出した。

杏子「食うかい?」

─────────────────────

杏子「……キュゥべえが……」

ほむら「ええ」

私の話を聞き終えると、彼女は眉を釣り上げて黙り込んでしまった。

ちなみに、ソウルジェムとグリーフシード、魔女と魔法少女の関係は話していない。

理由は、巴さんと美樹さやかに話さなかったのと同じ。

いくら佐倉杏子といえど、やはりそれらすべてを一度に伝えるべきではないだろう。

それほど、ソウルジェムの秘密は魔法少女にとっては重い。

ほむら(もし彼女が仲間になってくれて、かつそれも話さなければならない状況になったら……
巴さんや美樹さんも集めて、一緒に話せば良い)

杏子「……にわかには信じられないね」

ほむら「でしょうね。証拠は無い。
だけど、私はそんなあいつの思い通りにさせない為に動いている」

杏子「宇宙がどうとかってーのと、キュゥべえの奴が執着している『鹿目まどか』ねぇ……」

ほむら「ええ。
彼女を、魔法少女になんかさせないわ……!」

杏子「…………
まあ、もう感覚が麻痺しちゃってるけど、
魔法少女だのどんな願いも叶うだの、確かに現実離れも甚だしいけどさ」

……ついでだ。彼女ならば、ここでこの話をしても大丈夫だろう。

ほむら「それと……近々、ワルプルギスの夜がこの町に来るの」

杏子「はっ!? 何だと?」

珍しく、佐倉杏子がすっとんきょうな声を上げた。

杏子「……確かなのか?」

ほむら「間違い無いわ。
……本音を言うとね、ワルプルギスの夜を倒す為に貴女の力も貸して貰えないかなと思っている」

杏子「ふーん。
マミや、さやかってーのと仲良くしているのはそれが目的か?」

ほむら「……正直言って、何割かはそうね。
悔しいけど、一人では勝ち目は無いもの」

杏子「まあ、ワルプルギスの噂を聞く限りじゃあそうなんだろうね。
だが、あたしとしてはそっちの方がわかりやすくて良い」

ほむら「えっ?」

杏子「マミ達とあんたの関係が何にせよ、だ。
戦力が欲しいからあたしの力を貸せ。
明快かつ納得出来るし、これぐらいハッキリ言ってくる方が信用出来るってもんさ」

ほむら「……そうね」

佐倉杏子はこういう人間だった。

彼女は、とにかくとても割り切った考え方をしているのだ。

現実的とでも言うのだろうか?

これは先天的なものには見えないのだが……

巴さんとの細かい因縁もだが、私は彼女の過去も知らない。

ほむら(この子はどんな願い事をし、どんな世界を見て今日まで生きてきたのだろうか……)

杏子「オーケー、とりあえずあんたの話はわかった。
ただ、すべてを信用した訳じゃないけどな」

ほむら「それは、少しは信用してくれたって事ね?
十分よ」

杏子「ちっ、食えない奴だな。
まあ良いけどさ」

佐倉杏子が苦笑した。

杏子「ワルプルギスに関しては、返事は後にさせて貰うよ。
まずはマミの奴を捜さないとね。
あれは……普通じゃなかった」

ほむら「そうね。
……どうせまた、キュゥべえが何かしたんでしょう」


ざわり。


そう口にしただけで、私の中で激しく憎悪が燃える。

杏子「…………」

ほむら「彼女を……救わなければ」

私と佐倉杏子は立ち上がった。

まどかも気になるが、巴さんを見捨てる事も出来ない。

まずはまどかの様子を確認してから、すぐに巴さんの捜索に回るか……

ほむら(巴さん……)

私は怖かった。

折角ここまで最高に近い流れで来ていたのに、それが壊れてしまう事が。

大切な人と、二度と会えなくなってしまう事が。

恐ろしい。

想像するだけで耐えられない。

出来る事はすべてやってやる。

絶対に負けるものか。

杏子「さてと。
あたしは群れるのは性に合わない。勝手に動かせて貰うよ」

ほむら「ええ、もちろん」

軽く笑い合うと、私達は跳び──

杏子「むっ?」

立とうとした時、魔力の波動を微かに察知した。

ほむら「これは……巴さん?」

杏子「この感じだとだいぶ距離が離れてるね。
だけど、いくらマミとはいえそれでここまで魔力が届いてくるって事は……」

戦っているのだ。

それも、結界の中ではなくこの現実世界で。

誰と?

ほむら「──まさか!?」

杏子「急ぐぞっ!」

とりあえずここまでです。
皆様、今回もありがとうございました~。

─────────────────────

近くに大きな川があり、適度に草の生えた、なだらかな土手の下にあるひと気の無い河原。

夜の闇に包まれたここに、変身した巴さんと美樹さやかが居た。

さやか「ぐ……ぁ……」

マミ「ごめんね、美樹さん……」

苦しげに呻きながら仰向けに倒れている美樹さやかに、巴さんがゆっくりと歩み寄る。

そこへ、

杏子「マミぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

ほむら「やめなさい!」

私と佐倉杏子が到着した。

マミ「二人共……
よかった、また会えた」

巴さんが悲しげに笑う。

杏子「お前何やってんだ!
そいつ、仲間じゃないのかよっ!?」

マミ「待ってて、まずは美樹さんを楽にしてから……」

彼女は再び美樹さやかの方に向き直り、


スチャッ。


右手に持つマスケット銃を構えた。

杏子「!」

ほむら「くっ!」


カチッ!


私は慌てて時間を止め、巴さんの前に閃光弾を投げてから、美樹さやかを丁寧に担ぎ上げた。

そして、時を戻す。

マミ「えっ?」


カッッッ!!!!!


マミ「!?」

杏子「っ!?」

強烈な光を受けて巴さんが怯んでいる間に、私は美樹さやかを抱えたまま佐倉杏子の元へ戻った。

この手榴弾には殺傷力は無い為、巴さんはもちろん、辺りの地形もどうにかなったりはしない。

ほむら「大丈夫? 美樹さん……」

美樹さやかを地面にゆっくりと寝かせ、声をかける。

さやか「……う、うん……」

それは、返事というよりもうわ言に近かった。

……彼女はソウルジェムは無事だし、命に別状は無いようだ。

しかし、巴さんの銃弾をまともに・多数受けてしまったのだろう手足は、無数の穴が開いて酷く出血している。

ほむら(……ここまでやられて、よく手足が千切れなかったものだわ……)

何にせよ、こんな状態ではとても一人では動けないだろう。

杏子「お前……何したんだ?
さっきの爆弾を投げただけじゃないよな?」

ほむら「そんな話は後よ」

佐倉杏子の問いに軽く答えると、私は巴さんに視線を戻した。

ほむら「……巴さん、どうしてしまったの?
どうしてこんな事……」

私の問いに、しかし巴さんは昏い瞳を向けるだけ。

マミ「……知ってしまったからよ」

ほむら「?」

杏子「な、何をだよ……?」

マミ「私達、魔法少女の行く末を」

ほむら「!」

巴さん……まさか……!

杏子「行く末?
あたし達はどうやっても普通の奴みたいに暮らす事は出来ないし、
死に様なんざ戦いの中で殺されるしかないとか……そういう話か?
何を今更……」

マミ「違うッッッッッッ!!!!!」

杏子「っ!」

巴さんの絶叫に、佐倉杏子は怯んだように押し黙った。

マミ「うふふ、知ってた? 魔女の正体」

杏子「な、何だよ……
正体も何も、グリーフシードを落とすあたし達魔法少女の獲物だろ?」

マミ「良いわ、佐倉さんにも教えてあげる」

杏子「……?」

マミ「『あれ』、元は魔法少女なんですって」

杏子「……は?」

ほむら「くっ……!」

マミ「私達は皆、魔法少女になる時に、キュゥべえの手によって魂をソウルジェムに移されていたの。
つまり、ソウルジェムこそが私達の今の心臓。命。身体。
そうです。いつの間にかこの肉体は、ただの物に成り下がっていましたーっ!」

けたけたと笑いながら、巴さんが自分の肉体を指差した。

杏子「い、意味がわかんねえ……」

マミ「それでね、ソウルジェムってマメに浄化しないと穢れていくじゃない?
そのまま放っておいて、完全に穢れ切るとどうなるでしょう?」

杏子「どうなるんだよ……?」

マミ「ふふふふっ、グリーフシードに変わってぇ……」

巴さんは優しく呟くと、

マミ「魔 女 に な る の よ っ ! ! !」

杏子「っ!?」

すぐさま表情を一変し、鬼のような狂気の顔で叫んだ。

マミ「ふふふ、知らなかったでしょ?????」

そして、彼女は口元だけで笑った。

杏子「お、おいっ、マミの奴何なんだよ!?」

ほむら「……巴さんの言っている事は本当よ」

杏子「はあ!?」

ほむら「今の話を理解出来なかった訳じゃないでしょう?」

杏子「そりゃ話自体は……
けど、そんなの信じろってのかよ!?」

ほむら「…………」

やられた。

いつの間にかキュゥべえが巴さんに接近し、その事を話したのだろう。

恐らくは、朝。私が自分の家に帰っている間か。


ギリ……


噛み締めた奥歯に巻き込まれた口内の肉から、血の味がする。

マミ「……暁美さん、知っていたのね」

ほむら「ええ」

マミ「ならどうして?
どうして話してくれなかったのよっ!!!!?」

ほむら「美樹さんや、杏子にも同じ理由なのだけど……
キュゥべえの正体とかと一緒に、そこまでいっぺんに話すと理解が大変で混乱してしまうと思ったから……」

マミ「嘘よッッッッ!!」

ほむら「!? う、嘘じゃ……」

マミ「嘘、嘘、嘘よっ!
貴女は自分にとって都合の良い相手に自分にとって都合の良い事だけ伝えて、
皆を利用しようとしていたんでしょう!?」

ほむら「ち、違……」

マミ「違わないっ!」

ほむら「っ!」

マミ「最初から自分でそう言っていたじゃないのっ!
利用してるだけだって!」

ほむら「あ……」

その……通りだ。

ほむら(でも、昨夜違うって謝って……巴さん、わかってくれて……)

──いや、それこそ自分本位な甘い思い込みだったのではないか?

相手が傷付くような事をしておいて、本当にあれだけで許されたとでも?

巴さんは、ただ許したふりをしてくれていただけだったのでは?

ほむら(で、でも、あの時の巴さんの笑顔はっ、そんなんじゃ……
けどっ……!)

私は混乱していた。

マミ「お前はそうやって私達を騙して、最終的に皆を魔女にしようとしていたのよ!
そして魔女になった私達を皆殺しにして、グリーフシードと、この見滝原を手に入れようと企んでいたんだ!」

ほむら「ち……違……」

マミ「そうだ! そうなんだっ!!
やっぱりそうだったんだ!!! やっぱりっ!!!!
あはは、あーーーーはははははははははっっっ!!!!!」

ほむら「あ……あぁ……」

どうして?

昨夜は私達、確かに通じ合えたはずなのに。

ほむら(なのにどうして……?
こんな、こんな事に……)


ザッ。


絶望に、私は両膝をついた。

ほむら(……違う)

これは自分が蒔いた種なのだ。

ほむら(私が、彼女に嫌な態度を取ったり、嫌な事を言ってきたから……)

それが無ければ、例えキュゥべえがどう動こうともこんな事態にはならなかったのではないか?

ほむら(この現実は、自業自得……)

私のせいで。私の、せいで……!


ドゥンッ!


ほむら「っ!!!」

杏子「!」

私の胸を、巴さんが放った弾丸が直撃した。


ドサッ。


私はそのまま地面に倒れ伏す。

杏子「マミ、てめえ!」

マミ「許さない! 暁美ほむらッ!
キュゥべえの思い通りにもさせない!!!」

頭を抱えて叫ぶ巴さんは、もはや目の焦点が合っていなかった。


カクンッ。


マミ「……うふふ」

杏子「っ!」

佐倉杏子が一瞬震えた。

首を横に倒した巴さんに、狂気の笑顔を向けられて。

マミ「佐倉さんと美樹さんは大丈夫。
そんな狂った運命から救ってあげるわ」

ほむら「ま、まずい……」

巴さんのソウルジェムの穢れが激しい。

このままでは彼女は……

でも、私に巴さんを助ける資格があるのだろうか?

彼女をここまで追い込んでしまったのは、私の……

ほむら(……いや、違う!)

そうだとしても、だからこそ私は巴さんを救わなければならない。

ほむら(ここで罪の意識に負けて呑まれてしまうのは、ただの逃げに他ならない……!)

これまでに幾多の世界を巡る中で、どんな悲しい結末を迎えても私は諦めなかったじゃないか。

少なくとも、決して逃げ出しはしなかったじゃないか!

ほむら(だから今だって!)

私は自分を奮い立たせ、何とか立ち上がった。

マミ「魔女になんかさせない。皆を魔女になんかさせない。
させないさせないさせないさせないさせないさせないさせないさせないさせるものかぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!」


ドンッ!


杏子「ぐっ!」

襲い来る巴さんの銃弾を、佐倉杏子は上に跳んでかわす。

ほむら「杏子っ!」

マミ「貴女はじっとしていなさい!」


ビュンッ!


ほむら「ぅあっ!」


ギリギリギリッ……!


信じられない程のスピードで、巴さんのリボンが私をきつく拘束した。

ほむら(し、しまった!)

これでは動けないし、私に触れているものには何の効果も現れない時間停止をしても無意味だ。

つまり、この時点で私は役立たずになってしまった。

ほむら(そんな、そんなっ……!)

しかし、どれだけもがいてもリボンは緩みすらしない。

ほむら「こんなっ、時に……っ!」

マミ「まずは元気な佐倉さん……」


スッ。


巴さんは、左手の中にマスケット銃をもう一丁召喚し、


ニコッ。


笑った。

杏子「!」


バッ!


そのまま巴さんは、佐倉杏子が落下してくるスピードよりも速く、彼女へと向かって跳んだ。

二丁のマスケット銃を、まるで二刀流の剣のように構えて。

杏子「あたしと接近戦するつもりかッ!」


ガギィンッ!

ガヅッ!

ガッ!

ギィィンッ!


空中で、巴さんのマスケット銃と佐倉杏子の槍が激しくぶつかり合う。


スタッ!

バッ!


その攻防は二人が着地するまで続き、足が地面についた瞬間、巴さんが後ろに跳んで間合いを取る。


バッ!


しかし、佐倉杏子はそれを許さずすぐさま跳躍し、追随した。

剣のように使っていても、巴さんの持つ得物は遠距離で真価を発揮する銃だからだ。

杏子「おらっ!」


ブンッ!


巴さんが再びの着地をする間も無く、佐倉杏子の鋭い突きが放たれた。

避けられる体勢でもタイミングでも無い。

しかし、


ガチッ!


杏子「!!!」

巴さんは右手を伸ばし、その手に持つマスケット銃の銃口でそれを受け止めた。


グアッ!


そのまま、押される力に逆らわずに巴さんは吹っ飛ぶ。

そちらには、土手。


タッ。


しかし、巴さんは微塵も慌てずに空中で体の向きを変え、坂になっているその大地に着地して──


ドンッ! ドンッ!


両手のマスケット銃を撃ち、


バッ!


その銃を捨てながら土手を蹴って佐倉杏子の方へと跳んだ!

杏子「ぐっ!?」

追撃をかけようとした佐倉杏子だが、慌てて足を止めて迫り来る弾丸をかわす。


ドンッドンッドンッ!!!


しかし巴さんは跳びながらも再びマスケット銃を召喚し、
撃っては捨て、また召喚してを繰り返して銃を乱射する。

杏子「くそっ!」


ババッ!


これは避けきれないと判断したか、佐倉杏子が毒づきながら魔力の壁を眼前に展開した。


ドドドドドドッッ!!!


巴さんの放った銃弾達は、その壁に当たり、弾けて消えた。

杏子「おらあッッ!!!」


ジャギンッ!


攻撃が止んだとみると佐倉杏子はすぐに魔力の壁を解除し、巴さんに向かって槍の切っ先を向ける。

まだそれが届かない程巴さんとは離れているが、


ドンッ!


槍が伸びた!

それは跳んでくる巴さんとの距離を一瞬で縮め……


ドドンッッ!


巴さんを貫くという時、彼女が二つのマスケット銃を地面に向けて放ち、その反動で空中へと飛んだ!

杏子「そうくるだろうと思ったよっ!」


ブンッ!


しかし佐倉杏子は叫ぶと、伸ばした槍を上へと振り上げる。


ジャランッ!


長槍が巴さんに向かう最中に、槍の節々が、鎖に繋がれた──
例えればヌンチャクのような形にいくつも分離した!

そう、佐倉杏子の扱う槍は多節棍なのだ。


ジャララララララッ!!

ビュンッッッ!!!


さらに長さを増すそれは、まるで蛇のように空中で動いて巴さんの包囲した後、鋭い切っ先が彼女を襲う!

これでは回避したとしても不規則な動きで追尾してくるだろうし、どこへ避けたとしてもその先には鎖の壁。

この『結界』から抜け出すのは、いかな巴さんと言えど容易ではないはずだ。

マミ「──そうね」

しかし空に舞う巴さんは冷静に呟くと、両手足を開いて仁王立ちのような体勢になり……


バッ!


杏子「っ!?」

身体全体から全方位にリボンを放った!


バババババッ!


それらは息をする間もなく佐倉杏子の得物にまとわりつき、動きを止めた。

杏子「バカな……っ!?」

驚愕する佐倉杏子は、手にする武器を完璧に拘束される事によって、自身も動けなくなってしまった。

手を離すなり今実体化させている槍を一旦消すなりすれば問題無いのだが、

マミ「そうくるだろうと思ったわ」


スタッ。


マミ「私もね」

佐倉杏子がそれを思い付いて実行するより速く、彼女の目の前にはすでに巴さんが居た。

杏子「!!!」


ビュンッ!


巴さんの左手のマスケット銃での右切り上げを、
佐倉杏子は槍を消しつつ左足を軸に右半身だけ一歩後ろに旋回し、何とかかわした。


ガギンッ!


続けて放ってくる巴さんの右手のマスケット銃での袈裟斬りは、
体勢を崩しながらも再び実体化した槍を両手で握り締め、それで辛くも受け止める。

杏子「ぐっ……!」

だが、受けた体勢が悪かった影響か、今の一撃の重さに押されて佐倉杏子の右膝が大きく折れ、体が沈み込んだ。


バッ!


そんな彼女に僅かな間すら与えない巴さんは、右肩から逆回転して佐倉杏子の懐に深く潜り込み、
その流れのまま勢いのついた両の手の銃を振る!

これは……

かわせない!


ドガッ!


杏子「がはっ!!」

まずは右手のマスケット銃が佐倉杏子の右脇腹に。


ガヅッッ!!!


杏子「っ!!!!!」

続けての左手のそれは佐倉杏子の右こめかみに直撃し、
彼女は上半身を左側に大きく反らした状態でたたらを踏んだ。

普通ならばありえない、とても不自然な動きをする佐倉杏子は、今の一撃で脳震盪を起こしたのだろう。


バッ。


そして、巴さんは二丁の銃を佐倉杏子へと向け──

ほむら(まずいっ!)


ドンッッッッ!!!!!


放った。

杏子「──!!!」


ドザッ!


声一つ上げられずに佐倉杏子は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

ほむら「あ……」

彼女は……動かない。

今日はここまでです。
読んで下さった皆様、今回もありがとうございました。

お盆はどことなく厳かな感じがして、でも切なかったり懐かしい気持ちになったりして好きです。

たぶん、日曜日にまた来るかと思います。

私達魔法少女は、魔女化するかソウルジェムを砕かれない限り死なない。死ねない。

だが、今の一撃は佐倉杏子の首付近に放たれた物であり、その辺りには彼女のソウルジェムが……

私の脳裏に、昔の悪夢が再びフラッシュバックした。


マミ『みんな死ぬしかないじゃない!』


あの時も、巴さんが撃ち殺したのは佐倉杏子だった。

ほむら(な、なんて……事……)

悲劇は、再び繰り返されてしまった……

マミ「あら……外しちゃったわ」

ほむら「えっ?」

しかし、目の前が暗闇に包まれかけた私の耳に届いたのは、抑揚のない巴さんの呟きだった。

マミ「ソウルジェムを狙ったのだけどね」

彼女は、無表情に肩をすくめた。

よく見てみれば、倒れている佐倉杏子は確かにまだ魔法少女の姿のままだ。

もし魔法少女が変身した状態で死亡してしまえば、その変身は解けるはず。

……そうか。

恐らく、強烈な一撃が直撃する瞬間、佐倉杏子は僅かながら身をよじったのだろう。

その為に狙いが逸れ、彼女のソウルジェムは助かったのだ。

ただ、大きなダメージを負った事には違いないだろうが……

マミ「まあ良いわ。
とどめをさせば良いだけだもの」

にこにこと笑うと、巴さんはこちらに向き直った。

ほむら「……!」

マミ「でも、今ので佐倉さんより貴女の方が距離が近くなっちゃったぁ。
先に暁美さんから殺ろうかな???」

ほむら「巴さん……」

私の拘束は、未だに解けない。


スタ、スタ……


巴さんが、どこかおぼつかない足取りで向かって来る。

……駄目だ。どうやってもリボンから抜け出せない。

美樹さやかも佐倉杏子も、今はとても動ける状態ではないだろう。

私の最後の手段である時間遡行も、体を動かせなければ使えないというのもあるが、
そもそも、とある『制約』によって今の段階では行う事自体が不可能だ。

ほむら(こんな所で……)

終わるのか。

私の頬に、涙が流れる。

誰も救えず。

ほむら(まどか……)

何も出来ないまま。

ほむら(巴さん……っ!)

絶望に、私は自分のソウルジェムが黒くなっていくのを感じた。

マミ「──さようなら」

私の目の前まで来た巴さんが、私の左手の甲にあるソウルジェムに、マスケット銃を向けていた。


ガヅッ!


しかしその時、横から飛んで来た『何か』が、巴さんが右手に構える銃を弾き飛ばした!

ほむら・マミ『!?』

私と巴さんは、その『何か』が飛んで来た方を向く。

ほむら「み、美樹さん……」

そこには、左肘をついて上半身を起こしただけの状態で、巴さんを睨む美樹さやかが居た。

彼女が、得物の剣を投げてくれたのだ。

マミ「驚いた……一年は寝た切りになるような怪我だったはずなのに」

美樹さやかの手足に開いていた無数の穴は、この短時間で半数ほどが塞がっていた。

……そうか。

忘れていたが、美樹さやかの力の源は『癒し』。

そんな彼女の回復力は群を抜いていて、だからこそ今こうして動けているのだろう。

さやか「話……ずっと聞いてたけど、さ……
マミさん、もうやめてよ……」

マミ「どうして?」

さやか「せっかく大切な人がっ、恭介……が元気になって幸せ、だったのに……
どうしてこんな……」

マミ「でも、それはそう遠くない未来に最悪の形で必ず消える。失うわ。
戦いの中殺されるか、魔女になる事によって」

さやか「それでもっ!
……嫌だよ……
折角、マミさんやほむら……みたいな『仲間』だって出来たのに……」

マミ「!!!
…………」

さやか「あたし、さ……やっぱり、戦いとかすっげえ不安で怖かったんだよ?
でも、最初からマミさんが支えてくれたおかげで何とかやって来れたんだ……!
マミさんが居てくれたから、ほむらとだってここまで仲良くなれたんだっ!」

マミ「…………」

さやか「正直、魔法少女が魔女になるとか言われてもすぐにはピンと来ないけどさ……
どんな理由があっても、やっぱりこんなの嫌だっ!
マミさんに殺されるのも、マミさんが人を──仲間を殺すのも……!」

マミ「あ……」

……死人のようだった巴さんの瞳に、微かに感情が戻った。

さやか「こんなの認めない! 憧れのマミさんが仲間にこんな事するなんてありえない!!
ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

美樹さやかは泣いていた。

巴さんを睨みつけたまま、泣いていた。

マミ「け、けど、だからよ! だからよっ!!
仲間だから失いたくないっ!」

ほむら「じゃあ、なぜ殺すの……?」

マミ「だって! 失いたくないけどっ! けどっ、私達は生きていたって最後は魔女になるしかないのよ!?
そんなの嫌っ! 皆がそうなるのなんて見たくない!!
だから殺すのっ! 殺して救ってあげるのっ!!
魔女になって他の魔法少女に殺されてしまうくらいなら、私の手でっ!!!」

杏子「ふ……ざけんなよ!」

ほむら「杏子っ!」

腹の辺りを押さえ、足を引き擦りながらこちらへと歩いてくるのは佐倉杏子だった。

彼女は辛うじて魔法少女の姿ではあるが、
もはや武器を実体化する魔力は残ってないのか、その手に槍は持っていない。

杏子「救うとか言って、結局自分の為っ、自分が嫌だからじゃねえかっ!」

マミ「!」

杏子「あたし達は誰もそんな事されるのを望んでねえ!
なのにてめえのエゴで仲間殺すのかよっ!」

マミ「わ、私……」

佐倉杏子の叫びに巴さんは狼狽し、視線が泳ぐ。

杏子「あたしだって、絶望に負けそうになって、何もかも捨ててやろうと思った時は何度もあったさ……
でも、昔あんたがくれた『優しさ』が、あたしを今日まで生かしてくれたんだ。
その事を、すっごく感謝してんだぞ?」

マミ「佐倉さん……」

杏子「あたしが馬鹿で弱かったせいで、あんたに酷い事して嫌な別れ方しちまったけど……
本当は、本当はね……」

詰まりながらも、佐倉杏子は必死に言葉を紡ぐ。

杏子「あたし、甘っちょろい……でも、どんなに辛くても、絶対に負けずに理想を求めて頑張る、
優しいマミの事が大好きだったんだ」

マミ「さ、佐倉さ……」

杏子「──そんなっ、そんなお前が仲間を殺すなんて嘘だよな!?
魔女になろうが何だろうが、お前だったら逆に助けようとするんじゃないのかよっ!
殺して、とかそんなやり方じゃなくてさぁっ!」

マミ「わ、私……私……!」

杏子「頼むよ、あたしにそんなお前を見せないでくれよ……」


ドサッ。


力尽きたのか、私達まであと二メートル程まで来た所で、佐倉杏子は座り込んでしまった。

杏子「こんなの、嫌だよ……」

マミ「う……」

……杏子。

さやか「マミさん、あたし死にたくないよぉ」

マミ「!!!」

さやか「恭介やまどか、マミさんやほむらに仁美……ずっと、皆と楽しくしてたい。
それが無理なんだったら、せめて魔女になったり魔女に殺されるまでは皆と一緒に居たい……」

マミ「美樹、さん……」


ドッ……


涙を流す美樹さやかの視線を受け、巴さんの左手からもう一つの銃が落ちた。

さやか「あたし、マミさんに殺されるなんて嫌だぁっ!
そんな死に方寂しいよ! 悲しすぎるよぉっ!!!」

マミ「あ……!」

美樹さん……!

ほむら「うん。
私も、死にたくなんかない」

杏子「あたしだって……そうだよ」

マミ「わ、私……なんて事を……!」

巴さんは、頭を抱えて両膝をついた。

そして、戦意を失ったのか、正気に戻ったのか──それと同時に彼女の変身が解けた。

ほむら「大丈夫よ、巴さん。
先の事はわからないけど、皆で頑張りましょう?」

もはや、『まどかさえ救えれば』などという考えは私の頭から完全に消えていた。

やっぱり、皆を救いたい。皆で幸せになりたい。

巴さんと幸せになりたい。

ほんの僅かでも、妥協するつもりは……無い!

ほむら「ほら、私達が──
私が居るから。
泣かなくても、心配しなくても良いの」

マミ「暁美、さん……」

巴さんは、涙に濡れた瞳で私を見た。

マミ「あり、がとう……」

ほむら「うん」

私は、そんな彼女にそっとほほ笑みかけた。

……しかし。

マミ「……でも、ごめんね。
もう、駄……目みたい……」

ほむら「えっ?」


ゴウッ!!!


突如、巴さんから激しい風が吹き荒れた。

さやか「!?」

杏子「なっ!?」

ほむら「こっ、これは……!」

まさか、魔法少女が魔女になる時の──

マミ「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

邪悪な風の中、巴さんが体を軽く後ろに反らした状態で数センチほど浮いた。

彼女の胸の前には、巴さんのソウルジェムも浮遊している。

穢れを溜め込みすぎた、『それ』が。

……私を拘束していたリボンが消えた。


ピシッ!


巴さんのソウルジェムに、無数のひびが入る。


ビッ、ビビッ……!


そして、そのソウルジェムは闇色に染まり・発光して、私達のよく知る存在の気配を徐々に放ち始める。

さやか「こっ、この魔力って、そんな!?」

その存在とは、そう……

杏子「魔女の……」


ゴウッ!!!!!


杏子「──ぅわっ!」

さやか「あぁっ!」

疲弊している佐倉杏子と美樹さやかが烈風に吹き飛ばされ、土手に強く叩きつけられた。

二人はその状態のまま、風に押し付けられて動けないようだ。

ほむら(そんな……)

このまま、巴さんのソウルジェムはグリーフシードへと変わり、彼女は魔女になる。

この段階まで及んで、魔女化を止められた例は無い。

ほむら(そんな事って……)

そんな事って……!


認 め ら れ る も の か ! ! ! ! !


この段階まで及んで魔女化を止められた例は無いが、
この段階で止める事が不可能だと断言出来るほどの経験や情報も、私には無い!

ほむら(巴さん!)


バッ!


私は左手の盾からグリーフシードを両手に持てるだけ取り出すと、
巴さんのひび割れたソウルジェムにそれらを当てた。

ほむら「巴さんっ!」


キュゥゥゥゥゥゥゥ……


『穢れ』が、複数のグリーフシードにどんどん移り、
巴さんのソウルジェムを浄化していく。

その影響か、烈風が少しだけ弱くなった。

ほむら(これなら間に合う!?)

だが、

マミ「うっ! あ、あああああああああああああああ、あああああッッッッッ!!!!!」

ほむら「っ!?」

浄化を押し返す勢いで、再び彼女のソウルジェムが黒く穢れていく!

ほむら(こっ、これでも足りないのっ!?)


ゴウウウウウッ!!


ほむら「くっ!」

駄目だ! これ以上穢れを吸わせると、今使っているグリーフシードのすべてが孵化し、魔女が生まれてしまう!

しかし、どんどん強くなる風に、私は身動きが取れなくなっていた。

下手に体を動かすと、そこから吹き飛ばされてしまいそうだ。


バッ!


私は両手を離し、それによって今まで持っていたグリーフシード達が風に飛ばされていった。

……取り出したグリーフシードはすべて使い切ってしまった。

グリーフシード自体はまだあるが、それはすべて盾の中。

また取り出そうにも、これほどの強風だと動けない。

もう手は……無い?

ほむら(嫌だ)

巴さんが居なくなる。

ほむら(嫌だ、嫌だ!)

そして、魔女になった彼女をどうする?

放っておいて逃げる?

……殺す?

ほむら(嫌、嫌だ嫌だっ! どっちも嫌っ!)

この世界での、巴さんと過ごした時間が脳裏に蘇る。

月夜の晩に、神秘的に現れた巴さん。

普段の、優しい巴さん。

戦闘での、凛々しい巴さん。

昨夜の、弱々しくて儚げな巴さん。

その一つ一つの彼女が、私の心に深く刻み込まれていた。

それは、幾多の世界で何度となく出会った『巴マミ』としてではなく、『貴女』という唯一の存在として。

ほむら「……行かないで」

『貴女』が良い。

そうだ。

いくら時を繰り返そうとも、『貴女』とはこの世界でしか会えない。この世界にしか居ないのだ。

今の私は、ずっと不可解だった、巴さんに対する自分の気持ちが何だったのかを完全に理解していた。

そして確実に言えるのは、もはや何があっても『貴女』を見捨てる選択肢など存在しないという事。

ほむら「巴さんっ! 行かないで!!
私の側に居てよっ!!!!!」

マミ「っ!?」

一瞬──

ほむら「!」

風が止んだ。


ギュッ!


その一瞬で、私は巴さんをきつくきつく抱き締めた。

ほむら「貴女を失いたくない!」

だって私、貴女を……


ドンッ!


ほむら「っ!」

すぐに再び彼女から烈風が生まれ、密着している私の体に直撃した。

ほむら「ぐ……!」

強くて脆くて、優しい。

憧れの、愛しい巴さん。

彼女を癒したい。力になりたい。支えたい。

ほむら「貴女が良いのっ!」

貴女を失いたくない。

ほむら「ずっと、一緒に居てよっ……!!!」

気が付くと、私は涙を流しながら──

巴さんにキスをしていた。

──永遠に、貴女に触れていたい──

マミ「……!」

私の腕の中の巴さんから、力が抜けた。

……今度は、完全に風が止んだ。

長い長いキスの後に唇を離し、私は彼女を見つめる。

マミ「暁美、さん……」

そこに居るのは、いつもの巴さんだった。

ほむら「……お帰りなさい」

マミ「ぅ……
あぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!!!!!」

巴さんは泣きじゃくりながら、私に抱きついた。

強く、強く。

今日はここまでです。
今回もありがとうございました。


杏子もさやかも、マミさんの存在を支えにしてると言えば聞こえはいいけど
要するにマミさんはいつでも自分たちの支えであってくれるはずと
勝手に期待して甘えきってるんだよな
マミさんの支えになろうとした人間は誰もいない

ある意味ほむらも同じだったけど、この時間軸で初めて対等に向き合おうと決心したわけだ

他人はもちろん、自分の未来さえも諦めてただ一人まどかの未来の為に全てを捧げるという、
まどかへの突き抜けた一途さがほむらのアイデンティティなんだけどね

マミごときを(これはマミの場合に限った話ではないが)、あっさりとほむらの中でのまどかに匹敵する、
あるいはそれ以上の存在に祭り上げてしまう

んで結末は「まどか救って満足したからあとは巴さんとよろしくやるわ」ですか?

ほむらでやらずにメアリー・スーなり夏見藍花なり俺くんなりでやれとしか言えんわ

─────────────────────

杏子「マミの奴はどうだ?」

巴さんを、彼女の部屋に寝かせて戻って来た私に、かりんとうを頬張る佐倉杏子が聞いてきた。

ほむら「変わらず眠っているわ。落ち着いてる」

何度となく訪れた、巴さんの家のいつものリビング。

ここに、私・美樹さやか・佐倉杏子の三人が集まっていた。

杏子「そっか」

さやか「よかった……」

例のおしゃれなテーブルの前に座って、安堵の表情を見せる二人を横目に私もゆっくりと腰掛ける。

──あれから、さらに沢山のグリーフシードを使用した事もあり、
巴さんのソウルジェムの穢れは止まって彼女は救われた。

しかし、巴さんは号泣した後に泣き疲れて眠ってしまったのだ。

……いや、巴さんも睡眠不足気味だったはずだし、精神的なダメージも酷くあったに違いない。

だとすれば、それは気絶といっても良いだろう。

私達はそんな彼女を、ここ──巴さんのマンションに運んで来たのだった。

ほむら「……二人こそ、身体は大丈夫?」

杏子「ああ、問題無いよ」

さやか「あたしも何とか」

先の戦いで傷付いていた佐倉杏子と美樹さやかだが、魔力を使って回復した為に今は共に五体満足だ。

杏子「つってもあたしは言うほど大した怪我でもなかったけどね。
それより驚いたのはこいつだよ。
まさに致命傷ってレベルだったのに、凄いもんだ」

さやか「はは、何かあたしは治癒ってのが得意みたいでさ」

美樹さやかの手足にあった沢山の穴も、今は一つの例外も無く塞がっている。

ほむら(……まどかは大丈夫かしら)

まだ彼女が眠る時間には早いし、出来れば様子を見に行きたい所だが……

今はやめた方が良いだろう。

まどかが無事だと推測出来る材料があるし、それならば私はここから動かない方が良い。

これから起こるだろう問題に備えて。

さやか「しっかしキュゥべえの奴許せないよ。
この子けしかけて来て、何を企んでんのか……!
今度会ったらただじゃおかない!」

ほむら「杏子から話を聞いたの?」

杏子「あんたがマミを寝かせてくる少しの間に、『キュゥべえの奴に頼まれて』ってだけね」

まあ、話すにしても時間的にそれが限界か。

しかし……

杏子「だけど、面識は皆無と言っても良いあたしの話をアッサリ信じるとはね。
もちろん嘘じゃないけど、ちょっとばかり単純すぎない?」

ほむら「そうね、正直私も思ったわ」

さやか「うるさいなぁ、もーっ。
別に……えっと、佐倉さんだっけ?」

杏子「あたしの事は『杏子』で良いよ。
こっちもあんたの事、『さやか』って呼ばせて貰うからさ」

さやか「ん、わかった。
──あたしは杏子がどうとかってより、キュゥべえが信用出来ないだけ。
だってさ、あいつソウルジェムの事全然話さなかったじゃん……!」

低く、憎々しげに美樹さやかが呟いた。

ソウルジェムや魔女・魔法少女の秘密に関しては、
彼女達も巴さんが魔女に変わりかけるのを間近で目撃した為、もはや二人共疑ってはいないようだ。

さやか「マミさんが言ってたのが本当なら、それってあたし達魔法少女にとって何よりも大切な情報だよね!?
それを隠していた奴なんか、絶対に信じられない!」

杏子「だね。
……ほむらの言ってたキュゥべえの目的とやらも、これで信憑性が増したよ」

さやか「え?」

杏子「何でも、キュゥべえは宇宙を救うやらの為にでっかいエネルギーを欲していて……
それには、第二次性徴期の女の感情エネルギーが一番効率が良いとかだったよね?」

ほむら「ええ」

杏子「マミが魔女になりかけたあの時、とんでもない力が放出されていた。
──キュゥべえが求めるエネルギーって、ようするにそういう事なんじゃないのか?」

佐倉杏子が、鋭い瞳で私を見た。

ほむら「その通りよ」

それを受け、私は深く頷く。

ほむら「……これに関しては私の推測だけれど、その為にあいつは──『インキュベーター』は、
利用出来ると目をつけた子の身体をこんな風にしているのだと思う」

杏子「いずれ、魔女にならざるをえない身体に……」

昔ソウルジェムの件をキュゥべえに問い詰めた時、
『生身のまま魔女と戦えなんて無茶は言わない』という風な話をされた事があった。

だがそれは嘘ではないにしても、
あいつが契約した子の魂を、ソウルジェムに移す一番の理由ではないと私は考えている。

嘘こそついていなくとも、事実すべてを話しているとは限らない……これは、キュゥべえの得意技だ。

さやか「なるほど……そこまでは気付かなかったな。
杏子って頭良いんだね」

杏子「キュゥべえの話を聞かされたのが河原に行く前で、その後忘れる間も無くすぐにマミのあんな姿を見たからね。
それがデカかっただけさ」

さやか「あ……
そういえばさ、二人共ありがとね。
二人が来てくれなかったら、あたし……」

ほむら「気にする必要は無いわ」

杏子「ま、あたしは別にあんたを助けに行った訳じゃないから、礼なんて言われても困るよ」

さやか「……でも、さ」

美樹さやかが、ソウルジェムを取り出した。

さやか「これが魔法少女の本体ってなら……
あたし達もう人間じゃないって事なんだよね」

ぽつりと呟く彼女の顔には、大きな影が差していた。

そして、

ほむら「あ……」

そのソウルジェムが、ゆっくりと濁って行くのが見えた。

杏子「そういう事になるな。
──だよな? ほむら」

ほむら「…………」

さやか「ちょっと、ここでだんまりは無いでしょ?」

美樹さやかが不機嫌な声を上げる。

……当然、こんな流れになるわよね。

気持ちが高ぶっていた先程までならともかく、一度緊張の糸が切れたらこうなるだろうと予測していた。

ほむら(やっぱり、この場を抜け出さなくてよかった)

ここで上手く美樹さやかに対応しなければ、取り返しのつかない事態になる可能性があるからだ。

……いや、それは一見落ち着いた様子の佐倉杏子にしたってそうだろう。

ほむら(……大丈夫。
大体、まどかから離れてかなり時間が経っている。
ならば、今すぐに彼女の元に駆けつける意味はほとんど無い)

もしキュゥべえに接触されて、彼女が契約をするつもりならばとっくにやっているはずだし、
そもそも今のまどかにはすぐに叶えたい願いなど無いはず。

また、だからといって『何でも願い事を叶える』と迫られ、
こんな短時間で願いを決められるほど、まどかは決断力があったり短慮な人間ではないはずだ。

ほむら(……これが、他人が関わってくると、
一転して普段の彼女からは信じられないほどの行動力・決断力を見せてくるのだけど)

それは逆に言えば、自分一人の問題だけならばそんな力は無いという事でもある。

ほむら(……しかし、『はず』ばかりで落ち着かないわね)

これは、ただの私の弱さ。

それを排除して見れば、現状を冷静に考えた上でのこの推量に間違いは無い自信がある。

そして、まどかの無事が確信出来ていて他の仲間が危機に陥っていれば、私はそちらを助けようと決めたのだ。

ほむら(私は、もう迷わないわ……!)

さやか「ねえっ、ほむら!?」

ほむら「……この身体がただの入れ物になってしまった以上、そうね」

さやか「っ……!」

考え方は色々あるだろう。

しかし『人間』という生き物は、この肉体があり、
それに心が──魂が宿っているからこそ『人間』なのだと私は思う。

その二つがソウルジェムという宝石みたいな物に一纏めにされた私達は、やはりもはや『人間』とは呼べない。

さやか「……こんな大事な事知ってたのに、なんであんたも話してくれなかったのよ?」

ほむら「河原で巴さんにも言ったと思うけど……
そこまでいっぺんに話すと、理解が大変で混乱してしまうと思ったから……」

さやか「だからって、だからってこんな……!」

ほむら「ごめんなさいっ!」

さやか「わっ!?」

私は、美樹さやかに大きく頭を下げた。

ほむら「理由はどうあれ、嫌な思いをさせてしまったのなら謝るわ。
だから……お願いだから早まらないで!」

さやか「ちょっ……」

ほむら「自暴自棄にならないで。魔女に……ならないで……!」

さやか「や、やめろって!
なんかあたしがいじめてるみたいじゃんっ!」

杏子「違うのか?」

さやか「違ぁうっ! てか、何ニヤニヤしてんだっ!
ほむらも頭上げろぉ!」


ぐいっ!


と、美樹さやかが私の両肩を掴んで上半身を上げさせる。

さやか「……!」

そのまま私と目があった彼女が、目を見開いて絶句した。

ほむら「美樹、さん……?」

さやか「……わかったよ」

ほむら「えっ?」

さやか「信じるよほむらの事。
ってゆーか、そんな悲しそうな顔されたら信じざるをえないし」

ほむら「……顔?」

私は自分の顔に手をやった。

……その感触でわかるほど、私の表情は歪んでいた。

自分では気付かなかったが、どうやらよほど酷い顔をしていたらしい。

さやか「ただしっ!
ここまで来たからには全部話して貰えるんだよね?」

ほむら「ええ。
……といっても、ソウルジェムに関しては巴さんが話していた事ですべてなんだけど……」

さやか「そ、そうなのか……」

ほむら「ただ、キュゥべえの事も含めて、一度すべての情報を整理する必要はあると思う」

さやか「……確かにね。
ハッキリ言って、この一日二日で色々ありすぎ。
もう、何が何やらでイライラするよ!」

美樹さやかが不愉快そうに唇を噛みしめるが、ふと苦笑して私を見た。

さやか「──そう考えると、あんたの判断は正しかったのかもだね」

ほむら「えっ?」

さやか「いっぺんに話すと混乱してしまうと思ったから云々。
確かにあれもこれも一気に話されてたら、理解出来ないを通り越して頭パンクしてたかもしれない。
で、あたしもマミさんみたいになってたかもね」

その可能性は、ゼロではない。

さやか「まあ、何の事件も起きずに済んだ可能性もあるけどさ。
それ言い出したらキリが無いし、こうして皆無事なんだからやっぱりそれでよかったんだよ、うん」

早口気味に言う彼女は、どこか自分に言い聞かせているようだった。

……いや、実際そうなのだろう。

そうやって『これでよかった』としないと、この現実に耐えられないから。

さやか「でも……そっか。あたしもう人間じゃないんだ。
だって話聞く限りだと、ゾンビになっちゃったようなもんじゃん……?」

もはや、どうやっても私達の身体は元には戻らないのだから。

杏子「……ゾンビ、ね。上等じゃん」

これまで黙っていた佐倉杏子が、唐突に口を開いた。

さやか「えっ?」

杏子「ソウルジェムが魔法少女の本体ってーなら、つまる所こいつさえ無事なら、
この身体は刺されようが貫かれようが死にはしない訳だ? それこそ頭が吹き飛んじまおうがさ」

ほむら「そうなるわね。
身体が損傷しても、魔力で治せる訳だし……」

ただ、例えば肉体が完全に消滅したりしたら、
その肉体を治す前に絶望して魔女化してしまうかもしれない。

どれだけ精神力の強い人でも、
度を超えた自分の状態に動揺・動転して、それが抑えられなくなり呑まれてしまったりするだろうし、
第一それほどの損傷を回復させるだけの魔力が残っているかもわからない。

色々と考えてみると、理論上は可能でも、事実上不可能な状況もあるのではないかとは思うが……

杏子「だったらさ、こうなっちまったのはむしろメリットだと考えれば良いさ」

さやか「メ、メリット!?」

杏子「だってそうじゃん?
ソウルジェムをやられなければあたし達は不死身な訳だし、
そいつを知った今なら、それを踏まえた戦い方だって出来るんだ」

そう言う佐倉杏子は、笑顔だ。

杏子「大体、魔法少女になったおかげで今まで好き勝手やってこれたんだしね。
そして、これからもそのつもりだ。
それを考えれば、少々の不満なんざ屁でもねえ」

さやか「少々の不満って……!
あんた現状わかってんの!?」

杏子「わかってるから言ってんのさ。
こうなった以上、泣こうが喚こうがどうしようもないし、どうにもならないんだって事をな。
──だよな?」

ほむら「そうね。
ただ、未契約の子がキュゥべえに頼めば、あるいは……だけど……」

杏子「そんなお人好し、居る訳ないな」

……唯一、まどかならもしかしたら、頼めば助けてくれるのかもしれないが……

ほむら(──いや、例えそうだとしても、それは私が絶対に許さない)

これは考えるだけ時間の無駄だ。

杏子「つー訳だから、うじうじ悩んで下向くより、現実を見て今の良い所捜した方が得だろう?
どっちみち、一生この身体で生きてかなきゃいけないんだからさ」

さやか「……うん。わかってるよ。
わかってるけどさ……」

杏子「それにさ、あたしは契約の時にソウルジェムの話をされていても、願い事はやめなかったろうね。
……あの時は、それだけ叶えて欲しい願いがあったから」

さやか「……!」

杏子「だからどっちにしろ、キュゥべえと出会った以上あたしの運命は絶対に変わらなかったと思うよ」

さやか「…………」

杏子「だったらこの現実は、自分で選んだ自己責任の結果だと割り切って生きるのが一番だろ?
そりゃあキュゥべえの奴はムカつくが、それはそれだ」

さやか「そう……だね」

……佐倉杏子の言葉に、喧嘩腰だった美樹さやかの放つ空気が徐々に和らいでいく。

さやか「うん、あたしもきっとそうだ」

そして、ゆっくりと漏らす彼女の声は、穏やかなものだった。

さやか「そりゃ、悩みはしただろうけどさ……
こうして魔法少女になる未来は変わらなかったと思う。
あたしの願いも、何があっても絶対に叶えたいものだったもん」

ほむら「……私もよ」

杏子「おっ、同類かい?
なら、あたしの言ってる事はわかるはずさ」

ほむら「それに、美樹さんには誰よりも大切な人が居るでしょ?
……ううん、その人だけじゃない。
家族とか友達とか、色々な人達の為にも自分を諦めちゃ駄目よ。
もしそんな事をしたら皆悲しむわ。
もちろん、私だって」

さやか「……うん。
こんな身体になっちゃったけどさ、でも、だからこそ出来る事だってあるはずだよね?」

そう問う美樹さやかは、とても不安そうな顔をしていた。

今の言葉を肯定して欲しいのだろう。

杏子「たりめーだろ。魔法少女なんだからさ」

ほむら「杏子の言う通りよ」

誰だって不安な時・心が潰れそうな時は、優しくされたり、優しい言葉をかけて貰いたいものだ。

ほむら「人間ではなくなった分、私達は大きな力を手に入れた」

私にはわかる。どんなに強がっても、私もずっとそうだったから。

ほむら「この力を使えば、大切な人達を守る事が出来るはずよ。
失ったものは確かに大きすぎるけれど、でも、その代わりに手に入れたものだって決して小さくはない」

だから、私の言葉なんかで貴女の心が少しでも楽になるのなら……

ほむら「自分の頑張り次第で、失ったもの以上の大きな『何か』を、
これからさらに手に入れ続ける事だって出来るはず」

いくらでも肯定してあげたい。

ほむら「私は、そう信じてる」

さやか「ほむら……」

ようやく──

さやか「うんっ!」

美樹さやかに笑顔が戻った。

ほむら(……よかった)

杏子「…………」

さやか「──あっ!」

しかし突然、美樹さやかが横を向いて青い顔で叫んだ。

その先には、時計。

さやか「あ、あたし、家に連絡とかしてない……また怒られる……」

時間は、もう22時を回っていた。

美樹さやかが慌てて携帯を取り出す。

さやか「うっわ、着信めっちゃ来てるしっ!」

話によると、今日に限って学校でバイブにしてからそのままにしていて、着信にまったく気付かなかったらしい。

さやか「えっと、色んな事の話の整理? まとめ? って明日にして貰って良い!?」

ほむら「そうね。本音を言えば私もその方が助かるわ。
今日はさすがに疲れちゃったし、どうせなら巴さんも交えて話したいから」

丁度明日は土曜日で学校も無いので、尚更都合が良いだろう。

さやか「じゃあそうしようっ!
んじゃ、あたしは帰るねっ!」

パタパタと慌ただしく美樹さやかは出て行き、私と佐倉杏子はリビングに二人きりになった。

杏子「……そのまとめとやら、あたしも混ざらせて貰うよ。
馴れ合うつもりは無いけど、このままサヨナラじゃあモヤモヤしてしょうがないからね」

ほむら「ええ、それはこちらからお願いしたいくらいだから、ぜひその場に来て頂戴」

杏子「──ああ。そういや、ワルプルギスの件が宙ぶらりんなままだったか」

思い出したように佐倉杏子が呟く。

そう。ワルプルギスの夜との戦いに佐倉杏子の力も借りる為、ここで彼女に去られては困るのだ。

ほむら「でも……ありがとう」

杏子「あん? なんだ急に?」

ほむら「私一人だったら、さっきの美樹さんを上手く落ち着かせられたか自信が無い……
フォローしてくれて、凄く感謝してる」

杏子「別にフォローとかそんなつもりは無かったんだけどね。
ただ、同じ魔法少女が同じ事でヘコんでんのを見てらんなかっただけさ」

この言いようだと、やはり彼女もショックを受けていたのだろう。

ほむら(……当然よね……)

杏子「あと、あんたらにはキュゥべえに踊らされたからとはいえ、襲っちまった借りがあるからね。
さやか自身には手は出してないが……まあそれは置いといて、だ。
河原ん時は結局何も出来なかったようなもんだし、それを返す意味も含めてね」

ほむら「理由はどうでも良いの。貴女が居てくれてよかったわ」

杏子「……やめろよ。くすぐったいな」

佐倉杏子が、どこか居心地が悪そうに視線を泳がせた。

ただ、やや赤くなった頬を見る限り、不機嫌になった訳ではないようだ。

杏子「あとさ、さっきさやかに言ったあんたの言葉……」

ほむら「?」

杏子「素直に同意出来ない部分はあったけど……
けどさ、嫌いじゃないよ」

噛みしめるように彼女は言った。

ほむら「……杏子」

杏子「──さて! あたしも行くよ」

一瞬の間を置いて、彼女は一転して元気な声を上げた。

杏子「集まる場所はここで良いのか? 時間はどうするんだい?」

ほむら「あ……場所はそのつもりだったけど、時間は決めてなかったわね。
後で美樹さんとメールでもして決めるわ」

この家を使う許可はもちろんまだ巴さんに取っていないが、万が一駄目ならば私の家に行けば良い。

杏子「まあバタバタしてたしな。
んじゃあ……そうだな、朝にでもまた来るよ」

ほむら「泊まる場所はあるの?」

杏子「……そんな事までお見通しなのか。あんたって本当に不思議な奴だね。
なーに、いつも通り何とかするさ」

ほむら「……今晩は、ここに泊まって行けば良いんじゃないかしら?」

杏子「ん? そりゃ寝床がさっさと決まるのは嬉しいが……」

ほむら「まあ、私が言うのも変な話だけどね。
でも貴女なら、巴さんも良いって言うと思うわ」

杏子「……そうかな」

ほむら「そうよ。
むしろ喜んでくれるわよ」

杏子「ん……情報通のあんたが言うならそうなのかもね」

彼女はどこか嬉しそうな表情を見せると、

杏子「わかった。じゃあそうさせて貰うか」


ドサッ。


その場で横になった。

杏子「で、あんたはどうするんだい?」

そのまま彼女は懐からさきイカを取り出すと、それを頬張りつつ片腕を枕代わりにして私に問う。

ほむら「……私は、巴さんについているわ」

それは彼女が心配というのもあるが、何より……

河原での事が忘れられなかった。

彼女の剥き出しの感情に触れ、肉体に、唇に触れ……

そのすべてが私の感覚を捉えて、離れなかった。

──巴さんの側に居たい──

杏子「……だな。マミには『人のぬくもり』って奴が必要だ。
今のあいつには尚の事、な。
悔しいけど、それはあたしよりもあんたのが適任だろうよ」

そう呟いてほほ笑む佐倉杏子は、少し寂しそうだった。

ほむら「えっ?」

杏子「いや、何でもない。
ほら、そうと決まったらさっさと行った行った。マミの奴を頼むぞ」

ほむら「ええ」

─────────────────────

闇の中、月明かりが射す部屋のベッドで巴さんは眠っていた。

ここは、昨日倒れた私が巴さんに運ばれた部屋だ。

ほむら(あの時と逆ね)

彼女を起こさないようにそっと近付き、私はベッドに腰掛ける。

巴さんは──綺麗だった。

元々美人ではあるのだが、微かな月光に照らされて、その美しさは何倍にも増しているように見える。

そして、表情。

大人びている中に幼さも見られ、安らかさと切なさが混じり合って、瞳の端にうっすらと涙が浮かんでいる。

それは造形の美しさだけではなく、強く・脆く、でも繊細で──
とても複雑で魅力的な彼女の内面が滲み出ていて、より色香を高めていた。

ほむら「…………」

私は唾液を飲み込みながら、彼女の目尻の涙を指でそっと拭う。

その指が微かに震えている。

私はどうしたのだろう? 彼女の美しさに圧倒されているのだろうか。

いや……それもあるが、嬉しいのだ。

こうして彼女が生きている事が。

一度は本気で失ってしまうと思ったこの人に、また触れられる事が。

だから、私の身体が、心が。歓喜に震えているのだ。

マミ「ん……」


ドキン。


巴さんの閉じられたまぶたがわずかに揺れ、私の心臓が跳ねた。

ほむら「…………」

こうして、反応があるのは何と幸せなのだろう。

ほむら「巴さん……もう居なくなっちゃ嫌だよ。
死んじゃ、嫌だよ……」

巴さんの目尻から涙が無くなると、今度は私の目から流れ出した。

ほむら「う、っく……」

それは次から次へと溢れ、嗚咽と共に止まらなくなった。

マミ「ん……
……暁美──さん?」

その声の為か、巴さんが目を覚ましてしまった。

ほむら「ご……ごめんなさいっ、起こして、しまって……っ」

私は慌てて身をよじり、巴さんの視界に自分の顔が入らないようにする。

マミ「……泣いているの?」

だが、当然そんなもので誤魔化せる訳は無かった。

巴さんはゆっくり上体を起こすと、そっと私の頭を撫でた。

ほむら「あ……」

マミ「ごめんね……私のせいで凄く迷惑かけちゃった……」

……どうやら、彼女にはきちんと記憶があるようだ。

ほむら「本当、よ……」

マミ「泣かないで。暁美さんが泣いていたら、私まで悲しくなっちゃう……」

ほむら「!」

その言葉に、私は怒りが沸き上がった。

ほむら「何よその言い方。他人事みたいに……!」

マミ「えっ?」

ほむら「誰のせいで泣いてると思ってるのっ!? 貴女のせいじゃない!
心配したのよ!?」

マミ「ごっ、ごめんなさい、そんなつもりじゃ……
謝っても謝りきれないような事、しちゃったよね……」

巴さんは悲しそうに俯くが、しかし私の怒りはどんどん大きくなっていく。

これは別に、本当に彼女の言動が気に入らなかったとかそういう訳ではない。

落ち着いた場所で、巴さんが無事に動き・喋っているのを──生きているのを見れた事で緊張の糸が切れ、
溜まっていた感情が爆発したのだ。

だからさっきの巴さんの言葉は、こうなってしまったただのきっかけ。

でも、私は溢れるこの感情をあえて止めようとしない。

怒っている事は嘘ではないから。

ほむら「本当よ。
貴女は馬鹿よ。例え何を聞いたのだとしても、あんな風に勝手に思い詰めて勝手に絶望して!
言ったでしょ!? 苦しかったら人に助けを求めろって! 私は貴女の力に、支えになるからって!」

マミ「……うん」

ほむら「貴女は最低よ。どんな理由があっても仲間を殺そうとするなんて最低だわっ!」

マミ「あ……ご、ごめ……」

私の本気の怒りに触れていくにつれ、巴さんの動揺もどんどん大きくなっていくのがわかる。

良い気味よ。

ほむら「悲しい? これに関しては少しは苦しみなさい。
自業自得だわ!」

私は立ち上がると、巴さんに背を向けた。

マミ「あ、や、やだ……!
待って、行かないで……」

ほむら「──でも」

マミ「えっ?」

しかし私はすぐに彼女の方へと向き直ると、


バッ!


マミ「きゃっ……」

飛びかかるようにして巴さんに抱き付いた。


ドサッ!


その勢いで、私達はベッドに倒れ込む。

ほむら「……か……った」

マミ「暁美……さん?」

彼女の首筋に顔を埋めている為、私にはおどおどとした呟きしか聞こえない。

ほむら「よかった。貴女が無事で……」

一度は止まったはずの嗚咽が、また漏れ始める。

ほむら「悲し、かったんだから。巴さんに襲われた事が。
怖……かったんだから。巴さんが居なくなるっ……事が……!」

マミ「ごめ……んなさい」

ほむら「こうして戻って来てくれて。生きていてくれて……
本当によかったっ!」

マミ「ごめんなさいっ……!」

月明かりの中でそのまましばらく──私と巴さんは、抱き合ったまま泣いた。

─────────────────────

マミ「私ね、魔女になりかけた時……
暗い暗い『闇』の中に居たの」

ほむら「……うん」

二人共が少しだけ落ち着いた後、巴さんがぽつりと語り出した。

……………………

…………

マミ「『闇』は私を呑み込もうと濁流しながら、語りかけて来るの。

『生きていても、お前が望むものは永遠に手に入らない』

『死にたくないという気持ちを誰よりも知っている癖に、死を望まない仲間を殺そうとしたお前は──
愚かで救いようのない大罪を犯しておいて、まだのうのうと生き続けるつもりか』

……って。

最初のはともかく、二つ目はその通りよね……

そして、『闇』が私の顔まで浸食して来た時、
心が無くなっていくような感触と共に、もう駄目……もう良いや──なんて思ってしまった。

こんな人生なんて、もう捨てちゃおうって。

でもね、ふと──皆の事が頭に浮かんだの。

美樹さんは、皆と……私なんかとも、死ぬまで一緒に居たいと言ってくれた。

佐倉さんは、私なんかを大好きだって言ってくれた。

暁美さんは、『私が居るから心配しないて良い』って、私なんかに優しく笑いかけてくれた……

それを思い出したら、『闇』に抗う力が湧いてきたわ。

何が何でも死にたくなくなった。生きたくなった……!

でも『闇』は強くて、やっぱり私は負けそうになったんだけど、その時貴女の声が聞こえたの。

強く、強く私を求める声が。

その後、上から一筋の『光』がそっと私に向かって伸びてきた。

私は必死でその『光』に手を伸ばしたわ。

『闇』は激しく抵抗したけれど、私だって死に物狂いにもがいた。

そして何とか……やっと、その『光』を掴む事が出来た。

すると『闇』は霧散して、私の身体はまばゆい『光』に包まれ──」

……………………

…………

マミ「気が付けば、目の前に貴女が居た」

ほむら「巴さん……」

マミ「……私ね、人から何かを求められたり、頼られたり……期待されるのって、重荷に感じる時が多かったんだ。
ふふっ、勝手よね。
人に嫌われるのが怖いから真面目な先輩ぶって、いつも皆に良い顔しておいてこれだもの」

ほむら「そんな事……」

しかし、巴さんは笑顔で続ける。

マミ「でもね、『闇』の中ですべてを失いそうになってようやく気付いたの。
期待されるって、頼られるって、どれだけ嬉しい事なんだろう。幸せな事だったんだろうって」

この笑顔に、曇りは一切無い。

マミ「私は、誰かに甘えたい……誰かに優しくするんじゃなくて、優しくしてくれる人が欲しいと思っていたけれど、
人からそんな風に求められる事で、その願いは叶っていたのよ」

ほむら「えっ?」

マミ「だって……
──えっと、自分で言うのも何だけど……
例えば、美樹さんは私に憧れてくれているみたいよね」

確かに、それは美樹さやか自身が常々公言しているし、河原でも言っていた。

マミ「佐倉さんも、
『魔女になろうが何だろうが、お前だったら逆に助けようとするんじゃないのか~』
とか言ってくれたのを考えたら、私に何かしらの期待をしてくれていたみたい」

少し照れくさそうに、でも嬉しそうに巴さんは言う。

マミ「今にして思えばね、そんな風に私に憧れ・期待してくれる人が居てくれたから、
私はこうして生きて来られたんだと思う。
その人達は、私に『期待する』という気持ちをプレゼントし、逆にずっと助けてくれていたのよ」

ほむら「…………」

マミ「その人達が居なかったら、
私は『寂しい』とか『苦しい』を通り越して、とっくに自殺していたんじゃないかしら……」

彼女が、伏し目がちに呟く。

マミ「だって、期待してくれるって事は、私の存在を認めてくれているって事じゃない?」

ほむら(そうか……)

重荷に感じる時があったとしても、それは彼女にとって、実は寂しさを埋める大切でかけがえのない贈り物だったのだ。

マミ「だから、私が求めるものは昔から与えられていたんだわ。
私はそのありがたさにずっと気付かず、ただただ自分が可哀想だと、悲劇のヒロインを気取って……
素敵なプレゼントをくれ続けていた優しい人達に、知らないうちに甘えさせて貰っていたの」

再び私を見つめてくる巴さんは、とても澄んだ瞳をしていた。

ほむら「巴さん……」

マミ「……そして、今は暁美さんも居てくれる」

ほむら「……!」

マミ「私を支えるって──永遠に、私に触れていたいって言ってくれる貴女が」

そっと、彼女が私の肩に寄りかかって来た。

マミ「私に期待し、憧れてくれる人が居て、支えてくれる人も出来た」

ほむら「…………」

マミ「ああ……
私って、幸せだったんだ。幸せなんじゃないのって、そう気付いたら、絶対に死にたくなくなった。生きたくなったの。
……ふふっ、私って大馬鹿よね。どうしてこんな簡単な事に今まで気付かなかったのかな」

ほむら「巴、さん……」

──巴さんが魔女にならずに済んだ直接にして最大の理由は、
彼女が『闇』から帰って来た後にもグリーフシードを沢山使ったからだ。これは間違いない。

だが、佐倉杏子の言葉が、美樹さやかの叫びが……私のキスが。

その一つ一つは、彼女が救われる為のただの小さなきっかけにすぎなかっただろう。

けれど小さなそれらが合わさった結果、巴さんに『闇』と戦う力を与え、
グリーフシードを使用する隙を作り上げるほどの巨大な力となった。

あの時私達三人のうちの誰が欠けていても、どの行動が欠けていても、巴さんは助からなかったのだ。

ほむら「……私は貴女を支えてみせるけれど、私にだって貴女が必要だわ」

マミ「えっ?」

ほむら「だから、もうどこにも行かないで。
たとえ『闇』がまた巴さんを狙っても、今度は貴女に近付ける事すら許さないから……
ずっと、側に居て」

マミ「暁美さん……!」

巴さんが、まるで満開の花のような笑顔を浮かべた。

マミ「私なんかにそう言ってくれるなんて……」

ほむら「さっきから気になっていたけど、『私なんか』とか言っては駄目よ。
……って、昨日も似たような事を言ったかしら……?
とにかく、貴女はもう少し自分の価値を──自分を信じなさい」

マミ「ん……その通りね。ごめんなさい。
ありがとう」

ほむら「……うん」

マミ「けど……こうやって貴女とわかり合えてよかった。
最初から、それをずっと望んでいたから……」

ほむら「最初?」

マミ「ええ。
あの、初めて出会った時から……」

ほむら「ああ……」

それは、あの夜の事だ。

室内と外という違いはあるが、今と同じ月明かりの下での、この世界で彼女と初めて出会った夜。

ほむら「……!」

唐突に──私は思い出し、気付いた。


ほむら『……暁美ほむらよ。
よろしく』

マミ『……こちらこそ』


その時の握手の後に彼女から感じた、当時の私にはわからなかった『感情』。

ほむら(そうか……)

それが何だったのか、今ようやく理解出来た。

縄張り争い等の問題で、本来心を許してはならない・許さない方が良い──

しかし、同じ魔法少女だからこそ一番心を許したい存在と握手をする事で、彼女は期待してしまったのだ。

どれだけ接近しても、握手という肌と肌を重ねる行為までしても、敵意のまったく感じられない私に。

大きな期待を。

この人とは、この人とならわかり合えるんじゃないか。この人とわかり合いたい、と。

でも巴さんは、その時にその気持ちは口に出せなかった。

……後日の学校の屋上で、
私と仲良く・仲間になろうとやって来た彼女は、ありったけの勇気を振り絞って頑張ったのだろう。

でも、私も同じ気持ちだったのに、
弱くて、素直になれない私は愚かにもそれを突っぱねてしまったのだが……

ほむら「……私だって同じ」

マミ「えっ?」

ほむら「私だって……皆と、貴女と、出来ればもっと早く仲良くしたかった。
苦しい時はずっと誰かに助けて欲しかったし、優しい言葉だってかけて貰いたかった」

それは、身を切られるような現実を繰り返してきた為に、
求めても決して与えられるものではないと自制していたが……

ほむら「けれど、素直に求めるなんて、それを口にするなんて……
なかなか出来ないのよね」

マミ「……うん。とっても難しいわ」

怖いから。

結局それなのだ。

自分の弱さを見せたり、誰かにすがろうとする事で人が離れてしまうのが怖いのだ。

巴さんはその過去故に、少しでも接点が出来た人との関係を失うのを過剰に恐れすぎてしまうから。

私は、どれだけ求め・訴えても、誰にも決して信じて貰えないどころか、憎しみすら向けられたりしたから。

自分の気持ちに素直になれなくなってしまった。

そっか。

私と巴さんは、どこか似ている所があると思っていたけれど……

似ている、なんてものじゃない。

ほむら「……私と貴女は同じなのね」

今まで巴さんと関わる事で、それは十分わかり得たはずなのに、どうして今まで気付かなかったのだろう。

もちろん、すべてがすべて一緒などとは言わない。

けれど、深い所では同じ。

そして、

マミ「でも、今は貴女の側には私が居るわ。
私、どんなに我儘言われたって、理不尽な事をされたって……
もう暁美さんから離れるつもりなんてないもの」

ほむら「そうね。
けれど、それは巴さんもそう。貴女には私が居る」

今はきっと……

ほむら「これからは、いくらでも『巴マミ』を見せても良い……
ううん。
むしろ私には──私だけには見せて欲しい」

二人の『想い』も同じなのだ。

マミ「……うん。私も、貴女だけに見せたい。
それだけでもう……満足だわ」


ドクン。


そう言って、まるで女神のような笑顔を見せる巴さんに、私は自分が徐々に理性を失っていくのを感じた。

ほむら(……やっぱり、そうだったんだ)

私も人間だから、こんな欲望にかられた経験はある。

でも、こうやって『誰か』に対してその欲望が湧いたのは貴女が初めて。

まどかにも、当然他の誰にも湧いた事は無かった。

これは、どちらの方が上だとかそういう事ではなくて。

大切な一番の友達には、一番の友達への深い気持ちが。

恋をしてしまった相手には、恋をしてしまった相手への深い気持ちがあるだけ。

まったく別物で違った、だけど何よりも尊く・愛おしい想いが同時に存在している──

ただそれだけなのだ。


ぎゅっ。


ほむら「……ずっと離さない」

私は、彼女をきつくきつく抱き締めるとキスをした。

そして……

─────────────────────

ほむら「私ね、未来から来たんだよ」

マミ「未来……?」

ベッドに座ってしばらく二人で窓から月を眺めていたその最中、
呟いた私の言葉に、隣のマミさんがこちらを向いた。

マミさんの綺麗な髪が私の裸の肩に擦れ、ちょっとくすぐったい。

今、私はいつものヘアバンドを外しているし、彼女も髪をほどいている。

見慣れない髪型のマミさんも、やっぱり美しかった。

ほむら「うん」

……………………

…………

私は、ゆっくりと話し始めた。

自分が何を目的に動いていて、何を考えているのか。

遠い世界でのまどかとの約束や、私が同じ時を繰り返している事も……全部。

今なら──彼女ならばそのすべてを信じ・受け入れてくれると思ったし、一緒に背負って欲しくなったのだ。

自分の運命を、マミさんに。

ほむら(最初は……
貴女の力に、支えになって、貴女が側に居てさえくれれば満足だと思っていたけれど)

愛しい人とは、お互いに求め合い、支え合う。

その両方がどれだけ嬉しいか。

心と身体が一つになる事で、私は学んだ。

……………………

…………

マミ「…………」

私の話が終わり、彼女は黙り込んだ。

ほむら「やっぱり……信じられないかしら」

マミ「ううん、そんな事ない。信じるわ。
むしろ今の話を踏まえて考えたら、ほむらさんのこれまでの行動のすべてに納得がいくもの」

そう言ってくれるマミさんから、嘘はまったく感じられない。

話して……よかった。

ほむら「……ありがとう」

私は、自分の頭を彼女の肩にそっと乗せた。

挿絵。
セミヌードなので、閲覧注意でお願いします。

http://myup.jp/y1OlLiGc

マミ「辛かったのね……」

ほむら「うん。辛くて苦しくて、何度諦めようと思ったかわからない。
でも諦められなかった。
キュゥべえの思い通りになんてさせたくないというのもあったけど、何よりも……
まどかとの約束は、絶対に、絶対に守りたかったから……!」


ギリ……


マミ「……そんな事しないで」

血が滲むくらい唇を強く噛みしめる私を、マミさんが優しく咎めた。

ほむら「……ごめんなさい」

マミ「でも、今回は大丈夫なのね? いけそうなのよね?」

ほむら「うん。
皆とこれだけ良好な関係を築けたのは初めて。
そもそも、皆がここまで無事に生きていてくれる事自体ほとんど経験が無いもの」

マミ「そう……
じゃあ、何としてもこの時間軸で決めてしまわないとね」

その言葉に、私は大きく頷いた。

ほむら「まどかを魔法少女になんかさせない。
誰も死なせない。
全員で幸せになる。
なってみせるわ……!」

マミ「うん。
……話してくれてありがとう」

ほむら「私の方こそ、聞いてくれて、信じてくれて嬉しいわ。
でも、こうなったからには、貴女にも私の運命を半分背負って貰うつもりだから、大変よ?」

まどかに対しては、私は影で良い。

もちろん、出来れば友達でい続けたいし、一緒に遊びに行ったり楽しくお喋りをしたいな、などと、
友達として求めてしまうものはあるけれど……

例えまどかがそう思わなくても、私が彼女の事を一番の友達だと思っていれば、それで十分だ。

彼女を救えさえすれば、それだけで満足出来る。

その結果嫌われても、離れ離れになったとしても構わない。

それほどの固い固い覚悟と決意がある。

でも、マミさんに対しては違う。

彼女には私の側に居て貰って私を支えて欲しいし、彼女を支えたい。

その分マミさんにはまどかに対するような覚悟は絶対に持てないし、逆もまた然りだ。

ほむら(やっぱり、彼女達への想いは別物)

そして、誰よりも何よりも大切な二人。

ほむら(私は幸せだわ)

これほどまでに強く・深く想える人が、同時に二人も存在してくれているのだから。

マミ「ふふっ、わかってるわよ。
むしろ、そうさせてくれなかったら怒るわ。
……一緒に頑張りましょうね」

ほむら「うん、マミさん」

私と彼女は再び横になって向かい合い、お互いの両手を結んだ。

ほむら「……愛してる」

私達はこのまま、明け方まで色々な事を語り合った。

今日はここまでに致します。

>>667
そんな感じですね~。
ただ、それはそれでマミさん(彼女自身は気付いていなくても)の救いにいつの間にかなっていたと。
本当の意味で一人ぼっちだったら、そんな風に思ってくれる人も居ないはずですから。

それでは、今回もお付き合い頂きまして本当にありがとうございました。

>>741
てか>>1で普通気づくだろこれは

おおっ? 思ったより荒れてない……?
ありがたい事です~。
皆様、どうもありがとうございました。

>>742
ありがとうです。
ただ、自分でもそう考えていたのですが、わからなかった人が一人でも居たならばこれは完全に私の実力不足です。
あのイラストは、見てくれた方全員に意図が伝わる物でないといけなかったので……ごめんなさい。

それでは、再開していきます。

─────────────────────

結局深夜の深い時間まで起きていた為、私とマミさんが目覚めたのは昼過ぎだった。

杏子「やーっと起きたかお前ら」

そんな私達を迎えたのは、横になってグミを頬張りながらリビングでくつろいでいた佐倉杏子。

だが彼女は、マミさんの姿を見ると体を起こし、胡座をかいて座った。

杏子「で、だ。えっと……その……
マミ、邪魔してるぞ」

マミ「ええ、ほむらさんから聞いているわ。
気にせずのんびりしてね」

どこかバツの悪そうな佐倉杏子だったが、
マミさんは彼女がここに居る事がとても嬉しいといった様子の笑顔でそう言った。

杏子「……うん」

しかしマミさんはすぐにその笑顔を曇らせ……

マミ「でも、あの……
佐倉さん、昨日は……」

杏子「──っとっと! そいつは後にしようぜ。今日はその為にも話をするんだろ?
なら、その話はさやかの奴が来てからでも遅くはないはずだ」

何やら言いかけたマミさんを、佐倉杏子が止めた。

マミ「……わかったわ」

杏子「つ、つーかさ、結局その集まりとやらはいつ始めるんだよ?
あたし、朝から待ちくたびれちまったぞっ」

ほむら「ああ、それなら……」

──今日、ここで四人集まって話をしたいという旨はもうマミさんに軽く伝えているし、
この部屋を使わせて貰う許可も取ってある。

集合時間は、『昼前辺りにでも』とひとまず軽く決めたのだが……

それが深夜だった為にすでに佐倉杏子は眠っていたし、
時間的に美樹さやかにも連絡がし辛く、二人まとめて朝に伝える事にした。

細かい時間はそれから決めてもよかったからだ。

……が、肝心の私とマミさんが眠りすぎてしまった為、
それは目覚めた今(美樹さやかにはついさっき)になってしまったのだった。

私達が眠っている間に美樹さやかからの着信が何回か入っていたので、気付いてから慌てて電話を返したのだが、
彼女は『もう準備万端だから、すぐにそっち行って良い?』と言ってきた。

もちろんそれを断る理由は無いので、私達はそれを承諾して今に至る訳だ。

ほむら「今から美樹さんが来るから、その後すぐに始めるわ」

杏子「そうか。了解」

マミ「……私、ちょっとシャワーを浴びたいわ」

マミさんがぽつりと言った。

ほむら「……そうね」

昨夜も(すでに佐倉杏子が寝ていた為に)こっそりお風呂に入りはしたのだが、
目を完全に覚ます為に私もマミさんの言葉に同感だった。

ただ、マミさんにとっては眠気覚ましではなく、気合を入れる為なのだろうが……

……これからの集まりは、確実に昨日の河原での件にも言及する為、彼女にとっては少々辛い物になるはずだ。

ただ理由はどうあれ、マミさんが私達に迷惑をかけた事には(その私達が気にしてはいなくとも)違いないので、
彼女はそれから逃げる訳にはいかない。

ほむら(でも、大丈夫よ。マミさん)

私もついているから頑張りましょう。

ほむら「じゃあ、軽く浴びて来ましょうか?」

杏子「おいおい、これからあいつが来るんじゃないのかよ?」

マミ「大丈夫よ、すぐに上がるつもりだから」

まあ、電話ごしながら美樹さやかは魔法少女に変身してこちらに来るような勢いだったので、
確かに髪の毛をしっかり洗ったりする時間は無いだろう。

ほむら「悪いけど、ちょっと行って来るわね」

杏子「ああ……
って、時間無いっつっても二人いっぺんに入るのかよ?」

─────────────────────

さっと体を流し終えた私とマミさんが、
湿気と飛沫の為に少しだけ濡れた髪をドライヤーで乾かしていると、美樹さやかがやって来た。

さやか「やあっ!」

ほむら「おはよう」

美樹さやかは挨拶をしながら、
テーブルを挟んで私とマミさんの向かい側の、干し芋をかじっている佐倉杏子の隣に腰掛ける。

マミ「……美樹さん、えっと、あの……昨日は……」

さやか「はいそれは後っ!
これから話し合い? 情報の整理? するんだから、そいつはマミさんのターンになってから聞くよ」

マミ「う、うん……わかったわ」

ほむら「…………」

杏子「…………」

ついさっきマミさんと佐倉杏子がやったようなやり取りをする二人を見て、
私と佐倉杏子は思わず顔を見合わせて苦笑してしまった。

ほむら「──ところで美樹さん、着信に気付かなくてごめんなさい」

さやか「ああ、良いって。
昨日大変だったし、爆睡くらいするだろ」

と、彼女はパタパタと両手を振った。

さやか「んじゃあ早速話を……
っとその前にっ!
ほむら、まどかの事はちょっとだけ安心して良いよ!」

美樹さやかが、満面の笑顔で私に向かって親指を立ててくる。

ほむら「えっ?」

……この集まりは、キュゥべえと同レベルで厄介な超怪物・ワルプルギスの夜打倒の為に必要だし、
マミさん達の心に残っているだろう不安・疑心を完全に振り払う為にも絶対に不可欠。

それはつまり、マミさん達の迷いを無くす=彼女達が戦闘で最大限の力を発揮出来る事に繋がるし、
そうなる事がマミさん達──そして、まどかが救われる未来に直結するのだから。

それなりに時間もかかるだろうから腰を据えて行いたく、小声しか出せないのもやりずらいと思ったので、
この間のようにまどかの家の屋根に集合するのは不適当だと判断し、ここを使わせて貰う事にした訳だ。

だからこそ、その分なるべく早く話を終わらせてすぐにまどかの元へ向かおうと決めていたのだが……

さやか「ここに来る前にふと思い立って、『まどかを連れ出してくれ~』って頼もうと仁美に電話したのね。
ほら、一人で家に居たりどっか行かれると、キュゥべえの奴に付け込まれる可能性が高まるじゃん?
それを少しでも防ぐ為にさ」

ほむら「ええ」

さやか「するとさ、あの二人とっくに遊びに出てやんのっ!」

美樹さやかが右手の指先を揃えて、テーブルをぽんっ、と軽く叩いた。

さやか「なんでも、まどかに相談したい事があるからだってっ」

ほむら(……それって)

さやか「それ聞いた時は、
『何だよーっ、あたしとほむらには出来ない相談事?』ってちょっとだけイラっと来ちゃったんだけど……
……えっと、電話切る時ね?

『私、必ずさやかさんにぶたれますわっ!
ほむらさんを振り向かせてみせますわっ!』

──なんて言ってたからさ。
ほら、その……わかるじゃん? あー、そっかぁって」

……想像通り。

そして、美樹さやかの志筑仁美のモノマネはなかなか上手い。

ほむら「志筑さんにも困ったものね……」

軽い眩暈を覚え、私は右手を軽く握ってこめかみを押さえた。

しかし、(恐らく)私と美樹さやかに内緒にするつもりでまどかに相談しに行ったはずなのに、
そうやって喋ってどうするのだろう……?

ほむら(志筑仁美……
やっぱり少し変わった子)

さやか「ともあれ、おとといの下校中での仁美の活躍考えたら、
これでまどかの事はちょっとは安心出来ると思うぜっ」

ほむら「……そうね」

そういえばこの世界で初めて佐倉杏子が現れた時も、
志筑仁美のおかげで、私が戻って来るまでまどかとキュゥべえが接触(会話)するのを防げたのだったか。

何にせよ、これは嬉しい誤算だ。

昨日述べたのと同じ理由で、
まだまどかは大丈夫だという計算は当然ある(これは過去のループでの経験上、一晩強程度では変わらない)のだが……

この集まりが終わるまでは何の手も打てないと思っていたのだから、
そんな中少しでも安心出来る材料が新たに生まれたのはありがたい。

杏子「おい、まだ始めないのか?
もう干し芋無くなっちまったよ」

佐倉杏子が、待ちくたびれたように横から声を上げた。

さやか「っと、ゴメンっ」

マミ「あ……よかったらお菓子持って来ましょうか?
杏が入った、美味しいケーキがあるのよ」

杏子「おっ! 何だよ、そんなもんがあるなら早く出してくれよっ」

マミさんの言葉を聞くやいなや、先程とは打って変わって期待に満ち溢れた笑顔になる佐倉杏子。

マミ「ごめんね、うっかりしていたわ。
ついでにお茶も一緒にすぐ持って来るわね」

そんな彼女に柔らかなほほ笑みで答えると、マミさんは立ち上がってキッチンへと向かって行った。

ほむら(……いつものマミさんなら、率先して──かつ一番最初にお菓子の用意をしてくれるのに)

そんな彼女が今回忘れていたのは、ただうっかりしていたからではないだろう。

緊張しているのだ。

……言葉通り、マミさんは全員分の紅茶とケーキを乗せたトレーを手に短時間で戻って来て、
それからすぐに話は始まった。

─────────────────────

まず、佐倉杏子がマミさんと美樹さやかに話し始めた。

その内容は、昨日公園で私にしたものと同じだ。

─────────────────────

さやか「なるほどね。
キュゥべえ……汚い奴」

マミ「…………」

佐倉杏子の話を聞いて、美樹さやかが冷たい表情で呟き、マミさんは怒りと悲しみの混じった表情で唇を噛み締めた。

杏子「まあ、でもさ……あたしも悪かったよ。
あんな奴に踊らされた訳だからね」

そんな二人に、佐倉杏子がバツが悪そうに言った。

さやか「あー、まあ確かにそうだね」

杏子「む……」

さやか「ホントそういうの困るわー。やめて欲しいわ。
でもまあ、マミさんと二回戦って両方とも一方的にボコられてたし……
それ考えたら許してやっても良いかな?」

にやり、と、美樹さやかはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

杏子「何だよ、そこまで言わなくても良いだろっ!
大体、前言ったようにマミとは互角だ!」

さやか「まあ山の上の時はともかくとして、昨日はまぎれも無くマミさんにやられてたじゃん」

杏子「ご、互角なんだから十戦やれば五勝五敗になるっ!
昨日はたまたまあたしが負けただけだっ!」

さやか「ふふふっ、ごめんごめん。からかいすぎた」

顔を赤くしてムキになる佐倉杏子を見て、美樹さやかがによによと謝った。

杏子「なにー!?」

さやか「昨日も言ったけどさ、むしろあたしは感謝してるんだ。
だってあんた、ほむらと一緒にあたしを助けに来てくれたじゃん」

そう言う彼女は、さっきと違ってとても優しい表情と口調だ。

杏子「……いや、だから別にあんたを助けに行った訳じゃないし……
それこそマミに負けちまったんだから、大して役に立たなかっただろ?」

さやか「そう? そんな事無いと思うけどなあ」

ほむら「美樹さんの言う通りね。
私はいきなり拘束されてしまったし……」

首を傾げる美樹さやかに、私は頷いた。

ほむら「杏子が居なければ、こうやって皆で話す事なんて出来なかったと断言出来るわ」

今こうして居られるのは、あの時このメンバーが揃い、全員が全力を尽くしたからこそなのだから。

さやか「そうそう。だから謝るどころか、あんたが来てくれて良かったんだって。
──ね、マミさん?」

マミ「……そうね。
って、えっと……迷惑かけちゃった張本人が偉そうに発言するのもなんだけど……」

話を振られ、今まで黙っていたマミさんが申し訳無さそうに口を開いた。

マミ「それと、私にはわかっていたわ。
二回の戦闘とも、どれだけ激しい攻撃を仕掛けて来ても、佐倉さんは決して私を殺そうとはしていなかった事」

杏子「!」

マミ「……あのね、私ね、また佐倉さんと仲良く出来てとっても嬉しいの」

杏子「…………」

──私は昨夜、過去にあったマミさんと佐倉杏子の因縁のすべてを聞いた。

その昔を思い出しているのだろうか。

そっと閉じられたマミさんのまぶたから伸びる、長くて綺麗なまつ毛がどこか切なそうに揺れる。

マミさんはしばしの間の後に再びまぶたを開くと、

マミ「だから、ありがとう。
馬鹿な私と、私の大切な仲間を助けてくれて。力になってくれて。
こうして、ここに居てくれて」

一言一言噛み締めるように丁寧に言いながら、佐倉杏子を優しく見つめた。

杏子「……っ……だよ」

その言葉と視線を受けた佐倉杏子は、顔を手で押さえて後ろを向いた。

杏子「何で謝らないといけないはずのあたしが、礼……言われてんだよ。
意味、わっかんね……っ!」

その呟きは、彼女の魂が歓喜に叫んでいるように聞こえた。

─────────────────────

次にマミさんの話だ。

まずは、彼女の土下座から始まった。

私達三人は大して気にしていない為、すぐに止めさせたが。

……昨日の朝、私が帰ったすぐ後に彼女は目覚めたらしい。

すると、キュゥべえが現れた。

そしてそそのかしたのだ。

魔法少女のソウルジェムが穢れ切ると、その子は魔女になると。

魔法少女は、戦いで死ぬか魔女になるか、どちらかの結末しか無いと。

暁美ほむら……私は、それを知っていながら周りには隠し、自分の目的の為に他人を利用していると。

憎々しくも上手いやり方だ。

昨日の、精神的なショックが抜けきれていないマミさんに悪夢しか待っていない未来を伝え、
心を許しかけた私がいずれ必ず裏切ると口にする事で、彼女の不安と絶望を最大限に煽ったのだ。

それで狙い通りマミさんをあそこまで追い込んだ話術は、さすがキュゥべえといった所だろう。

もちろん、これは皮肉だが。

─────────────────────

マミ「それで、まんまと絶望に呑まれてしまった私は……」

すべてを壊そうとした。

壊して、私達を魔女になる運命から救おうとした。

歪んだエゴと、やり方で。

マミ「……とんでもなく自分勝手だったよね。
本当に……ごめんなさい」

杏子「そいつはもう良いさ」

さやか「そうですよ。皆無事だったんだし、結果良ければ何とやらって言うじゃん?
それよりも……」

笑顔でマミさんを慰めた佐倉杏子と美樹さやかだったが、すぐに暗い顔になった。

杏子「……あの時のお前、明らかに正気じゃなかった。
あたし達を救おうと~って気持ちがあったのも別に嘘じゃなかったんだろうけどさ……
何つうか、人が変わったようだったよ」

ほむら「あれが、魔女化が近付いた魔法少女の姿よ」

さやか「えっ?」

ほむら「深く絶望した魔法少女は、心の闇に呑まれ、負の感情を剥き出しにしてしまう。
ううん、徐々に負の感情しかなくなってしまうの。
それが暴走し、あんな事になってしまう」

マミ「…………」

俯くマミさんの手を、隣に座る私がそっと握った。

ほむら「昨日の彼女みたいに心が追い詰められ、
あそこまでソウルジェムが穢れてしまえば、魔法少女なら誰だってああなってしまうの。
きっと私だってそう。杏子も、美樹さんもよ」

さやか「そっか……」

ほむら「そして、心の闇に完全に喰われてしまうと、暴走すら超えて存在自体が変わってしまう」

杏子「……魔女に」

ほむら「本来は、あんな状態から無事に生還出来るなんて考えられないし、考えてもみなかった。
少なくとも、私が知っている限り前例は無い。
これは間違い無く奇跡だわ」

皆の頑張りが生んだ、奇跡。

無意識に、私のマミさんの手を握る力が強くなった。

マミ「……ほむらさん」

さやか「──ともかく、もう自分を追い詰めすぎないで下さいよ」

マミ「そうね……ご迷惑をおかけしました」

さやか「ホントですよ。
体中に穴いっぱい開けられて、ホント痛かったし怖かったし悲しかったんだから」

マミ「うぅ……」

さやか「でも」


ぎゅっ!


マミ「!」

ほむら「!」

杏子「!」

唐突に、美樹さやかがマミさんに抱きついた。

さやか「よかったよ。またマミさんとこうしてお喋り出来て」

マミ「……うん」

ほむら「…………」

そんな二人の様子に、私の中で嫉妬心が生まれた。

マミ「私もよかった。皆を殺してしまわなくて。昨日の愚かで馬鹿な私を止めてもらえて。
許して貰えて、嫌われなくて……
私、寂しいのはもう嫌だもの……」

杏子「…………」

さやか「まあ、また昨日みたいな事したら、今度は問答無用で軽蔑して大嫌いになりますけどね」

マミ「ぅうっ!?」

さやか「はははっ!
でもマミさんって、ほんとバカ。
マミさんみたいな人を、そんな簡単に嫌いになってたまりますかって!
つーか、憧れとか尊敬の念って奴は今だって全然変わってないし!」


ぎゅっ。


マミ「美樹さん……」

ほむら「…………」

杏子「ちっ、何だよ。マミの奴、随分素直になったじゃん。
……まあ、お前はそれで良いんだよ」

横で佐倉杏子が何やら言っているが、私は我慢の限界でそれどころではなかった。

──二人共、いつまでやっているのよっ!──

ほむら「……マミさん!」


ぐいっ。


私はマミさんの服を引っ張り、彼女の身体を美樹さやかの腕の中から離した。

さやか「あっ、何すんのさほむらっ!」

ほむら「……別に」

さやか「てか、ずっと気になってたんだけどあんたら親密度増しすぎてない?
ほむらとか昨日、マミさんの大ピンチにキスとかしてたし……」

ほむら・マミ『!』

杏子「ああ、そういえば……」

みっ、見られていた!?

……いや、まあ彼女もあの場所に居たんだし当然か……

杏子「なんであんな事したんだ? 意味とかあったのか?」

ほむら「あ、あれはつっ、つま……そう、躓いて……」

杏子「?」

さやか「はっはーん!
さては昨日言ってた、ほむらが『もっとしたい~』って思ってしまった人ってマミさんか!?」

ほむら「ちょっ……!///」

マミ「えっ!?///」

杏子「?? 何を?」

さやか「それに、あんたらお互いの呼び方変わってない?
いつの間に名前で呼び合う仲になった訳?」

ほむら「! こ、これはその……」

マミ「…………」

さやか「……もしかして二人共、昨夜に何か?」

ニヤリと笑い、からかうように言う美樹さやか。

ほむら「っ!///」

マミ「///」

さやか「え……
…………マジ?」

本当に冗談のつもりだったのだろう。

真っ赤になって顔を背ける私とマミさんを見て、
あるいは私達以上に顔が赤くなった美樹さやかは唖然とする。

一瞬リビングを沈黙が支配した……が、

杏子「──っだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁもうっ!!!」

さやか「うひゃぁっっっ!!!?」

ほむら「っ!?」

マミ「きゃっ!?」

佐倉杏子の絶叫が、それをあっさり破壊した。

さやか「ビッ、クリした!」

マミ「さ、佐倉さん?」

ほむら「どうしたのよ……?」

杏子「羨ましい」

さやか「は?」

小さな呟きを聞き返す美樹さやかに、佐倉杏子はそっぽを向いた。

杏子「……実はな、羨ましかったんだ」

さやか「何が?」

杏子「~~~っくそっ!
マミの奴もだいぶ素直になったから、あたしも正直に言うぞ!?」


ビシッ!


と、視線を外したまま佐倉杏子がマミさんを指差した。

マミ「えっ、ええ」

ほむら「杏子、人を指差しては駄目よ」

杏子「あたしは確かにキュゥべえにそそのかされてこの町に来たが……
ここでマミの奴が、ほむらやさやかと楽しくやってるって聞いて、あんたらが羨ましく……妬ましくなったんだよ」

ほむら「え?」

さやか「あたしとほむら?」

杏子「ああ。
それで、あんたらとマミの事がどうしても気になっちまって、つい見滝原に戻って来て……」

マミ「…………」

杏子「で、実際あんたら──つっても最初見付けた時はマミとさやかだけだったが、見たら確かにその通りだ。
楽しく談笑したり、仲良く魔女退治してやがる。
それで『ちくしょう』って思っちまって……それで、さ……」

さやか「……あたしとマミさんが仲良くしてるのに我慢出来なくなって、襲いかかったって事?」

杏子「……本当はね、戦闘を仕掛ける気なんてなかったんだ。
いや、そもそもは様子を見るだけで、マミの前に姿を現そうとすら考えていなかった。
……ほむら。あんたには、
『あたしの一番の狙いは、魔女が沢山居るこの町を頂く事』みたいな話をしたけど、あれは嘘さ」

私に困ったような笑顔でそう言うと、佐倉杏子は再びよそを向いた。

杏子「ただね……ただ、あたしだってマミとじゃれ合ったり、仲良くしたかったんだ。
でも、もうあたしにはそんな資格は無いんだなって……
あの女の──さやかの居る場所は昔はあたしのもんだったのに、今はもう違うんだなって思ったらさ……
自分の感情を抑えられなかった」

マミ「佐倉さん……」

杏子「──へっ、つまんねえよな。ガキみたいだよな。
そんなの自業自得だってのにさ。
笑って良いよ」

マミ「そんな……笑わないわ」

マミさんがとても嬉しそうにほほ笑み、

さやか「うん。
……けどさ」


ぽんっ!


美樹さやかが佐倉杏子の頭に手を乗せた。

杏子「むっ」

それに反応した彼女が、美樹さやかを見る。

さやか「あんたがすっごい可愛い女の子だってのは、よ~くわかった」

杏子「何だよそれ……」


ナデナデ。


杏子「だぁっ、やめろよ!」

さやか「良いじゃん。
あんたはもうマミさんだけじゃなくて、あたしやほむらとも友達で仲間なんだからさ」

杏子「はあ!? 何だよ、なんでだよっ!?」

佐倉杏子は頭を撫でられる事に抵抗していたが、次第にそれは弱くなり、やがて完全に抵抗を止めた。

杏子「……ちっ、くせえよこの野郎」

さやか「はいはい」

ほむら『……マミさん。
これが、貴女が積み上げてきたものよ』

ほほえましい二人の姿を見ながら、私はマミさんにテレパシーで語りかけた。

マミ『えっ?』

ほむら『昔に悲しいすれ違いがあったにせよ、こうして杏子が笑顔でここに座っているのも、
あんな目に合わされながら、未だに貴女への尊敬を失わない美樹さんの気持ちも……
ずっとマミさんが精一杯頑張ってきた『結果』よ』

マミ『…………』

ほむら『もちろん、今回みたいに失敗した時もあったでしょう。
でも、やっぱり貴女がこれまでにやってきた事は正しかったのよ。頑張ってきてよかったのよ。
だから、こんなに嬉しい現実がある』

マミ『ほむらさん……』

さやか「ところでさ、ずっと気になってたんだけど……
あんたとマミさんは前から知り合いだったの?」

杏子・ほむら・マミ『あ』

そういえば、美樹さやかには二人の関係の事はまったく話していなかった。

反応を見るに、佐倉杏子とマミさんも同じだろう。

杏子「……まあ、そうだ。昔色々あってね」

さやか「色々?」

杏子「ああ。
気が向いたら話してやるよ。
──な、マミ?」

マミ「そうね。この集まりがひと段落したら、ゆっくりと……」

さやか「ふむ、ならさっさと終わらせて……って、他にも話す事あったっけ?」

杏子「──ほむら」

マミ「…………」

さやか「えっ?」

ほむら「……そうね」

佐倉杏子とマミさんの視線に促され、私は頷いた。

私にとっては、これこそがこの場で一番話さなければならない事だ。

ほむら「杏子は昨日、マミさんには昨夜軽く話したのだけど……」

さやか「おいおい、これに関してもさやかちゃんハブ?
あたしってハブかちゃん?」

ほむら「近々、この町に『ワルプルギスの夜』がやって来るの」

今回はここまでです。

そろそろ……終わりが見えて来ましたね。
もしよろしければ、最後までお付き合い頂ければ幸いです。

それでは、今回もありがとうございました。

呼び方ってともえさんじゃだめなのか?
乙!

おっ! チャンスじゃん!(ニヤリ)
ここで華麗に>>1が800をGETするのですよ♪

あ、これは書いておいた方がよかったね。
自分のスレにレスする時は絶対にトリップつけるです。
ザーボンさんやバルログ、ゴージャスじゃないけど、そうでないとなんか美しくないし。
って、前の二人はともかく、ゴージャスわかる人居るかなぁ?

シックって名前のお兄さんが大好きな、残酷で、どこかお馬鹿で可愛くて……悲しい、イケメンの名キャラですね。

>>801
それ言い出したら世の中の二次創作全部に文句つけなきゃならなくなるぞ
「嫌なら見ない」
これでいいじゃないか

しかしこのスレももう800か。1000までに完結するのだろうか。

むしろ「百合にすんな」って人しか見てねえ

>>802
「目に付いたから文句言った」ってだけだろう
嫌なら「見ない」のも「文句言う」のも選択肢の一つであって、目に付いてないものまで全てに文句をつけなければいけない義務は無い

>>791
実は、ほむほむの「マミさん」呼びはこのSSで最大級に重要な伏線の一つで、根本の一つでもあったりします。
なので、どうにもならなかったりします~。ごめんなさい。

>>804
ちょっと、それに関しては考えている事があります。


さて、>>779の続きから再開しますよ。

─────────────────────

キュゥべえ「やれやれ、まさかこんな展開になるなんてね」

ほむら「!」

あの集まりから一日経った日曜日の朝、
まどかを見守る為に彼女の家の屋上に来ていた私の元に、キュゥべえが現れた。

ほむら「何の用かしら?」

キュゥべえ「そんな目で睨まないでくれよ」

ほむら「マミさんや杏子にふざけた事をしておいて、よく姿を見せられたものね」

キュゥべえ「ふざけた事とは酷いなぁ。
杏子には僕が懸念していた話をしただけだし、マミには事実を伝えただけじゃないか」

ほむら「ふん……」

キュゥべえ「まあ、仲間が利用されたように見えて気分を害したのなら謝るよ」

ように見えて、ではなく確実に利用された訳だが、
それを突っ込んでもどうせまた論点ずらしなり言い逃れなりするだけだろう。

ほむら「……私と世間話でもしに来たのかしら?」

キュゥべえ「うん、そんな所かな」

ほむら「?」

キュゥべえ「しかし、鹿目まどかはあの志筑仁美って子と随分仲が良いんだね。
一昨日は帰宅してから眠るまでずっと電話していたし、昨日は君も知っての通りその子と遊びに行っていたよ」

ほむら「…………」

昨日は、話し合いを終えて即まどかを捜しに行ったのだが、彼女を見付けた時にはまだ志筑仁美と外で遊んでいた。

キュゥべえの姿は一度も見なかったのだが、
今の奴の言葉を考えると、私が現れた事ですぐに撤退したのだろう。

まどかには契約をした様子が無かったので、
一昨日も合わせてこいつの思惑は外れた・防げたと喜んでいたのだが……

それは正しかったようだ。

キュゥべえ「だけどあの志筑仁美って子は凄いね。
昨日も一昨日も、鹿目まどかは何やらずっと恋? の相談とやらを受けてて、とても邪魔出来る空気じゃなかった……
というか、出来なかったよ」

表情は変わらないが、こいつがどこか疲れている感じがするのは気のせいだろうか?

ほむら「……という事は……」

キュゥべえ「うん。二日とも、鹿目まどかとは会話一つ出来なかった」

なんと。

一昨日はマミさんの事件があった為、接触どころか魔法少女の話をされたぐらいは覚悟していたのだが……

しかし、ならばまどかはまだ、佐倉杏子が現れた日にしかキュゥべえとまともに会話をしていない事になる?

ほむら(……志筑仁美、やるわね)

これは素直に感謝だ。

キュゥべえ「まあ仕方ないさ。人間にとって恋愛というのは大切らしいし。
あの子の君への想いも成就すると良いよね」

ほむら「…………」

……志筑仁美が私を好きになったというのは、本当に本気なのかしら……?

キュゥべえ「それに、チャンスはまだまだいくらでもあるからね」

ほむら「!
そんな物は無い。お前には、無い……!」

キュゥべえ「そうかい。
──けれど、マミを救った上に佐倉杏子との因縁を解決して、友好関係まで築くとは驚きだよ」

ほむら「当てが外れたわね」

キュゥべえ「純粋に感心しているだけさ。
……そういえば、もしや君は二週間後のこの町に訪れる事件を知っているのかい?」

こいつ、さっきから何なんだ。

かまをかけているのだろうか?

これに関しては、どう答えても問題は無いとは思うが……一応とぼけるか。

ほむら「……何の話かしら?」

キュゥべえ「やっぱり知っているんだね」

!?

ほむら「なぜそうなるの?」

キュゥべえ「わずかな体の動き──顔だったり瞳だったり、拳を握るとか、
そこまで行かなくても指先の些細な動きなどを見ていると、人間の本心はおおよそわかるんだよ。
僕には感情が無いんだからね」

感情が無い──

これまでのキュゥべえの言動を見る限り、私の中でそれは嘘だと決めつけていたのですっかり忘れていたが……

ほむら(確かにこいつはそれを自称していたわね)

だが、

ほむら「意味がわからないわね。
感情の無い貴方が、人の気持ちを理解出来ると?」

本心がわかるとは、つまりそういう事だろう。

キュゥべえ「そうさ。理解は出来なくても、推察は出来る。
まして人類と出会ったばかりの頃と違い、
今は人間という種に関しての知識は十分積み上げてきたつもりだからね」

ほむら「……?」

キュゥべえ「その知識と合わせ、僕には感情が無いからこそ色々読めるものがある。
人が何かを取り繕ったり、はぐらかそうとすると違和感を強く覚えるんだ」

ほむら「感情が無いからこそ、感情を持つ者では気付きえない、些細な気持ちの変化を察知出来ると?」

キュゥべえ「そうさ。
それで、建前や嘘を言っていたりすると簡単にわかる訳だよ」

……しかし、こいつがべらべらと喋るのは頂けない。

それは大抵何か企みがあった上で、一見正論と思える話をしながら、
実は詭弁や論点のすり替えなどで自分のペースに持ち込もうとしている場合が多い。

その企みが何かはわからないが、あまりこいつに自由にさせすぎない方が良いか。

ほむら「なるほど。
……ところで、貴方は感情のすべてを理解出来ないのかしら?」

キュゥべえ「いや、出来るものもあるよ。
とても合理的なものならね」

ほむら「ならば、それと……
さっき貴方が言った、違和感を覚えたりするのは、貴方に感情があるからじゃないの?」

キュゥべえ「なぜそう思うんだい?」

ほむら「それ自体が、自分の『意思』のなせる技だからよ」

キュゥべえ「……ふむ」

ほむら「貴方は、自分の知らない──
理解出来ない種類の感情があるだけで、感情そのものは持っているんじゃないの?」

実際私は、過去のループの時のものも含め、そう思わせるだけの言動をこいつが取るのを幾度も見てきた。

例えば、キュゥべえがきちんと抑揚のついた喋り方をするのもそうだ。

これはスピードの緩急だけではなく、声のトーンなども含めて、である。

そんな真似は、完全に無感情の生き物には不可能だと思うのだが。

私の問いに、キュゥべえは一瞬思案する様子を見せた。

キュゥべえ「……そんな事、考えてもみなかったよ。
どうなんだろうね。僕にもわからない」

……その言葉からは、こいつが本心を言ったのか、それともいつものはぐらかしなのかは読めなかった。

ほむら(まあ良いか。
キュゥべえ主導の会話を途切れさせたかっただけだし、そもそもこいつの事なんか興味無い)

キュゥべえは、絶対に信用の出来ない存在──それだけわかっていれば十分だ。

キュゥべえ「とりあえず僕はおいとまするよ。
これで用は済んだしね」

ほむら「?」

キュゥべえ「君は、この時間軸の人間ではないね?」

ほむら「……!」

キュゥべえ「一昨日マミから詰め寄られた時に聞いたけど、君は僕の目的を知っているらしいね。
その他にも、君は普通なら知りえない事を把握し、それらを踏まえて行動していた節が多々あった。
だから、この結論には割と早い段階でたどり着けたよ」

ほむら「…………」

キュゥべえは私の瞳をじっと見つめている。

相変わらずの無表情だが、私にはこいつが薄ら笑いを浮かべているように見えた。

ほむら(……不愉快な存在め)

キュゥべえ「ただ、君がそんな存在だという確証は無かったから、確認しに来ただけだよ。
そして、さっきまでの話でそれを確信出来た」

ほむら「!?」

キュゥべえ「例えば……僕は君とそれほど深く関わったり、会話をしてはいない。
なのにそこまで僕の事を推察出来るのは、沢山の積み重ねがあったから。
その推察自体が正しいかどうかは別としてね」

こいつ……!

キュゥべえ「それはつまり、君がそういう存在だという事なんだろう?」

ほむら「…………」

キュゥべえ「……君はすべてを知った上で、鹿目まどかを助けようとしている訳だ。
仲間を集めるのも、ワルプルギスの夜を倒してその目的を果たす為の一環」

ほむら「……勝手に想像していなさい」

キュゥべえ「そうさせて貰うよ」

ほむら「ふん……」

キュゥべえ「じゃあね」

朗らかに言うと、キュゥべえは去って行った。

ほむら(不愉快な……存在めッ!)

……落ち着け。

あと少しなのだ。

キュゥべえがこれ以上何を企んでいようと関係ない。

あと少しで悲願は達成されるのだ。

最高の形で。

─────────────────────

それからはまどかを見守る傍ら、マミさん達と対ワルプルギスの夜に向けてのミーティングを幾度となく行った。

マミさんと美樹さやかは、私の話をすぐに信じ、協力してくれると言ってくれた。

佐倉杏子も、『ワルプルギスの夜を倒した後に、見滝原の魔女退治やグリーフシードを好きにさせろ』、
という約束で参戦してくれる事になった。

ただ美樹さやかは、

『仲間の頼みに見返り求めるわけ?』

と少し不満そうだったが、佐倉杏子いわく、

『それはそれ。ずっとこんな生き方してたから、もうそう簡単には変えらんないのさ』

との事。

それに対してこの町の今の魔法少女であるマミさんは、

『私達が必要な分のグリーフシードをわけてくれて、
貴女よりも先に私達の誰かが魔女を見付けた場合は、その人が退治しても良い』

事を条件に出し、佐倉杏子はそれを了承した。

なおも美樹さやかは不満げだったが、ここもマミさんが説得し、上手くなだめてくれた。

そして、ミーティングは順調に進み、作戦は問題無く完成していった。

……………………

…………

さやか「うーん、聞けば聞くほどその何とかの夜ってのは化け物ね……」

ほむら「そうね……あいつは、これまでの魔女とは次元が違う。
この世の天変地異は、すべてワルプルギスの夜が起こしていると言われる程なのだから」

さやか「一回具現化するだけで数千人の被害とか……意味わかんねーし」

マミ「私も詳しくは知らないのだけど、
ワルプルギスの夜に戦いを挑んだ魔法少女で、生き残りは居ないのよね……」

ほむら「そう言われているわね。
それは噂ではあるけど……私は正しいものだと思うわ」

杏子「まあ、生き証人的な存在が発見されていないんだから、確認のしようがない。
──はずなんだが、ほむら」

ほむら「何?」

杏子「さっきから聞いていると、あんたがその『生き証人』みたいだね。
魔法少女の間でも、正体不明の超怪物としか知られていないはずのワルプルギスの情報にやけに詳しい。
どうしてだい?」

ほむら「……それは……」

杏子「別に疑ってるとかじゃないんだけどね。
ただ気になっただけさ。
あんた、なまじ嘘とも冗談とも思えない密度の話してるから」

ほむら「…………」

マミ「ま、まあ良いじゃない。
ほむらさんの過去を聞いたって、何か作戦を閃くとも思えないし……」

杏子「まあそうなんだけどさ」

ほむら「──あの、その説明は……
この戦いに、皆で……全員で生き残ってからにさせて貰えないかしら?」

杏子「ん? ああ……
でも、話したくないなら別に聞かないよ?
無理に他人を詮索するのは主義じゃないからさ」

さやか「そうだね。
気になるっちゃ気になるけど、マミさんの言ったようにそれでどうにかなる感じはしないし」

ほむら「ううん。
話したいの。貴女達にも……」

マミ「ほむらさん……」

ほむら「けど、正直言って今それを話す勇気が無い。
だから……」

杏子「……ああ、わかった。
じゃあ、さ。さやか」

さやか「──だね、杏子」

杏子「そいつの説明をして貰う為にも、ちゃんと皆で生き残らないとな」

さやか「あっ! でも、これまで謎だったあんたの能力の事は教えてよ!
これは皆で協力して戦う為には必要でしょっ」

ほむら「ふふっ。
ええ、そうね」

……………………

…………

別に、美樹さやかと佐倉杏子を信用していない訳ではない。

この時間軸の今の彼女達ならば、きっと信じて貰えると思う。

ただ……私が真実を述べる事によって、
私達が仲違いしたいくつもの経験が、とてつもなく大きなトラウマになっているだけだ。

すべてが通じ合えたマミさんには、何とか──それでも、『何とか』話す事が出来たが……

けれど、この戦いが終わったら。

不思議と、美樹さやかや佐倉杏子にもそれをすんなりと話せるという確信があった。

─────────────────────

マミ「いよいよ明日ね……」

ほむら「うん」

私とマミさんは、私の家のソファーで二人寄り添い、ワルプルギスの夜襲来前夜を過ごしていた。

マミ「……大丈夫?」

体が密着している為に、先程から私の震えが止まらない事が気になっていたのだろう。

マミさんが、俯く私の顔を心配そうに覗き込む。

ほむら「……怖いの」

俯いたまま、私はぽつりと言った。

ほむら「結果だけ見れば、ここまではほぼ完璧よ。
ここに至るまで危ない時はあったけど、文句のつけようもないわ。
でも、だからこそ……怖い」

マミ「もし、また駄目だったらって思うと?」

ほむら「うん……」

再び敗北してしまうと、この世界からも去らねばならない事を意味する。

それはつまり、まどかはもちろん、かつてないほど大きな絆を築けた、佐倉杏子や美樹さやか……

そして、マミさんとの別れだ。

ほむら「そんなの嫌……」

ドライに言ってしまえば、私が死にさえしなければまたやり直せば良いし、やり直せる。

しかし、これまでの自分ならともかく、今の私にはそんな考え方は出来なかった。

これから別の世界で何度チャンスを得ても、もはや今の彼女達ほどの関係を築く自信が無いというのもある。

だがそれ以上に……

ほむら「私、マミさんと離れたくない……」

マミ「それは私だって……
死んでも離れたくないわ」

マミさんが切なげな瞳で、私の肩に頭を乗せる。

マミ「……でも、大丈夫よ」

ほむら「どうしてそう言えるの?」

マミ「だって、今貴女が言ったじゃない。
『ここまではほぼ完璧。文句無い』って」

ほむら「そうだけど……」

マミ「それって、これまでに無いくらいの準備も出来ているって事でしょ?
なら、かつてないレベルの勝率を手にしているって事でもあるわ」

ほむら「……そうね」

その通りだけれど……


ワルプルギスの夜『アーハハハハハハハハハハハハハッッ!!!』


ほむら「っ!」


ゾクッ。


ある意味では、キュゥべえ以上に絶望を味わわされた伝説の化け物の姿がフラッシュバックし、私の震えが強くなる。

マミ「……だからね、貴女がこのひと月を繰り返す中……考えられる最大のチャンスが今なのよ」

確かに。

まどかの魔法少女化・戦力化を考慮したら話は別だが、もちろんそれは論外中の論外だ。

マミ「私はね、あのお菓子の結界の魔女との戦いから、自分の弱点を身を持って痛感・反省した。
佐倉さんは、ああ見えて誰よりも冷静な戦い方が出来る子。
美樹さんは……まだちょっと心配だけど」

マミさんが、一瞬だけ苦笑した。

しかし、すぐに表情を引き締めて私の肩から頭を離し、私の瞳を見つめる。

マミ「……少なくとも私達は誰も気を抜かないし、勝利を信じて精一杯戦う。
持っている力のすべてを発揮してね。
なのに、肝心の貴女がそんなんじゃあ勝てる戦いも勝てなくなっちゃうわよ?」

ほむら「…………」

マミ「ほむらさんは、私達の中で唯一ワルプルギスの夜と戦った経験があるんだから、
指揮だって取って貰う必要があるんだし」

ほむら「……うん」

マミ「──ごめんなさい、怒っている訳じゃないのよ」

と、マミさんは私の肩に手を置き、優しい笑顔を向けてくれた。

マミ「思い付く限りの最悪の想定はしたわ。
ならもう、ここで悩んでも仕方ない。
最善を信じ──全力を尽くしましょう」


トクン。


……湧き上がる、力。

もはや、私に先程までの弱気は消えていた。

大切な人が側に居て、こうやって言葉をかけてくれるって……こんなに凄い事なのね。

望んでそうしていた訳ではないにしても、一人で戦っていたり、仲間を利用していた頃には決して気付かなかった。

ほむら(……思えば、この世界では心の支えになるものが沢山増えたわ)

その一つ一つが、今の私を大きく・強く支えてくれている。

ほむら(中でも、マミさんの存在は私の新しい道しるべ)

まどかの存在と、あの『約束』だけを胸に生きていた私の前に現れた、もう一つの道標。

ほむら「……はい」

私は、笑顔でそう頷いた。

とりあえずここまでです~。

次からワルプルギス戦。お話の終盤・最終決戦です。
やはりクライマックスとなると、過去積み重ねてきたシーンも相まって尻上がりにテンションが上がるものです!

たぶん、モチベーションは過去最高?

ではでは、今回もお付き合い頂きありがとうございました~。

このスレ内で十分このSSは終わるのですが、ちょっと終了後にやりたい事が出来ました。
さすがにそこまではこのスレ内には収まらないので、次スレに移る事にします~。

ただ、最新投下分の続きからにすると、そのやりたい事を含めてもあまりスレが埋まらないような気がするので、
次スレはパパッとこのお話を一から投下し直して完全版みたいにしてみようと思います。

ともあれ、また後でご案内レス的なものをしに戻ってきますね~。

日は……変わるまい。たぶん……

はい、という事で新(真?)スレ立てて来ましたです。

ほむら「それは、もう一つの結末」 完結編
ほむら「それは、もう一つの結末」 完結編 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1378886501/)

以降、↑で続きをやって行きます~。

このスレもHTML化依頼済みです。

このスレからお付き合いの方は、>>514までワープしちゃって下さいませ。

ひとまず、ここまでお付き合い頂いてありがとうございました。

しかし日が変わってしまった……
さてさて、では、これからもお付き合い頂ける方は、次のスレでまたお会いしましょうです~。

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