承太郎「怪異だと?」(393)

化物語とジョジョのクロスSSです
承太郎が阿良々木君の代わりになっています
初SSなので至らない所があれば指摘して下さい


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1347286458

ある日のことだ
正確に言うなら俺がこの町に引っ越し、春休みが終了し、私立直江津高校に転入して、そしてゴールデンウイークが明けたばかりの、五月八日のことだった
俺が遅刻気味に校舎の階段を駆け上がっていると、丁度踊り場のところで、空から女が降ってきた
後で調べたところ、戦場ヶ原ひたぎと言うクラスメイトだった
正確に言うなら、別に空から降ってきたわけではなく、階段を踏み外した戦場ヶ原が後ろ向きに倒れてきただけのことだったが─避けることもできたのだろうが、俺は、咄嗟に、戦場ヶ原の身体を、受け止めた
避けるよりは正しい判断だっただろう
いや、間違っていたのかもしれないな…
何故なら
咄嗟に受け止めた戦場ヶ原の身体が、とても──とてつもなく、軽かったからだ
そう
戦場ヶ原には、およそ体重と呼べるようなものが、全くと言っていいほど、なかった

羽川「戦場ヶ原さん?戦場ヶ原がどうかしたの?」

承太郎「いや……少し気になって……だな」

羽川「ふうん」

承太郎「アレだ…戦場ヶ原ひたぎ…変わった名前で面白いじゃあないか」

羽川「……戦場ヶ原って地名性だよ?」

承太郎「…俺は下の名前のことを言ったつもりなんだがな……」

羽川「ひたぎって、確か、土木関係の用語じゃなかったっけ」

承太郎「……お前は何でも知っているな……」

羽川「何でもは知らないわよ、知ってることだけ。珍しいね空条君が他人に興味を持つなんて」

承太郎「余計な世話だ…」

羽川翼
クラスの委員長
三つ編みに眼鏡をかけた、真面目な奴だ
学年トップの成績であり、五教科六科目で六百点満点なんてことを平気でやってのける
そして
たちの悪いことに、迷惑この上ないことに、面倒見のいい善良な人間だった
転入前に、既に羽川とは、ちょっとした顔合わせが済んでいたが、転入後、同じクラスになったと知るや否や、こいつは、「君を更生させてみせます」と、俺に宣言したのだ
確かに、この空条承太郎は、いわゆる不良のレッテルをはられていた…が、この町では静かに暮らすつもりだった
そんな俺にとって、こいつのその宣言は正に青天の霹靂だったが、いくら説得しても羽川の妄想じみた思い込みはとどまることを知らず、……俺はクラスの副委員長に任命され、そして現在、五月八日の放課後、六月半ばに行われる予定の文化祭の計画を、教室に残って羽川と二人、練っているというわけだ

羽川「文化祭っていっても、私達、三年生だからね。さしてすることもないんだけれど。受験勉強の方が大事だし」

羽川は言う

羽川「あらかじめ私達で候補を絞って、その中から、みんなの投票で決定するっていうので、いいかな?」

承太郎「いいんじゃあないか?」

羽川「参考までに前の学校では何をしていたの?」

承太郎「さあな……」

羽川「……サボったの?駄目だよ、学校行事にはちゃんと参加しないと」

俺は──前の学校では文化祭に、参加しなかった
去年も──一昨年もだ
いや、文化祭だけではない。およそ行事と呼べるもの──また、通常授業にも、全くといっていいほど、参加しなかった

羽川「ところで、さっきの話だけどそんなに気になるの?戦場ヶ原さんのこと」

承太郎「そういうわけでもないんだが──」

羽川「病弱な女の子、男子は好きだもんねー。あー、やだやだ。汚らわしい汚らわしい」

承太郎「病弱、か……」

あれは──あの軽さは病気ですまされるのか…?

いや、病気じゃあねぇ
俺はああいった現象をおこす『もの』を知っている───

承太郎「……悪いな、忍野に呼ばれているんだ今日は帰らせてもらうぜ」

羽川「忍野さんに?何で?」

承太郎「少し……仕事の手伝いを…な」

羽川「ふーん…………分かったわ、埋め合わせをすると約束するなら、今日はもう帰っていいわよ」

忍野さんを待たせても悪いしね、と羽川は言った
どうやら忍野の名前が効いたようだ…

羽川「じゃあ、出し物の候補は私が全部決めちゃっていい?」

承太郎「ああ、任せる」

羽川「忍野さんによろしくね」

承太郎「伝えておこう」

そして俺は教室から出た

今日はここまでで終わります

すみません……なかなか時間がとれずあまり書けませんでした
とりあえず今書けている分を貼っていきます

教室から出、後ろ手で扉を閉じ、一歩進んだところで、背中から、

「羽川さんと何を話していたの?」

と、声を掛けられた。
振り向く。
振り向くときには、まだ俺は、相手が誰だか把握できていない──聞き覚えのない声だった。

「動かないで」

その二言目で、相手が戦場ヶ原であることを俺は知る。
俺が振り向いたその瞬間、狙い澄ましたように、まるで隙間を通すように、俺の口腔内に、たっぷりと伸ばしたカッターナイフの刃を、戦場ヶ原が通したことも──知った
カッターナイフの刃が。
俺の左頬内側の肉に、ぴたりと触れる。

承太郎「!」

戦場ヶ原「ああ、違うわ──『動いてもいいけれど、とても危険よ』というのが、正しかったのね」

加減しているのでもない、しかしかといって乱暴にしているのでもない、そんなぎりぎりの強さで──刃は、俺の頬肉を、引き伸ばす。
戦場ヶ原はこんな真似をしておきながら、ちっとも揺るがない、ぞっとするくらいに冷えた視線で──俺を見つめる。

やれやれ…こんな剣呑な目をした奴だったのか。

この分じゃあこのカッターナイフの刃は、潰されてもおらず、ましてや峰でもないんだろーな…

戦場ヶ原「好奇心というのは全くゴキブリみたいね──人の触れられたくない秘密ばかりに、こぞって寄ってくる。鬱陶しくてたまらないわ。神経に触れるのよ、つまらない虫けらごときが」

承太郎「……おい──」

戦場ヶ原「何よ。右っ側が寂しいの?だったらそう言ってくれればいいのに」

カッターナイフを持っている右手とは反対の左手を、戦場ヶ原は振り上げる。
平手打ちでもするのかと思ったが、しかし、違った。そうではなかった。
戦場ヶ原は左手にはホッチキスを持っていた。
それを俺の口に差し込もうとしたところで──俺は、戦場ヶ原の左手を掴んだ

戦場ヶ原「!」

そして、もう片方の手を掴もうとしたとき、戦場ヶ原は、既に俺の口を切っていた。

承太郎「う……ぐっ……!」

鋭い痛みと、鈍い味がする。
痛みで左手を掴む強さが緩んだ隙に、戦場ヶ原は掴んだ手を振り払い、俺の口にホッチキスを差し込んだ。

戦場ヶ原「……驚いたわ。随分と反射神経がいいのね」

このアマ……

戦場ヶ原「そんな目で睨まないで頂戴。私はちゃんと警告したはずよ」

正気か、こいつ──同級生の口の中を切っておいて、少しも悪びれねえ

戦場ヶ原「全く私も迂闊だったわ。『階段を昇る』という行為には人一倍気を遣っているというのに──まさかあんなところにバナナの皮が落ちているだなんて、思いもしなかったわ」

……バナナ?
なんでそんなものが学校に。

戦場ヶ原「気付いているんでしょう?」

戦場ヶ原は俺に問う。

戦場ヶ原「そう、私には──重さがない」

体重が、ない

戦場ヶ原「といっても、全くないというわけではないのよ──私の身長・体格だと、平均体重は四十キロ後半強というところらしいのだけれど」

五十キロか。

戦場ヶ原「でも、実際の体重は、五キロ」

成る程、通りで容易く受け止められたはずだ……
五キロのダンベルを思い浮かべれば、そんな重さは、あってないようなものだからな。

戦場ヶ原「中学校を卒業して、この高校に入る前のことよ」

戦場ヶ原は言った。

戦場ヶ原「中学生でも高校生でもない、春休みでもない、中途半端なその時期に──私はこうなったの」

承太郎「…………」

戦場ヶ原「一匹の『蟹』に出会って」

蟹………だと?

戦場ヶ原「重さを──根こそぎ、持っていかれたわ」

承太郎「…………」

戦場ヶ原「ああ、別に理解しなくていいのよ。これ以上かぎまわられたらすごく迷惑だから、喋っただけだから。空条くん。空条くん──ねえ、空条承太郎くん」

戦場ヶ原は。
俺の名を、繰り返して、呼んだ。

戦場ヶ原「私には重さがない──私には重みがない。重みというものが、一切ない。全く困ったものじゃない」

承太郎「…………」

戦場ヶ原「病院の先生が言うには、原因不明──というより、原因なんかないんじゃないかって。他人の身体をあそこまで屈辱的に弄繰り回して、その結論はお寒いわよね。元から、それがそうであるように、そうであったとしかいえない──なんて、あまりに馬鹿馬鹿しいと思わない?」

どうやら、こいつは『あれ』を使っていたのではなく被害にあっていたようだな…

戦場ヶ原「同情してくれるの?お優しいのね」

戦場ヶ原は、吐き捨てるようにそう言った。汚らわしいとでも、言わんばかりに。

戦場ヶ原「でも私、優しさなんて欲しくないの」

承太郎「…………」

戦場ヶ原「私が欲しいのは沈黙と無関心だけ。持っているならくれないかしら?」

戦場ヶ原は。
そこで、微笑んだ。

戦場ヶ原「沈黙と無関心を約束してくれるのなら、二回、頷いて頂戴、空条くん。それ以外の動作は停止でさえ、敵対行為と看做して即座に攻撃に移るわ」

一片の迷いもない言葉だな

だが、こいつがもう『あれ』を見たことがあるのなら──そういう『もの』があることを、いることを、知っているのなら──わざわざ隠す必要もないな……

戦場ヶ原「その停止は、敵対行為なのよね──」

戦場ヶ原は、カッターナイフとホッチキスの両方を動かそうとして

戦場ヶ原「!?」

それらが、びくともしないことに──気がついた。
当然だ。
なぜなら、既に掴まれているのだから──俺のものではない『手』に、掴まれて、いるんだからな。

その『手』は力を込めて、カッターナイフとホッチキスを俺の口の中から取り出すと、離した。
廊下にそれらが落ちた音が響く。
そして『そいつ』は俺の身体からその全身を、現した。

この『手』の持ち主である戦士のような格好をした、こいつの名は──『星の白金〈スタープラチナ〉』

承太郎「まあ聞きな……戦場ヶ原、もしかしたらお前の、力になれるかも、しれない」

戦場ヶ原「力に?……あなたなんかに、何が出来るって言うのよ」

『スタンド』はこいつには見えない……だから。
だから俺は何も言わず、ぐい、と、自分の唇の端に指を引っ掛けて、頬を伸ばして見せた。
左手の指で、左頬を、だ。
自然、左頬の内側が、晒される。

戦場ヶ原「──え?」

それを見て、さすがの戦場ヶ原も、驚いたようだった。
ぽろぽろと、両手に持っていた文房具を、取り落とす。

戦場ヶ原「あなた──それってどういう」

問われるまでもねえ。
そう。
血の味も、既にしねえ。
戦場ヶ原がカッターナイフでつけた口の傷は、既に跡形も無く、治ってしまっていた。


ここまでです。
できるだけ週一ぐらいのペースで更新しようとは思っているのですがついつい後回しにしてしまう性格なのでおそらく不定期になってしまうと思います。
ですがたまに見て、ついでに何か書き込んでくださると嬉しいです。

春休みのことだ。
俺は吸血鬼に襲われた。
なかなか、キレイな顔をした奴だった。
学ランのカラーで隠れてはいるが、今でも俺の首筋には、あいつに深く咬まれた、その痕跡が残っている。
暑くなる前に、髪が伸びやしねえかと思っているんだが…。
それはさておき──吸血鬼に襲われた時、俺は通りすがりの小汚いおっさんに助けられた。
それで、俺は人間に戻れたが──日光も十字架も大蒜も平気になったが、しかし、その影響というか後遺症で、身体能力は、著しく、上昇したままだ。
といっても、運動能力ではなく、新陳代謝など、いわゆる回復力方面の話だがな…。
ホッチキスの針が刺さっただとかカッターナイフで頬を切り裂かれた程度なら、回復するまでに三十秒もいらねえ。
ただでさえ、どんな生物も、口の中の傷の回復は早いものだからな。

戦場ヶ原「忍野──忍野さん?」

承太郎「そうだ。忍野メメ」

戦場ヶ原「忍野メメね──なんだか、さぞかしよく萌えそうな名前じゃないの」

承太郎「萌え?……言ってることが分からないが三十過ぎの年季の入った中年だぜ」

戦場ヶ原「あっそう。でも子供の頃は、さぞかし可愛いキャラだったのでしょうね」

承太郎「キャラ……?」

戦場ヶ原「…………」

戦場ヶ原「ところで、さっき言ってた…『スタンド』?……って一体何なのかしら」

承太郎「『スタンド』とは生命エネルギーが作り出すパワーある像のことだ…『スタンド』を自由に使う者は『スタンド使い』と呼ばれる、また『スタンド』は『スタンド使い』にしか見えず、『スタンド』でしか触れない。俺は少し前にこいつを発現した」

戦場ヶ原「ふうん……ということは私にも『スタンド使い』になれる可能性はあるのよね?」

承太郎「ああ……そうなるな」

戦場ヶ原「でも便利よね、それ。普通の人には見えないんだったら、犯罪でも何でもやりたい放題じゃない」

承太郎「……お前が『スタンド使い』じゃなくて本当に良かったと思うぜ…」

戦場ヶ原「何よ、私はただできるってことを言っただけじゃない。別に『スタンド使い』になれたら完全犯罪をしてみようなんて思っていないわ」

承太郎「…………」

こいつに『スタンド』が発現しないことを心から祈るばかりだ…

俺や羽川、戦場ヶ原の通う、私立直江津高校から、バイクで五分くらい行った先、住宅街から少し外れた位置に、その学習塾は建っている。
いや、建っていた。
俺がこの、四階建てのビルの存在を知ったときには、もう見事な廃墟だったからな。
危険。
私有地。
立ち入り禁止。
そんな看板が乱立し、安全第一のフェンスで取り囲まれてはいるものの、そこらじゅうが隙間だらけで、出入りは自由と言っていい。
この廃墟に──忍野は住んでいる。
勝手に居ついている。
春休みから数えて、一カ月、ずっと。

戦場ヶ原「それにしてもお尻が痛いわ。じんじんする。スカートに皺がよっちゃったし」

承太郎「仕方ないだろう。俺の責任じゃあねえ」

戦場ヶ原「言い逃れはやめなさい。切り落とすわよ」

承太郎「どの部位をだ……」

そう簡単にはやらせねーがな。

戦場ヶ原「バイクの二人乗りなんて私には初めての経験だったのだから、もっと優しくしてくれてもよさそうなものじゃない」

承太郎「じゃあ、具体的にどうすればよかったんだ」

戦場ヶ原「そうね。ほんの一例だけれど、たとえば、あなたの鞄を座布団代わりに寄越すなんてのはどうだったかしら」

承太郎「……次から気をつけよう」

戦場ヶ原「本気にしないでよ。ほんの一例だけれどって言ったじゃない」

別に五キロくらいなら構わねーんだがな。
……ん?

承太郎「お前、自分の鞄はどうしたんだ」

戦場ヶ原「教科書は全て頭の中に入っているわ。だから学校のロッカーに置きっぱなし。身体中に文房具を仕込んでおけば、鞄は不要ね。私の場合、体育の着替えなんかは、いらないし」

承太郎「…なるほど」

戦場ヶ原「両手が自由になっていないと、いざというときにどうしたって戦いにくいもの」

承太郎「ああ、そうだな」

服がほつれたりしないように大きな入り口から入ったところで、戦場ヶ原は言った。

戦場ヶ原「一つ言っておくわ」

承太郎「ん……?」

戦場ヶ原「もしもあなたが私を騙し、こんな人気の無い廃墟に連れ込んで、カッターナイフで切られた件で仕返しを企んでいるというのなら、それは筋違いというものよ」

承太郎「…………」

いや、合ってはいるだろう……。
そんなことをするつもりはねーがな。

戦場ヶ原「いいこと?もしも私から一分おきに連絡がなかったら、五千人のむくつけき仲間が、あなたの家族を襲撃することになっているわ」

承太郎「大丈夫だ……余計な心配をするな」

戦場ヶ原「父親はジャズミュージシャンで、母親はイギリス系アメリカ人なんですってねえ」

こいつ…家族の情報を把握してやがる。
嘘ではあっても冗談ではないらしいな。

とにかく、多少の不死身を見せたところで、どうやら俺は全然信用されてねーようだった。
忍野は、こういうのは信頼関係が大事だと言っていたから、その点から鑑みるに、この状況はあまりいいとは言えねえみたいだな。
まあ、仕方ねえ。
ここから先は、戦場ヶ原一人の問題だ。
俺はただの、案内人だ。

ビルの中に這入る。
まだ夕方だが、建物の中というだけで、かなり薄暗い。
また、長期間放置されていたから足元がかなりとっちらかっている。
うっかりしていると、躓きかねない。

承太郎「……こっちだ」

入り口あたりで所在なさげに踏みとどまっていた戦場ヶ原の、手首を握るようにして、導く。
少し唐突だったから、戦場ヶ原は面食らったようだったが、

戦場ヶ原「何よ」

と言いながらも、素直についてきた。

戦場ヶ原「感謝するなんて思わないでね」

承太郎「分かっている」

戦場ヶ原「むしろあなたが感謝なさい」

承太郎「分からねえ……」

戦場ヶ原「あのカッター、貫通して傷が目立たないように刺さないで切ってあげたのよ?」

承太郎「…………」

普通口の中をカッターで切ったら貫通しなくても大事になるだろう……。

戦場ヶ原「まあ──」

戦場ヶ原は、若干間を空けて、言った。

戦場ヶ原「どの道、全然、無駄な気遣いだったわけだけれど」

承太郎「……だな」

戦場ヶ原「不死身って便利そうねって言われたら、傷つく?」

承太郎「別に……だな。確かに便利ではあったからな」

戦場ヶ原「そう」

承太郎「それに、もう不死身じゃあない。傷の治りがちっとばかし早いだけの、普通の人間だ」

戦場ヶ原「ふうん。そうなんだ」

戦場ヶ原はつまらなそうに呟いた。

戦場ヶ原「機会があれば色々と試させてもらう予定だったのに、がっかりだわ」

承太郎「…………」

何をする気だったんだこいつ。

忍野がいるのは、大抵四階だ。
エレベーターもあるが、当然のように稼動していない。
だから、戦場ヶ原の手を引いたまま、階段を昇る。

戦場ヶ原「それにしても、よく、こんな、今にも壊れそうなビルに住んでいるわね──その、忍野って人」

承太郎「ああ……随分な変わり者でな…」

戦場ヶ原「事前に連絡を入れたりするべきじゃなかったかしら?」

承太郎「残念ながら、あいつは携帯を持っていないんでな」

戦場ヶ原「どうにも正体不明ね。不審人物と言ってもいいくらい。一体、何をやっている人なの?」

承太郎「よくわからんが俺や、戦場ヶ原みたいなのを専門にしているらしいぜ」

戦場ヶ原「ふうん」

四階。
元が学習塾だから、教室の様な造りの部屋が、三つあるのだが──どの教室も、扉が壊れてしまっていて、廊下まで含めて一体化している状態。
さて忍野はどこにいるのやらと、まずは一番近場の教室を覗いて見たら。

忍野「おお、承太郎くん。やっと来たのか」

と。
忍野メメは、そこにいた。

今回はここまでです

なかなか時間がとれずあまり書けていませんが、とりあえず出来ているところまで投下します

忍野「おお、承太郎くん。やっと来たのか」

と。
忍野メメは、そこにいた。
ボロボロに腐食した机をいくつか繋ぎ合わせ、ビニール紐で縛って作った、簡易製のベッドの上に、胡座をかいて、こっちを向いていた。
俺が来ることなど分かりきっていたという風に。
相変わらず──見透かしたみてえな男だ…。

忍野「なんだい。承太郎くん、今日はまた違う女の子を連れているんだね。きみは会うたんびに違う女の子を連れているなあ──全く、ご同慶の至りだよ」

承太郎「やかましい」

忍野「ふうん──うん?」

忍野は。
戦場ヶ原を、遠目に眺めるようにした。
その背後に、何かを見るように

忍野「……初めまして、お嬢さん。忍野です」

戦場ヶ原「初めまして──戦場ヶ原ひたぎです……空条くんとは、クラスメイトで、忍野さんの話を教えてもらいました」

忍野「はあ──そう」

忍野は、意味ありげに頷く。
火のついていない煙草をくわえて、割れた窓の向こうの景色を示すようにした。
そして、たっぷり間を空けてから、俺を向く。

忍野「前髪が直線な女の子が好みかい?」

承太郎「…………」

忍野「分かった、僕が悪かった。だから早くその『スタープラチナ』を引っ込めてくれないかい」

承太郎「…………まあ、詳しい話は本人から聞いてもらうが、とにかく、忍野──こいつが二年前くらいに──」

戦場ヶ原「こいつ呼ばわりはやめて」

承太郎「…じゃあ、何て呼べばいい」

戦場ヶ原「戦場ヶ原様」

承太郎「……この戦場ヶ原が二年前くらいに──」

戦場ヶ原「待って、まず、私としては一番最初に訊いておきたいのだけれど」

戦場ヶ原はそう言って、教室の片隅を指さした。
そこでは、膝を抱えるようにして、小さな女の子、学習塾というこの場においてさえ不似合いなくらいの小さな、八歳くらいに見える、ヘルメットにゴーグルの、肌の白い女の子が、膝を抱えて、体育座りをしていた。

戦場ヶ原「あの子は一体、何?」

承太郎「……あれは気にしなくていい……ただあそこで座っているだけの、影も形もなく、名前や存在すらねえ、そういう奴だ」

忍野「いやいや、承太郎くん。影と形、それに存在がないのはその通りだけれど、名前は昨日、つけてやったんだ。ゴールデンウイークにはよく働いてくれたしね」

承太郎「……どんな名前だ?」

忍野「忍野忍、と名付けてみた」

……日本の名前じゃねえか。

忍野「刃の下に心あり。彼女らしい、いい名前だろう?」

承太郎「…いいんじゃあないか?」

戦場ヶ原「だから、あの子は一体何なのよ」

承太郎「何でもねえ」

強いて言うなら──吸血鬼の成れの果てだが……とくに言う必要もないだろう。

戦場ヶ原「何でもないの。ならいいわ」

……なら聞くんじゃあねえ。

戦場ヶ原「そんなことより──私を助けてくださるって、聞いたのですけれど」

忍野「助ける?そりゃ無理だ」

忍野は茶化すような、いつもの口調で言った。

忍野「きみが勝手に一人で助かるだけだよ、お嬢ちゃん」

戦場ヶ原「…………私に向かって──同じような台詞を吐いた人が、今まで、五人いるわ。その全員が、詐欺師だった。あなたも、空条くんの言う『スタンド』は見えるようですけど──その部類なのかしら?忍野さん」

忍野「はっはー。お嬢ちゃん、随分と元気いいねえ。何かいいことでもあったのかい?…………ま、何にせよ」

忍野は気楽そうに言った。

忍野「話してくれないと、話は先に進まないかな。僕は読心の類はどうも苦手でね。それ以上に対話ってのが好きなんだ、根がお喋りなもんでね。とはいえ秘密は厳守するから、平気平気」

戦場ヶ原「…………」

承太郎「…………なら、まず俺が簡単に説明するが──」

戦場ヶ原「いいわ、空条くん」

戦場ヶ原が、またも、大枠を語ろうとした俺を、遮った。

戦場ヶ原「自分で、するから」

承太郎「…………」

戦場ヶ原「自分で、できるから」

そう言った。

三十分後。
俺は、忍野と忍の居ついている学習塾跡を離れ、戦場ヶ原の家にいた。
戦場ヶ原の家。
民倉荘。
木造アパート二階建て、築三十年。トタンの集合郵便受け。かろうじて、シャワーと、水洗のトイレは備え付け。
いわゆる1K、六畳一間、小さなシンク。最寄りのバス停まで徒歩二十分。家賃は概算、三万円から四万円(共益費・町内会費・水道代込み)。

戦場ヶ原「母親が怪しい宗教に嵌まってしまってね……財産を全て貢いだどころじゃ済まなくて、多額の借金まで背負ってしまってね。」

承太郎「…………」

宗教…か……。
悪徳な、新興宗教に嵌まった。
それがどんな結果を招くのか、なんて。

戦場ヶ原「結局、去年の暮れに、協議離婚が成立して、私はお父さんに引き取られ、ここで二人で暮らしているわ。
もっとも、二人で暮らしているといっても、借金自体はお父さんの名前で残っていて、今もそれを返すために、あくせく働いているから、お父さん、滅多に帰ってこないけれどね。事実上の一人暮らしは、気楽でいいわ」

承太郎「…………戦場ヶ原。母親が宗教に嵌まったって──そいつはひょっとして、お前のためか?」

戦場ヶ原「嫌な質問ね」

戦場ヶ原は笑った。

戦場ヶ原「さあね。わからないわ。違うのかも」

それは──嫌な答えだった。
嫌な質問をしたのだから、当然かもしれねえがな…。

一緒に暮らしている家族だ、娘の重みが無くなったなんて事実に、気付かないはずがねえ──まして、母親が、気付けないはずがねえ。
机を並べてればいい学校とは訳が違う。
大事な一人娘の身体に、とんでもない異常が起こっていることくらい、簡単に露見する。
そして、医者も事実上匙を投げ、検査を続けるだけの毎日となれば、心に拠り所を求めてしまっても、それは誰かに責められるようなものではないだろう…。
いや、責められるべきなのかもしれねえな。
俺にわかる話じゃあねえが。

ともかく。
ともかく、俺は──戦場ヶ原の家、民倉荘の二○一号室で、座布団に座って、卓袱台に用意された湯のみに入ったお茶を、ぼおっと見つめていた。
あの女のことだからな、てっきり『外で待っていなさい』とか言うと思ったのだが、すんなりと抵抗なく、部屋に招き入れた。
お茶まで出しやがった。それはちょっとした衝撃だったぜ。

その戦場ヶ原は今、シャワーを浴びている。
身体を清めるための、禊ぎだとか。
忍野いわく、冷たい水で身体を洗い流し、新品でなくともよいから清潔な服に着替えてくるように──との、ことだった。
要するに俺はそれにつき合わされているというわけだ──まあ、学校から忍野のところまで俺のバイクで向かってしまった都合上、それは当然のことでもあったのだが、それ以上に忍野から、色々言い含められているので、仕方ねえ。

俺は、とても年頃の女の部屋とは思えねえ、殺風景な六畳間をぐるりと見、それから、背後の小さな衣装箪笥にもたれるようにして──
先刻の、忍野の言葉を、回想した。

今回はここまでです

ここ最近忙しくて更新できませんでした、すいません。
投下します

忍野「『おもし蟹』」

戦場ヶ原が事情を語り終わったところで、忍野は、「成程ねえ」と頷いた後、しばらく天井を見上げてから、ふと思いついたような響きで、そう言った。

戦場ヶ原「おもしかに?」

戦場ヶ原が訊き返した。

忍野「九州の山間あたりでの民間伝承だよ。地域によっておもし蟹だったり、重いし蟹、重石蟹、それに、おもいし神ってのもある。
この場合、蟹と神がかかっているわけだ。細部は色々ばらついているけど、共通しているのは、人から重みを失わせる──ってところだね。
行き遭ってしまうと──下手な行き遭い方をしてしまうと、その人間は、存在感が希薄になるそうだ、とも。存在感どころか、存在が消えてしまうって、物騒な例もあるけれどね」

承太郎「…蟹、か……だが、なぜ九州のやつがこんなところにいやがる」

忍野「日本の片田舎で吸血鬼に襲われたきみがそれを僕に訊くなよ。場所そのものに意味があるんじゃないからね、別に。そういう状況があれば──そこに生じる、それだけだ」

勿論、地理気候も重要だけれど、と付け加える忍野。

忍野「この場合、別に蟹じゃなくてもいい。兎だって話もあるし、それに──忍ちゃんじゃないけれど、美しい女の人だっていう話もある」

承太郎「ほお……月の模様みてーだな」

忍野「まあ、お嬢ちゃんが行き遭ったのが蟹だっていうんなら、今回は蟹なんだろう。一般的だしね」

戦場ヶ原「名前なんてのは何だって構いませんけれど……それも、空条くんが言っていた、『スタンド』なんですか」

忍野「違うよ。おもし蟹は『怪異』だ」

承太郎「……『怪異』と『スタンド』はどう違うんだ?」

忍野「『怪異』は『スタンド』も含めての呼び名だよ。『怪異』ってのは、怪しくて異なるものの総称だからね。ちなみに『おもし蟹』は神様で『スタンド』は…守護霊に分類されるかな。」

承太郎「…成る程」

忍野「ま、お嬢ちゃんは、運の悪い中じゃあ運のいい部類だよ。そこの承太郎くんなんて、行き遭うどころか襲われたんだから。それに較べればお嬢ちゃんは全然マシだ」

戦場ヶ原「どうしてですか」

忍野「神様なんてのは、どこにでもいるからさ。どこにでもいるし、どこにもいない。お嬢ちゃんがそうなる前からお嬢ちゃんの周りにはそれはあったし──あるいはなかったとも言える」

忍野は言う。

忍野「勘違いするなよ、お嬢ちゃん。きみは何かの所為でそうなったわけじゃない──ちょっと視点が変わっただけだ」

戦場ヶ原「視点が?何が──言いたいんですか?」

忍野「被害者面が気に食わねえっつってんだよ、お嬢ちゃん」

唐突に、辛辣な言葉を、忍野は放った。
戦場ヶ原の反応が気になったが──しかし、戦場ヶ原は、何も、返さなかった。
甘んじて受けたようにも思えた。
そんな戦場ヶ原を、忍野は、
「へえ」
と、感心したように見た。

忍野「なかなかどうして。てっきり、ただの我儘ぬかすアマちゃんかと思ったけど」

戦場ヶ原「どうして──そう思ったんですか」

忍野「おもし蟹に遭うような人間は大抵そうだからだよ。遭おうと思って遭えるもんじゃないし、通常、障るような神でもない。吸血鬼とは違う」

障らない…

忍野「憑くのとも違う。ただ、そこにいるだけだ。お嬢ちゃんが何かを望まない限り──実現はしないんだ。
いや、もっとも、そこまで事情に深入りするつもりはないけれどね。僕はお嬢ちゃんを助けたいわけじゃないんだから」

勝手に助かるだけ──。
こいつはいつも、そう言うな。

忍野「いいよ。わかった。体重を取り戻したいというのなら、力になるさ。承太郎くんの紹介だしね」

戦場ヶ原「……助けて──くれるんですか」

忍野「助けない。力は貸すけど」

そうだね、と左手首の腕時計を確認する忍野。

忍野「まだ日も出ているし、一旦家に帰りなさい。それで、身体を冷水で清めて、清潔な服に着替えてきてくれる?こっちはこっちで準備しておくからさ。お嬢ちゃん、夜中に家、出てこられる?」

戦場ヶ原「平気です。それくらい」

忍野「じゃ、夜中の零時ごろ、もういっぺんここに集合ってことで、いいかな」

戦場ヶ原「いいですけれど──清潔な服って?」

忍野「新品じゃなくてもいいけど。制服ってのは、ちょっとまずいね。毎日着ているものだろう」

戦場ヶ原「……お礼は?」

忍野「は?」

戦場ヶ原「とぼけないでください。ボランティアで助けてくれるというわけではないんでしょう?」

忍野「ん。ま、その方がお嬢ちゃんの気が楽だっていうなら、貰っておくことにしようか。じゃ、そうだね、十万円で」

俺のときとは随分対応が違うじゃねえか……。

戦場ヶ原「十万円──ですか」

忍野「払える?」

忍野は戦場ヶ原に問う。
戦場ヶ原は、
「勿論」
と、言った。
戦場ヶ原「どんなことをしてでも、勿論」

そして──
そして、三十分後──今現在だ。
戦場ヶ原の家。
もう一度──見回す。
衣装箪笥と卓袱台、小さな本棚の他には何もねえ。
まるで昔の苦学生だな。
忍野は戦場ヶ原のことを、俺よりは全然マシだとか言っていたが、それはどうなんだろうな。
命の危険とか、周囲に及ぼす迷惑って意味じゃあ、確かに、春休みに吸血鬼に襲われた俺や、ゴールデンウィークに猫に魅せられた羽川の方が悲惨だったと、言えるのだが……。
まあ、俺にわかる話じゃねえ。

戦場ヶ原「シャワー、済ませたわよ」

戦場ヶ原が脱衣所から出てきた。

承太郎「……おいてめえ…………なぜ服を着てねえ……」

戦場ヶ原「持って入るのを忘れていかのよ。そこをどいて頂戴。服が取り出せないわ」

承太郎「……部屋の外にいる……終わったら呼んでくれ」

戦場ヶ原「あら、心配しなくても羽川さんには内緒にしておいてあげるのに」

承太郎「……羽川?」

戦場ヶ原「彼女、空条くんの片恋相手じゃないの?」

承太郎「違う…」

戦場ヶ原「そんなんだ。よく話しているから、てっきりそうなんだと思ったのだけれど」

……一応クラスの中のことも見ているのか。

承太郎「…よく話しているのは、あいつが勝手に話しかけてきているだけだ」

戦場ヶ原「身の程知らずな口振りね。羽川さんの方が、あなたに片恋だとでも言いたいの?」

承太郎「違う……単に面倒見がいいだけだ…」

戦場ヶ原「羽川さんも──忍野さんの、お世話になったのね?」

承太郎「ああ……」

戦場ヶ原「ふうん、そう。でもね、空条くん。悪いけれど、私はまだ、忍野さんのことを、半分も信頼できてはいないのよ。
彼のことをおいそれと信じるには、私は今まで、何度も何度も、騙され続けているわ」

承太郎「…………」

そうだな……確かにあの野郎は人から紹介されたところで、易々と信じられねえだろう。
戦場ヶ原みてえな経験をしていれば、尚更だ。

戦場ヶ原「ねえ、空条くん。一つ訊いていい?どうでもいいことなのだけれど」

承太郎「……何だ…?」

戦場ヶ原「月の模様みたいって、どういうこと?」

承太郎「?…………ああ…あれだ…蟹のことだ。兎だったり美人だったりする……と、忍野のやつ、言っていただろう。
…月の模様は兎だったり、蟹だったり、美人の横顔だったりすると言うらしいからな」

戦場ヶ原「そうなんだ。そんなくだらないことをよく知っているわね」

承太郎「……前に、ある占い師に、教えてもらったもんでな………」

戦場ヶ原「そう…………終わったわよ」

承太郎「そうか」

戦場ヶ原「もしも全てがうまく行ったら、北海道へ蟹を食べに行きましょう」

承太郎「……好きにすりゃあいい」

戦場ヶ原「あなたも行くのよ」

承太郎「なぜだ?」

戦場ヶ原「あら、知らなかったの?」

戦場ヶ原は微笑した。

戦場ヶ原「蟹って、とっても、おいしいのよ」

承太郎「…………」

……それとこれと、どういう関係があるのか、俺には分からなかった。

夜中の零時、少し過ぎたところで。
俺と戦場ヶ原は、例の学習塾跡に、バイクで、戻ってきた。後部座席用の座布団には、戦場ヶ原の家にあったものを使用した。
バイクを夕方と同じ場所に停め、同じ金網の裂け目から敷地に入ったら、入り口のところで、忍野はもう待っていた。
ずっとそこにいたという風に。

戦場ヶ原「……え」

その忍野の服装に、戦場ヶ原が驚く。
忍野は、白ずくめの装束──浄衣に身を包んでいた。ぼさぼさだった髪もぴったりと整えられて、夕方とは見違えてしまうような、少なくとも見た目だけは小綺麗な格好になっていた。

戦場ヶ原「忍野さんって──神職の方だったんですか?」

忍野「いや?違うよ?大学の学科はそうなんだけれど、神社に就職はしていない。色々思うところがあってね。何、この服装は、単純に身なりを整えただけだよ。
神様に遭うんだから、僕だって、きっちりしておかないとね。雰囲気作りだよ」

戦場ヶ原「は、はあ……」

承太郎「…………?」

……若干過剰反応じゃあないか?確かに、面食らう格好だが……

忍野「じゃ、さっさと済ませてしまおう。三階に、場を用意しているから」

言って、忍野はビルの中の暗闇に消えていく。
夕方のように、戦場ヶ原の手を引いて、忍野を追った。

戦場ヶ原「ねえ」

意を決したような口調で、戦場ヶ原が言った。

戦場ヶ原「あの蟹は──今も私のそばにいますか?」

忍野「そう。そこにいるし、どこにでもいる。ただし、ここに降りてきてもらうためには──手順が必要だけどね」

三階に到着した。
教室の中の、一つに入る。
入ると、確かにそれらしい場が、出来ていた。

忍野「ま、結界みたいなものだよ。よく言うところの神域って奴ね。そんな気張るようなもんじゃない。お嬢ちゃん。そんな緊張しなくたっていいよ」

戦場ヶ原「緊張なんて──していないわ」

忍野「そうかい。そりゃ重畳だ」

言いながら、教室に入る。

忍野「二人とも、目を伏せて、頭を低くしてくれる?」

承太郎「何?」

忍野「神前だよ。ここはもう」

そして──三人、神床の前に、並ぶ。

承太郎「なあ──忍野」

忍野「なんだい?承太郎くん」

承太郎「俺がいる意味はあるのか?」

忍野「一応、いざってこともあるからね。多分大丈夫だけれど、いざってこともあるにはあるさ。そのときは、承太郎くん、きみがお嬢ちゃんの壁になってあげるんだよ」

承太郎「……何だと?」

忍野「その不死身の身体と無敵のスタープラチナは何のためにあるんだ?」

承太郎「…………」

戦場ヶ原「空条くん」

戦場ヶ原がすかさず言った。

戦場ヶ原「わたしのこと、きっと、守ってね」

承太郎「…ああ……」

忍野は供物の内から酒を手にとって、それを戦場ヶ原に手渡した。

戦場ヶ原「え……何ですか?」

戸惑った風の戦場ヶ原。

忍野「お酒を飲むと、神様との距離を縮めることができる──そうだよ。ま、ちょっと気を楽にしてってくらいの意味で」

戦場ヶ原「……未成年です」

忍野「酔うほどの量は飲まなくていいさ。ちっとだけ」

戦場ヶ原「…………」

逡巡した後で、結局、戦場ヶ原はそれを一口、飲み下した。それを見取って、戦場ヶ原から返還された杯を、元あった場所に、忍野が返す。


忍野「さて。じゃあ、まずは落ち着こうか」

正面を向いたまま──
戦場ヶ原に背を向けたままで、忍野は言う。

忍野「落ち着くことから、始めよう。大切なのは、状況だ。場さえ作り出せば、作法は問題じゃあない──最終的にはお嬢ちゃんの気の持ちよう一つなんだから。
リラックスして。警戒心を、解くところから始めよう。ここは自分の場所だ。きみがいて、当たり前の場所。頭を下げたまま目を閉じて──数を数えよう。一つ、二つ、三つ────落ち着いた?」

戦場ヶ原「──はい」

忍野「そう──じゃあ、質問に答えてみよう。きみは、僕の質問に、答えることにした。お嬢ちゃん、きみの名前は?」

戦場ヶ原「戦場ヶ原ひたぎ」

忍野「通っている学校は?」

戦場ヶ原「私立直江津高校」

忍野「誕生日は?」

戦場ヶ原「七月七日」

質問と、回答が、続く。
そして、何度目かの質問。

忍野「今までの人生で」

忍野は変わらぬ口調で言った。

忍野「一番、辛かった思い出は?」

戦場ヶ原「……………………」

戦場ヶ原は──ここで、答えに詰まった。

忍野「どうしたの?一番──辛かった、思い出。記憶について、訊いているんだ」

戦場ヶ原「……お」

沈黙を守ることのできる──雰囲気ではなかった。

戦場ヶ原「お母さんが──」

忍野「お母さんが」

戦場ヶ原「悪い、宗教に嵌まったこと」

言っていたな…。悪い宗教に嵌まった、と。
だが──それは。
それは…。

忍野「それだけかい?」

戦場ヶ原「……それだけって」

忍野「それだけじゃ、大したことではない。信仰の自由は認められている。」

戦場ヶ原「…………」

忍野「だから──それだけじゃない。言って御覧。何があった。お母さんが悪徳宗教に騙されて──そのあと」

戦場ヶ原は、下唇を強く噛む。

戦場ヶ原「う──うちに、その宗教団体の、幹部の人が、お母さんに連れられて、やってきて」

忍野「幹部の人がやってきて、どうした?」

戦場ヶ原「じょ──浄化、だと言って。儀式だといって──私──を」

戦場ヶ原は、苦痛の入り混じった声で言った。

戦場ヶ原「わ──私に、乱暴を」

忍野「それは、暴力的な意味で?それとも──性的な意味で?」

戦場ヶ原「性的な──意味で。そう、あの男は、私を──」

…色んなものに耐えるように、戦場ヶ原は続ける。

戦場ヶ原「私を──犯そうとしたわ」

忍野「……そうかい」

……成る程な
いくつかの事に、説明がついた気がするぜ。

戦場ヶ原「近くにあったスパイクで、殴ってやったわ」

忍野「……勇敢だね」

戦場ヶ原「でも──お母さんは私を助けてくれなかった」

ずっと、そばで見てたのに。
戦場ヶ原は──淡々と。
淡々と、答える。

戦場ヶ原「どころか──私をなじったわ。そして、私が、その幹部に、怪我をさせたせいで──お母さんは」

忍野「お母さんは、『ペナルティ』を負った?」

戦場ヶ原「はい」

忍野「娘が幹部を傷つけたんだから──当然だね」

戦場ヶ原「はい。だから──私の家族は、壊れたわ。完全に壊れて──完全に壊れたのに、それなのに、まだ、その崩壊は、続いている。続いています」

忍野「お母さんは、今、どうしてる?」

戦場ヶ原「知らない」

忍野「知らないということはないだろう」

戦場ヶ原「多分、まだ──信仰を続けているわ。懲りもせず──恥ずかしげもなく」

忍野「それも、辛いかい?」

戦場ヶ原「辛い──です」

忍野「どうして、辛い?もう関係ない人じゃないか」

戦場ヶ原「考えてしまうんです。もしも私があのとき──抵抗しなかったら、少なくとも──こんなことには、ならなかったんじゃないかって」

壊れなかったんじゃないかって。
壊れなかったんじゃないかって。

忍野「そう思う?」

戦場ヶ原「思う──思います」

忍野「本当に、そう思う?」

戦場ヶ原「……思います」

忍野「だったらそれは──お嬢ちゃん。きみの思いだ」

忍野は言った。

忍野「どんな重かろうと、それはきみが背負わなくてはならないものだ。他人任せにしちゃあ──いけないね」

戦場ヶ原「他人任せに──し」

忍野「目を開けて、見てみよう」

そして──
忍野は目を開けた。
戦場ヶ原も、そっと──目を開けた。
そして──そこに、今まで何もなかった場所に、『蟹』がいた。

戦場ヶ原「あ、ああああああッ!」

戦場ヶ原が──大声を上げた。
かろうじて、頭は下げたままだが──その表情は、驚愕に満ち満ちていた。身体が震え──一気に汗が噴き出している。
取り乱していやがる。
あの──戦場ヶ原が。

忍野「何か──見えるかい?」

忍野が問う。

戦場ヶ原「み──見えます。あのときと同じ──あのときと同じ、大きな蟹が、蟹が──見える」

忍野「そうかい。僕には全く見えないがね」

忍野は振り返り、俺を見る。

忍野「承太郎くんには、何か見えるかい?」

承太郎「……ああ、見えるぜ。馬鹿デカい蟹がな」

忍野「………………」

…何だその顔は。

戦場ヶ原に向き直る忍野。

忍野「本当は蟹なんて見えて、いないんじゃない?」

この野郎……。

戦場ヶ原「い、いえ──はっきりと。見えます。私にも」

忍野「……そう。だったら言うべきことが、あるんじゃないか?」

戦場ヶ原「言うべき──こと」

そのとき。
戦場ヶ原は──顔をあげてしまった

「オラアッ!」

戦場ヶ原が顔をあげた瞬間飛んできた蟹を、スタープラチナで、殴る。
蟹は吹っ飛び──派手な音を立てて壁にぶち当たり、落ちる。

承太郎「やれやれ…素早い野郎だ。とりあえず当てるのがせいいっぱいだった」

しかし、蟹は落ちるとき逆さまになってしまっていた。
いくら素早くても、蟹ってぇのは逆さになってしまえば無力そのものだな…。
逆さになってもがいているうちに、近づいて、スタープラチナで押さえつける。

承太郎「忍野、どうすりゃいい」

忍野「そうだねえ……そのまま、潰しちゃってくれ。それでも一応、お嬢ちゃんの悩みは、形の上では解決するからさ。形の上ってだけで、根っこのところは残っちゃう姑息療法で、僕としては気の進むやり方じゃないけれど…、言葉が通じないなら戦争しかない」

承太郎「……分かったぜ…『スタープラチナ』…!」

戦場ヶ原「ま──」

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラアッー!」

『スタープラチナ』で、殴る、殴る、殴る。
しかし蟹は──『おもし蟹』は、全身に亀裂がはしったものの、潰れきらなかった。

承太郎「ン…こいつ。これだけ殴ったのにけっこう丈夫なやつだな…」

もう一度、殴ろうとして──

戦場ヶ原「待って」

戦場ヶ原が、俺を止めた。

戦場ヶ原「待って──空条くん。さっきは──驚いただけだから」

戦場ヶ原は言った。

戦場ヶ原「ちゃんと、できるから。自分で、できるから」

承太郎「…………」

戦場ヶ原は俺の足下の蟹に対して、姿勢を正して、手をついて、ゆっくりと──頭を下げた。
土下座の──形だった。

戦場ヶ原「──ごめんなさい」

まずは、謝罪の言葉。

戦場ヶ原「それから──ありがとうございました」

そこに、感謝の言葉が続いた。

戦場ヶ原「でも──もういいんです。それは──私の気持ちで、私の思いで──私の記憶ですから、私が、背負います。失くしちゃ、いけないものでした」

そして最後に──

戦場ヶ原「お願いです。お願いします。どうか、私に、私の重みを、返してください」

最後に、祈りのような、懇願の言葉。




戦場ヶ原「どうかお母さんを──私に、返してください」




蟹は、既に抵抗しなくなっていた。
起こし、手を離す。
自由になった途端に戦場ヶ原へと向かって行き、まるで同化でもするかのように──消えた。

戦場ヶ原は、全てが終わったことを理解しても、姿勢を崩すことなく、そのままわんわんと声を上げて泣きじゃくり始めてしまった。

だが忍野は──

忍野「……うん?」

と、何故か、不思議そうに、首を傾げていた──

ここまでです
承太郎に違和感を感じてしまうのは私が未熟なせいです。すいません

仗助のほうが良いという方、私も少し迷ったのですが吸血鬼も出るので承太郎にしました。ご了承ください

>>1乙 今追いつた。 

承太郎は190cm、ひたぎ背伸びしないと届かないのでは?

やっと終わりました……
長い間更新が止まってしまって申し訳ありませんでした
更新します

あとから聞いたのだが……。
どうやら俺は話の順番ってやつを間違えていたらしい。
戦場ヶ原が蟹に行き遭ったから、戦場ヶ原の母親が悪徳宗教に嵌まったのではなく──戦場ヶ原の母親が悪徳宗教に嵌まったからこそ、戦場ヶ原は蟹に行き遭ったらしかった。
戦場ヶ原の母親が悪徳宗教に嵌まったのは、戦場ヶ原が小学五年生のときだったらしい。
聞けば、その頃戦場ヶ原は──病弱な奴だったそうだ。
そして、あるとき、酷い大病を患った。医者ですら匙を投げるような、病状だった。
そのとき──
戦場ヶ原の母親は…心の、拠り所を求めた。
戦場ヶ原は、大手術の結果、何とか助かったそうだ。
しかし──戦場ヶ原の母親は──ますます、その宗教に、のめりこんでしまった。
だが、それからもしばらくの間、家庭は保たれていたらしい。
まあ、結局はあの事件のせいで崩壊したらしいがな。
ともかく、全ては中学生のときに、終わってしまっていたのだ……。
だから。
だから戦場ヶ原は──中学生でも高校生でもない、そんな中途半端な時期に──行き遭った。
一匹の蟹に。

忍野「『おもし蟹』ってのはね、承太郎くん。だからつまり、『おもいし神』ってことなんだよね」

忍野は言った。

忍野「分かる?『思いし神』ってことだ。また、『思い』と『しがみ』──『しがらみ』ってことでもある。
そう解釈すれば、重さを失うことで存在感まで失ってしまうことの、説明がつくだろう?
つまり人間の思いを、代わりに支えてくれる神様ってことさ」

つまり、蟹に行き遭ったとき。
戦場ヶ原は──母親を切ったのだ。
娘を生贄のように幹部に差し出し、助けもせず、そのせいで家庭も崩壊し、でも、あのとき自分が抵抗しなければ、そんなことはなかったのかもしれないと、思い悩むことを──やめた。
思うのを止めた。
重みを、無くした。
心の拠り所を──求めたのだ。

忍野「物々交換だよ。交換、等価交換。蟹ってのは、鎧を身に纏って、いかにも丈夫そうだろう?そういうイメージなんだろうね。
外側に甲羅を持つ。外骨格で、包みこむように、大事なものを保管する。すぐに消えてしまう泡でも吹きながらね。食えないよねえ、あれは」

やけに辛辣だな……。
蟹が嫌いなのか?

忍野「蟹ってのは、解ったような虫って書くだろう?解体する虫ってことでもあるのかな。
いずれ、水際を行き来する生物ってのは、そういうところに属するものなんだよね。
しかも連中──大きな鋏を、二つ、持ってやがる」

結論だが。
戦場ヶ原は重みを失って──重みを失って、思いを失って、辛さから、解放された。悩みもなく──全てを捨てることができた。
できたせいで。
かなり──楽になったらしい。
それが本音だそうだ。
重みを失ったことなど──戦場ヶ原にとっては、本質的な問題じゃあなかったのだ。
しかしそれでも──そうでありながら、戦場ヶ原は、そのことを、楽になってしまったことを、後悔しない日は、一日だって、なかったのだという。
だが、周囲との不調和からではない。
生活が不便になったからでもない。
友達を作れなかったからでもない。
全てを失ったからでもない。
思いを失ったから──それだけだそうだ。
五人の詐欺師。
それは、母親の宗教とは関係ないところの五人だったそうだが──それでも、忍野を含めて、半分も信用していないそんな奴らを、半分足らずとはいえ信頼してしまったのも──それがそのまま、戦場ヶ原の悔やみを表していると言えるだろう。
惰性でずっと、病院に通い続けたことといい──
何のことは無い。
戦場ヶ原は重みをなくしてからもずっとの間。
何も、諦めず。
何も、捨てていなかったのだ。

忍野「別に悪いことじゃないんだけれどねえ。辛いことがあったら、それに立ち向かわなければならないというわけじゃない。
立ち向かえば偉いというわけじゃない。嫌なら逃げ出したって、全然構わないんだ。
それこそ娘を捨てようが宗教に逃げようが、全然勝手だ。
特に今回の場合、今更思いを取り戻したところで、何にもならないんだから。そうだろう?
悩まなくなっていたお嬢ちゃんが、悩むようになるだけで、それで母親が帰ってくるわけでも、崩壊した家族が再生するわけでもない」

何にもならない。
忍野は揶揄でも皮肉でもなさそうに、言った。

忍野「おもし蟹は、重みを奪い、思いを奪い、存在を奪う。けれど、吸血鬼の忍ちゃんや色ボケ猫とは訳が違う──お嬢ちゃんが『望んだから』、むしろ『与えたんだ』。
物々交換──神様は、ずっと、そこにいたんだから。お嬢ちゃんは、実際的には、何も失ってなんかいなかったんだよ。それなのに」

それなのに。
それでも。
それゆえに。
戦場ヶ原ひたぎは──返して欲しかった。
返して欲しがった。
もう、どうしようもねえ、母親の思い出を。
記憶と悩みを。
それがどういうことかなんてのは俺には、本当のところはわからないし、これからもわからないままなのだろうが、そして、忍野の言う通り、だからどうということもなく、母親も戻らず家庭も戻らず、ただ戦場ヶ原が一人、ひたすら、辛い思いをするだけなのだろうが──
何も変わらないのだろうが。

戦場ヶ原「何も変わらないなんてことはないわ」

戦場ヶ原は、最後に言った。
赤く泣き腫らした目で、俺に向かって。

戦場ヶ原「それに、決して無駄でもなかったのよ。少なくとも、大切な友達が一人、できたのだから」

承太郎「そいつは誰のことだ?」

戦場ヶ原「あなたのことよ」

照れもなく、それに、遠回しにでもなく、堂々と──戦場ヶ原は、胸を張った。

戦場ヶ原「ありがとう、空条くん。私は、あなたにとても、感謝しているわ。今までのこと、全部謝ります。
図々しいかもしれないけれど、これからも仲良くしてくれたら、私、とても嬉しいわ」

戦場ヶ原からの不意打ちは、俺の胸に、深く、染み入ったのだった。
蟹を食べに行く約束は。
どうやら、冬まで待たなくてはいけないらしいな。




後日談。
翌日、疑問に思ったことを確かめるために、学習塾後に向かう。
忍野は、今日もまた、四階の一つ目の教室にいた。

忍野「やあ、やっと来たのか、承太郎くん。」

承太郎「ちょっと聞きたいことがあったもんでな…………忍野、てめえ何故昨日、蟹が消えたときに不思議そうな顔をしていやがった?」

俺の疑問に思っていて、聞きたかったこととは、このことだ。

忍野「そのことかい?決まっているじゃないか、あの時、蟹がとった行動が予想外だったからだよ……まあ、別にあのお嬢ちゃんに害があるわけではないだろうから、いいんだけどね」

承太郎「……予想外?どういうことだ」

忍野「僕はね、あの時、蟹はそのまま消えるものだと思っていたんだよ。
だけど実際には、あの蟹はお嬢ちゃんに取り憑いた──とは言ってもさっきも言ったように害があるわけじゃない……まあ、言ってしまえば守護霊ならぬ守護神になったって感じかな」

承太郎「取り憑いた…………だと?」

障るわけでも──憑くわけでもない、そんな神が?

忍野「きっと承太郎くんの『星の白金』に驚いたんだろうね。驚いて、慌てて近くにいたお嬢ちゃんに憑いたんだろうよ。
まあ、 『怪異同士は引かれ会う』って言うからね。お嬢ちゃんのこと、神経質になる必要はないけど ちょっとぐらい気にかけておきなよ?」

承太郎「……ああ」

……しかし、守護神か。
『重み』を奪い、『思い』を奪うあの蟹を、あいつが『スタンド』のように自在に操るようになるかもしれないと考えると…………なかなかの恐怖だな──



ここまでです
たかがこれだけの量を書くのに随分かかりましたね、ごめんなさい

>>161
そんなに違いますかね?
190cm代の人間を生で見たことがないので分からないのです

試験があったりしてしばらく更新できませんでした、すいません

短いけど投下します

五月十四日、日曜日。
俺は今、何をするでもなく、ただ歩いている。

確固たる目的もなく、ただ単に、でたらめに、気分気ままに足の向くままに、歩く。

この町に来てからは何もすることがないもんでな……こうして、歩くことが、自然と多くなった 。

少し前までは、旅をしていたせいで、こんな風に歩くこともできなかったからな。

少しばかり疲れて、そろそろどこかで休憩しようかと思った矢先、公園を見つけた。

浪白公園と、入り口にはあった。
それが『なみしろ』と読むのか『ろうはく』と読むのか、あるいはもっと他の読み方をするものなのか、俺にはまるでわからねえが。

……まあ読み方なんざどうでもいい。
俺は、ただ休憩するためだけにこの公園に寄るんだからな……。

それなりに大きい公園だ、ベンチの一つくらいあるだろう。
そう思い、公園に入ると──



「全く、馬鹿な奴め──小学生が高校生に勝てるとでも思ったか!ふははははははははは!」


……なにやら、勝ち誇っている男子高校生の姿が、そこにはあった。

ん……待てよ。
こいつはもしかして──

承太郎「……阿良々木……か?」

阿良々木「へ?」

やはりこいつか……やれやれだ。

こいつの名前は、阿良々木暦。
この町に来たばかりの頃に、ちょっとしたトラブルがあり、その時知り合った。
ちなみに、こいつも羽川や戦場ヶ原と同じく、クラスメイト、だ。

阿良々木「えっとだな……これは……その……何というか」

承太郎「…………」

ん……待てよ。
こいつは──

承太郎「……阿良々木……か?」

阿良々木「へ?」

やはりか……やれやれだ。

こいつの名前は、阿良々木暦。
この町に来たばかりの頃に、ちょっとしたトラブルがあり、その時知り合った。
ちなみに、こいつも羽川や戦場ヶ原と同じく、クラスメイト、だ。

阿良々木「えっとだな……今のは……その……何というか」

承太郎「…………」

阿良々木「まあ、過去のことは置いておいてだな、こいつ──」

指をさして、阿良々木は言う。

阿良々木「なんか、道に迷っているっぽいんだよ。見たところ、親とか友達とかと一緒にいる風でもないし。
あー、僕、朝から結構長い間、この公園にいるんだけどさ、こいつ、一度ここで、この住宅地図を、見てたんだ。
戻ってきたってことは、本格的に迷ってるってことだろ?誰か心配してる人がいたら厄介だろうし、なんか力になれるかなって思って」

承太郎「……ほう」

阿良々木「空条の家は、このあたりなのか?」

承太郎「いや……近いとは言えねーな。ここに来たのは、ただの散歩だ」

阿良々木「そうなのか……まあいいや、僕は今からこいつを送り届けに行くことにするよ。
……おい、八九寺。お前、本当は起きてるんだろ、気絶している振りなんかしやがって。さっき持っていたメモ、ちょっと見せてみろよ」

八九寺というのは、こいつの言う、迷子とやらの名前らしい。

承太郎「まあ、好きにすればいい。俺はそこのベンチで、少し休憩させてもらうぜ」

そう言って、俺は案の定設置されていたベンチへ向かう。
歩き疲れているからな……流石に付き合いきれねーぜ。

ベンチに座ってから、阿良々木の方を見てみると、あいつは既に、公園を後にしていた。

ここまでです
いつも大した量でもないくせに更新が遅くて申し訳ありません

年内にもう一度くらい更新しようと思っています

>>192
はミスです、ごめんなさい

スタンド使いがスタンド以外見えるとは一言も言及されていない。
唯一、確実に見えていたのは『幽霊』ただ一人+一匹。
蟹も見えているか、と言われたら怪しい感じ。
どこまで承太郎のブラッフ(ハッタリ)なのか。
とにかく乙です。

新年あけましておめでとうございます……というには遅過ぎますね……。
年末年始と忙しく、まともに書きためもできなかったのですが、近頃ようやく余裕ができてきました。 
あまりお待たせするのも心苦しいので、とりあえず数レス分投下させて頂きます。


承太郎「……そろそろ帰るか……」

阿良々木に出会ってから数十分。休憩というには長過ぎるような時間の間、俺はベンチに座っていた。
できることならもう少し座っていたいが、そろそろ昼飯時だ、帰らなければいけない。
……恐らく今頃、俺の家には、豪勢な昼食の用意がなされつつあるんだろうな……。

そう思いながら、公園を後にしようとした、その時──


阿良々木「こいつの家を探すのを手伝って下さい!」


ちょうど戻って来た阿良々木に土下座された。

承太郎「おい……てめえ何をしていやがる」

阿良々木「土下座だ」

承太郎「そんなことは見れば分かる……俺が訊きたいのは数十分も前に迷子を送りに行って、なんでまだ家についていないのか……ということだ」

阿良々木「……たどり着けないんだ」

承太郎「……なんだと?」

阿良々木「たどり着けないんだよ……おかしいんだ、いくら僕に土地勘が無いからって、こんなに迷うことは、普通、ないはずなのに──」


承太郎「……てめえが方向音痴なだけじゃあねーのか?」

阿良々木「いや……そんなことはないな、普通なら、地図を見ながらであれば、大抵の場所にはたどり着ける」

承太郎「…………」

……『普通』なら、そんなことはあり得ない、阿良々木がおかしいだけだ──と、切って捨てるのだろう。
だが……『普通』ではない、『異常』な事態だとしたら……もっというなら、怪しくて異なる事態だとすれば──。

承太郎「……どこだ?」

阿良々木「?」

承太郎「目的地だ……さっき言っていただろう……メモを見せろ、とか」

阿良々木「あ、ああ。えっと──」

阿良々木が住所を読み上げる。
……ふむ。この住宅地図では正確な場所までは分からないが、大体の場所が分かれば、あとは一つ一つ調べればいい。

承太郎「……行くぞ」

阿良々木「ああ……ほら、行くぞ八九寺」

八九寺「…………」


これだけです
投下してみれば、数レスどころか2レスでしたね……
これからも更新は続けていくので、今年もよろしくお願いします

今回もあまり量はないです……ごめんなさい
とりあえず投下します

承太郎「…………そういう訳だ、もうしばらく待っていてくれ…………ああ……じゃあな」

通話を切る。
今、俺は元いた公園の入り口付近にいる。阿良々木達は公園の中だ。
そろそろ昼も過ぎてしまうからな……母親にいらぬ心配をかけさせないよう電話をかけるため、先に入ってもらった……という訳だ。

……結果から言えば、阿良々木の言っていた通りだった。
俺達は、何度行っても、目的地に辿り着くことが、できなかった。

最初は、土地勘がないせいだと思った。
初めての土地だ、迷うのも仕方ないだろうからな……。
次に、地図が古いせいだと思った。
どうやら、最近になってこの辺りは区画整理をしたようで、新しい道路が入り混じり、あの公園の住宅地図と、全く違う様相を呈していたのだから。
しかしよく考えれば、道が増えたりしてはいるが、昔の道が完全になくなっているわけではない……構造的に迷うわけがないのだ……『普通』ならば。
二回目、三回目……と繰り返すうちに、違和感は大きくなっていき、明確なものとなっていた……。
だから俺は、結論づけた。この現象を──この『異常』な現象を──『怪異』の仕業だ……と。

だとすると……あの迷子の八九寺とやらに怪異がとり憑いているのだろうか。
それとも……やつ自身が──怪異だったり……するのか?。


…………ん。

承太郎「あれは……羽川、か」

道の向こうから歩いてこちらに向かって来る、制服を着た三つ編みのクラスメイト、羽川翼を発見する。
ちょうどあちらも俺に気づいたようで、手を振りながらやや歩調をあげて、やって来た。

羽川「やっほー、空条くん。どうしたの?何やってるの?こんなところで」

承太郎「……まあ、ちょっとな……。そう言うお前は、何をしているんだ」

羽川「私は、暇潰しだよ。……ほら、空条くんは知ってるんだよね。私、家、居づらいからさ。
図書館も開いてないし、日曜日は散歩の日なのよ。
健康にもいいしね」

承太郎「……そうか」

羽川翼。
異形の羽を、持つ少女。
学校では真面目で、品行方正な、非の打ちどころのないやつだが──家庭に不和を抱えている。
不和、そして歪み。
だから──猫に魅入られた。
そして、その問題が解決し、猫から解放されたところで、こいつの記憶が消えてなくなってしまったところで、不和も歪みもなくならねえ。
不和も歪みも残り続ける。
そういうことだ。

承太郎「……羽川、お前向こうの阿良々木が見えるか?」

羽川「え?あ、本当だ。阿良々木君だね……隣の女の子は、妹さんかな?」

………………。

承太郎「いや、迷子だそうだぜ。……俺達は、今あいつを送ろうとしているところだ……」

羽川「へえ~そうなんだ。……名前は?」

承太郎「……実際に、本人と話して、聞いてくりゃあいい。」

羽川「そうだね。じゃあ、ちょっとお話してこよっと。」

承太郎「ああ……そうしな」

そう言って、阿良々木達のもとへ向かう、羽川。
そう言えば……阿良々木と、羽川は知り合いだったか?
…………まあ、どうでもいいな。
今、一番の問題は……八九寺のことなのだから。
とりあえず、俺もあいつらの所へ向かうとするか──。

ここまでです
近頃は少し余裕もできてきたので、できれば週一で投下したいですね……あまり期待はしないで欲しいですが……
他のSSを書いてる人たちは何であんなに書けるんでしょうね?不思議です

羽川「可愛いねー、真宵ちゃん。やーん、本当、食べちゃいたいくらい。ほっぺたなんかぷにぷにじゃない。きゃー」

どうやら、羽川は八九寺のことを気に入ったようだな……。
しかし……こうして聞いているだけでもうっとおしい……やられている方はたまったもんじゃあねえな。

まあ……それはともかく。

承太郎「おい阿良々木……さっき俺に『こいつの家』を探すのを手伝えと言ったが……目的地は八九寺の家なのか?」

阿良々木「え?……ああ、いや……正確にはこいつの母親の家らしい」

承太郎「名字は?」

阿良々木「『綱手』……っていうそうだ」

承太郎「……そうか……お前、さっきのメモは持っているか?」

阿良々木「ああ、もちろん……ほら」

承太郎「羽川……一つ、頼みがあるんだが……」

羽川「ん?何かな?」

承太郎「阿良々木の持っている、このメモに書かれた住所の場所まで、案内してもらいたい」


羽川「え?それって……」

承太郎「ああ、もちろん……八九寺の目的地だ」

阿良々木「お、おい……空条。忘れたのか?さっきまで、何度も挑戦したのに、辿り着けなかったじゃないか」

承太郎「いや……忘れてなんかいねえ」

阿良々木「だったらどうして──」

承太郎「心配するな……お前と八九寺は、ここにいればいい……。俺と羽川だけで向かう」

阿良々木「?…… 何でだよ」

承太郎「理由がしりたければ後で説明する……とにかく、今はここで待っていな。……行くぞ、羽川」

羽川「う、うん……」

阿良々木は、納得がいかないようだったが……とりあえず、公園を出て再度、目的地へ向かう。

住所はもう頭に入っている……だから、ただ単に、俺の予想が当たっているのかを確認するだけならば……一人でも十分だった。
だがまあ、ついでに羽川に聞きたいこともあったからな……。

承太郎「羽川……目的地は『綱手』という家なんだが……何か知っているか?」

羽川「えっと…………ねえ、本当に、綱手さんのお家で間違いないのかな?」

承太郎「ああ……阿良々木が、本人から聞いたと言っていた……まず間違いないだろう」

羽川「そっか……」

承太郎「それで……何か知っているのか」

羽川「うん……でも取りあえず、自分の目で見てみた方が……いいと思う」

承太郎「……そうか」

羽川は、それっきり、目的地に着くまで何かを考え込んでいた。

歩いて十分ほど。
メモに書かれた住所の場所に、俺達は立っている。
阿良々木達と歩いた時は、何度繰り返しても辿り着けなかったにも関わらず、今度はあっさりと、到着できた。
……そして同時に、羽川が言いよどんでいた理由が分かった。

承太郎「…………いつこうなったのか、知っているのか?」

羽川「確か、十一年前だったと思う」

承太郎「……そうか」

目的地には、『綱手』と書かれた表札のかかった家は、無かった。

承太郎「つき合わせて悪かったな……もう散歩に戻ってくれて構わないぜ」

羽川「それはいいんだけど……空条くん……どうするつもり?」

承太郎「……取りあえず、やるべきことがあるんでな……俺はもう少しこのあたりにいることにする」

羽川「……分かったわ。それじゃあね、空条君。また明日」


阿良々木「やっと帰ってきたな……あれ?羽川は、どうしたんだ?帰ったのか?」

承太郎「ああ……。八九寺は……?」

阿良々木「……そこのベンチで寝てるよ。歩いてばかりで疲れたんじゃないか?」

承太郎「…………」

最初にこの公園に来たときのことを考えると、とてもじゃあないが歩き疲れが原因には思えないが……。
恐らく追求したところで誰も得をしないだろうからな……そういうことにしておいてやろう。

阿良々木「と、ところで、やっぱり迷って帰ってきたんだろ?」

承太郎「いや、そんなことはなかった」

阿良々木「……え? ということは……まさか……」

承太郎「ああ……そのまさかだ……。俺達は、目的地まで、辿り着いてきた」

阿良々木「ほ、本当か!?だったら、これで八九寺も──」

承太郎「まあ待て……聞きたいことがある」

阿良々木「え?な、なんだよ突然……」

承太郎「阿良々木、てめえは八九寺と、色々話していたな……どんな話をしていた?」

阿良々木「どんなって……世間話とかだよ」

承太郎「……そうか、それなら、八九寺の年齢、そして母親の家に行ったことがあるのか……知っているか?」

阿良々木「何なんだよいきなり……。そうだな……小学五年生だから……十一歳くらいかな。一応、母親の家に行ったことはあるらしいぞ」

承太郎「…………そうか」

もはや決定的だな……。

阿良々木「なあ、どうしたんだよさっきから。何か言いたいことがあるのか?」

承太郎「ああ……そうだ。今から……この現象──この決して『目的地』まで辿り着けない、この現象について、俺が出した結論を話そう」

俺は、ようやく辿り着いた真実を──恐らく、阿良々木にとっては残酷なものになるだろう真実を──告げる。

承太郎「『八九寺 真宵』は……怪異──つまり、『幽霊』だ」


阿良々木「…………………………え?」

空条の言葉に、僕は咄嗟に反応できず、馬鹿みたいに聞き返すことになる。
今──なんて、言った?
八九寺が──『幽霊』?

阿良々木「う、嘘……だろ?」

承太郎「いや……恐らく、間違っていないはずだ……」

阿良々木「何で……何でそういう結論になったんだよ」

承太郎「理由は勿論説明するが……まずは、嘘か本当かを、そいつに聞いてみたらどうだ」

阿良々木「え?」

言われて、空条が指差した方を見る。
そこには、いつの間にか、八九寺がいた。
小さな身体で、利発そうな女の子。
前髪が短く、眉を出したツインテイルをして、大きなリュックサックを背負った、八九寺がいた。

阿良々木「八九寺……本当……なのか?」

八九寺「……少し、話をきいてもらえますか?」

八九寺はそう言って、話し始めた。

十年ほど前、あるところで、一組の夫婦が、その関係に終焉を迎えたことを。

幼い一人娘は、父親の元に引き取られることになったことを。

その娘が、時が過ぎ、九歳から十一歳になったとき、自分の母親の顔を思い出せなくなって驚いたことを。

だから──その年の、五月、第二日曜日、母の日に、母親に会いにいくことにしたことを。

髪を自分で丁寧に結って、お気に入りのリュックサックに、母親が喜んでくれるだろう、そう信じたい、昔の思い出を、いっぱい詰めて。
道に迷わないよう、住所を書いたメモを、手に握りしめて、母親を訪れようとしたことを。

けれど。辿り着けなかったことを

信号は、確かに青だったのに、辿り着けなかったことを──

八九寺「──その一人娘というのが、わたしです」

と。
八九寺真宵は──告白した。
いや、懺悔だったのかもしれない。 
その、とても申し訳なさそうな、今にも泣き崩れてしまいそうな表情を見ていると、そうとしか考えられないくらいだった。

承太郎「……どうやら、俺の推測は当たっていたようだな……俺達が何度繰り返しても、目的地に辿り着けなかったのは……こいつ自身の仕業だった……」

空条が話し出す。

承太郎「つまり……そいつと行動を共にするから……迷うと、そういうことだ。」

そうか……それに気づいていたから、あの時羽川と二人だけで行ったのか。

承太郎「だから──」

阿良々木「だから……だからなんだよ、空条」

僕は遮るように言った。

阿良々木「そういうことを教えてほしくて、僕は空条に手伝いを頼んだわけじゃないだろうが」

承太郎「…………」

阿良々木「僕が手伝ってもらいたかったのは──こいつを、八九寺を、お母さんのところに連れて行ってやることだったろうが!」

怒鳴った。
空条を相手に──怒鳴ってしまった。

承太郎「……そのための方法を話そうとしていたんだがな…………やれやれだ」

阿良々木「え?」

呆気にとられた僕を尻目に、行くぞ、と、公園から出て行く空条。

阿良々木「行くって、どこへ」

承太郎「綱手家までだ」

そう言っている間にも承太郎はどんどん先に行く。
……やっぱり早とちりして怒ってしまったから機嫌を損ねたのだろうか……。

二十分後。
僕達は、行き止まりにいた。

阿良々木「おい、お前が言った方法で行けるんじゃなかったのかよ……空条」

道中、空条にしてもらっていた説明によると、八九寺は『知識』が蓄積しないらしい。
だから、最近の区画整理で作られた新しい道ばかりを選択していけば──辿り着けるとのことだったんだが……。

承太郎「……もっと離れていろ……破片が当たらないようにな……」

阿良々木「破片……?」

何を言っているのかよく分からないが、取りあえず言う通りにした。
その直後。

承太郎「『星の白金』ッ!」

『オラアッ!』

八九寺「!?」

阿良々木「?…………!?」

空条が謎の言葉を発すると同時に、僕達の前にあった壁が砕け、道ができた。

その時、僕は得体の知れない、強い、『エネルギー』を感じた……。

理由は分からないが、空条の人生には、いくつもの障害が立ちふさがるんじゃないか──でも、どんなときでも、きっと空条は、今みたいに、道を切り開いていくんじゃないかと……そう感じた。
……本当に理由は分からないが。

承太郎「さて……着いたぜ」

阿良々木「……え?……でも」

せっかく、空条が道を切り開いたというのに、達成感は皆無だった。

阿良々木「空条──ここで間違いないのか?」

承太郎「ああ」

断言する空条。
八九寺の母親の家──綱手家。
すっかり綺麗な──更地になっていた。

承太郎「これが、俺が八九寺を怪異だと断定した理由だ……羽川の話では、十一年前にはこうなっていたらしいからな……」

そうか……。たしかに、十一年前から綱手家がなくなっているなら、八九寺の話に矛盾がでてくる。
十一歳の八九寺が、ここにあった家に来たことがあるはず無いのだ。

阿良々木「でも……こんなことってあるのかよ」

そんな、都合よくいかないってことなのか……?
──だけど、それでも、ここくらいは都合よく出来上がってくれてないと、全てが台無しじゃないか。
全部、意味なんてなくなっちゃうじゃないか──

「う、うあ」

隣から、八九寺の嗚咽が聞こえた。
驚くことに精一杯で、肝心の八九寺のことを、全く気遣えずにいたことに思い至り、僕はそちらを振り向く──
八九寺は、泣いていた。
ただし俯いてではなく──前を向いて。
更地の上──家があっただろう、その方向を見て。

「う、うあ、あ、あ──」

そして。
たっ、と、八九寺は、僕の脇を抜けて、駆けた。






「──ただいまっ、帰りましたっ」




空条は。
きっと分かっていたのだろう。
新しい道を認識できない、情報の蓄積しない八九寺には、この更地に何が見えるのか。

大きなリュックサックを背負った女の子の姿は──すぐにぼやけて、かすんで、薄くなって……僕の視界から、あっと言う間に、消えてしまった。
けれど少女は、ただいま、と言った。
今や自分とは関係のある家じゃない、目的のための目的地でしかなかった場所なのに──あの子は、ただいまと言ったのだ。
家に帰ったときのように。
それは。
とてもいい話のように、思えた。
とても、とても。

承太郎「……さて、俺はそろそろ帰るとするぜ……流石に遅くなりすぎた」

阿良々木「……今日は、ありがとうな」
 
承太郎「ああ……」
 
そう言って、空条は歩いていった……。
その背中はとても大きく、逞しかった。

後日談。

忍野「『迷い牛』」

俺はあの後、家に帰り、母親に少し恨み言を言われた後、学習塾に向かった。
八九寺が、なんと言う怪異だったのか、気になったもんでな……。

忍野「『迷い牛』だと思うよ……多分。カタツムリなんなら間違いないんだけど……」

承太郎「カタツムリ?」

そう言えば、あいつの影を見た時、一瞬カタツムリが思い浮かんだな……。

忍野「そ。……しっかし凄いね。そんな悪質な怪異じゃないし、そこまで強力な怪異でもない。
まず大きな害はないとはいえ……自力で解決しちゃうなんて」

承太郎「……今回は、たまたまあの方法が使えたからな……」

忍野「それでも普通じゃないとおもうけどねえ。……それにしても、君にもその迷子ちゃんは見えていたんだろう?」 

承太郎「……?ああ……まあな」

忍野「そうかい。……『迷い牛』に遭うための条件っていうのは──家に帰りたくないと望んでいること、なんだけど……承太郎くんにも、そういった気持ちはあるんだね」

承太郎「…………」

……たしかに、あの時俺は、家に帰りたくない……ほどではないものの、帰るのが面倒くさい……くらいの気持ちは持っていた……。
母の日だからな……母親が豪勢な飯を作って待っているのはいいんだが……ほぼ確実にいつもよりベタベタしてくるだろうからな……。
いい加減子離れしてほしいものなんだが……。

承太郎「……すまなかったな……つまらんことで時間をとらせて」

忍野「いやいや、怪異譚を教えてくれるんだったら大歓迎だよ」

承太郎「そうか……邪魔したな」


翌日。
朝、学校へ向かう最中……曲がり角で少女にぶつかった。
前髪の短い、眉を出したツインテイル。
大きなリュックサックを背負った奴だった。

八九寺「あ……、承太郎さん」

承太郎「……何してやがる」

八九寺「あ、いえ、何と言いますか」

少女は、戸惑いの表情を見せてから、照れ笑いを浮かべる。

八九寺「えーっとですねっ、わたし、承太郎さん達のお陰で、無事に地縛霊から浮遊霊へと出世しましたっ。二階級特進というわけですっ」

承太郎「…………」

いい加減と言うか……何と言うか……。
まあ、今は登校中だ……呑気に話しているわけにもいかねえ。
少し言葉を交わして、別れを告げる

そこで言われた。

八九寺「あの、承太郎さん。昨日は殆どお話もしてませんし、お礼も十分なしてませんから……その」

微笑みながら、少女は言う。

八九寺「見かけたら、話しかけてくださいね」

……まあ、うっとおしくなければ、少しくらいは話してやってもいいか……そう思った。

ここまでです
これでやっと八九寺の話が終わりました……
やや寝不足なので微妙な仕上がりになってるかもしれません……すいません……

それと一つ報告です
まだ未定ですが、もしかするともう二度とこのスレを更新することができなくなるかもしれません
何故なら今書き込んでいるスマホが使えなくなるかもしれないからです
一応酉をつけておきます
来週までにははっきりすると思いますので決まり次第報告致します

検索したら酉がすぐに判明したので変えます

最近は余裕があったので、短いですが投下します

承太郎「なんのつもりだ?……こんな所までつれてきて」

あの母の日からおよそ二週間ほどたった平日の昼休み、飯を食べた後。俺は戦場ヶ原に連れられて、体育館の裏に来ていた。

戦場ヶ原「たいした用じゃないわ。ここに連れてきたのは……単に人目につかない場所だからよ」

承太郎「…………?」

戦場ヶ原「ほら、私、忍野さんに相談料を払わなくてはいけないでしょう?……でも私、あの人のこと嫌いだから、代わりに渡しておいてくれないかしら?」

嫌い……か。
随分はっきり言うな。

承太郎「ああ……それくらいなら、別にかまわないぜ……」

確かに、忍野は戦場ヶ原に、蟹の問題を解決する対価として、十万円要求していたな。
……あの蟹は、まだ戦場ヶ原の中にいるそうだが……。
まあ、悪影響がないのならいいだろう。

戦場ヶ原「そう、良かった。……じゃあ、これ……お願いね」

承太郎「ああ」

封筒を受け取り、念の為、中身を確認する。

承太郎「……きっちり十万円……入っているな……」

戦場ヶ原「当然よ……ところで、羽川さんに聞いたのだけれど……二週間程前の日曜日、大変なことがあったそうね」

……八九寺のこと……か。

承太郎「ん、いや……大変というほどでもなかったな……少々、歩き疲れはしたが」

戦場ヶ原「そう……私は、途中までしか羽川さんに聞いていないのだけれど……結局、どうなったのかしら?」

羽川に聞いたと言っても、羽川自身それほど事情を知ってるわけでもないからな……。
あの日起きたことを最初から結末、さらに後日談までを事細かに話すことにするか。

承太郎「──というわけだ」

戦場ヶ原「へえ……そんなことがあったのね。……でも、あれね。空条くんって結構──」

「おいッ!空条ッ!!」

戦場ヶ原は何かを言いかけたが……その言葉は、突然の怒号でかき消された。
見れば、生徒指導の先公が、そこに立っていた。

承太郎「……何の用だ?」

「とぼけるんじゃあないッ!話は聞いているんだ!」

……話?

戦場ヶ原「……先生。一体何故そんなにお怒りなのでしょうか?」

「……戦場ヶ原。こんなやつを庇う必要はないぞ?聞けば……こいつにカツアゲされたそうじゃないか」

カツアゲ……か。
なる程、どうやら、先程の金の受け渡しが、誰かに見られていたようだ……。
確かにこんな人気のないところで、俺が戦場ヶ原のようなやつから金を受け取っていれば、大抵の人間はカツアゲだと思うだろう。

承太郎「……待ちな、俺はそんな事──」

「お前は黙ってろッ!!大体いつまでそんな格好をしているつもりだ!自分が周りから浮いてることを分かってるのか!?お前みたいな奴が一人でもいると学校全体の評判が下がるんだぞ!?」

承太郎「…………」

やかましい野郎だな……。
以前から、こいつには目を付けられてはいたが、どうやら俺がカツアゲをしたという話を聞いて、堪忍袋の緒が切れたらしい。

戦場ヶ原「落ち着いて下さい先生……私は、カツアゲなんてされていませんし、庇っているわけでもありません」

「…………空条に金の入った封筒を渡したそうじゃあないか?」

戦場ヶ原「それは、私がお世話になった人に渡さなければいけないお金を、空条くんに代わりに渡してもらおうとしただけです」

「……それならなんで、こんな場所で渡したんだ」

戦場ヶ原「私のせいで、空条くんが勘違いされて嫌な目に合わないように……という配慮でした」

「…………すまなかった」

戦場ヶ原「いえ、それより……一体誰から、私がカツアゲをされている……なんていう話を聞かされたんですか?」

「それは……」

先公が言葉につまる。

戦場ヶ原「答えて下さい」

先公は、しばらく黙っていたが、戦場ヶ原の有無を言わせぬ口調に、遂に口を開いた。

「…………二年の、神原だ」

戦場ヶ原「………………そうですか、ありがとうごさいました」

……先公に告げ口をした、神原とかいうやつの名前を聞いた時、戦場ヶ原は、一瞬驚いたような顔をした。

「……以後こんなことがないようにしろよ」

先公がこの場を離れ、校舎に帰って行く。

戦場ヶ原「……教室に戻りましょう」

そう言って、歩き出した戦場ヶ原について行きながら、先程浮かんだ疑問を解消すべく、質問する。

承太郎「……戦場ヶ原、さっきあの野郎の言っていた、神原ってのは、知り合いなのか?」

戦場ヶ原「…………ただの、中学の頃の後輩よ。……今は、何の関係もないわ」

承太郎「…………そうか」

それなら、何故あの時、驚いた顔をした?
本当にただの後輩ならば、驚いた顔なんかしないだろう……そう思ったが、追及はしない。
恐らく、これ以上話したりはしないだろうからな。

戦場ヶ原「そんなことより、空条くん」 

神原の話題を避けるかのように、戦場ヶ原は、話を切り替えた。

戦場ヶ原「あなた、今度の試験、大丈夫なのかしら?」

承太郎「………………」

………………。

戦場ヶ原「…………お望みなら、教えてあげるわよ?勉強」

承太郎「…………頼む」

……自分でも一応勉強してはいるが……全くしていない時期があったせいで、なかなかついていくことができん。
今更だが、何故俺はわざわざ進学校に転校したのだろうか……。

戦場ヶ原「それじゃあ放課後、私の家に来て頂戴」

承太郎「……いきなりだな」

戦場ヶ原「なによ。不満でもあるの?」

承太郎「いや、ない。よろしく頼む」

戦場ヶ原「ええ。頼まれてあげるわ」

……やれやれだぜ。

ここまでです
不定期亀更新すみません

投下します

学校帰り。
迫る試験のことを考えながら道を歩いていると、前方にリュッサックを背負ったツインテイルの少女、即ち八九寺真宵を見かけた。

見かけたら話しかけてほしい、と言っていたな……。
しかし、俺が女子小学生と歩いていたら、一体周りの人間はどう思うのか……。
いや……そもそも周りの人間に、八九寺が見えるのか?
見えないとすれば、それはそれで周りからは独り言を言っているように見えるんだがな……。
……まあいい。
話しかけるとしよう。

承太郎「よう……八九寺」

八九寺「……おや、これはこれは、空条さんではないですか。お久し振りですねー、お元気でしたか?」

久し振り……か。
そう言えば、あれから二週間も経っているんだったな……あまりそんな気はしないが。

承太郎「ああ……まあな」

八九寺「そうですか、それは何より。またこうしてお会いできて嬉しいです」

話しながらも歩みは止めない。
この後の予定を考えると、立ち止まって話し続けるのはあまり好ましくないからだ。
八九寺の方も特に予定があったわけではないらしい……何も言わなくてもついてきた。

八九寺「空条さん、どちらに?」

承太郎「家だ。……まあ、すぐに出かけるんだがな」

八九寺「お出かけですか」

承太郎「ああ……もうすぐ実力テストというものがある……そのための勉強にな」

八九寺「ふむ?……つまり、図書館か何かでお勉強をしようということですか?」

承太郎「いや……同じクラスの奴の家で勉強を教えてもらう」

八九寺「そうですか……。頑張ってくださいね」

承太郎「ああ」

ただでさえ成績が悪いのに、服装等の件で目をつけられているからな……。
留年する可能性を考えると、頑張らないわけにはいかない。

八九寺「ところで、空条さんは私を見てもいきなり抱きついてきたりはしないんですね?」

承太郎「…………普通の男子高校生は、道行く小学生に抱きついたりはしねえ……」

八九寺「そうなんですか?とある男子高校生Aさんは『八九寺の様に可愛い女子小学生を見て抱きつくのは普通の男子高校生なら当たり前だ』と言っておりましたが」

承太郎「……そいつは只の幼女性愛者だ」

この場合は妖女性愛者とも言えるかもしれんな。
妖怪少女という意味だが。

八九寺「あの人は私に会うたびに抱きついたり、頬擦りをしたり、キスしたりしてきます」

承太郎「…………」

怪異よりも人間の方が怖いとはよく聞くが、何となく分かる気がした。
と言うか、何をやっているんだあいつ……。


その日はこのように、適当に話をしながら帰った。
結局、八九寺とは俺の家の前まで一緒に歩いた。
また会いましょう、と言って笑顔で別れる八九寺であった。
まあ、いつもその辺をうろうろしているそうだから、また近い内に会えるだろう。

そしてその後は、予定通り戦場ヶ原の家で勉強をしたが……これと言って変わったことは無かったので、特に語る必要はないだろう。
勉強し、遅くなる前に帰る……ただそれだけだった。

翌日。
校門を出た直後、後ろから声をかけられた。

「空条先輩」

振り返ってみると、短髪の──スカーフの色から察するに二年の、女子生徒が立っていた。

「……まずは、自己紹介をしないといけないな……私は、二年の神原駿河、という者だ」

二年の神原……?

承太郎「……昨日、俺がカツアゲをしていると、そう教師に告げ口した奴だったか?」

神原「……その通りだ、昨日は勘違いとはいえ、申し訳ないことをしてしまった。済まなかった」

承太郎「……いや、いい」

神原「心が広いな……。こんな簡単に許してもらえるとは思わなかった。どうやら空条先輩は実に寛大なお心をお持ちのようだな。清濁併せ呑む大きな心とはこのことだ」

承太郎「……」

面倒くさい奴だな……。

承太郎「……用はそれだけか?」

神原「……ん、いや…………空条先輩は、この後何か用事があるのか?」

承太郎「……試験が近いもんでな……同じクラスの、成績がいい奴に、勉強を教えて貰いに行く」

神原「ふうん……ああ」

神原は思いついたように、

神原「戦場ヶ原先輩か」

と言った。

承太郎「……よく分かったな」

神原「空条先輩のクラスで、成績がいいと言えば、戦場ヶ原先輩をおいて他にいないだろう」

……やはり、戦場ヶ原の後輩なんだな。
普通、俺のクラスで成績のいい奴と言えば、誰だって、羽川と答えるだろう。
……まあ、羽川を知らないだけという可能性もあるがな……。

だが……何故こいつは俺と戦場ヶ原が同じクラスだと知っている?
戦場ヶ原は、今はもう何の関係もないと言っていたが……少なくとも神原は、現在のクラスを知っているぐらいには、戦場ヶ原のことを気にかけているのいうことか……?

神原「………そういうことなら、邪魔をしてはいけないな。今日は、ここで失礼させてもらおうと思う。……空条先輩。ご武運を」

そう言って神原は、猛スピードで走り去っていった。
結局用件はなんだったんだ?
あの反応を見るに、謝罪だけではなかったようだが……?
……まあ、今優先すべきなのは、こんなことを考えることじゃあない……。
さっさと家に帰るとしよう。

ここまでです

投下します

承太郎「……戦場ヶ原」

戦場ヶ原の家での試験勉強中、戦場ヶ原に話しかける。
休憩中ではないので、問題を解きながらの会話だがな。

戦場ヶ原「……なにかしら?……まさか、その程度の問題も分からないなんて言うんじゃないでしょうね」

戦場ヶ原は、目もくれず、ノートに文字を書くペースもそのままに、呼びかけに応える。

承太郎「そうじゃあない……ひとつ、訊きたいんだが……何故、今は神原とは何の関係もないんだ?」

神原と会った時に生じた疑問だ。
高校に入ってから中学の時の後輩と疎遠になることぐらいよくあること……なのかもしれない。
俺と戦場ヶ原のクラスが同じだということも偶然知っていただけなのかもしれん。
だが、以前の……蟹から解放される以前の戦場ヶ原のことを考慮すると、別の考えが浮かぶ。

戦場ヶ原「……突然ね」

戦場ヶ原の手が止まる。

承太郎「一度気になると、夜も眠れねえたちでな……」

戦場ヶ原「……見当はついているんでしょう?」

承太郎「…………」

戦場ヶ原「……神原は一年前に私の秘密に気づいたの。空条くんと似たような対処を取らせて貰ったわ。……もっとも、神原はあなたと違って二度と私の前に姿を現さなかったけれど」

承太郎「…………」

戦場ヶ原「……これで満足かしら?」

承太郎「……ああ」

予想外ではあるが、想定内だ。
俺は、てっきり戦場ヶ原から関わらないでくれと言った程度だと思っていたんだがな……。

……ん。
昼間感じた、もう一つの疑問が解消されたな。……神原はただ謝りに来たわけじゃあなかった……恐らく、俺がどんな奴なのか、知りたかったんだ。
自分をも拒絶した戦場ヶ原が、関わりを持つ男が、どんな奴なのか。
……何故関わりを持っているのかを問われなかったのは……少し気になるが……。
まあ、何にせよそんな事を考えるのは後にすべきか。
今は勉強中だ。
若干疎かになっていた勉強に、再び集中し始める。
……この調子なら、そう酷い点はとらないだろう。


戦場ヶ原「そういえば」

あれから時間が経ち、日も落ちて、そろそろ帰ろうかと思い始めた頃、突然戦場ヶ原が呟いた。

戦場ヶ原「私、まだ空条くんにお礼をしていなかったわね」

承太郎「……何のだ?」

戦場ヶ原「蟹から助けてもらったお礼よ」

承太郎「礼なんかしなくていい……特に大した事はしていない」

戦場ヶ原「空条くんが何と言おうと、私は、あなたに、お返しがしたいと思うのよ。……そうでないと、私はいつまでも引け目のようなものを感じてしまうと思うから」

引け目を感じられるほど大した事をした覚えはないし、それなら忍野に礼を言えと思うが……まあ、あいつには十万円を払うから、それはそれ……ということなのだろう。
……そういや、まだ忍野に金を渡していなかったな……勉強の予定が入ったせいで、すっかり忘れていた。
期限が有るわけじゃあないから、急がなくてもいいと言えばいいのだが……引き受けた以上はしっかりすべきだ……今日明日中に渡すか。

戦場ヶ原「そういうわけで、空条くん。何か私にして欲しいことはないかしら?一つだけ、何でも言うことを聞いてあげるわ」

承太郎「…………」

……助けてもらったお礼に言うことをきく、というのはどうなんだろうか。
何となく罪悪感のようなものを感じないこともない。

戦場ヶ原「本当になんでもいいわよ。願い事を一つ言って頂戴……望みをかなえてあげる。すぐにでも大金持ちにしてほしいとか、マンガ家にしてほしいとか、死んだ人間を生き返らせてほしいとか」

承太郎「…………」

お礼という割には上から目線な気がするが……。
しかもどれ一つとっても明らかに戦場ヶ原が叶えるのは不可能な願い事だ。

……さほど小遣いに不自由はしていないから大金持ちになりたいとは思わないし……ましてやマンガ家なんぞにはなりたいと思わん。

だが……死んだ人間を生き返らせる……この言葉は、俺の心を少しばかり、波立たせた。
この手の冗談は、少し思うところがある……。
できるものならやってみろと言いたい気分だが……。
……まあ、たかが冗談にむきになってもしょうがない……ここは軽く受け流すべきだ。

承太郎「……特に、何も思いつかんな……少し考える時間をくれ……次に会う時までに考えておく」

戦場ヶ原「そう…………それじゃあ今日はこのくらいにしておきましょうか……空条くんも、お腹が空いたでしょう?」

承太郎「……そうだな」

我慢できないほどではないが……腹は減っている、帰るとするか。
そう思い、片付けを始めた時……ドアを叩く音がした。

戦場ヶ原「…………?」

戦場ヶ原は無言で立ち上がり、ドアの方へ向かった。
……宅配便か何かか?
まあ、俺には関係ない。
そう考え、片付けを再開しようとした。
だから、俺は、振り向かなかったし、来訪者も確認しなかった。

戦場ヶ原「どちら様で──」

ドアを開ける音がした。
タイミングからして、恐らく戦場ヶ原は覗き穴を使わなかったのだろう。
それは、少し前までの戦場ヶ原では有り得ない──言ってしまえば、らしくない行動だった。
蟹から解放され警戒心が薄くなったか、もしくは俺が居たが故の油断か……理由は分からんが、とにかく気が緩んでいた。
だが、あいつを責めることはできない……少なくとも俺には。
何故なら俺もまた、気が緩んでいたからだ──彼女の身に何がおきるか、想像できなかったからだ。
だが──少し目を離した瞬間にぶっ飛ばされる──なんて、一体誰が、想像できる?

承太郎「!!」

突然の轟音に、振り向いた俺の目に映ったのは──。
壁に叩きつけられたと思われる、頭から血を流し倒れる戦場ヶ原──そして、雨合羽を着て、ゴム手袋をはめ、長靴を履いた……まるで大雨の中をやってきたかの様な、そんな格好をして、拳を突き出している、訪問者だった。

ここまでです
遅くなりすいません

突然やってきた雨合羽……こいつが只の人間ではない、というのは戸の側にいた戦場ヶ原を、壁まで殴り飛ばしたことから分かる。
そして、こっちに全く視線を寄越さないことから、狙いが戦場ヶ原だということも分かる。

……俺はこいつの正体も、目的も知らない。
だが……こいつが誰であろうとも、これ以上戦場ヶ原に危害を加えようと言うのなら──

承太郎「俺が相手になるぜ……『スタープラチナ』ッ!」

『オラアァッ!』

「!」

スタープラチナが雨合羽に殴りかかる。
奴がこれ以上戦場ヶ原に手をださないように……という、足止めをするつもりでの攻撃だったのだが。

「──!」

予想に反して、雨合羽はスタープラチナの拳を受け止めきれなかったようで、腕を弾かれ──

『オララアッ!』

「──ッ!」

追撃をモロにくらってその場に崩れ落ちた。

承太郎「…………」

……何だ?
……突然やってきて、戦場ヶ原を吹っ飛ばしたものだから、かなり手ごわい奴というイメージがあったんだが……。
しかし、あっさり倒したと思った相手から結構な反撃を受けた経験もある……油断はできない。
取り敢えず奴が倒れている間に、戦場ヶ原を庇える位置に移動しておく……何があっても、守れるようにな。

ところで……ひとつ、気になったことがある。
先程、雨合羽の頭の部分を正面から見たが……顔が分からなかったのだ。
いや……正確には、暗くて『見えなかった』……だ。
……おかしい。
スタープラチナの目はかなりいい……写真の背景の暗闇からハエを見つけ出すほどにだ。
それ程の目をもってしても……見えない?
…… やはり、こいつは何らかの怪異なのか……?

考えている間に、雨合羽が立ち上がっていた。

狙いは戦場ヶ原のようだが……どうでてくる?
俺に挑んでくるか……?それとも、撤退するのか?

雨合羽は、しばらくこちらの様子を窺った後、反転し背を向けた……どうやら、撤退を選んだようだな。
力の差を悟ったのか?……だが、逃がしはしないぜ。

雨合羽は未だ射程距離内だ……スタンドで、首を掴み、床に叩きつける。
そしてそのまま、警官が罪人を取り押さえるように雨合羽を押さえつける。

「ッ!」

雨合羽は暴れようとするが……スタープラチナを振り解くだけの力は出せないようだ。

しかし、やけに右手に比べて左手の力が強いな……。
まあ、それはともかく、さっさと気になっていることを調べるとしよう。


承太郎「顔を……拝ませてもらうぜ……」

俺自身の手を、雨合羽のフードにかける。
雨合羽が、一層激しく抵抗しだすが……無駄だ。
フードに隠された頭が露わになる。
最後の抵抗とばかりに伏せていた顔を、髪を掴んで上げると……それは、見覚えのあるものだった。


承太郎「……神原……か?」


ほぼ間違いなく神原の顔だ。
しかし、俺の知っている神原の顔とは少しだけ違っている……眼に、生気のようなものがない。
……まるで抜け殻のようだ。

「──ッ!──ッ!」

どうやら力の差を悟り、暴れるのは止めたようだが、今度は人間のものとは思えない声を発し始めた。
まるでオランウータンか何か……つまりは、猿の仲間のような……声だ。
……結構な声量だな……外にまで聞こえているだろう。
近隣住民に様子を見に来られたり、通報されたりしても面倒だ。

承太郎「……寝てな」

『オラアッ!』

首を掴んで持ち上げ、腹に拳を入れる。
……どうやら気を失ったようで、眼を閉じ静かになった神原を床に置く。

……さて、気がかりだった戦場ヶ原だが……。
どうやら大したことはないようだ。
……ぶっ飛ばされた時に壁に頭を打って出来たと思われる、ちょっとした切り傷しかない。
他の部分には、特に目立った外傷はなく、殴られた形跡もない。
まあ……何となく理由は分かっている。
とりあえずは一安心……と言ったところか?

……ああ……いや、まだだな。
新たな問題ができていた。

もしも今……戦場ヶ原の父親が帰ってきたら、どうなる?
……家の中で倒れている、二人の女子高生──片方は娘で、しかも出血している。そして側には不良の格好をした男
この状況を見て……どう思う?

承太郎「……やれやれだぜ」

かといって、こいつらをそのままにして帰るわけにもいかねえからな……。
取り敢えず、母親に電話をしておくか……。
……戦場ヶ原達の早い目覚めを願うぜ……。

ここまでです
流石にこの時間は朝ですよね……遅れてすいませんでした

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom