宥「私はあなたに恋をした」(121)

ID:PD+l/99L0の代行でー!

代行感謝
書きためてるけどそんな長くないんでサクサクいきます

全ては偶然だったのかもしれないけど
必然だったのかもしれない。

そう、思いたくなる、あなたとの出会い。
ううん、出会いなんて言ったけど本当は一方的にあなたを見ていただけ。

赤土さんに渡されたDVD、真剣で、鋭い眼差しのあなたが映っている。
狙った相手から直撃を取るあなたのスタイルを見極めるために、
私は何度も何度も、あなたを見た。

凛々しい声や美しい立ち居振る舞いは、私を当初の目的とは
違った意味で画面に釘付けにさせた。

そしていつの間にか、画面の中のあなたに、


恋をしていた。


そう、まさしくあなたに心を射抜かれた。

いつも同じ映像なのに、見るたびに新鮮な気持ちがした。
いつも同じ映像なのに、見るたびに胸が高鳴った。

だから、必ずあなたと対局したい。
あなたのところまで、勝ち上がりたい。

あなたは私のことなんて全く知らないかもしれないけれど
私はあなたをよく知っている。あなたの癖もよくわかっている。

だから、恋をした私は、あなたに勝って、私を見て欲しかった。
私を、松実宥を、知って欲しかった。

あなたが私に何の興味を抱かなくてもいいから、
名前くらい、知って欲しかった。


そんな、些細な願いを胸に、私は東京の地を踏んだ。

「お姉ちゃん?どうしたの?」

玄ちゃんにそう声をかけられたのは、
翌日に初戦を控えたお昼のことだった。

お昼ごはん休憩で、私と玄ちゃんは部屋に引き上げて
つかの間の、まったりとした時間を過ごしていた。

「え?」

「ぼーっとしてたよ」

「ごめん、寝不足かな」

目を擦りながら、そう答える。

確かに昨日は、遅くまであのDVDを見ていた。
愛しいあなたを見ていた。それだけで、やる気が出る。

「またあのDVD見てたの?遅くまで電気点いてたよね」

「うん」

「けど、対戦できるかどうかわからない相手よりも…」

「明日の牌譜を見ておけって言うんでしょ?」

「うん」

「わかってる、でも、これはある種のモチベーションだから」

「そうなの?うーん、ならいいけど」

「玄ちゃんも、しっかりね」

「うん、頑張るよ」

握りこぶしを作った妹が頼もしい。可愛い、大好きな妹。

玄ちゃんはもう気付いているのかな?


私が、恋をしていることを…。

順調、とは言い切れないかもしれないけれど
私たちは1回戦、2回戦を突破して、準決勝へと駒を進めた。

準決勝の相手には、白糸台高校がいる。
あなたが部長を務める、史上最強のチーム。
全国の高校生の頂点、宮永照を擁する優勝候補の筆頭。

組み合わせ抽選の時に、ちゃんと気付いていた。
2回勝てば、あなたに会える。
あなたの目に、私を映すことが出来る、と。

だから、2回戦のあなたはあえて見なかった。
だって、あなたはきっと負けないから。
直接顔を見たい。だから、あなたに会うのは対局までお預けだ。

けれど、その日が、ようやくやってきた。

あなたと、真っ向勝負。
そうして、私の名前を、あなたに刻み込みたい。

些細な願いを胸に、大きく失点をしてしまった妹と言葉を交わす。

「玄ちゃん、お姉ちゃんが取り返すから」

「うん…ごめんね」

「ううん、お姉ちゃんはお姉ちゃんだもん」

「…ありがとう、お姉ちゃん。頑張ってね」

「うん!」

「ねぇ、お姉ちゃん…」

「なぁに?」

「弘世菫さんは…ううん、なんでもない」

「え?」

「なんでもないよ、頑張ってね」

「う、うん…行ってきます」

玄ちゃんと別れて、対局室を目指す。
緊張しているのがわかる。なんだか早足になってしまっているから。

あなたはもう対局室にいるのかな。
あの、凛々しい顔で対戦相手を待っているのかな。
それとも、悠然とした態度で対局室に入ってくるのかな。

ギギ、っと音がするドアを開けて対局室に入った。
ふと顔を上げると、そこにはあなたがいた。

入った来た私をあなたが見ると、目が合う。

あなたの目には私が映っているのかな。
ううん、…きっとあなたにとって私なんてただの対戦者。
名前も、きっと知らない。

ゆっくりと、全自動卓へ近づくと

「よろしく」

と、あなたのハスキーな声が届いた。
あなたに笑顔はない。けれど、柔らかい声だった。

そこでふと、何かがひっかかった。
けれどそれが何かわからない。

「よろしくお願いします」

小さく頭を下げて、イスに腰掛ける。

あなたは腕を組んでいて、私が座ったのを確認すると、
すっと目を閉じてしまった。
声をかけるな、そう言われているような気がして少し寂しく思う。

けれどこれは全国の舞台で、集中するのは当たり前。
寂しい、何て思う私がおかしいんだよね。

でも、あなたが目を閉じているということは、あなたを見ても
あなたはそのことに気付かないということ。

一瞬だけ、目を閉じて、何度も繰り返し見たあなたの姿を想う。
そして、目を開けて対面にいるあなたの姿をしっかりと見つめた。

あなたは、あなたで、間違いなくあなたで。
長く美しい髪に、スラっと高い背はあのDVDと何も変わっていない。
あそこからそっくり抜け出てきたようなあなた。

あなたはあなたなんだから、当然なんだけれど
その至極当たり前な事実が私を高揚させる。

「…ん?」

だけど、何かが違う。あなたはあなたなのに、何かが違う。
何かが引っかかる。何かがつっかえている。

先ほどの違和感は、気のせいではなかった。

「ん、何か?」

私が小さく漏らした声に反応したあなたは、目を開いて私に問いかける。

「い、いえ、何も…すいません」

あなたが真っ直ぐに私の瞳を見つめてくる。
その視線が真っ直ぐすぎて、私は下を向いて謝った。
あなたの視線を受けて、同じように見返すのが怖かった。

「そうか、ならいい」

あなたはそれだけ言って、また目を閉じる。
だから私は顔を上げて、あなたを見つめる。

わからない。何が違うんだろう。
なぜ、どうして、そんな風に思うのだろう?

あなたはあなたなのに。私が恋したあなたなのに。
胸だってほら、さっきから高鳴っている。
ぽかぽかとあったかいのはマフラーやセーターだけのおかげじゃないはずなのに。

DVDをただ見ているだけでは出来なかったことができるのに。
そう、さっきみたいに言葉を交わすことも、手を伸ばせば触れこともできるのに。

なのに、私は何を考えているんだろう。違う、なんて。
そう、私がおかしいんだ。あなたに会えて、高揚しているから
きっと変なんだ。だから、…あれ?

支援ぞ!

そう、DVD…DVDのあなたはどうだった?
今の、目の前のあなたと何が違う?どう違う?

ううん、違わない。やっぱりあなたはあなたで…

いや、違う。

私が恋したあなたは、白い制服なんて着ていない。
そんなに長いスカートじゃなかった。

私が恋したあなたは、ベージュのブレザーを着て、
グリーンのネクタイを締めて、チェックの短いスカートだった。

この目の前にいる人は、あなたであって、あなたじゃない。
私の好きな、あなたじゃない。


試合を前に頭の中が軽く混乱を始める。

着ているものが違うだけじゃないか。
中身はあなたそのものじゃないか。
鋭い目も、長く美しい髪も、高い背も、何も変わらないじゃないか。
そう、私にかけられた声だって、あの映像と同じじゃないか。

頭の中の誰かが私にそう声をかける。

でも、また別の誰かが「違う!!」と大きな声をあげる。

私の好きなあなたは、この人じゃない。
腕組んで目を閉じている、白い制服を着たあなたじゃない。

違う、でも、違わない。

違わない、でも、違う。


なんだか気持ちが悪い。頭が変になりそうだ。

…けれど、そこで、ハッとする。私は、ようやく気付く。

やっぱり私が好きな人は、ベージュのブレザーを着たあなただけなのだと。
凛々しく闘牌をする、あの、あなただけなのだと。

だから、私はあなた自身を好きだったわけじゃないんだ。
ブレザーを着て、ネクタイを締めて、丈の短いスカートの、
「映像の中のあなた」を好きになっただけなんだ。

目の前にいる、あなたを好きなわけじゃない。

そう思うと、高揚していたはずの気分がすぅっと引いていく。
胸の高鳴りも静かに収束していく。
ぽかぽかとあったかかったはずなのに、身体が冷えていく。


頭の中まで冷えていく。

「あなた」に会うためにたくさんDVDを見ていたはずなのに。
「あなた」に私を知って欲しくて、私を覚えて欲しくて
精一杯努力してここまでたどり着いたのに…。

なのに、私が恋した「あなた」はどこにもいない。
あの映像の中にしか、「あなた」を見つけることが出来ない。

私は一体、何をしているんだろう。
何をしていたんだろう。
なんでこんなに単純なことに気付けなかったんだろう。

「映像の中のあなた」を一方的に好きになって
実物のあなたに会ったら、それは私の求める「あなた」ではなかった。

じゃあ、私のこの気持ちはどこへいくの?
「映像の中のあなた」しか好きじゃない私はどうすればいいの?

そう、考え始めたら、ドアが開いて新道寺の人が入ってきた。
挨拶を交わす。
あなたも目を開けて「よろしく」と声をかけた。

あなたが口を開くと私はとても複雑な気持ちになる。
あなたは「あなた」じゃないのに、声は「あなた」そのものだから。

だから、とても苦しい。

苦しさから逃れるために下向くと、バンッ!とドアが開いて
タッタッタと誰かが走ってくる。

「すんません、遅くなってしもて」

千里山の1年生が、軽く頭を下げた。
園城寺さんがあんなことになったんだもん、仕方ないよ。それに、

「遅れてないよ、まだ時間じゃない」

そう声をかけると、

「そうですか、よかったです」

にっこりと微笑んだ千里山の1年生は最後の席に座った。

…あぁ、きっと、きっと。
私情を挟もうとした私がいけなかったんだ。

ここは自分のために戦う場所じゃない。
ここは「あなた」に自分を見てもらう場所じゃない。

わかっていたはずなのに、私はそこしか見えていなかった。

だから、「あなた」とあなたが違うことにも
すぐには気付けなかったんだ。

両手のひらで、頬を押さえる。気合を入れる。
自分の些細な願いのためじゃなく、チームの、みんなのために。



そして、インターハイAブロック準決勝次鋒戦が幕を開けた。

何か引き込まれる文だな

あなたは「あなた」じゃないけれど、赤土さんの言ったとおり
私が何度も見たとおり、完璧に、見事に、華麗に、相手を射抜く。
右手を小さく動かして、視線を送り、相手を射止める。

千里山の1年生は翻弄されてしまい、ボロボロになっている。

そして、ある時、あなたの右手は小さく動き、…視線が私に向けられた。

あなたが矢を私に向ける。
鋭くて、冷たい矢が刺さるところを想像してぶるっと身震いがした。

けれど、それは刺さらない。私には当たらない。
私はそれをかわす術を知っている。
かわして、反撃に出ることも出来る。

私はあなたには負けない。

あなたに私を知って欲しいとは、今はもう思えないけれど
でも、チームのために。少しでも多く稼ぎたい。

「あなた」じゃないあなたには興味はないけれど
でも、私は、あなたには負けない。

あなたに直撃を食らうことはなく、対局は終了した。
私はプラスで終えることが出来て、チームに貢献できたことにほっとする。

あなたは「おつかれ」とだけ言って対局室を出て行く。
私のほうは見もしなかった。
結局、あなたが「あなた」だったとしても、同じことだろう。

自分を見て欲しい、知って欲しいなんて願いは叶わないんだ。
だから、あなたと「あなた」は違うとはっきりわかってよかったんだ。

それでいい。それでよかった。

対局室を出ると、出迎えてくれた憧ちゃんの暖かさに癒された。
憧ちゃんのおかげで心がぽかぽかする。

「宥ねえ、ありがと」

「ううん、いいの。憧ちゃん、頑張ってね」

「ん、いっちょやってくるー!」

「ふふ、その意気だよ」

憧ちゃんを見送って、控え室へ向かう途中、
壁にもたれ掛かって腕を組むあなたを見つけた。

あなたも私を見つけたようで「あっ」という顔をした。
誰を待っているんだろう。…もしかして、私なのかな。

「あの、すまない、少し話してもいいだろうか?」

あなたは組んでいた腕を解いて私に近づいてくる。
こうして立った状態で向き合っても、やっぱり
あなたは「あなた」ではないとはっきりわかる。

「すいません、後輩の試合が始まるので…」

あなたと話すことは何もない。

「いや、その、少しでいいんだ…すぐに済む」

「私、あなたには興味がないんです」

不意に、反射的に、きっと失礼なことを言った。
でも、言ってしまったものは仕方がない。

おいおいどうなる

「はっ?」

あなたの顔が歪む。対戦相手にそう言われて
怒らない人なんてきっといない。

「あ、いえ…じゃあ失礼します」

でも、それを否定したり謝ったりする気にはならず
控え室のドアノブを掴む。

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「なんですか?」

「…君は、試合が始まる前に私の顔をじっと見ていただろ?」

「そうでしたっけ?」

「そうだ、視線が気になってはいたんだ。何か、言いたいことでも
 あるのかと思ったんだが…どうやら、違ったみたいだな」

「そうですね」

「…引き止めてすまなかった。もういい」

「はい、じゃあ、失礼します」

掴んでいたドアノブを回して控え室に入った。

話していても、声を聞いていても、やっぱり胸は高鳴らない。
だから、より強く確信する。

あなたじゃ、ダメなんだと。「あなた」じゃなきゃダメなんだと。

「あなた」にはあの中でしか会えないし話も出来ないし触れることも出来ない。
それなのに、それでもいいと思うのは、一体何故なんだろう。

私はどうして、こんなにも、「あなた」のことが好きなんだろう。
私は、どうすればいいんだろう?この気持ちは一体どうすればいいんだろう?

誰も教えてはくれない。

あなたは「あなた」じゃないから好きにはなれない。
いや、私があなたを好きになればいいの?
そうすれば「あなた」とあなたは1つになるのかな。
でも…やっぱり、
あなたはあなたで。
「あなた」は「あなた」だから。

私は、そこで思考を止めて、控え室のTVに向き直った。
結論や決定は、今じゃなくていい。

今すべきことは?

憧ちゃんの応援。ただ、それだけである。



カン

おまけ


「なぁ、照…阿知賀、どう思った?」

「菫のクセ?かなにか、知ってるみたいだね」

「やはりな…」

「ショック?」

「まあ、少しは…しかしそれよりも…」

「なに?」

「なんだか、私は嫌われているみたいで」

「何かした?」

「いや、…そんな覚えはないんだがな」

この何とも言えない終わり方もいいね、地の文独特の雰囲気もあいまって
実にすばらでした、乙

何かした覚えなんかあるはずがない。
なのに、何故あなたに興味はない、などと言われなければならないんだ。

一体私が何をしたって言うんだ。

興味がないというくせに、対局前、私をじっと見ていたじゃないか。
あれは何だったんだ。そうでしたっけ?なんてとぼけて。

「菫、ちょっと怖いから」

「いや、そう思われるのはイヤだから愛想良くしたつもりなんだぞ?」

「なら、もっと愛想良くってことでしょ」

「ふむ…もっとか」

こっちもこっちで歪んじゃうのか……?

照の言葉に頷きつつも、納得できない自分がいる。
愛想の問題じゃないだろ、あの態度は。

くそ、イライラする…なぜあんなことを…。

しかも、対局中も散々攻撃をかわされた。
射抜いたつもりがあっさりと、ひらひらとかわされる。

こんなにフラストレーションが溜まるのは久しぶりだ。


阿知賀の…松実、…えっと、姉の…松実宥。


覚えておけよ、次は必ず射抜いてやる。
興味がない、なんて言わせない…絶対だ!







おまけもカン

菫→宥→理想菫
人物としては二人なのに一方通行が成立するとは不思議なこって

たくさんの支援ありがとうございました
地の文でちょい不安だったけど喜んでもらえてよかった

総合スレで宥→菫が見たい、とか病んだ宥ねえが見たい、とか
そんな話が出てたので思いついた話。
あと誰かが映像見すぎて好きになっちゃった設定の話しててネタ頂きました

続きの話は全然考えてないけど気長に待ってもらえば
書くかも…?

ちゅうわけでおやすみ

本当に乙でした

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