男「飼い犬が美少女になった」(103)

男「ただいまー」

?「おかえり!」

男「……ちょっと酔っ払いすぎたな」

?「駄目だよーお酒はほどほどにしなきゃ」

男「とりあえずお風呂沸かすか」

?「ねぇねぇお腹空いた!」

男「幻覚なんて見るの初めてだ」

?「幻覚見てるの? 大丈夫?」

男「目の前にいる君がそうだよ」

?「私は幻覚じゃないよ」

男「裸の美少女が部屋にいて、幻覚じゃないなら何だって言うんだ」

?「わん子だよ!」

男「? そういえばいつも出迎えてくれるはずのわん子がいない」

わん子「出迎えたじゃん」

男「うちのわん子をどこへやった」

わん子「だからそれは私だって」

わん子「じゃあこれ見てよ」

男「!! しっぽ!?」

わん子「どう? 見慣れたしっぽでしょー?」

男「確かにハスキー犬のそれだ……」

わん子「ハスキー?」

男「うちのわん子の犬種だよ……」

わん子「へぇー」

男「お手」

わん子「はい」

男「……おかわり」

わん子「ハイタッチ!」

男「!」

男「何故そのネタを知っている」

わん子「? いつもやってるじゃん」

男「……マジで?」

わん子「?」

男「本当にわん子なのか……」

わん子「だからそうだって最初から言ってんじゃん」

男「……とりあえず幻覚じゃないことはわかったから服着てくれない?」

わん子「服? それ嫌い」

男「とりあえず今お前は人間なんだ。服は着てくれ」

わん子「……はーい」

わん子「んー……ゴワゴワする」

男「我慢しろ」

わん子「よくこんなの着てるねー……」

男「……まぁじゃあ朝飯食うか」

わん子「待ってました!!」

男「……いやいや皿の前で待機しててもドッグフードはやらないぞ」

わん子「え……私何か悪いことした? ご飯抜き?」

男「そうじゃなくて、とりあえずお前は人間なんだから、人間の飯を食おう」

わん子「本当!? 男がいつも食べてるやつを食べていいの!?」

男「……おう」

男「出来たぞ」

わん子「美味しそう!」

男「いただきまーす」

わん子「……あれ?」

男「? 早く食えよ」

わん子「『待て』は?」

男「……待て」

わん子「」ジッ

男「……」

わん子「……」

男「……」

わん子「…………」タラー

男「……涎拭け。食べていいぞ」

わん子「いただきます!」

男「ちょっと待て」

わん子「?」

男「犬食いをするな」

わん子「犬食い?」

男「……いつも俺がやってるように食べろ」

わん子「えーと……」

男「手でパンを取って、口に運ぶ」

わん子「こんな感じ?」

男「そうそう」

わん子「美味しい!」

男「……昼は箸使う食事にしよう。特訓だ」

わん子「箸?」

男「ごちそうさま」

わん子「ごちそうさまでしたー!」

男「じゃあ、朝帰りで疲れたから昼まで寝るわ」

わん子「寝るの? その前に庭に出して!」

男「別に今のお前は自分で扉開けられるだろ」

わん子「あ、そっか! じゃあ外出てもいい?」

男「……まさかトイレか?」

わん子「そう!」

男「外では駄目だ。こっちに来なさい」

わん子「? はーい」

男「ここでトイレをするんだ」

わん子「えーと……」

男「まずズボンを脱いで、ここに座って用を足す」

わん子「……うん」

男「……終わったら、ここの紙でお尻を拭く。そしたらズボンを穿いてここを捻る」

わん子「……」

男「……出来るか?」

わん子「……難しい」

男「……覚えてくれ」

わん子「出来た!!」

男「ちゃんとお尻拭いたか?」

わん子「うん!」

男「じゃあ俺は昼まで寝るから……そうだな」

わん子「?」

男「時計の見方はわかるか?」

わん子「時計ってあれだよね?」

男「うん。あれが何をするものか知ってる?」

わん子「たまに眺めるためのもの」

男「……」

男「あれの短い針と長い針があるだろ?」

わん子「うん」

男「あの二本が、12の位置で重なったら起こしてくれ」

わん子「……うん、わかった」

男「いろいろと覚えないとな」

わん子「うん」

男「……ずっと見てなくてもいいんだぞ」

わん子「でも見逃しちゃうかもしれない」

男「……うーん」

男「……じゃあこうしよう。あの短い針が、12を過ぎて1を超えるまでの間」

わん子「うん」

男「その間のどこかで起こしてくれ。出来るか?」

わん子「……うん」

男「ずっと見てなくてもいいんだからな。たまに見ればいいんだぞ」

わん子「わかった」

男「起きたら時計の見方について教えてやるからな。じゃあおやすみ」

わん子「おやすみなさい!」

━━
━━━
━━━━

男「……二時だ」

男「……起きろ、わん子」

わん子「あ、おはよー……」

男「寝ちゃったか……」

わん子「あ、男を起こすんだったね! 今短い針は……」

男「いや、それはもういい。それより散歩行くぞ、散歩」

わん子「!! さんぽいくの!!?」

男「……その千切れんばかりに振ってるしっぽを隠さなきゃな」

男「よし、隠せたか……」

わん子「……窮屈だよー」

男「我慢しろ。外では絶対に出すなよ」

わん子「はーい……」

男「ほい、靴」

わん子「これも窮屈だなー……」

男「慣れだ慣れ。じゃあ行くか!」

わん子「あれ? 首のやつは?」

男「今は人間だから付けなくていいよ」

わん子「本当!?」

男「でも俺のそばから離れないようにな」

わん子「はーい!」

男「いい天気だなー」

わん子「ほんと! 今日はどっち行く?」

男「とりあえず昼飯食いに行こう。ファミレスは右だな」

わん子「え、まだ明るいのにご飯食べていいの!?」

男「そっか、いつもは朝と晩だけだもんな……」

わん子「人間になってよかった!!」

男「そんなことでか……」

男「ちょ、待て待て待て!! 何してる!!」

わん子「? だってここは私の縄張りだから……」

男「やっぱりマーキングか! 駄目だ!絶対するなよ!!」

わん子「えー?」

男「今お前は人間なの! 犬の縄張りなんて気にしなくていいの!!」

わん子「でも」

男「でもじゃない! 今の人に見られてなかっただろうな……」

わん子「……わかった」

男「……まぁトイレをするのにズボンを下げようとしたのは間違ってないよ。でも人間は決まった場所でしかズボンを下ろしちゃいけないんだ」

わん子「ふーん」

男「着いた。 ファミレスだ」

わん子「えーと、私は外で待つ?」

男「何度も言うように、今のお前は人間だ。 俺の入れる場所はお前も入っていいの」

わん子「本当!? 人間っていいね!!」

男「中では騒がないでくれよ……」

わん子「はーい!」

男「これ見て好きなの選べ」

わん子「……? これは食べ物じゃないよ」

男「そうじゃなくて、ここにたくさん食べ物の写真が載ってるだろ?」

わん子「でもこれは偽物。匂いがしない」

男「この中から選んだものの本物を、店員さんが持ってきてくれるんだよ」

わん子「……よくわかんないけど、この偽物の中から本物だったらいいなと思うものを選べばいいの?」

男「そうそう。賢いなーお前は」

わん子「えへへ……じゃあこれ」

男「ハンバーグか。じゃあそこのボタンを押してくれ」

わん子「これ?」

男「それそれ。それ押せば店員さんが来るから」

わん子「こう?」ピンポーン

男「そうそう」

わん子「来た!! 本物だ!」

男「静かに……すみません」

わん子「食べていいの?」

男「その前にフォークとナイフの使い方覚えなきゃな」

わん子「これ?」

男「それはスプーン。これがナイフでこれがスプーン」

わん子「うん」

男「ナイフをこっちの手に持って、フォークをこっちの手に持つ」

わん子「はい」

男「フォークでハンバーグを刺して、ナイフで切る」

わん子「こんな感じ?」

男「そうそう。覚えが早いな」

わん子「おいしーい!!」

男「あとな、こういう場所で大声を出してはいけない」

わん子「? そうなの?」

男「お前も普段吠えたりしないだろ?」

わん子「だって怒られるから」

男「そう。時と場所があるんだ。ここは大声を出してはいけない場所」

わん子「でもあれは?」

男「あれは赤ちゃんだから仕方がない。でもお前は少なくとも見た目は大きいんだ。大人の振る舞いをしなくちゃならない」

わん子「あれは? あの人たちも大きいよ?」

男「……あれはほっとけ」

わん子「ふーん」

男「ごちそうさまでした」

わん子「ごちそうさまでしたー」

男「そこのボタンもう一回押してくれるか?」

わん子「はーい」ピンポーン

男「お前も何か飲む?」

わん子「えーと……男が飲むのを私も飲む」

男「コーヒーだぞ?」

わん子「コーヒー?」

男「……ま、いいか。ものは試しだ」

わん子「これか! コーヒーって!」

男「そうだ」

わん子「いつも飲んでるやつだね! 全然美味しそうじゃないやつ!」

男「美味しいんだよ」

わん子「じゃあいただきまーす」

男「熱いから気をつけてな」

わん子「熱っ!」

男「だから気をつけろって」

わん子「……苦い」

男「予想通りだ」

わん子「……」

男「ちょっと貸してみろ」

わん子「はい」

男「これが砂糖でこれがミルク。入れると甘くなるんだ。飲んでみろ」

わん子「本当!?」



わん子「……まだ苦い」

男「あまり入れると身体に悪いからな。いいよ、いらないなら俺が飲む」

わん子「……いい。頑張って飲む」

男「別に我慢することないぞ」

わん子「いいの。飲むから」

男「……そうか」

わん子「ごちそうさまでしたっ!」

男「頑張ったな。じゃあ出るか」

わん子「うん!」






わん子「寒い!」

男「1月だからな」

わん子「さっきより寒いよ!!」

男「日も落ちてきたからな」

わん子「なんとかならない?」

男「我慢しろ。お前が今着てるのはパタゴニアのジャケットだぞ」

わん子「パタゴニア?」

男「良いやつだ。人間の着る服の中では最上級に暖かいの。ハスキー犬の毛皮なんかに負けるはずはないんだ」

わん子「ふーん」

男「帰りたい?」

わん子「? 何で? 全然!」

男「そうか。じゃあ本屋へ行こう」

わん子「本屋?」

男「行けばわかる。そこで注意がひとつ」

わん子「何?」

男「本屋は、さっきの場所よりもさらに小さい声で話さなきゃならない」

わん子「わかった!」

男「今の声の大きさだとアウトだぞ」

わん子「これくらい?」

男「うん、それくらい」

わん子「わかった」

男「よし」

━━
━━━
━━━━

わん子「つまんないとこだったねー」

男「そりゃあ字が読めなきゃな。というわけでこれを買ってきた」

わん子「何? これ」

男「読み書きの本。とりあえず読み書きくらい出来なきゃな」

わん子「? ふーん」

男「まぁ家に帰ったら勉強しよう」

わん子「うん!」

男「良い返事だ」

男「じゃあスーパー寄って帰るか」

わん子「スーパー?」

男「食べ物を売ってる場所だ」

わん子「!」

男「……嬉しそうだね」

わん子「食べていいの!?」

男「駄目」

わん子「えぇー……」

男「悲しそうだね」

男「ここがスーパーだ」

わん子「何ここ楽園!?」

男「とりあえず必要なものを買う。後でお前にもいくつか選ばせてやるよ」

わん子「ほんと!? やったぁ!」

男「とりあえず焼きそばともやしと……」

わん子「これ何? 美味しそうだね!」

男「……玉ねぎだ」

わん子「これ持って帰るの? 後で食べていい?」

男「……まぁ今は人間だし大丈夫だろ」

わん子「やったぁ!」

男「お、鶏肉が安い」

わん子「お肉がいっぱい……」

男「ウインナーも買っとくか」

わん子「これは?」

男「それは牛」

わん子「これは!?」

男「それは豚。落ち着け、今日はとりあえず鶏だ」

わん子「これも美味しそうだね!」

男「声が大きいぞ」

わん子「あっ、ごめんなさい」

男「……そんなシュンとしなくても」

男「……よし、必要なものは揃えたし、好きなものいくつか買ってやるよ」

わん子「本当!?」

男「なんでもってわけじゃないけどな。まぁ値段とかわかんないだろうしとりあえず適当に選びな」

わん子「えーっとねぇ! これ!」

男「……チョコレートか」

わん子「たまに男が食べてるよね? あれすごく美味しそうだけどいつもくれない」

男「……ま、いいか。平気だろ」

わん子「いいの!? やったぁ!」

男「お前本当に犬か?」

男「こんなもんかな」

わん子「美味しそう……」

男「涎!涎! 拭け!!」

わん子「あっ」

男「あっ! パタゴニアのジャケットで拭いたな!!」

わん子「……ごめんなさい」

男「いや本気で怒ってるわけじゃ……見た目が女の子だとやりにくいな」

男「寒いなー」

わん子「寒いねー」




男「……ごめんな」

わん子「何が?」

男「いつも叱ってるけど、あれは本気で怒ってるわけじゃないんだ」

わん子「そうだったの?」

男「でも、犬にはそんなのわかんないよな……」

わん子「うーん……でも、叱られたあとには笑って撫でてくれるから」

わん子「私別に叱られるの嫌じゃなかったよ」

男「……」

わん子「人間と一緒に生きるのにはいろいろルールがいるんだよね」

わん子「トイレする場所は選ばなきゃいけないし、吠える場所も選ばなきゃいけない」

わん子「窮屈だけど、それでも私は男と一緒にいて楽しいよ。窮屈でも男と一緒にいたい!」

男「……そっか」

男「着いた」

わん子「ただいまー!」

男「飯作るからお前はこれ読んどいて。音も出る本だから一人でもなんとかなるだろ」

わん子「はーい!」

男「わかんないことあったら聞きに来てな」

わん子「わかった!!」

男「出来たぞー」

わん子「待ってましたー!」

男「ん? 今お前読んでるの漫画じゃないか?」

わん子「これ漫画って言うの? 『ドラえもん』って書いてある」

男「さっきの本は?」

わん子「読み終わった! 平仮名と片仮名はばっちり!」

男「マジで!!?」

わん子「漫画の読み方もわかってきたよー。右上から順に読んでくんだよね!」

男「お前すげーなぁ……」

わん子「ドラえもんって面白いねー」

男「もともと賢い犬だったけど……これは……」

男「ま、とりあえず飯だ」

わん子「よしきた!」

男「インスタント味噌汁と玉ねぎとベーコンのパスタだ!」

わん子「おー玉ねぎ!」

男「待て」

わん子「」ジッ

男「伏せ」

わん子「」バッ

男「ちんちん」

わん子「」ゴロン

男「……ごめんな。食べていいぞ」

わん子「いただきまーす!!」

男「昼は結局ハンバーグだったからな。今度こそ箸の練習をしよう。パスタだけど」

わん子「これだよね?」

男「おう。こうやって持ってこうやって挟む。以上!」

わん子「えぇ……難しい……」

男「まぁ最初は難しいよな。駄目なようだったら冷めちゃうからフォークで食べな」

わん子「こんな感じ?」

男「出来てるし」

わん子「玉ねぎおいしー!」

男「すげぇな……」

わん子「ごちそうさまでした!」

男「ごちそうさまでした」

わん子「ねー。カンニングってなーに?」

男「カンニングか……試験のとき、他人の答案を見たりメモを見たりして不正を働く行為のことだ」

わん子「不正って?」

男「不正ってのはだな……そうだな、お前に辞典の引き方を教えてやる」

わん子「辞典?」

男「確かこの辺に……あった!」

わん子「埃臭い」

男「これが国語辞典。五十音順に並んでるんだ。あかさたな、は……はひふ……あかさ、さしすせ……」

男「あった。不正。『 正しくないこと。また、その行為や、そのさま。』」

わん子「へぇー便利だね!」

男「こっちが漢字辞典。これは引き方がいくつかあって……」

わん子「ふんふん」

男「もうひとつ。ネットの使い方を教えてやる」

わん子「ネット?」

男「調べ物するのに便利なんだ。これを動かすと画面上の白いポインタが動くだろ?」

わん子「うん」

男「ここに青と黄色のマークがあるだろ?地球と狐なんだけど」

わん子「うんうん」

男「これをカチカチっと二度押すと……」

わん子「何か出てきた!」

男「ここに調べたい言葉を打つんだけど……そうか、ローマ字覚えなきゃな」

わん子「ローマ字?」

男「お前が使う時だけかな入力にしてもいいんだけど……お前ならローマ字もすぐ覚えられるだろ」

わん子「うん! 頑張るよ!!」

━━
━━━
━━━━

男「今日いろいろと教えたけど、平気か?」

わん子「うーん……ちょっと疲れた……」

男「そりゃそうだよな。お前はすごいよ」

わん子「へへー……私すごい?」

男「すごいすごい。天才だ」

わん子「嬉しいなぁ……」

男「じゃ、風呂にするか」

わん子「! ……入らなきゃ駄目?」

男「もちろん。人間は毎日入るの」

わん子「…………」

男「お前風呂嫌いだよな」

わん子「……うん」

男「何がそんなに嫌いなんだ」

わん子「……水がまとわりつく感じが」

男「ふーん……まぁ今は毛皮着てないしそんなでもないんじゃないか?」

わん子「……そうかな」

男「気持ちいいぞ、お風呂。しずかちゃんも好きだろ?」

わん子「……うん」

男「良い物なんだよ。今お湯沸かすから入ってみろ」

わん子「……わかった」

男「良い子だ」

男「沸いたぞ。先入れよ」

わん子「? 男は?」

男「俺は後で入るよ」

わん子「一緒に入らないの?」

男「は!? いやそれは駄目だ!」

わん子「どうして? いつも一緒に入ってるじゃん」

男「あれはお前が犬だったから……人間の男と女が一緒に風呂に入るのはマズイの!」

わん子「そうなの?」

男「しずかちゃんもいつもお風呂に来たのび太くんを追っ払ってるだろ? そういうものなんだよ」

わん子「ふーん……でも私お風呂の入り方わかんない」

男「教えてやる。だから一人でやってみるんだ」

わん子「……わかった」

男「ん、こんなもんかな。シャンプーは目に入れないようにな」

わん子「わかった」

男「やっぱリンスも要るよな……犬のころとは真逆のさらさらの髪だし」

わん子「……怖い」

男「頑張れ。もし何かあったら呼べ」

わん子「……うん」

男「お風呂出たらアイスがあるからな。風呂上がりのアイスは美味いぞぉー!」

わん子「本当!? 頑張る!」

男「あ、脱いだ服はここに入れといてな」

わん子「はーい!」

男「……ふー」


男「……なんだかなぁ」


男「……もう、犬のあいつは戻って来ないのかな…………」


男「……あいつはどう思ってるんだろう」

わん子「あがったよー!」

男「お、どうだった?」

わん子「気持ちよかった!! なんて言うか、最初はゾゾっときたけどそのあとジワーって!」

男「そうか。じゃあアイス食うか!」

わん子「男は? お風呂入ってからじゃなくていいの?」

男「ん、別に今食うつもりだけど」

わん子「でもお風呂上がりの方が美味しいんだよね?」

男「まぁな」

わん子「じゃあ入ってきなよ! 私待ってるから!」

男「先に食っててもいいんだぞ?」

わん子「いい。待ってる」

男「そうか。じゃあ俺も入ってくるかな」

わん子「いってらっしゃーい!」

わん子「……楽しいなー」

わん子「犬のころだって楽しかったけど……」

わん子「……人間っていいなー」


わん子「食べ物は美味しいし、景色も前よりずっと綺麗だ」

わん子「男って今までこんな世界を見てきたんだなー……」

男「ふぅーさっぱりした!」

わん子「アイス食べよう!」

男「おう!」



男「バニラとストロベリーどっちがいい?」

わん子「うーん……バニラって?ストロベリーって?」

男「わかんないか。ストロベリーは苺で、バニラは……何だろう」

男「じゃあまぁ分けっこして食べるか!」

わん子「賛成!」

わん子「つめたーい!」

男「犬のころにはあげたことなかったなぁ」

わん子「こんな美味しいものを独り占めしてたんだね! ずるいよ!」

男「お腹壊すかもしれなかったからな」

わん子「あまーい!」

男「こんな冷たいものがこんなに甘いって……やばいよな」

わん子「何がやばいの?」

男「糖分が」

わん子「糖分?」

男「ま、そのうち分かるよ。甘いもののやばさが」

わん子「ふーん?」

男「くそ……ウェスカーってこんなに強かったっけ」

わん子「……」

男「弾がねぇー」

わん子「ねーねー」

男「ん、なんだ? あ、くそシェバがやられた」

わん子「この人たち何してるの?」

男「ん? それ俺のエロ本じゃねーか!! どっから持ってきた!!」

わん子「そこの引き出しから。いつもそこから出して読んでるじゃん」

男「くそ、犬だと思って堂々と読むのはマズかったか……」

わん子「でさー、この人たちなにしてるの?」

男「……交尾だ」

わん子「それは分かるよ。でもどこ見ても絶対口合わせて舌絡めてるの。これはなに?」

男「えーと……キスだ。ディープな」

わん子「キス?」

男「あ、あとは自分で調べてくれ。恥ずかしくなってきた」

わん子「? わかった」

わん子「……ふんふん」

男「よっしゃ! 勝った!!」

わん子「ねーねー」

男「ん?」

わん子「よいしょ」チュッ

男「わっ!!」

わん子「こんな感じでいいの?」

男「ち、違うぞ!! お前調べたんじゃないのか!」

わん子「違うの? でもほら」

わん子「『 愛情表現のひとつ。人が自分の親愛の情その他を示すために唇を、相手の額や頬、唇などに接触させる行為。』だって。 親愛の情を示すんだから間違ってないんじゃないの?」

男「Wikipediaか……」

男「……ほら、東洋におけるキスの項目を見ろ」

わん子「……ふんふん」

男「挨拶としてのキスの文化は無いって書いてあるだろ?」

わん子「でも私挨拶のつもりじゃなかった」

男「じゃあ性行為としてのキスか?」

わん子「うーん……違うかな……私今発情期じゃないし」

男「人間は年中発情期なんだけどな。まぁそれは置いといて」

男「お前のそれは違うんだよ」

わん子「違うのかなぁ? あ、初めてのキスはファーストキスって言うんだって」

男「知ってるよ」

わん子「男は今までにしたことある?」

男「……今のがファーストだ」

わん子「私も!」

男「軽いなぁ……その辺の漫画でも読んで人間について勉強しとけ!」

わん子「わかった!」

男「あ、くそ! コマンドあること忘れてた!! 死んでるよ……」

わん子「……いっぱいあるけどどれ読めばいい?」

男「うーん……適当にそれっぽいの探しな」

わん子「わかった!」




わん子「四谷さんかっこいいなー」

男「は!?」

わん子「五代くんちょっと男に似てるね」

男「……ま、いいか。三鷹さんどう思う?」

わん子「特に何も」

男「……」

わん子「よかったねー五代くん……よかったねー響子さん……」ポロポロ

男「ほら、ティッシュ」

わん子「ん、ありがとう……」

男「俺が初めてめぞん一刻読んだときはそんなに感動しなかったもんだけどな……小学生のころだったか」

わん子「五代くん……大きい人だね……」

男「そうだな……」




わん子「あ、これも面白そう」

男「切り替え早いな」

わん子「なんでリクオは品子先生選んでんのさ!!」

男「俺は杏子さん派」

わん子「男の好みなんて聞いてない!」

男「なんだよー」

わん子「品子先生には浪くんがいるじゃん! リクオがハルちゃん選ぶのが一番丸く収まるのに……」

男「世の中そんな上手くいかないの」

わん子「ハルちゃんをこんなぽっと出の奴に取られるなんてヤダ」

男「まぁ多分最終的にリクオとハルちゃんはくっつくと思うよ」

わん子「本当!?」

男「多分な。つーかお前リクオだけ呼び捨てだな」

わん子「男だってそうじゃん」

男「そういやそうだな」

男「そろそろ寝るぞー」

わん子「わかったー」

男「お前はそこで寝な」

わん子「? 一緒に寝ないの?」

男「いろいろ読んでわかったろ。一緒に寝るのはマズイの」

わん子「……うん、少なくとも今は駄目なのかもしれないね」

わん子「でも布団取っちゃうのは悪いよ。男の布団なんだから男がここで寝なよ」

男「レディーファーストという言葉がある。紳士は何よりも女性を優先するのだ」

わん子「男は紳士?」

男「紳士であろうとする紳士だ」

わん子「ふーん?」

男「じゃ、電気消すぞー」

わん子「はーい」

わん子「……うーん」

男「どうした?」

わん子「いろいろ読んで少しはわかったと思うけど……」

男「けど?」

わん子「自分のことはよくわからないなー。犬の頃の私と今の私の、男に対する気持ちが違うのはわかるんだけど」

男「……」

わん子「……そうだね。はっきりしてない状態でキスなんてしちゃいけないんだね」

男「……ま、ゆっくり悩め。もう小説も読めるだろ。家にあるのは何でも読んでいいし、欲しい本があるなら買ってやる」

わん子「うん」

━━
━━━
━━━━

男「ただいまー」

わん子「おかえり! ご飯にする?お風呂にする?」

男「腹減った!」

わん子「よしきた! 座ってて!」

男「いい匂い」

わん子「今日は鶏が安かったから男の好きな唐揚げ作ったよ!」

男「やった!」

男「お前すげーなぁ……人になってまだ一ヶ月なのに家事完璧だよ……」

わん子「へへー」

男「お袋には悪いけど、こんなさくさくな唐揚げを家で食べるなんて初めてだよ」

わん子「おかあさんの作るご飯美味しいじゃん! たまーに分けてくれるの嬉しかったなぁ」

男「……うん、どっちも美味いな。たった一ヶ月でお袋レベルの飯を作れるなんて、お前はすごいよ」

わん子「へへー」

わん子「あ、あのさ……」

男「ん?」

わん子「ま、前々から言おうと思ってたんだけどね……」

男「……」

わん子「その……」

男「……早く言えよ」





わん子「箸の持ち方間違ってるよ?」

男「え!? マジ!?」

男「ごちそうさまでした」

わん子「お粗末さまでした」

男「そういえば、俺も言うことがあるんだ」

わん子「何?」

男「その前にコーヒー淹れてくれないか」

わん子「はいはーい! 豆挽く?」

男「や、インスタントでいいよ」

わん子「了解!」

わん子「お待たせしました。ブレンドコーヒーです」

男「何をブレンドした」

わん子「ブレンドしてませんでした」




男「……ブラックなんて飲んじゃって。生意気」

わん子「……男が好きなものは、私も好きになりたかったんだよ。今ではブラックコーヒー大好き」

男「……」

男「……じゃ、話そうか」

わん子「どうぞ」

男「引っ越さなきゃならなくなった」

わん子「え、そうなの?」

男「今までは親父の知り合いの老夫婦のご好意で一軒家をタダ同然で借りられてたんだけどな」

わん子「うん」

男「お孫さんが近々結婚するらしいんだ。そんでここに住むんだと」

わん子「あー」

男「だから来月には出てかなきゃならないんだ」

わん子「仕方ないね」

男「本当はさ、この家を借りられなきゃお前は連れてこられなかったんだ」

わん子「……ペット可の賃貸なんて少ないし高いからね」

男「もしここを出なきゃならなくなったらお前も実家に戻そうと思ってた」

わん子「……うん」

男「でも、今のお前は人間だろ?」

わん子「うん」

男「どうする?」

わん子「……どうするとは?」

男「お前は選べる。俺についてくるか、一人で生きてくか」

わん子「……」

男「お前は戸籍も無いけど、今のお前は俺よりずっと賢いし、いくらでも生きていけるだろう」

わん子「……まぁね」

男「困ったらいくらでも俺を頼ってもらって構わないしな」

わん子「……なんで?」

男「なんでって……そりゃ責任があるし」

わん子「責任? 飼い主としての責任?」

男「……まぁそうだな」

わん子「……じゃあ、今この瞬間からその責任は捨てて」

男「え?」

わん子「さっき男が言ったように、私はもう一人で生きていける力がある。もう一人前の人間だ」

男「……」

わん子「私は男と対等になりたい」

男「……」

わん子「一人の女の子として、私を見て」

男「! そ、それは……」

わん子「駄目?」

男「駄目というか……」

男「今までペットとしてお前と一緒にいたわけだから……」

わん子「……」

男「……お前を一人の人間として見てしまうと、犬だったお前が消えちゃうようで…………」

わん子「……私は、私だよ」

男「……」

わん子「ちょっとばかり賢くなって、感情が豊かになっただけ」

わん子「犬のころの私があるから今の私がある」

わん子「姿形が変わっても、私はずっと連続しているよ」

男「……そうだな」

わん子「最近ようやくわかったんだ。思えば人になったときからそうだった」

わん子「知らなかっただけで、ずっとそうだった」

男「……」




わん子「私は、男が好き」

男「……」




わん子「昔みたいによく分からないで言ってるんじゃないよ」

わん子「恋愛感情として、好きなんだ」

男「……そうか」

わん子「で、今度は逆に聞くけど」

わん子「どうする? 私はついていきたいんだけど、それを決めるのは男だ」

男「……」

わん子「私は一人で生きていくだけの力を持ってる。男は連れてかない選択をしてもいいんだよ」

男「……すごく情けないことを言うようだけど」

わん子「うん」

男「お前の気持ちに応える決断はまだ出来ない」

わん子「……仕方ないね」

男「でも、お前と離れる覚悟も、まだ持てないんだ」

わん子「……」

男「……もし、お前がいいなら」

わん子「うん」

男「……あぁくそ、言いにくいな」

わん子「早く言いなよ」

男「……俺は、お前を女の子として見れるかどうかはまだ分からない」

男「それを考える時間をくれないか。俺はまだお前に恋愛感情を持ってないけど、その上で」

男「一緒に来てくれないか」

わん子「……ずるいなぁ」

男「……すまん」

わん子「……でもそりゃ仕方ないよね。私が強引すぎた」

男「……」

わん子「私はもちろんついていくよ! もし置いていかれても諦めるつもりは毛頭無かったし!」

男「……ありがとう」

わん子「こっちこそありがとう! 嬉しいよ!」

男「……」

わん子「あのさ、曲がりなりにも私は告白したわけじゃん?」

男「うん」

わん子「そんで男は先伸ばしにした」

男「……おう」

わん子「待つ為にはさ、エサが必要だ。いつもそうしてきたよね?」

男「……犬の頃の話だろ」

わん子「一緒だよー。ご褒美があるから我慢出来るんだ!」

男「人間は我慢しても必ずしもご褒美がもらえるわけじゃないの」

わん子「そう言わずさー! 一つだけお願い聞いてよ!」

男「……なんだ」

わん子「キスして! 前は私の不意打ちだったけど、今度は男から!」

男「そ、それは……!」

わん子「気持ちは無くてもいいんだ。本当は欲しいけど」

男「で、でもだな……」

わん子「お願い! 壁かなんかにするつもりでさ!!」

男「……お、お前がそれでいいなら…………」

わん子「もちろん!」




わん子「じゃ、じゃあ……してっ!」

男「……い、行くぞ」



チュッ

わん子「男大好きっ!!」ガバッ

男「ちょ、ハグしていいなんて言ってないぞ!!」

わん子「へへー! 苦しゅうないぞ!!」

男「……獣臭さ無くなったな」

わん子「! うるさい!!」






わん子「私、男に好きになってもらえるよう頑張るよ!」

男「……あまり考える時間は要らないかもな」

わん子「! それってどういう意味!?」

男「知るか! 『待て!』」

わん子「……はい」


fin

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年06月19日 (木) 23:15:19   ID: 3VzBDB3L

二番煎じなのかも知れないけど、自分的には凄く良い。

2 :  SS好きの774さん   2014年12月07日 (日) 04:49:19   ID: YZK4Yurm

よかった

3 :  SS好きの774さん   2014年12月21日 (日) 12:13:58   ID: Jnon5hL2

面白ければ何番煎じでもかまわん

4 :  SS好きの774さん   2015年01月18日 (日) 16:41:37   ID: ufexSG0t

うちの犬二匹も人になればハーレムを.....

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom