響「リスタート」 (24)


 春香はいつか、自分にこう言ったよね。
 孤高が強いんじゃない、って。

 その意味は全然分かっていなかった。しかも、何言ってるんだコイツ、って聞こうともしなかった。

 でも――いま分かったよ。

「プロデューサーさん! 私達、勝ったんですよ!」

「落ち着け春香! まだ舞台の上なんだから!」

 結束が人を強くする。人はひとりじゃ、いられない。


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 ――――
 ――

 クリスマスの合同ライブから一日が経った。
 同時に、961プロを解雇されてからも一日、経った。

「……寒い」

 お気に入りのコートを着て、ひとり外に出る。
 寒さを和らげるのはこのコートと、変装用のマスクだけ。
 特に何をするわけでもない。散歩ってやつだ。

 家族は連れてきていない。なんとなく一人になりたかったから。


 なんとなく電車に乗って、適当な場所で降りる。
 電車に乗るだけで良かったのに、地下鉄では景色が見えなかった。

「なんか食べながら歩こうかな」

 駅から少し離れたところにあるコンビニに入った。

『自由な色で……描いてみよう……』


 思わず身体がこわばる。

 店内で流れていたのは『Colorful Days』。
 765プロが全員で歌った――自分たちに勝利した曲だった。

「……肉まん、ひとつください」

 本当はジュースなんかも買おうと思っていたけれど、すぐにレジに向かってしまった。


 コンビニを出て、マスクを外す。
 自分はもうアイドルじゃないんだから、変装なんて必要ないんだ、とゴミ箱に捨てた。

「風が強いな」

 これからどうしようかな。トップアイドルになると言って飛び出した手前、すぐに戻るわけにもいかないぞ。
 いろいろと考えながら肉まんの包み紙を剥がして、思いっきりかぶりつく。
 つもりだった。

「……響ちゃん!」


 肉まんから顔を上げた時、丁度反対方向から歩いてきたのは、昨日自分たちに勝った相手。
 センターの天海春香その人だったからだ。

「響ちゃん、どうしてここに居るの?」

「は、春香こそどうして」

「えっ? だってここは、ほらっ」

 春香に手をひかれる。

「ちょっ、ちょっと」


 すぐに大通りに出てきた。
 春香が指をさした先にあった小さなビル。その窓にはガムテープで「765」と文字が作られている。

「私達、765プロの事務所があるからだよっ」

 こんなところにあったのか。

「知らなかった」

「え、美希に聞いたりしなかったの?」

「うん。あんまり765プロの話は、しなかったからな」


「だ、だよねぇ」

 春香は申し訳無さそうに笑う。

「それに……社長の方針で、あんまりプライベートで会っちゃいけなかったんだ」

「……そうだったの?」

 春香が765プロの方向へ歩き出す。真横とはいかないまでも、春香の少し斜め後ろについた。


「うん。王者は孤高だから、って」

 ふと、我に返る。
 なんで自分は春香にこんなことを話してるんだ?
 春香はライバルなんだ。黙ってりゃいい。帰ればいい。

 どうせ春香だって、今まで戦ってきたアイドルと同じだ。同じなんだ。
 961プロと自分たちをひたすら貶して、蔑んで、泣きながら帰っていく。


 自分の弱みなんかを話したら、つけこまれて――。

「……響ちゃん、無理してたんだね」

 あいていた右手を、握られる。
 ……強がっていた、春香の気持ちを無碍にしかけた自分の心が、ずきんと痛んだ。

「私、全然気づかなくて……ごめん、ごめん響ちゃん」

 ……ライバルだった、だけだ。自分はアイドルじゃなくなった。
 無理に虚勢を張る必要はないんだ。


「……春香」

 春香の横に進んでいく。肉まんをまた包みなおして、鞄にしまった。

「自分、春香と友達になりたい」

 そんなことを言って、ちょっと笑ってみる。
 この娘は、たぶん。

「――――私なんかで、響ちゃんの友達がつとまるかな……?」

 アイドルである前に、ひとりの女の子だ。


「あらためて、よろしくね。響ちゃん!」

 春香はそう言って笑顔で自分のことを抱きしめてくれた。
 沖縄から東京に出てくるときに母親にもらった以来のぬくもり。

 ユニットのメンバーと仕事はしても、気持ちはひとりのままだった自分には、あまりにも、温かくて。

「響ちゃん……どうして泣いてるの?」

「……え」


「ご、ごめんっ、私響ちゃんになにかしちゃったかな……」

 春香の優しさで、視界が揺れる。
 喋ろうとしても、うまく言葉が出てこなかった。

 でも、一言だけちゃんと伝えることが出来た。

「ありがとう」、って。


 春香は自分の手をとって、765プロへと招いてくれた。
 そこは今まで見下していたアイドルのみんなが、優しく自分を迎え入れてくれる場所で。

 あんなに酷いことをしたのに。酷いことを言ったのに。
 そんなこと気にすんな、って頭を撫でてくれた。

 だから自分は、いま――。


「いけるか、響?」

「えへへ、任せておいてよ!」

「なら大丈夫だな。なにぶん初めてのカウントダウンライブだから、大きな舞台の経験者じゃないと、って」

 12月31日のアイドル事務所合同カウントダウンライブ。
 765プロは年越しの前、1分前から始まるカウントダウンの直前の時間を託された。

 本当は春香がセンターだったんだけど……緊張でちょっと空回りしちゃって。
 それで大舞台の経験が豊富な自分が抜擢された、ってわけ。へへっ。



「みんな、ちょっといいかな」

 舞台袖で自分は、765プロのみんなを集めて言った。

「どうしたの、我那覇さん?」

「ちょっと言いたいことがあって。……大丈夫、すぐ終わらせるから」

 一度咳払いをして、気持ちを落ち着かせる。
 自分だけじゃなく、美希と貴音も迎えてくれたみんなに、どうしても伝えたいことがあった。


「自分、今年は本当に忙しない年でさ」

 美希、真、やよいが真面目な顔で自分を見つめている。
 伊織も、あずささんも、亜美も真美も、じっと聞いてくれていた。

「961プロをクビになって、どうしようもないときに、765プロに入れてもらって」

 ――春香を見る。
 自分の手を、最初にひいてくれた人。


 美希と貴音が頷いた。
 フェアリーがこうしてユニットとしてやっていけてるのは、みんなのおかげだ。

「本当に、本当に……みんなには感謝してる」

 してもしきれない。
 千早の、雪歩の、律子の、ぴよ子の瞳が、自分の背中を後押ししてくれる。


「だから……自分、センターとして本気で、みんなに恩返しするつもりで演りたいんだ!」

 言えた。
 恩返しは、最高のステージで魅せたい。

 円陣を組んだ時も、一言頼むとプロデューサーに託された。

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