「君を食べたいよ(性的な意味でなく)」(352)

人によっては不快な気持ちになる恐れがあります。

やばいと思ったらバイバイして下さいませ。

人生はクソゲーである。
なにか一つ重要なスイッチを踏み忘れたら最後、転落まっ逆さま。
しかもコンテニューボタンはないと来た。
そんなわけで人生に飽きた俺は、電源を切りにきたのだが…。

「あの」

「…ひっ」

地味に傷付く。
まさか、深夜の山の中で会った両手にドクロ抱えた血まみれの女にまで、小学生の時席替えで隣になった女子みたいな反応されるとは。

「あ、あの…。幽霊さんですか…?」

「生憎だが俺は生身の人間だよ。幽霊になりにきたとこ」

こんなヤバそうな状況なのに、俺は不思議と落ち着いていた。
どうせ死にに来たんだし、こいつが何者だろうと関係ない。
それよりもさっきの反応が傷ついたので、そっけなくそう言ってやった。

「えっ、と、あの、邪魔してごめん、なさい?」

「…いいよ。で、あんたは人間か?」

「えっ、あ、と、人間、だと思う」

「思うってなんだよ…。まあいいや。で、何しにきたんだ?」

「あ…殺した…から、骨を…、埋めに」

見れば、彼女はリュックを背負っており、そのリュックからは骨らしきものが飛び出していた。
…恐らく、頭蓋骨が二つだけ入りきれなかったのだろう。

人を殺してきたわけか…。
でも、それはおかしい。
いくらなんでも人はすぐに白骨化はしない。

「殺したのが本当だとしたらすぐ白骨化するのはおかしいと思う」

思った通りのことを言うと彼女はうつむき、小声で何か言った。

「……ら」

「え?」

「……から。」

「ゴメン、聞こえない」

「食べた、から」

「―――。」

思考が停止する。
今、彼女は何と言った?
食べた?ヒトを?
殺人ならまだよかった。
彼女には今から死ぬ俺を殺す理由が無いからだ。
しかし、食人となると話は別だ。
『生きたままが美味しいからどうせ死ぬなら―』とか言い出しかねない。
それは不味い。美味しくない。死んでも良いけど痛い体験はしたくないのである。

「な、なぁ、マジで食ったのか?」

「…うん」

こくり、と頷く彼女。
うわぁ…。マジだよこの子…。マジで食ったんだよ…。
い、いや、仕方なく食べただけで美味しくはなかったかもしれない。
それならまだ大丈夫だ。

「…美味しかったか?」

首を振れ首を振れ首を振れ
「…。」コクコク

縦じゃなぁぁぁい!!

「そ、そうか…。」

彼女は『仲間かな?』みたいなキラキラした瞳で見つめてくる。
小動物系肉食女子か。
そうなんだけど違う気がする。

「…家、くる?」

人生初のお誘いである。逆ナンである。
成る程これが噂の肉食系というやつか。くそっ、全く嬉しくない!

とは言え、どうせ死ぬなら女の子の家くらい行ってから死にたい。
例えデッドフラグしかなくても構うものか。

「…うん。行く。」

こうして俺は見事にお持ち帰りされたのであった。
…ドナドナが頭を掠めたが気にしないことにした。

「そういや、君の家ってどこにあるの?」

「もうすぐ着くよぅ」

「もうすぐ、ってここまだ山の中だけど…。」

「家は山の中にあるんだよぅ」

ふんふーん、と謎の鼻歌を歌いながら先を歩く彼女。
…注文の多い料理店の舞台も山の中だったな、なんて思いながらそれに着いていく。

「…家にお風呂とか、ある?」

「あるよー。身体は清潔にしとかないとねっ!」

「…えと、うん。」

『…それは、食材として?』と聞きたかったが、怖かったのでやめた。

そんなこんなで10分も歩いただろうか。

目の前に木造の小綺麗な家が現れた。
こんな場所に建っていること以外は、ごく普通の家だ。

彼女はリビングらしき場所に俺を案内すると、

『お風呂入ってくるよ!汚れとかおとしたいし』

などと意味深なセリフを残して行ってしまった。

…さて。
改めて自分の置かれた状況を整理してみよう。

俺は山の中に人生の電源ボタンを押しにきたと思ったら、いつの間にか女の子の家に上がり込んでいた…。
そしてその子は今お風呂中…。
成る程、わからん。

最後の最後でこんな一大イベントが待ち受けているとは…人生って神ゲーかもしれない。

「上がったよー」

ドクン、と心臓が跳ねる。それが命の危機だからか、それとも理由は別にあるのか。

「やーごめん、ごめん」

そう言いながら彼女はなぜか上はYシャツのみ、下はジャージという格好で現れた。
むしろありがとうございますと土下座したい。

「―」

何と言うか…凄く、すごいです。

「貴方もお風呂、どうぞ。あ、着替えある?」

「…あー、無い」

非常に透けておられる。
何がとは言わない。

「まぁ、そりゃ無いか。えっと、男ものの洋服は父さんのしかないけど良い?」

「あ、ああ。」

「じゃ、着替えは用意しとくから。汚れ物は洗濯機に入れといてー。」

「って、ちょっと待て!この家に両親と住んでるのか!?」

それって、かなり不味くないだろうか。

「住んでた、かなー。というか、貴方はもうボクの両親と会ってるよ?」

「えっ?」

「あそこに埋めるの手伝ってくれたでしょ?」

「―」

「いやぁ、まさか骨埋めるのを手伝ってくれるとは。言ってみるものだよ」

ちょっと、待った。
殺人、食人、ときて今度は親殺し。
目の前にいる『普通の女の子』とのギャップにめまいがする。
もしかして、これは死後に見ている夢なのだろうか?
そう思って頬をつねる。
…痛い。紛れもなくこれは現実だ。

「これで問題解決だね!じゃ、早くお風呂に入って入って!身体、土だらけだよ」

「おう…。」

何一つ解決していないような気がしつつも、頭が働かないのでとりあえず風呂に向かう俺だった。

【とりあえずここまでです。夕方からバイトなので一旦寝ます。】

「…なんだかな。」チャプン

血まみれ風呂だったらどうしようかと思っていたが、至って普通の風呂だった。
というか、先程までいたリビングも、玄関も。
…恐らくはこの家全てが普通なのである。
普通じゃないのはその住人…
『着替え、ここに置いとくからー』
…のはずなのだがいまいち恐ろしくない。

もしかしたら、そういうことを話すただの電波さんなのかもしれない。

「なわけ、ないよな…。」
少なくとも、あの服についていた血は本物だったし、骨も作り物じゃなかった。

「むー」

風呂から上がる。
身体はさっぱりしたが、気持ちは晴れないままだった。

「おー!どうよ、さっぱりした?」

「んー…まあ。」

「んむー?微妙な反応だねぇ。なんか気に入らなかったかな」

しゅんとしてしまった。
慌てて言い繕う。

「いや、風呂は完璧だったぞ。湯加減もバッチリだったし。ただ、そろそろ食事がしたいなって思っ」

そこまで言って気付く。
…俺って今、フライパンのなかに飛び込んでしまったのではなかろうか…。

「そっか!ごめん、ごめん。お腹減ってるよね。」

そういうと彼女は突然包丁を取り出し―ではなく、ゴミ箱を漁り始めた。

「えっ、ちょっと、なにやってるんだ?」

「私の分のご飯探してるんだよー。あ、貴方は冷蔵庫から好きなもの取って食べていいから。」

意味がわからない。
あれはどうみても生ゴミを漁っているようにしか見えない。
それとも、実は人肉が隠してあったりするのだろうか?

「な、なぁ、まさか生ゴミを食うつもりなのか…?」
「うん。昔からボクはそうだったし。なんか胃が強いみたいでさー」

あはは、と笑う。

「―。」

今、彼女は『昔から』『私は』そうだった、と言った。
つまり、それは。
両親がいた頃からそんな仕打ちをされてきたということなのか。

「ん、これなんていいかもー。良い具合に黒いし。」
なんて言いながら、黒ずんでボロボロの生ゴミをつまみ上げる彼女。

「―駄目だ」

それをはたく。

「あっ、落ちちゃったじゃないかー!」

ぷぅっと頬を膨らませてこちらを見る。

「そんなの、食べちゃ駄目だ」

「なんで?腐ってるから?大丈夫だよ、ボクはこういうの食べても平気だからさ」
むっとした顔になる


「そういう問題じゃない!それに、いくら大丈夫だからといっても、味は耐えられるものじゃないだろ!?」

つい、声をあらげてしまう。自分でも何に対して怒っているのかはわからない。
ただ、腹がたった。

「―味。」

瞬間、空気が凍る。
彼女の雰囲気が変わったのを感じた。

「耐えられる味って、なに?ボクが食べ物を食べると、みんな同じ味がする」

背筋に冷たいものが走る。
あれほど表情豊かだった女の子は、能面のような無表情に変化し。
声は静かで、深い絶望が滲んでいた。

「物心ついた時からそうだった。野菜も、肉も、お菓子もジュースも!みんなみんなおんなじ味だった!!」

「わかるかい?皆が美味しいというものは、ボクには等しく価値がなかった。」

…それはどれ程辛いことだっただろう。
母親の手料理も、誕生日のケーキも。
美味しいもの。それは良い印象と共に『思い出』になる。
しかし、そもそも全てが不味いものであったならば、嫌な印象となり、必然記憶は薄れてしまう。

「最初両親は、なんとか手を尽くしてボクに美味しいものを食べさせようとしたよ。うちは資産家だったし」

「でも、何をやってもダメだった。ボクは基本的に何でも食べられることがわかったけど、何を食べさせても不味いとしか言わなかった。」

「そんなボクにうんざりしたんだろう。ある日からは生ゴミを与えられるようになったよ。こんな山の中に移り住んだのもその頃さ。まぁ、生ゴミを漁る娘がいるなんて知られたら大変だろうしね」

ゴミで育つなんてエコだよね、と彼女は乾いた声で笑った。

「―」

何を言えばいいのかわからない。
否。
俺には何も言う権利がない。
ただ、つまらないからという理由で生きるのをやめた俺には、彼女の苦しみも、痛みも、わからない。
死者に生者の生き方を、止める権利なんてない。

「それで、これは昨日の話なんだけど。」

淡々と続ける。

「うちは資産家だって話したと思う。それで、跡継ぎとして新しく養子を迎えようってなったんだ。まあ、どんなやつでも社交パーティに行く度に顔を歪める娘よりはマシだろうし。」

「それは別に良かったんだけど、どうにもボクが邪魔で邪魔で仕方なかったんだろうね。そりゃそうだ。戸籍上はボクがいるから、遺産も半分になってしまう。」

「それと、完璧な自分たちからこんな欠陥品が生まれたってのが我慢できなかったんだろう。とにかく、そんなこんなで彼らはボクを殺しにきたんだ。」

「でも、生きたかったんだ。ボクは。何のためにかはわからない。死にたくなかった。だから―」

殺した、と彼女は言った。
声が僅かに震えたように聞こえたのは、きっと勘違いなんかじゃない。
彼女は、どんな仕打ちを受けようとも両親を愛していた。

「それで、殺したのは良いけど処理に困ってさ。ここは山の中だからすぐにばれることはないだろうけど、死体をいつまでも放置して置くのは良くないだろ?」

どうしたものか、と困った彼女に閃くものがあった。
それは悪魔の囁きだったのか。

「幸いボクの味覚は壊れてるから味は大丈夫だろうし。これまでも食べ物じゃないようなものは食べてきてたから心理的な抵抗も少なかったよ。」

嘘だ、と直感した。
それは彼女が目を伏せたからか、固く握られた握りこぶしを見たからか。
恐らくは苦肉の策だったのだろう。

「基本的には焼いて食べたよ。臭いがきつかったけど、まあ生よりいいだろうし」

「それで、一口食べたとき。どんな気持ちになったと思う?」

わからない。わかってはいけない気がする。
しかし、彼女は答えを待っている。
自分なら―

「俺だったら、ぐちゃぐちゃして壊れそうな気持ちになりそうだ。」

思ったままを答えると、一瞬意外そうな表情を浮かべて、また無表情に戻った。

「…そうか、君はそう思うんだね。それが普通の人間の反応か」

「でもね、ボクは違ったんだ。とてもとても―」

目を瞑り、祈るように手を合わせて彼女はこう言った。

「―幸せだった」

ポツリと。その言葉には万感の想いが籠められていた。

「美味しかったんだ。初めて、美味しかったんだ。世界からお前は異端者なんだって宣告された気がした。でも、美味しかったんだ。」

恍惚とした表情で、彼女は語る。

「最高だった。それからは無我夢中になって、気がついたら二人とも全部食べてしまっていたよ。その後は、涙が止まらなかった。」

にっこりと笑う彼女。
ああ。なんて、なんて哀しい笑顔だろう。

「ね、やっぱりボクは、化け物なのかな」

笑顔のまま、彼女は問う。

「―。」

確かに、普通とは違うかもしれない。でも。

「俺は、君を化け物とは認めない。」

「…それは、なぜ?」

なぜ。
理由は自分でもわからない。
だが、適当に誤魔化すわけにもいかなかった。

「……。」

「…なぁんだ。」

「っ―!」

ぞわり、と鳥肌がたつ。
空気が変わる。
彼女の瞳は、獲物を狙う蛇のそれだった。
脳の深いところで本能が警鐘を鳴らす。

「色々話して、お腹すいたなぁ…。」

ひた。ひた。
こっちに近づいてくる。

逃げろ

「君はどんな味かな」

逃げろ

「また、美味しいといいなぁ…。」

逃げろ!

「っ…!」

逃げ出しそうな足を必死で押さえつける。

「あれぇ…逃げないの?」

ここで逃げてはいけない。
逃げたら、取り返しがつかないことになる。
それに。
自分の人生から逃げ出した俺が、逃げた先の人生からも逃げ出すわけにはいくまい。

「提案が、ある」

震える声でそう言った。

「提案…?」

見えない牙は、今も自分の首を狙っている。
返答次第では、そのまま突き立てられるだろう。
だが、何もせずに終わるよりはマシだ。
そこまで考えて、つい、笑ってしまった。

「なに笑ってるの」

見るからに不機嫌そうだ。

「いやなに、数時間前までは自殺しようとしていた男の考えることじゃないな、と思ってさ。こっちの話だよ。」

「…そう。それで?提案っていうのはただの時間稼ぎだったのかな?」

「いや、違う。提案っていうのは―」

「勝負しようって話だ。俺は君に人肉以外で美味しいと言わせるものを作る。それが出来たら俺の勝ち。期限までに出来なかったら俺の負け。」

「それと、期限は君が決めて良い。どうせ君が拾った命だしな」

「え…?」

彼女は目をまるくして俺を見た。

「で、でも、それじゃあ勝負にならない!聞いてなかったのか?ボクは―」

「何でも不味く感じる、だっけか?あのなぁ、料理なんてのは塩加減一つで味が変わるもんなんだぜ?」

「それは…そうかもしれないけど…。」

「そうだろ?だから―」

「いや、期限はボクが決めて良いってのも変だ。そんなの、無茶な期限を出せば無条件で君の負けじゃないか」

「そりゃあ仕方ない。なんせ時間稼ぎじゃないってことをわかってもらうにはこうするしかなかったしな。」

「そんな、君は自分の命が惜しくないの…?」

「んー、痛いのは嫌だし、死ぬのも怖いけど、まあ仕方ないだろ。元々あの場所で終わってた命だし。」

「むう…ちょっと考えさせてくれ。」

しばらく考えこむ彼女。
さて、どうなるか。
判決を待つ。

「…おっけ、わかった。それで良いよ。」

可愛らしい裁判長が判決を下す。

「よし!」
思わずガッツポーズをしてしまった。
死ぬだけならまだしも、彼女にまた辛い笑顔をさせるのは嫌だったのだ。

「それで、期限は?」

「取り敢えず、一週間。」

「わかった。」

なかなか厳しい期間だが、仕方ない。言い出したのは自分。
最後までやり遂げるだけだ。


―こうして、俺と彼女の奇妙な関係が始まりを告げたのだった。

【ブクマ、支援感謝です。拙い文章を読んで下さりありがとうございます。夕方から今年最後のバイトなので、更新が遅れると思います。】

「そうと決まったら座って待っていてくれ。」

「…そもそも料理、できるの?」

「まァ昔ちょっとな」

「ふーん。まあ、出来ようが出来まいが関係ないだろうけど」

そう言いながらも、彼女はどこか楽しげだった。

冷蔵庫をあける。
材料はそれなりに揃っているようだ。
次に道具を確認し、ガスコンロにきちんと火がつくかも確かめる。

「…さて、どうしたもんかね」

なるべくならシチューのような何日かに分けて食べるものは避けた方が良いだろう。
期限がある以上バリエーションを少しでも増やしたいからだ。

となれば―

「お待ちどおさま。大根の酢の物に鰤の煮付け、お味噌汁付き。和風でまとめてみました。」

「おー!意外とまともだ」

彼女の前に器を置く。
もちろん、俺の分も作っている。

「それじゃ、」

二人一緒に手を合わせて。

「「いただきます」」

まずは鰤を一口。
うん、旨い。汁がしっかり身に染みている。

さて、彼女はどうか。
そう思って彼女の方を見ると、彼女はいただきます、のポーズのままぼーっとしていた。

「なにやってんだ?」

「あっ、ごめんごめん、いや、こうやって誰かと食べるのっていつぶりだろうって思ってさ」

「…そうか。ま、少なくともこれから一週間は毎日これだから。」

「…うん。」

頷く彼女は、嬉しそうな、悲しそうな表情をしていた。

「ま、今は取り敢えず一口どうぞ。」

「…はむ。…不味い…。」

「あちゃー」

覚悟はしていたつもりだったが、実際に言われると結構くるものがある。

「はむ。はむ。不味い。はむ。」

…不味い、というのはやはり本当なのだろう。
時折涙目になりながら食べているのを見てそう確信した。

しかし。
その割には。

「はむ。はむ。うぇっ…。ん、はむ。」

食べている。食べている。
そしてあれよあれよというまに―

「ん…。ご馳走さまでした。」

「…。驚いたな」

吐きそうなほど不味いものであることには違いないだろうに、彼女はご飯粒一つ残してはいなかった。

「む?なにが?」

「いや、残すと思ってた。不味いって言ってたし」

「うん。不味い。けどね、これ、せっかくボクなんかの為に作ってくれたんだもん。残しちゃ駄目だと思うんだ!」

えへへ、とはにかむ彼女。

「そ、そっか」

初めて見るその表情に、何故か動揺してしまう。
不味い、と言われたもやもやはどっかに消えてしまって、代わりに正体不明の気持ちで一杯になる。
彼女の顔を見ていられなくなって、ご飯をかっこんだ。

「げほっげほっ」

むせる。

「だ、大丈夫?」
彼女は立ち上がり、こちらにくると心配そうな顔で背中をさすってくれた。

「平気、げほっ」

「無理して話さなくて良いから。全く、いきなりご飯をたくさん食べたりするから」

あなたのせいです、とは言えない。

「ご馳走さま。」

「洗い物はボクがするよ。君はご飯作ってくれたし。」

「いや、良いよ。俺がやる。」

「む。じゃあ二人で洗おう。それで良いよね?」

「…わかった。まあ二人でやった方が早く終わるだろうしな」

隣に並んで洗い物をする。
一人より二人でやった方が早く終わる。
それは確かだ。

…ただし、それは『きちんと洗える人が二人いれば』の話である。

「これが洗剤だよね?」

「バカ、それは油だっ!!」
「ゑ?」デロー

「うわぁ…。」

駄目だこいつ、早くなんとかしないと…。

「まさか作るよりも片すほうが時間かかるとはな…。」

『洗い物はボクがするよ』発言とはなんだったのか。

「うう…。ごめんなさい…。なにか手伝いたくて…。」

悲しそうな顔で謝る。
…困った。そんな顔は見たくない。

「…まあ良いよ。みっちり教えたし、これからは出来るだろ。」

「うー…。ありがとう」

「ん。」

ふと、あくびが出る。
そう言えば、ずっと寝てなかったもんな…。

「ねむ…。」

「ボクももう限界…。早く寝よう。」

「あ」

そう言えば、俺はどこで眠れば良いんだろうか?

「どうかしたの?」

「俺はどこで眠れば良いんだ?」

「え?一緒に寝るでしょ?」
彼女は当たり前じゃん、と言いたげな顔でこちらを見ている。

「いや、それは…。ダメだろ」

「なんで?」

「なんでって…。ダメだろ」
男には、色々と問題があるのです。

「…良いけど、そうなると君はボクの両親の部屋で寝ることになるよ」

「えっ」

「うん。昨日まで両親が寝てたとこ。」

完全に殺人現場じゃないですかーやだー!

「一緒に眠らせてください…。」

「よろしい」

【本日更新はここまでとなります。皆さんの応援は私の力になります。読んでくださりありがとうございます!!】

「じゃ、ついてきて。」

そう言うと彼女はさっさと歩き出した。
―と、何を思ったのかくるりとこっちを向くと、引き返してきた。

「せっかくだから、手を繋ごう」

「え」

反論する間もなく、俺の手を握る彼女。
にこにこしている。

「部屋まではあんまり距離ないけど、一緒に行こう?」

破壊力抜群。
そりゃあ断れない。
俺達は連れだって歩き出し「はい着いた」

「はやっ!…って、ここ風呂じゃん」

「そだよ?お風呂兼ボクの部屋ー。」

事も無げに、そう応える。
まるで、これが当たり前だと。そう言うかのように。

「な―」

「ボクは汚いから、風呂場にいなきゃいけないんだって。」

「…」

意味がわからない。
言葉の意味はわかる。
だが、こいつにそんな言葉を言わせたこいつの両親がわからない。
どういう神経をしていれば、自分の娘に風呂場をあてがうのか。
ふつふつと、怒りが込み上げてくる。

「どしたの?」

きょとんとした顔で、彼女がこちらを見ている。
そんな無垢さがとても痛々しくて。
気づくよりも、言葉よりも、先に身体が反応していた。

「え―うわっ」

抱き締めたその身体は、冷たくて、細くて、軽かった。

「わ、わわ、あわわわ」

あうあう、と言葉にならない言葉が聞こえる。

「―ごめんな」

今まで会えなくて。
お前に気づいてやれなくて。
本当に、ごめん。

「えと、ど、どういたしまして?って違うよね、あーうん、よく、分からないけど、ちょ、ちょっと恥ずかしいなこれ…。」

…そうして暫く。

「…。えと、あの、そろそろ…」
先行した感情に思考が追い付いてくる。

「うわ!ごめん!」

バッ、と離れた。
何をやってんだ俺は…。

「すまん…ちょっと我慢出来なかった」

「ま、まあ男だもんね、そういう事もあるのかな…。」

顔を真っ赤にしながらもごもごとなにか言っている。
そして酷い勘違いを受けた気がする。

「あー、いや」

「…今度からはする前に言ってね?ボクも一応女だから、心の準備があるからね」

「…だから、だな」

「ああ、もちろんわかってるよ。大丈夫大丈夫!」

「…。」

…まあいいか。
本当の事を言うと大変な目にあいそうなので誤解のままそっとしておこう。

「あ、寝てる時は駄目だから!」

…起きている時なら良いのか、という疑問が浮かぶが、今は。

「あ、それなんだが、俺はここでは寝ない」

「え…。」

肩を落とし、しょんぼりとする彼女。

「もちろん、お前もここでは寝ない。」

「?」

今度は首をかしげている。
…本当に、普段のこいつは表情豊かだ。

「要するに、違う場所で寝ようって話。」

「なるほど!でもここ以外に寝る部屋なんてないよ?」

「あるだろ。リビングでもトイレでも風呂場でもない、眠るための場所がさ。」

「え…まさか」

「おう!殺人現場…もとい、元、お前の両親の部屋。」

「えぇぇぇ!!」

顔をしかめ、ぶんぶんと首をふって抗議してきた。

「無理無理無理無理!だって幽霊とかでそうじゃん!怖いもん!嫌だよ!」

「…。」

自分が殺して食った相手の幽霊を怖がるとは、なんともシュールである。

「嫌だよぅ…。」

「後処理はしたんだろ?血の掃除とか」

「し、したけどさぁ…。それだってとっても怖かったんだからね…。」

「なんだかなぁ…。ま、とにかく、寝るのはそこだから。二人だし、怖くないだろ」

「う…でも…。」

「それに、出てきたら出てきたで言いたい事が山程あるからな。構わないさ」

むしろ土下座させてやる、と息巻く。

「なんで急に度胸がついてるんだよー…。」

「さあな」

理由を言うのは何となく恥ずかしくて、適当にごまかす。

「むー…。」

乗り気はしないようだが、彼女は改めて俺の手を握った。

「よし、じゃあ行こうか」

「…うん。こっちだよ。」

「いや、そっちは風呂だろ」

「なぜわかったし」

「わかるわ!」

…こいつは相当な怖がりらしい…。

「…ここ。」

道中何回も風呂場に向かおうとする彼女を宥めつつ、ようやく目的の場所に着く。
そこに近づくにつれ、彼女の表情は硬くなり、無口になっていった。

「…」

彼女は、一向にドアを開けようとはしない。

「…俺が居るよ」

手をしっかりと握り、そう声をかける。

「…うん」

目を瞑り、深呼吸をすると、彼女はドアノブに手をかける。
しかし、それを回すことができない。
震えるその手に、自分の手を乗せる。

「…あ」

こっちを見る彼女。

「…ん」

軽く頷く。

ドアノブは回され、ゆっくりとドアが開いた―

「…普通だな」

そう。そこも他となんら変わらない寝室だった。
―ところどころの紅い染み以外は。

「っ…」

ソレをやったというこの子は、ぶるぶると震えていた。
その様子は、決してくびきから解放されたそれではなく。
…むしろ、彼女こそ被害者に思えた。

「おい…大丈夫か」

「…ん…」

顔はひきつり、恐怖一色だった。

「ごめん…やっぱり…」

俺が、こいつをここに連れてきた理由の一つに、コレがあった。
こいつは、未だに両親の影に怯えている。
風呂場や生ゴミの一件から何をされてきたかは、想像に難くない。
ここに住む以上、常に両親の影はちらつくだろう。
それを解決しないままじゃ、旨いもんも旨く感じるわけがない。

ふぅ、と息を吐き、彼女に向き直る。
伝えなければ。
世界全てが敵だった彼女にだって、味方がいることを。

「お前のしたことは、許されることじゃない。」

「…!」

「きっと世界中の大半から非難され、拒絶されるだろう。」

「っ…」

「…でもな。少なくとも、俺は、お前の味方だから。―いや、まあ、食材かもしれんが。」

彼女は、ポカーンと口をあけてこっちを見た。
…間が空く。

「……。ぷふっ」

笑われた!?

「あはははは!なにそれ、変すぎるよ!…ぷふふふっ」

…。
爆笑である。
あれぇー…。わりと決まったと思ったんだけどなあ…。

「真面目な顔でなに言い出すのかと思ったら、全くもう!…っ…。ダメ!我慢できない」

引き続き、笑い続ける彼女。
今までの分を取り返すかのように、笑っていた。

「…まあ、いいか。」

どんな理由にせよ、彼女は笑っている。
今は、それでいい。
良いんだが。

「…ちょっと、笑い過ぎだぞ」

やれやれ。
全く感情というものは御し難いものだ…。

「ふー、ふーっ、あー楽しかった」

「気が済んだか」

「あれ…。ひょっとして、怒った?」

「別に」

ええ。別に怒ってません。
笑われて傷付いた、なんてこたぁありませんとも。

「うー、ごめんってばー」

「…もういいよ。それよりも、早く寝たい」

「あ、親が使ってたやつは燃やしたから無いよ。そこにあるベッドに敷いてるのは新しいヤツ。」

「そうかー…」ボフッ

「あ!ずるいずるい!ボクもー!」ボフッ

色々有りすぎて身も心も疲れきっていた俺は、猛烈に遅いくる睡魔に抵抗せず直ぐに眠りに落ちていった。

―幕間

「寝るのはやいなー」

"ボクの味方"は早くもダウンしてしまった。
全く頼りにならない。

「味方の癖に頼りにならないなー」

横になったまま、そいつの顔を眺める。

「…」

なんだろう。
不思議な気持ちになる。
こいつとは、昨日まで顔も知らない他人だった。
なのに、ずんずん距離を詰めてきたと思ったら味方だと言う。

「変なやつ」

なんとなく、頬をつついてみる。
柔らかい。

「…ほっぺ、美味しいかな」

妙な気持ちになっていた。
食べたいというよりも、味を知りたいというか。

「…ちょっとだけ、嘗めるだけなら…。」

そいつの頬に、顔を寄せる。

―と、不意にアレを思い出す。
突然抱き締められて、謝られた。
意味がわからなかったけど、なんだかとても恥ずかしくて、ちょっとだけ嬉しかった、ような。

「こ、これは、味見するだけだから」

小声で誰かに言い訳をする。

そして、唇をそっと頬に押しあてて―

「んぁ」

「!!!!」

心臓がドクンと跳ねる。
急いでそいつから離れ、様子をみる。

「ぁ…む…。」

…大丈夫。寝言だったようだ。
心臓がバクバクと音を立てている。

「お、驚いたじゃんか…。」

小声で文句を言った。
起きる様子はないが、余りちょっかいをかけるのも良くないだろう。

「…味見は、とっておこう」
残念だけども。
本当に、残念だけども。

鼓動が収まってくると、あくびがでた。

「ふあ…。もう、寝なきゃ…。」

目を瞑る。
しっかりと、思い出される言葉。

―『俺は、お前の味方だから。』

「…えへへ…。」

温かい気持ちになりながら、夢の中に落ちていった。

―幕間了

【支援ありがとうございます。遅筆な主ですが最後まで見守ってくださると嬉しいです。更新が止まったら催促のコメントをつけていただければ更新が早まる、かもしれません。とりあえず今はお休みなさい】

「―」

目が覚める。
見知らぬ部屋だ。

「あれ…ここ…どこだっけ」
身体を起こし、周りを見る。
まだ寝ている彼女が目に入った。

「ああ…思い出した。そっか、そうだっけ」

俺は、一度死んだ。
今は、こいつを美味しいと言わせるために生きている。

「…よし。」

顔を洗ったら、朝食―もう昼食だが―の用意をしよう。
ベッドから降りようとすると、何かに引っ張られる感覚がした。

「…?」

見ると、彼女の手が俺の服をしっかりと掴んでいる。
放してくれる様子はない。

「仕方ないな…」

もう十分寝ただろうし、起こそう。

「おい。起きろ。もう昼過ぎだぞ」

「…ぅむ」

「おいってば…」

軽く揺さぶる。

「ん…。ふああ…。お腹減ったー」

「開口一番それか」

「まーね」

なぜか偉そうに胸を張る。

「とりあえず、これ、放してくれるか」

「これ?…あ」

顔を赤らめ、ばっ、と手を放す彼女。

「ごめん…」

「無意識だったのか?」

申し訳なさそうに、コクリ、と頷く。

「そっか」

獲物を逃がさない的な意味なのだろうか。

「とりあえず、顔を洗ったら飯の用意するから。新しい洗面器具、あるか?」

「うん。洗面台の下にあるよ」

「おっけ、お前はどうする?まだ寝とくか?」

「ボクもすっかり目が覚めたし―いや、やっぱり後で行くよ」

「了解。」

俺はベッドから降りて、風呂場と隣接した洗面所に向かった。

うがいをし終わるころ、彼女がやってきた。

「お?きたか。なにしてたんだ?」

「べ、別になにも」

「?」

妙に焦っているような…。
まあいいか。

「飯の用意するわ」

ほい、と場所をあけてリビングに向かう。

「…これが…」

「え?」

振り返えると、彼女は俺が使った歯ブラシを手に取って見つめている。

「おいおい、まだ寝惚けてるのか?そりゃ俺のだぞ」
「あっ!!えっと、うん!あははは、そうだよね!」

「…?」

よくわからないが、余り詮索するのも良くないだろう。
そのまま妙にそわそわしている彼女を残し、リビングへと向かった。

「起きたばっかりだし、軽めでいいか」

目玉焼きにベーコン。
そして昨日の残りである味噌汁。

「よし、丁度味噌汁無くなったな」

それぞれを食器に盛り付け終わったころ、彼女がやってきた。

「お、良いタイミング。丁度いま終わったぞ」

「…。」

「どうかしたか?」

「あっ、ううん、なんでもないよ」

「んじゃ、早く食べよう。冷めちまう」

「うん」

「さてと、今回はどうかな。」

そんなに手をかけてないし、望み薄だが。

「うん。不味い」

「さいですか…。次は頑張ります」

「…ね、あのさ。」

箸を置きながら、彼女は真剣な声でそう切り出した。

「なんだ?」

「君は、どうしてそこまでしてくれるの?今さら命が惜しくなった訳でもないんでしょ?」

「んー。よくわからないけど、放っておけないからかな。」

「…ボクは、化け物だよ?」

「それは、違う」

そこは否定する。
未だに理由はわからないが。

彼女は、こっちをじぃーっと見つめたあと、ため息をついた。

「…たちが悪い。理由も無いのに本気で言ってるなんて。嘘なら食べて終わりなのにさ」

「まあそう言うな。あと一週間もない。」

「…それなんだけどさ」

「ん?」

「美味しいもの探し、続けられる限り続けて良いよ。多分一生無理だろうけど。」

「―え」

「その代わり、きちんと化け物じゃない理由の方も見つけてね。…ボクの味方さん」

そう言うと彼女は食事に戻った。
心なしか顔が赤いようだ。

「―ああ。必ず。」

彼女の信頼を裏切る訳にはいかない。
必ず見つけ出す。
そう誓った。

「…ところで、顔洗うのにやたら時間かかってたけど、どうかしたのか?」

「!!!」

盛大にむせる彼女。

「んっ!けほけほ」

「おい、大丈夫か??」

立ち上がって、彼女の背中をさすってやる。
昨日とは逆のパターンだ。

「んぁっ!けほっ!」

更にむせる彼女。

「だめ!けほっ」

「ん?」

「大丈夫、けほ、だから、さすらな、けほっ!」

さすらなくて良い、ということか。
女性としては男に触られるのがあまり好ましくないのかもしれない。

「わかった、理解した」

「ん、けほっ!」

落ち着くのを待つ。

「ふー…。」

どうやら一息つけたようだ。

「それで、時間かかった理―」

「ストップ!その話題は無し!」

「えっ」

そこまで隠したいのだろうか。
秘密にされると余計知りたくなるのだが―

「これ以上その話題続けるようなら食べるから!」

「…む」

それは困る。
まだ目的を果たしてないし。

「しかしだな…」

「…」ギロリ

無念。
このままこの話題を進めたら本当に食われかねない気がする。

「…」ギロリ

「くっ…。わかった、もうやめる」

「よろしい」

なんだったんだろうか…。
結局永遠の謎となってしまった。

そんなこんなで食事を終える。
あれから最後まで彼女は目を合わせてくれなかった。
なぜだ。

「洗いものは、ボクがやるから!」

「わかった。」

昨日みっちり仕込んだし大丈夫だろう。

「皿、割るなよ」

「割らないよ!あと洗濯機、中身生乾きになっちゃってて臭かったからもう一回しといた。もう出来てると思うよ」

「お、サンキュー。気付かなかった。寝室に屋干しするやつあったからそこに干しとくわ。」

「わかったー。」

そうしてリビングを後にした。

洗濯機から洗濯物を取りだし、籠にいれる。
そこで気づいたのだが。

「…これは」

ピンクのリボンが可愛らしい純白の女性の護りがあった。
そりゃあ有るだろう。
むしろ何故気付かなかったのか。

んにゃああああ!!!、とか言う奇声が聞こえたかと思うと、彼女が片手に泡のついたスポンジを持って現れた。

「えと」

「―ちょっと、頭打ってみようか」

あ、俺死んだ。

「―はっ」

気付くと俺はベッドに寝かされていた。

「あ、起きたぁ…。」

彼女は良かった、と言ってこちらを見つめている。

「大丈夫?」

「えーと」

何があったんだっけ…。
起きて…。飯を食って…。
ダメだ、その後の記憶がサッパリと抜け落ちている。

「ごめん、俺、なんで寝てるんだ??なんか頭がガンガンする…。」

「…。」

じぃーっとこっちを見つめたあと、大丈夫みたいね、と彼女は呟いた。
心配してくれたのだろうか。

「ううん。何だか疲れたって言って寝ちゃったんだよ。」

「そうだったかな」

そう言えばそうだった気もする。

「とりあえず、今何時だ?」

「もうすぐ夜の7時かな」

「げ、結構寝てたな…。夜飯は9時くらいでいいか?」

「うん。あと、洗濯物は畳んで枕元に置いといたからね」

「お、サンキュー」

見れば、丁寧に畳まれた洗濯物がそこに置いてあった。

「悪かったな、色々任せちゃって」

「ううん。あと、これから洗濯はボクが担当するから。料理は君、洗濯はボクでいこう」

「ん、そうか?それは助かるな」

「あと、ここに干すけど、干している間は入っちゃダメだからね」

「ん、何でだ?」

「それは、その…。」

「あっ、そか、ごめんごめん」

そうだ、俺は気にしないが女の子は色々と気にするに違いない。

「ううん、こっちこそごめんなさい」

「いや、俺の方こそデリカシーが足りなかったな」

「あ、えと、うん。とにかく、ごめんなさい」

「?」

何をそんなに謝るのかよくわからなかったが、まあ良しとしよう。
それについては余り考え無い方がいいと第六感も告げていることだし。

【支援ありがとうございます。支援、ってコメントがあるだけですっごく嬉しいんですよ。眠いので眠ります。因みに彼女が歯ブラシをどうしたかは皆さんのご想像にお任せします。】

「んー。まだ飯残ってたっけ」

「わかんないな…。見てこようか?」

「いや、良いよ。どうせなかったら仕込まなきゃいけないし」

「むー。じゃあボクも一緒に行く」

「ん?飯は直ぐには出来ないからここにいていいぞ?」

「駄目。一緒に行くの。」

「そか。じゃあ一緒に行こう。」

「うん!手、繋ごうね!」

「や、すぐ近くだし…。」

「繋ぐの!」

「…はいはい」

時たま、彼女はとても子供っぽくなる。
今まで甘えたり我が儘を言うことも出来なかったのだろう。
なんとなく親の様な気分になりながら、リビングに向かった。

「あー、こりゃまた微妙な。」

おにぎり二個分くらいの量が残っていた。

「これ、どうするの?捨てちゃう?」

「んな勿体ないこと出来るか!…おにぎりにでもして食うかな」

「オニギリ?」

「なんだ、お前おにぎり知らないのか?」

「うん!」

「んー。じゃあ作ってやる。」

「でもまだ9時じゃないよ?」

「このくらいなら食べても支障無いだろ」

…と、言うわけでおにぎりを作ってやることになった。

「手に塩…??」

手を洗い、塩をつける。
海苔を用意して準備良し。

「わ、わっ!熱いよ!?」

素手でご飯を掴むのを見て驚きつつもこちらを心配してくれる。

「丸型と三角型、どっちがいい?」

「まる!」

「はいよ。」

俵型に握って海苔を巻き、彼女に渡した。

「これが、オニギリ?」

「そ。米を握って海苔を巻くだけのお手軽料理。」

「そのまま食べていいの?」

「ああ。熱いから気を付けて食え。」

「はむ。…」

「…どうした?やっぱり不味いか?」

「…」

「おい?」

彼女は黙って、何かを考えているようだった。
まあ普段なら邪魔はしないが、今は感想をきかなければ。

「おーい?」

「あっ!えっと、なに?」

「感想。一応料理だしな」

「…。…まずい」

「そっかー」
まあそりゃそうだ。
こんなので問題解決するなら苦労しない。

「…ちょっと食べたら余計お腹空いてきちゃった。オニギリもう一個作って!」

「はいはい、ちょっと待ってろよーっと」

そんなことがありつつも、ご飯の準備は整った。

「よし、後は今のうちにシャワーいくか」

「あ、先に良いよ」

「え?いや良いよ。一応お前が家主だし」

「そんなのいいって。なんなら一緒に入る?」

悪戯っぽく笑いながらとんでもないことを言う。

「…アホか。じゃあ先に入らせてもらうからな」

「えー、ざんねーん」

「…。」

ったく。
からかうのはよしてほしい。

「着替えは持ってくるからそのままどうぞー」

「サンキュー。…入ってくんなよ」

「どうかなー?」

…相手をしていると泥沼になりそうだ。
さっさと風呂場に向かうことにした。

「…ふー」

シャンプーを洗い流し、ため息をついた。
温かいお湯が、とても気持ち良い。

「…」

暫くぼーっとする。
…色々有りすぎた。
多分、ここに来るまでに生きてきた人生を濃縮したところでここ最近の濃さには敵うまい。
なので、暫く思考停止して休むのも良いと思ったのだ。

と。

『着替え、置いとくね』

もはや聞き慣れた声がした。

「あー。サンキュー。」

『んー…。』

…何となく、迷っているような気配を感じる。
こちらから質問してみようか。

「…まだ何かあるのか?」

『ううん。ただ、今気付いたんだけど』

「ん」

『ボク、君のことなにも知らないや』

「あー。良いんじゃねぇか?別に」

『ううん。なんだか君のこと、もっと知りたいんだ。』

「…そか」

ちょっと恥ずかしい。
興味を持ってくれるのは嬉しいんだが、語るほどのものは持ち合わせてないからだ。

「…ま、その話は飯の時にでもな。」

『約束だよ』

「ん。」

さて、何を話せば良いのやら。
頭の中を整理しながら、黙々と身体を洗っていった。

―幕間

数日前まで自分の寝床だった場所に入る。
彼は既にシャワーを浴び終えて、ご飯を作ってくれている。

「すー…。はー…。」

深呼吸。
とたん、口の中が蕩けるような、幸せな感覚になる。
彼の匂いだ。
彼は、とても良いにおいがする。
本当は、直接顔をうずめて堪能したいけれど、それをすると理性がとびそうなのでやめている。

「あー…。ボク、あいつのこと好きなんだなー」

シャワーを浴びながらそう呟いた。

普通なら、恥ずかしがったり、幸福な夢想に浸ったりするのだろう。
だが、こと自分に限って普通はなかった。

「この"好き"はどっちなんだろう」

食材として、好きなのか。
男の人として、好きなのか。

そんなことを考えなければならない化け物ぶりに嫌気がさす。

「…そもそも、化け物は人と結ばれない」

自分は化け物だ。人を殺し、喰らうことに喜びを感じる化け物。
そんな化け物が、人と繋がることを欲したところで待っているのは拒絶だけ。

「…あいつは、ボクの味方だと言ってくれた。それだけで十分じゃないか。」

そう。それで十分だ。
これ以上を望んではいけない。
ましてや、食欲と恋心の区別もつかない化け物は、そんなことを望むべきではない。

「…そうさ。それで、良いじゃないか」

それで、良い。
そう決めたのに、モヤモヤとした気持ちは無くなってくれなかった。

―幕間了

「よし、まあこんなもんか」

今日は天ぷらの盛り合わせとお吸い物。
出来上がったお吸い物を味見してみたが、会心の出来だった。
あとは皿に盛りつけるだけだ。

「手伝う」

声に振り向くと、なんだか難しい顔をした彼女がそこにいた。
風呂から上がってきて、ずっと不機嫌そうにしている。

「お、じゃあ天ぷらはこの器に頼む」

「ん。わかった。」

黙々と皿に移していく。
普段明るい彼女にしては、ここまで不機嫌なのは珍しい。

「何か、あったのか?」

と、聞いてみたのだが―

「…ううん。なんでもない」

「いや、明らかに何かあった顔をしてるぞ」

「なんでもないったら!」

怒られてしまった。
当の彼女は、しまった、という顔をしてから直ぐに

「…ごめん。」

と申し訳なさそうに謝ってくる。

「いや、俺もしつこく聞いてすまなかった」

「ううん、ボクのせいだから…。」

それからは会話もなく、俺たちは黙々と食事の用意を進めた…。

「「いただきます」」

「よし」

天ぷらもうまく揚がっている。
サクサクとした衣で、中身はぷりぷりの海老。
正直結構自信があったのだが―

「不味い」

「…。」

割りとクリティカルヒットだった。
甘くないとはわかっているのだが…。
不機嫌そうに言われると余計きつい。
しかも、

「ごめん。今日は…食べられそうにない。」

「そんなに…不味かったのか」

「ああ、ううん。いつも通りに不味かったよ。そういう理由じゃないから安心して。」

「…あ、ああ。」

いつも通りに不味かった時点で安心出来ない気がするが、まあいいか。

「その、さ。約束、なんだけど」

「ああ、俺のことについて―ってやつ?」

「うん。それ、今は良いや。また今度にしとく。」

「―そうか」

「うん。じゃ、ご馳走さま。これ、また明日食べるから残しといてね」

「わかった」

彼女は、先に寝てるねーと言い残して寝室に行ってしまった。
自分は食事を続ける。
そして、

「…一人で食う飯って旨くねぇな」

…改めてそんなことを再確認することになった。

「くー…くー…。」

洗い物と歯磨きを終えて寝室に入ると、彼女は眠っていた。
起こさない様にそっと隣に入る。

「んむ…。」

どうやら起こさずに済んだな…、とほっとした時、何か柔らかいものが抱きついてきた。

「な―」

頭が真っ白になる。

「すー…。すー…。」

「―」

色々なところが、色々なところに当たって大変よろしくない状況になっている。
しかも、寝息が頬にかかる。
よろしくない。よろしくない。
これで、眠れというのか。

「…」

必死で心を空にする。

ダメだ。柔らかい。ダメだ、ダメだ、ダメダメだ。

そんな風にしていると、彼女は幸せそうに

「すき」

と呟いた。
どんな夢を見ているか知らないが、この状況で言われると変な気持ちになってくる。
これ以上はダメだ。もたない。

「おい…。おい…!」

彼女を起こしにかかる。
目を開ける彼女。

「んぁ…。あー…。えへへ、なあに?また、なめていいの??」

とろんとした顔で微笑みかけてくる。
どんな夢を見てたんだ。

「っ―おい!きちんと起きろ!」

「え…?これ、夢じゃ…?」

「まごうことなき現実です。頼むから、離れて…。」

「…現…実…。」

「はい」

「…。」

「…。」

妙な沈黙。
そして。

「っー!?」

声にならない声を上げてずざっ、と離れる彼女。
顔がみるみる真っ赤になっていく。

「えっ、なに、えっ?」

「…。」

大分混乱しているようだ。
仕方ない、説明するとしよう…。

「―と言うわけだ」

説明した。
因みに寝言で聞こえてしまった言葉も説明しておいた。

「―」

「まあどんな夢を見るのも個人の自由だよなっ!」

フォローのつもりだったのだが―

「ばかっ!!」

そう言って俺の枕をぶん投げてきたかと思うと、向こうを向いて寝てしまった。

「ああ…。もうダメ」
だの
「恥ずかしくてしんじゃう」
だの
「いっそ食べちゃえば…ううん、ダメだ」
だの聞こえてきたが気にせず眠ることにした。
それが優しさである。

そんなこんなで俺はぐっすりと眠れた。
彼女は…結構遅くまで引きずっていたようだったが、眠れたようだ。

「おはよう」

「…うん」

恥ずかしそうにしている彼女を見ていると、つい悪戯したくなって―

「ゆうべはおたのしみでしたか?」

「あはははは。食べるよ?」
目が笑っていない。

「正直すまんかった」

「許す。次はない」

「はい…。」

割りと九死に一生を得た気がしながら洗面所に向かった。

ミントの歯磨き粉を着けて口に含む。

「あっ」

「ん?どうかしたか?」

「う、ううん。なんでもない。」

なぜか彼女の視線を感じながら歯磨きを終える。

「朝は昨日の残りでよかったんだっけ?」

「歯ブラシ…」

「は?」

「やっ、なんでも、なんでもない!」

「???」

「ボク、朝は昨日の残りのやつ食べるよ」

「お、おう」

微妙に会話が噛み合ってない気もしたが、まあいいだろう。
彼女が磨き終わるのを待って、朝食の支度をしにリビングに向かった。

「今日は駄目だったな…。」

何がダメだったのかわからないが、とりあえず昨日の残りをレンジで温める。

「あれ?君の分は作らないの?」

「あー。それに関連して話があるんだが」

「なあに?」

「食材がピンチです。なので、町に買い物に行きましょう」

「町!?やったー!久しぶりのお出かけだ!行こう行こう!」

「…」

「うん?どうかしたの?」

「お金がない」

チーン、と温め終わった音が悲しく響いた…気がした。

「大変申し上げにくいのですが…お金を下さい」

女の子に頭を下げるこの感覚。
その道の人なら悦ぶかもしれない。

「お金…。通帳と印鑑なら確か寝室に置いてあった筈…ちょっと待ってて!」
そう言うとダダダ、と走って行った。
…その間、レンジから出しておく。
ラップをはずし終わったころ、彼女が戻ってきた。

「はぁっはあっ、これでいいんだよね?」

えらく沢山持ってきたな…。
彼女から渡された通帳のうち一つを開く。

「―」

0が大量に並んでいた。
もう一つを開く。
同じくらい並んでいる。

「なんか、ほしょうげんどがく?のせいで分けてあるんだって。普段はこれ使ってた」

と、黄金に輝くカードを取り出した。

「足りる?」

「十分過ぎるくらいだ」

多分人生を3回くらい繰り返せると思う。

「やったー!」

彼女はVサインをして喜んでいる。

「お前の親…一体何してたんだ…」

「わかんない。仕事に行くことなかったし」

興味無さげである。
まあそれもそうか。

「それより、早くご飯食べてお出かけしよう!」

「…ん、そうだな」

嬉しそうにご飯を食べる彼女と、大量の通帳を見ながら、理由のわからないため息をついた。

家を出て歩く。

「楽しみだなあ」

と彼女が笑顔で言う。

「そんなに楽しいとこはないと思うぞ」

「ううん、きっと楽しいよ。だって―」

こっちを見て、何かをいいかけたようだったが、はっとしたような表情をすると、そのまま口をつぐみ、俯いてしまった。

「やっぱり、なんでもない…」

目に見えてテンションが下がる彼女。

「どうかしたか?」

「なんでもないよぅ!」

再び顔を上げた彼女はどこか寂しそうな笑顔だった…。

「ふー。ようやく着いたか」

「どこ行く?どこ行く?」

「…買い物行くだけのつもりだったんだが」

「えぇっ」

「そんな、捨てられた子犬みたいな顔をするな。どこか行きたいとこでもあるのか?」

「んー…。わかんない!…けど、なるべく一緒に居られる場所がいいな。」

「うーん…。」

といっても女性が喜びそうな場所はわからない。

「…んじゃ、適当にぶらぶらするか」

「うん!」

情けない提案にも関わらず、彼女はとても嬉しそうに頷いた。

【沢山の支援ありがとうございます。最近更新出来ておらず申し訳ありませんでした。支援を強制する意図はありませんでした。ただとても嬉しかったもので…。長くなると思いますが最後まで付き合って下さると幸いです。本日更新はここまでとなります。】

「ねぇねぇ!人がいっぱいいるね!」

「そうだな。田舎にしてはでかい町だよな」

「うんっ!あ、あそこ行こ?」

彼女が指差したのは、カラオケだった。

「ん…。歌いたいのか?」

「んー?歌うとこなの?」

「ああ。ストレス発散になったりするかもな」

「行く!」

ぐいぐいと袖を引っ張られ、カラオケに連れ込まれてしまった。
普通は逆な気もする。

「お時間はどのくらいになさいますか」

「とりあえず一時間」

「畏まりました。お部屋12番になります」

受付をしている間、彼女は物珍しそうに水槽の魚を見ていた。

「あれ、食べるの?」

「食べない!」

…なんてアホな会話をしながら12番に向かう。

「わぁ…暗いね!」

「まあ大体カラオケはこんなもんだ」

「隣に座る!」

ぐいっ、と身体を寄せてくる。
ふと、昨日のことが思い出されて―

「っ」

つい、身体を離してしまった。

「あ…」

寂しそうにこちらを見る彼女を見て、自分のしたことを理解する。

「…そりゃ…嫌だよね。」

「あー、違う。お前が嫌なんじゃない。」

「…もう良いよ。どうせボクは化け―!?」

ああ、もう。
それは、それだけはもう聞きたくなかったから。
手で彼女の口を塞いだ。
「それは、違う。お前が悪いんじゃない。―ただ、その、昨日の事を思い出して、だな…。」

「…っ。」

彼女も思い出したのだろう。
顔が赤くなってくる。それにつられて、こちらも余計に恥ずかしくなってきた。
手のひらに感じる柔らかさ。
慌てて手を放す。

どくん。
心臓が音をたてた。

「…えと」

「…。」

視線を反らし、チラチラとお互いを見つめあう。
「…。」

「…あー」

なんだろう。
言葉が見つからない。
どうしたものかと目を瞑り、考えられない頭で考えていた時、ふと、ソファに置いた手に温かいものを感じた。
目を開けて確認する。

「…その、なんだかこうしたかったから」

向こうを向き、指を絡ませたまま、彼女がそう答える。
その耳は真っ赤だった。

「…温かいね、君は」

情けない。
本気で情けない。
彼女が求めているのは人との繋がりで、温かさで、恋愛ではないとわかっているのに。
その指の繊細さに、思考が停止してどうにもできない。
理性のタガが外れ、感情が溢れだす。

「…俺、お前のことが―」
「お飲み物お持ちしました」

「「っ―!」」

急速に冷却される思考。
ばっと手を放す。

「あ、ああ。」

店員は飲み物を置くと、そそくさと出ていった。
…大方、隣にいる彼女のプレッシャーに耐えきれなかったんだろう。
仕方ない。
見えないけど、なにか鬼的なものが見える気がするし。

…とりあえず持ってこられたものは飲まなければ。
空気に堪えきれず、ストローをさし、メロンソーダに救いを求める。
なんと薄っぺらい救いか。

と、視線を感じた。
彼女がこちらを―、いや、視線はメロンソーダを見ている。

「…飲むか?」

味の薄いメロンソーダを勧めてみる。

「飲む」

即答だった。

「あ、ストロー持ってくる」

「いい。それ使う」

「え、でも―」

「それ。使う。」

なにかとてつもないオーラを感じる。

「…はい」

威圧感を放つ彼女に負け、そのまま渡した。

「歌うか。」

せっかくカラオケに来たんだしな。

「ボクも?」

「もちろん。」

「でも、ボクあんまり歌しらないよ」

「…なら、一緒に歌を歌おう。」

「一緒に…。うん!」

…笑顔で頷く彼女を見て、出掛けて良かったと思った。

その後時間いっぱいまで存分に歌ったあと、会計を済ませて外にでる。
…店員の
「ありがとうございました」
の後に、もう来ないで欲しい、と聞こえた気がした。

「とっても楽しかったね!!次はどこに行く??」

「そうだな…」

どこにでもあって手軽に遊べそうな場所と言えば―
と、ゲームセンターが目に入った。

「よし。決めた。あそこに行くぞ」

「わぁ、きらきらしてるねー」

はしゃぐ彼女を見て、思わず頬が緩む。

「どんなゲームがしたい?」

「んーと、一緒にできるヤツ!」

「基本的に全部一緒に遊べるぞ。対戦か、協力かは違うけど」

「んー…どっちもしたい!」

「じゃあ、最初は無難にマリカーでもするか。」

「任せた!」

「任された。両替してくるから待っててくれ」

そして、大量の100円玉を財布に詰めて帰ってくると―

「ねぇ、キミ1人?」

「いくつかな?」

「一緒に遊ばない?」

―絡まれていた。

当の彼女は、嫌悪感丸出しな顔をして、

「…不味そうな人達。匂いも悪い。鼻が腐りそう。ボクには連れがいるからどこかに行って。」

といい放った。
しかし相手も慣れた様子で、

「つれないなー。一緒に行こうぜー」

と手首を掴み無理に連れて行こうとしていた。

「ボクに触るなっ…!」

これ以上はマズい。
駆け寄り、連れて行こうとしている男に声をかける。

「ちょっと。警察呼びますよ」

「あぁ?なんだテメェ」

「その子の連れです。これ以上彼女に何かしたら暴行罪で訴えますから」

「ちっ…めんどくせぇ…。お前ら、行くぞ」

リーダーらしき男が声をかけ、グループはどこかへと消えていった。

彼女を見る。
…掴まれていた手首を押さえ、その肩は震えている。

「…すまん、1人にした俺の責任だ」

「…ううん。それより、なんだか疲れちゃった。早く買い物して帰ろう?」

「…わかった。また、今度遊びにこような」

「うん」

手首を押さえたままの彼女を連れ、ゲームセンターを後にした…。

「ただいま」

買い物袋を提げ、家にたどり着くころには大分日が陰っていた。

「…ごめん、ボク先にシャワー浴びさせてもらうね」

手首を押さえたまま彼女はそう言った。
あれからずっと手首を押さえている。

「ん、わかった。飯は作っておくから。」

「ありがとう…」

そう言うと彼女は風呂場に行ってしまった。

「…大丈夫かな」

冷蔵庫に食材を詰め込みながら、心配せずにはいられなかった…。

―幕間

「落ちない、落ちない、落ちない落ちない落ちない落ちない!!」

乱暴にタオルで擦る。
何度も何度も手首を洗うが、どんなにしても臭いは落ちてはくれなかった。
―もちろん実際は既に落ちているのだが、彼女が落ちたと思っていないのである。

「落ちてよ!」

手首を握られた時の感覚が蘇る。
ただただ気持ち悪く、吐きそうなくらい嫌だった。

「おぇっ」

込み上げる吐き気を抑える。
…自分はどうやら勘違いしていたらしい。
自分は、人の肉が好きなのではない。
大好きな人の肉が好きなのだ。
なんと業の深いことか。
「っうぅ…」

浮かんでくる涙は、吐き気のせいか、それとも。
彼女は、感覚を消すかのように白い肌が赤くなるまで手首を擦り続けた…。

―幕間了

赤くなった手首に口をつける。

「んっ」

声に見上げると彼女が羞恥に顔を染め、

「もっと…お願い」

と呟いた。

―なぜこんなことになっているのか。
少々時間を遡ろう。

食事の準備が済み、彼女が余りに長くシャワーを浴びているのに気づいたので声をかけたのだが、

「ごめん、今日はちょっと食欲ない」

との言葉で、彼女の分の鳥の唐揚げは冷蔵庫に仕舞われた。

俺は飯を腹にいれた後、シャワーをさっと浴びて洗濯機のスイッチを入れて寝室に向かったのだが―

そこには、手首が赤く腫れた彼女がいた。

「痛っ…あはは」

「お前、それ」

「ちょっと、洗いすぎちゃった」

「―なんで」

「臭いが、取れなくて」

「臭い?」

彼女のそばに寄り、手首をそっと取って鼻を使う。

「だ、ダメっ!」

「…や、何も臭わないが」

「そんなことないっ!」

そう言った彼女の眼は真剣で、とても嘘をいっているようには見えなかった。

彼女は俯き、何か悩んでいるようだったが、

「ボクね…気付いたことがあるんだ。聞いて…くれるかな」

と、決意のこもった声で言った。
なにか余り良くないことだと予感出来たが、彼女の味方になると決めた時から、それを聞かないという選択肢は既になかった。

「ああ。何でも聞いてやる。何でも受け止めてやるさ。」

「ありがとう。じゃあ、話すね。」

それから彼女は自分の発見を静かに語った。
自分は人肉が好きだと思っていたが、実際は好きな人の肉が好きだったのだということ。
ナンパされて気付いたということ。
そして―最後に。

「ボクは、君が好きだ。―だから、君を食べたいよ」

こちらの眼を真っ直ぐ見て、そう言った。

「―ああ。俺も、お前が好きだ。食われたって構わない」

「うん。やっぱり、こんな化け物のことなんええええええええ!!??」

口をぱくぱくさせる彼女。
ちょっと面白い。

「えっ、ちょっと、きちんと話聞いてたのっ!?」

「聞いてたぞ?お前は俺が好きで好きで、食べちゃいたいくらい好きなんだろ?」

言ってて恥ずかしくなるが、ぐっとこらえる。
彼女も恥ずかしそうにしているのでおあいこだ。

「…わかってるの…?ボクと一緒にいたら、そのうち食べられちゃうんだよ?」

「それって、今となにか違うのか?」

「えっ」

「今までだってそうだっただろ。お前がそうしなかっただけで。」

「―それは」

「なら、良いじゃないか。別に。」

「む…。」

彼女は目を瞑り、暫く黙ったあと、

「―じゃあ、今君を食べてもいいってことだよね」

と、真剣な顔で言った。

【支援ありがとうございます。不定期更新で申し訳ありませんです…。ラストは決めていたのですが書いている内に迷いが出てきてしまいました。とりあえず本日更新はここまでとなります。今後とも宜しくお願い致します。】

【ごめんなさい、現在体調を崩してしまっています。もう少しだけお待ちください…。すみません…。】

「それは―」
別にいい、と喉まで出かけた言葉を抑える。
でも、それは、違う。

「それは?」

彼女は、以前自分を食べようとした時とは違う眼をしていた。
愛する/食べたいモノを。
欲しているような/期待しているような。

そんな眼で、答えを促した。

「―ダメだ。少なくとも、今は食べられてやることはできない。」

「なぜ?」

彼女は表情を崩さず理由を問う。
そんなの決まっている。

「約束を、したからな」

「約束…」

「旨いもん食わせること。お前が化け物じゃない理由を見つけること。それから―」

「それから?」

「―お前の味方でいること。見ろ、3つも約束がある。…死んじまったら果たせないだろ。」

「―ずるいな」

彼女はふふ、と笑い、言葉を続ける。

「でもさ、ボクが無理矢理君を食べようとしたらどうするの?」

「ま、そんときゃ仕方ない。なるべく痛くない様に頼む」

「―そう。」

彼女は短く答えると―

「じゃあ今から食べるから。こっち来て、目を瞑ってて。凶器が近付くのは見たくないでしょ」

と、言ってベッドの下から包丁を取り出した。

「うわ、マジかよ」

軽く驚くが、抵抗はしない。これも彼女の選択で、自分はそれを受け入れると決めた。
自分は本来終わっていた人間。
漸く来るべき時が来たか、といった感覚だった。

「大マジだけど」

「頼むから活け作りは無しな。痛そうだし」

「妙な心配しないの。一撃で仕留めてあげるから」

「そりゃ頼もしい」

それを最後に眼を瞑り、その時を待つ。

そういえば、死んだ後は天国にいけるのだろうか。
まあ、期待せずにいよう―
そんな思考をして、俺の心臓は止まった。

「―」

「ん…ちゅ…んむ」

そりゃ心臓くらい止まるだろう。
唇に柔らかいものが押し付けられたと思ったらなにか温かくて甘いものが侵入してきたんだから。

「―!!」

慌てて目を開ける。
理解不能だった。
俺の心臓を刺すはずだった包丁は投げ捨ててあり、こいつは甘い匂いをさせながらあり得ないくらい近くにいて、あり得ないことをしている。
何かしなくちゃいけないのはわかっているのだが、頭がとろんとして一向に何をしていいのかわからない。

「っ…む…ちゅぅ…こくん」

ひたすらに口内を蹂躙し、貪り、味わう彼女。
かなり長い時間そうされた後、ようやく口をはなしてくれた。

「んぁ……癖になるかも…。」

俺の首に手を回したまま、ほわんとした顔で言う。

こいつ―!

「ななな、何をしてやがったんですかお前はぁー!!」

「んぅ?食べただけ、だけど?」

生食派なので、と済ました顔で言う。

「んー。でもやっぱり本物は濃いね」

とか、わけのわからんことを呟いている。
しかし、今は聞かねばならないことがあった。
そこに転がっている刃物についてである。
あの時の彼女は本気だった。
ずっと一緒にいるのだから、それくらいわかる。
でも、俺は生きている。
―問わなければ。


「…お前、本気だったろ?」

「うん、途中までは間違いなく君を刺すつもりだったよ」

「途中まで?」

「具体的に言うと、君が目を瞑るまで。」

「なんでやめた?」

以前までの彼女なら、躊躇いなく刺していた筈だ。

「…我慢出来なかったから…。」

「は?」

「だから…君の唾液が美味しそうで我慢できなかったの!」

「…お前」

ドン引きである。

「…お前」

「うわあああああ!!二回言うなあああああ!!!」

「いや…引くわー」

「な、なんだよぅ!それに!」

「それに?」

「それに…。君が居なくなるのは、嫌だって、気付いたんだもの。…嫌だった?」

「…嫌じゃ、なかったけどさ…」

それは卑怯だ。
そんな顔で、そんなことを言われると、困る。

「…。」

「…。」

そうして、俺たちはしばし見つめあう。

「…なんか言って。」

「…美味しかったか?」

「うん!」

「さいですか…。」

「…」

「…」

再びお互いを見つめあう。会話が続かない。
これは。
なんというか。

「あれ、俺って今…貞操の危機?」

「あ…うん。えっと、全身の味を確かめたい…な」

「…お前ばっかり、ズルくないか」

「えっ」

「俺も、お前の味を知りたい」

「な、なに言ってるのこの変態はぁ!」

「お前だけには言われたくないわァ!」

お互い、照れ隠しに意味のない会話を続けた。
やがて、その会話も自然と途切れる。


「「…あのさ」」

「「…あ、どうぞ」」

「…そ、そろそろ…その…。」

「あ、ああ、うん…。」

照明を落とす。

「えと。して欲しいことが、あるんだけど」

「ん、なんだ」

彼女は赤くなった手首を差し出した。

「ここを…なめてほしい」

「―わかった」

「理由は、聞かないの?」

「なんとなくわかる。…俺の匂いで、上書きしてほしいってことだろ?」

「ん…。なんか、改めて言われると恥ずかしいね」

照れたように笑う彼女は、とても可愛らしい。
僅かに震えているその手を取った。

赤くなった手首に口をつける。

「んっ」

声に見上げると彼女が羞恥に顔を染め、

「もっと…お願い」

と呟いた。

「ん。」

出来るだけ丹念に、丁寧に舐めた。
…たびたび、吐息をもらす彼女に理性がとびかけたが、抑えた。
これは、そういうことをしているわけでは無かったからだ。

「…どうだ?」

彼女は唾液まみれの手首をくんくんと嗅ぐと、ペロリと舐めた。

「良い匂い。美味しいし。」

「…そか。良かった」

「…ねえ」

甘えたような声で。

「ボクを、もっと…味わってほしいな」

そう、誘った。

「良いんだな」

「君にしかあげないよ?」

最後の理性がとんだ。

彼女を押し倒す。

「っ…あは…。意外と重いんだね、君って…。んぅっ」

余裕ぶって微笑む彼女が、愛しくて、乱暴に口づけをする。
最初は俺が彼女を味わっていたが、途中から彼女も積極的に舌を絡ませてきた。
唇を放す。

「ぁ」

彼女は物欲しそうに目を細めた。舌をだらしなく出したままだ。
舌先だけを触れ合わせて、徐々に首筋へと下ろしていく。

「やぁ…」

彼女は切なそうに身を震わせた。

【あけましておめでとうございます。そして、支援ありがとうございます。新年早々から風邪だったようで、ご迷惑おかけしました。このままだとえろえろな場面になりかねませんが、省いた方がよろしいでしょうか…?とりあえず書き溜めだけしておいて、一旦更新を止めます。】

【支援ありがとうございます。昼間から…というのもアレなので、夜書きます。あまり期待せずにお待ちください。】

…さて。
勢いでここまできたものの、どうしたものか…。
上体を起こして、しばし彼女と見つめあう。
今までこういった経験は無かったので、いまいち勝手がわからなかった。

「…もしかして、童貞?」
そんな俺の様子を察したのか、軽くトラウマになりそうな発言をする彼女。

「…おう。悪いな」

色々なもの―主に誇りを粉砕されながらそう答える。

「ううん。ボクも―その、そうだから。嬉しかったんだ」

「そ、か」

一瞬にして再構築される誇り。安い。

「…何して欲しい?」

情けない…。
もっとリードしたいのだが、いかんせん経験不足だった。

「ぎゅってして欲しいな」

「ん。」
彼女を抱き締める。
と同時に俺も彼女に抱き締められる。

「もっと、強く」

腕に力をこめる。
彼女も強く抱き締め返してくる。

「っ…」

どのくらいそうしていただろう。
お互いの身体が一つの生き物になったように感じ始めたとき、彼女がありがとう、と呟き、腕の力を緩めた。それに応じて俺も力を緩め、また見つめあう。
それは、なんとも不器用なふれあいだった。

「…キスして」

彼女が囁く。
俺はそっと口づけをする。
舌は入れない。
それが正しいような気がしたからだ。

「ボク、いま、とってもあったかい」

彼女は笑いながら、涙を流していた。
それを見て、俺も笑った。

「あれ、変だな…。なんで泣いてるんだろ…って、君も泣いてる?」

言われて、自分が涙を流していることに気付いた。

「…お揃いだな」

「あはは、お揃いだね」

しばらく、心地良い沈黙を楽しんだ。

「―そろそろ、我慢出来なくなってきたかも」

「奇遇だな、俺もだ」

「うん。じゃあ、宜しくお願いします」

「ん、こちらこそ。」

そしてもう一度、キスをした。
以前のどれよりも優しく、温かいキスを。
ゆっくりと頭を撫でるように舌を絡ませる。

「…にゅむ…ちゅ…」

愛しくて愛しくて、何度も唇を交わす。

そうしているうちに、自然と彼女の胸に触れていた。
壊さないように、温めるように、周りを愛撫しながら、時折固い場所に刺激を与えてやる。
だんだんと彼女の反応が変わってきているのがわかった。
息が荒くなって、声がどんどん甘くなってきている。

「ゃあっ!」

びくん、と跳ねる。
俺で感じてくれている―そう思うととても嬉しかった。
そこを口に含み、舌で転がしてきゅっと吸ってやると、その度にびくびくと身体を震わせる。

そろそろいいか、と思って下を見ると、下着の上からでも濡れているのがわかった。

そこに手をやる。
下着はじっとりと湿っていて、にちゃ、という音を立てて準備が出来たことを知らせた。
しばらく下着の上からそこを弄る。

「…汚れちゃうから…ダメだよぅ…っ」

染みが広がっていき、脳髄を刺激する匂いが強くなる。
その匂いに誘われるように、そこにキスをした。
一気に匂いが広がる。

「んひゃあっ!せ、せめて脱がせてようっ…」

彼女がなにか言っているようだが、俺には届かなかった。
舌先で繰り返し繰り返し上下になぞり、敏感な部分を探していく。

「あ…!…っ~!!!」

そうして、反応が明らかに違う場所を見つける。
胸のそれと同じように、そこも固く隆起していた。
つん、と刺激してやるとびくんっと身体が跳ねる。
幾度かそれを繰り返して、ちゅうっと吸い付いてやると、彼女はひときわ大きく跳ねたあと身体を突っ張らせた。

「やぁぁぁぁあ!!」


しばらくそのまま硬直する。息も止まる。
やがて硬直がとけると、荒く呼吸を再開した。

「はぁっ…はぁっ」

「…大丈夫か?」

「はぁっ…。…すっごく…。良かった…。」

肩で息をしながら、そう答える彼女。

「…俺、うまく出来たみたいだな」

「はぁっ…まだ、でしょ」

「…しかし、それは」

「残さず…食べなくちゃダメ…だよ」

にこっと笑う彼女。

「…君に、食べて欲しい」

「…わかった。」

そこまで言われては、断る方が野暮というものだ。
―それに。正直もう我慢できない。
びちゃびちゃに濡れた下着をずらして、自分のものをあてがう―が、うまくいかずに彼女に手伝ってもらう。

「ん…そこで、合ってると思う」

最後まで格好つかないが、これが俺とこいつだ。
それでいいと思った。

「っ」

彼女が苦しそうに顔を歪める。
ゆっくりと入れたつもりだったが、中はきつく、無理に拡げている感覚が伝わってきた。

「すまん…あともう少しで全部はいるから」

「ん…大丈夫…。」

なるべく傷つけないよう、ゆっくりと挿入を終えた。
彼女の中はきゅうきゅうと俺を締め付けている。
気を抜くとすぐに果ててしまいそうだ。
彼女が痛いのもいけないと思ったので、動かしたくなる衝動を全力で抑えていた。

「っ…。しばらく…。このままで、いよう」

「うん…お願い」

少々の時間が流れたあと、ふと彼女が笑った。

「ふふっ」

「どうした…?…っ!」

「あ、ううん。なんだかこれじゃあ、ボクが君を食べているみたいだなあって思ってさ。つい、おかしくなっちゃって」

「ほーう。そういう余裕が出来たなら、もう動いてもいいか」

「えっ、あ、ダメ、まだちょっと待っ」

「すまん。もう無理だ。―それと、愛してる」

彼女は目を見開き、こちらを見た。―と同時にきゅっと中の締め付けが強くなる。
それで我慢できなくなって腰を動かし始めた。

「やあっ!んっ!ああっ!」

痛いのか、気持ちいいのかわからない喘ぎ声を上げているが、正直もうそれがどちらなのかを気にする余裕はなかった。

…あり得ないくらい気持ちがいい。
一回動かす度に唇を噛みしめて、出そうになるのを我慢しなければならない。

「いま、そんなの、ずるいっ」

「ずるいって、なにがっ」

「そんなの、言われたら、受け入れちゃうじゃないかっ」

「受け入れて、貰わなきゃ、困るっ」

「欲しくなっちゃう、きみがほしくなっちゃううう!」

「俺は、元から、お前のだっ!」

がしっ、と彼女の脚が俺の腰を捕らえた。

「中に!君の、中に欲しいっ!」

「っ!」

腰は際限なく速度を増して、思考は白熱していき―

どくん、どくん、と音が聞こえた、気がした。

―幕間

「ん…」

先に意識を取り戻したのはボクだった。
周りは既に明るい。
どうやら、あのあとそのまま眠ってしまったらしい。
彼は横で眠っていた。
…もちろん、お互いに裸の状態だ。
そうして、昨日のことを思い出す。
彼はそのたくましいもので、自分を何度も何度も―

「って、何考えてるんだボクは…。」

もう周りも明るく、それなりに時間もたっているはずなのに、身体が火照って仕方ない。
そのせいか、ついそういうことを考えてしまい、無意識に手をそこにやってしまった。

「ひぁっ…。ボクはなにをしようとしてるんだ…」

「こんな…昨日したばっかりなのに…んっ…。」

自分の中に残っていたものがとろりと流れ出る。

「あ…これ…。」

それをまじまじと見つめる。
青臭い匂いでとても良い匂いではないはずなのだが、彼の、というだけでひどく蠱惑的な匂いになっていた。
自然、それの元である彼のものに目がいく。

「…」

ゴクリ、と喉がなる。

「良い、よね。そういう、関係だし」

―幕間了

【支援ありがとうございます。お待たせして申し訳ありませんです。当初そういう描写はない予定だったので題名に偽り有りになってしまいました。「性的な意味でも」にしておくべきだったかもと、ちょっと後悔してます。今回更新はここまでとなります。今後どうするか…迷うところです。これからも宜しくお願いします。】

【支援ありがとうございます。因みに、現在の物語進行度としては(多分)中盤辺りと認識して下さるとありがたいです。遅い更新になりますが、どうぞ最後まで宜しくお願いします。】

「…ふああ……」

目が覚めると、日は昇りきっていた。

「いてて…筋肉痛か、これ」

かなり睡眠を取ったと思うのだが、疲れは抜けきっていないようだ。
辺りを見回すが、彼女の姿はなかった。

「リビングかな…」

身体がベタつくので、とりあえずシャワーを浴びようとベッドから降りる。

「と、そうだ」

昨日汚してしまったシーツも洗わなければなるまい。
敷いてある布団とシーツを持って風呂場に向かった。

「っと」

洗濯機にシーツと布団をぶちこむ。
大きな洗濯機なので、機械が無理をすることもないだろう。

洗濯機のスイッチを押して、風呂場に入る。

「ふあぁ…。」

何を考えるわけでもなく身体を洗い終わり、何が起こるわけでもなく風呂場から―。

「…?…なんだ、この匂い。」

はた、と足を止める。
なんとも言えない匂いが、リビングの方から漂ってきている。

「…」

なんだか、嫌な予感がする。
急いでリビングに向かった。

リビングに足を踏み入れ―いや、リビングなのだろうか、ここは。
…辺りには得体のしれない様々なものが散乱している。
さながら魔女の薬屋かなにかのようだ。

「あー!起きたんだね」

エプロンをした可愛いらしい魔女は、謎の液体をかき混ぜながらこちらに振り向いた。

「お前、これは…。」

「あーうん。ちょっとね。君が疲れてるみたいだったから、なにか作れないかなって思ったんだ。」

「…。」

参った。
そんな事を言われては、怒ろうにも怒れない。

―待て。
と、いうことは、まさか、その、なにか毒々しい色をしたものは、つまり…。

「結構良くできたと思うよ!はい!」

と、得体のしれない液体をお茶碗についでこちらに差し出す。
ビーカーの方が良く似合う気がする。

「待て。落ち着け。しかし、それは、その」

本能が、理性が、身体が危険を察知している。

「…何度も何度も味見したんだけど、よくわかんなくて…。ごめん」

答える彼女の顔は泣きそうで、指は絆創膏だらけだった。

―騒ぐ本能を、理性を、身体を、感情一つで捩じ伏せる。

「…くれ」

「うんっ」

彼女からソレを受けとる。匂いだけでクラッとくる。

「…なあ」

「なあに?」

「愛してるよ」

「ええっ!?いや、嬉しいけどなぜこの場面で!?」

覚悟を決め、一気に流し―

「!?」

一口目で、無理だと悟る。
流し込むという発想が、既に傲慢。
それはあくまで食べ物に対する行為。
コレには、通用しない。

だが。
ここで、無理だと諦めるわけには―

「味…どうかな」

―いかない。

「…っ」

答える代わりに、二口目を口に入れた。
一瞬、宇宙が見える。
なんて、美しいのだろう。
身体がふわふわとして、暗い中に、キラキラ星が舞う。

「ちょ、ちょっと!?大丈夫!?声聞こえてる!?」

彼女の声で現実に帰ってこれた。
すかさず三口目。
既に手足の感覚はない。
四口目。
舌の感覚が消えた。
味がわからない彼女の気持ちがちょっとわかる気がした。

五口目。
食べている自分がどこか他人のように感じられる。

六口目
誰でも良いからたすけて、と誰かが叫んでいる気がした。

七口目
―――。

食べる。
この本能は食べるために生存を止める。
この理性は食べるために雑念を止める。
この身体は食べるために感覚を止める。

代わりに俺を動かすのは感情だ。
食べなくてはならない。
次へ進む。先へ向かう。

彼女の笑顔を見るために―

【支援ありがとうございます。今回更新はここまでとなります。やはり男には退けない場面がありますね。】

「―は」

目が覚めると、俺はベッドに寝かされていた。
さっき起きたばっかりだった筈だが、なぜまた寝ているのだろうか。

「あの…おはよう」

「…ああ」

申し訳なさそうにしている彼女を見て、断片的に思い出した。
俺は彼女の作り出した"さいしゅうへいき"と戦っていたはずだ。
が、一口食べた辺りから記憶が抜け落ちている。

「結局、あの後どうなったのか教えてくれないか」

「…うん。君は黙々と食べ続けたんだ。…」

彼女によると、俺は一口食べる度に謎の発作をおこし、白目を剥き、身体中から色々な液体を垂れ流しながら、食べて食べて食べ続けた。
ただならぬ様子に彼女は必死に止めたが耳に入っていないようだったという。
そして、お鍋いっぱいあったスープを全部平らげたと同時に意識を失ったらしい。
いや、ずっと意識は無かったのかもしれないが。

「―そうか。俺は勝ったんだな。」

「…本当にごめんなさい」

「ああ。あんなに酷い味は初めてだ。文句なしに不味いを超えた不味さだった。」

「っ…うん…。」

彼女は俯いて、耐えていた。
当然の罵倒だと思っているのだろうが、俺の真意は違う。

「…でもな。お前の気持ちが少しはわかった気がしたし、それに俺は嬉しかったよ。苦労して、作ってくれたその気持ちが、堪らなく嬉しかった。―ありがとな。」

そうだ。
俺は嬉しかった。
大事な人の為になにかをする。
傷ついても、うまくできなくても、やろうとする。
それはきっと、彼女が化け物ではない証拠。その一つに違いなかったのだから。

彼女は顔を上げてこちらを見る。

「―やめてよね。そんなこと言われたら、また作りたくなっちゃうじゃないか…」

「いや、それは勘弁願いたい」

「ま、真顔で言うなぁ!」

彼女はぽかぽかと俺の胸を叩いた。

―ああ、こんな日常がずっと続けば良い―

そんな風に思える一時だった。

と、くぅ、と彼女のお腹から音が聞こえた。

「…お腹へったのか」

「…うん」

恥ずかしそうに頷く。

「そっか、なら―」

飯にするか、と言いかけて、思い付くものがあった。

「…なぁ」

「なに?」

「一緒に飯作るか?」

「え―うん!良いの?」

「まぁ、俺が作れない時にまともなもん作れないと困るだろうし」

「…?ボクは別に―」

「それに、俺も困るし。た、大切な彼女の飯は旨く食べたいからなっ」

「っ~!」

彼女はふるふると震えている。顔は真っ赤だ。

「えと」

「…」

「じゃあ、手、繋いでいくか?」

「―もう、無理」

「え」

どさ、と押し倒されてしまった。
そのままマウントを取られる。

「お、おい?」

「あのねぇ…。君は自分がどれだけ美味しそうなのかいい加減自覚した方がいいよ…。」

「ま、待て。落ち着け。」

目が怖いです。
獲物を捕らえた肉食獣のような目をしてらっしゃる。

「ボクがどれだけ我慢してたか知らないでしょ…?可愛い寝顔してさぁ!良い匂いさせてさぁ!誘ってるの!?」

「なにが!?」

「んふふふふ…。もう良いよ、我慢の限界だもん。たぁっぷり食べてあげる。本当は頭からいきたいけど、それはダメだから代わりに―」

「ちょ、やめ、アッー!」

その後、たっぷりと搾り取られ、見事に捕食されたのであった…

と、まあそんなことも有りながら、今はキッチンに二人で立っているわけだ。

「こ…腰が…。」

「うるさいっ!…で、今日は何を作るの?」


…彼女の味覚が感じられるのは二通りだけだ。
不味い、と、美味い。
もちろんその中には塩辛い、や甘い、なんてのが入ってるかもしれないが、彼女にどれがそうなのか説明するのは無理だと判断した。

「塩と砂糖がわからないんだから、複雑な料理は無理だ。―と、言うわけで、今日はおにぎりを作ってもらいます」

「え、えぇーっ!結構気合いいれてきたのにおにぎりー?」

「はいそこー、砂糖に手を伸ばしながら偉そうなこと言うのやめようねー」

「うっ」

「とりあえず、砂糖は無くなり次第茶色のやつにするか。お前には分かりにくいだろうし」

「…うん。お願い」

「じゃあまず、手を濡らして、塩をつける。こっちが塩だからな」

「はーい」

彼女は楽しそうだ。
かくいう俺も、一人で作る時には得られない気持ちが溢れてくるのを感じていた。

「あつつ…。」

「大丈夫か?」

「うん、へーきへーき…。ね、さんかくとまるどっちが好き?」

「俺はさんかくで頼む」

「了解!ぎゅっとなー。愛情込めてあげるね!」

「…そういうの照れるからやめろ」

「んふふー」

「ったく。」
頬が緩む。悪戯っぽく微笑む彼女はとても可愛い。

「あ」

「どうした?」

「良いこと思い付いたっ!ね、一緒に握ろうよ」

「は?」

「だーかーらー、おにぎり、一緒に形作りしよ」

「いや、一人でした方が―」

「一緒にしたいのっ!」

「…はいはい」

参った。自分で思うより俺はこいつに弱いらしい…。
彼女はおにぎりを乗せた片手を差し出す。
それに片手を乗せ、息を合わせてゆっくりと握っていく。

「えへへ、二人初の共同作業だー」

いや、初ではないだろう。と心の中でツッコミを入れた。

「よし、形が出来たな。あとはそれに海苔をつけて―出来上がりだ」

「ん…できたよー!!」

完成したおにぎりを嬉しそうに見せながらはしゃぐ彼女。
…と、その嬉しそうな顔のまま、非常に恥ずかしい提案をしてきた。

「はい、あーん」

「え」

「当然でしょー。あーん。」

「いや…。流石に」

「うぅ…。あーん…。」

みるみる泣きそうになる。
くそっ、そんな顔は見たくない…。

「…あーん」

「!!…うん!」
ぱあっと明るくなる顔。
グイッとおにぎりが押し込まれる。

「ど…どうかな…?」

「うん。塩が効いてて美味い。」

「ぃやったー!!!…美味しい、って言われるの、すっごく嬉しいね!」

「お前も食え。腹減ってただろ?…流石にアレだけってのもなんだしな」

「アレとかいうな。とっても美味しいんだよ、君のせ…はむっ」

変なことをいう前におにぎりを押し込んだ。

「うん、やっぱりおにぎりは美味しいね!」

「美味しいだろ?やっぱりおにぎり…は…―え?」

今。彼女の口から。けして出ないと思っていた―追い求めていた―言葉が出た気がする。

「今…なんて…?」

「だから、おにぎり美味しかったよって。」

「…嘘だろ」

「嘘じゃないよ。とってもとっても美味しかった」

「でも、でも前におにぎりを作った時は―」

「あー…。あれね、嘘」

「は?」

「…ホントはあの時も、すっごく美味しかったんだ」

頭の中が疑問符だらけになる。

「なんで嘘なんかついたんだ??」

「それは―…えと、怒らない…?」

「怒らない」

「じゃ、話すよ。…あのね、ボクは…怖かったんだ」

「親以外で初めて出来た人との繋がり。それが君だった。でもその繋がりは、ボクが美味しいって言うまでだと思ってた。…そういう約束だったし。」

「ボクが美味しいって言ったら、君はきっといなくなる。そう考えたら胸がきゅうっと締め付けられる感じがして…。今思えば、あの時もうボクは君に惚れてたんだろうなぁ」

「あとね、美味しい理由がいまいちわからなかったんだ。その後のご飯は普通に不味かったし…」

「…でも今回のおにぎりではっきりしたよ。ボクはね、おにぎりというより、君が直接その手で握ったおにぎりが好きなんだ。…まあ要するに君が大好き過ぎて君の手で直接握られたものが美味しく感じたってことだと思う」

彼女が語り終わると、しばし場を沈黙が支配した。

【支援ありがとうございます。えろいシーンは要望が多ければ後で捩じ込みたいと思います。が、そんなに期待しないで待っていて下さいな。とりあえず今回更新はここまでとなります】

【ごめんなさい、なかなかぴったりくる文章が書けなくて、更新が遅れています…。】

「…」

「…なんか言ってよ」

「俺の彼女が予想以上に変態さんだったんですがどうすれば良いですか」

「それをボクに言うなよ!」

「どうすれば良いんだ…。」

「もう、ふざけないで。―あのさ、これって君の目的が達成されたってことでしょ?」

「目的を達成、ね…。」

「達成されたから―だから、もうこの試みはやめよう?」

「え?いや、それは―」

「もう、やめようよ」

彼女はいつの間にか真剣な表情になっている。
先ほどまでと空気が違うことに戸惑いながらも、自分の気持ちを確認する。

―正直、微妙だ。
彼女に人肉以外の美味しいものを食べさせる、というこの試み。

彼女は確かにおにぎりを美味しいと言ってくれたけれど、果たしてそれはおにぎりが美味しかったのか。
…そうあってほしいが、多分違うだろう。
この試みは、彼女の背負うものを減らせる大切なものだ。
曖昧に終わらせるわけにはいかない。

「…なら、一つ聞くが、お前は"おにぎり"が美味しかったのか?」

「…君の手で直接握られたおにぎり"は"美味しかったよ」

「だとしたら、まだ続けるさ」

俺の言葉を聞くと、彼女は悲しそうに目を伏せた。

「…ね。もう、無理しなくていいよ。ここで、終わりで良いじゃない」

「いや、だから―」

「もうやめて」

「なんで、急にそんな」

「お願いだから、もうやめようよ」

泣きそうな声で懇願する彼女。
…その顔はなにかに怯えているように見えた。

「お前、一体―」

「―とにかく、これ以上この馬鹿げた試みを続けるなら、もう君の料理は食べないから。…ボク、もう寝るね」

そう言うと、彼女はリビングを出ていこうとする。

「おい!」

呼び掛けたが、こちらに背をむけたまま行ってしまった。

「なんだってんだ…」

急な展開に呆然としつつ、そう呟いた。

【支援ありがとうございます。保守は気がむいた時に適当にしてくださるとありがたいです。強制するつもりはないです。】

―幕間

ぼふ、とベッドに倒れこむ。

「…最低だ」

最後に横目で確認したとき彼は―とても、傷付いたような顔をしていた。
その顔を思い出すと同時に猛烈な自己嫌悪が襲ってくる。

「っ―」

唇を噛んで、声が漏れそうになるのを必死で抑えた。

彼はとても温かいひと。
その温かさを知ってしまった今だからこそ、それが冷たく変わるのには耐えられなかった。

何度も何度も自分のために試行錯誤を繰り返し、無意味だと打ちのめされる。
そんなことを繰り返せば―きっと想いは枯れてしまうだろう。
恐らくは、両親と同じように。

「そんなの、嫌だよ…」

どうにも苦しくて、彼の匂いがする枕を抱きしめ、顔を埋めた。

「すー…。いいにおい…」

彼の匂いは安心できる。
少し気持ちが落ち着く。

「…好き。好きなの。好きなんだ。大好きだよ。」

ここにはいない彼に向かって呟いた。

―幕間了

ああ言われたが、やはりそう簡単にやめるわけにはいかない。
たとえ嫌われても、彼女に美味しいと言わせるまでは。
―覚悟して寝室まで来たのだが。

「んふ~」

「……おい」

現在絶賛抱きつかれ中である。
寝室に入ると、ぽんぽんとベッドの上を叩かれたのでつい横になったのだがそれがよくなかった。

「話聞いてたか?」

「んふ~」

「…1+1は?」

「んふ~!」

ダメだこりゃ。

「…愛してるぞ」

「ボクも」

「!?」

「んふ~」

「…はぁ」

…どうやら嫌われた訳ではなかったらしい。
えらく甘えモードな彼女の髪を撫でてやる。

「んふ~…」

「…あのな、そろそろ理由教えてくれても良いんじゃないか」

「んふ?」

「その、俺の試みを否定した理由をさ」

「ん、んふ」

「…そんな捨てられた子犬みたいな目をするな」

「んふ…」

「さりげなく俺のシャツをめくって潜り込もうとするんじゃない」

「んふ!?」

「…俺はさ」

「んふ~?」

「さりげなく舐めるのやめろ。…お前の背負ってるものは肩代わり出来ないからさ」

「だから、せめて減らしてやりたいんだ。言ってしまえば俺の我が儘だな、これは」

「すべきだからするんじゃなくて、やりたいからしてるんだ。―だから、何も心配する必要は無いんだぞ」

「…っ」

ぎゅうっと抱きしめられた。
彼女の身体は震えていて、声を抑えて泣いているのがわかる。

「どうして…そこまでしてくれるの?」

「知らなかったか?俺はお前にベタ惚れなんだ」

「…っうぅ…馬鹿だよ、君はぁ…。」

「ひどいな。…で、俺は続けていいのか?」

「んふ」

「返事がわりに舐めるのはやめんか!」

どうやら、これからも続けていいようだ。
しばらく甘えてくる彼女と戯れる。
ふと、心に浮かんだ提案をしてみた。

「…あのさ、今度、海にでも行かないか?」

【支援ありがとうございます。主はこれが初SSです。人外っぽいのに根は乙女って感じの子は大好きですが。】

―季節は夏。
ジリジリと焦げ付くような太陽の下で電車を乗り継ぐこと二時間。
予約をいれておいた旅館でチェックインを済ませ、海に向かった。

「人多いなー」

「そうだねー」

連日の猛暑もあってか、海水浴場は賑わいを見せていた。

「どうせなら平日にくるべきだったか」

「なるべく早く行きたかったから仕方ないよ」

「そう言ってくれると助かる」

「えーと…。あ、あそこだね、着替えるとこは」

「んー…。じゃあ俺が荷物見てるから、先に着替えてこい」

「わかった!…悩殺しちゃうんだからね!」

「はいはい。」

「むー!」

ぺち、とこちらを叩き、彼女は走って着替えに行った。

「…ふー。」

海に来た理由は、単純に外に出なさすぎるのも身体に良くないと思ったからと―彼女とデートらしいデートが出来ていなかったからだ。

「あら、お兄さんお一人かしら?」

「?」

声がした方を見ると、なかなかグラマラスなお姉さんがこちらを見て微笑んでいた。

「あ…いや」

自慢じゃないがナンパなどされたことがなかった俺が戸惑っていると、お姉さんは隣に腰をおろした。

「私、昨日振られちゃったんだ…。良かったら…どうかしら?」

つ、と身体を指でなぞられる。

「いや、その―」

「お待たせー!結構かかっ…ちゃっ…」

「あら?妹さんかしら?」

「あ―いや、こいつは―」

「彼 女 で す」

「あら、ざーんねん。…興味があったら、声かけてくれてもいいからねー」

彼女に腕を引っ張られてどこかに連行される途中、手をふって見送るお姉さんをちょっとだけ恨んだ。

―季節は夏。
ジリジリと焦げ付くような太陽の下で。
―俺は正座させられていた。

「被告人、なにか最期に言い残すことはありますか」

「被告人て」

「だまらっしゃい」

「うう…。誤解だって…向こうからナンパしてきたんだってば…。」

「…ほんとに?」

「ほんとです」

彼女はじとーっとこちらを見たあと、笑顔になって言った。

「…信じます。判決。ボクをなでなですることで無罪とします。」

「…嫌な気持ちにさせて悪かったな」

「…もういいよ。それより、なでなで」

「ん。」

「えへへー」

彼女は白いワンピース型の水着を着て、はしゃいでいる。
それを見て、自分がまだ着替えていないことに気づいた。

「俺も着替えてこないと」

「あ、そういえばそうだったね…。」

彼女は不安そうな顔をする。
以前言い寄られた時の事を思い出したのだろう。
しかし、荷物をおいておくわけにもいかない。

「すぐに戻ってくるから。なんかあったら大声出して人を呼べ」

「うん…。早く戻ってきてね」

俺は後ろ髪を引かれつつも走って脱衣所に向かった。

脱衣所はかなり混んでおり、思ったより時間がかかってしまった。

「まずいな」

走って彼女がいる所へ戻ると―

「案の定か、くそっ」

見知らぬ男が彼女に話しかけている。
無我夢中で走っていき―

「おっとー足が滑ったなー!」

わざとらしく叫びながらそいつを蹴り飛ばす。

「ぬわーっ!」

どこかで聞いたような叫び声をあげながら、そいつは転倒した。

「ふう…。大丈夫だったか?」

彼女の方を向く。

「だ、ダメだよ!その人は―」

なぜか彼女は慌てている。
予想外な反応に首をかしげていると、

「飲み物を買ってきたぞ―やあ、君が彼女の…で、なにやってるんだ、お前は」

黒髪の美人さんが現れてこちらに会釈をしたあと、男を見下ろした。

「…うほっ良いアングル」

男の眼に光が戻る。

「死ね」

「ふぐぅ!?」

ゲシ、と蹴りが入り男の眼から光が消えた。

「…すまん、状況がさっぱりわからん。説明してくれないか」

どうやら想像していた展開とは少し違ったようなので、状況を把握しにかかる。

「あのね、この人たちは、ボクを―。」

「ボクっ娘キター!」

男の眼に光が―

「死ね」

戻らなかった。
今蹴りが入った場所は男として同情を禁じ得ない。

「…こほん。まあとりあえず、場所を変えようか。」

「あの…その人は…。」

「私が担ぐから心配ない。」

「…ああー乙女の柔肌ー」

「やはり置いていこうか」

「…いえ、俺が担ぎます。なにやら誤解があったみたいだし」

「そうか。では頼む」

…俺たちは海の家に移動することにした。

えらくテンションの高い店員に焼きそばを頼み、都合よく空いていた4人席に腰をおろした。
座るやいなやすぐに焼きそばを持ってくる店員。
明らかに作りおきである。

「では、とりあえず自己紹介から。私は日向葵(ひなたあおい)という。よろしくな。」

「俺は海原爽(うなばらそう)。葵と二人で海に来てたんだけど―」

「この子が下品な男どもに言い寄られていてな。見るにたえなかったので私たちが追い払ったわけだ。」

「そ、そうだったんですか…。俺はてっきり…。すみません、いきなり蹴ったりしてしまって。」

頭を下げる。

「いや、大丈夫。蹴られ慣れてるから…。」

涙ながらに切なすぎる理由を語る爽さん。
なんとなく同情してしまった。

「ところで、君たちの名前を教えてくれないか。これも何かの縁だ」

「名前―ですか」

彼女と顔を見合わせた。

「む、なにか不都合でも?」

「―というより、ボクたちはお互いの名前を知らないんです」

「な―」

「マジかよ」

二人は目を白黒させた。
…まあ、それはそうだろう。
親しい関係にありながら、名前すら知らない。
そんなのは異常だと思うのが普通だ。
勿論理由はあるのだが、この二人に話すようなことではないと判断する。

「…詳しくは言えませんが、そういうわけで俺たちの名前は明かせません。」

「そうか…。しかし、それは困ったな…。これから長い付き合いになるし、名前がわからないと困るのだが」

「…長い付き合い…?それは、どういう―」

葵さんの妙な言い回しが気になって質問しようとしたが、それは爽さんの一言に打ち消されてしまった。

「んー。だってさ、普通じゃないでしょ―彼女。」

予想外の一言に思考が凍る。
―と同時に、空気まで凍った気がした。

「―どういう意味ですか」

硬い表情で、彼女が反応する。

「君は普通の人間じゃない。鬼、の因子を持ってるんだよ」

爽さんは真面目な顔でそう答えた。

「なっ、馬鹿か貴様―!」

葵さんがあわてふためいているが、こちらとしては全く意味がわからない。
彼女も、不思議そうな顔を―

「ああ。そうだったんだ。やっぱりボクは。」

―していなかった。

彼女は、笑顔だった。
寂しそうな、辛そうな笑顔をして。

「化け物だったんだね」

そう、呟いた。

「これは予想外の反応だな。自覚があったとはね。そうさ、君は―」

「―やめてください」

爽さんの言葉の続きを、強引に打ち消す。
それだけは言わせない。

「…君は何もわかってない。いいかい、彼女は―」

「普通の女の子です。…助けてもらったのは感謝しますが、これ以上は許しませんよ」

「……そうだ。いい加減にしろ、爽。少なくとも、ここでするような話じゃないだろう」

一触即発の空気に、葵さんの一言でブレーキがかかった。

「…わかったよ。だけど―もし、自分の正体が知りたかったのなら、明日ここを訪ねてくれ。」

爽さんは彼女に住所らしきものが書かれた紙をうけとらせた。
その様子を見て、葵さんはため息をつきながら立ち上がる。

「さて、これ以上君たちの邪魔をするのも良くないな。勘定は払っておこう。ではな」

その言葉の通り、葵さんは店員にお金を払うと、爽さんと連れだってどこかへ去っていった。

「なんか、テンション下がっちまったけどさ。せっかく海に来たんだし遊ぼうぜ」

「…そうだね。」

しかし下がりきったテンションはなかなか戻らず、結局俺たちは遊ぶのもそこそこに旅館へと引き上げた。

旅館の部屋は和室で、浴衣も用意されていた。

「どうする、すぐに風呂入るか?」

「ん、そうだね…」

元気がない。
いつもなら、一緒に入る?なんて冗談の一つも返してくるのだが。
きっと、あれからずっと悩んでいるのだろう。

…仕方ない。
悩む時間も必要だと思ったから敢えて触れなかったが、このままじゃただ苦しいだけだ。
そろそろ俺もこの空気に我慢できなくなってきたし、ここらで一つ解決しておこうか。

「…先に言っとくぞ」

「え?」

「俺は、行かなくていいと思ってる。なんせお前は人間だ。」

「ボクは―」

「けどな」

「?」

「それはあくまでも俺の希望だ。お前が選んだ道なら、どこまでだって着いていく。お前が望む限り」

「―…じゃ、しっかり着いてきてよね。正直独りでいくのは怖かったんだから」

「了解だ。ずっと一緒に居るさ。」

「大好き」

「…不意打ちはずるいな」

「どきどきした?」

「うるさい」

えへへ、と嬉しそうに笑うその顔を見て、こちらも嬉しくなる。

「―ねえ、ボクは人間かな」

「ああ、お前は人間だよ」

「ありがと」

「ん」

しばらく見つめあっていると、彼女がもじもじしはじめた。嫌な予感が―

「…お風呂、一緒に入ろっか?」

「そうくると思ったわ!」

「むー…。あ」

…あれは悪いことを思い付いた時の顔だ。

「えーと、先にお風呂入って、良いよ?」

「いやだ」

「えっえっ」

残念そうな顔をするな。

「…お前、襲う気まんまんだろ」

「そそそそんなことは」

「…。」

じぃーっ。

「う…うう…。」

じぃーーーっ。

「だ、だって!君があんまりにも美味しそうなオーラを出すから…!」

「ライオンに狙われたシマウマの気持ちがよくわかったわ」

「タネウマ?」

「やかましい!」

そんなこんなでなんとか風呂はやり過ごしたものの、問題は、眠る時だった―。

「すーはーすーはーくんかくんかくんか」

「あの、ちょっと。人の胸元に顔埋めて匂い嗅ぎまくるのやめてくれませんかね」

「はうぅぅ…。美味しそうだよおぉぉ…。じゅる」

「…やばいよなこれ」

因みに、布団を敷き、照明を消した途端押し倒されて馬乗りになられた。

「いや流石にあそこまで素早いとはおもわなんだ」

「すー…はー…。全く油断しちゃダメだよぉ君はぁ…。美味しそうな匂いぷんぷんさせてるんだからこうなるに決まってるでしょう…?」

「舐めるんじゃない…っ!というかあの速度で押し倒されたら油断もなにもないだろっ…!」

「君の味…。美味しいよぉ…。もっと欲しい…。」

覆い被さってくる。ふわりと甘い匂い。
普段の彼女とは違う、蕩けきって―発情した顔。
抵抗する為の両手は彼女の両手にからめとられ、口内を舌で蹂躙される。
理性が、もたない。

「ん!…ん…ちゅ」

何度も何度も味わうように舌を絡ませてくる。
無意識なのだろう、女性の敏感な部分を、対のものに擦り付けている。

「おまっ…!ちゅ…にゅちゅ…やめっ」

「んっ…ちゅう…んん…はぁっ」

「っあ」

「んはあ…すきぃ…。だいすきなのお…。」

耳元で囁かれる声に思わず鳥肌が立つ。
そのまま耳たぶを甘噛みして、ねぶってくる。
緩やかな快楽を感じ始めた時、ソレは起きた。

「痛っ」

首筋へのキスをされた瞬間、痛みが走る。

どくん。

思わず手をそこにやろうとしたが、彼女に固定されてしまっていた。
思いの外強い力で握られているようで、ぴくりとも動かせない。痛いくらいだ。

どくん。

妙だ。
こういう風にされたことは何度かあったが、こんなに力が強くはなかったし、なにより―

どくん。

こんな風に、鼓動が近くに聞こえることは無かった。

「…――!」

声が出ない。
なにかが違う。

どく、ん。
ごくり。

のどをならすようなおと。
このままでは、よくない、ことがおきる。

ど、く、ん。
ごくり。

いしきがたもて、な、い

「―あ」

精一杯声を張り上げたつもりだったが、果たして届いたのか。
わからないまま、世界は暗くなっていった…。

―幕間

夜空に浮かぶそれは、人ならぬモノ達をふるわせる魔性。
今宵は満月だ。
銀色の光が照らす中、人の途絶えた夜の町を走る二人がいた。

一人は鞘に入れた長い刀を腰に差し、一人は拳銃を手に持っている。
人に見られたら通報されるような格好である。
深夜で人がいないのは幸いだった。

―最も。

それを風ではないと認識できた人間は皆無だったろうが。

「クソッタレ!なんで気づかなかった…!もしかしたらもう―」

「―言うな。私の落ち度だ」

「―っ!違う!葵のせいじゃねぇ!俺がさっさと殺っとけば良かったんだ!」

「…あの様子を見て、それが出来るヤツじゃないだろ、爽は」

「っ―!」

「良いから走れ。まだ間に合うかもしれん。―そこの角を右だ」

「頼む、間に合ってくれ…!」

風が駆けて行く。
それをじっと見つめているように、満月は町を照らしていた。

―幕間了

【長いこと更新の間をあけてしまってすみませんでした。しつこい風邪にダウンさせられていましたが、大分良くなったのでしばらくは更新出来るかと思います。支援してくださっていた方、ありがとうございました。これからも宜しくお願い致します。】

おとがなった。

とおくのほうで、ぱりんと、おとがなった。

ふわふわ。
からだがかるくてきもちがいい。

「まだ……るか!!しっか……!」

だれかが、さけんでいる。うるさい。
このまま、ねむらせてくれ。

「そいつか……れろ!」

また、だれかが、さけんでいる。
ばん。おとがなった。

急に身体が重くなる。
ふわふわとした感覚が無くなって、代わりにとても寒くなった。

「…――。」

「…どうやら生きている!」

「間に合ったか…!」

「…さて、それは怪しいな。どうやら、ご馳走を奪われてご立腹のようだ」

「…おい、一応聞くがどうするんだアレ」

「ここで戦えば民間人にまで被害が出る。海岸まで走るぞ」

「そうくると思ったぜ…相変わらず俺の幼馴染みは無茶苦茶言いやがる!」

「良いから走れ!…っと、貴様にはコレだ…!少しは時間が稼げるはず…!」

「ちっ…おいテメェ!しっかり抱えられとけよ!」

抱えられる。
顔にあたる激しい風が、辛うじて意識を保たせている。
流れていく周りの景色を見て、まるで走馬灯のようだと思った。

「ほら、しっかりしろ!」

「―う、あ」

「…目は醒めたかよ」

含みのある言い方だった。
「俺、は」

「助かったんだよ。―今んとこは」

「―あ、彼女は、助けてくれたんです、か」

「はぁ?…どうやらまだ寝ぼけてやがるな。お前は愛しの彼女に血吸われてたんだよ」

冷水をかけられるより、効いた。
ぼやけていた頭がはっきりする。
―思い出す。
あの時の彼女の顔を。
まるで、捕食の悦びに浸るかのような―

違う。彼女じゃない。彼女はそんなことはしない。

「幸い、まだ命に別状は無い程度の量しか吸われてなかった。―代わりに麻酔代わりの魔力がガンガンに注がれてたがな。」

奴等はいつもそうする、と爽さんは語った。
曰く、まず相手の意識を奪ってから、骨の髄まで吸い付くすそうだ。


「魔力はほとんど抜けてる。とはいえ、まだ身体の自由は利かないだろうな」

「―。」

爽さんが色々と説明してくれているが、いまいち頭に入ってこない。

吸血鬼とか。
夢魔の類いとか。
遅効性の魅了とか。
満月とか。
喰人鬼とか。

だって、それは、そんなのは、俺にも彼女にも関係のない話/の筈/だった。

今日だって、ちょっと行き過ぎたけど、あれも只の愛情表現で―

思い出す。
あそこから逃げ出したとき


だめだ。思い出すな。なにも見ていない。


部屋の端に四つん這いで


違う。違う。ちがう。あれはチガウ。アレは彼女じゃない。俺は何も見ていない。


血に濡れた唇からは牙が覗き

彼女は人間だ彼女は人間だ彼女は人間だ彼女は人間だ彼女は人間だ彼女は人間だ

そうだ。彼女は人間だ。
何もおかしいところなんてなかったじゃないか。

都合の悪い記憶に蓋をする。

爽さんは何を言っているんだ。まったく。失礼な人だな。

「あはは、何を言っているんですか。彼女は人間ですよ」

「―お前…。―っと。来たか」

葵さんが到着した。
息は切れ、ところどころに引っ掻き―いや、擦り傷がある。こけたのだろう。


「遅れてすまない」

「気にすんなよ。―それで?」

「ああ…魔性の封印は無理だった。すぐに戒めを破ってこちらに向かうだろう。ところで、彼は無事か?」

「彼女は人間だ」


「…あー、まあ身体は無事だ」

「…そうか。」

「ああ、まあ仕方ないさ。そっちは俺たちじゃ救え―…。」

バサッという音がした。

「来たか…」

「そうだったな、まだ身体も救えたわけじゃなかったか」

「何から救うっていうんだいい加減にしてください彼女は人間だ」

「…そうかよ。なら、見ろ。アレがお前の言う人間か!」

爽さんが指差した方をみる。
違う。既に視界には入っていた。
ただ、見ないようにしていたのだ。
見たら、決定してしまう。

―背中から生えた、黒い翼。強靭でありながらしなやかさも併せ持っているのが伝わってくる。

―爪は鋭く、血がついている。先ほどの葵さんの傷のもとだろう。

―肌は浅黒く変色しているものの、その滑らかさと艶やかさはより増したようにさえ見える。

身体的な変化はその程度でしかなかった。あとは尻尾が生えているくらいだろう。

…せめて、顔まで変わっていてくれたら。

「―あ」

彼女が人間ではないと。
気づかずにすんだかも知れなかったのに。


ソレは紅い瞳でこちらを見ると、にぃっと牙を見せて微笑んだ。

【長く間が空いたのに支援して下さってありがとうございます。今回はここまでとなります。実はぶりかえしたので風邪が長引いてました。皆さんもお気をつけて】

「えへへ、ようやく見つけたよ。」

「見つけたからといって、どうということもない」

俺を庇うようにして、爽さんと葵さんが立ちはだかる。

「さよならだ。悪く思うな。」

言葉と共に爽さんは素早く銃を構え、躊躇いなく引き金を引いた。
乾いた音。
間髪入れずもう一発。

「待っ―」

止める間も無かった。
アイツは一発目を翼に、ふらついたところにもう一発を顔面に受ける。
通常なら間違いなく即死の筈…なのだが。

「……やだなぁ、痛いじゃないですか。女の子に向かってなにするんです?」

「銃弾が効かねえ女の子なんて洒落にもならねーな」

「こんなのでボクをどうにか出来るとでも思っ―?」

「―殺った」

彼女の背後に浮かぶ影。
いつの間にか葵さんが消えていた。
銃弾はあくまで牽制。
ようやくそれを悟るころに、今度こそ致命傷足りうる一撃が―

「それはどうでしょう―ねっ!」

先の尖った尻尾が、さながら槍のように敵の心臓を狙い打つ。

「な―」

一撃。
彼女はその尻尾すら、人体を容易く貫通しうる武器だった。

「…まずは一人、だね」

身体をよじって僅かに軌道をずらしたようだったが、明らかに勝敗は決していた。
あれでは槍で串刺しにされているのと変わらないだろう。

「か…はっ」

葵さんの口から、血が垂れ。

「あ、勿体無い」

それを、彼女は舐めた。

「んーっ!?まっず!信じられない!重いし、もう要らない!」

飽きた玩具を投げるように、尻尾をふって葵さんをこちらにほうった。

「葵っ!」

爽さんが葵さんを抱き止める。
―それは、致命的な隙だった。

「終わりだね」

「やめろぉぉぉ!!」

止める声も間に合わない。
容赦ない爪の一撃。両手の塞がった爽さんに防ぐ術はない。

そう、爽さんには。

「さっきのは効いた」

爪を刀で弾き。

「認めよう。油断していたと。」

軽やかに砂浜に降り立ち。

「だが私は丈夫すぎてな。大抵死なぬ故に油断が多くなる。許せ。」

凛と言い放った。

「…なんで。なんで動いてるの」

彼女の驚きはもっともだ。
急所は外れていたとはいえ、致命傷には違いなかった。
しかし、最も不可解なのは―

「いいえ、動いているどころか―傷すら無いじゃない」

そう。
先ほどの戦闘はおろか、砂浜に到着した時についていた傷すら無くなっていた。

「ま、あんまり俺の幼馴染み舐めるなって話だ」

「ふざけないで!きちんとせ、つめ…い」

突然、彼女がふらつき始める。

「なに…これ…身体が、イタ、いたい、あああ、ああああアアアァァア!」

「…漸くかよ」

「あ、あ、ボクに、なに、を…あ゛ぁあ゛!!」

翼が彼女の中に引き込まれていく。
翼だけではない。
尻尾も、爪も。
肌の色も、白にもどりつつある。

苦悶の声が終わると、そこには彼女が人間の姿で横たわっていた。

彼女に駆け寄る。
身体はまだ満足に動かないが、走る。
―大丈夫。息はしている。死んではいない。

「生きてる…。」

ほっとして座り込む。


「ったくよ、途中でオマエがマジになった時はヒヤヒヤしたぜ…」

爽さんがため息をつく。

「…すまん。予想していたとはいえ思いの他ギリギリだったものでな…」

「ま、いいさ、結果オーライだ。…で。」

「改めて説明が必要、だよな。」

爽さんは俺を見て、もう一度ため息をついた。

―翌日。

なんだか酷い夢を見たな、と思いつつ目をあける。知らない天井。
一瞬混乱した思考は、すぐに平静を取り戻した。

「あぁ、そうか」

昨日―といっても時間的には既に今日だったが―の一件の後、俺たちは『彼ら』の施設に"運ばれた"のだ。
辺りを見回すと、そこは壁も天井も、何もかもが真っ白に塗られた四角く狭い部屋だった。

「起きたか」

備え付けのスピーカーらしきものから知った声が響いた。

「調子はどうだ」

「最低だ。窓くらいつけてくれ。」

「良好のようだな」

日本語が通じないのか、あの鉄仮面美人め。
ため息をつく。

「…色々と説明がほしい。」

「可能な限り答えよう」

「昨日の件についてわかるように説明してくれ」

「…了解した。詳しく話すと理解が難しいだろうから簡潔に話すぞ。」

「わかった。」

もし予定になかったのにバトル展開になっちゃって筆が進まない
とかだったなら、>>xxxから書き直します!とかでもいいから完結させてほしい
女の子ちゃんかわいい(もう忘れたけど鬼の子の名前って出てたっけ?)

「君は彼女にずっと遅効性の催眠をかけられていた。彼女が君を食べる時に都合がいいようにな。そして我々はそれに気付き、阻止した。本来ならばもっと穏便に解決したかったのだがいかんせん時間がなくてな。君を危険にさらしたことは謝ろう。すまなかった。」

「………全然簡単じゃないぞ、それ…。」

「とにかく…彼女は君を食べようとし、我々がそれを阻止した。そういうことだ。」

「君にとってはショックな事実だろうな。だがまあ助かったことだし、不幸な事故だったとでも思ってくれ。」

「…あいつは」

「彼女のことなら心配いらない。我々が責任をもって管理する。」

「あいつに会いたい。」

「…なぜそこまで彼女に拘る?催眠は食べる時に注入される魔力で効果が高まるが持続時間は短くなる。もう催眠は解けている筈だし、第一…」


「あいつにあいたいんだ」

他のことはどうでも良かった。ただ会いたかった。

「それは無理だ」

「…理由を聞かせてくれ」

「第一に彼女とお前を引き合わせるのは危険過ぎる。第二にその行為の意味が見いだせない。…最後に、彼女はお前に会いたがっていない」

「………せめて話だけでもさせてくれないか。」

「出来ない。彼女とお前のコンタクトは一切が禁じられている。…だが。そこまで彼女に会いたいならば我々から一つ提案がある。」

「…なんだよ」

「単刀直入に言う。我々の組織に入れ。そうすれば会える可能性はある。」

「入れって…。お前らの組織は一体」

「我々についての質問は受け付けない。YESかNOかだけを答えろ。」

「…嫌だと言ったらどうなる?」

「記憶の消去の後、体力が回復したらお望みの場所まで送り届けよう。全て忘れて新しい生活を始めるといい。」

「ああ、そうかよ」
結論は出た。
どうせ俺は死んだ人間。
もう一度灰色の生活に戻るなんてまっぴらだ。

「入ってやるよ、お前らの組織とやらに。」


「変更は出来ないぞ。本当にいいんだな。」

「ああ」

「そうか。では、君には死んでもらうとしよう。」

「え―」

音声が途切れると同時に何かが部屋に注入される音がしているのに気付く。
空気が漏れているようなその音を聞きながら、俺の意識は遠くなっていった…。

長い間保守していただきありがとうございました。
ここ最近リアルのほうが忙しくなり今も徹夜明けで書いています。
おそらくこのままいけば暫くの間これまでの様に不定期で中もかなり空くでしょう。
そんな中皆様に保守していただくのは些か心苦しくもあり、また私の書いたこれにそれほどの価値があるとは思えません。

無論ぼつぼつと書いていくつもりではありますが、完結が約束出来ないためもはや保守をお願いすることは致しません。
なにかの拍子に思い出した際見ていただければそれだけで幸いです。

皆様の期待を裏切るようなことになり大変申し訳ありませんでした。
支援して下さった方、保守して下さった方、そして読んで下さった方々には大変感謝しています。

>>344さん
女の子の名前は有りますが、それを捨てて男と暮らしていき、新しい名前を見つけるというのをしたかったので名前を出してはいません。
この展開は長く続けたいとおもったのでこうしたのですがタイミングが悪かったようです…。
おそらく本編は完結しないと思われるので、短めにまとめたifエンドくらいは書きたいと思っています。

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