佐々木「親友の一歩先があるのなら」 (145)

『涼宮ハルヒの驚愕』の二次SS
進行遅め
(備考:VIPで立てたはいいが誤字脱字が多くて書き直し)

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――12月1日 某ファミレス


佐々木「キョン。もし僕が誰かに告白されたって言ったら、信じるかい?」

キョン「ああ、普通にあるだろうな」

佐々木「それは、どうして?」

キョン「お前が佐々木だからとしか答えようがない」

佐々木「くっくっ、なかなか興味深い意見だね」

キョン「そういや小泉は、十人中八人が一見して目を惹かれるってお前について言っていたっけ」

佐々木「それはそれは、光栄にして過分な褒め言葉だね」

キョン「そうか? 俺はそれ聞いたとき、妥当な評価だと感心したけどな」

佐々木「…………」

キョン「って、おい、なんで睨むんだよ」

佐々木「何となく。強いて言えば、君が本気でそう思っていそうだから」

キョン「それは、悪いことじゃないだろ?」

佐々木「そのくせ、自分が八人の側なのかあぶれた二人の方なのかを気にかけもしない」

キョン「……悪い。お前が何を言いたいのかさっぱりわからないんだが」

佐々木「以前、僕の恋愛観について君に語ったこと、覚えてるかな?」

キョン「ああ、覚えてるぜ。恋愛感情は病気の一種だってやつだろ?」

佐々木「まさしく。病気であれば誰かに感染することだってあり得るわけさ」

キョン「……感染?」

佐々木「身近にそういう人物がいれば、周りの人間に影響を与えかねないってこと」

キョン「なるほど。物語なんかじゃ友達と思っていた幼馴染が告白されて、初めて自分の思いに気づいたりってベタなパターンが――」

佐々木「ねえキョン。君、もしかしてわざと言ってるのかな?」

キョン「わざとも何も、俺たちは中3からの付き合いだし、そもそも幼馴染とは言えないだろ」

佐々木「……おかしいな。昔の僕は君のそういう鈍さを割と好ましく思っていたはずなんだけど」

キョン「へえ、それは初耳だ。今は違うのか?」

佐々木「うん、手が届く位置にいるとたまに無性に引っ叩きたくなるんだ」

キョン「そ、そいつは穏やかじゃないな」

佐々木「最近困っているんだよ。誰かさんのせいで自分の立ち位置がわからなくなる」

キョン「要するに情緒不安定か。正直ちょっと意外だな」

佐々木「まったく、自己分析は得意な方だと思っていたのに」

キョン「その点については同意できそうにないが」

佐々木「おっと、それは普通にショックだ」

キョン「まあ、これは単に俺の甘えなのかもしれないけど」

佐々木「甘え?」

キョン「全国トップレベルの学力のお前が平均以下の凡人だったら俺はどうなるんだって話」

佐々木「学力のことはともかく、キョンは、非凡だと思うけどね」

キョン「何を根拠に。それこそ過大評価だろ」

佐々木「僕みたいなのと付き合えるんだ。少なくとも普通じゃないよ」

キョン「……やれやれ、自分で言ってりゃあ世話ないな」

佐々木「ただ、僕のせいで君が変人扱いされていた件についてはとても申し訳なく思っている」

キョン「……その点についても同意できそうにないな。俺はこれで案外自分本位なんだ」

佐々木「それは、どういう意味だい?」

キョン「お前と一緒に過ごせるなら変人扱いされるくらいどうってことない」

佐々木「……おっと」

キョン「そう思えるくらいには二人の時間を楽しめていたんだが、お前は違ったのか?」

佐々木「……いや、ええっと、楽しんでいた、かな」

キョン「だったら問題ないだろ。俺はちゃんと自分の意志で選択肢を選んだんだから」

佐々木「そ、そうだね。悪かった、変なことを言ってしまって」

キョン「いや、いい。で、本題なんだが」

佐々木「あ、うん」

キョン「その、本当に告白されたのか?」

佐々木「そうだね。客観的に見れば、されたといっていい状態だったと思う」

キョン「……仮にも自分の色恋沙汰でその遠回しな言い方はどうかと思うぞ」

佐々木「そのくらいは大目に見てくれ。こっちだって慣れているわけじゃない」

キョン「そうは言うが、今回が初めてってわけでもないだろ」

佐々木「まあ、そうだけど……、って、妙に確信を込めて言うね?」

キョン「さっきお前、八人がどうの二人がどうのごちゃごちゃ言ってたろ」

佐々木「……あれに対する、これが返答ってわけかい? 君だって相当回りくどいじゃないか」

キョン「あー、話が進まん。相手は同じ学校のやつなのか?」

佐々木「……うん、一個上だよ」

キョン「そいつは、悪い噂とかないんだろうな? 女遊びが激しいとか」

佐々木「…………」

キョン「ん、どうした? 変な顔して」

佐々木「いや、なんでもない」

佐々木(真っ先にそういうところから突いてくる辺りが本当、小憎らしいよ)

佐々木「そうだね、周囲の評判は悪くない。むしろ好男子として持てはやされている」

キョン「そっか」

佐々木「学期末テストは常に上位をキープ。県下有数の強豪バレー部の副キャプテンでもある」

キョン「……ふぅん、デキる男なんだな」

佐々木「体育会系の割に温厚な顔立ちで、十人中八人は振り返りたくなる容姿ってところかな」チラ

キョン「…………」

佐々木(……と、ここまで聞くとクラスメイトたちは良くも悪くも囃し立てるんだけど)

キョン「それで? お前はそいつに興味があるのか?」

佐々木(やはり彼はこう来る……って)

佐々木「……あ、気になるんだ?」

キョン「そりゃまあ、少しは」フイ

佐々木(……ああ、これは悔しい)

佐々木(肯定されて、嬉しいと思わされてしまっていることが、とても悔しい)

キョン「そんなことよりもだ。お前にその気はあんのかよ」

佐々木「いや、今のところ興味はない」

キョン「……なぬ?」

佐々木「彼みたいな人と呼吸を合わせるのは難儀しそうだ。酸欠であっぷあっぷになるのは目に見えている」

キョン「何だ、そうなのか」

佐々木「……うん? 何か問題でも?」

キョン「いやだって、お前は告白に対しての返事を悩んで、俺に打ち明けたんじゃ」

佐々木「それは違うよ、キョン。僕はあくまで告白されたという事実を――」

キョン「事実を、なんだ?」

佐々木「あ、いや、ごめん。ちょっとタイム」

キョン「……んん?」

佐々木(ええと、そもそも僕はどうしたかったんだっけ)

佐々木(ああ、そうだ。告白されたって言ったら彼が信じるか試してみようと思って)

佐々木(……いや、それも違うか。彼がその話を聞いたら、どう反応してくれるのか興味があって)チラ

佐々木(なら、こうして反応は見れたわけだし、うん、もう目的はとっくに果たしてるじゃないか)フゥ

キョン「何さっきからぶつぶつ言ってんだ?」ズイ

佐々木「うわっ!?」ビクッ

キョン「ちょっ、そんなに驚くことないだろ」

佐々木「す、すまない。ちょっと考え事をしていて」

キョン「……大丈夫か? 何か顔赤いぞ?」

佐々木「え……、あれ、おかしいな。熱でもあるのかな」

キョン「ん、どれどれ?」スッ

佐々木「……ッ」ヒョイ

キョン「って、おい、なんで避けんだ」

佐々木「お、大袈裟にされるのは好きじゃないんだ。ごめん、少し席を外させてもらうよ」スク

――ガチャ


佐々木「……ふぅ」

佐々木「まったく、らしくないな。いくらなんでも動揺しすぎだ」

佐々木(……やはり僕は凡人であるようだよ、キョン)

佐々木(突発的な事態に反応しきれず、思考停止に陥ってしまうんだから)

佐々木「…………」

佐々木(結局のところ、僕はどうしようもなく臆病で、煮え切らない性分なんだろうね)

佐々木(それだけに、目があることを確認できたのは僥倖だった)

佐々木(後はほんの少しを踏み出す勇気)

佐々木(今の関係を壊すのは、怖い。とても怖い、けど)

佐々木(僕が僕自身を追い込まないと、望む物はいつまで経っても手に入らない)

佐々木「……知ってるかい、キョン。人気者の先輩からの告白を断るにあたっては、それなりの建前が必要なんだよ」ボソ


佐々木(だから、ごめん。悪いけど、君を利用させてもらうね)

――12月4日 北高校舎内


国木田「キョン、ちょっといいかな?」

キョン「あれ、国木田? まだ帰ってなかったのか」

国木田「いや、帰ろうと思っていたんだけど、その……」

キョン「歯切れが悪いな。何かあったのか?」

国木田「多分だけど、キョンに用があるって人が校門前で張ってるんだ」

キョン「俺に? 多分って、肝心な情報が曖昧なのはどういうわけだ?」

国木田「それが、どうも向こうはキョンの名前を知らないらしくて」

キョン「名前を知らないのに何で仇名を知ってるんだ。芸能人じゃあるまいし」

国木田「知らないよそんなの。でも、下校途中の生徒に特徴を聞いて回ってるみたいだから、間違いないんじゃない?」

キョン「特徴だぁ? こんな平民の中の平民に際立った特徴なんて」

国木田「やれやれが口癖の、何やっているか皆目見当もつかない部活に所属している、女にだらしなそうな皮肉屋の二年男子。――これはもう」

キョン「よーし喧嘩売ってんのはわかった。表出ろ」

キョン「あいつがそうか……」

国木田「そうだけど……うぅ、何もぶたなくたっていいじゃないか」ヒリヒリ

キョン「うっせ。あそこまで言われて黙ってられるか」

国木田「言ったの僕じゃないのに……」ブツブツ

キョン(……かなり上背あるな。なんかスポーツでもやってるのか?)

男「……うん? 君は……」ジロ

キョン「他校生がわざわざ出向いて、一体何の用ですか?」

男「……そうかい、君がキョンか」

キョン「初対面で仇名を呼び捨てとか馴れ馴れしいにもほどがある!」

男「細かいことはどうでもいい。それより、佐々木さんを知っているな」

キョン「……佐々木だと? アイツがどうかしたのか?」

男「単刀直入に聞く。君は、彼女とどういう関係だ?」


キョン「…………は?」

男「どこまで行く気だ? 早く質問に答えてほしいんだが、君と彼女の仲がどういう――」

キョン「いいから黙ってついてこい。アンタはアウェイだから気にもかけんだろうが、こっちにはホームの世間体ってもんがあんだよ」

男「何だ、意外と肝っ玉の小さな男なんだな」

キョン「そういうアンタは、その程度の気遣いもできない男なんだな」チラ

男「……そうだな。失礼、今のは明らかに俺の失言だった」

キョン「いきなり殊勝になるな。やり辛いし絡み辛いしキャラが掴み辛い」

男「ひどい言われようだな」

キョン「……よし、この辺りなら問題ないだろ」

男「児童公園か。立ち話もなんだし、ブランコにでも座るかい?」キョロ

キョン「男二人でそれは絶対に嫌だ。隣のベンチを所望する」

キョン「――てなわけで、アイツとはごくありふれた関係だ。元クラスメイトで、友達同士だ」

男「……なるほど、友達、ねぇ」

キョン「何だ? 言いたいことがあるんならはっきり言え」

男「せっかちなんだな。彼女の話から察するに、もう少し穏当な男かと思っていたけど」

キョン「アイツが人を悪く言うようなやつじゃないのが悪い」

男「……なるほど、今の意見はすごく納得した」

キョン「それで、俺のことは佐々木から聞いたんだな?」

男「成り行きでね。できれば聞きたくない事柄だったし、聞かされたというのがより正確だ」

キョン「……どうも、話の全体像が見えないんだが」

男「慌てなくても今からあらましは説明するさ。つい一昨日のことだが」


男「俺は下校中の佐々木さんを校門の前で待ち伏せし、大勢の見ている前で告白した」


キョン「……何だって?」

見っけ!
VIPのスレに誘導貼ってきて良い?

男「おや、やっぱり気になるのか?」

キョン「……友人として当然だ。んで、その後の展開は?」

男「その時は『一晩考えさせてほしい』と言われた。恥ずかしながら、これで付き合ったも同然だと思っていたよ」

キョン「それだけ自分に自信があるんだな。羨ましい限りだ」

男「周りが持ち上げるものだから、舞い上がってしまっていたんだろうね」

男「中学の頃からバレー部のエースとしてちやほやされてきて、知らぬ間に天狗になっていたのかもしれない」

キョン(これって、もしかしなくても、喫茶店で佐々木が持ち出した話だよな)

キョン(優秀でいて、自分を客観的に見つめられる人間、か。なるほど、確かにデキた男のようだ)

男「本音を言えば、女の子と遊ぶよりは部活に打ち込んでるほうがずっと面白かったし、楽しかった」

男「二年に上がり、彼女がうちの学校に入学してくるまでは、そう思っていたんだ」

キョン「…………」

男「新入生代表として壇上で挨拶する佐々木さんを見た瞬間から、俺は恋に落ちてしまった」

男「俗にいう一目惚れというやつだ。周りにも彼女に興味を持っている同級生が多くて、やきもきしたのも覚えている」

男「だが一方で、俺は彼女が彼氏持ちだろうとも思っていた。いないはずがないと」

男「容姿は申し分ないし、しかもあれほどの才女だからね」

キョン「それでもアンタは告白した。何故だ?」

男「一度は諦めようとしたんだが、寝ても覚めても彼女の顔が頭から離れなくてね」

男「放っておいたら勉学にも部活にも支障が出かねないから、きちんと確かめてみようという気になったわけだ」

キョン「……なるほど」

キョン(つまり、それだけ真剣に考えていたってわけか)

男「彼女との直接的な接点はなかったが、バレー部の後輩に彼女と同じクラスのやつが何人かいてね」

男「彼女を取り巻く噂や、人脈について、それとなく聞き出してもらった」

男「その結果、浮いた噂は一つも確認できなかった。ついでに、少し独特な性格だということもわかった」

キョン「少し、ね」

男「そして熟考と葛藤を繰り返した挙句、俺は意を決して彼女に告白し、見事にフラれたというわけさ」

キョン「……そいつは何つうか、ご愁傷様だが」

キョン「それが俺にどう繋がるんだ?」


男「簡単だよ。彼女が断った原因が、君にあるからだ」


キョン「…………何?」

男「フラれた手前、当時のやり取りを思い出すのは辛いし、腹立たしくもあるんだが」

男「彼女は開口一番『ごめんなさい、先輩とは付き合えません』と頭を下げ、たどたどしくこう続けた」



佐々木『僕には、好きな人がいます。中学の時のクラスメイトで、今は違う学校に通っているけれど』

佐々木『一年も経てばきっと彼のことを忘れられるだろう。そう思っていたけれど』

佐々木『やっぱりどうしても、無理みたいで。だから、――ごめんなさい』



キョン「……………………」

男「ショックだったよ。だけど同時に、彼女の姿を目で追っていた自分だからこそ、退くしかないとも思った」

男「胸の内を吐露するときの、あんな屈託のない、それでいて切なげな笑顔を見せつけられてはね」

キョン(…………馬鹿な)

キョン(だって、あの佐々木だぞ? 屈託がない? 切なげな笑顔? いや――――いやいやいや!)


男「後は説明するまでもないな。佐々木さんの想い人がいったいどんな男なのか、好奇心が掻き立てられたんだ」

キョン「……ひ、一つ、こっちからも訊きたい」

男「どうぞ?」

キョン「佐々木は、アンタが俺に会いに来ていることを知っているのか?」

男「知らないはずだよ。少なくとも俺は明かしていないし、北高の生徒、つまり君の存在を突き止めたのも別口だ」

男「さして苦労はしなかった。彼女と同じ中学に通っていた子に訪ねて回ったら、二人目であっさり君のことが話題にのぼった」

男「自転車で二人乗りしているのを何度か見かけたって。可能性があるとしたら、彼くらいしかいないんじゃないかって」

キョン「…………確かに、中学のときはそれなりに親しかったと思うが、しかしそれは」

男「別に、俺に弁解する必要はない。君が彼女を友達だと言ったのも、おそらく本心なんだろう」

キョン「…………」

男「ただ一点、彼女の気持ちを知った上で、君がどう行動するのかは気になるけどね」

キョン(……俺は)

男「いきなり押しかけてすまなかった。話は以上だ、失礼するよ」ザッ


キョン(…………俺は、佐々木のことを、どう思ってるんだ?)

――12月6日 喫茶店


佐々木「紀元前より無からの発生。宇宙理論の雛型が出来ていたというのは興味深い」

キョン「考えてみると恐ろしいよな。物理的な証明ができない環境下で理論の正しさを信じられたことが」

佐々木「とはいえ、人が認識できる物はすべからく存在していたからね。たとえ空想上の産物であっても」

キョン(……何をどう見ても、いつも通りの佐々木だよな)チラ

キョン「歴史がそれを証明している、か。だが一方で、見たいと思うものしか見えないってな格言もあるわけだが」

佐々木「ユリウス・カエサルの至言だね。天動説なんかはまさにその好例として持ち出せそうだ」

キョン「実際、地球からは天体が動いているようにしか見えないからな」

佐々木「僕らにしても、足を止めながらにして大きく動いていることだってあるのかもしれないね」

キョン「……うん? 何か含みがありそうな言葉だな?」

佐々木「くくく、深い意味はないよ。勘繰りすぎというものだ」

キョン(人を食ったような態度も相変わらずだし……)

佐々木「それより、キョン」

キョン「……うん?」

佐々木「さっきからそんなに見つめられると、その、いくら鉄面皮の僕でも照れてしまうよ?」モジ

キョン「あっと、わ、悪い」

佐々木「謝罪の必要は皆無だよ。君の視線を釘付けにできるのは、なかなか悪い気分じゃない」

キョン(……くっそー、やりづれえ)

キョン(やはり引け目があるからか。自分だけ相手の気持ちを知っているのはフェアとは言えんしな)

キョン(佐々木が告白されたって聞いて、付き合うか気にならなかったと言えば嘘だ。それは純然たる事実だ)

キョン(けれど、佐々木はこれまで自分を親友だと公言していたんだよな)

キョン(あの男が勘違いしていないか確証が持てているわけでもなし。勇み足で気分を害するのは……って)


キョン(ああ、そうか。そういう……)


佐々木「おや、どうかしたのかい? 急に呆けた顔をして、まるで食事中に餌を取り上げられた猫のようだよ」

キョン「……お構いなく。考え事をしてただけだ」

キョン(何のことはない。気分を害したくないと思う程度には)

佐々木「っと、いけない、もうこんな時間か。相変わらず君というやつは時間泥棒なんだね」

キョン「褒め言葉として受け取っておこう。家までお送りいたします、お嬢様」

キョン(俺は佐々木に惹かれているんだな)

――二人乗り


佐々木「ちょいちょい脱線はしたけど、理解度は順調に深まっているようだね」

キョン「おかげでずいぶん捗った。悪いな、そっちだって受験勉強あるのに」

佐々木「復習になるから気にしないでいい。誰かに教えた内容は自然と頭に入るものだし」

キョン「教えられる対象がいるだけでも羨ましいよ」

佐々木「そうは言うけど、君だって実に様々なことを僕に教えてくれていると思うよ?」

キョン「たとえば?」

佐々木「たとえば、会話の端々に出てくる雑学とか」

キョン「……そいつは、毒にも薬にもならなくて逆に申し訳なさを感じるな」

佐々木「あるいは、異性との接し方とか」

キョン「………………」

佐々木「ちょっとキョン。何言ってんだコイツ、みたいな反応はないんじゃない? 僕だって傷つくときは傷つくんだよ」

キョン「今のお前は絶対傷ついてないけどな」

佐々木「やれやれ、つれないなあ」

――チリンチリーン


キョン「時折突拍子ないことを言うよな、佐々木って」

佐々木「とんでもない。僕はこれで状況に合わせて言葉を選んでいるつもりだよ」

キョン「どこまで信じればいいのやら」

佐々木「選びすぎて、だから内心で計算づくのつまらないやつだと自己嫌悪に陥る羽目になるんだけどね」

キョン「その手の発言はやめてくれ、俺に対する冒涜だ」

佐々木「……え」

キョン「俺は佐々木を面白い友人だと認めているし、お前に対する誹謗はたとえお前自身のものであれ俺を否定したも同然だ」

佐々木「……………………」

キョン「……って、おいこら。何で叱られてるってのに嬉しそうにしてんだよ」

佐々木「そんなの決まっているじゃないか。実に気持ちのよい、キョンらしい台詞だと思ったからだよ」

キョン「……わけわからん」

佐々木「まあでも、それは所謂ブーメランというやつじゃないかな」

キョン「あん?」

佐々木「キョンだって自分への不満を零すことは少なくないじゃないか。それを聞かされる僕の身になってもらえれば、幸甚だよ」

キョン「……むむ」

――ショッピングモール前


佐々木「街にもイルミネーションが目立ってきたね」

キョン「クリスマスか。俺にはとんと縁のないイベントだな」

佐々木「日本人というのは実に発想豊かな民族だと思わないかい? 畏れ多くも聖人の生誕祭を恋人の睦事に結び付けてしまうんだから」

キョン「お祭り好きなだけだろ、きっと」

佐々木「たまには脱線せずに、本質に則った過ごし方も、アリだと思うけれどね」

キョン「本質? 教会のミサにでもいくってか?」

佐々木「それも含めてだけど、ヨーロッパでは家族と過ごすのが一般的らしいよ」

キョン「何、そうなのか」

佐々木「あれ、知らなかったとは意外だったな。雑学王の名が泣くよ?」

キョン「そう呼ばれたのはそもそも今が初めてだし後にも先にもそう呼ぶのはお前くらいのもんだ」

佐々木「くくく、後にも先にも、か。……ねえ、キョン」

キョン「うん?」


佐々木「僕らの先には、何があるんだろうね」


キョン「それは……」

佐々木「…………それは?」

キョン「…………あまりに抽象的すぎて、答えようがないな」

――佐々木宅


佐々木「いつも送ってくれてありがとう、キョン」

キョン「どういたしまして」

佐々木「…………」

キョン「どうした? 早く入らないと風邪引いちまう――」

佐々木「さっき、キョンはクリスマスが縁のないイベントだと言っていたよね」

キョン「あ、ああ。確かに言ったが、それが?」

佐々木「もしも、の話だよ?」

キョン「……うん?」


佐々木「縁のあるイベントにしようという気は、君にはないんだろうか」


キョン「…………」

佐々木「そう、たとえば、仮に、ともすると」

キョン「……………………」

佐々木「し、親友と共に過ごすクリスマスが、世の中に一つくらいあったって、神様は大目に見てくれると思うんだけど」

キョン(……この期に及んでそのポーカーフェイスっぷりは見事という他ないが、しかし声が震えてしまっているぞ、佐々木よ)

キョン(……つまりは、俺が震わせているということか。否、言わせているということか)


キョン(これは、胸にくるな。我ながら後の先が過ぎて、嫌になる)

佐々木「…………」

キョン「……その」

佐々木「なーんて、ね」

キョン「……佐々木?」

佐々木「くくく、季節感に因んだ冗談というのは、僕にはいささかハードルが高かったかな」

キョン「…………」

佐々木「戸惑わせてすまなかったね。今の発言はなかったことに――」

キョン「佐々木」

佐々木「……っ」ビクッ

キョン「……す」

佐々木「…………す?」

キョン「素晴らしい考えだ、天啓と言っていい」ガシッ

佐々木「…………え」

キョン(……嗚呼、くそぅ、言った。言ってしまった)

キョン「キャッキャウフフしている世のバカップル共を斜に見ながら、無二の親友と共にワイングラスを掲げて哲学を語らう」

キョン(もうだめだ、どうにも止まらん。何を言ってるかもわからん!)

キョン「いいね、いいじゃないか、実に心が踊るイベントだ。聖夜に相応しい高尚な行いだと俺が崇拝してやまないイエス様も必ずや顔を綻ばせてくれるに違いないぞ」

佐々木「…………」

キョン「だが、それができる場所を今から探すとなると一苦労だな。何しろもう12月に入ってしまっている」

佐々木「…………あ、う、うん、そうだね」

キョン(その目についた節穴でよく見やがれ! 唖然そのものじゃないか! なんつうザマだこのヘタレ! この不始末どうつけてくれんだ!)

キョン「お、俺一人で調べても見つからない可能性が高いからもしその気があるなら佐々木も一緒に探してくれるとありがたいんだが、どうだ?」

佐々木「…………」ジー

キョン「……はぁ……はぁ」

キョン(……くっ、そ、どっと疲れた。顔が熱い。今まで甘えてたツケが一気に来た。俺は……俺ってやつはぁっ!)


佐々木「もちろんだよ、キョン」


キョン「ああ、やっぱりそう来ると――――なぬ?」

佐々木「くっくっ、ひどいな。僕がそこまで薄情な人間だと思ってたのかい? 言いだしっぺなんだから協力は惜しまないさ」

キョン「……そ、そうか」

佐々木「……そ、それで具体的に、だ、段取りはどうしようか」モジ

キョン「……あ、いや、そうだな」

佐々木「…………」ジー

キョン(……駄目だ、とても考えを読むのに集中できん)

キョン「今日はもう遅いし、明日の放課後、俺ん家に来てくれるか。こういうのはネットで調べるのが常套だろ」

佐々木「君の家だね、わかった。必ず伺わせてもらうよ」マジ

キョン「お、おう」

佐々木「……でも、ふふ、正直、びっくりしたな」

キョン「……びっくりって、何がだ?」

佐々木「……それは、その」

キョン「…………」


佐々木「恥ずかしながら、キョンが根っからのキリスト教徒だとは、寡聞にして思い至らなかったんだ」


キョン「……そうか。なら、ひた隠しにしていた甲斐があったな」

キョン(これが、佐々木なりの照れ隠しだとわからない俺ではなかったが)

キョン(しかしその点を俺が追及できないとバレている以上、彼女の方が一枚も二枚も上手なのだろう)

本日は以上になります
次回更新は何とかクリスマスまでに

>>15
誘導了解です……って、げげ、まさかまだ残ってます?(汗

>>2訂正


――12月2日 某ファミレス


佐々木「キョン。もし僕が誰かに告白されたって言ったら、信じるかい?」

キョン「ああ、普通にあるだろうな」

佐々木「それは、どうして?」

キョン「お前が佐々木だからとしか答えようがない」

佐々木「くっくっ、なかなか興味深い意見だね」

キョン「そういや古泉は、十人中八人が一見して目を惹かれるってお前について言っていたっけ」

佐々木「それはそれは、光栄にして過分な褒め言葉だね」

キョン「そうか? 俺はそれ聞いたとき、妥当な評価だと感心したけどな」

佐々木「…………」

キョン「って、おい、なんで睨むんだよ」

佐々木「何となく。強いて言えば、君が本気でそう思っていそうだから」

キョン「それは、悪いことじゃないだろ?」

佐々木「そのくせ、自分が八人の側なのかあぶれた二人の方なのかを気にかけもしない」

キョン「……悪い。お前が何を言いたいのかさっぱりわからないんだが」

――佐々木私室


佐々木「…………ふぅ、やれやれ」ドサッ

佐々木「…………」ゴロン

佐々木「……いけない。先に電気を消しておくべきだった」ボソ

佐々木「…………」ゴロン

佐々木(校内で断れば、耳聡く口さがない生徒たちが各々噂を広めてくれるとは思っていたけれど)

佐々木(相手に想いを伝えるのは間接的にでさえ、心理的な保険をかけてさえ難しい)

佐々木(だけどまあ、それを加味しても、今日の私はそこそこ頑張ったと言えるかな)

佐々木(およそ望み通りの展開になったし、彼からあんな表情を引き出せたのも、初戦としては上々だ)

佐々木「……にしても、…………ふふ……くすくす」

佐々木(ああ、もう。思い出しただけで頬が緩んでしまうじゃないか)ゴロン

佐々木(私を――僕をこんなに浮つかせるなんて、弁護士を立ててでも謝罪と賠償を要求したい気分だよ、キョン)ギュウウ

佐々木「…………」トクントクン

佐々木(駄目だ、このままじゃ寝られそうにない。シャワーでも浴びてすっきりしよう)ムク

――ジャアアア


佐々木(…………)ワシャワシャ

佐々木(春頃に比べると、背が気持ち高くなっていたな。まだ成長期なのかな?)

佐々木(こちらも肉体的数値はそこそこ変化しているけど、今一歩という感は拭えない)ムニュ

佐々木(ま、比べる対象が悪いのもあるんだろうが)キュッキュ

佐々木(なんせ、彼の周りには魅力的な女の子が多いからね)ジャー

佐々木(取り分け、涼宮さんは実にそそる体をしている。同性から見てもなお)

佐々木(ない物ねだりは主義じゃないが、今度会ったらそれとなく食生活を聞いてみるか)

佐々木「………ぷぅ」キュッキュッ

佐々木(……彼の家に入るのは、二年振りだな)トクン

佐々木(さてさて、えっちな本の隠し場所は変わっているのかな?)

佐々木(君の趣味嗜好フェティシズムはどのように変遷しているのかな?)


佐々木(くっく、この僕が明日をこれほど楽しみにしてるなんて、中三の頃に舞い戻ったかのようだ)

――キョン自宅


妹「あ、キョン君お帰り~」

キョン「……はぁ、やれやれだ」

キョン(垂れ流した誘い文句のフォローまでさせてどうすんだか。男失格だろ)

妹「ちょっと~、ただいまくらい言ったらどうなのさ~」

キョン「はいはいただいま」

妹「心がまったくこもってな~い」

キョン「ぴーぴーうっさい。考えることが多すぎて頭がパンク気味なんだ」

妹「またテストの点が悪かったんだね。大丈夫、お母さんには黙っといてあげるから」

キョン「なんでいの一番にテストを連想した!? お前は兄をなんだと思ってる!」

妹「あれ、違うの? だとしたら、ほっほー、思春期の悩みってやつ? よかったら相談に乗るよ?」

キョン「ランドセル背負ってるガキが何を生意気な」

妹「ぶー、春には花の中学生だもん。それはそうとキョン君」

キョン「……なんだ」

妹「何かいいことでもあったの?」

キョン「……いや、特に思い当たることはないが、どうしてそう思ったんだ?」

妹「うーん、女の勘ってやつ? いつもより声の角が取れているというか、丸みがあるというか」

キョン「頼むから日本語喋れ。あぁ、そうそう、明日来客があるからリビング散らかしとくなよ」

妹「お客さん? 誰だれ? 私も知ってる人?」

キョン「佐々木って人」

妹「ええっ、佐々木さんって、あの佐々木さん!? そいつはびっくりだ! いつの間により戻したの!?」

キョン「戻すよりなんぞ初めからない! 何を勘違いしてるんだお前は!」

妹「そ、そんなに怒ることないじゃん」

キョン「……ああ、すまん。少し言いすぎた」

キョン(というか、ろくに顔を合わせたことのないアイツの名前をよく覚えていたな)

妹「でも、ふぅん、そっかそっか。佐々木さんか~」

キョン「……予め言っておくが、この件についてあることないこと言いふらすなよ」

妹「さもしいなぁキョン君、この世でたった一人の兄妹を信用できないなんて」

キョン「信用されるほどの何かを今まで俺に見せたことがあるのか。前科を忘れたわけじゃないだろうな?」

妹「前科って、……あっきれた。まーだあのこと根に持ってたの? キョン君」


キョン(お前が広めたその呼称を改めない限りは、未来永劫そうせざるを得ないだろうよ)

――12月7日 文芸部


ハルヒ「というわけで、毎年恒例SOS団クリスマス会の原案を出してもらうわ」

キョン(まだ一度しかやってないのに毎年恒例とはこれいかに)

みくる「原案ですか~。う~ん」

長門「……」パラ

古泉「いいですね、今回はどこで行うんですか? やはり部室で?」

キョン(……今日もSOS団は平常運行か。やはり平和が一番だな)

ハルヒ「それでも構わないんだけど、本棚とか元の位置に戻すのが何気に億劫なのよねえ」

キョン「ちなみに前回それを移動させたのは古泉と俺なわけだが」

古泉「ははは、二人で運んでも重かったですねえ」

ハルヒ「うっさいわねえ、男のくせにねちねちぐちぐち言ってんじゃないわよ」

キョン「……事実を指摘しただけでその言い草はどうなんだ?」ム

ハルヒ「何よ、ヒラが団長に逆らおうっての?」チッ

キョン「ヒラだろうが何だろうが、謂れのない批判を浴びせられる筋合いはない」

ハルヒ「へえ、今日はずいぶん絡んでくるじゃない」

キョン「…………」

朝比奈「あ、あわわわ、二人とも落ち着いて~」

ハルヒ「私は落ち着いてるわよ……って、そうだ! ねえ有希」

長門「…………」チラ

ハルヒ「有希のマンションに押しかけても平気かしら。余計な家具があまりないぶん飾り付け楽だと思うのよね」

キョン(……確かに長門の部屋は冬山並に殺風景だが、コイツの意見に同調したくはないな)

長門「……問題ない」パラ

ハルヒ「よし、決まりねっ!」

キョン「……家主が許可するなら文句もないが、いつやるんだ?」

ハルヒ「クリスマス会なんだからクリスマスに決まってるじゃない。正月にやれとでも言うワケ?」

キョン「そういうことじゃなくて、細かい予定を組みたいんだよ」

古泉「…………」チラ

ハルヒ「だったら最初からそう言いなさいよ。うーん、そうね、それじゃあ25日にしましょう」

キョン「25だな。長門は、都合は大丈夫なのか?」

長門「…………」コクン

ハルヒ「さあみんな、ありきたりの企画じゃ納得しないわよ。三日後までに最低一人一案、面白そうなのひり出しなさい!」

――昇降口


古泉「では、僕はこれで」ペコ

キョン「ああ、また明日な」


キョン(すっかり遅くなっちまったな。ハルヒのやつ、狙い打つように駄目出ししやがって)ガタン

キョン(……ん、メールが届いてるな。気づかなかった)


『17:37 今北口駅に着いた。 本文:なし』


キョン(件名だけとは味気ない。まぁ、らしいっちゃらしいが)

キョン(……着信は10分前か。徒歩だと30分弱はかかるし、急げば間に合いそうだ)

キョン(一応部屋は片づけてあるが、先んじるに越したことはない)カチカチ

キョン「送信、と……ん? あれ、もう一通来てる?」


『17:46 到着したよ。 本文:キョンの部屋に通されたんだけど、いいのかな』


キョン「よくねえ! つか、何のためにリビング掃除したと思ってるんだマイ妹っ!」ダッ


古泉「…………」スッ

古泉「……これは、クリスマスまでに一波乱あるかもしれませんね」

――ダダダダ、ガタン、トトトト、ガチャ!


キョン「……はぁ、はぁ」

妹「あ、キョン君おかえり~」

佐々木「やあ、お邪魔してるよキョン。ずいぶん早かったね」

キョン「……はぁ……はぁ」チラ

キョン(それは、こっちの台詞だ)ング

佐々木「この年頃で来訪者にお茶を出せるなんて大した妹さんだ。ご両親か君か、いずれかの薫陶の賜物かな」ゴクン

妹「えっへへ~、もっと褒めてもいいですよ~」

キョン(そのなけなしの心配りを、たまには兄であるところの俺にも向けてほしいもんだぜ)チラ

妹「それじゃあ佐々木さん、私はそろそろお暇しますね~」

佐々木「色々話を聞けてよかった。ありがとう」

妹「いえいえ、とんでもない。どうぞゆっくりしていってください。じゃあね、キョン君」パチ

キョン(……前言撤回、その手の気遣いは犬にでも食わせちまえ)

キョン「……はぁ、疲れた」

佐々木「息を切らすほど急ぐ必要はなかったのに。待たせたくないという気遣いはもちろんありがたいけれど」

キョン(それだけじゃないんだがな)

キョン「……つかお前、いつの間に陸上部にでも入ったのか」フゥ

佐々木「ないない。改札口を出た僕の目の前で、空車表示のタクシーが止まっただけのことさ」

キョン「この距離をタクシーとか。何つう贅沢な」

佐々木「鈍い僕にも直感や気まぐれが先行することはたまにあるんだよ。ついつい乗るしかないと思わされてしまった」

キョン「……初乗り710円の運命か。安いんだか高いんだか」

佐々木「蛇足だが、間にある信号に一度も引っかからなかったんだ。小さいながら嬉しいサプライズだよ」

キョン「……ワンメーターか。そいつは重畳だ」

キョン(押入れが開けられた様子は、なし。PCも、落ちたままだな)

キョン(焦って損した。よくよく考えれば、ログイン認証を突破しない限り管理者フォルダは覗けないじゃないか)

佐々木「大分ご無沙汰だったけど、妹さん、ちゃんと僕の顔を覚えていてくれたよ」

キョン「普通に名前も覚えていたぜ? お前みたいな強烈な個性は、忘れるほうが難しいと思うが」

佐々木「そう願いたいものだね。さあさあ、君も気兼ねしてないでおコタに入りたまえ。ほどよく温いよ」

キョン「俺の部屋で俺が気兼ねすべき理由など一つたりともないが、先に着替えさせてもらってもいいか」

佐々木「あっと、すまない。僕としたことがうっかりしていた。廊下に出ていれば――」ガタ

キョン「客なんだからくつろいでてくれ。五分で戻る」ドサ

佐々木「……了解。一日千秋の思いで待ち詫びてるよ」

キョン「いちいち大袈裟なやつだ。っと、そうだ、座布団ちゃんと下に敷いてるか?」

佐々木「くっくっ、見えない部分への配慮まで行き届いているとは、さすがは僕の親友だ」

キョン「はいはい、あまり期待値を見積もりすぎないでくれよ」


――バタン


佐々木「やれやれ、少しくらい本気にしてくれたっていいのになあ……」チロ

――コンコン


佐々木「はい」

キョン「すまん、ドア開けてくれるとありがたいんだが」

佐々木「了解、ちょっと待ってて」スク


――ガチャ


キョン「サンキュ」

佐々木「もう着替えたのかい。早いね」

キョン「制服をハンガーにかけて残りは洗濯カゴ行きだ。手間取るほうが難しい」ズイ

佐々木「お茶菓子まで用意してくれたのか。至れり尽くせりで恐縮してしまうな」

キョン「お歳暮の残りだ。余分にあっても腐らせそうだから遠慮しないで食ってくれ」コトン

佐々木「ふむ、そういうことならご相伴にあずからせてもらうか」スッ

キョン「そうしてくれ。――さて、ノート起動っと」ポチ

佐々木「……ところで、君がいない間、下が妙に騒がしかったけれど、何かあったのかい?」ハム

キョン「俺が居間で着替えているのを見て妹がぎゃあぎゃあ言ってただけだ」モグ

佐々木「……やれやれ、やっぱり出ていくべきだったようだね」

キョン「秋口までは入浴中なのも構わず風呂の扉を開けてきやがったくせに、急に色気づいてきやがった」

佐々木「来年には中学生だろう。お節介を承知で述べさせてもらうが、家族でもその辺の線引きはするべきだよ」

キョン「他ならぬ親友の言だ、一応心に留めておくよ」

キョン「……うーん。予想はしていたけど、なかなか厳しいな」

佐々木「みんな気が早いんだねえ。馴染みのない僕が言うのもなんだけど」

キョン「空きはないこともないが、休日でもないのにこの特別料金ってやつはどうもな」

佐々木「同感、商売にあこぎは付き物だけど、あまりに見え透いていると興が削がれてしまうね」

キョン「……このさい、落ち着いて夜景が見れる場所ならどこでもいいか」

佐々木「いっそ選り好みせずにファストフードや屋台で済ませてしまうのも一つの手じゃないかい?」

キョン「……いや、さすがにそこまで妥協するともうクリスマスって感じじゃないだろ」

佐々木「でもキョン、クリスマスの本質は自分ではない誰かと時間を共有することであって」

キョン「だとしても、二人で過ごす時間をより良くする努力は怠りたくない。失敗は取り戻せても時間は取り戻せないからな」

佐々木「…………」

キョン「……なんだ? 狐に抓まれような顔して」

佐々木「免疫力が低下の一途を辿っているみたいだ。弱ったな、感染力の低い言動にさえ危うさを感じてしまうよ」

キョン「なんだそれは。俺の脳にもちゃんと認識できるように言ってくれ」

佐々木「君が北高に行って良かった。初めて心からそう思えた気がするよ」

キョン「……またずいぶんと話が飛んだな。ますますわからなくなったんだが」

佐々木「要するに、接近しすぎて判別不明だった物の輪郭が、遠ざかったことでやっとおぼろげに見えてきたってところかな」

キョン「まるで巨大なものを見るときの理屈だな」

佐々木「まさしく、観察対象があまりに大きすぎて近距離では全体像を把握しきれなかった。二年越しで、それがやっと掴めた」スス

キョン「お、おい佐々木」ドキッ

佐々木「少しそちらに寄ってくれるとありがたい。光沢でディスプレイが見にくいんだ」

キョン「……だったら最初にそう言え。紛らわしい」ス

佐々木「紛らわしいって、何がだい?」ニヤニヤ

キョン(こいつ、絶対わかってて言ってやがるな)ムカ

佐々木「うーん。さすがにお寿司って気分ではないんだよねぇ」

キョン「まぁ、和食系はなるだけ避けたいな」

キョン(……ん、佐々木のやつ香水つけてるのか、っと、いかんいかん)ブルブル

佐々木「ひゃっ! ……ちょ、ちょっとキョン、変な風に動かれるとくすぐったいよ」

キョン「お、お前こそ変な声出すなよ」

佐々木「変とは失敬な。――――おや、これは? 空き有って表示されてるけど」

キョン「よく見ろ、それは宿泊付きのプラン広告だ」

佐々木「……ああ、それはさすがにまずいか。うちだとバレたら即退学だね」

キョン「……バレたらとか、そういう問題なのか?」

佐々木「おやおや、君は今いったい何を想像していたのかな? お姉さんに話してみたまえ」

キョン(……ちっとも動じねえし。ま、佐々木にそういう反応を期待するのも間違ってるか)

――帰り道


佐々木「申し訳ない、夕飯までご馳走になってしまうなんて」

キョン「こっちこそ、無理に引き止めてすまん。うちの親今日に限ってテンション上げ上げで、うるさかったろ」

佐々木「そんなことはないさ。何を隠そう、賑やかな一家団欒というのは僕の密かな憧れでね」

キョン(……あぁ、そっか。こいつの家って)

キョン「なら良かった。何ならまた夕飯時を狙って来い、お前みたいな聞き上手なら家族一同大歓迎だろ」

佐々木「君というやつは心をくすぐるのが実にうまい。もはや才能といっていいレベルかもしれないね」

キョン「おだてても何も出んぞ。出たところで知れてるけどな」

佐々木「……ところでキョン?」

キョン「なんだ?」

佐々木「自転車、今日はいつもより気持ちゆっくりめに走ってないかい? それとも、その、僕が重くなってたり?」

キョン「今年一番の冷え込みだからな。制服だと足がむき出しだし」

佐々木「……ぁ」

キョン「…………ん?」

佐々木「……いや、答えを聞くまで思いつかない辺り、僕もまだまだ修行が足りないようだ」コツン

キョン「勘弁してくれ、俺の立つ瀬を今以上になくすつもりかよ」

――キキーッ!


キョン「ほい、到着っと」

佐々木「いつもありがとう」

キョン「どういたしまして。それじゃ、またな」クル

佐々木「………ストップだ、キョン」

キョン「あん?」


――――ムギュッ


キョン「……っ」

佐々木「……ん。やはり、このほうが温かいな。冬場にはしがみ付くのもありかもしれない。ねえ、君はどう思う?」

キョン「……何のつもりだ? クリスマスはまだまだ先だぞ?」

佐々木「それは、クリスマスならこういうことも許されるといった解釈でいいのかな?」ギュウ

キョン「……ばっ、いい加減からかうのはよせ」

佐々木「あいにくだが、面白半分にこんな真似ができるほど老成してはいないよ」

キョン「……佐々木、お前」

佐々木「黙って……、お願い……、耳を貸して」

キョン「」ドキン

佐々木「……キョン」




『――パスワードを誕生日の逆打ちにするのだけはやめたほうがいい』

キョン「ぶっ!」バッ

佐々木「くくく、素晴らしい反応だ。記録媒体に残せなかったのが悔やまれるくらいだよ、キョン」

キョン「……さ、佐々木。お前、まさか」ワナワナ

佐々木「出不精かつ英語を苦手とする君のことだ。英単語やアナグラムの類はまずないだろうと踏んでいたけれど」

キョン「…………」

佐々木「しかし本音を言わせてもらうなら、解けた瞬間喜ぶよりむしろ唖然としてしまったよ」

キョン「お前! 俺のPC勝手にいじりやがったのか!」

佐々木「君の慌てふためく姿はいつ見ても味わい深いね。酢イカのようにずっと噛みしめていたくなる」

キョン「黙れ。どこまで調べた」ズイ

佐々木「おっと、いつになくおっかないな。そんなにヤバい画像が入っているのかい?」

キョン(……しらばっくれてるのか、それとも本当に知らないのか?)

佐々木「安心してくれたまえ。妹さんのうきうきしている様子を目にしている内に、妙に冷静になってしまってね」

キョン「……つまり?」

佐々木「駄目元というか、暇つぶしのつもりだったし。パスを設定している以上は誰かに見られたくないものがあるのだろうなと」

キョン「いいから結論を言え!」

佐々木「だから、断腸の思いでシャットダウンしたさ。何なら妹さんに確認してみるといい」

キョン「……本当だな? 本当の本当に本当だな?」

佐々木「いかにも、キョンと僕との間に培われた友情の勝利だよ」

キョン「それだったら解くの思い留まってくれたっていいだろうが!」

佐々木「そこまで動揺されると、逆に中身に興味を覚えてしまうのだが?」

キョン「……ぐぬぬ」

佐々木「というわけで、この件はおしまい。僕だって親友の信頼を損ねるような真似はしたくないし
万が一にも掃除中に息子が変態的な趣味に走っているのを知ってしまった母親の如き心境に置かれたらと考えるとそれはそれで憂鬱に――」

キョン「お前は友人を何だと思ってるんだ!」

佐々木「たとえ話じゃないか。あまりムキになるものではないよ。あぁ、それともう一つ」

キョン「……まだ何かあるのか」ギク


佐々木「壮大な建て前でも使わない限り、僕にああいった真似はまず無理だ。予行演習と思ってお目こぼししてくれると嬉しいな」


キョン「……予行演習?」

佐々木「やだなぁ、僕の口からそれを言わせる気かい? なかなかSっ気を発揮してくれるじゃないか」

キョン「……っ」

佐々木「……本番ではもっとうまくできるよう頑張るから。それじゃあキョン、おやすみなさい」フリフリ

本日は以上です
乙感謝でしたー

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