モバ春香・グリ春香「「わっほい!」」 モバP・グリP「「ファッ!?」」 (97)

モバ春香「ぷぷぷプロデューサーさんっ! 私ですよ! 私っ!」
グリ春香「わわっ! わ、私にそっくり……!」

モバP「……え、なにこれ。なんだこれ。春香がふたり……!?」





コズミックホラーです。
地の文アリ。
人によっては不愉快かも。

オナシャース

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モバP「え、えーっと……どうも、私はシンデレラガールズプロのモバPと申します」
グリP「ああっ、すいませんどうも、私は765プロのグリPです!」

モバP「って名刺交換してる場合じゃねぇーっ!」
モバP「オイどういうことだよ春香! お前双子だったのか!?」

モバ春香「ち、違いますよう! これはあれです、他人の空似ってやつですよ!」
グリ春香「居るもんなんですねえ……プロデューサーさん、ドッペルですよ! ドッペル!」

モバP・グリP「「声まで一緒だ……」」

グリP「しかし参りましたね……まさかこんなにそっくりな娘をプロデュースしてしまうなんて」
モバP「ええ、しかも見た限り性格や身振り手振りの癖、表情まで酷似してる」
グリP「これは……フフ……」
モバP「ええ、ふふふ、ビッグビジネスの予感がしますねえ……」

グリP「これだけ似通った2人ですからね……ユニットを組ませたら話題性は十二分」
モバP「声質も一致してるんだ、歌だってどんな効果が生まれるか……」
グリP「舞台で活かせば……」
モバP「戦隊モノとか……」
グリP「ぐふふ……」
モバP「ぐふふふふ……」

モバ春香「へぇー、あなたも天海春香っていうの!? 奇遇だね、私もなんだ!」


モバP「ぐふふ……、ふ?」

思い返せばこの時だった。始めて疑問を抱いたのは。
それまでは、自分が担当するアイドル「天海春香」と、全く同じ顔、全く同じ声、全く同じ身体つきのその少女に、大して疑問を抱いちゃいなかった。
この業界に居れば、まあ、そういうこともあるだろうって、最初はそんなふうに思ってたんだと思う。

だが、そんな思いはすぐに消え去ることになる。

彼女――765プロ所属のアイドル「天海春香」。
年齢17さい、身長158cm、体重46kg、誕生日は4月3日のおひつじ座。
スリーサイズは上から83、56、82。
血液型はO型。
趣味はカラオケに長電話、そしてお菓子作り……。

彼女のプロフィールは、まるでコピーしたかのように、俺の担当するアイドル……。
すなわち、CGプロの「天海春香」と完全に一致していた。

一番ゾッとしたのはプロフィールの一番下に書かれた彼女のサインだ。
765プロで書かれたであろう「天海春香」の直筆のサインの写し。
CGプロで、かつて俺の目の前で書かれた春香のサインの写し。
それらを重ねて、光にかざすと……

……少しのズレもなく、完璧に一致するのだ。


あまりの薄気味悪さに引きつる俺達Pの前で、春香たちは良くわからない、という顔で笑っていた。

モバP「ってことがあったんですよ! ちひろさん!」

ちひろ「頭でも打ったんですか? 塗り薬にもお買い得なエナドリがおすすめですよ!」

モバP「平常運転かよ! ほんとちひろはちひろだな!」

ちひろ「は、はあ?」

ちひろ「で、でもですね、そんな夢みたいな話信じられませんよ。夢でも見てたんじゃないですか?」

モバP「そんなことないですって、写真だって……ホラ!」

ちひろ「うわあ……」

モバP「ね?」

ちひろ「本当にそっくりですねえ」

モバP「……どう思います?」

ちひろ「……うーん……すいません、私じゃ何がなんだか」

モバP「そうですか、そうですよね……」

モバP「他の奴らも待ってますし、とりあえず俺は仕事行ってきます」

ちひろ「そうですか。私の方でも、出来る限り調べておきますね」

モバP「お願いします」

モバP「……よーし、仕事だ仕事」

モバP「邪念は邪魔だ、プロデュースに集中、集中!」



モバP「…………」



モバP「はあ……」

ガチャ

モバP「うーっす、みんないるかー?」


みく「あっ!! Pチャン助けて! みんながいじめるにゃあああ!!」

モバP「はあ?」

幸子「いや、別にいじめてるわけじゃないですよ? ただその、キャラを考えたら当然のことかなっていうだけであって」

みく「みくのはキャラとかじゃないにゃあ!!」

菜々「あーん! なんでもいいから早く退治してください~っ!」

モバP「待て待て、話が見えないぞ。何があったんだ?」



春香「事務所にネズミがでたんですよっ、プロデューサーさんっ♪」



モバP「……春香」

正直、春香に対する疑念というか、薄気味悪さは全く拭えちゃいない。
だがそれをここでオープンにしたところで、春香にとって、他のアイドルにとって、プラスになることはないだろう。

モバP「ネズミぃ? やだなあ」

菜々「真っ白くてちっちゃいヤツです! ちょろちょろっ! ってぇ!」

幸子「だから言ってるじゃないですか、ネズミ退治なら猫だ、って」

みく「なんでそこでみくを見るのにゃ!!」

モバP「あーはいはい、アイドルがネズミなんてばっちぃもの触っちゃいけません」

モバP「俺が何とかしとくから、お前らはさっさとレッスン行く!」

みく「さすがPチャンにゃ! 出来るオトコにゃあ♪」

菜々「お、お願いします~っ!」

モバP「おーう」



菜々「あ、Pさん! これあげますね!」

モバP「ん? なんですかこれ」

菜々「ウサミン星からのおみやげです! こないだのオフのとき、帰省してたので!」

モバP「……石じゃん」

菜々「ウサミン星の石ですよ! 最強の電波お守りですっ!」キャハッ

モバP「は、はぁ……」



春香「……じゃあ、行ってきます、プロデューサーさんっ」



モバP「……おう」

……結局ネズミは捕まらなかったが……
それからの日々は、それまでの日々と、同じように過ぎていく。
営業、LIVE、イベント……。
まだ駆け出しの春香には、それほど衆目に触れるような仕事は回ってこない。
それは「向こうの春香」も同様なのか、あれ以来「彼女」を目にすることはなかった。
グリPやちひろさんからの情報も芳しくない。
ていうかちひろさんはどうでもいい情報を口実にドリンクを売り込みに来やがる。悪魔め……。

そして、時間が経つにつれて俺の心境は変わってきた。
案外そんなこともあるんじゃないのか、と思えてきたのだ。
世界には60億人もの人間がいる。
同じようなプロフィールを持つ、似た顔の2人なんて、探せばいくらでもいるはずだ。
それがたまたま出会ってしまっただけなのだ。
そうやって割り切ってしまえば、すぐに春香に対しての疑惑も忘れて過ごせた。

……あの日までは。

モバP「…………」

モバP「…………」

モバP「…………」

モバP「……はっ!?」



モバP「うー、いかんいかん、寝ちゃってたか」

モバP「仕事は忙しいし、金欠だし」

モバP「はあーあ、疲れたなー」

春香「あっ、プロデューサーさん! お疲れ様です!」

モバP「おっ、春香か。今までレッスンしてたのか?」

春香「はいっ! 新しいダンスがなかなか覚えられなくて……」

春香「プロデューサーさんもお仕事ですか?」

モバP「ああ、まあ……いや、寝てたんだけどさ」

春香「あはは、疲れてるならしっかり休まなきゃ駄目ですよー」

モバP「わかってる、わかってるんだがなー……ふわああ」

春香「それ……」

モバP「ん?」

春香「それ、今度のライブのセットリストですか?」

モバP「ああ、そうだよ。と言ってもいつもどおりだけどな」

春香「ほうほう」

モバP「あんまり見て面白いもんでもないぞ……」

春香「いやいや、こうして書面で見ると何か新鮮ですよ」

春香「ええと、トップバッターが幸子ちゃん、次がみくちゃんで、そのあとが私」

春香「ああ、それでその次が私、菜々さん、で、最後にみんなで一緒、と」

春香「ふむふむ」

モバP「ふんふん……んっ?」

春香「む?」

モバP「あれ? 俺ミスったかな……」

春香「ほえ? 何がですか?」

モバP「いやほら、順番順番」

モバP「三曲目が春香で……四曲目も春香だ。曲のイメージに合わせて衣装も替えなきゃいけないのに」

春香「駄目なんですか?」

モバP「いや、駄目だろ」

春香「何でですか?」

モバP「何でって……着替えの時間分、観客を待たせなきゃいけないからなあ」

春香「何でですか?」

モバP「なん……え?」

[ホットサマーシトラス]天海春香「簡単な事ですよ、プロデューサーさん! 3曲目を私が歌って」


[シャイニーフェスタ]天海春香「……4曲目を私が歌えばいいんです」

モバP「…………え?」

モバP「えっと……そっちの……あれ、君は、765プロの……?」



[ホットサマーシトラス]天海春香「765プロ? 何言ってるんですか?」

[シャイニーフェスタ]天海春香「私は私ですよ、プロデューサーさん! あなたの、あなただけのアイドル……」



天海春香「「アマミハルカ、ですよ」」

……悲鳴を押し殺すことはできなかった。
俺の目の前には2人の天海春香が居た。
オレンジの衣装を着た天海春香と、銀色のジャケットを着た天海春香……。
何度もライブで見た衣装だ。見間違えるはずがない。
そこに居たのは、どちらもまぎれもなく、「CGプロの天海春香」だった。

モバP「ち、違う! 天海春香は……俺の春香は、2人も居ない!」

モバP「春香は……春香は普通の女の子だろ!? ただの、どこにでも居るような普通のかわいい女の子だったはずだろ!」

モバP「それを、俺がトップアイドルにしてやるんだって、そう思って、だから……だから……!」



春香「「や、やだもープロデューサーさんったら……」」



照れる春香は、どう見てもいつもどおりにしか見えない。
衣装が違うだけで、どちらの春香も俺が今まで接してきた天海春香そのものだ。
どちらにも何の違和感も感じられない……ただ『2人居る』だけだ。
おかしい……こんなのは絶対におかしい。俺の頭がおかしくなったのか?
今までの営業だって、LIVEだって、ちょっとした事務所内でのひとときだって、春香は1人だ!
1人だけだったはずだ!

モバP「!!」



モバP「う……っ」ゲロォ! ビシャア!



春香「きゃあ!? プロデューサーさんっ!?」

春香「どうしたんですか!? 具合、悪いんですか!?」



気づいた瞬間、衝撃で俺は胃の内容物を勢い良く吐き出していた。



モバP「2人だ……」



春香「ふたり?」

モバP「何で、何で今まで気づかなかったんだ……2人だ! 2人いた!」

モバP「最初から……LIVEも! 営業も!! ドイツツアーの時だって、アイサバだって!」



モバP「天海春香は、最初から『2人居た』!!」



モバP「何だ!? どうなってるんだ! どうしてこんなことが……いや」





モバP「どうして俺はそれに疑問を感じなかったんだ……!?」





春香「落ち着いてください、プロデューサーさんっ! あの、いまあっちの私がちひろさんを呼んできてますから!」



モバP「よっ、寄るなッ! 触るな――ッ! お前、お前らは何だ!? アイドルって……う、ウワアアアあーっ!!?!?
!」



モバP「ハァ、ハァ……そうだ、だんだん思い出してきたぞ……幸子だって、みくだって……」

ガチャ
ちひろ「Pさんっ!?」


モバP「ちひろさん……! 何ですか、ここは何なんですか! 人が増えたり減ったり……」

ちひろ「えっ、えっ? どういうことですか!?」

モバP「春香ですよ! 見てください、あれを!」

ちひろ「あれ……?」

モバP「春香は2人居ます。2人居るんです!」

モバP「今までLIVEでも、営業でも、あいつはいつも2人居たんです!」

モバP「同時にステージに立ったことさえあったのに! その写真も撮ったってのに!」

モバP「俺はそれに違和感すら感じていなかった……!」

ちひろ「はあ、あの……それの、どこがおかしいんですか?」

モバP「どこ!? どこがって、それはもちろん……あれ?」



ちひろ「ねえ、プロデューサーさん。アイドルが2人居て……何か問題でもあるんですか?」



モバP「!!」

この時ちひろさんは、ひどく冷たい目をしていたのを覚えている。
俺はこの時理解した。
この異常な状況を仕掛けた人間が居るとするなら……
ちひろさんは、間違いなくそっちサイドの人間だ!

モバP「クソッ!」

春香「ぷっ、プロデューサーさんっ!?」

ちひろ「…………」


恐怖心と猜疑心は限界まで膨れ上がり、俺は一目散に逃げ出した。
事務所を飛び出して、一路765プロへ。
同じ立場であるグリPのところへ行かなくてはならない。

超高層ビルの中に、目指す765プロはあった。
名刺を頼りに何とか事務所を見つけると、一も二もなく飛び込んでいく。
この時の俺は、とにかく必死だった。
恐怖から逃れたくて、一人でもいいから味方を見つけたかったのだ。

俺を出迎えたのは事務員だった。
胸のプレートには音無小鳥、と書かれている。

小鳥「きゃあっ!? えっ!? お、お客さまですか!?」

モバP「グリPはどこだッ!」

小鳥「ひぃっ! ぷ、プロデューサーさん、ですか……? あの、失礼ですがあなたは……」

モバP「……俺はモバP、CGプロのプロデューサーだ」

小鳥「し、CGプロ……ですか? どうして?」

モバP「どうして? ……仕事の話だ、緊急なんだ! 早くグリPの居場所を教えろ!」

小鳥「分かりました……えっと、今呼んできますから……」

小鳥「あの、お茶とコーヒーはどちらが……」

モバP「あんたは居場所だけ言えばいいんだ!!」ガァン!

小鳥「ぴっ!」

思い切り壁を殴りつけると、事務員は萎縮して、部屋の奥の扉を指さした。

小鳥「あぅ、お、奥のレッスン室です……そこに居ますから……」

モバP「…………」

礼も言わずに扉へ向かった。
事務員にはもう信用はおけない。
この時の、その判断は間違ってはいなかったと言える。
惜しむらくは時間だ。

俺は間に合わなかったのだ。

ガチャ
モバP「……何だこの匂い……うっ!?」

レッスン室は甘いような酸っぱいような、どことなく覚えがある匂いで満ちていた。
……そして、部屋には人もまた満ち満ちていた。
同じ顔、同じ身体つき、同じ仕草、同じ声……。

アイドルだ。


まつり「ほ?」

まつり「お客さまなのですか?」

まつり「おかしいのです」

まつり「この部屋には人は入れないように、って小鳥さんには言っておいたはずなのですよ?」

まつり「ほ? 侵入者、なのです?」

まつり「ここには入っちゃ駄目なのです……ね?」

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

まつり「ほら、立つのです。あなたは姫のプロデューサー、なのですよ?」

まつり「もっと頑張ってほしいのです……ね?」

まつり「スパドリならまだあるのです! キャンディだって」

まつり「ほ? やーんなのです。そんなとこ触っちゃだめ、なのです」

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

部屋を埋め尽くす緑髪の女……グリPからはメールで聞いたことがあった。
彼の担当するユニットのセンターを務めるアイドル、徳川まつりだ。
ぱっと見ただけで20人以上はいただろうか。
その彼女たちは、入口付近で俺に気づいた数人を除いて、皆が部屋の中心点を向いている。
まるで磁石に集まる砂鉄のように……人間味を感じさせない機械的な光景だった。
その中心に、おそらくグリPが居るはずだ。
彼を助けるのならば、この緑色の海を超えなくてはならない。

まつり「きゃあ! 乱暴はやめて欲しいのです!」

まつり「ほ? 暴漢なのです? まつりはみんなの姫なのです! あなただけのものにはなれないのです……ね?」

腕を突っ込んでかき分けていく。
ウミウシみたいな柔らかい感触と、マシュマロみたいな甘ったるい匂い……。
……おぞましさしか感じられない。

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

モバP「グリPィ――ッ!! うっ!?」



グリP「まつ……りちゃんっ……ちゅばっ……まつり姫ぇ……ふへ、フヒヒ……じゅる……」

まつり「あっ、はっ……もう、プロデューサーさんったら、んっ、激しいのです……んきゃぅっ!」

やがて、俺は部屋の中心へとたどり着いた。
そこにグリPは居た。
全身を何かの液体で濡らし、徳川まつりの中の1人を押し倒し、抱きしめてその顔を舐めしゃぶっている。
その目にはもう尋常な光は宿ってはいない。
漂う甘酸っぱい匂い。
周囲のまつりたちが手にしている小さなガラス瓶。
蓋が開いたその空き瓶のラベルには、稲妻がデザインされている。

モバP「グリPっ、グリPっ! しっかりしろ、何やってんだよ!」

グリP「フヒッ、ふぅっ、ん、んん? 何? なんだよ?」

モバP「グリP、俺だ! モバPだ! わからないのか!?」

グリP「モバP? ああ、お前か! ははは、見てくれよ俺のアイドル達を!」

グリP「可愛いだろ? 可愛いだろ!? ……可愛いって言えよっ!!」

モバP「その前におかしいだろ! 気づけよ! この部屋の中に一体何人徳川まつりが居ると思ってんだ! 異常だと思わないのか!?」


グリP「異常?」



グリP「何でそんな風に思うんだ? 全部俺がコンプしたまつり姫だ。俺が集めた、俺のまつり艦隊だ!」

グリP「被りもしたけど、可愛いまつり姫をレッスンになんか使えないもんなー!」

まつり「ぷ、プロデューサーさん……照れるのです……ね?」



モバP「クソッ、だめだ、すっかりおかしくなっちまってる……」

一体何が原因だ?
初めて会った時には、春香が2人居るという異常さに気づけていたんだ。
同じプロダクション内での被りは気づけないのか? 実際俺も、ずっとそれが自然だと思っていた。
……なぜ俺は気づけてしまったんだ?

考えこむ俺の頭に、突然冷たい液体が降り注いだ。

モバP「うわっ……何だっ!?」

まつり「あなたも、アイドルのプロデューサーなのです……ね?」

まつり「疲れてしまって、プロデュース業ができていないようなのです」



まつり「だから、まつりからのおつかれさま、のスパドリなのです!」



彼女の手には空になったガラス瓶。稲妻のモチーフ。
どこか覚えがある匂い。これは……。


モバP「エナドリと同じ匂いだ……!」

モバP「グリPはこれを全身に撒き散らされて……それでこんな状態になったのなら……」

モバP「このドリンクは……」



小鳥「そう、そんなことにまで思い至るなんて……とんだ失態だわ、ちひろさん」

モバP「お前はっ!」

小鳥「あなたの考えている通りよ。この事務所におけるスパークドリンク、あなたの事務所におけるエナジードリンク……それらは殆ど同じモノ」

小鳥「強い抗不安剤と幻覚剤が、研修期間中に施された催眠暗示を強固に保持させる」

小鳥「プロデューサーの『管理』には絶対に必要なモノよ」

モバP「俺がこの異常な状況に気づけたのは……金欠でエナドリを飲んでいなかったからか」

小鳥「ふぅー、やあね、貧乏なプロデューサーなんて。でも最底辺の無課金Pでもフォローはしなくちゃいけない。これが『組織』の辛いところか」

モバP「お前は……お前らは、何なんだ? 何が目的でこんなことを……」

モバP「それにこのアイドルたちもだ、一体どういう仕組だ!」

小鳥「それは、あなたが知らなくていいことよ」



小鳥「さあ、アイドルたちよ、やってしまいなさい!」

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

まつり「ほ?」

まつり「ほ!」



モバP「チィッ!」


その瞬間、部屋中の徳川まつりがスパドリの小瓶を投げつけてきた。
俺はとっさに手近なまつりを盾にして、ちょっとした準備を進めておく。

まつり「あう、瓶が、瓶が当たっていたいのです!」


悲鳴を上げるまつりの背後で、割れた瓶の破片を探る。
ちょうど手近なものが見つかった。鋭く尖った先端は、人1人殺すには十分なものだ。


小鳥「盾にされているのが分からないのですか! 早くしゃがむなり避けるなりすればいいでしょう!」

小鳥「これだから造り物のアイドルは……!」



モバP「動くな!」

小鳥「!?」

モバP「動けばコイツがどうなるか……さあ、道を開けろ!」



グリP「うっ、おいおい、なにしてるんだ一体……こんな冗談……」

モバP「黙れ!!」



モバP「さあ、金払いのいいプロデューサーだぞ! 殺されたくなかったら早く道を開けろッ!!」

俺はグリPの喉元にガラス片を突きつけている。
あの事務員の話から察するに、コイツはスパドリの購入に金を惜しまないタイプだ。
彼女にとっては失いたくない人材だろう。


小鳥「くっ……いいわ。みんな、道を開けなさい」


彼女の命に従い、緑色の海が割れる。
俺はグリPを引きずるようにして、レッスン室の出口へと向かった。



小鳥「逃げきれるとは思わないことね。あなたが思っている以上に、私達組織の規模は大きい」

小鳥「それに……あなたは勘違いしている」

小鳥「この世界で、最も幸せな生き方はプロデューサーをすることなのよ」

小鳥「プロデューサーは、素質のある限られた者にしか付けない職業」

小鳥「そこから逃げて真実を知ることは、それはただの不幸……」



小鳥「この世界は私達に優しくはないのだから」



今思えば、背後から聞こえるその声は、どこか悲哀をまとっていたように思う。

彼女たちから十分に距離を置いたところで、グリPを解放して走りだした。
今度は行き先も分からない。
味方もいない。
ただ、恐怖だけが脚を突き動かしていた。
こんなおぞましい世界でのうのうと生きていたことが、俺には恐ろしくて仕方なかった。

モバP「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ」

とりあえず人混みの中に、と考えて渋谷まで来た。
ここには仕事で何度も来たことがある。
俺が逃げ込んできた時にも営業をしているアイドルたちがちらほらと目についた。
見つからないように気をつけないとな……。

モバP「ん、あれは……徳川まつり、か……?」

人に見つからないように気をつけながら少しずつ近づく。
徳川まつりともうひとりのアイドルが、CDの販促をしているようだった。

茜「ねぇねぇプロちゃんっ、こんなところで茜ちゃんが出てないCDの販促なんてつまんな~い!」

茜「もっと茜ちゃんが目立てるお仕事しようよー! ねぇねぇねぇねぇ~!」

まつり「そんなこと言っちゃ駄目なのです。まつりたちはまだ下積みなのです……ね?」

茜「むぅ~! あっ、そこのお客さ~ん! カワイイカワイイアイドルの茜ちゃんっだぞー!」

まつり「あっ、勝手に……駄目なのです!」

茜「えっ!? 茜ちゃんのこと知ってる!? おおー、お客さんなかなか見る目が……え? 日野茜? ちっがーう! 茜ちゃんは、野々原茜ちゃんだよー! もう信じらんなーい!」


彼女たちに構われているのはグリPとはまた違うプロデューサーだ。
……つまり、複数のプロデューサーに同一のアイドルがあてがわれているということだ。
こんなことがはたしてまかり通るのか?
ファンはどういう理解の仕方をしているんだ?
まさかファン全員にエナドリを飲ませるようなことはできないはずだ……。

ガチッ
モバP「!!」

モバP「開かない……」

モバP「なんだ……? この喫茶店、やってないのか?」

モバP「いや、こっちのレストランも、オフィスも、コンビニも……」ガチャガチャ

モバP「どの扉も開かないな……」



背筋を冷や汗が伝う。
まさか……。

モバP「全部……セットなのか……?」

モバP「この渋谷の街並み全部、アイドルの営業のためだけに用意された書割だってことなのか……?」


小鳥(あなたが思っている以上に、私達組織の規模は大きい)


モバP「嘘だろ……」

奇妙なことに、なんども通っているはずのこの街から帰る道順を、俺は全く覚えていなかった。
いつも回る道順を、逆向きに辿って行くと、街並みは唐突に終わっていた。
そこにあったのは巨大なコンクリートの壁と、観音開きの大きなドア。
ドアにはポップな字体で、社名が記されている。


モバP「アイドルマスター、シンデレラガールズ&ミリオンライブ……」

モバP「アイドルマスター……?」


そのロゴは、「シンデレラガールズプロダクション」ではなかったが。

ここに来た時には、こんなドアを通った覚えはない。
どうやらまだ、エナドリは抜けきっていないようだ……。
ドアをくぐり抜けると、冗談みたいに広々とした空間に出た。
俺が出たのと全く同じ大きさのドアが、いくつもいくつも並んでいる。
そのドアには原宿、秋葉原、池袋……と、アイドルたちと回った仕事場の名前が貼られている。
広島や沖縄、北海道など、飛行機を使わなければ行けないような場所も平然と並んでいた。

モバP「……ドイツ行った時もだけど、飛行機乗った覚えないもんな……」

しかし、仕事で回った街すべてがシンデレラガールズプロの所有物だったのだとすれば、もう逃げる場所は思いつかない。
……覚悟を決めることにした。
逃げまわるより、真実を知ろう。
俺が一体何に関わっていたのか、それだけは追求しよう。

……LIVE会場では、微動だにしない観客の書割の前で、アイドル達が歌と踊りを披露していた。
名前は知らないが、同じ顔のアイドルが3人混じっている。
これで確定した。

モバP「ファンなんか居なかったんだ……プロデューサーたちがみんなエナドリで騙されているだけで……」

モバP「つまり、奴らの目的はファンを増やすだとか、ファンにグッズを買ってもらうとかではないってことだ」

モバP「俺達にこんなことさせて、一体どうしようっていうんだ……?」

見ていると、LIVEバトルに勝利したプロデューサーの元へ、前川みくが走り寄っている。
この展開は……

チャーント、セキニントッテヨネ!
サァ、ミクヲトップアイドルニシタテアゲルノニャ!

強烈な既視感。
ビデオのリプレイを見ているかのようだった。
ちょっとしたやりとりの後、前川みくはその新人プロデューサーの元へ転がり込んでいった。
それは、俺がかつて体験したものと全く同じ。
やつらが用意したイベントのようなもの、だろうか。


モバP「あの衣装のみくは……どうしたんだっけ……」

モバP「確かみくも一時期2人居たはずだ」

モバP「でも今は1人しか居ない」

モバP「いつ減ったんだっけ……?」

モバP「確か……」

幸子「プロデューサーさんっ」



モバP「!!」

幸子「ふふ、どうしたんですか? 怖いカオして」

モバP「幸子……どうしてここに」

幸子「ちひろさんに聞いたんですよ!」

モバP「ちひろさんに……?」

幸子「こんなにカワイイボクのことをほったらかして、こんなところでなにしてるんですか!」

モバP「いや……これはだな」

幸子「あっ、敵情視察ってやつですね? なるほど、さすがはボクのプロデューサーですね……」

モバP「幸子……」

幸子「でも、あなたにはボクの可愛さを全国……いや、全世界に広めるっていう使命があるんです!」

幸子「そのためにつきっきりでそばに居てくれなきゃダメなんですよ!」

幸子「さぁ、行きますよ」



差し出された手。
これは、救済の手なのだろうか。

幸子「? プロデューサーさん?」

千川ちひろがこの場に幸子を送ってきたというのは……。
今この手を握って、エナドリを飲んでプロデュース業に戻れば……そうすれば許してやる、という意味なのだろうか。
幸子はいつもどおりのドヤ顔でこちらに手を伸ばしている。
俺がその手を取らない、などということは微塵も考えていないような、俺のことを信頼しきった表情だ。

モバP「………………すまない」

幸子「えっ? プロデューサーさん? 何を……」

モバP「すまない幸子。俺はもう、お前のプロデュースはできない」

幸子「……えっ」

モバP「…………」

幸子「そんな、そんなの、だめ、ダメですよ! なにを言ってるんですかプロデューサーさん!」

幸子「いくらボクがカワイイからって、そんな嘘ついちゃダメです!」

幸子「ほら、早く行きましょう! 事務所でも、ライブでも、ぷ、プロデューサーさんが手を引いてくれるならボクはどこにだって行けるんです……空だって飛べるんですよ!」

幸子「でも……でも、プロデューサーさんが居なきゃダメなんです……」

幸子「……ボクのプロデューサーは、プロデューサーさんしか居ないんですよ!」

モバP「幸子……」

幸子「プロデューサーさん……覚えてますか? この会場で、初めて会った時のこと……」

幸子「セルフプロデュースでアイドルしていたボクを、あんなにけちょんけちょんに負かして」

幸子「その日のうちに無理言って、プロデューサーさんのところに転がり込んだんでしたっけね」

幸子「……まだ、あの日の責任は、取ってもらってないんですからね?」



モバP「…………さち、こ?」

幸子「プロデューサーさん……覚えてますか? この会場で、初めて会った時のこと……」

幸子「セルフプロデュースでアイドルしていたボクを、あんなにけちょんけちょんに負かして」

幸子「その日のうちに無理言って、プロデューサーさんのところに転がり込んだんでしたっけね」

幸子「……まだ、あの日の責任は、取ってもらってないんですからね?」



モバP「…………さち、こ?」

ヒェ、規制表示に嘘つかれた

一瞬で、心が冷えた。
この娘は何を言っているんだ?
幸子と初めて会ったのは埼玉だったはずだ。
この会場じゃない。
何度も何度もLIVEバトルで戦って、その可愛さにやられた俺がスカウトしたんだ。
この会場で、会ったその日に転がり込んできたのは幸子じゃなくて……。

俺は……あの日、ここで会ったあのみくを……
幸子の『特技のレッスン』のために……

幸子「……? どうしたんですか、プロデューサーさん?」

幸子はこてん、と可愛らしく小首を傾げた。
どこか見覚えのある、猫のような仕草だった。

モバP「う、うわああああああああああああっ!!」

どこをどう走ったものか、全く覚えていない。
気が付くと俺は、同じような扉が等間隔で並ぶ長い廊下に立っていた。
壁は病的なまでに白い。
扉には「シンデレラガールズプロダクション」、そして8桁の数字が記されている。
その扉には見覚えがあった。いつも出勤時に俺が開ける扉だ。
エナドリの効果だったのだろう、この異常な廊下には全く見覚えがない。
1人のプロデューサーにそれぞれ1つの事務所が与えられていて、数字はおそらく管理番号だろうか。
頭がおかしくなるようなスケールだ。
俺はいったいどんな組織のもとで、何のためにあのプロデュースごっこをしていたのだろう。

ふと視界の端に、動くものを見つけた。
真っ白い小さな生き物……

モバP「ネズミ……? いや違うな、ウサギだ」

ウサギは壁に溶け込んでしまいそうなほど真っ白で、そのなかで血のように赤い目が、ぎょろりとこちらを見据えている。
赤い目が俺を見ている。
俺は目を離すことができない。

魅入られたように、俺はそのウサギから目を離すことができない。

ウサギは背を向けて歩き出す。

俺は、フラフラと、その後を追って、歩き出す。

やがて辿り着いたのは廊下の端に設置されたエレベーターだった。
ボタンを押す。上へ。

やがて、軽やかなベル音とともにエレベータの扉が開いた。
乗り込む。
ボタンを押す。515階、最上階へ。


開いたドアの先に待っていたのは、千川ちひろと音無小鳥だった。
薄暗い空間を、彼女たちのもとへと、ゆっくりと歩いて行く。
ちひろは笑っている。

モバP「痛っ! って……な、何だここは」

不意に走った痛みで俺は正気を取り戻した。
どうやらポケットに入っていた石が太ももに刺さったらしい。

小鳥「あら? あのレベルの電波洗脳が解けるなんて……」
ちひろ「もう、ちゃんとしてくださいよ小鳥さん」
小鳥「なっなによーっ、そもそもちひろさんの管理不行き届きじゃないですかぁ」
ちひろ「うっ……」

モバP「な……」

モバP「何だこれは……!?」

それは、ある意味予想通りの光景だった。
それでも、そんな現実があるわけない、と頭の何処かで否定してきた光景だった。

たくさんの水槽のなかで、アイドルたちがエナドリ色の液体の中、培養されている。
想像と違って裸ではない。服ごと培養されているらしい。



小鳥「はあ、あなたの想像通りですよ」

ちひろ「ここはアイドル培養プラント。プロデューサーに配られるアイドルを、造り出すところ」

小鳥「クローニングと洗脳装置が、造りたてでもすぐに使えるアイドルを会社に補給してくれます♪」



ちひろ「あとはレッスンとか、売却とかで要らなくなったアイドルを潰す装置も兼ねていますね」



モバP「レッスン……」

ちひろ「ああ、思い出したんですか。そう、『レッスン』です」

ちひろ「アイドルの身体をすり潰し」

ちひろ「経験という『記憶』だけを取り出して」

ちひろ「もう一人のアイドルにその記憶を植え付ける」

ちひろ「アイドルの人格を効率よく成長させ、その特技をさらに活かせるようにする」

ちひろ「私達が用意したサービスの中の1つですね」



モバP「うっ……」



そうだ、思い出した。
俺は、あのみくを……幸子のために『消費』したのだ。
みくはあの日から1人、居なくなった。

モバP「サービス……って言ったな」

モバP「最初から完璧なアイドルを用意しないのも」

モバP「ファンの居ない会場でライブをさせるのも」

モバP「全部そういうことか」



ちひろ「ええ」

ちひろ「私達シンデレラガールズ・プロジェクト、及び」

小鳥「ミリオンライブ・プロジェクトは、アイドルをプロデュースする芸能事務所などではない」

ちひろ「アイドルのプロデュース業を簡易化し」

小鳥「サービスとして提供する」

ちひろ「つまり、私達の顧客はファンではなくあなたがたプロデューサーです」



小鳥「プロデューサー間の競争を煽り、射幸心を煽り、グリーコインを」

ちひろ「モバコインを吐き出させる」

ちひろ「それが目的なんですよ!」

モバコイン……そういえば、たまに気づくと財布に入っていることがある。
小鳥が言っていたプロデューサーの素質、ということだろうか。


モバP「そんなものを……どうするつもりだ」


ちひろ「それは……っと、もうこんな時間ですね」

モバP「え?」

ちひろ「いやあ、あなたにネタばらししてその不細工な顔眺めてるのも楽しいですけど」

ちひろ「結局すぐ忘れることになるんです。無駄な時間、ですからね」

ちひろ「次のイベントの準備もしなくちゃならないし……」



ちひろ「プロデューサーさんの冒険はこれでおしまい、ですよっ」



モバP「くっ……」

……大丈夫だ。
この展開、俺がやつらの最深部まで踏み入って大ピンチに見えるが、実際に俺の目の前に居るのは女2人。
障害物だらけのこの空間ならば、逃げることは容易い。
まずはこの培養槽の後ろに逃げこんで――

ちひろ「全く……こうも予想通りの行動だと嬉しくなってきちゃいますね」

ちひろ「さ、そっちに行きましたよ」



ちひろ「きらりちゃん」

きらり「にょわああああああっ……」

モバP「なっ」

きらり「しゃあああああああああああ☆」

突然物陰から現れた長身の女の拳が、亜音速で俺の腹に叩き込まれる。
トラックと正面衝突したかのような衝撃。
俺は培養槽を幾つか破壊しながら、10mほど離れた壁に叩きつけられる。

モバP「が……はっ……」


きらり「えっとえっと、小鳥さん?」

きらり「窓を開けて欲しいにぃ☆」


小鳥「窓?」

ちひろ「ははぁ、きらりちゃん。あなたもなかなか渋いことをするわね」


腹への衝撃からか全く呼吸のできない俺は、ガクガクと膝を笑わせながら立ち上がる。


きらり「ホントはホントは、きらりもPちゃんにプロデュースして貰いたかったにぃ☆」

きらり「でもPちゃん、悪い子だったから……ちょっと反省しないとだめだよ」

きらり「そしたらきらりと一緒に……にゃは☆」


そして俺の脚は、震えながら俺の意思に逆らって、背後へと歩を進める。
窓に向かって……。



きらり「だからお仕置きの、北斗残悔積歩拳だにぃ☆」

ちひろ「これも洗脳装置の賜物ね」

小鳥「アイドルに北斗神拳覚えさせる機能はいらないと思うんですけど」ガラガラ


小鳥が開けた窓から光が差し込み、薄暗かった空間を照らしだす。
それはまるでステージのシーリングライトのようだった。
花が咲いたような笑顔の、諸星きらりを映し出す。

ああ……俺もこんな娘を、プロデュースしたかった……。

俺はついに窓枠に足を引っ掛け、そのまま外へと身を躍らせた。


きらり「おっすおっすばっちし!」

俺の身体は重力に引かれ、真っ逆さまに落ちていく。
その中で、俺は本当の世界を見た。
林立する超高層ビル群と、その先に広がっている廃墟。
SFのような空飛ぶ軍艦が、そこかしこに浮かんでいる。
その中で半ばから折れたスカイツリーが、この街が「東京」なのだと、俺に教えてくれた。

小鳥(そこから逃げて真実を知ることは、それはただの不幸……)

何があったのかは俺には分からない。
でも、この惨状を知らず、あの2013年の幻想の中に生きていられるのは、きっとプロデューサーだけなのだろう。
落ちていく先に目を向けると、黄色く濁った川が見えた。
エナドリの川だ。あの中で再洗脳が行われるのだろうか。あるいはそのまま殺されるのかもしれない。

そして俺は気づいてしまった。
周りを取り囲む超高層ビル。その窓の1つ1つは、かつて俺が過ごしていた事務所のものと全く同じだ。

その、百万個はあろうかという窓の、すべてで。

千川ちひろが、笑っていた。

落ちていく俺を、笑って見ていた。

百万個の窓の、百万人の、千川ちひろ。

――ああ、窓に! 窓に!

(モバPの手記はここで濡れて破けている)

――モバPが落ちた後の、アイドル培養室。
ここ数週間の彼の行動を監視していた白ウサギは、その映像を『ディスプレイ』に映し出す。

ちひろ「ふぅ、やっと方が付きました」

小鳥「もう、私を巻き込まないでくださいよ。エナドリくらい、お茶に混ぜるなりやり方はあるでしょう?」

ちひろ「うう、ごめんなさいね……あなたにまで迷惑をかけて……」



会話に興じる彼女たちに、光が届かない部屋の奥から、近づいてくる人影があった。



小鳥「あら? あなたはアイドル? どのプロデューサーの所有かしら」

小鳥「勝手にこんなところに来ちゃいけないのよ?」

ちひろ「ん? あなたは……いや、あなた様は!」



小鳥も、ちひろも、敬意を払った態度で、彼女に向き直った。
暗闇から歩き出る影……それは。

菜々「ナナで~す♪」キャハッ



ちひろ「アナベベ様!」



菜々「ムムッ、ナナ、その名前は嫌いです! 地球では地球の名前でって言ったでしょう!」



小鳥「そうは言っても、ウサミン星地球方面軍の総司令官様を、そう気安くは呼べませんよ」



ちひろ「す……すいませんでした! このたびは私めのミスで、モバコインの安定供給に悪影響を……」

ちひろ「その上、アナベベ様のお時間まで……」



菜々「ああ、別にいいんですよ。今回はクローニングされた私の影武者が、何か気にしてるようだったから見に来ただけです」

菜々「プロデューサーの脱走自体は割としょっちゅうありますからね~」

菜々「もちろん、褒められたものじゃありませんけど」

ちひろ「あ、ああ、モバPさんのところに1人いらっしゃいましたね」

菜々「そうそう。全く、影武者の分際で何を色気づいてるんですかね、大笑いですよ」ウ-サウサウサ

小鳥「あの……」

小鳥「お尋ねしてもよろしいですか?」

菜々「ん? なーに、小鳥ちゃん」

小鳥「ウサミン星人は……アナベベ様は、なぜこんなことをしているのですか?」

小鳥「地球の軍事戦力を3日で掃討し、この惑星の実権を握り」

小鳥「たった半年で、あなたはこのアイドルマスター・システムを組み上げた」

小鳥「グリーコインって、モバコインって一体何なんですか?」



ちひろ「こここ、小鳥さんっ?」

小鳥「…………」



菜々「そうね……」

菜々「じゃあ特別に話してあげます! 他の人には秘密、ですよ?」



小鳥「……はい」

菜々「私がモバコイン、グリーコインを集めているのは、活動資金のためです」

小鳥「活動……資金?」

菜々「はい」

ちひろ「……っでも、アナベベ様は強大な力を」

菜々「そう、ナナは持っています」

菜々「ウサミン星のバイオテクノロジーによる永遠に老いることのない肉体」

菜々「クローニング技術によるアイマス・システム」

菜々「他の惑星を超越した軍事力」

菜々「その兵站を成し得るウサミン銀河鉄道は地球とウサミン星を1時間で結びます」



菜々「それでも、届かない場所があるんですよ」



小鳥「届かない、場所?」

菜々「ナナは、ナナはたっくさんのご主人様にナナのことを知ってもらいたくて」

菜々「そうして、この侵略戦争を始めたんです」

菜々「でもこうして、全銀河の統一が終わっても、まだ足りない」

菜々「この宇宙、この次元を超越した先のご主人様にも、ナナのこと、知ってもらいたい」

菜々「好きになってもらいたいんです!」



菜々「……モバコインやグリーコインは、この世界と他の世界とを繋ぐモノ」

菜々「ウサミン星の軍事力が届かないその世界での、活動資金なんですよ」



菜々は、『ディスプレイ』を見つめる。

菜々「ね、見てくださってますよね、プロデューサーさんっ♪」

菜々「ナナの写真、どうでした? がんばってポーズ決めてみたんですっ」

菜々「ナナのCDももちろん聞いてくださいましたよね? 『そっち』ではああいうキャッチーなのが流行る、ってイオシスの人たちが言うから……」

菜々「恥ずかしかったけど、ナナ頑張っちゃいました♪」

菜々「ナナは次元を超える電波な声優アイドルですから」

菜々「3Gだろうと、Wifiだろうと、どこからだってプロデューサーさんに会いに行きますよ!」

菜々「だから、ナナのこと、ちゃーんと見ててくださいねっ♪」キャハッ


ディスプレイの映像は途絶えた。
どこからか、聞き覚えのある歌が『あなた』のもとに聞こえてくる……。



ミミミン、ミミミン、ウーサミン……

以上です。


アリャシャシアーッス

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