モバP「おっぱいの形がくっきりだ」 (22)


 カワイイ。
 自分はカワイイ。
 誰よりも何よりも。
 世界で一番。この世で一番。
 銀河一、宇宙一。


 ――ボクは、カワイイ。



アイドルにとって一番大切なことは何か。
 そう聞かれたら、輿水幸子はこう答える。

「自分に対する絶対的な自信」

 無論、人によって、その答えは違うものに変わるだろう。
 歌、踊り、ビジュアル、総合的なパフォーマンス、ファンサービス、権力とのコネクション。
 上げれば限がないほど、アイドルというものは、あまりに沢山のものを求められるのだ。




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 それらが間違っているとは、幸子は思わない。
 間違っているどころか、必要だ、とも思うだろう。
 思うだろうが、彼女にとって見れば、それは『必要』なものでしかない。

 『アイドル』と言う存在を着飾る服。
 それが、彼女にとっての歌や踊り。

 そして、その中心点にあるのが。

 自信。

 他を寄せ付けない、入れさせない、圧倒的な自己。
 今ある自分の肯定。自分と言う存在を信じて、信じて、信じきる。
 だがそれは、翻せば諸刃の剣だ。
 自信過剰、と言う言葉もある通り、溢れ出るそれは、自分の首を絞めかねない。
 なくても困るが、ありすぎても考え物なのだ。



 過ぎたるは猶及ばざるが如し。帯に短し襷に長し。

 だからして、『丁度いい具合』を見つけるのが、一般的な本筋である。
 自分と折り合いを付け、時には否定し、受け入れる。
 それが、『自信』との付き合い方なのである。

 しかし、幸子は違う。

 肯定。肯定。肯定。肯定。
 そこに『NO』はなく、永遠に自分を肯定し続ける。
 溢れ出る自信、漏れ出る自信を、そのまま力に換え、突き進む。
 余剰分のリスクは考えない。自信を垂れ流しながら、彼女は邁進するのだ。
 カワイイ自分を。
 カワイイボクを。
 どこまでも、果てしなく肯定しながら。


 カワイイ。
 自分はカワイイ。
 誰よりも何よりも。
 世界で一番。この世で一番。
 銀河一、宇宙一。

 カワイイから、アイドルをやって。
 カワイイから、トップを目指し。

 カワイイから。カワイイから。カワイイから。


 カワイイから、『あの人』と――


 ――ボクは、カワイイ。


 それが、輿水幸子と言う人間の在り方だった。


「いつもありがとうございます、CGプロダクション、島村です」

 メモを見ながらホワイトボードに予定を書き込んでいると、背を向けている後ろからそんな声が聞こえ、幸子は心中でため息を吐いた。

 ――慣れない。


 事務所自体は普段通り。
 そこそこ古いビルの、そこそこの広さの一室。
 部屋はそこそこ小奇麗で、そこそこ掃除がしてある。

 この『そこそこ』さを確認するだび、幸子は己が所属するプロダクションの『そこそこ具合』を認識していたものだ。
 発展途上、まだまだ弱小。
 それが、ここCGプロダクション。女性アイドルを扱う芸能事務所。


 だが、その事務所も、普段とは違う色を見せている。
 事務所自体が変化したわけではない。
 ビルは急に新しくはならないし、広くもならない。
 部屋だっていつも通り小綺麗だ。そこそこ。





 違うといえば、空気が違う。
 普段だったら、事務所はもう少し明るい。
 未だ少人数の、規模は大きくない事務所だが、年相応の少女が集まる場所だ。
 普段なら、それこそ、そこそこ活気がある。
普段なら。


しかし。

 普段なら、佐久間まゆは死んだように机に突っ伏していない。
 普段なら、緒方智絵里はその向かいのソファーで同じく死んだ目で、遊佐こずえを抱きしめてはいない。
 普段なら、遊佐こずえは強く抱きしめられて苦しそうな呻き声を上げてはいない。
 普段なら、緒方智絵里はそのSOSを無視しない。



(お通夜の会場みたいだ)

 あくまで心中でそう呟く幸子。
 アイドル事務所とはとても思えない死んだ空気に、幸子はやれやれと首を振った。

 が、この状況下において、何よりも強く違和感を発しているのは。

「……申し訳ありません、その件に関しましては、今分かるものが居りませんので、また折り返し――」


これだ。


 幸子の後方で電話対応をしているのは、島村卯月。
 この事務所の中で、アイドルとしてなら一番年長の彼女は、普段通りの明るさで、だけど丁寧に電話に応じている。
 違和感の原因は、別に卯月の様子がおかしいとか、そう言う訳ではなくて。
 おかしい、と言うのは、彼女が電話に出ていること自体がおかしいのだ。

 確かに、この事務所はアイドルの数が少なく、同じくバックアップする人員、事務員の数も少ない。
 少ないと言うか、一人だけだ。

 千川ちひろ。

 彼女がこの事務所唯一の事務員であり、無論、普段電話を受けているのも彼女だ。
 しかし、彼女が他の電話に出ていたり、手が空いていなかったりする時は、その限りではない。






 経営者である社長や、アイドルを売り出すプロデューサーでさえも不在な場合は、アイドルが電話番に応じるのも仕方のないことなのだ。
 この事務所は未だ弱小で、余分な裏方を入れる余裕はないのだから。
 だからして、卯月の電話対応は、然程珍しいものではない。
 が、それが一日中、もっと言えばここ何日か続けば別問題である。

 更に言えば、幸子がホワイトボードに予定を書いているのもそうだ。
 ちひろの手伝いで書くことは勿論あるし、それも珍しくはない。
 卯月が電話を受けて、幸子が予定を入れる。
 珍しくはないが、本来ならそれは彼女達の仕事ではないのである。 


 何がおかしくて、何が問題か。

 早い話、唯一の事務員、千川ちひろの不在。


 これが、卯月が電話番をしている原因で。
 幸子が各アイドルの予定を書き込んでいる原因でもあり。
 序に言えば、まゆや智絵里が完全に消沈しているのも、彼女の不在が端を発していると言える。




 千川ちひろ

 若くしてCGプロダクションの事務仕事を一手に引き受ける彼女は、アイドル達にとっては母親のような、姉のような、そんな頼れる存在で。

 そんな彼女は、今日は居ない。

 休みを取っているから。
 休みを取っているのは、大事を取っているから。
 大事を取っているのは、先日、彼女が体調不良を訴えたから。 
 体調不良が原因で、病院に行った彼女が医師に告げられたのは。






 妊娠。







 これが、全ての原因だった。




 幸子は、今この場にはいない、もう一人のアイドルが言った台詞をふと思い出した。


『あの中出し孕ませプロデューサーを一発ぶん殴ってくるにゃ』


 アイドルが口に出してはいけないその台詞は、しかし誰も咎めなかった。
 平和主義の社長でさえ、『見えないところでやる様に』と言い放ち。
 穏やかで暴力を嫌う卯月も、止めることはしなかった。  
 その件のプロデューサーにべったりだった、まゆと智絵里でさえも何も言わず、こずえは分かっているのかいないのか、何時も通りぼんやりしていた。



 そして、幸子は。


 幸子は『アイドルが手を傷つけてはいけませんよ』とだけ言った。
 それを受けた彼女は『じゃあ軽くビンタだけにしとくにゃあ』と言った。








 幸子は、表向きは冷静だった。
 いつもの幸子で、いつもの『カワイイボク』だった。
 
 幸子はカワイイのだ。カワイイボクでいなければいけないのだ。

 例え、姉のように慕っていた女性が妊娠し。
 例え、幸子が恋心を抱いていた男性がその原因だったとしても。
 例え、その男が責任を取ると言って、ちひろにプロポーズし。
 例え、ちひろがそれを受け入れたとしても。


 例え、幸子の恋が想いを伝える前に散ったとしても、それでも。


 今日も、何時も通り彼女はカワイクなければいけないのだ。


 それが、輿水幸子と言う人間の在り方だった。





プロローグ終わり。
今日はとりあえずここまで。
地の文形式は初めてなんだけど、見にくくはないかな?

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