ほむら「私はここで」 (63)


※1 映画叛逆のネタバレを若干含みます


※2 若干キャラ崩壊の様な描写があります





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「本当に、暁美さんは一緒に行かないの?」


巴マミは心配そうな表情をして言った。
その隣で林檎を齧っている佐倉杏子も、無関心を装っている様で実は私の事を気にかけてくれているのが分かる。

そんな二人の優しさに気付きながら、それでも私は首を横に振った。


「私はこの場所に残るわ」

「でも、見滝原にはもう誰も居なくなっちゃうのよ?」


彼女の言う通り、ここ見滝原の住民は一部の人間を除いて全ての人が避難を完了している。

それはこの街の魔獣の出現量が異常なまでに増大し、相当数の一般人が被害にあった為だった。




その後も、巴さんからの説得は続いた。

実際、これを巴さんや杏子が言ったならば、正気の沙汰じゃないと私でも思う。
誰も存在しない街で、ただ一人戦おうと言うのだから当然の事。

それでも私が見滝原に残るのは、ここがあの子の生まれ育った場所だから。
魔法少女の救済を願ったあの子の為に出来るのは、その位しか考えられなかった。


「ねぇ暁美さん、お願いだから」

「説得はもういいだろ、マミ。多分、何言ったって聞きゃしないさ」


それまで傍観を続けていた杏子が、巴さんの言葉を遮り言った。
でも、と彼女は食い下がろうとしたが、杏子の顔を見て口を閉ざした。




巴さんの様子を見て一度頷くと、杏子は私と向かい合った。


「アタシからも、一応聞いとく。本当に、一緒に来る気はないのかよ?」

「ええ。気持ちは有り難いけれど、私はここを離れる気はないわ」


キッパリと私は言った。
そんな私に杏子は深々と溜め息を吐いて肩を落とす。


「理由はやっぱり、言えないのか?」

「それは……」


今ここであの子の事を話しても、信じて貰えるとは思えない。
それに話したら話したで、正気じゃないと思われて連行されてしまうに違いない。


「……」


結局私は、杏子の問いに答える事は出来なかった。




何も言わない私に杏子はフッと表情を崩し、そして笑った。


「ま、何だっていいさ。したい事をするのに理由を言わなきゃいけない、なんてルールはないしね。アンタはアンタの好きなようにしたらいい」

「杏子……」

「ただ、な」


そこで杏子は言葉を切ると、照れ臭そうに頬を掻いた。


「アンタが辛くなったら、何時だって頼っていいんだぞ」

「杏子、アナタ」

「分かってるから、それ以上言わなくても。柄じゃないって事くらいさ」


酷く赤面する杏子はそう言うと、私に林檎を一つ押し付けて素早く背中を向けた。
そんな珍しい彼女の様子に、私はクスリと笑った。


「林檎ありがとう、杏子」


礼を言うと、杏子は小さく鼻を鳴らした。




「巴さんも心配してくれてありがとう。でも、ごめんなさい。私はやっぱり、ここに残るわ」


私と杏子のやり取りを黙って見ていた巴さんに向けて私は言う。
小さく頷く彼女の目元が、少し潤んでいる様にも見える。


「暁美さんがそう決めたのなら、仕方無いわね。本当は縛ってでも連れていきたい所だけど」


そう言って目元を拭うと、巴さんは私の右手を包み込む様に手を取った。


「いい? 風邪とか怪我とか、体調には気を付けて。それから、ちゃんとご飯も食べるのよ」

「フフ、心配性ね。なんだかお母さんみたい」

「もうっ、はぐらかさないの」

「きちんと聞いてるから大丈夫よ。でないと、無理矢理連れていかれそうだもの」




「ほら、そろそろ行かないと、引っ越しの荷物が届いちまうよ」


顔色も元に戻った杏子が、巴さんの肩を叩きながら言った。
巴さんは躊躇っている様な表情をして私を見詰めてきたが、微笑みながら頷くとゆっくりと手を離した。


「それじゃあ暁美さん、最後に一つだけ。
佐倉さんも言ってたけど、辛かったり寂しかったりしたら何時だって頼ってくれていいのよ。私達はずっと、仲間なんだから」


今にも泣いてしまいそうな、震える声で巴さんは言った。
彼女の話が終わると、続いて杏子が何時もの様にニヤリと口元を歪めて口を開いた。


「アンタが泣き付いてくるなんてのは、これっぽっちも想像出来ないけどね。
ま、変に気負わずに、遊びに来なよ。住所は知ってんだろ?」




微笑む二人に頷きながら、この別れが惜しいと思っている自分が居ることに、私は驚いていた。

まさかこの二人と、こんな風に別れる日が来るなんて思ってもいなかった。
ただそうしない理由も無いから、何となく共闘していただけだったというのに。

いや、もしかしたら私は、最初からこういう事を望んでいたのかもしれない。
仲間と呼べる人達と、笑っていられる日常を。

でも私には、心に決めた事がある。


「二人とも、ありがとう。助けが必要な時は、きっとアナタ達を呼ぶわ」


二人を心配させない為に、私は笑った。


「何時かまた、会いましょう。その時は私の昔話でもするわ」


そう、何時かまた。
円環の理の下で、鹿目まどかの隣で。




side:暁美ほむら


辛うじて原型を留めたビルの屋上でパンを齧りながら、私は随分と寂れた見滝原を眺める。


巴マミと佐倉杏子が見滝原を去ってから、凡そ一月が経過した。

その間に残っていた一般人数人が魔獣の被害に遭い、つい先日、全ての人間がこの地を離れた。


人の居なくなった街は、激しい戦闘も相まってか、一気に荒廃していった。

多くの家屋は崩れ去り、無傷の建物は一つとしてない。

こうなる事を理解して私はここに残った。
でも、現実として見るのはやっぱり少し辛い。


それは延々と繰り返してきた世界の最後を彷彿とさせるからかもしれないけれど。




「全く、君も変わっているね。こんな街に居座り続けるなんて」


唐突に現れたそれは、ぼやきながら私の隣に腰を下ろした。
私は溜め息を吐いて、パンを一欠片千切り与えてやる。


「アナタこそ、私なんて放っておいて他の場所に行けばいいじゃない、インキュベーター」

「そんなの、とんでもないよ。君は今居る魔法少女の中でも、相当エネルギー回収に貢献して居るんだから」

「そう。……まあ好きにしなさい」


パンの残りを口に放り込み、沈んでゆく夕日をぼんやりと眺める。

もう直ぐ、夜が来る。




「そう言えば、僕達の方から一つ聞きたい事があるんだ」

「何かしら?」

「君が前に言っていた魔女の話について、もっと詳しく教えて欲しいんだ」


深紅の瞳が、ジッと見詰めてくる。
表情の無いインキュベーターからは、何の考えも読み取れない。


「そんな事を聞いて、一体何になると言うの?」

「興味があるんだよ。
長年謎のままだった魔法少女の結末について、新たな仮説が生み出されたんだからね」


流れる様な口調でインキュベーターは語る。
これが嘘を言うのは聞いた事も無いし、魔女に興味があるのは事実でしょう。

どうせ魔女について分かった所で、世界のルールが書き変わったのだから、インキュベーターにはどうしようもないのだけど。




「いいわ。魔女の事、話してあげる。今夜の戦闘が終わったらね」


少し話している間に、ビルの下方で魔獣達の気配が濃くなっていた。


「さ、そろそろ来るわ」


手を差し出しながら、私は言った。
インキュベーターは頷くと、その手を伝って素早く肩に乗る。


「……そう言えば、何時も戦闘にくっついて来るけど、何か意味があるの?」


インキュベーターの頬をつつきながら、私は聞いた。


「それはこの地に人間が居ないからだよ。
魔獣にとって僕達インキュベーターは大して価値が無いから前は狙われなかったけど、今は君と僕しか居ないから」

「つまりは、保身の為ってこと?」

「一言で言えば、そうなるね」


取り繕おうとはしないインキュベーターに、私はふっと笑う。
ハッキリ物を言うのは、楽でいい。


「それなら、私が守ってあげるわ。仕方なくね」




side:巴マミ


「住民の退去が完了して、凡そ一月。原因不明の死亡事故や、行方不明者の続出した見滝原市について、本日は様々な専門家にお話頂きます。
その前にまずは、見滝原市の現在の映像をご覧ください」


一人で紅茶を飲みながらニュースをぼんやり眺めていると、突然見滝原の話が出てきて私は慌てて姿勢を正した。

映像はヘリからの撮影で、見滝原のあちこちを映している。
映った殆どの場所は、一ヶ月とは思えない位に崩壊していて、私は息を呑んだ。


「暁美さん……大丈夫かしら」


映像から専門家の話に移ってテレビに興味を失った私は、小さく呟いた。




街のあの様子だと、暁美さんはまだあそこで戦い続けているのは間違いない。
つまりは、最低でも戦えるだけの余裕はあるみたい。


「暁美さんも手紙を送るとか、その位してくれてもいいのに」


心配する方の身にもなって欲しいものだわ。

何やら妙な風体のオカルトマニアが途方もない妄言を語り出したので、テレビを消す。
人が感知出来ない魔獣が相手だからそういう人達が目をつけるのも無理はないけど、今は鬱陶しいだけ。


深々と溜め息を吐いて、頬杖をつく。

いっそのこと会いに行っちゃおうかしらと、私は思った。




「ただいまー」


買い出しに行っていた佐倉さんが帰ってきて、私は再び姿勢を正す。

リビングに入ってきた佐倉さんが持つ袋は大きくて、明らかに私が頼んだ以外の物まで買ってきていた。


「またこんなにお菓子ばっか買ってきて」

「燃費悪いんだから、しょーがないじゃーん」


悪びれもせずそう言って、佐倉さんは早速スナック菓子の袋を開けた。
机を挟んで向かい側に座りながら、早速手をつけている。


「マミも、もう諦めたらいいのに」

「別に私だって、本気で言ってるわけじゃないのよ。ただ年長者としては、やっぱり言わないわけにはいかないでしょ?」

「年長者って、一個上なだけじゃん」

「一年しか差が無くっても、年長者は年長者よ」




「そうそうそんな事より、さっきテレビで見滝原の事をやってたの」


佐倉さんは見滝原という言葉を聞くと、態度を改めて私と向き直った。
相変わらず、その手が止まる事は無いけど。


「あそこ、どうだった?」

「凄い戦闘の痕があって、街は壊滅状態だったわ。ただ真新しい残骸もあったから、昨日も戦ってたみたい」

「少なくとも、昨日までは生きてたって事は確かなわけね」

「もう、そんな風に言うのは止めて」

「仕方ないじゃん。アイツは、アタシ達だってそーゆー生き方してんだからさ」

「勿論分かってる。でもやっぱりそんな言い方は良くないわ」

「はいはーい、分かったよ」




「それで、どうしよっか。様子でも見に行ってみる?」

「今はまだ、行かなくてもいいと思うわ」


私が首を横に振ると、佐倉さんは少し意外そうに目を丸くした。


「てっきりマミの方から行こうって言うかと思ってたよ」

「本当は行きたいわ。でも、今は暁美さんを信じていましょ。それに大変な時は、きっと私達の事呼んでくれるもの」

「ん、そっか。まあアイツの事だから、アタシはそんな心配してないしね。それにまだ一ヶ月しか経ってないし」


そう言うと佐倉さんは気の抜けた様子で床にごろんと転がった。

机の向こう側からスナック菓子を頬張る音が聞こえてくる。
そんな佐倉さんをだらしないと思いながら、私も仰向けに横たわった。


暁美さんは大丈夫。
祈るように、心の中で呟いた。




side:暁美ほむら


空が白んできた頃、漸く新たな魔獣が出現しなくなって、私は気合いを入れた。

残り一体となった魔獣は、瘴気が薄くなって来たのか動きが緩慢になっている。

最後の足掻きとばかりに撃ってきた光線を高く跳躍して躱し、私は狙いを定める。


「これで、最後ッ」


放たれた魔法の矢は、正確に魔獣の頭部を貫き、魔獣は崩れ落ちる様に消えていった。

ふわりと、瓦礫の山の上に着地した私は、丁度顔を見せてきた朝日に目を細める。

太陽に照らされた見滝原の街は、度重なる戦闘で全壊。
周囲は最早、単なる荒れ地と化していた。




「全く、こんな状態の街に、どうして奴等は現れるのかしら」


一人言のつもりで私はそう呟いた。
しかしながら、戦闘中ずっと肩にしがみついていたインキュベーターは普通に聞いていた様で、私の言葉に返事をした。


「こんな事例は、僕達も観測した事がないよ」


私の肩にだらんともたれかかって、インキュベーターは続ける。


「いくら君が居るとはいえ、これだけの魔獣が人の居なくなった後も出てくるなんて、聞いたこともない。
それに僕には、魔獣達はこの街を破壊しようとしている様にも見える。じゃなきゃ、たった三ヶ月でこうはならないよ」


確かに今まで倒してきた魔獣達は、私を無視して無意味な破壊活動を行う事が多々あった。


「街の破壊が目的、ね」


そもそも魔女と違って、その存在自体がよく分かっていない魔獣だから、そういう事もあるのかも。

だからといって、私に何が出来るわけでもない。




「そんな事より、二人がこの街を出てからもう三ヶ月も経つのね。毎日同じことの繰り返しだから、気付かなかったわ」


私の三ヶ月間は、その殆どが魔獣を狩り、食べて寝るの繰り返し。

最初の一ヶ月は拠点を探して移動も含まれていたけれど、廃棄された遊園地の地下施設に居を構えてからはそれも無くなった。

そんな生活では、日付を正確に把握するのは困難だった。


「意識したら、何だか二人に会いたくなってきたわ」

「意外だね。ほむらがそんな事を言うなんて。君はそういう感情とは無縁だと思っていたよ」

「失礼ね。私だって一人の人間なんだから、友人と会いたいと思ったりもするわ」




しかし、インキュベーターの言うことにも一理ある。

口にはしないが私自身、今自分が言った言葉に驚いていた。
以前の自分ならば絶対にこんな事は言わないと、確信を持てる。


では、何故?


その答えは少し考えてみると、あっさり見付かった。

以前の、改編される前の世界での私は、鹿目まどかを救うこと以外は眼中に無かったのだ。

かつての私は、二人の事を友人と思うどころか、苛立ちすら感じていた。

それが今では、二人に会いたいとさえ思っている。


私の心変わりはつまり、〝鹿目まどか〟がこの世界に存在していない事が理由だった。




それをハッキリと認識して、私は酷く動揺した。


今日まで私は、一体どうして鹿目まどかの存在を信じきっていられたのだろう。
彼女が居たという確たる証拠なんて、何処にもないというのに。


いや、本当はまどかなんて居ないかもしれないと無意識の内に考えたから、私はこの街に残ったのかもしれない。

この見滝原は、彼女に手渡されたリボン以外に唯一残されたあの子との共通点だから。


「……まどか」


掠れてしまう位小さな声であの子の名前を呼ぶ。
当然、返事はない。


自分がどうしようもなく一人ぼっちなのだと感じて、私は身を竦めた。




「ほむら?」


まだ肩に乗っていたインキュベーターが、異変に気付いたのか私の名を呼んだ。

喩えそうしたのがかつての敵でも、自分の名を呼ばれて、私は多少理性を取り戻せた。


「……大丈夫、大丈夫よ」


繰り返しながら、それ以上の追求を避ける為にインキュベーターの頭を押し付ける様に撫でる。


インキュベーターは、何も言わなかった。


一旦休憩します
後半は9時くらいになると思います


一気に最後まで行くのか。
9時を待ってる。



side:暁美ほむら


カレンダーの日付を塗り潰して、今日で一人ぼっち生活も凡そ半年が経ったのを確認する。

別に正確な日付を把握している訳ではない。

ただ三ヶ月前からカレンダーを塗り潰し始めて、たった今六月が埋まったというだけの事。


私は不要になった六月のページを破り、適当に捨てる。

打ち捨てられた真っ黒な紙が、丁度三枚地面に落ちている。
暇を持て余した私はそれを拾って、気だるい体を動かして地下の塒から外に出た。




外は、随分変わった。

少し前は見られた遊園地の残骸も、今では細かく砕かれ塵芥と化している。

最早この地は、かつて存在した街の残骸が点在している程度の、単なる荒野となってしまった。
見滝原は、恒久的に終わり続けていた。


私は立ったまま、三つ紙飛行機を折った。
歪な出来のそれは、大して風に乗る事もなく、三つとも直ぐそばの地面に突き刺さった。

砂状の地面に立つ三つの紙飛行機を見て、私は久し振りに笑った。

それらは余りにも無意味で、無様で、今の私と重なって見えた。




「なにを……バカな事を……」


これまた久し振りに、私は言葉を発した。

というのも、これまで私の話し相手だったインキュベーターは、二ヶ月程前にドコカへ行ってしまったから。

何か用事があると言っていた。
そう、確かインキュベーターが集まる必要があるとか何とか。

大量に集まるインキュベーターの図を想像して、私は顔をしかめる。
常に無表情なあの生き物が大勢集まっているのは、不愉快極まりない。


用事の内容なんて、これっぽっちの興味も湧かなかった。




「これから、どうしようかしら」


まだ日が沈むには時間がある。

時間を潰すのはこの何もない見滝原では、至難の業。

夕方まで、街を出ようか。
あの二人に、巴さんと杏子に会いに行こうか。

一瞬でもそう考えて、私は近くにあった瓦礫に右の拳を打ち付けた。
三回目で骨が砕けるのが分かった。
それでも私は止めなかった。

感覚が無くなった頃には、瓦礫は随分と血に染まっていた。


「……痛いわ」


ぐしゃぐしゃになるまでやったのだから、当然だった。
それは私への罰なのだから、当然だった。




「まどか、まどか、まどかッ!!」


血が付くのもお構い無しに、私は両手で顔を覆った。
突き出た骨が頬を切ったが、私は叫び続けた。


私はこんなにもアナタに会いたいのに、どうして来てくれないの?
アナタはずっと傍に居るんじゃないの?

このままじゃ、私は折れてしまう。
アナタの存在を信じられなくなってしまう。

巴マミと佐倉杏子に、私はすがり付きたかった。
でもそうしてしまったら、〝鹿目まどか〟は私の幻想でしかなくなってしまう事を、私は理解していた。


二人に会いたいと思ってしまう自分を罰する事で、私は鹿目まどかの存在を繋ぎ止めていた。




弱い自分が嫌になってくる。
私自身が選んで決めた事なのに、そんな事も貫き通せない自分の弱さがとても憎らしい。


「会いたいよ、まどか……」


そう言った所で、あの子が現れる事はない。
それは堪らなく苦しくて、私の心は今にも破裂してしまいそうだった。


でも、私には自ら死ぬ勇気すら無かった。


あの子は自分から諦めてしまった子を救ってくれるのか、受け入れてくれるのか。
もしかしたら、端から存在してないんじゃないか。

悪い考えは、ただ私をこの地に束縛した。


戦っている間だけが、私にとっての安息だった。




最早、私自身何を考えているのか分からない。

ぐしゃぐしゃになった右手と同じくらい、混濁した思考。

意識したら痛みが浮上してきて、涙が出てきた。
泣きながら、私は笑った。


一体何時まで、こんな事を繰り返したらいい?
--それは、この地の魔獣を狩り尽くした時。
なら、何時終わる?
--分からない。


不毛な自問自答を繰り返す。
全く意味の無い行為に、吐き気がした。

いっそのこと、何も考えられなくなってしまえばいいのに。
いっそのこと、感情なんて消えてしまえばいいのに。


もう一度、今度は潰してしまうつもりで右腕を振り上げた。
振り下ろそうとした、その時だった。

声がした。


「ダメだよ、ほむらちゃん」





自分の名前を呼ぶ懐かしい声に、私はハッと空を見上げた。
周囲を見渡してみても、何もない。

でも、私には確かに聞こえていた。


「ほむらちゃん、自分を傷付けたりしたらダメだよ」


何かに包まれているかの様な感覚がして、私はゆっくりと右手を降ろした。

右手は私の知らない内に治っていて、赤ちゃんの肌みたいにすべすべだった。

痛みなんて微塵も感じなかった。


「まどか……?」


返事は、ない。
しかしそれは些細な事だった。

これまでの空虚な時間を顧みれば、声が聞こえただけでも十分過ぎるくらい。

傷一つない右手を、私は血塗れの頬に当てた。


「まどか……」


右手を頬擦りしながら、私は呟いた。

その時右手が頬の傷に触れて、傷が残っているのに気付いた私は血を拭いながら魔法で治した。




side:暁美ほむら


最期の時が来た。

最早見滝原とは呼べぬ地を、私は一人歩いた。

延々と続く荒野に、大量の魔獣達が現れた。
それがこの地に現れる最後の魔獣だと、何故だか私は知っていた。


もうどれくらい戦ったのかも分からない。
長かったのか、短かったのかも分からない。

ただ分かるのは、この戦いが終われば、私はようやくまどかと会うことが出来るという事だけ。





「--がんばって」




まどかの声に頷いて、私は翼を広げた。


既に私には、攻撃しようとする意思さえも必要なかった。
漆黒の翼が魔獣を飲み込んでいく。

私はただ、飛んでいるだけだった。

頬を撫でる風が心地よかった。
視界に広がる世界が、とても綺麗に見えた。


そして私は、見滝原の地から魔獣を消し去った。

全部が終わった。

後はそう、眠るだけ。


「それじゃあ、おやすみなさい」


天を仰いで、私は言った。




side:佐倉杏子


ナニかに呼ばれたような気がして、アタシは珍しく箸を止めた。

周りを見ても、今居るラーメン屋にはアタシ以外には誰一人として客は居ない。

気のせいか?
いや、これは……。

妙な胸騒ぎがして、ラーメンの残りを一気に掻き込む。


「お釣りいらないから!」


千円札を一枚カウンターに置いて、外に飛び出した。

何か大切なものが、アタシを呼んでいるような気がした。




『マミ、聞こえてるか?』


テレパシーに全神経を集中して、マミを呼ぶ。
一回で捕まるとは思ってなかったけど、向こうもアタシを探していた様で、直ぐに返事が返ってきた。


『聞こえてるわ。その様子だと、佐倉さんも感じた?』

『変な胸騒ぎならこっちも感じた。取り敢えず、合流して話そ。駅前でいい?』

『ええ、分かったわ』


マミの気配がなくなって、私は形振り構わず走り出した。

胸騒ぎの、アタシを呼んでいる奴の正体を、アタシは暁美ほむらだと確信していた。




駅前に着くと、直ぐにマミを見付けられた。


「マミ!」


声をかけると、マミの方からも向かってきた。
狼狽えた様子を見る限り、マミも気付いてるに違いない。


「ほむら、だよな?」

「私もそう思う。暁美さんに何かあったのかもしれないわ。今だって呼ばれてる気がするの」

「アタシもだ。ずっとイヤな予感しかしない。しかもそれが見滝原の方からするって、アイツどんだけバカなんだよ」

「そうね。流石にもう、あそこには居ないと思ってたのに……」




心配そうな表情を浮かべるマミを見て、アタシはその手を取った。
驚いてこっちを見るマミに、ニッと笑い掛ける。


「心配したってしょうがないだろ? だから、今は行くっきゃないっしょ」


そう言って、無理矢理手を引いていく。
最初は引っ張られていたマミも、直ぐに並走し出した。


「これはもう、暁美さんに会ったらお説教ね」

「アタシは拳骨かな」


だから、無事でいろよ。
心の中でそう呟いた。

アタシはマミと一緒に、今は懐かしい見滝原の地へと走った。
友達の、暁美ほむらに会う為に。




side:鹿目まどか


「さやかちゃん、番長さん来てくれるって?」


わたしは少しイライラしながらそう言った。
さやかちゃんに当たっても仕方ないのは分かっていても、心の方はどうしようもない。


「ダメダメ。かったるいって断られたよ。もう一人も薔薇の面倒見なきゃってさ」

「そっかあ。じゃあ中学生組は全滅……」


早く行きたいのに中々足並みが揃わなくて、わたしは地団駄を踏んだ。


「もう! なぎさちゃん、居る?」

「はいなのです」

「チーズ食べれるから、一緒に来て!」

「チーズ! ゼッタイ行くのですよー!」

「おいおい。そんなんでいいんかい……」




呆れるさやかちゃんはスルーして、わたしは地上を見下ろした。
わたしの大切な友達が、わたしの事を待っている。


「よし! 二人とも、行くよ!」

「え? ちょっ!?」

「行くのです!」


それ以上は一秒だってガマン出来なくて、さやかちゃんとなぎさちゃんを抱えてわたしは地上へとダイブした。
悲鳴をあげるさやかちゃんには、後で謝る事にする。

でも今だけは、ジッとしてなんていられなかった。


「待ってて、ほむらちゃん……今度はわたしが頑張るから」


そしたらもう、ずっとずーっと!
一緒なんだよ、ほむらちゃん。







side:インキュベーター







「さあ、実験を始めようか」







これにて終了です
ホントは小ネタスレ投下予定でしたが長くなったので

よく分からないとことか質問等あったら受け付けます

意地悪になったらごめんだけど、鹿目家や恭仁なんかはどう結界に取り込むつもりだったのかな?


最近こういうの好きだわ

恭仁や鹿目家取り込みは全く考えてなかったです

元々TVラストから叛逆までの流れをほむら目線でくらいにしか考えてなかったので

了解した。
やっぱり叛逆ってTVラストからしたらかなり「えっ?」ってなるもんな。
けどこれだとほむらは悲しいよな。乙でした。

映画って、ほむらがキュウベェにペラペラしゃべったのが原因なんだよな

とりあえず、叛逆の劇中に、杏子やマミが取り込まれたシーンもあったけど、まあ日常のなかでって感じではあったね。
つうことで、IFと認識して読んでた。
しかしまあ、TV最終話の砂漠のほむらのシーンはホントどこなんだよって感じではある。(TV最終話の円環世界の話から叛逆まで大して月日経ってない様だし)

補完乙でした。

番長さんてどの魔女?

ギーゼラかな
パトリシアならあだ名は委員長だろうし


魔獣がそんなに集まってるなら他の魔法少女も出稼ぎに着そうだけどね
といっても、餌となる人間がいないから倒してもGS落とさないのかもだけど

>>49
虚淵は海外で戦ってるイメージで書いたって言ってたなぁ
ブレイドのオマージュだとか


なぜだか最近痛々しいほむらを見るのがクセになってきたよ

>>53
うん。
だけど、ほむらが海外遠征している程には時が経っていなさそうというか、そもそもアレの直後くらいが叛逆というのがね。


一応だが叛逆はあくまで映画の延長であってテレビの延長ではないからな

>>55
あれを海外遠征じゃなく魔獣の結界内風景だと解釈するならば、

叛逆がTVの続編でもある可能性を許容できるような気もする

>>57つさやかの髪留め

劇場版の後編ラストにもあったシーンだし。
まあ、魔獣の結界内と考えるのが一番自然かもね。

>>58
屋上の風景とか髪留めあたりは、むしろシャフト効果じゃあるまいか?

パンフでさやかの髪留めがあること等で劇場版の延長だと示してるってコメントしてるがな

おもしろかった、ありがとう

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