まどか「お餅が食べたい」(357)

まどかはおいしそうに食べてる笑顔が一番かわいいよね
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まどか「ただいまー……」パタン

1月11日。始業したばかりのヌルい授業も終えて帰宅したまどかが、少し難しげな顔で自宅のリビングに入ってきた。

知久「おかえり、まどか。……あれ、何だか疲れた顔をしていないかい」

まどか「え、ううん? そんなことないよ?」

知久「そう?」

まどか「ちょっと考え事してたんだ。それより……何だか、甘~い匂いがする……」スンスン

目を閉じ、鼻を利かせて匂いを評価する。
バターのような洋風の香りとは対極にある、極めて和風なこの甘ったるさは…

まどか「……あんこかな?」

知久「ははは、正解。ほら、今日鏡開きだろう?」

まどか「あ。………あ!! 今日だっけ!?」

知久「うん、1ばっかり並んでるから覚えやすいよね。
   いつもと同じく、飾ってあったお餅をぜんざいにしたんだ。食べるだろう?」

まどか「もちろん!」

知久「用意しとくから。手を洗ってきなさい」

まどか「はーい!」バタンッ トタタ…

まどか「んっふふ~」ザババ…

お餅と聞いてから、打って変わって明るい笑顔で手を洗っている。

まどか「お餅~お餅~♪ 素敵なお餅~♪」ゴシゴシ…

適当なメロディで、お餅の賛美歌を歌い上げながら。

まどか (ティヒヒ、そうだったそうだった。鏡開きがあったんだった。
    ここ数日、テーブルに並ぶのがお餅じゃなくなっちゃって。寂しかったからなあ)

そう、先ほどまでの考え事とはお餅のこと。
毎年この時期になると、三が日に食べていたお餅を思い出しては、
もう食べられない嘆きに心が沈んでしまうのだ。

まどか (でも、去年はここまで暗い気持ちにならなかったと思うんだけどな?)

まどか (………まあいっか。食べられるんだし。あったかくて、やさしい甘みの混じる風味があって、
    しっかりと弾力があるのに、それでいてよく伸びて……)

まどか「……っと。想像するだけでよだれ出ちゃったよう」ゴクッ

まどか「みんな、主食をお餅にすればいいのになぁ。なんでしないんだろう」キュッ

まどか「……死人が出るからかな?」

首をかしげる。
実際、お年寄り狙いのシリアルキラーとも言える危険な食べ物ではある。

まどか「それでも命を捧げるに値するくらい、美味しいのになあ、お餅……」フキフキ…

知久「はい、おまたせ」カタン

リビングに戻ると、湯気を漂わせる小振りなお椀が配膳された。

まどか「やった! いただきます!」

赤い漆塗りの中に真っ黒な汁を湛え、そして真ん中に浮かぶ真っ白なお餅。

まどか (ううん、何てコントラストの美しい料理なんだろう。
    今すぐにでもむしゃぶりつきたいところだけど……)

焦ってはいけない。喉に詰まらせても困るし、何より今年最後の貴重な餅なのだ。

まどか (まずはと……)

ズズッ…

器を手に取り、餡の汁から味を確かめる。

まどか (……うん、餡の粒の食感とのど越しがいいね。そして……)

まどか「甘~い……♪」ニマー

くどすぎるぐらいの甘みが心地よい。

まどか「えへへ、それじゃ、そろそろお餅さんに手を付けちゃうよ……!」

知久 (相変わらず、美味しそうに食べてくれるよなぁ、まどかは……)

まどか (わくわく……)

箸の先に、ふにゃりと垂れた切り餅が摘まれる。

まどか (………?)

この時点で、心をチクリと突かれるような、微妙な違和感を感じてはいたが、その正体が分からない。

まどか (何だろ? ま、いいや。いただきまーす……)

モグッ

大きく口を開けて頬張る。

まどか (…………え?)

その瞬間、先ほどまで天にも昇るような表情だったまどかの顔が、一瞬で曇った。

まどか「………」モグ モグ

ひと噛み、ふた噛み、繰り返す度にどんどんとその顔色は暗くなる。

まどか「………」モグ モグ ゴクッ…

硬い表情のまま、租借した餅を飲み込んでようやく確信に至る。

初めは自分の勘違いかとも思ったが、明らかに…

まどか (これ……。美味しく、ない………)

まどか「………」カタッ

箸とお椀を、そっとテーブルに戻す。

もちろん、その変化に気がつかないような親ではない。

知久「……まどか? どうしたの?」

まどか「ねぇパパ、これって、その……。去年と同じお餅だよね?」

知久「うん、去年と同じはずだよ。パック入りの、容器だけ鏡餅の形をしたやつだね」

まどか「そっか……」

知久「美味しくなかったのかい?」

まどか (………はっきり言って、マズかったけど……)

まどか「ううん。何だかちょっと、お腹の調子が悪いみたいで」

知久「大丈夫? 薬だそうか?」

まどか「そこまでじゃないからいいや」

知久「ならいいけど……」

まどか「ごめんなさい。ごちそうさま……」ガタッ

そのまま席を立って、まどかは自室へと戻っていった。

――まど部屋――

まどか「はぁ……」パタン

まどか「あうう、どうして、なんであんなに美味しくないんだろう……?」ボスッ

ベッドに顔を埋めて頭をかかえる。

まどか (たしかにあれは、お餅だったと思う。でも、あの煮てくたびれたみたいな、
    妙にくちゃくちゃした食感……。違う、わたしが食べたいのはあんな餅じゃない)

まどか「うう……。お餅が食べたい。本物のお餅が食べたいよう……!」バタバタ

誰にねだるわけでもなく、布団の上でダダをこねる。

まどか (去年食べた時は、こんなこと思わなかったのに。
    味なんてそんなに覚えてないけど、すごく美味しく食べていたのは覚えてる)

冷静に分析し始める。

まどか (そもそも……。こんなに、お餅が食べたくて苦しい思いなんてしなかった)

ならどうしてこんなことになってしまったかと言えば、思いつくことは一つしかない。

まどか (やっぱり、アレが原因だよね……?)

――――――――――
―――――

それは三が日も終わり、冬休みの内に遊ぼうと集まった一週間ほど前のこと。

――マミホーム――

ほむら「あけましておめでとう、まどか」

杏子「あけましておめでとうございます」ペコリ

まどか「あけましておめでとう、ほむらちゃん、杏子ちゃん!」

マミ「ふふ、二人ともおめでとう。今年もよろしくね」

さやか「あけおめー。何だか数日間見ないだけで、随分久々な気がするなあ」

ほむら「出来る事なら、このまま今年はさやかの顔を見ずに過ごしたかったわね」

さやか「ちょ、新年早々酷いって!」

ほむら「あらごめんなさいね。私って正直者なのよ……」

さやか「余計ダメじゃんか! さやかちゃん泣いちゃうよ、初泣きだよ!」

マミ「もう、今年も相変わらずね、この二人は……。仲がいいのやら悪いのやら」

ほむら「とてつもなく悪いのよ」

杏子「いや、いい相性してると思うぞ……」

さやか「………そっか」

急に、暗い声でうつむくさやか。

まどか「……? さやかちゃん?」

さやか「ははは。あははははは。ゴメン、あたしもうダメかも」

杏子「あん? 何言ってんだ?」

さやか「あたしはさ。ほむらと仲良くしたいんだけどさ。上手くいかなくって、嫌われっぱなしで……」

ほむら「きゅ、急に何を……」

さやか「ほんとバカだよね。おかげでさ、こんなになっちゃって……」ヒョイ

手を前に出し、自分のソウルジェムを指輪からジェム形態に変えてみせる。

マミ「! ちょっと、美樹さん、それ!」

それはまるでブルーベリージャムのように、限りなく黒に近い藍色をしていた。

まどか「さやかちゃん!?」

杏子「おいおい……!」

ほむら「ばっ……! 何やって……!」シュン…

まさかの事態に目を見開きながら変身し、

ほむら「嫌、嘘、グ、グリーフシードは……」ドタッ ガタッ

大慌てで盾の中を漁る。銃、手榴弾、カロリーメイト、テレビのリモコン、期限切れのクーポン券。
いろいろなモノが飛び出して山積みにされるが、肝心のグリーフシードが見あたらない。

ほむら「ああもう! こんな時に!!」

そんなほむらの姿を見ながら、

さやか「………ぷっ」

さやかが耐えきれずに笑い出す。

マミ「………え?」

さやか「ぶぁっはっはっは、ほむら慌てすぎ!」

ペリリッ

笑いながら、ソウルジェムの上に貼り付いた、スモーク色のセロファンを剥がしてみせる。
中身はピッカピカの澄んだ青色に輝いていた。

さやか「残念、ドッキリでした!」

杏子「てめぇ……」

マミ「美樹さん、やりすぎよ……」

まどか「びっくりしちゃったよ……」

さやか「あはは、ごめんなさい。ほむらだけ騙すつもりだったけど、敵を騙すにはまず味方からってね!」

まどか「ほむらちゃん敵扱いなんだ……」

さやか「いやー、ほむらのあの驚いた顔! 慌てふためいた姿!」

ほむら「………」

さやか「何だかんだで愛されちゃってますね、あたし!」

ほむら「………」イラッ

いつもより忙しいほむらの表情が、こんどは怒りの形相に切り替わる。

ほむら「美樹さやか」

さやか「ん?」クルッ

ゴリッ

振り向いたその眉間に、拳銃を向けて銃口を押し当てる。

ほむら「シャレにならない冗談、どうもありがとうね?」

さやか「うわわっ、ちょ、マジモンの銃はもっとシャレにならないって!!」バッ

両手の平をほむらに向けてぎょっとする。

ほむら「おかげで決心が付いたわ。やっぱり、貴女は私の目の前に居てはならない」

さやか「………え?」

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「……これで今年は、落ち着いて過ごせそうね」

さやか「う、嘘だよね? 目が死んでるよ、ほむら?」

ほむら「さようなら美樹さやか。貴女はとても五月蠅かったけれど……。たまに、楽しかったわ」

さやか「ちょっと、ほ―――」

パンッ

ためらいなく引き金を引く。

さやか「がっ……!」ドサッ

乾いた火薬の音と共に、怯えた表情のさやかが声を上げて飛ばされ、床に倒れた。

マミ「なっ………!?」

まどか「さ、さやかちゃん……?」

マミ「暁美さん、あなた何てことを……って、あれ?」

よくよく見ると、銃の先には綺麗なバラの花が咲いている。

マミ「へ……? 手品?」

さやか「………ったたた、痛ぁ~い! ゼロ距離は花でも地味に痛いよ! 魔法少女じゃなきゃ血が出てるよ!?」ノソッ

額をさすりながら、さやかが立ち上がる。

ほむら「新年早々、しょーもない冗談で驚かせた罰よ」

さやか「くっそー、今回は引き分けかぁ……」

まどか「びっくりしたぁ……」

マミ「心臓に悪い二人ね……」

杏子「やっぱあんたら仲良いだろ……。ほむらの奴、さやかが何かしてくるの期待して、
   楽しそうにその銃の仕込みやってたぞ」

ほむら「ちょっと杏子! 貴女もバラの花デコピンの刑にするわよ」

まどか「これ、自分で作ったんだ。器用だね……」

杏子「物騒なモン作るのは得意っぽいよな」

まどか「はぁ……。そういえば杏子ちゃん、ほむらちゃんの実家はどうだった?」

杏子「え?」

さやか「うわ、なんかその聞き方、新妻の杏子ちゃんが夫の実家に行ってきましたみたいなイケナイ雰囲気が」

マミ「そうね……」

杏子「ねぇよ!」

マミ「でも、わざわざ暁美さんの帰省についていくって、相当なものよ?」トポポ…

杏子「いやほむらに頼まれたんだって! 向こうの魔法少女に喧嘩売られたら困るからって」

ほむら「わ、私は別に、来てくれるなら有り難いなぁって言っただけじゃない」

杏子「返事する前から、断ったら泣いちまいそうな顔してたじゃねぇか」

ほむら「あり得ない! そもそも帰省中に飢えさせないための慈悲にすぎないわ」

杏子「あほか、一月食いつなぐぐらいの蓄えはあるっつーの!」

マミ「ほら、もうそろそろ疲れたから落ち着きなさい……」カチャ…

紅茶のおかわりを注いだカップを二人に勧める。

さやか「何だかんだでこの二人もいい相性してるわよね……」

まどか「一緒に住んでるくらいだもんね……」

マミ「それで? ご両親は元気してたの?」

ほむら「え、ええ。元気すぎて困るくらいで」

杏子「すげーノリのいい人たちだったよな……」

まどか「そうなの? ほむらちゃんのパパとかママとか、すごい落ち着いてそうなイメージがあるな」

さやか「だよねー。お父さんは怖い顔で、『ほむら? 食事中、テーブルに肘を突くんじゃない』とか怒ってそうな」

ほむら「何よそれ……。そもそも私、そんな行儀悪くないわよ」

杏子「実際は、すごい豪快でいつも笑ってる感じのオジサンだったよ」

ほむら「一緒に居ると五月蠅くてたまらないわ」

マミ「あら、ダメよ、そんなこと言っちゃあ」

ほむら「ほんとに酷かったのよ。何だか、杏子を連れて行ったのが随分嬉しかったみたいで。
    あんまり、友達を連れて帰るようなことも今までなかったせいか……」

さやか「へぇー。……大事にされてんじゃん?」

ほむら「そうかもしれないけれど……」

まどか「わたしも今度見てみたいなぁ……」

ほむら「……今年の春か夏の休みにでも、来てみる? そんなに観光するような場所じゃないけれど」

まどか「わ、行く行く! 行きたい!」

ほむら「あ、そうそう。それで、みんなにお土産があるわ」ガサッ

そう言えば、来たときからぶら下げていた大きな紙袋の中身を取り出す。

マミ「お土産?」

まどか「何だろう?」

さやか「何々? スイーツ?」

ほむら「違うわよ。食べ物だけど」トン

テーブルの上に置かれたのは、発泡スチロールの保冷容器。

マミ「……? 開けても良いのよね?」

ほむら「ええ」

マミ「どれどれ……」キュッ…

若干不愉快な、スチロールの擦れる音を立てながら開けた中には、
保冷剤と一緒に丸く白い塊がたくさん並んでいた。

さやか「……?」

マミ「これは……」

まどか「……お餅?」

ほむら「ええ。毎年、大晦日になると、親戚のおうちでついているの」

まどか「ついてるって、もしかしてあの、お月様でうさぎさんがやってるみたいに……」

丸めた手で、杵を振るジェスチャーしてみせる。

ほむら「そうよ。杵と臼で、ぺったんぺったん」

さやか「ほぇー、今でもそんなのあるんだ。見たことないや……」

マミ「テレビでしか見ないわね……」

ほむら「市販のお餅より美味しいのよ。せっかくだから、お裾分けをと思って」

杏子「すっげー美味かったぞ、つきたて」

さやか「あんたも参加したの?」

杏子「面白そうだったからな。あたしもやらせてもらった。何か子供用の小さな杵だったけど……」

ほむら「魔法少女でもなきゃ、貴女の体格であのおおきな杵は無理よ……」

杏子「わーってるよ。我慢したじゃねえか」

まどか「ねね、ねね、これ、食べて良いんだよね!」

待ちきれないといった様子で餅を指さす。

ほむら「ええ、もちろんだけれど……。どうしたの、そんなにそわそわして」

さやか「あー、まどかはお餅、大好きだもんねぇ……」

杏子「そうなのか?」

まどか「うんっ! でも、うちって、パパがあんまり好きじゃないみたいで、三が日しかお餅食べないから……」

マミ「今日が5日だから、一昨日までだったのね」

さやか「そのせいで、毎年一月中旬ぐらいには禁断症状出てきて、若干不機嫌なんだよねー」

まどか「き、禁断症状って、そんなに酷くないよ……!」

ほむら「ふふ、まどかが喜んでくれるなら、それ以上良いことはないわ」

マミ「なら、早速食べましょうか。磯辺焼きでいいかしら? オーブンで焼くだけだけど」

まどか「お餅なら何でも!」

ほむら「磯辺焼きなら、フライパンで作るのもいいわよ」

マミ「そうなの? お餅はいっぱいあるし、両方作って比べてみましょうか」

さやか「賛成! おやつ時だし、丁度いいですねー」

ジジジジジ…

オーブントースターのダイヤルが、耳障りな音を立てて時間を数えている。

マミ「………あ。膨らみそうかも?」ジジ…チンッ!

オレンジ色の明かりを眺めながらお餅をひっくり返していたマミが、ダイヤルを手で回しきる。

膨らみ始めたお餅は、一気に体積を二倍にも三倍にもしてしまう。

ほむら「膨らみ始めるとすぐよね。ガマンしてたのが、一気に爆発するみたいに」

マミ「そうね……。……そろそろいいかな」ギィッ…

ドアを開き、お餅の様子を確かめる。

マミ「うふふ、いい焼け具合だわ。あとは醤油につけてと……」

取り出したお餅を箸で摘んで醤油に沈める。

マミ「……こんなものかしらね?」

ほむら「いいんじゃない?」

マミ「あとは海苔に包んであげれば……」ピリリ

マミ「……うん、完成!」

お皿に、しょうゆの香りが漂う、まあるいお餅が5つ並んだ。

マミ「暁美さんの方はどう? さっきからいい匂いさせてるけれど……」

ガス台の方を向くと、ほむらが刷毛で醤油をお餅に塗っていた。

ほむら「ああ、バターの匂いのこと? もうちょっとよ」

マミ「へえ、あんまり焦げ目もないのね……」

ほむら「そうね。焼くと言うより、弱火で蒸して柔らかくするって感じの作り方だから……」

ほむら「……うん、いいかな」カチッ

火を止める。

ほむら「これも、あとは醤油につけて巻くだけね」

マミ「砂糖醤油にしたんだっけ?」

ほむら「ええ。バター砂糖醤油、かなーりカロリーあるけど、美味しいわよ」

マミ「食べ過ぎは禁物、ね」

ほむら「海苔を巻いてっと……。それじゃ、持って行きましょうか」

マミ「飲み物は緑茶で良いかしら?」

ほむら「いいんじゃない? さすがに紅茶は雰囲気出ないでしょう」

マミ「それじゃ急須に淹れていくから、先に持って行ってて」ガササ…

マミ「あ、お待たせ。先に食べててくれて良かったのに」カタン

杏子「お、来たか」

さやか「ようし、それじゃぁ……」

「「「いただきまーす!」」」

五人で揃って手を合わせる。

ほむら「熱いうちに食べないと、硬くなっちゃうから気をつけてね」

まどか「大丈夫、お餅の基本だからね!」

マミ「かといって、急いで食べても命の危険を伴うという……」

杏子「……さやか、落ち着いて食えよ」

まどか「さやかちゃん、小さく噛んで食べるんだよ」

マミ「美樹さん、口の中はしっかりと濡らして食べるのよ」

ほむら「美樹さやか、葬儀には出てあげるから安心して詰まらせなさい」

さやか「な、何であたしばっかりそういう扱いなのさ!」

ほむら「まあ実際は、餅を詰まらせるのは大抵お年寄りか小さな子供よね……」

まどか「まずはこっちの、ええと、オーブンで焼いたんでしたっけ?」

マミ「そうよ。一番シンプルな醤油味の磯辺焼きだと思う」

杏子「ほほう?」サクッ

さやか「どれどれ……」パリッ

かぶりつく。うにょ~んと、口から餅が伸びてゆく。

ほむら「うん、やっぱり美味しいわね」モグモグ

マミ「へぇ、本当にいいお餅ね……」モグモグ

さやか「いいですねー! 外のカリッと焼けた部分も、中のよく伸びるもっちりした部分も!」モグモグ

杏子「まー、つきたてにはかなわねーけどなー」モグモグ

ほむらのお土産はなかなか高評価だ。その中で一人だけ、

まどか「え、何、これは……!?」モグモグ

目を白黒させながら混乱しているまどか。

さやか「ん……? まどか?」

ほむら「ま、まどか、えっと……。もしかして、口に合わなかった?」

まどか「違うよ、逆だよ! 何このお餅、美味しすぎる………!」モグモグ

まどか「香ばしい殻に包まれた中には、しっとりとしてとても柔らかいお餅が秘められている……。
    そしてそのお餅がすごい。ただ柔らかくて伸びるだけじゃない、
    すごくよく伸びるのに、柔らかいだけでぐちゃぐちゃしたような感じが無くって、
    しっかりとした歯ごたえがあり、もち米の豊かな味がする! 何これ、こんなお餅初めて……!」

キラキラと輝いた目で、まどかの解説が入る。

ほむら「そ、そう? 喜んで貰えたなら、私も嬉しいけれど……」

さやか「何かキャラ変わってるぞ……?」

杏子「餅好きってワリには、美味しい餅を食ったこと無かったのか」

まどか「ごめんなさい。わたし、餅の神様に謝る。普段、パックの切り餅で満足していた自分を悔い改めます。
    これが本物の餅……。今まで人生を損していたんだって、今はそう思えます……」

マミ「……正気よね?」

まどか「はい」

さやか「ううん、おいしかったけど、そんなに感動したか……」

まどか「今日の感動は一生忘れないよ。ほむらちゃん、こんなに美味しいお餅をくれて、本当にありがとう!」
    わたしの、最高の友達だよ! またお餅ちょうだいね!」

ほむら「ま、まどか……///」

杏子「いや、そこは喜ぶ所なのか……? あんた餅ATM扱いされてるぞ」

マミ「ちょっと不憫ね……」

さやか「さーて、こっちの方はっと」ハムッ

もう一つの磯辺焼きに手を付ける。

マミ「あら、いいわね……! かなりこってりだけど、甘じょっぱくて美味しい」モグモグ

まどか「餅の軟らかさと、バターの風味の合い具合が素晴らしい……」モグモグ

さやか「へぇ、こっちは全体が柔らかいんだねー。んまい」モグモグ

ほむら「まあ、餅の焼き方なんていくらでもあるけれど……。これも結構お手軽で美味しいから、試してみて」

まどか「伸びる……美味しい……これが……お餅……」ブツブツ…

マミ「何だか、ほっといたらいくらでもお餅を食べ続けていそうね、この鹿目さん……」

ほむら「まだお餅はたくさんあるけれど、あんまり食べ過ぎは良くないし……。残りは3人で分けて貰える?」

さやか「お、サンキュー!」

まどか「冷凍で良いんだよね?」

ほむら「ええ。防カビ剤とか入ってないから、気を抜くとカビるわよ。早めに食べてね」

まどか「大丈夫、このくらい1日もあれば処理できる。任せて」

さやか「食べ過ぎ……」

杏子「あたしも敵わないかもしれないな、これは……」

―――――
――――――――――

まどか (あれがもう一週間前。貰ったお餅もすぐに食べちゃって、それ以来食べて無くって……)

まどか (一度あの美味しいお餅を食べちゃうと、たしかに市販の安物なんて食べられないとは思った。
    でもまさかここまで違うとは思ってなかった……)

まどか (うー、食べたいな! ちゃんとしたお餅が食べたい!
    ほむらちゃんのせいで、身体がうずいてたまらないよう……!) ゴロロッ

枕を抱え、布団の上をごろごろ転がる。

まどか「……とりあえず、お昼寝して忘れよう………」

無い物は無いのだから仕方ない。

まどか「………zzz」

この日は火照った身体を慰めることが出来ないまま、ぼんやりとした眠りに落ちていった。

――二日後――

ガヤガヤ… ザワザワ…

ガラス張りの教室。授業も終わり、TGIFに浮かれる生徒達の喧噪の中。

さやか「おっし、まどか! 帰ろう……って、あれ……」

まどか「………ん? さやかちゃん……?」

まどかだけは、一人げっそりとやつれたような暗い表情をしていた。

さやか「朝からすごい辛そうな顔してたけど、やっぱりどんどん酷くなってるじゃん……」

まどか「大丈夫、何ともないよ」

さやか「何ともなく無いって! 保健委員の不養生なんてしてないで、ほら、ちょっと先生に見てもらおう」グイッ

昼から保健室をすすめているのに、なかなか動こうとしなかったまどかを引っ張る。

まどか「ほ、本当に大丈夫だって!」グッ

まどかはまどかで、机にしがみついて抵抗する。

さやか (おっ……? これだけ力が入るなら、身体が弱ってるわけでは無さそうな……)

さやか「………なら、何か悩み事?」

まどか「う……うん。実は、その……。お餅が食べたくて食べたくて。しょうがないの………」

さやか「……はぁ!? お餅ぃ!?」

呆れた甲高い悲鳴に、クラスの数人の注目が集まる。

まどか「さ、さやかちゃん、声が大きいよ……」

さやか「え、いや、だって……。ちょっと、今年はどうしちゃったわけよ、これじゃ本当に禁断症状みたいじゃん!」

まどか「うん、そうかもしれない……」

さやか「この前、ほむらから美味しいお餅貰ってたし、満足できたんじゃないの?」

まどか「ううん、むしろ逆なんだ。あんなに美味しいお餅があるなんて知ったら、
    余計にお餅欲が高まってて、四六時中ぼうっとしてて、何だかご飯もおいしくなくて……」

さやか (こりゃ重症だわ………)

まどか「ほむらちゃんのお餅が食べたくて食べたくて、夜も眠れないの……」

さやか「ううん、どうしたもんかねこれ……?」

壊れ気味の親友を前に頭を抱えるさやか。

さやか (ここは、諸悪の根源であるほむらに何とかさせるというのが筋……)

さやか (……って、あやつ今日は委員会で遅いんだっけ)

さやか「むむぅ………」

さやか「……うーん、お餅、食べたいんだよね?」

まどか「うん。それだけが、たった一つの私の願い」

真剣なまなざしで、そう宣言する。だったら、

さやか「なら、今からうちに行こう? そしてお餅を食べよう。おなかいっぱいに」

食べさせてやるしか道はない。

さやか (これ、他に解決手段は無さそうだもん……)

するとその言葉に、

まどか「………え! 本当に!? お餅が食べられるの、さやかちゃん!?」ガタタッ

机を蹴り飛ばす勢いで喜びを表現するまどか。

さやか「おわっ、ちょっ、落ち着けって!」

まどか「落ち着いてられないよ! ねえさやかちゃん、『お餅』を食べさせてくれるんだよね?」ググッ

親友の顔がゼロ距離に迫る。

さやか「う、うん……。食べさせてあげるから、そんなに顔を近づけなくても、食べさせてあげるから」

まどか「………や……やったぁっ! ホントなんだねさやかちゃん、ありがとう! 大好き!
    そうと決まったら、早速さやかちゃん家にレッツゴー!」ピョンピョン

さやか (と、とりあえず正解だったっぽいよね……? 一瞬で血色が良くなったし……)

――さやルーム――

チンッ!

部屋の外から、こもったベルの音が聞こえてくる。

まどか「……! この音、餅の焼き上がりだね!」

まあ他の音には聞こえない。

まどか「お餅、お餅、お餅!」ハッハッ

エサをお預けされた子犬のように興奮しながら待っていると、

バタンッ

すぐにさやかが姿を現した。

さやか「よーしまどかお待たせ! さやかちゃんお手製の磯辺焼きだよ!」カタン

焼き上がり、焦げかけた醤油の香りを漂わせる皿がテーブルに乗せられる。

まどか「やっ……た………?」

それを見て飛びつくかと思えば、何やら不思議そうな顔を浮かべるまどか。

まどか (あれ……? 四角い?)

そう、ほむらからお裾分けして貰った『本物のお餅』は、間違いなく丸餅だった。

なのに目の前にあるのは、どう見ても切り餅だ。丸餅ではない。

まどか (ということは……あれ? さやかちゃんが、まだほむらちゃんに貰ったお餅を
    残してたから分けてくれるって事だと思ってたのに……。もしかしてこれは、別のお餅なのかな?)

あまりの落胆に、一瞬目の前が暗くなりかける。

さやか「ん? どしたの、硬くなっちゃうよ?」ニコッ

まどか「あ……う、うん、いただき、ます……!」

だが、明らかに自分を気遣って親友が調理してくれたものを、無下に断るわけにはいかない。

第一、このお餅の入手経路が何であれ、美味しいお餅の可能性はゼロではないのだ。

まどか (うん。食べて見よう……) カタッ…

表情は重いまま、用意された箸を慎重に手に取り、餅を口に運ぶ。

まどか「………」モムッ

それを一口噛んだ瞬間、

まどか「………!?!??」

目が大きく見開かれたかと思えば、
その顔は吹雪のような、見る者を凍えさせてしまうほどに冷たい表情へと変化した。

まどか「………」ガタンッ

乱雑に、手に持った皿と箸をテーブルへ突き返す。

さやか「あれ、まどか?」

まどか「………さやかちゃん。これは、何?」

さやか「え……?」

そのドスの利いた声で、ようやくまどかの表情が冷やしている場の空気に気づく。

さやか (…………え!? な、何、まどかが……キレておる!?)

少しうつむき気味ながらも、力のこもった双眸はさやかへの敵意で溢れている。

さやか (付き合いの長いあたしでもこんなの見たこと無いぞ?
    まどかのぬいぐるみにイタズラしたときより明らかにヤバい!)

まどか「……さやかちゃん」

さやか「ひゃ、ひゃいっ!? お、お餅が、どうか、したのかな?」ビクビク

まどか「違う!! これは何って聞いてるの!!!」ヒュバッ

ビダーンッ!

怒声を上げながら、目にもとまらぬ速さで『さやかお手製磯辺焼き』を握って投げつける。
それは一瞬さやかの髪留めをかすめながら、部屋の壁へと貼り付いて静止した。

さやか「………え、ちょっと、まどか何を」

当然の抗議の声も、

まどか「ん? 何かな、怒ってるのはわたしなんだよ?」ニコッ

冷たい微笑みに威圧される。

さやか「はははいっ!」

さやか (せっかく焼いた餅を投げつけるとか、100%あたしに分があるはずなのになぜか逆らえないッ!?)

まどか「さやかちゃん、ちょっとそこに正座しなさい」ピッ

硬く冷たいフローリングを指で差す。

さやか「………マジで?」

まどか「正座しなさい」

さやか「はい……」モゾッ…

お達し通りに床へと正座する。

さやか (………うへっ、足が痛い……!)

まどか「さて、さやかちゃん。わたしは、何が食べたいって言ったか、覚えてる?」

さやか「……へ? お餅、だよね。お餅が食べたくてしょうがないって」

まどか「そのとおりだよ。わたしは、『お餅』が食べたいの」コクリ

深く頷いて肯定する。そして、

まどか「それじゃあ、お餅が食べたいわたしに出してくれた、これはいったい何なのかな?」

同じ質問が繰り返される。

さやか (な、何て答えれば正解なの!? 慎重に、慎重に……)

さやか「その………。お、おも、ち―――」

まどか「………」ギロリ

眼にこめられた力が強まる。

さやか「―――だと、思って、ました……、けど……」

まどか「………」

まどかは動かない。少なくとも、お餅以外の何かであることは確かなようだ。

さやか「………えっと。もしかして、そんなに……不味かった?」

さやか (焼き加減で失敗したとか、かな……?)

まどか「………違う」フルフル

大きく首を横に振る。

さやか「あえ……? じゃあ、なんで………」

まどか「はぁ………。さやかちゃん、本当に分かってないんだね」

怒るのも疲れるという感じで、まどかの表情があきれ顔になる。

さやか「スミマセン………」

まどか「これは、美味しくない……ううん。不味いよ。風味も変だし、ゴムを囓ってるみたいで、とてつもなく不味い。
    でも、味が良い悪いの前に、そもそも『お餅』じゃないの」

さやか「……つまり?」

まどか「これは、見た目だけお餅に似せて作られた、偽物なんだよ」

さやか (………偽物ぉ!?)

随分理不尽な仕打ちを受けた上に、斜め上で納得のできない回答を貰い、さすがのさやかもちょっと腹が立つ。

さやか「え、どう見てもお餅じゃん! 袋にもお餅って書いてあったし……」

まどか「………さやかちゃんも、自分で食べたんだよね?」

さやか「食べたさ。そりゃ、ほむらのお餅に比べたら味は劣るけど、ちゃんとお餅じゃないの?」

まどか「そっか。味じゃ分からないなら、そのお餅の入ってた袋を持ってきてくれる?」

パタン…

さやか「ほい、これがそのお餅だけど……」ガサッ

まどか「………」パシッ

まだ半分ぐらい中身が残るそれを黙って受け取り、パッケージをよく吟味する。
『生切り餅 1kg』と大きく印字されているが、メーカーはまるで聞いたことのない謎の会社だ。

まどか「うん。やっぱり、知らないメーカーだね」

さやか「それはまぁ。でも、無名だから不味いってもんでもないでしょ」

まどか「そこは否定しないよ。知る人ぞ知る老舗のおいしい食品、ってのもあるもんね。
    問題なのは、この裏にある……」ガサッ

ひっくり返し、注目するのは原材料の欄。

まどか「ほら、やっぱり。さやかちゃん、ここを見て」

さやか「へ?」

まどかの指を差す先を見ると、
『もち米粉調整品(タイ産もち米粉)、加工デンプン、pH調整剤』
などと書かれている。

さやか「………これが?」

まどか「ポイントはね、『もち米』じゃなくて、『もち米粉』を使ってるって言うこと』

さやか「『もち米粉』……? あ、たしかにそう書いてあるね」

まどか「一昨日、おいしいお餅が食べたくてしょうがなくなったから、パパのパソコンを借りていろいろ調べたの。
    本来の『お餅』は、『もち米』から作るって言うのは、さやかちゃんも知ってるよね?」

さやか「まあ、それは一応」

まどか「ところが、もち米をお餅に変えるには、蒸した後に潰して、そしてぺったんぺったんと
    つかないといけない大変な作業。だから、大量生産には向いてないんだって」

さやか「ふむふむ」

まどか「それで、もっと安く手軽に大量生産できる、米の状態で粉にしてから蒸してこねるだけの
    『もち米粉』による餅モドキが切り餅として売られるようになってるんだってさ」

さやか「へぇ……。それで『もち米粉』かぁ……」

まどか「そんな作り方をしたら、もちろん食感のいいお餅になんてなるはずがないもんね。
    何処まで行ってもお餅モドキだよ。
    それにコレ、原料も値段を抑えるために、安っぽそうなタイ米使ってるし……」

さやか「……そう言われると、なんだか美味しく無さそうに見えてきたな………」

まどか「何より、もち米粉どころか、デンプンまで混ぜて誤魔化そうとしてる。
    こんなもの、お餅だなんて認めないよ。お餅の神様に失礼だよ!」

さやか「うーん……。それで偽物かぁ……」

まどか「……そもそも、こんな値段でちゃんとしたお餅が買えるはずがないんだよ」ガサ…

パッケージを表に返し、隅っこに貼られた値段のラベルを指さす。
『特価! 238円』と書かれている。

さやか「あ、安いね。母さんが買ってきたんだけど……」

まどか「1kgで238円とか、こんなの絶対安すぎだよ!」

さやか「……ん。でも、お餅の相場って?」

まどか「ちゃんとしたもち米を使ったお餅なら、1kgで600~700円はするんじゃないかなぁ……」

さやか「半額未満かぁ……」

さやか (たしかに安すぎるかもなぁ……?)

まどか「……どう。分かって貰えたかな。これがお餅じゃなくて、お餅の偽物だって」

さやか「まぁ、一応ね……。あたしはこれが食べられないほど不味いとは思わないけど、
    ほむらのお餅の方が明らかに美味しいのは認めるし……」

さやか「でもさ、あれ」

壁に貼り付いたお餅を指さす。

さやか「さすがにあれはやりすぎだと思うんだ。違う? 杏子がいたら戦争になってたよ」

まどか「あ………う、うん。ごめんなさい。ほむらちゃんのお餅が残ってるものだと思ってて、
    すごい期待してたから取り乱しちゃって……。掃除しとくね……」

10分ほどを掃除に費やして、また部屋に二人並んでいる。

まどか「ふぅ、なんとかなった……」

さやか「すぐ硬くなっちゃうもんだね……。もう取れないかと思ったよ」

まどか「ごめんね……」

さやか「もういいよ」

まどか「うん……。それにしても……」

さやか「ん?」

まどか「やっぱりおいしいお餅は、お正月にしか食べられないんだなぁ……」ハァ…

深いため息で、体育座りの膝に顔を沈める。

まどか「それも、ほむらちゃんに貰わないと手に入らないんだよね……」

さやか「まぁ、あの餅はね」

まどか「………たしか、親戚の人がって言ってたよね。わたしがほむらちゃんと結婚したら、
    わたしもその人と親戚になれるのかなぁ……?」

さやか「いやいや餅と結婚するなって。せめてお金と結婚して下さい」

まどか「お金じゃ買えない価値があるんだよ、さやかちゃん」

さやか「お店でお餅買えるじゃん………」

まどか「買えないよ! あのお餅みたいに美味しくないもん!
    一昨日、鏡餅でパパが作ってくれたぜんざいも美味しくなかったし……」

と、ようやくここに至るまでの経緯を話し始める。

さやか「え? まどかの父さんの料理が美味しくない、だって?」

まどか「うん……。去年は美味しかったはずなのに、全然美味しく思えないの……。
    もう市販の切り餅じゃガマンできないみたい……」

さやか「ああ……。そういう状況だったのね……。それは期待させて悪かったよ」

まどか「ううん、いいの。ほむらちゃんのお餅、食べずに残しとくわけ無いもんね。すぐに食べちゃったんでしょ?」

さやか「ああ、うん。まあ……」

さやか (主に母さんがバクバクと……)

さやか「そっかー、そうなるともう、手詰まりかなぁ……」ゴロン

難しい顔をしてカーペットに横になる。

さやか (ほむ餅以外の全てを否定している以上、解決策はほむ餅だけかぁ……。
    一年間このまんまほっとくのも難しいし……)

さやか (………あ、でも)

さやか「その、まどかの父さんが使ったお餅って、もち米粉じゃなくてもち米の奴だったんだよね?」

まどか「えっ?」

さやか「いや、その美味しくなかったっていうお餅。どこのメーカーのお餅かなって」

まどか「そういえば……。覚えてないなぁ……? どこのだろう。
    お餅の味はしたから、ちゃんともち米を使ったお餅ではあったと思う」

さやか「うーん、なら、まだパック餅を試してみる価値はあるんじゃない?」

まどか「えぇー……?」

さやか「……そんな露骨に嫌そ~な顔しなくても」

まどか「だって………」

さやか「ほら、メーカーだっていろいろあるんだし。中には美味しいのあるかもよ?
    それに、もしかしたら、ぜんざい以外の料理なら美味しいかも知れないし……」

まどか「ううん……」

さやか「絶望する前に、まずはできることを試してみないと。
    お餅なんて、ちゃんとしたのでもそう高くないんだし」

まどか「……そっか。そうだよね。さやかちゃんだって、上条君にちゃんと告白して玉砕したもんね」

さやか「ちょっと、好意で一緒に悩んであげてるあたしの傷を抉らないでよ! 急に!」

まどか「ティヒヒヒ。それじゃ、ちょっとお買い物してこようかな! さやかちゃんもつきあってくれる?」

さやか「あ、うん。近所のとりせんでいいよね?」

バタバタ…

――半時間後――

さやか「ふぅ………」ドサッ

買ってきた、重たいお餅をテーブルに乗せる。

まどか「フレッセイにも行ったけど、このくらいしか無かったね……」ガサガサ

中身を取り出す。

『越後製菓 生一番 切り餅 400g』

『サトウの切り餅 新潟県魚沼産こがねもち 300g』

まどか「やっぱり二大メーカーなだけあるね。まともな切り餅はこの二社しか無かったや」

さやか「他は全部、もち米粉を使ったやつだったもんね……。安かったけど」

まどか「えっと、『越後製菓 生一番』のほうが、358円で……」ガサッ

レシートを改める。

さやか「『サトウの切り餅 新潟県魚沼産こがねもち』のほうが598円」

まどか「使ってるお米の質の違いかな? 『新潟産こがねもち』のほうがかなり高いね。
    『生一番』のほうも国産米ではあるみたいだけど……」

さやか「うーん、どうする? とりあえず、安い方から焼いてみる?」

まどか「そうだね。そうしよう」

ジジジ…チンッ!

今度は二人並んで見守る中、オーブントースターが出来上がりを告げる。

さやか「おー、なかなかぷっくりと膨らんだねぇ」コンコン

硬く焼き上がった膨らみを爪で突く。

さやか「横に入ってた切り込み、確かに焼き上がりが綺麗になっていいかも。ただの切り込みなのにね」

まどか「そうだね。サトウ食品と戦争になるぐらいの発明らしいから……」

さやか「戦争?」

まどか「うん。越後製菓は、このお餅に入れる切り込みの特許を持ってるんだけど、
    サトウ食品も同じように切り込みを入れたお餅を売り出したら、越後製菓に特許侵害だって訴えられたんだって」

さやか「え……。こんな切り込みが特許になるんだ?」

まどか「らしいね。切り込みの入れ方はちょっと違うんだけど……。
    だから最初の裁判では特許侵害じゃないよって、サトウ食品の勝ちだったんだけど、
    次の裁判でひっくり返って、越後製菓の勝ちで終わったんだってさ」

さやか「切り込み一つで……。すごいもんだな」

まどか「越後製菓が損害賠償ではじめは15億だか請求して、今は増額して60億寄越せとか言ってるらしくて、
    まだ揉めてるみたい」

さやか「60億!? うっそ、特許って怖い!」

さやか「さてさて、お味の方は?」

しっかりと醤油に浸った海苔巻きが二つ。

まどか (あんまり期待できないけど……)

「「いただきます」」

サクッ

ぱりっとした海苔と殻をかじる。

まどか「………んん?」モグモグ

さやか「……ん、これ……結構美味いんじゃない?」モグモグ

まどか「ううーん………? ………うん。なるほど」モグモグ

目をつぶって首をかしげながら、真剣に餅を評価するまどか。

さやか「ダメ?」

まどか「……うーん、思ったよりは、頑張ってると思う」

さやか「だよね? けっこういいよね」モグモグ

まどか「でもこれは、焼き方のせいだね。外側がパリッと焼かれているおかげで、
    中のお餅のコシの無さが誤魔化されている感じ。だから最初の一口はいいんだけど、
    やっぱり食べてるとダメだなあって思っちゃうな……」モグモグ

さやか「厳しいっすねぇ……。まどかさん……」

まどか「何だか、今一歩感がもどかしいんだもん……。でも、さやかちゃんの指摘は良かったと思う」

さやか「あたしの?」

まどか「うん。調理法で変わってくる、っていう所。焼き方でこの『生一番』も多少はごまかせたわけだし、
    やっぱりパックの切り餅って水っぽい物には向いてないんじゃないかなぁ」

さやか「あー。ぜんざいの話か」

まどか「うん。あれはとろっとしたお汁との絡みを楽しみたいし、パリッとは焼いてなかったんだけど、
    そのせいかベチャッって伸びちゃってるだけみたいな感じがして……」

さやか「じゃあ、磯辺焼きで攻めようって方向性に間違いはないと?」

まどか「多分」

さやか「ならこのまま試してみよう。もう一つの、『サトウの切り餅 新潟県魚沼産こがねもち』を焼こうか」

まどか「うん。値段だけはまぁ、期待できるよね」

さやか「値段だけって、まどかホントは全く期待してないな?」

まどか「………楽しみだねっ、さやかちゃん!」

さやか「いや、無理に期待しろとは言ってないって……」

ジジジ…チンッ!

本日三度目の焼き上がり。

さやか「さて、これも醤油か……。同じ味は飽きない? 大丈夫?」ガタッ

まどか「大丈夫だよ。むしろ味付けは無くても良いくらい、そのほうがお餅の味が分かるし」

さやか「さすがお餅ジャンキーは仰ることが違いますね……」トプン…

醤油の海にお餅が沈む。

まどか「ん、乗せて乗せて」

さやか「ほいほい、熱いよー」

それをまどかが準備した海苔にのせて、くるくると包む。

まどか「………よしっと。はい、さやかちゃんの分」ヒョイ

さやか「サンキュー」

まどか「それじゃ早速!」

「「いただきます!」」

サクッ

さやか「あふ、ちょっとさっきより熱いかも……」フー フー

まどか「………ふーん?」モグモグ

まどか (こんなもんかぁ………)

さやか「………うーん?」ムグムグ

さやか (違いが分からん………)

さやか「ど、どう? まどか?」

まどか「……さやかちゃんは?」

さやか「え、えーと、あたしは……。その、さっきと同じぐらい美味しいかなーって……」

まどか「そっか。確かに、値段のワリに、びっくりするほどの違いはないね」

さやか「だよね? 正直なところ、違いが良くわかんなくって」

まどか「でも、味は結構良くなってると思う。原料の米が良いから、しっかりとした美味しいもち米の味が楽しめるね」

さやか「そんなもんかなー……?」

まどか「ただやっぱり、食感が。コシがどうしても足りない……。
    変に柔らかいような感じがするばかりで、噛んでても幸せになれない……」

さやか「………つまり?」

まどか「このお餅でも……。満足できないよぅ………」

さやか (ダメだったかぁ………)

結局、市販のパック餅を諦めた二人。

カーペットの上に、並んで寝転がっている。

まどか「はぅ……。お餅………お餅………」

さやか「……まどかー?」

先ほどからまどかは、ぶつぶつとうわごとを繰り返すだけで、話しかけても反応がない。

さやか (悪化しちゃったなぁ………)

まどか「お餅……お餅? もちもち………」

さやか (さて、どうしたものか。さやかちゃんの灰色の脳細胞は既に限界です)

さやか (……やっぱほむら頼りかな。ちょっと悔しいけど) カパッ

ポケットからケータイを取り出し、

さやか (んーっと、登録名『ほむほむ』はっと……) ゴロン ピピッ

頭を目覚めさせるようにうつぶせになると、ほむらに電話をかけ始めた。
prrrr prrrr prrrr...

さやか (さーすがにもう委員会も終わって―――)

ブツッ

ほむら『この電話は、電波が届かないところにあるか、電源が入っていないため、掛かりません』

さやか「お、ほむらー。今大丈夫?」

ほむら『貴女以外の相手なら大丈夫よ』

さやか「そっか、さやかちゃんと話したくて堪らなかったかー。委員会は終わったの?」

ほむら『ええ、もう家に戻ってるわ』

と、軽口で電話を始めるさやかの後ろから、

まどか「もちもち? もちー……?」

壊れたまどかが忍び寄る。

まどか「もち………もち………」

焦点の怪しい目線が捕らえたのは、ややスカートが捲れて見えかけたさやかのお尻。
白く透き通るようで、とてもいい張りとツヤを備えている。

さやか「ちょっと相談なんだけどさー」

まどか「もちもち!」ドスッ

まずはさやかの腰に馬乗りになると、

さやか「ぐえっ! ま、まどか? 何を」

まどか「もっちもちー!」モミュッ

両手でそれを優しく揉み始めた。

さやか「ひゃんっ!? ま、まどか! やめなさいっ!」

ほむら『……? まどかがどうしたの?』

まどか「もっちもちー♪ もっちもちー♪」モミモミ

その柔らかさを慈しむように、仏の笑顔でまどかが揉み続ける。

さやか「あっ、ちょ、んぁ……! やだってば!」バタバタ

ほむら『………さやか? 何の用なの?』

まどか「いい、これ……。柔らかい………」サスサス

さやか「やぁっ、ちょ、まどかが、さっきから、お尻を!」バタバタ

さやか「いい加減に………しなさいっ!」ドタッ

まどか「んぎゃっ!?」ドテッ

さすがに放っておく訳にもいかず、ついにさやかが力回せにまどかを押し倒し、形勢を逆転した。

まどか「あうー、さやかちゃんの餅尻ー……」ワキワキ

さやか「ふぅ……。ひどいめにあったわ……。ごめんね、ほむら」

ほむら『えっと……その、さすがに、同級生が電話でエッチな遊びするのに付き合う趣味は無いんだけれど……』

さやか「誤解だって!」

ほむら『はぁ、なるほど。まどかがお餅ほしさに壊れた、と』

さやか「そうなんだよう。あんたのお餅のせいで、もう普通のお餅じゃ満足できないみたいでさー」

ほむら『もらい物だから、私のお餅って訳でもないんだけれど……』

さやか「もう残ってたりしないよね?」

ほむら『さすがに食べてしまったわよ。杏子が住み始めてから、部屋に食料品が残ってる方が珍しいのよね』

杏子『あん? 何か余計なこと言ってねーか?』

電話の向こうから遠い声がする。

さやか「困ったなぁ。同じぐらい美味しいお餅の在処、知らない?」

ほむら『分からないわね……。いつも貰ってるだけで、買ったことがないし……』

さやか「ううん……」

ほむら『……とりあえず、どうせ明日は休みだし、一人で困ってるなら集まりましょうか』

さやか「頼むわー、もうあたしには相手するの限界です……」

ほむら『マミにも暇かどうか聞いてみるから。その後で、私の家かマミの家かに集まりましょう』

さやか「了解! サンキュー、ほむら!」

――マミホーム――

さやか「どうですかマミさん……」

ほむら「何かいい案は無いかしら……」

マミ「うーん……」

三角テーブルの三辺に座り、答えを模索する三人。

さやか「ほむらのお餅、残ってはないですよね?」

マミ「え、ええ。美味しかったから、お雑煮にしたり、ごまときなこで食べたりして……」

さやか「……なら、美味しいお餅を売ってる場所は? 知りませんか」

マミ「そうねぇ。知らないこともないけど……」

さやか「え、どこですか?」

マミ「ちょっと遠いけど、ほら、南の方に多摩村町ってあるでしょ」

ほむら「ああ。見滝原や風見野と大きな市に囲まれながら、合併を避けてる孤高の町ね」

マミ「あそこにあるお米屋さんが、毎年とてもおいしい杵つきの餅を売ってるのよ。
   行きつけの紅茶屋さんのご主人に教えて貰ったのだけれど……」

さやか「それじゃあ、そこまで買いに行けば!」

マミ「でも、正月限定よ。今はもう売ってないと思う」

さやか「ダメかぁー……」

杏子「そんなことより、ほれ、どーにはしへくれ……」

まどか「………」フニフニ

ソファでは、ぼーっと虚空を見つめる杏子の両頬を、まどかが一心不乱に揉んでいる。

ほむら「何かそうしてると落ち着くみたいだから、しばらく我慢してて頂戴」

杏子「そんなぁ……」

まどか「やわらかーい………」モミモミ

さやか「杏子にしては、よくそんなんされて我慢してるわね」

杏子「なんかまどかの目が怖ぇんだよ、へいほうしはら何されるか……」

まどか「素晴らしいよ杏子ちゃん。このほっぺたは国宝級のもちもちほっぺだよ」フニフニ

杏子「ンな認定貰ってもうれひふねーよ……」

ほむら「羨ましいわね……」

杏子「なら代わっへくれ!」

ほむら「代わりたくても代われないのよ、この身体じゃ……」

マミ「あ、鹿目さん、これはどうかしら?」ポイッ

手元から、床にあったクッションを投げて渡す。

まどか「これは……ビーズクッション?」フニッ

揉みながら確かめる。

マミ「ええ、佐倉さんのほっぺたには及ばないかも知れないけれど、さわり心地は悪くないでしょう?」

まどか「うん………。確かに………」モミモミ

マミ「ほら、佐倉さんも困ってるみたいだから、ね?」

まどか「………分かりました、我慢します」フニフニ

杏子「た、助かった……」ドサッ

妙に緊張していたのか、疲れた身体をソファに横たえる杏子。

マミ「うん。ふにふにもちもちした物を与えておけば、とりあえずは精神が安定するようね」

さやか「ちゃんと日本語話してますしねー。ただ、根本的解決には至ってませんよね」

マミ「そうね。どうしましょう……」

さやか「うううーん………」

ほむら「………そろそろかしら」

すっと、手を懐に入れて構える。

さやか「ん?」

ほむら「こういう展開になると、決まって首を突っ込まずには居られないアホが一匹―――」

QB「どうやらお困りのようだね?」ヒョコッ

ほむら「そこだッ!」ズバンッ

QB「きゅいっ!?」ドゴッ

その獣が現れた瞬間、ほむらの取り出したハリセンが唸り、
キュゥべえは固い壁のシミになって息絶えた。

杏子「手慣れてんなぁ……」

マミ「ちゃんと言いつけ通り、部屋を傷つける銃器はやめてもらえたようで良かったわ」

ほむら「ふぅ。インキュベーター専用ハリセンも手に馴染んできたわね。最近はちょっとご無沙汰だったけれど……」

QB「まったく、まだ何も言って無いじゃないか」

二匹目が現れる。

ほむら「どうせ契約を期待して現れたんでしょう?」

QB「まぁ否定はしないよ」

ほむら「ならさっさと消えなさい。まどかにそんなことで契約はさせないわ」シッシッ

まどか「でも、契約したらあのお餅……。食べ放題かぁ………」フニフニ

とろんとした眼でつぶやくまどか。

ほむら「えっ」

QB「えっ」

さやか「おいまどか!」

一瞬、皆に緊張が走るが、

まどか「………ウェヒヒ、冗談だよー。地球が終わったら、お餅食べられなくなっちゃうもん」

まあ本気なわけではない。

ほむら「ふぅ……」

QB「チッ……」

杏子「このまどかなら、マジで契約しかねねぇもんな……」

さやか「ですよねー……」

マミ「それでキュゥべえ、せっかく久々に顔見せたなら、何か知恵を貸して頂戴」

QB「知恵?」

さやか「あんた人類については結構調べてんでしょ? おいしいお餅の入手方法、何かない?」

QB「それがまどかの願いかい?」

さやか「えー、こんなんでも契約要るの!?」

QB「それが僕の仕事だからね」

あまり役にたちそうではないようだ。

ほむら「契約の代償は奇跡でしょう? あんまりにも契約取れないからって、ちょっと無理があるわよ」

QB「け、契約の基本は取引さ。お互いに欲しい物があるなら、それを交換するのが当たり前じゃないか!」

杏子「……もしかするとあんた、知らないだろ。お餅が何か」

QB「………何を言っているんだい、杏子。僕は知らない訳じゃなくて、知りたいなら相応の対価をだね」

さやか「そっかー、知らないなら仕方ないね。ああ、本当、お餅も知らないなんてキュゥべえって使えないんだなー」

QB「だから知ってますー! あまり僕たちの高度文明を嘗めないでもらいたい!」

ほむら「ならさっさと吐きなさい。洗いざらい、あなたの知っている餅に関する知識を吐き出して、
    自分の文明がいかに高度な物かを証明したらいいじゃない」

QB「………はぁ、仕方ないな。少しぐらいなら、僕の君たちとは比べものにならない知性を見せてあげてもいいだろう」フン

さやか「はーい、本日のゲストは、遠い星からやってきた天才営業マン、キュゥべえさんです。こんにちはー」

QB「やあ、こんにちは」

さやか「では早速、お聞きしたいんですが……。美味しいお餅が手に入る方法、何かご存じ有りません?」

QB「うん。まず、君たちの言うおいしいお餅って言うのは、良質なもち米が100%で、
  それをしっかりと杵でついた、そういう普通のお餅のことだろう?」

まどか「そう! それだよ! 混ぜ物もない、ちゃんとした材料を使って、
    そしてごくごく当たり前に杵でついて作ってくれるだけで良いの!」ガバッ

途端に上体を起こし、会話にかじりついてくる。

さやか「うぉう、急に饒舌になったな、まどか……」

QB「それなら、そういう作り方をしているお店で買えばいいだけの話じゃないか」

マミ「え、でも……。お正月以外、なかなか売っていないんじゃない?」

QB「うん。杵でつくのは結構大変な作業になるから、正月限定で売ってる場合が多いみたいだね。
  まあ普通に市販されているパック餅も、機械で杵につかせてるんだけど……」

まどか「へ、そうなの? あんなに頼りない食感をしてるのに……」

QB「多分、原材料の米が大量生産向きの安価な物であるとか。あとはついたあとの機械行程のためか、
  若干柔らかくつききってしまいがちな傾向はあるようだね」

まどか「そうなんだ……」

QB「ともかく、杵つきの美味しいお餅が食べたいなら、年中杵でついて手作りしているお店に行けばいいんだよ。
  そういうお店なら、つきたてを食べることも可能だよ」

まどか「それはズバリ……?」

QB「和菓子屋さんだよ」

さやか「和菓子屋さん……?」

QB「そう。ほら、たとえば大福なんかは、柔らかくついたお餅を使っているし、
  おはぎや、桜餅なんか、もち米を使うお菓子には事欠かないだろう?」

杏子「ああー。確かに……」

QB「それでけっこう、毎日杵でお餅をついているお店はあるようだよ。ほとんどお餅専門店みたいな所もあるし」

マミ「へぇー……」

さやか「何か、意外と役に立ってるわね、キュゥべえ」

QB「そうだろう? どうだい、僕を見直したんじゃないかな! そうにちがいない!」フリフリ

興奮しているのか、尻尾が上下左右にあらぶっている。

ほむら「……でも、この近くに、そんな和菓子屋さんはあるのかしら?」

QB「………うん、ちょっとそこまでは分からないかな。遠いところならあるんだけどね」

ほむら「なーんだ。やっぱり役立たずじゃない、インキュベーター」ハァ…

さやか「期待させといてこれかー……」

まどか「そんなのって無いよ……。あんまりだよ……」

マミ「肝心なところでダメね……」

杏子「どうする? 和菓子屋探すかい? 報酬のみたらし団子次第ではあたしが……」

QB「ま、まだ話は終わりじゃないんだ! ちゃんと最後まで聞こうね!」ダンダン

前足で床を叩き、注意を集める。

ほむら「何よ、もう出番は終わりよ。帰るのが面倒なら、その個体は処理してあげましょうか?」サッ

QB「落ち着こう暁美ほむら。そのハリセンは仕舞った方がいい」

まどか「まだ何かあるの?」

QB「うん。そもそもまどか、君はそういうお店で買った餅を食べたとして、満足できる保証があるかな?」

まどか「………え?」

さやか「……? どういうこと?」

ほむら「また訳の分からないことを言い出したわね……」

QB「杵でついたお餅だからと言って、全てが同じ味になる訳じゃない。
  材料によっても、つき方によってもまるで違ってくるし、
  それは機械づきのパック餅が美味しく感じられない、という事でも証明されていると思わないかい?」

まどか「それは………うん。そう、かな」

QB「だとしたら、まどかが美味しいと思えるお餅は、まどか自身にしか分からないわけだ。
  仮に和菓子屋を巡って餅を買い歩いたとしても、本当に自分が満足できる味に出会うには、
  結構な長旅を経ることになる可能性が高いだろう」

さやか「うーん……。たしかに、まどかのこの拘りようを見ると……」

マミ「一理ある、わね……?」

まどか「あう……」

QB「つまり、これはもう! その求める味を身体で知っている君が、僕と契約」

ほむら「はいアウトー」バシッ!

二匹目もご臨終。

QB「……じゃなくて! えーと」ヒョコッ

さやか「復活早いな」

まどか (キュゥべえがお餅だったら、無限に食べられるのになぁ……)

QB「ともかく、自分が満足できる味は、自分しか知らない。
  だったら、もう自分で餅をつくしかないよ。それが最善にして最短だ!」

マミ「………」

さやか「………」

五人に深い沈黙が降りる。

QB「……? あ、あれ? どうしたんだい、僕の指摘した真理がそんなにショックだったのかな?」

ほむら「長々と語っておいて……」

杏子「着地点そこかよ……?」

まどか「自分でお餅がつけたら、わたしこんなに苦しんでないよ……!」

QB「いや、だって、ホントの事だし……」

ほむら「まず、何処に杵と臼があるのよ?」

QB「買えばいいじゃないか。小さめの木臼なら、杵とセットで十万円もあれば買えるはずだよ」

さやか「じゅっ……」

マミ「十万!?」

杏子「あれそんなするのかよ!?」

QB「おや? 鹿目まどかぐらいの収入がある家庭なら、購入はそう難しくないと思ったんだけど……」

まどか「ちょっ、突然わたしのおうちの懐事情に踏み込むのはやめて!!」

QB「じゃあ、石臼なら7万円ぐらいで買えると思うよ。ただ、餅が冷めやすいのが難点で……」

杏子「全然たけーよ、何言ってんだ……」

マミ「そもそも、鹿目さんに、あんな重い杵を持ってつくようなマネは難しいんじゃないかしら……」

杏子「だよなぁ。子供用の借りてやった時でも、素の体力だとかなりしんどかったぞ?」

QB「契やk………いや、うん、そうだね。たしかにそれはあるかもしれない」

まどか「ううん………」

さやか「キュゥべえの知性とやらもこんなもんですかねー……」

ほむら「ろくでもない知性だったわね」

QB「き、君たちも少しは協力的になったらどうだい? 僕は最適解を提示してあげたじゃないか!」

ほむら「私たちが求めてるのは、最適解じゃなくて現実解なの。それすらも分かってなかったの?」

QB「くっ……! 何でこんなに負けた気がするんだろう……!」

ほむら「実際負けたからよ」

QB「………」プイッ

なんだかんだで非難囂々のキュゥべえは、絨毯に突っ伏し、不機嫌そうに顔を背けてしまった。

マミ「ううーん……」

まどか「……? マミさん?」

さやか「どうかしました?」

何やら顎に手を添えて難しげな顔のマミを見る。

マミ「あ、いえ……。ちらっと記憶しているだけなのだけれど、ホームベーカリーって分かる?」

杏子「ホームベーカリー?」

ほむら「名前の印象しか無いけれど、おうちでパンが作れる機械よね? 電器屋で見掛けたような気がするわ」

マミ「そうそう。材料を入れてボタンを押すと、勝手に生地をこねてくれて、発酵も管理してくれて。
   気づいたらパンが焼き上がってるっていう、魔法みたいな機械よ」

さやか「へぇー。便利そうですねー」

マミ「うん。一度気になって、パンフレットを貰ってきたことがあるんだけれど、
   私は自分で手間暇かけて作るのが好きなのであって、楽しく無さそうだなと思ってやめたのね」

杏子「それがどうしたんだ? 今はパンじゃなくて、餅の話だろ?」

マミ「ええ。ただ、機種によっては、ホームベーカリーなのに餅がつける機械があった気がするの」

さやか「え? 家庭用の餅つき機ってことですか?」

マミ「そうよ。パンだけでなくお餅もできる! とかなんとか書いてあったような……」

まどか「そんなものがあるんですか……?」

ほむら「インキュベーター?」

QB「……なんだい?」

ほむら「ホームベーカリーに関する知識を披露なさい」

QB「またかい!? 結局君たちは、情報を引き出しておいて最後にはこき下ろすんだろう?」

ほむら「知らないなら良いわ」

QB「………家庭で使用できる、餅つき機能つきのホームベーカリーが存在することは確かだよ。
  ただ詳しいことは僕もよく知らないね……」

さやか「何だ、今度は普通に知らないのか」

ほむら「ダメね」

QB「し、仕方ないじゃないか! 餅のつけるホームベーカリーなんて最新情報過ぎるよ!」ドタドタ

四本の足を暴れさせて抗議を示す。

マミ「……そうかしら? 何年も前から有るような」

QB「十年二十年なんて僕達にとっては最近すぎるんだよ!」バンバン!

杏子「それはそっちの都合だし、役に立たないことに変わりはねーな」

QB「ううう、今日はいつもにも増して扱いが酷い……!」

マミ「うーん……」

さやか「いろいろ案は出たものの……」

ほむら「決定的と言える結論は得られなかったわね……」

杏子「和菓子屋とかホームベーカリーとか、まあ調べてみてもいいけど……って感じだな」

四人、また集まった当初のような悩ましい顔をつきあわせる。

まどか「………」

その中でまどかは、固い決意を秘めたような難しい顔をしていた。

ほむら「……まどか?」

杏子「どーかしたか? クッションじゃ満足できなくなったか?」

まどか「あ、ううん。その……今日は、みんな、わたしのわがままに付き合ってくれて。ありがとね?」

さやか「ん? そんなの気にするなって!」

ほむら「まどかの為なら、このくらい何てことはないわ」

杏子「困ったときに助け合うのが友達だろ?」

マミ「それを見守るのが先輩の役目!」

まどか「……えへへ。本当に、ありがとう」

まどか「でも、その……。これ以上は、自分で何とかしないといけないかな、って……」

杏子「自分で?」

まどか「うん。いろいろアイデアが出て……。個人的にはホームベーカリーが気になってるけど、
    どれを選ぶにしても、それを決めて実行しなきゃいけないのは私だし……」

ほむら「それは……」

マミ「……まあ、そうね。仮に臼と杵を買うにしても、和菓子屋でお餅を買うにしても、
   そのお金を出すのは鹿目さん自身だものね」

まどか「はい……」

マミ「でも、手伝える事があったら言って頂戴ね?」

まどか「えっと、それは……」

杏子「マジで杵と臼買うんなら、あたしがつくぞ!」

ほむら「あのお餅を作った親戚の人に聞きたいことがあるとか、取り次いだり出来るわよ?」

さやか「あたしは……えーっと……。うん、何かできるよ。きっと何か!」

まどか「………わかりました。何かあったら、みんなよろしくね!」

さやか「それじゃ、今日のところは解散かなー?」

マミ「そうね。じゃ、いつも通り、ケーキでティータイムにしましょっか」

杏子「おっしゃ、待ってたぜ!」

ほむら「いいわね。今日は何のケーキかしら」

マミ「ふっふっふ。見てのお楽しみよ。……鹿目さんも食べられるわよね?」

まどか「え、あ、はい! 是非! 別に体調が悪いわけではないんで……」

マミ「それもそうね」

QB「ところで、僕の分はあるのかな?」

マミ「有るわけが……と、言いたいところだけれど、ちゃんとあるわよ」

QB「本当かい!? これは協力した甲斐があるってものだね」フリフリ

マミ「それじゃちょっと待っててね。暁美さん、ちょっとお手伝いおねがい」

ほむら「了解」

まどか「あ、マミさん! ビーズクッションはちょっと貸してくれませんか? 気に入っちゃって……」フニフニ

マミ「え、あー、そのくらいなら。しばらく貸しておいてあげるわ」

マミ (おひるね用の枕が無くなっちゃったわね……)

熱い膨らみ…白いモノ…求め、むしゃぶりつくJC…

――その日の夜――

鹿目家の一室。静かな部屋の中で、まどかが一人、真剣な顔で液晶画面とにらめっこをしている。
ビーズクッションを抱いたまま、中指一本打法のわりには、かなりの速度でキーボードを叩いている。

カタタッ… カチッ…

まどか「うーん……」

まどか (ホームベーカリーの機能というより、『餅つき機』という一つのジャンルでも販売されているんだね……)

まどか (価格は1万円から2万円程度。さすがに実物の杵と臼には手が届かないけど、
    このくらいなら今年のお年玉でなんとかならないこともない……)

まどか (餅をつくだけじゃなくて、もち米の段階から蒸してつくところまでちゃんとできるんだ……) コリコリ

まどか (……ただし、家庭用に限って言えば『つく』というよりは『こねる』。
    家庭用では実際に杵を振り下ろしてつくわけじゃなく、羽がこねるだけだから、
    完全な杵つき餅ほどの味が実現できるわけではない……? 煮溶けやすい……) カタタッ

まどか (それでもつきたてが食べられるし、市販のパック餅よりはよほど良い、か……。
    このぐらいが落としどころなのかなぁ……) カチッ

まどか (できることなら杵付きがいいけれど、現実的じゃない。妥協? ……ううん。挑戦だよ)

まどか (……もち米も大事なんだ。もち米の種類と蒸し加減でも味はかなり変わる)

まどか (よし……!)

まどか「これは、挑戦する価値アリ、だね……!」

「今日の仁美ちゃん、さやかちゃんみたいだよ」みたいに結構毒吐く子だからね
慣れてるんだよ

――日曜日、朝――

まどか「………」ソワソワ

詢子「………」

知久「………」

鹿目家のリビング。妙にそわそわしたまどかと、その娘の姿を見つめる詢子と知久が椅子に座っている。

詢子「まどか……?」

まどか「……何?」

詢子「その……。落ち着け?」

まどか「え? 何言ってるのママ。落ち着いてるよ。こんなに落ち着いてるの初めてだよ」

詢子「そ、そうか……」

詢子「おい、何があったんだ? 明らかに変だぞ?」ボソボソ

知久「分からないけど……。どうも、市販のお餅じゃ満足できなくなっちゃったみたいだね……」ヒソヒソ

詢子「まさか餅つき機にお年玉使うなんてなぁ……」ボソボソ

知久「今年もまたぬいぐるみが増えると思ってたんだけどね……」ヒソヒソ

まどか「………」ソワソワ

そんな妙な空気の鹿目家に響くチャイムの音。

ピンポーン…

まどか「!?」ガタッ

聞くが早いか、椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、

まどか「はぁーい!」ドダダダ…

そのまま玄関にダッシュで消えていくまどか。

詢子「あ、おい! コケるなよ!」

知久「うーん……。そんなにマズかったかなあ。僕のぜんざい」

詢子「何いってんのさ。そもそもパック餅嫌いはパパの血筋だろ?」

知久「まあそうだね。僕があんまり好きじゃないから、お餅はあまり出さないようにしてたんだけど」

詢子「お義父さん生きてたうちは、たしかに美味い餅食ってたもんなぁー……」

知久「なつかしいね。さて、まどかの買った餅つき機、どんなお餅になるんだろう」

詢子「そんなモンがあるって知ってた?」

知久「知っては居たよ。僕は食べられないなら食べられないでいいから、買おうとは思わなかったけど」

詢子「まどかは食べたくて食べたくて耐えられなかった、か……」

話に出てきてるお父さんをパック餅に殺されたんだよ

バタン…

まどか「はぁ………」

すぐに、玄関から戻ってくるまどか。手には冊子を持っているだけで、荷物が届いた様子はない。

知久「……何だった?」

まどか「隣のおばさんから、回覧板だった……。はい」ヒョイ

知久「ありがとう」

詢子「………ほら、部屋でゆっくり待ってたらどうだ? いつ届くかなんて分からないんだし」

まどか「うーん……。そうしよっかな」

知久「それとも、お茶でも飲むかい?」

まどか「……ううん。それはいいや。ありがとう、パパ」

キィ… パタン

重い足取りで、そのままリビングを出て行った。
ずっとふにふにしていたビーズクッションも忘れない。

詢子「餅中毒だな………」

知久「餅中毒だね………」

その後、30分ほどもした頃。

ピンポーン…

また同じ音が鳴り、来客を告げる。

詢子「ん、今度は誰だろう」

知久「まどかは―――」ガタッ

応対に出ようかどうしようかと立ち上がろうとしたが、

バタンッ

まどか「はぁーい!!」

ズダダダダダダ… ダタン

リビングの外から酷い音が聞こえ、特に応対する必要がないことを伝えた。

知久「……うん。出なくても良さそうだね」ストン

詢子「そのうち本当にケガするぞあれ……」

ガチャッ

まどか「はい!」バタン!

「うおっ……!?」

びっくり箱のように突然飛び出したまどかに、来客がちょっと驚いた。

まどか「………来たね!!」

門の前に居たのは、青の横ストライプを着た佐川の配達員。

佐川「えっと……? Mamizonさんからの届け物です」

まどか「どれどれ……」ジロジロ

その箱にねっとりと視線を巡らせ、ちゃんと綺麗な状態で届いたことを確かめる。

まどか「……うん。わたし、佐川急便のこと誤解してた。時間指定はすっぽかされ、
    家にいるのに不在通知が投げ込まれ、挙げ句荷物には踏み跡がついてる酷い業者だと思ってました。
    でも今日は、一番欲しいときに欲しいものを、こんな朝早くから届けてくれて……。見直しちゃったよ!」ポンポン

ねぎらうように肩を叩く。

佐川「は……い? そう、ですか、どうも……?」

佐川 (配送センターが近いだけなんだけど……)

佐川「じゃあここにはんこかサインを……」

佐川が来てくれなかったらたっくんのふにふにがあぶないところだった

詢子「お、届いたみたいだな……」

まどか「ぐっ、か、かなーり、重……い!」ドスン!

ふらふらとした足取りで、リビングのテーブルに大きな荷物を運び込む。

まどか「ふぅー……」

知久「そんなに重いの……って重ッ!?」ドサッ

ためしに持ち上げてみて驚く知久。

まどか「もち米が重いんだと思う。5kgいっしょに注文したから」

詢子「ご、5kgも買ったのか……」

まどか「すぐ食べちゃいそうだもん。ほむらちゃんに貰ったのも一瞬でなくなっちゃったし。
    滋賀県産の羽二重もちとかも気になったけど、今回はスタンダードな高級米、新潟県産こがねもちだよ!」ビリリ…

テープを剥がし、ダンボールを開梱しながら。

知久「こだわってるねぇ……」

まどか「よっ……と……」ズズッ

まずは、その重さの原因である米袋を取り出す。

まどか「えっと、パパ、これ……。キッチンに置かせて貰えないかな?」

知久「うん、いいよ。お米の入ってる場所は知ってるよね? あそこの横でいいんじゃないかな」

まどか「うん、それじゃ、機械の方を開けてみよう……!」ドサッ

もう一つ、ダンボールに入っていた餅つき機の化粧箱を取り出す。

詢子「へぇ、やっぱり結構大きいんだなー?」

まどか「うーん、そうかな? 一升つけるらしいから、こんなもんじゃないかな」パカッ

箱の蓋を開く。そう複雑な機械ではなく、本体と、説明書に保証書、あとはこまごまとしたパーツなど。

まどか「おおー! いいね、ちょっと興奮してきたよ!」フリフリ

詢子 (朝から興奮しっぱなしじゃないか……)

まどか「注文するときも思ったけど、何だか炊飯器みたいだよね」ガタッ

知久「そうだね。もち米を蒸す機能もついてるんだろう? カテゴリとしても近いだろうし」

まどか「ふんふん、ここにお米を入れて……。この羽根でこねるのかぁ……」

何だか頼りなさげな小さな羽根を手に取る。

まどか「……小さいけど、ちゃんとできるかな?」

知久「大丈夫だよ。むしろ羽根が大きいほうが、餅のねばりで折れちゃいそうで怖いよ」

まどか「……それもそっか」

詢子「それで、早速今からつくのか? ちょっとアタシも面白そうに見えてきたんだけど……」

まどかの興奮が伝染したか、わくわく顔の詢子。

まどか「できればそうしたいんだけど……」

知久「……もち米を水に浸さなくていいのかい?」

まどか「そうなんだよね……。新米で6時間以上、古米で10時間以上は水に浸しておかないと」

知久「うん。ちゃんと調べてあるんだね」

詢子「え、あれって裏でそんなことやってたのか?」

知久「結構時間がかかるんだよね。まあ、水につけておくだけなんだけど」

まどか「うん。機種によっては、浸しの時間を短縮できたり、
    そもそも蒸さないで炊いちゃうことで浸しをスキップしちゃうのもあるらしいけど」

詢子「いろいろあるんだなぁ……」

まどか「でも、それで美味しくなる訳じゃないし、できるだけ正統派な作り方でやりたいからね。
    今からもち米をといで、水に浸して……。夕方にはつけるかな?」

知久「そうだね。今日の夕飯、お餅にするかい?」

まどか「あ、う、うん! ちょっと不安だけど、美味しいお餅がつけると信じて!
    それまでは、説明書でも熟読してよっと♪」

詢子「うん、楽しみになってきたぞ」

これで餅つき器が初期不良だったらまどっちどうなってしまうん?

――夕方――

知久「そろそろかな……?」

ちらりと時計を見る。

午後6時、いつもなら夕食を食べ始めている頃だ。
さすがにお腹もすいたなぁ、と腹部をさすっていると、

まどか「お餅ー♪ お餅ー♪」バタン

予定キッカリの時間に、ゴキゲンなまどかが二階から降りてきた。

知久「ん、来たね、まどか。時間ピッタリだ」

まどか「えへへ。水に浸し始めてから、ずっとお餅のことだけ考えてたからね!
    えっと、始めたのが10時ごろだから……。大体8時間ぐらい?」

知久「そのくらいだね」

まどか「うーん、お米の状態や、浸す時間によっても味が変わるって言うから、ちょっと悩むところだけど……。
    最初はやっぱり、説明書に書いてあるこの位の時間で試すのが良いよね?」

知久「それでいいと思うよ。つき具合でも変わってくるし、まあそこは研究の余地があるんじゃないかな」

まどか「ひたすら研究だね! まだまだお餅道は奥が深そうだ……」

まどか「まずは、材料のもち米の……」ガタッ

キッチンのボウル一杯に浸された、一升分のお米を持ち、

まどか「っとと、水をしっかり切って、と……」ザラララ…

ザルに空けて水を切る。
たっぷり贅沢にくまれた水は、一気に流しへと消えてしまう。

まどか「……とりあえずは、これだけかな」

知久「あとは30分ぐらい、そのままかな? しっかり水を切らないと、うまく蒸し上がらなかったりするから」

まどか「みたいだねー。……ってさ、パパ。随分餅つきに詳しいよね?」

知久「ん? 昔、実家でついてたからね」

まどか「え……!? そうなの? 初めて聞いた!」

知久「まどかも見たことあるはずだよ。あれは確か0歳2ヶ月ぐらいの頃……」

まどか「そ、そんなの覚えてないよー!」

知久「ははは。だろうね。まあ、少しぐらいなら分かるから、ちゃんと手伝いは出来ると思うよ」

まどか「うん、ありがとう。何だかんだで経験値ゼロだもんなぁ、わたしは……」

ともすれば「私に関わらないで」オーラ出して自室で一人過ごしてるかもしれない年頃の娘が
お年玉で餅つき器買って親とわいわい準備してるって微笑ましいな

まどか「えーっと、待ってる間は……」

頭の中で、もう随分と読み潰した説明書を思い出す。
たしか、出来上がったあとの餅がくっつかないように…

まどか「そうだ、取り粉を用意しとこう!」

知久「取り粉かい? もっと後でもいいとは思うけど、まぁ、早い方がいいか」

まどか「たしか、片栗粉でいいんだよね? ……あ、もしかして無かったり?」

知久「大丈夫、ちゃんとあるよ。えーっと……」ガタタ…

壁の戸棚を開き、中を漁り、

知久「ほら」ヒョイ

お徳用サイズの大袋を取り出す。

まどか「良かった、結構量もあるね。 それを、テーブルに何か敷いて広げればいいのかな?」

知久「うーん、それよりも……」ガタガタ

知久「……ほら、こんなのはどうだい」ヒョイ

次に出てきたのは、ステンレス製の大きなバット。

まどか「あ、これ良いね。 ここに片栗粉を敷いて、ついたお餅を入れれば良いんだね!」

知久「うん。これで取りあえず、準備万端かな?」

――三十分後――

pipi..

まどか「鳴った!」ピッ

タイマーのカウントダウンとにらめっこをしていたまどかが、ついに残り0秒を目にして叫ぶ。

まどか「……うん、水もちゃんと切れてる」ザラザラ…

ざるを揺すって慎重に確かめる。

知久「それじゃついに、長かったけど……」

まどか「ふっふっふ、この子の出番だよ!」ドン!

キッチンの隅に片付けてあった新品の餅つき機が、ようやく初陣を迎える。なかなか誇らしい顔つきだ。

知久「どうだい、ちゃんとできるかな?」

まどか「まかせて! まずは、一升分の蒸し水を……。300mlだから……カップ1杯半?」チョロロ…

蓋の開いた本体に、水道の水を注ぐ。

まどか「そしたら、この臼を取り付けて……」ガタタ…

注いだ上から、炊飯器の内釜のような、専用の臼取り付ける。

まどか「あとはこの……ちょっと頼りない羽根をつけて、完成!」カチッ

知久「はい、もち米」

まどか「あ、ありがとう! 中に入れて……」ザララ…

まどか「うん。そしたら、フタを閉じて」パタン

まどか「『蒸し』ボタンを押したら……」カチッ

まどか「………あれ?」

うんともすんとも言わない。

知久「……まどか、これ、これ」ヒラヒラ

後ろを向くと、知久があきれ顔で、刺さってないコンセントのプラグを揺らしていた。

まどか「あ! あ、ははは、ごめん、慌ててた……」

知久「ケガさえしなければいいよ。はい、差したよ」ガチッ

まどか「ありがとうパパ。では、改めまして、『蒸し』ボタンを……」カチッ

ピッ!

今度は分かりやすい電子音が鳴った。蒸す動作が始まったようだ。

まどか「うん、これで30分ぐらい待てば、蒸し上がるはず!」

まどか「~♪ ~~♪」

肘をついて両手で顔を支え、テーブルの上の餅つき機を見守りながら、
何かは分からないが楽しげな旋律を鼻で奏でている。

知久「ふーん、それにしても便利だねぇ……」

それを隣で見守る父親。

まどか「え、何が?」

知久「餅つき機がさ。昔ついてた時は、せいろで蒸してたからね」

まどか「そっか。杵でつく時は、また別で蒸さないといけないんだもんね。……せいろって?」

知久「木とか竹で作った、蒸すための入れ物だよ。ほら、中華料理の点心とかで見るだろう」

まどか「あ、分かるかも! 竹で出来た、ちょっと可愛らしい入れ物だね」

知久「それのもっと大きいのを使うんだ。七輪の上に、おおきな鍋をのせて……。
   結構火の加減が難しくてね。熟練してないと、なかなか美味しく蒸し上がらないんだよ」

まどか「へぇ、そうなんだ。でもちょっと、雰囲気あって良さそうかも……」

知久「まあ、一度にたくさんつくため、っていうのもあったけどね。
   今時の家族だったら一升もつければ十分すぎるし、良い買い物だったかな?」

まどか「えへへ。でも、本当にそうかどうかは、ちゃんとできあがりを見てからじゃないとね!」

知久「それもそうだね。なかなか期待できると思うけどなぁ……」

シュシュゥ…

そのまま雑談をしながら見守っていると、機械から蒸気が漏れ、
あたりに美味しそうなもち米の匂いが充満し始める。

まどか「うわぁ……。すごい、何これぇ……」スンスン

蒸気に乗っているからか、なんだか息が美味しいような、不思議な幸せ。

知久「いい匂いだねぇ……。もち米の質も良さそうだね」

まどか「ウェヒヒヒ……。たっまんないよう……」モジモジ

とろけて緩みきった、少し意識が別世界に飛んでいそうな顔をしている。

知久「本当にまどかは、お餅ジャンキーの素質があるね……」

知久 (まるで悪いクスリでもやってるみたいな顔をして……)

そんなトリップ中のまどかを観察していると、

詢子「ようし、ただいまー!」バタン

タツヤ「ただいまー!」

出かけていた詢子とタツヤが帰宅した。

知久「おかえりー」

詢子「お、始めてんなー? いい匂いじゃないか」

詢子「ほい、これ頼まれてた奴」ガサッ

スーパーの袋を知久に渡す。

知久「ありがとう。タツヤもありがとねー」ナデナデ

タツヤ「どーいたしまって!」

元気の良い返事をしたと思ったら、

タツヤ「ごはん……?」スンスン

鼻を鳴らしながら、部屋の中をきょろきょろと見回し始める。
タツヤも部屋の空気に、なんだか美味しそうな感じをかぎ分けたようだ。

タツヤ「……おなかすいたー」

知久「ははは、お腹すいちゃったか。いつもより遅いし、僕もすいてきたからねえ」

詢子「いま、お姉ちゃんがお餅作ってるからなー。ちょっと待ってような?」

タツヤ「おもち?」

詢子「そうさ、お餅だよ。お正月にも食べたろー? タツヤはお餅は好きか?」

タツヤ「すき、おもち! おいしい!」

詢子「そうかそうか。楽しみだなー? ……なあ、タツヤの方にも、餅好きの血が受け継がれてるみたいだぞ」

知久「ママもお餅はわりと好きじゃないか……。僕だけのせいじゃないよ」

詢子「そうかねぇ……? まどか、あとどのくらいでできるんだ?」

まどか「………」

先ほどから、一言も喋っていないまどか。

詢子「おい、まどか……?」ポンポン

タツヤ「姉ちゃ……?」

まどか「………あれ? あ、ママ。おかえり……?」

と、肩を叩かれてようやく気がつく。

詢子「……目がイッってたな、今」

知久「さっきからこの調子だよ。幸せそうだし、いいんじゃないかな」

詢子「それで、どのくらいかかるんだ?」

まどか「えっと、あと10分ぐらいで蒸し上がって、つくのに10分かな?」

詢子「そうか。よしタツヤ、あっちで遊んで待ってよう」

タツヤ「はーい」

そして、蒸し始めて30~40分もすると、

ピーッ

と蒸し上がりの音がする。

まどか「出来た!?」ガタッ

知久「みたいだね。確かめてみたら?」

まどか「うん、どれどれ……」カパッ

臼の上の蓋を取ると、

まどか「わぁ……! 美味しそう……!」

蒸気を吹き上げて、艶やかに蒸し上がった、真っ白なもち米が並んでいる。
そのまま食べても美味しそうだ。

知久「良さそうだね。あとはつくだけだけど……」

まどか「うん、早速ついてみよう! このボタンを……」

次に押すのは『つき』ボタン。

まどか「どうだっ!」カチッ

ピッ ヴゥーン…

押すと、電子音と共に、低いモーターの回転音が響き始めた。

ヴーン…

まどか「………?」

初めのうちは、音がするばかりであまり動きがない。

モ゙モ゙…

まどか「……あ! 何か回ってるね!」

待っていると、ゆっくりともち米の中央が回転し始める。

その動きがだんだん全体に広がっていき、まるで生き物のように中央から盛り上がり始めた。

まどか「うわあ、ちょっとキモチワルイかも……」

知久「面白いね、この動き……」

ガリリ… ガガ… ガタタ…

まどか「結構振動がすごいね……。何だか、ちょっと変な音もするし」

知久「うん。ギヤか何かの音かな? これくらいなら大丈夫そうだけど」

つき始めると、思いの外変化は早い。

もう既に、ばらばらだったもち米がくっつきはじめ、もちもちとした塊になって回転していた。

まどか「いいねいいね! お餅っぽいよ!」

ヴーン… ガタタタ…

まどか「綺麗……♪」

数分もすれば、最初にあった粒はどこへやら。
均一に磨り潰されて、一つの白い塊になって壁を這うように回っている。

知久「………よし、そろそろいいんじゃないかな?」

まどか「え、いいのかな。10分ぐらいでつける、って書いてあったんだけど……」

知久「あんまりつきすぎると、きっと柔らかくなりすぎるよ。止めて良いと思う」

まどか「そっか。わかった」ピッ

ーン…

『切』キーを押されて機械が停止する。
臼の中には、純白に輝くつきたてのお餅が出来上がった。

まどか「ついに……完成!?」

知久「ははは、おめでとう」パチパチ

まどか「やったねー!」パチパチ

知久「でも、作業はもうちょっと続くよ。全部は食べられないから、保存用に取り分けないとね」

まどか「そうだね。臼を取り外して……」ガタガタ…

まどか「っちちち! つきたてって熱い!」ペタンッ

あまりの熱さに取り落としそうになりながら、お餅をバット上の取り粉にひっくり返す。

知久「うん。この後の作業も、結構熱いから、ほら」ガタッ

水がたっぷり汲まれたボウルを差し出す。

知久「これに手を付けて冷やしながらやるといいよ」

まどか「わかった!」

知久「でも、取りあえずは……味、確かめない? 今がきっと一番おいしいよ」

まどか「えへへ、だよねー! 緊張の瞬間だね……!」ピチャッ…

言われたとおり、ボウルの水に手を入れて冷まし、

まどか「っちち……。えへへ、もちもちでやわらか~い」モニモニ

それでも熱いカタマリのさわり心地を楽しみながら、取り粉のついていない表面から小さな実を二つもぐ。

まどか「はい、パパ!」ヒョイ

知久「ありがとう……どれどれ」モグッ

まどか「さて……お味の程は!?」モグッ

味付けなどは一切せず、素のままのつきたて餅を口に放り込んだ。

知久「………」モグモグ

まどか「………」モグモグ

口の中に意識を集中して評価する。今回の出来映えは…

知久「………うん。美味しいじゃないか!」

ばっちり大成功だったようだ。

知久「なつかしいな、この感じ……。機械でも、随分美味しい餅になるんだねぇ……」モグモグ

知久 (もうちょっと荒っぽさがあると、ほとんど同じかな?)

昔の実家の情景を思い浮かべる。

まどか「………」モグモグ

一方のまどかは、ただ黙ってかみ続けている。

知久「……まどか?」

訝しげに声をかけると、

まどか「美味しい……美味しいよ、このお餅……!」ポロ…

感動の余り、目に涙を浮かべながら味の評価を告げた。

知久「え……」

まどか「作り方も、もち米も違うから、ほむらちゃんのお餅とはやっぱり違う味になっちゃう……。
    でも間違いなく美味しい、これこそがお餅と断言できる味……!」

うん、うんと、ゆっくり自分でうなづきながら。

まどか「贅沢なもち米の味が口に広がる。ほのかな甘み。滑らかな舌触り。しっかりとしたコシがあるのに柔らかくて。
    こういうのが食べたかったんだよ……!」モギッ

味見のはずだったが、そのまま次の餅をもいで口に放り込む。

まどか「ああ、幸せだよぅ……。ひくっ……」モグモグ

まどか「長かった、この一週間……。お餅の神様、わたしに幸せをありがとう……」モグモグ

知久「そんなに美味しかったのかい……」

その信仰心に、さすがの知久もちょっと引いた顔をしている。

まどか「……欲を言えば、もうちょっとだけ硬かったら。このもち米では最強な気がする」モグモグ

知久「そう? それなら、浸しの時間を短くするか、ついてる時に、もうちょっとだけ早く
   機械を止めたらいいかもね。そこは次回の課題だね」

まどか「なるほど……。ここからは経験が物を言うんだね……」モギッ

味見3個目。

まどか「今日のこのお餅のつき具合、よく記憶に刻んでおかないと……」モグモグ

知久「いいんだけど、味見で全部食べ尽くさないようにね……?」

知久「それじゃ、夕飯用に、いろいろと味付けを始めようかな」

まどか「そうだね。やっぱり醤油で海苔巻き?」

知久「それも作るけど、こんなのも……」ガタ…

取り粉とはまた別の、幾分小振りなバットを持ち出す。

中には香ばしい香りのする、褐色の粉が広げられている。

まどか「きなこ餅! こんなの用意してたんだ!」

知久「さっき二人に頼んでたおつかいで、ついでにね。取り粉がつく前のつきたて餅にまぶそうと思って。
   まどか、8個ほどまるくちぎって、ここに入れて貰えるかな」

まどか「任せて!」モニュッ

勢いで無防備に触れ、

まどか「あぢっ!!」ビチャッ

学習したはずの熱さに返り討ちにあう。

知久「慌てないで……。ああ、そのうち2個はタツヤ用だから、小さめに頼むよ」

まどか「はーい!」モニュニュ…

カタン… カチャ…

まどかがきなこ餅を作っている一方で、知久は準備していた夕食の食器を並べ始める。と、

詢子「そろそろかなー?」

タツヤ「かなー?」

お腹をすかせた二人がキッチンに顔を覗かせた。

まどか「あ、ママ、タツヤ、お待たせ! すっごく美味しくつけたよ!」コロコロ

きなこの上で、まあるいお餅を転がしている。

詢子「おお、美味しそうだなー。どれどれ……」ヒョイ

それを遠慮なしに拾い上げ、口に運ぶ。

まどか「あ、つまみぐい!」

詢子「なに、味見さ。二人だって食べたんだろ?」パクッ

まどか「そうだけどさー」

詢子「……うわ、いいじゃんかこれ。んまいぞタツヤ、ほれ」モグモグ

小さいのを拾い、タツヤにも勧める。

タツヤ「んむむ………ん! おいしい!」モムモム

知久「はいはい、そこまで」ズイッ

キッチンの主である知久が、腹ぺこ二人組を押し返す。

知久「軽いおかずから並べてるから、テーブルで食べながら待っててよ。この後いろいろとお餅料理並べていくよ」

詢子「はーい、楽しみにしてるよー」

随分とうきうきとした足取りでテーブルに戻る。

知久「……さて。まどか、僕は料理してるけど、まどかはお餅を冷めないうちに処理しちゃおうか」

まどか「そうだね。硬くなったら困るからね、頑張る!」

知久「切り餅でいいのかな?」

まどか「うーん……。ほむらちゃんにもらったお餅が、丸かったからなぁ。何となく丸い方が……」

知久「そっか。それなら尚更、急いで頑張らないとね。やりかたは分かるかい?」

まどか「ちぎって丸めるんだよね?」

知久「うーん、そうなんだけど……。よし、見てて。まず粉をまぶして……」バフバフ

お餅の表面に、たっぷりと取り粉をかぶせていく。

まどか「ふんふん……」

知久「そしたらこうして、絞り出すように……」キュッ

そしてその端っこを片手で握ると、適当な丸餅を一つ、きゅっと絞ってちぎり取る。

知久「あとはこれを取り粉の上で、丸く形作ればいいんだよ。
   あんまり適当なちぎり方をすると、変な形のお餅になっちゃうからね」ペタペタ

まどか「なるほど……。やってみるよ!」

知久「できたのは、こっちのほうに並べて冷ましておいてね」

まどか「はーい!」ピチャ

今度はちゃんと手を冷やしてから、まどかは熱心に丸餅を作り始めた。

知久 (さてと……)

その横で、顎に手を当てて思案する。

知久 (まずは……大根でもおろそうか) ガタッ

とりあえず次にやる作業を決め、冷蔵庫を空けて大根を取り出しておろしはじめた。

知久 (ネギは冷蔵庫に刻み置きがあったから……) シャリシャリ…

竹製の鬼おろしで、手際よくしゃきしゃき大根おろしができていく。

知久「よし。まどか、お餅貰うよ」ヒョイ

まどか「あ、うん!」

まだまだつきたての丸餅を皿にのせる。

まどか「大根おろし……?」

一心不乱に餅を丸めていたまどかが、ようやく気づいたようだ。

知久「そうだよ。こうして、餅の上に大根おろしと、刻みネギと……」ガタタ…

知久「あとは鰹節を振りかけて、ポン酢をかけて……」トポポ

知久「少し醤油を利かせれば、できあがりだ。おろしもちだよ」カタン

お手軽に一皿完成する。

まどか「へえ、そんな食べ方もあるんだ……?」

知久「作ってあげたことなかったよね。からみもちとも言うんだけど……ほら、まどか、口空けてごらん」

まどか「え? あ、あーん……///」

粉だらけの手はそのまま、ちょっと恥ずかしそうに口を開くまどかに、

知久「ほら」ヒョイ

箸でそれを食べさせてあげる。

まどか「んむ……?」モグモグ

知久「どうだい?」

まどか「……うん、美味しい!」

知久「だろう」

まどか「ほっかほかのつきたて餅に、冷たい大根おろしの辛みが不思議とマッチして、さっぱりと食べられるね!」

知久「そうそう。まどかにはちょっと早い味かなとも思ったけど、なかなか分かってるじゃないか」

まどか「そ、そんなに子供じゃないもんっ!」

知久「ははは。ごめんごめん」

そんなふうに調理役が『味見』ばかりしていると、

詢子「おいおい、そっちばっかりで楽しんでちゃあ困るな?」

タツヤ「こまるー!」

テーブルから不満の声が飛ぶ。

知久「はいよ、今持って行くからね」カタタ

急いで残りの皿も、お餅と大根おろしで埋めていった。

知久 (うん、次は……) ガタ…

きなこもち、おろしもちときて、今度手に取ったのは豚バラ肉。

知久 (あとは……) ゴソゴソ…

そして、スライス状のチーズと、フライパンを用意する。

知久「お餅貰うね」

まどか「うん」

律儀に確認を取ってから餅を拾い、

知久 (こんなもんかな……) ムニョン

小さくちぎる。それを、細長く切ったスライスチーズと一緒に、豚肉でくるくると巻いていく。

知久「うん。味はまあ、見ながらつければいいかな」カチッ ボボボ…

フライパンを火にかけ、油を敷いて焼いてく。

ジュシュゥ… ガタタ…

それにあとは、醤油、味醂、酒などで適時味付けし、

知久「これでできあがりだ」コトッ

これもなかなかお手軽な、餅チーズの豚肉巻きが完成した。

知久「うん、それじゃあまどか、味見の時間だよ」

まどか「やった! 今度は、お肉なんだね?」キュッ

ちょうど全てのお餅を丸め終えたまどかが、手を荒いながら返事をした。

知久「そうそう。このへんはお餅料理と言うより、お餅を使った料理って所だね」

まどか「ふーん、どれどれ……」モグッ

早速、菜箸でつかんで囓ってみる。

まどか「んぐ……ふむむ、美味しい」モグモグ

チーズと混じってとろんとした中身の食感が楽しい。

まどか (でも………)

知久「まあ、まどかが求めている『お餅』の味じゃないかもしれないけどね」

まどか「え゙っ! よ、よく言おうとしたことが分かったね……。
    そう、お餅の有るべき姿とは違うんだけど、なかなか美味しいと思うよ?」モグモグ

知久「それは良かった。じゃ、お皿をテーブルに運んであげて」

まどか「はーい」

その後、餅ピザに餅サラダ、そして揚げ餅と、とことん餅尽くしの料理を楽しんだ鹿目一家。
テーブルの上にたくさん並んだお皿は、ほとんど綺麗に空けられている。

詢子「ふぃー。ごちそうさま!」カタ

タツヤ「ごっそーさまー」

詢子「結構食べたなー。お腹いっぱいだよ」ゴクッ

知久「作りすぎたかもと思ったけど、大丈夫だったみたいだね」

詢子「パパの料理は美味しいし、まどかのお餅も美味しいし。両方合わさってたら、残すはずがないよ」

まどか「えへへ……。よかった!」

知久「大成功だね。満足できたかい、まどか」

まどか「うん、とっても! こんなおいしいお餅が食べ放題だと思うと……。幸せすぎる……!」ニマニマ

詢子「食べ過ぎるなよー? おなかぷにぷにになっちゃうぞ」

まどか「大丈夫大丈夫。……あ、でも、今既に、もうちょっと食べたり無いかも……」

詢子「早速か……」

知久「ははは。……うん、でも丁度いいかな。まどかにはデザートを用意しよう」ガタッ

まどか「え? デザート?」

立ち上がると、知久は冷蔵庫からタッパーを取り出して、
電子レンジに入れて暖め始める。

まどか「……?」ノソ…

気になったので、まどかもキッチンに入ってきた。
暖まると、だんだん甘い香りが漂ってくる。

まどか「あ、この匂いは……」

チンッ!

知久「よし……」ガパッ

できあがって、中から出てきたのは、数日前に騒動の発端となったぜんざいだった。

知久「お餅も……ちょっと冷めたから暖めた方がいいかな」ピッ ピッ

と、丸餅も暖めて柔らかくし、中に浮かべて完成である。

知久「よしできた。おまたせ、まどか。お詫びの印だよ」

まどか「え? 美味しそうだけど……。お詫びって?」

知久「この前の鏡開きの時に食べたぜんざい、美味しくなかったんだろう?」

まどか「………へ!? な、なんでそれを……!」

知久「顔を見ればさすがに分かるよ。『うぇー』って顔、してたもの」

まどか「あうう……。バレバレだったかぁ……///」

知久「それに僕も、パックのお餅は苦手だからね。気持ちは分かるんだ」

まどか「あれ……? じゃあ、わたしがお餅をリクエストしても、あんまり作ってくれなかったのは……」

知久「うん。お餅自体が嫌いって訳じゃないよ」

まどか「そうだったのかぁ……」

知久「まあそれで、あんまり美味しくないなぁと自分で思いながら、お雑煮やぜんざい作って出してたからね。
   そういう意味で、ちょっと悪かったかなって。お詫びだよ。ごめん」

まどか「ううん、そんな謝るようなことでも……。前までは美味しいと思ってたし、
    ちゃんとしたお餅を手に入れるのもなかなか大変だって分かったし」

知久「そっか」

まどか「……でも、これからは、お餅料理。いっぱいリクエストしていい?」

知久「もちろんさ。気に入ったかい?」

まどか「パパの料理はどれも大好きだけど、今日は最高だったよ!」

知久「ありがとう、それは作り甲斐があるよ」

――次の週末――

まどか「―――と、まぁ、そんなわけで……」

ほむホーム。一週間ぶりに、魔法少女とその仲間達が勢揃いしている。

まどか「大変ご迷惑をおかけ致しました……!」ドゲッ

皆の見ている真ん中で事の顛末を語り、深々と頭を下げるまどか。

ほむら「ま、まどか……」

杏子「おいおい……」

さやか「そんな頭を下げることでも……」

マミ「そうよ。結局、ハッピーエンドだったんだから言うこと無いじゃない。
   ……でも、ビーズクッションはご返却願います」

まどか「あ、はい。持ってきました」ヒョイ

ずっと慰めに使用されていたクッションが返される。

ほむら (……!)

マミ「ありがとう! ふふふ、お久しぶり、枕ちゃん……」スリスリ

それを抱きしめて顔を埋めるマミ。

ほむら (嗚呼、まどかが抱きしめ続けたビーズクッションが……。汚れていく……)

杏子「それに、今日はうまい餅をいっぱい食わせてくれるんだろ?
   むしろこっちが感謝する側だよ……。いい匂いだ」コンコン

そう言って、こたつの上で蒸気を吹き上げる餅つき機をつっつく。

まどか「ティヒヒ、そろそろ蒸し上がるはずだよ!」

ほむら「昨日の夜、突然お米背負って『水につけといて!』とか言い出すから、何かと思ったわよ……」

まどか「ごめんごめん。でも大事なんだよ、浸すの」

さやか「いやー、楽しみですねー。お腹すいてきた……」

杏子「さやかはどうせ味の違いなんてわかんねーだろ」

さやか「むぐ、失礼だな……! 腹立つけど前科があるだけに……反論がッ……!」

ほむら「それじゃ、マミ、私たちは準備を始めた方がいいんじゃない?」

マミ「あ、そうね。お台所行きましょうか」ガタッ

ほむら「まどかは大丈夫?」

まどか「うん。ちょっと自分じゃ不安だったから、パパに聞きながら下ごしらえは済ませちゃったんだ。
    つきあがったら、お餅を持ってわたしもそっち行くよ」

ほむら「わかったわ」トテトテ…

そう言って、二人はキッチンの方へと消えていった。

マミ「何だか不思議な感じねぇ、お正月終わったのにお雑煮作るって」ガサッ…

スーパーの袋を開く。大根、人参などが顔を覗かせている。

ほむら「でも、試みとしては面白いじゃない。地域によって違うとは聞くけど……。
    材料を見る限り、ホントに全然別物が出来そうね……」ガタタ…

ほむらのほうは、自分の冷蔵庫から鶏肉を取り出している。

マミ「まな板、先に使っていい?」

ほむら「いいわよ。私のほうは、野菜って入れないし」

マミ「え、そうなの!?」ジャババ…

ほむら「完全にお餅が主役なのよ。……手抜きとも言うけれど」トン… トン…

洗って乾かした牛乳パックをまな板代わりに、鶏もも肉を小さく切り始める。

マミ「それは……まな板代わり?」

ほむら「そうよ。お母さんがいつもやってたの。こうすると、肉の油とかがついても、
    そのままゴミ箱に捨てるだけで済むから楽なのよ」

マミ「なるほど……。面白いわね、今度マネしてみようっと」

ヴーン… ガタタタ…

杏子「うおお、なんだコレすげー!」

さやか「ホントにこれで、お餅がつけてるのかー?」

まどか「見ててごらん、この子の実力を!」

こたつの方からは、機械の音と共に、二人の楽しげな声が聞こえてくる。餅つき動作を始めたようだ。

マミ「楽しそうね……」トン トン…

ほむら「こっちも楽しそうに調理する?」

マミ「………うわぁ、すごいわ! この包丁、何て切れ味が良いのかしら!!」トン トン…

急に大声を出す。

ほむら「それじゃテレビショッピングじゃない……」

マミ「じゃあどうしろというのよ……」

ほむら「………ええと、歌とか……」

マミ「………あ~る~ 晴れた~♪ ひ~る~下がり~♪ 雑煮~を 作~るため~♪」

妙によく通る綺麗な声で歌い出した。

ほむら「……やめなさい、ちょっと食材が可哀想になるから」

その後、10分も調理をし、仕上げにまどかの持ってきたつきたて餅を浮かべれば完成である。

さやか「はい、ついに試食のお時間がやって参りました『見滝原雑煮最強決定戦』!
    審査員は、わたくし美樹さやかと……」

杏子「………」

さやか「ほら杏子、自己紹介!」

杏子「一人でやっててくれ……」

さやか「ノリ悪いなぁ……」

まどか「ええと、まずはわたしからだね。はい」カタ カタン…

じゃれあっている二人は無視して、狭いこたつに5人分のお椀をなんとか並べた。

済まし汁の中に小ぶりなお餅と、鶏肉、かまぼこ、小松菜、ゆずの皮などが浮かんでいる。
醤油の香りが鼻に心地よい。

杏子「おお、うまそうだ……。何かいわゆる『お雑煮』って感じのお雑煮だな」

まどか「そうだね。パパも、そんなに変わったお雑煮じゃないんだけどって言ってた」

さやか「うちのお雑煮もこんなんだよー」

杏子「んじゃ、早速!」

「「「「「いただきます!」」」」」

カタ… モグモグ… モニュ…

五人それぞれ、お餅をかみ切ったり、箸でむにょんと伸ばして遊んだりしながら静かに頂く。

ほむら「……うん。すごくあっさりしていて、美味しい! まどかが作ったから当然だけれど」モグモグ

マミ「そうね。お醤油のすまし汁に、鶏肉の味が出ていて……。とてもいいわ」モグモグ

さやか「この、えーと……何だっけ。みかんみたいなやつ」

ゆずの皮を箸でつまんで見せる。

マミ「それは、ゆずの皮じゃない?」

さやか「そうそう、ゆずだゆず。これがなんだか、すーっとした感じがちょっとして、美味い!」

杏子「……あんまり無理しなくてもいいぞ、ゆずも知らないんだから」

さやか「なっ、知ってたって! ちょっとド忘れしただけだって!」

ほむら「その歳で可哀想に……」モグモグ

さやか「うわぁ、本当に憐れまれてるみたいな顔しないでよ……。さやかちゃんショックだよ……」

マミ「ほらほら、静かに食べなさい。せっかくこんなに美味しいお雑煮なんだから……」

さやか「はーい」モグモグ

まどか「えへへ、うまく出来たみたいで良かったよ!」

マミ「それじゃ、次は私ね!」カタン…

まどかの雑煮を食べ終わり、今度はマミの作ったお雑煮を並べていく。
白く濁った汁の中に、いくつかの野菜や、にんじんが顔を覗かせている。

まどか「わ、全然違う……!」

マミ「冷めないうちにどうぞ」

「「「「「いただきます!」」」」」

ちゃんと挨拶をして試食がスタートする。

ズズ…

その白い濁りに興味があるのか、みんなまずは汁から啜り始めた。

杏子「………ほう?」

ほむら「……? 何かしらこれ、甘い?」

まどか「なんだか優しい味がするね……。マミさん、これは?」

マミ「これはね、白味噌よ。京風のお雑煮なの」

さやか「え、味噌なんですか、これ? 味噌って感じがあんまりしないですね……」ズズッ

マミ「お味噌は結構いろいろあるのよ。美樹さんが普段、お味噌汁で飲んでるのとは違うと思う」

さやか「はい、でも、これもすっごく美味いっす!」モグモグ

ほむら「……んむ? お芋、いいわね」モグモグ

マミ「ええ、里芋。なかなか合うでしょう?」

ほむら「何だかほっこりする味ね……」

杏子「あと入ってるのは、大根に、人参に……そのくらいか」モグモグ

さやか「そういえば野菜だけですね。美味しい上に、何だか健康に良さそう」モグモグ

マミ「ふふふ。別に健康の為じゃないわよ。単に、白味噌の甘みに、お肉とかの脂の味が
   あんまり合わないから入れないだけだと思うわ」

杏子「なるほどな……。たしかにそうかも」モグモグ

まどか「そういえば、その……。京風なんですよね? 京都に住んでたんですか?」

マミ「いえ? ずっと見滝原よ」

杏子「………母親が京都だったとか?」

マミ「たしかお母さんのお父さん、おじいちゃんが京都の人なのよ」

まどか「へー……。やっぱり京都が関係有るんだ……」モグモグ

ほむら「でも、最近はそんなに地域性も無さそうね。現に見滝原に住んでいる三人が、
    これだけ違うお雑煮を食べているんだもの……」

マミ「そうかもしれないわね。地域の味というよりは、おうちの味よね」

杏子「よーしそんじゃ最後は……」

まどか「ほむらちゃんだね!」

ほむら「何だか、これだけちゃんとした美味しいお雑煮を出された後だと、気が引けるわ……」

お盆を持ったまま、ちょっと躊躇う。

マミ「何言ってるのよ。ほらほら、みんな待ってるわよ」

さやか「早くー!」

ほむら「……はい、どうぞ」カタッ

しぶしぶと、まどかやマミよりは、少し大きめの器を並べる。

中には、かなりずんぐりとしたお餅が一つ、濃い茶色の汁に浸っていた。
その上には青のり、鰹節がたっぷりとかけられ、湯気に揺れている。

マミ「へぇ……。大きくて、食べ応え有りそうね」

さやか「お餅だけなの? これは」

ほむら「一応、鶏肉も入っているけれど、おまけみたいなものよ」

まどか「いいねいいね、全然違って面白いよ! はやく食べようよ!」

「「「「「いただきます!」」」」」

マミ「んむ……」モム

まどか「ふむ……?」モグモグ

さやか「うほほ、でっかいからよく伸びる!」ムニョーン

杏子「やっぱこれ美味いなー」モグモグ

さやか「あ、そっか。あんた正月にも食わせて貰ってるのか」

杏子「ああ。何か濃い味だからかな、あたしの舌に合ってんのかも」モグモグ

まどか「だねぇ。汁を飲もうとすると塩っ辛いくらいだけど、おおきなお餅に絡んですごく美味しい。
    なるほど、お餅が主役って感じでいいかも!」

マミ「そうね。鶏肉の効いたおつゆが良いわ……。醤油よね?」モグモグ

ほむら「ええ。ベースはほとんど市販のめんつゆだけれど。それに少々手を加えただけよ。
    ホント手抜きでごめんなさいね……」

マミ「何言ってるのよ、美味しいじゃない」

さやか「……? これ、青のりだけじゃなくて、何か他にものりが乗ってない?」モグモグ

少し堅めの、板状に整えられたのりを箸で差して言う。

ほむら「ええ、はばのりっていうのよ。そういえば、お雑煮以外では一度も見たことないような……」

マミ「私も聞いたこと無いわね……。地域限定なのかしら?」

さやか「ふぃー、ごちそうさまー!」

杏子「ごちそうさま」カタッ

器を戻す。杏子は一人、かなり濃い汁まで飲み干してしまったようで、空っぽだ。

まどか「お腹いっぱいになっちゃった。どれも美味しかったねぇ」

マミ「うふふ、鹿目さんのお餅が良かったからよ?」

まどか「そんなこと……ありますけど、マミさんもほむらちゃんも、すごく美味しいお雑煮でしたよ!」

さやか「そうだね。うーむ、最初は……」サッ

自分の鞄からメモ帳とペンを数本取り出した。

さやか「こいつを使って、無記名投票でナンバーワンを決めようかと思ってたけど……」

ほむら「まーたいらない事の準備だけはいいわね……」ハァ…

さやか「うるさいやい。でも、甲乙付けがたいかな。こんなに違うとは思ってなかったし、どれも美味しいし……」

マミ「そうね。それぞれ、何かしらの形で、家族に受け継がれてきたレシピだもの。
   どれが悪くてどれが良いなんてことはないわ」

杏子「そうだな……。うーん、良い気分……」ドテッ

こたつ布団を引っ張りながら横になる。

ほむら「ほら、横になってる場合じゃないわよ。片付けぐらい手伝いなさい」ペシペシ

その頬を軽く叩く。

杏子「……くそぅ、逃がしてはくれないか」

さやか「杏子ー? さっさと手伝いしてきな。いやー、それにしてもこたつあったかい……」

マミ「美樹さん? あなたもよ?」

さやか「………。ですよねー……。よしっと、寒いけど頑張るか」ノソソ


こうしてまどかの餅に関する禁断症状は、いいお米と餅つき機で事なきを得た。

紆余曲折はあったものの、美味しい雑煮を食べられて皆幸せそうな顔。

まどか自身はまだその味にも不満はあるようだが、何度も繰り返すうち、
きっと自分好みの最高のお餅を手に入れることが出来るだろう。


ただし、良いことばかりではなく、また新たな問題も生じるようで……

――1ヶ月ほど経って――

ヴーン… ガガ…

鹿目家のキッチン。
早くも随分と使い込まれた餅つき機が、またお餅を捏ねている。

知久「よく飽きないねぇ……」

まどか「え? こんなに美味しいのに、飽きるわけないよ。今回は、富山県産の新大正もち!
    新しいもち米で、また新しい感動に出会えるかも……。期待が高まるよ!」

知久「そうだね……」

まどか「……あ、もしかして、保存のこと未だ怒ってる?」

ちょっと前に、つきたての匂いが我慢できず、
あまりにたくさんつきすぎて冷凍庫をいっぱいにして怒られたことを思い出す。

知久「いや……。水餅を覚えたみたいだし、それについては何も言わないよ」

まどか「うん。すごいよね、綺麗な水にひたしておくだけで、お餅が全然かびないなんて。
    ちょっとお水の匂いがついて、柔らかくはなるけど……」

知久「ちゃんと毎日、お水を替えるの忘れちゃだめだよ?」

まどか「大丈夫。わたし、お餅にかける情熱だけなら誰にも負けないから」

知久「そうかい……」

※まどっちのお気に召さなかったパック餅は、さやかちゃんが責任を持って平らげました

知久「………」

先ほどから、どことなく言いづらくて、でも言いたくて堪らなくて。
そんなもにょもにょした表情の知久。

知久「……まどか」

しかし娘のためを想い、固い決意を込めて話し始める。

まどか「………? どうしたの、パパ……?」

重苦しい空気に、何か怒られる以上にもっと深刻な、そんな内容を伝えられるのかと怯えるまどか。

知久「その……。自分ではなかなか、気づかないと思うんだ……」

まどか「………」

知久「ただね。周りから見ると、どう見ても間違いないというか……」

まどか (な、何だろう……? わたし、知らないうちにすごい悪いコトしてたかな……)

知久「僕はまどかの、一番近くで、一番長く過ごしてきた自信があるんだ。だからこそ言うんだけど……」グッ

まどかの肩を抱く。

まどか「うん……」ゴクリ

知久「………お風呂場で。体重計、乗ってきた方がいいよ………」

まどか「…………はい!?」

もちもちでむちむちのまどっち

知久「………」

言われたとおり、しぶしぶとお風呂場へまどかが姿を消したドアを睨む。

すると、そう長くもかからず、ドアの向こうから、

まどか「い゙っ!? いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

と。魔法少女だったら、きっと地球が終わっていたであろう叫びが響いてきた。

知久 (やっぱりなぁ……)

ズダダダ… ガダンッ!

まどか「どど、どうしよう! なんでこんなに!?」

混乱したまどかが走って助けを求めに来た。

知久「うん、落ち着こうか……。お餅ってね、カロリーが高いんだよ」

まどか「そうなの!?」

知久「同じ重さで、大体炊いたご飯の1.5倍ぐらいはあるんだ。
   それを、あれだけ毎日、もぐもぐと食べ続けてれば………ね」

まどか「そんな……。じゃあ、もしかして……」

知久「そうだね。少し、お餅を食べるのを減らした方がいい。そうすれば、また元に戻れるよ」

べぇさんチャンスですよ

言いたいことを言えて、ちょっと安心した知久。だが、

まどか「………嫌だ」

知久「…………え?」

意外と頑固な娘の口から、はっきりとアドバイスを拒絶されてしまう。

知久「でも、さすがに食べ過ぎで―――」

まどか「嫌だよ! こんなに幸せな生活を手に入れたのに、もうお餅のない生活なんて考えられない!」

知久「……そうは言っても、このままじゃ太る一方だよ。まどかはそれでいいのかい?」

まどか「それは……。あ、そうだよ、お餅以外に食べなければ良いんだよ。朝ごはんや昼ごはんを食べずに―――」

知久「いい加減にしなさい! 栄養が偏って身体をこわすに決まってるだろう!」

まどか「あう……。はい………」シュン…

さすがに怒り出した知久に頭を垂れる。

まどか「……でも、その……。他に方法、無いんだよね……?」

諦めきれないまどか。

知久「………」

まどか「本当にお餅が大好きなんだ。どうにかして、毎日お餅を食べていたいんだけど……」

知久「うーん、それなら……」

まどか「………!」

その口ぶりに、希望があるのかとちょっと明るい顔になるまどか。

知久「食べた分だけ、しっかりとエネルギーを使い切るしか無いんじゃないかな?」

まどか「………え? つ、つまり?」

知久「運動さ。食べる分だけ、毎日運動する習慣をつける。そうしたら、太らずに済むんじゃないかな?」

まどか「運動……」

知久「でも、まどかは運動とかあまり得意じゃないだろう?」

まどか「そうだけど……」

それでも、言われたとおり、ちゃんと運動すればお餅が食べられる、と考えるなら…

まどか「うん。わたし、やるよ」

知久「え、ホントに……?」

まどか「わたし頑張る。お餅のためなら、何だって出来る。絶対に運動して、やせて、
    お餅をいっぱい食べられる生活を手に入れてみせる………!」

強く拳を握り、そう高らかに宣言した。

――――――――――
―――――

その日から、まどかの生活は変わった。

まどか「ほっ、ほっ、ほっ……!」タッ タッ タッ…

毎日、薄暗い内から起きて、早朝のジョギング。

始めた頃は簡単にバテてしまっていたが、お餅のためお餅のためとそれだけを頼りに続けた結果、
元気に10km程は走れるようになっていた。

ほむら「はぁっ、はぁっ、はぁっ………」トッ トッ トッ…

元々体力のないほむらも興味があったらしく、参加しているが、かなり辛そうだ。

ほむら (ダメ、きっつい……)

まどか「ほっ、ほっ………。あ、ほむらちゃん、先に行くね!」

ほむら「はぁっ、ご……ごめんなさい、また、後で……」

こうしてペースについて行けず、ほむらだけ取り残されるのが毎朝の定番である。

ほむら「はぁっ、まどか、なんであんな、はぁっ、早く走れるの……」

ほむら (魔法で追いかけたこともあったけど、全然ペースが落ちないのよね……)

休みの日になると、予定さえなければどこかに遠出する。

杏子「……あ、まどか。今日も出かけるのか?」モグモグ

いつも通り、お菓子をかじりながらふらふらとあるく杏子。
随分とぴったりとした服を着て、愛用の桃色をしたクロスバイクにまたがるまどかに声をかける。

まどか「うん! 杏子ちゃんも来る?」

杏子「あたしは今日はいいや。どこまでいくんだい?」

まどか「また、風見野公園のサイクリングコースまで行ってくるんだ!」

杏子「ああ、あそこか。随分気に入ったみたいだな」

まどか「あんなに風景が綺麗な場所、なかなか無いからね!」

杏子「確かになー」

まどか「それじゃ、またね!」ノシ

手を振って挨拶をし、自転車をこぎ始める。

杏子「またなー。気をつけろよー」ノシ

走り出したまどかは、一瞬でスピードを上げて、すぐに小さくなって視界から消えてしまった。

杏子 (まどかの奴、すげえ脚力ついたよな……) モグッ

もちもちでムキムキに

学校でも、あまり好きでなかったはずの体育の時間、かなり積極的に活躍するようになっていた。

ダムッ ダムッ…

さやか「よっしゃ決めちゃるっ!」ダダッ

体育館で、バスケットボールの試合中。走り込んださやかの前に、

仁美「させませんわ!」キッ

意外と動けるお嬢様、仁美が立ちはだかる。

さやか「ぬっ、仁美ぃ……! あたしから恭介だけじゃなく、ボールまで奪うかっ!」ダムッ ダムッ

仁美「え、そ、それとこれとは別ですわっ……てあ!」

さやか「あはは、悪いね!」ダダッ

気を取られて固まった仁美の横を抜き去る。が、その次に…

まどか「さやかちゃん、遅い!」ズバッ

突然死角から現れたまどかに、あっさりボールを奪われてしまう。

さやか「うっそぉ!?」

「いいぞー鹿目!」 「鹿目さんすごーい!」

さやか (なんっか……。あたしと立場が逆になっちゃいないか……?)

――そして、半年後――

マミの住むマンションにて。

さやか「さーて、ついたついた!」

ほむら「今日のケーキ、何だと思う?」

杏子「うーん……。ショート、モンブラン、チョコ、ときてるから……チーズあたりじゃ?」

いつものメンツがエレベーターから降りてくる。
すると、目的の部屋の玄関前で、

まどか「あ、来た来た! みんな遅かったね!」

一人だけ、特に意味も無く階段で登ってきたまどかが、笑顔で出迎える。

さやか「あんたが速すぎんのよ……。ここ最近じゃ、もうあたしは追いつける気がしないわ……」

杏子「チャリ漕いでても置いてかれるんだよな……。なんだかキャラも変わっちまってるし」

まどか「そうかな? でも、なんだか毎日、すっごく楽しい感じはするよ!」

ほむら「まあ、悪いことでは無いんじゃない。学校の成績も良くなってるみたいだし」

さやか「ぬおお、一緒に補習してくれる仲間がいなくなっちまうようー!」

ほむら (そうね。初めてであったときのまどか。魔法少女になって、人を助ける力を手に入れて、
    自信に溢れていた、あのまどか……。
    ………を、もっと酷くした感じ、そんな感じだわ)

マミ「いらっしゃい、みんな」ガチャッ

部屋着のマミが笑顔で出迎える。

まどか「お邪魔します!」

ほむら「お邪魔するわね」

杏子「ん。ほら、この匂い、チーズケーキだろ」スンスン

マミ「あら、よくわかったわね」

さやか「犬みたいに鼻が利くわね……。そんなに分かんないわよ?」スンスン

みんなでぞろぞろと、靴を脱いで上がろうとしたところ、

QB「まどかァーー!! まどかは何処だァーーー!!!」ダダダダ

皆の後ろから、見たこと無いほどに感情を剥き出しにして、キュゥべえが走り込んできた。

ほむら「はいそこっ!」ズバッ

ほぼ条件反射のように、ハリセンでそれを撃墜する。はずが…

QB「させるか!」シュシュッ

ほむら (なッ……! 私の音速ハリセンを避けただと!?)

当たらない。このキュゥべえ、いつになく本気のようだ。

QB「はぁっ、はぁっ……」

身体を上下させて息を整える辺り、本当に珍しく生き物らしさに溢れている。

マミ「……どうしたの? そんなに慌てて」

さやか「どうせいつもこっそりあたしたちのこと伺ってるだろうに。どうしたんだろ」

杏子「こいつもキャラ変わったのか……?」

ほむら「……それで。何かしら、インキュベーター。大慌てで嬉しいお知らせでもあるの?」グリグリ

疲労困憊のキュゥべえの耳毛をハリセンの先っぽでえぐる。

QB「はぁっ、はぁ……。だから、まどかはいるかい!?」

同じ質問を繰り返す。

マミ「いるかい、ってねぇ……」クルッ

さやか「ここに……」クルッ

杏子「いるじゃんかなぁ……?」クルッ

皆でまどかの方を振り返る。まごう事なきまどかがそこにいる。
ところが当の本人は、

まどか「……ねえ? みんな、誰と話してるの?」

と、誰も予想していないセリフを吐いた。

ほむら「………え?」

QB「………」

さやか「だ、誰って、そりゃぁ……」

マミ「キュゥべえよ? 知ってるわよね?」

とぼけているのか、本気なのか分からず困惑する。

まどか「当たり前じゃないですか。あ、でも最近見掛けないような……」

杏子「何をわけわかんないこと言ってんのさ。ここに居るじゃねぇか」グッ

QB「きゅいっ」

黙ったままのキュゥべえの首根っこを掴み、まどかの眼前に突きつける。

まどか「……? どこに……?」スッ

周囲の反応にまどかの方も困惑しながら、杏子の突きつけた手の所へ、自分の手を持って行く。

まどか「何も……無いよね?」スカッ

その手はキュゥべえに触れることなく、何の感触も無しにその頭の中にめり込んだ。

杏子「ど!? どういうことだおい!」

さやか「ゲームがバグってポリゴンがめり込んでるみたいだな……これ……」

マミ「まさか鹿目さん、本当にキュゥべえが見えなくなってるの!?」

まどか「は、はい……? えっと、もしここにキュゥべえが居るっていうなら、わたしには見えてませんね……」

ほむら「は……? え……? ということは、このまどかが偽物……?」

と、一瞬よからぬ不安が心をよぎるが、

まどか「そんな!? わたしは本物だよほむらちゃん!」

QB「……いや。偽物だったらよかったよ。残念ながら、その鹿目まどかは本物だ」

キュゥべえの言葉を信じるなら本物のようだ。

ほむら「なら、何故」

QB「………消えたんだ」

杏子「消えた?」

QB「鹿目まどかの、魔法少女としての資質が。その莫大なまでのエントロピー源が、消えたんだよ!!」バタバタ

耳毛を振り乱し、悲痛な声でそう叫ぶ。

ほむら「………嘘でしょ?」

QB「君も目の前で見ただろう。資質を失ったまどかには、僕は触れることも出来ないし、声も聞こえてないよ」

ほむら「………」

まどか「えっと……? その………」

一人、キュゥべえのセリフを聞けず、何が起こっているのかさっぱりなまどか。

さやか「……いいこと、だよね? 契約させちゃいけなかったんだし」

ほむら「そうね……。まだちょっと信じられないけど、状況からして本当のようだし……」

杏子「でも何でだ? 魔法少女の資質が消えるなんてこと、ありえるのか?」

マミ「変よね……?」

その変化を肯定的に受け止めながらも、やっぱり困惑顔の面々。

QB「そこは僕も聞きたいんだ。ずばり言うよ、最近鹿目まどかの性格が変わってないかい?」

さやか「あー、それは……」

ほむら「あるといえばあるわね。ここのところ、随分と自信があるというか……」

マミ「そうね。行動的になったというか、活動的になったというか……」

まどか「?」

QB「やっぱりか……! くそっ、どうしてこんなことに………!」

ほむら「でも、それがどうして?」

杏子「性格とか関係あんのかよ?」

来週から「魔法少女さやか☆マギカ」始まるよー

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                 ll   __,. -  ,.r'´,r '´ ̄ ̄ヾ  きちゃったかな!
                | '´    //        ヽ
      七._  -/-  |    /l⌒ヽ  n 土  ノ__」_ヽ _」__\''
     (_乂 )  / こ . Lノ  V  ノ  ヒl 寸  |  |_  ノ _|

QB「……魔法少女として契約するのが、思春期の少女だけだというのは知っているだろう?」

ほむら「ええ、おかげさまで。嫌と言うほど」

QB「それは感情のエネルギーを採取しやすいというのも理由の一つだ」

さやか「………」

QB「だけどね、魔法少女になるためには、それだけじゃ足りない。
  運命的な因果を多く背負ってることも必要だ」

ほむら「らしいわね………」

QB「そして何より、契約して叶えたいほどの悩みや苦しみを抱えていることも、実は必要なんだよ。
  そういう意味でも思春期の少女が適しているし、また資質を持っていても大人になると失われたりする」

マミ「………そう。私の死ぬ間際にあなたが現れたのは、そういう理由なのね」

杏子「………」

QB「それほど重い内容である必要はないけどね。本人がかなえたいと、そう思えばいい……」

マミ「鹿目さんに、それが無くなってしまったと?」

さやか「そんなことで……?」

杏子「大体の話はつかめたが……。本気かよ……?」

ほむら「ねぇ、まどか?」

まどか「ふぇ!?」ビクッ

四人でわけのわからない話をしていたせいで、一人ぼーっとしていたまどかに話しかける。

ほむら「何か今、困ってることとか、悩んでることとかってある?」

まどか「……? どうして突然そんなことを聞かれるのか分からないけど……」

首を捻るが、

まどか「でも、特に無いかな。毎日すごく充実してて、楽しくって仕方がないよ!」ニコッ

元気いっぱいにそう答える。

ほむら「そう。それは良かったわ」

QB「ううう……。僕のエントロピーが……。僕の鹿目まどかが……」

玄関の床でしなびるキュゥべえ。

さやか「たしかにまぁ、すごい元気にはなったけど、それで素質がねぇ……」

マミ「お餅、すごいわね……」

杏子「餅って言うか、餅のために運動したせいじゃないか?」

QB「餅? どういうことだい?」ガバッ

しなびていたキュゥべえが、耳ざとくそれを聞きとめる。

さやか「え?」

杏子「まどかが性格変わったの、餅のせいなんだよ。知らなかったのか?」

QB「ま……まさか。どうして餅なんかで性格が変わるんだい? わけがわからないよ!」

マミ「お餅の食べ過ぎで、その……。体重が、気になって。運動を始めたそうよ」

ほむら「それからというものの、随分エネルギッシュになったわよね」

さやか「だねぇ……」

QB「本当に……本当に、あの因果を、餅なんかが……嘘だ……!」バタッ

その場に崩れ落ちて絶望する。

杏子「あんたにゃ残念かもしれないが本当だよ。お餅がまどかを変えたんだ」

QB「そ……そんな。まどかの莫大なエントロピーがあるおかげで、
  この地域担当の僕は仕事せずにすんでたのに! 『あれが相手なら仕方ないな』って、
  上司にも許して貰えてたのに! これからどうやって暮らしていけば……」

さやか「うわぁ……」

杏子「新しい魔法少女の話をとんと聞かないと思ったら、そんなカラクリだったのかよ……」

QB「お餅……。お餅怖い……」ブルブル

マミ「すっかり怯えちゃったわね……」

QB「かならずお餅に打ち勝ってみせる……。そ、そうだ! 餅を喉に詰まらせて、
  おばあちゃんを亡くした少女と契約すれば、きっと恨みで餅という存在をこの世から消して……」

ほむら「発想が相変わらずゲスいわ……」

さやか「それに、その場合はおばあちゃんを生き返らせてあげると思うよ……」

QB「ううう、何か、何か策が……」バタバタ

手足を動かしながら、ぶつぶつと五月蠅いキュゥべえ。

杏子「……ほむら、処理よろしく」

ほむら「了解!」バシッ!

QB「きゅいっ!?」

言われたとおり、ほむらがハリセンで勢いよく叩くと、キュゥべえは玄関の外へ吹き飛んで消えた。

このしばらく後。見滝原とその周辺で、季節にかかわらず家の出入り口に鏡餅を飾る、謎の『厄除け』が流行ったという。
そのおかげか、見滝原近郊はやけに魔法少女も、魔女も少なくなったのだとか……。

そんなわけで、お餅ジャンキーまどかのお話は、これでおしまい。
その有り余った体力で、ついにまどかが杵つきを始めようとするのは……また、別のお話。

~fin~

餅つき機のあたりがいつものメンバーじゃなくて鹿目家だったのがよかった

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