ベルトルト「お別れだね、ユミル」(59)


「別れよっか、ベルトルさん」



そう言われることはわかっていた。いや、待っていた。

僕らの関係はもう終わっていた。心が通じている感覚はもう無かった。

わかっていながらそれでも、ただ見て見ぬふりをしたかっただけ。


「じゃあな」


彼女にそのセリフを言わせる僕は、最低の男だ。




850年


※ベルトルト「このチケット、どうしよう……あれ!?」の続き
 クリスタ「私、マルコが好きなの」と時系列被り

※本誌最新話までのネタバレを含む


849年

休日 昼
街中


ユミル「確認するが、今日こそはホラーじゃねぇんだよな?」

ベルトルト「そこは保証するから安心して」

ユミル「よし、なら何でもいい」

ベルトルト「この前はごめんね。怖がらせて」

ユミル「あそこまで醜態を晒した以上は何の言い訳も出来ねぇ。頼むからもう二度とあの手の物はやめてくれ」

ベルトルト「分かってるよ」


劇場内


ベルトルト「ユミル、ここ座ろう」

ユミル「意外とギリギリだったな」

ベルトルト「ちょっとお昼ゆっくりしすぎたかな」

ユミル「仕方ねぇだろ。外で美味いもんなんてめったに食べられないんだから」

ベルトルト「ちゃんとお金払う分、兵団の食事よりは上等だからね」

ユミル「お、始まるぞ」


ベルトルト「……」

ベルトルト(チケット僕が持ったままだから、結局またユミルは、演目も知らないままここまで来ちゃったな)ピラ

ベルトルト(怖くはないけれど、ユミル、つまらないって言いそう)

ベルトルト(――それに、僕にも似合わない)


劇の内容はどこにでもありそうな、チープな恋物語だった。

突然の情勢の変化で、別れ別れになる主人公たち。男は流されるままに自国で騎士となり、女は敵国の王子の許嫁にされる。

様々な障害、苦難を乗り越え、最後に二人は平和を取り戻した世界で結ばれる。

そんな、甘ったるいおとぎ話。


ベルトルト(ホラーの方がよかったなぁ……)チラ

ユミル「……」

ベルトルト(あれ?)

ユミル「……ぅ」グスッ

ベルトルト(泣いてる!? ウソぉ!)

ユミル「……」ズズッ

ベルトルト(……あんまり見ないでおこう)


少し勝ち気な彼女へのささやかな気遣い。

多分この劇が終わっても、すぐに感想を聞かないほうがいいだろう。


閉演後
劇場外


ユミル「ん……やべぇ眠い」

ベルトルト「退屈だった?」

ユミル「いや、別に」


目元をこすっているのはおそらく、すでに赤くなっているのを誤魔化したいんだろう。

一緒に出掛けるようになって、なんとなくわかるようになってきた。彼女の深層心理と行動の結びつきが。


ふと彼女の髪の結びに目をやると、前にプレゼントした青い石の髪飾りが見えた。

僕と会う時はいつもつけている。それが僕にはやはり嬉しかった。


ベルトルト「そろそろ戻ろうか」

ユミル「おう」


どちらからともなく、手を繋いだ。


―――――――


フランツ「ベルトルト、起きなよ」

ベルトルト「ん……おはよう。あれ、みんなは?」

フランツ「もうみんな食堂行っちゃったよ。ライナー達は食事当番だし」

ベルトルト「そっか。起こしてくれてありがとう、フランツ」

フランツ「どういたしまして」


フランツ「そういえばさ、僕見ちゃった」

ベルトルト「え? 何を」

フランツ「君とユミル。この前一緒に出掛けてたでしょう?」

ベルトルト「あ……うん。でも、気づかなかったな。どこで見たの?」

フランツ「商店街の脇の小道かな。確かあの奥って、劇場があるよね。訓練兵にはあまり知られてないけど」

ベルトルト「……うん」


僕とユミルの関係は、気付けば少しずつ訓練兵の間に噂として漏れていた。

あまりおおっぴろげにはしたくない。それは僕とユミルの共通認識だったが、秘密にしようとしたって情報の出所はこうして自然と増えてしまう。


フランツ「僕とハンナもその日、一緒に出掛けていたんだ。それで……」


少し目を伏せると、フランツは左手首を僕に見せた。シンプルなデザインの、銀のバングルがつけられている。


フランツ「おそろいで買ってみたんだ。訓練中は無くしたくないから、つけられないけれど」

ベルトルト「へぇ……似合うね」

フランツ「ありがとう」


照れくさそうに笑うフランツ。僕はそれをぼんやり見ていた。


フランツ「僕達、まだ結婚とかは出来ないけれど……絶対に離れないって、二人で誓ったんだ」


ベルトルト「……そっか」


無意識のうちに、沈んだ声になっていた。僕はフランツと目を合わせられなくなった。


ベルトルト「お幸せに」


絞り出すようにそう言った。


フランツ「ありがとう。ベルトルトの方は? 何かおそろいで買ったりとかはしないの?」

ベルトルト「僕らは、その……ユミルが嫌がるんだ。恥ずかしいって」


嘘だ。

そもそもおそろいの物を買おうなんて話自体、僕らの間で出たことは一度もない。


絶対に離れない誓いなど僕には立てられない。だって僕には使命がある。

確かにユミルといると心が安らぐけれど、僕はいつまでも彼女と共にいられるわけじゃない。

必ず彼女を裏切ることになる。いや、すでに裏切っている。

だからこそ、そろいの物を買って絆を結ぶことさえ僕は恐れている。彼女に与える傷が深くなりそうで。

彼女自身、僕と過ごす時間をどう思っているのか。真意が掴めないままでいた。

何よりずっと、気がかりなのは――


フランツ「ベルトルト?」

ベルトルト「あ、ごめん。ちょっと……ぼーっとしてた」

フランツ「まだ頭働いてないの? 早く食堂行こうか」

ベルトルト「……うん」


―――――――

対人格闘がある日の夜。

男子寮、女子寮から抜け出して、適当な場所で落ち合ってしばらく会話する。それが僕らの普段のデート。


ユミル「今日は差し入れだ」


兵舎敷地内の森の入り口でユミルが座っていた。左手に持っている物を投げられる。

リンゴだ。


ユミル「サシャが盗んだやつの余りだ」

ベルトルト「サシャでも食べ物余らせることあるんだ」

ユミル「食いすぎて腹壊したんだと。理由が理由だけに医務室行けねぇって言ってたんだが、コニーが引きずっていった」

ベルトルト「大変だね、コニーも」


ユミル「あと少しでここともおさらばか」

ベルトルト「長かったね」

ユミル「あぁ。まーでも慣れちまえばあっという間だったかもな」

ベルトルト「でも何でかな。最後の一年間は特に早かった気がする」

ユミル「それ私も思った。何でだろうな」

ベルトルト「何でだろうね」


ユミル「ベルトルさんは憲兵団に行くのか?」

ベルトルト「一応そのつもりだよ」

ユミル「お前結構成績いいからなー。まずひっくり返されないだろうな」

ベルトルト「でも、ユミルも上位10名には入るんじゃない?」

ユミル「そうか?」

ベルトルト「そうだよ。ちゃんと計算してないの?」

ユミル「んー……そういうわけじゃないんだけどな」


ベルトルト「……あのさ」

ユミル「何」

ベルトルト「ユミルは、その……」

ベルトルト「……」

ベルトルト「ごめん、なんでもない」

ユミル「そうかよ」


ユミル「もう戻るか」

ベルトルト「そうだね」

ユミル「ん」


彼女が目を閉じる。別れのキスを待っている。

少し冷たい感情が寄せてきたのを誤魔化して、僕は彼女にキスをする。

ユミルはしなやかな動きで立ち上がってその場を去ろうとするが、数歩歩いたところでピタリと止まった。


ユミル「なぁ」

ベルトルト「何」

ユミル「私ら……初めて一緒に出掛けてから、一年経つな」

ベルトルト「……」

ユミル「……」

ユミル「……お休み」

ベルトルト「お休み。ユミル」


(ユミル、君は)

(憲兵団に入る気はあるの?)


どうしてもその言葉が出なかった。聞く勇気がなかった。

そもそも聞いて何になる?

これから果たす任務のことを考えたら、これ以上ユミルと一緒にいるのは危険だ。頭ではわかっている。

こうなることをきちんとわかっていて、彼女と付き合っているつもりだったのに――


……いや、そもそも気がかりはそこなのだ。

――僕達は、付き合っていると言えるのか?

僕は未だに彼女から、僕が欲しい言葉をもらっていなかった。

初めて口づけを交わした時は、あんなに彼女の心を近くに感じられたのに。

今では彼女の気持ちがわからない。直接聞いてないというだけでこんなにも不安になる。

夜に昼に、二人きりで会う。手を繋ぐ。抱き合う。キスをする。

でも、心は通じ合っていない。

僕達二人は、付き合っているのか。

わからないけれど、別れは伝えなければいけない気がした。



(付き合っていなくても、さよなら、か)


青い石の髪飾りが、脳裏に浮かんで消えた。


―――――――


『ベルトルさん』

『ベルトルさん』

『――を――んで』


ベルトルト「……」

ライナー「ベルトルト、起きたか」

ベルトルト「ライナー……」

ライナー「どうした、元気ないな。悪い夢でも見たか?」

ベルトルト「ううん……悪い夢じゃないよ。平気」


ライナー「卒業まであと一週間だな」

ベルトルト「そうだね」

ライナー「お前、どうするんだ?」

ベルトルト「は?」

ライナー「所属兵団だよ。決まってるだろう」

ベルトルト「な、何言ってるんだよ……憲兵団だよ。そう言ったじゃないか」

ライナー「そうか。ユミルはどうするって?」


ベルトルト「えっ……?」

ライナー「付き合っているんだろう? ユミルと」

ベルトルト「それは」

ライナー「全く、どうして何も言ってくれないんだ。同郷の俺に隠すなんて水臭いだろう」

ベルトルト「ライナー、あの」

ライナー「しかし羨ましいよ。俺もクリスタと付き合えたらどんなにいいか」

ベルトルト「ライナー!」


ライナー「な……どうしたんだよ、そんなに大声出して」

ベルトルト「……」


駄目だ。もううやむやにはできない。

ライナーにだけは彼女との関係を追及されたくなかった。理由はいろいろあるけれど、ここではっきりさせてしまおう。


ベルトルト「ライナー、忘れないでほしい」


ベルトルト「僕達は、戦士だ」


ベルトルト「僕は戦士としての任務を投げ出すつもりはない」

ベルトルト「彼女との関係は、卒業と同時に切るつもりだ」

ベルトルト「僕達はもう、兵士ではいられないんだ」

ベルトルト「故郷に帰るために」


 『ベルトルさん』


ベルトルト「……」


初めてそう呼ばれた時、とても心地よかった。

一緒にいる時、名前を呼ぶと柔らかい表情になるのが好きだった。

君の傍にいると僕は、戦士としての重い責任を忘れることが出来た。

けれど。

もう、タイムリミットが近い。


ベルトルト「ライナー。君にも覚悟を決めてほしい」

ベルトルト「兵士として培ってきた、すべての感情を捨てる覚悟を」




彼女は憲兵団に入る気はあるのか、ないのか。

答えは彼女の口からではなく、教官の口から知らされた。



「10番クリスタ・レンズ」


解散式前日の夜、僕は倉庫でユミルを待っていた。

その日行われた最後の訓練兵団卒業試験科目が、対人格闘術だったから。

なのに、彼女は来なかった。

別れ話をするなら今日しかない。明日はおそらくどの場所にも人がいる。

彼女もわかってるはずなのに。


ベルトルト「……僕は憲兵団を志願するよ」

アニ「私もだけど」


結局こんな形でしか、僕らは終わることも出来ないのか。



さようなら、ユミル。

お別れだ。


―――――――
―――――
―――




「固定法整備4班! 戦闘準備!!」




「じゃあな」


冷めきった声でユミルが背を向ける。

立ち去る彼女を眺めながら、僕は至極間抜けな思考を巡らせていた。

――キス、しなかったな。

もう、そんな必要もないのに。


いつからキスは感情の薄れたルーティンワークに成り下がったのだろう。

夜中に待ち合わせて会うことも、気づけば惰性のようなものになっていた。

心の中に好きという気持ちはまだ残っているのに。

別れを前提にしている時点で僕らの関係は脆さをはらんでいた。

終わって当然だったんだ。

なのに僕が傷つくなんてのも、おかしな話だ。








「あ……」

「あいつは……」



「あの時の――……」



巨大樹の森



ユミル「……」


彼女がどうやら目覚めたらしい。僕の方に視線を感じる。

頭のいい彼女のことだ。きっともう何もかも理解している。

僕はなるべく、彼女の方を見ないようにした。


「ベルトルさん」


懐かしいあだ名で呼ばれる。胸を締めつけられる。


「こっち向けって」


操られるように顔を上げる。彼女の甘く縋るような視線が僕の目を射抜く。


「なまえを、よんで」


心臓が止まる、音がした。


―――――――


一度だけ、肌を重ねたことがある。

訓練兵団所属中最後の、帰省許可付休暇の日。

ローゼ出身者にとっては自宅に帰れる数少ない休暇であるが、故郷のないマリア出身者にとっては単に休みが長引くだけだ。

その日僕らは普段行かない街外れまで足を延ばしていた。いい時間になって戻ろうとした時、激しい雨が降り始めた。

土砂降りの雨の中、古ぼけた安い宿に転がり込んで、夜を迎えて。

たった一度だけ。


『名前を呼んで』


あの時彼女が言葉として発したのは、これだけだった。


「……」


脳裏に焼き付いた一番熱い記憶。

取り返しのつかなくなるほど情が移ることを恐れて、二度と呼び覚まさないようにしまい込んだはずなのに。

いや、彼女は思い出させるつもりではないのかもしれない。だったら僕も冷静に答えなくてはならない。


「何だい、ユミル」


彼女は今までに見たことのないような、優しく切ない微笑みを浮かべた。




「愛している」


「――!」


どうして


「本当だぜ?」


どうして今になって


「ずっと言えなかったけど」


一番欲しかった言葉を言うんだ。


「お前を愛しているよ」


過去形ですらないなんて。


「……」


あまりのことに声が出ない。出そうとしても口も喉も開かない。

ライナーの視線を横から感じる。兵士とも戦士とも言い切れない彼は、今どんな目で僕らを見つめているのだろう。

でも僕は、そんな彼をもう責めることなど出来やしない。

戦士としての責任から逃れたくて縋った、兵士としての感情に僕も囚われているから。



ライナー「お……起きたか」


「……」


あまりのことに声が出ない。出そうとしても口も喉も開かない。

ライナーの視線を横から感じる。兵士とも戦士とも言い切れない彼は、今どんな目で僕らを見つめているのだろう。

でも僕は、そんな彼をもう責めることなど出来やしない。

戦士としての責任から逃れたくて縋った、兵士としての感情に僕も囚われているから。



ライナー「お……起きたか」


―――――――
―――――
―――


ベルトルト「どうしてこっちに来たの?」

ユミル「さぁな」

ベルトルト「僕を助けてまで」

ユミル「そんなんじゃねぇよ」

ベルトルト「出来ることなら僕は君を死なせたくない」

ユミル「お前を守って憔悴しきってるライナーの肩の上でよくそんな台詞吐けるな」

ベルトルト「ライナーだって同じだよ。クリスタを死なせたくないんだ」


ベルトルト「――ユミル」

ユミル「あん?」

ベルトルト「……」

ユミル「……」

ユミル「おう」

ベルトルト「なんでわかるの」

ユミル「何となくだよ」


ベルトルト「これで最後かもしれないね」

ユミル「そうだな」


――それでもかまわない。

今ここに君がいる。もうそれで充分だ。

言葉にならなかった問いは宙に消えた。もう僕達の間には必要なかったから。

静かに体を寄せ合って、目を閉じた。





終わり

ベルトルト編も終わりです。

今更ですがこのお話は、

ユミル「別れよっか、ベルトルさん」ユミル「別れよっか、ベルトルさん」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/internet/14562/1382541402/)
の別視点です。相互補完の関係になっています。

向こうのスレも見てくださった方も、こちらのみという方も、読んでくださってありがとうございました。

おつおつ。
切なかった。

つか、両方同じレス番で終わっててスゲーって思ったw
レスすんの躊躇うわw

レスありがとうございます。

>>55
レス番そろったのは完全に偶然でした。自分でも「あ、これ揃う」って気づいて驚いた。

昨日寝落ちしたし書こうか迷ったけど、毎度恒例なんでけじめにまた晒します。
過去シリーズSS

サシャ「コニー! 勝負しましょう!」コニー「勝負?」

ユミル「劇場のチケット?」ベルトルト「あっ!」

ベルトルト「このチケット、どうしよう……あれ!?」

アルミン「えっ、僕の好きな人?」

クリスタ「私、マルコが好きなの」

ユミル「別れよっか、ベルトルさん」←new

ベルトルト「お別れだね、ユミル」←new


次のコニサシャで最後になります。
ではまた縁があれば。

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