ちなつ「好きだよ、あかりちゃん」(156)

~下校中~

ちなつ「…………」フゥ

あかり「ちなつちゃん、どうしたの?」

ちなつ「なんでもないよ」

ちなつ「ただ、そろそろ冬だなぁ……ってそう思って」

あかり「もう衣替えの時期も終わりだもんねー」

底冷えする夜を迎え、そっと吐きだした息も白く濁るようになった。
コート姿の大人やマフラーを付けた学生の姿も、最早さして珍しくない。

ちなつ「冬は髪が乾燥でぐしゃぐしゃになるから、憂鬱だなぁ」ハァ

髪というものは意外と繊細なもので、痛みやすく、管理が面倒だ。
静電気によるダメージは、確実に私の髪に影響を与えている。

あかり「あかりはもこもこしてるちなつちゃんの髪が好きだよぉ」ニコニコ

ちなつ「私はあかりちゃんの髪質が羨ましいけど」

あかり「えっ、ホントに!」パァ

あかりちゃんは生来の性質の賜物か、よく笑う。
中学生という多感な時期にあって、幼子のような純粋さを保っている点には感心する。

ちなつ「言い換えれば個性がない髪質が羨ましい、ということかもしれないけどね」クスッ

あかり「うぅ、それはあんまり嬉しくないなぁ……」ガクッ

あかりちゃんのコロコロ変わる表情を見ているだけで、暇を潰すこともできそうだ。
あかりちゃんの愛嬌にはわざとらしさが少なくて、見ているだけで楽しくなれるから。

ちなつ「あかりちゃんのお団子は可愛いんだから、個性はそれで十分じゃない」

あかり「えへへ、これはあかりの苦肉の策だからね!」フフーン

ちなつ「いつ見ても、どういう構造をしてるのか不思議」

あかり「ぶっ、分解しちゃダメだよ?」アセアセ

ちなつ「しないわよ」クスッ

この焦り様からするに、分解すると自分でもなかなか直せなくなるのだろうか。

ちなつ「それじゃ、また明日ね」ニコッ

あかり「うん、また明日ね!」バイバイッ

あかりちゃんと話すと、憂鬱な気分も吹っ飛んでいくようで、不思議と笑顔になれた。

私、吉川ちなつはレズビアンである。
はっきりと自覚したのは何時だったか、記憶は曖昧だがとにかくそうなのだ。

私にとって恋愛対象の性別は女だった。
たわいない少女の触れ合いにドキドキする、この後暗い感情を押し隠すのが常だった。

どうして私は男性を好きになれないのだろうか。
男性を好きになれない自分自身を、幾度となく呪った。
男性に興味を持てるように努力もしてきたつもりだ。
……それでも、どうにもならないのだ。

同性愛の存在を知り、その難しさを知ってからというもの、私は極力恋愛感情を抑えてきた。
抑圧された感情の影響か、私は童話の王子様のような存在に焦がれた。


私の暗く重い……この感情を掬い上げてくれる、そんな誰かを。

~自室~

ちなつ「王子様に一目惚れしたお姫様は、幾多の障害を乗り越えて結ばれるのでした」

懐かしい絵本を引っ張り出して読んでみると、お姫様の出てくるものばかりだった。
昔の私はお姫様が好きだったのか、ワンパターンな展開にも飽きずに読破したようである。
そういえば結衣先輩に出会ったとき、あの人は待ち望んだ私の王子様なのだと思ったっけ。
けれど、時と共に次第に疑問は大きくなった、『彼女は本当に私の王子様なのだろうか』と。

ちなつ「……私は、ラプンツェルなのかもしれないね」ペラ

篭の鳥のラプンツェルは魔女の塔で、愛しい人の訪れを待つ。
彼女の長い髪は、入口のない塔の地上との唯一の通行手段として、梯子代わりに使用された。
しかし、現実には年若いお姫様の髪がそれほどにまで伸びるとは思えないし、
ラプンツェルの恋物語は、年老いた彼女の望んだ夢にほかならないのではないか。
そして、お姫様な自分を空想して老いていくラプンツェルは、きっと私と似ている。
そんな妄想をしてしまうあたり、私の性根にはお姫様というものは合っていない気がする。


白雪姫しかり、ラプンツェルしかり、お姫様というものは純粋無垢で綺麗な心をしているという。
ならば、私は最初からお姫様でさえないのかもしれない。

けれど夢がなくなってしまうと困るから、その可能性は今は考えないでおこう。

女の子は皆お姫様になれる、そう考えていた方が幾許かは建設的なのだから。

~登校中~

冬の空は私の心とは裏腹に、どこまでも続きそうな程に透き通った青空だ。

ちなつ「おはようございます」

京子「おはよう、ちなつちゃーん」ガバッ

ちなつ「朝っぱらから抱きつかないでくださいよ」モウ

京子先輩はどうしてここまで自然にスキンシップを図れるのだろう。
そのルールに縛られない奔放さが、少しだけ羨ましく思った。

京子「おっ、今日のちなつちゃんは対応が柔らかいね」

京子「さては遂に私の魅力に気づいたな!」

京子「ちなつちゃーん」スリスリ

毎日懲りずに、朝から良くそれだけはしゃげるものだ。
流石に頬に唇を近づけられてしまうと、私も対処に困るのだけど。

結衣「こら、京子」グィ

結衣「あんまりちなつちゃんを困らせるなよ」ハァ

京子「いやぁ、つい、ね」

また始まった。
京子先輩が一定のラインを超えようとすると、こうして決まって結衣先輩が仲裁に入る。
京子先輩はきっと、結衣先輩に構って欲しくて、怒って欲しくて、執拗に私に絡むのだろう。
……現に、結衣先輩に止められた京子先輩は、私に甘えることを止めるのだから。

ちなつ「おはようございます、結衣先輩、あかりちゃん」

結衣「おはよう、ちなつちゃん」

あかり「えへへ、おはよう、ちなつちゃん」

ちなつ「遅れ気味ですから、早く登校しましょうか」

ようやくまともな挨拶も出来たことだし、意趣返しに京子先輩をヒヤッとさせてみようか。

京子「あっ、待ってよー、ちなつちゃん」

ちなつ「待つ義理はありませんね」プィ

京子「うぅ、ちなつちゃんが冷たいよ……」

結衣「自業自得だろう……」

京子先輩はああ見えて、臆病な人だ。
入学当初はなんて自分勝手な人間だ!なんて思いもしたが、一年近く一緒にいれば気がつくこともある。
彼女は人と距離を取ることに慣れていて、必要以上に近づくことは避ける。

京子「ちなつちゃん、まってよぉー」パタパタ

ちなつ「…………」テクテク、ピタッ

ちなつ「京子先輩、ほどほどにしてくださいね?」ゴホン

京子「うん、ごめんね、ちなつちゃん」

ちなつ「別に気にする必要はないです、単に私が大人げなかっただけですから」

京子先輩はこうして近づきすぎず、それでいて遠すぎないように、バランスを保つ。
率先して相手と良好な関係を築くことで、負の感情を向けられる可能性を摘み取っているのだろう。
これは京子先輩なりの積極的な自己防衛の手段、といったところだろうか。

結衣「ちなつちゃんに気を使わせてないで、たまには先輩らしくしなよ、京子」ハァ

京子「面目ないなぁ」タハハ

あかり「でもそれが京子ちゃんの良さだったりもするんだよ!」ニコニコ

京子先輩の交友関係は広いが、その懐に入れる例外は幼馴染の二人だけ。
京子先輩に夢中の杉浦先輩は、その事実に気が付いているのだろうか。

京子「そうかそうか、あかりはいい子だなぁー」グリグリ

あかり「子供扱いしないでほしいなぁ」ムゥ

京子「ごめんごめん」ナデナデ

あかり「だから子供扱いはダメなんだって……」エヘヘ

京子先輩はあれだけ溌溂としているのに、意外と童話のお姫様らしい性質の持ち主だ。
明るく振舞うけれど、その内側には繊細で弱々しい一面が隠れている。

これはきっと、さぞかし王子様の庇護欲をくすぐることだろう。


……いや、だからこそ結衣先輩は京子先輩の傍を離れないのかもしれない。

結衣「のんびり登校して遅刻すると、先生の顔がまた鬼に変わるぞ、京子」

京子「ぐっ、あの説教はもう勘弁してもらいたい」

京子「急ぐぞー、あかり」ホラ

あかり「……ハッ、あかりを置いていかないでよー!」

ちなつ「あかりちゃんもいい加減に学習すればいいのに……」ボソッ

時代劇や戦隊モノのような、そんなお決まりのやり取りに引っかかるあかりちゃん。
それを愚鈍というか、純情というかは、人それぞれということだろうけれど。

あかり「ちなつちゃーん」パタパタ

ちなつ「はいはい、何?あかりちゃん」

あかり「え、えと今日はいい天気だね!」

ちなつ「話題、考えてなかったんだ」ジィー

あかり「なっ、なんのことかな?」

あかり「そこで目を逸らすなんて、白状してるようなものじゃない」ハァ

ちなつ「まぁ、確かに冬なだけあって綺麗な青空ね、まるで澄み渡る湖面のよう」クスッ

ちなつ「冬は乾燥していて空気の揺らぎも少ないから、他の季節よりも空が綺麗に見えるのよ」

あかり「なんかちなつちゃん大人だぁ」ホエー


京子「あかりはちなつちゃんと仲良くていいな~」ブー

結衣「確かに、あかりの前だと、私たちの前よりもくだけた態度になるね」


仮にお姫様の資格があるとしたら、
それは純粋無垢なあかりちゃんや繊細な京子先輩のような人にあるのだろう。

私のように計算高い俗物には、光り輝く王子様は似つかわしくない。
湖面の月を求める猿の手が何も掴めないように、きっとそれは私には届かないものなのだろう。
そんなことを思った。

~保健の授業~

先生「妊娠、というのはどういうことだと思いますか?赤座さん」ズィ

あかり「ええっ、と、子供を授かることですか……?」ワタワタ

照れているおこちゃまなあかりちゃんに、そんな問題の回答を迫るなんて、
授業でもなければこの先生は変態の汚名を着せられてセクハラで御用になりそうだ。

先生「その通りです。子供を持つというのは…………」

先生「男女のあるべき交際というのは…………」

先生「子供の生まれるプロセスを説明すると…………」

先生「ジェンダーによる影響によって…………」

先生「@☆×△〒」


あかり「???」

健康・安全に関する理解を通して自らの健康を管理・改善していく資質や能力を育てること。
平たく言えば、保健の授業の目標とはそういうことらしい。

けれども、先生の話は妊娠から男女の交際、ジェンダー、さらには性行為と多岐に渡り、
それから二転三転して、予備知識のある私にもイマイチ分からないままに終わってしまった。


恋愛って何だろう?

性行為って何だろう?

ジェンダーって何だろう?

こんな具合に、あかりちゃんの頭がパンク寸前になっていることは想像に難くない。


そんな無垢なあかりちゃんにも、いつかは好きな人が出来て、愛する人が出来て……、
家庭をもって、子を育むのだと思うと何だか不思議な気分だ。
その時の私は、どんな顔をしてあかりちゃんの傍にいるのだろうか。

~放課後~

ガヤガヤ

ちなつ「あかりちゃん、今日はお休みするって先輩達に伝えてもらえるかな」

あかり「ちなつちゃん、具合が悪いの?それとも何か用事?」

ちなつ「ちょっと、ね」

言葉を濁したように、用事らしい用事はないし、理由なんて特にない。
ただ、私がはしゃぎたい気分ではないというだけだ。

あかり「…そっか、ちゃんと伝えておくね」ニコニコ

ちなつ「ごめんね、あかりちゃん」

あかり「また、明日」

ちなつ「また、明日」

あかりちゃんの優しい眼差しから逃げるように、席を立った。
無理に理由を追求しようとしないあかりちゃんの優しさが、鬱屈した心情に拍車をかけた。

~自宅~

ちなつ「ただいま戻りました」ガラッ

家には誰も帰っていないようで、私の挨拶に反応する声はない。

ちなつ(…………)

ズル休みをしてしまった。
その上、あかりちゃんに気を遣われるなんて、罪悪感が凄まじい。
でも、どうしても今日は楽しく会話をする気分ではなくて。

何だか心がささくれ立って、胸の奥の方でズキズキと鈍い痛みを発しているようだ。
この原因は何だろうか?あかりちゃん?結衣先輩?京子先輩?
わからない、わからない。

考えれば考えるほどに深みにはまり、私の求める答えはこの手からすり抜けていくようだ。
私の心とは何だろう、好きってなんだろう、同性愛って何だろう。
私は誰が好きなんだろう、私はどうして好きなんだろう、私は好きをどうしたいのだろう。
私の心を細分化して考えていく度に、私という存在の全体像は見えなくなる。

こういう現象を何というのだっけ、ゲシュタルト崩壊だっただろうか。

ちなつ「…………いたっ」

鈍い痛みは心から頭に移動し、目がくらくらする。
心の乱れが体にまで影響し始めているようだ。

「病は気から」という言葉は、まるで精神論のように聞こえるけれど、
神経系や免疫系はストレスや心理状態が大きく影響されるという研究結果も出ている。
決して舐めてかかっていい話ではない。

ちなつ「…………さっさと寝よう」

こんな時は早く布団をかぶって寝てしまうに越したことはない、私はそう思う。
そんなわけで、夕飯も食べず、お風呂も入らないで、私は布団へ入ることを決めた。
意識が混濁する中で、あかりちゃんの笑顔が頭をよぎった、そんな気がした。





…………古い夢を見た。
私がやんちゃで生意気そのものだった子供の頃の、そんな夢を。





~幼少期~

「いい加減にしてくれないか、そんなことだからあの子も」

「そんなに言うならあなたが面倒を見ればいいじゃない!」ガチャーン

「そういう問題じゃない!」


…………。
当時の両親は忙しく、幼かった私はしばしば親族の家に預けられた。
両親や大人の愛情は与えられなかったが、その代わりとして沢山のおもちゃや絵本を貰った。
私には友達らしい友達はいなくて、ぬいぐるみと人形で出来た部屋が私の世界だった。

寂しかった。

悲しかった。

苦しかった。

私は必要とされているのか?
どうすれば私を見てくれるのか?
そればかりを考える日々だったように思う。

「公園まで、出かけてきます」ガラッ

その日、私は気紛れに散歩をしようと思い立った。
今日は祖母の家に預けられるそうだ、申し訳なさそうに告げる母の顔が胸に痛かった。

久しぶりの気楽な散歩は、そんな私から辛い現実を暫く忘れさせてくれたように思う。
未知の道を進む、それだけであの小さな部屋から抜け出ることができたように感じた。
整えられた花壇、流れる小川、人々の喧騒、世界はこんなに色鮮やかだった。


私はしばらくして、今回の散歩のお目当ての公園にたどり着いた。
けれどもその入口には、幸せそうに遊ぶ同年代の少女達がいた。

その光景は私に羨ましさと妬ましさを覚えさせるには十分で……
悔しさと、辛さと、そして一抹の悲しみが私の心を襲った。

「ちょっと!ここはチーの縄張りなのよ!」

自らの感情の赴くままに、めちゃめちゃにしてやろうと思った。
公園の使用を妨害した、けれども、相手は引かなかった。
ひ弱そうな子を捕まえていじめようとした、けれども、相手は反抗してきた。

初めて人に蹴られた、痛かった。
それでも楽しかった、私は生きていると実感できたから。
人と触れ合うのは久しぶりだったから。

「○○、もういいよぉ、かえろうよぉ」

そうこうしている内に、もういいから帰ろうと、最終的に一人の女の子が泣き出した。

……楽しかったはずの気持ちは冷水を浴びせられたかのように急速に冷めた。
私は迎えの母の声を言い訳に、半ば逃げるように、その場を離れた。


「…………」
私が喧嘩に勝ったはずなのに、胸がざわついて苦しかった。
結局、私は最初から最後まで、異質な邪魔者でしかなくて。
あの女の子の泣き顔が頭から離れなくて、何故だか涙を流したい気分になった。


私はただ構って欲しかった、
相手にして欲しかった、
けれど……肝心のやり方を間違えたのだ。



取り返しのつかない今になって思う。
ただ一言、一緒に遊んで欲しいと、そう言えば良かったと。


ちなつ「…………ッ」ガバッ

ちなつ「……嫌な夢……見ちゃったなぁ……」ハァ

夢の内容は最早朧気だが、目覚めが最悪な気分なことは疑いない。
昔の夢を見た日は決まってこうなってしまう。

ちなつ「昔の夢か……いつまで引きずってるんだろ、わたし」

夢というのは脳による記憶や感情の処理の影響なのだという。
ならば、もう少し希望のある夢を見せてくれてもいいじゃないか。
私はこんなにも救いを求めているのに。

ちなつ「朝、か……」

どうやら帰ってからぐっすり眠っていたようで、空は夜明けを迎えてもう白んでいた。

ちなつ「朝シャワー浴びて気分転換しようか」ハァ


パタパタ


ともこ「ちなつ、おはよう」

ちなつ「おはよう、お姉ちゃん」

お姉ちゃんはすでに起きていたらしい。

ちなつ「お風呂、入ってもいい?」

ともこ「ええ、私はもう入ったから」

ちなつ「そっか」

ともこ「私はもう行くけど、朝食をテーブルに用意しておいたから」

ともこ「よかったら食べてね」ニコッ

ちなつ「ありがとう、お姉ちゃん」

お姉ちゃんは穏やかで優しい人だ。
それに加えて茶道・料理・勉強・運動、全部人並み以上にこなしてしまう。
直接本人に言ったことはないが、お姉ちゃんは私の誇りで、私の目標なのだ。

ともこ「ちなつ、今日の学校はいつ終わるの?」

ちなつ「四時半手前くらいには終わるけど?」

ともこ「なら、今日一緒に冬服を見にいかない?私が五時に学校まで迎えに行くから」

ちなつ「ホント?いくいく!」

ともこ「よかった、楽しみにしてるわ」フフッ

丁度冬服の組み合わせに悩んでいたところだし、ありがたい申し出だ。
この際アクセサリーのたぐいにも挑戦してみようかな、ませているかもしれないけれど。

ともこ「また後でね、いってきます」

ちなつ「いってらっしゃい、お姉ちゃん」


パタン


ちなつ「さて、お風呂、お風呂」

ちなつ「…………」シャー

買い物の誘いだけで随分と気持ちが軽くなるのだから、私はお手軽な女なのだろう。
そして、おそらく私の精神状態を察して、誘いをかけたお姉ちゃんに感謝しないと。
嫌な夢なんて忘れて、お姉ちゃんの作ってくれた朝食を味合わないと罰が当たるもの。

ちなつ「いただきます」
朝食はご飯とお味噌汁、それから焼き魚というシンプルなものだった。
けれども、朝食としては豪華だといえる組み合わせだった。

食器を洗って片付け、着替えを済ませたところで、今日も新たな一日を始めよう。

ちなつ「いってきます」バタン

本日は晴天なり。

~ごらく部~

結衣「ちなつちゃん」

ちなつ「結衣先輩、お一人ですか?」

結衣先輩の周囲には京子先輩の姿が見えない。

結衣「京子は生徒会の方に用事があるらしくってね」

ちなつ「そうでしたか、あかりちゃんも何か用事があるそうです」

この空間に、結衣先輩と二人きりになってしまった。
ラッキーなことだけど、どこか作為的なものを感じるのは、私の考え過ぎだろうか。

ちなつ「では今、お茶を用意しますね」

結衣「ありがとう」

二人だけの、沈黙が続く。
いつものごらく部の賑やかさが消えると、それはそれで少し物寂しい。

ちなつ「煎茶を用意しました、結衣先輩」コトン

結衣「ありがとう」

しばらく二人でゆっくりとお茶を楽しむ。

結衣「ちなつちゃんの淹れたお茶は美味しいね」

ちなつ「結衣先輩を想って淹れましたから……」

お茶の美味しさなんて、実際はお水の質と温度、それから蒸らし加減によって決まるものだ。
それでも想いを込めて淹れたなら、胸に秘めた想いを伝えるように……、
きっと味にも違いがでるのではないか、そんなおセンチなことを考えてしまう。

結衣「ちなつちゃん、最近元気がないね」

ちなつ「……そうですか?そんなことないですよ?」

やはり結衣先輩には、私と話したいことがあったようで。
結衣先輩にまで心配をかけていたなんて、近頃の私は随分おかしいらしい。
……それもこれも、きっと冬の季節が私を惑わすからだ。

結衣「私には大したことはできないけれど」

結衣「よかったら、相談に乗るよ」

結衣先輩からの、精一杯の気持ちのこもった言葉。
他の問いには喜んで答えられるけれど、私の悩みを結衣先輩に教えるわけにはいかない。

ちなつ「これは……私の解決するべき問題ですから……」

結衣「……そっか」

優しい結衣先輩は、きっと私が何を告白したとしても真摯に受け止めてくれるのだろう。
でも……、これは人には明かせない私の内心の問題なのだ。
そして私自身が悩みの内容を上手く特定できていないのだから、話そうにも不可能だ。

今はまだ、胸の奥でチリチリと身を蝕むものの形は見えない。


ふと気がつくと、時計の針がお姉ちゃんと約束した五時に近づいていた。

ちなつ「結衣先輩、今日は姉との約束があるので、これで失礼しますね」

結衣「うん、楽しんでおいで」

結衣先輩が少し寂しそうな表情を浮かべたのを、私は見なかったことにした。

~校門~

制服姿の生徒の中で、モデルのような凛々しい女性が、周りの注目を独り占めしている。

勿論、私のお姉ちゃんなわけだが。

ともこ「ちなつ、迎えに来たわよ」

お姉ちゃんの服装はシックで、自身の魅力を引き立てる、そんな上品な華やかさがある。

ちなつ「おねえちゃん!」

人垣をかき分けて、思わず条件反射的に、その胸に飛び込んでしまう。
私の自慢のお姉ちゃんを、人からじろじろと見られるのはあまり嬉しくない。
この人が私の姉なんだぞ、という一種の優越感を感じてしまうのも事実だけど。

ともこ「お疲れさま、ちなつ」ナデナデ

ちなつ「子供扱いはやめてよ」ムー

お姉ちゃんの手は暖かくて、撫でられるだけで心が安らぐ。
このざまでは私もあかりちゃんのことを笑えないのかもしれない。

ともこ「かなり注目を浴びているから、早く行きましょう」

ちなつ「うん」

相談の結果、駅の地下街で冬物を物色することとなった。
行き交う人混みの中、お姉ちゃんと手を繋いで歩く。
私を引っ張ってくれる姉の姿に、私は悩みの取っ掛りを見つけた。

~自宅~

バタンッ

ともこ「意外と買い込んじゃったわね」

ちなつ「私もお小遣いしばらく使えないかも……」エヘヘ

思っていたよりも楽しくて、自分で設けていた限度額を大幅にオーバーしてしまった。
暫くは倹約しないと缶ジュースの購入にすら支障がでそうだ。

ちなつ「……お姉ちゃん、相談したいことがあるの」

ともこ「どうしたの、ちなつ」

ちなつ「……ちょっと、誰にも相談できない話で」モジモジ

ともこ「分かったわ、暖いお茶を用意してくるから、少しの間だけ待っててね」トテトテ

これだけのやり取りで相談の深刻さを悟るあたり、お姉ちゃんはエスパーみたいだ。

ともこ「はい、どうぞ」コトン

ちなつ「ありがと」

お姉ちゃんの入れてくれたお茶は世界一美味しい。
身贔屓だとしても、私は本当にそう思う。

ちなつ「…………」

何時までもこうしてはいられない、ごらく部の皆にも心配されているのだ。
だから、私の一番信頼できる人に、私の秘密を打ち明けてみよう。

ちなつ「……おねえちゃん」

ちなつ「おねえちゃんは女の人が好き、なんだよね?」

ともこ「」ブフォッ

ちなつ「あー、お茶が勿体ないよ」フキフキ

ともこ「な、何を言ってるの?ちなつ」ゴホッゴホッ

赤座さんに夢中なこと、あれで隠せていたつもりだったんだ、お姉ちゃん……。
見てみぬふりをしてあげたけど、お小遣いで誤魔化すのは無理があったと思うよ。

ちなつ「とぼけなくてもいいよ」

ちなつ「……私もそうだから」

家族に自分が同性愛者であることを話すのは、これが初めてだ。
おそらくは、お姉ちゃんも誰にも話したことはないだろう。


ちなつ「お姉ちゃんは、あかりちゃんのお姉さんのことが好きなんでしょ?」

私が誰かの内心まで容赦なく踏み込むのは、何気にこれが初めてかもしれない。
いつも私は自分の世界に閉じこもってきたから。


ともこ「そうね……わたしはあかりちゃんのお姉さん、あかねさんのことが好きよ。」

ちなつ「そっか……」

聞く前から半ば確信していたが、実際に聞くと謎の感傷に浸りたくなるのはどうしてだろう。
もっとも、それはお姉ちゃんも今感じていることかもしれない。

ともこ「それよりも、ちなつ」

ともこ「私もそうだから、というのはどういうこと?」

お姉ちゃんは心配そうに私を見ている。
私のことを先ず優先するあたり、お姉ちゃんは俗に言うシスコンという奴ではないだろうか。
お互いに秘密を握っているとはいえ、口止めもしないで私の心配をするなんて。

色々と姉の危なっかしさに物申したい気分になったけれど、今は質問に答えなくては。
この悩みを解決するためにも、勇気を出さなければいけない時なのだから。


ちなつ「私は、レズビアンなの」

ちなつ「気がついたのは何時かも、覚えていない」

ちなつ「でも、友達の恋愛話についていけなくて」

ちなつ「アイドルに熱狂する気持ちが分からなくて」

ちなつ「ある日、女の子にときめいたの」


手の震えを無視して、私は話を優先した。


ちなつ「これがいけないことだって分かってたから」

ちなつ「何度も治そうとしたけれど、どうにもならなくて」

ちなつ「自分が嫌になって」

ちなつ「自分が憎くて」


息が震えて、発音も覚束無くなって、話も支離滅裂だろう。

ちなつ「中学に入って、好きな人が出来て」

ちなつ「その人はまるで童話の王子様みたいな人で」

ちなつ「よく話をしているごらく部の結衣先輩って人のこと」

ちなつ「その人と一緒にいられるだけで、私は幸せな気分になれたの」


それでも、これが私なりに掴んだ、私の心なんだ。


ちなつ「その流れでごらく部に入って……」

ちなつ「そこにいる同級生のあかりちゃんはとてもいい子で、一番仲のいい友達になって」

ちなつ「私は結衣先輩のことをあかりちゃんに相談したの」

ちなつ「でも私は、相談に応じてくれたあかりちゃんを……あかりちゃんを」カタカタ


忘れようと閉じ込めていた記憶が鮮明になっていく。


ともこ「落ち着いて、ちなつ」ギュッ

ともこ「大丈夫、お姉ちゃんがついてるから」

ともこ「だから安心して」

気がつくとお姉ちゃんに抱きしめられていた。
お姉ちゃんに抱きしめられていると、不思議と少しだけ震えが止まった。


ちなつ「うん……うん……」グスッ

ちなつ「わ、わたしは……」

ちなつ「嫌がるあかりちゃんに……無理やりキスしたの……」ポタッ


ようやく最近の不調の原因が分かった。
私は同性愛の悩みに加えて、あかりちゃんへの罪悪感を背負っていたのだろう。

私は誰かに、この懺悔を聞いて欲しかったのだ。
塞き止めていた想いが決壊し、涙とともに溢れてくる。



ちなつ「わたしはあかりちゃんに……欲情したの……」ポロポロ


ともこ「そう、辛かったわね、ちなつ」ナデナデ

ちなつ「おねえちゃん、おねーちゃん」ポロポロ

ちなつ「うああぁぁぁぁぁ」

こんなに大泣きしたのはいつ以来だろう。
抱きしめて背中をさすってくれるお姉ちゃんの存在に、安心できた。




ともこ「大人びているちなつにも、年頃の可愛らしい面があるのね」

ともこ「不謹慎だけれど、写真に収めておきたいくらい愛らしかったわ」ウフフ

ちなつ「もう……できれば忘れて欲しいよ……」ズビッ

お姉ちゃんの冗談に反抗する気力も、どうやら涙と共に流れてしまったらしい。
ツッコミを入れることもできないまま、ボケを殺してしまった。


ともこ「ちょっとの間、待っててね」

ちなつ「うん……」

ちなつ「……」

危うく、寂しいから傍にいて、なんて月並みな口説き文句を言うところだった。
もう少し私に元気があれば、お姉ちゃんを引き止めて困らせてしまっていただろうから、
その件については、流れ出た体力に感謝したい。


ともこ「ホットココアとビスケットを用意したわ」

ともこ「お姉ちゃんが食べさせてあげるね」

甘い匂いがすると思ったらそういうことだったのかと、得心した。

ちなつ「自分で食べられるよ」

ちなつ「あれ?」

体を起こそうとしたのに、ピクリとも反応しない。
まるで体の骨という骨が役たたずになったみたいだ。


ともこ「体が動かないのなら、大人しくお姉ちゃんに身を委ねなさい」ニコッ

ちなつ「うん……」カァ///

ともこ「よいしょっと」

壊れ物を扱うように、優しく体を起こされる。
恥ずかしさのメーターはとっくに振り切っていて、もうどうでもよくなってきた。

ともこ「はい、ココアよ」

ちなつ「……」コクコク

ともこ「はい、お口を開けて?」

ちなつ「ぁーん」パクッ

ともこ「いい子ね」クスッ

こうなったら徹底的に甘えてしまおう、きっとそれがいい。
そして元気になったら、この赤ちゃんのような記憶は抹消してしまいたい。


ともこ「それじゃ、相談を再開しましょうか」ニコニコ

ちなつ「もう反抗する気力も残ってないよ」ガクッ

冗談抜きで動けないために、現在お姉ちゃんに後ろから抱きしめられている状態だ。

ともこ「ともこお姉ちゃんのカウンセリングの始まりよ」

ちなつ「ぱちぱち」

とりあえずこういうノリでいいのだろうか。

ともこ「ちなつは結衣ちゃんが好きなのね?」

ちなつ「うん」

もう結衣先輩を好きだということにすら、抵抗感が抜けてきた。

ともこ「でも、あかりちゃんにキスして、興奮しちゃった」

ちなつ「…うん」

流石に口に出して問い詰められると、少し恥ずかしい。


ともこ「他の子に、そういうことをしたくなったことはある?」

ちなつ「ううん」フルフル

ドキドキしたことはあっても、他の子に性的な何かをしたいと思ったことはない。

ともこ「じゃあ結衣ちゃんに、そういうことをしたくなったことは?」

ちなつ「…………わかんない」

結衣先輩にキスをねだったことはあるが、あれはいわばおふざけの延長だ。
結衣先輩と、えっちなこと、とか、そういう関係になることは深く考えてなかった。

ともこ「でもあかりちゃんに興奮したことは確かなのね?」

ちなつ「…うん」

あの時の私は間違いなく異常だったと思う。

ともこ「あかりちゃんにキスしたくなったことは、他にもある?」

ちなつ「……ある」

ともこ「あかりちゃんのことは好き?」

ちなつ「うん」


ともこ「じゃあ……あかりちゃんに、恋愛感情を持ってる?」

ちなつ「えっ……」

ともこ「ちなつは本当に結衣先輩が好きなのかしら?」

お姉ちゃんは何を言っているんだろう。

私は本当に結衣先輩のことが好きなのか?

勿論私は結衣先輩も、あかりちゃんのことも、大好きだ。

では、あかりちゃんへの好きと結衣先輩への好きは、何か種類が違うのだろうか。

結衣先輩は私の憧れの人で……、あかりちゃんは私の……。


私の……。


ちなつ「そっか」

長くかかった解を、今確かに得た。

ちなつ「私は……」

ちなつ「私はあかりちゃんが好きなんだ」


私の本当に好きな人は、あかりちゃん、だった。


ともこ「そう……」

ともこ「まさか姉妹揃って同じ血筋の人に恋するなんてね」フフッ

確かに、何とも因果なものだ。
寄りにもよって、姉妹揃って同性愛者で、同じ家の女の子を好きになるなんて。

ともこ「せっかくだから一緒に告白しましょうか」

何気ないお姉ちゃんの突然の提案に驚くが、案外悪くないと思った。

ちなつ「振られちゃったら、一緒に残念会をするものいいね」

思わず冗談を飛ばすくらいの元気は出てきた。
振られることを始めから考えるなんて、後ろ向き極まりないけれど……、
私たちの恋は、前を向くには障害が多いから。

ともこ「あら、それはいいわね」

ともこ「お父さんの隠し持っているお酒もちょっぴり拝借しちゃいましょう」キャッキャッ

ちなつ「あのビンテージもの?いいかも、それ」ニヤッ

空元気だって、分かっている。
それでも、尻込みしてしまう心を誤魔化すように、私たちははしゃぎ続けた。


ともこ「…………」プルルルr

ともこ「あっあかねさん、夜分遅くに御免なさい」

ともこ「週末の予定は空いているかしら」

ともこ「ええ」

ともこ「遊園地を予定してるわ」

ともこ「それで相談なんだけど、ちなつも連れていきたいと思ってるの」

ともこ「だから、よかったらあかりちゃんの予定が合えば一緒にどうかしら?」

ともこ「そう!ありがとう」

ともこ「楽しみにしているわ、御休みなさい」

ともこ「……」ピッ


ともこ「予定は大丈夫だって」

ちなつ「勝負は週末かぁ……」ボフッ

枕を胸に抱きしめて、布団に転がる。
あかりちゃんへの想いを自覚したからか、早くも心臓が早鐘を打つ。

ともこ「今日は疲れたでしょう?少し早いけれどもう寝ましょうか」

ちなつ「一緒に寝てくれる?」

普段の私ならこんな誘いはしないけれど、今日はトクベツなのだ。
お姉ちゃんは上目遣いでおねだりすれば、基本的に言うことを聞いてくれる。
いざというときにとってある交渉術だけど、今日くらいは使ってもいいか。

ともこ「あなたが望むのなら、いつだって」

ちなつ「もぅ、おねえちゃんったら、キザなんだから」キャッキャッ

ともこ「ちなつの前でくらい、いい女でありたいもの」

お姉ちゃんは、普段から十分すぎるほどにいい女だと思う。
私には勿体ないくらいにいいお姉ちゃんだよ。

ともこ「電気、消すね」パチッ
部屋の明かりは消えて、暗闇が私たち姉妹を包む。

ともこ「…………」

ちなつ「お姉ちゃんと一緒に寝るのも久しぶりな気がする」

ともこ「中学生になって以来、ちなつは一人で寝るようになったものね」

ちなつ「そろそろ姉離れも考えなきゃいけないから」

寂しいけど、私たちもきっといつまでも一緒にいられる訳じゃない。
勿論、私とお姉ちゃんの関係性が悪い方に変化することはないだろうけど。

ともこ「お風呂も一緒に入ってくれなくなってしまって、寂しいわ」

ちなつ「だって……、流石に恥ずかしいもん」

私にも人並みの常識と羞恥心くらいある。
流石に中学生にして姉と一緒のお風呂は余りに子供っぽいもの。
それに、何時までも依存し合う関係というのは、何かを間違えていると思うから。

ともこ「こっちにおいで、ちなつ」

ちなつ「うん」スリスリ

ともこ「よしよし」ナデナデ

ちなつ「おねえちゃんは、いい匂いがするね」

ともこ「そう?」

ちなつ「うん」ウトウト


私は今までお姉ちゃんに守られてきた。
こうやって抱きしめられてきたから、寂しさや不安を払拭することができた。
私にとって、お姉ちゃんは……おねえちゃんは……。

ちなつ「なんだか……ねむたく……なって……」

ちなつ「…………」zzz

ともこ「…………」

ともこ「…………」ナデナデ

いつの間にか大きくなった、ちなつ。

私に抱きしめられていた小さなお姫様は、いつしか自分の足で進むようになった。

だから、私にはもう、この小さな妹の恋の成就を願う位しかできない。

それが少し寂しいけれど、祝福しよう、そう思うのだ。

ともこ「想いが実るといいわね、ちなつ」

ともこ「御休みなさい、良い夢を」


~お昼休み~

結衣「待たせちゃったかな、ちなつちゃん」

ちなつ「いえ、今来たばかりですから」

あかりちゃんへの想いが発覚した翌日。
私は自分の憧れに決着を付けるべく、こうして結衣先輩に時間を割いてもらった。
結衣先輩も薄々、私の要件に気が付いていることだろう。

ちなつ「わざわざお時間をとらせてしまって、済みません」

結衣先輩は、少し緊張しているように見える。

結衣「いや、そんなことはいいんだよ」

結衣「休憩時間なんかよりも、ちなつちゃんの方が大事だから」

こんな時まで、何とも男前な人だ。

結衣「それで、その、話したいことというのは……」

既に困った顔をしている結衣先輩。
他の女の子には、何も言わない内からそんな顔をしちゃダメですよ。
私の返答は決まっている、そんな顔をしていますから。

ちなつ「私は結衣先輩のことが、好きでした」

昨日までのそれとは違い、それはもう過去形になった。


結衣「…………そっか」

結衣「何て返すのが正解なのか、私にはわからないけど」

結衣「ありがとう」

結衣先輩は少し考える仕草を見せて、それから私に感謝の言葉を告げた。
「ごめんなさい」と言われると思っていたから、少々予想外だ。
けれど、ありがとうの方が、謝罪の言葉なんかよりもずっと心地よい。

ちなつ「……いえ、こちらこそ、ありがとうございます」ニコッ

自分の今までの気持ちを込めたお礼を言えただろうか。
分かっていた結果だけれど、胸が締め付けられたように苦しくなる。
それでも、もうしばらく、伝えたいことを伝え終わるまで、耐えなければならない。

ちなつ「結衣先輩は京子先輩のことが好きなんですね」

結衣「…………やっぱり分かりやすかったな?」

ちなつ「バレバレですよ」フフッ

本当に何も知らない人が見たとしても、見破れそうなくらい。


ちなつ「気がついていないのは、見ないふりを決め込んでいる京子先輩と」

ちなつ「色恋を知るにはまだ少し早いあかりちゃんと」

ちなつ「京子先輩に盲目な杉浦先輩の三人くらいでしょうか」

多分結衣先輩のクラスメートも、知っていて素知らぬ顔をしているのではないかと思う。

ちなつ「早く気持ちを決めないと、後悔しますよ」

あの人は人を惹きつける魅力を持っているのだから。
もっとも、そんなことは近くにいた結衣先輩が一番知っているのだから、釈迦に説法だろう。
それでも、結衣先輩の背中を押すため、私自身の恋に区切りを付けるために、
どうしても言っておきたかった。

結衣「……ありがとう、ちなつちゃん」

結衣「ちなつちゃんに勇気を貰ったんだ、私も頑張ってみるよ」

私の言葉は結衣先輩のために、役に立てただろうか。
私の気持ちは、結衣先輩のくれた気持ちに報いることが出来ただろうか。
先のことなんて、何の保証もないけれど、結衣先輩の恋が上手くいけばいいな。

ちなつ「わたしはここで少し涼んでいきます」

ちなつ「だから結衣先輩は、京子先輩のところに行ってあげてください」ニコッ

私なりの強がりを察したのか、結衣先輩は私を気にしながらもこの場を離れてくれた。
この寒空の下では涼む必要がないことは、どんなに鈍い人でも分かるというものだろう。

ちなつ「ダメだったな……」

バッサリと断りはされなかったけれど、要は私のことは眼中になかったわけで。

ちなつ「そりゃあ幼馴染と単なる後輩じゃ、スタートラインからして違うもんね」アハハ

過ごした年月も、共有した思い出も、後続の私に埋められるものではなかった。
全てを知り尽くした、全てを知られている、
それだけ絶対の絆が、あの二人の間にはあるのだろう。

ちなつ「ずっと、すきだったのになぁ……」

ちなつ「情けないなぁ……わたし……」ポタッ

ちなつ「こんなんじゃ、おねえちゃん、みたいになれないよ……」

初恋は実らないと言うけれど、人は皆、こんな思いを体験しているのだろか。
それはとても哀しいことだ、そう思う。

きっと涙は音も無く流れるけれど、その涙は頬を濡らし、そして凍った心を溶かしていく。
だから私も、次に進まなければいけないんだ。


~教室~

教室に戻ると、あかりちゃんが心配そうな顔で駆け寄ってきた。

あかり「ちなつちゃん、大丈夫?」

ちなつ「どうしたの?あかりちゃん」

ちなつ「私は大丈夫だよ?」ニコッ

私は基本的に弱みを人に見せることが嫌いだ、ましてや好きな人にそれを知られたくはない。
気持ちを偽ることには慣れているから、好きな人のために笑顔を作るなんて朝飯前だ。
心配してくれた、それだけで浮き上がりそうな心を律して、私は嘘をついた。

あかり「……嘘、つかないでよ」ポツリ

私はいつものように誤魔化したつもり、だったのだけれど、今回ばかりは運が悪かったらしい。

あかり「目元が腫れてる」ボソッ

ちなつ「…………ッ」バッ

あかり「今、目元に手をやったよね」ニコッ

まさか、あかりちゃんに一杯食わされるとは思わなかった。

ちなつ「…………カマをかけたんだ、あかりちゃん」

あかり「認めるんだ、ちなつちゃん」ニコニコ

何だろう、あかりちゃんの様子がおかしい。
笑顔を作っているけれど、その目は決して笑っていない。

ちなつ「別に大したことじゃないよ、ちょっと転んでs」

あかり「結衣ちゃん」

ちなつ「……」ビクッ

重ねてつこうとした嘘は、あかりちゃんの口から発せられた言葉で止められた。

あかり「結衣ちゃんと一緒にいたよね」

ちなつ「…………うん」

しらばっくれることは、もう無理だろう。
これ以上の嘘は、あかりちゃんの神経を逆撫でするだけだ。


あかり「結衣ちゃんと一緒にいて、泣いちゃたんだ」

あかり「あかりにも二人で何をしていたのか、教えてくれる?」ニコニコ

ちなつ「……あかり、ちゃん?」

何故だろう、あかりちゃんのことが怖いなんて、
少しでも、そう思ってしまうなんて。


キーンコーンカーンコーン


授業の開始前を告げるチャイムがなり、私たちの間の緊張も一瞬緩む。

あかり「今は時間がないから、話の続きは放課後にしよっか」

あかり「逃げちゃダメだよ?」ニコニコ

ちなつ「……逃げないよ」

普段と様子の違うあかりちゃんは、確かに少し怖いけれど、
それでもその瞳の奥に、寂しそうな光が見えた気がしたから。


~放課後~

あかり「あかりに付いてきて」

ちなつ「うん」

クラスメート達が下校していく中で、私とあかりちゃんは階段を上に登る。

ちなつ「あかりちゃん、この先は屋上しかないよ?」

そもそも屋上は施錠されているので、一般生徒には入れないはずだ。

あかり「大丈夫だよ、あかりが鍵のコピーを持っているから」ガチャガチャ

京子先輩達が茶道部の鍵を入手したような方法で、手に入れたのだろうか。


ギィィィー


あかり「少し寒いけど、我慢して」

既に日は傾き、空は紫紺に染まろうとしている。
普段の私なら、綺麗な空に感傷的になるなり、色の移り変わりを観察して楽しんでいただろう。
……けれど、今だけは、あかりちゃんの表情を隠そうとする夜の帳が憎たらしい。


ちなつ「綺麗な空ね」

私は元来負けず嫌いだ。例えどんな状況でも、自分らしさを損なうなんてしたくない。
虚勢でも、表面だけでも、いつもの強気の私で、あかりちゃんの前に立っていたい。
もっとも、それはあかりちゃんには喧嘩を売った、そう誤解されても仕方のないものだけれど。

あかり「空の色なんてどうでもいいよ」

私の台詞は一刀両断、あえなく切り捨てられた。
いつものあかりちゃんからは想像もできないような台詞だった。
あかりちゃんのお姉さんが聞いたら、きっとあかりちゃんがグレたと大騒ぎするだろうな、
ショックのあまりそんなどうでもいい考えが頭を巡る。


あかり「ちなつちゃんの様子がおかしいこと」

あかり「あかりもずっと気づいていたよ」

なんとなくあかりちゃんは気付いているだろうな、そう思っていた。
私はあかりちゃんの気遣いにずっと甘えていたのだから。

あかり「ちなつちゃんにもきっと事情があって」

あかり「それは私が深入りしちゃいけないことだって、そう思ったの」

確かにそのヒントはあった。
私に一生懸命に話しかけたり、明らかなズル休みを見逃してくれたり。


あかり「でもね、ちなつちゃん」

あかり「みんなに秘密にして、あかりに秘密にして、」

あかり「私の知らないところで、ちなつちゃんが傷つくのを見ているだけなのは、辛いよ」


この分だと、私の悩みを聞き出そうとして、
結衣先輩と私が二人きりになるように仕組んだのもあかりちゃんなのだろう。

あかりちゃんか、京子先輩か、
今までどちらが計画者か絞れなかったが、最早この状況から一目瞭然だ。


あかり「だからちなつちゃんが隠していること、全部あかりに教えてくれるよね」ニコッ


そのあたりから様子のおかしい私の後をつけていた、ということだろうか。
そして今日、結衣先輩の去ったあとの、泣いている私を見ていた。
つまりそういうことだろう。


ちなつ「結衣先輩は、あかりちゃんに何も言わなかったんだ……」

きっと、あかりちゃんは結衣先輩から話を聞き出そうとしたのだろう。
結衣先輩は問い詰められても、私の名誉を考えて、告白されたとは言いそうにない人だ。
だから、あかりちゃんは何も知らないのだろう、知ることができなかったのだろう。

あかり「…………」ギリッ

あかりちゃんは可愛らしい唇を噛み締めて、悔しそうな瞳で私を射抜く。

あかり「結衣ちゃんのことなんていいから、私を見てよ!」

あかりちゃんの悲痛な叫びが、空に響く。
いつも明るいあかりちゃんのこんな必死な表情は見たことがない。

あかり「ちなつちゃんにとって……、あかりはその程度の人間なのかなぁ」ポロポロ

あかりちゃんは静かに泣いていた。
あかりちゃんの目から零れた涙を見た瞬間、硬直していた私の体は自由を取り戻した。

思わず抱きしめたあかりちゃんの体は細くて、
力を入れてしまえば折れてしまいそうな……、そんな気がした。


あかり「ちなつ、ちゃん……?」

急に抱き寄せられたために、あかりちゃんは少し困惑しているみたいだ。
あかりちゃんの体からは、お日様のような暖かい匂いがする。

ちなつ「ごめんね、あかりちゃん」

私はあかりちゃんの心に届きますようにと、言葉を選びながら話を始めた。

ちなつ「わたしの秘密と悩みを、全部話すね」

あかりちゃんの目から溢れた涙は頬を伝い、地面へと落ちる。
自分の気持ちを叫んでからのあかりちゃんは、さっきまでの気迫が嘘のようにか弱く見える。

あかり「ほんとうに?」

ちなつ「うん」

寒空の下、温もりを求めてあかりちゃんが私に体を擦り付けて、背中に手を回す。
まさかこんな形で、あかりちゃんにこのことを告白することになるとは思わなかった。
本来ならお姉ちゃんと一緒に遊園地で、観覧車を使って……という案だったのだけど。

ちなつ「わたしは、同性愛者なの」

腕の中にいるあかりちゃんが、少し震えたような気がした。


ちなつ「今日のお昼休み、私は結衣先輩に告白してたの」

あかり「……ちなつちゃんは結衣ちゃんのことが好きなの?」

あかりちゃんが不安そうな表情をして私を見る。
涙は止まったようだけれど、あかりちゃんの頬には沢山の雫が残っていて真珠みたいだ。

ちなつ「正確には好きだった、ね」

あかりちゃんの頬の涙を優しく払いながら答える。

ちなつ「……私はずっと王子様に憧れていたの」

私の話を一生懸命に聞こうとしているあかりちゃんはとても愛らしくて、
何だかいけないことを教えているような、妙な気分にさせる。

ちなつ「私は強気なように見えて、そのくせ一歩踏み出す勇気が持てない臆病者だった」

ちなつ「私の恋愛対象は女性で、それは世間に許されるものではなかった」

ちなつ「そんな中で、私は私を愛し助けてくれる都合のいい存在を求めていたの」

ちなつ「そして、その欲望の捌け口が結衣先輩だった」


あかり「どうして過去形なの?」

あかりちゃんは潤んだ瞳で、私に問いかける。

ちなつ「そうね」クスッ

ちなつ「私が本当に好きだったのは王子様じゃなかったって、気づいちゃったから」

ちなつ「結衣先輩への告白は憧れにサヨナラする、気持ちの整理のようなものなの」

気がついた翌日に告白しようというのだから、我ながら手が早い。
けれど、手をこまねいて失敗するよりも、私は今を大事にしていたい。

あかり「誰が好きなの?京子ちゃん?」

どうしてここまで説明して察することができないのやら……。

ちなつ「こうやって抱き合っている以上、あかりちゃんに決まってるでしょ」ハァ

ちなつ「少しは流れを読みなさい」


あかり「えっ……」キョトン

あかり「あかり?」

あかり「え、えええぇぇぇぇ///」


ちなつ「そんなに驚かなくても」

何だかあかりちゃんにつられて、こっちまで恥ずかしくなってくる。

あかり「だって、あかりだよ?」

この子はこれだけ言って、まだ分からないのか……。

ちなつ「分かったわよ、あかりちゃんに分かるように説明してあげるわよ!」

ちなつ「一回しか言わないからよく聞いてね」

もう半ばやけくそだ、恥なんて気にしてる場合じゃないし。

ちなつ「わたしは、あかりちゃんがいいの!」

ちなつ「あかりちゃんじゃないと嫌なの!」

ちなつ「あかりちゃんと恋人になりたいの!」

ちなつ「どう、これで分かったでしょ!」ハァハァ

もう一度同じセリフを言えと言われても、多分無理だ。

あかり「……」ポッ

あかり「えへへ、そっか」

どうやらあかりちゃんにも理解できたようだ。
あかりちゃんの微笑みは、私の胸をこんなにも容易く締め付ける。

ちなつ「……私が気持ち悪くないの?」

あかり「どうしてそう思うの?」

ちなつ「同性愛のこと、分からない訳じゃないよね」

ちなつ「私はあかりちゃんに口付けをして、その華奢な体に触って、私で汚したいと思っているわ」

あかり「ちなつちゃんは綺麗だよ?」

そういう問題じゃない。

ちなつ「言い方を変えるわね、無理やりキスした時のこと、覚えているよね」

ちなつ「私はあれ以上のことをしたいと思っているの、それでも怖くないの?」

あかり「怖くないよ」

嫌悪や恐怖の表情で見られることを覚悟してした質問は、迷う様子もなくあっさりと返された。

あかり「だってあかりも、ちなつちゃんのことが大好きだから」ニコッ

…………あかりちゃんの笑顔には敵わないなぁ。

ちなつ「ずるいよ、あかりちゃん」ポロッ

ちなつ「そんなこと、言われたら私は……」

ちなつ「わたしは……」ポロポロ

気持ちが抑えられなくなって、涙が止められない。
まだまだあかりちゃんに伝えたいことがあるのに。
あかりちゃんに好きって伝えたいのに。

あかり「ちなつちゃん」

あかり「大丈夫だよ、ちなつちゃん」ナデナデ

あかり「あかりが、ちなつちゃんの傍にいるから」

あかり「ずっとずっと傍にいるから」

あかり「だから、笑って?」

あかり「ちなつちゃんの笑顔を見ていたいの」


あかり「ね、あの時のキスをやり直そうよ」

あかり「月明かりに照らされて、シチュエーションもバッチリだよ!」

ちなつ「…………うん」ゴシゴシ

始めはあかりちゃんの表情を僅かに隠す程度だった夜の気配は空に広がり、
頂上には丸々とした月が浮かんでいた。



ちなつ「好きだよ、あかりちゃん」


あかり「私も、ちなつちゃんのことが大好きだよ」



やがて、そっと一つに重なり合う私たちの姿を、
お月様の光が柔らかく照らしていた。


~下校中~

ちなつ「うぅ……心臓がおかしくなる……」ドキドキ

あかり「あかりも、何だか胸がポカポカするよぉ……」ドキドキ

いざ結ばれてみると、心が持たないんじゃないかというくらい気持ちが高揚して。
私たちは、二人揃って顔から火が出そうなくらいに真っ赤になっていた。

あかり「ちっ、ちなつちゃん……」モジモジ

ちなつ「なに、あかりちゃん」

恥ずかしそうにしているあかりちゃんは、食べちゃいたいくらいに可愛い。
きっと林檎みたいに真っ赤になったあかりちゃんは、この世のどの果物よりも瑞々しく甘いのだろう。

あかり「その、えっちなことは、しばらく待っていてくれないかな?」モジモジ

ちなつ「あかりちゃんたら、気が早い」クスッ

あかり「わっわらわないでよぉー」ポカポカ

ちなつ「ごめんごめん、あかりちゃんのためなら何時までも待つよ」

あかり「……そっか///」

あかり「じゃあこれはそのときの予約!」チュッ


あかり「今の私には、これくらいしかできないけれど」

あかり「それでもいいよね」ニコッ

あかり「だって、勿体ないもん」

あかり「今は手を握るだけで、キスをするだけで」

あかり「こんなにもドキドキ出来るんだから」

あかり「ゆっくり、少しずつ歩いていこうよ」

あかり「私たちにはまだまだ沢山の時間があるんだから!」


エピローグ

ともこ「ちなつ、予定の通りにお願いね」ヒソヒソ

ちなつ「あかりちゃんには私から話を通したから、予定は完璧よ」ヒソヒソ

ともこ「そっか……ありがとう」ヒソヒソ

ちなつ「頑張ってね、お姉ちゃん」ヒソヒソ

ともこ「勿論」ヒソヒソ

あかね「お待たせしてしまったかしら?」

ともこ「いえ、私たちも今来たところだから」

あかね「ほら、あかり、あんなに今日を楽しみにしていたのにどうしたの?」ニコニコ

あかり「……うん///」

あかり「あのね、おねえちゃん」

あかり「今日はちなつちゃんと一緒に遊園地をまわってもいいかな?」カァ///

あかね「」


アカリチャン、ドコイコッカ チナツチャンノスキナトコロ!

あかね「あかりが……あかりが……」ドンヨリ

ともこ「さっ私たちも行きましょう、あかねさん」ズリズリ



ちなつ「そういえば、これが恋人になっての初デートになるのかな」フフッ

あかり「楽しい思い出をいっぱいつくろうね!」ニコニコ

あかりちゃんと手を繋いでいるだけで、私の心は満たされる。
あかりちゃんの笑顔を見るたびに、私はあかりちゃんをより深く好きになる。
そうやって、ずっとずっと関係が続いていくなら、それはとっても素敵なことだと思うのです。

ちなつ「好きだよ、あかりちゃん」ニコッ
あかり「私もちなつちゃんのことが大好きだよ」ニコニコ



おわり

おまけ ともこさんの結末

ガタンッ

ともこ「観覧車なんて久しぶりだけど、いい風景ね」

ともこ「街並みが夕日に映えていて、綺麗だわ」

夕日に照らされたあかねさんを見ていたいけれど、
これからのことを思うと顔を合わせづらくて、そんな言葉で逃げてしまう。

あかね「それでどうしたの、こんなことを企んで」

ともこ「……わかっちゃうのね」

あかね「あなたとの付き合いも随分と長いもの」

この人は無駄に察しが良くて優秀だから、気づかれることも想定内だけど。
お陰様で覚悟が決まったというべきか。

ともこ「好きよ、あかねさん」

あかねさんに向き直り、自分の秘めた想いを告げる。


あかね「……私も好きよ」

ともこ「あっさりしてるわね」

あかね「そういうあなたこそ」

ずっと隠し続けた想いの重さに反して、言葉は自然と口をついて出た。
告白というものは初めて経験するが、こんなに穏やかなものでいいのだろうか。

ともこ「…………」プィ

あかね「……ちょっと、こっち向きなさい」

告白は出来たが、この空気は気恥ずかしい。
この人の前だと、私はいつもドキドキして、顔を赤くしている気がする。

あかね「夕暮れで顔の赤さなんて隠れているのだから、心配いらないわよ」クスクス

ともこ「……いじわる」

思わず、非難する言葉を言ってしまった。

あかね「否定はできないわね」ウフフ

あかね「クールなあなたが私の前でだけ恥じらっている姿は、何度見ても飽きないもの」クスッ

それは、独占欲や優越感、というものだろうか。
何であれ、この人に気にかけてもらえるならば、私はそれに嬉しさを隠すこともできないのだ。
恋は先に惚れたほうが負けというが、それはどうやら事実のようで悔しい。


あかね「ねぇ、ともこさん」ソッ

ともこ「何?あかn」

チュッ

あかね「ご馳走様」

近づいてきたあかねさんの綺麗な唇が、私の……唇に触れた。
キスに味なんてないけれど、微かに甘い香りが鼻腔を擽った。

ともこ「私の、ファーストキス……」カァ///

あかね「あら、いいことを聞いてしまったわ」

どうしてこの人は余裕綽々なのだろう。
私ばかり胸の鼓動が落ち着かなくて、切なくて、気持ちが抑えきれない。

あかね「せっかくだから、あなたのファーストキス喪失記念に、ここで写真を撮りましょうか」

あかね「ちなみに私のファーストキスはあかりよ」ウフフ

ともこ「…………」ジワッ

告白した人に向ける台詞とは思えない、あんまりな言葉に猛烈に寂しさが襲ってくる。
私が想うほどに、私はこの人に愛されているだろうか、好いてもらえているだろうか。
私は女で、この人も女なのだ……。


あかね「からかい過ぎたわ、ごめんなさい」ギュッ

あかね「泣かないで、私に笑顔を見せて」ヨシヨシ

こんな台詞で気持ちが浮上してしまう自分は、なんて単純なんだろう。
きっと私は一生、この人に頭が上がらないのだろう。

ともこ「……傷ついたから、優しくして?」ウルウル

あかね「しょうがない子ね」ニコニコ

けれど、それでこの人に甘えることができるなら、それはそれで悪くない。


ともこ「……好き」ギュッ

あかね「うん」

ともこ「好き、好き、ずっと、好きだったの」ポロポロ

思いがとめどなく溢れて、言葉と涙の形でこぼれ落ちた。

あかね「ありがとう」

あかね「私もあなたのことが好きよ、ともこ」ニコッ

涙が嬉しいときにも流れるものだったなんて、今まで知らなかった。


ガタンッ

ちなつ「その様子だとお姉ちゃんも上手くいったみたいだね!」

ともこ「ちなつ、余り大声で言わないで!」アタフタ

ちなつ「お姉ちゃんの照れてる表情なんて珍しい、可愛いなぁ」ニマニマ

ともこ「もぅ」


あかね「あかり、観覧車で何か変なことをされたりしなかった?」コソッ

あかり「ちなつちゃんは予想以上にへたれだったから大丈夫だよ」ニコニコ

ちなつ「あ、あかりちゃん!?」カァ///

あかり「あかりがリードすることも考えたほうがいいかなぁ?」ウーン

あかね「」


おわり

結局は加筆修正で書き溜めありなのに遅くなってしまって申し訳ない
一万字くらいのともこさんとあかねさんのSSもついでに投下しておきたかったけど
気力が尽きたのでここまで、保守あり

私と結衣はいわば共依存の状態にあるのかもしれない。
私たちは幼い頃からずっと一緒だった。
花咲く春も、虫鳴く夏も、紅葉散る秋も、雪降る冬も、
結衣のいない季節はなかった。

私に最も影響を与えた人物を一人だけ選ぶとしたら、それは間違いなく船見結衣になる。

こんな感じに相互依存がテーマになりそうだったのでボツになった
結末はお好きなように

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