律子「今夜は良い夢が見れそうね」 (17)

山なしオチなしの短い物ですがよろしくお願いします。

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深夜、と言うにはまだ少し早い時間。765プロのアイドルグループ『竜宮小町』のプロデューサー秋月律子は珍しく自宅でゆったりとした時間を過ごしていた。

珍しく、というのも竜宮小町の人気が鰻上りでここ何週間かは帰宅も午前様が多かったのだ。
竜宮小町のメンバーの中に中学生も居る為、労働基準法やらなにやらで深夜に及ぶ収録は無い代わりに綿密な打ち合わせを余儀なくされる。

風呂から上がり、中高生が着るような物より数段上等なスウェットを着て部屋の中央にある小さなテーブル脇のソファに腰を掛ける。
普段の見た目と違い髪を解いて眼鏡はテーブルの上に置いてある。
少し長めの髪の毛をドライヤーで乾かしながら、明日のスケジュールの確認をする為に部屋全体を見回し鞄を発見。
街中ではアンバランスさが目立ってしまう体格に合わない大きめの鞄に手を突っ込みガサゴソとシステム手帳を探していると指先に触れる昨日までの鞄の中には存在していなかった感触。


「あっ」

ドライヤーのスイッチを切り鞄ごと近くに引き寄せる。
まるで敏感な爆発物を扱うようにゆっくり、丁寧に、両手を使って鞄から取り出したのは……

あの人からのプレゼントが入った小さな紙袋。

「んふふふ」

思わず頬が緩んでニヤけてしまう。

今までも、多分これからも一生の内で絶対に他人には見せる事の無い腑抜けた顔で紙袋を見つめている。

「くしゅんっ」

飽きもせずに何分ぐらい紙袋を眺めていたのだろうか。
身体が少し冷えてしまったので目の前のテーブルに紙袋を置き片手でドライヤーを再開しつつ残った手でシステム手帳を探し当てる。


特に予定の変更も無いので改めて確認する必要も無かったのだが性分なのだろう。一通り手帳に目を通していると髪も乾いていた。

紙袋を手元に寄せて、中から透明の保護フィルムに包まれた物を取り出す。

「プロデューサーが私にプレゼントしてくれた香水っ♪」

そのまま鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。

「なんか良い匂いがするような……しないような……」

開けるのが勿体無い。

(プロデューサーから何かを貰ったりするのは初めてでは無い……けど…… 殆どがみんなにお土産、とかみんなにお菓子、ジュース……私もみんなの内の一人。誰かを特別にしない人だから)


あの人が言ったあのひと言が脳内再生される。

「律子につけて欲しいから、じゃ駄目か?」

(身体中が熱くなってくる。身体だけじゃなくて顔も。自分で赤くなってるのが判るぐらい)

「ドライヤーを長時間使い過ぎたせいよ」

誰に言うでも無く独りごちて保護フィルムに爪をかける。
開けるのが勿体無いけど、開けないと意味が無い。

海外製商品のフィルムは手強く爪ぐらいではどうにもならなかった。
香水だから匂いが漏れないように分厚いんだろうなと思いながら慎重にハサミを使って箱に傷がつかないように切れ目を入れて剥いていく。

「はぁ~、良い香り~ って つき並みな台詞しか出て来ないなぁ。例えば……そう、まろやかでコクがあって素材感を活かした風味の良い……って食ロケじゃないんだから!」

まだ香水ボトル自体を箱から出してもいないのにテンションが上がっての
乗りツッコミ。

「はぁ……」

暫く一人で恥ずかしくなって溜息をひとつ。
ボトルを取り出しひとしきり眺めた後、試しに左の手の甲に香りを纏わせる。


テーブルにゆっくりとボトルを置いて恐る恐る鼻先に左手を近づけて行く。

「んっ! 良い香りっ♪」

テンションが上がり過ぎて単純な単語しか出て来ない。

初めてのあの人からの個人的なプレゼント。
あの人が私の為にと選んで買ってくれた物。
嬉し過ぎて立ち上がり、さっきまで座っていたソファにダイブ!
うつ伏せでクッションを抱え、顔をウリンウリンと押し付け叫び声が漏れるのを防ぐ。
合間に左手の匂いを嗅ぎながら両足をパタパタばた足。


時間にして15分ほど経ってやっと落ち着き、顔を上げた時に自分が泣いている事に気が付く。

「嬉しくても涙が出るのね……」

嬉しくて泣いた事なんていつ以来なのか考えながらクッションが大惨事になってないか確認して一安心しつつ、ティシューを取りに部屋の隅のドレッサーに向かう。
昔からの癖のように左手の甲を嗅ぎながら……

Darling, so share with me~♪
Your love if you have enough~♪

「ふぁっ!?」

ベッドの枕元の充電器に挿さった携帯からちょっと昔に流行った曲が流れる。
ティシューを二枚ほど取り出しながらベッドに移動し急いで液晶画面を確認する。
着信音の違いで確認しなくても誰だか判っているのに。


通話ボタンを押して耳に当てる。

「もしもし、律子か」

(たったひと言、声を聞いただけなのに、こんなに嬉しいなんて)

止まりかけていた涙が溢れ出す。
その連鎖で鼻水も……

「ぞうでず……」

「泣いてるのか!?」

(鼻水が出る理由なんてたくさんあるのに……なんでこの人は泣いてるって判るんだろう?)

「ちょっろ待っれくだたい」

盛大に噛んだ。

「お、おう……」

保留ボタンを押し携帯をベッドに放り投げティシューを箱ごと掴んでトイレに駆け込む。
ティシューとトイレットペーパーを見比べ、しばし逡巡した後にティシューで鼻をかむ。
うら若き乙女として越えられない一線があったのだろう。


泣いていた事を誤魔化す為の理由をいくつか用意しながらベッドに戻り軽く咳払いをしてから携帯を耳に当てる。

「泣いてたみたいだけど何かあったのか?」

「泣いてないですし風邪でも花粉症でも鼻炎でもアレルギーでも無いです!」

矢継ぎ早に畳み掛ける。

「だって……」

「タンスの上の荷物の整理と掃除をしてたので埃が目に入ったんですよ」

何か理由が無いと引き下がらない性格なのは知っているからそれなりの納得出来る理由を用意して彼に反論の隙を与えない。

「それなら良いんだけど……」

納得はしていない。
でも、こうなったら彼女はテコでも動かないのを彼は知っている。

(意地っぱりと言うか意固地と言うか……律子らしい、か……)

それを口に出すのは愚の骨頂だと判っているぐらいには少し大人なのだ。


何かを誤魔化したい時はいつもより少し饒舌になる彼女の癖から彼女が泣いた事実に突き当たるが言いたくないのなら聞かない事にする。



ほんの少しの無言状態……
不安そうな声で彼女が問いかけてくる。

「なん……ですか?」

不安を払拭するようにすぐに返事をして深夜の急な電話を詫びる。

「遅い時間に急に電話して悪かったな」

彼は駅前の繁華街から少し離れた歩道の鉄柵に腰掛けている。


自分の気持ちを代弁したと言っても良いようなプレゼントを渡した意味を考えて、いつもの調子で上手く話せない彼と。

彼からのプレゼントで舞い上がっている時に来た彼からの電話で緊張してあがってしまう彼女と。

「スケジュール確認とかしてたんで大丈夫でしたよ。それより、香水ありがとうございます」

なんとか取り繕おうとしたものの無愛想な感じになってしまい心の中で深い溜息をついてしまう。

「喜んでくれてなによりだ。もうそろそろ寝る時間だろうから手短に用件を済ますから」

お互いにずっと声を聞いていたいのに居た堪れなくなって会話が続かない。

「用件はなんでしょう?」

「律子の次のオフはいつ?」



ギクシャクしながらもなんとかオフを合わせる事が出来、布団を頭からかぶって枕を抱きしめる。

「今夜は良い夢が見れそうね」


おわり

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