このSSは
綯「1日ラボメン見習い……?」岡部「そうだ!」
の続きです。
前作を読んでない方は先にこちらから読むことをお勧めします。
あんまり長くない作品でサクッと読めると思いますので。
岡部「綯……お前は俺のこと、どう思ってるんだ?」
その言葉に、私は耳を疑ってしまいます。ここは……ラボ?
綯「えっと……キライじゃ、ないです」
とてもあいまいな答え。……ホントは、正直に言えないだけなのに。
岡部「そうか――それならいいんだ」
オカリンおじさんの顔が、だんだん私に近づいてきます。
動こうと思っても、体は全然いうことを聞いてくれません。
ま、まさかこれ――キス!?
綯「あの! 待って、オカリンおじさ――」
ジリリリリリリリ!
綯「――!」バッ
ゆ、夢か。
皆さんおはようございます、天王寺綯です。
……なんだか、すごい夢を見てしまった気がします。
目覚まし時計が鳴ってなかったらどうなってたんだろう?
天王寺「綯! そろそろ起きねえと遅刻するぞ!」
お父さんの声……大変! 早く朝ごはん食べないと!
天王寺「綯、なんだかうなされてた見てえだが、怖い夢でも見たのか?」
綯「だ、大丈夫だよ、心配しないで」
正直に言ったら、多分オカリンおじさんがとばっちりを食らうだろうし。
『お前にも、感謝しなければな――ありがとう』
オカリンおじさんの声が頭の奥で響いています。
あれからまだ1週間も経ってないのか……今でも、あの日のことを思い出しては顔が熱くなります。
天王寺「おい、なんか顔が赤いぞ。バイトの風邪がうつったのか?」
綯「そんなことないって! わ、私は元気だよ」
……ちょうど、今みたいに。
綯「萌郁お姉さん、もう大丈夫なの?」
天王寺「休んだ分もバリバリ働くって息巻いてたぜ。まあ、大して仕事はねえがな」
そうなんだ。風邪で具合が悪そうだった萌郁お姉さんも、すっかり元気になったようです。
天王寺「なんだったら、今日店に来るか? 迎えに行ってやるが」
綯「ホント!? じゃあ学校が終わったらお店に行く!」
私は急いで朝ごはんを片付けて、学校へと向かいました。
――――――――――――――――――――――――――――――
「「先生さようならー!!」」
ホームルームも終わり、校門の前で待っていると、すぐお父さんの車がやってきました。
綯「お父さん!」
天王寺「悪いな、待たせちまったか?」
綯「ううん、さっき終わったばっかりだよ」
お父さんのことを見てみんな怖がるけど、私にとっては優しいお父さんです。
天王寺「そうか、じゃあさっそく出発するぞ!」
ブロロロロ・・・
天王寺「そういえば、今日は上が騒がしかったな」
綯「上って……ラボのこと?」
どうしたんだろう、何かあったのかな?
――大檜山ビル――
キキッ ガチャ
綯「萌郁お姉さん!」
萌郁「……綯ちゃん、こんにちは」
少しぎこちないけど、私に笑顔で答えてくれる萌郁お姉さん。
綯「萌郁お姉さん、もう風邪は大丈夫?」
萌郁「うん……綯ちゃんたちのおかげ」
ありがとう、とポツリと呟いて、また私にほほえみます。
初めて会ったときはあんまり表情が変わらなかったけど、今はだいぶ色んな顔が見れて私もうれしいです。
天王寺「なあ、今日は何騒いでたんだ? 岡部のバカがまたなんかやらかしたか」
萌郁「……岡部くん、福引を当てたみたい」
福引――もしかして、海外旅行とかかな?
萌郁「私も、詳しくは聞いてない……」
萌郁お姉さんも、不思議そうにしています。
でも、下まで響くほど騒いでたなら、余程いいものが当たったのかもしれません。
綯「私、ちょっと聞いてくる!」
私はどうしても気になって、階段を駆け上っていきました。
岡部「うーむ……」
ダル「オカリン、散々騒いでもう賢者タイム? 早漏乙!」
岡部「うるさい――冷静に考えたら、こんなの一体どうすれば……」
ダル「ラボメンみんな誘えばそれでいいじゃん! ブラウン氏たちも入れれば丁度じゃね?」
綯「あ、あの……」
玄関のドアをノックして開くと、2人が何か話していました。
岡部「む、小動物ではないか」
わざと乱したみたいな髪型に、よれよれの白衣。
オカリンおじさんはいつも通りの姿で、私を出迎えます。
綯「こ、こんにちは」
少しだけドキドキしてしまうけど、なるべく普段通りに。
岡部「どうした? 何か用か」
綯「あの、オカリンおじさん、福引が当たったって……」
ダル「あれ、桐生氏から聞いたん? 実はさ、遊園地の招待券が当たったんだお」
……遊園地?
ダル「この前オープンした遊園地に団体10名様1日フリーパスでご招待!」
「大盛況らしいからこれはかなりお買い得!」
綯「へえー」
オカリンおじさん、結構くじ運いいんだなあ。
岡部「フン、遊園地など……人ごみに紛れて機関のエージェントが潜伏してるかもしれないのだぞ!」
ダル「オカリンまたそんなこと言って。福引当たったのも機関の罠だとか……動揺しすぎ」
素直に喜べばいいのに。でも、オカリンおじさんらしいです。
綯「いいんじゃないですか? 紅莉栖お姉ちゃんも喜ぶと思いますけど」
岡部「なっ――!」
オカリンおじさんは耳まで真っ赤になってます。
ダル「そういえばオカリン、あれから牧瀬氏とはどうなったん?」
鈴羽お姉ちゃんのあの発言で、2人は少なくとも2036年にはイチャイチャしてる関係だと分かってしまいました。
……でも、なんだか複雑な気分です。
ダル「牧瀬氏も最近は顔赤くしてばっかだし、リア充爆発しろ!」
ガチャ
鈴羽「おいーっす!」
ラボのドアが勢いよく開かれ、元気なあいさつが聞こえてきました。
この人は鈴羽お姉ちゃん。未来から来たタイムトラベラーです。
岡部「お前、どこに行っていたのだ?」
鈴羽「いやー、自転車でいろいろ走り回ってたんだよ! 今日は有明の方まで」
ダル「有明!? わが娘ながらスゴイ体力」
鈴羽お姉ちゃんはその言葉が嬉しかったのか、何だか照れくさそう。
鈴羽「今度父さんもどう? すっごく気持ちいいよ!」
ダル「僕はパス。有明につく前に死んじゃうお!」ドヤァ
……いばって言うことじゃないと思いますけど。
綯「そういえば、鈴羽お姉ちゃんってどこに泊まってるんですか?」
鈴羽「ああ、テキトーにタイムマシンの中にマット敷いて寝てるよ!」
ま、マットか……。野性的な気がしないでもないです。
このビルの屋上には、ちょうど人工衛星みたいな形をしたタイムマシンが置いてあります。
私は1度しか見てないけど、紅莉栖お姉ちゃんは何度も調べているようでした。
鈴羽「あんまりいじられて帰れなくなったらイヤなんだけど」
岡部「うむ、俺からも注意しておこう」
ガチャ
紅莉栖「はろー」
岡部「噂をすれば……今日は遅かったな」
紅莉栖「しょうがないでしょ。私もそろそろアメリカに帰らないといけないから、いろんなところに連絡しないと」
岡部「……まあ、夏に帰る予定をここまで引き延ばしたのだからな。やむを得まい」
紅莉栖お姉ちゃん、アメリカに住んでるんだっけ。そういえば、読んでる分厚い本は全部英語でした。
髪も長くてきれいだし、何だか大人っぽくて私も憧れちゃいます。
……オカリンおじさんが好きになるのもわかるなあ。
紅莉栖「……どうしたの、私の顔に何かついてる?」
綯「い、いえ! なんでもないです」
ちょっと見とれてたなんて言えない……。
ダル「いつの間にかオカリンが牧瀬氏を名前で呼び捨てにしてる件について」
岡部・紅莉栖「「う、うるさい!」」
ぴったり同じタイミング。今日も仲がよさそうです。
……でも、少しだけ寂しいな。
――――――――――――――――――――――――――――――
鈴羽「へー、遊園地か! 私もそろそろ未来に帰るつもりだったし、最後のいい思い出になるよ!」
まゆり「うん、まゆしぃも行きたいなあ」
紅莉栖「でも、あんたが福引でねえ。変な時だけ運がいいというか」
あれから少しして、まゆりお姉ちゃんと萌郁お姉さんもラボへとやってきました。
まゆり「あとでるか君とフェリスちゃんにも聞かないとねー」
萌郁「私も……いいの?」
岡部「お前もラボメンだろ。拒む理由などない」
萌郁お姉さんも、それを聞いてほっとしたようです。
綯「あの、ホントに私も行っていいんですか?」
岡部「招待券は10人分あるんだぞ。ラボメンだけで行っても余らせてしまうし、ミスターブラウンには世話になっている」
「それに、お前はラボメン見習いだしな。参加資格は十分だ」
まゆり「そうだよねー。綯ちゃんも一緒じゃないと!」
まゆりお姉ちゃんもなんだかうれしそう。
みんなで遊園地……楽しみです!
――――――――――――――――――――――――――――――
というわけで、その週の日曜日。
ラボメンのみんなとお父さん、私の10人で、遊園地にやってきました。
天王寺「おお、こりゃあすげえ」
岡部「フフ、人がゴミのようだな!」
紅莉栖「……あんた、なんだかんだでテンション上がってんじゃないの?」
まゆり「オカリン、こういう賑やかなところすきだからねー、えっへへー」
フェイリス「それにしても、まさか凶真があのチケットを当てるとは思ってなかったのニャ」
「やはり、にじみ出るカリスマがそうさせてしまうのかニャ……」
フェイリスさんは、この前メイド喫茶でつけてた猫耳をつけています。この人、猫耳好きなのかな?
綯「フェイリスさん、何か知ってるんですか?」
フェイリス「知ってるも何も、あの福引を主催したのはうちなのニャ!」
まゆり「フェリスちゃんの家、お金持ちだもんねー」
そ、そうだったのか。……でも、それならバイトなんてする必要ない気がします。
るかお姉ちゃんは大きな風呂敷包みを持っていて、何だか大変そうです。
るか「でも、何だか素敵ですね。あの観覧車もすごく大きいですし」
フェイリス「ルカニャンなかなか分かってるニャ。あれがこの遊園地の目玉、1周20分の巨大観覧車ニャ!」
確かに、入り口前でもすごく大きく見えます。
夜にライトアップされたりしたらすごくキレイそうだなあ。
鈴羽「うわー! 父さんと遊園地なんて小学生の時以来だよ!」
ダル「まさかこの歳で娘と遊園地に行けるとか、胸熱すぐる!」
ダルおじさんと鈴羽お姉ちゃんもすごく楽しそうです。
綯「あの――今日はありがとうございます。お父さんも誘ってくれて」
岡部「気にするな。お前も親子で来た方がいいだろうしな」
まゆり「オカリン、優しいねー」
岡部「茶化すな。これは、機関の陰謀を調査するという隠れた目的もあるのだ!」
紅莉栖「はいはい厨二病乙。そんなことより、さっさと入りましょうよ」
紅莉栖お姉ちゃんは呆れたようにスタスタと行ってしまいます。
岡部「おい、紅莉栖!」
それに続いて、みんなもどんどん入場していきました。
――――――――――――――――――――――――――――――
まゆり「やっぱりすごく広いねー。地図がないと迷っちゃいそう」
紅莉栖「ねえ、最初はどこに行くの?」
フェイリス「もっちろん、アレに決まってるのニャア!」
フェイリスさんが得意げに指差しているのは――。
綯「ジェットコースター?」
フェイリス「遊園地と言えばコレ! 観覧車やお化け屋敷と肩を並べる定番中の定番ニャ!」
萌郁「……楽しそう」
……言われてみれば確かにそうかも。
でもよく考えたら私、ジェットコースターに乗ったことないなあ。
お父さんと2人で遊園地に行ったときは、コーヒーカップやメリーゴーランドぐらいしか乗った記憶がありません。
天王寺「だ、ダメだぞ綯! 何かあって、振り落とされでもしたら……!」
お父さんが急に慌てだします。もしかしてお父さん、私のことが心配で今まで乗せてくれなかったのかな?
そうこうしてるうちに、お姉ちゃんたちは列に並んでしまいました。
綯「だ、大丈夫だよ! 私だってもう子供じゃないもん!」
人生初のジェットコースター。怖い気持ちもあるけど、乗ってみたいです!
ダル「……綯氏綯氏、さっきのセリフもう1回お願いできる? できれば挑発するように」
綯「え――?」
子供じゃないって言っただけなのに……どういうこと?
岡部「い、言わせるなHENTAIロリコン野郎!」
ダル「YESロリコンNOタッチ! 僕だってちゃんと線引きはしてるお、失礼な!」
オカリンおじさんがあきれ顔で、さらに口を開こうと――。
天王寺「――おい」
地獄から聞こえるような低い声。
それがお父さんだと気付くまで、たっぷり3秒かかってしまいました。
天王寺「他人の娘に何言わせるつもりだてめえ。……ちょっと来いや」ガッ
ダル「え、あ、ちょオカリン! 救援プリーズ!!」
岡部「……ダル、骨は拾ってやろう」
そのままダルおじさんはお父さんに引きずられて、人ごみの中へと消えてしまいました。
綯「あの……大丈夫でしょうか?」
岡部「今回は自業自得だからな。むしろ少ししぼられた方がいいのかもしれん」
それでどうにかなるとは思えませんけど……。
岡部「ほら、行くなら今のうちだぞ。ジェットコースターに乗りたいんだろう?」
綯「そうですけど、オカリンおじさんは?」
岡部「お、俺は、機関の奇襲に備えて周囲の警戒をだな」
綯「……もしかして、怖いんですか?」
岡部「な、何を言っているのだ! 俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だぞ!」
……その言葉を、そっぽを向かずに言えば少しは信用できそうなのに。
でもオカリンおじさんが絶叫マシン苦手なのは、なんとなくイメージ通りです。
まゆり「綯ちゃん、こっちこっち!」
まゆりお姉ちゃんが手招きしています。私も手を振って答え、みんなと合流しました。
まゆり「あれ、そういえばオカリンはー?」
紅莉栖「あいつ、逃げたな――!」
フェイリス「クーニャン、凶真と一緒に乗れなくて残念ニャね」
紅莉栖「べ、別にどうでもいいわよ!……正直、私も逃げたいんだけど」
ぼそりと、紅莉栖お姉ちゃんが本音をつぶやいています。
紅莉栖お姉ちゃんも、こういうのは苦手みたいです。
るか「あの、綯ちゃんって身長は何センチ?」
綯「えっと……137センチくらいだったと思います」
どうして、そんなことを聞くんだろう? るかお姉ちゃんはすごく申し訳なさそうです。
るか「あの――あれ」
るかお姉ちゃんが指差した先には、L字を逆さまにしたような形の看板と、大きく書かれた注意書き。
《このバーより身長の低い方は乗ることはできません》
《※このバーの高さは140cmとなっています》
鈴羽「綯お姉ちゃん……足りないね」
――――――――――――――――――――――――――――――
岡部「……む、どうした? ジェットコースターは?」
オカリンおじさんは、近くのベンチで座って携帯をいじっています。
綯「あと……3センチ……」
岡部「一体何があったのだ。生気が抜けてるぞ」
まさか、乗る前からここまでショックを受けるなんて。
毎日牛乳飲んでるのに……。
まゆり『えっと……他にも、いっぱい乗り物はあるしね!』
……あの時、ダメもとでバーの下を通ってみましたが、頭はバーにかすりもしませんでした。
るか『そ、そうですよね! コーヒーカップとか、あとメリーゴーランドも』
綯『……あの、お姉ちゃんたちだけで、乗ってください』
ジェットコースターに乗れないことより、自分の身長のことで泣いてしまいそうです。
お姉ちゃんたちの憐れむような視線が逆に痛いんです。
綯『オカリンおじさんと待ってますから、大丈夫です』フラ・・・
紅莉栖『えっと……じゃあ私も――』
ガシッ
フェイリス『クーニャーン? ここまできて逃亡は許されないニャよ? ナエニャンの遺志を継ぎ、恐怖に打ち勝つのニャ!』
鈴羽『未来でも絶対乗ってくれなかったから、今日こそ一緒に乗ってもらうよ!』
紅莉栖『え、ちょっと……いやああああああああぁぁぁぁぁ!!!』
そのまま、紅莉栖お姉ちゃんは引きずられてゲートの中へ入ってしまいました。
……でも、フェイリスさんが私にウインクしたのはなんでだろう?
――――――――――――――――――――――――――――――
岡部「それで、ここまで戻ってきたのか」
綯「はい……」
岡部「もうしばらくすれば、ミスターブラウンたちも帰ってくる。それまで待っているか?」
うーん、それもなんだか時間がもったいない気がします。
……あれ、今私、オカリンおじさんと2人きり?
ど、どうしよう。急に息が苦しくなってきました。
綯「あの、出来れば、何か見て回りたいです」
岡部「そ、そうか。……ミスターブラウンにはちゃんと事情を説明してくれよ。ダルの二の舞になりたくはないからな」
オカリンおじさんは本気でおびえているようです。
そういえばダルおじさん、大丈夫かなあ?
綯「でも、紅莉栖お姉ちゃんはいいんですか?」
ホントはちょっぴり嬉しいけど、そのことが気にかかります。
岡部「まだ時間はあるし、全員が楽しめなければ意味がない」
「それに機関に発見された際は、お前を囮にすることもできるしな、フゥーハハハ!」
遊園地に来ても、やっぱりオカリンおじさんはいつも通りみたいです。
岡部「そうだな――1番近いところだとコーヒーカップかお化け屋敷だな」
綯「……じゃあ、コーヒーカップにします」
岡部「分かった……まゆりたちもいつ来るかわからんし、一応メールしておこう」
ピロリーン
メールを送り終えると、オカリンおじさんはベンチから立上がりました。
岡部「それでは行くか! 時間は待ってくれないからな!」
綯「は、ハイ!」
どんどん進んでいくオカリンおじさんの背中を、私も必死に追いかけます。
……少しの間だけ、2人で遊園地。なんだかドキドキです。
――コーヒーカップ乗り場――
岡部「ふむ、コーヒーカップなど何年振りだろう」
綯「まゆりお姉ちゃんと来たんですか?」
岡部「ああ。一応幼馴染だし、家族ぐるみで遊びに来ていたこともあった」
そうなんだ。狂気のマッドサイエンティストって言ってる割に、昔は普通の子供だったみたいです。
ほんの些細なおしゃべり。でも、オカリンおじさんの何気ない言葉も私にはとても新鮮で、新しい発見が満ちていました。
……私、オカリンおじさんの事全然知らないんだなあ。
そして、コーヒーカップがゆっくりと回り始めます。
岡部「ちょ、ちょっとこれは速すぎでは――」
まだ動き始めて間もないのに、オカリンおじさんはもう顔が引きつっています。
……よーし!
私は真ん中のハンドルを握って、思いっきり回しました。
岡部「あ、それ以上速くするな! いや、待ってください……!」
オカリンおじさんは何度も頼み込んできましたが、スピードが上がると途中から何もしゃべらなくなってしまいました。
綯「……オカリンおじさん、大丈夫ですか?」
フラフラとコーヒーカップから降りると、オカリンおじさんは携帯を耳に当てました。
岡部「俺だ。今、新手の拷問を受けた。三半規管を直接狙い平衡感覚を奪う卑劣なものだ」
「俺以外の被害者を出してはいけない! 警戒を怠るなよ。エル・プサイ・コングルゥ」
また、誰かに電話してます。そんなに速かったのかな?
綯「あの――ごめんなさい」ペコリ
岡部「気にするな……だが、俺は少し休む」ガクッ
そのまま、崩れ落ちるようにベンチにへたり込んでしまいました。
どうしよう、こんなことになるなんて思ってませんでした。
ちょっとだけ、からかうつもりだったのに……。
綯「あれ……?」
遠くのほうで、見覚えのある姿。
綯「萌郁お姉さん!」
私たちに気付いたのか、携帯を片手にこちらに駆け寄ってきます。
綯「どうしたの、他のみんなは?」
萌郁「綯ちゃんを探してて……途中で分かれた」
綯「オカリンおじさんからメール来てなかったの?」
萌郁「さっき気づいた……みんなも、すぐ来ると思う」
そうか……2人きりなのは楽しかったけど、今は1人で不安だったからむしろ良かったです。
萌郁「……」ジー
あれ、萌郁お姉さんが何かを見つめています。視線の先には――。
綯「萌郁お姉さん、コーヒーカップに乗りたいの?」
萌郁「……うん」ポッ
恥ずかしそうに、ほおをピンク色にしています。
……かわいい。
オカリンおじさんに許可をもらって、私たちはコーヒーカップに乗ることにしました。
萌郁お姉さんも、何だかウキウキしているようです。
綯「萌郁お姉さんは、コーヒーカップに乗ったことある?」
萌郁「私、両親がいなかったから……遊園地も、初めて来たの」
……どうしよう、初めて聞きました。
今まで、萌郁お姉さんの家族のことは聞いたことがなかったので、少しびっくりしてしまいました。
綯「わ、私――」
萌郁「……?」
綯「私、萌郁お姉さんのこと大好きだし、これからもみんなで来ようよ!」
とっさに出た言葉。でも、精一杯の気持ちを込めて。
萌郁お姉さんは一瞬戸惑ったように目を伏せましたが、すぐに私に向き直ります。
萌郁「綯ちゃん……ありがとう」
……その時の笑顔はとても自然で、まるでお母さんみたいでした。
――――――――――――――――――――――――――――――
綯「萌郁お姉さん、大丈夫?」
萌郁「……うん」フラッ
コーヒーカップを下りた途端、ふらつく萌郁お姉さん。
私から見ても、オカリンおじさん並みに気分が悪そうに見えます。
どうしてだろう? さっきは反省してハンドルは回さなかったはずなのに……。
岡部「多分、これのせいだろうな」
私たちがコーヒーカップに乗ってる間に、オカリンおじさんはだいぶ調子が良くなったみたいです。
私に向けてきた携帯画面には、たくさんのメール履歴。
From 閃光の指圧師
Sub 聞いて!
綯ちゃんに大好きって言われ
ちゃった(///)
変な意味じゃないのは分かっ
てるけど本当にうれしいの!
私も綯ちゃん大好き!
萌郁
From 閃光の指圧師
Sub 速い速い
コーヒーカップって結構速い
んだね…
ハンドルを回すとスピードア
ップらしいけど、そんな勇気
ないよぉ~>< 萌郁
岡部「あのな、コーヒーカップに乗りながらメールで実況すれば酔うに決まってるだろ!」
も、萌郁お姉さん……。照れくさいのは分かるけど、無茶しないでください。
紅莉栖「あー! やっと見つけた」
萌郁お姉さんをベンチに寝かせて休ませていると、紅莉栖お姉ちゃんたちがやってきました。
紅莉栖「まったく、あんたが綯ちゃん連れまわしてたらタイーホされても文句言えないわよ」
岡部「おい、それは言い過ぎだぞ! ダルと一緒にするな」
鈴羽「ちょっとー、一応娘の前でそういうこと言わないでくれる? 気持ちはわかるけどさ」
鈴羽お姉ちゃんはむくれていますが、オカリンおじさんの言うことも一理ある気がします。
なんというか、何されるかわからない怖さがあるんですよね。
岡部「そういえばダルたちは?」
るか「お2人でしたら、さっきトイレの陰から出てきて……」
岡部「ダル――まさか掘られたんじゃないよな?」
綯「? それってどういう意味ですか」
岡部「いや、お前は知らなくていい。俺の失言だ」
オカリンおじさんはそっぽを向いてしまいました。
……でもあの顔から考えると、本当に知らない方がよさそうです。
フェイリス「それじゃあ、次はどこに行くかニャ?」
鈴羽「はいはーい! お化け屋敷に行きたい!」
紅莉栖「お、お化け屋敷……」
――お化け屋敷前――
お化け屋敷の前で、私たちはお父さんたちと合流することが出来ました。
オカリンおじさんはしげしげと注意書きを眺めています。
岡部「1度に入場できるのは3人までか……」
天王寺「岡部が1人で行けばいいだろうが。そもそも、おめえは周りに女がい過ぎなんだよ」
ダル「ブラウン氏の意見には同意。牧瀬氏がいながらハーレムとか、壁殴り代行が大繁盛だお!」
岡部「だ、だから、クリスティーナとは別にそういう関係では……」
紅莉栖「そ、そうよ! 岡部、私の名前もちゃんと呼ばないのに――」
ダル「ほほう、牧瀬氏は名前で呼んでほしいというわけですか」
紅莉栖「ち、違うわよ!」
両手をブンブン振って否定していますが、耳まで真っ赤になっています。
岡部「そんなことよりダルよ、ミスターブラウンとはお楽しみだったようだな」
ダル「アッー! ってちがうっつーの! 関節きめられまくってバラバラ寸前」
お父さん、すごく力もちだからなあ。オカリンおじさんは細いから、折られてしまいそうです。
るか「でも、組み合わせはどうしましょうか。1人だと寂しいでしょうし……」
紅莉栖「てっとり早く、ジャンケンで決めましょう。2人組と3人組がそれぞれ2つずつ」
岡部「それでいいか……では、ジャーンケーン――」
――――――――――――――――――――――――――――――
ジャンケンの結果。
1組目、私とフェイリスさん。
2組目、お父さん、ダルおじさん、るかお姉ちゃん。
3組目、まゆりお姉ちゃん、鈴羽お姉ちゃん、萌郁お姉さん。
4組目、オカリンおじさんと紅莉栖お姉ちゃん。
フェイリス「ナエニャン、よろしくニャ♪」
綯「よ、よろしくお願いします」
この前のメイド喫茶ではあんまりお話しできなかったから、この機会に仲良くなりたいです。
天王寺「またおめえか。まあ、おめえが綯と一緒にならなかっただけマシだな」
ダル「これはまた珍しい組み合わせ。しかし、この状況でも僕は萌えることができる!」
ダルおじさんが叫んでいます。……またお父さんに何かされなきゃいいんだけど。
紅莉栖「な、なんであんたと2人なのよ!」
岡部「文句を言うな。お前がパーを出したのが悪い」
紅莉栖「はあ……途中で逃げたりしないでよ?」
わざとらしくため息をついてるけど、その顔はとても嬉しそうです。
フェイリス「じゃあ、行って来るのニャ!」
まず、1組目の私たちの番。
フェイリスさんと手をつないで、私たちはお化け屋敷の中へ入りました。
綯「や、やっぱり中は暗いですね……」
思わず、握る手に力が入ってしまいます。
フェイリスさんの照らすライトも、逆に照らしきれない暗闇を目立たせています。
フェイリス「な、何か話しながら行こうニャ! そうすれば、少しは気が――」フワァ
綯「ひあ!? い、今生暖かい風が! かお、顔に!」
フェイリス「さ、さすがに怖いのニャ……」
フェイリスさんも少しおびえているようです。
この前は、オカリンおじさんみたいに何だかよく分からないことを言っていましたが、案外普通の人なのかも。
フェイリス「そういえばナエニャン、凶真とはどうだったのニャ?」
フェイリスさんが、何気ない口調で聞いてきます。――って、あれ?
綯「じゃあ、あの時紅莉栖お姉ちゃんをむりやり乗せたのは」
フェイリス「フッフッフ、実はわざとニャ!」
不敵にほほえむフェイリスさん。でも……どうして?
フェイリス「だってナエニャン、凶真を見る目が恋する乙女だったニャ」
綯「そ、そんなことないです!」
必要以上に大声を出してしまいましたが、フェイリスさんはニヤニヤしています。
フェイリス「隠しても無駄ニャ。フェイリスには、心を見通す魔眼が備わっているのニャ!」
じっと私の目を見つめて、フェイリスさんはまたほほ笑みます。
フェイリス「まあ、正確に言うと、相手の目を見れば何を考えているのか分かるのニャ」
そ、それってすごい特技じゃないのかな?
テレビでよくやる、超能力とかマジックみたいなもの。
フェイリス「今ナエニャンは、『すごい特技だな』って思ったニャ」
う……当たってる。
ガチャン
綯「い、今鎧が……って追いかけてきてる!?」
重そうな見た目とは裏腹に、ものすごいスピードで駆け寄ってきます。
これは怖い。立ち止まったら取って食われそうです。
フェイリス「ナエニャン! 全速力ニャ!」
タッタッタッタッ・・・
フェイリス「な、なんとか逃げ切ったのニャ」
綯「それで……あの、どうしてフェイリスさんは」
フェイリス「チャンスはみんな平等ニャ!……まあ、最後に選択をするのは凶真ニャけど」
そう呟くフェイリスさんの横顔は、なんだか寂しそうです。
フェイリス「や、やっと外に出れたのニャ……」
綯「こ、怖かったですね」
結局、あれからほとんど話せませんでした。
だって、何か話そうとするたびにお化けが飛び出したり生首が目の前を転がったりするんですもん。
フェイリス「ナエニャン、もしあれだったら、もう1回だけ凶真と2人きりにできるニャよ?」
綯「え――ほ、ホントですか」
短い間だったし、オカリンおじさんはダウンしてしまったけど、あの時はとても楽しかった。
あんな時間を、もう1度味わえるのかな?
フェイリス「クーニャンは毎日ラボで凶真と会ってるし、少しぐらい甘えてもいいと思うのニャ」
「それでどうするかは、ナエニャン次第ニャ」
何だか、悪魔との取引みたい。裏がありそうで警戒してしまいます。
でも、せっかくみんなできた遊園地。出来れば、めいいっぱい楽しみたい。
フェイリス「さあ、このフェイリスと、契約を結ぶのかニャ?」
――だから、今日だけは。
綯「……お願い、します」
フェイリス「よく言ったのニャ! 契約の対価として、1日メイクイーンで働いてもらうけどニャ」
綯「え……で、でも私メイドさんなんて」
何かあるとは思ってたけど、メイドさんか。
じ、自信ないな……。
フェイリス「……冗談ニャ。けど、お店にも遊びに来てほしいのニャ」
イタズラっぽくウインクをして、フェイリスさんが頭をなでてきます。
フェイリスさんも、悪い人じゃなかったんだ。
フェイリス「ニャフフ、他のみんなは大丈夫かニャー?」ニヤニヤ
コロコロと表情がよく変わります。まるで猫みたいです。
――――――――――――――――――――――――――――――
それから少し時間が経って。
「ぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
まゆり「紅莉栖ちゃん、大丈夫かなー?」
るか「岡部さんも一緒だし、大丈夫だと思うけど……」
出口まで叫び声が聞こえるなんて……相当怖がっているようです。
るか「あ、出てきました!」
るかお姉ちゃんが出口を指差すと、そこから何かが飛び出してきました。
岡部「ぜえ……ハア」
紅莉栖「な、なんぞこれ……鎧が走ってくるとは……」
やっぱり、あれは怖いですよね。
オカリンおじさんも紅莉栖お姉ちゃんも息を切らしています。
ここまで全速力で走りぬけたら、逆にそこまで怖くないのかもしれません。
ダル「……つーか、ずっと手をつないでたわけ?」
そう言われてよく見ると、2人はしっかりと手を握っていました。
紅莉栖「こ、これは別に、怖くて思わず握ってたとかそういうんじゃなくって!」パッ
ダル「頭がフットーしそうだよおってこと? あー! メシマズだわ」
それに、今さら手を離してもごまかせないと思いますけど。
――――――――――――――――――――――――――――――
綯「おいしい!」
紅莉栖「本当ね……ぜひ教えてもらいたいわ」
時刻は12時を回り、私たちは休憩スペースでお昼ご飯です。
るかお姉ちゃんが持っていた風呂敷包みは、みんなのお弁当でした。
メイクイーンのオムライスもおいしかったけど、このお弁当も中々です。
綯「るかお姉ちゃん、お料理も上手なんですね!」
るか「おねえ……ボク、男なんですけど……」モジモジ
確かにそうなんですけど、やっぱり女の人にしか見えません。
ぜひ、お手本にしたいです。
綯「今度、私にもお料理教えてくれませんか?」
るか「ハイ! ボクなんかで良ければ……」
小指を出して、るかお姉ちゃんと指切りしました。
まゆりお姉ちゃんとも約束したし、3人でお料理できたらいいな。
絡めた小指を離すと、るかお姉ちゃんの視線が私のポシェットに注がれているのに気が付きました。
るか「綯ちゃん、この前もそのポシェット持ってましたよね。お気に入りなの?」
綯「ハイ! 可愛いですよね?」
黒と灰色の布地に、目がバッテンのうさぎさん。
思わず抱きしめたくなる可愛さに、思わずお父さんにねだって買ってもらっちゃった。
るか「そ、そうですよね! とっても、可愛いと思います……」
あれ、なんか微妙な反応です。もしかして、気に入らないのかな?
岡部「そういえばルカ子よ、修行の方は進んでいるか?」
何とも言えない雰囲気を感じ取ったのか、オカリンおじさんが間に入ってるかお姉ちゃんに尋ねます。
るか「は、ハイ! 昨日は、50回まで素振りできました」
岡部「うむ、順調なようだな。お前が清心斬魔流の奥義を習得した時、趣都秋葉原の防人としての務めを果たすことが出来るだろう」
「……ククク、今からそのことを考えると、右手の疼きがおさまらんな」
また、オカリンおじさんの病気が出てきたようです。
オカリンおじさんの言うことを真に受けるあたり、るかお姉ちゃん人を信じやすい性格なんだなあ。
……詐欺とかに遭いませんように。
――メリーゴーランド前――
お昼ご飯の後、オカリンおじさんたちはフリーフォールへ。
私たち親子とダルおじさん、鈴羽お姉ちゃんはメリーゴーランドにやってきました。
鈴羽「おおー、メリーゴーランドだー! 次はあれがいい!」
鈴羽お姉ちゃん、スゴイはしゃぎっぷりです。
もうすぐ未来に帰るから、めいいっぱい楽しもうとしてるのかな。
鈴羽「綯お姉ちゃん、一緒に乗らない? 絶対楽しいって!」
ダル「で、それを僕が撮影すると。よーし、お父さん頑張っちゃうぞー!!」
……普通なら何とも思わないんですが、ダルおじさんがいうと何だか怪しいです。
お父さんは私たちのことをダルおじさんのそばで見ています。
……たぶん、ダルおじさんを見果てるんだと思います。
鈴羽「いやー、綯お姉ちゃんちっちゃくてかわいいなあ! 未来に持って帰れないかな?」ナデナデ
綯「あの、『綯お姉ちゃん』って、けっこう恥ずかしいんですけど……」
生年月日的には私より年下でも、やっぱり見た目は年上のお姉ちゃんにそう呼ばれるのは照れくさいです。
鈴羽「あーそうだよね。じゃあ今は綯ちゃんって呼ぶ!」
鈴羽お姉ちゃんは私のお尻を押して、馬に乗るのを手伝ってくれました。
>>110
×見果てる→○見張ってる
鈴羽「ほら、動き出したよ!」
私の後ろに乗り込んだ鈴羽お姉ちゃんは、すごくご機嫌なようです。
……ダルおじさん、そんなにフラッシュたかないでください。
鈴羽「ねえ、綯お姉――じゃなくて、綯ちゃん」
グルグル回るメリーゴーランドの上で、かすかに聞こえる呟き。
鈴羽「ここから降りたら、2人で話したいことがあるんだ」
その声は、さっきまでの興奮してたのがウソみたいに真剣に聞こえました。
私たちは、トイレに行くと言って2人で抜け出してきました。
綯「それで……話って、何でしょうか?」
鈴羽「身構えなくていいよ。そんなに大したことでもないし」
鈴羽お姉ちゃんは髪をぐしゃぐしゃとかき乱します。
鈴羽「何から話そう……まずは、私の考えからかな」
「実はさ、オカリンおじさんたちは――あ、これは未来のね――私がタイムトラベルするのを知ってたんじゃないかって」
綯「え――?」
鈴羽「つまりね、こうして私がこの時代に来るのを知ってて、みんなはタイムマシンを開発したんだと思うんだ」
鈴羽「だって、ギリギリまで反対してたオカリンおじさんも、最後はあっさり折れたんだ」
「こうなることがわかってたんだよ。多分」
言われてみれば、過去に鈴羽お姉ちゃんが来たなら、未来のおじさんたちは当然そのことを知ってるはずです。
だって、過去の自分が経験したんだから。
でも、鈴羽お姉ちゃんがいうことが正しいなら――。
未来は、そうなるように決まっている。
鈴羽「まあ、私もそういうのは好きじゃないんだけどね。レールの上を走らされてるって感じで」
「でもそうしなければ、因果の輪がつながらない」
「だから、私が過去に来たことこそが、タイムマシン開発の原因だと思うんだ」
オカリンおじさんと紅莉栖お姉ちゃん。
互いに悪口を言いあっていても、私にはとても仲良しに見えました。
やっぱり、あの2人は……。
鈴羽「そこで本題なんだけどさ……伝言があるんだよね」
伝言……誰から?
鈴羽「未来の君――綯お姉ちゃんから」
「『ずっと見てるから』……って」
ずっと……見てる?
鈴羽「言えばわかるって聞いてたんだけど……どう?」
私は首を振りました。さっぱり意味が分かりません。
鈴羽「うーん、コレ聞いたとき、綯お姉ちゃんすごく嬉しそうだったんだよね」
「何かの暗号なのかな?」
嬉しそう……さらに分からなくなってしまいました。
鈴羽「まあ、分からないならそれでいいんだけどさ……なんかゴメンね、変なこと言って」
鈴羽「私もどういう意味か聞いたんだけど、すぐごまかされちゃったんだ」
「あんまり怪しいから、さっきみたいなことも考えちゃったし」
綯「でも――どうして今になって?」
伝言だったら、もっと早く言ってくれてもよかった気がします。
鈴羽「それは――か、観光に夢中になっててさ! あ、アハハ……」
鈴羽お姉ちゃん、大ざっぱすぎです。
……なんだろう? すごく嫌な予感がする。
記憶の底から湧きあがるような、そんな感覚。
綯「……まあ、いいか」
2人でみんなのところに戻ると、そこにはお父さんの姿。
天王寺「おお、やっと帰ってきたか」
お父さんが手を振っています。オカリンおじさんたちとと合流して待っていてくれたようです。
綯「お父さん!」
私はみんなのところへ駆け寄ろうとして。
ガチャン
頭の上から、変な音が聞こえました。
その音の正体を確かめようと空を見上げると――。
天王寺「あぶねえ!!!」
ガンッ
天王寺「ぐうっ!!」
岡部「み、ミスターブラウン!」
しゃがみこんだ私の上に、大きな影。
つぶっていた目を、ゆっくりと開くと……。
地面には小さな鉄板――看板かな――と、いくつかの赤い点。
そして、私に覆いかぶさるように……。
綯「お、お父さん……」
天王寺「けがしてねえか、綯」
岡部「おい、血が出ているぞ!」
オカリンおじさんがハンカチを手に駆け寄ってきます。
なに? 何が起きたの?
天王寺「ちょっと切っちまった見てえだな」
岡部「早く手当した方がいい! ほらこれで押さえて」
お父さんの右のこめかみから、血が流れています。
顔の横を真っ赤に染めて……。
脳裏に浮かぶ、頭を鮮血で濡らして横たわるお父さんの姿。
そのかたわらには2つの人影が見えます。
『オ前ハ、15年後ニ殺ス』
綯「あ――」フラッ
まゆり「綯ちゃん! 大丈夫!?」
まゆりお姉ちゃんに支えられている間にも、どんどん頭の中に――。
床に嘔吐している萌郁お姉さん。
悔しそうに顔をゆがめ、テーブルに拳をたたきつけるオカリンおじさん。
『私ハ天王寺綯ダヨ。間違イナクナ』
『タダシ私ハ、15年先ノ記憶マデ"思イ出シテイル"』
岡部「綯……?」
『オ前ニ関ワラナケレバ父サンハ死ナナクテ済ンダ』
オカリンおじさんの右肘に、ナイフの刃が埋まる感覚を。
『ダガオ前ハスグニハ殺サナイ。殺セナイカラナ』
私の小さな指が、オカリンおじさんの骨に届く感触を。
『オ前ハ、15年後ニ殺ス。ソレマデセイゼイ怯エ続ケルンダ』
あたりに響き渡る絶叫を。
――思い出した。
るか「綯ちゃん?……本当に、大丈夫ですか?」
綯「…………なんでもない」
――医務室――
紅莉栖「案内看板のネジが緩んでたそうよ……」
まゆり「でも、切り傷で済んでよかったねー。まゆしぃも安心したよー」
天王寺「心配かけて悪かったな。ちょうど血管が切れてたみてえだ」
「休んだら俺も行くから、お前はまゆりちゃんたちと遊んで来い!」
綯「………………うん」
ガチャ
岡部「ミスターブラウンは?」
紅莉栖「大した怪我じゃないって。血も止まったみたいだし」
岡部「そうか……よかった」ホッ
フェイリス「こんなことが起こるなんて……予想外ニャ」
まゆり「んー? フェリスちゃんどうしたのー?」
フェイリス「な、何でもないのニャ!」アセアセ
紅莉栖「桐生さんは、心配だから残るって」
岡部「うむ……じゃあ、俺たちだけで行くか。ここで気をもんでも仕方がないし」
――――――――――――――――――――――――――――――
――3時間後――
フェイリス「それじゃあ、最後は観覧車ニャ!」
「今の時間なら、ちょうど夕日がきれいに見えるのニャ!」
紅莉栖「わ、私は……パス」ガクッ
フェイリス「クーニャン、コーヒーカップごときで情けないニャよ?」
岡部「いや、お前すごい回してただろ!」
紅莉栖「あー、まゆりがグルグル回ってる」
まゆり「クリスちゃん、大丈夫ー? 心配だからまゆしぃは残るよ」
るか「ぼ、ボクも高いところはもう……」
フェイリス「ダルニャーン、一緒に乗ろうニャ!」
鈴羽「ええー! じゃあ私も乗る! 浮気なんかされたら母さんが怒るし」
ダル「うはー、まさかのハーレム展開ktkr! 最後の最後に僕にも春が訪れたのか……ふう」
フェイリス「というわけでー、凶真はナエニャンと乗ってニャ!」
岡部「な、なぜそうなる!? ここまで作為的になるとは――ハッ、これも裏に機関の陰謀が」
綯「…………………………」
フェイリス「……ナエニャン?」
綯「…………行こう、オカリンおじさん」
……私は、あの時のフェイリスさんの言葉を思い出していました。
『あれがこの遊園地の目玉、1周20分の巨大観覧車ニャ!』
その間、誰も入れず、誰も――出られない。
――観覧車内――
岡部「中は案外広いんだな。普通にみんなで乗ればいいものを……」
綯「…………」
私たちが乗り込むと同時に、観覧車の扉が閉まりました。
ゆっくりと、回りだす。
綯「……オカリンおじさん」
岡部「何だ」
夕日で染まった観覧車の中で、オカリンおじさんを睨みつけて言い放つ。
綯「あの日、お店の前で言ってたことの意味が分かりました」
「私――思い出したんです」
岡部「……そうか」
何かを悟ったような、あっさりとした反応。
綯「驚かないんだ」
岡部「ミスターブラウンが怪我したとき、俺もあの時のことを思い出してしまった」
「……お前の様子も、おかしかったしな」
綯「じゃあ、私が何を考えてるかわかる?」
私はうさぎのポシェットから、あるものを取り出す。
さっき隙を見て、るかお姉ちゃんの弁当箱から持ち出したもの。
――それは、金属製のフォーク。
こんなものでも、きちんと狙えば殺傷能力はある。
岡部「……俺は、お前に何をされても文句は言えない」
オカリンおじさんの目は、まっすぐ私を向いています。
岡部「お前を復讐に駆り立てたのは、俺のせいだ」
「俺は……すべて受け入れる」
「それが、シュタインズゲートの選択だというのならな」
目をつぶって、オカリンおじさんは私に向かって両手を広げてきました。
お父さんの敵。15年の時を遡ってまで、復讐を果たすために狙い続けた人。
でも……これで終わり。
綯「――!」
私は、その無防備にさらけ出された胸に向かって――。
――思いっきり、抱き着いていました。
手に持ってたフォークが、カランと音を立てて床に落ちました。
岡部「――なっ!」
オカリンおじさんの顔に驚きが広がっていきます。
綯「……オカリンおじさんは自分勝手ですよ」
その胸に顔をうずめて、私はオカリンおじさんに話しかけます。
岡部「……どういうことだ?」
綯「私のことなんて、無視してればよかったじゃないですか」
「怖い思いしてまで、一緒にいなくてもよかったじゃないですか」
「ちょっとくらい仕返ししてもよかったじゃないですか」
「なんで……そんなに、優しいんですか――!」
涙が後から後からあふれ出して、どうしても止められません。
オカリンおじさんの白衣が、涙でまだら模様に変わっていきます。
綯「どうして……できないよぉ」
あの時は、躊躇せずできたのに。
厨二病なところ。
怖がりなところ。
責任感が強いところ。
仲間思いなところ。
ホントは、とっても優しいところ。
――復讐するには、オカリンおじさんのことを知り過ぎちゃったのかな。
岡部「……綯、俺は」
不意に、抱きしめられる感覚。
岡部「俺は、お前の人生を狂わせてしまった」
「父親思いで素直で、しっかり者だったお前を、殺人者にしてしまった」
「世界線が変わっても、俺の中では″なかったこと″にはならない」
そこから伝わる、確かな温もり。
綯「……私、結局は、寂しかっただけなんだと思います」
世界でたった1人の家族。それを奪うきっかけを作ったオカリンおじさんたち。
逆恨みだとわかっていても、ぶつける相手は他にいなかったから。
綯「私には、お父さんしかいなかったんです」
「オカリンおじさんたちに復讐しても、私の大切なものは帰ってこないのに……」
岡部「――済まない」
オカリンおじさんの声も、わずかに震えています。
綯「謝らないでください。オカリンおじさん、今までずっと気遣ってくれてたんですよね」
「それに、私を支えてくれる人たちが、お父さん以外にもたくさん増えました」
オカリンおじさんがいたから、その人たちにも出会えたんです。
綯「だから、オカリンおじさんのこと――赦してあげます」
それができるのは、私だけだから。
岡部「俺は……俺は!」
オカリンおじさんの声の震えが大きくなっています。……もしかして、泣いてるの?
綯「どうして、オカリンおじさんが泣くんですか」
岡部「……さあ、どうしてだろうな」
2人揃って――まるで、子供みたい。
そのまま、ひとしきり泣いた後。
綯「オカリンおじさんは、どうして紅莉栖お姉ちゃんを……」
岡部「……あいつは、苦しんでいた俺のことを信じてくれた」
「紅莉栖がいたから、俺はこの世界にたどり着けたんだ」
短い言葉に、たくさんの想い。
そうだったんだ。……いつか、その話も聞いてみたいな。
綯「……オカリンおじさん」
抱き着いていた腕の力を緩めて、オカリンおじさんを正面から見据えます。
綯「キス……って、したことありますか?」
そんなことを急に尋ねたので、オカリンおじさんは困惑してるようです。
岡部「ない……と言えば嘘になるが」
綯「そうなんですか――紅莉栖お姉ちゃんとですか?」
岡部「な、何故そんなことを聞くのだ!?」
綯「いえ――あの」
そう聞かれると、ちょっと恥ずかしいです。
この前、夢で見たことを思い出してしまったなんて。
観覧車は、もうすぐ頂上にたどり着きそうです。
――これは、ちょっとした復讐の代わり。
私の、最後のわがまま。
綯「ねえ、オカリンおじさん」
この想いが、叶うことがないとしても。
オカリンおじさんが、私の敵だったとしても。
そんなの今はどうでもいい。
あの時隠した気持ちを、言葉に乗せて。
互いの息が、顔にかかるほど近づいて。
綯「私は、あなたのことが――」
「だいすきです」
返事は、聞くことが出来ませんでした。
――私が唇で塞いでしまったから。
すみません、少し出かけてきます。
お昼過ぎには戻ると思うのでスレが残ってたら
最後まで一気に投下します。
綯「……オカリンおじさん」
綯「キス……って、したことありますか?」
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org2122378.jpg
ほ
遅くなってごめんなさい
今から再開します。
――――――――――――――――――――――――――――――
まゆり「オカリーン、綯ちゃーん! こっちこっち!」
岡部「ああ、今行く!」
みんなが待っているベンチに、オカリンおじさんが手を振りかえして返事をします。
紅莉栖お姉ちゃんも、休んで元気になったみたいです。
お父さんも頭に大きなばんそうこうを貼って、萌郁お姉さんと並んで立っていました。
綯「あの……すみませんでした」
我ながら、さっきはどうかしてたとしか思えません。
あの時の感触が生々しくよみがえって、頭が沸騰してしまいそうです。
岡部「謝る必要はない……だが、い、いきなりあんなされるとは思ってなかったがな」
綯「あう……」
でも、後悔はしていません。自分の気持ちは、きちんと伝えられたから。
こっそり顔も洗ってきたし、観覧車で泣いたこともバレないでしょう。
綯「オカリンおじさん。紅莉栖お姉ちゃんのこと、幸せにしてあげてね」
岡部「……ああ」
オカリンおじさんの返事は、決意に満ち溢れていました。
綯「もし約束破ったら、抉っちゃいますよ?」
岡部「どこの部位かは……聞かない方がいいな。お前がいうと冗談に聞こえん」
オカリンおじさんは苦笑いです。
岡部「一応聞いておくが、萌郁のことは……」
綯「……大丈夫です。お父さんとも、仲良さそうですし」
萌郁さんも、私とおんなじだったから。
大切な人がいなくなると、すぐに心が崩れてしまう。
だから私も、萌郁お姉さんの支えになってあげたいです。
( ^) 地面か…
( ) ̄
( | | )
_(^o^) フンッ!
( )|
( | | )
( ^o) うわっ!
 ̄( )
( // )
(o^ ) なんだこれ!熱っ!
( )ヽ
| |
..三 \ \ V / (o^ ) 三 マグマだー♪
三 \ \ V / ( )ヽ 三
三 \ \ | / / / 三
三 ( ^o) \ V // / / 三 マグマだー♪
三/( ) \ V / (o^/ 三
三 ヽヽ \ | /( / 三
..三/( ) \ V / (o^ ) 三
三 ヽヽ^o) \ V / ( )ヽ 三
三 \ )\ | (o^/ / / 三
紅莉栖「岡部―! いい加減早く来なさいよー!」
紅莉栖お姉ちゃんが、オカリンおじさんを呼んでいます。
綯「ほら、早く行ってあげて!」ドンッ
岡部「痛っ! いきなり押すな!」
文句を言いつつも、オカリンおじさんは紅莉栖お姉ちゃんのもとに駆け出しました。
……そう、これでいいんだ。
天王寺「綯! 早くしねえとおいてっちまうぞ!」
綯「うん! すぐ行くよ!」
タッタッタッタッ・・・
フェイリス「ナエニャン!」バッ
綯「ふぇ、フェイリスさん!?」
い、いきなり抱き着かれた!
フェイリス「大丈夫かニャ!? さっき、殺意のこもった目をして……」
フェイリスさんの大きな目が、私を覗き込みます。
フェイリス「あれ――なんか、スッキリした目になってるニャ」
綯「うん、心配かけてごめんなさい」ペコリ
フェイリス「約束通り、2人きりにしたニャけど……何かあったのかニャ?」
綯「あ、あの――」カアァ
フェイリス「……まあ、聞かないでおくのニャ」
追及されなくて、思わずホッとしてしまいました。
岡部「よし、みんなそろったな!」
……なんだか、疲れちゃった。
緊張の糸が切れて、足がふらつきます。
まゆり「あれ? 綯ちゃん……?」
天王寺「大丈夫か? 遊び疲れちまったんだな」
温かい感触。お父さんが、おんぶしてくれてるのかな?
大きな背中の温もりの中、だんだん周りの音が遠くなって――。
今日のことは、私たちだけの秘密。
オカリンおじさんたちなら、幸せになってくれるはず。
――こうして、私の小さな恋は、静かに幕を閉じるのでした。
――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――
――――――――――
――エピローグ――
ジリリリリリリリ!
カチッ
目覚まし時計の音とともに、また新しい1日が始まります。
綯「……暑い」
中学生になって、はじめての夏がやってきました。
季節は8月。――暑いのは、当たり前か。
天王寺「綯! 今日は早く出かけるんじゃなかったのか?」
綯「――そうだった!」ガバッ
天王寺「おめえいいのか? 毎日店の方に来てるが」
綯「大丈夫だよ! 宿題は毎日コツコツ片づけてるし」
「それに、今は夏休みだもん」
天王寺「全く、誰に似たんだか……」
私ももう中学生です。スケジュール管理はできるようにならないと!
天王寺「で、今日はどうしてこんな早え時間に?」
綯「あのね、紅莉栖お姉ちゃんがアメリカから帰ってくるの!」
天王寺「ほお、確か正月以来じゃねえか?」
綯「オカリンおじさんも嬉しそうだったなあ……」
こっちから見ても恥ずかしいくらい。もうデレデレです。
天王寺「あいつもは何で周りに女ばっか連れ込むんだよ。俺もあやかりてえもんだ」
綯「……お父さん、不潔だよー」
天王寺「ち、違うぞ綯! 俺は――そう、これはマーケティングってやつだ!」
「これからは、女性客も取り込んでいかねえとな、アハ、アハハハハ!」
わざとらしい笑い声。こういうところがたまに傷なんだよなあ。
天王寺「じゃあ、俺も昼前には店にいるからな」
綯「うん、いってきまーす!」
持ち物はいつものポシェットと、手提げ袋には2冊の厚い本。
『物理学基礎』
『宇宙入門』
中学校に入ってから、私はこういう本を読むようになりました。
……少しでも、オカリンおじさんたちが見てる景色を共有したくて。
まだ私には難しい内容だけど、自分でいろいろ調べながら読み進めています。
あれからオカリンおじさんには、いろんなことを聞きました。
タイムマシン、Dメール、世界線。
そして、『シュタインズゲート』。
SF小説に出てきそうな単語ばかりで、まるで作り話みたい。
でも、オカリンおじさんは真剣そのものでした。
今でも、私はラボメン見習いとしてラボに遊びに行っています。
まゆりお姉ちゃんたちとお話したり、本を読んだり。
たまに、アメリカにいる紅莉栖お姉ちゃんに電話したり。
何か特別なことが起こるわけではないけれど、とっても楽しいです!
――ラボ――
綯「こんにちはー!」
ダル「お、綯氏じゃん。もうパーティーの準備始めるん?」
まゆり「綯ちゃん! トゥットゥルー♪」
綯「トゥットゥルー♪ まゆりお姉ちゃん」
まゆりお姉ちゃんは、開催が迫ったコミマ用のコス作りで忙しそうです。
今年受験のはずなのに、大丈夫かなあ?
ラボのパソコンをいじるダルおじさんは、お正月のころに比べてだいぶスリムになってます。
ダイエットの成果は抜群みたいです。
綯「今度のコミマは、彼女と行くんですか?」
ダル「いやあ、彼女とか言われるとさすがに照れるお!」
「由季とは実に健全なお付き合いをさせてもらってるし、もうリア充サイコー!」
まゆり「ダルくん痩せたらかっこよくなったもんねー。今度ダルくん用のコス作ってあげようか?」
ダル「その時は、由季とカップルコスがしたい!」
ダルおじさん、興奮しすぎて鼻血が出てますよ。
この調子だと、鈴羽お姉ちゃんに会える日も近そうです。
ダル「でも、17号機はマジでヤバかった。拷問ってレベルじゃねーぞ!」
ダルおじさんが言っているのは、未来ガジェット17号機『あらゆるメシがマズイ』(命名:ダルおじさん)のことです。
『見た目は何の変哲もないただのメガネ!』
『しかし、メガネのつるから発せられる微弱電流で脳に刺激を与え』
『味覚を狂わせることで、口に含むものを《3口食べたらもういらないレベル》のまずさに誤認させます』
『これで健康的に食事を制限し、ダイエット効果が得られるよ!』
お正月に私がアイデアを出して、紅莉栖お姉ちゃんが形にしてくれたものです。
で、こっそりとダルおじさんのメガネと取り換えちゃった。
……実験台にしてごめんなさい、ダルおじさん。
ダル「綯氏の発想は危険すぎ。オカリンよりよっぽどマッドな時があるお!」
まゆり「あの時、クリスちゃんもびっくりしてたもん」
「『その発想はなかったー!』って」
綯「ぐ、偶然ですよ!」アセアセ
言えない……オカリンおじさんを拷問した記憶を頼りにしたなんて言えない。
そこで、誰かが足りないことに気が付きました。
綯「あれ、オカリンおじさんは?」
まゆり「んー、さっきふらっと出て行っちゃったんだよ」
フラッと……何かあったのかな?
ダル「牧瀬氏帰ってくんの夕方だって言ってたし……買い出し?」
綯「それだったら、何か言ってから出かけると思いますけど」
うーん、気になります。なんでも首を突っ込みたがるのは悪い癖ですね。
綯「私、ちょっと探してきます!」
私は玄関のドアを開いて、外へと飛び出しました。
1年前の、あの日のように。
外はまだお昼前なのに、うだるような暑さです。
ゆらゆらと熱気が立ち込めるアスファルトの上を、私は走っています。
全くあてがないのに、考えなしだったかな?
――その時、人ごみに白衣の端。
もちろん、見逃すはずありません。
綯「オカリンおじさん!」
岡部「……綯、どうしてここに」
そんな恰好じゃ、嫌でも目立ちますって。
綯「なにしてたんですか? こんなところで」
岡部「いや……今から帰るところだったんだ」
綯「それじゃ、一緒に帰りましょう」
オカリンおじさんは、一瞬だけ考え込むようなそぶりを見せましたが。
岡部「……ああ、そうしよう」
なんだかんだで、2人でラボへと向かいます。
……こうして並んで歩くのは久しぶりだなあ。
綯「そういえば、紅莉栖お姉ちゃんとはどうなんですか?」
岡部「な、何故そんなことを聞く!?」
綯「ちょっと気になっただけですよ。この前電話したら連絡来なくてさびしいーって」
岡部「……あいつ、そんなキャラだったか?」
のんびり歩きながらの会話。たまには、こういうのも悪くないです。
綯「さっさと告白しちゃえばいいのに。まだビビってるんですか?」
岡部「お前は、いつもそうやって俺を急かすのだな」
「……ありがたいことではあるが」
2人が仲良しだと、私もうれしいです。
――でも、やっぱり少しだけ寂しく感じてしまいます。
オカリンおじさんが、私を忘れて遠くへ行ってしまう気がして。
岡部「…………実はな、ちょっと用事があったのだ」
用事……それが出かけてた理由?
立ち止まって、こちらを見るオカリンおじさん。
岡部「お前に、渡したいものがある」
綯「渡したいもの……ですか?」
岡部「ほら、手を出せ」
言われるままに、右手を差し出します。
オカリンおじさんの右手が私に手のひらに置かれて。
――小さな、金属の感触。
綯「これ……」
何度もラボに足を運んで、私も見慣れているもの。
ラボメンに与えられる、小さなバッジ。
そこに刻まれた『OSHMKUFAT 2011』の文字。
……T?
岡部「ラボメンNo,009のバッジだ」
「これからは、加入年度を入れることにしたのだ」
「これで――お前も晴れてラボメンの仲間入りだな」
T。天王寺のT。
綯「でも……どうして」
私は、オカリンおじさんを殺そうとまでしたんだよ?
ただ押しかけてるだけで、何もしてないんだよ?
岡部「……これは、俺からの感謝のしるしだ」
岡部「いつも臆病な俺の背中を押してくれて、ありがとう」
「お前を傷つけた俺を、赦してくれてありがとう」
「こんな俺を好きでいてくれて――ありがとう」
私にほほえみ、頭をなでてくるオカリンおじさん。
その笑顔は、とても眩しく、とてもやわらかで――。
岡部「お前は努力を怠らず、ラボのために尽力し続けていた」
「俺はそんなお前を――」
「ずっと見ていたぞ」
綯「あ……!」
その言葉は、鈴羽お姉ちゃんから聞いた伝言――。
岡部「お、おい! なぜ泣いているのだ!」
綯「あれ……?」
頬をぬぐうと、濡れた感触。
私、いつの間に……。
でも、これは悲しいからじゃない。
岡部「さすがにこの状況はマズイ! 軽く犯罪の臭いが……」
オカリンおじさんはあたふたしています。
大の大人が、女子中学生を泣かせている図。
……これはヒドイ。
私には、大切な人がたくさんできました。
でも人は、どんどん忘れてしまう。
私が『私』のことを忘れていたように。
――私には、それが怖かったんです。
『天王寺綯』という存在が、みんなの記憶の底にしか残らないのかもって。
オカリンおじさんやみんなも、私の事なんか気にも留めなくなるのかなって。
私の想いが叶わないことより、それはずっと恐ろしいこと。
――結局、私は信じ切れていなかったんだ。
私のことを、ちゃんと見てくれる人がいること。
私は、1人じゃないことを。
でも、今度は素直に信じられそうです。
ありがとう、未来の私。
――メッセージ、ちゃんと受け取ったからね。
この先、未来がどうなるかなんてわかりません。
本当は、運命には逆らえないのかもしれないです。
……でも、私はもう大丈夫だから。
大切な人が、すぐそばにいてくれたから。
あなたの幸せを、私は心から願っています。
綯「行きましょう、オカリンおじさん」
抜けるような青空の下、絆の証を握りしめて――。
踏み出したその1歩が、私の世界を塗り替えるんだ。
「これもまた――シュタインズゲートの選択ですよ!」
(TRUE END)
これで終了です。
途中で抜けなければならなくなったときは焦りましたが、
何とか完走することが出来ました。
こんな取り留めのない話に最後までお付き合いいただき
本当にありがとうございました。
……まったく、小学生は最高だぜ!
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