お守り代わりのようなものだった。
ラミネート加工して財布に入れておいた『水霊使いエリア』のカード。
今振り返っても、あれ程何かに熱中した時間はなかった。
今更遊戯王をやり直すつもりはないが、これを見るだけであの日の情熱を思い出すことができる。
こんな自分でも、本気になればあれ程の集中力を発揮できる。
その事を忘れないために、当時切り札にしていたこのカードを財布に忍ばせておいた。
忍ばせておいた、のだが——。
まさか、それがこんなことに巻き込まれる原因になるとは思ってもいなかった。
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◆
「お疲れ様です、お先に失礼します!」
「はいお疲れ様」
まだ残っている店長に声を掛け更衣室に入ると、俺より先に仕事を終えた同僚が着替えている途中だった。
「お疲れ」
「おうお疲れ。この財布、お前の?」
「あーすまん、俺のだ。無いとは思ってたけどそこにだしっぱなしだったか」
「気をつけろよ……で、なんでエリアのカード入ってんの?」
「なっ!?」
同僚が持っている財布を無理やり奪い取る。……しくった。普段カードを入れている部分のフタが半開きになり、そこから見えているようだった。
「……カードゲームはやらなかったんじゃなかったか?」
「昔の話だよ。プレイするのを見てるのは好きだし」
「まあ、じゃなかったらカードショップで働いたりせんわなあ? ……本当にそういう意味での好きだけかねえ」
「当時切り札にしてたんだよ。それに、お客さんとの話題作りにもなるしな。実際この前も遊びに来た子供との話のタネになったし。接客人として当然のことだよ」
「……ま、そういうことにしといてやるよ。お疲れさん」
「……なんか、ひっかかるけど。お疲れ」
そりゃあ確かにエリアのことは気に入ってはいるが……流石に、二十歳を越えたいい大人がいい年して「俺の嫁俺の嫁」言ってられんだろ。流石に。
そんなことを考えながら、店を出て、家に帰る道を歩いていると。
「すみません。もしかして貴方、そこのカードショップの店員さんですか?」
腹に響くような低い声の男性に呼び止められた。
「えっ?」
不意に声をかけられ、なんとも間抜けな声を出しながら振り返る。
そこに立っていたのは、黒いくたびれたスーツに身を包んだ三十路後半の冴えないおっさんだった。
「息子が以前お世話になったようで。あ、立ち止まる必要はありませんよ。ちょうど見かけたので、一言お礼を言いたかっただけなので」
「よく俺——いや、僕だとわかりましたね」
「息子が、話し相手になってくれたのは背が高い方といっていたので」
そういうことか。確かに、あの店では俺が一番背が高い。人目とは言わないが、雰囲気で気づいたのだろう。
「いえ、僕も楽しかったので」
接客モードにスイッチを切りかけ、親御さんの相手をする。営業職か何かにで従事しているのだろうか。
冴えないとは言ったもののこうして改めて見てみると振る舞いには品があり、一つの一つの所作に隙がない。
はっきり言えば、この人は対峙する人間に嫌悪感を与えない人ということだ。
割かし人の選り好みが激しい俺でもこの人に好感を得ているところからその技はそうとうのものと言えるだろう。
彼と会話をこなししつつ、そんなことを考えていると——ふと、彼が立ち止まった。
「おや、いつの間にか、こんなところまで来てしまいましたねえ——ここなら、誰かに見られるということも無さそうだ」
その言葉でふっと我に帰り周囲を見渡す。
人通りが少ない路地裏の真ん中、人通りは少なく表へ出ようにも簡単にはいくまい。
確かに、ここなら何が起きても——例え、殺人が行われようとも、そう簡単にはバレることはないだろう。
瞳に狂気を滲ませ、ポケットから名刺入れを抜き出し、その中から一枚のカードを引きぬいた男が、宣言した。
「汝が主の名に置いて命ずる——『エルフの剣士』召喚」
宣言と同時。逆巻くエネルギーの渦の中から剣を構えた男が現れ、主である男が命ずるままに俺へと襲い掛かってくる。
いや、そいつといったら失礼に値…………するのか、一応。
兜の形が特徴的な緑の鎧と茶色の戦衣。澄んだライトブルーの瞳は静かな戦意を湛え、尖鋭化した耳と頬の刺青が、人ならざる濃密さをもってして放たれる殺気に拍車をかける。
一見容姿端麗ではあるものの、その存在密度そのものが人外の域にあることを端的に表していた。
麗美さと異形——その両方を兼ね備えた姿、一度見たら忘れられるはずもない。
エルフの剣士だ。
カードゲームにしか存在しなかった英雄が、今俺の目の前に存在している。
剣士の魂とも言える剣を、俺に向けて。
「今のをかわすか。身のこなしだけは三流ということか」
「三流って……できが悪い奴のことじゃねえのかよ」
「他は四流ということだ」
クソ忌々しいことに対話までできると来ている。どうやら拡張現実を利用した娯楽のたぐいでは無さそうだ。
その手のゲームで、キャラクターがプレイヤーを不快にする発言をすることは有り得ない。
「なんで俺を狙う?」
「私とて丸腰の人間に剣を向けるのは好みではない。更にお前は気骨もある。私に剣を向けられ、それを避け、更に問答まで交わす人間はお前が始めてだよ。ただ単に命じられたからといってこの剣の錆に散らせるのはあまりにも惜しいが……これも主の命だ。悪く思うな——死にたくなければ、それを抜け」
財布を入れたポケットを指差し、これが最後だと言わんばかりに剣を大上段に向けるエルフの剣士。
「コマンド発動——『渾身の一撃』」
剣士の動きに合わせ、いつの間にかどこかに隠れていたこいつの主である男の声が響く。成程、誇りある英雄の主人を務めるには、あまりにも器が小さすぎる。
こいつを楽しませる——というわけじゃないが……ああもう細かい御託はいい。今は自分の身を守ることだけを考えろ俺!
何をすればいいかは直感でわかる。8年前のあの日、まだ俺が遊戯王をやっていたころに培った感覚がもう一度蘇ってくる。
財布から淡い水色の光を放つ『水霊使いエリア』のカードを取り出し、宣言する。
「……おい相棒。おいしい出番だぜ? 出てこいよ、エリア」
それは、下手したら、俺の勘違いで終わってしまう思いだった。
しかし、それを真実であることを証明するように、取り出したエリアのカードから水が溢れ出す。
天を貫いた水流が螺旋を描き渦を成す。
その中心に立つのは小柄な人影。
後ろからでは顔は見えないが、俺の身体中を奔る倦怠感がはっきりと『彼女』であると確信できる。
茶色いローブと際どい長さのスカートが召喚の余韻に靡きはためいた。
ローブで隠れた純白の指が、エルフの剣士を静かに指し——
「コマンド発動——『アクアジェット』」
川のせせらぎのような透明感のある声でそう宣言した瞬間、指先から迸った高出力の水流がエルフの剣士を吹き飛ばした。
巻き起こされた流水が引き起こした空気の流れが少女の水色のロングヘアを静かに揺らす。
「お久しぶり……いえ、こちらの世界では違いますね、では、改めて」
何事かを呟いた彼女は剣士が戻ってこないことを確認すると、こちらへと振り返り——
「初めまして、マスター。水霊使いのエリアともうします」
とびっきり可愛らしい笑顔で、そう名乗ったのであった。
もうカードだの何だのと言い訳は言えない。
この瞬間、俺は初めて恋に落ちた。
エリア可愛いよエリア
続きは出来れば今夜中
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