続・とある根性の旧約再編 (351)


-早朝、第七学区某学生寮



削板「む……」


暑い真夏のある日、第七学区にある某学生寮の自室でとある男が目を覚ます。

男が目を覚ました理由は単純に朝が来たから、というわけではない。

クーラーもつけない室内の温度にはとうの昔に慣れている。

そうではなく、室内の異常が原因だった。

その異常とは目に見えるものではない。とある匂いが原因だった。


削板「……はっはっは。やってるなインデックス」


そんな異常に際しても、部屋の主である削板軍覇は少しも動じなかった。

むしろ、異常でもなんでもないと軽く笑い飛ばしていた。


インデックス「あわわわわ!? なんで!? なんで!? えーと、えーと、そうだ! たしか火を弱める装置があるはずなんだよ!」


台所のから焦げ臭い匂いの他に慌てふためくシスターの声も届いてきた。





SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1381046950


-数十分後、削板宅リビング



削板「むぅ、これはこれでなかなか」


ガツガツと削板は黒っぽい玉子をおかずに硬めの白米を掻っ込む。

ちなみに現在3杯目である。


インデックス「うう、本当はもっとキレイな朝食になるはずだったのに……なんか黒いんだよ……」


もぐりもぐりとインデックスは味の薄い味噌汁をすすっては硬めの白米を食べる。

こちらも3杯目である。


削板「見た目など関係ない。食えるかどうか、根性あるかどうかが問題だ。ごちそうさん!」


パン! と削板が手を合わせた。


インデックス「ごちそうさまでした。……根性メシの道は険しいんだね」


同じく手を合わせたあとにインデックスがため息まじりにつぶやいた。

この2人はとある事件のあとから同棲生活を送っていた。

同棲というよりは帰るべき場所をなくしてしまったインデックスが削板の家に転がり込んだのだが。



削板「はっはっは! お前ならそのうち上手く作れるから安心しろ! 1人で自主トレにまで励んでいるんだからな!」

インデックス「……えと、じゃあ怒ってない?」

削板「ん? 何をだ?」

インデックス「……勝手に料理して失敗しちゃったこと」

削板「怒ることでもないだろう。最低限のことは教えたしな」

インデックス(けっこうギリギリだったけど……)

削板「ま、こればっかりは練習するしかないからな! 日々根性入れて練習あるのみだ!」

インデックス「……うん! 分かったんだよ!」

削板「うし! じゃあ今日も張り切っていくぞ!」

インデックス「お、お手柔らかにお願いします!」




-数時間後、第七学区喫茶店屋外飲食スペース



原谷「はぁ、みんな考えることは一緒か。たまには優雅に過ごしてみたかったのに」


ガタリ、と学生服を着た原谷矢文は木製の椅子を引いて腰をかけ、木製の丸いテーブルにトレーを置いた。

朝一番の補習を終え、持て余した時間を喫茶店で涼みながら優雅に過ごそうとしたところ、満席で外に追い出されたのだ。

最初は別の店に変えようかと思った。

しかし、削板とインデックスとの待ち合わせ場所にしてしまったため仕方なくクーラーでなくパラソルで我慢することとなった。


原谷「……まー、これも風流と言えば風流だよ。この学園都市でパラソルで涼むのもまた乙ってもんだよ」


店に背に、往来と平行に身体を向けて座り、ポジティブな思考で半ば強引に自分を納得させる。

せめて補習がなければ店内に入れただろうな、とぼんやり考えたが考えるだけムダだった。

ちなみに彼は頭が悪いわけではない。よくも悪くも平均的な学力は持っている。

ただ、なんやかんやで削板たちとツルんでいると学校を休む羽目になることが多々あるのだ。

スキルアウトで学校に通っていない横須賀や規格外の削板にはそんな問題はない。

だが、平々凡々たる原谷矢文はほんの少しだけ補習を受けることになってしまった。


原谷(ま、どんな時も決めたのは自分だし。自己責任だよね)



コーヒーを啜りつつ、スマートフォンをいじっていると、削板たちがやってくる姿を視界に捉えた。


原谷「お、きたきた」


第七学区は学校が集中しており、それに伴い多くの学生が行き交っているため基本的に賑やかである。

だが、それでも削板たちが来るのは一発で判別できる。

いくら学生が行き交っていると言えど、全力疾走している人間はほとんどいない。


原谷「おーい削板さん! ってなんでインデックス抱えてんの? あの人」


手を上げて削板を呼び止めたが、なぜか削板はインデックスを脇に抱えたまま全力疾走をしていた。

原谷に気付いた削板は一目散に向かってくる。脇に抱えられたインデックスは振動でブラブラと揺れていた。


削板「おう原谷! インデックス頼むぞ!」

原谷「へ?」


ボテリ、と削板は木製の椅子にインデックスを落とした。

なぜかインデックスの方はぐったりしている。


原谷「ちょ、ちょっと! これインデックスどうしたんですか!?」

削板「心配するな! ちょっと疲れただけだ!」


そう言って削板は背中を向ける。


原谷「そんでアンタはどこ行こうとしてんですか!」

削板「トレーニングだ! 今根性入ってるからな! 学園都市を3週ほどしてくる! 少し待ってろ!」


そう言い残すと、あっという間に削板は走り去ってしまった。


原谷「それどーゆー理由……行っちゃったよ」



原谷「……えーと、インデックス?」


おずおずと木製の丸いテーブルに突っ伏している銀髪のシスターに声をかける。

暑そうな修道服を着ているが大量の汗をかいているというわけでもないので緊急事態ではなさそうだ。


インデックス「……お」

原谷「え?」

インデックス「……お腹空いた……」

原谷「……喫茶店だから大したモノおいてないと思うけど、なんか食べる?」

インデックス「いいの!?」


ガバリ、とインデックスが身体を起こした。


原谷「うん。つっても軽くだよ? これから昼ご飯食べに行くんだし、喫茶店で腹一杯食べたらエラい金額になるから」

インデックス「食べられるならなんでもいいんだよ! 行こ! やぶみ!」


と、先ほどと打って変わって元気になったシスターは瞬く間に店内へと吸い込まれていった。

そして、メガネをかけた学生服の少年もそれを追いかけるように店内に入っていった。



数分後、シスターと少年はそれぞれトレーを持って元の席についた。


インデックス「むー、たったこれだけのパンしかくれないなんて根性が足りないんだよ」

原谷「喫茶店はそーゆーところじゃないから」


ちなみに、インデックスはパンとミルクのセット。原谷はコーヒーのお代わりである。


原谷「ところで、なんでさっきボロボロの状態だったの?」

インデックス「ゴク……ん。最近ね、ぐんはと一緒に修行してるの」

原谷「修行?」

インデックス「うん。きっかけはぐんはが持ってたコミックなんだけどね。
     一宿一飯の恩とか義理とか仁義とか根性とかいろいろ書いてあって面白かったんだよ!」

原谷「あー、あの人そーゆーの好きだからね……」

インデックス「で、そういうところがちゃんとできない人は根性なしなんだよ!
     私は自他共に認める根性のあるシスターだから受けた恩はしっかり返すんだよ!」

原谷「なるほどね……。で、肝心なくたばってた理由は?」

インデックス「えと……家事はいろいろやることが多くて大変で、あと根性を鍛えるためにぐんはのトレーニングにも付き合ってたから」

原谷「削板さんに付き合ってたの!? それもう五体満足でいられたことに驚嘆するレベルだよ!」

インデックス「やぶみはぐんはをなんだと思ってるのかな?
     さすがにぐんはのペースにはついていけないからできる範囲でやってるんだよ」

原谷「あ、ああ、そりゃそうだよね。アレに付き合えたら人外確定だもん」

インデックス「やぶみはぐんはをなんだと思ってるのかな?」



インデックス「ところでよこすかは? 今日は来ないの?」

原谷「ああ、なんか今日は大事な用事があるんだってさ」

インデックス「? なんだろう、懺悔とか?」

原谷「あの人無宗派のはずだけど……たぶんどっかしらのギャンブルでも行ってるんじゃないかな?」

インデックス「ギャンブル!? そんなことやっちゃいけないんだよ!」

原谷「あれ? 競馬の本場ってイギリスじゃなかった?」

インデックス「イギリス競馬は栄光と歴史に溢れる由緒正しい競技なんだよ!」

原谷「ギャンブルには変わりないじゃん」

インデックス「そうじゃなくて! 未成年がギャンブルに行くこと自体由々しき事態なんだよ!」

原谷「スキルアウトにそんなこと言っても無駄だって」



インデックス「っていうかスキルアウトって何? 未だによく分からないんだよ」

原谷「あー、要するにDQN、って言っても分からないか。素行の悪い連中の総称だよ」

インデックス「? でもよこすかは悪い人じゃないよ? 怖い外見はしてるけど」

原谷「あの人はある意味特別だよ。大抵のスキルアウトはあんな根性ないし。能力が身につかなくてグレてったのが大半だからね」

インデックス「……ふふん、さすがはよこすかなんだよ」

原谷「なんで君が嬉しそうなのさ」

インデックス「えへへ、みんな根性があるって分かったら嬉しくなってきたんだよ!
     やぶみだってスゴい根性あるからスキルアウトになってないもんね!」

原谷「……ふふ、まあね。ま、僕はこれでもちょっとだけ能力を使えるからってのもあるんだけど」


インデックス「え!? やぶみも超能力使えるの!?」

原谷「言ってなかったっけ? まあ厳密には異能力だけど。それも低能力スレッスレの」

インデックス「いのーりょく? てーのーりょく? 超能力とは違うの?」

原谷「この街の能力者はLevel0からLevel5に段階分けされてるんだ。
    削板さんは最高クラスのLevel5で超能力者。横須賀さんは最低クラスのLevel0で無能力者。
    で、僕はこないだの期末考査でようやくLevel1からLevel2になれたからぎりぎり異能力者なんだ」

インデックス「……つまり、ちょっとだけ超能力が使えるってこと?」

原谷「うん。たとえば……よっ」


原谷が空になったカップに手をかざす。

すると、ふわりとカップが宙に浮かんだ。


インデックス「おお! スゴいんだよ!」


そしてそのままカップは屋外に置いてある返却用の棚まで運ばれ、棚の上に少々乱雑に落とされた。


原谷「っぷは! って感じでちょっと離れたところに軽いものを動かすくらいならできるんだ」

インデックス「スゴいスゴい! なんで教えてくれなかったの?」

原谷「だって胸張って言うほどの物でもないし。この能力使い道ある?
    こんなに集中力が必要なら普通に歩いて返しに行った方が早くない?」

インデックス「え? ……えっと……」

原谷「でしょ?」



-同時刻、喫茶店内



原谷とインデックスが他愛のない談笑をしている頃、喫茶店内ではその様子を伺っている集団がいた。

2人の男と1人の女が難しい顔をして屋外飲食スペースを眺めていた。


???「……あのコがそうなのか?」

???「端然、間違いない」

???「【禁書目録】……隣にいるのは?」


2人の男の内、学生服に身を包んだツンツン頭が上条当麻。

真夏にもかかわらず、かっちりとしたスーツを着たオールバックの男がアウレオルス=イザード。

なぜか巫女装束を着た長い黒髪の女が姫神秋沙である。


アウレオルス「……渙然、今回のパートナー、といったところか」

上条「……どうする? どのみち接触しないといけないんだろ?」

アウレオルス「……頼めるか?」

上条「俺が?」

姫神「私たちは学園都市にマークされている。つまり。彼女の監視役にも話がいっているかもしれない。ってこと?」

アウレオルス「隠然、科学と魔術は相容れぬ。故に、私を討ち取る算段を立てているなら魔術師が出てくる」

上条「……お前が行ったら監視役の魔術師が出てきてそのまま戦闘にもなりかねないってことか。分かった」


ガタリ、と上条当麻は自分のトレーを持って立ち上がった。




-喫茶店、屋外飲食スペース



上条「あの~、ちょっといいかな?」


原谷とインデックスがガスコンロの神秘について話しあっていると、1人の学生が話しかけてきた。


原谷「はい?」

上条「相席させてもらってもいいかな? 店の中座る場所なくてさ」

原谷「ああ、どうぞどうぞ。いいよね? インデックス」

インデックス「うん!」

上条「ありがと。じゃ、お邪魔します」


そう言ってツンツン頭の学生は原谷とインデックスの間にトレーを置き、椅子に座った。


インデックス「――で、なんであんなレバーを左右させるだけで火が強くなったり弱くなったりするの?」

原谷「それがそのままガス弁につながってて……」

インデックス「そもそもなんでガスに引火してるのに爆発しないの? おかしいんだよ!」

原谷「えーと、噴射してるガスに火がついてる訳だから……って僕もそこまで詳しい訳じゃないからなぁ」



上条(なんとかして会話に入らないとな……)

上条「えっ、と、キミはなんで修道服を着てるの?」

インデックス「え? 私はシスターだもん。当然なんだよ」

上条「へー、シスターだったんだ。でも暑くない?」

インデックス「暑いけどそれ以上にこれは主のご加護を視覚化したものだから脱ぐわけにはいかないんだよ!」

上条「え?」

原谷「いやいや、インデックス。それこの街の人間には説明にならないから」



上条(よし、とりあえずとっかかりは掴めたから……次は親しくならなきゃ)

上条「それで、シスターさんはなんて名前なんだ?」

インデックス「私の名前はインデックスって言うんだよ! あなたは?」

上条「俺は上条当麻。よろしくな」

インデックス「とうまって言うんだ。よろしくね」

上条「ああ。それで、えっと……」

インデックス「?」

上条(……マズイ、何話せばいいんだ!? いきなり核心に触れる訳にはいかないし……)

原谷「……なんかテンパってます?」

上条「え!? い、いや、そんなことは……あ、インデックス、肩にゴミついてるぞ!」

インデックス「へ? ほんと?」

上条「ああ、取ってやるよ」


そう言って、上条がインデックスの肩に右手を置いた瞬間だった。












パァン、とインデックスの修道服が弾け飛んだ。








一瞬の沈黙、そして


インデックス「きゃあああああああああああああああ!?」

上条「うわあああああああああああああああああ!?」

原谷「ぶはあああああああああああああああああ!?」


腕で前面を覆って屈みこむインデックス。

理解が追い付かずに叫ぶ上条。

あまりの事態にコーヒーを吹き出す原谷。

一瞬にして地獄絵図が完成した。



-同時刻、喫茶店内



アウレオルス「!?」ブシャア!

姫神「きゃっ。え? 鼻血……あ。アウレオルス!?」

アウレオルス「唖然……! マジ唖然……!」ドクドク

姫神「しっかりして! アウレオルス! アウレオルス!?」ユサユサ



-同時刻、屋外飲食スペース



原谷「っのやろう!」


ガタン! と勢いよく原谷が立ち上がり、上条へと襲いかかる。


上条「ふがっ!?」


ベキィ! と呆気に取られていた上条の鼻面に原谷の拳が突き刺さる。

殴られた勢いそのままに、上条は床に倒れこんだ。


原谷「インデックスに何してくれてんだアンタ! 何が暑つくないかだよ! このクソ変態!」

上条「ち、ちが……わざとじゃ」

インデックス「きゃああああ! きゃああああああっ!!」

原谷「くっ、待っててインデックス!」


そう言うと原谷は急いでワイシャツをぬいで半袖のTシャツ一枚になり、うずくまっているインデックスにワイシャツをかける。

どうしていいか分からない上条は動くこともできずに殴られた鼻を押さえて床に座りこんだままその様子を見守っていた。

そうこうしている内に今度は周りの目が集まってくる。

もともと人通りの多い立地の上に昼日中だ。男の怒声と少女の悲鳴が上がって野次馬ができないわけがない。

原谷「ヤバいヤバい! ワイシャツ一枚だけじゃ……!」

上条「あ、そ、それなら俺のも」


すると、少し離れたところから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


削板「どけ! どいてくれ! インデックス! 原谷! 何があった!?」


早くも学園都市を一週してきたのか、はたまた悲鳴を聞き付けてやってきたのか、削板軍覇が屋外飲食スペースへと乗り込んできた。


原谷「削板さん! そいつやっつけてください! ド変態だ! インデックスの服剥ぎやがった!」

上条「げっ!?」

削板「なんだと!?」

上条「ちげー! 違うんだ! わざとじゃないんだって!」

削板「何言ってやがんだ! 鼻血なんか垂らしやがってクソ変態!」

上条「こ、これはさっき顔面殴られたから……」

削板「おまけそこら中散らばってるボロボロになったインデックスの服!
    いったいこんな昼間の往来で何しようとしやがったんだ変態根性なしが!!」

上条「違うんだ! 本当に違うんだって!」

削板「自分のやったことも認めねぇいつまでごちゃごちゃ抜かしてやがんだ腐れ変態根性なし! フザけやがって!」


ガバリ、と削板が振りかぶる。


削板「『スゴいパンチ』!!」




バシン! と削板の拳は上条の右の手のひらに受け止められた。


削板「なに……!?」

上条「~~ってぇ!! なんつーパワーしてんだよ!」


ぶるんぶるんと上条が手を振る。あまりのパワーに右手が痺れていた。

だが、削板の顔は驚愕の色に染まっていた。


原谷「削板さんの拳を……受け止めた?」


かつて、1人の少女を救った拳を、この街を救った拳を、【魔神】すら止めた拳を学生が片手で受け止めたのだ。

驚かないはずがない。



そして、時間が経つに連れて、騒ぎが大きくなるに連れて、野次馬はどんどん集まってきた。


上条「ちくしょ、マジかよ! ごめん! 本当にごめん! 後でちゃんと謝りに行くから! 本当にごめん!!」


そういうと、上条は鼻血を垂らしたまま野次馬の群れの中へと飛び込んだ。

野次馬たちは鼻血を垂らした変態に襲われかねないとおののき、上条を避けるように悲鳴を発しながら散らばった。


削板「な、待ちやがれ!! 逃げるな!!」


次いで削板も群衆の中へ飛び込もうとするが、


原谷「削板さん待ってください! こんだけ集まってくるとインデックスがヤバい! 僕のワイシャツだけじゃ!」

インデックス「うぅ……ぅ~……」

削板「ぐ……」


思わず削板は立ち止まる。

ここで白ランをかぶせても押さえる手が足りない。群衆の目もある。

たが、悩んだら悩んだ分だけあのツンツン頭は遠くに逃げてしまう。



すると、騒ぎの音量に負けないくらいの大きな声が辺りに響き渡った。


???「ほらほらどいたどいた! おい削板、何事じゃんよ!」


その声の主は警備員である黄泉川愛穂だった。

後ろに相方の警備員である鉄装綴里を従え、騒ぎの原因を探りにきたのだ。


削板「黄泉川先生! あのツンツン頭捕まえてくれ! 強姦魔だ!」

黄泉川「なに!?」

原谷「たった今女の子が襲われかけたんです! いきなり服剥がされて!」

黄泉川「本当か!? どっちに逃げた!?」

削板「あそこだ! まだ見える!」

黄泉川「アレか! 鉄装! お前は事情聴取! 私はアレを追う!」

鉄装「は、はい!」

黄泉川「逃がさんぞ女の敵め! こちら黄泉川! 本部に応援要請! 第七学区で強姦未遂事件発生! 現在追跡中――」


無線を片手に黄泉川は全速力で犯人を追い掛ける。

その表情には鬼気迫るものがあった。


鉄装「えと、とにかくそのコの身体隠したまま店内に行って! 職員用の更衣室貸してもらうから! キミ、学ランで彼女の下半身隠して!」

削板「わ、分かった!」

原谷「インデックス、立てる?」

インデックス「うぅ……あんな公衆の面前で……もう地獄に堕ちるしかないんだよ……」

削板「元気出せインデックス!」

原谷「そうだよ! 悲観しないで!」

インデックス「うん……うん……いったいあの人なんだったんだろう……」




鉄装「すいませーん! ちょっと更衣室を……ひぃ!? なにこの血の量!? 殺人事件!? 救急車!? 違う本部!? どっち!? 」


今回はここまでです。


前作の続きです。
今回は自分の身に何が起きるのか、不安で仕方ありません。


-数時間後、第一九学区地下道



横須賀「いつつ……さすがに無理があったか……。」

スキルアウト「でもスゲーっスよ! まさかあんだけの能力者を相手に回して勝っちまうなんて!」


寂れた地下道ではなぜか神父の服装をした横須賀と舎弟のスキルアウトが歩いていた。

実はこの2人、ギャンブルに参加してきた帰りである。

それどころか横須賀に至っては賭け対象となる競技に参加してきたところだ。


横須賀「こちらにも秘密兵器があったからな。
     対能力者戦闘のエキスパートである俺が使えばあの程度の連中どうと言うことはない。」

スキルアウト「くぅ~、カッケーなぁ! おかげで俺も久々に財布パンパンっすよ!」


この学区の地下で行われている非公式のギャンブル。

それは言わばファイトクラブのようなものだ。

学園都市では学校外で無闇に能力を使うことは禁じられている。

しかし、10代の少年少女たちに、自由自在に操れる力を手にしてじっとしていろ、と言うのはいささか無理がある。

そんな力を使いたくてウズウズしている血気盛んな少年少女のガス抜きのために作られたのがこのファイトクラブである。

さらには企業もコレに一枚噛んでおり、開発した道具や兵器の実験場としても機能している。

時には能力者VS無人兵器、能力者VS武装無能力者、能力者VS武装能力者などのカードも組まれる。




そして、人と人とが競い合えば賭場が発生するのが自然の摂理である。

開催日には決まって賭場が立ち、場内をさらに盛り上げる。

学園都市上層部も生徒のガス抜きや兵器の実験場として黙認。

他にも『能力は本気で集中して使用を繰り返すことで質が向上する』という理論のためにこれを黙認している。

そんな中、横須賀が参加したのはラストバトルのサバイバルデスマッチ。

10人中8人が能力者、10人中5人が兵器を装備しているバトルの中で見事勝ち残ったのだ。


スキルアウト「にしてもそれなんなんスか? 神父の服装が秘密兵器とか……なんか宗教でも始めたんスか?」

横須賀「神を信じるくらいなら自分の拳を信じた方がまだ安心だ。コイツは……カモフラージュみたいなものだ。」


そして、横須賀がそのサバイバルで持ち出したものはなんと霊装だった。

とある事件のあと、イギリス行きのチケット代の返金やらお礼やらをしたいと神裂が持ちかけたところ、横須賀が要求したものがコレだ。

『歩く教会』とまではいかなくとも、何かしら身体を守れる軽くて頑丈な装備がほしい。

まさかそう言ったら外部から宅配便で届けられてくるとは思わなかったが。



ともあれ、その見た目にそぐわぬ防御力を誇る霊装で横須賀は勝利した。

自分の口座を空にし、さらに『イギリス清教』からの慰謝料だと言われて理事の1人からもらった金も全額自身に注ぎ込んで辛勝。

ファイトマネーをいただき、テラ銭で少々控除され、手に入れた額はなんとおよそ600万。

一世一代の大博打は見事成功した。


横須賀「まずは駒場の連中に『発条包帯』の代金を払って、病院のツケ代払って、残りは何に使うか……。」

スキルアウト「そういえば最近『能力者を無力化する兵器』なんてのが出回ってるらしいっスよ」

横須賀「無力化してどうする。能力を如何にして攻略するかが醍醐味だろう。」

スキルアウト「ギャハハ、やっぱりエキスパートは言うことがちげーや」



すると、服の内側から振動が伝わってきた。

携帯電話が震えている。震え方からするとどうにも着信のようである。


スキルアウト「ん? 電話ッスか?」

横須賀「ああ。……削板だな。おう、どうした?」

削板『モツ、今来れるか?』


電話の向こうからは聞きなれた男の声がした。

しかし、遊びに誘ってくる時の声ではない。

事実はともかく、事件だと声の主が判断した時の声だ。


横須賀「……なんかあったか?」

削板『ああ、インデックスが……ちょっとな』

横須賀「! 追っ手か!? さっそく来たやがったか!」

削板『イヤ、そうじゃねえ……と思う』

横須賀「あ? なんだ歯切れが悪いな。」

削板『……モツ、お前インデックスの着てる服破れるか?』

横須賀「……さすがに無理だろう。お前の拳を正面から受けようが最大級の魔術受けようが耐え切った服だぞ?」

削板『だよな……。だとすると、少々マズいかもしれん』

横須賀「破られたのか?」

削板『ああ、見事にな』

横須賀「インデックスは無事なのか?」

削板『さっきまで落ち込んでたが……だいぶ回復した』

横須賀「? 『歩く教会』が破られたのだろう? 外傷はないのか?」

削板『その点は大丈夫だ』

横須賀「……とにかくそっちに行った方がよさそうだな。ちなみに破ったヤツの特徴は?」

削板『あまりよく見てなかったが、ツンツン頭の学生だ。ガタイは……中の上、か』

横須賀「変装次第でどうとでもなるな。分かった。30~40分ほど待ってろ。」



スキルアウト「……なんか事件スか?」

横須賀「ああ、削板のツレがやられたらしい。悪いがアイツの寮まで送ってくれるか?」

スキルアウト「いいッスけど……身体大丈夫なんスか?」

横須賀「この【内臓潰し】の横須賀、これしきで音を上げるほどヤワではない。」

スキルアウト「ヒャハッ、パねぇっす!」




-同時刻、第七学区病院



第七学区にある病院のとある病室では赤髪の男が禁煙パイプを上下させながらナースに対応していた。


ナース「マグヌスさんお身体どうですか?」

ステイル「至って良好だよ。回復が早すぎて怖いくらいだ」


体温計を渡されたので男は右腕の脇に挟む。

彼の名前はステイル=マグヌス。

左腕と右足をなくした、たった1人の少女のために『イギリス清教』に真っ正面から謀反を起こした魔術師である。

だが、彼は手足をなくそうが立場を追われようがどうでもよかった。むしろ誇りに思った。

自らの悲願を達成し、救えないはずの少女を救った勲章なのだから。



ナース「ふふ、マグヌスさんまだ若いから」

ステイル「そういう問題かい? あの先生の腕がすごいんだと思うけど」

ナース「先生が本気になれば千切れた腕や足だってくっつきますよ。千切れた方さえあれば」

ステイル「現場から持ってかえってくればよかった。科学医療をナメてたよ」


会話をしながらもナースはてきぱきとやるべき仕事をこなしていく。

魔術の世界しか知らないステイルには彼女が何をどうしているのかさっぱり分からなかったが。


ナース「科学……? ああ、学園都市の医療技術ってことですか?
     まー、噂じゃ学生より骨も内臓もキレイなおばあちゃんだっているらしいですから」

ステイル「……どこぞの女狐を思い出すよ。ホラ」


スッ、と体温計をナースに手渡した。


ナース「うん、36.5℃。バッチリ平熱ですね」


そう言ってナースは紙に体温を記入していく。

その頃にはすでにすべての作業を終えていた。


ナース「それじゃ、夕飯の時にまた来ますね。義手と義足が完成したらすぐリハビリに入るからしっかり体力つけてくださいよ」

ステイル「ああ、分かったよ」



そう言ってナースは部屋から出て行った。

この街で作られる義肢装具ならどんなものが出てくるか分かったものじゃない、という思いが本心ではあるが。


ステイル(……最悪ロケットパンチくらいは覚悟しておこう)


ぼんやりと自分の腕が火を吹いて飛んでいくイメージを思い浮かべながら、ステイルは読みかけの本に手を伸ばした。

しかし、本に手を伸ばしたところで見舞い客が訪れた。


???「お変わりありませんか? ステイル」


そんな声と共に、長身の女性がステイルの個室に訪れた。


ステイル「おや、神裂か。毎日すまないね」


そう言ってステイルは長身の女性に笑顔を向ける。

長身の女性の名前は神裂火織。

世界に数人しかいない【聖人】であり、ステイルのパートナーである。

シンプルな患者着を着ているステイルとは対象的に、神裂の服装は奇抜だった。

白いシャツの裾を結び、片方が脚の付け根から切り詰められているジーンズを履き、ウエスタンベルトを巻いている。

これは実は簡易的な霊装のようなものであり、わざと左右対称にすることで魔術的な意味を持たせているのだが。


神裂「いえ、私も暇ですので。任務もなければ知り合いもあまりいませんから」

ステイル「おやおや、ボクはキミの暇潰しの相手かい?」

神裂「そういうわけでは……」

ステイル「ふふ、冗談だよ」

神裂「……本当に明るくなりましたね」



ステイル「でも、暇なら彼女のところに遊びに行けばいいじゃないか」

神裂「できなくもないですが……やはり最初はあなたと共に行くのが筋かと」

ステイル「変に気を遣わなくてもいい。ボクは彼女が見舞いに来てくれてるからこれでもけっこう会ってるんだ」

神裂「承知の上です」

ステイル「相変わらず変なところで頑固だね」

神裂「……どちらにしても、まずは為すべきことを為さねばそれすらも叶いません」

ステイル「……何かあったのかい?」


フッ、とステイルの顔つきが変わる。

患者ではなく、魔術師の顔つきへと。


神裂「この街の長に呼び出されました。本来なら貴方が呼ばれるはずでしょうが、代理として私が赴きました」

ステイル「……そうかい。怪我がなさそうで何よりだ」

神裂「少々冷や汗も出ましたが……。呼ばれた理由は『この街で匿ってもらう以上、家賃を払え』ということです」

ステイル「ふむ……わざわざ呼び出したってことは金銭の話じゃないんだろう?」

神裂「ええ。ステイル、アウレオルスという人物を覚えていますか?」

ステイル「ああ、インデックスのパートナーだった1人だろう? 『ローマ正教』を抜けてから音沙汰がないと聞いたが」

神裂「その彼が、この街の一角を占拠しました」


きっぱりと。神裂は衝撃の事実を述べた。



ステイル「……馬鹿な。アレにそんな力はなかったはずだ」

神裂「ですが、どうにも事実のようです。三沢塾といつ巨大な4つのビルを占拠し、さらには【吸血殺し】を監禁していると」


【吸血殺し】。いるかどうかも分からない吸血鬼という化け物を殺す能力である。

数年前、京都のとある村で立ってただけで吸血鬼を殱滅してしまった少女がいたのだ。

吸血鬼が村を襲い、噛まれた人間が吸血鬼になり、ねずみ算で吸血鬼が溢れかえっていたところ、その少女は噛んだ吸血鬼を灰にしていた。

望んで得たわけでもない、いわば先天的な特異体質で生まれ育った故郷を灰まみれにした少女はその後『イギリス清教』に保護された。

さらに数年を経て、少女は自分の特異体質の対処方法を求めて学園都市へと渡った。


ステイル「……聞けば聞くほど信じられないよ。あんな未完成な魔術を引っ提げてカインの末裔まで相手にできたって言うのかい?」


カインの末裔。早い話が吸血鬼である。

【吸血殺し】の特徴として、吸血鬼を呼び寄せる力があるのだ。

もっと正確に言えば、呼び寄せるというより自らの血を餌に惹き付けているのだが。

つまり、少女はいざとなれば吸血鬼を呼び、敵を吸血鬼に噛ませ、最後は自分の血ですべて灰にできるのだ。

それが監禁されているということは、相手は吸血鬼をも凌ぐ実力があるということだ。


神裂「実際に【吸血殺し】がカインの末裔を呼んだかは分かりませんが……
    どのみち数千人規模のビルを表沙汰にならないように占拠する実力はあるようです」

ステイル「……で、キミがその討伐を任されたのかい?」

神裂「ええ。正確には【吸血殺し】を含む生徒の奪還も含まれますが。
    科学サイドの人間が彼を討ち取れば魔術サイドとの歪みが生じます。その点から見れば、私の現在の立場はうってつけかと」

ステイル「なるほどね。ま、キミならあの程度の男にてこずるとは思えないけど」

神裂「彼の実力が3年前と変わらなければ、ですが」

ステイル「……健闘を祈るよ」

神裂「ありがとうございます。では、お大事に」


そう言って【聖人】神裂火織は病室を後にした。




-数分後、第七学区学生寮前



横須賀(………なんだあれは?)


横須賀は仲間の車で一旦銀行に行って勝ち金を預け、お気に入りの霊装のまま削板の寮の近くまで送ってもらった。

そして、横須賀は寮の角で戸惑っていた。


姫神「……」


学生寮の前に1人の少女がたたずんでいるのだ。

それも、巫女装束の。


横須賀(……どっかのイカれた馬鹿が巫女喫茶でも始め……ないな。)


長いストレートの黒髪で巫女装束に身を包んだ少女はある一点を見つめ続けていた。

その視線の先には削板の部屋があった。


横須賀(……よく分からんが……日本版魔術結社があると仮定した場合、放ってはおけんな。)


ついさっきインデックスが襲撃されたという報を聞いたばかりだ。

それならば、この女も関わりがある可能性は少なからずある。

十字教と神社が関わりあるのかどうか分からないが宗教で一括りにはできる。

警戒して損はないだろう。



横須賀「おい。」

姫神「!」


巫女装束の女はピクリと身体を震わせて横須賀の方を振り向いた。


横須賀「簡潔に聞こう。何者だ?」


女の顔から感情は読み取れない。

能面、とまではいかないが無表情だった。

こちらもこの学園都市で神父の服装をしているのだから、何かしらのリアクションがあってしかるべきなのだが。


姫神「……魔法使い志願者?」

横須賀「なに?」


たしかに言った。魔法使い、つまり魔術師だ。

志願者ということは……おそらく見習いか何かだ。


横須賀「……最初から賢者よりも見習い魔法使いの方がはるかに強く成長するからな。」

姫神「?」

横須賀「聞いてた人間とは別人のようだが、敵が1人の可能性などむしろ低い。いろいろ話を聞かせてもらおうか。」


スッ、と横須賀が腰を落として臨戦体制を取る。

相手が女とはいえ侮ってはいけない。女で魔術師の神裂は化け物クラスの強さだった。

見習いとはいえナメてはいけない。何かしらの心得はあるだろうし、そもそも見習いであるという確証はない。



だが、相対した女は一向に構えない。

むしろ、なんの表情も変えずに小首をかしげた。


姫神「……何をどう勘違いしてるのか分からないけど。私は誰とも敵対するつもりはない」

横須賀「……なに?」


一体どういうことなのか?

たしかに闘志も感じなければ、追い詰められたという焦燥感も感じられない。


姫神「私はただ。謝罪しにきただけ。できれば。説得もしたい」

横須賀「……? インデックスを狙いにきたんじゃないのか?」

姫神「彼女に謝罪をしにきたから。ある意味ではそうともとれる」



すると、突然遠くから声がした。


???「姫神いいいい!」


声の方に視線を向けると、1人の男が憤怒の形相でこちらに向かって走ってきていた。


姫神「上条くん?」

横須賀(ツンツン頭、学生服、アイツか!)


その男は走った勢いそのままに加速つけ、思い切り振りかぶる。


上条「姫神から離れやがれ!」


バシン! と、横須賀が上条の拳を手で受け止めた。


横須賀「ほう、いい拳だな。」

上条「黙れ! 魔術師!」


受け止められた拳を引き戻し、上条は再び力任せに拳を振り回す。

それを横須賀はひらりと躱してみせた。


横須賀「だが、この程度の身体能力では……」


その際に、ほんの少し拳が横須賀の服をかすめた。









パアン! と、横須賀の服が弾けとんだ。










一瞬の沈黙、そして



横須賀「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

姫神「きゃあああああああああああああああああ!?」

上条「えええええええええええええええええええ!?」


予想だにしない出来事に絶叫する横須賀。

突然のダイナミックストリップに悲鳴を上げる姫神。

まさかの天丼に混乱する上条。

本日2度目の地獄絵図はすぐに完成した。



-同時刻、削板宅



削板「!? なんだ!?」

インデックス「女の人と……よこすかの声?」

原谷「削板さん、インデックスから離れないで! 僕が様子見てきます!」ガチャ

削板「待て! お前1人の方が危険だ!」

原谷「……!!??」

インデックス「みんな一緒の方がいいんだよ!」ダッ

原谷「くるなあああああああああああああああああ!」

削イン「「!?」」ビクッ



-同時刻、学生寮前



姫神「きゃあああああぁぁぁぁ……!」ダダダダダ

上条「あ、おい姫神! 1人で動くな!」ダッ

横須賀「ま、待てテメエ!! フザけんな!!」

上条「あ、そか、でも、スマン! とりあえずこれ!」ポイ

横須賀「ワイシャツ一枚でどうしろってんだ!」

上条「巻け!」

横須賀「ケツ丸出しになんだろうが!!」

上条「スマン! でもアイツ1人にしたらいろいろとマズいんだ! 拉致られるかもしれねぇ!」

横須賀「今の今まで1人だったじゃねえか!!」

上条「それはちゃんと対策がって言ってる場合じゃねぇ! 待て姫神!」ダダダダダダ

横須賀「テメエが待ちやがれ!! クソ!! 絶対殺す!! 絶対ブッ殺してやるからな!!」



原谷「……あの、横須賀さん」

横須賀「あ゙あ゙!?」ギロッ

原谷「その、バスタオル持ってきました……」

横須賀「……ああ、スマン」

原谷「その、とりあえず削板さんの部屋行きましょうか」

横須賀「……そうだな、アイツの服借りて……おい、まさかインデックスも同じ目に遭ったのか?」

原谷「…………はぃ」

横須賀「その時点でシバき倒せ!! 『歩く教会』が破られたって文字通りか!! 身を以て理解したわ!!」

原谷「……まあ、いいことありますって」

横須賀「ほっとけ!!」


今回はここまでです。


レスありがとうございます。
前作から待っていただいたみなさん、お待たせしました。
なんとか期待に応えられるように頑張っていきます。

>>1の過去作は
麦野「フレンダは…私が殺した」
HAL「学園都市…」
とある根性の旧約再編
P「学園都市年度末ライブ?」土御門「そうですたい」

です。



なんとか年内に終わらせます。

>横須賀「……最初から賢者よりも見習い魔法使いの方がはるかに強く成長するからな。」
パント「」ニッコリ






「はじめまして! 私はIndex-Librorum-Prohibitorum。魔法名は【dedicatus 545】。『献身的な子羊は強者の知識を守る』って意味だね」

「……アウレオルス=イザード。本日より君の教師役を命ぜられた」

「うん、よろしくね! あうれおるす!」

「……教師として最初の指摘だ。的然、魔法名には真名を隠すという意味もある。易々と人に名乗らぬことだ」

「……ごめんなさい。でも、それでも私は魔法名を名乗るんだよ」

「? 旺然、殺し合いが望みか?」

「ち、違うんだよ!」

「ならば、何が望みだ?」

「えと、私はあなたのことを詳しく知りたいんだよ。だから、私のことも詳しく教えてあげるの。
  魔法名を名乗るのはその第一歩。そんなわけだから、あなたの魔法名も教えてもらえると嬉しいな」

「……慨然、付き合いきれん」

「……」

「……」

「……」

「……【Honos628】。『我が名誉は世界のために』」

「!」

「厳然、我が魔法名だ」

「えへへ、ありがとう! あうれおるす!」

「……先が思いやられる……」






-十数分後、削板宅



横須賀「あの野郎絶対殺す。意地でも殺す。」

原谷「気持ちは分かりますけど落ち着いてくださいよ」

削板「そうだ。アイツはよく分からんが厄介だ」

インデックス「大丈夫だよ、よこすか。地獄に落ちる時は一緒なんだよ」ポンポン

横須賀「だったらアイツも道連れだ。地獄の底でもシバく。絶対シバく。」


削板の部屋ではいつものメンバーがテーブルを囲んでいた。

ちなみに、インデックスはバラバラになった『歩く教会』を喫茶店から持ち帰り、安全ピンでつなぎ止めて着ていた。

一応帰ってくるまで喫茶店の制服だったのだが、インデックスは『歩く教会』以外の衣服はあまり着たくないらしい。

横須賀の方は削板から少し丈の短いジャージを借りて着ていた。

インデックスと違って効力のないボロ衣服に興味はないため、破られた服は放置していた。



原谷「つーかなんなんですかアイツ。削板さんのパンチ止めてどんな霊装も吹き飛ばすって」

横須賀「なんだっていい。刺し違えても殺す。」

削板「落ち着け。……インデックス、触れただけで霊装をブッ壊す魔術ってあるのか?」

インデックス「……そういう風に見える術式なら……
     でも、『歩く教会』があんなに短時間であそこまで完璧に分解されるはずないし
     そもそもよこすかの霊装と私の霊装は系統が違ってくるから同じ方法で分解できないはずだし
     おまけにあの人からなんの魔力も感じられなかったから私にはもう何がなんだかさっぱりなんだよ」

原谷「10万3000冊の魔導書に載ってないんなら……そもそも分野が違うってこと? つまり能力者?」

横須賀「服をバラバラにする能力か? あってたまるか。そんなくだらん能力。」

原谷「……そういえば、インデックスも横須賀さんも真っ裸になった時下着の類いがなかったんですが……」

削板「ん? 下着ごと吹っ飛ばされたんじゃなかったのか?」

インデックス「ううん。だって修道服はそうやって着るのが慣習だもん」

横須賀「余計なもん着ない方がちゃんと効力が出ると言うから仕方なくだな……。」



例の危険人物についての討論がなされている中、それを遮る音が響く。

ぴんぽーん、と部屋のインターホンが鳴った。


原谷「……誰だと思います?」


わずかに部屋に緊張が走る。

このタイミングでの来訪者。もしかすると、という可能性がある。


削板「俺が出よう。もしアイツならあの腐った根性を叩き直してやる」


スクリ、と削板が立ち上がる。

件の男は現在警備員に追われているはずなのだが、あろうことか削板の学生寮の前に現れた。

もしかしたら、重度のストーカーでインデックスのいる部屋を特定している可能性もある。



玄関にたどり着いた削板は扉についている覗き穴を覗き込む。

レンズ越しに見える人物は見覚えのある人物だった。


削板「なんだ、お前か」


ガチャリ、と削板は扉を開け、笑顔でその人物を迎えた。

その人物とは


神裂「お久しぶりです。削板軍覇」


刀を携えた神裂火織だった。



削板「はっはっは、そんなにかしこまるな。上がっていくか? ちと狭いが」

神裂「ええ、あなたがよろしいのであれば」

削板「おう! 遠慮するな!」


そう言って削板は下がり、神裂を招き入れる。

そして、神裂もそれに続いた。


神裂「……ずいぶん靴が多いですね。客人がいるのですか?」

削板「ああ、今モツたちが来てんだ」

神裂「モツ? ……ああ、横須賀のことですか」


靴を脱ぎ、リビングへと2人は向かう。

そこには見慣れた人物がいた。


インデックス「! かおり!」

原谷「ほっ、よかった……」

横須賀「警戒して損したな。」



神裂「お久しぶりです。ステイルの見舞いで偶然会って以来ですか」

原谷「お久しぶりってほどでもないんじゃないですか? もう何回も会ってますし」

横須賀「ああ。なんだかんだで俺たちもよく行くからな。」

インデックス「それよりもっとかおりとも遊びたいんだよ! いい加減住んでる場所くらい教えてほしいかも!」

神裂「それはステイルが完治した時に……インデックス?」

インデックス「? なに?」

神裂「……『歩く教会』に異常があったのですか? 魔力が感じられませんが……それになぜ安全ピンを?」

原谷「……ぁー……」

インデックス「……その……」

神裂「?」

削板「壊されたんだ」

神裂「壊された!? 『歩く教会』がですか!?」

削板「ああ、完膚なきまでにな」

神裂「まさか……法王級の霊装が破壊されるなど……それほどの魔術なら私が気付くはずですが」

削板「だが、事実だ」

神裂「……にわかに信じられません……」

インデックス「……ごめんなさい。とっても貴重な霊装なのに……」

神裂「ああ、いえ、あなたが謝る必要など何もありませんよ。お2人が無事で何よりです」

削板「無事なわけあるか! インデックスはとんでもない目に遭ったんだぞ!?」

神裂「!? 本当ですか!? インデックス!」

インデックス「ぅん……」

神裂「い、いったいどのような!? 外傷はないように見えますが……」オロオロ

削板「公衆の面前で真っ裸に」

神裂「!?」

原谷「しかも横須賀さんまで」

神裂「!!??」

横須賀「ほっとけ!!」



-数分後



神裂「……つまり、この部屋に入りこんで『歩く教会』のみを破壊したのではなく
    屋外の大衆の目の前で白昼堂々『歩く教会』を破壊し、彼女を丸裸にした、と」

原谷「はい」

神裂「おまけにその男はあなたが退治したわけでもなく、今でも逃走中、と」

削板「ああ」

神裂「挙げ句、なぜか私が『天草式』に頼んで送ってもらった霊装まで破壊されて横須賀も丸裸、と」

横須賀「そういうことだ。」

神裂「……」

インデックス「?」






神裂「コントでもやってんのかド素人ども!!」ドン!

原削横イン「「「「!?」」」」ビクッ!




神裂「……すいません、少々取り乱しました」

原谷「え、ええ」ドキドキ

神裂「……確認しますが事実ですよね?」

インデックス「う、うん、コントじゃないんだよ」ドキドキ

神裂「だとすると……少々腑に落ちませんね」

削板「だろ? いったいどうやってそんなことをしたのか……」

神裂「いえ、腑に落ちないのは手段ではなく目的です」

横須賀「目的……ふむ、たしかにな。」

神裂「ええ。仮にその男がインデックスの10万3000冊の魔導書を狙っていた場合、なぜその場から逃げ出したのか」

原谷「なぜって……人目につくから?」

神裂「それほどの実力があればその場ですぐに連れ去ることくらいできたはずです」

インデックス「私もそれがずっと気になってたんだよ。それに……
     なんだか『歩く教会』が破壊されるって結果が分かってなかったみたいだったし」



神裂「ええ。削板軍覇とあなたが離れた瞬間を狙ったのなら絶好の機会だったはず」

削板「……つまり、どういうことだ?」

神裂「件の男はインデックスの『歩く教会』を破壊するためだけにけしかけられた。
    雇われたのか、はたまた騙されたのかは分かりませんし……破壊した手段も分かりませんが」

横須賀「……可能性がある黒幕は『イギリス清教』の追っ手か。
     男の方はこの街で学生服を着ていて魔導書の価値を知らないのなら、この街の人間だろう。」

神裂「……いえ、黒幕の正体はおそらく『イギリス清教』の追っ手ではありません」

原谷「? なんで分かるんですか?」

神裂「実は、この街に魔術師が侵入しています。そもそも私がここに訪れた理由はそれの警告のためです」



インデックス「! 魔術師が?」

神裂「はい。名をアウレオルス=イザード。正確には魔術師でなく錬金術師ですが」

インデックス「えっ?」

削板「錬金術師?」

横須賀「あれか? 鉛を金に変えたりとか」

原谷「永遠の命を手にするとかっていう?」

神裂「ええ。錬金術の最終到達点としてはそれが正しいです。
   しかし、錬金術の到達点たる【黄金錬成】を扱うには世界のすべてを呪文化しなければならず、
    さらにそのすべてを詠唱するためには100年や200年では足りないために、錬金術は机上の空論であり実現はほぼ不可能で……」

削板「つまりどういうことだ?」

神裂「体系としては不完全な魔術、ということです」

横須賀「……その不完全な魔術を使う魔術師がこの街に侵入してきて、
     インデックスを狙っている可能性がある、か。しかし、そもそもなんでお前がそんな情報を持っている?」




神裂「……そのアウレオルスという男が三沢塾を占拠しています」

原谷「はい!?」

神裂「学園都市から三沢塾を奪還してほしいとの依頼がきました。そのため、私はこれより彼の討伐に赴きます」

削板「……なるほど、それで俺たちの力を借りに来たわけか」

神裂「いえ、討伐には私が1人で向かいます。あなた方はこの家から出ないでください」

横須賀「なに?」

神裂「先ほども言いましたように、私は警告に来たのです。
    私個人としてはもうあなた方に迷惑をかけたくありませんし、魔術の問題に科学を巻き込みたくはありません」

インデックス「……」

神裂「科学と魔術は互いにに不干渉を貫くというのが基本的なスタンスです。あなた方が出てくると少々話がこじれます。
    それに、先ほどの話だと彼はインデックスを狙っているようですし、あなた方はインデックスを守ってください」




原谷「いやいや、錬金術は実現不可能なんですよね? どうやって三沢塾の占拠なんてやったんですか?」

神裂「……不明です。ですが、彼は『ローマ正教』の【隠秘記録官】という職を放棄して現在に至ります。
    魔導書についての注意書きを書くような業務ですので知識量は豊富なはずです。それらを駆使したのではないかと」

削板「そんなところにお前1人で突っ込んで大丈夫なのか?」

神裂「問題ありません。腕には自信があります」

横須賀「だからといってだな……。」

神裂「先ほども言いましたように、これは魔術サイドの問題ですので。
    科学サイドのあなた方が出ては科学と魔術のバランスが崩れます。私1人で十分です」



インデックス「ダメなんだよ」

神裂「インデックス?」

インデックス「自分の力だけでなんでも解決しようとする人は根性があるんじゃなくて傲慢なだけなんだよ。前にぐんはが言ってた」

削板「ああ、その通りだ」

神裂「いえ、ですからあなた方はインデックスの護衛を……」

横須賀「なんだってそんな温い真似をしなければならない。とっとと全員で行って討ち取れば終了だろう。」

神裂「ですから! これは魔術サイドの問題ですのであなた方の力を借りるわけには」

インデックス「じゃあ私が行くもん! 私は魔術サイドの人間なんだよ!」

神裂「!?」

原谷「あー、インデックスには護衛が必要ですからね。僕らも行かなきゃ」

神裂「なぜそうなるのですか!」

削板「お前がインデックスの護衛を頼むって言ったんだろうが!」

神裂「だからそれは……!」

インデックス「それに!」






インデックス「せっかくかおりとまた友達になれたのに、かおりがいなくなったら嫌なんだよ……」


神裂「!」




横須賀「……お前の判断ミスだ。俺たちにこんな話をして、俺たちがじっとするはずないだろう。」

削板「おう! それに三沢塾なら学校の仲間も通っているしな!」

原谷「僕の友達にも通ってるのが何人かいますね。能力の演算はできても文系科目がさっぱりだとかで」

神裂「………はぁ、私の負けですね」

インデックス「! じゃあ!」

神裂「ええ、あなた方と共に三沢塾に向かいます。協力してください」

削板「おう!」

横須賀「ふっ、腕が鳴るな。」

神裂「相手は正真正銘プロの魔術師なのですが……かないませんね、あなた方には」

原谷「この根性バカたちに勝とうっていう考えがバカげてるんですよ」

神裂「護衛しに着いていくと言い出したのはあなたでしょう?」

原谷「あれ? そうでしたっけ?」



神裂「……着いてくる以上、情報はできる限り共有した方が良さそうですね」

横須賀「それはそうだ。とりあえずそのアウレオルスとかいうヤツの写真かなにかないのか?」

神裂「申し訳ありませんが、警告にくるだけのつもりでしたので資料等は持ち合わせておりません。既に燃やしてしまいました」

原谷「燃やしたんですか……まあでも、三沢塾に外人がいたら一発で分かるんじゃないですか?」

神裂「おそらくは。それと、特徴として緑色の髪でオールバックの髪型です。写真ではスーツを着ていましたね」

削板「……インデックスといいステイルといいそいつといい、魔術を使うと髪の色が変化するのか?」

インデックス「私のは地毛だもん!」

神裂「ステイルは自分で染めていますよ。地毛は金髪です」



神裂「それと、注意点がもう一点。向こうに吸血鬼を呼び寄せる者が監禁されています」

横須賀「あ? 吸血鬼?」

神裂「ええ。あくまで呼び寄せることができる【吸血殺し】というチカラを持った者です。
    彼女自身のチカラは吸血鬼以外には無力ですが、問題はその彼女が三沢塾に監禁されているということです」

原谷「???」

削板「監禁? そいつは錬金術師の仲間じゃないのか?」

神裂「彼女は元々三沢塾に軟禁されていたようです。そこをアウレオルスが急襲し、そのまま監禁状態に……」

横須賀「要するにそいつも助けだせ、ということか。」

神裂「補足するなら、アウレオルスはいるかどうかも分からない吸血鬼を攻略するチカラも持っているという事実でもあります」

原谷「イヤ、そもそもなんで三沢塾がそんなヤツを監禁してたんですか?
    それに三沢塾がそいつを監禁してたってことは三沢塾も吸血鬼を攻略できて……?」



神裂「……すいません。順序立てて話しましょう。そもそも、三沢塾とはこの街の外部の塾でした。
    しかし、こちらでも展開した三沢塾は次第に超能力に魅せられ科学宗教団体と化してしまいました。
    そこで、三沢塾は学園都市でも希少な能力である【吸血殺し】という能力者を囲って崇拝することで信仰を集めた、というところです」

インデックス「ふーん。つまり、その三沢塾ってところはそこら辺から神様を拾ってきたんだね。
     インチキな似非カルト宗教の匂いがプンプンするかも。利権目当てでロクな信仰心もなさそうなんだよ」

神裂「当時の状況や教義については不明ですが……
    しかし、その後すぐに件のアウレオルスが三沢塾を急襲し、そのまま乗っ取りました。
    おそらく【吸血殺し】を切り札に吸血鬼と交渉し、不死の命を得るためだと思われます」

削板「不死の命だと?」

神裂「吸血鬼とは不死身の存在だと言われています。
    そして、先ほど言いかけましたが錬金術とは数百年単位の呪文を継続して唱えなければなりません。
    つまり、吸血鬼と交渉し、なんらかの形で自分が不死の存在になることができれば、その方法が分かれば」

横須賀「錬金術を使えるようになる、か。吸血鬼がいるなど信じられんが、魔術も錬金術もあるならもうなんでもアリか」

インデックス「そっか、それで万全の体制を整えるために私の10万3000冊を……」

原谷「いやいや、数百年間不眠不休で呪文ばっか唱えてるつもりですか? 大した根性ですね」

削板「ふん、監禁なんかするようなヤツにそんな根性などない。
    おまけにそいつは三沢塾を占拠してんだろ? 学校の仲間のためにも監禁されてるヤツのためにもそんな根性なしは放っておけん」



横須賀「……で、その【吸血殺し】とやらはどんな外見なんだ?」

神裂「見た目は女子高生でしたね。黒くて長いストレートの髪型でした。名前は姫神秋沙といいます」

原谷「……黒くて長いストレート?」

インデックス「? 心当たりでもあるの?」

横須賀「……おい、そいつ巫女装束じゃなかったか?」

神裂「! まさか知り合いですか?」

削板「? 俺は知らんぞ? そんなヤツ」

原谷「知り合いっていうか……」

横須賀「さっきいたぞ、そいつ。」

神裂「!?」

インデックス「え!? どこに!?」

原谷「この寮の前に。ほら、さっきの悲鳴そのコのだよ」

神裂「そ、それで彼女は!?」

横須賀「どっかに逃げて……おい、そう言えばあのツンツン頭が追いかけていったぞ。」

削板「なに!? あの強姦魔が!?」

インデックス「さ、最悪かも……」

神裂「ちょっと待ってください、その男はアウレオルスにけしかけられていたはずですから……」

原谷「……脱走して錬金術師の手先にまた捕まった?
    強姦魔に連れ去られた後にどんな扱いを受けるかなんて考えたくもありませんね……」



横須賀「……つまり、あのツンツン頭は三沢塾にいるんだな? ブッ殺すチャンスだ。」

削板「モタモタしてられねぇな。とっとと三沢塾に行くぞ」

インデックス「うん!」

神裂「一刻も早く助けねばなりませんね」

原谷「ストップストップ! ちょっと待ってください!」

横須賀「あ? なんだ?」

原谷「急がないといけないのは分かりますけど最低限あのツンツン頭の対策しません?」

削板「対策?」

原谷「インデックス、まず下着買いに行こう」

インデックス「へ?」

神裂「こんな時になにを言ってるんですか!」

原谷「こんな時だから言ってるんですよ! アンタまたインデックスが剥かれてもいいんですか!?」

神裂「それは……」

インデックス「ぁぅ……」

横須賀「……というか、お前たしかその格好は魔術的な意味があるからしているんだよな?」

神裂「? ええ」

横須賀「そして、霊装も含めて、服装に関する魔術は余計なモンはない方がいいって言っていたよな?」

神裂「はい」

横須賀「……まさかお前も下着つけていないのか?」

削板「!?」

神裂「ええ。着けていませんよ」

原谷「!!??」

インデックス「か、かおり! 下着買いに行こ!」

神裂「? ですが、急を要する事態ですし……」

削板「馬鹿野郎! お前まで剥かれたらどうすんだ!!」

神裂「し、しかし、服をまとめて破壊してしまうのなら下着をつけていようといまいと関係ないのでは?」

原谷「あ、あー、じゃあ買わなくても……」

横須賀「何を期待しているんだテメェは!」



横須賀「はぁ、とりあえずお前ら下着買ってこい。三沢塾には俺1人で行く。」

神裂「ですが……」

横須賀「いいから黙って買ってこい。対策云々の前に気が散るわ。」

削板「おい、だったら俺も行くぞ」

横須賀「向こうはインデックスを狙っているのだろう? 守りを薄くするわけにはいかん。」

原谷「それはそうですけど、敵の本拠地に1人で乗り込む方が無茶じゃないですか?」

横須賀「本気で攻め込むならな。俺はあくまで偵察のつもりだ。忍び込むなら人数は少ない方がいい。」

インデックス「……無茶はしないでね?」

横須賀「ふん、この【内臓潰し】の横須賀、女を監禁するような根性なし相手に負けるようなタマは持ち合わせておらん。」



削板「よし、やることは決ったな。モツは偵察。俺たちは下着の購入。時間がないからさっさと済ませるぞ。
    三沢塾で合流したのちに【吸血殺し】とやらを救出し、錬金術師をブッ倒す。そんで、三沢塾のヤツらも解放する」

神裂「……魔術師の本拠地に侵入するなら、やはり私も今すぐ行った方が……」

インデックス「ダメだってば!」

原谷「大丈夫ですよ。この人の生命力尋常じゃありませんから」

横須賀「ああ、とうの昔にカンストしている。」




-同時刻、第七学区三沢塾隠し部屋



アウレオルス「呆然、何をやっているんだ貴様は」

上条「だから! 俺だってやりたくてやった訳じゃねぇんだって!」

姫神「……モロに見てしまった。男はみんなグロテスク……」

アウレオルス「……貴様のせいだぞ」

上条「いやいや上条さんは姫神さんがまた『ローマ正教』の連中に襲われてたから!」

姫神「もしあの人が『ローマ正教』の人物なら。話しかける前に私を捕らえてる。きっとパートナー側の人」

上条「……えー……」

アウレオルス「……糅然、多勢力が入り乱れたこの状況ではそのくらい警戒してしかるべきかもしれん」

姫神「学園都市。『イギリス清教』。パートナーの人たち。他にも?」

アウレオルス「先日逃がしてやった『十三騎士団』の1人が再びやってきた。当然、援軍を引きつれてな」

上条「!」

アウレオルス「確然、こうなることはあの時から分かっていた。
        それでも貴様は慈悲を与えろと譲らなかった。その責務、しっかりと負ってもらう」

上条「……分かってる。俺が戦えってんだろ?」

アウレオルス「憮然、私と共に戦えと言っている。勘違いするな」

上条「へっ、上等じゃねぇか。お前やっぱりいいヤツだな」

姫神「……私もいざとなれば自分の身くらい守れる。無理はしなくていい」

上条「ああ、期待してるよ。でも、インデックスを救うにはお前がいないとダメなんだしな。
    全部まるごと救って誰もが望むハッピーエンドを迎えるには誰一人欠けちゃいけないんだ。
    お前の問題もアウレオルスの問題もインデックスの問題も解決してみせる。一緒に頑張ろうぜ」

姫神「……警備員に捕まって早速欠けそうになっていなかったら評価してた」

上条「……不幸だ……」

アウレオルス「……必然、あれだけのことをすれば貴様ら2人は警戒されたはず。次は私が行く」


今回はここまでです。
先に言っておきましょう。>>1は単行本派。でも軍覇と上条さんのタッグとかスゴく読みたい。


レスありがとうございます。
ちなみに自分は上条さん嫌いというわけではないです。
ただ不幸体質に天丼や連鎖は付き物だと思うし実体験してるしこうならないかなー、と。
あの体質でもヒーローやれるとかある意味人類の希望ですよ。


そろそろ卒論が厳しくなってきたので更新が滞るかもしれませんが、よろしくお願いします。






「どうだ?」

「……ん……ダメ、みたい……。特に私の頭に変化はないかも」

「……頑然、やはりヒトの脳とは強固なものだ」

「ごめんね、色々試してくれてるのに」

「断然、私は君の教師だ。そして、君の脳を解明する。それが役目だ」

「……えへへ、ありがとう。頼もしいんだよ」

「……粛然、早々に次の書の作成に取り掛かる」

「あうれおるす」

「なんだ?」

「照れてる?」

「……ふん、何かと思えば。なぜ私が照れなければ」

「顔赤いよ?」

「!? っ、失礼する!」


「ふふ……ありがとう、あうれおるす」










「ねえ、あうれおるす」

「なんだ?」

「この『原罪』についての項目なんだけど、質問があるんだよ」

「ほう?」

「『原罪』を可能な限り薄めれば天使の力が使えるけど、
  そうなったら私たち人間が使っている魔術は使えなくなる。ここまではあなたの書いた書の通りだよね?」

「純然、その通りだ」

「その場合、1つの身体に2つの性質があったらどうなるの?」

「?」

「簡単なもので言ったら2重人格かな?
  『原罪』を薄めた人とそうでない人がいたら『原罪』を薄めてない方の人は普通の魔術は使えるの?」

「……整然、『原罪』とは肉体にかかるものであり、それを薄めれば肉体は高次元へと上り詰める。
  つまり、器である身体そのものが変質するのであり、その器の中身が入り乱れていようと使える力は天使の力のみとなる」

「……そうなんだ。じゃあやっぱり『セフィロトの樹』は絶対なんだね」

「蓋然、例外はないという例外はない。これは世界の真理だ」

「!」

「前に見せた書物に『聖母崇拝』の項目があったはずだ。
  『聖母崇拝』の秘儀である『厳罰に対する減衰』を基礎に『罰を打ち消す』魔術を組める。
   転じて、契約・束縛・ルール等をも打ち消すことができる。これに則れば天使の力と通常魔術を同時に行使することも可能だ」

「……スゴい! やっぱりあうれおるすは物知りなんだよ!」

「綽然、教師が生徒よりモノを知らぬ訳にもいくまい」

「えへへ、あうれおるすといるといろんな知識が増えるから楽しいんだよ! これからもいっぱい私に教えてね!」

「……ああ、約束しよう」





-数十分後、三沢塾非常口前



横須賀「……チッ、やはり慣れんな。」


単独で動くことになった横須賀は一度自宅に寄り、クローゼットの中で埃をかぶっていた学生服を引っ張り出した。

着なくなってから長い時間が経つ学生服はやはりキツくなっていたが、普通に動く分には支障がないようだ。


横須賀(……激しく動いたらケツのところ破けたりしないだろうな……)


これから戦闘が起きることを考えるといささか不安を覚えるが仕方ない。

潜入するならば目立たない服装をしなくてはならない。ましてや占領されている場所だ。

たださえ制服を着ていた頃は着くずしていたのに塾に通うような真面目な学生のようにしっかり着なければならないのだ。



横須賀(……さて、入れるか?)


ガチャリ、と非常口のノブを回す。

幸運にも非常口は開いていたようだ。

扉をほんの少しだけ空け、なるべく音を立てないように身体を滑りこませる。

入り込んだ先には階段がすぐ近くにあり、少し進んだところにある広い廊下から上れるようになっていそうだ。


横須賀(……ずいぶん無用心だな。イヤ……まさか罠か?)


普通なら侵入者を入れないためにも非常口は封鎖しておくはずだ。

にもかかわらず開いているということは、わざと出入口を限定させることで侵入者を討ち取る算段かもしれない。


横須賀(見張り……はいなさそうだが……監視カメラ、赤外線、もっと原始的にピアノ線か?
     ……イヤ、魔術師ならそういった類いは使わないか。だが、入った瞬間侵入者を感知する魔術なんてのもありそうだな。)


魔術師との戦闘を勝ち抜いた上に【魔神】に真っ向から立ち向かった経験があるとはいえ、横須賀は魔術の素人だ。

魔術ができる分野というのを知らなければ魔術ができない分野というのも知らない。



横須賀(……そう言えば、序盤でフレイムボムくれるババアも魔女っぽかったよな。
     アレ屋内でも使えたか? それを考えると地雷的なモノが設置されている可能性も捨てきれな……ん?)


非常口の前で警戒心を張りつつ、この先に待ち構えているものへ予想を立てていると、人の声が聞こえてきた。


横須賀(気付かれたか……!? ……イヤ、違うな。談笑している?)


どうやら何人かが談笑しながらこちらに向かってくるようだ。

おそらくは気付かれたのではなく、単純な見回りだと思われる。


横須賀(錬金術師の手下か。なんとかやり過ごせるか?)


外はもう夕暮れ時であるが、館内ではまだ電気が点いていない。これが僥幸だ。

薄暗い非常口なら、扉のところでかがんでいればやり過ごせないこともないはず。

万が一見つかっても、逃げていた塾生という扱いになる。


横須賀(そうなれば油断させてから接近戦に持ち込んで叩きつぶす。
     この段階で気付いていないならここに俺の存在を感知するものは何もないはず。
     仲間を呼ばれるよりも早く、魔術を使う暇も与えぬようにきっちり沈めればいい。)


かなり冒険気味の作戦だが、他にいい代案も思い浮かばない。

そもそもこの男は潜入に向かない性分なのだ。

こそこそ動き回るより正面突破の方が性に合っている。



段々と談笑する声が近づいてくる。

声の数から3人以上はいる。


横須賀(……こっちを見るなよ……)


ツ、と横須賀の頬に冷や汗が伝う。

隠れていたい気持ちとは裏腹に、うるさいほどに鼓動は早くなっていった。

そして


横須賀(きた!)


学生服を着た4人組の男がわいわいと話している姿が見えた。

だが、その4人組は横須賀のことなど気にも留めずにすぐに歩き去ってしまった。

緊張した割にはあまりにも呆気なく、一瞬で通りすぎてしまった。



段々と声が小さくなっていく。

どうやら上手くやり過ごせたようである。


横須賀(……やる気のない連中で助かったな。)


ふう、と横須賀は息をついた。

見回りにしては自分たちの世界に入りすぎていたのが幸いした。


横須賀(やれやれ、はじめからこれではこの先もキツそうだな。)


そんなことを思いながら横須賀は腰を上げた。

そして、見回りが帰ってこないうちにさっさと移動するべく廊下に出た。



だが


横須賀「!?」


横須賀が廊下に出た瞬間、小柄な女子高生が横須賀の前に現れた。


横須賀(しまった! 油断した!)


まさかこんな短い間隔で見回りが徘徊しているとは思わなかったため、なんの警戒もせずに飛び出してしまった。

前には女子高生、後ろにはまだ先ほどの集団がいる。


横須賀「くっ……!」


すかさず横須賀は臨戦体制をとる。

後ろには逃げられない。相手が複数いる上に横須賀の間合いではない。

前から歩いてくる女子高生をなんとか抜くしかない。


しかし


横須賀「……む?」


女子高生は目の前に横須賀が現れてもなんのリアクションもしなかった。

歩幅も変えず、速度も変えず、目線すら変えず、まっすぐ歩いてきた。


横須賀「……」


警戒心を解かないまま、横須賀は女子高生から目を離さなかった。

しかし、女子高生は見向きもしない。

そのまま横須賀の脇を通りすぎ、廊下の奥まで歩いていった。


横須賀「……?」


念のためペタペタと自分の身体を触ってみる。

やはり通りすぎざまに何かの魔術をしかけられたわけではなさそうだ。

それにちゃんと触れているから知らぬ間に幽霊になったわけでもなさそうだ。


横須賀「……どうなっている?」




-同時刻、隠し部屋



アウレオルス「む……」

姫神「? どうかした?」

アウレオルス「瞭然、侵入者だ」

姫神「!」

アウレオルス「画然、この街の人間だ。魔力を感じられない。故に、足取りも分からぬ」

姫神「……ということは。パートナー側の人? どうするの?」

アウレオルス「……眇然、放っておいても問題はない。魔術を解さぬ者にこの結界は崩せぬ」

姫神「そう……」

アウレオルス「朗然、この者が来たということは残りの者もいずれ来るだろう。『イギリス清教』もな」

姫神「!」

アウレオルス「……『十三騎士団』と『必要悪の教会』を同時に迎え討つしかあるまい」

姫神「大丈夫?」

アウレオルス「凛然、我が【黄金錬成】の前に敵はいない」

姫神「……」

アウレオルス「上条は……手洗いか」

姫神「ええ。呼んでくる?」

アウレオルス「ああ……、……?」

姫神「なに?」

アウレオルス「……屹然、誰よりも神に嫌われていると見える」

姫神「……また彼は何をしているの?」

アウレオルス「私には上条の足取りしか分からぬ。だが、恐らくパートナー側の人間と鉢合わせするだろう」

姫神「場所は?」

アウレオルス「ロビーだ」

姫神「探してくる」

アウレオルス「身の危険を感じたら呼べ。すぐに向かう」




-同時刻、三沢塾ロビー



横須賀(……………は?)


廊下を道なりに進み、横須賀がたどり着いた場所は正面ロビーだった。

たが、横須賀の目に映った光景は自身の予想と大幅に違っていた。


横須賀(……占拠されているのではなかったのか?)


目の前で多くの学生がごった返していた。

それも緊迫した様子はなく、学校の休み時間と同じような風景だった。

内部にある売店は夜の授業に備えて夕飯を買いに来た学生で溢れかえり、レジには長蛇の列ができていた。

ロビーには今から帰る学生やら今から授業を受ける学生やらで行き来している。

魔術師らしき人間はどこにも見当たらない。



横須賀(警備員がいないのは神裂の言っていたバランスとやらのためだと思ったが……。
     むしろ表沙汰になってないのか? 学生たちは占拠されている事実を知らない、か。となると……)


歩みを止めていた横須賀は再び歩きはじめ、受付カウンターへと向かう。

職員ならば、まして来客と接する受付ならば事情を知っているに違いない。


横須賀「……ん゙ん゙……あー、ちょっといいですかい? 緑色の髪の人間のことで話したいことがあるんですがね。」


数年ぶりに使うぎこちない敬語で横須賀は受付の女性に話しかける。

嫌悪感のせいで使った際に鳥肌が走った。


横須賀「……」


しかし、受付の女性は返事をしない。

それどころか見向きもしない。


横須賀「……おい、シカトか? コラ」


あまりの対応に横須賀はイラつく。取り繕った敬語はどこかに消えていた。

胸ぐらをつかんで吊し上げてやろうかと思ったが、どうにも奇妙だ。



横須賀「……ぬん!」


ボッ! と横須賀がいきなり受付の顔面めがけて拳を繰り出す。

しかし、その拳は受付嬢の眼前でビタリと止まった。


横須賀「……寸止めとは言え、まばたきもなしか。要するに俺はここでは透明人間、ということか。」


他にも色々確認方法はあっただろうが、とりあえず横須賀は納得した。


横須賀「……で、コレは向こうになんのメリットがあるんだ? やはり魔術は分からん。」


スッ、と横須賀は携帯電話を取り出した。

削板ら本隊へ連絡を入れることにしたのだ。

侵入成功の報告と内部の状況を知らせるため、そして何がどうなっているのか聞くために。


数回コール音が鳴った後、通話の相手から返事があった。


原谷『はいもしもし。大丈夫ですか?』

横須賀「ああ、大丈夫すぎて困っている状況だ。」

原谷『どういう状況ですか? それ』

横須賀「俺が知りたいわ。とにかくインデックスか神裂と変われるか?」

原谷『あー、ちょっと今難しいですね……まだ下着選んでて』

横須賀「なんだ、まだ買ってなかったのか?」

原谷『イヤ、なんか神裂さんが左右対称がダメなら上下対称でもいけるとか言いはじめて……』
    
横須賀「どういう状況だ? それ」

原谷『なんかノーブラかノーパンがいいとか言い始めて、インデックスも下着について詳しくないからOKしちゃって
    でもやっぱりそれじゃマズいから僕らで説得したんですけど
    ランジェリーショップの前で男子高校生が下着について教えてたら白い目で見られはじめたんで違う店に変えて』

横須賀「奪還戦ナメてんのかテメェらは!」






神裂『もしもし、お電話代わりました』

横須賀「おう痴女か。」

神裂『な、誰が痴女ですか!』

横須賀「ノーブラかノーパンかで悩む女を痴女以外にどう表現しろと言うのだ。
     それよりこの状況はどういうことだ。まるで占拠されているように見えんぞ。」


神裂『はい? ……ああ、すいません。言い忘れていました。三沢塾は表向きでは通常営業しています』

横須賀「だろうな。見れば分かる。」

神裂『ですが、塾生はおそらく無意識下でアウレオルスに支配されています』

横須賀「……なるほど、俺が透明人間状態なのはそのせいか。」

神裂『透明人間? どういうことです?』

横須賀「先ほどから誰と出会っても俺に反応しないのでな。おかげでスイスイ動ける。」



神裂『……そうですか。ですが、油断はしないで、きゃっ!? なんですかインデックス!』

横須賀「あ? なんだ?」

インデックス『よこすか! 近くにある軽いモノ動かしてみて!』

横須賀「軽いモノ? ……イスとかでもいいのか?」

インデックス『なんでもいいんだよ!』

横須賀「分かった。」


そう言って横須賀は受付から動き、近くの机に近づいた。

スペースを潰さないように机に密着した状態のイスを引こうとしたのだが


横須賀「?」


なぜかイスはビクともしない。見た感じは作りのしっかりしたイスでしかないのだが。


横須賀「まるで動かんな。」

インデックス『やっぱり! そこはもうコインの裏側なんだよ!』

横須賀「は?」

インデックス『敵の結界の中ってこと!』

横須賀「!」



インデックス『たぶん裏側から表側には干渉できないようになってる!
     モノを動かすこともヒトに接することもできないようになってるんだよ!
     だから人混みには近づかないで! ぶつかったら押し倒されるし、最悪の場合潰されちゃうんだよ!』

横須賀「……で、おまけにその表側の人間は錬金術師の支配下か。ゾッとするな。
     だが、それならなぜ俺を放置している? 集団を俺に向かわせれば最終的に俺が潰れて終わりだろう?」

インデックス『よこすかの位置を探知できてないのかも。
     その結界は対魔術師用だから、魔力のないよこすかの正確な位置が分からないはずなんだよ』

横須賀「……なるほどな。それなら納得もいく。」

インデックス『でも、かなり高度な魔術結界だから相当な実力者に違いないかも!
     私たちもすぐに向かうからあまり無闇に動かないでね! 絶対なんだよ!』

横須賀「だったらさっさと下着を買え。一応頭には入れておく。」


ぶつん、と横須賀は電話を切った。



横須賀「とはいえ……せっかくステルス状態なんだ。じっとしているのも惜しいな。」


キョロキョロと辺りを見回す。塾生はかなり減ってきた。

夕食を購入した者はバラけてそれぞれの場所で食べ初めているだろう。

先ほど塾に来た学生も教室で友人と談笑したり、次の授業の準備にとりかかる頃だ。


横須賀「……何も動かせないなら、せめてこの建物の間取りでも確認するか。」


受付カウンターの隣にあった建物の案内板を見たのち、横須賀は再び歩きはじめた。




-同時刻、ロビー脇手洗い場前



上条「……行ったか?」


壁を背にして隠れていた上条は恐る恐るロビーを覗きこむ。

先ほどまで聞こえていた会話は途絶え、声の主の姿も消えていた。


上条「ほっ、助かった……」


安堵の息を吐き、上条はロビーの先にある売店を目指す。

本来ならば謝罪のひとつでもいれるべきなのだろうが、今行ったら確実に問答無用でボコボコにされる。

もう少しほとぼりが冷めたら、ちゃんと謝りに行こうとツンツン頭の少年は心に決めた。



ツンツン頭の少年の名前は上条当麻。

摩訶不思議な右手を持っていること以外はただの不幸な少年である。

Level0である不幸少年上条当麻の右手には【幻想殺し】というチカラが宿っている。

ありとあらゆる異能を打ち消すだけに飽き足らず、幸運までも無差別に消し去ってしまうチカラである。

そして、その不幸に上乗せして生来の気質もあり、厄介事に巻き込まれてはそれを解決してきた。

だが、そんな波乱万丈な生活を送っていれば当然成績も落ち、気付けばほぼ毎日がっつり補習を受ける羽目になっていた。

そこで、見かねたクラスメイトが三沢塾を紹介したのだ。

上条自身、自分の能力すら消してしまう右手を持っていながらこの街ではい上がるには学業しかないと判断し、塾に通うことを決心した。

だが、意気揚々と塾の自動ドアをくぐり抜けた先で待っていたのは見向きもしない受付嬢と自称魔法使いと自称錬金術師だった。

訳が分からなかった。

呆然はこっちのセリフだ。


おまけに錬金術師は自分を追い出そうとした。

一度記憶を消されたが、頭を触ったら治った。

気を取り直してもう一度行ったら、またもや自称錬金術師が現れた。

だから呆然はこっちのセリフだ。

怯えた挙げ句、暴走気味になっていた錬金術師を巫女装束の和風魔法使いが身体を張って止めてくれた。

和風魔法使いは上条に自宅に帰るように勧めたが、上条はその2人の異常さが気がかりになり、説明を求めた。

話すことを渋っていた2人だったが、上条のどこかに惹かれ、最終的にすべて話してしまった。

話を聞いた上条は錬金術師を思い切りぶん殴っていた。

その呆然はそっちのセリフかもしれない。

たった1人を救うために人間性を捨て去った錬金術師はそこで目を醒ました。

そこから上条は錬金術師を拘束しにきた『十三騎士団』を倒すなど、協力を惜しまなかった。

学園都市でありとあらゆる騒動やら事件やら電撃やら、はたまた半ば戦場と化した修羅場までくぐり抜けてきた上条の経験値は異常なほどだった。

それこそ、騎士だろうが魔術だろうが錬金術だろうが目の前で起きた事象を疑いもせずあっさりと受け入れれ対処してしまうほどに。

科学の街に住む身故に証明するまでは信じなかったが。



さて、そんなヒーローたる上条が何をしにロビーにまで買い物に来たかというと、他の学生とおなじく夕飯の確保である。

アウレオルスや姫神はアウレオルスが作り出した食物を食べられるが【幻想殺し】を持つ上条はそうはいかない。

とはいえ、横須賀と同じく裏側にいる上条が表側の売店の食品を食べられるかは不明なのだが。

今までは三沢塾に来る前に自分で弁当を作ってきてたのだが、今日は警備員に追いかけ回されてそれどころじゃなかった。

そこで、手洗いついでに売店に寄ってみようと思った次第である。

もちろん、お金はちゃんと払うつもりで。

しかし、姫神の前でダイナミックストリップをさせてしまった男がいたのは予想外だった。


上条「いつから俺の【幻想殺し】は【服装殺し】になったんだよ……」


ポツリとお馴染みの不幸を嘆きながら上条は売店のパンに手を伸ばした。



上条「よっ……ダメか?」


パンはびくともしなかった。

目の前の頭が良くなるというキャッチフレーズのパンは食べれそうにないようだ。


上条「やっぱ境界線を消すことはできないのか……。まさか本当に【服装殺し】に?」


などと、1人で不幸に興じていると

仲間が増えた。


横須賀「……なるほどな。扉もすべて開かないのか。行動範囲もかなり制限されるな。
     そして、建物自体は田の字型に作られている、と。渡り廊下がある階層は……ん?」

上条「え?」

横須賀「あ」






横須賀「見つけたぞツンツン頭コラァ!!!」

上条「ぎゃあああ!? 待って待ってごめんなさい!!」

横須賀「ゴメンで済んだら警備員はいらねぇんだよボケがぁ!!」

上条「そう言うと思ったよちくしょー!! 不幸だー!!」ダダダダ

横須賀「待てテメェ!! 逃がすかァ!!」ダダダダ





姫神「……速過ぎ。ついて行けない」ポツーン


今回はここまでです。
卒論やろうとすると筆がすすむ。不思議


レスありがとうございます。
どんな世界であれ、上条さんは不幸なヒーローだと思います。
1巻の「ごめん、魔術は無理だ」と新約7巻のみさきちの発言から上条さんはどんな時でも上条さんだった、と


今まで観れなかった超電磁砲Sを最近観はじめました
やっぱフレンダは正義






「……」

「はぁ……はぁ……」

「……惨然……」

「やれやれ、またこの時が来てしまったね」

「!」

「インデックスを引き取りに来ました。理由は……分かりますよね?」

「はぁ……はぁ……」

「……」

「脳の圧迫が始まってるね。これ以上放置するわけにはいかない」

「ま、待ってくれ!」

「なんでしょう?」

「もう少し時間をくれ! 必ずや解決策を講じてみせる!」

「うん? キミには既に1年もの時間を与えたはずだけど?」

「!」

「……申し訳ありませんが、彼女の命に関わる問題です。あなたのエゴに付き合わせるわけにはいきません」

「……勃然! なぜ貴様らにはそんなことができる! なぜ、なぜ何もしない! こんなことを許せるのか!?」

「おや? ならキミは何をしたんだい? ほんの少しでも彼女の症状を和らげることができたのかい?」

「……」

「何も変わってないのなら私たちと変わりませんよ。そのくらい私たちだってやってきました」

「違う! 私は……私は!」

「なんだって言うんだい? 何もできなかったキミに比べれば、延命しているボクたちの方がはるかに彼女に貢献してると思うけど?」






「あうれおるす……」

「! インデックス!」

「大丈夫だよ……きっと、きっと覚えてるから……」

「……あぁ……」

「ふふ……そんな顔、はじめて見たんだよ……やっぱり忘れたくないなぁ……」

「インデックス……」

「でも……大丈夫、記憶力には自信があるんだから……」

「……その記憶力のせいでキミは全部忘れなきゃいけないんだけどね。錯乱でもしてるのかい?」

「貴様……!!」

「力がないのなら!」

「なっ!? ワイヤーか!? 放せ!」

「彼女を救うことなどできません。……これでも我々はあなたの知識量に賭けたんですよ?」

「ま、とんだ期待ハズレだったみたいだけどね。さ、行こうか」

「待て! くっ、インデックス!!」

「あうれおるす……」

「必ず! 必ず君を救ってみせる! たとえ何年かかろうとも!
  私はそいつらにはならない! 教師が生徒を諦めてなるものか! 安心して眠れ! 私は君を忘れはしない!」

「……ふふ……ありがとう……。待ってるよ……」







-三沢塾、隠し部屋



スッ、とスーツに身を包んだ錬金術師は目を開けた。

見下ろした視界には所狭しと並ぶ建造物、そして、真下に見える通りに13人の鎧の騎士が一列に並んでいる姿が映っていた。


アウレオルス「……憫然、思えばずいぶん待たせてしまった」


自嘲しながら錬金術師は呟く。自分の無力さを呪ったあの日から既に丸2年以上の月日が流れていた。


アウレオルス「私は君を忘れなかったぞ、インデックス。組織から追われようと、世界から追われようと」


そして、その日から本格的に『ローマ正教』から追われ始めた。

ほどなくして異端思考として魔術界全体からも追われ始めた。


アウレオルス「おかげで知識も力もあの頃とは比べものにならぬ」


挫けそうになったこともあった。死にかけたこともあった。

居場所をなくし、かつての仲間から失望と憎悪と異端の目で追われるのは想像以上に辛かった。

だが、だからこそ、錬金術師は強くなった。


アウレオルス「……【Honos628】『我が名誉は世界のために』」


自身の信念を籠めた魔法名を呟く。

その言葉は眼下に見える鎧の騎士に向けて名乗ったものであり、少女を救う意志の確認である。


アウレオルス「献身的な子羊の1匹も救えぬようでは世界など救えぬ」


かつて彼は世界を救うための書物を書き続けた。

しかし、その書物では目の前の少女1人救うこともできなかった。

だが、今は違う。少女を救う算段はついている。

長く苦しい時間は終わり、今ようやく努力が実り、再び彼女の隣に立つことができる。

彼はようやく報われるのだ。


アウレオルス「昂然、私は今度こそ君を救ってみせよう。インデックス」




-三沢塾、東塔9階踊り場



上条「ゼェ、い、いい加減諦めろよ!」ダダダダ

横須賀「誰が、諦め、るか! 2人も、ゼェ、全裸にしやがって!」ダダダダ

上条「だーからわざとじゃないんだって! ちくしょー!
    いつもLevel5に追いかけ回されてる上条さんの体力をナメんなよ!」ダダダダダダダダ

横須賀「はっ、こちとらいつもLevel5とタイマン張ってんだ! 逃がさんぞ!」ダダダダダダダダ

上条「マジかよ、ゼェ、ゼェ、あーー!! 不幸ーだーー!!」ダダダダダダダダ





-第七学区、大通り



削板「見えてきたな。あのデカい建物が三沢塾だ」

インデックス「塾っていうからもっと小さな建物だと思ったけど……何階建てなの?」

神裂「12階建てのはずです。あの4つのビルすべてが三沢塾です。
    ……見取り図ではいくつか隠し部屋であろうスペースがありました」

原谷「……」

神裂「? 何か?」

原谷「いえあの、真面目なんだなって」

神裂「私は常に真面目でいるつもりですが」

原谷「真面目な人は下着を着るか着ないかでなんか悩みませんよ」

削板「それはあくまで俺たちの常識だ。異文化を受け入れるくらいの根性はあるだろ?」

原谷「……日本人同士でこんなカルチャーショックを受けるとは思いませんでした」

インデックス「でも、ちゃんと買ったもんね。これでよこすかに文句言われる筋合いはなくなったんだよ」

神裂「ええ。上にサラシを巻き、下にパンツを履く。和と洋による対称。落とし所としては悪くありません」フフン

原谷「……めちゃくちゃツッコミたいけど、これも文化の違いだしなぁ。きっと天然ボケってわけでもないんだろうなぁ……」

インデックス「?」



原谷「それより、そのアウレオルス? でしたっけ?
    そいつ錬金術師から普通の魔術師に職種変更してるって可能性はないんですか?
    なんかかなり高度な魔術を使ってるらしいですし、そんな不完全な錬金術より魔術の方が絶対いいと思うんですけど」

インデックス「魔術も錬金術も根幹は同じだから呼称はあまり関係ないんだよ。
     でも、魔術師には自分が一番適している魔術の道に進むのが一般的だし、
     それが不完全なものなら自らの手で完全なものへと近付けようとするのが魔術師なんだよ」

神裂「ええ。それに仮にどれほど高度な魔術であろうと、このメンバーの前では恐れるに足らないかと」

削板「ハッハッハ! 任せておけ!」

原谷「まあ2人がそう言うなら……。あとコインがどうのこうの言ってたけど?」

インデックス「たぶん侵入者と学生を区別するためのものだね。
     侵入者はコインの裏に、学生はコインの表に。分別の基準はきっと『その人物が支配下にあるかどうか』ってところかな」

神裂「つまり我々は漏れなくコインの裏に行きます。恐らくはアウレオルスや【吸血殺し】も」

削板「つまり俺たちに気付いたヤツが関係者か。分かりやすくていいな!」



原谷「なるほど……じゃあ仮定の話だけどさ、もし錬金術ができるようになったらやっぱり金塊とか作れるの?」

インデックス「ただ単純に金を錬成するくらいなら簡単にできるんだよ」

削板「なに!? じゃあそのアウレオルスとやらは億万長者なのか!?」

神裂「いえ、金を錬成しても当人の魔力が通ってしまいますので、いわゆる純金としては流通しません。
    仮に完全なる錬金術が成功した場合、金の錬成などでは終わりません。もっと大規模で途方もない術となります」

原谷「……神裂さんが言うと怖いんですけど……いったいどんな?」

インデックス「頭の中でシミュレートしたことをそのまま現象として引き出せるの」

削板「……?」

神裂「早い話が、燃えろと思えば燃えますし、蒸発しろと思えば蒸発します。なんでもできるようになるんですよ」

原谷「どチートじゃないですか」

インデックス「詠唱に数百年かかる術式だからね。そのくらいは当然なんだよ」

削板「そりゃそんだけの根性があればな。女を監禁するような根性なしにはできんだろうが」

神裂「ええ、そういうことです」

原谷「なんか神裂さんも段々染まってきてません? でも、それって平和利用できたらこの世から不治の病とか消えますよね」

インデックス「机上の空論だけどね。でも、もし実現できるなら素晴らしいことだね!」

削板「うむ! つまりそいつは根性あるってことだからな! そのくらいやってくれるはずだ!」

神裂「少々話が飛躍しているような気もしますが……。しかし、最初に自分のことを考えますか。
    この手の話をすると大抵は利己的な野望の実現や、現実ではあり得ぬ妄想の話になるのが相場なのですが」



原谷「あー、っていうか僕自身が昔ちょっと患ってて……あれ?」


いよいよ三沢塾にたどり着くというところで、一向の視界に妙なものが飛び込んできた。


インデックス「! 【騎士派】の人たち!?」

削板「騎士? あの鎧の集団がか?」


中世のヨーロッパを思い出させるような銀の鎧に身を包んだ一団が一列に並んでいた。

全身をくまなく鎧で包み、全員が剣を携行している。


神裂「いえ、あの鎧は英国の物では……恐らく『ローマ正教』の『十三騎士団』」

原谷「はい? 『ローマ正教』? なんだってこんなところに?」



すると、鎧の1人が削板らに気付き、ガチャガチャと音を立てながら近づいてきた。


???「貴殿らは何者か? ここには寄れぬはずだが」

インデックス「私の名前はインデックスっていうんだよ!」

???「インデックス? ……おお、英国の【魔導図書館】か! お初にお目にかかる!」

削板「というかお前らこそ何者だ。先に名乗るのが筋ってもんだろ」

???「これは失敬! 私は『ローマ正教』『十三騎士団』の1人【パルツィバル】!」

削板「む、そうか。俺は【ナンバーセブン】削板軍覇だ!」

原谷「あ、原谷です」

神裂「……やはり『十三騎士団』でしたか。『必要悪の教会』の神裂と申します。アウレオルスの件ですか?」

パルツィバル「うむ! ヤツは我が『ローマ正教』の背信者であり、危険人物! 放ってはおけぬ!」

原谷「背信者? 裏切り者ってことですか?」

パルツィバル「その通りだ! あまつさえ吸血鬼を呼び寄せる者を囲い、世を混乱させようとしている!」

インデックス「それはこっちも知ってるんだよ。じゃああなたたちも錬金術師の討伐に来たの?」

パルツィバル「いかにも! 明日の礎を築かんがために!」

削板「なら俺たちと目的は一緒か」

パルツィバル「なんと! 貴殿らもか!?」

神裂「ええ」



パルツィバル「しかし申し訳ないがこの件は『ローマ正教』内の問題! 貴殿らの力は不要!」

原谷「学園都市で起きてる時点で僕らの問題でもあるんですよ。
    そもそも内部の状況知ってるんですか? 対魔術師用の結界なんてのが張られてるらしいですよ?」

パルツィバル「……身を以て経験済みだ。内部に魔術を消し去る異端の者がいるのも把握している」

インデックス「魔術を消し去る?」

パルツィバル「うむ。私も応戦したが力及ばず、騎士にあるまじく背を向けて逃げ帰ってきた次第……」

削板「そんなヤツがいるのか?」

パルツィバル「確かにいる。剣は砕かれ鎧も粉々、下の衣服まで破かれた。おかげで鎧を新調する羽目になった」

神裂「……件のツンツン頭のようですね」

パルツィバル「挙げ句手持ちがユーロしかなかったためパンツで徘徊することを強いられ、異国の地にて異端審問を受ける羽目に……」

原谷「……僕らの対策は当たってたみたいですね。パンツ最強説ですよ」



パルツィバル「とにかく! 背信者のアウレオルス、吸血鬼を呼び寄せる者、魔術を消す異端者。
      これらすべてを野放しにしては世界が転覆する恐れもあると我々『ローマ正教』は判断した!
       よって! これより【ランスロット】の号令を以てかの砦への攻撃を開始する! 貴殿らは下がられよ!」

インデックス「そういうわけにはいかないんだよ! 目の前で困ってる人がいるなら放っておけないかも!」

削板「そうだ! 俺たちはそんな根性なしじゃないぞ!」

パルツィバル「根性云々の話ではない! これは貴殿らへの警告であり命令である!」

神裂「待ってください。私は今回学園都市側に依頼されて討伐任務にあたっています。
    あなた方も同じ立場であれば、あなた方の命令に私たちが従う義理はありません」

パルツィバル「我々は学園都市の意向など知らぬ! 『ローマ正教』で起きた問題を解決するのみ!」

原谷「はあ? だから学園都市で起きてる時点で学園都市の問題でもあるんですってば。
    いいから協力しましょうよ。中にいる学生の安全確保とか考えたら、人数は多い方がいいじゃないですか」

パルツィバル「否! かの砦に攻め込んで事態を収束するのは難しいと判断した!」

インデックス「え?」

パルツィバル「よって! これより圧倒的力を以て外部から一気に叩き潰す!」

削板「外部から? そんなことできんのか?」







パルツィバル「うむ! これより【真・聖歌隊】によりかの砦を吹き飛ばす!」






神裂「……は?」


ぽかん、と神裂が口を開いた。そして、そのまま動かなかった。

インデックスは声も出さずに硬直した。


原谷「ぐれごり……? なんです?」


だが、目の前の鎧の騎士は答えなかった。

それより先に大声が響き渡った。


???「【ヨハネ黙示録】第8章第7節より抜粋!!」


声の方向を見ると、12人の鎧の騎士達が高々と銀の大剣を掲げていた。


パルツィバル「む、【ランスロット】の号令だ。2次災害に巻き込まれぬよう退避せよ!」


そう言うと【パルツィバル】と名乗る男は削板らから離れ、銀の鎧をガチャガチャ鳴らしながら元の列に加わり、大剣を掲げる。

掲げられた銀の大剣はみるみる内に赤色に変わっていった。


インデックス「う、嘘! 本気でやるつもりなの!?」


インデックスの顔が驚愕の色に染まる。

だが、削板と原谷には何が起きようとしているのかさっぱり分からない。


削板「おい、あいつら何してんだ?」

神裂「バチカンにいる3333人の修道師による聖呪爆撃です!
    神槍と同規模の魔術が発動すれば三沢塾のビルすべてが粉々に!」

原谷「はあ!? 吹き飛ばすって比喩表現じゃないんですか!?」


そして、その言葉を裏付けるように薄暗い空に怪しい雲が立ちこめる。

その雲の中はとてつもない規模て帯電しているようであり、バチバチと赤く巨大な火花が舞っている。


インデックス「ダメ! もう止められない!」


インデックスが絶叫する。

誰よりも魔術を知る少女のその言葉がより一層現実味を持たせた。


ランスロット「第一の御使、その手に持つ滅びの管楽器の音をここに再現せよ!!」


【ランスロット】が大剣を振り下ろす。それと同時にラッパのような音が響き渡った。


削板「待っ


瞬間、甲高い音が鳴り響いた。

全員がその光景に目を疑った。

切り裂かれた雲の境目から何千何百という雷が降り注いでいる。

その雷が一ヶ所に集中し巨大な赤い雷が落ちている。

だが、落ち『ている』という表現が問題なのだ。

赤い雷は消えなかった。一瞬で終わってしまうはずの『落ちている』という状態のまま空間に残っている。

まるで何かと拮抗しているかのように。


ランスロット「なんだ……何が起きている!?」


そして『十三騎士団』にとってそれは信じがたい光景だった。

【真・聖歌隊】はいわば『ローマ正教』の最終兵器だ。

世界のどんな場所でも正確に一瞬で灰塵に帰すことができる大規模魔術。

それがたかだかビル1つを壊せないでいる。


パルツィバル「まさか……ヤツはこの魔術すら打ち消すというのか!?」




-同時刻、三沢塾西塔屋上



上条「だああああああああああああああああ!!」


テロリストのような大男に追われ、屋上にまで追い詰められたと思えば、今度は空から爆撃された。

彼は本当にツイていない。正真正銘不幸である。


上条「ホンット! どこまでもツイてねぇよな!」


しかし、この少年は生きている。

とことん運のない彼は真っ向からあらゆる不幸に立ち向かい、そのすべてを実力のみで乗り越えてきた。

それが上条当麻というヒーローなのだ。

『ローマ正教』の最終兵器を右手一本で受け止め、三沢塾にいる数百人と周辺にいる数千人の盾となっている。



横須賀「な、ん……!?」


少し離れたところで横須賀が目を覆っていた腕を下ろした。

視界には右手を天に向けて伸ばし、歯を食い縛って赤い雷を受け止めているツンツン頭がいた。


横須賀「……!?」


まるで理解が状況に追い付かない。

なぜ目も眩むような雷を人間が受け止めているのか。受け止められているのか。

なぜ雷が赤いのか。なぜいくつもの雷が途中で1つに束ねられているのか。なぜツンツン頭から甲高い音が鳴り続けているのか。

なぜ、雷はこのツンツン頭に吸い込まれるかのように途中で進路を変えているのか。



上条(受けきれねぇ……!!)


右手の限界を痛感する。明らかに右手は悲鳴を上げている。

そして、上条はとっさに判断する。

ここは意地を張る場面ではない。

自分の下には数百人の学生がいるのだ。もし意地を張って自分が負けてしまえば全員が道連れになってしまう。


上条(俺も限界だけどコイツもさっきよりはかなり弱まってる。なら……!)


お誂え向きに視界の端に映る地上には通行人も車も見当たらない。

ならば


上条「だああああありゃあ!」


ぐるん! と右手ごと身体を回転させる。

すると、赤い雷はそのまま回転した方向へと受け流され、フェンスを突き破って地上のアスファルトへと吸い込まれていった。




-同時刻、三沢塾前



削板「伏せろ!!」


ドッッ!! と雷が地上に落ちる。

反応できたのは削板と神裂だ。

削板らがいる通りには落ちなかったものの、鎧の騎士の忠告通り2次災害が発生する。

瞬時にそれに備えるため、削板が煙の盾を張り、神裂が原谷とインデックスをまとめて削板の後ろに押し倒す。

その直後に爆風と細かいアスファルトが辺り一面に襲い掛かる。

押し倒された2人が悲鳴を発するも破壊の轟音で聞こえはしなかった。



数秒後、轟音が止んだ。

しかし、それでもまだ砂ぼこりが舞い、辺りは煙たかった。

しばらくするとガチャガチャという音が複数鳴り、鎧の騎士達が起き上がる。

鎧を着ているだけあって、爆風やアスファルトぐらいではびくともしなかった。


ランスロット「……なんということだ……」


だが、精神的なダメージはとてつもないものだった。


ランスロット「【真・聖歌隊】を上回るというのか……あの砦は……」


最終兵器を攻略された。これは目の前で起きた事実だ。

その事実は騎士たちの心を折るには十分だった。



パルツィバル「諦めるな!」


砂ぼこりで輝きを失った銀の鎧を着た騎士の1人が立ち上がり、声を張る。

騎士の一団は一斉にその方向を向いた。


パルツィバル「我々がここで諦めてしまえば! 世界は! ローマはどうなる!」


その激励に騎士達は奮い立ち、目を醒ます。

ガチャリ、ガチャリ、と次々に立ち上がり、次々に剣に手をかける。


パルツィバル「騎士となったその日から! 我々の使命は決まっている!」


そうだ! その通りだ! と声が上がる。燻っていた士気がどんどん高まっていく。

13人の騎士達は完全に立ち直った。


パルツィバル「いざ行かん! 明日への礎を築かんがため!」



ガン!! ガシャン!! というけたましい音が連続して鳴った。

最初はその場で、次は少し離れた場で。

思わず騎士達はビクリと身体を震わせた。


削板「フザけんじゃねぇぞ根性なしども!!」


最初に音が鳴った場所には何故か白い変形学生服を着た少年がいた。

2回目に音が鳴った場所を見ると、先ほどまで演説をしていた【パルツィバル】が街路樹の下でぐったりと倒れこんでいた。


削板「テメェら今何したか分かってんのか!? いったい今何人殺そうとしやがった根性なしども!!」


その少年からは凄まじい怒気が溢れかえっている。

職業柄とてつもない殺気などには慣れている面々だが、これほど強い怒気には慣れていなかった。



ランスロット「な、何をする!」


狼狽えた【ランスロット】が駆け出し、抜いていた剣を真上から振り下ろし斬り掛かる。

カン、という音がした後【ランスロット】はあるべき手応えがなくつんのめった。

たとえ空振っても剣はアスファルトにぶつかるはずだったが、それすらなかった。

遠くでカラカラと何かが転がっている。剣先を見ると剣が途中からなくなっていた。

いや、真っ二つに切られていた。


神裂「こちらのセリフです! 中に何人いると思ってるんですか!? この学区に何人住んでると思ってるんですか!」


先ほどまでいなかった場所で日本刀を携えた長身の女魔術師が激昂する。

【聖人】神裂火織が【ランスロット】の剣を叩き切ったのだ。


ランスロット「貴様らこそ何を言っている!」


体勢を立て直した【ランスロット】が折れた剣を削板らに向けて吠える。


ランスロット「栄光ある未来のためには! その程度は明日への礎となるべきだ! そうだろう!」



ブッツン、と削板の中で何かが切れた。


削板「この……!! ああダメだ言葉にすらならん!!」


ガシリ、と左右から斬り掛かりにきた騎士たちの剣を素手で思い切り掴む。

白刃取りなどではなくわしづかみにされたこと、斬れないこと、剣が動かないこと、左右からすべてに対する驚愕の声が上がる。


削板「俺はテメエみたいなヤツらがいっっちばん!」


剣を掴んだまま腕を身体の前で思い切り交差させる。

ガッシャン! と騎士同士が頭から激突し、意識を失った。

その場で崩れそうになった騎士達のかぶとを掴み、今度は騎士ごと腕を身体の後ろに回す。


削板「大っっっ嫌いなんだよ!!」


ブオン! と騎士たちが【ランスロット】めがけて投げられた。


ランスロット「ぬお!?」


あまりの速さに【ランスロット】は避ける暇もなかった。

グワッシャァン! と2人の騎士が連なって【ランスロット】に激突し、数メートルほど一緒になって吹き飛ぶ。

ドガガガガガ! とそのままアスファルトに背中から落ちて火花を散らしながら滑り、2人の騎士の下敷きとなった。



ランスロット「ぬ、ぐ、貴様ら誰を相手にしているのか分かっているのか!? 『ローマ正教』を敵に回す気か!」


2人分の人間の重さと3人分の鎧の重さを相手に格闘しながら【ランスロット】は大声を張る。

もはや空しか見えない状況だが、金属がぶつかり合う音と金属が破壊される音は断続的に聞こえてきた。


神裂「あなた方こそどこの土地でどこの人間を相手しているのか理解していますか!?」


それに混ざって女の声が響く。


神裂「何度失敗したのか知りませんがまだ学園都市が私に学生の救出を依頼している段階です!
    その段階で最終兵器まで持ち出してビルもろとも吹き飛ばそうなど……! 第三次世界大戦でも引き起こすつもりですか!?」



ランスロット「違う! なぜ分からない!」


遠くから聞こえてくる声に【ランスロット】が反論する。


ランスロット「このままヤツらを放っておけば世界が転覆する恐れもあるのだ!
     それを阻止するためならこの街の学生の命などさしたる問題ではない! 必要な微々たる犠牲だ!」


そう叫んだのが間違いだった。


削板「もういい」


空しか見えなかった視界に旭日旗が映った。


ランスロット「ヒ……」


少し目線をずらせば最早形容できないほどに歪めた顔と3色の何かに包まれている拳が見えた。


削板「黙ってろ根性なし!!」


ダガゴギャン!!! という音が第七学区中に響き渡った。

【ランスロット】はかぶとはおろか歯も顎も砕け、下のアスファルトすら粉々になっていた。




-同時刻、三沢塾西塔屋上



横須賀「お、おい……」


ぐったりと一部が消失したフェンスにもたれかかっているツンツン頭に横須賀が声をかけた。

ツンツン頭の右手からは少なくない量の血が落ちている。


上条「いってぇー……。はっ、とうとう捕まっちまったな」


右手を左手で押さえながらツンツン頭は苦笑する。

おそらくだが右手の骨は砕けているだろう。


横須賀「……」


それに対して横須賀はどう返していいのか分からない。

何が起きたのかすら未だによく分かっていなかった。



上条「……今のはお前らがやったってわけじゃないよな? お前がここにいるんだし」

横須賀「あ、ああ。というか何が起きたんだ? お前は何をしたんだ?」

上条「俺も何が起きたのかはよく分かんねぇ。でも、きっと魔術だ。じゃなきゃ俺の右手で消えないはずだ」

横須賀「魔術だと!? いったい誰が……それに、なんだ、お前の右手ってのは……?」

上条「魔術を使ったのは多分『ローマ正教』の連中。そんで、俺の右手には異能のチカラを消す【幻想殺し】って能力があるんだ」

横須賀「あ!? なんで『ローマ正教』なんてのが出てくる!? それにお前の能力は服を消し飛ばす能力ではないのか!?」

上条「へっ、【服装殺し】ってか。そんなケータイサイトの広告に載ってそうなゲスい能力じゃねぇよ。
    ……でも、ちょうどいいタイミングだ。全部話すよ。
    俺たちのことも、『ローマ正教』のことも、インデックスのことも。アンタにもちゃんと謝らないとな」




-同時刻、三沢塾前



戦闘を行っている削板らから少し離れたところでは、修道服を着た少女が少年の手から逃れようともがいていた。


インデックス「放してやぶみ! あの人たち許せないんだよ! あの根性叩き直してやるかも!」

原谷「だーから『歩く教会』もないのにあんなとこ突っ込んだら2秒でミンチだっつーの! ちょっと落ち着いてってば!」


通りでは絶えず金属の暴力的な轟音が響いていた。

街灯の下で繰り広げられている激戦はたった2人が複数人を圧倒している。

しかし、鎧の騎士達を含む全員がもはや素人目では何をしているのか分からない速さで動いている。

そんな戦場にのこのこと一般人が向かえば無事では済まない。


インデックス「関係ないんだよ! 私の気が済まないの!」

原谷「だったら今じゃなくて終わってから行きなよ! 殴り合うだけが唯一の手段ってわけじゃないんだから!」

インデックス「むー!!」


いかに男と女の体格差があれど、インデックスが力の限り暴れるので原谷もてこずっていた。

気持ちは分かるがさすがにあんなところに向かわせるわけにはいかない。



原谷(ホント、削板さんと関わったらどいつもこいつも根性バカに染まるんだから……)


はぁ、とため息を吐きながらインデックスの身体を押さえていると、視界の端に異変があった。


原谷(ん?)


異変の方向、三沢塾の方に目を向けると、自動ドアが開いていた。


原谷(あー……そりゃ塾の人が出てこない方がおかしいよね)


三沢塾にしてみれば正面の大通りで仮装大会が開かれてると思ったら雷が落ちてきて大乱闘が勃発したのだ。

非日常的な異常事態ばかり起きていれば誰かしらが状況を確認しにくるのが普通だ。


原谷(危ないから注意し、え?)


だが、今は三沢塾の外も異常なら中も異常なのだ。動ける人間は限られている。

出てきた人間は緑色の髪をオールバックにした、スーツを着た男だった。

その男は満足気な笑みを浮かべ、興奮したように呟いた。



アウレオルス「僥光、なんという僥光……!」




ふ、と。

いつの間にかオールバックの男は原谷とインデックスの前にいた。


原谷「わ!?」

インデックス「え!?」


少なくとも三沢塾まで数十メートルの距離があったはずだ。

にもかかわらず、その距離は一瞬で詰められた。


アウレオルス「上条が【真・聖歌隊】を反らしてくれた。
        『十三騎士団』と『必要悪の教会』が勝手に潰し合いを始めた。
        そして何より! 君が自らここまで来てくれた! もはや問題はほぼ解決した!」


興奮を抑え切れずにオールバックの男は叫ぶ。

その表情に原谷は戦慄を覚えた。



原谷「インデックス! 逃げて!」


思わずインデックスを反対方向に突き飛ばす。

だが、突き飛ばした先にはオールバックの男がいた。


インデックス「ゎぷ!?」

原谷「な、え!?」

アウレオルス「憤然、彼女を突き飛ばすとは……どういうつもりだ?」


ギロリ、とオールバックの男は原谷をにらみつける。

原谷は身の毛が総立ちになった。

だが、オールバックの男の表情はすぐに哀れみの色に変わった。


アウレオルス「……愴然、何も知らぬのなら仕方あるまい」


スッ、とオールバックの男はスーツズボンのポケットから金色の鍼を取り出した。


アウレオルス「説明は後でしよう。今は時間が惜しい」


そして、ズッ、と金色の鍼を自身の首筋に突き刺した。


アウレオルス「失せよ、学生」


ふ、と。

原谷の姿が消えてしまった。



インデックス「うそ……やぶみ! やぶみ!!」


悲痛な声をインデックスがあげる。

大声で原谷の名前を呼ぶが返事はない。


アウレオルス「仔細問題ない。あの学生に危害はない」


そんなインデックスを落ち着かせようとオールバックの男が肩に手を置いた。


インデックス「放して! あなたは誰!? やぶみに何をしたの!?」


しかし、インデックスはその手を払いのけ、オールバックの男に向かって叫ぶ。

その瞬間、オールバックの男はどこか悲しい顔をした。


アウレオルス「……依然、君は私を知らぬのだったな」


そして、オールバックの男は自嘲した。


アウレオルス「アウレオルス=イザード。魔法名は【Honos628】『我が名誉は世界のために』。君を救いに来た錬金術師だ」



インデックス「え……?」

アウレオルス「そして、何をしたのかだったな。純然たる【黄金錬成】。それ以上でも以下でもない」

インデックス「【黄金錬成】……!? そんな、できるはずが……」

アウレオルス「まともに行えば、な。【真・聖歌隊】の応用だ。
        同じ作業を2千人で行えば効率も2千倍。それが可能であることは君なら導き出せるな?」

インデックス「……! つまり、学生に呪文を唱えさせたの!? でもそれならあのビルの中でしか使えないはずじゃ……」

アウレオルス「私の支配下にある学生を自宅に帰らせることで有効範囲を広げている。
        自然、その分効力は限定的であり、継続魔術は長続きしない。例えば」


ズッ、とアウレオルスが首筋に鍼を突き刺す。


アウレオルス「止まれ、超能力者」



ヒュッ、とアウレオルスの前に削板が現れた。


インデックス「! ぐんは!」


だが、削板の格好は殴りかかりにいくポーズであるにもかかわらず、動作が遅すぎる。

避けてくださいと言わんばかりに、スローモーションに近い動きだ。


削板「う、お……お」

アウレオルス「このように隠密魔術も1分もすれば気配はむき出しだ。
        ……まだ動くか。さすがに君のパートナーに選ばれるだけはある」


少しだけ満足したように錬金術師は笑う。

だが、その表情もすぐに厳しいものに変わった。


アウレオルス「失せよ、超能力者」


ふ、と。

この街でも指折りの実力者である【ナンバーセブン】までもが手も足も出ずに消されてしまった。



インデックス「そんな……ぐんは……!」

アウレオルス「忻然、心地よい気分だ。君の質問に答え、それ以上の解答をも示す。
        ずっと焦がれていた。その割に久しく忘れていた。懐かしい気持ちだ」


錬金術師は興奮を抑え切れずに再び笑う。

それもそのはず。長い長い苦労が今ようやく報われようとしているのだから。


アウレオルス「だが、続きは後回しだ。今は私のことをどう思おうが構わない。次に君が目を覚ましたその時に、すべてを打ち明けよう」


ズッ、と三度錬金術師は自身の首筋に鍼を刺した。


アウレオルス「眠れ、インデックス」


とさり、とインデックスは倒れこむようにアウレオルスに身体を預けた。



神裂「インデックス!!」


少し離れたところで【聖人】が叫ぶ。13人の騎士はすべてアスファルトの上に倒れていた。


アウレオルス「……傑然、『必要悪の教会』の【聖人】か。相変わらず化け物じみた強さだな」

神裂「彼女を放しなさい! さもなくば斬らせていただきます!」

アウレオルス「必然、貴様の相手は私ではない」


倒れこんだインデックスを左手で支え、空いた右手で鍼を刺す。


アウレオルス「起きよ、栄光ある騎士団よ」



神裂「な……!」


ガチャン、ガチャン、とすでに倒れていた騎士達が全員起き上がる。


パルツィバル「……立ち上がれ! 明日のために! ローマのために! 敗北を許すな!」


騎士達が一斉に鬨を上げた。

13人の地鳴りのような咆哮を受け、神裂の身体がぶるりと震えた。


アウレオルス「……傲然、すべてを諦め、達観した貴様に私の思考は理解できぬ」

神裂「!」

アウレオルス「なに、貴様なら疲弊したヤツらに打ち勝つことも不可能ではない。
        歴然、その頃には我々は貴様の手の届かぬところにいるがな。せいぜいあがけ」


突撃してくる騎士を前に神裂は臨戦体勢をとる。

その頃には錬金術師はシスターを抱えたまま姿を消していた。




-同時刻、三沢塾ロビー



シスターを抱えたまま、錬金術師は巫女装束の少女の前に現れた。


姫神「アウレオルス。何がおきているの?」

アウレオルス「果然、予想通りだ。『十三騎士団』と『必要悪の教会』が攻めてきた」

姫神「! ……それでなぜ彼女が眠った状態であなたの手の内に?」

アウレオルス「説明は校長室にてしよう。ただ、すぐにでも吸血鬼を呼びたい。いけるか?」

姫神「……望むところ」

アウレオルス「敢然、頼もしい答えだ。校長室まで飛ぶぞ」




-同時刻、三沢塾西塔屋上



横須賀「……じゃあ何か!? アウレオルスとやらはインデックスのために……!?」

上条「ああそうだよ。アイツはインデックス救うためだけに自分のすべてを懸けて、自分の世界を敵に回したんだ」

横須賀「……」

上条「そのために越えちゃいけない一線も越えてたかもしれない。でも、アイツは帰ってこれたんだ!
    俺はアイツを信頼してる! 信頼できる人間なんだ! だから、お前らもアイツを信じてくれ!」

横須賀「……クソ、こんなのアリか……。」

上条「……やっぱりいきなり言われても混乱するか? 信用できないってんなら立ち合ってくれたって構わない。頼む!」

横須賀「そうじゃねえ! そうじゃねえんだ! アイツはもう


アウレオルス「失せよ、大男」


ふ、と横須賀の身体が消えてしまった。


上条「なっ!? アウレオルス! 何しやがる!」

アウレオルス「? 喧然、怒号が聞こえたので助太刀に入った次第」

上条「はあ? ……ああ、そうか。端から見たら言い争ってるように見えるか」

アウレオルス「加えて貴様が座り込んでいたのでな。いらぬ世話だったか?」

上条「いらぬ世話っつーか……今ちょうど全部説明し終えたところだ」

アウレオルス「釈然、納得がいった。ならば好都合」

上条「どういうことだ?」

アウレオルス「パートナー側の人間を一ヶ所に集めた。あの大男がすべてを説明してくれるのなら手間が省ける」


上条「手間が省けるって……全員集めたんなら説明しちまえばいいだろ?」

アウレオルス「糅然、『必要悪の教会』と『十三騎士団』が潰し合っている。今が好機だ」

上条「!」

アウレオルス「できることなら今すぐにでも吸血鬼を呼びたいが……」


チラリと錬金術師は視線を少しだけ下ろした。

無惨な姿になった右手を左手が覆っているのが見えた。


アウレオルス「……貴様はここで待っていてもいい」

上条「ふざっけんな! ここまで手ぇ借りといて馬鹿みたいなこと言ってんじゃねぇよ!」


錬金術師は妥協案を示す。

しかし、ツンツン頭はその提案を躊躇うことなく切り捨てた。


アウレオルス「……唖然、その拳で人外の者に立ち向かえるのか?」

上条「へっ、ナメんじゃねぇよ。なんか知らねぇけど俺の右手は回復力だけはスゲーんだぜ?」


ニヤリ、とツンツン頭は笑ってみせる。だが、どう見たって強がりだ。

そんなどこまでも実直なヒーローに、錬金術師は観念したようにため息を吐いた。


アウレオルス「……開け」

そして、ズッ、と首筋に金色の鍼を突き刺した。



だが、見たところどこにも変化は見当たらない。


上条「……何したんだ?」

アウレオルス「南塔6階の保健室の扉を開けた。保健室の空間は反転させてある。自由に使え。
        できることなら連れていってやりたいが、生憎我が【黄金錬成】を以てしても不可能だ」

上条「……ははっ、十分だよ。ありがとな」

アウレオルス「応急処置を終え次第校長室に向かえ。限界まで待つ」


それだけ残し、錬金術師は姿を消した。



今回はここまでです。
一気に物語が加速してきました。

レスありがとうございます。
○然の一覧みたいなサイトを見つけたのでそれを利用してます。決して>>1の頭がいいわけではないです。
パンツがどうこうのほのぼのと今回のバトル描写満載でバランスとれる……かな?


いまさらだけど錬金術って聞いて等価交換じゃなくて核鉄を連想した人とは気が合いそうな気がします。


-三沢塾、北塔1階教室



横須賀「―――あ?」


いつの間にか景色が一変した。

先ほどまで屋上にいたはずなのだが、気が付けばどこかの教室で立ち尽くしていた。


???「『すごいパンチ』!!」


ダゴン!! というものすごい音がした。

思わず横須賀は身体を強ばらせる。

聞き覚えのある声がした方向をとっさに見ると、白ランとハチマキを揺らしながら一心不乱に教室の扉を叩いている男がいた。


削板「『すごいパンチ』!『すごいパンチ』!!」


バコン!! ドガン!! と爆音が何度も響く。

しかし、なぜだか扉は頑として動かなかった。


削板「クソッ! 上等だ! 根比べなら負けんぞ!」



原谷「ムダですってば! 根比べとかじゃなくてそういう仕様なんですから!」


反対の方向を見ると、うろうろと教室を歩き回るメガネの少年がいた。

机に寄っては中を覗きこみ、窓に寄っては外を見回している。


削板「知るか! それはアイツが作ったルールだろうが! お前はそんなルールに屈して悔しくないのか!」


もう一度削板が拳を振り上げた。


原谷「そりゃ屈したくはないですよ!」


反対側から原谷が吠える。

ダガン!! という爆音がもう一度教室中に響いた。


削板「だったらこんな扉とっととブッ壊すぞ! 何やってんだ!」

原谷「アンタがやってもビクともしないことを僕がやったところで焼け石に水でしょうが!
    そんなことやって無駄な時間を浪費するくらいならもっと別の突破口を探しますよ!」


横須賀「おい、落ち着けお前ら。」


教室のど真ん中で立ち尽くしていた横須賀が声を発した。


原谷「落ち着けるわけないでしょうが! こうしてる間にもインデックスがって横須賀さん!?」

削板「なに!? なんでモツまでこんなとこにいんだ!?」

横須賀「だから落ち着け。」


半ばため息混じりで横須賀が暴走気味の2人を制す。

一刻を争う状況だと言うのに横須賀は冷静だった。


原谷「違うんですよ横須賀さん! あのアウレオルスってヤツが現れて!」

横須賀「なに? お前ら接触したのか?」

削板「そうだ! それでこんなところに飛ばされた! このままだとインデックスが危うい!」

原谷「っていうか神裂さんは!? あの人がいないと魔術のことなんかなんにも分からないですよ!?」

横須賀「だから分断させたのだろう。」

削板「ちくしょう! だったら力尽くで魔術ごとブッ壊すぞ! 手伝えモツ!」

原谷「だから意味ないですって! なんか手掛かりになるようなもの探してください!」


横須賀「落ち着けと言っているだろう。正直そこまで一刻を争う事態でもない。」

削板「なんだと!? インデックスがどうなってもいいのか!?」

横須賀「そうじゃない。」

原谷「あ、もしかして神裂さんがインデックスを逃がしたんですか!?」

横須賀「知るか。俺はさっきまで屋上にいたんだ。お前らの動きなど何一つ分からん。」

削板「じゃあやっぱりマズいだろうが! インデックスなら1人で逃げ切れるかもしれんが保証はない!」

横須賀「保証ならある。アイツらはインデックスに絶対手を出さん。」

原谷「はい!? どういうことですか!?」

横須賀「アイツらの目的がインデックスの救済だからだ。」


しん……、と教室が一気に静かになった。

どこかの窓から聞こえてくるすきま風の音と遠くで金属がぶつかる音だけが聞こえていた。


横須賀「……俺が潜入して得た情報を全部話す。とりあえず聞いてくれ。動くのはそれからだ。」




-同時刻、三沢塾前大通り



神裂(……私たちは勘違いしていたのかもしれない……)


向かってくる騎士の塊を水流魔術で押し返す。

濁流を躱した数人が対抗して鋭く光る巨大な十字架のようなもの神裂に向かって放った。


神裂(手段は不明でも、恐らくあの男はすでに【黄金錬成】を完成させていた)


それをあえて正面に素早く出ることで躱し、ほとんど直角に曲がって騎士の1人を刀の間合い入れる。

後方で重たいもの同士が激突する低い轟音が炸裂した。


神裂(ならば『【黄金錬成】を完成させるために不死になる』という前提は覆る)


バギャン!! と鎧の騎士が吹き飛んだ。

相手が鎧を着ていても神裂は刃を立てない。

それほどまでに彼女は強すぎるのだ。


神裂(にも関わらず、あの男はインデックスをさらった)


背後からの横一閃の太刀を身を屈めて躱す。

それと同時に相手の足をワイヤーでからめ取った。


神裂(つまり、もしかしたら、あの男の想いはあの時から何も変わっていなくて……)


ほんの少し神裂の動きが鈍った。

その瞬間を百戦錬磨の騎士らが見逃すはずもなく、複数の剣先が神裂に向けられた。




-同時刻、三沢塾北塔1階教室



横須賀「まずアウレオルスってのは……3年前のインデックスの教師だ。」

削板「教師?」

横須賀「ああ。当時の所属だった『ローマ正教』を抜け出して『イギリス清教』に身を寄せていたようだ。
     だが、アウレオルスはその役割に加えてインデックスの脳を正常化させることも役割として依頼されていた。」

原谷「!」

横須賀「もちろん、表立った依頼じゃない。インデックスの脳のことは極秘。そのからくりについてはもっと極秘だったはずだ。」

削板「……あの腹立つ魔術か。【最大主教】とかいうヤツの」

横須賀「そうだ。しかし、1年かけてもどうすることもできなかった。それから更に2年かけてようやく解決策を見つけた。」

原谷「……」

横須賀「その方法が不死身の吸血鬼からどうやって記憶を維持しているのか聞き出すという方法だ。
     吸血鬼を呼ぶために【吸血殺し】を見つけ、吸血鬼への対抗措置とインデックスにその仕組みを適用させるために
     この塾の生徒を使ってほとんど無理矢理【黄金錬成】を完成させた。2千人に同時平行で呪文唱えさせて作業時間を短縮させたらしい。」

削板「……」

横須賀「そのタイミングでのこのこ三沢塾にやってきたのがツンツン頭だ。それ以来力を貸しているらしい。
     アイツの能力は能力・魔術を打ち消す能力。さっきの雷クラスの魔術は流石に消しきれないらしいがな。」


削板「……インデックスのためだけに、アウレオルスは今まで突っ走ってきたのか……」

横須賀「そういうことだ。理由は俺たちと一緒だ。
     放っておけなかったのだ。記憶を失いたくないと自分の目の前で泣くシスターを。」

原谷「……」

横須賀「ずいぶんひどい目に遭ったようだがな。
     『ローマ正教』で要職に就いていただけに、口封じされそうになった。
     『イギリス清教』の期待にも応えられなかったから最後には見限られた。
     『ロシア成教』を訪ねるころには魔術界全体で危険思想人物に認定された。
      インデックスは1人で1年逃げたようだが、アイツは2年だ。それでも諦めなかった。」

削板「逃げてたのか? なんも悪いことしてねえんだろ?」

横須賀「俺たちから見れば正しいことも魔術サイドじゃ重罪らしい。今のステイルと神裂がいい例だ。
     実際、アウレオルスが『ローマ正教』を抜けた理由は魔術を克服する自作の本を世界に広めるため。それで裏切り者扱いだ。」


原谷「………でも、なんで気付かなかったんですか?
    インデックスの頭の異常の根拠はめちゃくちゃだったじゃないですか。
    吸血鬼なんて突拍子もないもの思いつく前にもっと早く違和感に気付けるはずでしょう?」

横須賀「……【最大主教】ってのがインデックスの頭の黒幕だっただろう?
    『ローマ正教』を抜けて『イギリス清教』を頼ったのなら
     絶対に一度は組織のボスに頭を下げに行く。その時にやられたのだろう。」

削板「……」

横須賀「俺の推測だが……アイツは【最大主教】の魔術が解けてない。」

原谷「だまされたまま、ってことですか……」

横須賀「ああ。その上でようやく思いついたのが吸血鬼ってことだ。
     世界中から追われながら情報収集してたのならかなり苦労しただろうな。」

削板「どのタイミングで思いついたのか知らんが……すべて整えてアイツは今ここにいるのか」

横須賀「そうだ。かなり無茶している上になりふり構ってないがな。
     そして、アイツはインデックスも手中に入れた。あとは吸血鬼を呼ぶだけだ。」

原谷「……でも、インデックスは……」

横須賀「ああ。もうすでに救われている。アイツのやってきたことは台無しだ。」



再び教室は沈黙に包まれた。

相変わらず遠くから響いてくる金属の破壊音とすきま風の高い音だけが聞こえていた。


削板「……凄いな」


ポツリ、と削板が呟いた。


横須賀「あ?」

削板「凄い根性だ。アウレオルスってのは誰よりも根性がある。俺よりも」

原谷「……」

削板「さっき一目見た時に根性なしの面構えじゃねえとは思ったが……想像以上だ」


たった1人の少女のために世界を敵に回す。

それにどれだけの障害と困難があったかは計り知れない。

想像を絶するようなその苦しみは、常人が乗り越えられるものではないはずだ。


横須賀「ならばどうする? お前の努力はやるだけ無駄だったと現実を叩きつけるか?」


しかし、錬金術師が乗り越えてきた困難は徒労に終わった。

そんな残酷な現実を無慈悲に与えてよいのだろうか?


削板「当然だ。アイツの努力をめちゃくちゃにしたのは俺たちだ。真っ正面からぶつかるしかない」


白ランを着た男は即答した。

その言葉に迷いは少しもなかった。


原谷「ぶつかるって……なんでもできる相手にですか? 命も身体もいくつあっても足りないですよ」

削板「それがどうした。誰も悪いことをしとらん。
   アウレオルスは激怒するだろうが、それから逃げるほど俺は根性なしじゃない。だからぶつかる」


錬金術師のやってきたことは決して間違ったことではない。

だが、だからこそこのまま放っておくことはできない。

譲り合うことができないなら互いに衝突し合うしかない。

たとえ、その結果が殺し合いになろうとも。


横須賀「……どのみち吸血鬼がどんなヤツかも分からん。
     インデックスと姫神は逃がすぞ。危険すぎる割にもはやメリットがない。」

削板「ああ。それはお前らに任せる。まずは俺がアイツとぶつかりてえ」


原谷「……どこかで絶対真実を知る時がくるんだからたしかに早い方がいいですね。
    じゃあ僕が姫神さんいきます。意識のないインデックスを担ぐのキツそうなんで」

横須賀「なら、俺がインデックスを担いで逃がす。問題は……どうやってここから出るかだ。」


事態は把握したとはいえ、現状は何も変わっていない。

錬金術師はすべてが終わるまでこの空間から出すつもりはないだろう。


削板「もうちょっと待ってろ。今から扉に風穴空けて……」

原谷「出るだけならもっと別な方法がありますよ」


バシン、と意気揚々と削板が拳を手のひらに叩きつけたところで原谷が口を挟んだ。


横須賀「なに?」

原谷「さっきから聞こえるすきま風の音、どっから聞こえてると思います?」


ニヤッ、と原谷は笑いながら教室の窓を指さした。

3人が揃って窓の方に行くと、たしかに窓ガラスの隅のところに小さな穴が空いている。

そして、その小さな穴の周りににはヒビが入っていた。


削板「……コレか。だが、こんな小指程度の穴でどうやって出るんだ?」

原谷「この穴から出るんじゃありませんよ。重要なのは窓ガラスに穴が空いてるって事実です」

横須賀「? 何が言いたい?」

原谷「この穴はさっきの雷で空いたと思うんですよ。たぶん飛んできた小石かなんかで。
    それに、さっきツンツン頭が雷を消そうとしてたんですよね? 壊すことも動かすこともできないはずなのに。
    おまけに横須賀さんは非常口から普通にこの建物に入れた。つまり、外からなら窓を開けることも割ることもできるってことです」

削板「おお! なるほど!」

原谷「ただ、そうなると僕の【念動力】で外の物を動かして割るしかないんですよね。
    僕まだ異能力程度の強度なんでパワー不足かもしれませんが、やる価値は十分……」


削板「ぃよっこいしょー!!」


ドウン!! と植え込みの地面が3色の煙を吹き上げていきなり爆発した。

土中に潜んでいた小石や先ほどの爆撃で近くまで吹き飛ばされていた砂利がものすごい勢いで飛び散る。

バリィン! という高い音と同時に削板らの正面の窓ガラスから一枚右の窓ガラスが叩き割られた。


原谷「」

削板「うし! 行くぞ!」


声高らかにLevel5は呼び掛け、真っ先に割れた窓から飛び出て行った。


横須賀「……」


ポン、と横須賀が慰めるように原谷の肩に手を置いた。


原谷「……そうだった……あの人ちょっと前まで自分の能力が【念動力】系だと勘違いしてたんだった……」


はぁ、と原谷はため息をついた。

つくづくあの男は規格外である。


外に出ると先ほどまで小さな音だった戦闘の音が大きく聞こえてきた。

これだけ異常事態が立て続けに起き、戦闘まで勃発しているというのに警備員の姿はまるで見えない。

それどころか歩行者の1人、車の1台すら見当たらない。


横須賀「……『人払い』というやつか。ここまでやって誰もいないと不気味だな。」

原谷「どうします? まずは神裂さんの加勢に行った方が……」

削板「アイツはあんな手負いの根性なしどもに負けるほどヤワじゃねえ。両方とやり合った俺なら分かる」

横須賀「時間もあとどれだけあるか分からん。先にインデックスだ。」

原谷「……分かりました。でも、どうやって行きます? 隠し部屋にいるならそこの扉閉められてたらどうしようもありませんよ?」

削板「場所は分かるだろ? さっき来る時に神裂が何ヶ所か当たりつけた階層言ってたからな」

横須賀「場所が分かったところでどうやって……おい、正気か?」


突如、削板が屈伸を始めた。

かと思えば今度は腕を伸ばして回してと準備運動を始めた。


原谷「? 何するんですか?」


その問いかけに規格外のLevel5は即答した。


削板「登るぞ。ロッククライミングだ」


原谷「」

横須賀「……ふ、仕方あるまい。」

原谷「仕方あるわ!! こんな平らなビルどうやって登るんだよ!!」

削板「割りと凹凸あるぞ。十分いける」

原谷「一分どころか一厘だっていけるか!!」

横須賀「落ち着け。秘密兵器が人数分ある。持ってきといて正解だったな。」

原谷「へ? ああ、それなら……」

横須賀「ほら、滑り止め付きの軍手だ。」ポイ

原谷「100均グッズかい!!」

削板「おい、コレどっちも右手だぞ」

横須賀「む、すまん。」

原谷「そこじゃねーよ!! もっと他にむき出しのツッコミ所あんだろ!!」



削板「いつまでもグダグタ言ってるな。あとお前のどっちも左手だぞ。片方交換しろ」

原谷「あ、はいどうぞ。じゃなくて! 本気で登る気ですか!?」

横須賀「他にどんな方法がある?」

原谷「まずこの方法が僕に実行不可能だっつってんの!」

削板「かまわん。俺が背負ってやる」

原谷「人一人背負ってビルクライミング!? 無茶苦茶も大概ですよ!!」

横須賀「だったらお前が補助しろ能力者。正直俺も不安だ。だが、多少なり補助があるなら自信はある。」

原谷「トレー浮かせるのが精一杯の【念動力】を当てにしないくださいよ!」

削板「そうこう言ってる内に吸血鬼が来るぞ」

原谷「……分かったよ行きますよ! 行けばいいんでしょ行けば!」

横須賀「ふっ、さすがだな。どこぞの三竜将よりいい覚悟の決め方だ。」

原谷「じゃなきゃアンタらと一緒にいれるかっての! フォルデとカイルも真っ青だよチクショー!」



今回はここまでです。
リアルが忙しくなってきて更新が滞り気味です。すいません。


レスありがとうございます。
原作でもSSでも読み返す度にやきもきする。
それが2巻だと思います。


お勧めスレで>>1の処女作が未だに出てくるので嬉しくて嬉しくて
できることならもう一度霧谷ちゃん書きたいけど……かなり厳しいかもです
スレ違いかも知れませんが、他に書く場所もないのでここで報告しておきます


-十数分後、三沢塾隠し部屋



隠し部屋には錬金術師とシスターと巫女がいた。

広い隠し部屋には柔らかい絨毯が敷かれており、扉は開け放たれている。

錬金術師はその部屋の強化ガラスの窓から外を見ていた。

シスターは錬金術師の後ろに置かれた高級感の漂う机の上でぐっすり眠っていた。

巫女はその広い隠し部屋の中央で錬金術師の背中を見つめていた。


アウレオルス「……勧然、素晴らしい。まさに主の導きだ」


眼下に見える戦場を見下ろしながらアウレオルスは満足そうに笑う。

戦況だけを見れば憎き女が騎士を相手に上手く立ち回っており、そちらが優勢なのは明白だ。

だが、もはやそんなことはどうでもいい。

どの道あの女はここに来ることはできないのだから。



アウレオルス「カインの末裔の知識を利用する手段を発想できた。
        姫神、カインの末裔を呼び寄せる君が学園都市にいた。
        かと思えば幸運にもインデックスまでもがこの学園都市にいた。
        さらには上条が我が思想を正した上で、志を共にして力を貸してくれた。
        厄介だった『必要悪の教会』と『十三騎士団』は正面から潰し合いをはじめた。
        極めつけにインデックスは自らの足で私のところまで来てくれた! 今日ほど主に導かれたと実感した日はない!」


目線を地から空へと変え、錬金術師は天を仰いだ。

暗くなった夜空には都会の明かりに負けないように瞬いている星がいくつか浮かんでいた。

あまりにも清々しい夜空。吸血鬼を呼ぶには、何より呪われた少女を救うには絶好の空模様だ。

それすらも主の導きであるように思われる。

そんな楽しそうな錬金術師の後ろ姿を巫女装束の少女は微笑みながら見ていた。


姫神「嬉しそうね。アウレオルス」


巫女装束の少女の声を受け、錬金術師は身体を反転させた。


アウレオルス「躍然、これほどまでに高揚した気分は久しぶりだ」

姫神「だからかな。あなた笑ってる」

アウレオルス「なに? 本当か?」

姫神「ええ。こうしてる今も。そんな顔はじめて見たかも」

アウレオルス「……遽然、すぐに戻す」


そう言うと錬金術師は頬に手を当て、いつもの生真面目な顔に戻した。

しかし、沸き上がる感情を抑え切れないのか表情はすぐに崩れた。

今度は自分でも分かったのか、慌てて生真面目な顔に戻そうとしたが、感情を消し切れずになんともおかしな表情になった。


姫神「ふふ。別に笑ったままでもいい。むしろ。笑った方がいい」

アウレオルス「む……ならば、しばし感情に委ねるとしよう」


たちまち錬金術師は元の笑顔を浮かべた。



姫神「……変わったね。アウレオルス」

アウレオルス「?」

姫神「出会った頃のあなたは少し無愛想だった。でも。上条くんが来てからあなたは変わった。
    それ以前よりも感情が表に出てきたし。何より。自分のことをいっぱい話すようになった」


そんな言葉を聞いた瞬間、錬金術師はあり得ないとばかりにひどく驚いた顔をした。


アウレオルス「……瞿然、それ以前も私のことは伝えていたと記憶しているが?」

姫神「それは最低限の事実関係だけ。あなたがこの子をどう思っているか。とか。
    『必要悪の教会』に連れていかれた時どう思ったか。とか。そんなあなたの感情を聞いたのはつい最近」

アウレオルス「……漠然、そんな気も、するな。違いないかもしれん」

姫神「それに。あなたは私も救うと言ってくれた。
    こんな他人を殺すことしかできないチカラを使って他人を救う道を示してくれた上に。
    私のこの血をも変えてみせると言ってくれた。その2つだけでどれだけ私が救われたことか」

アウレオルス「……」

姫神「上条くんが来てくれたから。という理由がすべてではないとは思うけれど。私のことまで考えてくれるとは。正直思わなかった」


アウレオルス「……【Honos628】『我が名誉は世界のために』」

姫神「?」

アウレオルス「魔法名だ。魔術師が己の信念を込めた真名でもある」

姫神「……そう」

アウレオルス「先ほど述べたものが私の魔法名だ。君も世界を構成する一部であれば、見過ごすわけにはいくまい」

姫神「……ふふ。ありがとう」

アウレオルス「もっとも、気付かせてくれたのは上条だがな。ヤツには感謝しても……」


その時、錬金術師は不信感を抱いた。

というのも、巫女装束の少女が目を見開いて硬直したからだ。


アウレオルス「? どうした?」

姫神「後ろ!」


ガシャアァン!! とガラスが盛大に割れる音が室内いっぱいに響いた。

慌てて錬金術師が振り替えると、部屋のいちばん隅の窓が外から叩き割られていた。

かと思えば、ビル風とともに3色の煙が室内に吹き荒れた。


アウレオルス「なっ!?」

姫神「これは。何!? アウレオルス!」


3色の煙は強烈なビル風に煽られてたちまち部屋中に立ちこめた。

何が起きたのか把握できず、錬金術師と少女は困惑する。

だが、そんな心境を余所に事態はどんどん進行していく。

ビル風の轟音とともに、割れたガラスから続々と何者かが侵入してくる音が聞こえた。


???「あ゙ぁ。さすがに全身乳酸まみれだ。まさか最上階とはな……すまんが、こいつは少し預かるぞ。」


そんな声が聞こえたかと思えば大男の影があっという間に机に駆け寄る。

影は即座にシスターを担ぎ上げ、机から離れて影をも消した。


アウレオルス「! その声は先の……どういうつもりだ!」


???「えーっと、いた! 姫神さん!」

姫神「!」

???「訳は追々話します! ひとまずこっちへ!」


何者かが姫神の腕を掴んだ。

それと同時にその腕を引っ張って連れ去ろうとする。


姫神「いやっ! 放して!」

???「わ、ちょっと、暴れないで!」


アウレオルス「離れよ! 学生!」


バチン! と弾かれたように少女の影に近づいていた影が吹き飛んだ。


???「うわ!?」


部屋のほぼ中央にいた少年は煙の中を突っ切り、壁へ一直線に吹き飛んでいく。


???「うおっと」


だが、壁に激突したような音はしなかった。

かすかに弾かれた影が別の影と重なった姿が見えた。


アウレオルス「晴れよ!」


ズッ、と錬金術師は鍼を首筋に刺す。

その瞬間、煙は一気に消し飛んだ。

クリアになった室内の中央には巫女装束の少女が、窓際には錬金術師が。

そして、壁ぎわには白ランの男がメガネの学生を受け止めている姿があった。


姫神「アウレオルス! あの子が!」


巫女装束少女の言う通り、シスターが部屋から消えていた。

恐らくは先ほど屋上にいたあの大男に連れ去られたのだ。


アウレオルス「仔細問題ない。通路のどちらに逃げようが隠し扉は封じてある。逃げ場はない」


それよりも、と錬金術師は続け、白ランの男とメガネの学生を睨みつけた。


アウレオルス「悍然、なんとも野蛮な行動だ。その行動を見る限り、貴様らは我が願いを阻止したいようだな」


割れた窓ガラスからは轟々とビル風が入りこんできている。

風に煽られ、全員の服がはためいていた。


原谷「削板さん……」

削板「ああ、姫神は後回しだ。今行っても何もできん。
    悪いな、アウレオルス。これから起きる事態を想定してちょっと手荒な真似をした」


そう答えた白ランの男は堂々と笑っていた。

同時にメガネの学生が白ランの男から少し離れた。

両者とも奇襲が失敗した割には余裕がありそうだ。

しかし、それも【黄金錬成】を知らぬのならまだ納得のできる反応ではある。

それは逆説的にまだ説得の余地があるかもしれないということだ。


アウレオルス「……巻き戻れ」


カチャカチャカチャカチャ、と割れたガラスがビル風に逆らって別の力に吸い込まれていく。

数秒も経たずに窓ガラスは元通りになり、キズひとつついていなかった。


原谷「……よかったですね。余計な賠償金払わずに済みそうですよ」


錬金術師はゆっくりと歩き、先ほどまでシスターが横たわっていた机の前に出た。


アウレオルス「……先の大男より我が思想についての説明があったと思うが?」

削板「ああ。全部聞いた」

アウレオルス「依然、そうとは思えんな」


ぶっきらぼうに錬金術師は言い放った。


アウレオルス「伝言ゲームの結果だ。私の話を聞いた上条から聞いた話を大男から聞いたのでは正確に伝わらなかったのだろう」


つまりはそういうことだ。

でなければ、インデックスを連れ去るはずもなければ【黄金錬成】相手に逆らうはずもない。

彼らもインデックスの大事なパートナーであることには変わりないのだ。

なるべく穏便に事が済むならそれにこしたことはない。


アウレオルス「いいか? 私の目的は


削板「2年前に救えなかったインデックスを吸血鬼の知識を借りて救うこと。そのために【黄金錬成】を完成させた」


さらりと白ランの男は言ってのけた。


アウレオルス「……」

削板「現在に至るまでの艱難辛苦その他諸々も聞いたが……重要なのはそこだろ?」

アウレオルス「……ならば何故、邪魔をする。このままなら貴様らとて彼女の記憶から消えるのだぞ?
        貴様らと行動を共にしていたあの女がどんな人間であるかも聞いたか? すべてを聞いて何故私の邪魔をする」

削板「神裂のこともステイルのことも分かってる。2人ともとんでもない根性を持ってる」

アウレオルス「愕然、まるで理解していない。何故呪われた運命に屈した者どもに肩入れする?」

削板「最後の最後で命懸けで抗って根性見せたからだ。いいか、よく聞けアウレオルス=イザード」





削板「お前が吸血鬼を呼ぶ必要はない」



-時を数分遡り、北塔最上階隠し通路



横須賀「ぜぇ、ぜぇ、ちっ! 行き止まりか!」


シスターを肩に担ぎ上げたまま走っていた大男は角を1つ曲がったところで壁に直面して立ち止まった。

普段ならばこの壁も何か手を加えれば扉に早変わりするのだろうが、今は錬金術師の結界内だ。

何をしようと動かないのは実証済み。術者の錬金術師はわざわざ扉を開けてくれるほどお人好しではないだろう。


横須賀「はぁ、はぁ……とはいえ、追ってくる気配もないな。」


ふぅ、と横須賀は一息つき、担いでいたシスターを床に座らせるようにして慎重に壁にもたれかけさせた。

ここに来るまでにかなり乱暴に運んできたはずなのだが、シスターが目を覚ます様子はない。

錬金術師がなんでもできるという話は嘘ではないようだ。


横須賀「……呼吸はちゃんとしているな。相変わらず魔術というのはなんでもアリだな。」


少しの間シスターを観察した後にそうぼやくと横須賀も座り込んで壁に身体を預け、乱れた呼吸を整えた。

計画では原谷が姫神と一緒来るはずだったのだが、来ないということは失敗したのだろう。

とはいえ、特に心配はしない。アレもなんやかんやでやる時はやる男だ。

しかし、よくよく考えればハードな1日だ。

地下の賭場で能力者や武装者相手に大立ち回り。

いきなり素っ裸にされ、お次は潜入捜査。

ビルの中を走り回ったかと思えば最後は1階から最上階までビルクライミング。

今日だけで夏休みの絵日記の宿題はクリアできるな、と凶悪な人相の大男はうっすら笑った。



キュィイン! と甲高い音が鳴った。


横須賀「!」


バッ、と大男は身体を起こして臨戦体勢をとる。

音のした方向、壁の方向をしっかりと見据え、いつでも動けるように重心を落とした。


横須賀(なんだ……?)


この場が錬金術師のテリトリーである以上、何が起きても不思議ではない。

どんな現象にもすぐに対応できるように神経を研ぎ澄ませる。



ズッ、と壁がスライドした。その先から現れたのは


上条「……あれ?」


学生服を着た、砕けた拳を持つツンツン頭のヒーローだった。




上条「! テメェ!」


視界にシスターを入れた瞬間、ツンツン頭は大声を上げた。


横須賀「落ち着け。寝ているだけだ。それにコイツを眠らせたのはお前の仲間だぞ。」

上条「なに……?」


大男は今にも飛び掛かってきそうな勢いのツンツン頭を制した。

しかし、それでもヒーローは警戒を解かない。


上条「なら、なんでお前が彼女と一緒にここにいるんだよ?
    アウレオルスの計画に反対だってんならちゃんと話せばいいだろ?
    俺にはお前が無理矢理インデックスを奪ってきたようにしか見えねえよ」

横須賀「ふん、最初に無理矢理奪ったのはそっちだがな。俺はコイツを避難させたにすぎん。」

上条「避難? どういうことだ?」

横須賀「……お前にも話した方がいいな。アウレオルスもお前も知らないところで何が起こっていたのかを。」




-同時刻、隠し部屋



アウレオルス「間然、いったい如何なる思考にて我が思想に異を唱えるか!」


今度こそ錬金術師は怒りを顕にした。

目の前の男はすべてを理解し、把握した上で錬金術師の邪魔をすると断言した。

魔術の端をかじった程度の少年が、現代の錬金術の最高点にまで達した自分に対して。


アウレオルス「貴様らに何が分かる! 私が持てるすべてを総動員して打ち建てた野望の何が!」

削板「分からねえよ。俺は魔術も錬金術もほとんど分からねえ。だが、吸血鬼を呼ぶ必要はねえってことだけは分かる」

アウレオルス「緩すぎる思考回路だ! 刻限の猶予などあっという間だ!
        何より『イギリス清教』が黙っていると思うか!? 今こそが好機なのだ!」

削板「ああ、違う。期限がどうとか背景がどうとかそんなんじゃねえんだ。もっと根本的な問題だ」

アウレオルス「……なんだ? 何が言いたい?」





削板「簡単な話だ。インデックスは既に記憶を失わなくても生きていける身体になってる」




室内の時間が停止した。

誰も何も言わなかった。

ただ、錬金術師だけがポカンと口を開けて唖然とした表情で2人の学生を見つめていた。


姫神「どういう、こと?」


しばらくして巫女装束の少女がようやく口を開いた。


原谷「……もしも『完全記憶能力』の体質を持つ人が本当に1年で15%の脳の容量を必要とするなら
   『完全記憶能力』という体質は世界最悪の体質として世界中に認知されています。でも実際はそうじゃない」


続いてメガネの学生が疑問に答え始める。


原谷「つまり、それは嘘なんですよ。しかも【最大主教】がその嘘がバレないようにこっそり関係者の頭に魔術を仕掛けた。
    【最大主教】に会ったこともない僕たちはそれを回避できたから、この根拠のでたらめさに自力で気付くことができた。
     実際にインデックスを苦しめていたのは喉に仕込まれてたルーン。そして、問題のルーンは既に科学的な手術で摘出済みです」


メガネの学生はさらりと言ってのけた。

錬金術師はもはや微動だにしなかった。


削板「……そういうことだ。インデックスは既に俺たちが救っちまった。だから吸血鬼を呼ぶ必要はねえって言ったんだ」




2人の学生が話し終わると再び室内は沈黙に包まれた。

錬金術師は相変わらず微動だにしなかった。

巫女装束の少女は不安そうに錬金術師と学生を交互に見ていた。


アウレオルス「……それだけか?」


ふいに錬金術師が問いかけた。


原谷「はい?」

アウレオルス「たったそれだけで、彼女は救えたのか?」

削板「過程でいろいろゴタゴタはあったが……要約するとそんなところだ」


瞬間、奇妙に錬金術師の口角がぐいんと上がった。






すべては無駄だった。


アウレオルス「……ハハ」


組織を敵に回したことも無駄だった。世界を敵に回したことも無駄だった。


アウレオルス「ハッハッハ」


何度も挫けそうになったことも何度も立ち直ったことも何度も死にかけたことも何度も血を流したことも何度も戦いぬいたことも何度も逃げ回ったことも何度も歯を食い縛ったことも何度も絶望したことも何度も希望を見出だしたことも何年も追われたことも何時間も考え抜いたこともいくつも禁忌を冒したことも三沢塾も学生も上条も姫神も【黄金錬成】も努力も苦労も疲労も執念も決意も覚悟も信念もなにもかも無駄だった。


アウレオルス「ハ――――ッハッハッハ!!」


彼女の隣に立つ資格は失われた。




-時を数分遡り、北塔最上階隠し通路



上条「嘘……だろ……」


砕けた拳を持つヒーローは呆然としていた。


横須賀「……悪いが本当の話だ。証拠が欲しければお前の右手でコイツを叩き起こして聞いてみろ。
     1年前の出来事もしっかり覚えてるぞ。もっとも、その話を信じるかどうかはお前次第だがな。」


そう言って大男は顎で眠っている銀髪のシスターを指した。

少なくとも、すやすやと眠っているその表情に苦悩や恐怖は読み取れない。


横須賀「……今ごろアウレオルスも俺の仲間からすべてを聞いているだろうな。」

上条「……クソッ! アウレオルス!」


ダッ! とヒーローはいてもたてもいられず走りだす。


横須賀「待て! どこに行くつもりだ!」


しかし、数歩も行かない内に凶悪な人相をした大男に止められてしまった。


上条「決まってんだろ! アウレオルスのところだ!」

横須賀「なんでもできる男が暴走するかもしれんのだぞ! 手負いの貴様が行ったところで何になる!」

上条「知るか! それでも俺はアウレオルスの友達だ! 苦しい時にそばにいてやれないで何が友達だ!」


ふっ、と大男の力が一瞬緩んだ。しかし、また一瞬で力が戻る。


横須賀「……大した根性だ。だが、だからこそ無意味な危険にさらす訳にはいかん。」


ブン! と横須賀は元の方向に上条を放り投げた。


上条「うおっ!?」


かなり強い力で放り投げられた上条だったが、難なく受け身を取り、すぐに立ち上がった。


横須賀「心配せずとも向こうには俺の仲間がいる。あのバカ共はヤツの暴走を受け止めるくらいの根性はある。
     こういう時はなにもかも忘れるくらいに暴れ回った方がいい、というのが俺の持論だ。
     納得いかないのなら体力の限界が近い俺をブッ倒すくらいの力を見せてみせろ。でなければ、ここより先では生き残れんぞ。」




-同時刻、隠し部屋



スッ、と錬金術師は金色の鍼を白いスーツのポケットから取り出した。


姫神「待って! アウレオルス!」


その瞬間、巫女装束の少女が錬金術師と2人の学生との一直線上に躍り出た。

錬金術師に向き直り、両腕を広げて2人の学生を庇おうとしている。


アウレオルス「邪魔だ、ど


原谷「何してんだアンタ!」


ガバリ、と間髪入れずに原谷が姫神に右後方から飛び掛かり、そのまま一直線上からズラした。


姫神「ダメ! 放して!」

原谷「無茶言わないでくださいよ! 死ぬぞアンタ!」

削板「おい! アウレオルス!」


無理矢理反対側の壁まで半ば姫神を引きずりながら移動している原谷を尻目に、削板が堂々と前に進んだ。


削板「お前の相手は俺だろうが!」

アウレオルス「そうだ! 貴様だ、貴様が……!!」


ズッ、と錬金術師は首筋に鍼を刺した。


アウレオルス「窒息死!」


削板「ガッ……ァ!?」


ガクン、と白ランを着た男は膝を付き、喉に手を当てた。

あろうことか、いきなり気道がふさがり呼吸が出来なくなっていた。


アウレオルス「クハッ、ハハハハ! 簡単には殺さん! 私の苦しみをほんのわずかにでも味わってから無様に死ね!!」


もはや錬金術師は壊れていた。

長く苦しい道のりを台無しにされた怒りのみで動いていた。


アウレオルス「こんなに滑稽な話はない! まさかどこの馬の骨とも分からぬ輩にすべてを奪われようとは!」


目を血走らせ、顔を真っ青にした白ランの男を見下ろしながら錬金術師は狂ったように笑い、狂ったように怒っていた。

金色の鍼を力一杯握り、次の獲物へと目を向けた。


アウレオルス「旺然、貴様もだ! 学生!」


視界の端で白ランの男が仰け反っているのが見えたが、気にも止めなかった。




削板「ガアッ!!!」


ピタリ、と錬金術師は動きを止めた。

理由は簡単だ。

窒息しているはず男が声を発したから、いや、息を吐き出したからだ。


アウレオルス「な……!」

削板「ウェッホ、ゲッホ! あー、息苦しかった」


白ランの男は立ち上がる。

顔の血の気はみるみる戻っていった。


削板「おい、【黄金錬成】ってのはこんなもんか?
    なんでもできるんならこんなセコい真似しないでもっとスゴいもん見せてみろ」


白ランを着たLevel5はあろうことか【黄金錬成】を自力で破っていた。



アウレオルス(ああ……)


そういえばそうだった。

コイツは彼女のパートナーだ。

先ほど【聖人】と共に『十三騎士団』を圧倒していた。

それほどの実力者、この街に数人しかいない超能力者というヤツだ。

だが、それすらも。


アウレオルス(なんと腹立たしい!!)


真っ正面から立ち向かえる力が。自分1人で戦える希少な力が。彼女を守れる力が。

書を書くことしかできなかった力が。2千人を犠牲にしなければまともな価値すらない力が。彼女を守れなかった力が!!



削板「やられっぱなしというのも性に合わん。手を出させてもらうぞ」


ゆらりと削板の身体が動いたその時だった。

ズッ、と錬金術師は金色の鍼を自らの首筋に打ち込んだ。


アウレオルス「肉体を強化!! 我が肉体は【聖人】に等しい!!」


バシイ!! と削板の拳はアウレオルスの手に吸い込まれた。


削板「おっ!?」


錬金術師の手が拳から離れた。

いつのまにか錬金術師の左足は削板に対して一歩踏み込んでいた。

錬金術師の右足は削板の目の前にあった。

ズガン!! と錬金術師の上段回し蹴りが炸裂し、削板の身体は部屋を突っ切って開け放たれた扉から出ていく。

ドバン!! と削板が壁に叩きつけられた音が通路に響き渡った。


原谷「! そ、削板さん!」


なんとか事態を把握できたメガネの学生が声を上げた。

その学生の腕の中で、巫女装束の少女は恐怖のあまり声をなくしていた。


アウレオルス「思いのままに! 怒りのままに! 暴れてくれる!! 持たざる者の力! とくと思い知れ!!」


削板「~~っあぁ、効いた……はっはっは! そうだ! そのくらいできんじゃねえか!」


倒れこんでいた削板は壁に手を付きながらは立ち上がる。

外にいる神裂と同じ、それ以上の力を頭部に受けてはさすがに無傷とはいかない。


アウレオルス「ひれ伏せ!」


ドッ、と錬金術師は目にも止まらぬ速さで鍼を首筋に刺す。

強化された肉体はここでも錬金術師に有利に働いた。


削板「むおっ!?」


ズン、と見えない巨大な壁のようなものが削板にのしかかる。

せっかく立ち上がったにもかかわらず、再び削板は床に叩きつけられた。

そして、削板の目には先ほどと同じ靴が迫ってくるのが見えた。


削板「ぐあっ!?」


ベキィ! と錬金術師の革靴が削板の顔面を再び捉えた。

と同時に削板の鼻がぐしゃぐしゃになる。

あまりの蹴りの強さで鼻は折れていた。


アウレオルス「赫然! この程度では済まさぬ! 私の怒りはこの程度では消えん!」


振り切った脚を戻し、再度削板の眼前に錬金術師の蹴りが迫る。

その瞬間、削板はすっと息を吸った。


削板「アアッッ!!」


ボッ!! と削板の口から得体の知れない波動が飛び出た。


アウレオルス「!?」


その得体の知れない波動が錬金術師の軸足に当たり、バランスを崩した錬金術師の蹴りは空を切った。

削板がやったことは先ほどと同じだ。

腹の底から声を出す。

それだけで閉ざされた気道をこじ開け、強化された人間に打撃を与えた。

もっとも、放出されたものが空気なのか科学では解明すら出来ない物質なのかは定かではないが。


削板「おう!!」


ドウン! と削板の周囲が爆発し、赤青黄色の3色の煙が吹き出た。


アウレオルス「ぐっ!」


その爆風に煽られ、錬金術師は部屋の中へと押し戻された。

しかし、強化された肉体は爆発などものともせずにピンピンしている。

易々と両足で着地し、さらなる追撃を警戒して臨戦体勢をとった。



通路にもうもうと立ちこめる煙の中から部屋へと入ってくる影があった。

折れた鼻を右手でバキバキゴリゴリと整えながら、白ランを着たLevel5が現れた。


原谷「ほっ……」

削板「ぶんっ、よし。……何かに押さえつけられてたから吹っ飛ばしたぞ。あれは一体なんだ?」


どくどくと流れ出る鼻血で白ランが染まっていくことなどお構いなしに、血まみれの笑顔で削板は問いかけた。


アウレオルス「必然、貴様に教える道理もなし!」

削板「む、たしかに自分から種明かしなどするはずもないな」


錬金術師は新たな鍼をポケットから取り出す。


アウレオルス「銃をこの手に! 魔弾を装填!」


気が付くと鍼を持った手と反対側の手に古いフリントロック式の銃が握られていた。


アウレオルス「銀の弾丸! 敵を撃ち抜け!」


ダン! と部屋が火薬の破裂で一瞬明るくなったと同時に銃口から弾丸が射出された。

それとほぼ同時にハチマキを巻いた頭が異常な速さで後ろに仰け反った。



が、白ランの男は倒れなかった。

ぐるん、と再び血まみれの顔が正面を向く。


アウレオルス「な、に?」


信じられないことに、銀色の弾丸は歯で受け止められていた。


削板「ぺッ、こんな小せえモンじゃ俺は倒せねえぞ」


吐き捨てられた弾丸の音は絨毯に吸い込まれ、弾丸そのものは静かに転がった。


アウレオルス「――ならば望み通り質量でその身体を倒してみせよう!」


鍼を握る手に再び力が籠もる。

反対側に握られていた銃は消えていた。

ズッ、と錬金術師は幾度でも首筋に鍼を打つ。


アウレオルス「圧殺!」



何もないはずの削板の頭上に巨大な何かが現れる。

それは運搬用のコンテナだった。

数トンは下らないであろうコンテナが重力に引かれ、まっすぐ削板の頭上に落下する。

その瞬間、削板の拳が3色に包まれた。


削板「『スゴいパンチ』!!」


ドッギャアア!! と巨大なコンテナは耳をつんざくような轟音とともに中央から爆散した。


姫神「きゃあああああ!?」

原谷「どわあああああ!!」


部屋の壁際でちぢこまっていた2人はさらに身体を縮めて悲鳴を上げる。

しかし、幸運にも破裂したコンテナの欠片もコンテナの中身も直撃することはなかった。


アウレオルス「ぐっ……」


一方、錬金術師の方は反射神経と身体能力だけで襲い掛かる金属片をすべて躱していた。

強化された肉体はまさしく【聖人】そのものである。
しかし、錬金術師の表情は冴えない。

それもそのはず、攻めてはいるものの今一つ有効打にかけているのだから。


アウレオルス「ならば!


削板「『スゴいパンチ』!」


ドゴッ!! と見えない何かがアウレオルスの腹部を直撃した。


アウレオルス「ご、はァ!?」


思わず錬金術師は身体をくの字に曲げた。

強化されたはずの肉体ですら激痛を伴い、ダメージは確実に内臓にまで到達している。


削板「タイマンの最中に気ぃ抜いてんじゃねえ! 俺が接近戦しか出来ねえと大間違いだぞ!」


Level5の大声が響き渡る。

その声と腹部の痛みがほんの少しアウレオルスの頭に理性を戻した。


アウレオルス(……なら、あの男の力とはなんだ?)


そもそも何かがおかしい。

事態が頭で描いた通りになっていない。

窒息したはずの男が息をしている。ひれ伏したはずの男が起き上がっている。撃ち抜けと命じた弾丸が止められた。


アウレオルス(まさか、まさかヤツには【黄金錬成】が……?)



アウレオルス(違う! そうではない!)


ならばヤツを屋外から転移させることは出来なかった。そうではない。

ヤツはプロセスの段階であがいているに過ぎない。そうに違いない。

ならばプロセスすらなくしてしまえばいい。ヤツはまた拳を引いている猶予はない。


アウレオルス「か、感電死!!」


バヅン!!! と強烈な音がした瞬間、削板の身体が一瞬で黒焦げになった。


削板「ギ……あ……」


ふらり、と削板の身体が力なく揺れる。

電流で焼かれた身体がまともに動くはずがなかった。


アウレオルス「は、ふはは」


窮地を脱し、勝利を確信し、錬金術師は笑った。

もはや黒くボロボロになった変型学生服を着た男は力なく倒れこみ


だん、と黒焦げの男は倒れる寸前で力強く右足を出して堪えきった。


アウレオルス「……馬鹿な……」


あり得ない。あり得るはずがない。


削板「よぉ、アウレオルス」

アウレオルス「な……」


しゃべれるのか!? 電流で焼かれた身体で! 黒煙すら出ている身体で!


削板「この街には【超電磁砲】ってのがいんだ。そいつの最大出力は10億V。
    会ったことはねえし食らったこともねえが……少なくともこんなチンケなモンじゃねえはずだ」


【超電磁砲】? 10億V? 何を言っている?


削板「そいつと同じLevel5にいるこの俺が、この程度の電撃で倒れるわけねえだろ!!」


ぞくり、とアウレオルスの身体が震えあがった。


アウレオルス(マズい! なんだか分からぬがアイツはマズい!)


恐怖に駆られたアウレオルスの身体に緊張が走る。

不安を拭いさろうと鍼を握った手にいっそう力が入る。

だが、あまりに力を入れすぎたせいか鍼はあっけなくポキリと折れてしまった。


アウレオルス(しまった! 今の私の身体は!)


ここにきて初めて肉体を強化したことが仇となる。

凶暴性を伴う異質な身体は強張ることによって予想以上の力が出てしまう。


アウレオルス(待て! 落ち着け! 敵とて万能ではない! ダメージは蓄積されている! むしろ今こそ勝機! 予備の鍼はいくらでもある!)


錬金術師はスーツのポケットに手を突っ込んだ。



アウレオルス(……ない!? 馬鹿な!? なぜ!?)

ポケットの中から鍼は消えていた。

慌ててポケットをひっくり返しても金属片の欠片も出ない。


原谷「……途中で足止めてくれたんでなんとか出来ましたよ」


ふと、壁際から男の声が聞こえてきた。


原谷「一応【念動力】の異能力者なんでね。トレーを動かすので精一杯なんですけど……
    ポケットからこんだけ軽いのを抜き取るくらいならこの距離でもなんとか出来るんですよ」


チャラ、とメガネの学生は得意げに左手に握った数本の金色の鍼を見せ付けていた。


アウレオルス「な……!」


鍼を奪いかえそうとアウレオルスが動きはじめる。

それよりも早く


削板「……」


黒焦げのLevel5がアウレオルスの目の前に現れた。


アウレオルス「ヒッ……!」


錬金術師は思わず腰を抜かしてしりもちをついた。

顔は黒い血にまみれ、身体は炭のように黒く染まり、焦げた匂いを漂わせたLevel5の迫力は圧倒的なものだった。


削板「おい……」


もはや表情など何も分からない。

それでも溢れんばかりの怒気が痛いほど伝わってくる。


アウレオルス(ダメ やられ 死)


錬金術師は目をつぶった。








削板「何してやがんだ原谷ィ!!!」






原谷「え、あ、はい!?」


ビクリ、と身体を震わせたメガネの学生は裏返った声で返事をした。


削板「今!! 俺とコイツが漢と漢のタイマン張ってんだろうが!! 手ぇ出すんじゃねえ!!!」





アウレオルス「ハッ…ハッ…?」


室内は一瞬静寂に包まれた。

錬金術師の浅く荒い呼吸の音だけが響いていた。

黒焦げになったLevel5はと言えば、アウレオルスに背を向けて原谷をにらみつけていた。


原谷「…………イヤ何言ってんだアンタ!?」


呆気にとられていた原谷はようやく頭が追い付いたのか、急に叫んだ。


削板「漢だろうが!! コイツはインデックスのためだけに今まで突っ走ってきたんだぞ!!
    世界を敵に回して闘ってきたんだぞ!! これだけ根性あるヤツが漢じゃなかったら誰が漢だってんだ!!」

原谷「そこじゃねーよ! そこじゃなくて! あんなモンとっくの昔にタイマン越えて殺し合いだっただろうが!」

削板「命を懸けたタイマンだろうが!! こんな熱い闘いに泥塗るんじゃねえ!! 引っ込んでろ!!」


原谷「……はぁ、ダメだこの根性バカ。……えーと、姫神さん?」


呆れた声でメガネの学生は隣にいる巫女装束の少女に声をかけた。


姫神「……なに?」

原谷「たぶん通路のどっかにテロリストみたいな大男がいるからそっち行ってもらえる?」

姫神「あなたは?」

原谷「決闘には見届け人が付くのが相場だよ。1人いれば十分だからさ」

削板「む、それはそうだな!」

姫神「…………分かった」


巫女装束の少女は少し考えたが、思うところがあるのか足早にその場を後にした。

それを確認した後、メガネの学生は奪った金色の鍼を返すために座り込んでいた錬金術師に近寄った。


原谷「すいませんでしたね、野暮なことしちゃって。思う存分好きにやっちゃってください」

アウレオルス「……」


錬金術師は無言で鍼を受け取った。

ただ、その表情は今まで見たこともない生き物を見たかのような顔だった。


削板「うっし! 続きをやるぞ! 立て! アウレオルス!」


錬金術師にはもはや黒く焦げた男の表情は分からなかったが、なんとなく笑っているのだろうというのは予測がついた。


アウレオルス(ああ、そうか……)


その時、アウレオルスは何かを悟った。


アウレオルス(この漢たちだからこそ、彼女は……)


アウレオルス「いや、いい」


錬金術師は首を振った。


削板「なに?」

アウレオルス「私の負けだ」


ズッ、と錬金術師は座り込んだまま渡された鍼の1本を首筋に刺した。


アウレオルス「治れ」


次の瞬間、削板の身体はこの部屋に入った当初の真っさらな身体に変わっていた。


削板「おお!?」


それどころか、焦げてボロボロになった白ランも元通りになっていた。


アウレオルス「……」


だが、錬金術師はそれを最後に動かなくなった。

今まで錬金術師は怒りのみで動いていた。

その怒りがなくなった今、錬金術師は動かなくなってしまった。



今回はここまでです。
やっとここまでこれた。


レスありがとうございます。
誰がなんと言おうとブルーニャは神。根性と愛情と忠誠心の塊。
エフラムはただのキチガイ。4人で正面から砦奪還したと思ったら3人で敵中突破しやがった。



もうすぐ2巻も終わります。
3月中旬までには3巻も終わらせて風呂敷を畳みたいです。


-数分後、隠し部屋



校長室である豪華な装飾を施した隠し部屋は整然としていた。

あくまでコインの裏側である校長室は激戦の場となっても何ひとつ傷つかなかった。

その空間に1人の男が駆け込んでくる。


上条「アウレオルス!」


その男は他の2人には目もくれず、一目散に机の前で座り込んでいたスーツの男に駆け寄った。


上条「おい! アウレオルス!」


学生服の男がスーツを着た男の名前を読んでも、スーツを着た男は微動だにしない。

アウレオルス=イザードはすでに壊れていた。


上条「しっかりしろよ! おい!」


ツンツン頭の男が錬金術師の肩を掴んだ。

瞬間、甲高い音が響く。

錬金術師が自分にかけた肉体強化が解けたのだ。

それを合図に、錬金術師はゆっくりと虚ろな目でツンツン頭の顔を見た。


アウレオルス「…………上条…………」

上条「アウレオルス! 大丈夫か!?」


虚脱した状態のまま、錬金術師は目線だけを少し上にあげた。


アウレオルス「……闇然……なんだったのだろうな……私は……」


焦点の定まらない目で、錬金術師は呟きはじめる。


アウレオルス「……私は……いったい……」

上条「アウレオルス……」


少し時間が経つと、校長室に再び人が入ってきた。

その人間は大男だった。もともと凶悪だった人相に血の跡がつくことでさらに凶悪な人相になっている。


削板「なんだ、負けたのか?」

横須賀「見方によってはな。これは俺の血ではない。まさか砕けた拳で殴ってくるとは思わなんだ。不意を突かれて抜かれた。」

原谷「インデックスはどうしたんですか?」

横須賀「今そこで神裂が起こしている。姫神も一緒だ。お前らはどうなった?」

削板「勝ったぞ」

横須賀「ふ。さすがだな。」

原谷「でも……いいんですかね」

横須賀「最善策だ。あいつの気が済むまで暴れさせて、その上でお前らがあいつを叩きのめす。それでいい。」

削板「ああ。そうじゃねえと和解なんてできねえからな」

横須賀「そういうことだ。頭のいいヤツならもっと器用な真似もできるのだろうがな。」

原谷「和解……ですか?」

横須賀「この場合、和解という表現が正しいか分からんが……来たぞ。噂をすればだ。」





錬金術師はほとんど動かなかった。

身体だけではなく頭もほとんど動かなかった。

ほんの少し、仲間の温もりを感じた時にだけ身体も頭も鈍く動いたが、今はまた停止していた。

もはや錬金術師は壊れていた。

そんな錬金術師の耳に、静かな声が聞こえてきた。


インデックス「……『人災による天罰の克服』序文」


ぴくり、と錬金術師は反応した。


インデックス「そもそも『天罰』を行う者はヒトの枠組みを外れている。
     『原罪』を可能な限り薄めることにより、その身体は高次元のものと化す。
     しかし、肉体は昇華せども頭脳は愚かな人間の枠を出ない。
     愚者の身勝手な『天罰』が発動した時、それに抗うための手段をここに記しておく―――著者、アウレオルス=イザード」


頭と身体がゆっくりと動きだす。

ゆっくりと顔を上げると、神妙な面持ちをした銀髪のシスターがいた。


インデックス「……この書は10万3000冊の魔導書とはまた別の書。
      脅威となる魔術に人々が対抗できるように書かれた書。……その著者があなただよね?」


この日何度目になるか分からないが、錬金術師は唖然とした。


インデックス「……あなたは私の教師だったんだよね? じゃあこの本は教科書にでも使ったのかな?
     さっき名前を聞いた時に私の頭の中にある本の著者の名前が出てきたからびっくりしたかも」


そう言って、銀髪のシスターはほんの少し笑ってみせた。


アウレオルス「なぜ……」

インデックス「?」

アウレオルス「君は……覚えているのか? 記憶を消されたはずでは……?」

インデックス「……うん。だから本当に申し訳ないけど、あなたのことは何も覚えてない。
     でも、あなたに教えられた知識は全部覚えてるはずなんだよ。私の頭から消えたのは思い出だけだから」

アウレオルス「……そうか……そうか……」

インデックス「ごめんなさい。でも、きっと他にもいろいろ覚えてるはずなんだよ。すているやかおりの時だって……」

アウレオルス「いや……いい」

インデックス「え?」

アウレオルス「『穏秘記録官』だった私にとって……君の教師だった私にとって……その知識がすべてだった……!」


もはや錬金術師の声はかすれていた。

閉じた目からは一筋の涙がこぼれていた。


アウレオルス「そうか……! 覚えていてくれたか……!」


ふわり、と錬金術師の身体が暖かいものに包まれた。

それがシスターの身体だと分かるのに、錬金術師は数秒を費やした。


インデックス「かおりとあいさから全部聞いたんだよ。こんな私のために、今まで頑張ってくれて、本当にありがとう」


思わず錬金術師は目を見開く。

なりふり構わずシスターを引き剥がしてその顔を見つめた。

無理矢理引き剥がされたシスターは一瞬身体を強張らせたが、驚愕したような錬金術師の顔を見てキョトンした。


アウレオルス「君は……君は許してくれるのか?」

インデックス「?」

アウレオルス「何年も待たせてしまった私を、必ず救ってみせると言って救えなかった私を……
        君を見殺しにしてしまった私を、君のために何ひとつ貢献してあげられなかったこの私を……?」

インデックス「許すも何も……私のためにずっと頑張ってくれた人を非難する方がおかしいかも。謝るのは私の方。
      こんなに私のことを想ってくれたのに私はあなたの存在すら知らなかったんだから。会えて本当によかった」


そこまで言って、錬金術師が追い求めたシスターは当時と変わらぬ笑顔で笑ってみせた。


インデックス「本当にありがとう、あうれおるす!」






アウレオルス(そうだ……私は……)


錬金術師の身体が内側から躍動する。心臓が力強く鼓動する。


アウレオルス(この言葉が聞きたかったから……この笑顔が見たかったから……)


錬金術師の頭が目まぐるしく動く。今日までの日々が走馬灯のように思い出される。


アウレオルス(もう一度、私の名前を呼んでほしかったから……!)


錬金術師の心が満たされていく。楽しかった日々と目の前彼女が重なり合う。


アウレオルス「インデックス!!」


気が付けば、錬金術師は自らシスターを抱き締めていた。

あの日何もできなかった分を取り戻すかのように。


インデックス「あうれおるす……」

アウレオルス「すまない……本当に……私は、何もできず!」

インデックス「ううん、いいんだよ」


それに応えるように、シスターも錬金術師の身体抱き締め返した。

それが嬉しくて嬉しくて、錬金術師は端正な顔立ちを涙でぐしゃぐしゃにしていた。


アウレオルス「ああ……インデックス……インデックス……!」




それから数分、誰も何もしゃべらなかった。

部屋には姫神に事情聴取をしていた神裂が姫神を連れて来ていたので全員揃っていた。

錬金術師は気が落ち着くとシスターを放し、ズッ、と鼻を鳴らした。


アウレオルス「……赧然、醜態を晒した……」


バツの悪い表情で錬金術師は呟く。

泣いていたせいか、はたまた別の感情のせいか、顔が赤くなっていた。


削板「問題ない。あいつも似たようなもんだった」


そう言って削板は部屋の入り口を見ないで親指でさす。

そこには姫神と神裂が並んでいた。


神裂「まあ……否定はしませんが……」


ポリ、と頬をかきながら世界にほんの一握りしかいない【聖人】は目線を反らした。


原谷「ついでに横須賀さんも」

横須賀「グスッ、ほっどげ」

そして、なぜが凶悪な人相をした大男の顔もぐしゃぐしゃになっていた。


アウレオルス「燦然、世界が明るく見える。同じ世界とは思えん」

姫神「……それなら。よかった」


完全に立ち直った錬金術師を見て巫女装束の少女は安心したように微笑む。

彼女とて本当はアウレオルスのことが心配で仕方なかったのだ。


スクッ、と錬金術師は立ち上がる。

その姿は凛としており、数分前までの無惨に壊れていた影は微塵も見えなかった。


アウレオルス「上条、世話をかけたな。徒労となってしまったこと、深く詫びよう」


そう言って錬金術師は近くにいた上条に頭を下げる。

だが、ツンツン頭のヒーローはなげやりに手を振りながらそれを否定した。


上条「気にすんな。お前の10分の1も苦労してねえよ」

アウレオルス「お前がいなければ私は道を外していた。今ここでこうしていることもできなかっただろう」

上条「俺は友達として当然のことをしただけだって。そんなこと言われても……その、なんだ、照れるからやめてくれよ」


彼のやってきたことは決して簡単にできることではなかった。

しかしそれを友達だからという理由だけでやってのけるあたり、さすがはヒーローとしか言いようがない。


アウレオルス「ふっ、そうか。……インデックス」


身体の向きを少し変え、錬金術師はシスターと向き合った。


インデックス「なあに? あうれおるす」

アウレオルス「今の生活は……楽しいか?」

インデックス「うん! 今は修行していろいろ覚えてる最中なんだよ!
     今度あうれおるすにも私の根性メシを食べさせてあげるかも!」

アウレオルス「ふふふ、そうか、根性メシか……ならばもう、私に心残りはない」


ニッ、と錬金術師は一途に想い続けた少女に微笑みかけた。


アウレオルス「……貴様らが彼女を救ってくれたのだったな。
        今にして思えば貴様らに怒るというのは見当違いも甚だしい。すまなかった」


今度は部屋の中央にいた削板らに頭を下げる。

ツンツン頭と同じくヒーローである彼らもまた、特に気にしている様子はなかった。


原谷「……直接的に救った人は手術した【冥土返し】って人なんですけどね」

アウレオルス「ならば、その者にも礼を伝えておいてもらいたい」

横須賀「承った。だが、できるものなら自分で伝えろ。」

アウレオルス「……できるものなら、な。」

削板「いいケンカだったな! またやるぞ! アウレオルス!」


スッ、と削板は右手を出した。


アウレオルス「慄然、私はもう二度と闘いたくない」


その手をがっちりと握った錬金術師は笑いながら答える。

科学と錬金術が完全に交差した瞬間だった。


神裂「アウレオルス、私からも礼を言わせてください。彼女を救うために今まで身を削って解決策を模索したこと、感謝いたします」


謝礼の辞を述べ、【聖人】は深々と頭を下げた。


アウレオルス「……『必要悪の教会』、貴様らとて彼女のために尽くしてきたのだろう? 礼を言われる筋合いはない」


錬金術師はポケットに手を突っ込んだ。


神裂「いえ、ですが……」

アウレオルス「それに」


錬金術師はポケットから手を出した。


アウレオルス「早々にすべてを諦め、彼女の記憶を消し続けた貴様らを、私は断じて許しはしない!」


ズッ、と錬金術師は自らの首筋に金色の針を突き刺した。


アウレオルス「閉じよ!!」


カキン、と軽い金属同士がぶつかったような音がした。

それと同時に入り口の扉は閉まり、部屋の壁や床、窓ガラスを一斉に霜が覆った。


神裂「なっ……!?」

原谷「わっ!」

インデックス「これは……結界!? アウレオルス!?」


しかし、室内の温度は変わらない。

壁や床からはなんの冷気も伝わらなかった。


アウレオルス「【黄金錬成】があってはじめて張れる私のオリジナルだ。
        結界内ではすべての魔術が無力化される。我が【黄金錬成】以外は!」


にやり、と錬金術師は笑う。

困惑する【聖人】を嘲笑うかのように。

さらにもう一度、錬金術師は首筋に鍼を刺した。


アウレオルス「静止せよ! 【聖人】!」

神裂「―――!」


その一言で【聖人】の動きは完全に封じられた。


削板「アウレオルス……?」

横須賀「どういうつもりだ。」


錬金術師の突然の行動に最強のスキルアウトもLevel5も動けなかった。

否、動かなかった。


アウレオルス「瞭然、私のやるべきことは決まっている」


戦闘をしようという割には錬金術師の目があまりにも優しい目に変わったからだ。


アウレオルス「姫神、私と共に来い」


錬金術師は胸を張って巫女装束の少女に呼び掛けた。


姫神「……私?」

アウレオルス「【Honos628】。当然、君の血は私が変える。私は決して諦めはしない」


その言葉を受け、巫女装束の少女は一瞬だけ戸惑う。

しかし、少女はすぐに笑って結論を出した。


姫神「ええ。もうこの街にも『イギリス清教』にも未練はない。私はあなたについていく」


アウレオルス「炯然、君ならそう答えてくれると信じていた。……上条」


錬金術師はツンツン頭の親友に顔を向けた。


上条「ああ、あとは任せろ。また会おうぜ」


すべてを理解していた親友は、何も言わずとも分かるとばかりに簡潔に別れを告げた。


アウレオルス「翕然、私も姫神もお前も、互いが望むならいずれ会える」


そして最後に、錬金術師は追い求めた少女に顔を向けた。


アウレオルス「インデックス」

インデックス「あうれおるす……」

アウレオルス「君に会えてよかった。またいつか必ず会おう。根性メシ、楽しみにしている」


スゥ、と錬金術師は大きく息を吸い込んだ。


アウレオルス「どこかで見ているのだろう!! 人の身から外れた者よ!!」


何もないはずの空間に目を向け、錬金術師は大声を張った。


アウレオルス「貴様が望むように私はここを去ろう!! だが覚えておけ!!
        彼女の身に危険が及ぶようであれば!! 私は刺し違えてでも貴様を滅ぼす!!」


もう一度だけ、錬金術師は首筋に金色の鍼を刺した。


校長室にいる人数が2人分減っていた。


原谷「……あの2人は?」


錬金術師と巫女装束の少女の姿が消えていた。


上条「この街から出ていったんだよ。元々インデックスのことが全部終わればインデックスを連れて出て行くつもりだったからな」


ツンツン頭のヒーローはゆっくりと机の向こう側へと歩きながらしゃべる。


横須賀「おい、こいつはどうなるんだ?」


身動き1つ取れない神裂を指さしながら横須賀が問いかけた。

彼女は先ほどからしゃべることすらできなくなっていた。


上条「ああ、大丈夫。今動けるようにするから、よっと」


机の向こう側で上条がしゃがんで見えなくなる。

次に姿が見えた時には重たそうな箱のようなものを抱えあげて机の上にあげでいた。

高さ30cmほどあるそれは机から完全に抜き出した引き出しだった。

中に入っているものをよく見ようと動ける4人が近くに寄った。


削板「おお!?」

インデックス「わっ!?」

原谷「うわぁ……!」

横須賀「なんだこれは? ヤツの隠し財産か?」


その中に入っていたのは溢れんばかりの金塊だった。

均等の大きさに作られた金塊がきれいに整頓されて引き出しの中に並べられていた。


上条「そんなんじゃねーよ。これは【黄金錬成】を含めたいろんな魔術の核だ」

削板「核?」

上条「本当はこんなもの作らなくても維持できたらしいんだけどな……。
    アイツがもしも捕縛されたりした時、もうアイツの計画が修復不可能なくらい失敗した時、
    その時は俺が【黄金錬成】を解除することになってたんだ。じゃなきゃ学生たちはずっと爆弾を抱えることになる」


ツンツン頭のヒーローが特殊な右手を引き出しの中に突っ込む。

キュィイン、と甲高い音がすると金塊はすべて消えた。


インデックス「……あうれおるすの魔力が消えたんだよ」

上条「ああ。もうコインの裏も表もないはずだ」


ふぅ、と動けるようになった神裂が軽く息を吐いた。


原谷「神裂さん、大丈夫ですか?」

神裂「ええ、特に問題は見られません。ですが……やられましたね」

横須賀「何がだ?」

神裂「私が学園都市に依頼された内容はアウレオルスの討伐と全学生の奪還です。
    姫神秋沙が彼と共にこの街を出ていった今、私にはどちらの依頼も果たせなくなりました」

削板「そういえばそうだったな……。だが、アウレオルスが三沢塾を手放せばそれでいいんじゃないのか?」

神裂「どうでしょうね……どちらにしても姫神秋沙はあなたと同じく希少な『原石』です。それが連れ去られたとなると……」

上条「連れ去られたって……姫神は自分の意思で出ていったんだぞ?」

神裂「アウレオルスの手によって学園都市から出ていったという事実には変わりありません。
    今ごろ遠く離れたどこかにいるでしょうから依頼はもはや達成不可能。
    決められた家賃がちゃんと払えぬのであればそれなりのペナルティがあるでしょうね……」

インデックス「かおり……大丈夫なの?」

神裂「なんとかします。……仮に身体を自由に動かせたとしても、私は彼らを止められなかったでしょうしね」

削板「だろうな。……アウレオルス=イザード、天晴れな根性だった」

今回ここまでです


次回、最終回


-翌日、第七学区『窓のないビル』



神裂「……私からは以上です」

アレイスター「ふむ……」


暗い室内にて、神裂は巨大なビーカーの前に立っていた。

弱アルカリ性の赤い液体で満たされたビーカーの中で逆さまに浮かんでいた『人間』は表情を変えずに報告を聞き入っていた。


アレイスター「つまり、その者たちを献上することで失態を帳消しにしてもらいたい、と」

神裂「……そう捉えていただいてもかまいません」


そして、神裂の後ろには13人の騎士たちが背中合わせで円形になるように座らされている。

手足は魔術的に拘束されており、意識もないらしく全員がぐったりと下を向いていた。


アレイスター「たしかにこの者たちには様々な利用価値がある。『ローマ正教』との今後の外交が楽しみで仕方ない。
        不法侵入を行った上に組織ぐるみでの大規模テロ未遂。しかも対象は年端もいかぬ学生。魔術的な証拠はこの者たちで十二分。
        国際社会を味方につけるにも十二分。世界 VS『ローマ正教』 という大戦のトリガーすら引ける。キミの功績はそれだけ大きなものだ」


ビーカーの中の『人間』は神裂を試すように語り掛ける。

それに対して神裂を目を反らさずに毅然とした態度で向かい合っていた。


アレイスター「無論、そのような大戦を私は望んでいない。徹底的に糾弾するつもりではあるがね。
        ……しかしだ。それは【吸血殺し】の価値とは別種のものだ。その者たちに学術的な価値はほとんどない」

神裂「……」


嫌な汗が神裂のシャツの下で流れる。

最高ランクのセキュリティが施されているこの場で少しでも不審な動きをすれば即刻粛正されるだろう。

逃げ場はどこにもない。すべては目の前で逆さまに浮いている『人間』次第だ。

そんな神裂の考えを見透かしているかのように、アレイスター=クロウリーは楽しむように微笑む。

たっぷり間を開けてから、ゆっくりと答えた。


アレイスター「及第点、ということにしておこう。【吸血殺し】は自らの意志で出ていった。
        私は学園都市の長だ。学生の意志は尊重しよう。全学生の救出も成功ととれないこともない」

神裂「ありがとうございます」


スッ、と神裂は頭を下げる。

内心では安堵の息を吐いていた。


アレイスター「【吸血殺し】の書類整理はこちらでしておく。
        今後も魔術サイドか絡む事案が発生したらキミたちに依頼する。ご苦労だった」



迎えにやってきた案内人が【聖人】を連れていく。

その2人の姿が消えたのを見て、アレイスター=クロウリーは呟いた。


アレイスター「……しばらくは安心したまえ。錬金術師よ」

アレイスター「彼女にはまだ手を出さない。……少なくとも私は」

アレイスター「もっとも、削板軍覇を主軸に据えた時点でどうなるかは私にも正確に分からないがね」

アレイスター「……【幻想殺し】が主軸では駄目なのだよ。彼は私の真のメイン。故に彼に注目を集めたくはない」

アレイスター「削板軍覇に目を向けさせることで【幻想殺し】を隠す。その上で【幻想殺し】に経験値を与える。
        ……吹寄制里に感謝しなくてはな。彼女が【幻想殺し】に三沢塾を勧めたおかげで自然にこの形にもってこれた」

アレイスター「所詮は第七位。彼が矢面に立つことで彼がどうなろうと『プラン』にほぼ影響はない」

アレイスター「同時に、これはヒトの可能性を試す実験でもある」

アレイスター「削板軍覇と関わった人間は否応なしに可能性を引きずりだされる」

アレイスター「この『プラン』が最後を迎えた時、ヒトはいったいどこまで進化できているかな?」




-同時刻、第七学区とある病院



ステイル「ふぅん、あの男にそこまでの根性があったとはね」

インデックス「やっぱりすているも知ってたんだね。あうれおるすのこと」

ステイル「まあね。とはいえ親しい仲ではないよ。むしろ向こうにしてみれば仇だと思ってるだろう」


病室にはステイルとインデックスの姿があった。

ベッドの上に相変わらず横たわったステイルが、その近くの備え付きの椅子にインデックスが座っていた。

インデックスの方は本当は神裂について行って一緒に弁明すると言ったのだが、神裂にきっぱりと断られていた。

とはいえ、彼女がそれしきで諦める根性の持ち主ではないことは明白だった。

食らい付いてくるインデックスに諦めさせるべく、万が一に備えてステイルを護衛してほしいと頼んだところ、渋々承諾してくれたのであった。


インデックス「仇? 誰の?」

ステイル「キミのだよ」

インデックス「……そっか」


少しだけ顔に陰を作りながらシスターは自嘲気味に笑った。


ステイル「キミが気に病むことじゃない。これはボクたちとアイツの問題だ。立ち入るのは無粋ってものだよ」

インデックス「うん……ねえ、すている」

ステイル「うん?」

インデックス「私のために頑張ってくれた人って他にもいたの?」

ステイル「……ああ」

インデックス「その人たちは今でも私のために頑張ってくれてるのかな……?」

ステイル「……断言しよう。そんな人間はいないよ」

インデックス「そうなの?」

ステイル「ああ。もちろん頑張ろうとした人間はいた。だが、そのすべてが匙をなげた。
      その人間たちが別件にあたっていることは把握してる。アウレオルスは例外さ。行方不明になっていたからね」

インデックス「そっか……」

ステイル「それにキミのパートナーになれるような人物はそれなりの実力と実績がある人物だ。
      すでにキミが救われていることを把握できる地位には就いているはずだよ。きっと今ごろ安心しているだろうさ」

インデックス「そうなんだ……いつかその人たちにも会いに行きたいな」

ステイル「……キミが望むならいつか会えるさ」

インデックス「本当に? ちゃんと会えるかな?」

ステイル「何せキミは夢を途中で諦めるようなヤワな根性をしてないだろう?」ニヤッ

インデックス「……うん! 当然なんだよ!」




-同時刻、病室前



削板「おう……おう、そうか。悪いな、変なこと聞いて。……ああ、また学校でな」


ピッ、と削板はケータイのボタンを押して通話を終了し、いつもの白ランのポケットの中に滑り込ませた。


削板「俺の学校で三沢塾に通ってる連中は全員元気だぞ。記憶もはっきりしてる」

原谷「僕の方も知り合い全員に連絡取れました。周りにもおかしくなった人はいないみたいです」

上条「そうか。じゃあもう大丈夫そうだな」


日射しが差し込む明るい廊下には削板、原谷、横須賀、上条が揃っていた。

もともとはインデックスの付き添いで来ていたいつもの一行が右手の治療に来ていた上条と鉢合わせしたのである。

治療を施した上条の右手はギブスで固められた上に布で吊らされていた。

どうやら砕けた拳で殴りかかったのがマズかったらしく、かなりこっぴどく怒られたらしい。


横須賀「くぁ……。とりあえずは一安心か。だが、しっかり勉強した内容も記憶も残っているとはずいぶん都合がいいな。」


あくびで凶悪な顔を歪めながら横須賀がボヤく。

昨日のハードな1日がかなりこたえているようだった。


上条「【黄金錬成】そのものが都合のいい錬金術だからな」

削板「はっはっは、たしかにな」

原谷「無意識下じゃ支配されてたはずなんですけどね。ホント、なんでもアリですよ」


そして、彼らは今三沢塾の学生たちに後遺症がないか確認していたのだ。

電話で確認したところ、ここ数日の講義の内容も日常生活の記憶もしっかりあったため、問題はなさそうである。


上条「それじゃあさ、コレ」


ピラッ、とツンツン頭が学生服のポケットの中から紙キレを取り出した。


横須賀「これは……連絡先? 誰のだ?」

上条「俺のだよ。アウレオルスにあとは任せろって言っちまったからな。俺には彼女を守る義務がある。
    よく分かんねぇけど複雑な立場なんだろ? もし彼女のことで困ったことがあったら連絡してくれ」

削板「……分かった。お前も大した根性してるな」ニッ

上条「へっ、まあな」

原谷「じゃあ登録しておきますね。どんな意味不明な『困ったこと』でも力貸してくださいよ?」

上条「任せろ。錬金術師に吸血鬼呼ぶから手伝ってくれって言われて手伝った男だぜ? アレを越える出来事なんてそうそうねぇよ」

横須賀「ふっ、頼もしいな。」

上条「ま、そんなわけだからよろしくな」

削板「おう!」




-同時刻、第一三学区とある研究所



???「……って理論でしてね? やってることは単純明解。でもって理に適ってる。あまりに単純なんで気付きもしませんでしたが」


リクルートスーツに白衣の女性が研究所にある自室でゴールデンレトリバーをブラッシングしていた。

研究所に犬を連れ込んでいる点や白衣に毛がついている点やらにツッコミたいところではある。

が、いちばんのツッコミ所は犬と会話している点であった。


???「面白い話じゃあないか。幻生さんあたりに話してみたまえ。きっと食い付くだろう」


ゴールデンレトリバーは渋い壮年の声で話す。

それをリクルートスーツの女性は驚きもせずに受け止めていた。

リクルートスーツの女性の名は木原唯一。ゴールデンレトリバーの名は木原脳幹。

その名の通り、両者とも学園都市では有名な学者一族『木原』の人間(?)である。


唯一「そうは思うんですけどねぇ……」

脳幹「何か問題でも?」

唯一「私あんまりあのおじいさんに近づきたくないんですよね」

脳幹「つまり?」

唯一「いやぁ、あなたから伝えいただきたいなぁ、なんて……」

脳幹「情報というのは広がる程に削られていく。自分で伝えた方がまだ正確に伝わると思うが?」

唯一「はいはい分かりましたよー。言ってみただけです」

脳幹「そうかね。ともあれ、少し荒れそうだな」

唯一「【樹系図の設計者】が壊れちゃいましたからね。天気予報なんてもうアテになりませんよ」

脳幹「そう取るかね。君は本当に私が採点する自分の実験以外は興味がないな」

唯一「?」








-京都、立ち入り禁止区域『灰に埋もれていた村』



アウレオルス「む……」


錬金術師は首を傾げる。

ほとんど手入れのされていないボロ屋から煙が上がっていたのだ。

本来ならば火消しを行うところだが、上がっている煙が黒ではなく白だったので少しためらってしまった。

その日の予定はすべて終えていたので、確認のためにも錬金術師は帰るべきボロ屋に足を向ける。

ガタついた引き戸を開け、辺りを見回すと、すっかり見慣れた後ろ姿が炊事にいそしんでいた。


姫神「あら。おかえりなさい」


それに気付いた少女は振り向いて少し微笑んだ。

と同時に、錬金術師の鼻腔になんとも食欲をかきたてる匂いが入り込んできた。


アウレオルス「……何をしている?」

姫神「掃除してたら懐かしくなったから。たまには私も料理したい。意外と火起こしの腕は鈍ってなかった」


よくよく見ると、煙の正体は釜戸の火だった。

1から火を起こすのはかなり難しいはずであるが、火は勢いよく燃えていた。


アウレオルス「……釈然、マッチを多く買ったのはこのためか」

姫神「もうすぐできる。待ってて」


そう言って少女は鍋の中身をかき回しはじめた。





数分後、何本ものろうそくで照らされた古びたちゃぶ台の上には焼き魚と白米と味噌汁が並んでいた。

見た目は質素であるが、どことなく郷愁を漂わせる食卓である。

もっとも、日本人でない錬金術師にそれが感じられるかどうかは分からないが。


アウレオルス「自然、なんとも映える食卓だ」


少女がミネラルウォーターをコップに注ぐのを待ってから、2人は夕食を食べはじめた。


姫神「……うん。久しぶりに釜で炊いた割にはなかなか」

アウレオルス「大したものだ。しかし、食材さえあれば私が料理に錬金できるが?」

姫神「あなたの料理。もとい錬金は味気ない。味噌汁は味噌を溶かしたお湯ではない」

アウレオルス「……愕然、和食とはこうも奥深いか。少々勘違いしていたようだ」

姫神「大丈夫。筋は悪くない」グッ






姫神「ところで。今日は何をしていたの?」

アウレオルス「陰陽師衆に私の蔵書を売り払ってきた。当面の活動費には十分すぎる金額だ」

姫神「……よかったの? それだけ価値があるなら貴重なものでは?」

アウレオルス「平然、大半は私の書いたものだ。内容は私の頭の中にある。
        ローマのエゴイストどもは自分たちで後生大事に読み回すことしかしない。だから世に出回らず、価値がある」

姫神「……そう」

アウレオルス「しばらくはここの土地の調査を行い、終われば欧州に飛ぶ」

姫神「ヨーロッパ? なんでまた?」

アウレオルス「自然、【原石】の発生要因は環境がすべてとされている。
        地理が要因ならここで終わるが、別な環境要因なら人口が必要だ。それに欧州は吸血鬼との関連性も高い」

姫神「……」

アウレオルス「当然、少々険しい旅にはなるやもしれん。なるべく日本人街を拠点に動くので友人はそこで……」

姫神「大丈夫。厳しい環境には慣れてる。それにさっき上条くんから連絡があった。
    学園都市は私を追わないみたい。だからケータイくらいは自由に使えそう。学園都市製だから製造元以外は逆探知不可能」

アウレオルス「……ふむ、存外手緩いな」

姫神「この年でヨーロッパを渡り歩くなんてそうそうできる経験じゃない。充実した青春になりそう」フフ

アウレオルス「……ふっ。敢然、なんともたくましい少女だ」






姫神「ねえ、アウレオルス」

アウレオルス「ん?」

姫神「私と出会ってくれてありがとう。きっとあなたがいなければ、私の人生は永遠に呪われていた」

アウレオルス「……」

姫神「あなたと出会ってから私の人生は希望に溢れている。こんなに生き甲斐のある激動の日々ははじめて」

アウレオルス「忻然、私とて君に救われている。君がいなければインデックスに会うことすらできなかった。お互い様だ」

姫神「ふふ。それなら。嬉しい」

アウレオルス「ふっ、そうか」

姫神「期待してる。アウレオルス。いつかきっとこの血を消し去って。みんなとまた会う日がくることを」

アウレオルス「昂然、私は今度こそ期待に応えてみせよう」








数週間後、欧州諸国ではとある噂が流れはじめる。

『ジャパニーズ・ミコが各地で出没し、従者を引き連れ吸血鬼を探してさまよっている』と。

だが、そんな不気味な出だしで始まる噂は、過程は様々だが決まって同じ終わり方で締め括られる。

『かくして人々を助けたミコと従者の男は共に微笑みながらまた吸血鬼を探しにいく』

『その2人の諦めない姿は見る者を勇気づけ、また癒してくれる』

『今もどこかで2人は誰かを助けているだろう』と。





当然、その者たちはいずれ目的を果たして仲間と再会するのであるが、それはまた別の話である。




続・とある根性の旧約再編



これにて終幕。

このSSはここまでです。
なんとか年内に終わりました。


レスをいただいた皆さま、最後まで読んでいただいた皆さま、本当にありがとうございました。

再構成モノって決まって2巻がすっ飛ばされるんで書きました。
ただやっぱりアウレオルスの○然が難易度高過ぎてしんどかったです。
書いててめちゃくちゃ楽しかったですけど。
レスにもありましたが削板軍覇になれなかった男がアウレオルスです。つまり、アウレオルスは最初からアウレオルスです。


毎回SS書くと不幸になりますが、今回は比較的度合いが小さかったです。
前作の追突事故で今さら免停になりました。
極寒地域でわざわざ冬場まで待って免許を取り上げるとかどう考えても嫌がらせです。


次回で最終作にします。
年末年始かそれ以降くらいに立てて3月中旬には完結させる予定です。

もう一度、ここまで読んでいただいた皆さま、本当にありがとうございました。

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom