棚町「あんた本当に来たの……」絢辻「もちろん」(1000)

絢辻「せっかくあなたを下僕として扱える券をもらったんだから、使わないと損でしょう?」

棚町「下僕ってあんたねぇ……」

絢辻「あら、なにか間違っていたかしら?」

棚町「あくまでウェイトレスとしてお願いきいてあげるだけなんだから、そこんとこ忘れないでよね」

絢辻「安心しなさい。常識はずれの命令なんてしないから」

棚町「その言葉、驚くほど信用できないんだけど」

絢辻「ちょっと……客に対してその言葉遣いはなに?」

棚町「……申し訳ありませんでした! 以後気をつけます!」

絢辻「そうそう、それでいいのよ」

棚町「お客様、ご注文は……」

絢辻「あ、それとあたしのことはご主人様と呼ぶように」

棚町「……ご主人様、ご注文はお決まりでしょうかっ」

絢辻「ふふ、よろしい」

棚町「それで? ご注文は?」

絢辻「じゃあそうねぇ……あなたのオススメを持ってきてちょうだい」

棚町「えっ、あたしのオススメ?」

絢辻「ええ。バイトなんだからオススメくらいあるでしょう?」

棚町「そりゃあるけど……お代はちゃんと払ってもらうからね?」

絢辻「わかってるわよ」

棚町「んじゃあたしのオススメね」

棚町(フフフ……あたしに選択権を委ねたこと、後悔するがいいわ!)

棚町「お待たせしましたー! 激辛キムチ鍋と特大スイーツパフェでーす!」

絢辻「……また両極端なキワモノを選んできたわねぇ。予想どおりだけど」

棚町「ほらほら、遠慮せずに食べちゃってよ! そりゃあもう豪快にズイーっと!」

絢辻「そうね、その前に……棚町さん? あなたが毒見してくれる?」

棚町「は? 毒見?」

絢辻「ええ。あなたのオススメなんだから、あなたは当然美味しくいただけるんでしょう?」

棚町「い、いや、あたしバイト中だからそういうのは……」

絢辻「あなたがこのキムチ鍋とパフェを美味しく食べてるところを見たら、あたしもきっと食欲がわくと思うわ」

棚町「しょ、食欲がないなら無理に食べなくても……」

絢辻「……さっさと食べなさいよ、下僕」

棚町「うう……舌が痛い……」

絢辻「自業自得ね」

棚町「っていうかあんた普通に食べてたじゃない! どういうことよ!」

絢辻「当然よ。辛いものは好きな方だもの」

棚町「これじゃあたしが辛い思いしただけじゃないのよ……」

絢辻「ご主人様を騙そうとした罰よ」

棚町「誰がご主人様だっての、この腹黒め」ボソッ

絢辻「なにか言ったかしら?」

棚町「べーつーにー」

絢辻「さて、それじゃあ次はどんな命令にしようかしら」

棚町「まだやんの? もう食べ終わったんだから帰りなさいよ」

絢辻「冗談でしょう? この券は10枚しかないんだから、1枚1枚を大切に使わなきゃ」

棚町「ほんと性根が腐ってるわね、あんた」

絢辻「……もっと辛いものが食べたいみたいね」

棚町「あ、絢辻さんは裏表のない素敵な人よ!?」

絢辻「ふん、まあいいわ……じゃあこのミニサンデー、持ってきてくれる?」

棚町「特大パフェ食べたのにまだ甘いものいくわけ?」

絢辻「甘いものは別腹って言うでしょ。いいから持ってきなさい」

棚町「はいはーい」

棚町「はい、ミニチョコサンデーお待たせ。あと一応言っとくけど、もう2000円近いわよ?」

絢辻「お金のことなら大丈夫よ。それよりあなたもこっちに座って」

棚町「だからあたしはバイト中だっつーの」

絢辻「この券を見せれば他の店員も黙るでしょ。いいからこっちに来なさい」

棚町「……なんでわざわざあんたの隣に座らなきゃいけないのよ」ポスッ

絢辻「いい子ね。じゃあこのミニサンデーをあたしに食べさせてくれる?」

棚町「……は?」

絢辻「聞こえなかったの? このミニサンデーをあなたがあたしに食べさせろって言ったのよ」

棚町「ほ、本気で言ってんの!? 他の客もいんのよ!?」

絢辻「あなたはそんなこと気にしないでいいの。あたしの言うことだけきいてなさい」

棚町「だいたいなんで食べさせろだなんて……恥ずかしい思いするのはあんたも同じなのよ?」

絢辻「いちいちうるさい下僕ねぇ。もっとひどいこと命令してもいいのよ?」

棚町「うぐ……」

絢辻「わかったらさっさとスプーンをとってサンデーをあたしに食べさせなさい」

棚町「……あんたがなに考えてるのか真剣にわからないわ」

絢辻「わかってもらわなくて結構よ。さ、はやく」

棚町「じゃあ口開けてよ……」

絢辻「そうじゃないでしょう? こういうときは『あ~ん』って言って食べさせるのよ」

棚町「は、はぁっ!? あんた、本当に頭おかしいんじゃないの!?」

絢辻「大声出すと余計目立つわよ」

棚町「う……い、言わなきゃダメなの?」

絢辻「この券が見えるかしら?」ピラピラ

棚町「わ、わかったわよ……やればいいんでしょ、やれば……あ、あ~んっ」

絢辻「あむっ……ほら、なにボケっとしてるの? 食べ終わるまで続けるのよ」

棚町(もうどうにでもなれ……)

棚町「あーん」

絢辻「あむっ……だいぶ素直になったわね」

棚町「もうなにを言っても無駄だってわかったのよ……」

棚町(っていうかなんでこいつはこんないい匂いするのよ。髪もストレートでサラサラだし……)

絢辻「どうしたの? 手が止まってるわよ」

棚町「な、なんでもないわよ! いいからさっさと食べて、ほら!」

絢辻「今さら急いだってかわらないわよ。他のお客さんにも店員さんにもバッチリ見られてるから」

棚町「うっさい……」

絢辻「美味しかったわ。ごちそうさま」

棚町「それはよかったわね……こっちは異常に疲れたけど」

絢辻「充分楽しんだことだし、そろそろ帰るわ。お会計よろしく」

棚町「1780円ね」

絢辻「はい、お金。あ、それと明日もまた来るから。棚町さんもちゃんと入っときなさいよ」

棚町「あ、明日も来んの!?」

絢辻「だってまだこの券は9枚も残っているもの。使いきらないともったいないじゃない」

棚町(バイト変えるべきかしら……)

2週間後

橘「薫、なんだか最近疲れてるみたいじゃないか」

棚町「んーちょっとねー。バイト先にめんどくさい客が居着いちゃって」

橘「めんどくさい客? お前、またストーキングされてるのか?」

棚町「ストーカーってわけじゃ……いや、ある意味そうとも言えるわね」

橘「大丈夫なのか? 僕でよければまた力を貸すよ」

棚町「心配ないわよ。それにあんたじゃ役に立たないと思うし。なにせ相手は――」

絢辻「ふたりとも楽しそうね。私も混ぜてもらっていいかな?」

棚町(……こいつだからね)

橘「絢辻さん、どうしたの? 僕になにか用?」

絢辻「えっと、どちらかというと棚町さんに用があるんだけど……」

橘「え、薫に?」

棚町(イヤな予感しかしないわね……)

絢辻「というわけだから橘くん、ちょっと棚町さん借りていいかな?」

橘「構わないけど……絢辻さん、薫に噛まれないように気をつけてね」

棚町「人を狂犬みたいに言うんじゃないわよ」ボカッ

棚町「で、なんの用よ。わざわざ屋上まで連れ出して」

絢辻「別に、用なんてないわよ。ただあなたが橘君と楽しそうに話してるのを見たらいらついちゃって」

棚町「なによ、ただのヤキモチ? あんたも意外と大人気ないのね」

絢辻「言ってくれるわね。いつも見せつけるように教室で彼にくっついてるのはどこのどなた?」

棚町「なるほど……創設祭が終わって、純一と一緒にいられる時間が少なくなったから焦ってるわけね」

絢辻「勘違いもそこまでいくと愉快をとおりこして哀れね」

棚町「勘違いじゃないでしょ? あんたも純一を狙ってることはわかってるんだから」

絢辻「それはわかった気になっているだけよ。あなたはあたしのことをなに1つわかってない」

寝ます

棚町「認めたくないなら構わないけど、純一との会話を邪魔するとかはやめてよね」

絢辻「じゃあもう少しまわりの目を気にしてくれるかしら?」

棚町「ファミレスであたしに変なことさせたあんたがそれを言うか」

絢辻「あれくらいただのスキンシップでしょう? あなたと橘君がいつも教室でやってることとかわらないわよ」

棚町「あのあとあたしが店長とかになんて言われたと思ってんのよ!?」

絢辻「さぁ。仲がいいと思われたんじゃない?」

棚町「あ、あんたねぇ!」

絢辻「あら、あたしと仲がいいって思われるのは不満?」

棚町「不満っていうか不本意ね。あたしはあんたと馴れ合う気なんてないのよ」

絢辻「あたしはあなたのこと嫌いじゃないわよ?」

棚町「あたしだってあんたが嫌いとは言わないわよ」

絢辻「じゃあいいじゃない。あなただって『友だち』の橘君とああいうことしてるんだし」

棚町「やけに友だちを強調するわね」

絢辻「なにか違って?」

棚町「……違わないけど」

棚町「でも『まだ』友だちってだけだからね! これからどうなるかはわからないわよ!」

絢辻「クリスマスにもかわらなかった関係がこれからかわるとは思えないわね」

棚町「それはあんたも同じでしょうが!」

絢辻「あたしはかわったもの」

棚町「は……? あ、あんたもしかしてもう純一と!?」

絢辻「橘君との関係はかわってないわよ」

棚町「そ、そうよね……付き合ってたらわざわざガスマスクつけて部屋に忍び込んだりしないわよね……」

棚町「ん? じゃあなにがかわったのよ」

絢辻「それは秘密よ」

棚町「なんか意味深ね……」

絢辻「……あなたは本当に橘君のことしか頭にないのね」

棚町「べ、別にあいつのことだけじゃないわよ!」

絢辻「じゃあ他にはなにを考えてるの?」

棚町「そうね、他には……最近はバイト先に来るワガママな客に頭を悩ませてるわ」

絢辻「ふふ、それは光栄ね」

棚町「そう思うならちょっとは自重してくれると助かるんだけど?」

絢辻「そうなのよねぇ、そのことで今少し困ってるのよ」

棚町「はぁ? なんであんたが困んのよ」

絢辻「もうあの券があと3枚しかないのよねぇ」

棚町「つまりあたしはもう7回も恥ずかしいことを強要されたわけか……」

絢辻「棚町さんがまたあの券を補充してくれると嬉しいわね」

棚町「誰があんたのために持ってくるかっ!」

絢辻「そう……残念ね」

棚町「はぁ……さっさとあと3枚使いきってちょうだい」

絢辻「うーん、あと3枚しかないと思うともったいなくて使いたくないのよね」

棚町「言っとくけど、あの券はあそこ限定だからね。あたしがバイト先かえたらただの紙クズよ」

絢辻「かえる予定はあるの?」

棚町「今はないけど、いつまでも続けるわけにはいかないでしょ」

絢辻「それもそうね。じゃあ今日あたりまた行こうかしら」

棚町「あ、今日はダメよ。あたしシフト入ってないから」

絢辻「そうなの? つまんないわね」

棚町「つまんないってあんたねぇ……」

絢辻「だってあなたを見ていると楽しいんだもの」

棚町「見ているじゃなくてからかうの間違いでしょ」

絢辻「自覚はあったのね」

棚町「ったく……休み時間も終わるしそろそろ戻るわよ」

絢辻「もうそんな時間? あなたと話してると時間を忘れてしまうわね」

棚町「あたしも怒りで我を忘れそうよ……」

放課後

棚町「あれ? あんたまだ残ってたの?」

絢辻「委員の仕事がたまってるの」

棚町「もう創設祭は終わったのにまだそんなあるわけ?」

絢辻「創設祭が終わってもクラス委員の仕事はあるのよ」

棚町「2日に1回のペースでファミレスに来てるから仕事がたまるんじゃないの?」

絢辻「……あなたの言うとおりね。少し遊びすぎてしまったみたい」

棚町「あのバカはどうしたの? 創設祭のときはこき使ってたのに」

絢辻「クラス委員の仕事だけなら他人の手を煩わせる必要もないわよ」

棚町「でも結構大変そうに見えるわよ」

絢辻「普段よりも少し多いだけよ、このくらい」

棚町「……しょうがないわねぇ。あたしが手伝ってあげる」

絢辻「あたしの話聞いてなかったの? 手伝いなんていらないって言ったのよ」

棚町「はいはい。あんたって実は意地っ張りで頑固よね」

絢辻「は、はぁ!?」

棚町「いいからそっちの束よこしなさいよ。こう見えて計算は割とできんのよ」

絢辻「珍しいわね。あなたがクラスの仕事に自分から関わるなんて」

棚町「あんたがひとりで仕事してるのを見たら帰りたくなくなっちゃったのよ」

絢辻「よくわからないわね」

棚町「なんかあんたの背中が寂しそうに見えたのよ」

絢辻「寂しい? それは間違いなく気のせいでしょ」

棚町「どうだか。純一に手伝ってもらえなくて実は寂しかったんじゃないの?」

絢辻「……ふざけたこと言ってないで、黙ってやりなさい」

絢辻「……ねぇ」

棚町「黙ってやるんじゃなかったの?」

絢辻「少しくらいいいでしょう?」

棚町「まぁね。静かにしてるのって苦手だし。で、なに?」

絢辻「あなたって橘君のことが好きなの?」

棚町「ぶはっ!? い、いきなりなに言い出すのよ!」

絢辻「真面目な話よ。あなたの気持ちを聞きたいの」

棚町「そりゃまあ、好きだけど……」

絢辻「ふーん、そう」

棚町「そ、そういうあんたはどうなのよ!」

絢辻「……面白い人だと思うわ。彼みたいな人間を見るのは初めて」

棚町「ハッキリしないわね……結局どっちなの? 好きなの?」

絢辻「好きか嫌いかで言えば、当然好きね」

棚町「なーんだ。結局あんたも好きなんじゃない」

絢辻「でもあたしの言う『好き』が、あなたの考えてる『好き』と同じとは限らないわよ?」

支援

棚町「どういうこと?」

絢辻「そこは自分で考えなさい」

棚町「……国語は苦手なのよ」

絢辻「ひとつ言えることは、あたしはあなたの恋敵ではないってこと」

棚町「ウソでしょ?」

絢辻「なんであたしがウソをつかなきゃいけないの?」

棚町「最近あたしに嫌がらせしてたのって、あたしが純一を好きだからじゃないの?」

絢辻「本気であなたを蹴落とすつもりなら別の手段をとるわよ」

棚町「なるほど……ってじゃあ最近の嫌がらせはなんなのよ!」

絢辻「あたしは別に嫌がらせをしてるつもりはないんだけど」

棚町「人にあんだけ恥ずかしいことやらせといて嫌がらせじゃないですってぇ!?」

絢辻「だから言ったでしょう、あれはスキンシップだって」

棚町「もっとマシなスキンシップはないわけ……?」

絢辻「あなたからリクエストがあるなら考えてあげてもいいわよ?」

棚町「あるわよ、ありまくり!」

絢辻「じゃあ遠慮なくどうぞ」

棚町「まず人を下僕扱いして変なことやらせるのはなし!」

絢辻「却下」

棚町「ちょっとぉ!? リクエストきくんじゃなかったの!?」

絢辻「だからあなたが求めるスキンシップを言ってくれたら考えるわよ」

棚町「だったら普通に話したりするだけで充分でしょ!」

絢辻「話すだけでいいの?」

棚町「あんたはあたしとプロレスごっこでもしたいわけ?」

絢辻「よく橘君としてるじゃない」

棚町「それはあいつだからやってんのよ。それとプロレスごっこじゃなくツッコミだから」

絢辻「やっぱり橘君は特別なのね」

棚町「と、特別っていうか……中学のときからあんなふうに接するのが当たり前だっただけよ!」

絢辻「でも梅原君とは普通に接してるでしょう?」

棚町「梅原君はなんか違うっていうか……」

絢辻「別にいいのよ。好きな人は特別な存在だものね」

棚町「だいたい純一だけ特別扱いしてんのはあんたも同じでしょうが!」

絢辻「あたしが彼を特別扱い? どんなふうに?」

棚町「あんたが猫かぶらずに話せるのは純一だけでしょ?」

絢辻「あなたがいるじゃない」

棚町「へ?」

絢辻「あなたとも猫かぶらずに話してるわよ。今も」

棚町「あ……」

絢辻「あたしは橘君だけを特別扱いしているわけじゃないの。わかってくれた?」

棚町「……あんた、なんであたしとも素で話してんのよ」

絢辻「それ、今さら聞くこと?」

棚町「今まで気づかなかったのよ! あんたと話すようになったのだってここ最近だし」

絢辻「あたしの本性を知っている人に隠したって意味ないでしょう。他の人が一緒にいるなら別だけど」

棚町「そういえば教室とかじゃあたしと話すときも猫かぶりモードね」

絢辻「うまく使い分けてるのよ。優等生のあたしの方がよかった?」

棚町「それだけはないわね。腹黒なあんたの方が話しやすいもの」

絢辻「あなたならそう言ってくれると思ったわ」

絢辻「さて、そろそろ帰りましょうか」

棚町「まだちょっと残ってるわよ」

絢辻「大丈夫よ。それくらい家で終わらせるから」

棚町「あっそう。んじゃあたしも疲れたしお言葉に甘えることにしようかしら」

絢辻「そうね、あなたにしては頑張った方だわ」

棚町「いちいち一言多いわね、あんたは……あ、ところでこれから時間ある?」

絢辻「え? まあ……平気だけど」

棚町「じゃあなにか食べていきましょ。久々に頭使ったからお腹空いちゃって」

棚町「ねぇ、あんたはなに食べたい?」

絢辻「あなたが選んでいいわよ」

棚町「なら普通にファーストフードでいいわね。安いし」

絢辻「ええ、いいわよ」

棚町「そういえばあんたってファーストフードとか食べたりすんの?」

絢辻「あまり食べないわね。そもそも外食自体少ないから」

棚町「うちのファミレスのご飯はどう?」

絢辻「まずくはないけど、小躍りするほど美味しくもないわね」

棚町「まあそんなもんよねぇ。所詮ファミレスだし」

絢辻「……あなた、そんなに食べるの?」

棚町「お腹空いたって言ったでしょ」

絢辻「だからって……セット2つは多すぎじゃない?」

棚町「いやぁ、期間限定って書いてあったからつい」

絢辻「それなら単品でいいでしょう」

棚町「もーうっさいわねぇ。純一みたいなこと言わないでよ」

絢辻「あ、あたしが橘君みたい……っ!?」

棚町「小言がうるさいとことかそっくりよ」

絢辻「最悪……この上ない不名誉だわ……」

15分後

棚町「……絢辻さん、ちょっと」

絢辻「なに? 言っておくけど残飯処理はしないわよ」

棚町「うっ……そこをどうにか!」

絢辻「はぁ……だからセット2つは多すぎるって言ったのに」

棚町「だったらせめてあたしが注文する前に言ってよ……」

絢辻「しょうがないわね。ポテトは食べてあげるから、他のものは自分で片付けなさい」

棚町「さっすがクラス委員! てんきゅ!」

絢辻「さすがにポテトだけだと飽きてくるわね。棚町さん、ちょっとジュースくれない?」

棚町「あー好きに飲んでいいわよー」

絢辻「ありがとう」チューチュー

棚町「あ、間接キス」

絢辻「ごほっ!? うっ、けほ、けほっ……へ、変なこと言わないで!」

棚町「なによー間接キスくらいあんただってしたことあんでしょ?」

絢辻「だからっていちいち言うことじゃないでしょう!?」

棚町「だってあんたがそんな驚くなんて思わなかったんだもん」

絢辻「もうっ……意識したら飲みにくくなったじゃない」

棚町「なんで意識なんてすんのよ。女どうしでしょ」

絢辻「ふん、あなたにはわからないことよ」

棚町「ちょっと、そんな怒らないでよ。あたしが悪かったって」

絢辻「……口開けなさいよ」

棚町「は? え、ちょ、なにする気よっ!?」

絢辻「もともとあなたが頼んだものなんだから、あなたが食べなさい」ズイッ

棚町「い、いや、無理矢理は……た、たんま、や、やめふごぉ!?」

棚町「うぇっ……吐きそう……」

絢辻「あれだけ食べれば無理ないわよ」

棚町「あんたが無理矢理食べさせなければ、もうちょっとマシだったと思うんだけどねぇ……!」

絢辻「この前ファミレスであなたに食べさせてもらったから、そのお返しよ」

棚町「誰もお返しなんて頼んでないわよ!」

絢辻「あら、できる人は言われなくともお礼をするものよ?」

棚町「……覚えてなさいよ、腹黒」

絢辻「落ち着いたならそろそろ帰るわよ」

棚町「あーもう当分ポテトはいらないわ……」

絢辻「そう? あたしは明日もまた食べたいくらいね」

棚町「じゃあひとりで来ればいいでしょ」

絢辻「つれないわねぇ。あなたがいるから楽しいんじゃない」

棚町「残念なことに明日はバイトなのよ」

絢辻「じゃあまたあの券で遊べるのね。よかった」

棚町「言わなきゃよかった……」

猛烈に眠い

翌日

棚町「絢辻さん」

絢辻「棚町さん? どうしたの?」

棚町「あ、今は表モードなのね」

絢辻「ど、どういう意味かな、それ」ビキビキ

棚町「お昼ご飯食べに行かない?」

絢辻「ごめんなさい、私お弁当持ってきてるから……」

棚町「じゃあそれ持って食堂行けばいいでしょ。ほら、さっさと行くわよ」グイッ

絢辻「え? ちょ、ちょっと……!」

ハァハァ(´Д`)

棚町「結構人いるわねー。テラスの席とっといてくれる?」

絢辻「な、なんで私が……?」

棚町「だってあんたお弁当でしょ? あたしはこれから買わなきゃいけないから」

絢辻「つまり……席取りのために私を連れてきたってことかな?」

棚町「そういうわけじゃないわよ。でも適材適所って言葉があるでしょ?」

絢辻「……わかったわ。じゃあ席とって待ってるから」

棚町「んじゃよろしくぅ」

絢辻「もじゃ子め……あたしを利用するなんていい度胸ね……」ボソッ

棚町「おっまたせー」

絢辻「今日はちゃんと食べきれそうな量にしたのね」

棚町「昨日は家帰ってもなにも食べられなかったからね。さすがに学習したわよ」

絢辻「そう、よかったわ。棚町さんの頭にもしっかり脳が入ってたみたいね」

棚町「あんた、さり気なくバカにしてるでしょ」

絢辻「あれ? さり気なかったかな?」

棚町「……まぁいいわ。冷める前に食べちゃいましょう」

棚町「絢辻さん、冷めてるお弁当だけじゃ物足りないでしょ?」

絢辻「え? そんなことないけど……」

棚町「しょうがないからあたしの定食のオカズちょっとあげるわよ」

絢辻「ひ、人の話を……」

棚町「はい、あーん」

絢辻「た、棚町さん、ここ学校だからそういうのは……」

棚町「いーからいーから。はい、あ~んっ」

絢辻(最初からこれを狙っていたのね……)

絢辻「最悪の昼休みだったわ……」

棚町「やっとあたしの気持ちがわかったようね」

絢辻「せっかく維持してきたあたしのイメージが……」

棚町「大丈夫よ、うちのクラスのやつはそんな見てないだろうから」

絢辻「あたしは創設祭の実行委員長だったのよ!? 他のクラスどころか他の学年にも顔が知れてるの!」

棚町「実行委員長がテラスでイチャついてても誰も気にしないわよ」

絢辻「あたしが気にするの!」

棚町「気にするの遅くない? あんた、創設祭前だって純一と少し噂になってたのよ?」

絢辻「男女はまだいいのよ。健全だもの」

棚町「女どうしだってあれくらい遊びでするでしょ」

絢辻「人前じゃなかったらそうかもしれないわね」

棚町「人前じゃなくてもする子はいるわよ」

絢辻「学校を代表する優等生であるあたしのイメージと合わないでしょう!?」

棚町「うわ、自分で学校を代表するとか言っちゃってるし」

絢辻「問題ないでしょ、事実なんだから」

棚町「ま、これに懲りたらもうあたしに変なことやらせないことね」

絢辻「はい、そうですか……って言うと思ってるの?」

棚町「仕返しなんて大人気ないこと、絢辻さんはしないわよね?」

絢辻「こう見えてあたし、負けず嫌いなの」

棚町「勝ち負けじゃないでしょ」

絢辻「たしかあなた、今日バイト入ってたわよね……」

棚町「また来る気!?」

絢辻「放課後が楽しみね……うふふ」

放課後

棚町「で、あんた本当に来るわけ?」

絢辻「当たり前でしょ。やられたまま黙ってるあたしじゃないわよ」

棚町「はぁ……あたしにあんなことやらせてなにが楽しいのよ」

絢辻「あなたを見てるだけでも楽しいもの」

棚町「あたしじゃなくて純一と遊んでなさいよ」

絢辻「あら、あたしが彼と近づいたらあなたが困るんじゃないの?」

棚町「だってあんたはあいつのこと好きじゃないんでしょ?」

絢辻「そうね。でも彼があたしのことをどう思ってるかは知らないわよ」

棚町「そこはあたしの魅力でどうにかするわよ!」

絢辻「あなたの魅力、ねぇ……」

棚町「ちょっと!? なんでそこで呆れた顔すんのよ!」

絢辻「その貧相な体じゃとても無理ね」

棚町「ひ、貧相じゃないわよ! 引き締まってるだけよ! アスリート体型なの!」

絢辻「言い方をかえても現実はかわらないわよ」

棚町「そういうあんただってあたしとほとんどかわらないでしょうが!」

絢辻「でも橘君はあたしの胸を触ったことあるわよ」

棚町「はぁ!? それ本当に!?」

絢辻「ええ、もちろん。あなたは……残念、触れるほど胸がないわね」

棚町「人の胸を見て判断すんなっ! あ、あたしだってあいつに似たようなことされたわよ!」

絢辻「ふーん、どんな?」

棚町「そ、それは……ヘソにキスだけど……」ゴニョゴニョ

絢辻「は……?」

棚町「だ、だから! ヘソにキスされたって言ってんのよ!」

絢辻「なんでそんな展開になったのか真剣にわからないんだけど」

棚町「そこはどうでもいいのよ! と、とにかくこれでおあいこね!」

絢辻「胸に触るのとヘソにキスがおあいこ……? あはは、面白い冗談ね」

棚町「なによ、その勝ち誇った笑みは! ど、どちらかというとヘソにキスの方がレベル高いっつーの!」

絢辻「ただ彼が変態なだけでしょう」

棚町「うん、そこは否定しないわ」

絢辻「でも気になるわね……なんで橘君はヘソにキスしようなんて思ったのかしら」

棚町「あのバカの考えなんて理解できるわけないわよ」

絢辻「あなたのヘソがそれだけ魅力的だった、とか?」

棚町「あいつにヘソを見せたのなんてそれが最初で最後よ」

絢辻「彼がただのヘソフェチだったってこと? そんな素振り今まで1回も見せなかったけど」

棚町「だからあたしは知らないって」

絢辻「……ねぇ、あたしにもあなたのヘソ見せてくれない?」

ハァハァ(´Д`)

棚町「バッカじゃないの!? あんたまであいつに毒されちゃったの!?」

絢辻「違うわよ。彼と一緒にしないで。ただの興味本位よ」

棚町「全然違くないでしょ……見せないからね」

絢辻「なんで彼に見せてあたしはダメなのよ。同性なんだからいいでしょう?」

棚町「だ、ダメよ! あれはなんていうか……その場の勢いで見せちゃっただけなんだから!」

絢辻「ならいいじゃない。今も勢いで見せてちょうだい」

棚町「だから無理だって!」

絢辻「見せてもらうまで帰らせないわよ」

棚町「あたしバイトあるから!」

絢辻「あ、じゃあこういうのはどう? ヘソを見せてくれたら今日はファミレスに行かないであげる」

棚町「どんな交換条件よ、それ!?」

絢辻「ヘソを見せるだけで恥ずかしい思いしなくて済むのよ? すごい好条件だと思うけど?」

棚町「ヘソ見せるのも恥ずかしいわよ!」

絢辻「あたしに見られるだけよ。他の人がいるファミレスとは違うわ」

棚町「それはそうだけど……」

絢辻「で、どうするの? ファミレスでまた猫耳をつけるか、ここでヘソを見せるか」

棚町「……」

棚町「あ、あんまりじっくり見ないでよ……!」

絢辻「へぇ……可愛いおヘソね」

棚町「ヘソが可愛いってなに!?」

絢辻「さぁ。なんとなくそう思っただけよ」

棚町(こいつ、絶対純一の影響受けてるわね……)

絢辻「……ね、あたしもキスしてみていい?」

棚町「もう好きにしなさいよ……」

絢辻「ん……」

棚町「あっ……」

絢辻「ん、ん……んんー」

棚町「ば、バカ、くすぐったい……ひゃ」

絢辻「ん……ちゅ」

棚町「ひっ!? な、なにしてんのよ……!?」

絢辻「ちゅ、ちゅ、ちゅう」

棚町「も、もうやめ……! あ、ああっ……」

棚町「はぁ、はぁ……な、なにかわかったかしら?」

絢辻「そうね……橘君がなんでヘソにキスをしようと思ったのか、少しわかった気がするわ」

棚町「え、わかったの?」

絢辻「といってもあくまであたしの感想だけど、聞きたい?」

棚町「うん、教えて」

絢辻「あなた……意外と可愛い声出すのね」

棚町「そんだけっ!?」

棚町「なんかどっと疲れちゃったわ……」

絢辻「そう? あたしはなんだか英気を養えた気がするわ」

棚町「意味わかんないし……あーこれからバイト行くのダルいわねぇ」

絢辻「今日は6時からだったかしら? まだちょっと時間あるわね」

棚町「どっかで時間潰すから、あんたも付き合いなさいよ」

絢辻「それは構わないけど、どこに行く気?」

棚町「そんなのは歩いてるうちに思いつくわよ、きっと」

翌日

絢辻「棚町さん、お昼ご飯一緒にどう?」

棚町「別にいいけど……昨日の仕返ししようとか考えてないでしょうね」

絢辻「仕返し? なんのことかしら?」

棚町「表モードだと埒があかないわね……」

絢辻「た、棚町さん? 表モードってなんのことかなぁ?」ビキビキ

棚町「目が笑ってないわよ、目が……席うまる前に行っちゃいましょう」

橘「なんだか最近あのふたり仲いいね」

田中「そうだね。昨日もふたりで食堂に行ってたし」

橘「不思議だなぁ……薫と絢辻さんなんて正反対な性格だと思うんだけど」

橘(でも今薫は表モードとか言ってたよな。もしかして薫は絢辻さんの本性を……)

田中「どうしたの?」

橘「え? い、いや、なんでもないよ」

田中「……?」

棚町「今日はお弁当じゃないのね」

絢辻「ええ。あなたの席取りに使われるのは癪だから」

棚町「細かいこと気にしてると白髪増えるわよ」

絢辻「大ざっぱな性格だとあなたみたいにもじゃ毛になるのかしら?」

棚町「あんた喧嘩売ってんの!?」

絢辻「冗談よ、冗談。あたしはあなたの髪の毛、好きよ」

棚町「超サッラサラストレートヘアーのあんたに言われても嫌味にしか聞こえないんだけど」

絢辻「あら、本心を言っただけよ?」

棚町「ま、信じといてあげるわ」

絢辻「そういえば髪の毛の話で思い出したんだけど、橘君に髪を触られたこともあったわね」

棚町「あたしだってあいつにモフモフさせてあげたことあるわよ」

絢辻「……モフモフ?」

棚町「そ、モフモフ。顔を髪にうずめてモフモフって」

絢辻「面白そうね。あたしにもさせてくれる?」

棚町「別にいいけど……だったらあたしにもあんたの髪触らせなさいよね」

絢辻「それくらいお安い御用よ」

棚町「それじゃ触るわよ」

絢辻「どうぞ。あんまり乱暴にしないでね」

サラッ……

棚町「うわ……手にひっかからないなんてすごいわね」

絢辻「あなたの場合5cm進むごとにひっかかるものね」

棚町「自分の髪は嫌いじゃないけど、こうもサラサラだとやっぱりストレートに憧れちゃうわね」サワサワ

絢辻「ダメよ。棚町さんはもじゃ毛だからいいんじゃない。言わばあなたのアイデンティティーよ」

棚町「そこまで言ってくれるとありがたいわ」

絢辻「そろそろいい? あたしもモフモフしたいんだけど」

棚町「待って。もう少し」

絢辻「もう少しって……もう5分くらい触りっぱなしよ」

棚町「だって気持ちいいんだもん……ね、匂い嗅いでもいい?」

絢辻「に、匂い!?」

棚町「うん。うなじに顔うずめさせて」

絢辻「……あなた、橘君に似てきてるんじゃない?」

棚町「ない。それだけはない」

絢辻「誰も見てないわよね……?」

棚町「見られてたって気にしなきゃいいのよ」

絢辻「あなたみたいに図太い性格してないのよ」

棚町「……いい?」

絢辻「少しだけよ……」

ギュッ……

棚町「ん……やっぱりあんたっていい匂いするわよね」

絢辻「知らないわよ、そんなの……い、息がかかってくすぐったいわね」

棚町「ほんと、この匂い落ち着く……ずっとこうしていたいくらい」

絢辻「棚町さん……? もういいわよね?」

棚町「んーん……あとちょっとだけ」

絢辻「そろそろ昼休み終わるわよ?」

棚町「じゃあチャイムなるまでいいでしょ」

絢辻「だ、ダメよ。あたしがモフモフする時間がなくなるじゃないの」

棚町「そんなのいつでもやらせてあげるわよ……だからお願い、もう少しだけ……」ギュッ

絢辻「……わかったわよ」

ガラッ

橘「あ、やっと戻ってきた。絢辻さん、ずいぶんと遅かったね」

絢辻「う、うん。ちょっとゆっくりしすぎちゃったみたい」アセアセ

橘(なんで顔が赤いんだろう……?)

田中「薫、どうしたの? なんだかボーッとしてるよ」

棚町「えー? そんなことないわよー」

田中(絢辻さんとなにしてたのかな)

放課後

橘「絢辻さん、今日も居残って委員の仕事するの? 手伝おうか?」

絢辻「ええ。でもそんなに多くないからひとりで大丈夫よ」

橘「いいって、僕も暇だから手伝うよ」

棚町「あんたは帰っていいわよ、純一」

橘「え……か、薫? どうしたんだ急に」

棚町「あんたは帰っていいって。絢辻さんの手伝いはあたしがやるから」

橘「か、薫が手伝い? 委員の仕事を? 冗談だろう?」

棚町「なによ、あたしが真面目にクラスに関わっちゃいけないわけ?」

橘「そういうわけじゃないけど……」

棚町「じゃあいいでしょ。あんたは帰りなさい」

橘「なんで僕を帰らそうとするんだ? 今まで絢辻さんの手伝いを何度もしてきたのに」

棚町「あんたみたいな変態と絢辻さんをふたりで教室に残すのは危ないって気づいたのよ」

橘「な、なんにもしないって!」

棚町「それでもダメよ。もし帰らないって言うなら力づくで帰らすわよ」

橘「り、理不尽だぁ~!」

絢辻「あたしが口を挟む暇もなかったわね」

棚町「別にいいでしょ? 手伝いはひとりいれば充分なんだから」

絢辻「でも橘君と話すいい機会だったんじゃない?」

棚町「純一となんていつでも話せるわよ。毎日教室で顔合わせてるんだから。それより……」

絢辻「それより?」

棚町「あんたが裏モードであいつと話してるのはなんか見たくなかったのよ」

絢辻「……よくわからないわね。どういう心境?」

棚町「あたしにもよくわかんないけど、なんとなく」

棚町「とにかく! そんなことはどうでもいいからさっさと終わらせるわよ!」

絢辻「今日はバイトないの?」

棚町「ないわよ。だからこうして手伝えるんでしょ」

絢辻「それもそうね。じゃあどうして手伝う気になったの?」

棚町「あんたがひとりで仕事してんのに、あたしだけ帰るのは気分悪いもの」

絢辻「以前はそんなこと気にもしなかったくせに」

棚町「うっさいわね。気づいてなかっただけよ」

絢辻「でも不思議ね」

棚町「ん? なにが?」

絢辻「昔はあたしの手伝いをしようだなんて物好きひとりもいなかったのに、あなたと橘君は手伝ってくれるのね」

棚町「物好きって言うならあんたが一番でしょ。わざわざ委員になって面倒な仕事を自分から増やして。理解できないわよ」

絢辻「楽にポイントを稼げるならそれが一番でしょう? 創設祭実行委員は少し違うけど」

棚町「創設祭実行委員になったのは別に理由があるの? どんな理由?」

絢辻「それは……今は話したくないわ。でもあなたにならいずれ話せるときが来ると思う」

棚町「えー、中途半端はズルイわよ。気になるじゃない」

絢辻「ふふ、まだ教えてあーげない」

絢辻「それよりもあたしはあなたたちの方が気になるわね」

棚町「あなたたちって? あたしと純一のこと?」

絢辻「ええ。あなたたちみたいなタイプの人間がいるとは思っていなかったから」

棚町「あたしもあいつも普通の高校生よ。いや、あいつは変態か……」

絢辻「本当かしら。あなたの中学には面白い人たちが集まったりしてたんじゃないの?」

棚町「そんなことないって。純一はバカで面白いやつだけどね」

絢辻「そうね……でもあなたも負けてないわよ?」

棚町「いやいや、あいつのバカさ加減にはあたしも負けるから。っていうか勝ちたくないし!」

絢辻「やっぱり自分じゃ気づかないものね」

棚町「だから違うって!」

棚町「よしっ、終わったー!」

絢辻「お疲れ様……本当に助かってるわ、ありがとう」

棚町「いいわよ、お礼なんて」

絢辻「……昨日、おヘソにキスさせてもらったわよね」

棚町「な、なんで急にその話になるわけ!? まさか今日もさせろって言うんじゃないでしょうね!?」

絢辻「違うわよ。ただ、昨日はあたしがキスさせてもらっただけでお返しをしていなかったから」

棚町「お返し……?」

絢辻「昨日の話覚えてる? 橘君があたしの胸に触ったって話からはじまったのよ」

棚町「あーそういえばそんな感じだったわね。それでヘソにキスの流れになったんだっけ」

絢辻「そうよ。なのにあたしだけキスさせてもらったんじゃ不公平でしょう?」

棚町「そこ、公平にするところ?」

絢辻「当然よ。借りをつくりっぱなしなんていやだもの」

棚町「……で? あんたがあたしに胸を触らせてくれるって言うの?」

絢辻「そういうこと。どう? これなら公平でしょう?」

棚町「あんたの言いたいことはわかったけど……ひとつ問題があるわね」

絢辻「なに?」

棚町「あたし、あんたの胸なんて別に触りたくないんだけど」

絢辻「どうして? 橘君なら泣いて喜ぶわよ」

棚町「そんなので喜ぶのは男だけでしょ! あたしは女だから!」

絢辻「んー困ったわねぇ。じゃあどうしようかしら」

棚町「お返しなんだから、あたしがなんか要求したっていいのよね?」

絢辻「あら、なにかあるの?」

棚町「……またあんたのうなじに顔うずめさせてよ。昼休みみたいに」

絢辻「ちょ、ちょっと……そんなに息荒げないでよ」

棚町「だっていい匂いなんだもん……いっぱい吸わなきゃ」スーハー

絢辻「あなた、匂いフェチだったの?」

棚町「そうじゃないけど、あんたの匂いは好きなの」

絢辻「……本当に橘君みたいよ」

棚町「……純一にもこんなことさせたの?」

絢辻「え? 彼にはさせてないけど……」

棚町「そう……ならよかった」

絢辻「いつまでこうしてるつもり?」

棚町「あんたがいいって言うなら、いつまでも」

絢辻「もうっ、しょうがないわね……」

ガラッ

梅原「はー忘れ物しちまうなんて運がな――え?」

棚町「……え?」

絢辻「う、梅原君!?」

梅原「あーえーっと……お、俺はなにも見てない! 見てないからなっ! それじゃ!」

棚町「ど、どうすんのよ!? 梅原君に見られちゃったわよ!?」

絢辻「そんなに焦る必要ないでしょ。なにかいけないことをしていたわけでもないし」

棚町「でもイケナイ雰囲気だったじゃない!」

絢辻「女の子がふたりでちょっとじゃれてただけよ。それを彼は勘違いした。それだけの話よ」

棚町「そうじゃないでしょ! も、もし梅原君が純一に話したら……!」

絢辻「真実を教えてあげればいいだけじゃない。それとも橘君に話されたらなにか困るの?」

棚町「そ、そこまで困るわけじゃないけど……あのバカが変な誤解するかもしれないし」

絢辻「……いっそのこと、誤解の方を真実にしてしまいましょうか」

棚町「は?」

絢辻「あたしたちはここでイケナイことをしていた……それを真実にするの」

棚町「い、イケナイことって……?」

絢辻「さぁ……わからないなら、今からふたりで試してみる……?」

棚町「あ、絢辻さん……?」

絢辻「棚町さん……」スッ

棚町「ちょ、ま――」

絢辻「――冗談よ」

棚町「へ、へ……?」

絢辻「優等生のあたしがそんなことするわけないでしょ。しかも学校で」

棚町「な……じゃ、じゃあ紛らわしいことすんじゃないわよ!」

絢辻「なぁに? もしかしてあなた本気にしちゃったの?」

棚町「ち、ちがっ……!」

絢辻「それともあたしとイケナイことしてみたかった?」

棚町「ん、んなわけあるかーっ!」

絢辻「明日、梅原君の誤解を解くわよ。橘君に話してたら橘君の方も」

棚町「わかった。最悪、あいつを殴って記憶を消すわ」

絢辻「殴るのは橘君だけにしてよ。それにしても……くすっ」

棚町「なに笑ってんのよ」

絢辻「さっきのあなたの顔を思い出したら……ふふ、とても面白かったわ」

棚町「あ、あたしがどんな顔してたって言うのよっ!?」

絢辻「あら、聞きたいの?」

棚町「……やっぱいい! 言わないでいいから、今すぐ忘れなさい!」

絢辻「悪いけど、これは忘れられそうにないわね」

翌日

絢辻「――というわけだから、昨日はただ遊んでただけなの」

梅原「なんだ、そうだったのか。俺はてっきり……」

絢辻「てっきり……なに?」

梅原「い、いや、なんでもねぇ。それよりもいつの間にか棚町とそこまで仲良くなってたんだな」

絢辻「ええ、最近ね。ところで昨日のことを他の人に話したり……?」

梅原「あ、それはしてないから安心してくれ。橘にも話してねえよ」

絢辻「そう、ならよかったわ」ニコッ

屋上

絢辻「橘君には話してないって」

棚町「なんだ、あたしの出番はないのね」

絢辻「よかったわね、橘君に誤解されなくて」

棚町「あんたもね。入ってきたのが梅原君じゃなかったら今ごろあんたの優等生の仮面は剥がれ落ちてるわよ」

絢辻「そのときは道連れにするからいいわ」

棚町「……さすが転んでもただじゃ起きない女ね」

絢辻「転んだことがないけどね」

絢辻「ところであなた、いつ橘君に告白するの?」

棚町「こ、告白ぅ!?」

絢辻「彼のことだもの。面と向かってはっきり言わなきゃあなたの気持ちに気づかないわよ」

棚町「だ、だからって今すぐ告白は無理よ!」

絢辻「じゃあいずれはする気があるのね」

棚町「どうかしらね……わからないわ」

絢辻「わからない……? なにか躊躇う理由があるの?」

棚町「うん……近頃悩んでてね」

絢辻「あなたに悩み事があるなんて意外ね。普段から好きに生きてるように見えるのに」

棚町「失礼ねー。あたしにだって悩みくらいあんのよ」

絢辻「話しなさいよ。相談のってあげるわよ」

棚町「あんたに話してもねぇ……」

絢辻「橘君よりは力になれると思うけど?」

棚町「どうかしらね。あいつはこういうとき意外と頼りになるから」

絢辻「……あたしが橘君より頼りないって?」

棚町「そこまでは言ってないわよ。ただあんたの苦手そうな話だから」

絢辻「あたしの苦手な話? ますます興味深いわね」

棚町「んじゃひとつ聞くけど、あんたって誰かを好きになったことあんの?」

絢辻「結局恋愛絡みの悩みなのね」

棚町「いいから答えてよ」

絢辻「……あるわよ」

棚町「じゃあ友だちと好きな人の違いってなに?」

絢辻「……残念だけどその質問には答えられないわね。あたしには友だちがいないから」

棚町「友だちくらいいるでしょ」

絢辻「いないわよ。クラスの人たちはあたしを便利な人くらいにしか思ってないもの」

棚町「他の人はそうだとしてもあたしは違うわよ。あたしはあんたの友だちでしょ?」

絢辻「あたしはあなたのことを友だちとは思ってないわよ」

棚町「は……? だったらあんたにとってあたしはなんなのよっ」

絢辻「それも言えないわね。ただ他の人たちと違うのはたしかよ」

棚町「わけわかんないわよっ。あんたはあたしのことどう思ってんの!?」

絢辻「その質問になんの意味があるの? あなたの悩みとは関係ないでしょう?」

棚町「か、関係ないわけじゃ、ないっ……!」

絢辻「どうして?」

棚町「どうしてって……そんなこと聞かないでよ」

絢辻「あなたは橘君のことを友だちとして好きか、男性として好きかで悩んでたんじゃないの?」

棚町「それもあるけど……でもそれだけじゃないわよ!」

絢辻「あたしがあなたをどう思ってるのかがどうしても知りたいの?」

棚町「うん、知りたい」

絢辻「そう……でもやっぱり今答えることはできないわ」

棚町「な、なんでよ!?」

絢辻「あたしの答えはきっとあなたの答えを決定づけてしまうから。その悩みは自分で解決しなきゃいけないの」

棚町「あんたの答えがあたしの答えで……あれ? ど、どういうこと?」

絢辻「自分で考えろってことよ」

棚町「むぅ……ほんと性格悪いわね。自分は好きなこと言うくせに」

絢辻「あなたのためよ。あたしもあなたが自分で出した答えを待ってるわ」

絢辻「ところで今日はバイト入ってるわよね?」

棚町「入ってるけど……来んの?」

絢辻「ダメかしら?」

棚町「ダメじゃないけど、あんまり変なことさせないでよね」

絢辻「大丈夫よ。今日はただご飯を食べに行くだけだから。あの券も使う気はないし」

棚町「……どうしたの? 頭でも打った?」

絢辻「あのねぇ……悩んでるあなたに追い討ちをかけるほどひねくれてないわよ」

棚町「あんたが優しいと調子狂うわね……明日は雪かしら」

ファミレス

絢辻(今日も張り切ってるわね……そういえば棚町さんはなんでバイトしてるのかしら)

絢辻(面倒なことは嫌いって言ってたのに……単純にお金のため? それとも他に理由がある?)

絢辻(橘君なら知ってるのかしら……あたしって彼女のことなんにも知らないのね)

棚町「……ちょっと」

絢辻「あれ、どうしたの? 追加注文なんてしてないわよ?」

棚町「あ、あんまり見られると気になるんだけどっ」

絢辻「……そんなに見てた?」

棚町「そりゃあもう、ストーカーと間違われるレベルよ」

絢辻「ごめんなさい、気をつけるわ」

棚町「見るなとは言わないけどね」

絢辻「……ねぇ、今日は何時に終わるの?」

棚町「いつもどおり10時だけど」

絢辻「そのあと少し時間あるかしら?」

棚町「平気だけど、あんた10時までここに居座る気?」

絢辻「1回家に帰って10時頃に戻ってくるわ」

棚町「なるほどね。でも事務作業とかあるから10時より少し遅くなるわよ」

絢辻「それくらい構わないわ。じゃあまたあとで」

PM10:30

棚町「ご、ごめん! 結構遅くなっちゃった!」

絢辻「気にしないでいいわよ。さて、少し歩けるかしら?」

棚町「どこ行く気?」

絢辻「あたしの家よ」

棚町「な、なんであんたんちに行くの!?」

絢辻「それは着いてからのお楽しみよ。家に着いたら電話貸してあげるから、家族に連絡しなさい」

棚町(まあ明日は休日だし、最悪泊まりでも大丈夫よね……)

寝ます

棚町「……ここがあんたの家?」

絢辻「そうよ」

棚町「案外普通なのね」

絢辻「当たり前でしょ。とりあえずあがってちょうだい」

棚町「おじゃましま~す」

絢辻「両親は今日いないし、姉ももう寝てるから変に気をつかう必要はないわよ」

棚町「なーんだ。あんたのご両親に挨拶しなきゃいけないと思って緊張してたのに」

絢辻「それはまた別の機会によろしくね」

絢辻「お腹空いてるでしょ? なにか作ってあげるわ」

棚町「ほんとにっ? もうお腹ペコペコで倒れそうだったのよ」

絢辻「残り物だけどね。適当に座ってくつろいでて」

棚町「はーい。あ、エプロンつけるんだ」

絢辻「え? まあ料理するときはね。あなただってそうでしょ?」

棚町「そうだけど、あんたのエプロンつけた後ろ姿が新妻みたいに見えたから」

絢辻「……オヤジくさいわよ?」

棚町「素直な感想を言っただけなのに」

絢辻「はい、お待たせ」

棚町「てんきゅ。んじゃいっただきまーす」

絢辻「どう?」

棚町「普通に美味しいわよ。あんたって料理もできるのね」

絢辻「人並みにはね。あなたは苦手なの?」

棚町「家事はよく手伝うんだけどねー。料理だけはあんまり得意じゃないわ」

絢辻「あなたが家事……? 冗談でしょう?」

棚町「ウソじゃないわよ。母親とふたり暮らしだからあたしが手伝わないとまわんないの」

絢辻「あなたの家って母子家庭だったの? 初めて聞いたわ」

棚町「そういえばあんたには話してなかったっけ」

棚町「っていうかそんなことはどうでもいいのよ。あたしはなんのために呼ばれたわけ?」

絢辻「特に理由はないわよ。ただ今日はあなたと一緒にいる時間が少なかったから」

棚町「ふ、ふーん……」

絢辻「今日はもう遅いし、泊まっていくわよね? あたしからあなたの家に連絡しておくわ」

棚町「あたしんちの番号知ってんの?」

絢辻「連絡網に書いてあるでしょう?」

棚町「あ、そっか。相変わらず抜かりないわね」

絢辻「あなたが抜けてるだけじゃない?」

棚町「はー美味しかったわ。ごちそうさま」

絢辻「お粗末さまでした。どうする? もうお風呂入っちゃう?」

棚町「そこまでしてもらわなくていいわよ。着替えもないし」

絢辻「あたしのでよければ貸すわよ。サイズもそんなに変わらないだろうし。あ、でも……」

棚町「どうしたの?」

絢辻「あたしのブラジャーだとずり落ちてしまうかしら」

棚町「そ、そこまで小さくないわよ! だいたいあたしとあんたじゃ大差ないでしょ!」

絢辻「……そう思い込みたいのね。わかったわ、じゃあそういうことにしといてあげる」

棚町「同情の眼差しで見るんじゃないわよ!」

棚町「シャンプーってこれ?」

絢辻「ええ。こっちがトリートメント、青いのがコンディショナー、これがボディソープよ」

棚町「ん、わかったわ。てんきゅ」

絢辻「……ねぇ、背中流してあげましょうか?」

棚町「へ……あ、あんたも一緒に入るってこと!?」

絢辻「それ以外に方法があるかしら」

棚町「べ、別にいいわよ! 背中くらいひとりで流せるから!」

絢辻「遠慮することないのに。残念ね」

お風呂

棚町「ふぅ……いいお湯ね」

棚町(しっかしなんでこんな展開になってるのかしらねぇ……あいつの考えてることって全然わかんないわ)

棚町(でもまぁ、こういうのも悪くないわね……ほとんどふたりきりみたいなもんだし)

コンコン

絢辻「棚町さん、聞こえてる?」

棚町「な、なに!? 背中ならもう洗っちゃったわよ!?」

絢辻「違うわよ。バスタオルと着替え、ここに置いておくから」

棚町「あ、そういうことね」

絢辻「……棚町さん」

棚町「はい? 今度はなによ」

絢辻「今日あなたを呼んだのはね、あなたとゆっくり話したかったからなの」

棚町「話なんて学校でもできるでしょ?」

絢辻「そうね。でもきっとこういうときじゃなきゃできない話もあると思うから。あなたのことをもっと知りたいの」

棚町「な、なんなのよ急に……なんでさっきあたしが聞いたときに教えてくれなかったのよ」

絢辻「あなたの顔を見ながらだと恥ずかしかったんだもの。だから今言うことにしたの」

棚町「……こっちまで恥ずかしくなってくるじゃない」

棚町「あたしだってあんたに聞きたいこといっぱいあるのよ」

絢辻「あたしに答えられることなら答えてあげる」

棚町「どうせまたなんにも答えてくれないんでしょ?」

絢辻「さぁ……それは棚町さん次第かな」

棚町「そういうのズルい」

絢辻「そうかもね……今夜は寝かさないから」

棚町「へ、変な言い方しないでよっ」

絢辻「お風呂から上がったら声かけなさいよ。それじゃ」

タッタッタッ……

棚町「また自分が言いたいことだけ言って……ちょっとはあたしの話も聞きなさいよね」

棚町「おーい、上がったわよー」

絢辻「意外とはやかったわね。あら……?」

棚町「ああ、ブラは使わなかったわ」

絢辻「やっぱりあたしのじゃ大きすぎたのね……」

棚町「違うっつーの! ただ寝るときはつけない主義なのよ」

絢辻「あなたくらいの大きさなら形が崩れる心配もしないでいいものね」

棚町「あたしよりちょっと大きいくらいでよく言うわ……」

棚町「ったく……さっきはいい雰囲気だと思ったのに……」

絢辻「あなたを見てるとついからかいたくなってしまうのよ」

棚町「そういうのは純一相手にやってなさいよね」

絢辻「最近は彼よりあなたの反応の方が面白いから」

棚町「地味にむかつく評価ね、それ」

絢辻「でもそうね……今日くらいはあなたと真剣に向き合わないとダメよね」

ギュッ……

棚町「は、え……? ちょ、ちょっと? 急にどうしたのよ……」

絢辻「あなたを抱きしめたくなったから、こうしてるだけよ」

棚町「う……」

棚町(やっぱりいい匂いするわね……頭がクラクラしそう)

絢辻「……あなたの体、熱いわね」

棚町「え? そりゃまあ、お風呂入ってたから……」

絢辻「他人の体温って心地いいものなのね。クセになってしまいそう」

棚町「そうね……あんたの体だってすごく熱いわよ?」

絢辻「なんでだと思う?」

棚町「……あたしとくっついてるから?」

絢辻「正解。珍しく冴えてるじゃない」

橘(やっぱりいい臭いがするな……頭がクラクラしそうだ)

梅原「……大将の体、熱いな」

橘「え? そりゃまあ、プロレスしてたから……」

梅原「人の体温って案外良いもんなんだな。クセになってしまいそうだぜ、大将!」

橘「そうだな……お前の体だって熱いよ」

梅原「ほう、なんでだと思う?」

橘「……僕とくっついてるから?」

梅原「大将、珍しく冴えてるじゃないか」

森島「…」

橘「…」

梅原「…」

棚町「ねぇ、あたしもあんたのこと抱きしめていい?」

絢辻「どうぞご自由に」

棚町「んじゃ遠慮なく……」

ギュウゥ

絢辻「あっ……」

棚町「ご、ごめん、痛かった?」

絢辻「ううん……大丈夫だから、もっと強く抱きしめて……」

棚町(やば……吐息が耳にかかって……)

棚町「そういえば……あんたのお姉さんって家にいるのよね?」

絢辻「……それがどうかしたかしら?」

棚町「こんなところ見られたらまずいんじゃないの?」

絢辻「大丈夫よ、あの人は一度寝たらなかなか起きてこないから」

棚町「でも万が一ってことがあるでしょ? だから……」

絢辻「だから……なに?」

棚町「あんたの部屋行こうよ。そこなら誰にも見られる心配ないし」

絢辻「そうね……昨日みたいに邪魔が入るのも面倒だし」

部屋

棚町「綺麗に整理されてるのね」

絢辻「当然よ。あたしを誰だと思ってるの?」

棚町「学校では真面目だけど、私生活はだらしないって可能性もあるじゃない」

絢辻「それは似非優等生でしょ。あたしは違うもの」

棚町「イメージと違うってのも結構面白いと思うんだけどねぇ……あれ?」

絢辻「どうしたの?」

棚町「……あたしってどこで寝るの?」

絢辻「……今さらその話?」

棚町「いや、てっきりあんたの部屋に布団が敷かれてるもんだと思ってたから」

絢辻「そんなもの必要ないでしょ。あなたはあたしのベッドで寝るんだから」

棚町「じゃああんたはどこで寝るのよ」

絢辻「自分のベッドで寝るに決まってるじゃない」

棚町「え? つまり一緒のベッドで寝るってこと?」

絢辻「そうよ。わざわざ客用布団を持ってくるのも面倒くさいから」

棚町「はぁ……どうせあたしがなに言っても無駄なんでしょ?」

絢辻「ふふ、あなたもあたしのことがわかってきたようね」

棚町「ま、これだけ一緒にいればね」

絢辻「それじゃあ電気消すわよ」

パチッ

棚町「ちょっとあんた、こっちに寄りすぎよっ」

絢辻「あなたがもう少し詰めればいいのよ」

棚町「いや、あたしもう限界だから……ってまだ詰めてくんの!?」

絢辻「これくらいいいでしょ。あなたの温もりを感じたいの」

棚町「だ、だからってそんなくっつかれたら寝にくいわよ……」

絢辻「今夜は寝かさないって言ったでしょう? あなたとは話したいことがたくさんあるんだから」

週明け

棚町「おはよっ、純一」

橘「おはよう、薫。なんだかやけに楽しそうだな」

棚町「だって楽しまなきゃ人生つまらないでしょ」

橘「それでも人生そこまで楽しんでるのはお前くらいだよ」

棚町「なによ、あんたもあたしについてきなさいよ」

橘「お前についていけるやつなんてそうそういないって。それこそ絢辻さんくらいだよ」

棚町「な、なんでそこで絢辻さんの名前が出てくるのよ!?」

橘「だって最近絢辻さんと仲良くしてるじゃないか」

棚町「仲良くって……た、たしかに一緒に寝ちゃったりしたけど……」

橘「え……? 薫、今なんて言った?」

棚町「は!? ちょ、ちょっと! 恥ずかしいこと言わせないでよ!」ボカッ

橘「お前が勝手に言ったんじゃないか!」

棚町「ったく、あんたってやつは……思い出したらまた変な気分になってきたじゃない……」

橘(薫の様子がおかしい。なにがどうなってるんだ)

教室

橘「絢辻さん、今ちょっと時間あるかな?」

絢辻「ええ、大丈夫よ。どうしたの?」

橘「実は薫のことで話があるんだけど」

絢辻「棚町さん? 彼女がどうかしたの?」

橘「うん。最近薫と仲がいいみたいだけど、なにがあったの?」

絢辻「なにって……私が棚町さんと仲良くしてたらおかしいかな?」

橘「そういうわけじゃないんだけど……今朝、薫が絢辻さんと一緒に寝たって言ってたから」

絢辻「ぶっ!?」

絢辻「な、なんのことかしら?」

橘「絢辻さん、薫と一緒に寝たって本当なの?」

絢辻「さ、さぁ。彼女はなんだって?」

橘「薫に聞いても教えてくれないから、こうして絢辻さんに聞いてるんじゃないか」

絢辻「だったら私からも教えることはないわね」

橘「そ、そんなぁ……」

絢辻「ごめんね橘君、私ちょっと用事を思い出したから」

屋上

棚町「どうしたのよ、急に呼び出したりして」

絢辻「あなた……あたしの家に泊まったことを橘君に話したわね?」

棚町「話したっていうか、口が滑っちゃったのよ」

絢辻「なんでよりにもよって橘君に話してしまったのよ……」

棚町「大丈夫だって。友だちの家に泊まりに行くなんてよくあることでしょ」

絢辻「おもいっきり怪しまれていたんだけど」

棚町「気にしすぎ気にしすぎ。黙ってればそのうち忘れるわよ」

棚町「でも話ってそれだけ? なんか期待して来たあたしがバカみたいじゃない」

絢辻「なにを期待してたの?」

棚町「この前みたい抱きしめてくれたり?」

絢辻「……ダメよ、ここは学校なんだから」

棚町「誰もいないからいいでしょ」

絢辻「ダメなものはダメよ……こら、なに寄りかかってきてるのよ」

棚町「授業がはじまるまでの間だけでいいからさ、お願い」

絢辻「もう……少しだけよ」

絢辻「はい、おしまい。教室に戻るわよ」

棚町「えーもうちょっとー」

絢辻「これ以上はダーメ。ほら、立ちなさい」

棚町「……なんかお腹が痛くなってきちゃった」

絢辻「お腹?」

棚町「うん。だからあたしを保健室まで連れてってよ」

絢辻「……あたしに授業をサボれって言うの?」

棚町「あんたが一緒にいてくれたらすぐ治るかも」

保健室

絢辻「先生には伝えてきたわよ」

棚町「てんきゅ。あんたもここにいていいって?」

絢辻「ええ、許可してもらえたわ」

棚町「よく許してもらえたわね」

絢辻「普段の行いがいいと、こういうところで優遇してもらえるの」

棚町「さすが腹黒優等生は違うわね」

絢辻「腹黒は余計よ」

棚町「ほら、あんたもベッドに座りなさいよ」

絢辻「あなたは横になってた方がいいんじゃないの?」

棚町「平気よ、もう治ったから」

絢辻「やっぱり仮病だったんじゃない」

棚町「違うわよー。あんたがそばにいてくれたから治ったの」

絢辻「……意味わからないわね」

棚町「なによ、照れてんの?」

絢辻「て、照れてない!」

棚町「ね、肩貸してよ」

絢辻「好きにしなさい。あなたのためにあたしはここにいるんだから」

棚町「えへへ、てんきゅ」

ポスッ

棚町「はあぁ……なんであんたといると落ち着くのかしらねぇ」

絢辻「あたしに聞かれてもわからないわよ」

棚町「やっぱりこの匂いのおかげかしら」クンクン

絢辻「犬は橘君だと思ってたけど、あなたも結構犬っぽいわね」

棚町「んーかもね。あたしに尻尾がついてたら、きっと今ごろ尻尾振りまくりよ」

絢辻「あなたって化粧してるの?」

棚町「うん、薄くね」

絢辻「へぇ……唇に塗ってるのはグロス?」

棚町「口紅の上からだけどね」

絢辻「綺麗ね。すごく魅力的だわ」

棚町「な、なんか顔近くない……?」

絢辻「あなたの唇をもっと見たいのよ」

棚町「ば、バカ……」

絢辻「触ってもいい?」

棚町「あんたがどうしても触りたいっていうなら……」

絢辻「じゃあ、どうしても」

棚町「しょ、しょうがないわね。ほら、触っていいわよ」

フニッ、フニッ……

絢辻「柔らかいわね……食べちゃいたいくらい」

棚町「は、はぁ!? 食べるってあんた……!」

絢辻「ダメ?」

棚町「だ、ダメとかそういう問題じゃないでしょ?」

絢辻「どうして?」

棚町「ここ学校だし……」

絢辻「誰にも見られてなかったらいいんじゃないの?」

棚町「それとこれとはわけが違うっつーの!」

絢辻「どう違うの?」

棚町「だって、あんたがしたいことって……き、キスでしょ?」

絢辻「そうね、そうとも言うわ」

棚町「なら余計無理よ! き、ききき、キスだなんて……!」

絢辻「あなたはキスしたことないの?」

棚町「間違えてあのバカとしたことはあるけど……あ、あれは唇が触れただけだからキスなんてもんじゃないし!」

絢辻「あのバカ……? 橘君としたってこと?」

棚町「だからあれはキスって呼べるほど立派なもんじゃないのよ」

絢辻「それでも橘君としたのよね」

棚町「あれはあたしの中じゃノーカンになってるのよ!」

絢辻「じゃああたしとのキスもノーカンってことにすればいいでしょ」

棚町「あんたとのキスをノーカンにするなんてできないわよ……」

絢辻「なんでよ。橘君とはしたのに、あたしとはできないの?」

棚町「そういうことじゃなくて……だ、だいたいあんたはキスしたことあるわけ?」

絢辻「あたしはないわよ。だからあなたとしたいの」

棚町「なのにあたしにはカウントするなって言うの?」

絢辻「どう受けとるかはあなたの自由よ。ただ、あたしはノーカウントにするつもりなんてないけど」

絢辻「最後にもう一度だけ聞くわよ。キスしていい?」

棚町「……もう好きにしなさいよ。どうせあたしの言うことなんてきく気もないくせに」

絢辻「ダメよ。ちゃんと答えて。あなたの返事が聞きたいの」

棚町「し……していいわよ」

絢辻「あなたのファーストキスをあたしが奪うことになるのよ。本当にいいの?」

棚町「そのかわりあんたのファーストキスをあたしがもらえるんでしょ? それならいいわ」

絢辻「わかったわ……じゃあ目を瞑って」

棚町「ん……」

ガラッ

田中「あ、戻ってきた。薫、体調は大丈夫なの?」

棚町「余裕よ余裕。寝てたらすぐよくなったわ」

橘「薫は元気だけが取り柄だからな」

棚町「あんたは一言多いのよ」バキッ

橘「いたっ」

棚町「っていうかもう昼休みなのね。絢辻さん、お昼ご飯食べに行きましょ」

絢辻「いいわよ。今日も食堂?」

棚町「もっちろん」

田中「なんていうか……」

橘「完全に蚊帳の外だよね、僕たち」

田中「今も自然に絢辻さんを誘ってたし」

橘「もうふたりでいるのが当たり前みたいになっちゃってるね」

田中「本当になにがあったんだろうね、あのふたり」

橘「僕も知りたいよ」

梅原(やっぱりあの日のことは……いやしかし、橘に言っても仕方ないか)

数日後

田中「そろそろバレンタインデーだね、薫」

棚町「そういえばそんなイベントもあったわねー。ついでにバイトの仕事も増えるんだけど」

田中「大変だね。今年は誰かにあげる予定あるの?」

棚町「んーそうねぇ……まぁあげるかもしれないってとこかしら」

田中「誰? やっぱり橘君?」

棚町「あーあいつにも余り物くらいならあげようかしらねぇ」

田中「あはは、ひどい扱いだね……」

棚町「なんでよりによって期末試験と重なってんのよ……」

絢辻「なにが重なるって?」

棚町「こっちの話よ。ところでここわかんないんだけど」

絢辻「さっきからあたしに聞いてばかりじゃない。いくらあたしが特別に勉強を見てあげるとはいえ、少しは自分で考えなさいよ」

棚町「考えてるわよ。考えてるけどさっぱりわかんないの!」

絢辻「はぁ、どれどれ……もう、授業をしっかり聞いてたら簡単に解ける問題じゃないの」

棚町「だって全然聞いてないもの」

絢辻「そこで開き直らないでくれる?」

棚町「あーもう勉強飽きたー!」

絢辻「まだはじめてから1時間も経ってないわよ」

棚町「やっぱりあたしに計画的な勉強なんて無理だったのよ。直前にならないとやる気出ないわ」

絢辻「中学と違うんだから、いつまでもそのやり方が通じるわけないでしょ」

棚町「大丈夫よ、今までだってどうにかしてきたんだから。それよりさぁ……」

絢辻「なによ……ちょっと、なんでひっついてくるのよ」

棚町「頑張ったんだから、少しくらい甘えたっていいでしょ」スリスリ

絢辻「まったく……5分だけよ? 5分経ったらまた勉強再開するからね」

棚町「はーい」

寝る

一応ね
新・保守時間の目安 (平日用)
00:00-02:00 15分以内
02:00-04:00 25分以内
04:00-09:00 45分以内
09:00-16:00 25分以内
16:00-19:00 15分以内
19:00-00:00 5分以内


新・保守時間目安表 (休日用)
00:00-02:00 10分以内
02:00-04:00 20分以内
04:00-09:00 40分以内
09:00-16:00 15分以内
16:00-19:00 10分以内
19:00-00:00 5分以内

絢辻「もう悩みは解決したの?」

棚町「悩み? あーそういえば大昔にそんなこと話したっけ」

絢辻「その様子だともう悩んでいないようね」

棚町「あんたのおかげでね」

絢辻「あたしはなにもしてないわよ?」

棚町「そんなことないわよ。まぁわかんないなら別にいいけど」

絢辻「気になるわね。そこまで言ったんだから教えなさいよ」

棚町「んふふ、ダーメ」

絢辻「意地悪ね」

棚町「いつもあんたがあたしにしてることでしょ」

絢辻「こうやって勉強を見てあげてるんだから、むしろ優しいと思うんだけど」

棚町「どうかしらね。あんた、いろんな人にノート見せてあげたりしてるでしょ」

絢辻「あれはただ恩を売ってるだけよ。あなたにしてることは意味がまったく違うの」

棚町「どんなふうに?」

絢辻「それはヒ・ミ・ツ」

棚町「やっぱり意地悪じゃない」

絢辻「お互い様よ」

棚町「それよりそろそろ5分過ぎたんじゃないの?」

絢辻「そうね。じゃあ勉強再開するわよ。ほら、離れなさい」

棚町「えぇぇぇ……イヤよ、離れたくない。このまま勉強すればいいでしょ」

絢辻「こんなに密着してるとやりにくいのよ」

棚町「別にいいじゃない。あんたはあたしと離れたいの?」

絢辻「……そういう聞き方は卑怯よ」

棚町「実はあんたも同じ気持ちなんでしょ? じゃあこのままやるってことで決定ね」

絢辻「もう……あなたってほんと強引なんだから」

バレンタインデー当日

棚町「ふあぁぁ……ねむ……」

橘「どうした薫、徹夜で勉強でもしてたのか?」

棚町「それもあるけど、チョコ作るのに時間かかったのよ」

橘「も、もしかして僕のために!?」

棚町「はぁ? なに寝惚けたこと言ってんのよ」

橘「やっぱりそうだよな……期待した僕がバカだったよ」

棚町「いちいち大げさねぇ。誰もあんたにあげないとは言ってないでしょ」

橘「え!? そ、それってつまり……」

棚町「練習用に作ったやつだけどね。食べきれなかったからあんたにあげるわよ。はい」

橘「ありがとう薫! これで梅原に一歩リードだ!」

棚町「虚しい戦いしてんのね……あ、言っとくけど義理だからね。義理」

橘「そんなに強調するなよ……ちょっとくらい夢を見させてくれたっていいじゃないか」

棚町「あんたに夢見させたってあたしに得がないでしょ」

橘「本命はいるのか?」

棚町「なんであんたに教えなきゃいけないのよ」

橘「中学からの付き合いなんだからそれくらい聞いたっていいだろ?」

棚町「聞くのは自由だけどね、いくらあんたでも言えないことだってあんのよ」

橘「その反応……やっぱり本命がいるんだな」

棚町「カマかけようとしても無駄よ……あ、絢辻さん!」

絢辻「……おはよう、棚町さん」

棚町「うん、おはよ。ちょっと話があるんだけど今時間ある?」

絢辻「ごめんなさい、高橋先生に呼び出されてるから」

棚町「そっか。じゃあ後でいいわよ」

休1

棚町「絢辻さん、ちょっといい?」

絢辻「授業の予習があるから」

休2

棚町「絢辻さん、話が……」

絢辻「今忙しいから後にしてもらえる?」



棚町「ねぇ、絢辻さん……」

絢辻「ごめんなさい、今日はやることがあるの」

田中「あれ、今日はお昼ひとりなの? 絢辻さんはどうしたの?」

棚町「……よ」

田中「薫……?」

棚町「なんで急によそよそしくなってんのよーっ!」

田中「わぁっ!?」

棚町「うわ、恵子いたの?」

田中「さっきから話しかけてたよ……」

棚町「ごめん、イライラしてて気づかなかったわ」

田中「今日はどうしたの? いつもお昼は絢辻さんと一緒だったのに」

棚町「それよ恵子! あたしが今苛立ってるのはそれなの!」

田中「え、え? どういうこと?」

棚町「あの腹黒、今日に限ってあたしのことシカトすんのよ!」

田中「腹黒って……もしかして絢辻さんのこと……?」

棚町「あいつ以外に誰がいんのよ!」

田中「お、落ち着いて……ここ教室だから」

棚町「あいつのためにわざわざ徹夜したってのに……あたしがなにしたって言うのよー!」

放課後

棚町「絢辻さん、話があるんだけど!」

絢辻「まだ委員の仕事が残ってるから、また明日でいいかな?」

棚町「あとでやればいいでしょ、あたしも手伝うから」

絢辻「そういわけにもいかないの。今日中に終わらせないといけなくて……」

棚町「いいからこっち来なさい!」グイッ

絢辻「ちょ、ちょっと棚町さん!?」

図書室

棚町「ここならまわりから見えないわね……ほら、あんたも猫かぶるのやめなさいよ」

絢辻「はぁ、はぁ……あ、あなたねぇ……!」

棚町「ふん、やっとあたしと話す気になったようね」

絢辻「これだけ引きずり回されたら文句のひとつも言いたくなるわよ!」

棚町「今日一日あたしを無視した仕返しよ」

絢辻「別に無視はしてないでしょ……ただ普段より忙しかっただけよ」

棚町「ウソばっか。あたしと目も合わせようとしなかったくせに」

棚町「で? なんで急にあたしを無視しはじめたわけ?」

絢辻「だから無視はしてないって言ってるでしょ」

棚町「なんか怒ってんの?」

絢辻「なんのこと? あたしはいつもどおりよ」

棚町「あたしに言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ。無視とかされるのが一番腹立つのよ!」

絢辻「あなたの機嫌なんて知ったことじゃないわ」

棚町「んなっ……!?」

絢辻「もういいかしら? 片付けなきゃいけない仕事があるから、これで」

棚町「ま、待ってよ!」

絢辻「まだなにか?」

棚町「ほ、本当に怒ってないの?」

絢辻「怒る理由がないでしょ」

棚町「あたしがなにか悪いことしたなら謝るから、だから……無視とかやめてよ」

絢辻「何度も言わせないで。無視なんてして――」

棚町「お願い……また昨日までみたいにあたしの隣にいてよ……」

棚町「せっかくあんたと仲良くなれたのに、こんないきなり終わるなんてやだよ……」

絢辻「……最低ね」

棚町「ご、ごめん……」

絢辻「違うわよ、あなたのことじゃない。あなたにこんな顔させるあたしが最低だって言ってるのよ」

棚町「えっ……?」

絢辻「下らない感情で子どもみたいな嫌がらせして、あなたのこと傷つけて……」

棚町「絢辻さん……?」

絢辻「ほんとイヤになるわ……こんな自分が」

絢辻「結局、橘君には勝てないってわかって悔しかっただけなの」

絢辻「あたしは土俵に立つこともできない。女のあたしは、もうそれだけで負けているから」

絢辻「それでもね、最初はどうにかなるって思ってた。ただの幻想だって気づいてたけど、それでも信じたかった」

絢辻「だけど今朝あなたが橘君にチョコレートをあげているのを見て、目が覚めたわ」

絢辻「どんなにあたしが頑張っても、あなたの一番は橘君なのよね」

絢辻「もともとわかってたはずなのに、あなたがあたしと一緒にいてくれるから勘違いしてしまったわ」

絢辻「だからあなたに嫌がらせしたのよ。ううん、あなたとの関係を終わらせようと思った」

絢辻「うふふ……どう? あたしって最低でしょう?」

棚町「……そうね。あんた最低だわ。そんな下らない勘違いであたしを無視するなんて」

絢辻「本当に下らない勘違いでしょう? 女のあたしでもあなたを手に入れられると思ってたんだもの。笑っていいわよ」

棚町「そこじゃないわよ……あたしがいつ! 純一が一番好きだなんて言ったのよ!」

絢辻「言われなくてもわかるわよ。バレンタインデーにチョコレートをあげてる姿を見たら」

棚町「あんた、優等生のくせに鈍感で世間知らずなの?」

絢辻「どういう意味よ」

棚町「この世には義理チョコってもんがあんのよ」

絢辻「……は?」

棚町「あたしが純一に渡したのは義理チョコ。本命は別よ」

棚町「あーもうっ! 落ち込んで損しちゃったじゃない!」

絢辻「ま、待って……あなた、橘君が好きだったんじゃないの?」

棚町「そりゃ好きよ。けど一番じゃないし、やっぱりあいつは悪友だから」

絢辻「それならあなたの本命って誰なの……?」

棚町「ほんっっとうに言わなきゃわかんないの? なんであたしが一日中あんたにつきまとってたと思ってんの?」

絢辻「あ……」

棚町「一番好きなあんたに本命チョコあげるために決まってんでしょうが!」

絢辻「……あたしは女なのよ?」

棚町「関係ないわ。あたしはあんたみたいに頭よくないから、余計なことは考えないの」

絢辻「でも……」

棚町「『でも』も『でも』もないの! あたしが好きって言ったら好きなの!」

絢辻「ズルイわよ……あたしがずっと言えなかった言葉を簡単に言っちゃうなんて」

棚町「簡単じゃないわよ。これでも勇気ふりしぼってんのっ」

絢辻「言われてみれば、あなた顔真っ赤ね……」

棚町「あんただって真っ赤じゃない」

絢辻「あなたって本当にすごいわ……あたしの苦悩を一蹴しちゃうなんて」

棚町「あんたがごちゃごちゃ考えすぎてるだけよ。女だとかなんとかなんてどうでもいいのよ」

絢辻「いずれは絶対にぶつかる壁よ?」

棚町「それはぶつかったときに考えればいいのよ。結局大切なのは好きかどうかでしょ」

絢辻「あなたに諭されるなんて思ってなかったわ。でもすっごくあなたらしい」

棚町「っていうか、まだあんたの気持ち聞いてないんだけど」

絢辻「あら、言わなくてもわかるでしょう?」

棚町「わかるけど、あんたの口から聞きたいのっ」

絢辻「しょうがないわね……あたしも……ううん、わたしもあなたのこと好きよ。愛してる」

棚町「なーんだ。あんたも持ってきてたんじゃない、チョコ」

絢辻「当然でしょ。あなたのために久々に徹夜したんだから」

棚町「ちょっとは期待してたけど、やっぱり実物を見ると感動しちゃうわね」

絢辻「わたしはあなたがチョコを持ってきてるなんて思わなかったわ」

棚町「本気でわかってなかったの?」

絢辻「だって以前料理が苦手って言ってたでしょう?」

棚町「好きな人のためだったら料理くらいするわよ。味は保証しないけど」

絢辻「きっと美味しいわよ。それに時間はたくさんあるんだから。これからわたしが教えてあげる」

棚町「じゃあ今すぐ教えてよ。あんたの家で」

絢辻「なんでそんな急なのよ」

棚町「だって今日はあんたと全然話せなかったのよ。もっと一緒にいたいの」

絢辻「あなた、それ狙って言ってるでしょ? わたしを瞬殺できるってわかってて」

棚町「は? なんのこと?」

絢辻「……無自覚なんだから余計たちが悪いわね」

棚町「意味わかんないけど、あんたはあたしと一緒にいたくないの?」

絢辻「答えがわかってる質問はやめてよ……あなたと一緒にいたいに決まってるでしょ」

棚町「ね、今日も泊まっていい?」

絢辻「本気で言ってるの? 明日も学校があるのよ?」

棚町「試験だからちょうどいいでしょ。料理のついでに勉強も見てよ」

絢辻「あなたといると勉強にならないじゃない」

棚町「それならそれでいいでしょ? またふたりで寝ようよ」

絢辻「……寝不足のまま試験を受けることになっても知らないわよ?」

棚町「またこの前みたいにあたしを寝かさないつもり?」

絢辻「ふふ、もちろん」

棚町「それじゃあはやく帰るわよ」

絢辻「……」

棚町「どうしたのよ、忘れ物?」

絢辻「いいえ、ただ今日という日を一生忘れないようにと思って」

棚町「大丈夫よ、忘れようにも忘れられないから」

絢辻「それもそうね。じゃあ行きましょうか……薫」

棚町「え……あ、あんた今、薫って……」

絢辻「ずっとあなたのことを名前で呼びたいと思っていたの。イヤだった?」

棚町「……そんなことあるわけないでしょ、詞」

おわり

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