哀川潤「【人類最弱】球磨川禊。ある意味いーたんの天敵だぜ?」(319)

『さあ、書き溜めた渾身のSSを投下していくよ!』

^^

むふ

支援


「お兄ちゃん」

「ん?」

「今向かっているのは校長室、でしたね?」

「そうだよ。哀川さんの名前を出して怒江ちゃんに用があるって言えば、学校のほうで怒江ちゃんを呼び出してくれるだろうってさ。
 そしたら適当な理由で彼女を学校の外まで連れ出して」

「攫っちゃう、という訳ですか」

「……間違ってないけど、ちょっと嫌な表現だね、それ」

「嫌と言えば、これも嫌なお仕事です」

「え? なんで?」

「潤さんはお兄ちゃんをこき使い過ぎだと思います。これではまるで、お兄ちゃんは潤さんの使いっ走りです」

「使いっ走りって……」

「パシリです」

「パシリたって、事実ぼくは哀川さんに頭があがらないし……それに、一応依頼として報酬も受け取ってるからね」

「それでも、お兄ちゃんには仕事を選ぶ権利があるはずです」

「そうも言ってられないんだけどねぇ……」


 実際、今のぼくってフリーターに近いところあるし。
 同業者が優秀すぎて、なかなか依頼が入ってこないんだよなぁ。

 自然、家計は火の車。
 背に腹は変えられない。

 むしろこの依頼は渡りに船でもあった。

「それでも、拉致なんて仕事はこれっきりがいいな」

 荒事は、ぼくの分野じゃない。
 こういうのはそれこそ哀川さんの畑である。

 荒事。
 暴力の世界。

 その一端を、ぼくは垣間見たことがある。

 例えば、匂宮雑技団の殺し屋、人食いの匂宮出夢くん。
 例えば、匂宮の分家、澪標深空ちゃんと高海ちゃん。
 例えば、石凪調査室、死神の家系、石凪萌太くん。
 例えば、闇口衆、暗殺者集団の娘、闇口崩子ちゃん。

 例えば、零崎一賊の申し子、人間失格、零崎――


 すぅっと、何かが目の前を横切った。
 そう認識したときにはすでに、ぼくの前には崩子ちゃんが立ちふさがっていた。

「崩子ちゃん?」

「逃げてください……お兄ちゃん。今の私ではこれ以上……」

「逃げるたって、え?」

 ここで、ようやく状況を理解する。
 立ち塞がる崩子ちゃん。その右手にはバタフライナイフ。
 バタフライナイフの先、鍔迫り合いをする鋏。

 鋏……なのか?
 鋏というより、なんというか大ぶりのナイフを無理やり二つくっつけたような得物。
 凶器。

 そして、その凶器を携えていたのは、一人の少女だった。
 赤いニット帽と、城砦学院の可愛らしい制服が驚くほどマッチしない。
 口端に不気味な笑みを浮かべたその少女は一度大きく鋏――とても鋏には見えないが、仮に鋏としておく
――を押しこみ、鍔迫り合いの状態から距離をとった。


 さっきの娘を見ても思ったが、この学校には制服の似合わない生徒しか居ないのだろうか?
 どちらかというと、ジャージとかのほうが似合いそうな少女だ。

「あ、なんか失礼な事考えてますね」

「失礼だな、ぼくは『なんでニット帽なんか被ってるんだろう。ハゲてんのかな?』と思っただけだ」

「失礼です!?」

「失礼ついでに一つ教えてくれ。君は誰だい?」

「あ、わたしですか? えっとですねぇ、わたしは――」

 少女が口を開く。
 
「――零崎舞織。殺人鬼っでーす!


                        2

 零崎一賊。
 殺し名序列第三位。
 血脈ではなく、流血の一族。
 向かうところ敵なしの、殺人鬼集団。

 しかし、零崎一賊は一人の人類最終によって、たった一人を残し、文字通り壊滅した――

 ――はずだった。

「うふふ、久しぶり崩子ちゃん」

「………お久しぶりです。舞織さん」

「えっと、知り合い?」

「えぇ、少し」

「へぇ、まさか崩子ちゃんに零崎一賊の知り合いが居たなんてね。というか舞織ちゃん」

「なんですか?」

「零崎一賊って、全滅したんじゃなかったの?」

「しましたよー、わたしと人識くんを除いてみーんな死んじゃいました」

「つまり、君とあの人間失格が最後の零崎って訳か」

「んー、そうでもないんですけどね。ま、そんなところです」

「お兄ちゃん」

 会話を崩子ちゃんに遮られる。

「自分を殺そうとした人と悠長に会話をしないでください」

「そう言われてもね崩子ちゃん。今の君は殺し名としてのスキルをあらかた失ってるんだろ?
 そしてぼくには当然のごとく戦闘能力が無い。対して相手は殺し名序列三位の零崎と来てる。
 交渉以外に――戯言以外にここを切り抜けられる方法なんて、それこそ皆無だ」

「はぁ、戯言。戯言ですかぁ」

 と、舞織ちゃん。

「人識くんから聞いてはいましたが、いやはや、確かになかなか厄介そうです」

「零崎から?」

 あいつ、ぼくの話なんか他人にしていたのか。
 家族との会話のネタにされるほど、ぼくは面白い人格をしていないと思うけど。

「えぇ、『悪い奴じゃない』とか『優しい奴』とか言ってましたよ」

「…………」


 なんか気持ち悪いな。
 人からほめられるのに慣れてないとか、そういう次元じゃなく。
 なんというか、自分に自分を褒められてるような居心地の悪さ。
 ぼくはそこまでナルシストじゃ、無い。

「問答有用に殺される、とも忠告されましたけど」

「……間違っちゃいないよ」

「いやーん、殺されちゃいます」

「殺しなんてしないよ。ぼくは今まで一人だって殺したことはない。君が死ぬとしたら、君が一人で勝手に死ぬだけさ」

「……ふぅん」

 舞織ちゃんは値踏みするようにぼくを見て、

「かはは」

 と、笑った。


「いやいやすいません。実はわたし、潤さんに言われて欠陥製品さんの大刀洗にきたのですよ」

「いや、働けよ」
 
 正確には助太刀。一字違いで大違いだ。

「って、哀川さんに?」

「いえすっス! 『いーたんは激ヨワだから、舞織たんが助けてやってくれ。顔がわからない?
 そうだよなー、特徴のねぇツラしてるもんな。何、大丈夫、目印に崩子ちゃんを付けといたから』
 って言われてやってきました! 待ってたんですよ、一週間ぐらい前からずっと学校内でコソコソ隠れて。
 さっきはやっと見つけたことにテンションが上がってつい襲っちゃいましたけど」

「…………」

 おかしいと思ったんだ、戦闘能力のない崩子ちゃんを護衛に連れていけだなんて。なるほど、崩子ちゃんはただの目印だったわけか。
 って、特徴の無いツラとか好き勝手言ってんじゃねぇよ。あんたが特徴の塊なだけだ。

「ってわけで、よろしくおねがしまっす!」


 とまぁ、そんな経緯で。
 そんなこんなで、ぼくらは三人連れ立って校長室へと向かうことになった。

「実はですねぇ」

 と、道すがら、舞織ちゃんが切り出した。

「協力者がもう一人居るんです」

「協力者?」

「はい。彼も相当腕の立つ殺人鬼ですので、これで欠陥製品さんの命は保証されたも同然です」

「殺人鬼って時点で、かなり命の危険を感じるんだけど……」

 しかも腕の立つ殺人鬼って。
 厄介な感じしかしない。

「ここです。お兄ちゃん」

 舞織ちゃんと合流してからロクに口も聞かず、黙って案内役を務めていた崩子ちゃんが立ち止まり、告げた。
 ここが校長室。


 ちょっとしたトラブルもあったが、後は校長に話をつけて怒江ちゃんを呼び出すだけだ。

 ぼくはその重厚な木の扉をノックし、待つ。

「『どうぞ』」

 と、くぐもった返事を聞き、扉を、開けた。

「失礼します」

「『やあ』『いらっしゃい』」

 扉の先。
 大して広くない校長室には、簡単な応接用のソファにテーブル。その向こうには重そうなデスクが配置されている。

 そして、そのデスクの大きなイスが、ゆっくりと、こちらを向いた。


「『こんにちは』『はじめまして』『学院長の球磨川禊っでーす』」


第二章

        0

 無能は嫌い。
 有能も嫌い。
 自分は好き。

        1


「『なーんてね』『嘘だよ』」

 黒い学ランを着た少年は、そう言うと椅子に座ったまま上げていた両手を下ろした。
 なんだ? この少年が校長? いや待て、そんな訳がない。若すぎる。
 じゃあ舞織ちゃんの言っていた協力者?

「誰ですか? あんた」

「『だから言ったじゃん』『球磨川禊くんだって』」

「あんまりふざけてると殺しますよ」

「『嫌だなぁ』『あんまり軽々しく殺すとか言わないほうがいいよ』『弱く見えるらしいから』」

 ……どうも違うみたいだ。


「『君たちは』『江迎ちゃんを拉致しに来たんだよね?』」

「……まぁ、そうなるね」

「『ふぅん』」

「だったら、どうだと言うのですか?」

「『そんなのっ!』『許されるわけ無いじゃないか!』」

「『いたいけな少女を拉致するだなんて!』『君たちはどうかしてるよ!』」

 激昂。
 諭すかのように口調を荒げる禊くん。
 確かに彼が言うことは真っ当で、正論なのだが、何故だろう。

 何故ここまで、心に響かないのか。

「…………」

「『あれ?』『やっぱり白々しすぎたかな?』『その通り』『もちろんそんな事思ってないよ』」

「『というか僕たちの方こそ』『彼女を拉致しに来たんだから』」


「君たちも? どういうことだい?」

「『拉致って言うより』『勧誘かな』『ぼくは今人を集めていてね』」

「へぇ、勧誘ね。じゃあぼく達の仕事が終わってからじゃ駄目かな? その後ならどれだけ勧誘してくれたって構わないからさ」

「『残念ながらそうも行かないんですよ』『僕たちには時間がない』」

「それなら他の子を当たってくれ。高校生が、大人の仕事のジ邪魔をするもんじゃない」

「『うーん』『困ったなぁ』」

「なら思う存分悩んでくれていいよ、禊くん。それより本当の学院長先生は何処だい? 話があるんだ」

「『学院長?』『あぁ』『それって――』」

 と、そこで球磨川くんは、大きな背もたれのついた椅子から立ち上がり、それを、蹴り倒した。

「『どっちの事かな?』」

「っ!?」

 蹴り倒された椅子の後ろ。大きな背もたれに隠されていた壁。
 そこに、二つの人間が、貼りつけられていた。

「『邪魔だったから』『ちょっとの間オブジェになって貰っていたんだけど』『ちょっと悪趣味だよね』『これ』」

 螺子。

 巨大な螺子で手足と頭部を貫かれ、壁に縫いとめられた人間。
 否、死体。
 人形のように飾られた、死体。

 頭部を大きな螺子に貫かれているので顔はわからない。
 だが、もはや生きていないことは明白だった。
 何故か血はほとんど出ていない。
 それがまた二つの死体から人間味を失わせていた。

「よかったですねぇ……」

「舞織……ちゃん?」

「わたしの方を殺さなくて、本当に幸運ですよ、貴方は……」

「『うん?』」

「わたしは殺人を禁じられていますが、彼は禁じられていませんでしたから」

 ぐっ、と舞織ちゃんの拳が握られる。

「わたしを殺していれば、貴方は零崎一賊のしきたりに則り、一族郎党、関係者から無関係者まで、皆殺しだったんですから」


「『怖い怖い』『さすがは零崎一賊』『このままじゃ殺されてしまうかも』『だから――』」


「『これは正当防衛だ』」


 鮮血。
 血が、舞織ちゃんの両手首から、真っ赤な血が溢れ出した。

「がっ!? あ、ああ!!?」

 舞織ちゃんはとっさに手首を脇の下に挟みこみ、止血を施す。
 それでも、血は止まらない。

「な、なにをしたっ!?」

 舞織ちゃんが、吠える。
 禊くんは、ニヤリと笑い――しかし、返事が帰ってきたのは後方。
 学院長室の出入口。

  スカーデット
「《致死武器》」

 振り返る。
 そこに居たのは、校門で出会った少女。
 制服が驚くほど似合わない、背の高い少女。

「志布志飛沫っでーす。よろしくね」


「何を……したんですか」

「あたしは何もしてねーよ。あんたの古傷が、勝手に開いたんだろ?」

「古傷……」

「そ、ここ一年分くらいの古傷が、一気に開いたんじゃねーの?」

 見れば、確かに手首こそ出血が派手で目立つが、体中あちこちに血が滲んでいる。
 古傷。
 
 過去に負った傷。
 もう、完治した傷。
 
 塞がった傷が、開く。

「『最初からトばすね』『志布志ちゃん』」

「球磨川さんもテンション高いじゃねーか。そんな悪役みたいな演出してよぉ」

「『悪役だなんてとんでもない』『そんなこと言ったら悪役のみなさんに失礼じゃないか』『僕たちは悪でも正義でもない』」

      マイナス
「『ただの過負荷なんだから』」

「まい……なす?」

 マイナス。負。過負荷。
 プラスでも、ゼロでも無い。
 有るでもなく、無いわけでもない。

「『僕たちはただ平和な世界を作りたいだけなんだ』」

「平和な世界……」

「『そう』『弱者が強者によって虐げられることのない』『平和な世界を』『ね』」

 それは、確かに理想だろう。
 素晴らしい、と手放しに褒めてもいいかも知れない。
 最高だ、と賞賛の言葉を述べてもいい。
 弱いぼくにとって、そこはまさに天国だ、と。

 そう、言っただろう。
 言っていただろう。

 一年前の、あの戦いを終える前の、ぼくだったら。


 今は違う。

 弱い人間は、弱いなりにこの世界を生きている。
 強い人間も、強いせいでこの世界は生きづらい。

 でも、確かに生きているのだ。

 どうしてもっと頑張らないんだ。
 と、哀川さんなら言うだろう。

 弱ければ、頑張って強くなればいい。
 居場所がなければ、頑張って居場所を作ればいい。
 勝てなければ、頑張って勝てる手段を探せばいい。
 友達がいないなら、自分が友達になってやろう。

 哀川さんはきっと、そう言うに違いなかった。

「へぇ、なんだ。いーたんってば良く分かってんじゃねぇか」

 と、赤い声が。
 真っ赤な声が、響いた。

「あんまし遅いから迎えにきちまったぜ」

 人類最強の請負人。
 赤き征裁。
  
 哀川潤が、そこに居た。

「ふぅん、お前が瞳ちゃんの言ってた『過負荷』ってやつか」

「『そうですよ』『潤さん』『はじめまして』」

「あたしを名前で呼ぶんじゃねぇ。呼んでいいのは味方だけだ」

「『あはは』『手厳しいな』」

 哀川さんは禊くんから視線を切り、こちらを向く。
 あっけに取られた表情をしているぼくたちへシニカルな笑みを浮かべると、言った。

「とりあえず、伊織ちゃんの治療をしないといけねぇし、もう学院長室に用は無い。
 わざわざこいつらの相手を擦る必要はねぇんだ、こうなっちまったらさっさと怒江ちゃんを拉致って帰ることにしようぜ」

「はぁ、まぁそうですね」

 確かにそのほうが効率的だ。
 でも何か違和感が有るような気がしないでもない。

「そういうのは、あたし達を倒してから言って欲しいね」

 と、飛沫ちゃんが尊大に、大きな胸をそらして言う。

「あ? お前らなんか相手にする価値もねぇっての」

「言うじゃん、最強」

「んじゃ、そういう訳で。あでゅー」

 ぼくたちは逃げ出した。


      2

 球磨川禊。
 十七歳。
 水槽学園に通う高校三年生。
 特にこれといって、特殊な境遇に生まれた少年ではない。
 ただ、その経歴だけが特殊だった。
 
 特殊――というより、異様。
 箱舟中学から三年時に転校し、そこから遠く離れた中学校に転入。
 その後付属の高校に入学するも、一週間でその学校が廃校となり、別の高校に入学する。
                                        ・・
 そして転入先の高校で、一年生にして生徒会長に就任。その半年後、通っていた学校が消滅し、転校。
 その後も数日から数ヶ月の誤差はあるものの、いずれも短期間で通っていた学校が何らかの理由で経営が不可能となり、転校を繰り返した。

「で、そんな疫病神みたいな少年が、何故怒江ちゃんを狙っているんですか?」

「さあな。それは分かんねぇ」

 舞織ちゃんを治療(と言っても、舞織ちゃんの両手は義手だったらしく、哀川さんが止血を施し、
どうやったのか神経をつなげると無事、元通りに動くようになった)すると、哀川さんはさっきの『彼』についての情報を話してくれた。


 話してくれた、とはいえ、正直役に立つ情報ではない。
 彼の経歴など、今ここではなんの役にも立たない。

「ただ、なんらかの『スキル』を持ってはいるみたいだ」

「スキル……ですか? 殺し名だとか、呪い名の連中が持っているような?」

「あぁ、つってもあいつらのはタネも仕掛もある技術だが、奴らのは文字通り『能力』と言ったほうがいい」

「奴ら? じゃあさっき飛沫ちゃんがやったのも『能力』によるものなんですか?」

「おそらくな」

「スキル……に依るものかは分かりませんが」

 と、ずっと黙っていた崩子ちゃんが口を開いた。

「あの人からは、何かすごく嫌な感じがしました」

「それ、校門で飛沫ちゃんに会った時も言っていたね」

「はい、似たような感覚です。ですが、正直比べ物にならないほどの嫌悪感を感じました」

「ふぅん、ぼくは良くわからなかったけど」


「わたしも感じましたよ、それ」

 今度は舞織ちゃんだ。

「おかげでガラにも無くブチぎれちゃいそうになりましたよ。いやぁ、その所為にするのも何ですけど、おかげで逃げちゃうところでした」

 嫌な、感じ。
 そんなものは、崩子ちゃんに言ったとおりぼくは感じ無かった。
 
 むしろ感じたのは、懐かしさ。

 あの人間失格が鏡に映ったぼくだとしたら。彼は、写真に写ったぼくだった。

 昔の自分を見ているような。
 古いアルバムを見ているような。

 直視できない、いたたまれないような感覚。
 「あぁ、ぼくはこうだったな」と、思い出させられるような、懐古感。

 彼はまるで、ぼくだった。


「さて、そろそろ授業も終わるな」

 と、哀川さんが立ち上がる。

 ぼくたちが居たのは校舎の屋上。
 屋上から降りた3階の端の教室が、一年一組だ。

 授業に乱入してでも拉致するべきでは、とも思ったが

「奴らもさすがに大きな騒ぎを起こしてまで、江迎に手を出したりはしないだろ」

 という哀川さんの発言により、ここで待機することとなったのだった。

 階段を降り、教室に向かう。
 終業のチャイムを聞きながら廊下を歩き、教室へ。

 チャイムが鳴り終わると同時に、哀川さんは躊躇なくドアへと手をかけ――

 ――開いた。

「『やあ』『遅かったね』『待ちくたびれたよ』」

「な、あぁっ!?」

「『何をそんなに驚いているんだい?』『あぁ』『やっぱり悪趣味だよね』『このオブジェ』」

 一年一組。生徒数45人。
 その全員が螺子に貫かれ、地面や机に縫いとめられていた。


「……江迎を何処にやった」

 哀川さんが、つまらなさそうな口調で問う。

「『怒江ちゃん?』『それなら飛沫ちゃんが連れていっちゃった』」

「いーたん」

「はい」

「崩子ちゃんと伊織ちゃんを連れて江迎を探せ、多分まだ学校の中に居る」

「分かりました」

「あたしはちょっと、こいつと遊んでいく」

「『わぁお!』『こんなきれいなお姉さんと遊べるなんて』『嬉しいなぁ』『でも』『僕は僕で忙しいし』『どうしようかな』」

「ごちゃごちゃ言ってんなよ!」

 哀川さんが跳びかかり。

「『仕方ない』『ここは蛾々丸ちゃんに譲るよ』」

 跳びかかった勢いのまま、後ろ向きに、吹っ飛んだ。


「じゅん……さんっ!?」

「あの人類最強と遊べるなんて、なんとも幸運です。きっと、日頃の行いが良かったおかげですね」

 声に、哀川さんを追っていた目を戻す。
 禊くんの前に立っていたのは、執事服に片眼鏡の少年。

「どうもはじめまして。蝶ヶ崎蛾々丸っでーす。よろしくお願いします」

「お兄ちゃん、下がっててください」

「あの潤さんを一撃で吹っ飛ばすなんて、正直わたしには荷が重いです。崩子ちゃんの言うとおり下がってましょう」

「貴女は護衛でしょう。むしろ率先して私より先に立ってください」

「いやいや崩子ちゃん。誰だって自分の命が一番大事ですよ? まぁ、一賊にとって一番大事なのは家族ですが」

「それこそ貴女が矢面に立つべきでしょう。家族を殺されたならそうするべきです」

「いえいえ、わたしは人識くんと双識さん意外を家族だと思ったことなんてありませんから」

 不毛な会話だった。


 と、いうか。
 それどころじゃなく。

「潤さん! だ、大丈夫ですか!?」

 ぼくの言葉に、半分以上崩れかけた壁から体を引き抜くように、哀川さんが立ち上がる。

「早く行け、いーたん」

「でも……」

「何だよ、一発貰ったくらいであたしが負けると思ってんのか?」

「……いえ」

「なら早く行け。二人もダベってねぇでいーたんをしっかり護衛しろよ」

「言われなくても分かっています。私はお兄ちゃんの奴隷ですから」

「死なない程度にがんばります」

「では潤さん。行ってきます」

「おう、行ってこい」

 そう言って、廊下に出る。
 本日二度目の逃走だった。


        3

「追うと言ってもお兄ちゃん。相手の居場所に見当はついているんですか?」

「いや、全然」

「はぁ、ダメダメですねぇ欠陥製品さんは。行き当たりばったりすぎですよ、もう少し計画性を持たないと」

「お兄ちゃんを馬鹿にしないで下さい」

「うひゃあ、崩子ちゃん可愛すぎです! どんだけ欠陥製品さんが好きなんですか」

「べ、べつにお兄ちゃんの事なんてなんと思おもってないんですからっ」

「何故急にツンデレ!?」

「最近はこういうのが流行りだと聞きましたので」

「違うよ崩子ちゃん。最近流行りなのはヤンデレの方だって」

「そうなんですか? お兄ちゃん」

「え? あ、うん! そうだねっ!」


 勢いで答えてしまった。

 半分以上に話半分で聞いていたからよくわからなかったが、まぁ大して重要な事柄でもあるまい。
 特に聞き直さずとも大丈夫だろう。

「それで、江迎怒江の居場所が分からないならどうしましょうか。闇雲に探すんですか?」

「いいや、ぼくたちはここから離れた場所を適当に歩いているだけでいい」

「サボりですかぁ、確かに潤さんに任せておけばわたし達なんて必要ないですからね」

「今回ばかりは、そうも行かないかもね」

「どういう事ですか? お兄ちゃん」

「本来の哀川さんなら、学院長室の時点で逃げようなんて発想はしなかっただろう。
 それに、自分が敵を食い止めてぼく達を先に行かせるってのもおかしい。
 哀川さんならあの場で禊くんと蛾々丸くんを纏めて倒して先に進むぐらい、簡単にやってのけるだろう。
 でも、それをしなかった。それってつまり、全力を出せない理由があるか、全力でも敵わないか、どちらかって事じゃないのかな」

「あの潤さんが……ですか?」

「え? マジ? 潤さんが負けて死ぬかも知れない? やったー! これで約束を守らないで済みます!」


「そこまでは言ってないよ。というか、楽しそうにしているところ悪いけれど、哀川さんが負けるような相手に君が勝てるのかい?
 もし哀川さんが殺されたら、ぼくらも三人まとめて殺されるのがオチだよ」

「はぁ、人生って奴はなかなか甘くないですね。で、待ってればいいってのはどう言う事ですか?」

「もうすでに、この城砦女学院は哀川さんの手配である程度包囲されているんだ」

「ははぁん、なるほど。ではわたし達の誰かを、包囲を突破する人質とするために襲いかかってくるだろうという事ですね」

「ま、そんな所かな」

「でもでも、潤さんもそこまでするくらいなら、最初から無理やり押し入って誘拐しちゃえばよかったのに」

「あー、うん。そこにもちょっと事情があってね」

「事情?」

「ここはいわく付きの場所でね。何でも哀川さんは、もうここで荒事は起こしたく無かったんだってさ」

「おかしくありませんか?」

 と、ぼくと舞織ちゃんの会話を黙って聞いていた崩子ちゃんが、唐突に切り出した。

「何がですかぁ?」

「確かに、そうだね」

「どういう事です?」


「人がいなさ過ぎるんだよ、舞織ちゃん。ここは学校だぜ?
 いくら下校時刻になったからって、ここまで人がいないのは異常だ」


「別に、変でも何でもねーよ」


 声。
 廊下の先の暗闇から、制服姿の少女が、のっそりと、姿を表した。

「もうすでに、生徒たちはひとり残らず始末されちゃってるからよ」

「志布志――飛沫!」

「始末……」

「そ、始末。ひとり残らず生きちゃあいねーよ。まぁでも安心しな、あんたらは殺さない。
 あたしは成人するまで人は殺さないと決めてるんだ」

「そいつは、素晴らしい決意だ」

「だろ? 未成年だからって罪が軽くなったら、もったいねーもんな」

 「ところで」と、飛沫ちゃんが問いかけてくる。

「ここらへんで江迎を見なかった?」


「……君が連れていったんじゃなかったのかい?」

「逃げられちまった」

 おいおい、いいのかよ。
 どんだけ杜撰な誘拐だ。

「って、ぼくが言える立場じゃないか」

「あ? なんか言ったか?」

「戯言だよ」

 ずい、と。
 今度こそ崩子ちゃんと舞織ちゃんがぼくの前に出る。
 
 崩子ちゃんはバタフライナイフを。
                    マインドレンデル
 舞織ちゃんは鋏型の凶器――《自殺志願》を、構える。

「お兄ちゃん」

「欠陥製品さん」

「あぁ、分かってる。分かってるよ」


「それじゃあいっちょう戯言、やってみっか」


第三章

             0
 
 勝ち方が分からない。
 強くなればいいよ。
 強くなる方法が分からない。
 努力すればいいよ。
 努力の仕方が分からない。
 もう、勝たなければいいんじゃないかな?

             1


 と、言ったものの

「貴女は成人するまで人は殺さないと言っていましたが、奇遇ですね、わたしも今人を殺せないんですよ」

「へー、そいつは奇遇だな。じゃあこの戦闘は、先に相手を殺さずに戦闘不能にした方が勝者ってわけだ」

「忘れてもらっては困ります。私にはそういった縛りはありません」

「あ? あー、そういやあんたも居たね、忘れてたよ」

「その台詞、後悔させてあげます」

 正直、こういった戦闘にぼくの出る幕は無い。
 大人しく、二人の戦いを眺めることにしよう。


 正直、こういった戦闘にぼくの出る幕は無い。
 大人しく、二人の戦いを眺めることにしよう。

「しかし、怒江ちゃんか、一体どんな娘なのか……」

 写真で見る限り、おとなしそうな普通の女の子だった。
 ふわふわとした柔らかそうな髪、垂れ気味のおっとりした目元。
 なんともお嬢様然とした雰囲気の娘だったように思う。

 と、ふと視線を向けた窓の外。
 反対側の校舎に、人影を見つける。

 普通ならただの生徒だろうと思うところだが、その生徒は全員始末したと、今飛沫ちゃんが言ったばかりだ。
 
「崩子ちゃん、舞織ちゃん。ここ、二人に任せても大丈夫かな?」

「お任せください」

「余裕です」

「それじゃあ、頼む」


 ぼくは二人に背を向け、走る。
 確か二階から反対の校舎へと渡り廊下があったはず。

 ぼくは階段を飛び降り、廊下を走って反対側の校舎へと走る。
 階段を駆け上り、三階へ。

 左右の廊下を見渡すが、

「居ない」

 いや、だが痕跡らしき物はあった。

 左手側、20mほど先。
 三年五組の扉が、空いていた。

 そこだけ開け放たれた教室へと歩を進める。

 そして、あと数歩というところで、気づく。

 腐臭。
 何かが腐ったような匂い。
 腐敗した物質の放つ悪臭が、ぼくの鼻腔を刺激する。
 
 あまりの悪臭に、くらくらしてくる。
 
 嗅ぎ慣れた、というわけではなく。むしろ鼻が馬鹿になってきた辺りで、気づく。
 これは、肉の、腐った、匂いだ。

 腐乱死体が丁度、こんな匂いをしていた。

 扉の横に貼りつき、ゆっくりと、中を覗く。
 
「きゃっ」

 ぶつかった。
 
 とすん、と軽い音を立てて倒れた少女。
 ふわふわとした柔らかそうな髪、垂れ気味のおっとりした目元。
 なんともお嬢様然とした雰囲気の娘。

「江迎、怒江ちゃん……だね」

「はい?」

「こんにちは、ぼくは請負人。君を誘拐しに来たんだ」

「え? えぇぇぇぇぇっ!?」

 あまりに驚いたのか、尻餅を付いた状態から一気に手を上げて立ち上がった。
 なんというか、初々しいリアクションの娘だな。


「ゆ、誘拐? どういう事ですかあ!?」

「ちょっと言葉が悪かったかな。そうだな、うん。保護というのが正しいかな」

「保護、ですかあー?」

「そう、保護。怒江ちゃん、君今変な奴らから逃げてきたんだろ?」

「えっ? あぁ、まあそうですねえ」

「そいつらから君を助けてあげようと思ってね。
 と言っても、ぼくが出来るのは君をこの学校から連れ出して安全な場所に――って、怒江ちゃん?」

「はいっ!」

「えっと、なんでそんなに目を輝かせているんだい?」

「請負人さん、貴方は私の王子様だったんですね……」

「はい?」

「貴方はこの学園に囚われている私を助けに来てくれた王子様だったんですね。
 変な力の所為で友達も出来なくてそれどころか親にも見捨てられて学校では苛めに遭ってる、
 そんな私を助けに来てくれたんですね。いえ、分かってます。
 請負人というのは世を忍ぶ仮の姿で本当はどこかの国の王子様なんですよね?
 じゃあ王子様と結婚したら私はお后様になれるんだあ。
 あ、でも安心してください、どんなに大きなお城でどんなに贅沢ができても
 私は王子様さえ居ればいいんですから我儘は絶対言いません。
 それどころか王子様とならどんな慎ましやかな生活でも貧しい生活でも受け入れちゃいます。
 あ、でも子どもができたらその子達だけには幸せな生活をさせてあげたいなあ。
 子供がお腹を空かせないように、少ない夕ご飯を殆ど子供にあげちゃって、
 私と貴方は「もうお腹いっぱいだから」ってさらに少ないおかずも上げちゃうんです。
 美味しそうにごはんを食べる我が子を見て、幸せだなあ、なんて二人で笑い合ったりして。うふふ。
 あ、王子様は何か趣味とかあるんですか? 
 私は特に無いんですけど、王子様に何か趣味があるんだったら私もそれをやってみようかな。
 あ、でも趣味に夢中になりすぎるのは駄目ですよ?
 週に五日は一緒に居て構ってくれないと私寂しくて王子様を殺しちゃうかも。
 なんて、冗談です。私が王子様のこと殺すなんて絶対ありませんから安心してください。
 私は死ぬまで王子様を傷つけることは一切ありませんから。だから王子様も死ぬまで私を守ってくださいね。
 きゃっ、言っちゃった。でももし王子様が先に死んじゃったら私自殺しちゃうかも知れません。
 王子様の居ない世界なんて絶対に耐えられないもの。
 きっと子供も寂しいだろうから、一家揃ってすぐに会いに行きます。王子様にさみしい思いはさせません。
 そうだ、王子様ってきっと友達が多いんでしょうね。
 私ってこれまで友達なんて居なかったから、実はさっきの人たちが友達になってくれるって言ってくれて、
 ちょっとだけ嬉しかったんです。ちょっとだけですよ?
 今は王子様が居るから、友達なんて居なくても全然大丈夫。王子様も私が居ればもう友達なんて要らないよね?
 王子様の友達には悪いけど、でもでも、これも仕方のないことですよね?
 たくさん居るお友達に一人ひとり謝るのは大変かも知れないですけど、大丈夫です。私も一緒に謝りに行きますから。
 もう私たちはお互い以外要らないので金輪際近寄らないでください話しかけないでください近寄らないでください、ってちゃんと言えるかな?
 もしそれで怒るような人が居たら……ううん、きっと王子様のお友達は皆王子様のことが大好きだろうから絶対怒るよね。
 怒った人が襲いかかってきたらどうしよう。その時は王子様、ちゃんと私を守ってくださいね?」


 うわぁ。
 なんて言うか、うわぁ。

 ドン引きである。
 
 電波ってレベルじゃないぞ、これ。
 下手したら絵本さんを凌駕するんじゃないか?

 また厄介な娘に関わってしまった。

 いや、でも勘違いとは言えぼくに好意をもってくれているということは、ある程度操作がしやすいのか?

「とりあえず、怒江ちゃん」

「はいっ」

「ぼくと一緒に学校の外へ出よう」

「どこまでも付いていきますう」

 と、怒江ちゃんを連れていこうと、足を踏み出した時だった。
 ちらり、と三年五組の教室の中が、見えた。

「うっ……」

 つい、口を抑え、えずきそうになる。

  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・   ・ ・ ・ ・ ・
 そこでは夥しい量の死体が、腐っていた。

 
                  2

 腐乱死体。
 腐った死体。
 ドロドロに溶け、グズグズに崩れ、もはや人の体を保っていない死体。

 それがおよそ、四十体。丁度一クラスの生徒分、あった。

 もはや顔も判別できないほどに原型をとどめていない死体からはあの悪臭が立ち上り、反射的に体が吐き気を催そうとする。

「これは……」

「あぁ、私がやったんですう」

「え?」

「私、触れた物を何でも腐らせちゃうんです。
 実はこの変な力の所為で親から捨てられて友達も居なかったんですけど、王子様はそんな事気にしませんよね?」

 これが、哀川さんの言っていた『スキル』

 禊くんの言う『過負荷』なのだろうか。

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