※捏造設定注意
───────
風をきって飛ぶ感覚が好きだ。
アンカーを射ち出すタイミング、ガスの噴出音、手のひらに伝わるグリップの感触。
理屈じゃさっぱりわからなかった体重移動も、ある時降って湧いたように身体で理解することができた。
すべてがしっくりと収まるこの感覚。
冷静に周囲に気を配り、興奮を抑えて最短ルートで目標を補足する。
欲張らないことと一点集中がポイントだ。
あんなに辛かった訓練が今では楽しいとすら感じるようになった。
俺は天才か?
いや違う、努力が実を結んだに過ぎない。
勘のいい奴は大勢いるし、天賦の才というやつも目の当たりにした。
同じように努力した結果成長した奴も。
俺は特別な人間ではないが、だからこそもっと強くなれる。
強くなるんだ。そう思ってやってきた。
憲兵になるために。
.
─訓練兵団演習場・森
オルオ「………」パシュッ ヒュウウッ ザシュッ!!
訓練兵A「くっ…」ザシュッ
訓練兵B「ハァッ!」ザクッ
訓練兵B「くっそっ、またオルオの後かっ」
訓練兵A「か~っ、なんであんな速いんだよあいつ」
オルオ(次は……どこだ…)チラッ
オルオ「(……あれか)……ふっ!」ザシュッ!!
─訓練終了後・食堂前
オルオ「ふぅ…(今日は少し集中力に欠けてたな)」
訓練兵A「なあオルオ、お前どうやったらあんなに速く動けるんだ?」
オルオ「どうって、普通にやってるだけだ」
訓練兵A「その普通を説明してくれよ…」
オルオ「…最適の量のガスを噴出させて最適の角度でアンカーを射出し、握りは軽く体重でもって」
訓練兵A「もういいわ…」
オルオ「………」
訓練兵B「ははっ、まああれだよな、自分の感覚を他人に伝えるって難しいよな」
訓練兵A「感覚っつーかこの答えじゃ教本と変わらねえじゃねえか」
オルオ「教本通りを心がけてやった結果だ。手っ取り早くコツが知りたきゃ他の奴に聞いてくれ」
訓練兵B「あ、おーい……行っちまった」
訓練兵A「ったく、頭の堅い野郎だな。三年目だってのにいまいち打ち解けねえしよ」
訓練兵B「お前の聞き方も曖昧すぎんだよ…」
エルド「おーい、ちんたらやってると食いっぱぐれるぞ」
訓練兵A「おっエルド、ちょうどいいとこに来た!ちょっと聞きたいことが…」
エルド「適量のガス、正しい角度、体重移動。あとは兵士としての自覚と責任ってとこか」
訓練兵A「」
グンタ「三年目にもなって他人に教えを請うのはマズいと思うぞ」
自分が周囲からどう思われているかはわかっているつもりだ。
くそ真面目でノリの悪いつまらない奴。
だがそれがどうした。
遊びに来てるんじゃねえ。
俺たちは兵士で、もうしばらくすれば訓練兵を卒業し、各兵団配属される。
─食堂内
エルド「オルオ、ここいいか?」
オルオ「…ああ」モグモグ
グンタ「ふぅ、飯だ飯だ」
オルオ「………」モグモグ ゴックン
エルド「俺たちもいよいよ卒業だな」
グンタ「はっは、まだ気が早いんじゃないかエルド」
オルオ「………」モグモグ
エルド「そういやグンタ、お前所属兵団はどこにするんだー?(棒」モグモグ
グンタ「俺は調査兵団だな(棒」モグモグ
エルド「マジかよ、お前なら憲兵団に行けるんじゃないのか(棒」
オルオ「………」モグモグ
グンタ「俺は最初から調査兵団志望だ。そういうお前はどこにするんだ?(棒」
エルド「俺か。そーだなー、実を言うと調査兵団だ(棒」
グンタ「なんだお前もか。お互いがんばろうぜ(棒」ハッハッハ
エルド「おうよ(棒」ワッハッハ
オルオ「………」ゴックン
エルグン「………」モグモグ
エルド「オルオ、お前は?」
オルオ「憲兵団だ」ガタッ スタスタ
エルグン「………」モグ…
グンタ「…なあエルド、やはり所属兵団は本人の意思で選ぶのが一番だ。
外野が口を挟むのは良くない。というか取りつく島もない」
エルド「まあな」モグモグ
グンタ「あいつにも色々と事情があるんだろう。ラクしたいがために憲兵団を選んでいるとも思えんしな。
それとも俺たちは嫌われているのか」
エルド「かもな」ムシャムシャ
グンタ「それに、ただでさえ調査兵団はあのウォールマリア奪還作戦で大敗を期し、
壊滅的な被害を出した。今このタイミングで行きたがる奴はそうそういないだろう。
そもそもこの小芝居は本当に必要だったのか」
エルド「……うーむ」ゴックン
ペトラ「ねえ、」
エルド「ん?」
ペトラ「二人とも調査兵団志望なの?」
グンタ「盗み聞きとは感心しないなペトラ」
ペトラ「隣に座ってて聞くなって言うほうが無理だよ…」
エルド「確かに調査兵団志望だが、それがどうかしたのか」
ペトラ「別に…ただ、私もそうだから」
エルド「へえ、そりゃまた」
ペトラ「なによ、意外?」
エルド「いいや」
訓練兵C「ペトラー、先に行ってるね」
ペトラ「あ、うん」
エルグン「………」モグモグ
ペトラ「さっきオルオに聞いてたでしょ、志望する兵団。というか何なのあの変なお芝居」
エルド(ほう、ペトラがオルオみたいなタイプに興味を持つとは)
グンタ「あれは…まあ、その」
ペトラ「私が言うのもなんなんだけどさ、
オルオって無愛想だしいつも怒ってるみたいで付き合いづらいし、
成績はいいけど特に熱心て訳でもなさそうだし、
ああいう人は黙って憲兵団なりに送り出した方がいいんじゃないの?」
エルド(はっきり言うなあ…)
エルド「あのなあペトラ、あいつはお前が思ってるような奴じゃねえよ。
話してみればわかる」
グンタ「俺は雪山演習で同じ班だったからわかるが、オルオは仲間想いで正義感の強い奴だ。
愛想がないんじゃなく口下手なのさ」
ペトラ「ふーん?」
グンタ「班員の体力を見極めて逐一指示を出し、ぶっきらぼうながら気遣いを忘れない。
あいつはいい男だぞ、俺が保証する」
ペトラ「へーえ。その割にはあっさりフラれたみたいだけど」
グンタ「だ、だからだな、」
エルド「ペトラ、さてはお前オルオのことが気になるんだろう?
気持ちは分かるぜ。なんせあいつは強い。男は強さだ!」グッ
ペトラ「は?」
グンタ「………」モグモグ
ペトラ「別になんとも思ってないよ。
ただオルオって、最初はパッとしなかったけど二年目あたりから急に伸びてきたでしょ。だから…」
エルド「だから?」
ペトラ「…だからちょっと意外に感じてるだけだよ。よく知らないけど」
グンタ「なら明日の格闘術、オルオと組んでみたらどうだ。何かわかるかも知れないぞ」ガタッ
ペトラ「えっ?」
エルド「そりゃあいい。よく知らない相手のことをあれこれ言うのもどうかと思うしな。
そんで後でちゃんと俺らに報告しろよ。じゃあな」ガタッ スタスタ
ペトラ「ちょ、ちょっと!……なによ報告って…」
悪い奴じゃないことは知っている。
話しかければ普通に返してくれるのだろうし、感性もまともそうだ。
ただ口数が少ないだけ。
むすっとしていていつも我関せずでちょっと近寄りがたくて、輪の中に入って談笑したり誰かとふざけたり、そういうところを見たことがない。
訓練はごく真面目に真剣に受けていた。
当然と言うべきか、成績は良い。近頃は特に目立っている。
だから余計にそう感じていたのだろうか。
あいつはそういう奴。
ノリが悪いし、一人でいるほうが好きなんだろう。
何を考えてるかはわからないけど、ここにいるってことはつまり気持ちはみんなと同じなはず。
害はない。それだけは確かだ。
だから放っておく。
同期の訓練兵として、私は長い間オルオとほとんど接点を持たずにいた。
もちろん食事や各種訓練などはみんな一緒だから、
100人以上いる訓練兵も嫌でも顔と名前ぐらいは一致するようになる。
それでも普段一緒にいるメンバーというのはそれぞれ限られてくるし、
彼と私のそれは限りなく別の線上にあった。
けれど不思議なことにいつからか自然と目につくようになる。
成長期の真っ只中で皆どんどん体つきや顔つきが変わっていき、
入団当初は自分より背の低かった男の子達をあっという間に見上げるようになる。
オルオもそうだ。
もっとも彼の場合は小柄でも顔は妙に…
なんというか、年寄りくさかったけど。
─兵舎・男子寮
オルオ(………)ゴロゴロ
オルオ(さっきは少し無下にしすぎただろうか)
オルオ(あいつらなんだか様子がおかしかったが、俺を勧誘したいのか?)
オルオ(…エルドとグンタはいい奴だ。年上なだけあって落ち着きがあるし、信頼もできる)
オルオ(何故か俺のことを気にかけてくれるしな)
オルオ(………一応謝っとくか)ムクリ
.
とりあえずここまで(独り言)
支援ありがとう
─引き続き男子寮
オルオ「エルド、グンタ。ちょっといいか」
エルド「お(キタァァァァァァァァ)」
グンタ「おっおう!どうした」
オルオ「飯の時はすまなかったな。その、お前ら何か言いたかったんだろう」
エルド(こいつのこういうところが良いんだよなぁ)ホロッ
グンタ「あっああ!いや、何を言ってる、謝るのは俺たちのほうだ。なんというか…すまん」
オルオ「………いや」
エルド「なあオルオ、その…所属兵団のことだが…」
オルオ「………」
グンタ「まあ座れよ」ポフポフ
オルオ(もうすぐ消灯だが……ううん)ストッ
エルド(おお座った…)
グンタ(素直だ…)
三 人「………」
エルド「ん゙っん゙んっ」
エルド「……もちろん個人の意思や希望を尊重すべきだってのは俺たちもよくわかってるつもりだ。
お前が憲兵団に行きたいってのももともと知ってる。
だから矛盾してるんだけどさ………俺の言いたいこと、わかるか?」
オルオ「俺を調査兵団に入れたいのか」
エルド「…そう、その通りだ」
グンタ「誤解してほしくないんだが、こんなこと誰にでも言ってるわけじゃない」
エルド「あと変な思惑とかもないぞっ」
オルオ「ならどうしてだ?」
エルド「お前が好きなのさ」サラッ
オルオ「………」
グンタ「友人として!同期として!人間として!なっ!?」
エルド「ああ(他にどういう意味があるんだよ…)」
オルオ「俺もお前らのことは好きだ」
グンタ「…おっおう!」
エルド「うは…はっはっは照れるなオイ!」バシバシ
訓練兵A「うるせえよお前らァァァ!ったくよおォォォォ!」
エルグン「スミマセン、スミマセン」
─ちょっと外に出た
エルド「………(さみい)」
オルオ「………(星がきれいだな)」
グンタ「俺は、これは俺個人の考えなんだが──
グンタ「俺たちはまだ新兵でもなんでもないただの訓練兵だ。巨人と戦ったこともない、現場なんて知らないガキだ。
だからこんなことを言うのはバカみてえかもしれないし、甘いかもしれない」
グンタ「実際調査兵団に入るのは死にに行くようなもんなんだろう…
けどな、こんな時だからこそ必要だと思うんだよ」
グンタ「歩みを止めちゃいけねえんだ。
どんなに風当たりが強くても、希望が見出だせなくても、怖くてたまらなくても、
一番ビビっちゃいけねえのは俺たちだ」
グンタ「だから俺はどうしたって調査兵になって、死んでいった大勢の先輩方の意志を繋げていかないと、ってな…」グッ
エルド(………かっこいいなァ)
オルオ(グンタ……そんなことを考えてたのか……)
グンタ(ああなに語ってんだ俺ハズカシイィィ)
オルオ「すごいな、お前は…」
エルド「そうなんだよ、こいつすごいだろ。まいっちまうよな」
グンタ「う、うるせえ」
エルド「言っとくけど俺にはこんな立派な信条はないぜ」
オルオ「じゃあなんで…」
エルド「そりゃあお前、壁工事はともかく王都での使いっ走りなんてご免だからな。
似合わないだろ、どう見たって。ん?」
オルオ「……ははっ確かに想像つかねえ」
グンタ「(笑ったァァァァ)はっはっは!」
エルド「(ウオオオォォォ)だっはっはっは!」
─男子寮
オルオ(あいつらはいい奴らだ。いいコンビだ)
エルド『オルオ、今更こんなこと言っても説得力はないだろうが、俺たちが言ったことは気にするな』
オルオ(あんなに強く心に決めた物があって、それに見合う人格と実力を備えている)
オルオ(俺にはこんな……いや、そうじゃないな)
オルオ(俺の信じるものだって確かにここにある)
グンタ『お前が今思っていることが、それが答えだろう』
オルオ(……そうだ)
エルド『だからよ、もし良かったらいつか聞かせてくれよな。憲兵団を選ぶ理由を』
オルオ(………明日も早い、眠ろう)
オルオ(………)
短いけどここまで
─翌日・格闘術訓練
ワー ワー
訓練兵A「おっしゃいくぜオルオ、今日こそ土つけてやる」
訓練兵B「頑張れよ~」
オルオ「たまには他の奴とやれよ」
訓練兵A「やだ」
オルオ「俺は他の奴とやりたいんだけど」
訓練兵A「はあ?他の奴って誰だよ」
オルオ「お前以外なら誰でもいい」
訓練兵A「」
ワー ワー
ペトラ(………)
訓練兵A「はっ!」シュッ
オルオ「」スッ ガシッ グイッ
訓練兵A「ぬおっ」
オルオ「」ギュッ
訓練兵A「んがっ!」
オルオ(…なんか視線を感じるな)ギチギチギチ
ペトラ(………)
オルオ「!……(ペトラ、か?)」ギチギチギチギチ
訓練兵A「~~~っ!!」バシバシ
訓練兵B「おーい死んじまうぞー」
オルオ「お、わりい」パッ
訓練兵A「」ブクブク
訓練兵A「死ぬかと思った」ハァハァ
訓練兵B「少しは学習しろよ…あんな適当な攻撃が通用するわけないだろ」
訓練兵A「ぬうう」
ワー ウオー トリャー
オルオ「………」ボケー
オルオ(ペトラ・ラル、だったか…なんか睨まれるようなことしたっけか)
オルオ(まさかな、話したこともねえのに。誰か別の奴を見てたんだろ)
ペトラ「オルオ」
オルオ「!」
ペトラ「(そんな目ぇ見開かなくても…)何か考え事?」
オルオ「休んでるだけだ」プイッ
ペトラ「そう」
オルオ「………」
ペトラ「………」
オルオ「なんか用か」
ペトラ「………背、伸びたよね」
オルオ「………成長期に背が伸びるのは当然だろ」
ペトラ「入った頃はみんな同じくらいだったのに、男の子はいいね」
オルオ「女だって背の高い奴はいる」
ペトラ「うん」
オルオ(何言ってんだこいつ)
ペトラ(何言ってんだろ私)
ペトラ「ねえ、さっき見てたんだけど、いつもあいつらと組んでるの?」
オルオ「あいつら?…ああ、別にいつもじゃねえ」
ペトラ「そっか。じゃあ休憩したら私と組んでくれない?手加減なしで」ニコッ
オルオ「なんでだよ」
ペトラ「えっ、えーと、自分の力がどの程度なのか確かめたくて。
こう見えても私結構強いんだよ」ニコニコ
オルオ「そういうことなら、あいつぐらいが丁度いいんじゃないか」
ペトラ「あいつって…訓練兵B?私とやったことないのにどうしてわかるの?」
オルオ「なんとなく」
ペトラ「えー納得できないな。とりあえず一度やってみてよ」ニコニコ
オルオ「………」
ペトラ(信じられないくらい露骨に嫌そうな顔しやがって)ニコニコ
オルオ「……ハァ、一度だけだぞ」
ペトラ「(ため息をつくな)やった、ありがとう!」ニコニコ
オリャー ハーッ ワー
.
ペトラ「」ハァハァ
オルオ「もういいか?」
ペトラ(ぐぬぬぬぬなんてことなの…軽くあしらわれて終わるなんて…)
オルオ「おい、ペトラ」
ペトラ「う、うん。よかったら何か助言をくれるかな」ニコォ
オルオ「そうだな…技術やスピードは申し分ない。
目がいいみたいだから、冷静に相手の動きを見て焦らずに攻撃したほうがいい」
ペトラ「あ、ありがとう…」
ペトラ(嫌々引き受けて思いっきり手加減された上に的確な助言まで貰ってしまった…)
ペトラ(これはちょっと久々にポッキリやられたわね)フー
ペトラ(………)
エルド『ちゃんと報告しろよ~』ニヤニヤ
ペトラ(チッ)
ペトラ(……なにやってんだろ私)
読んでくれてる人ありがとう
書くの遅いんで適当に付き合ってください
『あいつはお前が思ってるような奴じゃない』
『仲間想いで正義感が強い』
『愛想がないんじゃなく口下手なのさ』
『あいつは強い』
『お前が思ってるような奴じゃない』
(私が思ってるような、って何?)
(私はなぜオルオを悪く思う?)
(…悪く?)
(強さって何?)
(エルドもグンタも強い。技術や知識だけでなく精神面だって)
(くだけた雰囲気は余裕のあらわれで……ううん、もし自然な気遣いだったとしてもそれとわからないくらい)
(他の訓練兵とは視点が違う、人間として私たちよりずっと成熟してる)
(仲間想いで正義漢なのはあの二人のことだ)
(オルオのことは、まだよくわからない…)
エルド「あれ、なあ、ペトラは?」
訓練兵C「ああ、今日は疲れたからってもう寮に戻ったけど」モグモグ
エルド「…そうか、ありがとう」
.
(嫌な顔したわりには丁寧に相手してくれたと思う)
(手加減と手抜きは違う。私が本気だってことをわかって合わせてた)
(……冷静に相手の動きを見て焦らずに、か)
(ああやって見下ろして、顔色や頭の中全部見られてるみたいだ)
(自分はいつも一人で考えこんでるだけのくせに……)
ペトラ「………やだな」
.
劣等感。
どれだけ訓練を重ね、筋力を増やし励んでも、彼らは私がやっとの思いで掴んだものをあっという間に次々獲得していく。
私は嫉妬しているのだ。
オルオにではなく、実力のある同期の男の子全員に。
だから死に物狂いで努力してきた。
必死なところを気取られないように、普段は女の子達と語らい、言葉遣いや所作にも気を付けた。
他人を気遣い、状況を読み、まるで優等生のように振る舞う。
理不尽なことや不条理な物事にぶつかったとき、否応なく込み上げる激情を押さえ込むのは至難の技だった。
けれどなぜだろう。
それすら必要なことだと自分に言い聞かせ、怒りを噛み殺す。
それももう限界かもしれない。
.
オルオ(………)ボケー
オルオ(背、伸びたよね…か)
オルオ「なあ」
訓練兵A「あー?」
オルオ「入団してからどのくらい背伸びた?」
訓練兵A「あー、こないだの測定で180だったから…えーと…18cmか」
オルオ「そうか」
訓練兵A「おー。身長だけならお前に負けねえ」
オルオ「ふん」
訓練兵A「鼻で笑うんじゃねえ」
オルオ「なあ」
訓練兵A「あー?」
オルオ「女ってよくわからねえな」
訓練兵A「……ほあ?」
同期には女子訓練兵もそれなりの人数がいる。
ペトラは女子の中では一番だ。
男女合わせてもそれなりの腕だということは、今日組んでみてわかった。
身長の話で自分が言ったことを思い返す。
『女でも背の高い奴はいる』
男だから、女だからどうということじゃない。
同じ兵士なら区別はない。
家の近所には小さな子か、その母親か、あるいはもっと年のいった母親か。
いるのはそういう人たちだった。
よく弟たちが一緒になってその辺を駆け回り、鶏を追いかけ、バケツをひっくり返し、泥だらけになっては叱られていた。
今も変わらないはずだ。
.
エルドたちの物言いたげな視線を避けながら、私はしばらくの間オルオを観察することにした。
別におかしな意味はない。
一度気になると、なんとなく放っておけない性格なのだ。
おかしな意味はない。
.
座学全般、つまらなそうに聞いている。
時々メモを取って、時々窓の外を眺めているが、戦術論などよりは土木技術の講義の方が心なしか熱心そうに見えた。
対人格闘術、相手を変えながらたまに指導めいたことをしている。
何本かこなしたら休憩し、そのうちまた誰かに声をかけられて立ち上がる。
真剣に取り組んでいるのがわかる。
行軍訓練、同じ班だった子いわく「気が抜けてるようでいて安定感がある」。
わかるようなわからないような。
話しかけられはすれど話しかけることはなく、やっぱり一人でいることが多いし、やっぱり笑いもしない。
結論、見てるだけじゃ何もわからない。
─数日後・立体機動術訓練
オルオ「今日は相棒はいないのか」
訓練兵B「さあ…」
ペトラ「オルオは速さも精度も一番だって聞いたから、代わってもらっちゃった。よろしくね」ニコ
オルオ「………」ジロ
訓練兵B(いやいや俺知らねえよ…)
ペトラ「何か問題ある?」
オルオ「ずいぶん余裕があるんだな」ボソ
ペトラ「え?」
オルオ(この間から人のことジロジロ観察しやがって、どういうつもりだ)
訓練兵B「おーい、何でもいいけどそろそろだぞ」
教官「よし、次の班行け!」
オルオ「………」パシュッ
ペトラ(さて、お手並み拝見と行こうじゃないの)パシュッ
訓練兵B(やれやれ)パシュッ
オルオ「………」ヒュッ ヒュウウッ
ペトラ「…っ!(思ってたよりずっと速い…どうしてあんな動きが…)」ヒュウッ
オルオ(落ち着け、集中しろ)パシュッ ザンッッ ヒュッ
ペトラ「くっ…そぉっ!」ギリッ
ペトラ(私だって、私だってずっと努力してきた!)ヒュウッ ザシュッ
訓練兵B(おいおいおいおい何とばしてんだよこいつら)
オルオ(………次)プシュッ ヒュンッ ザシュッ
ペトラ(くっ)ザクッッ
ペトラ「…まだだ…次っ!!」
ペトラ(あんたみたいな中途半端な奴に負けるなんて!!)バシュッ
オルオ(………)チラ
オルオ(おっかねえ顔だな。何をあんなに必死になって…)
(最後くらい譲ってやるか?…いや、ああいう奴は逆に怒るだろうな)ヒュウウッ パシュッ
ペトラ「もらった!!」ヒュンッ
オルオ「…っ!?(こいついつの間に…)」
ペトラ「ふっ!」ザシュッ
ペトラ(やったー!どーだ見たか!)パシュッ
オルオ「………」ザクッ
バサバサバサッ ギャース
ペトラ「ちょっ…鳥!?わぷっ」ガクン
ペトラ「きゃっ…(しまった、墜ち…)」
オルオ「おい!ガス噴かせっ!早く!」
ペトラ「っ…!!」プシュッ ドッ ズザザザ…
ペトラ「…いたたた…ううお尻が……間に合わなかった……」
オルオ「………」ストン スタスタ
オルオ「何やってんだお前は」
ペトラ「……え」
オルオ「あんな至近距離から割り込んできて俺を殺す気かこのバカ。
あ?超硬質スチールで俺ごと削ぐ気かバカが。
鳥ぐらいでビビって落っこちてんじゃねえバカ野郎」
ペトラ「なっ……ばっ、バカバカうるさいわね!悪かったけど!ごめんなさい!!やり過ぎました!!手貸すぐらいしてよ!」
オルオ「そんだけ元気ならいらねえだろ、うるせえな」
訓練兵B「おーい大丈夫かー?」ヒュウッ ストッ
オルオ「………」
訓練兵B「えっと…ペトラ怪我は?」
ペトラ「平気、尻餅ついただけだから」
訓練兵B「ほんとか?…ったく二人とも何ムキになってんだよ、らしくないぞ」
オルオ「………」
ペトラ「………」
訓練兵B(無視かい)
オルオ「戻るぞ」
ペトラ「待ってよ」
ペトラ「……どうして憲兵団なの?」
オルオ「……は?」
訓練兵B(え?)
ペトラ「わかんないんだけど、自分の能力を生かそうと思わないの?
他にやりたいことがあるとか…自分みたいな人間が必要だって思うでしょう?
必要だと思うよ私は。オルオは、憲兵には向いてない」
オルオ「…お前、どうして俺に構う?」
ペトラ「………」
オルオ「お前がどの兵団を選ぼうが俺の知ったことではないし、その事でとやかく言うつもりはねえ。
人には事情ってもんがある。だが詮索と難癖ばかりじゃいい加減頭に来る」
ペトラ「……そうだね、ごめん」
オルオ「………」
ペトラ「私は調査兵団にいくよ。ずっとそう思ってやってきたから」
オルオ「そうか」
ペトラ「考えてみなよ、自分が壁の外に行くって思いながら訓練すると、何もかも変わってくるから」
─同日・食堂
ガヤガヤ モグモグ
訓練兵A「だからよ、そんなわけで代わってやったんだよ」
訓練兵B「うん、そうか」
訓練兵A「んでどうだった?」
訓練兵B「どう、ってなぁ……だいぶ怒ってたぞあいつ」
訓練兵A「マジかよなんなんだペトラの奴」
訓練兵B「いやオルオがな」
訓練兵A「何ィ!?怒ってるようで怒ってないけど怒ったらやはり怖そうな男第2位のオルオを怒らせるとはやりおる!逆に怖い!!その自信が!!」ガタッ
訓練兵B「座れよ」
訓練兵A「………」ストン
訓練兵B「なあ、お前所属兵団どこにするんだ?(実質二択だけど)」
訓練兵A「駐屯兵団に決まってんだろ」
訓練兵B「(ふーん、だよな)なんでよ」
訓練兵A「目標はだな、できれば精鋭部隊に入る。そんで調査兵団を送迎する」
訓練兵B「送迎?なんだそりゃ」
訓練兵A「調査兵団が壁外調査に出発する時はしんがりで援護しつつその背中を押し、
帰還時には誇らしい気持ちでおかえりなさいと言う。これが俺の理想の兵士像」
訓練兵B「………お前、変わってんな」
.
ここまで
支援ありがとうございます
─同じく食堂
ツカツカ ガタッ ドスッ
ペトラ「ハァ~…(お尻イタイ)」
エルド「いきなりため息はやめろよ…」モグ…
グンタ「どうかしたのか」
ペトラ「今日の訓練、オルオと同じ班でやったの。
………二人がどうしてオルオを勧誘したのかわかった。
すごいよ(人間性はともかく)」
エルド「だろ」
ペトラ「うん」
グンタ「で?」
ペトラ「で、言っちゃった…自分の能力を生かそうと思わないのかって、憲兵は向いてないって」
エルド(はっきり言うなあ…)モグモグ
ペトラ「ものすごく怒ってた。いやその前から怒ってたんだけど、
当然のごとく余計怒っちゃって、なんかもうダメかも」
エルド「………何が?」
ペトラ「あんなこと言うつもり無かったのに、
あいつを見てるともどかしいっていうかイライラするっていうか、わかんなくて。
もちろん事情があるっていうのはわかるし、口出しするのは良くないって思ってる」
グンタ「でも言っちまったのか」
ペトラ「うん……向いてないなんてことないのにね」
エルド「……そうだなあ、とりあえず食えよ」
ペトラ「食欲ない」ハァ
エルド「じゃあくれ」
ペトラ「………」パク モグモグ
エルド「」
グンタ「あいつはな、ペトラ。謝りゃ許してくれる。気にするなって言って終わりさ。
多分それほど怒ってもいねえよ」
ペトラ「なんでわかるの?」
グンタ「そういう奴なんだ。その代わりさぞ戸惑ってることだろうが」
エルド「これまで全く接点のなかった女から突然あれこれ言われちゃあな」
ペトラ「……そうだよね」
エルド(焚き付けたのは俺たちですけどね)
ペトラ「二人は知ってるの?」
エルド「理由か?あいつの」
ペトラ「うん」
エルド「いいや」
ペトラ「そっか」
「………」モグモグ
ペトラ「………そっか…」
.
その夜は夢を見た。
俺は家にいて、訓練所へ入所する前日の晩。
食卓にはお袋がこしらえた料理がところ狭しと並ぶ。
キョロキョロと俺や両親の顔をうかがいながらも嬉しそうにがっつく弟たち。
見てばかりいないであんたも食べなさいと怒ったように笑うお袋。
それを穏やかに眺める親父。
目の前ではトウモロコシのスープが湯気をたて、甘ったるい匂いまで漂ってくるようだ。
そしてそれを眺めるもうひとりの自分は、兵装で戸口の前に立っている。
二つの視点を行ったり来たりしながら、俺は味のないスープを飲み、ただ苦しいほど懐かしい気持ちで団欒を見守る。
.
目覚めると、薄暗い天井にまだぼんやりとその情景を思い浮かべることが出来た。
『家のことは心配しなくていい。だから最後までしっかりやり抜いて来い』
『あんたは優しいからみんなを助けてあげるんだよ』
誰も泣かなかった。
誇らしい気持ちで家を出た。
あれを失いたくない。
あの場所に帰りたい。
俺は死にたくない。
きっと誰もがそうであるように。
.
もしかしてベルチンコのひと?
面白いです支援
期待
こんなクールなオルオさんが
初陣で漏らすのが想像できない
─数日後・またまた格闘術訓練
第1ラウンド
訓練兵A「せいっ!」シュッ
オルオ 「」パシッ
訓練兵A「ふんっ!」シュッ
オルオ 「」パシッ
訓練兵A「ぐぬぬ…放せええええ」グググ
オルオ 「」パッ
訓練兵A「わっ」ドターン ムクッ
訓練兵A「まだまだあああああ」タックル
オルオ 「ぐふっ」ドテーン
訓練兵A「フフフフ…そしてマウントポジションからのおおお!へぶっ」ゲシッ
オルオ 「お り ろ」ゲシッゲシッゲシッ
訓練兵A「いでっ、ちょ、やめっ」
オルオ 「まだまだ」ニヤリ
第3ラウンド
訓練兵A「ハァ…ハァ…もういっちょ!!」
オルオ 「おい!しつこいぞテメー」ハァハァ
訓練兵A「フハ…フハハハ!どうやらついに持久力でも俺が上回ったみたいだな!」ゼエゼエ
オルオ 「ああ?」ムカッ
訓練兵A「もう一本相手してやるぜ~ほれほれかかってこいよ!」クイックイッ
オルオ 「相手してやってんのはどっちだ、お前がこいバカが」
訓練兵A「やなこった!!」
オルオ 「…怖いのか?」ユラリ
訓練兵A「はああ?散々お前に痛め付けられてきて今さら怖いもクソもあるかよ!」ベロベロ
オルオ 「じゃあこいよ、身長と持久力はお前の方が上だろ?」メラメラ
訓練兵A「ハッハッハ!……なんかお前最近おかしくない?」ドキドキ
オルオ 「うるせえ。こないなら行くぞ」
ワー バキッドカッ ギャー
.
第5ラウn
オルオ「ハァ…ハァ…まだやんのかコラァ!ああ!?」
訓練兵A「…ま、参った…!休憩…休憩する…」ゼエゼエ スワラセテ
オルオ 「……おう」ハァハァ
ワー ワー
訓練兵A「いやーー、空が青いな」
オルオ 「……そーだな」
訓練兵B「よっガムシャラコンビ!青春だねえ」
訓練兵A「まあな」
訓練兵B「オルオ最近調子いいんじゃねえか?」
オルオ「はぁ?逆だ、逆」
訓練兵B「またまたぁ~~」
オルオ「…ムカつくなお前」
訓練兵B「ほらそういうとこ、前は思ってるだけで口に出さなかったろ?」ニヤニヤ
オルオ「うるせえ黙れ」
訓練兵A「……なあ、もうさ、いっそ駐屯兵団行こうぜ」
オルオ 「……あ?」
訓練兵B「何をいきなり言いだすんだよ…」
訓練兵A「だってよー噂に違わずマジで大体腐ってるらしいじゃん憲兵団。
そんなに内地行きたいか?それとも王様万歳なの?」
オルオ「……もしかして俺に言ってるのか」
訓練兵A「お前しかいないだろ」
オルオ 「どいつもこいつもバカじゃねえのか……」フー
訓練兵A「あっ、そうかむしろ腐敗を無くすため?規律を正し、ゆくゆくは憲兵団長に?
おおーそういうことだな!さっすがオルオ!」
オルオ 「………」ムス
訓練兵A「……っつってな。理由なんていろいろあるよなー」
オルオ 「………」
訓練兵A「でも壁の補修も悪くないぜ。たぶん」
オルオ 「そうかもな」
訓練兵A「俺高いとこ好きなんだよ」
訓練兵B「そう…」
オルオ 「お前はどうすんだ?」
訓練兵B「俺?俺は……まだわかんねえ」
訓練兵A「なんだよー俺と一緒に駐屯兵になって理想の兵士像を追い求めようぜー」
訓練兵B「お前の理想は地味すぎんだよ」
訓練兵A「心臓をォ捧げよ!!」バッ
訓練兵B「うるせえな!!」
オルオ「ははっ」
オルオ「………理想の兵士像ねえ…」
訓練兵A「聞きたいか?聞きたいのか?しょうがねえなァ」ペラペーラ
オルオ(そうだ、俺は兵士なんだ)
(…今思っていることが答え、か……)
オルオ「………」スック スタスタスタ
.
訓練兵C「やあっ!」シュッ
ペトラ「ほっ」ガシッ グルン
訓練兵C「にゃあ><」ドテッ
ペトラ「大丈夫?」
訓練兵C「いててて…うーんやっぱペトラにはかなわないや」
ペトラ「そんなことないよ、最初に比べたら別人みたいに上達してるよ」ニコニコ
訓練兵C「えへへ、そう?よかった」ニコニコ
キャッキャ ウフフ ホノボノ
訓練兵C「あ」
ペトラ「ん?」
オルオ「ペトラ」
ペトラ「……オルオ……何?」
オルオ「俺は話すのは苦手だ。組もうぜ」
ペトラ「え…」
オルオ「本気でやれよ。この間みたいに」
訓練兵C「え、え?何?」
ペトラ「……どういう風の吹きまわし?」
オルオ「やるのかやらねえのか、どっちなんだ」
ペトラ「」フー
ペトラ「………あのさ、ひとつ聞きたいんだけど、どうしてそんなに偉そうなの?」
オルオ「お前が言えたことか?」
ペトラ「……エルドとグンタがあんたをかってる理由が一つもわかんないわ」
オルオ「?……あいつらは関係ないだろ」
ペトラ「関係ある。あんたは二人に甘えてるじゃない」
オルオ「あ?」
ペトラ「あの二人だけじゃない、そうやっていつも一人でうじうじ考え込んでるだけで、
肝心なことは何も言わないんでしょ?」
ペトラ「ずるいよね、散々好き勝手ふるまっておいて……
周りの人間をなんだと思ってんの?」ガシッ
訓練兵C「ちょ、ちょっとペトラ!」
オルオ「放せよ」
ペトラ「嫌」
オルオ「…なんなんだお前は」
ペトラ「なんなんだって、あんた見てるとイラつくのよ。
話すのは苦手だから組もうだ?組んで何がわかるわけ?
ただの思わせぶりな自己満足にいちいち巻き込まないで!」
オルオ「そんなんじゃねえ」
ペトラ「なら説明くらいしなさいよ!
こんなの重圧に負けて責任逃れしてるだけじゃない…!かっこつけてたってバレバレなのよ!」
ザワ…ザワ… ナンダナンダ
エルド「何か騒がしいな」
グンタ「…ペトラがオルオの襟首掴んでメンチ…いや、何か言ってるな」
エルド「ほう、愛の告白か?」
ペトラ「なんとか言いなさいよ」
オルオ「…教官が来た」
ペトラ「」パッ
教 官「………何をしている」
ペトラ「訓練です」
教 官「私には貴様らが言い争いをしているように見えたが?」
ペトラ「私が暴漢役で、少々身が入りすぎてしまいました」ツーン
教 官「本当か?ボザド」ジローリ
オルオ「はい。問題ありません」シレッ
ペトラ「………」
オルオ「………」
教 官「………ふん」プイッ テクテク
訓練兵C「んもおおおおヒヤヒヤさせないでよー!訓練場50周とかきちゃうよー?」
ペトラ「うん…大丈夫」
オルオ「おい」
ペトラ「何よ」
オルオ「言い逃げか?」
ペトラ「はあ?」
訓練兵C「ちょっと!なんだかわかんないけど二人とも落ち着いて話そうよ、ねっ!?」
ペトラ「…あんたが吹っ掛けてきたんでしょ?」
オルオ「ろくに話さねえうちに好き勝手並べやがって、いい加減こっちも限界だ。
とっとと来い暴漢役」
訓練兵C「聞いてー聞いてくださいー」
ペトラ「限界って、それはこっちの台詞、ですけ……」ジャリ…
ペトラ「どっ!!」ダッ ビュッ
オルオ「!!」
エルド「おおっとペトラいきなり右ストレートからいったァ!」
グンタ「スピードはありますが少し大振り気味ですね、軽々と避けられてます」
エルド「続けざまに繰り出すがオルオはかわしている!」
グンタ「彼の性格からいって女性を殴りはしないでしょう」
エルド「ということは投げ技か、はたまた関節を極めてくるか?」
グンタ「少なくとも取りつかれたらペトラさんに勝ち目はないでしょうね」
ペトラ(くそ…ひょいひょい避けやがってムカつく……!!)ドンッ!
オルオ「!!」
エルド「なんと頭から突っ込んだ!まるで猛牛のようです!!」
オルオ「ぐえっ」ビリビリ ズズ…
ペトラ(頭痛あああくそっ倒れろよ!)パッ ググッ ビュッ
グンタ「そこから上段蹴りだと…!?これは決まるぞ!」
オルオ「くっ」バシィ ビリビリ
ペトラ(チッ防がれた!もういっちょ腹!!)ヒュッ
オルオ「おいっ、ちょ…っ!!」ズンッ
ペトラ(腹かってえええええええええ)
オルオ「……この野郎…」ハァハァ ジリ…
ペトラ(やばっ…捕まる…!)スルッ
オルオ「!…チッ」
エルド「間一髪すり抜けて今度は…脚を持ったァァ!!そのまま倒すか!?」
グンタ「なりふり構わねえな…」
オルオ「うおっ」グラッ ドシーン
エルド「いったあああァァァァ!!」
ペトラ(このまま極め…)
オルオ「このっ」ジタバタ
ペトラ「逃げんな!!」ボグッ
エルド「あっ顔、顔です、顔を殴った」
グンタ「あーあ」
オルオ「いっ……てえなこのクソ女!!」ゲシッ
ペトラ「ぎゃっ」ドサッ
エルド「蹴った蹴りました!オルオがペトラを蹴りました!」
グンタ「クソ女って言いましたね」
エルド「言いましたね。さすがに本人もこれはしまったという表情!」
オルオ「お、おい…大丈夫か…?」
ペトラ「………」
オルオ「わりぃつい…頭でも打ったか?おい、ペトラ?」
ペトラ「」ガシッ
オルオ「んが」グキッ
ペトラ「ふんっ!!」
オルオ「~~~っ!?」ゴスッ
エルド「ななななんと!
心配してのぞきこんだオルオの首を両足で挟み込みそのまま地面へ打ち付けたァァァァ!!
これはひどい!!」
グンタ「おいおい変な音がしたぞ…」
エルド「ああオルオ白目だ!動かない!頭がめり込んでいる!!」
グンタ「まさかこんな形で勝負がつくとは…」
ウオオオオ ナンダイマノ ダイジョウブカー
ナニゴトダキサマラー
オイヤバイゾ シヌナー ハヤクイムシツ ツレテケー
.
レスありがとう
今日で終わります
─兵舎・医務室
オルオ(………)
オルオ(………どこだここ)
オルオ(もう陽が落ちてるじゃねえか)ムクッ
オルオ「ぬお、いってえ……クソ、なんだこれ…?」
─フラッシュバック中─
オルオ(……なんなんだよあいつは………)グゥゥゥゥグキュルルル
オルオ(………晩飯、もうねえかな)ハァ
ガチャ
グンタ「おっ、起きてたか」
エルド「飯持ってきたぞー。どうだ気分は」
オルオ(こいつら聖人か)ジーン
グンタ「なんだよポカンとして」
エルド「おいまさか……俺たちがわかるか!?」
オルオ「わかるに決まってんだろ」
エルグン「「ほっ」」
オルオ「頭と首がいてえ…」
グンタ「だろうな、脳しんとうと軽いムチウチだとさ。まあなんだ、災難だったな」
エルド「いやーペトラの奴があんなに容赦ないとは恐れ入ったぜ」
オルオ「………」
エルド「なんだ凹んでんのか?」
オルオ「なあ」
エルド「ん?」
オルオ「…俺はお前らに甘えてたのかな」
グンタ「なんだそりゃ」
エルド「ペトラにそう言われたのか?」
オルオ「ああ。俺は好き勝手振る舞ってるくせに肝心なことは何も言わない責任逃れの自己満野郎…」
エルド「はは、そりゃまた…」
グンタ「おいおい言い過ぎだろあいつ」プンスカ
オルオ「いや、その通りだ。お前らの気持ちに甘えてた」
グンタ「そんなことねえよ」
エルド「なあオルオ、俺たち前に気にするなって言ったろ?ありゃ別に建前じゃないぜ」
オルオ「わかってる。でもだからこそ、言葉には言葉で返さなくちゃならない時もあるだろ」
グンタ「………」
エルド「その気持ちだけで十分さ。ほれ、パン食えよ」
オルオ「いや聞いてくれ。憲兵になるのに大層な理由なんかねえんだ。
ただ家族のためと思ってやってきた」
グンタ「家族は大事だな」
エルド「おお。立派な理由じゃねえか」
オルオ「ここへ来た初めの頃は正直きつくてよ、とてもじゃないが三年ももつとは思えなかった。
それでも家族のことだけ考えながら死に物狂いになって訓練するうちに、
自分の成長がわかるっていうか…どんどん上達していくのがわかってそれが楽しいっつうか」
オルオ「点数稼いで上位に入ることが全てだと思ってたのが少しずつ変わってきたんだ」
エルグン「………」
オルオ「立体機動術なんていい例だ」
オルオ「俺はこれが得意なのに、憲兵団に行ったらほとんど必要のなくなる技術なんて一体何のために訓練してんだって、わかんなくなってよ」
オルオ「…そのくせして内心ビビりまくって踏ん切りがつかねえ。笑っちまうよな」
オルオ「自分にも甘えてんだ。ペトラに言われて気づかされた」
グンタ(オルオ………)
オルオ「……ペトラは、なんなんだあいつは。意味わかんねえ…」
エルド「あいつはなー…あいつもきっと、俺らと同じなのさ。俺だってこう見えてビビってるんだぜ。なあ?」
グンタ「おう。もちろん俺もだ!」
エルド「だからこそ仲間が欲しい。ずるい言い方だけどな」
オルオ「………仲間」
.
─数分後 兵舎・廊下
訓練兵B「あいつ寝てんじゃねえのか?明日でいいだろ」
訓練兵A「明日だったら見舞いにならないだろが」
訓練兵B「見舞いの前に気遣うべきところがあるだろ…」
エルド「おっ」バッタリ
訓練兵A「おう」バッタリ
グンタ「何してんだお前ら」
訓練兵B「いやこいつがオルオの様子見に行くってきかねえから……」
エルド「ほう………お前らも一緒に行くか?」ニヤリ
訓練兵B「は?」
エルド「男の決断ってやつを見届けにな」
エッナニ イムシツコッチダロ チガウノ? ドコ? ドコイクノ? ウルセエ ダマッテロ
.
─同時刻 訓練場の端
ペトラ「ハッ…ハッ…ハッ……」タッタッタ
訓練兵C(ペトラ、ファイトだよ……!!)
訓練兵C(ん?足音が…やばい教官かな)クルリ
訓練兵C「ってオルオ!?…もう起きて平気なの?」
オルオ「ああ。ペトラは?」
訓練兵C「あそこ」
オルオ「……走らされてんのか」
訓練兵C「さすがにやりすぎだったもんね…私もちょっとびっくりしちゃった。
あ、ごめん他人事みたいに」
オルオ「いや」
訓練兵C「パンと水持ってきたんだけど声かけづらくて」
オルオ「……ああ」
訓練兵C「………」
オルオ「………」
訓練兵C「あの、ペトラのこと怒ってる?」
オルオ「別に」
訓練兵C「えっ、ほんとに?!」
オルオ「たぶんな」
訓練兵C「………そっか、良かった」
訓練兵C「あの子普段はすごくいい子なんだよ。一生懸命だし、良い意味で優等生。ちょっと粘着質なところもあるけどね」
オルオ「………」
訓練兵C「でもあんな風に大きな声出すのは初めて見た……きっと色々考えてることがあったんだなって、ずっと一緒にいたのに全然知らなかったよ。
二人がどういう仲なのかはわかんないけどさ、オルオのことが嫌いであんなことしたわけじゃないと思うの」
オルオ「………」
訓練兵C「だから、はい」
オルオ「…は?」
訓練兵C「よろしくお願いします」ペコリ
ペトラ「ハッ…ハァッ……ハッ……」タッタッタ
オルオ(さすがにきつそうだな…何時間走ってんだか知らないが、全然俺に気づかねえ)
オルオ(しっかし『パンとお水で仲直りしてあげて!by C』じゃねえよ!どうしろってんだクソ調子狂うわ)
オルオ(『大丈夫、暴力振るわないように見張ってるから!by C』じゃねえよ、お前止められんのかよ)
ペトラ「ハァ…ハァ……(もう、だめ………)」バッタリ
オルオ「あ。おい」
オルオ「おい、生きてるか」
ペトラ(ああ嘘でしょ幻聴が…もうお迎えが来たのかな……しかもよりによってこの声…)
ペトラ「!!」ガバッッ
オルオ「!!」ビクッ
ペトラ「……オルオ?なんでここに…(化けて出たかと思った…)」
オルオ「さ、さあな。ほらよ水」
ペトラ「え?…あ、ありがと………」グビグビグビ
ペトラ「ぷはっ!!……はあー………えっと、頭、大丈夫?」
オルオ「ああ?」
ペトラ「怪我よ怪我!」
オルオ「大丈夫なわけあるかクソったれ」
ペトラ「う…だって本気でやれって言うから。あんたこそその気になれば余裕で勝てたくせに」
オルオ「勝てねえよ。お前みたいな奴には、俺は」
ペトラ「なにそれ……そういうのムカつくんですけど」
オルオ「そうか」
ペトラ「………」
オルオ「………」
オルオ「パン食u
ペトラ「ひどいこと言ってごめん!」
オルオ「!」
ペトラ「今日だけじゃなくて、ずっとごめん」
オルオ「………ごめんですんだら憲兵いらねえだろ」
ペトラ「…そうだね」
オルオ「別に謝るこたねえよ」
ペトラ「ううん。オルオに言ったこと全部、自分に言ってるみたいだって走りながら思った。
偉そうなこと言って、巻き込んでるのはこっちのほうだ…」
オルオ「………」
オルオ「なんだかわかんねえけど、お前が言ったことは正しい。
俺は兵士の本分も周りの奴らの気持ちも考えてなかった。全部図星だ」
ペトラ「………」
オルオ「エルドとグンタともさっき話した」
ペトラ「………そっか」
オルオ「なあお前、自分が壁の外へ行くところ想像してみろって言っただろ」
ペトラ「…うん」
オルオ「巨人が怖くないのか?」
ペトラ「え……わかんないよ。見たことないもの」
オルオ「…真面目に言ってんのかそれ」
ペトラ「あんたはどうなのよ」
オルオ「………俺は怖い。見たことがなくても」
ペトラ「だから憲兵に?」
オルオ「いや………
弟がいるんだ、三人。まだみんな小さくて一番下なんか産まれたばっかでよ。
このご時世に何やってんだって言われそうだが、おまけに親父は人が好くて商売下手だからお世辞にも裕福とは言えねえ。
けど憲兵になりゃ給金も高いからその分仕送りできるし」
ペトラ「いざとなったら内地に呼べる、か…」
オルオ「ああ。少なくとも最近まではそう思ってた」
ペトラ「今は違うんだ」
オルオ「わかったんだ。本当はただ死にたくないだけだって」
ペトラ「………」
オルオ「………けどよ、けど、同時に早く巨人を見たいとも思う。
とっとと前線へ出て誰よりも速く、誰よりも多く、この手で巨人を殺したい。
俺に出来るのはそれしかないんじゃないかって、時々思う。
怖くてしょうがねえのに…おかしいよな」
ペトラ「おかしくないよ」
オルオ「……いや、でもよ、」
ペトラ「おかしくない」
オルオ「……そうか?」
ペトラ「そうだよ、何言ってんの?」
オルオ「え、いや…」
ペトラ「オルオはちゃんと自分が強いって知ってるんだよ。それだけ努力してきたんでしょ?」
オルオ「……あ、おお」
ペトラ「思うんだけどさ……歴史の中で人類がどれだけ虐げられてきたかなんてみんな知ってる。
でも巨人が憎くて怖くて許せないと思ってても、戦えない人はいっぱいいるよ。
やる気満々でもいざとなったら恐怖に屈してしまう人だっている……たぶん」
ペトラ「兵士はさ、巨人を倒すために存在していて、そのための立体機動で、そのための訓練なんだから。
各々の能力とか素質とか関係なく、ここへ来た日からそれが責任であり使命なんだと思う」
オルオ「………」
ペトラ「私だってもちろん家族は大事だよ?
できれば自分も死にたくないし、家族にも知らない誰かにも死んでほしくない。
けど死にたくないからこそ、何もせず誰かに生かされるより自分の手で生きることを勝ち取りたい」
ペトラ「だから調査兵団に行くの」
オルオ「………」
ペトラ「あ~~~でも実際巨人見たらめちゃくちゃ怖いんだろうなあ……こんなこと言ってられるのも今のうちだけだよね」
オルオ「…かもな」
ペトラ「オルオみたいに、実力に傲らず謙虚にビビるってすごく大事なことだと思うよ」
オルオ「………お前は立派だな。俺は…」
ペトラ「」バシーン!
オルオ「っつ!!…なにすん…!」
ペトラ「オルオは強い」
オルオ「……は?」
ペトラ「でもすぐ追い抜いてやる。
あんたがぐずぐずしてるうちにあんたに折られた鼻くっつけて、
オルオが怖くて泣いててもちゃちゃっと巨人倒して背負って帰るぐらい強くなっちゃうよ私。
慰めて励まして蹴っ飛ばして、あたしの後に着いてこいって言っちゃうよ?」
オルオ「……なにを…」
ペトラ「私が動けなくなったらオルオが同じようにしてよ」
オルオ「………」
ペトラ「二人とも泣かなかったら上出来」
オルオ「………」
ペトラ「だから一緒に行こう。私たちが組んだらきっと誰にも負けない」
.
ペトラ「何とか言いなさいよ」
オルオ「………お前、すげえな」
ペトラ「まあね」
オルオ「ものすごいバカだ」
ペトラ「」
オルオ「まあ、せいぜい俺の隣に並べるよう努力しろ。あとすぐ熱くなる癖を直せ。
そんなんじゃ間違いなく真っ先に死ぬぞ。巻き添えは御免だからな」
ペトラ「はあー?調子にのんな!」
オルオ「ほれ、最強の俺様からパンを恵んでしんぜよう。ありがたいと思え」
ペトラ「うっわムカつく!!前言撤回!!ってかパンあるならはやく寄越しなさいよ!!」
オルオ「ギャーギャーわめくのもやめろやかましい」
ペトラ「うっさい!!パン堅っ!!」
オレニモパンヨコセ ハァ? アゲルワケナイデショ
ギャーギャー ワーワー
エルド「いやーすっかり聞いてしまいましたなあ」
訓練兵B「聞いてしまいましたなあ」
グンタ(なんつういい話だ…)ズビ
訓練兵C(ペトラ、なんて健気で勇敢なの…)ウッ
訓練兵B「お前泣きすぎ」
訓練兵A「うぐっ、だってよぉ………オルオおおおおおおおおおお!!」
訓練兵B「あーあ」
オルオ「……!!ななななんだ、なにしてんだどっから出た!?うわっくっつくなテメエ!!」
訓練兵C「うわーんペトラあああああああ!!」
ペトラ「えっちょっ何!?なんでいるの!?」
訓練兵A「オルオおおおおおおお!!」
訓練兵C「ペトラあああああああ!!」
訓練兵B「うるせえなあ…教官来ちまうぞお前ら~」
エルド「……なあ、グンタ」
グンタ「ん?」
エルド「きっとよ、これから十年……いや、五年もすりゃ何でもない思い出話になってるんだろうな、こういうのは」
グンタ「そうだなぁ…」
グンタ「もし俺たちが皆その時まで生きてたら、どんだけガキでバカで真っ直ぐだったか、あいつらに聞かせてやろうぜ。
そしたら俺たちもあの頃は人が好かったって笑えばいい」
エルド「…そうだな」
.
それからしばらくが経ち、俺たちは無事に解散式を迎え、訓練兵を卒業となった。
そして数日後には所属兵団の最終決定を控えている。
.
訓練兵A『壁の補修は任せろ。お前らの背中守ってやるよ』
訓練兵B『しょうがねえから俺もこいつに付き合うわ。ま、憲兵目指すけどな』
訓練兵C『私はペトラについてくよ!……と言いたいところだけど、私なりに自分の出来ることをやるつもり』
.
本当の意味で自分自身が試されるのはこれからなんだろう。
この先に何が待ち受けているか想像もつかないが、俺は俺自身を受け入れ、仲間を信じてやっていく。
オルオ(親父、お袋……
俺は特別な人間じゃない。
けどだからこそもっと強くなれる…強くなってみせる。
もう迷わねえ)
兵士として、調査兵として生き延びてやる。
あいつらと共に。
おわり
改行ミスやら書き間違いやらいれましたが、読んでくれてありがとう
×いれましたが
○ありましたが
乙です
でもこのペドラウザい
考えを押し付けるのがウザいしかも正論だからなおウザい
レスありがとう
>>125
うざくて押しの強いペトラに引っ張りあげられて自信を獲得する迷えるオルオ
というのを書きたかったので良かったです
調査兵団入団後に色々と経験し成長していく、ということで補完してもらえるとありがたいです
駐屯兵Bメインで短いのを投下する予定
・上の話と同じ時間軸
・トロスト区奪還作戦後、リヴァイ班が旧本部に拠点を移す少し前の話
・例によって捏造
傷病兵収容病院でぼんやりと過ごすこと早一週間あまり。
先の戦いにおける奇妙な興奮状態から、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった中での面会の報せだった。
まさか母ちゃんじゃねえだろうなとひょこひょこ出ていくと意外や意外、見知った顔の男が一人。
駐屯兵B「……オルオ」
オルオ 「しばらくだな」
駐屯兵B「…あ、ああ…本当だ」
ここだけの話、壁外遠征の度に同期の姿を探していた身からすれば、あまり久しぶりという感じはしない。
けれど、最後にこうして会って言葉を交わしたのはいつのことだったか。
駐屯兵B「なんだよ珍しいな、こっちに用でもあったのか」
奴は答えずに包帯を巻いた俺の腕をじっと見下ろす。
駐屯兵B「そんな見つめても生えてこねーぞ」
冗談めかして言うと、そんなことはわかってるとばつの悪そうな顔で吐き捨てる。
駐屯兵B「で、何でここに?」
オルオ 「偶然だ」
駐屯兵B「またまたぁ」
オルオ 「…駐屯兵団本部で問い合わせた」
駐屯兵B「わざわざ?暇だねー」
オルオ 「バーカ忙しい合間を縫って来てやったんだよ、ったく………怪我の具合はどうなんだ」
駐屯兵B「悪くねえよ。左腕以外はピンピンしてる。ベッドが足りないってそろそろ追い出されるかもな」
オルオ 「そいつは良かった。あまり休み過ぎてなまっちまっても困るだろ」
駐屯兵B「あー……まあ兵団に残れたらの話だけどな」
オルオ 「……戦うだけが兵士じゃねえだろうが」
駐屯兵B「そうだけどさ、死んだ奴は戦った奴だからな。
希望すりゃどこかで使ってもらえるかもしれないがこの程度の怪我人は案外多いんだ。
除隊になっても文句言えねえよ」
オルオ 「………そうか」
自分から言っといて凹んでやがる。
そんな渋い顔すんじゃないよ。
駐屯兵B「なあ、時間あるのか?」
オルオ 「あ?ああ…しばらくは大丈夫だ」
駐屯兵B「せっかく来てくれたんだ、どこかで座って話そう」
オルオ 「ここでいい」
そう言うとさっさと手近な長椅子に腰を降ろす。相変わらずだな。
おとなしく隣に座り、通りがかる人々を見送ってから切り出した。
駐屯兵B「Aのこと聞いたんだろ」
オルオ 「ああ」
そうでなきゃわざわざ来ないよな。
駐屯兵B「お前ら、壁外調査切り上げて駆けつけてくれたんだってなあ」
オルオ 「そうだが、俺が着いた時にはほとんど片付いてた」
駐屯兵B「あっそうなの?…あーあれか、お前いつも一人で突っ込んでくらしいな!
それで一人だけ撤退が遅れるとか。前に聞いたことあるわ」
オルオ 「だっ、誰が言ってんだよそんな事」
駐屯兵B「ペトラ。に聞いたCから聞いた。心配してるらしいぞ、お前のこと」
オルオ 「あいつが?」
駐屯兵B「協調性なさすぎだって」
オルオ 「……俺の話はいいんだよ」
駐屯兵B「ははっ。いやー…そうかそうか。まあそりゃしょうがねえよ。
実際大方終わった後だったし、あのタイミングで調査兵団が来てくれたのは幸いだった」
オルオ 「………」
駐屯兵B「俺なんか役に立ったんだか立ってないんだか…」
オルオ 「役に立たねえならそもそもここには居ないだろ」
駐屯兵B「………それもそうだ」
こいつなりの慰めのつもりだろうか。
確かに、我ながら健気にやっていたとは思う。
有象無象が混在する駐屯兵団において、微力ながらも尽くしてきたつもりだ。
駐屯兵B「あいつはなオルオ、変わったよ。お前に見せてやりたかった」
オルオ 「あのバカがか」
駐屯兵B「そう、あのバカが。卒業の年にお前に立体機動のコツを聞いてた奴が」
オルオ 「いつから精鋭班に?」
駐屯兵B「去年だ。虚仮の一念ってやつだな」
オルオ 「………」
駐屯兵B「………ある意味、俺たちは時期が良かったのかもしれない」
オルオ 「時期?」
駐屯兵B「シガンシナ陥落以降、兵士一人一人の意識や兵団全体の空気がガラッと変わったって言うだろ。
思うに、駐屯兵団はそれが顕著だった」
駐屯兵B「生まれ変わった厳格な組織の中で気持ちを切らさずに来れたんだ。
Aみたいな目的意識の高い奴は特に」
駐屯兵B「そういう奴らの背中を見て、俺らみたいな半端者はケツを叩かれてるような気持ちになったのさ」
オルオ 「なら変わったのはお前の方じゃねえか」
駐屯兵B「………俺を変えたのはあいつだ。ペトラがお前を変えたように」
オルオ 「………」
駐屯兵B「──今回の奪還作戦もそういう意思とか覚悟のあらわれだったんだろうな」
オルオ 「それにしたって無謀な作戦だった」
駐屯兵B「まあな。終わった今なら何とでも言えるけど、あの場でピクシス司令の言葉を聞いた時は目も耳も疑ったよ」
オルオ 「………」
駐屯兵B「大勢死んで、更にまた死なせるのかって」
沈黙が流れる。
それでも、どんなにぼやいても結果は揺るがない。そんなことはわかりすぎるほどよくわかっている。
駐屯兵B「しっかしすげえのがいたもんだよなぁ、まさか巨人化出来る人間がいるとはねえ」
オルオ 「見たのか?」
駐屯兵B「いいや、俺は全然関係ない場所で腕食われて、それどころじゃなかった」
オルオ 「Aは…」
駐屯兵B「あいつは護衛についてたよ。
巨人化した訓練兵を守るために地面に降りて囮になったとかなんとか…」
オルオ 「自殺行為だ」
駐屯兵B「ああ。でも使命を果たした」
オルオ 「……最後に話したのは?」
駐屯兵B「前の晩、挨拶程度だ」
オルオ 「………そうか」
駐屯兵B「例の訓練兵は調査兵団に引き取られたそうじゃねえか」
オルオ 「ああ」
駐屯兵B「会ったか?」
オルオ 「ああ」
駐屯兵B「マジかよ、どんな奴だった?」
オルオ 「……右も左もわからねえ見るからに甘っちょろいガキだ」
駐屯兵B「ウハハ、ほんとかよ!幽閉されてるって噂だけど」
オルオ 「………」
駐屯兵B「守秘義務ってやつ?」
オルオ 「いいや。隔離されてない訳じゃないが……明日から護衛につく」
駐屯兵B「お前が?」
オルオ 「俺だけじゃねえ、ペトラとエルド、グンタもだ」
駐屯兵B「えええええ!?何だそりゃどういうわけだよ」
オルオ 「リヴァイ兵士長に指名された」
駐屯兵B「おお…すげえな……」
オルオ 「うむ」
駐屯兵B「ていうか、なにか?その髪型といい……お前それ真似してんのか?人類最強の??」
オルオ 「うるせえ」
駐屯兵B「ははは、そーかそーか!!何だよすげえなお前らー」
オルオ 「何がだよ…」
駐屯兵B「いやー……そうかあ……」
オルオ 「……───おい、お前」
駐屯兵B「いやいや……はは、なんだろうなこれ……」
拭っても拭っても溢れだす。
喪失感、悲しみ、怒り。己の無力さと躍進の喜び。
色々なものがまぜこぜになって胸が張り裂けそうだ。
何故あいつと一緒に居られなかったのか。
何故あいつが死んで俺が生きているのか。
何故片腕を失って尚ここに留まろうとしているのか。
何故オルオなんかの前で泣いているのか。
オルオ 「……泣きすぎだろ」
べし、と奴が俺の頭をたたく。
駐屯兵B「うるせえ」
オルオ 「みっともねえなぁ」
言われなくてもわかってる。
オルオ 「バカ野郎が…」
駐屯兵B「……お前も泣いてんじゃねえか」
オルオ 「泣いてねえよバカ」
駐屯兵B「その首のヒラヒラ貸せよ」
オルオ 「やなこった」
駐屯兵B「へへへ……」
オルオ 「………」
駐屯兵B「………」
やおら、オルオが立ち上がる。
駐屯兵B「行くのか?」
オルオ 「ああ」
駐屯兵B「そっか、ありがとうな。会えて良かっ」
オルオ 「俺は…──俺はお前に何もしてやれねえ。何も言えねえし、それに…Aにも」
駐屯兵B「うん」
オルオ 「けど、お前らを誇りに思う」
駐屯兵B「…おう」
俺もだよ。
オルオ 「早く怪我治せよ」
全力で照れながら足早に立ち去ろうとする背中に、もう一度声をかけようか迷った。
なあオルオ、俺たちは変わった。ずいぶん正直になったじゃないか。
駐屯兵B「おい」
オルオ 「あ?」
駐屯兵B「俺はまだ足掻く。だからお前も死ぬなよ」
きっとあいつもそう望んでる。
オルオ 「おう」
次は皆で会おう、エルドたちによろしくな、そう言って別れた。
午後の光の中でふと思い出す。
新兵の頃、奴らが壁外調査から帰還するのをよく三人で壁の上から探したのだ。
駐屯兵B『あっ居た!おい、居たぞ!』
駐屯兵A『どこだよ!』
駐屯兵C『うん、四人とも居たね。表情はわかんないけど、良かった……』
駐屯兵B『見えたか?』
駐屯兵A『全然』
駐屯兵B『ほらあそこだって』
駐屯兵A『あー?もういいよ、生きてんだろ?』
駐屯兵C『そうだけど…まだ見えるよ?』
駐屯兵A『いい、そのうち会えんだろ』
駐屯兵B『ったく、お前が言い出したんだろうが…』
駐屯兵C『まあまあ』
それでも、小さな声で「おかえり」と呟いたあいつを俺は一生忘れることはないだろう。
そのうちにまた会えるさ。
願わくは、次はもっと平和な世界で。
おわり
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